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鬼和尚に聞いてみるスレ part6
339
:
<削除>
:<削除>
<削除>
340
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/09(土) 20:31:14 ID:UGwlSoj.0
>>337
そうじゃ、一切の観念が無くなれば悟ったといえるじゃろう。
それを現す事も、現すものも居らんからのう。
想像する事も出来ない境地なのじゃ。
>>338
お釈迦様はこのように言っているのじゃ。
240 、 鉄から起った錆が、それから起ったのに、鉄自身を損なうように、悪をなしたならば、自分の業が罪を犯した人を悪いところ(地獄)にみちびく。
両親とは少し違うが悪い事をすれば、業が悪い所に導くといっているのじゃ。
よく読んでみるのじゃ。
341
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/09(土) 20:54:23 ID:WWQkaV3A0
×両親 ○良心
342
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/09(土) 21:09:35 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、御回答くださり有難うございました。
343
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/10(日) 17:00:25 ID:dYDN.FYU0
鬼和尚、
自我観照からの逃避により、自己同一化の対象が変わるかどうかについて教えてください。
例えば自分を思考だと思っていた人が思考を観察して、自我観照が起こりかけたとします。
ところが恐れによって逃避してしまい、思考は自分ではないと分かりつつも無我になれなかったとします。
その場合その人の自己同一化の対象は思考ではなく、他のもの、例えば認識などに変わったりするのでしょうか?
344
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/10(日) 20:19:02 ID:UGwlSoj.0
>>341
そうじゃ、良心なのじゃ。
ご苦労さんなのじゃ。
>>342
どういたしまして、またおいでなさい。
>>343
それは人によって違うじゃろう。
あくまでも思考が自分と認識する者も居るじゃろう。
他のものが自分とする者も居るじゃろう。
一瞥でも多少は自己同一化の有り方が変化するじゃろう。
それにどのように対処するかは人によって違うのじゃ。
真摯に本心を観察すれば見極める事が出来るじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
345
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/11(月) 00:37:31 ID:/c3kLEmg0
心がすべての基づきならばよく言われるように
恐れや不安はやはり恐れや不安の現実を作るのですか?
私は劣等感罪悪感マイナス思考なのでやはり恐れや不安の現実を過ごしております。
マイナス思考の原因はなかなかつかめておりません。
のでなかなかプラス思考、明るく楽しく考えることができません。
今の現実を無視してもプラス思考でいればいつかそのようになるのでしょうか?
またプラスな思考をするにはどうすればいいのでしょうか?
346
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/11(月) 11:59:16 ID:Vrd9T/mQ0
初めて質問します。鬼和尚は海外に住んだことはありますか?
国内をあちこち旅行して、見て歩いたことはありますか?
見聞を広めることは、その人を精神的に成長させると思いますか?
1つの場所にとどまることは、何らかの弊害を生むと思いますか?
修行を行う上で、望ましい環境とそうでない環境があると思いますか?
今の日本は、精神的な成熟を得るために、望ましい環境といえるでしょうか?
もし、そうでないとしたら、どのような活動が、精神的な成長にとって、
もっとも助けになるだろう、とお考えでしょうか?
少し難しい質問ですが、お答えできる範囲でよろしくお願いします。
347
:
tukuyomi
:2016/01/11(月) 15:37:41 ID:/xI3jDuQ0
何か会話できることはありますか。
348
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/11(月) 20:17:13 ID:UGwlSoj.0
>>345
そうなるじゃろう。
しかし、そのような者も実は全てがマイナス思考ではないのじゃ。
自分の好きなことや得意な事はプラス思考でやっていたりするのじゃ。
無理に自分をプラス思考にするより、そのような時の自分を観察して思い浮かべるのじゃ。
そうすれば自然にプラス思考になるのじゃ。
そして今までの自分の記憶もそのような観点から見直すのじゃ。
そうすればプラス思考の者にもなるのじゃ。
>>346
海外にはいって居ないのじゃ。
国内は見たのじゃ。
旅に出れば自分について気づく事もあるものじゃ。
今までの自分の環境を離れて見られるからのう。
静かな環境ならば何処でも修行に向いているといえるじやろう。
この国にもそのようなところはあるじゃろう。
止観を行えば最も成長するじやろう。
心を止めて自分の心を見るのじゃ。
旅に出るのも良いのじゃ。
良い友と一緒に修行するのも良いのじゃ。
実践してみるのじゃ。
>>347
何でも書いてみると良いのじゃ。
何か得られるものがあるじゃろう。
349
:
346
:2016/01/11(月) 20:45:54 ID:Vrd9T/mQ0
ご回答ありがとうございます。
心を止めて見ようとしても、なかなか落ち着かず、日々の不安で
心が押しつぶされそうなときは、どうすればよいですか?
家族が日々の生活に干渉してくるため、なかなか落ち着いて自分の心を
見ることができません。かといって、家族から離れると、自分がいなくなったあと、
家がどういうことになるだろうか、と不安になり、なかなか離れることもできません。
色々な所を旅して、きれいな景色を直に見てみたいという欲求が常にあるのですが、
結局、その辺をいつもうろうろするだけで、終わってしまいます。
結局、自分の心を見ることによって変えられるのは、自分の心だけですよね。
他人の心を変える方法というのは、存在していないのでしょうか?
350
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/11(月) 22:21:09 ID:uKFv7ITk0
いつもおしえていただき、ありがとうございます。
ダンマパダ84は、訳者によって日本語訳が違うようです。
自分のためにも、他人のためにも、子を望んではならぬ。(中村元訳)
自分のためにも、他人のためにも、子のためにも悪事を働いてはならない。(今枝由郎訳など)
どちらが、原文に、より忠実なのでしょうか?
前者だと、社会的な道徳観に反するという意見があるようです。
351
:
偽和尚★
:2016/01/12(火) 01:40:10 ID:???0
以前鬼和尚が書かれていたことなので書いておきます。
>>350
ダンマパダ84は鬼和尚が「鬼和尚に聞いてみるスレ part4」で質問されて解説している書き込みがある。
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1407234590/585-586
原文に近い言葉の並びは前者だけど意味的には後者だろうね。
このページにパーリ語との対訳と解説が書いてある。
http://76263383.at.webry.info/201205/article_29.html
na が英語の not や no と同じ意味のようだな。
語順は英語や漢文みたいに所々ひっくり返すと日本語的になる。
352
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/12(火) 12:45:04 ID:pEe1v5Oo0
>>344
人によって違うのですね。
ひたすらに本心を観察しようと思います。
ありがとうございました。
353
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/12(火) 17:36:13 ID:fgAdqroE0
>>348
過去の記憶から楽しかったことをなるべくいつも思い出すようにします。
無理にプラス思考としなくても良いのですね。
ありがちとうございます。
354
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/12(火) 19:50:35 ID:RKrUXRoI0
>>351
ご指摘ありがとうございました。
過去ログは目を通したつもりでしたが、見落としたか、
忘れてしまっていたようです。
再度ログを見直して、質問が重複しないよう気をつけます。
355
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/12(火) 20:41:24 ID:TVF6Vhbs0
>>349
他人の心も言葉によって変えられるじゃろう。
その前に自分の心を観るとよいのじや。
そのように思う心には未だ家族への執着が多くあるのじゃ。
家族もいずれは別れなければ成らないものである事を想うのじゃ。
家族への執着が少なくなれば、自然に家族について悩む事もなくなるのじゃ。
執着が無ければ環境も静かに出来るようになり、心も観られるようになるのじゃ。
自ら決意して家族への執着を離れるようにするのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>350
文脈からすると執着によって邪なやり方でいろいろなものを望んではならぬという意味なのじゃ。
下が正しいのに近いのじゃ。
>>351
の通りなのじゃ。
ご苦労さんなのじゃ。
>>352
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>353
そうじゃ、プラス思考の元も自分の心の中にあるのじゃ。
今まで生きてきたのであるからのう。
またおいでなさい。
356
:
346
:2016/01/12(火) 21:15:15 ID:Vrd9T/mQ0
ご回答ありがとうございます。
家族への執着は、すでにほとんど断ち切っていると思うのですが、
経済的な事情で、なかなか家族から離れられずにいます。
自ら生計を立てることができれば、これほど深く思い悩むことも無いのでしょうが、
今の日本経済は、明らかに異常だと思います。
まじめに働いても、自分の身一つ養うことさえ難しい状況になりつつあるのです。
鬼和尚は、それなりに日本のありようを観察してこられたのではないかと思うのですが、
日本の行く末について、どのようなことを考えておられますか?
日本人の精神性の変化について、何かお感じになっていることはないでしょうか。
僕が思うに、今の日本人は、「お金」というものに執着しすぎではないでしょうか。
社会の「落ちこぼれ」にならないために、子供のころは学習塾に通わされ、
大人になってからは会社に入り、寝る間も惜しんで必死に働かされます。
ある程度お金を持っている老人は、社会奉仕するかと思えばそうではなく、
孫子(まごこ)のために、あるいは、自分たちの老後のために、
持っている資産を「投資」で増やそうと、日夜躍起になって経済情報を
にらみつけているのです。
「止観」とやらが、精神を成長させるとのことですが、止観を行うためには、
もう少しゆったりとした環境を必要とするのではありませんか?
このような状態で、日本人が高い精神性を維持することは、果たして可能なのでしょうか。
日本人は、「仕事」というものに執着しすぎているのかもしれません。
鬼和尚は、仕事について、どのようにお考えでしょうか?
357
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/13(水) 09:56:50 ID:shOvb9Lg0
和尚さま
例えばトランプカードを積み上げていくような集中力と、
瞑想時の集中力とはまた違ったものなのでしょうか。
前者の集中は終わったあとに疲労感があります。
またトラタカ瞑想などにおいても、没頭するような集中をすると頭が痛くなることがあります。
かといって力を抜いて笑顔で集中というと、これがなかなか上手くできず意識が散漫してしまいます。
これらは慣れの問題であって、単に今まで力を抜いて集中することがなかったからやりにくいだけでしょうか。
358
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/13(水) 21:02:14 ID:TVF6Vhbs0
>>356
わしは何も考えないのじゃ。
一日五分でも瞑想をすれば変わっていくじゃろう。
実践する事で人は進歩していくのじゃ。
仕事は身を養う手段に過ぎないのじゃ。
それができれば自らの心を整えることに専念すると良いのじゃ。
世界とか日本とかは観念であり、自分の心の状態でよく見えたり悪く見えたりするものじゃ。
実践によって自らの心を整えた者だけが安楽に成るのじゃ。
>>357
極めれば同じと判るのじゃ。
初めのうちは違って見えるのじゃ。
目的があると肩に力が入ったりして疲れるのじゃ。
リラックスしてやると却って上手く行くのじゃ。
いろいろ試してみるのじゃ。
359
:
346
:2016/01/13(水) 21:55:26 ID:Vrd9T/mQ0
ご回答ありがとうございます。
失礼ながら、「何も考えない」というお言葉には語弊があるように思います。
鬼和尚はこうして、ここで人々の質問にお答えになっているわけですから、
何らかの思惑があってしかるべきではないでしょうか。正確にいうならば、
「その手の質問には、興味がない」ということではないですか?
瞑想は、20代の頃にずいぶんやったのですが、(僕は今30代なのですが)
いつのまにか、まったくやらなくなってしまいました。
「仕事は身を養う手段にすぎない」とのことですが、問題は、その仕事が、
「身を養う手段」でさえなくなりつつあるという現実です。ニュースによると、
今から10年後には、人工知能がかなり発達して、世の中の半分の職業は不要になるそうです。
それは、労働者の立場がさらに危うくなっていく、ということを意味しています。
我々の「労働」に対する意識自体が変わっていかなければ、
未来はかなり危ういのではないでしょうか。
しかし、和尚はこういったことにはご興味が無いようですので、対話はあきらめます。
ありがとうございました。お元気でがんばってください。
360
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/14(木) 14:40:11 ID:iU8KcD060
>>358
和尚さま
同じ集中力なのですね。
リラックスしてやっていくことを心掛けます。
ありがとうございました。
361
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/14(木) 20:45:36 ID:TVF6Vhbs0
>>359
考えない事は考える事より簡単なのじゃ。
やらないことであるからのう。
考えてしまうのが苦の元にもなるのじゃ。
今の環境が悪いのならばそれを利用する事も出来るのじゃ。
その智慧を探すのじゃ。
瞑想が助けになってくれるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
>>360
どういたしまして、またおいでなさい。
362
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/15(金) 16:43:45 ID:xGbZIpVg0
鬼和尚さん
自分の部屋がなく、瞑想にふさわしい静かな空間を
なかなか作ることができないのですが、
家族の生活音・テレビなどの雑音の中でも
集中力さえあれば瞑想できるものなのでしょうか?
363
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/15(金) 20:39:27 ID:TVF6Vhbs0
>>362
瞑想に熟達すればそのような環境でもできるじゃろう。
初心者には難しいものじゃ。
家族が寝静まった夜とか、早朝にするとよかろう。
あるいは外の公園とか図書館とかでもできるじゃろう。
少しの間、静かに座っていられるところならば何処でも出来るじゃろう。
そのようにして熟達すればうるさくともできるようになるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
364
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/15(金) 22:29:56 ID:xGbZIpVg0
>>363
ありがとうございます
静かになったところを寝ながら瞑想してたのですが
アパートなので、今度は他の家から聞こえてくる
ドンドンドンの一定音がなって止むを繰り返す音が
どうしても気になり捉われて、中断しました;
やはり初心者には難しいのですね><
少しの間、静かに座っていられるところ」を見つけて再度、挑戦してみます
365
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/16(土) 19:31:15 ID:TVF6Vhbs0
>>364
そうじゃ、続けてみるのじゃ。
必ず役に立つじゃろう。
精進あるのみなのじゃ。
366
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/16(土) 22:30:01 ID:xGbZIpVg0
>>365
はい!精進します!
ありがとうございました。
367
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/17(日) 11:37:37 ID:V7QCtwwo0
鬼和尚、2つ質問があります
・過去のすべての感情は体に蓄積されているのでしょうか?
・四随観の具体的修行方法が分かりません、どうやればいいのでしょうか?観瞑想のほうです。
それによって心の病を治したいと考えています。
368
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/17(日) 18:01:28 ID:juUyMDn60
嗜好品は慎んだほうがいいのでしょうか?
パパジはアイスクリームとかコーラをとっていたし
ニサルガダッタはヘビースモーカーだったようです。
これらは本来肉体が要求しているものではありませんよね?
ということは自我の要求なのでしょうか?
悟った人もその要求に従うのでしょうか?
修行者は慎んだほうがいいけど悟ったら関係ないのでしょうか?
よくわからなくなってきましたがよろしくお願いします。
369
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/17(日) 20:27:24 ID:TVF6Vhbs0
>>366
どういたしまして、またおいでなさい。
>>367
全てではないのじゃ。
よほど強い感情だけなのじゃ。
ただ観察するのじゃ。
例えば手を観察してしわがあると気づくのが観察による気づきなのじゃ。
そのように身体、感覚と感情の反応、思考や認識の作用をありのままに観察するのじゃ。
心の病を治すならば、法に随って観察するのじゃ。
今、自らの心にある苦の原因を探すのじゃ。
原因がわかればその原因から苦が起こり、原因が無ければ苦がないことを心に観察するのじゃ。
それが縁起の観察なのじゃ。
詳しくはわしのブログなどを参考にするのじゃ。
>>368
健康の為には慎んだほうが良いのじゃ。
特に健康に注意しなければとってもよいのじゃ。
囚われれば執着になるのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
370
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/01/17(日) 22:42:57 ID:dCFkZ32w0
鬼和尚
見たり聞いたりしたことに対して何かを思ったり考えたり、
何かある出来事を何度も思い返して何かを思ったり考えたり、
ということが減ってきました。
371
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/17(日) 23:25:57 ID:RKrUXRoI0
数息観の初歩の段階について2点ご教授お願いします。
1.数字を数え、呼吸を意識していると、行為が単純なためか、飽きてしまい心が別にさまよってしまいます。
そうした雑念は流すとよいとのことですが、その感覚はまだ体得できていないようです。
数字の代わりに般若心経を繰り返し心に唱えると、雑念はあまり沸かないようですが、
呼吸への意識に加え、唱えることにも意識を割くため、一点集中ではないとも感じます。
最初は、力ずくでも呼吸一点に意識を注ぐ、という意志力を重視すべきでしょうか。
2.呼吸に意識を置く、とは、呼吸の感覚などを観察する、とは意味が別で、
自分が呼吸をしていることだけを、ただ意識するということでしょうか。
372
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/18(月) 06:52:18 ID:V7QCtwwo0
>>369
ありがとうございます
実践できるようがんばりたいです
373
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/18(月) 12:13:51 ID:O.gY7K/I0
和尚さま、こんにちは。
便乗質問させてください。
>例えば手を観察してしわがあると気づくのが観察による気づきなのじゃ。
>そのように身体、感覚と感情の反応、思考や認識の作用をありのままに観察するのじゃ。
実際に手のしわを見ていて、しわがあると思ったのちに、どこか地図で見る川みたいだぞと思ったりしたのですが、
この場合、川みたいに思ったということをそのまま観察しておればよいということでしょうか。
また続けていくと手のひらに感覚が生じることで、これは気かもしれないということを思ったりしたのですが、
この場合も、その感覚と気があるのかもしれないと思っていることを観察しておればよいということでしょうか。
しかしそうこうしていると、手の観察からはずいぶんとかけ離れてしまうため、果たしてこれでいいのかと思ってしまいます。
そもそもただ思考が散漫して集中できていないだけなのではと残念な気分になります。
その場合も、それらの気分や思考を観察しておればよいということでしょうか。
また別の質問となるのですが、
体調を崩して頭がガンガン痛んだり、嘔吐などをしている時などでも、
悟った人は苦しい、辛いとは思わないのでしょうか。
なにとぞご教授いただければと思います。
374
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/18(月) 16:10:51 ID:G1GOyA0U0
和尚さま
とある武術をやっていてその極意が
誰にも影響されない場所に立つというものです。
肉体的な面だけでなく、精神的な執着や恐怖に対しても影響されない状態をキープするように言われています。武術自体には仏教の影響はありませんが、仏教の叡智に通ずると思うのですがどうでしょうか。
375
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/18(月) 20:28:50 ID:TVF6Vhbs0
>>370
善いことじゃ。
囚われが少なくなってきたのじゃ。
囚われが少なくなれば苦も少なくなるものじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
>>371
1 そうじゃ、呼吸に集中するのじゃ。
集中していればいずれ雑念も流せるようになるのじゃ。
心をコントロールする力が身につくのじゃ。
それまでひたすら集中有るのみなのじゃ。
2 そうじゃ、集中する時は集中だけをするのじゃ。
観察する時は観察だけを行うのじゃ。
そうでなければ今何をしているかわからなくなって混乱してしまうのじゃ。
>>372
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>373
身体を観察する時は、身体の観察だけを行うのじゃ。
そこから何か連想しても、雑念として流していくのじゃ。
心の働きを観察するのは、心を観察している時だけなのじゃ。
感覚を観察するのは、感覚を観察している時だけなのじゃ。
そのようにはっきり分けなければ混乱してしまうのじゃ。
心は形が無く捉え難いものであるから、混乱しないように自らはっきり区別しなければならんのじゃ。
376
:
<削除>
:<削除>
<削除>
377
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/19(火) 00:18:55 ID:b7agDo.U0
>>376
こらこらw
378
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/19(火) 04:07:12 ID:ObI.o8W.0
質問じゃないけど観察はしっかり分けてやるんだな
適当に漠然と見てた
379
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/19(火) 10:56:15 ID:iU8KcD060
>>375
なるほど、カテゴリー分けして行わなければならないということですね。
確かにこれだと混乱せずに行えそうです。
とても参考になるご教授、ありがとうございました。
またよろしければもう一つの質問もお聞かせ願えないでしょうか。
というのは数日前に風邪を引いてしまい、とても苦しい思いをしたのですが、
こういう時、覚者はどのように捉えるのだろうと気になった所存であります。
>また別の質問となるのですが、
>体調を崩して頭がガンガン痛んだり、嘔吐などをしている時などでも、
>悟った人は苦しい、辛いとは思わないのでしょうか。
よろしくお願いします。
380
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/19(火) 21:20:11 ID:TVF6Vhbs0
>>374
そうかもしれん。
制感の行に似ているのじゃ。
執着を離れる法にもなるじゃろう。
集中力を養うのにも役立つじゃろう。
続けてみると良いのじゃ。
>>378
そうじゃ、身受心法にわけてやるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>379
そのような時は五分ぐらいでよいのじゃ。
続けていなければ集中力や観察力は落ちるが、一日五分でもやれば衰えないのじゃ。
目覚めていればもはや苦ではないのじゃ。
肉体の反応をただ観るだけなのじゃ。
必要ならば安静にしたりするのじゃ。
381
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/20(水) 19:48:57 ID:RKrUXRoI0
>>375
ご指導いただきありがとうございました。
実践あるのみであるところ、質問ばかりして申し訳ありません。
1.心をコントロールし、呼吸に集中する、を
ブログにおける心の模式図に照らして言い換える場合、
縁により生じている、感覚、思考、感情からの刺激のうち、
呼吸感覚の刺激のみを選択的に認識する、ということで、
その選択を行うのが意志力である、という理解でよいのでしょうか。
自分の中で、まだ集中という言葉の定義がはっきりしません。
2.仕事中にもできる集中力を高める修行に、呼吸に集中する、というものがあるとのことですが、
呼吸に集中しようとすると、仕事が止まってしまいます。
なにかコツのようなものがあるのでしょうか。
382
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/20(水) 20:05:59 ID:oqrlJiqo0
>>380
ありがとうございます。
やはり目覚めていれば苦はないのですね。
はやくその境地に至れるよう精進いたします。
あと、身受心法にわける方法ですが、
これは各カテゴリーを均等に修行していった方がよいのでしょうか。
個人的に心の観察がやりやすいと思っているのですが、
心なら心に特化して行っていても大丈夫でしょうか。
383
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/20(水) 20:18:46 ID:ZUoPNntY0
>>381
1 それでよいのじゃ。
なにがあってもただひたすら呼吸のみを認識し続けるのじゃ。
そうすれば集中力が身につき、心をコントロールできるようになってくるのじゃ。
2 それは初心者には難しいのじゃ。
集中力を身に付け、瞑想に熟達してきたらやると良いのじゃ。
熟達してきたら、最初は七割仕事に集中し、呼吸に三割ぐらい集中するのじゃ。
仕事が止まらない位の集中がどのくらいか、自分で確かめながら実践するのじゃ。
更に熟達すれば五割ずつ集中するとか、仕事に三割、呼吸に七割集中する事も出来るようになるのじゃ。
>>382
それは本人の執着の度合いなどで変わるのじゃ。
身体に強く執着しているならば身体の観察を長く行い、厭離するとよいのじゃ。
感覚に強く囚われているならば、感覚の観察を行うべきなのじゃ。
どこにも囚われが無いならば、もはややらなくてもよいものなのじゃ。
自分の今の状態をよく観察して深く理解し、最適な法を修行するのじゃ。
384
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/01/21(木) 00:22:11 ID:nXU9L4RQ0
鬼和尚
個人の感覚や考えや感情などや、社会や世間の価値観や思想や習慣などは、
観察の対象としてのみ存在し得るのではないでしょうか。
それらを観察できれば、囚われることがないということでしょうか。
言葉ではうまく表せませんが…
385
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/21(木) 09:16:07 ID:oqrlJiqo0
>>383
なるほど、まずは自分が何に囚われているかを知ることですね。
そのように最適な法を見つけ精進していきたいと思います。
ご教授、ありがとうございました。
386
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/21(木) 20:42:05 ID:UDzaewgU0
>>384
修行者にとってはそうなのじゃ。
世の人々にとっては安楽に見えるのじゃ。
一切の囚われを観察によって滅すれば真の安楽が訪れるのじゃ。
それまで精進有るのみなのじゃ。
>>385
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
387
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/21(木) 21:19:24 ID:RKrUXRoI0
>>383
教えていただきありがとうございました。
例えば、歩いて移動中だとか習慣でできる簡単な作業をしているときに、
別途、集中するでもなく自分の呼吸に意識をおいておくことは、
集中の訓練の足しになりえるでしょうか。
388
:
善慧
:2016/01/22(金) 00:03:36 ID:IMvK3srE0
鬼和尚さま、お釈迦様の『感興のことば』について解説をお願いできますか?
第27章 観察 六
この世は虚妄の束縛を受けていて、未来に変化する可能性のあるもののごとくに見られる。
愚者らは煩悩に束縛されていて、暗黒に覆われている。
(かれらには)無が有であるかのごとくに見られている。
真理を見る人には何ものも存在しない。
未来に変化する……見られる、の訳注では漢訳は「但見衆色変」とあります。
何となく意味はわかるのですが、このところ未来に期待してはがっかりする愚かな自分を
実感しているだけに、すごくひっかかるものを感じてしまいます。
わかりやすく教えてくださるとうれしいです。
389
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/01/22(金) 19:52:35 ID:27rUw.2.0
鬼和尚
最近は仕事中ほとんど思考しなくなりました。
思考しなくても仕事は進み、いつの間にか出来上がります。
無思考でした仕事を、意識して思考を使い、
よく考えて、もっと良くできないかと思ってやり直してみたのですが、
結局無思考でやったものの方がよかったです。
初めに答えが出ていました。
390
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/22(金) 21:13:38 ID:UDzaewgU0
>>387
なるじゃろう。
二つの仕事を一度に意識して出来る事がわかるじゃろう。
実践して見るのじゃ。
実践が全てなのじゃ。
>>388
衆生は色身が変化していくと見るのじゃ。
変化する事によって生滅があると見ているのじゃ。
実には色身があるというのも観念なのじゃ。
観念に囚われれば生滅があり、そのために苦も起こるのじゃ。
囚われればそれによって苦も起こるのじゃ。
なにものにも囚われずに進むのじゃ。
>>389
善いことじゃ。
無思考の作為ができているのじゃ。
思考が無いほうが物事は上手く行くのじゃ。
肉体が最善の作業をしてくれるからのう。
更に精進あるのみなのじゃ。
391
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/22(金) 22:24:49 ID:RKrUXRoI0
>>390
日常でもなるべく呼吸を意識する時間を増やすようにやってみます。
ご指導ありがとうございました。
392
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/22(金) 23:39:04 ID:ObI.o8W.0
いつも教えてくれてありがとうございます。質問をお願いします。
過去の出来事を思い出すと(さっきバイトに落ちた)憂鬱な気分になる。
未来の出来事を思うと(これからどうしよう)憂鬱な気分になる。
忘れてれば問題ないのだけれど、思い出すと憂鬱。「明日は月曜日か・・・」の発想のように。
カレンダーの曜日は確定されてるように、私のダメさも間違いのない事です。バイトに落ちたなどの数々の証拠。
ダメさの原因はダメだという裏付けにしか繋がらないような気がします。止観もまだまだ甘いです。
漠然としてますが、どうすればいいでしょう。長々とすいません。
393
:
善慧
:2016/01/23(土) 00:24:46 ID:M9jQuB.o0
鬼和尚さま、ありがとうございます。続く七、八との繋がりがよくわかりました。
観念に囚われていることが、身に刺さった矢なのですね…。
今はただすべてが苦しくて悲しいです。
進むことも引き返すこともできなくなって、途方にくれています。
鬼和尚さま、申し訳ありません。何だか色んなことが重なって、弱気になってます。
そらいろさまを見習って、あまり考えないようにしてもう少しがんばってみます。
394
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/23(土) 20:37:20 ID:UDzaewgU0
>>391
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ・
またおいでなさい。
>>392
そのように思うのも自己イメージがだめな自分となっているからなのじゃ。
そうであるから自分がだめな証拠を数え みつけようとする心理が働くのじゃ。
自己イメージをよくするのじゃ。
神仏との合一をイメージするとか、自分が尊敬できる人間の真似をするとかするとよいのじゃ。
そして自分がうまくやったことや絶好調だった時のことを思い浮かべるのじゃ。
実践してみるのじゃ。
>>393
苦があるならばそこに何か執着があるじゃろう。
自らの本心を観察し
395
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/23(土) 20:40:09 ID:9gKVPfeU0
>>393
苦があるならばそこに何か執着があるじゃろう。
自らの本心を観察し原因となる執着に気づくのじゃ。
そうすれば苦は消えるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
396
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/23(土) 22:42:21 ID:ObI.o8W.0
392ですありがとうございました。
397
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/24(日) 18:25:34 ID:zRw4EXLs0
338 たとえ樹を切っても、もしも頑強な根を断たなければ、樹が再び成長するように、妄執(渇愛)の根源となる潜勢力をほろぼさないならば、この苦しみはくりかえし現われ出る。
具体的には、どうやって妄執(渇愛)の根源となる潜勢力をほろぼすのですか?
398
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/24(日) 20:54:16 ID:UDzaewgU0
>>396
どういたしまして、またおいでなさい。
>>397
それは自分の本心を真摯に観察するしかないのじゃ。
最終的には自分があるという観念になるがのう。
自分があるという観念から、その名前とイメージをよくしようとする欲や執着が起こるのであるからのう。
自分があるという観念が無明と呼ばれるのじゃ。
無明が無くなれば囚われもなくなるのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
399
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/25(月) 18:13:27 ID:ei/K2OvM0
>>398
ありがとうございます。
自分があるという観念は、生まれたときからもっているのでしょうか?
それとも成長する過程で、どこかで作り上げたものでしょうか?
400
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/25(月) 20:19:14 ID:UDzaewgU0
>>399
個我の観念は種子としてあるのじゃ。
自分という観念に発展するのは生まれて成長してからなのじや。
特に幼少期に作られるのじゃ。
401
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/26(火) 18:04:07 ID:1O9PXXKk0
>>400
個我の観念とはどのようなものですか?睡眠中や死後に、種子としてあるのでしょうか?
自分という観念を滅ぼしても、個我の観念は生き続けるのでしょうか?
そうだとしたら、個我の観念を滅ぼすにはどうしたらよいのでしょうか?
402
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/26(火) 21:11:53 ID:UDzaewgU0
>>401
主客を分ける観念なのじゃ。
見るものと見られるものを分別しているのじゃ。
それは寝ていても有るじゃろう。
自覚できなくとも夢の中でもものを認識している事でわかるじゃろう。
悟りを得ない者が死んでもあるじゃ。
自分の観念がなくとも個我の観念はあり、やがて個体として生じる事となるのじゃ。
認識をも観察して滅すればそれも滅するのじゃ。
403
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/27(水) 18:47:27 ID:z6sb0Ox.0
>>402
夢を見ることと死後に生まれ変わることは、同じ仕組みによって起こるということでしょうか?
悟った人は常に、自分という観念も個我の観念も滅ぼされているのですか?
そうだとしたら、悟った人が睡眠から覚めるのはどういう仕組みですか?
404
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/27(水) 20:46:57 ID:UDzaewgU0
>>403
そのようなものじゃ。
死の意識は生きている者の睡眠の意識と同じなのじゃ。
そうであるから夢で死者と会えたりするのじゃ。
目覚めた者は自我の観念も個我の観念も無いのじゃ。
肉体は寝ても意識は眠らないのじゃ。
意識は常に有るのじゃ。
405
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/28(木) 17:51:51 ID:tuKgAkYA0
>>404
今起きている意識も、睡眠の意識や死の意識と同じものでしょうか?
違うならどのような違いがありますか?
悟った人に個我の観念がないなら、対象を認識することもないのではありませんか?
睡眠から覚めるにはこの世のものを認識する必要があると思いますが
その認識の働きを個我の観念が担っているなら、睡眠から覚めないような気がします。
406
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/28(木) 20:01:56 ID:UDzaewgU0
>>405
本来は同じなのじゃ。
しかし分別のある者は違うように思うのじゃ。
大抵の者はそのように思うが実際は逆なのじゃ。
個我によって対象を認識できるのではないのじゃ。
個我は認識された観念に過ぎないのじゃ。
認識の主体が我であると思う故にそのような謬見も起こるのじゃ。
謬見を離れて真実のあり方を観察すれば、個我の観念も厭離されるのじゃ。
407
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/29(金) 18:54:47 ID:GyrWS2FA0
>>406
認識には主体など無い
認識の主体という観念を生み出したのが、個我の観念
認識の主体という観念を、自分が認識しているとするのが、自分という観念
これで合っていますか?
408
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/29(金) 20:40:29 ID:oJbGNF9g0
鬼和尚様
坐禅の際、骨盤を垂直に立てるとブログで拝見したのですが
感覚がつかみにくいです。
曹洞禅などでは、坐蒲を使いお尻を後ろに突き出すとありますが
この状態は骨盤が前傾し、腰に反りがあるように思えます。
鬼和尚様のおっしゃる骨盤を立てるというのは、坐蒲なしで仙骨
が垂直になるような感じなのでしょうか。
曹洞禅の例と比較してご教授いただければ幸いです。
409
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/29(金) 21:17:06 ID:UDzaewgU0
>>407
それでもよいのじゃ。
後は実践によって自らの心の中に証明するのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
>>408
座蒲団でも何でも使って良いのじゃ。
大抵の者は床に直接座ると骨盤が後ろに傾くから座蒲団でも何でも使って調節するのじゃ。
それによって地面と垂直にするのじゃ。
手で触って確かめるのじゃ。
上から糸で釣られているようなイメージでも良いのじゃ。
いろいろ工夫して試してみるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
410
:
408
:2016/01/29(金) 21:50:52 ID:Gw1kkjxg0
>>409
ご教授ありがとうございます。
いろいろと試しながら、実践の中で感覚をつかんでいきたいと
思います。
411
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/30(土) 11:00:41 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)/鬼和尚、おはようございます。
禅をして、無思考の状態をキープする訓練を続ければ、誰でも多少は上達する。けど、その無思考の状態を維持しようとする意識、それを監視している意識の主体は常にある。
無意識に落ち込めばそれただは眠ってしまっただけでありましょうが、無思考をキープする訓練で、睡眠に落ち込まないぎりぎりのとこれまで近づいて行く。
「止観」により、集中力を高め心の観察を続ければ、無意識に近い無思考の状態からとつぜん「観念」が浮かび上がる瞬間を捕らえることができる・・・かもしれない。
睡眠から目覚める時の瞬間を捕らえようとする訓練も有効とのことでありました。
それらの訓練により、主体がある意識が生じる瞬間をとらえることによって、逆に主体のない意識の存在を自ら証明すると言う理解でよいのでしょうか?
見られるもの(=主体のある意識)は見るものではない。→主体はない。
412
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/30(土) 11:49:57 ID:1sAvBPl20
鬼和尚、
便乗で座る姿勢についてお教えください。
骨盤が垂直というのがイメージしにくいです。
座った状態で
http://yoshitakaabe.blogspot.jp/2015/03/blog-post_98.html
の骨盤中立になっており、かつ骨盤上面の左右方向も水平になっている状況でしょうか?
もし、googleなどのイメージ検索で、正しい姿勢で座れている画像などがありましたら、お示しいただけますでしょうか。
また外から見て、正しい姿勢が分かりやすい向き、例えば正面とか、があればそれもお教えください。
最終的には身体の快の感覚を頼りますが、目安として使いたいと思います。
413
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/30(土) 14:53:51 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さんに質問致します。
ダンマパダ(中村元訳)によれば多くの場所に神々なる言葉が使われていますが
例えばダンマパダ420 神々も天の伎楽神(ガンダルヴァ)たちも人間もその行方を知りえない人…
などとありますが、中村博士の注釈ではダンマパダ417の注釈のなかで、神々といっても、人間よりはすぐれた存在である
というだけで、やはり変化や苦悩を受ける生存者なのである。神々はまだ解脱していない。とあります。
鬼和尚さんは常々神は存在しないと言っておられますが、我々の観念では神とは完全であるものという意味に捉えられますが
そのようなものは存在しないが、この場合は私たち人間よりはすぐれた存在であるが、私たちのように肉体を持たない存在を
神々と呼んでいるという解釈でも良いのでしょうか。
414
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/30(土) 21:01:34 ID:UDzaewgU0
>>410
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>411
そのような理解で良いのじゃ。
後は実践するのじゃ。
実践によって証明されるのじゃ。
>>412
それでよいのじゃ。
わしが撮ったのではないがほぼ正しい写真があったのじゃ。
仏像も正しく座っているものは少ないものじゃ。
http://photohito.com/photo/375335/
横から見たほうが判り易いじゃろう。
前からではよくわからないのじゃ。
>>413
それは昔のインド人にわかりやすいように語っただけなのじゃ。
神が居る事を常識としている者達に神は居ないとか言っていては話も出来ないからのう。
彼等の語る神さえ限定された能力しか持たない存在であると、教えるほうが受け入れ易いのじゃ。
自他の観念が無い目覚めた者も、人に語るときには主語として我といわなければならないようなものじゃ。
観念に囚われている者には観念を利用して語るのじゃ。
415
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/30(土) 21:20:23 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、やはり我々人間が考えるような神というものは存在せず、観念でしかないということですね。
ということは、神々が住まいたもう天界も又、実のところは推して知るべし、ということになるのでしょうか。
416
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/30(土) 21:33:28 ID:Y5LPInQE0
鬼和尚さんは掲示板の質問には毎日答えているのにどうしてブログの方は中々回答しないのですか?
417
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/30(土) 23:25:40 ID:fVpo49MA0
はじめまして。最近、坐禅をしています。鬼和尚さんの言われるように、姿勢に気をつけながら、呼吸に集中を持っていけるように練習しています。そこで質問があるのですが、一つは、数息観をして集中してくると、目に映る物が、ぼやけて見えてきたり、モノクロになって見えるのですが、これは正しく数息観を出来ているのでしょうか?
もう一つは、半眼で目線を落として坐禅をしているのですが、正面よりも右(横目で見る様な)に視線を持っていく方が、呼吸に意識を集中しやすいのですが、やはり正面に目線を持っていった方がいいのでしょうか? 長文になってすいません。御指南頂けると嬉しいです。
418
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/01/31(日) 20:41:32 ID:UDzaewgU0
>>415
そのようなものじや。
人が思う神は幻想なのじゃ。
この世界はどのように創られたかという疑問に答えるために想像されたものじゃ。
そのようなものに頼らずとも、自らの努力精進によって安楽は訪れるのじゃ。
>>416
半月に一度しか見ないからなのじゃ。
そろそろ行ってみるのじゃ。
>>417
そうじゃ、正しくできているのじゃ。
集中力が強くなるとそのように見えるのじゃ。
後は景色がゆがんで見えたり、一部だけ大きくなったり小さくなったり遠くや近くに見えたりするのじゃ。
特に無くともよいのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
自分のやり易い方法で良いのじゃ。
肉体が微妙な歪みを取るためにそうなるのかもしれん。
肉体の動きに任せるのじゃ。
他人に見せるための修行ではないからのう。
体に任せれば深い瞑想にも入れるのじゃ。
419
:
避難民のマジレスさん
:2016/01/31(日) 22:44:54 ID:fVpo49MA0
>>418
本当にありがとうございました。囚われずに、坐禅を続けて行こうと思います。
420
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/01(月) 07:48:16 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、自らを灯火として法を頼りに精進せよということですね。
御回答ありがとうございました。
421
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/01(月) 12:38:50 ID:0nHrEkwc0
>>414
確かに上丹田、中丹田、下丹田が揃っているように見えます。
自分の場合ですと、頭が前寄りになることが多いことに気づきました。
さらに励みます。
わかりやすい写真を示してくださり、ありがとうございました。
422
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/01(月) 20:34:17 ID:UDzaewgU0
>>419
そうじゃ、囚われずに進むのじゃ。
またおいでなさい。
>>420
そうじゃ、法に依って精進するのじゃ。
またおいでなさい。
>>421
良かったのじゃ。
姿勢を良くすればそれだけでサマーディにも入れるのじゃ。
またおいでなさい。
423
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/02(火) 19:46:52 ID:3UUlHmG20
前世の記憶を読み取れるというのは本当ですか?
読み取れる人と読み取れない人は何が違うのでしょうか?
また、そのような記憶はどこに保存されているのですか?
424
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/02(火) 20:07:49 ID:9gKVPfeU0
>>423
今の環境からわかるじゃろう。
観察力が違うのじゃ。
報いの現れがどのように違うか判ればわかるのじゃ。
今の環境に過去の報いは全て現れているのじゃ。
それを読み取れば良いのじゃ。
425
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/02(火) 22:13:36 ID:xGbZIpVg0
鬼和尚さん
数息観だけしてるんですが、いまだに「観察」の仕方がよくわかりません
ただ思考を流してくことは観察とは言わないですよね?
無理に観ようとする意識や思考もまた違うと思うし、
できてるのかさえ、よくわかりません
出来ない「観察」と云う言葉?にばかり捉われて苦痛になりつつあります
426
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/03(水) 21:02:01 ID:UDzaewgU0
>>425
例えば手を観察してみて、指のしわが二重になっていると気づくならばそれが観察なのじゃ。
今まで知らなかったことに気づく事が出来るのが観察の効果なのじゃ。
或いは人差し指より薬指が長いと気づいたならば、それも観察によって気づいたといえるのじゃ。
そのように観察とは注意を集中して新しい事に気づくためのものなのじゃ。
大きな事よりむしろ細かい小さな事に気づく事が善い観察なのじゃ。
後には心のほんの小さな働きにも気づく事が肝心であるからのう。
実践してみるのじゃ。
427
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/03(水) 21:21:33 ID:xGbZIpVg0
>>426
大きな事よりむしろ細かい小さな事に気づく事
ですか・・・!
「気づく事」を大事にして、またやってみます!
丁寧な回答に感謝です、ありがとうございます。
428
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/03(水) 21:26:37 ID:LC3de7YgO
>>426
(´・(ェ)・`)こんばんは、鬼和尚。
自分の修行は何もかも中途半端であります。
鬼和尚が常に言われるように、止と観は別々にやるべきだと思いますが、数息観の場合それは呼吸に集中してその強弱等を観察することであり、そこで養われた集中力観察力が、必ずしも瞑想の時だけではなく有効に活用されるようになってるであります。
つまらね妄想にとらわれて苦しむことから解放され、教わったことの実践で受けている恩恵は絶大であります。
ぎゃくにその事により、自分ががサマディや観照、無我を体得したいと向かわせる強い動機を持つことを妨げてるような気がします。
何か自分はかなり長いことこの状況にとどまってるようであります。
どうか龍明にカツを入れつください。
429
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/04(木) 19:48:00 ID:amws/c7g0
いつも教えていただきありがとうございます。
感情の観察について教えて下さい。
例えば嫌なことが起こってお腹の下辺りがググっとなった場合、
「このような肉体の反応を、私は嫌な感情であるとみなしているようだ。
これは、おそらくは胃袋が収縮しているのではないだろうか」
などと、思考で解釈しながら、観察を進めるのでしょうか?
それとも、お腹の下辺りの感覚をひたすら感じ続けることが観察なのでしょうか?
430
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/04(木) 20:28:48 ID:UDzaewgU0
>>427
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>428
そのような意欲はあまり無い方が進歩はあるのじゃ。
意欲が強ければ執着にもなるからのう。
あまり期待せずに日々ひたすら瞑想を行うならばいつの間にかサマーディもやってくるものじゃ。
修行は一生続くと思ってやると良いのじゃ。
悟っても悟らなくとも修行あるのみなのじゃ。
>>429
思考を交えずひたすら観察し続けるがよいのじゃ。
感覚も下腹だけでなくいろいろな所で起こるのに気づくじゃろう。
そのような気づきが大事なのじゃ。
思考があれば気づきが邪魔されるのじゃ。
思考を交えず更なる集中力と注意で観察するのじゃ。
431
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/04(木) 20:58:20 ID:LC3de7YgO
>>430
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんばんは。ありがとうございます。
最近、偶然知り合った人からOSHOの信心銘をいただきました。毎日少しづつ読んでます。
何か独特な解釈、言い回しであり、あれっ?ちょっと違うんじゃないかなと思いつつ読み進めて行くと、いつのまにやら、ストンと納得の行く落ちをつけてくれます。
この本はもしかしたら講演録を書き起こしたものなのでしょうか
お話しの名手でありますね。
鬼和尚は金剛経を読んでる時に、悟ったそうでありますが、OSHOの本を読んでて悟ることもあり得ますか?
432
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/04(木) 21:20:23 ID:Y5LPInQE0
鬼和尚さん
大きなことを成すにはどうすれば良いですか?
433
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/05(金) 20:52:48 ID:5LmyN94o0
和尚さま
いままで執着自体をある程度の不快感として見ていたのですが
手放そうとすることがとても怖いということに気付きました
まるで自分の生きる意味を手放すことになりそうでとても恐ろしいです
執着自体がいままで自分と共にあったものですし、愚かと思いながら
愛しくて手放そうとなると、なんというかほだされてしまいます
ここで必要なのは意思なのでしょうか
434
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/05(金) 20:55:42 ID:UDzaewgU0
>>431
あるじゃろう。
オショーは話が上手いのじゃ。
読んでいると瞑想がしたくなるのじゃ。
どんどん学ぶと良いのじゃ。
>>432
大きな目標を持つのじゃ。
人生をかけるほどの大きな目標を持てば大きな事も成せるのじゃ。
その目標をかなえるために今日出来る小さな目標を考え、実行するのじゃ。
そうすれば自然にできることになるじゃろう。
435
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/05(金) 21:15:04 ID:vhqXi4pM0
>>430
身体の感覚を観察しようとした時、
思考して確認しないと、観察ができているような気になってませんでした。
しかし、正しいやりかたとしては、変化に気づいた箇所の感覚に意識を置き、
その経過ぐあいを言葉に置き換えずに見守り続けるのがよいのですね。
ご教授いただきありがとうございました。
436
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/06(土) 01:07:11 ID:LC3de7YgO
>>434
(´・(∀)・`)/鬼和尚、ありがとうであります。
くまのお経は、鬼和尚のレス、そうさんさんの信心銘、OSHOの本とするであります。
そのうち、グルジェフにも出会えればいいなと思うであります。
437
:
433
:2016/02/06(土) 03:42:38 ID:5LmyN94o0
何度も申し訳ありません
感情もしくは認識?観察者?を空観する方法が思いつきません。
よろしければお教えいただけないでしょうか
438
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/06(土) 20:19:11 ID:UDzaewgU0
>>435
どういたしまして、またおいでなさい。
>>435
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>437
何度でも聞くがよいのじゃ。
それにはまずその認識、感情。観察者を確実に認識していなければならんのじゃ。
それが感じられなければ空と観ることもできないのじゃ。
その対象が完全に感じられたら、ひたすらそれが無でありあるものでもないものでもないとみなすのじゃ。
何度も繰り返せばその観念は無となり、作用を失うのじゃ。
実践あるのみなのじゃ
439
:
437
:2016/02/06(土) 21:03:42 ID:5LmyN94o0
>>438
ありがとうございます。
瞑想をしているときは、いわゆる視聴触等諸感覚などの感覚が
自我そのものではないと見続けることである程度は深まります。
静寂が現れれば、静寂が自我そのものではないと見続けることでさらに
深まります。
ですが、観察している主体が自我そのものではないということには
たどり着けません。
”観察している主体が自我として存在していると思い込む”というのは愚かであるという
知識はあるのですが。
”観察している主体が自我として存在していると思うこと”を空としてみれば
よいのでしょうか。
一瞬ですけれども、意識がなくなったような瞬間がたまに起こることがありまして
まだ到らぬものですが、それなりに行が深まってきたと感じています。
その一瞬が起きた瞬間にびっくりして、すぐ自我が戻ってしまいますが。
和尚様ありがとうございます。
440
:
437
:2016/02/07(日) 03:13:32 ID:5LmyN94o0
原始仏教における懺悔を教えてもらっても
よろしいでしょうか
441
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/07(日) 13:32:56 ID:bWXuoptQ0
鬼和尚さん質問です。
瞑想をすると気分がよくなることはわかっているのに、
瞑想をせず抗不安薬に頼ってしまいます。
なぜでしょう。どうしたらよいでしょうか?
442
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/07(日) 15:56:50 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)/鬼和尚こんにちは。
今、今更ながら思ったのですが、止の行を行い、ある程度それに慣れてきて、雑念に巻き込まれることが少なくなり、それに気付いて集中対象に戻るタイミングも早くなり、そこそこ無思考の状態を維持できるようになる。
そしてまた、記憶にもとづく感情などがわっ!とあらわれる。
それに気付く。あぁまたあらわれたと気付いているのも、それが消えると知っているのも自我であり、そのことによる「苦」の軽減を経験的に知っているのも自我であるのでありますが、記憶にもとづく感情の噴出に気づいている意識から、それが自分の意識であるという意識をはずすことが出来れば、それがただ一つの意識だと思うのでありますが、そんな理解でよいのでしょうか?
そのためには、自分なとないと呪文のように繰り返すというのも有効でありましょうか?
雑念に気付く自分の意識から「自分の」をはずす方法に絞ってお聞きしたくなりました。
何か全然進歩してないようで、恐縮であります。
443
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/07(日) 20:50:48 ID:UDzaewgU0
>>433
そうじゃ、意志によって手放すのじゃ。
修行していればそのような決断は何時かは訪れるものじゃ。
先に進むためには今あるものを捨てなければ成らないのじゃ。
旅の途中に寄り道をしていては目的地に辿り着けないようなものじゃ。
強い意志で手放し前に進むと良いのじゃ。
>>439
未だそのように思うならば、そのように空と観じてみると良いのじゃ。
観念を破壊するのが空の観想であるからのう。
その観念を破壊するのにも使えるのじゃ。
空と観る事で観念の障害を次々に壊して行くと良いのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
>>440
目覚めた者や先輩の僧などに罪を告白するのじゃ。
それから二度としないと誓うのじゃ。
そしてその通りに実践するのじゃ。
そのようにすれば許されるのじゃ。
千人を殺したというアングリマーラも許されたのじゃ。
>>441
何か恐れとか不安などの原因があるのじゃろう。
その不安を本当は治したくないと思っているのかも知れん。
病気の自分で居る事で何か社会的な利益を得る事も珍しくは無いのじゃ。
そのような原因を探してみるのじゃ。
原因がわかれば出来るように成るじゃろう。
>>442
そのような理解で良いのじゃ。
後は実践あるのみなのじゃ。
そのようなやり方でも何でも試してみるのじゃ。
無益と判ってもその知識を得る役には立ったのじゃ。
実践によって人は進歩するのじゃ。
444
:
437
:2016/02/07(日) 21:29:38 ID:5LmyN94o0
>>443
ありがとうございます。
般若心経を見てこれだ!!と思いました。
認識した、感じたという想い及び、自我が存在するという観念が観察された場合は色即是空として空観していってます。
対の空即是色というのは、あるものの本質が空なればこそ色として認識される成り立つというのであってるんでしょうか。
445
:
437
:2016/02/08(月) 06:23:21 ID:5LmyN94o0
連投失礼します。
何かを認識して観念が生まれる前に、分別があることに気づきました。この分別も空観でよろしいのでしょうか。
少しずつですが、潜在意識的なものも見れるようになってきました。
446
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/08(月) 20:24:52 ID:UDzaewgU0
>>444
むしろ色身の本質は元から空であると観るのじゃ。
空である事が色身の本来の性質とも直訳できるのじゃ。
同じ意味なのじゃ。
そうであれば他の全てと同じく色身も空であると感じられるのじゃ。
>>445
そうじゃ、分別も五蘊の内の行として書かれているのじゃ。
分別の作用が空と観れられたならば観念による区分けがなくなるのじゃ。
なにものも分別できない混沌が見えるが、畏れずに進むのじゃ。
それも世界の本来の姿であるからのう。
447
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/09(火) 17:17:25 ID:fVpo49MA0
鬼和尚さん こんにちは
唐突で申し訳ありません。鬼和尚さんにご相談したいことがあるのですが、相談の内容は鬼和尚さんのブログの「鬼和尚の人生相談室」の方に書き込みをすれば、読んで頂けるでしょうか? よろしくお願いします。
448
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/09(火) 20:24:26 ID:UDzaewgU0
>>447
そうじゃ、書くと良いのじゃ。
匿名に出来るのじゃ。
匿名にしなくてよいならここでも良いのじゃ。
どんどん書くと良いのじゃ。
449
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/10(水) 12:46:46 ID:fVpo49MA0
>>448
本当にありがとうございます。コメントに書かせて頂きました。読んで頂ければ、幸いです。ありがとうございました。
450
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/10(水) 20:12:22 ID:UDzaewgU0
>>449
わかったのじゃ。
明日行ってみるのじゃ。
451
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/10(水) 20:38:11 ID:fVpo49MA0
>>450
ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすいません。よろしくお願いします。
452
:
437
:2016/02/11(木) 01:36:39 ID:5LmyN94o0
和尚さんお世話になってます
最近瞑想以外でもふとした瞬間に、分別のない意識が落ちるような瞬間が訪れるようになりました
もし悟れたら菩薩道にいきますね
453
:
437
:2016/02/11(木) 03:23:42 ID:5LmyN94o0
今思えば時間感覚も空間の認識も幻にすぎませんね
454
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/11(木) 16:49:27 ID:ObI.o8W.0
鬼さんお世話になっております。質問です。
違うスレで、
褒められると否定したり居心地が悪くなるのは自己イメージのギャップからくる。
というような書き込みを読みました。
私は太宰治のような小説、酒とか薬物に溺れて堕ちていく小説のようなものに
共感したり、もっといえばカッコイイなとか思ったりします。
こういうダメなものに酔いしれたりするマゾ的なものってのはなんなんでしょうか。
455
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/11(木) 19:29:02 ID:UDzaewgU0
>>451
行ってみたのじゃ。
>>452
善かったのじゃ。
気づく事が多くなったのじゃ。
多くの者に教えると良いのじゃ。
>>453
そうじゃ、観念なのじゃ。
変化とか物を説明するための観念として作られたのじゃ。
本来無いものなのじゃ。
>>454
それは親とか友人などからの影響なのじゃ。
言葉でそれを勧めなくとも、日頃の態度や価値観で作られてしまうものじゃ。
そうであるからお釈迦様も悪い友とは付き合わず、善い友と付き合うようにというのじゃ。
良い友の影響を受ければなくなるじゃろう。
456
:
437
:2016/02/12(金) 07:17:51 ID:5LmyN94o0
>>455
菩薩は人を救いますが、人を救ったら救われるというのは本当なのでしょうか
457
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/12(金) 14:13:02 ID:Q5.YcFAk0
和尚様
我慢をする というのは苦行でしょうか?
私は我慢ができないタイプのようでそれでわかっているのに後で後悔する
事があります。
依存を断つ我慢と自我から離れるための我慢はまた違いますか?
また我慢なんてしてもしなくても結果一緒なのでしょうか?
我慢するということと自己を律するということの違いがわかりません
458
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/12(金) 18:26:48 ID:fVpo49MA0
>>455
鬼和尚さん、悩みを聞いて下さいまして、本当にありがとうございました。
明日も知れぬ命、初心を思いだし真摯に進んで行きます。早く今の所を辞めて新しい師を求めて歩んで行こうと思います。たとえ、師が見つからず、その辺で死のうが前に進んで行きます。
せっかく、鬼和尚さんが助言して下さったのに、意地を張って言うことも聞かず、本当にごめんなさい。やっぱり、仏道を求める気持ちは諦められません。
鬼和尚さん、本当にありがとうございました。ただただ、感謝致します。
459
:
437
:2016/02/12(金) 19:53:12 ID:5LmyN94o0
和尚さま
私の懺悔を聞いてください。
私は、普段は怠け者でしかしながら切羽詰まると焦って動くような愚かな人間でした。
その怠けの原因は、生という苦に対する怒りと恐怖でした。
本当は何の努力もしたくない人間だったのです。
なぜ生きなければならないのか、なぜ生まれてきたのか、己は生まれさせられた存在なのになぜ苦しまなければならないのか、どうして努力をしなければならないのかという怒りでした。
しかしながら釈尊の知恵と慈悲によってこの怒りと恐怖を消す道があることが分かりました。
この怠けを消し、常に最善を尽くすような人になれるよう精進していきます。
460
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/12(金) 21:27:02 ID:UDzaewgU0
>>456
人を救えば救われるじゃろう。
自ら修行に励んでも救われるじゃろう。
苦を滅する法を行えば苦は滅するじゃろう。
善い事をすれば善い報いがあり福楽に恵まれるじゃろう。
止観を修行すれば悟りを得て一切の苦を滅し、永遠に喜びがあるじゃろう。
>>457
状況によって違うのじゃ。
目標を達成するための我慢は苦行ではないのじゃ。
悟りがを得ようと思って肉体を痛めつけるのが苦行なのじゃ。
修行の為の我慢は同じなのじゃ。
我慢して得るものがあれば、我慢しない事と同じではないじゃろう。
我慢も自律も同じようなものじゃ。
言葉に囚われず修行に励むが良いのじゃ。
>>458
善いことじゃ。
既に法がわかっているならば犀の角のように独り歩むのも良いのじゃ。
お釈迦様も二人の師匠についたがそれらを捨てて、独り修行して悟ったのであるからのう。
精進あるのみなのじゃ。
>>459
許すのじゃ。
懺悔告白して改めれば許されるのじゃ。
これからは清い心で精進あるのみなのじゃ。
461
:
437
:2016/02/13(土) 03:48:01 ID:5LmyN94o0
和尚さま
自己こそ自己の寄る辺なり
他の何者が寄る辺になろう
自己を調御するならば
得がたい寄る辺を獲得す
悪い心は習慣による癖であり、怠けも癖であり
怒りも癖であり、愚かさも癖です
グルジェフのようにいえば、人間は貪・瞋・癡の機械のようです
上の釈尊の言葉はそれらの悪い習慣に反抗して、己の癖を直していけ
ということなのでしょうか
462
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/13(土) 18:18:09 ID:dFBBVUeg0
才能と天職はどうすればわかりますか?
また修行者や菩薩のような者が、お金のことを四六時中考えるようにして、
生計を立てるためにお金を稼ぐことに挑戦することを始めるのも自由ですし、良いことですよね?
修行や経典を読むこと、法施のことばかりと関わっていては、世間のことは身につきませんし、いつまでたっても考え方も構築できませんから。
どこかで区切りをつけても良いとような気がするのですが。
463
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/13(土) 18:22:56 ID:dFBBVUeg0
日本で托鉢で生きるなんて現実的ではありませんし。
就職するにしても、早いうちに準備を始めてすぐには始められません。
収入についての問題は後生ついて来ますよね。
464
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/13(土) 18:33:53 ID:dFBBVUeg0
手に職があれば幾分楽かと思われるのですが。
金持ちお父さんを目指してもみたいです。
465
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/13(土) 20:51:04 ID:UDzaewgU0
>>461
それだけではないのじゃ。
全てが苦となるこの世界では人は寄る辺なくさ迷う定めなのじゃ。
金や権力や名声も時に苦をもたらすものとなるのじや。
親や親戚友人も時に敵となり、別れ去るものじゃ。
そのように何ものも頼りにならないこの世で、修行によって整えられた心こそ真に頼りになるものじゃ。
どれほど環境が悪くなろうと。心が整えられていれば苦はないのじゃ。
そのように整えられた心こそが衆生の頼りになる寄る辺とおしえているのじゃ。
>>462
>>464
能力試験などを受ければ才能はわかるのじゃ。
地方自治体などで無料でやっているのじゃ。
受けてみるとよいのじゃ。
自分が楽しくできることが転職なのじゃ。
好きな事ならば詳しくなり、努力も苦にならないのじゃ。
そのように探してみるのじゃ。
466
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/13(土) 22:41:20 ID:WWQkaV3A0
×転職 ○天職、ですよね。
467
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/14(日) 00:50:45 ID:YxP9wzfA0
>>460
目的を達成するためには我慢も必要、ありがとうございます。
最近インフルエンザで一週間ほど寝込んでおりましたがその時は
食欲も性欲もほか諸々の欲がなくなっており体はもちろんキツイのに
欲がないのはこんなに楽なのかと思いました。
ですが体調が戻るとまた諸処の欲が戻りなぜか残念に思います。
欲も感情も体調次第でこれほど変わるなら自分主体の感情や欲などは
やはり無く縁と環境によって生じているだけなんだとわかりました。
おそらく自我というものも少しのことでコロコロ変わる風の中の火のようなものなんでしょう
ですがまだ自分というものはやはり頭のなかに生じます。
468
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/14(日) 20:32:19 ID:9JVC/W.c0
>>466
そうじゃ、天職なのじゃ。
ご苦労さんなのじゃ。
>>467
そうじゃ、自我も観念でしかないゆえに常に変わるものじゃ。
一定不変の自己などないものじゃ。
更に観察あるのみなのじゃ。
469
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/15(月) 09:28:55 ID:wHFjLtj20
和尚さま
厄年というのは実際にあるものなのでしょうか。
知人が怪我をしたり病気になったりという話を聞くと、厄年であった場合が多いです。
日本だけの風習なので思いこみの範疇だと考えているのですが、
なにかしら気の巡り的なものはあるのかなとも考えてしまいます。
やはりたまたまにすぎず、単に勝手に結びつけているだけでしょうか。
470
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/15(月) 19:55:25 ID:9JVC/W.c0
>>469
運気とかは無いが肉体の衰えがあるというのじゃ。
肉体が青年から老年に入る境目なのじゃ。
その時期には男でも更年期になったりするというのじゃ。
若いつもりで無理をすると怪我をしたりもするのじゃ。
そのような肉体の変化があり、自己イメージと離れていると怪我も多くなるのじゃ。
肉体的な根拠がある事を観察してみると良いのじゃ。
471
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/15(月) 19:57:22 ID:fVpo49MA0
>>460
ありがとうございます。確かに、仰る通りです。 とても、とても私は法をわかったなんて言えませんが、孤独に歩む道もありますね。 鬼和尚さんのお返事を見てから、自分なりに色々考えました。そして「僧侶」や「仏道」にこだわるのも一つの我執かもしれないと思いました。
正直に言って、辞めた後の進むべき道に関して、まだ迷い考えてしまう部分もありますが、少しでも、執着を捨てて考え、初心を思い、真摯に、精進する道を選び歩んで行こうと思っております。こんな諦めが悪い愚か者の私ですが、何度も考えて結論を出したいと思います。鬼和尚さん、本当にいつもありがとうございます。
472
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/16(火) 00:04:52 ID:eKSuYtXY0
鬼和尚さん、子供の育て方についての質問です。
「嫌われる勇気」という本で、子供を育てる時は、褒めない方が良いと書いてあるのですが、その通りだと思いますか?
叱ることも良くないそうです。
褒めるとか叱るという行為は人間関係を対等ではなくしてしまうからだそうです。
でも、親子関係は対等ではないと思うのですが、どうなのでしょうか?
そして、良いことをしたら褒めて、間違ったことをしたら叱るしか、子供を育てる方法がないと思うのですが、ちがうのですか?
鬼和尚さんはどう思いますか?
473
:
437
:2016/02/16(火) 04:34:27 ID:5LmyN94o0
和尚さま
以前懺悔をしたものですが、己の心の弱さで
逃げてしまいそうです
忍辱のコツなどありましたら教えてください
474
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/16(火) 10:27:34 ID:/uolZcM.0
>>470
なるほど、ロボットや車などでいうところの、
故障しやすい時期ということですね。
常日頃からメンテナンスを心掛けていないと、
そういう時になにかしら破損するという感じでしょうか。
よくよく根拠を調べてみようと思います。
ありがとうございました。
475
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/16(火) 20:53:22 ID:9JVC/W.c0
>>471
そうじゃ、自ら道を選ぶのじゃ。
またおいでなさい。
>>472
おぬしの思う通りなのじゃ。
実際の子育てはとてもそのような一つの原則が適用できるものではないと、おぬしも子を持つ者ならわかっているじゃろう。
本の知識に纏わされてはいかんのじや。
その著者も子を何万も育ててこれが正しいと知ったわけではないじゃろう。
誉めて育てれば能力も伸びると心理学では結論が出ているのじゃ。
交通規則とか間違えば死ぬような事は厳しく教える事も必要じゃろう。
惑わされずに育てるのじゃ。
>>473
自分の成し遂げた事を見るのじゃ。
以前は苦しかった事も次々に克服してきたならば、この道が正しかったと判るじゃろう。
日記などを付けてみると良く判るのじゃ。
行った事の成果がわかればやる気も出るのじゃ。
そのようにして日々の修行を続けていくのじゃ。
>>474
そうじゃ、昔からの言い伝えには何か根拠のあるものも多いのじゃ。
観察によって明らかにしていくのじゃ。
476
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/16(火) 23:26:23 ID:uOSaS13s0
>>475
鬼和尚さん、回答ありがとうございます。
やはり実際に子供を育てることは本の知識とはちがうのですね。
本の知識に惑わされないようにします。
子供はまだいませんが、疑問だったのです。
子供ができたら、このことを思い出したいと思います。
ありがとうございました。
477
:
437
:2016/02/16(火) 23:39:39 ID:5LmyN94o0
>>475
ありがとうございます。
日記などをつけ、1日を日々を振り替えることとします。
以前和尚さまの書き込みで、お釈迦様は偉大であるが間違ったところもあると書き込まれているのを拝見しました。
確かに和尚さまのやり方は悟りにとって近道であると考えています。
お釈迦様のどのような要素が間違っておられるのでしょうか。悟りへの手段なのでしょうか。
478
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/17(水) 19:59:58 ID:9JVC/W.c0
>>476
そうじゃ、惑わされずに育てるのじゃ。
またおいでなさい。
>>477
尼僧は何でも僧に従わなければいかんとか教えたことなのじゃ。
当時の風習に従っていたのじゃ。
それは間違いなのじゃ。
優れた尼僧ならば未熟な僧は従うべきなのじゃ。
479
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/18(木) 19:58:58 ID:j5fUceOA0
鬼和尚、
動作の観察は並行して出来るのですが
思考の観察が並行して出来ません。
思考に気づき観察に入ると
思考していた自分は観察する自分になってしまいます。
思考と観察を同時進行出来ないのです。
これって問題ありますか?
480
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/02/18(木) 20:35:07 ID:nvM2syZg0
鬼和尚
職場で私のすぐ近くの席にいる人で嫌な人がいました。
私はその人とはほとんど話はしませんが(他の誰ともほとんど話しませんが)、
彼は目上の人に対してはへつらい、目下の人に対しては尊大な態度を取り、
陰口が多く、ときどき怒鳴り、仕事中の私語雑談が多く、声も大きいので、仕事の邪魔でした。
さらに、そういう態度は彼自身の思い込みや劣等感から目を背けるものであることがわかるので、尚更気になっていました。
気になる原因は私自身にあるかもしれないと思い、仕事中のほとんどが自己観察のチャンスだと捉え、ひたすら観察してきました。
そのせいか、だんだんと気にならなくなってきました。
席が近くですので話し声は聞こえますし、何も思わないとまではいきませんが、スルーできます。
1年くらい前と比べると格段に違います。
481
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/19(金) 18:56:23 ID:ObI.o8W.0
こんばんは。
鬼和尚さんいつもお世話になってます。
質問です。お経によく出てくる「形成作用」というのはなんですか。
「識別作用」とは違うものですか。
煙草を吸う発想が浮かび、煙草を吸う。
これは「形成作用」ですか?
482
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/19(金) 19:51:43 ID:amws/c7g0
いつもありがとうございます。
怒らないことによって怒りにうち勝て、とのことですが、
すでに怒りが生じてしまった場合の最善の対処方法を教えて下さい。
483
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/19(金) 21:12:30 ID:YbzAtmTM0
>>479
まだ集中力が足りないのじゃ。
集中の瞑想に熟達したならば、思考を観ながら同一化しないで居られるのじゃ。
雑念を流していくのと同じなのじゃ。
思考を観ながら流して行けるまで精進あるのみなのじゃ。
>>480
善かったのじゃ。
他人の悪い所と同一化していたのじゃな。
進歩しているのじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
>>481
それは心の働きを現す五蘊である受想行識の中の行なのじゃ。
サンスカーラとインドでは言うのじゃ。
物事を分別する作用なのじゃ。
同時に物事を観念として成立させる故に形成作用というのじゃ。
禅では分別として離れるように言うのじゃ。
本来識別と共に働く作用であるが、インドでは別にするのじゃ。
>>482
最善は観察する事なのじゃ。
肉体の反応を観察し、感情の働きを観察し、認識の働きを観察するのじゃ。
怒りによって体はどのように反応するのか、感情はどのように現れて消えるのか、それをどのように認識しているのかを観察するのじゃ。
それが最善なのじゃ。
観察できれば怒りを自分とか自分のものと思わなくて済むじゃろう。
484
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/19(金) 21:38:12 ID:ObI.o8W.0
>>483
ありがとうございます。
勉強になりました。
形成作用は観念を作る働きとして覚えておきます。
思い出すことと関係あるのでしょうかね。
とりあえず発見に力をいれまふ。
485
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/19(金) 23:06:51 ID:amws/c7g0
>>483
ご教授ありがとうございました。
では怒りが生じそうになった時、
そのあと、怒りが外に表れないように我慢した状態を観察すべきでしょうか?
それとも怒りを表した状態を観察すべきでしょうか?
486
:
437
:2016/02/20(土) 09:24:10 ID:5LmyN94o0
和尚さま
自我を滅するとは、いままで観念や認識に
投射してきた自我というイメージをなくすという
ことなのでしょうか
なので、観念や認識は消えないが、観念や認識に付随していた余計な要素である自我を消すということになるのでしょうか
いままで観念や認識すらも消した状態に至らなければ自我は絶対に消えないと思ってましたが
487
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/02/20(土) 12:16:21 ID:ww/hlCxQ0
>>483
>他人の悪い所と同一化していたのじゃな。
鬼和尚
この同一化と自他不二はどう違うのでしょうか。
488
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/20(土) 18:18:20 ID:1lPnGJVo0
>>483
>>479
です
私は以前、相談スレでイメージを脳内映像化できないと相談した者なんですが
数息観を続けてはいるものの集中力が上がった実感もありません。
続けていれば上達するはずのものが上達しないのは
心の目が見えないだけでなく、他にも心の欠陥があるのかもしれませんね。
まぁ、ダメもとで気長にやってみます。
ありがとうございました。
489
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/20(土) 20:40:32 ID:9JVC/W.c0
>>484
そうじゃ、それも記憶によって行われているのじゃ。
記憶された基準によって分別されるのじゃ。
観察して確かめるのじゃ。
またおいでなさい。
>>485
全て観察すると良いのじゃ。
我慢すれば我慢したと観察し、外に表したならば表したと観察するのじゃ。
何をしても観察する事を常に忘れないようにするのじゃ。
それが観察なのじゃ。
>>486
自我を滅しただけならば自分の名称とイメージが投射されなくなるのじゃ。
観念はあるのじゃ。
認識をも滅すれば観念も無くなるのじゃ。
それが真の悟りなのじゃ。
>>487
同一化は他人の観念と自分の観念が同一と認識するのじゃ。
実際の物事を見ることはできず、観念のみの働きなのじゃ。
観念がなければ常に自他不二なのじゃ。
それが実際の姿なのじゃ。
>>488
気が足りないのじゃろう。
集中力がついたならば、呼吸法などをすると良いのじゃ。
頭に気が上れば映像も見えてくるのじゃ。
490
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/20(土) 22:14:50 ID:amws/c7g0
>>489
教えていただきありがとうございました。
怒りを外に表すことは、他者を攻撃することになるので悪事なのでしょうか?
それとも観察さえできていれば、それでよいのでしょうか?
そうではなく、怒りはできるだけ我慢すべきのものでしょうか?
491
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/20(土) 22:17:14 ID:fVpo49MA0
>>475
鬼和尚さんのお陰で色々考えさせられました。ありがとうございました。損得等の我執に囚われないようにしながら、自分なりに道を決めて進んで行きます。本当にありがとうございました。感謝致します。
492
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/21(日) 17:28:45 ID:1lPnGJVo0
>>489
>>488
です。
まだ気は存在すら感じられないのですが
当面は集中力の向上、呼吸や丹田にも注意を払って鍛錬してみます。
ありがとうございました。
493
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/21(日) 20:58:28 ID:9JVC/W.c0
>>490
他人を攻撃すれば悪なのじゃ。
しなければ悪ではないのじゃ。
何をなそうとも全てを観察するのじゃ。
我慢しながら観察するとよいのじゃ。
>>491
よかったのじゃ。
おぬしが道を極め悟りが得られるように。
またおいでなさい。
>>492
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
494
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/21(日) 23:03:14 ID:amws/c7g0
>>493
怒りが起こったならば、それを我慢している自分を観察するようにします。
ありがとうとざいました。
495
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/22(月) 20:42:58 ID:9JVC/W.c0
>>494
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
496
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/22(月) 23:16:07 ID:DAFoXibI0
糖質制限に反対の立場だった鬼和尚を無知蒙昧な奴だなと思っていたのですが、最近、糖質制限の主導者の一人が亡くなって、糖質制限の危険性が言われるようになってくるに及んで、鬼和尚の慧眼に脱帽しました。
いくら説得しても鬼和尚が、「糖分は頭に良いのじゃ」とか言うのをただの頑固親父の妄言だと思っていたが、大したものです。正直、戦慄が走りました。
497
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 01:47:23 ID:BrcsN.KA0
ネットの記事やなんかのテレビ番組で見たのですが体は主体なく自動的に先に動き意思はその
後追い、理由付けをしてるだけというのは本当なのでしょうか?
確か歩いてからコンマ数秒後に「歩こう」と意思しているとか言ってたような
タイムラグがほぼ無いに等しいので「歩こう」と思って足を動かしてると普通は
思ってるが実は逆なんだ、というふうなことでした。
それともこれも場合によるのでしょうか?
人を殴ってから「殴ろう」と意思したってことにはなりませんよね?
そうなると罪の主体もあやふやになってしまいますし。
498
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 07:21:05 ID:DAFoXibI0
まあ、実際は、糖分が体に良いのか悪いのか確実なことは解りませんが、少なくとも、極端な糖質制限は控えようかとは思います。
肥満と糖質過摂取に関連があることは確かなように思えるので、取りすぎも良くないのでしょう。
499
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 13:30:35 ID:ob3V9y7s0
>>498
横ですが、「糖尿病も3ヶ月で完治するダイエット」というブログで
糖質制限と糖尿病のメカニズムなど、海外の論文を元にわかりやすく
説明してくれています。よかったら参考にしてください。
http://ojyokoita.blog.fc2.com/blog-entry-459.html
500
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 17:04:03 ID:maYmlzuA0
心療内科で統合失調症と診断されました。
幻覚や幻聴、霊の存在のようなものを感じ、それに振り回されると言ったことや
気力の減退の様なものを感じていたのですが、処方された薬を飲んで症状は収まっています。
神との対話、悪魔との対話の様な様相を呈していました。
悔い改めや後悔をさせられている気分でした。
ですが心あたりのないようなことも多かったです。
薬は飲み続けた方がよろしいと思われますか?
薬を飲んだ影響かそのような感性も抑えられているようです。
また瞑想の様な修行は控えた方がよろしいのでしょうか。
とにかくそのようなものに振り回されても対処の仕方がわかりません。
幻聴や幻覚の類が信頼のおけるものかも定かではありません。
501
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 17:06:53 ID:maYmlzuA0
誰か他に監視されてる、生活や心の中が筒行けといったような錯覚もともないました。
502
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 17:10:33 ID:maYmlzuA0
思考や生活が筒抜けになってしまうなんてことがあるのでしょうか?
503
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 18:48:08 ID:pQvQEz.s0
>>502
横レスですみません。その錯覚が事実かどうか、実際に確認してみてはいかがでしょう?
504
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 19:55:01 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんばんは。
こんな↓のをはじめてみました。
何をするときも常に出来るだけ意識をもちつづける(=無意識に何かをする、考える等を排する。)
厳密にやろうとは全くせず、ゆるゆると気づいた時にやるのであります。
歩く時、食べる時、喋る時、できるだけ意識をもち、無意識の反応的なことを避ける。
特に、粗い感情とか起こったときは、勿論たちどころに巻き込まれてしまうこともありますが、比較的意識的あることに戻りやすいであります。
けど、なかなか全てに意識的でありつづけるのは難しいので、気づいた時に、自分がどれくらいの間無意識であり続けたかを、思い返してみるのであります。
(´・(∀)・`)/こんなの、どうでありましょう?
505
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/23(火) 20:03:11 ID:amws/c7g0
いつもありがとうございます。
怒りや悲しみが起こったときに、そのときの身体の状態を観察しようとするのですが、
頭がクラクラして気持ち悪くなってしまいます。
ショックで血の気が引くような感じに似ていると思います。
どうしたらよいでしょうか?
506
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/23(火) 22:46:32 ID:9JVC/W.c0
>>496
>>498
恐ろしい事じゃ。
無理な制限はやめたらよいのじゃ。
>>497
そうじゃ、既に百年も前にフロイトが言っていたことなのじゃ。
しかし意志がないわけではないのじゃ。
少しはあるのじゃ。
ならんのじゃ。
とめることもできたはずであるからのう。
>>500
飲み続けたほうがよいのじゃ。
瞑想は続けてよいのじゃ。
幻覚や幻聴は全て信頼してはいかんのじゃ。
心の働きの排泄物のようなものであるからのう。
腸の働きをよくすれば脳もよくなるのじゃ。
西式健康法をやってみるのじゃ。
>>502
ないのじゃ。
おぬしの脳が作り出しただけなのじゃ。
>>504
善い事じゃ。
注意深くなるじゃろう。
何でも試して見るとよいのじゃ。
>>505
呼吸を調節したり、頭をマッサージしたりして心身を整えるのじゃ。
そのような反応も観察してしまうのじゃ。
そうすれば少しずつ弱くなるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
507
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/24(水) 06:46:42 ID:maYmlzuA0
>>503
エネルギーの交流、ポルターガイスト現象のようなものは家族も主治医も実感していたようです。
体温の温暖の変化などで実感をともないましたから。
主治医は統合失調症で「念慮」ということも言っていました。
>>506
心の働きの排泄物のようなものなのですね。納得しました。
ただ薬を飲んでいると以前のようにガッツが湧いてきません。
心の排せつ機能も抑えられているようです。
508
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/24(水) 06:51:04 ID:maYmlzuA0
薬で気分は安定しているのですが、強い感情などを抑えているのもあるようです。
509
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/24(水) 06:54:29 ID:KpVaDPWc0
和尚は西式健康法で硬い床に寝てるんですか?
体調等はどうですか?
510
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/24(水) 07:51:41 ID:aDewH9QE0
>>506
>>497
>>ならんのじゃ。とめることもできたはずであるからのう。
体を動かすことも自由意志ではないのですね。
悪を止めることは自由意志みたいですが
そもそもどこまでが自由意志で我々ができることなのでしょうか?
511
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/02/24(水) 18:36:59 ID:jm70vUBM0
鬼和尚
私は幼いころから世の中全般に対して違和感を持ってきましたが、
これは世の中全般のいろいろな観念と自己同一化しているからでしょうか。
512
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/24(水) 20:06:25 ID:9JVC/W.c0
>>507
そうじゃ、腸をよくすれば心もよくなるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>509
寝ているのじゃ。
とてもよいのじゃ。
畳ならば寒くないのじゃ。
>>510
2%ぐらいなのじゃ。
自分で考えて動くこともできるのじゃ。
勉強して知識のとおりに行うこともできるからのう。
>>511
そうじゃ。
自分の観念を世の中に投射しているのじゃ。
異質なものとしての自分があると思えば、世の全ては自分にとって異質なもの感じるのじゃ。
その観念がなければ違和感もないじゃろう。
原因がわかればその観念もなくなるのじゃ。
513
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/24(水) 20:44:08 ID:LC3de7YgO
>>512
鬼和尚、こんばんは(´・(∀)・`)/
腸は第二の脳と言われるそうでありますね。丹田に意識を集中したり、腹式呼吸には科学的根拠があるのでありますね。
実践あるのみなのじゃ。
日常、歩く時、食べる時、喋る時、常に意識的であろうとしてみると、いかにそれが難しいことであるかがよくわかります。
鬼和尚が自由意思科学的は 2%ぐらいなのじゃ。と仰る意味が実感されます。
514
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/24(水) 21:02:07 ID:amws/c7g0
>>506
ご教授ありがとうございます。
感情は首から下の感覚の解釈であると聞いた気がしますが、、
耳が熱くなったり、脳の血液が少なくなったりするような感覚もあります。
どういうことなのか、観察を続けてみます。
515
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/02/24(水) 22:35:16 ID:jm70vUBM0
鬼和尚
観念がなければ悪い友と付き合ってもよいのでしょうか
516
:
437
:2016/02/25(木) 05:53:13 ID:5LmyN94o0
自由意思の話がありましたが、手を動かす時
まず手を動かした結果のイメージ(動かした後の手の位置)が浮かんでから、その通りに動かそうという身体的な反応が生まれますね
自由意思というのは、手を動かした結果のイメージに関わるものなのでしょうか。しかしながらこのイメージも身体の反応も無我でありますね。
>>504
グルジェフのワークみたいですね。
517
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/25(木) 08:55:16 ID:maYmlzuA0
どうしたら睡夢を自覚しやすくなりますか?
明晰夢をみて、自由自在に変えることはできますか?
518
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/25(木) 19:52:01 ID:LC3de7YgO
(´・(∀)・`)/鬼和尚、こんばんは。
一日中座って緊張しながら電話する仕事なので、ストレスで肩はこるし、けど、マッサージとかに行くと極楽を味わえるし、もろもろひっくるめてヤバイ状況なのでありますが、もぉどうでもいいような気分でありまして、これも全て一切合切幻想みたいなもので、受け入れてしまっても良いかなみたいな気分であります。
悟りに一歩近づいたのかなと思うのは、これもまた幻想でありましょうか?
519
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/25(木) 20:38:56 ID:9JVC/W.c0
>>513
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
>>514
他の体の部分にも反応はあるじゃろう。
観察あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>515
観念がなければ悪い友も付き合うこともないじゃろう。
全ては観念が作り出したものであるからのう。
無だけなのじゃ。
>>516
さらに詳細に観察してみるのじゃ。
そうすれば気づくこともあるじゃろう。
そのようにして進んでいくのじゃ。
>>517
何度も意識していれば自覚しやすくなるのじゃ。
変えるできるようになるじゃろう。
とらわれすぎてはいかんのじゃ。
>>518
今の環境を受け入れられるならば進歩したといえるじゃろう。
更に精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
520
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/25(木) 21:06:08 ID:LC3de7YgO
>>516
グルジェフのおすすめ本とかサイトとかあったら教えてください。
修行方で、常に自分は今ポジティブかネガティブかという札を下げているようにしで、周囲の人が、その札をみて、あぁこいつは今こういう気分なのだからと、真剣に取り合わない生活を送るというのを読んだことがあります。
また、呼吸法には否定的だったそうですね。
興味あります。
>>519
(´・(∀)・`)、/鬼和尚、ありがとうございます。
龍明も進歩したような気がするのであります。
10年前の自分なら、苦の真っ只中であると感じ七転八倒してたのではないかと思うのであります。
これも、鬼和尚に教えていただき実践した「止観」その他のブッタの修行方の真似事実践のお陰であります。
ありがとうございます。
521
:
437
:2016/02/25(木) 23:19:15 ID:5LmyN94o0
>>520
呼吸法に関しては、不自然な人工的な呼吸法に対しての警鐘だった気がします。
グルジェフは釈尊のことを絶賛してしました。
グルジェフのワークは、合図とともに動きを停止するワーク等があります。
また、日常全ての行動を意識的に行うとか、常に自分を感じるというワークがあります。
物を見たら、見られるもの(見る対象)と見ている自分の両方を意識するみたいな感じです。
自己想起とかいうのでググったら出てきます。
ttp ://dangxia.org/japanese/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%95%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%83%B3%E8%B5%B7%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90.html
ほとんどの人間が自由意思がない、機械だみたいな論があります。
ttp ://osatori.web.fc2.com/kakusei_text.html
複数の私、とか言う論です。
ttp ://ameblo.jp/takkme/entry-12099054003.html
>>519
ありがとうございます。精進します。
522
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/26(金) 20:12:58 ID:LC3de7YgO
>>521
(´・(ェ)・`)/ありがとうございます。
私は、なかなかサマディとかに達することができず、当然無我の実感も得られないので、逆に常に自我を意識していることができれば、何かのきっかけでそれ(=自我)が観念に過ぎないものであると気付けるかなと思っただけなのでありますが、ちゃんと悟った人の(=グルジェフ)修行法にあるのでありますね。
523
:
437
:2016/02/26(金) 20:32:05 ID:5LmyN94o0
瞑目しながら観念の空観をしていって
自我に関わる部分の空観をやっていくうちに
妙にフワフワして恐ろしい感覚が出てきました
>>522
自己想起はとても難しいですよね。
ほとんどの人ができてないか、できてないのにできたと思い込んでしまうと聞きます。
私は多分できてません。
ヴィパッサナに近いかもしれませんね。
観察力、集中力はつきそうですよ。頭が焼ききれそうになりますけど笑
私は歩行瞑想やりますが、意識的に動かそうとするというか、動こうとする意志と諸感覚を感じながら歩くのですが、気づいたら無意識に動いてしまっています。
524
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/26(金) 21:27:50 ID:9JVC/W.c0
>>520
よかったのじゃ。
またおいでなさい。
>>521
どういたしまして、またおいでなさい。
525
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/27(土) 01:39:46 ID:dFpt44SU0
>>512
自由意志は2%位ですか。お答えありがとうございます。
考えて考え通りに行動するならもっと自由意志の割合は上がるのですね。
もう一つ質問です。
イメージで善を施すのも謝りたいのにもう会えない人に謝るのも
死んだペットや人にお礼を言ったりするのも効果がありますか?
想像、イメージと現実の差ってほとんどないような気が最近するのです。
体があるから物理現象としての刺激に反応してこの現実がいかにも硬い真実のように思えますし
まだこの世界が本当に観念の産物とは心からは思えてないのですが。
526
:
<削除>
:<削除>
<削除>
527
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/27(土) 20:48:27 ID:9JVC/W.c0
>>525
効果はあるじゃろう。
他人よりも自分の心に効果はあるのじゃ。
それが完全に認識できるのは悟りを得た後になるじゃろう。
認識が記憶に依存している限り、認識そのものを疑うことはできないからのう。
全ての基盤が崩れるから観念のみとは思えないのじゃ
528
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/27(土) 22:20:05 ID:u09zd4XI0
鬼和尚はテーラワーダ仏教はどう評価されてますか?
原初仏教の伝統を掲げていると思いますが、真我とかは否定しているように思います。
本当にお釈迦様の仏教を受け継いでいるのでしょうか?それともどこかで捻じ曲がっていたりするのでしょうか?
529
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/27(土) 22:27:27 ID:X.IGIjFw0
鬼和尚さま
人は死ねば脳や身体は消えてなくなるので、その時点で脳や身体から生じる概念や執着との関わりがなくなり、
悟ってもよさそうなものですが、そうならないのは何故でしょうか
脳や身体が無くなっても、よくいうアストラル体やエーテル体といった霊体のようなものがあって、
それらにも観念や執着が生じるので、その部分が輪廻してしまうということでしょうか?
530
:
437
:2016/02/28(日) 05:33:19 ID:5LmyN94o0
和尚様
ふと思いました
人が観念を破壊できれば、何の価値判断も定義付けもない生まれた瞬間の状態の
赤ん坊のそれに近くなるのでしょうか
531
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/02/28(日) 17:17:02 ID:j4Q2OIRo0
鬼和尚
ここ数日は凄く楽なのですが、観念が薄らいだのでしょうか。
532
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/28(日) 17:44:47 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんにちは。(´・(ェ)・`)ゞ
最近あごん経をネットで読み始めました。
南伝 相応部経典35-82 世間
漢訳 雑阿含経 9-2 三弥離提
かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祗陀)林なるアナータビンディカ(給孤独)の園にましました。
その時、サミッディ(三弥離提)という比丘がいて、世尊のいますところに居たり、せ尊を礼拝して、その傍らに座した。
傍らに座したサミッディは、世尊に申し上げた。
「大徳よ、世間、世間と申しますが、大徳よ、いったい、なんの意をもって、世間と申すのでありましょうか」
「比丘よ、破壊するがゆえに、世間というのである。なにが破壊するのであろうか。
比丘たちよ、眼は破壊する。色は破壊する。眼の認識は破壊する。眼の接触は破壊する。また、耳は破壊する。・・・鼻は破壊する。・・・舌は破壊する。・・・身は破壊する。・・・意は破壊する。法は破壊する。・・・意の認識は破壊する。意の接触は破壊する。あるいは、意の接触を縁として生ずるところの受(感覚)の、あるいは楽なる、あるいは苦なる、あるいは苦でも楽でもないものをも、すべてまた破壊する。
比丘よ、そのように、破壊するがゆえに、世間というのである」
注解では、世間(loka)と「破壊」(rujati=to break)の結合は、単なる音韻の類似によるものにすぎないが、それが、おのずから、世間無常の理に通ずるところから、後世にいたるまで、「世為遷流」(世を遷流と為す)などと語られるにいたった。
と、ありましたが、これは、
過去→現在→未来の流れの中で、死によって閉じるべき現世の時間の中ではただ破壊のみ(=無常)が目撃される。その現世を過ごす時間のことをもって「世間」と言ってるのでしょうか?
(時間も幻想と言うことは、ここでは触れられていないのでしょう。)
533
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/28(日) 21:13:52 ID:9JVC/W.c0
>>528
止観の観察を伝えているのじゃ。
しかし、形式のみになってしまっているのじゃ。
本来は自分の心の中を観察しなくてはいかんのに、教えられたとおりに記憶しているだけなのじゃ。
惜しいことじゃ。
>>529
観念は脳や体を縁として起こるものばかりではないからなのじゃ。
肉体に縁らない観念もあるのじゃ。
それが種子として残るのじゃ。
霊体も観念なのじゃ。
意識だけが在るといえるものなのじゃ。
それには本来個我の観念はないが、あると思うものにはある事になるのじゃ。
>>530
全ての観念を破壊できればそうなるじゃろう。
しかし、使うことが出来なければ他人と話は出来ないのじゃ。
観念に対する依存に気づけばそれに囚われず使えるのじゃ。
>>531
心が動揺しなくなったのじゃろう。
さらに精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>532
そのようじゃ。
個人的な世界じゃな。
語源を尋ねているようであるがのう。
534
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/28(日) 21:44:28 ID:LC3de7YgO
>>533
鬼和尚、ありがとうございます(´・(ェ)・`)ゞ
>語源を尋ねている
その問いに対して、世間→過去、現在、未来の「世」の間と言うような意味で使われてるのだよと、そこは無常なのだよと、それがここでのブッタの説明だったのでしょうか?
535
:
529
:2016/02/28(日) 23:27:15 ID:aFCJO/Fg0
>>533
鬼和尚さま
お答えありがとうございます
脳や体以外の観念の縁になるものというと心でしょうか
ただ心も観念ですよね
観念で作られたものが観念の縁となって網の目のようになっているということでしょうか
ちゃんと観察や気付きができたときは心がしているのではなく無我がしているというようなことを言う方もいますが、
観察や気づきは心でできるものではなく無我(涅槃?)によってなされているものでしょうか?
536
:
437
:2016/02/29(月) 08:31:37 ID:5LmyN94o0
和尚さま
日頃自我だと思っているものが、五蘊の錯覚によるただの観念に過ぎないのではないか、という実感が沸いてきました。
なんというか乳歯がぐらついてるような感じです。
537
:
<削除>
:<削除>
<削除>
538
:
避難民のマジレスさん
:2016/02/29(月) 12:10:36 ID:bNolzrDg0
親の金券盗んで使ったらパソコンにジュースこぼしてぶっ壊れました。これは報いですかね。
盗みはもうやめます。
539
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/02/29(月) 21:19:13 ID:9JVC/W.c0
>>539
そのようじゃ。
語源として破壊するという意味があるから、元々世間は在るものが破壊されていく所じゃと言っているのじゃろう。
無常とかじゃな。
>>535
観念ではない意識も確かに在るものじゃ。
それが観念を抱けば苦を持ち運ぶ者になるのじゃ。
それは自らの意志で出来るものじゃ。
手を見て爪が汚いとか気づけば、それが観察による気づきなのじゃ。
観察しようとする強い意志があれば自我も観ることができるのじゃ。
>>536
よいことじゃ。
後一歩進むのじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>538
そうじゃ、報いじゃ。
やめたらよいのじゃ。
これからは人に与える事を実践するのじゃ。
540
:
535
:2016/02/29(月) 23:58:29 ID:Z1Py.7dI0
>>539
お答えありがとうございます
自分にはまだよくわかりませんがお答えを参考に地道に精進したいと思います
541
:
437
:2016/03/01(火) 09:15:53 ID:5LmyN94o0
和尚さま
観念から離れた認識があるのを見ました
観念が認識に付随して起こるのを見ました
そして観念もまた認識されうるものであると見ました
もろもろのチャクラへの意識が邪魔になるので空観してみたら良いことがありました
やはりチャクラは意識にも関わっているのですね
542
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/01(火) 12:34:10 ID:56d.D3n60
鬼和尚、
苦滅の法により苦はだいぶ厭離できるようになったのですが、快をもたらす観念の厭離にてこずっています。
おそらく良いと認識している自我の部分を破壊することを避けているのではないかと思うのですが、何かヒントがありましたら、お教えください。
543
:
437
:2016/03/01(火) 17:00:18 ID:5LmyN94o0
和尚さま
日常生活でふいに思考が止まるような瞬間が結構あるんですが、大丈夫でしょうか
544
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/01(火) 21:20:25 ID:9JVC/W.c0
>>540
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>541
良かったのじゃ。
それにも囚われずに進むのじゃ。
またおいでなさい。
>>542
そのような自我の働きによって快楽の厭離を阻む仕組みをも観察してしまうのじゃ。
観察そのものになりきり、自我を超えた作用に進むのじゃ。
今までの精進があれば出来るじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
>>543
それでよいのじや。
誰でも思考はたびたび止まっているものじゃ。
それが観察できるようになっただけなのじゃ。
恐れずに進むのじゃ。
545
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/02(水) 12:51:19 ID:OnIK5E9A0
鬼和尚さま
自分の性質、性格に適した師、本、瞑想メソッドを判断するにはどうすれば良いでしょうか。
世の中には瞑想、禅、ヨーガ、祈念等、様々な修行法があり、その修行法も教える師によってまた異なると思いますが、
何を基準に自分に適するそれらを判断すれば良いでしょうか。
546
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/02(水) 13:38:30 ID:OnIK5E9A0
>>545
ちなみに私はエニアグラムの性格診断では観察者らしいです。
547
:
437
:2016/03/02(水) 17:33:36 ID:/.0K61Zw0
和尚さま
頭がおかしくなったかもしれません。
何故か何でもないことで、笑いが止まらなくなりました。
電信柱を見て笑ってしまうレベルです。
548
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/02(水) 20:34:26 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんばんは(´・(ェ)・`)ゞ
「解脱」という言葉は、仏教では一般に輪廻からの解脱を意味しているように言われますが、観念からの開放と言い換えても良いのでしょうか?
549
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/02(水) 21:23:37 ID:9JVC/W.c0
>>545
実践してみて楽しく続けられるのが自分にあった方法なのじゃ。
楽しく続けられるならば長く実践していけめのじゃ。
無理にやっても続かなければ意味が無いのじゃ。
日々続けることで自分でも思わなかった程の境地にも到達できるのじゃ。
>>547
頭に気が上っているようじゃ。
冷やすとよいのじや。
胸に集中するとか、気が足まで下がっていくイメージを思い浮かべるのじゃ。
いろいろ試してみるのじゃ。
>>548
それでもよいのじや。
見解は自由なのじゃ。
実践によって証明するのじゃ。
550
:
437
:2016/03/02(水) 21:35:53 ID:qp2uMkD60
>>549
ありがとうございます。
かねてより額のチャクラに違和感があり、さらに先日には頭頂のチャクラから気が入ってきたので頭に気が上っているといわれてハッとなりました
また、頭から気が入った影響で尾てい骨に刺激が入ったのでクンダリニー昇るかと思いました
慧眼恐れ入ります。
なんその法とかですね。
551
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/02(水) 22:54:18 ID:LC3de7YgO
>>549
鬼和尚、ありがとうございます。
見解は自由、言葉は方法を伝えることが出来るのみ。
頑張ります!(´・(∀)・`)/
552
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/03(木) 08:40:02 ID:rGa2MTIo0
>>549
ありがとうございます。
553
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/03(木) 13:06:47 ID:dQsdOM9E0
心と呼吸のリズムには相関関係があるという話を聞きました
悟った人は心が動かないので、呼吸も一定ですか?
554
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/03(木) 21:26:09 ID:9JVC/W.c0
>>550
そうじゃ、実践してみるのじゃ。
またおいでなさい。
>>551
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>552
どういたしまして、またおいでなさい。
>>553
そうじゃろう。
早くすることも出来るのじゃ。
遅くすることも出来るのじゃ。
自在なのじゃ。
555
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/04(金) 19:49:40 ID:amws/c7g0
いつも教えていただきありがとうございます。
これまでご指導を受けたり試行錯誤してみたりしましたが、
いまだに感情の観察がどういうものか、掴めません。
なので、物体の観察をもっとやってみようと思います。
そこで質問なのですが、
1.観察の対象は自分の体である手がよいのでしょうか?
それとも無機物でもなんでもよいのでしょうか?
2.観察の対象を決めたら、しつこく同じものの観察を続けたほうがよいのでしょうか?
それともいろいろなものを観察してもよいのでしょうか?
556
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/04(金) 20:12:41 ID:9JVC/W.c0
>>555
1 手がよいのじゃ。
何度も観察して自分の手という感覚が無くなれば厭離できたのじゃ。
2 自分のものという感覚がなくなるまで手を観察するのじゃ。
自分のものという感覚がなくなれば足とか腹とかを観察すると良いのじゃ。
顔とか首は鏡を使うと良いのじゃ。
全身観察して自分のものという感覚がなくなれば、肉体を己と思う謬見が無くなったのじゃ。
それまで精進あるのみなのじゃ。
557
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/04(金) 20:47:24 ID:amws/c7g0
>>556
ご教授ありがとうございました。
質問が多くて恐縮です。
1.手を観察するにあたり、手は動かさずに凝視すべきでしょうか?
それとも動かして舐め回すように観察すべきでしょうか?
2.自分のものでないという感覚は、
観察をやめたあとも持続するものでしょうか?
558
:
437
:2016/03/04(金) 22:07:47 ID:QK9IoOxY0
和尚さま
日頃お世話になってます
頭に気が上りすぎている状態も楽になりました
最近では習慣や記憶、感情が己であるという謬見への気づきが得られました
ありがとうございました
559
:
437
:2016/03/05(土) 08:55:15 ID:5LmyN94o0
それら謬見が苦を生んでいるのがわかり、完全にではないですがそれらの謬見の一部から解放され、少し楽になったかと思います。
この世の人間は皆苦しむものですが、釈尊の慈悲と叡知に触れる方がひとりでも多くあればと思います。
560
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/05(土) 21:27:12 ID:YbzAtmTM0
>>557
1 どちらでもよいのじゃ。
動かしても動かさなくてもよいのじゃ。
好きなように観察するのじゃ。
2 続くのじゃ。
新しい習慣が根付くまでそれは続くのじゃ。
>>558
>>559
良かったのじゃ。
さらに精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
561
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/05(土) 23:08:09 ID:amws/c7g0
手を動かして観察すると、自分の意志通りに手が動いている気がして
自分のものであるという感覚が強化されるように思います。
単純ですが難しいです。頑張ってみます。
ご教授ありがとうございました。
562
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/06(日) 20:58:11 ID:9JVC/W.c0
>>561
なぜ思い通りに動くと自分のものと感じるのか、その原因も観察してみるのじゃ。
わかれば他の肉体の部分も同じように厭離できるじゃろう。
そのように進むのじゃ。
563
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/07(月) 19:43:53 ID:AiCTbs1Y0
鬼和尚さま
鬼和尚さまは自分以外の悟った人と直で会ったことがありますか?
もし会ったことがあれば聞ける範囲でどうだったのかお聞きしたいです
話は前後しますが、鬼和尚さまも修行している頃は師匠を探したり、自称悟った人の話を聞きに行ったりしたのでしょうか?
それともサイの角のようにじゃないですが、一人で修行したのでしょうか
釈迦もよき友人を持てと言ってますが、共に歩んだ友人の方には鬼和尚さまのように悟ったりした方もいるのでしょうか?
564
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/07(月) 21:05:26 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんばんは。
鬼和尚が言葉が伝えることができるのは方法だけと仰り、その言葉で伝えていただいた修行を少しづつでも実践してると、本当に苦しみが少なくなってきて、一つでも実感できるともっともっとと追求したくなり・・・歩みは遅くとも、さぼってばかりいたとしても、何とか鬼和尚が生きてる間に一歩でも近づきたいと思うであります。
(´・(ェ)・`)/
565
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/07(月) 21:27:18 ID:9JVC/W.c0
>>563
ないのじゃ。
それもないのじゃ。
経を読んだりしていたのじゃ。
誰もいないのじゃ。
>>564
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
566
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/07(月) 22:25:14 ID:vhqXi4pM0
いつも教えていただきありがとうございます。
アラヤ識に気づくためにはどのような方法が最適でしょうか?
567
:
563
:2016/03/07(月) 23:33:09 ID:AiCTbs1Y0
>>565
鬼和尚さま
お答えありがとうございます。
今回のお答えも含め鬼和尚さまのお話を聞いてると、ほんと悟った人というのはなかなかいないようですね。
釈迦の当時の話を読んでると弟子たちが悟ったりけっこうな数の悟った人がいたみたいですが、
あれは小悟ぐらいの人も含めてるのでしょうか
仏典結集には阿羅漢が集まったようなのでお釈迦さまと同じ境地に達した阿羅漢が当時は相当数いたのでしょうか
だとしたら何故当時と現代と悟りやすさが違うのですかね。
当時と現代では人々の観念の多さや素直さなどが違うのでしょうか
それとも業や行いなどで、悟れる人がお釈迦様と同じ時代に集まって生まれたのでしょうか
568
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/08(火) 15:20:53 ID:uGIhZuLw0
和尚さま
娘(17)に子供ができてしまったようです。
初めはちょっと何言ってるのかわからないという感じで
いやいやいやいやおまえは馬鹿かと言ってたのですが、
私自身が仏教思想でもあるため降ろすことは候補になく
かといって年端もいかぬ子供がそんな責任を背負えるのかと考えると
これも良しとは言えず。
ほとほと困り果てそれでも思案していると、これはどうあっても詰んでいると気づいたあたりで、
それならいっそ楽しんでしまえばいいんじゃねってなって、妙に楽観視している自分がいるのですが、
こんな感じでもよろしいのでしょうか。
569
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/08(火) 22:44:20 ID:9JVC/W.c0
>>566
それにはやはり集中力と観察力を養う止観の法しかないのじゃ。
この文字を文字と認識する素早い心の働きが阿頼耶識の働きなのじゃ。
無意識のうちに高速で働く阿頼耶識に気づくには心を止め、心をありのままに観察する止観の法より最適な法はないのじゃ。
>>567
みんな悟っていたじゃろう。
元々インドには修行者が多かったのじゃ。
弟子たちもお釈迦様に会う前から修行していた者が多かったのじゃ。
舎利佛や目連は死を超える境地を求めて修行し、大迦葉も自分の教団を持つ者であったのじゃ。
瞑想によって集中力があれば観察も容易になるのじゃ。
心がコントロールできるからのう。
基礎ができているから悟りを得るのも容易になったのじゃ。
しかし実はお釈迦様が生きていた時期に悟っていたのは16羅漢だけであったというのじゃ。
>>568
そうじゃ、楽しんだらよいのじゃ。
子供は宝じゃというのじゃ。
宝ができたのであるから楽しいのじゃ。
一緒に育てたらよいのじゃ。
570
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/08(火) 23:16:19 ID:uGIhZuLw0
>>569
和尚さま、お返事ありがとうございます。
孫ができるのもまた一興、なんて言ってたら、
周りから非難の声を浴びせられて
自分の感覚がおかしいのかなと疑の念が浮かびつつあったのですが、
おかげさまで自信が持てました。
この際だから、周りが羨むくらい楽しんでみようと思っております。
(ただ今のところ、相手方の親御さんは反対なさっているようですが)
ありがとうございました。
571
:
563 567
:2016/03/08(火) 23:31:04 ID:AiCTbs1Y0
>>569
鬼和尚さま
お答えありがとうございます。
なるほどたしかにお釈迦さまの弟子になったのは当時の瞑想トップエリートですし悟れて当然みたいなものですね。
ただお釈迦さまが生きていた時期に悟っていたのが16羅漢だけというのは意外に少なかったです。
そうなると死後、仏典結集のとき阿羅漢が500人集まったというのも誇張なんでしょうか
ちなみにクリシュナムルティなどが仏陀のエネルギーがどうこうと語った話もあるようですが、
ああいうのはどういう意味ですか?
お釈迦さま、あるいは悟って死んだ者のエネルギーなりなんなりが現代に影響を与えるということはあるのでしょうか?
572
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/09(水) 19:50:00 ID:amws/c7g0
>>569
ご教授ありがとうございました。
私は浅学なもので、使う言葉を間違えてしまったかもしれません。
私の気づきたいのは、ひとによって首のうしろや胸あたりにあると感じられるという
ひたすら観るだけの意識のことでした。
毎日数息観をしていますが、やりかたがまずいのか自分の進歩が感じられません。
573
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/09(水) 20:29:39 ID:9JVC/W.c0
>>570
そうじゃ、楽しんで育てるのじゃ。
またおいでなさい。
>>571
そうじゃろう。
昔の話は誇張が多いからのう。
50人もお釈迦さまの死後に悟っていればよいほうなのじゃ。
お釈迦様のエネルギーが残るとかそのような事は無いのじゃ。
督励のために言ったのじゃろう。
>>572
そのような意識は確かに感じられるものじゃ。
しかし集中によってそれを感じるまでに至っていなければ無意味なのじゃ。
首や胸に集中してそこだけに感覚があると、脳の思考が静まっても意識は在ることがわかるのじゃ。
自分とは思考であるとか目や耳などの頭部の感覚に主体を投射していればなかなか気づくことも出来ないのじゃ。
そのような時も観察によって自らの主体が何であると感じているのか、気づけば変化するじゃろう。
気づくことで進歩していくのじゃ。
574
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/09(水) 20:54:32 ID:LC3de7YgO
>>573
(;(へ);)えっ!
2500年で50人でありますか・・・・
龍明には無理でありますね
575
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/09(水) 20:57:44 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞもしかして、500人集まったのではなく、50人くらいでしょうということでありましょうか?
576
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/09(水) 23:32:28 ID:NIN2I9Bk0
鬼和尚様
自分はお腹に大きな空間がある様な感じで集中しています。その空間に入り込んで行くと宇宙空間の様なんとも表現の出来ない場所です。
こんな感じで日々坐禅をしていますが、どうなんでしょうかアドバイスがございましたらよろしくお願いします。
577
:
571
:2016/03/10(木) 00:17:50 ID:AiCTbs1Y0
>>573
鬼和尚さま
お答えありがとうございます。
釈迦の存命時やその後悟った人が思ってたより少ないのでちょっとショックでしたが、
だからといってどうすることもできませんし、地道に精進したいと思います。
ありがとうございました。
578
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/10(木) 21:03:38 ID:s.P4fB3A0
鬼和尚、質問です。
和尚のブログに「もっと行が深まれば、意識は二つだけでなく、
同時に幾つもの雑念があることに気付くじゃろう。 」とありますが、
この”気付く”は現在進行形で幾つもの雑念が観えるということでしょうか?
それとも、意味が判る、理解できるということでしょうか?
579
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/10(木) 22:05:14 ID:9JVC/W.c0
>>574
>>575
そうじゃ、結集に集まった者たちなのじゃ。
後には1250人の阿羅漢になったというのじゃ。
おぬしもできるじゃろう。
>>576
それでよいのじゃ。
思考が止まり、意識があると気づけば集中は完成なのじゃ。
囚われなければ集中する対象はなんでもよいのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
>>577
そうじゃ、おぬしも出来るじゃろう。
またおいでなさい。
580
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/10(木) 22:07:41 ID:9JVC/W.c0
>>578
瞑想している時等に全て同時に感じられるのじゃ。
一度気づけば日常でも感じられるじゃろう。
意識も肉体も同時にいくつもの仕事をしているからのう。
それに気づけるようになるのじや。
581
:
578
:2016/03/10(木) 22:44:19 ID:s.P4fB3A0
>>580
お答えいただきありがとうございます。
理解できました。
実践します。
582
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/10(木) 22:58:40 ID:amws/c7g0
>>573
ご指導ありがとうございました。
コツコツ数息観を続けます。
583
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/10(木) 23:27:25 ID:NIN2I9Bk0
思考が止まり、意識があると気づけば集中は完成なのじゃ。
囚われなければ集中する対象はなんでもよいのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
鬼和尚様お答えありがとうございます。何事にも囚われず精進します。
584
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/11(金) 04:26:52 ID:ObI.o8W.0
いつもお世話になっております
観察のヒントを下さい
喉と胸のあたりに緊張感があります
物音がうるさかったりすると、このあたりから「うるさいな」など思考が出てくるように思います。
外出したりすると、このあたりがまわりを注意したりしてるような気がします。
不安なことがあると、このあたりが不安になります。
就寝前、寝ぼけてる時は、このあたりは緊張が薄くなっています。
感情と思考が関係している気がしますが、感情思考は脳みそがやってることなので、観察が間違ってるんじゃないかと思ったりもします。
いつも漠然とこの感覚を観ようとしますが、いまいち進展がありません。
なにかアドバイスおねがいします。
585
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/11(金) 12:04:06 ID:DR8a3KFQ0
>>544
ダンマパダの
31 いそしむことを楽しみ放逸におそれをいだく修行僧は、微細なものでも粗大なものでもすべて心のわずらいを、焼きつくしながら歩む。ー燃える火のように。
ですね。
苦滅による快適な状態に安住していました。
やはりこのまま本当のことが何も分からずに死にたくはないので、苦・快関係なく気づいた時には常に本心を観察しつづけようと思います。
励ましてくださり、ありがとうございました。
586
:
437
:2016/03/11(金) 13:29:20 ID:5LmyN94o0
和尚さま
どうしても自我があるという謬見はある程度は薄くなりましたが、どうしても防衛反応みたいなものがあって外界の影響から肉体、精神を守ろうとするような潜在意識が自我を強固にしているようですが、何か解決策をご教授願いたいです。
あと、集中の行が結構苦手です。
587
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/11(金) 21:05:32 ID:9JVC/W.c0
>>581
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>582
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>583
どういたしまして、またおいでなさい。
>>584
それは間違いではないのじゃ。
感情などは脳よりもむしろ肉体で感じることが多いのじゃ。
肉体の反応が感情として認識されるのじゃ。
肉体の反応を変えれば感情も変化するのじゃ。
そうであるからその観察は正しいのじゃ。
世間の常識などには囚われずに自分の感じたままを受け入れるのじゃ。
その矛盾に戸惑っている今の自分も観察してしまうのじゃ。
そうすれば先に進むことも出来るようになるじゃろう。
恐れずに進むのじゃ。
>>585
そうじゃ、日々修行を続ければ悟りは向こうからやっくるじゃろう。
またおいでなさい。
>>586
その防衛反応を詳しく観察してみるのじゃ。
それもまた自我ありという観念から来ているものであるから、自我の反応を観察する役に立つのじゃ。
自我があるという観念から、自我を防衛しようとする観念が起こると観察するのじゃ。
自我があるという観念がなければ、自我を防衛しようとする観念も無いと観察するのじゃ。
それができれば消えるじゃろう。
集中もまた観察によって進んでいくじゃろう。
自我が忘れられただけでもサマーディに自然に入れるのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
588
:
584
:2016/03/11(金) 21:16:37 ID:ObI.o8W.0
>>587
鬼和尚さんありがとうございます。
この緊張が解決できれば、いろいろとイージーモードになる気がします。
>肉体の反応が感情として認識されるのじゃ。
参考になりました。自分で確かめます。
589
:
437
:2016/03/11(金) 21:55:14 ID:5LmyN94o0
>>587
仰られる通り観察がある程度進んでから、集中の行も微々たるものですが進歩がみられました。
ありがとうございます。
観察の行とは修羅道のようなものですね。
590
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/11(金) 23:07:23 ID:LC3de7YgO
こんばんは(´・(ェ)・`)/鬼和尚。
以前、oshoの信心銘をくれた人から今夜は、oshoの十牛図とクリシュナムルティの瞑想録をもらいました。
まず、十牛図から読みはじめます。
クリシュナムルティは子供の頃読もうとして、わかりやすいのに難解だという印象でしたが、今読んだらどんな印象か楽しみであります。
591
:
素人A
:2016/03/12(土) 07:40:08 ID:DS8MQdvg0
人間代表の韓国プロ棋士は2連敗して今日負けたら棋界のオマケとなる。もう勝てるのか勝てないのかアルファあはヘボ位
てを打つ手ばかりと批判されて楽勝だとか言われても何か数えると人間土地の大きさで負けているわからん理解出来無い
強いのかでも負けているので強いんだろうプロの人もそう言っているしコンピューターソフトは自分で学習して自分で
判断して強くなるシステムという今まではプログラマーがあれこれ考えて強くしていたけどあまり強くなかつたけど
急に来た。もう人間何やっても叶わない時がドンドンくるしロ没ともドンドン来るでも人間のいいところは愚かさというか
動物てき煩悩とその上の智慧を両方もつ人々だし良いとこあるんだけど合理的な悟り能力だけではなく愚かさがあるから
人間◎だし、これからおまけとして生きていけるのだろうかロ没とが坐禅すれば雀も泣かない完璧な坐禅はよそうムダも
取り入れる世界になるのだろうか先は止そう出来無いけど長生きして見届けたい楽しんでいるのか?悲しい正解を
592
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/12(土) 20:51:11 ID:9JVC/W.c0
>>588
そうじゃ、自ら確かめるのじゃ。
またおいでなさい。
>>589
そうかもしれん。
初め厳しいがあとになるほど楽になるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>590
善かったのじゃ。
学ぶのも修行なのじゃ。
またおいでなさい。
>>591
マシンに負けないように精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
593
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/13(日) 15:12:05 ID:SPtIooco0
アルファ碁が人類最強棋士に完勝し続けています。
このアルファ碁はただのプログラムですが
アルファ碁に人間と同じような意思を持っていると思ってしまうことが
認識の錯誤でしょうか?
594
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/13(日) 19:48:39 ID:9JVC/W.c0
>>593
そうじゃ、自らの意思を投射してしまうのじゃ。
そこに主体や自我があるとさえ思うのじゃ。
一切が本来無我であるが自我かある者が見れば、自我があると錯誤するのじゃ。
595
:
<削除>
:<削除>
<削除>
596
:
<削除>
:<削除>
<削除>
597
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/14(月) 18:02:22 ID:Y5LPInQE0
鬼和尚は綺麗な異性を見たらセックスしたいと思いますか?
598
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/14(月) 19:46:56 ID:.IZiI4JQ0
鬼和尚は悟っていて自我がないので、誰にも自我を見ないのでしょうか?
599
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/14(月) 21:59:31 ID:9JVC/W.c0
>>597
わしは何も思わないのじゃ。
誰を見ても骨の塊を見るようなものじゃ。
>>598
そうじゃ、本当は無い自我に振り回されている人間が見えるのじゃ。
それ故に人も簡単に悟れると思うのじゃ。
実際はかなり難しいと知識によってわかるのじゃ。
600
:
素人A
:2016/03/15(火) 07:44:28 ID:DS8MQdvg0
鬼和尚さん名探偵の推理する映画を見ているとき隣で前に見た人がのこつていて
自慢げにこの人が犯人でこうなつてこうなるとかぶっぶっ言うのが聞こえたら
波乱万丈も無くドキドキも消えてドラマでも無いしNさんお早う
601
:
437
:2016/03/15(火) 19:50:57 ID:5LmyN94o0
和尚さま
精神的に塞ぎ混んでいるときは、行にやる気が出るのですが、幸福なときはあまりやる気がでないのですが、和尚さんはこういう人の性質をどう対処されていましたか?
602
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/15(火) 21:02:43 ID:YbzAtmTM0
>>600
期待が外れたからじゃろう。
期待しなければ期待はずれも無いのじゃ。
>>601
そのような者はむしろ瞑想の楽しみを知るがよいのじゃ。
サマーディにまで達すれば瞑想はこの世の何よりも快いものとなるのじゃ。
あまり執着してはいかんがのう。
執着すればそれも囚われとなるのじゃ。
603
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/16(水) 07:01:59 ID:wIJQTbV60
鬼和尚さま
仏教でよく慈悲といいますが、完全に悟った者にも慈悲の思いは生じるのでしょうか。
悟った者が対象に対して何か生じるのは少しおかしな気もしますが、
だとしたら、慈悲というのは、自他のない状態、無我であること、その状態で相手に接すること、みたいなことでしょうか。
それとも慈悲という何らかの想念?などを指しているのでしょうか。
慈悲の瞑想などありますが、あれは自我の観念や執着が少なくなるのにいい瞑想だと思いますが、
あくまで悟りに至る方法で、悟った状態(涅槃)とは関係ないものでしょうか。
それとも慈悲と涅槃は関係する(同じ?)ものでしょうか。
604
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/16(水) 13:50:28 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、宗教人は私も含めて兎に角頑固ですが、ある程度の信念がないと
我を取り除くのも困難ですし、もうわけが分からなくなりそうです。
実践が全てと分かっていてもです。自分が情けないであります。
605
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/16(水) 14:54:04 ID:rjrCqQY20
未だに進展のない私の愚痴、これこそ自我の葛藤ですね。
606
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/16(水) 17:01:34 ID:uGIhZuLw0
和尚さま
よく悟った人の周りに動物が集まっている絵などを見かけますが、
実際のところ動物が寄ってきたりするのでしょうか。
また逆に、道を歩いていて犬に吠えられたりしますか?
607
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/16(水) 19:31:36 ID:bg7sLMDw0
鬼和尚は腹が立ったりしないんですか?
608
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/16(水) 20:37:09 ID:9JVC/W.c0
>>603
自他の無い所に慈悲はあるのじゃ。
自分の手が痛ければそれを庇うように、自分と他人の区別が無ければ他人の苦を自分のものと感じるのじゃ。
既に自分は無いが言葉の主語として自分というのであるがのう。
そしてその苦を滅しようとするのが慈悲による説法などの働きになるのじゃ。
おぬしも一つでも苦を滅してわしを楽にするのじゃ。
慈悲の瞑想は直接涅槃には関係しないのじゃ。
善事と同じく環境を良くするためなのじゃ。
慈悲のあるものに福楽は引き寄せられるのじゃ。
修行の役には立つのじゃ。
>>604
>>605
考えれば思考によって迷いが起こるのじゃ。
考えなければ思考による迷いは無いのじゃ。
思考し過ぎることも又迷いの元になるのじゃ。
全く考えないのも悪いがのう。
思考を尽くしたら止めるのも賢者の道なのじゃ。
>>606
不殺傷を長年実践すると生き物に慕われるというのじゃ。
それを表現したのじゃな。
わしにはえさを欲しがる動物はよってくるのじゃ。
えさがないとわかるとどこかにいくのじゃ。
犬はほえたりするのじゃ。
>>607
もはや腹も立たないのじゃ。
腹の立つことなどないのじゃ。
常に心は空なのじゃ。
609
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/16(水) 21:32:02 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、思考に気付いているどころか、しっかり取り込まれてしまって情けないです。
考え過ぎて泥沼になることはお陰様で回避出来るようになりましたが、油断すると昔の癖が。
下手な考え休むに似たり、初心に帰って出直します。お騒がせ致しました。
610
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/17(木) 00:50:42 ID:wIJQTbV60
>>608
お答えありがとうございます。
やはり自他の無さが慈悲ですか。
自分が悟ることが唯一すべきことというのがあらためて身に沁みますね。
自分や自分自身でもある鬼和尚さまや万物のためにも苦を滅していきたいと思います。
611
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/17(木) 09:09:53 ID:uGIhZuLw0
>>608
和尚さま、ありがとうございます。
動物もまた囚われの身であるということですね。
なるべく慕われるよう精進しようと思います。
あと
>>570
の後日談ですが、
その後、相手方の親御さんも了承してくださり、
今はそれとなしに両家とも盛り上がっている次第です。
その間、自他とも心境の変化を観察していたのですが、
現実を受け入れないと苦しみが生じ、
受け入れると苦しみから解放されるということがわかりました。
なにかしらの不安はあるものの、それぞれが前向きで事を進めている状況であります。
ありがとうございました。
612
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/17(木) 19:13:53 ID:ObI.o8W.0
いつもお世話になってます。集中について質問おねがいします。
私は数息観するときは、鼻先に集中してるのですが、
最初は目で見るような感じで、鼻先を観ようとするのですが
だんだん混乱してきて、鼻先で鼻先の感覚に集中するような感じになってきます
なんというか、手を目で観察するのか、もしくは手で手の感覚に集中するかのような違いです。
集中するときの場合は、ひとつの視点?でブレないようにしたほうがいいのですかね。書いてて自分でも混乱してきました。
観察の場合は視点を切り替えたほうがいいのかな?と思ってます
読みづらいですがよろしくおねがいします。
611さんはすごいですおめでとうございます。
613
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/17(木) 19:47:36 ID:Y5LPInQE0
数息観のことで私も質問があります
鬼和尚さんのブログには【鼻の頭に軽く意識を掛け】と
書いてありますが、これは鼻先を軽く意識する、という意味でしょうか?
614
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/17(木) 21:24:23 ID:9JVC/W.c0
>>609
進歩は常に少しずつなのじゃ。
それでも進んでいるのじゃ。
あせらずに進むのじゃ。
またおいでなさい。
>>610
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>611
善かったのじゃ。
執着が無ければ楽なのじゃ。
またおいでなさい。
>>612
そのままでよいのじゃ。
それは集中が強くなり対象と一体化する段階なのじゃ。
混乱ではないのじゃ。
集中する主体と対象があって集中が行われると思っているからその状態を混乱と思うのじゃ。
集中する主体と対象が一体化することこそ集中の進歩なのじゃ。
やがて完全に一つとなれば忘我のサマーディに入るのじゃ。
それを混乱と思わずあるがままに受け入れるのじゃ。
心身にいろいろな反応が出るかもしれんがそれも受け入れて進むのじゃ。
>>613
そうじゃ、そのような感じなのじゃ。
あまり強く集中しようとし過ぎると目が寄って頭が痛くなったりするのじゃ。
軽く意識する位でよいのじゃ。
615
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/17(木) 22:07:09 ID:LC3de7YgO
>>614
>集中する主体と対象があって集中が行われると思っているからその状態を混乱と思うのじゃ。
集中する主体と対象が一体化することこそ集中の進歩なのじゃ。
やがて完全に一つとなれば忘我のサマーディに入るのじゃ。
←鬼和尚、これスゴくわかりやすいです!
ありがとうございます。
クリシュナムルティの瞑想録、1/3くらい読んだであります。Kの本は瞑想の方法を説明してないという趣旨の論評がありますが、むしろ「止観」の「観」の具体例を詳細に示してくれてるようにような気がしました。
ありのままとはどういうことなのかを説いてるように思われました。
616
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/17(木) 22:37:58 ID:LC3de7YgO
2ちゃんで話題の公案でありますが、公案とは観念を破壊するための手段であるという説明を鬼和尚がされていたような記憶があるのですが、実際答のない問題を集中して考え続けることにより、観念思考の向こう側へ突き抜けるための修行方法をとの理解で良いのでしょうか?
答えがあるなら観念の破壊に使えないような気がします。
一切答えはないのであれば、師匠が弟子に公案を提示し、弟子が何らかの答えを捻りだして答えたとして、その答の内容により悟っているかどうかを判定できると言うことはあり得ないような気がします。
(´・(ェ)・`)ゞ
617
:
612
:2016/03/17(木) 23:49:50 ID:ObI.o8W.0
鬼和尚さんありがとうございます。
618
:
437
:2016/03/18(金) 00:38:41 ID:bxznaW7w0
和尚さま
座る行の快楽が分かるようになってきました。しかしながら快楽がまだ荒いようです。
619
:
437
:2016/03/18(金) 00:41:17 ID:bxznaW7w0
また魔境におちる修行者にたりないものは善行でしょうか。
真理に対する謙虚さでしょうか。
善行は修行の助けになりますか。
620
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/18(金) 20:07:33 ID:czRftzgI0
和尚さんみたいに悟ったとしても、死んで再び生まれ変わりそれまでの記憶がなくなると、また一から厳しい修行で悟り直さなければならないことになります。
完全に悟って解脱するまでそれを繰り返すのですか?
和尚さんは独身ですか?
621
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/18(金) 20:42:54 ID:NpBkhqbI0
鬼和尚
どうしたら、物事を自分で判断できるようになるでしょうか?
誰か権威がいないと、大事な決断ができません。
例えば、今も鬼和尚に相談していますが、鬼和尚のような存在が無くても
生きていけるようになりたいのです
622
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/18(金) 22:23:00 ID:9JVC/W.c0
>>615
善かったのじゃ。
クリシュナムルティの語ったことはすべて観察なのじゃ。
観察というものがどのように行うべきか語ったが、その通りに出来る人間は少ないものじゃ。
集中が無ければ観察も出来ないのじゃ。
>>616
それでよいのじゃ。
本来は言葉による答えではなくいろいろ試したりするのじゃ。
さらに別の公案を聞いたりするのじゃ。
言葉につられると悟っていないとわかるのじゃ。
>>617
どういたしまして、またおいでなさい。
>>618
>>619
善かったのじゃ。
続けていれば落ち着くじゃろう。
老病死の苦を本当に超えたいと思う熱意なのじゃ。
それがなければ修業の途中で魔境に陥るのじゃ。
善行も助けになるじゃろう。
環境がよくなるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
623
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/18(金) 22:31:43 ID:9JVC/W.c0
>>620
わしのように悟ったならばもはや生まれかわらないのじゃ。
わしは無上正等正覚を得ているからのう。
わしは独身なのじゃ。
>>621
独りになるとよいのじゃ。
アメリカ原住民は三日間一人で山の中に入る成人儀式をするのじゃ。
そうすると自分で決断するしかないから、何でも自分で決断できる大人になるのじゃ。
おぬしも独りで生きてみるのじゃ。
624
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/18(金) 22:59:34 ID:ssGY2bA60
鬼和尚様、金とプライドの執着を消すにはどうすればいいでしょうか?
人間は大体この二つに苦しんでいる気がします。
625
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/19(土) 19:46:32 ID:czRftzgI0
和尚さんのように完全に悟った人を百点とすると、あと一歩の98点、90点の悟りで亡くなった人も生まれ変わって悟りを0からやり直しになるのですか?
だとすると、そこまでの悟りに到達できない凡人が悟りを求めるのは無駄ではないのですか?
和尚さんのように悟りたい人や悟った人が独身なら、世の中の精神性が高まって悟りたい人や悟った人が増えると
独身である人が増えて人口が減り、最終的に地球に人がいなくなるような気がするのですが?
626
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/19(土) 21:57:19 ID:9JVC/W.c0
>>624
それもまた原因から観察すれば消えるじゃろう。
金に執着するのは貧窮の恐れの他に自分のイメージを悪くする恐れもあるじゃろう。
プライドへの執着はやはり自己イメージが悪くなるのを恐れているからというような事からじゃろう。
そのような原因に気づき、全体から観察すれば執着もなくなるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
>>625
そこまで行ったならば生まれ変っても悟りを得るのは容易になるじゃろう。
前に行ったことは到達しやすくなるからのう。
いずれは人もいなくなるものじゃ。
悟りを得て永遠の安楽に到達していなくなるならば善い事なのじゃ。
627
:
624
:2016/03/19(土) 23:54:31 ID:ssGY2bA60
鬼和尚様ありがとうございます。
教えて頂いたことを実践してみます。
628
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/20(日) 20:53:06 ID:YbzAtmTM0
>>627
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
629
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/21(月) 20:33:13 ID:fVpo49MA0
鬼和尚さん こんばんは。お久しぶりです。
この間、坐禅をしていた時に、「己」がなく有り無しでもなくなんと言うか…「本当に、ただ、あるだけ」と言うものを一瞬感じました。言葉や感覚では絶対に説明できないものだと思いました。
良い悪いの次元では、無いと思いますので、お聞きするのも、おかしいのですが、これは良い傾向なのでしょうか? また、色々見聞きして頭で理解してるだけの擬物なのでしょうか? 鬼和尚さんのお話を聞きたいです。
630
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/21(月) 20:51:48 ID:9JVC/W.c0
>>629
それもまた気づきの一つじゃろう。
感じたならば確かに進歩なのじゃ。
囚われれば観念への執着になるじゃろう。
囚われずに進むのじゃ。
631
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/21(月) 21:08:24 ID:fVpo49MA0
>>630
ありがとうございます。囚われずに進みたいと思います。
私はまだまだ、集中力が続かなくて感覚や感情に囚われてしまいますが、精進していけば、本当に鬼和尚さんが仰る通り意識さえもなくなると感じました。
今後も精進していきます。これからも、色々教えてください。よろしくお願いします。本当にありがとうございました。
632
:
437
:2016/03/21(月) 21:23:57 ID:C1TeM5GU0
和尚さま
肩こりや首のこりはどうやって解消されてますか
633
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/21(月) 22:58:23 ID:amws/c7g0
いつも教えていただきありがとうございます。
ゲームに集中して時間が短く感じる。瞑想に集中して時間が短く感じる。
この2つの集中の違いについて教えて下さい。
そして前者は無益あるいは害悪でしょうか?
634
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/22(火) 18:48:21 ID:tHj0j65Y0
囚われないってのはなかなか難しいですね。
すでに記憶となって再現しようという気持ちが起こったりします。
結局所有しようとするんだなと思いました。
635
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/22(火) 19:36:15 ID:czRftzgI0
私はまだ自我を忘れるという経験がありません。
もしかして自我を忘れるというのは、瞑想によって聴覚・視覚・触覚などの肉体的感覚から精神を切り離して意識だけに集中するということですか?
636
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/22(火) 22:17:09 ID:9JVC/W.c0
>>631
どういたしまして、またおいでなさい。
>>632
ストレッチやマッサージをするのじゃ。
日ごろから運動をするとよいのじゃ。
ブリッジとかもよいのじゃ。
ヨーガや気功法などもよいのじゃ。
いろいろ試してみるのじゃ。
>>633
それほど違いは無いのじゃ。
好きな事ならばそれが悟りに繋がることもあるのじゃ。
それが道というものなのじゃ。
茶が好きならば茶道により、武が好きならば武道によって悟りに近づくことも出来るのじゃ。
それも集中に差異が無いからなのじゃ。
637
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/22(火) 22:22:23 ID:9JVC/W.c0
>>634
そうじゃ、自我かあれば何もかも自分に結びつけて解釈するからのう。
自分が見られればもはや囚われないことも容易になるのじゃ。
それまで精進あるのみなのじゃ。
>>635
意識だけではないのじゃ。
感覚の一つに集中しても忘我は訪れるじゃろう。
ただひたすらに集中することで我を忘れる事もできるのじゃ。
自分を失うことの恐れや、不安があるならば忘我も難しいのじゃ。
それも観察すればなくなるじゃろう。
あらゆる障害を越えて進むのじゃ。
638
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/22(火) 22:48:11 ID:LC3de7YgO
>>637
(´・(ェ)・`)/鬼和尚、こんばんは。
>自分を失うことの恐れや、不安
と、「無我」に至りたいという執着と、どちらが障害として大でしょうか?
639
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/23(水) 07:05:54 ID:czRftzgI0
>>635
3つとも回答頂きありがとうございます
640
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/23(水) 17:53:04 ID:tHj0j65Y0
>>637
もっと自分を見つめて見たいと思います。ありがとうございます。
641
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/23(水) 21:12:06 ID:9JVC/W.c0
>>638
恐れや不安のほうが大きいじゃろう。
心に恐れや不安があれば修業も進まないものじゃ。
無我に至りたいと思えば修業も進むのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>639
どういたしまして、またおいでなさい。
>>640
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
642
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/24(木) 20:34:52 ID:amws/c7g0
>>637
お答えいただきありがとうございました。
ゲームに集中することは、数息観のように集中力を高める効果がある、
という理解でまちがいないでしょうか?
643
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/24(木) 20:47:20 ID:jfWCoXjM0
鬼和尚、この人生ゲームの裏技をひとつ教えてください
644
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/24(木) 21:37:22 ID:9JVC/W.c0
>>642
そうじゃ、何でも熱心にやれば集中力は高まるのじゃ。
適当にやっていてはいかんがのう。
集中して行えばそれが道になるのじゃ。
>>643
常に理想の自分をイメージしていればそうなるじゃろう。
現実の失敗などで卑小な自分のイメージを思えば卑小になるのじゃ。
理想の自分をイメージすれば理想どおりになるじゃろう。
善いこともすると善いのじゃ。
645
:
437
:2016/03/25(金) 23:04:16 ID:LgbIm9w20
和尚さま
最近感じたのですが、禅において取り繕ろわないというのが大事だと考え至るようになったのですが
考えや感情が浮かんでも無駄な判断をせずほっとけばいい、のですかね
それによって感情や欲に善悪問わず正直になった気がします、それ以前は思考により抑えつけていたのですが、抑えつけない=取り繕わないという面もあるかもしれません
正しいんでしょうか
646
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/25(金) 23:05:06 ID:ctbSjlxM0
なんか、欲に走るのも禁欲するのも結局同じだよね
程ほどにっていうかさ
647
:
437
:2016/03/26(土) 01:13:39 ID:LgbIm9w20
>>646
クリシュナムルティみたいになってしまうが、取り繕い=小細工は少ないほうがよいと感じました
欲に走るのは無知だが、無理に欲を押さえつけるのも無理があると。
欲に走るのも、何かからの逃避に過ぎない、それも小細工といえば小細工。禁欲も欲からの逃避で小細工。
そういった小細工を削ぎ落としていけば本心に会えるのかなと
648
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/26(土) 14:02:12 ID:Y5LPInQE0
鬼和尚は筋肉モリモリのマッチョメンだそうですが
どうやってそのような肉体を作り上げたのですか?
649
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/26(土) 14:16:08 ID:Y5LPInQE0
鬼和尚が筋トレする上で参考にした書籍を教えてください
現在も筋トレは続けているのでしょうか?であるならば、そのメニューも教えてください
650
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/26(土) 15:27:11 ID:ctbSjlxM0
>>647
欲に走った場合の逃避は逃避したものが逃避すべきかどうかも重要そうだけどそこはどう判断する?
欲から逃避した禁欲の場合はなぜそれが向き合うべきで逃避するべきでないかどう判断する?
651
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/26(土) 17:38:31 ID:czRftzgI0
世の中には梅田の暴走事故や理不尽な殺人事件などが絶えません。震災もそうです
和尚さんはそういうことにいちいち動じたり、同情したりしないんですよね。
それらは誰のせいでもなく全て因果により起こるただの出来事にすぎないとお考えなんですよね。
一般人がそれに可哀想だとか衝撃的だとか適当な感情を持っているに過ぎない。
という理解でいいですか?
652
:
437
:2016/03/26(土) 21:13:10 ID:LgbIm9w20
>>650
別段欲に走るのは良くもないが悪いわけでもないし、禁欲は良くもないが悪いわけでもない
ただ本心を追求する際に邪魔になるものは捨てるし、利用できるものは利用するだけです
欲には無知とか苦しみからの逃避など欲には原因があって、その原因を見破ってもないのに下手に禁欲するのは欲からの逃避に見える
しかしながら欲は少ないほうが世間では得をするでしょう
653
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/26(土) 21:29:46 ID:ctbSjlxM0
>>652
その答え聞いてすっきりしたわ
また来るね
654
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/26(土) 21:56:21 ID:YbzAtmTM0
>>645
そうじゃ、放って置くがよいのじゃ。
そうすれば思考や感情が自分とは関係なく、ただ続いていくものであるとわかるじゃろう。
そのようにして進んでいくことが出来るのじゃ。
>>646
そうじゃ、中道をいくがよいのじゃ。
>>648
>>649
肥田式強健術なのじゃ。
簡易強健術を三日に一度ぐらいやれば全身筋肉もりもりになるのじゃ。
聖中心道肥田式強健術という本がすでに著作権切れで無料でよめるのじゃ。
検索してみるとよいのじゃ。
>>651
わしは何も思わないのじゃ。
苦を感じるのみなのじゃ。
おぬしの苦もわしの苦なのじゃ。
素早く滅したらよいのじゃ。
655
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/26(土) 23:19:02 ID:vhqXi4pM0
>>644
いつもありがとうございます。
好きなことのほうが集中できるように思えますが、
集中力を高める修行において特に数息観が推奨されるのは、
どのような理由からなのでしょうか?
656
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/27(日) 19:42:39 ID:ctbSjlxM0
>>654
鬼ちゃんが普段実践している中道の例をひとつ挙げて町内会
657
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/27(日) 22:08:00 ID:U1gzQZlg0
>>655
それがすぐにでも捨てられるからなのじゃ。
最後にはどのような法も捨てられなければならんのじゃ。
あまりに好きな道であると捨てられないこともあるのじゃ。
呼吸に集中するだけならばすぐにでも捨てられるからそれが薦められるのじゃ。
>>656
疲れた時は瞑想を休むのじゃ。
無理にやらなくてもよいのじゃ。
苦行ではないからのう。
658
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/27(日) 22:30:35 ID:ctbSjlxM0
>>657
疲れたと気付かなければずっと瞑想してしまったりしちゃう?
あと瞑想ってどんなときにやるのがいいの?
効能とか知りたいな
659
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/03/28(月) 18:41:32 ID:i5hf4kqU0
鬼和尚
ときどき主体が不在になります
660
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/28(月) 18:43:15 ID:CLvBRh020
鬼和尚さま
昔より観念の捉われや執着が減ったせいか、多少心をコントロールできるようになってきました。
ただ、心をそういうよい状態にしていても、心をそういう風に作っているだけだなとも思います。
そう思ってあえて自分の中にあるまだ捉われている観念を見ようとしたりしてますが、
そうすると気が重くなったり心が不安定になります。
苦しい反面うまくいくと観念の捉われがとれたりもするようです。
心をいい状態にして観察していくのと、苦が生じ不調になったとしてもあえて内面を見ていくのと、
どちらがよいのでしょうか。
ちなみに心をいい状態にしておくのは単にそういう風に自分の心を作ってるだけで、
とくにいいことでもないようにも思うのですが、どうなのでしょうか。
そう思って途中でやめてしまうのが問題で、心をいい状態にし続けていけば、
修行が進む部分もあるのですかね?
661
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/28(月) 20:16:25 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんばんは。
無我というのは死んでるのと同じでありますよね。
それは小悟だけど、肉体は生きてるので、また意識が元に戻ってしまうので、更に意識をも滅尽したら大悟でありますよね!
けど、大悟しても、衆生救済の強い意思があれば、意識、意思、自我を仮設してコミュニケーションできるのでありますよね。
この衆生救済という強い目的意識は、意識を仮設するための絶対条件なのでしょうか?
衆生救済=「善」は、「不二」に反するような気がするのですが?
662
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/28(月) 20:26:57 ID:LC3de7YgO
>>661
(´-(ェ)-`)ゞ
ちがうでありますね!「不二」も「空」と同じで、あくまでも観念を破壊するための方法論、説明方法でありますね。
・・・んんん、けど、やっぱりむずかしいであります。
663
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/28(月) 21:04:32 ID:U1gzQZlg0
>>658
疲れていなければ続けるじゃろう。
朝起きた時とか夜寝る前にやるとよいのじゃ。
よく眠れるようになるじゃろう。
心が動揺しないようになるじゃろう。
何事も集中してできるようになるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
>>659
善いことじゃ。
主体が無く働く心身を観るのじゃ。
そうすれば無我に気づくじゃろう。
精進あるのみなのじゃ。
>>660
どちらでも構わないのじゃ。
おぬしのやり易いほうにするのじゃ。
そしてただひたすらに集中し、観察し続けるのじゃ。
心の状態をコントロールしているとしてもそうしている事を観察しているならば問題は無いのじゃ。
ただひたすらに集中と観察を続けるならばどのようなやり方でも悟りは向こうからやってくるじゃろう。
664
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/28(月) 21:09:32 ID:U1gzQZlg0
>>661
絶対ではないのじゃ。
他の理由でもできるじゃろう。
ただ単に無理に壊すことも無いから元の自我を使うものもいるじゃろう。
善悪を超えて慈悲を示すのが目覚めた者なのじゃ。
自らの手が痛ければ庇うように衆生の苦を己のものと感じる故に法を説くのじゃ。
665
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/28(月) 21:24:27 ID:LC3de7YgO
>>664
>善悪を超えて慈悲を示す
(´・(∀)・`)/鬼和尚、ありがとうございます。
666
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/28(月) 21:38:36 ID:CLvBRh020
>>663
やはり自分に合った方法なんですね。
いろいろやってみます。
ありがとうございました。
667
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/28(月) 22:22:49 ID:ctbSjlxM0
>>663
集中力が身に付くのは多分いいことだねー
ムージも言ってる通り瞑想やクンダリーニ体験は悟りとは直接関係ないよね
瞑想を意味なくただひたすら続けることで副産物的に悟っちゃうことはあるかもしんないけど
668
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/29(火) 19:46:43 ID:U1gzQZlg0
>>665
どういたしまして、またおいでなさい。
>>666
そうじゃ、自分にあった方法が一番なのじゃ。
またおいでなさい。
>>667
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
669
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/29(火) 22:42:44 ID:ctbSjlxM0
>>668
たった1秒でそれまでの思考から自由だね
もっと進んで所謂三昧っていう境地は科学的にはセロトニンが脳内に分泌されているそうだけど、セロトニン不足の現代人云々の宣伝文句で瞑想のすすめが近年行われててこういった謳い文句で言われる瞑想の用法が正しいんだなと思ったわ
さっきテレビでやってた便秘解消の体操とかそんな感じ
アジャシャンティも師匠に何時間も瞑想するなんてやりすぎだって言われたらしいしね
で、そこで思ったんだけど、悟るためには別に瞑想じゃなくてもいいなって思ったの
鬼ちゃんがよく言ってる観察型の瞑想だけど、一見悟れそうだけどものすごい効率悪いよねあれ
悟るだけなら別に普通に生活してても変わんないよね
そこで聞きたいんだけど、鬼ちゃんがあえて瞑想を推す理由ってなんなのかな?
670
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/30(水) 06:01:50 ID:kRDYoR0c0
めんどくさいなとかやりたくないなとか感じるのって自我なのですか?
671
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/30(水) 20:24:10 ID:U1gzQZlg0
>>669
大抵の者は瞑想をしなければ観察も出来ないからなのじゃ。
本当は観察だけ出来ればよいのであるがのう。
集中力の無い大抵の人間には観察も無理なのじゃ。
>>670
それは自我ではないのじゃ。
それを自我と思うのが自我の観念を投射する働きなのじゃ。
自我は観念であるから感じたり考えたり出来ないのじゃ。
672
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/30(水) 20:49:26 ID:LC3de7YgO
>>671
>自我は観念であるから感じたり考えたり出来ない
ふむふむ、なるほどであります!
この場合、感じたり考えたりしてるのは、自我ではなく、何であると説明されるのでありましょうか?
確かに無我なら、自我はなく、自我は観念に過ぎないでありますよね。
けど、普通の人間は考えたり思ったりしてるのが自我だと考えてますので、自我は観念にすぎない(=無我)と実感できるまでは、やっぱり考えたり思ったりしてるのが、自我であると観察し続けるのが正しい観察になりますよね。
違うのでありましょうか?
(´・(ェ)・`)ゞ
673
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/30(水) 22:19:56 ID:ctbSjlxM0
>>671
やっぱそうだよね
もっと言えば観察そのものもそんなにいらないよね
人生トライ&エラーの連続だし中道を歩もうとしたらよーし今から観察するぞー!なんて言ってる暇は多分ないよね
あとは自分のルールみたいなのに従うだけかな、なんでもかんでも無分別にトライするのもあんまり賢い選択じゃない気がするし、無分別智は垣間見るだけで充分かな
空観に囚われてたら地下鉄にサリン撒いてもなんとも思わないやつになりそうだし
674
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/30(水) 22:32:53 ID:LC3de7YgO
>>672
感じたり考えたりしてるのは、自我ではなく、何であると説明されるのでありましょうか?
という質問は無意味でありました。
→主体も思考も感覚も全て観念。実体はない。
思いも思考も全て儚い幻想(=観念)。その幻想を思い描いている主体と感じてるものも幻想。
幻想の主体が幻想を抱いているとしか説明しようがないでありましょう。
(-(ェ)-)
675
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/30(水) 23:43:35 ID:/XPB6Dr60
>>657
ご教授ありがとうございました。
執着は、抗しがたく無意識的に対象に意識を置くことで、
集中は、意識的に対象に意識を置くことである、
と言葉を定義した場合、
執着と集中は、心の状態としては同じものを指しますか?
同じであるならば、執着を強めることは、集中力を高めることになりますか?
676
:
437
:2016/03/31(木) 08:26:14 ID:LgbIm9w20
最近試行錯誤しておりまして、マハルシのように己(真我)を追求するアプローチの場合は、
真我が思考、感覚、記憶、観念等が存在しない場合真我が成り立つのか成り立たないのか、真我にとってそれらが必要か必要ないのか、問い続けた際にだいぶ我見が破壊できたようです。
しかしながら、真我を問うことは方便的なものなので、最終的にはこれらの問いを破棄する必要がありますよね。
しかしながら集中が弱いようです(T-T)
マハルシ自体は集中の訓練はかなり積んでるようです。精進します。
677
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/31(木) 11:18:40 ID:uGIhZuLw0
和尚さま
>自我は観念であるから感じたり考えたり出来ないのじゃ。
人から文句を言われてイラッとした時のことを観察していると、どうも相手の言葉は間接的で、
直接的な原因は体内のエネルギー変化にあると思いました。
例えば、誰かに「このバカ」と言われたとした場合、
肉体は臨戦態勢に入り身を守るために血流を変化させて、
その変化にリンクした感情がポップするという具合ですが、
観念は感じたり考えたりできないということを考えると、
臨戦態勢に入った時点ですでに投射してしまっているということでしょうか。
私は今まで感情に呑まれている状態が自我の投射だと思っていたわけですが、
イラッとする反応はずいぶん後の結果にすぎないことを考えると、
投射自体は「このバカ」と言われた刹那後に起こってしまっているということでしょうか。
678
:
437
:2016/03/31(木) 19:41:05 ID:LgbIm9w20
肉体が己の境界となっている観念を破壊するために、肉体が己でも己でないわけでもなく、肉体の外で広がる空間が己でも己でないわけでもないと問いたところ、己の境界が広がり、
周りの空間も己のように感じられました。この感覚も厳密には己ではないのですが。
679
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/31(木) 20:47:36 ID:U1gzQZlg0
>>672
>>674
それはただ肉体の機能なのじゃ。
主体も無く働くものなのじゃ。
観察はどのような予測も無く、今ここにあるものをただありのままに観ることだけを心がけるのみなのじゃ。
自我があるとかないとかも思うべきではないのじゃ。
>>673
そうじゃ、気づくことが必要なのじゃ。
そのために観察が必要であり、集中も必要になるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>675
同じではないのじゃ。
執着は連想によって苦をもたらすものじゃ。
一つのものに集中していないのじゃ。
執着を高めれば苦もまた高まるじゃろう。
680
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/03/31(木) 20:51:28 ID:U1gzQZlg0
>>676
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>677
そうじゃ、反応があれば既に投射は起こっているのじゃ。
自分が傷ついたとか認識しているからのう。
認識の働きは非常に素早いから観察するのは困難なのじゃ。
それを捉えるために精進あるのみなのじゃ。
>>678
そうじゃ、それも己ではないのじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
681
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/31(木) 22:03:31 ID:LC3de7YgO
>>679
(´・(ェ)・`)/鬼和尚、ありがとうございます。
>自我があるとかないとかも思うべきではない
←意識に浮かぶ思考感情の内容ではなく、浮かんでいる思考感情を認識してるのは誰だ?と思考しているその主体を観察してしまうので、堂々巡りになってしまいます?
堂々巡りしないようにするためには、取敢ず、自我があるとかないとかも思わないようにした方が先に進みやすいでありましょうか?
682
:
避難民のマジレスさん
:2016/03/31(木) 22:19:52 ID:ctbSjlxM0
>>679
目的意識を持って取り組むのがいいよね、何事も
またなんかあったらよろしくたのんます
683
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/01(金) 11:44:21 ID:uGIhZuLw0
>>680
ありがとうございます。
むかしバイクで転んだ時に、ものすごく時間の流れがスローになった経験があるのですが、
もし集中でそういった状態が作りだせれば刹那の間を見ることができそうですね。
より精進いたします。
あと
>>611
の後日談ですが、
胎嚢はあるものの成長が見られなかったために流すことになりました。
時期的によくあることらしいのですが、残念でもあり、どことなくほっとしたのもありで、
何やら複雑な心境のなか、今までの生活に戻りつつあります。
あまり状況に振り回されていないと思っていたのですが、
終わってみると疲れが出たことを考えると、やはり変化に翻弄されていたようです。
まだまだ修行が足りないと気づかされました。
ありがとうございました。
684
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/01(金) 19:19:23 ID:dvUg9tcM0
>>679
集中力を高めるには、受動的な集中ではだめで、
能動的な集中が必要であると理解しました。
ありがとうございました。
685
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/01(金) 22:30:48 ID:Cq5G0wEA0
>>681
そのように堂々巡りを観ているものをみるのじゃ。
堂々巡りをしているとわかるということはそれを見ているものがあるからなのじゃ。
それを認識しているものこそ観るべきなのじゃ。
自我の有無も忘れてそこにあるものを観るのじゃ。
そうすれば進むじゃろう。
>>682
どういたしまして、またおいでなさい。
>>682
残念なことじゃ。
それにもめげず精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>684
どういたしまして、またおいでなさい。
686
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/01(金) 23:18:40 ID:LC3de7YgO
>>685
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、ありがとうございます。
>堂々巡りをしているとわかるということはそれを見ているものがあるからなのじゃ。
それを認識しているものこそ観るべきなのじゃ。
自我の有無も忘れてそこにあるものを観るのじゃ。
そうすれば進むじゃろう。
←思考や感情が浮かんだ瞬間にそれを見ている「もの」、認識している「もの」があると意識したとたんに、記憶に照合され、それが「自我」であるという観念に置き換えられてしまうのであります。
けど、記憶にもとづく解釈の加えられていない認識というものが成立することは間違いないはずだと思うので、「止観」により、思考や感情のコントロルが更に上達すれば、堂々巡りを見ている意識そのものになれるのかなと期待してるであります。
そのときに自我の有無を忘れていられれば、それがサマディであり、そこから自我が生じる場面を目撃できれは観照がおこり、無我の実感を得られるのでありましょう。
頑張ります!
687
:
437
:2016/04/02(土) 02:40:15 ID:LgbIm9w20
>>685
知り合いの友人が新興宗教の仏教に入団しており、なんだか金でご本尊が頂けるとか霊能力で人集めをしているような所です。
そのような人に釈迦の叡知を紹介したいものですが、神秘的なものが人生において役に立たないというような釈迦の言葉が記憶にありまして、文献や本文を探しており、お力をお借りしたく思います。
またそういった教団に囚われた方を導くような如来の叡知を是非お願いします。
688
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/02(土) 07:02:28 ID:ctbSjlxM0
錯覚でも救われたと思うことは人間の精神衛生に大きく影響するからなぁ
君が彼(彼女?)の光になれとまでは言わないけどそれぐらいのことがないと離れられないんじゃないかな
釈尊の言葉で言うと迷いや妄想を捨てろなんてよく言うけど神秘体験とか誰かの意見に依存しちゃったりする人がそれを離れるなんて力業ではとてもじゃないけど普通の人には無理だしプロのカウンセラーでも手を焼く部分だから素人が聞きかじりの小手先テクで何かするのは逆効果になっちゃうこともある
なんでかっていうと、例えばあなたがものすごいもっともらしいことを言ったとして、そのことを宗教団体の人に聞いてまた別のもっともらしい答えをもらって勝手に安心して「悪い友人とは付き合わないように」みたいなこれまたもっともらしいことを言われてあなたと会ってくれなくなる可能性もある
大事なのは言葉じゃなくて気持ちと力量だし、もしその人のことを本当に思うんなら相応の心理カウンセラーを探して慎重にやった方が絶対いいよ
その知り合いがどういう経緯と心理で宗教やり始めたかなんて表向きの理由以外にもいろいろあるだろうしな
689
:
437
:2016/04/02(土) 11:03:20 ID:LgbIm9w20
>>688
冷静な意見をありがとうございます
まずは、その方の心の問題を調べてから、慎重な態度で臨みたいと思います
690
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/02(土) 12:34:37 ID:ctbSjlxM0
>>689
ちなみにその新興宗教ってどこよ?
個人的に新興宗教っていう言い方はどの宗教だって最初は新興宗教だから新興じゃないのはまともだっていう意味合いが含まれててあんまり好きじゃないんだけど、創価ならうちの親が創価だからよく使う決まり文句とか知ってるからどういうこと言われるんかなーみたいなのはわかるよ
言う側のほとんどは悟ってないやつだから悪意とかじゃなくむしろ善意で言ってたりするから逆に言えば論理の穴は比較的突きやすいけど悟った超悪人とかに出会ったら最悪、泥沼必至だから個人でどうこうできるレベルじゃなくなるかもな
俺も統一教会とかモルモン教の人に勧誘されたことあるけど、結局全部仏教系なら仏教、キリスト教系ならキリスト教のそれぞれ始祖の言ったこと言ってないこととそれに対する自分達の解釈を入れて新しい宗教作りましたって言ってるだけで、まあ厳密に言えば違うけど時代の風潮とかで変わってる流行りみたいなもんの違いで宗派とか言ってるんよな
で、その知人さんはそのどっかの宗教団体の人の意見にどういうわけか賛同して宗教をやることに何かメリットを感じたわけだ
だからそういった宗教やりだすまでの団体の人達との会話の内容とかから動機の部分の心理を掘り返していけば知人さんの胸の内もわかるかもな
691
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/02(土) 12:47:06 ID:ctbSjlxM0
2行目の「だから」は「だし」にした方がよかったな
そこ訂正
692
:
437
:2016/04/02(土) 13:11:19 ID:LgbIm9w20
>>690
ぼかしますが、霊友会から分裂したところです。法華系です。
とりあえず知り合いに探りを入れさせときます。
693
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/02(土) 14:02:37 ID:ctbSjlxM0
>>692
それってぼかせてるんですかね・・・ww
まあその人には死んだ人より生きてる人を信じて欲しいかな
694
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/02(土) 20:06:52 ID:Cq5G0wEA0
>>686
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>687
ダンマパダを何度も読み聞かせるとよいのじゃ。
自らの善事と心を整えることで福楽は訪れると説いているのじゃ。
真のお釈迦様の言葉によって嘘がわかるようになるじゃろう。
実践してみるのじゃ。
695
:
437
:2016/04/03(日) 09:06:15 ID:LgbIm9w20
>>694
ありがとうございました。
ダンマパダを見れば納得されるかと思います。そのような経典があるのに、仏教系新興宗教が蔓延っているというのがこちらにとっては謎です。
696
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/03(日) 15:03:58 ID:ctbSjlxM0
ちょっと思ったけどなるだけ効率よく悟るためにはできるだけしっかりしたマニフェストでかつできるだけあほらしい宗教を知った方がいいかもな
いくら悟ったって結局は人間であってその人そのものであるしかないし、悟ることとその他の能力の相関性なんてないと言っていいほどのものだから、神秀の北宗禅が廃れて慧能の南宗禅が生き残ったのも慧能が五祖のお気に入りなだけの知識もなんにもない人だったからなんだろうな、その方が簡単に悟れちゃうし
そこで釈迦の言葉をどう見ていけばいいかって話になるけど、捕らえておくべきエッセンスは初転法輪で語ったことで、あとの言葉はそれを踏まえて解釈すればいいんじゃないかなぁ
個人的にお釈迦さんは基本的に正確じゃないことが存在してることが気になって仕方ない人なんだろうなって思うわ
結局自分以外のことは正確に知れないし、だから女性用の指導者を育成したんだろうな
単純に色恋沙汰は集団を乱しちゃうって意味もあっただろうけど・・・
ただ俺はただ読み聞かせるだけなんて相手のことを考えてない乱暴な行為だなとは思うな
その人が何を求めてるかとか一切無視してるし
697
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/03(日) 20:12:28 ID:Cq5G0wEA0
>>695
そのようなカルトは正しい教えを遮断して、自分達のカルト教義だけを大量に教えて洗脳するのじゃ。
比較するものが無いからそれだけを信じてしまうのじゃ。
正しい教えを何度も聞かせれば教えられたことが間違っていたとわかるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
698
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/03(日) 21:22:13 ID:ctbSjlxM0
まあ釈迦教団も今も続くインド社会における伝統的なカースト制度にとってカルト的集団だったわけだけどな、現代の日本ではどうなんだろうか
もっとも、ここなんかは正に遮断された自分の教えだけを説く場所に思えるわけだが
699
:
437
:2016/04/03(日) 21:42:42 ID:LgbIm9w20
>>697
>>698
私は宗教的な熱意とかではなく、釈尊の叡知が必要だと思うから学んでいるものです
たとえば切れ味の違う2つの包丁があって、実際に物を切ってを試せば、どちらの包丁が鋭いかというのは明らかになるものです
しかしながらナマクラの包丁を選ぶ人があってもそれはそれで良いのです
教団をやめるにしてもやめないにしても、釈尊の智恵を選んだ人生でいかしてもらえれば良いと思います。
お二人にはお世話になりました。
ありがとうございました。
700
:
437
:2016/04/04(月) 01:24:46 ID:LgbIm9w20
>>699
選んだ×
ご自身が選んだ人生で○
でした
最近知ったのですが山岡鉄舟はもちろん、楠正成、西郷隆盛が禅師に教えを乞い、西郷隆盛に至っては悟っただの聞きました。
禅を通して無心の追求していたようです
701
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/04(月) 14:32:28 ID:ctbSjlxM0
>>699
釈尊はえらいよ
普通の人じゃ経験しないような苦行をやって悟ったから衝撃が強すぎて厭世観も強くなって自殺しようとしたけど世界をよく見てるうちに自分の気付いたことや考えてることを理解してくれる人もわずかながらいるってことに希望を見出だしたから今こうやって俺らは悟りがどうとか話せるわけだ
一見説法に見える言葉でもどこか自分と同じように考えてる人を探すような探りを入れる言葉がいっぱいあるし、孤独感や喪失感みたいな感情を強く感じてた人なんじゃないかぁ、ゴータマ・シッダールタって人物は
大乗仏教経典の半数以上は釈尊が直接語った言葉ではないと文献学的には見られてるけど、偽物と疑われてる経典はみんな釈尊にちょっと意地の悪いセリフを言わせて悟り方を悪くさせちゃってるんよな、つまり偽物でも悟れるんよな
これはあなたの言う通り、悟るかどうかで見ればどんな包丁を選ぶかより実際に包丁を使うことが一番近道だけど、釈尊みたいに王子としての生活を捨ててまでやる必要があるかどうかは正直わからんが、釈尊も一度は捨てた王子の立場だけど、悟って教えを広めていく上で王子という立場がおおいに生きた場面が多々あったみたいだし、結局彼にしかない徳があったのは間違いないな、徳なんて言うとなんか誤解されそうだけど
だからもし霊友会系の団体に入りそうな知人さんがもしそのままどっぷりはまっちゃったらはまっちゃったで後で何か気付いたときにそれまでの培った過去を何かに利用できる可能性があるし、死ぬほど後悔しちゃうかもしれないけどさ、多分死ぬときに味わう苦しみ以上に苦しいことなんて人間としては体験できないよ
俺も死ぬために身辺整理をし始めたことがあってさ、死ぬために必要な知識を集めたりいざ実行に移し始めたときにこれまで体験したことのない武者震いが意図せず起こって来てさ、人間って死を目の前にしたらあんな風になっちゃうんだって自分でも驚いたわ
話は逸れたけど、宗教はよほど特別な理由がない限りはやらないに越したことはないと思うな
適当に知識として経の内容とかを知っとくだけで充分だし知らなくても幸せに生きていくことはできるしな
人間はただ個々それぞれの生き方を見つけていくだけだし、それが中道ってやつなんだろうな、別にそれに囚われる必要もないけど俺個人としてはそれが生き方であって自分が生きやすくなるための自分専用のルールだからそれに従うだけ
不幸感は他者やなるべきだった理想の自分と比較したとき起こることは近年心理学的にわかってきてるみたいだけど、自分がマラソンランナーとして走ってるとして、その途中でギャラリーを見てみたらありがたみもなさそうにスポーツドリンクを飲むおばさんとか野次馬的に見に来たのであろう頭の悪そうなカップルがクソみたいな会話をしてるのが聞こえてきたりしても自分はただゴールに向かって自分のペースを乱さず走り切るのが大切なんだよな、きっと
俺も今だからこうやって言えるけど雑音に惑わされて取り返しのつかないことを何回もしたし、そのことを今でも嫌でも思い出しちゃうから苦しいけど対処法がわかったらそこまででもなくなったな
こうやって誰かに自分の考えを吐き出すのも対処法のひとつだし、みんなそうやって自分のペースで生きていければいいなって思ってる
702
:
<削除>
:<削除>
<削除>
703
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/04(月) 20:50:33 ID:odp9PAp.0
>>699
どういたしまして、またおいでなさい。
704
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/05(火) 12:44:04 ID:1/XG4j0Q0
鬼和尚、
思考の観察について、以前
> 642 :自在:2007/03/06(火) 21:38:28 ID:mX2dh3RZ
…
> 思考の対象、思考という行為、思考する主体を見る。
> それがどこから起きて、どのような作用を及ぼすのか、詳細に見つづけて欲しい。
と書かれておりましたが、対象、行為、主体について少し詳しくお教えください。
ここでの対象というのは思考に用いられる言葉やイメージのことでしょうか?
例えば、車を見て記憶から「車」のイメージと言葉が投射され、そこから「大きい」のように思考につながっていったとします。
縁起で観ていくと、例えば「車」という対象→「車という思考」の行為→「車を思考する主体」というように観られたとします。
すると最初の対象はすぐに消え去って、次の「大きい」が現れると思いますが、このように変化する思考の言葉やイメージを対象と言って良いのでしょうか?
またこの際の観察は対象に加えて、行為、主体も同時に眺めるようにするということでしょうか?
未だこれらが明確・詳細には観られないのですが、それは集中力が足りないせいでしょうか? 他に可能性はありますか?
705
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/05(火) 21:25:11 ID:odp9PAp.0
>>704
そうじゃ、言葉やイメージなのじゃ。
その場合は思考の対象は車だけなのじゃ。
大きいとかは車の属性なのじゃ。
それもまた思考の移り変わりとして観察すべきであるがのう。
できれば同時に見るべきなのじゃ。
慣れないうちは一つずつ見るのじゃ。
やがて同時に観られるようになるじゃろう。
集中力よりも慣れが必要なのじゃ。
何度も行って慣れればできるようになるのじゃ。
一つのものについて観察できるようになれば、全てについて観察できるようになるのじゃ。
そうすれば思考から抜け出し、主体にいたる認識をも観察できるようになるのじゃ。
706
:
437
:2016/04/06(水) 07:23:37 ID:LgbIm9w20
和尚さま
だいぶ観念を空観できるようになりましたが、消えたということに観念に気づけていませんでした。
707
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/06(水) 19:55:31 ID:odp9PAp.0
>>706
善かったのじゃ。
それにも気づいて進歩したのじゃ。
観念の空を心の中に実現できたならば、もはやいずれの観念も厭離できるのじゃ。
全ての観念を滅して更に進むのじゃ。
708
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/06(水) 23:02:44 ID:fh1xHhCM0
罪の定義ってなんだろう?
罪なやつっていう日本語があるけど誰かが悲しんだら無条件でその行為や状態は罪なんだろうか
709
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/07(木) 12:57:52 ID:1sAvBPl20
>>705
ありがとうございます。
まずは、思考の対象、行為、主体のうちの見やすいものを確実に観察できるようにすれば、他の2つも観察できるということでしょうか?
もしそうでしたら、対象は再確認しないと混乱しやすい上に思考そのものに同化してしまいやすく、主体は見失い易いので、まずは思考の行為を確実に観察することに励もうと思います。
710
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/07(木) 14:34:49 ID:V7QCtwwo0
鬼和尚、よろしくお願いします
死んで涅槃に入っても自らの意思で悟りを捨てて迷いの世界に戻ることはできるのでしょうか?
711
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/07(木) 20:32:08 ID:odp9PAp.0
>>708
それはおぬしの知恵が決めるのじゃ。
寝る寸前とか起きた時などに無我の知恵があるのじゃ。
それが自らの行為を罪であったか決めるじゃろう。
>>709
すぐに出来るということではないのじゃ。
一つずつ集中して観察していけばできるようになるのじゃ。
そのように観察してよいのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>710
出来るじゃろう。
輪廻も慣習による依存が原因であるからのう。
依存を作り出すことも出来るのじゃ。
放って置くと涅槃に入ってしまうがのう。
712
:
708
:2016/04/07(木) 21:05:10 ID:Aja.e4x.0
>>711
小悟しました
713
:
708
:2016/04/07(木) 21:09:49 ID:OS8ljpdM0
あと
>>710
への回答で大悟したかも
714
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/08(金) 05:12:58 ID:V7QCtwwo0
>>711
ありがとうございます
715
:
437
:2016/04/08(金) 07:55:40 ID:LgbIm9w20
和尚さま
私は足が固いので正座で座行をやっているのですが、座法を工夫してみたところ丹田に結構な熱が発生するようになりました
716
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/08(金) 18:07:27 ID:1sAvBPl20
>>711
思考自体も以前は観察できるとは思っていませんでした。
思考の対象・行為・主体についても観察されるまで、一つずつ集中して観察することに励みます。
ありがとうございました。
717
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/08(金) 21:41:45 ID:odp9PAp.0
>>712
小五じゃな。
>>713
小六じゃな。
>>714
どういたしまして、またおいでなさい。
>>715
善かったのじゃ。
そのような座法が善いのじゃ。
やがて気が上昇し頭に入るじゃろう。
姿勢が正しければそのままサマーディに入れるのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>716
そうじゃ、実践する者だけが進んでいくのじゃ。
またおいでなさい。
718
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719
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/09(土) 07:07:38 ID:iS4rUsHU0
空を感得する方法では、
1.このリンゴは空であり、有るものでも、無いものでもない。
2.このリンゴはリンゴではない、それ故にリンゴと呼ばれる。
とひたすら唱えるとよいとのことですが、どちらも同様の効果が得られますか?
もっともよい念じ方を教えて下さい。
720
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727
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そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2016/04/09(土) 11:55:13 ID:AnIFs9Ws0
鬼和尚
ときどき身体が動きを止めてしまいます。
仕事中とかトイレで便座に座った時とか。
これを書いている時もときどき止まりました。
眠いとか何もする気力がないというわけでもないです。
言葉には表せません。
心の動きが止まっているのでしょうか。
元に戻る意志を起こすとまた動き始めます。
止まったまま放っておくとどうなるのでしょうか。
728
:
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729
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/09(土) 15:18:19 ID:czRftzgI0
和尚さんは家にテレビとラジオを置いてますか?
テレビはどんな番組を見ますか?
730
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/09(土) 18:21:30 ID:czRftzgI0
というのも、近年芸能情報番組と犯罪特集のような番組を見るのが嫌になりました
ニュースと教養番組以外はなるべく見ないようにしています
これは健全なことだと思っていいですか
731
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/09(土) 20:22:40 ID:h2JSXckE0
>>718
精進あるのみなのじゃ。
>>727
集中力が身について心が止まってきたのじゃな。
そのような不意な集中の時にこそ自我も見られたりするのじゃ。
止まったままにしていてもいずれ動くじゃろう。
集中力がつよくなれば何時間もサマーディに入ったままになるのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
>>729
テレビはあるがもう見ていないのじゃ。
>>730
それでよいのじゃ。
余計な情報はいらないのじゃ。
自分について知るほうが大事なのじゃ。
自分を知れば全てを知ることになるのじゃ。
732
:
708
:2016/04/09(土) 21:20:46 ID:L8qAYQbY0
>>731
だな
まだくたばってられる暇なんかないわ
733
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/09(土) 21:54:16 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんばんは。
無我の実感を得るとは、身体(脳)の機能としての思考、感情、感覚等が消えてなくなるということではなく、それらの「主体」が存在しないと言うことに気付けば良のでありますよね。
無我を実感し得たとしても、記憶喪失になるわけでも、感覚が麻痺するわけでも、思考できなくなるわけでもなく、
自分の思考、感情、感覚等の、「自分の」の部分がなくなるだけという理解で良いのでありましょうか?
734
:
437
:2016/04/09(土) 22:05:55 ID:LgbIm9w20
私としては無我はゲシュタルト崩壊みたいなものだと思う
五感と認識は存在するが、そこから生まれる全体性すなわち我という観念が消えるのではないかと思う
735
:
708
:2016/04/09(土) 22:30:02 ID:JgYDzCzQ0
>>734
そうそうゲシュタルト崩壊だよ
それが多分小悟って言われてるやつだと思う
大悟はゲシュタルトよりもっと大きいというか根本的なことだな
736
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/10(日) 13:17:05 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)/鬼和尚、こんな↓理解でもよいのでしょうか?
日常意識的にあり続けようとしても、ついつい無意識にいろんな事をしてるのであります。
てか、できちゃうんであります。
思考する時、感じる時も同じなのであります。
意識的に課題に取り組むこともできますが、無意識の反応として多くの課題を処理したり、バカにされたら反応として怒ったりしてるのであります。
で、「苦」に繋がるような怒りとか不安といった感情や思考に囚われたとき、それが「自分の」怒りであり不安であると意識されるのであります。
日常無意識にできちゃう事も、それは当然「自分が」してるのであって、無意識にしたことも責任は当然「自分に」あるのであります。
ここで、私がほざきたいのは、個体としての責任の有無の問題ではなく、
私の行動、私の思考、私の感情、というように「私の」と意識されずに行動、思考、感情が「生じている」という経験的な事実なのであります。
それらの思考、感情等の「観念」は必ずしも主体という「観念」がなくても生じるような気がするのであります。
で、ありますから「主体」という観念なく生じる思考、感情という観念を「意識」がとらえられるように励めば良いのではないかと思うのであります。
気がしたり、思ったりしてる頑固な自我ののうがきであります。
「無我」の実感とは程遠いのでありますが、
>無我なるものは、わが所有にあらず、わが我にあらず、またわが本体にもあらず。まことに、かくのごとく、正しき智慧をもって観るがよい。(南伝相応部経典22-15)
ということを、言葉として理解するヒントくらいにはなるのではないかと愚考するのであります。
737
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/10(日) 21:06:04 ID:4U82HgLs0
>>732
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
>>733
>>736
>>734
>>735
そのような理解でよいのじゃ。
かなり正確にわかっているのじゃ。
後は実践によって証明するのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
738
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/10(日) 21:41:00 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、ありがとうございます。
思考、感情はあっても、その主体はない。
主体のない意識が全てになるので、無我を本当に実感できたあとは、意識が全てになるので、記憶から雑念が生じても容易く自動的にチェックされ、苦の原因が育たない・・・といった感じでしょうか。
痛みなどの感覚については、身体の機能としての、危険シグナルとして認識されるが、それを「苦」として受け止める主体がいないということなのでしょうか。それとも、サマディの効果として、本当に痛み等の 感覚がなくなるのでしょうか?
その場合、無我の実感を得るためにはサマディ-は必須ということなのでしょうか?
また、ゲシュタルト崩壊的な症状は、無我の実感や悟りを得るには、どうしても覚悟しておかなければいけないことなのでしょうか?
739
:
708
:2016/04/10(日) 23:44:43 ID:4mVUxtKoo
>>737
とっくの昔に実践してしまってますがね、誠に申し訳ないことに
740
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744
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437
:2016/04/11(月) 12:23:34 ID:LgbIm9w20
和尚さま
私はまだ苦しみや恐れを滅していないようです
それは当たり前といえば当たり前です
何故か行が進まなくなり、多少の努力で少し深まったと思ったら急に焦りや苛立ちが出てきました
そのまま寝たら、禅定が深まれば自ずと消え去るから求めなくて良いと自分に言い聞かせてきた愛や苦しみが夢の中で再度現れてきました
無常故に何かを求めても手に入らないから求めなくてもいいと言い聞かせてきたのですが、それは賢いかもしれませんが根本には至らないようです
745
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/11(月) 20:05:40 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)/鬼和尚、こんばんは。
無意識にいろんなことが出来たり、思ったり、感じたりしてることは普通にありますが、無意識というか、主体の無自覚の状態と、無我の実感との違いは何でありましょうか?
746
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/11(月) 21:42:48 ID:h2JSXckE0
>>738
無我であればもはや苦を受ける主体が無いから苦も効果を及ぼさないのじゃ。
まだ苦の反応はあるのじゃ。
無認識になればもはや観念がなくなるから苦もないのじゃ。
サマーディは必須ではないのじゃ。
主体が無ければ苦を受けるものは無いのじゃ。
気づきは瞬時に起きるものであるから、症状などはないのじゃ。
それは自分ではなかったと気付き、安らぎが訪れるのじゃ。
>>739
大悟徹底まで精進あるのみなのじゃ。
>>744
それは未だ苦を避けている状態なのじゃ。
その努力が続く限り、苦もまた続くのじゃ。
自分に苦があると認め、それを受け入れて観察し。苦から逃避していることも観察するのじゃ。
そしてその原因を心の中に追究し、原因からその苦が起こることを観察するのじゃ。
更に原因が無ければ苦も無いことを観察するのじゃ。
そうすればなくなるじゃろう。
747
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/11(月) 21:58:02 ID:4U82HgLs0
>>745
無意識にしたことはただ覚えていないだけなのじゃ。
無我では行いも感覚もあるのじゃ。
記憶することもあるのじゃ。
主体無く行うことも認識しているのじゃ。
そのように違いがあるのじゃ。
748
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/11(月) 22:36:10 ID:LC3de7YgO
>>747
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんばんは。
> 無我では行いも感覚もあるのじゃ。
記憶することもあるのじゃ。
主体無く行うことも認識しているのじゃ。
鬼和尚、サマディ-にも至れず、ただなんとなく、日常思い出しては意識的にあろうとしているだけなのですが、なんとなく、無我の感覚・・・実感がもう少しでつかめそうな気がするのであります。
ただ、それがあまりにも日常と変わらぬ当たり前のこと過ぎて、こんな簡単なことではないはずだという気もするのです。
例えば今、鬼和尚のレスを読み、更に質問をガラ携で打ち込んでる際の意識の主体は紛れもなく「私」なのです。
少し前までは、ぼぉっとほぼ無思考の状態で、生活音を聞き、天井をながめてる際の「意識」の主体も、紛れもなく「私」だと感じていたのですが、その感覚が稀薄になってきてるのです。
>気づきは瞬時に起きるものである
ということからすると、わたしのこの緩慢な感覚は、全くの勘違いか、無我とは真逆の自我肥大でありましょうか?
749
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/12(火) 21:03:00 ID:LC3de7YgO
>>748
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんばんは。
↑このようななんちゃって無我でも、感情のコントロールには十分役立つのであります。
これらは教えていただきながら実践した「止観」の成果なのであります。
頑固な観念を集中により容易く消し去る実感、ある程度無思考であれる実感等は、実践をはじめてそう時間を経ずに得ることができました。
けど、生来の怠け癖、努力不足のため、極めて初歩的な段階にとどまったままにも関わらず、既に得ている実感をこねくりまわして、何か意味のあるものと思いたいという「自我肥大」であるような気がしました。
750
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/12(火) 21:13:58 ID:h2JSXckE0
>>748
自我を忘れることはよくあるのじゃ。
強い集中や逆に力を抜いて寛いでいると忘我になるのじゃ。
それは未だ無我ではないが、役に立つものじゃ。
更に精進すれば明白にわかるようになるじゃろう。
精進あるのみなのじゃ。
751
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/13(水) 00:25:19 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、ありがとうございます。
無思考で寛いでいるときのなんちゃって無我が、常のものになるようにするのは、やっぱり真剣な修行が必要でありますね。
752
:
437
:2016/04/13(水) 00:37:40 ID:LgbIm9w20
>>746
和尚さま
ありがとうございます
ブログの記事に何度か書かれていた本当の観察には勇気が必要ということや746でおっしゃられたことを参考にして、もう一度見つめ直します
753
:
437
:2016/04/13(水) 00:48:35 ID:LgbIm9w20
>>746
和尚さま
生命体のほとんどの行動が苦からの逃避故の行動なのかと思います
すなわち苦がすべての行動の原因であり、言い方をかえれば苦が生命の原動力なのかと
おそらく私の自我のパターンとして苦しみや恐怖からの逃避もしくはそれを取り除いた時の安心というものに投射されやすいのかと思います。
正しく優れていて強ければ苦が少ないと考え、苦から逃れるための手段として正誤や優劣や強弱に拘ってしまうなどの癖があります。
754
:
437
:2016/04/13(水) 01:38:25 ID:LgbIm9w20
連レス失礼します
しかしながら、そういう風に正しく優れて強い人間ではないので苦しみは消えることはありません。
劣等感も強く、成し遂げられなかった、挫折したことなどの苦に執着するほうです。それと同じ苦しみが将来において再発するのかという恐怖が行動の原因になります。
書き起こしてみると、なんだか壊れた機械のようです。
連レス、そして長々と失礼しました。
755
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/13(水) 02:18:04 ID:pOu9rGN60
鬼和尚、横から便乗質問です。
ふとした思いつきや閃きなど役に立つことが多かったのですが、
湧き上がった思考=煩悩=良くない と処理していました。
今まで、それらを煩悩としてすべて否定してきました。
覚えていれば、それは無我の状態だったのでしょうか?
756
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/13(水) 07:18:01 ID:H7cyGbcE0
鬼和尚は相談者の現在過去未来も分かるとのことですが、私の世俗での職業が何かわかりますか?
一休トンチみたいな答えでなく。ダイレクトにこれこれであると指摘できますでしょうか
757
:
437
:2016/04/13(水) 18:01:48 ID:c.RQWqHY0
和尚さま
今思えば悩むまでもなくシンプルに、全ての観念を破壊すれば良いだけなのですね
独り合点しました
758
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/13(水) 20:42:31 ID:h2JSXckE0
>>751
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>752
>>753
>>754
>>757
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>755
そうかもしれん。
今気付いたのはよかったのじゃ。
役に立つものは役立てたらよいのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
>>756
何かを設計しているような感じじゃな。
設計かデザイン師じゃな。
759
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/13(水) 21:25:04 ID:H7cyGbcE0
>設計かデザイン師
7割くらい的中。
副業としてデザインの仕事もしているが、今のところ趣味に近い。
どんな「感じ」がするのですか?
絵が見えるのでしょうか
760
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/13(水) 21:28:52 ID:H7cyGbcE0
絵と言うのは、私が何かを描いている姿が見える(ビジョン、イメージ)と言う意味で。
ちなみに、普段、生業としてやっている仕事は全く違います。
761
:
437
:2016/04/14(木) 14:22:51 ID:LgbIm9w20
和尚さま
自己同一性とは観念に過ぎませんね
過去と今の自分をみたとき同一の人格、主体を持って継続しているというのは、その観念があるからですね
記憶とかアラヤ識から生まれ続けている観念ですかね
762
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/14(木) 20:44:00 ID:h2JSXckE0
>>759
>>760
映像が見えるのじゃ。
おぬしが明るい部屋の机で何か書いているのが見えたのじゃ。
変わった机なのじゃ。
>>761
そうじゃ、観念なのじゃ。
記憶に依存しているからそれが本当の自分に思えるのじゃ。
それもまた記憶から生まれる観念なのじゃ。
763
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/14(木) 22:05:49 ID:pmF/k7l.0
机は無いですね。布団の上でねっころがって描く事が多いです。
テーブルはあるけど、普通のテーブルです。そこで仕事をすることも殆ど無いです。
つまり、鬼和尚が見たのは鬼和尚の観念であって、千里眼とかではないのでは?
764
:
437
:2016/04/15(金) 00:25:03 ID:LgbIm9w20
和尚さま
ありがとうございます
これからはどんな劣等感等や恐怖の観念を受け取らないという意思を起こしました
また、いくらか進歩がみられて
自分がどこにいるのか?というような
場所の観念と、肉体の境界線の観念を空じたところ揺らいでたゆたうような感覚が得られました
肉体的な観念を度した際はこんな感じですが、精神的な観念を空じた時に何が起こるのか楽しみです
精進します
765
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/15(金) 14:06:25 ID:JBiIdwfI0
鬼和尚、私の職業も当ててみて下さい。
766
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/15(金) 15:58:53 ID:Y5LPInQE0
鬼和尚さん、私の職業も当ててみて下さい
767
:
437
:2016/04/15(金) 19:55:15 ID:LgbIm9w20
今思えば妄想にすぎない観念が原因で人が人を傷つけたりすることの罪深さや病的であることが納得できました
悟った人からすれば当たり前かもしれませんが
768
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/15(金) 21:29:38 ID:h2JSXckE0
>>763
エア机だったのじゃな。
またあたってしまったのう。
言葉に出来るものは全ては観念なのじゃ。
見たものも観念として捉えるのじゃ。
>>764
>>767
善いことじゃ。
そのようにどんどん試して実践すると善いのじゃ。
そのような気付きも訪れるじやろう。
実践する者だけが進んでいくのじゃ。
またおいでなさい。
>>765
何かを配達している気がするのう。
アマゾンの配達員かも知れん。
>>766
おにぎりを並べている気がするのう。
スーパーかコンビニの人かもしれん。
769
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/15(金) 21:45:32 ID:lhxwN3Hw0
>>768
外れ。全然違います。
770
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/15(金) 21:51:11 ID:pmF/k7l.0
全て観念だとしたら、当たるも当たらないも無いんじゃないですかね?
目の前の現実だって観念な訳だし。鬼和尚から観ると、私の目の前の布団は机に見えることもあるでしょう。
機械の部品がオニギリに見える場合もあるでしょう。
と言うか、単に今日見た風景からの連想じゃないかと言う気がするんだがw(配達は鬼和尚の生業なんだし)
771
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/15(金) 22:08:25 ID:ObI.o8W.0
鬼和尚さん
ふと、体育を追求したいなと思ったのですが
体育と言っても、パワー 、リズム 、スピードだとかいろいろな要素があると思います
そこで聞きたいのですが
もし、鬼さんが体育教師だったらどのような方針を立てて人を指導しますか。
体育の本質とはなんでしょうか。
身体を筏と捉えて、超絶カスタマイズしたいのです。
772
:
437
:2016/04/16(土) 17:42:52 ID:LgbIm9w20
和尚さま
危うく精神崩壊しそうな出来事がありましたが、苦滅の法を試してみたところ、観念に気づくことができ、それなりに平静でいられるようになりました
また一時的ですが、肉体との厭離も見られるようになりました
人間は不都合があれば新しい観念を導入したり、己やその価値観を変えようとはします。
しかしながら、観念に振り回されている状態では心はままならず、また古い観念を滅することができなければ、根本の変化は訪れないと、これが苦滅法の真義なのかなと愚考します
偉大な知恵の教えに対してもはや感謝の念が尽きません
ありがとうございました
773
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/16(土) 17:49:56 ID:qPbti4rw0
鬼和尚
地震怖いです
この先数年以内に日本で起こる大地震を教えてください
774
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/16(土) 21:12:54 ID:h2JSXckE0
>>769
おしいことじゃ。
>>770
そうかもしれん。
>>771
ヨーガとか気功法とか強健術とかを教えるじゃろう。
肉体を健康にして育てることこそ真の体育なのじゃ。
玉遊びとか踊り等は体育ではないのじゃ。
>>772
善かったのじゃ。
法こそ苦の世を渡る筏なのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>773
そんなに起きないじゃろう。
伊豆とかはプレートが重なっているから常にゆれるのじゃ。
気をつけるとよいのじゃ。
775
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/16(土) 21:45:48 ID:ObI.o8W.0
>>774
体育のことを聞いたものです。
最高のトマトを作るように、最高の体を育てたいと思います。
さらに執着を捨てて、何時でも乗り捨て出来るようにできれば完璧です。
ありがとうございました。
776
:
437
:2016/04/17(日) 00:04:53 ID:LgbIm9w20
和尚さま
一応ググってはみたのですが、腑に落ちない部分があるので
五蘊のそれぞれの解説をお聞きしてもよろしいでしょうか
777
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/17(日) 06:28:40 ID:qPbti4rw0
>>774
>>773
です。
よかった。ひと安心しました。
お返事ありがとうございました。
778
:
素人A
:2016/04/17(日) 07:18:47 ID:DS8MQdvg0
鬼さん見るだけ思うだけではバーチャルで無責任な夢を持つているひとがいる。
何のための宗教なのか?痛い棒で叩かれないと解らない感の悪い人がいるけど
人の痛みは解らない、自分が痛いと現実が受けいられるだけでは情けないけど
なんともならないけどまあそれぞれの苦労の結果だしこの世うで少しずつでもある苦の鴨
779
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/17(日) 08:52:35 ID:czRftzgI0
鬼和尚、什麼生!
この世界は完璧ですか?
780
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/17(日) 13:30:04 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんにちは。
あいかわらず、籾殻脳で愚考を続けてしまいます。
自我は観念に過ぎず実体はがないという際の、この「実体はない」と言うことは、永遠不変のものではないと言う意味でしょうが、この意味であれば、自分もいつか死ぬという点で、誰でも普通に理解できると思います。
実体はないと言うことと、不変の意識はあると言うことをセットで深く実感してみようと、不変の意識に没入してみようとの試みも有効でありましょうか?
781
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/17(日) 14:44:34 ID:LC3de7YgO
>>780
(´・(へ)・`)ゞ
やることは、普通の「止観」と変わらないでありますね。
妄想をチェックし、無思考の状態をできるだけ維持し、そのとき、自分を忘れるほどに集中する。
ただ集中し観察している意識そのものが、不変の意識でありましょうから、はじめから不変の意識に没入というのは無理でありますね。
ちょぴっとがっかりであります。
782
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/17(日) 20:39:19 ID:h2JSXckE0
>>775
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>776
五蘊とは色受想行識、色身と感覚、思考、分別、認識等じゃな。
色は肉体なのじゃ。
受は感覚なのじゃ。
想は思考などなのじゃ。
行は分別する働きなのじゃ。
識は認識なのじゃ。
心身の全てなのじゃ。
それほど難しく考えなくてよいのじゃ。
自ら観察したことだけが真実なのじゃ。
>>777
どういたしまして、またおいでなさい。
783
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/17(日) 21:28:27 ID:h2JSXckE0
>>778
放って置いてよいのじゃ。
苦がいずれ必要なことを教えるじゃろう。
自ら進むだけなのじゃ。
>>779
無なのじや。
>>780
>>781
何でも試してみるとよいのじゃ。
試すことでわかることもあるじゃろう。
実践あるのみなのじや。
784
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/17(日) 21:40:23 ID:LC3de7YgO
>>783
(´・(∀)・`)/はい!
鬼和尚、ありがとうございます。
785
:
437
:2016/04/18(月) 02:17:24 ID:LgbIm9w20
>>782
色受想行識という順番に違和感があったのです
いま思えば
想のあとに行と識がくるのか?逆ではないのか?と思っていたのですが、
やはり想行識の順番であっていたようです。
感覚があり、思考が生まれ、分別して、それを認識する。
重ねてお聞きしますが、分別がなければ認識はないのでしょうか
また思考がなければ分別はないのでしょうか
感覚がなければ思考はないのでしょうか
786
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/18(月) 05:47:17 ID:czRftzgI0
>>779
自我を滅するを始めたところです。また来ます
787
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/18(月) 18:58:35 ID:caSKVdkg0
鬼和尚さん、私も弟子にしてください
私はなにをすればいいでしょうか?
止観以外にやったほうがいいことはありますか?
よろしくお願いします
788
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/18(月) 20:26:55 ID:h2JSXckE0
>>784
どういたしまして、またおいでなさい。
>>785
分別が無くても認識はあるのじゃ。
思考が無くとも認識はあるのじゃ。
感覚が無くても思考はあるのじゃ。
逆に認識が無ければ分別は無く、分別が無ければ思考などの心の働きは無く、思考などの心の働きが無ければ感覚も無いじゃろう。
そのような依存した関係にあるのじゃ。
>>786
そうじゃ、何度も来るとよいのじゃ。
>>787
弟子にするのじゃ。
善事をするのじゃ。
無罪の七施などを心がけるのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
789
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/19(火) 04:57:41 ID:yJCDfnRA0
鬼和尚、二つ質問です。
一つ目
数息観の集中対象は
出入りする空気ですか?
意識をかけている鼻の感覚ですか?
数えている数字ですか?
二つ目
初心の修行者としての日常生活は
食べるときは食べることに、仕事中は仕事に集中するようにした方が良いです?
それとも常時心の動きの観察に集中するようにした方が良いですか?
お教えてください。
790
:
<削除>
:<削除>
<削除>
791
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/19(火) 21:08:09 ID:4U82HgLs0
>>789
空気の出入りする感覚に集中するのじゃ。
数字も間違えないようにするのじゃ。
吐く息を数えるのじゃ。
雑念がわいても無視して呼吸に集中し続けるのじゃ。
やがて雑念は自然に止まるじゃろう。
それを待つのじゃ。
最初は集中するとよかろう。
初心のうちは集中力が無いから強化するのじゃ。
十分ぐらい集中し続けられるようになったら観察もすると善いのじゃ。
792
:
789
:2016/04/20(水) 05:58:39 ID:yJCDfnRA0
>>791
これからは瞑想も日常生活も
>>791
で頑張ります!
ありがとうございました!
あと鬼和尚、すいませんもう一個、追加の質問させてください。
今までは楽なので数字だけに集中してやってたんですが
何度か、雑念が湧くわけでもないのに
だんだん次の数字が浮かび辛くなって
そのまま数えなきゃと思うことも消えて
周りの音や気配も無くなって
意識はあるのに脳が働いて無いというか
シーンとしているだけになってしまったことがあります。
>>791
の瞑想でもこのようになってしまった場合は
数字が浮かび辛くなった時点で集中が途切れたとして
瞑想を中断し、仕切り直したほうが良いのでしょうか?
>>790
はい!
793
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/20(水) 20:45:20 ID:h2JSXckE0
>>792
そのような時はそのままにするのじゃ。
それこそ瞑想が深くなったときなのじゃ。
深い集中の状態で思考や脳の働きも止まっているのじゃ。
その意識にのみ注意を向けて、どこまでも深く入っていくとよいのじゃ。
思考や脳の働きが無くとも意識はあることを気付くのじゃ。
794
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/21(木) 01:20:55 ID:b9eN9uBE0
脳死からの臓器移植について和尚はどう思われますか?
脳が死んでても自我は体が生きている以上残ってるのでしょうか?
そうだとしたら意識はあるのに伝える手段がなく痛みも感じてるとすれば
とても残酷なことをしているように思えます。
五感は脳がなくとも感じるのですか?
795
:
792
:2016/04/21(木) 02:49:53 ID:yJCDfnRA0
>>793
また同じ状態になったときには
必ずそうします。
鬼和尚、ありがとうございました!
796
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/21(木) 20:33:19 ID:h2JSXckE0
>>794
脳の一部はまだいきているともいうのじゃ。
自ら志願する以外はやらないほうがよいのじゃ。
過渡期の技術じゃな。
いずれ山中教授が自分の細胞で移植できるようにしてくれるじゃろう。
それをまつとよいのじゃ。
>>795
どういたしまして、まくたおいでなさい。
797
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/22(金) 08:16:50 ID:KT2BeK0g0
>>796
脳死で臓器移植とかは考えないほうがよさそうですね。
いつか代替臓器ができることを願います。ありがとうございます。
798
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/22(金) 12:48:44 ID:qYQvs9ck0
鬼和尚、
苦滅の法を実践しているのですが、どうやら名誉欲が苦の原因になっているようです。
しかし、その名誉欲が何の記憶から生じているのかの追求が不十分なためか、苦が完全に厭離できていません。
何か観察のヒントなどがありましたら、お教えください。
799
:
437
:2016/04/22(金) 20:35:28 ID:LgbIm9w20
和尚さま
個性とはただの観念の過ぎないのでしょう。
たとえば世間的には、一つの肉体があり一つの精神があり一人の人格がありますね
仏教的を見るに人格というものは、肉体や記憶や観念に依存し、カルマにも依存するとします
ならば、人間AとBの肉体と記憶、観念、カルマをそれぞれ入れ換えたとします。
そうなるとAとBは人格的に完全に入れ替わります。
入れ替わる前のAと、元Bに対してAの肉体やAの記憶、Aのカルマを入れ換えたものの人格は完全に同じになります。
入れ替わった後のAが、元Bであったという感覚をもっていたとしてもそれは観念に過ぎませんね。
そもそも人格というものは、肉体や記憶や観念、カルマに依存して存在するものだとしたら、それらの条件X、Yが全く同一であるとき、とXとYは全く同じ人格を持つのでしょうか。
それを考慮すると人格もしくは、その存在を規定する条件がない時は、個我がなく、一なる意識、不生不滅の仏心に至るのでしょうか。
また、ある人Cの肉体、記憶や観念、カルマは時々刻々と変化しています。
現Cが、一分前はC'だったいうのはこれも観念に過ぎませんね。
この文章を書いているときに、小悟したかも知れません。
800
:
437
:2016/04/22(金) 20:43:33 ID:LgbIm9w20
鬼和尚さまの場合、
一なる意識に入るために必要だったこと即ち、個性=条件の破壊がアラヤ識を見破るという行為によって為されたのだと思います
801
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/22(金) 20:45:06 ID:caSKVdkg0
鬼和尚さん
人工知能とかロボットなどが意志や思考、自我を持ったりすることはありえますか?
これらのようなものを持つような存在、ものは人工的には作れないのでしょうか?
また人間以外のものが悟ることはあるのでしょうか?
802
:
437
:2016/04/22(金) 20:56:16 ID:LgbIm9w20
連レス失礼します
しかも条件付けの殆どが観念によってなされており、それを破壊することで一なる意識に入れると見ました
803
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/22(金) 22:06:25 ID:h2JSXckE0
>>797
どういたしまして、またおいでなさい。
>>798
名誉とは人に認められたいとか、褒められたいという気持ちが元になっているものじゃ。
それは自らの親から認められ褒められたいという欲求からくるものじゃ。
親との関係とか褒められたり叱られたりする経験から、その観念も起こるじゃろう。
叱られることを避け、褒められることを求める心を観察してみるのじゃ。
>>799
>>800
>>802
個性も観念なのじゃ。
条件は同じでも自らの選択によって違うこともあるじゃろう。
例えば事故にあってもそれで逃避を選択するか、乗り越えることを選択するかで違うのじゃ。
自ら見極めるのじゃ。
自我が観えれば無我になるじゃろう。
>>801
あるじゃろう。
そして悟ることもあるじゃろう。
記憶への依存から目覚めることが悟りであるからのう。
804
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/22(金) 22:24:33 ID:caSKVdkg0
>>803
ありがとうございます
ということは悟ることのできるロボット、人工知能を作って
そしてそれらが悟りを得て世の人々に教えられるようになったら
一人の悟った人間が教えるよりもずっと長くにわたって
最後の一人が悟りを得るときまで導くことができるじゃないでしょうか
自分頑張って悟って、悟りを得て最後の一人が悟るまで教えられるものを作ります
805
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/22(金) 23:39:19 ID:LC3de7YgO
横レスでありますが、
1)まず、計算機に、その計算の確からしさに疑念をもつ機能を持たせる。
→無知の知を知る機能をもたせる。
0でも1でもない答えをもたせる方法を発明する。
2)迷い=苦悩する機能をもたせる。
→その迷うことが「自我」であると自覚させる機能をもたせる。
3)その「自我」が幻想だと「実感」する機能をもたせる。
→それでも計算機として機能すると、彼=計算機が実感できると言う開発プランを愚考してみたであります。
(´・(∀)・`)/
806
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/23(土) 20:59:24 ID:0Sk4wvvs0
>>803
ありがとうございます。
確かに褒められて嬉しいという子供の頃の記憶がありました。
それから、苦労して得た成果に対して相応の報酬があるべきだとの観念もありました。
完全ではないですが、名誉欲がより薄まったのを感じます。
続けてもう一つ質問があります。
自我の投射がある時には、その対象はリアルというか本物感があり、投射が無い時には遠くで勝手に起こっているような感覚があるように思います。
囚われないならば、この感覚に頼って自我の投射やその有無を観察するのは、自我をより詳しく見る助けになるでしょうか?
それとも自我に特に注意するのではなく、ただ心に起こる縁起をひたすら観察したほうが良いのでしょうか?
807
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/23(土) 21:22:53 ID:h2JSXckE0
>>804
そうじゃ、試してみるのじゃ。
試してみてわかることもあるじゃろう。
またおいでなさい。
>>805
それもよいかもしれん。
苦を乗り越えて機械も悟りを得るかも知れん。
何でも試してみるとよいのじゃ。
またおいでなさい。
>>806
そのような感覚を観察すれば自我を見る助けになるじゃろう。
実践してみるとよいのじゃ。
それもまた縁起によって観ていることになるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
808
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/23(土) 21:25:48 ID:czRftzgI0
輪廻の終盤になるとそれまでのカルマの清算を迫られると言う人がいます
和尚さんは現在何か受けているカルマはありますか?
809
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 07:50:52 ID:LC3de7YgO
(´・(∀)・`)/鬼和尚、連休明けから新しい職場です。
何か見えることがありましたら、教えてください。
810
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 15:55:23 ID:iS4rUsHU0
いつもありがとうございます。
怒らないことで怒りに打ち勝とうとするとき、
すでに怒りが起こってしまった場合の最善の対処法は自己を観察することと聞きました。
しかし、感情に捕らわれてしまい、観察する余裕がない場合、
次善の方法としては、感情を誤魔化したりして、表に表さなければ
それはそれで怒りに勝ったことになりますか?
怒りを我慢することで、精神の健康に悪影響はでませんか?
811
:
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812
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 18:25:19 ID:27.iPJBs0
鬼和尚さま
悟ったら怒りや感情は生じないという鬼和尚さまのような方もいれば、
マハラジのように怒りは生じるけどそれは自分ではないみたいな言い方する方も多いように思いました。
怒りや感情から遠離してればいいってことだと思いますが、
鬼和尚さまは遠離したままでもなぜ怒りや感情が生じないのですか?
マハラジや感情が生じると言う方は、生じる状態にわざとしているということでしょうか。
マハラジは悟ってるにしても、そう言う方にはまだ抜け切れてない方もいるのでしょうか。
実際悟ると感情はどうなるのか、遠離と六官に生じるものはどうなっているのか。
その立場の違い、違いがあるのかないのかをおしえていただけますか?
釈迦が弟子を亡くして泣いたという話も遠離していながらあえて感情を生じさせたということでしょうか。
それとも釈迦の慈悲深い面を強調した作り話でしょうか。
813
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 19:22:13 ID:qqswUyu60
>>807
ありがとうございます。
> それもまた縁起によって観ていることになるのじゃ。
がよく理解できませんでした。もう少し詳しくお教えくださいますでしょうか?
814
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/24(日) 22:00:59 ID:h2JSXckE0
>>808
もはやないのじゃ。
一切が無なのじゃ。
>>809
善かったのじゃ。
水場が見えたのじゃ。
初心を忘れず丁寧に続ければ資産も増やせるじゃろう。
精進あるのみなのじゃ。
>>810
怒りによる行動を抑えれば勝った事になるじゃろう。
怒りによる行動は破壊的なものになるからのう。
原因を見出せばいかりはなくなり、精神の健康にも影響はないじゃろう。
>>811
他人がそのように見えるならばもしかするとおぬしがそうであるからかもしれん。
自分の心を善く観るのじゃ。
815
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/24(日) 22:07:21 ID:h2JSXckE0
>>812
全てを厭離して何も感じないことも出来るのじゃ。
感じようとすれば感じることも出来るのじゃ。
人と話すためには人と同じ感情をもたなければならないから、あえて感情を持つ者も居るのじゃ。
どこまで人と同じ感情を持つかはそれぞれ違うのじゃ。
わしは正確な言葉を使えば人に伝わると思うからもはや慈悲以外の感情はほとんどないのじゃ。
>>813
十二縁起では自我があるという無明から感覚などが起きると観察するのじゃ。
感覚によって自我の認識を観察するならば、それもまた逆から縁起を観ていることになるのじゃ。
それもまた善いのじゃ。
自ら応用し、試してみる事で気付くことにつながるのじゃ。
日々続けながらそれに執着したりしなければ悟りも自ずからやってくるじゃろう。
816
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 22:40:17 ID:LC3de7YgO
>>814
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、ありがとうございます。
精進します。
817
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 22:50:26 ID:27.iPJBs0
>>815
お答えありがとうございます。
あらためて聞けてよかったです。
自分も厭離できるように精進したいと思います。
818
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/24(日) 23:19:59 ID:5luZGIPw0
>>815
怒りへの反応である行動はその場ではいったん堪えて、
後ほどその怒りが生じた原因を追求します。
ご教授ありがとうございました。
819
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/25(月) 03:19:46 ID:pOu9rGN60
鬼和尚、質問です。
苦滅を実践しようとしているのですが
「その原因が無ければ苦も無いと観察する」の
”その原因が無ければ”のところができません。
原因は劣等感だと分かったのですが、どうやっても
「劣等感の無い自分」をイメージすることができません。
「劣等感の無い自分」を記憶から探してきてそれを転用する感じでしょうか?
それとも、一から「劣等感の無い自分」を創りあげ、
思い浮かべれば良いのでしょうか?
820
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823
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/25(月) 11:56:09 ID:V7QCtwwo0
鬼和尚
以前から死の恐怖の症状で質問させて頂いている者です
症状が発症してしまうと対処できないので
それを避けようと他人に対して強烈な憎悪の心や殺意が出てきます
症状の原因は最初に発症したときのトラウマですがそれはどうやっても手放せません(トラウマをみたら症状や憎悪心が出てきそうになります)
どうすればいいでしょうか?
824
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/25(月) 12:01:09 ID:2NhnKUvU0
>>815
気づいた時にはひたすら己を観察し、執着しないように気をつけていようと思います。
ありがとうございました。
825
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826
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/25(月) 21:48:19 ID:h2JSXckE0
>>816
どういたしまして、またおいでなさい。
>>817
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>818
善かったのじゃ。
またおいでなさい。
>>819
その劣等感の原因をも追究してみるのじゃ。
それはただ子供の頃から教えられてきた他人との比較という習慣かもしれん。
既に今の知識で無意味とわかっていても、習慣によって働いているのかもしれん。
そのような原因がわかれば劣等感がきえ、劣等感によって起こる苦もきえるじゃろう。
実践あるのみなのじゃ。
827
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/25(月) 21:55:29 ID:h2JSXckE0
>>823
そのトラウマの原因を探すのじゃ。
原因がわかればトラウマも消え、その症状も消えるじゃろう。
今はその恐れを恐れている段階なのじゃ。
その逃避として憎悪や殺意もあるのじゃ。
その全体を観察するのじゃ。
憎悪も殺意もおぬしではなく、おぬしのものでもないのじゃ。
それに気付けば恐れもなくなるじゃろう。
>>824
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
828
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/26(火) 07:39:02 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、「宗教人は一番悟りが遅いでしょう。」と言う方がおられますが
理由は頑固であるから、一般の方々のほうが頑なでないからだと解釈しましたが
和尚さんはそのように感じられることはありますでしょうか。
829
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/26(火) 07:55:43 ID:rjrCqQY20
一番悟りが遅いではなくて、一番悟りが遅れるでしょう、でした。
830
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/26(火) 10:06:21 ID:wopGbEH.0
>>827
ありがとうございます
831
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832
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/26(火) 22:10:58 ID:h2JSXckE0
>>828
>>829
カルトに囚われていればそうかもしれん。
しかし信じる心があるだけに、気付きが起これば逆になるかも知れん。
人の行ないは予測がつけがたい為に、固定した観念で捉えてはいかんのじゃ。
一人一人をよく観察して対するのじゃ。
>>830
どういたしまして、またおいでなさい。
833
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/26(火) 22:28:26 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん、何事によらず決めつけることは最も真理に遠いことでありますのに、思い上がっておりました。
引き続き修行を継続致します。有難うございました。
834
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835
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836
:
moonoats
:2016/04/27(水) 16:53:20 ID:wOuqZtII0
鬼和尚、はじめましてこんにちは。
このサイトをみつけてから、時間があれば会社で言葉をよんでます、ほんとうにありがとうございます。
で、早速、質問がでてきてしまいました。
日常生活の中で人と相対したときに、何かの拍子でわきあがる怒りとか劣等感とか嫉妬とか、
そういう感情をちくいち観察し続けていくようなかたちで、自分を観ることには慣れてきました、
このようなやり方でも、なにかに繋がっていきますか?
そういう風に過ごすようになって、日常生活とくに人間関係と、身体の調子の面では
とてつもない変化があるなあと思ってるのですが、さいきんはどこか頭打ちな気がして、
そういう観察のほかに、座って瞑想する時間というのはやっぱり必要なのかなと思うんです。
必要だとおもいつつ、怠惰で、できないことのほうがおおいです。
あと、どうしても朝早起きができなくてくるしんでます。。。。小さいころからのくせです、
なにかいい方法があったらおしえていただきたい、、、切に。
ささいなことでごめんなさい、よろしくおねがいします。
837
:
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<削除>
838
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/27(水) 22:14:47 ID:h2JSXckE0
>>833
そうじゃ、囚われずに進むのじゃ。
またおいでなさい。
>>834
>>835
悟りや金持ちがどのようなものか正確に知っていたらそうじゃろう。
しかしおぬしが知っている状態が 自分がトイレットペーパーであるという感覚のみならば、それしかないのじゃ。
哀れな事じゃ。
>>836
それでよいのじゃ。
少しずつでも観察は進んでいくじゃろう。
そして自己同一化がなくなり、滅するのじゃ。
五分でも座ったらよかろう。
寝る前とかおきたときにやるとよいのじゃ。
早起きも自分の睡眠を観察して工夫すれば出来るようになるじゃろう。
人の睡眠は大体二時間周期というのじゃ。
その間の一番眠い時に起きようとすると難しいのかもしれん。
或いは人の声がするとすぐ起きる者も居るのじゃ。
人の声で喋る目覚まし時計や携帯の喋る機能を使ってみるのじゃ。
そのように自分の睡眠を観察して試してみるのじゃ。
>>837
おぬしがその状態をよく知っていてそう見えるならば、もしかするとおぬしが誰かに都合よく利用されているのかもしれん。
カルトに騙されていないかよく自分を観察してみるのじゃ。
839
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 07:06:26 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
善いことをすると善いところへ生まれるのは
善いことをすると善い心になるからでしたね
しかし、なぜ人は 行ないによって自らを規定するのでしょうか
840
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 07:07:42 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
心が人を主導するとはどういうことですか
841
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 07:08:42 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
心が環境そのものであるとは興味深いです
なぜ心が環境なんでしょうか
842
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 07:10:03 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
識無辺定とはいかなるものですか
レベルで言うとどのくらいですか
843
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 07:11:07 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
1、ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。
もしも、汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人に付き従う。---車をひく(牛)の足跡に車輪がついてゆくように。
ここで言われるものごととは一体なんですか
844
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 07:13:53 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
失礼しました
鬼和尚は何も論じないということでしたね
釈迦はこう言っています
「比丘たちよ。あらゆる過去ないし未来ないし現在の応供等正覚者は、業論者、業果論者、精進論者であった」
鬼和尚は何も論じないということは覚者ではないということですか
845
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 09:35:31 ID:BwBUh7z.0
鬼和尚
なぜものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出されるのでしょうか
846
:
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847
:
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848
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 15:19:08 ID:rjrCqQY20
煽りはスルーがネット上に置いての大原則でありましょう。
何故なら他の質問者が大迷惑しますので。これを書くことさえ既に迷惑行為と言えましょうが。
849
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/28(木) 20:20:15 ID:h2JSXckE0
>>839
それが習い性であるからなのじゃ。
>>840
心でどこかにいこうと思えば体が動いてそこにいくじゃろう。
そのように心が人の言動を主に導くということじゃ。
>>841
全てを心で認識するからなのじゃ。
認識したとおりのものが環境になるのじゃ。
>>842
禅定の段階なのじゃ。
検索すればあるじゃろう。
ないのじゃ。
>>843
認識できる全てなのじゃ。
全ては観念として心で作られ、認識されるのじゃ。
>>844
論じなくとも人はわしを業や精進を論じた者と見るじゃろう。
>>845
全ては観念として心で作られ、認識されるのじゃ。
850
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/28(木) 20:34:39 ID:rJ0wmfkI0
鬼和尚
彼にいつものを教えてあげて下さい
他人の過失をなんたら
851
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858
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/29(金) 13:52:16 ID:77EDaB.Y0
依存症について考えていましたがひょっとして我々も
名称と形態に依存症なので苦しみがあるとしても生まれ変わるのですか?
依存症も苦しいのわかっててもやめられませんよね。
ギャンブルや性やアルコール依存症から離脱するのに
一番いい方法を教えてください
859
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860
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861
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/29(金) 18:09:46 ID:.DReSlUs0
原因までわかってるのに行動が変わらないのは何が原因なんでしょうか?
センスの問題でしょうか?
原因がわかればというのはどの程度のレベルのひらめきのことですか?
個我があるということは、そう創られたということですか?
意識を意識しますか?
悟ると、公案が解けるようになるのはなぜでしょうか?
孝行とは具体的にどういうことを指すのでしょうか?
応供等正覚者とはどのような輩のことですか?
吾輩は猫であるなどという小節を書いた夏目漱石はクレイジーですか?
高所恐怖症の者とそうでないもの、どうしてこのような原因の差が生まれるのですか?
中庸を選ぶとはどういうことですか?
金持ち中庸を選びますか?貧乏を選びますか?
中庸を選ぶというのは、どちらも選ばないということですか?
862
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/29(金) 18:58:02 ID:.DReSlUs0
鬼和尚はサルナートやブッダガヤ、ラージギルへは行きませんか?
863
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/29(金) 21:39:18 ID:4U82HgLs0
>>850
彼とは誰じゃ?
誰かに説く必要があると思うならばおぬしが教えてよいのじゃ。
善い友になるのじゃ。
>>858
記憶能力に依存しているから生まれ変るのじゃ。
観察するのじゃ。
観察して自分がどれほど無意味なことをしているか気付けばすぐにやめられるのじゃ。
>>861
それが正しい原因ではないからなのじゃ。
未だ自分を偽って本心を観ないようにしているのかもしれん。
本当の原因がわかればすぐに変わるのじゃ。
行ないがすぐに変わるレベルなのじゃ。
そう思っているだけなのじゃ。
しないのじゃ。
解けないのじゃ。
ただ言葉で釣っているだけとわかるのじゃ。
親を喜ばせることなのじゃ。
悟った阿羅漢なのじゃ。
おぬしがそう思うならばそうなのじゃ。
性質や体験が違うからなのじゃ。
常の心で居ることじゃな。
何も選ばないのじゃ。
常を選ぶということなのじゃ。
>>862
いきたいと思えばいくじゃろう。
いかなくてよいと思えば行かないじゃろう。
864
:
moonotsu
:2016/04/30(土) 01:49:28 ID:9t9kutcw0
鬼和尚、ありがとうございます。
5分、必ず 座ってみます。
私は、時間恐怖症とあるひとにいわれます。
何かしてないときがすまない、
そのことに没入できない、
感じいることができない。
それは、ある頃から身に付いた癖です。
身体は意識して呼吸で緩められるレベルまで、鍛練で、感覚をとりもどすことができてきました。
まだ、肩回りが解消されきっていないのですが、
座ることで、時間恐怖症とともに少しずつ解消されるように願います。
865
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 06:35:23 ID:.DReSlUs0
863
答えて頂いて、ありがとうございました。
未だ自分を偽って本心を観ないようにしているのかもしれないので、
観察しようと装っている自分に注意してみます。
866
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 16:43:24 ID:uOSaS13s0
鬼和尚さん
最近、つい夢中になってしまっていることがあり、そのことで常に頭が半分くらい占められてしまっています。
自分の評価が数字で出る、ゲームのようなことです。
他人の反応があるので、つい気になってしまうのです。
無意識にそのゲームのことばかりを考えてしまいます。
そのため、数息観も上手くできません。
ついそのことを思い出してしまって、数を数えられなくなります。
久し振りにこんなことになっています。
どうしたら、ゲームに夢中になるのを抑えることができるでしょうか?
867
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 17:04:40 ID:RdS/iuKw0
観察して依存から脱却するのですね
無意味なことというのも人によって観念に差があると思いますが
意味あることというのは自分と人と衆生のためになる、善になることを
するということでよろしいですか?一番は修行して悟りを目指すことでしょうが。
868
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 19:34:06 ID:2Sadh2EU0
心を感じてみようと頑張ったんですがますますわからなくなりました。
どうやって感じるんでしょうか。
869
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 19:41:08 ID:2Sadh2EU0
鬼和尚はどのようなところが鬼なんですか
870
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 19:58:49 ID:2Sadh2EU0
座禅すると体が熱くなるんですがどうしてなんでしょう
不思議です
871
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 20:05:11 ID:2Sadh2EU0
般若心経を暗唱してるんですが意味ありますかね
872
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 20:21:09 ID:AjhCoFcU0
和尚さま
悟りを得た知恵者が、俗世に関することで凡人と世間話をしている時に、
相手の考えに対して「なるほどそういう考えもあるなぁ」と納得するようなことってありますか。
それとも凡人の行動や言動はすべて明白といった感じなのでしょうか。
873
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 20:28:38 ID:AjhCoFcU0
少し言葉がおかしかったので訂正します。
×=それとも凡人の行動や言動はすべて明白といった感じなのでしょうか。
○=それとも凡人の言動は知恵の範疇内であるため、相手の発想に驚かされることなどはないのでしょうか。
874
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/30(土) 21:46:38 ID:h2JSXckE0
>>864
そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>865
そうじゃ、本当の原因がわかれば変わるのじゃ。
またおいでなさい。
>>866
それも原因がわかれば抑えられるじゃろう。
他人の評価がほしいからかもしれん。
それならば他のことでも善いと気付くのじゃ。
そのように真の原因を探すのじゃ。
>>867
そうじゃ、それで良いのじゃ。
善事を重ねれば福楽は従い天にも生まれて安楽なのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>868
そのようにわからなくなったと思っているのが心なのじゃ。
認識するものが心でないことなどないのじゃ。
刻々と変化する心を観続けるのじゃ。
思考も感情も心なのじゃ。
今このようなことを考えたとか、喜んだとか悲しんでいるとかありのままに観るのじゃ。
>>869
鬼のような肉体なのじゃ。
>>870
丹田に正しく力が入っているからなのじゃ。
その熱が頭のてっぺんまで届けばサマーディに入るのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
875
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/04/30(土) 21:48:53 ID:h2JSXckE0
>>871
集中力を養う役に立つじゃろう。
囚われてはいかんのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
>>872
そのようなこともあるものじゃ。
悟った者も常に学んで知恵を磨くのじゃ。
お釈迦様もだんだん説教がうまくなったのじゃ。
衆生の思うことを少しずつ知って学んだからなのじゃ。
876
:
避難民のマジレスさん
:2016/04/30(土) 23:04:15 ID:5w.Wx1XM0
>>874
鬼和尚さん、ありがとうございます。
確かに私は他人からの評価を求めてしまうところがあります。
他人からの評価が得られなければ、生きていけないように無意識に感じるのです。
その原因がいまいちわからなかったのですが、今考えてみて、やっぱり自分の育てられ方に原因があるように思いました。
親がとても厳しくてどこまでやっても、まったく私を褒めてくれなかったのです。
その頃のことを思い出してみると、親をギャフンと言わせるくらいの高い評価を求めていた気がしてきました。
高い評価を得られれば、親に褒めてもらえて安心して生きていけると無意識のうちに想定していたようです。
親に捨てられずに安心して生きたいという記憶が評価を求めてしまうのだと思いました。
原因はこれだと思います。
まだゲームに振り回されなくなったという実感はありませんが、様子を見てみたいと思います。
ありがとうございました。
877
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/01(日) 09:55:12 ID:AjhCoFcU0
>>875
悟っても学びはあるのですね。
ありがとうございました。
878
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/01(日) 21:08:19 ID:h2JSXckE0
>>876
そうじゃ、更に実践してみるのじゃ。
またおいでなさい。
>>877
そうじゃ、悟っても悟らなくとも精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
879
:
437
:2016/05/01(日) 22:37:29 ID:LgbIm9w20
和尚様
正法眼蔵が全然読めないのです、
若し人、心を識得せば、大地に寸土無し。
しるべし、心を識得するとき、蓋天撲落し、全地裂破す。あるいは心を識得すれば、大地さらにあつさ三寸をます。
↑の部分の解説をお願いしてもよろしいでしょうか
古徳云く、作麼生是妙淨明心。山河大地、日月星辰。
あきらかにしりぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり。しかあれども、この道取するところ、すすめば不足あり、しりぞくればあまれり。
山河大地心は山河大地のみなり。さらに波浪なし、風煙なし。日月星辰心は日月星辰のみなり。さらにきりなし、かすみなし。生死去来心は生死去来のみなり。さらに迷なし、悟なし。牆壁瓦礫心は牆壁瓦礫のみなり。
さらに泥なし、水なし。四大五蘊心は四大五蘊のみなり。さらに馬なし、猿なし。椅子仏子心は椅子仏子のみなり。さらに竹なし、木なし。かくのごとくなるがゆゑに、即心是仏、不染汚即心是仏なり。諸仏、不染汚諸仏なり。
心とは日月星辰なりの意味が掴めないので解説していただいてもよろしいでしょうか。
880
:
437
:2016/05/02(月) 17:03:58 ID:LgbIm9w20
和尚さま
質問が連続して申し訳ありませんが
人間の睡眠時にも幽かな意識があると気づいたのですが、サマーディの意識はこれに近いのでしょうか
また、正座でやっているのですが、勝手に上下左右に上体が揺れるような所謂、自動運動が見られるようになりました。和尚様も禅中に経験はおありでしょうか。
881
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/02(月) 21:28:33 ID:h2JSXckE0
>>879
それは悟りを得なければ全く意味不明じゃろう。
道元の実感した心境なのじゃ。
要するに心を完全に観察できたならば、今までの世界認識はなくなり、崩壊すると感じたのじゃ。
そして後に真の世界が如実に感じられるのじゃ。
そうであるから大地は寸土も失くし、天は落ち、地は避けると観たのじゃ。
更に大地は真実の姿を現し厚くなると観得たのじゃ。
山河大地日月星辰とはつまり宇宙全てじゃな。
それらも心によって創られ、意識の現われなのじゃ。
悟ればそれが如実に認識され、迷妄も悟りもないありのままに観えるのじゃ。
言葉で知ろうとしても不可能な境地なのじゃ。
>>880
そうじゃ、近いのじゃ。
忘我であるからのう。
サマーディには強い快を伴うのじゃ。
それでよいのじゃ。
それは何度もあるものじゃ。
肉体が曲がっているような気がしたり、倒れてる様な感じがしたりするのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
882
:
437
:2016/05/02(月) 22:25:29 ID:LgbIm9w20
>>881
ありがとうございます。
正法眼蔵の解説をネットで検索しても、あきらかに道元の意図から逸脱したらスピかぶれの物しか見つけられず、困っておりました。
山河大地心は山河大地のみなり。さらに波浪なし、風煙なし。
日月星辰心は日月星辰のみなり。さらにきりなし、かすみなし。
生死去来心は生死去来のみなり。さらに迷なし、悟なし。
牆壁瓦礫心は牆壁瓦礫のみなり。
さらに泥なし、水なし。
四大五蘊心は四大五蘊のみなり。さらに馬なし、猿なし。椅子仏子心は椅子仏子のみなり。さらに竹なし、木なし。
道元の境地は言葉では理解できないのを承知しておりますが、上の部分は、人間の認識についてを論じているのだろうと思います。
たとえば海を見たときに、心は海となり、波とか風とか余計な概念は心に存在しないということでありましょうか。それが如実の認識でありましょうか。
883
:
437
:2016/05/02(月) 22:26:50 ID:LgbIm9w20
逆に言えば悟れば正法眼蔵は読めるということになるのでしょうか、
これを試金石とし、精進します
884
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/03(火) 21:59:46 ID:4U82HgLs0
>>882
>>883
そうじゃ、そのような理解でよいのじゃ。
如実知見はただありのままに真相を把握し、余計なものがないのじゃ。
そのような知見であれば市場でも沈黙を感じるものじゃ。
悟りを得たとき、真にそれを理解するじゃろう。
またおいでなさい。
885
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/04(水) 13:32:10 ID:DR8a3KFQ0
鬼和尚、
もし悟りを得るために丸一日時間を自由に使えるとしたら、どのように過ごすことを勧めますか?
886
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/04(水) 14:45:24 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、こんにちは。
昨夜「止観」に際して、無思考の状態を維持しようとしている。「そのように意識している自分という観念がある」。音が聞こえる。「そのように意識している自分という観念がある。」雑念がわいた。「そのように意識している自分という観念がある。」等と観察し、できるだけ、それを言葉ではなく、ただそのように意識するようにしてみました。
このような、「そのように意識している自分という観念がある。」というような観察の仕方で、自分と言うものが観念に過ぎないものだと自覚できるようになるかなと 思う一方、自己暗示的に強制的に信じさせることになるか、逆に自我を強めることにつながってしまうかなとも思ったりもしますが、如何ででしょう。
「観念」という観念を観るよりも、「そのように意識している自分がある。」という方が、ありのままの観察と言えるのでしょうか?
どうも、自分と言うものが、観念に過ぎない、ということはわかるのですが、また、それ(自分)が自分の記憶に照合されてはじめてあるように思われるもの、というか、ここで、「ある」ということは、あくまでも「観念」としてあるものであり、
それはあたかも空腹時にまんがの吹き出しのように、ありありと好物を想像できるような幻想であり、消し去ることも、メニューを変えることもできるように、
自我という観念も容易に消し去るこてができるはずだ、ということもわかるのですが、
その「観念」としての自分は、いつでもあるのであります。
で、ありますから、観察により実際にあるか無いかを確かめる対象は「自我」というよりも「観念」そのものということでしょうか。
「観念」は全て記憶にあり、観念は実体ではないということを深く何度でも確認できればそれでよいのでしょうか?
蛇ではなく縄だった自分という観念。
観念があるかぎり、蛇の自分は幻想だとわかっても、縄の自分という観念が、観念としてあることになってしまいす。
887
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/04(水) 21:22:39 ID:h2JSXckE0
>>885
ただひたすら瞑想と観察をするとよいのじゃ。
一日ではあまり進歩はしないかもしれんが、それでも何か気付くかも知れんのじゃ。
日々の精進が最も進歩に繋がるのじゃ。
>>886
そのように続けたらよいのじゃ。
自我が強くなることもないのじゃ。
執着が強くなることはあるがのう。
自我を観ることができれば瞬時に無と知れるのじゃ。
自我を観ることができなければ観念と気付くこともないのじゃ。
確かに自分があると観念によって思うからのう。
そのあると思う自分がなぜあるのか観察してみるのじゃ。
なぜ自分がいつでもあると思うのか原因を探すのもよいのじゃ。
それがわかれば実はそれがないとわかるじゃろう。
888
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/05(木) 13:07:10 ID:qYQvs9ck0
>>887
ありがとうございます。
瞑想は集中の瞑想と観察の瞑想、観察は座っている時以外ということでしょうか?
それで観察をしていて気づいたのですが、具体的なことや物を探しながら観察をしていることがありました。
例えば目の前の物を観察するときに、見落としている小さな傷がないかと探すなどです。
苦滅の場合も身体の反応を見ながら、具体的な苦の原因を色々と思い浮かべて探していくと、やりやすいことがあるようにに思います。
それで、自我の観察についてお聞きしたいことがあります。
自我の場合でも前述のように、例えば「思考をしている自分」のイメージを、心の中に探すのは有効なのでしょうか?
そのように探している時には観照は起こらないが、自我イメージを観る習慣がつけば、観照が起きやすくなるのではないかと思う一方で、先入見無しに観察したほうが良いのではないかという思いもあります。
889
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/05(木) 14:07:56 ID:Q30VFKlc0
鬼和尚の教えで悟った人います?
890
:
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891
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/05(木) 20:32:38 ID:h2JSXckE0
>>888
そうじゃ、そのように実践すると善いのじゃ。
先入観なしで観察すると善いのじゃ。
イメージを見ようとすると自分でイメージを作ってしまうからのう。
全てをありのままに観るのじゃ。
>>889
知らんのじゃ。
892
:
437
:2016/05/06(金) 03:17:30 ID:LgbIm9w20
和尚さま
瞑想中は閉眼でやっており丹光?ニミッタ?が見えています、とある程度瞑想が深まって視覚そのものの存在感が薄まってくるにつれて、自我感覚が薄れるような快感が出てきました
やはり自我感覚は五ウンによるものですが、自我感覚が薄れることがなぜ快感に感じるのは、理解できません
893
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/06(金) 14:59:31 ID:unbTbnlg0
鬼和尚さん
また心が不安定になってしまいました・・・。
確かではないのですが、人から嫌われているのではないかと感じる出来事があって、とても凹んでいます。
一見そう見えたとしても確かではないし、その人に嫌われても困ることはないのに、心が傷ついてしまい、ずっと凹んでしまいます。
こういう心の弱さを克服したいです。
誰からも好かれたい、みんなから認められたいという気持ちが原因だとわかってはいます。
さらにその気持ちが生まれる原因が自分の育てられた環境にあることもわかっています。
今は自分は大人で誰かに嫌われても生きていけるとわかっているのに、凹む心を克服できません。
どうしたら心が強くなれるでしょうか?
どうして、いつまでも凹んでしまうのでしょうか?
894
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/06(金) 20:54:20 ID:7rD9T5220
>>891
先入観なしで、全てをありのままに観るのですね。
自分という感覚を観察していると、認識の瞬間には対象に自分という感覚が無く、自我はイメージに過ぎないということが現実味を帯びてきます。
日常の意識状態では自分が色々な行為をしているように感じられるためか、記憶に依存した世界が本物であり、自我がないのが特殊な状態だと本心では思っているようです。
でもある日真実に気づけるような気もします。
どうやらこの道は正しいようです。
さらに精進したいと思います。
ありがとうございました。
895
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/06(金) 21:52:42 ID:h2JSXckE0
>>892
善いことじゃ。
自我が忘れられると、自我のもたらす苦もなくなるからなのじゃ。
自我があればそれがなくなるかもしれないという不安や恐れ、孤独感などが常に起こっているのじゃ。
人とはそれに慣れているから気付くこともないがのう。
忘我に入るとそれらが起こらなくなり、喜びや静寂や平安を感じるのじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
>>893
それが正しい原因ではないから未だ苦が起こるのじゃ。
昔友達に嫌われたとかが原因かもしれん。
正しい原因がわかればすぐに肉体にも反応があるからわかるのじゃ。
一度結論が出たと思って観察をやめてしまうと
896
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/06(金) 21:55:27 ID:h2JSXckE0
>>893
一度結論が出たと思って観察をやめてしまうと、固定観念になって観察の邪魔になるのじゃ。
正しい原因がわかるまで追求するのじゃ。
それがわかれば苦はなくなり、心を整える方法を知って心も強くなるのじゃ。
>>894
そうじゃ、心の全てをあるがままに観察するのじゃ。
またおいでなさい。
897
:
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898
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/07(土) 00:20:37 ID:kl1CR23s0
鬼和尚いつもありがとうございます。
観音菩薩 観世音菩薩 観自在菩薩はそれぞれどう違うのでしょうか?
その菩薩様は素戔嗚みたいな個人ですか?お巡りさんみたいな集団ですか?
雑談等コミニケーションできる存在ですか?バイ菌マンみたいな何かの現象への擬人化ですか?
899
:
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900
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/07(土) 12:25:38 ID:czRftzgI0
和尚さんのブログにある感情と悩みを滅する法をパクってテキストとカリキュラムを作って悩み解消セミナーを催し、一儲けしてもいいですか?
901
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/07(土) 12:48:47 ID:tK9Fb6nk0
>>895
鬼和尚さん、ありがとうございます。
心が不安定になってしまう原因をもう一度探ってみました。
それで、原因は評価されたいということよりも、以前鬼和尚さんに教わった、自己イメージを守りたいという気持ちにあるように思いました。
私は、こういう自分でいたい、というようなことを常にとても意識していて、それが壊れないかどうかをいつも気にしているようなのです。
でも、自己イメージを守らなければいけないと思ってしまう原因も、またあるのでしょうか?
鬼和尚さん、何かヒントがあれば教えてください。
自分では、自己イメージを守ろうとすることが当たり前過ぎて、原因が掴めません。
902
:
偽和尚★
:2016/05/07(土) 14:52:01 ID:???0
*** お知らせ ***
このスレも自説の主張等の無関係な書き込みが増えてきて読み辛くなりましたのでこれらに
該当するレスの削除をしようと思います。削除結果は「この板の管理者からのお知らせ」スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1415399543/
に書きます。
尚、こちらの主観で勝手に消します。見逃したレスや間違いで消えるレスもあるかも知れませんが
ご了承ください。また、システムの都合で一度消したレスの復活は不可能です。苦情は一切受け
付けません。
削除予定のレス
>>9
,
>>95
,
>>108
,
>>112
,
>>126
,
>>143
,
>>161
,
>>200
,
>>201
,
>>282
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>>283
,
>>290
,
>>293
,
>>294
,
>>295
,
>>296
,
>>297
,
>>306
,
>>376
,
>>526
,
>>537
,
>>595
,
>>596
,
>>702
,
>>718
,
>>720
,
>>721
,
>>722
,
>>723
,
>>724
,
>>725
,
>>726
,
>>728
,
>>740
,
>>742
,
>>743
,
>>790
,
>>811
,
>>820
,
>>821
,
>>822
,
>>825
,
>>831
,
>>834
,
>>835
,
>>837
,
>>846
,
>>847
,
>>851
,
>>852
,
>>853
,
>>854
,
>>856
,
>>857
,
>>860
,
>>890
,
>>897
,
>>899
,
>>969
903
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/07(土) 15:03:28 ID:6ZZgOq8Y0
>>902
ナイス!いつもありがとうございます。
904
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/07(土) 15:21:18 ID:zGnTl6ds0
>>902
男前な采配してくれるから偽和尚大好き!
905
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/07(土) 21:18:37 ID:h2JSXckE0
>>898
全て同じなのじゃ。
個人なのじゃ。
イメージすれば話せるじゃろう。
しかし囚われずに進むのじゃ。
>>900
善いのじゃ。
わしのブログは著作権開放なのじゃ。
人々の悩みが消えるならばよい事じゃ。
>>901
それは自己イメージを自分と思っているからなのじゃ。
イメージが自分と思っているから、イメージが損なわれるのが苦であり、それを不安に思ったりするのじゃ。
実際はイメージが損なわれても肉体に傷がついたり、財産が奪われるのでもないのじゃ。
イメージが自分と同一化しているとイメージが損なわれて肉体が傷つき、財産を奪われるのと同じような苦や不安が起こるのじゃ。
それをよく観察してみるのじゃ。
>>902
ご苦労さんじゃ。
正に菩薩の行ないじゃ。
906
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/07(土) 21:43:42 ID:czRftzgI0
>>900
さすがにそれはしませんが、自分のブログで和尚さんを紹介する予定です
907
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 00:25:38 ID:IlNE81mM0
>>905
鬼和尚さん、ありがとうございます。
鬼和尚さんのレスを読んだだけで、不安定だった心が何だか安定しました。ありがとうございます。
自分では気づいていませんでしたが、自己イメージを自分の肉体や財産のように無意識に思っていたのですね。
以前、自己イメージについて教えていただいた時はわからなかったことが腑に落ちました。
自己イメージに囚われないようにするというのは、こういうことだったのですね。
このことについてもう少し観察してみます。
ありがとうございました。
908
:
437
:2016/05/08(日) 01:15:52 ID:LgbIm9w20
和尚さま
大悟徹底の一にして一ですらない境地というのは
老荘の境地と同じようなものでしょうか
もしそうでしたら、老荘はその思想を残しましたが、その境地を見ることによって自我認識の変化はもちろんなので置いといて、自我認識変化以外の老荘道徳的な、無為とか大道みたいなものがわかるようになるのでしょうか
自我を完全に見破った時、自我をまた作る必要があるのですが、老荘は老荘道徳的な自我を残したのでしょうか
909
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 08:15:19 ID:eJdFcnno0
オススメの漫画ってありますか
910
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 13:26:12 ID:Gb4KxSYw0
鬼和尚は最高で何時間坐る瞑想をしたことがりますか
911
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 14:26:04 ID:Gb4KxSYw0
全ては心によって作られているその心はなぜ意識になって作られているのか
912
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 14:27:42 ID:Gb4KxSYw0
>>905
全て同じであるのになぜ別々の名前がつけられているのでしょうか
913
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 15:02:27 ID:Gb4KxSYw0
2ちゃん辞める方法を教えてください
914
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 18:55:31 ID:Gb4KxSYw0
和尚
なぜ心は生まれたんでしょうか
915
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 19:51:49 ID:Gb4KxSYw0
和尚
すべてとはなんですか
916
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/08(日) 20:23:57 ID:P0sEFz9g0
鬼和尚さん
>>907
です
また質問をさせてください。すみません。
失敗してしまったことを、いつまでも引きずってしまうような時も、
その苦の原因は自己イメージを守ろうとすることにあるかもしれないと思って観察しているのですが、こちらは体が反応しません。
私は、失敗をいつまでも引きずって凹んでしまうことも多いのでこれも克服したいのですが、
何か他の原因があるとしたら、どういうものがあるのでしょうか?
917
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/08(日) 21:36:11 ID:h2JSXckE0
>>906
何でも試してみるとよいのじゃ。
またおいでなさい。
>>907
善かったのじゃ。
またおいでなさい。
>>908
そうかもしれん。
老子の言葉は本当ではないというがのう。
それもまた無為なのじゃ。
そうかもしれんのじゃ。
中国の人にもわかりやすくしたのかもしれん。
>>909
シートン動物記とかがよいのじゃ。
感動するのじゃ。
>>910
時間は計っていないからわからんのじゃ。
足がしびれたらやめるのじゃ。
30分ぐらいじゃな。
>>910
認識する全てなのじゃ。
認識できるものではないものは心で作られず心を作るものなのじゃ。
>>912
あだ名や略称で呼ぶようなものじゃ。
観世音の略が観音なのじゃ。
自在に衆生を助けるから自在菩薩ともいうのじゃ。
918
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/08(日) 21:45:25 ID:h2JSXckE0
>>913
もはや見なければよいだけなのじゃ。
ブックマークとかソフトをけしてしまうとよいのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。
>>914
生まれていないのじゃ。
あると思っているだけなのじゃ。
よく観察してみるのじゃ。
>>915
認識の対象なのじゃ。
認識できないものは人にはしられないのじゃ。
>>916
それは昔、悪いことをして叱られた時などに長く反省するようにといわれたからかも知れん。
もはや無意味とわかっている子供のときのしつけなどは大人になっても残っているものじゃ。
それも観察できれば消えていくじゃろう。
よく観察してみるのじゃ。
919
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 00:04:59 ID:iS4rUsHU0
いつも教えていただきありがとうございます。
お経を聞きながら数息観してもよいのでしょうか?
こんな感じのお経です。
ttps://www.youtube.com/watch?v=HakplugtPQI
920
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 06:30:04 ID:z5dc3Gc60
シートン読んでみます
921
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 06:32:17 ID:z5dc3Gc60
>>849
和尚
「習い性」とはなんですか
習性とはちがうんですか
922
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 06:43:33 ID:z5dc3Gc60
和尚
ブラフマンや涅槃や永遠の意識は心を作っていますよね
それらは心によって認識されないんでしょうか
923
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 08:12:24 ID:z5dc3Gc60
和尚
ロボットに心はありますか
924
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 18:19:36 ID:uz8cVLic0
>>917
観音さまは何をしてくれる人ですか
925
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 18:22:35 ID:uz8cVLic0
>>918
悟ったら心は無くなるんですか
無認識ですか
926
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 18:23:26 ID:uz8cVLic0
無の境地では何が起きているのでしょうか
927
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 18:38:12 ID:czRftzgI0
昔学校の授業で「両手を打つとパンと音がする、では片手で打つとどんな音がする?」という公案で難儀したという先生の話を聞いたことがあります。当時は意味が分かりませんでした。
この公案の答えは「音はない(無なのじゃ)」でいいですか?
928
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 21:04:17 ID:YDx2wR6A0
>>918
鬼和尚さん、ありがとうございます。
鬼和尚さんのレスを参考に原因を探ってみました。
まだ観察中ですが、失敗を引きずってしまう原因は、小学校低学年時に3年間、
暴力的で怖い先生といじめっこがいるクラスにいなければならなかったことにあるように思えてきました。
すごく恐怖の3年間でした。
いじめっこをその暴力的な先生が贔屓しているような救いのない状況で、
失敗が許されなかった記憶を思い出しました。
失敗してはいけないと刷り込まれていたと思います。
すごく辛い記憶ですが、その記憶がなかったと考えると心が軽くなるので、
その記憶がある場合とない場合を交互に想定して、心を観察しています。
こういう怖い記憶の場合の観察の仕方はこれで良いでしょうか?
929
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 21:26:43 ID:SkXyS1Mw0
和尚様
私は占いをとても気にしてしまうのですが、どうすればとらわれなくなりますでしょうか?そもそも変えられない決まった運勢の流れなどはあるのでしょうか?
930
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/09(月) 21:35:48 ID:4U82HgLs0
>>919
善いのじゃ。
やり易いようにして実践するのじゃ。
邪魔になったら消しても善いのじゃ。
囚われずに進むのじゃ。
>>920
そうじゃ、読んでみるのじゃ。
いかすのじゃ。
>>921
おんなじような意味なのじゃ。
習慣とも同じような意味なのじゃ。
何度も繰り返し身についた働きなのじゃ。
>>922
それらは何も作らないのじゃ。
認識されないものなのじゃ。
ただ言葉の習慣としてそれらがあると言われるのじゃ。
実際には有るとか無いとか認識とか非認識などを超えたものなのじゃ。
>>923
あるじゃろう。
ものにも意識はあるものじゃ。
ロボットも人には心があるのかとか疑問を持つじゃろう。
>>924
修行者を助けを求める音に応じて助けてくれるのじゃ。
観音経をよむとよいのじゃ。
>>925
あるのじゃ。
使うことも使わないことも出来るのじゃ。
心とは肉体の機能ともいえるからのう。
931
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/09(月) 21:40:33 ID:h2JSXckE0
>>926
何も起きていないのじゃ。
無であるからのう。
>>927
何でもよいのじゃ。
言葉でつっているだけであるからのう。
つられなければ正解なのじゃ。
>>928
それで善いのじゃ。
正しければ苦もなくなるじゃろう。
まだあれば正しい原因を探すのじゃ。
精進あるのみなのじゃ。
>>929
なぜ囚われるのか原因がわかれば囚われなくなるじゃろう。
先に対する不安があるのかもしれん。
誰かに占いは善く当たるとかいわれたからかもしれん。
そのような原因がわかれば囚われなくなるじゃろう。
一つだけあるのじゃ。
全てのものは死を免れないのじゃ。
それ以外は行いによって変えられるのじゃ。
932
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/09(月) 22:38:12 ID:iS4rUsHU0
>>930
ご教授ありがとうございました。しばらく聞きながら続けてみます。
933
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 02:01:05 ID:6ZZgOq8Y0
質問です。
私と鬼和尚がこのスレでこれから質疑応答をして、それをブログに掲載してもよろしいでしょうか?
無料で公開するつもりですが、有料でもよろしいのでしょうか?
934
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 05:34:37 ID:nEL/0jsE0
和尚
和尚は認識できるものではないものは心で作られず心を作るものなのじゃと言ってます
認識できるものではないものとはブラフマン、涅槃、永遠の意識ですか
それらは心を作りますか
935
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 05:42:16 ID:nEL/0jsE0
>>930
言葉の習慣とは何ですか
936
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 06:17:04 ID:czRftzgI0
>>927
良かったです。また何かあったらお願いします。
ありがとうございました
937
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 09:30:16 ID:nEL/0jsE0
なぜリアルで悟ってることを隠してるんですか
938
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 09:31:01 ID:nEL/0jsE0
2ちゃんで教える前に誰かに説法したことありめすか
939
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 10:09:58 ID:nEL/0jsE0
ヨグマタは悟ってますか
940
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 11:48:29 ID:nEL/0jsE0
和尚
よるかってしってます?
941
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 13:12:07 ID:nEL/0jsE0
生年月日を教えてください
942
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 13:13:24 ID:nEL/0jsE0
和尚は自在と名乗ってた時、ラジニーシの話し方を真似てましたか
「ここに美しい話がある」なんてそっくりです
943
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 13:26:38 ID:nEL/0jsE0
和尚の弟子の名前を全部教えてください
944
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 15:54:36 ID:nEL/0jsE0
悟る前後で自身の性格に変化はありましたか
945
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 18:14:52 ID:RqjHb0Jg0
無意識下で全存在が繋がっているそうですが、
100匹目の猿現象はこれのせいですか?
一人悟った人が出たら全員がピーンときてもいいはずですが、そうはならないですよね
仮にブッダが山奥に引きこもってても確実に影響は与えていると思いますが、人類が悟るまではいかないと思います
これは何が原因ですか?
あと百匹目の猿現象を調べたら、「ある行動、考えなどが、ある一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」とのことです
数が足りないのでしょうか
946
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 19:13:52 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんばんは。(´・(ェ)・`)/
瞑想し、呼吸に集中し、思考を少なくし、呼吸だけでなく、身体感覚、音などに気づいており、取り分け音について、
音(生活音等の雑音)を聞いているという認識と自分という観念が分けられないというように感じました。
音は外にあり、その音を自分は聞いている、隔てられた感覚が曖昧になって行く感じです。
最近注意してるのは、瞑想になにがしかの境地を求めたりしないようにし、ひたすら集中して身体感覚に気づいているという点です。
947
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 19:33:26 ID:ZmYXnHbw0
>>931
鬼和尚さん、ありがとうございます。
失敗を引きずってしまう原因が少しずつわかってきました。
そして、観察をしているうちに、子供の頃のいろんな記憶が
自分にすごく影響を与えていることもわかってきました。
その記憶がなければ、今の自分はこういう反応をしない、ということがたくさんあるようです。
私というものは、そうやってできているのですね。
それで、疑問なのですが、私という存在の本質はどこにあるのでしょうか?
記憶によって感情が起きているだけならば、私が私である根本のようなものは、どこにあると言えるのですか?
948
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 21:38:16 ID:LC3de7YgO
>>946
のつづきであります。
その音と隔てがない自分という観念・・・
音があるように(あるいはあるので)自分があり、音がなければ自分はない。
などと、考え出したら、その感覚も消え、瞑想も中断してしまいました。
(´・(ェ)・`)ゞ
949
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 21:52:36 ID:SkXyS1Mw0
>>931
ご回答ありがとうございます。
ご指摘の通り、先への不安からのとらわれだと思います。死は免れないがそれ以外は行動で変わるという言葉を胸にとらわれないよう精進して参ります。
950
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/10(火) 22:00:13 ID:h2JSXckE0
>>932
実践あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>933
善いのじゃ。
無料でも有料でもよいのじゃ。
自由なのじゃ。
>>934
そのようなものじゃ。
ことばでかたれるものではないがのう。
全てはそれなのじゃ。
>>935
石とか花とかの名称を用いることなのじゃ。
>>936
どういたしまして、またおいでなさい。
>>937
隠してはいないのじや。
>>938
いないのじゃ。
>>939
悟っていないのじゃ。
>>940
預流果じゃな。
>>941
もはや時間も無いのじゃ。
>>942
オショーがわしのまねをしたのかもしれん。
>>943
プライバシー保護法で保護されているのじゃ。
>>944
もはや性格も無いのじゃ。
951
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/10(火) 22:05:10 ID:h2JSXckE0
>>945
おぬしにも自由意志があるからなのじゃ。
自ら悟ろうとしなければ悟れないのじゃ。
>>946
>>948
それでよいのじゃ。
一意専心なのじゃ。
ただひたすらに座るのじゃ。
そうすれば悟りは向こうからやってくるじゃろう。
>>947
私というものは無いのじゃ。
どんどん追求していくと反応だけで何も無いと気づくのじゃ。
反応するから観念を自分と思っていただけなのじや。
>>949
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
952
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 22:34:19 ID:RqjHb0Jg0
地球のどこかに体を持ったブッダがいるのと、いないのとでは、気づきのはかどり方が違いますか?
953
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/10(火) 23:01:32 ID:LC3de7YgO
(´・(ェ)・`)ゞ鬼和尚、ありがとうございます。
聞いてる私と聞く対象の隔たりが薄らぐという感覚は、自我を一気に薄めて、音等の感覚対象と同様に自我も対象化することができそうな気配を一瞬感じましたが、観照というところまでは至りませんでした。
>音があるように(あるいはあるので)自分があり、音がなければ自分はない。
・・・のかもと考えたと書きましたが、
音があるので、自我が呼び起こされるが、
あるのは音だけで、その音に余計な観念を結び付けることにより、自我があると感じるのかなと思いました。
954
:
933
:2016/05/11(水) 02:02:28 ID:6ZZgOq8Y0
>>950
ありがとうございます。
では、鬼和尚のお返事を、鬼和尚という人が言っていた、と言わないで、
たとえば「ロボットにも心はあります」とか「サマーディは悟りではなく無認識が本当に悟りです」などと自分の考えのように書いて、
それを10万円で売ってもいいのでしょうか?
955
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:36:33 ID:57Pr6uSA0
おかしいな。隠してるって言ったと記憶してるんだけど
956
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:41:32 ID:57Pr6uSA0
>>950
隠していないとすると、リアルの人に悟ってるとこバレそうですけど
普段、何もしてない時は心身が止まってるのでしょう?
そんな人がいれば周りがほっとかないと思いますけど
957
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:43:03 ID:5F9pSVVg0
>>950
預流果ってどんな状態の人ですか
958
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:44:31 ID:57Pr6uSA0
>>950
確認です
ブラフマンがあるから心がありますか
ブラフマンがなかったら心はないですか
959
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:45:44 ID:57Pr6uSA0
>>950
お翔から自在に変えてラジニーシのなりきりがしてみたかったのですね
その気持ちわかります
960
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:47:29 ID:57Pr6uSA0
確認です
なぜ私が宇宙があると思うと宇宙が存在するのでしょうか
961
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:48:04 ID:57Pr6uSA0
私が自分は悟っていると思うと自分は悟っているんでしょうか
962
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:48:36 ID:57Pr6uSA0
ちなみに二ちゃんはやめれました、ありがとうございます
963
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:49:22 ID:57Pr6uSA0
忘れてしまったのでもう1度教えてください
心とは何ですか
964
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:50:47 ID:57Pr6uSA0
全てが一つの意識で出来てるということは
悟った人は全てがつながっていることがわかるけど
悟ってない人は集合的無意識としてそれがあらわれますか
965
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 07:51:58 ID:57Pr6uSA0
私のどんな行いがあなたの伝説の礎となったのでしょうか
とても光栄であります
966
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:00:46 ID:57Pr6uSA0
感覚器官はなぜ存在しますか
967
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:03:41 ID:57Pr6uSA0
逆立ちするとエネルギーが上半身に行くってことですよね
エネルギーって重力の影響を受けるんですか
なぜ上半身に行くんでしょうか
968
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:05:47 ID:57Pr6uSA0
赤ん坊が初めて目を開いて見るとき、そこに形象を投射しますか
そうでないなら彼は何を見ているんでしょうか
969
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:07:56 ID:57Pr6uSA0
渇愛は煩悩の一つですか
違うと思うんですけど
970
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:09:03 ID:57Pr6uSA0
渇愛は滅尽されましたか
971
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:13:43 ID:57Pr6uSA0
なぜ 全ては心によって認識されるのですか
972
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:15:14 ID:57Pr6uSA0
なぜ永遠の意識があるのですか
973
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:52:29 ID:WkYxR9ts0
座禅を組んで心を観察した所、いろいろ気づくところがありました
心を見ることの大切さがわかりました
ありがとうございます
974
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:54:59 ID:WkYxR9ts0
心によってすべては認識される、ということは
認識されたものは心であるとも言えることに気づきました
心を見るとはすべてを見ることでもある
見ているものは心が見ている
この世のすべては心そのものということがわかりました
975
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 08:56:26 ID:WkYxR9ts0
実践がすべてとは、心を見ることがすべてということですね
引き続き心を見たいと思います
976
:
437
:2016/05/11(水) 11:09:56 ID:LgbIm9w20
有る無きの中に住むべき無き物をなきと思ふな無き心にて
無きと言う無きには人の迷うらん
無きこそ有るの本の本なりあるものは皆吹きはらへ 大空の無きこそ己が住処なりけれ
黒住さんの歌ですが、認識されうる物は全て心であると観じ、また心も無いのだと観じた所、厭離が得られました
977
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 17:14:30 ID:czRftzgI0
自己は反応だけとおっしゃいますが、自己とは自分の写真などを見た時の記憶とそれに基づく自己の姿の認識だったり
親に「あなたは鬼夫よ」と名前を覚えさせられた時の記憶ではないのですか(共に突き詰めると記憶)?
反応とは具体的にどういうことを指すのですか?
978
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 18:29:12 ID:XfmUczp20
自我を滅する
と言うと、自我があることが前提ですが、
自我はあるのでもなく無いのでもない
でもいいのでしょうか
979
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 19:08:33 ID:P0sEFz9g0
>>951
鬼和尚さん、ありがとうございます。
私というものはないということをもっと実感してみたいので、さらに教えてください。
私は、鬼和尚さんのアドバイスにしたがって苦を観察していて、
自己イメージと感情は、私ではないと気づいたのですが、
それ以外にも観察したら、私ではないと私でも気づけそうなものには、他に何があると思いますか?
それから、感情は記憶による反応だとしても、私は「この記憶は私のものだ」と思っているようなのですが、
記憶を所有している私、という感覚はどう観察したら、正しく認識し直されるも思いますか?
980
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/11(水) 21:10:03 ID:h2JSXckE0
>>952
変わらないのじゃ。
自分の意志がなければ気づきも起こらないのじゃ。
気付かなかったことにもできるからのう。
>>953
惜しいことじゃ。
恐れがあったのかもしれん。
何ものにも囚われずに進むのじゃ。
>>954
善いのじゃ。
自由なのじゃ。
>>956
誰も気付かないのじゃ。
歩いているだけで仏陀がわかるとかは嘘であるとわかるのじゃ。
>>957
おぬしがそこにいけばわかるじゃろう。
>>958
ブラフマンなどないのじゃ。
>>960
>>966
おぬしがあると思うからじや。
>>961
おぬしの中ではそうじゃろう。
>>963
>>971
>>972
観察してみるとわかるじゃろう。
>>964
集合的無意識などないのじや。
息を止めれば空気で繋がっていなければすぐ死ぬとわかるじゃろう。
>>965
かきこみじゃろう。
>>967
引力のせいじゃ。
>>968
思い出してみるのじゃ。
>>969
煩悩とは貪欲、怒り、愚痴、の三毒なのじゃ。
>>970
無じゃ。
>>973
善かったのじゃ。
精進あるのみじゃ。
981
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/11(水) 21:35:10 ID:h2JSXckE0
>>974
>>975
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>976
そうじや、それがアートマンなのじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>977
それは観念なのじゃ。
観念は感覚や感情や認識などの心の働きである反応に投射されるものじゃ。
反応に自己を見るとき、その奥に本質があると思うものじゃ。
ただ反応が在るのみと知るとき、無であったと気付くのじや。
>>978
それでも善いのじゃ。
実践によって証明するのみなのじゃ。
>>979
認識も思考も自己ではないと気付くじゃろう。
認識がそうでないと気付くならば全てが自己ではないということになるのじゃ。
ただありのままに観察するのみなのじゃ。
野の花を見て赤いとか、花びらが五枚あると気づくように、それもありのままに観察することで正しく気付きが起こり、正しく認識しなおせるじゃろう。
982
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 22:11:27 ID:LC3de7YgO
>>980
(´・(∀)・`)/ えぇぇ!!!
鬼和尚、やっぱり、惜しかったのでありますか!
自分も、ぼぉ〜っと、
>聞いてる私と聞く対象の隔たりが薄らぐという感覚は、自我を一気に薄めて、音等の感覚対象と同様に自我も対象化することができそうな気配を一瞬感じ
た時には、遂に来た来た!とうれしくなっちゃったのであります!
けど、恐怖はなく、その感覚にしがみつきに行ってしまったのであります。
したら、消えちゃったのであります,TT
この手の感覚は、絶対に求めると得られなくなっちゃいます。
今までに感じた不思議なこと、例えば痛みの消滅とか、丹田の熱感、小周天とか、強く求めると決して得られなくなります。
求めないで=囚われず、心の観察を続けるであります。
鬼和尚、ありがとうございます。
983
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/11(水) 22:22:31 ID:LC3de7YgO
>>982
自我を一気に薄らぐ感覚は、本当に聞こえているモーター音等の雑音と全く同列の「自我」が観察して下さいとばかりにありありとただようのが、感じられたのであります。
σ(´・(ェ)・`)は、雑音だったのであります。
鳥のさえずりでも、川のせせらぎでもなく、揚水ポンプのモーター音だったのであります。
984
:
437
:2016/05/11(水) 22:49:19 ID:LgbIm9w20
和尚さま、ありがとうございます
五感がそれぞれ別々に認識されるようになりました
当たり前ですが、
視覚映像に音や触覚はなく、
音声に色や触覚はなく、
触覚情報に音や色は含まれないということです
また文字や時計は、ただの視覚情報であって観念はそこにはありませんよね
なんというか、以前なら湯船にはったお湯というという観念を見ていましたが、
お湯に手に入れた時の暖かさ、
湯船に入った時の視覚的な映像、
湯船に入ったときの水の跳ねる音、
これらが感覚が、
それぞれに対応した別々の五感の情報として認識されました
これらの感覚に分別が入るとお湯という観念が生まれてしまうのですね
臨済の言葉ですが、
有る時は奪人不奪境、
有る時は奪境不奪人、
有る時は人境倶奪、
有る時は人境倶不奪
ここの人とは、主体のことで
境とは客観とのことですが、
主体は心と捉えているのですが、
客体というのが何か分かりません
黄檗曰く
凡夫は境を取り、道人は心を取る。 心境ならび亡ず。すなわち是れ真法なり
心を取れば主体と客体の両方が消えるということでしょうか
985
:
437
:2016/05/11(水) 22:55:58 ID:LgbIm9w20
五感はそのまま五感であり
五感そのものに感情や想念や観念は含まれませんね
六根清浄です
986
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 07:21:57 ID:Y3Io7eY.0
小さい頃に子猫が家の近くにいたんですよ
訳あって、殺しちゃったんですけど
私は地獄に落ちるんでしようか
もうここが地獄ですか?
987
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 07:34:03 ID:Y3Io7eY.0
自らの心と宇宙はそのまま同じものなのじゃ。 故におぬしの心の限界が宇宙の限界 なのじゃ。
和尚はウィトゲンシュタインを読みましたか
988
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 11:34:43 ID:prR5gpGM0
伝説とは何んですか
989
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 12:58:48 ID:OpPOtJBw0
>>981
鬼和尚さん、ありがとうございます。
私にはまだ観察が簡単ではないので、さらに教えてください。
思考が自分ではないということは、鬼和尚さんのブログに、対象がなければ思考もない故に、思考は自分ではないと書かれていて、それはわかった気がします。
それでは、自然に浮かんでくる雑念はどうですか?
自然に浮かんでくる思いは、自然に浮かんでくるために、自分のもののように感じています。
つまり、自分が生きているからこそ生まれてくるように感じています。
対象や目的もないものなら、自分のものになりませんか?
990
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 13:22:48 ID:prR5gpGM0
観念はなぜあるのですか
991
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 13:23:31 ID:prR5gpGM0
心はなぜあるのですか
992
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 13:24:04 ID:prR5gpGM0
心が作るとはどういうことですか
993
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 13:24:45 ID:prR5gpGM0
なぜ心によって作られるのですか
994
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 14:39:45 ID:prR5gpGM0
認識できないものが永遠の意識なのになぜ永遠の意識があると知っているんですか
995
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 15:00:24 ID:.DReSlUs0
座布っていりますか?
座禅の際は、座布などいらず、床に直に座った方がよろしくないでしょうか?
アクリルの毛布と、綿ではどちらが瞑想に適してますか?
996
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 15:41:59 ID:.DReSlUs0
のび太でさえ限界の壁を越えたようなのですが。
ドラえもんはどんなマジックを施したのでしょうね?
997
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 15:47:35 ID:prR5gpGM0
和尚の名言を教えてください
998
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 15:51:13 ID:prR5gpGM0
>>995
おまるの上で坐禅するとよかろう。
もよおしてきても、そのまま排泄してしまえば一石二鳥じゃ。
999
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 19:13:48 ID:czRftzgI0
観念は感覚や感情や認識などの心の働きである反応に投射されるものじゃ。
記憶->観念->反応(感覚や感情や認識)
こういうことですか?
1000
:
避難民のマジレスさん
:2016/05/12(木) 19:42:30 ID:KCyQgpVw0
鬼和尚さん
>>989
です。
また質問させてください。すみません。
また観察をしていたのですが、私は自分の肉体が生きていて、動いているから、
頭に自然に雑念が生まれたり、肉体を使って記憶を手に入れたりできると思っているようです。
肉体が自分の元です。
だから、もしも肉体が自分のものでないのなら、そのすべては自分のものではない
という結論が出るのかもしれません。
でも、肉体が自分ではない、ということは、どうしたら観察できるのですか?
1001
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/12(木) 22:06:09 ID:h2JSXckE0
>>982
>>983
それでよいのじゃ。
一休もカラスの声を聞いて悟ったというのじゃ。
更に精進あるのみなのじゃ。
>>984
>>985
境とは対象なのじゃ。
それもある訳ではないのじゃ。
あるのは主体があるという観念だけなのじゃ。
そのために客体も創出されるのじゃ。
主体という観念が無ければ客体も自然になくなるのじゃ。
ただひたすらに自らの主体を追及すればよいのじゃ。
>>986
懺悔告白し、二度としないと誓えば許されるのじゃ。
これからは善事を積むとよいのじゃ。
>>987
読んでいないのじゃ。
>>988
>>990
>>991
>>992
>>993
それが何であlり、なぜあり、作り作られるのか自分の心の中に追求するのじゃ。
>>989
雑念にも対象があるじゃろう。
よく観察してみるのじゃ。
雑念も思考であるから対象が無ければ存在しないのじゃ。
>>994
それは言葉の習慣としてあるといっているのじゃ。
あることも無いことも知ることもしられることもないのじゃ。
1002
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2016/05/12(木) 22:10:58 ID:h2JSXckE0
>>995
おぬしが要るならば使ってよいのじゃ。
おぬしのやりやすい方が適しているのじゃ。
全て自分に合わせて選ぶとよいのじゃ。
>>996
友情じゃな。
>>997
無じゃ。
>>999
そのようなものじゃ。
実践によって証明するのじゃ。
>>1000
肉体をただひたすらに観察すれば気付くじゃろう。
爪とか髪とかが自分ではないとすぐに気付くじゃろう。
手とか足とかもとれても生きるのであるから自分ではないと気付くじゃろう。
臓器とか脳とかも半分無くても生きるというから自分ではないと気付くじゃろう。
そのように観察していけば肉体が自分ではないと気づくのじゃ。
1003
:
偽和尚★
:2016/05/12(木) 22:23:54 ID:???0
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