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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1名無しさん:2010/05/07(金) 11:07:21
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

2「馬鹿だなぁ(頭なでなで)」:2010/05/15(土) 05:19:37 ID:Xaa4.f1.
 三日降り続いた雨が漸く止んだ。
 久しぶりの太陽は目に眩しく、その光に浅い緑がきらきらと光っている。心地のいい風を受けながら、俺は坂道をゆっくりと上って行く。
 海沿いの田舎の街。こんな街は来た事もなかった。あんたが居なけりゃ、これからだって来る事はなかった。
 坂を上りきった所で振り向くと、眼下に海が見えた。坂道だらけの小さな街。あんたが以前話してくれた事があった、その通りの光景だ。
 覚えのある匂いに教えられて、突き当たりを右に曲がった。人のツテを頼って頼って手に入れたメモを見ながら、目的の場所へとたどり着く。

「---久しぶり」
 何を話していいのか分からない。あんたからの返事は無い。
「ここ、すっげ遠いんだな。この間やったバイト代がパァだ」
「場所もさ、あんたの親に聞いても教えてくんねーし。苦労したんだぜ。あんた、俺以外にほとんど友達も居なかったからな、ここ知ってる奴も居なくてさ」
「あぁ、そうだ。あんたの荷物さ、どうすりゃいいの。もう戻って来ねーんなら、あれ、どうにかしてくんない?邪魔で仕方ないんだけど」
 俺の後ろを通り過ぎた家族連れが、怪訝そうな顔で俺を振り返った。
「…………ほら見ろ、変な奴って思われたじゃねーか。早く何か言えよ」
 さわさわと梢の間を風が吹き抜ける。
「なんで黙ってんだよ。あんたいっつもそうだよな。俺が何言っても、我が侭言ってもさ、いっつもニコニコ笑ってさ、嫌とか絶対言わねーの」
「嫌って、言えば良かったんだよ。あん時もさ…徹夜明けだから、眠いから嫌って、言えば良かったんだよ…!」
 黒く綺麗に磨かれた石に、俺はとりとめもなく喋りかけた。馬鹿みたいに。
「嫌だって、そう言って迎えになんか来なけりゃ、事故ったりもしなかったし、こんな狭くて暗い所に入らなくて済んだんだ。今だって、笑って俺の隣に居れたんだ!」
 膝をついて、砂利をかき分けた。土を毟った。
「出てッ…こいよ…!何が永遠の眠りだよ…!狭いとこじゃ寝られないって…俺の隣じゃないと寝られないって、あんた前に言っただろ!…俺のっ、俺の言うこと、何でも聞いてくれたじゃん………なんで…出て来てくんねーんだよ!」
 握りこぶしを地面に叩き付けた。鈍い痛みに気がつけば、爪先が赤く滲んでいる。ぽたぽたと落ちた雫が、泥と赤を溶かして流した。
「なんで、出てきてくんないの……俺の言う事、もう、聞いてくんないの…」
 あんたが、我が侭きいてくれると安心できた。あぁ、まだ愛されてる、大丈夫って。
 俺が言えば無理するの知ってて、でも愛されたくて、沢山無茶を言った。そんな自分が嫌で、それを隠したくて、わざと酷く当たったりもした。そうしては後で酷く落ち込んだ。
 『ごめん』、謝る度、『馬鹿だなぁ』って笑って、あんた、俺の頭をくしゃくしゃと撫でたっけ。不器用だけど優しい、あの大きな手が好きだった。
 謝るからさ、もう一度撫でてよ。我が侭、言っていいんだよって、笑って撫でてよ。前みたいに。

「お願いだから…!」

 明るい日差しの中、何も言わない石の前で、何度も「ごめん」と呟く俺の頭を、初夏の風が優しく撫でて行った。

3「目を覚まさないで」:2010/05/18(火) 01:10:21 ID:3i2kAZAg
目を覚まさないでほしい。
そう思ったのは雪の降るある日のことだった。
可愛い寛和。このまま目を覚まさずに眠り続けてほしい。
そう思って生まれた時から彼が眠り続ける部屋に入って髪を撫でた。

弟の寛和は良く分からない子だ。なにせずっと眠り続けているのだから当たり前だ。
生まれたとき頭を打ったわけでもなく健康そのものだというのにずっと眠り続けている。
けれども他の同じような子供とは違って栄養もほとんど必要とせず、美しく成長し続けて現在に至る。
そして俺はその傍ら、寛和を心配し続ける両親とともにその過程を見続けてきた。
美しく伸びてゆく髪。白い項から覘く、年々すべらかになってゆく肌。その鼻梁。その足その肌その顔その腕その首その唇。すべてすべてすべてすべて。すべて、俺は見続けてきた。
それを不思議がりながら、それならば目を覚ましてくれと祈りながら、両親と俺はずっと過ごしてきたのだ。
決して開かない閉じられた瞳。その瞳が開いたら、どんな色だろう?
決して動かない閉じられた唇。それが動いて揺れたなら、どんな声が降るのだろう?
俺はそれが分からなくてもどかしかった。ずっとそれを祈っていた。

けれどある日、親父が死んだ。寛和に触ろうとして、そして母さんに刺されて死んだ。
母さんは叫んでいた。寛和にこの人は厭らしい事をしようとしたの、と。
そして母さんはいなくなった。刑務所に行った後、実家に帰るといって飛び出していって、後は知らない。
幸い財産は残っていた。それを大切に使いながら、俺は寛和と共にいた。寛和の成長は止まっていたけれど、でも年々美しくなっていった。刻々と美しくなる、その足その肌その顔その腕その首その唇。そのすべてすべて、すべて。俺はずっと眺めていた。寛和の体を拭きながら、寛和にたまの食事を与えながら、寛和を着替えさせながら、ずっとずっと眺めていた。
夏が幾度も過ぎた。蝉が幾度も庭で死んだ。
秋が幾度も過ぎた。紅葉が幾度も庭で朽ちた。
春も幾度も過ぎた。花が幾度も庭で枯れた。
冬だって幾度も過ぎた。鳥が幾度も庭で凍えた。

その間俺はずっと、寛和を眺め続けていた。

たまに話しかける。返事はない。けれど話す。それしかない。
たまに抱きしめる。動きはない。けれど抱きしめる。それしかない。
それを繰り返す。繰り返しては繰り返す。日々ずっと。仕事に出かける前、帰った後、ずっとずっと繰り返したのだ。
そしてある朝、雪が降って、そして思った。寛和の首に手をかけながら。
目を覚まさないでほしい、と。

美しい美しい、可愛い可愛い寛和。その声は、その瞳は、どんなものだろう? どんな色だろう?
それは熱情だった。まるで焦げ付くようなそれは俺を簡単に焼き尽くした。その瞳もその声も俺のものにしたくて、何度も寛和に話しかけて抱きしめた。
でも、寛和は目覚めない。まるで何かを拒むかのように、何かを待っているように目覚めない。
俺はいつまでも熱いのに。熱にやかれてつま先から手のひらの先、視線の前頭の底、全部寛和のものなのに。
俺はいつも熱かった。ずっと内にこもった熱が、それでも答えてくれない寛和が憎かった。

それが弾けて捻じ曲がるには、そう時間はかからなかった。
俺は寛和の声を想像していた。それは鶯よりも美しい声で、到底人のものではなかった。
俺は寛和の瞳を想像していた。それは虹より鮮やかで、到底現のものではなかった。
けれどそれは俺の寛和だった。それこそが俺の寛和だった。
だから。
俺は人であって現である、寛和がこのままでいてほしかった。
寛和がこのまま目をつぶっていればいい。そうしたら寛和の瞳は俺の思う色だ。
寛和がこのまま何もしゃべらなければいい。そうしたら寛和の声は俺の思う響きのままだ。
その考えは俺をひどく甘美に惹きつけた。

だから俺は寛和の髪を撫で、首に手をかけた。このまま目を覚まさずにいればいい。そう思いながら手をかけて、そして少し力を込めた。
寛和は動かない。俺はもっと力を込める。
寛和は動かない。俺はさらに力を込める。すると、

寛和が動いた。

俺は仰け反った。

4「目を覚まさないで」2/2:2010/05/18(火) 01:10:54 ID:3i2kAZAg
その日俺は寛和を殺せなかった。寛和が動いたからだった。その瞳が開くかも知れず、その唇が音を発するかもしれないからだった。
俺は寛和の声を想像していた。それは鶯よりも美しい声で、到底人のものではなかった。
俺は寛和の瞳を想像していた。それは虹より鮮やかで、到底現のものではなかった。
けれども俺は知っていた。寛和の声も瞳も、どんなものでもいいことに、俺は気づいていた。

俺は寛和に目覚めてほしい。
その声と瞳を味あわせてほしいから。
俺は寛和に目覚めてほしくない。
その声と瞳を独り占めする、
哀れな兄を知られたくないから。

目を覚ましてほしい。目を覚ましてほしくない。
俺はただただその狭間で、今日も寛和に少し触れる。寛和はまだ動かない。

その唇に口付けることを、寛和が許してくれるまで、俺も、まだ、動けない。

5バカップルコンテスト 1/2:2010/05/21(金) 23:18:22 ID:Pd9.TPS2
さてそれでは第一回、バカップルコンテストを開催しよう!

まず一組目。出席番号1番赤間春木と出席番号30番中井幸人である。
関係性は幼馴染。幼い頃から共にいた二人だが、この前めでたく結ばれた。
なぜ分かるかって? それは見ていたら分かる。
べたべたと以上に仲がいい→いきなりお互い目線も合わせなくなる→ある日なにか言い争っていたかと思えば翌日再びいちゃいちゃ。
こんな完璧なコンボ他にない。他にないぞすばらしい。今もこう、ふと手を触れ合わせては手をお互い引き、そしてそっと再び・・・おおなんということだ、80点!
「はいはい、80点ね。小計はまあ…こんな感じか」


二組目は出席番号10番筧雄二と40番丸居達也。
関係性は優等生と不良。ただいま急接近中である。まだ結ばれるまでいたっていないのでバカップルと定義できるかは曖昧だが、日々見るたび微笑ましい。
初期は俺としたことが見逃してしまったのだが、二人で屋上に行く姿が目撃されている(俺調べ)ことから考えると屋上でおそらく何かあったのだろう。
そして現在二人はと言えば言葉を交わすでもなんでもないが、ふとしたときに筧が丸居を見つめ、丸居も見返して二人が見詰め合うときのあの空気! たまに筧が見つめていないときに丸居が筧をじっと見つめている姿! そして丸居が視線を逸らしたかと思えば今度は筧が!
ああたまらない85点!
「5点の違いがさっぱり分からんのだが。…あーはいはい、好みね。分かった分かった」


三組目は出席番号15番里村要と42番渡辺太郎。
関係性は不思議と気の合う派手めとおとなしめ。多分Aまではいってる。
こちらの初期は見逃さなかったぞ、流石俺! あの二人がゆっくりと…話題を合わせて接近していくさまはたまらなかった!
そしてある日…涙を流す渡辺にそっと里村が寄り添った、あの時! 俺はもう何かたまらんかった!
現在はどうやら渡辺のほうにそれなりに趣味が合う友人ができたりと人間関係イベントが勃発しているようだ。皆の面前での「渡辺は」「里村は」「俺のだ!」と同時に叫んだあの瞬間…人目をはばからないあの瞬間! あれはたまらん! 86点!
「何だその微妙な点数。いやあのな、そんな目で見ても俺なんも思わんし。お前ただひたすら残念なやつなだけやし」


四組目は出席番号25番嘉禄帝と32番西邑剛士。
関係性は捕食者と被捕食者。現在もうなんというかいきつくとこまでいっている。
こちらの初期は誰でも知っている! クラス内リーダー格嘉禄の「お前は俺のものだ」発言に始まる堂々たるあれやこれや! あれや、これや!
忘れもしないあの朝、腰を擦りながら西邑が登校してきたときの興奮は…ああもう忘れようがない!
現在は帝の兄イベント中! だめだ、これこそバカップルにふさわしいだろう! 100点!
「おー、最高点でたな。まーあのふたりはそーだもんなー。帝が堂々としすぎててもう俺もなんもいえんわ」


さて五組目は…ん、もうネタ切れだな。やっぱりクラス内に限定したのはまずかったか。次は先生方で…ん? どうした克也。何か不満げだな?
「んー、まあなんというか、な。俺もそろそろやらないとなあ、と思って」
は? なんだそりゃ。
「なあ竜幸。俺とお前はなんだ?」
友人だな。
「そう。でもな、俺はお前が好きなんだ。それはそれはもう好きで、押し倒して俺のものにしたいしどろどろに甘やかしたい」
…・・・・・・え?
「まあ早い話、」

「お前とバカップルになりたいんだけど、俺はどうすりゃいいと思う?」

6バカップルコンテスト2/2:2010/05/21(金) 23:21:19 ID:Pd9.TPS2
間違えて1/2にしてしまいました。ここにわざわざ書くのもとも思ったのですが、紛らわしくなりますので一応。

718-899 機械音痴:2010/05/24(月) 15:24:22 ID:PeF.j4mY
(本スレではリロミスで大変失礼しました)
機械音痴キャラって萌えるよね。機械といっても、乗り物系からパソコン系から色々ありますが。

例えば、「僕が触ったら壊れるから!」と必要以上に機械を恐れているタイプ。
基本有能なのに、機械というだけで拒否反応が出てそのときだけ情けなくなると更に萌える。

分かり易くおろおろしてもいいし、表面上はなんてことありませんよ?な顔で内心焦っててもいい。
そんなタイプには「大丈夫、大丈夫」な包容力キャラがついてやって欲しい。
(例)「どどどどどどどどうしよう○○君!僕こんなのやったことないよ!」
   「落ち着いて下さい、○○さん。俺が教えますから」
   「だっダメだよ!僕には無理だ、無理無理無理!」

そんな大した操作してないのに、物凄くキラキラと尊敬の眼差しを向けてくるのも良い。
(例)「凄え…!お前すげえな……!魔法使いみたいだ!!かっこいいな!!」
   ↑賞賛の仕方が大袈裟。かつちょっとずれている
---------------------
例えば、「えーと、このボタンかな?」と恐れなくすぐなんかボタン押そうとするタイプ。
パソコン触っててすぐエラー出したり、傍で見てたら逆に恐ろしいことをやったり、
本人は慌ててなくて周囲の方が慌てるパターン。
(例)「○○ー。なんか止まっちゃったよ、これ」
   「おいいいいぃぃぃぃ!」

フィーリングでボタン押そうとしてツッコミ系キャラに全力で止められるのも良い。
(例)「へーこれが最新兵器かー。かっこいー。あ、ボタンがある」
   「ナチュラルに押そうとしてんじゃねえテメエ!」

このタイプだと、機械音痴さんはあまり学習能力が無い方が個人的に萌える。
現実世界だと迷惑だけどな!取説読もうぜ!
---------------------
あと機械音痴とロボット・アンドロイド・人格プログラム、のような組み合わせも萌える。
音痴の対象がそのまま相手なの。
機械の方がしっかりしてて、機械音痴は機械音痴故に相手の仕様とか構成とか仕組みとかわかってなくて
ただ「人間と変わらないじゃないか」と思って接するけど、やっぱり人間と機械の壁は存在して…みたいな

8探偵と助手 殺人事件現場にて1/2:2010/05/24(月) 23:55:48 ID:XjUTR.pc

「若様、若様」
「こら猫介、『館花先生』と呼べと言ったろう」
「若様は僕に先生と呼ばれるほど立派なお方でしたでしょうか」
「……間をとって『若先生』で許してやる」
「では若先生、今日のこれはどういったお遊びなのですか」
「当屋を知っているな」
「勿論ですとも。 若先生ととおぉっても仲のよろしい当屋一馬さまでしょう」
「お前はあいつのことが嫌いだったな……。 まあその当屋がな、
先日推理小説を書いて賞を貰ったのだそうだ。 本を送ってよこしたが
あいつの本なぞ読む気になれなかったからな、とりあえず書店に売っていた
推理小説を一通り読んでみた」
「面白かったのですか」
「猫介は読むなよ。推理小説と言うのは大抵人が死ぬからな、子供が読む物じゃあない」
「そんなことを言ったら新聞も読めませんよ若先生」
「む、確かに。では今度面白かったのを貸してやろう」
「ありがとうございます。で、今日のこれはどういったお遊びなのですか」
「ここまで言っても分からんのか。探偵ごっこだ」
「僕にはよく分かりませんが、探偵と言うのは白い燕尾服を着ているのですか」
「服装は色々だ。しかしどうせなら一目で探偵だと分かる、目立つ格好がいいだろう」
「忌憚のない意見を申し上げさせていただきますと、今の若様は手品師か芸人にしか
見えません」
「私が記憶している限り、お前の言葉に忌憚があったことはないぞ猫介。あと若先生と呼べ。
それでお前は探偵助手だ」
「こんな上等な服を誂えていただいたのはありがたく思いますし、若先生の格好と比べて
ずっとまともなのも嬉しいのですが、探偵助手というものは半ズボンを穿いているのですか」
「子供ならな。本当は私とお揃いにしようと思ったのだが、親父に殴られたからやめた。
せめて対になるように黒を選んだのだ」
「それは旦那様にお礼を言いに行きませんと」
「お前は私のなのだから、親父に礼など言わなくていい」

9探偵と助手 殺人事件現場にて2/2:2010/05/24(月) 23:56:33 ID:XjUTR.pc

「…………」
「…………」
「この死体役の方は名俳優ですね」
「……いや、それは本物だ」
「リアリティを追求なさるのは結構ですが、それは犯罪です」
「新鮮な死体を製造したわけではないぞ」
「運んでくるのも駄目です」
「違う違う。死体を手配したのは私ではない」
「では警察を呼びませんと」
「そうだな。探偵というのも案外つまらないものだ」
「犯人を探すとおっしゃるかと思いましたが」
「もう分かった。とっとと警察に突き出そう」
「……若様の頭脳は館花家の宝ですね」
「持ち腐れだがな。もっと面白い遊びを考えねば」
「お暇なら今度は僕の遊びに付き合ってください、若様」
「珍しいことを言うじゃないか」
「ええ。夜に、ベッドで」
「…………」
「ね、先生。いいでしょう?」

10名無しさん:2010/05/27(木) 11:30:12 ID:vZwr4q3Y
「信じられないな……崎山さんとこうしているなんて」
「それは俺もだよ、そもそも男の子とつきあうことになるとはね」
「ジョシコーセーだったらよかった?これでもピチピチなんだけど」
「誘惑だなぁ、高校生とは清い交際を心がけるつもりだよ、前田さんと約束したしね」
崎山さんは叔父の会社の人だ。
半年前に家族会だとかに無理矢理引っ張り出されて、そこで運命の出会いを果たした。
初恋と気づくまでに一ヶ月、男性相手に悩むことさらに一ヶ月、叔父に相談するまで悩みに悩んでまた一ヶ月。
叔父はさすがにひどく驚いて「何かの勘違いだ」と頭ごなしに決めつけた。
胃を悪くするような思いで、夜もよく眠れなくて、やっと勇気を出して話したのに。
逆上した俺を見て、叔父は考え直してくれたらしい。
それからしばらくたった週末に、叔父は崎山さんとのアポを取ってくれた。
場所は遊園地だった。子供か! おまけに叔父までついてきて、あろうことか男3人で遊園地。
それでも俺は有頂天だった。崎山さんとデート! こぶ付きってとこが残念だけど気にしなかった。

絶叫マシンにいくつも乗って、観覧車(やっぱり3人で!)乗って、アトラクション見て、居酒屋行って飯食べて……
「前田さん、生おかわりいきますか? それとも酒? 焼酎もいいのありますよ」
でも、俺が叔父を気にしなくても、崎山さんは叔父に気を遣うのだ。
当然か、叔父は会社じゃ崎山さんの先輩だし。
「あ……じゃ、生一杯。しかし今日はすまないね、崎山君。
 こいつがどうしても遊園地に行きたいって言うからさ、ホント参ってたんだ。
 俺ひとりじゃきついよな、遊園地……でも案外楽しかったし……今日は、助かった」
一応そういう設定になっているが、遊園地を決めたのは叔父なのだ。内心面白くない。感謝はするけど。
「いえいえ、俺ももう何年ぶりかなー。楽しかったですよ。鬼の前田さんの弱点がジェットコースターだっていう
 特ダネもつかみましたし」
「わざわざあんなもの、作る奴の気が知れん」
「乗る方じゃなくて作る方がですか!……でも、苦手なら下で待ってれば良かったんじゃないですか?」
「……裕紀が心配だからな」
グシャグシャッと髪の毛をわしづかみにされた。やめてくれよもう。

あの時見てしまったことは一生の秘密だ。
帰るために席を立って、先に靴を履いた俺が何気なく振り返ると、叔父がひとり、まだ席に残っていた。
その手が、座布団におかれている。さっきまで前田さんが座っていた席だった。
「叔父さん!何してるの、早く行くよ!」
俺は何食わぬ顔で叔父に声をかけ……それから数ヶ月、すったもんだの末に前田さんをゲットした。
叔父が悪いのだ。遊園地はデートのつもりだったのか。苦手なジェットコースターも崎山さんとなら乗ったのか。
知ってるけど言わない。勇気を出したのは俺の方だ。
叔父さん、ごめん。……ごめん。ありがとう。本当に……ごめんなさい。

11名無しさん:2010/05/27(木) 11:31:46 ID:vZwr4q3Y
すみません、>>10は 18-929 「甥っ子と、おじさんと、おじさんの後輩と」 でした。

1210:2010/05/27(木) 11:35:15 ID:vZwr4q3Y
おまけに下から6行目の「前田さん」は「崎山さん」の間違いです。
吊ってきます……

13甥っ子とおじさんとおじさんの後輩と 1:2010/05/27(木) 12:01:54 ID:tb0SoL.c
今の10代の男の子ってのは何が欲しいんだろうな」
仕事も終わり駅へとむかう途中、隣を歩く先輩に聞かれた。
急に何を聞いてくるのかと驚いたが、すぐにピンときた。
「甥ごさんにですか?」
「ああ。この歳になるとさっぱり分からなくて困ってる」
先輩が、甥ごさんと一緒に暮らしてから半年が経つ。
先輩の兄である父親と二人暮らしだったそうだが、
そのお兄さんが急に海外へ行くことになり、甥ごさんは先輩と同居することになった。
慌てて部屋の片付けや掃除をする先輩を手伝ったので、俺も良く憶えている。
「俺も先輩と3歳しか違わないので、あまり分かりませんが。
 好きなもの買いなさいって、お小遣いをあげるのはどうですか?」
「何度か渡そうとしたんだ。けれど『お父さんからお小遣い貰っているからいいです』って
どうしても受け取ってくれなくてな……」
「それは随分しっかりしてますね……、じゃあ何か買って渡さないと駄目か」
その時のことを思い出したのか、先輩は何となくしょんぼりとしている。
彼が来てから、先輩は前ほど飲みにも付き合ってくれない。
いそいそと自宅へ帰るので、俺や周りの人達はまるで子供が出来たみたいだと言っている。

142:2010/05/27(木) 12:03:16 ID:tb0SoL.c
じつのところ、俺は新婚みたいだよなーと思っている。
男親と二人暮らしだったせいなのか、甥ごさんは歳に似合わぬ家事の達人だった。
ここ半年、先輩のシャツは下手なクリーニング屋より美しくアイロンがけされ、靴はいつも磨き立てのように光っている。
先輩も社会人として身だしなみを整えていたが、手の掛け具合が違う。
週に何度か、お手製の美味しそうな弁当も持ってくるようになった。一口もらったら実際美味しかった。
弁当にはそのうち、先輩の好きな食材やおかずが必ず入るようになった。
弁当や身なりについて先輩に言うと、照れ笑いしつつ嬉しそうに喋る。帰宅する時は、連絡を入れている。
先輩は、もう彼をとても可愛いく思っていて、あれこれ気にかけているのだろう。
片づけを手伝ったお礼にと鍋に呼ばれた時に会ったが、
大人しくて素直そうで、先輩や俺に気を使ってあれこれ立ち働いていた。
かわいくて良い子だと思ったし、先輩と上手くやれているのは何よりだ。
けれど、少しつまらないし寂しい。
「先輩、今度の休み予定ありますか?
甥ごさんに買ってあげるもの二人で探しに行きましょうよ。」

1514:2010/05/27(木) 14:10:57 ID:tb0SoL.c
14訂正。2/2です

16名無しさん:2010/05/28(金) 11:57:52 ID:PCg6mubE
この掲示板は100行まで投下可能です。分割しなくても大丈夫ですよ。

1718-269 帝王学:2010/06/03(木) 12:51:21 ID:7HM4FhTA
「先日内乱があったそうですね」
「小さいやつだがな。兵をやったらすぐに収まった」
「首謀者の一族郎党、女子供まですべて殺したと聞きました」
「反乱を起こすというのなら、そのくらいの覚悟はもってやっているだろうさ」
「恐怖で人は縛れませんよ」
「恐怖がなければ、やつらは思い上がる」
 彼の手が酒器へ伸びた。彼がめったに飲まない酒を飲む時はたいがい機嫌が悪かった。
「北へ兵を進めようとしているとも聞きました」
「そうだな」
「何故そんなに急ぐのです。あなたが他国に出している兵は駒ではない。
私たちと同じ生を受けている者たちなのですよ」
「俺は玉座の重みは知っている。出来る限り少ない犠牲で済むようにしている。
それはお前には見えないだけだ」
「今以上に国を広げてどうなさるのですか」
「国が豊かになって何が悪い。国を治める者は民の事を考えろ、
国が豊かになることが民の為と教えたのはお前だ」
「他国を虐げて、自国の益ばかりを考える国で、民が幸せだとでも言うのですか。
内なる不満を力でねじ伏せて、それで民は満足だと」
 彼からにらまれて、私は彼の琴線に触れる一言を言ってしまったのだと気がついた。
「酔いが醒めた。無粋なやつだ」
「出過ぎたことを申しました……」
「北に兵はやらぬでも良いが、あの国は数年後こちらを攻めてくるだろう。
先にやらねばこちらがやられる。その時にこちらの兵は百万は失う。
それでもいいならそうしてやるさ」
「戦以外の道もあるのではないのですか」
「お前から渡された書物にはそんなものはなかったな」
 冷たい目でそう言い放たれ、私は次の言葉が出なかった。
腕をとられ寝所に連れて行かれる気配を感じた。私は必死にその腕を振り払おうとした。
「お離し下さい」
「よく言う。閨の事も俺はお前から習ったのに」
「私は…」
「早く世継ぎを作ってもらおうと思ってか?
あいにく俺は俺の血を残そうなどとは思わない。
妻には他の男と世継ぎとやらと作ってもらってもいいくらいだ」
「なんと恐ろしいことをおっしゃるのですか」
「俺の臥房に呼ばれることを誉れと思え。思えぬのなら、俺が眠っている間に俺を殺せ。
それでお前の悩みは消えるだろう。だがお前はそれが出来ない。
お前が育てた男は、今この国で最も玉座にふさわしい男だからだ」
 彼は荒々しく私の口を吸う。髪をつかまれ、乱暴に引き倒された。後はされるがままだった。手加減はまるでない。体がきしむような痛みに私は耐えた。

 あの人見知りで内気な少年はどこに行ってしまったのだろう。
優しすぎて、王宮に迷い込んだ猛獣も殺さないでくれと泣いて頼んだあの少年は。
 王が私を抱くのは復讐なのか。ありとあらゆる帝王学を修めさせ、
こんな道に進ませてしまったことへの。

 彼の苦悩を、彼の涙を、私は見て見ぬふりをした―――これはその報いなのか。

18絶対に知られたくない人:2010/06/05(土) 12:25:30 ID:Q09jxEaM
人里離れたこの学校に、転校生が来た。

噂によると、転校生はジャ●ーズジュニア真っ青なかわいらしい顔立ち、編入試験もほぼ満点。
転校初日に副会長の似非スマイルを見抜き、寮の同室である一匹狼な不良を懐柔。
双子会計を見分け、無口ワンコな書記の言いたいことを理解し、会長に「面白い」と言わしめたらしい。

随分とスゴい奴が来たものだ。
既に転校生の親衛隊も作られたとも聞いた。
近いうちに生徒会入りかもな、と生徒会顧問が呟いていた。

そんな面白い奴なら、是非お目にかかりたいと思いながら、タイミングが合わずに早一ヶ月が過ぎていた。


どうやら生徒会入りが本格的に決まったようだ。

それを知ったのは書面だった。
各委員会当てに配られたプリントに、生徒会補佐の承認を求める内容が書かれていた。
時期が時期なため、選挙とはいかなかったらしい。

生徒会役員やその親衛隊からの承認は受けており、あとは各委員長のみとなった時点で、初めて転校生の名前を知った。


……関わりたくない。


額に手を当て、ため息を一つ。
まさか、そんなバカな、あり得ない。

「委員長?」

副委員長が不思議そうな顔でこちらを見る。

「承認はする。これをあっちに持って行ってくれ」

署名はした。わざわざ足を運ぶ気はない。
パシり…ではなく、お使いを頼めば

「いや、顔合わせもあるでしょうし、委員長が行ってください」

バッサリと切りやがった。殴りてぇ。


渋々、本当に渋々と生徒会室まで行き、深呼吸。
いない、絶対いない。信じよう。

「失礼します」

ノックをし、挨拶と共にドアを開ける。

「俺の隣に来い、梓」
「ほら梓、好きなケーキ用意したよ」
「「梓ー、遊んでよー」」
「あずさ、こっち…」

そこには異様な光景が広がっていた。
役員が揃いも揃って一人を求めている。
で、そいつはと言うと

「だから、俺はてめぇらみたいな雑魚相手にしてる暇ねぇんだよ」

顔に似合わない口調で、毒を吐いている。

いたよ……
帰るか、と踵を返そうとしたら

「桜井、書類か」

空気読めないバカ、会長が俺を呼んだ。
転校生がこっち見てるじゃねーか、ボケ。

「承認はする。後は関わらない。じゃあな」

近くの机に奥だけ置いて、さようなら……は出来なかった。

「久しぶりだな。会いたかったぜ?」

俺の右腕、離せや。

「折角会いに来てやったのに、再会に一ヶ月もかかるとは思わなかったぜ」

まさか、人知れず入学したここにまで来るとは。

「まあ、仲良くやろうぜ。風紀委員長さん」

鬼だ。天使の笑顔を持った鬼がここにいる。

多くの人を魅了し、侍らせ、心を乱すのを得意とする友人。
笑顔で『お前が好きだから、絶対貰う』宣言されたときには、嬉しさなんかよりも恐怖を感じて逃げに走った。

それなのに、知られてしまった。
こんな山奥の学校にまで来たのに。
鬼から逃げるための檻の中に、鬼が入ってきてしまった。

「俺から逃げられると思うなよ」

いや、逃げるけど。

1918-959 殺し愛 1/2:2010/06/06(日) 18:54:23 ID:6g9eFhCI
「毎回思うんですけど」
男の腕に包帯を巻きながら、少年は嘆息した。
「本当、楽しそうですよね。あの人とやりあってるとき」
今しがた、男の切り裂かれた腕を縫合し終えたところだ。
まともな医学など学んでもいない自分の治療技術がここまで向上したのも、
目を逸らしたくなるような傷を前にして殆ど動揺しなくなったのも、半分以上この男が原因だと少年は思っている。
「上からの指令、ちゃんと覚えてますよね?」
「わーってるよ。……あーあ、邪魔が入らなけりゃもっと楽しめたんだがなぁ」
「楽しんでないで、殺してください」
「だからわかってるって。うるせえぞ」
ぞんざいな口調とは裏腹に、男はずっと上機嫌だった。利き腕に深い傷を負ったにも関わらず、
鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。きっと二ヶ月ぶりの『最中』を思い出しているのだろう。
ニヤついている男に、少年はわざと聞こえるように大きなため息をつく。
「分かってません。だって殺せてないじゃないですか。また逃げられたじゃないですか」
わざときつい言い方をしたのだが、男は特に怒らなかった。
「逃げられてねえよ。ただアイツを囲ってる連中が、途中でアイツを引き摺っていきやがっただけだ」
「詭弁です」
「アイツは逃げねーよ」
男は楽しそうに笑っている。
「アイツが、俺から逃げるわけがねえ」
言い切るその言葉に、少年はそれ以上言い返さず、小さく「そうですか」とだけ呟いた。

男の腕に傷を負わせた『あの男』のことを、少年は直接は知らない。
だが、彼があの男に執着しているのは、組織内でも有名な話だ。それこそ殺したいほどに。
あの男は彼の元相棒で、組織を抜けた裏切り者だった。
だから、組織の上層部はあの男の抹殺に彼を差し向けた。適任だと考えたのだろう。
(それが間違いだったんだ。この人は、あの人の『抹殺』に一番向いていない)

一度目。あの男が組織を抜けてから、二人が初めて再会したあのとき。
彼は笑っていた。笑いながら、傷を付けて付けられていた。『会いたかった』と嬉しそうに。
二人は、まるで互いの姿しか目に入らないように、ただただ、血みどろになって殺し合いを演じた。
少年が男の下について数年経っていたが、あんな彼を見たのは初めてだった。
あのときは彼に『邪魔をするな』と言いつけられていたが、
そんな言いつけがなくても自分は動けなかっただろう。そう少年は思い返す。

結局、あの最初の殺し合いは、現在あの男が身を寄せているらしいレジスタンスの狙撃によって中断し、
彼はあの男を殺せず、あの男もレジスタンスも彼を殺すことはできなかった。
あれから幾度かの戦闘が起こっているが、未だ決着はついていない。
飽くまであのレジスタンスの狙いは組織に打撃を与えることであり、あの男は重要な戦力ということなのだろう。
その大事な戦力の過去の因縁など、敵の一幹部をおびき出すエサ程度にしか考えていないのかもしれない。

「……はい、出来ました。数日はちゃんと大人しくして、早く治してくださいよ?」 
包帯を巻き終わって、少年は男の腕を軽く叩く。
今回の怪我が、右腕と右耳の裂傷だけで済んだのは幸いだった。
「その間に上から来た他の指令は、可能な限り僕や部下で対処しますから」
「おー。サンキューな」
敵対相手には血も涙もない癖に、こういうときこの男は人懐っこく笑う。

2018-959 殺し愛 2/2:2010/06/06(日) 18:55:45 ID:6g9eFhCI
その反応が嬉しくないこともなかったが、あの最初の殺し合いを見てからは素直に喜べなくなっていた。
(あの人に向けていた笑顔とは、比較にすらならない)
男は、手首をカクカクやりながら、機嫌良さげに包帯の巻かれた右腕を眺めている。
――まるで、大事な相手から貰った大事なプレゼントでも見つめるように。

その様子を見て、少年は無意識のうちに口を開いていた。
「……そんなに気に入っているなら」
「ん?」
「そんなに、あの人が気に入っているのなら。もっと平和的な手段があるんじゃないですか」
「平和的、だぁ?」
男は眉を顰め首を傾げて少年の顔を見る。少年は、そんな男の目を真っ直ぐに見返した。
組織の意向はあの男の『抹殺』だ。それを分かっていながらも、少年は言葉を紡ぐ。
「握手して、ハグして、キスして、どちらかがどちらかに突っ込めばいいんです」
「…………」
男はぽかんと目を丸くして少年の顔を見つめ、数秒後、盛大な笑い声をあげた。
「ぎゃはははは、なに言ってんのお前。俺はお前みたいな変態じゃねえよ」
「言うに事欠いて、僕を変態呼ばわりですか」
「だってそうだろ?突っ込めって、お前。俺はアイツを殺すんだよ、キスしてどうすんだ」
心底可笑しそうに大爆笑する男を前にして、少年は今自分が言ったことを即後悔する。
そして、後悔を誤魔化すように小さく咳払いしてから、素直に頭を下げた。
「血迷いました。つい馬鹿なことを言いました。すいません」
「つい、で言うことがソレかよ。ははは、まあいいって。ちょっとだけ面白かったぜ」
「すいませんでした」
「じゃあ、変態なお前に一つ命令。うん、罰だな、上司をからかった罰」
「……はい。なんなりとどうぞ」
「アイツを囲ってるナントカいう連中な。あれの本隊が今どこに居るのか捜せ」
「え?」
少年は少し驚いて顔をあげ、男を見る。
「いい加減、鬱陶しい。潰すぞ」
そう言った男の表情からは、人懐っこい笑顔は消えていた。
「俺らがあいつら潰せば、上も当分はうるせーこと言ってこなくなる。一石二鳥だろ」

ヘラヘラとしながらも、彼は気付いている。
結果を出さない自分達に組織が痺れを切らして、あの男に別の人間を差し向けるかもしれないことも。
最初の殺し合いであの男の『友軍』がそうしたように、遠方からの狙撃などで決着を図るかもしれないことも。
気付いた上で、極めて冷静に判断し動いている。多少の遠回りも雑用も我慢も厭わない。

「アイツとやり合うはそれからだ」

全ては、あの男を殺すために、または殺されるために――あるいは永遠に、殺し合うために。

(やっぱり、上層部は判断を誤った。あの人の抹殺は、もっと別の人間に命令するべきだったんだ)
(だってこの人は、あの人の事を一番に考えていて、一番に憎んでいて、一番に……)

2119-19 滅びを予感する軍師 1/2:2010/06/07(月) 07:30:37 ID:dAqinqNE
その軍師は、今帝の物心ついた時分より老人であった。
年輪のように刻まれた皺は深く顔に貼り付き、まるで生まれた時から老人であったようでさえある。
その灰色の眼は、今帝、先帝、先々帝と三代に亘る治世を見守ってきた。
実の正体は仙人であると囁かれるのも無理はない。若い姿を知る者は最早この宮廷には居ないのである。

さて幼き頃よりこの軍師に稽古をつけられし帝もちらほらと白髪の混じり始めた初春、
かねてより勢力を増していた西の異国が大陸の向こうより騎馬20万もの大軍で押し寄せてきた。
対する自軍は5万、小国ながら軍師の策により初めは拮抗していたものの、
夏にもなると若き国、若き軍に押され始め、遂に疲弊しきった自軍は僅かに宮廷を守るのみとなってしまった。
かつての美しかった都は焼け、民は南の国へ次々と逃げ落ちた。
今にも帝の玉間に敵軍の蹄の音が聞こえんとする中、軍師は帝と差し向かい話を始めた。

御覚悟は出来ておられますか、帝。
私は貴方の生まれる遥か前より、この国の為に尽力して参りました。
貴方の祖父、先々帝に戦場で初めてお会いしたのがまるで昨日の事の様でございます。
敵国の敗走兵だった私に、先々帝は強くなれと仰いました。
その日から私は、この国の為に、先々帝の為に強くならんとして参りました。
先々帝が亡くなり、先帝の為に働いて参りました。
先帝が亡くなり、帝の為に働いて参りました。
よいですか、帝。
御覚悟は、出来ておられますか。

2219-19 滅びを予感する軍師 2/2:2010/06/07(月) 07:34:05 ID:dAqinqNE

遂に門を破り宮廷を制圧した敵軍の大将は、一番奥の豪奢な扉の前に足を運んだ。
その繊細な装飾にそぐわない、戦の血や土で汚れた手が、重い扉を開く。
光の差し込む広い室内には、たったひとり正式な帝の装束を身にまとい、玉座についた人影があるのみである。

「帝か」

静けさを打ち砕くその声に、人影はゆっくりとその灰色の眼差しを上げた。


「いかにも」


再び閉じた瞼の裏に、先々帝の顔が浮かんだ。

…帝、貴方の子として私はこの国を慈しみ、守り、育てました。
貴方を愛する様に、この国を愛しました。
しかし、帝、貴方の子はこの国そのものではなかった。
貴方の子は、先帝であり、今帝であり、またこの国の民でありました。
子らの有る限り、国は滅びようとまた何度でも興るはずでございましょう。
生き抜く御覚悟を決めた今帝が、きっと道を切り拓くはずでございましょう。

違いないと、頷いて下さいますか、帝。


旅人のなりをした一団が南の国に到着したと同じ頃、ある一国の帝が首を落とされ、その長い歴史の幕を閉じた。

2319-69 24時間:2010/06/12(土) 15:00:03 ID:yfv0RATU
「今から86400秒後に貴方の心臓は停止します。」
自ら天使と名乗った男が言った。
イカレてやがる。
病院逃げて。
俺はこみあげる緊張に、寒気を感じながらごくりと派手な音を立てて唾液を飲み込んだ。
いつもなら聞く耳すらもたない、金目当てか、宗教か、はたまたキメちゃってるのか分からない男の言動に俺が狼狽しているのは、突如グレーのスーツから生えた鳥の羽根のせいに他ならない。
羽根だけならまだしも足元がちょっと浮いちゃってる。
悪ふざけにも程がある。
「聞いているのか」
世界の均衡がどうの御名がどうのとしゃべりつづけていた
天使?はもともと短気なのかビキビキと青筋を立てながら迫ってきた。
「聞いてないようなので要約するとお前は明日、死ぬ。」
マニュアルでもあったのだろうか、ですます口調が消えている男が真剣な顔で言葉を伝えた。
俺はなんとか、へたりこみそうになる体を壁でささえた。
「俺が病院行ってくるか」
「行ってもいいが、何もでない。
 お前は健康だ。」
「じゃあ、アタマ?」
「正常だ。知能は低そうだがまともだろう。」
「いやあんたの方」
天使はほんとに短気なのか本域で両手で首を締め上げた。絶句してタップすると乱暴に手を離された。
「なんでもいい。信じろ。
 信じさせて、残りの寿命を本人にとって有意義な時間として使用させるのが僕の役目だ。」
「お前を信じろって?」
「そうだ。僕を信じろ。」
「信じたら、死ぬじゃねえか。」
ぐっと天使の眉根が寄った。
最初の取り澄ました顔からは想像つかないほど人間くさい。
こいつなりに苦悩してるのかと思うと、なんとも場違いなことにどきりとした。
・・・・・・。
どきりって俺バカすぎるだろう。俺の人生今日までっていう発狂しそうなシチュエーションなのに
気分少女マンガってバカすぎるだろう。
とりあえず気持ちをシリアスに戻したくて、なんでもいいから口を開いた。
「・・・リミットは、明日のこの時間か」
「そうだ。85921秒後だ。」
「俺が死なない方法なんて」
「ない。あれば、僕は一番最初に提示している。」
「なんで、なんで、俺なんだ。」
こいつが本物の天使なら、おそらくは何十回と聞いているのだろう。
なんともいえない顔で押し黙った天使に、やっぱり場違いになんともいえない気分になった俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
男は状況に絶望したと勘違いしたのか、その一見とっつきにくい風体をおろおろさせて俺の顔を覗き込む。
「会いたい人、願望があれば、条理に反しない程度でサポートする。
 僕はそのためにここに居る。何でも言え。」
じゃああんたとちゅーしたいんだけど。
ふと浮かんだ願望に絶望しながら顔を上げると、外見上は道でさっき会ったばっかりのただのリーマン過ぎた。
だがリーマン天使は気難しい表情のまま本人より真剣な目で俺の為にいるという。
「・・・旅行とか、できる?行きたいところとか、どこでも。」
「大丈夫だ。」
少し前向きになった俺に、なんだそんなことかと天使は少し笑った。
ああなんだ。
本当に天使っぽい。
なんだかどうも輝いて見える。
明日、俺の為に泣いてくれないだろうか。
得体の知れない天使グッツとやらをジュラルミンケースから取り出し始めた天使の後頭部をぐりぐり撫で回したい衝動を抑えながら、俺は天を仰いだ。

2419-59 ひぎぃ:2010/06/12(土) 18:04:43 ID:ZZZMp79s
「『ひぎぃぃぃぃぃらめぇええええこわれちゃうぅぅぅぅぅぅっつ』ってどうやって発音するのかな」
「なんですか?」
「エロマンガのセリフです」
「今読んだ通りに発音するんじゃないんですか?」
「最後の『っつ』はやっぱりちゃんと『つ』も言うんですよね、きっと」
「知りません」
「試してみませんか」
「誰が」
「あなたが」
「誰と」
「私が」
「嫌です」
「どうしてですか」
「どうしてもです」
「試してみないとわからないじゃないですか」
「僕はわからなくても困りません」
「私はわからないとこの好奇心が収まりません」
「収まらなくてもいいじゃないですか」
「いいですけど、納得するまであなたで妄想しますがいいですか」
「それは嫌です」
「あなたの顔を見る度に、どんな声を出すのかなとか、妄想で頭がパンクするかもしれません」
「だいたい、本当にそんな風に最中に言う人いるんですか。聞いたこと無いですけど」
「誰かとそういう風になったことあるんですか」
「そりゃあ僕だってそれなりに経験はありますから」
「それじゃあ、最中に『だめ』が『らめ』になるかも試してみましょうよ」
「だから嫌ですって」
「堂々巡りですね」
「ですね」
「キスならいいんじゃないですか」
「え」
「そこからなら大丈夫ですよね」
「んー」
「ね?」
「まあ、キスなら」
「じゃあ目をつぶってくださいね」
「はい」
「ん」
「…ん」
「………」
「………ん、」
「………」
「…ん……」
「キスが上手ですね」
「んん」
「この先もいいですね?」
「…ン」
「試すだけですから」
「………あ」



「結局、『ひぎぃ』も『らめぇ』もなかったですね」
「当たり前じゃないでしょうか」
「『こわれちゃう』はありましたね」
「大きすぎるんです!」
「残念ながら、発音の仕方は結局わかりませんでした」
「マンガみたいには普通喘ぎませんから」
「でもおかげで好奇心が満たされました」
「そうですか」
「身も心もすっきりです」
「それはよかったですね」
「何か怒ってますか?」
「僕はこう言う身体だけの関係は嫌いなんです」
「ごめんなさい、順番が逆でした。私はあなたが好きなんです」
「知りませんでした」
「知らなかったんですか」
「僕はそれほど察しがよくありませんから」
「それはごめんなさい。私はずっと口説いてたつもりでした」
「口説かれてたとは思いもしませんでした」
「そうですか、それでは今度は恋人同士の行為に移りましょうか」
「いえ、壊れちゃうので」
「まだ恋人同士としては試してないですよ」
「……たしかにそうですけど」
「ね」
「…はい」
「それでは」
「あ」
「いただきます」
「…あ……らめぇ…」

2519-59 ひぎぃ(ry:2010/06/13(日) 20:10:11 ID:tB.aE5ms
「…暇だぁー」
「銀也、お前今朝からそれしか言ってないぞ」
「いや、そう言われてもね。マジ暇なんだって」
「いい加減、聞き飽きた。そんなに暇なら勉強でもしたらどうだ?次の試験、赤点だと単位ヤバいんだろう?」
「嫌だ。つまんねーもん」
「嫌って…お前な…。春休みに補習したいのか?」
「いや…そういうワケじゃ…ってか、そっちのが嫌だ。そーだ、お前勉強みてくれよ。どーせ、もうお前はカンペキだろ、首席サマ?」
「来週までにお前のそのポンコツ頭に知識詰めこむ自信はないな」
「眼鏡のくせにエラソーに。ポンコツって何だよ、殴るぞ?」
「偉そうって何さ。というか、眼鏡関係ないだろっ。まったく…そもそも、それが勉強教えてもらう奴の態度か?まあ、教えなくて良いなら…」
「えーっ」
「えー、じゃない」
「…。…。…。えーん」
「えーんって、ガキかお前。というか、嘘泣きって。何才だよ。やっぱりお前馬鹿だろ」
「困ったら嘘泣きしとけばどうにかなる、って昔言ってたじゃん」
「わぁ…。何、それいつの話?幼稚園とか、そんくらいの時に僕やってた記憶はあるけど、お前に言ったっけ。というか、17にもなって嘘泣きはない」
「玲史…お前、オレを騙したのかぁ!」
「小さい頃の話じゃないか!いつまで信じてんだよ…。そういうのは可愛いから通用するに決まってるだろ。こんな可愛げのない奴が嘘泣きしたって気持ち悪いだけだって」
「や、今でもイケるかも…って、誰が気持ち悪いだ、てめぇ。つーか、何。お前、昔は自分カワイーって思ってたわけ?」
「うん。そうだけど?実際、可愛かっただろ?初対面でお前が女と間違えるくらい」
「ぅわー!言うな!それはもう言うな!忘れろ!今すぐ忘れろ!」
「うーん…そう言われてもねえ?僕としては人生最大の事件だったわけで。男だって気づかれないまま、告白までされたっけね?」
「うわっ!何でそんなことまで覚えてんだ!頼むから忘れてくれ!」
「うん?嫌に決まってるじゃないか。お前をからかう最高のネタ、忘れるなんて勿体ない」
「うるせー。もう黙れお前。あー、もう。昔のオレ殴りてぇ…何でこんな性格悪いヤツに…」
「うるさいのはお前の方だと思うんだけど。…で、話戻すけど。勉強、今日から教えてやる。今楽しんだ分はキッチリみてやるから安心しろ」
「…って、今日から?マジ?」
「机の上、片付けとけよ。どうせ、物置きになってるんだろ。いいな?じゃ、席戻れ。予鈴なる」


 + + +

一応、注釈?
「お題…?」な人は平仮名に変換して頭の文字だけ拾えば疑問が解消されるかも。文字の大小はスルーの方向で。
い・え・うのターンは死にそうだった。一部、トンでもなく苦しいことになってるのは見逃して…。意外につなげるの難しくて。

2619-89 共犯者 1/2:2010/06/17(木) 00:41:20 ID:swA1qkbU
…えェ、ですから私は共犯者なんです。
藤野が?全て罪を認めると?
いいですか…イイエ、毛布なんぞ要りませんよ。飴玉?子供扱いしないで下さいよ。
水?そんなら一杯頂きます…

…フゥ。

いいですか、藤野が何と言ったかは知りませんが、私は藤野の共犯者なんです。
えェ、私は四宮の長男です…そして藤野は我が家に出入りしていた庭師です…
坊っちゃんと呼ぶのは止めて下さい。幼く見えましょうが私はもう十八です。
そうです。来月祝言を挙げる事になっていました。そしてゆくゆくは四宮商事を継がされる…
結構じゃあありませんよ。冗談じゃない。毎日ゝゝ息が詰まりそうでした。

藤野とは良く話をしました。口を利いている所を見つかりますと叱られましたので、こっそりと障子越しに話を。
イエなにという事もない話です。しかし私の知らない世界の話でした。
年もそう変わらないのに、私は世間を知らないものですから、とても興味深かった。
故郷の話も良く聞きました。山があって川があって、空の高く青い…

そんな話をしているうちにぽろりと溢してしまったのです。藤野の故郷へ行きたい、と。
丁度初めて婚約者の写真が送られて来た日でした。いや、お可愛らしいお方でしたよ。
しかしはっきりと悟ってしまったのです。
私はこの方の事を何とも思っていない、この結婚はお互いに哀れになるだけだ、と。
…いえ、もしかしたら私ははなから時機を待っていたのかも知れません。
どうした訳か、私はその時藤野も同じ事を考えていると確信していました。同じ気持ちでいると。
そして障子を開けたのです。
果たして藤野は、私と同じ目をしていました。
行きましょう、と言ってくれたのです。

家中のお金をかき集め、車を一台失敬して家を飛び出しました。
あれ程大きく見えた我が家の門が遠ざかる程に、私の心は晴れやかになっていきました。
私は腹の底から愉快でした。藤野と目が合うだけで笑いが込み上げて来ました。
藤野も見た事もない顔で笑っていました。何しろ真面目に仕事をする姿しか見た事がないのですから。
…そうです、其れが十五日…そして北へ北へと向かいました。藤野の美しい故郷へと…

2719-89 共犯者 2/2:2010/06/17(木) 00:44:33 ID:swA1qkbU
何もかも初めて見るものばかりでした。
東京を離れて行くにつれて田畑が増え、あれは何の畑、其れは何の畑と藤野が教えてくれました。
何も食料を持って出ませんでしたので、昼過ぎでしょうか、車を停め、
青々と実っていた胡瓜を少しばかり失敬してそのままかじりつきました。小川の水を掬ってごくごくと飲みました。
とても美味しかった。こんなに胡瓜と水を美味しいと思った事はありませんでした。
あァそうだ、此れも罪状に付け加えておいて下さいね。あくまでも共犯ですよ。

そして温泉街に出たのでその日は宿をとりました。…はた屋?はァ、そこまで調べがついているのですね。
…何です?下世話な興味は控え…いい加減にして下さい。訴えますよ。
兎も角、一泊して朝には発ちました。野を越え山を越え、暗くなる前には藤野の故郷に着きました。
本当に綺麗な所でした。空は真っ赤に染まり、山も赤々と照らされ、まるでそこかしこが燃えているようでした。
何故だか私はとても懐かしいような、泣きたいような気持ちに捕らわれました。
ふと藤野を見ると、藤野も私と同じ、泣き笑いのような顔をしていました。

…そこからはご存知の通りです。藤野の実家には家から既に連絡がいっており、私達は貴方がたに捕らえられました。
一瞬だけ見かけた藤野のお母様の目は哀しそうで、瞬間とても申し訳ない気持ちになりました。
えェ、この様な次第ですから、藤野が罪に問われるというなら私はその共犯者なのです。
被害者?とんでもない。誘拐?そんな馬鹿な!
おおかた私の家の者が力をかけているのでしょうが…一寸待って下さい。何、何を書いているんです?
まるで違うではありませんか!私は藤野に脅されてなどいない!心神を衰弱など!私はまともだ!
聞いて下さい、ねェ、私は家の金を盗み、車を盗み逃げたんです…私は共犯です…!いえ、私こそが主犯です!
藤野はただ私を、あの家から逃そうとしてくれたんです…あの監獄から…あァ、藤野…
藤野は何処にいるんです?話を、話をさせては貰えませんか?お願いします…
何処か近くの部屋にいるのでしょう?お願いです、後生ですから…藤野…!
何ですか、迎え?嫌だ、私は家に戻るつもりなどない…!
聞いて下さい!聞いて下さい、私の話を…!

私の、私達のした事が一体何の罪になるというのか…!

2819-99 クマのぬいぐるみだと思ってたらサルだった:2010/06/18(金) 02:54:35 ID:d/TNxojU
「いや、お前はクマじゃなくてサルだよ」
「…へ?」
突然言われた衝撃的な一言に、俺の思考回路が一瞬止まる。
「だから、お前はクマじゃなくてサルのぬいぐるみ」
…えーと…俺が、クマじゃなくて、サル?
「いやいや!お前何言ってんの!俺はクマだろ!?」
「…お前、自分の姿見たことないのか」
目の前のクマのぬいぐるみがため息をつきながらそう言う。
「…え…だって工場からUFOキャッチャーまで段ボール箱の中だったし……マジで?」
「…手見てみろ。同じ茶色だけど俺のとちょっと違うだろ」
そう言われて自分の手をまじまじと見てみる。
茶色だ。薄茶色で…指がついている。
「ほら、俺のは指までついてない。もっと丸いんだ」
隣のこいつの手と比べれば、その違いは一目瞭然だった。
「…知らなかった…」
俺はてっきり、クマだとばかり。
可愛くて一番人気なクマのぬいぐるみだとばかり思ってたんだ。
「…お前サル嫌なの?」
ショックすぎて暗い表情になった俺に、隣の奴が話しかけてくる。
「…そりゃ嫌だろ。一番人気ないって工場でも言われてたもん…」
まさか自分がその不人気なサルだなんて思ってもみなかった。
この気持ち、人気のあるこいつには分からないんだろう。
「ふうん。でもお前、自分の顔見たことないんだろ」
「ないけど…でも人気ないんだから相当なブサイクなんだろ」
「別にそんなことないと思うけど」
「…そりゃ慰めをどうも」
なんだよ、人気者は話しかけてくんな。みじめじゃないか。
―嫌いだ。こいつなんてとっとと取られてどっかに行っちまえ。

そんな俺の思いとは裏腹に、数日経っても隣のクマはなかなかキャッチされなかった。
狙われたことは何度かあったが、どいつも下手っぴで腕をかすめていくだけ。
他のクマのぬいぐるみはどんどん取られていってるのに。
多分人間から見て取りづらい位置にいるのだろう。
対して俺はというと、当たり前のように狙われることすらなかった。
「あれ、端っこの方にサルもいるじゃん」
「えー!やだ、クマがいい!」
こんな会話が外側の世界で繰り広げられるのを何回か聞いて
その度に、やっぱりサルなんて人気ないんだなと改めて落ち込んだ。
…あ、また隣の奴の足にアームが引っ掛かる。
今度こそお別れかな…そう思ったけど、やっぱりアームはするりと抜けた。
「お前、人気あるくせに運悪いね」
ぼそりとそう言うと、奴は少し笑って「むしろいいだろ」と呟いた。
むかつく奴だと思ったけど、一番人気なだけあって笑った顔は魅力的で
もう少しこいつに隣にいてほしいなんて思ったのは絶対に内緒だ。

次の日、いつものように「クマあそこだ」という声が聞こえた。
「ほらあれ!クマだよ、かわいいだろ?」
「いや別に…ていうか隣のとなんか違うの?」
「ええ?隣はサルだよ!全然違うじゃん!」
「ああそう…。もうなんでもいいから早く取って帰ろうぜ」
いつものようにラブラブなカップルでも来るのかと思ったら野郎二人組かよ…。
まあどうせ可愛い女の子が来たところで俺には目もくれないわけだけど。
ていうか…クマをかわいいと言ったあいつ、何回か見たことがある。
よくUFOキャッチャーをやりに来ていて、結構上手かったはずだ。
この前も大きいヒヨコのぬいぐるみをゲットして喜んでたんじゃなかったっけ。
隣をちらりと見ると、クマのぬいぐるみと目が合った。
「…お前、今度こそ取られるかもな」
人気者がいなくなったらせいせいする。
「そうかもな」
だって、こんな奴がすぐ隣にいたら自分がみじめだ。
「…もう会えなくなるな」
だから早くいなくなれ。
「…そうかもな」
アームがこちらに向かって近づいてくる。
このアームが次に開いた時は、こいつはずっと遠いところに行ってしまう。
「…行かないで」
「…え?」
―いなくなれなんて、本当は思ってない。
「お前が行っちゃったら、クマいなくなっちゃうだろ!
 クマがいなかったら誰もやろうとしなくなるから!」
一気にまくしたてると、アームがクマに向かって降りてくる。
「だったら一緒に行けばいいだろ」
次の瞬間、引きずられるように俺の体も上へと持ち上げられていった。


「…お前、なんであんなことしたんだよ!」
アームで捕獲されたクマとそのクマに捕獲された俺は、今二人仲良く紙袋に押し込められていた。
「なんでって、分かんねえの?」
呆れたように言う口調にやっぱりこいつむかつく!と思ったけど
かなり近い紙袋の中のこの距離に俺の心臓はドキドキしっぱなし。
「あー早く離れてえ!」
そう憎まれ口をたたいたが、俺の心の中の望み通り数分後俺たちは並んでベッドの脇に置かれることになる。

2919-99 クマのぬいぐるみだと思っていたらサルだった:2010/06/18(金) 09:42:35 ID:MPxMks/Q
ショータが放課後、女子と一緒に何かしてたのは何となく知ってたけど、まさかフェルトでぬいぐるみを作っているとは思わなかった。
「ソウマ、これやるよ。お前もエナメルに付けとけ」
「おー、なにコレ、作ったん?」
「おうよ」
「すげー。さんきゅ、かわいいじゃん」
「サッカー部で貰えてないのはお前だけだからなあ、かわいそうで見てられね」
関東大会出場が決まってから、部の連中のエナメルバッグにはお守り代わりの手作りぬいぐるみがぶら下がるようになった。
いる奴は彼女とか、ファンの子とかがくれるのだが、俺は全部断っていて、ショータもそれはよくわかっていた。
多い奴は10個ぐらいぶら下がってるが、俺のはシンプルに飾りは無い。
ショータがくれたものをまじまじと見る。
手が込んでるのかどうなのか俺にはよくわからないけど、目がちんまいビーズだ。
手のひらより小さくて、俺はとてもこんなものを作ろうとは思わない。
「すげぇな、よく出来てるじゃん、このぬいぐるみ。ちゃんとクマに見える」
「はぁ?」
「何?」
「ぬいぐるみじゃなくてマスコットだし」
「どう違うのよ」
「平べったいし。ぬいぐるみったら立体だろ」
「うーん?」
俺にはその違いが全くわからない。
「それにクマじゃなくてサルだし」
「あー? クマじゃねぇの?」
「サ・ル! よく見ろよ、ちゃんと違うフェルトで顔の色も変えてんだろ」
「でも、サルったら耳がもうちょっと横にねぇ?」
「それは、縫ってるうちに移動しちまったの! ちっちゃいからすげぇ苦労したんだからな」
「へえ…そういうもん」
「そういうもん」
「しっぽとか」
「縫ってるうちに抜けちった。ちっちゃいから苦労したの」
「…なるほどな。ところでなんでサルよ」
「そりゃあ…俺が猿渡ショータだから?」
「おー…」
なんかわからないが感動する。俺はショータのこう言うところが本当に好きだ。
「俺もお前と一緒にサッカーしてる気になっだろ」
「おお」
「次はクマ作っから。熊野ソウマの」
「うん」
部活が忙しくてなかなか一緒に帰れないし、土日も部活でつぶれて、こうやってショータと一緒にいられる時間が激減していた。
クラスも違うから、休み時間の廊下で、ほんの5分くらいの立ち話しか出来ないけど、顔を見てるだけで力が湧いてくる気がする。
「ありがとな。大事にする」
にこっと笑って、「んじゃな。次俺移動だから」と手を振ってショータはクラスに戻った。
次の大会は絶対に絶対にショータのためにゴールする。
手の中のクマにしか見えないサルに俺は固く誓った。

3019-109 ウザカワ受け:2010/06/18(金) 16:45:12 ID:PIL2bO6w
幼馴染でクラスメイトの巧は相手の迷惑というものをまず考えない
今日も突然家に訪ねてきたと思ったら、シャツを2着突きだして聴いてきた
「将志はどっちがいいと思う?」
「は?」
俺は勉強の手を休めて巧が持ってきたシャツを見比べた。どちらがいいと聞かれたって
俺にはファッションの知識もセンスも全くない。
普段着ている服だって、マネキンが着てるやつを丸ごと買ってるからそれなりになってる
だけであって、趣味もこだわりも何も無いのだ。それは巧もよく知っている筈なのだが…
「どちらでも同じじゃねーの?」
「全然違うよ!どこに目を付けてるのかなぁ?」
巧はさも信じられない!と言いたげに語気を強めたが、俺にはどちらもヒラヒラしていて
女が着るような服だとしか思えない。
だがそんな服でも巧は似合ってしまうのだ。
小柄で細身、睫毛の長い大きな目、ふんわりした栗色の髪etc…どれをとっても可愛らしい
この性格さえなければ…と俺は何度思ったかしれない

「じゃあ他の奴に聞けよ…俺がそういうの疎いの知ってんだろ?」
ブランドがどうとかレースがどうとか、尚もうるさく喚き続ける巧にそう言ってやると漸く黙った。
何故かうっすらと頬が赤くなっている。
「だって…今日は好きな人と出かけるんだもん。だから将志に聞きたくて…」
好きな人!?その言葉に俺は愕然となった。
巧に好きな奴がいるなんて全然知らなかった。こいつはいつも何だかんだ言いながらもチョロチョロしているから
まさかそんな相手がいたとは…なぜか胸が締め付けられるような気持ちになった俺は、思わず適当にシャツを指差した。
「…こっち、こっちがいいと思う」
「ホント?そっかー将志はこっちの方が好きなんだー」
嬉しそうにそう言うと、巧はおもむろに服を脱ぎ出した。白い肌がいともあっさり露わになる。
「ここで着替えるなー!」
「なんで慌てるの?体育の時間に毎回見てるじゃん」
見てねえよ!お前が脱ぐと女が脱いでるみたいだから、クラスの男どもは俺を含めて全員目を反らしてるんだよ!
あの気まずい空気に気付いてないのかお前は!
「と、とにかく着替えるなら廊下でやれ!」
「えー」
ふくれる巧を廊下に押し出して数分、戻ってきた奴はすっかり支度を整えていた。
「ね?可愛い?」
「あー…うん」
「ちゃんと見てよ!」
お前はどれ着てたって可愛いよ。そんな言葉を俺は飲み込んだ。どうせ、可愛い姿も何もかも、他の奴の為なんだろ?

「もう、しょうがないなーじゃあ、そろそろ行かないと」
「はいはい、行ってらっしゃい」
俺は巧の方を見ようともせずにシャープペンを握りなおした。巧はどこかで誰かとデート、俺は一人で勉強。
寂しいにもほどがある。
だが、そんな俺に巧が抗議の声を上げた。
「何他人事みたいに言ってるの?将志も早く用意して!」
「は?何で俺まで」
まさかデートについて来いっていうのか?いくらなんでもそんな惨めな役はごめんだぞ?
「相手がいなかったらデートにならないじゃない」
「相手…?だって、お前さっき好きな人と出かけるって…」
混乱する。だってそれじゃあ俺がお前の…
「だから…将志が好きなんだよ」
「…知らなかった」
「なにそれ!俺はもう将志と付き合ってるつもりだったよ!」
しらねぇよそんなこと…と、思ったけど、巧が泣きそうな顔をしているので何も言えなくなった。
目を真っ赤に潤ませているのがなんだか妙に胸を騒がせる。
その頭をポンポンと叩くと俺はあやすように言った。
「わかった、デート行こうか」
「…俺のこと好きじゃないんでしょ?」
「好きだよ」
「ホント?」
巧の顔が途端に巧るくなる。
ホントだって、子どもの頃からずっと好きだったよ
「俺のこと一番好き?」
「勿論」
「クレーンゲームで俺の好きなもの取ってくれて、ファミレスでパフェ奢ってくれる?」
「も、勿論」
バイト代出る前なんだけど、まぁ何とかなるか…
「じゃあ行こう」
にっこり笑う巧の顔につられて、つい俺も笑顔になってしまう。
なんだかよく分からないうちに告白して初デートになったけど、なんか幸せだからまあいいか

「あ、俺がナンパされたりスカウトされそうになったりしたらちゃんとかばってね!」
やっぱりこの性格には苦労させられそうだけど

3119-119 「ん?」:2010/06/20(日) 00:45:54 ID:qAaC4tb2
「なーなー、聞いてんのかよ」
「ん?」
「だから!明日の最終の夜行列車!発車時刻はわかってるよな?」
「ん」
「なにその適当な返事。ホントにわかってる?」
「最終」
「そうだよ最終列車だよ!でもなんか今の言い方ですげー不安が増した!逆に!」
「ん?」
「今の、耳に入ってきた単語を適当に繰り返しただけだろ?アンタやる気あんの!?」
「ああ」
「その『ああ』はどっちへの『ああ』だよ!」
「後者」
「本から目ぇ離さずに言われても、全然説得力ねーんですけど!?」
「ああ」
「だから『ああ…』じゃねえっつーの!自覚してるんなら改善しようぜ改善!」
「ん」
「心こもってねえ……いいやもう。とにかく!明日の最終の夜行列車だからな!」
「ん」
「発車時刻は二十二時、五十三分!脳髄に刻み込めよ!?」
「ん」
「あーもー…知ってるけどな!アンタの性格が万事柳に風だって!くそー。……その本、面白いかよ」
「ああ」
「ほんっと、いつもいつでも、動じねえよな。……ったく」
「……」
「……なあ。アンタが三度の飯より何より本が好きなの、よーく知ってるけどさ」
「ん」
「そうやって、でもちゃんと俺の話聞いてくれてるのも、わかってるけどさ」
「……ん?」
「わかってるけど、やっぱ不安になるんだよ……なってもいいだろ、こればっかりは」
「……」
「明日の、最終の夜行列車」
「……」
「一度きりなんだ。失敗したら次は無い。わかってるのかよ」
「……ああ」
「やっと顔上げやがった。おせえよ、バカ」
「分かってる」
「本当にわかってんの?捕まったらアンタもタダじゃ済まない」
「分かっている」
「風に逆らうどころか立ち向かう柳の木なんて、聞いたことねえよ」
「そうだな」
「……。ここの本、全部置いてって平気なのかよ……本の虫の癖に……」
「構わない」
「本当に?」
「ああ。明日の最終の夜行列車、二十二時五十三分発」
「うん」
「必ず駅で待っているから」
「……ん」
「大丈夫、私達はずっと一緒だ」

3219-139 好きな人に似た人:2010/06/24(木) 00:23:22 ID:DkkA6jjw
「そういえばさー」
ようやく書き終わったレポートやその他諸々をバッグに入れて席を立とうとしたとき、
向かい側に座っていた雪也が口を開いた。
「ここのところ、先輩に似た人をよく見かけるんだよね」
『マックにでも寄って帰るか。レポートの面倒みてもらったし、今日は奢ってやるよ』
そう声をかけるつもりでいた俺は、不意をつかれて眉を寄せた。
「なんだよ、急に」
「最近、近藤先輩に似た人を見かけるって話」
雪也から『近藤先輩』の名前を聞くのは久しぶりだった。
久しぶりと言っても、雪也がその名前を口にすることを避けていたわけではない。
単に、俺が聞くのを避けていただけだ。
「……先輩に似た人?なんだそりゃ」
「なにって、まんまだよ。先輩によく似た人」
あの先輩のことを話す雪也はいつも嬉しそうで楽しそうで、俺はその度に複雑な気持ちになっていた。
今も、雪也は機嫌良さそうに喋っている。
「先月、一緒に先輩の試合の応援に行ったろ。その帰りに見かけたんだ」
確かあの日はスタジアム前のバス停で雪也と別れたんだっけと思い出しながら、俺は口を開いた。
「それって、場所と時間的に考えて本人じゃねーの?」
「違うよー。俺が先輩を見間違えるわけないじゃん」
そう言って、雪也は笑う。
「だって、ユニフォーム着てなかったもん」
「お前の中では近藤先輩=ユニフォーム姿なのかよ」
「でも背格好は凄く似てたかなぁ……かっこよかったよ。先輩に似て」

雪也の近藤先輩への想いは、最初から真っ直ぐだった。
真っ直ぐで無邪気で、好きだという気持ちを恥じることも隠すこともしなかったし、
先輩も『そう』だと知る前も知った後も、こいつは何も変わらなかった。

「だってけっこう遠かったのに『あれっ先輩?』って、俺センサーにひっかかったくらいだから」
「ああそう。それはそれは」
「その次の週も隣町で見かけたし、駅前の地下街でも見かけたし。ね、凄い偶然だろ?」
俺は心の中で渦巻く暗い感情を押し殺して、呆れ顔を作ってやった。
「お前、先輩が好きすぎて『誰でも近藤先輩に見える病』にかかってんじゃねぇ?」
「なんだよそれー。もう、本当によく似てるんだって。浩介も見たら絶対に似てるって言うよ」
「だったらやっぱ本人とか。先輩に直接訊いてみろよ」
そう言ってやると、雪也は苦笑した。
「うーん…『あなたに似た人を見ました』なんて言われて、浩介だったらどう思う?」
「まあ、『で?』って感じではあるかもな」
「だろー?……それに、一緒に居るときは、もっと他にたくさん、話したいことあるしさ」
「あーハイハイ。ごちそうさん」
照れたように笑う雪也から目を逸らして、俺は今度こそ立ち上がった。
「そろそろ行こうぜ。閉館時間になっちまうぞ」
「あ、そっか」
言われて気づいたようで、雪也は慌てて机の上を片付け始める。

「でね、先週も見かけたんだ」
「へえ」
相槌を打ちながらも、俺はもうその話題に興味がなくなっている。
「今日みたいに図書館で課題やっててさ。参考書探してたとき、向こうの資料室に姿がちらっと見えて」
雪也の言葉につられて、俺はなんとなく資料室の方を見やった。
「先輩に似た人ねぇ…」
「うん。先輩じゃない、よく似た人。だってその人、本棚の陰で誰かとキスしてたから」
「……え?」
俺は雪也の方を振り返る。
雪也は筆記用具を片付けて終わって、リュックを肩にかけ、立ち上がっていた。
「先輩が俺以外とそんなことするわけないし。なーんて」
冗談めかしてそんなことを言って、笑っている。
「さすがに出歯亀はイカン!と思って、すぐ退散したけどねー」
「……。先週の、いつ見たって?」
「んー?木曜」
「お前、バイトは」
「金曜のヤツにシフト交代してくれって頼まれちゃって」
さー帰ろーと言いながら、雪也は歩き出そうとして……ふと、こちらを見た。
「そういえば――」
こちらに向けられる表情に、暗さは感じられない。
真っ直ぐで無邪気で人懐っこい、いつもの雪也の笑顔。
「キスをしてた相手、浩介に似た人だったよ」
ただ、その眼差しは半分どこか別の場所に向けられているように、俺には見えた。

3319-149 俺の方が好きだよ!:2010/06/24(木) 22:30:34 ID:8JBlPm6g
「あ、猫!」
 俺の隣を歩いていたツレが、突然足を止めて声を上げた。
 振り返ると、道の隅に丸くなってまどろむキジトラの猫。
 ツレは猫から1m程離れたところにしゃがみこむと、猫に向かって手を伸ばし、ちちち、と舌を鳴らした。
 それに気付いた猫が目を開け、億劫そうにツレを見上げる。
「エサもねぇのに、野良猫が寄ってくるわけ……」
 言いかけた俺の言葉が、途中で切れた。
 のっそりと起き上がった猫がツレに歩み寄り、ふんふんと手の匂いを嗅いだ後、その掌に顔を擦り寄せる。
「うわー、かわいい。人に慣れてるんだね」
 満面の笑みを浮かべるツレと、その手に撫でられて満足そうに目を閉じている猫を見て、ただ呆然。
 いやいやいや、ねぇから。
 学校の行き帰りに何度も見かけたその猫を、俺が何回撫でようとしてシカトこかれたと思ってんだよ。
 最後の手段と煮干を用意した時ですら、煮干だけ食って一度も触らせてくんなかったっつーの!!
 畜生、俺が嫌われてただけかよ。
「……お前、猫に好かれるんだな」
「うん。動物には懐かれるんだよね。人間には全然好かれないのに」
 さりげなく言われた台詞に、なんかムカついた。
 なんだそれ、どういう意味だよ。
「僕も、動物に生まれればよかったかもね。……ん? お前も僕のこと好き? 僕もお前のこと、好きだよ」

「ざけんなよ! そんな猫より、俺の方がお前のこと好きだよ!!」

「え?」
「……え?」
 自分で言った台詞に、自分で驚いた。
 ツレも、驚いた顔で俺を見上げてる。
 え? 俺今、なんかとんでもねぇこと言わなかったか?
 互いに顔を見合わせて、数秒。
 ツレが猫へと視線を戻す。
「……ふぅん」
 そしてまた、止まっていた手を動かして猫を撫で始める。
 撫でられた猫は、ゴロゴロと喉を鳴らした。
 おい、それだけかよ。
 無意識とは言え、一世一代の告白だぞ。
 つーか、言うつもりなんてなかったのに。
 猫に焼餅焼いて告白なんて、すっげぇかっこわりぃ。
 そのまま何も言わないツレに腹が立ってきて、このまま置いて帰ろうかと思ってふと見ると、髪から覗く耳が赤くなっているのに気付いた。
「……そうなんだ。……ありがと」
 小さく呟かれた言葉に、そっとツレの顔を覗き込む。
 慌てたように逆の方を向いたけど、しっかり見えた。
 赤い顔で、嬉しそうに笑うお前の顔。
 なんだよ、もしかしてお前も俺のこと好きなのかよ。
 段々と、俺の顔も赤くなっていくのが自分でわかった。

 あー、なんかすっげぇ情けねぇ。
 こんな道端で、勢いで告白なんかしちまって。
 でもまぁ、なんか上手くいきそうだし、結果オーライってヤツ?
 なぁ、お前もいつまでも猫なんか構ってないで、俺の方を向いてくれよ。

3419-159 優しい手:2010/06/26(土) 14:31:07 ID:N2tkwXMc
「ちょっと二人で話がしたいので席を外してくれないか?」
久しぶりに遊びにきた友人が彼に言った。ドアのしまる音がする。彼の気配がなくなる。

「最近誰もこの館に来ない理由を知っているかい?」
「忙しいんじゃないのかな」
「違うな。君に愛想を尽かしたんだ」
「そりゃあ、僕といてもつまらないだろうね」
「君が事故で視力を失ってもう10年経つ。いい加減ある程度のことは自分でできるようになっているはずだ。なのに君は未だに彼がいないと何もできない」
「彼の仕事は僕の世話をすることだ。彼は僕の目になってくれる」
「食事くらい一人でできるだろう? 階段を下りるくらい抱えられなくてもできるだろう? シャワーを浴びる時でさえ彼はそばにいるらしいじゃないか」
「君は目が見えるからそう言えるんだ」
「彼がわざと皆と君を遠ざけているという話も聞く。僕は友人のひとりとして心配しているんだ」
「ご忠告ありがとう。でも彼はそんな人間じゃあないよ」
見えないけれど、彼がため息をついたのが分かった。そして苛立つような靴音、大きな音を立てて閉まるドア。

しばらくして静かに誰かが部屋に入ってきた。
「お友達の方が帰られましたよ。睨まれてしまいました」
「うん。多分彼はもう来ないと思う。疲れたからもう寝るよ」
僕は椅子から抱えられ、すぐ横のベッドに腰掛ける。当たり前のように細い指が首元からボタンを外していく。
自分でできないわけじゃない。最初は一人でするように努力はした。けれどその度に彼が手を差し伸べる。
だからもう諦めた。それだけのことだ。
「怒られてしまったよ」
「気にすることはない。お節介はどこにでもいるものです」
彼に全てをゆだねることがそんなに悪いことなんだろうか?
目が見えない分、感覚は研ぎすまされていく。だから分かるんだ。
彼は僕から離れることはない。そして僕も彼から離れられない。

3519-159 優しい手:2010/06/26(土) 19:46:13 ID:ZBeskgY.
◆優しい手
手「お帰り。お疲れさま、頑張ったね。え?……いや、お世辞じゃなく、本心からそう思っているよ。
  君は本当によく頑張った。ん?子供扱いなんてしてないさ。たまには大人しく、俺に撫でられなさい」

◆乱暴な足
足「まだ落ち込んでやがんのか。いつまで経ってもウジウジウジウジ……オマエ男だろ。
  いーかげん鬱陶しいんだよ、蹴るぞコラ。失敗がなんだってんだ。何度でも立ち上がれよ」

◆自惚れ屋な胸
胸「ハッハッハ。さあ、飛び込んでくるがいい!この私が偉大な包容力で受け止めてやろう!
  なに?…違う。それは君の方だ。私はドキドキなどしていない。していないったらしていない!」

◆口下手な口
口「え、えーと…、あの、……あの。……どうしよう、何て言えばいいか、ぐるぐるしてしまって…
  僕は言葉でしか、あなたに伝えられないのに……えっと、だから…あの…っ…、うわああああ」

◆一途な目
目「俺はアンタをずっと見てきた。アンタのことだけをずっと。俺には、アンタしか映らない。
  なのにどうして、アンタは俺を見てくれない?どうして応えてくれないんだ。どうして……!」

◆甘え上手な耳
耳「何で知ってるかって?へっへっへー。すげーだろ、これこそまさに地獄耳、ってね。
  お前の声なら地球の反対側に居ても聞きわけられるぜー。だから、ね。もっとオレのこと呼んで?」

3619ー169 あなたの子供が欲しいのに:2010/06/27(日) 22:15:09 ID:pKGtEC8.
「貴仁義兄さん。いきなりですが、今日は折り入って義兄さんにご相談が」
「まあ茶飲めや。しかしお前が俺に相談なんて珍しいなあ」
「あなたのお子さんを俺に下さい」

無情にも彼の率直な願いは、彼の義理の兄によるアッパーフックではね除けられた。

「義雄よ、俺は残念だよ。非常に残念だ」
「クッ……義兄さん、危うく脳震盪起こしかけるほど見事な攻撃でした……」
「誉めんなよ。照れんだろ?」
「誉めて無いですよ!」
「で、なんの話だったっけか」
「だからあなたの子供が欲しいからおくれって話……や、ちょっ構えを取らないで構え」
「ああ、スマンいつもの癖でイラッと来るとつい。……えっと何?お前ってホモだったの?」
「ええ。姉は知ってますよ。ちなみに俺の初恋兼恋人は義兄さんの同僚の義純さんです」
「マジでっ!?あ、あーでも確かにアイツボディタッチ激しいよな、ゴツいし」
「あ、ちなみに義純さんがバリネコ俺がタチですよ。タチってのは男役って意味で……」
「止めろソッチの世界に詳しくなりたくないっ。俺の子供が欲しいって、つまり、尊が欲しいってことか?」
「はい。俺は尊くんと一緒になりたいんです」
「……でもさ、男同士じゃ結婚出来ないだろ?」
「ですから今日はこうして養子縁組の許可を戴こうと」
「聞くけどさ。尊の何処が良いんだ?我が息子ながらもう二十歳になるのに女っ気ないわ無愛想だわゴツいわ」
「そこが良いんじゃないですか。あの黒髪も色白な肌もボンキュッボンな体型も長い睫毛も照れ屋で無口な所も天然な所も意外に泣き虫な所も団子虫が好きなところもおおおぁキュンキュンキュイィィ」
「落ち着け!!もう充分分かったから!!」
「!……じゃあ許可戴けるんですね!?」

3719ー169 あなたの子供が欲しいのに:2010/06/27(日) 22:25:40 ID:pKGtEC8.
「まあ、な……。しっかし気づかなかったぜ。お前いつから尊と良い仲だったんだ?」
「え……。い、一年前?」
「お前嘘をつくと必ず耳たぶ触るって知ってた?」
「じゃあ半年前で」
「……『じゃあ』半年前『で』だと?」
「――あ、アハハ。ご安心ください。義兄さんにこうして許可を戴いたからには既成事実が出来たも同然!尊くんに逃げ場は最早無い!簡単に攻略してみせますよ!」
「なんだその希望的な意見は…………」
「…………」
「おい義雄!」
「……ええそうですよ……尊くんにはまだ告ってませんし手も触れてませんし、っていうか!?そんな勇気があったら義兄さんこんなセコい下地作りの頼みごとしなくないですか!?」
「まさか、お前この話尊の許可は…………」
「大丈夫です適当に言いくるめますから。なんたって営業マンですしね。ホラそんなのどうでも良いからここにサインして下さいな!早く。むしろお速く」
「そうか……」

その直後、義兄が問答無用で義弟にジャーマンツープレックスをかけたのは言うまでも無い。

勿論養子縁組の話も紙ごと破棄されましたとさ。

3819-209:2010/07/04(日) 00:53:59 ID:gxEhxKSE
「そっちの缶のにしたらいいじゃん」
「うーん、うまそうだけどさあ、飲みきらないと面倒じゃんよ」
「いいじゃん、余ったら俺が飲んでやるから」
「うーん、でも缶は蓋がなあー」
「ほれ、押してやる」
「あっ、バカ、お前、ペットの方にしようと思ってたのに!」

バーカ、ペットボトルの方にしたら、間接キスが出来ないじゃないか。

39華道家とフラワーアレンジメント講師:2010/07/07(水) 22:18:20 ID:IR4LsqZA
「一万円でアレンジメント頼む。全体的にピンクな感じで」

事務所兼教室に現れた着物の男は、なんともアバウトな注文をすると、ドサッとソファーに腰かけた。

「出来上がるまで待ってるんで、早くな」
「デザイン考えて、花仕入れてから取りかかったら、有に一日かかる」
「泊まり込みか。着替えは貸してくれ」
「アホか、自分で生けろ」

華道家が花を生けずに、注文しに来るとは何事だ。バカにしてるのか、冷やかしか。
生徒さんが帰った教室を片付けながら、話だけ聞いてやる。

「お前が作ったのが良いんだよ。誕生日プレゼントなんだ」

嬉しそうに目を細めて笑う。
そんな相手なら、尚更自分でやれよ。
イラッとしたから、顔なんぞ見てやらん。

「メッセージカードにちゃんと書いてくれよ」
「そこにあるから自分で書け」
「お前の字で書いてくれ」

『Happy Birthday』の次には何故か奴の名前。
ムカついたから、真っ赤なバラを年齢の数だけ使ってやった。

4019-229 華道家とフラワーアレンジメント講師:2010/07/08(木) 03:32:44 ID:rF9rfo2I
 花を生けていると背後で人の気配がした。斜め後ろの方からじっとこちらを見てくる気配はまず間違いなく彼だろう。いつもの紺の着流しを着て、腕組みをして。妙に熱心に観察してるはずだ。
 いつものことだ。邪魔をしないようにとの気遣いだろう声をかけられたことはない。気になったのは、この家に住み始めた頃のこと。今はごく当然のこととして受け止めている。彼いわく、西洋の文化の良いところも学んで取り入れようと思うとか何とか。そのくせ、派手すぎるとばかり言っている。外国の文化にわびさびを求められても。
(ん……?)
 背後の、どこか落ち着かないようなそわそわした気配に気づいて、そっと苦笑する。横目に時計を見て、もうこんな時間だったかと少し驚く。
(まあ、もう終わりますし)
 もう少しだけ待ってもらうことにして、終わらせる。
(……よし)
「用事があるなら終わるのなんて待たずに声をかけてくれて良いと言ったでしょう」
 体ごと彼へ向き直って言うと、視線をわずかに逸らす。
「別に用事はない。ちょっと見に来ただけだ」
「嘘つかないでください」
「ぅ、嘘じゃない。というか、何でそんな断言するんだ」
「そりゃぁ、貴方のことですから。よ〜く分かってますよ」
 にっこり笑って言ってやれば、顔を真っ赤にして固まる。うん、可愛い。他の人からは仏頂面と評価されやすい彼だけど。
 たっぷり数秒の間、彼の表情をじっくり堪能して口を開く。
「で、用事は何です?」
「――…どうせ分かってるんだろう」
「まあ、一応。でもほら、ちゃんと声に出さないと。僕だから分かりますが、他の人だったら伝わりませんよ?」
「他の奴と会話なんてしない」
「あー、ハイハイ。何でもいいですけど、ちゃんと言葉にしましょうね」
 そういえば、誰かと会話らしい会話してるとこ、見たことないな。初めて会った頃も、今も。たまに外に出たら僕に対してですら最低限必要と思われる単語一つで終わらせるんだ、他の人にもそうなんだろう。…人づきあい苦手って言っても、限度がないかなぁ。
「――…お腹空いた。と言いに来たんだが、お前が忙しそうだったから待ってたんだ」
 我慢することは習得したみたいだった。料理――というより、家事全般何もできない彼は、お腹が空くとフラフラと僕のところへ来る。たいていは僕もお腹空いて何か作っているのだけど、たまに今日みたいにまだだったりする。以前は目につくところに居座ってこちらを物言いたげな目で見つめてきたものだ。ちなみに、彼はレトルトですら「これ何だ?何をどうするんだ?」と言って食事ができないツワモノだ。一体今までどうやって生きてきたんだろう。
「じゃあ、今から作りますから、ちょっとここ片づけてもらえますか?」
 この家で唯一、彼に任せられることを任せて僕は席を立つ。ついでに、覚えているだろうけど釘をさしておく。
「あ、台所には来ないでくださいね」
 珍しそうに見ているだけならともかく、僕の真似をしようとして大量の砂糖を鍋と床にぶちまけてくれるのは遠慮したいし。

 せっかく言ったのに、台所に入ってきた彼は出していた皿を二枚割ってくれた。

4119-259 許させて:2010/07/10(土) 10:14:59 ID:DqT4AEtY
お前が俺のことをどうとも思っていないことなんて、最初からわかってる。
友達とも思ってないって。
ただ同じゼミだったというだけ。
いったいどうしてお前とああなったかなんて、今更考えても仕方がない。
二人とも浴びるほど酒を飲んでいて、お前の方が俺よりも酔っていたと言うだけだ。
そんなことはお前だってわかってると思っていた。
どうしてこっちを見ない。
お前の視線が俺の回りをうろつき、瞬間でそらされる度に、俺の胸は痛くなる。
お前が付けた痕はもう薄くなった。
あちこちに残された色も褪せた。
痛みも案外早くに消えた。
時間が、身体の表面に残された嵐のような行為の痕を薄め、俺にはあの夜の記憶だけが残る。
頼む、俺を見ろ。
このままではなにも終わらず、なにも始まらない。
無かったことにすら出来ないのなら、一度終わらせてくれ。
俺を、友達とも思ってないのなら、なおさら。
お前の自分を責める顔を見るのはつらい。
逃げるな。
顔を背けるな。
一度殴らせてくれたらそれで終わらせてやる。
俺の三年越しの気持ちを伝えるのももちろんしない。墓場まで持って行く。
ただのゼミの仲間に戻るために、どうか、俺を見ろ。
「許してくれなくていい」
そう言って部屋から出て行ったお前の、無理矢理に男を抱いてしまったと言う、その枷を外してやるから。
そしてそんな男に惚れていると言う、俺の報われない思いをそれで昇華するから。
俺のために、お前を許させて。

4219-259 許させて:2010/07/10(土) 13:08:03 ID:uC/xCqk6

兄さん、僕にあの人を許させてください。
僕にはもう、あの人を憎むことは出来そうもないのです。
僕に、あの人を許すことの許可を下さい。
あの人の父親が僕達の父母に何をしたか、忘れたわけではありません。
母の命を奪い、父を絶望の中で死に至らしめたあの男。
僕達は確かに復讐を誓った。あの家を根絶やしにするとの一念で今日までやってきたんです。
既に僕達の復讐は成功しました。だからこそ、兄さんも彼のことをあの男の息子とは知らずにいたんじゃないですか。
あの人は良い青年だ。心の美しい、まっすぐな人です。
それは兄さんも知ってのはず。
僕はこれ以上、彼を陥れることなどできないのです。
あの人は今でさえ苦しんでいるじゃないですか、もう十分です。
僕はもう、あの人をを許したい。それがあの男を許すことになろうとも。
兄さんだって、わかっているんじゃないですか?
あんなにも親交を深め合った友人が、元の姓を知ったとたん敵になり得るものでしょうか。
僕に、許させてください。この因縁から逃れさせてください。
……もちろん、あの人が許してくれさえすればですが。


あの方に、許させて欲しい。
君にしか頼めないことなのだ。
深いしがらみが僕達の間にはあった。それは自分でも知らぬ僕の血の汚れだった。
しかし、これを言うのは君には我慢ならぬ事かも知れないが、
僕の父、あれも父祖の代からの因縁に苛まれた不幸な人間だったのだろう。
僕の祖父、曾祖父もやはり、君達の祖父、曾祖父と因縁があったというから。
ならば僕は、僕達の代で恨みの鎖を断ち切ろうと思う。
僕が一時でもあの方を友と呼べたのは、きっとそのための神仏の計らいではないか。
──僕の命は、余り長らえない。
肺を病んでいると医者は言う。不摂生が祟ったと見える。
そんな顔をするな。僕の人生はそれなりに幸福だったのだ。
赤貧だったが幼い頃は母に慈しまれたし、楽しいこともそれなりにあった。
仕事でもどうにか名を残せたようだし……かけがえのない友も得た。
君には、誰よりも大切な友人の弟として、頼みを聞いて欲しい。
あの方の憎しみを鎮めて欲しいのだ。
僕が死ねば、僕の一族は絶える。
でも、そうしたところであの方の気が晴れるとは思えない。
そこで、僕は短編小説をひとつものした。中身は言わないが、これをあの方に渡して欲しい。
約束して欲しいのは、誰にも見せないこと。むろん、悪いが君も遠慮願いたい。
僕が消えた後あの方に残すそれは、たったひとつ偽らぬ僕の心だ。
必ず渡してくれたまえ。そして、あの方に許させて欲しい。
仇敵の一族であった僕と、僕の一族を。
あの方を置き去りにする僕を。それでも許せという僕を。

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44面接に落ち続ける男と若社長:2010/07/31(土) 18:47:36 ID:rk3hE016
ああ、こいつはダメだな。
一目見てそう思った。最近の若い奴はなっていない。俺にしたって生意気盛りで『お前も起業家としては若いんだよ』と言われるが、いくらなんでもここまでひどくない。
丸めた背中に汚れたTシャツ、穴のあいたジーンズと裸足にサンダル、童顔に似合わない無精髭、手入れされてない前髪に隠れた目。近くのコンビニに行くのにも、普通だったら躊躇する格好だ。一応、バイトとはいえ面接なのだ。そんな格好で雇う経営者がいるのなら、それは相当危ない仕事か、倒産間近の会社しかないだろう。
おずおずと出された履歴書を見て、頭がくらくらしてきた。ボールペンで誤字脱字を黒く塗りつぶしている。間違えたら最初から書き直せと、履歴書の見本に書いてなかったか?しかも、写真の所にプリクラが貼ってある。写真の中の彼はピースサインをしている。特技欄には堂々と『ゲーム』って書いてある。いや、そりゃあ、うちはIT企業ってやつだけどさ、もう少し考えて書いてこないか?
この履歴書の汚れ方からいって、相当いろんな会社をまわっているのだろう。履歴書の使い回しもどうかと思うけれど、これを見たなら誰か教えてやれよ。プリクラ写真じゃ、どこも採用してくれないよって。
「……ええと……、履歴書に職歴がないんですが、今までどんなお仕事をされてきたんですか?」
「今まで仕事をしたことはありません。引きこもりだったので」
そこは自信を持って言う所じゃないだろう。
「現住所も書いてないんですけど…」
「家がなくなったので、公園で暮らしています」
そこも自信をもって言う所じゃない。
「あー、住む所がないのであれば、役所の福祉課に言ってご相談されたらどうですか?」
「弁護士さんにもそう言われたんですけど……。でも、僕は病気な訳でもないし、ちゃんと一人で生活出来るようにならなければと思って」
「弁護士?」
「両親は病気で相次いで亡くなってしまったんです。そしたら家は親戚にとられてしまって」
内容が繋がってないぞ。
「弁護士さんに聞いたら、僕は『実印』ってやつを渡していたらしいんです。書類も言われるままにサインをしていて。そしたら、親戚と不動産屋さんが来て、この家は買い手がついたから出て行って下さいって」
なんという危機管理能力のなさだ。
「それでも両親が残してくれた預金があったんですけど、近所の人にカードを渡していたら、その人が行方不明になっちゃって」
「……まさか暗証番号を教えてたんですか?」
「お金を銀行から出す方法を知らないって言ったら、全部やってくれるって言うから」
すげえ。これがゆとりってやつなのか。
「それで、あの、どうでしょうか? 採用してくれますか?」
「いや、その……採用、不採用のお返事は後日改めてしますので」
「僕、電話を持っていないので、今返事が欲しいんですけど」
 返事ならしてもいいけどさあ。泣かれたり、落ち込まれたりしても困るんだよねえ。
「不採用ですか?」
「ええ…まあ…」
「僕のどこが悪かったでしょうか?」
 いいところがないのが悪いなんて言ってもいいんだろうか。
「そうですね…まず履歴書の書き方から…」
「何を書けばいいんでしょう」
「まず、プリクラはやめましょうね」
「だめなんですか」
「それから、特技には出来る事を書きましょう。好きな事じゃなくて」
「でも僕、ずっとゲームばっかり作ってたんで、出来ることなんてないし…」
「ゲームを『作ってた』?」
「はい」
「うち、どんな会社が知ってます?」
「ソフトウェア会社ですよね」
「事務のバイト枠に応募してませんでした?」
「誰にでも出来る簡単なお仕事ですってあったから」
「いや、でもC言語くらいわかるでしょ?」
「え? わからない人なんているんですか?」
「……作ってたゲームってどんなやつ?」
「フリーで配布してるソフトだったら、パソコンを貸してくれれば見せられますけど」
「ゲーム以外に何か作った?」
「携帯用のツールとか、セキュリティ系のやつとか。販売したいからってメールが来て、著作権は譲っちゃいましたけど」
 譲るなよ。
「こんなやつを作れって言ったら出来ます?」
「はあ…。そんなに難しくなさそうだから出来るんじゃないかなあ」
「どのくらいで?」
「1週間くらいかなあ」
「英語は出来る?」
「パソコンで英語圏の人とばっかり話してたから、一応……。それに論文が読めないと不便だし」
「なんでそういうことを履歴書に書かないの?」
「だってみんなが出来ることを書いても仕方ないじゃないですか」
 すげえ。すげえな、引きこもり。

 うちの会社がこいつの作ったソフトで大儲けして株式上場するようになるのも、俺のマンションにこいつが居着いて変な同居生活が始まってしまうのも、それはまた後の話。

4519-399 友人だけど主従:2010/08/08(日) 23:09:33 ID:F9Ig/DCA
緋色の絨毯が長く伸びる先、黄金に縁取られた玉座に1人座す「主」に俺は膝をつき
深く頭を垂れた。
「―お呼びでございますか、陛下」
俺の言葉に「主」は満足気に頷くと、近くに寄れと指先の仕草だけで促した。
その様子に俺の胸は高揚感でいっぱいになる。
立ち上がって玉座に向けて歩を進めるたびに、毛の長い絨毯に靴が埋もれるようだ。
寒々とした白い大理石と金箔に装飾された無機質な空間の中で「主」の栗色の髪と、白いけれど
血の通った肌だけが唯一の生あるものであった。
「失礼いたします」
呼吸を感じるほどの距離まで近づいた俺は瞼を伏せると、「主」のその指先に軽く口付けた。
再び目を開いて「主」の顔を見上げると、彼は冴えわたる冷たい眼差しで俺を見つめている。
その目に俺は益々鼓動を早くした。
「…陛下、俺は…」

だが、ノリにノっていた俺の言葉を玉座の「主」…もとい、友人兼側近がため息交じりに遮った。
「…もう宜しいですか?…陛下」
「…もうちょっと」
「もういい加減にしてください!」
我慢の限界だと言わんばかりに叫んだ側近は立ちあがると、有無を言わさず俺を玉座へと座らせた。
「何をお考えですか、戯れに私のような臣下を先祖代々の玉座に座らせるなど!先王が知ったらどれほど
お嘆きになることか!」
はいはい、俺は居心地の悪い玉座に肘をついて適当に側近の言葉を聞き流した。先王云々って言うけど
お前だって子どもの頃は俺と一緒に、父上の寝室のシーツの中にカエル放り込んだりしたじゃん
ちょっと年上だからって、自分ばっかりいい子ちゃんになるなよ
「だって王様って肩凝るんだもん。だから、お前にもそれをちょっと体験させてやろうかと」
「だもんじゃありません、人払いをするから何かと思ったらこんなくだらない用事とは…」
「そんなこと言って、お前もノリノリだったじゃん。カッコよかったよ〜お前になら抱かれてもいいって思ったね!」
「なっ…」
だが、俺の軽口に側近は顔を真っ赤にして否定した。
「何を仰いますか!そのようなこと、陛下が口にされていい言葉ではありません!」
あれ、コイツこんなに純情だったっけ?
側近をからかうのも飽きてきたので、俺は軽く伸びをすると今日のスケジュールを持って来るよう側近に言いつけた。
俺の言葉に側近は安心したのか、優雅に一礼すると謁見の間を出ていく
その後ろ姿に俺は声をかけた。
「お前だからこんな息抜きができるんだ、感謝してるよ…友人殿」
「…陛下」
「だからまた取り換えっこして遊ぼ」
「駄目です」

ケチ。

46友人だけど主従:2010/08/09(月) 00:13:02 ID:dRTgFVhY
寝台の傍らで、常玄はまんじりともせずに過ごした。
相変わらず伯頼は目を覚ます気配をみせなかった。
血の気の褪めた顔を仰向けて、昏々と眠り続けている。
どこか遠くで夜の鳥が鳴いた。
その声が冴え冴えとしじまを渡り、残響となって消え入る頃、とうとう空が白みはじめた。
それまで部屋の隅に控えていた老医師が進み出て、気遣わしげに声を掛けた。
「常玄様、後生ですからもうお休みください。
私がついていて、何かあればすぐにおしらせ致します」
常玄は黙って首を横に振った。その場を動くつもりはなさそうだった。
「……昔」
どこか遠い一点を見つめながら、常玄は静かに話し始めた。
「―――今の道を選んだ私を、誰もが止めようとした。
 この男だけが、私を支えると言ったのだ。ゆえに支えてもらうことにした。
 その日から、奴は私の配下になった。随分と昔の話だ」
医師は厳粛な面持ちで頷いた。
長い間仕えているが、こうして個人的な話を聞くのは初めてのことだった。
「配下は大勢抱えているが、本当に際どいところを任せられるのはただ一人だ。
 無二の友を配下にしたのは、今思えば確かに失敗だった。
 どうしても甘えが出る。奴はそれを当然のように受け入れてしまう。
 だが気付いたところでもう遅い。今更、どうして手放すことができよう」
「常玄様……」
常玄は医師の方を振り向き、ばつの悪そうな微笑を浮かべた。
「困らせてしまったな。こんなことを話すつもりはなかったのだが。
 ……お前こそ少し休んでおいで。いざというときにしっかりして貰わなくては」

医師が退出すると、部屋には再び重苦しい静寂が戻ってきた。
「お前は馬鹿だ……」
常玄は伯頼の手を取り、温めようとするように両手で包み込んだ。
「……知ってるよ」
思いがけず声が返ってきた。伯頼が、いつの間にか目を開けていた。
常玄は驚きに目をみはった。握った手に力がこもる。
伯頼はまだ幾分かすれた声で、常玄よ、と呼び掛けた。
「俺はお前に頼られることを重荷と感じたことはない。
 人を欺くのも手を汚すことも、俺にとっては何という程のことじゃない。
 いつかろくでもない死に方をするとしても、それはそれで構わないと思ってる」
弾かれたように常玄が立ち上がった。
「やはりお前は馬鹿だ、何も分かってはおらんのだ!私が、どんな思いで―――」
「落ち着け、それだけの覚悟があるって話だ。この俺がそう簡単にくたばるものか」
「しかし……!」
「……だからもう泣くな。お前に泣かれるのだけは未だに応える」
言われて常玄は頬が濡れていることに気づき、袖口で乱暴に顔を拭った。
柄にもなく取り乱したことを恥じるように、俯きがちに息をつく。
「……医者を呼んでくる。何か欲しいものはあるか」
「抱いてくれ、久しぶりに」
「先刻まで死にかけていた身で何をぬかすか。怪我人は相手にせぬぞ」
「弱ったそれがしはお厭ですか、我が君」
「しおらしく言っても駄目なものは駄目だ。おとなしく養生しろ」
常玄は折れない。伯頼は大袈裟に溜め息をついてみせた。
「俺は医者と我慢が大嫌いなんだが……」
常玄の手を掴んで引き寄せ、手首に軽く唇で触れる。
常玄ははっと息をのんだが、慌てていつもの取り澄ました表情をはりつけると、医師を呼びに部屋を出て行った。

4719-399 友人だけど主従:2010/08/09(月) 00:26:10 ID:TawmL6zo
ホント、とんだ甘ちゃんなんだよ、あの方は。
この間の事だって、俺なんか庇っても長老連中に目をつけられるだけなのに。
そもそも、ああいう席に俺みたいなのを連れて行くのがおかしいでしょ?
連れて行くにしても、裏で待たせておくのが当然だ。
俺だって丁重にそう申し上げたんだよ?でも「友人を列席させるのに何の問題がある」だってさ。
あの後、爺様方に咎められたときも同じこと言っちゃってんの。

友人だって。笑っちゃうよね。

まあ、俺にも責任はあるんだけど。
あの方と俺って五歳違いなのね、俺の方が年上でさ。
あの方が生まれたときには「お前の主人はこの御方だ」って決められてたの。
で、丁度その頃、本家方面がごたごたしててね。
ウチの頭連中はそっちの方が忙しくて、あまりこっちまで目が届かない状況でさ。
だから俺、世話役の真似事してたんだよね。世話役っつーか、姉やの代わり?
遊び相手とか。寝かしつけたりとか。おやつの支度とか。

今思えば、あの家自体もたいがいだったよ。
旦那様も奥様も使用人の人達も、俺なんかに眉も顰めず普通に接してくんの。
ガキの俺があの方にちょっかい出してても、ニコニコ笑って見守ってるだけで
それどころか「いつもご苦労」なんて、お茶出してくれて。人間扱いしてくれてさ。
土地柄なのかね、皆どこかのんびりしてたっけ。揃いも揃ってお人好しで。
――だから、アンタらみたいなのに付け込まれちまったわけだけど。

要するに、あの方に「友人のようだ」なんて感覚を植えつけた要因の一端は、確実に俺なわけ。
三つ子の魂百までって言うからね。
俺の本分が何で俺の本来の仕事がどういう事か、もう知ってる癖に、今でもその感覚が抜けないみたい。

うん。
だからきっと、あの方はここに戻って来ちまうと思う。俺のことを心配してね。
ついでに言うと、アンタらのことも疑いきれてないから、確かめようとするだろうな。
御者にはよくよく言っておいたけど、あいつはあの方の頑固さにはまだ慣れてないから
そろそろ折れて引き返す頃合いじゃないかな。あいつの涙目になってる顔が目に浮かぶよ。

それでもって、この状況を見たら、多分、あの方はアンタを助けようとする。
命まで奪う必要はないだろうなんて、甘いことを仰るに違いないんだ。
たとえアンタが、自分の両親を陥れて殺したと認めたとしても、ね。
あの方はそういう方なんだ。な、とんだ甘ちゃんだろ?

そういうわけで、もう時間が無いんだよね。
八年前の事をアンタら一派に命令したのは誰か、吐いてくれる気になった?
っと、ごめんごめん。猿轡したままじゃ喋れないよね、ハイハイっと。
……あ、そう。そりゃ残念。アンタの命令主ってそんなに怖いんだ?

さて。
それじゃあ、あの方が戻ってこないうちに、アンタを殺して死体を片付けないとね。
さっき言った通り時間も無いことだし。え?…ああ、別に構わないよ。
アンタの命令主はこっちで地道に調べるから、無理に吐いてくれなくても。
んーどの家なんだろうなぁ……遠野か、国崎か、東雲か……何?今の中に答えあった?
まあいいや。他にもまだ居るしね、アンタの派閥の人間。
そんな大声で喚かないでくれよ。助けなんて来ませんって。

あーあ。もっと上手く立ち回れれば、時間をかけて旦那様と奥様の恨みを晴らせたのに。
ま、仕方ないか。
俺は、あの方の命と立場だけは、なんとしても守らないとならないから。


…………。
冥土の土産にもう一つ聞かせてやるよ。つーか、聞いてくれる?
実は俺ね、もうしばらくの間はあの方の「友人」で居たいだなんて、大それたことを思ってんの。
だから、俺の本性を間近で見られたくないんだわ。今はまだ。
時間を気にしてる最大の理由はソレ。……笑えるだろ?一番の甘ちゃんは誰だって話さ。

48似た者カップルと正反対カップル:2010/08/13(金) 22:51:25 ID:5kYmC3H6
「俺は辛いのダメだって、何度も何度も!何度も!!伝えてんだよ。
 そろそろ通じたかなって思ってたのにさ、あいつ昨日の夕飯何出したと思う。
 カレー、それもド辛口!口入れた瞬間、火花散ったよ、目の前で」
「君のド辛口は、世間的には中辛だと思うけどな。食べられたの?」
「あんなの食える訳ないじゃん!牛乳で薄めて…、そんでも辛かったから、あと半熟卵作って貰って……」
「結局食べてるじゃない」
「……腹減ってたし、どうにか食ったけどさあ」
「うち、二人ともカレーにはチーズ派だなあ。とろけるチーズ試した?」
「試した試した。美味しかったから勧めたんだけどさ、何なのあいつのカレーに対する情熱。
 『カレー様にトッピングなんて失礼だろ!』って頑なに拒否。意味分からない」
「あー……、今すごくイメージ湧いた」
「あんたんトコは良いよね。俺、味覚の違いって何かこう、決定的なモノを感じざるを得ないっつーか。
 だってだよ、俺がコレ旨いぞーって食わせるじゃん。ほぼ間違いなく、あいつ眉しかめるのね。
 さすがに目の前で出された事はないけど、2回目は無い」
「君が極端に甘党なだけでしょ。僕だって眉しかめるよ、ココアにチョコ入れてる姿にはゾッとした」
「ココアの甘さとチョコの甘さは種類が違うんだよ!混ざるとまた違う味になるんだよ!」
「ああ、そう……」
「っていう話をさー、全部共有したいとは言わないよ。
 でも、俺が美味しいって言うのは通じないし、あいつが美味しいって言うのも俺分かんないし。
 どっか一箇所位、『これ旨いな!』『そうだな!』っていうの、してみたいだけなんだけどな……。
 あんたらと飯一緒に食うと、余計に感じる」
「でもさ、違ってると補完しあえるじゃない。
 僕たちは嫌いなモノも大体同じだから二人で玉砕だけど、君たちは、どっちかが補えるでしょ。
 好きなモノ一緒過ぎると、喧嘩になるよ」
「うるせーよ、ノロケにしか聞こえねーよ」
「うーん、いじけてるねー。……ん?携帯鳴ってる?僕のかな」
「あ、俺のみたい。メール」
「辛すぎてごめんって?」
「茶化すんじゃね。………あ、今日の夕飯ハヤシだ。……あー、ええと……」
「はいはい、じゃそろそろ出よう」

4919-439 ぴしゃりと叱りつけた:2010/08/16(月) 00:23:05 ID:H5QHjZek
 広く暗い和室の中、二人の人間の周りだけは不自然に明るい。
 その内の一人は、紅葉の川と金糸の鳥を施した赤い仕掛けを纏った、だが仕掛けの趣きとは相容れない精悍な顔つきの骨ばった美青年。
彼の名は――つまりは源氏名だ――仕掛けの通りに紅葉と言う。
紅葉は、もう一方の、青年と同じ位に逞しいはだけた洋服を纏った眼鏡の男を床に倒していた。
手つきは酷く危うく、そのまま胸に手をやる手つきも震えていた。
その手が胸の飾りに着いた時、紅葉の動作が停止する。
紅葉の艶のあるざんばら髪が揺れる。眼鏡の男、藤吉は紅葉の優柔不断な手を掴み上げて、もう片手で叩いた。
「うっ…」
「また最初からだね。まったく君は……何回やったらまともに出来るんだい。いい加減にしてくれないかな」
藤吉は起き上がり衣を正すと、ぴしゃりと叱りつけた。
「君だって、今まで散々客にされてきたことだろう。なぜ同じことをやるだけなのにこんな」
「――申し訳ございませぬ」
紅葉は深々と土下座で謝る。
藤吉はそれを見て怒るのも面倒になった。
……これだから武家の出は嫌なんだ。確か最初に紅葉と寝た時も同じ感想を持った。
紅葉は、男のみを扱う遊郭の色子である。歳は万十九。水揚げされたのは十四の歳。
当時はたいそうな紅顔の美少年だったと藤吉は振り返る。その時の『手解き』も藤吉がした。
だが今は見ての通り、たおやかなんて言葉は似合わない。こんな場所でそこまで鍛えあげる意味は無いのに、いかにも武士らしく屈強な美青年へと成長してしまった。
これはこれである客層から受けがいいのでまあいいのだが、先日、彼の姿形に惹かれた客がこう溢したのだ。
『彼に抱かれてみたい』
と。

5019-439 ぴしゃりと叱りつけた:2010/08/16(月) 00:28:20 ID:H5QHjZek
確かに抱かれるより抱くほうが妥当だろうなと店主も思ったらしい。幸い、この遊郭では女役に限らず、珍しいことに"そっち"の部門にも手を入れている。紅葉はそちら専門にしようかという話が持ち上がる。
だが生憎紅葉は男も、女すら抱いたことが無い。
そこでまた指南役の藤吉にお鉢が回ってきたという訳だ。今度は藤吉が女役で。
しかしこの紅葉と来たら、少しも手を動かせない。男としての才能がからっきしなんではと疑うほどに駄目。
遊郭に売られなかったらどう暮らすつもりだったのか。
「もしかしたら、相手が僕だから駄目なのかねえ」
とカマをかけてみる。
しかし元から紅葉は表情の変化に乏しい。首をふるふる振るばかり。
「なかなか出来ないなら、同じ部屋の子呼んでこようか?気心も知れているだろう」
更に首を振る。
はてさて、どうしたものか。
と悩んでいると、紅葉はおもむろに服を脱ぎ出した。
(……おや?)
もしかしたらやっとヤる気になったのか。
仕掛けを下半身にだけ残し、そのまま腕を藤吉の首に絡めて、押し倒す。口づけをしながら手を胸の尖りに持って行き、撫で擦ったり爪を立てたらするものだから、思わず腰が跳ねた。
(そう。それでいいんだよ)
藤吉自身を紅葉の膝でぐりぐりと圧迫される。
「あ、く、……ん。いいよ」
歴戦の藤吉から喘ぎが漏れるほどに充分な固さとなった。
紅葉は藤吉を促すと、ズボンを脱がせ、褌を履かせたまま男根を外に出す。
「ん?」
何故脱がせない――と思っていると、藤吉に膝立ちで股がる紅葉が見えた。
仕掛けをずらすと、仕掛けの下は何も履いていなかったのか、丸見えだ。
 いやそうじゃなくて待てこの体勢は正しいように見えて正しくなくて……――!?
紅葉は位置を確認すると、花魁らしい笑みで藤吉に笑むと、藤吉の男根に腰を落とした。

5119-439 ぴしゃりと叱りつけた:2010/08/16(月) 00:43:40 ID:H5QHjZek
「んん!」
紅葉が啼いた。
彼は慣らしなどしていなかった筈なのに、藤吉は紅葉にすんなりと飲み込まれた。
「ちょ、何してんの!」
「はあ……やっぱり……すっごくいい……」
「腰を動かすんじゃありません、くっ」
やばい気持ち良い。
気力を振り絞って正気を保つ。
「……私、藤吉様が初めての人だったのですけれど……」
紅葉がふいに腰の動きを止めた。挿れてるだけで気持ちいいが、まだ動かないだけマシだ。
「あの時も、すごく良かったです」
「そりゃあどうも」
「私はあれから色々お客を貰って来たけれど、貴方を超える方に会ったことがございません」
「ああそう、ちょ、動かない!動かないの!」
「あん……だからもう一回貴方と、寝るには、と一生懸命考えました、」
「はあ?」
「……藤吉様はうちのお客には成らないと聞いて、これしかないと」
「これ?――まさかお前、僕の指導受けたいからってわざわざ男役になるよう鍛えたとか……」
「鍛えた甲斐がありました」
「うおぉ!?」
鍛えられた両腕で身体を起こされ、今度は藤吉が紅葉を押し倒す格好となった。
「もう心残りは御座いません。ここに男を受け入れる最後の機会と覚悟します」
儚く笑う紅葉は、散ってからこそ美しい紅葉そのもののように見えた。
「だからどうぞ最後に、陰間としての最後に、貴方様を味あわせて下さりませ」
腰を揺すっても、先ほどの体位より紅葉の好きにはならないだろう。藤吉が身体を離せば、直ぐに行為を中断できる。
だが、藤吉は抗えなかった。
ズン! と腰を抉る。
「ハァッ」
また紅葉が啼く。
「あ、あ、あ、良いです……!もっと、奥に……!」
「まったく……どいしようも無い子だね」
散々忘れられぬと煽っておいて、これが最後と言い切られちゃあ。
「あはぁ、ヒッ!」
「ねえ、君が僕を好きなのって身体だけ?」
「――い、いえ、ぜんぶ、全部……お慕いしております、あぁ」
「そう」
藤吉は自分を叱りつけた。
色子の甘言にほだされて、うっかり身請けの算段をはじめていることに。
「藤吉さま……っ、もうっ」
「これ終わったら、男の方の練習するからね〜」
「……は、はい」
絶頂を前に言葉一つで切ない顔をする紅葉に胸が熱くなる。
やはり、何がなんでも男役にしてやらねば。
(――この子を抱くのは僕だけでいい)
「アッ……!」
「くっ」
二人は同時に絶頂に達した。

5219-479 元カレの葬式で元カレの今カレと初対面:2010/08/25(水) 03:46:34 ID:0aHaSYCA
その子は冷めかけたコンビニのスパゲティーを困ったようにつついていた。
フォークに巻きつけるのがとてもへたくそで、それを自分に見せまいとしているようだった。
しかし見れば見るほど、自分とは正反対の容姿だ。
少しだらしのない格好をしていたが、気の強そうな黒目がちの目に健康に焼けた肌をして、活発で利発そうだった。
「俺、この人が中嶋さんなんだなって見てすぐ分かりましたよ」
急に話しかけられて、中嶋は皿から目を上げた。
けれどその子の方は俯いたまま、相変わらず皿の中のスパゲティーをかき回していた。
「だって、色白で、目が垂れてて、口が小さくて、とってもきれいな人だったって……」
会ったばかりのその子の口から、ふいに自分のことが話され始めたのを、中嶋は驚いて聞いていた。
そんな中嶋の態度に気付かないまま、その子――達也が死ぬ前まで付き合っていた青年は話し続けた。
「散々聞いてたんです、俺。ひどいんですよ達也さん。ずーっと中嶋さんの話ばっかり俺にするんですよ。
中嶋さんはどういう風にきれいで、優しくて、色っぽかったかって話しかしないんですよ。ホントに。
だから達也さんきっと、絶対まだ中嶋さんのこと好きだったんすよ。
俺ずーっと会ったこともない中嶋さんに嫉妬してて、恨んでて……会ったこともないのに。
中嶋さんなんて、この世にいなければ良かったのにって思ってて」
そこまで言って、青年はようやく中嶋の困惑した顔に気付いて、慌てて謝った。
「ごめんなさい」
「あ、そうじゃないんだ」
謝られてはっと我に返って、中嶋は呟いた。
「そうだったんだと思って……」
青年の話を聞いて初めて腑に落ちたことがあって、中嶋は呆然としていたのだった。
何年も付き合って分からなかったことが、こんな会ったばかりの青年と話したことで分かるとは思ってもみないことだった。
「俺と付き合ってるときは、そのとき浮気してた女の子が可愛いって話しかしなかったんだよ」
今度は青年の方が驚いた顔をする番だった。
「達也は、すごくひねくれてただろ?」
それを聞いて、その子はぱっと目を輝かせた。けれどすぐに中嶋を見て、申し訳なさそうに、悲しそうに眉を寄せた。
きっと達也はこの子のことをとても好きだったに違いないと、それを見て中嶋は静かな気持ちで思った。
そのことが中嶋には、多分この世で一番よく分かるのだった。

53一夜だけ:2010/08/28(土) 23:56:13 ID:XE1cDVPA
『真夏に一夜だけ咲くサボテンの花があるんだけど、うちに見に来ない?』

そういわれて、そいつの家で食われて男に目覚めたのが三年前。
結局、そのサボテンはその為だけに購入されたもので、
そいつにとっては俺を食えたら用なしになっていた。
花に魅入られた俺は、ゴミ箱に捨てられていたサボテンが自分のように思えて、
不憫になったのか、拾って家にもって帰ってきた。
決していい思い出ではないので、ろくに世話もしなかったけれど、さすが砂漠の植物で、
今年もちゃんと蕾をつけた。

「月下美人?」
携帯の待ち受けにしていたサボテンの蕾をみていたら、
隣の席の男が声をかけてきた。ここは相手がいない同性愛者が集まるバーで、
男がほしくなった時に来ては、俺は適当な相手を持ち帰り、
一夜だけの関係を持つのが習慣になっていた。
遊ばれてヤケになったことがきっかけだったけど、逆にわずらわしいこともなくて、
気楽でいいと思ってた。
「似てるけど、これは南米のサボテンの一種だって聞いた。もらいものだから詳しくはしらない。
知ってるのは一年に一度、夜に花を咲かせるってこと」
「へえ」
「白い花が咲くんだ。白なら夜に映えるだろ。虫がすぐに来るからさ」
「ああ、なるほどねえ」
「花が虫を誘うんだよね」
さびしそうにバーで飲んでる俺みたいにね。
「うちにあるのも、もうすぐ咲きそうなんだ」
「本当に? いつ?」
「今夜」
「え? 本当に?」
「見に来る?」
「いいの?」
「いいよ」
ああ、本当にいい口実になるんだな。そんなことを思いながら、俺はそいつを部屋に呼んだ。
部屋に通すとそいつはすぐに花に飛びついた。
「うわ、本当に咲いてる!」
「全開になるのは十二時くらいかな。終電ないだろ。泊まっていって」
「本当にいいの? 悪いな、ありがとう」
「いや、別に」
何言ってんだ、お前だってそれが目当てなくせにと心の中でつぶやいた。
いつからだろう。何をしても心が冷めてる感じが抜けない。
体を熱くしたいのに、逆に冷えていくような感覚があった。
それなのに、目の前の男といると何か調子が狂う。
「キレイだね。感動した。呼んでくれてありがとう」
「いや…別に…」
間が持たなくて、俺は目の前の缶ビールを飲み干した。

十二時を過ぎて、花は全開になったけれど、
写メでやたらと写真を撮る男とは一向にそんな雰囲気にならない。
しびれをきらして俺がシャワーを浴びると言ったら、やっと自分も貸してほしいと言った。
それでもベッドルームにはくる気配がない。
「……何してんの?」
「何って?」
「いや、だからさあ」
「ああ、ごめん。俺は本当に花を見に来ただけ」
「はあ?」
「期待させてごめんね」
「き……」
なんだ、その上から目線は。あまりの一言に呆然とし、まず確認しようと思い聞いた。
「あのバーがゲイ専用だって知らなかったとか?」
「いや、しってるよ。よく行く店だし」
「だったら……」
「よく知らない人と寝るとかできないたちなんだ」
「何それ」
「君の事が気にならなかったわけじゃないよ。
まず、話をしようよ。ああ、そうだ。名前を聞いてなかった」
「気になってた?」
「うん、そう。気になってた」
それから遅い自己紹介をし、たわいもない話をした。昔の話もした。
ゲイを意識した頃の話とか、家族の話とか。
誰にも言えなかった話がなぜかこいつにはできた。
どうして出来たのか、自分でもわからないけれど。

朝になって、目が覚めると、サボテンの花はしぼんでいた。
大量に飲み干したビールの缶もなかった。
そして、あいつもいなかった。
もしかしたら俺の願望が見せた夢だったのかもしれないと疑ったそのとき、
テーブルの上の名刺に気がついた。

そこにはこう書いてあった。

『楽しかったから、また会いたい。よろしく』

なぜか俺の目から涙が出た。俺は声をあげて泣き続けた。

54夏休みの宿題が終わらない:2010/09/02(木) 06:41:11 ID:Q5zTapK6
「やべえ、提出出来ねー」
「は?宿題は僕が教えてあげたでしょ。何が残ってるの」
「一行日記」
「…はあ?書くネタならあるだろ」
「んなあからさまに見下した目すんな」
「夏祭りも植物観察も図書館も海も、そう不足しなかった筈だけど」
「いやネタ不足って言うか…そもそも完成してない訳じゃねえよ、毎日つけてたし」
「余計意味分かんない。」
「いや、あのな。夏祭りも海も森も図書館も全部、お前と一緒に行ったろ」
「だから?」
「だから、今見直したら俺の日記は、お前と〜した、ばっかなわけ。」
「ふぅん。…で?」
「え、『で?』って」
「提出出来ない理由」
「だって彼女とかいないのまるわかりだろー?カッコ悪いじゃん」
「…君は不満なの」
「へ」
「君は不満なの、夏休みの大半を僕と過ごしたのが」
「まあそりゃ、俺もお年頃だか…ん?」
「何」
「いや、俺…不満じゃ、ない…っぽいかも。寧ろかなり満足してる、気がする?」
「ならいいでしょ」
「え、あ、そうか?うん、ならいいや」

5519-529 夏休みの宿題が終わらない:2010/09/03(金) 12:22:35 ID:Fu4WrSP6
どうしてこんな事になったんだっけ
テーブルの上にはほぼ手付かずの課題
毎年早めにやっとけばよかったって思うんだけど
いつもギリギリなっちゃうんだよな
「こころ」の感想文、数学のプリント、日本史のレポート、あとなんだっけ?
セミの声がうっとおしい
クーラーで冷えた畳の表、うつぶせるとわずかにイグサの匂いがする

そうだ今年の猛暑がいけない
暑くてだるくてやる気しないのに
追い討ちのようにクーラーがぶっ壊れた
「しばらくこの暑さを楽しもう」とか気が気が狂ってんのかうちの親は
熱中症で死んだらどうする気だ
「じゃあうち来る?」ってこいつが言ったんだよな

熱い息が背中にかかる、
クーラーは24度、ぬるついた汗を乾かして体の表面は冷えてきたのに
触れ合った部分は生あったかい
体の内部は熱いのに、なんだか鳥肌が止まらない

どうしてこんな事になったんだっけ?
考えがちっともまとまらない
猛暑が悪い、親が悪い、宿題いっぱい出すからいけない、
セミの声が、不意に落ちた沈黙が、こいつの目が、指が、

「あつい」つぶやくと
観測史上最高らしいよ、と返される
ああ宿題終わらない 
もう何も考えられない

5619-549 貴方が優しいから僕は寂しい 1/2:2010/09/03(金) 20:40:49 ID:/88XiO4o
書き上がって投下しようとしたら規制中でした。
くやしいのでこちらに投下させてください。

-----

あの人はいつもめちゃくちゃ優しい。
俺だけに、じゃなくて、誰にでもみんなに。
でもそれってどう考えても長所だし、「俺だけに優しくしてくれなきゃやだ」とか言うのはサムすぎるし、第一俺あいつにそんなこと言え

る立場にいないし。

なんてったって先生と生徒ですからね。
担任の生徒ですらない俺のことなんか、そりゃ優しくあしらっちゃいますよね。
わかるよわかるよー、うん。……うん。

「先生」

小さく深呼吸してからガラリと社会科資料室のドアを開ける。
中を覗き込むと、先生が机についていた。
チラっともこっちを見てくれないのは、来訪者がどうせ今回も俺であることなんかお見通しだからだ。
さらに言うなら、そんな俺に全然まったく興味がないからだ。

「いますかー?」
「ハイハイいませんよ」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」

先生が本気でちょっとわずらわしそうなことには気づかないふりをして資料室に足を踏み入れる。
気づかないふり。それだけでいい。そうするだけで、先生は俺にもう何も言わないのだ。
パイプ椅子を引きずってきて同じ机に肘をつく。先生はぴくりとも動じない。

「なにしてんの? 俺手伝ってあげるよ」
「授業で使うプリント作ってる。タカギシがもっと賢かったら手伝ってもらったけど」
「はっはっは!」
「笑いごとじゃないからね」
「はっはっはっは!」
「ほんとにね」
「……はい。すんません」

5719-549 貴方が優しいから僕は寂しい 2/2:2010/09/03(金) 20:41:38 ID:/88XiO4o
どうせ世界史のテストいっつも10点台ですよ。
好きな人から教わって成績急上昇! なんてドラマチックな奇跡は起こらないし、いくら好きな人のためでも自分の壊滅的な暗記力に打ち

勝てるほどのハイパー努力家でもございませんよ。

夕日がとろりと資料室に差し込んでくる。放課後に特別棟で好きな人とふたりきり。
言うまでもなく絶好のシチュエーション。おいしいったらない。
もう、しちゃおっかな。告白。
どう転んでも報われないだろうし、絶対後からどうしようもなく後悔するだろうけど。

「せんせ」
「んー?」
「あのさ、先生、俺さ……俺ね。俺先生のことさ」

先生が初めて俺の顔を見た。ドキリと心臓が跳ねる。
好きが溢れて、胸がぎゅーっと締めつけられる。

「タカギシ」
「……はい」
「プリント、もうできたから、一旦職員室に寄ってから帰るよ。ここも閉めちゃいたいんだけど」
「……あ、うん」
「よし」

……話、逸らされた。もしかして。もしかしなくても。
黙々と帰り仕度を進める姿をじっと見つめていると、間もなくして先生が立ち上がる。
「いいかな」と問われて、俺も「うん」と立ち上がった。
正直言って泣きそうだった。多分すごく情けない顔をしていたんだろう。
先生がふっとため息をついて、そして、至極やわらかい声で言った。

「またいつでも来てくれていいから。馬鹿な子ほど可愛いって言葉もあるように、センセイ、タカギシのこと結構気に入ってるよ」

ぽんぽんと頭を撫でられる。
悲しくて、けれど同時に嬉しかった。そんな自分がひどく寂しかった。

5819-570,571 攻め視点:2010/09/09(木) 01:32:19 ID:6y4hLuec
やけに半身が冷える。
夢うつつの中、隣で眠っている彼が布団を蹴飛ばしでもしたのだろうかと思いながら布団を引き寄せ、随分軽いことに気が付いた。
彼がいない。
はっと体を起こし、隣で眠っていた筈のあの子の姿を探す。
トイレだろうかと考えて、ふと彼が眠っていたところを撫でると既に冷え始めていた。
寝起きの頭が一気に覚める。
慌ててベッドを降りようとして、枕元に彼の物であった筈の携帯電話と鍵がきちんと並べて置かれているのを見つけた。
行為の前、そこには私が外してやったあの子の眼鏡を置いてあった筈だ。
(…………ああ、)
ゆるやかに事態を理解する。とうとうこの日が来たのだ。
私は彼に、飽きられてしまった。
いつかこんな日が来るという事は告白されたあの日から分かっていたし、彼の様子がここのところおかしい事にも薄々気付いていた。
必死に目をそらし、見ない振りをしていたのだ。
十も年下の、まだ若い彼が、私のようなつまらない男の傍にいつまでも居てくれる訳がない。分かっていた。
「だから言ったんだ……」
置いて行かれた鍵と携帯電話を取り上げ、小さく呟く。
知らず、眉間の皺が深くなっていることに気がついた。
「あの、もしかして、怒っているんですか」と尋ねられたのは出会ってからまもなくの頃だった。
別に何も怒っていないと答えると、「だけど顔が……」とおずおずと言われて初めて自分の眉間には常に深い皺が刻まれているということに気付かされた。
教授として今の大学へ招かれたものの、愛想の悪さから学生たちから疎まれている事は知っている。つまらない授業をしている自覚もあった。
元々人に物を教える事は苦手で、子供はもっと苦手だった。
そのせいかいつの間にか顔を顰めていることが多くなり、やがてそれが癖になってしまったらしい。
眉間を押さえて「癖なだけだ」と答えた私に、彼はほっとしたように笑った。
「嫌われているんじゃなくて、良かったです」と言いながら。

5919-570,571 攻め視点2/2:2010/09/09(木) 01:36:34 ID:6y4hLuec
彼の笑顔を見るたびほっとする。
居場所がないと感じていた大学内でも、彼が傍にやってくると何故か居心地がいいと感じるようになった。
そんな彼が私を好きだと言ったのはつい半年前の事だ。俯いたまま、か細く震えた声で告げられた。
酷く驚き、嬉しく思った。私も彼に対して、密かに好意を寄せていたからだ。
私は彼に対する気持ちを告げる気はなかった。
年の差もあって同性である私など、思いを告げたところで気味悪がられるだけだろう。
そんな風に思っていたところへの、彼の告白だ。嬉しく思わない筈がない。
けれど彼は若い。自分の専門分野にしか興味のない私のような人間と付き合ったところで長く保つ訳がないと思った。
だから思わず、「お前みたいな子供、半年で飽きるだろうな」と呟いたのだ。
その通りになってしまった。

今時携帯電話一つ持っていないと言う彼の為に、自分のものとは別にもう一つ契約して渡した。わざわざ不審に思われないよう、元々二台持っていたのだという振りをして。
いちいち家に伺ってもいいですか、などと言っていつまでも遠慮がちでなかなか来ようとしない彼に、合い鍵も作った。
どちらも彼の為と言うよりは、自分の不安を少しでも軽減させる為のものだった。
これを置いて行かれた今、私とあの子を繋げる物はない。
まだ夜の明けきらない薄暗い部屋で、携帯電話と鍵とを握りしめたまま項垂れる。
あの子が腕の中からすり抜けても気付かぬほど熟睡していた自分を恨んだ。
別れの言葉すら置いて行ってはくれなかった。これでは諦めも付かない。
のろのろと顔を上げ、少し前に彼が出て行ったであろうドアを見つめる。

(……もう一度だけ)
こちらから会いに行ってみようか。
この年になって、誰かを追い縋る事になるとは思わなかった。
追いかければきっと醜態を晒すだろう。ますます幻滅されるかもしれない。
(それでも構わない)
落ちていたシャツを拾い上げ、昨日までは彼のものだった携帯電話と鍵とを持って寝室を出る。
外はまだ暗い。
彼は今頃どこにいるのだろうかと考えながら、玄関へ向かった。

-------
本スレの誤爆本当に申し訳ありません……埋まりたいorz

60半人半獣:2010/09/26(日) 22:10:45 ID:01yX/KoI
我輩はケンタウロスである。名前は佐藤。
都立高校に通うごく普通の男子高校生だ。

太古の昔は神と呼ばれ信仰や畏怖の対象であったが
現代日本においては「絡みづらい」と見て見ぬフリをされる。そんな存在だ。

そんな我輩にも心を許した友がいる。同級生の鈴木君。
我輩は毎朝、朝寝坊の鈴木君を家まで迎えに行き、背中に乗せて登校する。
「佐藤君、おまたせー」
「鈴木君、急がないと遅刻だよ」
「ごめん昨日遅くまでゲームしてて、あ、今度一緒にやろうよ」
「うん、とにかく急ごう」

遅刻ギリギリでものんびりとしてる彼を乗せて走り始める。
数分もしない内に背中に彼の体温と寝息を感じながら、
我輩は彼との出会いを思い出していた。
入学式から数日、クラスメイトが目を合わそうとしない中、我輩に話しかけてきたのは彼一人だった。

「佐藤君チンコ丸出しだよ?」
「うん、まあ俺ケンタウロスだし」
「やっぱり馬並みなんだねーご立派だー」
「あんまりジロジロ見ないでよ……」
「ごめんごめん」
「やっぱりパンツ履いたほうがいいかなぁ」
「それはそれで変だろうw」
「でもやっぱり恥ずかしいし」

「ね、ケンタウロスってどうやってオナニーすんの?」
「えーと床オナ」
「うわすげえw今度見せてよw」
「嫌だよw」

……実に下らない出会いだ。
だが我輩にとっては生まれて初めて体験した友人との会話だった。

想い出に浸っている間に学校に着いた。
授業開始のチャイムはとっくに鳴り終えている。
完全な遅刻だ。
我輩の力をもってすれば数十秒で着く距離のはずなのに。

遅刻したのは寝ている彼を振り落とさないように走ったからか、
それとも彼の体温が心地よかったからなのか……。

こうして我輩は毎朝のように途方に暮れる。
チンコ丸出しで。

6119-750 「もういいでしょ」模範解答:2010/10/08(金) 23:57:36 ID:fMnQBw/2
20××年度
【攻め力検定予想問題解答例】より抜粋


パターン1:悲しみ型

解答:「おいおい、あんまり飲みすぎるなよ。悪酔いするぞ。それにお前、そんなに泣くな。笑顔のが、お前には似合ってんだから。な?」

※ポイント:受けの体を気づかいつつ、彼の長所をさり気なくフォローすると、高評価。
ただし、あまり相手をこき下ろしたり、酷評する形で慰めると、逆にアナタの評価が落ちる場合があるため、減点対象になりやすいので注意。
尚、この状況をアナタが計画した場合、最後の最後、受けが振り向くまでその態度を貫けなければ、減点。


パターン2:怒り型

解答:あえて放置。

※ポイント:受けのパターンにより、取るべき態度は様々で可。
ただし、腕力に任せねじ伏せる場合、DVと取れる行動をした時点で減点。
尚、鬼畜傾向の強い方は、行き過ぎた愛情表現に、心が病み気味の方は、刃物の扱いに注意。


パターン3:当て馬型

解答:ぼろぼろの受けを庇い、「どうして、こんな事したんだ」と、当て馬たちに詰め寄る。

※ポイント:この場合、受けの無事具合で状況が変わりやすいですが、まずは受けの安全確保。
当て馬の側に居る状態では、人質にされかねません。この点を抑えた上で、当て馬と交渉に持ち込めると高評価。
尚、企みあって当て馬を受けに差し向けた方は、受けの居ない所で所定の取引を。見つかってしまうと、失格となります。

(なお、この解答例以外にも良い回答がでた場合は、受けの多数決により、配点される事があります)



 ※ ※ ※

回答いただいた皆様、ありがとうございました。

6219−789 えっ ほ、ほんとにいいの?(へたれ攻め):2010/10/14(木) 12:10:04 ID:7i3y33VU
「えっ ほ、ほんとにいいの?」
「だーかーらー!良いっって言ってるだろ!何回言わせるんだよ」
「だって、縛ったりしたら痛くない?目隠しとか怖くない?」
「怖くねーよ!いいから!」
「だって…関節とか外れたら…」
「ちょっと手首縛るくらいで外れるか!」
「うう…痛かったら言ってね?」
「あのな…俺は痛くしてくれって言ってるの。
 お前が蝋燭もギャグボールも鼻フックも吊るすのも鞭も怖い嫌だって言うから、玩具の手錠で我慢してやってるんだろが」
「受さんって…優しい顔してるのに凄いドSだよね」
「アホ。俺は生まれてこのかた変わらぬ純粋なドMだ」
「でも、そんな意地悪する受けさんが好き」
「好きなら俺の要望に応えてくれよ」


「…受さん、きもちいい?痛くない?」
「…っうるさ…っいいから、早く…」
「だって、受けさんが気持ちよくないと意味無いよ…?ね、どこが気持ちいい?」
「そーゆー言葉攻め…は、嫌いだって 言ってる、だろ…!どうせなら罵、てくれ…」
「そ、そんなんじゃないよ!ただ、受けさんを痛い目に合わせたくないから…」
「おれは、痛いのが良いって…言って…のに…っ」
「だって痛いのは怖いよー… ね、入れてもいい?」
「いちいち…断るな!」
「受けさーん…」
「い、いやらしいこの豚に貴方の…」
「もー!なんで受けさんはそんな風に言っちゃうの!?」

+++++++
攻めが受けに気を遣いすぎて、逆に言葉攻めとか焦らしプレイになってしまう展開が大好物です

63名無しさん:2010/10/14(木) 13:30:20 ID:BUwQILGg
0以外62に来てたー。

いやぁ、寝ずに待ったかいがあったw
でも本スレ誤爆の人かなぁ?
そこらへんの一言欲しかったな。
何はともあれGJ

後は本スレが元に戻りますように!
さて、仕事すっか!

6419-809 戦闘狂:2010/10/16(土) 01:09:46 ID:bSzpJDpU
うん、本スレ810氏の投下内容とモロかぶりなんだ。すまない。戦闘狂キャラがかなり萌えツボなのもので

<バーサーカータイプ>
・まさに戦闘狂。戦いしか頭になく、戦闘中はまともな会話すら出来ない。血塗れで狂ったように笑ったり。
・相手の攻撃が自分に当たっても怯まない。傷から血が吹き出てても武器を振るう狂気
・常にこんな状態の壊れたタイプもいいけど、普段は大人しいのに戦闘になるとスイッチ入るタイプも捨てがたい
 殺し合い中の「あははははははははははははははははは」みたいな厨二的台詞どんと来い

●相手役候補
(1)狂気からなんとか救おうとするタイプ
  戦闘狂のほんの僅かな心の優しさを知っており、血に溺れる相手をどうにかしようと足掻く人。
  例えば暗殺組織から連れ出して逃げるとか。で、第三者から偽善だとか幻想だとか言われたりする。
  戦闘中この人の必死な「もうやめてくれ!」の叫びで戦闘狂のスイッチがOFFになったりする。

(2)真っ向から対立する正統派主人公
  この人が主人公で戦闘狂が敵。もしも戦闘狂が主人公ならこの人が最後まで残る敵。そんなポジション。
  「お前は狂っている!」と糾弾しながらも頭から切り捨てられない展開でもいいし
  なぜか戦闘狂に気に入られて(狂った意味で)、なにかと絡まれてしまう展開でもおいしい。
  一方的な殺し愛というか、戦い愛みたいな関係でも
 
<傭兵タイプ>
・「俺は戦場でしか生きられねえんだよ」な渋い傭兵さん。平和が一番だと頭ではわかっているのに戦いを求めるタイプ。
・普段は面倒見もよくて冗談も通じるが、戦いの中ではソロプレイ。分の悪い賭けが好き。タイマンも好き
・ニヒルな笑みが似合う。戦闘中は声をあげて笑う感じじゃなくて、ニヤリくらいで。

●相手役候補
(1)若造傭兵
  向こう見ず。短気。すぐ頭に血が上る。傭兵さんに対して素直じゃない。ツンデレ希望
  傭兵さんを「オッサン」呼ばわりだとなおよし。説教されて「うるせー!」と噛み付くが、
  正論だとわかってはいる素直さも欲しい。自分のヘマで傭兵さんが怪我をしたりすると動揺する

(2)腐れ縁の相棒・ライバル
  同業者。金で雇われてるので、傭兵さんとはあるときは共同戦線を張り、あるときは敵対する
  軽口を叩き合うくらい気心が知れているのに、敵対したときは本気で戦う仲だと良い
  冗談ぽく「愛してるぜ」と言ったり、煙草の火をつけてやったりしてほしい

<飄々タイプ>
・態度がへらへらしている。言動のらりくらい。パッと見あまり強そうじゃない。武器がトリッキーだと良い
・会話のキャッチボールは普通に出来るが、頭の線が一本か二本くらい切れている。初見で露見しづらい狂気。
・虐殺を繰り広げる前も最中も後も、普段と様子が変わらない。殺し方を悩むのと今日の晩御飯悩むのが同レベル的な。
・なお、本気でキレたりすると逆に本人の死亡フラグなので注意が必要

●相手役候補
(1)組織の上司
 飄々君が属している何かの組織の偉い人。組織内で持て余されてる彼の扱いが唯一上手い。
 「好きにしろ」「派手に暴れろ」「程ほどにしておけ」と命令が適当ぽい。でもそれも計算の上。
 本人もそんな上司をそこそこ信頼していて、そこそこ言うこと聞く。上司を「さん」付け呼び希望

(2)巻き込まれ型一般人
 戦闘とは関係ない場所で偶然出会い、最初は彼のへらっとした言動だけしか知らず、好感を持っていた一般市民。
 飄々君の事は風の噂レベルで耳にしたことはあったが、まさか実在してそれが目の前の彼だとは思いもよらず。
 「どうして手を血に染めるんだ?」「どうして、こんなこと……」など戸惑いつつも問いかける。
 さて、この後、彼を恐れて忌み嫌うか、それとも

6519-899 高校を卒業したら1:2010/10/30(土) 02:22:50 ID:owTGIxsY
From 和也
Sub (non title)
――――――――――
秋さん、久しぶり
母さんから聞きました
十年近く付き合っていた女の人と別れたそうですね
大丈夫ですか
ひとりで家事できてるんですか

To 和也
Sub (non title)
――――――――――
うるさいよ。
お前こそ、まるで女の気配がないって
姉さんが嘆いてたぞ。
早く彼女のひとりやふたりぐらい
家に連れていってあげなさい。

From 和也
Sub Re:
――――――――――
俺、昨日卒業式だった

To 和也
Sub (non title)
――――――――――
おめでとう。

From 和也
Sub Re:
――――――――――
約束だろ

To 和也
Sub (non title)
――――――――――
かわいい女の子紹介してや



そこまで文字を打ち込んだところで、携帯が震え出した。
通話ボタンを押して温かくなったそれを耳に押し当てる。

6619-899 高校を卒業したら2:2010/10/30(土) 02:25:11 ID:owTGIxsY
「もしもし」
『はぐらかそうとしてましたよね』
「何が?」
『今、秋さんちの前』
「……若いうちから視野を狭めることはないだろ。
大学に行けばいろんな人がいていろんな世界がある」
『そんなの分かってます。
でもあんた以上に俺が好きになる奴なんてどこにもいないんです』
「和也」
『俺だっていつまでもガキじゃない。
なのにあんたはいつもいつも』

電話越しに聞いた甥の声は、機械を通したせいか無機質だった。
彼がまだまっさらな制服に腕を通していた頃交わした約束は、
彼の道を正すために交わした約束で、
俺にとっては守るためのものなんかじゃなかった。
彼が今どんな表情でいるのか、どんなことを思っているのか、
それを受け止めるのは俺の役目じゃない。

『秋さん、好きです』
「……もう遅いから、早く家に帰りなさい」

こうやって俺は、この子を中途半端に突き放すずるい大人のままでいるのだろう。

67二人がかりで:2010/11/05(金) 00:54:03 ID:GY8Ab6sI
リロミスしました。0さん申し訳ない。
尻切れトンボなんでこちらお借りして投下します。

見た瞬間に「押さえ付けられて」以外思い浮かばなかったことをお許しください。
で、二人がかりで押さえ付けられるシチュエーションなんかもう一つしか思い浮かばないよね。

二人ということで双子設定を受信。
でもってほとんど見分けがつかないほど瓜二つで、しかも小悪魔系の美少年な双子とか。金髪とかもグー。
あとなにか特殊な能力故に他の人たちから、親からも疎んじられてて、
お互いだけが心の拠り所だったみたいな感じ。

そんな中現れる青年。彼は例えば仕事だったり命令だったり
双子の側にいなきゃいけない関係で、彼らの面倒をみる羽目になる。
でも互いしか自分の世界にいらないと思ってる双子は、青年に反発して
むちゃくちゃ嫌がらせしてみたりして。
で、青年は「くそガキども!……ったく何で俺が。勘弁してくれよ」とか
ブチブチ言いつつ面倒見のいい苦労性タイプで、だもんだから双子も
青年の内に秘めた優しさに心を開きはじめちゃったり。

だけども自分が変わっていく事に戸惑いがあったり、青年に心を許してまた
他人に裏切られる事が恐ろしかったりで二人は自分たちの方から青年を排除しようと画策する。

青年を騙して人気のない部屋に連れ込み、二人がかりでガッチュンガッチュン。

押さえ付けられながら「何でこんな事を……」みたいな青年に
「お前が目障りだったんだ!思い知らせてやろうと思ったんだ!」
みたいな事を泣きながら言う双子。

ガッチュンはさておき双子が青年を襲撃したことが周囲にバレ、
青年は双子のそばから(彼自身の安全のために)離される。
肉体の痛みと精神の戸惑いはあるものの、青年はなぜか双子を憎めなかった。

彼らが自分に「何か」をずっと求めていた事を分かっていたからだ。
青年は彼なりに双子の事を調べ、彼らが親にも見捨てられずっと顧みられてこなかった事を知った。
そして青年はこれまでの双子の言動を思い返し、彼らが自分に求めたものに思いをはせていた。

だが青年はため息をつく。彼らには見えなかったのであろうか。それは確かに自分の中にあったのに、と

68二人がかりで:2010/11/05(金) 00:56:14 ID:GY8Ab6sI
一方青年がいなくなり、また元通り二人だけの生活だ、となる双子だが
その前になぜかまた青年が現れ彼らはひどく動揺する。
双子に青年は言った。「一生そうやって生きていくつもりか」と。
自分の片割れ以外を認めず、それ以外は排除する、という生き方だ。
せっかく二人で生まれてきたのに、自分は相手で相手は自分、一人でしかない
みたいな生き方してそれでいいのか?と。それを聞いて激昂する双子。
そしてまた青年を拒絶する言葉を吐く。

「お前なんかどっか行っちゃえよ!」
「お前だって僕たちの顔なんか見たくもないだろ!?」
「「僕たちが怖いだろ?憎いだろ!?」」

だが青年は言った。
「お前たちごときくそガキ、怖くもねーし憎くもねーよ!
だけどやっちゃいけない事だったと分かってんならちゃんと謝れ。
……そうしたら許してやるからさ」
双子は衝撃を受ける。彼らは自分たちのした事が謝るくらいで
許してもらえる事ではない事を理解していたからだ。
「馬鹿じゃないの!?なんであそこまでされて許せるわけ?」
「普通無理だろ、許せないだろ!」と叫ぶが青年は強い瞳で双子を射ぬいた。
「本当に分からないのか?なんで俺がお前らを許せるのか。
なんで俺がまたお前たちに会いにきたのか−−!」
それを聞きうなだれる双子だったが、しばらくの逡巡の後彼らは呟いた。

「「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……っ」」

そして青年は双子の元に戻ってきた。
相変わらず双子はイタズラ好きで青年は「くそガキ!」と怒っているが
少しずつ何かが変わっていた。双子には少しずつ好みの違いが現れて
区別がつかないと思われていた見た目にもわずかな変化が現れ始めていた。

それを青年に指摘され、嬉しがりながらも照れる双子だが
同時に彼らは今まで「同じ人間」として振る舞ってきたが故になかった
片割れへの嫉妬を感じはじめていた。それが一番大きな違いだった。
彼らはようやく本当の意味で「二人」になったのだった。

双子は魅惑的な笑顔で顔を見合わせる。新たな人生も、勝負もまだ始まったばかりだ。

どちらが青年の心を独占するか。それが問題なのだ。
そして今日も双子は青年の気持ちを自分に向けようとイタズラに精を出すのであった。
(終)

69そら涙 1/2:2010/11/10(水) 02:09:27 ID:836V3wVo
正座させてからおよそ十五分。両手で顔を覆い、ぐしぐし鼻を啜るのを目の前にしても、胡坐をかい
た俺は沈黙を守っていた。まだ、まだだ。なぜなら、いまの、こいつの、これは、

瞬間、「うぅぅ」と呻いて肩を窄め、身体を前に倒した。丸くなった背が震えるのを見て、ぎょっと
した。あ、やばい。まずい、これは、
「おい、亮。あのな、」
思わず「もういい」などと口走りそうになって、慌てて思い留まる。危ない。またうっかり許しちま
うところだった。こいつのいつもの手じゃないか。なんでこう同じ手に引っかかるんだ俺は。こいつ
は、風呂上りに着替え一式(パンツ含む)を隠して、タオル一丁で部屋をうろうろする俺をニヤニヤ
眺めてたんだぞ。上下とも見つけても、肝心のパンツがこいつの尻の下にあったもんだから、上は着
てるのに下は相変わらずタオルだけという間抜けな格好の俺を笑いやがったのはこいつだ。おまけに
「風邪引くよー?」だと? …季節はいつだと訊いてやりたいのはこっちだ。真冬だぞ、真冬。
それでちょっと説教してやろうと思ったら泣き出しやがって。しかもその涙だって嘘なのだ。経験上
わかる。でも、いまのは、

70そら涙 2/2:2010/11/10(水) 02:10:42 ID:836V3wVo
「兄ちゃんが、」
耳聡いこいつは聞き逃さない。
ゆっくりと身体を起こす。顔は手で覆い隠されたまま。でもなぁ…
「兄ちゃんが、キスしてくれたら、泣き止むよ」
……見えてんだよ。手で覆いきれなかった口元が、にんまり笑ってるのがな!
「それより先に言うことがあるだろ」
謝罪の言葉を聞き出すまでは、何が何でも許してやんねーという決意のこもったぶすくれた声にも、
こいつは軽く応じる。
「じゃあキスしてよ」
「そういうことは、まず俺に謝ってから言え」
「謝ったらキスしてくれるんだ?」
「それとこれとは話は別」
「兄ちゃんは俺が泣きっぱなしでもいいわけ。ふーん」
どうしてこいつは、この泣きの技術を劇団か何かで生かしてくれないのだろう…俺がげんなりしてい
ると、
「……ひどいや」
手の覆いを外し、ぽつり、と。
横を向いた顔は目元が赤く、それに胸がちくりと痛まないではないが。
「……亮、ごめんなさいは?」
再度問うと、今度は素直に「…ごめんなさい」と返ってきた。
これで気が済んだ。今度こそ「もういい」と許しを出し、立ち上がろうとすると、
「……ひどいや、兄ちゃん」
またぽつり、と。しかも、一粒の涙つき。
俺は何も言わずにその場を後にした。…ひどいのはどっちだよ。俺はあいつの涙が嘘か本物か見分け
られるってのに、あいつは俺の配慮なんて少しもわかりゃしないのだ。「キスして」だの「一緒に寝
ようよ」だのの誘いを、戯言として流そうとする俺の意図なんか。
……何年兄弟やってんだ、あのバカ弟。

71名無しさん:2010/12/15(水) 00:22:05 ID:kSjc2N9I
もうどーでもいい、と大の字に寝っころがった。
竹下は困った顔をして、「お、おい……俺は、そんなつもり、じゃ」とモゴモゴ言った。
「そんなつもりなんでしょ? もうわかったからさー、1回だけいいって言ってんの」
俺は意地悪くせせら笑った。
竹下のことは嫌いじゃないが、ウジウジとまわりくどいのにたまにイライラさせられる。
もともと竹下が言い出したんじゃないか、俺のことが好きだって。
でも見てるだけでいいから、このまま友達でいさせてって。
わかった、と俺は答えた。正直すごく驚いていたし思いも寄らなかったし、
なにより恋愛感情とか隠しそうなキャラだと思っていたから、男らしいじゃんとちょっと見直しさえした。
ところがだ、その日からジットリ熱視線攻撃がすごい。
講義もそうでない時間もまとわりつくって感じで、そんで話すことが
「藤井は女の子とつきあったことある?」「初恋ってさ、どんなだった?」
「歌手の○○ってさー、ゲイらしいよ」「友情と愛情って何が違うんだろうね?」
……わかりやすい。わかりやすすぎ。
ほんで他の友達交えて飲みに行こうものなら、隣ずっとキープ。
尻寄せられーの、肩当たりーの。
「なんか俺酔っちゃったぁ、ははははは、藤井大好きー!」なんてしなだれかかりーの。
うそだ、お前そんなに弱くないだろうがっ。ときおり鋭く俺と他の奴を窺う視線が痛いっつーの!
好かれて悪い気はしない、が、いい加減嫌になってきた。
俺が竹下のこと好きだって言うの、待ってるんだよな、これって。
正直言うと、俺は竹下のことかなり好きだった、ただし友人として。
話もノリも合う、気のおけない一番の親友。それじゃ駄目だったのかな。
「俺達……友達じゃん」
何度そうつぶやいたかわからない。どうしてこんなことになったんだろう。
何か打開策はないか、と思っているうちに今日も竹下はうちに来て、晩飯食って飲んで、
風呂まで入っていそいそと布団を敷いて、何かを期待している。
期待に応えることはできない。お前と同じ気持ちにはなれそうもない。
でも友達がしたいって言うなら……親友が望むことなんだから、いいのかな、もう。
だってもう疲れたんだ。前みたいに竹下と馬鹿話ばっかりしたい。
ガンダムとか実家の猫とか、そんなどうでもいい普通の話。
「藤井……本当に……?」馬鹿が、前言をひるがえしてにじり寄ってくる。
目をつぶった頬に、暖かい体温が感じられる。
はー、はー、と聞いたことのない荒い息が、すぐ側に聞こえる。
……馬鹿は俺だ。もう戻れない。

72名無しさん:2010/12/15(水) 00:25:01 ID:kSjc2N9I
>>71は「20-151 もうどーでもいい」です。

7320-189 神を信じる人と無神論者:2010/12/22(水) 01:44:04 ID:PgTvr0gc
 街からちょっと離れたところにあるこの教会はなぜか日曜礼拝にくる人も滅多にいなくて、
最初のうちは俺に聖書を読み聞かせていた牧師も
毎度のように俺が「ここにきているのは散歩のついででキリストを信仰するつもりはない」
とつっぱねてきたせいで、ほとんど世間話しかしないようになっていた。

「今日はよいお天気ですね。北田さんは今日のご予定はあるのですか?」
 穏やかな笑みを浮かべて、初老の牧師は俺に尋ねる。
「午後からバイト。」
「働き者なんですね。」
「学生だから土日くらいしかがっつり働けないんだよ。」
 宗教には興味ないし知識もほとんどない俺だが、キリスト教徒は日曜には働かないということは
さすがに知っていた。彼が何か講釈をたれるのではないかと危惧したが、静かにほほ笑んだままだった。

「んで、牧師サンはこのあと何すんの?」
 彼が俺に何か聞いてくることはあっても、俺から何か聞くってことは今まで多分なかったと思う。
そのせいか一瞬驚いた顔をしてから彼は答えた。
「夕方の礼拝までは時間がありますから、外の花壇にでも水やりでもしますかね。」

 教会のステンドグラスからもれてくる光は彼の笑顔と同様にあたたかい。
こじんまりとしていて、ヨーロッパの聖堂とかと違ってきらびやかでも壮大でもない。
でもこの空間が心地よいと思えるようになったのはいつからだろうか。

「俺もバイトまで時間あるんでここにいていいすか?」
 無意識のうちに、そんな言葉を口にしていた。
 彼は先ほど以上に驚いた顔をする。
 相変わらずキリストもブッダもどうでもいい俺だが
聖職者である彼に多少近づいたところで罰は当たらないだろう。そう思った。

7420-199 胡蝶蘭:2010/12/26(日) 01:33:43 ID:1uRsibUc
その噂を聞いたのは、偶然だった。

『ある娼館に、絶世の美を誇る女性が居る』
『彼女見たさに様々な者が金を積むが、なかなか会うことを許されない』
『彼女の名は、胡蝶蘭』

ありきたりではあるが、私はとても、興味をそそられた。
何せ、正体不明ではあるが、『絶世の美人』だ。
しかも、ほぼ誰も彼女の顔を知らないとなれば、好奇心の湧かない男は居ない。
私が窓越しに町並みを眺め、ほくそ笑むと、ノックの音と共に、一人の青年が入ってきた。
黒い髪を後ろに撫でつけ、銀縁の眼鏡の似合う端正な面立ちの彼は、最近雇ったばかりの秘書だ。
名を、青嶋と言う。
「旦那様、にやけ面していかがなさいました?」「ん?今日こそは、あの胡蝶蘭に会わせて貰おうと思ってな。ようやく、それらしい娼館を見つけたんだ。他の奴に取られぬうちに、顔くらい拝みたいじゃないか」
「それは結構なことですが、これで何度目ですか?」
青嶋の整った顔に詰め寄られ、私は言葉に詰まった。
「二十……二、回位かな?」
「二十五回です。つぎ込まれた金額は、約五千万にのぼっています」
「なんで詳しく知っているんだ」
「帳簿管理をしているのは、誰ですか?」
「君、だな」
青嶋の眼鏡に光が反射し、どんな表情かは分からない。
だが、溜め息をついた所を見ると、どうやら呆れられたらしい。
「どのような者に熱を上げようと、それは旦那様の勝手です。ですが、一言言わせていただきますと、高価な菓子や着物、帯、その他様々な小物を矢継ぎ早に贈られても、相手は困惑するのではないですか?」
普段よりも、やや熱の籠もった訴えに、私のほうが困惑した。
だが、彼の言葉にも一理ある。
「じゃあ、何を贈ると良いんだろうか。絶世の美人だ、さぞ目が肥えて居るだろう」
私が溜め息を吐くと、少し考える素振りを見せた青嶋が、柔らかな声色で呟いた。
「蘭を」
「え?」
「胡蝶蘭を、贈ってみてはいかがですか?」
言われて、はたと気がついた。
確かに失念していた。
通り名にするくらいだ、きっとその花は、彼女の好きな花に違いない。
自身の浅慮さを恥入り、私は改めて青嶋に礼を告げた。
「ありがとう、早速手配するよ。そうだ、よければ君も一緒に来ないか?」
「申し訳御座いません、今日の夜は先約がありまして」
「そうか」
少し残念に思いつつ、私は直ぐに電話を引き寄せ、花屋に蘭を手配させた。
同時に、青嶋の口元が小さく動いた気がしたが、すぐにその事は忘れてしまった。
それ程、夜が来る事が待ち遠しくて、仕方がなかった。


「お待ちしてます、旦那様」



**********
流されてしまったので、こっちへ

7520-229 年越した瞬間に殴らた:2011/01/01(土) 14:59:19 ID:pTf7uSLU
燗はぬるい。
徳利は品の良い小さなもので、間をもたせるには足りない。
差し向かいの義兄にはこの徳利で足りるのだろう。音量をしぼった紅白に見入るでもなく、ただこたつに座っている男は、俺が考えていることなど知るはずもない。
よくおめおめとこの日を迎えられたものだ,俺も。
質の悪い借金をしては全部呑み捨てるような生活。
そのままほって置いてくれれば、今頃は義兄にとっても良いようになってたはずだった。
入り婿が、邪魔な義弟をわざわざ探し出して身ぎれいにさせて連れ帰った、とは大した美談だ。
酒を遠ざけ、目の届く配達仕事なんかさせて、姉に義理立てたのか。
もはや親父も母さんもなく、また姉も去年死んだとなれば、黙って家を独り占めできただろうに。
仕事を覚えなかった俺の代わりに親父の跡を継いだのだから、誰はばかることもないのだ。
「雪だよ、積もるだろう……」
半年ぶりの酒を飲ましてやろう、そう誘ったのは義兄だった。
おせちの切れ端をもらってきたものの、広い家には男二人、にぎやかに過ごせるはずもない。
「年賀状が遅れるかもしれないね、ここは山の上だから」
よれたどてらに度の強い眼鏡をかけたこの貧相な男と、こうしてふたりきりになるのがずっと怖かった。
「除夜の鐘か……年が明ける」
今さら俺なんか呼び戻してどうするつもりだろう。世間体なんか気にするような人じゃなかったのに。
「……これで、泰子の喪が明ける。喪が明けたらね、俺はね」
向き合うのがつらいなんて、この人には思いもつかないんだろう。
一緒になんていられない、だって俺は。
『あけましておめでとうございます、新しい年の……』
義兄は、つけっぱなしのテレビに「ああ、明けたね」と、スイッチを切った。
「宗一」
呼ばれて上げた頬を、義兄の手が打つ。
「何す……!」
呆気にとられた俺に、義兄は静かに
「もう終わりにしようじゃないか
 泰子の喪中は良い兄でいようと思っていたんだよ、それはもうやめる」
と言い放った。
義兄の顔は強張り、知る限り慣れているはずもないことをした手は、行きどころに迷ったままだ。
ああ、と納得しかけた。俺は放り出されるんだな。
と、義兄は慌てていつもの顔に戻って
「違う、違うそうじゃない」と座り直し、長い間のあとようやく振り絞るように言った。
「……おまえのことがもう見ていられなくてなあ……お前の人生を変えてしまったのは、俺なんだろう?」
猪口をまさぐると一息で干して
「俺がこのうちに来た7年前に戻れるわけじゃないけど、逃げ回るのは終わりにしよう、
 喪が明けたら覚悟をしよう、そう思っていた」
置いた猪口がカタカタと派手な音をたてた。
――では何だったというのだ、俺のこれまでは?
世界が一回転する。
まるで全て知っているような言い草をするじゃないか?
……知られていたのか。
胸にあふれたのは絶望。
それでも、俺は最後の抵抗をせずにはいられない。
「敏さんはわかってないんだ、俺はここにいちゃ駄目になるし、あんただって……!」
カタカタ、カタカタとまた猪口が音をたて、俺をとどめた。
見れば指の節が白くなるほど猪口を握りしめ、去年まではただの義兄だった男が、俺を見つめている。
「いいよ」
と言った。
「覚悟したって言っただろう?……だからお前も覚悟しろって言ってるんだ」
打たれた左頬が途端にジンジンと、熱いように、冷たいように、脈打ち出した。
俺は浮かされるように男の手を握った。

7620-279 宇宙人×地球人:2011/01/11(火) 22:51:49 ID:wkX6AaIU
「やだー!連れて帰るー!」
「いけません!」


信じられない光景が広がっていた。

広さだけは無駄にある(寧ろ、ただ広い以外は何もない)ひいじいちゃん家の裏山、そのススキ畑の上を、同心円状の風がごうごうと撫でていた。
その中心にあるのはマンガのような円盤型UFO、銀色の服を身につけたいかにもアレな青年に、……地べたに座り込んで駄々をこねる、見知った顔の少年・リコだった。


「ちゃんと世話するからあー!」
「あのね、世話したって、すぐ死んじゃうの。地球人は。そしたら今日よりもっと悲しい思いをすることになるから。な?」
「な?じゃないもん!いやなものはいやなのー!ばかばかばか兄ちゃんの分からず屋ー!」


兄らしき人物に掴みかかり、今時おもちゃ売り場でも見ないようなひどい容態で泣き叫んでいる少年は、確かにさっきまで俺と遊んでいたリコその人だった。
周りが余りにも慌ただしいとその中心はかえって冷静になるものなのか、俺はその時、リコと初めて会った時のことを思い出していた。



透き通るように白いひょろひょろの体を見て、すぐに都会モノだと分かった。
はじめ、リコは川原で水切りをする俺をじっと見ていたが、そのうち自分も平らな石を探しだしてきて、隣で投げ始めた。
それがあまりにも下手くそだったので、見かねた俺は教えてやることにした。
二人が友達になるのに、それ以上の理由はいらなかった。


都会モノはみんなそうなのか、リコは目にするものを何でもめずらしがった。
鯉、ビー玉、段ボール、草笛、一輪車……そんなありふれたものにもいちいち驚嘆の声を漏らすそいつが妙に面白く、時間を見つけてはあちらこちらに連れていった。
お互いのことを話すうちに、リコが「夏休みを使って遠いところから遊びにきた」ことまでは分かったが、学のない俺は聞いてもどうせ分からないと思って特に深くは触れなかった。
名前や振る舞いから、何となく外国のどこかから来たような気はしていたが、……まさか地球ですらなかったなんて、誰が想像しただろうか。

7720-269 僕(受け)には君(攻め)が眩しすぎる1/2:2011/01/11(火) 22:53:15 ID:zmC5WCOs
光には、人間の可視できる種類として二つ挙げることができる。
太陽光のように全ての波長(色)の要素を均質的かつ強く反射し、白に見える光を白色光。
レーザー光のように一つの波長(色)のみからなる光を単色光。

周りの人間は彼のことを太陽のような人、と喩える事をよく好む。

温厚篤実かつ怜悧、そこに美形とくれば正に八面玲瓏、全てを照らし出す光だ。
しかしそれは私によって創りだされた幻影でしか無い。
私が、どれだけ彼の為に尽くしたか、周りの人間は知る由もないだろう。
いや知ってはならない。これは私と彼との秘め事でなければならない。
彼は豊かすぎるあまり世界に対して唖でつんぼの振りをしていた。
そして穏やかに気力は衰え、持った才能を使う事無くそろそろこの世界から去ろうとしていた。
だが私は、彼の生来の高尚さに酷く感動したので期限が来るまでずっと見ていたく思い、
門戸を私の人生で暫く閉ざすことによってなんとか引き止めた。
美しくて脆弱で、無垢な彼を存在させる機関を作るべく私は一旦人間であることをやめた。
金を集める為には権力が必要だ。権力を握る為には名誉が必要だ。名誉を得る為には頭脳が必要だ。
自分の命などただの電池に過ぎない。働け!働け!働け!
身体の感覚と精神がバラバラになり始めたあたりで漸く何とかなった。
まず場所を与えた。彼は見るようになった。
次は仲間を与えた。彼は聞くようになった。
その後女を与えた。彼は才能を使うようになった。
そして最後に、私を疎むようになった。

7820-269 僕(受け)には君(攻め)が眩しすぎる2/2:2011/01/11(火) 22:54:11 ID:zmC5WCOs
私は歓喜に打ち震えた。
侮蔑されることに歓びを見いだしているのではない。
真の貴族にとって、世界は、自分の出自でさえ自身の選択した結果でなければならない。
しかし、現在の境涯は悉皆私によって形成されたものであり、
彼が事態に勘づいた時にはもう抜けだせないよう周到な箱庭としておいた。
箱庭というプリズムから私にのみ分光する感情。
清廉な魂に宿る娼嫉。娼嫉することに厭忌する高潔な性。相反する性質と精神。
彼は静かに狂っていった。私に対する感情のみに。

周りの人間は彼のことを太陽のような人、と喩える事をよく好む。

お前たちは、彼の憎悪に燃え上がった瞳を、赤色に染まった光線を、見たこともないくせに。

生きること、自己実現することに目覚めた彼にとって私は脚にまとわりついた大きな肉瘤であり、
だが切り離そうにも歩く為には切り離すことができない。
多分自分は、美術館に展示された華奢で精巧な白磁の壺に小さく宿る黒点となりたいのだろう。
所有したいわけでも、壊したいわけでも、汚したいわけでもない。
歪な様を作り出し、ただ傍観していたいのだ。
だからユダになど絶対になってやらぬ。
自身の手で、私は一生彼の肉瘤であり、黒点であり、傍観者であり続ける。

僕は君を愛す。

7920-279 宇宙人×地球人 2/3:2011/01/11(火) 22:54:58 ID:wkX6AaIU
「やだやだやだー!一緒に帰るー!」
「地球なら、また来年の夏休みに会いに来られるじゃないか」
「来年!?学校で習ったよ!地球人の時間単位って僕らの1/20なんでしょ!来年じゃもう遅いじゃない!その頃にはきっとずっと大人になっちゃってて、僕を見ても誰だか分からなくなってるよ!」
「その時には、また別の子どもと遊べばいいだろ」
「そんなの楽しくない!他の子どもじゃ嫌なんだ!だって、だって僕は」
「聞きわけのない奴だな!地球人のこの子にも家があるし、家族もいる。それをこっちの勝手で連れていく訳にはいかないだろ!……大丈夫だよ、今は辛いだろうけど、少ししたら平気になる。そういうもんだ」


その言葉を聞くと、リコは観念したのか、ぐずぐずと鼻をすすりながら静かになった。
正直、聞いてるこちらには話の半分も理解できていなかったが、とにかく、さっきまで仲良く遊んでいた弟分は、あと少しでひどく遠いところに帰らなければならないらしかった。

……仕方ないな。俺は短く息を吐いた。
それから、相変わらず不思議な風を撒き起こしているUFOに勇気を出して近づくと、まだ鼻を赤くして泣いているリコに、大切にしていたラメ入りの野球カードを差し出して言った。

「パスポートだ。やるよ」

リコは手を伸ばすと、恐る恐る野球カードに触れた。
赤く潤んだ瞳で怪訝そうに俺を映すリコに、俺は続けた。

「次にお前が来るのが何年も後で、俺がすっかり大人になってたとしても。このパスポートを俺に見せたら、また友達になってやるよ。」

リコの目に、収まっていたはずの涙が一気に溢れた。
俺が手を離すと、代わりにリコの指がカードをぎゅうと握りしめた。

「……お前よりずっとずっと大きくなった体で、今度は肩車してやる。覚えてろよ」

リコは何かを言おうとしたが、それはすぐに嗚咽に飲み込まれた。
言葉もなく、ただぶんぶんと首を縦に振るだけのリコを、俺は落ち着くまでしばらく撫でていてやることに決めた。その時だった。

8020-279 宇宙人×地球人 3/3:2011/01/11(火) 22:55:54 ID:wkX6AaIU

「遅かったな」

後ろで不意に聞こえたのは、ひいじいちゃんの声だった。
その声に、リコが、俺が、……誰よりリコの兄ちゃんが、驚き振り向いた。

「……君は……」
「分からんか?お前がすぐに会いにこないから、こんな皺だらけになっちまったよ」

ひいじいちゃんがかっかと笑うと、対照的にリコの兄ちゃんは今にも泣き出しそうに、くしゃりと顔を歪めた。

「……分からない、はずが、ないだろ……!…………なんで……君が……」
「なんでも何も、俺はずっとここにいたさ。約束通りな」

ひいじいちゃんが拳を前に突き出すと、リコの兄ちゃんは震える手で拳を作り、小さくぶつけた。

「おかえり、兄弟」



傾きはじめた日が、銀色だったUFOを眩ゆい橙色に染めあげていた。

8120-279 宇宙人×地球人:2011/01/11(火) 23:00:35 ID:wkX6AaIU
ごめんなさい、一つ目に「1/3」と書くのを忘れてしまったばっかりに、同時刻の「20-269 僕(受け)には君(攻め)が眩しすぎる」さんと混ざってしまったようです。
また、こちらがリロードでの細かい確認を怠ったのも原因だと思います。
本当にすみませんでした。

8220-269 僕(受け)には君(攻め)が眩しすぎる:2011/01/11(火) 23:11:06 ID:zmC5WCOs
こちらがきちんと投稿直前にリロードしていなかった事が原因です。
20-279 宇宙人×地球人さんには一切過失はありません。
一度ならず二度までも人様にご迷惑をお掛けしてしまい、恥ずかしい限りです。
申し訳有りませんでした。

83名無しさん:2011/01/12(水) 01:40:13 ID:MCEM.SW.
どちらも萌えたし、GJだったよ〜!
良い萌えをありがとう、ありがとう。

宇宙人の話は、ひいじいちゃんのオチが好きだ。良いなぁ、こういう話。

眩しすぎるの話は、表現が多彩なのに文体がすっきりしてて好き。

8420-319 敵兵をお持ち帰り:2011/01/21(金) 00:25:56 ID:IIdQqRpM
燃えるような瞳が男を睨みつけている。
激情に揺れる、その両の目は、見慣れない色をしていた。男の故国で見かけることはほとんどない。異国の目だ。
黒曜石のような、漆黒の瞳を、男は美しいと思った。
美しい目が、憤怒と憎悪に激しく燃え盛っている。
「俺を殺したいか?それとも、死にたいか?」
視線の先の青年が、男の問いに答えることはない。青年の口には猿轡が回されている。手足を拘束された彼は舌を噛み切ろうとした。
言葉の代わりに、情念の灯った眼差しを向けられる。青年の瞳が何よりも雄弁に彼の心情を語っていた。
己が一方的に話し掛けるだけのやりとりに、いい加減飽きた男は、青年の口を塞ぐ轡に手を遣った。
「馬鹿なことはしないな?」
青年は返事のつもりか、ゆっくりと一度瞬きをする。
そのまま戒めを解いてやれば、猿轡の外れた口で、大きく息を吸い込んだ。
「殺せ」
烈火のごとき感情を孕む瞳とは裏腹に、小さく洩らされた声音は酷く静かなものだった。
青年の言葉に、男は芝居がかった仕草で片眉を跳ね上げる。
「敵に捕らえられることほど屈辱的なことはない。今すぐ殺してくれ」
振り絞るように吐き出した青年を、男は鼻を鳴らして一笑に付した。
男は酷薄な笑みを浮かべて、青年に顔を近づける。
「状況を理解していないようだな。捕虜の願いを聞き入れるヤツがどこに居る?」
「私は何も話さないし、交渉の切り札に使えるほどの価値もない。生かしておく必要などないだろう」
「浅薄だな。捕虜の役割は何もそれだけじゃない」
男は、青年の背後に敷設されたベッドに視線を移した。
男の意図を理解したらしく、青年が顔色を変える。
「戦地に女は居ないからな。いくさばでの高揚は性欲に似てると思わないか?」
激情に満ちた瞳に、絶望の色が滲む。
漸く己の置かれた状況を把握したらしい青年の顔からは、血の気が失せている。
男は口角を持ち上げて、青年の口に指をねじ込んだ。
「馬鹿な真似はするなと言ったはずだが」
青年が、また舌を噛み切ろうとしているのに男は気づいていた。
ザラついた触感の肉厚を指で挟んで、咥内から引き摺り出す。
赤く熟れた舌を、男は唇で食んだ。逃げようとする舌に、己のそれを絡ませる。
治り切っていない傷口を、尖らせた舌先で抉れば、咥内で鉄臭さが膨らんで弾けた。
口付けとは呼び難い、戯れを交わしながら、視線を絡み合わせる。
男は小さく笑んだ。
絶望と怒りが綯い交ぜになりながらも、射殺さんばかりに見つめてくる青年の瞳が、どうしようもなく美しい。

8520-329:2011/01/21(金) 14:56:39 ID:Xz24CClQ
誰もいらっしゃらないようなので、僕がプレゼンを務めさせていただきます。
それではスクリーンもしくはお手元の資料をご覧ください。
わが社の童顔の上司は次の通りです。

①たぬきタイプ
 相性の良い部下:苦労人タイプ
 何を隠そう我が社の社長もこのタイプです。
 普段はとにかく何も出来ません。てゆうかしません。でも可愛いので許されます。
 一体なぜそんな人が社長なのかって?【社外秘】です、申し訳ありません。
 第一秘書の佐伯くんも、社長が見た目子供のようなので、
 初めは遠慮していたようですがね・・・今ではすっかり慣れてしまって。
 毎日のように社長に辛辣な苦言もしくは体罰を浴びせています。
 我が社ではこれを児童虐待もどきと呼んでいます。
 でも彼、夜は優しいんですよ。子供体系も時には役に立つんですね。

②頭脳は大人タイプ
 相性の良い部下:ヘタレ熱血漢タイプ
 我が社の営業本部長、星野さんです。その可愛らしいティーンエイジャーのような
 お顔に似合わぬ、シニカルな笑みを湛えていらっしゃいます。
 課長である上島さんと同い年とはとても思えません。
 一見してお二人は犬猿の仲ですが、学生時代からの知人だそうです。
 有事の際には、素晴らしいコンビネーションを発揮なさいます。
 腐れ縁なのに相手がヘタレなので関係が進展しない、と酔った星野さんが
 珍しくぼやいていました。未成年に見えるから手が出しづらいのでは?

③ツンデレタイプ
 相性の良い部下:大型犬タイプ
 研究開発部のチーフ、神崎くんがこちらに当てはまります。*0代だとは思えぬ
 美貌の持ち主で、プライドが高く理知的でいらっしゃいます。
 配属3年目の大輔くんが、配属当初、自分と同じ新人だと勘違いして
 ブリザードの洗礼を浴びていたのはまだ記憶に新しいですね。
 そんな彼らも今ではすっかり良いコンビ!まるでトップブリーダーと
 猟犬のように・・・ってあれ?
 力で押さえ込まれたチーフの羞恥に歪む顔がたまらない、と大輔くんから
 聞いたことがあります。神崎くん小柄だし、大輔くん大きいからなぁ。


「あっ社長!こんなところにいたんですか!
 仕事してください!本当役立たずですねあんた!」
い、いやちょっと社内見学の案内をね。
「君たち、うちに入るつもりなら、この人の面倒を見る覚悟は
 できているんでしょうね?ほら、行きますよ社長」
いたた、痛いよう佐伯くん〜

8620-359 愛情不足:2011/01/26(水) 17:03:31 ID:pLi7AWSM
愛情が足りない、と言われたときは思わず、そのお綺麗な顔を殴りそうになった。余りの嫌悪感に。
足りないも何も、元からそんなもの、お前には持ち合わせていないとはなんとなく言えなくて、結局、ただ押し黙った。
愛情が足りないところで、どうだと言うのか。
愛情が足りない、と喚くアイツ自身、なるほど確かに自己愛は強いが、他人に対しては愛情どころか思いやりさえ微塵も無い。
自分のことを省みず、人をどうこう言うヤツに、俺の顔は自然と歪んだ。
「京ちゃんはさぁ、俺への愛情が足りてない。俺が何しても笑顔で許してくれるとか、俺が何も言わなくても肩揉んでくれるとかするくらい、俺を愛してよ」
「お前、人のこと言えた義理じゃねぇだろ。それ以前に、そんなん愛情じゃねぇ」
うんざりと呆れた口調で言ってやれば、かっこいいとか可愛いとか散々モテ囃される顔をヤツはムッと顰めた。
「俺はいいんだよ。愛される側の人間だから。俺の役割はみんなの愛を受け止めることだもん。でも京ちゃんは違うじゃん。京ちゃんの役割は俺を愛することだろ?なのに、愛情が足りないとかダメなんじゃない?」
俺に口を挟む余地も与えず、一息で言い切ったヤツのご自慢の顔面を、気づけば殴っていた。
殴った、と言ってもそんなに大袈裟なものではない。血も出ていなければ腫れてもいなくて、少しだけ赤くなっているくらいだ。
ヤツがギャアギャアと騒ぐほどのことではない。
「痛ェ!」
「お前、頭腐ってんじゃねぇの?ちょっと顔が良いからって、性格とオツムがそんなんじゃあ終わってんぞ」
「いいんだよ、京ちゃんよりモテるから」
図星には違いないが、否、図星だからこそ、ヤツの整った顔で言われると、これ以上になく苛立った。
拳を強く握り締め、先程とは反対の頬を、今度は倍の力で殴ってやる。
「いってェ!!京ちゃんこそ、すぐ手が出る癖直しなよ」
「うるせぇ、お前しか殴らねぇからいいんだよ!」
「ほら!俺にだけ!愛が無い!」
「これが俺の愛情表現だ!」
文句あるか、と息巻いて言えば、片頬だけを赤く腫らしたヤツが、ニンマリと嫌な笑みを浮かべた。
「そうかぁ、殴るのは京ちゃんの愛情表現で、京ちゃんは俺しか殴らないのかぁ、そうかそうか」
「…おいテメェ、何か勘違いしてねぇか」
「京ちゃんが俺を愛してくれてることもわかったことだし、愛を確かめ合いますか」
どういう意味だ、と問う間もなく、視界がグルリと回転したかと思うと、ヤツの笑顔と天井以外、何も映らなくなった。
フローリングの、ひんやりとした感触が、背中越しに伝わってくる。
「でも、DVは良くないと思うなぁ〜」
「どの辺がドメスティックなんだよ!つぅか退け!」
ヤツを殴って退かそうにも、両手首を床に縫い止められているせいで、それは叶わない。
「俺の愛もたくさん示してあげるね」
ヤツに惚れている女が見たら、悲鳴を上げるであろう、蕩けるような笑みは、悔しくも見惚れるほど綺麗だったが、やっぱり殴ってやりたかった。

8720-359 愛情不足:2011/01/26(水) 18:16:19 ID:VAGS7.H6
「たった3万円? おかしいだろ、それ」
「……いいよ、別に」
「馬鹿、良いわけあるか! 事務所行くぞ。社長いるか」
無理矢理腕をとって歩き出すと、「いいよ、ほんと」と重い足取り。
こめかみのあたりにカーッと血がのぼるのがわかった。
就労時間に対して少なすぎる給料は何かの間違い、もしくは会社のごまかしか。
悪いのは社長か。事務か。誰かが抜いたのか。
あってはならん、こんなことは。訴えるべきか。警察。弁護士。労働基準監督署。
……いやいやいや。
それ以上に、引っ張られながら今も人ごとのようなこいつに、腹が立つ。
ようやくまともになったのに。やっと働けるって笑ってたのに。
可哀想な奴はどこまでいっても可哀想なままなのか!? 馬鹿な!
「お前、職場うまくいってないのか、ひょっとして」
腕を放すことなく聞けば、目を伏せながら「大丈夫……」と答える。
「……そうか」
こんなときは無力な自分が恨めしい。俺が雇えるものなら。せめていい口を紹介できれば。
実際にはただの社会人一年生で、まともな会社とはいえ雀の涙の給料であっぷあっぷしている身だ。
「毅さん」
やっと口を開けたと思えば、言いにくそうに「やっぱりいいよ、ほんとに」と足まで止まる。
「俺みたいなの雇ってくれてるんだし……辞めさせられたら行くとこないし」
笑った。泣くみたいに。
「みんな優しいし。俺に仕事教えてくれるし。まだ見習いみたいなもんだし……ほんとに、いいんだ、俺」
とうてい信じられない。小さな体に重すぎる材を毎日抱えて、足も肩も痣だらけのはずだ。
返事できないでいると、さらに小さな声でつぶやくように言った。
「それに、毅さんに迷惑かけられないし」
「馬鹿!」
大声は駄目だ、優樹には駄目なんだ。わかってたのに思わず出してしまった。
案の定、優樹はびくっと身を縮ませる。
その肩をつかんで、顔をそらすのもかまわず怒鳴りつけてしまう。
「俺は迷惑なんかじゃない! こんな仕事やめてしまえ!
 住むところがないなら俺のとこに来ればいいじゃないか! お前……お前……!」
もっと自分を大事にしろ、とはあまりに陳腐すぎて言えなかった。
愛されなかった子供。俺の力では足りないのか。
どこかの女が優樹とくっつけばいい。だれか優樹を愛してやってほしい。
こんなにも愛しく思っていると、優樹に告げれば優樹は救われるのか。
それじゃ駄目な気がする。俺じゃ無理だ。俺の気持ちは優樹を不幸にする。
「……駄目だ。うやむやにしちゃだめなんだよ、こういうことは」
深い疲労を覚え、また歩き出した。きっと優樹は俺の表情を誤解してるだろうと歯噛みしながら。

8820-389 そっと手を繋いでみた:2011/01/30(日) 23:03:04 ID:cDhXJ4RA
暖房のきいた居酒屋から一歩外に出ると、ひんやりとした夜風に身が竦んだ。
とりあえず駅まで歩くぞー、と幹事の号令がかかり、俺達はドヤドヤと移動を開始する。
宴の余韻そのままの周囲のテンションとは逆に、俺の足取りは重かった。
元々酒を飲むと沈み込む性質な上に、大勢でわいわい盛り上がるのは不得手なのだ。
それでもゼミのメンバーと親睦を深めようと思って今日の飲み会に参加したのだが、
結局深まったのは孤独感だけという笑えないオチだ。
独りを貫いておけばいいようなものを、なんであがいてしまうんだろう。
なんでもっと幸せになりたがってしまうんだろう。俺はなんでいつも――
「かとーくん元気ー?」
「えっ?」
脇からいきなり話しかけられて、落ち込み続けていた意識が引き戻される。
「……や、酔ってテンション下がってるだけだから、平気」
話しかけてきたのは、小谷という男だ。
今まで他の講義でも何度か顔を合わせてきたが、なんとも掴みどころのない変な奴だ。
俺に言われたくはないだろうが。
「ヘー。奇遇だねえー俺は酔ってテンション上がってるんだー今」
あまりハイテンションとは思えない間延びした口調で、小谷は笑った。
別に奇遇でもなんでもないだろうと思っていると、
「ほい」
夜の外気に晒されていた俺の右手が、温かいものに触れた。
「ああ温かいな」と思ってから、それが小谷の左手だと理解するまで数瞬かかった。
「……なにこれ」
他のゼミ生たちが前方で騒いでいるのを見ながら、とりあえず俺は尋ねた。
「んー、手と手のシワを合わせてシアワセー、って。幸せになろーぜー」
トロンとした口調のまま小谷は答えた。
こいつ相当飲んだんじゃないか、いつも以上に訳がわからない。
「いや、あれ合掌だろ。やるなら一人で手合わせとけよ、一人で幸せになっとけよ」
普段ならスルーしているところだろうが、痛いところを突かれた気分になって、
思わず絡むような言い方になってしまった。
すると、
「そんな事言うなよ!!」
小谷がいきなり怒鳴った。
突然の変貌にぎょっとした俺は思わず隣を見やる。
彼はこちらを向いていなかった。ただ、繋がれた手に、ぎゅうっと力が込められた。
「なんで『一人で幸せになれー』とか言うんだよー。
 俺は、かとーくんにも幸せになって欲しいんだよー。
 というかぁ、かとーくんと一緒にじゃないと、俺幸せになれねーよー。
 二人で幸せになんなきゃ意味ねーだろーがーバカヤロー」
さっきの怒号から一転して、今度は駄々っ子のように言い募る。
その間、俺の手を握る力は強くなる一方だ。
なんだこれ。ただの酔っぱらいの戯言だろうが、それにしたって言ってることが無茶苦茶すぎる。
けれど、なんで俺はこんな酔っぱらいの戯言ごときに、必死になって涙をこらえているんだろう。
「小谷君」
数回ひっそりと深呼吸をして、ようやくまともな声が出せた。
「んー?」
「手が痛い」
「え、あ、ごめん」
まだ不満げだった小谷だが、俺の言葉で我に返ったようにあわてて手を離した。
とたんに、右手から温もりが逃げていく。
名残り惜しい、と思った。そして、そう思ったことに自分で驚くよりも早く、
「あ……」
俺は小谷の手をそっと繋ぎ直していた。
「かとーくん……?」
こんなもの、酔った上でのじゃれあいに過ぎない。
夜が明ければ、きっとなかったことになる。それでも、
「離したら、寒かったから」
この手の温もりが、今の俺にはこの上ない幸せのように感じられた。

89 20-409 プラシーボ効果:2011/02/02(水) 18:57:22 ID:NlrjpUIA
どういう会話の流れだったのかは忘れた。
俺はクラスメートの和哉に対し
偽薬の効果について、浅い知識を披露していた。

「睡眠剤だって信じてれば、ただのビタミン剤でも効いたりすんだって。」

ラムネ菓子のタブレットをかじりながら、のんびりと和哉が答える。

「思い込みは怖いって事かー」
「信じるものは救われるとか言おうぜそこは」

川原沿いの長い道をくだらない話を続けながら歩いていると
ふと思いついたように和哉が言う

「なあ、惚れ薬もそういうのあるのかな」
「ん?何?」
「信じるものは救われるって薬の話だよ」
「お前は惚れ薬なんざいらんだろーがモテ男」

惚れ薬なんて単語が和哉から出るのを、少し意外に思った。
和哉はなかなかに整った、それでいて優しげな顔立ちをしている。
実際温厚で親切でもあったので女子からすこぶる評判が良かった。
派手に騒がれはしないものの
毎年バレンタインには本命チョコを2,3個渡される、
そういうモテ方をしていた。
それなのに彼は彼女達を丁寧に振ってしまうのだ。
恋愛自体に興味がないのか、とも思ってたけど
そんな訳でもないようだ。

その時の一瞬の沈黙に、気づいたのは後になってからだ。

「だといいんだけど」

少し寂しげな微笑に、好きな奴でもいるのかなと思ったが黙っていた。
未だに彼女を作らないのも、それなら納得というものだ。

「ハイレモン俺にもくれよ」

和哉に声をかけると、ポケットからシートを取り出し
ぱちん、とシートから一錠手のひらに落とされる。
クリーム色の錠剤を口に放り込んだ瞬間、
和哉が一瞬真面目くさった顔をして言う。

「これ惚れ薬なんだ」

突飛な冗談に吹き出して、なんて言ってやろうかと和哉の顔を見た瞬間
笑いが喉で固まってしまった。
どこか切羽詰ったような、おびえと、熱のこもった視線
ああ、和哉に告白した女の子が、こんな表情をしていた気がする。

「信じてよ」

暮れかけた夕陽が、和哉の整った輪郭を陰影濃く彩っている。
視線は俺から外さないまま
和哉はいつもよりぎこちなく、それでも優しげに笑ってみせた。

噛み砕いた媚薬のかけらが、舌の上で甘酸っぱく溶けた。

9020-519 ごめんなさい。空気読めなくて:2011/02/14(月) 00:47:58 ID:VCu3.GEo
「お前ほっんと空気よめねーなー」
ベッドの上から、ケイ君が僕を蹴り飛ばす。
「ごめんね、本当ごめんね、邪魔しちゃって」
怒声とまではいかずとも、イラつきが充分伝わるような声に、
弱弱しくお腹を押さえながら応える。
「ごめんねじゃねーよ、毎度毎度ヘラヘラしやがって!」
ベッドの上にはケイ君の服と一緒に、女物の靴下が忘れられている。
多分取りに来ないとは思うけれど。
「勝手に入ってくるとかザケんなよ、それもこういう時に…それとも何か、
お前みたいな未だに女も居ないキモ男には何してたか判りませんってか!?」
胸倉を掴まれてすごまれる。僕の目の前には今ケイ君の怒った顔がある。
「ごめんね、だって、お客様ならもてなさなくっちゃって…」
床にひっくり返されたお盆を指差そうとした直後、後頭部を蹴られ顔面を打ち付けた。
「お客様じゃねえよボケ!弟が彼女連れて部屋篭ってんだ、何してるか位察しろよ!」
「う、うん、ごめんね…ごめんなさい」
「もういいからさっさと出てけよ、畜生やっと新しい彼女ができたばっかなのに…」
ふいに気付いたようにしたケイ君が、凄い形相で睨んでくる。
「お前、まさか彼女できないのに嫉妬してわざとやってんじゃないだろうな!?」
「ち、違うよ…」
ぶちまけられた茶菓子を集めてから、もう一度謝って部屋を出る。
「ごめんなさい、空気読めなくて…ごめんなさい…」


本当にごめんね、空気読めなくて。
世間一般の流れならそちらなんだろうけど、僕は空気が読めないものだから。
本来は愛しい弟の幸せの為、世間の常識の為身を引くものだろうけど、僕は空気が読めないから。
ごめなさいケイ君、空気を読む気がない、ホモの兄を持った時点で、貴方の運は尽きました

9120-534,535続き 生徒視点1/3:2011/02/15(火) 04:07:26 ID:.g1TcCO.
先生の第一印象は覚えてない。多分気にも留めていなかった。
あの頃の俺は、とにかく自活するだけの金を稼ぐので精一杯だったから。
高校に入学した当初はまだ勉強とバイトの両立ができていた。
でも授業の内容が難しくなりだすと、元々出来のよくない俺の頭は早々に音を上げた。
学校でダウンする時間が大幅に増えたのは二年に上がった頃だ。
元来チャラい見た目に加えて、英語は一番苦手だったから睡眠時間に当てられやすいこともあり、先生の俺への心証は最悪だったと思う。
俺を見る目はすごく不機嫌そうだったし、俺もそんな先生が苦手で避けるようにしていた。

それが変わったのがいつかははっきり覚えている。
夏になる少し前、ドジをして怪我をしたせいで予想外の出費をしてしまい、いつも以上にバイトに追われていた頃だ。
一応学校には来ていたけど、もうヘロヘロで、授業を聞くどころかしゃんと椅子に座ることすら出来ていなかった。
昼休み、いつも一緒にバカばっかやってるクラスメイトが心配するくらい俺の様子はひどかったらしい。
「お前顔色悪くね? さっきの英語もずっと寝てたじゃん」
「しゃあねえだろーバイトよバイト。もー今バイトが一番大事だもん」
言いながら廊下に出たらパンを抱えた先生と鉢合わせした。
聞かれた。やべえ。
真面目そうだし俺のこと嫌ってるだろうし、バイトなんかやる暇あるなら勉強しろとか言われる。
俺は身構えた。
でも先生はふっと笑ったんだ。
「あんまり無理するな」
すげえ優しい声だった。一瞬幻聴かと思った。
「明日の俺の授業、今日みたいに青白い顔するなら来るなよ。来たら強制的に保健室行きだからな」
そう言って俺に向かって缶ジュースを投げてきた。
受け取ったらあったかいおしるこだった。
「甘いものは頭の働きをよくするんだ。間違って買ったからやる」
その瞬間、俺はトスッという音を聞いた。
キューピッドが俺の心臓めがけて矢を放った音だ。
もう暑いのにおしるこ? とか間違って買うとか意外とドジ? とか色々思うところはあったけど。
何より先生が本当に俺を心配してくれてるんだって感じたら、俺は先生が堪らなく好きになっていた。

9220-534,535続き 生徒視点2/3:2011/02/15(火) 04:08:47 ID:.g1TcCO.
その日から俺は先生に猛烈なアタックを開始した。
英語の授業はなるべく寝ない。
休み時間は先生の準備室に押しかける。
愛の言葉は惜しまない。
彼女がいない、三人兄弟の次男など周辺へのリサーチもばっちりした。
当然隠す気は微塵もなかったから俺の気持ちはバレバレだ。
だけど先生は、最初こそ戸惑っていたみたいだけど、すぐに慣れて右から左に受け流すようになった。
「先生おはよう今日も可愛いね!」
「おはよう上村、お前の頭は今日も残念だな」
「先生聞いてよ俺今月リッチだよ、遊園地デートしようよ奢れるよ!」
「あーありがとよ。代わりにその金で参考書買って自習ノート提出してくれ」
「先生マジ好き愛してる! 先生は俺のことどう思ってる?」
「若干頭が残念な可愛い生徒。以上」
こんな感じ。
俺がボールを投げまくっても先生は素知らぬ顔でカンカン明後日の方向に打ちまくる。
当然俺は焦れまくったけど、先生は全然態度を変えなかった。
俺がアホなこと言えば張っ倒して、授業のわからない部分があればそれが担当外でも真面目に丁寧に教えてくれた。
でもそうやって半年ぐらい過ぎた頃、俺は先生が時々すごく優しい目で俺を見ているのに気がついた。
問題がわかんねーと呻いてるとき。
好きだって言っても相手にしてくれなくてへこんでるとき。
疲れ果てて教科準備室のソファで寝ちゃったとき。
先生は静かに目元だけ柔らかくして俺を見るんだ。
それが他の人の前ではそうそう出ないってことは知ってる。
俺、四六時中先生のこと見ていたから。
そのとき、俺は先生が俺のことをどう思っているかわかった。
でも喜ぶより恥ずかしくなった。
先生は言葉にするだけが方法じゃないって知ってるんだ。
俺のこと、本気で考えてくれてるから。
先生は大人だ。先生はカッコイイ。
それに比べて俺はどうだ。
先生に見合う男になりたい。
先生が胸張って隣にいてくれるような、カッコイイ男になりたい。
本気でそう思った。

9320-534,535続き 生徒視点3/3:2011/02/15(火) 04:11:10 ID:.g1TcCO.
英語以外の授業でも寝なくなった。
バイトをやめることはできなかったから、遊びをばっさり切り捨てた。
予習復習をできる限りやって、わからないところがあれば先生以外にもクラスメイトや他の先生に教えてもらいに行った。
試験順位が二桁前半に食い込んだとき、皆驚いたけど先生だけは「頑張ったもんな」と笑ってくれて、マジ嬉しかった。
一校だけ受けた滑り止めの私立に受かって、前の俺なら逆立ちしても無理だった本命の国立もA判定が取れて、先生は自分のことみたいに喜んでくれた。
全部昨日のことみたいに思い出せる。
先生、先生、好きだよ。俺、先生の隣に並べる男になれたかな。
着古した学ランを今日ばかりはキッチリ第一ボタンまで閉めて、卒業証書を肩に俺は歩きだした。
目指すのはもちろん英語準備室。
ドアを開けたら先生が眩しそうに俺を見る。
その顔を見てたら堪え切れなくて気がついたら叫んでた。
「隆文さんマジ好き愛してる!」
「いきなり名前かよ!」
いつもどおりの色気のないツッコミを入れられたけどいいんだ。
抱きしめたら耳を真っ赤にして俺もだよって返してくれたから、俺、それだけでいいんだ。

9420-599 まるで妖精のような君:2011/02/22(火) 01:26:30 ID:GfgekUjw
君と初めて出会った日のことを今でもはっきりと覚えている
母親に無理やり連れて行かれた、あの春の日の体操教室
同い年なのに俺よりずっと小柄で華奢な君を女の子と間違えて怒らせたよな
でも、動き出すと小さな体が俺よりずっと大きく見えた
マットの上を軽やかに飛び跳ねる君は、まるでアニメで見た妖精のようだった
君みたいに飛んでみたくて、俺も体操教室に通い始めた

だけど、君みたいに飛ぶのは簡単じゃなかった
6歳にしてすでに体操歴2年半の君との差はそう簡単に縮まらなくて
何度もくじけそうになって、それでもあきらめきれなくて
いつも必死に君の背中を追いかけてた


あれから、15年
俺はもうすぐ世界選手権に出場する
でも、君はここにはいない
高校生の時まではいつもいっしょだったのに
何度もいっしょにジュニアの日本代表に選ばれたよな
だけど、君は、ある日突然体操をやめた

難しい病気だったんだって後で聞いた
すぐに治療をしないと、競技を続けるどころか命すら危なかったって
それから2年半、君の入院生活は続いた

退院した後、リハビリを続けていたと聞いた
ようやく競技に復帰したらしいことも
俺は見に行けなかったけど、君らしい演技だったって


オリンピックまでは、まだ少し時間がある
君ならきっとやれるよ
俺はその2年半を埋めるのに倍以上かかったけど
君ならもっと早くたどりつけるだろ?

俺も頑張るから
誰かにこの位置を奪われたりしないように

本当は君が立っていたかもしれないこの場所で
まるで妖精のように飛び跳ねる君とまた逢える日をずっと待ってる

9520-619 慣らす:2011/02/23(水) 22:33:43 ID:KM8FELxI
ぎりぎりに投下しようとしたら板がおかしい(´・ω・`)
その上時間も過ぎちゃった(´・ω・`)
なのでこっちで。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「ここが今日からお前の部屋だ」
背負ったままのリュックをぽんと軽く叩くと、細い身体が大袈裟に跳ね上がった。
直接触れたわけでもないのにこれほど大きな反応を示すのは、親戚中をことごとくたらい回しに
されたその過程で何度か虐待を受けたからだろう。目で確認したわけではないが、季節外れの
長袖の下にはいくつも痣が隠れていると聞いている。
俺は気づかれないようにため息をついて、小さな部屋を見回した。
簡素なベッド、勉強机、押し入れにすっぽりはまっている小さな箪笥。それがこの部屋の家具の
全てだ。
「悪ぃな、テレビも本棚もなくて。必要なら揃えてやるから、しばらくはこれで我慢してくれ。
 押し入れに箪笥が入ってるから、好きなように自分で収納しな。荷物はそれで全部か?」
リュックを指し示すと、ゆらりと頭が前後する。頷いたのか揺れただけなのか、判別が難しい。
無言で半歩身を引く。カケルはこくんと唾を飲み込み、恐る恐る部屋に一歩踏み込んだ。
俺とカケルの縁戚関係ははてしなく遠い。俺の名が出る前に施設が選択肢に挙がっても不思議で
ないほどだ。事実、今日が二度目の対面だったりする。
カケルはリュックを背中から下ろし、お腹のところで抱えなおした。
「……カケル」
名を呼ぶと小さな肩が震え、吊りぎみの目が伺うようにこちらを見上げた。警戒心で眉間の皺が
深い。
近づくと後ずさろうとするのも構わず、俺はカケルの痩躯を抱き寄せた。
「っ……!」
肩のところで息を飲む音がする。早鐘を打っているだろう鼓動は、リュックに遮られて届かない。
心の中でゆっくりみっつ数えて、俺はそっとカケルから離れた。
カケルはリュックをちぎれそうなほど抱きしめ、荒い息をなかなか整えられずにいる。
「カケル。これからうちでは、これが挨拶だ」
ぱっと上げられた顔には、様々な感情がないまぜに浮かんでいる。
「朝起きた時。夜寝る前。出掛ける時。帰った時。できないなら、無理にお前からはしなくても
 いい。俺から一方的に抱きしめるから、拒まずに慣れろ」
カケルは唇をふるわせ、なにか言いかけてやめ、潤んだ瞳を隠すようにうつむいて背中を向けた。
俺はその後ろ頭を撫でようと手を上げかけて、結局触れることなく下ろした。

96探偵と○○:2011/03/01(火) 21:46:49 ID:f7n0mcz.
探偵というものは、概ね殺人事件に巻き込まれたりはしない。
旦那の浮気調査が一番多い。探偵にとっても金をよどみなく出してくれる美味しい仕事だ。
今日も俺は男の後をつけ、写真を撮り、報告書を作成する。奥さんが沢山慰謝料をとれるように。

「浮気しているかどうかはわかりません。でも怪しいんです」
その女性はやつれた顔で事務所に来た。おとなしそうな控えめな人だった。
短い爪の少し荒れた手だった。微かに見えたカバンの中身は整理され無駄なものはなかった。家事をきちんとしているタイプだ。
女性としての魅力もないようには思えない。こういう女性でも幸せになれないというのは残酷だなと思った。
「お恥ずかしい話ですが夫婦生活も全然なくて…。このまま私の人生が終わっていくのかと思うと悔しくて…」
「わかりました。全力をつくします。それでご主人の行動で怪しいというのは」
「外でシャワーを浴びていて…ホテルの領収証もありますし…」
「ああ、なるほど」
「でも、おかしいんです。いけないとは思いつつも携帯をみてしまったんですが、形跡がないんです。
事務的なメールばかりで…。女の匂いがしないんです」
「上手な人はいますから」
「主人はそんなに完璧な人間ではないんです。でも何かがチグハグで」
話をひとつひとつ確認しながらメモをとった。
取りながら俺は自分の体温が背中から下がっていくのがわかった。

「これが主人の写真です。よろしくお願いします」
差し出された写真には俺のよく知っている男が写っていた。ただ妻帯者だとは知らなかったが。
「では、また追ってご報告しますので」
彼女を送り出してからため息をついた。
そりゃあ女の匂いはしないだろう。浮気相手は男なんだから。

さあ、どうする。何も言わずに証拠を揃えて破滅に追い込もうか。それとも救い舟を出して続けるか。
タバコを吸いながら思案した。携帯に何も知らない男からの電話が来るのはもうすぐだ。

9720-709(716の補完):2011/03/07(月) 21:16:16 ID:vHC0dALY
ある日、801板にこんなスレが立つ。


『腐女子助けてwwww』
1 :風と木の名無しさん:2010/11/13(土) 16:21:09.11 ID:motonoNke0
男を好きになりました\(^o^)/
しかもヒトメボレwwwwおれヤバスwwwwwwwww

2 :風と木の名無しさん:2010/11/13(土) 16:21:11.59 ID:motonoNke0
あ、俺も男な\(^o^)/


スレが立った当初は、出張VIPPERの釣りだと疑う者、3次元お断り、
他版への誘導などで大混乱したが、次第にスレ主の真剣さが伝わり、
親身にアドバイスを書き込み始める腐女子達。

『腐女子助けてwwwwPART2』
304 :風と木の名無しさん:2010/11/17(水) 23:50:10.05 ID:YaOISaIK0
一緒のゼミかサークル入ってみなよ

『腐女子助けてwwwwPART8』
716 :風と木の名無しさん:2011/03/07(月) 19:09:54.33 ID:xFUjoSHix0
ケツは洗ったか?

『腐女子助けてwwwwPART11』
801 :風と木の名無しさん:2011/03/20(日) 11:55:16.49 ID:or2blKfjn0
報告はまだか!スレが終わってしまうぞ


その後、腐女子直伝の801ファンタジー知識を駆使したスレ主の決死の頑張りや、
貴腐人達の暗躍などなんやかんやてんやわんやで 、やおいスレの本気により、カップル成立。

『腐女子助けてwwww最終章』
1000 :風と木の名無しさん:2011/03/20(日) 02:32:46.12 ID:fuDANshiX0
栄光に向かってやおれ!


電●男ならぬ、やおい男の誕生である。めでたしめでたし。

9820-699 3対3:2011/03/09(水) 12:34:40 ID:OSOXsxOE
「推進派の意見は甚だ単純、理性ある人間として耳を傾けることはできません。
 そのような本能に基づくだけの拙劣にして愚昧な行動を私は許さない。
 そもそも社会的、道徳的にどうなんだ。
 友人、それも同性にこのような気持ちを抱くだけでも異常なのに、みだらな行為まで欲するというのは?
 社会人として、まともな大人として、軽挙は厳に慎むべきだ」
「なんちゅー頭の固さ! 本能上等じゃねーか。
 欲望、イズ、パワー! だ! ゴチャゴチャ言っても結局はこれだよ!
 どんなにすましててもちんちんついてるだろ? 男だろ?
 やりたいやりたいやりたいやりたい! そう思う何が悪いんだ?
 あいつとやれたら死んでもいい! あー舐めたいしゃぶりたい入れたい!
 あいつと気持ちよくなりたい! あーもう考えるだけで」
「まあまあ、そうは言ってもさー。
 ……まあ、わかるよ? 情熱とかってさ、この、熱ーい気持ち? 燃える衝動、まあ、わかるよ。
 正直好きすぎるっていうか、俺、もうあいつがいないと無理。大好き。
 けどさ、あいつは中学からの長いつきあいなんだ、ちょっと照れるけど、親友なんだよ。
 今でも、自転車で一緒に帰ったなぁ、とか、部活を地味にに頑張ったなぁ、とか、
 悩み聞いてもらったな、あんときは好きな女の子の話だったけど……なんか嘘みたいだね。
 いまでもこんなことになって、一番戸惑ってるのは僕なんだ。
 あいつのことが好きだ。親友なんだ。
 だからこそ大事にしたい、そう思うのは別におかしくないだろ?」
「でも、だからこそ、見たい知りたいってのあるよね? どうよ正直? おりゃおりゃ。
 未知の世界、知らないあいつ、その全てを手に入れたい!
 そう思っちゃうよね?健康な男の子だもん、なんて。
 そもそもー ぶっちゃけー、声を大にしてー……『目指せ! 童貞卒業!』ぱふぱふぱふー!
 うじうじ考えるのはお互い深く知り合ってからでもいーじゃん!
 あー、あいつどんな顔するだろう、って考えるともうたまらん感じー」
「いやいやいやいや……それ、怖いだろ?
 だって嫌われるかも知れないよ、っていうか、嫌われるよ普通。
 親友だと思ってた奴が好きだとかやっちゃうとか……
 このままだと無理矢理、なんてことになりそうじゃん、やりたがってるお前ら、すでに暴走気味だし。
 あいつも怖いだろうし、俺だって自分が怖すぎる。
 嫌われたらもう二度と友達に戻れないよなぁ……そうなったら俺……」
「怖い、とか言ってるうちにあいつに彼女でもできたらどーするの?
 なんでそんなのんびりやってられるかな、俺はもう気が気じゃないのに。
 心配だなー、最近格好良くなってきてないか、あいつ、とか考えるだけで走り出しそう。
 メール待っちゃったり! 速攻返事したり! でもキモイから10分待ったり!
 あーもう早く! 俺だけのものに! そもそも童貞も捨てたいし!
 というのは置いといても、でもそこも重要だし! 毎日なんも手につかない感じ!」

意見は、今日も3対3にきっかり分かれてしまう。
皆が俺をふりかえり、声をそろえて言った。
「お前はどう思う? お前が決めろ。お前はどうしたいんだ?」
この幾度となく重ねられた未だ結論のでない議論。
意見を戦わせるのは、良識、性欲、友情、好奇心、恐れ、焦り。
3対3に分かれて、延々と平行線な論争を繰り広げた末、皆が最後に俺に尋ねる。
俺はどうしたいのか? と。
結局、自分がキーなのだ。わかってる。わかってるが決められない。
理性が止め、性欲に悶え、友情に泣き、好奇心を秘め、恐れ、焦る。
そのすべてが俺のせいだ。わかってる。俺がきめなければいけないんだ。
俺の名は、あいつへの愛情。
きっと許されない存在。でも、ひょっとしたら受け入れられるんじゃないか。
葛藤につぐ葛藤。眠れない夜。もうそろそろ限界だ。
決着はそう遠くない。

9920-729友人だからこその気持ち:2011/03/10(木) 01:17:06 ID:8ClD9ipk
好きだ。
お前のことが、好きだ。
何より大切で、側にいたい。
お前の事を考えると苦しくなって、でも、考えると幸せになって。





「…なんて、言えれば楽になれるだろうになぁ…」
「何が?」
「んー…別に。何でもない」
ふと呟いた言葉を聞かれてしまったらしく、隣で本を読んでいた昌也が顔をあげる。

「何でも無い事あるか 今何を言ったんだよ」
「聞こえてなかったなら気にすんなよ」
「気になる」
「気になるな」
特に目も合わさず、声も荒げる訳でもなく、ただ淡々と言葉を交わす。
アイツだって別に聞きたい訳ではなく、単なる言葉遊び。

好きと言葉を伝えれば、この苦しい思いは楽になれるだろうけれど、その代わり、失う物もあるかもしれない。
もしも、この想いを拒否されれば、今のこの時間すら失う。
それは怖い。
今の友人という立場を失うのは、怖い。

何気なく君がいるこの空間がなくなるのは、耐えきれない。

「言えないな」
「悪口か」
「さあね」
悪口だったら、どんなに楽だろうか。

10020-749 当て馬同士の恋:2011/03/11(金) 19:57:47 ID:9b0KrQDU
俺は祐樹に告白しようと決断した。

その恋は一目ぼれだった。
7歳のとき、転校してきた祐樹を見て何かの病気じゃないかと心配になるほど心臓が動いたことを思い出す。
おでこを出して笑う祐樹の顔を見るたびに息ができなくなった。
「僕、転校したばかりで不安だったけどまこちゃんがいてよかった。まこちゃんの傍って安心する」と言われてなんと返したのか覚えていない。
ただ、その後歳の離れた姉に泣きじゃくりながら病気で死んでしまうかもしれないと言った日のことを昨日のことのように思い出せる。
この気持ちが恋だと気づくのに結構な時間がかかった。

小学生高学年になってから祐樹がスポーツの中で1番バスケが好きだということを知った。
そう知った俺は、興味のもてなかったバスケを始めた。
祐樹が好きだといったり興味を持った選手はビデオを何度も見直して真似た。
対校試合で負けたとき、顔に悔しさをにじませ体育館の床をたたいていた姿。勝ったときの満面の笑み。全てが俺の気持ちを高揚させた。
喜ぶあまりに抱きつかれた時も頭の中が真っ白になって何の対応もできずにいた。
監督が笑いながらガシガシと音を立てながら俺と祐樹2人の頭を撫でてようやく現実に戻ってきたくらいだ。
その日の夜抱きつかれた記憶が、感触が甦って眠れなくなった。そのときは、こんな時間になっても勝ったことに興奮していて眠れないんだ! なんて思っていた。
まだこの気持ちが恋だってことに気がついていなかった。

自覚しかけたのは中学のフォークダンスの時だった。
学校の女子の数が足らなかったから、身長が低かった祐樹が女子側に行って「やってらんねー。信じらんねーよな、真」とぼやきながらも俺と手を繋いで踊ってくれた。
「だよな」なんて返しながらほかの女の子に感じない気持ちがこみ上げてくるのを不思議に思った記憶がある。
ほかの子に変わったときも俺の意識は祐樹に向いていた。
当たり前だけど前と後に踊った女の子に比べて、握った手は意外と大きくてゴツゴツしていた。
ダンスが終わった後、キャンプファイアーが灯す薄暗い中、見慣れた自分の手をジッと見つめた。

完全に自覚したのは祐樹と聡が付き合い始めてからだった。
それまでは自分の気持ちが本当に恋なのかまだ疑っていた。頭の中でまさか、でも……と繰り返して考えているうちに出遅れてしまった。
聡の隣で幸せそうに笑う姿に胸が痛くなったけど、まだ諦めきれなかったけど、恋人の隣で「俺、変かな?」と聞く祐樹に「別にいいんじゃない? 男同士でも」とだけ返しておいた。
「お前が誰と付き合っていたとしてもさ。俺、お前の友達だし」と付け足しもした。
コレでいいんだと自分の気持ちを取り繕うたびに、どうしようもなくなるくらい、自分が情けなくなった。

聡と祐樹は高校で初めて会ったわけじゃないらしい。
小学1年までずっと一緒に過ごしていたらしく、引っ越す前日には結婚の約束もしていたらしい。
自慢そうに言ってくる聡に相槌を打ち、「結婚なんてできるわけないのになー」と笑う祐樹に聡がちゃちゃをいれ、いちゃつく姿を見て早く昼休みが終わればいいのになんて考えていた。
3人で過ごしているうちに、聡のきな臭い噂や中学時代の同級生の嫉み混じりの「遊び人」と言う声が耳につくようになった。
本当かどうか走らないが噂の内容に対して胸騒ぎがした。祐樹が聞いていないか不安だ。

祐樹に告白しようと思ったのは聡が浮気をしていると知ったときだ。
聡の浮気相手は和弘というらしい。そしてそいつに聡と別れるように要求されたらしい。
泣きながら「もう、俺……どうすればいいのかわかんねー」と相談してくる祐樹の姿を見て、隠していた思いが胸の内に広がる。
俺は祐樹に告白しようと決断した。
「あんな奴やめろよ」と言ったら泣くのをやめてこっちを見た。涙の跡が頬に残っていた。
ハンカチで涙をふき取りながら「好きだ」と言った。

「ごめん……俺。あいつは浮気するし性格は俺様だし最低な奴だけど、それでも……好きなんだ」
ごめん、ごめんと繰り返した後へたり込む俺から目を離しその場を発った。
なんでそんな奴がいいんだろう。……なんで俺じゃだめなんだろう?
偏頭痛と震える足に悩まされながら家に帰った。晩御飯を食べずに眠った。夢で祐樹と笑っていた。
どうしようもなかった。

そして11年の恋が終わった。
結局祐樹は聡の隣に居て今も交際を続けている。それでも諦められない俺が居る。
そしてなぜか聡と浮気をしていた男を慰めている。
「俺は本気だったんだ……本当に好きで、ぐずっ……ううっ」
なんでこいつ慰めてるんだろう。俺だって泣きたいのに。
ただ、失恋して泣く姿を見て放っておけないと思った。


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