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我の名は新人! 新時代の先駆者!!

564名無しさん:2013/08/06(火) 00:01:08
まるで昨日の事のように覚えている。娑婆で過ごした最後の期間なのだから無理もない。

俺はあの日、文香に言われるがまま脱法ドラッグを飲んだ。
走馬灯のようにフラッシュバックする記憶と幻覚に溺れる中で、俺は文香の腹を殴られた。フェンスも何もない、云わば箍の外れたような屋上の、それも端でそんなことをされたものだから、俺の身体は大きくバランスを崩してそのまま落下した。
地上に叩きつけられれば即死は免れない。だが、俺は頭を痛めた程度で済んだ。俺が落ちたのは地面ではなく、すぐそこまできていた消防車のリフト上だった。江嵜が飛び降り自殺の予告をいれた為、その救助用に来ていたのだろう。
あの時文香が頻りに周囲や下の様子を窺っていたのは、きっとタイミングを計っていたのだと思う。一歩間違えば、俺は死んでいた。俺自身が納得していたとはいえ、普通は人を殺しかねないような選択などできない。迷わず俺を突き落とした文香は極限に於いて精神的に卓越した状態にあった。
薬物を使用させた理由は、俺の恐怖を和らげて抵抗を防ぐ為だと思っていた。実際に文香がどこまで計算していたのかは定かではないが、薬物を使用して転落したことで、俺は警察に身柄を拘束された。当初の計画通りに捕まってヤクザから逃れることに成功したのだ。
警察署に着く頃、俺は完全に意識を取り戻していた。
微量ながら所持していたドラッグ類の中に覚醒剤も含まれていた為、一時帰宅の自由もなく、すぐに調書が始まった。その場では洗いざらい罪を告白した。刑罰が重くなれば、外に出ることなく刑を受けられると思ったからだ。
そこで薬物の営利目的売買という行為の違法性が嬉しい誤算となり、初犯ながら一度の自由も与えられぬまま実刑判決が下された。服役期間の長さだけは当初こそ若干ながら不服ではあったものの、当然の報いだと自らを納得させた。

  
あの事件の後、俺は外との交流を厳しく制限された。
だからヤクザの動向も知らないし、正光寺がどうなったのかも、文香や江嵜が今どこで何をしているのか分からない。
 塀の中で過ごした約七年間で世界から置いてけぼりを喰らった感覚だ。
 ふと、出所前に手紙の類をまとめて受け取った事を思い出す。折角なので目を通そうと考え、俺は煙草を咥えたまま袋から一枚ずつ手紙を取り出していく。

 
 手紙は受信順毎にソートされているようだった。
 
江嵜からの物がその大部分を占めている。彼女からの手紙には、待っている、だとか、好き、だとかそんなことばかり書かれていた。
俺が欲しいのは正光寺や文香に関する報告なのだが、恐らくその手の話題は送ったところで検閲に引っかかるのだろう。何も出所時に渡す手紙まで検閲しなくても良いと思うのだが。この国の仕組みはいい加減なものが多い。
 俺は未だに文香を愛している。だから江嵜の気持ちには応えられない。それでも外で想ってくれている人がいたという証であるこれらの手紙は見ていて温かい気持ちになった。
 当初は月に二、三通届いていた江嵜からの手紙も徐々に頻度が減ってゆき、最終的に二年もすると他人行儀な挨拶だけの手紙となり、それを最後に途絶えてしまっていた。仕方がない。時間が経てば人は変わる。いつまでも俺に縋っているのは彼女の為にならないし好判断だと言える。これが彼女自身にとって最良の選択になると理解していながらも、唯一の帰るべき場所を失ってしまったような物悲しさに苛まれる。
 他に届いていたのは親からの手紙のみ。その内容も勘当を言い渡すものと、御尤もな説教だけだった。
 
 正直、文香からの手紙が一枚も無かったのはショックだった。
 彼女の事だから、送った際に内容が検閲に引っかかり面倒になったのかもしれない。そうだとしても、その一通で送るのを止めてしまったという現実が悲しかった。
 獄中で俺は文香と再び会える日の事ばかりを考えて過ごしていた。唯の一度も彼女への愛が薄れたことなどない。
 だが、彼女は違ったらしい。そもそも彼女は真っ当な恋愛経験が少ないだけで、男性経験は豊富なビッチだった。当分娑婆に出てこないような男に見切りをつけるのも極自然なことなのかもしれない。
 
 読まなければ良かった。
 手紙を見てしまった事で完全に全てを失ったような感覚に陥ってしまった。


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