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ある体験の・・・回想録5

1ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/01/01(日) 00:06:30
『この掲示板利用にあたって/管理人』
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2470/1040148566

警告:以下には虐待に関する文章及び性的な描写が多く含まれる。
   人によってはフラッシュバック誘発の恐れがある事を留意の上
   自己責任で参加するように。時には自ら離れる勇気も必要だ。
   そして、参加者は上記のスレッドの注意書きに
   目を通す義務を有するものとする。(読まない者の参加を認めない)

ここは管理人である「私」こと「ロイ(EGLIC9Vs)」が
個人的理由によりある悪夢を体験談的に回想するための場である。

私の悪夢は異常なまでに生々しく残り続け時を構わず再現される。
真偽の程は想像にお任せする。どちらにしろ詮索には意味がない。
しかし、この掲示板に書かれた内容の全てに置いて
実在の人物、団体、組織を特定しうる情報は何もなく
真偽の程を特定するだけの証拠には一切なりえない。

また、実在の犯罪、事件に関する情報として提供しうるものを
管理人は有していない。仮に、管理人がなんらかの情報を
握っているように見えようとも、それは読み手側の問題であり
管理人には訴えるにたるだけの物的証拠は何もなく
他者を巻き込む意図も訴訟に関わる意思も全くない旨を明記しておく。

これはあくまでも管理人の見た『悪夢』の回想録であり
解決・未解決に関わらず実在の事件との関わりは一切ない。

263まし:2006/10/22(日) 07:53:24

>>261 修正
 アンカーミス >>245>>254

なんか、もう、本当にゴメンなさい _| ̄|○

264名無しさん:2006/10/22(日) 12:27:06
>>263
どんまいw
ちなみに252はオイラ。
騙ったつもりはなかった。
今は反省している。
というか文頭に247が自分でってすればよかったのかも。

265194 ◆1OR8SZPars:2006/10/22(日) 18:35:30
>>261 言葉尻を捉えるようで申し訳ないのだが・・・
>今はロイの言葉をみんなそれくらい生真面目に受け取ると思う
この「みんな」という表現は避けた方が良いのではないか?
「生真面目に受け取る人もいるだろう」くらいの表現の方が
誤解が少ないと思うのだが。
知らずに読んだ誰かが本当に「みんな」と思ってしまうかもしれない。
>>261のいう「みんな」は「みんな」の中の一握りかもしれないよ。

266名無しさん:2006/10/22(日) 22:35:18
265に同意。
意地悪な言い方をしてしまうと
ましさんはいつから代表になったの?と。
雑談スレ10の714のリンクは読んだ?
あそこの10/11のコラム「批判のサイズ」を
ぜひ読んでみて欲しい>ましさん

267日本語d(ry:2006/10/22(日) 22:49:13
>>259〜260 のあたりリアルタイムで見ていた。
 「眠れるようになってるってのは、よかった」 と思いついた。
そして、これも変換される可能性をふと思ってしまった。
「眠るなんて当たり前のことを人に心配されなければならないのか」

では、「俺は睡眠がこの世で唯一のたのしみだ。眠れることはいいことだ」
なら、どうなるか?色々考え出してしまった。
たんに「おやすみ」 と言えばすむのだ。
だがそれプラス、あなたのこと判ってるよ的な、理解者めかした思いを、
わざわざつけくわえてしまいたくなった自分がいた。 
その態度は必ず伝わる。 そしてそれがどういう変換を産むのか、産まないのか。
考えれば考えるほど、確かに微妙な問題なんだと、つくづく思う。

考えすぎず、気軽にカキコして欲しい。(ただし自己責任で) 
単純化すれば、それがロイのメッセージに思うのだが。。

今回の話題の微妙さは、「理解できない側」への危惧だ。
理解しないまま、気軽な言葉すら逡巡してしまう、萎縮をうむ可能性。
ロイの言葉を、まんまマニュアル化して、「そういう時、そういう状態」でない場合にも、
他人の気軽な声かけを非難、批判、糾弾の対象にしてしまう可能性。

>>263 245も254も同一人物なんだからわざわざ修正しなくても良かったんジャマイカ?
    可愛らしかったので、萌えてしまうではないかw

ところで「最重要参加者」であるロイは、アンケートには答えないのかな?

268194 ◆1OR8SZPars:2006/10/22(日) 23:30:53
ロイがアンケートに答えたら現在は分からないけど
以前は 1-3:no 4-10:yes だったのだろうか、
と思いながら私はアンケートに答えていた。
だからどうって訳ではないのだが、ふといろいろ考える。

それしても今日は死ぬほど胃が痛い。
ロイ、良い健康療法を教えてプリーズ☆

269名無しさん:2006/10/22(日) 23:34:39
人に買われた(飼われた)ことも支配されたこともないから
想像でしかないけど(親の自分勝手な支配は別として)
自分の意思より何よりも主(飼い主)の気持ちと考えが優先するって
生命を脅かされてるのに等しいんじゃないかなと思った。

270名無しさん:2006/10/23(月) 00:18:56
>>147はなんで「僕の声」が聞きたいの?
萌え目的とかもある?

271まし:2006/10/23(月) 00:55:06
>>265 
気遣って貰ってありがとう。
嬉しかった。
でもごめん、訂正しない。

「今はロイの言葉をみんなそれくらい生真面目に受け取ると思う」
それ、私の正直な気持ち。

誤解を受ける可能性があるってわかっててそのままにするんだから、
それなりの覚悟はしてる。

何をどう書いていいのかわからないけど、今必死に考えてて、
言葉にしようと思ってる。
というか、書いてる間に新しいスレが……。

272名無しさん:2006/10/23(月) 01:13:13
スレではなくレスではないかと小一時間w
もしかしてましは初心者か?
いつぞやの108を彷彿とさせるな

273名無しさん:2006/10/23(月) 01:52:51
>>272 で?  それがなんだと?

274名無しさん:2006/10/23(月) 10:58:13
ただの突っ込みと感想。
それ以外に何を求めちゃってるわけ?ww

275194 ◆1OR8SZPars:2006/10/23(月) 13:15:45
>>271
自分の気持ちを正直に表すというのは分かるが
ここで私が「それくらい生真面目に受け取っていない」と言ってしまえば
271の「みんな」は「みんな」ではなくなるということ。
「みんな」を用いることで271の意見を他者の賛同者がいるかの如く
正当性を持たせているような印象を受けてしまう。
271だけが思っているということさえ伝えられれば
賛同者はその後のレスで同意してくれるでしょう。

ちなみに私は「それくらい生真面目に受け取っていない」

276名無しさん:2006/10/23(月) 13:35:52
>>271
265に同意してる266についちゃ無視かい?
もっとより直接的に批判してると思うんだけどね。
遠まわしな批判は気遣いと変換されて流されるから嫌いだ。

俺はロイの言葉をそんな生真面目に受け取るつもりはないし
あんたはただ単に『自分が』生真面目に受け取ってしまうから
ロイに気をつけて欲しいっていう要望を
自分ひとりの意見として出す勇気がなくて
よく知りもしないほかの人間をもまきこんで
まるで自分が大多数の意見であるかのように装ってるだけ。
卑怯な行為だってわからないか?

277名無しさん:2006/10/23(月) 19:55:39
>>275-276
あー ちょっと落ち着け。
随分きつい言い方になってるぞ。

278日本語d(ry (元120):2006/10/23(月) 21:56:11
ロイはまだ 「自分の考え」 を言っていない。
その時、生真面目に受け取るか、受け取らないかは、言われてみてからの話だ。
「まし」さんの言う「生真面目」の意味を

その時のロイの言葉を「鵜呑み」にして、金科玉条のように受け止め、
そして、それに「違反」する言動を見つけると、ヒステリックに糾弾するようになるかもしれない

と言い直せば、その危険性をもっている者がいる可能性は排除できない。
だからこそロイはあの時、慎重になったんだと、推測している。

なぜ、鵜呑みにしてしまうかといえば、
頭が「空白の状態」な時に「強力な言葉」が入れば、
批判も距離もおけず、そのまま入ってしまう可能性があるからだ。

だから、俺は>>193 で「予習」をはじめた。
頭を「空白」にしておくのではなく、ある程度「自分の考え・自分がわかりたい事」を
あらかじめはっきりさせておくことで、
ロイが「折りを見て」「対話」のなかで「自分の考え」を言う場合に、
全部「鵜呑み」にすることから、距離を置けるようになっていないと危ない、と思ったから。

「俺は、ロイが自分の考えを言った時に、それをうのみにすることはないよ」
とだけ言えばすむ話じゃないのか?
なぜ、他人への「批判」という形をとる必要があるのか理解できない。
(また理解しなきゃならない課題が増えたのか?w)

279名無しさん:2006/10/23(月) 22:27:07
答えは簡単。
一緒くたにされるのが嫌いなんだ。迷惑だから。
「みんな言ってます」「みんなそう思ってます」
こんな言葉でさも多数派のように装った言葉で
今までに何度も不利益を蒙ってきた記憶がある。

280名無しさん:2006/10/23(月) 22:30:27
ちなみに279は276で確かにきつい言い方になってると思う。
でもそれは怒ってるからだ。
怒りはちゃんと怒りの形で伝えないと意味がない。
ロイは優しいから傷つけないように遠まわしに遠まわしに言うようだけど
結果を見れば全然効果がなかったことも明らかじゃないか?(←ロイへの提起)
現に一度は柔らかく言われてるのにまるで気にしてない。
自分の都合のいいようにしか解釈してない。
要するに迷惑だからやめろって言われたことに気付いてない様子。
ただ俺は怒ってるからこんなものいいだけど
>>275は随分優しく諭してると思う。
これできついって言われたら世の中の言葉の大半がきついだろ。
少なくとも自分に都合の悪いレスは全部。

281152:2006/10/23(月) 22:32:13
>>278
日本語dさんは随分と謙遜したネームだけれど、考えを文章化するの上手いな。
>頭が「空白の状態」な時に「強力な言葉」が入れば、
>批判も距離もおけず、そのまま入ってしまう可能性があるからだ。
なるほど、空白の状態で言葉を受け入れるのはいいことだと思っていたなー。

>「自分の考え・自分がわかりたい事」をあらかじめはっきりさせておく
そう、ずっとこれをはっきりさせたかったんだった。
ロイと日本語dさんの対話も楽しみにしている。

282日本語d(ry (元120):2006/10/23(月) 23:08:05
>>280 その「効果」というのは、人を黙らせること、
人の発言を「やめさせること」なのかな? 
「ロイへの提起」だから、ロイが答えるだろうけど、少し気になった。
ちなみに一時的にでもコテつけるのはいやかな?
たとえば>>272は違う人物なのか同一人物なのか、とか、そういうことがわかった方が
ロイも「対話」しやすいと思うんだけど。  (あくまで単なる推測だけど)

>>281 ロイと対話すべきなのはあなたかもしれない、と思ったりするんだけど。
(「だけど」病かよっw)

283まし:2006/10/23(月) 23:17:23
な、流れが速くてついていけねー。

だから、無視してる訳じゃないんだって、
だから「今考えて、言葉にしてる」っていったじゃん。
(考えてたらそのまま寝ちゃったけど)
無視してるとか、逃げてるとか思われるのは
腹立つし、悲しいよ。

>>266
 私の言葉で気を悪くしたら、ご免。
 代表のつもりなんてないよ。

 参照先、まだ行ってない。また後で読んでみる。
 私がどういうつもりでそう言ったかは、
 後で書くから、それを読んでみて欲しいよ。

>>272
 確かにスレでなくレスだ〜。
 サンキュー。

 掲示板に慣れてないのは確かかも。
 もうちょっと気を付ける。

284まし:2006/10/23(月) 23:35:47
で、194さんは
>>265で、私のこと気遣ってくれてああいってくれたんだなって思った。
「誤解されたら君が困るでしょ」って。
だから、「ありがとう」って言った。
もしそうじゃ無かったら、気持ち悪かったかも。ごめんね。

>ちなみに私は「それくらい生真面目に受け取っていない」
そう誰か言ってくれないかなって思ってた。
傷つくかもしれない誰かに謝るのは私は面倒で嫌だけど、
もしも194さん自身が私の言葉で嫌な思いをしのなら、
悪かったって心底思う。

285名無しさん:2006/10/23(月) 23:37:07
怒りは怒りでいいけども
「怖い」と思わせて硬直させるのと、
「優しさ」でつけ入らせるのとは
「考えなくさせる」ということでは
同じ効果をもたらすのではないかな?
だからあくまでも「諭す」しかないんだろうと思っているのだが。

286まし:2006/10/23(月) 23:52:36

なんて言ったらよくわかんないけど、

対象の明確でないものに遠慮したり謝罪するのは面倒過ぎる。
「世界中の皆さん、ご免なさい」に繋がってしまう。
だけど、ルール書いて、気遣いも優しさも抜きにして、
必要な事の遣り取りだけなら、やっぱりそれはそれで寂しい。
そう考え始めたら、何も書けなくなる。

私は、鈍感だって思われることもあって仕方がないって覚悟してる。
だから、私に関しては、ツッコミは全然オッケーだよ?
むしろはっきり突っ込んで貰えば、説明のチャンス貰ったってことだから。
初めから、誤解無いように書けよって言われるかもしれないが、
そんなの私には無理 で許して。

287まし:2006/10/23(月) 23:55:40

以下何でああいう書き方したのか説明。

>>265>>266のような見方があることに(そう書いた時ですら)
気が付かなかった訳じゃない。
あと、「生真面目に受け取る人もいるだろう」って言い方にすれば、
リスク減らせるって>>265で言われて、そうだろうなと納得もした。

でも
「生真面目に受け取る人もいるだろう」(>>265)ってよりは、
「今はロイの言葉をみんなそれくらい生真面目に受け取ると思う」
のほうが、自分の言いたいことに近かった。
「言い方悪かったよ」って訂正するのは簡単だが、ちょっと待ってみた。

で、結局、私にとって有益だと思える方を取ってみた。
「私の言葉を誤解してしまうかもしれない誰かを思いやる」言い方と
「私の言いたいことを直感的に伝えられそうな」言い方。
後者の方がいいなって思った。だから、訂正したくなかった。
突き詰めるとこれがいちばん。

次に、自分の書いた文章を読みかえして、
省略されてるけど、主語は「私(=まし)」で、
動詞は「思う」だって確認した。
じゃあ客観的に見て、私が「みんな」を代表して見えるとか、
そういう文章でもない筈だ、と思って勇気を奮い立たせた。

更に言うなら、
「この流れならここで訂正しないって言っても、
他の話題へのひろがりもありそうで、チャンス!」とも思って踏み切った。
どんな反応帰って来るんだろうなって気持ちもあった。


けど、私は、>>265さんや >>266さん 
もしくは「私の言葉を誤解するかもしれない誰か」に、
「訂正する気はないよ」ってのだけをポンというのはいやで、
できたら私の上記のような心情を知って貰いたかった。
だからこれ書いてみた。

288194 ◆1OR8SZPars:2006/10/24(火) 00:01:31
>>まし
別に私が気持ち悪いとか腹が立つというこはない。
ただもう少し言い回しを考えた方が良いと思っただけ。
せっかく沢山のことを考えていても、
表現一つで台無しになってしまったら勿体ないしね。

誤解されて困るのは「みんな」と一括りに表現された
アナタの意見には賛同できないと思っている者たちのこと。

289まし:2006/10/24(火) 01:05:15
>>288
 そっか。それなら良かった。 

「アナタ(まし)の意見に賛同出来ない」と
思っている人達の中には、「誤解されても困らない」人もいるかもしれないよ?
「誤解されたままでいる」ことの方が
「それを表明して誰かを傷つけるかもしれない」
ことよりいいって思う人だっているでしょ?

194さんは、そういう人も一括りにして、
「アナタ(まし)の意見に賛同出来ない者」って言ってるんでしょ?
だったら、私が言った「みんな」って言い方に違和感を覚えたのなら
同じ違和感を覚えたりはしないの?

私はそういう考え方に陥って喋れなくなるのは嫌だと思ったから、
わざと訂正しないって言ってみた部分もあるんだけど。

どうしてもこういう書き方になっちゃうけど、
嫌みとかじゃない。本当に。
しつこいって思ったら、言って。
絡みたい訳ではないからさ。

290日本語d(ry:2006/10/24(火) 01:59:52
本当に最悪なのは、実は「黙らせる」ことではない。

言いたくないことを強制的に言わされることだ。

言葉狩りの初期にはそういうことが頻繁だった。
「自己批判」 とそれは名付けられていた。
自分の差別的な(と見なされた)発言を、糾弾によって矯正することを求められ、
大勢の前に引き出され、自分がどれほど間違っていたのか、
自分の考え方がいかに間違っていたかを「自己批判」させられるのだ。

糾弾者達に教えられた言葉を繰り返すのではない。
自分で考えて、自分がいかにまちがっていたのかを、正しく言わなければ、許されない。
そして、それには暴力が伴っていた。
俺は、顔をぱんぱんに腫れ上がらせて演壇の上に引き出され
「ロックストリップ」という企画をした自分がいかに女性差別者であったかを、
くちごもるたびに小突かれながら「自己批判」させられてる大学生を見たことがある。

そして、ロイも、同じような経験をさせられている。
だから、人からの強制無しに、自分の頭で考えたことを、
気軽に言える自由を、切実に大事に考えてるのだと思う。最悪の経験を持っているから。

で、マイナス変換の話は、微妙でむづかしく、
知らないとうっかり人を傷つけてしまうかもしれない問題だけど、
それ自体は最も深刻な問題ということでもない。

何度でもいうけど、問題はそれが萎縮につながったり、抑圧者をうみだしたりすることだ。
(糾弾運動をしていたのは権力者ではない。被差別者と言われていた人たちだった)

だからロイは慎重になってるんだし、苦心してるんだろうな、
と想像してみるわけでw。 

ま、感情論でやりあってるなんて、平和な光景だな。と。

291ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 09:42:54
私が>>240>>241で出した質問について。
これを試されていると感じる人がいることは予測しなかった。
そしてその感覚は私には不思議なのだが
ある種の「警戒」と判断してもよいのだろうか?

ある種の警戒心を与えたと仮定して
何がそれを与えたのか少し考えてみた。
雑談スレ10の878で示唆されている
「yesとなるかnoとなるかで理解度がちがってくるのではないかと思う。 」
これだろうか。
多分それだけではないのだろうな。
しかし一因にはなっているのかもしれない。

この言葉にはむしろ私の側の警戒が表れているのかもしれない。

292ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 09:47:22
「生きていてよかった」がなぜ否定に感じられることがあるのか?
私はこの話題に触れることにはかなり慎重になっている。
実は私の度量でこれを話題にするのは
かなり危険なのではないかと思っているからだ。

私の持つ恐れとは前にも書いたかもしれないが
・鵜呑みにされること
・鵜呑みにすることで言葉が封じられること
 (この場合封じられる言葉は鵜呑みにした本人のみならず
 その本人がこれから触れていく他者へ波及する可能性があること)
・その道筋が一つであると誤解されること
・似た経験を持つ者、似た立場に見える者に対して
 一義的にあてはめられてしまう可能性があること
 (それが逆の意味で偏見と差別を呼び起こしかねないこと)

こういったことになるだろうか。

293ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 09:56:25
しかし一度話題に乗せた以上警戒ばかりしていても仕方がないので
ここは君たちを信じて先に進んでみようと思う。
この場合実は君たちを信じることで私自身を信じようとしているのかもしれない。
繰り返しになるが私の意図したことは
「知っておいても損はない」 以上でも以下でもなくそこにつきる。

>>240>>241の質問を出した意図は
私の側が、君たちが疑問を持つとしたらどこで持つか
この負の変換にひっかかりを持つとしたらどの過程で持つかを
事前予測したいためのリサーチだったと言っていい。
理解度が違うと言ったのは正解にどれだけ近いかとか
それがどれだけ正しいのかとかいったことではなく
理解度が低い=問題がある(と私が認識している) わけではない。

もう一つ。個人的興味として
私が今までにそういった負の変換をする人(自分を含む)と接してきて
見出した気になっているある種の法則性が正しいのだろうかという
確認作業の意味もあったように思う。

しかし変に警戒させたのでは本末転倒する。そのため
>>240の前半部の、参加者全員に答えて欲しいという発言を撤回する。
名前欄の記入推奨はどの考えの人なのかわかりやすくするために
このまま推奨にしておくが決して強制ではないことを強調しておく。
私自身少し固くなりすぎた。もう少し気楽に話してみよう。

294ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 10:35:53
>>184
>全身全霊で応援します。
期待した。そして後々まで覚えておこう。
途中で逃げないように。

課題というのはともかくとして
時々話題投下するのも面白いかもしれないね。
君らは意外とのりがいいから。(君たちが投下してくれてもよいのだが)
今までここをそういう場に考えたことは特になかったが
迷える私の情報収集に協力を求めてみたりしても有益かもしれない。
主に私にとって。
そういうふうに人を利用するということを考えたことがなかった。
これは面白い視点であると思う。

>>185
その危機感の正体は一言で表すならば「恐怖」だ。
言葉を封じられることは支配されるに等しい。
私は二度と人に支配されたくないし
また人を支配したいとも思わない。
人が人を支配する土壌を作り出したくないということ。

ある力が人を支配し始めるとき。
それを後押しするのは力あるものの権力ではなくて
支配される側の自発的な協力と後押しであることが多い。
言葉を封じることは自分の考えをなくさせることに繋がる。
自分の考えを持たない集団のヒステリーは恐ろしい。
同様の理由で>>290には全面的に同意する。
想像部もまちがっていない。

295ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 10:49:19
>>192
心はまことに身体の一部だ。
そして同時に身体は心の一部でもあると思う。
私はこれを実感できるようになったとき随分救われた。
私に教えてくれたのは当時かかっていたカウンセラーだったが
彼女のその教えによってどれだけ回復できたか計り知れない。

>>193
Aがどういった体験をしてきたものかある程度の推測がついていた。
そういった者が自分自身をどう捉え苦しむかも私は知っていた。
「自分を許しながら生きよう」とは私が自分に向けた言葉でもある。
(その言葉を出すことで私の推測が正しいか試す意味もあった)
また、回想を書き始めた当時、私は既にそういった
負の変換からは脱して久しかった。

296ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 11:17:17
>>194
前半部、まさしくその通りだと思っている。
特に
>その言葉の変換作業は自分の意思とは無関係にオートマチックに行われるから、
>訓練してマニュアル操作に切り替えることで
>肯定的な意見として捉えることが出来るようになる。

これは私自身が経験したことでもある。
人は今までの自分にない考えを自発的に生み出すのが難しい。
それが元にある思考から分化させていったものならともかくも
元々もっている考え方と正反対に位置するようなものを
自発的に生み出すのは難しく、また外から入ってきても受け入れがたい。

自分への否定的な考えは過酷な生活の中では染み込んでいく。
それは過酷な環境を耐え受け入れるために必要な知恵で防御でもある。
「なぜこんな目にあわねばならないのか?自分がそうした者だからだ。」
抑圧する側からそう洗脳され続けていることも多いが
こういう納得でもなければその場をしのぐのは不可能に思える。
だから私はそうした考えに囚われ続けた自分を非難しない。
今もってその呪縛が蘇ることがあるが、それが私の身を守ったのだと考えることにしている。

297ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 11:26:24
ところが苦しくなるのはその過酷な環境を抜けてからだ。
その否定的な考えは必要なくなるのみならず開け始めた前途を阻むことになる。
そこで発想を転換することができるのか?
それは容易なことではない。
まず、逆の発想をすることができない。
否定的な考えは習慣化され染み付き、「そうでなければならなかった」のに
そこから離れるのはまるで罪悪のように恐れを生じさせる。

なぜなら人は「慣れ」に準じる生き物だからだ。
慣れていることは安心感を与え、不慣れなことは不安感を増幅させる。
自己否定する思考を身に着けてきた者は新たな思考を獲得するために
最初に、今までの習慣(世界観と言ってもいいかもしれない)
を覆すという、大きな恐怖と戦わなくてはならない。
それも自分から生まれたのではない、
信用できないでいる他者の言葉と思考だ。
これまで築いてきた世界を壊すことが恐怖なのに
信用できない人間の言うことを肯定してみる恐怖。
これは例えようもなく大きなもので、
そんなものに立ち向かうくらいなら死んだほうがましだと思わせることがある。


「知る」ことから始まるのだよ。
違う考え方の存在を「知る」ことから始まるのだ。
肯定的な考え方の存在を知り、言葉通りの意味で使う人々の存在を知り
おそるおそるためしに信じてみて、
それでも「何事も悪いことが起きなかった」ということを経験して
やっと信じ始めるのだ。そういうものの存在を。
だから私は「知る」ことを重視する。
「聞く耳を持つこと」を重視する。
自分からは生まれない発想を知り他意見を知ることは
逼塞した状況においては自分を救うことに繋がるからだ。

298ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 11:50:53
>>194
ただ、
>否定的な思考を与えないためには、
>それこそ心理学マニュアル本などでタブーを学ばなければいけないのかもね。

これは有効かどうか私にはわからない。
負の変換をしてしまう人を身近に持ったとき、
そういった変換が行われる過程を知ることはきっと大きな助けになる。
それでもそれを学んだとしても否定的な思考を「与えない」ということは難しい。
思考はあくまでも相手の自発的なものによっているからだ。
こちらの言葉を受け入れるも否定するも全て相手の心境次第。
タブーを知ることは危険回避につながることはある。
例えば負の意味に変換されやすい言葉と状況というのはある。
ただ誰にでもいつでも適用できるわけではないことを知っておく必要がある。

何がいいたいのか伝わる自信がないが
「知っておく」ことには価値がある。きっと役立つことがある。
しかし知っていても無力なことは多々あるのだということ。
それから知ってしまったために、逆に動きがとれなくなることもあるのだということ。
そこで思考と言葉の取捨選択が必要になってくる。
取捨選択が必要なのは、自分から相手に与える場合だけではなく
相手が自分に向けてくる言葉に対しても取捨選択が必要なのだ。
向けられる非難、怒り、負の感情。
それらを全てそのまま受け止める必要があるのかということ。
負の変換をする人間と付き合うときには
自分を守るために、そして相手を大事に思うならなおさらに
相手の言葉を切り捨てる必要があることもあると私は考えている。
それはイコール相手を切り捨てること、ではない。

299ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 12:05:27
>>195
怒りはしないよ。
まず大前提としてね、自分自身の自分への存在否定があるのだ。
自分で自分自身が生きていることを是としていないから
他者の言葉はその考えを後押しするものとして映る。

>>202
>うのはむしろ攻撃する側だと思う。
>自分を守っている(殻を作っている)のに、
>言葉はそれを突き抜けてくるのかなと。
私はそれもあると思う。

300ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 12:09:06
>>196
当時の私の感覚に限ってものを言うが
他者と自分との境目は強烈に存在した。
とても近づけない壁があり、壊して近づくことは許されないように思えていた。
それは隔離にも感じ、また隔離され境目が強烈なゆえに
私を理解するもののあろうはずがないと思えた。
自分を知るはずがないものが肯定的なことを言ったからといって
どうして胸に響かせることができただろうか。
それは即ち、自分を知るはずのない者の口先だけの偽善であり事実ではなく
それならば本当の意図は別にあると、そう変換されていった。
(もっともこんな理屈で考えることなくほとんど本能と習慣で否定していた)

肯定的な言葉を信じさせようとする者はえてして
むきになって信じさせようとするあまり、ある意味攻撃的になっていることが多い。
否定される自分を守るため、否定し続ける相手を救うため
理由は様々だろうがその押しは強く、強くおされれば逃げる。


しかし今私が書いたことは
我ながら無理矢理言葉にしたものにすぎず
書いた自分でさえ違うと思える。
あの時の感覚を語弊なく言葉にするのは難しすぎる。
状況によってもその時の気分によっても違うことはさることながら
それを口にしてくれた者との関係によっても事態は大きく変わる。
一段落目に書いたことでさえ
一つの時期のものではなく、信じるようになっていくまでの過程の
三段階くらいがまとめて入っている。

301ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 12:22:04
>>204
一緒に憔悴して共倒れになることを防ぐために
自分か相手に向ける言葉の取捨選択だけではなく
相手から受けとる言葉にも取捨選択が必要なのだよ。

負の変換が日常化しておりそれが当然である時期、
彼らはそんなに強い力をもたない。
負の変換を起こすシステムに亀裂が入り
習慣が脅かされ始めているとき
彼らは強烈な力を持ってそれに抗う。怖いからだ。
内部ではひどい混乱が起きている。恐慌状態と言っても過言ではない。
しかしそれは生まれ変わるための産みの苦しみだったのだと今の私は思う。
ただ自分で自分を産みなおし育てなおさねばならないのでね。
それはやっぱり、普通に育てられ普通に生きてこれた者よりは辛いのだよきっと。

生まれ変わるなんてね、陳腐な言葉だと思う。
愛に飢えていると同じくらい陳腐だと思う。
どちらかというと私の趣味ではない。
しかし他に妥当な言葉がみつからなくてね。
語彙力の不足がもどかしいが、仕方なく使う。
自分で納得のいかない言葉を無理矢理使うもやもや感は
なんともいえないものがあるが、こういうのは君らも感じることがあるかい?

302ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 12:36:19
生まれ変わる、よりもイメージとしては脱皮が近いのだろうか。
固くかためて自分を守ってきた殻を脱がされそうになっている。
時期がきて自分から脱ぐそれよりも、外からの圧力によるそれは痛かろう。
脱いだばかりの時、それはもう外部の刺激が痛かろう。
時にはその刺激で変形し飛べなくなるかもしれず、死に至るのかもしれない。
それでも脱がないことには未来は開けず
伸ばし始めた手足には固すぎる殻は窮屈で
いつまでも篭もっていたとしてもそれもまたもたらすのは死なのかもしれない。

負の変換をすることが日常だった者が新たな思考を獲得しようとするとき、
またそういうものが身近にいて立ち会ってしまうとき
一時恐慌状態にさらされるのは避けようのない現実なのではないかと思う。
今までの世界を壊して再構築する。
それは錬金術師でもない限り生半可なことではない。
半端でない痛みを伴うからだ。

303ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/24(火) 12:39:14
そういったときにね
「知っておいても損はない」と
私は思ったわけだ。
無用に傷つけることを防ぎ、無用に傷つけられることを防ぎ、
無用な追い討ちをかけることを防ぎ、無用な責任転嫁に苦しむことを防ぎ
相打ちを避け、共倒れを防ぐために
「知っておいても損はない」と。

知っていることで敢えてスルーすることができるかもしれず。
自分を守りながら大事な人をサポートできるかもしれず。
そういう可能性をね、増やすことができればと思った。
私の器ではないしおこがましいこととも思うが
一人の友人の死によって、強くそう思った。

君らがいつかその恐慌状態に陥ったとき、
もしくは君らが大事な人の恐慌状態にまきこまれたとき
無事に生還してもらいたいと。
大げさでもありえらそうでもあり、我ながらはがゆくて仕方ないのだが
しかし本気でそう願っている。
あの恐慌状態はね、一人で超えるのは難しいのだ。
経験した者として、かつて助けられた者として
誰かに伝えるくらいの恩返しはしてもいい。そう思ったわけだ。


少し支離滅裂になってきたな。
反応が怖いが休むとしよう。

304名無しさん:2006/10/24(火) 17:01:11
ロイが言論統制するなって必死に(なってるように見える)なるわけがわかったきがした。

305名無しさん:2006/10/24(火) 18:59:10
>自分で納得のいかない言葉を無理矢理使うもやもや感
あるあるwww
↑こういうの使うときとか割とそう感じてる。
思いついた言葉を元に辞書を見たり、検索してより近い言葉を
捜そうとしても、気持ちにうまくはまって更に相手に伝わりやすい
言葉ってなかなか見つからない。
それでせめて定着してると思われる言葉を置いちゃう。

「あるある」がここで認知されてるかについては気付かなかった事にして投下。

306194 ◆1OR8SZPars:2006/10/24(火) 20:16:58
ロイ、丁寧な返答をありがとう。
誰かが言っていたけど、ロイの優しさは本当に五臓六腑に染み渡る。

「知る」ということ、「知ろう」とする意志はとても大切だね。
今回のロイの「知っていて損はない」から始まったこの話題への提言は
私にとって日々生活を送る中でとても有益な知識になると思う。
ロイの強い思い(>>303)がベースにあったことも分かった。
こんなときに居合わせられてラッキーだったよ。

人の心のカラクリを垣間見るのはいつだって興味深く、
ときに自分の心に答えを見つけてくれたりするものだ。

307名無しさん:2006/10/24(火) 21:58:58
>ロイさん
失礼な質問になりますが
そういう負の変換が行われる状態から
完全に脱しきれているのですか?
一度脱することができたら
ぶりかえしたりはしないものなのでしょうか?

308日本語d(ry:2006/10/24(火) 22:36:16
>>291
>(質問)を試されていると感じる人がいることは予測しなかった。
>ある種の「警戒」と判断してもよいのだろうか?

たぶん、
相手が答えを持っていて、こちらがそれを判らない側であることが前提にあって、
その答えがわからない状態のまま「宙吊りの状態で質問されること」が、
なにか「試験」のように変換されてしまったような気がする。

だから「もやもや」のまま雑で答えたあっちの878
『「このいくつかの設問に対する答えが
yesとなるかnoとなるかで理解度がちがってくるのではないかと思う。」
    ↑
たぶんこれだな、試されてるって感じの元。 と言ってみるテスト』
はむしろ逆だった。 意図を知ることによって答えるとき、垣根が低くなったのだから、
上の「仮の答え」は撤回。
相手のことを知っておきたいという気持ちがその一行によって伝わってたから。

>>302
>自分で納得のいかない言葉を無理矢理使うもやもや感は
>なんともいえないものがあるが、こういうのは君らも感じることがあるかい?

雑スレの852 「試されていると感じる人がいるのが素朴に疑問」
と204が言ってるのを読んでずっと考えてて、かなり「もやもや」を味わった。w
普段うまく言葉が見つからない=自分の心の中をうまく探り当てられない時は
急いで相手に伝える事はあきらめ、自分の中のその場所をうまく突きとめられるまで
黙っていることのほうが多い。
今回、なにか言いたいのに、うまく心の中をつきとめられない「もやもや」を
ほとんど初めて味わった。 それは「伝えたい」ということの裏返しだと思った。

309日本語d(ry:2006/10/24(火) 22:42:54
>>308補足 「伝えたい」 は 「正しく伝えたい」 に訂正。

「法則性」については、ちょっと「予習」したい気分もある。。

310194 ◆1OR8SZPars:2006/10/25(水) 00:35:52
>>308
たしかにね。

私が小学生のころは父親がしょっちゅう何かの問題(算数とか漢字の読みとか)を
出してきて、私は分からなくて答えられなくなったりするのだけど、当然すごく嫌
な気分だった。分からないと小言があったような気もするが今となっては憶えてい
ない。たぶんそのせいで、職場でも明らかに私よりも知識のある人間が「〜って何
だっけ?」等と聞いてきたりすると、試されているのかなと思う悪い癖があり、嫌
な汗が出てくる。

私はロイの質問には試されている感はなかったけど、「試されている」と感じる
ときは警戒よりはむしろ緊張や劣等感および負の感情が伴ったりしないだろうか?
自分に限って考えると警戒とは少し違う気がするだけだが。

こんな話、今まで誰ともしたことがないから考えがうまくまとまらない。。。

311名無しさん:2006/10/25(水) 00:39:27
>こんな話、今まで誰ともしたことがないから考えがうまくまとまらない。。。
同意。
私はまだ言葉にまとめられないでいる。
言いたい何かがもやもやしてるのに。
ついていけなくて悔しいけど誰とも話したことのないことを
話したり聞いたりする楽しさみたいな興奮を感じてる。
これってすごいことのように思う。
けどそのすごいを表す言葉もでない。
ロイはよく自分の考えをあんなふうにまとめられるものだわ。

312名無しさん:2006/10/25(水) 01:06:11
試されてると感じるのは、レッテルを貼るための心理テストが蔓延していて、
それに眉をひそめている=ある形に決められるのが嫌=自分はそうじゃない
というようなことからも来ている。

心理テストの類は、そんなことで性格を決め付けられてたまるかと思うので、
理解度を探るものだと言われても、レッテルを貼られるように感じてしまう。
過去の体験で、用心深くなっている例かも。

313日本語d(ry:2006/10/25(水) 01:15:17
>>300 自分なりに言い換えてみる。
他人と自分の間にあるのはほんらいは「断層」ではなく「距離」なんだと思う。
それが「断層」になるのは、
個々のひとりひとりに対してすこしづつ異なるはずの
それぞれに対する「距離感」、が存在せず
個々のひとりひとりではなく「他人」という固まりの一部としか捉えられないから。

そういう「他人全体」のなかから、それぞれひとりひとりの「そいつ」が見えだすまでは
他者(他人の固まりの一部)と自分の間には、「暗くて深い断層」しか存在しない。
だから、そういうところから何を言われても、「断層越し」にしか聞こえず、
まったく身近には感じない。
(俺もそういう時期が長かったし、今もそういう感じ方は一部に残ってる)
        だから
>それは即ち、自分を知るはずのない者の口先だけの偽善であり事実ではなく

  ここまではわかる気がする。

>それならば本当の意図は別にあると、

     ここが今までわからなかった。  
     ここの部分がたぶん「健全じゃない状態」に思えるのだが、
それは自分がそこまで追いつめられたことがないからであって
そうやって常に相手の言葉のウラを探ることによって生き延びた者にとっては
     それは、生きるための健全な防衛反応、だったのかもしれない。

レス3002段目
肯定的な言葉を信じさせようとする者はえてして
むきになって信じさせようとするあまり、ある意味攻撃的になっていることが多い。
否定される自分を守るため、否定し続ける相手を救うため
理由は様々だろうがその押しは強く、強くおされれば逃げる。


そこまで他人にかまわれた経験がなかった。
 いいかえればそこまで他人に「弱者」とみなされたことがなかった。
 「変人」「敗者」とみなされたことはあっても。  
 だからこの部分で初めて「知った」。
以前にも、
「相手との距離を置いてあげなさい。あなたの勢いは相手に恐怖を与える」みたいなことを
言っていたけど、この2段目でようやくその意味がわかった。(ような気がする)

すこしづつ「反応」を返していくつもり。 いっぺんには 無理!  w

314日本語d(ry:2006/10/25(水) 01:43:30
>>313補遺  それでも、断層越しにでも声をかけてもらう経験はある方がいいように思う。
俺には母親以外まったくそれがなかった。(そして母親に苛立っていた)
だから、「他人というひとかたまり」 から
それぞれが「ひとり、ひとり」違う人だときちんとわかる「きっかけ」としても、
たとえ響かなくても、声をかける人はいたほういいという気がする。
(ただし、声をかけたら、その後もきちんと見守る(相手に圧迫を与えない配慮をしながら)つもりが
ないなら最初から声をかけるな、とも思う。
たんなる通りすがりの、「優位性」からの言葉は、他人不信を強化するだけだと思うから)

315日本語d(ry:2006/10/25(水) 02:02:02
う〜>>315補遺の補遺
声をかけるな、ってのは相手がそこまで「自己否定」状態にある場合であって、
たとえば道で転んだ人に「大丈夫ですか」と声をかけるのと、
大けがで全身から血を流している人に「大丈夫ですか」と声をかけるのとの違いであって。
その場合は「見りゃわかるだろ。大丈夫な訳ねえだろ」という無意味さ、苛立たしさなんだけど、
心の場合は、外から見えないからむづかしい。

ん〜、何が言いたいか自分でもわからなくなってきぞっ、と。 
でもこのホイのホイは一応投下しとく必要がある気もするので投下。

316まし:2006/10/25(水) 06:38:51
>>290>>310
 なんか色々考えさせられた。
 質問形多用しちゃう自分の癖を反省した。

なんというか、全面的に>>289は撤回させて。
私が嫌だから。

私は、あんまり、問いつめられて自己評価を改定するように
求められた経験が無かったから、そうは思わなかった。
そうか。そういうこともあるよね。ぐう。

逆に、沈黙のうちに、そういう流れになっている、という経験ならある。
父親が社会的地位の高い人で、昼間は「いい父親」だった。
他の人から見ても、私から見ても。
でも、夜になると私に性的な行為を求めてきた。
私は「寝たふり」をしていなければならず、
それが暗黙の内にきまっていた。
どんなに下手な演技でも、私は意識がないふりをしなくちゃなかった。

あの時何かを「問いかける」ことが出来たなら、
なんか違ってたかも、という思いから、
わかんないものに対してすぐに
「なんで? 何で?」ってなっちゃう。

私には世界が押し黙って私の身体を撫ぜてくる、
訳の分からない物体でしかなかった。

しかし、こういう事って、自分の体験抜きに語れたら良いのにね〜。
もうちょっと抽象的な話法を身につけたいと思った。

317日本語d(ry:2006/10/25(水) 09:05:55
直接的なフラバじゃないけど、色々考えてるうちに傷が疼きだす。
今回いろいろ考えてるうちに、
ネット上である女性をうかつな発言で傷つけてしまったことを思いだし、一晩中傷が疼きっ放しだった。
自分がなぜ「知りたい」と切実におもっているのか、遅まきながらそれでやっと判った…。

その時、彼女も傷ついたのだが、彼女が傷ついてネット上から消えてしまったことで
こちらも激しくショックを受け、いまでも思い出すたび疼くほど返り傷を負った。

だから、この話は
うかつに相手を傷つけてしまうことで、自分もまた強く傷ついてしまう。
それを防ぐため、つまり「自分が傷つくのを防ぐため」に知っておくとべき「知恵」
として聞こうかな、と思った。

色々考えてると、俺も152タソの>>206と同じところで煮詰まってしまったけど。
(心の傷は外からは見えないから)

318ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/25(水) 23:38:02
>>307
再びそうなることをぶりかえりというかどうか知らないが
人は誰でもいつでもそうなる可能性は持っているのではないか?
現在の私の場合気持ちが低迷しているときには
そうなりそうになることはあるね。
ただ自覚できるのでそういう場合離れて時間を置くことにしている。

>>308
なるほどね。
私の側に明確な答えがあるわけではないのだが
こういう答えを出す人はこういう考えでいるかな、と
予測しているものはあった。
それを確認してみたかったというのが大きいが
そう考えると試したことにもなるのかもしれないね。

ところであっちの878とは雑談10の878のことだね。
今は話の流れから分かるが後々読み返すことがあったときに
どこの話をしているか探すのに苦労することがある。
スレを分けて活用するならできればどこからの引用かは
省略しないで書いてもらえるとありがたい。
(雑談スレを読んでいて「>回想」とあっても
何本めの回想なのか分からないことがあった。)

319ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/25(水) 23:41:38
>>310
>「試されている」と感じるときは警戒よりはむしろ
>緊張や劣等感および負の感情

それはつまり、質問者が自分の中で用意している答えと
違う答えを導き出すことをよくないこととしていることになるのかな?

>>312
心理テストや血液型占いの類は私も嫌いだ。
そういうものと同列に見たのなら「試され感による不快」は理解できる。
ただそういうつもりはまったくなかったこともつけくわえさせて欲しい。

320ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/25(水) 23:55:37
>>313
随分うまいこと心の中を言葉にまとめるものだと感心している。
個々としてとらえられず他人という一塊に捉えるというのはあたっていると思う。

ただ、人が負の変換を習慣化させてしまうとき
その人は単に健全でないのではなく病んでいるのだよ。
健康でない。

それから言葉から別の意図を探してしまう理由には
先に述べたような「信じられないから」ということもあるが
実は違う経路からその道を辿ることもある。
例えばそれは「自分の不安を肯定したい時」
すなわち「習慣を変えたくないとき」であるかもしれない。

前に書いただろうか?
人は日ごろ無意識のうちに先に起こることを予想しながら生きている。
どんな内容であっても(ここが肝心だ)予想が当たれば
無意識のどこかが安堵する。はずれればいわれのない不安や恐怖を感じる。
ここで矛盾してくるのは、負の変換を行う者の多くは
「起こって欲しくない最悪の事態」を先に想定する癖を持っていることだ。
彼らは「そうであって欲しくないこと」が起きることを先に予想している。
これは先に覚悟しておくことによって実際起きたときの
耐え難さを軽減させるための防衛手段の一つだ。

しかし、その防衛手段と上記の人の性ゆえに大きな矛盾が生じてくる。
「そうであって欲しくないこと」が起きた時、どこかで安心してしまうのだ。
ああやっぱりそうなったと。だからそうならないですんだ可能性は信じがたい。
そして「そうであって欲しくないこと」が起きなかった、
すなわち「喜ぶべきことが起きた」時、彼らは無意識のどこかで不安を感じる。
防衛本能により、先に起きるよくないことを「強く」想定していたのに
その予想が覆されるのだから、
それはいいようのない強さの不安と恐怖を生み出してしまうのだ。
こうなると、傍目にはまるで「不幸でいつづけたい」ように見えてくる。

話を戻すが、こういった矛盾した状況に囚われてしまっているとき
自分が元から想定している「いいことが起きるはずがない」という
予想の肯定のため、それが覆されて不安にならないために、
無理矢理にでも言葉を悪く変換させようとすることがある。

321ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 00:06:31
>>314
君が、「断層越しにでも声をかけてもらう経験はある方がいいように思う」
のは、私がどんな相手の言葉でも耳を塞がないほうがよい
と考えるのと通じるところがあるかもしれない。

ただ後半部に関しては私の中ではまだ答えが出ていない。
以前私は、「野良犬に餌をやってなつかせてから切り捨てるくらいなら
中途半端に助けるな、最初から手を出すな」という論旨に賛同していた。

しかしその後
「例え1度しか与えられなかった気まぐれの食事でも
その1度ゆえに助かったかもしれない」
という考えを目にした。
こちらは私には実はなかなかうけいれられなかった。

でも今は思う。
「完全に助けなければならない、そうでなければ手をだしてはならない」
とする考えは、私を苦しめて止まない完璧主義の考えに通じてないだろうか。

と、いいつつも最初の考えも捨てきれないでいる。
なぜなら一旦信じかけた者に裏切られたと感じる苦しさは身に染みているからだ。
相手にそのつもりがなくても、助けてもらえると期待したあとで手を離されるのは確かに辛い。

そのため未だに答えはでない。
今のところその時の気分で揺れ動くが
結局のところ「その時できる(したい)と思ったことをできる範囲でするしかない」と。
その行為が相手を助けることになるのか、傷を深めさせることになるのか
行動前に測り知ることはできない。
それならばせめて誠心誠意、嘘のない気持ちであたろうと考える。
ただ、それで後悔したことがないかと言えば山ほどある。

322ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 00:09:02
>>316
思考を形つくる種になるのは経験だから
異なる思考を持つ者に分かりやすく説明しようと思ったら
どうしても体験とその時の感情をつけくわえて
相手の想像を促す手段に出てしまうものだ。
抽象的話法でいいたいままにうまく伝わればいいと私も思うけどね。

323ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 00:16:23
>>206>>317
知ったからと言って誰かを傷つけずにすむとは私は考えていないが
知らずに傷つけて反逆されたときに相手の状態を想像しやすくなるか
その理由を思いやれるかもしれないとは考えている。
もしくは反逆の過程において理不尽に自分が傷つけられることを
防ぎ、傷つけ返すことを防ぎ、
互いに傷つけあわずに対処しやすくなるかと考えている。

324ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 00:19:19
不快表明されたら謝罪して引けばいい。
と言い切ってしまうと語弊がありすぎるが、人と生きる限り
「人を全く傷つけないで暮らす」なんてことは不可能だ。
傷つける可能性までをも恐れてしまったら人と接触することなどできはしない。
(この話題に慎重になりたかったのはそうさせてしまうことを恐れたからだ)

私が心がけているのは傷つけてしまったとき(相手が不快表明したときだね)
なぜそんなことで傷つくのか?という自分の疑問は後回しにして
まずは不快にさせたことそのものについて謝罪することだ。
そして理由が分からなくてもその人に対しては同じ行為は避ける。
様子と折を見て余裕がありそうなら「あの時の不快の理由」を尋ねる。
これは教えてもらえるとは限らないね。
説明を求められることで不快表明したことを非難されたと受け取る場合があるし
理解は得たいが説明できず、そのことで苦しむことがあるから。
だからできるだけ軽く尋ねる。そして答えを無理強いしない。

325ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 00:19:34
時々不快表明されると怒り出す人がいる。
なぜそんなことが嫌なのかと、理解できない自分の苛立ちを相手に向ける。
「そんなつもりではなかった」からなおさらに納得できず
自分の意図したままにまっすぐ受け止めることを強要する。
しかし物事をどう感じるかは個人の自由なのでね。
誰にも強制することはできない。矯正することもできない。
そんなことをしようとすれば互いの傷を深めるだけだ。
意思疎通が戦いになってしまう時というのはこんな時だと私は思う。

ただこんなことは別に精神の健全、不健全を問わないことなのではないだろうか。
誰しも自分と違う感性と意思を持って生きている。
それぞれに異なる経験があり異なる感情がある。
「なぜ?」にはあまり意味がない。
その人が「いやだ」と言えばそれはいやなのだろう。
そう思うしかないし、嫌がらせをしたいのでもない限り
それはできうる限り尊重されていい。他に支障がでない範囲の話にはなるが。

326194 ◆1OR8SZPars:2006/10/26(木) 00:53:09
>>319
>それはつまり、質問者が自分の中で用意している答えと
>違う答えを導き出すことをよくないこととしていることになるのかな?

そういうことだと思うのだが、「違う答えでは良くない」というよりは
これから答える自分の考えを「相手がどう思うのか」という方に比重があるように思う。
「相手がどう思うのか」から「自分への評価の善し悪し」となって
最終的には「相手の思う答えを」という流れで繋がるのかな。
そのもっと根本にあるのは複雑な思考・反応経路なのだと思う。

327152:2006/10/26(木) 02:32:55
>「知っておいても損はない」以上でも以下でもなくそこにつきる
いえいえ、私にはとても有益で、選択の幅が広がった。
正直昨日の書き込みを読んだ時点では、わからないことはわからない
ままで、何に気をつけるのか、精神が健全かどうか判断できるのか、
漠然としたままだった。
そして今日の書き込みを読んですーっきりとしてしまった。特に
>>325の後半

それにしても今回の昨日今日の書き込みはちょっと感動した。
>ここは君たちを信じて先に進んでみようと思う。
>無事に生還してもらいたいと…本気でそう願っている。
は、ちょっと感動した。
根気強く噛み砕いて説明してくれてありがとう、ロイ。

328日本語d(ry:2006/10/26(木) 03:05:23
>>320  感心されるより伝わったことの方がありがたかった。 
たぶん、長い間自分にとってなじんだ感覚だから。
その心の在り処が、充分に自分に把握されていたから。
「距離」「断層」という単語も頭をよぎった経験が何十回となくあるから。
それを文章にする時「もやもや」はなかった。
ところで、それがもっとひどくなると、
他者と自分の間に、断層+分厚い強化ガラスが張り巡らされるという想像は
すこし違うだろうか? 以前に卵の殻とその内側の何重もの膜、といった喩え(というか感覚)
を書いていたけど。

>人が負の変換を習慣化させてしまうとき
>その人は単に健全でないのではなく病んでいるのだよ。 健康でない。

「マイナス変換」が定着してしまった状態は、
「健全でない」という程度の生やさしい状態じゃない、ということだね?   
「素人がなんとかできるようなもんじゃない」 と認識した方がいい、と。

自分によくないことが起きることを先に先に予想しておくことで
それが実際に起きたとき、心が受けるショックを和らげる。
そういう状態が恒常化してしまうと、
自分の予想を裏切っていいことがおきることが逆に、
慣れた反復を、遮断されて不安をひきおこす。
だから、相手の言葉を自分の習慣に合うようにむりやり「装飾」しなおす。

こういうことは、単なる理屈・抽象的なことばに聞こえるかもしれないが、
自分にとって感覚的にわからないことを「理解」するためには大きな働きをする。

こういう言葉が聞けることはずいぶん「得」だと思う。感謝するほかない。

329日本語d(ry:2006/10/26(木) 03:25:12
>>321 >>314の後半部
実は書いて投下したあと「しまった」と思った。
だから急いで>>315を書いて、途中で泥沼にはまってしまった。
そして、「まし」さんじゃないけど、「誰か反論してくれ」と思った。
反論されることは自分の考えをはっきりさせる手助けになるから。
なによりも、あの時、それが「人の善意の気軽な言葉」を阻害してしまう可能性が
恐ろしかった。
反論ありがとう。 そして、文句はない。まだ迷ったままでいていい、と受け入れた。


完全主義は、孤独の裏返しだ。
日常会話になじんでいる人は、途中で会話や思考が他人に遮断されることに慣れている。
そしてその、中断された、中途半端な部分は「他人との関わり」によって補われる。
それが、習慣化すれば完全主義はたんなる非現実的な理想でしかない、と
そういう人たちは、「大人」化していく。
だが、孤独な人は、補うものがない。だから、
思考や計画や創造を全部「他人なし」で完結させて、
「他人の関わり」によって補われなかった部分を自分で自分に与える。

いいとか、悪いとかの問題じゃなく。
ここにいるものの多くは、ロイにとっては苦しいかもしれない
「途中でやめられない」気質を信頼している。

後は能力の差だろう。それができてしまうロイと、
中途半端な完璧主義者である俺との。いや、孤独の深さ、あるいは質の差かもしれない。
なんにしても「孤独」が共通点だと思われ。

330日本語d(ry:2006/10/26(木) 04:01:48
>>323 これはあとで気が付いたんだけど
いわゆる「地雷」の問題に一般化されるのだと思う。
だから
「人の地雷を見つける方法はあるんだろうか」だ。
なぜ、そう言い変えたかというと、こういう言い換えにすれば、
「善意の第3者の抑圧的介入」「善意とか正義」とかの問題じゃなくて、
そいつの自己防衛の話にできる、と思ったから。つまりエゴで知りたいんであって、
人が気軽な声かけをしてるのをみても
「あ〜あ、あいつ、返り傷をうけるぞ」という見方になって、「正義のおしつけ」にならなくなると思ったから。   

そして、そこまで一般化してしまえば、
「人が人をうっかり傷つけてしまうことなんて、よくあることじゃね?」
という風に、気軽になると思ったから。
そして、>>324-325 はその答えになってる。
俺だって謝りたおしたさ〜w でも、連投で謝りたおすことで、
相手を「圧迫」してしまう可能性には気づかなかった。
怒ってはいなくて恐縮したおしてたんだけど、
>>325 の前半をもっと早く知ってたらな〜……。


>>318 雑談表記の件、わかりました。
文をコピペしてたからそれでいいかな、と思ってた。申し訳ない。
雑談10にレス番878を書いたのは、そこで質問があったのと、 
名前欄に「あっちの」というのを使ってみたかったからであります。

331日本語d(ry:2006/10/26(木) 04:21:51
その他。(しつこくてスマン…)
>>192 についてもう少し詳しく(いづれ)聞きたい。
俺は心は身体から独立した時間の流れだと思ってるから。

>>要望 :ロイの回復期に影響のあったカウンセリングの女性の
ロイとの関わり方について何か、書く気はないですか? 

>管理者様
自分のレスに関して少し気掛かりな点があったので(このスレの話題とはまったく関係ない)
10月24日にトップ画面からメール差し上げております。一度お目通しください。
返信は不要と思います。
名前はHN「日本語d(ry」で出しました。  
件名は………「その他」………で…。
…件名欄を…30秒ほど捜しまわった俺って…………ロイ、まことに、あんたは、人が、悪い……

332日本語d(ry:2006/10/26(木) 06:44:56
>>329 完全主義(プチ訂正)   イヤ、、、ロイの場合はやはり「躾」の残存なのかな・・・?

333184:2006/10/26(木) 18:52:32
>>294
>期待した。そして後々まで覚えておこう。
>途中で逃げないように。
私も期待してる。
なになに、自分が危うくなるまでは逃げませんってw
期待されることが嬉しいなんて、嬉しいね。

しかし、ロイは情報収集の為に人を利用する事を考えたことがないのか。
それは、意外な気もするし、ロイらしいなと思ったりもする。

私はけっこうそういう動機で行動しちゃうかな。
両方に利益がある(と認め合ってる)うちは、
利用したりされたりも悪くないよ。
そう認めてれば、切り捨てにも気兼ねない。
意外とさっぱりしたしたところに、情が流れたりするもの。

334まし:2006/10/26(木) 18:58:38

>>324を百回読め、自分。
今まで自分的には喧嘩する気ないのに、
喧嘩になっちゃうことが良くあった。
好奇心を時を構わずぶつけるのは、
下品だし、無神経な行為だな。
がっつくな、自分。

どういう気持ちから出たものであるかを問わず、
相手を「やな気持ち」にさせるなら、それは相手にとって
「やな行為」なんだ。
それでも、それ以上に押し通したいものがあるなら、
そうするしか無いし、それで相手が怒ったら、
それは「やな行為」をした自分が悪いに決まってるんだよね。

335まし:2006/10/26(木) 18:59:49
>>322
上手く伝わればいいのに、本当に。
もしかしたら、例え話とか、作り話には、
そういうの期待出来るんじゃないかと、私は思ってる。

ロイが「実話だと言わなければ良かった」って気持ちは、
上手く説明出来ないが、分かる。

あと、絵とか音楽とか、
そういう物は素直に気持ちを伝えてくれる事があるよ。
現実では言葉だけがコミュニケーションの手段じゃないし、
相手の表情一つで、すっごい伝わるもの多い。
(ネタだと思ってたガン○ムとタッ○の歌、
昨日カラオケで聞いたら、ちょっと心に響いた。
この掲示板がもたらした効果だと思われます!)

脳味噌直結してくれる機械でも開発されない限り、
いろんなスキルを磨いたり、
自分に合う手段を探したりしないといけないんだろう。

ちなみに、ロイや日本語d(ryさんはどれくらいの時間かけて、
ここに書き込む文章推敲してるの?

336まし:2006/10/26(木) 19:11:41

>>330
>「人の地雷を見つける方法はあるんだろうか」
言い得て妙だなぁ。

突き詰めると、思想哲学の話になっちゃうと思ったから、
その言い方はすっごく良い! と思った。
別に思想哲学の話も面白いとは思うけど。
(どれが優れてるではなく、どういうものがあるかって意味で)

見つける方法。。。
1)その人の理由や思想をよく聞いて理解する
2)一般的な統計からみて(心理学的なタブー用語、みたいな)
3)言いかけてみて相手の様子をみる(?) 試す?
くらいしか思いつかない……
しかも微妙な方法ばっかだなぁ。

結局完璧に地雷を除去して歩くのは無理で、
一回歩いたところに地雷はない、くらいしか確実なのはないかも。

337まし:2006/10/26(木) 20:07:52
自分で書いておいてなんだけど、
やっぱり、「一回歩いたところ」にも地雷あることあるね。
確実性は求めちゃいけないね。

完全武装して、勇気持って地雷原歩くか、
安全地帯にいて、先に進まないか。
それこそ各自の持つ思想哲学になるんだろうから、
歩きたい人のために、どんな武装があるかだね。

338ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 21:16:04
私の場合地雷を踏んだら手当てする、くらいしか思いつかないな。
人の話を聞いても結局自分なりの解釈しかできないし
その解釈があっているのかどうか知る術が私にはない。

他人と生活していく中で無傷で生きることなど不可能ではなかろうか。
傷を負ったら出血を最小限に抑えるべく対処する、
傷を負わせたら手当てを試みる、くらいしか術を見つけていない。

339ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 21:16:19
不愉快さを表明するには勇気がいる。
しかしその不愉快さを表明したとき怒り出す者がいる。
「なぜそんなことが不愉快なのか」と。
理由はきっとそれぞれにある。
人によって抱えるものが違う以上自分と同じであるはずがないのだ。
にもかかわらずそれが一般的思念から外れれば外れるほど
それは攻撃対象となってしまう。

この場合攻撃者は「なぜ?」という自己の疑問を解決することと
自分とは違うその感性を強制的に自分に合わさせることしか
考えていないように見える。理解できないことへの苛立ちとも言おうか。

しかし不愉快であるかそうであるかは個人の感じ方の問題であり
他者に迷惑でもかけない限り尊重されてよいものだ。
なぜ不愉快なのか。理由は問題ではない。
とにかく不愉快なのだ。なぜだか不愉快なのだ。
そういう時、確たる理由をもって相手を論破せぬことには
尊重してもらえぬものなのだろうか。それはおかしいと私は思う。
理由の如何に関わらず、またそれを理解できるかどうかに関わらず
不愉快さを表明されたら少なくともその人にむけては
つつしんであげるのが思いやりというものだ。

340ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/26(木) 21:16:31
誰しも自分を快適に導く権利がある。
だから不愉快なそれが自分に向けられるとき拒否していい。
ただ、誤解してならないのは
自分の不愉快さは広く他者に向けて理解を強いるものではない。
極端にすぎる例えをすれば
人が自分の嫌いなジャンルの本を読んでいるとして
そのジャンルが嫌いなら自分は読まなければいい。
それを読んで楽しんでいる人にまで
その本を忌避するべきと主張するのはちょっと違う。
出版社に苦情を言うのはもっと違う。
だがその本を読むことを強制されたなら
不愉快さの表明と共に拒否すべきだし
拒否されたほうは理由と理解の有無に関わらず引くべきだ。
(公的影響力のあるものの場合その限りではないがこれは極端な例として)

341204:2006/10/27(金) 01:35:19
うおあ、ちっと風邪引いてる間にどんどこ進んでる。。
「地雷」というまとめかたにふむふむと納得し、ここまで読んだら書くことがなくなった(笑)
恒常的に負の変換を行う人は病んでいるが、誰しも地雷はある、よねえ。

んでもレス。
>>301、つか、ロイ
一度負の変換の爆発を食らった後、自分はちと臆病になった。
それまでは、なんというか、人の打ち明け話が好きだった。
電話で、もしくは顔をあわせての会話なら、相手が「どう聞いてほしいのか」はなんとなく判るし。
ただ聞けばいいのか、一緒に怒るのか、反論されたいのか、どこまで突っ込んでいいのか、等々。
困難を感じ始めたのは、ネットで文字だけでコミュニケーションするようになってから。
文字だけだと、やっぱり情報量が少なすぎて難しい。
そこで、相手が気にして欲しくないところと、自分が気になるところとの齟齬が生じ、
こちら側でも、おそらく向こう側でも、「言えない言葉」が増えていった。
言いたかったけど黙った言葉は降り積もる。
積もってやがて痛みに変わる。
後悔を伴う痛みの棘は硬くて鋭くて、自分に向けても相手に向けても痛い。
その痛みの中で、互いの言葉が負に変換されるようになった。
ちゃんと会って話を聞けるような仲だったら、こんな風にはならなかったかなあとは思う。
相手の顔が見えないから言えるようなこと、だったのだとしても。

生まれ変わるっつか脱皮っつかは、何度か見たことあるかも。
てゆか、変化していくさまを、見たことはある。
上に書いたのとは別件だけど。
自分が何かしてやれたわけじゃなくて、ただ、話を聞いて、傍にいただけなんだけどね。
「こんな話、誰にもできない」っていう話を聞くだけで、ずいぶん変わるもんだなあという実感はないでもない。
ネットだと、やっぱり難しいと思っちゃうけどね。
上に書いた話の時は、まだその辺掴みきれてなかったんだ。

そんなわけで、ネットでのコミュニケーションに少々限界を感じている。
……って、本筋とあんまし関係ない話になってしまったな(汗)

342日本語d(ry:2006/10/27(金) 02:15:28
問うたから自分でも考えてみた。
実際の地雷の場合
①地雷があるかどうか。どこらへんにあるのかの情報収集。
②地雷探査器  とか、
③地雷探査犬  とか。
>>336
1)が、情報収集
2)が、地雷探査機
3)が、犬        に対応するのかな、と。

地雷探査器があれば一番楽で便利だ。
しかし、そのために専門的知識を勉強するって
よっぽどの必然性がないとそこまでする根気はおきないな、と。
だから簡単なマニュアルがあればな、と頼りたくなる。
だけどそれには「マニュアル絶対主義」に陥る危険性が伴う。
だが、知っておきたいという気もする。
④ってのもある。 「踏んでみる」w
個人的には 3) は思いつかなかった。地雷だらけの人には有効かも。

でも人には自己治癒力ってのがあるから、あまり大袈裟に考えると、遠近感が狂うかな、っと。
で、ロイの言うとおり、
踏んだあとの対処を知っておく、に力点を置いた方が実践的かも。
(弁解を重ねたり、理由を問いつめて圧迫するよりは、とにかく謝る。
で、黙って相手のいうことを聞く耳をもつ)←言い訳したいのを抑えて黙るってけっこう忍耐力いるよな
   
でも、それも時と場合だからマニュアル化はせずに、とりあえず
「知っておいて損はない」ぐらいにしとかないとな。 と、まぁ、いまんとこそう感じかな。

343日本語d(ry:2006/10/27(金) 03:16:34
>>335 質問を見落としてた。
(考えごとに没頭してるとよくあるんで、今まで見落としてるのがあったら、
とりあえず、スマン、と謝っておく。←さっそくマニュアル化してる椰子w

>>ロイや日本語d(ryさんはどれくらいの時間かけて、ここに書き込む文章推敲してるの?

ここの書き込みの場合、書く前に頭の中で考えてる時間の方が圧倒的に長い。
たぶん平均的に数時間以上(時には一日以上)書き出す前に考えてる。
頭がぐらぐら煮立ってきて面倒になった時に書き出すことが多いw
2行ぐらいかいてから、また1時間くらい考えて、結局やめることもある。
前のレス(>>342でもエピソードとか、出版の問題とか2レスほど削った)

連投が多いのは、とにかく投下していったん頭が掃除されると、
その綺麗になった部屋に新しい考え(修正含む)が訪れやすいからだと思う。
いいことを教えてあげましょう。
俺は 自分のレスはNGName であぽ〜ん設定してます。
1、自分の文を読むのが好きではない。
2、長文を書いても、「あぽ〜ん」としかでないので、自分的に長文を書くひけめが軽減される。
  使用してるのは2ちゃん用専プラ「Jane Do Style」っす。

しかし>>336 の3つは地雷だらけ人(びと)用としてはけっこういい線かも。
1)その人の理由や思想をよく聞いて理解する            ←聞く耳をもつ、
2)一般的な統計からみて(心理学的なタブー用語、みたいな) 
            ↑理由をしりたくて問いつめるのを我慢するいのを我慢する助け
                        
3)言いかけてみて相手の様子をみる(?) 試す? ←これは、しかし、女ならではの発想かな、
                                  という気が。。w全く思いつかなかった。

344204:2006/10/28(土) 01:54:53
うーむ。
地雷ってさ、相手との距離(親密度?)てのも関係あると思うのね。
例えば、親に注意されるとムカつくことも、友達に言われると素直に聞ける、とか。
だからこー、地雷の避け方を研究するのは、そのまま相手との距離を計ることにもなるかなと。

あと、もういっこ、自分に地雷を作らない方法として。
全てにおいてmustではなくbetterで臨むてのもあるかな。
「〜すべき」と思って、そうすべく頑張っている人は、
そのように頑張っていない人を見ると腹が立つ。
その苛立ちがそのまま地雷にもなる、と思うのだけど、どうでしょ。

これはロイが言ってた「自分で自分を許す」ということにも通じるかと。

しかし、これがまた難しいところで、「自分で自分を許す"べき"」と思ってそこを頑張ると、
そうできてない人に対して苛立ちを……w
そのバランスが完璧に取れたら、その人は仏だね。……いや、死人じゃないすよ?(ぉぃ

345名無しさん:2006/10/28(土) 02:12:39
>344
>例えば、親に注意されるとムカつくことも、友達に言われると素直に聞ける、とか
地雷ってのはそういうものじゃないんじゃないかと
特定の誰かならば地雷でなくなるのはそれは地雷とは言わない
誰から言われても「ダメ」なんだから「地雷」と言うんじゃないかなあ

地雷ってほら、誰が踏んでも爆発するようになってるから

346ロイ ◆jo9v3HJTJU:2006/10/28(土) 02:39:36
>>344をなるほどと思いながら読み
ついで>>345を読んでこちらにも納得し。

つまるところ「地雷」という言葉一つとっても
その言葉で想起するものが人によって違うのではないかね。
想起しているものに隔たりがあれば会話には当然齟齬が生まれることになるし
齟齬が生まれ始めたら互いが想起しているイマジネーションの
すり合わせからしていく必要が生じてくるのではないか?
いや、今ぱっと読んだだけの思いつきだが。

しかし>>345のごとく
誰が踏んでもだめだから地雷という解釈で考えている場合
それはつまり「誰にも触れられたくないトラウマ」と
置き換えてもいいのかな?

347日本語d(ry:2006/10/28(土) 02:57:53
>>344 を読んで考えてた。
相手との距離がなくて、 他人全体がひとかたまりになってる状態、
そういう時は、他人との距離がない(間に断層または壁だかしかない)から、
「言葉」だけが、壁越しに突き刺さってくる。
それが、何を言ってもマイナス変換される「病的状態」なのかな、と。
(地雷、ということでいえば、全身が地雷になってる状態)

誰がなにを言っても地雷が内発してしまう状態から、
相手によっては、不発になるケースができてきたら回復方向なのかな。とか。
(う、ロイがもう書いてる。。。でも、ちょと違う部分もあるから投下)

348日本語d(ry:2006/10/28(土) 04:15:52
>>346 あくまで俺個人のとらえ方だけど。
地雷というのは、そのことに触れられると、自分の中で傷が疼く部分。
トラウマ(過去の経験からくる傷)でも、現在の自分の状態でも
つつかれると、ずきずき何か心が疼く部分を「地雷」という言葉でひとくくりにして使ってる。
(その爆発のしかたは、反撥して逆上するもあり、ぐっと黙り込んで姿を消すもあり、
気持ちが落ち込んで元気がなくなる、突然すべて空虚に思えて反応が薄くなる、
表面的にはなんともないふりをする、いろんな形があるんじゃないかな)  

誰に,あるいは何かの(テレビとか匂いとか)が触れても爆発する状態は、
地雷のセットがおそろしく敏感になってる状態=トラウマ と置き換えてもいい気がするんだけど。
>>345の意見を聞かなきゃわからんけど。

349まし:2006/10/28(土) 08:20:04
相手との距離によって地雷のダメージが減る事はある。
と個人的には思った。

ロイが言うイマジネーションのすり合わせをする必要は、
多少はあると思うけれど、
突き詰めると、又そこで躓くのでは?
何となくわかる〜くらいでも話は進むさ。
まあ誤解したまま話が進んでアレって思う時もあるから
微妙なところだとは思うけれど。

>>344
 誰が踏んでも爆発はするけど、
 爆発の規模が違うように出来てる、
 とかはどうだろうか。
 誰が踏んでもおっきく爆発しちゃうようなのは、
 大型地雷、みたいな。

そう考えた上で、>>348の地雷の使い方で
私的にはほぼ納得が行った。

以下、昨日書いてたのだから、
ちょっと話題的に後戻りしてるかも。

350まし:2006/10/28(土) 08:21:12
>>338
 無傷は確かにむりだね。
 ただ傷をあまり負わないように努力するって手もありはありじゃないかな。
 しかし労力に見合わせると、効果は全然期待出来ないかも。
 あと武装して歩いて爆発にあったときに、
 「探知機、役に立たないじゃん!探知機は全部処分!」とか、
 「自分こんなに努力して、悪くないのにどーしてよ!」
 とか言わないように心がけようと思った。

完全武装して探知機持って、慎重に歩いたところで、
当たるときゃーあたる。
ただ手ぶらで地雷原歩いたら「馬鹿」って言われそうで、
恥ずかしいし、しないよりはましなんじゃないかとは思う。
そうで無いと歩けないって訳じゃないし、
歩いてはいけない訳じゃない。うん。

351まし:2006/10/28(土) 08:22:13

>>338 >>342
 手当か。私にはまだちょっと難しいかも。
 自分の方の手当(止血)には自信あるんだけど、
 相手の方に関しては……。
 まず焦っちゃだめだよね。
 気持ちばかりが空回る時に、
 今何が重要なのか判断し、決断する能力があればいいんだけど。

>>342
 確かに、自然治癒力が信用できる時は地雷もたいして恐くない。
 武装の必要も感じないし、探知機も必要ないね。
 そういう関係が健全だと思うな。

>>341
>そんなわけで、ネットでのコミュニケーションに少々限界を感じている。
 ネットに慣れてる人でもそう思うんだね。
 案外文字だけのコミュニケーションから離れて、
 お酒飲みながら馬鹿話してたら、通じちゃうものあるかもしれない。

352まし:2006/10/28(土) 08:23:15


地雷爆発が本当に恐いのはさ、
その人にとって、自分だけが世界への繋がりになっちゃてる時。
日本語d(ryさんの言葉借りて言うなら、
相手の自己治癒力があてにならないと思われる時、
とでも言おうか。

自分が世界の代表のように見られている時、
一人の人間の世界が自分の行動一つで変わると思われる時、
それは凄い重圧じゃないだろうか。
自分の行動一つで、
「あいつ、やな奴だ」ってとられるならまだしも、
「世界はやなところだ」って思われるのは負担だろう。

でも、相手にとって、
自分が初めて意思疎通の出来る人間として現れた人なら、
世界を代表するくらいの期待(?)をもって見られてる可能性はある。
そして、それを「俺、お前の世界の全てじゃねーから」って言ってしまうことが、
相手にとって、細い細い世界との繋がりを絶ってしまう行為になりかねない。
それは胃の一つも痛くなるよ。

地雷の除去に努めたり
回避方法に頭悩ますよりは、
爆発が恐くない状況を作るって方が、
円滑な人間関係を作る上では有効なのかも。

353まし:2006/10/28(土) 08:25:02


自分、相手に世界を背負わせて押しつぶしそうになった事ある。
相手は私の地雷を(理由を知ってるがために)恐れたし、
一回踏んだら終わり(私が自殺するとか、狂うとか)、
くらいの気持ちでいたんだろう。

私が、その人一人が人間でないこと、
何度もやり直しが効くってこと、
やな奴もいるが、いい奴もいるってこと、
(世界はひとかたまりじゃないってこと)
そういうことに気が付いたのは、
なんか真剣にこういうこと話してる時じゃなくて、
どんちゃん騒ぎの飲み会が終わった夜明け頃だった。

そして私自身のそういう気持ちを相手に伝えることが出来たら、
相手も肩の荷降りたみたい。
以来、お互いにとって、
私の地雷は(前ほど)恐れるものではなくなったし、
時には冗談のネタにすらなる。

伝えようと思ってることが伝わらなくて、
些末な部分のやり合いになることも、結構ある。
伝えようなんて意志の存在しない時にびびっと伝わっちゃう時もある。
伝え方を上手くしようって考えるのもありだけど、
伝える手段を多く持つのもありじゃないかな、と思う。

もしも、自分の大切な人が自分を世界の代表のように見てると思えるなら、
相手にそういう見方をして欲しくないと思うなら、
言葉を尽くすだけよりも、いろんな方法を試した方がいいかもしれない。
私の経験上、言葉だけだと苦しくなったり、
些末な部分で混乱する可能性がある。

何言ってるのか伝わってるのか、この文章。。。

354まし:2006/10/28(土) 08:25:57

>>335
 見落としてるって言いながら、答えてるじゃないかw
 そんなに気にする必要ないのに〜。
 私は見落とされてると思って、それが重要な質問ならもう一回するさ。

 そうか、やっぱり結構時間かかってるんだね。
 ロイや日本語d(ryさんを見てると、
 「まさか天性の文才があって、苦労しなくても
 これほど整った理性的な文章を書かけるのでは!」
 と思って気になってたの。わざわざ回答サンキューです。
 さほど重要な意味は無くて、ただの興味です、ハイ。
 
 自分のレスを「あぼ〜ん」、ちょっと面白いかも。
 私、自分の書いたの読んで、「あーアレも違うここも違う」
 ってなっちゃって、先に進めなさそうになるヨ
 そういう時にはいいかも!

 3)はリアルだと意外と仕える手段じゃないかと思うんだけど、
 言いかけた事自体が地雷になる恐れも!
 更に言うと、いつもそういう手段とってると思われると、
 素直に物言っても、信じて貰えなくなるかもね。
 反応伺ってるって相手に伝わっちゃうと、これも良くない結果を招くだろうし。
 女ならではなのか〜。いや、たぶん私の性格が悪いだけw
 きっと、踏んでみるに近い。
 小さそうなところ選んで踏んでみて、おっきな地雷を回避、みたいな。

 あと、2)は、使うとしても、自分が「学んだ」ってことは、
 言わない方がいいと思った。
 もっと複雑でややこしい自体を招きかねない。
 「カデゴライズ」って部分で問題が出てくる可能性もあるし、
 上辺だけの言葉だと勘違いされる可能性も出てくる。
 文豪の恋文が信用出来ない、みたいな。

355日本語d(ry:2006/10/28(土) 09:06:52
ましさんの読んでちょっと触発されたんで脊髄反射。w
俺がけっこうきつい閉塞状況に陥っていた時、ありがたかったのは、

見てるんだけど、見てないふりをしてくれ、
気づいてても、気づかないふりをしてくれ、
いっさいそのことに触れず、でも、さりげない、どうでもいい会話をしてくれ、
自分自身も閉塞状況を体験して知っている人、     だった。

その人は別に、俺にとって世界の代表じゃなかったけど、
「遠くて冷たい世界」 の中から、
ひとりだけ抜け出てきて、声をかけてくれる。世界にも人間が居ることを伝えてくれる。  
それだけでありがたかった。  

なんか、このスレに参加しているうちに、
自分も地雷けっこう持ってることに気づいた。w

356日本語d(ry:2006/10/29(日) 14:48:50
ふと
 「価値観」 の問題なんじゃないかな。と思った。
(言葉以外のものに触発されるフラバのような傷は別にして)
言葉によって、反応する地雷を刺激されるっていうのは、
その人の価値観を攻撃されてる、と感じるからじゃないかな。

俺の場合、「理」を軽んじるような言葉や態度に反応する地雷がある。
(こんな地雷、見つけようがないと思うw)
これは小学校の時、担任教師から「おまえはへ理屈が多い」と言われて、
その後なにも発言できなくなったことから来てると思う。
(緘黙児童になって、教師に返事さえしなくなった)

言葉には
「情」の言葉
「理」の言葉
「知」の言葉
「法」の言葉    などなど、いろんな言葉がある。

人が日常生活で使うほとんどの言葉は「情」の言葉と「知」の言葉だと思う。
そして「情」の言葉と「理」の言葉はうまくかみあわない事が多い。
そういう時、過剰に「情」の言葉だけを優先して「理」を小馬鹿にするような態度や言葉で
頭が煮える。 心が疼く。
これは、個々の言葉というより、価値観の問題じゃないか、と思いはじめてる。

だから、価値観の転換を迫られてる(ように感じられる)言葉や態度が、
地雷を踏むのではないかな、と。

そのまま、敷衍すれば、 生まれ変わるは 
習慣だけじゃなくて、
いままでの価値観を破壊して、まったく逆の(あるいは全然知らなかった)価値観に換える、
つまり心をまるごと取り換える苦痛、っていうのもあるんじゃないかな、と。

357まし:2006/10/29(日) 21:05:55
価値観ってつまり、思想哲学だと思う。
世界観と言い換えてもいいけど。
それは多種多様であっていいはずだし、
自分の価値観が正しいと思ったからといって、
人にそれを強制することは出来ない。

けれど、自分の価値観がどんな理屈に支えられていて、
どんな利点があるかを言うことぐらい、許されてもいい。
そしてそれを自分がどんなに正しいと思っているかを、
情熱をこめて語ることがあってもいい。
それは他人に自分の価値観を強制することとは違う。

価値観を変えなければいけないことなんて、
生きてればざらに出てくると思う。
(外的要因、内的要因含め)
そういう時に、多くの価値観を知っていれば、
何かの足しになるかもしれない。
選択肢が多いに越したことはない。

誰かがその人なりの価値観を語ったり、
その価値観への情熱を語った時に、
自分とは相容れない価値観で、腹が立ったとしても
なにも躍起になって否定することはない。
変な人がいるもんだ、と思って生暖かく見ればいい。

価値観同士を戦わせることすら、不毛な行為ではない。
それは自分の価値観の強度を試す行為、
相手の価値観を知るための絶好の機会。
そう思えば無用に傷ついたりすることも少なくなる。

まあ、そんな事を考えてみた。

358名無しさん:2006/10/29(日) 22:10:42
「地雷」はコンプレックスではなかろうか。
自分の持っている価値観が相手のコンプレックス(地雷)を
刺激してしまうような気がする。
相手の心理が何に対して敏感であるかが地雷の爆発しやすさを左右すると思う。

価値観はコンプレックス等によって形成されるものかなと。
価値観は常に存在し変化もしていくが、コンプレックスは「消滅」可能。
トラウマはまた、コンプレックスよりも深く存在し得るし突発的でもあるかなと。

359358@訂正:2006/10/29(日) 22:13:27
>>358 突発的でもある→突発的ということもあり得る

360日本語d(ry:2006/10/30(月) 02:06:19
>>357 「理」の部分だけじゃなくて、
たとえば「自分には価値がない」と「感じてる」ことも
その人の「価値観」に含めて考えてた。
だから
「価値観」じゃなくて
「価値感」 の方が、言いたかったことに近いかも。

361日本語d(ry:2006/10/30(月) 02:28:08
>>358 コンプレックスも地雷の一種、 トラウマも 地雷の一種。と    
「地雷」を広く考えた方がいろんな話や、考えが聞けそうな気がする。
後半、すごく面白い。

362204:2006/10/30(月) 11:42:00
地雷の種類として、

・嗜癖(アディクション)の否定
・自分が思うのと違うレッテル貼り

があるかなーとか思ってみた。
これは、価値観が違うとわりと簡単に出ちゃう人格否定だよね。
これが他者によって頻繁に行われると、コンプレックスにもトラウマにもなる、と思う。

嗜癖って言葉は、”ほどほど”でやめられないこと全般、という意味で使った。
煙草・酒・博打等メジャーなものから、子供の頃の遊び・子供や動物のしつけまでw
「行き過ぎたこだわり」なんかも入るかな。
レッテル貼りはそのまま。
否定的な言葉ばかりでなく、お世辞(に聞こえる言葉)も含む。
「本当はそうじゃない(と思っている)のに、違うことを言われる」みたいな意味。

これらは大半悪意なく行われる。
悪意のなさ、というのは大体伝わるから、内心傷ついても相手に言えない。
その蓄積がコンプレックスなりトラウマかなあと。




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