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好きな小説を語るんだよ(*`Д´)ノ

1V3:2015/05/12(火) 09:33:12 ID:GO60ug8o
2014/10/09(木) 20:34:42 ID:a1f1bb1b9
タイトル通り、好きな小説をじゃんじゃんバリバリ語りましょう!

3822名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:16:21 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3823名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:16:34 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3824名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:16:58 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3825名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:17:13 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3826名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:17:35 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3827名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:17:46 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(*`Д´)ノ♫

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3828名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:17:48 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3829名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:18:01 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3830名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:18:11 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3831名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:18:29 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

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3832名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:01 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(*`Д´)ノ♫


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3833名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:16 ID:6amyYLPo
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※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3834名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:26 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
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3835名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:31 ID:6amyYLPo
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3836名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:41 ID:6amyYLPo
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3837名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:53 ID:CtCaQ5xY
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3838名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:19:56 ID:6amyYLPo
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3839名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:20:13 ID:6amyYLPo
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3840名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:20:31 ID:6amyYLPo
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3841名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:20:39 ID:CtCaQ5xY
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3842名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:20:55 ID:6amyYLPo
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3843名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:21:07 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
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※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3844名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:21:42 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
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※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3845名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:22:34 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3846名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:22:44 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3847名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:22:55 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3848名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:22:57 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3849名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:23:11 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3850名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:23:18 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3851名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:23:22 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3852名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:23:39 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3853名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:23:53 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3854名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:23:54 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3855名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:24:05 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3856名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:24:20 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3857名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:24:26 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3858名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:24:38 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3859名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:24:48 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3860名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:27:22 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

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3861名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:27:33 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3862名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:27:44 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3863名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:27:54 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3864名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:28:05 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

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3865名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:28:15 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

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3866名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:28:26 ID:6amyYLPo
梅♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

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3867快便100面相:2015/05/18(月) 22:28:34 ID:7gVLWu4s
無理に梅無くても、スレッドストップしますよ!!!

運営に荒らし扱いされる可能性が・・・(;´Д`)

3868名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:34:07 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3869名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:34:44 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


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3870名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:35:12 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3871名無しさん@ベンツ君:2015/05/18(月) 22:36:01 ID:CtCaQ5xY
いざ鎌倉
梅(o。゚д゚)ノ♫


※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3872名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:25:03 ID:uptaiUQw

      ∧_∧ マハラァ〜〜マハラモスラァァァ〜♪
     (´・ω・`)
    (((oo   )    ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3873名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:25:42 ID:uptaiUQw
     ∧_∧ タァマァ〜タァマモスラァ〜〜♪
     (´・ω・`)
     .(   oo)))  ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3874名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:26:29 ID:uptaiUQw
     ,∧_∧ ラァ〜バァ〜〜ン♪
     (´・ω・`)
     ((o   o))   ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3875名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:27:29 ID:uptaiUQw
     """"""""""  .""""

      ∧_∧  グエラ ラバナン〜〜♪
     (´・ω・`)
     (  oo )   ,,,,.,.,,,, ホッシュ!
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """""""""   """"
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3876名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:28:54 ID:uptaiUQw

      ∧_∧ マハラァ〜〜マハラモスラァァァ〜♪
     (´・ω・`)
    (((oo   )    ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""

(古代マレー語・・・だそうです)
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3877名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:45:05 ID:uptaiUQw
 
      ∧_∧ モスラァ〜ヤッ モスラァァァ〜♪
     (´・ω・`)
    (((oo   )    ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""

3878名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:45:53 ID:uptaiUQw
    """"""""""  .""""

      ∧_∧ ドゥンガンカサァ〜クヤンッ♪
     (´・ω・`)
     .(   oo)))  ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3879名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:47:13 ID:uptaiUQw
    """"""""""  .""""

      ∧_∧ インドゥムウゥゥゥ〜♪
     (´・ω・`)
     ((o   o))   ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3880名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:47:47 ID:uptaiUQw
     """"""""""  .""""

      ∧_∧  ルストウィラァァァァ〜ドアッ♪
     (´・ω・`)
     (  oo )   ,,,,.,.,,,, 
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """""""""   """"
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3881名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:48:21 ID:uptaiUQw
    """""""""   """"

      ∧_∧ ハンバハンバァァムヤン♪
     (´・ω・`)
    (((oo   )    ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3882名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:48:58 ID:uptaiUQw
     """"""""""  .""""

      ∧_∧ ランダバンウンラダンッ♪
     (´・ω・`)
     .(   oo)))  ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3883名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:49:27 ID:uptaiUQw
     """"""""""  .""""

      ∧_∧ トゥンジュカンラァァァァ〜♪
     (´・ω・`)
     ((o   o))   ,,,,.,.,,,,
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """"""""""  .""""
※小説スレの中身は、1〜2097レスまでです

3884名無しさん@ベンツ君:2015/05/19(火) 16:50:54 ID:uptaiUQw
  

      ∧_∧  カサクヤァァァァァン♪
     (´・ω・`)
     (  oo )   ,,,,.,.,,,, 
..     日 日 日  ミ・д・ミ
     """""""""   """"
(こちらはインドネシア語)
※新スレはこちら→http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/news/6195/1431402899/

3885V3:2015/05/21(木) 23:55:57 ID:ZVDjidx6
アルゴス——
見わたすかぎりの草原を、銀色の鎧に身を包んだ騎馬の軍隊が進んでいた。
うしろには早くも遠くかすみかけているマハールの白い町々——そして、風にそよぐ草の中にひとすじ、リボンのようにのびてゆく赤い街道。
「全軍——」
草原の空気をふるわせて、するどい命令がひびくと、たちまた、さっとすべての手綱がひきしぼられる。
「止まれ!」
まるで、魔法の糸にひかれてでもいるように、すべての動きが止まる。
「おお——」
その一軍の先頭で、ゆらり、と一人のきわだって長身の騎士がかたわらをふりかえった。
「それでは、これで——?」
「ベック公」
彼に話しかけられたほうは、黒づくめ、黒いターバンの下から、長い黒髪を背に流し、浅黒い顔にくっきりと傷あとの目立つ、ひときわ目をひく偉丈夫だった。
「ここがアルゴス国境だ。このさきは、草原の民グル族の地——心して行かれるがよい」
「スカールどの、何から何までお世話をかけた」
ベック公は、その黒衣のアルゴスの王太子の手をとり、その上に頭を垂れた。
「エマ女王にも、むろん王陛下にも、くれぐれも——」
「わかっている。早く、行かれるがいい。パロはこの草原につぐ草原、山々といくつもの国境をこえて更にそのむこうだ」
その勇猛さと、何とはない獰猛で荒々しい不吉な印象のために、いつのころからか、アルゴスの黒太子と通称されるスカールは、無造作にうなづくと、ムチで草原の彼方を指し示した。
「お願いした援軍の件——何分……」
「草原の民に二言はない。安心して行かれるがいい。おれはこれからグル族の長をかりあつめ、勇猛な騎馬の民の精鋭をひきいてあとからパロへ向かう」
黒いターバンと黒い胴衣、革のズボン、黒い瞳、髭——まっ白な歯を除いては、何もかも夜のように黒いスカールは、その白い歯をみせて狼のように笑った。


※ベック公とは、パロの大貴族で臣籍に着く王族の一人。勇猛公の異名を持つ。殺された国王の弟の息子で、リンダ、レムス、ナリスとは従兄弟にあたる。ナリスに次ぐ、第四王位継承者。パロからアルゴス王へ嫁いだエマ女王に会う為にパロを留守にしていたところモンゴールにパロは襲撃され、アルゴスにて憂悶の日々を送っていたが、各国に助力を求めながらパロ奪還へと向かう。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3886V3:2015/05/21(木) 23:56:47 ID:ZVDjidx6
「いくさですか、ご主人」
「おお、大きないくささ」
「でも——」
「何だ、ター・ウォン」
「もし、カウロスやトルースが、参戦しなかったら——?もし、モンゴールにつくといったら——?」
「それは、ベックの腕しだいだ」
そっけなくスカールは云った。
「カウロス、トルース、それに自由開拓民たちは、パロにも、といってゴーラ三国にもとりたててつながりもなければ恩義もない。いかにそれらを動かし、パロ軍をモンゴール軍に立ちむかえるものにするか——下手をすれば、かれらがいまやアルド・ナリスと並びただ二人、その生存のはっきり知れているパロの王族たるベック公をとらえ、モンゴールにつき出すことで、モンゴールに恩を売るが得策だ、と考えてしまうかもしれんしな。いま、パロは事実上壊滅状態で、二人の王子王女も行方知れずだ。それにひきかえゴーラ三国な日の出の勢い——わがアルゴスとて、もし縁つづきという絆がなければ、ベック公をかくまい、力をかすにはやはり考えたろうよ」
「そんなものでございますか、ご主人」

※ゴーラ三国とは、ユラニア、クム、モンゴールという同盟関係を結ぶ三国を指す。
元々ゴーラという一つの大国であったが、分裂し、今に至る。ユラニアに形ばかりとなったゴーラ皇帝を頂くが、ユラニア支配権力は別一族の手にある。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3887V3:2015/05/21(木) 23:57:42 ID:ZVDjidx6
「風はいいな」
ハン・イーにとも、ター・ウォンにともつかずに云う。
「草原に吹く風が強ければ強いほど、おれはその日がいい日に思える。あとで時間があったら遠乗りにゆくぞ。ゆけたら、カウロス国境ぐらいまでゆきたいな」
「その遠乗りには、わたしも一緒につれてってよ、太子さま」
突然、丈のひくい灌木のしげみの向こうから、明るい声がひびいた。
スカールは少しもおどろかなかった。というよりも、はじめから、そこにその人がいることは、百も承知であったのだ。
「おお、いいとも、リー・ファ」
彼は云った。
「出ておいで」
「ちょっと待ってて。このヴァシャの茂みが、からまっちまって——」
ややあって、一人の娘が、向こうからはずむような足どりであらわれた。すらりと背の高い、東方系の目のつりあがった顔立ちに、黒髪を両側にたばねてとめた、美しい娘である。
色が浅黒く、唇が紅かった。しなやかで敏捷な身ごなしはネコを思わせる。ほっそりとしたからだには、グル族特有の、こまかな刺繍をほどこしたヴェストとブラウス、それにフリンジのついたスカートをつけ、足には革の乗馬靴をはいて、腰から半月形に曲がったグル族の短剣をつるしていた。彼女は、非常に目をひく娘だった——いかにも草原の、いまだに野性を色濃くのこす騎馬の民の娘であると同時に、何かしら、それ以上に非凡で激しい、見るものをはっと一目でひきつける強烈な個性を持っていた。彼女は浅黒い女獅子のように見えたが、とても女らしかったし、それにのびやかで素朴だった。彼女はどことなく、彼女の前に手を腰にあてて立って、大っぴらな賛嘆の目でじろじろと彼女を眺めているスカール自身とも、奇妙に似かよった雰囲気をもっていた。それはたしかに、石と水晶のパロや、ゴーラ三国の女たちの内にも、まず決して見出されぬものだったろう。
「やっと会えたな、リー・ファ」
スカールは微笑して云い、手をさしのべた。娘は奇妙なことをした。その手をとり、もちあげて、自分の額にそっとおしあてたのである。これは、グル族の敬愛のしぐさであった。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3888V3:2015/05/21(木) 23:58:45 ID:ZVDjidx6
「困りますのは、ケイロニアのアキレウス大帝が、パロ、アルゴスの縁組をかねてから心よく思っておらぬことで」
シンは云った。
「アキレウス大帝は、一説によると皇女シルヴィア姫を、モンゴールのミアイル公子にめあわせてもよい、という意向のようなのですが」
「それは、まずいな。その意向か、密約があって、モンゴールがケイロニア国境からパロへせめこむのを黙認したのだ、とすると、われわれは大国ケイロニアをあいてにせねばならんことになる」
スカールがあごをかいた。
「シルヴィア姫は、いくつになる」
「まだ十三で」
「ふむう、ミアイル公子はやはりそのぐらいなものだな」
スカールは鼻で笑った。
「だから、パロのアルドロス王は、さっさと誰か王子をケイロニアの婿に決めておくべきだったのだ、あの真珠のかたわれ、レムス王子なら年頃もちょうどあったろうし、年が上でもクリスタル公あたりなら、アキレウス大帝もイヤとは云わなかったろう。それを、パロ王家は、聖なる一族の青い血はあまりまぜあわせてはならぬのだ、などと、ばかげた家訓をたてにとって、だから中原で孤立するにいたったのだ」
「パロの王族は、ヤヌスの祭司の家柄ですから」
なだめるように老族長が云う。
「他の血が入りこむと、あの一族に伝わる霊能力がよわめられてしまうのだそうで」
「ふん、霊能力か。いまの文明の世の中に、魔道やあやかし、易卜のたぐいばかりで王国が保てるものか」
疑いぶかい草原の民であるスカールは鼻をならした。
「だから、見ろ。そんな世迷い言は歯牙にもかけぬモンゴールに、あっさりと首都をおとされてしまった。おれの義姉たるエマ女王も、しょっちゅう占い棒や占い盤をいじくったり、交感だ交霊だとさわいでいるが、魔道で敵を滅ぼせるなら、剣や弓矢はいらんわ」

※ここでも設定違いがw ケイロニア皇女シルヴィアは十三とありますが、すぐあとの巻では十八歳に。シルヴィアが本編に登場した時も、十八歳として出て来ます。この辺りはしかし、「情報伝達が不確かな時代だからね」と、生温かく目を瞑れるかなという程度の設定違いw


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3889V3:2015/05/21(木) 23:59:39 ID:ZVDjidx6
「ふーん」
興なげにリー・ファは云った。
「太子さまも、ゆくの」
「ああ、ゆく。おれはどのみち、もうじきパロに出征する。いつ帰ってくるかは、わからん。中原に平和がもどるまでだ」
「わたしも行く」
「来たければ来い。ただし、足手まといにはなるなよ」
「ならない。わたし、グル族の次の女族長だもの」
「そうだな」
二人はしばらく黙りこんでいた。草原に、日はいまおちようとし、壮麗な光をひろびろとした地平にひろげている。あたかもそれは、紅から黄金にいたるあらゆる色あいで築きあげた、何十層もの大理石の宮殿のようにみえる。
「おれは、ときどき、妙な思いにかられることがある」
スカールが夢みるように口をひらいた。その古い傷あとのある横顔も、日に照りはえてあかね色にそまっていた。
「どんな——?」
「いつか、おれは、誰かについてゆくか、誰かを倒しにゆくか——何でもいいが、いつか、おれは、誰かに出会って、そうしてそれきりこの草原には戻らぬのだろう——と。おれは思うことがある、いつもおれはこの草原のすきとおる緑の風を、華麗な落日を、夢にみるだろう、と。おれは、漂泊のさなかで、おれをはぐくんだ草原を、そこを共にウマででかけたお前をずっと夢にみるだろう、と思うのだ」


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


梅(*`Д´)ノ♪

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3890V3:2015/05/22(金) 00:00:38 ID:qEGe3b9E
昼日中から、ぼんやりと、宿の食堂にすわりこんで、うつろな目つきで窓の外を見つめているような客は、まずいなかったし、いたとしても、うさんくさく、じろじろと見られるばかりで、とうてい歓迎はしてもらえっこない。
そこにすわりこんでいる青年は、それだから、そうしたことすらも知らぬほどひどい世間知らずなのか、それとも、そんなことさえまったくかまってはおられぬほどに、何か手ひどい悩みをかかえて鬱々としているのかと、ひそかに宿の女中たちのうわさのたねになっていた。なぜなら、その青年は、一見していかにも育ちのよいらしく、なかなかハンサムなおもながのきりりとした顔立ちと、武人らしいすらりとのびたたくましいからだつきをもっている上に、見なりや馬具もりっぱな金のかかったものだし、それなのに供ひとりつれずに、これでもう三日の上から何もせずに逗留している。というのが、いかにもはた目にも異常であった。

もとから、あまり、慎重なほうではない。というより、どちらかといえば、衝動にまかせては、つい血気にはやってゆきすぎてしまうゆえに、手柄も多いが、失敗も多い若者である。

しかしアストリアスは、ことさらに、もう戻れない——という思いに自分を追いつめかけていた。
(アムネリスさまが——おれの女神が、むりやり他の男のものになる。それも愛情もなく、なんの希望もなく……大公の野心に道具のようにあやつられて、あの誇り高い姫が、何ものにも屈しない光の女神が——そんなことは、させぬ。アムネリスさまは、父君のご命令ゆえやむなくお受けになった。だが、おれがお助けすればきっとよろこんで下さるにちがいない。内心はどれだけイヤでたまらぬことか——泣いておられることか。マルス伯なりとご存命ならば、きっと姫のために、大公陛下をおいさめして下さったろうに……)
アストリアスの熱した頭の中で、いつのまにか、アムネリスは、父大公の無法なしうちに泣く泣く屈する、いたましい犠牲者、あわれな無力ないけにえ、と、そのようにすりかわってしまっていた。というよりも、彼は、彼が救いの神となる思いに酔うあまり、それにつごうのわるい点は注意ぶかく忘れ去ってしまっていたのである。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3891V3:2015/05/22(金) 00:14:50 ID:qEGe3b9E
「お若いかた。お若い士官様」
ふいに喧騒の中で、彼の前に立ちはだかったものがいる。
「何だ」
けわしく云いながら顔をあげたアストリアスが見たのは、ほっそりとしたからだつきと、黒いマント、黒い胴着、手に大きなキタラを抱えた、一人の吟遊詩人だった。
お若いかた、とアストリアスに呼びかけたくせに、その男だってけっこう若い。せいぜいいって二十二か三、というところだ。詩人のかぶる三角の革帽子をかぶり、その下からいくぶん茶色がかった黒髪がもしゃもしゃとのびている。ほっそりした顔は女のようにきれいだったが、その目はビーバーのようにくるくるとして、同時にオオカミのようにぬけめなく輝いていた。

「お前は、どうでもいいが、いささかおしゃべりが過ぎるようだな」
アストリアスはしかめつらをして云った。それから少し考え、まわりをみまわし、また少し考えて、
「ともかく、それでは、おれの室へ来てくれぬか。ここではうるさくて、話もできん」
「はいはい、結構でございますとも。このマリウスはたとえどのようなご用でも、たとえ——」
何かからかいかけたが、アストリアスのくそ真面目な目の色と、冗談などうけつけなさそうな一文字の口もとをみて口をつぐみ、そのままへらへらしながらアストリアスについて食堂を出た。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


「誰だ、その姫というのは?」
「おおそりゃもちろん、リンダ姫でございますよ!まだ十四ではあるものの、あの方がいずれどんな絶世の美女におなりになるかは火をみるより明らかでございますし、それにあの方はたいへんな予言者におなりになるだろうとも云われております。ナリスさまとなら、いとこどうし、似合いの一対におなりでしょうよ」

「そ——その、ナリス王子には」
アストリアスはいくぶんうろたえぎみに口をひらいた。その少女の、彼をまるで下らぬ虫けらででもあるように見すえていた、きらめくヴァイオレットの瞳を思い出すと、なぜか、彼は必ずおちつかない、そわそわした、胸ぐるしいような不安にかられてしまうのである。
「他に兄弟はいないのか——?ベック公というのは、婚約者があるといったな。いくつなのだ、そのベック公は?ベック公には兄弟はいないのか?パロの王位継承者はそれだけか?他には?」
「ナリス殿下には、一人、弟がおりました——腹ちがいの、侍女を母にもつ、ね」
煙るような瞳でマリウスが云った。
「ひとつ違いで、むろんひとり身で——しかし、その公子は、ずいぶん前にパロを出奔してしまいました。パロにいたところで、クリスタル公にもなれもせず、まして第五王位継承者ではあってなきが如きもの、それよりも自分の手で運を切りひらこうといって、放浪の旅に出ていってしまいまったのです。それ以来、その王子の消息を知るものはありません。ベック公は、ことしたしか三十になられます。フィリス姫と婚約してもう五年で、ようやく姫が十八になられたので、今年、来年には盛大に式をあげるはずでしたが——」
「弟の子供のほうが、年が上なのか」
「さようで。パロ聖王家の先代の三王子の中で、王太子であられたのはまん中のアルドロス殿下——当時はアル・リース王子といっておいででしたが——で、ご長男のアルシス王子はヤヌス神殿の祭司長となられたのです。そして祭司の掟で血族から、腹違いの叔母ミネアさまと結婚されてナリスさまが生まれたのです。末弟のアルディス王子ははやばやとベック公爵となり、臣籍に下っていまのベック公を得られたわけで。ベック公の下は姫君が二人ですよ。上の姫はもう嫁がれて」

※公子なのか王子なのか、気にしたら負けですw もっと問題なのは、ナリスの母親の名前がミネアとありますが、ラーナの間違いです(前巻で既にラーナとして登場し、以後もラーナで統一)。
マリウスがわざと間違いを混ぜたと、無理やり好意的に見る度量が必要かもw


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3892V3:2015/05/22(金) 00:16:10 ID:qEGe3b9E
奇妙な、鳥が鳴いてでもいるような音が流れ出る。ややあって、ヴァシャのとげだらけの茂みの向こうに、ふいにとけるように何か黒いものがあらわれ、それからまたふたつつづいてあらわれた。夜がそこだけ濃くこりかたまったか、というようなその三つの黒いよどみは、やがて星あかりのもとで、異なる空間を通ってあらわれたものがしだいに形をなしてくる、とでもいったように、三人の魔導士特有の黒い長いフードつきマントに身をつつんだ男たちの姿となった。
「お呼びでございましたか」
「うん」
ぼそぼそとした魔導士の声に、低いが若々しいひびきで答えたのは、まぎれもなく、吟遊詩人のマリウスの声である。
「いかがなさいましたか——ディーン様」
「その名を呼ぶなと云ったろう。ぼくは、マリウスだ。いいか」
「申しわけございませぬ」
「この宿屋の二階のつきあたりの室に、一人の旅人が眠っている」
マリウスは気にとめるようすもなく性急に云った。
「黒蓮のエキスを吹きかけて、ぼくが眠らせた。——街道口に入ったところで、苛々しながら誰かを待っている男で、見るからにモンゴールの若い将校、それも貴族の子弟だろうに、町人ふうのこしらえをし、供もつれていない。ようすがいかにも何かありげだったので、あとをつけ、話しかけてかまをかけたら、アストリアスだと名乗った」
「それはそれは。モンゴールの治安長官のせがれで、赤騎士隊長のアストリアス子爵ではございませんか」
「当人らしい。それにどうもわけありらしい。——おまけに、どうやら、真珠のゆくえについて、情報をにぎっているようだ。これからすぐ、運び出し、例のところへつれていってくれ。そこで、喋らせる。急げ」


「いいか、アストリアス。おまえはこれから、ぼくのたずねることに何でも正直に答えるのだぞ。そして、ぼくが術をといたら、ぼくたちに答えたこと、吟遊詩人のマリウスに会ったこともすべて忘れてしまう。いいな」
マリウスがささやきかけた。アストリアスの頭がちょっとゆらゆらしたが、すぐ、こくりとうなづく。
「なんと、暗示にかかりやすい男だな」
「どうだい。一回、暗示をかけただけで、あっさりかかってしまったぞ。よくよく、人間が正直にできているのだろうな」

くすくす笑いながらマリウスは云った。
「どうだ、アルノー。この男、使えそうだとは思わぬか」
「さようで」
「公女に恋いこがれるあまり、大公にそむいて出奔してきた青年貴族——これは、ひとつ、クリスタルに云ってやらねばなるまいな。あの人なら、この男をつかってひと芝居もふた芝居もたくらむだろう。——ところで、アストリアス」
「おまえはたしか云っていたな。パロの真珠——世継のレムス王子と、その姉にして予知者なるリンダ王女のゆくえを、知っているかのようなことを。——云え、それは、ほんとうなのか?」


深く術にかけられたアストリアスはうめいた。
「双児ははじめルードの森にあらわれ——スタフォロス城にとらわれた。グインとともに……スタフォロス城がセム族の奇襲にあって、全、全滅したとき、かれらはケス河よりノスフェラスの砂漠へと逃れ、われら——アルヴォンの駐屯部隊もケス河をわたって、かれらを追った……アムネリスさまは、なぜか——なぜかはじめから、ノスフェラスを目ざしておられた。カル=モル……そうだ、カル=モルだ。そこに双児があらわれて、わがモンゴールの参謀本部は双児が同盟者たるセム——セム族をたよってノスフェラスへ逃げこんだものと判断した」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3893V3:2015/05/22(金) 00:19:10 ID:qEGe3b9E
アムネリスは、当惑したまなざしを、そっとクリスタル公の方へむけ、あわてて、火傷でもしたかのようにまたその目を伏せた。
アルド・ナリスのこの日のいでたちは、深みのある紫のびろうどのトーガに、銀のぬいとりをしたサッシュを永くたらし、白い細身のズボンがトーガの下からのぞいていた。小さな銀の、ルーン文字をかたどったペンダント、銀の、額にしめたバンド、そして細身の剣だけが、アクセントをつくっている。ナリスに会うまでのアムネリスであったら、男がこのように身なりに気を配ったり、香をたきしめたりするのを、騎士として恥ずべき柔弱さのあらわれ、ととったに違いなかった。
アムネリスは、身づくろいがきちんとできているだろうか、とはばかるように、すばやく自らのなりへ目を走らせた。うすい黄金色の、衿を大きくくったドレスは、パロふうの仕立てになるものだった。きわめて繊細なひだとレースが、黄金の泡のように裾にうずまいている。
「その色の服をつけておられると——」
アムネリスが自らのすがたがどのようにうつるか、そっと点検しているのを、知っているかのように、アルド・ナリスが云った。アムネリスはびくりとした。
「その色の服をつけておられると、まるで、あなたは、光を身にまとっているようですよ、アムネリス姫。そらは、あなたのその素晴らしい髪と同じ色をしている。あなたは、お国で、何という名で呼ばれているのでしたっけ?」
「皆は私を、公女将軍とか、氷の公女、と呼びますわ。私は、氷のように動かしにくいのです」
「氷は、動かしにくくはありませんよ、アムネリス」
ナリスはゆったりと長椅子に腰をおろした。
「氷は、炎の情熱にあえば、たやすくとけてしまう。あなたが氷なら、それはきっと、あなたがまだ炎に出会ったことがないからだ。違いますか?」
「知りませんわ、そんなこと」
「それはそうと、氷の公女、というのは、あなたにはまったくふさわしくないな。私なら、あなたをもっとちがった名で呼ぶでしょう——そう」


「私ならあなたをこう呼びますよ」
ナリスは手をひっこめ、かわりにアムネリスのつややかな金髪を手のひらにうけて、それにさんさんと注ぎこむ陽光をたわむれさせながら云った。
「光の公女——とね。そうだ。あなたはまことに光の公女だ。ごらんなさい、この金色の髪が、日をうけてどんなに輝いているか。まるきり、光そのものだ。あなたはいつも、黄金の光につつまれている。——氷などとはとんでもない」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3894V3:2015/05/22(金) 00:20:18 ID:qEGe3b9E
「どなたですの、そのもうひとりの少女って」
「わたしのいとこのリンダ。——ご存じですか?顔色がかわりましたよ」
「あら、ちがいますわ——彼女は、あなたの、いいなづけなのでしょう。ちがいます?」
「おお、イラナ、イラナ。いったいだれがそんな考えを、あなたのその黄金色の頭に吹きこんだのです?」
「誰でもありませんわ。彼女を、愛していらっしゃるのではありません?」
「アムネリス。——なぜ、そんなことを?」
「『わたしのいとこのリンダ』とおっしゃったときの声と——そして目の光とで。お顔がかわりましたわ。わたくしをからかうときとはまるでちがう、やさしい、うっとりした光が目にうかびましたわ」
「あなたはまるで戦況を見すかすために小兵を出してみる将軍のようにさぐりを入れるんですね、右府将軍殿!知りたければ教えてあげますが、リンダはまだ十四の、ほんとの少女ですよ。母親ゆずりのすばらしい月光のようなプラチナ・ブロンドの髪と、わたしのように夜の色ではない、たそがれか夜明け前の紫色の瞳をしてね。ふつうの娘ではないのです——それは、パロでは、いつも髪でわかるのですよ。伝説のアルカンドロス大帝の処女姫リンダも、生まれながら雪のような銀髪をしていたそうです。パロの聖王家では、ふつう巫女となる女性はプラチナ・ブロンドの髪をし、男たちは私のように夜の色の髪をしています。そうでないのは、リンダの双児の弟のレムスだけで——なぜ彼が他のパロ王家の男たちのようではないのか、それは七つの塔の博士たちにもわかりませんでした。あるいは彼には何か、他の王子や公子たちとちがう、なさねばならぬなにものかがあり、そのあかしがヤヌスの御手で、彼のその姉と同じ雪の色の髪にしるしとなってあらわれているのかもしれません。パロの聖王家には、いろんな、ふしぎなことがおこるのですよ、アムネリス。——ヤヌスの塔の地下ふかくにかくされている、おどろくべき機械のことを知っていますか?」
「え——ええ。いえ——」
ハッとアムネリスは身をこわばらせた。アルド・ナリスはそのようすを注意深く見守っていた。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3895V3:2015/05/22(金) 00:21:27 ID:qEGe3b9E
かっとして、アムネリスはいった。また胸をおさえ、その手をはなして、さきにアルド・ナリスのふれた黄金色の髪をすくいとって、いまわしそうに眺めた。
「月光色の白銀の髪!わたしは知っていますとも、やせっぽちの小娘のくせに、ぎらぎらする紫色の目で、私をにくたらしそうににらみつけていたわ」
「アムネリスさま……」
「云っておくれ、フロリー。私は、美しい?」
「まあ、なんてことを——アムネリスさま。女神のようにおきれいですわ」
「私は美しいわ」
アムネリスは傲岸に云った。
「でも——私は未婚の娘だからそういうことがわからないのかもしれない。ねえ、フロリー。私は、女として……その、彫像ではなく、生きた、血のかよった女としてみたとき、どこか——どこか、おかしいのかしら?何か、必要な魅力とか、そんなもので、欠けているものがあるのかしら?フロリー、私が女のドレスをきるのは、やっぱり身ごなしがなれていないから、おかしいのかしら?」


「そうでございますとも!姫さまは、パロのどの姫にも、少しもひけをおとりになったりしませんわ」
「そうでしょう、フロリー。それに私は少なくともモンゴールの——占領者たるモンゴールの公女だわ。だのに——それなのに、なぜあの男は、私のことをあんなふうにかるがるしく扱うの?」


アルド・ナリスからの伝言が届いたのは、その三日後のことだった。
「アムネリス姫おひとりでヤヌスの塔へとのことでございます」
フロリーのことばをきいてアムネリスは唇をかんだ。タイラン以下にきこえれば、たいへんな怒りをかうに決まっている。いまはある程度の自由を与えられているが、ナリスはともかく敵の総大将なのだ。フロリーは彼女を見た。
アムネリスはぐいと頭をふりやった。
「行くわ。ナリス様にお伝えしておくれ」
アムネリスは云った。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3896V3:2015/05/22(金) 00:22:31 ID:qEGe3b9E
クリスタル・パレスの心臓、その象徴ともいうべきヤヌスの塔は、双子の塔、水晶の塔、ヤーンの塔など、あまたの塔を従え、闇の中に傲然とそびえ立っている。
上層はパロ聖王家歴代の王の遺骸が安置され、下層にゆくに従って、パロの根源的ないくつもの秘密をかくしている、とささやかれる、ほの白く輝くヤヌスの塔は、モンゴールの侵略にも、ほとんどその美しく超然としたすがたを傷つけられはしなかっな。さしものモンゴールのたけだけしい軍勢も、ヤヌスの最高司祭なるパロ聖王家が主神ヤヌスをまつり、その頂にはヤヌスその人すら降臨する、とささやかれる神秘な塔へは、手出しをはばかったのである。アムネリスが立っているのは、そのヤヌスの塔へ通ずる、細い渡り廊下の入口の暗闇だった。


「これはまた、鎧をつけて、細身の剣まで帯びて。モンゴールでは、婚約者と二人きりで、婚礼の前に忍び逢う娘は、そのように勇ましく純潔なイラナの巫女としてやって来るのですか?」
アルド・ナリスは苦笑しながら手をさし出した。アムネリスはこわばった表情でまわりを見まわした。


「まあ——!」
そうとしか、アムネリスは、云うすべを知らなかった。
「これ——これは、何ですの。いったいこの室は……あ、あれは——まあ!」
アムネリスが、おどろきに息をのんでいるようすを、アルド・ナリスはいくぶん残酷な満足をかくして見守っていた。
それはひどく天井の高い、大きな室だった。床も天井も壁も、まわりはすべて同じ光りかがやく物質でできている。
「この室の中はすべて水晶で張ってあるのです。水晶の後ろに鏡が入れてあるので、外からはいっさい見えませんし、よし第三者が入れたところで、まったく中のようすを見ることはできないでしょう。——そして、この水晶は多少特殊な加工がほどこしてあって、この中の機械の作用を、外部から絶縁するようになっているのです。そうしないと、いろいろと不都合なことがおこってしまうのですよ、アムネリス」
「機械?——おお、あれが?」


「こ、これは何ですの」
「これが、あなたの知りたがっていたパロの秘密ですよ」
ナリスは笑い声を立てた。
「まさか、あの——」
「そう、世界じゅうどこへでものぞみどおりの場所へ、一瞬のうちに身を移すことのできる機械。——あのまんなかの管に入って、この台を操作してもらうのです。ここにいると思った次の刹那に、アルゴスへでも、トーラスへでも、あなたはのぞみのままに身をうつすことができる」

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3897V3:2015/05/22(金) 00:23:43 ID:qEGe3b9E
「力でも、知略でも、どうせあなたはわたしにはかなわぬ。私も女あいてにいくさをしようなどとは思いもせぬ。だが、女にだっていくさはできる——人の首でなく、心をとるいくさがな……アムネリス。こちらをごらん」
「私を、だまして、おもちゃにして——いつもまるで私など、眼中にないようにふるまって!あなたなど、嫌いです。憎い。ここを出たらすぐにタイランにいって、あなたなど水牢へ放りこむわ。そうですとも——水牢に入れて、たべものも、飲みものも与えず、あなたがさっきむりやりにわたくしにさせたように、ここから出してくれと哀願させ、わたくしの足もとに這いつくばらせてやる。あなたの泣き顔をみてわたくしは笑ってやる。そして、弱りはてたあなたにわたくしが手ずからムチをふるってやる。ヤヌスに誓って、そうしてやります。あなたなど、あなたなど……」
アムネリスの声は途中でとぎれた。
ナリスの唇が、やさしく、しかし容赦なく、アムネリスの唇をふさぎ、おおいかぶさってきたのである。アムネリスは、もぎはなそうともがいた。
しかし、ナリスの胸をおしのけることもできなかった。屈辱と羞恥にかられて、アムネリスは目に涙をうかべて身もだえた。
が、そのうちに、ふいに彼女のからだから、すべての抵抗の力がぬけた。
「ああ…」


「ま——まあッ!ひ、姫さま!ご無事で、本当に、ご無事で……?」
フロリーはのどをつまらせ、アムネリスにとびついた。が、
「まあ、フロリー、どうしたというの?一体、何をそんなに大げさにさわぐの……無事でないわけがあって?」
笑いながら叫んだアムネリスの声の調子に、なにか、いつもと妙にちがうものを敏感に感じとって、ぎょっとして身をはなした。
「姫さま——?」
不安そうにあいてを見つめる。そして、口に手をあてたが、ややあってその口からもれたのは、
「姫——さま?ど……どうか、あそばしたのでしょうか?」
不安げな、おどおどとしたことばだった。
「いなやフロリー。いったい、なにがどうしたというの。ナリスさまに、何か、わるいお心でもおありだったというの?」
「い、いえ……」
フロリーは奇妙なおどろきにうたれて、女主人を見上げた。
これが、彼女の知っているアムネリス、モンゴールの公女アムネリスそのひとだろうか。
氷のとまで形容された、その神秘なエメラルドいろの瞳は、まるで、そのなかにだれかが火をともしでもしたように、見ちがえるような艶をおびてきらめいていた。
白くなめらかなほほにはぼうっと紅がさし、黄金の髪すらも、しっとりと、まばゆいつやめきをひときわ増したかに思われる。
盛りあがった胸はなやましく息づき、さながらそれは、この上なく美しく玲瓏ではあっても決して艶冶、艶麗、といった要素がそなわっていなかった冷たい石鏃に、とつぜん、神のたわむれによってあついいのちがかよいはじめたさまとでも、云ったらよかっただろうか。
「姫さま……」
おどろき、わけもない不安に胸をつかれながらフロリーは叫んだ。それへアムネリスはにっこりとほほえみかけた。日ごろ、彼女は傲慢できびしい女主人で、気に入りのフロリーにさえ決してそのようにほほえむことなどなかったのに。
「室へ戻ります。少し疲れました」
「姫さま、あの……」
「私がここへ参ったことを、タイランたちには云ってはならぬ」
アムネリスは命じた。それからまたふいに、宙をふむような足どりで歩き出した彼女は立ちどまり、フロリーのとまどった肩をつかんで抱きしめた。
「ああ——どうしよう、フロリー。私、知らなかった。こんな…—こんな思いだとは、夢にも知らなかった。もっとまったく、ちがったように想像していたのよ——もっと」
「姫さま」
フロリーのおびえた顔をみて、アムネリスは甲高く笑いだした。その笑いはさながら小娘のようだった。
「おお、フロリー!私、ナリスさまを愛しているのよ!恋してしまったのよ!」
アムネリスは叫んだ。フロリーはただ呆然としてそんな彼女を見つめるばかりだった。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3898V3:2015/05/22(金) 00:54:39 ID:qEGe3b9E
「まったく、大したもんだよ」
調子に乗って、イシュトヴァーンがうきうきと云った。
「パロのお姫さまで、なかなかのべっぴんで、勇敢な小戦士にして占い師、しかもこの世の黄金律について考える哲学者と来ちゃあな!しかし、教えてやるがね、おまえさんは、さきゆき旦那をつかまえるときにゃあ、そのしかつめらしい演説はたんすの底にでもしまっとくこったね。男ってものは、理屈をいう女は大嫌いだからな」
「下品なひとね、相かわらず」
リンダは気分をこわされて怒って云った。
「わたしにむかって、旦那をつかまえるとは、なによ!パロの王女は、自分から男の人に求愛したりは決してしないのよ。王女はかしづかれ、守られるだけよ。ねえ、レムス」
弟をふりむいて彼女は応援を求めたのだが、
「ああ……うん、そうだね——何の話?」
ぼんやりと思いふけっていた少年がびっくりして顔をあげるのをみて舌打ちした。
「まあ、この子ったらいつまでもうすぼんやりね。同じ経験をしても、人によって、何を見、何をつかむかは、こうも違うものかしら。——第一このところニ、三日、ずっと特にぼんやりしていたわ。お腹でも、下しているの?」
「そういや、ここんとこ、やけにおとなしいな」
イシュトヴァーンが云った。
「砂漠当たりかもしれんぞ。気をつけるんだな。お前の姉きみたいなトゲの生えた舌をもってりゃあ、砂ヒルだっておっかなくて近づけたもんじゃないが、お前のようにボーッとしたがきは、ワライオオカミに化かされるかもしれん」
「まあ、失礼ね。——レムス、何とか云い返しておやんなさいよ」
「……うん?」
レムスはそれにも、ぼんやりとした笑い顔を向けただけだった。
呆れた姉とイシュトヴァーンがしきりにかれのことを無遠慮に評することばも、レムスの上をエンゼル・ヘアーのように通りすぎてゆくばかりだった。かれはすっかり自分の思いの中にひたりこみ、まわりのこと一切と無縁にただウマの背にゆられているばかりだった。
グインの注意ぶかいまなざしが、そっとそれを見つめているのにも気づかない。——夜営のときに、グインは、そっとレムスを呼んで、どうかしたのかときいた。
が、レムスは、
「ううん——少し、疲れたせいじゃないかな。ごめんなさい、皆を心配させて」


(眠るとまた——あの夢をみてしまう)

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3899V3:2015/05/22(金) 00:56:14 ID:qEGe3b9E
いつの間にかレムスの魂は、からだをぬけ出し、眠っているかれ自身と姉とを高みから見おろしていた。
深い孤独感がかれをつつんでいた。——どんなときにも、ひきはなされない、二つぶの真珠である。
いつもリンダには、ぐずの、のろまの、臆病者の、と手きびしくやっつけられるレムスだが、それでも——いや、むしろ、それゆえに、かれは自分を、リンダとひきはなされたら何ひとつできないし、一日として生きてゆけない、とさえ感じていた。そのリンダが、かれのぬけがらと並んですやすや眠っており、かれがここにこうしていることを知らない、ということが、かれにひどい淋しさと不安、寒いような思いをかれにもたらすのだ。
リンダが起きないかしら、とかれは念じながら、どこへも行かず、じっと下を見おろしていた。
そのとき、誰かの呼ぶ声がした。
レムスはいやいやふりむいた。レムスのすぐうしろに、黒いマントにすっぽり身をつつんだ人影が立っていた。マントのようすから見るに、魔導師であるらしい。
何の用だ、とたずねようとして、レムスはぎくりと息をのんだ。
レムスの方へさしのばした、袖口からあらわれたやせほそった腕のさきには、つよい熱にあいでもして、とけてしまったかのように、手首からさきがなかった。
レムスの感じやすい心に恐怖がつきあげてきた。あわてて、身をひこうとするのへ、あいては、しきりに何か云いたげに、ゆっくりと手の残骸をふり、その顔をあげはじめた。
ふわり、とどこから吹いてきた風邪が、あいてのマントのフードをあおった。
とたんに——
「キャアアアア!」
あらんかぎりの悲鳴をあげて、レムスは恐怖のあまりその場にくずおれてしまった。
青白い月あかりに照らされたその顔は、やけくずれた生ける髑髏だった。

もしレムスがモンゴールの隊長ででもあったら、その夜毎の夢にあらわれる怪人が、他ならぬ、キタイの魔導師——ノスフェラスを生きて横断し、おどろくべき《瘴気の谷》の秘密をもちかえってきたカル=モルその人である、と見知っていただろう。そうでなくとも、それがグインか、イシュトヴァーンの夢にあらわれたのであってさえ、かれらは、その素性は知らなくとも、一目見たら忘られぬ醜貌に、それがノスフェラスの戦いのあと、ラゴンとセムとに踏みにじられたモンゴール軍の死屍るいるいたる中にあった、奇怪な死骸の顔であると思い出したことだろう。
しかしレムスは、そのいずれも知らぬ。
もっとも、知ったところで、ただ謎はいよいよ深まるばかりであったかもしれない。カル=モルの魔道をきわめた魂は、肉体の死ののちにも、ノスフェラスにのこり、彼の知ったおどろくべき謎をなんとかしてたれかに告げしらせようとしているのであった。だが、それがなぜ、レムス王子でなければならなかったのか……。


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3900V3:2015/05/22(金) 00:57:18 ID:qEGe3b9E
カヌーができあがり、それがみごとに水にうかんだそのときが、シバたちセムの小戦士、ドードー以下のラゴンの超戦士たちと、グイン一行との、ほんとうの別れのときであった。
すでに、大がかりな送別の宴は、狗頭山のふもとの村ですませていたし、くりかえし名残りをおしみ、必ずもどってくることを誓いあっていたので、ことさらにくどくどと心をたしかめあうこともなかった。

さいごに、グインたちがきいたのは、河の水音に切れ切れになった、ドードーの、咆哮にも似た別れの叫びであった。
「ラゴンは……待つ民」
それは、かろうじて、そうききとれた。
「俺たちは……待っているぞ。アクラの使者が……戻ってきて約束をはたすときを……!」
河の流れは、どんどん、早さを増して動きはじめ、カヌーを運び去っていった。ノスフェラスとその民が、静かに遠くへ消えてゆく、それはさいごの時間だった。
リンダとスニは、抱きあったまま、シバたちの消えた方向をじっと見やっていた。彼女たちの目には涙があった。
そして、グインもまた——
イシュトヴァーンひとりが、狂気のようにはしゃいでいた。
「さあ、畜生!ドールのやつめ、おれはまんまとやつの裏をかいてのけたぞ!さぞかし、おれをその汚らしい爪にしっかりおさえこんだと思ったろうが、どう致しましてだ。おれは、どうだい、まんまとだまくらかしてのけたぞ。しかも——しかも、あのいまいましいモンゴール傭兵騎士団ともおさらばしてな!ああ、あ、これでこんどこそおれのための舞台みたいなもんだ。何のかの、紅の傭兵だ、魔戦士だ、といったところで、あんなサルどもとウドの大木と、イドと砂ヒルしかいない砂ん中じゃ、イシュトヴァーンさまも《光の公女》をめっけるどころじゃありゃしねえ。ああ、これでようやっと文明国の宿屋にとまり、ちゃんと料理したものをくい、おうサリアよ!べっぴんの女ども、つぼ入りの火酒、それに蒸し風呂ときた!やあれやれ、ヤヌスよ、ヤーンよ!ルアーよ、イラナよ、イリスよ、サリアよ、トートにカシスにドライドンよ!おれはぶじに港についたその日にヤヌス十二神全員に、黒ブタの丸焼きを一匹づつささげることを誓いますよ!てへっ、なんてこったろう。このカヌーは、ダゴンの背にのっかってるみたいにおれをロスへ運んでいくじゃないか!うう、さあ、これからだぜ。何もかも、これからと来たもんだぜ!」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3901V3:2015/05/22(金) 14:02:36 ID:qEGe3b9E
レムスは、夢ごこちのまま、おちつかぬ思いがつきあげてきてまわりをみまわした。
もっとも、それも夢のなかの出来事なのか、それとも、これはまぎれもない現実なのかは、どうしてもわからないままだった。
そのとき、空が割れた。
(あ……っ)
レムスは目がくらみ、立っていられなくなって、膝をついた。空がまっぷたつに割れ、火の柱が空のまっただなかをつらぬいた。
ふしぎに、音はきこえなかった。しかし、白熱した光の爆発に、目を灼かれるように思い、目をおおってしまったレムスが、顔をあげ、おそるおそる目をひらいてみたとき——
あたりは、まったく異なる世界となりはてていた。


(いったい、これは……)
奇妙な、ぞくぞくする昂奮がかれの身ぬちをつらぬいていた。それは、不可解なものごとに出会ったおどろきばかりではなかった。
むしろ、それとは、まるでかかわりのないようにさえ思える、それまで味わったことのないふしぎなたかぶりの方がつよかった。
(もしかしたら……)
(どうしてそう思えるのかはわからない。でも、もしかしたら——)
(ぼくにはなにか、なすべきことがあるのではなかろうか?それが何かはわからないが、何か、おどろくべき……)
(リンダにはない、ぼくだけの——パロの王子レムスだけの運命が……)

レムスはもう、眠りをおそれていたことすら、忘れてしまったようにみえた。
かれはほほえみさえうかべて目をとじ——たちまち眠りにおちた。
カル=モルの亡霊が告げようとする、そのことばをきくために……
レムスが、はたして何をきいたのかは、だれひとり知るものはなかったが、しかし、翌日、夜明けと共におき出してカヌーの人となったとき、レムスのかわいらしい顔には、奇妙な、これまでは見られなかったものが宿っていた。


「また、ぼんやりして!」
彼女はがみがみ云った。
「そんなことで、ぶじにアルゴスへつけるのかしら?アルゴスへついたところで、ぶじにパロ奪還軍の先頭に立てるつもり?おまえはいまや、即位こそしていないけど、パロの唯一の正しい国王陛下なのよ。ときどき、いっそわたしが男で、あんたが女ならと思うことがあるわ。——それにしても、このところずっとボヤーッと、昼まから夢ばかりみてるような顔をして、具合でもわるいというの?熱は?」
「ないよ」
迷惑そうに弟がいうのを、イシュトヴァーンはおかしそうに見た。
「どうだい、グイン」
口をひんまげて云う。
「あのお姫さまの旦那になるやつあ、さぞかし、尻にしかれるこったろうな、かかあ天下のイラナにかけてな。がみがみ口やかましくあの弟を叱りとばすことったらないぜ」
「いつ、わたしが、レムスを叱りとばしたのよ」
「いつだってさ。まあ、弟だからしようことないし、きいてるが、旦那に同じでんでやってみろ。たちまち、とじ針で口をぬいとじられちまうか、さもなきゃ旦那はどっかへいっちまって、二度とは帰ってこないだろうよ。気をつけるこったね、もしお前さんが、おれよりちっとでも寛大でない旦那をみつけたならね」
「あなたのいうことなんか、ぜんぜん気にしないわよ」
リンダはにくらしげに顔をひんまげた。
「べっぴんが台なしだぜ——しかし、男と女が入れかわってるべきだったってのは、おれも賛成だな。さもなきゃ、この羽根の白いやさしい目の王子さまは、長い髪のかずらをつけて、女装して婿をとるこったな」
「いや」
きいていたグインがおかしそうに云った。
「前にも云ったことだが、もしそう見えるなら、イシュトヴァーン、お前には、卵の中で内から殻をコツコツつついて割ろうとしている竜の子供と、かえらぬまま石になってしまった卵の区別がつかぬのだ。それにどうやら俺には、その卵に走りはじめたひびわれも見えるような気がするぞ。中から、はたしてドライドンの竜王が生まれ出るのか、それともセトーの人面蛇身の狡竜が生まれてくるのか、それは俺にも、知るすべのないことだがな」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅┃*`Д´)ノ♪

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3902V3:2015/05/22(金) 14:04:45 ID:qEGe3b9E
「もう、ここまで来りゃあこっちのもんだ。文字どおり大船に乗ったと思ってくれ」
イシュトヴァーンは、文明都市、物売りの船、海、海をわたる巨船、と、どんどん彼の馴染みの舞台がひらけてくるにつれて、たいへんなはしゃぎようであった。
「ハッ、ヤヌスよ、ドライドンよ!おれは海辺のヴァラキアに生まれて育ち、コーセアの大海を海賊になってわがもの顔に行き来した船乗りだからな。船乗りには船乗りの仁義や侠気もある。もう、これまで、サルと化け物の国じゃ、あんたに世話をかけたがね、グイン、これからは何ひとつ心配しなくていいぜ。これからの面倒はぜんぶ、このイシュトヴァーンがひきうけてやらあ」


「あちこちでおかしな動き、というのは?」
グインがたずねた。
イシュトヴァーンはかんたんに説明した。彼は、宿屋でのほかに、ばくち場にもぐりこんで、さらにくわしい情報を仕入れてきていた。
きくなり、リンダはおどろきと嫌悪の叫び声をあげた。
「うそよ!あのアムネリスと、わたしのいとこのナリスが、結婚するなんて!」

「やめてちょうだい。汚らわしい!」
リンダは激昂した。
「お父さまとお母さまを殺し、美しいパロの国を卑劣なだましうちで踏みにじったモンゴールの公女と、わたしのナリスが恋に、ですって?そんな、そんなこと、耳にするのもいとわしいわ!やつらは毒のあるサソリよ。モンゴールのサソリは、占領軍の無法でもってナリスをとじこめ、力づくでいまわしい婚礼をあげさせ、そのあとただちにナリスを殺してしまうつもりにちがいないわ。そうすれば、あのいやらしい女に、パロの王位継承権ができるというので!そうに決まっている。いまわしいたくらみだわ。おお、グイン、このたくらみを、何とかとめて!ナリスを助けてちょうだい!グイン、お願い」
「リンダ。そんなこと、わけないよ」
レムスが静かに言った。皆——イシュトヴァーンでさえ、ぎょっとしてレムスを見つめた。
「レムス、おまえ——」
「そんなたくらみの裏をかくことはわけはないよ。ぼくは、アルゴスについてすぐ、唯一の正当なパロ王を名乗って即位宣言を出す。そうすれば、仮にそれまでにナリスとモンゴール公女の婚礼がおこなわれてしまったところで、単にモンゴール公女はベック公と並ぶ第四王位継承者になるだけの話だ。まあ、そうなると、モンゴールとしては、ぼく、リンダ、それにナリスを殺そうとやっきになるだろうけれどね。しかしぼくがアルゴスで即位すれば、なまじナリスと公女を結婚させてしまえばモンゴールとパロと婚姻のきずなができてしまう。それからパロ王たるぼくをあいてに、正式の宣戦布告をすればひどく困ったはめになるからね。モンゴールは、もしその結婚が行われてしまえば、かえって自縄自縛におちいるだろうね」
「そいつは面白いや」
イシュトヴァーンがはでにゲラゲラ笑い出した。リンダは弟をにらみつけた。
「レムス、おまえ、本気でいっているの?それじゃ、おまえは、お父さまたちを殺した仇の張本人がナリスと結婚して——ということはわたしたちの近い血縁になったりしてもかまわないというの?汚らわしい!」
「それは、全然別の話だよ、リンダ」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』


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3903V3:2015/05/22(金) 14:06:32 ID:qEGe3b9E
「あら、どこへゆくの、イシュトヴァーン」
リンダのおどろいたような問いかけに、
「今日は、飯は外で食ってくらあ。それに、今夜は、戻らなくても心配せんで先に休んでいてくれ」
そっけなく云いすてて室をまた出てゆこうとした。
その背に、
「苦労をかけるな、イシュトヴァーン」
重々しくグインが云った。
イシュトヴァーンは足をとめ、何かにびっくりした、というようすでふりむいてグインをまじまじと眺めたが、何か云おうとしたのを思い返し、口の中で気弱げにもごもご云って、そのまま戸をしめた。
宿の廊下はいくつものドアが並んで、つきあたりに階段がおりている。イシュトヴァーンが例によって口の中で何かブツブツと云いながらその階段の上まできたとき、
「イシュトヴァーン」
微かな声がした。
「わッ」
思いもしていなかったところで呼びとめられて、イシュトヴァーンはあやうく、階段の上からころげ落ちそうになったが、
「な、なんだ。レムスじゃねえか。なぜ出てきた。早く部屋へ戻れ、部屋へ。——あまり人目につかれちゃ困ると云っただろう」
「イシュトヴァーン、船員ギルドの集会所にいくといってたね」
レムスは暗い廊下に、壁を背にして立ち、両手をうしろに組んで謎めいた目つきでイシュトヴァーンを見つめていた。
その目にも、態度にも、かつての、姉の影にかくれておとなしい一方だと思われていたときのかれとは、微妙に違うなにかがあらわれてきているのである。
(ちッ、このガキは、このごろ一体どうしたっていうんだろう。こう、妙に迫力が出て来やがったな)

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3904V3:2015/05/22(金) 14:08:04 ID:qEGe3b9E
「ふん」
イシュトヴァーンは口をゆがめ、うさんくさそうにレムスをねめつけた。
「たいそう、うまいことを云うじゃないか、小僧。お前がそんなに弁が立つとは、不覚にして、いまの今まで気がつかなかったぜ。だがな」
恐ろしい表情で、ぐいとレムスの顎に指をかけて持ちあげると、近々とのぞきこみ、
「いいか、どうせ、グインはもう見当はつけてるだろうが、お前の姉貴は、とろいところがあるから、ちっとやそっとじゃ勘づくまい。いいか、リンダに、よけいなことをぬかして見やがれ。てめえのその細っ首を、叩き折るだけじゃすまねえからな」
「わ——わかったよ、イシュトヴァーン」
古馴染みのおどおどと気弱な目つきなったレムスは云った。せっかく、ひそかに育てはじめていた奇妙な自信も、頭ごなしにがんとつぶされたかっこうだ。
「よく、覚えとけ。よけいなことをリンダに云うんじゃねえ」
もう一回、イシュトヴァーンは念をおして、仕上げにいやというほどレムスの首をつかんでゆさぶり、ようやく少年を解放した。
「まったくもう、弱虫のくせに出しゃばって、いらん手間をかけやがる」
ぶつぶつ云いながら、あわただしく出てゆこうとする。
その背に、壁にもたれたままのどをさすっていたレムスが低く云った。
「やっぱり、リンダが好きなの、イシュトヴァーン。だから、強盗をしてる、なんて知られたくないんだね」
「なんだと」
イシュトヴァーンがまた気色ばんでふりかえる。
レムスはあわて気味に身をずらしながら、とどめの一言を吐いた。
「でも、リンダはきっと、あなたの探してる《光の公女》じゃないと思うよ。きっと、そうだ」
「なんだと。なぜだ。なぜそんなことを云う」
イシュトヴァーンの目がけわしくなった。
「だって、ぼくたちは《パロの真珠》と呼ばれていたんだよ」
レムスは逃げ腰で云いついだ。
「真珠は美しくてもそんなに光を放ちはしないと思うけど」
「小わっぱめ。小ざかしいことを」


(リンダは光の公女じゃないだと——?ハッ、あの小僧はリンダと違って、予知者でも霊能者でも何でもないんだ。なぜそんなことがやつにわかる。ただのいいかげんなごたくに決まっていらあ)


イシュトヴァーンの目が、ふっとやわらいだ。奇妙な、夢のような輝きをおびた。
(あの娘はいまにきっとたいした美人になるにちがいない。あの銀髪——まるで、月の光のしずくから作ったようだ。それにあの、けむるような目——紫水晶の大きな目……あのきつい、ひとを真正面から見る——そうとも。一体、どこが、そうじゃないというんだ?あの娘こそ、まさしく、光とかがやきでつくられた光の公女そのものじゃないか……あんな娘、見たこともねえ……まだほんの子どものくせに、国を追われ、父母を殺され、四方八方から命をねらわれ、おれとグインしか守ってくれるものもない、というのに、あの娘は、いつもあの頭をぴんとまっすぐに立て、王宮のまん中で絹につつまれてでもいるように、王女の誇りを一瞬として忘れたことがない。同じ顔、同じ銀色の髪をしていても、あの臆病者の弟とは大ちがいだ。あのガキ——変に見すかすような目をする……だが、あの娘はちがう。きつい娘だ。たしかに、きつい娘だ。おれは、きつい女が好きなんだ。一から十まで男の言うなり、右を向けといわれりゃあ、一日でも二日でも向きっぱなしになってるような人形には、用はねえ。おれは、このおれに向かってつっかかって来るような、気骨のある、威勢のいい女の方がいい。ただやかましくがみがみ云うやつじゃない。ちゃんと、おれの野望の力になってくれ、いざとなればおれの左で共に剣をとって戦ってくれることのできる女、決して邪魔や足手まといにならん女、むろん、べっぴんで……そう、イラナだ。イラナのような、光りかがやく娘、光の公女、おれの……)
いつのまにか、イシュトヴァーンの顔から、レムスによってかきたてられた翳りの雲は、吹き払われていた。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3905V3:2015/05/22(金) 14:09:39 ID:qEGe3b9E
「船は見つけたよ」
イシュトヴァーンは簡単に云った。
「おお、イシュトヴァーン!」
「さあ、そんなことはらあとだ。見な。グインもレムスも支度ができちまったのに、お前だけ、そこにそうして毛皮をかぶったまますわってるんだぜ」
「いま、するわ」
リンダは手早く身支度にかかった。
「宿の支払いは、イシュトヴァーン?」
「すませて来たよ。さあ、早く——明日の前にこっそりぬけ出そうとしてる、とばれるとこれまた怪しまれるからな。宿のものには少しつかませたが、いつまでもつか……」
「何から何まで、すまんな」
「何を云ってる。——急げよ」
リンダは記録的な早さで見仕舞をととのえた。
「その銀髪を、これでかくせ、二人とも」
イシュトヴァーンは黒い革の、ぴったりした帽子を放ってよこした。それをかぶり、短いマントと、それに長ぐつとズボンと胴着をつけた双児は、そっくりな二人の少年のように手をとりあって立っていた。
「いいか、万一、港につく前に誰何されたら、おれは遊んできて船にもどる船乗り。双児は少年水夫ふたりだ。スニは、少しつらいが袋に入ってもらい、グインが背負う。グインは少しはなれて、病気の乞食——といっても、この図体でそれが通用すればだがね——のつもりでついて来てくれ。万々一見とがめられ、怪しまれたら、おれが何とか血路をひらくからあとは見ずに埠頭へつっ走れ。そこに小舟が待っていて沖の船までつれていってくれる。わけがあってこの船もモンゴール軍に見つからぬよう夜中じゅうにロスを出港したがっている。遅れたら、おいていくぞ。——船の名を、小舟の船頭に云うんだ。船の名は、《ガルムの首》号」
「ガルムって、地獄の入口を守る、三つの首のある魔の犬の名じゃない」
リンダはあきれ顔だった。
「ずいぶん不吉な名前を、船の名につけたものね」
「さあ、どうでもいい。いくぞ。少し、間をあけて歩けよ」


「イ——イシュトヴァーン」
「しゃべるなと云ったろう」
「手を……手をゆるめて、少しだけ。いたいわ」
「せめて、男声をつくってしゃべれよ」
イシュトヴァーンはおそろしい目つきになっていた。レムスが、リンダにきこえぬよう、のびあがって、イシュトヴァーンの耳に口をよせ、低くささやいた。
「グインが自分で切りぬけられなかったら、おいてゆくんだね。それしかないよ」
「ああ」
イシュトヴァーンは、再び、何がなしにぎょっとしながらパロの王子のかわいらしい顔を月あかりにすかして見た。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3906V3:2015/05/22(金) 14:11:18 ID:qEGe3b9E
「それにしても——せっかく、のせてもらっておいて、文句は云えないけど、すごいへやねえ、ここは」
ロス脱出の気疲れで、船倉の一画を区切ってつくられたらしいその船室に入るやいなや、泥のように眠りこんでしまった子供たちだったが、明るくなり、まわりのようすがよく見えてくるとともに、リンダの目は、大きく見張られ、その可愛い鼻にしわをよせて彼女はぶつぶつ云った。
「まったく、お前さんときたら、おれのすることなすこと全部にけちをつけるんだな。金打ち毛皮張りの内装で、竜頭は金無垢の、ご座船でも用意してもらえると思ってたのかい、あのくそ忙しいときにさ」
わけてもらった朝食を盆にのせて入ってきたイシュトヴァーンがききつけて、口をゆがめた。
「あら。そういうわけじゃないわ」
リンダは少し赤くなって言いわけをした。
「そんなことは全然云ってないじゃない。ただ……」


もうリンダたちにもきこえるおそれのないところまで来てから、こっそりとイシュトヴァーンはつぶやいた。
(なあ。どいつもこいつも、船長から水夫まで、うさん臭さをぷんぷんさせてやがる。おれはこれで、けっこう鼻がきくんだが、海賊はもとかく海賊として、同じ海賊にも、質のいいのと、悪いのと、ぴんからきりまであるもんだ。こいつは、悪い方だよ——それもかけねなし、まがうかたなしの、海賊なかまでも同じ海賊と呼ばれるのをイヤがるような……えものとみりゃあ見さかいなしにくらいつき、その運のわるい船にのらあわせたやつらは赤児から犬からネズミまでみな殺し、樽の底まで略奪してゆくってやつだろう。おお、そうとも——そうでなけりゃ、なんぼ海賊船であれ、うしろ暗いところがあれ、ロス港が封鎖されるときいて、ああまであわてふためいて逃げ出したがるこたあねえだろうよ。世の中にゃ、うわさにだけきく海賊王シグルドのように、海賊というのはれっきとした商売だ、と主張し、あまつさえそれで国を富ませているやつだっているんだからな——)


「——絶対何かあるぜ。そいつはもう、はなから知れているが」
ロハスのにごった声がきこえてきた。
「とにかくあのでかいのは病気なんかじゃねえ。わけあって、面を見られちゃあまずいんだ。てえことは、必定、正体は誰かかどこかに追われている奴で、高く売れるに違いねえ。あの出港のときのあわてよう——こんな船と知っていながらとびついて来やがった。たぶん、追われているのはモンゴールにだ。それに、あの二人の男の子……男と云いつくろい、顔もなるべくかくしちゃいるが、ありゃあ、骨の細さ、肌の色、たぶん二人とも、あるいは少なくともどっちか一人が女の子だ。それもどうやらなかなかのべっぴんだ。高く売れるぜ——男の子でも、あのちらちら見えるとおりの美形なら、よろこんで、体重と同じ重さの銀をつむ金持ちはごまんといらあ。なあ、船長」
「云うな、ロハス。はなから知れてるこった。そうだろうが」
「そう来こなくっちゃ。そうと決まりゃ、早い方がいい」
「ただ、あの図体——たぶんあの顔をかくした男が、たいへんな戦士だってのは、まちがいねえ。それにあの若いのもけっこう度胸もあり、腕も立ちそうだ。となると……」
「いつものとおりさね。料理番のケンじじいに、酒に眠り薬をまぜさせよう」
「今夜だ。皆にふれをまわしとけ。今夜は特別のおおばんぶるまいをしてやるからとな。狙いはむろん、二人の子どもと——それから例の男の素顔をたしかめ……」
「おらああの若いのの、色男づらを切りきざんでやるのがええ」
くっくっとロハスが笑うのがきこえた。
「あの若えのはおれにくれ」
「おめえは、美男というと、切りさいなみたがるからなあ」

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3907V3:2015/05/22(金) 14:12:52 ID:qEGe3b9E
「そ、その傷が——血が……そ、それじゃお前のその豹頭は、まさか——」
「きさま!」
ようやく、まず気をとり直したのは大男のイザイだった。
「化物め!きさま、一体何物だ!」
「シレノスだ——シレノスだ」
「判ったあッ!こ、この嵐は、あの化物のたたりにちげえねえぞ!」
一体、誰の口からもれた叫びだったかわからない。
しかし、それを耳にしたとたんに、きわめて迷信深い船乗りたちの顔に、電撃でもうけたような激しい動揺がつきぬけていった。
イシュトヴァーンもまた、ハッとたじろいで、グインにぴたりとよりそい、大声をあげた。
「ち、ちがう。そうじゃない。きいてくれ、みんな……」
「見たか。ちくしょう、やつらはうろたえてるぞ」

イシュトヴァーンは、グインを庇うようにしながら、一歩、一歩、とおされてさがった。しかし、背がメインマストにつきあたると、もはやそれ以上さがることもできなかった。
「待ってくれ——待て」
イシュトヴァーンは、懸命に頭をしぼりながら、なおもむなしく、さいごの収拾をこころみた。彼はいきなり、むこうみずにも、唯一の武器の剣をがしゃんと投げすてた。
「わかったよ——わかった、降伏する。……だから、剣をひいてくれ。この男が病気だといったのは嘘だ。この男は、わけあってこんな仮面をかぶっているが、実はさる国の身をかくしている王なんだ。な?高い身の代金がとれるぞ。だから……」


「やむを得ん」
静かに、彼は云った。
「イシュトヴァーン、あの子らを頼む。俺がいなければ、何とかこの場はおさまるだろう。うまく、切りぬけてくれ。頼む」
イシュトヴァーンの、いつもの不敵な輝きを失って、たよりない子どものようにおののいている黒い目を、一瞬のぞきこむと、ゆっくりうなづいてグインは海賊のまんなかに進み出た。空に雷鳴がはためいた。


そのとき、それがあらわれたのである。
「ああっ……」
はためく雷鳴、とどろく波と風のうなりのなかで、もはやおどろくことをさえ忘れた船乗りたちの口から、かすかな叫び声がもれていた。
「あ、あれは……」
おお——
「光の船だ!」
その船にある、すべての人間——グインも、イシュトヴァーンも、ラノスも、イザイも……全員が、金縛りにあったように動きもならず、ただ茫然と見守るなかで——
その船は、この世に知られているどのような船にも考えられない、ほとんど風そのままの速さでもって、まっしぐらに《ガルムの首》めがけて近づいてきた。
どこからどこまで、白く、そして光を放っているかのような、みごとな流線形の細くうつくしい姿——
その船首には、まるでいましめられてでもいるかのように、両腕のかわりに肩から生えている双の翼をうしろへのばし、長い光りかがやく髪を垂らしてゆたかな胸をそらした、世にも美しい純白の女の半身像が、さながらこの光の船を守る守護女神その自体ともみえて、ありありと輝いてみえる。

グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

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3908V3:2015/05/22(金) 14:14:29 ID:qEGe3b9E
「グインが波にさらわれた!」
イシュトヴァーンは、咽喉もさけよと絶叫した。そして、波に再び足をさらわれる危険も忘れ、グインがいたはずの手すりにまろびながらかけよった。
「グイン——グインー!」
すさまじい波のうねり、白く砕けちる波頭だけが、地獄の大渦さながらに、舷側の下に吠えたける。
「グインが海におちた!」
イシュトヴァーンはすすり泣いた。恥ずかしいとも思わなかった。
「お願いだ。船をとめてくれ、頼む。グインが海におちたあッ!」
「化物が海にさらわれたと!」
はっとしてイシュトヴァーンは、激しくかしいでる手すりをうしろ手にふりかえった。目を血走らせ、すさまじい形相になったラノスがすぐうしろまで迫っていた。
「そいつあヤヌスのお導きだ。ついでに、きさまも、ドールの地獄に失せやがれ!」
ラノスは歯をむき出し、両手ににぎりしめた大剣を、頭の上までふりあげた。
イシュトヴァーンは剣をさぐった。さきほど、投げすててしまった剣ののこりのさやしか手にふれなかった。
イシュトヴァーンの目が、絶体絶命の恐怖に大きく見ひらかれた。その目は勝ち誇っていまやまさに彼の胸に剣をふりおろそうとするラノスを見つめ、若い彼のすべての生命が、不当なむごたらしい突然の死にさからって悲鳴をあげていた。
そんなばかなことがあるはずない——その思いが、ふいに、仰向けに船の手すりにはりつけられるかたちでのけぞった、イシュトヴァーンの脳裏につきあげた。
(おれは、ヴァラキアのイシュトヴァーンだ。《紅の傭兵》なんだ。おれは王になるはずなのに——こんなところで、こんな海の上で、嵐の中で、こんな下司の手にかかって死ぬわけがない——おれはまだ何もしてないんだ。光の公女を愛してもいない。この手に王冠を得ても……何ひとつ、何ひとつ……)
ラノスが哄笑しながら大剣をふりおろしかけた。
イシュトヴァーンの意識がふっとうすれていった。さいごに彼の目にやきついたのは、かくれ家にして、決してそこから出てくるなとかたく言いつけておいた、救命ボートのなかから、むこうみずにも綱をつたって這いおり、甲板を、彼めがけて、手をさしのべて走ってくるリンダと、そのうしろから半身をのり出し、リンダをとめようと手をのばしているレムスのすがただった。リンダの顔は紙より白く、そしてその顔は悲痛にゆがみ、生命にも比すべきものを失おうとしている恋する少女の狂おしい希望と絶望をこめて、リンダは彼の名を、絶叫した。
「イシュトヴァーン!おお、イシュトヴァーン、死んではいや!」
イシュトヴァーンの唇にかすかな笑みのようなものがうかんだ。
そのとき——
天地がまっぷたつに裂けた!


グイン・サーガ第七巻『望郷の聖双生児』

梅(*`Д´)ノ♪

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3909:2015/05/22(金) 17:22:38 ID:OZiw2mRg
グイン・サーガ、懐かしいな〜♪
私、何巻まで読んだんだっけ…。

梅(*`Д´)ノ♪

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3910V3:2015/05/22(金) 18:04:54 ID:qEGe3b9E
わ〜お!
桃さんまで読者でしたか(*`Д´)ノ♪

ケイロニア編が終わるまでは、抜群に面白いんですよね♪
(言い切った!w)
イシュトの出世物語に入ると色々ゲフンゲフンw

梅(*`Д´)ノ♪

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3911名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:14:08 ID:KKn5NuUY

    ∧_∧ ♪
   (´-ω-`)  ♪  
   ( つ つ     もぉも くりぃぃ さぁんねん♪
 (( (⌒ __) ))      かき はぁぁぁぁちぃねん♪♪
    し' っ

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3912名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:15:02 ID:KKn5NuUY
 ♪
♪♪♬♬∧_∧
    ∩´-ω・`)
    ヽ  ⊂ノ       ゆずは くねんで なりさがぁぁる♪
    (( (  ⌒)  ))
      c し'

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3913名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:15:39 ID:KKn5NuUY

       ∧_∧
      ∩´・ω・)  なしのぉぉぉぉぉぉ♪
       l'    )
       ゝ  y' ♪
 ( ((  (_ゝ__)

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3914名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:16:10 ID:KKn5NuUY

            ∧_∧   ♪
           (・ω・`∩  ばかめがぁぁぁぁぁっぁ♪
            (   ノ   
       ♪     'y  ノ 
             (__ノ_)  )) )

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3915名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:16:50 ID:KKn5NuUY

    ∧,_∧ ♪
  (( (    )        じゅうはぁぁぁぁぁちぃねぇぇぇぇん♪
♪   /    ) )) ♪
 (( (  (  〈
    (_)^ヽ__)

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3916名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:26:28 ID:KKn5NuUY
   ∧_∧ ♪
   (´-ω-`)  ♪  
   ( つ つ     あぁぁぁぁいのぉぉぉぉみぃのぉりぃはぁぁぁぁ♪
 (( (⌒ __) ))      うみのぉぉぉぉぉぉそぉこぉぉぉぉ♪♪
    し' っ

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3917名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:27:06 ID:KKn5NuUY
 ♪
♪♪♬♬∧_∧
    ∩´-ω・`)
    ヽ  ⊂ノ       そらのためいき ほしぃくずぅがぁぁぁっぁ♪
    (( (  ⌒)  ))
      c し'

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3918名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:27:42 ID:KKn5NuUY

       ∧_∧
      ∩´・ω・)  ひとでとぉぉぉぉぉぉ♪
       l'    )
       ゝ  y' ♪
 ( ((  (_ゝ__)

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3919名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:28:13 ID:KKn5NuUY

            ∧_∧   ♪
           (・ω・`∩  であぁぁってぇぇぇぇぇぇ♪
            (   ノ   
       ♪     'y  ノ 
             (__ノ_)  )) )

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3920名無しさん@ベンツ君:2015/05/24(日) 19:28:45 ID:KKn5NuUY


    ∧,_∧ ♪
  (( (    )        おくまぁぁぁぁぁん ねぇぇぇぇん♪
♪   /    ) )) ♪
 (( (  (  〈
    (_)^ヽ__)

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3921V3:2015/05/25(月) 15:21:51 ID:/zBeKZh6
梅グイン、仕込み中ですが、ここから暫くは好きな場面、筋として外せない場面がてんこ盛りで大変です(;^_^A

ことにイシュトヴァーンは、この後々大いに変貌して行くため、この辺りが一番可愛いというか、純な所が迸っていて、感慨深い箇所です

次巻を投下したら、ぽちぽち個人的考察を書いてみようかな、とw

梅(*`Д´)ノ♪

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