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我の名は新人! 新時代の先駆者!!

561名無しさん:2013/08/05(月) 23:57:49
エピローグ


「2110番、時間だ」
めり張りのきいた男声が聞こえてくる。
始めは五月蝿く感じていたが、冷静に聞いてみれば耳障りではない。明朗で聞きやすい声。
ありがちな話だが、いざ別れの日が来ると嫌いだった何かが急に恋しくなるものだ。今の俺は正しくそんな気分だった。
よもや刑務官との別れを寂しく感じるなど、最初は思いもしなかった。

俺にとって番号で呼ばれる日も、今日が最後になる。
不満に思っている人間は多いようだが、俺は案外、番号呼びが嫌いではなかった。
名前にコンプレックスがあったというのも理由の一つだろう。尤も、与えられた番号が2110番なものだから、あまり変わりばえはしなかったが。

窮屈な独居房には未だに慣れない。
此処にはあまり長いこと入っていなかったので、当然と言えば当然の話なのだが。
 
 
俺は本日を以て、六年半に及ぶ懲役刑を終える。
言い渡された刑は懲役七年。満期までは未だ少し期間が残っているが、長く真面目に服役していた為、減刑の恩赦を受ける事ができた。
二年ほど前に仮釈放の話も持ちかけられたが、保護観察有の仮釈放と言うのも落ち着かないので断った。今回はそれが無い、僅かではあるが純粋な減刑。努力が評価され素直に嬉しく思った。
 
自分で思っていたよりも俺がした違法行為は重罪だった。
覚醒剤や麻薬所持で捕まる芸能人はすぐに刑務所から出てくる。そんなことをニュースの情報などで漠然と知っていたものだから、俺も二年前後、或いは初犯と言うこともあり一年そこいらで出所できるものと考えていた。
だが、現実は違った。下されたのは懲役七年の実刑判決。
使用や所持に比べて営利目的での販売はそれだけの重罪だったらしい。判決の重さもさることながら、外部の人間との面会や手紙のやり取りを著しく制限された。
18で捕まった筈の俺も、気付けば24を超えている。もういい大人だ。
外の世界については後輩囚人の話やテレビ等で多少は知っている。それだけに、早く出たいという気持ちはあった。それが今日漸く叶う。

刑務所での生活は俺を大きく変えた。これまで働く事を放棄していた俺が、途端に強制労働をさせらたのだから無理もない。
作業労働を通じて働くことの喜びを知ることができた。世界にとって、社会にとって、俺と言う歯車が回っている感覚。ニートの頃に感じていたような疎外感が一気に払拭された。
出来る事ならば、この労働の対価も自分以外の誰かの為になるのならと、そんな似合わない事まで考えるようになった。
 
 
「2110番、気分はどうだ?」
独房を出た俺に刑務官が尋ねてくる。
「恐らく、嬉しいのだとは思います。正直、まだ実感がありません」
きっと刑務官は刑期を終える囚人全員に同じ質問をしているのだろう。
その時、他の受刑者は何と答えるのだろうか。折角なので訊いてみる事にした。
「普通はもう二度とここには戻りたくないと言うな。本来、刑務所とはそうあるべきだ」
彼は無表情で答える。それもそうか、と納得した。

連れられて独居房のある建物を出て、手続きの為に看守棟へと向かう。
途中、懐かしい建物が目に入った。俺が刑期の殆どを過ごした雑居房棟。
釈放される直前まで寝食していた、思い入れの深い場所。同室だった仲間は元気だろうか。作業に不満のある者、再犯を宣言していた者、俺は多くの人間とあの場所で出会った。きっともう、会う事もないのだろう。
どんな場所に居ても、人が変化する限り出会いと別れはあるのだなとしみじみ思った。
 
簡単な手続きを終えると、刑務官から二つのずた袋を手渡された。 
一つは入所時に持っていた荷物や着替え。そしてもう一つは、入所してから得た物だと言う。
入所してから特に物品を得た記憶が無い。内容を尋ねると、服役中の作業に対する心付けと手紙や差し入れの類なのだと教えられた。麻薬の営利目的販売などの罪で捕まった人間には部外者からの手紙を届けることができず、こうして出所時に纏めて渡されるらしい。
俺はそれらの袋を受け取った後、所長と担当刑務官の有り難い言葉に後押しされ、刑務所を出た。


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