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本流対策室/3 板
1
:
トキ
:2012/07/24(火) 11:12:05 ID:JlY4A7yE
このスレッドは、生長の家の「今の教え」と「本流復活」の問題に関連して、以下のテーマを扱うものとします。
「本流掲示板」等他の掲示板に掲載された投稿へ何らかのコメントをする。
いわゆる「本流復活派」の方々の言動について、コメントをする。
上記に関連するテーマなら、広く受け付けます。また、この2つのテーマについて賛否どの立場の人の投稿も歓迎しますが、たとえ違う立場の意見でも、お互いに尊重する寛大さをお願いします。
この掲示板は、基本的に生長の家の教義と谷口雅春先生の説かれた教えを支持、共鳴する人のためにサイトです。生長の家と谷口雅春先生へのご批判をされる内容の投稿はご遠慮下さい。
投稿の削除はしない方針ですが、アダルトサイトや出合い系サイトの勧誘を含む内容など明らかに目的外の投稿は、削除の対象となります。目的外の投稿の判断は、最終的には、管理人である「トキ」の判断になります。
ご理解下さい。
スレッドのルールと方針は、生長の家の「今の教え」と「本流復活」を考えると、と同じに考えております。
投稿に当たっての注意点
*このサイトは、「生長の家“本流宣言”掲示板」等と違い、自分の発言を自分で削除できません。削除御希望の場合は、管理人までご一報下さい。
*必ず、スレッドのトップにある「掲示板の使い方」をご覧下さい。
*インターネットのサイトという性質上、不特定多数の人が閲覧します。プライバシーに触れる問題や名誉毀損の可能性のある表現などは、控えて下さい。
*サイトの運営方針としては、削除は原則としてしない方針です。他者の投稿が問題のある投稿だと感じた場合は、「削除要請」ではなく、ご自分の意見を投稿するという方向での解決をお願いします。
*生長の家の共鳴者を対象にしたスレッドです。下品な表現や特定の人物を侮辱する言葉はご遠慮下さい。たとえ、自分と違う意見の人でも、敬称はつけましょう。相手に対する敬意と礼儀を忘れない様にお願い申し上げます。
*谷口雅春先生への批判は、目的外ですので、投稿をしないで下さい。
*「したらば」は長文の書き込みをした場合、一部が表現されない場合があります。その場合は、「下部左部分」にある「全部読む」を押して下さい。
このサイトについて
*宗教法人「生長の家」、「谷口雅春先生を学ぶ会」「ときみつる会」「生長の家社会事業団」「新教育者連盟」などの諸団体とは関係はありません。
*「ポスティング ジョイ」や「生長の家“本流宣言”掲示板」などのサイトとは一切関係がありません。
1034
:
初心者
:2012/09/18(火) 20:58:43 ID:qBrfhCPc
>間違いは間違い、ダメなものはダメと言うことが二元論であると言い張る人達が
理解できないのは、どう表現するかの方法論であり、信仰の問題ではないのです。
要約すれば、「二元論と言い張る人たちが理解できないのは方法論であり、信仰の
問題ではない」となります。「文章の意味が理解できるか」と知人にたずねてみた
ところ、「理解できない」との返事をいただきました。
「得意の論法」で、とりあえず理解できる形に仕上げてみました。
1035
:
さくら
:2012/09/18(火) 20:58:57 ID:qZAyo/PQ
…こちらは、あの、初心者様ですか?
超初心者様と、初心者様が出てこられて、ややこしいですね、笑。
それにしても、いつも真の生長の家の管理人様はじめ、先輩方々から相変わらず、大歓迎されてよいですね、笑。
さくらは真の生長の家の人から疎まれてますから、笑。
初心者さまに、ちょうど、お聞きしたかったのですが、
二元論についてなんですが、さくらは二元論がなんなのか、まだ曖昧なのです。
総裁についてはおかしいことは、おかしい、間違いは間違いだと指摘することは、方法論の違いだけで二元論ではない。
しかし、環境問題に取り組むために現代の人間がしていることはおかしいことはおかしいと指摘することは、神の子人間を否定する、二元論である。
そういうなのでしょうか。
二元論とは、どの状態をさすのでしょうか。
1036
:
さくら
:2012/09/18(火) 20:59:48 ID:qZAyo/PQ
>間違いは間違い、ダメなものはダメと言うことが二元論であると言い張る人達が理解できないのは、どう表現するかの方法論であり、信仰の問題ではないのです。
彼らはどこまでも形に囚われています。
goro様がおっしゃること、わかります。
同じことを、わたしの側からはこう言いたいことです。
「この体験談は、世間に迷惑かけてるから危険だ、道徳的に危険だ、生長の家が世間に誤解されるから危険だ、と言い張る人達が理解できないのは、
どう表現するかの方法論であり、信仰の問題ではないのです。
彼らはどこまでも形に囚われています。」
どちらにも言えることなのに、
人は、どちらの味方(見方)に立つかによって、どちらかにだけ、当てはめようとしてします。
わたしもでしたね、その点を反省し、体験談を書き直しました。
訊け管理人様が、平和運動と、反対運動について、「方法論」は大切だということを、
「怨嗟」は解なりや、
の例をあげてお話くださいましたが、
わたしはそれを読んで、方法論を選ぶことも、大切だとかんじました。
だから、自分が書いた体験談を危険な「方法論」だと指摘されたので、改めまして、訂正させていただきました。
つまり、方法論は、大切なのでしょうか、
大切ではないのでしょうか。
それは、どちらの立場でそう言えるのでしょうか。
1037
:
志恩
:2012/09/18(火) 21:08:48 ID:.QY5jUA6
goro様
初心者様は、いつもさくらちゃんに関する事で、他の人が、さくらちゃんを いじめてると
誤解しますと、
クオバディスの騎士のように、おのれ〜〜とか言って立ち上り、
剣のさやに手をかけられまして、
「それでは、切るか、切られるか、戦いますか!
どちらかが、死ぬまで、剣と剣で、戦いましょうぞ!!」
このように、恥も外聞も捨てて、
ガオ〜、ガオ〜と、世にも恐ろしげに 飛び出しそうな目をされて、
われわれに向かって, 襲撃の雄叫びを上げられるのです。
ですから、私は、もう、掲示板上で、殺されかかるのは、馴れておりますの。
1038
:
志恩
:2012/09/18(火) 21:12:55 ID:.QY5jUA6
そして、いつものことながら
初心者様が、おいでになると、さくらちゃんは、われわれに対して、ものすご〜く、強気の発言になるのです。
うんざりですが、
これにも、毎度の事などで、馴れております。
1039
:
ユタカ(神の子人間を生きよう
:2012/09/18(火) 21:15:55 ID:gn5QzOTA
甘露の法雨負け裁判につき急遽総裁の思いつき経が発売されて
今現在、大騒ぎしていますが・・・ それでは、なぜ、実際に本流の人だけでも
反対の署名を集めたり、本部に反対表明を出さないで、悪口ばかり書いているのでしょうか?? だったら、自分たちのなんらかの意思表示をしたらいいと思います。
裁判の当事者は出来ないでしょうが・・・ 以前の本流でもFAX署名を集めていましたが、結果3枚しか集まらないと言う・・・事態ということでしたが、、、
ここにいる人は本気で甘露の法雨と聖経甘露の法雨パクリバージョン大自然経の事を考えているのか、ただ、言っているだけなのかがわかりません。。。。
1040
:
志恩
:2012/09/18(火) 21:21:36 ID:.QY5jUA6
二元論者の初心者様に二元論を問うても、二元論のややこしい回答しか、
いただけないと存じますけれど、
初心者様、さくらちゃんと、どうぞ!
初心者様は、思想は、変えないのですか?
やはり、二元論なんですか。
やはり、ひも理論でしょうか。。
1041
:
神の子さん
:2012/09/18(火) 21:22:01 ID:4eGgENEY
志恩さんはさくらさんに嫉妬してるんですか?
1042
:
志恩
:2012/09/18(火) 21:29:05 ID:.QY5jUA6
あははははっ
神の子さん様、おもしろい発想ですね。思ってもみませんでした。
そういえば、年下の男の子って,歌、ありましたものね。(笑)
前にも別板でお願いしましたけれど、神の子様がたくさんおられるので、
イルカ、でも、クジラでも名前を付けて 入ってくださると、わかりやすのですが。
1043
:
初心者
:2012/09/18(火) 21:37:19 ID:qBrfhCPc
さくらちゃんへ
論旨は似たようなものであっても、本流の発言は方法論であり二元論ではない、
総裁の発言は方法論ではなく二元論であると、こういうことなのでしょうか。
短文でありながらわかりにくい文章、あるいはどうとでもとれる文章を解析しなく
てはならないようです(解析の仕方に物言いがつけられましたが)。
それが方法論であるのか、それとも本質論であるのか、どうやって区別するので
しょうか。本流の発言の多くは方法論であり、総裁の発言の多くは本質論であると
あらかじめ決めつけておくということなのでしょうか。
さくらちゃんもいっておられるように、すべてが方法論であるとの認識に立てば、
発言の許容範囲は大幅に拡大されますね。「これは本質論ではなく方法論だ」と
ことわりさえすれば、二元論を一元論といいくるめることも容易にできてしまう
でありましょう。
さくらちゃんが試みておられますように、「間違いは間違い、ダメなものはダメと
言うことが二元論であると言い張る人達」の部分をほかの言葉に置き換えても、
文法的には疑問が残る表現であっても、いちおう意味のとおる文章ができて
しまいます。なんとでもいいくるめることはできる、ということなのでありましょうね。
以上のことをもって「発言の許容範囲が拡大される」と表現いたしましたが、こう
した表現がなぜか「面白い」と感じられるようですね。これのどこがどう面白いの
でしょうね。この面白さこそが「深い感性」のなさしむるわざ、ということなので
しょうね、きっと。
1044
:
志恩
:2012/09/18(火) 21:40:12 ID:.QY5jUA6
ユタカ様
FAX の効果はない、とトキ様が、以前、その話が持ち上がった時におっしゃってました。
FAXや、署名が、たくさんきても、受け取った職員が、総裁に見せずに、纏めてすてたら、おわり。
そして、それによって、気持ちが、かわるような教団上層部でないということでしたし、
FAXをだすとき、自分の電話番号とか実名でやらないかぎり、信憑性がない、そうしますと、
身バレすることになりますよね。
身バレすると、本人にどんないやがらせがあるか、保証のかぎりではないし、身バレするようなことは、
一切避けなければいけないと、トキ様は、教団のお方ですから、事情がおわかりなのか、そうおっしゃってました。
私も、それは、わかる気がしました。
掲示板で言うだけかといわれますが、ネットをされてる多くの信徒のお方は、掲示板をご覧になると思いますので、
ネットで、正しい情報を流して、
あとは、それぞれのご判断にお任せするという方針をとっています。
1045
:
ユタカ(神の子人間を生きよう
:2012/09/18(火) 22:04:48 ID:gn5QzOTA
じゃぁ、
本流の人が団体を作ってが○○都道府県に集合して、講習会に参加して、
総裁が入場の際に、直接「総裁のパクリ経反対!! ヤメロ〜〜〜!!」等何でもいいから少し考えて
実際行動を!! と言って私は実際行動を煽るつもりはありませんので、これでこの話は終わります。
志恩さま、お話の途中にお邪魔しました。。。
1046
:
初心者
:2012/09/18(火) 22:36:50 ID:qBrfhCPc
さくらちゃんへ
一元論と二元論の問題は、現代の思想界においては、「動機の問題」として決着
がついていますね。持論を展開するにあたってどちらの考え方が自分にとって
好都合であるかで、一元論か二元論かが決まるといってよいのではないでしょう
か(はじめに一元論ありき、ではなく、持論を正当化するために、結果的に一元論が
もちいられるということです。ものごころついたその瞬間に一元論を主張したとい
うのであれば、話はべつですが)。
人間がどんなにシャカリキになっても、この問題に決定的な答えをだすこと
はできないでしょう。世の中に徹頭徹尾、一元論だけでものを考える人がいま
すか?あるいは、徹底的に二元論だけで考えられる人がいますか?そのとき
どきの都合で一元論らしきものを持ち出しもすれば二元論らしきものを持ち出しも
する。これが人間というものでしょう。
ようするに、一元論、二元論といったところで、形式的な操作をおこなっている
だけなのですね。形式的操作ではなく、物事の起源や根本原理にまでさかのぼっ
て、一元論、二元論の問題を可塑的に操作できる人がはたしてどれほどいるでしょう。
神想観ははたして、こうした問題にたいして可塑的な操作をおこなっているといえ
るのでしょうか。神想観による直観知性の実現が語られてはいても、可塑的な操作
にかんしては、原理的にも論理的にも納得できる説明はいっさいなされていませんね。
一例をあげれば、世界がユニバースであるのか、それともマルチバースであるのか
の問いかけに、生長の家はおそらくなにも答えてはいないでありましょう。可塑的
な操作が実現されていれば、理論的にも論理的にも納得できる形で答えられる
はずでありますね。
結論からいえば、一元論、二元論にさしたる意味はないということです。意味の
決定を不問に付すという「差延」がここでも実現されていますね。
1047
:
志恩
:2012/09/18(火) 23:20:06 ID:.QY5jUA6
横スレ すみませんが、
ユタカ様、
今日日(きょうび)の生長の家のご講習会の実体を、ご存知ないのでしょうか。
聞くところによりますと、
総裁先生の周囲には、屈強なボディガードが、何人も
取り囲んでいて、信徒が、総裁にむかって、余計なことを いわないように、
神経をぴりぴりさせながら、総裁先生をお守りしているそうですよ。
1048
:
志恩
:2012/09/18(火) 23:22:51 ID:.QY5jUA6
そういうわけで、身バレしないようにペンネームを使って
このような掲示板で、情報を、発言するしか、ないのです。
1049
:
志恩
:2012/09/18(火) 23:31:13 ID:.QY5jUA6
神の子さん様
先ほど、神の子様というお名でなく、イルカでもクジラでもつけて、入って下さると、
分かりやすいのですが、とお願いしましたが、
すでに、売り切れているペンネームが、ございますので、お知らせ させて頂きます。
売れ切れのペンネーム
ワニ、マントヒヒ、蘇我のイルカ、ダチョウ、ヒポポタマス(カバ)、鹿、 メス・ライオン、
以上が、売れ切れでございますので、
その他のお名で、よろしくおねがいします。
1050
:
ユタカ(神の子人間を生きよう
:2012/09/19(水) 00:03:29 ID:gn5QzOTA
しかしね〜〜〜〜。。。
身バレがなぜマズイのかなぁ〜〜!!?? 本流の人はみんな普通のおじいちゃんでしょうに・・・・
不思議だなぁ。。。。 まぁ、いいや・・・・
レスはいりません。 おやすみ ・・・
1051
:
解説者
:2012/09/19(水) 00:59:37 ID:???
志恩様
>>1002
>ひとりの人間として 善か悪か、物事を判断することが、なぜ、教えに反することになるのでしょう?
もう一度、おたずねします。
本部前で街宣車から主張を訴えていた右翼団体と何の違いがあるのでしょうか?
右翼団体が相応しくなければ官邸前の反原発デモに置き換えても結構です。
彼らもひとりの人間として、善か悪かを判断しての行動だと思います。
おそらく、彼らと本流派の人たちの違いは志恩様がおっしゃっているように、
>>1011
>生長の家人ですから、本流の皆様も、神想観 実修後に発言されてると思いますけれどね。
純粋な信仰心に基づいての行動であるということなんですよね?
私は神想観をすればするほど、「すべての責任は自分にある」と思いますけどね。
極端な例えになりますが、イスラム教のジハードやオウム真理教のポアに通じる、
それこそ、危険な考えではありませんか。
志恩様もgoro様も訊けさんや私に「批判されている」と、捉えているようですが、
私は批判しているつもりはありません。
若輩者ゆえに信仰生活における素朴な疑問を教えの先達である志恩様にご指導を受けたいのです。
最後にgoro様、訊けさんは
>「大自然讃歌」ですが、「読まなきゃいいじゃん」が正解だと思えます。
と、たしかにおっしゃっています。
「大自然讃歌」を新聖経とすることにも疑問を投げかけています。
しかし、「大自然讃歌」の内容そのものは悪いとはおっしゃっていません。
「読まなきゃいいじゃん」というのは、読むことを強制(?)された人に向けての言葉でしょう。
だから正確には「(そんなに嫌なら)読まなきゃいいじゃん」ということになります。
それは私も同感です。
本流派も教団もその目的は「人類光明化」ではないでしょうか?
私には双方とも本来の目的を忘れているように見えます。
それこそ、不毛な争いではないでしょうか?
私はいずれにも属しない「和解派」ですが、たとえ教団がなくなろうが、
自分のおかれた立場で「人類光明化」運動をしていきます。
それが谷口雅春先生の願いであると思います。
1052
:
元本部職員s
:2012/09/19(水) 02:01:03 ID:4XyYSDw.
合掌
初めて書き込みさせて頂きます。
>たとえ教団がなくなろうが、
自分のおかれた立場で「人類光明化」運動をしていきます。
それが谷口雅春先生の願いであると思います。
解説者様に同感です !
本部奉職していた頃、白鳩の間で雅春先生が
「生長の家が事業化されたら汚くなる
そうなったら生長の家は無くなってもいい」と語られておられました。
神と一体化されている雅春先生は其の当時から既に今日の生長の家を
お見通しだったのではと思われます。
ですから、私も今の教団は無くなってもいいと思っています。
そして自分の今置かれた場で一生懸命「真理」を宣布し
周りを光明化することに専念することが神の子を生きることだと思います。
再拝合掌
1053
:
さくら
:2012/09/19(水) 08:02:01 ID:qZAyo/PQ
初心者さま
丁寧な返信、いつもありがとうございます。
一元論、二元論の問題は、おもうより複雑なものがあり、
その時の主張によって、一元論のようだったり、二元論になったりするということですね。
納得しました。
雅宣総裁の大自然賛歌が、二元論を認めているということや、
そのために災害が起こっている、大犯罪者だとの意見がありますが、
雅宣総裁が、本質的にいつも二元論を唱えている、というなら、話は別ですが、よく検討すれば、二元論は、主張の手段にすぎないのではないかという側面が思うのですが…
まあ、影響を受けるかたや嫌なかたは、災害が起こるなどと恐怖心を煽るくらいなら、本当に読まなければよいだけだと思います。
その方便的な二元論よりも、それを言葉の表面だけを捉えることのほうが、危険のような気がしました。
1054
:
さくら
:2012/09/19(水) 08:03:08 ID:qZAyo/PQ
>本部奉職していた頃、白鳩の間で雅春先生が
「生長の家が事業化されたら汚くなる
そうなったら生長の家は無くなってもいい」と語られておられました。
横レスで、すみませんが、
雅春先生が、そのようなことを言われたのですか…
ご紹介感謝いたします。
わたしも、宗教が、組織のための組織になり、欺瞞や形式ばかりになって、本来の純粋信仰を失うなら、たとえなくなってしまっても仕方ないのではないか…と思ったことがあり、
ここでそのような内容を書いて、生長の家の先輩からカルトスパイでサタンの発想であると言われたことがありましたが、
雅春先生のご心境とは、程遠いとはいえ、
このことばのお気持ちが伝わってまいりました。
わたしの書き方が変なのでそう受け止められたのでしょうが、
やはり、これと同じ気持ちでした。
いまの教団や本流派を見ていて、本来の目的からはずれていってることが多いと感じましたので。
>たとえ教団がなくなろうが、
自分のおかれた立場で「人類光明化」運動をしていきます。
それが谷口雅春先生の願いであると思います。
>ですから、私も今の教団は無くなってもいいと思っています。
そして自分の今置かれた場で一生懸命「真理」を宣布し
周りを光明化することに専念することが神の子を生きることだと思います。
このような気持ちになっても、生長の家を愛していない、カルトの発想ではないのですね。
安心いたしました。
わたしも、解説者様と元本部職員に賛同いたします。
1055
:
「訊け」管理人
:2012/09/19(水) 08:14:46 ID:???
>トキ理事長
話しの流れを切ります。と、云っても完全に切れる話では、ありません。ですのでこちらに掲載します。
○光明掲示板 無免許運転氏のご投稿文
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=322
(内容一部引用)
「私たちの無限力を引きだしてくださってゐる総裁先生ありがたうございます。」といふ言葉が掲示板や本流メンバーの口から出るようにならなければ、谷口雅春先生の、「皆さんの一人一人の中に住吉大神の全身が宿ってゐるのである。皆さんが住吉大神である。」というご宣言が現成しないのではないでせうか。
この事を逆に言うならば、
掲示板や本流派メンバーの口から、「私たちの住吉大神を引きだしてくださってゐる総裁先生ありがたうございます。」という言葉が出るやうになったならば、17日に予定されてゐる桃の實会主催の見真会は波長が合って、必ず開催に好都合な天候になると思ふのであります。
本流派の皆様にご一考いただけたら幸甚です。ありがたうございます。
(引用終了)
メールで同氏のご文章が、送信されて着ました。(私はアク禁のため、深切なかたがお知らせくださったわけです)そしてトキさん・・・これは、読んでびっくりの内容です。そして結論から申せば「チェスト!」でありましょうか。
本流派にも「和解」の動き、出てきていると察します。「聖典」そのままを受け行動する限り、この、無免許運転氏の様にならざるを得ないと、私も思います。今回はこの、無免許運転氏を高評価した次第。トキさんはいかがお考えでございましょうか。
でも、貴殿掲示板でのご尽力ですが、ようやく効を奏してきつつある様に思います。「和解以外に選択肢があるのか」ですが、聖典を拝読する限り答えは、「ない」になるわけです。今回は無免許運転氏が、このようなご発言をされました。アホだのなんだの云われながらも「和解」、言い続けてこられて良かったですね。私は嬉しいです(^^)
拝
1056
:
「訊け」管理人
:2012/09/19(水) 08:30:57 ID:???
>解説者さま
>元本部職員sさま
>さくらさま
――――――――――――――――――――――――――――
>>1052
(元本部職員sさまご投稿)
本部奉職していた頃、白鳩の間で雅春先生が
「生長の家が事業化されたら汚くなる
そうなったら生長の家は無くなってもいい」と語られておられました。
――――――――――――――――――――――――――――
たぶん本当のことだと思います。いや、証拠すらないのですが以下はやや、このご発言の傍証になるのかもしれません。
さて、ご紹介するのは『弟子像』です。同書にて榎本惠吾先生はこう、述べておられます。「以下は大切な視点だ」というトーンでの、それでいて読み落として仕舞いそうな一文なのですけども、個人的には「コロンブスの卵」の様な話でした。どんな話かと申せば、
「谷口雅春先生は、組織のない状態から救われたのである」
というものです。
組織が無くなるのは、寂しいことです。とは申せ「聖典=神殿」であるとの視点は、外せないものではなかろうかと。運動するにせよ発言するにせよ、その「守るべきものは何か?」という視点が、抜けていきがちになってはいないかと(これが議論錯綜の原因ではないかと)
以上余談でありました。
追伸
だからと言って「組織改善は不要!」とか、そんな極論を申しているのではありません。
その点は特に付記しておきます。無論組織が健全化され、御教えに沿ったかたちで練成会
などが運営されれば、これにすぐる幸せはないでありましょう。
1057
:
元本部職員s
:2012/09/19(水) 09:58:15 ID:4XyYSDw.
合掌
さくら様へ
スレありがとうございます。
>わたしも、宗教が、組織のための組織になり、欺瞞や形式ばかりになって、
本来の純粋信仰を失うなら、たとえなくなってしまっても仕方ないのではないか…と思ったことがあり、
ここでそのような内容を書いて、生長の家の先輩からカルトスパイでサタンの発想であると言われたことがありましたが、
さくら様も雅春先生と同じ思いを持たれていらしたのですね・・・
まさに、さくら様は純粋霊であるからこそ宗教が、組織のための組織になり、
欺瞞や形式ばかりになって本来の純粋信仰を失うなら、
たとえなくなってしまっても仕方ないのではないか…と思われたのだと思います。
純粋霊のさくら様を心からご尊敬申し上げます。
そして、その発想がカルトスパイでサタンであると言われたことには ! 驚きました〜 !
ずいぶん酷いことを言われさぞかし心痛められたのでは・・・
そのように思う生長の家の先輩の方が私に言わせればカルトスパイでサタンであると思いますが・・・
>このような気持ちになっても、生長の家を愛していない、カルトの発想ではないのですね。
安心いたしました。わたしも、解説者様と元本部職員に賛同いたします。
ご賛同心から嬉しく思います。
そして、さくら様の純粋さに感動し涙が出ました !
本当にあの当時は私も最初は雅春先生の突然(汚くなったら生長の家無くなってもいい)
とのお言葉に゛えっ !゛と一瞬耳を疑いましたが・・・
今になってやっと雅春先生がどうしてあのような発言をされたかの真意が解ってきたのであります。
゛神は全てを知り給う゛全てをお見通しの発言だったのだと・・・
そして(パテントは君達に譲った! 君達ひとりひとりが谷口雅春である)とのお言葉を心に受け、
生長の家は宇宙の家だから、原宿教団に会費を払っている者達だけが生長の家人では無いのでありますから、
又これも雅春先生のご発言で(この世に生長の家人で無い者はひとりもいない)と、
この広大なる宇宙に住んでいる者全てが(生長の家人である)と見て、
>たとえ教団がなくなろうが、
自分のおかれた立場で「人類光明化」運動をしていきます。
それが谷口雅春先生の願いであると思います。
との解説者様に
共鳴共感したのでございます。
本当に突然の進入者に対し
さくら様からのスレが頂けるとは思いも寄らなかっただけに
凄く嬉しく思います。
ご賛同本当にありがとうございました !
<感謝感激礼拝再合掌>
追伸:
訊け」管理人様へ
合掌ありがとうございます。
訊け」管理人様のブログは時々拝見させて頂き、
学ばせていただいております。
>たぶん本当のことだと思います。
との お言葉ありがとうございます !
たぶんではなく一番前の席にて゛はっきり゛お聞きしましたので、
今でもその時の雅春先生のお姿が鮮明に浮かんでまいります。
>「谷口雅春先生は、組織のない状態から救われたのである」
>だからと言って「組織改善は不要!」とか、そんな極論を申しているのではありません。
その点は特に付記しておきます。無論組織が健全化され、御教えに沿ったかたちで練成会
などが運営されれば、これにすぐる幸せはないでありましょう。
には、同感いたします !
<感謝再合掌>
1058
:
解説者
:2012/09/19(水) 10:11:22 ID:???
元本部職員s様
レスをありがとうございました。
そして、貴重なお話をありがとうございます。
>たとえ教団がなくなろうが、
自分のおかれた立場で「人類光明化」運動をしていきます。
それが谷口雅春先生の願いであると思います。
本流派も教団も根底にはあると思っています。
双方のわだかまりを信仰によって乗り越えて、和解し、
互いに手を取り合って人類光明化運動に取り組むことができればと願ってやみません。
今後ともよろしくお願いいたします。
1059
:
志恩
:2012/09/19(水) 10:34:01 ID:.QY5jUA6
愛国掲示板と光明掲示板を,見ましたら
大型台風直撃という天気予報に反して
9月17日(月)に、福岡県中央区で,「桃の實の会」が開催した
「生命の實相一日見真会」は、穏やかな晴れだったという記事が載っていました。
ここの掲示板の投稿者でも、いらっしゃるマリーゴールド様(みすはなまる様)も、参加されたと、感想文を載せておられますね。
私は、この日の数日前から、ネットで福岡県の天気予報を、気にしてチェックしており、
私も、晴れ渡る青空の福岡県の映像を、ありありと神想観のときに祈っていました。
大型台風の雷鳴轟く、大嵐の中での集まりより、晴れていたほうが、気持ちがいいですものね。当日は、晴れたし、
見真会の内容も、大変素晴らしい内容だったとのこと、、、喜びの参加者の皆様の感想文も拝見できまして、
私も、嬉しくて、胸がいっぱいになりました。
奇しくも、この「桃の實会」を立ち上げられたという福岡県の吉田様(女性)の体験談が、10月号「谷口雅春先生を学ぶ」誌 p36~39に、載っておりますので、
極々簡略化して、ご紹介します。
この吉田様は、昨年の11月まで、生長の家 総連会長をされてて、組織の教区の上部で、活躍されていたお方だそうです。
それが、なぜ、新しい使命を生きようと決断されて「桃の實の会」を立ち上げることになられたかといいますと、
さかのぼりますが、
吉田様は、このみ教えを真剣に学び、平成8年に、地方講師を拝命されましたが、出講に出始めた頃には、教えがだんだん変わっていくのを目に当たりにみえてきた。
ある日、出講先で、絶版になった(雅春先生著)「神ひとに語り給う」を使ったり、今の教えが、おかしいという雰囲気が自然とでてしまい、出講が「ゼロ」になりました。
そのとき、「あなたには、絶対にやめて欲しくないから、もう一度、出講できるようにするために、雅宣先生の本をしっかり読み、
踏み絵を踏んで貰わないと、出講させられない!!!』と、いわれました。
それにショックを受け、「踏み絵までふんで出講させて貰っても、私の魂は、本当には、決して喜ばない!!!」と思い、「今の教え」から足を洗う踏ん切りが、やっとつき、
それで「桃の實会」を立ち上げた。
教団を辞めて来る人の受け皿となるよう尽力したい、谷口雅春先生の本当の生長の家復活のために、今後の人生を捧げて参ります、、と書かれておられます。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%94%9F%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%AE%B6&search.x=1&fr=top_of3_sa&tid=top_of3_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E7%94%9F%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%AE%B6
光明掲示板で、
「実相の雅宣総裁先生、ありがとうございます」を唱え、口にも出して言いましょうということですが、それは、すばらしいことですね。
ただ、生長の家は今は、信徒が、総裁の「実相」を拝まないといけないということで、生長の家は、不思議な教えに様変わりしたものだと、痛感しています。
1060
:
志恩
:2012/09/19(水) 10:41:10 ID:.QY5jUA6
貼られていないので、貼り直します。
愛国掲示板
「桃の實の会」主催「生命の實相一日見真会」
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=hikarinomi&mode=res&log=289
1061
:
志恩
:2012/09/19(水) 11:13:17 ID:.QY5jUA6
元本部職員s様
はじめまして、ご投稿、ありがとうございます。
>>本部奉職していた頃、白鳩の間で雅春先生が
「生長の家が事業化されたら汚くなる
そうなったら、生長の家は無くなっていい」と語られておられた。<<
>>神と一体化されている雅春先生は、その当時から、既に今日の生長の家を
お見通しだったのではと思われます。<<
と,お書きくださっていますね。
ということは、今の教えは、今の生長の家教団には、「神は いない」。
事業化して汚くなっているから、、、ということになりますね。ご教示ありがとうございました。
自分のおかれた場で、一生懸命真理を行じ、宣布し、周りを光明化することも、精進させて頂きます.
解説者様、訊け様、
神のいない、事業化された、このような汚れ切った教団と、どのような「和解」が成立するのでしょう。
両派、歩みよるとは?
具体的な案をお示しください。
1059:でご紹介しました吉田様は、地方講師になられて、ある日、出講先で雅春先生の著書について、語られたら、
出講停止になり、今後、出講したければ、雅宣先生の著書を勉強せよ、踏み絵を踏め!と、脅かされているのが、いまの
生長の家教団が、組織に指令をだしている現状なのです。
この現実を、どう、受け取られるのでしょう。
ただ「実相の雅宣先生を拝せ」,「雅宣総裁は、まちがったことをしていると連呼することは、オーム真理教の《ポア》と同じだから、
批判するな、」そうやって、あなた方は、批判しているのではないといいながら、本流や私を大批判して、真実の口を封印しようとしています。
批判していたら、良くなったのか?
良くなるのは、これからです。
「実相の雅宣先生に、ありがとうございます、」と,感謝して、間違っていると思った事は、議論し合う。これが、フェアプレー精神では、ありませんか。
もう、新経のことは、賛成派と批判派で、議論しあいましたから、少しは、この議論は、下火になったと思います。
しかし、聖使命新聞9月1日号を検索してみましたら、
生長の家は、全組織をあげて、この偽経の推進運動をしているのでした。
1062
:
トキ
:2012/09/19(水) 11:13:22 ID:in1Z8uVU
元本部職員s様
すばらしいご投稿、ありがとうございました。
実は、直弟子の先生方からは、ご存命中に「今の生長の家は、会社みたいな団体になってしまった」という嘆きを聞いていたので、
谷口雅春先生がそのような発言をされていたのを知り、感慨無量です。確かに、現在の生長の家という組織は変質して来たのは感じて
います。
戦前、未婚の女性を対象に花嫁寮が本部に併設されて運営されていましたが、谷口雅春先生が晩年、体調を崩されたときいたかっての
花嫁寮の卒業生が相談し、代表がお見舞いに長崎の総裁公邸にまで行かれたのです。ところが、受付に来意を申し上げたところ、絶対に
面会は駄目だ、とけんもほろろの対応をされたと聞きます。それで、受付で押し問答をしていると、声を聞きつけた谷口輝子先生が顔を
出され、
「この人達は私の娘みたいなものだから、通して下さい。」
と言われたので、面会がかなったそうです。しかし、その後、東京へ帰って来てから、「あの明るかった生長の家が、どうしてこんなに
人間味のない団体になったのかしら。」と花嫁寮の卒業生たちは嘆いていたと聞いています。
私も、本部に奉職した後輩と話していて、あまりにも心ない発言をするので、ショックを受けた事がありました。最近の本部の態度は
ことに官僚化されています。重要な方針が、教化部長にも相談無しに決定され、それがメールだけで通知がくるという状態です。その
内容が、また、教区の人間の神経を逆なでする話ですから、バカらしくてやってられないです。
細かい数字はあげられませんが、最近の退会者数の増加は信じられないペースです。ことに、「新経本」が発表されて以来の特徴は
幹部や講師の退会が目立つ点です。幹部が退会するという事は、幹部がお世話していた人達も同時に退会するケースが多いし、部内の
士気への影響も大きいです。
本部は、相変わらず、聖使命会員や普及誌の数を増やせ、といってきます。しかし、教区にしたら、「こうなったのは、全部、本部の
せいだろう」という意識があるので、真面目に相手をするつもりがわいてきません。
こうなると、本流復活派も教団も、一度、真剣に反省して、初心に戻す必要があると思います。
合掌 ありがとうございます
1063
:
「訊け」管理人
:2012/09/19(水) 11:43:55 ID:???
>>1061
志恩さま
>解説者様、訊け様、
>神のいない、事業化された、このような汚れ切った教団と、どのような「和解」が成立するのでしょう。
>両派、歩みよるとは?
「汚れきった教団」であれば和解、不能でしょう(やや方便的な言い回しになりますが)。そして具体案としては「神想観」、これになるのではないでしょうか。
なお、
>>1056
もご高覧頂きたいのですが、(万が一)教団との和解が不能でも、御教えの継承は可能ではないでしょうか。いま行っている投稿の意図は、そこです。
さらに補足するならばWEB誌友会、メインテーマである「ひとりひとりの法燈継承」とは、そういう意味だったと理解しています。必ずしも組織、「和解に至らずとも(御教えの継承は)可能」と解釈しております。組織を批判することに比べたら、余程奏功でしょうし御繁えにも適っていると考えます。
>ただ「実相の雅宣先生を拝せ」,「雅宣総裁は、まちがったことをしていると連呼することは、オーム真理>教の《ポア》と同じだから、批判するな、」そうやって、あなた方は、批判しているのではないといいなが>ら、本流や私を大批判して、真実の口を封印しようとしています。
そんなこと、過去に一度も申しておりません。オウムのポアといっしょだから貴女様へ、そんな指摘をしているわけではないのです。私の主張は「御教えに還れ」、です。詳しく申せば「悪の剔抉(てつけつ)を止めよ」、これが主張であります。もっとくだいて書くならばたとえば、悪を指摘した際には「解決策を提示」するとか・・・(中略)・・・過去にも書きましたが、「誹謗中傷」と「疑問を呈する」ことの相違、これをご確認くださいということに、なりましょうか。
>「実相の雅宣先生に、ありがとうございます、」と,感謝して、間違っていると思った事は、議論し合う。
>これが、フェアプレー精神では、ありませんか。
これまた以前から、そう申しております。疑問を呈することまでも「背繁にあたる」でありましょうか。私はそんなこと、過去一度も申しておりません。雅春先生はやり取りを、もう、大歓迎しておられるのではなかったでしょうか。
しかし、繰返しですが、御繁えに適ったかたちが望ましいと思います。そしてその、「御繁えに適う」とは一例を挙げれば、「悪の剔抉(=ほじくり出すこと)を止めつつ」執り行なうということに、なるのではなかろうかと思います。
拝
1064
:
解説者
:2012/09/19(水) 11:48:20 ID:???
志恩様
>>1061
ただ「実相の雅宣先生を拝せ」,「雅宣総裁は、まちがったことをしていると連呼することは、オーム真理教の《ポア》と同じだから、
批判するな、」そうやって、あなた方は、批判しているのではないといいながら、本流や私を大批判して、真実の口を封印しようとしています。
う〜ん…。
どうしてそんな風にとらえてしまうんだろう。
批判されている、と受け取るのは、
志恩様の心の中に何かしらの「やましさ」があるのでは?
具体的な案ですが、生長の家の全信徒、もちろん、本流派も教団もすべての信徒が
今一度教えの根幹である『生命の實相』、『甘露の法雨』に立ち返ること。それしかありません。
>批判していたら、良くなったのか?
良くなるのは、これからです。
これから良くなる、という根拠をお示しください。
本流派VS教団の批判合戦は神の御心にかなっていませんから、
私はとても良くなったとは思えません。
互いに「神の名のもとに」争っているわけで、
どちらかがこの世から消滅するまでそれは続くでしょう。
谷口雅春先生がそれを望んでらっしゃると思いますか?
1065
:
解説者
:2012/09/19(水) 12:07:30 ID:???
先ほど、
>>1064
で
「どちらかがこの世から消滅するまで争いは続く」
と、書きましたが、勝者も茨の道を歩むことになるでしょう。
なぜなら、大調和を説く教えのハズなのに、
さんざん争っていたわけですから。
信徒ならずとも、一般人もドン引きします。
逆に和解したらどうなるか?
世間、いや、全世界から注目を集め、信徒もどんどん増えますよ。
世界中で起こっている宗教戦争に終止符を打つことができるかもしれません。
宗教団体の分裂は、世間ではまぁよくあることです。
しかし、和解して1つになったという話は聞いたことがありません。
そこにも生長の家の使命があると思います。
1066
:
志恩
:2012/09/19(水) 12:33:00 ID:.QY5jUA6
トキ様
詳細の情報提供を感謝いたします。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
解説者様、訊け君
>>1052
;元本部職員s様の、コメントに、答えがあります。
雅春先生は、おっしゃったそうですよね。
「生長の家が、事業化されたら、汚くなる、そうなったら生長の家は、
無くなってもいい。」と。
つまり、汚くなった今の教団は、無くなってもいい。
コップに入っている汚水に、きれいな水を加えても、汚水のままだ。
汚い教団とは、手を結ぶな。これが、実相の雅春先生の声です。
汚い教団と手を結ぶのは、妥協です。
雅春先生の説かれたのは、和解の真理であり、妥協の真理では、ありません。
本来の生長の家人は、真逆の思想と,決して、つるんだり、妥協してはならないと存じます。
1067
:
志恩
:2012/09/19(水) 12:38:30 ID:.QY5jUA6
福岡県の桃の實の会を、立ち上げられた吉田様は、
本流から様々の、正しい情報を得ていらしたから、今の教えと離縁する決断ができたのです。
見真会に参加されてるのは、そういう方々の氷山の一角に過ぎません。
今日日のような、ネット社会では、情報は、広く深く伝達されているのです。
頭では、今の教えは、どうなったのか、わかってきた方々は、潜在的に圧倒多数を
占めて来ていると,察しられます。
1068
:
志恩
:2012/09/19(水) 12:42:27 ID:.QY5jUA6
本来の生長の家の教えに回帰してこそ、
生長の家は、復活し、繁栄します。
神が降臨すれば、つぎつぎに、人々は、救われるからです.
1069
:
解説者
:2012/09/19(水) 12:43:47 ID:???
>コップに入っている汚水に、きれいな水を加えても、汚水のままだ。
きれいな水を加え続ければきれいな水になることも
生長の家では教わっています。
きれいな水を加え続けること。
これは人間の智慧をもって為すのではなく、
神想観や聖経・聖典の拝読という宗教行で行おうと言っているのです。
今はまだ汚れているかもしれませんね。
何でこんなにきれいな水を入れているのに…と、
ヤキモキなさっているのでしょう。
志恩様の愛と祈りがあれば必ずやきれいな水になる日が来ると信じています。
1070
:
志恩
:2012/09/19(水) 13:31:50 ID:.QY5jUA6
《和解》は、
天照大神様、、住吉の大神様、との和解であり、、、真逆の思想を説く、現象、雅宣総裁との、妥協では、ありません。
此の分ですと、住吉の大神様からの人間に対するメッセージが書かれてある「甘露の法雨」を読誦させずに、
「大自然讃歌」の読誦を読むことが、踏み絵になるやもしれません。
だって、雅春先生の著書で、講義したら、出講が、停止になるのが、現状なんですから、みつかった、
そうなるところも、あるかもしれません。全部じゃないでしょうけれど。
1071
:
志恩
:2012/09/19(水) 13:41:35 ID:.QY5jUA6
光明掲示板に
「靖国見真会」参加者様が、解説者様宛に、ご文章を載せられております。
題・【「和解」派とは、
”和解”をこそ 至上価値的とする志操なき人々なり…これが、私の定義です。】
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=348
1072
:
神の子さん
:2012/09/19(水) 14:15:25 ID:YVdRfPUk
>和解”をこそ 至上価値的とする志操なき人々なり…これが、私の定義です。
谷口雅春先生は志操なき人なりや?
1073
:
神の子さん
:2012/09/19(水) 14:45:49 ID:YVdRfPUk
和解を言っているのは掲示板の信徒ではない。
谷口雅春先生なのです。
それを忘れてもらっては困りますよ。
1074
:
さくら
:2012/09/19(水) 16:35:16 ID:qZAyo/PQ
>>1055
訊け管理人さま
いま、光明掲示板見ましたが、無免許運転さまは、さすがですね…
実は、さくらはジワジワ感動いたしました。笑。
おっしゃることにも筋が通ってらっしゃり、納得ができますし、
まるで、現代のスターデイリーですね…笑。
「悪いものを悪いと指摘することこそ、愛の実行だ」という意見がありますが、
わたしは、それが、「何かを変える為」であるなら、…まあ「愛の一つのあらわれ」なのかもしれませんが、
神の智慧につながることか、生長の家のみ教えの実行とはいえないのではないかとおもっています。
善悪を判断して、悪いと思うものに抵抗し、排除する…そんな運動は巷に溢れているわけですよね…それで世の中よくなったのでしょうか。
生長の家は、そんな運動ではないと。
無免許運転さまは、
愛の実行と同時に、神の叡智に目覚められ、実相を観じる、という選択をされたのではないかと、おもいます。
光明掲示板の、リーダー的な方が、先頭にたって、この方向へ向かわれるのはすばらしいとおもいました。
これからは、いま以上に注目させていただきます、笑。
>だからと言って「組織改善は不要!」とか、そんな極論を申しているのではありません。
その点は特に付記しておきます。無論組織が健全化され、御教えに沿ったかたちで練成会
などが運営されれば、これにすぐる幸せはないでありましょう。
ここも賛同します。
ただの「愛の非難」を続けるより、信徒に役にたつ改善案を提案することなどが、知恵のある愛だとおもいます。
1075
:
さくら
:2012/09/19(水) 16:35:58 ID:qZAyo/PQ
>>1057
元本部職員sさま
…投稿を読み返して見ましたら、元本部職員sさまを呼び捨てにしていまして、大変失礼いたしました。(親しみを感じるかたには呼び捨てしまうのです、…はい、言い訳ですね、笑。)
…元本部職員sさまの言葉で、いろいろ掲示板で感じてきた想いが、救われたような気持ちになりました…
>そして(パテントは君達に譲った! 君達ひとりひとりが谷口雅春である)とのお言葉を心に受け、
生長の家は宇宙の家だから、原宿教団に会費を払っている者達だけが生長の家人では無いのでありますから、
又これも雅春先生のご発言で(この世に生長の家人で無い者はひとりもいない)と、
この広大なる宇宙に住んでいる者全てが(生長の家人である)と見て…
わたしはまだ信仰に対して未熟ですが、
教えの根底には、人間は一人の例外もなく救われているのが生長の家であり、この世の一人の例外もなく生長の家人だと観るという、広大な教えが生長の家であるということに救われた想いがあります。
ですから、元本部職員sさまが雅春先生の想いをお伝え下さることに、ほんとうに、ありがたいなと感じますし、感謝しています。
例えば…
正当な著作権をもち、我々と行動を共にするものだけが、真の生長の家という…などや、
誰が真の生長の家の考えで、違うものは真の生長の家じゃないとか…ジャッジしたり、排除したりすることが、
教えを学ぶ目的ではないと思っています。
解説者さまがおっしゃられたように、これこそカルト思考の種になってしまうことだと感じているのです。
むしろ自分と違うものこそ、理解を示し、苦しみや悩みがあれば、取り除いてあげよう、とする姿勢が、生長の家の生き方であってほしいな、と…。
でも、生長の家は、そのように排除しないからといって、
何にでも妥協する教えではないですよね。
神があらわれれば、すなわち、
善となり義となり慈悲となり、
調和自ずからそなわり…
の「甘露の法雨」のお言葉のように、
私たちにできるのは、神があらわれるように、心でどのような思いをもつか、何を観るかが大切であるということを教えて頂いているとおもいます。
元本部職員sさま、また、よろしくお願いいたします。
1076
:
goro
:2012/09/19(水) 17:34:45 ID:Cc8Z7oOY
さくら様
志恩さまが
>>1071
に於いて以下のURLを紹介されています。
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=348
全てをお読みいただいてのご感想をおきかせ下さい。
よろしくお願いいたします。
1077
:
トキ
:2012/09/19(水) 18:56:26 ID:in1Z8uVU
いやー、靖国見真会参加者様から、
「“和解”をこそ至上価値とする“志操”なき人」とお褒めの言葉を頂戴した和解派のトキです。
まあ、私は、生長の家の人間のくせに、チャンネル桜の活動者とも、日本共産党の幹部とも平気でつきあう
人間ですから、まったく“志操"がないみたいです。
さて、日本共産党の活動者に話を聞くと、最近、彼らの状態は悲惨みたいです。あまり詳しく話して、
情報源がもれるとご本人が迷惑を被るので割愛しますが、例えば、民青なんか、今の生長の家青年会と
遜色のない程度の活動をしています。(注:それほどレベルが落ちている、という意味です。)
逆に、チャンネル桜など、民族派や愛国運動はかってないほど、盛んな活動を展開しています。
昔、生長の家が政治に進出していた当時は、愛国運動というと、軍艦マーチをならした営業右翼という
イメージしかなかったのですが、今は、普通の市民の間で、すでに定着をしている、という印象を受けて
います。
今、生長の家がおかしくなっているのは、一つに環境への課題な傾斜であると指摘されています。
これは正しいと思います。ですから、本来の生長の家に戻る必要があると思います。で、本来の生長の家
の活動ですが、宗教団体ですから、本業はやはり宗教だと思うのです。
逆に、愛国運動については、現在では、まじめに活動をしている団体が多数あるのですから、志のある
人がそこに参加したほうが良いと思います。そのほうが、その団体も喜ぶでしょうし、結果的に日本の国のため
になると思います。これは環境問題にも言えると思います。もちろん、理念としての愛国や環境は大切ですが、
あくまでも信仰が第一だと思うのです。
教団は今の環境偏重の運動からは脱却する必要はあると思いますが、その原点は、吉田國太郎先生や
藤原敏之先生などが指導された信仰に基づく運動であるべきだと、個人的には思っています。
それと、幸福の科学ですが、ここには、過去、「谷口雅春霊言集」に騙されて、多数の生長の家の信徒が
加入した事実があります。しかし、大川隆法の正体に気がついた人達が声をあげだしています。その代表が
かって生長の家本部職員で、幸福の科学の大幹部を経て、現在は幸福の科学撲滅運動に頑張っている種村修
さんです。
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/09/blog-post_11.html
また、同じく生長の家職員で、幸福の科学の職員になり、その後、大川の正体に気がついた人がこのような
サイトを開いています。
http://antikkhs.blog119.fc2.com/
ご参考まで。
1078
:
さくら
:2012/09/19(水) 19:17:17 ID:qZAyo/PQ
>>1076
goroさま
ありがとうございます。
現状把握が浅いことがありますので、ご指導頂けましたら、幸いです。
わたしは、今の教団の活動方針や組織の考え方に従えないこがあり、距離をおいていますが、
それでも、正直、雅宣総裁の話や本を読んで、生命の實相や甘露の法雨の根本の思想を、完全否定したような発言は、聞いたことがありません。
環境問題への取り組みなどは、対処療法的なものですし、その考えは二元論なのかもしれません、科学雑誌の知識などを読んでも、人間として生きる喜びを感じることはありませんし…
人を救う宗教としての役割の意識に欠けているのかな、とおもい、その点残念です。
雅春先生の人間の生命を鼓舞するすばらしいご文章とは、本質が違います。
ただ、それも、思想の否定というより、客観的な考察に基づいた理知的な判断力を、読者に養ってほしいという想いがあるからみたいですし、
総裁の発言として、自分の分からないものや、検証できないものを安易に話さないという姿勢があるようです。
ですから、個人的には、経本をつくられたのは、なにか、焦りがあったのかな…などとおもいました。これは、失敗だとおもいます。
でもこれも災害をおこしたりする力のあるものではなく、宗教的センスにはかけるのではないか、という感じです。
活動の方針も賛同できないのは、雅宣総裁の思想というより、組織のやり方というか、
組織の体質にも、おおきな問題があると感じていました。
わたしは、雅宣総裁の方針には従えないですが、なぜそのようなことをされるのか、多少理解はしようとはしました。
批判のなかには、雅宣総裁の本も読んだことなく、ネットの情報だけで騒ぎが大きくなってるものもある気がします。
雅春先生殺しとは、実際、雅春先生の本を絶版したり、著作権の裁判のことや、「大東亜戦争は侵略戦争である」など数々の、愛国運動を抑制するような発言のことでしょうか?
絶版のことなら、これは、雅宣総裁の思想というより、出版経営や、過激な愛国運動を防ぐような意味など…思想弾圧というより、他の意味もいろいろあったのではないでかとも、思うのですが…。
もしかしたら、いままで信徒が、熱心に絶え間なく普及運動をしていたら、絶版を防げたものも、あったのではないかということは、ないのでしょうか。
そしたら、信仰のある信徒こそ、もっと、雅春先生の聖典を守るべきだったかもしれませんし。
はっきり、思想弾圧とは言えるのでしょうか?分かりません。
裁判のことも相手があることですし、前にトキさまが、両方の言い分を書いているのを読みまして、どちらも組織の事情ばかりで信徒のためを考えてないな。というのが感想でした。
これも、思想弾圧とは思えませんでした。
愛国運動が、違う表現としてあれば、雅宣総裁の反応もすこしは変わったことはないか…なども考えます。
でも、愛国運動を牽制するあまり、本来の愛国心を養うみ教えが説かれなくなったのは、これはとても残念です。
ほんとうの愛国心をお持ちの先輩方々がご指導下さることを願っております。
…この問題が、本当に思想のちがいなのか、わたし個人的には、まだはっきり言えない、というのが、感想です。
幹部とか責任者じゃないから言えるのかもしれませんが…もっと、冷静に歩み寄りを考えて頂きたいとおもっています。
信徒が雅春先生の本当にお伝えしたかった愛国心や人間神の子をお伝えしていくことを、雅宣総裁の批判より優先すべきかともおもいました。
ご舌足らずで生意気な表現になりましたら、申し訳ありません。
ありがとうございます。
1079
:
元本部職員s
:2012/09/19(水) 19:35:11 ID:4XyYSDw.
合掌
さくら様へ
>…投稿を読み返して見ましたら、元本部職員sさまを呼び捨てにしていまして、大変失礼いたしました。(親しみを感じるかたには呼び捨てしまうのです、…はい、言い訳ですね、笑。)
全然、気が付きませんでしたし、全く気にしておりませんので、かえって、親しみを感じて下さったことの方が嬉しいです !
>わたしはまだ信仰に対して未熟ですが、
教えの根底には、人間は一人の例外もなく救われているのが生長の家であり、
この世の一人の例外もなく生長の家人だと観るという、広大な教えが生長の家であるということに救われた想いがあります。
ですから、元本部職員sさまが雅春先生の想いをお伝え下さることに、ほんとうに、ありがたいなと感じますし、感謝しています。
いえいえ、こちらこそ、肉体人間からしましたら、まだまだ未熟者です。
唯々雅春先生の御教えによって゛魂は救われ済みなのだ゛と教えられ雅春先生を魂の師としてお慕い申し上げている次第です。
この度は、さくら様の純粋無垢なる魂にふれ心浄められましたので 心から感謝しています。ありがとうございました !
>私たちにできるのは、神があらわれるように、心でどのような思いをもつか、何を観るかが大切であるということを教えて頂いているとおもいます。
その通りだと思います !
谷口雅春先生という名で、この地上界に於いて肉体をもって説法されていた魂は今や霊界にて、
住吉の大神又は宇宙の大神として高き身位につかれ霊界にて未だ悟りえぬ魂を救済されておりますので、
゛谷口雅春先生を学ぶ゛というよりは、゛宇宙の大神に学ぶ゛とした方が肉体人間なる雅春先生に執着している感がなくなり
しっくりいくような気がいたしますし・・・
>正当な著作権をもち、我々と行動を共にするものだけが、真の生長の家という…などや、
誰が真の生長の家の考えで、違うものは真の生長の家じゃないとか…ジャッジしたり、排除したりすることが、
教えを学ぶ目的ではないと思っています。
という、さくら様の意見にも共感は覚えます。
神の心は何処までも広く、どんな人でも包み込む広大無辺なものであり、
そんな了見の狭い教えでは無いはずですので・・・
ただ、思うには・・・生長の家という雅春先生の教えを学び人類光明化の同志であり選ばれた霊の戦士でありながら、
争わなければならない事になった諸悪の原因は、やはり雅春先生の愛国の書を絶版にし、公にも左翼と名指しされてしまった。
組織のトップにあると言っても過言では無いと思います。
何故なら組織を人体に例えても解る通り、今組織は舞踊病という病気にかかってしまっているような状態なのです。
頭がおかしくなれば手足がバラバラになって踊り出すという・・・
又駒に例えても解りますように、中心がしっかりしていなければ駒はグラグラになり回らなくなると同じです。
このトップの考え方が雅春先生の教えそのものを一滴ももらさず継承するという使命を果たさず、
自分の思想(左翼的)に好き勝手に改変したとなると、やはり雅春先生に学ばれ救われた信徒達であるならば黙ってはいられないはずであります。
それを黙認するということは、左翼的思想に迎合するという罪を犯すことにもなり、罪は=包みであり、
本来の神の子の実相を包み隠すこととなりますので、やはりその包みを取り払い排除しなければ解決がつかないのであります。
そこで、ヤマタの大蛇(左翼思想)を護国の真剣で、首を切って落とすという、正義の戦いは、やむえ得ないということにもなりましょう〜
今は誰々の擁護派とか言ってる場合ではないのです !
日本の国を守る救う為にも、生長の家が雅春先生の説かれた愛国の書に従い、護国の真剣を振りかざし戦わなければならない時期に来ているのです !
そのことをないがしろにし、ただ祈っていればいいでは、時遅しになってしまう恐れもあります。
故に、行動の伴わない空念仏に終わらせない為にも、日本の国のために生長の家を正すことが必要なのです !
私は霊界で雅春先生は゛国難の今こそ立て゛と強く信徒に望まれていると思うのでございます。
少々熱く語り過ぎましたが・・・
このことを、さくら様にご理解いただければ幸いに存じます。
再拝合掌
1080
:
うのはな
:2012/09/19(水) 20:05:33 ID:ymetHEVk
原宿教団との関係が噂になると自分の会社取引に損失が出るおそれがあると、
掲示板で訴えていた訊け管理人氏ですが、こんな販売方法をどう思われるでしょうか
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=347
1081
:
トキ
:2012/09/19(水) 20:11:07 ID:in1Z8uVU
>>1080
こんな販売方法はおかしいです。
1082
:
初心者
:2012/09/19(水) 20:52:53 ID:qBrfhCPc
一元論は決定論ですから、「最後の審判」に行きつかざるを得ないですね。最初か
ら予定されていたシナリオだけが許されて、許されざるシナリオは、最終的には
神の裁きを受ける運命にあるとする考え方に、どうしても行きつくことになりますね。
1083
:
初心者
:2012/09/19(水) 20:59:07 ID:qBrfhCPc
感想を求められたわけではありませんが、まずはひと言。
「間違っている」とおもえる思想を批判するのは当然のことです。ですが雅春先生
は、「間違った考えを主張する人の人格や行状を裁け」と、このように言っておられ
たのでしょうか。共産主義者や○○学会に属する人々の人格をあげつらい、行状を
告発せよと、このように言っておられたのでしょうか。どうなのでしょう。
1084
:
初心者
:2012/09/19(水) 21:21:21 ID:qBrfhCPc
思想には思想で、論理には論理で、知識には知識で立ち向かう。これが批判という
ものでしょう。
総裁の思想を批判したければ、理論でも論理でも知識でも、好きなものをもちいて
堂々と批判すればよい。これだけの話です。
1085
:
トンチンカン
:2012/09/20(木) 00:32:02 ID:9yITXFI2
初めまして
何故か、あの「和解、和解」と叫んでおられるトキ管理人さんの部屋に足を踏み入れてしまいました。
雅宣総裁の説く「今の教え」とやらはオカシイ、これは雅春先生の説かれた「御教え」とはかけ離れたものでしかない、、、なのにどうして「生長の家」に居座っているのか不思議でならないのです。
このような場合に過去の宗教界を見れば、皆さん独立されて“自論・自説”を説かれ、新派の宗教として巣立っておられます。
だったら、雅宣総裁もまた先人に倣って『新宗教マサノブ教(仮称)』として独立されるのが当然だと思えてならないのです。
丁度、森の中に建設中のサティアンみたいなものが近々完成するのでしょうから、そこで「ヤマギシ会」みたいな活動を開始されるおつもりなのでしょうか?
最高裁の判決を心待ちにしているのですが、、、
1086
:
うのはな
:2012/09/20(木) 01:42:22 ID:dKKqXaLQ
トンチンカンさんは、ほんとにトンチンカンですね。
ここは建前は中立で「和解目的」掲示板なんですよ。
なぜか「和解 和解」と叫んでいるトキさんは、、、
最近、双方とも冷静に話し合い 話し合い に変化しているようです。
誰が話し合うのか知りませんが、判決を下すのは最高裁になるのに、
和解和解っていってて飽きないものでしょうか。
トンチンカンさんのまたのご来店を心待ちにしています。
1087
:
初心者
:2012/09/20(木) 07:08:59 ID:qBrfhCPc
トンチンカン様
>雅宣総裁の説く「今の教え」とやらはオカシイ
総裁の教えはどこかどう「オカシイ」のでしょうか。まずは、どこがどうオカシイ
のか、これをはっきりさせるところからスタートするしかないでしょう。具体的に
どこがどうオカシイと考えておられるのでしょうか。
1088
:
志恩
:2012/09/20(木) 07:20:34 ID:.QY5jUA6
解説者様、訊け様
”生長の家の教えの「和解」を、いつも、持ち出されるお二人ですが、
それに対して、goro様もご紹介下さいましたが、
光明掲示板で、「靖国見真会参加者」様に続いて、「縹」様も、コメントされ、
再び「靖国見真会参加者」様が【和解】についての的を得た回答を載せて下さって
ますので、改めて、貼付させて頂きます。
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=348
これで、
解説者様、訊け様は、ご納得されたと、存じますが、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〜「天地一切のものと 和解せよ」とは〜
「生命の實相」第14巻 第4章 に、【和解の倫理】p55~65が、詳細に掲載されてますので、こちらも、一応、ご紹介します。
p66” 虚説に 和解してはならぬ” ということを、
雅春先生は、ここでも明確にお書き下さってます。
虚説とは、実相の世界にはない「誤れる見解」のこと、すなわち「無い説」。
虚説の中でも、最大の虚説は「物質はある」という見解であります。生長の家誌友の中で、
近頃 脱線して「物質もある、心もある」という二元論に誘惑されたり、
「現象も真我のあらわれである」という説に惑わされた人がありました。
その理由は、われわれは、天地一切のものと和解しなければならないから「物質はある」という説とも和解したとき、
本当の真理が、かえってわかるのだという理論から、
虚説に対しても、一応は耳を傾けなければならないというわけだったのであります。
われわれは、天地一切の「実在」と和解しなければなりませんけれど、虚説に対して、和解しては、ならないのであります。
虚説に和解したら、実相をくらますことになります。実相をくらませば、みずから迷うことになるのであります。
迷えば迷いの影を現象界にうつして、現象界がままならぬ相(すがた)にあらわれてくるのであります。
「物質もある、心もある」という二元論に引っかかって、現象界が変に乱れて、集金が集まらなくなったり、歯痛が酷くなった数氏の実例は、
かって「生長の家」誌に書いた通りです。
p62: ”光は、闇と和解せず”
「敵を愛せよ」と仰せられたイエスが、なず「サタンよ、退け(しりぞけ)」といわれて「サタンを愛せよ」と言わなかったのでしょうか。
(中略)
、、虚説に対しては、あくまでも戦い、人に対しては、どこまでも実相をみて、許す事にしたのであります。
どうか、みなさんも、虚説に対しては、和解することなく、どこまでも「サタンよ去れ」の態度で、進んでいただきたく。。。。。
【天地一切のものと和解せよ】
との生長の家の第一最大の誠命(いましめ)は、「天地一切のものの”実相”と和解せよ」ということであって、
仮相や虚説に対しては「サタンよ去れ」と排撃すべきなのであります。
釈迦もキリストも、同じような態度で、虚説を駁撃(ばくげき)せられたのであります。
1089
:
志恩
:2012/09/20(木) 07:29:39 ID:.QY5jUA6
解説者様、訊け様、が、よく使われる「定義」と「倫理」の意味
定義ー ある概念の内容を限定すること。
倫理ー 人間世界を守る最善の知恵。
善悪・正邪の判断において、普遍的な基準となるもの。
1090
:
初心者
:2012/09/20(木) 08:12:27 ID:qBrfhCPc
>>1088
総裁の人格的な欠陥や過去の悪行を公の場であばきたてる行為は、総裁が公人で
あるがゆえに、雅春先生の教えにもとづく行為であり、神の道にもかなう行為だ
と、このように考えておられるということですね。
1091
:
初心者
:2012/09/20(木) 08:17:01 ID:qBrfhCPc
本流掲示板からの抜粋です。
>翻って、今日の生長の家教団の実情を考えてみましょう。「聖経」を〝補強〟するという名のもとに「大自然讃歌」に「観世音菩薩讃歌」が相次いで発表され、それがしかも新しい「経本」として出版されるわけです。これが果たして『真』なるもの、『実在』なるものと言えるのでしょうか?「ホンモノ」でなければ「和解」したくはないし、また「和解」してはならないと思うのです。「神」をそこにあらわすために、今、私たちに求められていることは、何が「ホンモノ」なのか、何が「ニセモノ」なのか、それをはっきりとよりわける力であると思います。そして、この二つの「讃歌」とも「ホンモノ」とは認め得ないからこそ、私どもはこれとの「和解」はあり得ないと判断しているのです。〈
以上の文面の投稿者は、「これが果たして『真』なるもの、『実在』なるものと言える
のでしょうか?」と判断を読み手に丸投げしていますね。そしていつの間にか、
「ニセモノ」と断じきって「和解はあえない」と結論づけているようにおもわれま
す。
投稿者は、具体的にはなにも言ってませんね。この程度の書き込みから、いったい
何を了解せよといわれるのでしょうか。
1092
:
初心者
:2012/09/20(木) 08:19:58 ID:qBrfhCPc
訂正いたします。
抜粋は、本流掲示板ではなく光明掲示板からでありました。両者を明確に区別する
必要はないともいえますが。
1093
:
初心者
:2012/09/20(木) 08:38:13 ID:qBrfhCPc
和解をさまたげる要因として、現教団による締め付けの厳しさが問題になっている
ようですね。わたしの体験では、かつての教団でも似たような締め付けはあった
ようにおもいますが、この点は問題にされないのでしょうか。
こちらがアイデアを提供したとしても、「雅春先生の教えとはちがう」のひと言で
却下という事態は、かつての教団では日常茶飯事であったといってよいような
気がいたします。
雅春先生の教えにガチガチにしばられることを「よし」として、それ以外のことは
考えさせまいとする、上からの尋常ならざる圧力がつねに潜在していたと考えます。
現教団にしても、かつての教団にしても、締め付けの厳しさに変わりはないでしょ
う。ただそうした締めつけが、おおっぴらになされているか、潜在的にそうした力学
が働いているかのちがいがあるだけではないでしょうか。
このあたりの事情は、当掲示板において、こちらが何かひとこと発言したとしても、
発言の内容にたいする応答ではなく、「それは人間知だ」とか、「理論や知識は何
の役にも立たない」とかの反応が返ってくることからも明らかでありましょう。
雅春先生の教え以外は考えさせまいとする力学が、いまも潜在的に働いているの
は明らかでありますね。いま起きている問題が、いまもこのように働いている力学
と無縁であるとお考えでありましょうか。
いまの問題を引き起こした責任は、こうした力学を行使する側にもあると考えま
す。相手が誰であれ、なにがなんでも、「彼らが考える雅春先生の教え」に縛りつけ
ておこうとする勢力が、そのことに無自覚であり、無反省のままでは、和解は遠の
くばかりと考えます。
1094
:
「訊け」管理人
:2012/09/20(木) 08:48:18 ID:???
>>1088
志恩さま
出張中のため手短な返信になります。お許しください。なお、アク禁中につき同掲示板の内容は把握しておりません。ただ「和解の倫理」を軸に論を展開、されておられるのですね?その線で返信致します。そして私の主張ですが、解りやすく箇条書きと致します。(必要であれば詳細に説明可能です。ただし、本日中に可能かは不明です)
<「和解の倫理」に関し>
○ 摧破すべき虚説とは、「自分が悪を認める目」を指します。
○ 「サタンよ去れ!」のサタンとは、相手方ではなく「自分側の迷妄」です。
○ この「サタンよ去れ!」を、「相手方への攻撃許可だ」と解釈されておられれば、それは間違いです。
○ ちなみに「和解の倫理」に関しては、『生命の實相』14巻で全文をご高覧ください。(本流抜粋は重要事項がなぜか、削除されております。過去にも指摘しましたが、全文をお読みくだされば、私の主張が正しいと判ってくださると思います)
<「疑問を呈すること」と「相手を撃つ」ことの相違点>
○ (言うまでもないことですが)「和解せよ」とはたとえば、〝裁判和解〟の様なものではありません。
○ 雅宣総裁の悪行を認め、平身低頭することは「和解」ではありません。(それは「和解」ではなく「妥協」でありましょう)
○ (既述繰返しですが)「疑問を呈すること」はなんら、背教にはなりません。(むしろ雅春先生は議論を、「大歓迎」されておられます)
○ ただし雅春先生は、「間違った考えを審判(さば)け」とは、おっしゃっておられません。
○ ましてや「その発言者の行状や悪行をいつまでも指摘しつづけろ」とも、おっしゃっておられません。
<「反戦/平和運動」の喩え真意>
○ 「間違った人/思想」に対しいつまでも、指摘をつづけることは建設的ではありません。
○ 念のため繰返しておきますが、ここで言う「指摘」とは「間違った考えを審判(さば)け」等を指します。
○ 疑問を呈する自由は当然、在ります。(既述)
○ 信仰の面から見ても相手を撃つ行為は、背教です。(既述の如く「和解の倫理」には、そんな記述は一切ございません)
○ ならばどうするか?「平和運動」です。
○ 相手を撃つことに快感を覚えるのではなく、なにかを始めることを意味します。
○ ここで言う「なにか」とはたとえば、新経否定運動の代りに「『甘露の法雨』読誦運動をする」などを指します。
○ さらに例示すれば、教団否定運動の代わりに、「『学ぶ会』『ときみつる会』『桃の實の会』を盛り上げる行動」を指します。
○ 宮澤潔先生の言葉を引用するならば、「総裁を批判している暇があったならば、伝道しましょう」になります。
拝
追伸
なにか説明を求められれば、堂々返答する準備があります。どうぞよろしくお願い致します。
1095
:
志恩
:2012/09/20(木) 08:48:47 ID:.QY5jUA6
>>1090
:初心者様
雅宣総裁先生は、生長の家総裁という【公人】のお立場のお方です。
公人である総裁先生を名指しで、個人的なことも、行為についても、掲示板上で、批判することは、法的にも、生長の家的にも、なんら問題は、ございません。
憲法でも「表現の自由」は、保証されております。
個人のプライバシー権というのも、ございますが、貼付した文にも書いてありますように
この「プライバシー権と表現の自由」は、どちらが、優先するのかが問題になることが、時折あります。
そうした場面で、まず注目すべきはプライバシー権を主張している人物が「私人」なのか「公人」なのかということです。
つまり「私人」のプライバシーは、厳重に保護されなければならないが、「公人」の場合は、プライバシーについては、制限されています。
何によって、公人のプライバシーが制限されるかと言いますと,貼付したものには「公共の利害」との関係とありますが、
生長の家の場合は、本来の教えが、今の教えに変節したことによる全組織、全信徒に対する影響という問題が、ございます。
その場合、プライバシー権よりも、表現の自由が、優越的権利となることは、明らかなことなのです。
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=348
1096
:
志恩
:2012/09/20(木) 09:01:35 ID:.QY5jUA6
すみません。間違って、別のを貼付してしまいました。
貼り直します。
「プライバシー権と表現の自由」
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/kokuhatu.html
1097
:
トンチンカン
:2012/09/20(木) 09:01:41 ID:9yITXFI2
“初心者”さんて?
本当にトンチンカンな、トンチンカンです。 お聞きしたいのですが、、、
今出てこられている“初心者”さんとは、こちらの掲示板の一部の常連さんが『初心者=雅宣総裁?』と言っておられる、その“初心者”さんでしょうか?
そうだとしたらオカシイですね、、、?
少し前に、「この掲示板には再び戻って来ません。皆さんご安心下さい」といったようなことを述べていなかったでしょうか?
その“初心者”さんからのメッセージです。
>雅宣総裁の説く「今の教え」とやらはオカシイ
総裁の教えはどこかどう「オカシイ」のでしょうか。まずは、どこがどうオカシイ
のか、これをはっきりさせるところからスタートするしかないでしょう。具体的に
どこがどうオカシイと考えておられるのでしょうか。
まずは“初心者”さんとココで議論するつもりはありません。
各地の教区の組織内の人達のあいだにも、「雅宣総裁はオカシイ」なんて声が聞こえてまいります。 雅春先生のお話を聞いて育った世代には、肌で感じるのです。
1098
:
「訊け」管理人
:2012/09/20(木) 09:32:38 ID:???
>志恩さま
<参考資料>
『善と福の実現』14頁より謹写――
世界の根源が神であり、神が善であるとわかったならば、そして神のみがすべての渾てであるとわかったならば、世の中に悪意ある対立などありようがないのである。「敵がない」という人生観にならなければならないのである。「敵がある」と云う人生観に立つ限り、自分の妄想によって「敵」を描き、描くゆえにその「敵」が現実にあらわれ、ついにその敵のために敗北せしめられると云うことになるのは、古今東西の実例によっても明らかなことである。
「敵」だと思えば、敵でないものが敵とあらわれて来る。すべての存在は「敵」ではない、「善意」と「愛」とをもって吾々に何かを互いに貢献し協力すべく与えられているところの存在と信じ、現実に「敵」とあらわれていても、それは敵ではないとして「実相」の善を信頼して厚遇するならば味方となってあらわれて来るのである。
敵があると信じ、不調和が存在すると信じ、それに対して身構えすることは、神の善意と、その無限力とを信じない不敬の罪だと云わなければならない。
1099
:
初心者
:2012/09/20(木) 09:35:21 ID:qBrfhCPc
>>1095
>公人である総裁先生を名指しで、個人的なことも、行為についても、掲示板上で、批判することは、法的にも、生長の家的にも、なんら問題は、ございません。
憲法でも「表現の自由」は、保証されております。
「相手が公人でありさえすれば、それがたとえ、人格的な欠陥や過去の悪行をあば
きたてる行為であったとしても、生長の家的にもなんら問題はない」とのご発言を
いただきました。
公人と私人は明確に区別して、相手が私人であれば、その人格や行状がどうで
あれ、その人の実相を拝することをよしとするが、公人であれば、その人格的な
欠陥や過去の悪行を執拗にあばきたてることも可なりと、生長の家ではこのよう
に考えるということですね。
わかりました。生長の家ではそのように考えるということで了解いたしました。
たしかに、「相手が公人であれば実相を拝んでばかりもいられない」というのは
真実でありましょう。それなりの権力を持つ公人の実相を拝んでばかりだと、下々
のものたちは手ひどく扱われるにきまってますものね。公人には(あるいは他国に
も)安易に真理を適用すべきでない、ということですね。
このあたり、教えの限界というものをどうしても考えないわけにはまいりませんね。
1100
:
志恩
:2012/09/20(木) 09:37:58 ID:.QY5jUA6
訊けさま
第14巻 第4章 「和解の倫理」は、全部読みました。
訊け君によると、ここのどこに、繰り返し攻撃せよ、と書いてあるかということですが、
雅宣総裁先生が、過去に、こういう行為をされた、過去に、こういう発言をされたという、過去だけのことで
終わっているのでしたら、
この様に、次から次へと、批判することは、まず、 してないでしょう。、、本来の教えを説くだけに、本流は、されると思います。
なのに、なぜ、このように、次から次へと 批判をされてるかといえば、
雅宣総裁先生が、次から次へと 新しい 本来の教えとは、違う事を されているからです。
危うくは、本来の聖典の本丸類も
抹殺する勢いであることを、、昔からの心ある信徒達は、察知しているからです。
勿論、
批判ばかりじゃ、うんざりする方々も、おられることは、知っています。
ですから、批判班と、本来の教えを説く班と、今のところは、バランスよく発言を、行われているのではないでしょうか。
1101
:
初心者
:2012/09/20(木) 09:45:37 ID:qBrfhCPc
トンチンカン様
再登場は方法論の一環です。このことはすでに述べております(方法論という
言葉をもちいさえすれば何でも許される。このように理解しております)。
どこが「オカシイ」のかを語る用意はできているということですね。ただ議論は
したくないということですね。
では議論はいたしません(もともとそのつもりもありませんが)。
ここは公の場です。大勢の人が見ておられます。どこがオカシイのか、具体的に
語る用意ができておられるのであれば、ぜひともそのことを語ってください。
1102
:
解説者
:2012/09/20(木) 09:48:27 ID:???
「靖国見真会」主催者…もとい、参加者様に「ご解説」を賜り、大変恐縮しております。
>>1088
>これで、
解説者様、訊け様は、ご納得されたと、存じますが、
いや、いや、全然納得してませんよ。
むしろ、これからも和解を訴えていかねばと逆にファイトが湧いてきました。
ありがとうございました。
ただ、誤解していただきたくないのですが、
教団は教団で「問題がある」との認識はしております。
いちいち挙げませんが。
「和解の倫理」については訊けさんがおっしゃた通りです。
「全く同感」です。
本流復活を大義名分に行ってきたこと、例えば裁判がありますね。
『生命の實相』や『甘露の法雨』を護るために、やむなく起こしたとは思いますが、
それは神意だろうか?と、疑問を感じてしまうのです。
そもそもこの裁判で、本流派も教団も自己の内部理想が喜ぶだろうかと。
私自身、前にも書きましたが生長の家を良くするためにという観点で
活動したことがありません。もっとも現在は活動していませんが。
真理を容れる容れ物の色や形が違うことで争っているのなら、
いっそのこと容れ物なんてない方が良いと考えます。
ですから、組織を具体的にどうすればよいのかという組織論は答えかねます。
1103
:
a hope
:2012/09/20(木) 09:53:51 ID:r8H4x9xE
わたしは、前回(第6回)のweb誌友会で
―――――――――――――――――――――
web誌友会板 >>1033より
……雅宣先生に対しても、漠然と「実相を礼拝」しているだけでは、効果がないということが、
たくさんの方々の話からわかりました。
わたしは、祈るときに感謝の気持ちを込めることが大切なような気がしています。
生長の家の教えは、「天地万物に感謝」の教えなのですから、
やはり「生長の家」の総裁先生に感謝できないのはおかしいと思うのはわたしだけでしょうか?
それとも、雅宣先生だけは、天地万物に入らないのでしょうか・・・?
「雅宣総裁先生、いつもわたしたち信徒のことを思いやってくださりありがとうございます。
優しい笑顔をありがとうございます。愛してくださりありがとうございます。」
と、こんな風に、具体的な「感謝の言葉」を信徒全員が毎日唱え、
総裁先生の優しい姿をイメージしたら総裁先生変わってきませんでしょか?
これも、 a hopeの妄想でしょうか・・・。
SAKURAさまのよく、「総裁擁護派はわたし一人ですから〜〜〜」っておっしゃっていますが、
わたしは、この掲示板の投稿者や閲覧者の方々のほとんどは本質的には総裁擁護派なのだと感じています。
ただ、総裁先生の「生長の家の御教え」に反するような言動を批判されているだけなのだと思います。
―――――――――――――――――――――――――
と、発言しました。
これは実は、誤解を招く発言になるかもしれないと思いながらの発言でしたが、
やはり少し誤解されているようですので補足させていただきます。
わたしは、雅宣先生に「生長の家総裁」を今後も続けて行って欲しいとは、少しも思ってはいません。
むしろ、一日も早く、ご自分から退いていただきたいと強く思っています。
ですが、その前に、雅宣先生には、大懺悔をしていただきたいのです。
今までの雅宣先生の行動がたとえご自分が信念を持たれてしている行動とはいえ、
そのことにより「雅春先生の教え」を学びたいと純粋に信仰しているたくさんの信徒を裏切ってきたのは隠しようなない事実です。
その罪(業)の深さに一日も早くご自分でお気づきになり、もう、これ以上の罪(業)を積み重ねないでほしいのです。
一日も早くその罪(業)を明るみに出され本来ない罪を消滅させていただきたいのです。
そして完全円満な実相の姿になられて御自分からご辞職していただきたいのです。
それが実現することこそ、本当の「生長の家の大調和」になるのではないかとわたしは思っています。
こちらをご覧の「生長の家」のみなさま
「生長の家の教え」は「罪なし」「悪なし」です。
そして、「生長の家の愛」は「赦す愛」ですよね?
雅宣先生が今までの行いを心から反省され、大懺悔されれば、わたしたち「生長の家人」は、
誰一人として、雅宣先生を攻め立てたり、非難したりするようなことは決してないはずです。
むしろ、雅宣先生はわたしたちに大切な何かを気づかせてくれた、大観世音菩薩様だったと気づき、
大きな感謝の気持ちが湧いて来るのではないかと思います。
わたしが、発言した「総裁擁護派」とは、そういう意味です。
総裁先生の人格(魂)を擁護すると云う意味で、総裁擁護派という言葉を使わせていただきました。
誤解を招く発言をしてしまったことを、心からお詫びいたします。
1104
:
初心者
:2012/09/20(木) 10:00:17 ID:qBrfhCPc
トンチンカン様
トンチンカン様が「オカシイ」と発言なされたので、「どこがオカシイのか」と
たずねたまでです。
こうしたやり取りはふつうによくあることですよね。なにが問題なのでしょう。
再登場がやり玉にあげられていますが、このこととはまったく無関係であります。
1105
:
志恩
:2012/09/20(木) 10:01:42 ID:.QY5jUA6
訊け様
誤解されるような書き方をしましたが、00班、00班と
分かれては、いません。組織じゃないし。。
自然にそうなっているのでは、ないかしらということを言ったのです。
1106
:
志恩
:2012/09/20(木) 10:06:20 ID:.QY5jUA6
初心者様が登場された事は、歓迎しています。
1107
:
初心者
:2012/09/20(木) 10:13:58 ID:qBrfhCPc
志恩様
温かいお言葉、いたみいります。
1108
:
初心者
:2012/09/20(木) 10:15:28 ID:qBrfhCPc
解説者様
はじめまして。再登場を批判されている初心者ともうします。
>真理を容れる容れ物の色や形が違うことで争っているのなら、
いっそのこと容れ物なんてない方が良いと考えます。
「容れ物」といわず、争いの元凶となっている「真理」を破壊するというのは
いかかでしょうか。破壊しようとする側と、守ろうとする側の攻防によって
一大スペクタクルが展開されるやもしれません。破壊しようとする側にそれ
だけの力量があればの話ですが。
1109
:
「訊け」管理人
:2012/09/20(木) 10:34:36 ID:???
>>1100
志恩さま
このご発言をまとめますと、こうなりますか。少なくともこのご文章ですが、以下のように解釈しました。箇条書きに致しますので、違う点は「違う」と述べて頂けますと幸いです。
<
>>1100
志恩さまご発言は「こんな意味?」>
○ 「和解の倫理」は全部読みました。ですが批判はつづけます。
○ なぜなら次から次へと雅宣総裁〝が〟間違ったことをされるからです。
○ 批判ばかりじゃうんざりされる方もおられると知っています。
こういう理解でよろしいのでしょうか。(現在山の手線で移動中のため、返信時間は不明です)
追伸
<この時点でも私の疑問>
○ (「和解の倫理」を読まれたとのことですが)同章には家ダニ対処の話が出てきます。浜田夫人はどんな方法でこの家ダニに相対しましたか。
○ 私の記憶では浜田夫人、家ダニを「駆除」も「批判」もしておりませんでした。
○ 浜田夫人は家ダニと「和解」することで、自然家ダニの方が居を移したのではございませんでしたか。
○ 重要ですので繰り返しますが、浜田夫人は相手方(家ダニ)に「悪を認め」ましたか。
○ 私の記憶では、「悪と認めなかった」ゆえに、「自然解決をみた」というものではありませんでしたか。(現在同書が手元にないため記憶だけで語ります)
1110
:
「訊け」管理人
:2012/09/20(木) 10:46:31 ID:???
<「私の疑問」追加>
○黴菌すらも雅春先生は、「他を生かすために存在する」と記述になられておられます。
○虚説とは「黴菌が我々に害を及ぼす」という考えを指します。
○そして「虚説との和解拒否」とは、この「黴菌が我々に害を及ぼす」の考えを「拒否することを意味」します。
<補足>
浜田夫人ではなく、浜岡夫人だったかも・・・・・文意に特に影響なしですが(笑)
1111
:
志恩
:2012/09/20(木) 10:50:41 ID:.QY5jUA6
訊け君
訊け君のお家では、家ダニや南京虫、及び、ゴキブリが、大発生して、お子さん達が、
ダニ、南京虫に、体中 さされても
食器戸棚の中で、ゴキブリが運動会をやっていても、
それらの害虫を駆除もせず、やっつけもせず、ただ 「和解」の祈りをしているだけなんですか?
1112
:
如月
:2012/09/20(木) 11:02:27 ID:ki/haAjk
上の上くらいまでしか読まず横切ります。
ダニと和解した青年がその後 「今は結核菌と和解しようとしています」 と体験談を話し
それを聞いた雅春先生が 「それは違う」 と指摘しようと思いながら、次の仕事へと急いでいた為
注意できず、後日その青年が亡くなってしまわれたという話がどこかにありました。
1113
:
【山手線】「訊け」【目黒なう】
:2012/09/20(木) 11:03:30 ID:???
この質問に答える前に、明確にしておくべき点がありそうですね。志恩さま、現在の論点に於ては
>>1111
ですが、無関係ではないですか――いや、この部外者が、「普段、どんな行動をしているのか」は、関係あるのでしょうか・・・・この部外者の行動がどうであれ、雅春先生は「こう、述べておられますよね」というのが、論点です。そして「貴女さまのご主張は、これで間違いないですか?」という問いかけを行っている段階であります。
追伸
ちなみに御教えに触れて以来、その種の不調和は我が家では発生しません。ですんで、ゴキブリが出てこないためなんとも返答不能です。ただし、ゴキブリが出て来ても「逃がしてやる」ことはすると思います。
またまたちなみに・・・・たとえこの部外者が普段はゴキブリ、なぶり殺しにしていたとしましょう。かと言って「そんな貴方がそんなこと言うな」には、ならぬのです。意味は分かりますか?
この問いかけはこの、どうしようもない(女好きの)部外者が、申しているのではないのです。この主張をされておられるのはこの、部外者ではなく、谷口雅春先生なのであります。ですんでたとえ、この部外者が普段は「ゴキブリをなぶり殺しにしてる」としても貴女様には、返答回避は不能なのです。・・・・・・・意味は分かりますか。
1114
:
解説者
:2012/09/20(木) 11:13:05 ID:???
http://matome.naver.jp/odai/2134805305466046301
↑私のスタンスは彼女と同じです。
私たちの教えは裁判で守るものではない。
お願いだから傷つける合うのを止めてください。
私たちの教えは愛で満ち溢れていることを思い出してください。
1115
:
【山手線】「訊け」【目黒なう】
:2012/09/20(木) 11:24:59 ID:???
>>1112
如月さま
こいで御和す(ごわす)↓
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/53759561.html
>>1114
チェスト!!
拝
1116
:
雌雄会
:2012/09/20(木) 11:30:34 ID:y9U2PuyI
教区の見真会は「大自然賛歌」が必須になってますね。
ところで、清超先生の頃にはこういった問題がなぜ無かったのですか。雅春先生がじきじきに総裁を後継したからでしょうか。
本流の方はむしろ、雅春先生に掴れてるって感じです。
1117
:
雌雄会
:2012/09/20(木) 11:31:50 ID:y9U2PuyI
ファザコンです。
1118
:
初心者
:2012/09/20(木) 11:32:21 ID:qBrfhCPc
訊け様がいっておられるのは、「ゴキブリがわるさをしているように見えるのは、
そのように見ている心があるからだ」ということなのでしょうか。
総裁がわるさをしているように見えるのも、そのように見ようとする心に問題が
あるのだと、簡単にいえばこういうことなのでしょうか。
1119
:
志恩
:2012/09/20(木) 11:33:24 ID:.QY5jUA6
訊け君
貴方が言われてる家ダニと結核菌の話を、丁度、
光明掲示板で「靖国見真会」参加者様が、「和解の倫理」というお題で、
書かれてますので、ここへ貼付させて頂きます。
この本の浜田様というお方のように、祈りだけで、家ダニがいなくなる方も、おられるでしょう。
私の、実家の母が、そういう人でした。(私は、母の足元にも及びません)
昔、私が、中3のころ、母が、「生命の實相」の、ここのところを拝読しましてね。
そのころ、我が家の台所に、ねずみが、ちょろちょろ出ていましたので、
すぐやる科の母は、早速、実験しました。私も、一緒に祈るように母がいうので、祈り合いの神想観をしたことが、
懐かしく思い出されます。「ねずみさん。ねずみさん。。。。」
それで、本当に.ねづみは、出なくなり、本当だったねと、母と喜んでいたことも覚えています。
しかし、今の私の場合は、母のようには、なれません。
世の中にも、実相を拝する祈りだけで、家ダニを消す、、、そこまで、心境が達している人は、なかなか おられないでしょう。
今の私は、やはり、家ダニ、ゴキブリが,部屋に出現しました場合は、即、駆除します。
もしも、祈って自分ちは、居なくなったら、いいでしょう。居なくなったのですから、でもですね、、それらは、死んでいたら、いいのですけれど、
もしも、生きたまま居なくなったら、つまり、我が家から、
隣の家に、家ダニやゴキブリが移動したということも考えられますので、そうだとしますと、他人に迷惑がかかるかも知れませんので、
私の場合は、害虫は、見つけ次第、やっつけて、増えない様に心がけています。
この本の例を出された時代は、家と家が離れていた時代かもしれません。
人時処に合わせた祈りと行動が、必要だと思います。
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=358
1120
:
志恩
:2012/09/20(木) 11:41:29 ID:.QY5jUA6
訊け君
ゴキブリは、都会に多く生息しています。宮崎地方は、失礼な言い方でしたら、お詫びしますが、
田舎なので 、いないのでは、ないでしょうか。
夫の実家は、地方ですが、ゴキブリも家ダニも、昔から全く居ないし、見た事がないと、
昔、夫の実家に行った時に、義母が話してくれました。
1121
:
初心者
:2012/09/20(木) 11:48:44 ID:qBrfhCPc
このさいですから、みなさん教団にもどられて、「あれは総裁の真の姿ではない」と
宣言されて、自分が正しいとおもえる行動を実行してみられてはいかがでしょう。
数万という信徒が大挙して押し寄せれば流れがわかるやもしれませんでしょう。
「あれは総裁の真の姿ではない」と訴えながら、「真の生長の家を見せてやる」と
の心意気で正しく行動なされるのがよろしいでしょう。
追いだされても追いだされても、真の生長の家を見せるために戻っていくのです。
雅春先生の弟子であれば、なにがあろうとも、こうした行為を果敢に実行できる
はずです。できないとすれば、それは保身です。
1122
:
【山手線】「訊け」【目黒なう】
:2012/09/20(木) 11:51:24 ID:???
>>1118
初心者さま
>「ゴキブリがわるさをしているように見えるのは、
>そのように見ている心があるからだ」ということなのでしょうか。
うーん・・・・会食前でやや、沈思黙考。
・・・・聖典に準じて申せば、こうなろうかと思います。「ゴキブリがわるさをしているように見えるのは、そのように見ている心があるからだ」でも、正解であろうと考えます。ですが、さらに奥に進めばこんな言葉が、雅春先生から飛び出します。どんな言葉かと申せばその言葉――「その心すら〝ない〟」というものです。その虚相が「ホンモノの顔をしているのが、問題だ」と。「ニセモノの自分に主導権を渡すな」と「ニセモノを廃せば実相独在の世界ではないか」と・・・こうなる次第です。
ですんで、初心者さまのおまとめですが、「正解と言えば正解」と申せましょう。ですが既述のごとく、(『生命の實相』21巻目以降では特に)趣を異にする記述も、見られる次第であります。
>>1119
志恩さま
>この本の例を出された時代は、家と家が離れていた時代かもしれません。
>人時処に合わせた祈りと行動が、必要だと思います。
(再掲載)
いや、ポイントはそこではありません。あくまでも「和解の倫理」のポイントのひとつは、以下だと思います。家と家が離れていようといまいと、以下は大切なポイントでしょう。
○ (「和解の倫理」を読まれたとのことですが)同章には家ダニ対処の話が出てきます。浜田夫人はどんな方法でこの家ダニに相対しましたか。
○ 私の記憶では浜田夫人、家ダニを「駆除」も「批判」もしておりませんでした。
○ 浜田夫人は家ダニと「和解」することで、自然家ダニの方が居を移したのではございませんでしたか。
○ 重要ですので繰り返しますが、浜田夫人は相手方(家ダニ)に「悪を認め」ましたか。
○ 私の記憶では、「悪と認めなかった」ゆえに、「自然解決をみた」というものではありませんでしたか。(現在同書が手元にないため記憶だけで語ります)
1123
:
【山手線】「訊け」【目黒なう】
:2012/09/20(木) 11:53:02 ID:???
今度こそ、さようなら〜
和解派の皆さん、どなたか代ってくいやんせ・・・・
拝
1124
:
如月
:2012/09/20(木) 11:54:28 ID:ki/haAjk
>>1115
訊け管理人さま
ありがとうございます。 片っ端から本を開いてみたけどみつからなくて助かりました。
ユタカさまがおっしゃってたように訊けさん天才!ですね。 容量がテラ越えですよ。
無いものと和解してはいけない…ぅむむむむ(汗
徳久克己先生の「心の持ち方一つ」というご著書の中に
戦後の甘いものが不足している時代の第一回練成の時、寄付された飴の横に缶を置き
「一個につきいくら代金は缶の中へ」と書いて置いてみたところ飴は無くなりお金は入って無くて
ガッカリされ、雅春先生に報告したら「それは、愛ばかりで智慧が足りないのだよ」と教えられたそうです。
愛と智慧とは車の両輪のようなもので、常に「愛」と「智慧」の両面からものを考えねばならないと。
訊けさま、出張先からお疲れ様。もういいですよ。 バッテリーが心配。
1125
:
初心者
:2012/09/20(木) 12:01:30 ID:qBrfhCPc
訊け様
ないものをあるとおもう心と和解するのではない。こういうことですね。
心はないと知りつつ、ないものをないと知る心と和解する。こういうことですね。
1126
:
【山手線】「訊け」【目黒なう】
:2012/09/20(木) 12:03:28 ID:???
>>1125
初心者さま
そん通りごわす。
今度こそ、さような・・・・・・・・(バッテリー切れ)
1127
:
初心者
:2012/09/20(木) 12:07:49 ID:qBrfhCPc
FAX作戦などという、手軽でせこいことをやるから拒絶されるのですよ。むかし
からいうでしょう。斬りむすぶ刃(やいば)の下は地獄なり。身を捨ててこそ浮かぶ
瀬もありと。
現状を変えようとおもうなら、殴られようが蹴られようが、身を投げ出して「ないも
のはない」と訴えつづけるよりほかはないのですよ。そうした姿を見てこそ、人は
心を打たれるものなのです。
1128
:
さくら
:2012/09/20(木) 12:33:03 ID:qZAyo/PQ
元本部職員sさま
返信遅くなり申し訳ありません。
ご理解頂き、分かりやすくご教示頂いて、感謝いたします。
なにより、元本部職員sさまの熱い想いが伝わってまいりました。
>ただ、思うには・・・生長の家という雅春先生の教えを学び人類光明化の同志であり選ばれた霊の戦士でありながら、
争わなければならない事になった諸悪の原因は、やはり雅春先生の愛国の書を絶版にし、公にも左翼と名指しされてしまった。
組織のトップにあると言っても過言では無いと思います。
そうですよね…
わたしが、自分で生長の家に触れる前に、生長の家を信仰している方のお宅に日の丸がかけてあったり、天皇陛下のお写真が飾られてるのを見ました。
また中学生のときだったか、一度生長の家の講習会に行ったことがありました。
その時、会場の駐車場に、あの右翼の街宣車がとまっていたんです。
それから何も知らないわたしは、長いこと、生長の家=右翼、そう思ってたんです。
でも、生長の家の中身をほんとうに知るようになると、巷の右翼なんていう思想を超えておりました。
左翼と名指しされたのは、脱原発や環境問題への取り組み、また大東亜戦争における戦争責任の発言などを判断されたのでしょうか?
世間では、すぐ左だの右だのとカテゴリー化したがる方が多いですよね…。
天皇の御心に帰一した心とは、右も左もなく、「思想闘争」など、超えておりますね。
わたしは、生長の家のみ教えも、左右の思想闘争などの偏狭なものには、巻き込まれないものが、根本の教えだと思っているのです。
本流でやっきになって、左翼思想を叩く方々は、生長の家は、左翼思想に怯えて消え去るような、そんな思想とお考えなのでしょうか…?
>日本の国を守る救う為にも、生長の家が雅春先生の説かれた愛国の書に従い、護国の真剣を振りかざし戦わなければならない時期に来ているのです !
そのことをないがしろにし、ただ祈っていればいいでは、時遅しになってしまう恐れもあります。
わたしもそうおもいます。
ですから、内部の「思想闘争」(もしほんとうに、そんなものがあれば)に明け暮れるような時間より、世の中にもっと生長の家の根本の教えが広まるように、そして、その広がり方も愛によるもので、人々に生きる力を与えて行く活動を、先決にしたほうがよいのではないでしょうか?
それが祈ってなにもしないことには、ならないとわたしは思うのですが…。
これは、わたしの素朴な疑問です。
幼い考えで呆れることもあるかもしれませんが、どうぞ、また、よろしくお願いいたします。
拝
1129
:
さくら
:2012/09/20(木) 12:45:34 ID:qZAyo/PQ
聖典を謹写するのは、純粋な信仰の学びのためである、
そういうことは、素晴らしいことだとおもいます。一部の抜粋でも、教えて頂くことがたくさんあります。
勉強不足ですが、きっと、続けて読むことで、全体に流れる教えの真髄を感じて行くことが、できれば有難いなとおもいます。
しかし、わたしが、自分の主張のためには、あまり聖典を引用するのはどうかな、と考える場合があるのは、
その聖典の一部を取り出すことで、自分の行動の正当化をすることにはならないだろうか、とおもうからです。
そのようなことには、利用したくありません。
雅春先生は、広大な教えを多方面から説いてくださり、言葉で表現したため、どうしても、一見、矛盾した表現や受け取り方があったり、時代によって、そのときにしか本当のみ心が分からないものもあるのではないかな…と推測いたします。
たとえば、「サタンを打つ」のご文章にはひっかかりました。
これは「別の思想を持ったものは、サタンとして排斥して人格否定をしてもよい」という正当性には、ならないとおもいます。
それでは、カルトと同じ道筋の文意になってしまうとかんじました。
むしろ、わたしとしては、自分のなかから、唯物主義におちいるような発想を排除する、そんなものが他人の中にあるとして責めるこころを、自分の中から排除する、と受け止められます。
み教えは、常に自分を振り返るものでありたいですが、
わたしも、試行錯誤の、学びの最中ですので、この点、心して気をつけたいとおもいます。
拝
1130
:
さくら
:2012/09/20(木) 13:00:55 ID:qZAyo/PQ
>愛と智慧とは車の両輪のようなもので、
常に「愛」と「智慧」の両面からものを考えねばならないと。
すいません、わたしもじっくり読めなくて、目に入った言葉を拾うようで…。
如月さまも、本流のやり方が「智慧」の実践であると…?
わたしは、実相を観じることこそ、神の叡智に繋がるとかんじたのですが。
1131
:
如月
:2012/09/20(木) 13:39:25 ID:ki/haAjk
>>1130
さくら様
すみません。 遅れました。
>本流のやり方が「智慧」の実践である
いえ、そんな偉そうな事を言うつもりサラサラありません。
そもそも私には正解がわかりません。
賢者のみなさん、対立していないで智慧と愛を集めて下さいとお願いのつもりです。
それから、この中で私が一番特異な存在だと思います。
現教団に属していて、総裁が嫌い(愛が無い)
そんな私に、この間メッセージっぽいものが届きました。
「彼を怨まないでくれ。怨むのは君達らしくない。怨まないで、ただ、彼を止めてくれ。
彼の絶望に光を与えてくれ。君達ならできる」
でも、その絶望に光を与えるというのが、全くわからないので本を読みまくっているのが現状です。
1132
:
初心者
:2012/09/20(木) 14:23:34 ID:qBrfhCPc
総裁も心の底では和解を望んでおられるのかもしれませんが、人間知を生命線と
する総裁にとって、人間知を頑強に否定する勢力との和解は、そうとうに厳しい
ものがあるといえそうですね。
人間知とは、いってみれば新型哺乳類脳の働きですね。これ否定する勢力はと
いえば、原始哺乳類脳と爬虫類脳が優勢であるということですね。人間知と
爬虫類知のせめぎあいは、これからもつづくと見ています。
ちなみに、身体性と強くむすびついていると考えられる爬虫類脳は、病気の奇跡的
治癒と深く関係している可能性がありそうです。子供が大人にくらべて超能力を
発揮しやすいといわれているのは、子供たちが爬虫類脳優勢の成長過程にあるが
ゆえでありましょう。
1133
:
初心者
:2012/09/20(木) 14:54:27 ID:qBrfhCPc
長くてつらい進化の過程を経てきた爬虫類脳にしてみれば、突如としてあらわれ、
爆発的な進化を遂げた新型哺乳類脳は、よそ者以外のなにものでもないはずです。
しかも、新型哺乳類脳がなんのためにあらわれたのか、それさえ爬虫類脳は理解
できずにいるはずです。新型哺乳類脳が得意とする理論や知識にもとづく思考は
何の役にも立つはずがないと、爬虫類脳はこのように考えているにちがいありません。
生長の家で起きている問題を新型哺乳類脳と爬虫類脳の対立と見なせば、合点の
いくことが多々あるような気がしてまいります。爬虫類脳は、新参の哺乳類脳を
そうとうに毛嫌いしているということが、人間知を毛嫌いし否定したがる人々の
存在によって示されているともいえる、ということですね。
いま起きている対立は、おもわれている以上に根深いものがありそうです。爬虫類
脳と新型哺乳類脳はいかにすれば和解できるのか。問われているのはこのことで
あるという気がしてまいりました。
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