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从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです Яeboot

1 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 05:30:51 ID:ytUFOiFEO

 

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.

694執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:51:54 ID:lF8RX.4g0
o川#゚ー゚)o「ていうかー、どっくんこそ、PINKに来て何を準備するってーの?
      ここショッピングモールだよ?てっぽーとか、ぼーだんべすととか、売ってると思ってるわけ?」

lw´‐ _‐ノv「そーだそーだー!」

何故か水を得た魚のようにして追従するシュールさんと共に、キュートは「言ってやったぜ」みたいな顔をする。
これだから素人は分かっちゃいない。銃と防弾ベストだけが、鉄火場を生き残る全てだと思っていやがる。

('A`)「そんなんだからキミは甘いんだよ。本当の戦場ってやつを知らねえネンネちゃんが、知ったふうな口を聞いて貰っちゃ困るね」

o川#゚ぺ)o「かっちーん。……じゃあ、何買ったのさー」

('A`)「ふんっ、いいだろう。この際だからキミにも、戦場を生き抜くための知恵ってやつを教えてやるよ」

言いながら、俺は足元に置いた買い物袋から“それ”を取り出し、キュートの目の前に突き出す。
ふくれっ面から一転、キュートの顔に訝しげな表情が浮かんだ。

o川*゚ー゚)o「……何それ」

('A`)「見ての通り、テディベアだ」

俺は両手でテディの両脇を握ってその茶色い腕をふにふにと動かす。
動作に合わせて、「こんにちは!僕テディ!」と声音を変える腹話術も披露してやる。
キュートの顔が、苛立ちを孕んでひきつった。

695名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 20:15:00 ID:lBlipISw0
執筆チーム!

696執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:16:13 ID:lF8RX.4g0
o川#゚ー゚)o「……で?」

('A`)「“僕、熊のテディ!好物はサフランの蜜と不労所得だよ!”――ん?」

o川#゚ー゚)o「“ん?”じゃないっ!それで、そのテディベアが、戦場を生き抜くのにどう役に立つのか、ちゃんと説明してくれるんだよね?」

('A`)「立たないよ」

o川#゚ー゚)o「は?」

('A`)「役に立たない」

o川#゚ー゚)o「……ごめんね、どっくん、良く聞こえなかった。もう一回言ってみて?」

('A`)「舞い飛ぶ銃弾の中で、こんな綿袋なんかあった所で何の役にも立たないよ」

瞬間、両脇をリボンで括ったキュートの頭が、ぼんっと音を立てて噴火した。

o川#゚д゚)o「人が!下手に出てれば!つけ上がって!あんたはー!」

「むきー!」とかなんとか言いながら、両手を振り回して怒り心頭を表現するキュート。
本当にこういう怒り方する人、初めて見た。漫画とかだと笑えるけど、現実に見ると鳥肌ものだな。無論、悪い意味で。

('A`)「おい馬鹿やめろ。確かにこの子は何の役にも立たないが、それでも抱きしめる事が出来る。
    この子を抱きしめていれば、たとえ鉄火場の中で孤立無援だとしても、心安らかに居られる。それは素晴らしいことだと思わないか?」

o川#`へ´)o「その子を抱いたままミンチになっちゃえばいいんだっ!」

697執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:17:25 ID:lF8RX.4g0
「ふんっだ!」と言ってそっぽを向くキュート嬢に、俺は肩を竦めて苦笑する。
テディを買った理由は他にあるが、こう面白いリアクションを返してくれると矢張りからかってみて正解だった。
今時、この手の戯言にいちいち真面目になって取り合ってくれる女の子は貴重だ。レッドデータアニマルズで保護されるまである。

(;^ω^)「……アホくさ」

俺達のやり取りを見守っていたブーンが、うんざりした顔でぼそりと呟く。
確かに阿呆の極みではあるが、これが俺流コミュニケイションである。つまり俺は阿呆の極み。

('A`)「いやほら、からかい甲斐がある子が居るとつい、ほら」

いぢめじゃないよ?スキンシップだよ?

( ^ω^)「……好きな子に意地悪する小学生かお」

('A`)「は?ふざけた事言ってるとぶん殴るよ?」

両の拳をぽきりぽきりと鳴らす俺に、塩豚はため息交じりに苦笑を洩らす。
その視線が、ぷんすかぷん、とそっぽを向くキュートに注がれた後、再び俺へと戻ってくれば、
そこには何時もよりも少しばかり引き締まった表情がにわかに浮かんでいた。

( ^ω^)「――それにしても、ツクバ、かお」

ポツリ、と一種未練を織り交ぜたような呟きが、俺の足元に落ちる。

矢張り、こいつにとって、ツクバという地名は気になるのだろう。

698執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:18:34 ID:lF8RX.4g0
かつて、「電子の海を泳ぐ街」の件で、俺達が辿りついた構造体。
ツクバ学術研究都市の中枢データバンクと、そこに表れた仮面のアバター、「ジョーカー」。
ツクバ軌道エレベーター跡に、ジョーカーの正体に迫る何かしらがあるのではないか、と奴は思っているのだろう。

( ^ω^)「……うーん、困ったお。あそこはネットが繋がっていないから、ドロイドを同行させるってわけにも――」

ぶつぶつと呟きながら、ブーンは何やら考え込むように腕組みをする。
やがて、何かを思いついたように顔を上げると、尻ポケットに手を突っ込んで桜色の小さな何かを取り出した。

( ^ω^)「これを、僕の代わりに連れて行ってくれお」

掌に乗せられた、桜色のそれは、プラスチック樹脂製の小鳥型ペットロイドのようだ。

('A`)「これは……?」

o川*゚∀゚)o「キャー!カワイイー!」

俺が尋ね返すよりも前に、横合いから覗きこんできたキュートが、弾けるような奇声を上げて、俺の掌の中から小鳥型ペットロイドを奪い去る。

699執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:19:41 ID:lF8RX.4g0
o川*>∀<)o「やだー!何これー!超可愛いんですけどー!きゃー!きゃー!」

(;^ω^)「おっ、おぉ……?」

自らの掌の中で矯めつ眇めつ、指でつついたりしては、かしましい悲鳴を上げるキュートに、ブーンは泡を食ったような顔で俺に視線で助けを求める。
この手のきゃいのきゃいのしたテンションは、矢張りこいつにはキツイのだろうが、俺もこれで完全に慣れたわけでは無い。SOSを出されても困る。

('A`)「おい……」

o川*>д<)o「んもー!何これー!何でこんなに可愛いのー!?なになに!?ブーンさん、何これー!?」

(;^ω^)「ひゅふっ!?」

パッション全開で体当たりするかのように詰め寄ってくるキュートに、ブーンの口から名状し難い声音が漏れる。

lw´‐ _‐ノv「むっ……」

傍らでその様子を見ていたシュールさんが、糸のように細い目を僅かに見開いた。
俺は、心の中で短く十字を切った。

(;^ω^)「え、ええとこれは、その、ペットロイドの形をした、スパイウェアで……」

o川*゚ー゚)o「うん!うん!」

(;^ω^)「その、ハイレゾカメラとか、一定の周波数を拾って録音したり…えっとその……」

口の中で、もごもごと説明になっていない説明をするブーン。
きゃぴきゃぴした女子を前にどもるその姿は、哀れな童貞以外の何物でも無かった。

700執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:20:33 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「電子の王かっこ笑い」

ここぞとばかりに、冷笑を浮かべるハインリッヒ。

lw´‐ _‐ノv「電子の王かっこ暗黒微笑」

その横で、ライスチョコレートを頬張りながら、二人の様子を眺めるシュールさん。
気のせいか、米粒型のチョコレートを噛み砕くその音が、妙に暴力的だった。

(;^ω^)「つまり、その、えっと、その子が録画、録音したモノを、後で僕に見せて欲しいと、そういうことですお……はい」

o川*>∀<)o「じゃあじゃあ!この子は私が持って行って良いんですね!?」

電子の童貞と元気印フリージャーナリストの会話は、驚くほどに噛み合っていない。
良い機会だから、この童貞も少し女の子の恐怖というものに慣れておくべきである。

(;^ω^)「ドクオ!ドクオー!」

心の中で南無阿弥陀仏と唱えてから視線を逸らす。
皆の話しの輪から離れた位置で、こちらを見ていた鋼鉄の処女と目があった。

从 ゚∀从「……賑やかだな」

('A`)「ああ、喧しくてかなわんね」

適当な返事を返して、俺はベンチに再び腰かける。
その横に並ぶように、ハインリッヒもまた、しゃなりと腰を下ろした。
少し離れた場所では、未だにブーンとキュート、シュールさんの三人がきゃいのきゃいのと騒いでいる。
俺達は、その様子をぼんやりと眺めた。

701執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:21:18 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「……本当に、随分と賑やかになった」

先の言葉を、ハインリッヒは繰り返す。
何時もの鉄面皮が、今は少しばかり緩んでいるようだった。

从 ゚∀从「五年前、私が貴様に拾われた時は、貴様と私の二人きりだったのにな」

('A`)「いや、あの塩豚も居ただろう」

从 -∀从「……」

俺の指摘に、ハインリッヒは「そうじゃない」とでも言うように、ゆっくりと首を振る。
やんわりと目を閉じたその横顔に、何時から彼女はこんな表情をデコードするようになったのだろうか、と思った。

('A`)「……で、それがどうかしたのか?」

从 ゚ー从「いや…何でもない」

思わせぶりに微笑を浮かべるも束の間、彼女は直ぐに何時もの仏頂面に戻ると話題を切り替えた。

从 ゚∀从「それより、件の依頼だが……」

語尾を濁らせた彼女の横顔は、「本当に引き受けて良かったのか?」と俺に問い掛ける。
何を今更、という表情で俺がそれに答えると、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

702名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 20:22:07 ID:eb4cGbXQ0
>>697
依頼にテディベアと言ったら
宝石とか貴重品とか

703執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:22:30 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「あのような騙す気すらも無い文面である以上、罠も何もあったものではないが……。
     私達を“誘っている”事に関しては間違いないだろう。努々、油断せぬ事だ」

('A`)「へいへい…わぁってるよ。どうせなら、俺に言うよりもあっちの頭パープリンちゃんに言い聞かせてやった方が良くないか?」

向こうで黄色い悲鳴を上げているキュート嬢を顎で示す。
 _,,,_
/::o・ァ「キューチャン!キューチャン!」

o川*>∀<)o「キィィィャアアアア!シャァアベッタアアアアアア!」

(;^ω^)lw´‐ _‐ノv「……」

ハインリッヒはそれに一度視線を動かすと、再び俺の方にその真っ赤な双眸を戻し、その白磁の美貌に憮然とした表情を浮かべた。

从 ゚∀从「……あくまでも、私の役目は貴様の命を守ることだ。彼女の命を守るのは、貴様の領分では?」

つっけんどんにそう言うハインリッヒに、俺は後ろ頭をかく。
何時も冷淡で温度の籠らない声音ではあるのが、このように突き放した物言いをする彼女は少しばかり珍しかった。

('A`)「はは、この自堕落駄目人間に、随分とハードルの高い事を仰る」

从 ゚∀从「ハードルを蹴り倒してでも良いから、貴様はそろそろその“自堕落駄目人間”という己が己に貼り付けたレッテルを克服すべきだ」

('A`)「そろそろ、って言うか何時も言われてるよね?」

自分で言っていて、「いや、それは俺の台詞じゃないでしょ」と異を唱える。
脳内閣僚達の異議あり、という指先が俺を糾弾する幻聴が聞こえたような気がした。

704名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 20:23:01 ID:eb4cGbXQ0
>>697
依頼にテディベアと言ったら
宝石とか

705執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:24:55 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「……兎に角、だ。私としては、貴様がキュート女史の護衛を通して彼女と心を通わせ、
     何やかんやのすったもんだがあったのち、最後は恋仲になってくれれば何も言う事は無い」

(;'A`)「はあ?」

从 ゚∀从「恋人でも出来れば、貴様のその救いようのない屑思考も幾分かの改善が見られる、
     と踏んでの私の希望だ。別に恋人が出来るのなら、キュート嬢で無くても問題ない。
     ただ、この場合では彼女が最も手ごろかつ、妥当と判断しての先の発言だ」

('A`)「キミは俺のカーチャンかよ……」

从 ゚∀从「恋は良いぞ。愛する人の為だから、と自分を騙していればどんな嫌な事も我慢できる。
     時たま湧いてくる、何のために自分は生きているのか、という疑問も“愛の為”で全て解決するので思考する必要性も無い。
     貴様のようなペシミストをこじらせた怠惰な人間の底辺には実にうってつけの合法ドラッグだ」

('A`)「今のキミの台詞を中学校のホームルームで言ったとしたら、思春期真っ盛りの少年少女達は100パーセント碌な大人にならないぞ……」

从 ゚∀从「そんな訳で、貴様は彼女と恋に落ちてみるつもりはないか?
そうしてくれれば私も、貴様の保護者としての懸念事項のうち2割ほどが解決するのだが」

('A`)「それでも2割かよ……」

从 ゚∀从「それで、どうなのだ?」

ハインリッヒの妙に鬼気迫る視線の追及に、俺は深々とため息をつく。
塩豚と言い、この鋼鉄の保母と言い、どうしてこうも俺の周りの人間はこうも軽々しく、恋だの愛だのと囃し立てるのだろうか。
男と女が居れば、恋しか無い、というその思考回路は短絡的かつ極端かと。

706執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:26:16 ID:lF8RX.4g0
('A`)「ていうか、さっきから散々っぱら俺と彼女がくっつく事を前提で話を進めているけど、
   キュートの方が俺の事をどう思っているかなんて分からないだろうが」

もしかしたら、あんな風に接してくるけれど、本当は同じ空気も吸いたくないとか思っているかもしれないし。
……ヤバイ、考えただけで嗚咽しそう。

('A`)「向こうの気持ちを無視するのは…その…良くないだろ」

言っていて、自分でも随分と紳士的で欺瞞に満ちた言葉だな、と思った。
咄嗟に口をついて出た一般論ではあるが、それを言葉にする俺の舌は、そんなものを微塵も信じていない。

从 ゚∀从「そんな貴様に朗報だ。人間が人間に好意を抱く要因の一つに、自分に好意的な感情を寄せている人物には自分も好意を抱きやすい、というものがある」

そんな俺の心の内を代弁でもするかのように、ハインリッヒは言葉を連ねて行く。

从 ゚∀从「好感度がマイナスへ傾いていない今なら、貴様がそれとなく好意的な態度を見せていれば、それらしく恋仲に発展できる。
     むしろ、世間で恋だとか言われているものの大半はそうやって進展して行く」

ガイノイドが恋を語る、と言えばそれは世にも奇妙な光景であろう。響き的には、ロマンチックですらある。
だが、ハインリッヒは、あくまでも鋼鉄の処女らしく、冷たく、無慈悲に、外科医の解剖メスのようにして、「恋」という事象を解剖して行く。

707執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:27:24 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「第一が、好意などと言う感情そのものは思い込みで作られる。
      好きになろう、と自身で思いこむ事で無理矢理に好意を生み出すことすら可能だ。
      無論、どうしても受け付けられない相手、というのもいるが、それは例外とする」

('A`)「……」

从 ゚∀从「つまり、生理的に受け付けられない相手でない限り、恋愛感情というものはどのような相手にでも起こり得る。
     彼は私の特別な人だとか、彼女は唯一の愛すべき人だとか、そう言ったものはまやかしに過ぎない」

('A`)「……だから、こんな俺でもチャンスがあると?」

从 ゚∀从「そう言う事だ」

('A`)「酷く遠まわしでネガティブなフォローを有難うよ」

お陰で、ますます恋なんてする気がなくなったがな、と口の中だけで呟く。

从 ゚∀从「大いに恋をしろ、青少年。そして大いに生殖行為に励み、現代の少子化問題に一石を――」

間違った方向に愛を解き始めた鋼鉄の伝道師の詭弁を聞き流しながら、俺は胸ポケットの中の煙草を無意識にまさぐる。
唯一特別な恋などあり得ないのだと、ハインリッヒは語った。
俺も、それについては同意出来る。同意できるが、一方で「それは本当なのか?」と疑問と反抗を唱える自分が居るのも事実だった。

……いや。恐らく、それは疑問では無く、願望でもあるのだろう。
特別な恋が存在して欲しい、という稚気染みた、俺の願望なのだろう。
そんなものは存在しない、と頭では分かっていても、それが存在して欲しいと願う。多分、そう言う事だ。

708執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:28:43 ID:lF8RX.4g0
恋をしろ。
しようと思えば、俺達は誰とだって恋に落ちる事が出来る。
顔が好みだから、だとか、彼は優しいから、だとか、適当な理由と理屈で定義付ければ、恋など容易い。
鋼鉄の処女は言う。だから恋をしろと。

それは、何時もの下にもつかない戯言なのかもしれない。故に、いちいち真に受けて考え込んでいる俺は阿呆の極みなのかもしれない。

だが果たして、「恋」というものは他人から言われて、或いは自分から「しよう」と思ってするものなのだろうか?
それはなんだか、自然では無いような気がする。それは、違うのではないのか、と思う。

('A`)「……」

何れにしろ、恋をしろと言われた所で、俺にそんなつもりは毛頭ない。
そのような、甘ったるい幻想に肩まで浸かれるほど、俺は綺麗に生きて来れていないのだから。

“あなたが愛しているのは、肩書き。私の“恋人”という肩書だけ”

('A`)「――クソったれた野郎だ」

从 ゚∀从「?」

思わず呟いた言葉を、耳ざとく拾ったハインリッヒが、白い鉄面皮にクエスチョンマークを浮かべてこちらを見る。

709執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:29:37 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「何だ、藪から棒に自己批判か?くどいぞ。今更貴様自身が主張せずとも、
     貴様がヒトデナシの屑である事は周知の事実だ」

('A`)「全く持ってその通りだぜ」

それに適当な返事を返して、ベンチから立ち上がる。

从 ゚∀从「何処へ行く?」

('A`)「喫煙室だよ。恋とか愛とか、歳甲斐も無く甘ったるい事言ってたら、胸やけがして来ちまった」

从 ゚∀从「おい、先の話をもう忘れたのか?肺がんは盲腸の――」

('A`)「分かってるよ。分かってますとも」

今は、目の前の事を考えるだけで、俺には精一杯だった。

710執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:30:35 ID:lF8RX.4g0

  ※ ※ ※ ※


――明かりの抑えられた執務室の中には、既に先客が居た。

∫ノイ゚ー゚)ン「――あら、お姉さま方、ご機嫌麗しゅう。……随分と、遅れた御到着ですわね」

立体ホログラフの天球儀が放つ淡い燐光の中で、その横顔が獰猛な嘲弄を浮かべる。
プラネタリウムのように薄ら暗い執務室に一歩踏み込めば、もう一人の妹もその後に続いた。

∫ノイ゚ー゚)ン「矢張り、チルドレンのアインとツヴァイともなれば、お忙しいのでしょうね」

ξ゚⊿゚)ξ「…………」ζ(゚ー゚*ζ

安すぎて構うのも馬鹿らしいノインの挑発を、私達は無言で受け流す。
束の間、九番目の妹は私達を睨みつけるようにすると、

∫ノイ゚⊿゚)ン「――フンッ」

と鼻を鳴らして前へ向き直った。
世界広しと言えど、私達程仲の悪い“姉妹”も居たものではないだろう、と乾いた皮肉が思い浮かんで、直ぐに消えた。

「――揃ったようだな」

重々しくもしわがれた声と共に、天球儀の向こう側で人が動く気配がする。
執務机の上に両肘をつき、虚ろな瞳でこちらを見つめるその人物の言葉に、室内の空気が一度ほど下がったような錯覚を覚えた。

711執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:31:34 ID:lF8RX.4g0
「さあ、私の可愛い子供達、もう少しこっちへ寄っておくれ。ここからでは、お前たちの可愛い顔が良く見えないのだ」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

咳き込むようなその声に、私とデレの二人は、一瞬、顔を見合わせる。

∫ノイ゚⊿゚)ン「――はっ」

その横で、ノインが何のためらいも無く一歩前に踏み出した事で、私達も遅れてそれに倣った。

∫ノイ゚⊿゚)ン「……これで宜しいでしょうか?」

「おぉ…おぉ…可愛い可愛い、私の子供達……」

執務机の向こうの闇から、皺だらけの細い腕が震えながら伸びて来る。
幽鬼のようなその骨と皮だけの手を握り、ノインは私と瓜二つの顔に痛ましそうな表情を浮かべた。

∫ノイ゚⊿゚)ン「おいたわしい事ですわ、お父様……」

「おぉ…おぉ…私の事を気遣ってくれるとは、お前は本当に優しい子だね、ノイン……」

∫ノイ゚⊿゚)ン「いいえ、娘として当然の事ですわ…ああ、代われるのならば、私が代わって差し上げたいのに……」

骨と血管の浮いたその手に頬ずりをする彼女に、私は若干の気遅れのようなものを感じる。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

それは、隣のデレも同じようだった。

712執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:32:52 ID:lF8RX.4g0
∫ノイ-⊿-)ン「嗚呼、さぞかしお辛かろうことでしょうね…心が休まる事も無いのでしょうね……」

∫ノイ゚⊿゚)ン「私も、早く、総統閣下をお連れして、お父様を御安心させて差し上げたいのですが……」

芝居なのか本心なのかも分からない仰々しい口調で、ノインは言う。
横目で私達を睨む彼女の声音は、言外に私達を糾弾していた。

「そう…今日、お前達をここに呼んだのは、その事なのだよ……」

闇の中で、一度咳き込む音がして、その皺の寄った顔が立体ホログラフの光の中に浮かびあがる。

(ヽФωФ)「再びの回収任務、今度はノイン、お前に任せようと思うのだよ……」

ブラウナウバイオニクス社、現会長。
そして、“私達の父親”でもあるロマネスク・オンデンブルグは、サレコウベめいて落ち窪んだ眼窩の中で、その目だけを偏執的に輝かせていた。

∫ノイ゚ー゚)ン「……」

ζ(゚- ゚*ζ「……」

勝ち誇った顔を浮かべるノインとは対照的に、デレの表情は芳しくない。
先日のムズリーマでの失敗からこっち、彼女が苛立っていたのは誰が見ても明らかだった。
それが今、“お父様”の口から直接、「お前は役に立たない」と言われたのだ。
尚且つ、後任を任されたのは、あのノインと来た。チルドレンの中でも、
それなりの腕前を自負していたであろう彼女にとっては、相当に悔しい事だろう。

713執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:34:50 ID:lF8RX.4g0
(ヽФωФ)「……未だ、総統閣下は憎き渡辺の手の中だ。
       加えて、あのCIAのエージェント共も、先日VIP入りを果たしたという報告が上がっている。くれぐれも、油断せぬよう……」

∫ノイ゚ー゚)ン「御心配なさらないでくださいませ…お父様から頂いた、わたくしのこの力があれば、
      ワタナベなど恐るるに足りませんわ。勿論、CIAというのも同様に――」

(ヽФωФ)「その自信が、私には心配なのだよ、ノイン。お前はとても優秀な子だ。
       だからこそ、その自信が仇となるようなことがあれば……」

∫ノイ゚ー゚)ン「勿体ないお言葉、恐悦至極にございます…お父様の期待を裏切らないよう、全身全霊をかけてこの任に当たらせてもらいますわ」

最後の方の言葉を、私達をちらりと見ながら言い終えると、ノインは一礼して執務室を後にする。
その後ろ姿を表情の窺えない目で見送ってから、“お父様”はゆっくりと瞬きをした後、私達を見上げた。

(ヽФωФ)「……それで、お前たちを呼んだ理由だが――ゲホゲホッ!」

そこで言葉を切ると、老人は一度激しく咳き込む。

ζ(゚ー゚;ζ「!」

慌ててデレがそれを気遣ったが、“お父様”はそれを制して、机上のトランキライザーを自らの首筋のジャックに突き立てた。
ガラスシリンダーの中の緑色のアンプルが注入されるに従い、老人の表情から苦悶の波が徐々に引いて行く。

714執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:36:21 ID:lF8RX.4g0
ξ゚⊿゚)ξ「……」

ζ(゚ー゚;ζ「お父様……」

(;ヽФωФ)「――忌々しい事よ。天下のブラウナウバイオニクス社の会長が、このザマだ。これ以上の皮肉もあるまいよ……」

自嘲気味に言って、“お父様”は空になったトランキライザーを床に放る。
数年前、始めに「ヴォルフの尻尾」がアーネンエルベの本土ラボから盗み出された時からこっち、
今まで精強な実業家然としていた佇まいが、まるで嘘だったかのように、私達の“お父様”は老けこんでしまった。

如何なバイオテクノロジーの粋を集めようと、「老い」だけはどうしようもなかったのか。
忌むべきニホンの象徴であるとして、義体化を意地になって拒み続けた彼は、二次大戦直後より生きる御年200歳に迫る化け物だ。
今までは、投薬強化と異常なまでの執念によってだましだましでやってきたのが、
長らく夢見て来た「千年帝国」を目前にして奪い去られたという事実によって、その仮面も剥ぎ取られた形となったのだろう。

ζ(゚ー゚;ζ「……」

哀れには思うが、私は隣のデレのような表情を作る事は出来ない。
それがどうしてなのかは、自分でも分からない。

ξ゚−゚)ξ「……」

――分からないし、考えたくも無かった。

(ヽФωФ)「それで、お前達を呼んだ理由なのだがな……」

とつとつと語られて行く新たな任務の内容を遠耳に聴きながら、私は頭上に輝く立体ホログラフの天球儀を目だけで見る。
紛いモノの星々の海の中で、オービタルコロニーを示す黄色い光点が、弱々しく光っていた。

715執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:40:52 ID:lF8RX.4g0
ξ゚⊿゚)ξ「……」

寿命の近付いたホタルのようなその光を、治ったばかりの左目でじっと見つめながら、
私の思考は太陽が照りつける熱砂の国の、砂の中へと沈んでいく。

ヴォルフの尻尾回収という、“お父様”直々の任務。
初めて肩を並べた自分の姉妹。“髑髏と骨”の介入。そして、血で錆ついた“彼ら”との再会。

燃え盛る格納庫。
狂ったように笑っていた、かつての親友。

……何故、あの子があの場に居たのか、本当の所は分からない。
憶測で言えば、彼女が“髑髏と骨”の構成員であったからなのだろう。
あの日、突然私の前から姿を消したのも、彼女がCIAの尖兵であったから、と考えればつじつまも合う。

六年前のあの日から、一切の連絡が取れない状態だったから、あの日、再び彼女を目にするまで、すっかり忘れていた。いや、忘れようとしていた。

当時の私は、何も告げずに姿を消した彼女に、自分が捨てられたのだ、と思っていた。
それが耐えられなくて、いっそ忘れてしまおうと、意識していた。

今、彼女は再びこの災厄の街、VIPに戻ってきている。
私達の倒すべき敵として。
私がそれに対して、何か出来る事は無い。彼女の相手をするのは、私では無くノインだ。

気にはなる。再び彼女の前に立って、もう一度言葉を交わしたいとも思う。
だが同時に、変わってしまったあの子を前にして、何を言ったらいいのか分からない、という気持ちもある。
結局の所、二回目の回収任務に選ばれなくて、良かったのかもしれない。

そう思うのは、逃げだろうか。

716執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:44:12 ID:lF8RX.4g0
ξ - )ξ「……」

あの時、ツーに向かって振り下ろされた対装甲用ブレードを、私は撃った。
――あの男そのものではなく、“奴が握る大剣の方”を。

私には分からなかった。
私を裏切り、殺そうとまでしたあの男。
かつて訳も分からない私に、ドア越しに鉛玉を叩きこんだあの男を。

どうして、殺せない。

忘れたのか、あの理不尽を。
忘れたのか、あの憎悪を。
理由も分からず、銃を突きつけられ、唐突に殺意を向けられたあの恐怖を。

いいや、忘れることなど出来ようか。
忘れたくても、忘れることなど出来ない。それなのに――。

ζ(゚ー゚*ζ「――お姉さま?」

横合いから掛けられた声に、思考を中断する。
見れば、“お父様”は話しを終えたようで、目線だけで私達に退室を促していた。

ξ゚⊿゚)ξ「――失礼しました」

軽く会釈をして、私達二人は執務室を後にする。
マホガニーのドアを閉めた所で、デレの訝しげな顔が横合いから私の顔を覗いた。

717執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:45:06 ID:lF8RX.4g0
ζ(゚ー゚*ζ「お姉さま、どうなされました?御気分が優れないのですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「いえ、そう言うわけでは……」

ζ(゚ー゚*ζ「なんでしたら、今回の任務は私にお任せになって、お姉さまはご療養なさられても……」

気遣わしげな表情を浮かべるデレの、私にそっくりなその顔を横目でちらりと窺う。
そのような建前を言ってまで、前回の失点を取り戻したいのだろうか。そうまでして、“お父様”の点数稼ぎをして、何になるのだろうか。

いや、彼女やノインは“チルドレン”だ。
“お父様”の側に常に仕えている以上、私と違って未来がある。
必死になって点数を稼ぎ、“お父様”に気に入られることこそ、彼女達にとって一番重要なことなのだ。

では、私は。
失敗作の私は。――“お父様”の側に仕えられない私は、何故ここに居る?

ξ ⊿ )ξ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「お姉さま?」

ξ゚⊿゚)ξ「……いえ、何でもありません。御心配をおかけしました。ブリーフィングは、移動しながらにしましょう」

ζ(゚ー゚*ζ「……了解しました」

まだ何か言いたそうな妹の脇を抜け、エレベーターチューブに乗り込む。
脳核回線で受け取ったミッションデータを左目(ホルスの目)の網膜ディスプレイに映しだしながら、私は余計な思考を頭から締めだした。
今は、目の前の事だけに集中しよう。そう、思うことにした。

718執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:46:11 ID:lF8RX.4g0

  ※ ※ ※ ※

――ニューハネダ・エアラインで一時間。ツクバ・ネオポートでリニアに乗り変えて三十分。
先だってのムズリーマ行よろしく、地元のレンタカーショップで格安ジープを借りてから更に三時間。
獣道と山道の区別がつかなくなった道を、二年前の脳核マップアプリだけを頼りに進めば、その禁断の地が見えて来る。
 _,,,_
/::o・ァ「チュクバ!チュクバ!ゴトーチャクー!」

o川*゚д゚)o「うわぁ……」

ピンク色の鳥型ペットロイドの甲高い鳴き声に、屋根の無いジープの後部座席でキュートが立ち上がる。

o川*゚ー゚)o「見て!見て!どっくん!あの樹!すっごいおっきいよ!」

長旅の疲れと、車酔いのダブルパンチで、紙のように真っ白な顔していたのは何処へやら。
俺が座る運転席の頭をガクガクと揺らして、キュートは修学旅行で初めてヤクシマを訪れた中学生のようにはしゃぐ。

立ち枯れた木々と岩々が転がるだけの、荒涼とした山肌を登りつめた先。
幾つ目か忘れた山の頂から見降ろせば、そこには溢れんばかりの樹木に覆われた、旧世代の街並みが広がっていた。

o川*゚ー゚)o「ここが、ツクバ学術研究都市……」

('A`)「“跡”、な」

719執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:47:44 ID:lF8RX.4g0
サバイバル・ベストの胸ポケットからジッポとマルボロを取り出しつつ、キュートの言葉尻を補足する。
万年酸性雨地帯に入る前の最期の一服を堪能した後、運転を再開。
崩れやすい下り坂を、徐行運転でしずしずと下っていく。

たっぷり二十分ばかりをかけて坂を下り終えた辺りで、分水嶺を越えた事を意味する酸性雨が車体を濡らし、
俺達は蔦と木々の根に浸食された廃墟の入り口に辿りついた。

('A`)「相変わらず辛気臭えとこだぜ」

从 ゚∀从「貴様の顔面に比べたら、こちらの方が風情がある分遥かにマシだろう」

('A`)「まあ、ユネスコ様が世界遺産にするって頑張ってるくらいだからな」

从 ゚∀从「最も、貴様の顔面の造形も、奇抜さで行けば、文化遺産くらいにはなりそうではあるが」

('A`)「やかましいわ」

何時も通りな相棒の減らず口に閉口しつつ、俺は対汚染コートのフードを被ると、緑灰の壮大な廃墟群を見渡す。
倒壊しかかったビルやガソリンスタンド、家々や諸々の建築物の骸の上を這うのは、異常繁殖した名も知らぬ植物の深緑。
ツクバ軌道エレベーター倒壊事故により、地下ラボラトリーから流出したのはK-2バクテリアだけでは無かったようだ。

バイオハザードからこっち手つかずの被災地は、事故から半年ほどで今のような緑の王国へと変容を遂げたのは、何らかの薬物による植物のミューテーションによるものだろう。

かつてニホンの頭脳、文明の頂点と謳われた科学の都が、今は緑生い茂る植物の楽園と化しているのは、そこはかとなく皮肉が利いていると言えなくもない。

720執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:49:25 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「あ!どっくん見て見て!シカ!シカが居るよ!」

頓狂な声を上げるキュートの指さす先。
突然変異によって酸性雨耐性を得た蔓草に塗れた民家の戸口。
彼女の言葉通り、一匹の小鹿が、飛び石の根元に生えた灰茶色の茸に鼻先を押しつけている。

o川*゚ー゚)o「野生種かな?だとしたら初めて見るかもー!」

新しい玩具を見つけた小童よろしく、目をキラキラさせてキュートはハンディカメラのスイッチを入れると、ジープからひらりと飛び降りる。
電脳技術の曙以前より続く怒涛の環境破壊により、純粋なる野生動物の姿を見かける事は珍しい。
それは、かように文明の及ばぬ地域であっても例外では無く、例えそれが在野の動物であったとしても、
大抵が汚染の余波をくって体器官の何処かしらに変異をきたしているものが殆どだ。

ニーソクの空を舞い飛ぶ鴉の殆どは脚が三本だし、ニューソクで問題になっている野良猫なども、
口が耳まで裂けていたり、目玉が七つあったりする。

今、俺達の目の前で茸をつついている小鹿は、そのような電脳時代の野生動物特有の変異が一切見当たらない。
茶色の滑らかな毛皮も、見事なものだ。

('A`)「こんな廃墟で、ペットロイドも居たわけじゃあるまいし……」

廃屋の頭越しには、前にも一度拝んだ、軌道エレベーターの超越的質量が、倒れた世界樹の如く横たわる姿が遠目にも見える。
以前にブーンとここを訪れたルートとは、反対方向のルートからここに来たわけだが、以前は小鹿などは見かけなかった気がする。
それとも俺の見落としだろうか。

721執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:50:51 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)oノ「おいでおいで〜」

俺の疑問も余所に、キュートはハンディカメラを構えたままでしゃがみ込むと、小鹿へ向かってよちよちと手を振る。
とろけそうな顔で手招きする総天然色(主に頭が)ゆるふわガールを前にして、
小鹿は怯えたように身を強張らせると、(鹿だけど)脱兎の勢いで駆け出した。

o川;゚д゚)o「あ、ちょっ!待ってよ〜!いぢめないから〜!」

廃屋の角を曲がって逃げ行く小鹿を追い、自分もまた駆け出そうとするキュート。
ため息一つ、俺はジープのクラクションを短く叩く。

('A`)「おい、ナチュラルに単独行動取ろうとしてんじゃねえよ。ここは非電脳地帯だって来る前に言っただろうが。はぐれたら連絡の取りようが無いってンだよ」
  _,
o川*゚д゚)o「えー」

('A`)「えー、じゃない。キミは一体幾つだ?ここにゃ迷子センターなんて無いんだ。頼むから大人しくしててくれ」
  _,
o川*゚ 3゚)o「ぶぅー。どっくんのくせに生意気―」

从 ゚ 3从「そうだそうだーどっくんのくせにー」

(#'A`)「……オウケイ、腐れビッチ共。キミらが俺の事をどう思っているかがよおく分かった。
    これからは、精々背後に気をつけることだな」

o川*゚ 3゚)o从 ゚3从「〜♪」

(#'A`)「……」

722執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:52:12 ID:lF8RX.4g0
悪びれもせず、口笛吹き吹き戻ってきたキュートを乗せると、俺は静かなる激怒の内にサイドブレーキを下ろす。
緩やかに発進した車内、後部座席と助手席同士で顔を見合わせにやにや笑う二人の性悪女共にルームミラー越しに呪いを送りつつ脳核時計を見る。

視覚野の隅の「圏外」という文字の下、時刻表示は15時23分。
クライアントに指定された時間までは、あと三時間の猶予がある。
衛星ナビゲーションシステムも使えない中、走行距離と走行時間から大まかな現在地を割り出し、
脳核マップの目的地と照らし合わせれば、予定よりも随分と速く到着出来そうだった。

('A`)「ったく、観光旅行じゃねえんだからよ。もっとこう、緊張感を持って貰いたいもんだね」

从 ゚∀从「まさか、貴様の口からそのような言葉が出るとは驚きだな。
今世紀最大の事件として、教科書に載るほどの珍事だ。ドクオ危機と名付けよう」

('A`)「うるしゃー。俺だって、いっぱいいっぱいなんだよ」

このような軽口の応酬をしている今現在も、俺の神経は周囲の廃墟や瓦礫の陰に向けて全力で警戒を飛ばしている。
得体の知れない今回の依頼の事。先に罠の可能性が薄いと言いはしたが、最大限の警戒は怠らないに越した事は無い。
こうしている今も、俺達を呼び出した何者かが俺達を遠目から監視している可能性はかなり高いだろう。隙を見せるわけにはいかない。

从 ゚ー从「ふっ。何だかんだと言いつつ、ちゃんと彼女を守る役目は自覚しているのではないか」

('A`)「あ?何か言ったか?」

从 ゚∀从「いや、似非ラブコメ体質な軟弱男には何も言っていない」

('A`)「はあ?」

723執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:53:42 ID:lF8RX.4g0
と言いつつ、しっかり聞こえては居る。
出発前から相変わらず、この鋼鉄の姑は熱病みたいな事を抜かしてくれる。
確かに、キュートの身の安全を守る役目は俺にあるのだと思ってはいる。
だが、それだけだ。それ以上の事は、今は考えている余裕など無い。

('A`)「……大体、キミもよくこんな得体の知れない名指しに、着いてくる気になったもんだ」

未練たらしく小鹿の消えた廃屋を睨み続けるキュートに、肩越しに言葉を投げる。

o川*゚ー゚)o「んー」

('A`)「二つ返事でついてくるなんて、ちっとは危機感とか無かったのかよ」

露骨な呆れを滲ませた俺の言葉に、キュートはジープのドアに乗せていた顎を上げた。

o川*゚ー゚)o「そりゃ、まー、不気味だとは思うよー。その“タナカ”って人が、何考えているかもわかんないし。
      罠かもしれない、って可能性も無きにしも非ずだろうし」

気だるげに言葉を紡ぐキュートの目は、俺では無く外の厳粛な廃墟の沈黙へと向けられている。

o川*゚ー゚)o「でもさ、どっくんも言ってた通り、私とどっくんを一緒に名指しして来た、って事はさ。
      やっぱりこないだのムズリーマでの事と何か関係があるんだろうし。
      だとすると、心当たりがあるのは渡辺グループとのことくらいだし」

そこでキュートは一度言葉を切ると、口元を少し引き結んで言った。

o川*゚ー゚)o「だったら、俄然ここで引くわけには行かないじゃん。
      渡辺が関わってくるかもしれない、っていう可能性が少しでもあるんだったら、私がついて行かない理由なんか、無いよ」

724執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:54:55 ID:lF8RX.4g0
廃墟の空へと向けられたキュートの視線は、この空模様とは反対に、一点の曇りも無い。
済みきった真夏の日差しのようなその瞳に宿るのは、弟の死の真実を知りたい、という事だけは無いのだろう。

恐らく、それはありふれた正義感。ニュースホロで企業の不正を目にした時に、誰もが抱く、囁かな怒り。

チャンネルが変われば直ぐ様忘れてしまうような、そんな感情を変わらず持ち続けられるのは、誰もが出来る事では無い。
真っすぐで、歪み無く、ただ、蒼穹の飛行機雲のようなその立ち姿を見ればこそ、俺は以前に目にした黒山羊のサーカスでの一幕を語る事が出来ない。

きっとそれは、俺の口から語られるべき事では無い。
彼女が足掻き、もがいて、突き進んだ先で、彼女自身が掴み取るべきモノだ。
不誠実かもしれないが、少なくとも俺自身のこの決断を、俺は正しいと信じたい。

o川*゚ー゚)o「……それに、何かあってもどっくんが守ってくれるんでしょ?」

そこで初めてこちらを振り返ると、栗色の髪を揺らせてキュートは屈託なく笑う。
夏の日差しにも似たその笑顔は、俺のような薄汚れた身に向けられるには、あまりにもまぶし過ぎる。

('A`)「……バーカ。今回は、クライアントはキミじゃないんだ。守って欲しかったら、出すモノ出すんだな」

だから俺は、憎まれ口を叩くしかない。
太陽を直視して、目を焼かれないように。

725執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:56:51 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「従業員割引でサービスとかしてくれないの?」

('A`)「キミはうちの社員じゃないだろうが」

o川*゚ー゚)o「えー。どっくんのケチー」

从 ゚∀从「ケチー」

('A`)「……やれやれだ」

ため息をつくと、ゆったりとハンドルを切りながら、深緑に覆われた廃墟の中へとジープを転がして行く。
でこぼこと隆起したアスファルトは至る所に亀裂が走り、その亀裂からは名も知らぬ下草が伸び放題だ。
かつて住宅区画であったであろう、碁盤の目のような区画は、まるごとが一本の巨大な樹木の根に覆われ、
根のアーチやトンネルの下では、先ほど見かけたような鹿の他にも、アライグマや猿、インパラなどが野放図に駆けまわっている。

o川*゚ー゚)o「うわースゴイスゴーイ!野生の王国だー!」

サファリパークのランドクルーザーに乗ってでもいるかのように、キュートはハンディカメラを右往左往させては黄色い悲鳴を上げる。
同時に俺はため息を吐き、視線を上向ける。
木の根に支配された住宅区画を抜けると、目の前には企業連がかつて所有していたオフィスビルの墓標が森となって突き立っている。

森となって、というのは比喩でも何でも無い。
林立するビル、その一本一本の壁面は木々に覆われ、天へと向かって緑が群生する一本の森の様相を呈しているのだ。
ワタナベ製薬の元研究ビルなどは、頂上部フロアを丸ごと一本の大樹に浸食され、
剥き出しになったオフィスからは木々の根と共に、湧水が滝となって這い出し、足元のアスファルトの窪みに小さな池を作るまでに至っている。
さながらそれは、文明崩壊後の世界を描いたフィクションのような光景であった。

726執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:58:24 ID:lF8RX.4g0
o川*゚口゚)o「ふぁあぁ……」

自然と文明の合作オブジェのようなその光景を目の当たりにして、キュートが感嘆のため息を阿呆のように広げた口から零す。

('A`)「……」

運転席でハンドルを握る俺にしたって、その反応は似たようなもので、このような一種超越的な光景を前にしては、流石に畏敬の念にも似た感慨を抱かざるを得ない。

ユネスコが世界遺産に登録しようとする動きがあるだけあって、ここ、ツクバ学術研究都市跡に満ち満ちた、圧倒的な緑と廃墟の織りなす一種の頽廃美は、
一枚の幻想絵画の世界の中かと錯覚するほどに、見る者の心を打って止まない。

幽玄なる光景の成り立ちを思えばこそ、その感動はより一層深みを増す。

“美しい桜の下には死体が埋まっている”、などとはよく言ったもので、
俺達が今立つ大地の下には、かつてのバイオハザードによって犠牲となった数千人もの骸が折り重なっているのだ。

世界遺産登録というのも、件の悲劇を繰り返さぬよう、後世に語り継ぐという意味もあるのだろう。

未だ、世界遺産への登録が済んでいないながらも、この地は観光客の立ち入りを制限している。

建前上は、未だにK-2バクテリアが残留している可能性があるから、と言う事になっているが、
実際の所は、地下に眠る手つかずの膨大な研究データの為であろう。

何しろニホンの頭脳の中心だった地だ。国家機密級のデータがごろごろと転がっている事だろう。
それらを狙ったスカベンジャー集団なんてのも、この業界に居れば噂程度に耳にする。

今俺達が観光客面をして足を踏み入れている区画にしたって、ハザードレベル3だとか言って(無論建前だ)、
政府によって立ち入りを禁止されているエリアのど真ん中だ。

最悪、ロイヤルハントの哨戒部隊とはち合わせて、蜂の巣にされる危険性だってある。

故に、この地を合流地点とした、例の“タナカ”の正体と目的が、気になる。

727執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:59:37 ID:lF8RX.4g0
('A`)「……あまり、騒ぐなよ。見つかったら事だ」

今にも身を乗り出してジープから飛び降りようとするキュートを制止しつつ、目線でハインに確認する。
鋼鉄の処女は僅かに肩を竦めて首を振った。

从 ゚∀从「電子ソナー、赤外線走査、両種を並列起動して索敵を行っているが、するだけ無駄だな。
      空気中に未確認粒子が多過ぎて赤外線は愚か、他のセンサ類も使い物にならない」

未確認粒子、というのは今現在も雨粒を跳ね返して時折ゆらゆらと輝くこの胞子のようなものの事だろうか。
かつて地下のラボで研究されていた細菌の類か、はたまたロイヤルハントやらが撒いたチャフか。
ツクバがネットも電波も繋がらない、電子的に隔絶した地だと言う事は分かっていたが、
ハインリッヒのレーダー類も役に立たないとなると、少々厄介だ。

('A`)「その分向こうさんもてめぇの目ん玉に頼るしかない分、イーブン……ってのは甘く考えすぎか」

从 ゚∀从「無論、待ち受ける側にアドバンテージがあるのは必定。
元より依頼を受けた時点で、私達のアドバンテージなど皆無だ」

('A`)「――ま、それを見越してこっちも色々準備してきたわけだが…はてさて」

ハインリッヒの膝の上のデイパックを横目で見る。
カーキ色のデイパックは、エレファントキラー級マグナムや、ハンド・グレネードランチャー、
義体対応フラッシュ・バンから果ては略式光学迷彩までもが詰め込まれ、パンパンに膨れている。
廃墟の真ん中で奇襲から包囲されたとして、相手にもよるがこれだけあれば逃げ切ることぐらいは可能だろう。

最も、そのどれもが事後対応の品々でしかないのが、大いなる悩みどころではあるのだが。

728執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:00:45 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「おろおろろ?お二人さん、お困りですかな?」

助手席と運転席とで唸る俺達の間に、後部座席から首だけを出すようにして、キュートが割り込んでくる。

('A`)「ああ、困ってる。こっちのレーダーが使え無くて困ってるのが八割。
   何処かの誰かさんが相変わらず喧しいのが残りの二割ってとこだ」

o川*゚ー゚)o「ふっふっふ〜。そんな事もあろうかと、わたくしキュートちゃんが、ちゃんと用意してきているのです」

('A`)「この子、嫌味が通じないから嫌いさ……」

o川*゚ー゚)o「ぱんぱかぱーん!きゅーちゃんでーす!」

全力で馬鹿馬鹿しいセルフ・ファンファーレと共に、底抜け阿呆は対汚染ジャケットの肩ポケットから桜色の塊を掴みだして俺の前に突き出す。
 _,,,_
/::o・ァ「ヨバレテトビデテジャジャジャジャーン!」

持ち主同様に甲高い声で囀ったのは、先日にブーンが手にしていた小鳥型のペットロイドだった。

('A`)「ああ、何かまた五月蝿そうなのが一匹……」
 _,,,_
/::o・ァ「ムッ!キューチャンヲバカニシタナ!バカニシタナ!」

('A`)「いえ、別に……」

o川*゚ー゚)o「きゅーちゃんはスゴイんだよー!えーと、とくていしゅうはすーのおんいきだけを拾って…えーと、しこーせーのマイクが……」

('A`)「はぁ?」

729執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:02:03 ID:lF8RX.4g0
o川;゚ー゚)o「えっと、兎に角スゴイの!偵察ならきゅーちゃんにまっかせなさーい!なの!わかる!?」
 _,,,_
/::o・ァ「ヮカル!?」

('A`)「いや、分からんが……」

o川*゚ー゚)o「さー、きゅーちゃんの初仕事だよ!頑張って偵察して、どっくんをぎゃふんと言わせてあげなさいっ!」
 _,,,_
/::o・ァ「アイアイサー!キューチャンゴー!」

新次元漫談を小うるさく披露遊ばせた後、“きゅーちゃん”なる小鳥型ペットロイドは、酸性雨がそぼ降るツクバの空へと飛び立っていく。
何だか馬鹿馬鹿しくなったので、桜色の影が見えなくなってから直ぐに「ぎゃふん」と言ってやったら、キュートに頬をつねられた。

(#)'A`)「……で、何なのアレは?」

o川#゚ー゚)o「どっくんみたいな空気読めないオタンコナスには教えてあげない!」

从 ゚∀从「オタンコナス。ナス目ナス科ナス属に類する双子葉植物。
     極めて珍しい二足歩行型の植物であり、性根が腐っているので食用には向かない。
     主な使用用途は、生ゴミの日に捨てる、弾よけにする、生ゴミの日に捨てる、など。
     ニコチンを与えると爆発的に繁殖するので、適度に剪定をする事が望ましい」

「と言うわけで剪定の時間だ」などと言いながら、ハインリッヒが突出式ダマスカス・ブレードを展開しようとしたので、白磁のおでこにデコピンをしてやる。
悪乗りをたしなめられた鋼鉄の処女は、拗ねたような顔で「その伸び過ぎた髪は不潔だと思うが」等と言っているが、絶対今、俺の首を狙ってただろ。
遂に冗談で殺されるかける域にまで達したか。行きすぎたショービジネスの末路を垣間見たようで、怖気が止まらない。

730執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:03:16 ID:lF8RX.4g0
('A`)「全く…どいつもこいつも――」

俺の悪態を、一発の銃声が遮った。

(#'A`)「――ハイン!」

直ぐ様傍らの相棒を振り返る。

从 ゚∀从「そう遠くない。今、音の位置を割り出す――」

背筋に鋼が入る俺の横で、鋼鉄の処女が電脳核内で演算処理を開始する。
だが、彼女が答えを出すよりも早く、桜色の影が俺達の頭上に舞い降りて来た。
 _,,,_
/::o・ァ「ジュウヨジノホーコー!ココカラゴヒャクメートルモナイョ!」

小さな翼を忙しなく羽ばたかせ、甲高い電子音声で告げるのは、件のペットロイドだ。
銃声が聞こえてから五秒にも満たない。この短時間で、位置を割り出したというのか。
 _,,,_
/::o・ァ「グンタイサンジャナイネ!カズハフタリ…イッパンジン?」

キュートがハンディカメラから結線ケーブルを伸ばして、“きゅー子”の首筋のプラグに接続。映像を吸い出す。
直ぐ様立体ホロで映しだされた映像の中には、狩猟銃を肩に担いだ壮年の男性が映っている。

('A`)「ロイヤルハント、じゃない……」

一般人の立ち入りが制限された区画内。
俺達以外の誰か。となると、考えるまでも無い。
違法スカベンジャーという可能性も否定できないが、その時はその時だ。

o川;゚ー゚)o「どっくん!」

背後でせっつくキュートの声に、俺は取りもせずにハンドルを回すと、アクセルを踏み込む。
助手席の相棒が、アサルトライフルを準備しながら“きゅー子”の方を恨めし気に見ているが無視。
急激な方向転換による慣性で、車体はつんのめるようにしてスピードを上げた。

731執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:04:34 ID:lF8RX.4g0
('A`)「いよいよ、謎の“タナカ”氏と御対面と言うわけだ」

蔦と根の這うアスファルトの上を、俺達を乗せたジープはぐんぐん進む。
大樹の根に組み敷かれたコンビニの角を曲がり、蔦のカーテンがぶら下がる陸橋の下を抜けた先、
ピサの斜塔が如く傾き苔生したビルの骸の足元に、一台のジープが止まっているのが見えた。

('A`)「あれか……」

从 ゚∀从「あれ、だろうな」

50メートルほど距離を置いてブレーキを踏むと、相手の出方を窺うように目を凝らす。
装甲板を気持ちばかりに打ち付けたカーキ色のジープの中に、二人の人影が見える。

一人は、眼鏡にスーツ姿の秘書風の男。黒地の高級そうな傘を指して、主の横に佇んでいる。
もう一人は、先の“きゅー子”の映像にもあった通り。
秘書がさす雨傘の下で、狩猟銃を肩に担ぎ、ハンチング帽と群青色のベストを召した、如何にも実業家然とした壮年の男性だ。
ジープの傍らの地面には、先に俺達が見た小鹿が、わき腹から血を流して横たわっている。
先の銃声と、肩に担いだ狩猟銃からして、狩りに来た富豪様御一行と言った様子か。

俺達に気付いたのか、彼らはジープを降りてこちらへと近付いてくる。
深緑の廃墟の中にあって、まるで自らの別荘の敷地を歩くかのような悠然たる足取りは、俺が最も毛嫌いする人種のそれだった。

从 ゚∀从「フリーズ。それ以上近付くな。銃を置き、膝をついて両手を頭の後ろに回せ」

ボンネットの上にひらりと飛び乗るや、前方の二人へ向けてハインリッヒはアサルトライフルを向ける。
秘書風の男が束の間、傍らの主人を窺う。
それを右手だけで制すると、壮年の男は狩猟銃を担いだままで、俺達に保父のような笑みを向けた。

732執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:05:23 ID:lF8RX.4g0
(゚3゚)「やあやあ、これは随分と警戒されたものだ」

从 ゚∀从「聴こえなかったか?銃を置き、膝をついて両手を頭の後ろに回せ。三度目は無い」

(゚3゚)「君達が、ドクオ君御一行で、間違いないね?」

乾いた銃声が、酸性雨のカーテンを貫く。
壮年の男の足元が爆ぜ、泥水が跳ねた。

从 ゚∀从「次は当てる」

無慈悲に、冷酷に、告げる鋼鉄の処女。
主導権はこちらにある事を示す為の一発。
壮年の男はしかし、更に笑みを深くして言った。

(゚3゚)「ようこそ、ツクバへ。私が“タナカ”だ。早速だが、今回の依頼の詳細について話そう」

ハインリッヒの指が、引き金に掛る。
秘書風の男が、傘を捨て、腰を落とし、身構える。
雨粒の一つ一つが沸騰するかのような緊張が、場に満ちる。
銃弾よりも、秘書官よりも早かったのは、タナカの次の言葉だった。

(゚3゚)「――ドクオ君、そしてキュート君。君達には、“ワタナベ崩し”をやって貰いたい」

瞬間、俺の鼓膜から、雨の音が消し飛んだ。

733執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:06:46 ID:lF8RX.4g0

 

 

Next track coming soon

 

 

.

734執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:08:27 ID:lF8RX.4g0
■RADIO塊IM■Rammstein - Du hast http://www.youtube.com/watch?v=My0HQ0QkGLQ■接続■貴方?筒■愛■

735名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 21:21:26 ID:eb4cGbXQ0
乙乙、お疲れ様です
まさかの展開。

736執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:28:39 ID:0jwZebjc0
■親愛なる読者のみなさんへ■帰還兵■ホーチミンな■

我々は必ず勝って帰るぞと約束しましたね?あれは嘘では無いので今こうして決断的に帰還だ。

NTT代理店はたいへんに難敵ではありましたが、わがぐんのせんりゃくへいきモージョーのちりとなったのでなんかあとは大丈夫だとおもう。

ズンビーモンスターになってきたら怖いが、我々には聖なる手りゅう弾があるので問題ありません。

そして次回の投稿予定だがこれについては分からない。たぶん一週間後とかになるとおもうが、首切り兎との遭遇が懸念されるので冷や汗が出ています。

創作活動とは無明のダンジョンーをさ迷う事と似ている、とガンダルフめいた髭のおじいさんも言っているので?松明と非常食を切らさないように、しっかりと準備重点しよう。

いじょうです。

737名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 21:40:22 ID:YuL4HbaY0


738名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 23:16:04 ID:akvN7BY.0

引き方うまいなぁ
そしてキューちゃんかわいい!!

739名も無きAAのようです:2012/11/04(日) 23:44:23 ID:LWywkoLQ0

ハインかキュートかまさかのツンか…

740名も無きAAのようです:2012/11/05(月) 00:10:55 ID:5eI5Xobs0
乙乙

741名も無きAAのようです:2012/11/05(月) 20:04:57 ID:1/6IGLE60
乙!

742名も無きAAのようです:2012/11/05(月) 20:27:30 ID:9bCAFw4Q0

素晴らしい

743名も無きAAのようです:2012/11/11(日) 20:49:56 ID:WNOci0KY0
まだかなまだかな

744名も無きAAのようです:2012/11/14(水) 20:08:03 ID:ZZdRRSfc0
おいおいもう一週間だぞ

745 ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/14(水) 20:58:38 ID:N6Tm78ugO
(親愛なる読者のみなさんへ;一部で執筆作業が遅れているという説が囁かれているが、これは寒さによって指が動かないせいだとおもう。◆ハイテック◆
執筆アジトでは善意の灯油募金箱を設置して対処することにしました。◆オコタも◆)

746名も無きAAのようです:2012/11/14(水) 22:05:17 ID:rSQvjQiA0
もうコタツとは早いな
待ってるよー

747名も無きAAのようです:2012/11/22(木) 23:14:29 ID:jMpFXoJo0
まだかなまだかな

748名も無きAAのようです:2012/11/30(金) 20:58:22 ID:0HZBQ7l.0
そろそろくる
はず

749執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/30(金) 23:18:10 ID:DJinh0Lw0
▼執筆が遅れているだって?▼制裁だ▼しよう▼おっきく生きたい▼遺憾の意▼

我々監査チームは、「从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです」の連載間隔が大変にロング・ブランクだという報告を受け、ロシアの雪深いバイカル湖の監査アジトを立った。

ジャンボ・ジェットに乗って二時間弱。リニアを乗り継ぐ事三時間半。
途中、ポンビキ・インシデントやネイティブ・ヤクザ達との抗争を経て、
異国の地、ジャポネスの執筆アジトで我々を待っていたのは、オコタに入ってスゴロク=モノポリーを囲む執筆チームの凄惨たる光景であった。

「何をやってるのだねキミィ!」

「まあまあ、皆さん。遠い所お疲れでしょう。ミカンはどうです?」

構成担当者が差し出したミカンを食べて人心地をつけると、早速我々は、ヤスラギオコタの中でスゴロクに興じる彼らに対し、決断的監査尋問を開始した。

「だって、寒い」「ジャポネスは、冬を生きる様に出来ていない」「ミチノクの冬は熊も殺す」「アマザケ、いかがドスエ?」

「ダマラッシェー!寒いのなら手袋をすれば良い!為せば成る!一日十四時間執筆!」

「アイエエエ……だって、寒いんだよう……」

なんたる怠慢!パンク・マインドを体現すべき執筆チームが聞いて呆れるとはこのこと!

「バカ!マヌケ!とにかく、残り一週間で次の連載分を投稿しないと、全員アバシリ研修行きだ!わかったか!」

「アイエエエ!アバシリ!?」「アバシリサムイ!ヤダ!」「ハイヨロコンデー!」

こうして執筆あじとにまんえんするモラルハザードははらわれた。
今後、堕落アトモスフィアに呑まれてぎょうむたいまんが起きないよう、ドサンコグリズリーの監視下の元、現在鋭意執筆体制にいこうしています。
これを受けて、執筆アジトの近所に住む病気の少年も、手術を決意しました。よかったね!

監査チームは宣言します。これから一週間後に次の連載分は投稿されるでしょう。

謝罪文は、次回投稿の時に掲載させます。ごめいわくをおかけしました。

750名も無きAAのようです:2012/12/01(土) 00:50:58 ID:y026hqjc0
期待
なんかもうニンスレ関係なく萌えてきた

751名も無きAAのようです:2012/12/01(土) 01:35:37 ID:9E/MNN8I0
オコタはある種のドラッグだからな
依存を断ち切るのは容易ではないぞ

752sage:2012/12/01(土) 03:12:01 ID:Epv33VZY0
うんおこたは仕方ないよね悪魔の道具だしね
期待している

753名も無きAAのようです:2012/12/01(土) 17:29:45 ID:JMy5t.q20
しかし納期遅れは許されるべきではない
炬燵布団の破棄を要求する
訴訟も辞さない

754sage:2012/12/01(土) 19:45:08 ID:Vzb2X62U0
炬燵依存だとけしからん
投下されるまで全裸待機やで

あと12月以内に鋼鉄処女が投下されるなら来年から本気出す

755名も無きAAのようです:2012/12/01(土) 20:10:36 ID:Oj2HF8sc0
炬燵にみかんとかもうね
逃れられるわけがないよね

756名も無きAAのようです:2012/12/02(日) 12:07:24 ID:5AawigDU0
よし決めた
完結したら働こう

757執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:24:27 ID:my4FaQC60

 

                 【IRON MAIDEN】

 
.

758名も無きAAのようです:2012/12/06(木) 20:25:03 ID:LwW/M9oM0
キターーーーーー

759執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:35:09 ID:my4FaQC60

Track-β


――乾いた銃声が、雨靄の中に木霊する。
羽を散らして、一羽のハヤブサが錐揉みしながら地に落ちる。

(゚3゚)「ガッチャ!これで三連続だ!」

(-@∀@)「流石です、タナカ様」

引き金から指を離し、ガッツポーズを作るタナカ。
その横で、彼の秘書官がうんざりするようなおべっかを吐いた。

(゚3゚)「君達もどうだね?VIPに居ては、中々こういった事は出来ないだろう?」

瓦礫の陰から立ち上がり、タナカが俺達を振り返る。
彼の足もとには、この一時間で彼が仕留めた小鹿や猿、狼等の屍が小さな山となって積まれている。
全て持ち帰って剥製にする訳にもいかないから、殆どの遺骸はこの場に打ち捨てられるままにされるだろう。
反吐の出る話だ。

('A`)「遠慮するよ。弱い者イジメには興味無いんでな」

(゚3゚)「弱い者イジメとは心外だな。彼らは全力で逃げる。僕達はそれを全力で追い掛ける。
   狩猟とは、動物と人間の知恵比べ、れっきとした真剣勝負だよ」

目を丸くし、タナカは肩を竦める。
ひょうきんぶったその態度がまた鼻について、俺は眉を顰めた。

760執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:36:18 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「第一、今でこそ娯楽となってはいるが、狩猟とは古代においては食を得る為の習慣だった。
   食らう為に、殺す。それは自然の摂理であり、そのまま人間という存在の本質でもある。
   食われる者が居て、食らう者が居る。狩猟とは、ある意味では森羅万象、世界の縮図だと言っても過言ではない」

('A`)「御高説どうも。とってもためになったぜ」

得意げな顔でそう言って、タナカは人好きのするようなあの笑みを、再び浮かべる。

(゚3゚)「生きる為に食らう。我々個々人の生命は、全て喰らわれる者の犠牲の上に成り立っている。
   それを罪だと言うなら、全人類が極悪人だ。聖書を書いた人は、随分とペシミストだと思わないかね?」

俺がうんざりする一方で、傍らの秘書はしきりに頷いていた。

('A`)「常々疑問に思っていたんだが、どうして金持ちってのはそんなに無駄話が好きなんだ?
   そうやって、意味の無い話で相手を煙に巻いて、自分の優位を保とうっていう、そう言う魂胆か?」

俺の指摘に、タナカは意味ありげな顔でほほ笑む。

(゚3゚)「優位など、今ここで握ろうとせずとも、君達が私の事を何も知らない、というだけで十分すぎるだけ私に分があるだろう?
    ならばこそ、私のこのお喋りは、ただの世間話でしか無いよ。ただ、私が考える狩猟感を語ったまで。そこに他意など無いよ」

('A`)「……ああ、そうかい。だったら尚の事、時間の無駄だな」

何処までも、人好きのするような笑顔を崩さないその態度から、この成り金趣味が組みし難い相手だと悟る。

761執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:37:35 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「現に、ドクオ君、君は私が誰か、こうして実際に目の前にしても、未だ分からない様子だ」

小首を傾げた、タナカのうすら笑い。
眉を潜める俺に、やっこさんは傍らの秘書官の方へ目線を動かす。
それを追った俺は、そこでようやく奴の正体に気付いた。

('A`)「あんた、まさかあの時の……」

(゚3゚)「その節は、お世話になったね」

牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけた秘書官の顔に、俺はかつて国際投資家会議へ向かう要人の護衛を請け負った事を思い出す。

仮称、「田所さん」。

身元を明かさぬ彼らを、俺達は冗談めかしてそう呼んでいた。

あの時、俺は警護対象の脳核をハインリッヒの腹部に移し替え、肉体だけをジャンボのダミージェットに乗せるという計画を実行した。
だとすれば、今目の前に居るタナカは、全身義体と言う事になる。
俺が初見で分からなかった理由としては、妥当ではあるが――。

(゚3゚)「君が居なかったら、と思うと今でもぞっとするよ。君には感謝している。
    でもまさか、あそこで脳核だけにさせられるとは思って無かった。まあ、今では命があったことこそを喜ぶべきだがね」

('A`)「……」

“田所さん”改めタナカは、件の投資会議へ向かう道中のジャンボジェットの不幸な墜落事故で、既に社会的には死亡した事になっている。
生存していることを知るのは、護衛を担当した俺と、その秘書官くらいのものだろう。
報酬金額がそこそこに良かった事もあり、隠蔽工作に関しては当時の俺も細心の注意を払った。
どうやら、本物と見て間違いない。

762執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:39:01 ID:my4FaQC60
タナカがどのような立場の人間で、何故命を狙われなければならなかったのかは知らない。
一切の詮索の禁止と、亡命後の不干渉が当時、依頼を受ける上での大前提だったからだ。

だが、今は違う。

何故、今になってタナカから、俺に接触して来たのか。
何故、俺とキュートが行動を共にした事を知っているのか。

o川*゚ー゚)o「……あの、ちょっといいですか」

俺の背後。
今まで、隠れるようにして俺達のやり取りを見守っていたキュートが、おずおずと言った風に口火を切る。

o川*゚ー゚)o「“ワタナベ崩し”って、言いましたよね。まだ、少し飲み込めないって言うか……」

疑心を隠せないキュートの問いに、タナカは待ってましたといった様子で振り返る。

(゚3゚)「そう、“ワタナベ崩し”だ。その話をする為に、わざわざここまで君達に御足労願ったのだよ。
     ここなら、ネットの網も通っていないから、誰かにこの計画が漏れる事は無い」

酸性雨が霧となって降りそぼる深緑の廃墟を、今一度見渡す。
異常発達した蔦と木々と苔に覆われ、淡い胞子が漂うツクバ学術研究都市跡に、人の気配はない。
居るとしたらそれは、哨戒任務中のロイヤルハントか、死者の亡霊くらいのものだ。

(゚3゚)「――とはいえ、何処で誰が聞いているとも限らない。事は細心の注意を必要としているのだ。
     詳しい続きは、走りながらにしよう」

眉間を険しく、さも秘密めかしてタナカは俺達を自らのジープへと促す。
俺達三人は、互いに顔を見合わせる。

763執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:39:50 ID:my4FaQC60
o川;゚ー゚)o「……」

不安そうな表情を浮かべるキュート。

从 ゚∀从「……」

ここに来てから一切口を開かないハインリッヒは、何時もの鉄面皮。

('A`)「……」

そして、俺自身もまた、未だにこの男を信用する事が出来ないでいた。

(゚3゚)「大丈夫だ。私が君達に危害を加えるような事は無い。安心したまえ」

('A`)「で、そっちの秘書に銃を抜かせて、もう一度同じセリフを言うんだろう?
   “あくまで、私が君達に危害を加えないだけだ”とか何とか言ってな」

(゚3゚)「ははは、どうも私は信用が無いね。――いいだろう」

タナカが目線で合図をする。
傍らの秘書は一瞬の逡巡も無く、腰と両脇のホルスターから合計三丁の拳銃を抜き、地面に放った。

(゚3゚)「これで、どうだね?」

从 ゚∀从「おや、ど忘れか?踝の二丁と袖口の二丁が残っているだろう?」

(-@∀@)「……」

横合いから割り込むハインリッヒに、秘書官が分厚い眼鏡の奥で僅かにぎょっとする。
索敵として広範囲を精査するには胞子が邪魔過ぎるが、これだけの至近距離ならば鋼鉄の処女の電磁誘導センサも通用するようだ。
無言で武装を解除する秘書官は、僅かに苦い顔をしていた。

764執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:40:40 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「…ははは、お見通しか。誤解が無いように言っておくが、これはあくまで最悪のケースを想定した護身の為だ。
     それをこうして放棄するには、君達が私を守ってくれたまえよ?」

悪びれもせずにのたまうタナカに、胸中で俺は唾を吐く。
敵なのか味方なのかは、未だ判然としない。
仕込みがばれても動揺を見せないのは、まだ何か隠しているからか、それとも本当に俺達に依頼があるからか。
少なくとも、今分かるのは、この男がそこそこにやり手の人物だと言う事だ。

('A`)「はっ、よく言うぜ。いいからあんたらが先に乗りな。最初に後部座席に乗って、爆弾が無いかを証明するんだ。
   その後、そっちの秘書が運転席に座り、エンジンをかけろ」

ハインリッヒが銃を突きつける傍らで、俺もカスタムデザートイーグルを構えて二人を促す。
タナカ達は言われた通り、後部座席を改めて爆弾が無い事を証明し、秘書官が運転席についてキーを回す。
エンジンの排気音と共に、ジープが正常な息吹を上げる。十秒ほど待ってみても、爆発するような気配は無かった。

('A`)「ハインは助手席で秘書を監視しろ。キュートは俺と後部座席でタナカを張る。
   あんたらも、妙な動きはしない事だ。誤解であんたらの頭を吹き飛ばす事だけはしたくないからな」

タナカがそれに頷き、俺達はそれぞれジープに乗り込む。
アサルトライフルからエレファントキラーに持ち替えたハインリッヒが助手席。
後部座席には、タナカを挟んで、右に俺、左にキュート。
俺達の荷物は、全てジープの荷台に移し替えた。

765執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:42:18 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「さて、ここまでしたからには、私の依頼は受けてくれるんだろうね?」

('A`)「頭が馬鹿かテメエ。ここまでするほど、あんたを信用してないって事だよ。
   受けるかどうかは、話しを聞いてから俺達が決める」

(゚3゚)「ふふ、そう言いつつも君は話しが聞きたくてしょうがないといった様子だ。
     現に、ここまで来て、ジープにも乗った。違うかね?」

セーフティーを外したデザートイーグルの銃口を、タナカのこめかみに押し付ける。

('A`)「余計な事は囀らんでいい。俺が話せと言ったら話せ。主導権を握っているのはこっちだ」

タナカの横顔越しに見えるキュートの瞳が、不安げに揺れている。
口の中に自己嫌悪の味が広がるが、俺はそれを飲み込んだ。
出来ることなら、彼女の前だけでも、道化を気取って居たかった。

(゚3゚)「ああ、そうするとしよう。君がそう望むのならな」

目を見開き、肩を竦める道化じみたあの動作で、タナカ。
「出せ」、という彼の短い指示に従い、ジープはゆっくりと走りだす。
とろとろとした速度でビルの樹海を抜けた後、かつてはメインストリートであっただろう、
罅割れ蔦に覆われた道路に出た所で、車体が徐々に加速し始めた。
酸性雨と胞子が混じり合い、薄く黄土色がかった空気の中、窓から曲がりくねった枝を伸ばす建物の群れが、両脇を流れ過ぎて行く。

766執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:43:15 ID:my4FaQC60
('A`)「先ずは、何故俺達に依頼を持って来たか。それについて答えて貰う」

探りを入れる意味での、俺の最低限の短い問い掛け。
銃口を向けられても平然とした表情で、タナカは口を開く。

(゚3゚)「君達にしか出来ない仕事だからだ。君達こそが適役で、最も相応しいと判断した。故に――」

('A`)「答えているようで答えていない。はぐらかすのは止めろ。何故、俺達にしかできないのか。理由を言え」

(゚3゚)「それは、君達自身が良く分かっているだろう?」

鈍い打突音。
デザートイーグルのグリップで殴られたタナカの口の端から、細く血の糸が垂れる。

('A`)「すまないな。俺の左手は、一度言って分からない馬鹿が大嫌いみたいだ。
   もしかしたら、次は引き金が引かれるかもしれん。気をつけてくれ」

o川;゚ー゚)o「……」

キュートの怯えた視線が、喉に突き刺さる。
勤めて無視して、俺は先を促す。

767執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:44:35 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「……君達は、渡辺グループと浅からぬ因縁がある。違うか?」

('A`)「質問をしているのはこっちだ。聞かれた事にだけ答えろ」

(#)3゚)「……つまり、そう言う事だよ。君達となら、組んでも良い。
きっと心情的に共感できる、志を共に出来る、とそう判断した」

('A`)「どうやって俺達の事を調べた」

(#)3゚)「……」

('A`)「もう一度だけ聞く。どうやって、俺達の事を、調べた」

(#)3゚)「それは……言えない」

轟音。
カスタムデザートイーグルが吐き出した弾丸が、タナカの右腿の上のスラックスを掠め、シートに食らいついていた。

('A`)「残念だったな、タナカさん。あんたとはもしかしたら話し合えると思っていたんだが……」

トリガーをもう一度引く。
醜悪な灰赤の飛沫と共に、タナカの右腿の肉が千切れ飛ぶ。

(;#)3゚)「ぐっ――くっ――」

('A`)「どうやら。俺の勘違いだったみたいだ」

額に脂汗を浮かべて痛みを堪えるタナカ。
それを遠くの事のように見つめながら、凍てつく指先でトリガーを握る。

768執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:45:31 ID:my4FaQC60
(;-@∀@)「タナカ様!」

運転席で、秘書官が悲痛な声を上げる。

从 ゚∀从「前を向いて運転を続けろ」

そのこめかみに、ハインリッヒのエレファントキラーの銃口が食いこむ。

(;#)3゚)「ヌグ――オォ――」

('A`)「さて、こっからは消耗戦だ。先に俺の手持ちの残弾が尽きるか、それともあんたが急にお喋りになるか……」

言いながら、タナカの右足の爪先に銃口をポイントする。
二秒待って、それでも話しださないのを確認。
引き金を、

o川*;д;)o「どっくん止めて!」

張り裂けそうなキュートの悲鳴が、俺の指を止めた。

o川*うд;)o「それ以上は…お願い……」

可愛らしい顔を、くしゃくしゃに歪めて、縋りつく様なその顔を前にして、銃口を下ろす。
冷え切った身体の芯から、冷気が急速に退いて行く。
代わりにそこを埋めたのは、底無しの虚無だった。

('A`)「……」

(;#)3゚)「ハァ――ハァ――済まない――これだけは、言うわけには――」

歯を食いしばって痛みに耐えながら、それでもタナカは決然と言う。
これ以上続けた所で、収穫は無さそうだった。それだけが、ある種、気休めな救いでもあった。

769執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:48:38 ID:my4FaQC60
('A`)「……オーライ。それじゃあ、あんたが言いたがっていた話しに移ろう」

o川*うへ;)o「……」

('A`)「“ワタナベ崩し”についてだ。何を言いたいのかは大体分かる。だから、詳細を聞かせろ」

淡々と俺が詰問する間、キュートは荷台のデイパックから包帯と消毒液を取り出し、黙々とタナカの右腿の手当てを進める。
涙の滲んだその双眸は、俺の目を見る事を避けていた。

(;#)3゚)「…君が察している通りだ。……私と、君達の手で、渡辺グループを解体する」

未だ荒い息でタナカが告げた言葉。

渡辺グループを解体する。

大方、察しはついていた。矢張り、馬鹿馬鹿しい戯言だった。
現実感の無いその響きは、それでも俺の耳朶にこびりついて離れない。

('A`)「確認だが、渡辺グループを解体するっていうのは、文字通りの意味と受け取って良いか?」

(;#)3゚)「ああ、そうだとも。幾ら奴らが巨大だとしても、“企業”である、という事に変わりは無い。
       企業法は適用されるし、経営が回らなくなれば潰える。巨人殺し(ジャイアント・キリング)ではあるが、不可能、というわけではない」

タナカの弁は、理屈の面では正しい。
可能か不可能かで言えば、可能だ。
だがそれはあまりにも荒唐無稽。理論上可能だからと言って、誰が生身のままに水上を走りぬけられるだろうか。
世界規模に根を張る多国籍型コングロマリット、渡辺グループを解体する、というのはつまりはそのような事だった。

770執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:49:30 ID:my4FaQC60
('A`)「……馬鹿馬鹿しいが、一応聞いてやろう。具体的には、どうする?」

淡々とした俺の問いかけにも、タナカはその確信めいた態度を崩すことなく続ける。

(;#)3゚)「醜聞(スキャンダル)だ。今までに渡辺グループが行って来た非合法活動を、白日の元に曝け出す。後は、法の裁きによる業務停止命令を――」

最後まで聞かずに、俺の口から嘲笑が零れた。

('A`)「何を言い出すかと思えば、随分と面白い冗談を言う。スキャンダルを公開する?
    寝ぼけた事を…そんな事で渡辺を解体出来るんだったら、奴らはとっくにグループ全体が路頭に迷ってるよ」

渡辺グループが今まで働いて来た非合法活動など、俺が把握できないものも合わせれば星の数ほどあるだろう。
メガコーポを生かす為に、一体どれだけの血が流された事か。
それら無数の被害者達の中で、渡辺グループに抗おうとした者など、それこそ掃いて捨てる程居た筈だ。

だが、彼らの声が日の明かりの下に響く事は無い。
警察もメディアも、金で利用出来るものは全て利用して、糾弾の声を悉く握りつぶして来たからこその、今の渡辺グループだ。

(#)3゚)「……だが、今回はそうならない。決してな」

('A`)「大した自信だな。何だったら、俺もお天道様を引きずり降ろしてぶっ殺せる気がするよ」

(#)3゚)「根拠が、必要かね?」

('A`)「……」

771執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:50:48 ID:my4FaQC60
深い確信を込めたその声に、俺は口を噤む。
俺の微細な揺らぎを見て取ったタナカが、静かに言葉を継ぐ。

(#)3゚)「……その前に確認させてくれ。君達は、何があってもこの私を守り抜く。そう、誓ってくれるか?」

('A`)「知るか。それはあんたが“根拠”とやらを言ってから決めることだ」

(#)3゚)「……」

一旦の間。
包帯を巻き終えたキュートが、顔を上げて俺達の様子を見守る。
運転席の秘書官が、ルームミラー越しに問い掛けるような視線をタナカに投げる。
それに、重々しい頷きを返すと、タナカは目を閉じ言った。

(#)3゚)「私が、渡辺グループ前CEOだから。根拠は、それだけで十分ではないかね?」

酸性雨が、ジープの車体を叩く音が、耳に絡む。
思い出したようにワイパーが立てる、間の抜けるような摩擦音。

('A`)「先代会長様、か……」

歯と歯の間で、からからと言う様なその響きを矯めつ眇めつしてみる。
先代会長ともなれば、渡辺グループの暗部の全てを知っている事になる。
加えて、社の代表であった人物の口から語られた事ならば、一介の個人のそれと違い、デマだとして封殺する事も出来まい。

彼が語る情報の全てに裏付けが取れ、尚且つ彼が本当にグループの前会長であるのならば、だが。

772執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:51:53 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「君が思い浮かべている疑念を当ててやろうか?
      私が、本当に会長なのか?私の語る情報が、嘘ではないか?そんなところだろう」

持って回った言い方は、自信の表れか。
「胸ポケットを探して見ろ」という彼の弁に従えば、出て来たのは携帯端末(ハンディターミナル)。
それを操作して一葉の画像ファイルを開くと、タナカはホログラフとして映しだす。

(#)3゚)「私の脳紋データだ。義体化で外見は変わっていても、これで私がポセイドン=タナカである事が証明できる。
      信用できないなら、VIPに戻った時に君が医者を連れて来て調べてくれてもいい」

('A`)「……で、あんたが証言したとしてだ。それを裏付ける証拠の類は?」

(#)3゚)「私の脳核内に全て収まっている……と言いたい所だが」

そこで初めてタナカは歯切れ悪く語尾を濁す。

('A`)「だが?」

(#)3゚)「万が一、私の脳核がハッキングされた時に備えて、渡辺グループの非合法活動についてのデータは、全て外部記憶素子に移し替え、スタンドアローン状態で別所に保管してある」

('A`)「はっ、そいつはまた厳重な事で。そこまでして、どうしててめぇがこさえた王国をぶち壊したいなんて思うもんかね」

773名も無きAAのようです:2012/12/06(木) 20:53:59 ID:LwW/M9oM0
支援

774執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:54:07 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「……人間としての、ささやかなる正義感から…と私のような人種が君に言った所で、信じて貰えないのだろうな」

('A`)「へえ、流石は前CEOだ。人を見る目は確かじゃねえか」

(#)3゚)「ならば、正直に言うことにしよう。渡辺グループが潰える事で、私が利益を得るからに他ならない。
      結局のところは、人間の行動理由など、全てそこに集約される。そうだろう?」

('A`)「ふんっ、違いねえ」

鉛のように濁った双眸で、俺達は互いに言葉を重ねて行く。
聖人の無償の愛よりも、悪党の抱く欲望の方が、信用がおける。
腐りきった価値観だ。出来る事なら、捨て去りたい。生憎、そんな予定が今後入る見込みは無さそうだが。

(#)3゚)「まあ、敢えて言うならば…私怨、というのも僅かにある」

呟くように吐き出し、タナカは僅かに目を細める。

(#)3゚)「かつて、君が請けてくれた国外逃亡の依頼…実を言うと、あの時私はアヤカの私兵に追われていたのだよ」

アヤカ、という名前に一瞬誰の事を言っているのか考える。
数瞬の後、それが現渡辺グループCEOの下の名前だと言う事を、俺は思い出した。

(#)3゚)「社内クーデターという奴だ。襲撃計画を知った時には、既に遅かった。
      役員達の七割が、既に奴の派閥に呑みこまれ、グループ内での私の味方は既に皆無も同然だった」

('A`)「で、泡食って逃げ出して来た、と」

775執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:55:39 ID:my4FaQC60
憎悪は残り香だけに、あくまで淡々とした口調でタナカは言う。
既に座る玉座が無いのなら、城ごと叩き潰すまで、と言った所で、その復讐は成し遂げても何も残らない事を、このタナカという男は心得ている。

あくまでも、彼が動くのは、渡辺グループが潰える事で、自らに利潤が生まれるから。

渡辺グループとシェア争いをしている他社に身売りでもするつもりなのか。詳細は知らない。知った所で、きっと胸糞が悪くなるだけだ。

(#)3゚)「復讐で家は建たない。私はそこまで感傷的になれない性分でね」

('A`)「……」

俺は束の間、数時間前に別れた“あの男”について思いを馳せた。
相方の仇を追い掛ける事にとりつかれ、爪先から魂をすり減らして行った、あの不器用な男の事を。

一時の感情の爆発は、それを持続させるとなると酷く難しい。
怒りも、憎しみも、悲哀も、情愛も、全ては一過性のもの。
時間の経過は、悲しみを優しく癒し、愛を残酷なまでに風化させる。
手当たりしだい当たり散らした後で、残るものと言ったら、督促状の山だったり、整備不良で壊れたエアコンだとか、そういった形のあるものだけだ。
善し悪しだとかを断じるつもりは無い。ただ、経験則からして、そういうものだという、思考放棄にも似たつまらない感想が零れて来るだけだ。

(#)3゚)「……さて。私のつまらない感傷はどうでもいいのだ。具体的な策について、少しばかり説明させて貰おう」

タナカの淡々と抑えた声が、刹那の愚考を遮る。

776執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:57:34 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「これから、先に言った非合法活動の証拠となる私の外部記憶素子を回収した後、我々は一度VIPに戻る。
      そのまま外部記憶素子を政府警察なり報道機関なりに引き渡すのが本来なのだろうが、どちらもアヤカの息が掛っているので現実的では無い」

(#)3゚)「そこで、情報公開については、全てをキュートくんに一任したいと思う」

今まで、黙して俯き、タナカの治療にあたっていたキュートが、のっそりとその顔を上る。

o川*゚ー゚)o「わた、し……?」

困惑気味に鸚鵡返すキュートに目線で頷いてから、タナカは言葉を続ける。

(#)3゚)「フリーランスで報道する、となるとゲリラ的にならざるを得ない。
      しかし、ゲリラ報道だと今度は記者本人の社会的な信用が問題になってくる」

从 ゚∀从「三流ゴシップばかりを扱うジャーナリストの言う事をいちいち真に受ける人間は居ないからな」

運転席に目を光らせたまま、鋼鉄の処女が言葉尻を補足するように呟く。

(#)3゚)「そう言う事だ。その点、彼女ならば問題ない。何せ、GMN(グローバルメディネットワーク)の出身だ。
      お昼のマドンナと言えば、世の人々の覚えも目出度い。私も、あの番組は贔屓にさせて貰っていたよ。
      突然の独立宣言から、ゲリラ報道であのワタナベの不正を告発。番組的にも、非常に映える」

そこまで言い終えると、タナカはその腫れあがった顔に意味ありげな頬笑みを浮かべる。
その笑みの形を見た瞬間、俺は奴の思考の一端を理解して、吐き気のする思いに襲われた。

777執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:58:47 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「聞けば、キュート君の弟さんは、あの黒山羊のサーカス事件に関わっていたとか……」

o川;゚ー゚)o「――!」

(#)3゚)「あの件にはワタナベの圧力が少なからず働いたとも――」

右手が動いた、と思った時には既に遅かった。

(#)3゚)「ぐっ――!?」

タナカの顔面を殴りつけた感触が、自己嫌悪となって拳を伝う。
頭に血が上った後は、何時でも気持ちが悪い。

('A`)「……それ以上のお喋りは、止めとけ」

(#)3゚)「……まさか、君の方の気分を害するとはね」

o川; へ )o「……」

(#)3゚)「……ともあれ、軽率だったよ。失礼した」

頬を摩るタナカ。
その横で、キュートは怯えと困惑のない交ぜになった顔で、俺とタナカの間で視線をさ迷わせている。

分かっている。こんなのは、完全な自己満足だと。
彼女の“こころ”を、悪戯にざわつかせている、という点では俺もタナカも同じだと、分かっている。

だから結局、そんな風に何時までたっても幼稚な俺は、キュートに「答え」を返してやる事も、
優しい言葉の一つも掛けてやれないで、馬鹿の一つ覚えみたいに視線を逸らすことしかできなかった。
そこに心が籠っていないとしても、詫びの言葉を口に出来る分、タナカの方がまだマシだ。

778執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:59:48 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「……失言は詫びよう。改めて、情報開示に関して、依頼させてもらってもいいかな?」

o川; へ )o「私が、ワタナベの、非合法活動を、報道する……」

キュートは、一言、一言、その感触を確かめるよう、吐き出して行く。

o川; へ )o「私が――」

次の言葉を音にしようとして、その口がぴたりと止まった。
喘ぐように動いた口元は、“それ”を言葉にしていいものか、躊躇っているようでもあった。

o川; 口 )o「わ、たし、が――でも――」

ワタナベの悪事を白日の下に曝け出す事。ワタナベ・グループを崩す、と言う事。
それはそのまま、ワタナベ・グループで働く人々の人生を、滅茶苦茶に破壊する、と言う事。
人一人が背負うには、その決断はあまりにも重すぎる。

(#)3゚)「……そうだな。確かに、今ここで直ぐに答えを聞かせてくれ、というのは性急すぎる」

キュートの迷いを予測していたように、理解者ぶった言葉を並べるタナカ。

(#)3゚)「――良し、こうしよう。この依頼を受けるかどうかは、実際に外部記憶素子の中を見てから、君達が決める。それでどうかね?」

o川; へ )o「……」

(#)3゚)「素子の中身を見て、受けるにしろ、受けないにしろ、そこまでの護衛料は別途で払おう。
      勿論、受けてくれるのなら、相応の報酬はちゃんと用意してあるがね」

未だ答えを出しかねるキュートから視線を俺に移し、片目を閉じてみせる。
わざわざ俺用の妥協案も用意してくれると言うわけだ。こいつは至れりつくせりだ。

779執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:01:30 ID:my4FaQC60
('A`)「……で、肝心の外部記憶素子とやらは何処にあるんだ?」

(#)3゚)「それについては問題ない」

持って回ったタナカの言い回しに合わせるよう、ジープが止まる。

(#)3゚)「話しも纏まった所で到着だ」

フロントガラスの向こう、タナカが指差す先。
崩れかけた建物の群れの中に、隠れるようにしてひっそりと聳える強化合金製のフェンスには、
「第八特別狩猟区」とだけ書かれた、鋼鉄のプレートが鎖でぶら下がっていた。

780執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:02:39 ID:my4FaQC60

  ※ ※ ※ ※ 


――酸性の雨霧の中、ぼんやりと浮かび上がるのは、妙に幾何学的な建物の屋根々々だ。
高さも外観も不揃いなそれらは、かつては研究施設か何かだったのだろう。
隆起したアスファルトや、倒壊したコンクリ壁の間、丁度洞穴(ほらあな)のようにして空いた空洞に蓋をするかのように、
そのフェンスの威容は聳え立っていた。

第八特別狩猟区。

長い年月を酸の雨に晒された為、錆が浮き、所々が溶解したそれの前には、
銀色の防護服に身を包んだ門番が二人、アサルトライフルを構えて両脇を固めている。

('A`)「おい、特別狩猟区ってどういう事だ?」

促されるままにジープを降りた俺に、タナカは意味ありげに微笑むだけで答えようとはしない。
荷物を纏めて雨の中に踏み出した俺達を認め、見張りの防護服達がその銃口を向けた。

〔:◎:〕「動くな。両手を頭の後ろへ。今からそっちへ行くが、妙な動きはするなよ」

o川;゚ー゚)o「な、なに……?」

从 ゚∀从「……」

戸惑いを浮かべるキュート。僅かに目を細めるハインリッヒ。
そんな二人とは対照的に、訳知り顔のタナカとその秘書官。
防護服のうち一人がこちらへ向かって歩きだすと同時、雨の音に紛れて微かなモーター音が周囲の廃墟から聴こえて来る。
目だけを動かして確認すれば、そこここの瓦礫の陰から、幾つかのレンズの鈍い照り返しが見えた。

781執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:04:06 ID:my4FaQC60
('A`)「ガンターレットか……」

前方180度、扇形の包囲網。状況が飲み込めないまま、無茶をするわけにもいかず、大人しく防護服の言葉に従う。
俺達が銃口の槍衾の中で立ち尽くす間に、防護服はタナカの前まで歩み寄ると、
腰から下がった携行認証機で、タナカの身体を爪先から頭の天辺まで精査している所だった。

〔:◎:〕「……タナカ氏でございましたか。これは失礼しました」

認証機のLEDが、オレンジからグリーンに変わったのを見て取り、防護服はすんなりとその態度を崩す。
周囲のガンターレットの照準が外れる気配もした。
一体、この防護服は何者なのか。見た所、ロイヤルハントの哨戒兵というわけでもなさそうだが。

(゚3゚)「構わんよ。今日は友人たちも連れて来ているのだが――」

〔:◎:〕「ええ、タナカ氏の御友人でありましたら、問題ありません。どうぞ、心行くまでお楽しみください」

俺達の戸惑いも余所に、話しを纏めたタナカが振りかえり、笑顔で皆を促す。
無言のその表情の中に、下手に口を開けると面倒が起きる臭いを嗅ぎ取り、俺達は目線だけで頷き合い、防護服の横を通り過ぎた。

〔:◎:〕「――っと、失礼、ご婦人」

o川;゚ー゚)o「は、はい?」

782執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:05:10 ID:my4FaQC60
〔:◎:〕「当狩猟区は、区内での撮影はNGでして」

キュートを呼びとめた防護服が、彼女の腰に下がったハンディカムを目敏く指さす。

〔:◎:〕「お帰りの際にお返ししますので、こちらで預からせて頂いてもよろしいでしょうか?」

o川;゚ー゚)o「えっと……」

束の間、キュートの視線が宙をさまよう。
腰のハンディカム、目の前の防護服、肩の上の“きゅー子”と動いてから、防護服の手の中のアサルトライフルに止まる。

一瞬の逡巡。
震える手で、キュートはハンディカム“だけ”を差し出した。

〔:◎:〕「恐れ入ります。こちらで責任を持ってきちんとお預かりしますので、ご安心くださいませ」

o川;゚ー゚)o「は、はひっ……」

ぎこちない顔を浮かべるキュートに、しかし防護服は気付く様子も無い。
「他に、カメラなどお持ちの方は?」と申し訳程度に、俺達の荷物をチェックすると、彼の合図の元、第八特別狩猟区のフェンスが金切り声を上げて開いた。
  _,,,_
/::o・ァ「……キュキュッ」

o川;゚ー゚)o「……はは」

自らの身に降りかかった危機など知らぬ気に、ペットロイドの皮を被ったスパイドロイドは自らのピンク色の羽を嘴でつついている。
仮の主でもあるキュートもまた、その様子に些か毒気を抜かれた曖昧な笑みを浮かべていた。

783執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:06:25 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「さあ、こっちだ」

既に先を行っていたタナカが、俺達を振り返る。
ハンチング帽子の位置を直す奴の肩には、先の猟銃が担がれていた。

タナカの先導に従うままにフェンスを潜り、俺達はコンクリートの洞穴の如き、第八特別狩猟区の中へと足を踏み入れる。
今にも倒壊しそうな廃墟の壁には、申し訳程度の豆電球やオイルランプがぶら下がり、前時代的な炭鉱を彷彿とさせた。

俺達が中に入ったのを確認したのか、背後でフェンスが再び金切り声と共に閉ざされる。
防護服の二人は、再び見張りに戻った。監視カメラやそれに類するものが無い事を、
ざっと確認した後、俺は先を行くタナカの背を呼びとめた。

('A`)「おい、なんだここは?」

(゚3゚)「表に書いてあっただろう。第八特別狩猟区さ」

馴れた足取りで瓦礫をよけながら、タナカは首だけで振り返る。

(゚3゚)「ここはワタナベ・グループの子会社の一つが富裕層に向けて運営している、狩猟区の一つ」

('A`)「んなことを聞いてるわけじゃ…なに?ワタナベの子会社?」

(゚3゚)「科学の進歩の代償として、大気汚染は今や深刻な域にまで達している。
    汚染を免れた野生動物は今や絶滅の危機に瀕しており、世界的に保護対象だ。
    そんな中にあっても、人々は古くから連綿と続けて来たこの習慣を捨て去る事は出来なかった」

784執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:07:30 ID:my4FaQC60
大仰な言い回しも、いい加減苦言を挟むのが面倒だ。
豆電球の明かりの届かぬ周囲の闇に気を配りつつ、俺は耳だけでタナカの話の続きを聞く。

(゚3゚)「そんな訳で、表向きには野生動物の狩猟は御法度であるが、禁じられれば禁じられる程、その甘い匂いに惹かれるのが人の性というもの」

从 ゚∀从「御託はいいから要点だけを話したらどうだ?」

容赦の無い斬撃のようなハインリッヒの言葉。どうやら、ガイノイドにもやっこさんの話し方は癇に障るらしい。
予期せぬ横やりに、タナカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をすると、直ぐ様苦笑いで取り繕う。俺は胸中で相棒に拍手を送った。

(゚3゚)「……需要があれば、供給がある。禁じられた遊びを欲する好事家達の為に、ワタナベ・グループはクローン動物達を離した狩猟場を用意した」

o川*゚ー゚)o「クローン動物……」

(゚3゚)「君達も、ここに来るまでに目にして来ただろう?鹿や猿、狐に狸、果ては熊やら虎まで、古今東西、あらゆる動物がここで離し飼いになっている。
    動物園かサファリパークのような趣だが、残念ながらここは十八歳未満立ち入り禁止だ」

('A`)「ついでに、貧乏人もだろ?」

(゚3゚)「ははっ、これは手厳しい皮肉だ。ドクオ君の言う通り、この狩猟区はあくまで非合法施設。
    一部の会員にしかその存在を知らされていない、裏の社交場と言った所だね」

从 ゚∀从「鷹撃ち接待の傍らに商談を纏める、と。高尚なビジネステクニックだな」

面白くもなさそうに鼻を鳴らし、ハインリッヒは撃鉄を起こしセーフティーを掛けたエレファントキラーを編上げブーツの口に挟むと、
背中のデイパックからアサルトライフルを抜く。
先頭からタナカ、俺、秘書官、キュートと来て、しんがりを勤める鋼鉄の処女の瞳は、暗闇の中でいっそう暗く、赤く輝いていた。

785執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:09:21 ID:my4FaQC60
('A`)「……で、ワタナベを追われたあんたが、どうしてまだここに顔が利くのかが疑問なんだがね」

(゚3゚)「タナカ氏というのは、私のかつてのビジネスパートナーでね。この義体は、元は彼のものだった」

特に、何でもない事のようにタナカは言う。

(゚3゚)「タナカ氏は、本人証明が要る時は、義体内に挿れたナノ・タグを使って全てを済ませていた。
    無論、私と一緒に狩りを楽しむ時もね」

胸糞の悪くなるような事を、淡々と述べるその横顔は、世間話でもするかのようだ。

('A`)「……ワタナベ・グループってのは、他人の身体を“着る”のが趣味の変態共が集まってたちあげたのか?」

(゚3゚)「……何を言っているのだね?」

“へ?何言ってるの?他人の体じゃないよ?その子の体は、私のものじゃない”
かの女悪魔の言葉が、オーバーラップする。軽い眼前を覚えて、眉間を揉んだ。

('A`)「――いや、気にするな…あんたが救いようの無い糞野郎だって言っただけだよ」

(゚3゚)「ははっ、なかなか、仲良しこよしとは行かないか」

減らず口を叩き、やんわりとほほ笑むタナカ。
金持ちを見たら、悪党か狂人だと思え。唯一俺が後世に残せる金言といったら、こんなところだろう。

786執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:10:19 ID:my4FaQC60
从 ゚∀从「――それで。件の外部記憶素子とやらは、この中にあるというのか」

(゚3゚)「ここは、私が会長になる前からのお気に入りの“秘密基地”でね。
    ネットも通じていない、出入り出来るのはごく一部の限られた人間のみ、とくれば何かを隠すにはもってこいだろう?
    オマケに、周囲をロイヤルハントの兵隊さん達が勝手に見回ってくれているんだ。至れりつくせりだよ」

「まあ、道案内は私に任せたまえ」と得意気に言って、タナカは首を前に戻した。
コンクリートダストや灰色の胞子を踏みつけ、俺達はタナカを先頭に進んでいく。

細い通路は、真っすぐ、やや下るようにして伸びており、両脇の壁には自動扉の群れが連なっている。
電力が死に絶え、半開きのままになった扉の一つからは、埃を被った机や棚、量子演算端末の遺骸などがちらりと見えた。
外で見た一連の建物群の外観からして、ここもまた、何らかの研究施設だったのだろう。

o川*゚ー゚)o「あの、ここ、狩猟区なんですよね?」

入り口から換算して、どれほどの距離を進んだのだろうか。
黙々とした行進の途中、ふとキュートが問いを上げた。
周囲にぼんやりと漂う胞子は濃さを増し、外よりも湿り気を帯びた空気は、肌を舐めまわすように冷たい。

(゚3゚)「ああ、そうだが」

紳士的な笑みを崩さず、タナカがそれに答える。
通路には、俺達の立てる湿った靴音以外にもの音は無い。

787執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:11:39 ID:my4FaQC60
o川*゚ー゚)o「あの…私、狩りとかしたこと無いから分からないんですけど、普通、狩りって言ったら、屋外でするものなんじゃないんですか?」

(゚3゚)「然り、だね」

o川*゚ー゚)o「じゃあ、どうしてわざわざこんな狭い屋内に…道も、地下に潜ってるみたいだし……。
      あ、いえ、今は関係ない事だって分かってるんですけど……」

(゚3゚)「ふむ――」

尻すぼみなキュートの言葉に、タナカの歩みが止まる。
俺が悪態をつくよりも早く振り返ると、タナカはその顔にいわくのありそうな笑みを浮かべた。

(゚3゚)「それは、ここが会員の中でも特に選ばれた会員にだけ解放される、“特別狩猟区”だからだよ」

o川;゚ー゚)o「選ばれた会員――?特別――」

断片的なタナカの言葉を、キュートが咀嚼し終わる前に、それは動いた。

(゚3゚)「噂をすれば、だ!」

微かな音。振り向くタナカ。
俺も見た。
オイルランプの頼りない明かりの中を、一瞬横切った影。

788執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:12:28 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「実物を見るのが一番だろう!そら、追え!追え!」

(#'A`)「おい、待っ――!」

言うが否や、猟銃を構えてタナカは走りだす。
それを追って、秘書官もまた列を飛び出した。

o川;゚ー゚)o「あっ……!」

(#'A`)「くそったれ…こっちは狩猟ごっこに来てるんじゃねえんだぞ……!」

驚くほど身軽な動きで闇の中へと消えて行く二人の背中。
カスタムデザートイーグルのセーフティーを外して、俺も駆け出す。

从 ゚∀从「気をつけろ、ドクオ。何か、妙だ」

俺の背中と自分の背中で、器用にキュートを挟んだ相棒が、告げる。

('A`)「ああ、嫌な予感がする。キュート、俺達の側を離れ――」

振り向きながら言いかけて、俺はそこで一瞬言葉に詰まる。
肩越しに見えるキュートの顔も、俺と目があった事で、気まずげに強張る。

o川;゚ー゚)o「……」

('A`)「――ハイン、キュートは頼むぞ」

刹那の視線の交感は、しかし叶わない。
お互いに目を逸らし、そのままに、足を速める。

从 ゚∀从「……」

相棒の、無機質な紅い瞳は、真正面から非難されるよりも、確実に、俺の胸を抉った。

789執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:13:37 ID:my4FaQC60

  ※ ※ ※ ※


――曲がり角の向こうから、声が聞こえてくる。

「随分と、深くまで潜ってきましたね」

一つは、きんきんと甲高い、男の声。

「ええ、私もここまで来るのは初めてです。きっと、上モノが居ますよ」

もう一つは、のっそりと間延びした、これも男の声。

……痩せぎすののっぽと、小太りの中年。イメージとしては、そんな所だ。

「何せ、ここまででも中々歯ごたえのある獲物揃いでしたからね。
 下に行けばいくほど、手強い敵が出て来る。そういうお約束です」

「ははは!だとしたら、我々はさしずめ、地下迷宮を行く冒険者、と言った所ですな!」

小太りのセンスの無いジョークに、耳障りな笑い声を上げるのっぽ。
こんな下らない会話が、今生での最後の言葉になるなんて、哀れなものだ。

790執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:15:10 ID:my4FaQC60
ζ( ー *ζ「――」

角から足先が覗くか否かのタイミングで、デレが飛び出した。
地面を舐めるような、低い姿勢で、両腕をツバメの翼のように広げ、刹那のうちに跳躍する。

「「――!」」

声の主たる二人が気付いた時には遅かった。
黒いラバースーツの両腕が振るわれ、虚空に銀線が閃いた時には、既に彼らの命は失われてから五秒も経っていた。

どさり、どさり。
断末魔の声すらなく、二人の身体が倒れ込む湿った音。
ごろごろ、ごろごろ。
曲がり角の先から、二つの球体が転がってきて、デレの足元で止まる。
カッと目を見開き、口を半開きにしたそれは、頬のこけた男と、脂ぎった額の広い男の、頭だった。

角から首を出して見れば、輪切りになった男たちの身体のパーツが、胞子の薄く積もった通路の上に散らばっている。
渡辺造兵廠製のアサルトライフルを握ったやけに細い腕、纏った防弾チョッキがはち切れそうな太鼓腹。
デブとノッポの組み合わせ、という私の予想は概ね正しかったようだ。
もっとも、どっちがどっちの声の主だったのかは、今となっては確かめようも無いことだが。

ξ゚⊿゚)ξ「狩りに来て、まさか自分が狩られるなんて、思いもしなかったのでしょうね」

一刹那のうちに切断された“パーツ”の断面は、血を流すことさえ忘れている。
単分子(モノフィラメント)ワイヤーをグローブに巻き取るデレは、自らが作り上げた“サシミの山”を、物憂げな顔で見降ろしていた。

791執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:16:29 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚*ζ「……」

ξ゚⊿゚)ξ「……どうか、なさいましたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「――いえ、何でも。何でもありませんわ」

慌てて上げた彼女の顔には、取り繕ったような笑み。
取り繕えていないのは丸わかりだが、彼女としても私に心配されるのは本意ではないだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「そうですか。では、行きましょう。あまり、長居したい所じゃありませんからね」

だから、私も最低限の言葉だけを繋げる。
デレが短く頷きを返す事で、私達はデイパックを背負い直すと、踵を返して前進を再開した。

階層にすれば、地下12階。
ここまで来る間に通ってきた他のフロアに比べて、比較的損壊の規模が穏やかな通路をお互いに無言で進む。

VTOLで運ばれて来てからここに至るまで、私達の間に会話らしい会話は無い。
元々、お互いがお互いを好き好んでお喋りするような間柄では無いが、今日は何時も以上に沈黙の比率が大きい。
それはきっと、今回の任務のせいなのだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「ここ、ですね」

非常灯の明かりだけが照らす通路を進む事数十秒。
バルブが三つも四つもついた、厳重なエアロックの前に突き当たる。
首筋のソケットに差し込んだ素子内のマップデータと照らし合わせ、一応の確認。
間違いは無かった。

792執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:17:43 ID:my4FaQC60
ξ゚⊿゚)ξ「今、開けますので、しばしお待ちを」

努めて事務的に言ってから、隔壁の脇のコンソールをいじる。
予め教えられていた通りのパスコードを入力してから、“ホルスの瞳”を起動。
見た目が気色悪いから、“目”を使った有線接続はあまり気が進まないが、ネットが通じていないのでは仕方が無い。
結線ケーブルを左目から伸ばし、直接監理AIに接続する。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

データの送受信を開始した私を、デレは傍らの壁にもたれかかってぼんやりと眺めている。
黒のラバースーツに、同色の対刃防弾コートを羽織った華奢な身体を、両腕でかき抱くようにして立ち尽くすその様子は、心ここにあらずといった所だ。

自分でも、なんでそうしたのかは分からない。
気が付けば私は、左目に流れる0と1の羅列を追いながら、口を開いていた。

ξ゚⊿")ξ「……スターリンは知ってます?」

ζ(゚ー゚*ζ「――は?ええ、まあ。ラボの学習用ホロで、一応」

ξ゚⊿")ξ「じゃあ、ソ連についても?」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ、かつてのロシア……でも、それが――」

ξ゚⊿")ξ「――赤の広場で、とある男が“スターリンは馬鹿だ”と叫びながら走り回っていた」

ζ(゚ー゚;ζ「ええと、あの、お姉さま?」

793執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:18:45 ID:my4FaQC60
ξ゚⊿")ξ「当然、男は逮捕されたわ。裁判の結果、彼は懲役50年を言い渡された」

ζ(゚ー゚;ζ「……」

ξ゚⊿")ξ「刑期のうち、5年は侮辱罪。残り45年は、国家機密漏洩罪だったそうよ」

語り終えた所で、デレの反応を窺う。

ζ(゚ー゚;ζ「……お姉さま?」

私の保有する唯一の笑い話にも、デレは訝しげな顔をして首を傾げるだけだった。

ξ゚⊿")ξ「……いいの。分かってる。私はそういう柄じゃないものね」

ここ一年の中で、最も間の抜けた脱力感が襲ってくる。
思わず言葉も砕けようというものだ。

ζ(゚ー゚;ζ「あ、いえ、違うんです。その、お姉さまのお話は面白かったです」

ξ゚⊿")ξ「…なら笑っておきなさいよ」

ζ(゚ー゚;ζ「ごめんなさい、私の事を気遣って下さったんですよね」

ξ゚⊿")ξ「……別に」

そこで初めてデレはくすりと笑う。
先のジョークで笑わなかったのに、今のやり取りの何処に面白い所があったのか。
一言抗議してやろうかと思った所で、彼女の目線が自らの爪先に落とされている事に気付いた。


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