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お気に入りのローマ皇帝

1カイザー:2002/06/13(木) 23:16
人気投票にも、『ごく稀に』参加して頂いてる方もいらっしゃるようで
すので、ここでもカキコしてくれたら嬉しいです。

好き嫌いはともかく、オクタヴィアヌスはやっぱり偉大です。
アントニウスじゃ、どう考えてもライバルとしては役不足。いっそのこ
と、カエサルが暗殺されずに2人が天下を巡って争うという歴史IFの
方が面白そうです。

376マッティアス:2003/01/07(火) 11:19
そんな芸当ができるくらい大人だったら、そもそもアグリッピナの強烈な呪縛にかかったり、
オクタウィアを殺したりはしないんでしょうけどね。ネロもかわいそうなコです。

セスタス、買おうと思ってない頃、都市部の書店では見ましたよ。うちから都市部まで大体、
電車で1時間かかるので、なにかのついでじゃないとなかなか買いに行けなくって。
いっそamazon.comで頼むってテもありますが。
地方では、はじめの一歩ですら全巻そろってないような書店が大半ですからね。
わりに品揃えの良かった近所の書店が、ダイエーができてすぐに潰れてしまって、かなり
困ったことになっています。

377カイザー:2003/01/08(水) 23:37
ネロも嘘でいいからブリタニクスに
「父クラウディウスは私に敬愛する兄ネロへ仕えるように言い残した」
とか元老院で演説させるぐらいはして欲しかった所です。直後に影で涙を流すブリタ
ニクス&オクタヴィア姉弟とか、マンガとかなら面白そうですね。もう、そんなの史
実でも何でもない只の妄想なんですが(笑)。

そういえば、コンモドゥスって以外と普通の皇帝かなとか認識が変わりつつあります。
バカだけど(笑)。

378マッティアス:2003/01/08(水) 23:46
うん。馬鹿ですけど、マトモですかも。って、↑それは塩野さんの最新刊を読まれた感想
ですか?私は図書館に入ってから読むので、春頃になると思いますが。
古代西洋史料集とかで、自分で文章書いてないにせよ、属州に対してマトモな判断を下し
てたりしたのみて、あら、と思いました。>コンモドゥス

コンモドゥスは競技場に出ちゃう辺りで、ちょいヤバですが、肉体派なドミティアヌスか、
被害妄想壁のあるアントニウスが皇帝になったくらいのものではないかと、最近思います。
充分、マズイですけど。エラガバルスやカリグラよりは全然電波じゃないかも。
カラカラもそういう意味では、私の中では電波度低めなんですが、どうでしょう?

379カイザー:2003/01/12(日) 22:08
一概には言えないのですが、どうも皇帝たる自分への暗殺事件が続発するという緊張
に耐えきれないチキンハートの持ち主が暴君化していくように思えます。ネロ、ドミ
ティアヌス、コンモドゥスなんかはその類だし、クラウディウスなんかにも当てはま
るように思えます。
エラガバルスは生まれた瞬間から違う方向を向いてそうですが(笑)。

ホノリウスやテオドシウス2世といった精神力が逞しくなさそうな皇帝達が、それな
りに帝位を生涯保持できたというのは正直良く分からない。彼らも以外に図太い神経
の持ち主だったんでしょうか?スティリコを殺して平然としてたであろうホノリウス
は大物の素質はあったのかもしれません・・・開花してないけど(笑)。

380マッティアス:2003/01/12(日) 22:44
大物なのか鈍感なのか、ビミョ〜ですねえ(笑)。いや、実は単にさっぱりしただけかも。
>スティリコを殺して平然としてたであろうホノリウス

エラガバルスはね、去勢とかトランスセクシャルの類への興味から、本を読んだけど
何か神憑りで、恍惚と生きていらっしゃるので、凡人には理解しがたい電波です。
私はいくら塩野さんがフォローしようと、カリグラも怖いです。近寄りたくないです。
彼らに比べて、よく言えば繊細、ぶっちゃけ脆弱な精神の持ち主であるから、暴君と
化してしまう人には同情してしまいやすいんですが。(好きなタイプなんだな)

古典を読むと評価低いけれども、近年研究者によって再評価されてる典型が、クラウディ
ウスとドミティアヌスですね。ティベリウスとハドリアヌスも、かな?

381カイザー:2003/01/13(月) 21:44
カリグラは普通に逝っちゃってますからねえ(笑)。私も近寄って痛い目に遭うのは
敬遠させて頂きたく思います。
キチ○イに刃物どころか、専制君主の権力を与えるのは良くないと思います。

再評価で評価がガラリと変わった皇帝というとティベリウスが一番でしょうか。経歴
を俯瞰するだけでも凄まじく有能なのは一目瞭然なのですが、カプリ島での隠遁生活
とセイアヌスの専横のイメージ(だけじゃないけど)が余りにも悪すぎですから、従
前の評価が芳しくなかったのも致し方のないところでしょう。
ハドリアヌスは同時代人の一部の元老院議員達からは嫌われていたようですが、アン
トニヌス・ピウスの尽力で以降の時代では普通に名君扱いされてたと思ってるんです
が、そうでもないんでしょうか?

382まってぃあす@携帯:2003/01/14(火) 00:16
ハドリアヌスの神格プロセスでは、むしろピウスの評価が高まった気が
するのですが。それはちょっと意地悪な意見ですかね。

ティベリウスは、古代でも他の皇帝からの評価は高いんですよね。
フラウィウス朝やトラヤヌスは、彼の政策を、アウグストゥス、クラウディウス
と並んで、評価し、指針としているようですから。
クラウディウスもギボンに暗愚極まりない、とか言われているのを思うと、
同じ苦労をしているためか、先任者たちに対して、現代の研究者に近い評価を
しているのですね(^_^)v。

383カイザー:2003/01/14(火) 23:55
実際に皇帝の身の苦労を知っている方々は冷静な判断を出来るのですね。元老院議員
の評判が後代に残ってしまうので、実像とかけ離れた姿が通俗的に語られてしまうん
でしょうね。
ネロなんかは死んでからも民衆からは人気者だったといいますもんね。そういう世論
を自身の政策に活かす有能さを兼ね備えてないのがネロのネロたる由縁なのですが。
そんな人物が長期間皇帝を務めてたんだからユリウス朝の滅亡も当然の結末ですね。

「ローマ人の物語」の新刊を買って早く読みたい所ですが、先日買い直した「背教者
ユリアヌス」の上中下巻がつん読への道を歩み始めているのをなんとかしようとする
のが先だと考え中です(笑)。

384まってぃあす@携帯:2003/01/15(水) 09:26
あら〜、買い直されたんですか。もし、前の方見付かったら、譲って下さい。
>「ユリアヌス」(^o^)

ネロの、飢饉のときに小麦じゃなくて闘技場の砂を搬入した、ってエピソードはファンでも
フォローできません(^_^;。
まあ、そもそも彼の人気は政治とは殆んど関係ないですからね(>_<)。

385カイザー:2003/01/15(水) 22:20
「背教者ユリアヌス」は多分電車の中に置き去りにしたか、雑誌と間違えてゴミ箱に
投棄してしまったと思われるので永遠に見つからないと思います。というか、心辺り
は大概探しても見つからなかったもんで(笑)。

ネロの人気はバカっぷりにありましたからね。戦車競技で落馬してもオリンピアの祭
典で優勝とかアホですね。そんなので金メダル(はないでしょうけど)貰って何が嬉
しいんだか・・・。

386マッティアス:2003/01/15(水) 23:47
うそでも好きって言ってもらいたいのv(爆)。いや、でもそんなカンジでしょう。
出来れば自分の才覚に対して喝采が欲しいんですが、自分のキャラ(本当は皇帝という立場)
に対しての歓呼でも、ないよりはあったほうが嬉しいじゃないですか。
淋しがりやなんですよ、愛されたい願望と根深い人間不信とがゴッチャになったのが、ネロ
だと思うんですよね。ヤラセで優勝して喜んでる程度なら、可愛いもんです!
↑ああ、やっぱりネロが好きなんだなあ、と実感(笑)。
アントニウスの人気とネロの人気って、ちょっと似てるかなあ?とか思った事もありますが、
それはアントニウスに失礼かなあ、とも(爆)。

やっとギボンはアレクサンデル・セヴェルス辺りです。昨年末には序言で力尽きていたのを
思うとかなりな前進です(笑)。祖母宅ではほかに娯楽がなかったので(涙)。

387カイザー:2003/01/16(木) 23:27
ギボン、順調に読み進んでおられますね♪

私は軍人皇帝時代はゴチャゴチャしてて未だに頭の中が整理出来てないんですよね。
ゴルディアヌス1世、2世、3世の関係と略歴をペラペラ喋れるようになりたいもの
です(笑)。
クラウディウス2世はゴルディアヌス2世の隠し子説というのがあるのはローマファ
ンなら常識ですが(←ウソ)、このクラウディウス2世はゴート人を30万人も殺し
ちゃったというのは、絶対に一桁(もしかしたら2桁)多いと思います。

388マッティアス:2003/01/16(木) 23:56
30万って、いっぺんに?兵士だけでなく都市ごと虐殺とか、生涯に合計して、とかなら
わからないでもないですが。っていうか、ゴート人ってそんなに人口いましたっけ?
アレクサンドリアで大虐殺を行ったというカラカラだって、そんなにいっぱいは殺してない
ですよね。本当だったら、すごいよクラウディウス2世。

それにしても、すでに古典となった本を読むと註が面白いですね。本編が中断されるけど。
原著註に編集者の註、さらには訳者の註まで付いて、羨ましいくらいツッコミ入ってる。
ヨセフスのときも、他の著書との矛盾とか彼の嘘とかを註に書かれてしまうので、笑いなし
には読めません。私ってば超意地悪(苦笑)。

389カイザー:2003/01/20(月) 21:31
もしかしたらクラウディウス2世は30万人を殺したんじゃなくて、30万の軍勢に
勝利したということの勘違いだったかもしれません。どっちにしても嘘臭い事に違い
はないのですが。
どこで見たか忘れたので怪しい記憶ですが、大移動時代の西ゴート族が軍隊や連れて
きた家族など一切合切で30万ぐらいだったそうです。

一体ギボンはどうやって資料とか集めてたのか不思議になりません?ヨーロッパの教
養人はギボンの10分の1ぐらいは普通にローマ史のことを知ってるもんなんでしょ
うか?
素人の私にはあの脚註は便利でしたね。この人誰やねんって人物のオンパレードで、
ちょっとした略歴が書いてあるだけでも重宝しました。

390マッティアス:2003/01/21(火) 00:20
う〜ん。実は脱線してしまった為に(なにげにヨセフス研究論文集だし)、まだギボンは
ゴルディアヌス3世が即位したあたりです(爆)。なので、あんまり詳しいコメントは
できないのですが。
註を見ていて、ギボンはすげえなあと思い、さらに註釈者のビュアリに感心し、翻訳者
の親切さに感謝する、といった有様です。
あ、待って、“脚注”ってことはカイザーさんは岩波文庫版ですか?私はちくま文庫版
です。もしかしてちょっと違うのでしょうか?
ともあれ、ギボンはクリス・スカーが『歴代誌』で参照していた、現存する史料はほぼ
間違いなく読んでいて、それからイギリス(属州ブリタニア)の民間伝承とかまで拾って
いるわけですよね。まさにライフ・ワークというか。学究肌な人なんだなあ。

西ゴート族全体で30万。やっぱりそんなもんですよね。
30万っていうのは破った軍勢だとしても大幅に水増しされているか、ゴート族に加担
した他の部族集団やら何やら含めての数なのかもしれないですね。
中国史なら100万の軍勢を、と実は大袈裟な表現をされても、納得しちゃうところが
あるんですが。

391カイザー:2003/01/21(火) 22:42
私の「ローマ帝国衰亡史」は中野好夫・中野好之・朱牟田夏雄の3人の手によって訳
されたちくま版です。彼ら3人の業績にはただただ脱帽なのです。この間出版された
中倉玄喜のPHP版とかと比べると中身の濃さは段違いですが、塩野七生の「ローマ
人の物語」に比べると世間への影響力の小ささは残念な限りです。
内容が平易とは言い難いのが原因でしょうから、陳瞬臣辺りが「小説十八史略」の二
番煎じとして「小説ローマ帝国衰亡史略」を書いてくれると私的には超ハッピーです。
そこそこ売れると思うんですけどねえ。

392マッティアス:2003/01/21(火) 23:18
そうですね。陳瞬臣氏なら文章力・マーケティング力ともに塩野さんに劣らないと思います。
あとは、酒見さんあたりに、コンスタンティヌスよりも後の時代(ビザンツとか)を小説にして
もらいたいですね。この辺りなら売れるし、出来も期待できますよね。
ギボンはやはり、初心者には躊躇させるものがあります。いっぱい出てるし、こむずかしげ。
ちくまは文庫のクセにちょっと高いし。『アラブが見た十字軍』とか、今は亡きリブロポート
のハードカバーと値段が大して変わらないのが解せない。装丁はかなり落ちるのに。
でも、実の所、著者前書き第何版とか以外は、思ったよりずいぶんと読みやすいですね。
面白いし、集中して読める時間と場所が確保できれば、結構読めますよ。

393カイザー:2003/01/25(土) 22:51
「ローマ帝国衰亡史」の値段が高いのは、発行部数と翻訳家の先生方への謝礼と値段
に関係なく買う奴は買うという類の本だからだと思います。これでも、ハードカバー
版に比べたら半値以下ですからね。
でも、同じちくま学芸文庫の「ゲルマニア アグリコラ」はギボンの半分以下の厚み
しかないのに880円もすることの方が納得できない(笑)。

そろそろ序盤の主役的扱いのディオクレティアヌスまで読み進まれたでしょうか?

394マッティアス:2003/01/26(日) 21:23
すみません(汗)。ここのところ、相方の職場で借りてもらっている書籍に追われて、ギボンが
まったく進んでいません。まだ1巻の終わりの方です。2巻なんてまだ買ってもいないし(爆)。
ヨセフスの著作はまだしも、研究者の論文集なんてやめときゃよかったです。
『ゲルマニア アグリコラ』は結局、重版されることもなく在庫切れのままです。なので、涙
ながらに古書店でハードカバーで(年代記込みのを)買いました。でも、そっちのが安かった。

ゲルマン民族について描くときのギボンは微妙に、走ってます?気のせい?
っていうか、アルタクセルセスがアルデシールと同一人物だと初めて知りました。

395カイザー:2003/01/26(日) 22:49
人物名の表記が一般的なのと違うのはギボンのせいというより、翻訳者の感覚の問題
でしょうね。西ゴート王国のアタウルフ王(アラリックの義弟でガッラ・プラキディ
アの夫)なんかもアドルフスって書いてましたよ。
文字がない時代の大移動時代までのゲルマン人の人名と現在のドイツなんかだと発音
が違うそうです。

今、パラパラと2巻を眺めていたのですが、軍人皇帝時代の末期の皇帝達は本当にイ
リリクム出身者ばっかり。全員が有能ということもないのですが、アウレリアヌスと
ディオクレティアヌスは別格ですね。

396マッティアス:2003/01/27(月) 13:25
アウレリアヌス、よくわかってないけど好き〜p(>o<)q。カッコイイ〜☆
30人僭帝あたりから、何が何だかよくわからなくなるんですよね。その前もだけど。

人物名の表記は、ほんとに翻訳者のセンス(あるいは趣味)による所が大きいですよね。
英語表記だったり現地読みだったり、原文表記に忠実だったり。好きじゃなかったら、
投げ出したくなるくらい統一されてないです。
日本ではわりと用語とか、ラテン語に忠実であろうとする場合、ドイツ語文献からので
定着しているので“ci”を“キ”といったカンジの表記をしますよね。
塩野さんはイタリア人なので(?)“ce”を“チェ”などといった表記をします。
どっちが正しいのだかわかりませんが(両方とも間違ってないのでしょうが)、一般人の
読者としては、そういうので混乱する事もありますよね?
役職などについても、訳語が統一されないのは、日本に無い概念だったりするので仕方
ないのですが、わかりづらいことこの上ないです。

397カイザー:2003/01/27(月) 17:20
そもそも「皇帝」なんて訳し方事態が間違ってるというか、何というか。
いちいちアウグストゥス、カエサル、インペラトル、バシレイウスとそのままカタカ
ナにしてた方が意訳するより、良かったのではと思うことしきりです。ローマ(ヨー
ロッパ)史に関心がなかったら、どうでもいいことだったりするのですが。
ローマの役職でどの先生方も共通して使用してる日本語訳は「護民官」かなと思うの
ですが、どうでしょう。他の役職はカタカナ名を使ったり違う日本語訳があったりで、
素人の私にはややこしくて仕方がありません。

そういえば「コンスタンティノープルの陥落」で塩野先生が後書きで、ギリシア(ラ
テン)語読みのコンスタンティノポリスは、読者に違和感があるから、敢えてコンス
タンティノープルを使ったと書いてましたが、今考えるとコンスタンティノポリスで
押し通しても良かったんじゃないかと思いますね。そんなに違和感ないと思うんです
けどねえ。
でも、本の題名だけはコンスタンティノープルを使うとか。

398マッティアス:2003/01/27(月) 23:35
そうですよね。コンスタンティノポリスで違和感ある人は大抵、コンスタンティノープルでも
古臭いとか、どこ?ってカンジでしょうし。それは言いすぎ?

皇帝の称号とか、カタカナに相応しい意訳を自分で考えるのも、楽しいですけどね(笑)。
カエサル=宮様、とか(爆)。インペラトール=最高司令官はメジャーですよね。でも他は…。
「総督」もムツカシイですよね。皇帝属州なのか元老院属州なのかで呼び名(原語)が違うし、
軍隊がいるかいないか、属州の格とかでも違っちゃうでしょう。研究者でさえ苦労している、
とかいうものが私達素人にわかるわけがないでしょう!と逆ギレしてみたり(笑)。

399カイザー:2003/01/28(火) 22:30
コンスタンティノープルは流石に大人なら5割ぐらいの人は知ってる名前でしょう。
やっぱり、少ないかな?(笑)
意味的にはコンスタンティノープルとかアドリアノープルより、コンスタンティノポ
リス、ハドリアノポリスの方が分かりやすくてOKですよね。コロニア・コンモディ
アナなんてのもありますよね(笑)。
都市名に自分の名前をつけるなんてのは、バカか天才のどっちかという結論でよろし
いでしょうか?

400マッティアス:2003/01/29(水) 01:15
よろしいと思います。アレクサンドリアもいっぱいよね。うふv
そういえば、記憶の断罪もあるからわからないけど、ドミティアヌスやカリグラも、自分の
名前を街につけそうなタイプですが、そんな街はないですね。
実は人名にちなんでるとかいって、セバステがアウグストゥスってのはいきなりすぎてマジ
わからなかったです。アウグストゥスをギリシア語でセバストゥスって言うんですって。
わかりづらいことすんなよ、ヘロデ!

アドリアノープルがハドリアノポリスだと気付くのは、歴史ファン(というかオタク?)だけ
でしょうね。少なくとも高校の授業中とかだと。「シリアのアドリアーノ」(オペラ)も初め、
タンビぶった話なのかなあ?と勘違いしていました(爆)。H音が消えると、微妙に気取った
カンジになるというのは、思い過ごし?ヘラクレスもエルコーレだとタンビ。

ところで、なにげにこのスレッド400です。

401カイザー:2003/01/31(金) 23:38
400かあ。
この掲示板も999までレスを保存できるんでしょうかね?

アウグストゥス=セバストゥスというのは私も2、3年前まで知りませんでした(笑)。
そういやマケドニア朝以降のローマでインペラトルの称号は生き残ってたんでしょう
か?カエサルとアウグストゥス(セバストゥス)は身分のデフレ現象で皇族が名乗る
程度の身分に格下げされちゃってますが、インペラトルがどういう位置づけになって
いたのかが良く分からない。
マヌエル1世が主役的扱いの「ビザンツ幻影の世界帝国」にマヌエル1世の帯びた称
号が書かれてたかなと思ってざっと見直してみましたが、どうもこの本には書いてな
いみたいです。
う〜ん、気になるなあ。

402マッティアス:2003/02/01(土) 00:30
インペラトールか〜。気になりますよね。ビザンツというとバシレイウスってイメージ。
ギボンは1巻読み終わったけれど、2巻がまだ手に入っていません。まとめ買いしとく
べきだったかな〜(汗)。
ビザンツ関連の本はそういえばほとんど読んだことが無いですね。十字軍関連でしか。

関係ないですけど、カエサルの名前のデフレといえば、原題ではメジャーなところで、
ペットフードの「シーザー」ですが。
我々が小学生〜中学生あたりに、住宅情報だかなんかのCMで、助けた女に名を聞かれた
ヒーローが「セ・ザール」と答えるやつ、インパクトありました。憶えてます?
ていうか関西でやってました?

403カイザー:2003/02/01(土) 00:42
バシレイウスはバシレイウスで語源が良く分からない(汗)。
何でアウグストゥス(セバストゥス)じゃダメなんだろう。バシレイウスはホスロー
2世をやっつけたのに、ヤルムーク河畔の戦いでこてんぱんにやられちゃう悲劇のヒ
ーローヘラクレイオス1世が採用した称号らしいんですが、ギボンを読み返したらそ
の辺の事情も書いてるかもしれませんね。

住宅情報のそのCMは知らないですねえ。小中学生時代はそれなりにTV見てたと
思うんですが、全然覚えてないです。もしかしたら、関東ローカルのCMなのかも
しれませんね。

404マッティアス:2003/02/01(土) 01:16
助けてオダギリジョー(←使えないって!)。もしくは、聞いてみてくれギボアイコ!
>バシレイウスの語源とアウグストゥス(セバストゥス)称号の関連。

ギボンの文章、面白いですね〜。早くアウレリアヌス様にお会いしたいわ(アイタタ)。
1巻ではなにげにアルデシールがカッコイイと思ったんですけどね(笑)。
ゲルマニアやガリアの部族名については、タキトゥス、カエサル、ギボンのどれを読ん
でもあんまり理解出来ない私は、かわいそうなクラウディウスよりおバカなのです。

405カイザー:2003/02/01(土) 01:57
ゲルマンはともかくガリア系は完全に素人ですね。ゲルマン系にしても、私がちゃん
と(って言っても怪しいけど)知ってるのは、西ゴート、東ゴート、ヴァンダル、フ
ランクがいい所で、ブルグントとかスウェヴィとかアレマンニなんかはチンプンカン
プンです。
ちなみにリキメールの甥でグリュケリウス帝を擁立したグントバトは、ブルグント族
の王子様なのですが、ローマから帰国後ブルグント王になったらしいです。

もうちょっと、ゲルマン国家の概略史が詳しく知りたいとは思いますね。一番メジャー
なフランク王国でもクローヴィスの次はカール・マルテルのトゥール・ポワティエ間
の戦いというのは端折りすぎですよね。メロヴィング家の王位争いは大概ドロドロだ
ったという程度の認識しかない私です(汗)。

406マッティアス:2003/02/01(土) 14:14
ほんとに、はしょられてますよね。なんか、メロヴィング時代についての記述も読んだ
気もするんですが。中世かキリスト教関連の本で。でも、ぜんっぜん憶えてないです。

ケルトなんだかゲルマンなんだかよくわかってない、てのも相当ヤバいですね(笑)。
ブリタニアは哲人皇帝のマルコマンニ戦争のあと、ゲルマニア部族の一部が強制移住さ
せられているので、混血したのだか、部落が分かれたのだかも気になります。
サトクリフの「辺境のオオカミ」では、かなりいろんな習慣を持つ部族がいたイメージ
があったのですが。

407カイザー:2003/02/01(土) 21:42
私もちゃんと関心を持って蛮族の活躍を調べたことがあるのは、大移動時代以降だけ
ですから、それ以前のことはマッティアスさんの方がお詳しいかもしれませんよ。

ブリタニアもややこしそうですね。七王国時代とかクヌートのデーン朝のこともさっ
ぱり分からないと断言できる程度の知識しか持ちあわせてないです(汗)。
ブリタニアがローマから失われた事情というのは他の属州と比べてちょっと特殊です
よね。ホノリウス時代に僭帝コンスタンティヌス父子がブリタニアからガリアに攻め
込んでしまって、ホノリウスはコンスタンティヌスの反乱鎮圧後もブリタニアを放棄
してしまってます。
ヴァンダル族や西ゴート族と紛争を繰り返しながら、ガリアとイスパニアを押さえる
ので手一杯だったんでしょうが、ブリタニアを統治するメリットもあんまりなかった
んでしょうね。

408マッティアス:2003/02/01(土) 22:28
ガリアやヒスパニアに比べて、ブリタニアは遠いし、別に産業的にも重要じゃなさそげ。
そんなことを言うとすごく差別してるっぽいですが。
真珠や美味しいカキが採れる、とかいうタキトゥスの記述をおぼろげに憶えているだけで、
ブリタニアってなんで皇帝たちが征服しようと思ったのか、いまひとつ理解しがたいです。
フビライが日本を征服しようと思ったのと同レベル?とか(爆)。

皇帝たちのブリタニア政策で、いちばん阿呆なのは間違いなくカリグラのブリタニア遠征
の顛末でしょうね。

409カイザー:2003/02/02(日) 11:32
カリグラのブリタニア遠征未遂事件をブリタニア政策と呼んでいいのかどうかがそも
そも疑問な私です(笑)。

ドミティアヌスもアグリコラを罷免してまで、ブリタニアでの拡張政策は望まなった
ですし、ハドリアヌスやアントニヌス・ピウス時代にも一時的にスコットランドを制
圧しても、すぐにブリタニアまで後退してるという辺りにローマ側の消極的姿勢が見
えますよね。
ティベリウスやコンモドゥスが先代皇帝の政策を無視して占領地を放棄した、ゲルマ
ニア政策にも似たようなことが言えるんでしょうね。

410マッティアス:2003/02/02(日) 12:56
でも、占領地を長く持っているほうがデメリットが多いと判断すると、民衆は「腰抜け」
呼ばわりしますよね。辛いトコですが。
ティベリウスやハドリアヌスはのちの人に賢明な選択と評価されるのですが、そのこと
自体は賢明な方策であっても、ドミティアヌスやコンモドゥスのような暴君・暗君だと
その時代背景とかいろいろ見ないで、ダメダシされてしまうのが可哀想ですね。

いま半身浴しながら、マキャベッリ「君主論」をちょろちょろ読んでます。ときどき、
ローマ皇帝をたとえにとられるのですが、ペルティナクスが出てくるとは思わなかった。
セウェルスは褒められてました(笑)。エラガバルスは語る価値もないって。

411カイザー:2003/02/02(日) 22:25
マキャベリはセプティミウス・セヴェルスを分裂状態のイタリアに登場するべき理想
の一つとしていたとか聞いたことありますよ。マキャベリがそれに近い活動をしてた
として評価したのが塩野先生お気に入りのチェーザレ・ボルジアだそうです。
塩野先生の「我が友マキャベッリ」ぐらいしか読んだことないんでちゃんとは知らな
いんですけどね。多分、マキャベリはアルビヌスと同盟を結んで副帝の地位を約束し
ていながら、ニゲルを滅ぼした後に遠慮なくアルビヌスをも滅ぼしてしまうという、
何でもOKなセヴェルスの容赦なさがマキャベリ的にはポイント高かったんでしょう
ね。

でも、コンスタンティヌス1世の方がセヴェルスより、マキャベリストのレベルは高
いんじゃないかと思うのは私だけでしょうか?(笑)

412マッティアス:2003/02/02(日) 22:53
狐と獅子の使い分け、という点で評価されてたんですよね、セウェルスは。
多分、哲人皇帝からマクシミヌスまで、というのが一番典型例を続けざまに挙げられる
から、選んだのだと思います。
確かにコンスタンティヌスも、かなり残虐なところもあり狡猾でもあったと思います。
が、何となくマキャベリ好みではないような(あくまで直感です)気がします。

マキャベリの理論で有名なのは「愛されるよりも恐れられるべき」とか「獅子のように
猛々しく、狐のように狡猾に」あたりですよね。
個人的に感動したのは、「憎まれる事と軽蔑される事は何があっても避けなければなら
ない」という点。そしてそれが「恐れられる事」と両立するという。
恐れる者を傷つけるより、愛する者を害する方が人間にはたやすい、とか読むと、ネロ
やらアレクサンデル、ペルティナクスあたりが失脚しやすかったのがわかります。

413カイザー:2003/02/04(火) 21:16
マキャベリがコンスタンティヌス1世を評論しなかったのは、単にマキャベリが研究
した時代から外れてるだけなのかもしれませんが、コンスタンティヌス1世がキリス
ト教皇帝として聖人扱いされてたことも原因だったのかなと、ふと思いました。
コンスタンティヌス1世の素行を普通に眺めれば善人とか聖人とかからは100万光
年ぐらい離れてるのはすぐに分かりますもんね。

ペルディナクスとかディディウス・ユリアヌスなんかは経歴だけ見てるとティベリウ
ス級の実力を想像してしまうのですが、皇帝としてのへタレっぷりが泣けてきますね
。マルクス・アウレリウス時代の蛮族対策に謀殺されてた属州総督って実力者じゃな
くても勤まるとも思えないんですけどねえ。

414マッティアス:2003/02/05(水) 00:35
そうですよね。しかもペルティナクスって親が解放奴隷とか言われてるでしょう?
それがそこまでのし上がるのって大変なコトだと思います。
そういえば少なくともフラウィウス時代までは、戦争で軍団(大抵複数)の指揮を執るのは、
属州総督か特別司令官ですよね。ところが、五賢帝時代後半あたり、おそらく両アントニ
ヌス以降から、近衛隊長がプラエトル級議員であるはずの軍団長たちの上位で指揮するよ
うになったそうです。近衛隊長は戦時においては、皇帝の親征でない場合、最高司令官の
代行をしたとか。
さっき読んだ論文の受け売りなんですが。これってやっぱり、貴族化した議員がすっかり
戦場嫌いになった結果だとは思うのですが。こうして近衛隊による皇帝擁立とか、近衛隊
長が皇帝になったりする地盤が、この時代にできつつあったんだなあ、と。

415カイザー:2003/02/07(金) 22:57
そういえば親衛隊長→皇帝という経歴の持ち主って、あんまりいないような気がしま
すね。調べたらすぐ分かるんですが、ぱっと思いつくのはアナスタシウス1世(←も
う、東ローマやん)だけだった私はローマファン失格なのではと思うことしきりです
(笑)。

元老院議員が軍隊嫌いの傾向が強くなったのが五賢帝時代だという説は、南川先生も
唱えてたと思いますよ。ローマ史の通説なのかまでは、私も知らないのですが。

帝政中期以降はローマ市民権を持つ志願兵だけでは正規軍を維持できなくなり、補助
兵にしか従軍出来ない筈の非ローマ市民も正規軍に編入する必要に迫られたり、軍隊
への入隊と同時にローマ市民権を与えたりと、アウグストゥスの統治システムは破綻
しかけていたみたいですね。
カラカラの全自由民への市民権付与が市民権獲得を目的としていた属州民の軍人とし
ての質を急激に低下させたとのサーモンの古典的な論を否定する気はありませんが、
カラカラの政策は現実の後追い的な意味で捉えることも出来る様な気はします。

416マッティアス:2003/02/07(金) 23:59
南川先生によれば、貴族や元老院議員家系の2世3世が軍務に就かないような傾向は、
フラウィウス朝時代かネロ時代くらいまで遡れる、らしいです。確かそう言ってた。

上記の近衛隊長職についてのほか、フラウィウス研究論文を近年何本か書いている桑山
先生は多分、南川先生の弟子です。どっちも京大だし。
なので、多少の発展はあっても、基本的路線は似ているんですね。

近衛隊長から皇帝というと、やはりマクリヌスじゃないですか?エラガバルスごときに
負けてしまいましたが(笑)。
あ!最初に近衛隊長→皇帝っていうのはティトゥスじゃないですか(笑)?←特殊例

417カイザー:2003/02/08(土) 12:54
そういやティトゥスは親衛隊にも従事してましたね。何で、ウェスパシアヌス以降の
皇帝は危険極まりない身近な軍事力を持つ親衛隊の隊長を皇族とかに任せなかったん
でしょうね。
カリグラ暗殺犯が親衛隊の軍人だった訳だから、五賢帝時代以前からその危険性は分
かってた筈なのに。

エラガバルスはマクリヌスとの内戦で勝利してますね。シリアの属州軍が強力だった
だけで、エラガバルスの能力とは関係ないと思いますけどね(笑)。ホノリウス時代
にスティリコやコンスタンティウス(3世)が大活躍してたのと似たような状況です
ね。

418マッティアス:2003/02/08(土) 20:05
なんか、勝手に祭り上げるだけ祭り上げておいて、ちょっと何かあるとすぐ殺されるから、
セウェルス朝以降、3世紀の内乱時代の皇帝にはなりたくないですよね。

近衛隊長職はもともと騎士身分の役職ですからね。王朝が絶えたら元老院の中から皇帝が
出なければいけないと考えられていた時代には、皇族が就くのは、基本的にはありえこと
でしょうね。ティトゥスの場合、同僚近衛隊長が2人いたようです。
近衛隊長職が騎士身分の最高職になったのはフラウィウス朝時代で、ユリ・クラ朝時代は
エジプト総督職が最高だったようです。これはやはり、ティトゥスがその職に就いた影響
ではないかと思ってみたり、時代の趨勢かな、と思ってみたりです。

419<削除>:<削除>
<削除>

420マッティアス:2003/02/08(土) 20:07
あ、エラー表示出たのでいろいろいじってたら、二重投稿になってしまいました。
419削除してください(汗)。

421カイザー:2003/02/09(日) 09:03
軍人皇帝時代は皇帝は実力者が簒奪してもOKです、というローマのシステムが悪い
方向へ動いた時代ですよね。最終的にイリリクムの軍人達に覇権が移動してからも、
その中でまだ殺し合いは終わらないという何とも恐ろしい時代ですね。

親衛隊長って、考えたら元老院議員ではないんですよね。特別な理由でもなければ、
皇族は必然的に元老院議員になるんでしょうから、次期皇帝候補で事実上の共治帝
だったティトゥスが親衛隊長だったというのは特殊もいい所なんですね。
一つ勉強になりました。

422マッティアス:2003/02/09(日) 11:42
近衛隊長といえば、どうも根源的な変化が現れたのは、ハドリアヌス時代らしいですね。
ハドリアヌスのときに、文官キャリアを重ねて騎士身分のなかで昇進するルートが確立
するじゃないですか。(過程はよくわからないけど)
近衛隊長の1人に文官キャリアのみの、法律家とかが就くことも、五賢帝後期あたりから
出てきたみたいなんですよね。法律家近衛隊長といえば、アレクサンデル期のウルピアヌス
あたりが有名ですが。アントニヌス朝期にはときどき出てきたそうです。
で、かのティトゥス以外で初めて 近衛隊長→皇帝 となったマクリヌスは実は文人系の
近衛隊長だったらしいんですよね。文人系だったのか、マクリヌス!とびっくり。
しかし、文官キャリアの近衛隊長は通常の軍務キャリアの同僚近衛隊長より格下扱いだった
うです。そりゃそうだべな、って気はしますが。

423カイザー:2003/02/11(火) 01:03
ユスティニアヌス1世時代の親衛隊長ヨハンネスも文官ですよね。西方領土再興を願
うユスティニアヌスの意を受けて税金を搾り取っていた張本人と見なされてニカの乱
で槍玉に挙がってたという人物です。
私はてっきり親衛隊長職に文官が就任するというのは後期帝政以降のことかと思って
いました。まだまだ勉強不足ですね(汗)。

マクリヌスなんて、カリグラを暗殺して皇帝に即位するという荒っぽいやり方から、
てっきり軍人皇帝の一人かと思っていたのですが文官系とは私もびっくりです。

私も早く塩野先生の「ローマ人の物語」の新刊を購入してもっと勉強しないと!!

424マッティアス:2003/02/11(火) 11:42
しっかし、普通は文官を就けたりはしないだろう、近衛長官に!と思うのですが、浅はか?
だってやっぱりいくら頭良くたって、軍務キャリアを全然経験してないヤツが上に立つの、
ムカつきませんか?部下的には。
だからか、自分を信任している皇帝が死ぬとか、遠征に行ったりとか、何かあるとすぐ、
近衛隊の要求で殺されちゃうんですよ、文人近衛隊長は。マクリヌスはすごいやね。

塩野さんの新刊といえば、最近、気を取り直してマルクス・アウレリウス「自省録」を
読み始めたものの、1日10頁が限度です(爆)。
あれじゃあ、ファウスティナ(小)も浮気したくなるわ。本気でそう思いました。

425カイザー:2003/02/12(水) 00:23
ネルヴァなんかは反抗的な親衛隊を相手に上手く立ち回った訳だから、そういう政治
バランス感覚は本当にポイント高いですよね。
哲人皇帝の「自省録」は、やっぱり小難しい愚痴でしたか?

あっ、423のカキコ
 >カリグラを暗殺して ×
     ↓
 >カラカラを暗殺して ○

ですね。失礼致しました。

426マッティアス:2003/02/12(水) 01:05
愚痴じゃないですけど、説教臭い。年若く魅力的なファウスティナ(頭悪そげ)は、夫が
あんなですから、いろいろストレスたまるでしょうね、と。遊びたくもなるさ。

ネルウァはでも治世短いし、結局殺されないまでも、パルテニウスたちを引き渡させら
れるわ、感謝演説させられるわ、結構悲惨ですよ。
たまたま即位当時の近衛隊長が二人とも反ドミティアヌス派だったから、助かった部分
もあると思います。
それにその当時はまだ、近衛隊長が元老院議員に匹敵するほどの権威を持っていなかっ
たのも、幸いしましたね。属州で複数軍を率いるのが、議員たちだったから。
マルクス時代には、議員身分の属州総督や軍団司令官に、騎士身分(大体近衛隊長)が、
命令しちゃうから、議員の権威丸つぶれですけど。
軍人皇帝時代と称される時代だったら、ネルウァの治世は1年持たない気がします。

427カイザー:2003/02/12(水) 23:50
マルクス陛下は説教好きなのですか?私にとっても、身近には居て欲しくないタイプ
の人物かもしれませんね(笑)。
ユリアヌスもそうですが、ストア派の哲人皇帝が軍隊に人気があるというのもよく分
からない。粗衣粗食を実行できて軍人を見下さないというのが尊敬の対象となるんで
しょうかね。

ネルヴァは皇帝に即位したことそのものが、必ずしも本人の意志ではないような気も
しますよね。別にネロやドミティアヌスの部下として一生を全うしてもOKだったん
じゃないかと思います。
ドミティアヌス暗殺事件以降の2年足らずのネルヴァの治世は、全然ネルヴァの本意
とはかけ離れたものなんでしょうね。

428マッティアス:2003/02/13(木) 00:31
悲惨すぎるよ、ネルウァ!と思いますね。その前がうまくやってけただけに。
体弱いし、年寄りだし。軍隊言う事聞かないし。人気取りや慈善事業はカネがかかるし。
別に好きで皇帝なんかやってるわけじゃないもん!ってカンジでしょうね。
何かあるとすぐ、皇帝が無能だからとか言われるのも、正直しんどかったんじゃないで
しょうか。よく吐いてたって、ストレス?胃弱?死ぬ直前も何かに激昂してたらしいし。

哲人皇帝のご意見は、もはや修験者のお言葉で。日常的にそんな話聞きたくないカンジ。
ストア派の方はきっと何か悟っちゃってて落ち着いてるから、おじけづいたりしないの
と、忍耐力があるところが兵士に尊敬されたのではないでしょうか。
直接より上の上司ならばおっけーです。尊敬できます。でも家族や友人にはノー。

429カイザー:2003/02/14(金) 01:51
軍隊の人気者というとコンモドゥスとかカラカラの様なヤバイ系ばかりに目がいって
しまう私はどこか間違ってるかもしれません(笑)。
ストア派の哲人皇帝は、別に給料の大盤振る舞いなんてしてないでしょうから、安上
がりに軍の信頼を勝ち取れて実にエコノミーなんですね。

そういや、「背教者ユリアヌス」を買い直したのに、通勤用のカバンに入れたまま1
ページも読んでないです(汗)。確かコンスタンティヌス2世とコンスタンス1世の
内戦の噂がユリアヌスの耳に入ったり、お兄ちゃんのガルスと感動の対面をした筈な
のにガルス兄が無関心でがっかり、という記憶だけが私の心に残されています。

430マッティアス:2003/02/14(金) 14:10
ガルス兄はもっと萌えキャラかと期待しながら読んだら、そうでもなかったという記憶が。
エウセビウスが怖かったの。宦官が意地悪なの。そういう記憶かな、上巻は。

一応、ドミティアヌスも軍隊の人気者ですよ(笑)。トラヤヌスも。あと初期のカリグラ。
でもインパクトでいったら、カラカラやコンモドゥスには太刀打ちできませんね。
ある程度は大盤振る舞いもしたけれども、軍規を引き締めてがんばったアウレリアヌスは
個人的に大好きです。

ユリアヌスのことはよくわからないのですが(爆)、アントニヌス朝では、凱旋将軍顕彰や
執政官顕彰は騎士階級、だいたい近衛隊長だけが受けられるようになったみたいですね。
騎士階級の軍人に対してはかなり優遇措置を取っていたのは間違いないので、マルクスは
まったくカネをかけずに行いだけで軍隊の支持を得たわけでもないのかも。

431カイザー:2003/02/16(日) 21:52
言われてみれば当然かもしれませんが、マルクス帝も軍人優遇策を取っていたのです
ね。。イメージだけで、親衛隊の横暴=コンモドゥスのグータラ政策と勝手な判断を
してました。ディディウス・ユリアヌスの悲劇はマルクス陛下の政策にも一因がある
のかもしれませんね。

ユリアヌスはコンスタンティウス2世に全く信頼されてなかったから、軍事経験なし
の新兵ばかりを押しつけられてライン戦線のゲルマン人との戦いに投入されたという
ようなことがギボンに書いてました。
この時の配下の軍隊がユリアヌスの皇帝即位宣言をプロデュースし、最期のペルシア
戦争に至るまでのユリアヌスの支持基盤となったそうです。ヨヴィアヌスやヴァレン
ティニアヌス、ヴァレンス兄弟なんかもこのガリア軍出身なのかなと思うんですが、
ギボンを見てても良く分からないです。とりあえず、ヴァレンティニアヌス1世だけ
はライン戦線でユリアヌスの配下だったことがあるみたいですが。

432マッティアス:2003/02/16(日) 23:28
とりあえず、ヨウィア〔ヨウィアヌス〕は『背教者ユリアヌス』で一番名前が出てきた
配下の武将ですね。あれが間違いでなければ、初めての戦からユリアヌスと一緒。
ああ、やっぱり私もゲットしておこう。また読みたくなってきました。

とりあえず先週末にギボン2巻をゲットし、ようやくコンスタンティヌスがリキニウス
と対決しそうなとこまで行きました。(チョ〜遅せえよ☆)
そういえば、洋書を読んで、ネルウァがドミティアヌス暗殺の時に宮殿にスタンバって
いて、暗殺失敗の噂で気を失ったり、とかいうのを初めて知ったんですけど。
これってメジャーな話ですか?ていうかダメじゃん、事件との関与を否定できないよ。

433カイザー:2003/02/17(月) 22:34
ギボン、コンスタンティヌスとリキニウスの内乱まで読み進んだんですね。ディオク
レティアヌス陛下の四分統治体制の崩壊の粗筋を理解するのに苦労したのが思い出さ
れます。
コンスタンティヌス1世も残酷なお方ですが、リキニウスもハチャメチャですね。デ
ィオクレティアヌスとその血縁関係にあったガレリウスの一族を殺しまくったりして
るのは、どういうことかと問いつめたい気持ちでいっぱいです。
ディオクレティアヌスって、本当に浮かばれない皇帝ですよね。

私はネルヴァはドミティアヌス暗殺事件の一味と思ってるんで、ありうる話かなと思
います。ドミティアヌスの横暴とパルテニウスの突き上げで協力せざるを得なかった
のではと考えているのですが、実際の所は証明できないでしょうね。
ネルヴァ気絶のエピソードの原典は何なんでしょうね。タキトゥスにしろディオ・カ
シウスにしろ、信憑性に乏しいということに違いはなさそうですが。

434マッティアス:2003/02/17(月) 22:52
たぶん、ディオ・カシウスだと思います。ヒストリア・アウグスタはハドリアヌスから
ですし、タキトゥスはドミティアヌスの死までしか描いていないようなので。
パルテニウスら宮殿の使用人たちのほかに、議員たちの陰謀グループもあったのではな
いか、と例の洋書の著者は推測しています。
そこの部分がプロソポグラフィー的解説なのですが、ややこしくて投げ出しかけてます。
やっと当時の有力者の一人(96年9月の執政官)についての記述が終息に向かいかけて
いる程度ですが…。ドミティアヌスも意外と反対派の宥和策を講じていたみたい?
何にしても、共和主義者って怖いし、矛盾してる。ウィテリウス支持しといて、共和主
義も何もないじゃん!という家系の執政官も陰謀に加担していた疑い濃厚。

ディオクレティアヌスの浮かばれなさって、どうよ?ひどくない?何で妻も娘もあそこ
まで悲惨な目に遭わなきゃならないわけ?と、すっかり憤ってました。
現在、キリスト教の進展のあたりです。

435カイザー:2003/02/18(火) 00:55
キリスト教徒的にはディオクレティアヌス陛下の一族の悲惨な運命は神の罰なんでし
ょうね。今の西欧の歴史家達はディオクティアヌスやガレリウスのキリスト教迫害政
策をどう評価してるんでしょうね。
ディオクレティアヌスの失敗は、自発的な退位にあるんでしょうね。まさか信頼すべ
き同僚帝が勝手なことばかりするとは思いもよらなかったんでしょうね。本当はガレ
リウスがディオクレティアヌスの後がまとして帝国運営をする筈だったんでしょうが
・・・。
悠々自適の隠居生活をするには、まだまだ早すぎたんでしょうねえ。

436マッティアス:2003/02/18(火) 22:41
ま〜ったく怖いよなあ、権力ってよ〜。おい?←誰やねん!
四分割統治といっても、ディオクレティアヌス個人への信頼を軸にうまく機能していた
わけですからね。四人相互の信頼関係というよりは。かなめが無いとバラバラになって
しまうんですね。
まあ、四人がまったくの同格だったとしても、不倶戴天だったと思うんですけど。

キリスト教徒とローマ帝国運営については、どうなんでしょうね。少なくとも、3世紀
半ばくらいの状況では、キリスト教徒の迫害は、皇帝や国家が率先してやったわけでは
ないようです。どちらかというと、民衆の声に押されてやむなく、とか、民衆の私刑の
追認、という形が属州では多かったように思われます。
キリスト教徒裁判における、踏絵に喩えられる質疑内容について、トラヤヌス以後、ほ
とんど形式は変わってないようです。しいて言えば皇帝=神、皇帝の幸運=国家の安泰
のために祈れ、くらいが付け加わったくらいで。
むしろ、何度も問い掛ける事で棄教し、共同体に戻る機会を提供したのだ、という考え
が最近の(?)研究ではなされているようです。

437カイザー:2003/02/19(水) 00:31
ローマの場合、国家が率先してキリスト教徒撲滅運動を展開したことなんて一度もな
いと思いますよ。ユリアヌスなんかのも、異教の復興運動でキリスト教の迫害とは違
いますし。
多神教徒が一神教を取り締まるということ自体が無理なんでしょうねえ。共同生活を
営むにしてもキリスト教側が共同生活したがらないんだから、話にならないですよね。
殺し尽くしてやるぐらいの覚悟を全軍団に徹底させないと実現不可能というか・・・。

世界史的に、そんな政策を取ったのって江戸時代の日本ぐらいかと思います。清や李
氏朝鮮は海禁だけで、国内のキリシタンは放置してた筈。

438マッティアス:2003/02/19(水) 23:36
しいて言えば、世界大戦中の日本も。弓削先生の『ローマ皇帝礼拝とキリスト教迫害』に
よれば、信仰は取り締まられないまでも、我らが現人神かキリストか、みたいな圧迫は
あったみたいですね。なんか、日本って怖いかも。

ギボンて、現代の我々が読んで、かなり良識的な人だと思うんですけど、2巻のキリスト
教史あたり、当時の教会に弾圧されないまでもヤなカオされたみたいですね。

439カイザー:2003/02/20(木) 00:01
ギボンってイギリス国教会の信徒だと思うんですが、ローマ教皇を初めとするカトリ
ック教会への配慮があんまり必要なかったのかもしれませんね。国教会もカトリック
も思想統制については、似たり寄ったりなのかもしれませんが。
ヨーロッパの宗派の違いは良く分からない。・・・というか日本の仏教の宗派の違い
はもっと分からない(笑)。

戦中の日本は、人工的な一神教国家ですからねえ。当時のあり方全てを否定する気は
ないですが、今の時代に生まれて本当に良かった。

440マッティアス:2003/02/20(木) 00:41
国教会、日本では聖光会(字、あってるかな?)という名で入ってますよね。
某東京六大学のひとつはそれです。ほかのキリスト教系学校に微妙に馬鹿にされてます。
ともあれ、国王が離婚したいばっかりに作った宗派ですからね。中途半端なのかも。

あ、例のネルウァ本で納得した記事。王朝が変わった直後の執政官就任者の数倍増の原因
は、もちろん論考行賞もあるんですが、帝政時代は9月か10月には翌年の執政官リスト
が発表されているので、(殺されていない議員は)ちゃんと就任させなきゃならないので、
その後の権力者の意向に適う人と両方が就けるようにしたためなんですって。
著者の推論ではあるんですが。だから、97年の執政官には一部、ドミティアヌスが予定
していた就任者もいるだろうと推測されてます。例のシリア総督ニグリヌスも。

441カイザー:2003/02/22(土) 00:40
日本にも国教会あるんですね。在日英国人の為の組織なんですか?日本人の信者いて
るんでしょうか?

ドミティアヌス暗殺事件にそんな影響があったのですね。ドミティアヌスがコンスル
に任命した議員にニグリヌスもいるんですね。
英語の本を読もうなどと思いもつかない私と違って、マッティアスさんは本当に勉強
熱心ですね。とりあえず、次の給料が出たら「ローマ人の物語」の新刊をついに購入
する予定です。

・・・・あっ、「背教者ユリアヌス」も(笑)。

442マッティアス:2003/02/22(土) 22:19
ギボンを読んでる途中でも、つい密偵ファルコシリーズ(一応ウェスパシアヌス時代もの)を
優先して読んでしまう辺り、士道不覚悟も良い所です。勉強熱心なんてチョ〜ありえない。
だからしょっちゅう中断するんですよ、いろんな本。ダンテもだし(爆)。

ちなみに日本にアングリカン・チャーチの信者が果たして本当に存在するのかは疑問ですが、
某ミスターの出身校はイギリスの宣教師(?)ウイリアムが建てた学校で、教会では結婚式も
やってるみたいです。
1年間日曜礼拝をすれば信者と認定されて、許可されるらしいです。
いい加減じゃないか?とも思うし、結婚式をそこで挙げたいだけで1年頑張れるかも謎。

ドミティアヌスも意外に苦労してたんですよ。執政官はじめ行政官の任命とか。
反対派勢力(共和主義的貴族)も執政官に就任させたりしながら、有能な人材も抜擢して
いたようです。ペアの組ませ方が、金持ちで名家の人&生まれは良くないけど有能、と
いうのが多かったみたいなカンジ。

443カイザー:2003/02/23(日) 14:11
社会人になると中途半端にお金だけはあるから、欲しい本を買ってはつん読になると
いう悪循環がなかなか断ち切れませんね。

ドミティアヌス涙ぐましい苦労してますねえ。ティトゥスが長生きしてたらどうだっ
たんだろうとか思いますが、ドミティアヌスよりも図太い神経の持ち主なのか兄弟仲
良くチキンハートなのかちょっと興味があるところです。
ベレニケとイチャイチャしてても平気だったというエピソードから、私は前者だと想
像してしまいます(笑)。

444マッティアス:2003/02/23(日) 15:19
>ティトゥス
間違いなく前者だと思いたいです。父親に代わって有力議員の切捨てから処刑までこなして
いた皇太子(実質共治帝)時代の行動力は、思い余って処刑したり、戦々恐々としていた弟
よりもとっても図太いと思います。カッコイイです、ピカレスクです。←愛情表現(一応)

実利主義と言われつつも、ドミティアヌスも彼なりにずいぶん譲歩してたんですよ。
でも、内乱を収めた直後なら、気に入らない派閥をどんどん追い出すこともできますが、
平和だったり安定期に入ると、あからさまに陰謀とか反乱とかでないと、なかなか反対勢力
を押さえつけたり除外したりもできないですよね。そのへん、ツライなあ。
とはいえ、ドミティは父親ほどほかの議員に軽く見られたりバカにされたり、反抗心を明確に
表明されたりすることは少なかったようです。3代目ですからね。

トラヤヌスも父親の世代でのアドレクティオとはいえ、パトリキ2代めなのは良かったと
思いますよ。議員第一世代とかでなくて。

445カイザー:2003/02/23(日) 16:09
先程「逆説の日本史」の文庫版の新刊を読み終わった所なのですが、5代将軍足利義
教が立場的にドミティアヌスと似てますね。3代義満の息子4代義持の弟という継承
順位も一緒ですし。一般的には暴君扱いだけど冷静な目で見れば評価に値する人物だ
というのも同じ。
でも、魔王義教様はチキンハートとはほど遠いお方でした。どんな人でも殺される
時はやっぱり殺されちゃうんですねえ。

ローマ皇帝は日本の天皇とかゲルマン系の王の様に血縁に神聖を全く認められてない
んですよね。死後神格はされてもそれはあくまで皇帝個人限定ですからねえ。
選挙王制が根強く残ったポーランドなどの東欧諸国や神聖ローマ帝国は滅亡し、王権
神授説の影響の下に強力な王朝が血縁継承を推進した英仏が発展していったというの
は、比較的前者に近いローマを見てると逆に不思議なものですね。

446マッティアス:2003/02/23(日) 20:59
とはいえ、やはり血縁性というか世襲制が受け入れられ易かったのも、事実なんですけどね。
そうでなきゃ、コンモドゥスの即位が大喜びで受け入れられたりしなかったと思います。
ネロもそうかな?一応、ゲルマニクスの血筋でユリウス・クラウディウス家の流れだし。

義教様って義満が生きてた頃、たしか出家してませんでしたっけ?違った?狂人扱いされてた
気がするんですが。あと、世阿弥の甥っ子(弟の息子)をお稚児さんにしてたとかしか憶えて
ないです(爆)。赤松に殺されたんですよね。どっちかというと、カリグラ系。政治力はあるけど。
ひそかに(?)義満とその父が好きです。何がってわけじゃないけども。

そういえば昨日だか一昨日、放送大学で松本宣郎先生がローマとキリスト教やってたんですが、
コンスタンティヌスってアリウス派の洗礼受けたんですね。知らなかった。

447カイザー:2003/02/23(日) 21:37
コンスタンティヌス朝の皇帝達は全員アリウス派の筈ですよ。だからニケーア信条で
は正統とされたアタナシウス派の御旗となってしかるべき筈の聖アタナシウスがたら
い回しの様に、大帝の3バカ息子の領地を転々としてる訳です。

正統派が権力を持ち始めるのは、聖アンブロシウスがテオドシウスをテッサロニカ事
件を利用して屈服させたことに象徴されるテオドシウス1世時代(西方ではグラティ
アヌス、ヴァレンティニアヌス2世の共同統治)からです。
この頃に以前ここで触れましたが、ローマ古来宗教の女神像がローマ元老院議事堂か
ら撤去されたりしています。

義教様は義満の覇権維持の為に天台宗(比叡山)へ送り込まれていたのですが、4代
将軍義持が後継者を決めなかったので、くじ引きで将軍に選ばれたという経歴の持ち
主です。足利義教は、くじ引き=神仏の意志という信念を持っていたようで、幕府の
敵対勢力(比叡山延暦寺、九州の今川氏、関東公方足利持氏)を執拗なまでの執念で
屈服させ、気にくわない守護大名の後継者争いに介入するなどして、室町幕府中興の
祖(どころか最大級の成功)となる直前に、義教と対立関係にあって隠居していた赤
松満祐が暗殺してしまったという人物です。

井沢元彦の言葉をここに引用しておきます。
「人間つまり生身の人間は実にもろいものだ。どんな健康な人間であろうと武道の
達人であろうと、心臓にナイフを突き立てられれば確実に死ぬ。
ところが神であると錯覚した人間は。これをしばしば忘れてしまう。義教に限らな
い、信長もあるいは西洋史の英雄達も、暗殺された偉大な人物は往々にしてどうし
てこんなに油断したのだろうと思われるような状況で殺されている。
これは神を査証する傲慢な人間に対する神の罰なのだろうか。それとも歴史の法則
の一つと言うべきか。
私にはどちらが正しいのか分からない。」

448マッティアス:2003/02/23(日) 22:44
井沢元彦はどこまで自説なのか、「天皇になろうとした将軍」事件以来、すっかり信頼が
おけず、読んでいないのですが、面白い事は面白いんですよね。文章読みやすいし。
いっそのこと、(塩野さん以外の)受け売りでも良いので、楽しいローマ読み物書いてくれ
ないかなあ。←オニ発言。

アンブロシウス、そうかヤツはそんな人間か。「背教者ユリアヌス」でとっても胡散臭い
人物で、主人公と読者(ていうか私)のキリスト教に対する不信感を大いにあおってくれま
すよ〜。
ていうか、学校で習わないから、アタナシウス派がニケーア公会議で正統派とされながら、
しばらくは勢力を持てなかったなんて、いま初めて知りました(爆)。

449カイザー:2003/02/25(火) 01:05
今、パラパラとギボンを眺めてたらアンブロシウスがメディオラム(ミラノ)司教と
なったのはヴァレンティニアヌス1世時代だという記述がありました。何でも司教に
抜擢されるまで洗礼を受けてなかったとかいう、嘘臭い伝説まであるようです。
「背教者ユリアヌス」では、アンブロシウスはメディオラム司教として登場してるん
ですか?
元老院議事堂の聖像を撤去するかどうかは、ヴァレンティニアヌス1世時代から延々
と異教派議員とキリスト教派議員が政争を繰り返していたので、アンブロシウス個人
の思惑ということはないと思います。あんまり私もこの辺の事情をちゃんと理解して
ないんですが。

井沢元彦の「天皇になろうとした将軍」は持ってますが、特に悪い内容でもないと思
ったのですが。義満が天皇(の父親)になろうとしたというのは、眉唾ではあります
が、仮説としては面白いと思います。「逆説の日本史」でもこの説を展開してました
ね。井沢氏オリジナルの説ではないでしょうが、露骨に他の学者先生の功績をパクっ
てたりしたんですか?

450マッティアス@携帯:2003/02/25(火) 16:30
>『天皇になろうとした将軍』
アレ、ほとんど海音寺のぱくり。ちょっとショック(-_-X)。

『背教者ユリアヌス』は手元にないので、アンブロシウスのこと、確認できません。
やばい狂信者っぽい印象が残ってます。怖かった。コンスタンティヌスとはまた
違ったイミで(>_<)。

451カイザー:2003/02/26(水) 23:34
アンブロシウスもテオドシウス1世も正統派の為に異教異端を弾圧しまくってます
からねえ。ヴァレンス帝時代までのコンスタンティノポリスはアリウス派の都市だ
ったりするんですが、テオドシウス時代に完全に正統派に根絶されてたりします。
大虐殺とかはなかったようですが、武力を背景にアリウス派の聖職者は追放された
りしたようです。

そういえば、ネストリウス派なんかはエフェソス公会議で異端認定されてからも首
領のネストリウス自身はコンスタンティノポリスから追放されたけど、依然として
勢力を持っていたようですね。
カルケドン公会議で単性論と一緒に2回目の異端認定を受けてからはどうなったの
かは良く分からない。

>井沢元彦
海音寺潮五郎の小説は全く読んでないので判断が出来ないのですが、そんなにあか
らさまなんですか?「逆説の日本史」なんかでは時々海音寺先生の著書が引用とか
されてた覚えは何となくありますが。

452マッティアス@携帯:2003/02/27(木) 11:02
>井沢元彦∋海音寺
小説というか、伝記風歴史読み物『武将列伝』『悪人列伝』あたりをずいぶん引用
しているなあ、と。史料の引用も海音寺からの孫引きが多いように思います。
史学科の先輩方の評判はもともと、あんまり良くなかったんですが。

ネストリウス派は、東方には結構広がりましたよね。中国とか。
マニ教もですが、異端扱いされつつも、理論的には説得力がたる宗派は、キリスト教
領域以外の地域に、意外と根強く信者を生んでる気がします。

453カイザー:2003/03/01(土) 22:48
ネストリウス派というと、湾岸戦争の頃にマスコミに良く登場していたイラクのアジ
ズ外相なんかもそうですよね。
アリウス派が西ゴート族の改宗あたりで、歴史の舞台から退場したのと違いネストリ
ウス派はしぶとく現在まで生き残っていますよね。フス派とかカタリ派を正真正銘撲
滅したカトリックより、追放程度で許してくれるギリシア正教会の方が私的には好感
を持ってしまいます。ネストリウス派が生き残っているのは、どっちかと言うとイス
ラム教の寛容性が原因だと思いますが。

キリスト教の異端というのは基本的に正統派の矛盾に対するカウンターパンチな訳で
すから、理論的には正しい(という表現もどうかと思いますが)ことが多いですよね。

454マッティアス@札幌:2003/03/02(日) 13:06
ギリシア正教は、ほかの東方教会にも寛容ですよね。
なんでしょう、意外と知識人が異端の烙印を押されやすい気がします。
無知ゆえの純粋さ→狂信→不寛容 という図式が成り立つような。
正教会なんか、ギリシア語を解する、哲学や古典への理解を持つ人々が
初期に多かったのではないですか?
イスラム(特にスンニ)なんかと共通する精神ですよね。

455カイザー:2003/03/02(日) 17:19
キリスト教の教義や聖書の内容にツッコミを入れるなんてことは、一般庶民には関
心がないからでしょうね。
正教会もユスティヌス1世時代に、対東ゴート族の戦略の一環としてアリウス派を
バシバシ迫害はしてたりします。それをやめさせる為に、東ゴート王テオドリック
1世がローマ教皇ヨハネス1世を使者として派遣したりしてるのは、私の持つカト
リックのイメージからすると妙な違和感がありますね。

反宗教改革運動真っ盛りな時代のスペインの魔女狩りなんかは、庶民知識人関係な
く魔女のレッテルを張られる対象となったそうですね。あえて一貫性を上げれば教
会や民衆が山分け出来る程度の財産を持ってる人の危険度が高かったそうです。

456マッティアス@札幌:2003/03/02(日) 23:33
そういえば、東帝国(正教会)って、初期は結構、偶像破壊みたいの
やってましたよね。イスラムみたく。
イコンが認められるまで、しばらくかかったんですよね。

>スペインの魔女狩り
対象は、ローマの密告とか粛清のの被害者とかぶるんですね。
民衆から胡散臭い目で見られやすいというか、憎まれやすいのかな。
権力者の利害と対立してるとアウトなんですね。
金持ちと教養人って。

457カイザー:2003/03/03(月) 23:35
ローマカトリックではゲルマン人への不況を円滑に行う為に積極的にイコンを利用し
てたのが、東方教会との対立点となってますよね。ゲルマン人と共同生活をせざるを
得なかった西方世界と、ゼノン時代にほぼ蛮族を駆逐してローマ文化を温存したビザ
ンツ世界とは自ずとキリスト教のありようも変わってしまうのでしょうね。

イスラムの圧迫とレオ3世の原理主義運動としてのイコン破壊令に端を発する、カト
リックとギリシア正教との分離は避けることは出来なかっただろうと思います。
最終的にイコン禁止令が破棄されたのは9世紀のミカエル3世時代にイコン破壊運動
は終焉するのですがこの頃には東西両教会の分離は決定的だったようです。

458マッティアス:2003/03/04(火) 00:25
東西の教会分離の原因は、やはり帝国の分離と文化格差(もしくは環境格差)の蓄積なの
でしょうかね。あんまり深く考えた事なかったですが。
イコンがどうこうよりも、文化が違っちゃってたから、もう戻れなかったのかな。

蛮族と自分達が思っている相手と、共存せざるをえず、宗教的なことも彼らに押し付け
ようとする場合、聖書とか律法、説法だけだとなかなか改宗させられないですよね。
別に偶像そのものをあがめるわけでなくても、基本的にアミニズムのほうが理解しやす
いというか、生活と結びついているし。なんていうか、基本的に五感に訴えないと、多
くの人にアピールするのって、難しいのでしょうね。

459カイザー:2003/03/06(木) 23:06
ユスティニアヌス朝以降のローマ教皇の政治的悲願がローマ帝国からの独立だった訳
だから、東西教会の分離は必然でしょうね。その教皇と政治同盟を結んだのがカール
大帝に代表されるカロリング朝フランク王国なんですよね。

イコンが布教にゲルマン人への必須だったというのは良く言われますが、アリウス派
の信徒達はゲルマン人にどうやって布教してたんだろうとちょっと不思議。やっぱり
アリウス派もイコンを使ってたんでしょうか?

460マッティアス:2003/03/07(金) 01:10
どうなんでしょうね。中世以前のキリスト教史も、一度しっかり調べてみると面白い
でしょうね。手が回りきらないですけど。
アリウス派の教義(教科書レベルの理解)のほうが、アタナシウス派より一神教的には
理解しやすいのですが。崇拝すべきは父なる神で、神の子イエスは受肉し地上に降下
した段階で、言うなれば天使とか預言者的に、神よりも格が下がるというのは、筋が
通っていると思うのです。イエスは天上の唯一絶対の支配者ではなくって、ある種、
人間と天の橋渡し的存在とでも言うのかな。そういう話なら、何となく入っていきや
すい気がするのですが。

461カイザー:2003/03/08(土) 01:35
アリウス派はイエスに神性を認めなくて、アタナシウス派はイエス=父なる神という
説なんですよね。ネストリウス派だとイエスに対する解釈はアタナシウス派(正統派)
と同じだけど、イエスの母マリアに対しては神性を認めないという違いがあると、教
科書レベルの認識をしています。

コーランでは、何故かニケーア信条の「父と子と聖霊」を「神・マリア・イエス」と
解釈していたそうです。
正統派の教義によるとイエスに対して父性もしくは中性(聖霊)を投影するのはOK
でも、母性(マリア)をイメージするのは異端の考えだそうです。何か、私これ書い
てても意味があんまり理解出来ていません(汗)。

462マッティアス:2003/03/08(土) 14:23
う〜ん、お互い専門ではないまま、私見・偏見入りまくりでキリスト教についてばかり
語り合ってましたね。ここのところ。
でも、そのコーランの解釈、面白いです。憶えておこうφ(._.;)。
そういえばマリアって、ヨセフとの間にちゃんと子供生んでますものね。イエスの弟。
彼が作ったキリスト教の一派と、パウロたちが対立したとか読みました。

いい加減、知識(らしきもの多量に含む)も尽きてきました。ダメだなあ。

463カイザー:2003/03/09(日) 00:00
正統派はマリアの処女懐胎を主張してても、それ以降の通常の妊娠については気にし
てないんでしょうか?マリアに神性を認めるとすればヨセフもそれに準ずる様な気が
しますね。

コーランの解釈について書いてたのは「キリスト教封印の世界史」という本です。
これ読んで知ったのですが、アルカディウス時代のコンスタンティノポリス創主教の
ヨハンネス・クリュソストモスはギリシア・ローマ古典作品を焚書して喜んでるトン
デモ野郎だったそうです。ちょっと、眉唾な気もしますが。

464マッティアス:2003/03/09(日) 14:36
でも、ギリシア・ローマの古典は有害図書でしょう。焚書くらいするのではないかしら?
ウェルギリウスの「牧歌」でさえ、どれだったかは少年愛らしきものが出てくるから、
中世には無かった事にされてたわけだし。多神教の信仰やら美学やら、腐敗分子はすべて
抹殺しなければならない、というのは自然な感情だと思いますよ。熱心な聖職者として。

ヨセフは一応、あの読むのがツライ新約聖書しょっぱなの系図によると、旧約に連なる
優れた血筋の人ですからね。マリアよりは、普通に由緒ある人物かと。でっちあげかも
知れませんけど。でも、処女懐胎どうこうより、彼女に神性を認めるとしたら、イエスの
弟が正統派から無視されてるのはどういうことか。
いろいろムツカシイ問題があるように思います。腹は借り物なのでしょうかヤハウェよ?

465カイザー:2003/03/10(月) 01:10
焚書して悦に浸っている総主教様というのは、私の持つキリスト教のイメージ通りな
んですけどね。もうちょっと寛容性があって欲しいという希望的観測をついつい考え
てしまいます。

今「イスタンブールの大聖堂」という本を読んでいるんですが、ゾエやイレーネとい
う女帝達は、やはりアウグスタの称号を持っていてもバシレイウス(orそれの女性
形)の称号は有していないようです。モザイク壁画に名前と称号が一緒に書いている
のですが、男性の皇帝達はバシレイウスの称号が一緒に書かれています。
法的にはイレーネやゾエ(&テオドラ)の統治時代は無皇帝と考えるべきなのかもし
れませんね。

466マッティアス:2003/03/10(月) 12:46
そういえば、ギボンの2巻を読んだときバシレイウスの称号について、ちらっと出ていた
気がしますが。ギリシア語で「王」くらいの意味なんですね。ディオクレティアヌス時代
にはもう、東方属州では使われていたようですが。
ギリシア文明では女性が支配者になることはまずなかったですからね。女性形がないのも
仕方ないのかな、とか。
法的には女帝はナシなのか、アリなのかも気になりますね。慣習的にOKにはなっていた
と思うのですが。つなぎ、くらいの位置付けでしかなかったのでしょうか?

467カイザー:2003/03/11(火) 00:21
バシレイウスって王を意味する言葉なんですね。スパルタ王なんかはバシレイウスを
名乗ってたんでしょうか?スパルタはドーリア系だから、また違うのかな?

アウグストゥスの称号は各民族の王位よりも上位の称号と捉えていたんですが、ロー
マ人の認識は必ずしもそうではなかったんでしょうか?それとも後期帝政以降、東ロ
ーマがギリシア化するにつれて、称号の逆転現象が起きてしまったのかもしれません
ね。

女帝の位置付けというのは本当に微妙だと思うんですよね。イレーネにしろ、ゾエに
しろ単独統治を最後まで維持し得なかったから、女帝のシステムは構築されていない
と考えるべきでしょうね。瞬間的に女帝が権力を握った一時的な現象という所でしょ
うか。

468マッティアス:2003/03/11(火) 19:57
やはりつなぎとか、一時的現象ですか。基本的には男子の直系相続が一番望ましかったの
は、元首政期から変わらないのですね。>女帝

ギボンの記述もウロ記憶なので、あとで確認してくださいね。頭がいま、学術モードでは
ないもので(爆)。>バシレイウス
私も、アウグストゥス称号はある種超越的権威の表象かと思っていたのですが。ローマ市
の相対的地位の下降とともに、アウグストゥス称号の価値も下落してしまったのかも。
帝国の中枢が東のギリシア語文化圏に移行してしまったことも、影響しているのでしょうか。

469カイザー:2003/03/14(金) 02:10
ゾエなんかはマケドニア朝の直系の血筋だったんで、コンスタンティノポリス市民に
圧倒的な人気を誇ってましたよ。旦那や養子となった本当の皇帝より、ゾエの人気が
圧倒的だったんですが、それでも単独統治は一時的にしか出来なかったというのがロ
ーマにおける女帝の限界を示している様な気がします。

皇帝の称号にバシレイウスを採用したのはヘラクレイオス1世時代からなんだそうで
す。コムネノス朝の頃にはアウグストゥスの地位はかなり下落してるんですが、ヘラ
クレイオス朝〜マケドニア朝時代はそうでもないのかもしれませんよ。
ゾエがアウグスタとして権力を行使したということは、アウグストゥスの地位はバシ
レイウスとそう変わらなかったかもしれませんね。この辺の称号の変遷を書いた解説
書とかないのかなあ?

470マッティアス:2003/03/14(金) 10:48
皇帝の正式称号としてではなく、東方の人がそう呼ぶのも認可した、というレベルなの
かも知れませんね。>バシレイウス称号@東西分裂(教科書的用法)以前

アウグストゥス、カエサル、バシレイウス、インペラトールetc.称号については、その
元々の意味と変遷について、しっかり考察すれば新書1冊くらいになりますよね。
売れなそうだけど、読みたいですね。気になりますもの。

471カイザー:2003/03/15(土) 20:42
王や皇帝といった君主号も色々ありますよね。そういった各民族や宗教の意味づけ
と歴史的背景を一望できるような本があったら欲しいですよね。
でも称号の本なんて、絶対売れないでしょうね。学生の参考資料には丁度よさそう
ですが。

バシレイウスに関して言えば、ユスティニアヌス朝までは自称してなかったという
ことでしょうね。皇帝を何と呼ぶかなんてことは、別に規制なんて初めからしてな
いような気もしますが。

472マッティアス:2003/03/16(日) 00:48
そうか、称号を強制するのが暴君なんだ!自身を神と呼ばせたりドミヌスと呼ばせたり
しちゃうカンジで。(エラガバルスのアウグスタはひとまずおいといて〜)
カリグラとか、電波系が多いですねえ。ドミティアヌスは電波じゃないけど。

まあ、売れないでしょうね。称号の本なんて。あ、でも5000〜1万くらいは売れる
んじゃないですか?少なくとも。

473カイザー:2003/03/16(日) 12:12
ディオクレティアヌスなんかは自身をヨウィウス、西方帝のマクシミアヌスにはヘラ
クリウスという称号を採用してましたね。どっちもその後の混乱の為か、一代限りの
称号だと思いますが。
バシレイウスについてのギボンの記述読み返しました。ギリシア人から見たペルシア
王に対する呼び名が原典のようで、どうもスパルタとかのポリス国家の王号とは違う
ようです。
バシレイウスが王の中の王シャー・ハン・シャーのギリシア語訳だとすれば、皇帝と
いう意味で使用されても不自然はなさそうですね。

474マッティアス:2003/03/17(月) 00:24
バシレイウス=The Lord of Lords≒可汗みたいな称号なのですね。たしかに皇帝の
意味で使うに相応しい用語かも。
ウィテッリウスがアウグストゥスの代わりにゲルマニクスを採用しようとしたのは、
やはり自身がゲルマニアで擁立されたからなのか、ゲルマニクス(大ドルススの息子)
との関連なのか、も気になりますが。スエトニウスに書いてありましたっけ?

475カイザー:2003/03/18(火) 00:26
へえ〜、ウィテリウスはゲルマニクスの称号に拘りを持ってたんですねえ。皇帝名と
しては、ちょっと縁起が悪そうですけどね。スエトニウスその内、見直しておきます
ね。
それにしても、ゲルマニア軍団は皇帝に擁立さえ出来れば誰でも良かったんだろうか
・・・。せめて、ゲルマニア総督に赴任したウィテリウスを一目見てから反乱を始め
ればよかったのに。




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