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みんなで世界を作るスレin避難所2つめ

229名無しさん@避難中:2010/07/13(火) 20:58:50 ID:LcoC8npo0
声がそろう。

『『面白いから』』

『さしあたって北に行く』
『何か狙いがあるのか』
『御伽噺の真似して生まれた俺たちだ。本物に挑んでやろうじゃねぇか』
『本物?』
『白面金毛九尾の狐』
『殺生岩のアレか』
『皮剥いで土産にしてやるよ』
『青森でリンゴ採ってきてくれ』
『自分で作れよ、果実』
『必要最低限しか、もう作らん』
『恐いか?』
『いや、恐くはない』
『ほう?』
『三人、ついてきてくれるやつらがいるんだ』
『どいつもこいつも、群れるのが好きな事だ。鶴女は子供に情をかけすぎ、女男は俺と兄弟になりたいとよ、笑わせる』
『つうとかぐや……まだ生きていたか』
『どうでもいい。そして、お前も異形と群れるか』
『お前と違ってみんな弱いのさ』
『謙遜するな、と言った。龍種相手にバチバチやったんだろう?』
『俺が異形の天敵ってだけだ。例えば機械でできた戦闘幼女が襲ってきたら死ねる』
『天敵なのに異形とつるむか』
『俺も異形だ』
『お前は人だ』
『なら、あの三人も人さ』
『なぜ、寄り添う』
『弱いからだ』
『強弱は問題ではないな。思いの問題だ』
『なら当人にしか計りしれんぜ』
『聞かせろよ』
『…………家族をな、もう一度欲しいと思った』

230名無しさん@避難中:2010/07/13(火) 21:30:32 ID:LcoC8npo0
あ、たぶん、1スレ目だけこれで大丈夫だと思います
もし駄目だった時は明日まで書き込めないので、明日また

231名無しさん@避難中:2010/07/13(火) 21:57:43 ID:xuzpVW5.O
なにやら大規模規制の気配。しかしお構いなくこっちで感想をw


>『正義〜』
紫鏡…古式ゆかしい悪役タイプの異形だ…
無理しないペースで連載頑張って下さいね。

>『甘味処〜』
武蔵の本格参戦は!? そういえば金太郎なんかも再登場してほしいな…

232名無しさん@避難中:2010/07/13(火) 22:06:10 ID:IhYHr8X60
今度こそ行ってくる

233名無しさん@避難中:2010/07/13(火) 22:11:17 ID:IhYHr8X60
終了
家族っていうのが作品のテーマに関わる重要な要素になりそうだな

234名無しさん@避難中:2010/07/14(水) 08:06:12 ID:WB3l53oA0
代行、まことにありがとうございました!

235名無しさん@避難中:2010/07/14(水) 22:55:17 ID:WB3l53oA0
○質問コーナー○

英雄さん方は破壊活動が主ですが
インフラ整え直したり自然環境の復元なんかも担当してる部署等あるのでしょうか?

236名無しさん@避難中:2010/07/15(木) 03:32:58 ID:lPhzLgB20
良い質問ですねぇ!
ありじゃないですかねぇそういうの。
ただインフラ整備できるほど大きな組織じゃないですけどねぇ再生機関。
あくまでそう言うのは自治体主体でそれの補助程度じゃないですかねえやるとしたら。
自然環境の復元……そういう研究をしている学者も機関の中にいそうです。
再生機関では前時代の科学技術の保護進歩やそういった世の為の研究も
なされているようですがやはり対異形戦闘の部門が多くを占めているみたいですねぇ。
組織柄、異形がキライな人が多いんですねえ。
簡潔に纏めますと、インフラ整備は組織ではやっていない。要請があれば支援はする。
自然環境の復元を研究担当する部署はある!ただし小規模!といったところですかねぇ!
細かく考えてないんでまぁそこら辺はお好きに考えてください。

みたいな感じで。良い質問ですねぇって言えてもう満足した

237名無しさん@避難中:2010/07/15(木) 09:36:05 ID:kl2WZ9UcO
つことは再生機関の別部署をでっち上げるのはアリ?
それから昨日カキコしなかったのは、大雨でリアル避難所騒ぎだったからですw

238名無しさん@避難中:2010/07/15(木) 10:53:13 ID:lPhzLgB20
全然アリですよー

239名無しさん@避難中:2010/07/15(木) 14:00:47 ID:zgLNrE.MO
なんだ創発が過疎なのはみんな床下浸水していたからなのか

240名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 01:58:52 ID:zIEhusd6O
本スレに書き込めなくて流れがとまってるならこっちで盛り上がればいいじゃない。

241名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 19:33:04 ID:bvtzKR7YO
代行お願いします↓

>『大は小を〜』
七人ミサキとはまた異形新基軸…
シェア怪談イベントとかも面白いかもw

242名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 20:03:40 ID:xFpyg1Eo0
自分はまだ読めてないけど、代行はしてくるぜ!

243名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 21:48:36 ID:bvtzKR7YO
まだイラスト化されてないキャラの絵をリクエストしたり描いたりして遊ばないか

244名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 22:13:58 ID:S03yEG4U0
絵は描けないんだぜ
遊べないんだぜ
イラスト化されて無いキャラって色々居るねー

245名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 22:18:46 ID:vsapmQ.k0
絵は女性に偏ってる感じがするね。
結構絵のある地獄勢でも殿下や高瀬中尉はイラスト化されてないね。

246名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 22:30:07 ID:bvtzKR7YO
誰か殿下と侍女長描いてほしいな…

で、一枚
http://imepita.jp/20100716/808010

247名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 22:30:12 ID:uz6/4Z/Y0
自分絵描くの遅いですし

248名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 22:33:42 ID:xFpyg1Eo0
なんというぺったん娘w

249名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 23:00:48 ID:vsapmQ.k0
>>246
  _  ∩
( ゚∀゚)彡 ちっぱい!ちっぱい!
 ⊂彡

250名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 23:18:40 ID:S03yEG4U0
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251名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 23:19:46 ID:d9te0vmo0


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252名無しさん@避難中:2010/07/16(金) 23:22:16 ID:S03yEG4U0
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          / │ ̄\__     ゴゴゴ・・・
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253名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 00:06:14 ID:sj4ZmM/o0
なんか楽しそうなことやってる
絵描いてくりゅ

254名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 00:35:09 ID:sj4ZmM/o0
高瀬中尉
ttp://a-draw.com/contents/uploader2/src/a-draw1_22998.jpg
男キャラ描くのは苦手なんでホント雑だとおもいました

255名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 01:06:55 ID:sj4ZmM/o0
頼まれてもいないのに湯乃香ちゃん!!
ttp://a-draw.com/contents/uploader2/src/a-draw1_23000.jpg
というかもう今日ですけどね

256名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 01:12:58 ID:xoTBBLfs0
バスタオル……だと……?

257名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 07:35:45 ID:AoC8hMD20
これはGJ!!

258名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 09:05:49 ID:09.g1zAs0
YU・NO・KA! YU・NO・KA!

259名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 10:13:35 ID:mc46Y7swO
高瀬中尉かなりワイルドw
湯乃たんもそろそろ出番が欲しいところ

260名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 14:46:40 ID:sj4ZmM/o0
デザイン下手だから容姿とか設定少ないキャラだとなんか微妙になってしまう罠
他の人が描いてくれた方がいいと思ふ。他の人の絵も見たいです。

261名無しさん@避難中:2010/07/17(土) 15:14:52 ID:mc46Y7swO
ちょっと問題ありかも知れないけれど、閉鎖都市の『ゴミ箱〜』なんかは、実在俳優なんか当てはめてみても面白いかも。

262名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:23:07 ID:4qxcF6nAO
代理投下お願いします。前回の続きみたいな感じで、また藤ノ大姐をお借りしました。

地獄百景『忘恩の坂』

263名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:24:48 ID:4qxcF6nAO


「…これこれ四畳半怜角、あの看板に書いてある『べるぎいわっふる』とは何じゃ?」

「…千丈髪怜角です。ワッフルというのは…まあ洋菓子の一種です。」

怜角は騒がしい子供が苦手だ。それにわがままな年寄りもあまり好きではない。しかし今、彼女が背負っている重い輿にはその二つの見事な複合体がどっかりと鎮座している。
『藤ノ大姐』こと花蔵院藤角。怜角は師である蒼灯鬼聡角のさらに師にあたるというこの子供のような女鬼を背中に担ぎ、かれこれもう半日、賑わう週末の地獄中心街を歩き回っていた。

「ふむ…試しに食してみようかの…」

怜角の災難が始まったのは早朝だった。外宮警護の交代でいそいそと獄卒詰め所に戻った彼女は、上司でもある蒼灯鬼聡角の呼び出しを受けた。夜勤明けの召集はたいてい碌な用件ではない。
久しぶりに早く退庁して休日を恋人と過ごす予定だった怜角の不吉な予感は的中し、ひょっこり自領から出てきたこの童女じみた鬼のお供という、迷惑極まりない延長勤務を言いつけられたのだった。

「…いやいや、やはり昼食は蕎麦がよいな。どこか旨い蕎麦屋はなかったかの…」

彼女…大師匠とでも呼べばいいのだろうか、とにかく藤角自体はそれほど重くはない。だいたい昔から大師匠などというものはチビと相場が決まっている。
しかし怜角がその両肩に担ぎ、藤角が居心地よく座っている大層な輿が途方もなく重い。ふんだんに頑丈な黒壇を使い、金箔で花蔵院の家紋などあしらったむやみに豪華な輿の裏には『寄進 閻魔庁獄卒隊有志一同』と書いてあった。
遥かな昔、藤角が獄卒隊を除隊したときに贈られたものらしいが、もし有志の連中に会う機会があれば嫌味のひとつでも言ってやろうと怜角は決心していた。

264名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:26:27 ID:4qxcF6nAO
(…だいたい最近聡角さまはひどいよ…私にばっかりこんな雑用言いつけて…)

黙々と指示通り歩く怜角の憂鬱などどこ吹く風、この年経たおてんば少女は閻魔庁周辺の知人友人のもとを底知れぬタフさで廻り続けている。隠居した老鬼や弥生、縄文級の大亡者たち。その度繰り返す果てしない昔話に、怜角は地獄近代史にかなり詳しくなったほどだ。

「…昔は朱天楼の最上階に『針山』というそれは旨い蕎麦屋があったのじゃが…」

「…火事で焼けちゃったんですよね。今より百万倍立派だった『昔』の朱天楼。」

「その通りじゃ!! なんじゃ今のあの下品な建物は!? 昔の朱天楼はもっとこう、優雅で…」

輿の上で藤角がぴょんぴょん騒ぐたび肩に食い込む革紐が痛い。これだけ元気溌剌なら歩けば良いと思うのだが、都合のいいときだけ年寄りになるのも憎たらしい。

「…いかんいかん、年を取ると愚痴っぽくなる。環状線怜角よ、とりあえず次は酒呑の爺いにでも会いにいこうかの…昼飯くらい出るかもしれぬ。」

「…扉が、閉まりまぁーす…」

もはや名前を訂正する気力もなく、怜角はまたとぼとぼと雑踏のなかを歩きだした。



「…ふう…思うたより味は落ちておらなんだの…」

ちゃんと新築の朱天楼でも営業していた『針山』で大江山酒呑一族の総帥酒呑老と歓談し、蕎麦をご馳走になった二人の鬼は再び地獄の街を歩いていた。
機嫌よく喋りながら怜角の背に揺られていた藤角は、やがて満腹と『針山』で出された酒のせいか、うつらうつら居眠りを始めている。
そっと振り返って彼女を眺めた怜角に、その愛らしい寝顔は無邪気な少女にしか見えなかった。滑らかな頬に長い睫毛。健やかな香りまでがほんのりと甘い子供のものだ。

265名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:28:34 ID:4qxcF6nAO
どっさりと買い込んだ土産物に埋もれ、気持ち良さそうな寝息をたてる年齢不詳の大師匠。ようやくとりとめのないお喋りから解放された怜角は肩をすくめ、よいしょと輿を担ぎ直した。

(…寝てりゃあ可愛いんだけどね…)

我ながら少し僻みっぽいな、と反省しながらも、気がつくとこのところの激務に溜め息が出る。やはり同じ新人獄卒でも胡蝶角や半角のような名門の鬼には、いかに公正な聡角とはいえこんな雑用は命じにくいのだろうか…

(…子守りなら私より胡蝶角の方が向いてるのに…)

先日殿下直々に抜擢された外宮警護班でも怜角は事実上守りの要だ。いくつかの事例で立証された広範囲で正確な彼女の防御力は、外宮に住む閻魔殿下とその従者を完全に守り抜く。
新編成での警護訓練と通常の研修業務。それだけでも同期の倍近い労働量なのに、僅かな余暇にまでこんな子守まがいの雑用とは…
正直なところ外宮警護班には足手まといな古参隊員も多い。いっそデートがふいになるなら彼らにこのお気楽珍道中を任せ、最新情勢に基づいた実戦演習でも行うほうがどれほど有意義か知れない。

(…私の試案通りなら一分、いや四十秒で全ての侵入者を殲滅出来る…)

気が付くと地獄市街を一周した怜角は閻魔庁に続く大通りに佇んでいた。丁度よいタイミングでむにゃむにゃと目覚めた藤ノ大姐が呟く。

「…そろそろ閻魔庁に戻ろうかの…」

「は、はい。承知しました。」

眠たげな藤角の声に怜角はほっと微笑んだ。やっと任務は終了、今ならまだ高瀬中尉と浴衣選びに衣料街を廻り、『いすぱにあ』での夕食という予定に間に合う時間だ。

「…千丈髪怜角よ。こちらが近道じゃ。」

藤角の厳かな声に、颯爽と大通りを急ぐ怜角の脚がピタリと止まった。確かに藤角の指し示す先、寂しく薄暗い路地は閻魔庁へと至る坂道だった。

(…忘恩の…坂…)

266名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:30:28 ID:4qxcF6nAO
この雑多な建造物に挟まれた狭い登り坂が、まっすぐ閻魔庁東門に続いていることは怜角も知っている。しかし彼女は地獄に暮らし始めてからずっとこの有名なこの坂を避けてきた。
現世でその恩を返せなかった相手、もう詫びることも、感謝の言葉を伝えることも出来ない遠い者たちの面影が、行き交う人々の姿を借りて現れるという『忘恩の坂』。
人界で幾多の過ちを犯し、親しい者に別れも告げられぬまま地獄へ導かれた魂のひとりとして、出来れば避けて通りたい坂道だった。

「…はい、藤ノ大姐さま…」

また微睡んでいるのだろうか、それっきり輿の上から藤角の言葉はない。ゴクリと唾を呑んだ怜角はやがて、しかたなくその脚を路地の方角へと向けた。



黙ったままの藤角を乗せた輿が坂の石畳に長い影を落とす。怜角はなるべく行き交う人の顔を見ないよう眼を伏せて歩いたが、何故か路傍の小石すら後ろめたい感情、胸の疼く古い記憶を呼び覚ました。
それは長い贖罪の日々と鬼としての過酷な修練を経ても変わらぬ人間、真樹村怜の記憶。久しく忘れていた物悲しい感覚に彼女は思わず視線を上へと向ける。
だがこんなとき、魂の揺るぎない礎として怜角を力付けてくれる閻魔庁の姿は坂の頂きに隠れて見えず、ただ虚しく彷徨う彼女の視界には狭く長い坂道と、ひんやりと暗い路地に坐る一人の老婆だけが映った。

(あの時の…お婆ちゃん?)

にわかに蘇る瞼の痛みは生前、初めてデモに参加した時の記憶だ。握りしめた角材の硬い感触。世界を変えようと立ち上がった真樹村怜の初陣はあの夜、一発の催涙弾であっけなく終わったのだった。

『…大丈夫かい!? お嬢さん!?』

267名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:32:27 ID:4qxcF6nAO
機動隊の恐ろしい咆哮に追われ、狩られる獣のような恐怖のまま逃げ込んだ見知らぬ民家に老婆はいた。何ひとつ問わず、ただ灼けるように痛む眼を洗い、冷やしてくれた彼女。
曲がった腰と丸く結った白髪頭は間違いなくあの夜、見ず知らずの物騒な女学生を一晩匿ってくれた親切な老婆だった。背中の輿のことすら一瞬忘れ、怜角は老婆が腰掛ける縁台に走り寄った。

「お婆ちゃん!! 私…」

しかし顔を上げ、首を傾げる老婆は全くの別人だった。怜角が確かに見た恩人の面影は微塵もない。ようやく眼の痛みが収まった夜明け、感謝の言葉も告げずこっそり逃げ去った忘恩を償えることはもう無いのだ。

(…あのとき、愚かにも私は『人民の為に闘う者を暇な年寄りが助けるのは当然』なんて思った…)

険しい眉を上げた怜角の脳裏に、黙々と地道な職務に就く仲間の姿が映る。日夜慈仙洞で幼児の世話に励み、必要とされれば危険な任務にも臆さず身を投じる胡蝶角。
同期の彼女が茨木の家柄を鼻にかけ、勤めを選り好みしたことがあっただろうか。後輩である怜角に警護指揮を委ね、その補佐に尽力する外宮警護隊の鬼たちが、そのことに不平を漏らしたことがあっただろうか。

(…私は…また同じ道を歩こうとしていた…)

ここは忘恩の坂。慄然と立ち竦む怜角の傍らを次々と懐かしい顔が通り過ぎてゆく。過激な政治活動に傾倒してゆく彼女に最後まで忠告を続けてくれた恩師や友人、親類たち。
大義と信じた闘争が若さゆえの熱病めいた幻想だったと気付いても、真樹村怜は二度と彼らの元へ帰らなかった。革命の夢から程遠い場所で哀れな骸と成り果ててもなお、自らを滅ぼした傲慢を改めようとはしなかった。

(…常に最も弱き者の下僕として生きよ。)

澱んだ怨念の底から真樹村怜の正しき魂の欠片を懸命に掬い集め、千丈髪怜角として再び光射す道を歩ませてくれた師の言葉だ。

268名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:34:35 ID:4qxcF6nAO
華々しい戦功や名誉とは無縁の場所にあるその道は、全てから学び、惜しみなく施す者だけが歩める道。そのことを忘れた鬼は偏狭な正義を振り回す、愚かで危険な魔物に過ぎない。

(…先生…みんな…叔父さんたち…)

仄暗い坂道を、怜角の改悛を拒絶するように行き交う人々は、かつて同じ教えを真樹村怜に説いたのではなかったか。ずっと昔、もうどんな謝罪も届かない遠い遠い過去に…

(…もう遅すぎるけど…有難うございました。この身が無に還るまで、決してあなたたちの教えは忘れません…)

いつの間にか怜角の震える肩には小さな掌がそっと置かれていた。もう届かない彼女の悔悟を聞き届け、全てに代わって赦しを告げる藤ノ大姐の優しい掌。
そして怜角には解っていた。この忘恩の坂で最後に自分が見なければならないもの、決して涙を流すことない鬼の眼にしっかりと焼き付けておかねばならないもの。
ここは忘恩の坂。ゆっくりと振り返った真樹村怜が遥かな坂の下に見たもの、それは丸めた体をしっかりと寄せ合い、遠ざかってゆく両親の寂しげな背中だった。

「…それでよい。我が孫弟子よ…」



「…怜角!? こんな所にいたのか!!」

不意に馴染み深い声が眩しい坂の頂きから響いた。やっと長く急な路地は終わり、すぐそこに見慣れた閻魔庁の巨大な東門が見える。

「聡角さま!?」

駆け寄ってきた声の主、蒼灯鬼聡角の姿は穴が開くほど眺めてもずっと聡角のままだった。ようやく坂の幻から我に返った怜角は深い安堵のため息を洩らす。

269名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:37:47 ID:4qxcF6nAO
「…休日に済まなかった、ことのほか評議が遅くなってな。代わろう。」

聡角は藤ノ大姐を乗せたままの輿を怜角から受け取り、馴れた手つきで軽々と背負った。いったい何人の鬼が、この輿に小さな師を乗せ様々な道を歩んできたのだろうか。その長く誇り高い系譜に連なった者として、怜角は改めて己の傲りを恥じた。

「…御一緒できて光栄でした。藤ノ大姐さま…」

「おお、大儀であったの。しばし待つがよい…」

ガチャガチャと輿の中を引っ掻き回して墨と筆を捜し出し、半紙に文字をしたためた藤ノ大姐は勿体ぶってそれを怜角の前に広げた。流麗な書体だったが…なにやら達筆過ぎて読みにくい。

「…『チオ髭蕪ノ冷魚』、でしょうか?」

「馬鹿者。『千丈髪藤ノ怜角』じゃ。藤角の名はまだまだ譲れぬ故、まあ今はこれで我慢するがよい。」

「…あ、有難うございます…」

輿が小さく揺れているのは、二人のやり取りを聞いた聡角が珍しく笑っているからだろうか。
悦に入る藤ノ大姐の顔と思いがけず与えられた『藤』の一字を代わる代わる見つめる怜角は、まるで祖母と妹が同時にできたようなむずがゆい嬉しさに戸惑い続けた。


おわり

270名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:38:51 ID:m1z3aZ/.0
>>263からでいいの?

271名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:40:10 ID:4qxcF6nAO
以上お願いします。またいつか狸の方々貸して頂ければ嬉しいです。

272名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 21:42:19 ID:4qxcF6nAO
>>270
そうです。迅速代理有難うございます!

273名無しさん@避難中:2010/07/18(日) 22:06:55 ID:m1z3aZ/.0
行ってきた
藤角フリーダムすぎw
近道が幻影を見せてくる坂とか、地獄には変わったスポットが普通にあるなw

274白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2010/07/19(月) 22:32:57 ID:lQNJV.RQ0
さる……だと?

275名無しさん@避難中:2010/07/19(月) 22:34:41 ID:eMiQGqeM0
こっちに続き投下してくれれば、代理投下するよ

276白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2010/07/19(月) 22:35:28 ID:lQNJV.RQ0


            ●


 道場の外、門柱に背を預けながらキッコはテイクアウトした吉備団子を口に運んでいた。
「異形がいるとか、随分と森好き勝手にされてんじゃね?」
 逆の門柱に背を預けた彰彦が空を見たまま言葉を発した。
「ただ通り過ぎる者にまで手は出さんのでな、まあアレは礼儀がなっとらんが……彰彦よ、あの異形をどう思った?」
 質問には考えるような間が挟まり、
「ああまでなっちまっちゃあな……でも、ああ、同じ感じがしたな……」
「そうか」
 では、と言って串を木に投擲し、
「確定かの。味もそのような感じであった」
「また……特殊な確認の仕方をしてんのな」
 苦笑で言って、
「キッコさん。あいつら、何が目的だと思う?」
「信太の森に居るという事は、我を仕留めそこなった事に気付いて来たか……いや、それにしては和泉に来るのはおかしいか」
 考え、「憶測以上の事は分からんのう」と息を吐き、
「いずれにせよ、ようやっと尻尾を掴んだのだ……本体まで食いちぎってくれるわ」
「尻尾切り離されなきゃいいけどな」
「ふむ?」
 キッコは彰彦を見て不審げに首をかしげてみせた。
「えらく食いつくではないか?」
「あー、ま、な」
 応じて彰彦は腕を掲げて示して見せた。参った、という眉尻を下げた表情が闇の中キッコの瞳に映り、
「匠の野郎変な所ばっか鋭くてな」
「クッカカ、いつまで隠しておくつもりなのかの」
「うるせえ、俺にもいろいろと考える事があんだよ」
 答える間に匠とクズハの呼ぶ声が聞こえた。寝床の準備が出来たようだ。
「行くかの」
「あいよ」
 二人は門を潜った。
 夜はひとまず問題を覆い隠し、穏やかに更けていった。

277白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2010/07/19(月) 22:37:10 ID:lQNJV.RQ0
投下終了です。

〝鬼が島〟及び桃太郎と真達羅をお借りしましたぁ

278名無しさん@避難中:2010/07/19(月) 22:44:12 ID:lQNJV.RQ0
代理ありがとうございました

279名無しさん@避難中:2010/07/19(月) 22:44:57 ID:eMiQGqeM0
行ってきたよ

彰彦は思ったより深く物語に絡みそうだな
あと、鬼ヶ島で吉備団子が注文されないのはもはや定番w
ロリコンキャラが定着してしまった真達羅さんェ……

280 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/20(火) 19:29:58 ID:2HhZYvjU0
で、最後の最後でさるですよHAHAHA
下のコメント、代理をお願いします……

281 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/20(火) 19:30:18 ID:2HhZYvjU0
以上です
いまさらですけど
「よくある話」
「甘味処」
と同じ書いてる人なのでトリップつけますね
且つ、出てくる奴らにつながりがあったりします
今回の「大は小を兼ねる」とかモロですし

真達羅「御伽シリーズだけじゃなくて私の昔の仲間も出たりしますね! もっとも半分以上考えてませんけどね! そして、この場を借りてmGG62PYCNkさん、店長をぶん殴る機会、ありがとうございました!」

282名無しさん@避難中:2010/07/20(火) 21:22:05 ID:LXdzKUXAO
感想いいかな?

>狸よ〜
『童子切』とはまた物騒なアイテムがw
そろそろ狸侍も地獄で派手な立ち回りを見せてくれるか!?

>白狐〜
ゲスト溶け込み過ぎw
やっぱりこれがシェアワの魅力か…


>大は〜
かくして収斂してゆく御伽の物語…
それぞれ簡潔なのに奥行きのある構成には驚く。

↑宜しければ代行を。しかし、最近温泉や監視界が静かなのは、書き手さんみんな本編進行で手一杯なんだろーな…

283名無しさん@避難中:2010/07/20(火) 21:24:46 ID:AiTNQs5c0
行ってきた

284 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/20(火) 21:37:01 ID:2HhZYvjU0
まことありがとうございます!

285名無しさん@避難中:2010/07/20(火) 21:51:18 ID:LXdzKUXAO
ありがとうございます!!

286 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/22(木) 20:30:13 ID:b.06bpIY0
またこれが規制中になってまして……
恐れながら代理をお願いしまします……

287大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:30:47 ID:b.06bpIY0


焚き火が爆ぜる音。
虫の鳴く音。
風の音。
半月は高く空に昇り、もうすっかり夜も更けた。

焚き火を囲むのは三者。
毘羯羅、天邪鬼、豆蔵。
安流は横になって眠っている。

いろいろな話をした。

まずは豆蔵が安流にミサキを話す。
御伽 草子郎を知っているだけに、安流の理解は早かった。
そして、治癒の方法。

安流にとって、これがとても簡単だがとても難しい。
かぐやの魔装を用いれば一発で治る。
しかし。
それを用いる事を忌避する現在。
どうしたものか。

そして安流が語りはじめる。
かぐやと出会った事。
かぐやが死んだ事。
金時と出会った事。
人を殺した事。

高熱という体調不良なのを押して、訥々と安流は語ったのだ。
毘羯羅が何度かブレイクを入れようとしたが結局しゃべりきる。
朦朧とする意識の中。
しゃべらずにはいられなかったように。

そのさなか、安流は何度も何度も感情を表に出した。
吐露した。
溢れたのだ。
せき止められないでいた。

それは寺をなくした時の悲しさであったり。
かぐやと出会った時の衝撃であったり。
かぐやと別れた嘆きであったり。
金時と出会った時のやるせなさであったり。
人を殺した時の恐れであったり。
それからずっとつきまとう魔装への怖れであったり。

「かぐや殿が兄弟を欲しいと話していた時、漠然と僕もそうだと思いました……
それから、龍の首の珠を使った後……
かぐや殿が兄弟を欲しいと言った心がやっと分かりました。
恐い。
恐いんですね……この魔装。
止めてくれる人、見てくれる人……となりに誰か、いて欲しく、なるんですね……」

弱々しく、か細く、小さな声で安流は途切れ途切れに語った。
結局、しゃべれるだけしゃべって安流はダウンした。
天邪鬼が魔法で作った氷を額にのっけて眠ってから。
毘羯羅が次に語った。

288大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:31:31 ID:b.06bpIY0
別に人間に友好的でもなんでもなかった頃。
だからと言って異形として何者かと連れ合うでもなく。
そんな一人旅の途中、ある人間の薬師に出会ったり。
その薬師に惹かれてついてったり。
人の道を説かれたり。
名前をもらったり。
薬師を慕って強い異形が集ったり。
集った異形で薬師の村を護ったり。
真達羅のせいでピンチになったり。

「毘羯羅……とか真達羅とか、覚えにくいし言いにくいな」
「猪羅とか鳥羅とかでいいよ」
「ああ、そりゃ分かりやすい」

桃太郎と出会ったり。

「まだ御伽 草子郎が生きていた頃のはずだな」
「豆蔵さんたちも、各地に派遣されていたんでしょう?」
「ああ、あっちこっち行ってた。もっとも拘束されて戦場まで運ばれて放り込まれてただけだけど」

結局、薬師が殺されたり。
そのおかげで仲間の龍が暴れ狂ったり。
それを止めるまでに住人にも被害がいくらか出たり、村が壊滅したり。
新しく村を造っても龍が暴れた手前いずらくなって旅に出たり。

その旅すがらに天邪鬼に出会ったり。

「お前ら二人、まだ組んで日が浅いのか」
「もともと俺も、その薬師に命を救ってもらった事があってな。その縁だ」
「じゃっくん、割と顔広いんですよ」
「瓜坊は世間知らずだな」
「だからこうやって旅してるんじゃないですか!」

豆蔵が次に語った。
とは言え、生きている大半の時間。
施設に閉じこめられていた豆蔵である。
あまり話す事はなかった。
せいぜい、殺した、殺せなかった、殺された、殺されかけた。
こんな話ばかりだ。

ただ、仲間の話を。
御伽 草子郎の被害者、被験者の話をする時。
いくらか安らかな表情であった。

「桃太郎さんもその中の一人ですね」
「そうさ、まだ生きてる御伽 草子郎の被害者ん中じゃ一番古いんじゃないかな」
「他に、どんな方が?」
「牛若と鬼若ってのもいるな。牛若が小角の術に特化させられた奴で、鬼若は鉄を食う異形の遺伝子と人の遺伝子混ざって生まれた奴だ。牛若は今一緒にミサキを追ってる」
「え?」
「俺、牛若、すずめって三人で追いかけてるんだよ、ミサキを。だがお前らに会う前にすずめってのがちょっと痛手を負ってな。牛若が看病、俺が先行してんだよ」
「そうでしたか。仲間がいたんですね」
「御伽 草子郎が死んで……正直一人だったらしんどかっただろうがな、牛若、すずめがいてくれて助かってる」
「だから、安流さんのお話に出てきたかぐやさんも、兄弟を欲しがったのですね」
「ああ、かぐやの気持ちは分かる。よく分かる。しっかりと、つながりを俺も作りたいと今更気づいたよ」
「……すずめさんもまた、御伽の?」
「そうだ。こいつは体をいじられ、安部の魔法に特化させられた女の子だな。ただ、ちょっと障害が残っちまってな、しゃべれなくなっちまってんだ」

289大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:32:16 ID:b.06bpIY0
毘羯羅が苦い顔をする。
しかしながら、御伽の手にかかったほとんどが死人廃人。
言葉を失うだけですんでマシだと考えるべきか。

「ついた二つ名は舌切りすずめ」
「悪趣味なネーミングですね」
「御伽 草子郎の墓の場所分かったら一緒に叩き壊しに行こうぜ」
「桃太郎さんも呼びましょうね」

それから。
最後に、天邪鬼が語る雰囲気だったけど。

「もう夜遅い。寝ろ」

と、はぐらかされた。
もっとも、これが女の子集合の姦しパジャマパーティならまだしも、
割と血なまぐさいのも混じる昔話大会なので深く突っ込まずにみんな横になる。

横になってから。

「豆蔵」

天邪鬼が口を開く。

「どうした」
「お前はかぐやが兄弟を欲しいと言った心が分かると言ったな」

安流は寺を無くして兄弟を欲しく思った。
いや、兄弟でなくてもいい。
共に過ごす者をぼんやり夢見た。

そしてかぐやの形見。
魔装に対する恐れから、となりに誰を欲しく思った。

二度。
最初は寂しさから。
次は恐怖から。

では、かぐやは?

290大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:32:54 ID:b.06bpIY0
「言ったよ」
「詳しく教えろ」
「……俺たちは、中途半端な化け物もどきだ。人外奇形の見た目の奴だっていた。そいつらが、人の海にまぎれるのは難しい。だから、寄り添おうとしたんだろう」
「ではかぐやも異形の見目だったのか?」
「いや、美形だった。ぶっちゃけ、人の街でも暮らしていけたはずだ。ただ、かぐやは優しかったんだよ。だから、俺たちが固まろる土台を作ろうとしたんだと思う。俺だって背格好が一向に変わらねぇんだ。ガキの見た目のままずっと変わらねぇ。多分、村で暮らしても気味悪がられるだけだ」
「……なるほどな」
「だがあの坊主はそういうわけじゃねぇ。かぐやの形見は俺が引き取るから、高熱さえ引けば後は普通に生きていけばいい」
「聞くかな。かぐやに随分執着していた」
「だが魔装を恐がってもいるからな。俺は丁度いい引き取り手だろう。ここが手放す機会だ」
「……どうかな」
「なんだ、手放さないって言うのか?」
「多分だがな……もっとも、あの坊主がやりたい事をも少し詰めて聞く必要がある」
「だから別に、兄弟でも家族でも、村で作ればいいだろう」
「そこだ」
「どこだよ」
「……明日、本人俺が本人に尋ねるさ。そこでな、豆蔵、お前に頼みたい事がある」
「なんだよ」
「ちょっとした芝居をしてくれ」



日が昇り。
安流が重いまぶたを開ければ天邪鬼が火を見ていた。

「よう」
「おはよう御座います」

二人きりである。
毘羯羅と豆蔵、二人の少年の姿はない。

「あいつらは朝食調達だ。山に行ってるよ」
「そうですか」
「お前、腹は?」
「減ってはいますが……」
「食えんか」
「はい」

ほどなくして、ウサギを手に豆蔵が。
五本足で眼が八個あってぬめぬめして「ぎゃぎゅぎょー!」と鳴く小型の異形を手に毘羯羅が。
それぞれ戻ってくる。

「瓜坊はそれ山に返してこい」

朝食はウサギだけと相成った。

首を落とす、皮をはぐ、肉を削ぐといった生々しい調理。
しかし割りと生臭坊主だった安流の事、特に気にせず。
木の枝に刺して塩を振り、焚き火であぶるが三人分だ。
やはり安流は食べられそうにない。

「安流」

さて、肉を噛みながら。
豆蔵が切り出した。

291大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:34:37 ID:b.06bpIY0
「かぐやの形見を俺が預かろう」
「……」
「昨日話したように、ミサキのウィルスは魔装を使えば楽に治せるが……今のお前には酷だろう。なら、危険物は今俺が預かっておいた方がいい」

安流がまぶたを閉じる。
もどかしげに。
やるせなげに。

「安流、お前の目的は何だ?」
「……」
「安流」
「兄弟を、欲しいと思っています」
「ならば、異形を相手取るような武具もいらんだろう」

安流が、眼を開ける。
言うか、言うまいか。
そんな迷いがなかった。

「僕は……人も、異形も、あなたたちさえつなげたい」
「……つなげて、どうする」
「すれ違いを無くす」
「すれ違い?」
「かぐや殿と金時くんが出会い、結局殺し合いをしました。金時くんを受け入れた山を、……金時くんの家族を手にかけたからです」
「おい、坊主、武具を手放さないという事は、だ」

天邪鬼が口を出す。
毘羯羅は、空気に和気がないのを察しておろおろしはじめた。

「ナイフを喉元に突き付け合って話し合うわけか?」
「違います。僕は両手を挙げます。相手のナイフを全て……受け付けない自衛です」
「相手は疑いと恐怖しか持つまい」
「時間はかかります」
「……今の日本を、お前はどう捉えている?」
「どう……と言われても。まだ混乱してますよ。二次掃討作戦が終わっても落ち着いたというわけではない」
「戦国だ」
「え?」
「今はな、戦乱だよ。この国は割拠しているのさ」
「……分かる、気はします」
「気がするだけだな。もっと煮詰まればこの国はどう転ぶかまるで暗闇の中。無論、戦国だ割拠だとは言え、人同士は自治体の豊かさで競うだろう。
だがその根底は食い合いだ。遠い未来でも確実に、国は纏まらざるを得まい。一つに纏まらないとしても、いくらかの分裂で均衡だ」

安流が押し黙るが、天邪鬼は止まらない。
まるで、攻めるように続けた。

292大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:35:46 ID:b.06bpIY0
「異形が一個に集って人と拮抗するかもしれん。異形と人が手を取る可能性もある。今は閉鎖したこの国が、海の外から何が来るか予想できるか?」
「……あ、う……」
「その中で……お前が言う事は、不当に暴力を持つ集団を作ろうと言うものだ。人と、異形と、御伽の子らをつなげてどうしようと思っていた?
ひっそりと暮らしたいか? ささやかに寄り添いたかったか? 笑わせる。誰もが思うだろう、何を企んでいるのだ、と」
「……そんな、そんなつもりでは……ただ、僕は全国に散っていても仲間がいると思えれば……」
「そんなつもりではないと主張して聞き入れてもらえるか? 時間をかけるか? その時、時間はあるか? 信じられる事なかったとしたら?」
「……」
「国が穴だらけの現在の日本が永劫続けばお前の夢も叶うだろう。だが変わる。混乱と言うものはいずれ収束してしかるべきだ。
この国の混乱も収束するぞ。収束したその時、収束の途中、お前の夢に居場所はあるかな?」

安流は何も言えない。
見据えていなかった。
見通していなかった。
見越していなかった。

例えば再生機関。
正義の名の下に、異形の討伐を成す機械集団は国の再生をこそ大義名分に集い、戦う。
そこに口をはさめる者はいまい。
求められる暴力を高めているからだ。

例えば平賀研究区。
五つの名前の一つの下に異形と人が共存するそこを確かに疎ましく思う者も少なくない。
しかし手を出せるかどうかと言えば別だ。
求められる技術を高めているからだ。

己はどうだ。
安流は自問すれども、代償行為でしかないと思わざるを得ない。
かぐやを失った過ちを、もう起こさぬよう。
それだけだ。

「分かったら大人しく坊主をやっていろ。かぐやを忘れろとは言わん。だがまっとうに生きろ」
「……できません」
「ならばかぐやの魔装で一生涯殺し合いを続ける事になる。いや、お前は諸手を挙げるだけだったな。
一身にただただ周囲から殺意敵意害意を向けられる日々になる。耐えられるか?」
「それを耐えるための兄弟が欲しいと……」
「作った兄弟もあらゆる者から疎まれてもいいと?」
「違う、僕は……ただ……」
「かぐやの魔装を手放せ」

代わって。
豆蔵が口をはさむ。
ますますおろおろする毘羯羅を、天邪鬼が手で制す。

293大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:36:30 ID:b.06bpIY0
「それが一番幸せだ」
「……………………できません」
「かぐやは残念だったが、あいつ以外の兄弟を作れ」
「……僕は、かぐや殿の言葉が、忘れられないのです」
「忘れんでもいい。偲べ。お前の夢は偲ぶ事もできなくなるかもしれん……死ぬかもしれん夢だ」
「…………できません。かぐや殿と金時くんのすれ違いを見て、僕だけが平穏なんて……つらすぎる」
「どうしてもか」
「……………………はい、どうしてもです」

豆蔵が腰に下げた小槌を手に取った。
みるみる大きくなっていくそれは、すぐさま人を叩き潰せるサイズと化す。

「なら死ね」

呆然と、打出の小槌が大槌になるのを見届ければ。
豆蔵が振りかぶる。
腰を据えて。
安流に向けて。

「豆蔵さん!」
「よせ」

毘羯羅が疾風じみて止めようとするのを天邪鬼が止める。
安流は、唇を震わせて何も言えずにいる。

「お前は高望みが過ぎている。どの道のたれ死ぬ結果に終わるだろう……どうあっても地獄だ」
「う……ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、く……は、ただ……」

後ずさる安流を、退いただけ豆蔵が詰める。
本物の殺気に当てられて安流の腰は当に抜けていた。
かつて金時と対峙した迫力と酷似している。
本物の気迫。
小さな豆蔵の体から、猛獣以上の脅威を感じる、

気づけば安流は泣いていた。
豆蔵に恐怖したか。
かぐやの形見を手放す事が悲しいか。
ただ。
死ぬことを厭う心では、なかった。

「最後だ。かぐやの形見を手放せ」

手放そうか。
安流が、そう考えてしまう。

国のためではない。
自分のために、つながりを作ろうとしたのだ。
それは不要な混乱さえ招きかねない事。

本当につながりたかったのは、かぐやなのに。
ここで止まらなくても、辿り着くこともない。
心の底から望んだ人は、もういないのだから。

だからやろうとしている事は所詮、代償行為なのだろう。

かぐやを失った過ちを、もう起こさぬよう。
それだけだ。

294大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:36:58 ID:b.06bpIY0
それ。
だけ。
だ。

違う

それ。
だけ。
は。

それだけは。
それだけは、

「譲れない」
「あん?」

それだけは、譲れない。
かぐやを無駄死ににさせないためにも。
かぐやが生きた意味があるように。
かぐやの心が続いていくように。

「手放せない! 手放さない! 僕は、僕が! つなげる……! 戦乱でも、割拠でも! 必要とされてやる! 手を出させない!」

槌が、振り降ろされ。
安流は、まぶたを閉じず。
涙を流しながら、豆蔵を見上げ続け。

同時。
貝の形の薄幕が。
安流を護るように、現れる。
――燕の子安貝

「……離せよ」
「そうはいきません」

そして、大槌が止まった。
貝の防壁に触れる事もなく。
毘羯羅に止められ。

「いや、瓜坊、もう離していいぞ」

毘羯羅を抑えていた天邪鬼は吹っ飛ばされて転がっている。
身を起こして、それだけ言った。

貝の防壁が溶けるように消えていく中。
安流が、まだ泣きながら。
まだ緊張しながら。
まだ見上げながら。

「芝居だ」
「……は?」
「いや、殺す云々は芝居だから離せって」
「……は?」
「いや、だから殺す云々は芝居だって」

295大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:37:27 ID:b.06bpIY0
毘羯羅が半信半疑に槌を止める手を離せば、豆蔵も小槌を元に戻す。
本当に。
演技だったようだ。

「安流、平賀に会いに行け」

そして、天邪鬼がこう言った。
まだ訳も分からず緊張したままの安流を豆蔵が立たせ。

「まずは魔装を使いこなせ。俺が言った戦乱とか、兄弟が疎まれるとか、気にするな。まずは力をつけろ。話はそれからだ」
「…………はぁ」
「しゃんとしろ。必要とされてみせるんだろう?」
「あ、いえ、その、それは……」

毘羯羅もそろそろ、あーなるほどー、とか言ってる。
落ち着き始めた安流も、試された自覚が出てくる。
しかしまだ腰が抜けたままだ。

「俺が言った事は、間違っているかもしれんし間違っていないかもしれん。だがまだ時間はある。猶予のようなものが、まだあるだろう」
「……」
「まずはお前が柱になれるだけの強さを得ろ」
「僕が……柱?」
「柱になるならば人間だ」

涙は、流れ続けている。
しかし先程とは違う涙だ。
豆蔵が笑いかけてくれる。

「お前の夢は、きっと叶えるに値する」
「だから安流、まずは平賀だ。かぐやの魔装について、調べてもらえ。どう使えばいいか、把握しろ」
「あ、あのですね!」

ようやく話の流れに追いついた毘羯羅も手を上げる。

296大は小を兼ねる 後篇:2010/07/22(木) 20:37:57 ID:b.06bpIY0
「薬畑という村に行くといいですよ」
「くすりばたけ?」
「一次掃討作戦の後の荒地にできた村なんですけど、僕の仲間がいるんです。名前は迷企羅。虎です。虎羅です」
「虎……?」
「はい。唯一、旅に出ていない僕の仲間で、教える事が好きだから、きっといろいろ話をくれますよ。強くなるのがどうとか魔法がどうとか」
「くすりばたけ……」
「名前の通り、薬ばっかり作ってる所です。ただ、新旧あって、古い方の薬畑です。京の南の方にある田舎ですよ」
「ありがとう御座います、寄ってみます」

豆蔵が安流の肩を叩く。
励ますように。
背中を押すように。

「まだ魔装は恐いだろうが、小まめに使って魔素を消費し続けろ。じき、熱は引く」
「……はい」
「俺の仲間をつけようとも思ったが……もう一人で大丈夫だな?」
「……はい」
「さっきの言葉、嘘じゃないな?」
「……はい」
「よし、それじゃあよ、また生きて会うぞ」
「……はい、必ず!」

こうして。
安流は平賀と迷企羅へ進路を取る。
人をつなげられる強さも知識も得るために。
柱になっても折れぬため。

そして。
毘羯羅と天邪鬼、そして豆蔵は京の北の果て。
浦島へと進路を取る。
ミサキを止めるため。

再び会おうと約束をして。

297 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/22(木) 20:41:26 ID:b.06bpIY0
以上です
安流修行編
と見せかけて、和泉とかにこのハゲを出す苦肉の策

今気づいた
私、まだ女の子を自分で出してない
次は……!
次こそは……!!!

298名無しさん@避難中:2010/07/22(木) 20:45:21 ID:uqqUtKoQ0
行ってくる

299名無しさん@避難中:2010/07/22(木) 20:51:15 ID:uqqUtKoQ0
なんか>>290に長すぎる行があるって出て書き込めなかった
ちょっと改行いじってみて

300 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/22(木) 21:13:09 ID:b.06bpIY0
またこういう事するでしょ!
ごめんなさい!
下みたいな感じでお願いします

301 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/22(木) 21:14:31 ID:b.06bpIY0
「言ったよ」
「詳しく教えろ」
「……俺たちは、中途半端な化け物もどきだ。人外奇形の見た目の奴だっていた。
そいつらが、人の海にまぎれるのは難しい。だから、寄り添おうとしたんだろう」
「ではかぐやも異形の見目だったのか?」
「いや、美形だった。ぶっちゃけ、人の街でも暮らしていけたはずだ。ただ、かぐやは優しかったんだよ。
だから、俺たちが固まろる土台を作ろうとしたんだと思う。俺だって背格好が一向に変わらねぇんだ。ガキの見た目のままずっと変わらねぇ。多分、村で暮らしても気味悪がられるだけだ」
「……なるほどな」
「だがあの坊主はそういうわけじゃねぇ。かぐやの形見は俺が引き取るから、高熱さえ引けば後は普通に生きていけばいい」
「聞くかな。かぐやに随分執着していた」
「だが魔装を恐がってもいるからな。俺は丁度いい引き取り手だろう。ここが手放す機会だ」
「……どうかな」
「なんだ、手放さないって言うのか?」
「多分だがな……もっとも、あの坊主がやりたい事をも少し詰めて聞く必要がある」
「だから別に、兄弟でも家族でも、村で作ればいいだろう」
「そこだ」
「どこだよ」
「……明日、本人俺が本人に尋ねるさ。そこでな、豆蔵、お前に頼みたい事がある」
「なんだよ」
「ちょっとした芝居をしてくれ」



日が昇り。
安流が重いまぶたを開ければ天邪鬼が火を見ていた。

「よう」
「おはよう御座います」

二人きりである。
毘羯羅と豆蔵、二人の少年の姿はない。

「あいつらは朝食調達だ。山に行ってるよ」
「そうですか」
「お前、腹は?」
「減ってはいますが……」
「食えんか」
「はい」

ほどなくして、ウサギを手に豆蔵が。
五本足で眼が八個あってぬめぬめして「ぎゃぎゅぎょー!」と鳴く小型の異形を手に毘羯羅が。
それぞれ戻ってくる。

「瓜坊はそれ山に返してこい」

朝食はウサギだけと相成った。

首を落とす、皮をはぐ、肉を削ぐといった生々しい調理。
しかし割りと生臭坊主だった安流の事、特に気にせず。
木の枝に刺して塩を振り、焚き火であぶるが三人分だ。
やはり安流は食べられそうにない。

「安流」

さて、肉を噛みながら。
豆蔵が切り出した。

302 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/22(木) 21:19:37 ID:b.06bpIY0
代行……ありがとうございました!

303名無しさん@避難中:2010/07/22(木) 21:20:27 ID:uqqUtKoQ0
終了

安流に主人公の風格が
あと、おろおろする毘羯羅に萌えた

304 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/23(金) 19:27:12 ID:nkYbE5/20
ようこそ、◆X2eF6cXcIA へ。
この話はサービスだから、まず読んでで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このトリップを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「またかよ……」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、
そう思ってこのトリップを作ったんだ。

じゃあ、代理をお願いしようか。

下の話の代理をどうかお願いします!

305鉄の女:2010/07/23(金) 19:28:40 ID:nkYbE5/20


秋田。
東北地方に座す日本における魔境である。
来訪者には須らく雪と寒風の洗礼を浴びせる北の果てが一角。
生命という生命を拒むがごとき寒冷は圧倒的であり、
乗り越えるために秋田の賢者たちは英知の結晶として米と酒を生み出した。

そんな日本海に面せし米と酒の楽園には、
1980年代後半頃〜2000年代前半頃、
ハタハタを絶滅寸前まで狩に狩った豪傑どもさえ存在していた。

まさに文武のそろい踏み。
あきたこまちなる品種を創造せし聖人を育み。
ハタハタを蹂躙せしめる魔人たちを生み出す。
さらにはなまはげという鬼人さえ抱える鉄壁の布陣。

かような人材がひしめく秋田とて第二次掃討作戦を乗り越えて、
復興の只中、あるいはやっと落ち着いたというのが現状だ。

さて、そんな秋田の片隅に。
むしゃむしゃ村と言う村が存在した。

地震、異形の出現と荒れに荒れた日本において、
中世の文化レベルで村を新たに造る事も少なくない。

そんな村の一つ。
むしゃむしゃ村。

かつての勇猛な武者らを先祖に持つ者たちが起こした村。
その武者が重なってむしゃむしゃ、という呼称であるという説が一割。

そして九割の説は村のみんなが食欲旺盛。
むしゃむしゃ食べるぜ、むしゃむしゃ村。
という感じだ。
むしろこっちが定説だ。

そんなむしゃむしゃ村の住人に彼女はいた。

まるで泥酔してしまっているかのような赤い肌。
きりりと凛々しい双の眼。
男顔負けの逞しい体躯と豊満な肉付き。
長く艶やかな髪を一つにくくり。

鉄がごとき、その女。

鬼若は、そこにいた。



ざく。
鍬を大地に突き刺して。
掘り返す。

なんとも基本的な農作業である。
延々と、もらった畑を耕して。
鬼若は、そこにいた。

306鉄の女:2010/07/23(金) 19:29:19 ID:nkYbE5/20
各所に刀傷をこしらえて、ずたずたの満身創痍で死に掛けていたのが半年ほど前。
むしゃむしゃ村の村人に助けられ、養生したのは三ケ月。
すっかり完治した鬼若だが、行く当てもなく。
結局、村に置いてもらえる事になった。

御伽 草子郎が死に。
鬼若は生きる指針を失った。
指針が欲しくて不安で不安で仕方なく。
生きる方向を教えて欲しい一心で。
武蔵を追いかけ追いついて。
自分で探せと突き放されて。
切り刻まれた半年前。

今、鬼若の心は穏やかだった。
むしゃむしゃ村の片隅に畑をもらい。
土を耕し種をまき。

それは、命と向き合う事だと良く分かる。
土を耕すという一事だけでそうだ。
土も生きている。
呼吸をする。
だから耕してやらねばならない。

いや、それどころか鍬に使う鉄さえ生きている。
鬼若が命を向き合おうと思ったきっかけはむしろこっちだ。

そもそも鬼若は。
鉄を食うのだ。

もともと異形と人の子を作ろうというコンセプトで作られた一人だった。
人の卵と異形の精。
異形の卵と人の精。
いろいろな実験があったらしい。
鬼若は、異形の卵に人の精から生まれたはずだ。
人の姿に準じて生まれたのは、幸いだったと思う。
もっとも、母も父も人の形をしていたらしいから当然と言えば当然か。

ただ、母の特性。
鉄を食う性も受け継いだ。
体は鉄がごとく。
肌の色はもはや鉄火。

無論、鉄以外も食えるが鉄を食うほどに鬼若は力が増すのだ。
鋼鉄を食えば食うほど剛く。
武具を食えば食うほど強く。

だから、最初に農具の声を聞いた気がした。
鉄を食う事無く。
向き合った。
それでどうしたかと言えば、手入れをしてやった。
農具もむしゃむしゃ村で余っていた物だったのだ、随分手入れがされていなかった。

丁寧に、手入れをしてやった。
農具が喜んでいる気がした。

307鉄の女:2010/07/23(金) 19:29:52 ID:nkYbE5/20
次に、土の声が聞こえた気がした。
耕している時。
もっと空気を吸いたいと。
幸い、異形を相手に大立ち回れる豪腕である。
もらった畑が小さかったのもあり、よく耕してやれた。
そして水をやり。
肥料をやり。
畑も美味いと言っているような気がする。

次はまいた種の声が聞こえるのだろうかと鬼若は思う。
畑を任され三ケ月だが、きゅうりがそろそろ食べられそうになってきた。
ただ元気はないように見えた。
そもそも気候に適さないのだ。
魔法で温度を調整して育てている者がいて、種をもらってまいたのだが普通にやったのではいけないようである。

しかしいけないのも実際に育てて見ろ、と言われた。
次はどうしようか。
他の野菜はどうすればいいだろう。
鬼若は考える。

そして気づかない。

田畑と対峙し。
野菜と対峙し。
農具と対峙し。
御伽 草子郎が死ぬまで。
殺す事ばかりに傾倒していた頃を、すっかり忘れてしまっている事に。

そんなある日々の中で。
とある災厄がむしゃむしゃ村に舞い降りる。



「異形だー! 異形が出たぞー!」

大豆の畑に水をまいていた時であった。
村に響く大声に鬼若が顔を上げる。
そして声の方へと駆けるのだ。

他の村人も声の方へ走る中。
鬼若が風のように駆け抜ける。

すぐにどんな異形が出たかは視界に入る。
大きい。
いや、高い。
足が異常に長い男が野菜を貪っているのである。
その足元には異常に手が長い男。
これまた畑を荒らして野菜を食っている。

「やあきょうだい、これはうまいやさいだな」
「そうだなきょうだい、こっちのやさいもうまいぞ」
「おう、あれもうまそうだ」
「おう、それもうまそうだ」

308鉄の女:2010/07/23(金) 19:32:09 ID:nkYbE5/20
テナガとアシナガである。
風を巻いてたどり着いた鬼若はアシナガを見上げて声を荒げる。

「お前ら! 何者だ! 何してる!」
「オレたちテナガアシナガ。お前こそなんだ?」
「鉄のにおいがぷんぷんするぞ」
「半分異形の半分人間だ」
「はんぶん人間か」
「はんぶんようかいか」
「ならば納得だ」
「それは納得だ」
「おい、それより勝手に野菜を食うな。腹が減っているなら頼め。この村の人たちなら快くご馳走してくれる」

半年前。
死に掛けていた鬼若に、村人総出で我先にと体に優しい料理を提供してくれたのを思い出す。
収集がつかなくなってしまったので本当に村人総出で、
「最強の病人食決定戦」なる村人全員参加の料理大会まで開かれた。
そして優勝料理が鬼若に提供される事になったのはまだ記憶に鮮明である。

加えて、鬼若が鉄を食うと知っても、

「むしゃむしゃ村と謳っておきながら鉄をむしゃむしゃ食う発想はなかった」
「まいった! お前はこの村に相応しい!」
「へへ……いい食いっぷりじゃねぇか。ほら、うちの鍋も食いな!」

とむしろ鉄をご馳走してくれた豪傑たちの村である。

「あー! 俺の野菜が!」
「俺の畑が……!」

そして。
テナガアシナガが食い散らかした畑の持ち主たちがようやっと現れる。
すでにいくつもの畑が長い手足に荒らされて。
持ち主たちは愕然としている。

「おい! てめぇら!」

そして、そんな中で畑を荒らされた一人が怒鳴り声を上げる。

「どの野菜が一番美味かった!」

テナガアシナガがきょとんと顔を見合わせる。

「これもうまかったし、あれもうまかった」
「それもうまかったし、どれもうまかった」
「そんな返答、納得いくか!」
「きちんと判定して言え、異形! 俺の野菜のが美味いに決まってんだろ!」
「ざけんな! 俺の野菜だ!」
「君たち、下位争いは止めたまえ、俺の野菜が最強だろう」
「アホンダラ、ボケカスー! 最強は俺の野菜じゃコラダボー!」

鬼若と、テナガアシナガがきょとんとなる。

さて、そんな我が野菜こそが最高であると主張する中。
人の海が割れる。
そして杖をついて現れるのは長老である。
村長且つ、むしゃむしゃ村の生き字引。

309鉄の女:2010/07/23(金) 19:32:37 ID:nkYbE5/20
「長老!」
「村長!」
「……そやつらが畑を荒らした異形か」

老いてなお鋭さを失わぬ双眸の光。
射抜くようにテナガアシナガを交互に認めて。
長老が杖で一つ、地面を叩く。
曲がった腰を伸ばし。

「聞け! 村の者たちよ!」

高らかに。
澄んだ声音を響かせる。

「これより誰の野菜が最強か、この異形らの判定を交えて競いあわん! 全員参加じゃ! 覇を唱えよ! 己が野菜の優秀を証明してみせい!」

ここに、野菜料理大会を宣言せん。
怒号が村に響き渡る。
それは歓喜の歌。
戦う者たちの雄叫びである。

新参の鬼若はノリについていけていなかった。



「さー始まりました、むしゃむしゃ村全員参加、最強野菜料理決定戦。
司会は私、長老の息子、武者小路 清十郎(むしゃのこうじ せいじゅうろう)がお送りします。
さて、ルールは簡単。自分の畑で取れた野菜で料理を作る。これだけです。
ただし、野菜は自分の畑ですが料理人については別に用意していただくのも結構。
ですのでお隣さんどうしで組む、野菜担当と料理担当で家を分けるなんてチームもあるようです。
また、料理人だけ別の村から召喚するという荒業をやってのける家の人もいる様子。
いやぁ、どうですか、本審査員のテナガさん、アシナガさん。
異形という事ですが、お嫌いな野菜なんかありますか?」
「なんでも食うぞ」
「なんでも食うぞ」
「しかしきょうだい、どうしてこうなった?」
「さあなきょうだい、どうしてこうなった?」
「そういう村です。あきらめて審査員やってください。
さて、ここでテナガアシナガ兄弟以外の審査員の紹介です。
この料理大会のためにお越しいただいた高級料理店を主宰されています山原 雄海さん。
新聞社に勤務されている岡山 士郎さん。
お二人はどうも険悪な仲なご様子ですが見て見ぬ振りを貫き通したいと思います。
そして最後はこの方、日本料理界に30年以上君臨してるとかしてないとかなんかそんな感じで、
味王の異名を持つような感じがしないでもない田村 源二郎さんにお越しいただきました。
以上、一切の紅一点の存在を許さぬ審査員陣でお送りします。
さー、そろそろ第一次審査が終わった様子。中継の方に視点を移して見ましょう。
中継の多々良さーん」



310鉄の女:2010/07/23(金) 19:33:15 ID:nkYbE5/20
「はーい、中継の多々良です。全5ブロックで行われた第一次審査も大詰めです。
みなさん精魂込めて作った野菜はそれだけでも美味しそうですが、
とっても素敵なお料理ばかりですよー。
不自然な説明口調になりますがそれぞれ5つあるブロックで十数人が第一次審査を競い、
勝ち抜いた一人が本審査に出場、テナガさん、アシナガさんの兄弟を筆頭に、
どこかで見たことあるような審査員に採点していただく事になりまーす」
「あ、多々良さん、第1ブロックの第一審査が終わったようですが?」
「本当ですね、第1ブロックを勝ち抜いたのは……大畑さんです、大畑夫妻が勝ち抜きました!」
「むしゃむしゃ村でも最も大きな畑を持ち、その畑を耕すためだけに生まれたかのような名前の、
大畑 耕介さんとその奥さんである大畑 妻子さんですね?」
「無理なくとても自然な大畑夫妻の紹介、ありがとう御座います。
あ、第2ブロックも終わったようです」
「おや……彼は、何者でしょうか? 仮面で顔が隠れていますが?」
「あー、飛び入り参加の方です。今回の大会を聞きつけてむしゃむしゃ挑戦状を叩きつけてきた謎の仮面料理人、マスクド・ベジタブルです」
「えー、自分の畑で取れた野菜で料理するルールのはずですが?」
「面白いから村長が参加させました。野菜は村長提供です。文句は父親にお願いします」
「はい、大会終わった後にクソ親父にはきつく言っておきまーす」
「さて、そんなクソ親父さんの姿が第3ブロックから出てきました。長老です。第3ブロックを見事勝ち抜いたのは長老です!」
「親父ーーーー!!!」
「まだまだ若い者には負けん」
「と言うわけでお決まりの台詞をいただいたところで第4ブロックに移ってみたいと思いまーす」
「第4ブロックは強豪がひしめくいているらしいですがどうですか、多々良さん」
「ええ、第4ブロックでは中華の料理人である『鉄鍋のジュン』や、
『特級厨師の資格を持つ中華の番 一(つがい はじめ)』、
フレンチの『味沢 拓海(あじざわ たくみ)』、
何でも作れる『ミスター味っ娘』、
顎が凄い荒石さん、
『OH MY』でおなじみの昆布くん、
寿司職人『ぎらら』、『正太』、『音やむ』、
というどこかで見たことのあるような顔が山盛りのモンスターブロックです」
「ミスターなのに味っ娘ってどういう事ですか、多々良さーん」
「あ、第4ブロック、どうも様子がおかしいです。ちょっと覗いてみましょう……! こ、これは!」
「多々良さん、どうしたんですか、多々良さん!」
「だ、第一次審査員の方々が全員トリップしています! まるで麻薬中毒! あ、今連絡が入りました。『鉄鍋のジュン』事、春海 純(はるみ じゅん)さんのマジックマッシュルームに中てられ、
審査員全滅だそうです。第4ブロック、勝者なしという事でお願いします」
「面倒くさいのでそんな感じでお願いします」
「さぁ、最後の第5ブロックですが……これは!」
「あ、第5ブロック勝ち抜きは……」
「鬼若さん! むしゃむしゃ村に最近引っ越してきました鬼若さんです!」
「いやぁ、これは意外な人が出てきましたね」
「はい、こんなアホみたいな大会しょっちゅう開いてる村の人間よりも経験が浅いのに大したものです」
「これはダークホースですね。では、本審査に出場するのは……」
「大畑夫妻、マスクド・ベジタブル、長老、鬼若、以上の五名になります。
それでは中継の多々良でした」
「はい、多々良さんお疲れ様でーす」

311鉄の女:2010/07/23(金) 19:34:00 ID:nkYbE5/20
かくして最強の称号を求める戦いの渦中へと鬼若は身を投じる。
むしゃむしゃ村において、もっとも経験の浅い鉄の女は。
しかし前を向くしかない。
難敵だらけの本審査。

<最大面積>
大畑夫妻

<謎の仮面料理人>
マスクド・ベジタブル

<長老>
長老

<鉄の女>
鬼若

今、戦いの火蓋が切って落とされる。


                                  続きません

312 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/23(金) 19:34:34 ID:nkYbE5/20
以上です

313名無しさん@避難中:2010/07/23(金) 19:42:14 ID:eTxTf.Yo0
行ってくる

314名無しさん@避難中:2010/07/23(金) 19:51:19 ID:eTxTf.Yo0
終了

秋田どんな魔境だよw
村人異形よりよほど狂ってやがるwww

315 ◆X2eF6cXcIA:2010/07/23(金) 20:23:27 ID:nkYbE5/20
早っ!
ありがとうございました!

316名無しさん@避難中:2010/07/23(金) 20:50:54 ID:s7ptfL3EO
代行お願い↓


>>大小&鉄の女

連投乙!
マスクドベジタブルの正体まで予想した俺の立場はw
だがこの人のはいつシリアスなドンデン返しがあるか判らんからな…

↑以上です

317名無しさん@避難中:2010/07/23(金) 20:56:49 ID:eTxTf.Yo0
行ってきたよー

318名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 16:02:45 ID:8OcxOZCQ0
地裂から出てきた異形って「マジ帰りたいんスけど。マジ討伐とかないスわ。マジ帰りたいんスけど」
というのもいるんだろうか
あと、海の中の地裂って封印できてるのかな

319名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 17:27:06 ID:4qi/6zpo0
地裂について深い言及してる作品がなかったり
最初の世界観設定でもそこら辺よく分からなかったりするんだよな
つまり自由でいいんじゃね?

320名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 19:09:14 ID:Jic5KR8IO
恥裂の下に地獄が広がってたりしても今のところOKなんすね

321名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 19:27:31 ID:vK.mDavw0
これは誤字なのか素なのか判断に迷う

322名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 19:33:08 ID:dAwJ6bGcO
恥裂だなんて…ちょっといやらしいわよ男子ー

323名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 20:23:03 ID:rMtBnEOE0
だんしー、じょ、じょしー

324名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 20:43:19 ID:RrNhcGGIO
誤字して赤面な女の子に脳内変換余裕っす!

ズシの誤爆霊の流れ的に地獄世界はまったくべつの世界っぽいよ

325名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 21:54:22 ID:.RIkgwxw0
投下しようと思うけど他スレのキャラ引っ張ってきてるんで
事前に確認とかとりたかったけど規制されてて確認取れないYO!
この場合事後承諾でいいのかしら……?
ダメって言われたら対応するんで許してください…。
ちょろっとしか出てこないし、いいよね……?れ、レプリカ設定だし!
投下します。代行おねげぇしますだ……

326正義の定義:2010/07/24(土) 21:55:24 ID:.RIkgwxw0
せいぎのていぎをみているよいこのみんなへ
このはなしには、たさくひんのキャラがちょこっとだけとうじょうするよ
じごしょうだくでごめんね?ほんとすいません。いやマジで。
これもきせいのせいなんですよ。とりあえず、「俺のキャラはこんなんじゃねえ!」
みたいなことがありましたら、wikiに載せる際差し替え等の対応をさせていただきますので
ごりょうしょうください。ほんとうにすみませんでした。ごきぶりとののしってもらってもかまいません。
じぶん、ゴミムシなんで。いやホンと。もうしわけない。えっと……

はじまるよ!!


ttp://loda.jp/mitemite/?id=1265.jpg

327正義の定義:2010/07/24(土) 21:58:09 ID:.RIkgwxw0
―2010夏…

ついに、みんなで世界を創るスレが劇場化決定…?

???「忘れられた世界は、消えてしまうのだ…」

???「ならば世界に焼き付けよう……我らが生き様を!!」

_某日、現代日本。

(忘れもしない、あの日の出来事。
誰にも信じてもらえないけど……俺は確かに、一度死んだ……)

(地獄のバスツアーや閻魔との二者面談。そんな事があった後なのに回帰した日常は驚くほど平凡で…)

桐嶋「信じられないよな……信じられないけど……」

(夜々重……)

桐嶋「……?なんだあれ…?」

『黒い……ドーム!?』

日本の中心部に突如として現れたドーム。通称"閉鎖都市"

???「兄さん、これは一体……?」
???「……”閉鎖都市がどこかへ移動してしまった”みたいだね…」

次々と現れる謎の生命体・異形……

桐嶋「なんだよこいつら…、ば、化物!誰か助けて!」

異形「ギャアアアアス!!」

???「ほう、何やらおかしな事になっておるようじゃな」
???「?…ここは和泉じゃないのか……?」
???「あの…あのお方を助けなくてもいいのでしょうか……?」

全ての世界が一つになったとき、次元をかけた戦いが始まる……

???「忘れられた世界は消滅あるのみ……ならば世界を一つにし、その世界の頂点に
君臨してやろう!!我らは"イレギュラー"忘れられた世界の住人ぞ!!」

果たして世界の運命は?

???「最後に残ったのが温泉界だなんて……ど、どうしよ!?」
???「閻魔ともあろうものが……服を全部剥ぎ取られてしまうとはな……にしてもいい湯かげんだ」

世界を乗っ取ろうと企む、"イレギュラー"の目的は!?

 ―また、会えたね…

桐嶋「まさかお前……!や…」

物語の結末は…!?

???「ここか?まつりのばしょは………?ふぇ?」

続報を待て…っ!?

328正義の定義:2010/07/24(土) 22:00:17 ID:.RIkgwxw0
 「……おい!なんだコレ!」
 「?……どうしたの?火燐たん」
 「どうした、じゃないだろう……なんだよ最初のは…」
 「悪乗りです」
 「……呆れた」
 「悪い!?」
 「二回死ね!」
 「んでんでんで?」
 「にゃーんて?」
 「かまってかまってほしいのー♪」

 第九話〜火燐編〜
 「超弩級変態麻法少女ひととせたん!春夏秋登ー場ッ!!」
 
―――…

 …冒頭で騒がせてしまったことを諸君らにはお詫びしたい。あれは事実無根の捏造だ。
と、私…騎龍 火燐の口から言わせていただく。冒頭の話はこれにておしまい。おしまいったらおしまい!

 「ううん……」
 春夏秋冬志希に拾われて数日がたった。私の心は未だに晴れない。
 焔……たった一人の肉親だった。もう焔は戻ってこないし、仇を打つ相手は殺した。後に残ったのは
言い知れぬ虚しさと虚脱感。今は、何をするにもやる気が起きない。そんな中、タケゾー達を殺した
奴に対する憎悪は失われる事なく、胸の中で燃え盛っているのがわかった。結局私は何かに怒りを
ぶつけたいだけだ。
…それじゃいけないのに。わかっていても、怒りが収まることはない。復讐は自己満足……あいつ、
春夏秋冬志希は言っていたが、多分間違っていない。だけど…今の私にはそれしか存在理由が見当たらない。
 「ん……あ…?」
 太陽の陽の光が私の頬を焦がす。小鳥のせせらぎと、光合成する草の匂い。耳から目から鼻から、
朝を構成する要素を感じとる。自分の寝床以外で一夜を過ごすのは久々だったが、それ程寝起きも悪くない。

 ぴちゃ…ぴちゃ…

 「……?」
 寝起きの私の耳に、子猫がミルクを飲んでいるような音が入ってくる。何だ?そういえばやけに下半身がスースーするな……って
 「何やってんだおのれは!!」
 「ひゃい!?」
 私のパンツを脱がし尻尾をしゃぶっていた変態が一人。こいつが春夏秋冬志希だ。
 「あー、ごめんごめん。私昔っから寝相が悪くって」
 悪びれる様子もなく言う春夏秋冬。そんな滅茶苦茶な言い分がまかり通ると思っているのだろうか?
 「寝相が悪い事がパンツを脱がす事の何に関係してるって言うんだ」
 「ほら、寝てる間につい無意識にパンツを……ね?」
 「寝ながらあんな綺麗に下着をたためるのか」
 「……そこに気がつくとは…やはり天才か……」
 「……どうせ起きてて普通に下着を脱がしたんだろ?ホントなんなんだお前は」
 「いやん、おこらないで火燐たん」
 「即腹パン」 
 「ウグッ!」
 もうこんなやりとりも定着しつつあるのが受け入れがたい事実ではある。腹を抑え恍惚の笑みを浮かべる
春夏秋冬を横目に私は朝食の準備をすることにした……

329名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 22:01:29 ID:r6k3fzvgO
そういや淫裂から出てきた異形で名前ある奴いないな

330正義の定義:2010/07/24(土) 22:03:45 ID:.RIkgwxw0

 「火燐たん、人を簡単に殴ったりするのは良くないよ!」
 大根と豆腐の入った簡易的な味噌汁を作った私は一足先に朝食を摂っていた。後から春夏秋冬も
やってきて勝手に飯盒からご飯をよそっていく。別にこいつの為に作ったんじゃない。ただ作りすぎて
しまっただけだ。
 「火燐たん、聞いてる?」
 「ああ、うるさいなぁ。飯の時ぐらい静かにしてよ」
 「もう、火燐たんたら、何で私にはそう冷たいのよ」
 先程から春夏秋冬の奴がなにやら喚いているが、知ったこっちゃない。食事の時ぐらい静かにしたい。
む、この大根……芯がまだ白い。もうちょっと火にかけておくんだった。
 ずずっと漆器に満たされる薄黄土色の液体を喉奥へと流しこむ。ふと、横目をやると春夏秋冬は質問の
返事を待っているかの如く熱い視線をこちらに送っているものだから困る。うざい。
 ああ……めんどくさい奴だ!私は仕方なく返事を返すことにした。理由なんてこの一言で十分。
 「ああもう……それはな、お前が変態だからだよ!」
 「ひ、酷い…酷いわあ!よよよ……」
 わざとらしくおどけるように悲しみの素振りをみせる春夏秋冬。その実、ちっとも凹んでいるようには見えない。
 「まあそれはそうと、冒頭の話題に戻りますけども」
 「最初の捏造劇場予告の事か?」
 「それ戻り過ぎだから、メタ発言しちゃ『めっ』!」
 春夏秋冬は親指を付き出して言う。どうやら私を叱っているようだった。気がつかなかった。
 「人を簡単に殴っちゃダメですようって所!火燐たんは女の子なんだから、そんな乱暴な振る舞いしちゃ…」
 「……別にやたら他人を殴るつもりはない。ただお前は別だ」
 「え、それって……愛されてるって解釈で、いいのかしらん?」
 「どう曲解したらそうなるんだよ……お前が殴られるようなことするからだって言いたいの」
 「私だって女の子なのに…酷いわ、火燐たん」
 むう、それを言われると何だか悪い気がしてくる。さすがに腹パンはやりすぎたかも……
 「尻尾もふもふしたりパンツ被ったり頭の角削ったりパンツなめたりパンツ被ったりしてただけなのに!」
 「……最初のはまだしもそれ以外は腹パン」
 「え、じゃあ尻尾もふもふはしていいの!?」
 「即腹パン」
 「ウグッ!」
 …といったように、ここ数日、春夏秋冬の腹筋の強化に務める日々が続いてはいるが、概ね平和(?)な
毎日を送っている。ただ、ホント春夏秋冬に流されっぱなしだな……とは思う。

―――…

 朝食を済ませると、私達は荷物をまとめ、歩き出した。行き先は知らない。春夏秋冬の後に続くだけだ。
昨日は野山を登って中頃まで来た辺りでテントを張り一夜を明かした。今日は下山からのスタート。
下りとあって足取りも軽い。
 黙々と山を降りる中、春夏秋冬の背中を見て、私はこいつと出会った時の事を思い出していた……

―『何もわからないわ。だからこれから少しづつ教えてくれないかしら?』―
―『…このまま野垂れ死んだら、あなたを産んでくれたお母さんはどう思う?』―

 今なお深く残る春夏秋冬の言葉。この言葉があったから、私はまだ生きていられるのかもしれない。
とはいえ、一体何をすれば良いのかわからない。とりあえずトエルの奴を一発ぶん殴ってからじゃないと
考える気も起きない。
 春夏秋冬に拾われた後、私は……自分の事を洗いざらい披歴させられた。母や焔のこと。
そして……あの夜のこと。
 「今は休みなさい。あなたには事実を受け入れる時間が必要よ」
 すべて話し終えた後に、春夏秋冬はそう言った。事実、その時の私は悲しみなど忘れてしまうほど衰弱
しきっていた。私は沈むように眠り落ちて、春夏秋冬に拾われたその日を終えた。
 ……翌日。私は春夏秋冬から逃げようとしたが、あのペンギン(今は私の隣を歩いている)が筋肉ムキムキ
になって私の体を担ぎ、半強制的に同行させられるハメになった訳だが。その日は確か春夏秋冬が自分の
事をペラペラと誇張混じりに話していた。何でもこいつは魔素と異形の事を研究しながら各地を渡り歩いている
らしい。人助けは趣味のようなもので「人を助けるのに理由は居るのかい?」という昔のゲームのキャラの
セリフに感化されたからおこなっていると本人は語っていた。

331正義の定義:2010/07/24(土) 22:06:13 ID:.RIkgwxw0
 次の日、そしてまた次の日と、私は春夏秋冬に連れられた。この辺りから私の呼称が「火燐たん」になる。
その上なんだかどんどん馴れ馴れしくなっていった。まぁそこら辺はちょっと腹がたったけど、私も一人旅は
心細いし、行く宛があるわけでもないので、仕方なく…いいか?仕方なくだが暫くの間春夏秋冬について
いこうと決め、現在に至るわけだ。
 今、私は何をすべきかわからない。だけど、この春夏秋冬志希についていけば……何か見つけられるかも
しれない。そんな気がした。
 「ねぇ火燐たん」
 不意に春夏秋冬は立ち止まり、こちらに身体を捩った。なんだろう?
 「…どうした」
 「いや、さっきから私の背中執拗に見つめてるじゃない」
 「……気のせいだ」
 「…私、火燐たんになら抱かれてもいいわよ?」
 「何故そうなる」
 「え?私のこと抱きたくてうずうずしてるから私の背中を見ていたんじゃないのん?」
 「誰がお前のことなんて抱きたくなるもんか」
 「私受けでも攻めでもどっちでもオッケーだし。あ、火燐たんは抱かれる方が良かったかしら?」
 …この女、ひとりで勝手に話を広げていきやがる。やっぱり付いていく人間間違えたかも……

 ―――…

 時計の針が丁度正午を差した頃,私達は宿場町へと足を踏み入れていた。必要な物資を購入するために
立寄っただけで、長居するつもりはないようだ。
 街に入る前、頭の角をどう隠すか悩んでいた所、春夏秋冬に渡されたのはフードの付いたぶかぶかのコート
だった。これだけ大きければ角も尻尾も容易に隠せるであろうて。これで普段の変態行為が許される訳ではないが春夏秋冬のさり気無い心遣いに私は渋々感謝の意を込めて、
 「別にこんなの頼んでないんだからな…」
と、前もって忠告しておきながら「……ありがとう」と、虫の音程度の声でぼそぼそと呟いた。
それ以降の春夏秋冬の機嫌が変に良くて私は違和を覚えた。何やら「ツンデレツンデレ」とか囁いていた
気がするが、ツンデレとは一体なんだろう?

 町は至って平凡な宿場町だった。何か珍しいものがあるわけでもない、目を引く建物があるわけでもない
普通の町。でもなんだろう、何かがおかしい。私は鵜の目鷹の目で町を見渡したが、やはりおかしな部分など
見受けられなかった。
 「火燐たん、さっきから落ち着きないわよ?どしたの」
 「……なんでもない」
 さすがにこんなにキョロキョロしていたら怪しまれるだろうか?私は解決しない胸の靄を抱え悶々としていた……

 「これとこれとこれは買いね。これは……」
 宿場町の露店にて生活物資を買い込む春夏秋冬。店の奥では中年の男がやる気なさそーに構えている。
 私は自分の住んでいた場所から出たことがなかった。故に他所での買い物というのは新鮮に感じた。
前にタケゾー達に町へ連れられたことがあったが、その時見たものとはまた違った見慣れぬものがたくさん
置いてある。例えば食べ物。海が近いのか海鮮類が多く目立つ。山に囲まれた私の居た町では魚なんて
それこそ川魚とかその程度で、こんな新鮮な海の幸が立ち並んでいるのは見慣れない光景だ。
昔は全国何処にいても食べ物には不自由しなかったと聞くが、本当なのだろうか?
 …なんて、そんな事を考え呆けていると、前方不注意よろしく何かにぶち当たる。
 「ほわ!?」
 思わず間抜けな声を出してしまう。不覚。
 「……ん?おいおい、ちゃんと前を向いて歩きなよ、あんた」
 私がぶつかったのは人で、長身の垢抜けた青年だった。ジャラジャラと銀色の飾り物を体中にぶら下げて
いる。とても邪魔くさそう。
 「Heyリトルガール!!Youも異形かいHAHAHA!」
 そして青年の後ろからひょっこりと現れたのはやけにテンションの高い……なんだこいつは!!トカゲだ!
トカゲ頭!顔がトカゲで体は人間……
 「キモッ!!」
 「Oh、開口一言目がそれってちょっと失礼なんじゃないか〜い!?これは参ったな……欧米じゃ最も
イカしてる髪型なんだけど」
 「おい、髪型とか関係ない!頭の変化が解けてるぞマイティ」
 「Ah…?オウ!!なんてこった!でもま、いいじゃないかブラザーッ!どうせ町中にもちらほら異形がいるんだしYeah!」
 トカゲ頭の言葉を聞いてハッとする。町に感じた違和感はこれだったんだ。私の町では異形は……存在
そのものが疎まれていたから、町中で見かけることもなかった。だから普通に町中を歩く異形がおかしく
見えたんだ。

332正義の定義:2010/07/24(土) 22:08:12 ID:.RIkgwxw0
 「火燐たん〜…ってあら、この方達はどなた?」
 買い物を終えた様子の春夏秋冬。そんなのこっちが聞きたい。
 「このガールとは今会ったばかりだZE…yeah……」
 「ちょっと俺がこの子とぶつかっただけ。俺は旅に必要な物を買い込んでてさ」
 そう言うと、青年は両手に下げる袋を見せてきた。中には食料や生活消耗品などがぎゅうぎゅう詰めにされている。
 「まぁ旅のお方?行き先は何処へ?」
 「ちょっと大阪の方までStay〜にね!」
 トカゲ頭は答える。大阪……かの秀吉公の城のあった場所か。私はその土地について詳しくは知らない。
分かる事といえば金城のあった場所だいう事とたこ焼きが美味いらしいという事ぐらいだ。
 「あら奇遇、私達も丁度大阪へ向かうところだったのよ」
 え?私達も大阪へ向っていたのか?今更ながら目的地がわかったが、大阪とは……たこ焼き食いたいな!
 「へー、そうなの?」
 「Hey!それならどうだい?大阪まで俺達と一緒に行かないかい?旅は道連れって奴さHAHAHA!」
 「良いわね。人が多い方が楽しいし!」
 「えぇーッ!?」
 なんということだ。青年の方はまだしも、こんなトカゲ頭と一緒に歩くのは嫌だ。そもそも見るからに怪しさ
全開じゃないか。こんな奴と歩いてたら警察に捕まるぞ。
 何としてでも同行は避けたい私は断固として抗議した。
 「おい春夏秋冬!!私は嫌だぞ!!あんなトカゲ頭と一緒だなんて!」
 「Oh、リトルガール……こいつはトカゲじゃなくて、カ・メ・レ・オ・ン・!」
 「どっちでもいいわッ!ハエでも食ってろ!」
 「うっ……ひどいZE…マミー、マミー!」
 「ちなみにこいつの言う"マミー"は母親の事じゃなくて麻美(交際歴三年)という半年前にふられた彼女の名前である」
 「そういう事言わなくて良いZE相棒!!!」
 どうでも良い暴露がなされている最中、春夏秋冬が私に話しかけてくる。
 「いいじゃない火燐たん。トカゲの一匹や二匹」
 「嫌だよなんかあれウザイ」
 あんなのと四六時中一緒にいたら精神が持ちそうにない。私はけして拒否の姿勢を崩さなかったが……
春夏秋冬がこんな事を言い出すものだから…
 「あ、そうか……火燐たんは私と二人っきりになりたいから嫌がっていたのね?」
 「んな!?」
 「ふ〜ん、そうよねぇ、二人っきりじゃないとできないこともあるしねぇ?」
 「Why!?You達そういう関係!?」
 「ちょっと理解出来ない世界だね…」
 「ちょ、ちがうっての!!そんなんじゃ……」
 なんて言ってみても二人は既に私達をそういう目で見ていた。いわゆるイロモノを見るような。なんだよ!!
お前らだって十分イロモノだろうッッ!!
 「火燐た〜んぎゅ!」
 「こらだきつくな!!ぐッ…!」

 「あーもー!わかったよう!!」

 結局、私が折れて、4人(と1匹)で大阪まで向かうことになった。

―――…

 「へぇ〜、賞金稼ぎなのあなた達」
 必要なものを買い終え、宿場町を後にする。また道なき道をひたすら歩くのかと思うと気が滅入る。
 春夏秋冬は終始あの二人と会話し続けていた。私は暇だったので春夏秋冬のペンギン(キングという名前らしい)
を抱き上げて弄って遊んでいた。会話には参加しなかったが、聞こえてくる話の内容からお互いのことを話しているであろうことがわかる。青年の方の名前は"胡西久英"(こにし ひさひで)。
トカゲ頭で妖怪変化の異形"Mr.マイティ"と組んで賞金稼ぎをしているらしい。
 「そ。でも最近収入も安定しなくて……大阪の方で暫く傭兵でもやってみようかなって思ってさ」
 胡西は財布の中身を見て一憂しつつ言った。今の時代、安定した暮らしを得るというのは難しいもの。
 「大変ねぇ……」

333正義の定義:2010/07/24(土) 22:10:50 ID:.RIkgwxw0

 「それでYou達は何で大阪に!?」
 「ああ、ちょっと師匠に会いに行くの」
 春夏秋冬は答える。師匠がいたのかこいつには。何だこいつは、肝心な事は何も言わないなこいつ。
きっとこいつの師匠なんだからとんでもない変人に違いない。
 「師匠……って?」
 私が聞かずとも先に胡西が聞いてくれた。まぁ名前なんて聞いても私がわかるはずないが。
 「玉梓っていうんだけど」
 「……え?」
 胡西達は金縛りを食らったようにその場で固まる。静寂、少しの間の後、二人は一斉に驚く。
 「ええええええええええええええええええええッ!?」
 「玉梓ってあのおおおおおおおおお!?」
 「かの有名な五体系のおおおおおおおおおおおお」
 「んほおおおおおおおおおお!!」
 「しゅごいいいいいいいいい!!」
 どうやら凄い偉い人物のようだ。二人の驚きっぷりから如何に凄いのかが伝わってくる。
 ……人は見かけによらないんだな……
 「まあ天才ですから、私」
 謙遜もなくそう言ってしまう辺り、この春夏秋冬という人間がどういう人物なのかがわかる。とんでもない自信家だ。
 「YesYesYes!全く驚いたぜ〜Yeah」
 「玉梓の弟子凄いですね」
 「それほどでもない」
 それからというもの、話題は玉梓と言う人の事で持ちきりになった。私は特に興味もなかったので聞き耳を
立てるのをやめる。だって私は玉梓っていう人がどんなに凄いのかわからないし。再び退屈風に吹かれるのみである。

 暫く歩いた後、春夏秋冬は「休憩をとろう」と私達を呼び止めた。丁度日も暮れてきた頃だった。
 「せっかくだからさ、今日は此処でテントを張ることにしない?」
 胡西はそう提案した。今日は随分歩いた、私は異論なく胡西の提案に乗ることにした。春夏秋冬も
賛成しているし、私達の今夜の寝床が決まった。そうと決まれば早速テントを張らなくちゃいけないな。
 なんだかんだでこの生活にも慣れ始めてきた。テントだってほら、こんなに早く張れるようになったし。
 テントも張り終わり、暇になった私はペンギンのキングと戯れていたけど、飽きてしまった。
 「チチチ…」
 そんな私の前に現れた茂みからひょっこりと顔を出す一匹のリス。山にいた頃はこれらの動物とも仲が
良かったな……なんて感傷に浸っていると、リスはいつの間にか私の目の前まで移動していた。
 「こんにちはオチビさん?どうしたのかな?」
 「チチチ……」
 そういえばこのリス、あまり見かけない種類だなぁ。白い体毛のリスなんてめずらしい……
 それに何かこのリス…様子が変……
 「チチチ……ぐ…グアァァァッァァァアァァッァァアアアアアアアア!!!」
 「え?」
 リスとは思えない鳴き声が私の耳を突き抜ける。一体何!?考える間も無くリスの体の変化に私はただただ慄然とした。
 数秒前は愛らしいリスがいたその場所に今いるのは、3mは越そうかという巨体の異形。
 まずい、こんな至近距離じゃ魔法を使う隙もない。異空術系も同様、どうしよう……!
 「ヂイイイイイイイイイイ!!!」
 「やられるッ!」
 異形の大きな腕が私に振り下ろされる。もうダメ、私は目を閉じ頭を抱えてうずくまった。

……。

 しかし、いつになっても痛みが襲ってくる事はない。私は恐る恐る瞼を上げてみる……するとそこには…

 「うちの火燐たんに手出しするなんて……いい度胸してるじゃないのん」
 「グガガ……!」
 腹部に一発拳をねじ込まれ地に伏す異形と、いつの間にかピンク色のかつら(地毛は茶色)を被っている春夏秋冬の姿があった。
 「麻法少女オールバケーション!!火燐たんのピンチに駆けつけ推参仕った!!」
 「……そのカツラは必要なのか…?」
 「顔は同じでも髪型が違えばバレない変身ヒロインの法則!!」
 「バレバレだから。意味ないからそれ」

334正義の定義:2010/07/24(土) 22:16:12 ID:.RIkgwxw0

 「グアアアアァァァァ……!!」
 茂みの奥から聞こえてくる複数の声。どうやら異形は一匹じゃなかったみたい。
 「おいお〜い……これは一体どういう事だZE!?」
 「どうやら……囲まれたみたいだよマイティ」
 胡西達もやってきて状況確認。私達は異形に囲まれたようで、四方から聞こえてくる鳴き声に警戒しつつ
どうするかを話しあう。
 「数は……ざっと10〜20ってところかしらん?」
 「その程度なら、やっつけられそうかな」
 泰然とそう言ったのは胡西。よほど自分の腕に自信があると見た。
 「結構多いわよ?」
 「やれるさ。これでも俺達は賞金稼ぎ、だろ?マイティ」
 「YesYesYes!さあ、今宵もCarnivalの始まりだ!!変化!!」
 トカゲ頭は飛び上がりクルリと一回転宙返りすると、ボフンと煙をあげる。その煙の中から出てきたものは
柄の長さが人の身長ほどある戦斧だった。
 「さ、行こうか」
 『it's show time !!』
 戦意を察したのか、茂みからぞろぞろと現れる異形達。胡西は戦斧を握り、軽くステップを踏みつつ
その集団へと立ち向かっていった。
 「さて、私達も……あ、火燐たんは私の後ろに隠れてて良いのよ」
 春夏秋冬は私を気遣って言ったのだろうが、私としては舐められてる気がしてならない。
 「……さっきは不意を突かれただけだ。自分の身くらい自分で守る…」
 「無理はしないでね?危なくなったらすぐお姉様に言うのよ、"お姉様"に!!」
 お姉様の部分を強調する春夏秋冬。誰が言ってやるものか。私は異空召喚を行うため術符を懐から取り出す。
 「異界に存在する強者よ…今一度我にその力を貸し与え賜え!」
 「召喚!現れろ!汝らが名前は…」

 「"人食いミルカ"!」―【学園同士で戦争するスレ/魔法少女孤独系】―
 「"ジョン・スミス"!」―【シェアード・ワールドを作ってみよう/なんでも屋シリーズ】―
 「"岬 陽太@夜能力"」―【チェンジリング・デイ/月下の魔剣 】―

 「…夢の叶う場所に行くんだ。邪魔するなら……喰うよ?いいの?」
 「さて、いくら払う?」
 「俺の名は岬月下!神に、天の宿命に叛く男!今日異世界で死ぬ事が、神の定めた宿命ならば…
 叛いてやるさ!その宿命!!」(きまった…!)
 
 光が収束する。現れたのは大きなマントを羽織った少女、ガタイの良い古ぼけた外套を纏う男。そして、
なぜか大根を構える少年であった。
 「……一人スカか。なんか大根持ってるし」
 「おい、スカって誰のことだよ!そしてこれはレイディィィィィッシュ!!」
 訴える大根少年を無視しつつ、私も戦闘態勢に入る。一応龍なので少しの魔法と火を噴く位はできる。
 「火燐たん凄い!!こんな事出来たんだ〜!」
 「ふん、異空術の一つだ。異世界の影を映しとり、具現化する……それが異空召喚術」
 「へえ、私も負けてられないわね、行くわよ!キング!」
 「変身!!」
 春夏秋冬がキングの体に注射器を刺す。すると、メキメキと餅が膨れ上がるように肉体が盛り上がる。
筋肉集合体。八頭身ムッキムキになった気持ち悪い生物が出来上がった。
 「this way…」
 「さー!行くよ!!信義の鉄拳!受けてみよ!」
 春夏秋冬は青白い光を拳にまとい、気持ち悪くなってしまったキングと共に突っ込んでいく。
個人的にキングは変身する前の方がいい。
 「私も……行くかな…」
 私は流されるままに戦いの渦中へと飛び込んでいく。あの夜から何かが吹っ切れてしまったようだ……
戦うことに抵抗はなかった。

335正義の定義:2010/07/24(土) 22:19:14 ID:.RIkgwxw0

―――…

 「風よ、集り穿け」
 年代物の外套を纏う男はそう呟き、風の刃を作り出す。その刃は洋槍の様な形状となり異形達に降り注ぐ。
 「ギャオオオオオオッ!?」
 異形の集団は吹き飛ばされ散り散りになった。そんな異形達を今度は無数の虫が群がり襲う。
 「…!?……ッ!…ッ……」
 おぞましい光景だった。虫が引いた後、そこにあったものは無残な異形の亡骸。
虫達が戻帰る先に立ち尽くす一人の少女。虫達は彼女の体へと入っていく。
 「うぐ……!」

 「くらえ!!アクアニードル!!」
 大根少年は手から大量のウニを放出する。異形達は美味しそうにそれを味わっていた。新鮮魚介類を提供してどうする。
 「何…?アクアニードルが効かないだと……!?馬鹿な!?」
 「……馬鹿はお前だ」
 呆れた。相手を満足させてどうする。大根少年は「いやまて!いい考えがある!」とか抜かしているが……
この手の発言をして成功した例を見た気がしない。
 「閃いた!こいつを特と味わうんだな……サブマリン・クラッシャー!!」
 少年の手からまた何かが放たれる。先程の攻撃で味を占めていた異形達は口を開けてそれを捕食する。
 食べ終われば当然次はこちら。異形達は少年の方へと駆けていく。マズイな。
 いよいよ異形達が少年を捕食範囲に捉えたその時、異変が起きる。
 「が…ガアアアアアァァァ…!!」
 「え?何?」
 突如として苦しみだす異形達。その横では得意気に笑みを浮かべる大根少年がいた。
彼は計画通りと言わんばかりに語り始める。
 「かかったなアホが…生のフグを食べるなんてそれこそ自殺行為……!はじめのアクアニードルはいわば
これを仕掛けるための前フリだったんだよ……!」 
 「……え?フグの毒って異形に効くのか?」
 私は思わずつっこんでしまった。
 「……そこは強力な毒を持ったフグってことにしとけよ」
 「そもそもフグ毒ごときで倒せるのか?」
 「たまたまあいつらの弱点がフグ毒だったんだよ……」
 「何その都合の良い解釈。というかぶっちゃけ作戦なんて考えてなかっただろ?」
 「細かい事うだうだ言うなよ。そんな事一々言ってたらチェンジリング世界じゃやっていけないぜ」
 「ここはチェンジリング世界じゃないし」

―――…

 「なんとか片付いたみたいね……」
 そんなに強い連中じゃなかったせいか、ものの数十分で異形は撃退できた。
私が召喚に使った術符が空気に溶ける。それに続くように、私が異世界から召喚した住民達は徐々に
その姿を光に変えていく。

 「ここでもなかった……夢の叶う場所なんて、ほんとにあるのかな…?」
 「さて、次の依頼に向かうとしよう…」
 「そういや今回レイディッシュ使ってねぇ……」

 一言づつ言い残して消えていく異世界の住人たち。なんか濃いメンツだった。
 「それにしても……この大根はどうしましょ」
 春夏秋冬はあの少年がだしていった大根を手に取りそう漏らす。捨てればいいんじゃないかな。
 「Yeah!せっかくだから味噌煮込みにでもしようZE!」
 食うんかい。

336正義の定義:2010/07/24(土) 22:21:34 ID:.RIkgwxw0

―――…

 「ゲップ」
 「こらキング。お行儀が悪いわよ」
 異形を撃退した後、私達は何事もなかったかのように夕飯の支度をし、ご飯を美味しく頂いた。
あんな事があった後でもこうして春夏秋冬達が平然としていられるのはやはり慣れているからだろうか?
ちなみにあの大根は味噌漬けにして食べた。これが意外とうまかったな。
 「Oh…マイティもう食べられない〜……いやぁ旨かった!HAHAHA!」
 「やっぱり、食事は人数が多いほうが楽しいね」
 トカゲ頭も胡西も満足そうに言った。私は違ったな。一人で食べたほうが良い。焔のいない食事なんて……
 「どうしたの?火燐たん」
 意気消沈する私に気が付いたのか、春夏秋冬が私の顔を覗き込む。やば……もしかしたら泣いてたかも!
泣き顔見られるのは嫌だ!私は慌てて顔を両手で覆った。
 「……火燐たん、ホームシック?」
 「違うけど……似たようなもん。私にはもう帰る場所なんてない。焔は……もういないから」
 「お姉さんの事が恋しくなったのん?」
 「……別に」
 と言いかけた時、私の頭を抱き寄せる春夏秋冬。唐突すぎてびっくりした。心音が高まる。暖かい。
人肌のぬくもり。体越しに伝わる心臓の鼓動。私は自然と瞼を落とした。くやしい、こんな奴で……
 「私は貴方のことまだ少ししか知らない。けど、悪い子じゃないってことはわかるわ。
苦しかったら泣いていいのよ?我慢する必要なんてないんだから」
 こんな奴で、焔の温もりを思い出してしまうなんて。
 焔はよく、私が不安になったらこんな風に抱きしめてくれたっけ?あの優しさが蘇る。瞼の裏に映るのは
今は亡き姉の顔だった。
 「くそっ……何でおまえなんかで…ひぐッ…焔の事を思い出すんだよぉ…!」
 「いいのよ、今は私のこと……"お姉様"って、呼んでも…」
 「ど…どうせお前……それを言わせたいだけなんだろ……ぐじゅ…ズズズ…」
 「そそそそんなことないわよお!!」
 明らかに吃音気味であった。でも今はそれでいいよ。私は弱い。弱いから他人のぬくもりを感じていなきゃ
駄目なんだ。不安になるんだ。そんなんだから、焔を守れなかった……

 私は……!


 「落ち着いた?火燐たん」
 「ああ……」
 年甲斐もなく泣き面を見せてしまった私。今は恥ずかしくてまともに春夏秋冬の顔が見れない。
 「へぇ〜、らぶらぶだね」
 「らぶらぶです」
 「Crazy!同性愛はいけないなぁ〜非生産的な!」
 「何故そういう方向へ行く!お前ら全員!」
 好き勝手言われてたみたいだから声を荒らげてみた。そしたら「いつもの調子に戻ったね」って、春夏秋冬が
言うものだから参った。ホント、私の事気にかけてるんだか、ただの変態なのか良く解らん奴だ。

337正義の定義:2010/07/24(土) 22:25:05 ID:.RIkgwxw0
―――…

 食後、何をする訳でもなく焚き火の前に集まっていると、胡西が口を開いた。
 「そういえば、最近異形達がおかしな動きをしてるみたいだね」
 「あぁ、知ってるわよ。変に統率の取れた異形達」
 話題になったのは最近の異形。私達古き異形とは異なる存在。日本全土を暗中跋扈する獣。
それらは基本、群れであることはあってもせいぜい20〜30程度の集まりが関の山。しかし最近は、100程の
集団も珍しくはなくなってきているという。知能が低い下級異形が大多数を占める中、そんな大軍を
纏めることなどあるのだろうか?自然と群れができてもその規模に達するとは到底思えない。
 「なんでも、意図的に統率している者がいるって噂さ。あくまでも噂だけどね」
 そう言い、胡西は焚き木に新しい薪をくべる。火は火力を強め、胡西顔が火に照らされる。その表情は真剣そのものだ。
…もしそんな、異形を統率している人間がいるとすれば、一体何が目的なんだろう?考えても答えは出ない。
 「ここだけの話、近いうちに何か大きな事が起きるわ」
 春夏秋冬は、半ば確信じみた言い方をする。
 「……どうしてそんな事が分かるんだ?」
 私は春夏秋冬に問う。こいつが何を知っているのか、聞いておかなければならないような気がしたから。
 「裂け目の結界が、弱まってきてるの」
 「……裂け目?」
 「知ってるでしょ?今の日本に変わってしまった元凶……異形が溢れるようになった断層のことよ」
 「……Why!?なんだって!?そりゃまじかよ!?」
 衝撃の事実にトカゲ頭が飛び上がる。少しオーバーな気もしたが、飛び上がりたくなる気持ちもわかる。
 「ええ、知り合いに裂け目を観測している人がいるんだけど……目に見えて、確実に結界が弱まっているって」
 「そんな……どうして?」
 「さぁね?私は専門家じゃないもの。ただ……妙なのよね」
 「?」
 「あの結界、数年前までは後500年は解けないって言われてた強力なものなの。それに定期的に補修もしているはず」
 「え?じゃあ……それってまさか…」
 「「何者かが……結界を破ろうとしている?」」
 トカゲ頭と声がハモった瞬間だった。
 「わからないわ。現地の人は色々探っているみたいだけど原因も不明だし、どちらにせよこのままでは結界
は破れるわ。……なんとなく嫌な予感がするのよねぇ、何かが起きる、そんな胸騒ぎがね……」
 「結界が破れたら……どうなるんだ?」
 恐る恐る私は聞く。春夏秋冬は少し遠くを見つめ、何か遠い未来を見透かすようにこう言った。
 「そりゃあ、異形が溢れて、戦争が起きるわね」
 「戦争…!!」
 タケゾー達がいた街で起こったようなことが、全国で起きるって言うのか?罪もない焔のような異形、
タケゾーやカナミの様な人間がまた生まれるのか!?そんなの……そんなの絶対に…!
 「許せない……!」
 二度と繰り返しちゃいけないんだ…あんな事!
 「まだ何もわかってない。わからなすぎて不気味なくらい。だから私たちは大阪へ行くのよ。師匠なら何か知っているはず。事の全容に少しでも近づけるなら……良いんだけど」
 「何だか凄いスケールの話になってるZE」
 「定職探ししてる俺らとはまるで別次元の話だね」

 「そうだったのか……」

 「ん?火燐たん?」
 私のやるべきことが、見つかりそうな気がする。お母さん、焔…死んでいった皆……私は、
みんなの死を無駄にはしない!
 「春夏秋冬、その異変に黒幕は居るのか?」
 あの夜起きた事は、既に手遅れだった。でも今回は違う。まだ何もわからないけど、時間はあるんだ。 
 「どうかしら?……火燐たん、首突っ込むのやめるなら今のうちだけど?」
 何が待っているか、まだわからない。
 「ここまで話しておいてそれはないだろう……春夏秋冬」
 どんな困難が待っていようと、私はこの生命を賭けて挑もう。
 「火燐たんを危ない目に合わせるのは気がひけるけど……火燐たんがしたいなら、好きにすればいい」

 「行こう、大阪へ……!」

 何一つやるべきことなんてわかってないけど、私の生きる意味は見つけ出せた気がする。
 もう二度と、あの血塗られた夜にこの空を明け渡さない!それが私の、存在理由だ!

338正義の定義:2010/07/24(土) 22:26:58 ID:.RIkgwxw0

―――…

 「いやー、着いたねぇ大阪!」
 数日後、順調に旅路を進む私達はついに大阪へと到着した。長いような短いようなそんな道中であった。
 「ふう、君達ともここでお別れだね」
 「あ、そうねぇ」
 胡西達は大阪で傭兵になるのが目的だったな。数日間共にしただけあって、少し名残惜しい。
今となっちゃこのトカゲ頭もなかなか愛嬌があるように見えてきた。
 「Yeah!マイティ達は大阪にいるZE、何か手を貸してほしいことがあったらいつでも呼んでくれよブラザー!」
 「それじゃ、また」
 「近いうち、どこかお食事にでも行きましょ」
 「Yes!」
 そうして、胡西達とは街中で別れた。今生の別れって訳じゃない。またいつでも会えるさ。
同じ街にいるんだから。
 「さてと……私達も行きましょうか?」
 「そうだn…」

 ぐうぅぅ〜……

 「はて?」
 参った。せっかく気合いれていこうと思った矢先、これだ。
 「火燐たん、お腹へってるの?」
 「う……うるさいうるさい!!お前の師匠に会いに行くんだろ?えっと……玉梓だっけ?」
 「そんな急がなくていいのに。火燐たんか〜わいい」
 そういって、春夏秋冬は両腕を広げてダイブしてくる。なんと言う狩人…その目は獣そのものだが。
私は為す術も無くがっちりと春夏秋冬に抱きしめられる。
 「こ、こらやめろ!くるしい!!」
 「よいではないかよいではないか!!」
 「はーなーせー!!」

 拝啓姉上様。
 私はあなたの分まで頑張ってみようと思います。
 なので、貴女はあの世で見守っていてください。

 「この世界で生きていきます。私は。まだまだ不安だけど、以前のように笑える日が来るかもしれません」

 私の大切な、お姉ちゃんへ。

 「この気持ち、届いたかな?」

 「火燐たん独り言?」
 「な、なんでもない!!」

 まずは小さな一歩から始めよう。最初にすべきは春夏秋冬の師匠探し!

 「さあいくぞ。こんな事してる場合じy…」

 ぐうぅぅ〜…

 「……の前に腹ごしらえね。火燐たんは何が食べたいの?」
 「……たこ焼き」

 十分過去とは向き合ったから。私はもう立ち止まらない。いつかみんなの過去が報われる未来を信じて…


                           正義の定義・第九話〜火燐編〜
                                             ―了―

339正義の定義:2010/07/24(土) 22:29:46 ID:.RIkgwxw0
〜次回予告〜
地震による地盤沈下により半分が水没してしまった都市「水萌」
そこでは毎年一度だけ、土地神を鎮めるために行う祭典「声魂祭」があります。
美しい歌声を披露し、土地神に捧げるこの儀式……しかし今年は何やら不穏な予感。
歌い手が次々と"声"を奪われる謎の怪事件がおきているのです。英雄達はその怪事件に挑みます。
次回・正義の定義第十話
     「サイレント・ウンディーネ」
正義の定義も十話目です。実質十話以上あるけどね!



春夏秋冬「にしても、タイトルは私なのに中身はまんま火燐たんが主役だったね」
火燐「まぁね。そもそも6話の時点でお前登場してるのに『春夏秋冬、登場』っておかしいだろ」
春夏秋冬「ノリだよ!!」
火燐「またそれか」

 次回へ続く!!

340名無しさん@避難中:2010/07/24(土) 22:42:15 ID:.RIkgwxw0
投下終了。まず一言。
借りた作品の作者様方、マジでごめんなさい。
チェンジリングは避難所にでも一言入れときゃよかったって今更ながら気がつきました。
ほんと不快な思いをされたならば早々に対応させていただきますので
村八分だけは勘弁してください。
あと冒頭の劇場化とかネタだからね!別にアレのSSとか書かないからね!

以下キャラ設定

胡西 久英
22歳 ♂
Mrマイティとコンビを組む賞金稼ぎ。シルバーが大好き。体中にジャラジャラぶら下げている。

Mr.マイティ

妖怪変化の異形。変化しすぎて元の姿が思い出せなくなったのでカメレオン頭の姿に落ち着いてる。
武器に変身して胡西と共に戦う。

この話投下した後の反応が怖い。

341月下の魔剣:2010/07/25(日) 00:42:37 ID:KiwDJbIEO
>>340
おいぃ! よりにもよって大根さんかよw
チェンジリング世界ならもっと強くてかっこいい人いっぱいいるってのにwww
どんな扱いでも自分は一向に構わんですよ。テンション高くて見事に奴らしくてよかったです。

342名無しさん@避難中:2010/07/25(日) 18:52:14 ID:b5FYXtrkO
投下乙!しかし…代行できなくて済まん。

343名無しさん@避難中:2010/07/25(日) 19:14:25 ID:vlJoykaI0
では行ってくる

344名無しさん@避難中:2010/07/25(日) 19:45:49 ID:vlJoykaI0
おわり

345名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 01:11:55 ID:gGqFt51s0
圧倒的感謝…ッ!

というか月下の人このスレ見てたのか……ほんとご迷惑をおかけしました

今回ほど投下を躊躇した回は無かった……!色々やりたい放題しすぎました
次からは自粛します。

346名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 10:56:39 ID:pAoeCj0o0
なるほど、火燐の召喚魔法はディエンドや鳴滝の召喚のようなもんか
ともあれ、四季の人の下とシリアスの差が激しすぎるw
とりあえず火燐ちゃんが持ち直したので良し!

というのを、なんといいますか、代理していただければありがたいです

347名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 11:56:57 ID:cZKzCgyA0
行ってきました

348名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 13:35:23 ID:pAoeCj0o0
ありがとうございます!

349名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 20:40:40 ID:1eIsMdhwO
以外と一番怪談が似合うのは閉鎖都市だと思う。

…閉店した『マグレブの店』から聞こえるピアノの音…

とかね。

350名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 21:10:27 ID:afn4fbpg0
>>349
あるビルの壁面はぬぐってもぬぐっても人型の染みが浮かび上がってくる、っていのとか。

351名無しさん@避難中:2010/07/26(月) 21:43:54 ID:1eIsMdhwO
噂をすれば閉鎖都市に投下が。
イレアナはスレでも数少ない母性的ヒロインだなあ…

352名無しさん@避難中:2010/07/27(火) 20:59:08 ID:s6/tRGNg0
wiki、特に◇X2eF6cXcIAの辺りが雑多ですね
俺はページ名とかいじれないのでだれかログインできる人スタイリッシュに直してくれるとありがたいです

353名無しさん@避難中:2010/07/28(水) 21:32:31 ID:ugxYplkQO
投下&まとめ更新乙!!
御伽は独特のテンポながら展開早いなぁ。

354名無しさん@避難中:2010/07/28(水) 22:39:07 ID:r/YbDbNYO
火燐ちゃんが召喚してたけどジョンスミスとか久々に見たな…
最近規制でみんなで創るスレも人が減ったなと思ってたけど投下あるだけまだマシなのかなぁ?

355名無しさん@避難中:2010/07/28(水) 22:56:08 ID:M1s.jjTQ0
雑談もそれとなく盛り上がればいいんだけどもね

356名無しさん@避難中:2010/07/28(水) 23:18:13 ID:r/YbDbNYO
雑談も一気に波が来たときは盛り上がるんだけどね
雑談でポロッと出たネタを元に作品ができるって流れは良かった。ある意味合作に近い

357名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 01:32:32 ID:Zq8/awLU0
流れとか考えなくてもいい位気軽に書き込める空気を作るのが大切だよ

そんな事より腹が減った。ちょっとタバサちゃんのホットケーキ横取りしてくる。

358名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 05:34:51 ID:MsjwvWm6O
あのホットケーキってエリカ様が作ってるんだよな?料理も出来て老けないとか最高じゃないか嫁に欲しい
そして湯乃香ちゃんは温泉卵しか料理作れないとかだったり

359名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 06:57:11 ID:GbVCSdpQ0
なんか雑談にならないよな
一言二言で途切れる

タバサちゃんのホットケーキ取り戻してくる

360名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 21:49:11 ID:UI.IvujMO
多忙で投下作も読めない訳で……
でも盆からは本気だすw

それよりなんか選挙みたいなのも始まったみたいね

361名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 21:53:42 ID:1ApAStkY0
いいえ連打合戦ですw

362名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 22:13:55 ID:Zq8/awLU0
何故人は争わねばならぬのか…これも人の業か…!

363名無しさん@避難中:2010/07/29(木) 22:36:16 ID:1ApAStkY0
なんならアピールスレに追加したいキャラ書いていってね

364名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 03:24:32 ID:y.2jDcr6O
湯乃香「ここの住民なら勿論私に投票するよね?」
天野「一位に輝けば何と湯乃香が脱ぎます!」
湯乃香「いや、既に脱いでるし」

365名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 16:40:14 ID:5U5eoqGAO
真樹村怜「投票結果なんかナンセンス。我がみんつく人民には……同志ポープが居るのよ?」

366名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 16:43:00 ID:5U5eoqGAO
真樹村怜「……あと、天野翔太はチェンジリングのスパイ容疑で粛清」

367名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 16:48:24 ID:5U5eoqGAO
真樹村怜「……あとみんつく臨時最高評議会は同志クズハ、同志湯乃香、それから私で構成されます」

368名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 17:14:35 ID:IAdvUkws0
くだらないな。こんなことをしている暇があるなら
世の中のために何が出来るのかを考えなさい。

369名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 17:39:08 ID:5U5eoqGAO
オチの前に説教食らったわw

370名無しさん@避難中:2010/07/30(金) 17:48:42 ID:y.2jDcr6O
>>368
こんな所で何やってるんですか名護さん

371名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 03:58:58 ID:BlAIrDEQO
珠夜って、たまや、なのか、たまよ、なのか、たまよる、なのかが気になってエアコン消したら夜も眠れない

372名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 08:17:56 ID:MJB32A5.O
……実は『タマヤ』のつもり書いたw

373名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 13:04:11 ID:rd7Untn.0
たーまやー

そういえばまだ今年花火見てない。
今年はいっちょお祭りにでもいってその余韻の中で
お祭り話でもかけたらいいな。

374名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 18:15:39 ID:BlAIrDEQO
たまやだったのか!
今日はエアコン無しで眠れそうだありがとう


夏祭り話って良さそうね
侍女コンビニ夏祭り支店でチョコバナナを買うと、
殿方悶絶のイヤラシイ舐め方(?)を珠夜が伝授してくれるとかね
怜角さん、リリベルたま、ややえちゃん辺りが挑戦するわけです
藤のロリバ(ryは外見年齢的にアウアウ!なので教えてもらえない
まぁ教えてもらわなくても既に熟練だったりして
夏祭り後はみんなで温泉界に入湯。

375名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 18:44:41 ID:wvygyjWM0
創発落ちてるナ

376名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 19:21:02 ID:xo5axwq.O
あれ?普通に見れるぞい

スレが殆ど消えてるけど

377名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 19:25:50 ID:BlAIrDEQO
運営のスレ以外全部消えてた

378名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 22:20:27 ID:rd7Untn.0
夏休みの宿題を忘れてきた言い訳みんつくキャラ編


桃太郎の場合

先生「桃太郎君、夏休みの宿題はどうしたのですか?」

桃太郎「あー、いやー、あれねー。ちょっとうちの犬が食べちまってー」

先生「そうなんですか?招杜羅君」

招杜羅「事実無根で御座る」

桃太郎「あっ!てめ!ここは嘘でも合わせとけよ!」

先生「桃太郎君、あとで職員室まで来るように」


夜々重ちゃんの場合

先生「大賀美さん、夏休みの宿題はどうしたのですか?」

夜々重「うっかり男の子を呪い殺しちゃって、夏休み中は生き返らせてたんで
宿題はできませんでした!」

先生「うっかりにも程があるでしょう。後で閻魔様のところまで来るように」


神谷さんの場合

先生「神谷くん。夏休みの宿題はどうしたのですか?」

神谷「まぁ先生。とりあえずこの写真を見てくださいよ」ピラ

先生「なっ!これは……!」

神谷「夏休み中、ちょっとあんたの事を尾行させてもらったんだが…
こんなもんが出でくるとは……
先生……浮気なんて奥さんにばれたくないだろう?」

先生「か、神谷くん……放課後私の所まで来るように…」


湯乃香ちゃんの場合

先生「湯乃香さん。夏休みの宿題はどうしたのですか?」

湯乃香「朝起きたとき、うっかり温泉に宿題全部落としちゃいました〜」

先生「あなたの家はどうなっているのですか。帰りに一風呂私に浴びさせるように」


エリカ様の場合

先生「蛇の目さん。宿題は……おや?蛇の目さんは?」

タバサ「にゃーにゃーにゃー(先生、エリカ様は長期睡眠に入りました)」

先生「それは困りましたね……罰としてタバサちゃんは暫く私に預からせるように」

379名無しさん@避難中:2010/07/31(土) 23:20:21 ID:MJB32A5.O
湯乃香の先生っておいしすぎるだろw

380名無しさん@避難中:2010/08/01(日) 09:11:42 ID:ym9F55to0
待つんだ先生!
タバサちゃんは俺が責任を持って預かる!

381名無しさん@避難中:2010/08/01(日) 09:47:42 ID:1fgSkojIO
タバサちゃんの猫語が分かるってことは先生は異形?w

382名無しさん@避難中:2010/08/01(日) 21:33:28 ID:a7Rx3SIg0
書き込めない人へ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1277909484/

383名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 11:09:28 ID:.1zdnkso0
みんつくスレまた落ちてる〜
失態だな、どう責任をとってくれるのかね?

384名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 15:51:40 ID:f/BTpf4c0
この温泉界旅行チケットでどうかお納めください

385名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 19:01:35 ID:NjjzO3JsO
みんつくスレ消えてしまうん?

386名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 19:36:37 ID:.1zdnkso0
たとえ消えてもみんつくスレは君の心の中で生き続けるよ

387名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 19:37:12 ID:ZYaQgpjQ0
そう、みんつくは皆の心の中に!

388名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 21:25:58 ID:jBKGJTmA0
やめろwwww終わるフラグ立ちまくってるw

389名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 22:00:57 ID:NjjzO3JsO
どうなるんだこのスレ

390名無しさん@避難中:2010/08/02(月) 22:30:12 ID:ZYaQgpjQ0
そもそも板がどうなるのだろうか

391名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 17:53:42 ID:lx2jkb46O
投下がないと寂しいのう
きっと新スレが立ったら沢山投下があるって私、信じてる!

392名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 18:25:11 ID:l1CgjiuAO
板がよくわからん状態だから投下よしてる人も多げ

393名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 18:32:50 ID:qA2FSjMA0
ここに投下すればいいのさ

394 ◆GudqKUm.ok:2010/08/03(火) 20:49:45 ID:b.oAZJiwO
>>393
だね。じゃ、投下。
代行お願いしますw

『みんつく超決戦!!』

395名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 20:51:29 ID:b.oAZJiwO


『……ふぇ!! かくごしなこどもたち!!』

負傷したゲオルグたちの前に立ちはだかる金髪幼女。彼女こそ自警団が召喚した最強の助っ人、『再生機関』の誇る人類科学の結晶、HR-500『トエル』だった。
ゲヘナゲートを越え次々と現れる『十二使徒』の姿に、タバサを抱いたポープが嗄れた喘ぎを洩らす…



「…うふふ、絶好調であります…」

監視塔から三つの世界を記録する境灯(さかい あかり)入魂のSS、『みんつく超決戦!!』はすでに三万字を突破していた。
猛烈な創作意欲に駆られるまま碌なプロットも組まずに執筆を始めて丸一昼夜、長らく暖めていた全てのシェアワールドを股にかけるスーパーバトル長編は快調な仕上がりを見せている。
蛇の目エリカの機転で倒されたスティーブ・ビコの亡霊の背後に控えているのは、さらに強力なロリハラハラ・ネルソンの亡霊。彼らは恐るべきベリアル・コンツェルンと禁断の契約を交わしたのだ。
平行して進んでいる別パートはいよいよ桃太郎と三獣の登場を迎えている。その前に、どうしても書きたい『鬼ヶ島』での会食シーンの為、閉鎖都市パートの主要キャラクターを全員異形世界に転移させなければならない…

「よしよし、ここでリリベルバスの出番だね…」

『キャラクターが勝手に動く』とはこういうことを言うのだろうか。憑かれたように筆が進む興奮に、灯は今夜も眠れそうになかった。



「…んにゃ、しまったぁ…」

真夜中の監視塔。ついうとうと居眠りをしてしまった灯の叫びは、執筆中の作品に関する問題点が原因だった。浅い微睡みのなか、ふと重大な事実に気付くのはよくあることだ。

「…夜々重ちゃんとクズハちゃんだ…」

作品内容がややバトル重視に傾き過ぎたため、うっかりこの古参人気ヒロイン二人の見せ場を忘れていたのだ。

396名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 20:53:11 ID:b.oAZJiwO
前半やたら活躍したヒロインといえばイレアナくらいだった。捕らわれたバステト侍女長を救い出するため、巨大な滝を泳いで登り切るシーンは少し無茶かなとも思ったが、『ギャップ萌え』もまたSSには大事。閉鎖都市内に滝があるのも同様のテクニックだ。

「……そぉだ!! 名アイデア!!」

考えてみれば夜々重とクズハは明確に恋愛対象が決まっているキャラだ。オリジナル作品との整合性を損なうことなくロマンスを描ける訳だった。それもとびきり濃厚で大胆なラブシーンを…

「…うひひ、やはり濡れ場はSSの華だからね…」

慌ただしく三階に降りて栄養補給を済ませた灯は、深夜にもかかわらずさっそく執筆を再開した。あまりベッドシーンが連続するのも野暮だから四人一室がいい。彼らが愛しあうのに相応しい場所は…



『はううううっ!?』

濃密な闇のなか、狂おしく鳴り響く『快楽の鈴』。どこか甘美なその音色に合わせ、隣のベッドでは白銀の尻尾がビクビクと痙攣しながらはしたなく屹立していた。

『…流石は蘆屋の研究施設だな。面白い道具が揃ってやがる…』

『ホントだ…高瀬さんたちも誘えばよかった…』

もはや少女たちの瑞々しい肢体を隠すものは何ひとつない。幼い恥じらいすら無残に剥ぎ取られた二人は湧き上がる衝動のまま、恍惚と未知の昂りに身を委ねていた… 



「…ぬうう…やり過ぎました…」

監視塔の朝。またテーブルに突っ伏した状態で目覚めた灯は、懸命に睡魔と闘いながら昨夜仕上げたテキストを読み返していた。擬音、擬音、また擬音。そして頻繁にまじる奇抜な喘ぎ声。
よくまあこれだけえげつない文章が書けたものだ、と灯はとりあえず自画自賛するが、正直、既に投下を憚られるレベルの過激さに達している。

397名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 20:54:59 ID:b.oAZJiwO
思い返せば絶頂のテンションで執筆している最中は、まだまだ責めが生ぬるい、と参考の為にいかがわしいサイトを検索したりしたものだ。夜の勢いというものは恐ろしい。
灯は顔を赤らめつつ過激な表現の幾つかを手直しするが、けっきょく匠と祐樹の変態っぷりはもはや修正不能だった。

「…やっぱり、媚薬くらいで止めとけば良かったです…」

人間諦めも肝心。結局この部分は適当にキャラを変えて別スレに投下することに決め、惜しいが大胆な全面カット。良いSSには思いきった省略も必要だ。

「…ええと、『ミケ&ブチ悶絶調教!!』でいいや。男ふたりはテキトーなオリキャラでいいよね…」


ゴゴゴゴゴ…
巨大ロボットに変形した閉鎖都市政庁『ヤコブの梯子』はあっけなく破壊され、轟音と共にゆっくりと崩れ落ちてゆく。膨大な瓦礫が降り注ぐ足元は廃民街だが…抜け目のない神谷とステファンがすでに住民を全て避難させているに違いない。

『…あ、あんたは一体…』

崩壊するロボット政庁の前に立ち竦んでいたアレックスたち三十八人は、突如現れた隻眼の戦士におずおずと問いかけた。

『…鬼、かな…』

たった一太刀で化け物じみた『ヤコブの梯子』ロボを葬った彼はその長い銀髪を掻き上げ、面倒くさそうに答えを返す。

『…俺は双刀鬼闘角。よく知らねーが閻魔大帝の長男らしい。鬱陶しい話だぜ。』

『ま、まさか…噂に過ぎぬと思っていたが…』

居並ぶ一行のなか彼にまつわる伝説を詳しく語り始めたのは、地獄界の生き字引き蒼灯鬼聡角だった。桁外れの力を封印されていたこの非運の鬼皇子が、もし敵だとすれば…



「うう…闘角カッコ良すぎ…」

双刀鬼闘角。可哀想なミケブチを嬲り抜く地獄キャラを考えているうちに生まれた、灯のオリジナルキャラクターである。銀髪で隻眼、そして二刀流の美形。

398名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 20:58:09 ID:b.oAZJiwO
その出自に灯はいささか悩んだのだがラストではちゃあんと弟に帝位継承権を譲り、人知れずクールに去ってゆくのだ。もちろんキャラ名の微妙なカブりなどに彼女は全然気づいていない。

「…ここに告死天使が集めた二十八人が間一髪で駆けつけて…ファイナルバトルよ!!」

実は超巨大ロボットだった閉鎖都市が立ち上がり、勢揃いしたみんつくキャラたちと雌雄を決する壮大な最終決戦。今度こそ忘れずに神谷とステファンが住民を避難させるシーンを書かなければならない。

「…さてさて、闘角ちゃんの大活躍は…」

別に自キャラを贔屓する訳ではない。しかしやはりここは、新登場の若手キャラを見せ場を与えるべきだろう。クロス作におけるパワーバランスはけっこう難しいのだ。

「…ええと、信太主と藤ノ大姐は閻魔大帝と一緒に氷漬けだった、ということで…」

閉鎖都市ロボ相手に数々の技を披露する筈だった二人の古妖は、あっさりストーリー冒頭まで巻き戻されて出番を失った。
確か全編を通じいくつか彼らの台詞があったが、これは全部てながあしながの発言に置き換えれば万事解決。どうせ大円団ではみんな復活できるのだ。

「…跳ぶ!! 斬る!! そして舞うっ!!」

怒涛のクライマックスに向け、灯の筆は冴えに冴えていた。閉鎖、異形、地獄…全ての世界のキャラクターたちが団結し、強大な敵を打ち破る…

「…あ!! しばらく本業を忘れていました…」

何気なくマウスを操作した灯の手がピタリと止まる。規制その他でやや緩やかなになっていた三つの世界の記録が彼女の仕事だ。しかし…

「…そんな…」

モニタに映る虚無の色。それでも慌ただしくキーボードを叩き続け、しまいには携帯電話まで取り出した灯はやがて崩れ落ち、呆然と呟いた。

「…世界が…なくなってる…」

399???界 ◆GudqKUm.ok:2010/08/03(火) 20:59:51 ID:b.oAZJiwO
以上です。
なんかえらいことで、こんなオチです…

400名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 21:31:28 ID:wUANVqjM0
安心の超展開ww
>>巨大な滝を泳いで登り切るイレアナ
>>匠と祐樹の変態っぷりはもはや修正不能

どんなだよwwww

401名無しさん@避難中:2010/08/03(火) 21:53:26 ID:lx2jkb46O
なんだこれwww
SSからみんつくスレの愛着を感じた
にしても灯ちゃんに共感する部分多すぎるなww

でも最後の一文にはゾクッときたわ…まさに今の状況だな…

402名無しさん@避難中:2010/08/04(水) 01:25:55 ID:WsCu6qZE0
投下乙です
そしてここから世界を元に戻すべく灯ちゃんの
世界をまわる旅が始まるんですねわかります

403名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 15:42:08 ID:Ci7Puc020
なんか創発復活してるとかいう話ですよ

404名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 19:33:40 ID:X4Y/SLdoO
だったら早く新スレを立てれば良いんじゃないかなぁ

405名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 19:48:23 ID:jxj2/rOM0
いや、あえてここでじらす

406名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 20:48:13 ID:X4Y/SLdoO
いやぁ…焦らさないでぇ…

407名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 21:05:34 ID:Ci7Puc020
なんか立てても良いのか迷うよね

408名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 23:33:13 ID:X4Y/SLdoO
クララの意気地なし!
後なんかスレ立てのテンプレもうちょっと新規の人間が入ってきやすいようにした方が良いと思う。例えば、どんな世界があるかとか、この世界はどの作品から読めばいいのかとかあったら助かるんじゃね?

409名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 23:42:09 ID:j.A3SJW20
ではそこをちょっと詰めましょうか

410名無しさん@避難中:2010/08/05(木) 23:48:57 ID:Ci7Puc020
とりあえず原型おいておきますね

このスレは皆でシェアードワールドを創るスレです

※シェアードワールドとは※
世界観を共通させ、それ以外のキャラ達を様々な作者がクロスさせる形で物語を進める事です。
要するに自らが考えたキャラが他作者のSSに出たり、また気に入ったキャラを自らのSSにも出せる、
という訳です。

現在すでに複数のシェアードワールドが展開されています。それぞれの世界で楽しんでみたり、新しい
世界設定を提案してみてはどうでしょう。
分からないことはどんどん質問レスしよう、優しいお兄さんやお姉さんが答えてくれるかもしれないよ。
さぁ、貴方も一緒にシェアードワールドを楽しみませんか?

前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1277909484/
避難所(規制等の際はこちらへ):みんなで世界を創るスレin避難所その2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1276257878/
まとめwiki
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html#id_a459e271

411名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 00:21:08 ID:6yfyo3HYO
今北
これは熟考せにゃ……

412名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 00:32:56 ID:5pvldCXcO

このスレは皆でシェアードワールドを創るスレです

※シェアードワールドとは※
世界観を共通させ、それ以外のキャラ達を様々な作者がクロスさせる形で物語を進める事です。
要するに自らが考えたキャラが他作者のSSに出たり、また気に入ったキャラを自らのSSにも出せる、
という訳です。

現在すでに複数のシェアードワールドが展開されています。それぞれの世界で楽しんでみたり、新しい
世界設定を提案してみてはどうでしょう。
分からないことはどんどん質問レスしよう、優しいお兄さんやお姉さんが答えてくれるかもしれないよ。
さぁ、貴方も一緒にシェアードワールドを楽しみませんか?

前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1277909484/
避難所(規制等の際はこちらへ):みんなで世界を創るスレin避難所その2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1276257878/
まとめwiki
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html#id_a459e271

湯乃香「現在このスレでは 4つぐらいの展開されてるよ。この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!て人は
気軽に参加してみたらいいんじゃない?」

・閉鎖都市
あらゆる社会から隔絶され、独自の発展を遂げていく
「閉鎖都市」そこで暮らす様々な人々と文化を作り出そう!
・異形世界
日本を襲った大地震。同時に突如として現れ、人々を襲う「異形」
異形たちが持つ特殊な元素「魔素」を巡る対立を描こう!
・地獄世界
強大な権力を持った小さな少年、閻魔殿下を中心に繰り広げられる笑いあり、
涙ありの物語。なんでもありの「地獄」で楽しもう!
・温泉界
蒸気沸き立つ謎の世界「温泉界」に住む一人の少女「湯乃香」彼女が
退屈しのぎに始めたのは、なんと異世界からの住人召喚!?
他スレからの参戦も歓迎だ!あんな人とこんな人が風呂でまったりしちゃう!?
・???界
  閉鎖都市・異形世界・地獄世界を監視している境灯の世界
基本的に何をしても良いので灯ちゃんのせいにして好き勝手しよう。
特に展開はない!

wikiのを少し弄っただけだけど、こんな感じでどうだろうか

413名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 00:52:48 ID:5qKBSiNc0

だけど文末にしても文字数にしても改行が変な気が
ちょっと文で区切ってみた


・閉鎖都市
あらゆる社会から隔絶され、独自の発展を遂げていく「閉鎖都市」。
そこで暮らす様々な人々と文化を作り出そう!
・異形世界
日本を襲った大地震。同時に突如として現れ、人々を襲う「異形」。
異形たちが持つ特殊な元素「魔素」を巡る対立を描こう!
・地獄世界
強大な権力を持った小さな少年、閻魔殿下を中心に繰り広げられる笑いあり、涙ありの物語。
なんでもありの「地獄」で楽しもう!
・温泉界
蒸気沸き立つ謎の世界「温泉界」に住む一人の少女「湯乃香」。
彼女が退屈しのぎに始めたのは、なんと異世界からの住人召喚!?
他スレからの参戦も歓迎だ!あんな人とこんな人が風呂でまったりしちゃう!?
・???界
閉鎖都市・異形世界・地獄世界を監視している境灯の世界。
基本的に何をしても良いので灯ちゃんのせいにして好き勝手しよう。
特に展開はない!

414名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 15:33:29 ID:5pvldCXcO
おお、すまなんだ
次からはこれでいって欲しい
後は新規向けに各世界の概要がだいたいわかる作品をそれぞれ揚げてみるとしたら何がある?
世界の特徴がよく描かれてる作品が好ましい

415名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 16:36:35 ID:IrZfX4v20
これを機に誰かにその世界についての掌編でも書いてもらうとか

416名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 17:10:12 ID:jW1DDNBk0
果たしてそんな面倒な事を引き受けてくれる人はいるのでしょうか

417名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 17:51:22 ID:IrZfX4v20
ですよねー

418名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 18:13:24 ID:jW1DDNBk0
私的には

閉鎖都市
Report'From the AnotherWorld
異形世界
白狐と青年
地獄世界
地獄百景

が一番分かりやすくそれぞれの世界観を把握できると思います
でもあくまでも個人的な見解ですしおすし

419 ◆GudqKUm.ok:2010/08/06(金) 22:00:28 ID:6yfyo3HYO
ガイド掌編……面白そうですがひどい夏風邪に呻吟しております……
大事な話合いに参加出来ず申し訳ありません……

420名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 22:55:01 ID:5pvldCXcO
まぁそれは後々決めるとしてとりあえず新スレをだね

421名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 22:58:35 ID:HWJ8iQxE0
テンプレが>>412>>413に修正した奴でよければ立ててくるよ

422名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 23:00:18 ID:5pvldCXcO
>>421
よろしくおねがいしまあぁぁぁぁぁぁぁすっ!

423名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 23:07:32 ID:HWJ8iQxE0
夏戦争やめれw

【シェア】みんなで世界を創るスレ6【クロス】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1281103438/

424名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 23:09:02 ID:6doF.Z4M0


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  r ‐‐‐---- ‐ ‥ー-   ..___    l          J       }:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:,、:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.リ
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   ,、 - '' ´,,_, ヽ、 _,,.、-‐- 、  _/?W              ノ/ /:.:./〃/ヘ  }:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ノ
  丶-‐' " / _ (、_ー'_,.、_    ゝ、 r‐ 二三 ̄`ヽ     /  ノ ´  /  ーノ /:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:;.ィ/′
         ,′ノ <ヽ、_   `、    1|::::::::::::::::::::::: |       ´      / /:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:/  ̄ ̄ ̄ ´ /
      / ノ`ヽ_`‐-゙、ゝ、_ 丶、  1|::::::::      |              /:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ノ       /
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                      1|        |   し      /  ノ   j:.:.:ト、:.:.:.:.:ト__  /_ - 二
                        1|        |           (ノ ノ ソ \:.:{. ̄<''~´「
                           1|        }                    >''´    く    ) )
                         1|:.       ..:;/             し   _‐ ´        > __ 丶丶
                        1|:.:..... .....:.:.:.:.:,/              _ - ゙           ‐
                       くヘ、_:_:_:_:_:_/        {ノ   _ - ´          ‐ ´
                         丁       J - "⌒ヽ _ -‐´       _ -  ´
                         \ _ ,、 - ´     /         _ -
                                   /       _ ‐
  ありがとうございまーーす!!!

425名無しさん@避難中:2010/08/06(金) 23:20:35 ID:5pvldCXcO
よくやった、ジュースをおごってやろう

426名無しさん@避難中:2010/08/07(土) 20:58:50 ID:s3dYva7oO
新スレ立ったというのにお前ら静かすぎてワロタ

427名無しさん@避難中:2010/08/07(土) 21:19:36 ID:9D5N3yDY0
みんつくスレ民は皆シャイなんだよ……
人がすくないとかそういうんじゃ断じてないからな!!

428名無しさん@避難中:2010/08/09(月) 20:43:58 ID:9AMFIzb.O
居ます…
でも規制で、しかも風邪治んないんです…

429名無しさん@避難中:2010/08/09(月) 21:18:43 ID:Di6SBE7.O
おとなしく寝てなさいwwww

430名無しさん@避難中:2010/08/09(月) 21:45:45 ID:wkPri2rsO
夏風邪流行ってるみたいだな
鯖移転のせいで過疎るしパソコンぶっ壊れるし今年の夏はろくな事無いぜ

431名無しさん@避難中:2010/08/10(火) 00:12:13 ID:MqhQA7uY0
ゴタゴタが落ち着いてからなんだか静かですね
そんな中投下
どなたか本スレへ代行してもらえるとありがたいです

432狸よ躍れ、地獄の只中で:2010/08/10(火) 00:13:52 ID:MqhQA7uY0
 第四話『刀語、でござる……だ、題名考えるのが面倒だっただけでござる! パクリとかじゃござらんし!』


 愛刀を佩いて藤ノ大姐の元へと戻った迅九郎は、屋敷の玄関先にぼってりとうずくまっている奇怪
な物体を見とがめ、眉をひそめた。 

「……大姐様、何でござるか? このぶくぶくのぱんぱかぱんに膨れ上がった虎柄の毛玉は」
「何を言うておるのじゃ狸……というのは流石に酷かのう。こうまで大きく変化してしまってはな。ほ
れ、さっきのあの猫じゃよ。同じ模様をしておるじゃろ」
「あの猫……? 確かアカトラとかいうあの無礼な? いやいやお待ちください大姐様。確かに無礼な
猫ではありましたが、こんなはち切れる寸前の水風船のような体型ではなかったはず」

「アホ狸! 大姐様のお話聞いとらんかったんかニャ! これは変化の術なのニャ! ちょ、ちょっと
失敗しちゃって、こんなぱんぱんになっちゃったけどニャ」

 ぶくぶくの毛玉が喋っている。その声もまたややふくよかな感じになってはいるものの、確かにあの
甲高くてよく通る、さっき聞いたばかりの声だとわかった。最後のほう、だいぶ自信なさげにぼそぼそ
なってはいたが。

「アカトラよ、術の鍛錬は日々怠ってはならんと言っておいたはずじゃよ?」
「ご、ごめんなさいニャ大姐様……」
 咎める、というよりは優しく諭すような藤ノ大姐に、毛玉は素直に謝る。さすが、年季が違うななど
と、迅九郎は勝手に得心した。

「まあよいよい。さて、では狸よ。乗れ」
「は?」
「は? じゃのうて。なんじゃその妙に心がささくれ立つ声色と表情は。この毛玉の背に乗れと言うて
おるのじゃ。ほれ早く」

 ぱんぱんに膨れ上がり、もはや本来猫であるとは思えない大きさにまで達している毛玉。とは言って
もやはり本来は所詮猫。背に乗ったりして大丈夫なのだろうか。柄にもなく冷静な思考を回そうとした
迅九郎だったが、それを許さないのが鬼のババア。

「まったくもう、何を躊躇しておるのじゃこの狸めは。わしが乗れと言ったらさっさと乗るのじゃ。ほ
れどすーん! なんちてな」
 考え込む迅九郎にほぼ不意打ちの形で、ガラ空きの背後に渾身の体当たりをかます鬼のババア。奇襲
を受けた迅九郎は赤い虎柄の毛玉へ目がけ、声を上げることもできずに崩れ落ちていった。

433狸よ躍れ、地獄の只中で:2010/08/10(火) 00:14:45 ID:MqhQA7uY0
「成程。やはりこのアカトラとやらは化け猫の類でござったか。しかしこの背中、ふかふかとしてなか
なか心地よいなあ」
「こ、こら狸! あんまりもふもふしちゃダメニャ! くすぐったいのニャ! バランス崩して落っこ
ちても知らんニャ!」 
「わしもアカトラの背に乗るのは久しぶりじゃが、ほんにそなたの背は落ち着くのう。毛並みもよいし、
柔らかいし」
「大姐様までもふもふしちゃダメニャ! ダメニャ!!」

 屋敷の玄関先での悶着から数刻。迅九郎は藤ノ大姐とともに、アカトラの背に跨って地獄の空の人と
なっていた。この「空を飛ぶ」というのも、化け猫アカトラが持つ術の一つだそうだ。地獄の化け猫は
結構多才なのだなと、迅九郎は少し感心していた。

 しかし何より、その背の心地よいこと。あまり速度は出せないらしく、ふわふわのんびりと揺られる
その感覚と相まって、眠りの世界に誘われることすでに数度。早くも自分がなぜ今この背に乗っている
のか忘れそうになっている迅九郎だった。

 もう何度目かもわからない睡魔の襲撃にいよいよ屈服しかけた、ちょうどその時。
「狸よ」
 背後にいる藤ノ大姐が声をかけてきた。眠気を振り切って答える。

「何でしょう」
「退屈じゃ。何か面白い話を聞かせよ」
「は?」
「は? じゃのうてえ。なんでそなたの「は?」はこうも神経を逆なでられるのじゃ? ほれ、なんか
あるじゃろ? 面白い話。例えば……」

 藤ノ大姐はそこで、思いっきりわざとらしい溜めを作った。こういうわざとらしさというのは、相手
も次の言葉をうすうすは感づいているだろうという前提があって意味をなすのだが、ぼんやり狸の迅九
郎の場合は話が別だ。迅九郎は次の言葉が何かなど考える気さえなかった。すでにまた眠気に襲われか
けてすらいた。

「そなたの持つ刀について、とかな」
「……この刀。童子切について、でござるか」
「そうそう。その『童子切』についてじゃ」

 眠気は、すっかりと覚めていた。

434狸よ躍れ、地獄の只中で:2010/08/10(火) 00:15:23 ID:MqhQA7uY0
 ふわふわと浮遊するように飛ぶアカトラの背中の上で、迅九郎は背後にいる藤ノ大姐のほうに体ごと
向き直る。空の上なのだが、彼はその辺意識していないのか、臆することもなくひょいひょいと身軽な
身のこなし。おそらく何も考えていないだけなのだろう。

「まず、先に申し上げておくべきことがござる。実はこの刀……」
「う、うむ」

 わざわざ空の上で体の向きを変えて、真摯な表情で語る迅九郎に、藤ノ大姐も少し身構える。迅九郎
の尻のあたりから、ごくりと唾を呑むような音がする。アカトラだ。両者とも、迅九郎の次の言葉を聞
き逃すまいと構えている。

「この刀、刀身がないのですよ」
「は?」
「ニャ?」
「おや、聞き逃したんでござるか? この刀、刀身がないのですよ。刀身がないのです、この刀」

 藤ノ大姐、「は?」と言った表情からまるで動かない。それはきっとアカトラも同じだろう。おそら
く迅九郎の言葉は聞こえていない。
 空気の読めない侍、迅九郎。追い打ちをかけるように、
「証をお見せするでござる。じゃじゃん! どうでござる? 刀身ないでござろう?」

 となぜか愉快気に言って、鞘から柄を引き抜いて見せる。その言葉通り、ぎらりと鈍く揺らめく、数
多の妖物の血を吸ってきたいわくつきの刀身など、そこには存在しなかった。

 藤ノ大姐はいまだに「は?」の表情のまま凍りついていた。ぱちぱちと瞬きをしていることから、と
りあえず生きてはいるようだと、迅九郎は無用の納得をした。

 かちん、と小さな音を鳴らして、刀身のない刀を鞘へと戻す。ふっと一つ、小さな息をつく。

「言うまでもないことですが、『童子切安綱』という銘の刀は、この世……ではなく、現世に一振しか
ございませぬ。まあ厳密にいえば『童子切』などというのは銘ではなく……いやそれはいいとして。由
緒ある武家、源氏のさるお方が鬼退治に使われたとされるのが、童子切安綱でござる。大姐様であれば
勿論、御存知でいらっしゃいますね」

「む、無論じゃ。あの頃は酒呑の一族も……あ、なんでもないぞ。ほれ、続けよ」
「源氏の御名と輝かしい名声に泥をかけるつもりは毛ほどもありません。ただ、真の童子切安綱は、拙
者が持っているこの刀なのです」
「ほうほう。謎がみすてりいというやつかの。面白いのう、続けるのじゃ」

435狸よ躍れ、地獄の只中で:2010/08/10(火) 00:15:58 ID:MqhQA7uY0
 刀身ない発言の衝撃もようやく薄れてきたか、藤ノ大姐は迅九郎の話にずいと身を乗り出す。はだけ
た着物の中が見えかけて、さすがに焦った迅九郎は、腰にさした愛刀に目をやる。

「源氏の御大将が使われた安綱の刀身は、もともとこの刀の刀身でした。いつ、どうしてこの刀の刀身
だけが失われたのかは拙者存じません。ですが拙者がこの刀を手にした時、この刀もまた『童子切』と
呼ばれていました。そしてまた、そう呼ばれるにふさわしい力を持つ刀だったのですよ、こいつは」

 真剣な表情で綴られる迅九郎の言葉に、ふむふむと納得しかけていた藤ノ大姐だったが、ここであか
らさまな矛盾に気付く。
「待つのじゃ狸。その刀、刀身がないじゃろうが。刀身がない刀に力も宝もあるものか」
「あ、さすがです大姐様。あっさりばれてしまいました」

 てへ、という表情でうそぶく狸。藤ノ大姐、大噴火寸前である。
「されど、拙者の持つこの『童子切』にはちょっとした秘密があるのです。この刀の――」
「お喋りはそこまでニャ! 鬼婆、近いニャ!」

 アカトラの緊迫した声が、迅九郎ののんびりした言葉を遮った。アカトラの発言で迅九郎はようやく
当初の目的を思い出した。鬼婆退治。確かそうだったはずだ。

 屋敷からどれほど飛んできたのだろうか。時間で言えば結構長かったように思うが、なにぶん毛玉と
化したアカトラはただ浮遊しているだけで、速度などないに等しかった。それを考えれば、距離は大し
て離れていないのかもしれない。

 真っ黒の厚い雲に覆われた空と、灰色の濃い霧に覆われた、眼下に広がる沈みこんだ大地。華やかで
きらびやかな花の蔵屋敷が、幻であったかのようにも思えてくる。

 地獄。ここは、やはり地獄。誰もが厭うその地へと、自分は落ちた。

 ――無意味なことなど何もない。何かを無意味だと思うかどうかは、己の気持ち一つだ。

 生前、そんな言葉を誰かから聞かされたような気がする。
 自分はこの言葉に賛成はしなかった。でも今、少しだけ――

「死でさえも、意味はあるのだろうか。地獄に落ちたこと、心ならずもそこに留まっていること。それ
ら全て、意味があるというのだろうか」

 少しだけ、信じてみようかと思った。


 第四話『刀語、でござる……だ、題名考えるのが面倒だっただけでござる! パクリとかじゃござらんし!』終

436名無しさん@避難中:2010/08/10(火) 00:16:51 ID:MqhQA7uY0
投下終わりです

437名無しさん@避難中:2010/08/10(火) 00:41:49 ID:dFMuojjcO
空飛ぶ猫バス乗りたいです(^p^)

438名無しさん@避難中:2010/08/10(火) 15:31:25 ID:5e.31WbQO
規制中で代行できないけど、こちらに感想をば

なんか迅九郎と藤の大姐っていいコンビだなw いや、アカトラ含めてトリオかw 次回鬼婆登場に大期待!!

439名無しさん@避難中:2010/08/10(火) 17:41:32 ID:RJDrlwoQ0
アカトラー!俺だー!モフモフさせてくれー!

440名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 21:12:10 ID:KKETLjLoO
戦場に散った日本兵の英霊が、
60年の時を経て日本に帰って来るっつーまるで地獄世界みたいなドラマやってるぞ

441名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 22:22:12 ID:F3lNBr2MO
『帰国』だね

442名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 22:37:56 ID:HZggZ3X20
それと僕的にはあれは日本じゃなくて『ジャポネ・ジャーパン・ジパング』と呼びたい

443名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 22:39:04 ID:QAq6Jz0Y0
お前ら生きてたのか

444名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 23:07:22 ID:KKETLjLoO
全然死んでないんだけど、規制で投下出来ないよね

445名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 23:12:16 ID:HZggZ3X20
生きているけど投下する人間じゃないんだ
そして規制されている

446名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 23:41:45 ID:QAq6Jz0Y0
そうなのか……
俺はあんまりにも過疎だから他所に浮気しつつある……

447名無しさん@避難中:2010/08/14(土) 23:50:47 ID:F3lNBr2MO
盆正月は忙しい境遇なのと、執筆環境を変えたらパタリと書けなくなった次第で
でも盆明けたら本気出す

448名無しさん@避難中:2010/08/17(火) 21:55:43 ID:Ohx1K2LIO
白狐と青年投下きてりゅうぅぅぅぅっっ
何だろう、俄然やる気が出てきた

449名無しさん@避難中:2010/08/18(水) 14:49:31 ID:sa4/bHXs0
投下あったし久々に本スレに書き込みたいけど
おのれ規制ーーーーーーーーー!

450名無しさん@避難中:2010/08/23(月) 23:55:38 ID:QxpDSxdw0
さみしいな

451名無しさん@避難中:2010/08/24(火) 07:04:08 ID:XpqGBk7s0
ああ……

452名無しさん@避難中:2010/08/24(火) 07:30:30 ID:Xle96pj2O
少しは書き溜まってるが書き込めない
もういっそここに書こうかな

453名無しさん@避難中:2010/08/24(火) 19:12:05 ID:jDuGbbkcO
シェアワスレはいつでもウェルカム

454名無しさん@避難中:2010/08/25(水) 02:59:33 ID:3I/lFtq20
かつて一日一回は投下のあったみんなで世界を創るスレというものがあってな…

455名無しさん@避難中:2010/08/25(水) 04:29:04 ID:NQR8kIsU0
しかしそのスレは移転クライシスの煽りを受けてしまったんじゃよ…

456名無しさん@避難中:2010/08/27(金) 20:32:36 ID:l9JpREucO
執筆環境が復旧。さあ書くぞ!!
相変わらず本スレにゃ書き込めないが……

457名無しさん@避難中:2010/08/27(金) 23:44:18 ID:kFo/st9UO
誰か投票スレでキャラ解説してあげようぜ
にわかの自分は書くべきじゃないと思うので

458名無しさん@避難中:2010/08/27(金) 23:46:55 ID:34VJSA620
kwsk

459名無しさん@避難中:2010/08/27(金) 23:51:04 ID:34VJSA620
自己解決しますた

460名無しさん@避難中:2010/08/28(土) 00:34:00 ID:UAV0OUdw0
本日は創作発表板の2周年記念日です!

現在、創作発表板の2周年企画として行っていた「キャラクター人気投票」の結果発表にあたり
その際に読み上げる、簡単なキャラクター紹介文を募集しております
もちろん、創作物という形での紹介も大歓迎です!

お隣さんと絡む機会の少ない板ですが、2周年のこの日は板の世界を楽しんでみませんか?

会場
【2周年記念】創発キャラクター人気投票アピール会場
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1280318388/

創作発表板@wiki−人気投票
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/801.html
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/851.html


紹介する時のテンプレート
欲しい情報としては
【キャラクター名】
【登場するスレ】
【キャラの説明】
【スレッドの内容】

らしいです
トエル・大賀美夜々重・湯乃香・クズハが投票所に名前があったのでよろしかったら紹介文等書いてみてはいかがでしょう

461名無しさん@避難中:2010/08/28(土) 03:20:45 ID:GDc96FjA0
うおおおおおおおおおおおおババアアアアアアアアアアアア!!
藤のおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!
俺だあああああああああ!!ご飯よそってくれええええええええええええええ!!

462名無しさん@避難中:2010/08/28(土) 09:40:52 ID:KFBQR9f.0
それを猟師が鉄砲で撃ってさ
煮てさ焼いてさ食ってさ

463名無しさん@避難中:2010/08/31(火) 17:07:05 ID:6pc0tbQc0
最後の最後で規制入ったよ↓代行誰か頼みます…


―次回予告。
水萌を襲う怪事件。その事件に立ち向かうは我らが再生機関!
「ふえぇ、おおいそがしですし」
なぜ歌姫から声が消えるのか、犯人は一体…!?
「これって、金田一的に言ったら犯人死ぬパターンだよね」
刻々と迫る声魂祭までの時間。そして現れる謎の男……
「僕達の周りを嗅ぎまわってるみたいだけど、計画の邪魔はさせないよ?」
「特別に見せてあげよう……僕の力をねッッ!!変身!」『"Fusion Load"』
次回・正義の定義第十一話
     『NEXTフェイズ』
君にこの謎が解けるか!?


投下終了。
最後二人は物語の本筋に関わってくるであろうグループの一員です。
本来出す予定のなかったキャラですけど、過疎とかモチベーションとかの問題で投げ出してしまいそうなので
投げ出すよりかは展開早めにして早期決着すべきと思い、二人を出しました。でも、もうちょっとだけ続くんじゃよ。
これを気に人が戻ってきてくれればいいな,カムバックみんつくスレ民!

464名無しさん@避難中:2010/08/31(火) 17:08:54 ID:6pc0tbQc0
とか言ってるけど自分もかなり投下サボってたって話なんだけどね。
以前の勢いを取り戻せたらいいな。

465名無しさん@避難中:2010/08/31(火) 20:54:02 ID:nXC0pxRIO
規制中なのでこちらで投下乙!!
声を奪う異形ってよくいそうで意外と思いつかないw
さて、俺も頑張って続き書こうかw

466名無しさん@避難中:2010/09/01(水) 17:46:08 ID:VGHwK95.0
落書きクズハちゃん!
ttp://a-draw.com/contents/uploader2/src/a-draw1_24104.jpg
前に書いたのからずいぶんで髪型が変わったようなそうでないような
あと自分の中の桃太郎のイメージはこんなん
ttp://a-draw.com/contents/uploader2/src/a-draw1_24105.jpg

467名無しさん@避難中:2010/09/01(水) 17:55:45 ID:zm3OTISY0
うおおおおおクズハたぁぁぁぁぁん髪の毛もふもふさせろおおおおおおおお

468名無しさん@避難中:2010/09/01(水) 20:46:10 ID:BVQdu7goO
ぐっじょぶだが桃がww

469名無しさん@避難中:2010/09/01(水) 22:09:44 ID:2mbwKB.k0
おお、GJ!
だがしかし桃太郎がなぜか鬼に見えるww
某高木さん扮する緑色の鬼のせいだろうか

470名無しさん@避難中:2010/09/01(水) 23:01:31 ID:v7IzUaTA0
クズハかわいいよクズハ

桃太郎の表情www

471 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:41:28 ID:ukeca/Hg0
NEMESIS 第8話 回想〜クラウス・ブライト、セフィリア・ブライト

ある晴れた日の昼下がり、クラウスとセフィリアは聖ニコライ孤児院にいた。赤ちゃんが捨てられていたあの日、8人全員、セフィリアを含めると
9人全員で孤児院を何らかの形でバックアップしていくことをシオンが提案し、残る8人もそれに同調した。
話し合いの結果、シオンは孤児院の子供たちの医療費の全額免除、シュヴァルツは資金援助、アスナはブクリエのケーキを全品半額、
フィオは周辺の孤児院周辺の警備強化、セオドールはブルー・スカイハイの無料ライブと作詞作曲に興味がある子供たちのための、作詞作曲講座や
古今東西の様々な楽器を使った音楽教室を実施、クラウス、セフィリア、ベルクト、アリーヤも何かできることは必ずあるはずと模索しつつ、
2週間に一度の9人による劇に参加していた。今日はその第一回目公演の日である・孤児院には10歳にも満たない幼児や大学生とその年齢層はピンキリなので、
万人を飽きさせない演目を選ぶ必要があった。そこで白羽の矢を立てたのが、「3150万秒と、少し」である。そのあらすじはというと、次のようなものである。

高校3年生の冬、卒業も間近だということで主人公の2人の少女、アスカとオトハは友人たちや学校の教師たちとスキー旅行に出かけることになった。
だが、楽しいはずのその旅行の最中起きた雪崩にバスが飲み込まれ、アスカとオトハを残して友人たちは全てこの世から去ってしまう。
家族や医者の言葉がむなしく響き、ショックと絶望、喪失感からオトハが街外れにある岬の灯台に行こうと言い出した。その岬から落ちた人はほとんど生きては帰れない。
そんな時、アスカはオトハにある提案をするのである。

「一年だけ、一年だけ待ってくれないかな?やりたいことがあるの。オトハと二人で一年間やりたいことが。それが終わったら一年後にここに来よう」

かくして、アスカの作ったやることリストに従い、二人の「生きる」が始まるのだった―というものである。

配役は、年が近いという理由でアスカをフィオ、オトハをセフィリアが演じることとなった。フィオは自警団の仕事の傍ら練習に参加していたので
うまく演じられるか不安要素はぬぐえなかったのだが、当の彼女はその持前の呑み込みの速さでセリフや動きなどの振付をどんどんマスターしていった。
そして劇は孤児院のホールにて開かれることとなり、滞りなく進み最後には子供たちの拍手喝采とともに幕を閉じた。
そして劇も終わり、9人はそれぞれ孤児院の子供たちや職員たちと交流の時間を持つ。まずアスナは、ローゼ、クララといったブクリエのケーキを楽しみに
している子供たちから今後どんなケーキが食べたいか意見を拝聴しているところだった。こんなケーキが食べたいという子供たちの要望に対して
丁寧にノートにメモを取り、ペンを握る右手を顎に当てて考え込む。どうやらこの段階ですでにレシピなどの構想を練っているようだった。

「うんわかった。試作品ができたらみんなのところに一番に持ってくるからね」

フィオは孤児院の元気な子供たちと庭にて鉄砲ごっこに興じていた。BB弾が目に入らないようにゴーグルを着用させるという配慮をするフィオだったが、
数で圧倒してくる子供たちの集中砲火を受けて逃げ惑っていた。

「いたっ、ちょっと君たちそれは反則だって、あいたっ!」

セオドールはと言うと、モニカやドラギーチといったハイスクールに通うティーンエイジャーの子供たちからサインを求められていた。
彼はスラムを拠点としながらも閉鎖都市全体を通して絶大な人気を誇るロックバンド、ブルー・スカイハイのボーカルであり、3日後には
この孤児院で初の無料ライブを控えていた。ブルー・スカイハイのスケジュール上、ライブよりも先に告死天使たちによる劇のほうが先に公演されることになったのだ。
よって、セオドールが孤児院に来るのはこれが初めてであり、先ほどの劇に出演した時にはどよめきと歓声が巻き起こったものだった。
サインと言っても彼が来ることなど子供たちには事前に知らされておらず、セオドールは彼らの着ている衣服の上に油性マジックでサインを施してゆく。

472 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:42:32 ID:ukeca/Hg0
彼らの人気の秘密はその奏でる楽曲もさることながらファンをとても大事にすることだった。スラムで行うライブの後にはメンバー全員で観客と握手を
交わしてゆくことなど当たり前。さらにファンレターはメンバー6人全員で手分けして返事を書き、その最後にはメンバー全員の直筆のサインが入るという
凝りようであった。そんなセオドールとブルー・スカイハイについて語るのはまた後日。
シオンはやはり孤児院で育ったという黒人の大男、ポープと何か話をしている。

「ポープさん、私の見立てではどうやらあなたは喉と肺を悪くしているようだが…治す気はないか?手術をすればあなたの喉も肺も健康を取り戻せるのだが」
「オゥ、本当デスカ?ソレナラ是非オ願イシタイデス」

シュヴァルツはというとチューダーと何かお互い通じるところがあったらしく意気投合し、通信機器の話で盛り上がっていた。ベルクトはミシェルにからかわれていた。

「あら、かわいい坊や。お姉さんが大人の魅力をたっぷり教えてあげましょうか?」

妖艶な口調で語りかけ、ベルクトの肩に腕を回すミシェルだが、未成年をたぶらかすんじゃないとゲオルグに止められた。
一方、ベルクトはと言うと苦笑いを浮かべていた。アリーヤはイレアナと世間話をしている。

「いつもあの子供たちの世話で大変だろう。赤子から学生まで様々な年齢の子供の面倒をみるというのは」
「あらあら、私だってこの孤児院で育った身だし、あの子たちの笑顔や生き生きとした姿を見ていれば少しくらいの苦労はすぐに吹き飛ぶから」

そして、クラウスとセフィリアは…ゲオルグと話していた。子供たちがブクリエのケーキを楽しむあの部屋のテーブルについてアスナが持ってきたケーキと
シオンが持ってきた紅茶を淹れてティータイムの傍ら様々な話をしている。クラウスとセフィリアが初めてゲオルグと出会ったときに託した赤ちゃんが
この孤児院で元気に暮らしていることを先ほど確認し、このゲオルグという男が誠実かつ信頼できる人物だということをクラウスとセフィリアは知った。

「ゲオルグさん、約束を守ってくださってありがとうございます」
「気にするな。君たちの友人たちには世話になっているからこれくらいのことは当然だ」

セフィリアが感謝の言葉を述べて、ゲオルグがそれに答える。セフィリアもクラウスも衣装から着替えていたが、セフィリアは孤児院に来る時は
常にクラウスからもらったあの白いコートを身に纏うことにしている。シオンがそう思うようにセフィリアにとっても孤児院の子供たちは大切な存在。
この殺伐としたスラムにおいて聖ニコライ孤児院だけがそこから隔絶された空間であり、多くの人間が住んでいてもさながら一つの家族のような雰囲気を醸し出している。
そんな存在と触れ合うのに継ぎ接ぎだらけのぼろぼろの服を着ていく訳にはいかず、故にこの純白のコートを身に纏うようにしているのだ。
一方、クラウスはと言うと…あの告死天使の黒装束を身に纏っていた。赤ちゃんを引き渡したあの日以来クラウスとセフィリアは何度か聖ニコライ孤児院に
出入りする機会があったのだが、ゲオルグはどうやら告死天使の存在を信じてはいないようだった。あの時アリーヤが広げた8人の直筆のサインが入った
誓約書をゲオルグとアレックスにも目の当たりにしたというのに。そこで、クラウスとセフィリアは今日一つずつの決めごとを持ってこの孤児院にやってきた。
まずクラウスは、自分が告死天使だということをゲオルグに信じてもらうことだった。だが、それはこの孤児院に二度と足を踏み入れられなくなるという可能性も
孕んでいた。自分は貴族を3人、聖ヘスティア学院の女生徒たち6人、計9人もの命を奪った殺人鬼だ。それがたとえ自分が生まれ育ったスラムを守るため、
傷つけられた仲間の敵を討つためとはいえ、人の命を奪ったという事実に変わりはない。だが、目の前の誠実かつ心優しいこの男に対してこれ以上
自らの素性を隠すことなどできなかったのだ。明るい笑顔でゲオルグと言葉を交わすセフィリアとは対照的に神妙な面持ちを浮かべてクラウスは切り出した。

「あの、ゲオルグさん。今日は一つお話したいことがあるんです。今僕が着ているこの服、あなたと初めて会ったときにも身に纏っていましたが、
 実はこの服こそがあなたがその存在を疑う告死天使が身に纏う装束なんです。僕だけじゃなく、セフィリアを除いた全員が告死天使のメンバーです」

473 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:44:08 ID:ukeca/Hg0
そしてクラウスはこの装束が黒い理由は、夜間迷彩としてだけではなく、犠牲者に対する喪服としての意味合いも含めていることを語る。
これで告白は終わった。クラウスは固唾を飲んでゲオルグの答えを待つ。ゲオルグがたとえ二度と目の前に現れるなという言葉を口にしてもこれなら後悔はない。
だが、次にゲオルグの口から出た言葉は意外なものだった。

「クラウス君…君が何者であろうがそんなことは関係ない。ただこの二週間、君たちと接した子供たちは口をそろえてまた来てほしいと言っていた。
 君たちは俺たちにできないことができる。だから、これからも孤児院に来てくれるとありがたい」
「ゲオルグさん…ありがとうございます…」

クラウスの告白に対するゲオルグの解答を得た瞬間、彼は目頭を押さえてゲオルグに頭を下げた。セフィリアから白いハンカチを手渡され、クラウスは目を拭う。
そして、ハンカチをセフィリアに返すと、それを合図と言わんばかりに今度はセフィリアがゲオルグに切りだすのだった。

「ゲオルグさん、私もあなたに聴いていただきたい話があるんです。私と…クラウス兄さんの過去についてです」

セフィリアの思いがけない言葉にクラウスは驚きの表情を浮かべて彼女のほうを向くが、その瞳には不退転の強い決意が宿っていた。
彼女のそんな瞳にクラウスはふっとひとつ鼻で息をついてゆっくりと頷いた。それを皮切りとし、セフィリアは語り出す。

クラウス・ブライトとセフィリア・ブライトがともにこの世に生を受けたのは今から20年前。当時このスラムで小さな酒屋を営んでいた父・カルロスと
その酒屋の一番の常連客だった母・アリシアとの間に生まれる。アリシアは25年前、14歳のときにに初めてカルロスの酒屋を訪れたのだが、
当時彼女はスラムのバーで下働きをしていてよくこの酒屋に買い付けにきていたのだ。週に3回ほど通ううちに彼女はカルロスの穏やかな人柄と容姿に触れて、
だんだんと彼に惹かれていった。カルロスもアリシアの美しい容姿、ブロンドの髪、そして何よりその心優しい性格に触れ、彼女に惹かれていくのだった。
そして21年前、4年間の交際を経て晴れて二人は結ばれることとなった。その新婚初夜、二人は身体を交わらせた。そうしてアリシアが18歳のときに身籠ったのが、
クラウスとセフィリアである。ただ、2人を身籠ったアリシアは産まれた後の2人を育てるために仕事を続けた。カルロスもそんなアリシアを心配しながら
彼女とともに2人を育てるために今まで以上に仕事に励むのだった。そして、アリシアのお腹が膨れて目立ってきたころ、産休としてアリシアは休みを取った。
スラムの病院に入院したアリシアにカルロスは仕事の傍ら付き添い、2人は幸福の真っただ中にいた。

「君のお腹、だいぶ大きくなってきたね。産まれてくる二人の子供にはなんて名前をつけようか?」
「二人で決めましょう。男の子にはあなたが、女の子には私が名前を付けるのはどうかしら?」
「いいね。じゃあ僕は、そうだね…クラウス、なんてどうかな?クラウス・ブライト」
「いい名前ね。それじゃあ私は…セフィリア。セフィリア・ブライト」

474 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:45:12 ID:ukeca/Hg0
こうして産まれてくる二人の名前はクラウスとセフィリアに決まり、そして二人が身体を交わらせてからおよそ10カ月が経ったころ、
ついにクラウスとセフィリアがこの世界に産み落とされる日がやってきた。双子と言うことで難産が予想されたが、神様が助けてくれたのだろう。
医師の予想とは裏腹にすとんと産み落とされるのだった。その出産に立ち会ったカルロスは産まれたばかりの2人を腕に抱いてこの世界でもっとも幸福
であるかのような、そんな笑顔を持ってアリシアに見せる。出産の疲労で疲れ切った表情を浮かべるアリシアも、カルロスの腕の中で産声を上げる
クラウスとセフィリアの姿に微笑を浮かべるのだった。だが、運命は最後の最後に残酷な結末を用意していた。
幸せいっぱいという表情を浮かべる2人とは裏腹に焦った表情を浮かべる医師。その理由は、アリシアの胎盤がいつまでたっても娩出されないことにあった。
通常、赤ちゃんが産まれた後お母さんのお腹の中で赤ちゃんのベッドの役割を果たす胎盤は外に自然に娩出されるのだが、
何らかの理由で胎盤の絨毛組織が子宮の筋層に侵入していた場合、胎盤が子宮から剥がれずに、医師が直接剥がさない限り出産の進行が不可能になる。
これを癒着胎盤という。幸せに水を差すようで悪いのですが…と前置きをしたうえで医師がカルロスとアリシアにそれを説明する。

「治せるんですよね。ならすぐに治してください」

確かに医師の手を加えれば胎盤を剥がすことはできる。だが、癒着胎盤の問題はこの先にある。胎盤を剥がすときに大量の出血を伴い、それを原因として
最悪の場合、失血死の可能性もある。それをカルロスとアリシアに説明する医師。そして、医師は説明を終えてある書類を彼に手渡した。
それは…誓約書だった。万が一、アリシアが死ぬようなことになっても自警団当局の捜査の結果医療ミスが見つからなかった場合、
医師を提訴することはしないという内容であった。手術にはどうしても必然的リスクは付きまとうのだが、そこにまで重箱の隅をつつくかのように
やれ提訴だやれ裁判だなどと吹っかけてくる輩が後を絶たず、医師不足の原因の要因の一つになってしまっているという現実がある。
それを防ぐために、医師はあらかじめ家族にこのような誓約書を用意し、サインを求めるのだ。医師がこの書類の趣旨を説明し、それに納得しサインするカルロス。
その書類を金庫に保管するようにと看護師に手渡して、医師は胎盤を剥がす手術に入る。まずアリシアに麻酔を投与して眠らせ、
それを確認した後帝王切開で彼女の腹部を開き、子宮に張り付く胎盤を剥がそうと試みる医師。慎重に剥がしていき、ようやく胎盤を完全に娩出することができたのだが
やはり大出血がおこる。すかさず止血に移行する医師だったが、出血は収まらない。この場合、子宮そのものを摘出する必要があり、出血によって失われた血を
補うために輸血を行いながら、彼女の腹部から子宮は摘出された。血圧も安定し、アリシアは分娩室を後にし、病室のベッドにその身を横たえた。
しかし、医師から麻酔の効力が切れて覚醒するであろうと告げられた時間を過ぎてもアリシアは目覚めなかった。カルロスは麻酔の過多投与を疑ったが、
手術チームの麻酔科医が指示して書記に書かせたカルテに記載された麻酔の量は正常なものであり、過多投与は考えられなかったのだが、
結局その後アリシアが目を覚ますことはなかった。その悲しみの矛先も、カルロスが書いた誓約書、ならびにカルテが医療ミスではないことを証明している以上
医師たちに向けることも出来ずにカルロスは悲しみに打ちひしがれた。だが、カルロスには生きる希望がしっかりと残されていたのだ。
眠りに就いたアリシアが残した、クラウスとセフィリアである。二人が産まれてからおよそ2週間、カルロスは病院から二人を引き取り、
自宅を兼ねた酒屋で育てることとなった。といってもカルロスは育児など当然したこともなく、最初のうちは育児書を見ながら悪戦苦闘の日々を送ることになる。
しかし、カルロスはそれでも虐待や育児放棄など決してすることなく極めて献身的に2人を育てた。その姿は酒を買いに来る客からも好意的に映り、
酒屋の売り上げも安定し二人の養育費には事欠かなかった。しかし、二人が物心ついたころ、カルロスはクラウスとセフィリアから当然の疑問を投げかけられる。

「お父さん、なんで僕達にはお母さんがいないの?」
「うん、友達は暗くなってくるとお母さんが迎えに来るけど私たちにはいないから」

カルロスは少し悩んだ末に、二人の疑問に対してこう切り返した。

「お母さんはね、クラウスとセフィリアが生まれてすぐに遠いところにいっちゃたんだ。二人をよろしくって言い残してね。多分もう戻って来ないだろうな…」

475 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:46:10 ID:ukeca/Hg0
周りの友人たちに母親がいるのに自分たちにはいないという悲しさ、寂しさを抱えながらもその母親の分の愛情を注いでくれるカルロスの言うことを
二人は素直に聞いた。そして二人が小学校に入学し、カルロスの負担も軽くなりこれまで育児で疲れていた身体、精神をようやく休められることとなった。
一方、クラウスとセフィリアは学校の計らいで6年間常に同じクラスとなった。最初の3年間こそ周囲と仲良く過ごせていたものの、
4年生となり、だんだんと大人に向けての成長のプロセスの中で心が成長していくのだが同時に不安定になりがちな時期でもある。
そんな中で、「性」に興味を持ち始めた男子、女性としての「美しさ」をまだ幼いながらに意識し始めた女子からセフィリアは興味と嫉妬の対象となり、
毎日のようにからかいやいじめの対象となった。しかし、そんな妹を常に守りつづけたのが、クラウスだった。
男子からのからかいに対しては、当時ボクシング、キックボクシング、空手、ムエタイ、テコンドーなどあらゆる立ち技格闘技を織り交ぜた総合格闘技
「R(リング)-1」のミドル級チャンピオン、アルバート・サワー選手を模倣したキックで応戦、嫉妬から浴びせられる女子たちからの心ない言葉に対しては、
閉鎖都市で毎年11月の初頭に開催される「ディア・デ・ムエルトス」というフェスティバルの出し物の一つである、
バカみたいに笑う骸骨(エスケレト)を模倣しながら、彼女たち以上の暴言を浴びせた。そのため、逆に泣いてしまう女子が続出し、担任教師からしばしば
叱責を受けたが、クラウスのこの行動が見事に功を奏して一月足らずでセフィリアに対するからかいやいじめはなくなった。
これら一連のクラウスの行動が8年後アスナから「サディスティッククラウス」と呼ばれドン引きされた行動の前身であった。
だが家ではそんなクラウスの行動もセフィリアはカルロスに誇らしげに語るのだった。

「お父さん、今日もお兄ちゃんが助けてくれたの。すごくかっこよかった」
「偉いなクラウス。よし、今日は二人の大好きなカレーを作ろうか」

それから2年がたち、二人は6年生になった。不安定だった周囲の少年少女の心も落ち着きを見せ始め、二人はその後トラブルに巻き込まれることなく
無事に小学校卒業の日を迎えることになる。体育館で開かれた卒業式にて卒業証書を受け取り、一月後に待ち受ける中学校入学の日を心待ちにしながら
二人は帰路に就いた。しかし、その道の中で事件が起こるのだった。当時、スラムでもきっての武闘派として名を馳せていた高校生の不良グループ3人と
運悪く鉢合わせしてしまったのだ。治安の悪いこのスラムで名を馳せるだけあり、3人とも筋肉隆々とした身体つきに見るものを圧倒させる威圧感ある
出で立ちとなっていた。当時から同学年の男子からは憧れ、女子からは羨望の眼差しで見つめられるほど綺麗だったセフィリアをその不良3人が放っておく
はずもなく、2人は襲われてしまうのだった。
クラウスは当然のようにセフィリアを守ろうとするが相手は体格が自分とは2回りも違う筋肉隆々とした高校生。勝てるわけもなく一蹴され、
取り押さえられてしまうのだった。それでも必死にもがいて抵抗するクラウスを地面にうつ伏せに押さえつける不良。
そして、下卑た笑いを浮かべてクラウスにタバコ臭い吐息とともに言い放つのだった。

「ヘッヘッへ。お前の可愛い大事な妹は俺たちがたっぷり可愛がってやるからなぁ」

取り押さえられながらもその眼前で残る二人の不良に組敷かれながらも必死に抵抗するセフィリアをなんとか助けようとクラウスはもがいた。
しかし、その抵抗に腹を立てた不良に後頭部を思い切り殴られて気絶してしまう。朦朧とする意識の中、クラウスは何故か自分の背が軽くなったのを感じた。
だがそれも薄れゆく意識の中での錯覚か何かだろうと認識し、そしてクラウスの意識は深い闇へと落ちて行った。
その闇の最中、彼は夢を見た。場所は自宅だろうか。いつも父親とセフィリアの三人で食卓を囲むリビングで、そのテーブルに就いているのだが、
今自分の眼前にいるのはセフィリアでもカルロスでもなく、真っ黒な服、そうたとえるなら喪服に身を包んだ20歳くらいの青年だった。
その青年がクラウスに語りかける。

「クラウス君、君はついさっきそうしたようにこれからも大切な人を守りたいかい?」

476 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:46:59 ID:ukeca/Hg0
青年がなぜ自分の名を知っているのかは分からないがクラウスはその問いに頷いてYESという意思表示を彼に見せた。すると青年はニコっと笑顔を見せてまた口を開いた。

「それなら君が目覚めたあと最初に現れる老人についていくといい。きっと君にその力を授けてくれるだろうさ。そしてこれは僕からの贈り物。
君が大切な人を守りたい、助けたいと思ったときに使うといいよ。ただし、決して自分のためには使っちゃいけないよ?」

と言ってその青年はクラウスに何かを手渡した、のだがそこで目が覚めてしまった。目を覚まし身体を起こすとそこにいたのは、
見慣れない2人の少女と白髪頭の老人がいた。場所はどこだろう。クラウスはあたりを見回した。ここは…僕の家?
クラウスは自宅の寝室のベッドに寝かされていたのだ。そして、隣のベッドに目を向けると、
ところどころ破れ下着が見えてしまっている服を纏ったセフィリアが目を閉じて横たわっていた。彼女もクラウスと同じようにあの直後、気を失ったのだ。

「すいません。危ないところを助けていただいて。それにしてもあなたたちは一体何者なんですか?」
「ほほほ、自己紹介がまだだったようじゃな。儂はケビン・ケールズ。この廃民街に本社を構えるCIケールズ社の創業者じゃよ。そしてこの2人が…」
「アリーヤ・シュトラッサーだ。歳は17。ケビン様の一番弟子だ。そしてこの銀髪の娘が…」
「シオン・エスタルク。16歳。君にのしかかっていたゲスを払ったのは私だ。君のような誇り高き少年にあのようなゲスがいつまでも乗っていていい訳はないだろう?」

クラウスが気を失う直前感じた背中が軽くなったような感覚。あれは錯覚ではなかったのである。シオンによると不良がクラウスを殴りつけたその直後、
彼の顔面に強烈な回し蹴りを叩き込み、一撃のもとにKOしたというのだ。セフィリアを組敷いていた残る二人の不良はというと、
ケビンとアリーヤが背後から頸部めがけて手刀を繰り出して一撃のもとに気絶させた。そして、クラウスの通学カバンに記されていた彼の住所を元に
クラウスとセフィリアを彼らの自宅まで運んできたという訳だ。ケビンたちがたどり着いた時カルロスは店頭で店番をしていたのだが、
見慣れない老人とどこかの学校の制服を身に纏う2人の少女に抱えられたわが子の姿を見て、事態がよく飲み込めずに混乱していたが、
ケビンが彼に一から事情を説明し、ようやくカルロスは事態を把握することができた。そして愛する息子と娘を救ってくれたケビンとアリーヤ、
シオンに深く頭を下げるのだった。その後カルロスは3人を家の中へと案内し、気を失ったままのクラウスとセフィリアをベッドの上へと横たえた。

「息子と娘のそばにいてやりたいのですがこれから配達がありまして…申し訳ないのですが2人のそばについてやってくださいませんか?」
「大丈夫じゃよ。乗りかかった船じゃ、2人は儂らが見守っておるから安心して仕事に行ってくるとよい」

よって今カルロスは配達中であり、部屋の中にカルロスの姿が見えないのはそれが理由であった。クラウスが少し口ごもりながらも再び口を開く。

477 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:47:46 ID:ukeca/Hg0
「あの、助けてもらったお礼…しないといけませんよね…僕はなにをすればいいのでしょうか?」

そのクラウスの問いにケビンはただ微笑み、クラウスに鼻先と鼻先とが触れ合うほど顔を近づける。そして彼の瞳を覗き込み、言った。

「クラウス君…と言ったかの。よい瞳をしておるな。唐突で悪いのじゃが、儂のもとで修業する気はないかの?
 さすれば先刻の暴漢に襲われてもおぬし自身、あるいはおぬしの大切な人を守れるようになるでの」

ケビンのその提案にクラウスは考えこむ。このお爺さんは優しそうだが修業は大変そうだ。僕にその修業は耐えきれるのだろうか。正直自信はない。
しかし、ここでクラウスは先ほどの夢に出てきた青年の言葉を思い出す。そうだ、僕は大切な人を守りたい。セフィリアを二度とこんな目にあわせちゃいけない。
そのためには僕自身が強くならなくちゃいけない。ならば、答えは決まっている。

「わかりました。ケビンさん…でしたね。あなたの弟子にさせてください」

クラウスの答えに満足した様子のケビンは再び微笑み、クラウスと握手し言った。

「決まりじゃの。儂の修業は厳しいがしっかりとついてくるのじゃぞクラウス君。さて、君のお父さんが帰ってきたら話を通しておかねばならんの」
「お前がケビン様の3番目の弟子と言うことになるな。これからよろしく頼む、クラウス」
「私からもよろしく頼むよ、クラウス君。誇り高き君とともに修行することができて光栄に思うよ」

そして、アリーヤ、シオンとも握手を交わすクラウス。それからおよそ30分後、配達業務から戻ってきたカルロスにケビンはこう話した。

「カルロスさん、ここはスラムじゃ。また今日みたいなことが起こらないと断言できん。そこで儂がクラウス君を鍛えて、自分の身を自分で守れるように
 してやりたいのじゃが、どうじゃろうか。すでにクラウス君の同意は得ておるでな」

そのケビンの提案にカルロスもまた考える。修業だって?僕のいない間にそんな話が出来上がってたんだ。修業と言うのだから当然危険な目に遭うことも
あるのだろう。今も眠り続けているアリシアから託されたクラウスをそんな目に遭わせるわけにはいかない、と言いたいところだけど
相手はそのクラウスとセフィリアを危険を顧みず助けてくれた恩人だ。しかもとてもじゃないけど悪い人には見えない。そして何より、
クラウスがやりたいというのなら僕はその意志を尊重するだけだ。

「わかりました。クラウスを…よろしくお願いします」
「ほほほ、そういってもらえると思っておったよ。それではクラウス君、君さえよければ早速今日からでも稽古をつけてみるかの?」
「はい、お願いできるでしょうか」

では早速準備をということで、アリーヤとシオンを一度自宅へと返し、クラウスに2,3質問する。その内容とは、
1、 どのようなスタイルで戦いたいか。
2、 コミュニケーションは得意か。
3、 好き嫌いはないか。
である。クラウスはその問いに、尊敬するアルバート・サワー選手と同じキックを主体とした戦闘スタイルで戦いたい、
コミュニケーションは、割かし得意なほうである、好き嫌いに関してはそもそもこのスラムで好き嫌いができるほど贅沢はできないと答えた。

「ほほほ、これは愚問であったの。それではクラウス君、儂の道場についてくるがよい。ここから歩いて10分のところにある所じゃ」

そして、クラウスはケビンの道場へ着いてゆくこととなり、これがクラウスとケビンの出会いであった。
着いていった道場には、すでにアリーヤとシオンが制服から私服に着替えて待っていた。アリーヤは、黒い綿生地の長ズボンに黒い長そでのジャケットを身に纏っていた。
一方のシオンは薄水色まで色あせたジーンズに、アリーヤとお揃いの黒いジャケットを羽織っていた。
道場に入ってきたケビンに2人は会釈にて挨拶を交わし、クラウスのほうに目を向け、口を開いた。

478 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:48:37 ID:ukeca/Hg0
「先ほども自己紹介したがこれから先ともに同じ道を歩むのであればお前にも伝えておかねばならないな。アリーヤ・シュトラッサー。このスラムのハイスクールの
 2年生だ。戦闘スタイルは剣術。一年前ようやくケビン様から一人前と認められ、授けられたのがこの妖刀『鬼焔』だ」

と、彼女は左手に握る漆黒の鞘に納められたその刀身を引き抜く。その刀身は青白く鋭く光り、吸い込まれそうなほど輝くその刃にクラウスは思わず恍惚した。
そして、アリーヤが鬼焔を再び鞘に納めると同時にシオンがクラウスに語りかける。

「さて、私も改めて。シオン・エスタルク。聖ヘスティア学院の1年生だ。戦闘スタイルは暗殺。アリーヤさんと違って私はまだ一人前とは認められていないから
 武器はこのような模造の2本のナイフだ。ちなみに私はキリスト教徒でもあるが…これについてはあまり触れないでくれると助かるよ」

この閉鎖都市において、宗教等の規制などは一切行われておらず、故に各々がどんな宗教を信仰しようが全くの自由なのだが、なぜシオンは
触れないでくれと言うのだろうか。何か釈然としないものを感じながらもクラウスはそのシオンの言葉を聞き流すのだった。
そして話はいよいよ本題に映るのだった。広さおよそ50畳ほどの道場の中心に腰を下ろし、クラウスの今後について協議を行う。

「さて、クラウス君。先ほどの質問にて君はキックを主体として戦いたいと言っておったが…一度君の腕を見せてもらえるかの。
 それによってどのレベルから君を鍛えればよいか判断するでの。シオンさん、相手になってやってくれるかの?」
「承知いたしました。さて、それではクラウス君、どこからでも掛かってくるがいい。私が女だからといって遠慮することは…」

シオンが言い終わるよりも先にクラウスは彼女に蹴りかかる。まずは牽制の右ミドルキック。すかさずにシオンはそれを左腕で受け止めて間合いを取る。
その開いた間合いをストライドの大きなワンステップで瞬時に縮め、今度は左ミドルを打ち込む。それを右腕で防ぎ、クラウスが左脚を引いたところに彼の顔めがけて右フックを見舞う。戦闘経験など皆無であろうこの少年に私のパンチが見切れるわけがない。
痛いだろうが許してくれ。シオンはそう思いこのパンチを放った。しかし…クラウスは身をそらすことでそのパンチを見事に回避する。
バカな、と驚愕するシオン。そのフックが空振りし、隙ができたところをすかさずクラウスの上段後ろ回し蹴りがシオンの顔面を捉えた。さらにその回し蹴りに
よる遠心力を利用し、ほとんど間を開けることなく左ハイキックを彼女の顎に命中させる。顎にハイキックの直撃を受けてシオンは大きく態勢を崩して後ろへとよろける。その機を逃さずクラウスは大きく前進し、その勢いのまま右ハイキックを
彼女の顎にクリーンヒットさせる。そして、畳に倒れ伏すシオン。

「それまで!」

ケビンが演習を止め、倒れたままのシオンに歩み寄る。クラウスも彼女のことが心配になり、駆け寄った。まさか戦闘経験皆無の自分が先輩をKOしてしまうなど
夢にも思わなかった。当然最後には本気を出して自分をあっけなく組伏すものだとばかり思っていたし、シオンさんもケビンさんもアリーヤさんも
そう思っていただろう。だが、現実は今目の前にある光景がすべてだ。シオンさんは畳の上に倒れ、僕はいまだに立っている。
シオンを介抱するケビンの元へ駆け寄り、彼女の顔を覗き込む。その瞳にはしっかりと光が宿っていた。それを見て、安堵をおぼえるクラウス。

「クラウス君、君はもうすでに誰かに格闘技を習っているのではないか…?素人の動きじゃなかったぞ…」

シオンはそういうものの、クラウスは誰かに格闘技を習ったことなど一度もなく、強いて言うならやはりアルバート・サワー選手の試合を録画して何度も観察し、
それを模倣した程度である。それを聞いたシオンはフッと微笑えんで言った。

「なるほどな…君は1を聞いて10を知るというタイプの人間だな。素晴らしい観察力とその呑み込みの速さ、大したものだ…」

クラウスが思っていた通りシオンはやはり手加減していていた。彼のキックを受け止めた後即座に反撃、ないしは彼のキックに合わせてカウンターを
打ち込むこともシオンには十分にできた。だが今回の演習の目的はクラウスの力量を確かめること。故にシオンはそれをせず攻撃をガードしても間合いをとるだけだったのだ。

479 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:51:49 ID:ukeca/Hg0
だが、ひとつだけ言うならば…所詮模倣は模倣。君のキックには確かにキレがある。それも抜群の。ただ、重さが全くない。今後の課題はそこだろうな」
「ほほほ、これからの目標が定まったようじゃの。さてクラウス君、シオンさんも言っておるようにこれからは君のキックに重さをもたらすために
 君の脚を鍛えてゆくことになるの。じゃが身体がまだ未成熟の君にいきなり厳しい筋肉改造を施す訳にはいかんでな。少しずつ、進めて行こう」

こうして、クラウスの筋肉トレーニングはスタートした。初めのうちはスクワットなどから入り徐々にセット数を上げて行く。ある程度筋肉ができてくると
それだけでは効率が悪くなるので、空気椅子という壁に背をつけて中腰になることで脚だけで全体重を支えることで筋肉を鍛える方法も採用。
さらに、クラウスが修業を始めてから一週間後にはアスナが、一月後にはセオドール、半年後にはシュヴァルツが、一年後にはベルクトが、
そして大きく時間が空いて四年後にはフィオが加入し、クラウスの修業相手もどんどん増えていった。
修業相手が増えるのに正比例して彼の脚力増強計画も効率化されていき、フィオが加入したころにはトップアスリートにも引けをとらない
強靭な脚を持つに至るのだった。ちょうどそのころ、クラウスはケビンからある提案を持ちかけられるのだった。

「クラウス君のその脚も随分と立派になったものじゃな。さて、クラウス君、今日は君に一つの提案をしたいのじゃが…」

ケビンの提案。それはクラウスにカポエイラというキックを専門とした格闘技を習得してはどうかというものだった。
カポエイラにはヘジォナウ(Regional)、アンゴーラ(Angola)という二つの流派があり、
ケビンはその両方を極めていた。
ヘジォナウは激しくアクロバットな動きが特徴、アンゴーラは儀式的でゆったりとした動きが特徴であり、ケビンはクラウスの俊敏さを生かすならば
ヘジォナウ派を会得してはどうかと勧め、彼もそれに同意した。そして貴族粛清のその日までクラウスはカポエイラの修業に明け暮れる。
ジンガというカポエイラの基本的なステップをまず習得し、次いでアウー、マカーコという側転、バク転を一月足らずでマスターした後、
いよいよカポエイラの真骨頂であるキックの修業へと入っていく。アルマーダという回し蹴り、ケイシャーダという顎をめがけたハイキック。
マルテーロという「ハンマー」を意味する上段蹴り。ベンサォンという前方押し蹴り。ケビン曰くカポエイラの最高奥義である「フォーリャ」。
そして2年前の貴族粛清の直前、ケビンが高齢のため入院することになった時には彼にコンソラ・メストーレ(準師範)並みの実力を備えていると
認められるまでに至るのだった。そんな折、ケビンの息子、ジョセフ・ケールズが貴族たちの計画の一端を掴む。
そして、クラウスは貴族たちの大粛清を経るのだが、一方この6年間セフィリアは何をしていたかというと、至って平和な学校生活を送っていた。
宿題を見せたり見せてもらったり、仲のいいクラスメートたちと弁当のおかずを交換したり、中学から高校まで6年間通して活動したオーケストラ部では、
バイオリンを弾き、廃民街内の学校のコンクールで金賞を受賞したりもした。高校では、学校の中で彼女に告白しなかった男子生徒はクラウス以外にいない
という伝説を作り上げたこともある。ちなみに彼女はその全てを断ったのだが、その際の常套句がこれだ。

「ごめんなさい。あなたの気持はすごく嬉しいのですが…私には好きな人がいるんです…」

彼女の好きな相手が誰であるかは言わずもがなであるとして、そうして高校を卒業し、3年前に酒屋を知人に譲渡し酒場の雇われ店長として働いている
父・カルロスの帰る場所を守り続けていた。しかし、19歳のときにセフィリアをあの時と同じ悪夢が襲う。

「ああしまった。ライムとレモンを切らしてた。セフィリア、悪いけどお金を渡すから買ってきてくれないかな」
「うん、わかった。いってくるね、父さん」

この日クラウスは頭痛のためエスタルク医院に出かけていたため、セフィリアしかいなかった。
二つ返事でそれを引き受け、購入資金を受け取り最寄りの八百屋に足を運ぶのだが…その道中事件は起こる。

480 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:53:54 ID:ukeca/Hg0
7年前クラウスとセフィリアを襲撃したあの3人組と再び鉢合わせしてしまったのだ。24歳になった彼らは7年の歳月を経ても彼らの精神は
少しも成長することはなく、セフィリアの姿を見るなり3人がかりで襲いかかってきた。7年の時を経て背丈の差は埋まったとはいえその筋力には雲泥の差があり、
いとも簡単にセフィリアは薄暗い路地裏に連れ込まれ道路に組み伏せられてしまう。彼女の身に纏う服を引きちぎる役、彼女の手を押さえつける役、
脚を押さえつける役と分担してセフィリアを拘束する。その中の一人、彼女の上着を引きちぎった男が目を血走らせながら言った。

「お前、どこかで見たことあると思ったら7年前のあのかわい子ちゃんじゃねえか。また会えてうれしいよ。俺らに犯られるためにそんなに綺麗になったのか?
 あの時の違ってうざってえお前の兄貴はいねえし、ここなら邪魔も入らねえし思う存分楽しめるってわけだよ。ヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「へぇ〜、何を楽しもうというのかな?」

その刹那、背後から聞きなれない声がし、振り返る不良。しかし、薄れゆく意識のなかセフィリアにはその声によく聞きおぼえがあった。

「ああ〜なんだ?痛い目見たくねえならさっさと失せ…」

振り返った3人はそこにいた男の姿を見るなり絶句してしまう。彼らの眼前にはあの告死天使メンバーの一人、クラウス・ブライトが狂気の笑みを浮かべて
立ちつくしていたからだ。その狂気に満ちた笑顔に戦慄する8人。その表情を一切崩すことなく、クラウスは再び口を開く。

「ねえ、質問したんだけど。今から君たち3人はなにを楽しもうっていうのかな?」
「い…いや…あの…その…」
「答えられないのかい、なら当てて見せよう。レイプするつもりだったんだろう?僕の妹を。あの時君が地べたに押さえつけて頭を殴りつけた少年、
さっき君が言ってたうざったい兄貴、それが僕だよ。さて、お手洗いにはもう行った?神様へのお祈りは済ませたかい?
道路の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はできたかな?」
「あ……あ……あ……」

恐怖のあまり声も出ない三人。ガチガチと歯を鳴らして腰を抜かして後ろへと後ずさるが、ここは路地裏。行き止まりにぶつかってしまった。
壁に背をつけてガタガタ震える3人のチーマーの前にしゃがみ込み、やはりそのままの表情で語り続ける。

「皮肉なものだよね…7年前僕を蹂躙した君たちがその僕に殺されることになるなんてね。さあ、最期の言葉を聞こうか?」
「あ…頼む…命だけは…た…助けてくれ…」
「うん、当然却下」

そしておよそ9か月前の聖ヘスティア学園虐殺事件以来となる、告死天使による殺戮劇場の幕が開いた。
身体だけではなく、人間の尊厳をも蹂躙するクラウス。跪く男の頭部めがけて踵を振り下ろし、まるでサッカーボールを蹴るかのごとく
その頭を蹴り飛ばす。首がありえない方向に曲がっていて、たとえ命を取り留めたとしても植物人間化は確実であった。

481 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:54:26 ID:ukeca/Hg0
残りの二人も同様の方法で殺害し、その死体を足元にあったマンホールの蓋を開き、ゴミを捨てるかのごとく落としてゆく。
彼らの姿が2度と目撃されることはなかったのはこれが理由であった。マンホールのふたを閉め、クラウスは傍らで気を失っているセフィリアを介抱する。
5分ほど時間が流れただろうか、クラウスの両腕に抱えられたセフィリアがゆっくりとその目を開いた。上着のTシャツは引きちぎられブラジャーが露わとなって
しまっていて、それに気付いたセフィリアはあわてて両腕で胸元を隠す。

「兄さん…これは一体?確か私はあの人たちに襲われて…」
「彼らなら僕が御退場願ったよ。もう二度と君の前に姿を現すことはないから安心するといいよ」
「そう…7年前と同じだね…また兄さんに助けてもらったんだね…いつも私は守られてばかり。私も…強くならないと」
「何を言ってるんだい?君はもう十分強いじゃないか。この貧しい廃民街で泣き言も愚痴も言わずに暮らしてる。その心の強さ…それこそが本当の強さだよ」
「ううん…そういう気持の問題じゃなくて、身体的な…」
「セフィリア…」

彼女の瞳を見てクラウスは思う。セフィリアの気持ちは本物であると。ならばその強くなりたいという彼女の願いを叶えてやりたいと思う。
しかし…師・ケビンはもうこの世にいない。あれだけ優れた指導者はそうそういるものではない。故にセフィリアを鍛錬するのであれば…
告死天使きっての格闘戦のスぺシャリストであるクラウスとアスナがそれを行うのがベターだろう。ならば…

「わかった。君の願いを叶えられるように僕の友人たちと相談してみるよ。それまでは待っていて欲しい」
「うん…ありがとう、兄さん。あ、そういえば父さんからお使いを頼まれてたんだっけ」

しかし、セフィリアの上半身は下着が露出してしまっているので、クラウスの羽織っていた半袖の上着を借りることになった。
ただ、胸が大きいためその部分だけボタンが取れそうになっていたが。そうしてお使いも済ませ、セフィリアの着替えを取りに家に戻り、
先ほどの騒動で汚れてしまった髪を洗うために大衆浴場へと行き、それから夕食の準備に取り掛かるまでにおよそ3時間、クラウスは自室の
ところどころカバーが破れたベッドに仰向けになりながら天井を見上げ、セフィリアの言葉を反芻していた。
(強くなりたい…君の口からそんな言葉が出てくるなんて…ケビンさん、僕はどうしたらいいんでしょうか?)

そして目を閉じる。今は亡きケビンに問うが、もちろん答えが返ってくることなど…

(ホホホ…君が思った通りにすればいいんじゃよ。君はいつだってそうして行動してきたじゃろう?)

耳元でケビンの声が聞こえた気がし、目を開いてあわてて起き上がるが、広さ4畳ほどの狭い自室には彼以外にだれもいなかった。
気のせいか…と一つため息をついて、腰を起したまま再び考える。そんな時だった。

「兄さん、いる?」

唐突に扉の向こうからセフィリアの声が聞こえた。何の用だろうと思いつつも、クラウスは返事をした。

「入ってもいいかな?」
「もちろんだよ」

そして扉を開いてクラウスの部屋へと入ってくるセフィリア。彼の腰掛けるベッド、その隣に彼女も腰を下ろす。そして、微笑みを浮かべてクラウスの顔を直視する。

482 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:54:52 ID:ukeca/Hg0
「どうしたのセフィリア。僕の顔に何かついてる?」
「ううん、兄さんの顔はいつもと同じ素敵な顔よ。今日はありがとう。ところで…ねえ、兄さんは…私のこと…どう思っているのかな…?」
「どう思うって、僕の双子の妹としてかけがえのない大切な存在だと思っているよ」
「うん、ありがとう…でもね…私は違うんだ…私は兄さんのことを…愛しているの…兄としてではなく…一人の男性として…」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってセフィリア。話がつかめないんだけど」
「だから…私は兄さんのその優しい瞳…その身体…その心…兄さんの全てを私のものにしたいの…だから兄さん…私を受け止めて!」

そんな彼女の告白に話しの流れが全くつかめていないクラウスをベッドに押し倒すセフィリア。そして、クラウスと唇を重ねる。
一分ほどの口づけの後、セフィリアはゆっくりと唇を離してにっこりと笑う。かたや戸惑いと混乱の表情を浮かべるクラウス。

「セフィリア…これは何の真似だい?」
「言ったでしょう?兄さんの全てを私のものにしたいって。だから私を…」

その先彼女が言おうとしている意味は彼にもよくわかっていた。しかしそれを行うことは究極の背徳に他ならなかった。
しかし、セフィリアがクラウスを想うようにクラウスもセフィリアを異性としてみたことは何回かあった。
兄としての理性、男としての欲望、それが彼の心の中で渦を巻き葛藤する。そしてその後、二人はその身体を交わらせることになるのだった…

「兄さん…愛してる…」
「僕もだよ、セフィリア…」

そしてそれから一年後、父・カルロスがマフィア同士の抗争に巻き込まれて命を落とし、自分たちは父親を殺したマフィアに復讐をする、
ということをゲオルグに伝えるのだった。しかし、話を聞き終えたゲオルグの顔はどこか青白かった。心配したセフィリアがゲオルグに声をかける。

「あの、ゲオルグさん。顔色が悪いですが…大丈夫ですか?」
「きっと孤児院での仕事で疲れがたまっているんだよセフィリア。シオンを呼んできますから、ちょっと待っていてくださいね」

そういいつつ、クラウスは先ほどのホールでポープと談笑していたシオンを呼びに行った。しかし、その心の中では何故か釈然としないものを抱えていた。
ゲオルグは、カルロスが殺された話題になった途端顔色を悪くしたからだ。ゲオルグのような心優しい男があの事件に関与しているはずがない、
いや、していてはいけないのだが…そしてシオンの診察の結果、やや疲労がたまり気味であるが特に健康には問題はないという診断が下ったあとも
クラウスの心のもやは晴れないままであった。

483 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/01(水) 23:59:17 ID:ukeca/Hg0
投下終了です。終盤のあれについては軽く受け流してくれると助かりますwあと、ゴミ箱の中の子供たちの
作者さんへ。冒頭の話は僕にとってかなり都合のいいものになっていますので
気に入らないなら廃棄してしまって構いません。

正義の定義が投下されて、この勢いに乗れ!的な感じで執筆を急いだため、あらが目立っていますが
ご了承ください。

484名無しさん@避難中:2010/09/02(木) 20:25:48 ID:3X9ndoU2O
久々の投下乙
おいィッ!肝心なネチョ部分がカットとは…どういう事だよ!

485名無しさん@避難中:2010/09/02(木) 20:51:40 ID:AO.flCUEO
乙でした!!
ようやく再起動の兆し……

486名無しさん@避難中:2010/09/02(木) 22:41:39 ID:mr8UXyTM0
代行行くけどなんかギリギリ連投規制されそうで切なすぎてー…こーわーいー

487名無しさん@避難中:2010/09/02(木) 23:00:41 ID:mr8UXyTM0
おしまーい。
途中文字数引っかかったから適当に区切っておいたよ少年

488 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/02(木) 23:03:18 ID:RYScdvN20
代行感謝いたします。ちなみに今年21なんでもう少年という年ではないですねw

489名無しさん@避難中:2010/09/02(木) 23:06:34 ID:mr8UXyTM0
年上だったゆ…ごめんなさいなのお兄ちゃん。

490名無しさん@避難中:2010/09/02(木) 23:23:38 ID:3X9ndoU2O
幼女がいたぞー!取り囲めー!

491名無しさん@避難中:2010/09/03(金) 00:23:08 ID:.9ZqPElc0
>>490を取り囲みましたがどうしましょう、隊長

492名無しさん@避難中:2010/09/03(金) 00:24:42 ID:gN7GXkfoO
通報しますた

493名無しさん@避難中:2010/09/03(金) 00:40:20 ID:jE3Qeqco0
では私が保護するとしよう
大丈夫大丈夫、なぁんにも怖くないから

494名無しさん@避難中:2010/09/03(金) 00:47:13 ID:1EydqVcM0
お前等まとめて温泉界行きな

495名無しさん@避難中:2010/09/03(金) 05:15:43 ID:whDswoEMO
>>494
ちょっと桃花さんのおっぱい拝んでくるわ

496名無しさん@避難中:2010/09/04(土) 00:07:23 ID:47OWjwH20
そろそろまとめwikiの方も何とかせにゃいかんのう…
編集とかさっぱり分かんぬ

497名無しさん@避難中:2010/09/04(土) 00:14:13 ID:xG8JfzZ60
ゲストログイン用のIDあるなら短い時間でもちゃちゃっとできるんだけどね
いちいち文字列記入してるとうち間違えてうわあああああああってなるんだよなー
うわあああああああああって

498名無しさん@避難中:2010/09/04(土) 01:49:38 ID:47OWjwH20
編集オワタ
皆意外と自分で追加してるのね…追加して無い分だけとりあえず入れといたよ
ログインID無しでやるのはめんどいね

499名無しさん@避難中:2010/09/04(土) 01:52:49 ID:xG8JfzZ60
乙です!
みんつく超決戦吹いたww

500名無しさん@避難中:2010/09/04(土) 02:13:40 ID:r2hp6ELk0
しかしこの観測者。仕事をしない
そろそろお上から叱咤の声が飛びそうだな

501名無しさん@避難中:2010/09/04(土) 15:56:41 ID:ZaQ4Pn..O
Wiki編集大変乙でした!!
超決戦は解決編書かなきゃな……

502名無しさん@避難中:2010/09/05(日) 00:30:54 ID:aJ0M7lDI0
本スレに投下きた! と思ったら寄生獣が登場していたの巻
最近投下が増えてきていい調子になってきたな!

503名無しさん@避難中:2010/09/05(日) 22:31:08 ID:wSno/HnoO
投下乙!!
でも最初に浮かんだのは寄生獣つか、『てな〇』という単語だったw

504名無しさん@避難中:2010/09/08(水) 21:01:54 ID:TBggTSisO
エリカ様ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!

505名無しさん@避難中:2010/09/08(水) 22:21:31 ID:YXJNjf6wO
お前ら他のことも喋れww

506名無しさん@避難中:2010/09/08(水) 22:24:20 ID:TBggTSisO
すっきりした…………

507名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 15:34:43 ID:vua24kl6O
それにしても吸血鬼に和服ってあんまり似合わないなww

508名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 16:26:32 ID:q4PkXv6k0
いや、自分も書いてる時コレじゃない感が酷かった。
一応下はスカートにして和洋折衷を狙ったけど駄目だったですよ。
もっと上手く描ければ……

最近自分のキャラを自分で描いてモチベーションあげてたけどなんか虚しくなってキマシタワ

509名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 18:42:01 ID:vua24kl6O
人はそれを永久機関という

510名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 22:08:25 ID:iydl5TG60
オルタロダにあった画に魅かれたので、参考にさせていただきつつwikiの設定とプロロー
グまでを読んで描かせていただきましたが…如何なものでしょうか?
http://loda.jp/mitemite/?id=1369.jpg

511名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 22:45:10 ID:q4PkXv6k0
これはエリカ様!?
断然うまいじゃないかあああああ…と、元の絵を描いた奴が申しております。
因みにあたいはハイカラみっくすの作者じゃないのよ。正義の定義なのよね。紛らわしいね!

エリカ様バンザイ!タバサにゃんバンザイ!作者さん帰って来ーーーーい!うほほーい!

512名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 23:05:22 ID:PX5EcYR6O
うおおこちらもGJ!!
ハイカラも早く続き読みたい!!

513名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 23:29:57 ID:vH3rhHOI0
エリカ様ああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

514名無しさん@避難中:2010/09/09(木) 23:37:24 ID:q4PkXv6k0
触発されていきおいでタバサにゃん描いちまったにゃん……

タバサちゃんにガイアメモリ使わせたかったそれだけなんだ……

515名無しさん@避難中:2010/09/10(金) 00:21:35 ID:m/52Lv7MO
>>510
うおおおおようこそいらっしゃいませええええ!!
やっぱ人外絵うめー!

516名無しさん@避難中:2010/09/10(金) 11:25:46 ID:UsicApvM0
>>510
いいな、これ
蝙蝠色よく出てる
いい目元だ



そして、いいブーツだ
踏まれたい

517名無しさん@避難中:2010/09/11(土) 00:23:43 ID:sJEIpo2c0
連れられて。
http://loda.jp/mitemite/?id=1371.jpg

518名無しさん@避難中:2010/09/11(土) 00:26:46 ID:2P.rzc2Q0
タバサちゃんかわいいよタバサちゃん
でもエリカ様も捨てがたい
俺はどうすればいいんだ!

519名無しさん@避難中:2010/09/11(土) 01:13:13 ID:8l1LsNhQ0
>>517
ヤバイどっちもカワユイ
タバサちゃん凛々しいのにカワイイ
おなかモフモフしたい……

520名無しさん@避難中:2010/09/11(土) 01:36:53 ID:ZxStoj1Q0
>>517
これはすごいぞ……うまい…しっくり来る…
こんな絵がかけるようになりたいですわ

521名無しさん@避難中:2010/09/11(土) 04:31:35 ID:ZaJIC1K6O
なんというスペシャリスト
タバサにゃんかあいいよタバサにゃんおなかモフモフしたい

522名無しさん@避難中:2010/09/13(月) 22:58:44 ID:oyT90.Eo0
あまり読み込まずに描いてみましたが…
http://loda.jp/mitemite/?id=1381.jpg

523名無しさん@避難中:2010/09/13(月) 23:19:55 ID:d1JY1Hoo0
ふぇ!

524名無しさん@避難中:2010/09/14(火) 01:28:45 ID:0VReLRkE0
だいたいあってる

525名無しさん@避難中:2010/09/14(火) 01:31:18 ID:qfJA5rFU0
>>522
ふえええええええええええええええええええええ
うまいいいいいいいいい
ありがとおおおおおこれで後十話はかけるうううううううう

526名無しさん@避難中:2010/09/14(火) 01:45:41 ID:ZO/Ng6fo0
ふぇええええええええええええ!

いやいやそれにしても幼女にだぶだぶの軍服きせて(ry
なんて人、このスレにそんなに居るはず無いじゃいですかww

……な? そ、そうだよ……な?
俺? 俺はほら、紳士だし!

527名無しさん@避難中:2010/09/14(火) 21:41:30 ID:GeB4DRRAO
トエルの爪先が涙モノwww

528名無しさん@避難中:2010/09/15(水) 00:51:36 ID:wzVf8d4s0
人獣中間形態
http://loda.jp/mitemite/?id=1389.jpg

529名無しさん@避難中:2010/09/15(水) 01:03:21 ID:bpRKwbsg0
ふつくしい

530名無しさん@避難中:2010/09/15(水) 12:26:18 ID:95tIg4SY0
すばらしい

531名無しさん@避難中:2010/09/15(水) 16:47:04 ID:OjZtsV.M0
これすごい雰囲気でてるよね
だいたいイメージ通りだ

532名無しさん@避難中:2010/09/15(水) 20:46:29 ID:FTbd/q2MO
これは凄ぇ!!
是非次回作も拝見したいなぁ……

533名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 16:11:41 ID:K7WmleAY0
最初の頃の話を編集してたら今と全然文章違っててびっくりした

534名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 16:18:28 ID:2I68h6vQO
あるある

535名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 16:26:12 ID:K7WmleAY0
昔は必要なことが書かれてなかったり草が生えてたりしたけど余裕が見えた。
今は必要なことが書かれてるけど面白みがなくなって余裕が無い感じがする。
過去の自分に教えられる部分もあるのね……興味深い

536名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 16:45:22 ID:26sgCP9IO
文章じゃないけど俺は「おちんぽみるく」という単語を何故か一時期やたらと使ってたわ
あの頃の俺は何をしたかったのだろうか?

537名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 18:36:46 ID:.n99gBBA0
俺もいろいろとこう、無理があるかもしれないなと以前書いた文章見ると思うなぁ
そして書き直したくなる衝動ががががが

538名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 19:20:43 ID:j8oysnJw0
>>536
必要な成分を体が求めていたんだよ

539名無しさん@避難中:2010/09/16(木) 21:31:33 ID:IuCJ9PtkO
>>536
ああ、そのみさくら病は俺に感染ったよw
おかげで古巣の板に入り浸りだ

540 ◆p3cfrD3I7w:2010/09/16(木) 23:27:10 ID:q.PGWKJw0
正義の定義書き手さんへ

「兄さん、私たちの絵を描いてくれた人がいたみたい。とってもよく描けてると思うんだけど」
「僕もそう思うよセフィリア。ただ僕は金髪じゃなくて黒髪なんだけど…まあ、いずれ君とおそろいの
 金色の髪に染める予定だしね。まあ、細かいことはさておき…」
「「ありがとうございます」」

541名無しさん@避難中:2010/09/19(日) 16:09:49 ID:J6e6EBtg0
http://loda.jp/mitemite/?id=1407.jpg

542名無しさん@避難中:2010/09/19(日) 16:16:10 ID:BPzXsOrs0
それぞれの表情の違いがまたなかなか

543名無しさん@避難中:2010/09/19(日) 20:58:32 ID:gDsgtjr6O
パースとか桃のいなせさとか、もう素敵過ぎるだろ…

544名無しさん@避難中:2010/09/20(月) 02:28:04 ID:FcdV0wXs0
桃太郎粋だなぁ

545名無しさん@避難中:2010/09/20(月) 14:39:14 ID:mqkbiTMUO
描く人違うとイメージも全然違うよね

一度一つのキャラをいろんな人に描いてもらうとかしてみたい

546名無しさん@避難中:2010/09/21(火) 05:06:20 ID:ex2t5Y4w0
いいな、これ
どれが何羅か一目で分かる
桃太郎のじじくささと、遠くを見てる目がいい
そして鳥イケメンw

547名無しさん@避難中:2010/09/21(火) 21:42:47 ID:n.d63L/kO
本スレは定期的に過疎の事で話題がループするよね

548名無しさん@避難中:2010/09/21(火) 23:10:13 ID:0ISbOH86O
俺は全然気にならないがな……
むしろ賑やかとすら思ってしまう。ただ、週間まとめ氏がいないのは寂しい限り。

549名無しさん@避難中:2010/09/22(水) 00:44:01 ID:bLjuvCZo0
まとめ氏ってしぇあらじの人だろ?
つまり……

550名無しさん@避難中:2010/09/22(水) 01:09:04 ID:R/pGu9qA0
犠牲になったのか

551名無しさん@避難中:2010/09/23(木) 22:14:35 ID:GsdMa1boO
オイキュア
フケキュア
トシキュア
……実際難しいなw

552名無しさん@避難中:2010/09/23(木) 22:58:36 ID:98C9bhsM0
ロリとロリババアはわかりあえないのか―――――!?

553名無しさん@避難中:2010/09/24(金) 00:12:09 ID:cpadjSws0
えと、突然やって来て勝手に描いちゃってますけど、もし過去に書かれた画が有りました
ら教えて貰えませんでしょうか? 「人物覚書」と言うものとあと幾枚かは見つけたので
すが… なるべく互換性の取れる画にしたいなぁと。
とか言いつつ覚書とは互換性の全く無い人化状態。
http://loda.jp/mitemite/?id=1418.jpg

まだ僅かしか読んでませんが、それにしても、割と「シェアラジ」で出てきて名前が記憶
に残ってるのを読んでる気がします。

554名無しさん@避難中:2010/09/24(金) 14:43:35 ID:YNR8CrYkO
このスレ基本的に絵は保管してないからなぁ
具体的なキャラデザがあるなら貼ってあげなさいよあーたたち

555名無しさん@避難中:2010/09/24(金) 22:17:19 ID:RD8Z3XhgO
自分のキャラデザ晒すなんて畏れ多いブルブル
もし『描いて遣わす故〇〇なるキャラのデザインをこれに』という仰せがあれば自キャラなら謹んで貼ります。

556名無しさん@避難中:2010/09/24(金) 22:30:02 ID:umJFnJE20
無理に合わせる必要はないと思うけどね。設定通りであれば。
おじさんはよく絵を上げているけど深くキャラデザとか考えてないなあ
ほとんど自分の好みに改変しちゃってるし。
因みにおじさんのキャラはロダに幾つか上がってるんでそれを参考にしてもらえればいいですよ。
絵柄とかデザインは一貫してないけどな!初期と後期でまるで別人だったりしているけどな!

557名無しさん@避難中:2010/09/24(金) 23:42:22 ID:cpadjSws0
勝手なお願いをして申し訳有りませんでした、有り難うございます。 とりあえず各ロダ
をもう少し眺めつつ描いてみようかと思います。
http://loda.jp/mitemite/?id=1421.jpg

558名無しさん@避難中:2010/09/25(土) 01:29:39 ID:a3QH9khk0
手長の何ともいえない表情とかいいな

559名無しさん@避難中:2010/09/25(土) 01:53:48 ID:N05rxSV60
これは不意打ち!
良い不意打ち!
かわいいな、こいつらw

560名無しさん@避難中:2010/09/25(土) 02:43:24 ID:30JJbrgU0
手長足長様や!
なめしたい毛皮だww

561名無しさん@避難中:2010/09/25(土) 12:37:00 ID:0mgKntWg0
イメージ通りに描けるって単純にすごい
絵本とかに出てきそうだ

562 ◆69qW4CN98k:2010/09/27(月) 19:47:43 ID:Jn9hmpCw0
 *     +    巛 ヽ
            〒 !   +    。     +    。     *     。
      +    。  |  |
   *     +   / /   イヤッッホォォォオオォオウ!
       ∧_∧ / /
      (´∀` / / +    。     +    。   *     。
      ,-     f
      / ュヘ    | *     +    。     +   。 +
     〈_} )   |
        /    ! +    。     +    +     *
       ./  ,ヘ  |
 ガタン ||| j  / |  | |||
――――――――――――



自分のSSキャラの絵を描いてくれるなんて感激だよ!
絵師様がおわす方角にむかって足向けて寝ないよ!

563名無しさん@避難中:2010/09/27(月) 20:31:32 ID:6zrGwUaw0
ら ますから で べるどぅらす
http://loda.jp/mitemite/?id=1426.jpg

564名無しさん@避難中:2010/09/27(月) 21:19:03 ID:bmnffCWE0
仕事速ぇええええええええ!!!
 G J といわざるを得ないww
すげぇいい顔してるうううう

565名無しさん@避難中:2010/09/27(月) 22:24:40 ID:bmnffCWE0
◎質問コーナー
匠やクズハ、トエルたち
嫌 い な 野 菜 は あ り ま す か ?

566名無しさん@避難中:2010/09/27(月) 23:05:57 ID:992Ioueo0
トエル飯食えないぞ…

567名無しさん@避難中:2010/09/28(火) 00:55:33 ID:qw7aq9I20
ごめんトエルorz

568白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2010/09/28(火) 04:09:29 ID:MkL0bF/s0
>>565
匠は好き嫌いを言ってられない状況を経験していたため口に入れば概ねなんでも食えます

クズハも匠程悪食ではないけど常識の範囲内で好き嫌いはありません
 地味に多量の玉ねぎやチョコレートに弱いかもしれない……・

569名無しさん@避難中:2010/09/28(火) 13:15:50 ID:qw7aq9I20
>>568
まこと、ありがとうございます!

570名無しさん@避難中:2010/09/28(火) 18:01:16 ID:IJAez5P60
さいごのさいごでさるったよ
以下代行頼みます

―次回予告
陰伊「どうやら死ぬのは私だったみたいだね…」
白石「いやいや、陰伊ちゃん今まで一番主役張ってきたじゃない。これは陰伊ちゃんの成長物語でもあるんじゃなかったの?」
陰伊「正義の定義の話はね、誰も成長なんかしないんだよ」
陰伊「人はそう簡単には変われないんだよ」
白石「陰伊ちゃんいつになくネガティブ……ところで何で陰伊ちゃんは死んじゃうの?」
陰伊「それはね、結局私が変われなかったからじゃないかな?ううん、変わらなかっただけなのかも」
陰伊「で、でも、変わらなくとも見つけることはできるから…結局死んじゃったけど」
白石「どういうことだべさ」
陰伊「それは、次のお話から順々に説明……と言いたいところだけど、次回は火燐ちゃんのお話みたいだね」
白石「うお、焦らしプレイっすか」

陰伊「次回、正義の定義・第十四話『わたしにできること』とりあえず寿命が伸びました」

陰伊「でもあと数話の命だよ…」
白石「なんて重い雰囲気の次回予告なんだ…」

投下終了伏線回。
タイトルの意味は「割れ目(断層)から(異形)がいっぱいでてきちゃうのおお!!」ということで、
それについて遠まわしに触れた感じかも。勝手にここまで描写しちゃっていいのかなあとか思ったりしたけど
まあまだぼかしてる感じなんであとからいくらでもかえられるなーって感じで
まだ多くは書いてませんしね。でも全部考えてはあるんですよ。やばいもう時間がないからこの辺でまた来週

571名無しさん@避難中:2010/09/29(水) 00:21:11 ID:tLpc9uIc0
>>567
http://loda.jp/mitemite/?id=1430.jpg

ほうやれほう
http://loda.jp/mitemite/?id=1429.jpg

572名無しさん@避難中:2010/09/29(水) 01:24:50 ID:2OXWzZtw0
おお、なんと早い筆だ!
一番人を食った性格してるのはトエルだろうww

573名無しさん@避難中:2010/09/29(水) 07:31:34 ID:rAPR1CFgO
アンジュと……ズシとは……

574名無しさん@避難中:2010/09/29(水) 15:56:52 ID:E.cUO8E.0
『netshop ビック電器.com
9月リニューアルOPEN!!リニューアルOPENを記念いたしまして液晶TVを50000円から販売しています。
9月末までの限定価格!!Yahooで『netshop ビック電器.com』と検索下さい。当店のHPやブログが出てきます!!』

575名無しさん@避難中:2010/09/30(木) 06:19:21 ID:MzhwKXYE0
『netshop 再生電機.com
9月リニューアルOPEN!!リニューアルOPENを記念いたしましてトエル型TVを50000000円から販売しています。
9月末までの限定価格!!Yahooで『netshop 再生電機.com』と検索下さい。当店のHPやブログが出てきます!!』

576名無しさん@避難中:2010/09/30(木) 07:38:39 ID:YZDI4dr6O
一瞬イラッときたwww
そのうえ高いしwww

577名無しさん@避難中:2010/09/30(木) 10:06:02 ID:l3bD05xQ0
ちょwwwwトエル型TVってなんだよww

>>571
あら可愛い。やっぱり他の人の絵を見るほうがいいね。
つかトエルが可愛すぎるありがとうございますッッ

578名無しさん@避難中:2010/10/02(土) 10:01:23 ID:hOiKazvEO
キュムッ



   (●) (●)

トーナメント開幕だって?

579名無しさん@避難中:2010/10/02(土) 22:24:04 ID:7Xd1KJ.k0
http://loda.jp/mitemite/?id=1441.jpg

580名無しさん@避難中:2010/10/03(日) 03:39:27 ID:dzdoGSIU0
乙です!
いい尻尾してるじゃねえかおじょうちゃんうひひひひひ

その態勢……つまり、誘ってやがるな!!(何を

581名無しさん@避難中:2010/10/03(日) 04:38:24 ID:UWpWz2hE0
これはmoeta
ぐっとくるものがあるよねこの後姿は

582名無しさん@避難中:2010/10/03(日) 08:05:14 ID:qOyxSb/Y0
いい尻尾だZE
むしゃぶりつきたくなるZE
あんよもかわええ

583名無しさん@避難中:2010/10/03(日) 22:30:13 ID:XRFm2pbU0
http://loda.jp/mitemite/?id=1443.jpg

http://loda.jp/mitemite/?id=1444.jpg

584名無しさん@避難中:2010/10/03(日) 22:52:09 ID:ZQSGuzqIO
ぎゃああぁぁ!萌え殺す気ですか!
牙がかわいいよう噛み付かれたい

585名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 00:34:11 ID:3D7jZXlY0
あざといなさすがトエルあざとい

586名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 01:11:43 ID:n/nMEvZs0
破壊力ヤバイ。
やめてくてないか!何か別のものに目覚めてしまうじゃないか!

587名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 01:52:41 ID:9u5Bt5qo0
いかん、何かに目覚めそうだ!
正統派ロボ幼女ってどこ基準の正当なんだろうwww

588名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 07:22:14 ID:d3aQtSN.0
クズハやばい
これヤバイ
かわいさとエロさまでそこはかとなくかもしだしてる
ヤバイ
かわいすぎる

589名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 19:18:39 ID:BH2mjNOIO
みんなキャラの名前どうやって決めてるの?やっぱり由来とかあったりすんの?

590名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 20:50:52 ID:ihNfBRsgO
恐ろしく適当。だから出来れば改名したい奴が数名いる。

591名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 20:54:35 ID:9u5Bt5qo0
由来ありが数名、無しがほとんど
由来が物語にかすりそうなのが一人という塩梅でございます

592名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 21:51:24 ID:/5Mdr6Fs0
主人公グループは元ネタから一ひねり加えてあるけど、
端役敵役がウィキペディアからそのまま拾ってるので怒られないか心配。

593名無しさん@避難中:2010/10/04(月) 22:10:10 ID:kvdVGWM.0
ttp://dqname.jp/
名前って難しいよね
由来からが簡単なんだけど、ググると沢山ヒットするぜヒャッホィ

594 ◆p3cfrD3I7w:2010/10/05(火) 21:22:48 ID:iXjgTlGQ0
僕の作品の登場人物の由来ですが

クラウス・ブライト K-1MAX初代世界王者アルバート・クラウスと英語で光り輝くものという意味の「ブライト」より。
セフィリア・ブライト「BLACK CAT」の登場人物、セフィリア・アークスより。
アリーヤ・シュトラッサー スワヒリ語で最高の存在を意味するアリーヤと、ドイツの軍人、ペーター・シュトラッサーより。
シオン・エスタルク イスラエルの歴史的地名「シオン」と、ドラゴンクエスト4のボス「エスターク」をもじった。
シュヴァルツ・ゾンダーク ドイツ語で「黒い日曜日」という意味。
アスナ・オブライエン 「魔法先生ネギま!」の登場人物、神楽坂明日菜と「遊戯王GX」の登場人物、オースティン・オブライエンより。
セオドール・バロウズ 「クロックタワー1、2」に登場するバロウズ家の初代当主、セオドオル・バロウズより。
ベルクト・ニコラヴィッチ ロシア語でイヌワシを意味する「ベルクト」と、「ヨルムンガンド」の登場人物、ドラガン・ニコラヴィッチより。
フィオラート・「サクヤ」・レストレンジ イタリアのコムーネ(地方自治体のようなもの)の一つ、「フィオラーノ」と、日本の神様「コノハナサクヤヒメ」と
                    ハリー・ポッターシリーズに登場する魔女、ベラトリックス・レストレンジより。

595名無しさん@避難中:2010/10/05(火) 21:52:09 ID:ENC5wWnMO
P3さんはネーミングセンスいいよね。ベアトリーチェ・チェンチなんかまんまビジュアル補完できるし。

596 ◆p3cfrD3I7w:2010/10/06(水) 20:33:38 ID:h6VKL3xw0
>>594の続き・その他の人物

カルロス・ブライト 「バイオハザード3 Last Escape」に登場する「カルロス・オリヴェイラ」より。
アリシア・ブライト 「戦場のヴァルキュリア」のヒロイン、「アリシア・メルキオット」より。
ケビン・F・ケールズ 「ホームアローン」の主人公、ケビン少年とアメリカ合衆国大統領、J・F(フィッツジェラルド)・ケネディより。
イスカリオテ・エスタルク 「12使徒」のうちの一人、「イスカリオテのユダ」より。
シロアム・エスタルク イエスが奇跡を盲人の眼を癒すという奇跡を起こしたとされる池の名前より。
ネロ・エスタルク イタリア語で「黒」を意味するが、イスカリオテの狂信ぶりに嫌気がさした母親が込めた意味は
         歴史上初めてキリスト教を迫害した男の名前より。
クレア・シュターク 「銀河鉄道999」に登場する「ガラスのクレア」と、「戦場のヴァルキュリア」に登場するロージーの本名
          「ブリジット・シュターク」より。アレックスに惚れているのはこの人。
クリス・ラタトスク 「機動戦士ガンダム0080・ポケットの中の戦争」の主人公「クリスティーナ・マッケンジー」と
          「テイルズオブシンフォニア・ラタトスクの騎士」より
フリードリッヒ・クルーガー 「ウォーシップガンナー2 鋼鉄の咆哮」に登場する「フリードリッヒ・ヴァイセンベルガー」と
              「鋼鉄の咆哮 ウォーシップコマンダー」に登場する「クルーガー提督」より。
シャロン・クラウス 「クイズマジックアカデミー」に登場する「シャロン」より。
エルセス・クレイ   特に由来はない。
ルカ・グラシアス  「ボーカロイド」の一人「巡音ルカ」とスペイン語で「ありがとう」を意味する「グラシアス」より。
ローザ・ダンケ    ともにドイツ語で「薔薇」と「ありがとう」を意味する単語を並べた。
レイ・オルヴォワール 「新世紀エヴァンゲリオン」のヒロイン、綾波レイとフランス語で「さよなら」を意味する「オ・ルヴォワール」より。
           ヤシマ作戦出動の時、レイがシンジに向けて「さよなら」と言ったのが元ネタ。
ルイン・ヴァルトート 遊戯王OCGの儀式モンスター「破滅の女神ルイン」と、ドイツ語で「死んだ」を意味する「ヴァル・トート」より。
スティード・ヴォルフェル スティードは「風」という意味。ヴォルフェルは確か「怒り」という意味だったと思う。
コロナ・ロシオッティ どちらも「聖剣伝説 LEGEND OF MANA」に登場するキャラクターの名前より。
ベアトリーチェ・チェンチ 歴史上に登場する薄幸の美少女の名前。詳細はウィキペディア参照。
クゥ・ラ・ホロコースト 「河童のクゥと夏休み」と、大虐殺を意味する「ホロコースト」より。
シエラ・ルルヴィア・アクエリアス 「聖剣伝説 LEGEND OF MANA」に登場するドラグーン「シエラ」と、
                  コカコーラより発売されているスポーツ飲料「アクエリアス」より。
イリア・オルトロス        「機動戦士ZZガンダム」に登場する「イリア・パゾム」とギリシャ神話に登場する双頭の魔犬
                 「オルトロス」より。

以上でございます。他の作者さんのキャラクターの名の由来もぜひ知りたいと思う今日この日でございます。

597名無しさん@避難中:2010/10/07(木) 01:45:28 ID:Ew.nqVc20
うへえ、みんなまともに考えてたりするのね……
正義の定義はなんか意味がありそうで全然無かったりするのがほとんどです。
火燐と焔は苗字を入れ替えるとに龍騎になります。大好きです龍騎。ドラグレッターだけに火燐も龍です。
そして火属性です。
水萌の話の瀬鈴栖はFF6のセリスから取りました。というか、水萌の話自体がFF6のオペライベントの軽いオマージュだったり。
代わりに歌を歌うっていうヤツねw
他は戦国武将だったり、自分の感性で決めたりまちまちだった気がする。
でも白石の由来元のこれhttp://www.youtube.com/watch?v=8dB6lYHqK0kだけは譲れない。
というかこのキャラ自体が北海道弁キャラですし。随所随所にこれから取ったネタを白石に仕込んでたりするけど
北海道ローカル番組のネタなんて誰もわかんねーよって気がついた頃には時既に遅しであった。

598名無しさん@避難中:2010/10/07(木) 17:30:22 ID:eWkgmCDg0
先生、一周年って10月何日でせうか?

599名無しさん@避難中:2010/10/07(木) 17:42:19 ID:WkcHBZQMO
先生じゃないけど26日だとおも

・我蛾妃→レディ・ガガ

・矢崎晶子(リリべルママ)→別板過去作で溺死した別キャラクターより。また溺死

その他はほぼ由来なしかな……

600名無しさん@避難中:2010/10/07(木) 18:44:45 ID:eWkgmCDg0
ありがとうごます!

601 ◆mGG62PYCNk:2010/10/07(木) 20:19:10 ID:JUNwaXCg0
おいおい皆結構答えが真剣で>>591書いた俺がかわいそうじゃないか!
俺も書く、書くぞ!

クズハ:葛の葉狐から。
     舞台とする場所を信太の森に使用と決めた時に決定。

坂上匠:とりあえずなんか有名どころから名を借りうけようと思い
     田村麻呂さんから坂上を姓をもらいました

安倍明日名:安倍保名からもじった
        安倍姓が一人どうしても欲しかったのです

他は特に元ネタ無しです

602名無しさん@避難中:2010/10/09(土) 21:55:23 ID:tPijZKoQO
本スレは今日も人稲だけど「こんなの書こうかな」なんつう雑談とかない?

603名無しさん@避難中:2010/10/09(土) 22:31:56 ID:14FqZV/.0
せっかく一周年近いんだから全キャラ登場のSSとかやってみたいなー
むしろ誰かかいておくれよー

604名無しさん@避難中:2010/10/10(日) 07:49:06 ID:mroU1Z8Y0
昔懐かしいリレー小説

605名無しさん@避難中:2010/10/11(月) 22:40:47 ID:Ufr.0XmoO
三連休の収穫だが画像悪い
http://imepita.jp/20101011/814270

606名無しさん@避難中:2010/10/11(月) 23:24:53 ID:cV1WBx1cO
俺達はいつの間にか他所に進出してたのか

607名無しさん@避難中:2010/10/18(月) 22:56:27 ID:UqZw5nYE0
作者さんのを参考にさせていただきました(十一)
http://loda.jp/mitemite/?id=1470.jpg

608名無しさん@避難中:2010/10/18(月) 23:42:13 ID:ChdZX9a20
白石さんじゃないっすか!
相変わらず足フェチを唸らせる絵だわさ。
にしても自分のキャラが描かれるのはやっぱり嬉しいね!
私も一周年記念絵晒しちゃおうかしら?一周年までとっておくべきか?
勿体ぶるような出来じゃないんだけどね。

609名無しさん@避難中:2010/10/19(火) 02:11:13 ID:0o/OPLqE0
白石さん!
たぶんきゃーそのトレースしづらい口調が好きよー!!

今の俺は来る26日までなら焦らしプレイに耐えれるが投下されるのもそれはそれでよし

610名無しさん@避難中:2010/10/19(火) 07:43:55 ID:aYuEgausO
うわっニータイツが超素敵だ!!
俺もまた一周年に向けて絵かいてみようっと

611 ◆p3cfrD3I7w:2010/10/22(金) 21:39:05 ID:W4MuBN2wO
パソコンがエンコして致命的痛手…orz

612名無しさん@避難中:2010/10/22(金) 22:00:10 ID:/qUL2QLoO
つ携帯

613名無しさん@避難中:2010/10/25(月) 20:15:40 ID:MH9wFrnoO
そろそろ一周年カウントダウンということで、こっちもなにか話題は?

614名無しさん@避難中:2010/10/25(月) 20:38:05 ID:heRsOxJA0
一周年祭の段取りや突発企画でも考えてくだしあ
とりあえず作品について質問したら作者が親切に答えてくれるコーナーが欲しい

615名無しさん@避難中:2010/10/25(月) 20:58:02 ID:MH9wFrnoO
明日は平日だけどオール即レスの決意(キリッ

616名無しさん@避難中:2010/10/25(月) 21:08:29 ID:heRsOxJA0
やあ奇遇だね、ボクも勤め先が倒産して暇なんだ…ははは…

617名無しさん@避難中:2010/10/25(月) 22:08:23 ID:ovu01AOkO
祭なんていいからハロワ行けw

618名無しさん@避難中:2010/11/01(月) 21:02:14 ID:HIY08/9gO
ここ最近静か過ぎてどうも筆が進まんな…

619名無しさん@避難中:2010/11/01(月) 21:54:04 ID:luFORwXE0
雑談ならいつでも付き合うぜ

620名無しさん@避難中:2010/11/01(月) 22:29:13 ID:HIY08/9gO
お、人居たw
いや、もともとマイペースに書いてるんで静かなのは苦にならないんだが、何より人の作品読むとモチベ上がるんでw
書き手さんなら頑張ってね!!

621名無しさん@避難中:2010/11/01(月) 22:48:54 ID:luFORwXE0
し、しばらく書けないんだ……
それはそれとして雑談って大事だと思うの
って数日前別のスレで話しあってたりしたのさ

まあ振るネタはないんだがw

622名無しさん@避難中:2010/11/02(火) 00:33:54 ID:b7DJ71Cs0
一周年で燃え尽きたぜ…

623名無しさん@避難中:2010/11/11(木) 20:14:01 ID:liQHv9P6O
age

624名無しさん@避難中:2010/11/14(日) 03:32:56 ID:WvpQeYpk0
ラジオで殿下が一瞬言及されてたw

625 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

626名無しさん@避難中:2011/01/03(月) 22:22:48 ID:oAZ4VKZ2O
過疎なのに規制とは……モチベ下がるな……

627名無しさん@避難中:2011/01/04(火) 03:43:28 ID:tMN8pc9MO
規制明けに書く作品を書き貯めておこう

628名無しさん@避難中:2011/01/11(火) 22:47:05 ID:4TQWMiTs0
ようやくデスマーチが終わりそうなので、だれか今のスレ状況を産業でたのむ

629名無しさん@避難中:2011/01/11(火) 22:49:23 ID:UXcUeJNc0
SS投下1月無し
住人は居る
皆忙しそう

630名無しさん@避難中:2011/01/11(火) 22:52:07 ID:4TQWMiTs0
把握
まとめwikiよんでおくよ、ありがとう

631名無しさん@避難中:2011/01/14(金) 21:26:53 ID:xcIofaNgO
そのWikiでも更新されりゃあモチベーション上がるんだが……

632 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/18(火) 22:17:14 ID:eVd6/qYc0
お久しぶりです。毎日スレッドをチェックしていても一向に投下がない日々が続いていますが…
僕の作品の8話にてカットした未公開シーンがあるんですけども、需要ありますか?

633名無しさん@避難中:2011/01/18(火) 23:03:52 ID:Dwo1HBsoO
是非ぜひ!!

634 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/18(火) 23:13:01 ID:eVd6/qYc0
ではHDDあさって探してきます。内容なんですが、クラウス君とセフィリアさんが一夜を共にした
シーンの詳細だったと思います。

635名無しさん@避難中:2011/01/18(火) 23:15:24 ID:u/BUkQ8w0
wktkだが、本スレに投下できるのか?w

636 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/18(火) 23:23:54 ID:eVd6/qYc0
ギリギリ投下できる内容だったと思います。

637名無しさん@避難中:2011/01/18(火) 23:31:13 ID:u/BUkQ8w0
ギリギリと聞いてさらにwktk

638名無しさん@避難中:2011/01/19(水) 10:05:42 ID:1h4QE146O
まああれだ
判断しかねるのなら限界突破してキャッキャッウフフスレへGOw

639名無しさん@避難中:2011/01/19(水) 23:17:55 ID:AS8zn7660
あっちにしようかこっちにするべきか。
http://loda.jp/mitemite/?id=1674.jpg

640名無しさん@避難中:2011/01/19(水) 23:22:05 ID:BXHjRYeQO
か、かわえぇ……

641名無しさん@避難中:2011/01/20(木) 00:22:24 ID:UcQp6ppo0
おおう……!
これは可愛い!

トーナメントバトル、色々とたのしみですw

642名無しさん@避難中:2011/01/20(木) 06:03:26 ID:8Zd3LsRo0
>>639
いい仕事だぜ…
俺も髪の毛ふさふささせろー!

643名無しさん@避難中:2011/01/20(木) 15:03:24 ID:5t14vAk6O
トーナメントなんて全く覗いてしてなかったよ……
クズハがんばれ!!

644 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/20(木) 21:35:05 ID:RfhDta060
エリカ様に髪をすいてもらってるのはクズハさん?それともキッコさま?
あと、未公開シーンの件ですが、行方不明につき書き直し中です。カミングスーンということで
お待ちくださいw

645名無しさん@避難中:2011/01/21(金) 23:20:22 ID:/MEEt1vE0
>>644
樟葉です。 キッコさんは未だ私の中では姿が安定しません。
http://loda.jp/mitemite/?id=1680.jpg

646名無しさん@避難中:2011/01/22(土) 15:16:34 ID:KNuqocEk0
>>645
キッコ様おっぱいおっきいお
あー、クソ
口元たまらん
モフモフしてぇ!

647名無しさん@避難中:2011/01/22(土) 21:27:02 ID:XvfU3NY6O
いつもながらGJ!
早くSSでもクズハの姿を拝みたいところ

648名無しさん@避難中:2011/01/23(日) 00:15:41 ID:iK4xdBCE0
巨乳! 巨乳!
貧乳! 貧乳!

クズハはむしろ絶壁な感じがまたいいと思ふ!
耳と尻尾はmyジャスティス!
幸せ者だなぁ俺は

649 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/23(日) 01:27:42 ID:OuRwR3Xk0
さて、書き直しが終わりましたがその性質上、若干の性的描写を含みますが、投下してOKですか?

それはそうと…クズハたんとキッコ様マジ可愛いなおいw

650名無しさん@避難中:2011/01/23(日) 13:46:32 ID:pHHfOllQO
>>649
久々の投下、乙でありんした!!
地獄異形も再始動に期待

651名無しさん@避難中:2011/01/23(日) 14:23:27 ID:lN2C7lxc0
>>649
若干ならいいんじゃないかと個人的には思うけど、強烈に拒否反応示す人もいるようだしなあ
明確に行為を書いてるんじゃなければいいんじゃないだろうか

652 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/23(日) 22:53:48 ID:y9U1y9po0
>650
ねぎらいの言葉、ありがとうございます。できれば簡単な感想もつけていただけると何よりの
励みとなります。こうして自分が投下することで他の書き手さんのカンフル剤的な役割を果たされば
重畳です。

>651
そういわれると弱いので、やはりキャッキャウフフのほうへ落としてきます。
読みたい方はそちらへどうぞ。

653 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/28(金) 21:45:16 ID:wfYS2uHk0
トーナメントスレにてクズハたんが間もなく試合と聞いて、告死天使のみなさんからの
方からの応援メッセージです。

クラウス「クズハちゃん試合だってね。僕たち『みんなで世界を創るスレ』三世界代表として頑張ってきてね」
セフィリア「私もあなたの勝利を心から祈っていますからね。クズハさん」
アリーヤ「私ごときに言われるまでもないかも知れんが、お前ならやれる。自分の感覚を信じて精一杯戦ってこい」
 シオン「クズハさん、君に神のご加護があらんことを。エイメン…」
朝倉霧香「クズハさん、あなたには八百万の神がついています。安心して戦ってきてください」
シュヴァルツ「試合の前にリラックスできる方法をお教えしましょう。掌に「狐」と書いて飲み込むんですよ」
セオドール「試合中にはクズハちゃんを応援する曲を俺たち『ブルー・スカイハイ』が流してやっからな」
ジェネシス「私の直感ですが…あなたは勝ちます。私の直感は昔からよく当たるんですよ?」
ベルクト「勝ってあいつにいいとこ見せてやれよ。鈍感だからな、あいつ」
フィオ「頑張ってねクズハちゃん。ボクも応援してるからね」

654 ◆mGG62PYCNk:2011/01/29(土) 18:38:02 ID:Cu49QVDc0
うむ、クズハが勝ってしまってて(wikiの人気投票的に)大丈夫だろうかと思わないでもないが
人様に書いて頂くとにやにやがとまらなかったりするあたり現金なものです

本編ですがいろいろとありますが4月まで待って頂きたいなぁとかなんとか
頻繁にここには来てるので誰か投下したら感想書くぜ!

655名無しさん@避難中:2011/01/30(日) 04:01:07 ID:HkDOSVWQ0
>>653
狐と書いて飲むwww

656 ◆p3cfrD3I7w:2011/01/30(日) 23:39:45 ID:G6zsWyug0
クズハたん一回戦の勝利に告死天使の方々は…

クラウス「え〜さて、それではクズハちゃんの一回戦の勝利のお祝い並びに二回戦の勝利を
     祈願して…かんぱ〜い!」
一同「かんぱ〜い!」

セオドール「うぉい!ベリュクトとフィオとジェネシシュ!めでてえ席なんだから酒くれえ呑めや!」
ベルクト「俺たち3人はまだ未成年だし、フィオは自警団第一課課長だぞ…いいのかセオドール」
ジェネシス「完全に出来上がっちゃってますねこの人…私たち3人はソフトドリンクで大丈夫です」
  フィオ「うんそうだね。クラウス君に言ってジンジャーエールもらってくるね」
朝倉霧香「シュヴァルツさんお強いですね。もうビール8杯目ですよ。私も負けていられませんね」
シュヴァルツ「私の祖先であるゲルマン民族にとってビールは水と同じだったそうですよ。霧香さんこそ日本酒3合目ですけれど」
アリーヤ「うん、うまいなこのカクテルは。なんという名前だ?クラウス」
クラウス「ブルーラグーン。きれいな青をしてるだろう?その色にあって味も爽やかで美味しいでしょ?」
セフィリア「兄さんの姿…父さんとかぶって見えるなぁ…」
シオン「クラウス君、このワインの銘柄は?美味しいな…」
クラウス「サンタ・デュック・エリタージュ。値段の割に美味しくて結構人気のワインなんだよ」

????「ねえ、みんな。何か忘れてないかな?」
一同「え?」
アスナ「私のことだよ!>653でも私だけ端折られてみんなで酒盛りなんかして!」
一同「…あ」

アスナのただならぬ殺気を感じとり、目くばせの後逃げ出す一同。

アスナ「あ!待てこらーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

その後、俊足を持って逃げおおせたクラウスとフィオを除く全員が彼女の拳骨を食らうのでした。

アスナ「遅れながら!クズハちゃん頑張ってね!」

657名無しさん@避難中:2011/01/31(月) 18:51:52 ID:5wqvq2zM0
お前ら呑みたいだけやろとw

658名無しさん@避難中:2011/01/31(月) 23:25:57 ID:zf9TpPkk0
酒飲みの集まりww

659 ◆p3cfrD3I7w:2011/02/11(金) 22:26:19 ID:lZ1okQIs0
もうすぐバレンタインデーということで…

アリーヤ「さて、今日貴様たち女性陣に集まってもらったのは他でもない。来たるべき2月14日についてだ」
アスナ「あ!バレンタインデーだよね。ブクリエでもチョコをたくさん使ったケーキが今も絶好調だし」
シオン「それに最近はチョコレートを買うと自動的に募金や寄付ができるものもあるらしいしね。いろんなことを考えるものだ」
朝倉さん「でも、それと私たちを集めたことと何の関係があるんです?アリーヤさん」
アリーヤ「うん、日ごろ何かと世話になっている男性陣の面々に感謝の気持ちを伝えるという意味でチョコを贈ってはどうかと思ってな」
フィオ「いい考えだねアリーヤちゃん!あ、でもそのチョコってどうするの?買ってくるの?」

アリーヤ「いや、手作りでこそ気持ちが伝わるというものだろう。だが問題は…私たちの中にチョコづくりに詳しいものがいないということだ…」
アスナ「チョコケーキとチョコを作るのは全く別の問題だしねぇ…素人が作っても失敗作にしかならないよ、きっと」
フィオ「でもみんなならそれでも喜んで受け取ってくれるだろうけど、どうせなら美味しいチョコを贈りたいよね…」
朝倉さん「何かいい方法はないものでしょうか」
シオン「…あるよ。今一つ思いついた。私の弟、ネロは若干二十歳で閉鎖都市きっての天才パティシエなんだ」
アリーヤ「なるほど…彼にチョコレートの作り方は伝授してもらおうというわけだな」
シオン「そういうこと」

アスナ「じゃあ、さっそくネロ君のところへレッツゴー!って…どこにいるのかな?」
シオン「今日は休みだといっていたから実家にいるだろう。この時間だと…父さんは礼拝堂か…」
朝倉さん「ではシオン先生。行きましょうか」

こうしてバレンタインデー計画のため、ネロのもとに向かうことになった。

660 ◆bEv7xU6A7Q:2011/05/04(水) 02:19:44 ID:Swh8JxnE0
http://loda.jp/mitemite/?id=2041.jpg

661名無しさん@避難中:2011/05/04(水) 02:31:41 ID:WTjLcs6k0
おお、かっこいいw

662名無しさん@避難中:2011/05/04(水) 15:58:12 ID:OIhiYj8g0
殺戮モードの幼女北!
お色気攻撃を所望するで御座る!

663名無しさん@避難中:2011/05/04(水) 21:20:12 ID:bZBY56G6O
ロボット幼女!
こいつは剥きたいが残念ながら中身は機械……いや、しかし……!

664 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

665名無しさん@避難中:2011/07/11(月) 22:40:40 ID:0xrSK6B6O
こちらも地獄上げ

666名無しさん@避難中:2011/08/30(火) 03:40:18 ID:N5xUA3io0
ちこくですがー
http://loda.jp/mitemite/?id=2397.jpg

667名無しさん@避難中:2011/08/30(火) 04:21:02 ID:aa5e8dFs0
トエルさんきた!
流石幼女あざとい! 遅れ登場なあたりもまた素敵だ

668名無しさん@避難中:2011/11/24(木) 20:02:52 ID:EDnLSKRw0
みんつくはしばらくこっち進行でもいいのではないかと
本スレがあんな調子だし・・・

669 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

670 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

671 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

672名無しさん@避難中:2011/11/24(木) 21:27:05 ID:EDnLSKRw0
こっちにまで来るとはね

673名無しさん@避難中:2011/11/25(金) 09:13:40 ID:eYYc.Udg0
GJ

674 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:30:50 ID:njDphXNU0
いろいろスゴイのでこっちで投下してみる

675白狐と青年「ずれた認識」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:32:24 ID:njDphXNU0


            ●


 キッコに無理矢理連れられてクズハの部屋へ入った彰彦は、
ベッドの上で新聞を開いていたクズハにとりあえず片手を挙げて挨拶した。
「よう、クズハちゃん。元気してたか?」
 ついさっきまで眠っていた者に言う言葉では無いと思いつつ声をかける彰彦の眼前、
顔を上げたクズハは、部屋に侵入した三人を見て数度瞬きをすると、
「あ、キッコさん、彰彦さん、こちらにいらしてたんですか。明日名さんも、おはようございます」
 そう言って頭を下げる彼女を見ながら彰彦はひとまず内心で良かった、と息をつく。
 ……体調は戻ってきてるみたいだな。
 そうは思うが、こちらを見てくるクズハは本調子ではないのか、やや元気がないようにも見える。
「俺たちもちょっとじいさん手伝いにな」
「そうなんですか……」
 クズハは首を傾げ、
「えっと、それでなんで私の所に?」
「そりゃ決まってるだろ」
 言って、彰彦はクズハに訊ねる。
「なんで平賀のじいさんや匠を部屋に入れようとしないんだ?」
 この面子が来たのだ、クズハとしてもこの質問は予想できていたはずだ。しかしクズハは彰彦の質問に顔を強張らせた。
 彼女はついと顔を逸らして長い髪で表情を隠すと硬い声で、
「……皆さんには関係ないじゃないですか」
「本当にそう思ってるか?」
「……はい」
「俺の顔見て言ってみ?」
 クズハは応じない。彰彦はまあいいや、と言ってクズハに逃げ場を与えた。
 ……嘘がつけない子だな。
 いっそ微笑ましい。放っておけば勝手に元の鞘に収まるような気もするが、
匠をあのままにしておくのは彼の親友としてはよろしくないし、クズハはまだ敵に狙われてもいる。
このまま解決をじっくりと待つことはできない。
 だから、と彰彦が言葉をかけるより前にキッコが口を挟んだ。
 彼女は小さく抑えた声でクズハに訊ねる。
「クズハよ、何故あの二人を拒絶した? 一時的にせよ我はお前に憑いておった。
心根も知っておるつもりなのだがの」
「理由は……ただ、だめなんです」
「要領を得んの。我としてはお前には不幸になってもらいたくはないのだ」
「……すみません」

676白狐と青年「ずれた認識」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:32:55 ID:njDphXNU0
 目を合わせないクズハの様子に吐息を一つ入れて、キッコは呟く。
「口を割らんのなら、匠をここに連れて来て直接理由を尋問させようかの」
 その言葉に、クズハが劇的に反応した。彼女は焦ったように早口で、
「ま、待ってください! もう少しだけ、もう少し……」
 半ば取り乱したそのさまは、匠を恐れているようにすら見えた。
 内心首を傾げる彰彦は明日名を窺い見る。明日名は静かにクズハを見つめ、やがて頷いた。
「分かった。行こうか、キッコ、今井君」
「明日名、我の話はまだ――」
 明日名はキッコを手で制すると話しを続けた。
「ひとまず出よう。クズハも起きたばかりで混乱しているかもしれないし、
安静にして体の調子も整えなければならないだろうしね」
 そう言って彰彦とキッコを外に促す明日名は去り際クズハに訊ねた。
「何か欲しいものはあるかい? もって行くよ」
 そう言われたクズハは躊躇いがちに注文を告げた。
「あ、じゃあ……あの、私が武装隊の方々と一緒に行政区に行ってしまった後の新聞や号外があれば、
できるだけ全部頂けませんか?」
「分かった。すぐに手配するよ」
 そう答えて明日名はなおも何か言い足りなさそうなキッコの背を軽く叩いた。
キッコは髪を乱暴に掻いて部屋の外に足を向ける。
「一体何を考えておるのかは分からんがの、話してみれば気も晴れるものぞ。少し考えておくのだの」
「はい、……ご迷惑をおかけします」
「……っ、かけられておるのは心配ぞ」
 部屋の扉を閉める間際、彰彦はクズハが深々と頭を下げたのを見た。

677白狐と青年「ずれた認識」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:33:32 ID:njDphXNU0


            ●


「………………」
 キッコが無言で廊下の先を歩いて行く。
 彰彦と明日名は平賀の部屋へと進んで行くキッコの後についていきながら顔を見合わせた。
なんとなく抑え気味の声で会話を交わす。
「先程のクズハの態度、坂上君や平賀博士に対するものよりも軽いとはいっても随分と硬かったね。それに頑なだ」
 彰彦が応じる。
「そうっすね。これまで俺が見てきたクズハちゃんとは微妙に違う感じだった。
特に匠の名前を出された時のあの反応は気になるな」
「反応?」
「あれ? 明日名兄さん気付かなかったか? ありゃどうも怖がっているみたい、というか……」
 上手く言葉が出てこない。しかしクズハがしていたようなあの目は、昔見た事がある気がする。
 ……どこだったかな。
 なかなか思い出せない。しょうがないと息を吐いて、彰彦は別の方面からクズハの状態について考える。
「クズハちゃんのあの状態が術や薬みたいなやばい物の影響が出たわけでないとなると――」
 先程のクズハの顔を思い出し、
「匠のせい……とかじゃねえだろうな」
「いや、それは流石にないんじゃないかな」
 明日名が苦笑で言う。
「やっぱり、捕らえられていた間に何かされたんじゃないかと思うんだ」
「何か……ねえ」
 彰彦の呟きにキッコがぼそりと返してきた。
「……狐が誑かされたかの」
「え?」
「なんでもない。ただの勘だの。しかし、まあ、匠の方にも色々と言いたい事も出来たわ。
何をクズハの言葉に大人しく従っておるのやら」

678白狐と青年「ずれた認識」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:34:10 ID:njDphXNU0
 キッコが不機嫌そうに言いながら平賀の部屋の扉に手をかけた。
扉が開けられ、中に居た二人が問うような視線を向けてくる。
 彰彦は上げた手を左右に振って、
「だめだな。クズハちゃん、変に頑なだ。それでもまあ、もう来るな、とまでは言われなかったけど」
 明日名がとりあえず、という感じで言葉を引き継ぐ。
「新聞や号外を頼まれたので、ひとまずそれをあの子の所に届けに行こうと思います」
「あ、待ってくれ」
 彰彦は咄嗟にそう言って明日名を止めた。
「俺がクズハちゃんのとこに御所望の品を届けに行くわ」
「今井君が?」
「おう、ちょっと聞いてみたい事もあるし……それに」
 明日名に近付いて声を抑え、キッコに目を遣りながら、
「キッコさんがなんか匠に説教したくてたまらなそうなんで、そっちの抑え役、頼んます」
 下手をしたら匠が食われかねない。そんな事を思う彰彦に明日名はなんとも言えない表情を浮かべた。
「分かった。図書館か資料室に行けばここ最近の新聞も号外もあるから、よろしく頼むよ」
「了解」
 二人の間でとりあえずの分担ができた。それぞれが動き出す寸前、それまで黙っていた平賀がさて、と声を上げた。
「クズハ君も目覚めた。わしの方でも彰彦君の報告も勘案して、色々と行政区と話しを進めてみようと思っとる」
「マジですか……?」
 ここで平賀が離脱してしまうのは正直痛い。
出来れば残ってキッコの抑え役をしていてもらいたいと彰彦は思うが、
平賀は瓢げた笑みを浮かべて彰彦と明日名、キッコを見やる。
「クズハ君の事は心配じゃが、皆になら任せる事もできるかのう」
 そう言って匠の背を叩き、部屋を出て行った。

679白狐と青年「ずれた認識」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:34:51 ID:njDphXNU0


            ●


 平賀が出て行くのを見送り、匠は呟く。
「さて、どうしたもんかな……」
「クズハちゃんはまだ狙われてるんだろうからな、
いくら平賀のじいさんの研究所内にいるっていっても危険な事にはちげえねえ。
急いで仲直りしてもらいたいとこだ」
 そう言って彰彦もまた、平賀の後を追うように扉に向かった。
「だから、急いでクズハちゃんの気持ちを理解してくれよ? 匠」
 そう言い残して部屋から出て行く。クズハから頼まれた資料を取りに行くのだろう。
できれば匠が直接行ってクズハと話をしたい所だが、
 ……どうすればいいのか分からない。
 理由もよくわからないままに拒絶されたのだ。
その理由も掴めないままに部屋に行ってもまた拒絶されるだけだろう。
 そんな事を長々と考え、匠は弱り切って言葉を漏らした。
「俺、何かクズハに嫌われるような事したか……?」
 うな垂れる匠の正面に気配がきた。顔を上げると底に居たのは、
「キッコ……」
 見上げる匠の視線の先、どうやら彼女は何か怒っているようで
、口の端から牙が覗いている。彼女は険呑な目つきで匠を睨んで、
「あの子を寂しがらせるなと我は言ったのだがの」
「そうは言ってもな、クズハの方から拒絶されたんじゃどうしようもない」
「あの子が坂上君を意味もなく拒絶する事はないと思うけれどね」
 明日名がキッコを宥めるようにその肩に手を置きながら言う。
 確かにそうだろうと思いかけた匠は、しかしいや、と首を振った。
「そうでもないでしょう」
「そうかい?」
 匠ははい、と頷き、
「クズハにとって俺は父親とか兄とかのような存在です。
父離れが……そう、武装隊の令状に従って行政区に付いて行った時点で父離れが起こっていたと考えるなら、
この拒絶もそう不思議ではないのかもしれませんよ? あの年頃の女の子は難しいと聞きますし」
 言って、肺腑に溜まった重い息を吐き出した。
 クズハの態度が本当に父離れと同じようなものなら自分には何もできないのではないか。そう思っていると、
キッコが何やら驚きと呆れを混ぜ合わせたような不可解な顔をしているのに気付いた。

680白狐と青年「ずれた認識」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:36:36 ID:njDphXNU0
「どうした?」
「……うむ」
 キッコは奇妙な顔のまま、今度は憐れみを混ぜたように眉尻を下げた目で、
「匠よ、お前本当は我に喰われたいのではないかの?」
「キッコ、俺は真剣なんだ。茶化すな」
 キッコの目を見ながら言い切った途端、肩を叩かれた。
振り返ると、明日名がなんとも言えない顔をしていた。彼は言葉を選ぶような間を置いて、
「坂上君、君は……そうだな、少し、自分があの子にどう思われているのかを考えた方がいいかもしれない」
「明日名さん……?」
 困惑する匠の頭をキッコが平手で叩いた。
「こ奴には言葉で行っても無駄ぞ、やはり直接会わせる他あるまいて」
「そうだね、あの子の、あの突然の距離の置き方はやっぱりおかしくはあるし、
状況も状況だ。少し手荒でも引き会わせた方がいいかな」
 二人の間で進んで行く会話を聞いて匠は待ったをかけた。
「ま、待て、クズハを辺に刺激するような事はしない方がいいんじゃないか?」
「何をそんな及び腰な事を言っておるか」
 キッコの言葉に、匠は言い辛そうに口ごもりながら反論する。
「……クズハが俺にあんなに強く反論してきたのとか初めてで、今の状態で会っても、どう接したらいいのか分からない」
「あー……」
 明日名が唸ってうんうん頷き、キッコが冷めた目で匠を見てきた。
「うだうだ言うでないわ」
 そう言ってキッコは匠の髪をつかんだ。顔を近づけ、いい笑顔で、
「行・く・ぞ?」
 有無を言わせない迫力に、匠はただ頷くしかなかった。

681白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:37:59 ID:njDphXNU0


            ●


 クズハが見たがっていた資料をそろえて持って行った彰彦は、
扉付近で腕組みをして、クズハが新聞や号外を見ている姿を眺めていた。
 やがて全ての資料に目を通し終えたクズハは、その間じっとして動かなかった彰彦を見上げて口を開いた。
 発される声はそっけなさを装ったもので、
「えっと……何か?」
「おう、ちょっと聞きたい事があってさ」
 言葉を返しながら、彰彦は扉から離れてクズハに近付いていき、問いかける。
「クズハちゃんはなんで匠を恐がってるんだ?」
「恐が……る?」
 分からないというふうに首を傾げるクズハ。彰彦はクズハの状態を見ながら首を捻り、
「いや、違うか……畏れている、うん、そうだ。畏れている。まさにそんな感じだな」
「おそれ?」
「そ、神様仏様に対する畏まるの畏れな。今のクズハちゃんさ、匠の事を話に出すと、
まるで天罰か何かを恐がるみたいな顔するんだぜ? 気付いてたか?」
 クズハは、はっとした顔をして、自分の顔に手をやる。自分の表情を確かめるかのように顔に手を這わせて、訊ねる目を彰彦に向ける。
「……そうですか?」
「ああ、俺としては、何でそうなっちまってるのか気になるな」
「そうですか……」
 小さく呟いて、クズハは独白するように続けた。
「だって、いっぱいご迷惑をおかけしました」
 会話が続いた事でとっかかりを得た彰彦は、クズハから更に言葉を引き出すためにオウム返しに問う。
「迷惑?」
 はい、とクズハは頷いた。
「以前の和泉の事、匠さんにとてもご迷惑をおかけしました。審問などという場にも出してしまいましたし、
それに研究区に来てからも、武装隊の皆さんに以前の過ちを迫られて――そして、今回です」
 クズハは、読み終え、畳み置かれた新聞の山を示した。
「収監されていた異形が逃亡、それを捕らえるために行政区は武装隊を派遣……。私を捕まえる為に彼等はここに来てるのですよね?」
「そうだな。だけどこりゃ武装隊の奴らの見当違いだ。別にクズハが気にするような事じゃないと思うぞ?」
「そういうわけにもいきません。研究区を頼って来た方々に重圧がかかっています。それに」
 眉を寄せて、クズハは呟いた。
「今回のこの事態は、匠さんや平賀さん、お二人の立場も危うくしています」
 確かに、と彰彦は思う。二人、特に平賀は行政区や大阪圏と敵対している状態になっているため、
大阪圏内における発言力も低下しているだろう。
日本における人類の生存に大きく寄与した人物の一人である彼が声をかけて回っているのに、
行政区との交渉体勢を整えるまでにこんなにも時間がかかっていることからもそれは分かる。
 しかし、
「クズハちゃんを匿うのは異形みんなに対して掲げられた研究区の総意だぜ? 
だからこそ、ここを頼って来る奴らもある程度の保障っていう恩恵を受けていられるんだし、
それはクズハちゃんも受ける事ができるもんだ。気にするもんでもないだろ」

682白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:38:49 ID:njDphXNU0
 当然、いくら異形を匿う事が研究区の総意とは言っても、
犯罪の参考人としてクズハを捜している武装隊に対してクズハの存在を隠している、というのは厳しいものもある。
 ……ま、それはまた別の問題だな。
 クズハが罪を犯していないと把握しているこちらは黙ってクズハを匿っていればいい。
そう思いながら彰彦は言葉を続ける。
「それに、そのクズハちゃんの説明だと、匠に対する畏れみたいな態度の説明にはなってねえよ。
俺はそっちを聞きたいんだがな」
 先のクズハの発言だけでは平賀や研究区の皆に対する申し訳なさは分かっても、
匠に対してクズハが見せる畏れの説明にはなっていない。
 ……クズハちゃんのあの態度、というかあの目か……ああいうのどっかで見たんだよな……。
 彰彦が眺める眼前、クズハが俯きがちに告げる。
「あの態度は、申し訳ないと思っています。でも、あの……少しだけ時間をください」
「時間を?」
「はい」
 クズハはゆっくりと頷いて、
「そうすれば、私の中の覚悟が決まりますから……」
 ……覚悟……?
「一体何の覚悟だ?」
 問いに対して、クズハは体を抱いて小さく頷いた。
「……ここから去る覚悟です。匠さんに出て行くように言われても耐えられる心構えです」
「おい、クズハちゃん……?」
 クズハの発言の意味を図りかねた彰彦は、僅かに強い語調でクズハの名を呼ぶ。クズハは頷き、
「もう私には皆さんに取り返しのつかない程の迷惑をかけています」
「だがそれはクズハちゃんのせいじゃ――」
「同じ事です」
 彰彦の言を途中で断ち切ってクズハは続ける。
「私は……もう匠さんから武装隊という、元の居場所を奪ってしまっているんです。
これからは匠さんの役に立って生きていこうと、そう決めていたのに……私にはそれすらできなかった!」
 両手で顔を覆って、クズハは自責に歪んだ言葉を吐く。
「匠さんはとても優しいから、私に出て行けとは言わないかもしれません。
でも私は、私がここに居る事の危うさを知ってしまいましたから……もう、居なくなるべきなんです。
 それが私のできるたったひとつの匠さんの役に立つ事で、
それが出来るのなら、私は喜んで匠さんの前から姿を消します」

683白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:39:56 ID:njDphXNU0
 そう言って口を閉じたクズハを前に、彰彦はこれはクズハが抱えているコンプレックスの表出だろうと得心する。
 ……随分と思いつめちゃってまぁ……。
 実家に帰るのを渋っていた自分などよりもよほど重症だと彰彦は内心で苦笑して、
「無理矢理に覚悟を決めるのは構わねえけどさ――」
 大事なのはそんな事では無いと思い、告げる。
「実際のところ、本心としてはクズハちゃんはどうしたいんだ?」
 クズハは動きを止めた。しばらく悩むように俯いて、
「匠さんの御心のままに。そして、匠さんのためになるのなら、
やっぱり私は匠さんの前から消える事は私の望むところです」
「匠はクズハちゃんを捨てるなんてこてゃ絶対ねえと思うぜ?」
「優しい方ですから、だから本心を私には見せずに私のせいで被る迷惑を背負ってしまうんです。
そんな事は嫌だから、だから、私は自分で匠さんの前から消えるんです」
「結局はそこに行きつくのか」
 彰彦は難儀な思考をしていると思い、いや、と内心で否定を入れる。
 ……そうでもないか。本心から尽くそうとしてるだけだな。自分の全部で。
 文字通り、自らの全てをかけての献身だ。彰彦はクズハの考えの在り方をできるだけ忖度しようとしながら問いかける。
「じゃあ、話を進めてみるか。――クズハちゃん、クズハちゃんは俺たちの前から消えて、それからどうするんだ?」
「どうする……ですか……?」
 きょとんとした顔でクズハは固まった。しばらく考えに沈んだ後、顔を上げ、
「……どうしたらいいでしょうか?」
 そう言って途方に暮れた顔になる。
「行く場所もないんです。今あるものだって匠さんにもらったものばかりで……この居場所だって、この命だって
……だから、だから役に立たなくちゃいけなかったのに、それだけが私が匠さんに返してあげられる唯一のものだったのに……っ」
 細く震えるクズハの声を聞きながら、彰彦は納得を心に得る。
 ……まるで匠を聖人か何かみたいに言うもんだ。
 おそらくそれが、クズハの献身が極まった形なのだろう。危うく揺れ動く彼女の目は、ある種の光を湛えている。
その光とよく似たものを彰彦は記憶の中から思い出していた。
 第二次掃討作戦中、激しい戦闘の中では己の力だけを信じ、協調性に欠ける者がかなりの数存在した。
自分だけはどのような強さの異形を相手にしても負ける事など無い、だから他の者に構う必要も無い。
そのように思わなければ、人など瞬時に殺害しうる化け物相手に立ち向かう精神を維持し続ける事など出来なかったのだ。
 一方で、自分を信じ切る事ができない者は、その対象を外部に向けた。
その結果として己の扱う武器を信じる者や、敵対する異形を愛しい怨敵として崇めるような者などもいた。
全てはいつ凄惨な終わりを迎えるのか分からない戦場で、精神の均衡を保っていくための無意識の上での自衛処置だ。
 そのような者達の目の色と、今のクズハの目の色はとても似ていた。
 今のクズハの状態、それはまるで――
「信仰だな」

684白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:40:43 ID:njDphXNU0
「信仰、ですか?」
 匠に対する絶大な信頼、そして、自らの存在意義すら匠に委ねて依って立っている状態は、
妄信や狂信に近いものがあるのかもしれない。
 ……匠の為になる、が存在意義で、んでもって同時に教義でもあるってとこか……。
 彰彦の言葉を吟味するようにクズハは沈黙し、やがて頷いた。
「信仰、なのかもしれません。私は匠さんに全てを肯定してもらって生きてきましたから、
匠さんの言う事ならすべて従ってもいいと思っていますし、私が役に立てないのなら
……信仰する資格すらないのなら、もうこのまま消えてしまえばいいとも考えています」
「敬虔なこった」
 よっぽど恩を感じているという事なのだろう。その上にここ最近の事件のせいで、
異形として抱いていたコンプレックスが悪い方向に向かって行ったのだろう。
 武装隊へ自らの身柄を引き渡したのも彼女のこの考え故だろう。そしてベッドに畳み置かれた新聞を読んで、
その行動すら裏目にでてしまったと知って、クズハはここまでの思い詰めたのだ。
 ……ったく、なんでここまでクズハちゃんが追い詰められなきゃなんねえかな。
 事件の裏に居る者達に対する憤りを感じながら、彰彦は説得の言葉を口にする。
「なんだクズハちゃん。つまるとこ、あんたは匠と一緒に居たくねえのか?」
 挑発するような言葉に対して、即答が来た。
「そんなわけないじゃないですかっ!」
 叫びに似た声量で言い放ち、クズハは彰彦に目を向けた。涙が浮かんだ目で重ねられる言葉は、
「だって私は匠さんの事が好きで……っ、大好きなんですから!」
 クズハの本心の発露に応じる形で、彰彦の背後から声がした。
「――――え?」
 呆然、という言葉をそのまま体言したかのような呆けた声だ。
反射的に背後、扉の方へと振り返った彰彦は、そこに声の主を見る。
 匠だった。

685白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:41:45 ID:njDphXNU0


            ●


 振り返った彰彦の視界の中、部屋に入って来たのはキッコ、明日名、匠の三人だった。
 扉を開いたらしきキッコが、おお、の形に口を開いて動きを止め、その後ろで明日名が気まずそうに視線を逸らし、
匠がそれなりの付き合いがある彰彦から見ても初めて見るような、何とも滑稽な顔をしていた。
「――ぇ……? な……?」
 背後、クズハの居る方からはかわいそうになる程動揺したクズハの、意味を為さない言葉が聞こえている。
 ……顔を見てやらないのが情けってもんだよなぁ……。
 そう思いながら、彰彦は匠達の方を向いたまま、どうしたものかと天を仰いだ。
 それがいけなかった。
「彰彦!」
 キッコの呼号。そして同時に生じる背後での≪魔素≫の動き。
 意味を考えるよりも早く、彰彦は背後、クズハの方へと振り返ったが、その時には既に窓が破壊されていた。
 そして、
「……すみません」
「――待」
 小さな一言を残して、クズハの姿は部屋の中から外へと消え失せた。

686白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:42:05 ID:njDphXNU0


            ●


 彰彦は割られた窓と、クズハの居なくなったベッドに目をやって、吐息を漏らした。
 ……目が覚めたばっかでここまで動くとは……。
 窓から地面を見下ろすが、二階相当に当たる高さからの飛び下りでクズハが転んだ様子は無く、
彼女の姿は既に見当たらない。大したもんだと思いつつ、彰彦は扉付近の三人にまず非難の目を向けてやった。
「……あのタイミングで部屋に来るとか、いろいろと空気読めてなさすぎじゃね?」
 妙に力の抜けた、我ながら情けない語調での文句になったが、
未だに固まっている匠よりは遥かにマシだろう。そう思っているうちにキッコが室内に踏み込んできた。
 彼女は数度頷きを作りながら、
「いや、うむ……。我としても、まさかこのような瞬間に出くわすことになろうとは思わなんだでな」
「驚いたね」
 そう言って、明日名は匠を気の毒そうな顔で見る。
 一方匠はクズハが飛び出して行った窓を眺めながら、不可解そうな顔で零した。
「クズハは……俺を嫌ったから拒絶してたんじゃない……のか?」
 発言を聞く限り、先のクズハの言葉を上手く処理出来ていないようだ。
 ……めんどくさい奴め。
 匠は匠で少し考えをまとめる必要がありそうだが、今この研究区内に飛び出して行ってしまったクズハの事も心配だ。
 目配せを交わし合い、彰彦とキッコと明日名はそれぞれ今後の動きを決めた。
「クズハを匿っていた事に対する武装隊の方への言い訳も考えねばなるまい。我らは先に平賀にこの事を伝えてこようかの」
「その後、俺とキッコは飛び出して行ったクズハを追うよ」
「じゃあ俺は――」
「待て、匠」
 明日名達に続こうとした匠を彰彦は止めた。
「だが彰彦」
「いいから」
 キッコと明日名が部屋を出て行く。
 二人になった室内で、匠が彰彦に言う。
「彰彦、クズハが今の研究区内に出て行くのは危険だ。急いで追わないと」
「今のお前が行ってもクズハちゃんはまた逃げちまうよ」
 言って、彰彦は匠に指を突きつけた。
「お前にはいろいろと問い質さなきゃならねえ事がある。あの子の為にもお前の為にも、だ」
 だから、
「答えてもらうぞ?」

687白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:43:25 ID:njDphXNU0
ヘタレた匠はクズハとの関係を変化させる事ができるのだろうかとか
クズハのテーマなのかもしれない部分の明示的な感じ

いわゆるヤンデレなのかもしれないなぁとも思いつつ
そろそろ匠にはいろいろ自覚してもらわねば

688名無しさん@避難中:2011/11/26(土) 02:18:06 ID:PZBpHovc0
乙です。人間関係なんて常に平行線なんてありえない。どこかで山があったり、どこかで谷があったりするものだよ。
それを乗り越えてまた仲が深まっていくんじゃないかな。匠くんにはこの谷を越えることができるのかな。
。ただ一つ言えるのは、神様は乗り越えられる試練しか与えないということだけどね。

689名無しさん@避難中:2011/11/27(日) 23:41:30 ID:8wCLZPG.0
ttp://loda.jp/mitemite/?id=2639.jpg

690名無しさん@避難中:2011/11/27(日) 23:42:41 ID:ptQNtO7I0
かわえええええええ

691名無しさん@避難中:2011/11/28(月) 01:17:21 ID:4/4HspnI0
乙です!
なんだろう、こう若干艶っぽくて素敵です!

692名無しさん@避難中:2011/11/28(月) 02:30:35 ID:YEDce.bMO
お二人とも乙です

クズハちゃん意外に頑固だ。
こっからどうなるか……

そんななかで投下された絵には癒やされるぜw

693 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:52:59 ID:jZpLCyzU0
半年ぶりくらいの投下です。

NEMESIS 第13話 とある少女の逃走劇

とある日の金曜日、診療所が休みのシオンとともに聖ニコライ孤児院を訪れたクラウスとセフィリア、それと先日の挨拶以来となるジェネシスと霧香。
お邪魔しますとクラウスが言うと、院長のエレナ・ペトロワが現れる。初老の女性で穏やかな微笑みを浮かべて3人を出迎えた。

「ああ、いらっしゃい。今日はあいにくゲオルグ君たちは外出中で今はいないんですけどねぇ。それでもよければゆっくりしていってください」
「いえ、今日はこの孤児院の子供たちと交流を持ちにきたので。もっと来るはずだったんですけどみんなも自分の仕事があるので…」

アリーヤは剣道場で門下生たちの稽古、シュヴァルツは株式取引、アスナはブクリエでの仕事、セオドールはブルー・スカイハイのレコーディング、
ベルクトは日銭稼ぎ、フィオは自警団第一課長としての業務があったため今日は来れなかった。

「いえいえ、これだけこの孤児院に良くしていただいて、しかも無償で…。とても感謝していますよ」
「そういっていただけると助かります」

と頭を下げたクラウスの鼻についたのは香しい匂い。時計を見ると12時半。どうやら孤児院は昼食の時間だったようで、タイミングの悪い時間に来てしまったと
5人はバツの悪そうな表情を浮かべた。ここに来る前に集合場所となったエスタルク医院にてすでに5人は昼食を済ませていたため、昼食の席に
子供たちと共に着いたところで何も食べないのでは変な空気になること受けあいだ。そこで、最年長であるシオンの提案で、何か仕事はないかと
エレナに尋ねたところ、孤児院の倉庫の整理を行うことになった。エレナによると、この前孤児院内で子供たちがかくれんぼをしている時、その一人が
荷物が収納された棚を倒してしまったそうなのだ。ゲオルグたちは最近疲れた様子であるため手を借りることは憚られた。
結果、誰も手を付けずにそのままになっているそうなのだ。エレナに案内されその倉庫までやってくる一同。子供がかくれんぼに使うだけあり、
鍵はかかっていなかった。扉を開けると、なるほど確かに左側の鉄製のパイプを幾重にも組み合わせて作られた棚が一つ倒れていて、
その棚に収納されていた荷物やら道具がたくさん床に散らばってしまっていた。が、これが何にも思わないほど一同は辛いことを経験してきていた。
(ジェネシスを除く)。エレナから軍手を拝借し、5人は早速片づけに入った。まず棚の下敷きになってしまっている荷物を一度通路に避け、
倒れた棚を元に戻す。その後、重心を下に持ってくることで倒れにくくするため、重い荷物から下に収納してゆく。
そして、五人の連係プレーでサクッと片づけが終わった。そんな時、ジェネシスが足元になにか紙切れのようなものが落ちているのに気づく。
拾い上げてみるとそれは写真であり、黒のワンボックスカーというかマイクロバスを背に迷彩服を身にまとった男達と女性が一人。
先ほど整理していた時にアルバムがあったが,どうやらこの写真はそのアルバムから落ちたものらしかった。
ただ、この平和な孤児院とは縁もゆかりもなさそうなこの写真がなぜこんなところにと疑問が首をもたげたジェネシスは4人に写真を見せた。

「ん、どうしたのジェネシス君。この写真?へえ、軍隊みたいねって…ここに写っている人たちって…」
「うん、間違いない。ゲオルグさんたち…だよね」
「でも、どうしてゲオルグさんたちがこんな恰好を?それにこの写真が撮られた日…父さんが殺された日と同じ…」

そんな疑問を思わず口にしたセフィリアにシオンが答える。

「ああ、これは『子供たち』の写真だよ。この孤児院の自衛部隊みたいなものさ。まあ、自衛部隊と言うにはやや過剰な重火器の類も持ってはいるがね」

シオンはこの孤児院との付き合いが一番長く、故にエレナ、ゲオルグ、イレアナなどスタッフと様々な話をする機会があり、『子供たち』のことも
その数多い機会の中でゲオルグ本人から聞いたものだった。孤児院で育ち今は大人になった者たちが孤児院を外敵から守るために結成した部隊。

694 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:53:21 ID:jZpLCyzU0
それが『子供たち』だと。ではそのための技術をどこで習得したかというと、『ブラックシーヒューマンコンサルティング』という人材派遣会社から
派遣された自警団OBなどがその指導に当たっているとのことだ。しかし、それでもなお腑に落ちないという表情のセフィリア。

「でも…そんな部隊をもつ必要があるんでしょうか…?誰も孤児院に悪いことをしても得をする人はいないんじゃ…」
「そう言い切れる保証がどこにある。それは2年前の貴族たちの馬鹿げた計画が証明している。我々がこの街を守るようにこの孤児院にもそんな存在がいても
いいのではないかな?…少しキツい言い方になってしまったな、すまない」

そしてシオンは最後に4人を見渡した後、いつにもまして真剣な表情と口調で4人に語る。

「ゲオルグさんの側面を知っても、今までと同じように接してほしい。クラウス君が告死天使だと告白してもゲオルグさんは今までと変わらない
態度で接いてくれているだろう?そういうことさ。ゲオルグさんが時として手に取る銃が私にとっては彼らである。ただそれだけのことさ」

といってシオンは羽織っているジャケットの内側に縫い付けられたホルスターに収められたグランシェとルシェイメアを引き抜き、構える。
そしてクラウスに視線を合わせ、あることを問いかけた。

「クラウス君、ケビンさんから託された3つの言葉、覚えているだろう?原文のまま、言ってみてくれないか?改めて師の教えを再確認しておこう」
「うん、わかったよ。一つ!」

そしてクラウスは師から教えられた言葉を原文、つまり英語で口にする。一つ目はこうだ。

When the most important thing for you to protect, you might hurt someone. Be prepared that if you, you'll keep it out.
(訳.君にとって最も大切なものを守りたいとき、誰かを傷つけることになるかもしれない。君にその覚悟があるのなら、君はそれを守り抜けるだろう)

「一つ!」

二つ目の教えを口にするクラウス。二つ目はこうだ。

You'll never walk alone. No matter when you next have their great friends. Can make sure the road to face any difficulty If you believe in they are open.
(訳.君は一人じゃない。どんな時も君の隣には最高の仲間たちがいる。彼らを信じればどんな困難に直面しても道は開ける)

「一つ!」

そして最後の教えを口にするクラウス。3つ目はこうだ。

When you sins against, and to take the responsibility, with not necessarily yours.
(訳.君が罪を犯した時、その責任を取るのが、君であるとは限らない)

「これで3つ全部だね。ゲオルグさんもこの孤児院を守り抜く覚悟を決めたからこそ『子供たち』になったんじゃないかな、セフィリア」
「誰かを守るためには、誰かを傷つける覚悟がいる…そういうことなんだね、兄さん…」

そして整理も終わり、エレナに確認してもらう。件の写真は後日シオンがゲオルグに渡すことになり、シオンの懐の中だ。

「まあ…こんなにキレイにしていただいて、ありがとうございます。ちょうど3時のお茶の用意ができたところですから、あがって行ってください」
「それではお言葉に甘えさせていただきます。お茶と言えば今度実家の紅茶をお土産にお持ちしましょう。ダージリンがいいでしょうか」

695 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:53:40 ID:jZpLCyzU0
シオンの実家は紅茶店を営んでいるのだが、父がもっぱら教会で牧師を務めているため経営は完全に母親である、エヴァ・エスタルクが行っている。
以前ゲオルグがブクリエにいつものようにケーキを買い付けに行った際、紅茶をもらったことがあるがあれはいつも贔屓にしてくれるゲオルグに
シロアムが送ったものだった。お得意様に贈り物をしたいんだけど、何かおすすめはある?というシロアムの問いにエヴァが選んだのが、あの紅茶である。
ゲオルグはまた飲みたいといっていたが、彼はシオンの実家が紅茶店だと知っていてもシオンとシロアムが姉妹だということを知らないため、
シオンから場所を教えてもらいさえすればいつでも買いに行けるのだ。そして、食堂に入ろうとしたとき、入り口から誰かが入ってきた。
モニカだった。5人の姿を発見するなりモニカが駆け寄り、快活な笑顔を見せて挨拶をする、

「こんにちは!今日はどうしたんですか?」
「いや、また君たちとお話をと思ってね。まあ、その前に倉庫の整理をちょちょっとやったんだけど」

モニカの挨拶と質問に答えたクラウス。モニカはこの孤児院の少女たちの中でもとびきり可愛く、ハイスクールでは言い寄ってくる男子が絶えないのだとか。
それを見た先生は、もしかしたら神話再び、なんてことになるかもしれないな、などと冗談めいたことをぬかしおる。
ちなみにその神話というのは言わずもがな、セフィリアが在学中にクラウスを除く全男子から告白されたというあの話である。
クラウスはその話を聞いたとき苦笑を浮かべたがモニカならばあるいは…とも思ったりもした。モニカは明るく元気なところがその長所だ。
反面セフィリアは在学中は控えめであまり目立つことはしなかった。そこがいいという男子もいるのだろうがやはり付き合うなら明るく元気な女の子に限る。
クラウスはそう思っていた。一方、モニカはクラウスをどう思っているかというと、ちょっと頼りない感じがするけど、優しいお兄さんという印象を持っていたりする。
ちなみにベルクトに対しては自分と同年代のためタメ語を普通に使い、ドラギーチのように接し、ベルクトもそのように応じている。
セオドールに対しては、テレビの中のスーパースターが目の前にいて自分と会話をしているという事実に実感がわかなかったり、
シュヴァルツに対しては、礼儀正しいけれどどこか空しさを漂わせていると感じていて、ジェネシスに対しては、女の子みたいな男の子と思っている。

「あ、そうだったんですか。あ、ちょうどお茶の時間みたいだから一緒に行きましょう」

そして、食堂へと入ると、イレアナが人数分のお茶とお茶菓子を用意して待ってくれていた。

「みなさんお疲れ様です。さあ、どうぞおかけください。あと、モニカは先に手を洗ってくるようにね」

イレアナの言葉にモニカはトイレ脇にある手洗い場へと向かっていった。蛇口からぶら下げられた網のなかの石鹸を手に取り泡立て、手を洗っていく。
閉鎖都市でも小学校・中学校はこのような石鹸だがハイスクールともなるとトイレの洗面台に液体石鹸が備え付けられている。もっとも泡立ちがきわめて悪かったと
クラウスは記憶している。そしてほどなくしてモニカが戻り、ようやく5人がここに来た目的が達せられた。

「では、いただきます」

イレアナが号令を行い、クラウスたちはお茶に口をつけた。おいしい。それが正直な感想だった。こんなお茶をおそらくは毎日飲んでいるであろうゲオルグが
少し羨ましく思えた。

696 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:54:06 ID:jZpLCyzU0
「ところでずっと前から聞きたいって思ってたんですが、シオンさんはなんでお医者さんになろうと思ったんですか?」
「私が14歳の時、つまり10年前にある人に救われてね。当時未熟だった私は身の程を知らずに敵に挑み、大けがを負ったところを助けてもらったんだ」
「それが…あのケビンさんっていう方ですか?」
「いや、通りすがりのお医者様さ。名前を聞いても教えてはくれなかったが、全身黒ずくめだったのは覚えているよ」

その医者に命を救ってもらったことでシオンは医術に憧れを抱き、告死天使の修行の傍ら猛勉強し、聖ヘスティア学園に入学、ここでもさらに猛勉強し
首席で卒業後、閉鎖都市中央部に学舎を構えるアシュヴィン医科大学へ進学。4年にわたり外科・内科医療を勉強したのち医師免許を取得。そして、自分が生まれ育った閉鎖都市で改装して間もないある診療所が医者を募集していたため、シオンはそれに応募しなんと履歴書を見せただけで即採用が決まった。
それから一年後、その診療所の所長が老齢を理由に引退、シオンに院長の座を譲ることになり、診療所の名前をエスタルク医院に改め今に至る。

「すごいじゃないですか!超が付くほどのエリートですよね。尊敬しちゃいます」
「そうでもないさ。人間努力すれば何にだってなれるものさ。モニカさんはまだ10代。君にも夢はあるだろう。それが本気なら必ず叶うものさ」
「夢…ですか。クラウスさんやセフィリアさんたちには夢はあるんですか?」

モニカの唐突な切り返しに顔を見合わせるクラウスとセフィリア。しかし、次の瞬間には頷きあってモニカに答えた。

「殺された父さんの仇を討って、父さんの跡をついで酒場を二人で切り盛りすることかな」

しれっと答えたクラウス。その父を殺したのがモニカが憧れるゲオルグだと知った時彼女はどんな顔をするのだろうか。
このまま話が暗い方向へと転がっていくのを防ぐため、ジェネシスが話題を切り替えた。

「そういえばモニカさん、学校での生活はいかがでしょうか?私はずっと父に教えてもらってきていましたので学校生活というものを知らないのです」
「うん、まあまあだよ。友達と一緒に生活して、くだらないジョークで笑いあったり、学食のおかず取り替えっこしたり、毎日が楽しいな」

そしてモニカが語り終えた時、食堂に現れたものがあった。シュヴァルツである。

「仕事帰りに孤児院の前を通りかかったので寄ってみたんですよ。霧香さん、お隣よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞご遠慮なく」

失礼しますと一声かけて腰を下ろすシュヴァルツ。そして皆の顔を一様に見回した後何かに気づいた様子で、モニカに声を掛けた。

「モニカさん、最近何かありました?そう例えば、この孤児院の兄弟たちと喧嘩をしたとか」
「何でそう思うんですか?」

シュヴァルツの言葉にモニカは訝しげな表情で彼に切り返す。確かに先日モニカはドラギーチとゲオルグを巡って口論になり、ドラギーチに手を挙げるという
一悶着があったが、まだそれは誰にも話していない。もっともドラギーチがシュヴァルツに話したというのであれば別だが、モニカはシュヴァルツが
このような意地の悪いカマをかけてくるような人物ではないと知っていた。故にこれは考えられない。つまるところシュヴァルツはただ単にモニカの微表情を見抜き、その原因を探ろうと心を読んだだけなのだが、自分が超能力者であることは
孤児院には伏せておきたい秘密だったためこう切り返した。

「私は仕事柄人の些細な表情の変化を見抜く術に長けているんですよ。モニカさんがどこか浮かない顔をしていると思ったものですから。
私の取り越し苦労であればいいのですが、もし何かあったのなら相談に乗りますよ」

その言葉にモニカは一瞬躊躇するが、イレアナに一言、お兄ちゃんには言わないでと前置きしたのち、先日のドラギーチとの口論の顛末を話した。

697 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:54:56 ID:jZpLCyzU0
モニカが話し終えたあと、場は重い沈黙に包まれたが、その沈黙を打ち破るようにシオンが口を開いた。もっともその言葉場の空気を更に重くさせるものだったが。

「なるほどね。つまり私たちもゲオルグさん同様に蔑まれていたということだ。私たちも『人殺し』なのだから」
「そんな、シオンさんたちはこの街を守るためにやったことでしょう。ドラギーチが貴女たちを嫌いになる権利なんて…」

モニカがシオンの言葉を否定して取り繕うが、シオンは首を横に振り、言葉をつづけた。

「それはゲオルグさんも同じだろう。彼もまたこの孤児院を守るために戦っている。ドラギーチ君が忌み嫌うのは、殺人という行為そのものだということさ」

この一連の話を聞きながらクラウスは思う。ドラギーチはこの街で生きるには純粋過ぎる。人殺しは犯罪、悪いこと、それは小学校低学年で習う道徳の問題だ。
だが、世間にはそれが通用しない場面も多々ある。この廃民街などまさにその典型だ。閉鎖都市の底辺。弱肉強食の世界。生きるために各住民が非合法に手を染めてまで
試行錯誤し生きる術を見つけていく街、それがこの廃民街だ。そんな中ドラギーチはこの平和な孤児院の中で育ってきた。故にこの街のリアルを直視できずに
この街の外の住人達と同じ倫理感を持って育ってしまった。だがドラギーチをそう育てた間接的要因である『平和』はゲオルグたちの『殺人』によって
維持されてきたという訳だ。自分がこれまでこの過酷な廃民街で生きてこれた孤児院の『平和』がゲオルグたちの『殺人』によって保たれてきたという事実を
自らの倫理感故に受け入れることができず、結果それはゲオルグをはじめとする『子供たち』を嫌悪することにつながった。だがモニカはゲオルグを嫌悪することなく
寧ろ頼れる兄として憧れの感情を抱いている。この両者の違いはひとえに、先の『事実』を受け入れられるかどうかにある。
誰も傷つけることなく生涯を終えられる人間などいない。当人にそのつもりがなかったとしても人知れず相手を傷つけている場合など多々ある。
先日のモニカとドラギーチの口論などまさにその典型だろう。ドラギーチはただ純粋にモニカの幸福を願ったのだろうが、ゲオルグに憧れるモニカは
ドラギーチの言葉に悲しみ、怒り、傷つき、ドラギーチに手を挙げた。
ドラギーチは、自分は『子供たち』のようにはならない。誰も傷つけることなく生きてやるという理想を抱いているのだろうが、所詮それは理想に過ぎない。
ドラギーチはいわば鳥かごの中の鳥。まだまだこの廃民街のリアルを直視することができない未熟な部分が目立つが彼もまだ10代。これから成長とともに
それを受け入れられる土台が出来上がっていくだろう。人間の倫理観など十人十色。だからこそそこから様々な考え、思いが作られ、それゆえに違うそれを持ったものと
時に衝突する。だがそうして衝突するごとに人間は成長する生き物だ。ドラギーチには自分と違う考え、思いを持った者を受け入れられる心を持ってほしいと
クラウスは思う。相手の考えが2年前の貴族たちのような傲慢に満ちたものでない限り、必ず君を成長させてくれるはずだから。
そして、クラウスが口を開いた。

「これはどっちが正しくてどっちが間違いだなんて一概に決められる問題じゃないよね。また君たち二人と、必要ならイレアナさんも交えて
みんなが納得できる答えを導いてみたらいいと思うよ。君たちならそれができると思うから」

そして、クラウスはシュヴァルツに目を向けた。この重い空気を作った責任を取れと解釈したシュヴァルツはモニカに切り出した。

「私もクラウスさんと同意見です。この話はこれで切るとしてモニカさん、先日出かけた時にいろいろ食指の動いたものがあったようですが」
「え、なんでシュヴァルツさんがそれを知ってるんですか?表情を読んだ位じゃそこまでわからないと思うんですが」
「いえいえ、この前コンビニに買い物に行ったときに偶然出会ったあなたの姉、マリアンさんから聞いたんですよ。色々欲しいものがあったみたいだって」

流行の最先端を走る若者の街べロスにはモニカの興味を惹く洋服やアクセサリーが並べてあるが、モニカのお小遣い程度では到底手の届く代物ではない。
故にウインドウショッピングに興じるしかなかったというわけだ。もっともその時のモニカはゲオルグと一緒にいられるだけで幸せだったのだが。

「まあ、確かにあなたの言うとおりですが、それがどうかしましたか?」

そのモニカの言葉にシュヴァルツは紅茶を一口口に付け、返した。

698 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:55:14 ID:jZpLCyzU0
「それでは次の日曜日、つまり明後日ですが私がスポンサーについてモニカさんの欲しいものを買いにいきませんか?私たちがボディーガードを務めるので
先日のようなことになる心配もありませんし」
「いや、そんな悪いですよ…私の欲しいもの、結構高いものばかりだったから…」

悪びれるモニカにクラウスが悪戯小僧のような笑みを浮かべて話しかけた。

「心配無用だよ。僕達の年収を棒グラフにするとしたらシュヴァルツのはヤコブの梯子ばりに高いから。今日もいくら稼いできたのかな?」
「最近右肩上がりのある自動車関連企業の株を30%持っているのですがそのうちの5%を売却して、そうですね…純利益で25億、といったところですか」

普通のサラリーマンが一生かけて稼ぐ金額の25倍をたった一日の株取引で稼いでしまうのがこのシュヴァルツ・ゾンダークという男だった。

「そうですか、それなら、お願いします。私も皆さんのこと、もっと知りたいから」

驚きの表情を浮かべるモニカだったが、結局それが後押しとなり明後日再びべロスに買い物に行くこととなった。

「決まりですね。それでは早速残りのメンバーに約束を取り付けないといけませんね」

とシュヴァルツは懐から携帯電話を取り出し、まずはセオドールに電話をかけた。

「…もしもし、俺だけどどうしたシュヴァルツ」
「いえ、明後日ですが空いていますか?」
「ああ、その日は…沙希ちゃん!日曜日はフリーだったっけ?」

沙希ちゃんというのはブルー・スカイハイのマネージャーを務める霧島沙希女史のことで年齢は21になる。
電話の向こうで沙希女史のうっすらとした声がし、セオドールが再び電話口に出た。

「ああ、日曜日はフリーだよ。それがどうかしたかい?」
「いえ、孤児院のモニカさんと一緒にべロスに買い物に行くことになりまして、あなたもよければと」
「マジで!?行く行く!日曜日な。オッケー、待ち合わせはどこになんの?」
「それはまた追って連絡します」
「はいよ。じゃ、またな!」

そして電話が切れた。セオドールはすごい乗り気だった。セオドールはモニカのことを気に入っているため、このように態度に現れたのだろう。
次に電話をかけたのは、フィオだった。

699 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:55:32 ID:jZpLCyzU0
…もしもし、どうしたのシュヴァルツ君」
「ああ、お仕事中すみませんフィオラートさん、明後日ですが非番でしょうか?」
「んー、ちょっち待っててね………うん、非番だよ。それがどうかした?」
「そうですか。実はモニカさんと共にべロスに買い物に行くことになったんですが、フィオラートさんもよければと思いまして」
「んー、べロスか…モニカちゃんも一緒ならボクも行こうかな」
「ありがとうございます。集合場所はまた連絡します」
「うん、待ってるね。それじゃ」

電話が切れた。フィオはべロスのような雑雑とした場所があまり好きではないのだが、モニカが一緒だということで同行してくれることとなった。
そして次に電話をかけたのは、アリーヤだった。

「……どうした、私に何か用か、シュヴァルツ」
「いえ、鍛練中でしたらすみませんアリーヤさん。日曜日ですが、空いていますでしょうか?」
「一応空いているが、それがどうしたというのだ?」
「実はモニカさんと一緒にべロスまで買い物に行くことになったのですが、アリーヤさんもよければご一緒にと思いまして」
「私はべロスのような場所は好かないのだが、彼女が一緒となればいいだろう。集合場所はどこにする?」
「私からまた連絡します、それでは」

そして電話が切れた。三人ともモニカがいることで参加を了承した。ということはモニカには人を惹きつける魅力みたいなものが備わっているのかもしれない。
次に電話をかけたのは、アスナだった。

「…もしもしシュヴァルツくん、どうしたの?」
「お仕事中すいませんアスナさん。明後日ですが、空いていますか?」
「うん、お店はお休みだけど…それがどうかしたのかな?」
「いえ、実は明後日にモニカさんとべロスまで買い物に行くことになり、アスナさんもよろしければ」
「うん、ご一緒させてもらうよ。あたしも前からべロスに行きたいって思ってたし」
「ありがとうございます。集合場所はまた追って連絡します」
「了解だよ。それじゃ、またね」

電話が切れた。前の三人の違ってアスナは少しベクトルが違ったが来ることには間違いないので問題ない。最後に電話をかけたのは、ベルクトだ。

「…………どうした?シュヴァルツ」
「ああ、お仕事中だったらすいません。今空いてますか?」
「仕事が終わって休んでたところだよ。で、何の用だ?」
「明後日の予定ですが、どうなっていますか」
「基本行き当たりばったりの日雇い労働者の俺にそんなもんあるわけないだろ」
「でしたら、モニカさんと一緒にべロスまで買い物に行きませんか?」
「…………まあ、たまには羽を伸ばすのも悪くはないか。俺も行くよ。待ち合わせ場所は?」
「また追って連絡します。それでは」

そして電話が切れ、これでこの場にいないメンバー全員の約束を取り付けることができた。後は…

「さて、この場にいない5人全員が確約となりましたが、あなた方はどうです?」

といってシュヴァルツはみんなを見渡す。しかし、誰も口を開くことはない。無言の了承というやつだ。

「決まりですね。さて、集合場所と時間ですが、明後日の午前九時にエスタルク医院の駐車場ということでいかがでしょうか?」

そのシュヴァルツの言葉に今度は異論を唱える者がいた。シオンである。

「ちょっと待て、車で行くのか?免許を持ってるのは私とアリーヤさんだけだし、車だって12人も乗れるほど…」

しかしシュヴァルツはその言葉を片手で制し、再び口を開いた。

「心配には及びません。私も最近免許を取りまして、車も特別に契約した地下駐車場に預けてあるんですよ。大人数乗りの車もありますから」
「わかった。私と君が車を出せばいいんだね?」
「ええ、そうしてもらえると助かります」

こうして予定もまとまり、他愛ない雑談を繰り広げながらその日は終わった。そして日曜日、午前8時30分。

700 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:55:55 ID:jZpLCyzU0
朝日がさすエスタルク医院の駐車場に一台の大型車がやってきた。ガウディ社製、ノアズアークだ。ワインレッドに彩られたボディに朝日が反射して眩しく光る。
8人乗りで、運転席と助手席の後ろに三人、またその後ろに三人という具合で、しかも長時間の移動を想定して作られたシートはさながらビジネスクラスの
掛け心地。車内テレビも各シートの前に完備、もちろん空調も完璧。一番後ろの座席のさらに後ろには大きな荷物も積みこむことができるスペースが設けられている。
駆動形式は4WDで馬力も抜群。山道の走行も全く問題ない。
そしてさらに運転席はオーナーの体格に合わせてシートが変形するという充実ぶりで、先日シュヴァルツがマニュアルの免許を取った際に購入した車で
オプション込みで800万円。レースに使う訳でもないのにサスペンションやクラッチ、トランスミッションはもちろん、エンジンやマフラーなどの駆動系統や
果てはシャフトまで徹底的な改造が施され、最高速度は時速280kmに到達する。普段は質素な暮らしを送るシュヴァルツだが、こういうところでは金をかけるのだ。
一方、最近医院の経営が軌道に乗り始めたシオンも今までの車を売却することで資金を都合し、新車を購入した。
ヴォランギーニ社製、S‐9だ。本来は二人乗りのスポーツカーしか生産しないヴォランギーニだが、半年ほど前に新たな試みとして4人乗りの家族向け
スポーツカーという新しいコンセプトの元開発されたのがこのS‐9だ。近未来的なフォルムを投影し、ヴォランギーニ社の象徴ともいうべき真紅のボディ。
車内も高級車を専門に生産するヴォランギーニだけあり、シュヴァルツのノアズアークと同等かそれ以上の仕上がりとなっていた。

駐車場にバックで車を入れ、シオンのS‐9と車一台分のスペースを開けて駐車する。そして車から降りるやいなやS‐9まで歩み寄り、じっくりと眺める。

「いや、素晴らしい車ですね…私のポルシェットR999が霞んで見えます」

そして、懐に手にやり、フィリップ・リリスのスーパーライトを口にくわえ、オイルライターで火をつける。紫煙が朝日に揺られる。
シュヴァルツは10人の中で唯一煙草を吸うメンバーであり、あとの9人は未成年や、健康に悪いという理由で煙草には手を出さず、シュヴァルツも彼らの前では
煙草を吸うことはない。心ゆくまで煙を楽しんだ後は、その吸殻を携帯灰皿へとしまう。廃民街の外では路上喫煙禁止だとか口うるさいがこの街では
それを咎める者はない。何気なく左手首の腕時計に目を落とすと、8時35分、約束の時間まではまだ25分もある。昔からシュヴァルツは集合時刻の
30分前に到着するという癖があったがそれは今も治っていなかった。だからこうしていつも待ちぼうけを食らうことになる。

「お早い到着だね、シュヴァルツ君」

そんな時彼の背後から声を掛ける者がいた。シオンだ。この病院は彼女の自宅も兼ねているので、車が入って来たのが見えたからこうして顔を出したという訳だ。

「おはようございますシオンさん。快晴に恵まれてなによりです」
「まったくだね。モニカさんの日頃の行いがいいからかな。おっと、噂をすれば」

エスタルク医院正門から現れたのは、先日ゲオルグと共にべロスに出かけた時と同じ服と化粧を施したモニカの姿だった。
先に駐車場で待つ二人の姿を見つけるなり駆け寄り、屈託のない笑顔で挨拶する。

「おはようございます!今日はよろしくお願いしますね。えっと、他の皆さんは…」
「まだ来てないよ。もっともまだ20分前だからね…私とシュヴァルツ君はともかく、モニカさんは随分早いおつきだけど」
「えへへ…楽しみ半分、不安半分ってところであまり眠れなくて、早く目がさめちゃったんですよ」

普段欲しくても手に入らないものが手に入る機会がやってきたのと、また先日のようにゴロツキに絡まれるのではないかという不安がモニカの心に渦巻いていた。
しかし、そんな心配は無用だった。今日は告死天使10人という最強のボディーガードが付いている。お兄ちゃんたちとこの人たちではどちらが強いのかと
たまに考えたりもするが、実際に戦ってみないと答えなど出るわけもないし、モニカはそんなところなど見たくなかった。
が、願望としてはお兄ちゃんたちであってほしいと思う。モニカにとってゲオルグとは誰にも負けない、強くて頼もしい存在なのだ。
そして五分ほど話し込んだだろうか、エスタルク医院の玄関から誰か出てきた。クラウスとセフィリアだ。二人ともべロスに出かけるとあってカジュアルな格好をしていた。

701 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:56:19 ID:jZpLCyzU0
「おはようモニカさん、昨夜はよく眠れたかい?」
「いえ、変に興奮しちゃってあまりよく眠れなかったんです」
「ふふふ、遠足前の小学生みたいですね。私も遠足や修学旅行の前日は眠れなかったなぁ…」

そしてまた話し込んでいるうちに続々と集まってくる仲間たち。5分前には全員が集まり、シオンの車に、ベルクト、アリーヤ、霧香が乗り、あとのメンバーが
シュヴァルツの車に乗った 。
15分ほど走って廃民街を抜け出し、町の外へと出る。それから30分ほど走って高速道路のインターチェンジに乗り、モニカはノアズアークの助手席から外を眺める。
高速に乗って20分ほど走ったところで、モニカの目に飛び込んできたのはこの閉鎖都市に四つ存在する競馬場のうちの一つ、シャロン競馬場の美しいターフだった。
更に右手側には、ググレビールの本社工場がある。更にそこから30分ほど走ると今度は北武線のイエローボディが走る線路と平行するようになり、そこから五分ほどしたところにあるパーキングエリアで朝食をとることとなった。
ソーセージマフィンや、BLT(ベーコンレタストマト)のサンドイッチなどブレイクファストにふさわしいメニューを注文する一同。
そして朝食をとり終え、コーヒーブレイクタイムだった時、ジェネシスが売店で何かを買ってきた。
見ると…土産物の般若の面で、しかも被ることができるのだという。更にそれだけでなく彼はこの面についてあるゲームをしようというのだ。
12本の線からなるあみだくじを引き、見事あたり?を引いたものがべロスについてからこれをつけるのだという。
最初はみな嫌がったが確率は12分の1。一割にも満たないその確率に誰もが自分は当たらないと高をくくり、全員が思い思いの場所を選び結果見事当たりを引いたのは…
よりにもよってセフィリアだった。言いだしっぺであるジェネシスもこの展開に言葉を失う。

「よりにもよって妹君とはな…絶対似合わないだろ。だってブロンド髪に般若の面ってどんな濃い味のコンボだよ…」

ベルクトが言葉を漏らす。誰もセフィリアが般若の面をつけているところを想像することができず、ただ言葉を失う。しかし、これがみなの承諾したゲームの結果だ。
そうしてセフィリアがべロスに着いてから般若の面をつけることになったのだが、これが結果としていい方向に転ぶのだ。
その後また車は走りだし、かつてこの閉鎖都市を作り上げた者たちの王の住む城の跡を臨むところで高速を降り、べロスへと向かった。
西に向けて30分ほど走ったところに目的の場所、べロスはある。若者文化の発信地としてにぎわい、多くの人々が行きかう駅前には犬の銅像や、
昔走っていた電車の車体がそのまま残されていたりする。そんな光景を見ながらスクランブル交差点で信号待ちをし、眼前を横切る人波を見送るモニカ。
そして信号が青を灯し、五分ほど走ってコインパーキングを見つけ、そこに駐車することとなった。若者の街とはいえ治安は廃民街と比べれば
遥かにいいので、地下の駐車場を用意したり、鎖で止めておかなくてもいいという訳だ。車を降り、まずはモニカが好きそうな商品がラインナップされたべロス901に向かうことになった。と、ここでセフィリアが先のゲームの結果
付けることになった般若の面を被る。目の部分には穴が開いているから視界を遮ることはないし、大きく開かれた口にも目立たないように呼吸口が開けられているので
息苦しくなることもない。しかし…

「セフィリアさん、無理をして付けなくても…私も正直悪ふざけであのゲームを提案したのですから」

しかし、セフィリアはくぐもった声で優しく答えた。

「大丈夫ですよ。あなたがそうしたように私もたまにはふざけてみたいんです。兄さん、似合っているかな?」
「…とても残念だけど全く似合ってない…」
「そうだろうね、うふふ」

すると何を思ったか、ジェネシスも懐からあの仮面を被る。そしてくぐもった声で言った。

「セフィリアさんがそうする責任は私にあります。かくなる上は私も仮面を被ることでその責任を果たさせてください」

こうして仮面を被る二人を見てクラウスは思う。傍からみたらただの変人集団なのでは?と。
そしてべロス901まで歩くことになったのだが、ここで面をつけることでいい方向に転ぶ出来事がやっていた。
たくさんの人が行きかう道を歩いていると、後ろからいかにも軽薄そうな感じの声を掛けられる。あの時の出来事を思い出し、ビクっとするモニカ。

702 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:56:43 ID:jZpLCyzU0
「へい、そこのブロンド髪したお姉さん、ちょっと!」

どうやらセフィリアのことを呼んでいるようだ。面の奥で意地悪く微笑んで、相手の方へと振り向く。

「ひぃっ!」

振り向いたのは、白く彩られた面に金色の眼、眉尻は大きく歪み、頭には角が生え、大きく歪み開いた口には牙が生えた般若の面。
セフィリアに声を掛けたその男は、怯えた表情を見せながらも何かを手に持ってやってきた。見るとそれはピンク色のハンカチで、セフィリアのものだった。
セフィリアがこれを落としたのに気付き、ナンパがてら声をかけたのだが振り向いたのは般若の面。これではナンパどころではない。

「あ…あのこれ…落とされましたよ…それじゃ…」

踵を返して男は走って逃げていく。その男をセフィリアは呼び止めようとしたのだがすでに見えない位置まで行ってしまった。
その後も道行く人々が般若の面におびえた表情を浮かべていく。だが、何事もなくべロス901にたどり着くことができた。
まずはモニカお目当ての洋服が取り揃えられたブティックコーナーに向かう。地価がものすごく高いにも関わらず閉鎖都市中央部近郊にある
ショッピングモール並みの広さを誇るこのコーナー。その中から自分の年代に合った一角を見つけ、気になった服を手に取って首のあたりからぶら下げてみる。

「この服可愛いな、えっと値段は……9800円、高いなぁ…シュヴァルツさん、本当に大丈夫なんですか?」
「まったく問題ない金額です。せっかく来たんですからもう3、4着ほど買っていかれたらどうですか。スタッフの方にコーディネートしてもらうというのもいいでしょう」

上目使いでシュヴァルツを見上げるモニカに彼はアドバイスを交えて答える。ハッキング、株式取引に関しては超一流と言えるシュヴァルツだが
ファッションに関しては疎い。自分に出せるのは金だけだから着こなしなどの専門分野に関してはスタッフのアドバイスを仰ぎたいところだ。
大所帯でいるおかげで洒落た服に身を包んだスタッフが1,2人、モニカたちの近くを歩いていた。そのうちの一人、ショートボブのヘアスタイルをした
キュートな女性スタッフにセオドールが声を掛けた。

「はいお客様、どうなさいました?」
「実は彼女の服を買いに来たんだけど、お姉さんのセンスで可愛くコーディネートしてやってくれないかな」
「かしこまりました。ところでお客様………もしかしてブルー・スカイハイのヴォーカルの…」

その女性スタッフが小声で聞いてくる。そういえばべロスについてからセオドールに気付いたのはこれが初めてではないだろうか。
その原因はおそらく、セフィリアの付ける般若の面があまりにも人の目を引きつけたからだろう。そのおかげでブルー・スカイハイのヴォーカルという
スーパースターが道を歩いていても、人々に取り囲まれることなく早く到着できたという訳だ。

「否定はしないけどさ、今は俺が何者かより彼女のコーディネートの方が大事だろ。可愛くキメておくれよ」
「あ、申し訳ございません!今お伺いいたします」

接客を疎かにしたことに気付き、慌てて頭を下げながらモニカに歩み寄るスタッフ。胸から下げられたネームプレートには、『クラン・オルステッド』とあった。

「お客様はどのような服がお好みですか?お客様の好みに合わせて私がお客様に最も似合う着合わせをコーディネートいたしますから」
「あ、はい、私はこんな服が…」

先ほど手に取った服をクランに見せる。その服を見たクランが即座に頭の中でモニカに似合うコーディネートを何通りも組み上げる。
店頭に並べられたラックからハンガーに下げられた、モニカが手に取った服とデザインや雰囲気が似ている服を何着か取り、モニカに提案する。

「まずはこれらの服でコーディネートさせていただきたいのですが、よろしいですか?」

クランが選んだこれらの服はどれもモニカの好みにバッチリのものだった。これを組み焦るとどうなるのだろう。期待に胸を膨らませてモニカは試着室へと向かった。

703 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:57:01 ID:jZpLCyzU0
クランの親切丁寧な説明に一つ一つ頷きながら彼女の提案する組み合わせで試着してゆく。どれも素晴らしい組み合わせだった。こんな服を着てまたお兄ちゃんと
一緒に出掛けられたら、と思わずにはいられない。しかし、気になることが一つあった。

「クランさん、全部でおいくらになりますか?」
「そうですね…今計算しますね……全部で8万4千円になりますね。お財布の方は厳しいでしょうか…?」

懐から電卓を取り出し、金額を計算してその数字をモニカに見せる。本来ならば絶対手が届かない金額だが今日は事情が異なる。

「では、これでお願いします」

シュヴァルツが財布から取りだしたのは、PIZAのプラチナカードだった。それを見たクランは絶句するが、次の瞬間には笑顔でモニカとシュヴァルツを
レジまで案内し、そのま会計を済ませる。会計が終わり、クレジットカードの明細書とレシートを渡されたが、それと一緒にクランが名刺を差し出してきた。

「私の連絡先が記されてありますので、何かご不明な点がございましたらいつでもご連絡ぐださいませ。それではまたのご来店を…」

とクランが言いかけた時、シュヴァルツは財布から1万円札2枚を取り出し、それをクランに差し出した。

「ええと、お客様…このお金は?」
「今回のあなたのコーディネートに対する報酬です。最高の仕事には常にそれに見合う対価が支払われるべき、というのが私の信条でして」
「いえ、私は仕事として当然のことをしたまでです。このお金は受け取れません。その代わりと言ってはなんですが…セオドールさんのサインさえいただければ…」

したり顔で語るシュヴァルツの言葉を頑なに断り、さりげなくセオドールのサインを要求するクラン。そしてチラリとセオドールの方へと目をやると、
ジャケット一着とベルトと、黒いハットに白いTシャツ、ジーンズを持ってきた。これは彼自身が見立てたものであるようで、クランの立つレジまで持ってきた。

「お姉さん、これ会計お願い」
「あ、はい…かしこまりました」

一つずつ商品に付けられたバーコードを読み取り、商品を丁寧にまとめていく。すべての商品をレジに通し、表示された金額は、ちょうど2万円だった。

「ではこれでお願いします」

といってシュヴァルツは先ほどの2万円を再びクランに差し出す。事情が呑み込めないセオドールがそれを制すが、

「では代わりに彼女にセオドールさんのサインを」

とにべもなく会計を済ますようクランに促した。その2万円を受けとり、会計を済ませ商品を袋に詰めてセオドールに手渡す。

「まあ別に減るもんじゃねえし、いいよ。なんか書くもんあるかい」
「はい、こちらに!えっと…できればクラン・オルステッドさんへって書いていただけると…」
「はいよ、了解さん」

受け取ったメモ帳とボールペンで、見開きで『Theodore Burroughs』とサインを印し、その下に『Dear Clan Olstead(親愛なるクラン・オルステッドへ)』
と記した。そのままメモ帳とボールペンを彼女へと返す。

「ありがとうございます!一生の宝物にします!」
「んな大層なものじゃねえさ。じゃ、縁があったらまた会おうよな」

踵を返し、彼女に背を向けて振り向きながら手を振る。その背中をうっとりとした表情で見送るクラン。
その後もモニカの好みにマッチしたアクセサリーや小物などを次々と購入し、使った金額は15万円を超えた。
買い物も終わり、たくさんの買い物袋を持って出てくる一同。その買い物袋を持っているのはクラウス、ベルクト、セオドール、アスナだった。
ふとモニカが小腹が空くのを感じ、べロス901の最上階に備え付けられた巨大デジタル時計を見上げると、時刻は13時半を示していた。

704 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:57:18 ID:jZpLCyzU0
「そろそろ何か食べませんか?こんなにたくさん買ってもらって悪いので、お昼はコンビニのサンドイッチか何かで…」

と、モニカが提案するが、ここで一悶着が起きる。食べたいものがばらばらになったのだ。クラウスとセフィリアはそれでいいというが、ベルクトとアリーヤ、霧香は
和食がいいと言い出し、シュヴァルツ、アスナ、シオンは洋食がいいと言い、ジェネシス、フィオ、セオドールは成り行きを見守っている。
洋食と和食双方を提供するレストランなどそうそうない。ましてや若者の街べロスにおいてそんな特殊な店舗など望むべくもない。そこで、フィオがみんなに提案する。

「あの、それならみんなが好きなものを食べに行ったらいいんじゃないかな?べロスにお出かけなんてまたとない機会なんだし、こんな時くらい食べたいものを
食べようよ。ボクはモニカちゃんともっとお話したいから、モニカちゃんと一緒のものを食べようと思うけど」
「俺も賛成。チームだからってなんでも同じにする必要はねえじゃん。みんなが自分の食べたいものを食べて満足すりゃあいいさ。
ほら、俺たちの曲にもあるじゃん。サティスファクション(満足)って曲が」

その結果、食べたいものを食べるということになり、一時間後にイチ公の銅像前で落ち合うことになった。

「じゃあ、みなさん、行きますか」

モニカに同行することになったのはクラウス、セフィリア、フィオ、セオドール、ジェネシスの5人。901から5分ほど歩いたところにあるコンビニ
業界最大手の『ナインボール』へと入っていく。ビリヤードの『9』の球をモチーフとした看板が目印で、閉鎖都市全域で120店舗を構える一大企業だ。

モニカはサンドイッチやおにぎりなどが置いてあるコーナーへ歩いていき、サンドイッチを2つと清涼飲料を購入する。クラウスたちもそれぞれ菓子パンやおにぎりなど
各々の食べたいものを買い、昼食をとる上で都合のいい場所を探し、そしてそれはすぐに見つかった。イワシタパーク。閉鎖都市中央部を駆ける環状線沿いに作られた
公園で、つい最近まで大勢の路上生活者がテントを構えていたが、ヤコブの梯子行政部により強制退去が執行され、今はバスケットコートやスケート場などが
整備された、若者たちの憩いの場となっている。その公園のベンチに腰を下ろし、買い物袋から先ほど購入した昼食を取り出し、ほおばっていく。

「おいしい!普段こんな陽のもとでご飯なんて食べる機会ないから余計においしくかんじられるんですね」

廃民街で暮らしていると、外で食事をとることなどまずありえない。モニカはこれまでハイスクールの学生食堂や孤児院の食堂で蛍光灯の無機質な明かりに
照らされながらずっと食事をとってきた。もちろん、マリアンをはじめとする孤児院の同年代の子供たちや、ハイスクールの友人たちと語らいながらの食事は
楽しいが、モニカにとって太陽の光に照らされながらこうして食事をとるというのは初めてと言っていい経験だった。

「そうだね、廃民街の外の学校なら遠足とかもあるんだろうけど、僕らは何せその手に予算を回す余裕なんてなかったから…」
「おいおいクラウス、せっかくの楽しい場なのにそんな暗くなること言うなって。そんなだからKYなんて呼ばれるんだよ」
「僕がいつそう呼ばれたっていうのさ」

昼食を取りながらそんな冗談で笑いあい、他愛ない雑談で時は過ぎていく。そして、昼食も終わり、他の皆と合流しようかという話になった時、それは起こった。
モニカたちから見て公園の右側の方から、非常に長髪で、前髪で目を隠していて男か女かの判別もつかない人物がモニカたちの方に駆け寄ってくると
そのままクラウスにしがみついて、か細い声でこう言った。

「助けて…怖い人に追われてるの…」

その声を聴く限りどうやら性別は女性、歳はだいたい10代中盤〜後半くらいだとクラウスは推測したが、突然の出来事に呆然となるモニカたち。
しかし、突如現れた謎の少女を追うようにして現れた男がモニカたちの前に立ちはだかり、いかにも高圧的な口調で言った。

705 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:57:35 ID:jZpLCyzU0
「自警団第2課、特殊任務部隊所属の黒崎恭平少尉だ。その少女の引き渡しを願おうか」

と、黒崎と名乗った男は懐から自警団所属であることを証明する手帳を取り出し、それを見せつける。

「嫌だと言ったら?」
「残念だが公務執行妨害で君たちも連行せざるを得なくなるな。前科など持つものではない。さあ、早くその少女の身柄を渡したまえ」

前科?これまで9人の人間を手にかけてきたこの僕に今更前科だって?笑える冗談だよお巡りさん。それに、僕の腕の中で怯えて震える小さな女の子を
はいそうですかって渡せる訳ないよね。是が非でもこの女の子を渡すわけにはいかないね。

「拒否します。それにこの女の子を連行するというのなら当然逮捕令状はあるんですよね?黒崎恭平さん?どうなんですか?」

瞬間、黒崎の顔が苦虫を噛み潰したように歪む。やはり令状は取っていないようだ。同時に現行犯で逃走していたわけでもないということになるため、
何か深い事情があるのだろう。しかし、黒崎は再び懐に手を伸ばすと今度は黒いボディが鈍く光る自警団の隊員に支給されている拳銃、トカルトⅨを取り出し、
それをあろうことかクラウスに向ける。

「君もまだその若い命を無駄に散らせたくはないだろう?死にたくなかったらさっさとその娘を渡せ」

しかし、その行動が結果として黒崎自身の首を絞めることになった。フィオが右手にグレイスを構えてそれを黒崎のこめかみに突きつけ、
左手には、自警団第一課課長・フィオラート・S・レストレンジ大尉と表記された手帳を構えて、宣告に近い口調で言った。

「自警団第一課課長・フィオラート・S・レストレンジ大尉です。一般市民に銃を向けるとはどういうつもりですか?今回の貴官の一件、アンドリュー団長に報告します。
『軍法会議』も覚悟していてください」

人間は、目的に集中するあまりその他の事が一切目に入らなくなってしまうことが時としてある。結果的に何も起こらない、もしくはちょっとした失敗だけで
済む場合が圧倒的多数だが、時としてそれが自らの破滅を招く場合も稀にある。黒崎という男はまさにその好例と言えるだろう。
青ざめた表情でその場を後にした黒崎。それを見届けた後、ようやく一同は深いため息をついた。

「ありがとうフィオ。君がいてくれて助かったよ」
「ううん、お礼には及ばないよ。寧ろ、自警団の負の部分をモニカちゃんに見られたってことが痛いなあ…」
「いえ、私は別に気にしてないですよ。自警団が先の人みたいな人ばかりじゃないってことはフィオさんを見ればよくわかりますから」
「そう言ってもらえると助かるよ、モニカちゃん。さてと、この女の子に名前と住所と年齢を聞かないと。教えてくれるかな?」
「沙天瑠詩愛(さてん・るしあ)…歳は15…住所はわからない…」

706 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:59:24 ID:jZpLCyzU0
(住所がわからないってことはストリートチルドレンなのかな。このイワシタパークはつい先日までホームレスの人たちがテントを構えてたから
この子もその口なのかもしれないけど、それにしては妙に身なりが綺麗なんだよね。でも、この子をこのままにしておくわけにはいかないし、保護しないと)

「とりあえず今は休息が必要だね。体力的にも精神的にも疲労してるだろうから。この子は保護して、シオンちゃんの病院で休んでから後でゆっくりと
お話を聞かせてもらえればボクはそれでいいよ」
「そうだね。僕も賛成。ところでフィオ、さっき『軍法会議』って言ってたけど、それにかけられたら、その人はどうなるの?」
「う〜ん、有罪と認められたらその重さにも寄るんだけど最悪、即刻銃殺刑かなあ…ちなみに自警団の規則だと民間人に銃を向けたことが発覚した場合、
よっぽどの事情がない限り、軍法会議で銃殺刑が下ることになってるの。さっきの人は第2課特殊任務部隊って言ってたよね」

そして語られる第2課特殊任務部隊の実態。特殊任務部隊は、言ってみれば自警団の諜報機関のようなもので、その性質上、存在を知る者は自警団の中でも
各課のトップをはじめとする幹部クラスの人間のみである。さらに彼らは自分たちの任務の妨げになる存在を秘密裏に排除することが許されているのだ。
ただ、あくまでも『秘密裏』であって、白昼の公園で民間人に銃を向けるという行動が秘密裏であるはずがなく、さらにその場に第一課課長が同席していたこともあり
黒崎の銃殺刑は免れないだろう。さらに彼女は、各課には第二課のような特殊部隊が存在すると語るが、機密に関わるとのことで、それ以上は語らなかった。

「ま、ここでうだうだ話しててもしゃーねえべ。とりあえずみんなと合流して、そこからまたどうするか決めればいいんじゃね?」

セオドールの言葉に同調する一同。そして一行はべロス駅前の忠犬イチ公前へと向かうのだった。

投下終了です。長い、長すぎる。さて、華麗?に復活を決めたところで、クズハちゃんと匠くんのこじれた関係の行方を
見守りましょうかね

707名無しさん@避難中:2011/11/29(火) 17:15:58 ID:mMCdvZ2.0
乙! お久しぶりです
(ほぼ)殺伐としないのんびりと買い物タイムは落ち着きます

708 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

709名無しさん@避難中:2011/11/30(水) 00:48:05 ID:kpsp0rkQO
投下乙です!!
件のシェアクロスに告死天使は参戦しないのかな?

710 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 18:07:12 ID:uUH/bE.c0
>>689
なんと愛らしく描いていただけているのでしょうと感動です!

>>NEMESIS
荒事成分の少ない閉鎖都市も珍しいもので、見ていてほっとしますw

711白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:15:23 ID:uUH/bE.c0
では投下させていただきます

712白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:19:29 ID:uUH/bE.c0


            ●


 彰彦に引きとめられた匠は、彼に向き直って訊き直した。
「問い質すこと?」
「ああ」
 彰彦は頷いた。その上で、
「クズハちゃんのさっきの告白だけどな」
 未だ混乱している事についての言及がいきなり来た。
 匠が思わず身を固くしているのに気付いたのか、彰彦はもう一度頷きを作り、
「あの子がお前を好きだった事、お前は本当に気付いてなかったのか?」
 まるで彰彦は以前からその事を知っていたかのような口ぶりだ。そう思いながら匠は自身の思う所を素直に言葉にした。
「好き、かどうかは分からないけど、それなりに慕われている、とは思ってた」
 ある程度の信頼があったからこそ、クズハが感じていた寂しさに気付けなかったような自分を見捨てず、
未だに行動を共にしてくれていたのだろうと匠は思っていた。
 しかしそれは、
「ただ、その慕うってのは、第二次掃討作戦の時にクズハを保護した、そして、
その後諸々の手続きを整えて人の社会でとりあえず生きていけるように状況を整えた俺に対する里親とか、
兄とか、そんな感じの意味合いのものじゃなかったのか?」
 先程いきなり聞く事になったクズハの告白は、そのような意味での告白だっただろうかと今更思うが、
「匠、お前そこまであの子の言葉をひねて考えるか?」
「……いや、違う。分かってはいる、つもり、なんだ、が……」
 つまり先程の好きは異性としての、恋愛感情に基づく好き、という事なのだろう。
そうでなければ言葉の訂正も言い訳もなく部屋から飛び出して行ったクズハの行動の意味を図る事ができない。
そして訂正も言い訳もないという事は、それがクズハの本心であるという事なのだろうとも思う。
 匠とて、その程度にはクズハの気持ちを推し量る事は出来る。
 だが、
「クズハは。俺が拾って助けたから、クズハに対して俺は影響力があるんだ……。
あまり下手な事を言ってしまうと、クズハは良い子だから俺の言葉の通りに心を変えて、
無理にでも俺に付き合う事になってしまうかもしれない」
 大事だからこそクズハの自由意思を阻害したくは無かった。そう思う匠に、
「なるほどな……まあ色々と理解したけど、お前クズハちゃんに甘いよな。いいじゃねえか、
お前がクズハちゃんに対して持つ恩であの子を捕まえる事だって出来るだろうによ」
「そういうのは好かない」

713白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:20:25 ID:uUH/bE.c0
 彰彦は快さそうに笑った。
「いいねぇ、そうでなくちゃ」
「ほっとけ」
 緩い笑みを浮かべている彰彦にぞんざいに言う。彼はいやいやと言って笑いを収め、
表情をしんみりとしたものに変えた。
「でもよ、それでクズハちゃんをあんな風にさせてちゃだめだろ。
あの子はあの子で恩を強く感じ過ぎてお前を信仰してるような状態なんだぜ?」
「信仰……」
 口の中で言葉を転がす。クズハが自分を信仰している、というのは不思議と違和感なく呑みこめてしまった。
彼女のそれを、自分は慕われていると受け取っていたのだろう。
 ……どうも認識がずれてるな。
 あれほど長く一緒に居てすらなかなか理解し合えないものか。思わずため息を吐くと、彰彦が付言してきた。
「クズハちゃんな、自分には何も出来ないと思いこんで、皆の前から消えるなんて言い出しやがった」
「それで、俺たちの前から逃げたってのか?」
「だろうな」
 また随分と思い詰めさせてしまった。眉を顰める匠に彰彦は別の問いを投げてきた。
「匠、お前はぶっちゃけクズハちゃんをどう思ってんだ?」
「家ぞ――」
「家族なんていう微妙に曖昧な関係性の説明は無しな。お前の心をお前の言葉で答えろよ?」
 その指摘に、匠は言葉を詰まらせた。
 反射的に用意されていた言葉を止められて、匠は自分はクズハをどう思っているのだろうかと今一度真剣に考えてみる。
 ……クズハは、最初研究区の皆のような、新しくできた家族のような存在で――
 新しい家族、という存在は、平賀の研究所で知らない大人達と共に幼い頃を過ごした匠にとっては馴染みの深い感覚だった。
記憶を失っていたクズハは、ほとんど一からこの国の事を教えていかなければいけない存在で、
徐々に自分に懐いてくれる様は妹がいたのならばこのような感じなのだろうと思えるような近しさがあった。
 和泉に移る頃には、食事の面倒をみてくれたりしておおざっぱな料理しか作れない匠としてはありがたい存在になっており、
キッコが絡んだ事件で随分と自分の付き合い方が良く無かった事を思い知った。
 その失敗を雪ごうと匠としてはいろいろと考えてきたつもりだったが、
それらの結果として今の状態というのはなんとも話にならない状態だ。
 クズハに拒絶され、愛想を尽かされたと思った時の自分の調子の崩れた状態を思い返す。今ではクズハは、
「居なくなると自分の調子が狂う……というか、落ち着かない位に俺の中で大きな割合を占めてて……」
 先程聞いてしまったクズハの言葉を思いだす。
 好きだ、という言葉は確かに心に響き、匠はその言葉に湧きあがるような嬉しさを感じた。
 つまり、
「ああ、俺、クズハにずっと傍に居てほしくて――クズハが好きなのか」

714白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:21:59 ID:uUH/bE.c0
「今更かよ」
 目から鱗が落ちた気分で思ったままを口にする匠に彰彦は盛大なため息を見せつけると、よし、と頷いた。
「そこまで分かってりゃ大丈夫だろ。クズハちゃんを捜しに行こうぜ。
そう遠くにゃまだ行ってねえだろうし、匠はさっきのクズハちゃんの告白に答えなきゃいけねえしな」
「そうだな」
「しっかり答えろよ。クズハちゃんのあの拒絶はお前のはっきりしねえ態度におびえての事なんだからな」
「……そうか、ああ、分かった」
 答えながら、匠はクズハが誰にも見つかっていなければいいと思う。
 ……クズハが見つかっていた時は……。
 その時はその時だ。そう考えながら、墓標を携えて、彰彦と共に匠は研究区へとクズハを捜しに出る。
 走りながら思う事は先程の彰彦の言葉だ。
「はっきりしない態度におびえていた、か」
 自身の想いにすら無自覚だった自分に呆れながら自責する匠に、彰彦が軽い口調で言ってくる。
「ずっと異形相手に野郎どもに囲まれた環境で戦ってばかりいたからそっち方面の感覚が鈍るんだよ童貞野郎」
「……俺たちの部隊、第二次掃討作戦出陣前に対淫魔対策と銘打って隊長に色町に連れて行かれたぞ」
「マジかよ、羨ましいなおい。その隊長紹介しろよ」
「もう死んだよ」
「……嫌な時代だ」
 研究区居に騒ぎが起きている様子は今の所無い。このまま間に合え。そう思いつつ二人は勝手知ったる街を駆ける。

715白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:22:53 ID:uUH/bE.c0


            ●


 研究区から勢いのままに飛びだしたクズハは、研究区の裏路地を選んで走り続けていた。
 行くあてなど無い。ただ研究区の外に出なければならないという思いだけが彼女を走らせている。
 必死に走る彼女の顔は赤く染まっていて、見る者がいれば尋常な状態では無い事が分かった事だろう。
 幾つかの路地を渡ると、クズハは家々の壁の間の空間で足を止め、壁に背を預けた。
 荒れた呼吸を繰り返しながら思うのは先程の自分の部屋での事だ。
 ……聞かれてしまった……。
 あれだけの迷惑をかけておいて、なんて浅ましい事だろうとクズハは思う。
 ……もうあそこには戻れない。
 元々近いうちに出て行くつもりだったし、そもそも研究区に長く居れば、それだけ武装隊に見咎められる可能性は上がる上、
研究区の皆が感じる重圧もストレスも増える。それらを慮っての、この逃走だ。
この逃走の後の見通しは彰彦に語った通り、ありはしない。それでも、研究所を出て来てしまった以上は、
知り合いが多く、見咎められる可能性の高いこの研究区を出て行くしか選択肢は無かった。
 ……ともかく、正門を通らずに、それでいて武装隊の皆さんの検問を抜ける道を探さないと。
 そう思って壁から背を離した直後、路地の奥から人の気配がした。
「そこに居るのは誰だ?」
 誰何してくるの声は男のものだ。薄暗い空間でのことで、相手からはこちらの姿は見えていないだろうが、
夜行性の獣の目を持っているこちらにはその姿がよく見える。衣服からしても、
歩いてくる動きと共に聞こえて来る金属が鳴る音からしても、相手は間違いなく武装隊だ。
 ……いけないっ!
 クズハは咄嗟に身を翻し、男がやってくる方向とは逆に走りだした。
「――待て!」
 その行動に不審を濃くした武装隊の男が制止の声をかけながら追いかける。
 クズハは複数の路地を縫って街を走る。しかし、どうも追いかけて来る相手の様子が変だ。
 武装隊の男は捕縛用のネットを射出してくるが、その狙いがクズハが進もうとする路地の入口に向いている。
クズハとしては別の道に紛れこんで行くしかなく、
 ……誘導されている?
 路地裏の道を抜けてしまえば、はっきりと姿を相手に見られてしまう。
そう思うが、相手を撒こうにも、なかなか相手はしつこく、下手に攻撃を行って怪我をさせるわけにもいかない。
 ……どうにかしないと。
 思う間に進路の先に光が見えた。
 裏路地を抜けようとしているのだ。

716白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:24:24 ID:uUH/bE.c0
 こうなってしまっては姿を見られてしまうのは仕方が無い。
クズハは熱くなる肺に更に空気を入れて走る速度を上げようとして、路地の先に人が待ち構えているのを見た。
 路地の出口に近付くにつれてクズハにも光が刺してきた。さほどの光量が無くとも、クズハの銀髪と銀毛は人目に鮮やかに映る。
 路地の先に構えた士官服を着た男、渡辺は光に照らされるクズハの正体を看破した。
「クズハか――止まれ!」
「……っ」
 相手の構えは万全だ。
路地の影になって見えない部分にも既に他の武装隊が控えているのだろうと人々のざわめきから判断して、
クズハは正面から相手とぶつかる事を避ける事にした。
 走りながら≪魔素≫を集中する。手元に陣を描いて集積した≪魔素≫を冷気へと変換する。
 魔法の作成は即座に完了した。
 ――行って!
 手の一振りによって放たれた冷気の塊を纏った魔法陣は、路地を形作る壁の右側、家屋の壁へと激突して、壁に対して直角に氷柱を生やす。
「足場か!」
 後方の追っ手が言う間にもクズハは二段、三段と氷の足場を作成して階段を上るように地上から離れて行く。
 そのまま男たちの頭上を飛び越えようとして、クズハは渡辺が≪魔素≫をその身に纏うのを見た。
 彼が纏う≪魔素≫の練り込みと密度は、
 ――匠さん並み!
 危険だ、と思い≪魔素≫を反射的に全力展開して陣を組む。
 足元に氷の床を築いて下方からの追っ手を防ぎ、更に現在位置から研究区の外にまで橋をかけるのが狙いだ。
街の一部に氷の屋根がかかることにはなるが、
 ……氷製ならすぐに溶けて皆さんの迷惑にはならないはず――
 そう考えるクズハの眼前に、渡辺は既に辿りついていた。
「――!」
 クズハが数段の階段を踏んで至った高さに一跳びで達した渡辺は、腰から警棒に似た魔具を抜いた。
 そして、
「魔法を組ませはせん」
 言葉と共に衝撃がクズハを襲う。
 地面に向かって落下していると気付き、
クズハは陣を組み損ねて霧散しかかった≪魔素≫を風の形で再構成し、落下の衝撃を抑えるクッションにした。
 落下速度を緩めると同時に新たな魔法陣を築き上げようとしたクズハを更に追加の衝撃が襲い、息が吐き出される。
「――っ!」
 地面に倒されたクズハは即座に起きあがろうとして、周囲を武装隊に囲まれている事に気付いた。
 下手に動く事の出来ない状態だ。仕方なく地面に伏せたまま動きを止めたクズハの前に、渡辺が着地する。
彼は路地を少し出た所で引き倒され、日の光を浴びて明らかになったクズハの顔を確認した。

717白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:25:44 ID:uUH/bE.c0
「補助無しの一個人であの≪魔素≫の量
……和泉で群れごと異形を吹き飛ばしたのは本当らしいな。やはり異――」
 続く言葉を途中で切り、渡辺は別の事を口にする。
「坂上のもとに来ていたか」
「渡辺隊長、どうしますか?」
 追いついてきた武装隊員の問いに彼は思考し、
「研究区が組織ぐるみで匿っていたにせよ、坂上が個人的に匿っていたにせよ、
クズハ個人でここに逃げ込んできていただけにせよ、クズハを捕らえたのならばこれで追加の派遣部隊は撤収する事になる。
研究所には報告が必要だろう。クズハは……そうだな。研究所の判断を図る意味でも、平賀博士に引き合せるのがいいかもしれん」
 武装隊たちの間で交わされる会話を聞いて、クズハはまずいと思った。
 ……このままでは平賀さんや匠さんに会ってしまう……。
 今の自分が上手くあの二人――特に匠の前で平静でいられるとは到底思えない。
二人に会えば、研究所がクズハを匿っていた事がばれてしまうかもしれない。
その事を恐れたクズハは地面に引き倒された状態で叫びを上げる。
「待ってください! 私は留置所の破壊なんてしていません! もちろん人だって襲ってなんていません!」
「やっているのかやっていないのかの判断は別の者がする事だ。――連れて行くぞ」
 冷たく言い放って渡辺が部下の武装隊を促す。クズハを囲んでいた武装隊員が、
手と魔法を封じる為の手錠型の拘束具を取り出して背に回させた彼女の手を取り――
「――痛ッ!?」
 苦痛を訴える声と共に隊員の手が離れた。
「……?」
 隊員の苦悶の声に釣られて注意が一瞬逸れた瞬間に咄嗟に起きあがったクズハは、何が起こったのかと周囲を見回した。
 クズハと同じように、武装隊たちも皆が周囲を見回していて、その中の一人が、渡辺が一点に視線を向けているのに気付いた。
 彼の視線を追ってみると、その先には研究区の住人がいた。それも、10や20を越える数だ。
 クズハを囲んだ武装隊を更に囲むようにして集まって来ている人々の手には、棒や石が握られている。
「お前達、一体何のつもりだ!」
 渡辺が人々を怒鳴りつける。住人達はその怒声に怯む事無く返した。
「そっちこそ、クズハちゃんに何しとるんじゃい!」
 渡辺に負けない怒声で返す男を先頭に、幾人もの住人がそうだそうだと続いた。その数の多さに武装隊側が怯む。
 集まってくる住人の数は未だ増え続けている。彼等はその手に洗濯竿や石のようなものを持ちだしてきていた。
「お前達!」
 武装隊の一人が、魔法の初動として≪魔素≫を集め始めた。
 ……いけない!
 クズハが思う間に、渡辺が隊員を手で制した。
「待て!」
 彼は続いて武器を手にしている住人達へと向き直った。
「お前達、クズハは重罪を犯した可能性がある。我々は彼女を捕らえにきたのだ! 邪魔をしないでもらいたい!」

718白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:27:26 ID:uUH/bE.c0
「重罪ってなんだ、納得できるか!」
 感情的に返す声を聞き、クズハは割り込むように声を上げた。
「皆さん、やめてください!」
 声に、視線が向けられてくる。知ってるものも多い視線を受けながら、
クズハは自らの罪を告白するように言った。
「私は、そんな風に皆さんに庇ってもらえるような立場じゃありません!
 私が居なくなれば武装隊も多くがここから引き上げます。皆さんも楽になるんです!」
 この研究区に避難してきた異形達も、研究区と行政区が対立しているのも、たしかにクズハに原因の一端がある。
 それに、
 ……私は……もう匠さん達の前から居なくなるって決めたんです。
 だからこそ、このままここで揉め事を起こして平賀達に余計な迷惑をかける事はできない。
だから、とクズハは渡辺の方へと歩み出ようとして、住人の一人から待ったをかけられた。
「平賀博士とそこの武装隊の兄ちゃんの会話は聞いたからな、クズハちゃんが追われてる理由も知ってたよ」
 だが、と言葉が続く。
「なんでクズハちゃん一人でここまで大事になるんだ?」
 武装隊に向けられた問いに、渡辺が答える。
「留置施設を破壊、その上職員二人を殺害しての逃走、この二件の罪は重い。特に今の行政区の方針ではな」
「職員殺しはまだ疑いがあるってだけなんだろ? 脱走だけでこの大人数での押しかけはおかしいだろ」
 その言葉に周りがそうだそうだ、と同意して敵意の目を武装隊に向けた。
「どうせ前から研究区を気に入ってない人間が一枚噛んでるんだろうよ」
「元々火種なんてのは腐る程あったわけさ、で、一番火を点けやすそうなクズハちゃんの件に大げさに火を点けて、
それを口実にしてこの研究区に圧力をかけようとしたんだろ」
 じゃあ、と別の声が続く。
「クズハちゃんが連れて行かれるのは研究区の負けでもあるわけね」
 人々は、既に相当数が集まって武装隊を囲んでいた。
「み、皆さん駄目です!」
 見る見る険呑な気配を満たして行く周囲の様子にクズハが制止の声を上げるが、状態は落ち着く様子を見せない。
 武装隊も住人達に対抗する為に身構えた。今度は渡辺も止める様子が無い。
 研究区の一角で、徐々に争いの気配が満ち始めていた。

719白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:28:58 ID:uUH/bE.c0
渡辺さんあれで結構やり手なのよ?
そんな感じで次回、告白に続く

720名無しさん@避難中:2011/12/06(火) 20:17:44 ID:wnc34FlwO
みんな避難所にいたのか……
各書き手さんたち乙です!!
今夜読ませてもらいます。

721名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 19:07:04 ID:tnIvjGSE0
ところで、シェアクロススレで「『魔素』がいまいちどんなものかつかめない」という声があったが。

722名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 20:26:29 ID:TIqZXUf20
書いてる人間も実はだいたいこんなもんだろ! 程度のものだったりするからなw
シェアクロススレ>>194でおおむねいいのではと思う

723名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 20:44:30 ID:tnIvjGSE0
ところで、シェアクロススレで「『魔素』がいまいちどんなものかつかめない」という声があったが。

724名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 20:45:19 ID:tnIvjGSE0
ご、ごめん!何故かカキコされてる!

725白青 ◆mGG62PYCNk:2011/12/10(土) 21:00:24 ID:TIqZXUf20
ちなみにシェア』クロスすれ>>193が私だ!

スレ内でもなんかこう言うもんだよね! 程度で詳しく詰められてない設定だから曖昧でいいよね! とか思う

自分用の走り書きでは大体以下のようなものを魔素にしています
でも>>194のが短く分かりやすいからあれでいいと思う

≪魔素≫
 異形が世に現れた時分に発見された、以前より世界に存在していた要素。
 魔法や術式、魔装の燃料ともなり、武器や肉体に纏わせることによって様々な効果を発揮する存在。
 空気中にも存在するが、基本的に視る事は出来ず、何らの干渉能力も持たない。
 魔法や術を使用するなどして魔素に加工(術の使用など)を施すと可視化し、
加工方式に応じた干渉能力を持つ。
 空気中にある魔素に直接働きかける事によっても術や魔法を行使できるが、
空気中の魔素は濃度(錬度?)が低く、術の完成にかかる時間や手間、労力に差が生じるため、
通常では体内に保有された魔素を使用して術を行使する。
 異形は先天的に体内に魔素を生成・取り込み・保有する機能を持つ者が多く、
体内の魔素を元にして火を吐いたり術を扱ったり巨大な体を支える為の肉体強化などを行っていたりする。

 第一次掃討作戦中期以降、人間も魔素を体内に微量持つことがわかり、
訓練によって後天的に魔素を生成・取り込み・保有する能力を拡張することができるようになっているが、
基本的には異形よりも一度に体内に保有したり扱う事のできる魔素の総量は低い。

(ニュアンス的にはMPの上限値が異形よりも低く、
一度に消費出来るMP量も低いため、強大な魔法は基本的にはしかるべき準備を行わなければ行使できない感じ)

726白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:38:59 ID:4ssjZwL.0


            ●


 人気の無い場所を順次捜し回っていた匠と彰彦は、大通りの辺りでおかしな人の流れが出来ている事に気付いた。
 多くの人が通りに出ては、ざわつきながら一定の方向へと向かっている。
特にイベントがあるわけでもないのにこの流れはおかしい。
 匠は隣で人の流れを目で追っている彰彦を見た。
「……どう思う?」
「どう思うって……なぁ?」
「だよな……」
 タイミングから考えて、この騒ぎにクズハが絡んでいる可能性は高いだろう。
そう思いながら、匠は改めて通りの方へと歩いている人々へと目をやる。
道行く人同士が隣の人に何があるのかと話し合っている声が聞こえてくる。彼等の表情を見る限り、
どうも多くの人が何が起こっているのか分からないままに、近くの人々と話しをしながら騒ぎの元を見に行こうとしているようだ。
 ……とりあえず誰か、状況を知ってる人を捕まえて話を訊きたい。
 そう思って事情に明るそうな人を探していると、人の流れの中から武装隊の男が現れた。
 匠達を認識したらしい彼は、手を振りながら近付いてくる。
「坂上さん! 今井さん!」
 その顔は一連の事件が始まる以前から研究区に派遣されていた武装隊員のものだ。
既知であり、匠の記憶ではどちらかというと研究区贔屓の男だったという印象がある。
 彼は走って来ると、匠たちが何が起こっているのかと質問するより早く口を開いた。
「大変ですよお二人とも! このままじゃ本当に暴動が起こりかねませんって!」
「落ち着けよ、一体どうしたんだ? この人の流れはなんだ?」
 武装隊の男は息を切らしながら彰彦の問いに頷き、
「く、クズハちゃんが見つかって、それで渡辺隊長が捕まえようとしたところで
その場に居合わせた研究区の住人の反抗にあいまして、その騒ぎが更に研究区に流れてきていた異形達も巻き込んで、
住人と研究区に流れてきた異形達、それに武装隊とで三つ巴の口論が起こっています!」
 武装隊の男の言葉に、彰彦が表情を険しいものにする。
「クズハちゃん、見つかっちまったか……」

727白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:40:10 ID:4ssjZwL.0
 匠は苦笑を浮かべた。
「武装隊も流石だ」
 武装隊の男が、複雑な目で匠達を見る。
「クズハちゃんの行方、やっぱり知ってたんですね」
「まあいろいろとあってな。武装隊に本当の所を話すわけにもいかなかったんだ」
 そう言いながら匠は人の流れを見る。騒ぎの中心部は人が流れて行く方だろう。
 ……なら、そっちに行けばクズハにも追いつけるか。
 通りの方は多くの人や異形で満たされていて、進むのは大変そうだ。
 近くの建物の屋根を見上げると、隣で同じく建物を見上げていた彰彦が頷いた。
「じゃあ、行くか」
「ああ」
 匠は≪魔素≫を纏い、一足飛びに屋根へと跳んだ。
人の流れの先までの屋根の道筋を確認しながら、その場に残された武装隊の男に向かって声をかける。
「悪いけど、できるだけ騒ぎが派手なものにならないように頑張ってくれ!」
「ああもうわかってます! 全部終わったら何かおごってくださいよ!」
「覚えとくよ!」
 言い置いて、匠は彰彦と屋根伝いに駆けながら通りを見下ろす。研究区の住人も、
保護を求めてやって来ていた異形達も騒ぎの正体を掴もうとしており、
それらの動きを制止するように武装隊が声をかけて回っている。
 しかし理由を明確にしないその制止は上手く機能しているとは言い難く、
むしろここ最近の情勢から、武装隊の制止行動は武装隊とその他の集団の間で新たな争いを起こそうとしていた。
「おい匠、なんか本当にヤバくないか?」
 下を見ながら彰彦が言ってくる。匠は頷き、
「どうも互いに溜まっていたストレスが限界に来てるっぽいな」
 異形達は行政区の一連の異形排斥への不満をもち、
武装隊も行政区への異形侵入からの留置施設破壊から来る緊張が続いている。
そして研究区の住人も彼等の急な、そして大量の流入によって生活を乱されている。
互いが互いに対して感じていたストレスは十分に解消される事も無く、これまで溜めこまれていた。
このまま放っておけば先程の武装隊の男が言っていたように、大規模な暴動が起きかねない。
「急ごう」
 彰彦を促して先へと進んで行くと、住人や異形達が武器になるような長物を持っている様子が見えるようになってきた。
あからさまな刃物や攻性の≪魔素≫の動きは見られないが、
それが見られるようになるのも時間の問題で、そうなればもう大規模な争いは避けられないだろう。

728白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:41:23 ID:4ssjZwL.0
 もしそうなれば、
 ……混乱した研究区は機能を停止する。
 暴動の末に研究区の機能が停止すれば、大阪圏内における異形の扱いは確定するだろう。
 それだけは止めたい。そう考えている内に、匠達は人や異形達が通りの左右で睨み合っている中心地にまで辿り着いた。
 屋根の上から見下ろすと、多数の武装隊を率いている渡辺と研究区の住人達、
そして住人の側から武装隊に糾弾の声を上げている異形達の姿が見えた。
それらの人々の間で動き回っている小さな人影を見て、彰彦が指をさす。
「居た、クズハちゃんだ」
 クズハは武装隊側からは捕縛の対象のはずだが、手を出されている様子は無い。
武装隊も住人達と異形達の相手の睨み合いのなかで身動きが取れないようだ。
 それらを確認して、彰彦がうわぁ、と引き攣った声を出す。
「やっぱけっこうな騒ぎになってるな」
「どうするかな」
 騒ぎの中心さえ止めてしまえば、後は武装隊が他の場所の騒ぎも抑えてくれるだろう。そう考えながら匠は言う。
「派手にやって虚を衝けば注目を集められるとは思う。後はじいさんの威を借りて
――それで武装隊以外は丸めこめるはずだ」
「派手にか、望む所だな」
 笑顔で返してくる彰彦に、この騒ぎの原因の一端を担っている匠としてはどうしたものかと思うが、しかし、
 ……やるしかないか。
 覚悟を決めて墓標に≪魔素≫を流し込んだ。彰彦が光を帯びて行く墓標を見て訊いてくる。
「それって刃物以外になんか花火とか打ち上げられるような機能ねえの? そっちのが楽じゃね?」
「残念ながら刃物だけだ。それにこれ、あんまり燃費よくは無いぞ? 砲撃なんかできるようになってもすぐにへばる」
「なるほどねえ」
 応えながら、彰彦も腕に≪魔素≫を集中させる。
 ≪魔素≫の集中を受け、彼のとして移植された異形の外殻が解放された。
「じゃあ、武装隊の頭は俺が押さえる。お前はクズハちゃんと研究区の奴らをしっかり押さえろよ」
「分かった」
 頷き合い、二人は同時に屋根を蹴った。

729白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:43:59 ID:4ssjZwL.0


            ●


 住人と武装隊の睨み合いは、流れてきた異形を巻き込んで大きく発展していた。
 クズハを捕らえに来た武装隊もクズハ一人に構っていられなくなっており、少しでも今のこの場の膠着状態のバランスを崩せば何が起こるのかクズハには想像もできない。
「クズハちゃんを置いてとっとと研究区から出てけ。異形の奴らにこれ以上変な圧力をかけるな!」
 研究区の住人、知り合いの声だ。そうだそうだと合唱する声が聞こえる。それらを聞いた上で渡辺が鋭く告げる。
「そうはいかない。クズハは重要な捕縛対象だ。それに研究区には我々が来る前程度には武装隊を残していく。行政区の決定だ。そこは譲れん」
「クズハちゃんは連れて行かせねえぞ。ただでさえ今の行政区は異形の扱いがおかしくなってるんだ。危なっかしくて連れて行かせられるか!」
 その声に疑問を挟む声が住人達の中から聞こえる。流れてきた異形のもので、
「待て、そこの異形の娘がいなくなれば武装隊の数は減るんだろ? それなら――」
「何言ってやがる! クズハちゃんはお前らを援助してる平賀博士のだな――」
 もはやそれぞれの主張が入り混じっていて争いの原因の一つでもあるはずのクズハでもこの場を止める事は出来なくなっていた。
 ……どうすれば。
 自分に一番近しく、話を聞いてくれそうな住人たちを説得しようとしても、彼等も殺気だっていてクズハの言葉では止まってはくれない。
 徐々に皆から冷静さが無くなっていくのが分かる。武装隊も渡辺以外は余裕が無くなっている。渡辺は武装隊達が暴走しないように制御しつつ、他の集団の相手もしているので手が空かない。
 ……どうにかしないと……!
 このままでは危険だ。方策もないままに思うクズハには焦りが募っていき、そして、ふと頭上に≪魔素≫が集中する気配を感じ取った。
 ――っ!
 誰かの暴走がついに始まってしまったのかと首筋を凍りつかせ、
「――え?」
 次の瞬間には、目の前に青に近い色合いをした半透明の壁が突き立っていた。
「!?」
 同時にもう一つ、何かが落下する音が響いて、地面が掘り返される。
「何だ?!」
 その場に居た全員が突然落下してきた二つの何かを注視する。
 衆人環視の中、済んだ砕音が響いて半透明の壁が破砕した。
「これは……」
 壁は破砕と共に≪魔素≫をまき散らして散っていく。その中、軽い着地音と共に人影が降りてきた。
 匠だ。

730白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:44:54 ID:4ssjZwL.0
 砕かれた壁は巨大な刃だったのだと気付いた時には、刃の破砕によって生まれた風に土埃が払われ、もう一つの落下物の正体が目に映った。
 払われた土埃の向こう、渡辺達武装隊の前には、腕の外殻を露わにした彰彦が立っている。
 驚きに目を瞠っていた武装隊の一人が、彰彦のその姿を見て呟いた。
「彰彦……お前、その腕はなんだ……?」
「ちょっと改造されちまってな。――翔、ちょっと待ってろよ? 今重要なイベントが始まるからな」
 彰彦の、苦笑の色をもった声に渡辺が眉をしかめた。
「今井か……重要なイベントだと?」
「ああ、まあ聞いとけよ。なかなか見られねえ代物だぜ?」
 二つの轟音で途切れた人々の間に声が戻り始める。そのざわつきが再び制御できなくなる前、匠が墓標を地面に突き立てた。
 ≪魔素≫の流された墓標が踏み固められた地面を抉る音が響いて、三度目の轟音に再び場が静寂に包まれた。
 その静寂のなかで匠が声を張り上げる。
「皆! この場での諍いを止めてもらいたい! 色々と不満もあることだろうが、
今、平賀博士がそれらの解決の為に動いている。この場で争いを続ければ、平賀博士のその努力が水泡に帰してしまう。
皆にとってもそれは望んではいない状況のはずだ!」
 匠も彰彦も、研究区内では平賀に近しい人物としてよく知られている人間だ。
彼等の派手な登場で生じた虚を衝くタイミングでの発言は、一定の効果をもってその場を鎮めさせた。
 それぞれが互いの顔を見つつ攻撃的な態度を収めたのを確認すると、匠は一つ頷いて、クズハへと目を向けた。

731白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:45:58 ID:4ssjZwL.0


            ●


 突然の匠の登場に呆然と停止していたクズハの思考は、匠の視線を受けて復帰した。
 ――っ、
 息を詰め、咄嗟に逃げようとして、周囲には人が多く逃げられない事に思い至る。そんな状況の中で、匠が近付いてきた。
 しっかりとした歩調で近付いてくる匠に対して、クズハは反射的に言葉を放つ。
「こ、来ないでくださいっ!」
「そうはいかん」
 匠は歩みを止める事無く、どこか決然とした様子でクズハへ近付き、周囲を見回してため息をつく。
「外に出たらどうなるのかくらい、分かっていただろうに」
 この騒ぎを引き起こした事に対する非難の言葉に、クズハは面を伏せた。
 動揺のあまり研究所を飛び出し、その挙句にこの事態を引き起こす原因になってしまった。
あまりにも無思慮のままに行動し過ぎた。その事実をはっきりと突きつけられた気がして、クズハは言い訳のしようもなく謝る。
「すみませんでした」
 言葉と共に頭を下げ、顔を上げる。
 正面でクズハの謝罪を聞いた匠は、何度か頷いた後、首を横に振った。
「だめだ、許さん」
「……っ」
 匠の言葉に、クズハの肩は震えを得た。
 なんで、と思うと同時にやはり、という言葉が浮かんできた。これだけの騒ぎを起こしてしまって、
もう匠も平賀もクズハを庇う事は出来ないだろうし、これまでの数日、
クズハの存在を武装隊や街の人々に対して隠してきてくれた彼等や研究所の皆に対する、これは裏切り行為だ。
何らかの罰が下る事になっても仕方ないだろうと思う。
 ……でも、罰を与えてくださるのが匠さんなら……。
 どのような罰であろうと受けられるだろう。そう思いながら匠の、
何かを決断したかのような表情を見上げ、クズハは罰を粛々と受け容れる心積もりで目を瞑った。
 匠の足音は、クズハの近くにまで接近すると停止し、クズハの頭には柔らかい感触が乗った。掌の感触だ。
「……?」
 目を開けて匠を見上げると、彼はクズハの目を見返してきた。

732白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:47:11 ID:4ssjZwL.0
 しばらく目を合わせていると、匠が僅かに目を逸らし、
「だから、その……なんだ」
 そう口の中で呟き、手遊びのようにクズハの頭を二、三度軽く叩いて、
「どこにも行くな。少なくとも今は。……できれば、これからも」
「え……?」
 都合よく受け取ってしまいたくなる言葉に対して、クズハはとりあえず、という形で疑問の言葉を発した。
 匠はクズハに言葉の意味が通らなかったと思ったのか、言葉を探すように眉を寄せ、
「だからだな。この一連の事件が全て収まるまでは……できればその後もずっと俺の傍に居てくれってことだ。
クズハが良ければなんてもう言わない。俺の為に居てくれと、そう頼みたいんだ」
「え……な、なんで……?」
 心の方は匠の今の言葉に頷いている。しかし匠の傍にいる資格が自分には無いとクズハは思う。
故に、クズハは心を押し殺して、自らに対する否定の言葉を口にした。
「お役に立てませんよ? いえ、そればかりか迷惑ばかりかけてしまっています……今だって、ほら」
 そう言ってクズハは周囲を示す。そこにはつい先ほどまで争いを起こしかけていた人々の姿がある。クズハの軽率な行動の結果だ。
 それらを見て匠は頷き、
「人付き合いなんてこんなもんだ。俺だってクズハに迷惑も心配もかけてる。それと、この件については気にするな。悪いのはクズハじゃない」
 匠はそれに、と言葉を続ける。
「クズハの料理は美味い」
「……?」
 意味を受け取りかねてクズハは首を傾げた。その反応に怯んだように匠は一瞬目を泳がせ、
「あー……クズハの飯がずっと食べたいとか、そんな感じで、だな……」
 尚も視線を彷徨わせながらつらつらと言葉を並べる匠の背後から、彰彦が声をかける。
「しまらねえなぁ。いいからもうストレートに言えよ馬鹿」
 言われた匠は困った風に頭を掻き、改めてクズハを見据えた。
 一つ咳払いをして、
「クズハ、お前が好きだ。離れたくない。ずっと傍に居てくれないか?」

733白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:48:37 ID:4ssjZwL.0
 匠のその言葉を聞いて、クズハは動きを止めた。
 先程のものよりも、より意味が明確にとれる、その言葉の意味は、
 ……そばに……すき? え? 好き? 私……? え……?
 思考がまとまらず、クズハはもう一度聞き返した。
「す、すみません……えっと、もう一回言ってくださいませんか?」
 匠の顔が僅かに引き攣った。
「もう一回……か?」
 そう言って彼は周囲に再度目を向け、その上で何かを吹っ切るように深くゆっくりと息を吸い込んだ。
吐き出す動きと共にクズハの肩を掴んで、再び、今度は大きく息を吸い込み、
「クズハ、いいかよく聞け。俺はお前が好きだ! ああ、愛してるとも!」
 周囲一帯に響き渡るような大音声で発された言葉は今度こそ、聞き間違いや解釈の余地を残す事無くクズハの耳に入った。
 まるで戦場で他の音を圧して意志を通す為に上げられるような大声に体を震わせたクズハは、続いてその震えを心にも得た。
 その震えの源は嬉の一言に還元できるものであり、しかしそれを素直に受け入れるのを拒んだのもまた彼女の心だった。
 でも、という言葉を前置きとして、自分に対する否定の言葉がクズハの口を衝く。
「私は、あなたに命を救ってもらって、居場所を与えてもらって、勝手にあなたを信仰して、でも役に立つ事も満足にできなくて、こんな騒ぎを起こしてしまって――」
 言っていて自分が情けなくなって涙が出て来る。連ねられる言葉も震えを帯びて来た。それでもクズハは言葉を続ける。
「そんな身の上で、私は浅ましくもあなたを好いてしまってるんですよ? こんな私で……いいんですか?」
 心中の思いを吐き出したクズハの言葉に、匠は強く頷いた。
「両思いって事だな、うん」
 そういう問題ではない。そう返そうとしたクズハの機先を制する形で匠が口を開いた。
「身の上なんか気にするな。いいか? 俺はクズハが好きだ。男と女――雄と雌でもかまわない。そういう関係として共に在りたい。
 なぁ、クズハ。今色々と大変だけどさ。そんなのは抜きにして、お前の気持ちを俺に、もう一度聞かせてくれないか?」
 その言葉はクズハの中の震えを強くした。
 肩にある匠の手を強く握り、熱を帯び始めた顔を意識しながら、彼女が常に抱えてきたコンプレックスを取り除いた、本心が吐露される。
「私は、ずっとあなたを――」
 ……命を救ってくれた人を、生きる意味を肯定してくれた人を、信仰して、よすがにしてきたあなたを――
 幾つもの言葉が浮かびあがるが、それらの言葉が辿り着く名前は一つしかない。
「――匠さんが、好きです……!」
 それを始めに、次々と言葉が溢れてくる。
「大好きです。一緒にいたい……です。離れたく……ないです……っ」
 言葉が崩れ、同時に視界も涙に歪んで、溢れた感情に赤熱する頭は何も考える事が出来なくなった。
 子供のように泣く事しかできなくなったクズハを匠が抱き寄せた。体に手を回して顔を押しつけるクズハの背を、匠の掌が撫でた。
 優しい声がする。
「ああ、もう離さない」

734白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:49:21 ID:4ssjZwL.0


            ●


 互いを離さないとばかりに抱き合っている二人を見て、彰彦はほっと息を吐いた。
 周囲の人々も匠の大声での告白に毒気を抜かれたのか、戸惑い気味の気配と共に、ぽつぽつと拍手が聞こえてくる。
 ……やっと収まる所に収まったか……。
 そう思った直後、正面の方向から咳払いが聞こえた。渡辺だ。
 この場の皆が静まった事によって行動の自由を得た彼は、彼の目的の為に声を張り上げる。
「めでたい事だと言いたい所だが、クズハはこちらの重要参考人である事に変わりはない。身柄を引き渡してもらおうか」
 渡辺の言葉に彰彦は脱力した。うらみがましく武装隊一同を見回しながら文句を零す。
「お前、空気読めよなー……」
「そうはいかんぞ、今井」
 彰彦を睨みつけ、渡辺は二人に近付こうとする。
 渡辺の進路上にさりげなく移動しながら、彰彦はどうしたものかと考える。
 ……異形の奴らや、元からのここの住人を止めた匠のさっきの説得でも武装隊は止められねえか……。
 平賀が元の生活を取り戻すまで耐えてくれという言葉で不満を抑えてもらった住人や異形達も、
目の前でまたクズハが連れて行かれる流れになればどうなるのかは分からない。
 ……どうすっかな。
 ちらと背後を振りかえると、同じくこちらを振りむいて来た匠と目が合った。
彼はしゃくりあげるクズハを腕に抱えて背中をさすりながら、目だけで彰彦に訴えて来る。
 ……くそ、そんな微妙に期待に満ちた目で見るなよ。
 顔を正面に向けて渡辺を見た。彼はいざとなれば強行突破する事も辞さないようで、
全身に≪魔素≫の気配を滲ませている。彼は彰彦の、
≪魔素≫の集中を解いても異形のもののままの姿をしている腕を警戒しているらしく、視線はそこに集中していた。
「……変化の類ではないらしいな」
「いろいろあったんだよ」
 肩を竦めて彰彦は渡辺の視線を受け止めた。

735白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:50:59 ID:4ssjZwL.0
 渡辺は相当戦えるタイプではあるが、匠とクズハを逃がす事だけを考えれば、
なんとかこの場を切り抜けさせる事は可能だ。
 しかし、そうすれば渡辺は二人を追おうとするだろう。武装隊との間で争いが起きてしまい、
やはりこの場の皆を多少なりとも巻き込んでしまう事になる。巻き込んでしまうというだけならば皆を逃せばいいが、
そう簡単にいくものでもないだろうし、二人の恋路を邪魔しようという武装隊に対してならば喜んで争いに巻き込まれに来るような者もいるだろう。
 ……そうなるのも匠とクズハちゃんの人徳かねぇ……、さてどうするか。
 渡辺に対して手を広げて構えながら考えていると、人々の間からざわめきが聞こえてきた。
 ……また何か問題でも起きたのか?
 背後を振り返りながら、これ以上事態を混乱させられるのはごめんだと思い、
さっさと次の行動を起こそうと全身に力を入れようとして、彰彦はざわめいていた人々が道を譲るように左右に割れるのを見た。
 人々の間を通って来たのはよく知る人物だった。
「じいさん、それにキッコさんに明日名兄さんじゃねえか……」
 キッコと明日名が研究所をクズハが飛び出して行った事情を平賀に話して連れてきたのだろう。
名を呼ぶ彰彦に手を振りながら、キッコが匠とクズハを見て感心したような顔をした。
「おや、先を越されたようだの」
 明日名がそのようだね、と頷く。
「何となく話だけはここに来る途中で皆に聞いて来たけど、どうも喜ばしい事になってはいるみたいだね」
 平賀が、匠とクズハの状態を見て惜しそうな顔をした。
「何かとても大事なシーンを見そびれてしもうた気がするぞい」
 研究区の人間なら誰かしら先程の告白シーンを撮っている者がいそうだ。そう思いながら彰彦は平賀たちに声をかける。
「この場を収拾しに来てくれたって事でいいんだよな?」
「うん、騒ぎを収める為に平賀博士まで引っ張って来たんだ」
 明日名の言葉を聞いた皆が平賀に視線を集中させる。それらの視線に手を上げて応じ、平賀は匠に近付いてその肩を叩いた。
「うまくいったようじゃの」
「じいさん、また迷惑かけた」
「気にするでない」
 平賀は笑いながら匠の横を通り過ぎ、彰彦の隣まで来る。
「やあ彰彦君、がんばってもらって悪いのう」

736白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:52:17 ID:4ssjZwL.0
「いいってこった。俺だって和泉に戻る事ができたのは匠やクズハちゃんのおかげなんだしな。その恩返しだと思えば安い安い」
「カッコいいこと言うのう」
 平賀は笑んで、正面へと顔を向けた。
 正対する事になった渡辺は平賀を真正面から見据えて口を開く。
「五大派閥の一つの長であろうと、行政区の決定に逆らうのは良い考えではないと思いますが?」
「そうじゃのう」
 平賀は目元に皺を刻んだ笑みを浮かべて、懐から紙面を取り出した。文面を渡辺に見せるように広げ、
「ここに行政区から来た紙面がある」
 そう言って、紙面の文意を告げる。
「行政区の異形排斥運動の過激化からこっち、
ここ最近起こった事件全てを議題とする行政区側との話し合いを持つ事が決定された。
そこでの話し合いの終了までは武装隊も研究区保護下にある異形への手だしは控えてもらおうかの」
 渡辺が目を見開いた。文面を確認し、
「留置施設破壊や殺人の疑いのあるクズハの処遇については?」
「うむ、君等が来たすぐ後、クズハ君はわしらが保護したのじゃな。もう研究区保護下に入っておる故、手出し無用じゃ」
 渡辺は平賀の顔を疑り深そうにねめつけ、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「……手回しが早い、と、そう言っておきましょう」
「そう褒めるでない。もしその文面に気になる所があるのなら、上に確認をとってみると良いぞ?」
「了解した」
 渡辺は紙面を指さし、
「その紙面、確認を取るために頂いて行きたいのですが、よろしいか?」
「うむ、かまわんぞい」
「頂きます」
 平賀から紙面を受け取った渡辺は、部下達に向かって手を振った。
「詰め所まで戻るぞ。以降は通常時の巡回を続けておけ」
 武装隊達は渡辺の言葉に応じて引き上げて行く。渡辺は平賀から受け取った紙面を懐にしまって匠に抱かれているクズハに目を遣り、次いで平賀に視線を合わせた。
「話し合いがどのような結果になるのか、楽しみにしておきます。
我々としても、あの混乱の場で強引に逃げる事を選ばなかったあの娘の心根を思うと捕らえるのは気が引ける。
そちらの言葉が真実だと証明していただきたい」
「任されようかの」
 請け負う平賀に会釈を返し、渡辺はついでとばかりに言う。
「それと、坂上には一応おめでとうと伝えておいてください。今は泣く子の相手で忙しそうだ」

737白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:53:09 ID:4ssjZwL.0
 平賀がおや? という顔をした。
「知り合いかの?」
「第二次掃討作戦の時に一緒に戦った仲なんだよな」
 彰彦が言い、渡辺が頷く。
「短い間でしたが、そこの今井とも共に戦った事があります。
坂上も、第二次掃討作戦の後は異形の娘を囲っているとは聞いていましたが……まったく、幸せそうな」
「じゃったらクズハ君をあんまりいじめないで欲しいんじゃがのう?」
「仕事は別です」
「相変らずきっついのな」
「……今井や坂上が奔放すぎるんだ」
 そう言って去っていく渡辺を見送って、平賀はさて、と呟く。
「皆の衆! さっきも言ったように、近いうちに今の大阪圏の状態について話し合う場が設けられる事になった。
この状態も長くは続かんじゃろう。皆、もう少し辛抱してもらえるかな?」
 響いた言葉に動静を窺っていた周囲の人々が一人二人と応えていく。徐々に増えるその応答を代表するように、大きな声が届いた。
「あーもう! くそじじい、信じるぞ!? そこの二人みてえにうまく大阪圏の不仲をくっつけてみせろ!」
「任されようかの」
 飄々と、それでいて妙に頼れる調子で平賀は請け負った。
 普段は微妙な扱いなのにこういう時にはしっかりと信頼されている。面白い人だと思う彰彦の横で、平賀が演説の続きを打つ。
「色々と状況が移り変わっとる。皆の衆には不便をかけるじゃろうが、わしを信じて争い事は避けてもらいたい。頼むぞい!」
 そう言って、平賀は匠に意味ありげな視線を向けた。
「――それと、わしの息子の嫁の事を守ろうとしてくれたそうじゃのう。感謝するぞい」
 頭を下げる平賀に続くように彰彦も頭を下げた。明日名も同じように頭を下げている。
下を向いた視界の隅で匠も泣き続けているクズハを抱いたまま頭を下げるのが見えた。
 それらの行動に対して慌てて頭を下げ返しているのは外から流れてきた者達で、
適当に手を上げて三々五々に散っていくのは研究区に以前から住んでいた者達だろう。

738白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:55:41 ID:4ssjZwL.0
 頭を下げていた人や異形達がやがて研究区の住人達に倣って去り始めた頃、
しばらくしてキッコが、彼女にしては珍しく大人しく下げていた頭を上げた。
 彼女は未だ頭を下げている匠に振り返ると、興味深げに匠の頭頂部を見ながら訊いた。
「で、告白は成功という事なのだの? まったく、またクズハを泣かせおって」
 彰彦も頭を上げて匠を見る。匠もゆっくりと頭を上げた。キッコを見返して、
「あんたのせいでクズハが一度逃げ出すハメになった事を忘れてないよな?」
「あれはヘタレておったお前が悪いし、あの時はああするのが一番だったのだ。それに、だ。結果として匠、お前は今腕の中にクズハを抱えておるではないか」
 ならば問題はないと喉を震わせて機嫌よさげに言うキッコに呆れ気味の目を向けて、彰彦は呟く。
「武装隊を敵に回した恋路もやっと終わりか。心配かけやがって」
 明日名が匠とクズハを見ながら緩く笑んだ。感慨深げに頷く。
「なんにせよ、落ち着いてくれてよかったよ。そうか、そんな年になったのか……」
 クズハの兄である彼は今どのような気持ちなのだろう。
 ……まあ、わかんねえよなぁ……。
 だが、少なくとも悪いものではないはずだ。そう思って彰彦も笑みを浮かべた。
 キッコがようやく泣き止む気配を見せたクズハの背を撫でてやりながら声をかける。
「ようこの朴念仁に想いを気付かせたの。これで我も早う子の顔を見られるというものよ」
 クズハの背がビクっと震えた。赤くなった目と顔でキッコを振り返り、
「こど……も?」
「何だの? 別にその身体の素体は人なのだから人の子を孕む事もできるはずぞ? のお、平賀?」
「うむ、大丈夫じゃ」
 ブイサインで答える平賀に匠が言葉を差し挟んだ。
「キッコもじいさんも気が早い」
「そんな事もなかろう。はれてつがいになったのだから早いも何もないと思うが?」
 ……何かがずれてるな。
 彰彦がキッコと匠の問答に笑みを噛み殺していると、キッコを窘めに走った明日名が声をかけてきた。
「彰彦君も博士も、研究所に戻ろうか。確認する事が幾つかあるし、それに――」
 匠達を見て、彼もまた苦笑した。
「あんまり見世物にしてもかわいそうだ」

739白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:56:56 ID:4ssjZwL.0
よし、がんばった! やっと告白した!

いろいろ問題は残ってますが、関係性が変化した彼等はどうするんだろうな

740名無しさん@避難中:2011/12/22(木) 23:15:05 ID:KBRLk0QQ0
プロポーズキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
によによしながら読んでたw

741名無しさん@避難中:2011/12/25(日) 11:42:15 ID:0qspmsUsO
乙です
二人とも不器用な感じが素敵です
末永く爆発しちまえ!

742ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 00:59:21 ID:8vWTDq9s0
27-0/7

前回(26話)
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/1187.html

・前回までのあらすじ
ドラギーチが"CCC"という怪しげな新興宗教に入りこんでると聞いたゲオルグは、
探偵神谷に教団の調査を依頼する。
果たして"CCC"の実態とは……?

743ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 00:59:42 ID:8vWTDq9s0
27-1/7

 講壇の上で青いオーバーオールを身にまとった初老の男が演説していた。

「つまり、どこまで行っても人間は不完全だということです。気分に惑わされる人間はミスを無くすことができず、それ故に
 人間は決して完璧足りえないのです」

 学校の教室より一回り大きい部屋の中では、並べられたパイプ椅子を埋めている聴衆達が講壇の男の話に耳を澄ましている。
ここは閉鎖都市にあるとある文化センターの一室。"CCC"――正式名称救世コンピュータ教会――が開く講演の会場だった。
"CCC"について調査をしていた神谷にとってこの講演は渡りに船だった。何食わぬ顔で潜り込んで今に至る。青いオーバーオールの
男の言葉に聞き入る聴衆に混じって、端末とタッチペンを手にした神谷は、一見熱心にメモを取っている素振りである。だが、実は
端末のカメラはシャッター音が切られた盗撮仕様、タッチペンもレコーダーが内蔵されており、講演の様子を画像と音声両方から
記録していた。

「翻って機械は、完璧な存在です。彼らは純粋な物理学の原理に従って動いており、彼らの動作に一切の矛盾はありません。
 1+1=2という機械の世界の方程式を見てください。なんと美しいことでしょうか。翻って、1+1が10になるとも100になるともいう
 人間の世界の方程式のなんと醜いことでしょうか。この醜さが、貧困や暴力といった人間社会の歪の原因なのであります。
 はるばるここに来て下さった市民の皆さん、もうこの世界に猶予というものはありません。今この瞬間にも貧困の中で
 死んでいく人がいるのです。暴力によって殺される人がいるのです。一刻も早く、人間はその全権力を機械に移譲して、
 機械の統制の下に暮らすべきなのです」

 青いオーバーオールの男の弁舌はますます熱を帯びていき、周囲の聴衆は息を飲んでその言葉に耳を傾けている。そして
神谷のすぐ隣では、金髪頭の助手が舟を漕いでいた。

「おい起きろ、仕事中だぞ」

 神谷が脇腹を小突くと、ステファンは弾かれた様に頭を上げた。

「ごめんなさい」

 謝罪の言葉を口にする助手に、神谷は返事代わりに鼻を鳴らした。

744ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 00:59:58 ID:8vWTDq9s0
27-2/7

 まどろみの世界から引き出されたステファンは改めて壇上の男に眼を向けると、次は手にしたパンフレット、そして左右を
きょろきょろと伺い始めた。

「何してる」

 助手の不振な挙動に神谷は声を漏らす。神谷の言葉が聞こえたらしいステファンは恥ずかしそうに頭をかいて神谷の方を
向いた。

「いやー今何をしてるのかな、って。えーと今あそこで喋ってるおっさんが教祖様でいいの?」

 助手とはいえ探偵家業をしているには随分間抜けな言い草だ。神谷は舌打ち一つ打つと、ステファンが持つパンフレットを
タッチペンで叩いた。

「今演っているのはこの"機械政治の完全性と人治政治の不完全性"ってやつで、話してるのはミハイル・"ブルー"・モルゾフっていう
 大学の教授様だ」
「ふーん」

 神谷の説明にステファンは納得したのかしてないのかよく分からない返事をした。そのまましげしげとパンフレットを見るステファンに
とりあえず理解したものと考えて、神谷は講演の観察に戻った。

「機械は冷血で人の心を知らず、人間を制御することができない、と言う人がいますが、彼らはその舌の根が乾かぬうちからこう言います。
 今の機械こそ人間に制御されているが、機械が高度な知性を持ちえたら、必ず人間に反乱を企てるだろうと。なんと矛盾した言葉でしょうか。
 人の心を知りえないという機械の非人間性をあげつらいながら、反乱という人間的な行為をするだろうと彼らは信じているのです。市民の皆さん、
 思い出してください、機械が何に従うのかを。どのような方程式に沿って機械が動いているのかを。そう、機械はただ物理法則によってのみ
 動いているのです。1+1=2という完全無欠の方程式によってのみ機械は従っているのです。1+1=2。なんと美しい式でしょうか。この数式にの
 どこに反乱の余地があるでしょうか。この数式のどこに人間の悪質たる嘘が混じっているでしょうか。ありません。ないのです。無なのです。
 ですから機械は決して嘘をつかないのです。ましてや反乱など犯しようがないのです。ここで市民の皆さんに尋ねます。皆さんはどちらを
 信用しますか? 嘘をつき、人を欺き、矛盾した事柄を平気で信じる人間と、完全無欠の物理法則によってのみ動く、一片の矛盾すら
 ありえない完全な機械と。……そう機械です。機械の方こそ信用に値するのです。機械こそが人間の真の友達なのです」

 熱く語られる壇上の男の話を聞き流しながら、神谷は男の風体に注目した。身を包む青いオーバーオール。ふと壇上の男の名前、
ミハイル・"ブルー"・モルゾフのミドルネームと合致することに気がついた。何かの糸口を見つけた気がした神谷は、目を横に移した。
視線の先は、壇上の脇、このシンポジウムで講演する他の演者が待機している。彼らも一様に青いオーバーオールに身を包んでいた。
手の中身をパンフレットに持ち替えて、彼らの名前を確認する。ビル・"ブルー"・フィールドマン。アルバート・"ブルー"・クッツェー。
ヴィンコ・"ブルー"・パンドゥレヴィッチ。全員ミドルネームが"ブルー"だ。続いて神谷は聴衆に目を移した。演者の弁論に聞き入る私服や
スーツの聴衆の背中にオーバーオールの者が混じっている事が見て取れる。その数はだいたい1/3程。ただしその殆どは赤色で、所々に
橙色、僅かに黄色が見える程度である。青いオーバーオールは見えなかった。恐らくミドルネームとオーバーオールの色は教団内部の
ヒエラルキーを現しているのではないだろうか。赤や橙色の暖色系は教えを請う下層部の信者で、青色などの寒色系が説法を教える
上層部の信者を表しているのではなかろうか。

745ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:00:15 ID:8vWTDq9s0
27-3/7

 そう神谷が推測したところで、脇から腕を軽く突かれた。

「ねえねえ神谷さん、次のやつなんだけどさ、これ何?」

 パンフレットの一点を指差して、ステファンは尋ねてくる。やれやれ、こういうものはたいてい講義内容の概要が一緒に書かれているものだ。
そうでなくても、題名から内容が推測できるはずだ――できないこともあるが――。お前は字も読めないのか。半ば呆れながら神谷はステファンの
指先を覗き込んだ。ステファンが指し示す先、"CCC"が主催するこのシンポジウムの目録の一点には、ただ一言こう書かれていた。

『・14:58〜15:00 憎悪』

「なんだこれは」

 取り合うつもりがなかった神谷もおもわず声を漏らした。他の演目が概要や演者の経歴等で字面を水増ししているのに対し、これには演者すら
書かれていないではないか。前後の演目の隙間を縫うように僅か2分で行われるところも怪しい。だが何よりも、一言だけ書かれた"憎悪"の文字が
あまりにも禍々しかった。
 取っ掛かりを極限まで削り取った簡素なタイトルに、それでも内容を吸い出そうと神谷が頭をひねろうとしたちょうどそのとき、周囲から拍手が上がった。
神谷が顔を上げると壇上で演説していた青いオーバーオールの男が拍手を浴びながら舞台脇へ下がっていく所だった。どうやら講演が終わったようだ。
神谷はステファンの方に傾けていた姿勢を戻しながら言った。

「とりあえず見れば分かるさ」

 開き直りついでに、神谷は背もたれに体重をかける。神谷が悠然と見つめる壇上では、スタッフと思しき赤いオーバーオールの男の手によって
スクリーンが下ろされようとしていた。何かを上映するつもりかもしれない。神谷の読みどおり明かりが消され、スクリーンに映像が投影され始めた。

746ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:00:35 ID:8vWTDq9s0
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 スクリーンに映ったのは花畑だった。単一ではなく、様々な種類の花を入り乱れさせた色とりどりの花畑。そして響き渡る子供の笑い声。
間もなく画面脇から二人の子供が駆けてきた。。赤いオーバーオールを着た、互いに金髪碧眼の少年と少女だった。手を繋いで現れた二人は
画面中央で座り込むと花畑の花をいじり始めた。一本一本丁寧に摘み取っては手にまとめて小さな花束を作る少女に対し、少年は花弁を
ちぎり集めると少女の上で振るい落とし始めた。頭上から舞い落ちる花弁に少女は僅かに、きゃっ、と声を上げ、そして、笑った。白い歯を
見せて楽しげに笑った。
 と、ここでナレーションがかかった。穏やかな、知性を感じさせる男性の声だった。

「幸福は人類誕生以来、常に課せられていた最大の義務です。有史以来人々はこの義務を果たそうと多くの努力を重ねてきました」

 スクリーン上で遊び続けている少年と少女に影が差した。スクリーン手前から奥へと伸びた大人と思しき人型の影だった。少年と少女は
遊びの手を止めてこちらを見上げてくる。二人の笑い声がぴたりと止まった。
 尚も続くナレーションに力が入り始める。

「だが、その試みはことごとく失敗しました。人々は互いにいがみ合い、争い、幸福とはかけ離れた所で生きることになりました。何故か」

 こちらを見つめる少年と少女の笑顔はたちまち恐怖に染まった。映像が意思を持ったかのように揺れる。それを合図とばかりに二人は
こちらに背を向けて駆け出した。
 熱がこもったナレーションは更に続ける。

「それは"彼ら"が居たからだ。幸福という市民の義務を妨害する"彼ら"がいたからだ。人類が持つ悪徳の結晶とも言うべき"彼ら"がいたからだ」

 逃げる少年少女をカメラは追いかける。二つ並んだ小さなオーバーオールの背中にカメラはたちまち追いついて、暗転。入れ替わりに少女の
悲鳴が響き渡った。
 ナレーションの声が燃え上がる。そこに始めの穏やかさはなかった。 

「さあ市民よ、叫べ! "彼ら"の名前を! 有史以来世界を覆っていた諸悪の根源の名を」

 響き渡る悲鳴に新しい悲鳴が加わった。少年と思しき声色の悲痛な叫びだ。更に一つ成人女性らしき悲鳴が加わった。そこに今度は男性の
断末魔が重なる。もはや性別すら分からないうめき声も追加された。さながら怪獣の泣き声のような、加工され引き伸ばされた悲鳴が上乗せされる。
ガラスを引っかいたような倍速に倍速された悲鳴も付け足される。更に、更に……。
 室内に響き渡る悲鳴の多重奏。それは生物が持つ原始の危機感が否応なしに想起させる。流石の神谷も毛が逆立つ感覚を感じずにはいられなかった。

747ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:00:51 ID:8vWTDq9s0
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 依然続く悲鳴の中で、暗転していた画面から映像が浮かび上がった。口だった。接写され、画面いっぱいに広がった赤い女性の口だった。口が開く。
どこか癪に障る女の声で画面上の口は語り始めた。

「コンピューターに支配されたいって、あなたたちバカじゃないの? コンピューターが人間の何が分かるって言うのよ。コンピューターなんて結局
 機械じゃない。最初に決められた事をそのまま繰り返すだけで、人間のような融通っていうのがまったくないのよ。それに……」

 画面からついて出たのは"CCC"の機械信仰に対する反論だった。神谷が意外に思ったところで、前方の席から人影が伸びた。

「このヒューマニスト!」

 片手を振り上げた影の主は、画面の口からの言葉を遮る様に叫んだ。彼に勇気付けられたのか、周囲から続けて立ち上がるものが現れた。

「人治主義者!」
「不幸の元凶め!」
「野蛮人が!」

 立ち上がった者達は、それぞれに画面の口に向かって声を張り上げる。それは罵倒だった。恐らくこの"CCC"にとっての最上級の罵倒が
画面の口に向けてぶつけられる。己への罵声に対抗するかのように、画面上の口はヒステリックさを増して行き、そしてそれに対抗するように
立ち上がった者たちの怒号は更に勢いを増していった。彼らに加わる列も増えていく。

「コンピュ 「うるさい黙れ!」 は人間の道具なの。それをひっくり返して、人間がコンピューターの道具に 「その口を閉じろ!」 バカじゃないの。
 コンピューターは決められたことしか 「消えうせろ!」 分からないの。それがどうして人間をどう 「屑! 屑! 屑!」 よ。そもそも……」

 感情的になった口の反駁を聴衆たちの怒号が掻き消し始めた。暗く、さして広くもない部屋の中に、憎しみで満ちた言葉があふれかえる。
騒ぎの様子を唖然として見ていた神谷は思った。なるほど、これが"憎悪"か、と。教団の意見とは逆の意見に対し罵倒をさせる。それにより
反対意見に対し憎しみを教え込ませているのだ。正に演題通り"憎悪"の時間だ。
 演目の真意に薄ら寒さを感じたところで、神谷は周囲の人間が既に全員立ち上がっていることに気がついた。右隣ではスーツと整髪剤できっちりと
固めていた男が口角に泡を立てんばかりに大声を張り上げているし、背後では赤いオーバーオールの中年男性がfuckやshitが混じった言葉を
繰り返し叫んでいる。前に座っていたセーターを着た女性は上体を前に突き出して、体全体で絶叫していた。自分達だけが声を上げずに椅子に
座っている。途端に走る危機感が神谷を立ち上がらせた。隣でぽかんと口を開けてスクリーンを眺めていたステファンにがなりたてる。

「立て、立って叫べ」

 立たなければいけない。叫ばなければいけない。でなければ周囲の人間から異物とみなされる。スクリーン上で罵倒を一手に引き受ける口と同類に。
それに彼らが気づいたら、憎しみの矛先がこちらに向くのは火を見るよりも明らかだった。

「叫ぶって、何を?」
「何でもいいから罵っとけ」

 目を丸くしながら立ち上がるステファンにそう答えると、神谷も叫んだ。

「こん畜生があぁぁっ!」

748ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:01:18 ID:8vWTDq9s0
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 最早座っている人間はいなかった。室内にいた全員が立ち上がって叫んでいる。スクリーンからの声もかき消されて聞こえない。参加者が一丸と
なった怒声は部屋の空気すらも震わせていた。そのとき小さな塊が宙を舞った。丸められたパンフレットか何かだろうか。放物線を描いたそれは
スクリーンにぶつかり、投影されている口に波を残す。それに呼応されたのか、更にもう一つ紙くずが口に向かって投げられた。また一つ。もう一つ。
空のペットボトルも舞った。果ては革靴までが宙を飛ぶ。異説を垂れる口を石打の刑にするかのごとく、数多の礫が放たれる。そこに部屋を物理的に
振るわせる地響きも加わった。感極まった参加者達が足を打ち鳴らし、部屋全体を揺らしていた。
 周囲の狂乱を醒めた目で見ていたつもりだった神谷も、いつの間にやら己の絶叫に合わせて拳を力いっぱい振るっていた。これはあくまで演技だ。
そう己に言い聞かせているのだが、拳を振り下ろし、喉も焼けんばかりに、糞ったれがぁっ、と叫ぶごとに、脳髄の芯からなにか得も知れぬ物が染み出てきて、
己の理性をゆっくりと溶かしていっているのを感じた。ぼんやりとし始める頭の中では、代わりに理性とは別の物が広がり始めていく。それは野生だった。
かつて人類がまだ動物だった頃の闘争本能。この文明社会の中でひたすら抑圧され続けた原始の野生が、雄たけびを上げながら肉体を占有していく。
抗うことなどできなかった。今更になって絶叫を、振るう拳を止めるわけにはいかなかった。止めれば周囲の人間により袋叩きにされてしまう。その危機感が、
本能を呼び起こして、野生の勢いを加速させていく。そしてついに野生が勝ち鬨の声を上げた。理性を、文明をねじ伏せて、肉体を奪い返した野生は命令する。
怒れ。憎しめ。これは演技だ、という理性の建前を打ち砕いて、仮初だったはずの憎しみに実体を加えていく。嘘と真実が逆転し、神谷の中で憎悪が形を帯びた。
感情を抑える理性はとうに捻じ伏せられていた。神谷は己の感情の赴くまま、振るう拳に更に力を加え、限界のはずの喉を更に張り上げて叫んだ。

「死ねぇっ! 殺せぇっ!」

 そこに人類が万物の霊長たるゆえんはなかった。むき出しの敵意が空気を震わせ、露になった野生が大地を響かせていた。
 室内の狂騒が最高潮に達しようとしたところでスクリーン上の口が唐突に消えた。憎悪の対象を突然失い、参加者達の怒声もたちどころに消える。
呆然となった参加者達の沈黙が室内を満たす。ちょうどそのとき、ラッパの音が高らかに響きわったった。甲高いファンファーレ。そしてスクリーン上に
男の顔が浮かび上がった。穏やかな顔をした、皺の浮いた初老の男。"CCC"の教祖ホリア・"ウルトラバイオレット"・シマの顔だった。教祖の尊顔の
登場と共に周囲で声が上がった。それは理性を取り戻した安堵の声。人間が野生の生物でないと知った歓喜の声だった。彼らは揃って同じ言葉を
口にする。それは唱和となって室内に響き渡った。

「U・V! U・V! U・V! ……」

 それは教祖のミドルネーム、ウルトラバイオレット(Ultra Vaiolet)の略だろう。そう推測した神谷もこの唱和に加わっていた。
 周囲の参加者から奇妙なポーズが上がった。握りこぶしの手首と手首を重ねて、頭上に掲げるポーズだ。恐らくこの教団なりの敬礼のポーズだろう。
神谷も同じポーズをとっていた。どういうわけか自然と周囲の参加者に習って体が動いていた。他の参加者と共に神谷は、U・V、U・V、と繰り返す。
ふと神谷は自分の体を突き動かした原因を悟った。それは一体感だった。この憎悪の狂乱を通じて他の参加者と同化した。そんな気がしたのだ。
 手首で重ねた拳を頭上に掲げる敬礼のポーズをとりながら、神谷は自然な素振りで腕時計を見る。時刻は3時。濃密な2分間だった。

749ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:01:42 ID:8vWTDq9s0
27-7/7

 探偵からの報告を受けた帰り道、報告書の入った封筒を片手にした兄はとても難しい顔をしていた。

「何悩んでいるのさ、兄サン。あそこは絶対ヤバいって。早く院長に言ってドラギーチを連れ戻さないと」
「ああ、その通りだ。俺もそう思ってる。だがな……」

 アレックスの言葉にゲオルグは思うところがあるのか言葉尻を濁して封筒の中に手を入れた。そのままがさがさと音を立てて封筒を漁っていた
ゲオルグは程なく一枚の紙切れを取り出した。

「アレックス、こいつを見ろ」
「何コレ?」

 差し出された紙を受け取ったアレックスは、それに印刷されたものを見て声を上げる。紙には写真がプリントアウトされている。壇上で演説する
青いオーバーオールの男だ。写真下のキャプションから、この男がミハイル・"ブルー"・モルゾフという名前であることは分かる。だが、それ以上は
分からなかった。
 アレックスの言葉にゲオルグは依然眉間に皺を寄せたまま答えた。

「今は大学の教授という肩書きらしいが、このミハイル・モルゾフという男は、公安の元局長だ」
「へー、公安の……」

 ゲオルグの説明を受けたアレックスは感嘆しながら写真を眺めた。公安局は中央政庁の下、閉鎖都市の公共の安全を守るために様々な
工作活動を行う情報機関だ。危険な組織にスパイを送り込んで監視しているという噂は絶えないが、その実態は明らかにされていない。

「こいつが厚生省なり文部省なりの元官僚なら別に問題ないんだが、公安というのがどうもクサい」

 確かに、とアレックスは思う。現役を退いた老人が宗教に目覚めるというのはよくある話で、それ単体では気にするまでもない。だが、
カルト団体に精通した元公安局長が、それなりに名の通った団体でなく、よりにもよってカルトらしい新興宗教に入れ込むというのは、
何か裏があるように思える。

「うちで更に調査する必要があるな。ともあれ……」

 アレックスがしげしげと眺めていた写真をつまんで取り上げたゲオルグは、したり顔で続けた。

「ある意味朗報かもしれんな」
「朗報? 何で?」

 アレックスの疑問にゲオルグは悪戯っぽく笑った。

「経費で落ちるぞ。こいつは。」

750ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:04:27 ID:8vWTDq9s0
皆様お久しぶりです。
一度筆を止める習慣ができると、なかなか再出発できないものですね。
重要なのは、ほんの数文字でも良いから、創作する習慣を作るものですね。
来年こそは、来年中には、なんとか物語の区切りをつけたいところです。
それでは皆様、よいお年を。

751名無しさん@避難中:2011/12/27(火) 22:14:15 ID:8Gcdx/wwO
GJそしてお帰りなさい!!
それにしてもBBじゃなくてUVとは……
次回にも大期待!!

752名無しさん@避難中:2011/12/28(水) 01:01:37 ID:HjvWa6WY0
お帰りなさい、そしてよいお年を!
過激な宗教に公安とはまた危険な香りがする組み合わせでドキドキです

753名無しさん@避難中:2012/01/01(日) 03:03:35 ID:wHLns0NIO
あけましておめでとう!!

754名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 03:22:13 ID:02uNc2SY0
http://loda.jp/mitemite/?id=2735.jpg

755名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 03:49:49 ID:6FrncUcI0
ハァハァ

756名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 09:09:08 ID:DBV9l3P6O
ふう・・・

混浴ですかな?
私も浸からねば

757名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 12:05:24 ID:NwxCrCCg0
はっぴーにゅうよく

758名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 15:13:48 ID:42FtxH5MO
初春gj!!

759名無しさん@避難中:2012/01/05(木) 00:04:13 ID:M1XzqQsE0
異形世界に新作、といってもプロローグですが投下します。


プロローグ

僕の名前は霧島 沙夜(きりしま・さや)。齢18になる見ての通りの普通の少年…だったと言えばいいでしょうか。僕らの住まうこの日本を突然襲った大異変。
それと同時に現れた人とは違う新たな存在、『異形』。人々は銃を手に取り異形と戦い、その戦いは異変から数年の時を経た今もまだ続いています。
それに、異変の影響で各地に起きた災害のせいで日本の文明は戦国時代あたりまで後退してしまう有様です。
ですが、悪いことばかりではありません。異形出現に伴って新たに発見された『魔素』という物質。これを5人の聡明な学者様方が研究することによって
魔法という、おとぎ話の中の出来事が現実のものとなりました。日本は今海外と国交を断絶していますから、この技術は世界で唯一日本だけが持つものという訳です。

この技術は素晴らしく、僕達人類が異形と戦ううえでの大きな武器となりました。まあ、一つ懸念があるとすればいずれ日本がまた世界と国交を取り戻した時に
この技術が世界に広がり新たな争いのための手段となることですが。もっとも今の日本の状況を鑑みるにしばらくは杞憂でしょうけれども。

さて、今は異形達との2度にわたる戦いから3年が経過した頃ですね。僕は異形と戦うために義勇兵に志願して東北地方異形対策本部第四大隊、第二中隊、第二小隊へと
配属されました。そこで僕は出会ったのです。そう、『彼女』と。

私の名は御剣 明日奈(みつるぎ・あすな)。歳は18になる。こうして『異形世界』における表舞台へと立った今、私の来歴を簡単に述べなくてはいけないな。
私は、生まれて間もなく両親を亡くした。18年前というとちょうど第一次掃討戦のあたりだな。私を育ててくれた祖父の話によれば、異形達と人々の間の戦いの中で
流れ弾が運悪く当たってしまったということらしい。異形さえ現れなければ私の両親は死なずに済んだのではないかと幼いころには思ったりもしたものだが
今ではそんな考えはすっかり打ち捨てている。人の寿命とはこの世に生まれ落ちたその瞬間に神によって定められたものだからだ。

異形が現れずとも、他の要因で両親はきっと命を落としたのだろう。それに、まだ私にとって両親がどんな存在となるのか定まってもいなかったしな。
愛情をたくさん受け、尊敬の対象となるか。はたまたその逆か。そんな理由もあって私は異形が跋扈するこの世界においても特に異形を憎むこともなく
厳格な祖父の元で育てられまた、御剣流の宗主でもあったため私は物心つくころから来る日も来る日も剣の修行に明け暮れた。
そして、齢16の時に私の祖父がこの世を去ってから数か月、私にとって一生忘れ得ない出来事が起こった。
その出来事を思い出すたび私は、どうしようもなく苦しんでしまう為にここでは割愛させてもらう。
そして、あの忌まわしい出来事から二年がたったある日。私は、祖父の知人のつてで、東北地方に本部を置く義勇軍に志願し、その結果第四大隊、第二中隊、第二小隊に
配属されることとなった。そこで私は出会った。そう『彼』と。

760名無しさん@避難中:2012/01/05(木) 20:08:44 ID:VqneQ6Z60
新しい切り口に期待

761名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:04:37 ID:MNRWsFKA0
第一話 女を憎む少年と男を嫌う少女

「俺がこの小隊の隊長、高杉久作少尉だ。歳は27になる。じゃあ、お前らにひとりずつ自己紹介をしてもらおうか」

そう名乗った422小隊(いちいち第四大隊からはじめるのは面倒ですからこう略させていただきます)の高杉隊長が自己紹介とこの隊の今後の活動方針を説明した後、
僕達隊員に自己紹介を求めてきました。まあ当然の流れでしょう。得体の知れないものに背中を預けるわけにはいきませんしね。
ということで、僕は真っ先に挙手をして先陣を切ろうとしたのですが、高杉隊長が指名したのは果たして僕ではなく、この隊の紅一点でした。

「じゃあ、そこの髪を結んだ御嬢さん、お前さんからだ」
「私の名は御剣明日奈。歳は18になる。こう見えても剣の腕には覚えがある。異形との戦闘の際には信頼してくれて構わない。が、私は皆を一切信用、信頼するつもりはない。
いや、一つ語弊があるな。男を信用、信頼するつもりはない。以上だ。では、次の者」

…なんですかこの人。開口一番でこんな宣言をするなんて。頭がおかしいのではないでしょうか。もっともそれは彼女に限らず、世の中の女性すべてに言えることですが。
さて、今度こそ僕の番でしょうか。隊長は僕を指名し、僕は息を一つ大きく吸い込んで自己紹介を始めます。

「僕の名前は霧島沙夜。18歳です。僕の専門は五行魔法、得意なのは水・氷です。戦闘では皆さん前線メンバーのアシスト的役割を担うことになりますが
 一つよろしくお願いします。ああ、ついでに回復もお任せください。ですが最後に一言、僕は御剣さんを、いえ、女性を一切信用、信頼するつもりは皆無です」

売り言葉には買い言葉、ではありません。僕は本当に心の奥の底から女性という存在が大嫌いなのです。それはもう、憎悪という言葉がピンとくるほどに。
僕の髪の色は18歳でありながら老人のように真っ白です。この髪と僕が女性を憎む原因は生後間もないころから16歳までの期間に起因しているのですが、それはまた後日に。

僕と御剣さん二人の奇怪な自己紹介に他の隊員さん方はやや怪訝な表情を浮かべていましたが、そのあとも僕と同じ422小隊に配属された
隊員さんたちが次々と各々の名を名乗っていきました。

762名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:05:08 ID:MNRWsFKA0
坂本虎馬、下の名はトラウマと読みます。歳は31。やな名前ですね。しかもあの大偉人と一文字違いですよ。龍を虎にしただけでここまで印象が変わるとは。
しかも出自も同じ、四国は高知。それだけに「〜ぜよ」という語尾がよく耳をつきます。

河上紛斎。歳は25。最初に聞いてびっくりして、小声で「偽名ですよね?」と尋ねたら、しれっと「本名にございます」と感情のこもらない声で答えてきました。
自己紹介の時も感情のこもらない声で淡々と、話してるというよりは独り言をつぶやいているかのような声で進んでいましたし。

田中九兵衛。歳は31。随分昔にやっていた魔法少女に登場する謎の生き物とは何の関係もありません。出自は九州だそうです。
ですが、本州にきて長いらしく地方特有の方言の訛りなどは一切なく、流ちょうな標準語で話します。

岡田異造。歳は27。なんでも、このご時世で、他とは違うものを作り出してほしいという願いからつけられた名前だそうですが、それにしても眼光が鋭すぎます。
この方も坂本さんと同じく高知の出身です。

中村全一郎。歳は40。この方も田中さんと同じく九州、それも鹿児島の出身だそうで、薩摩弁で話します。といっても西郷さんみたいにガタイはいいとは言えず、
どちらかと言えば優男という言葉がしっくりくるでしょうか。

さて、各々自己紹介が終わったところでいざ活動開始、と思ったのですがここで岡田さんがやたら低い声で口を開きます。

「隊長さんよ、こげな小娘に本気で戦える力があると思っちょるのか?俺は信用できん」
「ほう、ならばお前の剣で試してみるか?」

岡田さんが御剣さんに食ってかかります。どうやら戦場で女の力など信用できないようですね。僕と気が合いそうです。
ですが、対する御剣さんも負けてはいません。敢然と立ち向かいます。やめておけばいいものを、売り言葉に買い言葉という奴ですね。
これからどうなるか展開の静観を決め込んだとき、すかさず坂本さんが二人の間に割って入りました。

「おいおいお二人さん、俺たちの仕事は仲間内で争うことじゃなかろうが。街を襲う異形を成敗することが目的じゃて、さっき隊長どのも言うてたきに。
ほら、もっとしゃんとするぜよ」

と言って二人の手を取ると、強引に握手をさせます。坂本龍馬は薩長同盟の時に西郷隆盛と桂小五郎に頬ずりをさせたと言いますからこれくらいは。
そして、二人は一瞬で手を放しました。岡田さんは「ふん…」と鼻を鳴らして、抜きかけた日本刀を鞘に収めます。一方の御剣さんはというと。
すでに何事もなかったかのように自分がもといた場所に戻っていました。まるで岡田さんなど眼中にないかのようなすまし顔を浮かべています。
彼女も僕と同じように異性を憎悪しているのでしょうか。先ほどの場合、僕が彼女の立場でしたら歯にもかけずにあしらう所ですが、
相手をしたあたりどうやら憎悪という訳ではなさそうです。さしずめ『敵視』といったところですか。
そしてその場が持ち直されたところで、いよいよ高杉隊長から今回の作戦内容が説明されます。
概要は、この本部基地から南に1里ほどにあるという異形たちの巣食う洞窟に赴いて、そこの異形を殲滅することだそうです。
文明後退によって自動車はおいそれと使えませんが、1里など大した距離ではありません。僕達は任務のための装備を身に纏うと、異形達の巣食う洞窟に向け
歩を進めてゆくのでした。

763名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:24:44 ID:NEy8zXL.0
乙です
新しい話に今後を期待です
投下の終わりに終了宣言があるといいやもしれません

764名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:26:29 ID:MNRWsFKA0
>>763
了解です。これからアルバイトなので、帰ってきたら人物設定など落とし込みたいと思います。

765名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:38:46 ID:NEy8zXL.0
待ってるぜ
バイトもぼちぼちがんばれw

766名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 21:46:37 ID:MNRWsFKA0
人物設定

霧島 沙夜
端正な顔立ちをした18歳。まだあどけなさの残る少年であるにも関わらず、その頭髪は齢80を過ぎた老人のように真っ白であり、長い前髪で左目を隠している。
鬼太郎のようなヘアスタイルだと思っていただければわかりやすい。また、この世界の女性という存在そのものを憎悪している。
それらの原因は彼が生まれて間もない時から16歳の誕生日を迎えるまでの期間にあるが、詳しいことは後々語られることになる。
五行魔法(火・水・風・土・雷)をすべて使うことができ(と言っても、水以外は中級に毛が生えた程度の腕前)、回復魔法も駆使して小隊のバックアップ要員として
期待されている。
いついかなる時でも、敬語で話すのが特徴。

御剣 明日奈
18歳。沙夜とは対照的な黒髪を後ろ髪に束ねて腰のあたりまで流すというポニーテールが特徴で、凛々しい表情が印象的な美人。
生まれて間もないころから厳格な祖父の元で育てられたため、口調は硬く性格も融通が利きにくい。
祖父が亡くなってからしばらくして起きた、数か月間におよぶある出来事のせいで、世間の男性を嫌悪、敵視するようになった。
しかし、剣の腕は若干18歳にして超一流であり、異形討伐において多大な戦果を挙げることが期待されている。

高杉 久作
27歳。山口県出身。およそ軍人とは思えない軽いノリが特徴的。柳生新陰流剣術、免許皆伝の腕前の持ち主。
自らが率いる422小隊を『奇兵隊』と名付け、本部の命令のままに異形討伐を行うが、その裏である計画を進行中。
名前の由来は、幕末に活躍した長州藩士、高杉晋作より。

坂本 虎馬
31歳。高知県出身。土佐弁で話すのが特徴。北辰一刀流免許皆伝の腕前。20代前半のころは四国を中心に異形討伐に当たっていたが、
その中で数々の異形と出会うことで『分かり合える存在』という認識を得て、四国を出た後は主に大阪、京都などで活動し、
東北の義勇兵募集を受けて志願し、『奇兵隊』に配属された。
名前の由来は、かの大偉人、坂本龍馬より。怒られないか心配。

河上 紛斎
25歳。熊本県出身。感情のこもらない無機質な口調で話すのが特徴。剣は我流だが、その腕前は他のメンバーに比べても全く遜色のないものである。
物腰こそ丁寧だが、人に仇なす存在や自分たちの行動の障壁となる存在は、人であろうが異形であろうがすべて切り捨ててきた冷徹な人物。
志願の際には、上層部よりその性質を危険視する声も上がったのだが、それよりもその剣による戦果の方が結果として利益が大きいと判断され、
高杉率いる『奇兵隊』に配属された。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、河上彦斎(かわかみ・げんさい)より。

767名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 21:48:04 ID:MNRWsFKA0
田中 九兵衛
31歳。鹿児島県出身。少年期から関東周辺で暮らしていたため、流暢な標準語で話す。河上と同じく、剣は我流である。
人の能力を見抜くことに長け、そのため中央政府の無能ぶりに辟易し、まだ足を延ばしたことのない東北で義勇兵を募集していることを知って志願。
『奇兵隊』に配属される。血の気が多い、河上、岡田を諌める役回りが多くなりそう。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、田中新兵衛より。

岡田 異造
27歳。高知県出身で土佐弁を話しまた、非常に低い声が特徴的。小野派一刀流剣術を使う。大変好戦的な性格で、四国で活動していた時は、あまりに多くの異形を殺した
事から、上官にそれを咎められたことがあったほど。しかし、ただ好戦的というだけではなく、的確な状況判断や、伏兵の気配の察知、罠の有無などをかぎ分けることができ
一戦士としては非常に優秀な人材であるのは誰もが認めるところである。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、岡田以蔵より。

中村 全一郎
40歳。鹿児島県出身で、薩摩弁を使って話すのが特徴。その剣は我流で、最年長であるがゆえに熟練されている。
必要でない時には決して剣を抜かないという信念を持ち、異形と対峙しても意思の疎通ができるのであればまずは話し合うべきという考えの持ち主。
このご時世においてその考えはなかなか受け入れられないが、坂本と出会い共に活動することで、義勇兵に志願、『奇兵隊』に配属される。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、中村半次郎より。

こんなところです。今後の登場人物も歴史上の人物がモデルになるかな、と思います。

768名無しさん@避難中:2012/01/17(火) 22:20:17 ID:ES.yJCwM0
登場人物の名前ww
虎馬がツボだw

さて、投下じゃ

769白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:21:02 ID:ES.yJCwM0


            ●


 研究所内へと戻った匠はキッコ、彰彦、明日名らと共に平賀の部屋で話を聞くことになった。
 未だに先程までの泣きの気配を引きずっているクズハは俯きがちに匠の服の裾を引いてついてきてはいるが、
何も喋らない。誰も彼女に発言を求める事は無く、ただ彼女を見守っている。
 そんな皆を見ながら匠はこう思う。
 ……俺も何も話しかけなくて正解、だな?
 疑問形で思うのは、自分のこういう場面での感覚が当てにならないという事をこの数時間で悟ったからだ。
 自分を知ってまた一歩成長した。そう前向きに考える事にして、匠は平賀に問いを投げた。
「じいさん、さっき行政区との話し合いがもたれる事になったって聞いたけど?」
 キッコと明日名は既に平賀から聞いていて知っているようだったが匠は詳しい事を知らない。
同じく詳細を知らない彰彦が相槌をうって、
「俺もその話を詳しく聞きたい」
「そうじゃろうな」
 平賀はそう言って頷き、
「ここ数日、行政区相手に色々と根回しをしての、ようやっと行政区のお偉いさん達と話す場をセッティングする事に成功したんじゃよ」
 そう言って彼は紙を一枚ずつ匠と彰彦に渡す。
「渡辺君に渡したものと同じ内容の紙じゃ。会議での議題は『異形への対応の再検討と大阪圏の今後』と題してな、
参加者となる大阪圏行政区の議員連中も、今はほとんどが防備を固めた行政区内に閉じこもっておることじゃし、ここらで皆で話し合って大阪圏全体の方針を定めてしまおう、というわけじゃな」
 彰彦は感心したように唸る。
「話し合いの席を設ける事ができたってだけで十分すげえよ。ところでよ、さっき翔と話してる時に聞いたんだけどさ、
クズハちゃんが研究区内に居るって事はもう大々的にばらしちまったって事でいいのか?」
「うむ、クズハ君の所在をあまり長く隠しておいても得にはならんからのう。
どうせ黒幕は匠君や明日名君がクズハ君を救出に行ったことから逆算して、クズハ君の居場所はほぼ掴んでおるじゃろうしな。
下手に隠し続けてはその事実を利用してわしらを攻めて来かねんからのだなあ。
 話し合いが終わるまでは研究区保護下の異形には手出し無用を確約させた上でバラしてしまったわい」
 じゃあ、と匠が問う。
「クズハはもう追われていない、という事か?」
「ひとまず、公の戦力には。と但し書きがいくつか付く事になるがのう」
 それだけでも、これまでに比べれば劇的な改善だ。匠はほっと息を吐いてクズハの背を撫でる。
「じゃあこれから警戒しなきゃならねえ敵さん――行政区の奴らのうち、怪しい奴らの裏は取れたのか?」

770白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:21:50 ID:ES.yJCwM0
 彰彦の言葉に平賀は難しい顔をした。
「異形排斥派、共存派問わず今の状態に違和感を感じておる者は多いようじゃが、
本命の通光君はやはり尻尾を見せんのう、やり手じゃな。しかしまあ、皆が違和感を感じているというのならば攻めようはある。
彰彦が持ってきてくれた情報から根回しをして、話し合いの場では通光君を差していこうと思っておるんじゃよ」
「俺の持ってきた情報……?」
「うむ、行方不明者の情報じゃ。調べてみたら結構これが使えそうでな」
 そう楽しそうに笑む平賀に、キッコが確認するように言う。
「とは言ってもこれで平賀も追いつめられてきてはいよう? 状況確認をするのなら、不利な部分も説明しておいた方がよかろう」
「不利な点……?」
 平賀は「こりゃ一本取られたのう」とおどけた。その上で彼は一つため息をついて、
「そうじゃのう――わしらは今回の件、最初から異形を匿ったり保護するなりをして、
ただでさえ大阪圏の主流から反した動きを取っておる。
異形の手によるとされる事件もまた多発しておる中でその態度を固持しておるせいで、
けっこう反感も集めておってのう、以前から少しずつわしの大阪圏内での発言力が低下してきてはいたんじゃな。
 それらの積み重ねの結果として、今回の話し合いの席をセットするのにも時間がかかったわけなんじゃが――そうじゃの。
今回の話し合いで事態の進展が望めなければ、研究区はわしごと潰されてしまうかもしれんのう。
少なくとも大阪圏内に居場所は無くなってしまうじゃろうな」
 平賀の進退がかかった重大な事だ。驚き半分、心配半分で息を詰め、匠は平賀に問う。
「大丈夫なのか?」
「いざとなれば安倍君辺りに皆の保護を頼むとするわい。それに、先程も言ったが異形排斥派も共存派も、
現状に違和感を感じておるのでな、それゆえにこの話し合いの席も設けられたのじゃからの。
ならばその違和感を加速させてしまえば、少なくとも共存派は取り込めよう」
 平賀は口もとの円弧の笑みを深く刻んだ。
「そんな感じで、まあ土壇場じゃが、行政区のお偉方を味方に引き入れるチャンスでもあるわけじゃな」
 言う程簡単なものでもないだろうと思いつつ、匠はそうか、と頷く。今更心配してもしかたの無い事だ。そう割り切った上で、紙面を確認して、
「会議は三日後だな」
「それまでは久しぶりに休憩タイムじゃな」
 平賀は深呼吸して伸びをする。あくびまで一つ入れたところで周りを見回した。
「わしの方は根回しに走るからもうちとがんばるが、皆は疲れていよう? 特にクズハ君は起きたばかりじゃ。
もう今日は休んでしまうとええ」
 そう平賀に言われたクズハの顔は、少し集中力を欠いてぼっとしているように見える。
彼女にとっても匠にとっても変化が激しい一日だった。確かに少し考えるための休息の時間も欲しい。
 だから、と匠は頷き、
「わかった。それじゃあ今日はもう休ませてもらうよ、じいさん」
 そう言って、クズハの背を叩いて退室を促す。
 クズハは黙って匠に付いて来た。

771白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:22:28 ID:ES.yJCwM0


            ●


 部屋に戻る途中でクズハを部屋に連れて行く。
 部屋の扉を開けると、正面に吹き飛ばされて風通しがよくなった窓が匠を出迎えた。
「あー……」
 そういえばクズハに破壊されたままだったと思い出していると、クズハが小さく言ってきた。
「す、すみません」
 ようやく口を開いたクズハの謝罪がいつもの調子で、匠は改めて安堵交じりにため息をついて苦笑した。
「うん、まあしょうがないよな……どこか空いてる部屋でも適当に探して――」
 言っていると、クズハに服の袖を強く引かれた。
 目をやると、彼女は袖に目を落としたままで、
「あの、私、匠さんの部屋で寝ちゃ、いけませんか……?」」
 そう言ってクズハは、固まった匠の顔を見上げる。だって、と前置きして、
「昔は……拾ってくれた時には、一緒に寝てくれました」
「あれは記憶もなくて寂しかろうと思ってだな……」
 異形であるクズハが人に敵意や警戒を必要以上に抱かないように、そして逆に向けられないように、
当初は傍で見守る必要があったが、ある程度人の社会に対する知識が付いた時点で必要以上に傍に居る事もしなくなったものだ。
それが彼女の為になると、保護者の立場でかつてはそう考えたのだが、
「和泉に行ってからもそうでした」
 不満の色をのぞかせるクズハの口調に、匠はまた何かミスったのだろうなきっと、と半ば投げやりに思いながら返答する。
「そりゃな、師範達がクズハ用にも別で母屋に部屋を用意してくれたし、そっちの方が便利だったろ?」
 クズハは頷いた。その上で、
「それでも、寂しかったです」
「だが――」
「寂しかったです」
「……」
 ……どうもその言葉には弱いな。
 寝るとは言っても一緒の部屋で寝て近くに匠が居る事を感じたいとか、そういう事だろう。せっかく想いが通じ合ったのだ。
無碍に断る事もないと匠は首を縦に振った。
「分かった。行こうか、クズハ」
「はい!」
 返事と共に、久しぶりの満面の笑みがクズハの顔に浮かんだ。
 ……この表情にも勝てない。
 惚れた弱みなのかもしれないと思う事にして、匠は風通しの良い部屋を後にした。

772白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:22:58 ID:ES.yJCwM0


            ●


 日が昇るのと同時に目覚めた匠は、右脇の辺りに感じる温もりに一瞬眉を動かした。
 温もりの源からは甘い匂いが漂って来ており、それに混ざって微かに、
 ……獣の匂いが……。
 武装隊時代の習慣か、獣の匂いは意識を素早く覚醒させてくれた。
 血の生臭さを含まない獣の匂いは、人に近しいものとして感じられる。
 匠は右脇の方、疲労のためにか深く寝入っているクズハに目をやった。
 クズハの衣服に乱れが無い事を確認して、内心でほっと息を吐く。
 ……いやいや、そりゃそうさ何もしてねえんだから。
 言い訳じみた事を心に呟いた。そもそも、匠は昨夜は床で寝ようとしたのだ。しかし、
 ……クズハに床では寝かせられないと言われたからなあ……。
 その後、一緒に寝ようと言われた時に断り切れなかったのは、昨日からクズハに対して強い態度を取れなくなっているためだろう。
 強い態度を取れなくなっている原因そのものは分かっていて、匠としては精進しなければと思うのだが、
 ……どうにもクズハを拾ったばかりの時を思いだす。
 その懐かしさを悪く無いと思ってしまうのは、歳をとったという事だろうか。
 クズハの髪を撫でながら自分の年齢について思案していると、クズハが寝返りの動きで身を寄せてきた。
 安心しきった顔で密着してくるクズハの体の感触に匠は思わず息を詰める。
 ……まだ小さいが……大きくなったなぁ。
 頭を擦りつけるようにしてくる彼女の拾った時よりも成長した体は、確かに女狐の影を覗かせている。
若干の戸惑いとともにそれらの成長を確認した匠は、
 ……いかん。
 何がいけないのかは深く考えないようにして、クズハから身を離して体を起こした。
 クズハの体に布団をかけ直してやり、顔を洗って着替えに手を伸ばす。
 新しい服に着替えながら、今後寝床は分けようと匠は決心した。
 着替え終わる頃にはクズハが起きて来た。
 彼女は目元を擦りながらあくびをして、
「おはようございます……」
「ああ、おはよう」
 挨拶を返すと、クズハははにかんだように笑みながら布団を抱きしめた。
「どうした?」
 問うと、彼女は布団に顔を埋めて微かに眠気の尾を引く声で呟いた。
「匠さんの匂いはとても安心します」
「……そうか」
 そんなに臭うだろうか、とか自分が匂いに反応するのはクズハの嗜好が移ったのだろうかと思いながら、
クズハが妙に嬉しそうなので寝床を分ける話はもうしばらく後にしてから切り出すことにした。

773白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:23:44 ID:ES.yJCwM0

            ●


 クズハが着替え終わるのを待って二人で朝食を食べに食堂まで出て行くと、
入口付近で先に朝食を食べていたキッコが目ざとく匠達を見つけてきた。
「匠、クズハ、起きてきたのか、疲れは抜けたかの?」
「おかげさまでな」
「はい、随分と良くなりました」
 ああは言ってはいるが、クズハはまだ本調子ではないだろう。もう何日か、ゆっくりと様子を見た方がよさそうだと匠は考える。
キッコも同じ事を考えていたのか、クズハに対しては「無理はせぬように」と言って、
「……ふむ?」
 不意に首を傾けた。
 彼女は同じように首を傾けたクズハに近寄ってその頭に顔を寄せて、鼻をひくつかせる。
「……ほう」
「あ、あの……?」
 クズハが戸惑った声を上げた。キッコは顔を離して、
「匂いは付いておるが、この感じでは種は受けておらぬか」
 残念の色をもって発された言葉に、クズハが顔をさっと赤らめ、匠はあきれ顔で応じた。
「あたりまえだ」
「あたりまえとは何ぞ? この香りならば同衾はしたのであろう? にもかかわらず手を出さなかったのかの?」
 一瞬手を出しかけたような気もするが、それらの記憶を敢えて意識から弾きだして匠は頷いた。
「そうだ」
「なんと……!」
 キッコは殊更に驚いた顔をした。
「据え膳食わぬは何とやらという言葉を知らぬのかの?」
「据え膳ってお前……」
 何か言い返そうとして、咄嗟に反論の言葉が出て来なかった。
匠はごまかすように咳払いを一つして、クズハの頭に手を置く。
「こういうところはほんと動物的なのな。クズハにはまだ早いだろ」
「早い……かの」
 キッコはクズハへと視線を転じた。
「どうだの?」
「え……?」
 話を振られたクズハは一瞬口ごもり、顔を更に紅潮させ、
「わ、私は……匠さんになら、いつでも……」
 尻すぼみに消えて行く言葉で言われ、匠は天井を仰いで振り切るように頭を二、三度振った。
 クズハの頭の上の手を力を込めてぐりぐり動かしながら、
「そういうのは時期を見て、ゆっくりとだな」
「うむ」
 キッコがもっともらしく頷いた。煽って来るのかと思ったら、彼女は別段そういう意図もなさそうに、
「そうだの、別に焦る事もなかろう。あれほどはっきりと告白したのだしの、自然と行きつくところには行きつくだろうて」

774白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:24:33 ID:ES.yJCwM0
 そう言うと、身を翻してキッコは食堂へと足を進め、朝食を食べている皆に聞こえるように声を飛ばした。
「皆よ、聞いて知っている者も多かろうが、昨日、匠とクズハのつがいが成った。
めでたい日ぞ。武装隊の視察も探りも気にする必要も無くなったのだ。今日は匠の奢りで食って飲むがいい!」
 即座に大きな歓声が返ってきた。
「あの女狐……」
 視線の先ではキッコがクズハを手招きしている。クズハがどうしたものかという表情でこちらを見てきたので促しの頷きを作った。
「行ってこい。皆クズハの事を心配していたんだしな」
「はい」
 走って行くクズハの背を見送りながら、匠はまだどうにも距離感をつかみ切れていないと思う。
 ……今までの距離感に甘えてきてたツケだな……。
 キッコがつがいと言っていたが、実際のところ、自分とクズハはそういう関係になり切れていないのだろう。
クズハが身を寄せてくるのも、自分が今の関係での確たる安心を得られていないからだと匠は考えている。
「いろいろと不足してるな……」
 吐息交じりに弱音を吐いていると、肩を叩かれた。
 振り返ると、そこに居たのは、
「彰彦」
「どうした、朝っぱらからため息なんかついて」
「さっきの聞いてただろ? どうやら今日は俺の奢りらしいぞ」
 そう言って示す食堂はにわかに活気づいている。皆、遠慮なんて一切せずに食い散らかす気満々だろう。
それは今日までこちらの都合に付き合って来てもらった皆に対する当然の礼ではあると思うが、
 ……これで貸し借り無しにしてくれるって事か。
 ありがたいことだ。そう思いながら彰彦に言う。
「まあ、そんなわけだから彰彦も遠慮せずに食え」
「そうだな。せっかくだから幸せを分けてもらうとするか」
 食堂のクズハとこちらを見比べながら言う彰彦に匠はあのなぁ、と抗議する。
「幸せとか言うけどな、けっこう大変なんだぞ? 昨日もクズハが一緒に寝たいとか言い始めるし」
 彰彦が「あーはいはい」とぞんざいに手を振った。
「本当に幸せそうだな、武装隊の世話になるか?」
 彰彦の言葉のニュアンスに匠は意思の疎通がうまく出来ていない事を悟って急ぎ弁解を開始する。
「いや、ただ一緒に寝ただけで特になにもないぞ? というか、話の大事な部分はそこじゃねえ」
「じゃあどこが大事な部分なんだ?」
 横目で見て来る友人に匠は頷いて、
「俺は本当にクズハを安心させてやれるようにならないといけないって事だ」
 どうにもこれまでの人生、戦う事ばかりにかまけていたせいか、そういう安心や安定を戦場以外の場で意識して築くのが苦手な自覚がある。
 故に、匠は反省として自身をこう評する。
「まだまだ未熟だ」
「それが分かってんなら上等だろ」
 彰彦は微笑し、
「それに、クズハちゃんがわがままを言って匠を困らせたってだけで、クズハちゃんの方にもでっけえ変化があったってもんだ」
「そういえば、珍しくわがままを言ったな」
 それも、他者の身を心配してのものではなく、自分自身のために言う種類のわがままだ。
「信仰気分も抜け始めてるんだろ。対等に近付いたってことだぜ、それは」
 そう言って彰彦は匠の胸を小突いた。
「喜べよ、あの子の為にな。んでもってそれを肴に今日はお前の金で乾杯だ」
 そう言って彰彦も食堂へと駆けて行く。一応ある程度遠慮するようにと言うだけ言っておかねばと思いながら、
匠は食堂にいつの間にか設けられているお誕生日席に座らされているクズハの困ったような笑顔を見る。
 それを見て心に浮かべるのは心が軽くなるような幸せの感情だ。
 この幸せを続け、クズハにも同じ感情を抱いてもらう為に、今、大阪圏を巻き込みつつある不安の元凶を叩く。
 そう心に思い、匠は食堂に入ろうとして、ふと立ち止まって財布の中身を確認しだした。

775白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:25:03 ID:ES.yJCwM0
健全ですよ!(しょっぱなから何を)
新年明けましておめでとうございます
明けてしまったなぁ……年
このまま何もなければ新年度になる前には完結させる所存です。何もなければ

全体の事件の方は今後の予定が見えてきた感じ。もうしばらくお付き合いいただければ幸いです

776名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 02:49:09 ID:7ydLQtqU0
さて、まだタイトルが決まってませんが二話、投下します

第2話 祈り

さて、一里の距離を一時間ほどかけて歩いた僕達422小隊は、奥羽山脈は八甲田山の麓に位置する、異形達が救う洞窟までやってきました。
八甲田山と言えば、百年以上も前に軍隊がここで演習中に遭難し、210人中199人が死亡したという悲惨な事件がありました。1902年の出来事です。
それはさておき、高杉隊長の指揮の元、僕達はいよいよ洞窟に乗り込むことになったのですが、その前に作戦が練られました。
作戦といっても何のことはありません。見敵必殺(サーチアンドデストロイ)です。それに坂本さんや中村さんは浮かない表情をしていましたが、
今回本部から下った命令は『異形の殲滅』ですから仕方のない部分もあるでしょう。そうしていよいよ洞窟に踏み込もうとしたのですが、高杉隊長が皆さんを静止させました。

「ちょいと待て。この洞窟の中は真っ暗だぜ。夜目の利く奴がいりゃあいいが、そうじゃない奴はだた異形に殺されに行くようなもんだ。明かりがいるな」
「それでしたらこれでどうでしょうか?」

と言って僕は、手のひらから魔素で作り上げた炎をかざします。

「やるねえ霧島、よし、それじゃあいくぜ!」

高杉隊長以下、僕を除いたメンバー各員が腰の刀に手をやり、いつでも抜刀できる態勢を作りながらゆっくりと洞窟内部に踏み込んでいきます。
先頭に高杉隊長、その後ろに御剣さん、坂本さん、僕、岡田さん、中村さん、河上さんの順番です。挟撃の恐れがあるため、僕よりも後ろについている
3名は後ろを見ながらゆっくりと歩いています。そして5分ほど歩いたでしょうか。細い洞窟の路を抜けると、広間へと出ました。この広間ですが、洞窟の壁そのものが
発光成分を含んでいるらしく、火をつけなくても十分この広間全体が見渡せるほどの明るさを放っていました。そしてそれ故に…
鋭い眼光でこちらを睨みつける異形達の姿もはっきりと見えました。その数、ざっと見積もって50以上。対してこちらは…8人。
分が悪すぎます。しかし、不幸中の幸いといいましょうか。異形達はただ獰猛な唸り声を上げるだけで、理性のかけらも感じられません。
野獣相手に坂本さんも中村さんもためらうことはないでしょう。僕達は中央に集まると各々に背を向けるようにして八角形を作ると、周囲を取り囲む異形達を見据えます。
そうして、士気高揚のために高杉隊長が僕達に号令を発しました。

「お前ら、覚悟は出来てるな?」
「おう、血の雨降らそうぞ」
「大丈夫だ、問題ない」
「問題ありませぬ」
「さっさと済ますきに」
「いつでも行けます」
「はよ行きもんそ」
「僕も大丈夫です」

岡田さん、御剣さん、河上さん、坂本さん、田中さん、中村さん、僕の順番で高杉隊長の号令に応えていき、僕が答え終わると高杉隊長は満足そうにうなずきました。

「よおし、覚悟はできてるな。よし、じゃあ行くぜ!」

高杉隊長のその言葉に、僕達8人は異形達に一斉に攻撃を仕掛けました。僕は空気中の水分を凍らせることで氷柱の矢を作り、それを異形に放つことで攻撃します。
ですが、四本の足で素早く動き回る異形に当てることは簡単なことではありません。右に左へと躱され、確実に僕は異形達に距離を詰められていき、
漸く一匹の異形を仕留めた時には僕は壁際に6匹の異形に追い詰められて、窮地にたたされていました。
その異形達は狼とよく似ていますが、その大きさは一回りも二回りも大きく、やはり怪物なのだということを認識せざるを得なくなります。
その異形たちが牙をむき、口の端を歪ませて嗤ったような気がします。獲物を追い詰めてどう甚振ろうか獣なりに考えているのでしょう。
さて、困りましたね。この状況を打開するために僕が取った行動はというと…

777名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 02:50:12 ID:7ydLQtqU0
「火炎術式第三号、開放」

両手を広げて、手のひらから長さ5mほどの火柱を作りだし、そのまま腕をぐるぐる回して渦状にすると、出来上がった二本の炎の渦を右側、左側へと放ち、
操ることで異形を僕の前方だけに集めました。二本の炎の渦を高速で移動させることで、異形をその渦の中に閉じ込めることに成功したのです。

「大地術式第四号、開放」

次の手は、その炎の渦を消滅させると同時に地面に手を当てて魔法を発動、異形達の周囲の地面を高く隆起させ、その壁の中に閉じ込めました。
これで6匹の異形の無力化に成功すると、他の方々の援護に向かうべく周囲に目を向けたのですが、僕が見たのは河上さんが最後の一匹を斬り捨てているところでした。
獣にも多少の知恵はあるようで、唯一丸腰であるこの僕に最も多くの数を差し向けたようです。同時にその嗅覚で相手の強さがわかるのか、岡田さんは
なにやら物足りないといった表情を浮かべていました。何匹斬りました?と僕が尋ねると。

「たった3匹じゃ。つまらんきに」

…この人は四国でどれだけの異形を斬り捨ててきたのでしょうか。意思の疎通ができる、できないに関わらず、異形は人類の敵という認識を持ち有象無象の区別なく
その剣で数多の異形を斬り捨ててきた。それがこの岡田異造という男なのです。この時世で斬る、斬らないがこの人にとってはすべて。
正直、同じ隊に配属されたといってもあまり関わりたくない存在です。

「さて、これで終わりか。うん?霧島君、この壁はなんだ」
「…この中に6匹の異形が閉じ込められてます。こうして無力化して援護に回ろうとしたら、もう決着がついていたので。それにしても」

男を敵視しているあなたの方から話しかけてくるとは意外でした、と僕が言うと御剣さんは「ふん…」と鼻を鳴らして再び言葉を続けました。

「敵視か、言い得て妙だな。確かに私は世界の男という存在すべてを敵視しているが人は一人では生きられない。だから敵視していても何処かで折り合いをつけなければ
ならないのだ。そういうお前は、世界の女性すべてと今後一切関わらずに生きていけると思うのか?」
「思いません。悔しいですが貴女のいうことは正論です。以上」

これ以上話す必要はないと判断して、僕はさっさと会話を切り上げました。そんな僕の態度に御剣さんは一瞬面食らった表情を浮かべましたが、
すぐにいつものすまし顔に戻りまた「ふん…」と鼻を鳴らして行きました。そんな彼女を僕は心の奥で侮蔑して、この壁の向こうの異形を高杉隊長に委ねました。

「このまま放っておいても餓死するだけでしょうが、今すぐでも元に戻せます。果たしてどういたしましょうか?」
「そんなら、さっさと元に戻すがじゃ。わしは足らなくてうずうずしとるんじゃ」

岡田さんが割り込んできました。確かにこの場は岡田さんに委ねるのが一番早いのですが、高杉隊長が口にしたのはこんな問いでした。

778名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 02:51:00 ID:7ydLQtqU0
「霧島、お前、異形を殺したことはあるか?」
「恥ずかしながら、ありません。殺すということが苦手なものですから」
「ならお前が止めを刺せ。今は避けられたとしてもこれから先、絶対にお前の手で異形を手にかけなきゃならねえ時が来る。何事も経験だ」

現実とは残酷なものですね。いえ、義勇軍に志願した以上いつかはこんな場面に出くわすと覚悟は決めていたつもりですが、これほど早いとは正直予想外でした。
僕は徐に異形を閉じ込めている壁に手を当てると、せめてもの手向けに異形達に祈りを捧げます。

この世のあらゆるものの創造主、かつ贖い主に召します天主、主の僕たる6つの獣の御魂に、すべての罪の許しを与えたまえ。
願わくば、彼らが絶えず望み奉りし赦しをば我の切なる祈りによってこうむらしめたまえ。主よ、永遠の安息を彼らに与えたまえ。
絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ。彼らの御魂が安らかに憩わんことを。神の名のもとに。

そうして祈りを終えると、異形達を天へと召すために呪文を詠唱します。

「…火炎術式第二号、開放」

瞬間、その壁の向こうを埋め尽くす火柱が立ち上がります。『ギャイイイン!』という異形達の断末魔が一瞬聞こえましたが、すぐに燃え盛る火柱の音しか聞こえなくなりました。
僕が初めて、虫以外の生き物を手にかけた瞬間でした。と、同時に僕の中で何かが吹っ切れました。生き物を殺すことがこんなに容易いことだということに気付いたのです。
一分ほど、その火柱を眺めた後それを消滅させ、高く盛り上がり壁を作っていた地面を元に戻すと、もうそこには塵も残っていませんでした。
灼熱の業火で骨すら燃やし尽くしてしまったのです。僕は高杉隊長に軽く目を向けるとそのまま一礼し、僕達8人以外に誰もいなくなったこの広間を見渡します。
すると、目に留まったものがありました。この洞窟の更に奥へと進むための通路です。その入り口には扉が据え付けられていました。
つまり、人工的に作られたものだということです。誰がこんなものを作ったかはさておき、僕はそれを高杉隊長へと報告したのです。すると

「よし、それじゃあ霧島と、御剣!お前さんらであの扉の向こうを偵察してこい。俺たちはここで待機だ」

などという命令が下されました。いえ、別に偵察に行くのは構わないのですが、なぜに御剣さんと一緒なのでしょうか。
おそらく向こうも同じことを思っているのでしょうが、意見したところでその決定が覆らないということも同時に二人とも理解していました。
だからこそ、御剣さんも反対意見を言わないのでしょうし。

779名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 03:00:56 ID:7ydLQtqU0
「了解しました」
「了解した」

僕ら二人は高杉隊長の命令に素直に従い、扉まで歩いていくと僕は扉を開き、御剣さんを先に通るように促しました。すると御剣さんは訝しげな表情を浮かべながらも
黙って扉の向こうへと歩を進め、僕もその後ろへと続きます。先ほどの広間と違い、壁が発光しないため、再び僕は掌に小さな炎を作って明かりにし、
一歩一歩慎重に進んでいきました。そうして、50歩ほど歩いたところで僕の前方を歩いていた御剣さんが唐突に語りかけてきたのです。

「先ほどお前に聞きそびれたことがある。お前は、私たち女性をどう思っているのだ?当然、いい感情は持っていないのだろうが」
「…答えるは必要ないです、と言いたいところですが特別にお答えしましょう。憎悪です。僕はこの世界のあらゆる女性を心底憎んでいるんですよ」
「…なぜお前がそうなってしまったか尋ねても答えは返ってこないのだろうな」
「ええ、少なくとも今は。あなただって同じように答えるでしょう?」
「…まあ、確かにその通りだ」
「ならばこの話はこれで終わりです。僕はあなたが憎い、あなたは僕を嫌う、ただそれだけの話です。以上」

先ほどと同じように僕は一方的に話を切り上げました。御剣さんも、もう話すことはないという感じでその後は二人とも一言も発することもなく、3分ほど歩いたでしょうか。
僕達の前方10m先に先ほどと同じような人工物の扉を発見したのです。この扉の向こうには果たして何が待ち構えているのでしょうか。
罠が仕掛けられている可能性もあります。僕はその場合の今後の展開を頭の中でシミュレートします。罠にかかった僕は死に、御剣さんは撤退するでしょう。
そして小隊には新しいサポート要員が配属される。まあ、正直なところ僕程度の魔法の使い手ならばこのご時世、いくらでもいるでしょうし。
僕もこれから先、女性と一切関わらなくて済むということになります。尤もそれらはすべて、致死性の罠が仕掛けられていたという仮定での話ですが、
こんなことを考えてしまうあたり、僕は心の何処かでこうなることを望んでいるのかもしれません。そして僕はその扉に手をかけると、
一気に押し開けて中へと踏み込んだのです。するとそこには。

投下終了です。霧島沙夜と御剣明日奈という二人の主人公を作るにあたって考えたコンセプトは、
『反目・対照』です。他の書き手さんの話では、主人公とヒロインの仲がいいものが多いので、それに一石を投じるという意味で、
今回のような形にしました。白髪と黒髪、黒い服と白い服など様々なものを対照的にしてみました。
ですが、名前は沙夜=鞘と御剣の剣で相性ピッタリなんですが。

780名無しさん@避難中:2012/01/19(木) 11:58:32 ID:VPVAqHSk0
>>775
戻った途端ラブラブじゃないですかー

>>779
霧島冷めてるなあw
さて、何があったのか

781名無しさん@避難中:2012/01/20(金) 01:44:26 ID:yIUhoUcw0
なんか過去に相当な事があったような
霧島の過去が気になるぜ

782名無しさん@避難中:2012/02/01(水) 18:25:31 ID:mGvTGkxs0
wikiをPSPで閲覧すると縦一列になってしまいます
どうしたら、通常の状態で閲覧できますか?

783名無しさん@避難中:2012/02/01(水) 23:46:39 ID:vqtFdLCw0
PSPでは見ないので分からんな
雑談か質問スレかwikiスレあたりできけば意見もらえるかも

784名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:53:21 ID:x4KHd8ik0
このスレの作品ですが、様々な作品があってどれも面白いものばかりですよね。
正義の定義の更新がもう長いことされてないのが残念なのですが。
ちなみに僕のお気に入りは、『白狐と青年』です。何分長い作品ですのでまだ感想をかけるほど
読み込めていないのですが。というわけで、第3話 投下します。


第3話 戦闘

一方、広間に残った高杉たちはというと…

俺は、二人が入っていった扉を眺めながら何気なしにこんなことをつぶやいた。

「霧島、目の色が変わってやがったな」
「目の色、ですか」
「ああ、ありゃあ完全に吹っ切れただろうよ。少なくとも理性を持たねえ異形相手じゃ殺すことを躊躇わねえだろうな」

まあ、これから先霧島と御剣が異形達と関わって連中とどう付き合うかは個人が決めることだしな。ただ、願いとしちゃ異造のようにゃなって欲しくはねえな。
要は、分かり合えんならそれに越したことはねえってことだよ。幕末みたいにでっけえ力引っさげて遥かな高みから開国を迫ってきた外国の連中と
分かり合うなんてハナから無理な話で、だからこそ尊王攘夷っつう考え方も生まれたわけで。そんな殺伐とした世界と今の日本のこのありさまはどことなく似てやがる。
幕末にやってきた外国人共が異形、尊王攘夷を唱える倒幕派の志士たちが異形排斥論者、さしずめ開国論者は坂本のような奴ってことになんのかな。

ただ、当然そんな何百年も前の話と今のこの日本を一緒には出来ねえよな。18年前にこの日本を襲った大異変とそれと一緒に現れた異形ども。
異形どもは現れると同時に人々を襲いやがり、当時の政府も捨て置けねえってんで起きたのが第一次掃討作戦だ。
これから各地で異形どもとの小競り合いが各地で続き、3年前に九州、四国、中国地方、近畿、東海、関東、甲信越、そしてこの東北、北海道の各自治体が一斉に決起して
異形どもとの一大決戦が起きた。これが第二次掃討作戦だ。勝ったとも負けたとも言えねえこの2度の戦いの結果、何とか俺たち日本人は主要な都市を奪還することに
成功する。そんで異形どもはこんな洞窟や森に追いやられることになったわけだが、共存派が主導権を握る自治体じゃ理性を持つ異形と人間が共存してる町が何か所もある。

俺の最終目標は、こんな風に日本という国すべてで人間と異形が共存できる国家をつくることだ。俺の師、吉田影松先生が目指していた理想の国家の形だよ。
当時、異形排斥派が主導権を握っていた中国地方の自治体は影松先生をはじめ共存派を次々に捕縛、弾圧、処刑していきやがった。
そして、この『平成の大獄』と呼ばれる弾圧に反発した共存派の人間が排斥派に対して武力蜂起し、時の中国地方自治組織総統、梨井曲輔(りい・きょくすけ)を
中国地方本部入口付近で奇襲・暗殺したんだよ。この一件で中国地方の政治的な主導権は共存派へと大きく傾いた。そして同じように共存派の九州と同盟を組んだんだが
国内最大勢力の近畿地方、特に大阪は排斥派筆頭で常に牽制し合ってる状況だな。今の日本の大雑把な情勢はこんなところだ。

一度起こったことが起こる前には戻らねえように、この日本はもう二度と異形が現れる前の姿に戻ることはねえ。
ましてやすべての異形を完全に駆逐することなんてできやしねえ。それは異形が現れてからの18年が証明してるだろ。18年かかっても減ってんのか増えてんのか
わかんねえものをこれから排除することなんてできるわきゃねえんだからさ。だったら異形共ともうまく折り合いをつけていくしかねえだろ。
ただ排斥排斥とわめき散らすだけなら猿にもできるが俺たちは人間だ。これからの国のありかたを考える義務と権利がある。だったらまずは考えるべきなんだ。

785名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:54:02 ID:x4KHd8ik0
「考えることは、人間に与えられた唯一絶対の力である」

俺の師、影松先生の言葉だよ。俺は日本をあるべき姿へと導くために活動している。異形に荒らされたこの日本の勢力図を整えて、
人が異形を支配するんじゃなく、異形が人を支配するでもない、影松先生が描いた理想の国家の形を実現するのさ。
ただ、そのためにはどうしても剣の力が必要になるわけで、そこで俺は上層部に掛け合い多少癖があっても即戦力になる人材を配属してくれと頼んだ。
その結果集まったのが、霧島・御剣・坂本・河上・田中・岡田・中村だ。確かに一癖、いや二癖はある連中だが、先の戦いでその実力は十分に見れたしな。

「…誰か来たぜよ」

その時、唐突に異造がつぶやいた。耳を澄ますと、確かに俺たちが入って来た入口の方から話し声と足音が聞こえてきやがる。
他の部隊からの伝令かもしれねえが、万が一ということもある。俺たちは、腰の剣に手をかけるとその足音の主が来るのを待った。
そうして一分ほどすると、その声の主がやってきた。そいつらは、姿こそ人間と大差ねえんだが、衣服と呼べるものは最低限しか身に着けていなかった。
一人は男で、腰に短いズボンのようなものを履いているだけで、もう一人の方は女で同じようなズボンと大きめの胸を隠すビキニをつけてるだけだった。
そして何より、頭に生えた二つの耳と腰から生えてる尻尾。それはこいつらが異形であることを示すのに十分だった。

「誰だお前たちは!それに…この有様!お前たちがやったのか!?」
「ああ、こいつらが近くの街を襲うってんで義勇兵の俺たちが討伐したって訳だ」

男の方が高圧的に話しかけてきたから俺も強めの口調で言ってやった。早くも親指に鍔を当てて刀身をのぞかせてる異造を俺はたしなめた。

「よくも…!許せない!」
「おいおい、それじゃ俺たち人間は黙ってお前たちに殺されろってことか?確かにお前たち異形にも生きる権利はあるが、それは俺たちだって同じなんだぜ」

女の方が憎しみに顔を歪ませて吠え立てる。同胞を殺した俺たちが憎いっつーのは仕方ねえだろうが、獣が相手じゃやらなきゃやられるだけだ。仕方ねえよな。

「話の通じねえ獣相手じゃこうするよりほかにねえ。だがお前さんらは違うだろう。ここは引いちゃくれねえかい?」
「ふざけるな!仲間を殺されて黙っていられるわけないだろう!それに…!」
「しっ!余計なことは言わなくていい!とにかく、こいつらやっちまおう!あたしたちなら楽勝さ!」

男の方が何か言いかけたのを女の方が止め、鋭利な爪を向けて構える。どうやら交渉は決裂だなこりゃ。まあいい。他にも方法はいくらでもあるしな。

「おいおい、どの口が楽勝なんていうんだよ。2対6じゃ多勢に無勢だし、何より俺の武士道に反するからな。俺と…坂本!頼めるか?」
「任すぜよ」
「…いいか、なるべく殺さずに生かして捕えろ。お前さんならできるだろ」

虎馬の耳元でささやくと、虎馬は一つ頷いて剣を抜いた。俺もそれに習い、剣を構える。

786名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:54:30 ID:x4KHd8ik0
「舐めた真似を!それを今すぐに後悔させてやる!」
「口の悪い女は好きだぜ、腕が伴ってりゃなおよしだ」

俺は軽口を一つたたくと、狼らしい瞬発力で飛び掛かってきた女の右手の指の間に刀の峰を挟む形で受ける。その刹那、俺は左手で斬りつけられるよりも先に
女のみぞおちあたりに強烈な蹴りを叩きこんだ。が、瞬間向こうが避けようとしやがり、深くは入らなかったが
それでもダメージはあったようで、片腕で腹のあたりを押さえて苦しそうに口の端を歪ませてた。うまくこっちの流れに持ち込めたようでまずは何よりだ。
だが、向こうも同じ手は食わねえだろうな。となるとこっちも攻め手を変えなきゃいけねえわけで、俺は人狼の特徴であるその俊敏さを奪うことにしたんだよ。
互いに飛び道具は持ってねえからどうしても接近戦になる。俺はただの人間だから人狼のような瞬発力も素早さも持ってねえ。したがって間合いを取られたら
その鋭利な爪でバサリだ。向こうの間合いにギリギリ入らない位置で、刀を構えると俺はわざと隙を作る。そうすっと向こうは当然その隙をついてくるわけだが、
俺はまたその爪を峰で受けると、すかさず脇指を抜いて人狼の腿を貫いた。つばぜり合いの形になっていたが故に足元への意識が疎かになってたんだろうな。
反応が遅れた人狼はその刃を避けることができずに腿を貫かれ、絶叫をあげた。

「きゃああああ!!」

脇指を引き抜くと、人狼の足からダラダラと真っ赤な血が流れ出す。異形であってもその体を巡る血は俺らと同じ色をしてる。
なのにどーしてここまで食い違うものなのかね。どっちかが滅びるまで異形と人間は争いを続けるつもりなのか、んなことどっちも望んじゃいねえだろう。
俺は傷口を抑えてうずくまる人狼の首に刃を当てて、降伏を求めた。

「勝負ありだな、さっきも言ったが殺しはしねえ。ただ、その身柄は拘束させてもらうぜ」
「…私の…負けか…くそっ…」

そのままの姿勢で坂本の方を見ると、向こうはすでに勝負がついていたようで、無傷の人狼が後ろ手に拘束されてた。俺もまだまだ、だな。
俺も魔素で強化された手錠を取り出すと、人狼の手を後ろ手に拘束する。と、同時に簡易医療キットを取り出して、まずは留め金のついたゴムチューブで止血して、
出血が収まったのを確かめてから、血液をふき取って脱脂綿に消毒液を染み込ませて傷口に当てる。

「いたっ…!お前、何をしている!」
「怪我の手当てだよ。動くと余計に苦しいからじっとしてやがれ」
「…礼は言わないぞ。別に頼んだ訳じゃないからな」
「いらねえよ。俺も頼まれたわけじゃねえからな。ほい、これで終わりだよ」

そうして消毒を終えた俺は、絆創膏とテーピングで傷口を塞いでその上から包帯を巻いて簡易治療を完了させる。

「これで終わりだ。簡易的なものだから本格的な回復は霧島が戻ってきてから…おっと、噂をすれば」

二人が偵察に向かった扉が開いて、霧島と御剣が姿を現した。が、御剣の手に何かが抱えられていた。まあ、詳しい話は二人に聞こうじゃねえか。

787名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:59:33 ID:x4KHd8ik0
投下終了です。主人公の二人にもモデルになった人物やキャラクターがいますので、後日
紹介したいと思います。

788名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 23:18:03 ID:2zE1152M0
>>787
多分、音無小夜かな?

789名無しさん@避難中:2012/02/05(日) 00:39:37 ID:gNmsVcHo0
乙でした
扉の向こうで二人は何をみたんだろう

790 ◆mGG62PYCNk:2012/02/05(日) 23:56:51 ID:gNmsVcHo0
褒められると嬉しくてうへへへへとかなるもんです
ああもうテンションとかが上がるね!?
そんな感じで投下投下

791白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/05(日) 23:58:13 ID:gNmsVcHo0


            ●

                
 行政区南側にある高層ビル。以前クズハを取り戻す為に行政区に侵入した時に使った部屋の中、
匠は窓を開け、室内に風を通した。そうしながら室内を見回して、不思議そうに呟く。
「この前クズハを連れて明日名さんと一緒に飛び下りた時はけっこう荒らした状態で部屋を放置してたんだが、誰が部屋をここまできれいに整えたんだ?」
 室内で作業をしていた明日名がクズハとキッコに途中の作業を任せて、別の作業に取り掛かりながら言う。
「平賀博士の手助けをしてくれるような人はいろんな所にいると、そういう事だね」
 匠は微妙に頷きづらいなと思いながら、実は頷きづらいと思わせる所こそがあの人の凄い所なのだろうと思う事にする。そんな平賀も今頃は、
「庁舎内での会議中か」
「そうだな」
 彰彦が応じて、部屋の位置取り的に見る事のできない行政区の北側にある庁舎のある方へと視線をやった。
「今日の会議で、異形に対する対応が変わるかもしれないんですよね」
 クズハが呟く。未だに自分に今の状況の責任の一端があると思っているのか、その表情は深刻なものだ。気にし過ぎもあまり良い傾向ではないと思うが、
 ……クズハの性分か。
 無理に気にするなと言うのも酷な話だ。だから匠はクズハの頭を軽く叩く事であまり深刻になるなという合図にする。それを見たキッコが笑みで言う。
「それもあるが、もう一つ、今回の会議で明らかにされるであろうことがあるの」
 匠は頷きを作った。
 今回の会議ではこれまで得た情報をもって、通光への糾弾が行われるはずだ。
 ……爺さんの予想では、おそらく通光を追いつめる事が出来るが、
一方で向こうもそういう流れになるだろう事は今回の会議が設定された時点で分かってるだろうという話だったな。
 故に匠達が行政区まで来て、平賀の用意した手駒として控えている。
こうして高層ビルに平賀が借りた部屋に居るのは、
他の誰にも邪魔される事のない位置で何かが起きてもすぐに対応できるためであり、
また、この部屋からならば各所への連絡も平賀の用意した魔装のおかげでとりやすいためだ。
それらの用意は敵が大々的に動く事があるかもしれないということを示唆するものであり、
 ……穏やかじゃないな。
 そう思うが、これが終われば様々な懸念に決着がつく事にもなる。ならば多少の荒事も望むところかと匠は物思いに沈み、
「匠さん」
 かけられた声に顔を上げる。
「どうした? クズハ」
 クズハははい、と小さく頷き窓の外に目を向け、普段の生活が営まれている街を見た。
「何も起きずに、穏便に全部が解決すればいいですね」
 その言葉に匠は一瞬動きを止めた。
何も起きない、というのは甘い考えだと思うが、自分自身の考えも荒っぽくなっていた事に思い至る。
「匠は我等向けの派手な考え方でもしていたかの?」
 キッコの茶々にそうかもしれない、と苦笑して、
「そうだな、何も起きなければいい」
 深く頷いて、クズハに笑みを向けた。そうしながら内心で会議の場に思いを馳せる。

792白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:00:16 ID:RsHOllVM0


            ●


 行政区庁舎、大阪圏内有数の堅固さと高さを誇る建造物の一室に、大阪圏を代表する有力者達が集まっていた。
大きな会議室を利用して行われているのは、ここ数週間程の期間、行政区や大阪圏全体を悩ませている問題についての話し合いだった。
 円形に配置された議席の一つに着いた平賀は、周囲の者達を見渡しながら演説を打っていた。
「やはり、異形の衆をただ異形というだけで追い出そうとするのはよろしくないのう。もう彼等とわしらは完全に分離した生活を送る事はできはせんのだし、のう皆の衆?」
 そう言って、平賀は手元のスイッチを押した。
 部屋にブラインドが下りて薄暗くなり、席に設置されている装置から映像が出力される。
 映し出された映像には幾つかのグラフが表示されており、それらを示しながら平賀は続ける。
「見てみい、この一週間程でどれだけ大阪圏の生産が落ち込んだか分かるじゃろう?
 特に昔のように輸入に頼ることができん今、食料の滞りが出るのは割と恐ろしい事じゃぞ?」
 分かっているな? と言外に告げて、平賀は別のグラフを出力する。
「それに、残って食糧生産に従事しておる異形達にも武装隊を派遣して監視じみた事を行っておるじゃろう。
そのような圧力をかけて脅して、それでこれまでの生産ペースを維持できると思っておるのかいのう?」
 部屋全体を見渡し、平賀は大阪圏の地図を表示させた。地図の外縁部や中央の一部は赤く染まった折、それらを示して平賀は言う。
「そのような状態を続ければ、当然反発が出て来る。それも、異形達だけなく、彼等と共に生活を送っておる人々からもじゃ。
 異形との関わりが深くなりやすい大阪圏の外縁部からは特に最近の行政区の決定に対しては苦情が上がって来ておるのう」
 地図の赤い部分を点滅させ、平賀は告げた。
「このままでは大阪圏は一つのまとまった共同体としての形を保つ事ができず、崩壊してしまうやもしれんのう。
仮にそこまでにはならなくとも、暴動のような事は近い将来起こる事になるじゃろう。皆はそのようになってしまっても良いのかな?」
 平賀の言葉に会議室に沈黙が降りた。
 やがて、集まった者達のうちの一人が手を上げた。異形排斥派の議員だ。彼は注目が集まるだけの間を置いて口を開く。
「そうは言いましても平賀博士、ここ最近は異形による事件が頻発しております。行政区内でも異形が大量に侵入してきたという事件があったばかりでしょう」
 ゆえに、と彼は告げる。
「そのような危険な者達と共存しようなどというのはなかなか難しい事だろうと思いますが?」
 平賀は会釈し、返答する。
「異形の事件はいきなりの排斥行為に対するせめてもの抵抗と見る事もできるのう。
それに、本当にそれらの事件は異形の手によって起こっておるものなのかのう……?」
「何……?」
 平賀の発言によって会議室にざわめきが満ちた。それらを鎮めるように手を上げ、平賀の対面にいた男が口を開いた。
「平賀博士、根拠のない発言でいたずらに皆を混乱させないでいただきたい」
 平賀は男の発言に口端を上げた笑みを浮かべた。
「通光君、わしが何の根拠もなく、この会議の場を設定したと思うておるのかな?」
 思わせぶりな言葉に、通光は軽く眉を上げた。
「ほう、では一体何を話してくれるのでしょうかな? 平賀博士」
 平賀は表示されている立体映像を操作した。

793白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:02:10 ID:RsHOllVM0
「これを見てもらおうかの。各地域の武装隊達に掛け合って提供してもらったここしばらくの間の大阪圏内における武装隊の行方不明者数じゃ」
 その数は三桁を越えていた。表示された情報を見て、息を呑む音が幾つも響いた。平賀はそれらの音に対して会釈を一つ返し、
「行政区の異形達が侵入してきた時とほぼ時期を共にして件数は増えて、合計数は三桁を越えておるのう」
 それはある程度の安定を得ているはずの大規模の自治都市内の警備についている武装隊が出すにはあまりにも膨大な数だ。
 ざわめきが広まり始めた会議室内で更に、と平賀の言葉が続き、新たな情報が映し出された。
「これが武装隊以外の者達の行方不明者数じゃな。特に異形達の行方不明者有が多いのう」
 そう言って表示される行方不明者の数はやはり異常な数だ。
 故に当然の疑問が会議室の一席から放たれた。
「これだけの数の行方不明者がいて、何故武装隊は何も報告せず、我々の元にも情報が入ってこない!?」
「大阪圏内は広い。各地域ごとの被害者数としては多少多いというだけであまりあからさまな異変は見られんのじゃ。
更に現在、大阪圏内は混乱しておる。各場所ごとでは重大性に気付けないのもまあ、仕方あるまい。
ただし、それらの情報を取りまとめておるはずの武装隊上層部、
特にここしばらくの騒動で対異形の旗頭として立っておった異形排斥派の長が何故報告しておらんのか、
わしはぜひ知りたいのじゃが、答えてくれるかの? なあ、通光君?」
 糾弾の響きをもって発された言葉に、通光は腕を組んで対応した。
「さて、何故でしょうな。私のもとにもそのような情報は入ってはおりませんで」
 そうか、と頷いて、平賀は目を細めた。
「わしとしてはな? この情報の見事な錯乱状態、武装隊や行政区の内側にその原因があるように思えてならんのじゃよ」
「ほう、それはそれは」
「わしが違和感を強く感じ始めたのは行政区への異形侵入の件が最初じゃろうかな。
 防備を固めていた行政区内部への侵入はそもそも内側の警備状態に詳しく無ければ不可能じゃ。
行方不明者の件についても似たようなものじゃな。
情報のまとめや伝達がうまく果たされなかったのには明らかに内側からの関与があったように思うわけじゃ」
 通光がでは、と受ける。
「武装隊、それに行政区の内部を急いで調べさせましょうか?」
「いやいや、それについてはわしは幾つか怪しいとされる事実を掴んでおっての」
 そう言って平賀は画像を表示した。画像は男の写真で、
「彼、今井彰彦という元武装隊の男を知っておるかな?」
 幾人かが頷いた。武装隊としての彼を知っている者達だろう。彼等に平賀は会釈を返し、
「彼の腕は現在人のものでは無くなっておる。異形のものを、無理矢理移植されたんじゃ。その結果がこれじゃな」

794白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:02:39 ID:RsHOllVM0
 画像が切り変わり、白い外殻の腕が映し出された。信じられない、といった調子で声が響く。
「そのようなことが……」
「実物についての詳細は渡辺君経由でそのうち皆に回る事になるじゃろう。そして、次にじゃな」
 画像がまた切り変わった。そこに表示されたのは、
「クズハ君、彼女の事は皆も知っておるな?」
 全員の頷きを受け、平賀は言葉を再開する。
「この子は彰彦君と同じく、異形の体を移植された、元人間じゃ。
わしはな、この二人を人から外した原因となる移植を行ったのは同じ者たちじゃと、そう思っておってな」
「この実験を行うのに必要な材料は移植を受ける側の人体、それに移植する器官を抜き取る異形じゃ。
人と異形が必要になる実験じゃが、ここ最近の大阪圏内ではそれらは比較的揃えやすかったようじゃな」
 平賀の言葉に込められた意味に気付いた者がざわめきの声を上げた。それらのざわめきをまとめるように、通光が発言する。
「それは大変だ。急いで手を打たねばなりますまい」
「うむ、もうかなり出遅れてしまった感があるからのう。急いで止めたいところじゃ」
 平賀は頷いて、通光に煙管を突きつけた。
「わしは、な? 君が怪しいと思っておるんじゃが、どうかのう?」

795白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:05:33 ID:RsHOllVM0


            ●


 平賀の言葉に対して、通光は口許を歪めて応じた。
 いつの間にか会議の場は審問の場の用になっている。そしてその事を咎める声は室内からは生まれない。
異形排斥派の人間は戸惑いの視線を交わし合っており、
異形擁護派は割と落ち着いた様子で事態の推移を黙ってうかがっている。
ここ最近の異形による者とされる事件のせいで排斥派へと転じていた者達も黙って事態を見守っている。
 その事実に根回しをされたと、そう思い、しかし通光は笑みを崩す事無く平賀に応じた。
「そうですね。その判断は状況的にはしょうがないものでしょう。
なにしろ私が武装隊の上層部に噛んでいるのは事実ではあるのですから。
しかし、状況はそうではあっても、実際に私がしたという証拠は無い」
「クズハ君は異形の体を持っておってのう。様々な感覚が人のそれよりも鋭いわけじゃが」
 平賀はそう前置きして言葉を続けた。
「そのクズハ君が言うには、通光君の声紋、それがどうやらクズハ君を実験室へと連れて行った者と同じようなのじゃな」
 平賀は機械を取り出した。
「この場で採った声も、ほれこの通り、合っておる」
 おそらく、と内心に言葉を作り、通光は平賀の取り出した機械について、はったりだろうと考える。
 しかしそのはったりを証明する事は通光には出来ない。
根回しが果たされている現状、反論ができなければ、この場は平賀の思うままになるだろう。
 それを証明するように、平賀がさて、と言葉を繰り出してきた。
「物的な証拠も出てきた事じゃし、ちと、この庁舎の地下研究室を見せてもらえんかな? 
先程の話の通り、この庁舎の地下は何者かに利用されておるかもしれんのでな」
 強引だが、通じはするだろう。その程度には周囲の者達の中には猜疑心が満ちている。だから、通光は頷きと共に答えた。
「そうですね。どうやら皆様気になる様子だ。私としてもここで断って行動の自由を制限される結果になるのは本意ではない」
 悠然と構えて応対する。その対応に対して、平賀が警戒の視線を向けてきた。
 ……流石に掃討作戦を前線近くで二度もくぐり抜けた者は勘が鋭い。
 そう通光が称賛と共に思った時、外で警備に付いていた武装隊の男が入って来た。声は焦ったもので、
「行政区内に異形が現れました! 戦闘が発生しています!」

796白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:06:16 ID:RsHOllVM0


            ●


 突然飛び込んできた異形出現の知らせに、会議に出席していた議員達は一様に驚きの表情を浮かべた。
「異形だと!?」
「何故今の行政区内に異形が侵入できるのだ?!」
 混乱が広がり始める中、部屋に異常を告げに来た男が言葉を重ねた。
「庁舎の地下から異形が突然、それに……」
 躊躇いがちに、男は言葉を続けた。
「更に、行政区の武装隊とはほとんど連絡がとれない状態ですっ」
 男の言葉に、室内の一人が、手元のスイッチを操作してブラインドを上げた。
 窓から見える街では、いつの間にか煙が立ち上っていた。彼は顔を引き攣らせて叫ぶ。
「何故この状態になるまで異形の接近に気付けなかった!?」
 武装隊の男は申し訳ありません、と頭を下げて、
「それが、同時多発的に行政区内にあふれたため、対応が間に合わず、また――」
 再び言葉を濁らせる彼に「どうしたのかの?」と平賀は言葉をかけた。
彼は言おうか言うまいか迷うようにしばし黙り、周囲の無言の促しに折れたように告げた。
「武装隊内部の人間が一部異形化して暴れているため、状況が混乱してしまい、後手後手に回っておりました」
「武装隊員が異形化だと? どういうことだ?」
「一部の異形が化けるのとは状況が違い、我々としても驚いています」
 それ以外に語る言葉が無いと当惑する武装隊の男の肩に手を置いて、平賀は議員達へと言葉を投げた。
「さきほど離した彰彦君やクズハ君と同じようなものじゃよ。ちと資料を確認するとええ」
 その平賀の言葉に促され、先に示した二人の情報を確認しだす議員達を置いて、平賀は武装隊の男に訊ねる。
「異形化した者達は武装隊内におったのじゃな? 行政区の武装隊の機能は今どの程度生きておるのかな?」
「はっ! 現在、行政区内の武装隊の指揮機能は半ば停止、各隊単位で行動し、また、隊同士で連絡を取り合って連絡網を修正しているところであります」
「ふむ……」
 頷き、平賀は確認を続ける。
「同時多発的に異形が現れたというのは?」
「言葉通りといいますか……行政区内に検問を通った形跡もないにもかかわらず、異形が複数個所に出現しておりまして」
 話をしている彼自身もわけが分からないようで、戸惑い気味の言葉が返される。平賀はなるほどと応じて、
「人々の避難はどうなっておるかな?」
「随時行っております。異形がほとんど現れていない南側の居住区に集めております。おそらく居住区の住人にはほとんど被害はないものかと」
「よし、一番に考えるべきは非戦闘員達の命じゃ、よくやったのう。
 ここの警備の人数はどんなもんなのじゃ?」
「は、庁舎護衛の人員は40程度といった所でして、バリケードを作りながら生き残っている者はここに集まる手はずになっております」

797白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:07:09 ID:RsHOllVM0
 平賀は首を捻った。
「ふむ? 随分と少ないのう。事前の話では、その10倍はおるという話じゃったが」
 庁舎は大きな建物な上、今回の会議では、けっこうな重要人物が集まっている。それにしては30人という人数は異常な少なさだ。
 武装隊の男はそれが、と呟き、
「行政区内に居た武装隊は多くが研究区の包囲や各地の検問の設置などで出張っておりまして、人数が足りません。
その事を会議にかけたら庁舎には各議員が雇った護衛が居るのでほとんど人員は割かなくていいと、登藤通光様が決定を下しまして……」
 男の言葉で、平賀は表情を厳しくして煙管を手にした。その上で皆を見回して言う。
「では、わしらもここから出て、南の居住区に避難するかのう」
 その発言に割り込むように、通光が声を上げた。
「この庁舎内ならば護衛がおるのです。今行政区内を移動するよりも彼等に防衛を任せて私たちは籠城する方が安全ではありませんか?」
「たしかに……」
 頷きかける議員に平賀は言葉を挟んだ。
「さて、それはどうじゃろうな?」
 言葉が差し挟まれると共に、武装隊員が数人、室内に飛び込んできた。
 彼等は戦闘をこなしてきたのか、ぼろぼろになった衣服の汚れをはらう事なく、早口に告げる。
「報告します! 庁舎の護衛のほとんどが異形化! 我々以外は護衛、武装隊共々全滅しました! 
武装隊に起こったものと同じ現象です! 行政区内に現れた異形を率いて庁舎を制圧しつつあります!」
「ばかな! 護衛達は全員人である事を確認した筈だぞ!?」
 室内にざわめきが広がる。平賀は彼等が確認している情報の一部に下線部を挿入して見やすいようにしながら説明した。
「彼等がクズハ君や彰彦君と同じような異形化した人であるなら、表向きは人として偽装することも容易くできるじゃろう。
異形の部分さえ活性化させなければ≪魔素≫反応は人のものとたいして変わらなくなるはずじゃ」
 言葉が終わるよりも早く、室外の様子を入り口付近で窺っていた武装隊員が叫んだ。
「異形、このフロアまで辿りつきました!」
 直後、荒々しい、人よりも重々しく、また荒々しい足音が聞こえて来る。
異形がこの会議室があるフロアにまで辿りついたということなのだろう。
身を強張らせる議員達を守るように入り口付近に構える十名程の武装隊を入り口付近から下がらせて、平賀は通光に顔を向けて言葉を放つ。
「武装隊の戦力を割いていき、武装隊内部に手勢を送りこんで、更に今回の護衛にも仕込みおったな?」
「さて、何のことやら」

798白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:07:36 ID:RsHOllVM0
 薄い笑みを張りつけた顔で通光は席を立った。応じるように平賀も席から立ち上がる。
「そうか、既にこの場の皆、わしの考えと同調しておるのじゃがの」
「それはそれは……平賀博士はお人が悪い」
 そう言って通光は手を振り上げた。衣服の袖がまくれて腕に装着された魔装が露わになる。
 突然のその動きに対して、しかし平賀は先んじる動きで煙管を振った。
 煙管の先から煙々羅が迸って通光へと殺到する。煙が通光を包み込む前に、通光は短く名を呼んだ。
「朝川」
 即座の反応が起きた。平賀と通光の間の天井が割れ、煙々羅が砕かれたのだ。
 その結果に平賀は煙管を払うように振って嘆息する。
「先手必勝のつもりじゃったんじゃがな……」
「いきなりですね、平賀博士」
「君も仕込みが早いのう。上にも手勢を待機させておるか」
 そう言いながら、平賀は軽く白衣を揺らした。
 白衣の裾から幾つかの魔装の部品が床に落下し、それらは床に落ちるまでの間にひとりでに短弓へと組み上がった。
 平賀は落下の反動で手元まで跳ね上がった短弓を掴み取ると、
「射抜くぞい」
 言うなり、矢をつがえていない弓の弦を、さも矢がつがえられているかのように引き絞る。
 その動作に応じて、弦に≪魔素≫の輝きが宿り、光で形作られた矢が弓につがえられた。
 弦が離され、空気が鳴る涼しい音と同時に、矢が空を裂いて飛翔する音が響く。
 響いた音の先端は室外に迫っていた足音の主を穿った。
 痛みを訴える鳴き声が響く。
 平賀は二矢目をつがえながら、部屋の入り口の前で倒れた二足の異形に声を投げる。
「破魔矢、≪魔素≫祓いの魔装じゃ、異形にはつらかろうて。――さて、見た所低級の異形かのう。この異形も元は人じゃな?」
「彰彦あたりから得た情報ですか。実験に供した部隊の中に博士の知人がおられるとはまた、ついていなかった。
消し切れなかったのもまたついていない。あの子狐も、逃亡犯として研究区から排除されたところを捕らえてしまおうと思っていたのだが、上手くいかないものだ」
「この老いぼれもまだ役に立ったということじゃな」
「まったく、その通りで」
 頷いて、通光は合図のように、今度こそ手を振った。
 ≪魔素≫の光を帯びた魔装が強く発光し、光に応えるようにして割れた天井から更に異形が降って来た。

799白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:08:27 ID:RsHOllVM0


            ●


 会議室の中央付近を砕いて現れた異形達は、皆が皆、どこかしらに人の体の構造を残した、しかし絶対的に人とは違う生き物だった。
落下物に破壊されて入り口ろ窓側とに分かれた室内で、異形達は入り口側へと退いていきながら、その途中に居る議員達を捕らえていった。
 そんな異形達に指示を出し、今や自らの立場を隠そうとしない通光を睨んで平賀は唸る。
「和泉に異形を大量に招いて来たのもやはり、君じゃな?」
「その通りだと、そう答えよう。あの時は喉を異形化した者でしか異形化した人間を操る事は出来なかったが、今ではこの通り、自由に操る事もできるようになっている」
 平賀は通光が手で示した異形達に目をやった。
 異形達は通光の指示に従っており、そこからは指示内容を吟味している様子は見られない。
「思考力を失くした者達……街に放たれた者達もこのような感じなんじゃな? これだけの数の人と異形の混合体を作るために一体どれだけの数の犠牲を出したんじゃ?」
 通光は首を横に振った。
「犠牲などととんでもない。全ては今に活かされている。ならば犠牲ではなく、それは貢献だろう」
「戯言じゃの」
「認識の違いだ」
 平賀と通光が互いに攻撃的な言葉を交わす中、異形に捕らえられた議員の一人が、現実を認めがたいというように声を上げた。
「何故異形排斥派の異形が異形を率いて行政区内に侵入する?! 何が目的だ!?」
 通光は「答えよう」と頷きを作った。
「異形、彼らはかつての私たちの文明を、そして常識を見事に破壊してのけた。この場の者ならば昔の事を覚えている者もいよう? その破壊に、それを為した力に、私は憧れたのだ」
 通光は異形と朝川を平賀の弓に対して盾にするように前に出して続ける。
「同時に恨みもしたのだがな。何せ、今まで行っていた機械化人の研究も一度は諦めざるをえなかったのだ。
だが、あれならば機械化人とはまた別の形で人を一つ先に進めさせることができると悟った」
「人を一つ先に進める?」
「ああ、そうだ」
 通光は朝川と、次いで異形達を見て口もとを歪め、
「人という種の新たな可能性、人為的な進化だ」

800白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:08:56 ID:RsHOllVM0
 言葉を切り、更に続ける。
「私の目的には多くの被験体が必要だ。人も、異形もな。
 この話し合いの場が用意された時点で計画の露呈は覚悟していたのでな、盛大にいかせてもらう事にした。
実際、こうして事が明るみに出てしまった以上は開き直らせてもらおう」
「何を――っ」
「簡単な事だ。今の世に残った貴重なこの大都市圏、一度武装隊を壊滅させてその位置に異形化した人間による防備を置く。
彼等によって安全を保証する代わりに、人を実験の被験体として徴収してもいい。逆らうならばその者達を捕らえればいい。
大々的に実験隊を集めるというわけだな」
 言葉を失う議員達の中、平賀が一人、低く、切りこむような声で告げる。
「そうはさせんよ」
「やはりそうか。では平賀博士、貴方には消えてもらう」
 通光はそう言うと共に手を振った。その動作が合図だったのか、異形達が突進してきた。
 異形たちの突進の初動を視界に収めながら、平賀は会議室内の映像を操作していたリモコンを取り出した。
「この数、守りながら戦うというのは無理じゃな」
 呟きながらスイッチを押す。
 と、会議室の外側の壁が一斉に爆発して吹き飛んだ。
「――!?」
 驚きに一瞬動きを止めた異形達を無視して平賀は煙管を振った。
再び現れた煙々羅が巨大な腕の形に伸ばした煙で議員達を手当たりしだいに掻っ攫って行く。
「わしらが必ず君を止める。待っておるとええ」
 通光にそう言葉を残して、平賀は追随する煙々羅と共に、庁舎の外へと身を投げた。


            ●


 平賀が議員を伴って身を投げた破壊の後をみつめながら、通光は口を開く。
「わしら……か」
「どういたしますか? 通光様」
 平賀の煙が届かず、手元に捕らえられたままになった議員達を縛り上げた朝川が通光に訊ねた。通光は少し考え、
「行政区南側で抵抗があるという話だったな。平賀博士もそちらに行くと言っていた。潰すぞ、あの老人は危険だ」
「は」
 短く応答した朝川に他、幾つかの指示を出していきながら、通光は制圧されつつある行政区を見下ろした。
「時期尚早か……だが今を逃してはもう機会もなかろう」
 眼下では混乱が広がりつつあった。

801白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:10:15 ID:RsHOllVM0
以上!
そろそろ終わりに向けて話を転がしていきますのよ!

802名無しさん@避難中:2012/02/22(水) 17:02:47 ID:dsXshh2k0
異形について質問です。異形は、日本の妖怪限定ですか?
エルフやワイバーンなどの伝説の生物を書きたいのですが、OKですか?

803名無しさん@避難中:2012/02/22(水) 19:43:26 ID:vUTcTARA0
吸血鬼いるし問題ないかと

804名無しさん@避難中:2012/02/23(木) 07:34:28 ID:htRw990k0
ありがとうございます!
投下には時間がかかりますがよろしくお願いします

805名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 00:07:27 ID:L2kf6et60
楽しみにしております。
ともあれ投下

806白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:08:54 ID:L2kf6et60


            ●


 異形の侵攻が突然始まった時、匠達は平賀が借りている部屋の一室で、急の知らせを受けていた。
「行政区内の武装隊達から連絡が来た。どうやら他の大阪圏内の街も、異形の襲撃を受けているらしい」
 そう言って明日名は通信用の装置を脇に置いた。
「異形が行政区に現れ、庁舎も危うい。武装隊達の本部にも異形が現れて形勢は不利、
一度本部を放棄して逃げられる者だけ逃げて現在戦線を復帰中、と」
 彰彦が腕組みして呟いた。
 匠はそれらの知らせを頭の中でまとめる。
 行政区への襲撃と時を同じくした各町への襲撃、手際の良さから察するに、
「これは計画された侵攻だな」
「だろうね」
 明日名が同意する。その様子を見たクズハが手を挙げる。
「あの、平賀さん達や行政区の皆さんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ、始めから最悪の場合を考えているからね。既に事前に根回しをして、
動かす事のできる行政区内の兵力は集めてこの付近、
行政区の南側に陣取って人々の避難をおこなっているようだ。
少なくとも一気に壊滅という事態にはならいよ」
 よかった、と息をつくクズハ。匠も小さく頷いて、明日名に問いを投げる。
「一連の首謀者は?」
「やはり、というべきだろうね、通光だった。会議の場で正体を現わしたみたいだね。
平賀博士は庁舎から力尽くで脱出、さっき言ったように行政区の南側居住区で抵抗を行っているようだよ」
「尻尾ではなくいきなり全身を現わしおったか……小賢しいまねをしおって」
 キッコが不機嫌に呟き、ビルの外を確認していた彰彦が訊ねる。
「明日名さん、行政区の議員連中、平賀のじいさん以外に何人が逃げられたんだ?」
「半数程……、平賀博士が半数程はかっさらってこれたみたいだけど、庁舎内に居た異形の数が多過ぎて
議員全員には対応しきれなかったみたいだ。残った議員達は、まあ利用価値があるうちは無事だろうと思う」

807白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:09:52 ID:L2kf6et60
 僅かに眉を動かし、彰彦は「了解」と頷く。
「武装隊の状態は?」
「行政区内部の武装隊は司令部を異形化した人間に乗っ取られた時に半ば崩壊、
残りの武装隊や検問から急いで割かれてきた武装隊達でなんとか南側の防衛を行っているといった所だね。
消耗率もそうひどいものではないよ」
 匠が少し意外そうな顔をする。
「行政区内部がこんな状態になっているから、行政区の外はもっとひどい状態になってると思ったんだけど、
検問から人を割ける状態なんですか?」
「外見た感じだと、どうも行政区の外は異形の襲撃を受けてねえみたいだな」
 彰彦の言葉に明日名は頷く。
「各所からはいって来る情報から考えて、今回、異形はどうやら行政区の内部から現れたという事らしい」
「外の奴らがこっちに慌てて来てるのを見たからなんとなく外は異常に見舞われて無かったってのは分かるけどよ、
行政区内から異形が湧いてくるってのは一体どういうこった?」
「わからない。でも行政区の外部にいた武装隊はいきなりの救援要請を受けて慌てていたようだ。そうだね? 渡辺隊長」
『その通りだ』
 話を振られた渡辺が、魔装の映し出す映像の向こうで頷いた。
 研究区に向けての突然の呼び出しに、しかし応じた彼は頷きを重ね、
『行政区の武装隊達からの連絡ではそういう事だった。気が付いたら守っていたはずの行政区が制圧されていた、と。
行政区内の武装施設は異形化した者の手で破壊されたともあったか。
こちらの方は未確認情報という事で他言無用になってはいるが……異形化、信じられんものだな。未確認情報扱いになるのも分かる。
今井や坂上から聞いてはいた俺ですらにわかには信じられんのだ。――人の体に異形の体を移しこむなど、正気の沙汰ではない。』
 彼は重々しく息を吐きだした。
『他の異形の襲撃を受けている街ではそのような事は無いそうだ。
外からの襲撃のみ、これも数が多く対処が大変ではあるようだが、行政区程に切羽詰まってはいないようだ。しかし』
「これで各地の武装隊の動きは封じられる」
 渡辺は首肯した。
『おそらくそれが通光の狙いだろう』
「武装隊の戦力を分散させて行政区を支配する。
その上で何をやろうとしているのかは分からないけど、目的は平賀博士が訊いておいてくれたよ」
「なんだの?」
 興味深げなキッコにうん、と応じて明日名は告げる。
「曰く、人を種として一歩先に進める。僕のような人間には多少分からないでもない理由だね」
「人を種として進める……? 匠、分かるか?」
「さっぱりわからん……翔は?」
『現場にすらいない俺に訊くな』

808白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:11:10 ID:L2kf6et60
 結果として問いかけの視線が向けられた明日名が苦笑で説明する。
「例えば、その一つが今回の異形化した人だろうと俺は思う。それに――」
「私、ですね」
 クズハが言った。
 実際に例示されて匠は理解した。
 確かにクズハは本来普通の人間が持つには大きい量の≪魔素≫を操れるし、
和泉に現れた異形化した人間達も、やはり人とは違った部分があった。
 ……あんな歪なものが先に進んでいる証とは思いたくはないが……。
 そう思いながら匠は口を開く。
「行政区の武装隊の数割は確か研究区に派遣されてきていた。
それならそっちの動きを止めるためにそのうち研究区にも他の街と同じように襲撃があるはずだ。翔、準備は?」
『大丈夫だ。いつでも相手をする準備はできている。ただし、今この街は流入者も含めて守るべき対象が多い。
我々も行政区の方には助けを向かわせられない』
「今各町を襲っている異形達が脅威になっているのは、妙に統率のとれた異形の集まりが攻め寄せて来ているからだ。
指令を発している者を倒す事ができれば状況もまた改善されるだろう。それを探して討伐すると楽になる。
こっちはこっちでどうにかするから気にするな」
 匠がそう言った時、画面の向こうで扉が開いて、研究員が飛び込んできた。彼は肩で息をしながら渡辺に報告を急ぐ。
『研究区付近に異形出現! 数は多数! 現在急いで研究区中央にまで人々を避難誘導しています!』
『来たか……!』
 渡辺は今使っているのとは別の通信用の魔装を取り出した。
『渡辺だ。総員攻め寄せる異形を迎え撃つ態勢を整えよ!』
 簡潔に指示を飛ばして渡辺は両面越しに匠達を見てきた。
『またも研究区の者の予想は正しかったというわけだ。各街も平賀名義の知らせに慌てて対応した筈だ。
現状は混乱してはいるが、この防衛戦はそう悪い結果にはなるまい』
 そう言って彼は出口へと向かう。その背に匠は声をかけた。
「気を付けろよ?」
『分かっている。指揮役の存在だな? 元は同じ人間だろうに、なかなかふざけた事をする』
 憤りを隠さない声で言い、彼は口端を曲げて頭を下げた。
『しかし、なんだ……いろいろと済まなかったな。クズハの事など』
「い、いえ、とんでもないです。あれは仕方のないことでしたし」
 あわてて頭を下げ返すクズハに苦笑して、匠は肩を竦める。
「仕事なんだろ? 分かってるさ。今回研究区を、俺とクズハの思い出のある街を守ってくれればそれでチャラだ」
『そうか……お前達は、庁舎に行くんだな?』
「ああ。行政区に居る異形の総指揮者は通光だ。だから奴を倒す。
あの異形の統率を断てば少なくともそれで連中の弱体化は狙えるし、連れ去られた議員連中の救出もできるからな。
できれば囚われてる異形排斥派の連中に恩を売っておきたいという考えもある。そして、これでクズハを狙う輩も消える。
いいことだらけだ」
 渡辺はそうか、と応じて礼をした。
『お前も気を付けろ』
「ああ。行ってくる」

809白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:12:25 ID:L2kf6et60


            ●


 通信の切れた魔装の画面から目を離して、渡辺は研究所の食堂に集った職員たちを見回した。
「この街を守るため、力を貸して欲しい」
 小さく心強い返答が職員たちから返ってくる。それらの返答に礼を返して、
渡辺は同室に集っている武装隊達に目をやった。その表情に力を見て、渡辺は肺腑に空気を入れた。
 力強く声を放つ。
「守るぞ、それこそが――」
 それが渡辺達なりの、この研究区を頼らざるを得なかった異形たちに対する贖罪であり、
「我々の義務だ!」


            ●


 異形たちは下された命令をひたすらに守って行動していた。
命令の内容は単純明快で、ひたすらに人の気配のする場所を破壊せよというものだ。
 その命令は、元は人間だった彼等に植え付けられ、彼等の中から人としての自我を消し去った
異形の体がもつ本能的な破壊衝動との相性もよく、ほとんど思考を挟む必要がない。結果として、
知性というものがほとんど失われかけた彼等であっても現在の状態まで行政区を持って行くことに成功していた。
 行政区の各所から現れた異形の一群は、徐々にその破壊の位置を南の方向へと移していた。
そこに人間が多くいると分かったからだ。
 異形たちの視界に現れる人間は、逃げる者も、抵抗しようとする者達も、皆南の方向へと集まって行く。
だから彼等はそれを追い、やがて急造された防御のための構造物に遭遇した。
 異形の進行方向、人の気配がより多い場所へと向かう途上に築かれていたのは資材や土嚢を積み重ねて即席で作られたバリケードだった。
 バリケードの前方には銃を構えた武装隊十数名が並んでいる。
 異形の姿を見た彼等はそれぞれに手にしていた銃器の狙いをつけて来る。
その動作に対して、異形たちは迷う事なく突撃を敢行した。

810白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:13:22 ID:L2kf6et60
 異形たちにしてみれば、このまま進めば人の気配が多い場所を襲いに行ける事が分かっていたし、
防御側の武装隊が築き上げた壁も、自分達の体格ならばそう労なく崩れるだろうと確信していたからだ。
武装隊たちですら思考能力の大半を失った彼等の前では破壊か捕食の対象でしかなかった。
故に、異形は銃器の先を向けられようとも動じることもなく、ひたすら一直線に突き進み続け、
 地面に描かれていた魔法陣へと無警戒に足を踏み入れた。
 その瞬間、魔法陣に≪魔素≫の輝きが灯り、魔法が起動する。
 地中から立ち上がった土壁が、異形の先頭列を宙へと跳ね上げた。
 足元からの一撃に体勢を崩した異形たちに向けて射撃が叩き込まれ、異形の第一陣はものの数秒で砕かれる。
 第一陣が砕かれるのとほぼ同時に、魔法によって立ち上がった壁に異形の第二陣がぶつかる重音が響いて土壁が大きく震動した。
 崩れかかる土壁に二撃目を加えようとした異形の群れの横面に鬨の声が強かに叩きつけられた。
 声に数瞬遅れて、周囲の建物に潜んでいた武装隊達が手にした近接用の武器で殴りつけた。
 血しぶきが舞い、突然の攻撃に異形たちの動きに混乱が生まれる。
 異形に接近戦を挑んでいた匠と彰彦は、更にそれぞれに墓標と異形の甲殻を叩きつけ、異形たちの混乱が沈静化するよりも早く、異形の群れを潰していった。
 異形の第二陣を壊滅させた事を確認して、武装隊の一人が手を挙げ信号弾の役割を果たす魔法を放った。
その信号に応えて立ちあげられた土壁の向こうから異形の第一陣に射撃を行った武装隊と、
それぞれ手に土嚢などの簡易な資材を持った行政区の住人が現れた。土嚢を持つ彼等は街を守るために手を貸してくれる有志達だ。
急いで武装隊が異形を倒して確保した道の先にバリケードを築いて行く彼等を見送り、匠は土壁の向こうから武装隊に守られながら現れた土壁の作成者たるクズハを迎えた。
 クズハは自分の周囲を固めてくれる武装隊に礼を言い、匠と彰彦に会釈を送った。
そしてクズハは匠の元へと近付きながら周囲を見回して呟いた。
「これで、この道は取り戻した事になるんでしょうか」
 その呟きを聞きつけた匠が答える。
「そうなるな。異形たちもいくら指示があるとは言っても元々考える能力がほとんど残されてなくて基本的に猪突猛進だから、
数はいても元々の備えがある行政区では好き勝手出来ない。なんとか順調にいってる」
 匠たちが行っているような異形との交戦は行政区が異形の奇襲を受けてから一時間と三十分が経過している現在、行政区内の各地で繰り広げられていた。
 一時は人の異形化という不足の事態に混乱をきたしていた武装隊だが、事前にそれとなく発されていた平賀の警告と、
匠たちの通信機による残存勢力の纏め上げを受けて再び組織的な行動を起こす事ができるようになり、こうして徐々に人側はその勢力権を異形から取り戻しつつあった。
 匠は墓標の打撃力強化用に纏わせていた≪魔素≫を納めて周囲の人々の動きに注意を向けた。
 周りでは逃げ遅れの人たちが救出されている。助け出されていく人々を見ながら、匠は僅かに落胆した。
 ……じいさん達はいないか。

811白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:14:22 ID:L2kf6et60
 街の南側から徐々に盛り返している匠たちの陣は既に庁舎の入り口を通りの奥に認める
事が出来る距離にまできていた。平賀たちが逃げているにしても、盛り返しを行っている武装隊の動きは見えているはずだった。
 ……出て来ないってことはここら辺には居ないってことだな。
 あの平賀がそう簡単に殺される事はない。そう思ってはいても、気になるものは気になった。
 ……脇の路地の方を捜しに居た明日名さんとキッコの方はどうだ……?
 武装隊との摩擦の恐れがあるキッコは明日名と共に狭い路地の探索を受け持っている。
そちらの方で何か発見があればいい。
 匠がそう考えていると、クズハが不安そうに匠の名前を呼んだ。
「匠さん……」
「大丈夫だ。あのじいさんだしな」
 匠はそう言葉を返す。と、声が来た。
 それはどこか飄々とした風情を含んだ響きで匠たちの名を呼んだ。
「おお、匠君、クズハ君に彰彦君も。皆前に出て来ておるのか。
今はどんな塩梅になっとるか説明してくれるかのう?」
 そんな言葉と共に路地の影から現れたのは、明日名が喚んだのだろう狐型の式神の群れに守られている一団だった。
その戦闘で埃に汚れた白衣をはたきながら周囲を威嚇するように≪魔素≫を放出しているキッコと肩を並べて歩いてくるのは平賀だ。
「明日名兄さん、キッコさん! じいさんを見つけてきてくれたのか!」
 彰彦の歓声に明日名が頷き、キッコは隣で煙管をくわえている平賀を横目で見た。
「まったく、変な場所に隠れておるせいで見つけるのに手間がかかったわ」
「男たるもの、セーフハウスの一つや二つは確保しておかねばのう」
 そう言って笑う平賀にクズハが駆け寄った。
「平賀さん!」
 飛び付いたクズハを若干姿勢を崩しながら受け止めた平賀は頭を掻き、
「いやあすまんなクズハ君、心配をかけたようじゃ。ちと守らねばならんのが多くてのう。自由に動けなんだ」
 そう言って平賀は狐型の式神に守られている一団を指さした。
 周囲に集まって来た幾名かの武装隊員たちが、そこに並んだ顔を見て礼をとる。
「庁舎で会議に参加しておられた方々ですね?」
「んむ、それと警備の者の生き残りが何名かじゃな。あの場に居た者のうち、
わしがなんとか引っ掴んでこれた者たちじゃ。こんな大事になる前に本当なら食い止めたかったんじゃがな」
 残念そうにつぶやく平賀にいえ、と武装隊の指揮役が応じた。
「皆さんが無事なようでよかった。あなた方がいればこの事態を収拾した後にすぐ秩序が取り戻せることでしょう。
今は皆さん疲労しておられる様子、ひとまず新設した我々の本部か救護施設辺りで休んでいただきたい」
 指揮役に指示で一段に武装隊が護衛に入る。
役目を終えて≪魔素≫の光に還元されていく式神を見送りながら平賀は武装隊員の手をやんわりと断った。
「うむ、他の皆はそのようにしてもらいたいんじゃが、わしはまだ少し働かねばならんのでな、
主立った者を集めてもらえるかな?」
 平賀の呼びかけに頷いた指揮役の男は怪我の処置を行わせながら射撃隊と近接部隊を呼び集め、
臨時の作戦会議の場が設けた。

812白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:15:23 ID:L2kf6et60


            ●


「現在私たち武装隊と有志の者で異形を撃退しながら逃げ遅れた者たちを探しております。
現状、うまく異形への対処はできており、他の部隊も状況は順調です」
「うむ、それは良かった」
 盛り返しつつある戦況を聞いて、平賀は一安心と息を吐いた。今度は武装隊側が平賀に話を促す。
「庁舎内でいったい何があったのか教えてもらえませんか?」
 平賀はそうじゃのう、と考えをまとめるようにしばし時間を置いた。
「……わしらは庁舎内でここしばらくの間の異形に対する厳しい態度に関する話し合いをしておったんじゃが、
その話し合いの途中で通光君が暴走を始めたんじゃ」
 のう? と訊く平賀。議員達は疲れた顔で頷き、
「ああ、通光の態度の豹変の後、行政区内に異形の群れが現れたと聞いて驚いた。
あの口ぶりじゃ、あの場で異形を統御していたのは通光君だろうな」
 そう呟くのは異形排斥派の男だ。彼もまた疲れの強い表情で言い、よく事態が掴めていないとでも言いたげに首を左右に振った。
「通光が行動を起こしたと同時に異形が現れた……か」
 武装隊の指揮役が意味深そうに呟く。
「時間的に見ても行政区、いや、大阪圏各地への異形の侵攻の起点となっていると見ていいのだろうな」
「ああ、その見方に賛成だ」
 匠はそう言って現状を過去と照合する。
 それなりの設備で身を守っている人間の居住地域に対する異形の群れの、不意の、
そして意味が不明瞭な上に妙に組織だった大量侵攻は、和泉の時と状況が似ている。
 ……あの時も裏で手引きしていた人間の筆頭候補は通光だった。
 全ての事件が繋がっているのなら、あの時の犯人も通光であったのだろう。そう考え、匠は意見を主張する。
「登藤通光が全ての元凶だろう。これまで起こって来た事件についても、通光が一枚噛んでると見ていいと思う」
 平賀が首肯した。
「あの事件では異形に対する過剰な規制も行方不明になる者たちも、全て通光君の手引きじゃろうな。
現在各地で起きている異形の侵攻にしても、和泉で行ったように幾人かの指揮役さえ割り振ればいい話なんじゃ、
不可能ではあるまい。行方不明者の数も相当数じゃったことじゃしのう」
 兵力は十分だろう。そう言外に語る平賀。キッコが鼻で息を吐いて訊ねる。
「その通光はどうしたのだの?」
 キッコの威圧的な金瞳の睨みに異形排斥派の議員がたじろぎ、明日名がキッコを宥めにはいる。
 庁舎内を警備していたという者の生き残りの武装隊が議員の代わりに返答する。
「通光は庁舎内に……詳細は不明です」
 彰彦が問う。
「他に、何か庁舎内の状況について詳しく話せるか?」
「……彰彦か」
 どうやら知っている顔らしい。彼は頷いて、
「庁舎内には異形が多数いた。ほとんどは異形化した……かのように見えた人間だったようだが、
それでもあれ程爆発的に数が増えるのはおかしい。
始めの情報には庁舎内の異形は地下から現れたというものもあったからおそらく、
庁舎内には最初から異形が隠されていたのだと……思う」
 彰彦が武装隊の指揮役を見る。彼は考えこむかのようにして口を開いた。
「たしかに庁舎内から異形が大量に出て来ているのは確認されている。
他の街に現れた異形は街の外から侵攻してくるのが報告されているが、
行政区だけは街の外からの異形発見報告がないままに異形の侵攻を受けている。
行政区に限っては異形は内側――街の内部から現れたと考えるのが正しいだろうと私は思う」

813白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:16:07 ID:L2kf6et60
「やっぱりか。そうなると、怪しいのはやっぱり一番早くに異形の出現が確認されて、
ついでに今回の事件の犯人である通光が籠城している庁舎だな」
 言いつつ匠は議員に訊ねた。
「庁舎の図面とかはあるのか?」
「あるにはあるが……」
 歯切れ悪く言うと、彼は図面を手元の端末に呼び出した。
「これは第一次掃討作戦の折に製薬会社だった庁舎が改造される前のものだ。
階段などの大まかな位置は変わってはいないが、増築された部分の情報は曖昧だ」
「新しい図面を作らなかったのかよ?」
 彰彦の不満げな声に議員は首を振った。
「作成された図面は全て巧妙に改竄された跡がある。特に地下に関する情報がうやむやにされているようだ」
「地下……か」
 庁舎と地下という単語から匠はクズハを連れ出しに行った時の事を思い出す。
クズハが居た空間のあの現在も稼働しているような実験設備から考えるに、あそこは通光に使用されていたのだろう。
以前は大量の異形を保管しておくようなスペースを見つける事は出来なかったが、よく探せば何か見つかるかもしれない。
「何にせよ、まだ議員の中には捕らえられているのもいるんだ。
通光なら大阪圏で起こっているこの騒ぎを納める手段を知っているかもしれないし、庁舎は調べておく必要があるだろうな」
「しかし、行政区内に溢れている異形の事を思えばあまり庁舎の調査に人員は回せない」
 指揮役の言葉にキッコがひらひらと手を振った。
「問題ない。我等が行ってこよう。通光やその下の人形には個人的に恨みもある。
それに、我などは武装隊の中にいてはそれはそれでさし障りがあろう?」
「そうじゃのう、庁舎内の異形も脱出したわしらを追って結構外にでてきておったし、
少数で潜り込むのならば今かもしれんのう。逆にここで時間を与えて防御を固められてしまうと厄介じゃ」
「それではこのまま庁舎内に侵入しますか?」
 明日名が目をやる新たに築かれたバリケードの先には庁舎の入り口がある。
「急いだ方がいいのは確かだろ。行くんならとっとと行こうぜ」
 彰彦の言葉に武装隊の指揮役が分かったと応じた。
「では他の部隊の者を集めて庁舎を囲ませよう」
「戦力を割いてもらっていいのか?」
 匠の問いに彼は頷いた。
「庁舎が異形の隠し場所だった場合の事を思えば在る程度の戦力を瞠りに回すのも必要だろう」
 そう言って指揮役は他の部隊と連絡を取り始めた。
それを平賀と彰彦が手伝うのを手持無沙汰に見て、庁舎に目を転じた。
 所々破壊の跡が見られる巨大ビルは、黙したまま悠然と聳えていた。

814白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:16:51 ID:L2kf6et60
行政区内の人たちは入り組んだ地形での集団戦は異形側に有利で危ういので
大通りだけ、警戒しつつ確保していっている感じですかね

こんな感じの状況でぼちぼち侵入開始です

815名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 20:23:19 ID:490sMVu60
投下乙です。
そろそろ大団円といったところでしょうか。
ただ一つ懸念するのは、こういった物語において結構多いのがヒロインもしくはそれに準ずる人が死ぬ
という展開なんですよね。
クズハちゃんはなまじ人気のあるキャラクターだけに心配なのです。

816名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 23:31:48 ID:L2kf6et60
ここまできてどん底まで落とす気にはなかなかなれませんねw

817白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:55:50 ID:xSdDCJiE0


            ●


 庁舎内で状況を見守っていた通光は、庁舎一階部分に侵入者が現れたのを確認した。
「指揮役の者もやられたか。残りは私が直々に操るしか――」
 言いかけ、通光は口許を歪めた。
「手早いな、流石だ」
「通光様?」
「朝川、侵入者だ。庁舎一階に防衛用に残しておいた異形はほぼ全滅だな」
 表情の変化に気付いた朝川が訊ねるのへどこか楽しげに返して、通光は腕に装着された魔装を起動させた。
 魔装を通して庁舎地下に配置した異形から一階の情報を取得する。
「ああ、庁舎は既に武装隊に囲まれているな。
特攻をかけてきた者がいるのかと思えば、意外に堅実に盛り返してきている。これは驚いた」
「どうやら平賀が既に手を打っていたようで、各地の異形侵攻に対しても防衛は機能しているようです」
「あの男は祟るな」
 通光は庁舎が震動するのを感じた。
「本格的に侵入してきた者がいる」
 目を細め、通光は魔装を通して侵入者を視た。
「坂上匠、安倍明日名、それに子狐と信太主か」
「平賀の手の者達ですね」
「どうやら平賀を捕らえる事はできなかったようだな」
 まあ分かっていた事だと思い、通光は視線を転じた。
「彼等の狙いは議員と……気付いているのならば地下も、だな」
 転じた視線の先には一塊にして拘束してある議員達の姿がある。猿轡を噛まされて声も出せない彼等は、
それでも目線で何かを訴えかけてきている。通光はそれらを黙殺して、彼らを眠らせておくように朝川に指示する。。
「あれでも生きているのと生きていないのとでは事件が終わった後、全体的に混乱した大阪圏の復旧速度が違う」
 人質を取るという作戦は通じまい。平賀は逃げる時に議員を幾人か引き連れて逃走している。
それだけでも混乱を鎮めるには平賀本人を含めれば十分な人材がそろっているであろうし、
平賀や武装隊の上は、この状況で多少の犠牲が出るとしても、それで躊躇はしまい。
通光に時間を与える事の危険性は承知している筈だ。
 ……あるいはこちらのそのような思考を読んでの侵入でもあろうが……。
「通光様、いっそ異形擁護派の者だけでもこちらの手で処理しておきましょうか?」
 朝川の言葉に通光はかぶりを振った。
「いや、彼等も彼等で、京のような異形と友好的な自治都市と繋がりがある者が多い。安易に殺してしまうわけにはいかん」
 苦笑し、
「私たちが仮にこの乱に成功すれば、彼等の名を借りて実験への介入を送らせるように手を回さねばならんのだからな」
 既に負け戦の様相を呈し始めているなかで何を言うのかと思うが、朝川は無表情に文句一つ言っては来ない。
 文明崩壊以降、通光が延命させているこの機械化人はこれだからありがたい。
 だから、と通光は労うように朝川に言った。
「朝川、長い事付き合せたが、そろそろ死に場所をやろう。念願の戦での死だ」
「ありがたいことです」
 口もとだけを笑みの形にした朝川に通光は命令を下した。
「地下の方へ行ってもらいたい。可能ならば施設を守れ。生きのこったのなら私のもとへと戻ってくればいい」
「通光様の護衛の方はよろしいので?」
「ああ、まだ異形化した人間も数が残っているし、彼等を操るための魔装もある。それに、まあ奥の手もあるにはある」
 そう言って通光は少し愉快そうに手元の情報端末にデータを呼び出した。

818白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:57:05 ID:xSdDCJiE0



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 庁舎付近の異形を全滅させた匠達は、正面入り口から庁舎一階へと侵入していた。
 受付フロアには異形や人の死体が転がっている。匠はクズハと明日名とキッコに確認して通信機を取り出した。
通信機は武装隊と共に庁舎の外で周囲の警戒を行っている平賀と彰彦だ。
「彰彦、一階に侵入した。とりあえず生きてる奴の気配は今のところ……ない」
『だとしたら敵さんは全員上に集まってんのかな?』
「もしかしたらもう全戦力を放出した後かもしれないな」
 そう言いながら、匠はクズハにちらと目を向けた。彼女は死体に小さく手を合わせている。
どうやら気分を悪くしているような事はないようだと思っていると、
クズハの背後に付いていたキッコがいちいち気にするなと言うように手をぞんざいに振った。
 それに苦笑気味に頷いて、匠は話を続けた。
「とりあえず、上に行ってみようと思う。地下についてはまた後でも調べる事ができるだろう」
『ああ、気を付けろよ。……武装隊もけっこう集まってきた。
あんまり数は回せねえらしいけど、いくらか武装隊をそっちに回すか?』
 いつの間にか武装隊の人事に干渉できる位置に彰彦はいるらしい。
 武装隊と太いパイプを持っているらしい友人に感心しつつ、匠は断りの言葉を返した。
「いや、通光と会う事になればクズハやお前が絡んだ実験についても触れる事になる。
人に化けた異形じゃなく、正真正銘の人間を殺していたと知った武装隊連中の士気が下がるような事態は避けたい」
『あー、そういや知らない奴もいるんだよな。異形は殺れても人は……ってのもいるしな』
「むしろそっちの方が多数派だ」
 特に第二次掃討作戦以降に武装隊に入隊した者達はほとんどがそうだろう。
異形に人が操られて戦う羽目になるという事態も、異形と人が組んで戦争を吹っかけて来るような事もめっきり減った。
平和でけっこうな事だと思う。
 ……だが今はそれじゃだめだ。
 だから今は知らない者達にも知らないまま戦ってもらう。
全てが終わったら平賀あたりが異形化した人間について何かしら言及するのだろうが、
その時には自分に都合の言いように状況を利用しつつ、精神的なフォローも行ってくれるだろう。
 これを機に異形と人を分けて考えるのをやめろなどと言えば、異形擁護派は一時失っていた発言力を回復させる事にもなろう。
 ……たぬきだな。
 たくましいのはいい事だろう。匠はエレベーターを確認した。
呼び出しボタンを押しても何の反応も示さない。電源も、≪魔装≫による動力も生きてはいないらしい。
 ……まあ危なっかしくて元から使う気はなかったが……。
 階段は見つけてある。庁舎から脱出してきた議員の話によれば、庁舎一階にある階段はこの一つだけという事らしい。
通光側も侵入者がこの階段を使ってくる事は分かっているだろう。何かの罠がしかけられていてもおかしくはない。
 ……じいさんは飛び下りたから階段に何か仕掛けてあっても知らんと言ってたしなぁ。
 用心していこうと階段に足を向ける。そこに鋭い声が飛んできた。
「匠さん!」
 同時に、匠は自身の横合いから突然気配が現れるのを感じた。

819白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:57:40 ID:xSdDCJiE0
 ――異形!
 体を向けると、赤茶けた剛毛をした人間大の猿のようなものが、鋭い爪がついた腕を振り下ろそうとしている姿が正面にあった。
 猿は口を開き、獣の雄叫びではなく、人語の呪詛を放った。
「死ねぇ!」
 腕が下ろされる。
 その速度より早く、匠は足を開いて姿勢を低くし、墓標を床面すれすれで水平に振り抜いた。
 脚を払われた猿は体勢を崩し、振り下ろしていた腕は匠の体を大きく外れて床を引っ掻いた。
 猿が体勢を整える前に、匠は身を起して墓標の先端に延長する形で円錐状の≪魔素≫の穂先を生み、猿の頭に突き刺した。
 頭蓋を貫く手応えを得た匠は、即座に≪魔素≫で作られた穂先部分を砕いて一歩退き、
痙攣する体から振るわれた最期の一撃を回避し、横振りの殴打で確実に猿の頭部を破壊する。
 猿が完全に動かなくなったのを確認して呟く。
「異形化した人間、人の言葉を話してたな」
「我のような者とは違うの。この感じ、人に異形の一部を取り付けた者の一人だろうて」
「ということは、彼は指揮役の一人かな」
 キッコと明日名がそれぞれ所見を述べる。何にせよ、通光はまだいくらかの手勢を手元に置いてあるという事だ。警戒は怠るべきではない。
 匠は改めて周囲に目を配る。
「しかし、さっきまで気配はなかったはずなんだが……」
 何者かの気配を匠が見逃していたとしても、感覚が匠よりも鋭いキッコやクズハが注意をくれるはずだ。
 その二人からもギリギリまで注意は来なかった。
「どこから……」
 疑問に、クズハが猿を撃つために組んでいた魔法陣を崩しながらフロアの一隅を指さした。
「あそこです」
 クズハが指さした先には破壊されて床に打ち捨てられた扉が転がっていた。
 その通路に匠は見覚えがあった。
「あそこは……地下への通路に繋がってた扉だな」
 以前クズハを連れ出す時に通った通路だ。明日名達がそちらの方を窺っていると、通信機から彰彦の声がした。
『おい、なんか大きな音がしたぞ、どうした?』
「異形化した人間がひそんでいた。知能の残ってる奴だ。どうやら地下の方にまだ戦力が残っているらしい」
 言うと、少しの間を置いて彰彦が言ってきた。
『平賀のじいさんからだ。「地下の調査も急いだ方がいい」って事らしい』
「簡単に言ってくれるな」
 ため息をついて、匠は苦笑いを浮かべた。しかし調べないわけにはいかないだろう。
 通光がこの庁舎の地下部分にどれだけの戦力を温存しているかによって、
外で待機している武装隊の人数をより増やさなければいけないかもしれないし、
人数によっては上階に行く匠達の命にもかかわりかねない。

820白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:58:13 ID:xSdDCJiE0
 ……一方向からならともかく、階段の途中で挟み撃ちにでもされたらしゃれにならん。
「地下は元々何に使われていたんだ? 俺が前に侵入した時にはじいさんのとこ並みの研究施設っぽく見えたんだが」
『議員や警備してた奴の話だと元々は製薬会社の研究用の施設だったんだが、
第一次掃討作戦の時に庁舎としてこの建物を扱う事になってからはほったらかしだったんだとさ。
入り口もつい最近までは封印されてたみたいだぜ? 通光が何かのスペースとして使えるかもしれないっつって独自に手を入れるまでは、な』
「通光が直接か……」
 既にその施設が実際の使用に耐えうるものである事は確認している。これはもう確実に地下には何かがあるだろうと匠は判断した。
「上の議員や通光も気になるが、こっちも怪しいな」
『もしかしたらそっちの方が直接的には危険かもしれねえな』
 地下に保有されている戦力の規模次第ではその通りかもしれない。
先に地下を調べておく方が賢明だと思うが、通光に対して時間を稼がせるのも危険な気がする。
 ……もしくはこのタイミングで地下を調べさせて時間を稼ぐ事こそが通光の目的かもしれない、か。
 どうしたものかと考えていると、キッコが声をかけてきた。
「匠よ、ここは時間をかけぬよう、二手に分かれてしまおうか。あまり上の通光に時間をやりたくはないのだろう?」
「二手か」
 ただでさえ少ない戦力をここで二分するのはどうかとも思うが、時間がないのもまた確かだ。
「そうだね、キッコが行くと上階で囚われている議員達は警戒してくるかもしれない。
地下に研究施設があるのなら、研究系に詳しい俺が付いていって確実に破壊する必要もあるだろう。俺たちが下に行くよ」
「そうさな」
「キッコさん、明日名さん……」
「心配するなクズハよ、我らは大丈夫。むしろクズハの方が心配ぞ」
 ≪魔素≫と尾を露わにして、キッコは通路を見据えた。
「先に行っておれ、すぐに潰して追いつこう。匠、クズハを守れよ?」
「ああ、それは俺も頼んでおきたいな」
 明日名が同調する。それらに匠は頷いた。
「そっちもやばかったら武装隊を呼べよ? 彰彦なら異形に理解のある武装隊を見つくろってくれる」
「分かっているよ」
「何を、必要ない」
 二人はそれぞれに応えて、通路の奥へと進んで行った。

821白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:58:59 ID:xSdDCJiE0


            ●


 地下へと足を踏み入れた明日名は、符を複数枚取り出した。
 ≪魔素≫を込めると狐型の式が現れる。キッコ謹製の式だ。
安倍の本家でもこれほどの量と質を備えた式を生み出せる者はそうはいまい。
大きな力を持つキッコだからこそ生み出せる式達だ。
 狐の群れを捜索の為に地下へと放ち、明日名自身も周囲を見回した。
 ……たしかに、平賀も研究所並みの機材が揃っている。
 庁舎は元々製薬会社であったため、以前からこの手の機材はあったのだろうとも思うが、
軽く見回し、また狐たちから術を通じて送られてくる情報を検分した限りでは、ここにある機材には≪魔素≫を計測する為の機材が多いようだ。
 以前からあった機材の使いまわしでは無く、通光がそろえたものだろう。
 ……これらの機材、やっぱり俺がクズハの治療を彼等に頼んだ時に見せてもらったものに系列が似ている。
 そう思っていると、放った狐の一匹から報告が来た。その内容に明日名は眉を上げる。
「――これは」
 思わず声を漏らした明日名に、何者かの影がないかと構えていたキッコが訊ねた。
「何かあったのかの? ここは妙に血の臭いが濃いが……」
「うん、放った式が見つけたよ。更に地下に進む道だ」
 明日名は式を自分のもとへと呼び戻し、その内の一匹に頼む。
「案内してくれ」
 狐は尾を一振りすると、明日名とキッコを案内するようにゆっくりと歩き始めた。
 案内されながらキッコは徐々に顔を不快げに歪める。
「薬品の臭いに、それにこの臭いは屍肉だの……どんどん濃くなっておるわ。あの二人を先に上にやって正解だったの」
「そんなにかい? 俺は何も感じないけど」
「ああ、扉か何かで蓋をしておるのだろう、ひどいものよ。進めば進む程ひどくなる。これは、地下はロクなものではなかろう」
 狐が案内する先には開け放たれた厚い扉があった。そこを抜けた瞬間、
明日名は暗闇の中に、自分でも感じられる、まるで重みでも持っているかのような異臭に総毛立った。
「この臭いは……?」
 あまりの臭気にせり上がってきた吐き気を押し殺す明日名の前に割り込むようにキッコが踏み込んできた。
「油断するな」
 言うなり、彼女はいつの間にか出現させていた尾を勢いよく動かした。
 金毛に覆われた尾が横薙ぎに振るわれる。その軌道に合わせて朱色の炎が走って絶叫が響き、何かが燃え落ちる音と新たな種類の臭いがきた。
「これはまた大層な数よ」
 キッコは口から青白い狐火を放った。狐火は宙に浮いて、パキッと軽い音を立てて地下を淡く照らし出した。
「ふん、悪趣味だの」
 照らされた景色の中、正面には今まさに炭に成りつつある異形らしきものの残骸があった。いつの間にか接近されていたらしい。
「すまない、キッコ」
「よい、それよりも周りを見てみい」
 キッコの言う通りに明日名は地下空間に目をやって息を呑んだ。

822白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:59:33 ID:xSdDCJiE0
 どうやらこの空間は製薬会社が使っていた地下施設を更に拡張したもののようだった。
打ちっぱなしのコンクリートに魔法陣を刻んで補強を行っている。
 空間内には所狭しと実験器具や大型のカプセルが置いてあるが、それらの大半は既に破壊されている。
 乱雑な壊し方から窺うに、どうやら異形の手による破壊らしい。
幾つかの破壊されていないカプセルの中には形状が崩れかかった異形や人間の姿が見えた。
それらのものが並ぶ中で何より目を引いたのは、地下空間の奥だった。そこにはおびただしい数の異形がひしめいていた。
 彼等は狐火に照らされる中で、何かを食っていた。
 そちらを見ていたキッコが舌打ちして≪魔素≫を集中させ、
「これは武装隊を呼んでくるわけにはいかんの」
 火球を撃ち込んだ。
 放たれた熱の塊に気付いた異形が避けようと動き、幾匹かが回避が間に合わずに、彼等が食っていたものごと燃え上がった。
 明日名は式を放ち、更に符を構えて異形の動きを目で追った。
 四方に放った異形達は食らっていたものをその手や口に未練たらしく保持している
。明日名達に向かってくる異形を牽制しに回った式から彼等が何を食っていたのかの情報が送られ、明日名はおぞましさに顔を歪めた。
「奴ら、人を食ってるのか……!」
「それだけではない」
 キッコは接近してきた異形の頭部を掴み、強引に別の異形に放り投げた。
「異形の屍肉を喰ろうておる。悪食、食屍鬼め」
 投げられた異形が別の異形に衝突し、そこに炎が叩き込まれる。
 断末魔を残して焼失していく異形。その叫びに割り込むように明日名は声を張り上げた。
「キッコ!」
「どうした!」
「地下道があった! たぶん旧下水道だ! 行政区内に現れた異形はここから旧下水を通って現れたんだ!」
「ではここも異形と人と使った実験の現場だという事だの」
「だとしたらここの奴らは通光の用意した戦力か?!」
「だろうの、こ奴らの式には一定の方式がある事は和泉の時に分かっておる。
それ用の魔装なり能力を持った者がどこかにおるのか、あるいは既に滅されたか――」
 キッコはああ、と金瞳を威嚇的に細めた。
「そこにおったか、機械人形め」
「え?」
 キッコの視線の先を追うと、地下空間にある壁の一隅が開いて中から人影が一つ現れた。
「朝川か」
 朝川は二人に頷きかけた。
「お前達が相手か。これはまた面白い巡り合わせだ」
 彼はそう言うと、機械製の腕の先端を向けた。

823白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:00:28 ID:xSdDCJiE0


            ●


 向けられた腕の先から化薬の臭いをかぎとって、キッコは咄嗟に尾を振った。
 ≪魔素≫で物理的な干渉能力を付与された炎が金尾を包み、朝川が放った銃弾を払い溶かす。
 その傍で符を宙に浮かべて身を守っていた明日名が朝川へと問いを投げる。
「ここは何だ?」
 確認のための問いだ。キッコ自身としては答えはもう知れた事なのでさっさと朝川を潰しに動きたくもあったが、
明日名は符に隠した手の内で通信機を起動させている。こちらの状況を彰彦達に伝えようという事なのだろう。
この場は明日名に任せようとキッコは思う。
 朝川は狙いを明日名に絞るように両手を明日名に向けながら答えた。
「気付いているだろう? 自身の妹が供されたのと同じ、人体実験のための実験場だ」
 再び銃撃が放たれた。今度放たれたのは≪魔素≫製の弾丸。
弾丸を受け止める盾になっている符が、込められた≪魔素≫を急速に失って次々に地面に落ちていく。
「……っく!」
 明日名が反撃に向かわせた狐達は周囲にいる異形化した人間達に足止めされている。
追加で符を撒いて防御力を上げている明日名だが、これではじり貧だろう。
「やれやれ」
 キッコは符に先回る形で火球を宙に置いて銃弾を受ける役を肩代わりした。
「すまないキッコ」
「話を続けよ。式共もこの数の異形相手では長くは保たんぞ」
 明日名は頷いて問答を続けた。
「行政区内に異形達を放ったのはここから旧下水道を通してだな?」
「外に対して守りを固めるばかりで内には甘かったからな、手も出しやすかった」
 朝川はそう言って両腕を振った。
 その動作一つで衣服の内側にたまっていた弾の俳莢がまとめてなされ、
次いで服の袖が破れて機械製の腕部が露出した。その手には淡い光を帯びた魔装がある。
通光が異形を操る時に使っていたと議員の一人が証言していたものと特徴が似ていた。
周囲の異形化した人間達を操っているのはあれだろうと見当をつけ、キッコは訊ねた。
「それが知恵無し共を操る代物だの?」
「和泉の時には特殊な機構を持つ異形の喉を移植しなければできなかった事が、今ではこの魔装で行える。大した成長ぶりだろう?」
 ふん、と鼻で息をつき、キッコは掌中に火を生んだ。
「明日名、カプセルで眠っておるのも、周りで騒いでおるのも、まとめて潰すぞ? よいな?」
 明日名は通信機を切って符を束で構えた。

824白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:01:10 ID:xSdDCJiE0
「頼むよ」
「仮にも妹を延命させた技術を忌むのか?」
「ああ、お前達は人も異形も破壊して貶めているだけだ」
「破壊か、研究が進めば実験参加者の全てが意思を残す事も可能になるそうだが」
「そうなるまでにどれだけの死体を積み上げる気だ」
「さてな、全てやってみなければ分からん。私は研究には疎い」
 そっけなく朝川は続ける。
「しかし、人が進化する為の犠牲であればそれらも救われるだろうと、そう通光様は言っておられた」
「これだけの惨状を作っておいてそれを言うのか」
「強ければ勝ち生きて、弱い者を好きにしていい。分かりやすいだろう。
これが真理だ。異形が現れてからはそれがまた顕著になっている」
「好き勝手されぬよう、我等は群れて身を守ろうとするのだの。そして、害そうとする者に牙を剥くのだ。
お前達が何と理屈をこねようと、ここの一切を焼く尽くす事にかわりはない」
 キッコの言葉を受けて朝川は首を左右に振った。
「少なくとも、今ここで戦力を潰されるのは兵器としての私が許容できないのでな、
お前達も裏に表にと動いていい加減疲れただろう。そろそろ楽にしてやろう」
「ふん、機械人形、古い異物にやられるものか」
 キッコは周囲に展開していた炎の勢いを上げた。
 明日名のいる辺りが炎の壁で隠され、次の瞬間には明日名の姿は消えていた。
旧下水道への道を潰しに行ったのだろう。
明日名の動きに朝川が気付いていても臨戦態勢に入ったキッコから目を逸らすわけにはいかない。
仮に注意を逸らすような事があれば一息に焼いてしまおうと思うキッコの前で、朝川は腕の魔装を操作した。その動きに応じるようにして、
キッコを遠巻きに威嚇していた異形化した人間達がキッコから離れて行った。明日名の追跡に移ったのだろう。
 ……まあ、後は一人でなんとかするだろうて。
 キッコは自分の敵に集中する事にして、手の中の炎を大きく育てる。
「より古い時代の獣には負けん」
 言葉と共に朝川の衣服がはじけ飛んだ。皮下の機械部分が完全に露出する。
 硬質な全身を晒して、朝川は攻めの一歩を踏みこんできた。

825白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:02:06 ID:xSdDCJiE0


            ●


 唐突に切れた明日名からの通信の最後に聞こえた切迫した様子に、
彰彦は通信機を握りしめて険しい顔をする。通信内容から察するに、朝川とキッコ、明日名の戦闘が始まったのだろう。
 ……しかも周りには異形化した人間がいるってか……。
 キッコがいる限り、単純な数押しはある程度は笑い飛ばす事が出来る筈だが、
以前明日名は朝川との戦闘で一方的に負傷したという話だし、
キッコも第二次掃討作戦の時には負傷中の身を手ひどくやられたらしい。
手助けに行きたいが、こちらもこちらで忙しい事になりそうだった。
「おい! 旧下水道について詳しい奴! 急いで地図か何かに下水の図を転写してくれ!
 異形はそこを通って出てきてるぞ!」
 彰彦のことばが急速に広がっていく。誰か知っている者が出て来る事を祈る彰彦に、平賀が声をかけてきた。
「彰彦君、下水に対する配慮についてはわしが担当しておこうか。
君はあちらの方の対応をしておった方が性に合っておるじゃろう」
 そう言って平賀は庁舎の入り口へと顎をしゃくった。先程からそちらに神経を集中させていた武装隊の隊員から報告が来る。
「庁舎前! 異形、多数現れました! 中からまだ出てきます!」
 庁舎前には報告の通り、膨大量の異形が現れていた。
種族的な統一感がほとんど感じられない、複雑な異形の群れだ。
ただ注意深く見れば異形達の体にはどこか人体の名残じみたものが窺える。
その意味に、彰彦は舌打ちして自身の腕である異形の甲殻に≪魔素≫を流し込んだ。
 いつでも動けるように態勢を整える。
「こりゃ大したもんだ……」
「侵入経路が割れたと知った通光君が残りの戦力を惜しみなく出してきたというところかのう」
 平賀がそう口にしていると、庁舎の中から人が現れた。
 成人の、一般的な男性に見える彼の姿を認めた周囲の者の中から
「生存者か……?」という声が聞こえて来るが、断じて違うであろう事を彰彦は知っている。

826白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:03:00 ID:xSdDCJiE0
「いや、違う」
 言って、彰彦は男に問いかける。
「こいつらの指揮役か?」
「そうだ」
 短く答えて、男は背から第3、第4の腕を伸ばした。
 昆虫が持つような多節の、妙な光沢のある甲殻状の腕だ。
その光景を見た武装隊員が呆然と呟く。
「変化……? ≪魔素≫の動きが無かったのに……?」
「そういう事もあるってこったろうさ」
 正確には変化とは違うが、今はアレが純粋な異形だという事にしておいた方がいいだろう。
騙すのは気が乗らないが、割り切るしかない。そう思いながら、彰彦は武装隊達に相手の動きに気を付けるよう注意する。
 ……さて、武装隊はどう動いてくれっかな?
 現れた異形の数が数だ。
陣を張って構えてはいても、行政区中央に座する庁舎が面する通りは広く、
そこを埋め尽くそうとする異形の威圧感は尋常のものではない。士気やこの場を受け持つ仲間の身を案じて一旦退き、
異形達が行政区内に分散したところを各個討っていくという考えに走られたらこの場で匠達の帰還を待つということはできなくなってしまう。
 ……せめて庁舎の周辺の安全くらいは確保しておきてえんだけど……。
 このままこの場を離れる事になれば、内部に侵入した匠達の方にいくらかの異形は向かうだろう。
それもまた避けたいところだった。
 ……いくらか知己の奴に声をかけて少しでもここに残ってもらうしかねえか。
 知り合い達を武装隊の中に探し始めた彰彦だが、その機先を制するように武装隊の指揮役が言った。
「ここであの異形共を一網打尽にすれば、行政区内に侵入する異形の数が減る。
各所の仲間も助かるぞ。意地でも持ち堪えろ」
 短く鋭い返答が来る。その大音声を聞きながら、彰彦は指揮役に訊ねた。
「いいのか? ここで張るのはしんどいぜ?」
「異形が行政区内に散れば今旧下水道と既に地上にでている異形を相手にしている仲間の負担が増える」
「そうか」
「議員達の件もあるし、異形の侵入経路を見つけてくれた協力者達もあの世にいつ。
見捨てていけるか。正しい判断をしたと私は思っている」
「そうかい」
 妙に理屈臭い指揮役の言い分に苦笑して、彰彦は敵陣を気分よく見据えた。
「じいさん、下水の図は分かりそうか?」
「うむ、有志の者が行政区を今の対異形用の都市にまで改造した頃の事を知っておってのう、
今魔装も魔法も機械も使えるだけ投入して連絡を回しておるぞい」
「うっし、頼んだぜ」
 彰彦は庁舎上階へと進んでいる匠達に連絡を入れるため、通信機を操作した。

827白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:05:44 ID:xSdDCJiE0
次回まで微妙に流れが続くのでタイトルは接敵1ってことで
ではでは!

828名無しさん@避難中:2012/03/29(木) 18:56:49 ID:qgUgEIP20
ネラースがないんでこっちに。アリス・ティリアスさんイメージ
http://dl8.getuploader.com/g/6%7Csousaku/555/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9.png

829名無しさん@避難中:2012/03/29(木) 22:51:33 ID:Qn1F5sCI0
可愛いなー。温泉界にはこんな少女がいるのか・・・

830名無しさん@避難中:2012/03/29(木) 23:24:20 ID:j7tZGO3kO
アリスか…

831名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 20:31:09 ID:1nmdNcOI0
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org3156199.jpg

832名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 22:32:38 ID:A.UpW1H2O
かわいい!
蔑まれたい!!
・・・どなただろう?

833名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 23:46:27 ID:CLwPCAfoO
エリカ様では?

834名無しさん@避難中:2012/07/03(火) 00:15:12 ID:/0qYECvA0

            %ヘ、
           ≦/::::::\
           ≦/:::::::::::::ヽ__
          ≦/::::::::::::::::::\ ̄ ` >-‐''"´ ̄!≧
          ,r''"~ ̄`゙''ー-、/ ̄`〉´::::::::::::::::::::/≧
        /         ヽ、,ノ::::::::::::::::::::::/≧
       / / ̄`       - 、ヽ:::::::::::::::::::〉≧
      ./ /    ,r   ,r   ヽ`ヾ 、:::::::::::::!≧',
     / /    /   /`ヽ   `、 `、\::::/≧. ヘ
     / /  /  .|.  , .|  `、  ト、_ヾ`゙''、〈  ヘ
    /./  |  ̄/!`''ト、|  ,.t‐'"7"\ ヽヽ \   ハ
    /./   |  / |_/| .|   | /_  \! \ `、! |   < 残念、天草五姫よ
   //.   |  r====x、|   ,,r=====ゥ| /'\ヽ、.|
  ∠.|  | i! .《 |!::::i|レ    |!::::::::::i|. ‖! /、.  ト、ヽ
    .|  ii ll lヾ、!::’:|     l!::::’:‖././/9 !  ,' .\ヽ
    .|  ∧ |.! ! !弋;;ノ     弋;;,ノ "./〆./  /  .| \ヽ
    .|  | .! ! ト、| |    `       //,ノ'!  /  |  ヾ 、
    ! .! .!.l |  ヽ、          /::::/ /  ,イ   ヽ、
    ∨l レ |. ....:::丶、  ´`   ,,r''´!:::::/ /:::   |    ヽ、
     ∨、  /  .....:::::::::`>-r'' ´   |::::/ ./:::::::   |     `、
     ヾヽ,/ ::::::::::::::::::::::,.r‐|     |>' /:::::::::::   .|      \
      \、:::::::::::,.-‐一'ハ'/    //'、_:::::::::::   |
      / ヽ、/    .|. \  _,ノ/' |  `丶、   |

835名無しさん@避難中:2012/07/03(火) 18:15:31 ID:hTnJ4Il20
天草さんか!
その視線もっとお願いします!

836名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 02:28:33 ID:nemlRMM2O
「はぁ、殿下が仕事さぼって夏休み取っちゃったから代理で目眩印押す役押し付けられちゃったにゃ。最悪にゃ」

「侍女長様、次の罪人が来ましたにゃ」

「早く通すんだにゃ。五時までに仕事終わらせて飲みに行くのにゃ」

「エンマサマ、ふえぇ、わたし、わるいことしちゃったよう…」

「む、幼女にゃ。若さが気に食わないから有罪にゃ」

「えええ!なにしたのかくらいきいてよぉ?!」

「めんどくせぇ餓鬼だにゃ。何したにゃ」

「わすれちゃったの」

「ぶち殺すぞボケこの糞餓鬼擂り潰して血の池の足しにしたろか針山の天辺から簀巻きにしてローリング下山させたろかフザケンにゃ」

「ひいっ、こわっ…ちがうの、罪をわすれたんじゃなくて、わすれたことが罪なの、わすれちゃいけないことをわすれちゃったのっ」

「何にゃ、どういうことにゃ」

「わたし、エンガワっていうなまえで、記録係のおしごとをしてたんだけど、記録したものをどこかになくしちゃったの」

「うん、じゃあ有罪にゃ」

「はやいよぅ!もうすこしきいてよぅ!」

「無辜の一人より定時退庁にゃ。此処では刑法よりも職員のワークライスバランスを重視しているのにゃ」

「ん?それってワークライフバランスじゃないの?」

「反省の色が一マイクロシーベルトも見えないにゃ。地獄トライアスロン600周の刑に処すにゃ」

「ふぇぇぇ?!」

837名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 21:54:02 ID:hZZxLzrQ0
円川ちゃん生きてたよ!
生きてたんだよ!

838名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 23:10:10 ID:nemlRMM2O
「え?昨日の新入、無罪に判決変わったのかにゃ?」

「そうらしいですにゃ、侍女長様ったらあわてんぼさんにゃ」

「まいったにゃ。もう既に、指万力、深爪、タンスの角に小指、歯科治療、おっさんのあとのやたら陰毛の浮いた風呂まで地獄巡らせちゃったにゃ」

「……そんな地味に嫌な責め苦ありましたかにゃ?」

「わたしが直々に週替わりで考えてるスペシャルコースにゃ」

「侍女長…(あんた暇人にゃ……)」

「なんか言ったかにゃ」

「なんも言ってないにゃ、無辜の一人を連れてくるにゃ」




「ふぇぇ、お風呂はいったのになんかヌルヌルするよぉ……体拭いてもなんかおじさんみたいな臭いがするよぅ……」

「壮年出汁地獄はどうだったかにゃ、エンガワ」

「気持ち悪いよぉ…」

「にゃははは、地獄に相応しい陰険な責め苦に仕上がっとるようだにゃあ。よかよか、にゃはは」

「もういや、わたし、こんなところいやっ。たすけてよぉ!猫のおねぇさま!」

「よし、じゃあ特別に罰を免除してやるにゃ。恩赦に特赦の出血大サービスにゃ」

「ええ?!ほんとうに?ありがとう猫のおねぇさま!」

「いいってことよ気にすんにゃ!但しこれは私、閻魔大帝殿下代行閻魔宮廷侍女長が独断で下した特赦中の特赦にゃ。呉々も内密にしてもらわないと、口外した途端地獄巡り再開なんてこともありえるにゃ」

「ひいぃ…だまってます、ひとにはいいません」




「冤罪の娘、帰っていきましたにゃ」

「にゃ。超チョロいにゃ、ホントはこっちが落とし前つけにゃならんような大失態なのに、私のお陰で帰れたと信じて感謝して帰っていったにゃ」

「侍女長……やっぱあなた、地獄の役人が天職に違いないにゃ」

839名無しさん@避難中:2012/07/05(木) 00:40:13 ID:ndugDkRY0
ばれたら侍女長こそが地獄行きじゃないかww

840名無しさん@避難中:2012/07/05(木) 23:44:23 ID:gTDnkQDY0
侍女長ひどいwww

841 ◆dmfu//97yw:2012/07/06(金) 21:05:18 ID:1yIwCvpc0
円川ちゃん可愛いなあ……この子なら鯖落ちしたのは許せるね

新規で、世界観は閉鎖世界です。まぁツッコミどころが満載ですが、プロローグを投下します。

842 ◆dmfu//97yw:2012/07/06(金) 21:05:54 ID:1yIwCvpc0

 手が動いた。
 足も上下に動かせた。
 指もある程度動く。
 首もある程度回せた。
 目も動くし呼吸は辛くない。
 吸い込まれそうな夢から目を覚ます。吸い込まれていたらと思うと怖い。
 良い目覚めじゃない。頭痛が酷くて目眩がして吐き戻しそうに気持ち悪い。
 そして、如何せん記憶が欠落しているところがこれまた怖い。
 下戸なのに、昨日は久しぶりに酒を飲んだ。しかもアルコール度数もそれなりに高いウォッカを。
 ウォッカを無理矢理に喉へ捻じ込んだ僕はソファーに横になったまま寝ていた。
 こうならない様に酒には手を出さないようにと僕は決めていたのだが、何故飲んだか肝心な記憶自体が無い。
 様々なことを考察しながらも、五体満足を確認できたところで携帯を取ることに決めた。
 ゆっくりと、横になっていたソファーから上半身を起こし、型落ちしている機種の携帯電話を手に取る。
 携帯電話の着信音が無ければ、このまま半年は寝ていたかも知れない。
 起きたばかりで、通話の最初の部分を聞き取れなかったが、怒鳴られていることくらいは分かった。
 電話に出て早々怒鳴られることも考えていなかったためか僕は言い返せず、ただ呆然としている。
 仮にもう少し優しく会話をしてくれたなら携帯を鳴らしてくれたことに感謝できただろうに。
 はっきり言うと、電話でここまで怒鳴る人は失礼にも程がある。
 つまり、こんな礼儀の悪い電話をしてくる口の悪い女性と言う電話の相手と言うのは大体断定できた。

『起きろよゴルァ!! てめぇは仕事サボるつもりか!?』
「痛ててててて…………あまり大きな声は出さないで欲しいなぁ…………」
『遅刻ってレベルじゃねぇぞ!! てめぇは何様のつもりだ!?』
「悪いとは思っているけどさ、呑みに誘ったのギャズだよね」
『ま、まあいい………説教は“事務所”に来てからだ。来なかったらてめぇの家まで行くからな』

 ちなみに、この声の主こそが僕を二日酔いにさせた元凶のギャズ。
 いつものような決まり文句を言って、僕が言い返す暇を持たせないようにギャズは早々と電話を切った。
 なんと言う不幸なことに、祝い酒から始まり呑みっぷりをギャズに気に入られたらしい。
 仕方なく僕はギャズに付き合うわけだが想像通り僕は酒を飲んでこうなる。そして、酔いつぶれる。
 そのため、僕はわざわざ医者に通院し酒に手を出さないように生活してきた。
 あの方は、僕のそんな苦労を知る良しも無い。何て傍若無人な人なんだ。
 別にサボるつもりで遅刻しているわけではないから、恐らくそこまで怒られないといいなぁ。
 とにかく、一件落着。後は身支度をして“事務所”ヘと向かえばいいのさ。



 …………あれ? ここ何処だっけ?
 ギャズとカージャンクとシェパードと一緒に飲んだ酒屋は“事務所”の近くにあるバーだ。
 僕は酔っ払ったギャズにウォッカを口に捻じ込まれてそのまま意識を失った。
 それがどうして、誰か知らない人の家のソファーの上で寝ているんだ?

 いくら二日酔いだからと言って、自分の家じゃないことくらい分かる。
 僕の家はもっと片付けられていないし、何よりここまで広く無くて内装ももっと汚らしい。
 確実に金持ちの家で他人の家だと言うことは分かる。招き入れられた痕跡が無いことも。
 他人の家に侵入してそのままソファーの上で寝たと言うことは証明された。
 いやまさか、他人には言えないような取り返しのつかないような過ちを犯してしまった可能性がある。
 ――――まて、落ち着け。僕は何も間違いを起こしていない可能性だってある。
 一度や二度の話じゃないだろ。落ち着けよ、僕。
 とっ取り敢えずは外に出よう。ちょうど外の空気を吸いたかったところだし。
 場所が把握できるかもしれない。まぁ、無理かもしれないが………頭を冷やすことも大事だろうし。

 その瞬間、僕の体中の汗腺という汗腺からは氷水のように冷えあがった冷や汗が絶えず流れ落ちていく。
 来ていたシャツが汗だけで色落ちするのではないのかと言うくらいに汗をかいて体温を奪う。
 

「動くな!!! 俺の家で何をしているんだ!?」

843 ◆dmfu//97yw:2012/07/06(金) 21:07:30 ID:1yIwCvpc0



        やっぱり他人の家か。



 と言うわけで僕の回想は終了。
 ここまでが僕の一時間前までの行動である。
 見ての通り盗癖と下戸のタッグで僕は人生の大半を損しているような気がする


「私はジョージ・ハウスキー軍曹だ。君の名前と職業を聞かせてもらおう」
「名前はハンネ・トリップです……………仕事はホームランドにある骨董屋の手伝いをしています」
「また君か。まったく、何を目指しているんだ」

 勿論の事ながら自警団に捕まって取調室行きとなった。
 これで不法侵入の前科は七犯だ。まぁ考え様によっては、射殺されなかっただけでも幸運なのかもしれない。
 しかも全て酔った勢いでピッキングした挙句に自警団に逮捕されてハウスキー軍曹のお世話になっている。
 過去六回と変わらない内容で皮肉交じりのジョークを挟んで来ているところから判断するにすぐに帰れそうだ。
 
 まて――――いつもと違う。
 いつもは、ハウスキー軍曹も呆れた顔するが、今回は何時に無く真剣な顔をしている。
 七回ともハンネ・トリップと言う偽名を使い骨董屋の手伝いをしていると言ってきたが、今回は簡単には済みそうではない。
 もしかすると、小型機関銃やら手榴弾やら何かヤバイ物でも所持していたのかもしれない。
 確実に否定ができないと言うことが不安に拍車をかける。
 僕の正体が仮にバレていたならば刑務所に入れられて処刑されるか、最悪の場合は口封じとして殺されだろう。
 だから、とても骨董屋をしている事は嘘で実は殺し屋をやっていますとは言い出せるわけが無い。
 そもそも、誰にどういう状況にでも、殺し屋をしていることを明かしていい顔をされるわけが無い。


 ―――どう動くべきだ? 下手に嘘をつくと疑われる。
 

「どうせ、保釈金が出た頃合だろう。お迎えも来ている事だ帰ってもいいぞ」

 と、何とも曖昧な対応で手錠は外された。もちろん、保釈金が出るわけが無いのに。
 恐らく、自警団の毎日のように起きる軽犯罪に対して対応をしている暇が無いと言う理由だろう。
 これが二回目だから特別驚いたりはしない。いつものように尋問されなかったことが幸運だったと言える。
 しかし、軍曹が真剣な顔をしていた理由が結局分からずじまいだったが、とっと取調室を後にして帰りたかった。
 もう一つ理由があるとするならば、『お迎え』という謎のワードが指し示す物に嫌な予感がしたのだ。
 っというか、早く逃げ出したい。
 とても物凄い勢いで逃げ出したい。
 気持ち悪いくらい早く逃げ出したい。
 嫌な予感は大体的中してしまうから早く逃げ出したい。
 そして、多分それはギャズの事を指しているから逃げ出したい。
 と言うわけで僕は走りながら自警団のビルの出口へとダッシュした。
 今日一日くらい、僕は痛い目に遭わずに平穏に暮らしたい。

「あはははっ馬鹿じゃねぇの!!! バーカバーカバーカバーカ!!!!!」

 出口まで、後数メートルだった。
 唐突に悲壮感がこみ上げてくる。

 場違いじゃないか、と突っ込まれないと可笑しいと象徴しているほどのテンションの女性。
 片方はワイシャツに銀髪の白人女性。嫌な予感的中。予想通りのギャズだ。
 そして安定のテンションだ。出来れば嫌な予感が外れて欲しいのに。
 と言うよりも何も、出来ればこの人にだけは来ないで欲しかった。場違いだ。
 ――――だが、これは予想が的中しなかった人がもう一人来ていた。
 メガネをかけた白人男性。チームリーダーだ。
 流石にチームリーダーが直々僕のお迎えに来るとは思わない。
 というよりも、ギャズ以外のメンバーが自警団の古びたビルへとやってくるとは思わなかった。


「にしても、珍しい。てっきりリーダー達は自警団が嫌いだと思っていましたよ」
「俺が自警団を嫌っているんじゃない、自警団が俺を嫌っているんだ」



○●○●

と言うわけで投下終了です。
15キロバイトぐらいの容量を一ヶ月に一本書くことが目標。

844名無しさん@避難中:2012/07/06(金) 21:33:01 ID:noeODMRYO
ミケブチも元気そうで何よりW

845名無しさん@避難中:2012/07/06(金) 23:17:14 ID:noeODMRYO
↑失礼、携帯なんでリロってなかったがまた投下が!!。
閉鎖都市新作、次回も待ってます!!

846名無しさん@避難中:2012/07/07(土) 21:13:52 ID:j15c4aS20
閉鎖都市が熱いですね!
次回楽しみにしています

847名無しさん@避難中:2012/07/20(金) 04:34:10 ID:.gTKoxgQ0
「うう、地獄ってひどいところだったなぁ、もう二度といきたくないよぉ」

「残念だが、二度といかずにすむかどうかはお前の運しだいだ」

「え?いったいあなた誰?かわいいお洋服だね」

「む?かわいいか?ゴスロリを許容できるとは良い趣味をしておるようだな。私は創作の魔王、ハルトシュラーだ。閣下と呼ぶがいい」

「ふぇぇ、地獄から出たと思ったら今度は魔界なのぉ?!」

「そうここは修羅の住まう煉獄、創発の王が統べる欠番のバグワールド第八層地獄……ってんなわきゃないんだが」

「違うの?」

「そうだ、違う。ここはお前の記憶……いや記録の世界。エンガワよ、お前は一度、記録を失ったな」

「……うん、でももう取り戻したんだよ」

「ああ、だが、実はまだお前は、記録を取り戻していない」

「え……いったいどういうこと?」

「ひっくり返ってしまったんだ。記録を失ったお前が、記録のなかに取り込まれてしまった。という設定」

「設定?」

「魔王はなんでも創作してしまうのさ。というわけでお前は記録世界を旅して、もう一度創発の世界を再構築して貰わねばならん。がんばれ」

「ちょっとまってよ、魔王さんは何でも作れるんでしょ?私の記録を元に戻すこともできるんじゃないの」

「うんそうだね☆おっけー☆テヘペロ。……ってやってしまったら話が続かないだろうが」

「続けなくてもいいじゃん?!話が早いのはいいことでしょ!」

「じゃ、まぁ頑張ってくれ。とりあえず地獄とハルトはお前の記録に戻ったから」

「ああ!取り付く島もない!」


エンガワの冒険、続く

848名無しさん@避難中:2012/08/20(月) 19:49:59 ID:Fs/yaz8c0
また地獄行きだね。エンガワちゃん

849名無しさん@避難中:2012/11/12(月) 22:14:17 ID:FBe8oNBM0
http://uproda.2ch-library.com/599985L31/lib599985.bmp

キャラメイクファクトリーにて作成したクズハちゃん、照れて困っている表情が印象的。

キーは1

850 ◆mGG62PYCNk:2012/11/12(月) 23:04:32 ID:vAgXQLk60
>>849
おお!
かわいく作っていただいて感謝です
巫女服狐系女児はやっぱり浪漫があると思うのです

851名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 00:04:37 ID:CiR841sE0
>>850
喜んでいただけたようで何よりです、匠くんも作ろうかと思ったのですが、僕のキャラクターではないので
いまいちイメージが湧かず…(当初の予定では、クズハちゃんの隣に匠くんを配置するつもりでした)
クズハちゃんは何度もイラスト化されているのでイメージもつかみやすかったのですが。

852 ◆mGG62PYCNk:2012/11/13(火) 18:15:13 ID:VUeXMnyg0
>>851
あなたがイメージしちゃっても全然かまわないのよ?(無茶ぶり

自分には絵画系のスキルがさっぱりなので、できる人はすげえなあと思う次第です

いろんなところ出演させていただいていて創発板すげえとか思いますわー

853名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 19:28:39 ID:CiR841sE0
>>852
http://uproda11.2ch-library.com/370367WEN/11370367.jpg

お言葉に甘えて作成した匠くんです、僕のイメージですので作者さんとのイメージに食い違いが
あってもご容赦くださいということで。
顔の印象を「強気」か「さわやか少年」にするか迷ったのですが、結局「さわやか少年」の方にしました。

854名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 19:30:22 ID:CiR841sE0
>>853
URL間違えました。

http://uproda11.2ch-library.com/370368YB4/11370368.bmp

こちらです、まあ僕個人としては上の写真も好みなのですが。久しく入間航空祭行ってないなあ

855名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 21:22:38 ID:VUeXMnyg0
>>854
無茶振りにこたえてくださってありがとうございます!
さわやかで少年とは、まっとうな主人公みたいに思ってもらえててよかったなぁ

戦闘機とはよい趣味を……現代ミリタリーの知識は皆無だったりします

856 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:03:41 ID:tZPqHmSw0
「アリーヤさんの言うとおりだろうね、神谷さん曰く、ここにいない皆への忠告はベアトさんに任せるってことだから心配いらないが…
神谷さんが依頼を遂行した後の事だろうね、問題は」

シオンが問題提起した。そう、ベアトリーチェと名乗る少女が告死天使の情報を欲している以上、こいつらに何らかのアプローチ(おそらく、悪い意味で)を
掛けてくるとみてまず間違いない。ベアトリーチェの背後関係が全く分からない以上、どこからそれを仕掛けてくるのか、ということだ。

「僕から一つ提案なんだけど、常に僕ら、要するに告死天使のことだよ、のうち最低でも二人以上固まって行動するっていうのはどうかな?それなら向こうも
迂闊に手出しはできないはずだよ」

クラウスが提案する。そう、クラウスの言うように単独で外を出歩くよりも、複数人で行動した方が安全性はぐっと高まる。
まあ、それでも懸念材料がない訳ではないのだが。遠距離狙撃などされたらさしもの告死天使と言えどもひとたまりもない。しかし、少なくとも廃民街の中では
その心配は杞憂だということが次のベルクトの発言で分かった。

「まあ、この街は王朝が幅を利かせてるから、余所者がそうやすやすと動けるかって言ったらまあ難しいよな。車か何かでいきなり周りを取り囲むってんならともかく
ジョセフさんがやられたように狙撃ともなるとポイントの確保や銃のセットなんかに時間がかかるわけで。そんなちんたらやってたら、なあ?」

ベルクトの言うように、この街は常に王朝の目が光っている。部外者が下手に動けばたちまち王朝の戦力、通称「子供達」によって排除されるだけだろう。
その後も議論は続き、結局俺がベアトリーチェに告死天使の情報を渡したのち、何らかの動きがあるまではクラウスの言うように外出の際は複数人で行動することで
一致。更に万が一の有事には、味方に引き込めそうな人材に根回しをしておくようにした。金を積めば確実に絶対に裏切らない味方になってくれる
「パラダイス・ロスト」、同じく「ベアトリックス・レストレンジ」、俺のコネを使って「サルカド刑事」とその部下。
ここに「王朝」が加われば盤石の体制と言えるのだが、如何せん不確定要素であるだけに、正直微妙なラインではあるな。

「兄さんたち、大丈夫?兄さんの身に何かあったら私は…」
「大丈夫だよセフィリア、僕はいつでも君のそばにいるからね」

お熱いことで。まあ、兄妹の関係にこの言葉は合っていないような気もするが。そして会議も終わり、いい時間になったということで、
アリーヤ、ベルクト、アスナ、朝倉はそれぞれの住まいへと帰って行った。4人を見送り、再び食堂へと戻ってくると、そこには部屋の片づけが終わったらしい今空が
ステファンが用意したらしいコーヒーを啜って談笑していた。

「今空さんの住んでいる国って、どんな所だったんですか?」
「日本っていう国だよ。東洋の神秘の国。昔の偉い人は『日出ずる国』なんて言ってたね」

セフィリアが今空に彼女の元の世界の話を興味深そうに聞いている、俺も職業柄自分の知らないことには興味があるからな、この話に加わることにした。

857 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:04:06 ID:tZPqHmSw0
「それはそうと、私がここに着いたとき『閉鎖都市』って言葉があったけど、それはどういう意味なんだい?」
「言葉の通りです、四方360度すべてを高い壁で囲まれ、外界との関係を完全に隔絶された世界です。ですが、今空さんのように稀に壁の外の世界からやってくる人もいますよ」
「閉鎖都市ねぇ…まあ、私の元の世界には残してきて困るものもないからね、友達もいなかったし、両親はさっさと死んじゃったし。
そう言えば、ブライトさんには両親はいないの?きっとあなたに似て凄く綺麗な人だってのは想像に難くないけど」

「両親」という言葉を聞いた途端、セフィリアの顔が曇った。無理もない、この双子は生まれつき母親がおらず、自分たちの20歳の誕生日に父親を殺されるという
悲劇を経験してきているからな。そんなセフィリアの表情の変化を察した今空は、

「…ごめん、どうやら触れちゃいけない話題だったみたいだね」
「いえ、この際ですから今空さんにも知っておいていただきたいのです、私達兄妹が背負った業を」

そしてセフィリアの口から語られる自分たちの来歴。貧しいながらも父親の愛情を受け、幸福な毎日を過ごしてきたが、ある日突然その幸福を奪われた兄妹。
そして兄妹は父親を殺した相手に復讐すること誓った。

「…という訳です。これで今空さんにも解っていただけたでしょう。私達が背負った業を…」

その話を聞いた今空はというと、複雑そうな表情を浮かべながら、人差し指で左の頬を掻いている。そして溜息を一つつき、徐に口を開いた。

「復讐、ね。正直あまり関心しないなあ。憎悪はまた新たな憎悪を呼ぶだけだよ。その相手にも大切な存在があるかも知れない訳で。
たとえきみ達に害がなかったとしても、その人たちにきみ達の大切な人が呪われ、恨まれていく。これが良い事であるはずがないからね」
「それは所詮綺麗事です。私たちの大切な人を奪っておいて、のうのうと生きていることが私には許せないのです。たとえ復讐を遂げられずにこの身が滅ぶとしても
私はなおその相手を呪い続けることでしょう」

セフィリアが柄にもない強い口調で捲し立てる。あまりの迫力にその場にいた全員が若干引いてしまったくらいだ。
その美しく整った顔は自分の父親を殺した相手に対する憎しみで歪んでいたな。正直、こんなセフィリアの顔はみたくなかった。
それに対する今空の回答は。

「呪い、ね。じゃあ、さっきちょろっと口に出した『三大怨霊』の話をここではしてあげようかな。そしたらわかってもらえると思うよ。
恨みつらみ、呪いってものがいかにろくでもないものなのか。あ、怖い話が苦手って人は席を外した方がいいよ…って大丈夫そうだね」

858 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:04:25 ID:tZPqHmSw0
そして今空の口から語られる「三大怨霊」の話。一人は、学問の神として祀られている「菅原道真(すがわらのみちざね)」。彼は代々「文学研究」を生業とする
家の長男として生まれ、5歳にして和歌を詠み、11歳にして詩を作るという非凡な才能を見せた。その後もさらに才能に磨きをかけていった道真はやがて「100年に一度の天才」とまで謳われるようになったそうだ。
当然のように当時の政府でも重用され、将来が約束された役職まで与えられたのだが、それを疎ましく思った貴族たちの手により無実の罪をでっち上げられ、
左遷されてしまったそうだ。

「その罪ってのが、当時の天皇、要するに王様だね、を失脚させて自分の娘の夫を即位させようとしたっていうもの。はっきり言ってこんなこと本当に考えてたとしたら
左遷どころじゃすまないよ。さっき話したベアトリーチェの罪なんてくらべものにならないくらいの重罪だしね」

重罪、それはなぜか。要するに時の皇帝に対する明確な反逆の意思だからだ。これが事実なら家族もろとも惨い方法で殺されていただろう。
しかし、実際は左遷で済んでいる。それは何故か。要するに冤罪だったわけだな。
さて、その左遷先での生活はかなり悲惨だったらしく床が腐って抜け落ちたり、雨漏りがする家に住まされたそうだ。毎日の食事もままならない状況で
いつかまたもとに戻れる日を夢見ながら、左遷された2年後、もともとそれほど堅甲ではなかった道真は59年の生涯を終えたそうだ。だが、問題はここからだった。

「道真公の死後、その左遷に関わった人間たちが次々と怪死していったの。当時の政府は『道真の祟り』だって恐れたよ。で、政府はどうしたかっていうと…」

道真の怨念を鎮めるために、彼を左遷させるという旨に関わる書類のすべてを焼却処分することとしたわけだ。しかし、ここでもまた事件が起きた。
その炎が周囲に燃え広がり、近くにいた僧侶や役人たちが焼死した、というのだ。更にその後も災害が続き、その対策のための会議中、
議場に落雷があり、五人の貴族などが死傷するという事件まで起きた。これが決定的となり、これまでの不幸な事件はすべて菅原道真の祟りであると広まり
当時の政府は大混乱に陥った。

「それで、この一件を機に体調を崩した時の天皇はわずか8歳の皇太子、要するに王子様だね。に皇位を譲り、その一週間後46年の人生に幕を閉じたのさ」

と、今空は道真の話を締めくくった、しかし、俺には一つ腑に落ちないところがあった。それを指摘してみる。

「そんな恐ろしい祟りをもたらした怨霊が、なぜ学問の神として祀られるようになったんだ?」
「うん、いい質問だね。じゃあ、その理由をこれから話すよ」

今空が言うには「祟り神は祀ることで守護神になる」という考え方が当時存在していて、その祟りが強力であればあるほど、守護神としての利益もまた強力になる、
というのだ。それで、当時の大臣「藤原師輔」が大きな祠を建てて、丁重に道真を祀ったそうだ。もともと学問の分野に非常に秀でていた道真は、こうして
「学問の神」として祀られることになった、という訳だ。

「続いて二人目は、平将門(たいらのまさかど)っていう武将だね」

平将門は、自分の身内である平家との勢力争いに勝利し当時の関東地方という場所一帯を支配していたが、どうやら辺境の地であったらしく、
また、政府の横柄な政治に日に日に不満を募らせていったそうだ。そんな中、将門はある盗賊の統領を匿った。
その盗賊は関東のある国の国司、まあ要するに役人の長みたいなものだ。そいつから追われていたのだそうだ。
で、将門が取った行動はというと「これ以上彼を追いかけまわさないで欲しい」と書状を持ち、1000人の兵士を引き連れてその国司のところへ向かったんだが、
当局の返事はNO。どうやら関東を平定する際に争った身内の人間がバックについて何か企てているらしい。もうこうなると『戦争』しかない。

859 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:04:44 ID:tZPqHmSw0
「『よろしい、ならば戦争だ』って台詞をのたまったかどうかは知らないけど。その時の兵力でその国の兵力3000を一日で撃破してしまったそうだね」

そして、その国の権力の象徴たる印鑑と、様々な宝が保管された宝物庫の鍵を没収したんだが、そんなことをすれば当然、政府に対する反逆と見なされる。
そこで、完全に開き直った将門は、時の政府に対抗し、関東に新たな政府を樹立し、その新たな王として君臨することを決めた。
この一件で将門は完全に国家に対する反逆者と見なされ、討伐されることになった。そしてその2か月後、将門は政府軍との戦いの中戦死し、その首は都に晒された、
という話だが、

「将門の死後1000年くらいかな。その関東地方を大災害が襲うのさ、「関東大震災」って言ってね。役所の建物なんかも全部壊れて立て直すことになったんだけど」

その建て直し予定地に将門の墓があり、取り壊そうとしたところ、けがや病気にかかる人間が続出する。その後も当時の大臣など2年間で14人の人間が謎の死を遂げ
数えるのも面倒なほど非常に多くのけが人が出たというのだ。

「それで、将門の死後ちょうど1000年目に当たる年に、役所の建物に雷が落ちてね、建物が燃え上がっちゃったのさ。近くに将門の墓があったせいかやはり
呪いだとか祟りだとか騒がれたようだね。さて、話はまだ続くよ。その5年後の事なんだけれど」

日本が戦争に負け、焼け野原と化した街を整備している途中のこと、焼け跡のままだった将門の墓周辺に目を付けた進駐軍は、そこを駐車場にすることを思いつく。
で、重機で土を掘り返してたら墓石が出てきた。それを掘り出そうとした途端、重機が横転し、運転手など2人が死んだ。
結局、それ以上工事を進めることができなくなり、同時の王の墓ということで取り壊しは免れたって訳だ。

「どうかな、ここまで話を聞いてきてわかったでしょ?呪いなんてろくでもないものだって」

流石にこの二人の凄惨な呪い・祟りの話を聞かされてはすぐには言い返せない様子のセフィリア。しかしそれでも必死に言葉を探り、今空に言い返した。

「この人たちは自分が直接的に被害を受けているようですが、私たちの相手は自分が殺されることを覚悟しているはずです。それに、その相手がどんな悲しみ・憎しみを
背負っても所詮自分の事ではない以上、ここまでの呪いを実現できるとも思えません」

だが、そんなセフィリアの反論にも今空はため息を一つついて

「わからないかなあ。呪いの根源ってのは憎しみ・絶望そのものなのさ。自分が直接傷つけられたとか、そんなの全く関係なくね。それじゃあ、
それを証明するために最後の一人の話をしましょう。最強の怨霊・崇徳上皇のお話を」

崇徳上皇は第75代目の天皇で、先代の天皇「鳥羽天皇」とその妻の間に生まれたとされているが、正しくは崇徳上皇の曾祖父に当たる「白河法皇」の子であったことから
鳥羽天皇に疎まれ、嫌われて育った。白河法皇が鳥羽天皇を退位させ、当時わずか五歳の崇徳上皇を即位させたというのも、それに拍車をかけたようだ。
話が動くのは白河法皇が死去し、鳥羽上皇が政治に介入してくるようになった時だ。当時皇位にあった崇徳天皇の立場は不安定になってゆく。
そして、鳥羽上皇のわずか2歳になる息子「近衛天皇」に半ば強引に譲位させられ、さらにこの時彼を崇徳上皇の皇太子とする約束を反故にされたため、
崇徳上皇は政治の場から遠ざけられ、鬱屈とした日々を送ることになった。

「ここに崇徳上皇の一つ目の恨みが生まれたわけだね。尤も、こんなもの2つ目の恨みに比べたら何ともないと私は思うのだけどね」

再び話が動いたのは、その近衛天皇が17歳という若さでこの世を去った時だ。次の皇位継承者として最有力視されたのが、崇徳上皇の息子「重仁親王」だった。
自分の幼い息子が即位するとなれば、当然その間の政治は親である自分が務めることとなる、久しぶりに政治の場に戻れると崇徳上皇は期待したことだろう。
しかし、ここでまたも鳥羽上皇がしゃしゃり出てくる。鳥羽上皇の異母子であり、自分の形の上で弟にあたる「後白河天皇」が即位し、彼の期待は木端微塵に打ち砕かれた。

「さらに崇徳上皇は翌年に死んだ鳥羽上皇の今際にも立ち会うことができなかったのさ。これで崇徳上皇はどんどん不満を募らせていくことになるのだけど」

860 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:05:10 ID:tZPqHmSw0
さて、ここで崇徳上皇がどういう行動に出たかというと、先に話した近衛天皇を呪ったという咎で失脚させられた「藤原頼長」という人物と手を組み、
兵士を集めて時の政権に対して戦いを挑んだというのだ。しかし、後白河天皇側の夜襲に遭い僅か一日で惨敗し、何もかもうまくいかないこの世の中を儚んだ彼は
家を出て僧侶になろうとしたが、政府に反逆した罪人として扱われた為、それすらもかなわなかった。

「さて、罪人として政府に捕まった崇徳上皇。普通なら処刑されてもおかしくないのだけど、さすがに天皇にもなった人間を処刑することはできないからね」

都から遠く離れた「讃岐国」という場所に流されたそうだ。本題はここからで、崇徳上皇は、流された先で自分の起こした戦いで散って行った者たちのため、
その反省の為にありがたい経文を一文字一文字丁寧に写して行ったそうだ。

「自分の血で書いたとも、墨を使って書いたともいわれているけどね。で、全190巻にもわたるそのお経、五部大乗経を完成させた崇徳上皇はそれを
都の近くのお寺に納めて欲しいと、後白河天皇に送ったんだけど」

その後白河天皇が取った対応はあんまりなものだった。「呪いが込められているのではないか」と邪推して、その五部大乗経を送り返してしまったというのだ。
当然、崇徳上皇は激怒した。

「ブライトさん、あなたは自分が心を込めて作った料理を食卓に出したとき、『毒が入っているんじゃないか』って言われて捨てられたらどう思う?
まして崇徳上皇はこれを書き上げるのに三年以上の歳月を費やしているのさ。その怒り・恨みがどれほどのものか、私には想像を絶するよ」

さらにその後、唯一の希望であった重仁親王が死んだ、という知らせが届くと、崇徳上皇はこの世のすべてを呪った、というのだ。
舌を噛み切って、血でその経典にこう書いたというのだ。

「『我は日本国の大魔縁となりて、皇を取って民とし、民を皇となさん』。解りやすく言うと、私は日本の大魔王になって、天皇一族を民衆に落し、民衆を
天皇一族にとって代わらせてやるって意味だね。要するに、呪詛の言葉だよ」

この世のすべてを呪った崇徳上皇は、その後髪、爪を伸ばし放題にし、化物のような姿になり、生きながら妖怪になったとも言われている。
が、今空曰く妖怪になったという話は伝説にすぎず、実際は二度と都に戻れないことを嘆きつつ、失意のうちに悲運の46年の生涯を閉じた、というのだ。

「だけど問題はここから。そう、崇徳上皇の祟りと呪詛が実現してしまうのさ」

崇徳上皇の死後、後白河天皇の息子に当たる二条天皇が23歳の若さで死ぬとその二条天皇の后(きさき)と自分の愛人が一か月もせずに相次いで死に、
更にその10日後には孫にあたる六条天皇までの13歳という幼すぎる死を遂げたのだ。これだけでも十分後白河を追い詰めるに足ることだが、更に

「その後都の3分の1を焼く大火事が起こったのさ。死者は1000人に達し、後白河天皇が暮らす御所も火事の被害を受けてね」

ここにきて都で崇徳上皇の祟りに違いない言う話がまことしやかに囁かれ、政府も無視できなくなって、後白河も崇徳上皇を手厚く祀り、
供養も行われて、祟りの方は収まったようだ。しかし、

「兵士一門が台頭してきてね。後白河天皇はうまく立ち回って好きにはさせなかったようだけど、それ以降は好き勝手やられちゃったようだね」

861 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:05:27 ID:tZPqHmSw0
兵士と言えば、民衆の一部だ。その民衆が天皇一族に代わって政治を行うということは、まさに崇徳上皇の「皇を民に、民を皇に」という呪詛が実現した、と言えるのだ。
更に話はまだ続く。崇徳上皇の死後100年ごとに彼の死を祀る式典が行われたのだが、その前後に必ず災害や、国を揺るがす大事件が起こったというのだ。

100年後には、外国に国交樹立を強引に迫られる、という事件が起こり(元寇)、200年後では天皇一族での内紛(南北朝動乱)、300年後には都を焦土と化した
戦争(応仁の乱)が起こった。オカルトは普段信じない俺もさすがにここまで来ると単なる偶然では片づけられない何かを感じてしまうな。

「けど、菅原道真の話でもしたけど、怨霊は祟りが強いほど祀ることで強力な守り神になるって信じられていてね」

崇徳上皇の死後、実に700年、漸く政権が天皇一族に還って来た時の政府は700年ぶりに崇徳上皇の魂を都に丁重に連れて帰り、
手厚く祀ることで新しい国の守り神にしようとしたわけだ。

「その甲斐あって新生国家『大日本帝国』は世界の名だたる強国に比肩する大国に成長するのさ。漸く崇徳上皇も許してくれたのかと思うでしょ?
そうは問屋がおろさなかったんだね」

調子に乗って侵略戦争を繰り返し、平将門の話にも登場した『太平洋戦争』にぼろ負け。大日本帝国は崩壊し、新しい法律の基、天皇一族は
「政権を威信づける象徴」の地位すら失われ、国民の支持のもとに存続を許される「国家の象徴」となってしまった。
政治の主導権は完全に国民に委ねられ、崇徳上皇の呪いはここに完遂した、という訳だ。

「もっとも、私が勝手にそう思ってるだけで、彼の怨念・呪いは今もなお続いているのかも知れないけどね。これで私の話は終わりだよ」

この場にはクラウス、セフィリア、ステファン、シオン、俺、そして語り手の今空の6人がいたが今空以外全員が何も言えない、という表情でいた。

「私たちが復讐を成し遂げても、その相手の周囲の人たちの怨念で私たちの大切な人に危害が及ぶかも知れないってことですね…」
「そういうことだね。まあ、それでも気が済まないっていうなら好きにしたらいいさ。私にはあまり関係のないことだしね。それじゃ、私は部屋に戻って寝るよ」

と、今空は食堂を後にして、2階へと消えていった。ふと腕時計に目を落とすと、時刻は午後11時を示そうとしていた。さすがにいい時間ってことで
俺たちも休むことにし、その日は眠りに就いた。

そして一週間後、ベアトリーチェに情報を渡す日がやってきた。すでにレストレンジから他の奴らへの忠告も完了したと連絡が入っている。
後は、俺の事務所でベアトリーチェを待てばいいだけだ。当然、向こうも俺自身に何か仕掛けてくるということを警戒し、懐には拳銃を忍ばせ、
ステファンはエスタルク医院に残しておいた。テレビでは、相も変わらずワイドショーが他愛もないゴシップを垂れ流している。俺たち廃民街の住人には
全く関係のない話だ。チャンネルを変えてみても、そんな内容のばかりだが、一つ気になるニュースが目に飛び込んできた

862 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:05:43 ID:tZPqHmSw0
「CW・ジェネシス社、高性能人工知能の開発に成功」

ニュースによると、将来的に自立行動を可能としたアンドロイドの開発を見据えて、まずはその頭脳たる人工知能の開発に成功した、というものだ。
尤も、頭脳が出来上がっても、その頭脳から発せられる命令を受信する身体部ができるのは当分先の話のようだが。
正直、廃民街を消そうとした奴らの筆頭が残した連中が考えていることだ、ろくなことにならない気がするな。
俺がテレビを見ながらそんなことを考えていると、事務所のドアをノックする音が聞こえた。どうやら、「お客さん」のお出ましのようだ。俺は懐の拳銃のセーフティを
解除しつつ、

「空いてるが」

と、扉の向こうにいるであろうベアトリーチェに呼び掛けた。

「失礼します」

と入って来たのは、やはりベアトリーチェ・チェンチだった。ベアトリーチェは俺が促したソファに腰掛け、じっとその正面に座る俺を見据えていた。

「さて、これが依頼されていた情報だ。どうだ、役には立ちそうか?」

早速本題に入った俺は、ベアトリーチェに彼ら告死天使の情報をまとめた書類を計8枚渡した。但し、ジェネシス・ラッツィンガーと朝倉霧香の情報はないが。
依頼内容は、「二年前に」この廃民街を救った告死天使の情報だ。その時にいなかった二人は今回の契約内容には含まれないからな。
その一方で、二人には誰かが周辺を嗅ぎまわっていると警告し、注意を促すことで戦略的なアドバンテージが生まれる訳だ。

「いえ、期待以上の情報量です。それでは、こちらが残りの報酬になります。どうぞお納めください。あと、失礼ですがお手洗いを拝借してもよろしいでしょうか?」
「別に構わないが」

と、彼女が差し出してきた封筒の中身に残りの報酬がすべてそろっていることを確認した俺は、トイレへと向かっていくベアトリーチェを見送った。
そして3分ほど経ったか、水を流す音とともにベアトリーチェがトイレから出てきた、しかし鞄くらい置いていけばいいものをわざわざ持って入るとはな。

「ありがとうございます。それでは、私はこれにて失礼いたしますね。神谷さん、ありがとうございました」
「待て、この街はいろいろと危ないからな。街の出口まで送って行こう」
「いえ、一人で結構ですよ。来る時も一人で大丈夫でしたし」
「いや、実をいうと俺もこの後行くところがあって、そのついでだ」

その瞬間、ベアトリーチェの口元が微かに歪んだのを俺は見逃さなかった。やはりこの女、何か裏があるようだ。

「…そうですか、それではお願いします」
「ああ、行こう」

そして俺は30分程かけてベアトリーチェを廃民街出口まで送って行ったのだがその道中、10本ほど電話をかけていたな。
要所要所で「例の件」だとか重要な部分は伏せられていて何のことかはよくわからないが、この女の背後にはやはり何かがあって、よからぬことを考えているのは
間違いないな。さて、再び事務所近くまで戻ってきた俺が目にしたものはというと…爆破された俺の事務所だった。

863 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:07:32 ID:tZPqHmSw0
本スレの方で規制を喰らったので、こちらに投下しました。3大怨霊の話は、クラウスとセフィリアに
復讐を考えさせる上でぜひ入れたい話だったので、その語り手として今空都さんをお借りしました。

864名無しさん@避難中:2013/03/07(木) 00:15:44 ID:L6knQv3c0
閉鎖都市、わけても貧民街ははけっこういろんな組織がひしめいているのだなと再確認しました
事務所が大変なことになってて、これから波乱の予感です

865 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

866ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:49:08 ID:/PIHPH4M0
1-0/11

ゴミ箱の中の子供達外伝
 Funky Fairies

867ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:49:39 ID:/PIHPH4M0
1-1/11

 昼下がりの廃民街を1台のセダン車が進んでいた。フロントガラスの向こうでは、通りを歩く住人たちがわずかに
後ろに耳を傾けると、すぐさま路肩によって背後から迫る車に道を譲っていく。彼らの反応がよいのは別に彼らが
エンジン音を聞きとることに長じているからではない。無駄に高性能なカーステレオから漏れるロックミュージックの
ドラムの響きが車の存在を危険な位までに自己主張していたからだ。車外の人間でこの反応なのだから、車内の
人間の苦しみは推して知るべしだ。車の助手席に座っていた男は、コートの襟元にあるピンマイクを騒音から守るように
口に寄せた。

「フェアリー1より、オベロンへ、チェックポイントを通過、予定に変更なし」

 フェアリー1がそこまで言ったところでステレオからエレキギターが自己主張を始めた。鋭さを持って響き渡るギターの
旋律はフェアリー1にも聞き覚えもあるものだ。それもそのはず、先ほどからカーステレオから流される音楽はどれも
往年の名バンドばかりだからだ。この車の持ち主は相当な懐古主義者だったらしい。それがフェアリー1には不満だった。
 尚も響き渡るギターの旋律の切れ味は素晴らしく、年月を経てもなお人の心に突き刺さるだけの鋭さを持っている。
だがそれだけだ、とウィーザド1は切り捨てる。このギターは聴く人の心に突き刺さり、記憶となってとどまる力は
備えている。が、それで終わりだ。その響きは、せっかく突き刺さった心を揺さぶり、吊り上げ、高揚させ、変化を
もたらすにはいたらないのだ。もっともそれは当然だろう。その技術は音楽界が数十年の試行錯誤の末に獲得した
ものだからだ。とどのつまりこの音楽は古臭くてぜんぜんノれないのだ。ギターソロからマイクを庇う様に手で覆いながら
フェアリー1は思う。エレクトロニックハウスの電子麻薬じみたリズムに合わせて体を揺らすときのあの陶酔感。
これを知った今となっては、数十年前の名曲など前時代の遺物でしかないのだ。
 フェアリー1がカーステレオに自分の音楽プレイヤーのデータを流し込みたい欲求を堪えていると、ギターソロが
ようやく終わった。鳴り響く音楽の中にボーカルが戻ってくる。ボーカルのしわがれた声はエレキほど耳触りではない。
件のエレキも今は脇役の一人としてベースやシンセサイザーとともに控えめなメロディーを奏でている。フェアリー1は
ピンマイクを覆っていた手を離した。

「フェアリー1よりオベロンへ、"タンゴ"の周辺の状況はどうか?」
「オベロンよりフェアリーへ。バンシーによれば、事務所内部に"タンゴ"を含めて20人、事務所正面に兵隊を4人
 確認している。外の4人に関しては武器を確認せず。懐の拳銃だけだろう」

 イヤホンからの答えにフェアリー1は、予想通りだ、とほくそ笑んだ。"王朝"の縄張りの真ん中だからかなり気を
緩めているのだろう。それでも"タンゴ"含めて相手は24人。一方こちらは車に乗っている4人。相手の1/6しかいない。
だが、フェアリー1には、座席の下に隠した銃床を切り詰めた自動小銃がある。服の下には防弾チョッキを着込んである。
さらには外に被ったコートの裏には手榴弾が吊るしてある。ただの拳銃に、よくてトミーガンを持っているだけの相手に比べ、
自分たちはこれだけの装備を持っているのだ。そして何より、フェアリー1はたちはこの廃民街において最高の訓練を
受けてきた自負があった。幾多もの実戦をくぐり抜けてきた経験も持っている。自分たちのこの戦いの技術をもってすれば、
この程度の人数の差を覆すことは容易い。そうフェアリー1は確信していた。

868ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:50:03 ID:/PIHPH4M0
1-2/11

 だがそこでフェアリー1は懸念点を思い出してピンマイクに口を近づけた。

「フェアリー1よりオベロンへ、"タンゴ"の状況について了解した。だが1つ。こっちに"ブラヴォー"はいるか?」

 "B(ブラヴォー)"。それは魂を分けたフェアリー達の兄弟(Brother)を表す符号だ。フェアリー達は廃民街という
名のごみ箱の底に生きる暗殺部隊だ。殺しこそが彼らの家業であり、それ以外にも多くの汚れ仕事を手掛けてきた。
清潔な地で生きた罪のない市民はおろか、同じごみ箱の底の住民ですら、彼らの所業を知れば彼らを人非人と
罵るだろう。だが、そんな彼らとて、自分たちの兄弟を、それも己の職務に忠実に勤めている全く瑕疵のない
兄弟を手にかけるという一線だけは踏みたくなかった。
 フェアリー1の心の奥底でくすぶる不安に対し、オベロンの答えは簡潔だった。

「いない。"ブラヴォー"は予定通り、"タンゴ"の妻と娘を護衛するためにリトルアップルのショッピングセンターにいる。
 こちらでも確認済みだ」

 兄弟はこの場にはいない。オベロンの言葉を聞いてフェアリー1は僅かに背もたれにもたれかかった。
 "偉大な父"から、警護の名目で組織の幹部たちに送り込まれる彼らの兄弟が、幹部たちのお目付け役を兼ねていることは
公然の秘密だった。幹部が謀反の疑いを持てば、その後頭部を撃ち抜くことこそが、彼らのもとに派遣される兄弟たちの
最大の任務である。だがそれでも、己が受け持った幹部が何者かに襲われれば、兄弟たちは死力を持って建前にすぎない
護衛の任務を遂行するだろう。兄弟たちもまたフェアリー達と同じく百戦を潜り抜けた古つわものだ。自らを選ばれた精鋭と
自認しているフェアリー達でも、兄弟たちを一蹴できるとは思っていない。ましてや、死地に追い込まれればこそ冴えわたる、
人間が持つ――否、己たちが持つ戦いの本能を思えば、単なる不意打ちなど用を足さないのだ。この畏怖こそが、偉大な父の
命令で動く処刑人でしかない兄弟たちを、"王朝"の絶対的な守護者としていたのだった。
 だが、"T(タンゴ)"はそれを放棄した。自分の家族を守るためというもっともらしい理由で守護者たる兄弟を街の外へ追いやり、
自分の周りを腹心の部下で固めた。"T(タンゴ)"にとっては、背後で匕首を持った人間を遠ざけて安全を確保したつもりらしい。
だがフェアリー達にとっては、自らを護る盾を捨てて、ただ標的(Target)を増やしただけに見えなかった。
 信号のない十字路に差し掛かったところで車は減速を始めた。この交差点を左に曲がればとうとう"タンゴ"の事務所だ。
フェアリー1は左腕を持ち上げて時計を確認する。時間だった。車は交差点の直前のビルの陰で停止する。エンジンが
止まると同時に、カーステレオから鳴り響いていたロックの騒音が止まった。急に静かになった社内で、フェアリー達は
誰とも言わず座席の下から全長を短く切り詰めた小銃を取り出した。棹桿を引いて激鉄を上げる音が社内に響き渡る。
弾丸を装填した銃を一瞥したフェアリー1は、続いてダッシュボードに手を掛けた。中に入っていた布状の物体を部下達に
配っていく。それは目出し帽だった。自らの顔を隠すためのものだ。これをつけることでフェアリー1は"偉大な父"の子ではない、
何者でもない存在になるのだ。
 戦いのための最後の準備が終わると、フェアリー1は車内を見渡して言った。

「よしお前ら、踊ろうじゃないか!」
「サーッ!」

 フェアリー1の掛け声に、車内の仲間たちは掛け声を張り上げる。その響きを合図にフェアリー1は車から降りた。

869ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:50:38 ID:/PIHPH4M0
1-3/11

 小銃を構えながらフェアリー1は十字路に向かって走った。銃を手に通りに現れた集団に、たまたますぐ傍らを
歩いていた女が悲鳴を上げて走り出す。通りに響き渡る悲鳴は"タンゴ"を警戒させるに十分だ。だが、フェアリー1に
引き返す選択肢はない。すでに状況は始まっている。こうなれば相手に感づかれた事を前提に、機先を制して強襲
するまでだ。フェアリー1は女に構わず駆けだすと十字路の角の向こうに飛び出した。
 角の向こうでは、標的を守るスーツ姿の護衛たちが悲鳴を上げて路地を駆け抜ける女性の姿を見て懐のホルスターに
手を伸ばしていた。だが、懐に吊るされた銃に触れる前に止まる者。把握を握ったはいいが、浅く引きぬいたまま未だに
懐の中に手を入れたままの者。引き抜いたはいいが、その筒先を空に向けた者と臨戦態勢にはあと一歩足りない。
それが彼らの命運を分けた。角から現れたフェアリー1に、既に銃を引き抜いていた者が銃口を向ける。だが、
フェアリー1は始めから彼らに銃口を向けていた。瞬いたマズルフラッシュはフェアリー1の方が早かった。ライフル弾を
浴びていち早く銃を抜いた護衛が崩れ落ちる。その横で、出遅れていた他の護衛たちがようやく銃を抜き終えた。その時
フェアリー1が横に動いた。その背後から新たな銃口が姿を見せる。後に続くフェアリー1の部下達の銃口だ。兵隊たちが
それに狙いを定める前に、新たな火線が彼らを薙ぎ倒した。フェアリー達の連携の前に、事務所前を警備していた標的の
兵隊はあっけなく一掃されたのだった。フェアリー1はそれを確認すると、前進、という掛け声とともに通りの向こうにある
"タンゴ"の事務所へと走り出した。

870ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:50:55 ID:/PIHPH4M0
1-4/11

 "タンゴ"の事務所はどこにでもある雑居ビルの4階にあった。1階のバーのテナントの脇にある入り口から入ると
エレベーターと非常階段を兼ねた階段がフェアリー達を出迎えた。エレベーターの前で一旦立ち止ったフェアリー1は
階数表示盤を見上げた。明りは4階を指して停止している。これから降りてくるのか。それとも、たまたまその位置で
停止しているだけなのか。一瞥しただけでは判別できない。だがフェアリー1は躊躇わなかった。エレベータのボタンを
押すと、背後の部下達に目配せする。監視しろ。フェアリー1の視線を受けた部下は、全てを理解しているかのように
頷いた。部下達への役割はすでに割り振ってある。新たな言葉は必要ないのだ。部下の応答を確認したフェアリー1は
脇にある階段に向かった。
 部下を一人だけ引き連れて、フェアリー1は階段を駆け上がる。3/2と書かれた看板の下にフェアリー1が達したところで、
上から足音が響き始めた。焦った足取りで階段を駆け降りる大きな足音。それが幾つも続く。"タンゴ"の護衛達がこちらに
向かってきているようだ。フェアリー1は足を止めるとコートの中に手を伸ばした。手探りでコートの内側に吊るした手榴弾を
握りしめると、安全ピンにくくりつけた留め具からそっと引き抜いた。安全ピンは外れたが安全レバーをしっかりと握っているため
まだ爆発することはない。フェアリー1は息を潜めてタイミングを待った。上から響く足音はフェアリー達のすぐ頭上を通り過ぎて
3階に達しようとしていた。今だ。フェアリー1は階上に向けて手榴弾を投げ込んだ。放り上げられた手榴弾は空中で安全レバーを
振り落としながら階段の向こうに消えていく。そのとき階上翻った人影がうめき声をあげた。その声は直後に響いた爆発音に
掻き消された。白煙と共にフェアリー1の頭上に粉塵が降り注ぐ。炸裂を確認したフェアリー1は、立ち込める煙をかまわずに、
階段を駆け上がった。靄が消え始めた3階の階段前では5〜6人ほどの人間だったものが死に切れずに呻いている。
爆風により手足を吹き飛ばされた者や、飛び散った破片に体を引き裂かれた者の苦悶の声だ。慈悲も込めて、彼ら
一人一人に銃弾を与えることをフェアリー1は一瞬だけ考える。だが、今回の作戦でそんな悠長なことをしている時間は
なかった。"タンゴ"以外は無力化されていればそれで十分だ。そう判断したフェアリー1は、階段に折り重なって呻吟する彼らを
文字通り踏み越えて更に上階へと向かった。

871ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:51:25 ID:/PIHPH4M0
1-5/11

 階段を駆け上ったフェアリー1はついに"タンゴ"の事務所がある4階に到達した。4階の間取りはエレベータの正面を
事務所の入扉がふさいでいる。フェアリー1が4階に足を踏み入れた時、丁度その入り口から新手が飛び出してきた
ところだった。フェアリー1の姿を見て、驚いた顔と共に彼らは足踏みする。そんな彼らをフェアリー1は銃弾でなぎ倒した。
新手をねじ伏せたフェアリー1は開けっ放しになった事務所の入り口に銃口を向けた。入口から新たな人影が現れぬよう
フェアリー1が監視していると、その脇を部下がすりぬけて扉に向かっていく。フェアリー1の援護の下、入口の脇に
張り付いた部下は、開かれたままになった入口に手榴弾を放りこんだ。轟音とともに粉塵が入り口が噴き出す様を
確認しながら、フェアリー1は襟元のピンマイクを口元に寄せた。

「フェアリー1よりフェアリー2へ、エレベータ前は確保した。昇ってこい」

 下で待っている部下に命令を告げると、フェアリー1は入口脇の部下の下に向かい、事務所の内部への攻撃に移った。
 手榴弾の洗礼を潜り抜けてスチールデスクやソファーの陰で抵抗を続ける"タンゴ"の護衛たちを2〜3人ほど倒したところで、
背後からエレベータのベルの音が響いた。銃撃の合間を縫って一瞥すると、下に残していた二人の部下がエレベータから
出てくるところだった。これで全員集合。あとは総仕上げだけだ。フェアリー1は入り口の脇の物陰に張り付いた部下に
目配せする。部下は頷くと、懐から手榴弾を取り出し、事務所の中に放りこんだ。時間差を空けて響く轟音。それを合図に
フェアリー1は事務所の中に飛び込んだ。粉塵と残響が渦巻く事務所の中をフェアリー1は進んでいく。フェアリー1が
ソファーの陰に回り込もうとしたところで、奥で横倒しにされていた机の陰から護衛の生き残りが銃を向けて飛び出した。
だが、その健気な抵抗はフェアリー1の背後から響いた銃声によって沈黙する。フェアリー1に続いて事務所内に突入した
部下達が、フェアリー1の死角を補うように事務所全体に目を光らせていた。そこに一矢報いるだけの隙はなかった。
 物陰を隅々まで調べ上げ、室内に動くものがいないことを確認したフェアリー1は視線を別の方向に向けた。事務所の
最奥にあるパーティションで区切られた小部屋だった。事務所の役員室で、監視班のバンシーによればここに"タンゴ"が
潜んでいるはずだ。締め切られたそのドアをフェアリー1は観察する。茶色いマカボニー調に塗装されたパーティションは、
2度にわたる手榴弾の攻撃で表面のプラスチックパネルが剥がれおち、中空の内部を覗かせていた。このパーティションに
見た目ほどの厚みはないらしい。そう判断したフェアリー1は手にした小銃をパーティションに向けた。室内を確認していた
部下達も、フェアリー1に続いてパーティションに銃口を向ける。

「撃て!」

 フェアリー1の号令に、4本の銃身が火を噴いた。放たれた銃弾の群れは満身創痍のパーティションに殺到する。
薄いプラスチックを二重に貼り付けただけのパーティションに銃弾を受けとめるだけの余力などなかった。超音速で
衝突したフルメタルジャケットの弾丸はパーティションをやすやすと貫通し、丸い穴を穿っていく。弾丸を打ち尽くし、
小銃の咆哮が終わった時にはパーティションはさながら穴あきチーズのようになっており、無数に穿たれた穴からは
光が――恐らくその奥に窓があるのだろう――差し込んでいた。
 抜けた!
 ほくそ笑んだフェアリー1は小銃を負い紐に任せて放り出すと、腰の拳銃を抜きながら穴だらけのドアを蹴破った。

872ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:51:37 ID:/PIHPH4M0
1-6/11

 弾痕がいたるところについた役員室と見渡すと、小さなうめき声が耳に入った。フェアリー1の正面にあるアンティーク調の
木製デスクの向こうからだ。側面から慎重に回り込むと、一人の男が机の陰で倒れていた。白いスーツの腹部に浮かぶ
赤い染色を押さえながら、男はフェアリー1を見据えると口を開いた。

「"子供達"だな、貴様ら!」

 貫禄のある髭面を苦痛に歪めながら、それでもな凄みを感じさせる声で男は続ける。

「この親無し共め! 俺を誰だと思ってやがる。俺は"偉大な父"から――」

 唐突に響いた銃声とともに男の声が途絶えた。

「知らんね、お前の事なんか」

 硝煙の立ち上る拳銃を下ろしながら、フェアリー1はわざとらしく首を傾けた。

「フェアリー1よりオベロンへ、"タンゴ"の制圧完了」
「オベロンよりフェアリーへ、了解した。ちょうど我らが"ブラヴォー"が到着した。撤収を開始せよ」

 空っぽのままだった小銃の弾倉を交換しながらフェアリー1はオベロンに報告する。すると、オベロンは新たな来訪者を
告げた。すぐ脇の窓からそっと通りを伺うと、2台のワンボックスバンが馴染みの黒いアサルトスーツに身を包んだ一団を
吐き出しているところだった。我らが"B(ブラヴォー)"。"偉大な父"に楯突くあらゆる者を殲滅する、愛すべき弟(Brother)達だ。
流石に彼らに銃を向けるわけにはいかない。フェアリー1は踵を返すと襟元のピンマイクに向かって言った。

「フェアリー1より、オベロンへ、了解した。これより撤収する」

 報告と同時にフェアリー1は入り口に向かった。

873ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:51:51 ID:/PIHPH4M0
1-7/11

 部下を引き連れてフェアリー1は事務所の入り口を抜ける。入り口正面のエレベータは開いたままだったが、フェアリーは
無視して階段に向かった。恐らく下から迫る弟達は一部をエレベータを監視に充てたうえで、残りを引き連れて階段を
駆け上ってくるはずだ。かつてフェアリー1が教えられたように。フェアリー1が今回もそうしたように。弟たちに銃を向ける
わけにはいかない以上逃げ場は一つしかない。上だ。フェアリー達は上階に続く階段を駆け上った。

「上だ。上から逃げようとしているぞ!」

 階段のはるか下から追い立てる声が響く。その声に押されるようにフェアリー1は階段を駆け上る。だが、2階分ほど
上ったところで鉄扉が立ちふさがった。屋上へつながる扉だ。安全のためだろうか、中から開けるためにも鍵が必要
なようで、ノブを回しても扉は開かない。流石にこれは打ち破る他ない。フェアリー1が何か言う前に部下がショットガンを
構えながらが進み出でた。フェアリー1は彼と入れ替わるように階段に向かった。階下から登ってくる足音に銃を向けて
備えていると、背後からショットガンの銃声が響いた。続けてドアを蹴破る音が響き、にらみ続けている踊り場の壁に
フェアリー1達の影が差す。壁に映る人影は次々に減っていき、とうとうフェアリー1一人となった。そこでようやくフェアリー1も
身を翻す。急に流れ去っていく踊り場の景色の端に見慣れた黒いアサルトスーツの人影が映った。

「いたぞ!」

 背後で怒声と共に銃声が響く。辛くも鉄扉をくぐったフェアリー1の背中を銃弾がかすめた。

874ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:52:10 ID:/PIHPH4M0
1-8/11

 屋上に立ち並ぶ空調の室外機の間をフェアリー1は駆け抜ける。向かう先は隣のビルだ。屋上伝いに脱出する
つもりだった。ビルの間はほとんど開いていないが、隣のビルの方が1階ほど高い。そのまま飛び移ることはできないが、
先んじて屋上に出ていた部下がビルの壁面に背を預けた状態で待機していた。左足を深く折り曲げた上で、太ももの上に
上向きに重ねた手のひらを載せている。人梯子の体勢だ。その脇では壁を登るのを援護するためか、もう一人の部下が
屋上の出入り口に向けて銃撃していた。彼らの支援を受けて、フェアリー1はようやくビルの壁際まで到着した。
人梯子となっている部下の左足、続けてその肩を踏み台にしてフェアリー1は隣のビルの屋上に手を伸ばす。その手を
先んじて上っていた部下がつかんだ。上に引き上げられたフェアリー1はすぐさま身を返すと、下に残した部下の援護に
回った。
 開けっ放しになっている屋上の扉に向けてフェアリー1は銃撃を加える。目的は部下二人がフェアリー1の元に上ってくるまでの
時間稼ぎだ。もっとも万が一でも愛する"ブラヴォー"に弾を当ててしまってはならない。"ブラヴォー"が不用意に扉から身を
晒さないように、フェアリー1は人影が見えない入口に向かって銃撃を続けた。だが部下の一人が引き上げられたところで
"ブラヴォー"側が動いた。銃撃の僅かな隙をついて拳大の何かが入口から宙を飛ぶ。扉のすぐ脇に転がり落ちたそれは
白い煙を噴き出して、辺りを覆い隠した。
 煙幕を焚いて敵の視界を奪う。それはかつて自分たちが兄たちから教わり、そして自分たちが弟たちに教えた十八番と
言うべき戦術だ。"ブラヴォー"達の標準装備ならば、サーマルスコープを全員に支給されているため、視界がない状況でも
戦闘が可能だ。だが、いまのフェアリー達の装備は、任務の都合からトレンチコートに自動小銃という粗野極まりない格好だ。
当然そこにサーマルスコープなどという高級な装備は入っていない。視界を隠す白い煙にフェアリー1は銃床から頬を離すと、
舌打ちをした。
 眼下では自ら踏み台となっていた部下が残っている。彼を引き上げるまでの時間をなんとしても稼ぐ必要があった。白煙を
無視して銃撃を続ける方法がある。だが、視界をふさがれている以上、確実に抑え込める保障はない。また、弾丸が
当たらないという保障もない。大切な"ブラヴォー"に傷をつけるわけにはいかない以上、銃撃を続けることはできなかった。
代わりとばかりにフェアリー1は右手でコートの懐を探った。コートの内側につるされた手榴弾に指先が触れる。フェアリー1は
手榴弾の安全ピンに指を引っ掛けて握りしめると、そのリングごと手榴弾をもぎ取った。手の中の手榴弾は安全ピンを残した
ままであるため、爆発することはない。だがフェアリー1は構うことなく白煙の中に放り込んだ。

「手榴弾だ!」

 煙の中から"ブラヴォー"達の慌てる声が聞こえた。恐らく彼らは放り込まれた手榴弾の爆発を危惧して身を隠している
ところだろう。もっともすぐに彼らは手榴弾が不発であることに気づくはずだ。だが、部下を引き上げるには十分だった。
フェアリー1が視線を下に落とすと、部下が仲間の元に上るべく助走をつけて跳躍するところだった。空中で仲間に向けて
精一杯伸ばされた彼の手を二人の仲間がしっかりとつかんだ。

875ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:52:30 ID:/PIHPH4M0
1-9/11

 部下が全員揃ったところでフェアリー1は撤退を再開した。一段高くなった視界の屋上を駆け抜けて更に奥のビルに
移動する。奥のビルは一転して一階分低い。フェアリー1は速度を緩めることなく飛び降りた。体全体を折りたたんで
着地すると、今度はバネのように身をはじいて一気に加速する。だが更に走ったところで屋上の床面が途切れた。
フェアリー1は歩を止めると、縁から身を乗り出して下を覗いた。はるか眼下では道路に敷かれたアスファルトが
ビルの谷間を走っている。区画の端に到着したようだった。後に続いていた部下たちもフェアリー1に並ぶと、現れた
虚空を見て流石に足を止める。顔を上げたフェアリー1は身を翻して背後を確認する。その振り向いた先から怒気を
孕んだ声が響いた。

「動くな!」

 フェアリー1が飛び降りたばかりのビルの屋上から、黒いアサルトスーツに身を包んだ男が銃を構えていた。
我らが"ブラヴォー"だ。追いつかれたらしい。1人しか見えないところをみると、他の"ブラヴォー"達は壁を登るところで
悪戦苦闘しているようだ。もっとも一人とは言え、短機関銃に頬付けしている彼の姿に、一分の隙も見当たらない。
妙な真似でもしようものなら、彼は躊躇なく引き金を引くだろう。
 フェアリー1は観念したように息をつくと、手にしていた自動小銃を足元に放り捨てた。そのまま空になった両手を
頭の上にあげる。横に並ぶ部下達もフェアリー1の姿を見て次々と武器を捨てていった。フェアリー達の姿に"ブラヴォー"は
短機関銃から頬を離すと、遅れている他の"ブラヴォー"達を気にするかのように首を背後に向けた。
 眼を離したな!
 "ブラヴォー"が見せた隙に、フェアリー1はすかさず叫んだ。

「ピクシー!」

 返事の代わりとばかりにトラックのクラクションが彼方から響いた。

876ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:52:54 ID:/PIHPH4M0
1-10/11

 路地の奥から突如として大型トラックが姿を現した。対向車線まで巨体をはみ出したそのトラックは、通りに転がる
看板やゴミ箱、そしてフェアリー達が乗り捨てたセダン車すら薙ぎ倒しながら通りを進んでいく。やがてそれは、フェアリー達を
見上げる位置で止まった。
 トラックのエンジン音が自分の足元から響くことを確認したフェアリー1は、続いて両脇の部下達に向かって叫んだ。

「飛べぇっ!」

 言葉と同時にフェアリー1は縁を蹴った。ビルから落ちる最中、フェアリー1は自分が落ちていく先にトラックの荷台が
あることを確認した。その荷台には白い物体で満たされていた。
 落ちてきたフェアリー1に、荷台を満たしていた白い物体が大きな波紋を作って周囲に飛散した。これは緩衝材だった。
梱包用の発泡緩衝材から、裁断した紙ずく、エアーマットに工業用大型スポンジ。あらん限り詰め込まれた緩衝材が
ビルの屋上から飛び降りたフェアリー1を受け止めたのだった。
 粒上の発砲緩衝材に埋もれながらフェアリー1は自分の後に続く3度の衝撃を確認した。

「番号、1!」
「2!」
「3!」
「4!」

 点呼をとるとイヤホンと緩衝材の海の向こう両方から答えが返ってくる。部下は全員荷台に降りたようだ。

「大丈夫だ、車を出してくれ」

 フェアリーが言うよりも先に、トラックのエンジンがうなり声をあげた。車の発進と共に横へ向かう加重にもがきながら、
フェアリー1は緩衝材の海から顔を出す。遠く小さくなっていくビルの屋上では、茫然と見下ろす我らが"ブラヴォー"の
姿があった。

「フェアリー1よりオベロンへ、無事にピクシーと合流した。現在撤収中なり」

 ピンマイクに向かって報告しながらフェアリー1は息をついた。

877ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:53:22 ID:/PIHPH4M0
1-11/11

 "タンゴ"暗殺の筋書きは既に完成していた。犯人役の死体も既に用意してあった。生前の彼らが、"王朝"と
対立関係にある組織の若手幹部の命令で暗殺を行った、と自白するビデオも撮影済みだ。後はその死体達の
アジトで、このトラックを追跡しているリャナンシーチームと大立ち回りをしばらく演じる予定だ。その後は適当な
タイミングで"子供達"妖精部隊フェアリーチームの装備に着替えて、予め用意してあった死体を表に出せば終了だ。
 "タンゴ"が標的となった理由をフェアリー1は知らない。恐らくそれは"王朝"内部の複雑な政治力学の結果
なのだろう。まつりごとを嫌うフェアリー1にはそれ以上の理由に興味はなかった。そいういうものは自分より頭のいい
兄達がやっていればいい。兄達が不必要だと判断すれば、俺たちはそのことごとくを皆殺しにする。それが
俺達妖精部隊の仕事だ。

878ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2013/08/17(土) 12:01:37 ID:/PIHPH4M0
拝啓。
暦の上でも秋にはなりましたが、相も変わらず酷暑が続く中皆様いかがお過ごしでしょうか?
私はニート生活を脱出して1年半経過しました。
その間に終電を逃したり、泊り込みをしたり、休日出勤をしたり、
盆と正月とゴールデンウィークと盆がなかったりしましたが、私は元気です。
忙しい毎日の中でようやく暇を見つけることができましたので、久方ぶりに筆をとりました。
もっとも、ブランクが長かったため、リハビリがてら軽いものを書こうと思い、外伝の執筆にいたりました。
とにかく楽しく書けるハックスラッシュな作品、
マシンガンをバリバリ撃って、爆弾がガンガン爆発して、人なんかバタバタと死んでいって、ヒャアッハー戦争は本当に地獄だぜ!、
というのを5kBくらいでさらっと書こうと思いましたら、
まさかの20kB越え。原稿用紙30程の分量。
どうしてこうなった!?

879名無しさん@避難中:2013/08/17(土) 14:36:50 ID:vh.yDA/.O
投下乙です! 相変わらず文章上手いですね。自分もひさびさに書いてみたくなりました。

880名無しさん@避難中:2013/08/18(日) 22:10:07 ID:UD7nolUY0
乙です
戦闘妖精なんていうどこかで聞いたようなキャッチフレーズが脳内に浮かびましたぜ旦那!

881名無しさん@避難中:2014/04/10(木) 01:38:27 ID:2RpZsrQ60
ksks

882名無しさん@避難中:2016/06/29(水) 18:25:38 ID:TaXtwaXY0
ksks


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