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俺が統合失調症を発症した時の話するの続き
1
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/04/30(水) 20:20:37 ID:KPSTbrXA0
スレを立ててしまいました。
俺が罹患してしまった「統合失調症」というワケが分からない病気。
しかし、発症に前後して体験した出来事については、多くの方々から色々な意見をいただきました。
このスレでは、みんなでこれらの体験とか、悟りとか、量子力学とか、
果ては宇宙、宗教の発生について色々と意見して行きません?
ってスレです。
86
:
霊的なうんこ
◆Zx91rKO.Z2
:2014/05/07(水) 18:03:01 ID:z6Xl.VRM0
肉体物質の世界が一番下だと思う
ただ人間以外の個別性のある動物意識だとか、
植物だとか鉱物の意識がより下だと言えばそうかもしれない
それぞれの世界とそのリアリティを認識する体は切り離せないから
人間からしたら、それ以下の動物だとか植物だとか鉱物は
意識なんてほとんど無さそうに思える
同じように上の世界の方の意識体というか個別性からすると
一肉体人間の自我なんて、ほぼ意識も感性も知性も無いような下等なものに感じられる
でもやっぱり、その肉体人間も動物も植物も
鉱物も含めてこの物質世界と第2世界がセットで一番下だね
俺自身ここよりも下だ!って思えるようなところに行けた試しが無いし
いわゆる地獄みたいなものは第3世界に似たようなところもあるけど、
それはそういう場所をつくるのが趣味のやつらが作った無限にあるテーマパークの一つって感じだし
結局人を永遠に罰する場所なんて無いよ
87
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/07(水) 21:23:25 ID:KPSTbrXA0
やはり、俺は自分が病気であることを再認識する一日でした。
そこで感じたことはエキセントリックすぎて、思い出すのも恥ずかしいです。
俺は間違いなく統合失調症を罹患しており、未だにその影は色濃く自分の中に残っているようです。
統合失調症という認識を、意図的に廃することが、このスレの目的でした。
しかし、俺の見たものは明らかに病的です。
俺の感情としては、この病気に一人でも多くの人が罹患せず、
正常な精神活動に基づき生活して欲しい。
スレの趣旨と反しますが、これが帰結としての感想です。
88
:
不思議な名無しさん
:2014/05/07(水) 21:28:52 ID:ssPyu2fg0
たこ助さんはじめまして!
おーぷんのスレ見てましたよ
こっちのスレも楽しみにロムらせていただきますね。
89
:
不思議な名無しさん
:2014/05/07(水) 21:31:35 ID:btElnc0A0
心配してたよ
何があったの?話したくないなら無理しないで
90
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/07(水) 21:36:50 ID:KPSTbrXA0
>>89
目を開けたら夜9時でした。
心配していただいて申し訳ないです。
91
:
東海のはずれ(係長)
◆TAsRXD7Gw.
:2014/05/07(水) 21:39:43 ID:VapRVP9I0
たこ助さん、お久しぶりです。
大丈夫ですか??
何があったか分かりませんが、
お体大事にして下さいね。
92
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/07(水) 21:40:56 ID:KPSTbrXA0
そして俺はまた仕事・・・
色々と思う所はありますが、まあ仕方ないっすよね
93
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/07(水) 21:53:50 ID:KPSTbrXA0
>>91
まったく問題なしです。
ご心配いただいて、ありがとうございます。
94
:
不思議な名無しさん
:2014/05/07(水) 21:56:48 ID:WZxciqAAO
9時まで外にいたら体冷えちゃったでしょ?
風邪引かないといいな
ゆっくり寝てね
95
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/07(水) 22:13:59 ID:KPSTbrXA0
>>94
一瞬のようだったのに、気づけば9時だったのは、何とも言えない気持ちでした。
俺の姿を見た周囲の人たちは、俺を異様なものと見ていたことでしょう。
朝7時から夜9時までとか、わけが分かりません。
96
:
不思議な名無しさん
:2014/05/07(水) 23:25:05 ID:vB/tityY0
気になって眠れん
97
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/08(木) 00:05:52 ID:qlVRlJNw0
こんばんは。
悟りスレ4で、たこ助さんの瞑想の結果に触れてた者です。
何かを質問があれば、あちらでお答えしますが、あればという事で。
98
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 20:12:44 ID:KPSTbrXA0
仕事が終わらないのはなぜなのか。
>>97
ご心配いただいてありがとうございます。
質問は沢山あるのですが、どのように質問すれば良いのか分からないので、
俺が見たことを文章にし、その上で整理が必要と思っています。
「あの場所」の外側で見たものは、あまりにエキセントリック過ぎました。
そこで意見した様々な対話も、俺の妄想としか思えません。
99
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 20:16:02 ID:KPSTbrXA0
>>80
読んでから公園に行きましたよ、ありがとうございます。
俺はヨガには明るくないのですが、空間と距離が抽象化する感覚は覚えています。
ただ、世界がいくつの階層から成るのか等は、よく分からないです。
100
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 20:21:54 ID:KPSTbrXA0
ここからは、俺が5月7日に体験した出来事を書かせていただければと思います。
表現方法に少し苦慮する部分や、エキセントリックな部分があり、
自分でも非常に病的な体験であると自覚しています。
これを神秘体験と見るか、統合失調症による妄想と見るか、
判断は読まれる方にお任せします。
俺としては、後者として見ています。
101
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 20:33:15 ID:KPSTbrXA0
■瞑想ごっこ
その日は朝から晴天で、自転車で公園まで向かいました。
芝生が生えた小丘があり、そこに生えている木の根元に腰を下ろして、
俺は「瞑想ごっこ」と自分では呼んでいる、思考遊びを始めました。
慣れてくると自由に図形を操作したり、文字を複数浮かべることは簡単にできるようになります。
周囲の音が、まるでフィルターを隔てたように、遠くで聞こえるような感覚と、
自分自身が、周囲と一体化していくような感覚が始まると、
それが、瞑想ごっこが深まってきた証拠です。
よく、本当の瞑想では「無になる」と言いますが、俺の方法は少し違います。
何も考えなくとも、自分の奥底から、思考が湧いてくるとでも言えばいいのか。
その「内なる声」と書けば聞こえはいいですが、その思考に身を委ねていきます。
久しぶりだったので、この思考に身を委ねるのに、少しだけ時間がかかりました。
しかし、一度身を委ねれば、あとはすべてがオートマチックです。
102
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 20:44:10 ID:KPSTbrXA0
■「幸福感」に身を委ねない
今回の目的は「声」に、いくつか尋ねたいことがあるということ。
加えて、「あの場所」の外側へと向かうことにあります。
色々な方の意見を聞かせていただいていたので、「自分が広がり続ける」という感覚に加えて、
自分が、「世界の上にある世界」とでも言えば良いのか。
「あの場所」が宇宙の外側ではなく、自分の内面であり、この世界とは勝手が違うのだと言うことを、
十分に自分に言い聞かせました。
強い幸福感に包み込まれ、すべてのストレスから解放されたように感じましたが、
それに身を委ねすぎないように気をつけました。
確かに、この幸福感にすべてを任せれば、一気に自分は広がることが出来ます。
しかし、この幸福感は影でしかなく、自分の導き手ではないのだと言い聞かせました。
この幸福感がなくとも、自分は広がり続けることが出来る。
前回の体験として、幸福感に理性が押し流された結果、大変な恐怖を経験することとなりました。
そうなれば、俺は二度と戻って来ることが出来ないと思えたのです。
103
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/08(木) 20:52:51 ID:qlVRlJNw0
すでに、悟りの方でお答えを書き始めました。
が、一瞬キツく感じるかもしれない内容でしすし、書き込むペースは亀亀のごときですが、よろしかったら見て下さい。
104
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 20:58:28 ID:KPSTbrXA0
■世界との一体化をより詳しく
やがて、自分はエネルギーとなり、地球を満たし、太陽系を満たし、
やがては宇宙をも満たして行きます。
「世界」と一つになる体験について、そこでの感想を少しだけ詳しく書かせていただきます。
「世界を鳥瞰する」という言い方が正しいのかどうか分かりませんが、
この体験の時に見る世界は、非常に美しいものです。
俺は数学がカラッキシなのですが、世界を満たしているのは数的公式であり、
それが複雑に絡み合う様は、まるで寸分違わず噛み合った歯車を見ているようです。
「世界と一つになる」と言えば、自分が神となったように感じるのでは、
と思うからも知れませんが、俺の感想は違います。
仮に世界に意志があるとしたら、
無数の美しい歯車が、規則正しく回転し、
エネルギーを伝達する様を眺めることが出来るかも知れません。
しかし、世界にとってその働きは、自分の意志でコントロール出来るものではありません。
すべてと一体化しても、宇宙は自らの意志で物事を決定することが出来ないのです。
俺は優越を付けることが得意ではありませんが、
人間は自らの意志で、自分の行動を決定することが出来ます。
そして、人間はその意志によって、この宇宙を埋め尽くしている「透明な歯車」、
この動きをコントロールすることが出来るのです。
世界に意志があり、透明な歯車を見る術があったとした場合、
この地球の周囲の歯車は、しばしば規則的ではない働きをするのを見るでしょう。
その時、宇宙は「あの星には『神』が住んでいるのでは」と思うかも知れません。
105
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 21:15:46 ID:KPSTbrXA0
>>103
拝見させていただきました。
エゴについては、俺も考えていました。
エゴとはおそらく、本能的衝動と理性の間にあるもので、
それらの相互作用によって顕在化した「影」であると俺は解釈しました。
エネルギーが交換される時、必ずエネルギーが存在しうる場所には、
そこが例え「無」であっても、「有」が生まれるのだと思います。
エゴとは見せかけであって、しかし「有」である。
しかし、そこに隠された答えとは「有りて有る」ものではなく、
「いかようにも成るもの」なのではないか、俺はこう思っています。
106
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/08(木) 21:25:57 ID:qlVRlJNw0
〉「いかようにも成るもの」
そこ迄分かっているのなら、「なぜ?」と肉体を持った人間としては問いたくなりますが、これはヤボですね。
かなり遅くなる続きは、メイに任せます。
107
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 21:55:26 ID:KPSTbrXA0
■幸福感のない「あの場所」
宇宙を満たした俺は、すべてと一体化し、宇宙の外側へと向かいます。
複雑な回路とも言うべきエネルギーの流れに乗って、俺はさらに広がり続け、
再び、「あの場所」へと訪れることが出来ました。
12の構造が無限に広がり、そこに無数のエネルギーが合流し、
複雑な光の流れを作り出しているように見えました。
その時点で、自分には幸福感がないことが、従来の体験とは異なっています。
ただ、考えていないのに考えている、とでも言えば良いのか、
思考が次々と自動的に生まれては消えていく様子は、非常に忙しなく感じました。
さらに、さらに自分は広がり続けることが出来るように思いました。
無数のエネルギーの流れに乗って、俺は大きく広がろうとします。
108
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 22:12:53 ID:KPSTbrXA0
■「声」との対話
さらに広がり続けたい、この外側へ向かいたい。
この欲求は、危険であることを知りながら止めることが出来ません。
「この外側には何があるのだろう」
それを知りたい欲求に身を任せようとした時、その音は聞こえました。
何度体験しても、それは「音」であり、耳で聞くものではないように思えます。
「この先は見ることはできません」
その声を幸福感の中で聞く時と、それが無く聞く時とでは、印象は異なっていました。
身を焦がすほどの至高の体験のように思われた、その「音のような声」からは、
半ば焦りすら感じられるように思えました。
「対話をするために来た」と俺は言いました。
声は何も答えません。
「この『声』は、自分を導くためのものなのか」と尋ねると、
「この先へ行くべきではありません(見るべきではありません)」というニュアンスの答えがありました。
「本当にこの『声』は、有りて有るものなのか」と尋ねると、
「有るとは、それがが成りて有るものです(成りて成る、いかようにも成るものです)」というニュアンスの答えがありました。
「なぜ、この先を見てはいけないのか」と尋ねると、
「この先には成る前(有るより以前)のものがあります」という答えがありました。
「それに触れることが、いけない理由とは」と尋ねると、
「成ることこそが有るであるからです」という答えでした。
「この『声』は神によって作り出された制限か」と尋ねると、
「成りて成るものによる制限ではなく自分自身の制限です」と答えました。
109
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 22:31:22 ID:KPSTbrXA0
■「声」の向こう側へ
「成るものとは神か」と尋ねると、
「その解釈をする場合もあるでしょう」と答えました。
「今の自分には幸福感はなく、幸福感によってではなく、この外側へ向かう」と言うと、
「声」は何も答えませんでした。
もっと広がりたい、もっと広がり続けたい。
エネルギーの流れに乗り、12の構造に満たされた「空間のような場所」へ、
自分を広げ始めると、「声」は
「そこで見たものを伝えなさい」
と言いました。
俺の回答は決まっていました。
「伝え方は宗教性のあるものではなく、事実として伝える」
声を振り切り、エネルギーから、まるで「光」のようになった自分は、
1つ1つの12の構造を満たして行きます。
この「構造」を受け入れると、再び自分がオーバーヒートしてしまうことを知っていたので、
ただ、エネルギーに身を任せるだけです。
110
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 22:41:11 ID:KPSTbrXA0
■「その場所」の外側
大きく大きく、しかし、そこでの体験は「自分が広がり続ける」のではなく、
自分が「引き延ばされている」ような感覚でした。
すべてを満たし、すべてと一体化し、
流れ込もうとする「12の構造」を、「理解したい」という好奇心を打ち消すように。
すべての12の構造を満たした時、俺はそこから「その場所」を眺めていました。
その時の感想を書くことは、非常に難しいのですが、
「すべては波だったのか」と言う驚きが、第一にありました。
このような書き方をすると、非常にエキセントリックなのですが、
「この世界」はありませんでした。
無数のエネルギーが交換される空間において、「宇宙」とは、エネルギーが交換される結果、
エネルギーの集中が生み出した、いわば「影」のようなものだと思えました。
この宇宙とは波であり、表現の仕方が見つからないのですが、
その波が一際大きくなる場所に、物質が生まれているように思えたのです。
「波が一際大きくなる」には、法則性があるように思えましたが、
俺の悪い頭では、それを解釈することは出来ませんでした。
ただ、その「波が一際大きくなる」ことは、
宇宙を満たした「透明な美しい歯車」と、原理が似ているように思えました。
その「波」も、おそらく人間の「意志」と関係があるのかも知れません。
俺は、引き延ばされ続け、広がり続け、「その場所」の外側へと向かいました。
111
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 22:53:08 ID:KPSTbrXA0
■「成るもの」を見る
強烈な重圧のようなものを感じました。
海底で強烈な水圧に押しつぶされるような、
あるいは、高い場所から落ちて行く時に感じる風圧のような。
意識がもうろうとして、必死になって「見る」ことしか出来ませんでした。
「その場所」の外側には、漆黒の闇と、無数の光がありました。
その光は大きな流れとなって、まるで銀河のような流れへと溶け込むように、
何もかもが、あまりにも美しく、俺の稚拙な文筆では、表現できません。
それは、まるで宇宙のようでした。
俺は、そこを見ていますが、見ていません。
既にそこにある「自分」は、「自分」ではありませんでした。
さらに大きな意志とでも言えば良いのか、俺は巨大な精神活動のようなものの中で、
そこで僅かに「自分」を認識しながら、かろうじて、その場所を見ていました。
自分は、自分ではない。
そして、「成りて成るもの」の内側に自分たちはいるのです。
それは、絶望にも近い、何もかもすべてが分かったような、
悲しみにも似た感情でした。
美しすぎ、あまりにも悲しく、そこを見るべきだったのかどうか分からないまま。
俺はゆっくりと目を開きました。
既に、とっぷりと陽は落ちて、公園は夜になっていました。
112
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 23:05:42 ID:KPSTbrXA0
■体験を通じて
俺は、これらの体験を「統合失調症」による妄想だと思っています。
そこで知ったこと、感じたことは、あまりにもエキセントリック過ぎて、
あの絶望感にも似た、しかし諦めではない「深い納得」の気持ちは、
日常生活では決して得られない、いわば病的なものだと言うのが感想です。
「成りて成るもの」とは「いかようにも成るもの」と言い換えることが出来るかも知れません。
あるいは、それを「神」として表現したなら、腑に落ちる考え方です。
しかし、果たして「神」とは、本当に有るのでしょうか。
そして、自分とは、本当に有るのでしょうか。
なぜ、人は「神」を感じ、その神とは「成りて成るもの」なのでしょうか。
113
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 23:09:30 ID:KPSTbrXA0
上の質問は、「エゴ」が生み出す影の問いかけなのでしょうか。
エゴがある限り、真実には近づけないのかも知れませんが、
エゴがなければ、真実に近づこうとすることが出来ません。
自我を無くすことが果たして、本当に悟りなのか。
そして「悟り」とは、「成りて成る」ものと一体化することなのか。
疑問は尽きませんが、
以上が俺の体験したすべてです。
長々と失礼しました。
114
:
不思議な名無しさん
:2014/05/08(木) 23:22:46 ID:8Igc0fJY0
圧巻……乙です
115
:
<あぼーん>
:<あぼーん>
<あぼーん>
116
:
不思議な名無しさん
:2014/05/08(木) 23:27:50 ID:LaSwpYN60
808 :おさかなくわえた名無しさん@転載禁止:2014/04/23(水) 22:43:16.11 ID:8tf6FMrg
http://world-fusigi.net/archives/7221891.html
鬼和尚さん、↑の人の体験って何なのでしょう?サマーディの一種でしょうか?
817 :鬼和尚 ◆GBl7rog7bM @転載禁止:2014/04/24(木) 20:25:13.12 ID:T7Lc9c7Y
>>808
気付きじゃな。
肉体が広がり、空間と同化した感覚になるのは、催眠状態とか深くリラックスした時にも起こるものじゃ。
その感覚は正しいが、常識を覆されたために妄想に入ってしまったようじゃ。
意識が制限なく広がり、全ての本質が同じである事は当たり前の事であるのにのう。
117
:
不思議な名無しさん
:2014/05/08(木) 23:28:13 ID:2aD7K8pU0
難しい事はわからないんだけど、たこ助さんの話は支離滅裂ではなく、規則性がある印象。
だから自分はそんな世界もあるのかもと思ってるよ。
>>自我を無くすことが果たして、本当に悟りなのか。
これは自分も疑問です。自我を無くしてまで悟りを得る必要性がなかなか分からない。
118
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/08(木) 23:46:58 ID:KPSTbrXA0
>>114
長文の上に読みづらくて申し訳ないです。
>>115
ぜひ、意見を聞かせてください。
そのために立てたスレなんだし。
>>117
自我を無くすことが「悟り」の最終目標だとした場合、
そこには「自分」がなくなってしまって、本能と理性だけが残ってしまうんですよね。
自我が「無い」という表現については、色んな解釈があるのかも知れませんが、
個人的には「自我に自分が一体化する」という解釈であれば「なるほどなー」とは思うんですが。
119
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:10:43 ID:WZxciqAAO
たこ助さんお疲れさまです
壮大な物語を読んだ気分…ずっしり来た
昔、白黒の映画…十戒(だと思う)をちらっと見た時に感じた気分と一緒
あの時は怖くてチャンネル変えたけど…一気に読まされた〜
120
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:10:47 ID:YFBUfaR20
興味深いお話です。
手塚治虫のブッタの中で、シッダルタが見た宇宙を思い出しました。
121
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:16:19 ID:LPNCcVto0
7日の体験を読んで何故だか悲しくなって涙がボロボロ出た。
本当に自分でもよく分からず困惑気味…笑
たこ助さんの話は統合失調症のものではない気がします。
ただ統合失調症を発症していたとも思いますが…
なんだかよくわかんないこと言ってますね 笑
122
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/09(金) 00:20:56 ID:KPSTbrXA0
>>119
十戒ってモーゼのお話でしたっけ、
映画と同列に扱っていただけるのは何とも恐縮してしまいますw
>>120
シッダルタという人を俺は知らないのですが、偉い僧侶なのでしょうか。
すみません無知なもので・・・
そんなわけで今日はこれでご帰宅です。
おやすみなさーい
123
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/09(金) 00:27:47 ID:AvdCdzNU0
>>121
俺は自分の体験に自信がありません。
これらの体験は俺にとっては真実ですが、その「真実」が病気によりもたらされたように感じてしまいます。
ただ、このスレでは病気としての解釈を出来るだけ廃するようにしています。
124
:
霊的なうんこ
◆Zx91rKO.Z2
:2014/05/09(金) 00:28:36 ID:z6Xl.VRM0
体験に対するたこ助さんの意識がハッキリとしててすごくよかった
やっぱり宗教的な言葉を使ったりすると妙な先入観がある人がいるから面倒だし
事実をありのまま話してくれるのは本当に素晴らしい
でもたこ助さんの体験全てを
統合失調症の妄想で括ってしまうのは本当にいいのだろうか
そう思うのは俺だけじゃないはず
実際、あなたの体験はいわゆる禅だのヨーガだのの先達の体験と本当にシンクロしてる
俺もいろいろ体験してきて、
それがヨーガや禅で語られてたことに完全に一致してたから
そういった概念でしか解釈できないだけだって自覚してるんだけどね
いわゆる有名な聖者や賢者もみんな、
そういう深い瞑想状態に入れるようになった前後で「魂の暗夜」って言われる
まるでキチガイみたいな状態を自覚して、混乱した時間を最低でも半年は過ごしてるんだよね
みんなそれから体験を深めていく中で、
現実の肉体とそういう変性意識状態の調和をとって数年で安定するんだ
中には、そのまま帰ってこなくなる、つまり肉体的に死んじゃう人もいるんだけど…
もちろん、たこ助の体や意識は、当然たこ助さんのものだし、
病気という解釈で、病院に通い続けるのもたこ助さんの自由だとは思う
それでも、体験を深めることや瞑想はこれからも続けていってほしいと俺は思った
勝手な感想だけど、その才能を封印するのは本当にもったいない
どれだけ望んで長い間修行し続けても、
たこ助さんのように自在に瞑想状態をコントロール出来るようになる人は限られるから…
それと、瞑想状態でエネルギーを操作することに興味が出てきたら
そのときこそ、道教だとかヨーガだなんかに興味を持ってくれたらいいな
これも勝手な願望だけどね
数日間余計な長文書き込んできたから、それは自重しようと思うけど、
これからも毎日このスレ読みに来るよ
125
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:31:45 ID:MKyW/Ihs0
参考になるかわかりませんがようつべにになような体験があるのでもしよければみてください。「奇跡の脳」脳卒中体験を語る / ジル・ボルティ・テーラー
126
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:34:38 ID:YFBUfaR20
>>たこ助さん
シッダールタは悟りを開く前のブッタのことです。
http://kankyo-iihatobu.la.coocan.jp/2contents82.html
また明日お話を楽しみしています。
おやすみなさい
127
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:42:53 ID:MKyW/Ihs0
あとこの本いいんじゃないかとおもいます。目覚めとそのあとのプロセスについて書いてあるので助けになるのではないかと思います。
あなたの世界の終わり アジャシャンティ
128
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 00:43:28 ID:jZs.0A660
体験は真実
肉体の許容を超えたので無意識による拒絶反応で激しい痛みや恐怖を感じ
その体験に近づけないよう脳が自衛のため被害妄想を生じさせ統合失調症を発症させた
というような妄想をしてみたけどどうかな
肉体によって自分自身に制限がかけられてるみたいな
129
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 01:42:10 ID:BKpsq2bc0
とても興味深く読ませてもらいました。
タコ助さんは、私が思うに、見る者と、見られる者がない合一状態と
言いますか、、そんな状態を認識されたのだと理解しました。
(声の主は内なる者)との見解ですが、正しいと思います。
(何故人は外側の神を信仰するのかとの疑問を持っているようですが、)
それは、外側の神を信仰することを通して内側の神を認識しようとする
昔同じように悟った人が考えた、覚醒プログラムの一断片ではないでしょうか。
神社の鏡も同じ役割だと思います。
疑問2(なぜ、人々は、それを「別々の神」として信仰するのでしょうか。)
とありますがこれは、全てが一点だとしたら、本来特に問題ないと思います。
ただし神を語り争う人達は、他人との違と(外)、その個別の中に在る共通な(それ)を感じることが
できないからだと思います。なぜならば個人的自我が強すぎて、その違いを許さず
認めない人は、その共通点も認めないから、(それ)を自分だけの物にしたい
と思うからだと思います。全てが点から始まったのであればそれを知る人には、このような努力は
無用の産物だと言う事だと思います。しかし、分からない人には神と言う言葉や
悟りプログラムは必要なのかも知れません。湾曲された宗教や個人的な神が全ての人類の元凶だとしても。
読みにくい長文ですいません。
130
:
あ
:2014/05/09(金) 07:37:10 ID:YwFGOZ/w0
非常に興味深くて面白いです。
多分赤ん坊の時は皆こういう状態だったんだろうなって思う。
私も合法的な危ないお薬(笑)で変な体験をした事があるのですが、精神病ってバチッとスイッチが入る様になる事もあるんだなと思いました。
私の場合はその後解離症状が出て1年位は症状に悩んだりしましたが、普通に日常生活を遅れるレベルだったので、病院に行かず放っておいたら自然と治りました。
といってもまあ、自分が勝手に治ったと判断しているだけで、実際の所はわかりませんが。
これを読んで思ったのは、人間は思考出来る様になった事で、解釈によって生きる様になったんだという事。
例えばの話、赤い花を見て赤いと感じる。
色を持った花を見ている事自体は事実ですが、「赤い花」という部分が知識による「解釈」だとします。
それが皆が同じ事を共有出来れば、既成事実となりますが、それが例えば色盲だとか、他の人と違う突拍子のない解釈であった場合に、所謂妄想と呼ばれる様な物になる。
様は瞑想中は色盲の様に特定の色が感じらず、通常とは違う色に見えてしまうといった様な、特定の脳機能が過剰に解放、または制限された状態の様な物だという事。
タコ助さんの場合は余りにも超越した体験の為、それを解釈しようとすると、これまた超越したストーリーを作らざるを得ないといった具合なんだと思う。
ただ何の言語も無い、解釈も存在しない様な状態に入り込んだ時、正に感じるだけの赤ん坊状態の方が言語的な解釈に惑わされずに判断出来る場合もあると思います。
なのでタコ助さんの体感自体は事実で、その状態で感じた事自体は現実世界を考える上でも凄く意味がある事だと思いますが、体験した事に対するストーリー付けは知識による後付けであって、妄想だと私は思います。
現実世界(解釈による世界)
↓
瞑想中の体感(脳機能が制限された赤ん坊状態、病的状態)
↓
現実世界(体感を日常の現実世界に統合、解釈しようとした結果、病的状態や妄想が出てしまう)
といった具合ではないでしょうか。
長文駄文ですみません。
131
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 10:08:19 ID:CATaHdjI0
面白い話だなー。
12の構造ってのがよくわからんけど、12の1つ1つが宇宙で、
12の宇宙で1セット(図の一つの○)、そしてそれが無限に繋がってる?
132
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 12:23:47 ID:XpFI3n3w0
たこ助さんは自己超越に至ったんじゃないの?
瞑想ごっこは瞑想そのものだし
自己超越に至る道は一つじゃないし。
かくいう俺も自己超越に至ったんだけども
その時は自己超越なんて言葉は知らなかったし仕事中に唐突に入った。
俺はその状態が1ヶ月ほど続いたけどそれはもうとても素晴らしい体験だった
すさまじい幸福感を感じたし
目に入る全ての物が美しいと感じたし
すべてを愛せた
口に入れるもの全てに素材の味を感じてとてもおいしかったし
眠らなくても全然元気だったし
むしろお腹減らなかったし
細胞すべてが生き生きしてて肌がプリプリだったし
体は締まっていったし
答えは思考せずとも外から入ってくるように感じたし
エロに対しても異常に興奮した
アソコのサイズもびっくりするぐらいでかいし
書ききれないほど素晴らしい体験だった
そのさい俺も神にあったよ
俺の神は光そのものだった
133
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 15:32:18 ID:uB9Ly9U20
最初に宇宙の外側に行った後に起こった不思議体験の話が聞きたい。
ちなみに昔統合失調症だと診断されたけど、当時は「統合失調症だろうと何だろうと私はただ死にたい。」って感じだったよ。
これは統合失調症なのだろうか?というような考えすら浮かばなかった。
多分たこ助さんは、悟りとかの予備知識やなにやらがないまま
急に奥深いところまで行ってしまったからなかなか理解が追いつかないし、自我が自我であり続ける為に抵抗しているのではないかと思う。
134
:
不思議な名無しさん
:2014/05/09(金) 20:10:16 ID:X.97zJEA0
興味深い話しだなぁと。
時間と空間とか、解るわー。
今は怖くて出来無いけど、時間概念で言うと過去の自分にシンクロ出来ちゃうんだな。 小さい頃は意味判らなかったけど何となく未来と繋がった感がたまにあったかな。
年取ってからは、時間軸で「自分が重なってる」状態なんだって理解した。
因みに糖質でもジャンキーでもないですよ。
たこ助さんはその先に行っちゃったんだ。私は恐怖を感じて行かなくて正解だったって読んでて思った次第。
135
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/09(金) 23:06:50 ID:LTzTIw1w0
余計なことは言いません。
たこ助さんとこのスレを読んだ方々に幸大きことを!
136
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 00:33:58 ID:KPSTbrXA0
>>124
意見を聞かせていただいて、ありがとうございます。
俺は統合失調症を罹患した経験では、
陽性症状が顕在化している時には「キチガイ」という言葉が正しいかという議論は別にして、
正常とは決して言えない恐怖にさいなまれていました。
陰性症状と認知機能障害を含め、これらは大変な苦しみでした。
その中で「死」という選択も確かにあったことは事実です。
幸いにして俺は早期に治療を開始したため、比較的軽症で寛解に至ることができました。
精神医学は数値によるベンチマークがないため、つかみ所のない印象がありますが、
救ってもらった身としては、治療の継続は重要であると思っています。
しかし、俺が行っている「瞑想ごっこ」については、
継続して行きたいと、最近は思うようになりました。
エネルギーの流れは体が覚えている(と言うと非常にエキセントリックですが)ので、
それをコントロール出来るようになれれば、何かが得られるのかも知れないです。
>>125
教えていただき、ありがとうございます。
おーぷん2ちゃんねるのスレでも、似た動画を紹介していただきました。
右脳と左脳の働きは興味深いですよね。
>>126
教えていただいてありがとうございます。
俺の場合は「瞑想ごっこ」なので、ブッダのようなすごい人が見たものとは、
多分違うと思います。
では、俺が見たものは何だったのか?
そう聞かれると「統合失調症による妄想」とする反証しかありません。
すべての帰結点が「病気に因るものである」という考え方は、他の解を排してしまうのも事実なのですが。
137
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 00:34:16 ID:KPSTbrXA0
>>127
教えていただいてありがとうございます。
俺は「目覚め」は体験していないので、少し分野が異なるかも知れませんが、
機会があったら読ませていただきたいです。
>>128
確かに、俺の器に余る情報を受け付けないために、
脳が自衛対応をしたという考え方は、興味深いと思います。
しかし、肉体が無ければ自我もなく、自我がなければ探究心もありません。
俺たち肉体を持つ生命は、生まれながらにして旅人なのかも知れません。
・・・あと、愚痴ですが、統合失調症の発症が脳の自衛対応だとしたら、
もうちょい、やんわりと自衛して欲しかったですw
>>129
観測者の有無は、とても興味深い考え方だと思います。
俺の聞いた「音のような言葉」は、体験すれば「外にある」と感じられるため、
内を知るため外を知ろうとするという解釈は、腑に落ちます。
神道に明るくないのですが、確かに「体の中にも神様がいる」とする解釈は、
これに近いのかも知れません。
「複数いる神」の共通性を認められない、という解釈も興味深いですが、
「自分だけのものにしたい」という点には疑問です。
俺の私感ですが、それは「一人一人の中にあるもの」でした。
同時に、それらは結びつき合い、一つでもあるはずなのに、
それを占有したいと考えるのは奇妙なことです。
なぜ、神性は個々ではなく、個となってしまうのでしょうか。
138
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 00:35:38 ID:KPSTbrXA0
>>130
赤ん坊の頃の意識と結びつけた考え方と「解釈」による思考の有り様について、
とても面白く読ませていただきました。
俺の体験した出来事は、俺も妄想だと思っています。
ある特定の「事実」があるとしても、その事実をありのままに表現できる存在は、この世界にはありません。
その結果、仮に俺が体験したことが「事実」であったとしても、
俺の知識に湾曲され、曲解されることは間違いありません。
では、俺の体験した「事実」とは何だったのか。
これを「統合失調症による妄想」であると俺は解釈していますが、そうでないと思う人もいます。
仮に、同じ病気を抱えている人で、類似の体験をした人が複数いれば、それは「事実」になります。
しかし、類似の体験がないか、非常に希有だった場合、それは「非事実」になってしまいます。
何が事実なのか、それを知るには比較により差異を見出すしかないのかも知れません。
そういう意味では、俺たちが見ている「事実」も曲解された結果です。
世界を「解釈」しているのは、俺たちの脳であって、自分ではありません。
俺たちは何を見ているのか、感じているものとは何か。
自分とはどこにあるのか・・・
「解釈による思考の有り様」は、非常に奥深く面白いと思います。
>>131
俺の感じた限りでは、「12の構造」が折りたたまれて、
1つの宇宙になっているように思いました。
12の宇宙とも言えるかも知れませんが、12であっても、それは1でした。
この無限の構造が、どこまでも続くイメージです。
>>132
俺の場合は、この体験を初めてした時には、
食べられず、寝られず、疲労して結構ボロボロだったと思います。
自己超越については、俺にはよく分かりませんが、
それを自分で認識できるのは、すごいことだと思います。
139
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 00:50:45 ID:KPSTbrXA0
>>133
体験については、おーぷん2ちゃんねるのVIPスレで詳しく書かせていただきました。
URLが貼れないのですが、そのスレの
>>58
辺りです。
俺も、この病気に関する知識を持ちながら、罹患していることに気づけませんでした。
ただ合理性のない恐怖だけがあり、それをぬぐい去ることが出来なかったことを覚えています。
自我が自我がありたいと思うことは自然なことなのかも知れないですね。
奥深いかどうか、自分では何も分かっていないのですが・・・
>>134
精神活動の中で、過去とリンクする感覚は、俺は体験したことがありません。
ただ、上にも書かせていただいたのですが、
「自分とはどこにあるのか」
これは、なかなか難しく、面白い考え方なのかも知れません。
>>135
さとうさんの書き込み、悟りスレで見させていただきましたよ。
「エゴは消えることを絶対に認めない」という言葉は、とても興味深いです。
死の恐怖、心が感じるストレス、自分の居場所。
これらは非常に重要なもので、エゴが生みだしているものなのかも知れないな、と思考しました。
俺から質問させていただいて良いでしょうか?
エゴとは「自我」とも言えると思いますが、
そもそも、エゴに「なぜ?」という探究心はあるものなのでしょうか。
140
:
129
:2014/05/10(土) 00:52:09 ID:2t6E65n20
>>137
141
:
129
:2014/05/10(土) 01:39:17 ID:BKpsq2bc0
>>137
確かにタコ助さんの言う通り占有したいと思うこと自体おかしなことで
ありえないことを望んでいることになりますが、この現世の社会では
それが多数なのであらゆる争いがあるのだと認識しています。
神性は個々でもあり個でも在ると思います。ただ形や名称にとらわれる為
におこる錯覚に落ちたとき時、個々と個の合一が分離すると言いますか、、、
繋がりを認識できなくなり、人は不安になり不安は悲しみ、恐怖に変わり
現実を否定し、ごまかす為の快楽依存又は破壊行為につながると思います。
瞑想で多幸感を感じるのはその繋がりを強化することができるからだと思っています。
(タコ助さんのレベルに行かずとも。)
タコ助さんは(声の主)と対話する私(タコ助)さんの自我を両方を同時観測している、
第三の視点と言いますか、、その両方を見ている意識はだれだとおもいますか?
又その意識が在ってこそ対話の観測が可能なことには気づいていますか?
142
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/10(土) 05:18:20 ID:/WMh.yZQ0
〉たこ助さん
〉エゴとは「自我」とも言えると思いますが、
そもそも、エゴに「なぜ?」という探究心はあるものなのでしょうか。
了解しましたが、用事があるので今晩にでもお答えさせていただきます。
宜しくお願いします。
143
:
不思議な名無しさん
:2014/05/10(土) 12:10:35 ID:8w.ahSxc0
また一人覚者が増えたか。
12進法はガチ。
常識とかいう制限側の情報を元に病だとは判断しないでよいかと。
焼き切れてしまわない程度に探求してください。
144
:
131
:2014/05/10(土) 12:15:42 ID:nhx.VdnY0
>>138
レスありがと。
しかしやはり漠然としててイメージにもならないなあ。
12の構造の1つ1つがどんなのか、なんとなくでも答えてもらえるとうれしいw
「成りて成る」ものってのは要するに全てになるエネルギーの源流みたいなものなんだろうね。
一人ひとりの人間の精神なんてのは大樹についた無数の葉っぱの、
その葉についたうっすい産毛の1本みたいなもんなのかもね。
145
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 20:14:12 ID:aZQAUn020
>>141
確かに、「形」としての神性にこだわる気持ちは、誰にでもあるものですね。
仮に俺が体験したことが事実だとしたら、
神は一つでありながら複数ある、という答えになり、
その二面性のどちらに認識の重きを置くかで、神性は性質を変えるのかも知れません。
俺が一連の体験を客観視できている理由は、
ここで対話していた「自分」は、自然と沸き上がる思考であって、
まるでテレビ画面を見ているように、両者を眺めることが出来たことにあります。
その時の自分は「録音テープ」のような自分と、それを聞いている自分とが分離していたように感じています。
>>143
覚者ではないと思いますが・・・
この世界にある常識にそぐわず、その結果として生き辛いのであれば、
それは病気と考えて妥当であり、治療が必要だと俺は思っています。
探求には興味を引かれますが、これは実は難しい問題です。
次に何をしたら良いのか俺には分かりません。
>>144
12の構造の全容については、それを一意に表現する言葉が見つかりません。
そして、構造の1つ1つに、どのような意味があるのか、
それについても言葉が見つかりませんが、
大まかな図は書くことができます。
http://imepic.jp/20140510/723170
灰色の円「認識」については、良い言葉が見つかりませんでした。
「真実」や「実体」のような言い方も出来るのかな、とは思うのですが、
ここでは、「心」という言葉を用いている関係上「認識」としました。
「エネルギー」は、物質を含む力です。
しかし、その波長はとても長いため、俺たちは物質を波とは見ることが出来ない、そんな感じです。
「心」は、「人が持つ『世界の歯車を回す力』」というイメージです。
法則は、「世界の内側」において働く力です。
その一部は「世界の外側」で生じた結果を埋め合わせるために働く場合もあるように感じています。
「認識」は、「有る」という事実です。
しかし、この表現は不完全であり、他のすべてが「力」であるのに対して、
これだけは、うまく言葉を当てはめることが出来ませんでした。
12の構造のイメージを「なんとなく」伝えると、このようになります。
146
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/10(土) 20:16:02 ID:f5acoR/E0
>>139
たこ助さん
亀レスになりましたが、お返事をさせて頂きます。
〉「エゴ」に好奇心(探究心とも言えます)はあるものなのでしょうか。
厳密に言えば、エゴに好奇心は無いと思います。
エゴは分離故の存在なので、分離のない状態は自己の消失を意味します。なので、エゴは自己保存の為に、手当たり次第ありとあらゆるものを利用します。
例えば、『自分とは何か?』という事を探求している人物がいるとします。
エゴの視点から見れば、これは当然の行動です。探求を続ければ続けるほど、自分自身の存在を定義化や固定化できるからです。
エゴは自分自身を『有りて有るもの』としたいのです。
これを好奇心というならそう呼べると思います。
しかし、分離状態の僕らの心の中にはには、エゴとは違う部分もあり、それがエゴの行動を完全に利用しています。それは、エゴが自らを完全に固定化する為の行動を利用しているのです。
今回のたこ助さんの体験は、エゴが自己探求という形で自らを固定化したいが為に起こしたことですが、心の中のエゴとは違う何かは、間違いなくエゴの行動を利用していたと思います。
ところで、たこ助さんが自我をかろうじて維持したまま、あの世界にいきましたが、自我にとっては恐怖だったと思います。
〉自分は、自分ではない。そして、「成りて成るもの」の内側に自分たちはいるのです。それは、絶望にも近い、何もかもすべてが分かったような、悲しみにも似た感情でした。美しすぎ、あまりにも悲しく、そこを見るべきだったのかどうか分からないまま。
エゴが目指した先に、自分が存在していないことを知ったら、エゴは絶望するしかありません。エゴにとっては最大級の恐怖でしょう。
逆に、エゴではない心の部分は、月並みな表現ですが、あの世界を美しく調和の取れた世界と感じたでしょう。
僕は、もしたこ助さんがエゴ無しであの世界に到達していたら、もうこちらに帰ってはこなかったと思います。エゴがあったからこそ、こちらに戻ってきて、皆に体験をシェアできているのでしょう。
それから、敢えて時間のルールの中で話すなら、最終的に『成りて成るもの』はこの世界とともに消え去ると思っています。
その先のことは、何が起きるのか表現さえ不可能です。
〉「エゴの発生」という究極的な部分への好奇心もありますが、
なぜ分離のが起きエゴができたのか、なぜ成りて成るものが自らを消し去る(この点はたこ助さんは述べてません)のか、ある程度はヒントらしきものはもらっていますが、はっきりと、僕らは真の意味では理解できないとも言われていますし、僕もそう確信しています。
以上、宜しくお願いします。
147
:
131
:2014/05/10(土) 20:48:35 ID:CATaHdjI0
>>145
おお、詳しくありがとう。すごく興味深い。
認識ってのは多分、こう思ったからこうなる、みたいなものじゃないかと思うんだけどどうだろう。
極端なことを言うと、コンクリートが硬いのはみんながコンクリートが硬いと思っているからだ、みたいな。
引き寄せの法則という、自分が信じきれば(願望ではなく言葉通り信じて疑わない)
現実が引き寄せられて信じたとおりになる(近づく)、というものがあるけど、
図からシンプルな考え方をすると心が認識に働きかけてエネルギーと法則を動かす、という感じになるんだろうか?
148
:
不思議な名無しさん
:2014/05/10(土) 21:36:25 ID:q306mBnU0
あなたは「決して悟ったり解脱してはならない」。
なぜならばEOイズムに限れば悟りというのはもっとも悪質な犯罪であり、
宇宙から弾き出される異分子となる事になるからだ。
それは存在宇宙の意志には決して貢献しない。
宇宙があなたに下した命令は、「存在し続けろ、生まれ続けろ、苦しめ、
楽しめ、そして生活の動機はでっち上げてでも、とにかく生命を繰り返せ、
動き続けろ、退屈するな、思考し続けろ、
目的を絶えず作れ、娯楽を生み出せ、理由などどうでもいいから、
とにかく活動が停止しないように頑張りたまえ」というものだからだ。
149
:
Q
◆XksB4AwhxU
:2014/05/10(土) 21:44:43 ID:DKLYq9HY0
>>145
ヒトの体には脊髄に沿って7つのエネルギーセンターがあるそうですが、私はそれはまさにタコ助さんの言う12の構造であると見ているのですが、どうでしょう?
つながりとか感じたりしませんか?
認識が他と違うのは、それが完全に静止していて幅のない断面であるから、かな?
まったくの見当違いかもしれませんが
150
:
129
:2014/05/10(土) 22:10:47 ID:BKpsq2bc0
>>145
そうなりますね。その声の主とタコ助さんの自我、とのやり取りを
観測する(私)があって、その私の意識の内の中の出来事と言えないえ
ると思います。その私(意識、見るもの。)が観測者だとしたら
見られる者(声の主と自我)は双方とも、私(意識、見るもの)の映し出した産物
想念による自我と自我との対話になると思います。
その自我と自我の対話を見ている私とは誰か?とその私が私に問うことができれば
そこで、初めて(私は在りてある者)または、(あるがままに在る者)
と、一なる者、と繋がりのある自我が苦肉の策の言葉で答えるとおもうのです。
自我はエゴとは厳密には違うと思います。意識(一なる者)の内から私(想念1)が生まれ
私(想念1)の内に想念2(私の思い、思考)が生まれそして最後に身体を等して物質世界に反映されます。
エゴとはこの過程で言えば、想念2にあたると思います。
ここで言う意識(一なる者)は万物に在り、全てを貫く人が神と例えた者だと思います。
ここで言う私(想念1)思考や思いを観測する意識は普段の人間が活動する意識です。
ここで言う(想念2)私の思い、思考に執着しエゴが強くなると個と個々の分離が起こります。
この例えでいえば、(個)が一なる者で個々が私(想念1)です。故に想念2が強くなると
個と個々を見失い分離したよう錯覚すると思うのです。しかし本当は、一なる者から、私も想念も
身体を通して作り上げる物や行為も、全ては一なる者なくしては存在できないのです。
説明上分離と言いましたが分離は不可能であり見失うだけです。
タコ助さんは(覚醒状態では思考力が落ちると)言われていますが、それは正しいと言えるのです。
思考とは恐怖の回避です。又はあるがままの現実世界の否定ともいえます。
世界を完全に在るがままに肯定するが故に多幸感と美しい世界が目に映ります。
最後の最後で恐怖に落ちた体験は想像するだけで大変だったと思います。
とても伝えたくて我慢できませんでした。ながながと長文お節介失礼。
151
:
不思議な名無しさん
:2014/05/10(土) 22:32:16 ID:8w.ahSxc0
知覚とは広がりなどではなく『限定機能』である。
あなたの限定した知覚の世界以外は、あなたにとっては世界ではない。
世界などというものは、ただの限定知覚の中にしか存在しない。
152
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 23:28:50 ID:aZQAUn020
>>146
ご返事のレスをいただいて恐縮です。
エゴに「探究心」がない、この意見には俺も賛成です。
そして、エゴとは本質的に「自分が自分である」という自信がないもののようにも思えます。
レスを拝見して、
利己的な衝動と、本能的な衝動、これに加えて道徳的な衝動(これもエゴの一部かも知れませんが)。
この3つがせめぎ合い、エゴとは生まれているのでは、と思考しました。
必ず“有る”ことを排他的に選択するエゴは、俺を道案内し、
俺に「エゴ」と、「それ以外の何か」の境界に見せたのかも知れません。
しかし、一つ腑に落ちないことがあります。
俺の体験が事実であったとした場合ですが、
エゴは「自分とは何か」を問いかけ、その先を見せようとしました。
しかし、そこで俺は大変に美しい空間が広がっていることを感じ、同時に「自分が無い」ことを体験しています。
これは不合理なもので、まるでエゴが「行くべき場所」に案内しておきながら、
その場所を知らなかったように思えるのです。
これを合理的に解決する答えは「その場所は知ってはならなかった」となりますが、
それでは、俺をその場所へ向かわせたのは、本能的なものだったのでしょうか。
疑問は尽きません。
>なぜ成りて成るものが自らを消し去るのか
これは、俺が体験したことによる感想なのですが、
「成りて成るもの」も、「時間のようなもの」の制限を受けているように思えました。
なぜなら、俺が「自分が無い」場所で見た時、「空間のようなもの」が広がっていたためです。
空間と時間は同一のものです(その場所でも、この対称性が守られているかは分かりませんが)。
よって、「成りて成るもの」も、俺たち人間とはスケールが違うかもしれませんが、
変化があり、限りあるものではないか、このように思っています。
153
:
129
:2014/05/10(土) 23:29:46 ID:BKpsq2bc0
知覚とは自我の産物であり。双方現われては消える。
故に限定的現象であり、私を内包する者から見れば私が知覚する
世界や私の思考思いはテレビに映る映像であり、そこにある実在ではない。
が映像を映すテレビ自体は存在する。
154
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/10(土) 23:47:03 ID:aZQAUn020
>>147
認識は「事実を脳が処理した結果」だと思っています。
コンクリートの堅さは、人体が体感した結果だと思いますが、
この本質性とも言えるかも知れません。
この図は、例えば世界が一つの歯車だった場合、
その歯車を回す「原動機」を示したものだと、俺は考えています。
この4つの力(正確には12の力ですが、8の力は混ざり合っているため、明確な区別がしにくいイメージ)により、
「この世界の現象」は起きているように感じました。
ただ、そうなると「思う力が集まれば世界を変えられるんだ!」みたいなことになって、
エキセントリックな答えが出てしまうのですが・・・
>>148
俺はEOイズムを良く知らないのですが、リビドーとデストルドーの話しでしょうか?
犯罪という通念は、多分、人間が作っているものなので、
本質的な心は持っていないと思いますよ。
そして、これは俺も統合失調症の陽性症状で陥ったことなのですが、
宇宙には人間が考えるような意志はないと思います。
「ただ有りて有る」ものが宇宙であり、仮に宇宙が「苦しみながらも生きろ」と言うのだとすれば、
それは、自我の叫びなのではないかな?と、俺は思いました。
>>151
その考えについては、俺も思考しました。
例えば、俺たちがいる世界は仮初めで、実際には試験管の中に浮かぶ脳、
これが見ている夢なのではないか。
しかし、この考えには腑に落ちない点があります。
仮にそうだったとして、では「その答え」を考えさせるような仮想世界を、
なぜ作り上げたのか、という疑問です。
観測していなければ、その事象は存在しない「かも知れない」。
しかし、合理的に考えれば、その事象は確実に存在します。
「限定された世界」以外の世界は、確かに存在するのであって、
ただ俺たちが知らないだけなのだと、俺は考えています。
155
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/11(日) 00:08:14 ID:aZQAUn020
>>150
自我と自我との対話であったとしたら、疑問が残ります。
その時、俺はそれを客観的に見ている「視聴者」でありながら、
確かな意志を持ち、「音のような言葉」と対話しているのです。
確かに、その時は思考せずとも思考でき、「思考」と「自分」を分離することが出来ましたが、
果たして、それは自我と自我との対話だったのか。
仮に自我同士の対話だとしたら、一方は進むことを拒み、一方は進むことを肯定していました。
この矛盾は、どのような働きで生まれたのか。
と、疑問は尽きませんね。
「神を見失う」という考え方は面白いと思います。
果たして、万物にある「神性」が宗教発生と関係があるのか。
精神活動の発達により、それを見失うことこそが「今を生きる」ということなのか。
なかなか難しい解釈です。
(俺は、色々と語弊があることを承知の上で言えば「今を生きる」ことを選んだわけですが)
これは、テレビの実在と、番組の非実在とも関わってくると思いますが、
これは人間の「脳の働き」にも言えることかも知れません。
「見ているもの」が事実なのか。
「観ずるもの」も事実なのか。
156
:
不思議な名無しさん
:2014/05/11(日) 00:37:03 ID:bT6nV1fE0
たこ助さんとさとうさんのやりとり、
興味深く読んでます!
思考と感情がなければ、個っていう概念は
生まれないよね?もし自分に思考も感情も
なければ、世界をどう眺めるのだろう。
たこ助さんは瞑想中、感情があるよね?
幸せな気持ちとか、高揚感みたいな。
感情って身体の一部が反応することだと
理解してたけど、たこ助さんは瞑想中の
感情は身体で感じているのですか?
エゴって脳含めた肉体なのかな。
肉体の死がエゴの死なのかな。
脳死ってどうなんだろ。思考がなければ
判断しないよね。記憶も思考もなければ
感情も湧かないよね。
エゴって何なんだろう。不思議過ぎる。
この知りたいって好奇心。全てに意味を
見いだそうとするのは思考?本当は
全てに意味がなくてただのエネルギーの
かたまりだったりして。
157
:
129
:2014/05/11(日) 00:51:57 ID:BKpsq2bc0
<<155
その矛盾は私から生まれたと思います。
思考で一方が否定し一方が肯定することを、葛藤と言うと思います。
それは日常生活ではよくあることです。ただ分離して第三者として
映像でみることは稀なことと思います。
想念②から完全に分離した想念①がその有様を観測できたと
言うことは、もしかしたら一なる者と融合して、その後の分離過程
をヴィジョンとして観測したのかも知れません。一旦は全ての真理を
悟ったように感じて今ここでその体験を分析していると言うことは
そのような過程だと思います。もし融合を現在も維持しているのならば
探求はありえないと思います。体験を分析し理解する過程だと思います。
神を見失うとは一般的には人は言いませんが、我を見失うとはよく聴きます
その時ひとは想念②と想念①を同一化しています。故に一なる者がより
見え難くなるのだと思います。
テレビはその空間では身体で触ることができます、これをここでは実在
と定義すると、テレビに映る物は触ることはできませんし具現化もありません
触ろうと手を伸ばして触ってもそれがテレビなのです。その見地での例えです。
故に番組を放送している人たちの存在の有無はこのたとえでは
フラクタル構造の外の話でまた別の見地での話しに拡大しなければ
説明できないのでまた別の話です。しかしそれも構造的にはスケール
の違いだけで同じ構造だと認識しています。
158
:
129
:2014/05/11(日) 00:55:32 ID:BKpsq2bc0
>>157=>>155 タコ助さんへのレスです
アンカーミスしました。
159
:
129
:2014/05/11(日) 02:00:41 ID:BKpsq2bc0
>>156
私見では、私と言う想念1が肯定で最初に一なる者から現われます
これを探求心や好奇心といえると思います。
その後に想念2が否定としてたち現われ想念1と葛藤します、
過去の経験や体験の執着の残りカスが(想念2)偏見やエゴと我々が認識している物と思います
故に肯定も否定も一なる者がなくして存在しないことになります。
何故肯定や否定があるのか(争いや個人的内な葛藤)と言う疑問がのこりますが、
それは人間を一つのデジタル、アナログ変換機として見れば話は早いです。
又は光合成といっても良いかもしれません。
160
:
不思議な名無しさん
:2014/05/11(日) 03:12:42 ID:HzCQp0oc0
テスト
161
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/11(日) 05:38:49 ID:/WMh.yZQ0
>>152
たこ助さん
〉たこ助さん
〉これは不合理なもので、まるでエゴが「行くべき場所」に案内しておきながら、その場所を知らなかったように思えるのです。
ある場所で、エゴに合理性は無いと書いたことがあります。
なので、たこ助さんがお考えの様に、エゴは行き先を知りませんでした。なので、エゴは「行くべき場所」へ、たこ助さんを案内したつもりは全くありません。
自己を強化できる、良さそうな場所があるから行ってみよう、という感じだったのでしょう。
例えると、「この株を買うと絶対儲けますよ!」と勧められたので、その気になって買ってみたら、その会社があっという間に破綻してしまあい大ショック!という感じでしょうか。
因みに、なぜここ迄エゴの事を理解できるのかというと、かつてエゴの無い自分自身と出会った体験があったからです。
超越体験や至高体験とは違い、只ひたすら穏やかであった体験でした。
勿論、今の僕はエゴとお友達ですが、その体験があったからこそエゴを理解できるのだと思っています。
ここでは話しが長くなるので体験の詳細は割愛させて頂きます。
〉よって、「成りて成るもの」も、俺たち人間とはスケールが違うかもしれませんが、変化があり、限りあるものではないか、このように思っています。
同じことは考えたことがあります。
今の僕の一応の答えは、「成りて成るもの」は、この折りたたまれた世界の中では完全体であり、自分とは何かを100%理解している。しかし、100%理解しているからこそ、この世界とともに自らを消すことになるということです。
但し、肉体を持った人間には、真相は理解するのは難しいような気がします。
たこ助さんの見た世界は、完全に「抽象の世界」ですから、説明する為に言葉に変換するのは大変だと思いますが、非常に興味深い話なのでシェア頑張って下さい。
162
:
不思議な名無しさん
:2014/05/11(日) 06:02:01 ID:7Vn7v6s60
たこ助さん、とても興味深く読ませてもらってます。
エゴで盛り上がっているところ、異なる質問で申し訳ないのですが
「大きな世界」では、複数の時間に、1つあり、「小さな世界」では、1つの時間に、複数ある。
とのお話でしたが、「大きな世界」「普通の世界」「小さな世界」には明確な境界があるのでしょうか、それともグラデーションのように徐々に性質が変わって行くものなのでしょうか。
また、宇宙の外側に12の構造があったように、極小の世界にも、現在考えられる(超ひもの弦?)よりさらに先はあるのでしょうか。
もし体験の中で感じたところがあれば教えてください。
163
:
131
:2014/05/11(日) 16:23:25 ID:f95Q5aYw0
>>157
そのエキセントリックなものが答えで間違っていないと俺は思ってるけどね。
>>147
で書いた引き寄せの法則もその一端なんだとすれば一応筋が通るし。
過去への行き方で過去の明晰夢を見て、そこを現実世界だと認識できるようになると
その夢の中が本当に現実になり、その世界でその後生きていくなんてていう話もあるし。
(実際の過去とは微妙に歴史等の誤差があるパラレル世界になるらしい)
夢の中が現実世界そのものになる、なんて人間の常識ではまるで説明不能な
それこそエキセントリック以外の何物でもないけど、
たこ助さんの見た世界構造に当てはめればそれ程不自然なものではない気がする。
認識と心がその世界の枠組みを作って、そこにエネルギー(物質)と法則が組み合わさって
世界を形作るみたいな感じかな。
あてずっぽうで無理やり紐づけているとは思うけど、どうだろうw
164
:
131
:2014/05/11(日) 16:24:47 ID:nhx.VdnY0
>>163
の安価は
>>154
宛てだった。
アンカミスごめん。
165
:
Q
◆XksB4AwhxU
:2014/05/11(日) 17:41:55 ID:DKLYq9HY0
タコ助さん、12の構造に方向はありますか?
エネルギー→心→法則→認識→エネルギー
というような
そう見えるように描いて下さってますけども
166
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/11(日) 20:18:44 ID:aZQAUn020
>>156
「個」は、思考と感情が無くとも存在出来ると思いますが、
それを認識して「これは個である」と考えることは出来ないと思います。
仮に思考と感情がない状態で世界を見たとしたら、
それは「事実そのもの」と言えるかも知れません。
しかし、それを「事実」として理解しようとしないのですから、
それはただ「有る」だけです。
俺が瞑想ごっこをしている時は、感情があります。
ただ、表現が難しいのですが、その時は興味の無いテレビ番組を見ているような感じです。
一方で、そのテレビ番組を興味津々に見ている自分もいます。
これらを体が感じているものなのか、と聞かれると答えは、
「感じているが、感じていない」という表現になってしまいます。
当事者である自分と、それを客観的に見ている自分、この2つが同時にあります。
エゴの死は、脳の死だと思います。
仮に肉体を失い脳だけで生きていてとしても、そこにはエゴが残ると考えるからです。
しかし、仮に脳が死んだとして、そこでエゴも同時に消滅するのか、
これについては、俺の感覚で答えるとエキセントリックな答えになってしまいます。
それは、まるで霊の存在を認めるようなものなので、俺は得意ではありません。
>>157
俺の感じた矛盾は、
不可侵な場所へ進むことを禁じる立て看板があり、
しかし、その隣には、通行可能の立て看板がある、という表現が近いかも知れません。
この2つの中間的な解釈は「あなたのご自由にどうぞ」ですが、
では、なぜこの立て看板が立てられていたのか。
葛藤とは、その立て看板を見た俺の主観的なものです。
よって、疑問は「この立て看板の意味」ここに帰結します。
立て看板をエゴに置き換えます。
エゴは「禁じる」と「通行可」の中間として「自分で選べ」と、俺に選択させたのです。
なぜエゴは、
「この2つの選択を自分に見せたのか」この疑問はもちろんですが、
俺の疑問は、
「その時点でエゴは俺に選択を掲示したのか」という点に帰結します。
167
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/11(日) 20:19:14 ID:vzJ67b9I0
>>161
エゴの合理性の消失について、詳しく書いていただいてありがとうございました。
「エゴによる道案内ではない」とした場合、
この部分に宗教的な「人智を超えた存在」が入り込む隙間が出来るように思いました。
エゴによって導かれたのではないとしたら、自分は高次元の知性に選ばれたのだ、と思ってしまう。
しかし、それは大きな間違いだと俺は思います。
エゴの無い自分は想像が難しいですが、
俺が体験した出来事は、以前にレスで意見をもらった通り、
エゴによって後付けされた物語なのかも知れません。
しかし、エゴと共に有る自分たちは、エゴが付けた物語から、
そこに埋もれた「事実」を読み解くことしか出来ないのかも知れません。
ただ、この考え方で得たものは、
次に「瞑想ごっこ」をする時の目的になりそうです。
それは、「抽象の世界」で「自分」を見るという目的です。
俺は思慮が浅い上に無知なので、今後も色々と教えていただくことがあると思いますが、
「成りて成るもの」がある世界で「自分を見る」、
これが出来れば、何かを得ることが出来るような気がしています。
168
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/11(日) 20:20:04 ID:aZQAUn020
>>162
「大きな世界」「普通の世界」「小さな世界」には、境界はありませんが、
それを「見ることが出来るかどうか」という意味では、境界があります。
すべては、グラデーションのように結びついていると、俺は感じています。
ただ、そのどこかで「特定のエネルギー特徴が顕著になるポイント」はあると思います。
それが、12の構造だと思います。
以下は、俺の妄想ですので、非常にエキセントリックですが・・・
極小の世界はあると思いますが、そこでは「普通の世界」の物理法則とは性質が異なっています。
なぜなら、そこはエネルギーの世界だからです。
すべては波であり、エネルギーの特徴的なポイントによって、
それが「物質の世界」へと出現して「物質」として定着する。
俺の感じたイメージはこんな感じです。
では、「波」の特徴的なポイント以外はどこに行ったのか。
それは、エネルギーの世界に残されていますが、
それは「境界」によって隔てられ、観測することが出来ないのではないか、こう思っています。
ね、エキセントリックでしょ?
>>163
夢については、俺も不思議に思っています。
俺は子供の頃から夢日記を付け続けているのですが、
夢の内容と、現実の出来事には奇妙な符合が確実にあるように思えます。
その結果は、まるで夢が未来を予知しているようでもあり、
非常に不合理な結果だと分かってはいますが、「夢」は非常に興味深い分野だと思います。
俺の妄想では、
「物理法則」と対照的に「概念的な事象」も変化している・・・
という、大変にエキセントリックな考えがありました。
さらに加えて、人間の意志が物理法則をねじ曲げることがあるとしたら、
それは、もはや神の仕業のようにしか思えません。
169
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/11(日) 20:20:45 ID:aZQAUn020
>>165
実は、
>>145
に貼った「12の構造」の図は不完全なものです。
「認識」と書いた部分は、
これを俺の感覚で言い表すとしたら「構造」となります。
(この「12の構造」に気づいた、という意味です)
俺は「12の構造」に出会い、「構造」を入り口としました。
仮に、この図への解釈を許してもらえるのだとしたら、
人間は、「心」と「法則」の中間にあります。
人間から見た場合は、
「法則」→「認識(構造)」→「エネルギー(素粒子)」→「心」
という順番になります。
170
:
Q
◆XksB4AwhxU
:2014/05/11(日) 20:53:48 ID:DKLYq9HY0
>>169
丁寧に答えていただき、ありがとうございます。
私は12の構造に十二支を重ねて見ていまして、その順序に関心を持ちました。
図は不完全であるとのことですが、既に勝手に得難いヒントをいただきました。網の目になっているというのが分かったのは大きな収穫でした。
私は、人間は外側の12の構造においては「心」と「法則」の中間にありつつ、内側には12の循環構造がまるまる織り込まれていると考えているのですが、そのあたり何か分かることはあるでしょうか?
171
:
不思議な名無しさん
:2014/05/11(日) 21:00:57 ID:hRN3POcc0
>>166
「エキセントリックな答え」になってしまう、みたいなかんじで
途中で書くのをやめるというか、ためらうというのが
今回で3回目くらいですよ
ここには不思議な話が集まるんです
つまり、あなたが出した答えが、話が、いくらエキセントリックだろうと
おかしかろうといいんですよ、むしろそっちのほうがいい
そんなことは問題にはなりません
何が問題か
それはあなたがエキセントリックだからなどといって
すべてを包み隠さずに話さないことが問題なんです
今までの話も一般的な常識からするとエキセントリックだろうし
統合失調症の話とするならばエキセントリックなのは当然です
意見が聞きたくてこのスレをたてたのですよね?
ならば全部話してほしいのです
例えば、光って粒子性と波動性を持っていますよね?
ならほかの物質などもそうであって
小さな世界では波動性が顕著としてあらわれる
このように考えてもおかしな話ではないとも思います
どうかお願いします
エキセントリックかどうか気にせず全部話してください
私には話の内容がエキセントリックであることより
エキセントリックだからといわれて
不思議な話が全部聞けないことがつらいんです
172
:
Q
◆XksB4AwhxU
:2014/05/11(日) 21:27:43 ID:DKLYq9HY0
>>169
すみません、もう一つ
人間が12の構造の「心」と「法則」の中間にいる場合、それだと要素と要素の隙間になってしまいます。
そのことについても、何か言えることがあれば聞かせてもらいたいです
173
:
さとう
◆XksB4AwhxU
:2014/05/11(日) 21:44:42 ID:dStYEXcs0
>>167
たこ助さん
〉「エゴによる道案内ではない」とした場合、この部分に宗教的な「人智を超えた存在」が入り込む隙間が出来るように思いました。エゴによって導かれたのではないとしたら、自分は高次元の知性に選ばれたのだ、と思ってしまう。しかし、それは大きな間違いだと俺は思います。
見かけ上、人知を超えた存在はあると思います。しかし、この世界(全ての次元、他宇宙、平行世界、想念の世界を含む)がひとつならば、人知を超える様に見える存在と我々の間に彼我はないと思います。
但し、頭ではこの事を分かっていても、確かに人間は「選ばれた」という言葉に弱いですね。
僕の場合、「他者と差は無く皆同じ、差が有る様に見えるのはエゴの視点だ。」ということを意識しており、またエゴではない心の何かを意識している為、昔よりはだいぶ高慢な部分は緩和されてきたと思います。
しかし、何か事が起きるとエゴの方が反応が早いので、まだまだですね。
〉しかし、エゴと共に有る自分たちは、エゴが付けた物語から、そこに埋もれた「事実」を読み解くことしか出来ないのかも知れません。
全く同意見です。それしか無いと思います。
ところで、最後に質問があります。
たこ助さんの言う「エネルギーの世界」という言葉を、「情報の世界」または「情報の海」と変えても、体験から照らして見て違和感はありませんか?僕は、最近エネルギー=情報で良いのかなと思う様になっきました。
あと、仕事が大変だと思いますが、時間がある時にでも教えてください。
宜しくお願いします。
174
:
129
:2014/05/11(日) 23:31:29 ID:BKpsq2bc0
>>166
タコ助さんの経験を読む限り葛藤が主観とは
言えないと思います。
なぜならばあなたは声の主と自分の自我との対話の
葛藤を第三の視点でそれから離れて観測していた
のではないのですか?全てが一なる者を経験した
のであれば声の主とあなたの自我とそれを観測する
(私)タコ助さんの違いとはなんですか?その違いは
だれが生み出していると思いますか?それがエゴではないでしょうか。
エゴが選択を提示したとありますが、それは正しいと思います。
ただ、エゴを見ている私はだれなんでしょうか
その私も同じエゴではないかとおもいます。
(私の思考)の内の(私)も(の思考)共に想念だと思います
私は見るもので分離しませんが、思考は限りなく分離広がりを見せます
ソレを観測する私は何処かで選択をしなければなりません、そして思考は
私に収束し、私のさらに向こう側、一なる者へ収束すると思います。
私が疑問をもち思考を生み出し思考が分岐しあれこれ考えて肯定と否定を繰り返す
その行く末を見ていた私が、選択を迫られたと言う事だと思います。
しかし思考を生み出したのは私と言う事になると思います。
よってエゴが選択をかってに提示してきたのではなく、それを生み出したのは
あなた自身の私(エゴ、想念1)だと思います、なぜそれを認識できないかと言えば
他の方の意見と少し被りますが、
エゴは自ら進んで消えようとすることは決してないからです。
故に私(エゴ、想念1)は決して正体を自ら明かすことはないからです。
175
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/12(月) 00:12:59 ID:aZQAUn020
>>170
,172
12の構造は、ある特定の空間にのみ定義されるものではなく、
宇宙、生物、無機物すら、12の構造であると俺は感じました。
この構造は、力場のようなもので、形があるわけではありません。
それらは螺旋のように、すべてと結びついています。
人間は「心」と「法則」というポイントの中間にあり、
そこにも力場のようなものが満ちているイメージです。
>>171
おっしゃる通りです。
しかし、俺が感じたこと、体験したことを事実と仮定したとして、
様々な「事実」を否定する結果を、俺は書き込むことになります。
「妄想」とすることは逃げであることは理解しています。
しかし、否定は大変に書きづらいものです。
などと悩んでいても仕方ないので、
少しずつですが、書き込んでいきたいと思います。
しかし、その場合は、あくまでも「統合失調症」の妄想として、となりますが。
176
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/12(月) 00:13:09 ID:aZQAUn020
>>173
俺は、今の所、エゴというフィルターを透かして見ないと、物事を判断することは難しそうです。
しかし、よくよく考えてみると、「あの場所」で対話した際、
「音のような言葉」と「対話していた自分」の他に、
「もう1つの自分がいた」という客観性は、エゴを客観視していたのかな?
とも思うようになり始めています。
すべてが同じで平等である。
しかし、エゴによって個性も生まれる。
個性が無ければ主張もなく、エゴとは一体何なのか、疑問は尽きません。
>「エネルギーの世界」=「情報の世界」=「情報の海」かどうか
俺が感じた限り、エネルギーと情報は違うように思っています。
例えば、エネルギーに近い「素粒子」を例にすると、
素粒子は情報を持つことが出来ます。
これは、まるで素粒子が情報を記憶したように見えますが、
俺の感じた限り、これには別の要素が絡んで「そう見えている」だけのように見えます。
一方で確かに素粒子は情報を記憶することが出来ます。
しかし、この観点からも「素粒子が情報を記憶した」のであって、
エネルギー世界が情報である、という解釈にはならないのではないか。
これが、俺の解です。
177
:
たこ助
◆6KctQgwHqc
:2014/05/12(月) 00:25:46 ID:aZQAUn020
>>174
俺は体験をする上で、客観視はしていますが、
まるで幽体離脱のように離れては見ていませんでした。
つまり、自分というロボットがいて、
その頭脳の中からディスプレイを通じて体験を見ていた。
このような表現が出来るように思っています。
そして、書き込まれた通り、俺はエゴを客観視していたのかも知れません。
この解釈から言えば、俺はエゴのない状態で、
物事を見ていたとも言えるように思います。
俺が次に知るべきは、「エゴのない自分」のように思っています。
すべてはエゴというフィルターを透かして見たものであり、
結論として、それはすべて「エゴの書いた物語」なのかも知れません。
178
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 01:14:04 ID:q306mBnU0
フィリップ・K・ディック
神学的三部作『ヴァリス』『聖なる侵入』『ティモシー・アーチャーの転生』
読んでみそ
179
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 02:39:17 ID:g8R12NNw0
>>178
時代遅れ。無意味
180
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 02:46:00 ID:g8R12NNw0
>>178
ごめん。同意する
181
:
Q
◆XksB4AwhxU
:2014/05/12(月) 03:02:11 ID:DKLYq9HY0
>>175
丁寧に答えてくれてありがとうございます
なかなか言葉にするのは大変でしょう
万物は12の構造を抱き、負うていると
力場のようなものとおっしゃいましたが、私は「流出と形成の秩序」であると見ました
あるひとつの「心」に注目すれば、それは、異なる二つの輪に属する二つの「エネルギー」の境界に形成され、そして二つの「法則」に流出する
万物は12の構造を内蔵しつつ、その4つの要素は外からの流れと内からの流れの両方によって形成される
と、こう私は見ました
こうして諸々の存在は関わり合っていると
螺旋という言葉が出ましたが、それはあの図に表現されていた奥行きというか深さと関係しますか?
182
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 04:41:05 ID:BKpsq2bc0
>>177
その通りだとおもいます。
覚醒時エゴと分離した意識は見る者としてエゴを
起因として動く身体を見つめることができます。
故に思考や身体を客観視できるので、まるで自動ロボット
をみるが如く自身の身体を見ることになるのだと思います。
書かれている通りエゴのない自分とはだれか?を知るべき
だと私も思うのですが、その先に行くのを最後で拒んだ
のはタコ助さんのエゴだと思うのです。(が、その先に行った後の可能性が高い)
もしくは覚醒時無意識に一旦、一なる者と融合して、その後分離過程で
エゴが戻り融合拒んだのだと、エゴに錯覚させられている可能性もあると
思うのです。上記にも書きましたが
エゴは決して正体を明かさないし、エゴは自ら消えようとはしないからです。
なにか知ってはならない者を知ってしまった恐怖など存在しないと思うのです
そんな存在しない恐怖を見せている者感じさせている者もエゴなのだと思います。
声の主との会話で、限定しているのは、自分自身と声の主が言ったらしいですが
その言葉は真実だとしても、その言っている声の主こそ限定を強いているエゴなのではないでしょうか。
エゴはどんなことをしても消えることを回避する為いかなることでもすると思います。
?<<(私、エゴ)←普段の一般的意識 エゴと私の融合と分離の繰り返し。
一なる者<<(私)<<エゴ ←瞑想等によるエゴと私の分離 (私も厳密にはエゴ)
(一なる者=私)← 一なる者との融合、(エゴの根本、私が解け入る)
私(エゴ)は見る者、エゴ(思考)は見られる者、
故に私が一なる者に帰れば、そこに見る者も見られる者も存在しない。経験も体験もない。
ただの存在が在りてある。
183
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 05:59:22 ID:Zs7se5IU0
156です。お返事ありがとうござい
ました。なるほど、面白い!
182さんへ
確かにエゴは巧妙だよね。私は、悟った
ような境地は未体験だから面白いこと
言えなくて申し訳ないけど…。
自分の中にある、観念 記憶 習慣等の
フィルターを通して世界を見てるよね?
このフィルターがエゴだと思うけど。
好き嫌いの判断も、フィルターがなければ
出来ないような気がする。
フィルター越しに、世界の全てを把握
するのは難しいかもだけど。
よく世界は1つ、全てが私、私が消えた
って体験談あるよね?
その時の高揚感とか、愛に包まれる感じ
とか。その後、それもエゴだったって
あるよね?巧妙過ぎるよね…。
好きで、潜在意識ちゃんねるとか
桑田さんのブログとか見てるけど。
184
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 06:21:52 ID:7Vn7v6s60
>>168
162です。
極小の世界、エキセントリックではありますが
実際にそうであってもおかしくないと感じました。
ご回答ありがとうございました!
185
:
不思議な名無しさん
:2014/05/12(月) 07:05:09 ID:BKpsq2bc0
<<183
エゴは虚構を作り出す。そしてその虚構を維持しようと
自作自演を繰り返す、まるで釣り氏が釣り張りを投げ、引き戻すように、
エゴはその虚構で釣れた魚を見て虚栄心を満足させるのだが、
エゴはその魚の本当のことは何も知らない、とある魚は知っている
その釣り針は虚構なことを、それを知っていながら釣り針の虚構に
飛びつき、あえて真相を語ろうとするのは訳がある。
たとえ体験が虚構であることを最初から見抜いていても
それに便乗対話することで虚構から真相へと誘導または虚構だと他に気づかせ
引き戻す可能性があるからである。体験を語る言葉は立派なのだが
それは彼の体験から来る言葉にしては、余りにもその自ら語った言葉の意味を
理解してはいない。そして余りにもその言葉が過去の聖人や覚者の言葉と同じ
なのである。しかしソレを説明できてない、そしてオリジナリティな言葉の
使いまわしもない。 虚構を楽しむのならそれでも良いと思うし虚構から
興味を持ち真相にいたる例もあるから否定はしないが、あまり良いこととは
言えないです。まとめてる人には盛り上がって良いとも思うけどね。
これの全ての過程も相互関係の賜物
私は書くべきこと書いたんで、海に帰ります、、
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