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バトル・ロワイアル〜罪と罰〜【長編】
1
:
咎目千人
:2009/10/25(日) 23:00:49 ID:en4xDozY
兵庫県立三つ葉中学校三年一組クラス名簿
男子一番:愛川 礼二(あいかわ・れいじ)
男子二番:伊谷 恭四郎(いたに・きょうしろう)
男子三番:宇都宮 真人(うつのみや・まこと)
男子四番:九条 翼(くじょう・つばさ)
男子五番:千賀 尚人(ちが・なおと)
男子六番:長谷川 雄大(はせがわ・ゆうだい)
男子七番:目黒 周平(めぐろ・しゅうへい)
男子八番:八木沼 透(やぎぬま・とおる)
男子九番:月見里 直樹(やまなし・なおき)
男子十番:和藤 忠志(わとう・ただし)
女子一番:綾宮 花音(あやみや・かのん)
女子二番:柿本 早苗(かきもと・さなえ)
女子三番:木南 果歩(きなみ・かほ)
女子四番:白鳥 あすか(しらとり・あすか)
女子五番:津田 深雪(つだ・みゆき)
女子六番:詰草 麗華(つめくさ・れいか)
女子七番:西島 文乃(にしじま・ふみの)
女子八番:広瀬 ほたる(ひろせ・ほたる)
女子九番:牧野 瑠璃(まきの・るり)
女子十番:水無月 翔子(みなぐち・しょうこ)
2
:
咎目千人
:2009/10/25(日) 23:04:09 ID:en4xDozY
初めまして、咎目千人(とがめ・せんと)という者です。
少なめの生徒数&生徒募集無しで恐縮ですが、オリバトを書かせていただきます。
どうぞよろしくお願いします。
3
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 21:56:24 ID:en4xDozY
兵庫県立三つ葉中学校三年一組データベース
男子一番:愛川礼二(あいかわ・れいじ)
【甘いマスクと優しいハート、女子生徒の憧れの的】
【サッカー部】【トトカルチョ順位:5位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆☆☆☆
男子二番:伊谷恭四郎(いたに・きょうしろう)
【素質溢れる、一流プログラマーの卵】
【コンピュータ同好会】【トトカルチョ順位:16位/20位】
容姿 ☆☆☆☆
体力 ☆☆☆
運動 ☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆
精神 ☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆
男子三番:宇都宮真人(うつのみや・まこと)
【他人に優しく自分に厳しく、それが己に課した掟】
【書道部】【トトカルチョ順位:14位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆
男子四番:九条翼(くじょう・つばさ)
【心の底で燃え上がる、勝ち組達への憎しみの炎】
【帰宅部】【トトカルチョ順位:12位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆
男子五番:千賀尚人(ちが・なおと)
【今より誰より強くなる、数え切れない犠牲の果てに】
【空手部】【トトカルチョ順位:11位/20位】
容姿 ☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆
サバイバル ☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆
4
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 21:57:33 ID:en4xDozY
男子六番:長谷川雄大(はせがわ・ゆうだい)
【みんなを笑顔にするために、その身を尽くす人気者】
【サッカー部】【トトカルチョ順位:7位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆
男子七番:目黒周平(めぐろ・しゅうへい)
【戦いたくない傷つきたくない、その思いが招いた逃避の人生】
【帰宅部】【トトカルチョ順位:19位/20位】
容姿 ☆☆☆
体力 ☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆
精神 ☆
強運 ☆☆☆
男子八番:八木沼透(やぎぬま・とおる)
【気だるい態度で熱いハートを覆い隠した熱血漢】
【バスケットボール部】【トトカルチョ順位:8位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆☆
男子九番:月見里直樹(やまなし・なおき)
【必ず打つがその後吐く、悲劇の四番打者】
【野球部】【トトカルチョ順位:10位/20位】
容姿 ☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆☆☆
男子十番:和藤忠志(わとう・ただし)
【手首の傷は狂気の証、誰もが恐れる不登校児】
【帰宅部】【トトカルチョ順位:2位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆
知性 ★★★★★★★★★★
サバイバル ★★★★★★★★★★
カリスマ ☆☆
射撃 ★★★★★★★★★★
格闘 ☆☆☆☆☆
精神 ★★★★★★★★★★
強運 ★★★★★★★★★★
5
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 21:58:08 ID:en4xDozY
女子一番:綾宮花音(あやみや・かのん)
【禁忌を犯した親から継いだ、澱んだ色の呪われた血】
【陸上部】【トトカルチョ順位:4位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆☆
運動 ★★★★★★★★★★
知性 ☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
強運 ☆
女子二番:柿本早苗(かきもと・さなえ)
【縛られないで自由に生きる、風のようなボク少女】
【バスケットボール部】【トトカルチョ順位:9位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆
女子三番:木南果歩(きなみ・かほ)
【脆い心を支え止める、忘れられない思い出のメロディ】
【吹奏楽部】【トトカルチョ順位:17位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆
格闘 ☆☆☆
精神 ☆☆
強運 ☆☆☆☆
女子四番:白鳥あすか(しらとり・あすか)
【自分の正義を貫き通す、平和を願う白い鳥】
【帰宅部】【トトカルチョ順位:6位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆☆☆☆
女子五番:津田深雪(つだ・みゆき)
【誰より弱い心臓と、誰より強い心を持つ者】
【美術部】【トトカルチョ順位:20位/20位】
容姿 ★★★★★★★★★★
体力 ☆
運動 ☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆
格闘 ☆
精神 ★★★★★★★★★★
強運 ☆☆☆
6
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 21:58:34 ID:en4xDozY
女子六番:詰草麗華(つめくさ・れいか)
【殺しの神に愛された、純白の髪を持つ鬼】
【帰宅部】【トトカルチョ順位:1位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆☆
サバイバル ★★★★★★★★★★
カリスマ ☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆
精神 ★★★★★★★★★★
強運 ★★★★★★★★★★
女子七番:西島文乃(にしじま・ふみの)
【普通の女の子になりたい、密かに望む優等生】
【帰宅部】【トトカルチョ順位:13位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆
女子八番:広瀬ほたる(ひろせ・ほたる)
【手に届くものすべてを護るため、未熟な過去を乗り越えるために】
【合気道部】【トトカルチョ順位:3位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆☆
女子九番:牧野瑠璃(まきの・るり)
【言葉には力がある、そう信じて詩を書く少女】
【文芸部】【トトカルチョ順位:18位/20位】
容姿 ☆☆☆☆☆
体力 ☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆
格闘 ☆☆☆
精神 ☆☆☆☆
強運 ☆☆☆☆☆
女子十番:水無月翔子(みなづき・しょうこ)
【自分の弱さを受け止められない、そんな苦悩を抱く少女】
【バレーボール部】【トトカルチョ順位:15位/20位】
容姿 ☆☆☆☆
体力 ☆☆☆☆☆☆
運動 ☆☆☆☆☆☆
知性 ☆☆☆☆
サバイバル ☆☆☆☆
カリスマ ☆☆☆☆☆☆
射撃 ☆☆☆☆☆
格闘 ☆☆☆☆☆☆
精神 ☆☆☆
強運 ☆☆
7
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 22:02:25 ID:en4xDozY
プロローグ
長いようで短かった中学生活が、後は明日行われる卒業式を残すのみとなったこの日、月見里直樹(兵庫県立三つ葉中学校三年一組男子出席番号九番)は、第三学年だけで行われる卒業式の最終予行練習に参加するため、体育館を訪れていた。
一クラス二十人×二クラス、つまり一学年四十人しか生徒のいない片田舎の学校ではあるが、それでも、その全校生徒百二十人が集結するのと四十人のみが集まるのとでは、体育館の雰囲気自体に大きな差があった。
赤いカーペットの敷かれた入退場用の通路を挟んで、右側が二組、左側が直樹たち一組が本番にも座ることになるスペースである。すでにパイプ椅子が人数分、整然と並べられていて、何人かの生徒は着席して近くの者と雑談に興じているようだった。
前列が男子で後列が女子。
直樹にはジェンダーフリーやレディファーストの思想はまったくなかったが(男女平等だとか女性優先だとか言うが、結局のところ男は男、女は女でそれぞれ時と場合によって優遇されたり冷遇されたり、ケースバイケースなのが世の中の仕組みなのだと彼は考えていた)、それを見て男が前で女が後ろというのはこういう場合暗黙の了解なんだなあとは思った。
しかし、この面子の何人かとは明日でお別れか、と直樹はらしくもなく感傷に浸る。
直樹は野球部に所属し、現役時代は四番を打っていたが、名門私立高校から推薦が来るほどの成果を、直樹、というより三つ葉ナインは出すことができなかったのだ。もちろん高校に入ってからも野球は続けるつもりだったが、直樹は妥当というか順当というか、地元の三つ葉高校に進学することになっている。甲子園など夢のまた夢な学校だ。だけど少なくとも、大好きな野球を続けることはできる。そのために、鈍った体を今のうちに鍛え直さないとな、と直樹は考えた。
「よお直樹、思ったより早かったな」
「まあな」
直樹の左隣の席はすでに埋まっていた。
染めているわけではないが茶色がかった髪をワックスでツンツンに立たせているこの長身の男は、八木沼透(男子八番)だ。名字も出席番号も八なので、親しい友人(直樹含む)からは『ハチ』というニックネームで呼ばれている。
直樹とは三年生で初めてクラスが同じになったものの、野球部所属である直樹に対して透はバスケットボール部所属、同じ体育会系として部活中に顔を合わせることもしばしばあり、一年生の頃から自然と仲良くなっていた。
その透も自分と同じ三つ葉高校に進学するということが、直樹にとっては幸運だった。
なんせ、隣のクラスに所属する野球仲間たち(一組には野球少年は直樹しかいない)の何人かは、三つ葉高校以外の学校に進学することになっているのだ。親しい友人は一人でも多いほうがいい。直樹はそう考えていた。
「しっかし卒業かー。なんかまだ実感ねえや。でも女子は今からマジになってやんの」
透はそう言って腰を捻り、ほんの一メートルほどの距離で繰り広げられているセンチメンタルな光景を見つめる。直樹も同じように振り返り、隣のクラスの生徒も含めた大勢の女子が一塊になって『私たちずっと友達だよ』云々の会話を交わしているのを見つめた。中には涙ぐんでいる生徒もいる。泣き虫で有名な木南果歩(女子三番)なんかは顔を真っ赤にして鼻水を啜っていた。
「卒業式明日だってーの。それに永遠の別れってワケでもないのにさー」
「おい透、聞こえるぞ」
直樹が注意を促したときには時すでに遅く、クラスのまとめ役でもある勝気な女子・水無月翔子(女子十番)が直樹と透を睨み付けていた。
直樹は面倒なことになったと思いながらも、このように透の発言のとばっちりを受けたことは一度や二度ではなかったので(二年生の夏には、色々あって女子数人に透ともども土下座を強いられた)、特に動じることはなかった。
しかし透は無視していればいいのに、わざわざ翔子に声をかける。
「何か文句でもあるか? どーせお前らメールとかするんだろ? こんな田舎じゃ、学校変わったって出会う機会もそこまで減らねえよ。汽車でも合うだろうし」
ちなみに汽車という表現は間違っていない。
三つ葉町は神戸や西宮などの都市を有する兵庫県という都道府県に含まれる町ではあるものの、去年の夏に町内初のコンビニがオープンしたばかりというド田舎なのだ。
そのため、電車ではなく未だに汽車が現役だったりする。
駅が無人駅だったりもして、そのためキセルがしやすい環境だったり。
8
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 22:03:02 ID:en4xDozY
「何その言い方。男子に私たちの気持ちなんて分からないよねー」
「ねー」
翔子の周りにいた女子たちが悪意たっぷりにそう言ったのに対し、透があからさまに舌打ちするのを直樹は呆れつつも「それくらいにしとけって」と制止していた。
透は、『アイドルコンビ』と呼ばれているサッカー部のダブルエース、愛川礼二(男子一番)と長谷川雄大(男子六番)に次いで、クラスでは美形の男子であるのにも関わらず(まあ、たった十人の男子の中で三番手だからといって大して自慢にもならないが)、校内の女子から支持されまくりの二人とは対照的に、女子とはケンカが絶えない生徒だ。
しかしまあ、ケンカする機会すらない俺よりはマシだけど、と直樹は思った。
透の場合、顔は申し分ない。運動神経も悪くない、というよりかなりいい。
要するにそのいちいち文句を付けたがる性格が問題だった。
しかし。
「お前、そんな発言して、もし白鳥さんが泣いてたりしたらシバかれるぞ」
「だいじょぶだいじょぶ。あすかが泣くわけないだろ?」
直樹の懸念に対し、透は大げさに肩をすくめながら答えた。
……直樹が懸念したのは、透が実の姉のように慕う白鳥あすか(女子四番)のことだ。
どうやら今のところまだ体育館に姿を現していないようだったが(あすかの席には、パイプ椅子の上に寝転がっている詰草麗華(女子六番)の頭が置かれていた)、透はあすかには頭が上がらない。こうして本人のいないときには『あすか』などと下の名前で呼び捨てにしているが、本人の前では『あすかさん』と呼んでいる上に敬語だ。
あすかは、自分の名字を英語読みしたグループ『ホワイトバード』のリーダーである。
活動内容は本人たち曰く『校内をよりよくする』ことらしいが、直樹を始めとするクラスメイトたちにとっては、ズッコケ三人組のようなものだというのが共通の見解だった。
メンバーはあすかと透、そして『頭脳担当』であるというコンピュータオタク・伊谷恭四郎(男子二番)。性格的にはまるでバラバラな三人だが、主にあすかが透や恭四郎をどやしながらなんだかんだで仲良くやっているのを休み時間にはよく見かける。
しかし直樹は透以外の『ホワイトバード』とはあまり話したことがなかった。
恭四郎とは、単純に野球少年とコンピュータオタクとでは共通の話題がないから。
あすかと話したことがないのは、直樹が女子と会話をするというだけでも抵抗を覚えるほどのシャイな性格であるのと、あすかに対する苦手意識からだった。
あすかは女子にも関わらずケンカが強く、一年生のときには空手だかをやっているとかいう三年生の男子生徒を殴り倒すのを偶然見てしまったことがある。性格も男勝りで、透や恭四郎がパシリにされているのを昼休みにはよく見かけた(ちなみにそのときの透と恭四郎は危機感に溢れた表情で、『どうすんだ恭四郎、チョコチップメロンパンは人気だからもう売り切れてるかもしんねーぞ!?』『い、いいから行こうって! なかったらメロンパンで我慢してもらえば……』『あすかがそんな寛容な女なわけないだろ!』というような会話を交わしているのがお決まりだった。哀れなり)。
つまり直樹は、白鳥あすかに『怖い』というイメージを持っているのだ。
ルックスはまずまずだし、透に言わせれば『アイツはツンデレなんだよ』だそうだが、おとなしめの普通の女子とさえなかなか話せない直樹にとっては敷居の高い相手である。
ちなみに一組には他にも、陸上競技の近畿大会にも出場したアスリート・綾宮花音(女子一番)や合気道部の部長を務めていた広瀬ほたる(女子八番)といった凄まじい女子が揃っている。一組の女子で『普通』っぽいのは、文芸部で詩を書いているとかいう牧野瑠璃(女子九番)あたりだろうか。後は大体、個性に溢れている(と、いうような言い方をすると、牧野瑠璃は無個性だと言っているように思われそうだが)。
9
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 22:03:31 ID:en4xDozY
「つーか卒業式にも来ないのかな、アイツ」
「……ああ、和藤か」
「他に誰がいんだよ」
透はそう言って直樹の頭を軽くはたいたが、その顔には微かな恐れの色が浮かんでいた。
無理もない……たった今、話題に挙がった和藤忠志(男子十番)は、大変な事件を起こして不登校になった、誰もが恐れる要注意人物なのだ。
長い前髪をいつも垂らし、ニヤニヤと笑いながら真正面の一点のみを見つめていた忠志の顔が脳裏に浮かぶ。両親は早くに他界し、親戚に育てられていたというが、その親戚は忠志が小学校を卒業する頃に謎の死を遂げている。忠志が殺したのだ、という説が、三つ葉中学校ではまことしやかに囁かれていたが、その噂の信憑性を増させるような事件が去年、起こった。
何が原因かは知らないが、忠志に因縁を付けた三年生が変死体で見つかったのだ。
教師たちも忠志を問い詰めたが、忠志はニヤニヤしながら「知りませんよ、そんなこと」と繰り返すばかりだったという。そしてそれから一週間も経たないうちに、忠志は学校に来なくなった。
今ではその事件のことが生徒の話題に上がる機会も減ったものの、和藤忠志という人間の異常性、危険性に関しては、一年生から三年生まで誰もが理解している。
そしてその忠志は、卒業式前日にさえ姿を現さなかった。
まあ、姿を現したら現したで問題だが、と直樹は考える。
それにしても、たった二十人しかいないクラスなのに、どうしてこうも変わり種揃いなんだろう。白鳥あすかや和藤忠志にしてもそうだが、何より異彩を放っているのは――――
「おい詰草、そこはアタシの席だ。それにさっきからずっと深雪が座りたがってるのが分かんねーのかよ」
……張りのある声が聞こえ、雑談に興じていた女子たちがシンと静まり返るのに気付いた直樹と透は、沈黙を作り出した張本人であるところのあすかに視線を向けていた。
いつの間にか、体育館に到着していたらしい。
『ホワイトバード』のリーダーであり、金髪にピアスという校則に真っ向から反発したルックスをした男勝りな少女、白鳥あすか。
そのあすかが絡んだ相手は、彼女と、それに津田深雪(女子五番)の席を独占して横になっていた詰草麗華だ。
……そう、三つ葉中学校三年一組随一の異端は、詰草麗華その人だ。
まず外見上の最大の特徴として、その真っ白な髪が挙げられる。
先天性の病気か何かで、髪の色素が抜け落ちているのだそうだ。
しかしそれが、彼女の異彩を帯びた美しさを引き立てているように思われる。
このクラスの女子で彼女より美しいと断言できるのは、それこそ今、彼女に席を奪われている津田深雪くらいのものだろう。
しかし詰草麗華が異端たる所以はむしろ髪ではなく性格にある。
なんというか、女の子に対して失礼な言い方ではあるが、人間とは思えないのだ。
忠志のように事件を起こしたわけでもなく、校則は一応守るし授業にも参加している(ほとんど寝ているが)――――なのに何故か、彼女には得体の知れない何かがある。
それは直樹だけではなく、クラスメイト全員の共通した認識だった。
その麗華を、あすかは睨み付ける。
10
:
咎目千人
:2009/10/26(月) 22:04:00 ID:en4xDozY
「寝んのは勝手だけど人の席取んな。深雪の体のこと、知らないわけじゃないだろ?」
「……それは失礼」
麗華は透き通った声でそう言ってから気だるげに体を起こし、自分の席の背もたれに体重を預けて再び目を閉じていた。そんな彼女を舌打ちと共に一瞥してから、あすかはすぐ近くにいた深雪に「ほら、席空いたぜ」と座るよう促した。
「ありがとう……あすかさん」
深雪はそう言って丁寧にお辞儀し、麗華の隣の席に座る。
……深雪は生まれつき心臓が弱く、激しい運動を医者から禁じられている身なのだ。
そしてそれは何気ない日常生活での行動にさえも、時折不都合をきたすほどのものだという。だから深雪は体育の授業に参加したことは一度もないし、毎週のように病院で検査をするため学校を遅刻したり欠席したりする。
あすかはそんな深雪が麗華によって席を奪われ立ちっぱなしになっているのを見過ごせなかったのだろう。まあ、自分が座りたかったというのもあるだろうが。
「さっすがあすかさん!」
透が誇らしげにそう言ったのに対し、席に座って腕と足を組んだあすかが、
「アタシを誰だと思ってんのよ。白鳥あすかよ、白鳥あ・す・か」
……と、白い歯を見せながら不敵に笑って答えた(ちなみに『あ・す・か』のときには人差し指を立て、チッチッチッ、と振って見せていた)。
そんなやり取りに立場上、麗華が不快感を露わにしても不思議ではなかったが、彼女は眠たいのかどうでもいいのか面倒臭いのか、ずっと目を閉じたままだった。
まあ、そのほうがいい。白鳥あすかと詰草麗華のマジゲンカなんて見たくない。
直樹は、いつ問題が起こってもおかしくなかったこの三年一組が、なんだかんだで無事に卒業式を迎えられるであろうことを本当にありがたく思っていた。
……卒業。
そう、このクラスのメンバーの何人かとは離れ離れになるのだ。
別にそのことでセンチメンタルに浸るつもりはなかったが、それでも、さすがに少し名残惜しいような気持ちはあった。
――――なんてことを言ったら、透には笑われてしまうだろうな。
直樹は含み笑いを浮かべながら、透のほうに視線を向けた。
しかし。
「と……透?」
ほんのついさっき、あすかに話しかけていた透がパイプ椅子にもたれ、微かな寝息を立てながら熟睡している。それこそ、ちょっとやそっと揺さぶったくらいでは目覚めそうにないくらいに思われた。
どうしたんだろう、卒業式が近付いてきたってことで、夜寝れなかったとか?
それこそ透らしくない……ていうか、なんだ? 俺まで、眠くなってきたぞ。
「マジ……何だよ……」
睡眠不足や疲労で睡魔に襲われたときに感じるのとは、少し違った感覚がある。
たとえるならそれは、優しくも強引に、何十本もの腕によって眠りの世界に引き摺りこまれていくかのような感覚だ。
瞼が落ちそうになるのを気力で堪えながら振り返ると(首も肩も異様に重たくなっていて、そのただ『振り返る』というだけの動作に数秒を費やした)、麗華はもちろんのこと、深雪やあすかも眠りに落ちていた。
立ち話をしていた翔子たちも、床に折り重なるように倒れて眠っている。
おいおい、いくら眠くてもそれはダメだろ……体育館の床で熟睡とか男子でもしないぞ……?
そんなことを考えていた矢先、直樹は瞼がストン、と落ちるのを感じていた。
視界が真っ暗になる。
しかしそれを、直樹の頭はすでに理解してすらいなかった。
もう何も考えることもできず、抵抗をやめて眠りという名の海にその身を沈めていく。
意識が途切れる寸前にほんの一瞬、脳裏をよぎったのは、何故か忘れもしない引退試合のワンシーンだった。
泥まみれのユニフォームを着て、滝のような雨に打たれながら、バット片手に愕然としていたあの夏の記憶。そう……どんな球でもスタンドに運んできた直樹にとってまるで予想外の、最終回での疑いようのない三振KOだ。そして直樹たちの夏は、そこで終わった。
……行きたかったなあ、全国大会。
なあんて、最初から無理だって分かってたけどさ……。
でも、夢見たっていいよなあ……だって、野球、大好きだもん、俺……。
――――直樹の意識は、そこで途切れた。
【残り20人】
11
:
咎目千人
:2009/10/28(水) 20:29:28 ID:en4xDozY
「おい、直樹、起きろ。直樹」
誰かに名前を呼ばれながら肩を揺さぶられる感覚に、月見里直樹(男子九番)は目を覚ましていた。
寝起きだからか、頭が痛い。そして鼻から吸い込まれる木の匂い……それは、自分がまだ野球部に所属していた頃、毎日のように嗅いでいた匂いだった。朝練で疲労困憊し、寝てばかりいた授業中に、朦朧とする意識の中で嗅いでいた匂い。
要するに、自分は机に顔を埋めて眠っていたらしい。
そのことに気付き、ゆっくり顔を上げた直樹が見たのは、不安そうな顔でこちらを振り向いている八木沼透(男子八番)だった。どうやら自分を起こしてくれたのは透らしい、と理解すると共に、直樹は首の辺りに奇妙な違和感があることに気付いていた。
そっと首に手を当ててみて、そのあまりに冷たい感触に思わずぎょっとする。
……直樹の首には、銀色に輝く一つの首輪が巻かれていた。
さっきまではそうでもなかったが、こうしてそのことに気付くと共に、次第に息苦しさが強くなっていく感じがした。
「な……なんだよこれ。ていうか、お前にも」
「俺たちだけじゃねえ。みんなにもだ」
どうやら直樹よりもだいぶ早くに目を覚ましていたらしい透が、緊張感に満ちた声でそう呟き、ぐるりと辺りを見回すようにする。そんな透の首にも、直樹に付けられているのとまったく同じ種類の首輪が巻かれていた。そして透に倣って辺りを見回した直樹は、ようやくおおよその状況を把握することとなった。
……ここは教室だ。しかし、慣れ親しんだ三年一組の教室ではない。
もっと古く、もっと錆びれている……いかにも木造といった感じの教室である。
壁に掛けられた時計の針は、ちょうど十二時を指していた。
チラリと左に視線を向けると、そこには窓があったが、外の景色は見えなかった。
カーテンが閉められていたわけではなく、真っ暗闇だったのだ。
つまり、今は夜の十二時ということになる。あれから半日以上経ったのか……。
……そして確かに、そこにはクラスメイト全員がいて、首輪を付けられていない生徒はいなかった。
「どういうことなんだ? これは」
「分かんねー……ただ、予行練習する前に何かいきなり眠くなって、寝ちまって……で、ここで目覚めた」
「この首輪は?」
「だから分かんねえって。でもよ、何か嫌な感じだな。わけわかんねえしよ」
ごもっともだった。
現に、クラスメイトの多くは不安そうな様子で、周囲の者と会話を交わしている(ここでようやく、直樹は自分たちが出席番号順に座らされていることに気付いていた。廊下側の一列は女子一番から女子五番、その隣は男子一番から男子五番……といった感じにだ)。
そんな中でも比較的落ち着いているように見えたのは、陸上部所属でどこか威圧感に満ちている綾宮花音(女子一番)や合気道をやっている広瀬ほたる(女子八番)、それに、詰草麗華(女子六番)くらいだった(いずれもみんな女子だが、女子のほうが男子より精神的に強い場合が多いというのはよく聞く話だ。それにこの三人は普段から感情を表に出さないタイプである)。
「誰がこんなことを? 俺たちを眠らせて……首輪付けて、運び込んだって考えるべきだよな、これ」
「ああ、そうだろうな。何の目的でかはサッパリ分かんねえけどよ」
透がお手上げとばかりにそう言った、そのときだった。
12
:
咎目千人
:2009/10/28(水) 20:30:08 ID:en4xDozY
「はいはいはいはい、静かにしーましょーねー」
――――ざわめきを一瞬にして掻き消したのは、そう言いながら教室に入ってきた一人の女性だった。年齢は二十歳そこそこだろうか、可愛らしい丸顔の女性である。しかしその女性の服装は、あまりにも異質だった。キワモノと言ってもいい。
……その女性は、フリルがふんだんに付けられた、いわゆるメイド服を身に纏っていた。
ニコニコと笑顔を浮かべているものの、彼女の登場はクラスメイトたちにさらなる不安と疑問を呼び起こさせることとなり、何人かの生徒が互いに顔を見合わせるのを直樹は見た。かくいう直樹も、透と顔を見合わせていたのだが。
「私の名前はー、ミミっていいまーす。兵庫県立三つ葉中学校三年一組の皆さん、こんにちはー。あ、こんばんはだったね、こんばんはー」
「これは一体どういうことなんですか」
最前列にいた花音が、気だるそうに挙手してそう尋ねた。
その言葉は、この場にいる全員の今の心境をこの上なく代弁している。
いきなり眠らされて、連れ去られて、首輪まで付けられて。
そのことについて説明を求めたいと、誰もが思っているはずだった。
しかし、ミミとか名乗ったこの得体の知れない女にいきなり堂々と質問する辺り、さすがは綾宮花音だ。
「んー、あなたは綾宮花音さんね。うん、いい質問だね。そうだよね、色々分かんないことだらけで不安だろうね。てなわけで、ジャーン」
ミミは、懐に手を突っ込んで何かを取り出していた。
黒い筒のようなもの……それを真上に掲げ、ニヤリと笑う。
――――次の瞬間、ぱあああん、という鼓膜に響くような音が教室中に鳴り響いていた。
女子だけではなく男子の何人かも叫び声を上げたが、直樹は後ろのほうの席ということもあってびくんと肩を震わせただけだった。
しかし……あのミミとかいう女が右手に持っている、アレは!
「驚いた? うふふ、よく見てごらんなさい、ちゃんと天井に穴空いてるよ。要するにこれ、本物の拳銃。あなたたちにはこれから、今、私がしたみたいなことしてもらいます。つまり」
ミミは、恐らく意図的にだろう、そこで一旦言葉を区切り、直樹たち全員の顔をぐるりと見回した。それから、まだうっすらと煙の立ち昇っている拳銃を机の上に置き、言い放つ。
「これからみんなに、ちょっと殺し合いをしてもらいます。戦闘実験プログラム、中学生だったらもう授業でも習ってるよねー?」
「プログラム!?」
あのポーカーフェイスな花音が、裏返りそうなほど上擦った声で叫んでいた。
しかしそれも納得だった……直樹だって、叫び出したい気分だった。
俺たちが……あの、あのプログラムに選ばれただって!?
「そう。プログラム。我らが大東亜共和国が国防上の必要から、中学三年生のクラスを毎年五十クラス、ランダムに選んで実行する戦闘実験。あなたたちもニュースで見るでしょ? 優勝者決定のニュース。つまり、あなたたちは晴れて今年度最後の、戦闘実験プログラム対象クラスに選ばれたってわけ」
「そんな――――」
絶望的な表情で呟く花音。これまた、珍しいことだった。
しかし……やはりそれも、仕方のないことだった。
ここ、大東亜共和国は全体主義の軍事国家でありながら、いわゆる徴兵制というものは設けていない。その代わりにこうして、毎年中学三年生のクラスが五十クラス、戦闘実験と銘打たれた生き残りゲームをさせられるのだ。
それに、この三つ葉中学校三年一組が選ばれたっていうのか!?
冗談じゃない!
13
:
咎目千人
:2009/10/28(水) 20:30:51 ID:en4xDozY
「ルールはいたってシンプル。最後の一人になるまで殺し合うだけ。そうして生き残った人だけが家に帰れるんだよー。一生暮らしていけるだけの補償金が貰えるし、それにほら、我らが総統陛下のサインも貰えちゃうよー」
んなもんいるか、と心の中で吐き捨てた。
総統と呼ばれる権力者が代々支配しているこの国で、総統に対する暴言を吐くことはイコールで死を意味するからだ。
「ちなみに外暗いから分からないだろうけどここは島だよ。だから逃げ場なんてないからね。泳いで逃げようなんて人は待機してる政府の船が射殺しちゃうからねー」
物騒なことを平然と言い放つミミ。
しかしそれに対して、何か物申す生徒など一人としていなかった。
当たり前だ……ミミが先ほどぶっ放したのは本物の拳銃だと分かっている。
もしミミに対して口答えしたりしたら、その銃口が今度は天井ではなく自分のほうに向けられるだろう。
直樹はぎりっ、と歯を噛み締めながら、嬉々とした様子で説明を続けるミミを睨み付けていた。
「これだけは覚えといてほしいけど、二十四時間の間、一人も死亡者が出なかったらゲームオーバー。その場合はね、あなたたちの首に付けられたその首輪が、ぽーん! ……って爆発するよー。首がたーまやー、って打ち上がっちゃうぅ、怖―い」
ほとんどの生徒が思わず首輪に触れていた。
直樹も、また、透もそうだった。
自分の血の気が引いていくのを感じる……そんな物騒なものを付けられているのか、俺たちは!
「それだけじゃないよ、不審な行動を取ろうとした生徒の首輪も爆破しちゃうからねー。その首輪は高性能で、あなたたちの居場所が完璧に分かるようになってるから。外そうとして無理にガチャガチャやっても爆発するから注意してねー」
首輪に触れていたほとんどの生徒が慌てて手を離した。
……二十四時間の間、死亡者が出なかった場合。
……不審な行動を取った場合。
……無理に外そうとした場合。
それらが、この首輪が爆発する条件か。
「それとね、私たち政府はこのゲームをよりエキサイティングにするためにこんなルールを設けましたー」
ミミはそう言いながら、チョークを手に取って黒板に島の絵を描いていた。
そこに、フリーハンドにも関わらずまっすぐな線を縦横に十一本ずつ引き、島を十掛ける十の、合計百の正方形で囲まれたエリアに分けていた。そこに、縦列にはアルファベットAからJが、横列には1から10の数字が書き込まれる。
1234567890
A■■■■■■■■■■
B■■灯□町病■■■■
C■町□商町寺役■■■
D■町温村森森森□■■
E■■■森□分森□■■
F■■■森森山山廃□■
G■墓町郵村山山森□■
H■□町町□□森森森■
I■■■□□森森森□■
J■■□□港□■□□■
「一つのエリアは四百メートル四方で、ここはE6です、分校ですっ。島の皆さんには出て行ってもらったので、誰もいません。電気や水道や電話といったライフラインは封じといたけど、民家や施設に出入りするのは自由だよー。もちろんそこにあるものも勝手に使ってオーケー! だけどね、みんなが同じ場所でじっとしてたらゲームが進まないんで、私が一日四回、朝と夜の六時と十二時に全島放送をしますっ。そのときに、それまでに死んだ生徒の名前と一緒に禁止エリアというものを発表するよー。つまり、『このエリアが危ないぞ』っていうのを伝えるわけです。そしたらそこにいる生徒は急いで脱出してねー。そうしないと、あなたたちの首輪が」
その先が予想できてしまい、直樹は畜生、と叫びたくなった。
「爆発するよー」
予想通りだった。しかし、嬉しくもなんともない。
なんなんだ、この巧妙に練り込まれたルールは!
プログラムは中学生同士が殺し合うゲームだということくらい、教科書やニュースによる知識で知っていた。だけど、それがこんなにも複雑かつ厄介なルールだっただなんて……これじゃあ、『殺し合うしかない』って誰もが思う! 思ってしまう!
14
:
咎目千人
:2009/10/28(水) 20:31:45 ID:en4xDozY
「みんなにはこれから出席番号順に、男女交互に二分間隔で出て行ってもらうけど、最後の人が出て行ってから二十分後にここも禁止エリアになるからまずは分校から離れようねー。ああそれと、みんなには学校に持ってきてた私物と一緒に、デイパックっていうのをあげるよ。そこには食料と水、地図と時計、磁石。それに武器が入ってるから。武器は銃器類からナイフまでピンキリだよ、ハズレもあったりするし。それとね、今回のみのスペシャルルールで、デイパックにはカギが入ってまーす」
カギ? カギってあの、KEYのカギか?
「そのカギには、シリアルナンバーが書いてあって、出席番号と対応してるよ。それで、みんなに配る地図には、それぞれのカギで開けることができる金庫の場所が書いてありまーす。その中にも武器があるから、禁止エリアとかで行けなくなるまでに、そのカギ持って金庫を探すのもいいかもね。ただし、金庫の中身もランダムだから注意してね。それに、すべての金庫の位置を全員が把握できるわけだから、待ち伏せされちゃうかもね。ああ、金庫はすっごく重くて持ち運びは不可能だからそこは安心して。ロケットランチャーぶちこんでも壊れませーん」
くだらないルール作りやがって、と直樹は心の中で吐き捨てた。
……殺し合いなんてしたくない。それは誰だって同じはずだ。
だけど、だけどこんなルールじゃ、それ以外に方法は――――
……って、俺は何を考えてるんだ、これじゃこのふざけた女の思うツボじゃないか……
「ま、一通り説明は終わったけど、何か質問ある?」
「はい」
そのとき、まっすぐ手を挙げたのは、詰草麗華だった。
真っ白な髪をもう片方の手で分けながら、無表情のままこう尋ねる。
「和藤忠志の姿が見当たりませんが、彼はプログラムに参加しないんですか?」
「…………!!」
ここで初めて、直樹は自分の真後ろの席に誰も座っていないことに気付いていた。
そうだ……あの、悪名高い不登校児が。和藤忠志(男子十番)が、ここにはいない。
卒業式の予行練習に来ていなかったから、だろうか。
いや、三年一組がプログラムに選ばれた以上、彼もまた例外ではないはず――――
「詰草麗華さん、だよね? そう、私としてはそこに早く突っ込んでほしかったのよー。和藤君、ずっと学校来てなかったんだよね。それでね、私思ったんだ。義務教育すら満足に成し遂げる意思のない人間が、この大東亜共和国にいてはならないって。だからさぁ」
そのとき、カツンカツンという高らかな靴音を響かせながら、大東亜共和国の志願制軍隊・専守防衛軍の兵士と思われる、腰に自動拳銃を入れたホルスターを装備している兵士が二人、教室に姿を現していた。
よく日に焼けた、無骨な顔つきの兵士は、服の上からでも全身隈なく鍛え上げられていることが分かる。
その二人は、担架を運んでいた。
直樹にとっても、練習中に熱中症でぶっ倒れた部員がそれで運ばれていくのを何度か目にしたことがあるので、割と馴染み深いものだ。
その担架には、一枚の白い布が被せられていた。
……直樹はごくりと唾を呑み込み、その担架に注目する。
他のクラスメイトたちもそうだった。
15
:
咎目千人
:2009/10/28(水) 20:32:14 ID:en4xDozY
「和藤君には死んでもらいました」
ミミはニンマリと笑いながらそう言い放ち、被せられた布を剥ぎ取った。
その瞬間、女子たちが甲高い悲鳴のハーモニーを奏で、男子の中にも「うおお!?」と怯えと驚きの入り混じった声を上げる者が現れた。
「な、何ぃぃ!?」
透が身を乗り出してそう叫ぶのを聞きながら、直樹は自分の心臓の鼓動がみるみるうちに加速していくのを感じていた。
……担架の上に仰向けに寝かされていた、和藤忠志の額にはぽっかりと穴が開いていた。
恐らくは容赦無く弾丸を撃ち込まれたのだろう、その目は見開かれていた。
担架のうち、彼の頭が置かれている部分は彼の血で真っ赤に染まり、さらに、彼の後頭部から灰色のゼリー状の物体がはみ出しているのがハッキリと見えた。
……誰がどう見ても、死んでいる。
恐らく、最前列の生徒たちには、ハッキリと血と脳漿の匂いが届いているはずだった。
直樹は思わず口を押さえ、沸き上がって来た吐き気を懸命に抑える。
昔から、肉体的・精神的に強いショックを受けると、決まって吐き気を催してしまうのだ。だから直樹は野球部に所属していた頃も、常にエチケット袋を携帯して練習や試合に臨んでいた。
ダメだ、吐いたらダメだ、今はそんな場合じゃない――――
「おげえええええ」
……ダメだった。
胃の底からぐぐぐぐぐ、と胃液が押し上げられる絶望的な感覚が、喉を通過したのを知覚した瞬間にはもう、直樹は机の上に嘔吐していた。透が振り返り、すぐさま椅子ごとバックして吐瀉物から身を守ったのが見えた……クラスメイトたちの何人かはこちらに注目したが、多くの生徒は和藤忠志の死体に釘付けのようだった。
……やってしまった。
酸っぱい匂いがこれでもかと言わんばかりに漂ってくる。
直樹は涙目になりながらも、ポケットからハンカチを取り出して口元を拭いた。
「月見里直樹君、だよね? 吐くのはいいけどちゃんと袋に吐こうねー。ま、それはともかく、これでもう疑いの余地はないよね。これはドッキリなんかじゃありませーん、もう一度言いますっ! みんなにはこれから、ちょっと殺し合いをしてもらいますっ!」
……その言葉が悪夢の始まりだった。
【男子十番・和藤忠志 死亡】
【残り19人】
16
:
咎目千人
:2009/10/29(木) 18:32:01 ID:en4xDozY
「それじゃあまず、男子一番の愛川礼二君」
専守防衛軍の兵士二人が、先ほど運んできたばかりの担架を持って再び廊下に出て行ったのと入れ違いに、また別の兵士が二人、真っ黒なデイパックと学校指定カバンを山積みにした台車を押して現れていた。どうやらこの分校には、十人や二十人では済まないほどの専守防衛軍兵士が集められているらしい。これではたとえ生徒全員がデイパックの中の武器を手に抵抗したとしても、いともたやすく返り討ちにされてしまうだろう。
月見里直樹(男子九番)は、激しく嘔吐したことによってキリキリ痛んでいる胸を押さえながら、緊張した面持ちでデイパックと自分のカバンを受け取っている愛川礼二(男子一番)を見つめていた。
サッカー部の元エースストライカーであり、一組男子では屈指のルックスを誇る礼二。
しかし、それだけのポテンシャルを有しながらも、そのことを鼻にかけたりはせず、誰に対しても親身に接する人格者であるためか、クラスメイトからの人望は厚い。
……その礼二は、同じくサッカー部に所属していた親友・長谷川雄大(男子六番)のほうに視線を向けたようだった。しかし互いに口を開くことはなく、ただ、小さく頷き合っただけだ。……そして礼二は、廊下へと消えていった。
遠ざかる足音を聞きながら、何人かの生徒が押し殺したようなため息を漏らした。
「はい、それじゃあ二分のインターバルを置いて、次は女子一番の綾宮花音さん」
「ミミさん、質問があるんですが」
――――そのとき。
先ほどからずっと、その真っ白な髪を指で弄っていた詰草麗華(女子六番)が、普段とまるで変わらない落ち着き払った態度で挙手していた。
それを見たミミが、嫌らしい笑みを浮かべて「何かな、詰草さん」と尋ね返す。
直樹を含めた全員が注目する中、麗華はとんでもないことを言い出した。
「和藤忠志の分のデイパック、余りますよね。それ、私にくれませんか」
「何言ってんだ、詰草!」
憤然とした様子でそう叫び、立ち上がったのは白鳥あすか(女子四番)だ。
直樹たちが拉致される寸前にも、体育館で対峙した二人。
あのときは、麗華がすぐさま引き下がることで事無きを得たが、今回はそういうわけにはいかなかった。
「何って、私は死にたくないの。あなただってそうでしょう? 仕方ないじゃない、これはそういうゲームなんだから」
「詰草、てめえ――――撤回しろ! 自分が何言ってるのか分かってんのか!」
あすかが机をバン、と叩き、その震動で彼女の両耳に付けられたピアスが揺れる。
麗華はそんなあすかを無表情のまま見つめていたが、やがてそんな二人の間に割って入った生徒がいた。
――――津田深雪(女子五番)だ。
「やめてよ! 悪いのはこの人たちでしょう? 私たちがケンカしちゃダメなんだよ!」
心臓に悪いから、という理由で、滅多に大声を出さない深雪が叫んでいる。
麗華は相変わらず無表情だったが、これにはあすかが打ちのめされたような表情を見せた。あすかから殺気が引いていき、やがて彼女は苦々しげに呟く。
「悪い、深雪。でも、この女がふざけたことを言うから――――」
「分かってる。麗華さんが、その、このゲームに乗るつもりなんだろうってことは分かってる。だけど、本当に悪いのはこんなゲームに私たちを放り込んだこの人たちだよ」
深雪はそう言って、ミミを力強く指差していた。
直樹は直感的にヤバい、と気付いていた……ミミを包み込む空気が変わったのが見て取れたのだ。あすかもまたそれに気付いたのか、目を見開いている。
深雪もまた、それに気付いていることだろう……直樹やあすかよりもハッキリと、ミミが自分に向けているドス黒い殺気を感じ取っているはずだ。
しかし彼女はそれでも、ミミを睨み付けるのをやめなかった。
その額には、もともと体が弱いためかそれとも恐怖と緊張ゆえか、脂汗が浮いている。
だけどそれでも、深雪はこうも言い放った。
「あなたたち政府は間違ってる。中学生を殺し合わせることが戦闘実験? 馬鹿げてるわ……こんなゲーム、私は絶対に参加しない!」
その直後、深雪は急に顔を歪めて胸を押さえ、苦しそうな呻き声を上げ始めた。
やはり、日常生活にすら不自由するほど重い心臓の病を患っている彼女にとっては、大声を出し続けるというだけのことがかなりの負担だったのだろう。
そんな彼女にあすかが駆け寄ろうとしたが、その足は数歩目で止まっていた。
……ガチャ、という、兵士たちが自動拳銃を抜き出して構える音が重複して響いたからだ。
17
:
咎目千人
:2009/10/29(木) 18:32:30 ID:en4xDozY
「津田深雪さん、だよね? ダメだなあ、そんな反政府的言動は。ゲームに参加したくないっていうなら、その願い、叶えてあげてもいいけどぉ?」
ミミもまた、机の上に置いていた拳銃を手に取り、深雪に向ける。
……合計三つの銃口が、深雪をポイントしている状態だった。
「み、深雪……ダメだ。ここは、大人しく、引き下がるんだ」
あすかが緊張した口調でそう促したものの、深雪はハッキリと首を横に振って拒否する。
その瞳は、自らに向けられた銃口すら意識してはいなかった。
ただ、怒りと非難に満ちた眼差しを、ミミにまっすぐ向けていた。
「こんな狂った国、滅んでしまえばいいんだ!」
深雪が吐き捨てるように叫んだのと、ぱああん、という銃声が三つ同時に響いたのとはほぼ同時だった。それほど距離が離れていない上、ミミと兵士たちは拳銃の扱いに手慣れている――――弾丸はすべて例外なく深雪の顔面を捉え、彼女のクラス、いや、学年で一番美しい顔はまるで割れたスイカのように血と肉をぶちまけ、砕け散った。そしてその体も、跳ねるように背中から倒れる。またしても悲鳴のハーモニーが響き渡るが、それを制するようにミミはまたも天井めがけて発砲していた。
「はいはいはいはい静かに! 静かに! これ以上殺したくはないけど、プログラムが潤滑に進むためなら私は五人でも十人でも殺しまーす! だからもう静かに!」
「深雪……! ――――畜生! このメイド野郎!」
あすかが拳を握り締め、うっすらと涙すら浮かべて叫んでいるのを、直樹は少し意外に感じたが、今にして思い返してみれば、あすかは体が弱い深雪を常に気にかけていた。
体育館での一件だけではない、あすかは深雪が困っているとき、いつも気さくに声をかけ、そして親身になって力を貸していたのだ。
その深雪が目の前で撃ち殺されたのだから、あすかが憤慨するのも分かる。
しかしこの状況においては、友の死を怒る気持ちすら命取りだ。
「あなたも死にたいの? 白鳥あすかさん」
ミミと兵士二人は冷静に、まだ煙が立ち昇っている銃口をあすかに向ける。
あすかはなおも何かを叫びかけたが、すんでのところで思い留まり、顔を伏せて舌を噛んでいた。その頬を涙が伝い落ちるのを、彼女のグループである『ホワイトバード』のメンバーであるところの伊谷恭四郎(男子二番)と八木沼透(男子八番)はいたたまれなさそうに見つめていた。
「そう、それでいいんだよー、白鳥あすかさん。案外大人で助かったわー。……これでデイパックは二つ空いたわね。詰草さんに両方あげるってことで、他のみんなはいい?」
「いや、そういうことなら片方は俺にくれ」
ドスの効いた低い声で静かにそう言って挙手したのは、空手の有段者でもある千賀尚人(男子五番)だ。小さい頃から喧嘩一辺倒であり、背も高く体もがっしりしているので、年上からさえも恐れられていたという。
その尚人もまた――――麗華と同じように、デイパックの追加を要求した。
あすかはそんな尚人を咎めるように睨み付けたが、彼はそれに気付いてはいるだろうがまるで意に介さず、「いいだろう? 詰草だけ三つというのはさすがに不公平だからな」とミミに意見していた。
それを聞いたミミは、尚人の提案をどう思ったか無表情のままなので窺い知れない麗華と、そんな麗華をチラリと見やる尚人とを見比べ、嬉しそうに舌なめずりをした。
「いいよ、ヤル気のある生徒が大好きなの、私。そういうことなら、和藤君と津田さんの分のデイパックは、千賀君と詰草さんに配ることにするね」
「ありがとうございます、ミミさん」
そう答えたのは、麗華のほうだった。
……直樹は、まずいことになってきた、と心の中で密かに考える。
麗華と尚人、共にポテンシャルが高く、武器を手にすればかなり厄介な生徒である。
どうやら二人とも、自分が生き残るためにクラスメイトを積極的に殺し回る覚悟などとうに決めてしまっているようだし、こんな二人の様子を目の当たりにしてしまえば、他の生徒たちも『殺される前に殺すしかない』と考えてしまうだろう。
畜生、なんてことだ、このままじゃ、このゲームは凄まじい勢いで加速する――――
「はいはいはい、それじゃあこの話はこれで終わり! 改めて女子一番、綾宮花音さん」
……ミミの言葉に、もう誰も何も言わなかった。
【女子五番・津田深雪 死亡】
【残り18人】
18
:
咎目千人
:2009/10/31(土) 11:53:53 ID:en4xDozY
試合開始
伊谷恭四郎(男子二番)は、ぶるぶる震えながら分校の廊下を歩いていた。
どうやらこの校舎には何十人もの兵士がいるようで、たった数十メートルの間に恭四郎は七人もの兵士とすれ違ったのだが、そのたびに彼は、教室で見た和藤忠志と津田深雪の死体を思い出し、心臓が止まりそうなほどの恐怖を覚えていた。
「殺される……僕なんか、簡単に殺される」
恭四郎は、汗でずり落ちていたメガネを震える指先で直しながらそう呟く。
……恭四郎は、白鳥あすか(女子四番)の『ホワイトバード』に所属しているものの、あすかや八木沼透(男子八番)のように運動神経が優れていたり腕っ節が強かったりするわけではない。二人に勝っている点があるとすれば学力と、後は趣味でエアガンに興じているために身に付いた射撃技術だけだ。
体力も無いし運動神経も無い、ましてやこのような状況で平静を保てるだけの精神力も無い。自分なんかがどう足掻いても、すぐに他のクラスメイトに殺されるであろうことは目に見えていた。
「あすかさん……透君……僕、どうすればいいんだよ……?」
透はまだまだ全然先だが、あすかは四人の生徒をグラウンドのどこかでやり過ごせば合流できる出発順ではある。しかし、恭四郎には四人もの生徒を息を殺してやり過ごせる自信なんてなかった。どうせ物音を立てて見つかるに決まってる。僕は鈍臭いから。
……だけどもし、あすかや透と合流できたならこれほど心強いことはない、と恭四郎は考えていた。特にあすかは、恭四郎にとって親よりも尊敬する人間だ。
『ホワイトバード』に引き入れてもらって、彼女を間近に見てきたから分かる。
あの人はこんな状況でも自分の正義を貫ける人だ。そしてきっと、みんなを正しい方向に導ける。先ほどの教室でも、彼女は正義感ゆえの怒りを見せたじゃないか。
「あすかさん……早く来てください……」
分校の出入り口を一歩出たところで、恭四郎はデイパックを地面に置き、慌てながらジッパーを開いていた。そこには、メロンパン(食料、なのだろう)と一リットル容器入りの水が二本、この島の地図とシンプルな時計、方位磁石が入っていた。
そして……
「これ、は……」
デイパックの奥に、透明なビニールのようなもので包まれたトゲトゲの付いたワイヤーがあった。それがいわゆる有刺鉄線であることに気付くには、そう時間はかからなかったが、しかし。
こんなもので、どうやって戦えっていうんだ?
確かに刺さると痛いし血も出る。
だけど、銃やらマシンガンやらを持っている相手が現れたらどうする?
こんなものを振り回したところで、パンと一発撃たれて終わりだ。
ハズレ武器にも程がある、自分はあまり運が強いほうではないとはいえあんまりだ。
「! そうだ……!」
恭四郎は廊下を振り返り、自分の次に名前を呼ばれるであろう柿本早苗(女子二番)がまだ姿を現していないことを確認してから、デイパックに手を突っ込んであるものを探した。まもなく指先に触れた冷たい感触……間違い無い。恭四郎はそれを引き出した。
「J3エリア……」
地図を開いて確認してみると、どうやら恭四郎に支給されたカギが対応している金庫は、島の南端、海沿いのエリアにあるようだった。四百メートル四方といえばなかなかの広さだが、探せば見つからないことはないだろう。
もしかしたらそこには、最低限自分の身を守れるだけの武器があるかもしれない。
幸い、今ならまだ自分を含めて三人しか出発していない、まっすぐそこに向かえぱ、誰とも遭遇せずに武器を獲得できる確率が高かった。それから、あすかさんや透君を探すんだ。あの二人と一緒なら、きっとこんなゲームの中でも、僕は落ち着いていられる――――
19
:
咎目千人
:2009/10/31(土) 11:54:23 ID:en4xDozY
「おい、伊谷。そんなとこに座り込んで、どうしたんだ?」
「!!」
ちょうど左横から聞こえたその声に、恭四郎は心臓が跳ねるのを感じながら尻餅をついていた。そして、目を見開いてその声の主の顔を凝視する。
……そこにいたのは、一番最初に教室を出た生徒である愛川礼二(男子一番)だった。
真夜中の闇の中でも、そのオシャレな感じの癖毛とすらりとした体格がよく見える。
しかし恭四郎はそれよりも、礼二のベルトに差し込まれた拳銃から目が離せなかった。
――――拳銃!
礼二のような運動神経抜群の生徒がそんなものを持っている、僕なんか、僕なんか簡単に殺されてしまう――――!
「綾宮にも話しかけようとしたけど逃げられたんだ。アイツ、俺より足速いから追い付けなくて……伊谷、ここで一緒にみんなを待とう。このままバラバラに出て行ったら、みんな不安になって本当に殺し合いを始めてしまう。そうなる前に、これからどうするかをみんなで考えるんだ」
礼二は穏やかな口調で語りかけてきていたが、拳銃への恐怖で頭がいっぱいになっている恭四郎には、ほとんど届かなかった。したがって、この次の瞬間に恭四郎が取った行動は、ほとんど無意識の、衝動的なものである。
「うあああああ」
恭四郎は叫び、デイパックから有刺鉄線を引っ張り出していた。
トゲトゲの部分を素手で掴んでしまったことにより鋭い痛みが走り、出血もしていたが、恭四郎はそれでも怯まず、有刺鉄線を闇雲に振り回した。
「伊谷、やめろ!」
礼二が素早く恭四郎と距離を取り、恐らくは牽制のつもりでベルトに差し込んでいた拳銃……隠し持って使うのに適した小型銃・グロック26を抜き出して撃鉄を起こしたのを見た恭四郎は、今度はうってかわってデイパックも放置したまま逃げ出していた。その手に握られているのは、一本の有刺鉄線とカギだけだ。
「待て、待つんだ伊谷!」
礼二は一瞬、分校を振り向き、恭四郎が放置していった荷物も見やったが、結局、分校の外に逃げて行った恭四郎を追うという道を選んだ。陸上部のエースだった綾宮花音(女子一番)とは違い、運動におおよそ縁の無い恭四郎になら追い付けると判断したのかもしれない。
……その一部始終を、分校の出入り口の陰から、柿本早苗は注意深く観察していた。
「うわー……始まっちゃってるんだ、殺し合い」
早苗は口に手を当てて驚いたようにそう呟いた後でグラウンドに出、恭四郎が放置していったデイパックから、メロンパンと水と合計九本の有刺鉄線だけを取り出し、自分のデイパックに移していた。
彼女は積極的にゲームに乗るつもりもなかったが、かといって大人しく殺される気もなかったのだ。いわば彼女の、このゲームにおける方針はグレーゾーンということになる。
「二分間隔って案外短いよね。ボクももう行ったほうがいいか」
早苗はチラリと自分が来たばかりの道を振り返り、そう呟いてから駆け出していた。
彼女のスカートの腰の部分には、銀色に輝くオートマチック拳銃、ブローニング・ハイパワー9ミリが差し込まれている。
……恭四郎が欲しがっていた拳銃を、礼二も早苗も当たり前のように支給されていることから考えても、やはり伊谷恭四郎というのは、運の無い男なのかもしれなかった。
【残り18人】
20
:
咎目千人
:2009/11/02(月) 21:11:13 ID:en4xDozY
プログラム担当教官・ミミの口から、自分たちのクラスが戦闘実験プログラム対象クラスに選ばれたのだという事実を告げられたとき、最も混乱し最も動揺したのは、彼、目黒周平(男子七番)をおいて他にいないだろう。
和藤忠志や津田深雪の死もまた、周平の恐怖に拍車をかけていた。
……周平は身長が百六十センチにも満たず、骨と皮だけのような細い体をしている。
それが彼自身にとっても大きなコンプレックスであり、家が近所ということで家族ぐるみの付き合いである宇都宮真人(男子三番)くらいしかクラスに話し相手がいなかった。
もともと人見知りする性格で、内向的なのも災いしたのだろう。
結局、何ひとつ思い出らしい思い出もないまま(修学旅行ですら、周平にとっては肩身の狭い日々だった)、卒業式を迎えることになったのだが、しかし本当にツイてない。
まさか、中学三年生のときにしか選ばれる可能性がない上、全国各地の中学校のクラスからたったの五十クラスしか選ばれないプログラムに選ばれてしまうだなんて。そんなもの、宝くじを当てるよりも確率的には低い。
そしてそのプログラムは、早くも周平の心の均衡を崩そうとしていた。
「嫌だ、嫌だ、僕は嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない……っ」
自分に言い聞かせるように……というよりもはや、うわごとのように呟き続けながら、周平はよろよろと分校の廊下を歩く。
すでに半数の生徒が出発しているということは、もう殺し合いが始まっていてもおかしくない、ということだ。女子と喧嘩しても負けるに違いないと自覚している周平にとっては、すべてのクラスメイトが恐怖の対象だった。もし遭遇してしまえば、自分は赤子の手をひねるよりも容易く殺されてしまうだろう。
そんなのは嫌だ。僕は死にたくない。死にたくないんだ。
死にたくない。でも、どうすればいい?
自分にクラスメイトと戦って勝つことなんてできるわけがない。
かといって、誰とも出会わないよう逃げ回ったとしてどうなる?
体力も根性もない自分は、すぐに肉体的にも精神的にも限界を迎えるに違いない。
それに、最後の最後まで生き延びることができたとしても、そのときには、多くのクラスメイトの屍を築いて生き残った誰かと戦わなければならないのだ。
この島から生きて帰れる確率は、極めて低い。
――――だけどそれは、理屈でしかなかった。
恐怖で麻痺した周平の頭は、ただ死にたくないというその一心だけである決断を下した。
……あのミミとかいう女を殺すんだ。
そうすれば、こんなゲームをする必要はなくなる。
そうだ、それがいい、そうすればいいんだ。
「そうだ、そうだよ、そうすれば、そうすればいいんだ、死ななくていい、死ななくていい、死ななくていいんだ、はは、そうだ、そうなんだ、はは、ははは」
周平は壊れた笑みを浮かべながら、立ち止まってデイパックの中身を探っていた。
この中に銃か何かがあれば、それに弾を込めて教室に戻り、ミミとかいう女を撃つだけですべては終わるんだ。
周平は、そう考えていた。
――――実際には、ミミを殺すことができたとしてもその直後に兵士たちに射殺されるだけなのだろうが、周平はもはやそこまで思考を巡らせることができるような精神状態ではなかったのだ。
……しかし、そんな周平に、さらなる不幸が重なる。
デイパックの中に入っていた武器らしきものは、たったのひとつ。
分厚いハードカバーの、『政府発行・自殺大全』と銘打たれた書物だけだった。
ご丁寧に帯まで付いていて、そこには赤いゴシック体で『これさえあれば、誰でも死ねる。』と書かれている。ありとあらゆる自殺の方法を網羅した決定版、との触れ込みのようだったが、それを見た瞬間、ギリギリ保たれていた周平の理性は崩壊した。
21
:
咎目千人
:2009/11/02(月) 21:12:09 ID:en4xDozY
「ははははははは! ひゃはははは、ははは、ははは、うひひ、ひひ、ひ、ひひ、はは、は――――」
『自殺大全』を放り出し、廊下にぺたんと尻餅をついて狂ったように笑う。
その目は天井に向けられていたが、もはや何も見ておらず。
その心もまた、何も感じてはいなかった。
……周平の脆い心には、プログラムという非日常の到来によって亀裂が走った。
そんな中、彼の壊れかけた頭が見つけ出した、彼にとっての唯一の希望こそが、ミミを殺すということだったのだ。
しかしそれすらも不可能だと分かった瞬間が、周平の精神的な終焉だった。
すべての希望を奪われ、深い絶望に落ちることを恐れた心が、自ら崩れる道を選んだのだ。
周平は笑う、笑い続ける。
……自分の傍らまで、コロコロとピンを抜かれた手榴弾が転がされたことにも気付かずに。
――――次の瞬間、生徒による逆襲を警戒した政府が爆薬量を減らしているとはいえ、それでも、人間一人この世から葬り去るには十分すぎるほどの威力を秘めた手榴弾が爆発し、周平を肉体的にも終焉へと誘った。
爆風と爆音は分校全体に響き渡り、木製の床や壁から火が上がる。
専守防衛軍の兵士たちが消火器などを持って慌てて廊下に出てくるのを、周平の二分前に教室を出発した白髪の少女――――詰草麗華(女子六番)は、ニヤニヤとした笑みを浮かべて見つめていた。
「貴様! 校舎内で手榴弾など――――」
「使ったらダメなんて、ミミさんは言ってませんでしたよ。それとも、だからって今ここで私を殺しますか?」
「っっ! ――――さっさと校舎から出て行け!」
一瞬、言葉に詰まり、苦し紛れにそう指示した兵士に舐めるような視線を向けてから、麗華はスタスタと出口に向かって歩き始めていた。
周平もろとも、彼が持っていたデイパックは木っ端微塵になってしまったものの、麗華はそのことを大して後悔はしていなかった。彼女には、手榴弾がまだあと一個残されていたし、それに――――
和藤忠志のデイパックに入っていた、アメリカ軍の正式採用銃という経歴を持つ名銃・ベレッタM92Fがあるからだ。
「ふふふふふ……」
麗華にとって、殺人というものに対する抵抗感や罪悪感など皆無だった。
三年間、共に学校生活を送り続けたクラスメイトを葬ることなど、彼女にとっては飛び回る蚊を叩き潰すのとさほど変わりはないことなのだ。
そういう意味ではまさに彼女こそ、殺しの神に愛された人間だと言える。
後悔もしないし躊躇もしない、精神的な弱点などまったくもって皆無。
ただひとつ、欠陥があるとするならば……人間らしい感情の一部を、まったく理解できないということくらいか。それは例えば愛だったり絆だったりするが、麗華にとってそんなものは、自分以外の人間の意味不明な妄想というような認識だった。
――――こうして、生徒同士の殺し合いによる初の死亡者は、手榴弾によってこの世から跡形もなく消し去られるという壮絶な死を迎えた目黒周平となった。
そして彼を殺した生徒、詰草麗華は、愉しげに鼻歌を奏でながら、校舎内から洩れる炎の明かりに照らされた真夜中のグラウンドを歩いて行く。
オレンジ色に照らされた白髪を夜風になびかせながら歩く麗華の後ろで、兵士たちが慌ただしく指示を出し合う声だけが響き続けていた。
【男子七番・目黒周平 死亡】
【残り17人】
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