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我の名は新人! 新時代の先駆者!!
1
:
新人
:2006/10/07(土) 00:29:56
我の名は新人。
「しんじん」ではない、「あらひと」でもない。産まれたばかり、夢と希望に満ちた俺は「にいと」と名付けられた。
これまで特に問題なく生きてきた。ただ少し格闘ゲームを中心にゲームセンターが好きだっただけだった。
しかし、気付いて見れば俺は高校3年で受験を控えていたにもかかわらず、学校へ行かずゲーセンに通う毎日を送っていた。そして、そのころになってNEETという単語が多く上がるようになってきた。
学校にもろくに行かず、ゲームセンターに入り浸る日々。皆は俺の事を「新人」ではなく「NEET」とよぶようになった、俺にはそうにしか取れなかったし、向こうも悪意をこめて言っていたんだろう。
中学時代の友人にNEETいわれ続けて、俺はある日ついに彼に手を上げてしまった。
ゲームばかりやっていた俺の腕力はたいした物ではなかったが、それでも人を一人病院に送る事はたやすかった。その気になれば素手で人を殺められる、ゲームに夢中になっている間に俺はそんな歳になっていたのだ。
そのことは俺の思っていた上に大きな事になり、次の日には学校に呼び出された。
校外での問題、出席日数不足、単位不認定、教師の口から延々と俺の事が話される。そして最後に「退学処分とする」と冷たく切り捨てられた。
俺は学生でなくなった。働く意欲なんてない、ゲームばかりやっていた俺に大学受験をする頭などない、金は親からもらえばいい、ゲームセンターさえあればいい。俺は退学を受けた後、一人高らかに笑った。
家に帰れば母親と父親が俺を叱ってきた。居心地が悪い、ここも学校と同じか・・・
当然の事なのだろうが気に食わなかった、俺は力任せに二人を投げ飛ばし、数発蹴りを入れて家をあとにした。
むかうさきは決まっている。
「ゲームセンター」
我の名は新人。
希望に満ち溢れた無垢だった俺に「常に新しい時代を生きる人になるように」と願いを込められ命名された。
そして親たちの望みは叶った。俺は流行の最先端、近い未来の課題、そしていつかの主導者であるNEETになった。
新時代の先駆者である俺、その俺「新人」はNEETとなった。先駆者の俺がそうなって、満足しているのだから、これからは俺らNEETが世界の常識となるのだ。
新人類NEETとなる事ができて笑いが止まらない。
寝たいときに寝て、起きたい時に起きて、行きたい時にゲーセンに行く、金は馬鹿まじめに働く親からせびる、それでも出さなければ拳をふるって搾り取るだけ。
なんてすばらしいんだ!コレからの時代の中心はなんだ、NEETだ。利用されるのがいやならNEETになればいい、そうすればすべてを手に入れられるさ・・・
ククク・・・
俺は今日も、閉店間際のゲームセンターで独りギルティの筐体に50円玉を入れながら、この板を覗く・・・
551
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:13:57
ゆっくりと近づいてきた人物は、やがて姿を露わにする。
肩丈に鋏の入れられた茶髪、小柄な身体。
階段を上ってきたのは江嵜だった。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
江嵜はそう繰り返しながら歩み寄ってくる。
「結局、帰らなかったのか・・・」
怒ったところで、もう遅い。既に危険に巻き込まれてしまっている。
俺がうまく逃げ遂せたところで、文香が、もしかしたら江嵜も、ヤクザに何らかの報復や尋問を受けることになるだろう。
「ごめんなさい・・・。私、やっぱり耐えられない・・・」
俯きながら話す江嵜。下に集まった黒塗りの車を目の当たりにして、残ったことを後悔しているのだろうか。
彼女としても、事態がここまで深刻だとは思っていなかったのかもしれない。
安易な気持ちで物事に首を突っ込むからこうなる、とは言えない。
俺も同じだ。正光寺の甘い話に騙されてしまった。安易な気持ちで至上の今などという幻影を追い、そしてドツボ。彼の掌の上で踊らされ、こうして嵌められている。
「残ったのは江嵜の責任だ。悪いが俺は責任を持てない」
不甲斐ない。そう思いながら江嵜に関する責任を放棄する。
上手く立ち回ることができたとしても、俺が優先して守りたいのは江嵜ではなく文香だ。心中密かに同情を圧し殺した。
泣き崩れるかと思ったが、江嵜の様子に変化は見られなかった。彼女は相変わらず俯いたまま、ごめんなさいと繰り返すばかり。
そして、続けてその言葉の意味を白状する。
「新人君を文香ちゃんに取られるのが耐えられない。だから警察を呼んじゃった。捕まえてもらおうと思って。ごめんなさい」
江嵜は警察を呼んだと言った。
俺の後ろでは、今も新しいサイレンが聞こえている。続々と警察車両が集まっているようだ。
「下のあれは江嵜が呼んだのか?」
パトカーが溜まった東側を指差して問うと、江嵜はこくりと頷いた。
「江嵜、ナイスだ」
そうとしか言いようがない。
江嵜の迅速な対応に救われた。彼女の嫉妬が危機的な状況と噛みあった。
恐らく屋上を去った直後に通報したのだろう。それ故、手遅れにならなかった。
江嵜はごめんなさいなどと呟いていたが、謝罪の言葉など必要ない。寧ろ、彼女の行動は感謝されて然るべきだ。
状況が飲み込めていないらしい江嵜は間の抜けた顔をしている。宛ら、鳩が豆鉄砲をくらったようだ。もしかしたら西側の光景、ヤクザの追っ手の存在に気付いていないのかもしれない。
「俺は正光寺に嵌められてヤクザに追い込まれていた。だが、江嵜のおかげで助かりそうだよ。上手いこと警察に身柄を押さえてもらえそうだ」
俺の説明で江嵜は漸く状況を理解できたらしく、複雑な表情を浮かべていた。
「結果オーライ、なのかな?でも、知らないで通報してたから一応謝る、ごめんなさい」
「謝る必要なんかないさ、俺は感謝してる」
警察に捕まることができれば最低条件はクリアとなる。偶然だとしても、江嵜には重大な手助けをしてもらった。
552
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:15:19
西側にある駐車場にもパトカーが到着したらしい。サイレンの音を聞いて下を覗くと、西側では黒服の男と警察官が揉み合いになっていた。
俺達は三人並んでそんな光景を眺めている。
事態が収拾に向かったら、エレベーターを降りて警察に確保してもらおう。そんなことを考えていると、文香が口を開く。
「それにしても、江嵜お姉さんはどのようにしてこんなにも大量の警察官を呼んだのですか?」
それは江嵜に対する質問だった。
俺も同じく気になっていた内容だ。普通に薬物使用や売買の通報を受けても、これほどの人数が動員されることなどないだろう。
薬物使用や所持は拘留期間の短さ故に、確実に現場や物を押さえられる場合にしか動かないと聞く。では、何故これだけの人数が動いたのだろうか。
江嵜は「正直、文香ちゃんとは話したくもないけど、」と子供じみた前置きをして語る。どちらが年下だか分かったものではない。
「最初は薬物持ってる人がいますって言ったけど担当部署がなんだとかで、すぐには来てもらえないみたいだったの。だから、変な人がビルに侵入してるって言って通報した。次に、暴漢に襲われそうだって通報。これは嘘だったけど、本当になったみたいだね」
この場合、暴漢というよりは暴力団なのだが。そう大きくは変わらないだろう。
「なるほど」
文香は感心しているようで、どこか悔しそうでもある。
先程、彼女も携帯電話を取り出して何かをしていた。もしかしたら同じように警察を呼ぼうとしていたのかもしれない。だとすれば、手際が良かった江嵜に対して劣等感を覚えているのだろう。
そんな文香の表情を知ってのことか、江嵜は話を続ける。
「他にも、飛び降り自殺します、だとか、今から薬物使いますって予告だとか、もう必死になって電話を掛けた。後半は怪しまれてたみたいだけど、一応通報があったら現場に人を送らなければいけないらしく、それで偶然に暴力団でしょ。続々と増援が集まってる感じじゃないかな」
偶然にも、彼女の通報は其々が噛みあっていて、信憑性が生まれていた。
彼女は暴力団から入手した薬物を所持、そして使用している。何らかのトラブルが切っ掛けで自宅に彼らが押し掛け、逃れるために投身自殺を考えている。
要約するとこのようになる。順序がカットアップされているところも薬物使用者風だ。
受けた通報を管理している担当者はきっとこう考えたことだろう。
偶然が、運が、江嵜の行動が、すべてが噛み合って首の皮一枚繋がった。
安堵しながら一息つくと東側が突如として騒がしくなる。
停車中のパトカーからサイレンが鳴りだした。
気になって東側を見下ろす。
パトカーが次々に発車している。それらのパトカーの向かう先には、ランプもサイレンもつけずに蛇行するパトカーが一台。
明らかに強奪されたらしいその車両は、赤信号も交通標識も全て無視し、まるで警察を挑発するようにビルの周りをぐるりと回っていた。
すっかり雨量も少なくなり下の光景が良く見えた。
少なくとも、車の運転席から顔を出した人間の髪色くらいならば、問題なく確認できる。
奪還されたと思われるパトカーから挑発的に顔をだしている男は金髪。
前髪はカチューシャで上げていて、俺と同じくらいの背格好だろう。
ああ、間違いない。
パトカーで蛇行と周回を繰り返しているのは正光寺だった。
553
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:17:30
クソ野郎。何が関東にいないだ。
正光寺は関東どころか都内、それも結局この街に残っていた。
恐らくは警察の介入を見て、ヤクザによる俺の処分が行われるか不安になったのだろう。
だからこうして暴れて、警察を妨害しようとする。注意を引きつけてヤクザを助ける。正光寺からすれば自分の命が掛かっているのだから当然の行動だ。
「最後まで余計な事しやがって」
警察車両が駆けつける気配もない。台数はこれで頭打ちだろう。
これ以上待っても正光寺に釣られて台数が減ってしまう恐れがある。
「正光寺さん」
「正光寺君」
横で見ていた文香と江嵜も彼の存在を確認したらしい。
もうあまり時間がない。動くならば今。早いところ警官に捕まらなければ。
どうやら彼女たちも考えていたことは同じらしく、此方を向いて軽く頷いた。
「急いだ方が良さそうですね」
「ああ、そうだな」
「新人君、出所したら迎えに行くからね」
「気持ちだけは有り難いが、江嵜には俺の事を忘れて、正しく生きてほしい」
二人と軽く言葉を交わす。
最後に、江嵜には悪いが、文香とキスをした。唇同士が軽く触れる程度の軽い接吻。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
いつぞやの夜中を思い出すような、行ってらっしゃいのキス。
今回は送り出す側ではなく、送られる立場になってしまった。
おかえりなさいのキスはあるのだろうか。そんなことを考えると、涙が溢れ出そうになる。恐らく、それが行われることはない。
そもそも全てが上手くいく可能性は低い。
成し遂げたとして、出所までにどのくらいの年月がかかると言うのだろう。
時間が経てば人は変わる。俺や正光寺、江嵜は大きく変わった。
年単位でなくとも、この数ヵ月の間だけで俺は変わったと思う。江嵜だってそうだ。前までの彼女なら、きっと今頃この場所にはいない筈だ。
服役を終えて、その時までのヤクザのケジメが何らかの形でついていたとして、文香の気持ちが変わらないとも限らない。
寧ろ、変わっていて当然だ。そのままでいる事を押し付けられようもない。
だからきっと、おかえりなさいのキスはない。
このまま残っていても、危険が増すどころか、情けない姿を曝すだけだ。
恥を無駄に上塗りする必要もない。
「江嵜、文香、うまく生きろよ」
俺は覚悟を決めて、警官に捕まりにいく事にした。
「そうだな、このガキの分まで手前らは生きると良い」
突如として俺達の会話に割って入った野太い声。
聞えた方向を見ると、階段の前に黒のスーツを着込んだ恰幅の良い男が二人並んでいた。片方の手には異様に大きなバッグが提げられている。
554
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:18:02
「刑事、には見えないな・・・」
ドラマではあるまいし、陽も照っていない日にサングラスを常用している刑事などいない。
「まぁ、その敵みたいなもんだな」
男のうち一人はそう言って、笑いながらゆっくりと歩み寄ってきた。もう一人は階段を塞ぐように仁王立ちをしている。
警察との揉み合いをすり抜けたヤクザだとみてまず間違いないだろう。
「俺の話を聞いてはくれませんか?」
最後の抵抗。
無駄だと分かっていながらも、一応語りかける。
「聞いてやるよ。車の中でな」
「俺は薬を奪ってません。奪った奴、正光寺に嵌められただけなんです」
「車で聞くって言ってんだろ!いいから大人しくついてこい、ガキ!」
男に恫喝される。
恐ろしい。正光寺やゲームセンターの不良とはわけが違う。本物の迫力、威圧感。
本能的な恐怖から逃げの体勢を取ってしまう。
だが、逃げ場などない。
この場所は柵も壁もない屋上。
江嵜は放心状態となっており、文香は自分の携帯電話とビルの下の様子を頻りに確認している。
ヤクザの男は無抵抗な二人を襲わなかった。気にも留めていない。
目的さえ達成できればそれでいい。余計なことはしない。暴力組織らしからぬスマートな方法。
震えて声も出なくなった俺を庇うように、文香が俺とヤクザの間に割って入る。
「車に乗せてどうする気ですか?」
ヤクザは文香を睨みつけて言う。
「手前には関係ねえんだよ。出しゃばると殺すぞ」
その言葉は重い。日常的に使われるコロスとは違う単語にすら思える。
何か見えない部分に絶対的な裏付けがあるような、恐ろしい言葉。俺はその言葉のイメージに気圧されて、反抗する気など起きなかった。
だがそれでも文香は引こうとしない。折れそうに細い足を震わせながら、食い下がる。
「連れて行ったとしても、下があの状況です。あなた方が警察に捕まりますよ?」
「やり方があるんだよ。何なら先に手前で試してやってもいいんだぜ」
「警察の前で叫びます」
「それができねえからこそ、俺達の仕事が成立すんだよ。手前このガキの女か?そんなに死にたきゃ一緒の穴に埋めてやってもいいんだぜ」
このままでは不味い。ヤクザの男は本気でそうしそうな雰囲気だった。
文香まであらぬ罪で死ぬ必要はない。
俺は最後の力を振り絞って声を出す。
「そいつは関係ないので見逃してやってください」
弱々しく震えた俺の声を聞いてヤクザの男は笑い出した。なんだその声、と馬鹿にしてくる。
構わない。いくら馬鹿にされても構わないから、文香と江嵜を巻き込んでほしくない。
人間は極限で他人を庇う事などないと思っていた。
だが、自分がどうあれ死んでしまう状況に陥ると、最後の最後で良心がはたらくらしい。今それを実感できている。
最後くらい、どんなに惨めで弱々しくても、文香の彼氏らしいことをしたかった。
555
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:18:57
何とか立ち上がり、大人しくヤクザに従おうとする。
「行きましょう」
「最初からそうしろよな」
俺が言うとヤクザは階段の方向に向きなおした。こういう場合は俺から目を離さないのがセオリーだが、逃げ場のない屋上ではその必要もないのだろう。
男が俺に背を向けた直後、文香が小声で話し掛けてくる。
「…私を信じて、ポケットの薬を今すぐ飲んでください。ありったけ全て。早く…」
辺りの様子を確認しながら、彼女はそんな指示出した。
その意図は分からない。だが、信用できた。窮地だから、文香だから、疑う気にはならなかった。
先程、江嵜に手渡そうとした錠剤。
通常使用量の三倍はあろうかと言う量のそれを、俺は一気に飲み込んだ。
これだけの量の脱法ドラッグだ。副作用で死ぬ恐れだってある。
だが、そんなリスクなど気にならない。どう足掻いても死ぬのならば、文香の指示で死ぬ方が幸せだと思えた。
556
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:19:33
直ぐに視界が歪み始める。
記憶に働きかける作用の薬だ。俺が本当に欲しているものに、精神的に再び巡り会える。
フラッシュバックした記憶はそれぞれ独立せずに混濁した一つの幻覚となってリフレインする。
目の前に升目の付いた紙。それによって一度視界が遮られる。
それは原稿用紙だった。小脇にはペンや資料など。
俺は小説を書いていた。いつだったか、下らない物語を余った作文用紙に書いていた。
自分が過ごしている世界の中に、もう一つ小さな世界を作れる感覚が堪らなかった。極端に言えば神にでもなったような気分を味わうことができた。だからその行為に没頭した。
小説家になりたいというよりも、俺は物語を紡ぎだすのが好きだっただけなのかもしれない。
白地の用紙に黒の文字。そんなものばかり眺めていると目が痛くなった。
休憩にしようと脇を見ると、そこには文香の姿があった。お疲れ様、などと言いながら珈琲を入れてくれる。
夜食も用意されていた。手渡されたのはコンビニのサンドイッチ。食べる前から口にマヨネーズの味が広がった。
俺と、文香と、原稿用紙。そんな世界に客人がやってくる。
江嵜とギルティ勢と、そして正光寺だ。俺の両親の姿もあった。
大人数で集まって、パーティでもしているかのように騒ぐ。誰かが「まるで結婚式みたいだね」などと言うものだから俺は顔が熱くなった。
『愛してます。だから、信じてください』
文香の声がはっきりと声が聞こえてきた。幻聴ではない、本当の声。
繰り返される記憶と、それによって創られた幻覚に溺れる中、その声だけは明瞭だった。
だから、返事ができる。
「勿論さ」
相手が文香だから、疑う気になどならなかった。
腹部に凄まじい愛を受けてまやかしの世界が歪む。
崩れそうな幻覚の世界で、俺は存在するはずの床から転落した。
頭を叩きつけられた痛みは、きっとこれまでに文香によって与えられたどんな愛よりも大きかった。
有難う文香。
そこで幻覚は途絶えた。
557
:
名無しさん
:2013/08/01(木) 00:21:23
俺の今は、終わった。
558
:
1
:2013/08/01(木) 00:25:01
読んでいる人がいるかはわかりませんが、一応。
これで終わりではないです。エピローグ的に畳んでいきます。なので次かその次に纏めて書き込むのが最後の更新になるはずです。
スレ立てから7年。なんとか終わらせることができそうです、というか終わります。
559
:
1
:2013/08/01(木) 00:32:14
長田さんという方を出さずに終わってしまいます。
万が一、提案した方が見ていましたらごめんなさい。
自分が書きたいように書きすぎた感があります。
560
:
1
:2013/08/01(木) 00:34:04
Xrdのロケテスト、関東に住んでいらっしゃる方は行かれるのでしょうか?
行くかどうか悩みます。
561
:
名無しさん
:2013/08/05(月) 23:57:49
エピローグ
「2110番、時間だ」
めり張りのきいた男声が聞こえてくる。
始めは五月蝿く感じていたが、冷静に聞いてみれば耳障りではない。明朗で聞きやすい声。
ありがちな話だが、いざ別れの日が来ると嫌いだった何かが急に恋しくなるものだ。今の俺は正しくそんな気分だった。
よもや刑務官との別れを寂しく感じるなど、最初は思いもしなかった。
俺にとって番号で呼ばれる日も、今日が最後になる。
不満に思っている人間は多いようだが、俺は案外、番号呼びが嫌いではなかった。
名前にコンプレックスがあったというのも理由の一つだろう。尤も、与えられた番号が2110番なものだから、あまり変わりばえはしなかったが。
窮屈な独居房には未だに慣れない。
此処にはあまり長いこと入っていなかったので、当然と言えば当然の話なのだが。
俺は本日を以て、六年半に及ぶ懲役刑を終える。
言い渡された刑は懲役七年。満期までは未だ少し期間が残っているが、長く真面目に服役していた為、減刑の恩赦を受ける事ができた。
二年ほど前に仮釈放の話も持ちかけられたが、保護観察有の仮釈放と言うのも落ち着かないので断った。今回はそれが無い、僅かではあるが純粋な減刑。努力が評価され素直に嬉しく思った。
自分で思っていたよりも俺がした違法行為は重罪だった。
覚醒剤や麻薬所持で捕まる芸能人はすぐに刑務所から出てくる。そんなことをニュースの情報などで漠然と知っていたものだから、俺も二年前後、或いは初犯と言うこともあり一年そこいらで出所できるものと考えていた。
だが、現実は違った。下されたのは懲役七年の実刑判決。
使用や所持に比べて営利目的での販売はそれだけの重罪だったらしい。判決の重さもさることながら、外部の人間との面会や手紙のやり取りを著しく制限された。
18で捕まった筈の俺も、気付けば24を超えている。もういい大人だ。
外の世界については後輩囚人の話やテレビ等で多少は知っている。それだけに、早く出たいという気持ちはあった。それが今日漸く叶う。
刑務所での生活は俺を大きく変えた。これまで働く事を放棄していた俺が、途端に強制労働をさせらたのだから無理もない。
作業労働を通じて働くことの喜びを知ることができた。世界にとって、社会にとって、俺と言う歯車が回っている感覚。ニートの頃に感じていたような疎外感が一気に払拭された。
出来る事ならば、この労働の対価も自分以外の誰かの為になるのならと、そんな似合わない事まで考えるようになった。
「2110番、気分はどうだ?」
独房を出た俺に刑務官が尋ねてくる。
「恐らく、嬉しいのだとは思います。正直、まだ実感がありません」
きっと刑務官は刑期を終える囚人全員に同じ質問をしているのだろう。
その時、他の受刑者は何と答えるのだろうか。折角なので訊いてみる事にした。
「普通はもう二度とここには戻りたくないと言うな。本来、刑務所とはそうあるべきだ」
彼は無表情で答える。それもそうか、と納得した。
連れられて独居房のある建物を出て、手続きの為に看守棟へと向かう。
途中、懐かしい建物が目に入った。俺が刑期の殆どを過ごした雑居房棟。
釈放される直前まで寝食していた、思い入れの深い場所。同室だった仲間は元気だろうか。作業に不満のある者、再犯を宣言していた者、俺は多くの人間とあの場所で出会った。きっともう、会う事もないのだろう。
どんな場所に居ても、人が変化する限り出会いと別れはあるのだなとしみじみ思った。
簡単な手続きを終えると、刑務官から二つのずた袋を手渡された。
一つは入所時に持っていた荷物や着替え。そしてもう一つは、入所してから得た物だと言う。
入所してから特に物品を得た記憶が無い。内容を尋ねると、服役中の作業に対する心付けと手紙や差し入れの類なのだと教えられた。麻薬の営利目的販売などの罪で捕まった人間には部外者からの手紙を届けることができず、こうして出所時に纏めて渡されるらしい。
俺はそれらの袋を受け取った後、所長と担当刑務官の有り難い言葉に後押しされ、刑務所を出た。
562
:
名無しさん
:2013/08/05(月) 23:58:57
塀の外に出てもあまり実感がない。
刑務所は天国や地獄などではなく、結局ここと同じ現実世界の一部だ。出ただけで大きな変化を感じる理由もない。敢えて一つの感動を挙げるとするならば、見飽きた景色以外の光景を目にできている事くらいだ。
特に迎えの人間がいるわけでもなし。この場所に立っていてもただ虚しさばかりが残る。
俺は手渡された小金と逮捕時に所持していた金を使って、地元だった場所へと戻ることにした。
先ず向かった場所は実家。
両親には出所日が伝わっていた筈だった。だが迎えに顔すら出さない。勘当されているのだろうが最後に一言謝りたかった。
呼び鈴を鳴らして出てきたのは母親。
俺の姿を見るなり、扉を開けたまま家の中へと戻っていった。
事前に通報を入れたので、母も服役に行っていた筈だ。本来ならば犯さなかったであろう罪を俺の所為で犯してしまった。
母からの対応にショックなど受けない。俺はそうされて当然の罪を犯したのだから。寧ろ、約七年ぶりで俺だと分かってくれたことが嬉しかった。
戸を閉めて立ち去ろうとすると丁度母が戻ってくる。
「お父さんと話して決めました。もうあなたは大人です。これからは一人で生きてください」
母はそう言って手提げ袋を渡してきた。
「母さん。御免なさい」
深く頭を下げる。許してもらう心算などなかったが、反応も無く扉を閉められてしまうと流石に堪えた。
涙が出そうだ。
そんな悲しい気分になって手提げ袋の中身を見ると、身分証や必要書類の他に封筒が入っていた。その中に入っていたのは預金通帳と印鑑、そして約二十五年前の日付が書かれたメッセージカード。それは俺が産まれた日だった。
---------------------------------------------------------------------------
生まれたばかりのあなたを眺めながらこのメッセージを書いています.
将来あなたは何を目指して、どんな大人になるのでしょう。
あなたの夢を応援するために二十年間の貯金をすることにしました。
二十歳ではまだ夢も決まっていないかもしれません。ですが、もし決まった時にはお金が必要になるものです。
将来に向けて頑張るあなたが、あなたの為にこのお金を使ってください。
成人おめでとう。新人。 ママより
---------------------------------------------------------------------------
通帳には母親の薬物使用を通報したその月まで、毎月三万円ずつの入金記録があった。
ニートになった後も、暴力をふるった後も、金をせびるようになってからも、変わらず律義に振り込みが為されている。積もり積った貯金は七百万円近くの膨大な額となっていた。
文面を見るに、恐らくは俺が成人を迎える誕生日にでも渡す心算だったのだろう。その頃俺は獄中に在った。母親だってそうだったかもしれない。
俺にこの金を得る資格などない。だが、帰る場所すら失ってしまった身分では、突き返す事などできなかった。意地汚くその大金を懐に仕舞いこみ、ひとり路上で後悔の涙を流す。
父さん、母さん、御免なさい。
563
:
名無しさん
:2013/08/06(火) 00:00:05
俺には過去しかない。
数年ぶりに戻った外には“今”がない。人への連絡手段もないし、身分もない。
捕まったあの日のように、過去を振り返る。
通っていた都立高校は廃校になっていた。
空き地になったその場所を、随分と急に無くなったものだと眺めていると、横に並んでくる人間がいた。何処かで見覚えのある青年。名前もクラスも覚えていないが、同級生だった人間なのだと思う。
「母校が無くなってしまうのは悲しいものですね」
そう話し掛けてみた。
両親に捨てられ、過去の人間との繋がりすら失った俺は交流に飢えていたのだと思う。だからこうして人を求める。一、二言話せるだけでよかった。きっと、それだけで救われた気分になる筈だ。
相手の男は此方を見て、好意的に微笑みかけてくる。
「久しぶりです。そうですね、感情的な話をするならば、やはり悲しいというのが本音です」
彼もまた、俺の事を覚えていたらしい。どの程度だかは分からない。名前やクラスも知っているかもしれないし、漠然と顔や暴力事件だけを覚えているのかもしれない。
高校生活など遠い昔の話。もうかれこれ八年近く前のことなど詳しく覚えていようもないが、この男とは在学中に交流が無かった気がする。実質的な初対面だが、母校が同じと言う共通点だけで身近に感じられた。
「俺は七年ぶりにこの街に戻ってきたもので、廃校には驚きました」
「そうでしたか。最近は廃校になる都立高校が多いですから、仕方がないのでしょう」
以降、言葉も交わさず、二人並んで空き地を眺めていた。
どちらからともなく、そろそろ、などと独り言のように呟いて、俺達は別れた。もうこの場所には来ることもないだろう。
母校の廃校以上に衝撃を受けたのは、通っていたゲームセンターの閉店だ。
元々ゲームセンターだった場所はカラオケ店に居抜されていた。街で唯一ビデオゲームが流行っているゲームセンターだったので、残念だ。
ここにいた仲間は何処へ行ったのだろう。そもそも、仮にゲームセンターがあったとして、嘗ての仲間がゲームをやっている保障など何処にもなかった。
比較的若手だった俺ですらもう25歳になる。流石にゲームを辞めていてもおかしくない年齢だ。
ゲームセンターだった場所の隣、あの806号室のあるビルへと昇る。
疚しいことなどする心算もないので、階段ではなくエレベーターで上がった。
八階に着くと、丁度エレベーターに乗ろうとしていた一人の女性と擦違う。不審に思われては堪らないので軽く会釈。相手も笑顔でそれに応じ、何事もなくエレベーターに乗り込み、扉を閉めた。
嘗ては空き部屋だらけだったこのフロアも、半分くらい入居者がいる状態となっている。
806号室にも人が住んでいるようで表札には近衛と書かれていた。心中複雑だったが、全て終わった過去だと割り切って、806号室の前で踵を返す。
ここも今では俺の場所じゃない。
この街に、この世界に、俺の居場所などあるのだろうかと思い始めた。
やがて辿り着いたのは、中学時代に通っていた学習塾のあるビル。
当時あった塾など残っていない。
エレベーターに乗って最上階で降り、外の非常階段へと出る。あんな事件があったからか。施錠は厳重なものとなっていた。
だが、横から手を伸ばして解錠できるのは相変わらず。それでなくとも手すりの脇から侵入できそうだった。
難なく施錠を突破して、形式的に侵入対策が為された屋上へと上がる。
この場所だけは、何も変わらなかった。
相変わらず安全策が為されておらず、視界を遮るものは何もない。初めて知っている場所に帰ってきた気分になった。
屋上の隅に立ち、煙草を咥えながらあの時の事を思い出す。
俺が正光寺に嵌められてヤクザに追い詰められた日。そして俺が逮捕された後の話。
564
:
名無しさん
:2013/08/06(火) 00:01:08
まるで昨日の事のように覚えている。娑婆で過ごした最後の期間なのだから無理もない。
俺はあの日、文香に言われるがまま脱法ドラッグを飲んだ。
走馬灯のようにフラッシュバックする記憶と幻覚に溺れる中で、俺は文香の腹を殴られた。フェンスも何もない、云わば箍の外れたような屋上の、それも端でそんなことをされたものだから、俺の身体は大きくバランスを崩してそのまま落下した。
地上に叩きつけられれば即死は免れない。だが、俺は頭を痛めた程度で済んだ。俺が落ちたのは地面ではなく、すぐそこまできていた消防車のリフト上だった。江嵜が飛び降り自殺の予告をいれた為、その救助用に来ていたのだろう。
あの時文香が頻りに周囲や下の様子を窺っていたのは、きっとタイミングを計っていたのだと思う。一歩間違えば、俺は死んでいた。俺自身が納得していたとはいえ、普通は人を殺しかねないような選択などできない。迷わず俺を突き落とした文香は極限に於いて精神的に卓越した状態にあった。
薬物を使用させた理由は、俺の恐怖を和らげて抵抗を防ぐ為だと思っていた。実際に文香がどこまで計算していたのかは定かではないが、薬物を使用して転落したことで、俺は警察に身柄を拘束された。当初の計画通りに捕まってヤクザから逃れることに成功したのだ。
警察署に着く頃、俺は完全に意識を取り戻していた。
微量ながら所持していたドラッグ類の中に覚醒剤も含まれていた為、一時帰宅の自由もなく、すぐに調書が始まった。その場では洗いざらい罪を告白した。刑罰が重くなれば、外に出ることなく刑を受けられると思ったからだ。
そこで薬物の営利目的売買という行為の違法性が嬉しい誤算となり、初犯ながら一度の自由も与えられぬまま実刑判決が下された。服役期間の長さだけは当初こそ若干ながら不服ではあったものの、当然の報いだと自らを納得させた。
あの事件の後、俺は外との交流を厳しく制限された。
だからヤクザの動向も知らないし、正光寺がどうなったのかも、文香や江嵜が今どこで何をしているのか分からない。
塀の中で過ごした約七年間で世界から置いてけぼりを喰らった感覚だ。
ふと、出所前に手紙の類をまとめて受け取った事を思い出す。折角なので目を通そうと考え、俺は煙草を咥えたまま袋から一枚ずつ手紙を取り出していく。
手紙は受信順毎にソートされているようだった。
江嵜からの物がその大部分を占めている。彼女からの手紙には、待っている、だとか、好き、だとかそんなことばかり書かれていた。
俺が欲しいのは正光寺や文香に関する報告なのだが、恐らくその手の話題は送ったところで検閲に引っかかるのだろう。何も出所時に渡す手紙まで検閲しなくても良いと思うのだが。この国の仕組みはいい加減なものが多い。
俺は未だに文香を愛している。だから江嵜の気持ちには応えられない。それでも外で想ってくれている人がいたという証であるこれらの手紙は見ていて温かい気持ちになった。
当初は月に二、三通届いていた江嵜からの手紙も徐々に頻度が減ってゆき、最終的に二年もすると他人行儀な挨拶だけの手紙となり、それを最後に途絶えてしまっていた。仕方がない。時間が経てば人は変わる。いつまでも俺に縋っているのは彼女の為にならないし好判断だと言える。これが彼女自身にとって最良の選択になると理解していながらも、唯一の帰るべき場所を失ってしまったような物悲しさに苛まれる。
他に届いていたのは親からの手紙のみ。その内容も勘当を言い渡すものと、御尤もな説教だけだった。
正直、文香からの手紙が一枚も無かったのはショックだった。
彼女の事だから、送った際に内容が検閲に引っかかり面倒になったのかもしれない。そうだとしても、その一通で送るのを止めてしまったという現実が悲しかった。
獄中で俺は文香と再び会える日の事ばかりを考えて過ごしていた。唯の一度も彼女への愛が薄れたことなどない。
だが、彼女は違ったらしい。そもそも彼女は真っ当な恋愛経験が少ないだけで、男性経験は豊富なビッチだった。当分娑婆に出てこないような男に見切りをつけるのも極自然なことなのかもしれない。
読まなければ良かった。
手紙を見てしまった事で完全に全てを失ったような感覚に陥ってしまった。
565
:
名無しさん
:2013/08/06(火) 00:02:11
江嵜からの手紙には彼女の住所が書かれている。
彼女に会いに行ってみようと思った。恋愛だとかセックスだとか、その類の邪な気持ちは一切無い。
ただ俺を、新人を知っている人間と会いたい一心だった。
最初に知り合ってから十年以上が経過して、初めて彼女の家がこの建物の近くだと知った。
歩いて数分で目的の住所に辿り着く。小奇麗な江嵜らしい一軒家。
呼び鈴を鳴らす。親御さんが出たらどうしようなどと不安になった。やがてインターフォン越しに声が聞こえてくる。
「はい、江嵜ですが」
年紀の入った女声。江嵜の母親なのだろうか。
不審人物だと思われないように自己紹介をする。
「娘さんの中学時代の同級生なのですが、彼女はいらっしゃいませんか?」
尋ねると、彼女は思い出したように口調を変えた。
「あなたが新人さんですか?」
「はい」
あまり好意的ではない声音だったが、偽る理由もない。俺は肯定した。
「娘からあなたが来た時にと伝言を授かっています」
「そうですか。インターフォン越しで良いので聞かせていただけますか?」
「新人さんの事は愛していました。でも、私は心から尊敬できる男性と出会い結婚を決めました。だから御免なさい。さようなら」
“伝言”する声は泣き出しそうなもので、俺はこれ以上この場所に居てはいけないのだろうと思った。
江嵜はもう俺の帰るべき場所じゃない。。
もう、俺の帰る場所など何処にもない。
俺はニートになって、至上の今を求めた。
未来や将来、そういったものはタブーな存在。ニートには今しかなく、先など無い。
確かにその通りだった。
ただ今の楽ばかり求めて努力をせず、何も積み重ねない。そんな生き方をしていた人間には未来まで資産を引き継ぐことなどできない。自由であったり、金であったり、人間関係や思い出、そういったあらゆるものを維持することができない。
当たり前の事だ。今ばかりに拘って将来を放棄した人間は、未来に向かって変化を続けるそれら全てに置き去りにされる。
俺があれだけ大事にしていた今は六年半前に終わった。
そして、今。俺には何もない。
未来を見据えて動こうとしなかった俺は何一つとして引き継げなかった。
手元の金だって、普通に生きていても得られたはずのものだった。寧ろ、真っ当に受け取っていればもっと真面な使い方だってできたのかもしれない。
俺はニートになった事を完全に後悔している。
今を堪能していた時間の何十倍もの期間、この後悔をし続けなければならない。
割に合わないとは正にこの事だ。少し考えれば分かるような現実にすら俺は気付いていなかった。
過去の俺が目の前にいたならば教えてやりたい。殴ってでも改心させてやりたい。
そんな無意味な後悔で、今度は現在ですらなく、過去ばかりを見たい気分になる。
だが、現実はそれを許さない。何もかもを失った俺は、前を向かなければ文字通り死ぬ。くだらない後悔で後ろを向いたまま、二十代半ばで惨めに生涯を終えてしまう事になる。それだけは嫌だった。
566
:
名無しさん
:2013/08/06(火) 00:02:54
俺は文字通り人生をリセットすることにした。
誰も俺を知らない、何もないところから、親からの手切れ金と出所時の心付け、それと手荷物だけを元に人生の再出発をした。
保証人なしでは碌に部屋も借りられず、住所と携帯電話がないと仕事も見つからない。
採用面接はアルバイトを含めて悉く落とされてしまう。五十回近く面接で落とされ続けたが、幸いにも小さな警備会社の準社員として採用され、同時に社宅も利用できることとなった。
仕事は忙しく、給料も碌に出ない。
それでも住所があり、携帯電話が使えて、月々の収入があり、飯が食えるという当たり前にありつくことができた喜びは大きかった。
暫くして試用期間が終わり、社員数も増えてくると、金銭的にも時間的にもそこそこ余裕が生まれた。
同世代で真面目に生きてきた人間に比べればクソのような生活環境なのだろうが、個人的に満足できるレベルにまで身辺が落ち着いた。積み重ねのない前科者としては申し分ない成り上がりだと言える。
珍しく定時で仕事を終えたある日。
俺は近くのゲームセンターへ行く事にした。求職中も、就職直後も、なかなか足を運ぶ機会のなかったゲームセンター。久々に見るその空間は様変わりしていた。
ビデオゲーム筐体の画面はブラウン管から液晶になり、全体的に小奇麗な印象を受ける。
真先に探すのはギルティギア。
結局、捕まったあの日から一度もゲームセンターには行っていない。
アクセントコアの稼働を間近に控えていた当時から七年の歳月が経過している。それこそギルティギアにXが四つ付いていてもおかしくはないだろう。
心を躍らせながらビデオゲームコーナーを歩くと、すぐにギルティギアの筐体を見つけた。
ギルティギアイグゼクスアクセントコアプラスアール。
随分と大仰な名前の割には、アクセントコアにRがプラスされただけと言う代わり映えのなさ。
俺の中には残念に思う気持ち以上の安堵があった。なんだ、まだ俺の知っている世界があるじゃないか。
デモ画面を眺めていると、見慣れないランキング画面が表示される。
最近のゲームはカードに個人情報を登録して全国ランキングを反映しているのかと感心した。純粋な進化を遂げているGGXXAC+Rに感動を覚える。
俺は何の気なく、ランキング画面を眺めていた。知っている有名プレイヤーの名前もちらほらと見られ、この界隈の変化の無さを実感する。
「え?」
画面を見ていて、思わずひとり声が出た。それだけ衝撃的な表示が為されたのだ。
何もジャスティスとクリフの参戦に驚いたわけではない。
ランキングの中に表示された、とある名前に俺は目を奪われた。心臓が大きく音をあげて鼓動する。落ち着いていられなくなるような感動、期待、高揚。
文香@Motive
そんな文字が目に入ってきたのだ。
おおよそ他人とは思えないプレイヤー名。俺が長らく焦れ続けた最愛のクソ女。文香。
あまりの衝撃にいてもたってもいられなくなる。俺はすぐにプレイヤー情報を登録するカードについて調べた。
カードには対戦戦績情報の他に、ホームゲーセンやプレイ時間などを表示できるらしい。
俺も早速カードを作り、ポータルサイトにアクセスする。真先に選んだ項目はプレイヤー検索。文香@Motiveのプレイヤー情報を携帯画面に表示する。
対戦成績や試合数もかなりのものだったが、それよりも俺はホームゲーセンとプレイ時間に興味があった。場所は偶然にもこのゲームセンター。よくプレイする時間帯は夜らしい。
動悸が止まらない。今日も彼女は現れるのだろうか。
俺はカードネームを登録して、ゲームを繰り返しプレイする。閉店までだって居てやろうという気分だった。彼女に会えるならば睡眠時間など幾らでも削れる。
567
:
名無しさん
:2013/08/06(火) 00:03:21
最初のプレイから二時間ほど経過する。
携帯電話で基本的な今作のコンボや立ち回りを覚えながらプレイしていると、そこそこ動けるまでになった。使用キャラは相変わらずテスタメント。強かったらしいアクセントコアテスタメントを使用できなかったのが残念でならない。
一通りのコンボや起き攻めのレシピを覚えて反復練習をしていると乱入者が訪れた。
したらばの情報曰くGG_PLAYERかノーカードや弱いらしいので、それらであることを期待しながら相手のカード読み込みを待つ。
やがて、画面にマッチングが表示された。
文香@Motive VS 新人@Motive
プレイヤーネーム『文香@Motive』だった。
手が震える。これは本当に文香なのだろうか。対戦が終わったら確認しに行こうと考えた。
カードの読み込みが終わると、キャラセレクト画面で相手のカーソルが動かなくなる。俺が殆どプレイしていないから適当なキャラでハンデを付ける気なのだろうか。
セレクト猶予のカウントが切れそうになった頃、俺は肩を叩かれた。
振り向くとそこには一人の女。ショートカットの黒髪にパーマを当てた、眼鏡が知的な痩身の美人。
「文香、なのか・・・?」
思わず尋ねる。様々な感情や気持ちが混濁し、何も考えられなくなる。
そんな中で何とか捻り出した俺の問に、見違えるほど美人になった彼女は泣きだしそうな顔でこくりと頷いた。
文香は全てを語ってくれた。
先ず正光寺の事。彼は現在も行方不明なのだそうだ。
彼は文香と取り巻きの不良による証言によってヤクザに追われる身となったらしい。矛先はなるべく楽な方へ向けるのが効率的だから、きっと俺よりも正光寺を狙う方が楽だと判断したのだろう。証言もあるのだから筋も通る。
正光寺宅のポストに彼のものと思われる小指と薬指が投函される事件があり、この辺りではニュースになったそうだ。
彼はきっとヤクザに捕まった。狡猾な正光寺の事だ、上手く立ち回って、指の二本で手を打ったに違いない。何にせよ、きっと彼はもう表社会に戻ってくることはないのだろう。
気の毒には思わない。だが、俺を嵌めた事に関する恨みも消えていた。
今会えれば、今度こそ俺達は友達になれたのかもしれない。無論、正光寺がどう思っているかなど分からないが。
次に文香の事。彼女自身、脱法ドラッグを所持していたこともあって、一度身柄を拘束されたらしい。
当時は未だMotiveの所持と使用に違法性が無かったため、別件で強引に保護観察処分とされていたのだという。
俺と行動を共にしていたが客の斡旋などについては立証されず、罪を問われることが無かったようだ。俺にとってそれが気掛かりだったので安心した。
何故手紙をだしてくれなかったのかと訊ねたところ、保護観察中は犯罪者である俺へのコンタクトが難しく、刑務所の名前すら調べられなかったのだという。寂しかったと本音を漏らすと『情けなくて可愛いです』などと言って頭を撫でられてしまう。馬鹿にされているように思えたが、不思議と悪い気分ではなかった。
恥を晒すならばまとめて晒してしまおうと考え、俺が捕まっている間の恋愛やセックス事情を彼女に問うた。
訊いておきながら怖くなる。冷や汗を掻く俺を眺めながら、彼女は焦らした末に悪戯な笑顔で答えた。
『ずっと、新人さんを待っていましたよ』
嘘か真かも分からないそんな言葉一つで、俺は六年半想い続けた事が報われたような気分になった。
568
:
名無しさん
:2013/08/06(火) 00:04:33
俺は社宅を出て、親に貰った資金を使い文香と同棲を始めた。
街の外れにある、家賃の安い、古びたボロアパート。そこが俺達の城だ。
1Kの風呂付き。
一人暮らしを対象にしたような物件だったが、文香と過ごすと窮屈な感じはしなかった。寧ろ、お互いの距離が近く、安心感がある。
夜は一つのシングルベッドで身を寄せ合って眠る。セックスの際は狭さを感じずにはいられないが、普通に寄り添って眠る分には不便が無かった。
休みの日には二人でギルティギアをプレイするために出掛けたり、家でのんびり過ごしたりしている。
文香は俺が出所した時に出会い易くする為にギルティギアを始めたらしい。それがどっぷり嵌ったらしく、今では俺が教わる側になってしまった。
今日は出掛けずに家で過ごす休日。
こういう暇な時間を使い、俺は簡単な物語を書くようになった。
夢として小説家を目指しているわけではない、といえば嘘になるが、何よりも読みたいと言ってくれる読者の為に書くことにしている。
俺の拙い文章のファン一号こそ彼女、文香だ。
「偶には目を休めてくださいね」
彼女はそう言って珈琲を淹れてくれる。
「ああ、そうだな。休憩にするか」
俺は狭い部屋に置かれたテーブルで文香と向かい合う。
其々に珈琲とお茶請けのお菓子を用意して、少々早めの三時のおやつと洒落込むことにした。
「そう言えば、」
俺はふとあの日の事を思いだす。
ヤクザに追われたあの日。正光寺との電話や、逮捕、様々な場所を巡ったことばかり覚えていて忘れていたが、気になることがあったのだった。
文香は当時に比べて少しだけ上手くなった笑顔で応じる。
「なんでしょう?」
「俺が捕まった日、母さんの部屋に入る前の事を覚えているか?」
もう遥か昔になる。特に文香にとっては覚えている方が不自然なくらい前の事だ。
案の定、記憶が曖昧なようで「あまり覚えておりません」などと言ってくる。
俺達は各所を回るより前、一緒にシャワーを浴びた。風呂上りに文香が髪を乾かす最中、何かを言っていたのを覚えている。ドライヤーの音で聞えず、適当に微笑み返してしまったあの台詞が、今になって気になった。
「文香、ドライヤーしながら何か言ってただろ。あれ、なんて言ってたんだ」
彼女はふふっと笑う。
「聞こえていなかったのですか?」
「ああ。それがずっと気になってて」
ほんの些細な事。もしかしたら聞くまでもないような内容なのかもしれな¥い。
眠いですね、だとか、今日は涼しいですね、だとか。そんなことのような気もする。
文香は少し照れくさそうにこめかみを掻き、近付いて耳打ちするように言った。
「全部片付いたら一緒に暮らしたい、と言ったのです」
艶っぽい声の後、温く淫らな吐息。次いで耳朶を舐めあげられる。
与えられたくすぐったい感覚に、俺はすっかりその気になってしまった。その場で彼女を押し倒そうとする。
文香は『生意気ですよ、新人さんのクセに』と言った。俺は逆にマウントを取られてしまう。
制圧され、支配している感覚が堪らない。俺を見下す文香の妖艶な姿が魅力的だ。その旨を伝えると、彼女は蔑んだような、それでいて愛おしむような表情をする。
「手の施しようもないダメ人間ですね」
「言ってくれるなぁ、クソ女」
昼間から、セックスの名を借りた暴力と支配のシーソーゲームを繰り返す。
休憩という当初の目的はどこへやら、狭いボロ屋の一室で俺達は何度も行為を繰り返した。
金銭的な余裕は少なく、暇だって多くない。親も友人も、思い出すらも無くしてしまった。
それでも帰るべき場所があり、其処には愛しい人がいる。
そんな当たり前の日常が、物凄く贅沢で充実したものに感じられた。
この日々こそ、未来に引き継いでいきたい資産だ。
----おわり!----
569
:
1
:2013/08/06(火) 00:10:53
以上でこのお話は終わりになります。
最後に出しそこなった人物紹介を、
新人 ・・・主人公。暴力沙汰で退学になったことを切っ掛けにニートとなったギルオタ。
小川 ・・・金髪オールバック、鼻ピアスの不良。薬物を大量に所持、販売している。
江嵜 ・・・新人と面識のある美少女。中学時代に塾が同じだった。
文香 ・・・支配と暴力と薬物に魅了された売女。作中で最も若く、不登校だが女子高生。
正光寺 ・・・新人を苛めて暴力沙汰を起こさせた元凶。背格好から能力まで新人に似ている。
スレ立てから七年、なんとかお話を完結させるに至りました。
なんというか、表現しがたい感覚。序盤を読み返して、酷いものだな、と変な笑いが出たり、うれしいような不満があるような。
ニートに対する憧れがあっても、多くの人間がそれを選択しないのはデメリットの大きさを理解しているからなのだと思います。
貯金があろうが、多くの人間は積み重ねを怠ることを恐れます。どんな些細でクソのような積み重ねや未来であっても、なかなか放棄する踏ん切りがつかないのでしょうね。
積み重ねて何らかの結果が生まれると、嬉しいものです。
こんな駄文であっても一応終止符を打つことができると、大満足なのですから。
570
:
1
:2013/08/06(火) 00:13:07
やったあああああああああああああああああああああああああ
終わったあああああああああああああああああああああああああああああ
誰も見てなくてもうれしいいいいいいいいいいいいいいいい
終わらせてあげることが書き出した物語への最大の恩返しなんて言っていた知り合いがいますが、なんとかそうしてやることができました!
あとはイグザードでギルティギアに人が戻ってきてくれたらいいなあ
571
:
1
:2013/08/06(火) 00:16:06
ガタガタきている設定と序盤の酷すぎる文章を修正して、しっかりした話に纏め上げてみようと思います。
何らかの形で公開できたらいいな、
ってことで以下はその修正版の公開か自分の落書き帳に使います!
572
:
1
:2013/08/18(日) 17:32:51
Xrdロケテ行ってきましたが、勢いが今週のP4ロケテに負けてたなあ。
573
:
名無しさん
:2013/08/19(月) 23:01:43
ぷうてすと
574
:
名無しさん
:2013/12/23(月) 03:12:45
にいにい
575
:
名無しさん
:2014/01/13(月) 12:19:01
めちゃくちゃ懐かしいw
完結してたのかww
お疲れ様でした。
576
:
名無しさん
:2014/03/15(土) 14:43:54
Xrd記念あげ
577
:
名無しさん
:2014/03/15(土) 14:44:05
Xrd記念あげ
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