したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

スタンド小説スレッド3ページ

1新手のスタンド使い:2004/04/10(土) 04:29
●このスレッドは『 2CHのキャラにスタンドを発現させるスレ 』の為の小説スレッドです。●

このスレでは本スレの本編に絡む物、本スレ内の独立した外伝・番外編に絡む物、
本スレには絡まないオリジナルのストーリーを問わずに
自由に小説を投稿する事が出来ます。

◆このスレでのお約束。

 ○本編及び外伝・番外編に絡ませるのは可。
   但し、本編の流れを変えてしまわない様に気を付けるのが望ましい。
   番外編に絡ませる場合は出来る限り作者に許可を取る事。
   特別な場合を除き、勝手に続き及び関連を作るのはトラブルの元になりかねない。

 ○AAを挿絵代わりに使うのは可(コピペ・オリジナルは問わない)。
   但し、AAと小説の割合が『 5 : 5 (目安として)』を超えてしまう
   場合は『 練習帳スレ 』に投稿するのが望ましい。

 ○原則的に『 2CHキャラクターにスタンドを発動させる 』事。
   オリジナルキャラクターの作成は自由だが、それのみで話を作るのは
   望ましくない。

 ○登場させるスタンドは本編の物・オリジナルの物一切を問わない。
   例えばギコなら本編では『 アンチ・クライスト・スーパースター 』を使用するが、
   小説中のギコにこのスタンドを発動させるのも、ギコにオリジナルのスタンドを
   発動させるのも自由。

 ★AA描きがこのスレの小説をAA化する際には、『 小説の作者に許可を取る事 』。
   そして、『 許可を取った後もなるべく二者間で話し合いをする 』のが望ましい。
   その際の話し合いは『 雑談所スレ 』で行う事。

241丸耳達のビート:2004/05/05(水) 17:35


  ちるるるるっ。


 長い牙でパックに穴を開け、すする。
「…あ、当たり」
 二十代前半の男性、脂っこい物を控えた食生活。適度な運動・睡眠をとり、酒もタバコもやってない。
「美味しー♪」
 けぷっ、と小さく喉を鳴らし、次のパックに穴を開け、すする。
「………ぶふぅっ!」
 四〇代の脂ぎった中年男性、酒にタバコにユンケル漬け、更にパソコンの電磁波に犯されてストレスまみれのドロドロ血。
挙句の果てに採血前にレバニラを食べてる。ハズレもハズレ、最低の血。
 それ以上は怖くて分析する気も起きないので、飲みかけのパックをテーブルに戻した。
 マッヅ
「不ッ味…気分悪…ッ。寝よ」

 くい、と口元を拭い、ぽふりとベッドに倒れ込む。
人心地がついたせいか、戦闘中は大して痛いとも思わなかった傷が熱を持って疼く。
「う゛ぅん…」
 それでも、肉体を限界まで酷使するB・T・Hの反動で、疲労回復の眠気が襲ってきた。
小石が泥の中に沈むように、ウトウトと眠りに落ちていく。




「『矢の男』の…正体?ホントデチか?教えて欲しいデチ」
「うむ…まず、奴と戦ってわかった事なんじゃが、あの瞬間移動じみた動き、見たじゃろ?
 アレは『ロリガン』のような空間制御やB・T・Bのような超スピードではない」
茂名の言葉に、B・T・Bが頷いた。
「茂名様ノ 波紋糸ヲ 断チ切ッタ時、何カ所モ切ラレテ イルノニ 切断ノ タイムラグガ アリマセン デシタ。私ノ眼ト能力デス。狂イハ アリマセン」
 自信に満ちた声で、B・T・Bが断言する。
「更に、奴が話した『世界の帝王になる』と言う目的…どんなスタンドを持っていようと、
 そんなトチ狂った事をしようと考えた奴は後にも先にもたった一人―――」
言葉の最後を、『チーフ』が受け継いだ。
「今は亡き最強のスタンド使い、ディオ・モランドー…デチ?」
 その言葉に、茂名が重く頷いた。
                   The・2ch
「そうじゃ。時空制御型スタンド『 世 界 』…それが、奴の正体じゃ」
 その言葉に、ジエンが青ざめた顔で問いかけた。
「…お待ち下さい…それでは、奴に勝つ方法は?」
「ハッキリ言って想像もつかん。『矢の男』の時は本体が存在しない分、大幅にスペックが落ちとったんじゃが…
 <インコグニート>に進化したせいで、近距離パワー型レベルまでパワーもスピードも上がっておる。
 おまけにあの『思念の具現化』が厄介じゃ。ほぼ無尽蔵に武器を生み出されるしのぉ。
 結論として、『死』が…『残留思念』が存在するこの世界にいる限り、まともにぶつかっても不利は明白…」

「…空間作成型スタンドは?『残留思念』の無い…『この世』から切り離された空間なら、『思念の具現化』は封じられます。
 そこを多人数で攻めてやれば、苦労はするでしょうが何とか…」
すがるようなジエンの言葉に、『チーフ』が小さく首を振った。
「問題が三つあるデチ。まず、人殺しをやったことのない空間作成型スタンド使いはSPMにいないデチ。
 次に、奴がノコノコ空間にはまってくれるかどうか。仮にハメる事ができたとしても、
 <インコグニート>の体内にも多数の思念が渦巻いてるデチ」
「…反則ではありませんか」
「ともかく、戦闘型スタンドを集められるだけ集めておいた方がいいじゃろ」
 茂名の言葉は要するに、『破る手立ては考えつかない』と言っているに等しい。
―――いや、それでも勝てるかどうか。それでも、『チーフ』は頷いた。
「了ー解デチ。SPMに申請しとくデチ。…じゃ、提供できる情報はそれで全部デチね?」
「うむ」
 茂名が頷く。『チーフ』が一枚のカードを取り出して、茂名の方へ放った。
「じゃ、A級情報の提供報酬デチ。ドルで五千…で、この後<インコグニート>に対しての戦闘に参加すれば、
 更に高額の報酬と、武器を用意するデチ。どうするデチか?」
「無論その時は、腕がちぎれようが首がもげようが一切文句は言えません。報酬も後払いです」
 事務的に告げる二人を前に、茂名が笑みを浮かべた。
普段は好々爺と評判の柔和な顔が、肉食獣のように獰猛に。
「…聞くまでもないじゃろ?奴らは儂の息子の仇で…マルミミの両親の仇じゃ」
「ご協力、感謝します」
深々と、ジエンが頭を下げた。

242丸耳達のビート:2004/05/05(水) 17:37


 浴衣の帯を解いて、下着も脱ぎ捨てる。
バスルームの戸を開けて、乱暴に蛇口を捻った。

  さぁああああああっ。

 冷たい水が出てくるが、構わずにかぶった。
だんだんと水が暖まると、指先で腕をこする。
腕だけではない。脚も、胸も、腹も、頭も、乱暴に爪を立てて擦りたてる。
 いや、それは既に『こする』と言うよりも『掻きむしる』と言った方が正しいかもしれない。
白い肌に、うっすらと紅い痣が刻まれる。
 それでも、掻きむしるのを止めることはない。


  さぁあああああああっ―――――


 水音だけが響く。体を掻きむしる。

   響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。
   響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。
   響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる。響く。掻きむしる―――――

 ―――――胸に鋭い痛みが刺して、ようやく我に返った。
爪が立てられて皮がめくれ、血が滲んでいる。

(あ…れ?何…やってたんだっけ…)

 鏡を見ると、体中に紅い線が走っている。
自分でつけた、紅い傷。
(ちょっ…やだな、何してるんだろ)
 きゅ、と蛇口を捻る。

  さぁあっ。

 流れ出していた水が止まり、静寂が支配した。
「早く…出よ」
 シャワールームから出て、バスタオルで体を拭く。
柔らかい布が傷に触れるたび、ちりり、と小さく痛んだ。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

243丸耳達のビート:2004/05/05(水) 17:38

               │本・編・再〜開〜ッ!
               └y┬────────────―――――
               │お久しぶりです。マルミミのショタ口調や、
               │儂のジジィ口調書くのが懐かしかったそうです。
               └──────y――──────―――――



               ∩_∩    ∩_∩
              ( ´∀`) 旦 (ー` )
              / ============= ヽ  
             (丶 ※※※ ∧∧※ゞノ,)
               ~~~~~~~~~(゚ー゚*)~~~~~~
                     ∪ ∪
           _______Λ_____________

               次回はいよいよお待ちかね…

244丸耳達のビート:2004/05/05(水) 17:39

    ∧_∧ ∧  
   (::::::::::::::)│
   (::::::::::::::つ|
   |::|::::| │
   (__)_)川

『矢の男』

茂名王町に出没し、『スタンド使い』を増やしていた。
     The・2ch
正体は『 世 界 』。本体ディオ・モランドーの死語、
彼の目的を受け継ぐ為にスタンド使いを増やしていた。
そのうち自らを帝王にするため、人間に憑依して虐殺をさせるようになった。
『丸耳達のビート』では弓持ってません。別人です。

破壊力−B スピード−B   射程距離 −E
持続力−A 精密動作性−C 成長性 −E


  ∧_∧
 (    )
 (    )
 | | |
 (__)_)


<インコグニート>

元『矢の男』。世界の帝王となるため、
何人もの人間に憑依し、虐殺によって茂名王町に思念を集めていた。
『矢』を使い、茂名王町に集めた思念を一気に具現化、
自分の体をベースにした一つの生命体へ進化させた。
B・T・Bに鼓動を乱された影響で、現在はフルパワーが出せず潜伏中。
…なお、このヴィジョンはイメージ化された『名無し』であり、手抜きではありません。決して。


破壊力−A スピード−A   射程距離 −A
持続力−A 精密動作性−A 成長性 −A

245新手のスタンド使い:2004/05/05(水) 18:25
調子こいて続き〜スタンドでビルは潰せるか!?〜 いろんな人のバヤイ
モナー
「モナモナモナモナモナモナ・・・・・」どどどどどど・・・・・・
・・・・・どべっ「もうだめぽ・・・・・・・。」
ギコ
「ようし、行くぜッ!!」すーーーーー
ゴルァァーー!!パリ―ン
「ガラスだけかよ・・・・・」
モララー
「ふっ。ビルを「マタ―リ」させるッッ!!」
またーり「・・・・・・新品ですた。」
オニギリ
「WOHHHHH−−−−」ボココココココ
ぴしっ「・・・・・・。ダメ?」
リ(ry)
がちゃっズドドドドドドドキュンキュンドカーンドカーン
ズズズズーン
丸(ry
「URYYYYYYYYYYY」ズーン!!ドカドカドカドカ
・・・・・・・・しーん
で(ry
「悪魔世界!!」ドッカー―――――――――ン
モ(ry
「楽園の外!!」ズバっ
・・・・・「でかいよ」
二(ry
「石の花!」ズズーン
二打―
「ビルを無かった事にするぅっ!!!」ずばーなん
ヒナち(ry
「銘菓ヒナ饅頭いるかい?」
矢の男
「神銅像乗移!!」かきかき・・・・・
パッ

結果・・・・成功者:リ(ry)で(ry)二打ー 二(ry)矢の男 ヒナちゃん(?)

246ブック:2004/05/05(水) 19:55
     EVER BLUE
     第五話・GUN=HALBERD 〜血塗れの鋼〜 その一


「うわ〜、本当に船が空を飛んでますよ!
 何度見ても信じられませんねぇ。」
 デッキ上の手すりで外の景色を眺めながら、タカラギコが感嘆する。
「…?別にそんなの珍しくもないでしょう?」
 オオミミが不思議そうにタカラギコに尋ねた。
 変だな、この人。
 船が雲の海を飛んでる位、日常茶飯事の事なのに。
 ここまで驚く程のことでもないだろう。

「あ…いえ、実は田舎の出でしてね。
 失礼、忘れて下さい。」
 慌てた様にタカラギコが会話を切る。
 田舎って…
 どんな辺境に住んでれば飛空挺を見ずに暮らせるんだ。

「…しかし、本当に素晴らしい。
 私の同僚にも見せてあげたいものですね。」
 タカラギコが寂しそうな目で呟いた。
 僕はそんなタカラギコの目を見て驚いてしまう。
 この人、いつもニコニコしているばかりかと思ったら、
 こんなに哀しそうな目もするんだ。

「そういえば、タカラギコさんってどんなお仕事してるんですか?」
 オオミミがタカラギコの方を見て言った。

「私、ですか?
 そうですね…『元』正義の味方ですね。」
 タカラギコが苦笑する。

「正義の味方って…『聖十字騎士団』ですか?」
 オオミミがそう聞き返した。
 成る程、『聖十字騎士団』ならば、先程のあの体術の切れ味の鋭さも頷ける。

「いえ、違います。
 それに、さっき言った通り『元』正義の味方です。
 今はもう関係ありませんよ。」
 タカラギコが再びうっすらと寂しそうな目を見せた。
 が、すぐに元の笑顔に戻る。

 …不思議な人だ。
 まるで、どこか別の国から来た異邦人と話しているみたいに、
 そんなどこか噛み合わない感じ。
 それでいて、昔から知り合いだったかのような…

「じゃあ、一体どこに勤めて…」
 オオミミが質問を続けようとする。

(駄目だよ、オオミミ)
 僕はそんなオオミミに注意した。

「『ゼルダ』…?」
 オオミミが僕に言葉を返す。

(それ以上は、多分聞いちゃ駄目だ。
 初対面の人に、あんまり踏み込んだ質問をするものじゃない。)
 本当は僕もタカラギコには興味があるのだが、
 流石にこれ以上プライバシーに触れる質問をするのはまずい。
 それにさっきまでの様子から察するに、
 仕事の話は多分この人にとって地雷だ。

「ご、ごめんなさい!
 タカラギコさん、俺…」
 オオミミがタカラギコに平謝りする。
 しかし君は、いつでも誰にでも謝っているな。

「いいんですよ。
 私も、お喋りが過ぎました。」
 タカラギコがそっと目を閉じる。

247ブック:2004/05/05(水) 19:55


「…そういえばオオミミ君。君は自分の中に居るスタンドと話せるんですね?
 差し支えなければ、彼の姿を見せてはくれませんか?」
 タカラギコがオオミミに言った。

「あ、はい。勿論。
 『ゼルダ』もいいよね?」
 僕も断る理由は無い。
 意識をオオミミから出し、実体化する。

「『ゼルダ』です。どうぞよろしく。」
 礼儀正しく一礼。
 僕の無礼はオオミミの無礼に繋がる。
 粗相は出来ない。

「いや、こちらこそよろしく。」
 お辞儀を返すタカラギコ。

「…いやしかし、この雰囲気はまさしく……
 やはり、私同様『アレ』もこちらに……」
 と、タカラギコがなにやらブツブツ言い始めた。
 何だ?『アレ』って、『こちら』って。

「タカラギコさん、どうしたんです?」
 オオミミがタカラギコに尋ねた。

「…!いや、何でもありませんよ。
 少しぼーっとしてしまいました。」
 はっと我に返った様子で、タカラギコが返答する。
 やっぱりこの人、どこか変だ。
 もしかして世に言う不思議ちゃんってやつか?

「ちょっとオオミミ〜!
 今日はあなたが食事当番でしょ〜!
 手伝いなさ〜い!!」
 と、下の階からカウガールの声が聞こえてきた。
 そうか、もう晩御飯の準備の時間か。

「は〜〜い!!」
 大声で返事をするオオミミ。

「タカラギコさん、ごめんなさい。
 俺、晩御飯作りにいかないと。」
 オオミミがタカラギコにそう告げて厨房に向かおうとする。

「あ。待って下さい、オオミミ君。」
 タカラギコがオオミミを引き止めた。
「…?」
 オオミミがそれを受けて振り返る。

「私も手伝いましょう。
 勝手に船に乗り込んで何もしないのも失礼ですしね。」
 タカラギコが微笑みながら口を開く。

「え?でも、悪いですよ。」
 オオミミがその申し出を丁重に断ろうとした。

「何、構いませんよ。
 まあ任せてみて下さい。
 これでも、家事全般には心得がありましてね。」
 タカラギコがやる気充分といった感じに、服の袖を捲り上げた。

248ブック:2004/05/05(水) 19:56



     ・     ・     ・



 夜も更けた頃、一つの人影がtanasinn島の外れにある裏びれた酒場に入る。
 体中を黒く大きなコートに身を包み、更にフードを目深く被っている。
 そして目にはサングラス。
 あからさまに異様な出で立ちである。
 しかし何より、その背中に担いだ大きな荷物こそ
 その場に居る者達全員の視線を独占していた。
 人の身の丈程もある、包帯とベルトでぐるぐる巻きにされた巨大な「何か」。
 それがおよそ日常とは全く縁の無いものである事は、
 赤子の目から見ても明らかであった。

「……」
 その者は巨大な荷物を床に置くと、店の奥の方の席に座った。
 そしてフードを脱いでサングラスを外した。
 光るような金色の髪の毛に、透き通るような白い肌。
 それらに血の様に紅いルージュの唇が一段と映える。
 何より思わず勃起してしまう程に整った顔立ち。
 店に居た男の客の何人かが、下品に指笛を鳴らしてからかった。

「…赤ワイン。それとAコースのセットを。」
 メニューにざっと目を通した後、女はマスターに食事を注文をした。
 程無くして、女の前に料理が運ばれてくる。

「……」
 店中から浴びせられる下卑た視線と野次など我関せずといった様子で、
 女は黙々と料理を口に運ぶ。
 二十分程で、女はペロリと料理を平らげた。

「マスター、水を。」
 食事を終えた女は、マスターにそう告げた。
 マスターと呼ばれた男がしけた顔で水を運んで来る。

「……」
 女は懐から赤い錠剤のような物を取り出すと、
 それを二粒水の中に落とした。
 錠剤が瞬く間に溶け出し、水を血のような紅色に変える。
 女は、それを一気に飲み干した。

「姉ぇちゃん、何だそりゃ。新手の薬か?」
 と、いかにも三流のゴロツキといった風貌の男が女の横に立った。

「……」
 答えない女。

「おいおいシカトかよ。
 せっかく俺がもっといい薬を紹介してやろうってのに。」
 男がわざとらしく大きな素振りで女に話しかける。

「…失せろ、下郎。」
 短く、女が告げた。

「…!ああ〜!?
 この尼、下手に出りゃあつけ上がりやがって!!」
 男が女に掴みかかった。
 その場の誰もが、その後の惨劇を予想して体を硬直させる。


「!!!!!!」
 想像通り、惨劇は起こった。
 しかし唯一つ全員の考えと違っていたのは、
 床に這いつくばっているのは女ではなく男の方だという事だった。

「…生きているうちに教えろ。
 『紅血の悪賊』(クリムゾンシャーク)の連中に、最近何か動きは無かったか?」
 冷徹な声で女が倒れた男に詰問する。

「へっ…只で答えるとでも……ぐわあ!!」
 女の踵が男の顔を踏みつけた。
 男の顔がどんどん醜く歪んでいく。

「…まだ生きているのじゃろう?
 それとも、今ここで人生を終わらせるか?」
 女が男を踏みしめる足に力を込めた。

「い…言う言う言う言います〜〜〜!!
 今日この島で、『紅血の悪賊』の連中が誰かを探していたんです!!
 だから、殺さないで〜〜〜!!」
 男が情けない声で叫んだ。
 女は男の頭から足を離すと、今度は襟首を掴んで男の顔を眼前に引き寄せる。
「…詳しく聞かせるのじゃ。」

249ブック:2004/05/05(水) 19:57



     ・     ・     ・



 本日五件目のバーを出て、夜の町を当て所無く散策する。
 結局この島での聞き込みの結果判明したのが、
 『紅血の悪賊』の空賊船の一つが、つい先日何者かに襲撃された事。
 そしてその襲撃した奴らを、血眼になって探し回っている事であった。
 日中に聞き込みを行えば、もう少し情報も手に入るのかもしれないが、
 自身の体質がそれを許さない。
 まあいい。
 取り敢えず今後の目標を定める位には情報が集まった。
 今現在私がすべき事は、『紅血の悪賊』を襲撃した奴らに接触する事だ。

「……」
 もう夜明けも近い。
 そろそろ宿に引き上げる頃合なのだが…

「…出て来い。居るのであろう…?」
 脇道の暗がりに視線を移す。
 そこから、板前の格好をした男が姿を現した。

「こんばんは、美しい方。
 じゅんさいはいかかです?」
 一品料理を差し出す男。
 ふざけた態度とは裏腹に、こいつがかなりの使い手である事が
 そこから漂う威圧感から感じ取れる。

「無駄口を叩くな。
 儂に何用じゃ。用件だけを話せ。」
 男との距離を充分に保ちながら、質問を投げかける。

「これは失礼。
 私は岡星精一。聖十字騎士団の者です。
 ここまで言えば、後はお分かりですね?
 『ジャンヌ・ザ・ガンハルバード』。」
 不敵な笑みを浮かべながら男が喋る。
 矢張り、聖十字騎士団の手合いか。

「…失せろ『人間』。
 そちらから手出しせねば、儂もそちらに手は出さん。」
 男の目を見据えながらそう告げる。
 しかし、恐らく無駄だ。
 奴は、いいや、『奴ら』は、脅しの通用するような相手では無い。

「肌を晒すのを極端に嫌うような黒尽くめ。
 そして何よりその背中の大きな得物。
 はっきり言ってその情報を耳にした時には耳を疑いましたよ。
 『常夜の王国』の懐刀たる貴女が、
 まさかこんな辺鄙な島に居るなんて。」
 男の背後に人型のスタンドのビジョンが浮かび上がる。

 …しかし、もう居所がバレていたとは。
 流石『聖十字騎士団』、手が早い。

250ブック:2004/05/05(水) 19:57

「…正気かや?お主。
 いくら聖十字騎士団とは言え、夜に『吸血鬼』と一人で相対するとは。
 それとも儂を見くびっておるのかのう?」
 男を睨みながら背中の得物に腕を伸ばす。
 『ガンハルバード』。
 我の振るう、鋼の牙。

「いやいや、貴女を見くびってなどおりませんよ。
 三下を何人連れてきた所で、被害が増大するばかり。
 それに情報の指す人物が本当に貴女なのかも、
 正直こうして面と向かって見るまで半信半疑でしたからね。
 それにもうすぐ夜も明ける。
 そうなれば貴女にとっては圧倒的に不利。
 本当は夜が明けるまで待ちたいのですが、
 ここで貴女を見失うのもまずい。
 そんなこんなの理由があって故の一対一です。
 どうか気分を害されずに。」
 慇懃無礼な態度を取る男。
 間合いが、少しずつ詰まっていく。

「…そういう訳で、そろそろ始めましょうか。
 この身を正義の刃と変えて、貴女を討ち滅ぼさせてもらいます。」
 その言葉が、私の激情を刺激した。

「…『正義』…?
 『正義』じゃと…!?」
 必死で溢れそうな怒りを抑える。
 こいつらが、こいつらが自分を『正義』だと!?
 心の底から笑えない冗談だ。

「そうです。
 あなた達吸血鬼は紛れも無い『悪』。
 ならばそれを打ち倒す我々こそが『正義』。
 最期の時を迎える前にじゅんさいでもどうですか?」
 男が自身に満ちた声で答える。
 変わっていない。
 こいつらは、何も変わってなどいない…!

「…いいじゃろう。
 ならば儂は絶対の『悪』となりて、
 貴様ら『正義』とやらを漆黒の煉獄に叩き堕として焼き尽くしてくれる…!」
 包帯とベルトを剥ぎ取り、『ガンハルバード』の姿を顕にする。
 ハルバードのグリップ部分にマシンガンが取り付けられた無骨な凶器が、
 男に向かって牙を剥いた。
「来い、『人間』。
 『人間』、来い。
 殺劇の顎は、今この時より開かれた。」



     TO BE CONTINUED…

251ブック:2004/05/06(木) 16:09
     EVER BLUE
     第六話・GUN=HALBERD 〜血塗れの鋼〜 その二


「IIIEEEEEYYYYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
 大きく踏み込み、『ガンハルバード』の斧の部分での右肩口からの袈裟斬り。
 スウェイバックにより、紙一重でかわす岡星精一と名乗った男。

「『ヘッジホッグ』!!」
 岡星精一が青い半獣人のような姿をしたスタンドを発動させ、
 攻撃を外した私の隙を突き、懐へと侵入して攻撃を加えんとする。
 近寄って来るという事は近距離パワー型か。
 大方、この長物では接近戦に対処出来ないと踏んだのであろう。
 だが―――

「甘い!!」
 『ガンハルバード』を手元で半回転させて持ち替え、
 柄の根元の部分で男の鳩尾を打つ。
 その衝撃で岡星精一は後方へ吹き飛んだ。

「ごえええええ!!!」
 岡星精一が腹部を強かに打ち、胃液の口から出しながら悶絶する。

「散れぃ!!」
 倒れた岡星精一に向かって『ガンハルバード』の刃先を突き出す。
「おわあ!!」
 だが、あと一歩の所でその場から飛びのかれてしまった。
 しかし、仔細無い。
 『ガンハルバード』の銃口を岡星精一に合わせ、グリップ部分の引き金を絞る。

「うおわああああああああ!!!!!」
 鋼鉄の獣の咆哮が、岡星精一に襲いかかった。
 雨のように降りかかる銃弾を、岡星精一はそのスタンドでガードする。
 が、矢張り全ては受け切れなかったみたいで、
 彼の肩や腕の部分から赤い液体が散る。
 しかし急所には一発も当たっていない所は、流石といった所か。

「あ、危ないじゃないですか!
 本当、死ぬかと思いましたよ!」
 儂と大分距離をはなした所で、岡星精一が息を切らした。
 殺し合いをしておきながら『危ない』などとは、つくづくふざけた男だ。

「いやしかし…凄まじい得物ですね、その『ガンハルバード』は。
 槍の刺突に、斧の斬撃、さらには接近戦での柄の部分による打撃、
 それだけでも充分恐ろしいのに、
 挙句の果てには遠距離での銃撃まで兼ね備えている。
 狭い屋内ならばいざ知らず、このような開けた場所では死角がどこにも見当たらない。
 まさに全距離対応型兵器(オールレンジウェポン)。
 これはじゅんさい並に素晴らしい存在ですよ。」
 感心したように口を開く岡星精一。

「…今更命乞いをした所で無駄じゃぞ?
 『正義』という言葉を口にした瞬間、お主の命運は潰えたのじゃ。」
 儂は『ガンハルバード』を構え直した。
 油断は出来ない。
 こいつの顔には、まだまだ余裕の色が残っている。

「命乞い…?まさか。
 ですが正攻法で貴女に勝つのは私には無理のようなので、
 そろそろズルをさせて貰います。」
 岡星精一が飛び上がった。
 そして瞬く間に近くの建物の上に駆け上がり、
 その屋上から儂を見下ろす。

「人間である私が、夜に吸血鬼である貴女と闘うのに、
 何も下準備をしていない訳が無いでしょう。」
 その言葉と同時に、岡星精一のスタンドがその建物の屋上に取り付けられていた
 貯水タンクを私に向けてひっくり返した。

「!!!」
 貯水タンクの中の液体が儂に浴びせられ、
 その上辺り一面は水浸しになってしまった。

 …!?
 待て、この匂い。
 まさか…重油!?

「点ではなく、避けられない面攻撃。」
 岡星精一が、建物の上から火のついたライターを投げ落とした。

 まずい。
 これでは―――

 火―――重油―――

 着火

      今

  熱

252ブック:2004/05/06(木) 16:09


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
 儂の体を紅蓮の炎が包み込んだ。
 さらに炎は周りの空気を奪って呼吸を困難にし、思考回路を減退させる。

「UUUUUUWWWWWWWWWWAAAAAAAA!!!!!!!!」
 無様に転がりながら、体についた火を何とか消し止める。

「!!!!!!」
 その時、背中にゾクリとするものを感じた。

 殺気―――

 反射的に、体を動かす。
 同時に、さっきまで儂の頭があった場所に、
 岡星精一の『ヘッジホッグ』の拳が穴を開けた。

「外しましたか…」
 業火を背に、岡星精一が呟いた。

「きゃああああああああああ!!」
「うわああああああああああ!!」
 いきなりこの場を埋め尽くした炎に、住民たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。

「…貴様……自分が何をしたか分かっておるのか……!?」
 岡星精一を睨みつける。
「…?何の事です?」
 しかし岡星精一は訳が分からないといった顔をする。

「この火事の事じゃ!!
 貴様は、自分の守るべき民草まで巻き込んでおるのじゃぞ!!!」
 火傷の痛みも忘れて、叫ぶ。
 今この火災で苦しんでいるのは、何の戦う力も無いか弱気者達だ。
 それを、こいつは喰う為でも生きる為でもないのに平気な顔で巻き込んだ。
 そしてそんな奴が、済ました顔で『正義』を名乗る。
 これが、これがお前ら『聖十字騎士団』のやり口か…!

「何、貴女という厄災を祓う為の尊い犠牲ですよ。
 ここで貴女を生かして帰す方が、そり人々の不利益になりますのでね。」
 一つも悪びれない顔で岡星精一が答える。
「人々の不利益じゃと!?
 はっ、白々しい!!
 『聖十字騎士団』(お前ら)の不利益であろうが!!!」
 『ガンハルバード』の剣先を岡星精一に向ける。
 これが『正義』か。
 これが『正義』だというのか。

「ふふ。『聖十字騎士団』の不利益は、
 それに縋る人々の不利益も同然ですよ。
 それよりお喋りをしていてよろしいのですか?
 もうすぐ日も明けますよ。」
 癪に障るくらいに丁寧な口調で、岡星精一が儂を挑発する。

「この…下種が……!
 『限命種』(ニンゲン)がああああAAAAAAAAAAA!!!!!」
 跳躍。
 岡星精一の首筋目掛けて迫る迫る迫る迫る―――

「!!!!!」
 その時、儂の足元が突然滑り、動作が中断された。

「!?」
 足元を見てみると、水溜りがまるで油のような質感に変わっている。

「『ヘッジホッグ』!!」
 その一瞬の隙を狙って、岡星精一が拳を放ってくる。

「くっ!!」
急いで後方にジャンプ。
 間一髪の所で攻撃をかわす事が出来た。

 …しかし、これで分かった。
 さっきの貯水タンクの重油。
 今の油みたいな水溜り。
 これは―――

「…液体の変質化。」
 儂は岡星精一を見据えながら言った。

「その通り。
 まあここまで見せればバレて当然ですか。」
 続けざまに『ヘッジホッグ』が儂に向けて透明なカプセルボールを投げつける。

「!!!!!」
 眼前で破裂するカプセルボール。
 そこから飛び散った液体が儂の肌を灼いた。
 これは、酸か…!

「UUOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
 しかし痛みにかかずらわっている暇は無い。
 痛覚を遮断(き)る。
 そのまま、儂は岡星精一に向かって飛び掛かった。

253ブック:2004/05/06(木) 16:10



     ・     ・     ・



 上段、中断、下段、右、左、正面。
 あらゆる方向から超高速での斬撃、打撃が飛んでくる。
 流石は『ジャンヌ・ザ・ガンハルバード』。
 これが、『常夜の王国』の懐刀の実力か。

「RRRRRYYYYYYYYYAAAAAAAAA!!!!!!」
 攻撃がさらに速度と重さを増す。
 矢張り、接近戦では敵わない。

 並みの相手ならあの水を重油に変えての攻撃で難無く焼却出来た筈なのだが、
 そう簡単には殺(と)らせてくれないようだ。

「WWWWWWRYAAAAAAA!!!!!」
 どんどんジャンヌからの攻撃を捌き切れなくなってくる。
 だが、いい。
 もう間も無く夜が明ける。
 そうなれば、こちらの勝利は揺るがない。
 夜明けまでおよそあと一分。
 それ位なら、攻撃を凌ぐ事に徹すれば生き延びる事は充分に可能だ。
 勝てるぞ。
 あの『ジャンヌ・ザ・ガンハルバード』に。


 …しかし妙だな。
 私の『ヘッジホッグ』が見えているという事は、奴もスタンドを使える筈だ。
 なのに、先程から向こうがスタンドを使ってくる様子は無い。
 肉体強化型の能力なのか?
 いや、考えるな。
 今は、相手の攻撃を受け切る事に専念しろ。

 だが、やっぱりおかしい。
 そういえば、今までの『ジャンヌ・ザ・ガンハルバード』との交戦記録によると、
 日中の闘いにおいても『聖十字騎士団』の手練が、奴に返り討ちに遭っている。
 これは、異様だ。
 日中の闘いで、『聖十字騎士団』がいくら強いとはいえ吸血鬼に敗れるなどと―――


「!!!!!!」
 その時、私の体を電流のようなものが走った。
 何だ。
 何だ、今のは。

 …これは、恐れ?
 私が、恐れている?
 何に?
 『ジャンヌ・ザ・ガンハルバード』か!?
 いや、確かに奴は恐ろしい。
 だが、もうあと三十秒もしないうちに夜は明けるのだ。
 最早彼女を恐れる理由は微塵も無い。
 無い筈なのだ。
 なのに…何故私は彼女を恐れている!?
 まるで、このまま夜が明けないような、
 覚めない悪夢を見るかのような、
 そんな恐れ―――

254ブック:2004/05/06(木) 16:10



     ・     ・     ・



「!!!!!!!」
 いきなり、岡星精一が大きく退いた。

「待て!逃げるのか!?」
 大声で奴を呼び止めるも、岡星精一は構う事無く私から離れていく。

「今回は逃げさせて貰います。
 どうも、貴女が恐いので。」
 そう言い残すと、岡星精一は瞬く間に逃げ去って行った。

「くっ…!」
 もう夜も明ける。
 奴を追うのは余りにも無謀だ。

 …しかし、奴が儂の『ブラックオニキス』の能力を知っていたとは思えない。
 にも関わらず、不安という漠然な理由で逃げたというのか!?

 成る程。
 戦闘能力だけでなく、危険回避能力も一流という事か。
 これだから、『聖十字騎士団』は侮れない。

「…兎に角、『聖十字騎士団』が出てきた以上のんびりとはしていられぬ。
 一刻も早く、『紅血の悪賊』を襲った連中に接触せねば…」
 そう独りごちながら、儂は日光から逃れる為に取っておいた宿へと急ぐのであった。



     ・     ・     ・



「うっまーーーい!!」
 オオミミが次々と料理を口の中へと運んでいく。

「本当に美味しいですわ、タカラギコさん。」
 『フリーバード』の乗組員の中で一番料理の上手い高島美和さんですら、
 タカラギコを手放しで褒める。
 この人、強いだけでなく料理も上手なんだ。

「いえいえ、それ程でもありませんよ。」
 タカラギコが謙遜しながら笑う。

「そんな事ありませんよ〜。
 誰かさんとは大違いですね。」
 カウガールがニラ茶猫へと目を向けた。
「どういう意味だフォルァ!!」
 ニラ茶猫が憤慨する。
 まあ確かに、彼には料理のセンスがあるとはお世辞にも言えないから、
 僕もカウガールの意見には賛成だ。

「……」
 と、今まで料理には手をつけていなかった三月ウサギが、
 ようやく料理を食べ始めた。

「…?三月ウサギ、お前食欲無かったんじゃなかったのか?」
 サカーナの親方が、三月ウサギに尋ねた。

「…誰もそんな事は言っていない。
 食べても大丈夫かどうか観察させて貰っただけだ。
 毒を盛られでもしていたら堪らんのでな。」
 その三月ウサギの言葉に、場の空気が凍りついた。

「三月ウサギ!!
 そんな言い方は無いだろう!?」
 オオミミが三月ウサギに向かって叫んだ。

「俺にしてみればお前らの方が信じられんよ。
 よくもまあ見ず知らずの胡散臭い男に、そこまで親しく接せれるものだ。」
 冷たい目で三月ウサギが言い放つ。

「三月ウサギ―――」
 オオミミが三月ウサギに掴みかかろうとする。
「!!」
 しかし、そんな彼を止めたのはタカラギコだった。

「およしなさい、オオミミ君。
 彼の言う通りですよ。」
 タカラギコが柔和な声でオオミミをいさめる。

「でも…」
 納得のいかないような顔をするオオミミ。

「…付き合いきれんな。
 俺は一足先に休ませて貰う。
 精々、寝首を掻かれぬように用心する事だな。」
 三月ウサギはそう吐き捨てると食堂から出て行ってしまった。

「……」
 皆が一様に押し黙ってしまう。
 先程までの楽しい雰囲気は何処へやら。
 今は、思い沈黙だけが食堂を黒く包み込んでいた。



     TO BE CONTINUED…

255ブック:2004/05/07(金) 14:13
     EVER BLUE
     第七話・SMILE 〜貌(かお)〜


 オオミミは二度、三月ウサギの部屋のドアをノックした。
「…誰だ。」
 部屋の中から三月ウサギの不機嫌そうな声が聞こえてくる。
「俺、オオミミだよ。」
 オオミミがドア越しに三月ウサギに告げた。

「…入れ。」
 三月ウサギが先程と同じ不機嫌そうな声で答える。
「じゃあ、入るね。」
 オオミミはそれを聞くと、ドアノブを回して扉を開けた。
 ベッドに転がる三月ウサギの姿がそこから現れる。

「…何の用だ?」
 上体を起こし、三月ウサギはオオミミに尋ねた。
 食事の時の一悶着を彼なりにバツが悪く思っているのか、
 オオミミとは目を合わせようとせずに口を開く。

「これ、夕飯の残り。
 三月ウサギあんまり食べてなかっただろう?
 美味しいよ。」
 オオミミが三月ウサギの前に食事の乗ったトレイを差し出した。

 僕はたまにオオミミの事が理解出来なくなる。
 君は何で、さっきあんな事をしでかした三月ウサギにそんな事が出来るのだ?

「要らん。」
 案の定三月ウサギはにべも無くトレイを突き返した。
 まあ彼の性格からして当然だろう。

「毒なんて入って無いって!
 俺達が何とも無いのを見れば分かるだろう?」
 少し怒った顔を見せながら、オオミミは無理矢理トレイを三月ウサギに手渡した。
 三月ウサギは渋々それを受け取る。

「…お前は、馬鹿か?
 食堂での俺の言葉に一番怒っていたのはお前だろう?
 それなのに、何故こんな事をする。」
 呆れた風に三月ウサギはオオミミに聞いた。

「…そりゃあ、少しは腹が立ったけど……
 でも、俺もかっとなりすぎたと思う。
 三月ウサギだって、三月ウサギなりに俺達を心配してくれたんだろう?
 それなのに俺、いきなり怒鳴っちゃって…」
 オオミミが口ごもる。

「それにやっぱ、友達と喧嘩してもすぐに仲直りした方がいいに決まってるだろ?
 だから、その、三月ウサギと仲直りをしようと思って…」
 オオミミが困ったような顔をしながら頭を掻く。

 全くオオミミ、君は本当に愚かなのだな。
 どう考えたって、さっきのは三月ウサギの方が悪いじゃないか。
 だのに、何で君から謝りに来るんだ?

「…下らんな。」
 三月ウサギはそう吐き捨てると、一口おかずを口に入れた。
 それを見て、安心した顔を見せるオオミミ。

「美味しいだろ?
 …でさ、出来れば、タカラギコさんに謝ってくれないかな。
 その…タカラギコさんも気にしてると思うし……」
 オオミミが遠慮がちに三月ウサギに言った。
 三月ウサギは、それに何も答えない。
 いつもの事だけど、感じ悪い奴。

「ごめん、出すぎた事言って。
 それじゃ、俺もう出るね。」
 オオミミがそそくさと部屋から出ようとした。

「おい。」
 と、その後ろから三月ウサギの声がかかる。
「?」
 オオミミが振り返る。

「…タカラギコの奴に会ったら言っとけ。
 味は悪くはなかった、ってな。」
 三月ウサギがオオミミには顔を向けずに、ぶっきらぼうに言い放った。

「うん。」
 オオミミはそれを聞くと、とても嬉しそうな顔で答えるのであった。

256ブック:2004/05/07(金) 14:14



(…君は本当に損な性格だな。)
 三月ウサギの部屋を出て廊下を歩く途中で、僕はオオミミにそう言った。
「損?何で?」
 不思議そうに聞き返すオオミミ。

(他人の為にそこまでする必要があるのか、って言ってるんだよ。
 君はもう少し、自分の事だけ考えてもいいんじゃないか?)
 天の件といい、最近オオミミはかなりの面倒事に巻き込まれている。
 ここはそろそろ、僕が一発ガツンと説教しておかねば。
 いいかオオミミ、そもそも現実というのはだなあ…

「大丈夫、俺は別に損したなんて全然思ってないよ。
 ごめんね、『ゼルダ。』
 いつも気苦労ばっかりかけちゃって。」
 本当に底の無いようなあっけらかんとした笑みを浮かべながら、
 オオミミは何事も無いかのように答えた。

 僕は何も言えなくなる。
 オオミミ、君は本当に馬鹿な奴だ。
 馬鹿過ぎて、開いた口が塞がらない。。

 …しょうがない。
 本当は君の事なんて放っておきたいんだが、
 危なっかしくて見てられないから、もう少しだけ僕が面倒見ててやるよ。
 君みたいなのを放置しては、何をするか分かったもんじゃないからな。


「…とんだ間抜けね、あんたって。」
 と、横から誰かに声を掛けられた。
 見ると、天が廊下に放置されてある粗末な箱を椅子代わりに腰掛けていた。

「…さっきの、聞いてたんだ。」
 オオミミが静かに天に尋ねた。

「人を盗み聞きしてたみたいに言わないでよ!
 偶然あんたがトレイ持って三月ウサギの部屋に入るのを見ただけよ!
 あんたの性格から考えれば、何してたかなんて一々確認しないでも分かるわ!」
 相変わらずの憎まれ口。
 この女、今度拳で口に栓してやろうか。

「ごめん…」
 だから謝るなって、オオミミ。
 君がそんなだから、こいつも付け上がるんだぞ!?

「あ〜〜も〜〜〜!!
 アタシはそういうの見てると苛々するのよ!!
 あんたねぇ、人を憎いとか殺してやりたいとか、思った事ないの!?」
 なじるようにオオミミに言葉をぶつけるオオミミ。
 余計なお世話だ。
 オオミミがお前なんぞにそこまで言われる筋合いは無い。

 …あれ、待てよ?
 何かこの子、僕と同じ事言ってるような…

「俺だって怒ったりする事くらいあるよ。
 ありがとう、心配してくれて。」
 微笑みながら答えるオオミミ。

「だ…誰があんたを心配なんかッ…!
 勝手に変な事思い込むのやめてよね!
 もうあんたみたいな唐変木には付き合ってらんないわ!!」
 オオミミの表情に毒気を抜かれてしまったのか、
 天は自分の言いたい事だけぶちまけた後さっさと部屋に戻ってしまった。
 何度話してみても勝手な奴だ。

「天、何であんなに怒ってたんだろうね?『ゼルダ』。」
 彼女の怒りの直接的な原因であるにも関わらず、
 訳が分からないといった風にオオミミが僕に聞いてきた。

(さあね…)
 僕はすっかり呆れ果ててしまって、何も答える事が出来ないのだった。

257ブック:2004/05/07(金) 14:14



     ・     ・     ・



 部屋に戻ったアタシは、パジャマに着替える為に上着を脱ぐ事にした。
 オオミミとの会話により発声した苛立ちを晴らすかのように、
 脱いだ服を乱暴に床に叩きつける。

 同時に、おへその右横あたりと、左の肩口あたりにある醜い痣のようなものが、
 否応無しに私の視界に入る。
 いや、これは痣なんてものじゃない。
 まるで、『化け物』の一部のような…
 そんな醜悪な何か。

 無理矢理、それを視界には入っていないと思い込む。

「『俺だって怒ったりする事くらいあるよ』ですって…?
 虫も殺さないような顔して何を抜け抜けと…」


『はっ、何それ!
 そうやって善意を押し売りして、自己犠牲に酔いしれるつもり!?
 そんなの、こっちが迷惑だわ!
 そういうのを偽善者って呼ぶのよ!!』

『…そうかもしれない。
 でも、やっぱり自分だけ助かればいいってのは、
 いけない事だと思うよ。』


 tanasinn島で、『紅血の悪賊』の連中に追いかけられていた時の会話が、
 ありありと思い浮かんでくる。

「…よくもまあそんなこっぱずかしい事を……
 どうせ、大した苦労なんかした事ないんでしょう。
 だから、あんな綺麗事を…」
 ガリッ、と歯軋りをしながら『痣』に手を触れる。

 …『痣』は、まるで自分の心の醜さを映し出しているかのようだった。



     ・     ・     ・



「…これは?」
 『フリーバード』の倉庫の中の『ある物』が、タカラギコの興味を引き付けていた。
 人の身の丈程もある巨大な十字架。
 その十字架が、包帯やベルトで堅く縛られている。

「何でしょうねぇ、一体…」
 そう呟きながら、タカラギコは十字架に手を伸ばした。

「迂闊に触ったら怪我するぞ。」
 と、タカラギコの背後から声がかかる。
 そこには、サカーナが煙を燻らせながら佇んでいた。

「あ、これは失礼。
 扉が開いていたものですから、ついつい好奇心に釣られて…」
 タカラギコがあたふたと弁明する。
「構わねぇよ。どうせ、大した物なんかこの船には無ぇしな。」
 サカーナは葉巻を吸うと、大きく煙を吐き出した。

「…所でこれ、何なんです?」
 タカラギコが十字架を指差した。
「ああ、『パニッシャー』って言ってな、
 俺が前居た職場から退職金代わりにかっぱらって来た物だ。
 その十字架の中に、ライトマシンガンとロケットランチャーが仕込まれてる。」
 サカーナが懐かしそうな目で十字架を見ながら説明する。

「へえ〜、それは凄い!
 ちょっと撃ってみてもいいですか?」
 タカラギコが目を輝かせながらサカーナに尋ねた。

「やめとけ。
 見ての通り、規格外のデカブツだ。
 武器に振り回されて痛い目見るのがオチさ。」
 サカーナが苦笑しながら答えた。

「…それより兄ちゃん、暇ならちょっと付き合え。話がある。」
 サカーナが、いつになく真剣な目でタカラギコを見た。

258ブック:2004/05/07(金) 14:14



 『フリーバード』のデッキの上に、タカラギコとサカーナは立っていた。
 夜の黒に染まりきった空が、二人の周りを包む。
「晩飯の時はすまなかったな。
 見ての通り、三月ウサギの野郎は捻くれ者でよ。」
 サカーナが手すりにもたれ、流れる雲を見つめながら話す。

「いえ、気にしてませんよ。
 寧ろ、それが当然だ。
 オオミミ君のようにいきなり打ち解ける方がおかしいですよ。」
 星を眺めながらタカラギコが答える。

「…オオミミ君、気をつけておいた方がいいですよ。
 ああいうタイプ程、一度『こけたら』脆い。」
 サカーナの方は見ずに、タカラギコは言った。

「違ぇねぇや。
 …さてと、ここからが本題だ。」
 サカーナがタカラギコに向き直る。

「お前さん、一体何者だ?
 悪いが、俺も三月ウサギ程ではねぇが、お前さんを信用してねぇ
 オオミミが懐いてる位だから、心底悪い奴ではないみたいだが…
 それでもお前さんの雰囲気は異様過ぎる。」
 サカーナはタカラギコの顔を覗き込んだ。
 タカラギコは、相変わらずの微笑を浮かべたままそれを崩さない。

「いやそんな、私は唯の小市民…」
 タカラギコが手を振りながらそう言おうとする。

「誤魔化すなよ。
 うちの乗組員は所謂『訳あり』な連中が多くてな。
 俺もそういう事に関しては鼻が利くんだ。」
 サカーナはタカラギコの瞳から目を離さない。

「自慢じゃねぇが、俺も何度も死線を潜ってきた事がある。
 だがな…お前さんのは、桁が違う。そういう目だ。
 …いや、お前さんは死線を潜って来たとか、そういう次元じゃねぇ。
 まるで、本当にいっぺん死んで来た感じなんだ。
 どうすりゃあ、生きながらにしてそんな目が出来る?」
 サカーナが一歩、タカラギコに近寄った。

「オオミミから聞いたぜ。
 飛空挺を見た事が無かったらしいな。
 この世界で飛空挺を見ないで過ごすなんて、そんな馬鹿な話があるか。
 答えろ。お前さん、何者だ…?」
 サカーナがまた一歩、タカラギコに詰め寄った。
 張り裂けそうな空気が、二人の間に流れる。

「…それは……」
 タカラギコが何か答えようとした。
 その時―――


「!!!!!!!!」
 船内に、警報音が鳴り響く。
 タカラギコもサカーナも、慌てて辺りを見回した。

「総員警戒態勢を取って下さい!
 何者かが、この船に接近しています!」
 スピーカーから、高島美和の声が流れる。

「ちっ、しゃあねぇ!話は後だ!!」
 サカーナが、急いでブリッジへと駆け出す。


「やれやれ、ゴングに救われましたねぇ…」
 サカーナが居なくなるのを確認すると、タカラギコは一人そう呟くのであった。



     TO BE CONTINUED…

259:2004/05/07(金) 20:02

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その1」



「そういう訳で、モナとリナーはASAの船に乗り込むことになったモナ」
 俺は、テーブルを囲んでいるみんなに告げた。
 ちなみにリナーは、自分の部屋で休んでいる。
「…という事は、要人救出に行くのは俺、しぃ、モララー、つー、レモナの5人か」
 ギコは腕を組んで言った。
「…そうなるモナね」
 俺は、少し戸惑いつつ返答する。
 先程ギコとモメて以来、あの一件には触れていない。
 謝るのも変な話だし、開き直るのもどうかと思う。
 そういう心情もあって、ギコへの接し方は今までと変わっていない。
 おそらく、丸耳に非を指摘されたギコの方も同様なのだろう。
 …まあいい。
 変にギスギスするよりはマシだ。

「なーんだ。モナー君は行かないのか…」
 モララーが肩を落とす。
「私は、モナーくんの方について行っちゃおっかなー。ね?」
 レモナは首の角度を30度傾けて言った。
「船に乗るのはモナとリナーの2人って話になっているから、それは困るモナ…」
 俺は大いに慌てる。
 レモナなら戦力になるだろうから、ASAは同乗を承諾するかもしれない。
 だが、俺の気苦労が多くなるのは確実だ。

「あーあ、残念…」
 そう言いながら、レモナはゴロンと畳に転がった。
 結局、みんな夜まで俺の家にいるつもりのようだ。
 学校もいつまで休みか分からない。
 校舎がボロボロになったのも勿論だが、町は戒厳令下に等しい。
 自衛隊の防衛出動は史上初という事なので、前例も全くないのだ。

 ギコの腹が大きく鳴った。
 照れ隠しなのか、「ゴルァ!」と威嚇するギコ。
 そういえば、そろそろ昼食の時間だ。



「ふ〜 よく食べたモナ〜」
 心地よい満腹感に満足した俺は、畳の上にゴロゴロと転がった。
「…吸血鬼なのに、人間の食事も摂れるんだね…」
 モララーが感心したように呟く。
 そう言えば、おかしいな…
 満腹感は、人間だった時と全く変わりない。
 吸血鬼とは言え、人間の食事も食おうと思えば食えるのだろうか。
 もっとも満腹感を感じていたとしても、糧になるかどうかは別問題だが。

「…ごちそうまでした」
 しぃが茶碗を置いて両手を合わせる。
 昼食は、ガナーとしぃが作ってくれた。
 俺の家には、ちょくちょくギコやモララーが泊まりに来る。
 そのせいで食器も多めにあるし、俺の大食のせいもあって食料の備蓄も充分なのだ。
 もっとも、7人もの人間が揃って昼食を食べたのは初めてだが。
 リナーは食欲がないらしく、部屋から出て来なかった。
 ASAから血液パックが届くのは夕方になるという話だ。

「妹も退屈そうだったよ。遊びに行ってあげたら?」
 しぃはガナーに言った。
 そう言えば、さっき家に電話していたようだ。
「家か…」
 ギコがため息をついた。
 ギコの家は、父一人子一人だ。
 しかも、彼の父親は今…
 ギコは、自らの父親に現在どんな感情を抱いているのだろうか。

260:2004/05/07(金) 20:03


『――――…』

 外から大きな音声が聞こえてきた。
 右翼か何かの街宣車だろうか。
 徐々に、俺の家の方向に近付いてきている。

『当車は現在、市内警備を実施しております。
 市民の皆さん、不要な外出は控えるようお願いします…』

「…」
 ギコは僅かにカーテンを開けて、外を覗いた。
 6つの大きな車輪の付いた車が、アナウンスを流しながらゆっくりと走行している。
 車体は迷彩色。戦車を思わせるような、大きな砲塔が付いていた。
 重いエンジン音が周囲に響く。

「87式偵察警戒車だ…」
 ギコは低い声で呟いた。
 陸上自衛隊が市内警備を行っているようだ。
「自衛隊が防衛出動って… 事実上、戦争が始まったって事?」
 モララーは改めてギコに訊ねた。
「…ああ。おそらくASAは、国際法上は国家に準ずるものと解釈されてるんだろうな」
 ギコは何やら小難しい事を言って黙り込んだ。

 会話が途切れる。
 俺は何となくTVを付けた。
 どのチャンネルでも、緊急報道番組をやっている。
 『矢の男』の映像やASAビルでの映像を流しているが、新しい情報はないようだ。
 ロシアの諜報機関が超能力について研究していたとか、アメリカには多くの超能力探偵がいるとか…
 そういう事例を、研究者らしき出演者が力説している。
 そして最後に、ASAも超能力者を有するテロ組織ではないか?という推論が提示されていた。

「当たりはせずとも遠からず…だな」
 ギコは低い声で呟いた。
 通常ならば、そんなのは与太話として一笑に付されるだけであろう。
 マスコミの愚もここまできたか、と嘲笑されるのが関の山である。
 だが、人々にそれを信じさせる舞台は整い過ぎているのだ。
 吸血鬼殺人、世界各地での集団失踪事件、不可思議な現象を捉えた映像のリーク…

 ――『舞台が整う』。
 非常に嫌な表現だ。
 ならば、舞台を整えたのは誰だ?
 歴史や社会の影に存在したスタンド使い。それが現在、表沙汰になろうとしている。
 そして、次に起こるのは…?

『…そういう集団が存在するのならば、秩序崩壊を危惧しての防衛出動という事になるでしょうね』
 TVの中で、コメンテーターが口を開いた。
 確か、どこかの大学の有名教授とかいう人だ。
『人間社会というのは、同種族のコミュニティーで形成されています。
 異種が生じるというのは、それだけでコミュニティーの乱れを意味する。
 つまりは、羊の群れに狼が混じるようなものです。ならば、狼が牙を向く前に駆逐…』

「…」
 ギコが、無言でTVの電源を切った。
 重い沈黙が場を支配する。
「それにしても、この居間もボロボロになっちゃったね…」
 モララーが、おそらく意図的に話を変えた。
「もう慣れたモナよ…」
 俺はため息をつく。
「やーねー。元気出してよ、モナーくん!」
「ソウダ! シンキクサイゾ アヒャ!」
 レモナとつーが同時に言った。
「お前らが言うなっ… お前らがっ…」
 そして、俺達はいつものように馬鹿な会話をした。
 いつものように。

261:2004/05/07(金) 20:04

 夕食はラーメンの出前を頼んだ。
 営業しているのかどうか不安だったが、杞憂に終わったようだ。
 戦争が始まろうが何だろうが、商いのカタチというものは変わらないのだろう。

 俺はラーメンを平らげ、汁まで啜った。
 そして、夕方に届いた血液パックを開けてみる。
 リナーには、すでに1パック渡していた。
 武器の整備で忙しそうだったが、後で飲むと言っていた。
 少しでもリナーの体を癒してくれればいいが…
 
 俺は、血液パックに鼻を近付けた。
「ううむ… 匂いは特にないモナね…」
 とりあえず、一気飲みしてみる俺。

「…美味いのか?」
 ギコが恐る恐る訊ねる。
「普通の水と変わらない感じモナね…」
 俺は、残らず飲み干してから言った。
 血液には催吐作用があるという話だが、特に気にならない。
 嫌悪感も一切感じなかった。
 ただの水のように、喉越しも普通だ。
 別に美味という事もない。
 …つまり、特に感想はない。

「この美味さも分からんようじゃ、まだまだガキだねぇ…」
 いつの間にか出てきた『アルカディア』が、血液パックをゴクゴクと飲み干していた。
 こいつ、勝手に何をやっている。
「…それ、モナ達のモナ。勝手に飲むなモナ」
 俺は、『アルカディア』に文句を言った。
「大体、スタンドが飲食するなゴルァ!」
 ギコが怒鳴る。

「まあ、固ェ事言うなよ…」
 『アルカディア』が、空になった血液パックを握り潰す。
「ごめんなさい、私のスタンドが迷惑をかけて…」
 しぃが申し訳なさそうに頭を下げた。
 『アルカディア』は、しぃの体に引っ込む。
「んじゃ、しばらく寝るわ。なんかあったら呼んでくれ…」
 しぃの口を借りて、『アルカディア』は言った。
「全く、どうしょうもない奴だな…」
 困ったような表情を浮かべるしぃを見て、ギコが愚痴る。
 …本当に困ったものだ。



 俺は時計を見た。
 もうそろそろ、ASAが迎えに来る時間だ。
 そうこうしているうちに、インターホンが鳴った。
 玄関先に丸耳が立っているのが視える。
「来たみたいモナね…」
 俺は、用意したリュックの中身を確認した。
 バヨネット、そして300円分のチョコレート。
 荷物は極端に少ない。

「おっと、これを持ってけゴルァ!」
 ギコが、10袋入りのチキンラーメンを差し出した。
 …嫌がらせか? これを一体どうしろと?
 俺の疑念をよそに、ギコは言った。
「オヤジに聞いた話だが、自衛隊の演習にはチキンラーメンが欠かせないそうだ。
 作ってよし、そのままかじってよし、砕いておつまみによし、俺によし、お前によし、みんなによしだゴルァ!」

 …なるほど。
 それならば、ありがたく受け取るとしよう。
 俺はチキンラーメンをリュックに詰めた。
 さて、行くか…!!

「リナー! リナー! 行くモナよ…!」
 俺は、リナーの部屋をノックした。
「…ちょっと待ってくれ。どうやら、荷物がドアを通れそうにない。
 縦にして窓から出すから、手伝ってくれないか…?」
 不穏なリナーの返事。
 一体、何を持っていくつもりだ?

「分かったモナ…」
 俺は慌てて外に出た。
 リナーの部屋の窓から、6mはある長さのガトリング砲が突き出ている。

 以前に警察署で使っていたガトリング砲が、オモチャに見える程の大きさだ。
「少し重いぞ…」
 リナーは言った。
 もはや吸血鬼であるこの身、多少の重さなど…!
 …と意気込んでみたものの、やっぱり重かった。
 リナーと2人がかりで、何とか外に運び出す。

「こんなもの、どうやって部屋に入れたモナ?」
 俺は訊ねた。
「…君は、ボトルシップというものを知っているか?」
 質問を質問で返すリナー。
 つまり、部屋の中で組み立てたという事か。
 さらにリナーは、膨らんだリュックを5つも持っている。
 いくらなんでも荷物が多すぎだ。
 遠征にでも行く気か?

262:2004/05/07(金) 20:04

 家の前には、大きなトラックが停まっていた。
 俺達2人を迎えに来ただけなのに、こんな大型車を用意してきたという事は…
「…しぃ助教授から伝言があります」
 丸耳は、特大のガトリング砲を横目で見て言った。
「『大口径の火器を持ち出してくるでしょうから、トラックを手配しときましたよ。
  おまけの分際で、どうせ艦隊戦では何の役にも立たないクセに…』だそうです」

「…ッ!!」
 無言で激昂するおまけ。
 このガトリング砲を真っ先に叩き込まれるのは、しぃ助教授になりそうだ。
 戦闘のどさくさにまぎれて、しぃ助教授の乗ってる艦を撃沈したりしないだろうな…?

 それにしてもリナーの行動を的確に読んだしぃ助教授も流石だが、伝言をそのまま伝える丸耳も見事だ。
 ガトリング砲の積み込みを手伝いながら、丸耳は口を開いた。
「あの人にとって、同じ土俵で張り合えるのはリナーさん位なんですよ。
 今後とも、どうか仲良くしてやって下さい」
「今後ともと言うが… 現行で仲が良いように見えるのか?」
 リナーが、荷台にガトリング砲を固定して言った。
「宿敵と書いて『とも』と読む、ってやつモナね…」
 俺は呟きながら、荷台から降りる。

 丸耳が運転席に座った。
 俺も助手席に乗り込む。
 トラックだけあって車内は狭い。
 ここに3人乗るのはちょっとつらいな…
「リナーは、モナの膝の上に座るといいモナよ」
 トラックに乗り込もうとしているリナーに、俺は告げた。

「…詰めてくれないか」
 リナーは冷たく言った。
 丸耳がいなかったら膝の上に座ってただろうな…と確信を抱きつつ、俺は丸耳の方に詰める。
 リナーが乗り込み、勢いよくドアを閉めた。
「…では、出発します」
 丸耳がエンジンをかけた。
 そのまま、トラックは夜道を走り出す。


「…しかし、GAU−8/A・アヴェンジャー30mm機関砲を持ち出してくるとは思いませんでしたね」
 運転しながら、丸耳は言った。
「現行最強の回転式機関砲でしょう? しぃ助教授がさぞかし羨ましがりますよ。
 あの人、『最強の――』というフレーズに弱いからなぁ…」
 武器を褒められたせいか、リナーは御満悦のようだ。
 瞳を閉じて、満足そうに腕を組んでいる。

「…ん? でもGAU−8/A用の徹甲焼夷弾は、確か劣化ウラ…」
 そう言って、急に丸耳は口を閉ざした。
「れっかうら? …って何モナ?」
 俺は首を傾げる。
「…何でもない」
 リナーは露骨に目を逸らして言った。

「…何モナ?」
 丸耳に視線を向ける俺。
「もうすぐ、ヘリが停まっているグラウンドに到着しますよ。
 そのヘリで、『ヴァンガード』に乗り込んでもらう事になります…」
 丸耳は、視線を逸らして言った。
 …なんなんだ。何を隠している。


 トラックはグラウンドに停車した。
 最初にしぃ助教授や丸耳と会ったのも、このグラウンドだ。
 飛行機かヘリかよく分からない、奇妙な形状をした機体がグラウンドの真ん中に停まっていた。
 ヘリコプターの胴体から飛行機のような羽根が生え、その両羽根にそれぞれメインローターがついている。

「V-22・オスプレイか…」
 トラックから降りたリナーが、そのヘリを物欲しげに眺める。
「こんばんは、モナー君」
 ヘリの脇に立っていた人影が、ぺこりと頭を下げた。
 どうやら、人影はしぃ助教授のようだ。
 リナーはしぃ助教授を無視してヘリを眺めている。

「…羨ましいですか?」
 しぃ助教授は、リナーを見てニヤリと笑った。
「羨ましくなどない!」
 虚勢を張るリナー。
「モナー君、彼女にプレゼントしてあげればどうですか。さぞかし喜んでくれますよ?」
 しぃ助教授はこちらに視線をやった。
「不要だ!」
 リナーが叫ぶ。
 …と言うか、買えん。
 何て金のかかる女なんだ。

263:2004/05/07(金) 20:05

 俺は火花を撒き散らすリナーとしぃ助教授を放置して、丸耳と2人でガトリング砲を荷台から降ろした。
 ヘリから降りてきたASAの職員達が、ガトリング砲の周りに集まる。
 そのまま、10人がかりでガトリング砲を持ち上げた。

「アヴェンジャーですか…」
 しぃ助教授の目線が、職員達が運んでいるガトリング砲に向く。
 丸耳が指示を出し、ASA職員達はガトリング砲をヘリの中に運び込んだ。
「…羨ましいか?」
 リナーが笑みを浮かべてしぃ助教授を見る。

「また冗談を。私は別に羨ましくも何ともないですよ。
 …そう言えば丸耳、ASAには対地攻撃用の航空機が不足していましたね?」
 しぃ助教授は、丸耳の方を見た。
 丸耳は左右に首を振る。
「…いえ、不足していません。どちらかと言えば、陸戦用車両の方が…」
「そういう訳で、対地攻撃機A−10・サンダーボルトⅡを100機ほど発注しておくように」
 丸耳の言葉を強引に遮るしぃ助教授。

「A−10対地攻撃機って… アヴェンジャー30mm機関砲を実装してるじゃないですか!!
 そんな意地の張り合いで、ASAの財政を逼迫させないで下さい…!」
 丸耳は慌てて言った。

「チッ、ばれましたか。丸耳はケチですねぇ…」
 しぃ助教授が舌打ちして腕を組む。
 それに対し、プルプルと震える丸耳。
「私が苦言を言わなければ、ASAの財政なんて一気に傾くでしょう!?
 みんながみんなお金にルーズだから、財務関係は私が一手に引き受けてるんですよ!?
 ニワトリやょぅι"ょに財務が任せられますか!? 任せられないでしょう!?
 私だって好きでケチってる訳じゃありません!!
 それが気に入らないなら、とっとと私を罷免なさって下さい!!」
 …丸耳の中で何かが爆発したようだ。
 何と言うか、彼も大変だなぁ…

「…わ、分かりました。分かりましたから、落ち着いてください」
 しぃ助教授が、慌てて丸耳を諌める。
「いいえ、分かっていません!!
 『矢の男』に落とされたRAH−66・コマンチもそうです!
 あの機体を、あの局面で投入する必要があったんですか!?」
 もう、丸耳は止められない止まらない。

「3ヶ月も前の話を、いまさら…」
「その3ヶ月前の損害が、今に響いているんですッ!!」
 しぃ助教授の弁解は、丸耳の怒号に掻き消された。
「あの、そろそろ出発を…」
 ASA職員の1人が、おずおずと言った。

「…すまんな。諸君の御主人達は、痴話喧嘩で忙しいらしい」
 リナーが、薄い笑みを浮かべて言った。
 …わざわざしぃ助教授に聞こえる声で。
 間違いなく、昼間の意趣返しだ。

「…痴話喧嘩などではありませんッ!!」
 しぃ助教授が、裏返った声で叫んだ。
 その右手には、愛用のハンマー。
 もう、この人も止まらない。

「そんな物を取り出して、この私をどうしようと…?」
 懐からバヨネットを取り出すリナー。
 …ああ、こっちも駄目だ。

 木に止まっていた鳥の群れが、バタバタと一斉に飛び立った。
 難を避けるように、ASA職員達がそそくさとヘリに乗り込んでいる。
 騒動の発端となった丸耳自身が真っ先にヘリの中に避難しているあたり、流石だ…と、俺はヘリの中で思った。
 ハンマーとバヨネットがぶつかり合う金属音が、夜の闇に響く。
 どうやら、出発は少し遅れそうだ。
 それにしても、今夜は月が綺麗だ――

264:2004/05/07(金) 20:06

 ようやく、ヘリはグラウンドから離陸した。
「『ヴァンガード』に到着するまでは、あくまで隠密作戦です。
 自衛隊が目を光らせているでしょうからね。くれぐれも気を抜かないように…」
 しぃ助教授が息を切らせながら言った。
 隠密作戦とは、グラウンドに巨大なクレーターを作るような事をいうのか。
 ヘリの中は静かで、特に会話もない。
 流石に、リナーもしぃ助教授も疲れ果てたようだ。
 ヘリの音も驚くほど静か。
 しぃ助教授が自慢していた事からして、かなり高性能なヘリなのだろう。
 俺は窓から外を見る。もう海上に出たようだ。

「…で、送った血液はちゃんと飲みましたか?」
 しぃ助教授はリナーに訊ねた。
 口調からして、喧嘩を売るつもりではないようだ。
 もっとも、両者とも疲れきっているからだろうが。
「ああ。少しはマシになった気がする」
 リナーは、誰とも視線を合わせずに言った。
「最近は、血が不足すると意識が飛んでいた。気がつけば傍に死体が転がっているザマだ。
 理性を失うと、人間は血袋にしか見えなくなるらしい。 …だが、今日はそうならなかった」
 自嘲するように告げるリナー。

「…『この種を食い殺せ』ってやつですね」
 しぃ助教授は訳の分からない事を言った。
 再び、ヘリ内は沈黙で包まれる。
 無線で何やら応対していた丸耳が、しぃ助教授に告げた。
「…練馬において、陸上自衛隊第1師団と我々の政経中枢防衛師団が交戦状態に入った模様です。
 向こうの第7機甲師団も南下していますが、こちらの戦車師団で迎え撃ちますか?」
 しぃ助教授は大きく頷く。
「当然です。防御を維持しつつ、市街戦に持ち込みなさい。自衛隊は民間人の犠牲を何より嫌いますからね…」

「……」
 俺は、しぃ助教授に非難の目線を送っていただろう。
「…戦争ですよ」
 それに気付いて、しぃ助教授はそう一言呟いた。

 そう、戦争なんだ。
 ASAだって、自衛隊の攻撃で多くの犠牲者を出しているはず。
 そう思い起こして、再び外を見る俺。
 ヘリが少し減速したようだ。
 グレーの大きな艦艇が、海上に浮いている。
 あれが、『ヴァンガード』…!!


 そして、ヘリは『ヴァンガード』の飛行甲板に降り立った。
 ヘリから降りる俺とリナー。
 ASAの職員が、ヘリからガトリング砲を降ろしている。
 飛行甲板には、ありすとねここが立っていた。出迎えだろう。
「久し振りですね!」
 ねここは俺に言った。
 この子の元気の良さも変わらないようだ。

「ありす補佐のねここです! よろしく!」
 リナーに向かって、ぺこりと頭を下げるねここ。
「ああ、よろしく…」
 リナーは気圧されるように言った。
 こういうテンションは苦手なのだろうか。

 しぃ助教授と丸耳に、ヘリから降りる気配はない。
「…あれ、しぃ助教授達は降りないモナか?」
「私達は、あっちの艦ですよ」
 しぃ助教授は、海の向こうを指差した。
 遥か向こうにうっすらと艦艇が見える。

「じゃあ… ありす、ねここ、モナー君、後はお願いします」
 しぃ助教授がヘリの中から手を振った。
「はい。しぃ助教授も頑張って下さいね!」
 ねここは飛び上がって言った。
 ありすはじっとしぃ助教授を見つめている。

 そのままヘリは上昇していった。
 そして、瞬く内に見えなくなる。
「…ねここ。 …さむい?」
 ヘリを見送るように眺めた後、ありすは呟く。
「私は仕事があるから、ありすは先にブリッジに戻っててね!」
 ねここはくるりと振り向いて言った。
 ありすは頷くと、スタスタと艦内に戻っていく。
 やっぱり、あの少女は得体が知れないな…

「では、居住区画に招待します。特別に士官用の部屋を用意しますた」
 ねここは言った。
「ウホッ… 部屋を割り振られるとは、我ながらいい身分モナね…」
 どうやら、俺達はVIP待遇のようだ。
 しぃ助教授の采配だったら、リナーには部屋無しとかありえそうだが…
 それより、まさかリナーと同室…!?

265:2004/05/07(金) 20:07

 ねここを先頭に、甲板通路を歩く俺達。
 もう艦は動き出しているようだ。
 波が穏やかなせいか、驚くほど静かである。
 リナーのガトリング砲は、飛行甲板の近くに置いてきた。
 どうやら後で運び入れるらしい。

「モナーさんは、やけに荷物が少ないね…」
 ねここは、俺の荷物をまじまじと眺めて言った。
 パンパンのリュックを5個も持っているリナーに対して、俺のリュックは1つだけ。
「そんな事ないモナ。リナーが持ち込み過ぎモナよ…」
 俺は笑った。

「君… 海戦が一晩で終わると思ってないか?」
 リナーが怪訝そうに訊ねる。
 …え? 違うのか?

 リナーは、俺の驚愕の表情から察知したようだ。
「史上最大の海戦、レイテ沖海戦の日数は3日… しかも、それは単純な交戦期間だ。
 出港から帰港までを考えると、かなりの日数になるぞ。この艦隊規模なら、作戦行動は半月ほど…」
「正確には、3週間くらいになります!」
 ねここは元気良く言った。
 その事実に驚愕する俺。

「何で言ってくれなかったモナ…?」
 俺は肩を落とした。
「当然、了解していたものだと…」
 リナーは言葉を濁す。
 一介の高校生である俺が、そんな事了解してるはずないじゃないか…

 肩を落とす俺。
 3週間も乗りっぱなし…?
 …いや。考え方を変えれば、リナーと3週間の船旅だッ!!
 あの、超有名船旅恋愛映画もあったじゃないかッ!!

「タイタニックみたいなラブラブ旅行になればいいモナね!」
 俺は、明るい声を搾り出して言った。
「タイタニック、沈んじゃってます…」
 青い顔で呟くねここ。
 …なんの。プラス思考上等だ。

 そして、俺達は部屋に案内された。
 残念ながら、リナーとは別室のようだ。
 だが、部屋は隣同士である。
 大きなベッド。無機質な内飾。部屋の脇に備え付けられたスチール机。
 まるで、保健室を連想させる部屋だ。
 部屋の中でも靴が脱げないのは、何とも落ち着かない。
 窓がないのは、この身にとってありがたいとも言えるだろうが。
 俺はベッドの上に荷物を置いた。
 これから、ねここが艦内を案内してくれるのだという。

 俺とリナーを引き連れて、廊下を歩くねここ。
 その途中で、何人もの船員とすれ違った。
 あの人達もスタンド使いなのだろうか。
 もっとも、聞いたところで教えてくれるはずもないが。

「散歩とかも自由にして下さい。でも、機械類には手を触れないように。
 作業中の船員さんの邪魔になることも駄目です。あと、部屋での過剰な性行為も控えてくださいね…」
 そう言って、目を細めるねここ。
 リナーの左腕がプルプルと震えている。
 しぃ助教授に何を吹き込まれたんだ…


「ここが、CIC(戦闘情報指揮センター)です」
 俺達を大きな部屋に招き入れて、ねここは言った。
 その部屋は、まさに制御室だと言えるだろう。
 窓など全くない代わりに、コンピューターやモニターが並んでいる。
 多数のASA職員が、椅子に座ってモニターに向かっていたり、指示を出していたり…
 物見遊山のこちらが申し訳なくなる程に忙しそうだ。

「見ての通り、この『ヴァンガード』の心臓部です」
 ねここはそう説明してくれた。
 艦の制御や火器の統制などは、全てこの部屋で行うのだという。
 リナーは興味深げにモニターを見つめている。

 …大海に臨みながら、木製の舵をクルクル回す。
 そんな牧歌的な俺のイメージは、脆くも崩れ去った。
「ここからじゃ、外が全く見えないモナね…」
 俺は嘆息して呟く。
「そういうのはブリッジですね。ついてきて下さい!」
 ねここは、俺達を引き連れてCICを出た。

266:2004/05/07(金) 20:08

「ここがブリッジです。艦長が指揮を取るのは主にここですね」
 ねここは、ブリッジに俺達を招き入れた。
 眼前に並ぶいくつもの窓。
 そこから映る、大海の風景。
 この場所は、俺のイメージにも合致した。
 ここからなら、かなり遠くまで見通せるだろう。
 機械類は、さっきの部屋に比べると少ない。
「私は、CICよりこっちの方が好きなんですよ」
 ねここは言った。
 それも分かる気がする。
 何と言うか、この場所はいかにも『船』という感じだ。
 先程のCICは、言うなれば『秘密基地』だろうか。

 真ん中の窓の傍には、赤いシートで覆われた立派な椅子があった。
 他の椅子とは一線を駕している。
 そこには、三幹部の一人であるありすが座っていた。
「あれは、館長専用の椅子です」
 ねここはそう解説してくれた。
 椅子に座ったまま、クルクルと楽しそうに回転するありす。
 長いスカートがふわりと舞う。
 そう言えば、この子が館長だったか。

「どうコミニュケーションを取っていいか困るモナね…」
 くるくる回るありすを尻目に、俺は呟いた。
「ありすは私の友達だから、モナーさんも友達みたいに接したらいいですよ」
 ねここは楽しそうに言った。
 友達みたいにって言われてもなぁ…

「まあそういう訳で、モナはありすの友達モナ。よろしくモナ…」
 恐る恐る、俺はありすに声をかけてみた。
「ともだち…?」
 きょとんとした表情を浮かべるありす。
「そう、友達モナ」
 俺は微笑む。
「…ともだち」
 ありすはこくこくと頷いた。
 意思の疎通が出来たかどうかは微妙だが、まあ良しとしよう。

「大体、案内はこんな所です。居住区まで戻れますか?」
 ねここは俺達に訊ねた。
「ああ。大体の構造は把握した」
 リナーは頷く。
 俺一人だと、間違いなく迷子になるだろう。
 じゃあ、部屋に戻るか。
「おやすみモナ」
 俺は、ねこことありすに言った。
 ありすは、俺の言葉に反応してこくこくと頷いている。
 …何だ。可愛いところもあるじゃないか。

「…そう言うのを、ありすに直に言ってあげると喜びますよ」
 いきなり、俺の心中を見透かしたかのようにねここは言った。
 リナーはと言えば、怪訝そうな表情を浮かべるばかり。
 どうやら、ねここはかなり察しがいいらしい。
 ねここ……、恐ろしい子……!


 こうして、俺とリナーはブリッジから退室した。
 少し遠回りになるが、甲板に出る。
 冷たい夜風が気持ちいい。
 星空の下で、リナーと2人きり…
 ここでロマンティックな話の1つや2つを繰り出せれば一流なのだが。

267:2004/05/07(金) 20:09

「…何事もないといいモナね」
 結局、俺は無難な事を言った。
「そうはいかないだろうな。海上自衛隊も必死だろう。激戦は避けられない…」
 そう言って、リナーは空を眺めた。
 彼女の髪が風でそよぐ。

「それにしても、ASAの誇る戦艦にしては武装が少ないモナね…」
 俺は、この艦を見た感想を口にした。
 ヘリで空から見た限り、砲台は前部と後部に1つずつしかない。
 それと、艦橋付近に取り付けられたオモチャみたいなガトリング砲が1つ。
 目立つ武装はそれだけだ。
 戦艦大和みたいに、甲板に所狭しと砲台が並んでいると思ったのに…
 これでは、「全砲門一斉発射!」とかできそうにない。

「…君は、2つの間違いを犯した」
 リナーは俺を睨むと、不機嫌そうに言った。
 先程の俺の言動に、リナーの気に障る要素があったらしい。
「まず、この艦を戦艦と呼んだ事だ。おそらく、君は軍艦と戦艦は同じものだと認識しているのだろう…」
 不満げな表情で俺に詰め寄るリナー。
「戦艦とは、軍艦の艦種の1つに過ぎない。他に巡洋艦や空母などが存在し、それらの総称が軍艦だ。
 故に戦艦は軍艦であっても、軍艦は必ずしも戦艦だという訳ではない。
 イチゴは果物だが、果物は全てイチゴという訳ではないという事だ。
 そして、この艦は巡洋艦に区分される。 …つまり、君はリンゴをイチゴと呼ぶ愚を犯した」

「わ、分かったモナ…」
 俺は何度も頷く。
 どうやら今のは大失言だったようだ。
 落ち着いたのか、リナーは声を和らげた。
「戦艦とは、砲撃戦主体で相手を撃沈する事を主目的とした大型艦艇だ。
 70年ほど前までは海戦の主力だったが、今では既に絶滅種だな」

「絶滅危惧種じゃなくて、絶滅種モナか…?」
 俺は訊ねた。もう、戦艦というのは滅びてしまったのか?
 リナーは俺の問いに頷いた。
「ああ。湾岸戦争で、アイオワ級戦艦『ミズーリ』と『ウィスコンシン』が参戦したのが最後だな。
 艦砲射撃のみでやっていける戦争など、もはやこの世界のどこにもありはしない…」
 リナーは空を見上げて言った。
 どことなく、その事実に寂しさを感じているように…
 風が少し強くなってきたようだ。
 波が船体に打ちつける音も、先程までより激しくなっている。

 リナーは、再び俺の方を向いて言った。
「もう1つの君の間違いは、この艦の武装が少ないと思っている事だ。
 イージス巡洋艦は、現在最強を誇る水上艦だぞ?
 軽装に見えるが、100発以上のミサイルを装備した超重武装艦だ。
 そのレーダーの探知能力は320kmを越え、同時に200個以上の目標を把握できる」

268:2004/05/07(金) 20:12


 …!!
 俺の『アウト・オブ・エデン』が余裕で負けた!!
 俺は役立たずなのか!?
 …いや、そんな事はない。
 だが、俺にしかできない事もあるはずだ。
 そうでなければ、わざわざ俺を呼びはしないだろう。

 俺は大きく深呼吸した。
 波の音が、耳に心地良い。
 これだけ綺麗な夜空も、そう見れるものではないだろう。
 ここで3週間過ごすのも悪くはない気がしてきた…
 …かもしれない。

「そんなに強力な艦なら、自衛隊なんて簡単にやっつけられないモナ?」
 俺は、ふと疑問に思って訊ねる。
「海上自衛隊も、イージス艦を保有している」
 リナーの答えは一言だった。
 やはり、楽にはいかないという事か…

「イージスとは、ギリシャ神話においてゼウスがアテナに与えた絶対の盾の名だ。
 その名を由来に持つこの艦は、防空能力、対潜能力の両方に突出している…」
 リナーは、この艦について説明してくれた。
 …詳細に。詳細に。ひたすら詳細に。
 とりあえず、イージス艦というのは正式名称でない事だけは分かった。
 『イージス・システム』というのを搭載している艦を、一般的にそう呼称するのだという。

 ひとしきり説明を終えた後で、リナーは大きくため息をついた。
「…とは言え、どれだけ能力のある艦だろうが、単艦で何とか出来るものでもないがな…」
 リナーは寂しげに言った。
「艦隊を組んで、ようやく1つの戦闘単位になる。どの艦が最強とか言うのは、総じて意味がない。
 これ1艦で最強とか、そういう事が言えた古き良き時代はとっくに終わってしまったんだ…」
 そう言って、海を眺めるリナー。
 俺は何故か、『蒐集者』の事を思い返していた。

「…潮風が身に染みるな。部屋に戻ろう」
 リナーは言った。
 彼女が本当に寒さを感じているのかは分からない。
 そういう振りをしているだけかもしれない。
 だが、俺は素直に従った。
 艦内に引っ込む俺達。

 今頃、ギコ達も行動を開始しているだろう。
 向こうも、相手はスタンド使いではない。
 特に難しい局面ではないだろうが…
 …何か、イヤな予感がする。
 ギコ達の方も、こちらの方も。
 大きな何かを見落としているような、そんな気が…



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

269新手のスタンド使い:2004/05/07(金) 21:47

              こ れ が 日 常 な ん で す 
                               そ の 2


「戦う前に・・・答えが大体想像できる質問をしてもいいか?」
「どうぞ・・・答えが帰ってくる質問だといいですね。」
「・・・なぜ、俺達のほうではなく、ポリゴンモナーのほうに攻撃を仕掛けなかったんだ?
 俺達のほうが弱そうだからか?」
「・・・違いますね。」
「・・・・・・答えはそれだけか?」
「ええ、これだけです。敵に情報を与えるのは、これだけです。
 ・・・そろそろ、 殺 り 合 い ま す か ?」
「・・・OK。」

男のスタンドが再び出てきた。
改めてそいつを観察してみる。
まず、人型。見たところ近距離パワー型。
・・・俺は初戦で相性の悪い相手と戦うのか。
体の形は割と普通。
・・・形は。
体一面に度の強い三原色のまだら模様。
まだらがランダムに発光・点滅して、互いが互いを強烈にアピールしている。
・・・目が痛い。
こいつの趣味だろうか・・・。
「『スペアロイド』・・・このスタンドの名前です。」
「・・・出ろっ!『ヒアー・ハード・アタック』!」
腕だけでなく、スタンドの全身を現す。
俺とさほど変わらない大きさ。俺に酷似した顔。少しつぶれた円柱型の胴体。
機械的な手足。腕なんぞは『アーム』と言ったほうが似合っている。
で、メタリック。金属的な光沢。
男の『スペアロイド』とかいう奴が発する光が俺のスタンドにおぼろげに映っている。
さらに光が反射して、部屋全体を目が痛くなるような明るさで包んでいる。
殺伐としていて、且つなんとなく明るい雰囲気というものだろうか・・・。
『スペアロイド』が近づいてきた。


彼は今、とても急いでいる。
ポリゴンモナーは今、全力疾走している。
モナーの家まであと300メートルほどだ。
後ろから誰かが追ってくる。
さっきの2人が追ってくる。
・・・少し打つ場所がずれていたようだ。
不慣れなことはするもんじゃないな。
捕虜にしようと思って手加減したのだが、当て身にしたのがまずかったようだ。
やっぱり後頭部を思い切り殴り飛ばしておけばよかった。
それくらいやっても死にはしなかったろう。

あと250メートルくらいか。
見かけによらず結構足の速い奴らだ。さて、どうするかな。
考えられる展開は次の4つ・・・。
 1,このまま2人にモナーの家まで追いつかれること無く、
   さらに都合のいいことにギコ達だけで向こうの敵を倒して、あの2人と3対2で戦う。
 2,このままモナーの家まで逃げ切り、ギコ達と合流して敵と3対3で戦う。
 3,2人に追いつかれて、戦う。その間にギコ達が向こうの敵を倒して、救援に来てくれる。
 4,2人に追いつかれて戦っている間にギコ達が負けて敵と1対3で戦うはめになる。・・・負けんがね。
1ならば最高なのだが、それはあまり期待できない。
2人ともスタンドバトルは初めてのはずだし、そもそも後1分もたたないうちに決着がつくとは思えない。
同じ理由で3も望みは薄い。なんとか2に持っていくか。
あと200メートル・・・。

270烏(旧452):2004/05/07(金) 21:48
『スペアロイド』が俺のスタンドに殴りかかってきた。
横に跳んで回避した。
間髪いれずに膝蹴り。高く飛んで回避。そのまま天井付近で浮遊する。
「どうしたんですか?逃げてばかりですね。向かってこないんですか?」
「・・・お前の能力が分からないんでな。」
「あなたのスタンドは、パワーが弱そうですね。少なくとも近距離パワー型ではない。」
「・・・・・・オマエは、〈俺には勝てない〉。」
「・・・?」
「オマエは、〈負ける〉〈勝てるわけが無い〉。〈無駄〉なんだよ・・・。」
「・・・何のつもりだい?」
『スペアロイド』が再びスタンドへの攻撃を始めた。
『ヒアー・ハード・アタック』をすばやく俺のところへ戻した。
これで、互いのスタンドの位置関係が逆になった。
・・・今気づいた。この玄関、結構天井が高い。・・・いや、高いのは玄関だけか。
「これで・・・オマエは隙だらけだっ!」
「・・・!」
一気に走り寄ってタックルをかまし、外に出た。
男は受身を取り、自分のところまでスタンドを戻した。

「なかなか・・・いい判断力を持っているようだな。
 あの狭い通路では動きづらいことこの上ない・・・。」
・・・さて、攻撃を再開する。
「オマエは・・・〈どうやっても勝てない〉。オマエは〈負ける〉んだ。〈無駄だ〉。」
「・・・そうか。それが・・・『言葉』が、あなたの能力ですね。」
「・・・ああ、そうだ。この際ばらしてやる。
 俺の『ヒアー・ハード・アタック』の能力は・・・『言葉が持っている力』を大幅に増幅し、相手にぶつけることだ。」
「・・・『言葉の力』だと・・・?くだらんね!言葉遊びならば子供相手にやっていたらどうだい!?」

「・・・『言葉』を・・・甘く見るなよ・・・!」


あと・・・100メートル。
2人はもうあと約60メートルのところまで迫っている。
仕方が無い。もう一度殴るか・・・。
・・・十字路か・・・・・・!!




迂闊だった。なぜ気づけなかったのか・・・?
鈍い音。

思い切り右方向に撥ね飛ばされた。
・・・・・・軽・・・乗用車・・・ッ!
・・・居眠り運転・・・か!

271烏(旧452):2004/05/07(金) 21:49
10メートルほど撥ねられて、アスファルトに叩きつけられた。
急いで起き上がる。
・・・胸部と右肩が痛む。
打撲か、悪ければ骨折。

・・・げぶっ。

・・・吐血。そういえば、息が苦しい。
どうやら折れたあばらが肺に損傷を与えたらしい。
・・・・・・さらに、直感。留まっているのは危ない。
・・・だめだ、間に合わない!
2人の姿が見えた。
距離、約12メートルほどか。

・・・・・・術中にはまってしまったようだ。
空間が遮断された。
だが、内側にいる私からは外の景色が見えるし、電線に止まるカラスの鳴き声もはっきり聞こえる。
・・・カラスに睨まれて鳴かれた。縁起が悪いな。

突然、体が宙に浮き上がった。・・・否、『真上に落下』した。
重力の逆転・・・か。これはどちらか1人の能力か、2人の同時攻撃か・・・。
後者だと面倒臭くなくていいな。

5メートルほど落ちたところで空間の天井らしきものにぶつかった。
先ほどよりも強い痛みと、再び吐き出される多くの血液。
吐き出された血液は同じく上方に落ちていった。

先程の答え・・・5。
軽乗用車に撥ねられて、一気に大ピンチに陥る。

・・・さて、どうしようか。
この区切られた空間では、中からは外のことがしっかり分かるが、外に出ることはできない。外からは中のことは分からないようだ。
集まってきた野次馬の連中の興味は、民家の塀に激突した軽乗用車のほうに釘付けだ。
宙に浮いている怪我人の私には全く気づかないようだ。
懐から携帯電話を取り出したが、やはり圏外と表示されている。
音を出しても無駄だろう。

モナーの家の方角に走り去る二人の姿が見える。
非常にまずい。戦い慣れた連中3人相手に、全くの素人スタンド使いとまともに戦えるだろうか。恐らく無理だろう。

・・・野次馬の一人が、この空間に入ってきた。・・・外からは入れるんだな。
そして案の定、真逆の重力に逆らえずに頭から落ちてくる野次馬の青年。
「うわああっ!?」
「・・・ぐっ!」
青年を両腕で受け止めた。
・・・あ゙い゙だだだだだだ・・・
再び血が吐き出される。

「!?・・・?・・・??あの・・・これは・・・??」
・・・・・・君は知らなくていい・・・。
『ヒマリア』を使った。
応用法。青年を強制的に眠らせる。ついでに、ここでの記憶を曖昧にしておく。

厄介なことに、なんとなく圧迫感が少しづつ増してきているような気がする。
重力が強くなっているのだろうか。
このままだと、いずれ自分の体を支えられなくなって、さらに潰されてしまうか・・・
若しくはこの青年のような不運な巻き込まれ野次馬の頭突きによりなぶり殺されるか・・・といったところか。

・・・結局、戦闘はギコとモナーに任せる形に・・・

・・・・・・いや、そうでもないかな。ポリゴンモナーの目線の先には・・・彼のもう一人の協力者。
どうやらあの2人を尾行しているらしい。
彼はアジトで待機しているはずだが・・・まあいい。ちょうど人手が不足していたところだ。
彼も例外なく、私に気づくことなく行ってしまった。
それでよかろう。
とにかく今は、この空間と重力を何とかしてもらわねば。

・・・やれやれ。どの面引っさげていようか。新参者に頼りっきりではないか。
この傷は・・・あとであいつに治してもらうとしよう。

とにかく今は・・・あまり動かないように・・・したいんだがな。
また一つ、野次馬の頭がつっこんできた。

272烏(旧452):2004/05/07(金) 21:49

「オマエ・・・『言葉の力』をくだらないといったな。
 その言葉・・・訂正させてやる。そろそろ効果が出だした頃だろうな。」
「ほう・・・どんな?」
「今から・・・証明する!」
走り寄って距離を詰める。スタンドの右手には、何故か玄関のタイルに転がっていた2メートルほどの鉄棒。
「何を考えているんですか?わざわざ相手に有利な距離に突っ込んでくると?」
『スペアロイド』が俺の前に立ち憚るように現れ、即座に殴りかかってきた。
スタンドの右手に持っていた鉄棒を高く放り投げ、『スペアロイド』の拳を左腕で防いだ。
『スペアロイド』はすぐに右手を引っ込め、同時に左手の拳が迫ってくる。
ラッシュか・・・。

だが・・・鈍い。
しかも、パワーも弱い。
近距離型の『スペアロイド』の性能は遠距離型の『ヒアー・ハード・アタック』のスピードとパワーでも十分対処できる程にまで弱体化している。

・・・ちょうどいい。
少し調子に乗ってやる。

同じく、左手を右手だけで軽く受け止めた。次に右。
鈍い鈍い鈍いっ!!

「ほらほら・・・どうした?俺を圧倒できる程のスピードがあるんだろ?それを見越して打ってきたんだろ?
 俺のスタンドでも簡単に対処できるぜ?どうした?何とかしてみろよ!ああ!?」
「く・・・このっ!」

『スペアロイド』は攻撃の手を全く緩めない。
それでいい。
一撃ごとに確実に、少しづつ、弱体化している。
それでいい。
すでに冷静さはほとんど失われているようだ。
それでいい。
『言葉の力』の影響は確実に効いている。
それでいい。
こんなときこそ、『言葉』は最大限に効果を発揮しやすい!

鈍い鈍い鈍い鈍い鈍い鈍い鈍い鈍い鈍い鈍い鈍いっ!!!

「畜生っ!このっ!」
「〈無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――ッ!!!〉」
「このおおぉ―――っ!!」
『スペアロイド』が大きく振りかぶった。
――隙だらけこの上ない。
パンチを簡単にかわし、ちょうど落ちてきたところの鉄棒を掴んだ。そして本体の男の頭に思い切り叩きつける。
「――〜〜〜√∨\∧――っ!」
男はなんだか分からない声をあげて顔を覆い、仰向けに倒れこんだ。
その先には・・・ブロック塀。
案の定後頭部をぶつけ、そのままぐったりしてしまった。
まずい、死んでしまったか、と思ったが、気絶しただけのようだった。
ちゃんと心臓は動いている。
だが、念のため首を絞め落としておいた。
・・・死にはしないだろ。

「・・・うう・・・う〜んむ・・・」
後ろから情けない声が聞こえてきた。
ようやくモナーの目が覚めたようだ。
・・・やれやれ。

273烏(旧452):2004/05/07(金) 21:50

モナーを連れ出そうと思ったところで、2人の男が目に入った。
何があったか知らないが、全身汗びっしょりで、息を切らしている。
・・・またか。

「おや・・・おい、下っ端のモララーが倒れてるぞ、弟よ。・・・ぜぇ・・・はぁ・・・」
・・・やっぱりな。
「おやおや、本当だ。こいつのスタンドはなかなか使い勝手がいいからこっちに割り振ったんだがな。くはぁ―・・・ふはぁ―・・・」
・・・さっきこいつは仲間がなんたらかんたら言っていたが、どうも自分を大きく見せたかっただけのようだ。
「うう・・・ん・・・ん?ギコ、この人たち誰モナ?」
・・・・・・。
「・・・敵だよ。」
「・・・あれ?さっきのはなんでそこで泡吹いてるモナ?」
「ほら、戦うぞ。」
             ブラザーズ
「2対2か。面白い・・・俺達兄弟のコンビは組織内でも高く評価されているんだからな!・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ふふ・・・君達はすでに俺の術中にはまっている!」
「!?」
「うわあぁっ!?」
突然俺達は真上に飛び・・・否、落ちてしまった。重力の逆転!
すばやく足を上にした。すぐ後にゆか・・・いや、天井のようなものに着地した。
そして、今にも頭をぶつけそうだったモナーを『ヒアー・ハード・アタック』で受け止めた。

頭を下にして立ち上がった。・・・いや、立ち下がった・・・か?
どっちでもいい。
上下逆の世界というのは普通のとは全く違って見えるな。
慣れなくてはこうして立っているだけでくらくらしてくる。高所恐怖症の人間はそろそろ失神するところだろうか。

兄弟の兄貴のほうは重力の影響が無いらしく、地面に立って俺達を見上げていた。
弟のほうは俺達と同じように空間の天井に立っている。すでに戦闘体制に入っている。
「おい、モナー。戦えるか?」
「うん・・・なんとか大丈夫モナ。」

「ふふ・・・俺達に2対2で戦いを挑むとは・・・」「『リラクプルジェ』ッ!」

 びちっ
「・・・!?・・・おやおや、一人増えたようだな?」
誰かが兄貴のほうにスライムのようなものを投げてぶつけたようだ。兄貴の後頭部にはそれが張り付いている。
「・・・プルモナッ!」
「え・・・誰モナ?」
「俺達の仲間だよっ!いいとこへ来てくれた!」

「・・・2対3になったな。いいだろう。俺達の相手はそれくらいでちょうどいい!」
「あいつも俺の能力の範囲内だな・・・。この範囲とつなげるか。」
兄のほうが後頭部のスライムを払い落として言った。
「・・・!」
プルモナも兄のほうの術にはまってしまったようだ。
宙に体が浮いて、モナたちと同じ高さに

  バ チ ィ ッ !

・・・と音を立てて頭から飛び散ってしまった。
・・・と思えば、見る見るうちに飛び散ってしまった彼の体が集まって、元の形に戻ってしまった。

「ほう・・・再生能力があるのか。面白い・・・。こっちまで歩いてくるがいい!」
弟のほうの誘いに乗って、プルモナはこっちまで歩いてきた。

今度の奴らは、さっきの雑魚のようにはいかなそうである。


←To Be Continued

274新手のスタンド使い:2004/05/08(土) 18:43
食品の美味しい冒険

第一話「おむすびとおいなり」


「春だって言うのになんて熱さだ・・・」
一人の男・・・いやAA・・・むしろ食品がつぶやく。
彼の名は『おむすび』おにぎりがモララー顔になっただけの存在。
「うーん。このままじゃ腐っちゃうよ。どうしようかなぁ・・・」

彼はAAではあるが材料は米である。長時間放っておけば腐敗してしまうのだ。

「仕方が無い・・・おにぎり本舗に行くか。」




「いらっしゃいませー!!」
元気な声が響く。
「頭のご飯を入れ替えてもらいたいんですがなにか?」
普通ならこんなセリフをいった瞬間ヘンな目で見られるだろう。
だが彼は常連だ。店主もあきれ笑いしながら応じる。
「はいはい。そろそろ来る頃だと思って君用のコシヒカリを残しておいたよ。」
「さすがマスター。気が利くなぁ。」

275新手のスタンド使い:2004/05/08(土) 18:44
頭の米を少しずつ入れ替えてもらう。はたから見れば脳外科手術をしている様に見えるだろう。
おむすびが鼻をくんくんと鳴らしてあたりを見回す。
「マスター、酢のにおいがするぞ。酢漬けでも始めたのか?」
不思議そうにおむすびが聞いた。それはそうだ。普段なら米のいい香りしかしないはずの店内に強烈な酢の香りが漂っていた。
「あのお客さんだよ。」
マスターの目線が一人の客の方向に移動する。
おむすびもまたその客を見る。
その客は実に奇妙な風貌をしていた。薄黄色の頭・・いや袋といった方が正しいか、そこから米を入れ替えている。
「始めてきたお客さんなんだけどね。酢飯を入れてくれって言ってきたんだ。」
おかしい話だ。ここはおにぎり屋、酢飯なんかおいてるはずも無い。酢飯がほしかったらすし屋へ行くべきだ。
「僕はすし屋へ逝ってくれって言ったんだ。でも金は倍出すからここで頼むってきかないんだよ。仕方がないから酢飯を作ってやっているんだ。」
「ヘンなヤツ。」
おむすびはたった一言で片付けた。トリビアで言えば3へぇ〜くらいだろう。まったく興味がなかった。
しかしおむすびはイヤでもその男に興味を持つ事になる。
なぜならその男がおむすびの方をじっと見つめてきたのだ。
おむすびはとっさに目をそらした。














目をそらしてからどれくらいの時がたっただろうか・・・
おむすびの米の入れ替えが終った。ほかほかしてとてもいい気分だ。
(あの男はどうしただろう?)
おむすびは男のほうを見た。すでにそこに男は居なかった。
「ったく!気分が悪い男だったぜ!!」
そう吐き捨てるとおむすびは財布から1050円を取り出しマスターに渡した。
「はい。1050円ちょうどだね。」
意外と几帳面だ。

276新手のスタンド使い:2004/05/08(土) 18:44
店を出てしばらく歩いた。不意に後ろに気配を感じて振り返る。
男居た・・・いや食品が居た。真っ黒な粒々が集まった不気味な姿・・・
「君は食品・・・おむすびだね?」
粒々が口を開いた。低く不気味な声・・・
「人に名を尋ねるときは自分から名を名乗るもんだぜ・・・」
「キャビア・・・俺の名はキャビアだ・・・さ、答えてもらおうか?さっきの問いの答えを・・・」
「俺はおむすび・・・」
男はニヤリと口元をゆがませる。
「じゃ、死ね。」
その瞬間粒々の後ろに大男が現れた。
「なッ!!」
おむすびはあまりの驚きに思わず声を漏らした。
その大男は透けていたのだ!後ろの風景が見えている。
「ほう・・・コイツが見えるのかつまりお前もスタンド使い!!」
おむすびは何を言っているのか理解できない。ただ立ち尽くすしかなかった。
「死ねぇイ!!!!!」
言葉に合わせて大男が殴りかかる!!
バキィ!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!!!」
おにぎりはあまりの痛みに歯を食いしばる。しかしその様子を気にする事もなく大男は第二撃を放とうと構える


ドンッ!!!

277新手のスタンド使い:2004/05/08(土) 18:45
瞬間、大男が吹っ飛んだ。
「やれやれだ・・・やはり付けてきたな・・・彼を・・・」
そこに居たのはさっきの変な男・・・薄黄色の頭をした男だった・・・
「おいなり!!キサマはおいなりだなッ!!!!」
「その通り・・・君らの好きにはさせんよ。」

  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

278新手のスタンド使い:2004/05/08(土) 18:46
なんだか小説を作ってみたくて作っちゃいました。
感想とかくれるとうれしいです。

279ブック:2004/05/08(土) 20:11
     EVER BLUE
     第八話・RUMBLE FISH 〜疾風怒濤〜 その一


 一つのベッドの上に、一組の男と女が全裸で横たわっていた。
 勿論、プロレスごっこ等という事をしていた訳ではない。
 男と女が裸でベッドの上でやり合う事と言えば、一つだ。

「何か今日、ちょっと乱暴じゃなかったですか〜?」
 女が男の胸の上に人差し指を這わせる。
 男が、不快とも快楽とも取れるような表情に顔を歪める。

「うるせえぞ、フォルァ。」
 男がそっけない仕草で女の指をどける。
「あれ、もしかして晩御飯での時の事怒ってるんですか?」
 女が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……」
 男は何も答えない。
 それは図星だったからだ。

「何だ、やっぱそうなんですね。
 可愛い、あれ位の事でムキになって。」
 男の沈黙を肯定と解し、女がさらに顔をほころばせた。
 それとは対照的に、男の顔は見る見る不機嫌になる。

「はっ、悪かったなフォルァ!たかが料理の事で臍曲げて!
 そんなに家庭的な男が好きなら、タカラギコの奴と寝たらどうだ?」
 男が子供のようにすねてしまった。

「う〜ん、それもいいかもしれませんね。
 あの人、家庭的なだけでなくって優しそうですし。」
 女がそう言って考え込む素振りを見せる。

「…勝手にしろ!」
 それを受けてますます拗ねる男。

「嘘ですよ。私、そんなに軽い女じゃないです〜。」
 ふてくされた子供をあやすような声で話しかけながら、
 女が男の上に覆い被さった。

「あ〜〜〜!うっとおしい!!」
 本当は嬉しいのに、男は下らない男のプライドとやらの所為で、
 つい憎まれ口を叩いてしまう。
「あはははは。」
 女は構わずより一層強く男に抱きついた。


「…あいつは、タカラギコには気をつけとけよ。」
 と、男が急に真面目な顔をして女に告げた。
 女も、さっきまでとは裏腹引き締まった顔になる。

「…分かってますって。
 あの人…何と言うか、底が無さ過ぎます。
 オオミミ君の事を助けてはくれたみたいですけど、どこまでが偶然なのやら…」
 女が呟いた。

「…俺の主観だがな、多分、あいつはあのにやけ顔のまま人を殺せるぜ。」
 男が女の耳元で囁くように告げる。
「…かもしれませんね……って、ちょっと!
 何してるんですか!?」
 真顔のまま自分の胸を弄る男に向かって、女が叫んだ。

「何って、見りゃわかるだろ?」
 男がそ知らぬ顔で女の体を触り続ける。
「ちょっと、さっきしたばかりじゃないですか…あっ…!」
 女は抵抗しようとするも、徐々に体から力が抜けていく。

「へっへっへ、体は素直じゃねぇか…」
 男が猥褻な笑顔を浮かべたその時―――


「!!!!!!!!!」
 突如、辺りに警報が鳴り響いた。
 男と女がギョッとした顔つきでベッドから跳ね起きる。

『総員警戒態勢を取って下さい!
 何者かが、この船に接近しています!』
 スピーカーから高島美和の声ががなり立てる。
 男は急いでトランクスを穿き、女も慌しくブラのホックを止める。

「ちょっ、何だってんだフォルァ!」
 男がシャツに頭を潜らせながら誰に聞くでもなく尋ねる。

「兎に角、急ぎましょう!」
 もうすっかり服を着込んだ女は、愛用のテンガロンハットを頭に被った。
 それから少し後、男も服装を整え、二人は急いで部屋から飛び出すのであった。

280ブック:2004/05/08(土) 20:12



     ・     ・     ・



「遅いですよ。」
 大分遅れてブリッジに到着したニラ茶猫とカウガールに、高島美和が言った。

「悪い悪い、遅れちまったぜフォルァ。」
 ニラ茶猫が頭を掻く。
 …その首筋のキスマークは何だ。
 全く、この一大事にこの二人はニャンニャンなんぞしてやがって…

「…ナニをやっていたかは知らんが。」
 三月ウサギが呆れたように呟く。
 カウガールが、頬をポッと桜色に染めた。

「うるせえなあ!だから悪かったって言ってるだろ!!」
 ニラ茶猫が逆切れする。
 やれやれ、遅刻の上に開き直りか。

「ま、うちは自由恋愛だけどよ…」
 サカーナの親方がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
 まあ、他の皆も似たような顔だが。

「…?ねえ、何でニラ茶猫とカウガールが恥ずかしがってるの?」
 オオミミが、事もあろうに隣に居る天に向かってそう質問した。

「……!!」
 天が顔を真っ赤にしながらオオミミの足を思い切り踏みつけた。
 悶絶するオオミミ。
 まあ、今回ばかりはこうなってもしょうがない。
 オオミミ、君は女の子に対して何て事を聞くのだ。

「…で、何が起こってるんです?」
 タカラギコが高島美和に顔を向ける。
「現在十数機程度の小型戦闘機が、私達の船に接近してくるのが確認されました。
 おそらく後数分もしないうちに追いつかれます。」
 表情を変えないで高島美和が答える。

「こっちから通信は送ってるんだろう?」
 サカーナが高島美和にそう聞いた。
「はい。ですが、見事なまでに無視されてますね。
 敵意があると見て、まず間違いないでしょう。」
 高島美和がやれやれと言った顔をする。

「…『紅血の悪賊』(クリムゾンシャーク)か?」
 ニラ茶猫が顎に手を当てた。
「多分。」
 即答する高島美和。

「…やれやれ、誰かさんの所為で面倒な事になってしまったな。」
 三月ウサギが責めるような視線をサカーナの親方に向ける。
「お、起こった事は仕方がねぇだろうが!
 それより今はどうするかを考えるぞ!!」
 サカーナの親方が周囲からの刺さるような視線を掃うように叫ぶ。
 全く、これだから脳みそ筋肉脊髄反射野蛮人は困るんだ。

「…まあ、そうですね。
 ですが、今回の一件については危険手当をしっかりと頂かせて貰いますので、
 その心算で。」
 冷徹な声で高島美和がサカーナの親方に告げる。

281ブック:2004/05/08(土) 20:12

「わーった、分かりましたよ!!
 で、どうすんだ高島美和!!」
 半ばヤケクソ気味にサカーナの親方が尋ねた。
 この人、今の危機よりも、自分の懐の方を心配しているな。
 責任の大半は自分にあるというのに、何て人だ。

「…『トンボ』を貸して下さい。
 私とカウガールで、敵が攻撃射程圏内に入ってくるまでに、
 一機でも多く撃ち墜としてきます。」
 と、高島美和がサカーナの親方の前に進み出た。

「え〜、私もですか〜?」
 不満そうな顔をするカウガール。
 この生と死が両天秤にかかっている状況なのに、こいつらときたら…
 いかん、頭痛が。

「当たり前です。
 私は『トンボ』の砲撃専門。
 あなたは操縦専門でしょう?」
 高島美和がカウガールを睨んだ。
 カウガールが、観念したのかがっくりと肩を落とす。

「…そういう訳で、行って参ります。
 暫く留守にしますが、余計な粗相をしないように。」
 高島美和がサカーナの親方に視線を移す。
 同時に、その場の全員が一斉にサカーナの親方に顔を向けた。

「そこで何で俺を見るんだよ!!」
 憤慨するサカーナの親方。
 いや、あなたの今迄の言動からすれば当たり前だって…

「…まあいいや。
 頼んだぜ、『撃墜王』。」
 サカーナの親方が高島美和とカウガールの肩を一つずつ叩く。
 まあよくねぇよ。

「それでは参りましょうか、カウガール。私の『シムシティ』と、」
 高島美和がカウガールの顔を見据える。
「私の『チャレンジャー』で!」
 返すカウガール。

「連中に目に物見せてあげますわ。」
「あいつらにギャフンと言わせてやるわ!」



     TO BE CONTINUED…

282丸耳達のビート:2004/05/08(土) 22:56


「―――――では、武器を渡しておきましょうか」
 ばさりと、机の上に何枚もの写真が広げられる。
目に見えて、『チーフ』と茂名、B・T・Bの表情が強張った。
 そんなことには露ほども気にくれず、ジエンが立て板に水の口調で話し出す。

「まずはSPM謹製、対スタンド用六連発リボルバー『セラフィム』。
 一般の間では45口径が最強の弾だのと言われていますが、
 私はそれに深い憤りを感じているのですよ。
 この『セラフィム』に装填されるのは更に二回り大きな454カスール弾。
 その破壊力たるや正に怪物、二,五センチの杉板を十五枚貫通し、
 コンクリ塊を粉々にして、防弾チョッキをぶち抜いて人が殺せます。
 象狩りにも使われ、もはや人を撃つのに使う銃ではありません。
 素人が撃てば的から外れるどころか手首が折れるとまで言われる、
 正に選ばれし者のみが撃つことを許される銃弾で―――――」

「ア…アノ、ジエン様。貴方…ドンナ基準デ支給スル銃ヲ選ンデ オラレルノ デスカ?」

「失礼な。私のチョイスを単なるパワー狂の銃器マニアのそれと一緒にしないで頂きたいですね」
 息継ぎも無しにで大半の人がナナメ読みしてそうな解説をぶつ辺り、
既にマニア扱いされてもしょうがないと思うのだがそんなことはともかく。

「茂名のご隠居やマルミミ君の身体能力を加味した結果です。
 私はプライドに賭けて、扱いきれない銃を渡したりはしません。
 それに、この弾なら大半のパワー型スタンドでも打ち抜けます。立派な対スタンド用の銃器ですよ」

「…なら、普通にライフルとか使えばいいじゃろ?なんでわざわざハンドガンなんぞで…」
「フルオートは風情がありません。リボルバーこそ美学です。…で、説明の続きですが―――」

(やはり銃器マニアではないか…)
(ま、元気出すデチ)

 心の中だけで呟いた声に、『チーフ』のテレパシーが応えた。
ちなみに彼の武器解説は、量にもよるが大抵は二時間を超える。

「銃自体もご覧下さい、この重量感。10インチ(約25センチ)のロングバレルですが、
 全く華奢な感じをさせることはありません。この棍棒のような逞しさだけですよ?
 世界中の猛獣を撃ち殺せるとまで言われたカスール弾の反動に耐えきり―――」

 ―――先はまだまだ長かった。




 しゅるっ、と、小さな衣擦れの音。
浴衣の繊維が直に肌へと触れるたび、引っ掻き傷がぴりぴりと痛む。
「また…やっちゃった…」
 呟いて、『傷』で思い出した。マルミミ君、何やってるのかな。
あんな死にそうな酷いケガして、大丈夫なんだろうか。
(会いたい…な)
 顔を見たい。話がしたい。名前を呼んで貰いたい。
贅沢は言わない。ただそれだけでいい。       ビッチ
 いや…それすらも、贅沢なのだろうか。私のような淫売が、そんなことを望むのは筋違いだろうか。

  優しさに甘えて、嫌われていることに気付かずにいないだろうか。

  汚れてしまった人間は、どうすれば良いのだろうか。

  汚れていなければ、こんな事は思わなくても済んだのだろうか。

  判らない、解らない、分からない…なにもわからない―――

283丸耳達のビート:2004/05/08(土) 22:58




 目を覚ますと、強烈な喉の渇きを覚えて咳き込んだ。

「う…ゲホッ!」

 ―――喉がヒリヒリする。
まるで自分がモズのはやにえになって、ヂリヂリヂリヂリ何日も天日干しされてるような気分。
 たった一つを除いては、何を飲んでも満たされない『渇き』。
「血… ゲホッ 飲まな ゥエ゙ホッ きゃ…」
 震える指でパックをつまみ、牙を立てる。
トロリと、かすかに粘性を持った液体が喉に滑り込み―――――

「ッ…!う゛え゙え゙え゙ッ!」
 強烈な不快感を感じて、全て吐き出した。
「ぅ…ップっ!…なんで…!?」
                 女性
 ラベルにはキチンと『20 female』と書いてある。
二十代になりたての、女性の血。
 味を見たって、ストレスもドラッグもない健康体そのもの。ついでに言えば処女。
それなのに、体はこの血を拒否する。

(こんなんじゃ、駄目なんだ…!)

 これでは、足りない。
もっと精気に満ちあふれた、新鮮な血でないと。
傷を負った体が、もっと、もっとと貪欲に血をねだる。


  ―――吸いたい。白い肌からトロトロトロトロ溢れる女性の血を、今すぐに―――


「…だだだっ…駄目駄目駄目…ッ!」
 ぶんぶんと、首を振る。


  ―――牙を立てて、丸く膨れ上がる血の珠を舌で崩して舐め回したい―――


「駄目だ…って…!この…鎮まれ…!」
 口を開け、自分の腕に牙を突き刺した。

284丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:01


  ――― 体中を貫いて、全身余す所なく一滴残らず吸い尽くしたい―――


 上下二本ずつ、四つの穴からとろとろと血が流れ出た。
ぴちゃぴちゃと、その血を舐めとる。
 直に舐め取る分、パックの物よりは精気があった。


  ―――フフ…上品に言うけど…まるで『一人遊び』だねぇ―――


  ぴちゃ、ちゅる、れろ、くちゅっ。
 小さな水音が、真っ暗な病室に響く。
「ふっ…んぐ……ふ…はぁッ…!うるさ…い…!」


  ―――けど、そんなんじゃ駄目だ。なんの意味もない―――


 どんどん体が冷たくなっていく。吸血衝動が落ち着いたんじゃない。
むしろその逆…吸血鬼の方へ肉体が傾いていく。


  ―――我慢する意味なんてないよ。吸いたいだろ―――

  ―――そう…他人の血が吸いたい―――

  ―――若い人間がいいな―――

  ―――女なら、最高だ―――

  ―――そう、彼女―――


「堪えろ…こらえろ…ッ!」


 牙が擦れ合い、がちがちガチガチ小刻みなビートを刻む。

285丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:02


 落ち着け、大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫―――――!
この部屋にいるのは僕一人きり。
 吸血衝動の対象になるものが無いんだから、何をどう間違っても吸ったりしない。
ただ、僕一人が辛いだけで済む。安心しろ―――


  きぃぃっ。


「マルミミ…君…?」


  どくんっ。


 心臓が、ひときわ高く脈打つ。

そして―――眼を合わせてしまった。

暗闇の中を精密に捉える、自分の眼を。

使用者の意思に関わらず魂を縛る、吸血鬼の魔眼を。




 マルミミ君の部屋を覗いてみたけど、そっちにはいない。
となれば、たぶん病室の方だろう。
 空き部屋はドアも開けっ放しになっているから、ドアの閉まっている部屋。
ドアノブに手をかけて、ほんの少しだけ考える。

(私…何、やってるんだろ…)

 どうしていいかわからないまま、ふらふらとこっちに来てしまった。
結局のところマルミミ君は、私が何を話してもあの細い目でニコニコしているんだろう。
 それはとても優しくて…残酷な事だと思う。
(いっその事…傷つけてくれればいいのに)
 そうすれば、こんな切ない思いをすることはないのに。
…でも―――やっぱり、彼を見ていたい。
怪我をしているのなら、側にいて、手を握ってあげたい。

 だから。

 だから―――

 くっ、とドアノブを回す手に力を込め、病室に入った。

「マルミミ…君?」


  どくんっ。


 心臓が、ひときわ高く脈打つ。

そして―――見てしまった。

暗闇の中で紅く光る、マルミミの目を。

使用者の意思に関わらず思考を奪う、吸血鬼の魔眼を。

286丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:04





「…傷…大丈夫?痛く…ない…?」

  大丈夫大丈夫大丈夫だから早くここから出て行って、さもないと血が―――

「大…丈夫…だよ。だから…」

  ―――だから早く、この部屋から出て…!

「だから…こっちに、おいで」

「…うん…」

  ―――違う…違う!そうじゃない、早く、早くしないと早く早く早く早く吸いたくて部屋を出て出て出て―――


…そう。もっと、近くに来て」

  駄目だ早くしないと早く早く早く早く出て吸いた血が血が血が血血血が―――

 きゅ、と軽く腰を抱きしめる。

 綺麗な声と、軟らかい髪。優しい香り、甘い肌。

  血血血赤い紅い朱いあああかあかかトロトロとろとロ飲みた飲みの飲みたたたた

 くい、と浴衣の襟元に手をかけて、布を引き落とした。

「…ふぁ…!」
 両手でも掴めなさそうな胸が、たゆん、と揺れる。
薄赤く染まった、彼女の肌。
「………ッ!! !! !!」


 それを見た刹那―――マルミミの『人間』は、闇の底へと消えていった。


「は…ん…ゃぁあ…」
 緩慢な動作で、外気に晒されている胸を両腕で隠す。
胸を見られるのを恥ずかしがってる訳じゃない。
 白い肌に何本も走る、紅い痣。
腕で隠しても、その痣は体中に刻まれている。

「…これ、どうしたの…?」
「ゃ…あ…見ない、で…」
 隠そうとする腕を優しく掴んで、横にどかす。
と言っても、殆ど力は入れていない。
考えてみれば、当然だ。
 吸血鬼の眼は対象者の精神を大きく摩耗させ、心を支配する。

「…自分で、つけたの?」
 無言。多分肯定なのだろう、涙に濡れた眼を見つめた。
「…どうして?」
「ぅぁ…ごめん…なさい…!」
「怒ってる訳じゃないよ…どうして?」
 そっ、と傷の一つを撫でてやる。

「ひぁ…ぁ、洗っても、洗っても…男の人達の…感触が…消えな…くて…
 汚れた躯…ふぁ…マルミミ君に…好きに…なって…貰えない…!」

287丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:05


  ―――ああ、なんだ。そんなことか…馬鹿だね、しぃは。


 す、と頭を撫でる。
両手でそっと頭を固定し、瞳から零れそうな涙を舐め取った。


  ―――僕がそんな理由で、誰かを嫌うことなんてないのに。


 ぴちゃ、ぴちゃ、と目尻を舐めた。
目元だけではなく、額を、瞼を、頬を、耳を、長く伸びた舌が這い回る。


  ―――汚れてる?違うよ。だって、こんなに綺麗な体をしてるじゃないか。


 唇を重ねる。舌先で唇を割り開き、舌を絡めた。
「ふ…んぅ…」
彼女の舌を口腔内に招き入れ、牙で軽く甘噛みする。
 舌が唇から離れると、ねとっこくなったお互いの唾液が、つう、と糸を引いた。


  ―――僕も、君のことが大好きだよ。


 唇から離れた舌が、体を這い回る。
「ふぁ…ゃ…!」
 紅く残る線を、舌がちろちろとなぞる。
胸の上あたりに、少しだけ血の滲む傷を見つけた。
 唇を尖らせて、傷口に吸い付く。
ほんの少しだけ感じる、血の味。

              ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
  ―――――そう…食べてしまいたいくらいに―――


 前戯は…ここまで。
はぁぁ、と呼気が漏れる。


 上下四本の太く長い牙が、ぬらり、と光った。


  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

288丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:06
〜オマケ〜「丸耳達のビート Another One 
          ―――の、そのまた Another One」




/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| 今ならまだ間に合う。                                 |
| 『魂食い』を渡せば殺しはしない…                      |
\                                           |
   ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                         |
                       yahoooo!yahoooo!          |
     ∧∧                    ((从ル))                 |
    (,,゚Д゚)                  ル*´∀`)リ.             |
    (|  |)                 ノミ.三三つ ∩_∩.         |
   〜|  |                   ミ===)   (´д`;) o.       |
     し´J                   (ノ ヽ)  と と    ̄⌒つ    |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

289丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:07

               yahooyahooyahooyahoo!
    ∧∧          yahooyahoo((从ル))yahooyahoo!
   (,, Д )         yahooyahooル*´∀`)リyahooyahoo!
   (|  |)        yahooyahoo ノミ.三三つ ∩_∩
  〜|  |          yahooyahoo ミ===)  (´Д`;) o
    し´J          yahooyahoo(ノ ヽ)  と と    ̄⌒つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

290丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:07
ちっと                  くらい

            ∧∧
           (#゚Д゚)  ((从ル))  
           /   三⊃)#∀`)リ<yahooyahooyahoo!
          (   /  ノミ.三三)
         /// )  ミ===)
          (_/ (__)  (ノ ヽ)
         
          
黙れや                    ゴルァ!

291丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:10




 お前はいつもいつも
 人が話してる中…!

 yahoo!yahoo!
 yahooooooooooooo!!
\                   ∩_∩
                    (´Д`;) o
                   と と    ̄⌒つ

                俺…こいつら倒すために…
                  何するんだったっけなあ……

                                     END

                            スペシャルサンクス:新スタンド図スレの名無しさん。

292新手のスタンド使い:2004/05/09(日) 00:10
激動の第三段!! 〜スタンドで痴漢は倒せるか!?〜

モナー
そーーーーっ「モナァッ!!」バシッ!!
さわさわさわさわさ「・・・痴漢までスタンド使いだなんて聞いてないモナッ・・・ッ」
ギコ
そそーーーーっ「ゴー――――」スゥゥゥゥゥ
「ルァ!!」ビリビリビリ!!!!
どさっ「倒したか」
モララー
「痴漢者を虐待するからな」モラモラモラモラモラモラモラ
おにぎり
「・・・・やらないか」
ささささ―ッ「なんでそんなにひくの」
リ(ry)
(イッツアスモールワールド!)ドォ――――――z―――ン
サワサワワさ(エロスモホドホドニナ)
モ(ry)
(ィッツアスモール)ズバババッ
「こま切れにしてやるゼィ!!」
で(ry
・・・・・さわさわわさわさわ「・・・・・」
?・・・・さわさわさわ(ry


成功者:モララー、ギコ モ(ry)

次回予告!
なかなか結ばれないギコとモナー!核ミサイルが落ちる前に二人はスタンド使いを倒せるか!
次回「夏のロンド」

293:2004/05/09(日) 19:17

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その2」



          @          @          @



 雨がざあざあと降りしきる。
 巨大な橋の歩道を、茶色い合羽のようなものを被った1人の男が歩いていた。
 男は、口に煙草を咥えている。

 眼下には大きな川。
 車道には、夜にもかかわらず多くの車が走っている。
 車のライトは、まるでイルミネーションのように周囲を照らしていた。
 男を除いて、歩道に人影はない。

 コツコツと響く男の靴音。
 車が弾いた雨滴が、男の合羽に当たる。
 かなり気温は低い。
 それにもかかわらず、男が白い息を吐かないという事実は、見る人が見れば気付いたであろう。
 男はくわえていた煙草を摘むと、無造作に車道に投げ捨てた。

 ふと、男の足が早くなった。
 その筋肉質な体躯を駆使し、歩道を疾走する男。
 男は、そのまま羽織っていた合羽を脱ぎ捨てた。
 合羽はふわりと宙を舞う。

 バチッという弾けるような音。
 合羽の下に、男の姿は目視できなかった。
 …まるで、透明人間のように。
 ただ、その輪郭が僅かに歪んでいるのみ。
 体の透けた男は、走るスピードを緩めない。
 そのまま、男は橋の手摺を飛び越えた。
 男の体躯が、眼下の川に躍る。

 両手を大きく広げYの字になった男の体は、そのまま真っ直ぐに落下していった。
 真下には、大きな貨物船。
 男は船の壁面を蹴りつけると、そのまま甲板に着地した。
 周囲に着地音が響く。

「…ん?」
 銃を持った乗員が、音の方向に視線をやった。
 男は素早く身を隠す。
 もっとも男の姿はほぼ透明なので、その必要はない。
 条件反射のようなものだ。

「…どうした?」
 乗員の1人が訪ねる。
「いや、気のせいだったようだ…」
 音を聞きつけた乗員は、ため息をついた。
「第2甲板、異常無し」
 乗員の1人は無線機に告げた。
 そのまま、2人は前部甲板に向かう。

 2人が手にしていたのは、陸上自衛隊の制式装備、89式小銃。
 どうやら、この船で間違いないようだ。
 男は、無線機のスィッチを押して言った。
「首相官邸に向かう貨物船に潜入した。このまま任務を続行する…」

294:2004/05/09(日) 19:18



          @          @          @



「…おっ、来たようだな」
 ギコは腰を上げた。
 インターホンが鳴ったのだ。
 誰も返事をしていないにもかかわらず、玄関の扉が開けられた。
 そのまま、ずかずかと廊下を進む足音が近付いてくる。

「で、誰が来る事になりました?」
 局長は、居間に上がり込むなり口を開いた。
「…ここにいる5人だ」
 ギコは、居間にいた全員を示す。

 ギコ、しぃ、モララー、レモナ、つー…
 その5人の顔を、局長は順番に眺める。
「モナー君とリナー君がいませんね…」
 局長は腕を組んで言った。

 ASAの作戦に関わっている以上、彼等の行き先を他に漏らすわけにもいかない。
 ギコは、適当に誤魔化す事にした。
「あの2人は… えっと、深夜の逢引きだゴルァ!」
「ギコ君、今どき逢引きって…」
 しぃは呆れたように呟く。

「…分かりました。家の前に車を停めてあるので、乗ってください」
 局長がくるりと背を向けた。
「その前に…」
 ギコは、局長の背中に話しかけた。
「お前は、『誰が来る事になりました?』って言ったな。
 『話は決まりました?』なら分かる。朝にお前がいた時は、協力するかどうかでモメてたんだからな。
 任意の意思で参加を選ぶ事になったのを、なんでお前が知ってる…?」

 それを聞いて、しぃは思わず周囲を見回した。
 考えられる事はただ1つ。
 盗聴…!!

 ギコの方に振り向いて、ため息をつく局長。
「…その矛盾に気づいた注意力はよし。もっとも、私なら気付かない振りをしてましたけどね…」
「そんなモンを、せこせこ利用する気はねぇよ」
 ギコは不服そうに言った。

「ふむ、父親に似て潔いですねぇ…」
 局長は笑みを見せる。
「防諜の駆け引きは、フサギコから教わったんですか?」
「…へっ。親父から教えられたのは、アイロン掛けとベッドメイキングだけだぜ」
 ギコは吐き捨てた。

「…まあ、今は無駄話をしている時間はありません。
 今夜のうちに政府の要人約20人を救出して、こちらで保護しなければいけませんからね」
 局長は再び背を見せて言った。
 …確かにそうだ。
 今こんな事を言ってしまえば、全員の士気にも影響するだろう。
 少しだけギコは反省する。
 そしてギコ達は一斉に立ち上がると、局長の後に続いて居間を出た。

295:2004/05/09(日) 19:18


 家の前には、見慣れない車が止まっていた。
 緑がかったグレーの軽トラック。
 しかし荷台の部分と正面には、白地に赤い十字マークがペイントされていた。
 ナンバープレートも、通常の車両とは大きく異なっている。
 白地に、『08−129×』の文字。
 最後の1文字は擦れて読めない。

「防衛庁用ナンバープレート… 自衛隊車両か?」
 ギコの質問に、局長は頷いた。
「陸上自衛隊衛生科の戦場救急車ですよ。衛生課の救急救命士を装って、首相官邸に潜入します」
 そう言って、局長は助手席に乗り込んだ。
 リル子はすでに運転席に座っている。

「後ろは開いているので、乗って下さい」
 局長は助手席から顔を出して言った。
 ギコ達は、救急車の後部に乗り込む。
 当然救急車にあるべき担架や、救命設備は全くない。
 どうやら、完全な擬装用のようだ。
 ギコ達は、後部に備え付けられた座席に腰を下ろす。
 リル子が座っている運転席の後ろには、包帯やベルトが何重にも巻かれているアタッシュケースが置いてあった。
 やはり、これはリル子にとって重要な物のようだ。
「全員乗り込みましたね…」
 そう言って、リル子はアクセルを踏んだ。


 通常の車両ではありえない速さで、夜の道路を疾走する救急車。
 他の車が次々と道を開ける。
「すごーい、さすが救急車だね…」
 モララーは感心したように言った。

「意外と、道路が混んでますねぇ…」
 局長は呟く。
 リル子が運転しながら口を開いた。
「戦争だろうと何だろうと、人々の日常はそう簡単には変わらないのでしょう。
 …戦火が傍まで迫らない限りは」

「練馬では、既にASAと自衛隊の部隊が激突しているようです」
 局長は後部座席の方を振り向くと、ギコ達に告げた。
「練馬って… 思いっきり市街地だろうが!!」
 ギコは声を荒げる。
 局長は僅かに表情を歪めた…ように見えた。
「…当然、付近住民の避難も間に合っていないでしょう。非戦闘民に犠牲が出るのは避けられません」

「…ッ!!」
 ギコは唇を噛む。
 局長は構わず話を続けた。
「それだけではありませんよ。
 報道されてはいませんが、内閣安全保障室長をはじめ数人の要人が暗殺されています。
 指示を出したのは、統合幕僚会議議長…君の父親です」

「あの、クソ親父ィィッ!!」
 ギコは怒声を放った。
 そのまま、椅子に拳を叩きつける。
「国民を守るのが自衛官の務めじゃなかったのかァッ!!」

 ギコの口調とは打って変わって、局長は静かに言った。
「…要人粛清は、おそらくそれに留まらないでしょう。
 こんな凶行は、一刻も早く終わらせなければならない」

「それで、要人を保護するのかい…?」
 モララーが訊ねる。
 局長はそれに頷いた。
「ええ。 …まず、政治的方面の話をつけます。
 今の自衛隊は、一部の幕僚の独断によって動いている事を示さなければならばい。
 国と切り離してしまえば、彼等はただの反乱軍です。
 『速やかに現在の位置を棄てて歸つてこい』というヤツですよ。
 その為に、この要人救出は大きなキーポイントになります」

 局長の言葉が途切れるのを待って、ギコは言った。
「で、具体的な作戦の概要が聞きたいな…」
 局長は眼鏡の位置を正す。
「監禁されている要人達の所に行くまでは、救命士を装います。
 それまでに騒ぎを起こして、要人達が殺される…、と言うのは最悪の結果ですからね。
 それ以降は、多少強引に官邸を脱出して、付近に停めてあるヘリに乗り込みその場を離れます。
 20人もの要人を守りながらヘリまで誘導するんですから、かなり面倒な仕事になるでしょうね」
 そして、ギコに地図のような物を渡す。 
「首相官邸の見取り図です。単独行動する機会はないでしょうが、念の為に頭に入れておいて下さい」

「…で、その20人はどこで保護するんだ?」
 ギコは、暗記した見取り図をモララーに渡してから言った。
 まさか、モナーの家じゃないだろうな…
 またモナーが泣くぞ。

「公安五課が極秘裏に保持している場所があります。そこで匿いますよ」
 局長は言った。
「…以降の政治的取引は私達の仕事です。君達に面倒はかけません」

296:2004/05/09(日) 19:19

 救急車が警官に止められた。
 ギコ達は息を呑む。
 リル子が身分証明書のようなものを見せると、警官は慌てて敬礼した。
 そのまま、救急車は容易く検問を越える。
「…ドキドキしたね」
 しぃは少し笑って言った。

「…結局、私達はどうすればいい訳なの?」
 レモナは訊ねる。
 局長は後部座席の方に体を傾けた。
「要人を保護するまでは、大人しくついてきてもらいます。
 彼らと合流した後は、とにかく向こうの追撃から要人を守って下さい」

「私に戦いなんてできるのかな…」
 しぃはため息をついた。
「大丈夫だゴルァ。昨夜に代行者と戦った時、能力を使いこなしてただろ?」
 ギコはしぃの肩を軽く叩く。
「あの時は、咄嗟だったから…」
 しぃは視線を落とした。

「…オレのスタンド能力の破壊力は、イメージの強さで決まるんだよ」
 いつの間にか現れていた『アルカディア』は言った。
「イメージの強さ?」
 しぃが復唱する。
 『アルカディア』は頷いた。
「お前の『破壊のイメージ』は、かなり薄いんだよ。オレもどっちかって言うと得意じゃないがな。
 オレは主に『朽ちる』とか、風化して滅ぶイメージを使ってる。
 お前も、自分に合った攻撃イメージを見つけ出した方がいいな」

「自分に合ったイメージ、か…」
 しぃは呟く。
「こればっかりは、オレからは助言できねえな。自分で見つけなきゃ意味はねぇ」
 そう言って、『アルカディア』は引っ込んでいった。
「イメージか… 私に出来るのかな…?」
 しぃは肩を落として呟く。

「まあ、お前はスタンドが自分の意思で使えるようになって短いからな。
 今は焦って無理しなくてもいいさ…」
 ギコは、優しく言った。
「ツギニ オマエハ、『ソレマデ、オレガ マモッテ ヤルカラ』トイウ…」
「それまで、俺が守ってやるから…」
 つーとギコの言葉が重なる。
「はッ!!」
 ギコが驚愕の表情を浮かべた。

「オンナッタラシノ コトバ ナンテ、カンタンニ ヨソウ デキルゼ! アヒャ!」
 つーはニヤニヤと笑った。
「この…!」
 ギコは唇を噛む。

「…貴方達、恋人同士かしら?」
 運転しながら、リル子は声を掛けてきた。
「そうですけど、何か?」
 しぃは困惑しつつ答える。

「じゃあ、気をつけなさい。その彼氏、同時に複数の人間と付き合えるタイプみたいだから…」
 リル子は、しぃの方に視線をやって言った。
 完璧なヨソ見運転だ。
「一目で奴の性質を見抜くとは… さすがリル子さん!!」
 モララーが感心したような声を上げる。
 そのモララーの後頭部を、ギコの拳が直撃した。
「…いい加減な事を言うな、ゴルァ!」
「アアン!」
 モララーは頭を押さえてうずくまる。

「そこら辺も、ある程度了承済みですよ…」
 しぃは低い声で呟くように言った。
「ち、違うぞ! 俺は…!」
 慌てるギコを、しぃは無言で睨みつける。
「しぃちゃん、耐える女ってやつね!? おっとな〜〜!」
 レモナが嬉しそうにはしゃいだ。
「…ゴルァ」
 ギコは救急車の隅っこで小さくなっている。

「男ってのは、一度寝た相手には冷たくなるものなのに。フフ…」
 リル子はため息をついた後に軽く笑った。
「…それは当てつけですかね?」
 局長は腕を組んで、不満そうに座席にもたれる。
「誰に対してです? 何かお心当たりでも?」
 そう言って冷たい笑みを浮かべるリル子。
 それ以降、車内で会話は無かった。

297:2004/05/09(日) 19:19


 首相官邸の近くの空き地で、救急車は停車する。
「少し着替えるんで、降りてくれませんか…?」
 リル子は言った。
 局長とギコ達は車から降ろされる。
 当然ながら、周囲に人影はない。

「かなり警備は厳しいな…」
 近くに臨む首相官邸を見上げて、ギコは呟いた。
 ここに来るまでに、多くの武装した自衛隊員を目にしたのだ。
「僕達は、着替えなくてもいいの?」
 モララーが訊ねる。
「君達はどんな格好をしたって不自然なので、そのままでいいですよ。
 誤魔化すのは外の見張りだけです。中に入った後は、進路上の見張り全員に眠ってもらうんで」

「応援を呼ぶ前に全員ぶっ倒すのか!? この人数じゃ無理だろう…?」
 ギコは驚いて言った。
 官邸の外ですら、石を投げたら自衛隊員に当たるほどの有様なのだ。
 官邸内の警備はかなり厳しいだろう。
 音も立てずに全員を倒せるとはとても思えない。

 局長はネクタイの位置を正した。
「その為のリル子君ですよ。彼女は単なる嫁き遅れじゃありません。
 嫁き遅れには、嫁き遅れる理由というものがあります。
 何せ、彼女は公安五課におけるたった1人の強襲班員ですからね」

「たった1人なのに、強襲班…?」
 ギコは呟いた。局長は静かに頷く。
「彼女にとっては、1人で敵地に飛び込む方が楽なんですよ。
 余計な足手纏いがいませんし、攻撃に巻き込む心配もありませんからね。
 今回は、要人救出後の護衛という事で私達が同行する訳ですが…」

 救急車の後部扉が開き、白衣を身に纏ったリル子が降りてきた。
 どう見ても立派な女性看護隊員だ。
 ただ、異様なアタッシュケースだけは浮いているが。
 
「なかなか女装もサマになっていますね…」
 局長は薄い笑みを浮かべて言った。
「局長殉職後は私が後を継ぎます。迷わず逝って下さい」
 リル子がアタッシュケースを開こうとする。
「…冗談ですよ。『アルティチュード57』の発動は、突入時まで控えるように…」
 局長はため息をついた。

 ギコは、一同の顔を眺める。
 そして、右手を真っ直ぐに差し出した。

「しぃ!!」
 ギコは、大声でしぃの名を呼んだ。
「はい!」
 しぃが、ギコの差し出した握り拳の上に自らの掌を重ねる。

「モララー!!」
 さらに叫ぶギコ。
「おう!」
 モララーが、ギコとしぃの手の上に掌を重ねる。

「レモナ!!」
「はーい!」
 3人の手の上に、レモナは掌を置いた。

「つー!」
「アッヒャー!」
 最後に、つーの小さな手が被さる。

「死ぬ気でやるぜ! でも死ぬな! 以上!!」
 ギコは叫んだ。
「オ―――ッ!!!」
 全員が気合を入れる。

「私は無視ですか…?」
 その様子を見て、局長は呟いた。
「仲間に入りたかったんですか?」
 リル子は局長に冷たい目線を送る。
「…まさか」
 局長はそう言って、スーツのポケットに腕を突っ込んだ。

「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
 ポケットの中で、局長は発火装置のボタンを押す。
 轟音が響き、首相官邸正面門付近から火の手が上がった。
「今の爆発で、警備兵が何人か負傷したでしょうね」
 局長はそう言って、全員の顔を見る。
「『騒ぎを起こして、要人達が殺される…、と言うのは最悪の結果』って言わなかったか、ゴルァ!」
 ギコは呆れて言った。
「公安五課では、あの程度を騒ぎとは言いませんよ」
 そう言って、局長は背を向ける。
「さて、救急班のお出ましと行きましょうか…!」

298:2004/05/09(日) 19:21


          @          @          @



「うわぁぁぁぁぁッ!!」
 僕の体は壁に激突して、畳の上に転がった。
 いっぱい血が出ている。
 …痛い。すごく痛い。 

「おにーさん!!」
 簞ちゃんが、僕に駆け寄ってきた。
「さて、考えは変わりましたか…?」
 黒いコートを纏ったその男は、口許を笑みに歪める。

 この男は、いきなり僕の家に乱入してきた。
 そして、簞ちゃんに何かの譲渡を迫ったのである。
 簞ちゃんがそれを断った瞬間、これだ。
 断ったのは簞ちゃんなのに、何で僕が…?
 とも思ったが、目の前で簞ちゃんが殴られるのを見るよりはマシだ。


「さあ、赤石を渡してもらいましょうか…」
 男は簞ちゃんに歩み寄った。
 忘れもしない、こいつは世界史の新任教師だ。
 そして、どうやら『教会』の人間…!

「誰が、あなたなんかに…!!」
 簞ちゃんは、男を睨みつける。
 男は軽く肩をすくめた。
「全く… 強情ですね、貴女は。痛い目を見るのは、貴女自身ではないと言うのに…」

 男は、僕を守るように立ちはだかる簞ちゃんを押しのけた。
「…あッ!!」
 簞ちゃんは畳の上に倒れる。
 そのまま、男は僕の傍らに立った。
「貴方も、痛いのは嫌でしょうにねぇ…」
 そう言って、僕を見下ろす男。
 その瞬間、男の蹴りが僕の腹に食い込んだ。
「げふっ…!」
 その衝撃に、激しく咳き込む。
 息が…!!

「…止めて下さいッ!!」
 簞ちゃんは起き上がると、懐から何かを取り出した。
 真っ赤な宝石。
 おそらく、目の前の男が欲しがっているもの。

 …駄目だ。
 それを、こいつに渡しちゃ駄目だ!!

「来い、8頭身ッ!!」
 僕は叫んだ。
 3人の8頭身が、目の前の男に飛び掛る。
「貴方は、少し黙っていてください…」
 そう呟く男。
 同時に、8頭身達はバラバラになった。
 そして、右手に衝撃…!!

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
 僕は叫び声を上げた。
 右掌にバヨネットが突き立てられていたのだ。
 それは掌を貫通し、畳に突き刺さっている。
 僕の右手は、完全に縫い止められてしまった。

「止めてください! 赤石は渡すのです!!」
 簞ちゃんは叫んだ。
 駄目だ…
 それだけは、絶対に駄目だ…

「これを渡せば、おにーさんには手を出しませんね?」
 簞ちゃんは赤石を掲げて言った。
 男は満足げに頷く。
「ええ。約束しましょう。本音を言えば、それを頂いて一刻も早く帰りたいんですから。
 それのデータ採取に、どれだけかかるか分からない。
 過去に着手した事があるといっても、2週間以上はかかるでしょう。
 何としても、この局面に『彼』を投入したいところですからね…」

 駄目だ。
 このままじゃ、エイジャの赤石はこいつの手に…!!
「くっ…!」
 僕は右手に力を込めた。
 だが、深く突き刺さったバヨネットは抜けそうにない。

299:2004/05/09(日) 19:22

 ――バヨネット?
 なんで、僕はこの刃物の名前を知っている?
 『異端者』とやらが扱っているのを見た覚えがある。
 だが、名前までは聞いていないはずだ。
 なんで、僕は――

「分かりました…」
 簞ちゃんは言った。
 そして赤石を男に投げ渡す。
 男は受け取ると、赤石を掲げ見た。
「この石に再び相対するのは、何十年ぶりだったかな…?
 貴女が持っていることに今まで気付かなかった、我が愚鈍を呪うばかりですね。
 これさえあれば… 擬似的ではあるものの、究極生物に近いモデルが完成する…!」

「究極生物…?」
 簞ちゃんは呟く。
 男は、赤石をコートの中に仕舞った。
「貴女も、あの男から赤石を受け取っただけでしょう?
 決して私に渡すななどと言われただけで、これが何かまでは知らないはずです。
 究極生物という名前を知る者は少ない。その存在を信じている者は、おそらく私一人…!」
 そう言って、男は両手を大きく広げた。
「究極生物とは、その身に全ての生物の遺伝情報を記憶している。
 それなら、遺伝情報を書き換える事の出来るスタンドであれば、擬似的にそれが再現できると思えませんか…?」

「…?」
 簞ちゃんは呆気に取られている。
 男は言葉を続けた。
「自らの遺伝情報を書き換えられるのだから、当然老いたりはしない!
 その生物的回復能力を用いれば、決して死ぬ事はない!
 あらゆる生物の能力を兼ね備え、しかも上回る!
 食った遺伝子を取り込める『エンジェルズ・オブ・ジ・アポカリプス』ならば…
 その無敵の存在を擬似的に造り出せる!!」
 熱にうかされたように語る男。
 ふと、我に帰ったように簞ちゃんを見据えた。
「…では、貴女の命、頂いていきましょうか…」
 男は、コートからバヨネットを取り出す。

「なッ…!」
 こいつ…ッ!!
 僕は、右手に力を込めた。
 バヨネットは抜けない。
 掌から噴き出した血が畳を濡らす。

「私は、貴女に手を出さないと言った覚えはありませんからね…」
 簞ちゃんの方に一歩踏み出す男。
 その周囲に、ワイヤーが瞬いた。
 いつの間にか、簞ちゃんはあの武器を手にしている。
 男の体を切り刻むはずのワイヤー。
 それらは、全て空中で燃え尽きてしまった。

「綾取り遊びは、またの機会にしてもらいましょうか…」
 男はバヨネットを掲げて、簞ちゃんに歩み寄る…

「…ッ!!」
 僕は空いている方の左手で、バヨネットを掴んだ。
 そのまま、一気に引っこ抜く。

「止めろッ!!」
 そして、僕は男に怒鳴った。
「ほう… なかなか頑張りますね。師弟愛か兄妹愛か知りませんが、なんと泣かせる…」
 男は、薄笑いを浮かべながら僕の方に振り返る。
 その笑みは、もう見飽きたんだッ…!

 僕はそのまま…
 そのまま、バヨネットを逆手に構えた。
 僕は何をしているんだ?
 刃物なんて、包丁しか持った事はない。          眼
 僕は、ただの高校生なんだぞ。               前
 あんな化物に、敵うはずなんてない。              ノ
 無理だ。無理だ。無理だ。                       敵
 立ち向かったって、返り討ちに合うに決まってる。     ヲ
 無駄に命を落とすだけだ。                   破
 僕はちっぽけな小市民なんだ。                    壊
 力なんて、何もない。                             セ
 何故って…?                                 ヨ
 最初から、僕はそう造られたから…                 |
                                         |
(−me■tal s■etch m■difi■d−…!!)



 バヨネットが一閃し、男の右腕が宙を舞う。
 男は瞬時に身を逸らしたらしく、右腕を切断しただけに留まった。
 畳の上に血が飛び散る。

300:2004/05/09(日) 19:24

「…」
 男は呆けたように右手の切断口を見て、次に僕の顔に視線をやった。
「…どういう事だ?」
 信じられないと言った風に、ポツリと呟く男。
 本当に、どういう事なんだ…?

 男の右腕がいきなり元に戻った。
 まるで、ビデオの巻き戻しのように。
 再生したばかりの右手を、自らの額に当てる男。
 何かを考えているように…

 しばらくして、男は狂ったように笑い出した。
「ハハハハハッ!! …なるほど。この私が、図を読み違えていたましたか。
 なぜ貴女が他の代行者と別行動を取っていたか、これで納得できました」
 男は、そう言って簞ちゃんの方向に視線をやった。
 それを無言で睨み返す簞ちゃん。
 男は笑いながら髪を掻き上げた。
「…実に面白い。そうか、そういう事か。
 まさか、もう1組仕立て上げようとしていたとはね。思えば、良く似通っている…」
 そう言って、黙り込む男。

「…さて、私は帰りましょう。貴女に構っていられるほど、退屈な身ではないのでね」
 男は、コートの裾を翻した。
 その姿が、周囲に溶け込むように消えていく。
「では、滅びつつある姉によろしく…」
 そう言い残して、男の姿は完全に消えてしまった。

「おにーさん、大丈夫ですか…?」
 簞ちゃんが僕に駆け寄ってくる。
「ああ…」
 バヨネットを落として、力無く頷く僕。
 簞ちゃんは、僕の腹と腕にそっと手を当てた。
 徐々に痛みが引いていく。
 波紋で痛みを消してくれたのか。

「ごめんよ、僕のために…」
 簞ちゃんは、あの男に赤石を渡してしまった。
 あれは、簞ちゃんにとって大切な物だったはずだ。
 しかし、簞ちゃんは首を横に振った。
「おにーさんがいなければ、私は殺されて赤石を奪われていたのです。
 結果が同じなら、2人とも生きていただけ得なのです」
 そう言って笑顔を見せる簞ちゃん。

 でも、さっきのは一体…
 僕は、床に落ちている血塗れのバヨネットを見た。
 そして、さっきの男は言っていた。
 …『なぜ貴女が他の代行者と別行動を取っていたか、納得できました』と。

「簞ちゃん…」
 僕は、視線を上げた。
 僕の年齢をあらかじめ知っていた矛盾。
 先程の男の言葉。
 簞ちゃんを疑いたくはない。
 でも…

「何の為、僕の家に来たんだい?」
 僕は、その疑問を口にした。
「おにーさんを監視する為。そして、モナーさんと接触させない為なのです…」
 隠しきれないと悟ったからか、簞ちゃんはあっさりと言った。

「でも簞ちゃんと出会わなかったら、モナーとも話す機会はなかったと思うんだけど…」
 そう言って、僕は自らの過ちに気付いた。
 3ヶ月ほど前に学校でモナー達と話して以降、彼とは接触しないように釘を刺されていたのだ。

 簞ちゃんは、決心したように口を開いた。
「私の表向きの任務は… 『異端者』の周囲を調査し、命令があれば速やかに抹殺する事。
 ですが、それに加え枢機卿から密命を受けていました。それが、おにーさんの監視なのです。
 他の代行者の方も、こちらは知らなかったはずです。
 何か私が別の任務を受けているらしい事は気付いていたようですが…」

301:2004/05/09(日) 19:24

 『代行者同士でも、誰がどの任務を扱っているのかは分からない』。
 かって、簞ちゃんはそう言っていた。
 だが、簞ちゃん自身が密命を受けていた訳だ。

 簞ちゃんは視線を落とした。
「最初は、離れた所から監視しようかと思っていたのです。
 でも、何も知らないおにーさんは私を家に置いてくれた。だから、せめて兄妹みたいに…」
 そう言って、声を詰まらせる簞ちゃん。
「簞ちゃんが何かを隠していたのは、前から分かっていたよ。
 でも、簞ちゃんは何度も僕の身を守ってくれた… だから、そんなの関係ない」
 僕は、なるべく優しい笑みを浮かべて言った。

「…ごめんなさい」
 簞ちゃんは、涙に潤んだ瞳を僕に向ける。
 これだけ優しい心を持った少女が、同居する人間を3ヶ月以上も騙してきたのだ。
 その心の痛みは、僕なんかには窺い知れない。

 簞ちゃんは、立ち上がると周囲を見た。
「このアパート、いつから住んでいるか覚えていますか?」
 突然、妙な事を訊ねる簞ちゃん。
「…え?」
 そう言えば、全然覚えていない。

「なぜおにーさんの両親が同居していないか、覚えていますか?」
「…!!」
 そんな事、今まで考えた事もない。
 僕は、長い間一人暮らしだった。
 両親なんていない。

 ――なんでいないんだ?
 今まで、疑問にも思わなかった。
 それは、すごく異常なことじゃないか?
 まるで、生まれた時からこのアパートで一人暮らしをしていたように錯覚していた。
 だが――

「…暗示をかけられていたのです」
 簞ちゃんは、真剣な表情で言った。
「暗示だって…?」
 僕は、簞ちゃんの瞳を見据える。

「おにーさんは、自分の境遇に疑問を抱かないよう暗示をかけられていたのです。
 ですが、相当古い暗示だったのでしょう。
 他人から指摘されるだけで効力が切れてしまったようなのです」
 簞ちゃんは、僕の事を思いやるように言った。

「暗示だって…!? 一体誰が!!」
 僕は、思わず叫んだ。
 簞ちゃんは視線を落とす。
「…そこまで長期間の暗示を使いこなせる人物は、たった1人。
 でも、多分その人の独断ではないでしょう。その裏には…」
 簞ちゃんは言葉を切った。
 その事実を信じたくはないのか…
 …いや。簞ちゃん自身、不審を抱いていたではないか。

 ――『教会』。

 その不気味な存在が、僕の脳裏に飛来する。

「ここを出て行くなんて言わないよね…」
 僕は、簞ちゃんに言った。
「…はい。もうしばらくは、おにーさんの妹でいさせてもらうのです」
 視線を上げて微笑む簞ちゃん。
「…しばらくじゃない。ずっとだよ」
 僕は、簞ちゃんを見つめて言った。


 時が動き出した。
 僕の眠っていた時間が、本格的に動き出した。
 もう、偽りの日常に埋没する気はない。
 ――これからだ。
 僕の物語は、多分これから始まるのだ。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

302ブック:2004/05/09(日) 23:22
     EVER BLUE
     第九話・RUMBLE FISH 〜疾風怒濤〜 その二


 『フリーバード』のカーゴケイジのハッチが開き、
 その中から一つの機体がせり出てくる。
 透き通るような青色をベースにしたカラーリングの、
 両翼がやや長めの小型プロペラ戦闘機。
 前部の運転席と後部の砲撃席とに座席が分かれており、
 機体前方に加えて、後部座席にも機銃が備え付けられている。
 その形状から、『フリーバード』の面々はこの機体の事を『トンボ』と呼んでいた。

「カウガール、高島美和、行っきまーーす!」
 カウガールが無線を通して、ブリッジに向けてそう叫ぶ。
「おう、思う存分掻きまわして来い!」
 サカーナの野太い声が、無線越しに伝わってきた。

 エンジン起動。
 プロペラがどんどん回転速度を増し、
 車輪が甲板上に設けられた滑走路を流れるように滑り―――

 ―――飛翔。

 高島美和とカウガールの体が、重力という名の鎖から解き放たれる。

「…いつもの事ですけど、離陸する度に死ぬかと思っちゃいますね。」
 運転席にカウガールがほっと胸を撫で下ろした。
 この『フリーバード』は、予算の都合上あらゆる面において極限まで切り詰めている。
 無論それは滑走路とて例外ではなく、
 離着陸の為の最低限のスペースしか有していないのだった。

「全く、これだからこの船は…」
 高島美和がうんざりした顔で呟いた。

「高島美和さん、『シムシティ』での索敵、お願いできますか?」
 カウガールが顔だけを後ろに向ける。
「ええ、分かったわ。」
 高島美和の体から、テニスボール大の目玉に蝙蝠のような羽がくっついた
 四体の謎の生物のスタンドのビジョンと、
 画面が四つに分かれた26インチテレビ程度の大きさのディスプレイ型の
 スタンドビジョンが浮かび上がった。

「行きなさい、『シムシティ』。」
 三体の目玉蝙蝠が、一匹だけを機体の中に残して『トンボ』の中から外へと飛び立った。
 それに合わせて、ディスプレイの三つの画面が目まぐるしく変化していく。
 『シムシティ』の目玉が、そこに映ったものを記号化・数値化して
 高島美和のディスプレイへと転送する。
 それ故、ディスプレイに映るのは数字や記号ばかりであり、
 一見しただけでは何が何だか分からないものであった。

「…敵の数、十四機。」
 高島美和はそのディスプレイを数秒覗き、呟いた。

「もしも〜し、あなた達は何者ですか〜。
 何か反応してくれないと、敵意有りと見なして攻撃しますよ〜。」
 カウガールが無線で敵プロペラ戦闘機に呼びかける。

「!!!!!!」
 しかし、返って来たのは言葉ではなく、機銃による弾丸掃射であった。
 間一髪、カウガールは機体を傾けて銃弾をかわす。
 飛来した弾丸は直撃こそしなかったものの、
 『トンボ』の表面の着色料を少しこそぎ落とした。

「…敵意まんまんですね。
 そしてあの赤い鮫のロゴマーク、矢張り『紅血の悪賊』(クリムゾンシャーク)。」
 高島美和が溜息をついた。
「酷い!いきなり撃ってくるなんて!
 そっちがそう来るなら、こっちも本気で行かせて貰います!!」
 カウガールが操縦桿を強く握った。
 そのまま『トンボ』を雲の中へと突っ込ませ、
 編隊を組んで飛行する敵機から身を隠した。
 当然それはこちらからも敵の姿が見えなくなるということであるが、
 そのデメリットは高島美和によって解消される。

「カウガール、この方向のまま直進すれば、
 計算上十五秒後に敵編隊の右側面に出る筈です。
 横っ腹からありったけ喰らわせてやりなさい。」
 ディスプレイを見ながら、高島美和がカウガールに伝えた。
「了解(ヤー)。」
 高島美和の言葉通り、雲を割って『トンボ』が敵編隊の右側面から現れる。

「堕ちろ蚊蜻蛉!!」
 『トンボ』の前方の機銃が火を吹いた。
 鉛の死神が不運にも銃口の直線状にいた機体に喰らいつき、
 その翼を食い破って地の底へと堕とす。
 敵機が横からの奇襲を受けて、隊列を崩して散り散りに飛び去る。

「!!!!!」
 『トンボ』がその内の一機と近くをすれ違った。
 その時の風圧が、『トンボ』の機体を強く揺らす。

「危ない危ない…もう少しでぶつかる所でした。」
 カウガールが冷や汗を拭った。
「『チャレンジャー』は送り込んでおいたの?カウガール。」
 高島美和がカウガールに尋ねる。
「ええ、ばっちり。」
 カウガールがガッツポーズをしながら微笑んだ。

303ブック:2004/05/09(日) 23:23



 と、先程『トンボ』とすれ違った敵機が大きく傾いた。
「……!!」
 中のパイロットが必死に機体を立て直そうとするも、
 機体はさらに大きく揺れる。
「……!!!」
 パイロットがパニックを起こす。
 彼の目の前には、手乗りサイズの毛むくじゃらの子鬼の姿の生物達が、
 計器類に取り付いているのだが、
 パイロットにはその姿が見えてはいなかった。

「キャモーーーーーーーン!!」
 子鬼達が叫びながら小躍りを始める。
 それに合わせて、さらに機体が激しく上下する。

「OOAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
 パイロットが絶叫した。
 機体は完全に制御不能に陥り、そのまま見方の機体に向かって突っ込んでいく。

「AAAAAAAAHHHHHHAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
 必死の抵抗も虚しく、両者は空中で激突し、
 そのまま爆破、炎上しながら墜落していった。



「…ありがとう、『チャレンジャー』。」
 自分の手元に戻って来た子鬼達の頭を、カウガールが優しく撫でた。
 そして、子鬼達はカウガールの体へと戻っていく。

「…敵機、後方より三機接近中、ですか。」
 ディスプレイを眺めながら高島美和が呟いた。
 同時に、後ろから『トンボ』に向かって機銃が連発される。
「うひゃあ!?」
 機体を旋回させながら、カウガールが何とか銃弾を回避した。

「仕方がありません。露払いといきますか。」
 高島美和が後部座席に取り付けられている機銃を握った。

 ディスプレイを、見る。
 四つに分かれた画面に映る数字数字数字。
 そこから、読み取る。
 敵機との距離を、風速を、風向を、自機の機銃の銃口の角度を、
 自分の移動速度を、敵機の移動速度を、
 それら全てを読み取り、
 それら全てを考慮に入れ、
 それら全てを活用して、
 作式、演算、解式、そして―――


「―――Q.E.D」
 証明終了。
 弾き出した回答の通りに銃口を向け、
 弾き出した回答のタイミングで発射。
 そして、弾き出した回答の通りに撃墜される敵機。
 この間、僅か数秒。

「ふむ、まずまずといった所ですね。」
 高島美和が堕ちていく三つの機体を眺めながら、満足げに呟いた。


「―――!敵機三機、『フリーバード』に接近してます!!」
 カウガールが、外の景色を見て叫んだ。
 三つの機体が、『フリーバード』に向かって一直線に向かっていく。

「抜けられましたか…!」
 高島美和が忌々しげに呟いた。
 そして、すぐに無線を取り、『フリーバード』にチャンネルを合わせる。
「こちら高島美和。
 敵機が三機程そちらに向かっています。
 そちらで迎撃して下さい。」
 高島美和が無線機に言葉を吹き込んだ。

304ブック:2004/05/09(日) 23:23



     ・     ・     ・



 高島美和からの無線を受け、サカーナの親方が大きく息をついた。
「…ってー事だ。
 野郎共、覚悟はいいか!?」
 サカーナの親方が僕達を見回す。
 やれやれ。
 やっぱりこうなったか。

「たまらんな…」
 三月ウサギが肩をすくめる。
 僕も三月ウサギと同じ気持ちだ。

「砲撃手、準備は出来てるか!来るぞ!!」
 親方が全砲撃室の乗り組み員向けて怒鳴り散らした。
 内線から、次々と『了解!』という声が聞こえてくる。

「オオミミ、お前は念の為嬢ちゃんを部屋の中に入れとけ。
 ちーとばっかし揺れるかもしれねぇからな。」
 サカーナの親方がオオミミの方を向く。

「分かった。」
 オオミミが答え、天の手を引いた。
「ちょっ、あんな狭苦しい所に閉じ込めて…!」
 雨が何か言いたげだったが、オオミミは構わず天を引っ張って行った。



     ・     ・     ・



「妙だな…」
 オオミミが出て行った少し後、サカーナが呟いた。
「妙?」
 ニラ茶猫が聞き返す。
「奴らもうとっくに射程距離に入って来ている筈なのに、
 全然この船に攻撃して来ねぇ。」
 砲撃音とそれに伴う振動が船内に響き渡った。
 敵機がその砲撃を掻い潜りながら、『フリーバード』に接近してくる。

「攻撃を避ける事に専念しているのか…?」
 ニラ茶猫が腕を組みながら言った。

「それにしたって、機銃を一発も撃たねぇ、撃つつもりもねぇってのは変だろう。」
 サカーナが口元に手を当てる。
「野郎、何が目的だ…?」
 サカーナが、低い声で呟いた。

305ブック:2004/05/09(日) 23:24



     ・     ・     ・



「糞っ、的が小さ過ぎて当たりゃしねえ!!」
 甲板に取り付けられた対空用機銃を連射しながら、砲手が舌打ちする。
 そうしている間にも、どんどん敵機は『フリーバード』の上空から飛来してくる。

「!!!!!!」
 と、三機のうちの一機が銃弾の餌食となって空中で飛散した。
「BINGO!!」
 砲手が歓声を上げる。
 しかし、次の瞬間砲手の目には信じられない光景が飛び込んできた。

「―――!?」
 砲手は我が目を疑った。
 かなり近くまで接近してきた別の敵機の中から、人が飛び出してきたのだ。

 馬鹿な。
 この船に飛び移るつもりなのか?
 砲手は絶句した。

 飛行中の飛行機から、同じく飛行する飛行船に飛び移るなど、
 およそ狂気の沙汰である。
 そんな事をすれば、間違い無く雲の下へとまっ逆さまだ。
 よしんばこの船の甲板に飛び移れたとしても、あの高さ。
 着地と同時に落下の衝撃で重症は免れない。
 そんな事、人間に―――


「!!!!!!」
 しかし、砲手のその予想は脆くも覆された。
 甲板に、戦闘服に身を包んだ男が大きな音を立てて着地したかと思うと、
 何事も無かったかのようにゆっくりと立ち上がった。

「……!!!」
 絶句する砲手。
 それはまさに、悪夢のような光景だった。

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 男が砲手目掛けて飛び掛かる。
 砲手が慌てて逃げようとするも、もう遅い。
 そのまま男の腕が砲手の心臓めがけて―――


「GUAAAAAAAAAAAAA!!!」
 しかしその直前で、上段の回し蹴りを喰らって、男の体が大きく吹き飛ばされた。
 男が尻餅をつき、すぐに体勢を立て直す。

「やれやれ、開いた口が塞がりませんね…」
 砲手を庇うように、タカラギコが男の前に立った。
 その服には、所々にガラス片がくっついている。
 男が『フリーバード』の上に降り立つのを見てすぐに、
 ブリッジの窓を突き破って直接甲板まで飛び出して来たからだ。

「もし、あなた。怪我はありませんか?」
 タカラギコが砲手を脇目に見ながら尋ねる。
 しかし、それから飛来した男には決して隙を見せない。


「……!!」
 砲手が射撃を中断した隙を突いて、もう一つの敵機から今度は女が飛び降りて来た。
 着地した栗色の髪のその女が、タカラギコの方を見やる。

「やれやれ、まさかこんな方法でこの船に乗り込んで来るとは…
 どこぞの市長になったハリウッドスターや、
 拳法使いのスタントマンでもそんな事やりませんよ。」
 タカラギコが呆れ顔で呟く。

「……」
「……」
 男と女が、何も言わずに顔を見合わせたかと思うと、
 いきなり女が素手で床に大穴を開けた。
 そして、女はその穴に入って船の中へと侵入する。

「待ちなさい!」
 それを追おうとするタカラギコの前に、男が立ちはだかる。

「…成る程、『この先に進みたければ俺を倒して行け』、というシチュエーションですか。
 燃えますね〜、そういうの…」
 タカラギコは懐に手をやると、そこから大刃のナイフを一振り取り出した。

「…下がっていた方がいいですよ。」
 タカラギコが今度は砲手の顔を見ずに言う。
 それに従い、砲手は一目散に対空用機銃の影に隠れた。

「さて、では―――」
 タカラギコはナイフを手の中でクルクルと回転させ、男に向けて構えた。
「死合いを始めるとしましょうか。」

306ブック:2004/05/09(日) 23:25



     ・     ・     ・



「ちょっと、引っ張らないでよ!自分で歩けるわ!」
 天がオオミミの手を振り払った。
「ご、ごめん。」
 だから一々謝るな、オオミミ。

「…ごめん。こんな事に、巻き込んで……」
 オオミミが、天に深く頭を下げた。
「別に気にしてないわよ。」
 以外にも、謙虚な返答をする天。

「…それに多分、あいつらはアタ―――」
 そう言いかけて、天はハッと口を押さえた。
 何だ。
 何か心当たりでもあるのか?

「…?どうかしたの?」
 不思議そうに尋ねるオオミミ。
「な、何でもな…」
 天が慌ててそう答えようとした時―――


「!!!!!!!!!」
 突然、廊下の向こうの通路の天井が崩れた。
 そこから、栗色の髪をした女が降り立つ。
 何だあいつは。
 一体どうやってここに…

「…あらあら、いきなり目当てのものを見つけられるなんて運がいいわ。」
 女が僕達を舐め回すような目で見つめた。
 目当てのもの?
 こいつ、何を言ってるんだ?

「お前は、誰だ…!」
 オオミミが女に対して身構える。
 僕も、オオミミの外へとビジョンを実体化させた。

「あら、かわいい坊やとスタンドね。
 どう、さっきあなた達がぶち殺してくれやがった私の部下の穴埋めに、
 あなた私の奴隷にならないかしら?」
 僕の姿が見えている!?
 まさか、こいつもスタンド使いなのか?

「嫌だ。」
 即答するオオミミ。
 どうだ、舐めるなよおばさん。
 オオミミにそんな色仕掛けなど通用するか。

「…仕方無いわね。
 それじゃあちゃっちゃと血を吸って縊り殺させてもらおうかしら。
 あなたの血は、さぞや舌の上でしゃっきりぽん!と踊るでしょうね。」
 女の口元から、二本の牙が覗く。
 この女、吸血鬼か…!

「!!!!!!!」
 一気に、距離が詰まった。
 気がついた時にはもう、女は僕とオオミミの目の前まで迫っている。
 人間の瞬発力じゃ、無い。

「SSSSSIIIIIIEEEEEEEEEEEAAAAAAAA!!!!!!!」
 女は手の爪を鋭く伸ばし、オオミミに向かって横から腕を抉り込んで来る。

「『ゼルダ』!!」
 オオミミが、叫ぶ。
(無敵ィ!!)
 僕の腕で、女の腕を受けた。

 重い…!
 何て力だ。

「『ベアナックル』!!」
 女の背後に、大きな鉈を両手に持ったボロ布を纏った大男のビジョンが浮かび上がった。

「SYAGYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 女のスタンドがオオミミに向かって鉈を振り下ろす。
(オオミミ!!)
 女の腕を弾き、すぐに女のスタンドの攻撃を食い止める。
 こいつのスタンド、近距離パワー型―――

307ブック:2004/05/09(日) 23:26


「―――!!」
 次の瞬間、オオミミの右腕と左脚が宙を舞った。
 いや、正確には女の爪で切り落とされた。

「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 天の絶叫が周囲に響き渡る。
 しくじった…!
 気をつけるのは、奴のスタンドだけじゃない。
 奴自身も、並外れた身体能力を持つ吸血鬼だったんだ。
 奴のスタンドでの攻撃を受けて、
 ガードが疎かになった所を狙われた…!

「……!……が…あ……!!」
 片腕と片脚を失い、地面に倒れたオオミミが呻き声を上げる。
 それと共に、彼の生命力、精神力が支えである僕の力も失われていく。
 完全に、してやられた。
 僕のミスだ…!

「んん〜。いい声、いい表情。
 一撃で殺さなかった甲斐があるわ。」
 女が邪悪な笑みを浮かべながら爪についたオオミミの血を舐めた。
「しゃっきりぽん!」
 訳の分からない単語を女がのたまう。

「それじゃあ、そろそろ死んでもらいましょうか。」
 女がオオミミへと歩み寄る。

 どうする…!
 使うか!?『力』を。
 駄目だ。
 あまりにもオオミミが消耗し過ぎている。
 だけど、このままじゃどっちみち…

「さよなら。死んで私の究極のメニューになりなさい。」
 女がその爪をオオミミへと伸ばし―――



「!!!!!!!!!」
 その瞬間、無数の刀剣が女の体を貫いた。

「――――――!?」
 女がその衝撃で叩きつけられる様に床に倒れる。
「くっ…!」
 すぐさま起き上がろうとする女。
 しかしそこに、更なる刀剣が女の体へと突き刺さった。

「何をしている…」
 低い声が、オオミミの後ろから聞こえてくる。
 あれは…三月ウサギ!
 来てくれたのか…!
「オオミミ、大丈夫か!?」
 そこに、ニラ茶猫も駆けつけて来る。

「……三月ウサギ…ニラ茶猫…どうし、て……」
 オオミミが行きも絶え絶えに二人に告げる。

「こいつが甲板に降りて、船に大穴開けて中に入ってくるのをブリッジから見たんでな。
 で、来てみれば案の定この様だ。」
 三月ウサギが、再び起き上がろうとした女に向かって、
 マントから取り出した刃物を投擲する。
 彼の手から放たれたショートソードが、正確に女の眉間へと突き立てられた。

「ニラ茶、オオミミの腕と足を『ネクロマンサー』でくっつけておいてやれ。
 そこで痛い痛いと喚かれては、気が散る。」
 三月ウサギがニラ茶猫に顔を向けた。
「ああ。」
 ニラ茶猫が、オオミミの腕と足を拾ってオオミミの傍にしゃがみこんだ。

「う……」
 またもや地面に倒された女が、よろよろと立ち上がろうとする。
 三月ウサギが、何も言わないまま女に向かって刃物を投げつけた。
 三度目の正直とばかりに、今度こそ女はそれを自身のスタンドで防御する。

「…たまらんな。
 頭を完全に破壊するまで死なないというのは。」
 三月ウサギがやれやれと肩をすくめた。

「…酷い人ね。肌は女の命なのに……」
 女がよろよろと立ち上がり、体に刺さった刀剣を引き抜き始めた。
 凄絶な光景である。
 常人なら既に十回以上死んでいるというのに。
 これが、吸血鬼の再生能力か。

「なに…肌の心配をする必要など、もうお前には無い。」
 三月ウサギのマントから、数多の刀剣が出現しては地面に刺さる。
 長いもの短いもの細いもの太いもの…
 ありあらゆる形状の刀剣がどんどん床に突き刺さっていった。
「どの道お前は、ここで死ぬ。」
 三月ウサギがそのうちの一本を手に取り、女に向かって突きつけた。



     TO BE CONTINUED…

308ブック:2004/05/10(月) 17:07
     EVER BLUE
     第十話・NIGHT FENCER 〜夜刀(やと)〜


 響き渡る金属と金属との衝突音。
 三月ウサギが、女の爪とスタンドの鉈と激しく剣を打ち合わせていく。
「SYAAAAAAAA!!」
 次々と繰り出される女の攻撃。
 三月ウサギは、それら全てをかわし、受けながら、さらに斬撃を返していく。
 人間業じゃない。
 普段は愛想が悪いが、彼ほど心強い仲間などそうは居ないだろう。

「SYAGYAAAAAAAAAA!!!」
「ふん…」
 打ち合いながら、三月ウサギと女はそのまま僕達の向こうへとなだれ込んで行った。
 多分、三月ウサギが僕達からあの女を引き離してくれたのだ。
 ありがとう、三月ウサギ。

「さて、恐いおばさんが向こうに行ってる間に、治療しとくか。」
 廊下の向こうへと行ってしまった三月ウサギ達を尻目に、
 ニラ茶猫はオオミミの千切れた腕を切断面に押し当てると、そこに自分の手を置いた。

「『ネクロマンサー』。」
 ニラ茶猫の手から無数の蟲が湧き出し、オオミミの傷口へと入っていく。
 傷口に潜り込み、擬態を繰り返してオオミミの肉や骨に変化していく蟲達。
 程無くして、オオミミの腕はくっついた。
 同様に、足の方も接着させる。

「…よし、こんなもんか。」
 ニラ茶猫が額を拭った。
 そして、くっついたばかりのオオミミの腕を抓る。

「痛っ!」
 小さく叫ぶオオミミ。

「よし、神経もちゃんとくっついたみたいだな。」
 ニラ茶猫が安堵の溜息を吐く。
 良かった。オオミミの腕と足が元に戻って、本当に良かった。

「ありがとう、ニラ茶猫。すぐに三月ウサギを……痛っ…!」
 オオミミが立ち上がろうとして、痛みに顔を歪めた。
「おい、無茶するなフォルァ!
 今は抜き差しならない状況だから、細胞が壊死しないように
 取り敢えずの応急処置程度にひっつけておく位しかしてねぇ。
 あんまり動くとまたもげるぞ。」
 ニラ茶猫がオオミミを座らせる。

「でも…!」
 食い下がるオオミミ。
 馬鹿、さっきコテンパンにやられたばっかりだというのに、無茶をするな。
 今は大人しく休んでいろ。

「…つーわけで、よ。
 悪いが嬢ちゃん、こいつをどっか安全な場所にまで連れてってくんねぇか?」
 ニラ茶猫が天を見やる。

「は、はい。」
 猫を被った大人しい声で答える天。
 こいつ、絶対ニラ茶猫が居なかったらオオミミを見捨てた筈だ。

「サンキュー。
 それじゃ俺は、三月ウサギの野郎の所へ加勢に行ってくるわ。
 俺が居ねぇと負けて泣いちまうだろうからよ。」
 ニラ茶猫がそう言って振り返る。
 いや、あの三月ウサギに限ってそれは無いだろう。
 それはどちらかと言えば、ニラ茶猫の役割だ。

「ニラ茶猫…」
 オオミミがニラ茶猫の背中に不安気な声を向ける。
「心配すんなって、俺がそう簡単にくたばるかよ。
 何たって、俺と俺の『ネクロマンサー』は…」
 ニラ茶猫の右腕から蟲が湧き出す。
 そしてそれらが一つ所に集まり、擬態し、一本の刃物へと変貌する。
 それはあたかも、ニラ茶猫の腕から刃が生えているかのようであった。

「『無限の住人』(blade of immortal)なんだからよ。」
 ニラ茶猫が、腕と一体化した刃を大きく振るった。

309ブック:2004/05/10(月) 17:07



     ・     ・     ・



 俺は吸血鬼の女と、廊下を駆け回りながら何度も剣を打ち合わせた。
「SIIIIIIIIIEEEEE!!!!!」
 女のスタンド『ベアナックル』の右手の大鉈を、左腕のロングソードで受ける。
 重い。
 これが吸血鬼の膂力か。

「AHHHHHAAAAAAAAA!!!」
 さらに左の鉈が俺の喉下を狙う。
 それを右手に持ったサーベルで受ける。

「……!!」
 既に何度もあの大鉈を受け止めている事で疲弊しきっていたサーベルが、
 ついに衝撃に耐え切れなくなり真ん中辺りでポッキリと折れる。
 これで、十五本目。
 全く、これだけの短時間でここまで剣をお釈迦にされるとは思わなかった。
 新しい剣を買う金を寄こせと高島美和に言っても、恐らく却下されるだろう。
 糞。
 たまらんな。

「ちっ…!」
 追撃が来る前に、女の腹を足の裏で蹴飛ばして強引に距離を取る。
 鳩尾に蹴りを入れられた女が、後方に吹っ飛んで腹をおさえる。
 その間に、『ストライダー』を発動させたマントの中から新しい剣を取り出す。

「…あと何本かしら?あなたの剣は。」
 女がゆっくりと立ち上がる。
「安心しろ、まだ半分も使ってはいない。
 お替りは幾らでもあるぞ。」
 両手に剣を構えながら、女を見据える。

「ふふ…マントの中で無限剣製でもしてるのかしら?」
 女が薄ら笑いを浮かべる。

「さて、と。」
 と、女が俺に向かって突進した。
「『ベアナックル』!!」
 女のスタンドの二刀流の鉈が両サイドから俺に襲い掛かる。

「……!!」
 両手の剣で、それらの鉈を受け止める。
 剣の刃に半分近く食い込んでくる鉈。
 これで更に二本の剣が再起不能となった。
 しかし、これだけでは終わらない。

「SYAAAAAAAA!!!」
 スタンドの鉈を受け止め二本の腕が封じられた所に、
 本体である女の爪が突き出されてくる。
 この、本体とスタンドとの連携攻撃。
 スタンドには特殊な能力は備わっていないみたいだが、
 それでもこのコンビネーションはかなり厄介だ。

「『ストライダー』!」
 マントを翻し、そこに生み出した異次元への扉に女の腕を突っ込ませる。
 女の腕がマントに吸い込まれ、俺にはその爪は届かない。

「死ね…!」
 そこに向けて、女の頸部目掛けて剣を凪ぐ。

「!!!!!!」
 しかし、女は首を切り落とされる直前で瞬間的に後ろへと跳んだ。
 浅い。
 今ので、仕留められなかった。

310ブック:2004/05/10(月) 17:08

「…便利なマントね。」
 半分近く斬り込まれた首を再生させながら、女が俺のマントを見る。

「…だけど、どうやらスタンドとかのエネルギー体までは、
 その中に取り込めないみたいね。
 もし出来るならば、私の『ベアナックル』の鉈もそのマントで防御すればいいだけだもの。」
 女が嘲るかのような笑みを浮かべる。
 あれだけ剣を交えていれば、流石にばれてしまったようだ。

「…だからどうした。」
 俺は半ばまで切れ込みの入った剣を捨て、マントから新たな得物を取り出して女を睨む。
 だからどうした。
 それで俺に勝った心算か?

「…いい目ね。
 気に入ったわ。あなた、私の奴隷にならない?」
 奴隷?
 奴隷だと!?
 笑える冗談だ、売女。
 いいだろう。
 俺にそんな言葉を喋った事を、地獄で後悔させてやる…!

「…教えてやる、女。」
 俺は剣を女に向けて、言い放った。
「何かしら?」
 女が聞き返した。

「お前の命は、後十秒だ。」
 女に向かって、右手に持っていた剣を投擲した。
 回転しながら、剣が女の頭部目掛けて襲い掛かる。
 それと同時に、俺は剣を追う形で女に向かって突進した。

「……!!」
 スタンドで、その剣を上に弾く女。
 そうさ、そうなる事は読んでいた。

「はあああああああああ!!」
 一気に女の懐にまで飛び込む。
「『ベアナックル』!!」
 それをスタンドで迎撃してくる女。
 読み通りだ。
 この女は恐らく、再び俺が剣で鉈を防御すると思っているのだろう。
 だが、それは大外れだ…!

「……!」
 俺は攻撃を喰らうのを覚悟した。
 攻撃を完全に回避するのではなく、急所だけは外れるように敢えて受ける。

「!!!!!!!!!」
 斬り落とされる俺の両腕。
 思いがけない俺の行動に、女の動きが一瞬止まった。
 こいつは今考えている。
 俺が何故わざと攻撃を喰らったのか。
 両腕を失って、どのように攻撃するつもりなのか。
 そこに生まれる、僅かな、しかし死神が振り向くには充分な隙。
 それこそが、俺の狙っていたものだった。

「はぁっ!!」
 跳躍。
 まだ女は思考が行動に追いついていない。
 女は考えてしまった。
 俺の次の行動を。
 女は見ようとしてしまった。
 俺の次も行動を。
 そして女は知らなかった。
 それが、命のやりとりでどれだけ致命的な事なのかを。
 いいさ。
 見せてやる。
 俺が、何をしようとしたのかを。

「……!!」
 空中で、さっき女が弾いた剣の柄を口に咥える。
 女がようやく俺の狙いに気づいたらしい。
 だが、もう遅い。
 数瞬の逡巡が、お前の命の灯火を消し去った。
 そして、そのまま剣を女の頭目掛けて―――

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 俺の着地と同時に、女の体が頭の天辺から股にかけて奇麗に真っ二つに斬断された。
 薪割りのように、そのまま女の体が二つに分かれて地面に倒れる。

「ふん…」
 念の為、右側左側それぞれの頭を足で踏み潰しておく。
 これ位しておかないと、吸血鬼は安心できない。

「……」
 女の体が、煙を立てながら塵へと還っていく。
 どうやら、完全に殺しきれたらしい。

311ブック:2004/05/10(月) 17:08



「おい、三月ウサギ。助太刀に来たぜ…ってもう終わってるじゃん!」
 今頃になってニラ茶猫がやって来た。
 相変わらずうだつのあがらない男だ。

「ふん。今更のこのこと、何をしに来たんだ?」
 俺はせせら笑いながらニラ茶猫を見やる。

「お前何一人で片付けてるんだよ!
 俺はさっきオオミミと天の嬢ちゃんに、格好よく大見得切ってここに駆けつけたんだぜ!?
 それなのにすでに闘いは終わってました、って、
 これじゃまるで俺が馬鹿みたいだろうがフォルァ!!」
 訳の分からない事で怒り出すニラ茶猫。
 馬鹿みたいも何も、お前は最初から馬鹿だろう。

「ごちゃごちゃうるさい事を言うな。
 喚いている暇があったら、さっさと腕を直してくれれば助かるのだがな。」
 本当はこいつにお願いをするのは嫌なのだが、背に腹は変えられない。
 それに先程の闘いでの作戦も、こいつがいなければ実行出来なかった。

「…お前、それが人に物を頼む態度かよ?」
 と、ニラ茶猫が急に渋り出した。
「…何が言いたい?」
 俺はニラ茶猫の顔を見ながら聞き返す。

「人様にお願いをする時はよ〜、
 それなりのお願いのしかたってもんがあるんじゃねぇのか〜?
 例えば土下座とか土下座とか土下座とか。」
 下品な笑顔を浮かべるニラ茶猫。
 やれやれ、こういう時だけ優位に立った気分になっていい気になるとは、
 つくづく器の小さい男だ。


「…『背徳のおままごと 〜お兄様やめてっ!!〜』。」
「!!!!!!!!!!!!」
 俺のその言葉に、ニラ茶猫が硬直した。

「…な、何でお前がそれを……!」
 震えた声で俺に尋ねるニラ茶猫。
 あからさまに動揺している。

「『妹学園・陵辱の宴』。」
 俺は構わず言葉を続けた。
 ニラ茶猫の顔から冷や汗が噴き出す。

「『無毛天国・小さな天使達』。」
「や、やめろ!!やめてくれ!!!」
 ニラ茶猫が俺のマントにしがみついた。

「『ロリロリ倶楽部・小○生の痴態』。」
「分かった!治すから!!治すから!!!
 だから皆には秘密にしといてくれええええええええ!!!!!!!」
 ついにニラ茶猫は泣き出した。
 やれやれ、こいつが変態的趣味の持ち主で助かった。
 こいつに頭を下げるなど、死んでも御免だからな。

「『お兄ちゃん!ボク妊娠しちゃうぅぅ!!!』、
 『初めてのお医者さんごっこ』。…まだまだあるぞ?」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 ニラ茶猫が、顔面を蒼白にしながら絶叫するのであった。



     TO BE CONTINUED…

312:2004/05/10(月) 23:51

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その3」



 ギコ達の乗った救急車は、首相官邸正面玄関に向かってスピードを上げた。
「おい、俺達はどうすんだゴルァ!!」
 ギコは叫ぶ。
 リル子こそ救命士ルックだが、局長はスーツ、ギコ達に至っては普段着だ。

「私が指示を出すまで、救急車内で大人しくしていて下さい。
 私の合図と同時に、救急車を出て官邸内に駆け込みます。
 その時間は、『アルケルメス』で切り取るので目撃されません。
 ただし、移動は3秒以内に済ませて下さいね…」
 局長は、後部座席に振り返って言った。

「3秒だと…!?」
 ギコは驚く。
 救急車から駆け出して、官邸内に飛び込むまでの所要時間。
 僅か3秒では、とても可能とは思えない。

「でも、やってもらわないと困るんですよ…」
 局長は、笑みを浮かべて言った。
 こいつ、寸前にこんな事言い出しやがって…
 ギコは文句を言おうとも思ったが、何とか押し留まった。

「あと、これを装着して下さい」
 局長は、助手席を飛び越えて後部座席に移動した。
 そして、座席の下に置いてあったケースを引っ張り出す。
 その中には、グレーのチョッキのようなものが入っていた。

「ボディーアーマー… 一般的には防弾チョッキですね。
 防御クラスⅣの一級品です。銃弾で死ぬ人は、念の為に装着しておきなさい」
 局長は、後部座席にもたれて言った。

「それはありがてぇな…」
 ケースからボディーアーマーを取り出すギコ。
 さほど重くはないようだ。ギコは、そのチョッキに袖を通した。
 しぃも同様に装着する。
 当然ながら、レモナとつーは付ける気はないようだ。
「モララー、お前はいいのか…?」
 無言で腕を組んでいるモララーに、ギコは訊ねた。

「僕には、『散逸構造への還元』があるからね。
 設定した速度以上の飛来物を、他次元に叩き込む事ができるんだ。だから、銃弾は僕には効かない。
 僕が『矢の男』だった時に使ってただろ? あの時は、多少ミスってたけどね」
 そう言って、モララーは鼻を高くする。

 ギコは思った。
 こいつ、使える技術が徐々に増えていってないか…?
 それも、しぃ助教授の『サウンド・オブ・サイレンス』を彷彿とさせる強力な能力だ。

「あと、銃が必要な人はいますか…?」
 局長は訊ねた。
 その言葉に。ギコが反応する。
「俺のスタンドは近距離型だから、念の為にもらっとくぜ… しぃは?」
「私は… どうせ使えないからいらない」
 しぃは首を振った。
 モララー、レモナ、つーは必要としないだろう。

「弾、入ってますんで…」
 言いながら、局長はギコに小型拳銃を手渡した。
「ほう、ザウエルP230ねぇ…」
 銃を受け取ると、ギコはニヤリと笑う。
「いや、備品なんだから返してくださいね…」
 局長は言った。

「…他に武器は?」
 ギコは銃を懐にしまうと、顔を上げた。
「もうありませんよ…」
 そう言い掛けて、局長は言葉を切る。
「いや、対自衛隊員用の切り札を忘れていたな…」

 局長は、ダンボール箱を取り出した。
 その中は、かなりの数の銃弾… いや、空薬莢が入っている。
「これは…?」
 ギコは訊ねた。
 どう見ても、何の変哲もない空薬莢だ。
「自衛隊員に囲まれてピンチになった時は、これを周囲に撒き散らすんですよ」
 局長は言った。

「…?」
 ギコは思い起こす。
 …そう言えば、オヤジに聞いた事があった。
 自衛隊は実弾訓練後の薬莢の処理に厳しく、撃った数と同数の薬莢を必ず拾い集めるのだという。
 この薬莢の数が足りないと、恐ろしい懲罰が待っているらしい。
 故に自衛官は転がっている薬莢があると、思わず拾って数えてしまうそうだ…

「…って、通用するかよそんなモン!!」
 ギコは大声を上げた。
「うーむ、いい案だと思ったんですがねぇ…」
 局長はため息をつく。

313:2004/05/10(月) 23:54

「…そろそろです」
 黙って運転を続けていたリル子は言った。
「なるべく、正面玄関の近くまで行って下さいね。
 救急車を出てから邸内に侵入するのを、3秒で終わらせなければいけませんから…」
 局長は、後部席から運転席に呼びかける。
「了解しました…」
 リル子はアクセルを強く踏んだ。

 救急車は、そのまま正面玄関目掛けて直進する。
 スピードを緩める気配はない。
「あの… 止まる気あるんですか?」
 局長は、運転席のリル子に訊ねた。
「なるべく近くまで行けとの御命令でしょう…?」
 リル子は平然と答える。

 そのまま、救急車はガラス張りの正面玄関に激突した。
 ガラスをブチ割り、エントランスホールに突入する。
 警備していた自衛隊員が4人ほど、ボーリングのピンのように撥ね飛ばされた。
 異常に広いエントランスホールのほぼ真ん中まで来て、リル子はようやくブレーキを踏む。

 警備していた自衛隊の連中が、一斉に救急車に銃口を向けた。
「撃てッ!!」
 掛け声とともに、引き金が引かれる。
 周囲に響き渡る銃声。
 救急車は、20人以上からの銃撃を受けた。
 銃弾が車体に当たり、金属質の音を立てる。

「きゃっ!!」
 しぃは悲鳴を上げてかがみ込んだ。
「大丈夫、ある程度は防弾処理を施していますよ…」
 身をかがめて局長は告げる。
「ある程度はね…」 

 救急車は完全に囲まれていた。
 20人近くの自衛隊員が救急車に銃弾を撃ち込んでいる。
 おそらく、すぐに応援も押し寄せて来るだろう。

 運転席の防弾ガラスが、銃撃に耐えきれなくなった。
 亀裂が次々に入り、それから粉々に割れてしまった。
 運転席に座っていたリル子は、素早く救急車後部に移動する。
「…リル子君、何を考えているんです?」
 局長はため息をついて言った。
「これが最善の方法です」
 リル子は相変わらず表情を変えない。

「ですが…」
 言いかけた局長の言葉を遮るリル子。
「本当に5人以上もの人数で潜入できるとでも思ったんですか? こちらには素人までいるんですよ?」
「人質…」
 局長の言葉は、リル子の冷たい口調に掻き消される。
「侵入者がいるのに、わざわざ人質を殺害しに行く手勢がいるとは思えません。
 テロリストの立て篭りとは警備の性質が異なります」
「無茶…」
「無茶は承知です。そもそも強襲作戦はこちらの専門なので、素人はすっこんでいて下さい」
「で…」
「『でも』も何もありません。現場の判断で、失敗すると分かっている作戦を破棄しただけです」
「…」
 とうとう黙り込む局長。

314:2004/05/10(月) 23:55

 リル子は、運転席の後ろに置いてあったアタッシュケースを引き摺り寄せた。
「では、この場は任せていいですね…?」
 局長は、リル子を見据えた。

「…ええ。お任せ下さい」
 リル子は、そう言ってアタッシュケースを開けた。
 中から黒い不定形の影が飛び出す。
 それは、ライダースーツのようにリル子の全身を覆った。
 その上に多くのメカニックな部品が装着され、その全身に幾重にもコードが這う。
 アタッシュケースは変形し、ブースターのような姿で背中に装着されていた。

 身に纏うタイプのスタンド…
 ギコは、コードに覆われたスーツ状のスタンドを見据えた。
 まるで近未来的な鎧である。
 あれが、リル子のスタンド『アルティチュード57』…!!
 3つのスクリーンがリル子の眼前に出現した。
 リル子は、ヘルメットのバイザーを上げる。

         Anfang   System All Green
「『Altitude57』、起動…  システム異常無し。
 Set… code14:『EileVerschwinden(一斉消滅)』」

 リル子は、スクリーンに手を触れて何かを入力している。
「…早くしてください。車の防弾も、長くは持ちません…」
 局長はリル子に告げた。
 内側から見ても分かるくらい、救急車の周囲は凹んできている。

                Data link green
「目標26。距離12〜20。指揮管制連動確認。
     Manual mode on     Data
 全機関手動管制に切り替え。緒元入力開始…!」
Illuminater data link
 誘導信号、接続。 …第1目標、左方76度・距離18。第2目標…」
 リル子は、宙に浮いているスクリーンに入力を続けた。
 小銃の一斉射撃を浴びて、車体がベコベコに凹む。
「だ、大丈夫なのか…!?」
 ギコは思わず声を上げた。
 もう、救急車は限界だ。
                           Data          Ready…
「…第26目標、右方168度・距離16。全目標、緒元入力完了。攻撃態勢移行――」 
 スクリーンに大きくノイズが走った。
 まるでPCのタスクウィンドウを閉じるように、スクリーンが次々に消えていく。

    …Go!!
「――攻撃開始!!」

 リル子の全身を覆うスタンドに、電気が走ったように見えた。
 弾けるように、スタンドに覆われたリル子の身体が救急車から飛び出す。
 紙のように破れる救急車の車体。
 そして、風を切る音。
 そのまま、リル子は高速の回し蹴りで兵の体を吹き飛ばした。

eine
「1…」

 蹴りを喰らった兵の体は、もんどりうって近くの兵の足元に激突した。
 その兵士の膝が逆方向に曲がる。
「うわぁっ!!」
 射撃中に体勢を大きく崩す兵士。逸れた弾丸が、真横の兵士に命中した。
 
zwei drei
「2…、3…」
 倒した兵の数を静かにカウントするリル子。
 その身体は天井を蹴って、弾丸のように縦横無尽に兵の間を駆けた。
 移動軌跡に火花が飛び散っている。
 もう天井も壁も床も関係ない。
 ギコは、ビリヤードの玉を連想した。

315:2004/05/10(月) 23:57


「…!」
 思わず息を呑むギコ。
 尋常ではないスピードだ。
 普通の人間には残像も見えないだろう。
 いくら何でも、あの速度は異常である。
 スタンドによる身体能力とは思えない。
 あの高速移動も、スタンド能力の一環か…

acht neun
「8…、9…」
 リル子は、次々と兵を駆逐していった。
 あそこまで高速で移動している以上、体そのものが凶器である。
 近距離パワー型のスタンドを持つ自分ですら、あの相手は捉えきれないとギコは悟った。

 しかも、動きに全く無駄がない。
 いや… 無駄がないというには語弊があった。
 方向転換に蹴った壁の破片が、正確に兵に命中している。
 敵兵がよろけて逸れた弾丸が、他の兵を射抜く。
 全ての弾道や射線、敵兵の予想攻撃位置を計算しているのか…?

sechsundzwanzig      Ende
「  …26。     …攻撃終了」
 リル子の動きが止まった。
 軽く息を吐き、髪を掻き上げるリル子。
 その漆黒のスタンドはすでに解除されている。
 エントランスホールに、立っている兵はいなかった。

「さて、面倒な事になりましたね…」
 そう言いながら、局長は救急車から降りた。
 ギコ達も後に続く。

「…殺したのか?」
 ギコはリル子に訊ねた。
「いえ、全員息はあります。枕元に立たれても困るので」
 リル子は当然のように答える。
 その傍には、元の形に戻ったアタッシュケースがあった。

「まあ、この方が面倒がなくていいんじゃない…?」
 レモナは手を軽く回して言った。
「ソウダゼ! アヒャ!」
 つーが同意する。
 まあ、潜入よりは正面突破の方がこの2人の性に合っているだろう。

「お前ら、最近仲良いな…」
 ギコは思った事を口にした。
「ほら、共通の敵ってのがね…」
 レモナはそう言って笑う。

「要人が監禁されているのは、おそらく4階の大会議室でしょう。
 広い上に、見張るのも容易ですからね…」
 局長は腕を組んで言った。
「こうなった以上、敵兵は全て倒します。覚悟はいいですか?」

 一同は頷いた。
 見つからないように苦心するより、一点突破の方が気が楽だ…
 ギコ自身、その方がやり易い。
「さて、行きますか…」
 局長がネクタイの位置を正した。
 リル子がアタッシュケースを持つ。
 一同は、首相官邸の奥に足を踏み出した。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

316丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:11


 ―――――ああ…マルミミ君が、口を開けてる。
綺麗な綺麗な白い牙、アタマがくらくらする血の匂い。
キスしたときに、あの長くて太い牙が舌に触れただけでもおかしくなりそうだったのに。
あんな物で体のナカまでを貫かれたら―――どうなってしまうんだろう。
ゆっくり、ゆっくり、彼の顔が私の首へと近づいてくる。

「ふぁ…!」

 首筋に、唇の感触。
たったそれだけなのに、今まで感じたこともないような快感が脳を駆けめぐった。

  にゅる、ぴちゃっ、ちゅ、れろん―――

「あ、はぁっ、ひぁ、ふぅ、んぁ…!」

 紅い舌が這い回る。首筋だけじゃなくて、肩も鎖骨も顎も耳も。
頸動脈が壊れそうなペースでコリコリこりこり脈動して、彼の舌を小さく押し返す。
 脳が壊れてしまいそうな快感に、ぎゅっ、と彼の小さな体を抱きしめた。
彼が耳元に口を持っていき、息だけの声で囁かれる。


「吸うよ―――」

 一瞬の間を置き―――歓喜と共に、こくり、と頷いた。
壊れ物でも扱うかのように、体がそっと抱きすくめられ―――


  つぷんっ。


「―――――ッッッッッッッッああああああああっぁああぁあaAAAaaa――― !! !! !! !! !!」



 太く長い牙が、頸動脈を犯す。
それは、一度でも知れば二度と戻れない快楽。
 女としての部分ではなく、『人間』としての部分を陵辱する。

317丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:12


―――――ああ、気持ちいい。
      一口吸われるごとに、ふわふわ、ふわふわ、ものが考えられなくなる。
      寒い。凄く寒いのに、私を抱きしめるマルミミ君の体はだんだん暖かくなっていく。
      吸って、吸って。もっと…すって。ねえ、おいしい?おいしい?わたしは、おいしい―――?


―――――ああ、気持ちいい。
      とくん、とくん、口の中に溢れる血。僕の牙を、首筋の筋肉が優しく締め付ける。
      蜜より甘く、精液より苦く。流れ出る血は溶岩のようで、抱きしめる体は氷のよう。
      吸いたい、吸いたい。もっと、すいたい。ああ、ぼくももう、おかしくなってしまいそうだよ―――



 しぃの爪が、火傷にまみれたマルミミの皮膚を掻きむしった。
ずるり、と皮がめくれ、その下から傷一つない青白い肌が姿を見せる。


 ぷぱぁ、と牙を離す。上下二つずつの傷から、とろり、と一雫の血が溢れてきた。
優しく指でぬぐい取り、彼女の口元に差し出す。
 血の付いた指が、なんの躊躇いもなく口に含まれた。

「ふぁ…んむっ」

―――まだだよ。首だけじゃ離さない。
    腕も脚も腿もお尻も胸もお腹もそして―――体中に、牙を立ててあげる。
    傷があるなら、僕がその上からまた傷をつけてあげる。
    そうすれば、僕の物になれるだろ?


 快楽の代わりに自分自身の『人間』を奪われる―――それはあまりにもあまりにも、大きな代償。
全てを奪われる快楽に、全てを奪う快楽に。二人の精神はとろけあい、堕ちていった。

318丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:14






「―――そして苦労したのがこの『波紋増幅グローブ』!
 エイジャ並の増幅機構を組み込んだのですが、
 小型化に無理があって一発撃てば壊れます。
 しかし、このサイズにまで納めるのにはプロジェクト×もビックリ相当の苦心を―――」

  がたたっ!

 いきなり、『チーフ』が椅子を蹴り倒すように立ち上がった。
かなりうんざりしていた茂名とB・T・Bが、驚いたように彼を見る。
「イカガ サレタノ デスカ?」
「快感・陵辱・蹂躙・略奪・牙・血・傷・白い肌―――――マズい…!」
「む?」

 茂名が聞き返す間もなく、『チーフ』が部屋を走り去る。
訝ったB・T・Bが片手を軽く上げ…顔色を変えた。
「茂名様!…ッテ会話ガ デキナイッ!」
 もどかしそうに身を捩るB・T・Bを余所に、何かあると踏んだのか茂名も部屋を出て行った。


 初っぱなから『タブー』を全力起動。
スタンドの声で、後ろの茂名に指示を出した。


―――茂名さんはいい。僕の『タブー』なら無傷で抑えられる。
 それより、B・T・Bをこっちに移して輸血の用意お願い。急いで。


 『チーフ』は振り向きもしなかったが、後ろで茂名が頷き反転するのが判った。
B・T・Bが『チーフ』に追いつき、鼓動のエネルギーを変換する。
 彼のスタンド能力による多角的な視界が、頭の中に展開された。
首筋を撫でる。
 ざわざわざわざわ、吸い出される快感が伝わってきた。
しかし、その快感は命への冒涜にして狂気の扉。
精神力でおぞましい快感を押え込み、病室のドアを蹴り開ける。


―――なんだよ、五月蠅いな。
   せっかく楽しかったのに、邪魔をしないでよ。
   ちょっと…頭に来ちゃった。
   殺してやろうか?オマエ…!


 紅い瞳がぎらりと光る。
見つめるだけで魂を縛る吸血鬼の魔眼を真っ向から受け止め、構えを作った。

319丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:16

(やれやれ…彼とはベッドでヨロシクしたかったんデチけど…そんな余裕もなさそうデチねぇ。
 これから取り押さえるのにそんな眼で見つめられたら…ちょっと興奮しちゃうデチよ)
(何ヤラ 聞キ捨テ ナラナイ デスガ…協力サセテ イタダキマショウ)


 ぶわっ、とシーツが宙を舞い、マルミミの体が『チーフ』目掛けて跳んだ。


『マルミミ君ッ!』『御主人様!』

  タブー
 『禁忌』の力を応用し、B・T・Bと視界を共有してマルミミの動きを捉える。
マルミミに比べ、自分の動きはナメクジと見まごうほどに遅い。
 それでも、ベッドに座っていた分『チーフ』が右手を突き出す方が早かった。


              『眠れ!』


 言葉と共に力を乗せた『タブー』が、右腕からマルミミに迸る。
迸るとは言っても、光も音も衝撃もない。
 端から見れば、マルミミが勝手に意識を失ったように見えただろう。

「御主人様!」
 ふわりとB・T・Bが漂い、気を失ったマルミミの心臓に収まって鼓動を制御、『人間』に戻した。
「茂名さん!」
 よろめくしぃを支えながら、『チーフ』が叫ぶ。

 一枚の印画紙を持った茂名が、しぃの心臓に拳をぶち込んだ。
            ムソウケン ボサツ
  茂名式波紋法 "無双拳・菩薩"。

 しぃの体がびくりと痙攣し、朦朧としていた意識が完璧に消え去る。

(―――よし…!まだ、完全に吸血鬼化してはおらぬ)


 波紋を流して吸血鬼のエキスを消滅、波紋入りの輸血を続けて『人間』に戻し、後はひたすらワクチンを投与。
乱暴な方法だが、今のところはその程度しか吸血鬼化を防ぐ方法が見つかっていない。


「ジエン!点滴台持って来てくれ!一階診療室の横じゃ!」
「はい!」


 心臓の位置に掌を置き、治癒用の波紋を流し続ける。
吸血鬼用ワクチンの開発も進んではいるが、血を吸われた人間が『人間』のままでいられるかどうかは賭けに近い。

如何にして、迅速にして適切な処置を行えるか。それが分かれ目となる。

「やれやれじゃ…とんでもない賭けだのぉ…!」
 しぃの体と印画紙から取り出した輸血用の血液パック、両方に波紋を流しているために負担が大きい。
老体には少しばかり堪えるが、命がかかっている状態で弱音は禁物。

「ご隠居!ワクチンと輸血台を!」
「繋いでくれ。やり方は知っておるな?」
「はい!」
「『チーフ』!フサも呼んで近所からBO型の輸血募れ!」
「了ー解デチ!」
 夜も暮れかけの診療所に、あわただしい空気が満ちた。

320丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:18




「ぅあ…?」
 誰もいない病室で、むくりとマルミミが体を起こす。
「起キラレ マシタカ?」

「…僕…何した…?」
 数秒の沈黙。隠しても意味はないと判断し、B・T・Bが重々しく口を開いた。

「シィ様ノ血ヲ、吸イマシタ」
 言葉を聞いて、がっくりとマルミミがうなだれる。

「…そう…」
 聞いたものの、答えは初めから判っていた。
火傷も裂傷も根こそぎ治り、鼻孔に残る甘い匂い。
少し考えれば、猿でも何をしたか理解するだろう。

「デスガ、マダ シィ様ハ 御無事デス。気付カ ナカッタ 私達ニモ 責任ハ アリマスシ、貴方ガ気ニ病ム コトハ アリマセン」

「慰めはいいよ。理由がどうあれ、誘惑に負けて、血を吸った。
 自分で助けて…自分で殺そうとしてれば世話はないね。
 …僕は…衝動も抑えきることができなかったわけだよ!
 母さんは死ぬまであの衝動を抑えきってたのに!

「御主人様…」
「黙れ!」
力任せに、サイドテーブルを殴りつける。
スチール製の机がぐにゃりと折れ曲がり、中身が辺りに散らばった。

「ビート・トゥ・ビート…お前も正直に言ってみろよ!こんな弱い混じりものの僕なんかより、
 最強の吸血鬼に…母さんに仕えてた方が幸せだったんだろ!?」

「御主人様…」
 涙混じりの言葉に。B・T・Bが悲しそうにメイクを歪める。
その様を見て、マルミミが鼻を啜った。
「…ゴメン…一人に、して」
「御意ニ」
 しゅるりと、マルミミの心臓にB・T・Bが収まった。
これで、彼の方から呼び出さない限りB・T・Bは『眠り』に入る。

 訪れる静寂。
鼻の奥が暑くなり、情けなさと自己嫌悪がこみ上げた。
息が詰まり、嗚咽となり、涙と鼻水が溢れた。
「ぅ…ひっ、ぅ…」

   父さんと母さんが殺されても何もできなかった。
   両親の仇を、取り逃がしてしまった。
   くだらない八つ当たりで、B・T・Bを悲しませてしまった。
   そして、彼女を傷つけてしまった。


  ―――――ああ、僕は…なんでこんなにも弱いんだろう。


「う゛ぇっ…ぅあ…ふあ…っ」


   弱かったから、傷を負った。
   弱かったから、血に飢えた。
   弱かったから、飢えに負けた。
   弱かったから、彼女を傷つけた。


「ひぐっ…ぁ…うああああああああああああっ!!」


   強ければ、傷を負わなかったかもしれない。
   強ければ、血に飢えることも無かったかもしれない。
   強ければ、飢えに負けなかったかもしれない。
   強ければ、彼女を傷つけずに済んだかもしれない。
   強ければ、<インコグニート>を倒せたかもしれない。
   強ければ、父さんも母さんも死ななかったかもしれない。


「うわあああああっ…あああああああああああっ!!」


 誰の声も誰の目も誰の耳も届かない病室で、マルミミは一人慟哭した。
しゃくり上げながら、咳き込みながら、恥も外聞もなく泣きじゃくる。
自分の弱さが、小ささが、情けなさが―――只々、悔しかった。


  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

321丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:18

        │二話連続で…吸血シーン…
        │何やらもういろんな意味で危ないですが…
        └─┬─────────y───────
            │丸餅はこれに対して『ムラムラしてやった』
            │『もっかい良いですか?』などの供じゅt(ブツッ)
            └――y─―───────────────


               ∩_∩    ∩ ∩
              (; ´∀`) 旦 (ー`;)
              / ============= ヽ  
             (丶 ※※※ ∧∧※ゞノ,)
               ~~~~~~~~~(゚−゚*)~~~~~~
                     ∪ ∪
                ______|ヽ_______

              …まあ、西瓜にかかった塩とか
               そんな感じで捉えてください。



…えとまあ真面目に弁解すると、『吸血鬼』って言うのはそもそもエロ+グロが始祖なんだそうです。
首筋に牙を立てて血を舐め取るそのヴィジョンの耽美さは今から見ても秀逸なものがあり、
ならば『吸血鬼書くのにエロスは外せないだろう…!』と思い立ってインビでヒワイでミダラな(ry


…………………ゴメンナサイ。エロス書きたかっただけです。
当分はエロス控えめの予定ですのでお目こぼしをー。

322ブック:2004/05/11(火) 17:24
     EVER BLUE
     第十一話・PUNISHER 〜裁きの十字架〜


 其処は暗くて冷たい所だったと、彼は思い出す。
 何も見えない、何も聞こえない、ただひたすらに静かな所。
 それが、唯一の記憶だった。
 其処は、酷く寂しい所。

 …そんな事は、覚悟していた筈だったのに、
 彼はそれでも会いたいと思ってしまった。
 帰りたいと思ってしまった。
 彼に初めて出来た、あの仲間達の元へと―――



(…こんな時に、私は一体何を考えているんでしょうね。)
 タカラギコは軽く頭を振った。
 彼の前には、男が構えながらじりじりと間合いを詰めている。
(…そうです。今は、この目の前の男を殺す事に専念しなければ。)
 大刃のナイフを右手に構え、タカラギコは男を見据えた。
 そして、頭の中から余計なものを排除する。
 望郷、哀愁、憧憬、良心、悪意、困惑、思想、信念、殺意、
 全て不要。
 必要なのは、只々頭に描いた殺しの手順を、
 只々正確に実行するだけの明確な意思。
 そして人間である事の全てを削ぎ落とし、ただ一振りの刃と化す。
 これが、タカラギコの闘い方だった。

「SYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 充分に間合いを詰めた所で、男がタカラギコに跳び掛かった。

「ふむ、とてつもない跳躍力です。」
 しかしタカラギコは、一歩も動かないまま男を迎え討つ。
 男の右腕がタカラギコの頭部に伸びる。
 それをタカラギコは最小限の動きでかわし―――

「ですが、戦闘技術は三流。
 すみませんが、一瞬で終了させて貰います。」
 タカラギコのナイフが、男の心臓を正確に貫いた。
 そのままタカラギコは男を一瞥もしないまま振り返り、
 先程女が空けた穴の方を向く。

「…さて、あの女を追います……」
 そこで、タカラギコは背後からの殺気を感知した。
「!!!??」
 すぐさま危険を察し、身をかわそうとするが遅かった。
 男のボディブローが、タカラギコの胸へと突き刺さる。

「!!!!!!!!!!!!」
 その衝撃に吹き飛ばされるタカラギコ。
 地面を転がり、うつ伏せの姿勢で倒れる。

「!!!!!!」
 次の瞬間には、男がタカラギコに止めを刺さんと倒れたタカラギコに襲い掛かる。
 咄嗟に跳ね飛んで、タカラギコはその追撃を何とかかわした。
 かわりに、タカラギコの頭を踏み砕く筈だった男の足が、甲板の床へと足型の穴を作る。

323ブック:2004/05/11(火) 17:25


「…どういう事です?
 確かに、心臓を貫いた筈……」
 胸を押さえながら、タカラギコが尋ねた。
 今ので、恐らく胸骨を四・五本持っていかれてしまっている事を、
 胸を触った感触で実感する。

「もう俺は死んでいるんだ。
 死者を殺す事など、不可能だろう?」
 男が低い声で答える。

「…成る程。ふっ…あはははははははは!これは良い!」
 と、やおらタカラギコが笑い出した。
「何が可笑しい?」
 訝しげに男がタカラギコに聞いた。

「…いや失礼。奇遇ですね。
 実は、私も一回死んでいるんですよ。」
 笑うのを止め、タカラギコが答える。

 何を馬鹿な。
 男はそう言おうとして、止めた。
 タカラギコの目と雰囲気から、その一見狂人の戯言同然の言葉を信じさせるだけの、
 只ならぬ「何か」を感じ取ったからだ。

(何だ、こいつは。)
 男は思った。
 吸血鬼の彼から見ても、タカラギコの纏う気配は異様であった。
 まるで、其処に居る筈の無い者が、其処に存在しているかの様な違和感。
 それは、一種の馬鹿馬鹿しいジョークのようでもあった。

(…考えるな。)
 男はその事を頭の中から弾き出す。
(関係ない。こいつが何者であろうと、殺せばいいだけだ。)
 男は胸に刺さりっぱなしだったナイフを引き抜くと、
 船の外へと投げ捨てた。

「酷いですね。
 それが私の唯一の得物だったのに。
 私に丸腰で闘えと?」
 タカラギコが肩をすくめた。

「何、心配するな。」
 男がタカラギコの前に手をかざした。
「俺も、丸腰だ。」
 次の瞬間、男の爪が刃物の様に伸びる。

「…何かそれ、アンフェアですよ。」
 それを見て、初めてタカラギコが顔色を曇らせた。

「SYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 そんなタカラギコにはお構い無しに、男はタカラギコに躍り掛かる。

「『グラディウス』!!」
 タカラギコの周りに、銀色の小型飛行物体が現れた。
 同時に、タカラギコの姿が見る見る男の視界から消えていく。

「!!!!!」
 先程までタカラギコの居た空間を、男の爪が虚しく通り過ぎる。
「糞っ!何処に…!」
 男が周囲を見回す。
 しかし、タカラギコの姿は何処にも見当たらない。

「!!!!!」
 直後、男の頭を光の線が貫いた。
「があああああああああああああ!!!!!」
 男が叫びながら攻撃を受けた方向に突進する。
 しかし、そこには既にタカラギコは居なかった。

(…困りましたね。
 今は夜で、充分な光量が無い上に、
 元々私の『グラディウス』は攻撃に特化した能力ではない。
 この光のレーザーでは、男を倒しきれません。)
 タカラギコが暴れまわる男を見ながら考えた。

(…仕方無い。あんまりあの恐いおじさんには近づきたくないんですが……)
 タカラギコが、流れるように男に向かって接近する。
 男は、まだタカラギコには気づかない。
 その間にもタカラギコは男との距離を一気に縮めていく。
 そして気配を殺したまま男の背後へと回り―――

324ブック:2004/05/11(火) 17:26

「!!!!!!!!」
 ようやく男がタカラギコのいる場所を発見した。
 いや、発見したと言うよりは、否応無く発見させられたと言った方が正しい。
 男の背後から、タカラギコが男の首に両腕を回して締め付けている。
 ここまでされれば、姿が見えなくともタカラギコがどこに居るのかは誰でも分かる。

「貴っ…様ァ……!!」
 男がタカラギコを振り払おうとする。
 しかし、それよりも早くタカラギコは男の首を捻り上げた。

「……!!!」
 ゴキンと嫌な音を立てて、男の首が明後日の方向へと曲がる。
 そのまま、男は膝から崩れ落ちた。

「…やれやれ、ここまですれば……」
 タカラギコが姿を現し、一息吐こうとする。
 しかし、そんなタカラギコの思惑は脆くも崩れ去った。

「……!!……!!!」
 頭を掴み、首を元の位置に戻しながら男が立ち上がる。
 これには流石に、タカラギコもたじろいだ。

「…あなたはゾンビですか。」
 タカラギコが呆れたように呟いた。

「MMMMUUUUOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!」
 男が鬼の様な形相でタカラギコに突進する。
 タカラギコは男の攻撃をいなすと、再び『グラディウス』で姿を消した。

(さて…どうしましょうか。
 このまま姿を消して逃げ続ける事も可能ですが、
 この恐いおじさんを放っておく訳にもいかない。
 ナイフの一本でもあれば、これしきの相手五秒で解体出来るのですが、
 予備の武器はありませんし…)
 タカラギコが光の中に隠れながら、男を倒す方法を模索する。

(こういう時、近距離パワー型でないのが悔やまれますね。
 ですが、愚痴を言っていても仕方が無い。
 ですが、どうやって…)
 タカラギコは脳細胞を総動員して思考した。

(……!そうか、これならば……!!)
 と、タカラギコが何か閃いた様子で手を叩いた。
 そして、『グラディウス』を解除して男の前に姿を見せる。

「こっちですよ。」
 タカラギコが男に顔を向ける。
「AAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHAAAAAAA!!!」
 牙を剥き出しにして、男がタカラギコ目掛けて駆け出す。

「『グラディウス』!!」
 銀色の飛行物体が光を収束させ、二本の光の光線を打ち出す。
 それは、正確に向かってくる男の両目を射った。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!!」
 二つに光線を分けた分、威力は激減するが、
 それでも男の視界を奪うのには充分であった。
 何も見えなくなった男が、それでもなお果敢にタカラギコへと向かっていく。

(そう、それを狙っていました。
 確かにパワーとスピードは凄まじい。
 しかし視界が奪われる事で、ただでさえ煩雑な攻撃が、さらに精細さを欠く。
 これならば、容易く―――)
 タカラギコに向かって突き出される腕。
 それをタカラギコは紙一重で捌く。
 そして、捌くと同時に男の攻撃の力の方向性を変え、そこに自分の力を加え、
 自分+相手の力で…

「!!!!!!!!」
 男の体が物凄い勢いで投げ飛ばされた。
 『合気』。
 古来より伝わる、日本の伝統武術の技である。

「……!!」
 しかし男は余裕であった。
 確かに凄い勢いで投げられはしたが、
 例えこのまま床に激突した所で、吸血鬼の男にしてみれば些細なダメージである。
 相手が自分を殺す術を持たない以上、いずれ勝機が見える。
 それが、男の自信であった。

「……?」
 しかし、男の予想していた床への着地は、いつまで経っても起こらなかった。
 ようやく、男の眼球が再生される。
 光を取り戻した目で、何が起こっているのか男が確かめようとすると―――


「!!!!!!!」
 男は、驚愕した。
 さっきまで自分の乗っていた船が、遥か頭上に遠ざかっている。
 そう、男は船の外に投げ飛ばされていたのだった。

「AOOOOOOOOAAAHHHHHHHHHHWWWWWWW!!!!!」
 絶望の叫び声を上げながら、男が地面目掛けて落下していく。
 いくら吸血鬼といえど、この高さから地面に叩きつけられては只ではすまない。
 それ以前に、雲の下の世界がどうなっているか等、
 この世界の人々は誰も知らないのだ。
 只一つ言えるのは、雲の下に落ちて再び戻って来た者は誰も居ない、という事である。
 万一吸血鬼が地面への激突の衝撃から生き延びれたとしても、
 二度と雲の上には戻っては来れないだろう。
 自分の肉体の過信。
 それが、男の敗因の一つであった。

325ブック:2004/05/11(火) 17:27



「やれやれ…」
 落下していく男を眺めながら、タカラギコは呟いた。
「すみませんね。私も、もうあんな恐い思いをするのはこりごりなので。」
 と、タカラギコががっくりと膝をつく。

「…痛たたたた。思わぬ不覚を取りましたねぇ。
 私らしくも無い…」
 胸の辺りを押さえながら、タカラギコが力なく笑う。
「しかし、痛がっている暇もありません。
 すぐにあの女を追わなければ…」
 タカラギコがそう言いながら女の開けた穴へと近づこうとすると…


「!!!!!!!!」
 タカラギコの前に、新たな吸血鬼が二人、飛行機の上から降り立った。

「…人間が、素手で吸血鬼を倒すだと……?」
「気をつけろ…只者ではないぞ。」
 どうやら先程のタカラギコの闘いを見ていたようである。
 二人組みは慎重な面持ちで、タカラギコに対して構える。

「勘弁して下さいよ…」
 泣きそうな声でタカラギコは呟いた。
 一度闘い方を見られた以上、同じ手が通用するとは思えない。
 しかも、今度は二対一。
 いくらタカラギコと言えど、丸腰では明らかに不利である。

(どうしますかねぇ…
 何か得物でもあれば、楽なのですが。
 …待てよ。
 そうか、『あれ』ならどうだ!?)

「!!!」
 いきなり、タカラギコは二人に対して背を向けて逃げ出した。
「なっ…!逃がすか!!」
 片方の男が後ろからタカラギコの胸部目掛けて爪を突き出す。

「!?」
 しかし、それは『タカラギコ』の作り出した幻影だった。
 突き出した爪が、光で作り出した像をすり抜ける。

「あっちだ!追え!!」
 もう一人の吸血鬼が、タカラギコの足音がする方向を指差す。
 その時にはすでに、タカラギコは船内へと侵入していた。

「逃がすかァ!!」
 吸血鬼達がタカラギコを追って船内へと飛び込む。
 しかし、タカラギコの姿はもうそこには無い。

「お前は向こうを探せ!俺はこっちを調べる!」
 吸血鬼が互いに顔を見合わせ、二手に分かれた。


「何処だああァ!?」
 吸血鬼の一人が、船内を駆け巡る。
 と、吸血鬼の目に、半開きになっているドアが飛び込んできた。

「そこかァ!!!」
 吸血鬼がそのドア目掛けて突進する。
 そのままドアをぶち破る勢いで―――

326ブック:2004/05/11(火) 17:27



「!!!!!!!!!!!!!」
 次の瞬間、吸血鬼の体当たりとは別の理由で、ドアが粉砕された。
 同時に、吸血鬼の体に無数の弾痕が穿たれる。

「AAAAAAAAAHHHHHHHHOOOOOOAAAAAAHHH!!!!!!」
 絶叫しながら転げまわる吸血鬼。
 あまりのダメージに、再生速度が追いつかない。

「…成る程、これはかなりのじゃじゃ馬ですね。」
 人の良さそうな声と共に、部屋の中からタカラギコが姿を現した。
 その腕には、巨大な十字架が担がれている。

「AAAAAAWWWWRRRRRRRRYYYAAAAAAA!!!!!」
 血を撒き散らしながら、タカラギコに飛び掛かる吸血鬼。

「使い手を限定する程の、規格外のサイズ。」
 しかしタカラギコは、冷静に十字架の先端を吸血鬼へと向ける。
 そして髑髏を模したトリガーを引き絞った。
 十字架の先端が開き、そこからごつい重火器の姿が覗く。

「GGYYYAAAAAAAAAA!!!!!!」
 刹那、銃口が激しく火を吹いた。
 ライトマシンガンの圧倒的な弾幕に晒され、
 吸血鬼の体が次々とミンチに変わっていく。

「しかし、それを補って余りある程の火力。」
 体の殆どをボロ雑巾のように変えながらも、吸血鬼がタカラギコに肉薄する。
 一度接近戦に持ち込めば、あの大きな得物では闘えないと予想しての行為である。

「SSYAAAAAAAA!!!!!」
 渾身の力を込めて、吸血鬼はタカラギコの喉元目掛けて飛び込んだ。
 その牙が、吸い込まれるようにタカラギコへと迫る。

「!!!!!!!」
 しかし、その牙はタカラギコには届かなかった。
 タカラギコが、十字架の胴体部分で吸血鬼を殴り飛ばしたからだ。
 十字架自信の重さと、梃子の原理と遠心力、
 そしてタカラギコの膂力が加えられた一撃が、吸血鬼の体を大きく弾き飛ばす。

「何より、十字架を背負って闘うというセンスが心憎い。」
 それを逃さず、タカラギコが十字架を持って倒れた吸血鬼に駆け寄る。
 そして、その頭に十字架の銃口を押し当てた。

「AAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHAAA!!!!!
 GYAAAAAAAAAHHHHHHHHHH!!!!!」
 頭を十字架と床の間に挟まれ、動きを封じられた吸血鬼が、
 何とか逃れようと必死にもがいた。
 しかし、タカラギコは万力のように頭を押さえつけ、吸血鬼を逃がさない。

「…なんですか、見っとも無い。
 死人が、死を恐がるなんて。」
 そう言うと、タカラギコは髑髏型のトリガーを引いた。
 響き渡る銃声。
 完全に急所である頭部を破壊し尽くされ、吸血鬼は蒸発するように消え去っていく。


「…いや、人の事は言えませんか……」
 塵に還っていく吸血鬼を見下ろしながら、タカラギコが自嘲気味に呟いた。

「さて、それではもう片方を始末しに行くとしますかねぇ…」
 十字架を肩に担ぎ直し、
 タカラギコは足を前に踏み出すのであった。



     TO BE CONTINUED…

327ブック:2004/05/12(水) 18:29
     EVER BLUE
     第十二話・FORCE FIELD 〜固有結界〜


 僕とオオミミは、天に支えられながらも何とか近くの船室に入る事が出来た。
 外から轟音が響くと共に、船体が振動する。
 三月ウサギやニラ茶猫は、まだ船に入って来た吸血鬼と闘っているのだろうか。

「ん…しょっと。」
 と、オオミミがゆっくりと立ち上がった。

(何やってるんだ、オオミミ!
 ニラ茶猫が大人しくしてろって言ってただろ!?)
 僕はすぐにオオミミを止める。
 まだ腕と足も完全には繋がっていないというのに、
 君は何を考えているんだ?

「…大丈夫だよ、『ゼルダ』。もう、大分痛みも引いた。」
 嘘だ。
 オオミミと精神を通わせている僕には分かる。
 痛くない訳なんてない。
 本当は、叫びたい位に痛い癖に。

「ごめん、天。ちょっと出てくるよ。
 ここに隠れてて。」
 オオミミが、無理して笑顔を作りながら、天の方を見やる。

「…!?ちょっと、あなた正気!?」
 天が、驚いた顔をオオミミに向けた。

「大丈夫、静かにしてれば見つからないよ。
 少し恐いかもしれないけど、我慢してて。」
 オオミミがそう口を開く。

「そうじゃなくて!アンタ自身の事を言ってるのよ!
 まだ手も足から血が出てるのに、死にに行くつもり!?」
 驚きと呆れの入り混じった顔で、天が尋ねた。

「…大丈夫。こういうのには、慣れてるからさ。
 それに、三月ウサギやニラ茶猫が皆を守る為に闘ってるのに、
 一人だけ隠れてるなんて出来ないよ。」
 オオミミが当然のように答えた。

「だからそれが無茶だってのよ!
 あれだけコテンパンにやられたのに、まだ闘いに行く気!?
 自殺志願者もいい所だわ!」
 天が信じられないといった風に声を荒げる。
 非常に珍しい事に、今、僕と天の意見は一致していた。

「…ありがとう。優しいんだね。」
 オオミミが、にっこりと微笑んだ。
「ば、馬っ鹿じゃないの!?
 勘違いしないでよね!!
 一人で勝手に出て行かれて、勝手に死なれたら目覚めが悪くなるからよ!!!」
 天が顔を耳まで真っ赤にした。
 この子は、何でそこまで怒っているんだ?

「俺も死ぬ気は無いよ。
 それに、俺は一人じゃない。『ゼルダ』が一緒に居てくれている。
 ね、『ゼルダ』。」
 オオミミが僕に呼びかけた。
(…分かったよ。どうせ止めても行くんだろ?)
 僕は諦めて呟いた。

(だけど、約束してくれ。
 絶対に、無理はしないと。ヤバくなったらすぐに逃げると。
 でなければ、君とは絶交だ。)
 僕はそう苦言した。
 オオミミが死んでは僕の居場所が無くなってしまうし、
 何よりオオミミが死ぬなんて絶対に嫌だ。
 自分の命を最優先にして貰う。
 これが、僕の出来る精一杯の譲歩だ。

「…分かった、約束する。」
 オオミミが一度頷く。
 やれやれ、君は本当に分かっているんだろうな。

「じゃ、行ってくるね。」
 そう言うが早いか、オオミミはドアを開けて外へと駆け出して行った。

「ちょっ、待ちなさいよ!!」
 後ろから天が引きとめようとするが、オオミミは構わず進んでいくのだった。

328ブック:2004/05/12(水) 18:29



 ズキン ズキン ズキン

 オオミミが進む度に、切断されたばかりの足が痛むのが伝わってくる。
 闘わずにじっとしていれば楽なのに、そんな事は分かりきっているのに、
 何故、何故君はそうまでして闘いに赴くんだ?
 自分が痛い事より、他人が痛い方がそんなに嫌なのか?
 分からない。
 僕には分からないよ、オオミミ。

(オオミミ、ペースを緩めるんだ。
 そうすれば、少しは痛みも和らぐ。)
 僕は耐えられなくなりオオミミに告げた。
「駄目だよ。急がなきゃ、皆が吸血鬼に襲われるかもしれない。」
 オオミミが歯を喰いしばって痛みを堪えながら走り続ける。
 こうなっては、もう僕ではオオミミを止められない。
(オオミミ、でも…)
 僕がそう言おうとした時―――

「ひいいいいいいいいぃぃぃ!!」
 廊下の向こうから、悲鳴が聞こえてきた。
 同時に、この船の乗組員のマンドクセさん(三十歳・童貞)が、
 腰を抜かしながらこちらに向かって逃げてくる。
 その後ろから、一人の男が物凄い勢いで追いかけて来た。

「!!!!!!!!」
 オオミミがそこに向かって駆け出す。

「『ゼルダ』!!」
 すぐさまマンドクセさんの傍まで駆け寄ると、
 彼目掛けて振り下ろされた爪を僕の腕で受けた。

「マンドクセさん、ここは俺達に任せて逃げて!!」
 吸血鬼を睨みながら、オオミミが後ろのマンドクセさんに向かって叫ぶ。

「ひっひいいいいいいいい!!!」
 泣き声のような悲鳴を上げながら、マンドクセさんは逃げて行った。
 オオミミが来るのが後少しでも遅れていたら、彼は助からなかっただろう。
 オオミミの無茶にも、多少は意味があったという事か。

「これは…!?」
 吸血鬼の男が、不思議そうな顔をしながらオオミミから離れた。

「…空中で、腕が止められただと?」
 …?
 もしかして、僕が見えないのか?
 良かった。
 どうやら、こいつはスタンド使いじゃないらしい。
 これならば、何とかなりそうだ。

「…あの優男といい、ここの連中は油断出来んな。」
 優男?
 ひょっとして、タカラギコの事か?

「SYAAAAAAAAAAAAA!!!」
 と、そんな事を考えているうちに吸血鬼が僕達に向かって飛び掛かった。

「『ゼルダ』!!」
 オオミミが叫ぶ。
(分かった!!)
 それに答え、僕は実体化する。

「RRRYYYYYYYYYYYYAAAAAA!!!」
 右の爪を抉り込むように凪ぐ吸血鬼。
(無敵ィ!!)
 僕は右腕でそれを受け止めた、が―――

「……!ぐ、あ…!!!」
 オオミミの右腕から鮮血が迸る。

 しまった!
 オオミミは右腕がまだ完全にくっついていなかったんだ。
 吸血鬼の攻撃を受けた時の衝撃野のフィードバックに、
 彼の腕が耐えられなかった…!

「SYAAAAAAAAAAAAA!!!」
 その隙を突いて、吸血鬼がオオミミの心臓に向かって爪を突き出す。
(くっ…!)
 オオミミの右腕に負担を掛ける訳にはいかないので、左腕でそれを受ける。
 しかし本体であるオオミミが弱っている為、パワー不足で完全には威力を殺せない。
 ガードを弾かれ、オオミミ諸共後方に飛ばされる。

「…ぐっ!!」
 オオミミが苦悶の表情を浮かべた。
 見ると、左脚からも出血している。
 糞。
 さっきので、足の傷まで開いてしまったか。
 こんな奴、体調さえ万全なら何て事ないのに…!

「!!!!!!!」
 そこ目掛けて、吸血鬼が止めを刺しに来る。
(オオミミ!!)
 オオミミの体を一時的に乗っ取り、即座に跳躍して何とかかわす。
 オオミミの体に負担をかけてしまうが、背に腹は変えられない。

(オオミミ、ここまでだ。逃げるよ。)
 吸血鬼との間合いを保ちながら、僕はオオミミに言った。
「でも…!」
 食い下がろうとするオオミミ。

(でもも糸瓜も無い。これ以上闘うのは危険だ。
 『力』を使おうにも、条件が悪過ぎる。
 あれは、特定の型にはまって初めて真価を発揮するものなのは、分かっているだろう?)
 オオミミの体を無理矢理後ろに下がらせながら、オオミミを説得する。
 マンドクセさんも、もう遠くまで逃げている筈だ。
 オオミミ、君は充分によくやった。
 後は、三月ウサギやニラ茶猫に任せるんだ。
 だから君はもう…

329ブック:2004/05/12(水) 18:30



「あ〜あ、見てらんないわね。
 だからやめとけって言ったのに。」
 と、後ろから厭味な声がオオミミに掛けられた。
 いや、待て。
 この声は覚えがあるぞ。
 この声は―――

「天!何で来たんだ!?」
 オオミミが絶句した。
 そこには、天が相変わらずの可愛気のないむっつり顔をして佇んでいたのだ。

「何って、わざわざアンタを助けに来てあげたのに、
 その言い草は無いんじゃない?」
 助けに来た!?
 君が!?
 馬鹿な。
 笑えない冗談にも程がある。

「ふっ、思いがけずしてと言ったところか…」
 吸血鬼が、意味ありげに笑った。
 対して表情を固くする天。

 …?
 どういう事だ?

「オオミミ、二分…いえ、一分だけ時間を稼ぎなさい。
 そうすれば、アタシの『レインシャワー』を発動出来るわ。
 勝つ事は無理でも、それ位は出来るでしょう?」
 真剣な顔つきで、天が吸血鬼に聞こえないよう小声でオオミミに告げる。
 そうだ。
 僕が見えるという事は、彼女もスタンド使いだったんだ。
 『レインシャワー』、それが、彼女のスタンドの名前か?
 だけど、どんな能力かも分からないのに、時間稼ぎなんて…

「…分かった、やってみる。」
 そんな僕の懸念とは裏腹、オオミミは覚悟を決めた顔で吸血鬼の前に立ちはだかった。
(馬鹿、オオミミ。逃げるんだ!)
 勝算も定かではないのに、これ以上闘うのは無謀過ぎる。
 ここは一旦退くんだ!

「…今逃げたら、天にまで危険が及んでしまう。
 闘うしか、無いよ。」
 オオミミが吸血鬼を見据えた。

 ああ、もう…!
 分かったよ、やってやる!!

「RUOOOOOOOOOHHHHHHHH!!!」
 吸血鬼がオオミミに向かって飛び掛かった。
「『ゼルダ』!!」
 こうなっては、もう多少の傷は気にしていられない。
 天を信じて、何としても一分だけ持ち堪える事に専念する。

「…始まりはいつも雨。
 終わりはいつも雨。」
 と、天が何やらブツブツ言うのが聞こえてきた。
 まさかあれだけ大口叩いて、困った時の神頼みじゃないだろうな。

 吸血鬼の攻撃を、体に残された力を振り絞りながら防御する。
(無敵ィ!!)
 やられているばかりにもいかない。
 吸血鬼のガードが甘くなった所に、左のフックを叩き込んだ。
 吹き飛ばされ、壁にぶちあたる吸血鬼。

「我同胞(はらから)を失いて、
 道無き道を、独り往く。」
 …?
 天の体から、何かの力が湧きあがって来るのを感じた。
 いや、この感じ、どこかで覚えがある…!

「渡るその身を雨は打ち、
 凍て付く身体は心を亡くす。」
「NNUUUUUUUUUAAAAAAAAAHHHHHH!!!」
 吸血鬼が壁に当たった時の反動を利用して、オオミミに反撃する。
 爪が、オオミミの胸を深く抉った。
 まだか、天。
 君のスタンドはいつ発動するんだ…!

「乾いた大地は時雨を湛え、
 其処に出(いずる)は水鏡。」
 ……!
 何だ、この感じは。
 世界が、何か別のものに変わっていくような。
 これは、これは間違い無い。
 この力は…

「其処には何がと覗きてみれば、
 映るは己の貌だった―――…」





「…―――Identity disappears.(そして総ては自分(イミ)を失う)」

330ブック:2004/05/12(水) 18:30





 ―――響く雨音。

 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。

 何も無い荒れ果てた大地に、ひたすらに雨が降り尽くす。


「な……!?…あ……!!!」
 突然ガラリと切り替わった風景に、吸血鬼が言葉を失った。
 先程までの船内の光景は、何一つ残っていない。

「……!!」
 オオミミも、あまりの出来事に呆然とする。

「どこだ!どこなんだ、ここはァ!!!」
 錯乱する吸血鬼。

「…ここはアタシの『内的宇宙』『心象世界』。
 私の『創造(想像)』(つく)ったちっぽけな飯事部屋。」
 と、どこからか現れた天が吸血鬼に語りかけた。

 矢張り、矢張り思った通りか。
 彼女は……
 天は、
 僕と同じ、『結界展開型』のスタンド能力…!

「行くわよ、『化け物』(フリークス)。
 ここからは、特別にこのアタシが相手してあげるわ。」
 天が、吸血鬼を見据えて言い放った。



     TO BE CONTINUED…

331:2004/05/12(水) 22:19

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その4」



「あ、この階段見たことあるー!!」
 レモナは、赤絨毯が敷かれた大きい階段を指差した。
 組閣の時に並んで記念写真を撮る、例の階段だ。
「アッヒャー!!」
 赤色を見て興奮したのか、つーが階段を駆け上がった。
 階段の中程から、中庭の綺麗な風景が見える。

「立派な庭園ねぇ、池まで作っちゃって」
 レモナは中庭を見て言った。
「全く、誰が払った税金だと思ってるんだか…」
 いつの間にか、階段の中程に来ていたモララーが不平を垂れる。
 ロクに払ってもいないクセに…、とギコは思った。

「モララー、ナニカ イッテヤレ!」
 つーは手摺にもたれて言った。
 モララーが、不敵な笑みを浮かべて池をビシッと指差す。
「飲んでやるッ!!」

「ほら、馬鹿3人、とっとと行くぞ…」
 ギコは呆れて言った。
 彼としぃ、局長、リル子はとっくに階段を上がっている。

「妙ですね…」
 局長は言った。リル子がそれに頷く。
「…何がですか?」
 しぃは2人に訊ねた。
 局長がそれに答える。
「迎撃部隊が全く現れません。上から押し寄せてきてもおかしくないのに、全く気配がない」

 そう。ギコも不審に思っていたのだ。
 外の厳重な警戒に比べ、中の人数はどう考えても少ない。
 会った兵はエントランスホールで倒した連中だけだ。
「…考えられる可能性は?」
 局長は、リル子に視線を送った。
 リル子は静かに口を開く。
「第1に、警備人数そのものが少ない場合」
「それはありえませんね。外には多くの警備を割いています。そんな偏った布陣はない」
 局長は即座に否定した。

 リル子は言葉を続ける。
「第2に、指揮官が無能である場合」
 局長が肩をすくめた。
「フサギコも、ここの重要性は理解しているはず。彼の采配である以上、その可能性はありませんよ」

「第3に、私たちには敵わないと判断し、撤退してしまった場合」
「ありえないとは言いませんが… いささか楽観的な見方でしょうね…」
 局長は否定する。
 リル子は少し間を置いた。まるで、今までは前座だといった風に。
「第4に、防衛拠点に兵力を集め、待ち伏せ策を実行している場合」
「…」
 局長は黙っている。否定材料がないのだ。

「第5に、こちらからは窺い知れない事情がある場合。考えられる可能性は以上です」
 リル子は意見を述べ終える。
「第4か第5… おそらく、第4の待ち伏せ策でしょうね」
 局長は言った。
 リル子も同意したように頷く。

「…待ち伏せか」
 ギコは呟いた。
 自分のスタンドがいかに近距離パワー型とは言え、四方八方から自動小銃の弾丸を浴びせられれば辛い。
「待ち伏せだとすれば、4階の大会議室しかありません」
 リル子は断言した。
 今度は局長が頷く。
「…ええ。要人達が囚われているであろう部屋ですから、こちらは思う存分暴れられないでしょうしね」

「そういう訳だから、お前達も気をつけろよ」
 ギコは、建物ごと破壊する可能性が高いレモナとつーに釘を刺した。
 要人奪還という任務には、とてつもなく不適な2人かもしれない。

332:2004/05/12(水) 22:21

「とにかく、やる事は1つでしょう」
 リル子はアタッシュケースに手を掛ける。
「…そうですね」
 局長が腰を上げようとしたその時、階上から銃声が鳴り響いた。
 タタタタタ…という、タイプを打つような軽い音が。

 階段の前の兵達が顔を見合わせ、無線機を手に取る。
「――――!?」
 何かを告げ、顔を歪ませる米兵。
 そして、5人揃って階段を駆け上がっていった。

 先程の米兵達のように、今度はギコ達が顔を見合わせた。
「何だ、今の銃声は… 何かあったのか?」
 ギコは、階段を見上げて言った。
「警備兵達、随分慌ててたいようだね…」
 モララーが呟く。
「行ってみましょうか…」
 局長が腰を上げる。

「しぃ、大丈夫か?」
 ギコは、しぃに声を掛けた。
 しぃは冷や汗を掻いている。
「あ、うん。大丈夫… でも、やっぱり怖いかも…」
「これだけの人数がいるし、みんな強いんだ。怖がる必要はねぇよ…」
 ギコは、しぃに優しい声をかける。
 しぃは頷いた。

 一同は、警戒しながら4階に上がった。
 ある意味、眼前の光景は予想できたといえるだろう。
 先程の銃声。
 そして自分の守る場所を放ったらかし、慌てて駆け上がっていった警備兵。
 向こうにとって、何かが起きたのは明白なのだ。

 4階は、兵の死体の山だった。
 赤い絨毯は、さらなる朱で染まっている。
「…」
 しぃが、口元を押さえて絶句した。
 よろける体を素早く支えるギコ。

 同士討ち…?
 いや、そんなはずはない。
 他にも侵入者がいるのだ。
 俺達以外の侵入者が…!!

「米兵15人…、相当の手練でしょうね」
 リル子は、冷静な目で死体を観察した。
 頸部が折れている死体が5体。残り10人は、全て頭部を撃ち抜かれている。

「聞こえてきた銃声は極端に少ない…
 先程3階にいた警備兵も、異常があったと認識していたにもかかわらず発砲せずに殺されています。
 侵入者は、ゲリラ戦に長けたスタンド使いの可能性が高いと思われますが…」
 そう言って、局長は顎に手をやった。
「自衛隊と敵対しているASAの刺客という可能性は… 低いですね。
 ASAは、海上自衛隊との激突に戦力を割いているはずですし」
 そう言って、ギコに視線を送る局長。

「テメェ… そこも盗聴してやがったのか」
 ギコは局長を睨みつけた。
 局長は薄い笑みを見せる。
「…ええ。モナー君とリナー君の行き先を、必死で誤魔化すギコ君の姿は傑作でしたね。
 それにしても、『逢引き』って何ですか。貴方、ひょっとして大正時代の生まれですか…?」

「…ここは敵地のど真ん中、まして異常事態の最中です。あまり日和らないようお願いします」
 リル子は厳しい顔で局長に告げた。
「おっと、そうでしたね…」
 そう言って、局長は足元の死体に視線をやった。
 ほとんどの人間は、目を見開いて死んでいる。
 まるで、自分の死を全く予期しなかったような死に顔だ。

「敵の敵だから、味方なんて事はないかな…?」
 暗い顔を無理に明るくして、モララーは言った。
「そんな、美味い話があるわけないだろ…」
 呆れたように言いながら、ギコは死体… いや、死体の手にしている小銃の脇に屈み込んだ。

「レバーがセーフティーに入ったままじゃねぇか… 安全装置を解除する間もなかったんだな…」
 そう言って、ギコはM4カービンを手にする。
 流石に、懐に仕舞うには大きすぎるようだ。そのまま携行するしかないか。
「いや、何どさくさに紛れて銃をくすねてるのさ…」
 モララーはすかさず突っ込んだ。

「…とにかく、これをやった相手と敵対しないとも限りません。覚悟はいいですね?」
 局長の言葉に、全員が頷いた。
「あと、この中に人を殺した事がある者は?」
 そう言って、全員を見回す局長。
 手を上げたのはリル子だけだ。
 それを見て、局長は口を開いた。
「命を奪うことには色々抵抗もあるでしょうが… ここから先、殺すことを躊躇してはいけません。
 まあ、戦場で軍服を着てる者は人じゃないんで、特に気にする必要もありませんがね」

「こっちだって、殺さなきゃ殺されるんだ。今さら躊躇はしねぇよ」
 ギコは、米兵達の死体から弾丸を回収しながら言った。
 その様子を少し呆れた目で見つめるしぃ。
「そういう事。自分だけ手を汚さないなんて、言ってられないしね…」
 モララーは言った。
 しぃの隣には、いつの間にか『アルカディア』が立っている。
「まあ女の子に人殺しを要求するのは酷ってもんだし、その分はオレがカバーするぜ」
 『アルカディア』は腕を組んで言った。

333:2004/05/12(水) 22:22


「ハハハ… まあ、まっとうなレディは人など殺めませんよねぇ」
 局長は笑って言いながら、リル子の方に視線を送った。
「そうですね、フフ…」
 つられたように笑うリル子。
 ギコは、その様子を怯えながら見ていた。
 …怖い。
 絶対何かを心に秘めている。

 ギコはリル子から『アルカディア』に視線を移した。
 そして、『アルカディア』に告げる。
「俺も、おそらく自分の身を守るだけで精一杯だ。だから、お前がしぃを守ってやってくれ。 …頼む」

「…ああ、任せときな。オマエの愛しの彼女には、指一本触れさせねぇぜ」
 『アルカディア』は腕を組んだ。
 そして、ニヤニヤした笑みを浮かべる。
「だから、浮気はそこそこにしてやるんだな…」
 それを聞いて、ギコの表情が強張った。

「へ〜 性懲りも無く浮気してるんだ。前みたいなお仕置きじゃ足りなかったみたいだね…」
 しぃは口の端を吊り上げる。
「…!!」
 ギコは一歩後ずさった。
「また何かあったら知らせてね」
 しぃは、自らのスタンドに語りかける。
「…おおよ!」
 『アルカディア』は胸を張って言った。


「さて、そちらの問題も片付いたようですね…」
 局長は、そう言いながらも壁の一点をじっと見つめている。
「ん…? どうかしたのかい?」
 モララーは局長に訊ねた。
「いえ、別に…」
 局長は、全員に向き直る。
「さて、行きましょうか…」
 廊下に散乱した死体を避けつつ、一向は廊下を進んでいった。


 廊下の突き当たりに、立派な扉が見える。
「あれが、大会議室の扉ですね」
 局長は言った。
 おそらく、あの中に政府要人達が監禁されているのだ。
 一同は扉の前に立った。
 中の様子は分からない。
 罠があるのかもしれないし、兵士達が息を潜めて銃口を向けているのかもしれない。
 何もない、と考えるのは楽観的に過ぎるだろう。

「…さて、ここはレディー・ファーストです。リル子君、お先にどうぞ」
 局長は、リル子に先を促した。
「局長がレディー・ファーストを実践されていたとは初耳ですが… お断りします。
 女性という事で、特別な扱いを受ける気は毛頭ありませんので。
 局長が先に踏み込んで下さい。骨は拾いますので、御安心を」
 リル子は冷たく告げる。

「まったく…」
 局長はため息をついた。
「やれやれ、指揮官を先頭にしてどうするんですか…」
 文句を言いつつも、自分が適任である事は理解しているようだ。
 扉の取っ手に手を掛ける局長。
 そのまま、一気に扉を開いた。

 銃声が響く。
 部屋の中に伏せていた兵達が、一斉に発砲したのだ。
 その数、約40人…!

「『アルケルメス』!!」
 局長のスタンドは、被弾する瞬間の時間を切り取った。
 その刹那、レモナとつーが会議室に飛び込む。
「バルバルバルバルッ!!」
「行くわよ――っ!!」
 2人は銃弾を弾きながら、兵達に襲い掛かった。

「『レイラ』ッ!!」
 ギコはスタンドを発動させ、先程手に入れたM4カービンを構える。
 銃のレバーを、素早く3発バーストモードに切り替えた。
 そして、会議室の中に駆け込むギコ。

「どけや、ゴルァ――ッ!!」
 ギコは、部屋内を駆けながら自動小銃を乱射した。
 自分に向けられた弾丸は、『レイラ』の刀で弾き飛ばす。
 5.56mm弾の直撃を喰らい、次々に倒れていく兵士達。

 要人らしき人達は、部屋の隅に集められていた。
 首相をはじめ、TVで目にした事のある顔がいくつもある。
 手足の拘束はされていないようだ。
 そして、1人の兵が要人達に銃を向けている。
 スタンドを発動していないリル子が、要人達に駆け寄った。

「Freeze!!(止まれ!!)」
 兵がリル子に銃口を向けた。
 しかし、リル子は走る速度を緩めない。

          TeilAnfang
「『Altitude57』、限定起動…!」
 リル子は、そう言いながらアタッシュケースを空中に放り投げた。
 そこから飛び出した黒い影が、瞬時にリル子の足を覆う。

「Set… code21:『RandBeschleunigung(限界加速)』」
 リル子の動きが、瞬間的に加速した。
 素早く銃を構える兵士… その眼前に一瞬で接近する。
 そのまま、リル子は掌底で銃をさばいた。
 そして、姿勢を屈めて相手の右手の下をくぐり、懐に入り込む。
「…!!」
 兵士が反応する間もなく、リル子は無防備な胴に体当たりを決めた。

「鉄山靠か…!」
 ギコは、見事な技の入り方に感嘆して呟いた。
 鉄山靠を決められた兵は吹っ飛んで、壁に激突する。

334:2004/05/12(水) 22:24

「ふう、こんなものですかね…」
 『アルケルメス』が、その腕で吊り下げていた兵の体を床に落とした。
 大会議室の床は一瞬のうちに、倒れた兵で埋まってしまう。

「僕、何もしてないんだけどな…」
 ドアの前に突っ立って、モララーが呟いた。
 その隣にはしぃもいる。

 局長は、部屋の隅に集まっている要人達に歩み寄った。
「どうも、皆さんを救出に来た公安五課です」
 そう言って、スーツ姿で固まっている老人達に名刺を配る局長。
「公安五課をよろしく。再来年度予算には、ぜひ一考の程を…」
「…根回しは後にして下さい」
 リル子は、厳しい口調で言った。

 首相が、局長の顔をまじまじと眺める。
「…今日一日の動向は、TVで見て知っている。公安五課は自衛隊に与しなかったのかな?」
 局長は軽く肩をすくめた。
「私がフサギコ…統幕長と対立していたところは見たでしょう?
 公安五課は、スタンドの犯罪を取り締まる組織。スタンドそのものを犯罪と見なす訳ではありません。
 …ゆっくり話をする余裕もないようですね」

 足音と共に、5人の米兵が会議室に駆け込んできた。
 そして、銃口を部屋内に向ける。

「…『崩れる』」
 『アルカディア』は呟いた。
 兵達の足元の床に幾つもの亀裂が走る。
「…!?」
 兵士達が反応する間もなく床が崩れ、彼等の体は階下に落下していった。

「脱出か… モララー、『アナザー・ワールド・エキストラ』の瞬間移動が使えないか?」
 ギコはモララーに訊ねる。
「…無理だね。座標の調整に時間がかかる上に、これだけの人数が通れる『穴』を開けるのも無理だよ」
 モララーは壁にもたれたまま首を振った。
「全く、使えねぇな…」
 ギコが吐き捨てる。

 局長は、20人近くいる要人達の顔を見回した。
「今から、皆さんを連れてここから脱出します。
 人数が多いので、3×7の列を組んで駆け抜けます。
 列から離れると間違いなく死にますので、そのつもりで」

 要人達の顔に不満と緊張が走った。
 だが、命をかけてまで愚痴る覚悟のある人間などそうはいない。
 彼等は素早く3×7の列を形成した。

 それを見て、局長は頷く。
「国会でも、今のように文句を言わず速やかに協力すれば、審議は十分の一の時間で済みますね。
 さて、行きますよ…!」
 リル子が列の先頭に立ち、早歩きで進み出した。
 先程『アルカディア』が空けた床の穴を大きく迂回する。
「俺達は、列の両脇を固めた方がいいな…?」
 ギコは局長に言った。
「そうですね。最後尾の守りは私が務めましょう」
 局長は頷く。
 ギコ、モララー、しぃ、レモナ、つーは素早く列の周囲に展開した。
 そのまま、一団は会議室を出た。

 そして、素早く廊下を通過する。
 局長は要人達に語りかけた。
「ここから少し行ったところに、多くの死体が転がっています。
 心臓の弱い方は気をつけて下さいね。
 まあ、政治家の皆さんともなれば死体の1つや2つ見慣れているかと思いますが」

 一同は、死体で埋まった廊下に差し掛かった。
 靴が血で濡れるのも厭わず、要人達は列を組んで走り抜ける。
「…おっと、急用を思い出しました」
 急に局長は立ち止まった。
「リル子君、先に行って下さい」

「は?」
 怪訝そうに振り返るリル子。
 その目に、真剣な局長の表情が映る。
「…了解しました。早めに合流して下さい」
 再び、リル子は駆け出す。
「えっ、いいの…!?」
 モララーは、リル子の後姿と局長の顔を見比べた。
「いいんだよ、行くぞ!!」
 ギコが先を促す。
 一団は、局長を残してそのまま3階に降りていった。

335:2004/05/12(水) 22:25



「さて… もう息を潜めるのにも飽きたでしょう?」
 局長は壁の一点を見つめて言った。
 不意に、その空間に人間の輪郭が浮かぶ。

「…よく気付いたな。対スタンド機関の人間か?」
 その男は、一瞬にして実体化したように見えた。
 鍛え抜かれた筋肉質な体。紺を基調とした潜入用と思われるスーツ。
 そして、紺色の長いバンダナ。
 彼は、H&K社の特殊部隊用拳銃、USPを手にしていた。
 米兵15人を瞬殺した事からして、間違いなく強い。

「『BAOH』の嗅覚ですら反応はなかったのに、人間に見つかるとは…」
 男は低い声で言った。
 『BAOH』… こいつ、つーを知っている…!
 しかし、動揺は局長の顔に出ない。
「『BAOH』の嗅覚は敵意を感じ取る嗅覚であって、一般の意味での嗅覚ではありませんからね。
 私は職業柄、硝煙の匂いには敏感なんですよ…」
 局長は、煙草を咥えて言った。
 そのまま、煙草に火をつける。
「敵意が無ければ感知されない、か…」
 男は感心したように呟いた。

「さて、貴方はどこのスタンド使いです? ASAとは思えませんがねぇ…」
 局長の背後に『アルケルメス』のヴィジョンが浮かぶ。
「…俺に国はない」
 男は吐き捨てると、素早く横転した。
 そのまま、USPの引き金を引く。
「『アルケルメス』…!!」
 着弾の瞬間をカットし、同時に接近する。
 しかし、その対象の姿は既に無かった。

 先程撃ったUSPが廊下に転がっている。
 その銃口からは、硝煙が上がっていた。
「…」
 素早く周囲を見回す局長。
 しかし、男の姿は見当たらない。

 …僅かな物音が、背後から響いた。
「『アルケルメス』ッ!!」
 咄嗟にスタンドを発動させる局長。
 ピッタリのタイミングで、真後ろから狙撃された瞬間をカットする。

「…チッ」
 僅かな舌打ちが背後から聞こえた。
 素早く振り向く局長。
 しかし、既に男の姿はない。
「全く…、面倒な相手ですねぇ…」
 『アルケルメス』を背後に待機させたまま、懐から拳銃を取り出して局長は呟いた。

336:2004/05/12(水) 22:26



          @          @          @



 ギコ達と要人一同は、1階への階段を駆け下りていた。
「外に待機させている脱出用ヘリってのは、どのくらいの距離だ?」
 ギコは先頭のリル子に訊ねる。
「合図があり次第、200mほど離れた空き地に着陸する手はずになっています」
 リル子は、歩調を落とさずに答えた。
「でも、局長は…?」
 しぃは呟く。
 ギコは口を開いた。
「あいつは、最後尾を担当すると言っただろう? その最後尾が、あの場に残ったんだ…」
「追撃者がいた、って事か…」
 ギコが言いたい事を理解するモララー。
「じゃあ、たった1人で…!」
 しぃは言った。

「…ヒトノ コトヲ キニシテル バアイ ジャナイゼ…!」
 つーが、敵意の匂いを感じ取ったようだ。
「1カイ ホールニ スゲェ カズダ…」

「…!!」
 しぃが息を呑む。
「何人ほどです…?」
 リル子は訊ねた。
「ホールには3個中隊…約280人ってとこね。外には… とにかくいっぱい」
 つーの代わりに、レモナが口を開く。

 リル子は階段の途中で立ち止まった。
 要人達の列の進行も会談の真ん中で止まる。
 そして、リル子は要人達の方に振り返った。
「聞いての通り、1階のエントランスホールは敵で埋まっています。
 私達で片付けるので、ここで待機していてください」

 首相は緊張した面持ちで頷いた。
 次に、ギコ達の方を向くリル子。
「私とレモナさん、そしてつーさんは、敵に突貫して道を空けます。
 おそらく、相当の数の敵兵がここにも向かってくるでしょう。
 ギコさん、しぃさん、モララーさんは要人の方々を護衛して下さい」

「おうよ!」
 ギコは頷くと、階段の下に視線をやった。
 上がってくる奴を片っ端から撃退すればいい。
 上方に陣取ったこちらが有利だ。

「レモナさん、つーさん、準備はいいですか…?」
 リル子はアタッシュケースを手繰り寄せて言った。
「久々に、気合が入るわね〜」
 レモナが軽く髪を掻き上げる。
「アヒャ! マカセトキナ!」
 つーが両手の爪を剥き出しにした。

 リル子は2人の様子を確認すると、アタッシュケースを開いた。
 ケースから飛び出した『アルティチュード57』が、一瞬にしてリル子の体を覆う。
         Anfang   System All Green
「『Altitude57』、起動…  システム異常無し」

 コードに覆われた漆黒のスタンドを身に纏い、リル子は階下に視線をやった。
 ここからは見えないが、1階には大量の敵兵が待ち伏せている…
 リル子は、次に一同を振り返った。
 敵兵から奪った小銃を構えているギコ。
 少し不安げなしぃ。
 よし、やるぞッ!!と気合を入れているモララー。

 レモナとつーは、リル子と視線を合わせて頷いた。

「――では、行きますよ」



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

337ブック:2004/05/13(木) 18:59
     EVER BLUE
     第十三話・BATTLE FORCE 〜力の矛先〜


 雨が降りしきる次元の異なった空間の中、天は傘を差し静かに佇んでいた。
 雨の降り続く無限の荒野。
 これが、天の心の投影か。

「『レインシャワー』。」
 天が呟く。
 すると、雨水がみるみる一つ所に集まり始め、
 それは瞬く間に一匹の大きな狼へと姿を変えた。

「行きなさい。」
 天が吸血鬼を指差した。
 直後、狼が吸血鬼に向かって飛び掛かる。

「……!!」
 吸血鬼は無言で狼を腕で払いのけた。
 爪で体を深々と抉られた狼が、元の雨水へと変わって弾ける。

「まだまだ行くわよ。」
 しかし、次の瞬間には再び天の近くに新たな狼が生み出される。
 同時に突進していく狼。
「何を…!」
 だが、矢張り吸血鬼はそれを苦も無く退けた。
 それと同時にまたしても出現する狼。

「ふん…!!」
 吸血鬼が狼が現れてはそれを次々と屠っていく。
 生まれる。
 消える。
 生まれる。
 消える。
 生まれる。
 消える。
 不毛な繰り返し。

「こんなものでこの俺を倒せると思っているのか!?」
 十体目位の狼を消し去った所で、吸血鬼が苛立たし気に叫んだ。

「…やっぱり、これしきでは駄目ね。
 仕方無いわ。
 もう余り時間も残っていないし、この辺りで決着させて貰うわよ。」
 と、天が傘を閉じ、その先端を地面へと突き刺した。

「『レインシャワー』!!」
 またもや雨水が集まり始め、別の姿を形作っていく。
 どうやら、今度は狼ではないようだ。
 彼女は、一体何を…

338ブック:2004/05/13(木) 19:00


「!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!」
 オオミミと吸血鬼が、同時に目を見開いた。
(!!!!!!!!!)
 僕も思わず息を飲む。
 これは、こいつは…!

「あいつは…!」
 オオミミが身構える。
 そこに生まれたのは、オオミミの腕と足を斬り落としたあの女吸血鬼だった。

「栗田様…!?」
 吸血鬼がポカンと口を開いた。

「!!!!!!!!!!」
 刹那、女吸血鬼は男目掛けて襲い掛かった。

「くっ…なっ……!!」
 男が左腕でその一撃を受ける。
「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 直後、男の左腕があらぬ方向に折れ曲がった。
 それを逃さず、女吸血鬼はさらに男の体を切り刻む。

「WWWWWOOOOOOOOOHHHHHHH!!!」
 男の体があっという間に深紅に染まる。
 吸血鬼の再生力でも、傷を修復しきれていない。

 一体、天のこの能力は何なんだ。
 あの女吸血鬼の動きは、まさにオオミミが闘ったそれと遜色無い。
 只一つ、スタンドを使っていないという点を除いては。

「AAAAAHHHHHHHHHH!!!」
 男が絶叫する。
 最早、男の命は風前の灯火だった。

「…『ゼルダ』。」
 と、オオミミが僕に話しかけた。
(オオミミ?)
 どうしたんだ、オオミミ。
 そんな浮かない顔をして。

「ごめん。少しだけ、僕に体を貸してくれ。」
 その言葉と共に、僕の体の支配権がオオミミへと移った。
(オオミミ、何をするつもりなんだ!?)
 僕の言葉に、オオミミは答えない。
 無表情のまま、女吸血鬼と男が闘う所へと歩いていく。

「ちょっと、何考えてるの!?
 巻き添えを喰らうわよ!?」
 天が驚いた顔でオオミミを制止しようとする。
 しかし、オオミミ止まらない。

(やめろ!オオミミ!!)
 だが、僕や天の言葉には耳も貸さず、オオミミはひたすら進み続けた。

「……!!」
 天が制止は無理と判断したのか、女吸血鬼を雨水へと戻す。
 暴力から開放された男が、訳が分からないといった様子で目を丸くしていた。

「……」
 オオミミが、男の前に立つ。

「…!SYAAAAAAAAAAAA!!!」
 呆然としていた男だが、そんなオオミミを前にして、
 これぞ好機とばかりに目を血走らせてオオミミに爪を振るう。

「『ゼルダ』!」
 しかし、遅い。
 先程の女吸血鬼の雨細工との闘いでのダメージで、
 既に男には以前の力は無かった。
 男の爪がオオミミの体に触れる前に、オオミミが僕の体を操って男の頭を叩き潰す。
「……!!!」
 頭を破壊された男は、地面に仰向けに倒れてそのまま蒸発していった。

339ブック:2004/05/13(木) 19:01



 …気がつくと、周りの風景は元の船内へと戻っていた。
 恐らく、天の能力が解除されたのだろう。

「…どういうつもり?」
 天が、なじるような表情でオオミミに尋ねた。
(そうだよ。何で、あんな事をした。)
 僕もオオミミに同じ質問をする。

「手柄を横取りしたかったのかしら?
 だとしたら、とんだ卑怯者ね。」
 天がぶつけるように言葉を投げかける。
 オオミミは、黙って首を振った。

「だとしたら何であんな危ない事したのよ!
 私が止めなかったらどうなってたか分かってるの!?」
 天がカンカンに怒りながら叫ぶ。

「天なら、止めてくれると思ってたから。」
 オオミミが、苦笑しながら答えた。

「そうじゃなくて、何でアタシの邪魔をしたのか聞いているの!」
 僕もオオミミが何故あんな事をしたのか分からなかった。
 オオミミ、答えろ。
 返答によっては、僕も怒るぞ。

「…天は、人を殺した事ある?」
 天の顔を真っ直ぐと覗き込み、オオミミは言った。
「…!?無いけど、それが何よ…」
 オオミミの真剣な眼差しに圧され、天がやや身を引きながら答える。

「…人を殺すとね、凄く、凄く嫌な気分になるんだ。
 俺は、君にそんな思いをして欲しくない。」
 オオミミが俯く。
 まさか、君はたったそれしきの理由でさっきの無茶をしたのか?
 馬鹿げている。
 それに、さっきの男は人間じゃない。
 ただの化け物、吸血鬼じゃないか!

「何言ってるの!?
 それとこれと何の関係があるっていうのよ!
 さっき吸血鬼は、ただの化け物じゃない!!」
 僕が考えた事と全く同じ台詞を、天が喋る。

「…違うよ。
 やっぱり、そんな理由なんかで殺しちゃ駄目だ。
 吸血鬼だから、化け物だから殺してもいいなんて、絶対に間違ってる。
 そんな理由で殺したら、いつか、それを悔やむ日が来る。」
 オオミミが哀しそうな目で言葉を続けた。

「サカーナの親方が言ってた。
 殺す時には、それ相応の理由で殺せ、って。
 信念とか、理想とか、お金とか、怒りとか、憎しみとか、道義とか、
 何かを守る為とか、食べる為とか、生きる為とか、
 それが良いとか悪いとかに関わらず、
 自分なりの確固たる理由をもって殺せ、って。
 そして、相手もまた同じ様に理由を持っている事を忘れるな、って。
 それが、殺す相手への最低限の礼儀だ、って。」
 オオミミが天に語り続ける。
 それは、あたかも自分に対して問うているようでもあった。

「…吸血鬼だってそれは同じだよ。
 彼らは、人を食べなきゃ生きていけないんだ。
 だから、人を殺す。
 勿論、俺達人間だって黙って喰われる訳にはいかない。
 だから、吸血鬼を殺すんだ、って。
 ただそいつが吸血鬼だから、化け物だから殺していいなんてのは、
 畜生にも劣る道理だ、って。
 …そうサカーナの親方は教えてくれた。」
 僕は黙ってオオミミの話を聞いていた。

「…それは、さっきの吸血鬼だって一緒だよ。
 あいつらは何らかの理由で俺達の船を襲って、俺はそれを防ぐ為に殺した。」
 天は何も答えない。
 ただ俯きながら、オオミミの言葉に耳を傾けている。

「…それに、いくらこうやって綺麗事並べたって、
 誰かを殺す、ってのは、いけない事なんだ。
 …だから、巻き込まれただけの君が、
 こんな所で、そんな理由で殺しちゃ駄目だ。」
 オオミミが呟くように天に告げた。
 優しく、しかし、どうしようもない位に寂しそうな声で。

340ブック:2004/05/13(木) 19:01


「…あんたは……」
 と、天が何か言おうと口を開いた。

「…?」
 オオミミがそれを受けて不思議そうな顔をする。

「あんたは、今までに人を殺した事があるの…?」
 真剣な表情で、天がオオミミに尋ねた。

「……」
 オオミミと天の間に沈黙が流れる。
 押し潰されそうな圧迫感。
 オオミミはしばし躊躇った後、やがて観念したように口を開いた。

「…殺したよ。それも、いっぱい。」
 …事実だった。
 僕も、それに協力していた訳ではあるが。

 仕方が無いといえば仕方の無い事だ。
 オオミミの居るサカーナ商会一味は、いわゆる何でも屋と呼ばれる部類の職業で、
 悪く言ってしまえばならず者と大差無い。
 この物騒なご時世、護衛や輸送等の仕事の最中に…
 いや、仕事とは関係の無い時だって、空賊に襲われる事もある。
 そうなったら、反撃だってしないといけない。
 当然、已むを得ず殺さねばならない場合だってある。
 それはしょうがない。
 やらなければ、こっちがやられてしまうのだ。
 殺すぐらいなら殺される方がマシなどと、気の触れたような戯言を言っていては、
 この世界では一日とて生きていけない。

 ただ、誓って何も関係無い人を殺した事や、
 残虐に苦しめながら殺した事は一度だって無い。
 だけどそんな事を言った所で、オオミミは自分を責めるのをやめないだろう。
 僕にはただ、オオミミと一緒に罪を被っていく事しか出来なかった。

「…軽蔑してくれていいよ。俺は、人殺しなんだ。」
 オオミミが顔を背けながら天に告げる。

「…ア、アタシは……」
 天が困ったような顔をしながら、オオミミに何か答えようとした。

 …僕は、彼女がもしオオミミを傷つけるような事を言ったら、
 ひっぱたいてやるつもりだった。
 オオミミを侮辱する奴は、絶対に許せない。

「…アタシは、人を殺した事が無いし…難しい事は分かんないから、
 あんたが正しいのかどうかなんて分かんない。
 だけど……」


「オオミミ君、天君、大丈夫ですか!?」
 と、そこにタカラギコが駆けつけて来た。
 背中には、何やら大きな十字架を担いでいる。
 いや、あれは以前サカーナの親方に見せて貰った事がある。
 確か、『パニッシャー』とかいう銃だった筈だが…
 まさか、あのトンデモ兵器を使えたのか!?

「あ、はい。」
 オオミミが慌ててタカラギコの方を向く。

「いや、こちらの方に恐いおじさんが来たと思ったのですが…
 どうやら、もう片付いていたみたいですね。」
 タカラギコが、足元に転がる吸血鬼の残骸を見ながら口を開いた。

「さて…どうやら、嵐は去って行ったみたいですね。」
 そのタカラギコの言葉で、初めて周りが静かになってきていたのに気がついた。
 どうやら、何とか切り抜けられたようだ。

「…取り敢えず、ブリッジに行ってみよう。」
 オオミミが、天とタカラギコに向かってそう告げた。



     TO BE CONTINUED…


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板