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【政権交代選挙】200X次期衆院選スレ

1名無しさん:2004/07/16(金) 12:54
今まで以上に政権交代に注目が集まる200X次期衆院選のスレ

1491とはずがたり:2007/06/15(金) 17:34:18

2005衆院選の断面 (2)
保守分裂
http://www.nnn.co.jp/sp/senkyo/syuin2005/danmen/050819.html
"自主投票"で水面下し烈

 衆院選鳥取2区に自民党公認で立候補する新人で元郵政公社部長、赤沢亮正氏(44)は十七日、東京で小泉首相に面会し、公認証書を受け取り、握手を交わした。赤沢氏は郵政公社で郵政民営化を前提とした国際物流などの戦略づくりに携わっていたという。

 これに先立って自民党鳥取県連が赤沢氏の公認申請を決めた十二日、赤沢氏は東京から米子空港に到着して、当時の心情を一気に語った。

 「小泉総理を尊敬している。郵政民営化法案という選択肢を有権者に提供するのも(小泉首相の)国民思いの対応だ。私自身はその力になれるのであれば(衆院選で)選択肢を提供したい」
小泉VS反小泉
 一方、衆院本会議で郵政民営化関連法案に反対し、党県連による公認申請が見送られ、同じ鳥取2区に無所属で立候補する前衆院議員の川上義博氏(54)。反対派を公認せず、しかも反対派の選挙区に対立候補を擁立する党執行部の手法を厳しく批判する。

 「法案の内容が、私の主張する郵政三事業一体の完全民営化から乖離(かいり)して不完全だったことと、地元の民意を踏まえて法案に反対した。多様な価値観を認め合うのが自民党であり、反対派の意見を抹殺するのは間違っている」

 川上氏は自民党員であり、現在、党県第二選挙区支部長。赤沢氏も党員である。民主、共産両党の候補とともに四人の出馬が確実な鳥取2区では、自民党に籍を置く者同士が争う。二〇〇三年秋の前回衆院選に続く保守分裂選挙。今回は「小泉対反小泉」の様相も濃い。

 党公認申請問題を協議した十二日の党県連常任総務会。2区の公認申請をめぐり川上氏擁護派と執行部が激突した。

 このときの対立状態はその後も続き、赤沢氏公認を「納得がいかない」とする党県議が、党県連の幹事長や副幹事長の役職を辞任する意向を固める事態に至っている。

 一方では「郵政民営化の選択肢が提供されなければ今回の選挙の意味が失われる。赤沢氏は最適な候補だ」と赤沢氏を支援する党県議も。2区の党県議が川上、赤沢両氏のそれぞれの支援に、濃淡こそあれ分裂した状態で選挙戦に突入する。
2つの支部
 この分裂に拍車を掛けそうなのが、自民党本部の方針による党の新支部「党県衆議院選挙区第二支部」の設置。支部長は赤沢氏が務める。これによって鳥取2区には、川上氏が支部長を務めている「党県第二選挙区支部」と併せて二つの党選挙区支部が並存する。

 自民党本部選対関係者によれば、新支部は党員拡大や党政策の普及、党ポスター掲示などを行いこれらの活動を展開するために市町村の支部や職域支部に指示、連絡をする機能を担うという。

 党本部関係者は「選挙では党の決定した候補を支持するのが党員の義務。公認されなかった前職は本来、支部長を返上するのが筋」との見解。これに対して川上氏は「地方から乖離した新支部を強権的につくるのは前代未聞。党の歴史に汚点を残す」と一歩も譲らない。

 党の2区支部の並存が最前線の党員にどう影響するか。2区のある町議の党員は「今回、二人の立候補予定者はいずれも党員」と、川上氏が離党していた前回衆院選との違いを指摘して「取り組みやすい」と言う。分裂下、事実上の“自主投票”との見方である。ならばなおさら水面下での戦いの激しさが増していく。

1492とはずがたり:2007/06/15(金) 17:36:57
2005衆院選の断面 (3) 政策論争は略

2005衆院選の断面 (4)
変わる支持基盤
http://www.nnn.co.jp/sp/senkyo/syuin2005/danmen/050821.html
分裂続き自民に不信感

 「信自民、反小泉だ」。郵政民営化関連法案に端を発した今回の衆院選。特定郵便局長OBらでつくる自民党の有力支持団体「大樹」の鳥取県支部長、長尾汎純さん(75)は現在の心境をこう吐露した。

 「自民党が昭和三十年に誕生した当初から、特定郵便局長は党員だった。日本を良くするためには自民党でなければ駄目、と。しかし、地方切り捨ての政策にはついていけない」

 小泉首相が推進する郵政民営化が実現した場合、過疎地などの不採算地域で特定郵便局が廃止され、住民が不便を感じるという懸念は根強い。

 大樹は十八日に全国協議会を開き、衆院選の対応について郵政民営化関連法案に反対した前自民党議員を全面支援する方針を決めた。「私たちは現在も党員だが、小泉首相の考えにはついていけず、複雑な気持ち」と長尾さんは話す。

締め付けない

 特定郵便局に象徴されるように、自民党支持基盤のほころびは各界にも生じている。

 県建設業協会西部支部。会員企業百八社、総従業員約二千百人を数えるが、選挙に向けた動きは鈍い。

 「地元にとっては経済、雇用対策が急務。公共工事がこれだけ減っているのに、自民党から郵政民営化しか聞こえてこないようじゃ、選挙への熱も入らないでしょ」と同支部事務長の松林貢さん(62)はつぶやいた。

 会員企業が二〇〇四年度に受注した総額は前年度に比べて約百億円の減だった。倒産、リストラの不安を抱える企業からは政府に対する“恨み節”が。「選挙どころじゃない」と公言する企業もある。

 さらに、鳥取2区は保守分裂選挙を迎える。「当然、前回選挙と同じように今回も一枚岩とはならない。推薦候補が決まれば会員に協力要請をするが、うちは小泉さんと違って、締め付けはできませんから」。松林さんは淡々と語った。
枠外の印象
 「農業を取り巻く状況は厳しくなるばかり。補助金は毎年のように見直され、国は農家の努力ばかりを求める」。米子市内の白ネギ農家の男性(71)は、ぼやいた。

 県西部は西日本最大の白ネギ産地だが、現在、中国産を中心とした輸入ネギの増大に頭を悩ます。〇四年の輸入量は七万五千トンで、過去最多だった〇三年の一・五倍以上に。国内の収穫量が天候不良の影響で落ち込んでも、輸入ネギの大量流入で価格は据え置かれる。

 「郵政民営化だけが注目され、農業は枠外に置かれた印象。『農協が推薦したので投票は当たり前』という感覚は、今はない」と男性は言う。自民党を支え続ける農業者だが、選挙に対する冷ややかな声は広がる。
内輪の戦争
 「かつては業界自体が自らのために一致団結し、党を応援していたが、現在では団体として応援しても、その通りに動いてくれる人は少なくなった」

 声の主は、米子市内の元県議。過去の国政選挙で自民党公認候補の選対本部で陣頭指揮を執ってきた重鎮だが、近年は支持基盤のほころびを肌で感じている。

 「県西部はねじれ選挙をやっているから、業界団体がまとまらない。国政選挙では党内で内輪の戦争が続いてきた。応援者は表向きと内実で応援する候補が違ったりと、足並みがそろわない」

 分裂選挙を繰り返す自民党への不信感がほころびの要因になっている、と重鎮は断じた。

1493とはずがたり:2007/06/15(金) 17:37:15

2005衆院選の断面 (5)
存在意義
http://www.nnn.co.jp/sp/senkyo/syuin2005/danmen/050822.html

対決する野党 姿勢強調
 「野党として何をすべきか−という取り組みが必要だった」

 共産党県委員会の小村勝洋委員長は、自民、民主の二大政党による「政権選択・マニフェスト選挙」の大きな流れの中で共産党の役割を示し切れず、党勢が後退したここ数年の国政選挙を振り返る。

 「自民、民主のどちらが政権を取ろうと“コップの中の嵐”程度のこと。求められるのは真の野党、まともな野党としての役割だ」

 郵政解散が現実味を増した今月五日、県庁で記者会見に臨んだ鳥取2区新人候補の鷲見節夫氏(60)は闘志をみなぎらせた。党のキャッチフレーズは『たしかな野党』。その三日後、党の存在価値を試す戦いの火ぶたは切って落とされた。

比例議席奪還を
 今回選挙の至上命題は「比例議席の奪還」(小村委員長)。二年前の総選挙で議席を失い、今回の“主役”となっている元衆院議員、中林佳子氏(59)=比例中国、四期=は衆院解散の翌日、早速、鳥取入り。十三日にも、1区新人候補の塚田成幸氏(41)とともに街頭でマイクを握った。

 二年足らずで巡ってきた好機。同日の1区総決起集会で中林氏は「むちゃくちゃな解散だが、議席回復のチャンス。郵政民営化は百害あって一利なし、小泉改革は連続的な社会保障の後退だ」と力を込め、「大増税路線、憲法改悪を体を張って食い止める」と党の独自色を強くアピールした。

県内党勢は上昇
 国政選挙では退潮傾向の共産党だが、鳥取県ではこのところ、党勢は拡大傾向にある。党創立の月に当たる七月から八月にかけての一カ月間で、七十人が新たに入党した。これは、党創立六十周年の二十三年前の同時期に一気に百三十人増えたのに次ぐ数字。

 小村委員長は「小泉構造改革で生活が厳しくなっていることや、憲法を変える動きに危機感を抱く人たちが、流れを変えようと考えている」と手ごたえを感じている。「生活が厳しければ年金問題などに関心が集まるが、憲法は国の根本にかかわる問題」と、郵政問題などの陰に置かれた感が否めない憲法問題を争点に押し上げたい考えだ。

党の存亡をかけ
 社民党県連(佐々木周子代表)は前回以上に厳しい戦いを強いられている。前回、1区と2区で民主党との間に存在した「すみわけ」は、同党の両小選挙区での候補擁立で消えた。

 社民党1区新人候補の田中清一氏(52)の出馬会見に同席した、米井悟県連副代表は「民主と協力して比例が拡大する保証は何もない。選挙協力はあり得ない」と決別を宣言。「民主の政策も、自民より右寄りの危険な方向に進んでいる一面があり、大いに批判していく」と対決姿勢を鮮明にした。

 田中氏は「小泉政治は自民党をぶっ壊すと言いながら、平和と暮らしをぶっ壊した」と小泉政権下の構造改革や外交政策を批判。郵政民営化については「今は必要ない。首相の姑息(こそく)な争点外しだ」とし、「先の大戦の反省から手にした平和憲法を守り、暮らしに生かす」と、平和や福祉などに重点を置いた政策実現に向けた決意を表明した。

 二十日には新社会党県本部(山脇敏正委員長)と政策協定を締結。田中氏の推薦、比例での支援を取り付け、護憲議席の拡大に向けた戦いを本格化させた。ただ、小選挙区制度導入後、後退を続ける社民党を取り巻く現状は厳しく、まさに「党の存亡をかけた戦い」(米井副代表)。その存在意義そのものが問われる選挙でもある。

1494とはずがたり:2007/06/15(金) 17:37:33

2005衆院選の断面 (6)
注目の公明票
http://www.nnn.co.jp/sp/senkyo/syuin2005/danmen/050823.html
激戦2区で勝敗の鍵に

 自公連立で政権与党の枠組みを維持しようとする公明党。鳥取県内の公明党基礎票は約四万票強とみられており、同党独自公認候補を出さなかった、二〇〇三年の前回衆院選では比例区で六万三千三百五十四票を獲得している。同党県本部では今衆院選も小選挙区の独自候補を立てない方針を固めており、公明票の行方が注目される。特に激戦の2区では、公明票が勝敗の鍵を握ることも予想されている。

 公明党の支援に関しては連立与党を組む自民党が、公認候補として出馬予定の鳥取1区の前衆院議員、石破茂氏(48)、2区の元郵政公社部長、赤沢亮正氏(44)への、推薦を依頼。小選挙区での支援を要請した。
1区は3万票余
 このうち、前回衆院選の比例区で公明党得票数が三万千五百票余りだった1区では、十八日には石破氏の支援が決定。二十日に後援会事務所で推薦状の交付が行われた。

 公明票の石破氏支援に関しては、同氏が新進党から自民党に復党した際のあつれきが根深いものとして残っているとの見方もあるが、前回衆院選の出口調査を基にした分析では、石破氏は公明支持層の87%の支持を受けており、両者の連携はスムーズに進むものとみられる。

 一方、2区では前回衆院選の比例区での公明党得票数は三万千八百票余り。連立与党の自民党公認候補の赤沢氏、無所属での立候補となるが、これまで連立与党の一員として連携を深めていた前衆院議員の川上義博氏(54)の保守系二陣営はぜひとも取り込みたいところだ。
比例支援で含み
 二十二日現在、2区での公明党の支援方針は明らかにされていないが、出遅れている赤沢陣営では手堅い公明票は力強い支援となる。赤沢陣営幹部は「川上陣営に対抗するためにも公明票は重要。支援は何としてもほしい」と話す。

 しかし、前回の衆院選では保守分裂で無所属として立候補した川上氏には少なくない公明票が流れている。出口調査を基にした分析では、公明党支持層の51%が川上氏に、対抗馬の相沢英之氏へは31%が投票したとみられており、川上陣営では公明・創価学会票の流れに望みをつないでいる。

 さらに、自民党本部の川上氏への処分によっては同氏が自民党籍を失うおそれもある。そうなった場合、川上陣営は比例区での公明支援も理論上可能となることから、赤沢氏と川上氏の間で、公明党の有力支援団体である創価学会と公明党の「配分調整」が働く可能性も十分に残されている。

 創価学会の幹部も「比例区に熱心に取り組んでいただける候補をおろそかにはできない」と含みを残す。

 長岡和好代表は、現状について「自公で過半数という大前提があり、また改革推進のための郵政民営化の是非を問う選挙。自民党の公認候補が立つ以上、(川上氏支援は)難しい」との見方を示しているが、公明票の行方は選挙終盤まで目が離せない。(終わり)

1495とはずがたり:2007/06/15(金) 17:43:18
2005 衆院選とっとり
2005/09/07の紙面より
終盤の情勢
https://www.nnn.co.jp/sp/senkyo/syuin2005/jousei/050907.html
鳥取1区 (届け出順)
石破 茂  塚田 成幸  田中 清一 早川 周作

 第四十四回衆院総選挙は十一日の投票まで、あと四日と迫った。鳥取1区は石破茂(48)=自民前=が地盤の強さを見せ、早川周作(28)=民主新=、田中清一(52)=社民新=、塚田成幸(41)=共産新=を大きく引き離している。鳥取2区は混戦模様で、赤沢亮正(44)=自民新=と川上義博(54)=無所属前=が互角の戦いを繰り広げる。山内おさむ(50)=民主前=がわずかな差でこれを追い、鷲見節夫(60)=共産新=は苦戦を強いられている。終盤の情勢を地域別に探った。(文中・敬称略)

鳥取1区

【旧鳥取市】
 早川は、多くの浮動票が見込める旧鳥取市で何とか食い込みたいところ。民主党の系列県議や市議も増えており、前回参院選で同党公認候補が獲得した約二万五千票に上積みを狙うが、知名度不足は解消できず。

 二度目の挑戦となる田中は、大票田の鳥取市で二回目の知名度を生かし、石破を追う三候補の中から抜け出したい。しかし、前回同様、部落解放同盟の支援は得られず(→前回と同様には支援を得られないのか前回に引き続いてなのか?前者っぽいがだとすると解放同盟は前回誰を推したんだ?)、今回は民主の選挙協力もなく、苦戦。

 塚田の現住地で、最重点地域に挙げている地域の一つ。妻の市谷知子氏の知名度を生かした選挙戦を展開(する。)

【倉吉市】
 石破は、農林業、会社員、企業経営者、幅広い年代から支持を集めて選挙戦を優位に展開。民主党支持層への食い込みも見せる。

 早川は、連合傘下の労組、部落解放同盟の支援を受けて支持拡大を図る。一方で支援団体の動きに鈍さもみられ、民主党支持層に浸透し切れていない。無党派層の支持獲得、労組の票固めに力を入れ、九日の総決起大会で最終盤の追い上げを狙う。

 田中は、社民党支援労組の支援で浸透を図るが情勢は厳しい。七、八両日の中部遊説で支持拡大を訴える。

【東伯郡東2町】
 早川は、旧羽合町で健闘しているが、保守地盤の強い地域で市内に比べて浸透度は低い。

 田中は、厳しい情勢だが陣営幹部は「新社会党の支持者の応援もある」と語(る。)

【旧岩美郡】
 石破が大きくリードを広げるが、態度未定の有権者も二割以上あり、さらに支持を掘り起こす。

 早川は、県東部の中で手応えを感じている地域。終盤には重点的に遊説し、反石破の受け皿を狙う。

 岩美町出身の田中は、町議、町長選出馬の経験もあり、得票を積みたいが、伸び悩んでいる。

【旧八頭郡】
 田中は、前回四千八百票を獲得し健闘したが、今回は苦戦。系列県議のいる智頭町を拠点に支持拡大に力を注ぐ。

 塚田は、八頭町議選の八東選挙区でトップ当選を果たした町議らを軸に浸透を図るが、町議のいない智頭町が課題。

【旧気高郡】
 石破がリード。前回、八頭、東伯に次いで三番目の得票率となって(いる。)

 塚田は、前回衆院選で共産党候補の支持率が最も高かった地域であり、今回も前町議らの支援で得票増に期待する。

1496あしたの牙:2007/06/17(日) 21:32:33
石川3区

民主党県連は16日、金沢市内で幹事会を開き、次の衆院選石川3区の公認内定者として中能登町(旧鹿島町)出身で大手証券会社に勤める近藤和也氏(33)を党本部に申請することで合意した。参院選石川選挙区の公認に一川保夫氏(65)を擁立した矢先の決定で、近藤氏の地盤である能登地域での支持者拡大の狙いもあるとみられる。


 党本部の常任幹事会で正式に決まる。近藤氏は、06年春に同党の候補者公募に応募。参院選の候補者を探る動きの中、小沢一郎代表らと面談し、衆院選での擁立が内定した。現在は大阪在住で近く地元に戻る予定だという。3区対策には前回候補者の桑原豊氏にも協力を要請していく。


 近藤氏は県内の国会の議席を自民党が独占している現状に「自民党の呪縛から解き放つには民主党が必要」と意気込みを語った。一川氏は参院選を間近に控えた時期の決定に「お互いプラスになる」と近藤氏を通じた能登地域での得票増に期待をのぞかせた。


 近藤氏は参院選の公認候補の一人としても名前が挙がっていた。

1497とは:2007/06/18(月) 02:25:35
あしたの牙さんはじめまして。レス感謝っす。上の方で話題になってた元羽咋市長ではなく若いの擁立で来ましたな。自民の岩盤が強固な石川三区では厳しそうな気がしますけど…

1498とは:2007/06/18(月) 02:29:09
因みにこのスレは05年に小泉にぼろくそにやられた際のスレなんで捲土重来スレの方に書き込んで頂けると良かったかと思います。

1499とはずがたり:2008/01/06(日) 19:42:45

2区奪還へ自民総動員 民主も菅氏ら投入
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/yamaguchi/SEB200508270004.html
2005年08月27日

 県内で唯一、民主党が議席を持っていた山口2区。自民党候補がようやく決まり、共産党も加えた三つどもえの構図が、ほぼ固まった。中央から党幹部が次々に駆けつけるなど、前哨戦は急速に熱を帯びてきた。
 03年の前回総選挙まで2区で2連勝の民主前職、平岡秀夫氏(51)。26日夕、光市民ホールに集まった支持者約250人に菅直人・前党代表が訴えた。「平岡さんは、新しい政権を作り新しい改革を進める上で、日本のために必要な人材」
 民主党は連日、党の顔役を投入し「政権交代」を前面に打ち出す。

 一方、自民党は、21日に党公認が決まったばかりの新顔、福田良彦氏(35)の浸透に懸命だ。
 党県連は26日の選対会議で「全面支援」を決定。30日の公示日、福田氏の出陣式に1、3、4区から県議を送り込むほか、選挙期間中、党の全県議36人を投入する異例の選挙態勢で臨むという。「こんな事態は、かつてない」と県連幹部。
 「失われた議席を奪還するため、福田さんが勇気を持って決意した。大きな力を与えて欲しい」
 24日は福田氏の地元、岩国市のJR岩国駅前で、安倍晋三・党幹事長代理が、実弟の岸信夫参院議員、県連の河野博行会長ら地元県議10人と並んで支援を訴えた。
 河野会長は、岸信介、佐藤栄作の兄弟宰相を輩出した田布施町周辺の県東部を「保守本流の拠点」と位置づけ、「2区の議席奪還は県連の最重要課題」と繰り返す。
 党県議の数も4選挙区で最多の11人。県連の2区への思いは強いが、候補者擁立は迷走した。
 今回は、突然の解散、前回まで2区に立候補した佐藤信二氏の引退表明と「想定外」の事態が続いた。だが、そうでなくても「保守本流の土壌が崩れている」と県連幹部は危機感を訴える。

 民主党に議席を奪われた5年間の「空白」が大きいという。ある幹部は「最古参で名門の佐藤家がいる限り、見えない形での動きも出来なかった」。別の幹部は「地元と党本部の意思疎通が出来なかった」と話す。

 同区には共産党新顔の山中良二氏(46)も立候補を予定。増税反対を中心に訴えて回っている。

1500とはずがたり:2008/01/10(木) 16:49:27

短期決戦・迫る衆院選<山形>
上 自公協力
試される両党の「本気度」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/071/1.htm?from=goo

 衆院解散翌日の9日、自民党前議員の加藤紘一(3区)は、公明党代表の神崎武法と握手を交わした。3区の公明党支持者らに配布されるパンフレットの写真撮影のためだ。一週間後の16日、新庄市で開かれた後援会の会合で、加藤は「簡単な選挙ではない。党県連会長として、私は公明の皆さんにも支援をお願いした」と明かした。その場にいた公明党県本部代表の寒河江政好は満面の笑みで、「この際、思い切って協力させて頂きます」と応じた。

 “ツーショット”は、加藤だけではない。遠藤利明(1区)、遠藤武彦(2区)の自民党前議員2人も、公明党元議員の若松謙維と写真に収まった。若松は、公明党の比例選東北ブロックで、名簿2位への登載が想定されている。東北ブロックでの2議席獲得は党の悲願。公明党県本部の幹部は、「若松の当選こそが、“両遠藤”が生き残る近道、という意味だ」と写真を解説してみせた。

 寒河江は「これほどの協力態勢は、自公協力が空前の成果を挙げた前回の総選挙ですら見られなかった」と振り返る。自民党は前回、「単独過半数」を目標に掲げ、自民候補が「比例選は公明へ」と訴えるのを容認しなかった。だが、今回は党総裁でもある首相の小泉が、8日の記者会見で「自公両党で過半数を得るよう全力を尽くす」と明言、バーター協力を認めた。

 悲願の2議席へ向け、公明党県本部が掲げた比例選目標は9万票。全都道府県本部で1位だった伸び率45・5%を記録した前回の約8万6000票をさらに上回る数字であり、自民党からの「思い切った協力」が不可欠となる。

 ある自民党候補予定者の選対幹部は最近、公明党県本部の幹部に「今回は両遠藤先生のため、Fまで回ります」と告げられた。公明党の基礎票は、創価学会員を中心とする支持者からなる。「F」とは、創価学会員以外の「フレンド」を意味し、自党以外の候補のために働きかけるのは、極めて異例という。公明党はまず、自らの「本気」を示そうとしたわけだ。

 自民党はどうか。2004年7月の参院選では、公明党の比例票は6万4000票にとどまった。今年1月の知事選は自民党前議員3氏と公明・民主との“代理戦争”の様相を展開したあげくに、自民党3氏の推す斎藤が当選した。自信を深めた自民党側に、「自公協力」への依存度がやや薄れたように見える。

 だが、公明サイドはあくまで強気だ。比例選の名簿上位に比例単独候補が並ぶ自民党では、復活当選の可能性は極めて小さく、小選挙区での当選以外に生き残りの道はない。1、2区での自民党と民主党の競い合いは前回をしのぐことが確実で、むしろ公明党の存在感が高まると予想されるためだ。

 17日に遠藤利明の選挙事務所開きに駆けつけた寒河江は、内閣支持率の上昇に沸く自民関係者を前に「自民の人気が高いわけではない。遠藤先生にとって、決して生やさしい選挙ではない」と言い放った。「全面協力」の真価が問われる戦いが、幕を開けた。(敬称略)

1501とはずがたり:2008/01/10(木) 16:49:40

政治生命賭けた選挙で負けたんだから鹿野は市長の息子に議席譲って引退しろってんだ。
<山形>
短期決戦・迫る衆院選 中
瀬戸際の民主 
3区捨て、社民と協力へ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/071/2.htm?from=goo

 公示を10日後に控えた20日午前、山形市七日町の長源寺に、1区に立候補を予定する民主党前議員・鹿野道彦の姿があった。「盟友」と呼んだ前山形市長・吉村和夫の三回忌法要が行われた蒸し暑い本堂で、鹿野は口を真一文字に結んで位牌(いはい)に合掌、吉村の遺影に「決意」を告げた。

 「今回の選挙に政治生命をかける」
 決意は衆院解散後、吉村の長男で、鹿野の選対幹事長に就いた和文にも伝えられていた。政治の矢面に立つのを嫌って渋る和文に、鹿野は懇願して就任の応諾を得た。

 吉村和夫の死去から2か月後に行われた前回の衆院選で、鹿野は自民の遠藤利明に2万票差をつけられ、初めて苦杯を喫した。比例選でかろうじて復活当選したが、後援会「愛山会」のまとめ役でもあった吉村和夫がいなくなった穴は、覆いようもなかった。

 前回の衆院選で民主党は、県内三つの小選挙区すべてを失った。さらに2004年7月の参院選では、鹿野が「史上最強の候補」と言う舟山康江を立てて敗れた。党県連の命運をかけて挑んだ今年1月の知事選でも、鹿野がやはり「盟友」とした現職の高橋和雄を当選させることができず、県政野党に転落した。

 吉村和夫の死去以降、民主党は全県レベルの選挙で勝てなくなった。吉村和文の選対幹事長就任を、愛山会の幹部は「かつての二人三脚よ、もう一度、ということ」と解説。後援会再生を、民主党全体の反転攻勢のきっかけにしたい鹿野の意気込みを代弁した。

 鹿野はさらに、中選挙区時代のライバルだった元労相の近藤鉄雄を初めて選対最高顧問に迎えた。党県連会長としても、鹿野はあらゆる手を打っている。衆院解散の翌日には、早々と3区を空白区にすることを決めた。「自・民対決」への埋没を恐れる社民党は、民主の擁立断念を受けて20日、新人の伊藤●一の擁立を決めた。3区の民主組織には“主戦論”も根強かったが、鹿野ら県連執行部はこれを押し切った。

 社民党県連代表の田辺省二は「早々に擁立を断念してくれたことで、こちらの擁立も可能になった」と振り返る。民主は3区を“捨て石”にしてでも、自治労など組織票の上積みがねらえる社民党と1、2区を含めて協力する道を選んだ。

 正念場の戦いは、2区に立候補を予定するもう一人の民主党前議員・近藤洋介も同じ。自民党前議員の遠藤武彦には二回連続で敗れた。前回は猛追して比例選での復活当選を果たした近藤は、「今回は、小選挙区での当選以外に考えられない」と強調する。

 2区では、共産党が初めて候補擁立を断念した。前回の共産党候補は2区で9000票余りを獲得しており、近藤は「政策で冷静に判断して欲しい」と共産票の取り込みにも血眼だ。(敬称略)●は金片のおの

1502とはずがたり:2008/01/10(木) 16:49:58

2005衆院選 検証・自民圧勝
上 公明との協力奏功
“脱組織”で風起こす
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/073/1.htm?from=goo

 「まず、公明の皆さんが走って下さった。これが大きかった」。11日午後11時。2区での当選を確実にした遠藤武彦(自民)の口から真っ先に出たのは、公明への感謝の言葉だった。

 小選挙区で票を回してもらう見返りに、「比例は公明へ」と呼びかける自民の戦術は今回、より強く、よりあからさまに実行された。その結果、3選挙区の自民票合計は小選挙区制導入以降で最高の42万7000票余りとなり、公明も比例選で10万票に迫った。

 公明の県内基礎票は4万〜6万。読売新聞などが行った出口調査によると、比例選で公明に投票した人の約5割が自民支持層だったことが判明しており、寒河江政好・公明党県本部代表でさえ「自民がこれほど本気になってくれるとは」と驚きを隠さなかった。

 民主は今回、社民との選挙協力に重心を置いた。連合山形加盟の最大労組である自治労の票が、連携の狙いだったことは明白だ。1区の遠藤利明(自民)は12日の記者会見で、郵政民営化に対する民主の対応が不明確だったことを指摘。「民主が自治労とか郵政関係の労組とか大きな支援組織を意識しすぎ、改革を訴える資格を失っていった」と分析した。

 改革のお株を奪われ、従来の組織選挙を温存しようとした民主は、県連会長の鹿野道彦(1区)が議席を失った。草の根選挙にも力を入れた2区の近藤洋介は、かろうじて比例選で救われた。近藤は12日の会見で、「個人に働きかける努力が足りなかった」と、認めざるを得なかった。 (敬称略)

1503とはずがたり:2008/01/10(木) 16:50:16

2005衆院選 検証・自民圧勝中<山形>
保革相乗りに限界
民主の“大看板”が惨敗
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/073/2.htm?from=goo

 開票が始まった直後の11日午後9時10分、1区の鹿野道彦(民主)は敗北を宣言した。当選10回、2度の閣僚経験を誇る山形の“大看板”が初めて味わう惨敗だった。

 「11年、歯を食いしばってやってきたのに」。ようやく一言を絞り出すと、鹿野は絶句した。「改革」を標ぼうして自民を飛び出した鹿野が、「改革」を争点とした選挙で自民に敗れ、政治生命の危機を迎えることになった。

 選対幹事長を務めた会社役員の吉村和文(45)は、「ひとつの時代が終わったと思う」と総括した。吉村も、1月の知事選で現職の高橋和雄が敗れた時から、こうした事態を予感していたという。「時代の終わり」とは、2人に共通した選挙手法が通用しなくなったことを意味する。

 自民を離党してからの鹿野は、自民時代の後援会に労組、時には創価学会も取り込んで3度の衆院選を生き残ってきた。非自民勢力を母体に自民支持層の一部を取り込む「保革連合」のスタイルは1990年代前半から、対自民戦術として首長選などで流行した。

 県内では93年の知事選で高橋が本格的に実践した。鹿野や、今回は鹿野の選対最高顧問を務めた元衆院議員の近藤鉄雄はこの時、「自民の一部」だった。翌年に自民を離れた鹿野は、自らの選挙をはじめ山形市長選などで保革連合を取り入れ、連戦連勝を飾った。

 だが、吉村の父である前山形市長・吉村和夫の死去(03年8月)を境に、不敗神話に陰りが見え始める。03年の前回衆院選では小選挙区で初めて遠藤利明に競り負けた。「4選・70歳以上」を推薦しない党内規を超えて高橋を支持した知事選でも、自民衆院議員の結束に屈した。そして、今回は比例選でも復活できない決定的大敗を喫した。

 後援会をまとめてきた吉村の死がダメージになった、との見方もある。だが、政党を選択する小選挙区制が回数を重ねるほど、自民支持層の多い鹿野の後援会が浸食されるのは、当然の成り行きだった。読売新聞社と日本テレビ・同系列局の出口調査によると、比例選で自民に投票した有権者のうち、小選挙区で鹿野が獲得したのは9・7%。自民支持層に「鹿野」と書かせることが困難であることを物語る数字だ。

 出口調査によると、仮に1区の民主支持層と無党派層をすべて取り込んだとしても計35・3%。自民支持層の49・7%には遠く及ばない。吉村和文は12日、「鹿野が今後も選挙を戦うなら、後援会の抜本改革が不可欠だ」と語った。「保革連合」ではなく、自民支持層を完全に取り込んだ後援会作りが必要、という見方だ。鹿野の「政治生命をかけた戦い」は、皮肉にも民主の新たな生き残り戦略を示して終わりを告げた。(敬称略)

1504とはずがたり:2008/01/12(土) 20:56:50

舞台裏の攻防 2005衆院選
〈1〉綿貫党
離党にも揺るがぬ結束
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/097/1.htm?from=goo

 高岡市昭和町に本社を置く運送会社の会議室は、緊迫した雰囲気に包まれていた。国民新党が結成された翌日の18日夜。綿貫民輔氏(78)はテーブルを挟んで3区選出の8人の自民党県議と向き合った。新党結成の経緯を説明する綿貫氏に対し、砺波市選出の米原蕃県議はたまらず切り返した。
 「綿貫先生のおっしゃることはきれい事です。あなた個人は応援する。だが、それは無所属の話。国民新党は応援できない」。綿貫氏はうなずくばかりだった。
 「新党ができるかもしれない」。17日朝、同社には19支部の後援会長ら40人以上が詰めかけた。この時、新党の準備で永田町近くのホテルにいた綿貫氏は、後援会幹部からの電話に耳を傾け続けた。「新党への参加をやめて欲しい」「新党では戦えない」。そんな訴えばかりだった。
 保守的地盤が強く、自民党支持者が多い3区。離党した綿貫氏を支援すると、党からの除名も想定される。県議や市議にとって死活問題だった。
 電話での説得は午後も続いたが、綿貫氏の決意は固かった。「それだったら私は(議員を)辞める」。そんな言葉まで飛び出した。
     ◎
 新党結成の衝撃から5日後の22日夜。それでも旧福光町と旧井波町で開かれた後援会の集まりは、入りきれないほどの支持者であふれた。南砺、砺波の自民党両市連も綿貫支持を決議した上で、市連としての表向きの活動は休止した。離党の騒動で後援会には、危機感が芽生え、「当選させるという思いで一つにまとまった」と選対本部長の上田信雅県議は言う。
 1969年以来、12回連続で当選してきた綿貫氏。96年に集めた18万2185票は小選挙区比例代表並立制になって以来、全国で最多得票を誇る。
 強固な地盤を築いた秘密はどこにあるのか。砺波地方は松村謙三や片岡清一ら閣僚を輩出している。そんな土地柄を踏まえ、北島秀一郎県議は「歴史的に政治家を育てる気風がある。一度、推すと決めれば、徹底して応援する」と語る。
 衆院議長時代には、永田町の議長公邸を訪れる支援者が歴代議長の中で最も多かったとの逸話も残る。「支援者は綿貫さんと公邸で写真を撮ることが喜びだった」(米原県議)
 綿貫氏も支援者の期待にこたえる。弔問は欠かさず、集会では一人ひとりの名前を呼んで握手を交わす。北島県議は「地元の小さな要望を実現させた実績が信頼につながっている」とみる。
 長年、後援会幹部を務める嶋信一・南砺市議会議長は誇らし気に言った。「結局、砺波地方の自民党は『綿貫党』なんですよ」
 自民党を離れると選挙戦が苦しくなることは綿貫氏本人が一番、知っている。自民党本部が党員に公認候補を応援するように締め付けてくることも目に見えている。新党を結成した17日夜、綿貫氏は46年間所属した自民党と決別した心境を吐露した。「苦しいですよ。同志と共に育ってきた自民党を離れるのは……。中央(党執行部)の強引な手法を一番骨身に感じている私が行動を起こしたのだから(支持者に)信じてもらうしかない」
     ◇
 かつて自民党の牙城(がじょう)と呼ばれた3区が揺れている。自民党を支えてきた綿貫氏が離党し、公認を得たのは萩山教厳氏(73)。さらに自民党県連の元幹事長、向井英二氏(59)が民主党から出馬する。3区はこの3人に共産、社民の候補を加えた激戦区となる。「自民王国」の歴史を踏まえつつ、王国の変ぼうを象徴する3区の今を浮き彫りにする。

1505とはずがたり:2008/01/12(土) 20:57:15

舞台裏の攻防 2005衆院選
〈2〉“錦の御旗” 
萩山氏12年ぶり因縁対決
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/097/2.htm

 「12年間のブランクがあるが、こちらには、自民党公認の追い風がある」
 氷見市内で23日午前に行われた、萩山教厳氏(73)の氷見事務所の事務所開きで、党氷見支部長の森越林太郎・氷見市議がマイクで声を張り上げると、集まった支持者約600人は大きくうなずいた。
 萩山氏にとって今回は、久しぶりに「名前」を書いてもらう選挙。1993年の選挙を最後に、現在の選挙制度が導入された96年以後は、比例単独として出馬してきたからだ。
 昼すぎから高岡市の聖安寺で行われた事務所開きでも、威勢のいい声が相次いだ。「公認決定で、8人の小矢部市議が支持に回った」。西川公也・内閣府副大臣も持ち上げる。「当選したら大臣になる」
 まだ熱気の残る本堂。しかし、萩山氏を支持する横田安弘・県議会議長だけは、隅の方で固い表情を崩さず座っていた。
 「選対はいつできるのか」。報道陣の問いに、横田氏はいらだちを隠さずに言った。「綿貫さんは敵になった。県連は(綿貫氏支持派に)離党勧告などをし、県連主導で公認候補を支援すべきだ。白黒つかないと、選対も作れない」
     ◎
 萩山氏が3区の公認を受けたことは、郵政法案に反対した綿貫民輔氏への“刺客”になれという党本部からの命令でもあった。その後、綿貫氏は国民新党を結成し、「敵」になった。
 新党結成で、萩山氏の後援会幹部は「綿貫党も揺らぐと思った」が、綿貫氏支持の県議らは独自に選対を組織し、逆に結束を強めた。県連執行部も、だれを支援するのか「玉虫色」(横田氏)のまま、綿貫氏支持に党規違反を問うことは今のところしていない。
 公認を“錦の御旗”に、陣営では、「改革を止めるな」と書かれた党のポスターを大量に用意した。小泉首相や武部勤・幹事長ら党幹部に応援演説も依頼し、党組織をフル活用した選挙戦をもくろむ。
 陣営では「まず地元の氷見の足固め」をしてから、大票田の高岡市に攻め込む戦略を思い描く。しかし、現状は3区の自民が分裂している。選対の組織案はおおかた決まっているが、大票田の党高岡市連が態度を決めないと正式決定できない。同市連の会議が開かれるのは公示2日前の28日。「異常だ」。後援会幹部はギリギリの攻防にうなる。
     ◎
 3区は、現制度が導入される前、中選挙区制の2区に当たり、定数は3。毎回、5、6人の候補者がしのぎを削ってきた。
 その中で萩山氏は衆院議員の秘書や県議を経て、79年に初出馬。4連続次点に泣くが、票は少しずつ上積みした。「やればやるほど上がる。やめられんかった」
 そして、5回目に挑戦した90年、トップ当選の綿貫氏にわずか4356票差に迫って当選。「綿貫さんと戦えたのは私だけ」。萩山氏は胸を張る。
 今回で10回目の選挙。再び因縁の綿貫氏との対決になるが、現在の小選挙区で当選できるのはただ一人。萩山氏は力を込めた。「私は刺客ではない。地元から出して頂いた代議士。でも、今回は勝つか負けるかの戦いだ」

1506とはずがたり:2008/01/12(土) 20:57:28

舞台裏の攻防 2005衆院選
〈3〉折れた「3本の矢」
残る橘、萩山氏共闘か
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/097/3.htm

 衆院解散2日後の10日、東京・永田町の議員会館で突如開かれた会見。自民党比例単独候補としての名簿登載が厳しいとの一部報道が流れたなか、会見の主役、比例選出前議員の橘康太郎氏(71)の口から幾度も漏れたのは、「党人」として属する党への恨み言だった。

 「涙が出る。郵政法案には白票(賛成票)を入れたし、富山3区というすごいところもつくりあげた」
 党本部は8日夜、比例名簿への候補者登載方針を決めていた。「登載2、3回の候補は載せない」。方針通りなら、比例単独で3回当選の橘氏は今回、対象とならない。

 会見では、9年前の選挙に話が移った。「好き好んで比例に回ったんじゃない。地元もいやがった。やむをえずだ」
     ◎
 橘氏は、中選挙区制度最後の1993年、2区(現3区)から2位で初当選。綿貫民輔氏(78)が1位、萩山教厳氏(73)が3位当選で、全議席を自民が初独占した選挙だった。

 次の96年から小選挙区比例代表並立制になり、橘、萩山両氏は比例単独に回り、名簿2、3位で当選した。全国でもまれな、1選挙区に事実上3議員が存在する“3本の矢”と呼ばれる構図ができた瞬間だ。

 ただ、橘氏は言う。「最初、1回目は綿貫先生、2回目は萩山先生、3回目は私(が小選挙区に出る)ということだった」。選挙の度に候補者が、小選挙区、比例単独からの出馬を代わる「コスタリカ方式」のことを指し、当時、各地でこの方式が採用された。
 しかし、その後、綿貫氏以外が小選挙区に立つことはなかった。
     ◎
 党本部に対して「例外」を主張する橘氏は、「一卵性双生児」と言われるほど仲の良い萩山氏との選挙協力について「小選挙区で出ることはしない。萩山さんは先輩ですから、先輩をたてる」と、支持する意向を示す。

 萩山氏が同調する。今回の選挙が、郵政法案反対派の旗頭、綿貫氏に対抗するための選挙である意味も込め、「今回は特例。橘先生の比例登載を求め、3本の矢が『二人三脚』になるが、手を携えてやっていきたい」と共闘を図る。党県連も、橘氏の比例名簿への登載を本部に要請している。

 萩山氏の陣営では、橘氏が93年の選挙で獲得した7万票、中でも大票田・高岡市で得た4万票に期待をかけているが、橘氏自身の処遇がまだ決まらず、「具体的な動きはこれから」(陣営幹部)という状態だ。
     ◎
 一方の綿貫氏陣営。萩山氏陣営が動けない間に先手を打ち、3本の矢時代でも着々と強化させてきた後援会をてこに、高岡市内での態勢を固める。「3本の矢と言いつつ、綿貫さんは自分の後援会を強化させていた」。そんな動きを、萩山氏の関係者は苦々しく見ている。
 「長くは続かんと、みんな思っていたけど、こんな形で折れるとは……」。ある県議は3本の矢についてこう話し、「最後のヤマが比例発表やね」と続けた。
 自民の比例名簿発表は公示前日の29日に予定されている。

1507とはずがたり:2008/01/12(土) 20:57:39

舞台裏の攻防 2005衆院選
〈4〉民主・向井氏
自民分裂で急きょ擁立
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/097/4.htm

 富山市内の会議室で17日午前10時から始まった民主党県連の四役会は、1時間で終わるはずだった。しかし、自民党の元県議、向井英二氏(59)からの決断の連絡が来ないまま、正午になろうとしていた。幹部はじりじりと待っていた。

 この時、全国の選挙区で民主党の候補者が決まっていなかったのは3区のみ。党本部への報告の締め切りは正午に迫っていた。

 正午5分前、山上正隆政調会長の携帯電話が鳴った。「やります」。声の主は向井氏。電話は役員3人に回され、向井氏は出馬の決意をそれぞれに伝えた。

 県連は当初、党本部の公募に応じた5人を軸に候補者を選考したが、有力な人物はいなかった。

 候補者が決まらぬまま迎えた8日の解散。郵政法案を巡り自民は分裂含み。県連役員の脳裏に、向井氏の名前が浮かんだ。

 民主は、昨年5月の高岡市長選で向井氏を支持。2か月後の参院選では、谷林正昭・前参院議員が「(向井氏の後援会に)力を貸してもらった」経緯もあった。

 解散から3日後の11日夕方。県連役員2人は、向井氏の後援会幹部と会談し、3区で必ず、だれかを擁立する考えを伝えた。13日には、選対本部長の広野允士参院議員ら4人が再訪。「今あたっているのは、向井さんしかいない」。そんな口説き文句で17日朝まで待つことにした。

 向井氏の決断を、広野選対本部長は「自民の分裂の影響が大きい」とみる。向井氏も「2大政党制の中で、3区に民主の選択肢がなかった。この現状を漫然と見ている訳にはいかない」と決意の一端を述べた。
     ◎
 2日後の19日午後3時、高岡市内のホテルで向井氏の出馬会見がセットされた。その10分前、会見用に用意した会議室近くのロビーで、民主党県連幹部が向井氏を握手で迎え入れた。

 「よく決断して下さいました」という県連幹部に、向井氏は「マニフェスト(政権公約)見せてよ」と求めた。関係者が慌てて冊子を持ってきた。タイミングを計って県連幹部が尋ねた。「ところで、郵政民営化についてどうお考えですか」。「基本的には反対。過疎地の郵便局をどうするのか問題だからです」。よどみなく答える向井氏に、県連幹部は安堵(あんど)の表情を浮かべた。出馬がいかに突然に決まったのかを印象づける場面だった。
     ◎
 民主の支持基盤、連合との関係も微妙だ。向井氏擁立を決めた17日の夕方、連合富山の草嶋安治会長は、向井氏の推薦願いに訪れた坂野裕一幹事長らに苦言を呈した。「今日までの経緯を大切にしてほしかった。我々の思いとは違う」

 連合富山はすでに、3区の推薦を社民党新人に決めていた。「1区民主、3区社民」に分け、1区の議席を死守する戦略だった。

 「どうして、この人(向井氏)なのか、分かりづらい」。自民党公認で県議7期、同党県連幹事長まで務めた向井氏の経歴を念頭にたたみかける草嶋会長に、坂野幹事長は黙るしかなかった。

 それでも向井氏擁立に奔走した民主幹部は、自分を納得させるように言った。「勝てる候補だ。3区にもようやく2大政党制がやってきたんだ」

1508とはずがたり:2008/01/12(土) 20:58:15

>>1096>>1099

舞台裏の攻防 2005衆院選
〈5〉社民、共産 
自・民との違いアピールへ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/097/5.htm

 参議院での郵政民営化関連法案の採決を控えた8月2日の夕方。社民党県連の菅沢裕明幹事長は、羽田空港の出発前ロビーで隣り合わせた民主党県連の坂野裕一幹事長に語りかけた。「お互いに1区、3区はそれぞれ頑張ろう」。それは、「1区は民主、3区は社民で選挙協力を」とのメッセージだった。
 「東京の意向が強くてね」。坂野幹事長は、はぐらかすしかなかった。党本部が小選挙区すべてに候補者を擁立する方針を示していたからだ。
 社民は3月末の県連常任幹事会で、3区から新人の窪田正人氏(58)の擁立を固めた。会見で又市征治・党幹事長は「民主が3区に候補者を立てたら、うちが1区に確実に立てるというのが常識だ」と述べ、民主に対し3区での候補者擁立を牽制した。(→1区擁立は回避)

 社民は、比例選北陸信越ブロックで前回逃した1議席の回復を至上命題に掲げている。民主が候補者擁立を見送るという「消極的協力」が実現すれば、窪田氏の比例復活当選の道が開けると、県連幹部は戦略を描いていた。

 衆院解散を受け、両党の支持基盤である連合富山は今月12日、1区で民主党前議員、3区では窪田氏の推薦を決定。共倒れを防ぐのが狙いだった。

 連合富山の草嶋安治会長は両党の幹事長に対し、両党間で協力を模索するよう求めていた。が、「難しいので、連合方針を出させて頂いた」と、安東誠事務局長は事情を打ち明ける。

 連合方針が決まった翌13日、又市幹事長は会見で、「すみ分けを民主と合意した。確定だ」と発言。一方の民主党県連は明確に否定。そして、3区に向井英二氏(59)を擁立した。選挙協力はならなかった。

 連合富山は窪田氏を推薦したが、実際の支援は構成労組がそれぞれ判断する。このため、組合員数で6割以上を占める民主党支援の民間労組は、向井氏の支援に回っており、「労働界として一体的な取り組みができない」(安東事務局長)のが実情だ。

 それでも、窪田氏の陣営では「窪田は連合の推薦候補」と訴え、窪田氏自身も地道に労組を回るなどして、「勤労者の代表」をアピールする。3区支部連合の小川晃代表は「3区は元祖自民3人の争いだ。第3党として、自民や民主との違いを強調するチャンスだ」としている。
     ◎
 「本籍自民だった候補が3人いる」。高岡市内免で25日に開かれた共産党の坂本洋史氏(35)の事務所開きでも、立候補を予定している自民党出身の3氏の動きを批判し、「野党」の立場を強調する発言が相次いだ。
 南砺市や射水郡など選挙区内をすでに3巡した坂本氏は住宅街などで、「ぶれない野党はどこなのか」と問い掛け続ける。
 同党には前回の衆院選で、2大政党制の流れに埋もれ、存在感を十分に示せなかった反省がある。それだけに、反保直樹・県委員会委員長は力を込める。「今回は違う。自民も民主も違いがないことを国民は感じている。『確かな野党』ということを訴えたい」
(おわり)
     ◇
 この連載は竹田淳一郎、福島利之、野口博文、米川丈士、井上亜希子が担当しました。

1509とはずがたり:2008/01/12(土) 20:58:27

激震の余波 検証2005衆院選
(上)分裂3区  
地力に無党派加えた綿貫氏
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/100/1.htm?from=goo

 「綿貫先生を中心に作ってきた自民党を相手に戦わなくてはならない矛盾を感じた選挙だった」。11日深夜、13回目の当選で歓喜にわく高岡市の綿貫氏の事務所。選対顧問を務めた河合常則・参院議員は、疲れ切った表情でつぶやいた。

 比例復活が現実的でない中、次点の萩山氏と1万9000票余りの差での当選。綿貫氏が地力を示した一方、自民党員が中心の陣営幹部は最後まで戸惑いばかりだった。

 「自民党」の看板を背負って戦った過去12回の選挙とは異なり、今回は、解散直後に結成された「国民新党」での戦い。陣営幹部は「自民党組織の強さ、公認を推す力を感じた」と振り返る。

 結果を見ると「綿貫党」の本陣である南砺、砺波の両市をほぼ固め、総得票数(約12万票)の約4割を獲得。3区内の11市町村のうち8市町村で萩山票を上回り、票田の高岡市では約2万8000票を獲得した。

 読売新聞社と日本テレビ・同系列局が共同実施した出口調査結果によると、綿貫氏は自民支持層の35%の支持にとどまった一方、無党派層で37%、民主支持層で33%の支持を得た。綿貫氏が“反自民”の受け皿となったことに加え、「小泉劇場」のもう一方の主役となったことで、無党派層の票を集めたとみられる。

 選挙中、綿貫氏本人が地元に張り付き、企業回りや個人演説会を繰り返し、票の流出を食い止めた。長年、綿貫氏を支えてきた後援会幹部OBらも選対の中枢に入り、陣営を支えた。陣営幹部は「態勢を早い段階で整え、きめ細かい選挙を行ったことが結果につながった」という。
     ◎
 「小泉風頼みだよ」。3回連続で比例選に回った萩山氏。選挙戦の序盤、なかなか盛り上がらない陣営に、萩山氏の陣営幹部はもどかしげに漏らしていた。ふたを開けてみると、小選挙区で敗れたものの、自己最多となる10万票の大台を突破し、比例選で議席を死守した。

 出口調査では、萩山氏は自民支持層の50%を取り込んだ上に、公明支持層の60%を獲得。さらに、無党派層からも32%の支持を得た。選対本部長の四方正治県議は「選挙民が時代の流れ(小泉改革)を読んだ結果」と勝因を語り、綿貫氏に約6000票差を付けた高岡市での集票について、別の幹部は「橘康太郎・前衆院議員の支援が大きかった」と説明する。結果的に、綿貫氏は激戦を制し、萩山氏も議席を獲得した。しかし、離党した綿貫氏を応援した県議9人に対し、県連は、処分も含め、党紀委員会で話し合うことを決めている。

 綿貫氏支持に回った県議の1人は「国政が富山県連を壊したのだから、我々は融和に努めるべきだ」と柔軟な決定を求め、ほかの県議は「自民党員の中に自民党に対する不信感が生まれた。感情的な面もあり、修復には時間がかかる」と厳しい見方を示す。綿貫氏の離党に伴い「自民王国」に走った激震はまだまだ余波が続きそうだ。

1510とはずがたり:2008/01/12(土) 21:00:15

>長勢氏の選対幹部の一人は「見かけは大量得票だが、実態は厳しい」とみる。
>今回は、前回比12・12ポイント増の高い投票率(65・84%)で票数が膨らんだだけで、長勢氏の得票率は前回比3ポイント減の52%となった一方、村井氏は5ポイント増の42%となったためだ。
>前回ついた約2万5000票差は、約1万8000票差に縮まった。この幹部は「前回並みの投票率だったら、この差はもっと縮む」とそろばんをはじく。

>前回の選挙で、村井氏は初出馬ながら2万5000票差まで迫り、復活当選。当選後は地元に頻繁に帰り、小さな会合にも出席して知名度を上げていた。その動きを、長勢陣営は「脅威」ととらえていた。
>結局、村井氏は今回、惜敗率を前回の67%から80%に上げ、再度復活。それも、出口調査によると、村井氏の頼みの綱である無党派層の支持を下げながら、支持基盤を固めて惜敗率を上昇させた。
>この結果に、長勢氏支持のある富山市議はため息混じりに話した。 「次もまた同じ構図。でも、だんだん(村井氏が)近づいている……」

現在(07〜08年)の1区の自民組織の危機感はこの結果から出てるようである。長勢には色々不祥事も出たしね。

激震の余波 検証2005衆院選
(中)自民への風
民主「復活」に喜び半分
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/100/2.htm?from=goo

 開票日当日の夜11時半すぎ、1区で当選確実となった長勢甚遠氏(61)(自民)の事務所。万歳三唱も終え、人もまばらになった事務所の隅で、選対本部長を務める五本幸正・富山市議は「9万票に届かんかなぁ」と期待を込めてつぶやいた。
 最新の中間発表(開票率86%)で、長勢氏の得票は8万2000票。ライバルの村井宗明氏(32)(民主)は5万8000票で、残票は2万ほど。「(村井氏は)比例復活当選もない」。選対事務長の高見隆夫市議と一緒に、にんまりと顔を見合わせた。
 だが、結果は8万8840票対7万1072票。最後に伸ばした村井氏が、比例復活を果たす。「やっぱり伸ばしてきたな……」。一時喜びにわいた長勢陣営は一転、失望感に包まれた。
     ◎
 8万8840票は、6回目の当選となった長勢氏にとって最多得票。選挙戦では、自民党県議7人、富山市議22人をフル動員した組織戦を展開。支援企業もきめ細かく回り、支持基盤の票を手堅くまとめた。選挙終盤、五本本部長も「反応は前回以上。前回の7万6154票は押さえた」と手応えを見せていた。

 読売新聞社と日本テレビ・同系列局が共同実施した出口調査結果によると、長勢氏は自民支持層の78%、公明支持層の80%を固めた。その上で、無党派層からも40%の支持を得た。無党派層は前回に比べ、長勢氏支持が8ポイント増え、村井氏支持は7ポイント減った。全国的に吹いた自民への風が、長勢氏にも追い風になったとみられる。

 しかし、長勢氏の選対幹部の一人は「見かけは大量得票だが、実態は厳しい」とみる。今回は、前回比12・12ポイント増の高い投票率(65・84%)で票数が膨らんだだけで、長勢氏の得票率は前回比3ポイント減の52%となった一方、村井氏は5ポイント増の42%となったためだ。

 前回ついた約2万5000票差は、約1万8000票差に縮まった。この幹部は「前回並みの投票率だったら、この差はもっと縮む」とそろばんをはじく。

 2区では、自民の宮腰光寛氏(54)が過去最多得票の10万1830票で当選。自民党支持層の8割近くを固めるとともに、20歳代から60歳代まで幅広い年齢層から支持を得た。陣営幹部は、「目標を超える大勝」と票の出方に声を弾ませた。

 その一方で、1区と同様、前回より得票率を2ポイント落とし、逆に民主候補が4ポイント上げた。
     ◎
 「村井氏の復活阻止」。実は、これが今回の衆院選で長勢陣営が定めていた究極の目標だった。
 前回の選挙で、村井氏は初出馬ながら2万5000票差まで迫り、復活当選。当選後は地元に頻繁に帰り、小さな会合にも出席して知名度を上げていた。その動きを、長勢陣営は「脅威」ととらえていた。
 結局、村井氏は今回、惜敗率を前回の67%から80%に上げ、再度復活。それも、出口調査によると、村井氏の頼みの綱である無党派層の支持を下げながら、支持基盤を固めて惜敗率を上昇させた。この結果に、長勢氏支持のある富山市議はため息混じりに話した。
 「次もまた同じ構図。でも、だんだん(村井氏が)近づいている……」

1511とはずがたり:2008/01/12(土) 21:03:18

>>1509-1511

激震の余波 検証2005衆院選
(下)民主の明暗
求められる基盤作り>>1480

 自民党県連の幹事長まで務め、“ミスター自民党”と呼ばれながら、民主党からの出馬。「自民プラス労組という、聞いたことがない組み合わせ」(労組の代表)の戦いだった。
 投票日を3日後に控えた8日に高岡市民会館で行われた決起集会。「1500人はいる」。陣営幹部は2階席までびっしり埋まった会場を満足げに見回した。
 高岡市内の労組約40団体が動員の大号令をかけていた。「半分近くは労組だ」と労組幹部は胸を張った。
 集会後、同会館のロビーで、向井氏が労組の委員長ら約40人を前に「後援会、労組、一体となって最後まで支援をお願いしたい」と頭を下げると、かけ声が上がった。「よしっ」。労組独特の雰囲気は向井氏が初めて味わうものだった。

 だが、連合富山はすでに3区で社民党候補に推薦を決めていた。8月22日に開かれた3区の民主支援労組会議では、「推薦が無い限り動けない」と向井氏支援に難色を示した組合も出た。“自民の顔”の応援に一部労組は二の足を踏んだ。

 さらに向井氏が出馬を表明したのは、公示のたった11日前。通常の選挙では、1年前から労組の役員会に出席し、組合員に電話をかけて支持を取り付けるが、「顔見せすらまともにできなかった」と陣営幹部。
 その結果は数字に表れた。読売新聞社と日本テレビ・同系列局が共同実施した出口調査によると、向井氏は民主支持層の45%しか固めきれず、無党派層の支持も19%にとどまった。選対本部長の山上正隆県議は「なぜ向井氏が民主党から出馬したのか理解してもらうのに時間が必要だった」と出遅れを悔やんだ。
 一方、「自民の向井」だからこそ支援してきた企業も離れた。陣営が出向くと「向井を門から入れるなと言われている」「今回は表だって動けない」と言われた。

 保守系の向井後援会と労組が“両輪”となった戦いは終わった。…向井氏は、今後の民主党との関係を問われ、固い表情を崩さぬまま言った。「今は自分の気持ちの整理がついていない」

     ◎

 「強い逆風の中で、2万票も増やせた」。12日午前1時ごろ、1区の村井宗明氏(32)が比例選で復活当選を決め、喜びを口にした。
 「若さ」を売りに2003年の前回衆院選では、無党派から多くの支持を得た。今回の出口調査では、無党派の支持は、自民党の長勢甚遠氏(61)が41%に対し、村井氏が51%と、風は吹いていない。それでも票を上積みしたことに、民主党県連の坂野裕一幹事長は「本人が地力をつけた」とみる。
 初当選以来、週末は1日に数百軒を訪ね、支持者獲得に奔走した。「村井さんが来たよ」。そんな声が富山市議の耳によく届いた。企業の朝礼の出席も前回の倍以上こなした。
     ◇
 この連載は竹田淳一郎、福島利之、野口博文、米川丈士、大山博之が担当しました。

1512とはずがたり:2008/01/12(土) 22:59:34
<栃木>

衆院5選挙区 決戦の構図
1区 1勝1敗ライバル対決
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/063/1.htm

2005衆院選 決戦の現場から(05年9月1日〜)トップ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/065/1.htm

 「国との強力なパイプ役として、力を発揮してもらわなければ」
 解散から一夜明けた9日、船田元の後援会執行部会で、宇都宮市長の佐藤栄一が声を張り上げた。会合には、知事・福田富一の後援会関係者の姿もあった。

 船田を取り巻く状況は、昨秋の知事選、同市長選で一変した。自他ともに認める盟友で、宇都宮市長だった福田が知事への転進を果たし、後継市長には、船田の支援組織会長も務めた佐藤が、民主系候補を破って当選したからだ。

 前々回2000年の選挙では、自身の離婚・再婚問題が響いて落選の憂き目を見たものの、前回03年は“ドブ板行脚”が功を奏してライバル水島広子に勝利した。「船田王国」復活は、順風満帆のようにも見える。

 だが、陣営は楽観ムードが広がるのを警戒する。前回選で水島との得票差は2万票そこそこ。郵政民営化関連法案に賛成したことで、10年以上務めてきた特定郵便局長の県内支部組織の顧問ポストを、“解任”されたことも懸念材料だ。

 「今度は向こう(水島)が死にものぐるい。気を抜いたら必ずやられる」。後援会幹事長の高橋文吉県議の表情にも余裕はない。
   ◇   ◆
 「おはようございます。行ってらっしゃいませ」
 公示翌日の31日午前7時。県内有数の渋滞ポイント、宇都宮市の新鬼怒橋に、船田元がネクタイにスニーカー姿で現れた。鬼怒川東岸に広がる工場地帯に出勤する車に向かって、一台一台、深々と頭を下げる。

 クラクションを鳴らしたり窓を開けて激励したりする人は多くない。「効果は分からない。でも1人でも多くにお会いしたい」。船田は30分間、手を振り続け、しびれた腕をさすった。

 落選を経て再起をかけた前回、船田は、自ら「がけっぷち」と称してドブ板行脚に徹し、議席を奪還した。今回も「油断したら負ける」と、地べたをはうようなきめ細かい戦術を貫く。

 これを強力に支えるのが、知事の福田富一と宇都宮市長の佐藤栄一。ともに古くからの友人だ。

 2人は、公務が終わると船田の街頭演説に顔を出し、「(国の補助金は)全部、元(はじめ)先生にとってきてもらってるんです」(福田)、「宇都宮にとって(船田と対立候補と)どっちが得かを冷静に考えて欲しい」(佐藤)と、有権者に呼びかける。

 船田の事務所には、2人の後援会関係者がひんぱんに出入りする。「知事選や宇都宮市長選のノウハウが確実に伝わっている」と、対立候補の陣営も、3人の連携に神経をとがらせる。

 「気の緩みをいかに引き締めるかにかかっている」と言う船田。「とにかく有権者に共感してもらうしかない」と話す水島。小選挙区では1勝1敗で迎えた船田―水島対決。今回、どちらかが、比例選復活もならずに議席を失えば、再挑戦は困難になるとみて、「この戦いは最終決戦」とささやく関係者もいる。今週末までに立候補予定者を決める方針の共産党も加われば、三つどもえの激戦は必至だ。(敬称略)

1513とはずがたり:2008/01/12(土) 23:00:26
>>1512-1513
水島はこんだけ気合い這入ってたのに負けて燃え尽きてしまったか。。
栃木・岐阜・山口辺りの1区はタフだけど次は取りたいねぇ。。

衆院5選挙区 決戦の構図
1区 1勝1敗ライバル対決
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/063/1.htm
2005衆院選 決戦の現場から(05年9月1日〜)トップ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/065/1.htm
1区 地べたはう気迫の対決

 「政権交代のチャンス。(解散を)喜んで受けて立つ」
 解散前日の7日、水島は宇都宮市で開いた「国政報告会」で、民主党政権樹立がかかる重要な選挙だと、何度も強調して見せた。党県連代表で参院議員の簗瀬進も飛び入りで駆けつけ、会場は、決起集会さながらの熱気にあふれた。
 「前回(03年)は、相手に同情票が集まった。今回は何としても、小選挙区で勝たなくては」。昨年の参院選で、自民党候補をしのいでトップ当選した簗瀬のボルテージも上がった。
 だが、公募候補を立てて惨敗した宇都宮市長選の記憶が頭をよぎる。「自民党は選挙になると強いが、うちは票を搾り取るような組織がない」。水島は弱点を認める。ある後援会幹部も「(比例選で復活当選した)前回は支持者個人と組織がうまくリンクしていなかった」と打ち明ける。
 危機感をバネに、今回、水島の立ち上がりは早い。すでに宇都宮市内で地域別の後援会を設立。選挙事務所の場所も決まり、ポスターも今週半ばに刷り上がる。

   △   △
 「今回の選挙では、初心に帰らせていただきます」
 公示日、宇都宮二荒山神社前でマイクを握った水島広子の声と表情に、陣営幹部は驚いた。「がむしゃらだった初当選の時を思い出す」。幹部は、船田に約1万7000票差をつけて勝利した、5年前の初陣を重ね合わせた。
 前回、水島は前哨戦で体調を崩し、選挙戦に入ったころには、すでに「ばてていた」(陣営関係者)。結果は、比例選での復活当選。1勝1敗で迎えた今回は、まさに「雌雄を決する戦い」(陣営)となる。
 「比例選(復活当選)のイスは回ってきません」。水島は断定口調で小選挙区勝負を強調。公示から3日間、ほぼ終日、選挙カーに乗り込み、身を乗り出すようにして選挙区をくまなく回った。公示前には自ら志願して、早朝、同僚国会議員の後援会バス旅行の見送りに駆けつけたりもした。
 水島の気迫に押されるように、陣営は「候補者を最大限に動かす」(選対事務局長の佐藤栄)と、過密とも言える日程を組む。公示前には、党前代表の菅直人や元首相の羽田孜らの応援を迎え、今後もさらなるてこ入れを図る構えだ。
 無党派層の動向が勝負を決すると見られるだけに、自民党の内部分裂に伴う党の埋没が心配だが、「潮目は変わりつつある。これからが勝負」と、水島の士気は高い。
   △   △
 8度目の国政選挙挑戦となる野村節子は、自宅があり、知人も多い宇都宮市南部や、ショッピングセンターなどの前で、精力的に街頭演説をこなす。
 公示翌日、JR宇都宮駅西口で、同党参院議員らと街宣カーの上に立った。
 「自民党の悪政のすべてが、審判にかけられている。命、暮らし、憲法を守るために国政に送り込んで下さい」と、小泉政権批判に多くの時間を割く。(敬称略)

船田  元51 自 前《8》(元)経企庁長官 
水島 広子37 民 前《2》党男女参画委長
野村 節子52 共 新

1514とはずがたり:2008/01/12(土) 23:00:57

>森山には苦い経験がある。比例選から2区に転じた前回2003年、比例選に転じ2区を譲った形の西川の出陣式で言った「お願いします」が、そっけないと、西川支持者から不評を買ったからだった。

衆院5選挙区 決戦の構図
2区 鹿沼の票勝敗左右
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/063/2.htm

 8日夜、衆院が解散されたちょうどそのころ、森山真弓の支持者らは、鹿沼市内で開かれた自民党支部の会合で、歓声をあげていた。
 「知事選では、森山さんに世話になった。自分の選挙以上に今回の衆院選では応援させて頂きます」。あいさつに立った知事の福田富一が、力強く宣言したからだ。
 比例選から、初めて小選挙区に転じた前回。森山は、元法相の知名度を生かし、民主党の小林守に4万票近い差をつけて圧勝した。だが、今回は、同党公認を受けた前知事福田昭夫の挑戦を受ける立場。その福田を破って県政トップの座に就いた福田富一の“支援宣言”は、森山の支持者らにとって、とても頼もしく映った。
    ◇   ◆
 対する福田昭夫は8日午後、今市市内の事務所で、衆院解散が決定的となったことを伝えるテレビ画面を、食い入るように見つめていた。
 「決戦近し」と考え、昼のうちに散髪を済ませたこともあり、表情はいたって軽やか。昨秋の知事選から、わずか約3か月のすばやい“くら替え”で、政治活動の空白はほとんどない。知事選では自主投票だった連合栃木からも推薦を取り付けた。
 「知事選敗戦の悔しさが支持者に残るうちに、衆院選に突入できるのはプラス材料ですよ」。急転直下の解散・総選挙にも、動じる様子は見られない。
 だが、ここにきて、有権者の約4分の1が集中する鹿沼市で不安要素が浮上した。前回、森山に敗れた小林を同市教育長に推す案が浮上し、それに前向きな小林が今月初め、民主党県連に離党届けを提出した一件だ。
 昨秋の知事選では、鹿沼市の票が伸び悩んだ福田にとって、同市を主な地盤に、衆院議員4期を務めた小林が公職に就くことは、大きな打撃になりかねない。
 この動きの背景に、福田と、鹿沼市長・阿部和夫の対立があると見る関係者もいる。知事時代に、東大芦川ダム建設計画を中止した福田と、地元市長として地域振興策の充実を求めた阿部の対立は、修復不能なほどにこじれていると言われるためだ。
 「鹿沼でどれだけ票が取れるかが、勝敗を左右する。小林さんの件も含め、早急に鹿沼対策を練らなければ」。福田後援会の幹部は、そう危機感を強める。
    ◇   ◆
 鹿沼市の森山後援会事務所では、解散が決まった8日、秘書や後援会幹部が、日付が変わるまで選挙準備について協議した。その日夜に地元入りした森山は東京にとんぼ返りし、9日には選挙ポスターを撮影。10日は再び地元に戻って支持者を回るなど、「やるしかない。頑張らなきゃ」と、精力的に動く。5、6日のパーティーや夏祭り会場では瞬く間に支持者に囲まれ、知名度の高さを見せつけた。
 郵政民営化関連法案に賛成した影響が懸念されるが、「(特定郵便局関係者には)メンツもあり、目立った支援はもらえないだろうが、対立候補へ票が流れることはない」と、関係者は自信を見せる。
 好材料と不安をそれぞれに抱えながら、短期決戦に臨む森山と福田。前回新人候補を擁立した共産党も、候補者を擁立する方向で検討を進めている。(敬称略)

森山 真弓77 自 前《3》(元)法相、官房長官
福田 昭夫57 民 新 (元)県知事、今市市長

1515とはずがたり:2008/01/12(土) 23:01:27
>>1514-1515

2005衆院選 決戦の現場から(05年9月1日〜)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/065/2.htm
2区 カギ握る陣営内の協力

 小雨降る公示日の夜、さくら市の屋外会場で行われた比例選北関東ブロック前議員・西川公也の出陣式。森山真弓は出席者に、何度も深々と頭を下げた。
 「(自民党)県連会長が民主の新人に負けるわけにはいかない。石にかじりついても当選したい」
 森山には苦い経験がある。比例選から2区に転じた前回2003年、比例選に転じ2区を譲った形の西川の出陣式で言った「お願いします」が、そっけないと、西川支持者から不評を買ったからだった。
 今回の相手は、前知事で知名度のある福田昭夫。当選には、森山、西川両派の一層の融和が欠かせない。

 データも激戦を裏付ける。昨秋の知事選で森山が全面支援し当選した福田富一は、2区の票だけを見ると、約2600票で福田昭夫に負けた。今回候補擁立を見送った共産党票の多くが福田に流れるとの見方もある。

 「(福田の地元の)今市の長年の支持者から『今回は投票できない』と言われた。ニコニコしているだけではだめなんです」と、森山は気を引き締める。

 この危機感は、「知名度頼み」(陣営)の森山の選挙に変化をもたらした。強調するのは、4度の閣僚経験などの「実績」。森山に対する高齢批判への反論にもなる。
 「政治の動かし方、行政の使い方の勘所がわかっています。これが私の宝」と演説で繰り返す。
 日光地区では、「珪肺労災病院の独協医大への移譲実現」、さくら市では「黒羽刑務所第2庁舎の誘致」に触れるなど、地域、地域で実績をきめ細かく訴える。
   △   △
 公示翌日の早朝。福田昭夫は、日光市の古河電工事業所通用門をくぐる社員に、忙しげに握手を求めては、「よろしくお願いします」と、頭を下げ続けた。傍らで、連合栃木副会長の田中一男が見守る。
 14年前の今市市長選以来、5回の選挙を経験したが、連合傘下労組の支援を受けるのは今回が初めてだ。
 再選を目指した昨秋の知事選で、初めて落選の苦汁を味わった。「2大政党化の流れを読み切れず、政党の公認を受けなかったことが失敗」(福田)と痛感し、今回は、民主党の公認と、その実働部隊とされる連合栃木の推薦を受けるなど、態勢を固めた。
 「民主党の知恵、連合の組織力、後援会の行動力の3者がかみ合ってきた」。福田は強い手応えを感じる。
 しかし、今市市長時代から福田を支援し続ける支持者には、民主党からの出馬にアレルギー反応を示す者も少なくない。農村地帯の2区は、県内でもとりわけ保守的な土地柄。住民からは「この地域では、民主党の金看板はもろ刃の剣」との声も聞かれる。

 農業関係者で作る県興農政治連盟は8月、5小選挙区すべてで、自民党公認候補を推薦する決定をした。
 市長時代から付き合いのある福田を支持するJA関係者も少なくないが、一方で、「自民党から出馬してくれれば、何も問題はないんだが」と話す農業者もいる。

 「農家に所得補助する直接支払いをやっていきます」。公示日の出陣式で、福田は、党がマニフェスト(政権公約)に掲げる農業支援策を訴えた。額には、知事選では一切使わなかった必勝鉢巻き。「一からやり直したい」との福田の秘めた思いが込められている。(敬称略)

1516とはずがたり:2008/01/12(土) 23:02:29

衆院5選挙区 決戦の構図
3区 公認問題が急展開
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/063/3.htm

 「ここにきて公認問題で内輪もめしたら、(自民党は)有権者にいい印象を与えない」。11日、衆院解散後、初めて開かれた自民党県連役員会。渡辺喜美は自信に満ちた表情で、持論を述べた。
 「公認問題」とは、比例選で当選してきた蓮実進が、渡辺がいる3区からの出馬を求め、党公認を申請した件だ。
 蓮実によれば、問題は、渡辺の父、美智雄の死去の翌年に行われた1996年衆院選前後にさかのぼる。
 小選挙区制が導入されたこの選挙で、蓮実は自らの地盤でもある3区を渡辺喜美に譲る形で、比例選単独候補に転じた。以来、蓮実は比例選北関東ブロックで3度の当選を重ねたが、ここにきて、「今度は私が(3区公認を)譲られる番」と主張する。
 比例選単独候補として3度の名簿登載は認めない、との党の方針があることから、すでに3期を務めた自分は、今回名簿から漏れるのでは、との危機感が背景にあるようだ。
 しかし、この日の県連役員会は、96年以降、3回連続当選を果たしている渡辺を公認候補に推すことを、ほぼ全員一致で決定。それを覆して、蓮実が公認を得ることは、かなり厳しい情勢となった。
 「めちゃくちゃな話。今から党本部に行って、掛け合う」。役員会終了後、蓮実は、憤まんやるかたない様子で、東京に向かった。
 ただ、蓮実は、「党の裁定には従う」と再三発言しており、もし公認を得られなかったとしても、党本部の決定に逆らう形で無所属で出馬する可能性はそれほど高くない、との見方も強い。
    ◇   ◆
 一方の渡辺は「(県連役員会で)皆が挙手をして決めたこと。(自分が比例選に回ることは)ありえない」と余裕の表情。「粛々と小選挙区の準備を進めるだけ」と語る。
 美智雄から引き継いだ強固な組織を持ち、3区内の全市町村に後援会を持つ渡辺。過去3回の選挙は、共産党や社民党という組織力で差のある相手との戦いだったが、今回は、蓮実の出馬宣言に加えて、政権交代を訴える民主党が初の候補擁立を決めるなど、やや構図が変わった。

 渡辺にとって組織引き締めが課題だが、今月7日、系列県議7人を集めて選挙協力を取り付け、その後、後援会幹部による選対会議を開き、選挙ビラの作成準備を進めるなど、過去3回のノウハウを生かし着々と準備を進める。
    ◇   ◆
 自民の内紛が浮上する中、民主党は公募の末、小林隆の擁立を決めた。

 東京で映像ソフト流通会社を経営する小林は、小山高に在籍したことがあるものの、3区ではほとんど足場がない。選挙区内には党支部もまだないが、「しがらみのない民間人や民主党が、新しい日本を作っていくと信じている」と言い、政治に新風を吹き込みたいと意気込む。政策面では「年金問題や少子化対策を焦点にしたい」と語る。

 4度目の挑戦となる共産党の槙昌三は小泉内閣の税制改革や外交を批判、「自民も民主も結局同じ。3区でも野党を欲する有権者は多いはず」と話し、「まずは、比例・北関東ブロックの議席を2に回復させたい」と意気込む。社民党も前回に続き、公認候補を擁立する方針で検討を進めている。(敬称略)

蓮実  進72 自 前《4》国土交通副大臣
渡辺 喜美53 自 前《3》党金融調査会事務局長
小林  隆42 民 新 映像ソフト流通会社社長
槙  昌三61 共 新 党北部委長(元)西那須野町議

1517とはずがたり:2008/01/12(土) 23:03:37

>公示日、那須塩原市での出陣式。渡辺喜美は、栃木3区出馬を断念し、福島3区に国替えした同党比例選前議員・蓮実進に感謝の意を表した。
> これまで蓮実寄りとされてきた同市長・栗川仁も同じ壇上に立ち、「不本意だろうが、感情論を捨てて、渡辺先生をかじ取り役に選ぼう」と呼びかけた。
> 長年のライバル・蓮実の出馬断念は、4選を目指す渡辺にとって、朗報だったに違いない。
> だが、それを、不安材料に挙げる関係者もいる。3区で勢力を二分する2人は、こと選挙に関しては「小選挙区は渡辺、比例は蓮実」とすみ分けてきたが、それが今回、崩れたからだ。
> これまで小選挙区では「渡辺」と書いていたという蓮実支持者は「今回は書きたくない」と話し、別の支持者は「(渡辺の)票を減らしてやった方がいい薬になる」と語気を強める。

蓮実系から誰かもしくわ本人が民主公認で出ないのかね?

2005衆院選 決戦の現場から(05年9月1日〜)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/065/3.htm

3区 国替えどう影響
  槙  昌三61 共 新
  山口 睦子58 社 新
  小林  隆42 民 新
  渡辺 喜美53 自 前《3》
  斎藤  進62 無 新

 「蓮実先生のご配慮をいただき、自民党が一本化し、感謝している」。公示日、那須塩原市での出陣式。渡辺喜美は、栃木3区出馬を断念し、福島3区に国替えした同党比例選前議員・蓮実進に感謝の意を表した。
 これまで蓮実寄りとされてきた同市長・栗川仁も同じ壇上に立ち、「不本意だろうが、感情論を捨てて、渡辺先生をかじ取り役に選ぼう」と呼びかけた。
 長年のライバル・蓮実の出馬断念は、4選を目指す渡辺にとって、朗報だったに違いない。
 だが、それを、不安材料に挙げる関係者もいる。3区で勢力を二分する2人は、こと選挙に関しては「小選挙区は渡辺、比例は蓮実」とすみ分けてきたが、それが今回、崩れたからだ。
 これまで小選挙区では「渡辺」と書いていたという蓮実支持者は「今回は書きたくない」と話し、別の支持者は「(渡辺の)票を減らしてやった方がいい薬になる」と語気を強める。

 公示翌日、渡辺は自宅近くの公民館で開いた集会で、「今は課長だが、結果次第では重役会に入れるかもしれない」と、より上のポストに意欲を見せた。だが、父の美智雄以来の支持者という男性は、会場内を見回してつぶやいた。「(聴衆の)集まりが悪い。蓮実さんがいなくなり、昼寝していても大丈夫という空気がある」
   △   △
 公示翌日の昼下がり、白いランニングシャツに緑のタスキをかけた小林隆が、大田原市内を走っていた。日焼けした顔から汗がしたたる。「一人一人がタスキをつなぐ駅伝と国造りは同じ」と、小山高野球部に在籍したという小林自らが発案したPR作戦。走った距離は公示から5日間で70キロを超えたという。

 「演説の時間がなくなる」と疑問視する声もあったが、「どれだけアピールできるか、自由に挑戦すればいい」(連合栃木会長の伍井邦夫)と、陣営は、小林の自主性を買った。

 解散直前、民主党の公募に応じ、候補者に選ばれた。党の基礎票にどれだけ上積みできるかが焦点であるだけに、パフォーマンスで「少しでも浮動票を取る」(選対幹部)ことを狙う。

 IT関連会社を起業し、ビジネスの世界で生きてきた小林。「弱肉強食もやむなし」と思っていたそれまでの考えが、選挙区入りして変わったと打ち明ける。「那須野が原に入って3週間。やはり日本には和が大切だと実感した」

   △   △
 4度目の3区出馬となる槙昌三は、公示前を含め、すでに選挙区内を4巡した。街頭演説では、「サラリーマン増税を競い合う自民と民主では駄目。『確かな野党』共産党を躍進させて欲しい」などと訴えている。

 唯一の女性候補・山口睦子は、馬頭町の産廃処分場問題や、大田原市の扶桑社教科書採択など、地域の身近なテーマに焦点を当てる。1日は矢板市内を回り、「自衛隊のイラク派兵反対」などを中心に訴えた。

 斎藤進は、地元への公共事業誘致などを主張する。選挙カーからは、「進の次は進」と呼びかけ、蓮実進の支持者の取り込みを狙っている。(敬称略)

1518とはずがたり:2008/01/12(土) 23:04:13
<栃木3区>
>>1516-1518
なんなら斎藤進候補を民主公認にするのも面白い。進歩党系候補者だそうな!

かく戦えり!インディーズ候補
http://blog.livedoor.jp/samuzorahadaka/archives/927807.html
2007年02月25日
斎藤寿々夢(斎藤 進)
こんな日本に誰がした!!

 本業は歌手であり、普段は「斎藤寿々夢」の芸名で活動している。デビューは昭和45年。しかしデビュー直後にレコード会社が倒産するなど、辛酸をなめた。
 初の立候補は92年で、依田米秋・進歩党東京都連代表が結成した「進歩自由連合」の比例区からであった。名簿順位は党首の依田氏を差し置いて、異例とも言える1位に抜擢された(依田氏は2位)。が、日本新党の躍進や進歩党の起こした金銭スキャンダルなどの影響もあってか、得票はわずか9万票余りにとどまり当選を期すことは出来なかった。
 翌年には依田党首が急逝。進歩自由連合は事実上解体に追い込まれたが、斎藤氏は新たな政治団体「文化党」を結成した。95年参院選では、党代表として東京選挙区から出馬。文化遺産の保存や職人文化の振興、文化庁を格上げした「環境文化省」の創設などを公約として掲げた。しかし、この時の東京選挙区は定数4に対して72人もの候補が乱立。さらに、名前が類似した政治団体「文化フォーラム」の公認候補も多数立候補していた。この戦いの中で斎藤氏は埋没を余儀なくされ、得票数は500票にも届かなかった。
 98年参院選では、無所属で再び東京選挙区から立候補。土地・住宅・金融政策の安定かを訴え、「こんな日本に誰がした(BUBBLE)」という歌でわかりやすく政策を伝えた。

1519とはずがたり:2008/01/12(土) 23:04:40

衆院5選挙区 決戦の構図
4区 4度目の対決軸に展開
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/063/4.htm

 「なんでこんなことになるのか……」。10日夜、真岡市で開かれた佐藤勉の後援会合同会議。引退を表明した自民党比例選前議員の植竹繁雄に代わって、二男の植竹哲也が同党公認で4区出馬を目指している件に話が及ぶと、佐藤の顔に戸惑いが浮かんだ。
 植竹繁雄は中選挙区時代、県南部の旧2区を地盤としており、小選挙区がスタートした1996年衆院選では、4区公認に名前があがった。しかし、当時新進党の山岡賢次を相手に苦戦が予想されたため、党本部のテコ入れで公認候補となったのが、県議だった佐藤だった。
 佐藤は以後、3回連続して山岡を退けてきた。佐藤にしてみれば、「党本部の要請にひと肌ぬいで、4区の議席を守ってきた」との思いが強い。後援会幹部にも「何を今さら」との思いが広がる。
 ただ、党県連が11日、党本部に佐藤の公認を求めることを決めたこともあり、植竹に対する危機感はそれほど高まってはいない。
 むしろ、佐藤後援会が脅威と感じるのは、幹部が「浮動票には少なからず(影響があると思う)」と認める、日歯連・国民政治協会を巡る迂回献金疑惑(嫌疑不十分で不起訴)の影響と、前回2003年、2万票差まで迫られたライバル山岡の存在だ。
    ◇   ◆
 対する山岡にしても、小選挙区では佐藤に負け続けており、後援会幹部は「今回は背水の陣。4区で勝たなければ政治生命は断たれる」と、緊張感をみなぎらせる。
 一部自民党議員の造反が引き起こした解散・総選挙を、「自民分裂の下で、千載一遇のチャンス」(後援会幹部)と評価。植竹の参入についても、「佐藤と足を引っ張り合ってくれれば、うちにはマイナスにはならない」(別の幹部)と見る。

 山岡自身も意気盛ん。「民主の風は、東京とか埼玉とかまで来ている」。解散前日の7日、山岡は、真岡市で開かれた労組定期大会でそう声を張り上げ、民主党支持層の拡大を訴えた。
    ◇   ◆
 「若い方が、新しい時代に対応できると思う」。8日夜、4区への立候補表明会見で、35歳の植竹哲也は、初々しさを漂わせながら抱負を語った。自民党公認を希望しているが、「小選挙区か比例選かは党に一任している」とも述べ、まずは立つことが重要とのスタンス。父・繁雄の後援会を再結集する一方、9日からはJR小山駅前で早朝の「駅立ち」をするなど、活動をスタートさせた。

 共産党も12日、山崎寿彦の擁立を発表した。2度目の挑戦となる山崎は、佐藤、山岡のライバル対決に植竹も絡んだ構図を、「有権者は、今の小泉政治を何とかして欲しいと思っている。民主党も自民党と同じだ」と一刀両断。街頭演説やミニ集会を中心として、有権者への浸透を図る考えだ。(敬称略)

佐藤  勉53 自 前《3》党国対副委員長
植竹 哲也35 自 新 (元)衆院議員秘書http://homepage3.nifty.com/1226/index.htm
山岡 賢次62 民 前《3》(元)衆院農水委員長
山崎 寿彦52 共 新 党南部地区委員長

1520とはずがたり:2008/01/12(土) 23:05:11

植竹哲也は出馬断念だが民主系へは引っ張りこめんのかね?山岡が居るから難しいけど毎回小選挙区は落選の山岡も国対委員長やって知名度あげた次回が正念場。

2005衆院選 決戦の現場から(05年9月1日〜)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/065/4.htm
4区 カギにぎる「植竹票」
  山岡 賢次62 民 前《3》
  佐藤  勉53 自 前《3》
  山崎 寿彦52 共 新

 「全力を挙げて、佐藤先生に栄冠を」。佐藤勉の出陣式で、自民党前議員・植竹繁雄が声を張り上げた。傍らに立つ佐藤は、植竹に視線も向けず、ぶ然とした表情を見せていた。

 植竹の二男哲也が解散直後、4区からの出馬を表明した“事件”は、ライバル・山岡賢次との対決を控えた佐藤陣営に大きな衝撃を与えた。哲也の動きは、1996年衆院選以来、「比例は植竹繁雄、小選挙区は佐藤」と役割分担し、ともに手を携えてきた佐藤にすれば、「反乱」としか言いようがなかった。
 哲也の出馬断念で、事実上の自民分裂選挙という事態は回避されたが、植竹とのこじれた関係は、戦いに暗い影を落とす。
 「まだ予断を許せる状況ではない」。選対本部長を務める参院議員・国井正幸は1日、選挙区内の佐藤の後援会に、「檄文」と書かれた文書を送った。
 佐藤は今回、地元・壬生町内の企業回りやミニ集会に精を出す。前回、山岡が同町の得票を倍増させたのに対し、佐藤は1000票近く減らしたことへの危機感からだ。「大きな政府を目指すか、コンパクトな小さな政府を目指すのか、二者択一の選挙です」。トレードマークの黒いスニーカーは、2足目にはき替えた。重点的に訴える郵政民営化や公務員削減などが「予想以上に反応がいい」と、佐藤は手応えを感じている。
   △   △
 「おはようございます。山岡です」
 山岡賢次は1日早朝、JR小山駅東口に立ち、出勤途中の市民への呼びかけから、この日の運動をスタートした。40分後には、市内の大手電機メーカー工場の門前へ。社員に握手を求め、右に左に走り回る。
 山岡の意気込みは「これまで見たことがない」(山岡派の小山市議)ほど。解散直後から、お盆をはさみ11日間休みなしで、街宣車で選挙区を回った。公示後も、企業、団体めぐりやミニ集会を集中的に開くなど、足で稼ぐ戦術を徹底する。山岡自身も、「何としても小選挙区から当選させてほしい」と、街頭や個人の演説会で繰り返す。
 小選挙区で佐藤に3連敗の山岡にとって、今回はまさに「背水の陣」。勝負の行方は、大票田の小山市が握りそうだが、その主戦場で不安要素が浮上した。植竹哲也が出馬表明した際、植竹支援に動いた山岡支持者の一部が、植竹が出馬を撤回した後も、動きが鈍いのだ。「盛り上がっていない。要の部分で、激震が起きているかもしれない」。小山市議で選対事務局長の塚原俊夫は危機感を募らせる。
 ただ、前回から支援を受けている連合傘下労組に、名前が浸透してきている点は明るい材料。「風は、民主の側に吹き始めている」(連合下都賀東地協幹部)と分析し、巻き返しに全力を挙げている。
   △   △
 2度目の衆院選挑戦となる山崎寿彦は、日中は10〜15回の街頭演説、夜はミニ集会に割り当て、精力的な運動を展開する。
 「4年間の小泉政治は、国民いじめの政治だ。医療費は値上げ、年金の受取額は減らされた。確かな野党、共産党を躍進させて欲しい」。3日、小山市内の街頭演説で懸命に党の政策を訴えた。(敬称略)

1521とはずがたり:2008/01/12(土) 23:05:34

>公明党関係者が茂木の集会であいさつするのは、前回見られなかったことで、市議の「決意表明」は、公明党の本気度を映す。

衆院5選挙区 決戦の構図
5区 地元密着と公募の対決
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/063/5.htm

 佐野市文化会館で6日に行われた、新・佐野市の「開市記念式」。壇上に並んだ、合併前の旧自治体3首長を前に、茂木敏充は「心から敬意を表します」と、深々と頭を下げた。
 米ハーバード大学院、外資系コンサルタントなど、華麗な経歴を持つ茂木だが、地元では、支持者との直接対話を重視した、マメな活動で知られる。
 選挙区内に、27の後援会、その下部機関として町内会ごとに600の支部を置き、網の目のように組織を張り巡らす。小学校区単位に年1回の国政報告会と、各町内会でのミニ懇談会を開催。「5人以上集まれば、どこへでもお邪魔する」(茂木)というフットワークの軽さが身上だ。
 沖縄・北方・科学技術相を務めていた前回2003年の衆院選は、12万票余りの得票で相手候補を圧倒。今回はそれを上回る13万票を目標にする。
 「改革の一層の前進か、改革の中断かを問う選挙だ」と、小泉改革の継続を訴える。
 不安要素は、4月に、佐野、足利両市で相次いで行われた市長選で、自身の支持者の対応が割れた点だ。だが、茂木本人は、選挙を通じて新たな支持者を獲得できたとして、むしろ「プラスに働いた」と話し、影響は大きくないと強調する。
    ◇   ◆
 一方、富岡芳忠は、民主党の公募で選ばれた元銀行マン。埼玉県出身で、県へのゆかりは乏しい。
 「今の自民党政治は、しがらみだらけの国民不在の政治。民主党政権を作ってゼロから日本の土台を作りたい」と、政権交代による政治刷新を訴える。
 前回、民主党候補は、茂木に9万票近い差をつけられて敗れた。「これから発表される党のマニフェストをふまえ、外交、増税などの問題を訴えて、基礎票の約3万に上積みを図りたい」と、同党県連5区支部幹事長の山口孝は意気込む。
 また、共産党は、公認候補擁立を検討中。「他党よりも人選が遅れているが、(擁立すれば)遅れをすぐ取り戻したい」(党地区委員会幹部)と話す。(敬称略)
(おわり)

1522とはずがたり:2008/01/12(土) 23:06:09
>>1521-1522

2005衆院選 決戦の現場から(05年9月1日〜)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/065/5.htm

5区 実力派に挑む新鋭
  茂木 敏充49 自 前《4》
  富岡 芳忠38 民 新

 壇上でうり二つの2人が握手を交わす。
 「弟に一つだけ言いたい。感謝の気持ちを忘れるな。多くの人に支えられて自分があるということを忘れないでほしい」
 1日夜、佐野市で開かれた個人演説会。富岡芳忠の隣で、2歳上の兄、由紀夫が激励した。
 由紀夫は、群馬選挙区で昨年初当選した民主党参院議員。公示前から芳忠の応援演説をするとともに、選挙事務所にも何度か顔を出し、選挙戦術のアドバイスをした。
 2人は、卒業した小、中、高、大学も同じなら、就職した銀行も同じ。党公認を得たのが公募だったことも同じだ。
 「保守王国と言われる群馬で兄は選挙戦を勝ち抜いた。私もしがらみのないこの地から政権交代を訴えたい」。演説にも、兄の後を追いたいとの気持ちがにじむ。

 これまで地元にゆかりがなかっただけに、「とにかく顔を見せ、声を聞かせることが大事」(山口孝・選対委員長)と、ひたすら顔と名前を売り込む戦術を取る。出馬表明から公示までの2週間余りで、街頭演説100回、支援を受ける連合傘下の組合を40近く回った。
 公示後も、毎朝6時半に選挙区内の駅前に立ち、通勤客にあいさつを続けるほか、3日からは自転車での遊説も始めた。半袖シャツにスニーカーという服装で、有権者から運動員に間違われることもある。ただ、「元銀行員だけあって、頭を下げるのがうまい。演説も滑らかになってきた」(選対幹部)という。
 「目の前の山は高いが、頂のない山はない。この山を越えて政権交代を実現したい」。富岡は力を込める。
   △   △
 「私たちは運命共同体。協力関係をさらに強化し、選挙区は茂木さん、比例は公明党の大勝利を目指し、全力で取り組みます」。公示直前の8月28日。佐野市で開かれた茂木敏充の後援会総決起大会で、公明党のある市議が力強く宣言すると、1000人を超す参加者からどよめきが起きた。
 「よく考えられたごあいさつ、ありがとうございます」。茂木は苦笑しながら頭を下げた。
 5選を目指す茂木は今回、得票目標を13万票に設定した。目標達成のためには、自民党が選挙協力を行う公明党票の上積みが欠かせない。公明党関係者が茂木の集会であいさつするのは、前回見られなかったことで、市議の「決意表明」は、公明党の本気度を映す。
 茂木は、「公明党さんに期待はするが、それに頼らず、自力で頑張らなければ、投票率は上がらない」とも強調する。
 実際、解散から公示までの約3週間、茂木は地元に張り付き、これまでにない活発な動きを見せた。企業回り約200社、街頭演説約20回、イベントあいさつ約30回をこなした。
 公示後は、前回同様、同僚や後輩の応援に全国を駆け回っている。現職閣僚だった前回は約30人で、今回は十数人。選挙期間の半分は、地元を留守にすることになる。「後ろ髪を引かれる思いだ」と茂木。留守中は、妻と選対幹部が選挙戦を支える。
 地元に戻った日は、1日約10回の個人演説会や街頭演説の強行スケジュールをこなし、「私は改革の先頭に立つ」と、支持を訴える。(敬称略)

1523とはずがたり:2008/01/12(土) 23:06:50

2005衆院選 栃木
(上)自公協力 ますます深く
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/066/1.htm

 「全国の模範になるような自公の選挙協力ができた」。1区で開票が始まって間もない11日午後9時30分。公明党県本部代表の遠藤乙彦は、当選確実の報に沸く船田元の事務所で、終始上機嫌だった。

 自身も比例選北関東ブロックで当選確実となっていた遠藤は、あいさつのため船田の隣に立ち、どちらからともなく手を取り合って万歳した。船田も「公明党の方々の協力は大変ありがたかった」と、笑顔を返した。

 前回に続く、県内5小選挙区独占。自民党県連選対本部長の矢野哲朗は、その要因の一つに、「自公協力の成果」を挙げる。
    ◆    ◆
 2003年の前回衆院選で行われた自公の協力は、公明側には、不満の残るものだった。

 関係者によると、5選挙区の自民党候補に、公明票約6万票が回されたとされる。だが、自民側から公明側への協力は、必ずしも満足なものではなかった。この時、比例選北関東ブロックの公明党票は11万8145票。同党の県内基礎票10万票への上積みは、2万票に満たず、公明側は落胆したとされる。

 こうした経験から、自民、公明両党の県組織は今回、書面で選挙協力を約束した。

 〈1〉小選挙区で公明側は、県内10万の基礎票のほぼすべてを自民候補に振り向ける〈2〉代わりに自民側は比例選で10万票の2分の1を「努力目標」に公明へ振り向ける――との内容だった。
    ◆    ◆
 両党の補完関係は日増しに強まった。どちらも、急な解散による準備不足を、選挙協力で補わざるを得なかったからだ。
 船田の事務所には、公示の前後から、「比例区は公明」と呼びかける張り紙が見られるようになった。

 「候補者も、ウグイス嬢も、『比例は自民へ』とは言わなかった」。5区の茂木敏充の選対幹部は、公明党に対する配慮を打ち明ける。

 「公明なくしてこれだけの票は取れなかった」(4区の佐藤勉陣営関係者)と、民主候補と接戦になった2区や4区では、自公協力が勝敗の決め手になったとの声も聞かれる。
    ◆    ◆
 今回、県内比例選で公明党が得たのは12万7876票。前回よりも1万票弱を積み上げた。だが、追い風に乗った自民党の大量得票にあおられ、比例選北関東ブロックの獲得議席は、目標の3に届かなかった。

 自民党にとって、選挙を重ねるごとに深まる公明党との協調関係。遠藤も「自公連立は、ほぼ恒久的なものになった」と、その蜜月ぶりを強調する。

 しかし、公明党県本部の別の幹部は、自民側の一層の努力を求めるように、「もっと信頼関係を強めなくては」とクギを刺す。時に“すき間風”が吹きながらも、「連立の家」の親密ぶりは、県内でもますます深まっている。(敬称略)

1524とはずがたり:2008/01/12(土) 23:07:00

2005衆院選 栃木
(中)民主 組織の弱さどう克服
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/066/2.htm

 投開票から一夜明けた12日朝、民主党県連代表の簗瀬進は、月曜恒例の「辻説法」のため、宇都宮市の百貨店前に立った。
 「民主党は大敗したと認めざるを得ません」。出勤途中の市民に向かい、立て直しを誓う。
 隣には、5区で敗れた富岡芳忠の姿があった。「驚き、うれしかった」と、簗瀬が目を丸くした飛び入り参加。選挙期間中の黄色いTシャツとは打って変わって、ダークスーツに身を包んだ富岡は、「今日は、次の戦いに向けての初日です」と声を張り上げた。
 「決意に満ちた若い力を得たのは、今回の大きな成果」。簗瀬は今選挙を振り返る。
    ◆    ◆
 前夜、宇都宮市の水島広子事務所に姿を見せた簗瀬の表情は、誰の目から見ても精彩を欠いていた。
 すでに、テレビは、自民・船田元の当選確実を報じていた。1区の開票開始からわずか5分という予想外の早さ。水島は、無言でテレビ画面を見つめ続け、事務所は、凍りついたように静まりかえっていた。
 簗瀬は、取り囲んだ記者団の質問が1区情勢に及ぶと、「もう、いいでしょう」と、珍しく声を荒げ、事務所から消えた。
 簗瀬に笑顔が戻ったのは、それから3時間後。比例選での復活当選を確実にした2区・福田昭夫の事務所でだった。
 「一時は、県内の民主党の灯が消えてしまうかと思った」。うわずった声で福田への祝辞を述べる簗瀬は、「全滅」の悪夢から、覚め切っていないようだった。
    ◆    ◆
 その後、4区の山岡賢次も比例復活を決め、民主党は、県内の解散時議席2を確保した。
 「全体としては、いい選挙だった」。連合栃木会長の伍井邦夫は、「善戦」だったと評価する。
 党内でも、議席を増やせなかったのは、「小泉マジック」(水島陣営選対事務長の佐藤栄)という外部要因が大きい、との見方が支配的だ。

 だが、今市市長選3度、知事選2度の経歴もある福田は、「逆風は、そんなに感じなかった」と言い、小選挙区での敗因は、むしろ、「(急な解散で)自分の考えを伝える時間が足りなかった点だ」と自省する。

 山岡の地区選対本部長を務めた県議の渡辺直治も、「民主党県議は7人だけで、自民党に見劣りする」と、組織の弱さを指摘する。
    ◆    ◆
 「連合とは別の、有権者と直につながった組織が必要だ」。簗瀬自身も、地域の団体への積極関与などを通じて、労組依存体質を改める必要があることを認める。

 2大政党による政権交代を訴えながら、まれにみる惨敗を喫した民主党。前回と同じ2議席を死守した県連にとっても、今回の衆院選を、自民王国にくさびを打ち込むための「新たなスタート」(簗瀬)にする必要に迫られている。(敬称略)

1525とはずがたり:2008/01/12(土) 23:07:12

2005衆院選 栃木
(下)変わるか政治地図
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/066/3.htm

 「全員が当選できたことは胸をなでおろす思い」。13日の定例記者会見で知事の福田富一は、自民公認の5人と、公明比例選の遠藤乙彦の計6人が全員当選したことを素直に喜んだ。

 両党の推薦を受けた昨秋の知事選への「感謝報恩」だとして、応援演説に駆け回った福田。民主・水島広子が落選し、県都・宇都宮では、福田と船田元、そして市長の佐藤栄一の“自民系トライアングル”が、より重みを増すことも予想される。

 「野党支持層の政治への発言機会が失われるのでは」と記者会見で問われた福田は、「閉ざされたということはない。代替はある」と強調した。だが、今選挙結果は、多様な民意の反映が難しいという小選挙区制の負の側面を露呈したとも言える。
    ◆    ◆
 「郵政民営化という政策の賛否を問うという、初めての小選挙区制らしい選挙になった」。民主党が初めて候補を立てた3区で大勝した自民・渡辺喜美は言う。選挙制度改革の狙いの一つだった政策の競い合いが実現した、との見方だ。

 だが、県内に地縁も血縁も希薄な「落下傘候補」の脳裏には違った景色が広がる。

 「人のつながりを大切にするのは栃木の良い点。だが、選挙となると、親の代からの支持だと言って投票する」。水島はしがらみの強さを痛感する。

 「都市部でない所で、ぽっと出の人間は当選できないということ」。3区をランニングシャツ姿で駆け回った民主・小林隆の率直な感想だ。
    ◆    ◆
 小選挙区では、かつての中選挙区よりも、ドブ板式のきめ細かい運動を迫られるという現実も、改めて浮かんだ。

 5区で過去3回連続して民主党候補を圧倒した自民・茂木敏充は、今回、60の後援会の下に600の後援会支部を設ける“大ピラミッド”で臨んだ。

 「週末は必ずどこかで国政報告会を開いていたから、急な戦いに対応できた」と陣営幹部を務めた県議の木村好文。茂木自身も、勝因は、小泉旋風よりも「地道に組織を強化・充実させてきた成果」と話す。

 「昔は、数千人規模の集会を10回やれば、それで勝てた。今は有権者の所まで行かないと票にならない」。前回の3倍の密度でミニ集会をこなした、4区の自民・佐藤勉陣営の関係者は打ち明ける。
    ◆    ◆
 「改革か、否か」という争点作りに成功し、自民党が歴史的大勝を遂げるという「新しいタイプの政治現象」(民主党県連代表の簗瀬進)に誰もが驚いた今回衆院選。

 民主党が初めて5選挙区すべてに候補者を擁立したことで、「自民対民主の全面対決の形が整いつつある」(連合栃木会長の伍井邦夫)と、本県も選挙制度改革の着地点に近づいたとの見方もある。この激戦の衝撃が、まだら模様の県内政治地図を、どう塗り替えていくか、注目される。(敬称略)

1526とはずがたり:2008/01/12(土) 23:17:55
<栃木県>事前情勢纏め
>>1512-1526

区名 自民1 自民2 民主
1区 船田 __ 石森http://www17.ocn.ne.jp/~minsyu/2007.09.18kouninkettei.html 簗瀬
2区 森山 西川 福田
3区 渡辺 蓮実 __
4区 佐藤 植竹 山岡
5区 茂木 __ 富岡

自公の関係
> 2003年の前回衆院選で行われた自公の協力は、公明側には、不満の残るものだった。
> 関係者によると、5選挙区の自民党候補に、公明票約6万票が回されたとされる。だが、自民側から公明側への協力は、必ずしも満足なものではなかった。この時、比例選北関東ブロックの公明党票は11万8145票。同党の県内基礎票10万票への上積みは、2万票に満たず、公明側は落胆したとされる。
> 船田の事務所には、公示の前後から、「比例区は公明」と呼びかける張り紙が見られるようになった。
> 「候補者も、ウグイス嬢も、『比例は自民へ』とは言わなかった」。5区の茂木敏充の選対幹部は、公明党に対する配慮を打ち明ける。
> 5選を目指す茂木は今回、得票目標を13万票に設定した。目標達成のためには、自民党が選挙協力を行う公明党票の上積みが欠かせない。
> 公明党関係者が茂木の集会であいさつするのは、前回見られなかったことで、(公明)市議の「決意表明」は、公明党の本気度を映す。
> 「公明なくしてこれだけの票は取れなかった」(4区の佐藤勉陣営関係者)と、民主候補と接戦になった2区や4区では、自公協力が勝敗の決め手になったとの声も聞かれる。
> 今回、県内比例選で公明党が得たのは12万7876票。前回よりも1万票弱を積み上げた。だが、追い風に乗った自民党の大量得票にあおられ、比例選北関東ブロックの獲得議席は、目標の3に届かなかった。

1527とはずがたり:2008/01/12(土) 23:33:08
<埼玉県>

集票の戦略  2005衆院選
■ (上) 争点はどこに?
自民 風頼み「郵政」前面  民主 揺れ動く優先政策
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/kikaku/034/1.htm

 21日正午すぎ、県庁近くの中華料理店。さいたま市選出の自民党県議や同市議らが集まり、埼玉1区で同党から出馬予定の金子善次郎の選挙戦略を練った。
 「個人名より、『自民党』を前面に出すべきだ」。幹部の発言に、「今回はその方がいい」と賛同する声が相次いだ。
 会合では、24日に予定される小泉首相の応援も生かし、無党派層取り込みを図ることを確認した。

 2003年の前回選挙。同党は県内15の小選挙区で「7勝8敗」となり、県内第1党の座を失った。今回は、解散後の小泉内閣の支持率上昇を背景に都市部での議席奪回を狙う。

 その象徴が、首相が「最大の争点」と位置付ける郵政民営化問題を前面に打ち出す戦略だ。県連会長の大野松茂は「15選挙区の公認候補予定者が一丸となって、郵政民営化を訴える」と強調する。実際、街頭演説でも「社会保障」から「まず郵政」と力点を移した立候補予定者もいる。

 だが、「風頼み」に戸惑いがないわけではない。
 13区に出馬予定の土屋品子は、21日の事務所開きで、支持者を前に「郵政民営化ばかりクローズアップされている。重要な政策の一つだが、それだけではない」と語り、持論の子育て支援などを強調した。
 「この先、有権者が冷静になったら、状況は変わるかも知れない」。陣営関係者の本音だ。
 金子を支援する自民党さいたま市議は、こう打ち明ける。「我々は風を受けての選挙をやったことがない。どうやって風に乗っていいのか分からないんだ。羽の広げ方が分からない」

 一方の民主党。
 「民主党は郵政民営化に反対なんだろ」。1区で金子とぶつかる同党の武正公一の陣営幹部は駅頭で、男性サラリーマンから怒気をはらんだ言葉を受けた。
 旧自由党との合併による追い風を受けた前回衆院選では、小選挙区で3議席増やした。
 だが、県連代表の枝野幸男は、21日にさいたま市内で開いた会合で「明日、投票なら民主党は負ける」と、現時点での劣勢を率直に認めた。
 民主党は当初、衆院選で訴える政策課題として年金改革や国の歳出削減を優先させていた。

 秩父の山間部を抱え、支持基盤が弱いとされる11区で出馬予定の八木昭次も「今まで自民党支持だったけど、年金問題を真剣にやるなら民主党を応援する」との電話を数十件受けるなど、手応えを感じていた。

 しかし、“小泉旋風”の前に同党は翻弄された。
 「民主党の郵政改革を強く訴えていただきたい」。党本部からファクスが各候補予定者に流れたのは解散4日後の12日。郵政民営化関連法案に反対した理由を有権者にきちんと説明するよう求めるものだが、岡田代表は22日、年金改革に重点を置いた政策論争を展開する考えを示すなど、揺れ動く。

 県連は24日に改めて選対会議を開き、県内での重点区の見直しなど、選挙戦略の再構築を図る方針だ。
 県連幹部は焦りを隠せない。「郵政よりも年金、子育て。他の土俵でやった方がいい。でも、間に合うか……」

1528とはずがたり:2008/01/12(土) 23:33:42

集票の戦略  2005衆院選
■ (中) 変わる?組織選挙
薄らぐ党への“忠誠”  自・民ともあきらめ顔
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/kikaku/034/2.htm

 19日に開かれた自民党県連の県議団会議。南9区(さいたま市浦和区)選出の県議、荒川岩雄が「医師会や歯科医師会の自民党員が、なぜ民主党の会合に出るのか」と声を荒らげた。

 県連幹事長の深井明はその後、両会の担当者を自室に呼び、「自民党か民主党か。はっきりさせるべきだ」と詰め寄った。

 医師会や歯科医師会には、小泉首相の改革手法への不満も渦巻く。診療報酬の引き下げ、保険診療と保険外診療を併用する「混合診療」の解禁論議などが矢継ぎ早に打ち出される中、自民党への“忠誠”も薄らぎつつある。県連関係者は「今のご時世、末端まで組織を締めるのは難しい」とあきらめ顔だ。

 「賛成票を投じた行動は理解しがたい」

 郵政民営化関連法案の衆院通過後、法案に賛成した県北部の自民党衆院議員(当時)に、地区の特定郵便局長会から「顧問解任」を通告する手紙が届いた。関係者は衆院選での応援は期待できないと感じた。

 特定郵便局長会と、局長OBや家族で組織する自民党の職域支部「大樹」は長年、同党の集票マシンとして存在感を示してきた。同党にとって、「あらかじめ票が読める、数少ない存在」(県連幹部)だった。

 その大樹は今回、法案に反対した小泉龍司の埼玉11区を除き、自主投票で臨む方針だ。会員の一人は「長く自民党を支援してきたが、今回ばかりは投票に行かない」と言い切った。

 組織の締め付けが効かないのは、民主党も同じだ。

 連合埼玉傘下で、約1万8500人の組合員を抱える金属系労組「JAM埼玉」。

 22日に群馬県・伊香保温泉のホテルで開いた執行委員会で、小選挙区で民主党の15人への推薦を決めたものの、幹部の一人は「同じ釜の飯を食った組織内候補でもないし、今どきの組合員に選挙はピンとこない」と浮かない表情をみせる。

 郵政公社の職員の一部が加盟する全日本郵政労働組合関東地方本部は、11区で小泉を推薦する見通しだが、連合埼玉は「われわれは100%民主党一本だが、それぞれ事情は違う」(幹部)と黙認する方針。民主党県連は「見守るしかない」(幹部)のが実情だ。

 自民、民主両党の支持組織が組織内候補を擁立した昨年の参院比例選。両党の県内での得票に占める候補者名の得票は自民党で約2割、民主党は約1割にとどまり、組織の弱体化を改めて印象づけた。

 民主党県連代表の枝野幸男のように、「広く大衆に訴えないと、埼玉の大部分では勝てない。もう組織選挙の時代は終わった」と、“脱組織”を唱える候補者も一部にはいる。

 しかし、無党派層の動向が読み切れない中、まず、支持組織を固めようとする候補予定者は自民、民主両党ともになお少なくない。

 例えば、5区で枝野とぶつかる牧原秀樹。枝野同様に弁護士資格を持ち、官僚経験もある“政策通”候補として自民党の公募で公認が決まった。牧原は、街頭での訴えと同時に地元県議らに導かれ、支持団体回りにも力を入れる。

 陣営幹部は強調する。「短期決戦といえども、街頭演説などの空中戦だけでは浸透しない。組織固めとの両面作戦が必要だ」
(敬称略)

1529とはずがたり:2008/01/12(土) 23:34:13
>>1527-1529

集票の戦略  2005衆院選
■ (下) 二大政党のはざま
比例選を主戦場に  小選挙区「勝つの難しい」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/kikaku/034/3.htm

 「私の名前は覚えなくていい。公明党とだけ、覚えてください」。比例北関東ブロックから立候補予定の長沢広明は14日、越谷市内のJR南越谷駅前で声を張り上げた。
 公明党は今回、小選挙区での候補者擁立を初めて見送り、比例選の現有3議席の維持に全力を挙げる。
 前回、自公協力で埼玉6区で立候補した唯一の公認候補は10万票以上を集めたが、民主党候補に惜敗。「(前回票は)最大値に近く、これ以上やっても勝ち目はない」(党幹部)と判断した結果だ。
 だが、比例選に絞った戦略が成功するかは手探りの状態だ。
 「地方議員全員が候補者と思って戦ってほしい」。9日、さいたま市内で開かれた選対会議で、県本部代表の高野博師は県議らの代表17人に、比例票の掘り起こしを強く指示した。
 同党の地方議員は、連日、地元の駅前に立つ。公示後は北関東4県で1台の選挙カーしか使えなくなるため、公示日ギリギリまで党名を連呼する作戦だ。「選挙中は公明党の選挙カーは珍しくなる。有権者にも訴えづらいよ」と同党市議は冗談交じりの本音を話す。

 小選挙区で支援を求める自民党にもおのずと“見返り”を求める声が強まる。
 高野は22日、推薦を求めてきた自民党の立候補予定者と面談し、「千でも二千でもいい。(公明党に)比例票を出してください」と念押しした。
 公明党内には「前回は自民党からの協力はゼロに近かった」(党県幹部)との不満がくすぶる。高野の面談は、自民党から比例票の「担保」を取るのが狙い。「数値目標」の設定を求めるのは今回が初めてだ。
 「いつまでも、こちらが自民党を支援するボランティアでは支持者に説明がつかない」と高野は語る。

 二大政党制の流れが強まる中で、共産、社民両党も比例選に照準を合わせる。
 「比例選で複数の議席を獲得したい」。比例北関東ブロックで立候補予定の共産党の森原公敏は15日、JR大宮駅前でこう訴えた。
 同党は、県内15小選挙区に立候補予定者をそろえるが、現実的な目標は比例選での現有1議席の維持、上乗せだ。前々回、県内で獲得した41万票以上を出すため、党県委員会は「15人で割ると1人当たり約2万8000票が必要」と檄(げき)を飛ばす。

 比例票を大幅に減らした前回は「無党派層が民主党に流れた」(小松崎久仁夫県副委員長)と見て、「増税では、民主党も自民党と一緒」と民主党にも批判の矛先を向ける。

 前回、小選挙区で3人を擁立した社民党も、今回は1人に絞り、比例選の1議席獲得に勢力を注ぐ。

 同党県連は「小選挙区で勝つのは難しい。比例選の単独立候補を認めてほしい」と党本部に訴え、重複立候補の原則を変えさせた。県連代表の日森文尋は、重複の3人に続く単独4位で立候補する。

 単独立候補にせざるを得ない事情もある。日森を含む前回重複立候補した3人は、いずれも復活当選の条件である有効投票の10分の1を獲得できなかった。

 県連幹部は「比例票を集めても、当選資格が得られなければ元も子もない」と解説する。そして唇をかみしめた。「比例選は党の命運をかけた主戦場だ」(敬称略)

1530とはずがたり:2008/01/12(土) 23:34:57
<埼玉県>

2005衆院選  検証と課題
■ (上) 首相の応援、決め手
公明への依存進む自民
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/kikaku/037/1.htm

 「これ以上はない。いかに下り坂を緩やかにし、横ばいに近づけるかだ」
 13日午後、さいたま市で行われた衆院選の当選証書付与式に姿を見せた自民党県連会長代理の山口泰明は、こう言って苦笑いした。
 今回の衆院選で、自民党は県内15小選挙区のうち12を制した。比例選での復活当選を含めると、すべての候補者が当選する「かつてない快挙」(県連幹部)だ。
 最大の決め手は、小泉人気。1区で復活当選した金子善次郎陣営の幹部は「小泉首相と一緒のポスターを張りだしたころから、有権者の反応がよくなった」と振り返る。
 首相は7日夜、台風14号が接近する中、5区の牧原秀樹、7区の中野清の応援に入った。ともに民主党と競り合い、県連が強く応援を要請したためだった。
 「同じ日に他の接戦区入りも要請したが、2か所に絞られた。台風が来なければ、もっと勝てたかもしれない」
 もっとも、勝利を喜んでばかりはいられない。
 与党協力の名のもと、公明党への依存は確実に進んだ。

 開票作業がまだ続いていた12日未明、15区で当選を決めた田中良生は早速、公明党県本部を訪れた。同党の選挙協力への謝意を“行動”で示すためだ。

 選挙戦最終日に開かれた県東部のある候補者の集会の際、入り口に陣取った公明党関係者が、「比例は公明党をお願いします」と連呼するなど、自民党の集会に公明党関係者が乗り込む場面は今回、各地で見られた。

 県内の自民党候補で唯一、公明党の推薦を得られなかった2区の新藤義孝の陣営も、個人レベルで「比例は公明に」と呼び掛け、公明支持層に食い込んだ。陣営幹部は「大票田の川口市で公明支持層の5割以上が新藤支持に回った」と見る。

 一方で、従来の支持団体の自民党離れに歯止めはかからない。
 今回の選挙では、郵政民営化に反対する郵政関連団体が離反した。
 公共事業の縮減や規制緩和の進展に懸念を抱く県建設業協会や県医師会なども同党候補を横並びで推薦するのをやめ、各候補者の協力度などに応じて推薦する方針に切り替えた。

 一部の選挙区では民主党候補を支援する団体もあった。長年、県内の選挙にかかわってきた他党幹部の目には、「自民党の組織はずたずたになっている」と映る。

 自民党県連は、来週の県連役員会に当選者を呼び、〈次〉をにらんで支持基盤固めに努めるよう指示する方針だ。
 県連幹部はつぶやく。
 「一声かければまとまる団体は、もはや皆無に近い。個人的なつながりを維持していくしかない」

1531とはずがたり:2008/01/12(土) 23:35:18

>党関係者すら漠然と抱いていた「国政選で議席を減らすことはない」という幻想を打ち砕いた。
>「国会でがんがん政府を追及してりゃ面白いよ。けどさ、地元で支えてくれる有権者がいるからバッジを付けて活動出来る」
>「地元に根ざした活動をしろと何度も言ったよ。でも、聞かなかった。意味が分からないみたいだった」
やれやれ。。

2005衆院選  検証と課題
■  (中) 地盤作りの矢先に・・
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/kikaku/037/2.htm

 「怒とうのような小泉台風だった。各総支部の実力が問われた」
 民主党県連幹事長の武正公一は投開票翌日の12日、険しい表情で今回の衆院選を振り返った。
 自らも自民党の金子善次郎に2900票差まで迫られる辛勝。県内小選挙区では3勝12敗という結果は、前々回、前回と議席を伸ばし、党関係者すら漠然と抱いていた「国政選で議席を減らすことはない」という幻想を打ち砕いた。
 投票率の上昇もあり、多くの民主党候補者は前回より得票を増やした。しかし、今回、軒並み落選した候補の足元は決して盤石ではなかった。
 「国会でがんがん政府を追及してりゃ面白いよ。けどさ、地元で支えてくれる有権者がいるからバッジを付けて活動出来る」
 「地元に根ざした活動をしろと何度も言ったよ。でも、聞かなかった。意味が分からないみたいだった」
 “おごり”を指摘する声は身内にも少なくない。
 県内の首長にも「地元代表としての自覚が全くない」と、厳しい声があった。
 〈風〉に左右されない地盤作りは、結党以来の課題。県連が無関心だったわけではない。が、従来は「一義的には各総支部の問題」とする傾向があった。県連として地方組織強化に本腰を入れ始めたのはようやく今年に入ってからだ。
 3月の県連定期大会で、新代表に就任した枝野幸男は所信表明で「日常活動に濃淡がある」と指摘し、6月には地元活動の実態を把握するため、各総支部にアンケートを実施した。
 しかし、それが武正のもとに集約されるころには、政局は緊迫の度を増し、衆院解散の8月8日はすぐにやってきた。
 「地盤作りの夏にしようとしていたのに」
 解散を決めた本会議を前に、今回落選したある候補は、こう言って悔やんだが、後の祭りだった。

自民党も、足元を見透かしている。

 解散後に出馬表明した同党の田中良生が初当選し、民主党の高山智司が比例選で復活当選した15区。田中陣営関係者は11日夜、「次も(相手は)高山の方がありがたい」と余裕を見せた。十分な準備期間があれば、さらに差をつけることができる。そんな自信があふれていた。

 12日夜、地方議員を育成しようと新たに作った「埼玉政治スクール」の開講式に出席した枝野は、40人を超える受講者に「同志を増やすきっかけにしたい」と強調した。

 党県連選対事務総長を務めた参院議員の山根隆治は、「選挙はいつやってもいいようにしないと。今回は糧になった」と、自らに言い聞かせるように語る。

 確実にやってくる次の大型選挙は、2007年の統一地方選と、山根が改選期となる参院選。その時にどのような結果を出せるか。今後の民主党の取り組みにかかっている。(敬称略)

1532とはずがたり:2008/01/12(土) 23:35:54
>>1531-1532

2005衆院選  検証と課題トップ
■ (下) 公明、「次」見据え戦略
少数政党は生き残りかけ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/kikaku/037/3.htm

 「もう終わったこと。次の選挙を見据えているよ」
 投票から一夜明けた12日、公明党県本部代表の高野博師は、さばさばした様子で言った。同党比例北関東ブロックで名簿順位3位の前議員、長沢広明の落選が決まり、「何も言うことはない」と県本部を後にした時の、ぶぜんとした表情とは一変していた。
 小選挙区での擁立を見送った同党は今回、比例選で3人目が滑り込めるかどうかが焦点だった。前議員、まして全国で失った3議席のうち1議席を北関東で落とした衝撃は小さくない。

 同党にとって唯一の“敗因”は、「予想以上に投票率が高かった」(幹部)ことだ。投票率は前回比で10・90ポイント上昇し、投票総数は約60万票も増加。比例選の当選ラインは28万票から32万票に跳ね上がり、同党には高いハードルとなった。

 一方、県内で獲得した比例得票は過去最高の47万9807票と、前回より5万1482票上乗せした。40〜45万票が基礎票とされる同党内では、「自前で届く数字ではない。自民党との協力がうまくいった」(県議)との評価も。

 次期衆院選に向けた駆け引きも出始めた。
 最前線で戦った市議の間では、「小選挙区で候補者の姿が見えないと、選挙戦はやりづらい」との思いが強い。高野も12日、次回は小選挙区擁立を目指す意向を漏らした。
 しかし、県内で計17人の衆院議員を抱えることになった自民党に空白区はない。今後の調整は難航も予想されるが、公明党県幹部は強気だ。
 「今回は小泉旋風で全員当選したが、次は確実に票を減らすだろう。それを考えたら、公明票は今回以上に大事になる。わが党の発言力は増すよ」
     ◎
 比例選でそれぞれ1議席を獲得した共産、社民両党。前回比例選に比べ、共産党は5万票、社民党は6万票を上乗せし、民主党が減らした10万2000票を両党でほぼ吸収した計算だ。

 共産党県委員長の増子典男は「民主党ではダメだと、うちに流れた票は多い」と分析。社民党県連幹事長の市川博美も「小泉改革路線に沸いた有権者には、民主党が色あせて見えた。かといって、自民党には投票したくないという人は少なくなかった」と見る。
 両党にとっては小泉旋風は思わぬ効果を生み出した格好だが、少数政党の進む道が険しいことに変わりはない。
 12日午後の共産党選挙闘争本部の会議で、増子は「もっといろんな人たちと対話し、ウイングを広げた組織を作ろう」と強調した。

 社民党の市川もこう話す。「党財政は供託金を捻出(ねんしゅつ)するのも大変な状況で、今後も小選挙区での複数擁立は難しい。比例選で魅力ある候補を立てることも考えないといけない」
 生き残りをかけた戦略の模索が、すでに始まっている。(敬称略)

1533とはずがたり:2008/01/13(日) 00:35:42
<東京都>

くそー,こんな感じなのに当選しやがっったのか。。

風のあとで 2005衆院選
(上)自民 望外の好成績(2005/9/13)
新人が次々当選
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/kikaku/074/1.htm?from=goo

 「頑張ったけれど、まだ3000票くらい足りない。惜敗率で比例復活当選出来ればいいが」……。すべての選挙活動を終えた10日夜、東京20区(東村山、東大和市など)の自民党新人、木原誠二陣営の選対幹部は疲れ切った顔で話した。

 財務省職員で“落下傘候補”の木原さんが出馬表明したのは、公示まで2週間を切った8月18日。政党ポスターを張る間もなかった。出遅れを取り戻そうと、タレントを動員するなどして無党派を意識した選挙戦術を展開したが、「時間が足りない」というのが陣営の共通認識だった。

 しかし、実際には民主党の加藤公一さんを約4700票の小差でかわした。

 陣営幹部は「1万票近くは、投開票日に誰に投票するか決めた票だろう。選挙期間中、順風が吹いていたが、最終日にとどめの突風がふいた」と分析する。

 「今回のような追い風が吹く選挙はもうない。きょうから次の戦いが始まりますので、よろしくお願いします」。当選から一夜明けた12日、東村山市で開かれた当選報告会で木原さんは支持者に呼びかけた。

 自民党が8小選挙区のうち7議席を獲得した多摩地区。20区のほか19区(小平、西東京市など)、21区(立川、昭島、日野市)では小選挙区制度になってから初の議席獲得だった。準備不足と思われた自民候補が次々と民主の前議員に勝利したが、陣営からは「勝てるとは思わなかった」との声が多い。

 「小泉さんを助けてあげてね」。21区で当選した小川友一さんは、街頭演説の最中に中年女性からかけられた声が強く印象に残っている。「民主党と自民党のどちらが本当の改革派か、はっきりと見抜いた結果」と小川さん。

 これまで、いつも自民党の得票が民主党に及ばなかった日野市で、逆に民主党の長島昭久さん(比例で復活)に4000票差をつけた。かつて川田悦子さんが地盤としていたように、同市には無党派層が多いとされ、ここでリードできたことが大きな勝因だった。「革新票も取り込めた。日野市議としての実績が評価された結果でもある」

 2度目の挑戦で初当選した19区の松本洋平さんは12日の当選報告会で「皆さんのご支援と、自民党への追い風のおかげで当選できました」とあいさつした。

 公示前に陣営が掲げた目標は12万票だったが「前回は8万8000票。まず無理だろうと誰もが思っていた」(陣営幹部)。

 しかし、得票は13万8000票を超えた。「13万人以上の票を託された人は全国でも少ない。一年生議員だからといって委縮せずに頑張る」と松本さん。

 しかし本人も、選挙期間中は「当落を考えると気持ちが落ち込むので、考えないようにしていた」といい、一夜明けても「まだ、実感がわかない」と苦笑いを浮かべる。

 当選者、陣営の予想をはるかに超えた力を、この「風」は持っていた。

1534とはずがたり:2008/01/13(日) 00:35:55
風のあとで 2005衆院選<東京都>
(中)無党派に地殻変動(2005/9/14)
民主、戦術変更へ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/kikaku/074/2.htm?from=goo

 「4年前はバーナーで焼くような熱気だったが、今回は気づかないうちに低温やけどを負わす感じ。深く潜行する風だ」。東京19区で当選した自民党の松本洋平さんの陣営幹部は12日、今回の衆院選での自民党への追い風を2001年の参院選の「小泉旋風」と比較してこう表現した。さらに「民主党も、まさかここまでひどい結果になるとは思わなかったのでは」と続けた。

 街頭で有権者とじかに接してきた松本さん自身も「正直言って、選挙期間中に追い風を実感したことはなかった」という。

 自民党関係者ですら「追い風」の大きさを十分に認識してはおらず、開票後に「こんなに票が来るとは」と驚きの声を上げた。一方で多摩地区で4議席を失った民主党関係者の受けた衝撃は大きかった。

 24区の阿久津幸彦さんの得票は10万6459票。小選挙区を制した2000年、自民党の萩生田光一さんに約2000票差で敗れて比例復活した2003年とほぼ同じだ。しかし、今回は萩生田さんに4万票以上の大差で敗れ、比例復活もならなかった。

 阿久津陣営幹部は「萩生田さんはせいぜい12万票。悪くても比例復活だと思っていた」。阿久津さん自身も投票率が約6・69ポイント上昇した分だけ票を取り込まれたと分析し、「これまでは、黙っていても無党派層の8割は民主に投票してくれたのに」とショックを隠せない。

 20区で自民の木原誠二さんに敗れた加藤公一さん(比例で復活)の陣営幹部は小選挙区での敗戦から一夜明けた12日も「まだ信じられない」。演説会場での有権者の反応も良かったという。前回より約3000票は減らしたが、10万7916票は過去の20区で当選するのには十分な得票だった。

 陣営は、自民が取り込みに成功した票の正体を「保守系無党派層の票」と分析する。農協関係など、加藤さんがあまり食い込んでいない保守層周辺の無党派層だ。「これからは、招かれなくてもそうした層が集まる会合やイベントに顔を出すことが必要だ」と陣営幹部は表情を引き締める。

 19区で新人の松本さんに敗れた末松義規さん(比例で復活)の陣営幹部は「無党派層のさらに外周にいる『無関心派』が自民に票を投じた」と表現する。陣営は今回、末松さんがテレビ出演などで知名度を上げていたこともあり、政策中心の訴えで支持を広げるなど無党派層への対策には自信があったという。

 だが、自民大勝という結果から導かれたのは「有権者と直接会い、握手をする『地上戦』に力を入れるべきだ」ということ。「どんな風が吹いても勝てる足腰を作らないと」

 ベッドタウン、ニュータウンが広がり、無党派層が多いとされる多摩地区で順調に党勢を拡大してきた民主党。今回のつまずきで、戦術変更が迫られている。

1535とはずがたり:2008/01/13(日) 00:36:34

風のあとで 2005衆院選<東京都>
(下)加速する自公協力(2005/9/15)
「過剰か」戸惑いも
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/kikaku/074/3.htm?from=goo

 「次の選挙では合同で選対本部を作りましょうか」。11日深夜、20区で自民党の木原誠二さんが当選を決めた直後、握手を交わした木原陣営の選対本部長の倉林辰雄都議と公明党の谷村孝彦都議は、どちらからともなく話した。

 前回衆院選で、多摩地区で唯一、公明党本部が自民党候補を推薦しなかった同区。今回、初めて自公の本格的な選挙協力が行われた。

 読売新聞社と日本テレビ系列各社が投開票日の11日に行った出口調査では、20区の公明党支持層のうち71・6%が木原さんに投票していた。同区の公明党票は約3万と言われ、単純に計算すると約2万1000票が木原さんに投じられたことになる。

 関係者によると前回、自民党候補が得た公明党支持層の票は1万票程度とされる。今回の木原さんと民主党の加藤公一さんの差は約4700票。公明党の支援が前回並みなら、木原さんは加藤さんに競り負けていたことになる。

 公明党関係者は「本当なら(加藤さんとの票差を)1万票以上にできた。しかし推薦決定から10日でこれだけ取れたのは上出来。今後はもっと緊密な関係を持てるようになる」と自信を見せた。

 「これまでにないほど、自公の連携がうまくいった」。23区で当選した自民党の伊藤公介さんの陣営幹部と同区の公明関係者は口をそろえた。出口調査では、前回は公明党支持層の91%の票を得ていた伊藤さんが今回はさらに伸ばして94%。公明党も同区で比例票を前回から約5000票増やした。

 公明党関係者は、小泉首相らが自公での勝利を訴えたことなどに加え、「衆院選で協力するのは3回目で、抵抗感が薄れてきた」と分析する。

 自民党候補がもし公明党支持層の票を得られなかったら――。出口調査の結果などから試算すると、今回、自民党が勝利した多摩地区7選挙区のうち、19、20、21区で自民党候補は民主党候補に敗れていたことになる。民主党は議席を減らしたとはいえ、前回の衆院選並みの得票をしており、党勢が衰えたとまでは言い難い。「公明党抜きで選挙はできない」とする自民党関係者は多い。

 だが、親密化の加速ぶりに戸惑う声もある。「組織を締め付けたわけでもないのに、これだけの票が入るとは」と21区の公明党幹部。同区では80%を超える公明支持層が自民党の小川友一さんに投票したとみられる。

 衆院解散日に比例選単独に方針を変えたとはいえ、もともと同区は公明党の高木陽介さんが小選挙区出馬を狙っていた。それだけに自民党との協力に複雑な思いを抱く公明党関係者も少なくなかった。「公明支持層の中にも『小泉旋風』が吹いた。消去法で自民党候補に入れたのだろうが」

 「公明はギブばかり。テークしてもらっていない」との不満が公明党側にはあるものの、すっかり定着してきた自公協力が、自民の歴史的勝利を支えたことは確かだ。

1541とはずがたり:2008/01/15(火) 14:48:50
>>1541-1543

解散の波紋  2005衆院選
郵政 「愛媛には誠意ある行動する人いない」 自民4議員に絶縁宣言 <上>
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/kikaku/025/1.htm
自、民が支持団体で攻防

 「郵政問題を説明させてください」。郵政民営化関連法案が衆議院で可決された4日後の7月9日早朝、県内のある特定郵便局長宅に、賛成票を投じた県選出の衆院議員1人が訪ねた。
 局長は採決前、この議員に何度も面会を求めた。地方の赤字郵便局を切り捨てる法案だと訴えたかったが、門前払いされていた。
 「今さら話を聞いても意味がないでしょ」。裏切られた気持ちをぶつけるように返した。

 郵政関係者の怒りは収まらなかった。特定郵便局長会は、法案に賛成した県選出の衆院議員に就いてもらっていた東、中、南予の各地区会の顧問の任を解いた。さらに7月18日、松山市であった郵政民営化反対集会で、県中予特定郵便局長会長の宮内隆行は壇上で声を荒らげた。「愛媛の先生には、誠意ある行動をしてくれる人がいない」。衆院議員4人への絶縁宣言だった。会場を埋めた1300人の関係者は拳を上げて応えた。

 衆議院が解散される2日前、前議員の塩崎恭久は松山市の街頭に立った。郵便貯金の資金を経済発展に生かすべきと郵政民営化を訴えた。郵政関係者の反発について、塩崎は渋い表情を見せる。「日本経済、社会が元気になるようにやっている。説明を聞いてもらえれば分かってもらえるはず」

 しかし、県内の特定郵便局長会や局長OBらでつくる県大樹支部は「賛成した議員は応援しない」と断言。宮内は「OBからは『前議員を応援するな』と何度も電話がかかる」と対決姿勢を強める。

 大樹などは、これまでの選挙で自民党の集票を担ってきた。以前より集票力は落ちたが、県内で少なくとも7000〜1万票ある。選挙で支援する一方で、郵政の安定を要請していた。

 小泉改革が断ち切ったのは、自民党と郵政関連団体の関係だけでない。これまで基盤としてきた各種団体との間にも楔(くさび)が打ち込まれてきた。医師会もその一つ。

 サラリーマンの医療費自己負担は2割から3割に上がり、医療法人だけに許されていた病院経営にも株式会社の参入が一部認められた。医療機関の死活問題として反発が出た。

 県医師会長の久野梧郎は「小泉首相が医療問題にかかわる政策を変えなければ、支持を取り下げる可能性もある」と突き放す。

 逆に、民主党は、自民党の支持基盤の切り崩しを図る。4人の立候補予定者は特定郵便局を精力的に回る。特に3区に立候補する高橋剛は元郵便局職員。郵便局OBから「頑張ってください」と激励を受ける機会は日増しに増え、選挙ポスターには「郵便局を守る」の文字を入れる。

 「郵便局の票をすべて獲得できると考えるほど甘くはないが、有利な状況」。控えめな口調の奥に自信をのぞかせる。

 支持基盤が揺さぶられるなか、「新しい時代に改革は必要」という自民党県連幹部は、「自民、民主、どちらが改革を行っているかは有権者は分かってくれるはずだ」と力を込める。

(文中敬称略)

1542とはずがたり:2008/01/15(火) 14:49:24
>>1541-1543

この時結局宇和島は山本の肩入れしようとした候補が3位と惨敗している。同一選になって肩入れが出来なく無惨に切り捨てたのか?
この時の当選した市長や宇和島市連と巧く行ってないならそちらと,山本に切り捨てられた方が恨んでるならそちらと文城が手を組むと宇和島の票が割れて面白いのだが・・。

今治でこの時自民支部幹部が推したのは恐らく次点の旧今治市助役の白石哲朗氏であろう。愛媛2区に引っ張り出せないかな?
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1042226470/1844
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1042226470/1855
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1042226470/7085

解散の波紋  2005衆院選
市町村合併「実動部隊」の議員半減 自民“集票マシン”弱体化<中>
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/kikaku/025/3.htm
投票箱を市役所に運び、点検する宇和島市選管職員


 衆議院の解散直前、合併して間もない新・宇和島市内の各世帯に、自民の前議員山本公一の写真が掲載されたパンフレットが入り始めた。市長選の立候補予定者1人と握手し、褒めそやす文章も寄せている。

 合併後初の市長選は9月11日に投開票され、同党に籍を置く保守3人が立候補を表明、新市の主導権争いに激しさを増している。自民党県連会長も務める“実力者”のあからさまな肩入れに、ほかの陣営幹部からは不平の声も漏れた。

 山本陣営では、市長選と衆院選は同時期にはならないとよみ、市長選で応援する人物を決めていた。ところが、突然の解散でそのもくろみは外れた。市長選で聞こえる不協和音に、自分の選挙が万全の態勢で臨めなくなるとみてとった陣営は、「市長選とは切り離して戦う」との方針を示している。

 合併に伴い県内各地で激しい首長選挙が繰り広げられ、摩擦も生じている。今年1月に誕生した新・今治市の市長選も保守分裂選挙となり、今でもそのしこりが残る。

 合併前の昨年10月初旬、今治市内に当時の自民党今治支部の幹部らが集まった。「もうやるしかない」「行動を起こそう」。全員が腹を決めた。離党届には8人の名前とつめ印がされた。

 元幹部らが推した候補は、12市町村と全国でも有数の大規模な合併をまとめた人物で、「新市を束ねるのはこの人しかいない」と決めていた。何度も国会議員や同党県議の事務所を訪れ、協力を求めた。しかし、聞き入れられなかった。

 「県連が支部の声に応えることで互いの信頼関係を築いていたのに」と、元幹部の1人は不愉快そうに振り返ると、言葉を続けた。「衆院選では、もう、何も協力せんよ」

 さらに合併で支部そのものにも異変が起きはじめている。県内に約1100人いた市町村議員は約半数になった。自民党の実動部隊となっていた議員の数が減ったことが波紋を広げている。

 今月上旬、衆院選に向け、解散した今治市内の党支部再結成について協議する会合がもたれた。しかし、議員を辞めた元支部長は出席を取りやめた。「今となっては支部の存在意義があまりないからな」と打ち明ける。

 これまで、市町村議を中心に構成された支部は、選挙で強力な集票マシンとなっていた。その見返りは地元からの陳情を国や県に受けてもらい地元を潤すことだった。利益を共有する関係があり、支部が“手足”のように動いた。

 ところが、合併後、多くの支部員はもう一つの顔の議員を外れ、協力するメリットも薄れた。数が減ったことで動きも鈍っていることは否めない。

 4月以降、今治市内では合併前の旧町村ごとにあった玉川、菊間など6支部が解散した。党県連のてこ入れもあり、すでに4支部が再結成されたが、県連幹部は「全く弱体化した」と頭を抱える。

 元支部長はこう指摘する。「今まで通り、県連が集票力を期待しても応えられる支部が少なくなるのでは」。支部を基盤としてきた自民党の組織戦は転換を突きつけられている。

1543とはずがたり:2008/01/15(火) 14:50:18
>>1541-1543
社民はこの時結局1区に松山市議会議員の野口仁を擁立。

解散の波紋  2005衆院選
野  党 打倒自民「千載一遇のチャンス」<下>
態勢作り土壇場まで
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/kikaku/025/4.htm

 「何としてでも連合の推薦をお願いしたい」
 “郵政解散”から2日後の10日朝、松山市の連合愛媛事務局に民主党県連副代表の藤田光男が訪れ、立候補を予定している4人の推薦を強く要請した。
 連合愛媛会長の河野広美は「十分検討をしていきます」と答えたものの、胸中は複雑だった。連合が民主党を軸とする路線に変わりはない。しかし、「今回の立候補予定者4人全員が有権者を引きつけられるかどうか」。慎重に構えた。

 連合の心配とは裏腹に、同じ日の午後の民主党県連常任幹事会で藤田は語気を強めた。「自民党分裂を受けて行われる選挙。これまで政権奪取を目標にしてきただけに、千載一遇のチャンスだ」。政権交代への期待を込めた。
 2003年衆院選では、各小選挙区で自民党候補に約3〜8万票の大差で敗れた。しかし、昨年7月の参院選愛媛選挙区で、松山市や新居浜市など3市3町で、比例選でも自民党を上回り、保守王国で認知されつつある。

 勢いづく民主党県連に対し、「勝つための戦略、体制が必要」と、連合は冷静に見つめる。県連内からも「民主党の票が候補の票に結びついていない」と指摘する声が出ている。
 全国でも衆参両院で自民独占県は、愛媛と島根県などごくわずか。河野は厳しい口調で言う。「何としても愛媛から民主党の国会議員を出したいんだ」

 一方、全小選挙区に候補者を擁立する従来方針を転換した共産党。県委員会は、4月に1区、5月に3区の擁立を発表したが、2、4区は難航した。「無理かもしれない」と内部からはあきらめともとれる声さえ聞こえていた。党務などに専念していた人材を担ぎ出し、解散の4日前の土壇場で全区での擁立を終え、臨戦態勢を整えた。
 県委員会幹部は「2大政党制に反対するためには候補者は必要だ」と話す。

 厳しさが増しているのは社民党県連だ。解散後9日が過ぎた17日まで候補者は決まっていない。「最後は執行部が責任を取って立候補を考えるべき」。13日に松山市で開かれた常任幹事会で、厳しい意見も出た。
 前回衆院選では1〜3区に候補者を擁立したが、全員が有効投票数の10分の1に達せず、供託金計900万円を没収され、責任を取って前代表の笹田徳三郎が辞任した。代表を受け継いだ村上要は「党の力量、財政に厳しいものがある」と厳しい現状を吐露する。
 昨年の参院選で候補者を立てられなかったばかりでなく、今回の衆院選でも2、4区での擁立を早々と断念。1、3区では、前回立候補者を軸に説得が行われており、県連の人材不足は深刻だ。
 県内の社民党系労組の幹部も嘆く。「党だけでなく、労組でも高齢化が進んでいる。旧社会党時代だったら、候補者になるのさえ難しかった。今では手を挙げる者もいない」。党勢の衰退に歯止めがかからない。
 「党もがけっぷちだが、県連はもっと厳しい。私たちの世代が最後の砦(とりで)」。村上ら執行部の決意は実を結ぶのか。18日に候補者擁立について最後の判断を下す。(文中敬称略)

1544とはずがたり:2008/01/18(金) 19:34:19
山梨県…前回衆院選の比例選で6万806票を獲得して,今回の目標は7万票。宮原公明党県本部代表は,小選挙区は「候補者」、比例は「公明」とする水面下の選挙協力が従来以上に進展するとの期待を込めては8月末、選挙区の推薦を見送り、自主投票にすると発表,会見の席上「特に選挙協力は重要だ」と踏み込んだ。しかし、選挙結果は県本部にとって納得のいく数字ではなかった。読売新聞の出口調査では、自民公認候補は公明支持層の5〜8割を獲得、無所属候補も3〜4割の支持を得た。ある自民党候補の側近は「公明さんのおかげで当選出来た」と言い切った。一方、当選した自民系候補を支えた公明党の得票は6万810票。前回に比べ4票増えただけだった。

検証 2005衆院選
存在感増す公明票
“見返り”に失望感も
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/kikaku/030/4.htm?from=goo

 「色々お世話になりました。ありがとうございました」
 投開票日から一夜明けた12日。甲府市の公明党県本部を当選者が相次いで訪れた。3区で当選した無所属前議員の保坂武、比例選南関東ブロックで復活当選を決めた自民党の赤池誠章と小野次郎。真っ黒に日焼けした3人は、県本部代表の宮原稔育に深々と頭を下げた。「おめでとうございます」。笑顔で応じた宮原だが、選挙前の“計算”を考えると、思いは複雑だった。
   ◇   ◇
 公明党県本部は前回衆院選の比例選で6万806票を獲得した。今回は、党本部が34議席維持の号令をかけ、県本部には比例選の票の上積みが求められた。県本部は7万票を目標に掲げ、支持母体の創価学会を主体に支持拡大を図った。

 今回、自民分裂により接戦が見込まれ、県内の各選挙区で2万票前後の公明票に熱い視線が注がれた。しかも、比例候補のみの公明県本部は、公職選挙法の規定などにより、公示後は県内で1日しか街頭演説を行えなかった。宮原は8月末、選挙区の推薦を見送り、自主投票にすると発表した会見の席上、「特に選挙協力は重要だ」と踏み込んだ。小選挙区は「候補者」、比例は「公明」とする水面下の選挙協力が従来以上に進展するとの期待があった。

 赤池は公示後、街頭で「小泉自公連立政権」と叫んだ。郵政民営化関連法案に反対して自民公認から漏れた保坂は衆院解散後、公明党県本部を訪問。その後、選対本部長で県議の深沢登志夫も公明に推薦を依頼した。選挙協力の進展は創価学会に伝わったとされ、遊説カーで「比例は公明」と訴える陣営も出た。

 しかし、選挙結果は県本部にとって納得のいく数字ではなかった。読売新聞の出口調査では、自民公認候補は公明支持層の5〜8割を獲得、無所属候補も3〜4割の支持を得た。ある自民党候補の側近は「公明さんのおかげで当選出来た」と言い切った。一方、当選した自民系候補を支えた公明党の得票は6万810票。前回に比べ4票増えただけだった。ある自民系陣営が県本部に伝えた「比例は公明」の票数が、実際には約束の1〜2割に過ぎなかったという調査結果もあった。「皆さんにはうちの票がかなり入ったけど、向こうからこちらにはどれだけ入ったか」。宮原はこうぼやき、埋没への焦りをうかがわせた。

 自民党県連幹事長の前島茂松は14日、公明県本部を訪れた。野党だった中選挙区時代と違い、自公連立の枠組みで3回の総選挙を戦った県本部。応対した県本部事務長の吉田一国は、確かな選挙協力の必要性を感じていた。
 「これからは定期的に話し合いの場を持ちましょう」
 前島にそう提案した吉田は、次期選挙を見据えていた。(文中敬称略)
(この企画は、本間圭一、近藤幹夫、大広悠子、今野仁、赤井真平、新美舞、小谷毅彦、田中重人が担当しました)

1545とはずがたり:2008/03/26(水) 22:03:13
【兵庫】
護憲派共闘、道険し 社民と新社会の調整難航
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/hyogo/OSK200508220037.html
2005年08月22日

 30日公示の総選挙で、県内の「護憲票」の動向が注目を集めている。護憲勢力の代表的存在だった社民党の土井たか子前党首(76)が比例単独に回り、前回総選挙で見られた民主党との選挙協力も崩れた。他府県では共闘が実現した社民と新社会党との調整も難航する。憲法改正への動きが強まり、全国的に護憲派の退潮傾向が進むなか、結集の糸口さえ見いだせない状態だ。

 ●共産は独自路線

 社民は今回、6区に元衆院議員の中川智子氏(57)、7区に福島瑞穂党首の後援会事務局長を務めた坂本洋子氏(43)、8区に奈良県から立候補していた元衆院議員の植田至紀氏(39)をそれぞれ擁立。前回、次点ながら7区で約9万6000票を獲得した土井氏の支援者を頼りに、票の掘り起こしを狙う。

 00年の総選挙の後、近畿で五つあった同党の議席は今、土井氏の一つしかない。政界引退も取りざたされていた土井氏は党勢の衰えを防ぐため、比例での「後方支援」に回ることを決意。18日の西宮市内での記者会見では、「憲法を争点に掲げ続けた社民党の議席が消えてなくなる、と聞いては黙っていられない」と意欲を見せた。

 ただ、前回は7区で土井氏を支持した連合兵庫が、各区で民主陣営を支援する方針を決めるなど、逆風もある。社民党県連の今西正行代表は「労組の組織率が下がり、派遣社員やパートも増えた。今後、党としては未組織労働者の受け皿をめざしていく」と方針転換を明らかにした。

 その社民党と96年に決裂した新社会は、1区に党県本部委員長の原和美氏(55)を擁立することを決めた。広く護憲勢力の支持を取りつけるため、無所属で立候補するが、県本部の幹部は「社民に選挙協力を申し入れているが、よい返事がない」と打ち明ける。

 新社会も結党当初は衆院2人、参院3人の議員を抱えていたが、現有議席はゼロ。それだけに、「分裂時の感情的なわだかまりを捨ててでも、社民と一緒にやらなければ明日はない」と切実だ。

 一方で、社民党が候補者を立てる阪神間に新社会党の市議は少なく、目立った支援が期待できない。ある社民幹部は「選挙協力を組めば、新社会にアレルギーがある労組票を失いかねない。純粋な損得勘定でも、こちらにメリットはない」と言い切る。

 新社会は共産党にも「護憲共闘」を呼びかける。だが、同党県委員会は解散前に県内12の選挙区すべてに、党公認候補を擁立する方針を決めた。減少傾向にある比例近畿ブロックの議席の回復もめざし、独自の路線を取る。

 県委員会の幹部は「護憲という点では一致しているが、日米安保などの基本政策で、旧社会党の勢力とは考え方が違いすぎる。地方選挙ならいざ知らず、国政では一緒になれない」と説明した。

1546名無しさん:2008/06/05(木) 05:54:16
彼 最低 私 かなり 騙されて いました 自分の女 嘘で固めているなら 政治なんて チャンチャラ 笑います 近い 内に 皆様 お楽しみに…

1547とはずがたり:2008/06/05(木) 08:40:03
>>1546
このスレは前回2005年の総選挙のスレなんですけど,どうしてまたここなんでしょう。。
しかし政治家絡みのちくりなら大歓迎なんでまたお願いします。

1548tk:2008/06/14(土) 18:57:43
民主党公認内定候補者会議
131名を集めてとなっていますが、いままでの公認内定は130名(党サイト上も130?)このお一人の方はどなたなのでしょうか?なにか情報ありましたらお教えください。

1549名無しさん:2008/06/14(土) 20:05:00
>>1548
スレ違い
一つ前のレスを見てからもしないで書き込むなよ
2ちゃんでもマルチポスト&連投してたけど、マナー違反だぞ

1550とはずがたり:2008/06/14(土) 21:58:04
>>1548-1549
まぁこちらでマルチポストした訳ではないですし。。
取り敢えず本スレに転載しておきますね。

1551とはずがたり:2008/09/26(金) 23:18:52
2005衆院選
09月08日
「郵政民営化反対」自民参院議員2氏
水面下の対応 対照的
http://www.niigata-nippo.co.jp/senkyo_data/rensai/2005-syu-n91.html

 11日の衆院選投開票日まであと3日。各陣営が最終盤の追い込みに奔走する中、郵政民営化関連法案に反対票を投じた自民党の桜井新、田中直紀の県関係参院議員2氏は選挙戦の表舞台に姿を現していない。同党の本県6選挙区の公認候補がすべて郵政民営化賛成を明確にしているという事情もあるが、桜井氏は事務所スタッフが党公認候補陣営に参加。一方、田中氏のほうは後援会が非自民候補の支援に動いており、水面下での対応は対照的だ。

桜井 新氏 「公認」陣営へ秘書らが協力
田中直紀氏 自民対抗馬を後援会が支援

 郵政民営化関連法案に反対した衆参両院議員の一部が新党に移る一方、桜井、田中両氏は自民党にとどまっている。
 小泉純一郎首相ら同党執行部が郵政民営化を今衆院選の争点に掲げる上に、法案に反対した議員に離党勧告を行う方針も示しており、両氏は微妙な立場に置かれている。そのため、自民党県連は両氏に対し同党公認候補への応援要請を行わなかった。

   ■   ■

 「会を設立した田中直紀参院議員、田中真紀子さんとともに行動することを誓い、私の決意といたします」
 7日、1通の封書が6区有権者のもとに届いた。文面には6区民主党前職の名前が記され、封書の差出人名は「地方切り捨ての政治を変える会」、同会の連絡先は「田中なおき上越事務所」。同封された別の文書には、同会が小選挙区はこの民主前職、比例代表には国民新党をそれぞれ推薦したことが明記されている。

 3区では、国民新党新人の選対本部長に田中直紀後援会幹部が就任。同陣営によると、3区後援会の多くがこの新人候補を、一部は社民党新人候補の応援で動いている。
 後援会関係者によると、3区の直紀後援会は当初、社民新人の支援を決定。しかし、国民新党の候補擁立を受けて方針を撤回し、国民新党の候補を支援する方針に転換したという。

 後援会が非自民候補の応援で動きを加速させる一方、直紀氏本人は公の席に姿を見せていない。公示日に5区出馬した妻の無所属前職の出陣式に顔を出したものの、報道陣の問いかけには堅く口を閉ざしていた。

 もともと田中家の地盤でなかった3区や6区で直紀後援会に入っているのは、地元の自民国会議員に不満を持つ非主流派保守系が多い。直紀氏サイドの動きについて自民県連幹部は「明らかな党規違反だ」と断じた上で、「離党を視野に入れた確信犯かもしれない」と推測する。

   ■   ■

 「皆さんのおかげで参院議員にさせてもらった。この選挙、党の方針に従い、できるだけのことはしたいと思っている」
 先月28日午前、田上町の温泉旅館で行われた自民県議の県会議長就任パーティー。あいさつで桜井氏は、同党公認候補への支援を明言した。
 パーティーには10数人の自民県議も出席。そのうちの多くが、同日午後に三条市で開かれた自民4区新人の総決起大会にも顔を並べた。だが、桜井氏は最後まで姿を見せることはなかった。

 桜井氏は、解散総選挙を受け以前から計画していた外遊をキャンセル。公示直後には新潟日報社の取材に対し、「選挙区には毎日入る。電話という便利なものがある」と語り、水面下での選挙応援を展開している。

 一方で、桜井氏の秘書は選挙スタッフとして4、5区の自民新人の選対事務所に入っている。秘書の一人は「桜井事務所とは無関係。一自民党員として、党勢拡大に協力するのは当然だ」と説明する。

 ある自民陣営は「民営化反対の桜井さんが街頭演説などに出るのは、選挙にマイナス。しかし、側面支援はありがたい」と語る。
 対照的な田中、桜井両参院議員の行動だが、自民ベテラン県議は「自民候補を応援する桜井さんだって、郵政をめぐる政局次第では離党の可能性もある」と指摘する。

 「今衆院選で自民が勝つかどうかで政局の流れが大きく変わる。本人が表面に出ないのは、衆院選後に控える政局で動きやすいようにと考えているからではないか」

1552名無しさん:2008/12/02(火) 15:40:36
----- Original Message -----
From: dodogawanet
To: his.div@city.matsusaka.mie.jp
Sent: Tuesday, December 02, 2008 12:44 PM
Subject: 下村猛市長。今回の選挙は、どうなりますか。


下村猛市長。今回の選挙は、どうなりますか。

現況予測:投票者数6万5千人
下村猛と書きに行く人の数:男2万人、女5千人、合計2万5千票0000落選?
山中光茂と書きに行く人の数:男1万5千人、女2万5千人、合計4万票

----- Original Message -----
From: dodogawanet
To: info@yukanmie.com ; senkan@pref.mie.jp ; senkan@city.matsusaka.mie.jp
Sent: Monday, December 01, 2008 12:11 PM
Subject: 市内には既に山中光茂候補の政策文書が氾濫。市民との政策協定の締結で投票依頼。




http://www.geocities.jp/kenbosaijp/matusaka.htm

1553オッツダルヴァ:2008/12/20(土) 00:03:07
こんな国に本当に国民のために「政」してる政治家なんかいると思うか?
自民・公明は創価のパシリだし、民主党も与党との違いがわからんし、
サヨク(社民・共産)は昔から旧態依然としたステレオタイプ。
誰が総理やっても一緒だから、この際博打で民主党・国民新党あたりに
政権任せてみれば?

1554とはずがたり:2008/12/20(土) 00:48:54
ご意見有り難うございます。
判りにくくて申し訳ありませんがこのスレ民主が惨敗した2005年の総選挙のスレです。

08年の次期総選挙はこちらでお願いします。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1146286762/l50

1556とはずがたり:2009/01/27(火) 11:53:08
検索序でに間違えてageてしまったけど,これは前回05年郵政解散選挙のスレです。。
お間違えなきよう。。

1557千葉9区:2009/02/08(日) 16:13:53
瓦は引退ですかねえ・・・
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/ishikawa/OSK200508260044.html
【石川】
選択の現場で(上) 3区「瓦票」自・民が皮算用
2005年08月26日

 「瓦先生には比例区の安心安定の名簿上位を獲得してもらい、能登から2人で国政に臨みたい」

 21日、七尾市であった事務所開きで、自民新顔の北村茂男(59)は、公認を争った自民前職の瓦力(68)との協調を訴えた。

 事務所開きには、参院議員の沓掛哲男や党県連幹事長の矢田富郎、県議の長憲二らも出席。「瓦さんと2人ですみ分けして」「アベック当選で能登から2人の国会議員を」と判で押したように、瓦を持ち上げる言葉が続いた。

 それまで繰り返してきた瓦批判は見られなかった。

     ◇

 瓦と県議らとの確執は前回総選挙前にさかのぼる。


 3区内の県議が「地元貢献が足りない」と公認に異論を唱えた。当時、党県連幹事長だった北村は「中央の金を配分するのが政治家の仕事だ」と言い切った。瓦が反省の弁を表明して問題は決着したが、その後も確執はくすぶり続けた。

 04年の七尾市長選。前回総選挙で瓦の選対本部長を務めた長が出馬を表明したが、瓦はこれを支持せず、結局、長は出馬を断念。しこりとなり、長も反瓦に回った。

 「瓦さんは選挙民と向き合っていない」「能登の政治を変える必要がある」

 8月10日、3区の自民党県議でつくる「3区同友会」の席上で、瓦批判は相次いだ。その直後に北村は「現状には政治的に問題がある」と出馬の意欲を示した。

 党県連は3区での出馬意思を示していた瓦に比例転出を要請。前首相の森喜朗の働きかけもあり、公認は北村となった。


     ◇

 瓦を刺激するな――。

 北村陣営は今、選挙戦略として徹底させる。

 瓦支持者からすれば、北村は「瓦降ろし」の急先鋒(きゅうせんぽう)。一方、出遅れた北村にとって、瓦票はどうしても引き継ぎたい。そのためには、これ以上、瓦を刺激することだけは避けなければならない。

 それでなくても、能登は、有権者の入れ替わりの激しい都市部とは異なり、浮動層が少ない。そうした中で、瓦の「個人票」の行方は勝敗を左右しかねない。

 瓦票を取り込みたいのは、民主元職の桑原豊(59)も同じだ。

 前回総選挙では、それまでの比例単独から小選挙区に転出。初めて出身地の3区で戦ったが、瓦との差は3万6000票。比例区での復活もかなわなかった。


 当選するためには、自民票の取り込みが必要だ。昨年4月から今年7月にかけて4地区で後援会を立ち上げた。解散直後から精力的にミニ集会や街頭演説を繰り返す。

 「自民党以外の候補が当選したことのない、3区から流れを変えよう」

 24日夕、桑原は七尾市役所前でマイクを握った。北村と瓦の確執について桑原は表向き、「政治的な志が感じられない、内向き、後ろ向きのいがみ合いにしか映らない」と横目で見る。

 だが、本音は少し違う。「今回の選挙は天がくれた絶好のチャンス」。

 小泉首相から比例転出を要請されたという瓦は「静かに考えたい」と話し、まだ、正式には比例転出を受け入れてはいない。態度を表明するのは公示日前日の29日だ。

(文中敬称略)

  ×  ×  ×


 30日公示、9月11日投開票の総選挙を前に、石川1〜3区の現場を歩いた。

1558とはずがたり:2009/02/09(月) 04:41:57
>>1557
瓦が引退を拒絶して出て貰ったりすると面白いですけど,流石に情けなくも大人しく引き下がるんじゃないでしょうかね。お情けでしゃーなく1期やらせて貰ったんだし。…と瓦の造反を煽ってみるw

1559とはずがたり:2009/02/11(水) 20:01:18
「比例は公明」動き活発 自民系対立区 '05/9/9
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/05/news/Sn05090903.html

 終盤の戦いを展開する中国地方の衆院選で、「自民党系分裂区」の候補や陣営が比例中国での公明への投票を呼び掛ける動きが活発になっている。選挙区で票の上積みを、比例の戦いに絞り込む公明からの「見返り」に託す―。そんな思惑が、選挙戦が佳境に入るにつれ表面化している。

 国民新党の前職、民主党の前職、自民党が支援する無所属新人らが全国の注目の中でしのぎを削る広島6区。公明党は「自主投票」と決めている中、後半戦に入り無所属新人の訴えに新たなフレーズが加わった。「比例は公明へ」

 七日午後、因島市内の船舶修繕会社。社員らを前に演説した無所属新人は「比例は改革を掲げる公明党でお願いします」と締めくくった。「なんで公明党なの」。会場から投げ掛けられた問いに新人は、「業務提携しているもので」と応じた。

 公明党や支持母体である創価学会の関係者も、ここにきて無所属新人支持に傾く。公明党の支持者で因島市内の集会に参加した主婦(57)は「党支持者の仲間から日程を聞いた」と明かす。6区では「比例を応援してもらえるなら、どの候補ともバーターをする」としてきた公明党。利害が一致したのと、自民党も無所属新人の支援を本格化させたという「与党枠」の事情もある。

 ただ、県北部では公明党内にも国民新党前職への支持層がある。民主党前職との「個人的なつながり」を保つ支持者も少なくない。6区の「公明票」は二万五千前後とされる。県本部の幹部でさえ「すべて無所属新人に集めるのは困難」と認める。

 六人が立つ広島3区。七日夜、広島市安佐南区内であった元自民党県議で無所属新人の総決起大会で、陣営幹部が千人以上の聴衆を前に「比例は公明に」と声を張り上げた。

 幹部は、「公明党との票のバーターなどの約束はない」と説明する。しかし、ライバルの自民党前職は公明党の推薦を得る。同時に公認調整を整えた比例の自民党候補を応援する立場にあり、その点を突いて公明票への期待を表明した格好だ。「何割かでも票が回ってきたら」と幹部は言う。

 約二万三千とみられる公明票のある鳥取2区。自民党公認を得られなかった無所属前職の陣営は「前回多くの票をもらった」と関係の深さを強調。それに対し、自民党新人陣営は公明党推薦を前面に押し出す。

 各陣営からラブコールを受ける公明党県本部の関係者は「与党の枠組みを基本とし、推薦した自民党候補を支援する」と繰り返す。その上で、「『比例で一票でも多く』が大前提」と含みも持たせる。

 東京12区では、自民党の比例の公認が得られなかった前職が無所属で立ち、公明党幹部の前職と激突している。そんな事情も「自・公蜜月」に影を落とす。鳥取2区内のある公明党支持者は「自民党がどれだけ本気になってくれるのか、心もとない」と明かす。

 岡山3区では、自民党新人陣営の中核を担う日本看護連盟が参院選で毎回、自民党公認の比例候補を立てている。公明党とは競い合ってきた間柄だけに、同連盟幹部は「どれほどの公明票を期待できるのか」と戸惑いを隠さない。

 一方、新人を迎え撃つ無所属前職の陣営は「自民党の候補だった時から『比例は自民党』と訴えてきた」と「公明依存度」の低さを強調している。

1560とはずがたり:2009/02/11(水) 20:06:17
>>1559-1560
> ただ、県北部では公明党内にも国民新党前職(亀井)への支持層がある。民主党前職(佐藤)との「個人的なつながり」を保つ支持者も少なくない。6区の「公明票」は二万五千前後とされる。県本部の幹部でさえ「すべて無所属新人(堀江)に集めるのは困難」と認める。

> 六人が立つ広島3区。七日夜、広島市安佐南区内であった元自民党県議で無所属新人(石橋)の総決起大会で、陣営幹部が千人以上の聴衆を前に「比例は公明に」と声を張り上げた。
> 幹部は、「公明党との票のバーターなどの約束はない」と説明する。しかし、ライバルの自民党前職は公明党の推薦を得る。同時に公認調整を整えた比例の自民党候補を応援する立場にあり、その点を突いて公明票への期待を表明した格好だ。「何割かでも票が回ってきたら」と幹部は言う。


■2005年選挙得票
1 河井克行 自由民主党 前 94,017 当選
2 橋本博明 民主党 新 59,576  
3 石橋良三 無所属 新 31,792  
4 金子哲夫 社会民主党 元 26,269  
5 大西理 日本共産党 新 9,892  
6 二見順子 無所属 新 1,824


> 約二万三千とみられる公明票のある鳥取2区。自民党公認を得られなかった無所属前職の陣営は「前回多くの票をもらった」と関係の深さを強調。それに対し、自民党新人陣営は公明党推薦を前面に押し出す。
> 各陣営からラブコールを受ける公明党県本部の関係者は「与党の枠組みを基本とし、推薦した自民党候補を支援する」と繰り返す。その上で、「『比例で一票でも多く』が大前提」と含みも持たせる。

> 東京12区では、自民党の比例の公認が得られなかった前職(八代)が無所属で立ち、公明党幹部の前職(太田)と激突している。そんな事情も「自・公蜜月」に影を落とす。鳥取2区内のある公明党支持者は「自民党がどれだけ本気になってくれるのか、心もとない」と明かす。

> 岡山3区では、自民党新人陣営(阿部)の中核を担う日本看護連盟が参院選で毎回、自民党公認の比例候補を立てている。公明党とは競い合ってきた間柄。
> 一方、新人を迎え撃つ無所属前職の陣営(平沼)は…と「公明依存度」の低さを強調している。

1561名無しさん:2009/03/17(火) 20:56:16
Re: 3月10日逗子駅前にて 投稿者:小沢 治三郎 投稿日:2009年 3月16日(月)11時23分18秒   通報 返信・引用
> No.26[元記事へ]http://6313.teacup.com/k16/bbs/30

 投稿の写真を見て驚きました。それは政治活動期間中にもかかわらず、個人名の入ったタスキを着けていることです。お隣には傘を持つ候補者夫人と、応援弁士である石井一民主党副代表が写っています。民主党副代表のお墨付きとはさらに驚きです。
 この行為は、事前運動とみなされる可能性が高く、最寄りの選挙管理委員会、もしくは警察署に通報されるべきではないでしょうか?

1562とはずがたり:2009/05/28(木) 14:50:31

【山口】
問う。〈上〉岩国基地 機能強化、聞こえぬ論戦
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/yamaguchi/SEB200509060019.html
2005年09月06日

 「決まってからでは遅いんです」。総選挙も中盤戦という4日夕、買い物客でにぎわう岩国市中心部のスーパー前で、河本かおるさん(53)は署名を呼び掛けた。米海兵隊岩国航空基地の機能強化に反対する署名だ。

 市民団体代表の河本さんは30年来、同市桂町で暮らす。基地を離着陸する戦闘機の爆音で国の騒音区域に指定された地域だ。窓を閉めても電話の声が聞こえない時がある。それでも「元々そこにあるものとして、基地の存在に疑問を持つことはなかった」

 そんな意識が昨夏以降、変わってきた。米軍再編に絡み、米海軍厚木基地(神奈川)の空母艦載機部隊と夜間発着訓練(NLP)の岩国移転案が浮上したからだ。報道が繰り返され、危機感が募った。再編案の中間報告が9月に公表されると聞いて8月上旬から毎週末、他団体とも連携して反対署名に取り組む。

 そこに降ってわいたのが解散・総選挙。それによって公表は10月以降にずれ込みそうだと報道された。「その間に、見えないところで移転案が固まってしまうのでは」

 河本さんは基地問題を「地域の最重要課題」と位置付け、各党のマニフェスト(具体的な公約集)や候補者の訴えに注目した。自身、国政選挙でこの問題を投票基準にするのは初めて。だが、どこの公約でも優先順位は低く、説明不足だと感じる。「移転反対を最も訴えているのは共産だが、『基地のない岩国』という考えは現実的ではないように思える。自民と民主は明確に反対していないし……」。投票先を決めかねている。

 地元には、移転案を受け入れ、地域経済の活性化に結び付けようとの動きもある。岩国商工会議所は6月、基地滑走路の軍民共用化など条件付きで受け入れ容認を決議。決議に賛成した経営者の1人は「なし崩し的に基地を強化されたら困る。受け入れの見返りを実現させることが岩国のためになる」。政府との交渉を有利に進めるため、政権与党になりそうな政党に投票するという。

 こうした動きがある一方、地元の山口2区で基地問題を巡る論戦は低調だ。共産新顔の山中良二氏(46)は4日、岩国駅前の街頭演説で「基地のない岩国を願って来た唯一の政党」と強調。ただ、この日も郵政や税制の話が先だった。

 民主前職の平岡秀夫氏(51)は「積極的に訴えられるほど正確な情報を今は持っていない」。自民新顔の福田良彦氏(35)は「国から具体的な提案がないので、選挙戦では触れない」。2人は市内出身で、騒音被害が深刻な地域で育った。

 基地強化反対の署名運動には市自治会連合会も参加している。基地に隣接する川下地区の土肥慶久・自治会連合会長(70)は、あきらめといら立ち混じりに話す。「国政選挙で基地問題が争点になったことはない。せめて当選後には、地元の声を聞いてほしい」

    ◇

 総選挙も、はや後半戦。自民党の分裂選挙や政権交代の可能性に注目が集まり、選挙への関心は高まっている。だが、郵政民営化や年金改革、増税を巡る論戦の間で、地域固有の課題は埋没しがちだ。重要課題を抱える地域の声を聞いた。

1563とはずがたり:2009/05/28(木) 14:50:44

【山口】
問う。〈中〉上関原発 視線、郵政より島の生活
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/yamaguchi/SEB200509070017.html
2005年09月07日

 総選挙公示翌日の8月31日朝、上関町長島沖の瀬戸内海に小型漁船40隻が集まった。どの船にも「原発絶対反対」の旗やのぼりが揺れる。中国電力(本社・広島市)が長島に計画した原発建設への抗議行動だ。漁船の主は「漁場が汚染される」として計画に反対する対岸の祝島の漁民ら。海底ボーリング用の台船を9時間近く包囲し、中電側は作業できなかった。

 海際の建設予定地の4キロ西に浮かぶ祝島では、全島民約600人の9割が反対派と言われる。その中心が祝島漁協だ。

 翌1日、祝島を訪ねると、漁協事務所裏の水産加工場で、婦人部の8人がハモを干していた。いずれも60歳以上。「国の原発政策を進めてきた政党には投票しない」と口をそろえる。正本笑子部長は「郵政民営化などの話はよく分からないが、原発の話には私たちの生活がかかっている」。

 反対派のリーダーによると、反対派島民の多くは、比例区では、原発政策に反対する政党に投票してきたという。小選挙区制の導入以降、地元の山口2区には、その党の候補者がいない。今回も公示後、2区の3候補者は誰も島に入っていない。「いつものことだから」と正本さん。原発問題を含め島の実態に理解のある候補者に投票するという。

 同じ日、対岸の長島では、推進派の上関漁協事務所前で、自民新顔の福田良彦氏(35)が街頭演説。推進派町議や商工業者、中電社員ら約100人が集まった。原発問題には触れなかったが、選挙カーには推進派の柏原重海町長が乗り込んだ。

 町財政は国の原発交付金に頼ってきた。昨年度は一般会計予算45億円に対し、電源立地地域対策交付金7億5千万円。だが、今年度は6500万円に激減。度重なる着工延期で、10年間の優遇期間が切れたためだ。

 柏原町長は「反対住民の思いも理解できるが、町づくりのためには1年でも早く着工して欲しい。そのためには、原発立地を進めてきた政権与党を支持しなければ」。

 原発建設計画は82年に浮上。以来、計画の是非を巡って町は揺れ続けているが、反対派住民の目から見ると、国政選挙で大きな争点になったことはない。今回も同様だ。

 福田氏は「推進の立場だが、賛否双方の意見に耳を傾けたい」。民主前職の平岡秀夫氏(51)は「原発立地を、どんどん進める状況にはない。周辺住民の意向を尊重すべきだ」。共産新顔の山中良二氏(46)は「上関原発は造らせない」。

 三人三様だが、3人とも郵政民営化や年金改革、増税問題に比べ、演説で触れる機会は少ない。原子力開発・利用の動向や安全性に関する調査研究を目的とするNPO法人「原子力資料情報室」(東京)の西尾漠・共同代表は言う。

 「原発問題は、建設予定地周辺の狭い地域以外では、有権者の関心が薄れ、得票につながりにくい。だが、原発政策は国民全体の問題だから、もっと議論すべきだ」

1564とはずがたり:2009/05/28(木) 14:50:56

【山口】
問う。〈下〉市町村合併 地方合理化、住民に功罪
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/yamaguchi/SEB200509080004.html
2005年09月08日

 3月の合併で発足した新しい萩市は、日本海に面した阿武町をぐるりと包囲する形が話題を呼んだ。同町が合併を拒み、単独町政を選んだ結果だ。

 この合併話は、旧萩市と阿武郡7町村で始めたが、途中で旧須佐町と阿武町が離脱。後に旧須佐町が復帰した。阿武町は「阿武町の基金は阿武町で使いたい」(小田徳太郎前町長)などとして広域合併拒否を貫いた。

 だが、人口約4000人の町の現実は厳しい。今年度一般会計当初予算約29億円の50%超は地方交付税で、国への依存度は高い。00年度に約36億円だった予算規模は縮小傾向にある。小泉改革の一環で、国と地方の税財制を見直す三位一体改革によって、この間、同交付税が19億5000万円から15億4000万円に減ったことが大きいという。

 町は歳出削減に努め、昨年7月から助役も収入役も不在。議員報酬も今年5月から53%減の月額9万円に。それでも花田憲彦・総務課長は言う。「合併でも単独でも、都市部から離れた周縁部という町の置かれた立場は同じ。合併を巡って揺れたお陰で、住民に自立意識が芽生えた。今後は町の独自性を出したい」

 一方、住民の心境は複雑だ。長年、自民党支持者だったという年配の女性は、投票先を迷う。「細々と努力する地方からすれば国に求めたい施策は多いが、今の小泉首相の独裁的な手法は好きじゃない」。海産物店の女性(55)は、町の歳出削減策について「これまで無駄が多かった証拠だ」と歓迎。総選挙では与党が公約する構造改革に期待する。「冷え切った地方を何とかしてほしい」

 合併した市町村にも問題が生じている、保育料や福祉サービスが新市の基準に統一され、合併前より条件が悪くなることもある。旧須佐町の住民にとっては子供の医療費補助も、その一つだ。

 ある自営業男性(38)には、小学生を含め3人の子供がいる。合併前「小学生以下」の医療費は無料だったが、合併後は対象が「小学生未満」に変わった。「今後は、子供が風邪を引いたくらいでは受診を控えようと思う。総選挙を機に合併の功罪を検証すべきだ」

 合併で03年4月に発足した周南市の旧熊毛町地区。今年7月、早朝の大雨で床下浸水などの被害が出たと聞いて、元町議の田中泰典さん(77)は市熊毛総合支所に駆け付けた。「災害に対応してほしいのに、人が少なくて不安を感じた」。合併前約120人いた職員は約50人に減っていた。

 田中さんは「小泉政権で進んだ合併が住民にプラスになったか疑問だ。町役場の時代は地域に目が行き届いた」。一方、木谷教造支所長は「行政と住民で役割分担し、住民に出来ることは住民で行うべきだ。職員数は減ったが、効率化を目指す意識は高い」と話す。

 山口市は10月、周辺4町と合併する。市内の街づくり活動に取り組む自営業男性(50)は、新市に期待する一方で、総選挙で投票したい政党や候補者がいないと嘆く。「地方は国の合併政策で合理化された。その行く末を地元の国会議員は真剣に考えてくれるだろうか」

1565とはずがたり:2009/05/28(木) 14:54:27
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1036550420/610 >>1395-1396 >>1465

【山口】
比例名簿抹消の社民・羽熊氏が謝罪
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/yamaguchi/SEB200509060008.html
2005年09月06日
 総選挙の公示後に公民権停止中とわかり、比例中国ブロックの名簿から抹消された社民党の羽熊直行氏(61)が5日、山口市内で記者会見した。擁立した党県連合の幹部が同席し、羽熊氏は「軽率にも、公民権停止はないと思っていた。立候補が逆効果になり、慚愧(ざんき)に堪えない。党と有権者に申し訳ない」と謝罪した。

 さらに、「(公選法違反で略式命令を受けて)罰金を払ったので決着したと思っていた」として、「裁判所の文書には公民権停止の文言がなかった。弁護士に確かめないで立候補したのは思慮不足だった」と語った。

 党県連合の佐々木明美代表は「選挙違反の事案なのだから、もっと深く調査すべきだった。県連合として慎重さを欠いていた」と話した。

 羽熊氏は03年7月に上関町議補選で落選した後、町に住んでいる事実がないとして告発された。昨年6月に公選法違反(詐偽投票など)の罪で10万円の罰金刑が確定し、5年間の公民権停止中だった。

1566とはずがたり:2009/05/28(木) 15:00:21
こいつは未だ活動して居るみたいだが今後はどうするんかな?
http://www.iwais.com/
http://iwais.cocolog-nifty.com/hasiru/

【静岡】
倉田氏公認で分裂 自民6区、岩井氏「無所属でも」
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/shizuoka/TKY200508210050.html
2005年08月20日

 衆院選6区で自民党の候補者選びを巡り、党本部と県連に亀裂が深まっている状況を受け、支部県議団会議が20日、沼津市内であった。党本部は公認候補として前職の倉田雅年氏(66)を発表したが、県連推薦を決めた参議院秘書の岩井茂樹氏(37)が無所属での立候補を表明。現状打開の妙案はなく、21日の6区市町村支部代表者会議で対応を決める方針だ。

 会議には8人の県議のほか、県連の前沢侑幹事長と小野健吾総務会長が出席。県議からは「このままでは選挙は戦えない」「各支部長が混乱している」と困惑の声が上がった。

 会議後、前沢幹事長は「各支部のみなさんの意見を聞き、支部の分裂は避けたい」と強調する一方で、自民が分裂する選挙の様相が濃くなっている状況について「倉田さんが公認を取った以上、このままでは分裂はやむを得ない」と話した。

1567とはずがたり:2009/05/28(木) 15:01:15
>>1566-1567

【静岡】
自民県連推薦の岩井氏が出馬辞退 「分裂避けたい」
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/shizuoka/TKY200508220194.html
2005年08月22日

 衆院6区に自民党県連の推薦を受け、無所属の立場で立候補を予定していた参院議員秘書の岩井茂樹氏(37)が21日、沼津市内であった党市町村支部代表者会議で、「分裂は避けたい」と一転して立候補の辞退を表明した。県連は党本部が公認を決めた前職の倉田雅年氏(66)で一本化を図るが、一方的に倉田氏を「国替え」で押しつけてきたことで各支部には不満もくすぶる。去就が注目されている元航空会社員の木部一氏(40)は、22日に態度を明らかにする予定だ。

 会議では、支部長らが意見を述べた後、別室に岩井氏を呼び、前沢侑県連幹事長、小野健吾総務会長らと地元の県議団が立候補の意思を確認したところ、辞退を伝えた。この後、岩井氏は各支部長らの前で涙ぐみながら「つらい決断だが、立候補を断念させていただきたい」と表明した。

 記者会見で、岩井氏は「6区は長い間、分裂選挙を続けている。何としても民主党に勝たなければならないことが、地元のみなさんの熱い思いだった」とし、「私が無所属で立候補すれば一本化して民主党に打ち勝つことに反する」と苦渋の表情で理由を述べた。

 「県連から(辞退への)働きかけはなかった。自分と自分の陣営で決めた」と話したが、「旗やポスター、遊説日程も決まったばかり」といかにも無念そう。「6区への思いは消えない。地元に骨を埋め一歩ずつ前進してきたい」と、「次回」に向けた決意を披露した。

 前沢幹事長は「分裂選挙になることに耐えられない思いだったと思う。賢明な選択だ」と岩井氏の決断を評価。倉田氏で一本化することについて「地域の党員には戸惑いや怒りもあるだろうが、精神論では選挙は戦えない」と結束を求めた。

 こうした状況に支部の反応は様々だ。「党公認を受けた倉田氏を支えていくしかない」と話す支部がある一方、党本部の強引ともいえる手法に「倉田さんでは汗はかかないかもしれない」と冷ややかな姿勢も。「党本部のこんなやり方では次の参院選にも影響する」と批判の声も根強い。

 倉田氏は「岩井さんには大変申し訳ない。6区の皆さんにはご迷惑をかけるが、勝つために一本化してもらった。皆さんの力を貸していただきたい」とコメントした。

1568とはずがたり:2009/05/28(木) 15:02:08

【静岡】
木部氏も出馬断念 自民6区、倉田氏で一本化へ
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/shizuoka/TKY200508230227.html
2005年08月23日

 衆院選6区に立候補の意欲をみせていた元航空会社員の木部一氏(40)が22日、「分裂しては自民党が政権党を維持できない」と、立候補しないことを表明した。参院議員秘書の岩井茂樹氏(37)も断念しており、迷走した6区の自民の候補者選びは、党本部が公認を決めた前職の倉田雅年氏(66)で一本化が図られることになった。倉田氏は「今度こそ勝ちにいこうという6区の皆さんのお気持ちに対し、その役割を私が頑張って果たしていかなければならない」と語った。

 木部氏は記者会見で、党本部が地元の意向を無視して倉田氏の公認を決めたことについて「問題はあると思う」と話した。しかし、倉田氏が重複立候補すれば比例上位で当選する可能性が高いことから、「1議席たりとも落とせないので、実績のある倉田さんを選んだのはやむを得ない処置だった」と述べた。

 4区内に後援会事務所のある倉田氏が6区を戦うことには「地盤もないまま党組織が頼りだとしたら難しいだろう」と厳しい見方を示した。

 さらに17日の市町支部代表者会議で岩井氏を公認内定した決め方を批判。「選考過程や理由が明確でないと自民党が不信感をもたれる」と指摘し、「次回に公認で出馬したい気持ちに変わりはない」と意欲をみせた。

 一方、倉田氏は静岡市内で会見し「6区の方々にご迷惑をおかけすることになって、申し訳なく思う」と述べ、「党本部は、郵政民営化反対派と戦う女性候補などでない限り、比例では特別な扱いはしないということで、まだ候補が決まりきっていなかった6区へと充てて下さったんだろうと思う」と説明した。

 倉田氏での一本化について、立候補を予定している民主前職の渡辺周氏(43)は「他陣営のことなので何も言うことはない。私は『政権交代で日本を変えていこう』というスローガンで、ひたすら政策を訴えていく」。共産新顔の鈴木和彦氏(62)は「今回だけ乗り切ればいいと、地元でまとまった岩井さんを強権発動でおろした。有権者には恐ろしい自民党と映るだろう。そんな党に明るい展望はない」と話した。

1569とはずがたり:2009/05/28(木) 15:03:25
【奈良】
見えない自治体合併の効果
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/nara/OSK200508260027.html
2005年08月26日
 行政の効率化を狙って国が推進する「自治体再編」。県内でもすでに2つの地域で合併が実現した。しかし、その効果はまだ見えてこず、逆にマイナス面しか感じない住民もいる。

 「合併の利点は行政の効率化だと国は言うが、サービス低下と混同してほしくない」

 4月に奈良市と合併した旧都祁村域。子どもを保育園に通わせている30代の女性はこぼした。

 合併を機に、旧村域に6つあった保育園のうち2つが廃園に。残りも08年度をめどに閉鎖される予定だ。市は保育園と幼稚園を1園ずつ新設する計画だが、旧村域は南北に長く、通園の負担は大きくなる。市都祁行政センターの岡嶋桂一所長は「少子化問題に対応した行政スリム化。廃園は合併前からの了承事項だ」という。

 商工関係者も「合併で負担が増すとは思ってもみなかった」と肩を落とす。


 市が一定規模以上の事業所から徴収してきた「事業所税」が、08年度から旧村域の事業所にも課されることになった。市によると04年度の課税対象は約300事業所で、個々の徴収額は約40万円から約1200万円だった。

 名阪国道沿いの立地を生かし、工業集積地としての発展を目指す旧村域にとって、ありがたくない話だ。都祁商工会の的場英晃・経営指導員は「小泉首相は合併推進を掲げるが、その効果は何も見えてこない」と嘆く。

    ■

 県内の「平成の大合併」第1号として、旧新庄町と旧当麻町の合併で昨年10月に誕生した城市。旧新庄町域の主婦(58)は「新市になっても、何も変わらない」と話し、ここでも合併効果は感じられない。


 03年12月に策定された新市の財政計画では、05年度当初予算で貯金にあたる財政調整基金に5億2400万円の積み立てを見込んでいた。しかし、国からの交付税削減などで実際には基金から17億1400万円を持ち出した。

 新市建設計画には、近鉄尺土駅前広場の整備(約18億8000万円)や南阪奈道路開通に伴う地域活性化(約10億円)など32事業、計約157億6400万円分が盛り込まれた。バラ色の未来を描いたが、それが実現できるかどうかは不透明だ。吉川弘明企画部長は「国の三位一体改革がどうなるのかなど、時代の変化を読み切れなかった」。市は06年度以降の財政計画の見直しを進めている。

    ■

 一方、合併しない選択をした自治体も悩みは深い。

 住民投票の結果、奈良市との合併を見送った山添村。飯田主計・総務課長補佐は「歳入増の妙策はないし、歳出を削るしかない」とため息をつく。


 今年9月に予定される村議選から、14だった定数を10に削減。これで年間約1000万円の歳出抑制を見込む。04年から村長、助役の給与を約2割カットするなど人件費の削減にも努めてきたが、財政状況は厳しくなるばかりだ。

 ある職員は言う。「このままでは住民サービスの低下も避けられない。国は合併しない自治体を切り捨てるのではなく、自立の手助けをしてほしい」

1570とはずがたり:2009/07/29(水) 02:29:18
2005年の話しだが。
>1区のある町長は春、津島から正式に長男を紹介された。「秘書です」と言われたが、「後継者だと思った。次は息子をよろしく頼むと。30年議員を続けて、次が息子では若手は怒るだろう」。

今回は平沼系で挑むが,木村との関係はどうなったのかな?
>ほかに、保守票の動向を不透明にしている原因が木村前知事と近い升田の立候補だ。升田は木村が衆院議員時代に秘書を務めていた。

世代交代論、影に思惑 1区・乱立
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200509040087.html
2005年09月04日

 6人が立候補し、自民分裂を最大要因に乱立状態となった1区。11選を目指す前職の津島雄二(75)に対し、津島の元公設秘書渋谷哲一(43)と元自民党県議升田世喜男(48)が立候補した。2人の若手が相次いで名乗りを上げた背景には、約30年衆院議員を務める津島の後継者を巡る思惑が絡んでいる。前知事の木村守男の影響力を指摘する声もあり、1区の保守票の行方は流動的だ。

 1区のある町長は春、津島から正式に長男を紹介された。「秘書です」と言われたが、「後継者だと思った。次は息子をよろしく頼むと。30年議員を続けて、次が息子では若手は怒るだろう」。

 その若手の1人渋谷。出馬表明後の記者会見で、「いつまで待っていても、自民党公認をもらえるわけではない、と支持者に言われた。その場で(津島の)長男が秘書になった話も出た」と語った。

 升田は事務所開きのあいさつで、まず、「世代交代なくして未来なし」と訴えた。公示日の第一声でも「世代交代は自らの若い力で達成するのが正論だ。誰かが決めるものではない」。

 自民党県連の幹部は「中選挙区制から小選挙区制に変わったことも後継者問題を難しくしている一因だ」と指摘する。複数の候補者が当選できる中選挙区制と違い、1人しか当選できない小選挙区制。自民は現職公認の方針を打ち出している。現職以外は立候補しづらく、世代交代が進みにくいというわけだ。

 一方、津島は「みなさん若さを発揮して健闘してもらいたいな。私もまだまだ若いよ」と気にかけない。五所川原市での街頭演説では、応援者の演説中も握手して回った。ある有権者は「手を握る力がぐっと強い。まだまだ若いね」。

 だが、津島陣営は「高齢多選の声はもちろんある。それを実績ととるか、弊害ととるかは有権者次第だ」と「世代交代論」に危機感を強める。

 1日に青森市内であった津島の個人演説会。知事の三村申吾と青森市長の佐々木誠造も参加した場で、青森中央大橋有料道路が来春から無料開放されることに触れた。「私と佐々木市長ががんがん言っているうちに、三村知事が判断してくれた。これが良い意味でのしがらみだ」と政治力の強さをアピールした。

 ほかに、保守票の動向を不透明にしている原因が木村前知事と近い升田の立候補だ。升田は木村が衆院議員時代に秘書を務めていた。

 木村を辞任に追い込む一因となった03年3月の知事不信任決議。津島系の県議は賛成に回った。「オヤジ(木村)は津島につぶされた」と木村後援会幹部が憤るほど、両者の関係は冷え切った。木村の支援者は「オヤジが動かなくても、おれたちがオヤジの意をくんで動かなければならない」と升田を支援する。

 だが、木村が政治の表舞台から去って2年余り。木村の影響力が弱まってきたことを指摘する声も出始めている。ある町長は「木村系議員も、今回は津島さんを応援しているのが多い」と感じている。「世代交代を訴える声はあるかもしれない。だけど地方分権の時代といっても、青森には力のある議員は必要だ」

 分裂の影響は自民だけにとどまらない。民主の横山北斗(41)は「現職への反対票が分散するわけだから、その分厳しい戦いになる」。共産の高柳博明(35)と社民の仲谷良子(65)も「自民の争いに埋没しないように、政策を訴えていく」と話している。(敬称略)

1571とはずがたり:2009/07/29(水) 02:32:22

「分裂」4区で自民・橋本聖子氏が応援
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200509090245.html
2005年09月09日

 自民党参院議員の橋本聖子氏が8日、鯵ケ沢町を訪れ、4区の同党公認候補の応援演説を行った。同町は、自民党の町支部長が辞職するなど、保守分裂選挙の4区を象徴する激戦地域。1日には国民新党の亀井静香氏も同党の候補の応援に訪れており、自民党陣営はあえて同町に著名な議員を呼んで主導権を握る狙いだ。

 鯵ケ沢駅前での街頭演説には数百人の町民が集まった。橋本氏は「堂々と金メダルを与えてやってほしい」と、候補者の支持を呼びかけた。

 同町には1日、亀井氏が役場前で演説を行っており、長谷川兼己町長は「鯵ケ沢に有名な政治家が2人も来るなんて、今まで記憶にない」と驚いた様子。

 4区は自民比例の前職が国民新党から立候補し、同町の元自民党支部長はこの候補の支持に回っている。自民党陣営は「あえて亀井氏とイメージの異なる橋本氏に来てもらった」と話した。

1572とはずがたり:2009/07/29(水) 02:32:53

【青森】
撮影の事実確認を自民県連に要求 4区の津島陣営
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200509030218.html
2005年09月03日
 4区の津島恭一候補の出陣式の様子を、自民党の対立候補の陣営がビデオカメラで撮影していたことに対し、津島氏の陣営は2日、自民党県連に撮影の事実確認を求める文書を出した。

 出陣式は先月30日、弘前市の選挙事務所であった。津島陣営によると、先月21日の事務所開きでも、ビデオカメラを持った見知らぬ若い男性が目撃されているという。津島陣営はこの目撃情報などをもとに撮影の事実確認を県連に依頼し、今月6日までの回答を求めている。

 自民候補の陣営幹部は撮影を認めていた。別の幹部は2日、朝日新聞の取材に対して「陣営として撮影した事実は確認していない」と話した。

1573とはずがたり:2009/07/29(水) 02:33:14
【青森】
1区の注目点 保守分裂、世代間の戦い
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200509010170.html
2005年09月01日

 1区は03年の総選挙と同様の6人が立候補した。今回は、保守が分裂し、世代間をめぐる戦いの様相を帯びている。

 自民公認の津島雄二氏は過去10選で75歳。党税制調査会長、元厚相など経歴では他を寄せ付けない。福祉を中心とした政策を訴える。三村知事、佐々木誠造・青森市長らの支持のほか、公明の推薦も受ける。

 これに対し、今回、自民党を離党し、2人の40代が挑む。津島氏の元公設秘書の渋谷哲一氏と、元同党県議の升田世喜男氏。渋谷氏は03年県議選の青森市区で次点だったが、一定の知名度がある。升田氏は小泊村議を経て、県議選の北津軽郡区で2期連続トップ当選。いずれも若さをアピールする。

 もっとも若いのは共産の高柳博明氏で35歳。参院選、知事選と計3回の全県選挙を経験。「確かな野党」を訴える。


 前回、津島氏に約7千票差まで迫った民主の横山北斗氏も40代。前回は無所属だったが、連合など民主党の支持層をまとめ切ることができるかどうかが焦点だ。

 社民の仲谷良子氏は1区唯一の女性候補。青森市議時代の後援会組織を中心に、支持を呼びかける。社民と共産は比例にも力が入る。

 前回の投票率は58.41%。1区の有権者の3分の2を占め、無党派層が多い青森市の動向が鍵を握りそうだ。

1574とはずがたり:2009/07/29(水) 02:33:48
【青森】
造反議員の出陣式をビデオで「偵察」 4区の自民陣営
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200508310196.html
2005年08月31日

 郵政民営化法案に反対し、自民党離党に追い込まれ、国民新党から青森4区に立った津島恭一氏(51)。30日、弘前市であった出陣式には、自民党の対立候補陣営からビデオカメラを持った「偵察員」が送り込まれた。

 事務所の駐車場付近で若い男性がカメラを回し、事務所内で開かれた式の様子や出入りする人たちを撮影していた。自民党陣営の幹部は撮影を認め、「津島氏をだれが支援しているのかを知ることで、我々も頑張らなければという気持ちになる」と話した。

 津島氏に離党を求めた自民党青森県連は、選挙区内の市町村支部にも「党公認以外の候補者を応援しないように」と通知している。

 結局、津島氏の出陣式に出席した地元議員は、無所属の弘前市議2人だけだった。このうち、津島氏を支援するため今月中旬に自民党を離党した市議は「津島氏を支持する自民党員が動きにくくなっている」と締め付けの厳しさを嘆いた。

1575とはずがたり:2009/07/29(水) 02:34:17
【青森】
1区で事務所開き相次ぐ 無所属の2人
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200508280082.html
2005年08月28日
 総選挙の1区に無所属で立候補を予定している2人の事務所開きが27日、青森市であった。

 元県議の升田世喜男氏の事務所開きと決起大会には、元県議の毛内喜代秋氏や青森、五所川原の両市議ら約300人(主催者発表)の支持者が参加した。升田氏は「新しい時代には新しい力が必要だ。青森県に生まれ育った人間として、身近な政治を目指していきたい」と世代交代を訴えた。歌手で五所川原市在住の吉幾三氏から、激励のメッセージも寄せられた。

 渋谷哲一氏の事務所開きには、地元の支持者約150人が集まった。渋谷氏は「地盤もない、看板(知名度)もない、かばん(金)もない。でも今大切なのはみなさんの声が政治に届くことだ」とあいさつ。「地域の声を国政に」と書かれたサッカーボールを支持者から渡され、万歳三唱で気勢を上げた。

1576とはずがたり:2009/07/29(水) 02:35:08
【青森】
郵政の現場から〈上〉 地域密着:岬の出店、高い実績
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200508220145.html
2005年08月22日

 「いらっしゃいませー。郵便局でーす」

 竜飛岬で元気よく観光客に声を掛けるのは、三厩郵便局の石田久さん(26)。観光バスが通れば、大きく手を振って臨時出張所への来店を促す。観光バスが出発すれば、車体が消えるまで深々と頭を下げ続ける。観光客の写真撮影も積極的に引き受ける。石田さんのサービスぶりはバスガイドの間でも有名だ。

 事務机二つを並べた臨時出張所は、驚異的な売り上げを見せる。夏から秋の観光シーズンに出店し、1日に切手を15〜20万円分売る。局で売れるのは1日平均2万円ほどだ。

 出張所では、「ゆうパック」を使ってリンゴジュースも売る。切手も含め、1シーズンの売上高は約1400万円。東北地方の観光地に設けた臨時出張所としては、最高の売上高という。

 臨時出張所は5年前にスタート。三厩郵便局長の五十嵐秀規さん(57)が手がけた。

 五十嵐さんはやり手だ。宅配事業を伸ばすために年末には、独自につくったチラシを全戸配布する。簡易保険は地域住民の高齢化で苦戦しているが、貯金残高や宅配個数などは、日本郵政公社東北支社が設定する目標数値を大きく上回る。

 局のある旧三厩村(現・外ケ浜町)は人口約2700人の過疎地。都市部に比べれば、絶対的な利用客が少ない。少しでも収益を上げようと同局は、「地域密着」に徹している。

 「いつも通りでいいねー」

 「いつも通りで。いつもありがとうねー」

 一人暮らしの白井邦子さんは礼を言いながら、現金3千円余りを同局の郵便配達員成田博人さん(47)に手渡し、現金書留を頼んだ。

 白井さんは60歳を過ぎ、病気で足が思うように動かなくなった。各郵便局が97年から始めた「ひまわりサービス」の利用者で、配達員が配達に立ち寄った際、声をかけて安否確認をする。白井さんは「足が不自由なので助かっている。ありがたい」。

 ただ、これだけ営業努力をしても三厩郵便局は赤字だ。公社が今年3月に発表した03年度の損益試算によると、局単体で黒字の郵便局は、県内でわずか18局。赤字は249局。公社全体では黒字なので、計68億円の県内分の赤字は、都市部の利益で穴埋めしている形だ。

 さらに、過疎地であっても、民間企業は着実に入り込み、地域独占が許されている訳ではない。

 村内で一人暮らしの女性(70)は県信用組合三厩支店を利用する。保険は第一生命。数カ月に1回、関東地方の子供に野菜や果物を送るときは、自宅の近くに代理店があるヤマト運輸を使う。「狭い村だから義理もある」とたまに郵便局に電話して宅配を依頼する。

 竜飛岬で土産物店を夫婦で経営している水島夏子さん(56)。お金の出し入れに、自宅用は青森銀行、土産物店では郵便局を使う。「それぞれ、一生懸命勧誘してくれるから」。青森銀行の担当者は隣町の今別町から訪ねてくる。

 宅配は郵便局の利用が多いが、イカなどの生鮮食品は佐川急便を使う。「郵便局も佐川もみんな顔なじみ。みんな必要です」

 五十嵐局長は「民間も我々も一生懸命。互いに切磋琢磨(せっさたくま)している」と言った。

    ◇

 郵政改革が最大の焦点となった9月11日投開票の総選挙。国営事業体の日本郵政公社は完全民営化すべきなのか。郵便局網は今後も維持できるのか、などが争点だ。本格的な選挙戦を前に、本州最北端の県、青森の郵政事業はどうなっているのか。地方局の役割と実情を探り、宅配、金融など民間企業の動きを追った。

1577とはずがたり:2009/07/29(水) 02:35:36
【青森】
郵政の現場から〈中〉 競争激化:宅配のパイ奪い合う
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200508230155.html
2005年08月23日

 午前中に荷を出せば、県内全域のほか、東北の主要な40地域にその日のうちに届く。

 業界最大手のヤマト運輸が運送拠点の拡充を進め、「宅急便センター」を県内で約30拠点に広げた成果だ。近い将来、60拠点に倍増させる構想もある。

 下北半島の旧川内町(現・むつ市)にある川内宅急便センターは03年10月にできた。旧脇野沢村と佐井村も受け持つが、管轄地域の人口は計約1万1000人。1日あたりに取り扱う荷物は、採算ラインとされる150〜200個より大きく下回る50個ほど。初めから、赤字覚悟の進出だ。

 「1店舗が赤字でも、サービス向上が至上命題」と青森主幹支店の伊勢博孝・営業企画課長は説明する。

 同センターの近くの住民(54)は「リンゴなど大きなものを送るときは置き場所に困るのでは、と宅配便を取り扱う店に遠慮して郵便局に持って行っていた。便利になった」と歓迎する。

 集荷サービスの向上にも腐心する。

 ドライバーの携帯電話の着信音が鳴る。1回で切れる「ワン切り」だ。ドライバーは、携帯電話の着信履歴に残った家に電話をかけて荷物を受け取る。顧客に電話代を負担させない試みだ。伊勢課長は「フリーダイヤルもあるが、直接連絡してもらった方が早い。好評のサービスです」。

 現在、荷を引き受ける取扱店は県内に5000カ所。県内で常時、走り回る約330人のドライバーも集荷に加わる。

 こうした企業努力は、宅配便の生みの親で、官庁に規制緩和を求め続けた元ヤマト運輸社長の故・小倉昌男さんの経営方針にも沿ったものだ。伊勢課長も「仮に郵便局が減るようなことがあっても、お客様にご不便をかけない」と力強い。

 宅配便の取扱数のシェア(民間分)はヤマト運輸が4割近く。ゆうパックは全体の7%と依然、差がある。

 郵政公社の方も黙っているわけではない。96年度から、荷物を0〜5度で配達する冷蔵タイプの宅配便に参入。ヤマトの「クール宅急便」に対抗する形で、県内では主に魚介類の配達をターゲットにした。

 また、郵政公社とコンビニ業界第4位のサークルKサンクスは8月12日、11月中旬から全店舗でゆうパックを取り扱うことを発表した。昨秋、ゆうパックの取り扱いを始めたローソンと同じようにヤマト運輸とは解約する。

 県内の「サークルK」と「サンクス」の店舗数は176店(7月末現在)で他社をしのぐ。青森市内に本社があったスーパー「亀屋みなみチェーン」(01年10月に倒産)が北東北3県でフランチャイズ契約し、積極的に出店してきたためで、出店も86年と早かった。

 ローソンも県内で134店を展開し、県内では、この2社が強さを見せる。

 このほか、45店を展開するミニストップも6月からゆうパックに切り替えたほか、30店のデイリーヤマザキも9月からゆうパックも取り扱う。ヤマトを扱うセブン―イレブンとファミリーマートは今のところ、県内に店はなく、コンビニからの集配でゆうパックは圧倒的に優位に立つ形だ。

 このため、ヤマト運輸は、サークルKサンクスでの取り扱いが解約される11月中旬以降、県内のタバコ店や酒屋での取扱店をさらに、増やしていく作戦だ。

 きめ細かなサービスで営業を緩めないヤマトに対し、郵政公社も民営化の議論を前に積極的な生き残り策を見せる。「宅配事業」をめぐる激しい競争は、県内でも激化している。

1578とはずがたり:2009/07/29(水) 02:36:03
【青森】
郵政の現場から〈下〉 金融攻防:巨大資金の行方は
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200508240127.html
2005年08月24日

 青森中央、弘前、むつ、八戸など県内六つの郵便局で10月、投資信託の販売が始まる。投信は株や公社債で運用する商品で、元本割れの可能性を含んだ金融商品だ。

 23日午後、仙台市の東北郵政研修所に東北各地の郵便局員が集まった。

 「投資信託の解約と買い取りの違いは」。税制上、どういう売り方が利用者にとってメリットがあるのか。研修生たちは、講師の説明を懸命にメモをとった。

 断続的に10月まで続けられる研修には、青森県内の42人を含む計286人が参加する。各局から選ばれた担当者は昨秋から、通信教育で資格をとっている。

 八戸郵便局の松石良考さん(50)は「リスクを伴う商品だということをお客さまに説明するため、しっかりと勉強したい」と話した。


 販売する具体的な商品は今のところ決まっていない。郵政公社東北支社貯金事業部の渡部進・企画担当課長は「販売目標も未定。国債購入者や定期で満期を迎える人を中心に薦めていきたいが、戦略もまさにこれからです」と言う。

 銀行では98年12月、金融界の垣根を低くする「金融ビッグバン」の「目玉」として窓口販売が解禁され、現在、各行とも好調な売り上げだ。手数料を増やし、利ざやに頼っていた銀行収入の多角化に貢献している。

 03年4月に公社化した郵便局にとって、投信の販売は新規業務の柱だ。その半面、「安全、安心というイメージが変わる可能性がある」(関係者)との声もある。


 県内の郵便貯金残高(04年3月)は約1兆7376億円。青森銀行の預金残高(05年3月)は約1兆9187億円で、みちのく銀行が約1兆8072億円(同)。県内の郵便貯金は、県外にも支店を持つ2地銀の預金量に匹敵する。

 この巨大な資金はどこへ向かうのか。完全民営化後、郵貯銀行は住宅などの個人ローンのほか、企業への融資にも乗り出すことが検討されている。青銀やみち銀と同じような規模の「銀行」が青森に出現することになるのだろうか。

 地銀幹部は「銀行の本業は資金の貸し付け。これには長年培ってきたノウハウがあり、人材と人脈に加え、審査機能も必要。一朝一夕には無理で、郵便局が簡単にできるとは思っていない」と強気だ。


 ただし、県内には267の郵便局(簡易局を除く)がある。青銀とみち銀の倍以上だ。「このようなきめ細かい店舗展開は民間にはとても無理。将来、どのように活用するのだろうか」(地銀関係者)と戦々恐々だ。

    ◇

 今春、全国地方銀行協会は「民営化にあたっては巨大な郵貯の規模を縮小し、公正な競争条件を確保する」と経営に対する政府保証の撤廃を求めた。また、「地域経済全体へ影響を及ぼすのは確実で、大きな混乱を生じさせないよう地域との共存を」と訴えた。

 規模の小さい信用金庫はさらに深刻だ。あおもり信用金庫の佐々木清美理事長がこう力説する。


 「経済の高度成長が見込めず、全体のパイが限られている中、信用金庫が支えてきた地域金融に対する影響は計り知れない。また、郵便局が民営化してコンビニエンスストアのようになれば、地域の商店は生きるすべを失う」

1579とはずがたり:2009/07/29(水) 02:37:03
>八戸市の商店街の経営者は「大島が都市としての基盤整備を、田名部は商業の規制緩和を進めてきた。それぞれがそれらを望む人々の支持に支えられてきた」。そして期待を付け加えた。「大島対田名部は、もう古い構図ではないか。八戸には薩長連合が必要な時期だと思う」

【青森】
最少数、最長の戦い 3区・過熱
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/aomori/TKY200509040088.html
2005年09月04日

 3区で競うのは県内小選挙区最少の3人。候補者は前々回00年、前回03年と今回の連続3回変わらず、同じ3者による最も長期にわたる争いだ。ともに1区とは好対照をなす。自民の大島理森と民主の田名部匡代の2大勢力がせめぎ合い、票の上乗せを目指して戦いを繰り広げている。

 大島は当選7回を重ねるものの、まだ59歳。文相や農水相、衆院議運委員長や党国対委員長を務め、陣営は「未来の青森を引っ張るリーダーだ」と訴える。秘書のスキャンダルを抱えながらも勝った前回から2年たち、選対本部は組織の緩みを警戒。推薦を受けた800以上の企業や団体へ、本人と後援会幹部があいさつ回りを重ねる。

 一方の田名部は36歳。前回は大島と票差を縮めたが、過去2度とも苦杯を味わった。座右の銘が「任重くして道遠し」。大島に挑み続けている。選挙区全域で徹底した握手作戦を展開中。選対関係者は「選挙カーに乗っている時間と、握手しながら歩く時間が同じだ」と驚く。

 3区は中選挙区制の時代から、ともに八戸市を地盤とする大島と、匡代の父の田名部匡省が激しく争う「八戸戦争」が長く続いた。小選挙区制に移っても、変わらない。

 この構図を有権者はどう見ているのか。八戸市の商店街の経営者は「大島が都市としての基盤整備を、田名部は商業の規制緩和を進めてきた。それぞれがそれらを望む人々の支持に支えられてきた」。そして期待を付け加えた。「大島対田名部は、もう古い構図ではないか。八戸には薩長連合が必要な時期だと思う」

 共産の56歳、松橋三夫は、一日に15〜20カ所で街頭演説をこなし、大島と田名部の激戦の中で党の存在感を出そうと懸命だ。(敬称略)

1580とはずがたり:2009/07/29(水) 02:37:54
【北海道】
道医師連盟、民主候補を初推薦 社会保障改革にらむ
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/hokkaido/HOK200509100001.html
2005年09月10日

 一枚岩となって自民党議員の選挙を支えてきた道医師会の政治団体「北海道医師連盟」(飯塚弘志委員長・4830人)が揺れている。今回の衆院選で初めて民主党候補を推薦。郵政民営化法案に反対票を投じた無所属の候補者にも推薦を出した。背景には郵政民営化後の社会保障制度改革をにらんだ動きがある。

 同連盟は03年3月から、小泉首相が医療分野へ市場原理を持ち込もうとしているとして「小泉内閣の退陣」を決議するなどしてきた。

 今回の選挙では、上部組織の日本医師連盟は、「造反議員つぶし」で支援する議員が公認を取り消されたことなどから、日医連全体としての方針を示さず、小選挙区は各都道府県の連盟に判断を任せた。

 道医師連盟も、この動きに合わせ、自民、民主などの各候補者に医療問題や社会福祉に関するアンケートを実施するなどして、「人物本位」で推薦を決めた。

 その結果、8区では、民主党の金田誠一氏を、10区では無所属の山下貴史氏を推薦した。金田氏は介護保険に詳しく、民主党のネクストキャビネットで厚生労働大臣を務めたこともあり、山下氏はこれまでの地域の医師会との連携を評価したという。国政選挙で保守系以外の候補者を応援するのは初めて。

 3区と9区は自主投票で、それ以外は自民党の候補者を推薦。比例区では自民党の今津寛氏を推薦している。

 同連盟のある委員は「小泉首相の政治手法は強硬。郵政民営化後の国政では、こちらの意思を代弁してくれる議員が必要で、当面は人物本位で支援者を決めるしかない」と話している。

1581とはずがたり:2009/07/29(水) 02:39:19
こういう不中立の穢い団体から潰してゆくべきやね。

【北海道】
国・道の補助受ける公益法人、自民12候補を推薦
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/hokkaido/HOK200509090001.html
2005年09月09日

 国と道から年間約1500万円の事業補助金を受けている財団法人「北海道老人クラブ連合会」(西道清会長)が、衆院選小選挙区の自民党候補者12人を推薦していることが8日、わかった。民主党北海道は同日、「公益」を旨として活動が認められている公益法人が特定政党への政治・選挙活動を行っていることについて、道に適正な指導を行うよう求めた。

 同連合会は63年の設立で、会員数約26万3000人。設立当初から自民党を推薦していたという。今回も公示前に推薦を決め、市町村老人クラブ連合会会長に通達した。

 この団体を所管する道保健福祉部によると、同団体への事業補助金は01、02年度が1105万8000円。03、04年度が1525万3000円。公益法人の政治活動は禁じられていないとはいえ、事業外の活動にあたる。設立目的に含まれておらず、指導する方針という。

 同連合会の藤林功副会長は「長年、自民党には陳情を繰り返してきた。われわれの活動を続けるのに、必要な活動だ」としている。

1582とはずがたり:2009/07/30(木) 01:48:48
【北海道】
7区の民主・仲野氏陣営が大地を支援へ 比例区で
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/hokkaido/HOK200509070001.html

2005年09月07日
 衆院選の7区(釧路・根室支庁)から立候補している民主党の仲野博子氏の連合後援会が、比例区北海道ブロックで新党大地を支援する代わりに、同党に対して7区での仲野氏支援を求めていることが分かった。これに対し、新党大地の幹部は「正式な要請は受けていないが、ありがたいこと」と話している。

 仲野氏の連合後援会の清水闊会長は朝日新聞の取材に対し、同党に5日、選挙協力を求め、了解を得たことを明らかにし、「現段階で郵政民営化法案に反対し、北海道の活性化を訴えるなど、政策が一致する」と協力要請の理由を説明した。今後、正式に要請する方針という。

 7区では同区を地盤とする鈴木宗男・新党大地代表を支持する票の行方が注目されている。

1583とはずがたり:2009/07/30(木) 01:49:49
【岩手】
3区・遠野で民主、激しい攻勢 自民「牙城」を死守
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200509090250.html
2005年09月09日

 投票日まであと3日となった衆院選。民主前職に自民、共産の新顔が挑む構図となった岩手3区では、各陣営が有権者約2万人余の遠野市での戦いに力を入れている。もともと自民の金城湯池だったが、今回は知名度の低い新顔候補の立候補に乗じて、前職の民主陣営が激しい攻勢を仕掛けているためだ。選挙の運動期間は残すところ2日間。遠野を制するのは誰か。

 遠野市の有権者数は、8月29日現在で22407人。3区全体の約8.6%に過ぎないが、過去2回の選挙で当選した黄川田徹候補(民主)が、2回ともトップを取れなかった地域だ。

 黄川田候補は今回、公示直前に市内中心部に後援会事務所を開いた。地元に住む支持者らが、2人1組のペアになって地縁者の家々を訪ねたという。

 黄川田候補の義父は、旧制遠野中学校出身。その地縁を生かし、遠野市でさらなる浸透を図りたい考えだ。

 黄川田候補自身、公示日から遠野市に入った。事務所前で街頭演説を行い、50人ほどの有権者に支持を求めた。陣営幹部は「最終的には互角以上の戦いができる。遠野の票を見てほしい」と自信を見せる。

 朝日新聞社が選挙序盤の今月2、3日に実施した世論調査では、前回総選挙時と比べ、3区全体の民主党支持率は4ポイント上昇、自民党支持率は6ポイント下落し、民主が自民地盤に浸食している様子がうかがえる。

 これに対し、自民党の橋本英教候補(自民)は、自民の牙城(がじょう)での得票確保に必死だ。

 7日午後3時すぎ、遠野市中央通りの道路わきでの街頭演説。かつて橋本候補が秘書として仕えた、4区に立候補している玉沢徳一郎元農相が応援にかけつけた。玉沢氏は「3区から38歳の、情熱と行動の男にご支援を」と訴えた。雨の中、集まった約50人の支持者から大きな拍手がわいた。

 「玉沢先生の力が頼り」と話すのは、橋本陣営の選対幹部。自民党農林族の重鎮として知られる玉沢氏は、中選挙区時代に旧1区だった遠野市では圧倒的な強さを見せていた。計8人が立候補した93年の総選挙での得票率は37%。その過去票の掘り起こしという狙いもある。

 橋本候補や陣営幹部が、この地域の会社役員ら有力支持者にあいさつ回りを始めたのは、公示直前の8月下旬。しかし、長年の自民党支持者から玄関先で「橋本って誰だ」と厳しい言葉を浴びせられることもあった。そこを玉沢氏と周辺が動いて橋本候補への支持を依頼することで、ようやく名前が浸透しはじめたという。遠野市選出の工藤勝子県議(自民クラブ)も、選挙カーが市内を走る際に、同乗している。

 黄川田、橋本両候補が保守票の奪い合いを繰り広げる一方で、菊池幸夫候補(共産)は、小泉改革批判を展開し、野党候補としての存在感を印象付けようと必死だ。

 9月6日に遠野市内の民宿で開いた個人演説会では、約30人の有権者らを前に「小泉改革は国民に痛みを押しつけるもの」と訴えていた。

1584とはずがたり:2009/07/30(木) 01:50:43
【岩手】
2区で畑氏支援へ 社民党県連合
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200508260181.html
2005年08月26日

 社民党県連合(小原宣良代表)は25日、衆院選で候補者を擁立しない2区について、民主党公認で立候補予定の畑浩治氏(41)への「支援」を決めた。小原代表は「小泉政権打倒の一翼を担うため、大局的見地から判断した」と説明した。小選挙区制で、党県連合が他の政党の公認候補を支援するのは初めて。2、3区で候補者を擁立しなかった03年衆院選では、「反自民」で自主投票だった。

 この日、党県連合は四役会議と、支持団体の平和環境県労組センターとの政治協力会議を開き、決定した。

 選対に参画する「推薦」や「支持」としない点について、小原代表は「憲法問題や公務員の削減など、民主党の政策にも課題によっては異論があり、選対に入るには無理がある」と述べた。

 2区は共産党も候補者擁立を断念しており、畑氏と、自民党公認で6選を目指す鈴木俊一氏(52)の一騎打ちが確実な情勢。21日、民主党県連から特に2区での協力を要請されたことを受け、党県連合の常任幹事などで協議していた。

1585とはずがたり:2009/07/30(木) 01:52:10
>県農協政治連盟も前回と同様で、1、2区で自民公認候補を推薦し、3、4区は自主投票とした。前々回は1区で玉沢徳一郎氏(自民)、4区で小沢一郎氏(自由=当時=)を推薦したが、玉沢氏と小沢氏がともに4区から立候補した前回から推薦を出せなくなった。

> 前回と態度を変えたのは、県建設業政治連盟と県漁連。両団体は前回、1〜4区で自民、民主の両公認候補を推薦した。それまでは自民支持だったが、二大政党化の流れや県内で数で勝る民主への配慮があった。しかし、今回はともに「態度は明確にすべきだ」として自民一本に戻った。

【岩手】
業界団体、与党へ傾斜 自民に推薦絞る
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200509080193.html
2005年09月08日

 選挙において「集票マシン」とも呼ばれる業界団体。最近では結束力の弱まりも指摘されるが、「あれば心強い」のは間違いない。今回の総選挙で県内の主な業界団体は、どう動くのか。前回の総選挙では、二大政党化への流れや県内における勢力バランスを考慮して民主に配慮した団体もあったが、今回は、より与党志向が強まっているようだ。

 県医師連盟と県歯科医師連盟は、1〜4区で自民公認候補4人を推薦した。これは、前回を踏襲した形だ。

 県農協政治連盟も前回と同様で、1、2区で自民公認候補を推薦し、3、4区は自主投票とした。前々回は1区で玉沢徳一郎氏(自民)、4区で小沢一郎氏(自由=当時=)を推薦したが、玉沢氏と小沢氏がともに4区から立候補した前回から推薦を出せなくなった。中選挙区なら2人推薦もあるが、1人しか当選しない小選挙区で2人を推薦しては、意味がないからだ。

 前回と態度を変えたのは、県建設業政治連盟と県漁連。両団体は前回、1〜4区で自民、民主の両公認候補を推薦した。それまでは自民支持だったが、二大政党化の流れや県内で数で勝る民主への配慮があった。しかし、今回はともに「態度は明確にすべきだ」として自民一本に戻った。

 しかし、自民候補を推薦した各団体も、必ずしも自民党の政策に賛成しているわけではない。例えば医師会には、医療費の患者負担増などの医療制度改革には反対する声が多い。農協の信用、共済、経済の各事業の分割が検討されている「農協改革」では、農協は危機感を募らせている。

 それでも自民を支持することについて、ある団体幹部は「経済団体は、政策よりも陳情する相手を重視する。だから与党につく」という。それが、今まで自民を支持してきた主な理由だった。

 一方で、業界団体の推薦は、そのまま票には結びつかないとの指摘もある。民主党県連の藤原良信幹事長は「業界団体は、政権政党がどうしても強いが、団体の個人への拘束力はもはやない。一対一の関係、個々人から理解を得ていく」と話す。ある団体幹部も「推薦しても、それを会員に積極的に勧めることはしない。押し付ければ逆効果になりかねない」と語る。

 だが、自民党岩手1区の選対総括責任者の藤原泰次郎県議は、「業界団体の組織力が弱くなっているのは確かだろう。それでも推薦して頂けるのはありがたい」と話していた。

1586とはずがたり:2009/07/30(木) 01:53:24
【岩手】
〈候補者の動きを追う〉1区 県都抱え訴え懸命
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200509010196.html
2005年09月01日
 今回の総選挙を、郵政民営化の是非を国民に問う場だと位置づける自民党。郵政問題だけが争点ではないと反論する野党。小泉首相が演出する「小泉劇場」が注目を集める中、自民党には追い風が吹いているようにも見える。その風は、民主王国・岩手にも届いているのか。まだ公示間もない選挙戦序盤。選挙区ごとに候補者の動きを追い、情勢を占った。まずは、県都・盛岡市を抱え無党派層も多い1区から。


  ◇日々10ヵ所前後 街頭演説こなす 社民・細川氏

 「小泉政権の下で破壊された暮らしと、地方経済を再建したい」。細川光正氏(社民)は、1日に約10カ所のペースで街頭演説をこなしている。支持者からは「社民党がんばって」と声が飛ぶ。

 細川氏の元には「リストラや倒産が続く社会を変えてほしい」と、激励の電話や手紙が届くという。細川氏は「政治被害者の立場から、社民党は政策を訴える」と話す。

 選対委員長を務める伊沢昌弘県議は「今は、有権者が小泉劇場に踊らされている」と見る。2日は又市征治幹事長が、6日には福島瑞穂党首が来県予定。若者ら無党派層の関心を高め、反・小泉票の掘り起こしをはかりたい考えだ。


 ◇「確かな野党だ」存在感アピール 共産・神部氏

 「かんべ伸也」「日本共産党」。盛岡市本町通の神部伸也氏(共産)の事務所前には大きな看板が2枚ある。比例票のアップに力を入れ、政党名も前面に出す。

 神部氏は公営アパートが立ち並ぶ住宅地などで、小泉改革を「庶民いじめ」と批判。「増税反対」や「雇用対策」など、暮らしに密着した政策を訴え続けている。同時に「民主党も自民党と変わらない」と断じ、共産を「確かな野党だ」と強調。同行する弁士も必ず「比例区は日本共産党」と声を張り上げ、党の存在感をアピールしている。

 6日には党書記局長の市田忠義氏が、盛岡市内に応援に来る予定だ。


 ◇「一人でも多く」改革必要性訴え 自民・及川氏

 「郵政民営化は『最大の』争点です。『唯一の』ではありません」

 盛岡市内の公民館で及川敦氏(自民)はこう切り出し、住民のそばで郵政事業の問題点や民営化について話し始めた。

 03年総選挙で行った自転車遊説は控え、公示日から車で盛岡市、紫波町、矢巾町と選挙区内を車でくまなく回り、街頭演説や個人演説会を繰り返した。「一人でも多くの有権者に改革の必要性を訴えたい」からだ。

 小泉改革を前面に押し出すが、勢い頼みではなく、政策を丁寧に説明することを重視する。1日は、五輪金メダリストの荻原健司参院議員がJR盛岡駅前で応援演説し、盛り上げる予定だ。

 

 ◇選挙期間半分を2区てこ入れに 民主・達増氏

 30日夜、達増拓也氏(民主)の個人演説会で、弁士の佐々木博県議は「(小泉首相による)今の風は続かない。我々は政策を訴えるしかない」と話し、社会保障のための消費税について「何に使うか、透明性を高めることが重要だ」などと理解を求めた。

 会場に、候補者はいない。第一声で「2区の畑浩治さんをはじめ4選挙区で勝利を」と訴えた達増氏は、夜には宮古市でマイクを握っていた。

 県連代表の達増氏は、選挙戦の半分近くは選挙区外の2区に入らなければならない。だが、陣営は「かえって緊張感が出る」と話す。選対本部長の川村農夫県議は「10万票が目標」と強気だ。

1587とはずがたり:2009/07/30(木) 01:54:36

>県内4選挙区制覇を狙う民主が、特に力を入れる2区には、達増拓也党県連代表ら他選挙区の候補者まで入ってテコ入れ。しかし広い選挙区を効率良く巡るため、小沢一郎党副代表が川井村など3カ所に入った際には、畑候補本人は滝沢村、雫石町、二戸市、久慈市と巡るなど、別行動をとっている。

【岩手】
〈候補者の動きを追う〉2区 広い選挙区との戦い
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200509020190.html
2005年09月02日

 2区は、県のほぼ北半分にあたる、22市町村にまたがる広大な選挙区だ。候補者にとって対立候補との競争は、同時に選挙区の広さとの戦いでもある。県内で唯一自民が議席を守っていた2区へは、勢い4選挙区制覇を目指す民主の攻勢が強まる。県内有数の激戦区の戦いの行方に、注目が集まる。

 ●郵便局存続訴え 地盤防衛に必死 自民・鈴木氏

 「地域から郵便局をなくしてはならない。ユニバーサルサービスも維持します」

 郵政民営化の必要性を説く時、鈴木俊一候補(自民)は必ず、こう付け加える。

 過疎地域の町村を多く抱える2区での選挙戦。「民営化で郵便局がなくなるのでは」という地元の不安も多く、それを一掃しようと懸命だ。

 一方で、故・鈴木善幸元首相の時代からの支持者も多く、今でも「善幸先生には大変お世話になった」という人がいる。集会や街頭では、握手をして回る鈴木候補に、深々と頭を下げるお年寄りの姿も見られる。

 陣営は、広大な選挙区を10日までに数周する。そのため選挙カーのペースも相当上がる。「先を急いでおります。車の中から失礼します」と、あわただしく選挙区を巡り、民主の攻勢にさらされる地盤の防衛に余念がない。

 ●「辻説法」に奔走 応援も効率よく 民主・畑氏

 1月から準備を進めていた畑浩治候補(民主)だが、突然の解散総選挙で、まだまだ知名度不足は否めない。

 名前の浸透を狙って、表通りだけでなく、車がすれ違えない細い路地にまで選挙カーは乗り入れていく。民主系の県議らに案内され、少し走っては止まり、手短に演説を繰り返す辻説法は、1時間に5カ所のペース。

 「小泉構造改革は、都会重視の地方切り捨て。本当の構造改革とは、地域の人が安心して生活できることだ」と、訴え続けている。

 県内4選挙区制覇を狙う民主が、特に力を入れる2区には、達増拓也党県連代表ら他選挙区の候補者まで入ってテコ入れ。しかし広い選挙区を効率良く巡るため、小沢一郎党副代表が川井村など3カ所に入った際には、畑候補本人は滝沢村、雫石町、二戸市、久慈市と巡るなど、別行動をとっている。

1588とはずがたり:2009/07/30(木) 01:55:06
【岩手】
〈候補者の動きを追う〉3区 民主、地盤守れるか
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200509030134.html
2005年09月03日

 衆院2期の知名度を生かす民主前職に、知名度に劣る自民新顔は、若さと自民への追い風を武器に立ち向かう。3回目の挑戦となる共産新顔は、埋没を警戒し、野党としての存在感を強調する。民主王国の一角を占める3区に、自民の風は吹くのか、民主が地盤を守るのか。激しさを増す選挙戦の行方から、目が離せない。

●「無名」に危機感、無党派層を重視 自民・橋本氏

 「出遅れ感は否めない」と、陣営は率直に認める。後援会もまだ育っていない状態で、選挙に突入せざるを得なかった。1日夜、一関市内で開かれた個人演説会では、橋本英教候補(自民)はみずから、「無名だから駄目だと思う人もいるかもしれない」と危機感を語った。だが、郵政民営化の意義を語ると、聴き入ってくれる人も多く、手応えも感じている。

 不利な条件を覆すには、自民支持者が多い遠野、宮守などで手堅く票を固めるしかない。あとは、一関などに多い無党派層を重視し、支持の拡大を目指す。第一声を地元大船渡ではなく、一関で行ったのもその現れだ。推薦を受けた公明とも連携、4日は大船渡で公明主催の個人演説会を行い、「小選挙区は橋本、比例区は公明党」と訴える予定だ。

●自・民との違い際立たせて演説 共産・菊池氏

 「小泉政権の悪政に審判を下す大事な選挙。自民党政治ときっぱりと対決する、確かな野党の共産党と私を支援して下さい」

 1日は大船渡市内を選挙カーで巡った菊池幸夫候補(共産)は、道行く人やドライバーに、訴え続けた。

 自民と民主の2大政党の対決構図に、埋没感はぬぐえない。だが、社会保障、憲法、郵政民営化の問題などについての党の公約を強調し、自民や民主との違いを際だたせることに注力している。

 街頭演説は、1日に15回ほど。個人演説会も毎日開いている。

 「衆院選は3度目の挑戦だが、街頭演説などではこれまででない手応えを感じている。社会保障改悪に歯止めをかけて欲しい庶民の期待と受け止め、がんばりたい」と、三枚山光裕選対本部長は語った。

●気仙地方は磐石、さらに支持拡大 民主・黄川田氏

 黄川田徹候補(民主)は1日昼、大船渡市茶屋前の自民候補の選挙事務所脇に選挙カーを乗り付け、詰めかけた支持者を前に街頭演説を始めた。黄川田陣営は「人通りが多いので、毎回、ここでやっている」と言うが、そこには自民候補への対抗意識が透けて見えた。

 今回は、16市町村すべてでの過半数獲得が目標だ。前回までは、投票日前日に小沢一郎氏が一関市入りするなど、党の手厚い支援があった。後援会も充実した今回は、「むしろ2区に応援に行って欲しいぐらいだ」と言われたといい、陣営を引き締めている。

 地元の陸前高田など気仙地方の地盤は盤石だ。だが、隣の釜石ではまだ支持拡大の余地があるという。今後は、自民が強いとされる遠野、宮守でも、支持者の掘り起こしに力を入れていくという。

1589とはずがたり:2009/07/30(木) 01:56:04
>>1586-1589

【岩手】
「王国」に3氏挑む 4区
http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200509040091.html
2005年09月04日

 4区は、小沢一郎候補(民主)が生まれ育った水沢市を中心に、陣営が鉄壁の守りを誇っている。小沢氏は全国の民主党候補支援のため、自らの選挙区に入る予定はない。主不在の「小沢王国」で、前回に続いて2度目の挑戦となる久保孝喜(社民)、玉沢徳一郎(自民)、高橋綱記(共産)の3候補の苦闘が続く。

 公示前、小沢氏のひざ元の胆江地方に、波紋が広がった。水沢市と胆沢町に、自民党支部が結成されたためだ。

 自民党はこれまで組織を作れなかった。それが公示直前、次々に事務所が開かれ、4区に空白市町村がなくなった。

 8月31日、胆沢町での玉沢氏の街頭演説会。玉沢氏は約50人の支持者を前に、小沢氏批判の声を張り上げた。

 「小沢さんは選挙区に一回も入らず、政策も訴えない。いかがなものか」と。

 自民党水沢市支部長の小野新一氏は「これまでは隠れるように活動してきた。これからは、勇気を出して政策論議をしたい」と語った。胆沢支部長の村上里美氏は「政府・与党とのパイプ役が必要。鉄板に針で穴を開けるようなものかもしれないが、支持者を増やしていきたい」と話す。

 4区は、中選挙区制時代は旧2区だった。自民党は、小沢氏、椎名素夫氏、志賀節氏が、それぞれの父の代から37年間にわたって争った。小野氏は旧椎名派で、村上氏の周辺には旧志賀派も集う。自民党支部の背後には、「反小沢連合」の動きが見え隠れする。

●「横綱相撲を」

 こんな自民党の動きに対して、小沢陣営に動じる気配はない。

 同じ4人で争った前回、小沢氏の得票は4区全体で12万票を超え、過去最多だった。得票率は65%を占め、水沢市では74%、胆沢町では79%と、3人を圧倒した。

 主のいない8月30日の公示日、小沢陣営は水沢市内で出陣式をした。小野田冨男選対本部長は700人の支持者を前に「政権交代実現へ、一人でも多くの同志を当選させるために選挙区には入っていただけないが、前回にも増して圧倒的に勝利しよう」と呼びかけた。

 選対本部事務局長の菅原今朝男氏は「こちらは横綱相撲を張りたい。今回は15万票を目指す」と豪語。小沢氏支持を明確にしている水沢市の高橋光夫市長は、自民党支部誕生も「大勢には影響ないだろう」と見る。

 4区で自・民の攻防が表面化する中、久保、高橋両氏の陣営は危機感を募らせる。それぞれ、自民、民主両党を批判して党の存在感を強調。小選挙区での党勢拡大とともに、比例区東北ブロックでの1議席確保に力点を置いている。

●第3極支持を

 2日、花巻市内で開かれた久保氏の街頭演説会には、社民党の又市征治幹事長が駆けつけ、東北ブロックでの議席確保を訴えた。7日には福島瑞穂党首が4区入りする。

 総合選対委員長の小原宣良氏は「前回より手応えがある。小泉マジックに偽りあり、と有権者が感じ始めたのではないか。第3極への支持を増やし、増税を阻み、平和憲法を守り抜きたい」と話す。

●大政党批判も

 1日、北上市内で開かれた高橋氏の街頭演説会には、比例区東北ブロックで共産党単独1位の高橋千鶴子氏が駆けつけ、3日は松本善明元衆院議員が花巻市の集会に参加した。

 選対本部長の瀬川貞清氏は「二大政党では政治は変わらない。運動の盛り上がりで、はや終盤戦のような雰囲気だ。小泉ペースに引きずられず、飛躍を期したい」と語っている。

1590とはずがたり:2009/07/30(木) 01:56:48
【岩手】
3区の佐藤氏、立候補見送り

http://www2.asahi.com/senkyo2005/local_news/iwate/TKY200508260182.html

2005年08月26日

 3区から無所属で立候補する意思を表明していた、東山町出身で東京在住のコンサルタント会社役員佐藤正道氏(40)が25日、一関市内のホテルで記者会見を開き、立候補を見送ることを決めたと発表した。

 佐藤氏は、自民党県連に公認申請したが受け入れられず、無所属で立候補する方向で準備を進めていた。しかし、佐藤氏によると意思表明後、自民党県連と、同じく3区からの立候補を予定している橋本英教氏(37)からの支援要請を受け、支援者らとの協議の結果、見送ることにしたという。

 会見で佐藤氏は、突然の立候補見送りについて「(有権者に)とまどいを与えたことは申し訳なく思う」とし、「今後の活動の中で説明し、理解してもらう」と述べた。


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