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新・生長の家大論争掲示板1

1管理者:2010/08/02(月) 06:16:46
新・生長の家大論争掲示板1
スタートです

2一文:2010/08/02(月) 14:36:53
・五井先生のお言葉
悪いことが現れ、不幸のようなことが現れ自分に不都合なことが現れた時に、ああこれは過去世の因縁が消えてゆく姿だなァ、ああこれで消えたんだ、有難うございます、必ずこれからはよくなるんだ、とどんな不幸にぶつかってもやるんです。

「ありがとう日本」

3一般信者:2010/08/02(月) 23:48:56
・『創世記』解釈にみる“落差”

生長の家「今昔物語」では、7月30日〜8月2日(本日)において、“マサノブ教祖”の説く 肉体頭脳智 での解釈と、
谷口雅春尊師の説かれた 霊感 による解釈とを 比較しておられます。


同じ『創世記』天地創造が、こうも違った解釈になるとは!!  この “落差” 実に恐ろしいものであります。


皆さん、ご覧下さい!!

http://blog.zaq.ne.jp/sinseityounoierengou

5生長の家動画部:2010/08/03(火) 02:35:06
★日○史○ス○ン○劇○ 
①夏○漱○の悪妻
http://www.veoh.com/search/videos/q/NSP021101#watch%3Dv17481299CDdSCHPC
②豊○秀○を唸○せた尼僧・妙○尼
http://www.veoh.com/search/videos/q/NSP021102#watch%3Dv17481303nPw86sA2

(使用ブラウザはFire Fox 推奨)http://mozilla.jp/

6一般信者:2010/08/06(金) 23:34:56
>> 「生長の家」出現の精神 (朗読版) <<

素晴らしい “動画” です。 ご覧下さい。

 http://www.youtube.com/watch?v=A_FH691U758

谷口雅春先生の 謙虚な態度、人類を救う為に立ち上がりたいとの想い...

7名無しさん:2010/08/07(土) 05:49:40
>>6
まあまあよかったです

8スターダスト:2011/02/05(土) 12:35:21
>>2 名前:一文

>>・五井先生のお言葉
>>悪いことが現れ、不幸のようなことが現れ自分に不都合なことが現れ
>>た時に、ああこれは過去世の因縁が消えてゆく姿だなァ、ああこれで
>>消えたんだ、有難うございます、必ずこれからはよくなるんだ、とど
>>んな不幸にぶつかってもやるんです。


そうです。

悪いことが現れ、不幸のようなことが現れ自分に不都合なことが現れた時に、ああこれは過去世の因縁が消えてゆく姿だなァ、ああこれで消えたんだ、有難うございます、必ずこれからはよくなるんだ、とどんな不幸にぶつかってもやるんです。

といいながら、知らず知らず次の因縁を積む。しかし、因縁を積んでいることを自覚しない。そしてまたその因縁が不幸を造る。

そこで
悪いことが現れ、不幸のようなことが現れ自分に不都合なことが現れた時に、ああこれは過去世の因縁が消えてゆく姿だなァ、ああこれで消えたんだ、有難うございます、必ずこれからはよくなるんだ、とどんな不幸にぶつかってもやるんです。

といいながら、知らず知らず次の因縁を積む。しかし、因縁を積んでいることを自覚しない。そしてまたその因縁が不幸を造る。

人間はこれを延々と繰り返しているのです。生まれたときから死ぬまで、因縁の消えてゆく姿を体験し続けるのです。

9おじぞう:2011/02/05(土) 21:17:20
こんばんは。
さあ、どんどんかきこむぞ
2月25日は楽しみだなあ。
幸福の科学も大騒ぎだ。
宗教法人生長の家も負けずにがんばれよ。
まあ、じゅんこを追い出すと言うことは絶対無いな。
何かあったらマサノブのたたかれて膨れ上がった顔が部ログに
出そうだ。
たのしいなあ。在りがたいなあ。感謝合掌

10スターダスト:2011/02/24(木) 18:17:53
★因縁はどのように積まれるか。

聖書に次のようにあります。
**********************************************
ある人がイエスキリストに尋ねた。
「永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいのでしょうか。」

イエスは彼らに言われた。
戒めはあなたもよく知っているはずです。『殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証を立ててはならない。欺き取ってはならない。父と母を敬え。』
(新約聖書より)
**********************************************

このイエスキリストのコトバと反対のことをすることによって、因縁が積まれるのです。

【殺す。姦淫する。盗む。嘘をいう。親不孝をする。】

これらを行うことによって、因縁は積まれるのです。
そして、因縁は病気事故災害などの不幸を起こし、そして消えて行きます。
病気事故災害などの不幸に遭わないためには、因縁を積まないことが一番大事です。

11スターダスト:2011/02/25(金) 08:56:18
『現象は心の映像(かげ)』の真理

生長の家の一番大事な真理は『人間神の子』です。
しかし、そこにいたるまでの道筋を無視すると、ただの呪文になってしまいます。

法華経を一番大事なお経であるとし、それ以外は意味がない、という考えの宗教団体がありますが、まさに法華経に至るまでの道筋を無視したことになり、法華経が呪文になってしまっているのです。
なぜそのような間違いが起きたかというと、『法華経が一番大事なお経である。』と、法華経の中に説かれているからです。
しかし、法華経の意味は誰にも解らなかったのです。

一番大事なことは『人間はなぜ神の子なのか』ということです。
それが『物質無し』『現象は心の映像(かげ)』の真理です。
つまり、この世界は心によって映し出された映像であって、存在しない世界であるという真理です。

この真理によって、因縁の法則の成り立ちが理解できるわけです。
たとえば、親不孝という因縁によって脳腫瘍という不幸が起きる。
これは、親不孝という心が脳腫瘍という不幸を造っているわけです。
つまり、『現象(脳腫瘍)は心(親不孝)の映像』というわけです。

12その他大勢:2011/04/21(木) 08:22:28
世音菩薩は、あらゆる姿とあらわれて私たちに救いの説法を宣旨
し給うのである。山々のたたずまい、雲の行きかい、風のひびき、
水の流れーーことごとく観世音菩薩の慈悲の説法である。心に耳ある
ものは聴け、心に眼あるものは見よ。・・・

谷口雅春先生「観世音菩薩をたたうる祈り」より

13白カモ会:2011/05/27(金) 22:08:02
ここ2ちゃん?

14一般信者:2011/05/31(火) 10:10:14
>> 釧路教区が飛ばされた? <<

2011年5月30日  三段階で技術社会を考える   (小閑雑感)

イギリスの科学誌『New Scientist』の5月14日号(vol.210, No.2812)に、原子力発電所の事故に関する興味ある考察が掲載されていた...


2011年5月29日 (日) 釧路にて   (恵味な日々)

釧路教区の講習会で、釧路市に行ってきました。
釧路教区は、北海道最東端の教区です。教区の別海町は、もう北方領土の国後島が至近距離にあります。釧路は港町で、かつては水揚げ高日本1位か2位を誇った漁港でした。


2011年5月28日 “森の中のオフィス”概観   (小閑雑感)

・誰かが言っておられる、 “収容所のような外観の建屋” の並んだスケッチ画を 得意満面 に掲載している。




・純子女史は、「釧路教区の講習会で、釧路市に行ってきました」と載せていますが、マサノブ教祖は 無視(?) しております。

・5月22日の 十勝教区講習会 については、「この地での講習会は2年前は夏の開催だったが、今年は会場の都合でこの時期に早まったため、推進活動の大部分は寒さが厳しい冬季に行われた。そんな関係もあり、受講者数は前回よりも減少したが...」と記載されていましたよ。

・どなたか、状況をご存じの人はいませんか?

15谷内雅春:2011/06/01(水) 21:54:10
『法華経』の「方便品(ほうべんぽん)」には、
「真実の教えはただ一つであって、
二つも三つもあるわけではない。
ただ仏の智慧に到達するまでの手段として、
相手に応じていろいろな説き方の違いがあるが、
その説き方の違いも究極の真実に導くためなのである」と
説かれています。
この世にはさまざまな宗教がありますが、
それぞれの違いは、その時代、その社会を生きる人たちを
究極の真実の道に導くためのものだといえましょう。
それぞれの宗教が互いに違いを言い立てて対立し、
協力を拒むといったことがいかに無意味であるか、
この仏さまのお言葉をかみしめると、よく分かってきます。
信仰とは、帰依する対象を信じきって、
それを貫き通すことです。
また、その心構えでなくては真の信仰とはいえません。
しかし、そこで一歩誤ると、自分の教えの絶対性を主張して
他を認めようとしない排他独善の信仰に陥ってしまいます。
それは、言ってみれば精神的な偏食のためにやせ細り、
視野の狭い人間になってしまうようなものです。
くれぐれも注意しなければなりません。

16一般信者:2011/06/06(月) 18:08:30
本流復活掲示板に載っていました!!


>> 八ヶ岳住民 反対運動起きるNEW (2543) <<

日時:2011年06月06日 (月) 17時05分
名前:蒼穹

地方紙 八ヶ岳ジャーナルの報道によると、生長の家大規模開発に反対署名運動勃発

地方紙 八ヶ岳ジヤーナル 代404号  2011-6-2

「生長の家の大規模開発」 反対署名運動始まる

JR長坂駅西口で計画が進んでいる「生長の家」の大規模施設計画に対して、長坂町で「長坂・高松の緑を守る会」(小松明会長)が発足し、同施設の建設計画に対する反対署名活動が始まった。同会では「新興宗教団体の職員が、一ヵ所にまとまって移住することに不安を感じる」、「長坂の美しい里山景観が奪われる」などとしており、今月から署名活動を通して、計画の白紙撤回を求めることにしている。
 問い合わせは 電話32‐2276まで。

注意 反対運動以外の電話は掛けないように

17一般信者:2011/06/08(水) 02:12:57
>> 埼玉教区の 講習会参加者数 は伸びなかった?! <<


2011年6月 7日 CO2の“肥育効果”

6月5日には生長の家講習会が埼玉教区の4会場であり、これについては妻がすでに書いてくれた。私はこの日の前日に、講習会での午前の講話の構成を少し変えようと思い、使用するパソコンの画像システムに手を加えた。これにも案外、時間がかかった。



・最近話題になっている 多湖教化部長 が頑張っていたのでありましょうが、講習会の参加者数は伸びなかった?

・マサノブ教祖が、サラッと講習会の記述をしているだけだから...

・超目玉政策の “森のオフィス” は、情報によると“長坂・高松の緑を守る会”という地元の人達による <反対署名運動> が始まったらしい。

・「宗教の目的は“信徒”を増やすこと」..と述べていたマサノブ教祖だが、信徒数は減る一方だし、森の住民からは反対運動が始まるし、今後の対応が問題となってきた。

・そろそろマサノブ教祖ご自身が ご決断 を迫られてきた。 将に、民主党の 菅総理 と同じ様な運命に.....

18現信徒:2011/06/12(日) 09:34:44
アホ? 現信徒 2011/06/11 20:00
cc9999
>>理人さまへ (2506)
日時:2011年06月05日 (日) 09時33分
名前:みすまる

現信徒の書き込み禁止のご処分をおねがい申し上げます。
現信徒さんは若い方とは思いますがあまりにも無礼で、わが本流の品位にかかわります。
横着な言葉使いには我慢がなりません。
赦しがたくおもいます。

ぜひ管理人さまよろしくおねがいします。


注目投票をする(5)



管理人様 (2509)
日時:2011年06月05日 (日) 10時15分
名前:同感者

この現信徒となのる人は一度退場になったと思いますが
また、再び登場して前回の反省もせずに書き込んでいます。
実に失礼。この掲示板にはふさわしくないと思います。

管理人様、どうか適切な判断をお願いします



ありがとうございます。 (2510)
日時:2011年06月05日 (日) 10時40分
名前:みすまる

同感者さま 
私の意見に賛成してくださり。ありがとうございます。
心からお礼申し上げます。




すでに手配がすんでおります。 (2512)
日時:2011年06月05日 (日) 12時07分
名前:管理人


「みすまる」様、「同感者」様。
ありがとうございます。

上のご希望を拝見しました。
少し前に、ご指名のお一人を書き込み禁止に処分していました。


またもう一人、思いやりのない言葉を書き込んでいて、名指しでたしなめられているのに反省もしないらしい人がおりますので、そのお方も書き込み禁止処分にする予定です。


再拝





慧眼に感謝 (2516)
日時:2011年06月05日 (日) 16時42分
名前:慧眼に感謝する人

合掌
ここのところ、不思議な方が不思議な書き込みをしておられて、本流宣言の趣旨がぼやけそうでした。管理人様の慧眼で交通整理されておられることに感謝申しあげます。



感謝 (2517)
日時:2011年06月05日 (日) 16時58分
名前:みすまる

管理人さま 心から感謝いたします。




みすまる! 誰だか知らんが・・・
貴様、二度と教団に戻るな! アホはいらん!!

19現信徒:2011/06/12(日) 09:37:21
うのはなさんありがとう、お借りします 現信徒 2011/06/11 20:35
cc9999
>>亡き辻村さんを偲ぶ うのはな 2011/06/06 11:02
cc9999

生長の家本部所有の能満の土地も、仕事らしいことは何も為し得ないうちに政府の新しい規則が出来て、不在地主は土地を所有することが出来なくなった。本部の代表者である総裁は東京に住んでいるので、その土地は手離さなければならなかった。規則によって、一坪一円五十銭という安値で売ることになった。

金子さん他数人の農業をしつつある誌友たちの、希望だけの坪数を分けて上げ、残りの大部分の土地は、県か村に処分を任せてしまった。今にして思うと、一円五十銭という値段は、無償のようなものである。

 敗戦によって混沌としていた日本の現象の中に在って、誰も誰もが生活苦に喘いでいた。生長の家本部の男子職員たちは、二十歳代の人は戦地に行き、三十歳代の人は徴傭されて、軍事工場などで働かされていた。残された私たちの周囲にいる人たちは、中年以上の人か病人だけであった。

 その頃は民間人の乗れる飛行機はなかったので、夫は時たま地方の講習会に出かけるのは、黒い煙を吐く汽車であった。帰京すると、朝の五時の薄明の中を焼け跡に出て畑をして居られた。カボチャ、サツマ芋、野菜、小麦などを収穫しては、残された人たちと分ち合っていた。残された人たちも働ける人は夫とともに鍬を振い、スコップを打ち込んでいた。
お米は作れなかったので、純粋な米の御飯は誰も口に出来なかったので、御米に飢えている人ばかりであった。

 お米よりも、お米をくれる会社があると、そこへ惹かれて行く人もあった。私はそんな話を聞くと悲しい思いをした。

 一般国民とひとしく、師も粗食に甘んじて朝から晩まで働いて居られるのに、弟子たるものが、お米を沢山くれる所へ去って行く。そんな人は弟子ではないと私は思った。
戦後お米が欲しいだけ買えるようになると、去った人が帰ることをゆるして欲しいと私に言って来た。
恩を忘れ、利につく人を私は帰って欲しくはなかった。

 谷田部も手放し、能満も売り、興農社という社名も有名無実のものとなったが、日本の経済は年毎にゆたかになり、出版も思いのままに出来るようになったので、再び社名もあらて改めて、日本教文社となり、六誌を発行できるようになった。
販売部門を分離して、世界聖典普及協会が設立され、広く愛国者の著書も出すようになった。
 辻村社長は、流通資金もゆたかになった会社が、発展の一途を辿り、赤字はとくに消え、資産もできて来たので、来る年ごとに喜びを報告して居られた。何年か前にお山へ来られた時に、「私にいつ退める時が来ましても、後継者は立派に養成してございます」「まだまだ退めてはいけませんよ」と言ったことがあった。

(略)

 死ぬるまで、信仰を大切にし、来る日も来る日も『有難うございます。もったいない。』と言いつづけて居られた辻村さん。
その御冥福のゆたかなることを信じ合掌するばかりである。



 「白鳩」八月号 (通巻504号) 谷口輝子 先生




教祖先生が生きておられれば、

金のために3代に仕える職員を嫌ったであろう。

清潔なのだ、生長の家は。 世界がみるどこかの

情に流された爺ぃの説得など尊敬されるどころか

軽蔑されるのがわかんね〜〜〜のか??

チョー==バカらしい〜〜〜

20現信徒:2011/06/12(日) 09:39:18
行く末の予想 現信徒 2011/06/11 19:50
cc9999
現職員の妻が教団にいるのが苦しい(当然だ!中味が環境教なのだからな。)と言うので転職を勧め、現在の教団で在籍を続けるなら泥棒だ!!と教えてやり、追放された。
反省した。 泥棒だけでなく、詐欺だ!!
と言う言葉が足りなかったのだ・・・

さらに考えた、、、、
現教団を狂団にしたのは、元幹部では。
その知識のあるだけの知恵のひ弱なのが集合したのが、アッチとなると
やっぱり今までの路線で行く仲良しグループであるわけでまたは
悪く言うと傷の舐め合いの負け組み。。。力ね〜〜〜〜よ。
元幹部がモットしっかりしてくれていたなら
生長の家は、しっかりと独自の政党を持ち、
さらには、小中、高、大学校などを軽く構築していたであろう。
それだけの
協力はの先祖代々信徒はしてきたのだ!!! 家の先祖信徒のことだ! 死んでも死に切れない信徒が大勢いるであろう。

それを主張するとあちらの掲示板では簡単に削除、アク禁にして
仲間うちのサークル状態!
1人の信徒の裏に1000人の信徒ありだよな。。

今、正統派に必要なことは、「正しさとは何か」を打ち立てることだ、そのために、正しさそのものを問う前に、邪なるものや純粋でないものをはっきりと指摘することだ。
私はそれをしてアク禁になった。
本流人間は善悪のけじめが出来ないのか。知恵がないのか。
善悪のけじめをはっきりつけず、だらしなくデレデレと愛情をかけ、
正しい判断を強く出来ないのは結局知恵が弱い、無い。

こうした状況で本流復活を推し進めても

基本的な流れが善悪の判断ができない方向ですすんでいるならば
間違った情にばかり片寄った人達のなかで合流しても
良い結果は出ないと考え予想した。

             続く

21生長の家映画部:2011/06/27(月) 18:05:15
★カジュアリティーズ

ブライアン・デ・パルマ監督(「アンタッチャブル」)が実話を元に、アメリカ陸軍兵による戦争犯罪を描く。
マイケル・J・フォックスと、ショーン・ペンが主演を務めたほか、
ジョン・C・ライリー、ジョン・レグイザモ(「ロミオ+ジュリエット」)など端役として印象に残る俳優たちも出演。【あらすじ】1966年、ベトナム。仲間を殺され疲れきっていたミザーブ軍曹の率いる分隊。ある日、ミザーブは仲間に、自分たちの娯楽用に女性を調達することを提案。ミザーブの部下たちは女性を誘拐した上に、りょう辱し殺そうとする。ただ一人少女を犯すことを拒んだエリクソンは、少女をなんとか逃がそうとするが……。(1989年 / アメリカ)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00445/v12056/v1000000000000000080/?list_id=476208

22生長の家映画部:2011/06/29(水) 11:24:50
unagi
ttp://www.veoh.com/watch/v1970808459gkBWD9
ttp://www.veoh.com/watch/v19708085g2qeADby
ttp://www.veoh.com/watch/v19708087MPsWPC7z
ttp://www.veoh.com/watch/v19705885CMFc5nrY
ttp://www.veoh.com/watch/v19705896eYTa8k7R

23生長の家映画部:2011/06/30(木) 00:47:34
ラブストーリー・イン・ハーバード 第1話
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00867/v00139/v0000000000000001179/

24ハニー:2011/06/30(木) 22:19:16

◎ 谷口先生の出された公案

その一 薬は要るか要らないか

 今から三十年以上も前のことであります。
京都の南禅寺で、関西地区と西日本の地方講師特別研修会というのが開催せられて、数百名の
数百名の講師が参集して谷口雅春先生に、直々に数日間御指導を頂き、すばらしい
谷口先生の御講義に感動の連続でありました。
その時のことで、今でも忘れることの出来ないことがあります。
それは、開催直後に谷口先生が、「これから皆さんに公案(問題)をあげますから、
この講習が終るまでに考えて答をまとめておいて下さい、最後に発表して、貰います」
と申されて、次の二つの問題をお出し頂いたのであります。

 一、人間神の子病気なしの教えが生長の家である。
   病気がないのに薬は要るか要らないか。

 二、人間神の子完全円満が生長の家である。
   完全円満な神の子に却下照顧の必要ありやなしや。

以上二つの問題が与えられ、終るまでに答を考えておかなければ名前を当てられた
立ってお答えをしなければならないというので皆が真剣に問題と取り組んだのであります。
考えてもわからない者は、『生命の實相』の御本やその他の御本をひっくり返しまき返し
読みますが、なかなか自信を以って御答え出来るものが見つかりません。
そのうちに最後の日がやって来ました。
谷口雅春先生が最後の講義を終えられて、「さあ皆さん、宿題について答は出ましたか」
とお尋ねになりますと、さすがに関西一円と西日本から集まった、“我こそは”
というそうそうたる大物揃いであります。威勢よく、ハイハイと大声で手を挙げて次々と立って
自信たっぷりで堂々と発言されます。一方は、
「“人間神の子病気なし”であります。従って“薬”は一切不要であります」
と断定的に発言せられます。また反対の意見として、
「それは病気したことのない人のいう強がりである。現実に病気して、心臓が衰弱して
きて段々と地の底に引き込まれてゆくような状態になった時、医師が来てうって
くれる一本の強心剤でスーッと元気を取り戻す事実は否定できない」
と強調する人、どちらも自信に満ちた主張であり、すばらしい意見であります。
かなりの時間をかけて互いに意見を闘わせているのをジーッとお聞きになっておられた
谷口先生がお立ちになり、「大体意見は出尽くしたようでありますから、最後に私が
正解を発表致します」と申されました。
受講生一同は果たしてどちらが軍配が上るか、要るが正しいか、要らないのが正しいか、
と固唾を呑んでお言葉を待っておりますと、谷口先生は、
「今の皆さん答は、どちらも間違っております」と言い放たれ、一同ギャフンといった
状態でありました。そんな皆の表情をニコニコし乍らご覧になりながら、
続いて、「しかしどちらも正しいのであります」と申されたのでありますから、
一同きょとんとしておりました。

(つづく)

「そのまま極楽の道『歎異抄』に学ぶ」 藤原敏之 著

25ハニー:2011/07/01(金) 00:24:40

>24のつづき

 発表した人は、みんな確信に満ちて発表したのでありますから、
 先生のこのご発言にはまるでからかわれているような感じをうけたのであります。
 谷口先生は更にお言葉を続けられ、「薬を必要としない者に要らないというのは
 間違いであり、必要としない者に要らないというのは正しいのであり、必要な人に
 要るというのも正しいのである。要るか要らないかは相対論であって、要るものには要るし
 要らない者には要らないのがそのまま正しいのであります」
 と、結んで下さり、一同真理は絶対であり、相対的に論じてみても結論とも
 解決ともならないことをお教え頂いたのであります。

 次に谷口先生からお出し頂いた公案第二問でありますが、人間神の子完全円満という生長の家の
 教えで、神の子たる人間に脚下照顧の必要がありやなしやの問題も、禅問答のような
 問題でありまして、相変わらず脚下照顧の必要はないという説と必要はあるという
 相対論で激論が交わされました。また、谷口雅春先生が最後に、
 「それでは私から正解を申します」といってお立ちになり、
 「この問題も、現象と実相の区別をしなければ正解は生れません。
  人間神の子完全円満という人間は、実相の人間であり、実相の人間は元々完全円満
  であり、そのままで完全円満なのでありますが、現象の人間はそうはまいらない。
  例えば、鏡は何時如何なる時でも絶対にくもったり汚れたりしないのでありますが、
  ホコリがかかることもありますから、いつも鏡を清らかにするためには、
  ホコリを断えず払い除け拭きとらなければいけない。鏡とホコリとを常に
  区分し、いつもくもることのない鏡を見ながら、くもって見えるほこりだけは拭きとる必要が
  あるように、神のお造りになった神の子である人間も常に心の眼を実相の方に向け
  現象の悪や不完全さを否定し切り、実相をあらわす為の脚下照顧を怠らず、
  神想観(念仏)をしなければならないのであります」
  とお諭し頂いたのであります。
  ここでも実相と現象の区別を明確にしなければ、極楽浄土は空想論となり、
  遠い彼方にあると表現し、そこに生れて往くのは死んでからとまるで夢の
  ような話になるのであります。

 「そのまま極楽の道」 藤原敏之 先生著 P201−205

26@@@@:2011/07/01(金) 15:31:27
★「おまえはまだあの天皇信仰を負んぶしているのか。わしはもうとうに降ろしたよ」★
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 『生命の実相』の中にも書いてある話でありますけれども、ある二人の坊さんが話しながら東海道を旅して大井川までやって来たということです、そうしたら大井川は出水で渡れなくなっていた。するとそこへ美しいお嬢さんがどこかへ早く行かんならんというので、たぶん親が危篤だったかもしれない、「これは川止めになってしまったら困る、是非渡らんならん」と思っている時に、その二人の坊さんのうちの一人の禅宗の坊さんが「お嬢さん、私が負んぶして渡して上げるから、どうぞ、私の肩におんぶしなさい」と言って、自分が尻をまくって、河の中へとびこんで、お嬢さんを背中におんぶして、大井川をトットと渡って行ったというのです。そしたらこれを見ていたもう一人の真宗の坊さんが「あいつ、うまい事しやがった、尻をまくって、その上に若い女をのせて歩いた。あいつは精進堅固な禅宗の坊さんかと思うとったら、あいつは生臭坊主だ。正体を現したぞ。一つあっちへ行ったらトッチメてやろう」と思いまして、自分も河を渡って行った。そして対岸へつくと、先に負んぶして行ったお坊さんはそのお嬢さんを降ろしてお礼を言うのも聞かんふりで、トットトットと向こうへ行ってしまった。
 連れのお坊さんは追っかけて行って、「おいおい貴様は禅宗の坊主のくせにけしからんぞ。あんな若い女を、喜んで背中にのせて尻をまくって河を渡るやつがあるか。おまえは精進堅固な坊主だと思っていたら、よっぽど生臭坊主だ」と言った。そしたらその坊さんが「おまえはまだあの女を負んぶしているのか。わしはもうとうに降ろしたよ」と答えた。という意味は、心の世界にいつまでも過去を負んぶしているような事ではいかんということです。
 (途中省略)
 兎も角、つかむという事は、病気でも、不幸でも、災難でも、何でもつかむといかん。「放つものは生きる」というのは生長の家の教えであります。放てば生きる!
(谷口雅春著『神ひとに語り給ふ』神示講義 教の巻、昭和35年、日本教文社28−31頁) 
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(コメント)
 現在、生長の家で起こっている争いは、雅宣副総裁が「おまえはまだあの天皇信仰を負んぶしているのか。わしはもうとうに降ろしたよ」と、とっくに天皇信仰を心から放ち去ってトットトットと大井川を渡り終え、「今の教え」(地球環境保全)を説いているのに対し、いまだに天皇信仰をおんぶし続け、心から天皇信仰を放ち去っていない信徒が多数存在しているという点にある。何でも(何でも、だからもちろん天皇信仰を含む)つかむといかん。(天皇信仰を)放てば生きる!……谷口雅春先生の説かれたこの教えを忠実に実行し、信徒の心から天皇信仰を「放つ」ために、雅宣副総裁は現在、「不立文字(ふりゅうもんじ)」、「マサハル原理主義の危険性」「雅春著聖典絶版処分」「地球環境保全」といった新しい教えや運動に真剣に取り組んでいると考えられる。

27@@@@:2011/07/01(金) 15:32:35
★ われらの急務は高きアメリカ的大愛の精神にまで高揚することである・谷口雅春先生★

 谷口雅春先生は、われら日本国民の急務は高きアメリカ的大愛の精神にまで高揚することであるとして次のように述べられている。われわれ生長の家信徒がこの地上に生まれてきた真の目的は、天皇国日本の実相顕現や明治憲法の復元ではなく、高きアメリカ的大愛の精神にまで自己を高揚せしめることにあるのである:

「アメリカは敗戦国、しかも『闇討をして敗けた敗戦国である日本』に、自国の食料を節して食料を送ると云う――これこそ真に人道主義アメリカ精神であり、それは、越後の上杉謙信が、その敵手たる甲斐の武田信玄に塩を送った歴史的事実(これこそ真に『日本的なるもの』と尊敬する事実)と一致するのである。一見『日本的』と、思われている行為の中にも、少しも日本的でない行為もあれば、また真に『日本的なる』行為もあり、その真に『日本的なる行為』を高め上げることによって、吾等は世界平和理念の要請するが如き真に平和日本となることが出来、吾らの憧憬おく能わざる、旧敵国に塩や麦粉を送り得るというアメリカ的大愛の精神、上杉謙信的日本的道(みち)の精神に近づき得るのではないか。かかる高き境地に於ては、道理円環、『真に日本的なる』精神はアメリカ的大愛の精神と同一なるものを発現し得るのである。如何なる物も其の絶対的境地に於ては一致するのである。吾らの急務は『日本的なるもの』の、全般的な見さかいのない全的破壊ではなく、真に『日本的なるもの』を保存し、育成し、培養して、遂に旧敵国に食料を送ったと云うような高きアメリカ的精神にまで高揚することこそ心掛くべきではなかろうか。」(『大和の国 日本』谷口雅春著・昭和58年・日本教文社・135頁)

28名無しさん:2011/07/02(土) 11:40:37
★ 『いのちの革命』にみる雅春先生の女性差別:「多くの知的な労務は、男性の天分に属するがゆえに、女性が知的になればなるほど、心が男性化し、したがってその肉体も男性化し、女性生殖腺が発育不全となる」★            

21世紀生長の家研究会

1、序論
 谷口雅春先生は多くの人類を光明化し、「東洋のキリスト」とまで呼ばれた偉大な宗教家であった反面、その教えは極端に国家主義的・全体主義的であったり、戦争を賛美し正当化する内容であったり、あるいは極端に女性差別的であるなど、現在の時代から見てふさわしくない教えも非常に多かった。

 そこで現在の生長の家本部では雅春先生の取り扱い方をめぐって苦労が絶えない状況である。

 雅宣先生の独裁体制が確立したとはいえ、現在の生長の家本部にとって雅春先生はなお依然として重要な「メシの種」である。雅春先生なしでは生長の家に信徒(お客様)は来ないことを本部はよく知っているから、一方では現在もなお雅春先生を「偉大なる生長の家創始者」として奉りつづける必要がある。したがってなんとしても雅春先生を生かさなければならない。

 その一方で、かつて雅春先生が書かれた全体主義、国家主義、戦争賛美、女性差別などの内容の書かれた聖典を現在も、昔のまんまの形で出版し続けることは生長の家教団の破滅をもたらしかねない。本部にとっては雅春先生に昔のまんま生きていてもらっては正直、大変困るのである。そこで一定限度で雅春先生には死んでもらわなければならない(=不立文字(ふりゅうもんじ)、雅春原理主義の危険性、雅春著聖典絶版処分)。

 このように現在の生長の家本部では「雅春先生を生かしつつ殺す」という、相互に矛盾した、相反する要求に目配せしながら、両要求の調和点を見出しつつ〝光明化〟運動を円滑に推進することが求められている。

 以下では谷口雅春著『いのちの革命』にみる雅春先生の女性差別の教えとそれに対する生長の家本部の対応について具体的に見てみることにしよう。

2、本論

 現在の日本社会では女性が職業を持つことは常識となっている。弁護士、医者、大学教授、などなど、高度な知的職業に従事する女性も大勢出現している。

 ところが、かつて谷口雅春先生は、職業を持つ女性(職業婦人)は「既に古き時代の婦人となったのである」とされ、新しい時代には新しい時代の女性が要求される、と説かれた。雅春先生は次のように言う:

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…・職業婦人タイプの女性は既に古き時代の婦人となったのである。それは商業主義、営利主義、資本主義時代の旧体制の女性である。新しい時代には新しい時代の女性が要求せられる。ヒットラーが、ドイツを再興せしむるために第一に女性に対して呼び掛けたところの叫びは「女性よ、職業戦線より帰って、家庭において、良き妻となり、良き母となれ」ということであった(※1)。

(『いのちの革命』谷口雅春、日本教文社、昭和41年、160頁)

29名無しさん:2011/07/02(土) 11:52:18
アインシュタインの“神話”
 相対性理論で有名なアルベルト・アインシュタイン博士(1879-1955)が日本の天皇制を絶賛したという話を聞いたことがある人は多いと思うが、そういう事実はなかった可能性が大きいとする記事が、6月6日の『朝日新聞』夕刊に載った。東京大学の中澤英雄教授(ドイツ文学)がその讃辞の出典を調べた結果、どこにも確かなものがなく、その代わりに、よく似た趣旨の言葉が、ローレンツ・フォン・シュタイン(Lorenz von Stein, 1815-1890)という全く別のドイツ人法学者の発言として、戦前に発行された田中智学(1861-1939)という宗教家の本の中に記されているのが分かったという。そこで中澤教授は、問題の発言をさらにシュタインの講義録などで確認しようとしたが、該当するものはなかったという。

 この『朝日』の記事では、中澤教授の結論は「結局、起源はシュタインの言葉でもなく、田中智学が自らの思想をシュタインに寄せて語った文章の可能性が高い」というものだ。が、同教授は、月刊誌『致知』の昨年11月号に寄稿した文章の中では、もっと断定的にこう書いている−−「アインシュタインの予言」として知られている言葉は元来、アインシュタインのものでもシュタインのものでもなかった。国体思想家・田中智学のものであった」。(p.125)

 田中智学という人は、日蓮宗の僧から還俗して在家仏教運動を始めた人で、立正安国会、国柱会を創設。主として講演と著述によって折伏中心の活動をした、と平凡社の『世界大百科事典』にはある。著書に『宗門之維新』『本化摂折論』『日蓮主義教学大観』などがあり、「<日本国体学>を提唱、国体の開顕に努めた」という。中澤教授によると、田中氏は戦前の日本国体思想に多大な影響を与えた思想家であり、「八紘一宇」という言葉は、彼が『日本書紀』の語句を使って造語したものという。さらに中澤教授は、「彼の思想は、彼の弟子・石原莞爾の『最終戦争論』へと受け継がれた」としている。上記の“シュタインの発言”とされている文章は、田中氏が1928年に出した『日本とは如何なる国ぞ』という本の中にあり、それは当時の大ベストセラーだったそうだ。

 だから、これを読んだ人が「シュタイン」と「アインシュタイン」を混同して、いつのまにか“アインシュタインの予言”という一種の“神話”が形成されたらしいのである。なかなか興味深い話で、説得力もある。ちなみに、シュタインとはどういう人物かといえば、「ヘーゲルと社会主義者の影響下で、階級闘争の市民社会を階級中立的な君主が抑制し、弱者である労働者階級を保護するという社会君主制論を唱えた」(前掲の大百科事典)とある。日本との関係では、「伊藤博文に憲法の基本原則を講じ、とくに過激自由主義の誤り、民族的伝統尊重の必要、君主権の重要性などを強調した」という。
 
 シュタインの思想と田中氏のそれとがどれほど近いか私は知らないが、出典がはっきりしない引用文は、ベストセラーに載って“一人歩き”することがあり、さらに「名前が似ている」ということで別人の発言だと信じられていくことが分かる。最近、問題になっている日本人洋画家の“盗作”事件でも、アイディアや着想の起源をゴマ化したことで、栄えある賞を受けた後に大騒ぎをしなければならないことになっている。もの書きのはしくれとして、典拠明示の重要性を改めて教えられた気がする。

谷口 雅宣

30:2011/07/02(土) 19:35:04
合掌

いつも唯一永遠の真理のみをお説き下さいます生長の家総裁谷口雅宣先生ありがとうございます。
文字通り夫唱婦随で総裁先生の真理の第一の理解者となって、英語塾とオーガニッククッキングで思考回路は一杯であるにもかかわらず、わずか30分の御講話のため東奔西走されている生長の家白鳩会総裁谷口純子先生ありがとうございます。

谷口雅春先生のファンの皆様、
先生のグランサンとグランドーターインローにシンセアリーな中心帰一のグラティテュードのプレイを捧げましょう。
それが雅春先生に対する御恩返しです。

谷口雅宣先生純子先生ありがとうございます。


再拝

31名無しさん:2011/07/03(日) 19:16:12
「人間みな神の子」から「人間みな動物」へ

 谷口雅宣副総裁先生は以下のように説かれている:
―――――――――――――――――――――――――――――――
「現代の生物学は、人間と他の動物との間に本質的な差をほとんど認めなくなっている。これは、プラトンの昔から、また聖書の『創世記』にある天地創造の物語の時代から、西洋諸国の文化に根づいていた「人間は神の似姿をした特別な存在」という考え方が、今や崩壊しつつあることを示している。」
(『神を演じる前に』谷口雅宣著・生長の家刊32頁)
―――――――――――――――――――――――――――――――
  生長の家創始者・谷口雅春先生はかつて「人間はみな神の子であり神の無限力を有する」「人間は神の似姿に似せて創られた特別な存在であり、神の最高の自己実現である」という〝真理〟を説かれていた。この〝真理〟によってこれまで人類はさまざまな困難を克服することができた。その結果文明が発展し人類は大いに光明化されてきた。   

 しかしその反面、人類は「人間は神の似姿に似せて創られた特別な存在である」という人間至上主義的な、傲慢な考え方に基づいて人間以外の他の動植物を人間よりも劣位に置き、地球の自然環境を欲しいままに徹底的に破壊するという大きな過ちを犯した。

 そこで谷口雅宣副総裁先生は、長年の求道・精進の末、「人間は神の子・無限力ではない。人間は動物であり、有限力である。人間は動物と本質的に異ならない。人間は神の似姿に似せて創られた特別な存在ではない。」という新しい大宇宙の真理を悟られた(=「人間はみな動物・有限力」の真理)。雅宣副総裁先生によって、雅春先生がかつて説かれた「人間はみな神の子、無限力」「人間は神の似姿に似せて創られた特別な存在であり、神の最高の自己実現である」という〝真理〟は否定されるに至った。

 今後人類は「人間は動物と本質的に異ならない」、「人間はみな動物であり有限力である」という自己の実相を自覚し動植物と共生して、地球環境保全のためにのみ、つつましく生きる存在となったのである。

32@@@@:2011/07/03(日) 19:19:58
★谷口雅春先生の女性観について★
★谷口雅春先生の女性観について★

 生長の家創始者・谷口雅春先生はどのような女性観を持っていたのであろうか?先生は次のように言う:

――――――――――――――――――――――――――――
「女性は仰向(あおむ)いて入れてもらう器(うつわ)です。」(注1)
(『日本を築くもの』谷口雅春選集第14巻22頁)
――――――――――――――――――――――――――――

 すなわち谷口雅春先生によれば、女性とは、仰向いて男性におちんちんを入れてもらうための肉の器(うつわ)であった。

 そして、谷口雅春先生によれば、妻は、夫から与えられた「股を開け」という命令を素直に聞き入れ、スーッと股を開き、突進してくる夫のおちんちんを素直にスーッと腰を後退させながらスーッと受け入れなければならないとされ、「突出するおちんちん」と「受けるおまんこ」とが一体になって、まことに夫婦の大調和が得られ、こうして妻は点数をかせぐことができる、とされた。そしてこれこそが天地の法則である、とされた。谷口雅春先生は次のように言う:

―――――――――――――――――――――――――――――
 男性は左から「進む」のですが、女性は右から「退く」のです。その「進む」と「退く」とは野球のピッチャーとキャッチャーのような一対をなしているのです。男性はピッチャーみたいなものです。それで女性はキャッチャーのハタラキをして調和が得られるのです。
 男性のハタラキをするピッチャーは投手であってボールを積極的に投げ込むほうだ。それを素直にスーッと受けとる方が、これがキャッチャーで捕手の方だ。妻は夫から投げかけられた命令を素直にスーッと受け取らぬといかん。手を後退するようにして受け取らんといかんのです。手をつき出してボールをピシリと受けたら、ボールがカツッと手に衝突して、痛くって痛くって仕方がないということになるのであります。投手の投げたボールを素直に掌(てのひら)を後方に退けながら受け取ると、「投げる」と「受ける」とが一体になってまことに調和したゲームがいとなまれるのであります。女性は受け取る方で素直にスーッと退いて受けるがよいのであります。そしたら点数をかせぐことができる。女性は右で「右は退く」男性は左で、「左は進む」――左進右退、これが天地の法則になっているわけであります。
(『古事記と現代の預言』谷口雅春、74−75頁)
――――――――――――――――――――――――――――

 このように、谷口雅春先生において女性とは、男性が突出させてきたおちんちんを男性の望むときにいつでも素直に受け入れてくれ、いつでも男性に対して「大調和」を与えてくれる、男性にとってきわめて都合のよい、生暖かい肉の器(うつわ)に他ならなかった。

 そして、こうして得られた夫婦の大調和こそが、円満完全なる実相世界の具体的顕現なのであった。谷口雅春先生の「天地の法則」においては、妻が夫に口答えすることは一切許されず、妻が夫に口答えすることは大宇宙の真理に反することとされたのである。こうして谷口雅春先生の時代の生長の家女性信徒の中には、夫から屈辱の生活を生涯強いられ続けた者も多くいたのである。

 以上のように、谷口雅春先生は非常に男尊女卑的な女性観を持った人間であった(注2)。

 しかし、このような究極の男尊女卑思想を、個人の尊厳、基本的人権尊重主義、男女平等、を基本理念とする現行の日本国憲法秩序の下でも依然として「大宇宙の真理」として説き続けることは、生長の家教団の破滅をもたらしかねない。

 そこで現在の生長の家本部では、不立文字(ふりゅうもんじ)や原理主義の危険性、といった「今の教え」を説いたり、谷口雅春先生が過去に書かれた聖典の中で現在の憲法秩序と矛盾・抵触する「まずい」記述のある聖典を根こそぎ絶版処分にしたり、さらに、「雅春先生、雅春先生」言う職員や講師を左遷・解雇するなどして、生長の家が破滅しないように奮闘努力している。



(注1)女性は「仰向(あおむ)いて入れてもらう器(うつわ)」とされていることからすると、雅春先生は「騎乗位」や「バック」の態勢でのセックスはお許しになっておらず、「正常位」でのセックスのみを許容されているものと考えられる。

(注2)谷口雅春先生の著作の中にたまに「あの女性はものすごく美人なのに目つきが大変よくない」とか「目つきの悪い女性は非常によくない」といった表現を見かけることがあるが、おそらくこれらの女性は生まれつき目つきが悪かったのではなく、雅春先生の男尊女卑思想満載の講話を聞き、雅春先生に腹を立てて、雅春先生をにらみつけていたのであろうと推察される。

33名無しさん:2011/07/03(日) 19:20:48
生長の家白鳩会副総裁 谷口純子先生★
(生長の家白鳩会機関誌平成16年7月号52〜61頁・谷口純子先生「真の信仰者となるために」〜創立六十九年生長の家白鳩会全国大会でのご講話〜)
● 私が今日、このようなテーマでお話させていただきます理由の一つには、私はこの本(注:『信仰による平和の道』谷口雅宣著)を読みまして、「私の中にも原理主義的な考え方がある」ということを発見したことがあるからです。ですから、そういうところを皆さまとご一緒に考えていきたいという思いで今日はお話をさせていただきます。

● 「皆さま、…・・谷口雅春先生が書かれた『生命の実相』やそのほかの聖典にはそのまま真理が表現されていると思いがちなところはないでしょうか?私は若いころずっとそういうふうに思っておりました。天啓を受けられた、神様から授けられた教えがそのまま『生命の実相』に説かれているのだから、そこには真理そのものが表現されており、それを信じてそのまま実行すればいいと、私はそのように思っておりました。
 しかし、「生長の家はそういう見方はしない」ということがここには書かれております。そこのところを読ませていただきます。九頁の後ろから三行目、谷口清超先生の御文章のところです:

 さてこの実在界(神の国)のことを伝え行ずるのが宗教の使命であるから、神や神の国をコトバで説明するが、日常吾々の使う言葉の大半は現象界を表現するコトバであるから、聖書や聖典の中のコトバでも、喩え話や説明文では、しばしば現象語(生まれるとか死ぬ、苦しむとか怒るなど)が出てくる。そのようなコトバに引っかかって「神も怒るのか」と思ったり、「神も悩み苦しむのか」と錯覚すると、信仰者でありながら、いつしか現象的な争いや破壊活動に加わるということもありうるのだ。(谷口清超著『新しいチャンスのとき』九六頁)     」

● 「『生命の実相』に書かれていることは、一字一句真理が過不足なく表現されていて、それだけが正しいということになりますと、表現された文字にとらわれて、正しい神への理解ができなくなる惧れがあるということです。また、そのような考え方は、それ以外の教えは間違っているとして排除するということになり、そこに信仰による戦い、自分と他者とを区別する原因が生じる。

34名無しさん:2011/07/03(日) 19:23:18
★生長の家・生き延びるたくらみ★

1、(1)生長の家創始者谷口雅春先生は偉大なる宗教家であった反面、現在の時代にそのままの形で説くと世間から「戦争賛美」であると誤解されかねない表現を含んだ〝真理〟や「女性差別」と誤解されかねない表現を含んだ〝真理〟を説いていた。また、天皇信仰、「日本国憲法無効宣言・明治憲法復元」といった〝真理〟をも説いていた。谷口雅春先生のかつて説かれたこれらの〝真理〟を現代においても谷口雅春先生の言葉通りにそのままの形で説き実行することは、生長の家が国際社会からあらぬ誤解を受けたり、あるいは、日本国憲法秩序を根底から覆す運動を生長の家が行うことになり、生長の家教団そのものを破滅させてしまうことにつながる。その意味で谷口雅春先生のこれらの〝真理〟は現在においては〝危険な真理〟である、と谷口清超総裁および谷口雅宣副総裁は考えた。

(2) そこで谷口清超総裁および谷口雅宣副総裁は、生長の家の教えを現在の時代に合わせ、中国や韓国においても布教しやすくし、かつ、信徒を谷口雅春先生の〝危険な真理〟から遠ざけるために、雅春先生の危険な記述のある「愛国」聖典をほとんど根こそぎ絶版処分にすると同時に、雅春先生の〝危険な真理〟の力を否定するために「不立文字(ふりゅうもんじ)」「原理主義」という教えを説いている。

(3) そして谷口雅春先生が過去に説かれていた「天皇信仰」「政治運動」「明治憲法復元運動」などの代わりに「地球環境保全運動」に取り組んでいる。その趣旨は、生長の家が雅春先生の時代の「天皇信仰」や「明治憲法復元運動」などを現在説いてしまうと中国や韓国で布教がしにくくなるのでこれらの教えを説くことは現在ではもはや不可能であるが、地球環境が良くなって文句を言う人間は一人もいないので今後は「地球環境保全運動」に取り組むことでしのいでいこう、というわけである。

(4) なお、「不立文字(ふりゅうもんじ)」とは、もともとは「悟りは文字・言説をもって伝えることができず、心から心へ伝えるものである」(岩波広辞苑)という禅宗の教えであるが、生長の家では「言葉・文字で書かれた谷口雅春先生の聖典は真理そのものではない(ので信じるには値しない)」というように、雅春先生の御文章やさらには生長の家の神示までをも否定する場合に用いられる。また、「原理主義」とは、「谷口雅春先生の聖典を真理そのものであると信じて文字通りに実践すると原理主義に陥り、凶悪犯罪者になる。したがって生長の家は原理主義の立場を採らない」という(奇妙な)教えである。

2、 谷口雅春先生の時代の教えは〝昔の教え〟と呼ばれるのに対して、「不立文字」「原理主義」「地球環境保全運動」は〝今の教え〟と呼ばれている。

 しかし、谷口雅春先生の〝昔の教え〟を否定する〝今の教え〟に対しては強い批判が向けられている。

35@@@@:2011/07/03(日) 19:25:30
今では生命力にあふれた「谷口雅宣」という黄色い花が誇らしげに頭を揺らしている。
谷口雅宣副総裁ブログ
ttp://masanobutaniguchi.com/
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October 14, 2006
2年後の長岡
 15日に開かれる生長の家講習会のために長岡市に来た。新潟県中越地震以来である。2年前の10月23日、私と妻は長岡市立劇場で翌日行われる講習会のために長岡入りし、午後5時56分にこの地を襲ったマグニチュード6.8の大地震に、長岡駅構内で遭遇した。そのときの体験は「旅人の被災」という文章に書いたが、今日の午後3時16分ごろ、長岡駅に降り立った私の脳裏には、2年前の記憶が甦ってきた。新幹線の改札口を出て、さらにもう1つある改札口を出た先に、土産物を売るワゴンが出ていたが、そこで妻が絵葉書を買おうとしていた時に、最初の揺れが来たのだった。私と妻は床に這いつくばって揺れがおさまるのを待ち、広告板や建材が落ちた駅の通路を足早に歩き、駅から道路へ逃れて、ホテルまでもどったのだ。その同じ途を2年後に歩きながら、私は「懐かしさ」にも似た感情を覚えていた。

 2年という歳月が、その時の強烈な体験と興奮状態を薄め、そんな感情に変えてしまっているのだろう。それは、子どもの頃の苦しい体験が、大人になって懐かしく思い出されるのにも似ている。とにかく、余震を感じながら不安の暗い空を眺めた東口駅前広場も、花と花器が散乱したホテル内の花屋も、部屋に入れずに集まった宿泊客がテレビにかじりついていたロビーも、私にとっては役者のいない舞台装置のように感じられた。その“劇”はつい最近上演され、私も役者の一員だったのだが、今日はなぜか役者仲間は1人もいない。そんな気持でホテル内を歩いていると、フロントで笑顔で挨拶をするホテルマンが、役者仲間だったような錯覚に陥り、思わず笑顔を返したくなる。そして「やぁ、あの時は大変でしたね」などと言いたくなる。

 私の心はそんな状態だったが、長岡駅前は2年前の痕跡をほとんど残していなかった。ただ、歩道や路肩の修復をしている場所がまだある。が、それも、地震の被害の修復なのか、別の理由の道路工事なのか旅人の私には分からない。『新潟日報』の「日報抄」欄には、連合艦隊司令長官、山本五十六氏らが眠る長岡市内の山本家の墓所の再建が始まった、と書いてあった。だから、地域によっては地震の被害がまだ残っているのだ。

 ホテルの部屋でひと息いれた後、妻が「墓参りをしたい」と言い出した。これも2年前の文章に書いたことだが、妻の母方の祖母の実家が長岡市内にあり、その菩提寺がホテルから2キロほど離れた所にあった。私たちはホテル内の花屋で生花を買い、タクシーで寺まで行った。寺の庭には中年の男女と2歳くらいの女児がいて、住職一家のようだった。妻が花を持って近づくと墓参客だと合点したらしく、丁寧に応対してくれた。その人の話によると、寺には450ほどの墓があるが、地震で倒れたのは15ほどだったという。そのほとんどが、すでに修復されていた。

 墓参を終えて、長岡駅方向へ少し歩いた。寺の境内にもセイタカアワダチソウはあったが、町の各所に、生命力にあふれたその黄色い花が誇らしげに頭を揺らしている。そんな中で、朱色の実を枝いっぱいにつけた1本のカキの木が、私の目を惹いた。「もうそんな季節なのか」と思った。人の営みも自然の営みも、地震の記憶をこうして和らげてくれる。忘れることと、繰り返すことで、生命は伸び続けるのだ。

谷口 雅宣
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36@@@@:2011/07/03(日) 19:25:44

【解説】
谷口雅春はかつて「おちんちん絶対主義」「ハイ!マンコ!ポン」という恐怖の教えを説いた。

この教えによって生長の家女性はおちんちんである夫の連日連夜の問答無用のおちんちん攻撃にさらされ、大いに苦しめられた。谷口雅春時代のオマンコに基本的人権などなかった。個人の尊重もなかった。結婚するとオマンコは家庭に入ってただひたすら夫であるおちんちんのパンツを洗い、おちんちんの性欲を満足させ、子供を生み、育てるしかなかった。妻であるオマンコは自分も職業についてお金を稼ぎたいと思って会社で働きたいと思っても、夫であるおちんちんの許可なく働きに出かけることなど絶対に許されなかった。

オマンコである妻は、日中はおちんちんである夫に対して「ハイ!ニコ!ポン!」の教えを実践しなければならなかったが、夜になると「ハイ!マンコ!ポン!」の教えを実践しなければならなかった。おちんちんである夫のオマンコ提出要求に対して「ハイ、あなた、オマンコどうぞ」と営業スマイルでオマンコを差し出さなければならなかった。そのためオマンコは連日連夜の問答無用の怒涛のおちんちん攻撃にひたすら耐えるしかなかった。

しかし、この「おちんちん絶対主義」「ハイ!マンコ!ポン」という恐怖の教えを説いた谷口雅春はもうこの世にいない。谷口雅春が上記教えを書いた『聖典』も副総裁みずから絶版処分にした。大変な苦労の甲斐あって、谷口雅春の「おちんちん絶対主義」「ハイ!マンコ!ポン」の教えはようやく生長の家人から忘れ去られるようになった。

谷口雅宣副総裁もかつては『谷口雅春=生長の家』という劇の役者の一員だったのだが、今ではなぜか原宿本部に当時の役者仲間は1人もいない。その同じ原宿本部の建物内を歩きながら、谷口雅宣副総裁は「懐かしさ」にも似た感情を覚えていた。

そんな気持で原宿本部会館内を歩いていると、フロントで笑顔で挨拶をする受付嬢が、役者仲間だったような錯覚に陥り、思わず笑顔を返したくなる。そして「やぁ、あの『おちんちん絶対主義』時代は大変でしたね」などと言いたくなる。

今では生命力にあふれた「谷口雅宣」という黄色い花が誇らしげに頭を揺らしている。そんな中で、朱色の実を枝いっぱいにつけた1本のカキの木が、副総裁の目を惹いた。副総裁は「もうそんな季節なのか」と思った。

人の営みも自然の営みも、谷口雅春の「おちんちん絶対主義」「ハイ!マンコ!ポン」の恐怖の記憶をこうして和らげてくれる。忘れることと、繰り返すことで、生命は伸び続けるのだ。

37名無しさん:2011/07/03(日) 19:30:33
★谷口雅春時代のおまんことおちんちん★

谷口雅春の説いた「おちんちん絶対」「ハイ・マンコ・ポン」の真理によって光明化した「人類」とは、実はおちんちんだけであった。

神の指導理念がおまんこを女性の体に穴を開ける形で、体の内部に引っ込めて造ったのに対し、おちんちんを男性の体の外に突出する形で造った理由は、次の通りであった。

すなわちおちんちんは体の外に突出しているので、積極的に社会に突出して会社で働きお金を稼いでくる。

逆におまんこは結婚して家庭に入り、専業主婦となって、昼は「ハイ・ニコ・ポン!」の教えを実践して、チンポ汁とウンコのついた夫のパンツを洗い、子育て・炊事をして、夜はおちんちんである夫が会社から家に帰ってくると夫のおまんこ提出要求に対して即時に「ハイ・あなたおまんこどうぞ」と営業スマイルでおまんこを差し出し「ハイ・マンコ・ポン」の教えを実践する、ということである。

神の指導理念は、体の外に突出したおちんちんが望んだときにいつでもおちんちんをおまんこに突っ込むことができるようにするために、女性のアソコに穴を開ける形でおまんこを設計したのである。

その結果、妻であるおまんこは、夫の連日連夜の問答無用のおちんちん攻撃に苦しまなければならなかった。おまんこは自分もおちんちんと同じように会社に働きに出かけたいと思っても、それすらできなかった。

谷口雅春の説いた「おちんちん絶対」「ハイ・マンコ・ポン」の真理によって、光明化した「人類」とは、実はおちんちんだけであったのである。

38名無しさん:2011/07/03(日) 21:45:23
■本を読めば病気が治る?

この教団は、病気治しが教義の中心といっても過言ではありません。出版物の多くは、病気が治ったという御利益(ごりやく)話で大にぎわいで、「この本(生命の実相)を読んだだけで病気が治る」と、ハッキリと書かれています。
これは谷口雅春自身が「読めば治る」と言ったわけで、その根拠は、
「人間は神の子である。神は病気など造らない。肉体は本来無いものだから、病気も無い。もしあると思うならば、それは妄想である。それが病気を生み、そして薬は病気があるとする悪念の所産(しょさん)である。病気は無い、肉体も無いと強く念ずるところの神想観が病気を治す」
などというものです。これを教団では「メタフィジカル・ヒーリング(超物質的療法)」などと呼んでいます。
馬鹿言ってもらっては困ります。肉体は物質の集まりとして現実に確かに存在するものでありますし、物質である以上は、そこに時として傷(いた)みが生ずるのも当たり前です。病気になったら医者にかかればいいし、薬も飲めばいいのです。病気を自覚し、それを治そうと努める意志と自然治癒力があって、そこに医者の治療が加わるからこそ、病気は治るのです。
そもそも「病気は無いんだと想えば病気は治る」などというのは、「痛いの痛いの飛んでけー!」という、一昔前の親が子供にやった暗示と同じレベルのものであり、単なる思い込みのオマジナイです。こんな妄想が教義の中核なのですから、この教団の底が知れるというものです。

■唯心偏重(ゆいしんへんちょう)主義の危険

教団では「現実世界はただ心の現すところであり、心によって自由自在に貧・富・健康・幸福等、何でも現すことができる」などと主張し、唯心に大きく偏(かたよ)った教えを説いています。
これは現実から目をそむけ、「悪事や災難は単なる妄想に過ぎない」と虚と実を逆転させ、逆におかしな妄想の世界をつくりだし、場合によっては精神に異常をきたしかねない、大変危険な教えです。
現実の世界をあるがままに捉(とら)えなければ、人間はマトモに生きていくことはできません。この教団のような「心だけを中心としてすべての現象を理解させる」偏った教えは、とんでもない邪説です。しかも、
「人に痛いことを言ふ人、キューと突く様な辛辣(しんらつ)なことを言うやうな心の傾向のある人は、キューと突かれる、すなわち注射をされたりしなければならぬ病気にかかるわけであります」
などという馬鹿げた唯心論です。幼稚すぎて話になりません。

■要するに本を売って金儲け

医学者の中村古峡(なかむら・こきょう)氏は、雅春のことを「誇大妄想症」と断じていますが、その氏の著である『迷信に陥(おちい)るまで』には、
「或(あ)る有力な新聞記者が、谷口雅春にぶつかって『果(はた)して君の本さえ読めば、君が大袈裟(おおげさ)に吹聴(ふいちょう)しているごとく、病気が実際になほるのかい』と問うたところ、彼は頭を掻(か)きながら『いや、あれは単に本を売り出すための方便に過ぎない。本を多く売るためには、先(ま)ず多くの人々を集めねばならぬ。多くの人々を集めるためには、何等(なんら)かの方便を用いなければならぬ』と答えたさうな」
と記されています。
要するに谷口雅春は、本を売るために「読めば病気が治る」と宣伝しただけのことで、実際にはそんなことはないと、自身が認めているのです。つまり生長の家という教団は、単なる本の出版・販売を目的とする「営利団体」に過ぎないのです。

■「万教帰一」の迷妄(めいもう)

教団では「万教帰一」といって、「すべての宗教は唯一の大宇宙(神)から発したものであり、さまざまな宗教や真理は、あくまでも時代性・地域性に照らして説かれたものである」などと主張し、「実相とは唯一の真理であり、あらゆる宗教の本尊の奥にあるもの」という妄説を吐いています。
これは、谷口雅春の独断と我見(がけん)に過ぎません。例えば仏教とキリスト教では、出発点も、修行法も、さらにはその最終目的とするところも、すべてがまったく違います。
これを「あらゆる宗教の根元は一つだ」などというのは、実に「デパート宗教」らしい無知であり、迷妄であると言えます。世の人々が宗教について何も知らないのをよいことに、あまりデタラメなことを吹聴してもらっては困ります。

以上、ごく簡単ではありますが、生長の家の教義についてその邪宗教である理由を述べました。皆さま方におかれましては、このような邪法邪師の邪義に惑わされることがありませんよう、くれぐれもご注意願いたいと思います。

39生長の家映画部:2011/07/03(日) 23:42:41
【映画】ママ男
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00597/v12166/v1000000000000000330/?list_id=68308
大人になれない29歳男に人生最大の危機到来? マザコン男が母親の愛情を独り占めするため、あの手この手で母親の新恋人を倒そうとする姿を描くコメディ。「俺たちフィギュアスケーター」のジョン・ヘダーが見るからにヤワな男を好演し、笑いを誘っています。共演には、ダイアン・キートン、アンナ・ファリス(「最終絶叫計画」)。
【あらすじ】父親を幼い頃に亡くして以来、母親にべったりのまま大人になれないヘナチョコ男ジェフリー。ある日、愛する母親に新恋人ができてしまい、ジェフリーは何とかしてふたりを別れさせようと躍起になるが……。(2007年 / アメリカ)

40名無しさん:2011/07/04(月) 08:13:35
本部会館玄関上の御神像は、偶像崇拝!?(『小閑雑感』・平成20年11月25日)

<<この神像は生長の家大神そのものではなく、ひとつのイメージ「象徴」・「表現」であって、はっきり言えばこの神像は人間の創作である。・・・「神姿」や「神像」や「聖者」を具体的な形に表現することは、危険を伴う。・・・イスラムでは、神を具体的な形に表現してはならない事になっている。これは思慮深い方針である。特に生長の家は「万教帰一」を教義の中心に据える宗教であるから、生長の家の大神の姿は具体的には表現しない。神は一つの像の中に押し込められるものではない。・・・しかし、人間の創作は自由である。ゆえに本部会館上の神像は、作者の表現物つまり心の作品に過ぎない

41名無しさん:2011/07/04(月) 08:18:06
ウソをつかない生き方を実践しよう!(建国記念祝賀式典・平成20年2月11日)

<<簡単に云えば「ウソをつかない」という倫理が廃れているのが現代日本ではないでしょうか・・・日本建国の神話の中には、「正直に還り、神意に随って事をなすべし」という教えが説かれていることは明白です。・・・ウソをつかない生き方を実践していきたい。ウソのない運動を展開して参りましょう>>

谷口雅宣

42名無しさん:2011/07/04(月) 08:18:59
日本神話は一種の文学作品?(建国記念祝賀式典・平成20年2月11日)

<<“建国の精神”とか“建国の理想”というものは・・・日本のように“神話”という一種の文学作品に物語の形で描かれている場合は、解釈の違い・・・色々な意見が出ている。>>

43名無しさん:2011/07/04(月) 08:24:54
妃殿下の犠牲のもとに日本の皇室は存在する!?(普及月刊誌『白鳩』平成16年12月号)

<<男子出産―――たった一人、次の世代の男の子が皇室に誕生されたからと云って、お世継ぎ問題は何も解決していない。・・・・皇室に嫁いだ女性は、男の子を産まなくてはならないプレッシャーに苦しむ。・・・皇室に嫁ごうとは思わないだろう。・・・妃殿下の犠牲のもとに日本の皇室は存在する・・・>>

谷口純子

44名無しさん:2011/07/04(月) 08:28:24
生長の家=開祖・谷口雅春先生ではない!?(『小閑雑感』平成16年8月12日)

<<谷口雅春先生の著作を深く研究すればするほど見えてくるものは、<谷口雅春>という歴史上稀有(けう)な人物の人となりが分かるのであって、<生長の家>が見えてくるのではありません。生長の家=谷口雅春という安易な方程式は、雅春先生ご自身が否定しておられるのを忘れないでください。>>


谷口雅宣

45名無しさん:2011/07/04(月) 08:30:36
真理の“目玉焼き論”と絶版問題(『信仰による平和の道』P.112)

<<生長の家は宗教であり、政治思想やイデオロギーではないので、“焚書坑儒”(ふんしょこうじゅ)みたいなことはしません。・・・変化の時代には、まず一貫して変わらない真理の“中心部分”を、つまり基本的な教義を、人々にしっかりと伝えることが最も重要である。時代の流れに応じて説かれる教義の“周縁部分”(しゅうえんぶぶん)は変化して行くのです。そういう訳で今日、この周縁部分に関する出版物があまり出なくなっていると理解していただくと宜(よろ)しいと思います>>


谷口雅宣

46名無しさん:2011/07/04(月) 08:34:30
神想観「如意宝珠観」は現象観ですか?(『聖使命』新聞・平成21年1月1日号)

<<「如意宝受珠観」を何十年ずっと行って来たのです。・・・このお祈りの言葉をよく考えてみますと「身健やかに」という事は肉体のことですし、「相形美しく」というのも肉体のことです。だから、この言葉はふさわしくないと云う事にきがつきました。・・・このお祭りを区切りにして唱える言葉を工夫したいと思います。>>


谷口雅宣

47犯人探し:2011/07/04(月) 15:06:02
blog.goo.ne.jp/songlinenext/e/9269204c1b60c6cb9e1e7022acf9d77d/

48名無しさん:2011/07/05(火) 07:59:03
地元で“森のオフィス”の建設反対運動がおこる! ―



<八ヶ岳ジャーナル・6月1日発行の記事>

 「・・・長坂町で「長坂・高松の緑を守る会」(小松明会長)が発足し、同施設の建設計画に対する反対署名活動が始まった。同会では「新興宗教団体の職員が、一ヵ所にまとまって移住することに不安を感じる」、「長坂の美しい里山景観が奪われる」などとしており、今月から署名活動を通して、計画の白紙撤回を求めることにしている。」  
「長坂・高松の緑を守る会」 http://nagasaka-takamatsu.com/


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


( 解説 )

★ 雅宣総裁の5月28日「小閑雑感」の“森のオフィス”のスケッチ画からは、「オームのサティアン・北朝鮮の収容所を連想する」とは信徒の感想!

★ 雅宣総裁は、神社建築などの日本的なものは嫌いである!

★ 原宿の日本守護の霊的神域から閉め出され、八ケ岳の地元から反対署名活動が始まるとのこと!四面楚歌、何処へ行く雅宣総裁!

★ “森のオフィス”は信徒の殆んどが心の中では大反対、ただ言わぬだけ!

★ 結局、雅宣総裁は、○億円の和解金で解決?これで信徒の「聖使命会費」等の浄財が、またも目的外に使われていく!皆様、これでいいのですか?!

平成23年6月7日 本当の「生長の家」を伝え遺す信徒連合

49名無しさん:2011/07/05(火) 08:20:17

私は、『今こそ自然から学ぼう』(2002年刊)という本の中に「生物界の“暴君”の座から降りるために」という題の一文を書いた。そこでは、「他人の意思を蹂躙して、その人を自己の手段として利用することが人間社会では許されないにもかかわらず、人間以外の生物についてはこれを許すことは、人間を生物界の“暴君”として容認する考え方である」として、人間至上主義を批判している。その表現が、期せずしてヨハネ・パウロ2世のものと一致したことに今、驚いている。
 
 谷口 雅宣


祖父の「人間は神の子」などは自惚れであり ローマ法王の「人間至上主義の脱却」に共鳴するマサノブ総裁である

50名無しさん:2011/07/05(火) 11:42:09
谷口雅春先生の「日本国憲法無効宣言・明治憲法復元」の〝真理〟が実現すると日本はこうなる:
① 日本国憲法が無効になり、明治憲法が復元される。これにより日本国憲法下で形成されてきた法秩序が根底から覆され、日本社会は大混乱に陥る。

② 国民主権から天皇主権となるので国政に国民の意思が正確に反映されにくくなる。

③明治憲法には天皇の恩恵として国民に与えられた「臣民の権利」はありましたが、現在で言うところの「人間が人間であるがゆえに当然に有する権利=基本的人権」なる観念はそもそも存在しませんでした。また、臣民の権利には多くの場合「法律の留保」があり、法律によって定めさえすればいくらでも臣民の権利を制限・侵害することができました。

 これに対して日本国憲法は基本的人権を定めており、かつ、「法律の留保」はありませんので上記の不都合は生じません。ここが、明治憲法と日本国憲法との大きな相違点です。

 したがって明治憲法に復元すれば法律の定め方次第で基本的人権(明治憲法に復元すれば「基本的人権」という概念自体が消滅してしまうのですが)の著しい侵害が容易に可能になってしまいます。

④ 女性の基本的人権も当然否定される。日本国憲法下以上に壮絶な女性差別が公然とまかり通る社会になり、ありとあらゆる面で女性は差別される。究極の男尊女卑社会が到来する。

⑤ 表現の自由は日本国憲法に比べて著しく制限されるので、国民は国政に関する情報を正確に把握できなくなる。また国民が政府を少しでも批判すると官憲により連行され拷問・虐殺される。

⑥ (日本国憲法下で認められている)生存権は消滅するので年金制度、医療保険はすべてなくなる。お年寄りや身体障害者は年金をもらえなくなる。医療費は全額自己負担になる。貧乏人は病気になっても病院に行くことができずに野垂れ死にするしかなくなる。

⑦ (日本国憲法下で認められている)労働基本権は消滅するので、たとえば大企業が労働者を時給三十円で一六時間ぶっ通しで連日働かせても労働者は使用者に対して一切文句は言えない。使用者のやりたい放題の社会が到来する。「女工哀史」時代の再来。労働災害によって障害を負っても国からの保険給付は一切ない。

⑧ 民主的コントロールの及ばない天皇直属の軍隊が復活するので、軍隊が勝手に戦争を始めても国民は何も言えない。

⑨ 公務員は天皇の使用人となるので、公務員は天皇の名の下に悪事を働き放題になる。国民はそれに対して文句一つ言えない。文句を言えば官憲により連行され、拷問・虐殺される。

⑩ (日本国憲法下で認められている)国家賠償請求権はなくなるので国民が警察等から拷問・虐殺等の人権侵害を受けても国民は泣き寝入りを強いられる。

51名無しさん:2011/07/05(火) 11:45:49
「女性は仰(あお)向いて入れてもらう器です」
(『日本を築くもの』谷口雅春、22頁)
●「女性は右で、「右は退く」男性は左で「左は進む」――左進右退、これが天地の法則になっているわけであります。天地の法則に随う者のみが栄え、法則に逆うものは法則に触れて傷つき、今は盛んにみえていても、やがて衰退してしまうのであります。」
(『古事記と現代の預言』谷口雅春、昭和43年日本教文社、75頁)

●「女性のイザナミは右であり、退くのが天分でありますから凹(おう)であります。男性のイザナギは前進ですから凸(とつ)であります。
 この凹凸が自然の天分のように運行したとき、そこに何らの衝突も起こらなくなりますが凹が天分に反して凸出(とっしゅつ)して行くならば衝突して夫婦喧嘩をするより仕方がないことになるわけで、矢張り女性は、その生殖器が示しているように、素直に夫の言うことを受け容れるとき、夫とピッタリと一つになり、女性としての喜びが感じられ、生き甲斐が感じられ、一家も繁盛することになるわけなんであります。…・・女性が女性の天分を失った生き方をすると子宮癌にかかることがあります。」
(『古事記と現代の預言』谷口雅春、昭和43年日本教文社、76頁〜77頁)

52名無しさん:2011/07/05(火) 11:58:59
★ 雅宣先生はここがおかしい〜新潟県中越地震編〜★

1、新潟の地震で大勢の死傷者が出ているのに自分たち夫婦だけは「生還しました」などと自己のメッセージボード上に嬉々として書くことは宗教者としておかしい。

2、新潟の地震で大勢の死傷者が出ているのに自分のHP上にまるですごく嬉しそうに多数の地震のスナップ写真をアップする谷口雅宣先生は宗教者以前に人間としておかしい。しかも新潟の被災者の人たちに対してお祈りの言葉の一言もないのもおかしい。

3、雅宣先生は「旅人の被災」という新潟地震の体験記を書いて自分のHP上にアップしていらっしゃるが、あれもおかしい。地震で大勢の人が死んでいるのに、(新潟の人たちは)「日常生活の断絶の時を楽しんでいるように見えた」などと、人間として絶対に書いてはいけないこと。要するに自分たち夫婦だけは東京に戻ってこられて助かってああ、よかったという、そんなくだらないことを言うためだけに22頁にもわたる地震体験記を書いているヒマがあるのであれば生長の家教団として被災者の方々のためにできることを真剣に考えるべき。にもかかわらずそれをせず駄文を延々と書いている雅宣先生はおかしい。

4 雅宣先生は、「生還した」ことを信徒に報告したり、地震のスナップ写真をHP上にアップしたり、地震の体験記を書いてHPに掲載するのであれば、せめて宗教者らしく「この度の新潟県中越地震では、亡くなられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げますとともに、被災されました皆様にお見舞い申し上げます。合掌」くらいのことはどこかに書くべきなのではないか?この点、雅宣先生はおかしい。

5、週刊新潮11月11日号によると、雅宣先生は地震から逃げて東京に帰ってきたのではなく、生長の家が行う新潟地震被災者のための活動を雅宣先生が指揮するために東京に戻ったのである、と生長の家の幹部らしき人物が同誌の中で発言しているけれども、生長の家教団が新潟地震被災者のために何か具体的な活動をしているという話は今のところどこからも聞こえてこない。これもおかしい。「雅宣先生は新潟地震被災者のために生長の家本部が行う救援活動を指揮するために東京に戻った」という、あの話はウソだったのだろうか?

53名無しさん:2011/07/05(火) 22:16:07
自殺の増加は総裁のせいなの?


合掌、ありがとうございます。

暑い日が続きますが、その暑さを吹っ飛ばすような、熱い思いをもった方と出会いました。
この方の思いを、私一人だけのものにしておくのは、本当に勿体ないことだと思い、その方のご了承をいただきましたので、ここに紹介させていただきます。

今、日本は、13年連続で自殺者が30,000人を超えています。
何故、13年前から、30,000の大台を超えるようになってしまったのか?
経済不況のせいだとかいろんなことがいわれましたけど、何一つ、納得いくものがなかった。
それだけでは、何故、13年前からなの?という説明がつかなかったからです。
その中で唯一、自分なりに納得がいったのが、ちょうど、谷口雅宣総裁が総裁代行となって実権を握ったのが13年前だったということでした。
つまり、生長の家が本来の生長の家としての使命を果たさなくなってから、自殺者が30,000の大台に乗ってしまったということなのです。

生長の家が、人類光明化運動という、谷口雅春先生の「人間・神の子」の真理によって人の魂を救うという本来の使命を果たしていれば、「自殺」という最悪の、究極の選択をしないでもすんだ魂がたくさんあったのではないのか?
それを為し得なかったのは、生長の家が、谷口雅宣総裁となって人の魂を救うという宗教本来の根本使命を忘れてしまったからではないのか?!
この13年という月日は、まさしく生長の家が生長の家でなくなった歴史そのものではなかったのか?!
その悲しき現実が、自殺者30,000という数字となって現れてしまったのではないのか?!

そう思うと、一体、生長の家は何をしているんだ。
谷口雅春先生の「教え」を忘れて、一体、何が生長の家だ!
そういう怒りばかりが体中を駆け巡りました。
しかし、如何に怒り、如何に叫べども、その声は谷口雅宣総裁の耳には届かなかった!
もはや、谷口雅宣総裁に期待しても何も変わらない。
谷口雅宣総裁の「生長の家」に、人の魂を救うことを願うのは、木によりて魚を求むるようなものだ。
かくなる上は、自分から始めるしかない!
これまで学んできた谷口雅春先生の「教え」を通して、本当に悩んでいる、困っている人の魂を救う、その力になれる自分になろう!
そのためには、社会で通用する「資格」が必要だ。
谷口雅春先生の「教え」を自分のものとして、自分の言葉にして、社会的な資格を媒介としてそれをやっていこう。
そういう思いで、精神保健福祉士の資格を得ました。

谷口雅春先生の「教え」を実社会の中で、如何に生かすか?!
それが今、心ある生長の家の信徒、谷口雅春先生の「教え」に連なる者の果たすべき使命なのではないかと思っております。
そういう人の輪がどんどん広がっていけば、それが必ず世を動かす大きな力となって、谷口雅春先生の「教え」にみんなの関心が集まる時代がやってくる!
そう確信して、日々、頑張っております。

その方の語る言葉一つ一つに、こちらが大いなる勇気をいただきました。
こうして、谷口雅春先生の「教え」をひたすら実践して、大いなる社会貢献の道を切り開いている仲間がいることに得も言えぬ感動を覚えました。
谷口雅春先生の「教え」の偉大さを改めて垣間見る思いがいたしました。
こうした人のためにも、谷口雅春先生の「教え」を護る運動の必要性を改めて痛感した次第です。

再拝

54:2011/07/07(木) 13:09:01
結果的に上手く行った。首尾は上々。

本流に上手く潜らせて、順調にマインドコントロールの方向に行くと思ったが、見破られてアク禁になった。

しかし、その他の下層や部外者の輩も、続々とアク禁になったので、緊急に新しいスレを立てさせたら、食いついてきた。同病相憐れむというやつだ。

今度こそ、反学ぶ会派の方向に輩をマインドコントロールすることだろう。同じ 失敗は繰り返さないだろう。

55名無しさん:2011/07/07(木) 18:40:39
重大発表「清超先生葬式の席で

雅宣総裁が貴康先生を小突いた!!」


清超先生のご葬儀は密葬として原則家族のみで行われました。祭司と祭員は参議長と講師部長と宗務課職員。理事長と雑用の総務部長もいたようです。門の外には警備の秘書課の職員が名簿を手にして親族の方の名前をチェックしていたようです。

 どうやらその名簿には家族でも全員の名簿ではなく「谷口家」のみを中心としたものであり、その配偶者すらも排除されていたようです。つまり、この時点で宮澤潔氏は×荒地浩靖氏は×になっていたようです。宮澤壽美さまはお子様なので○谷口佳世子さまは○という事でさらにそのお子様も○となっていたようです。谷口貴康氏もお子様も○配偶者は×ということだったようです。

 この名簿は明らかに誰を排除するかという意図が明らかだったようで事前に事実上の主催者(喪主とは別の)が作ったようです。

 ここで、問題が起こったのはこのような名簿があることは親族の方は何も知らずにいたため、配偶者の方も当然のこととして何人か見えられていて、長崎からは谷口貴康氏そして貴康氏にぜひ参加してくださいと声をかけられた荒地浩靖氏が札幌から駆けつけておられたわけです。

 いうまでもなく荒地氏は清超先生のご実家を正式にお継ぎになつた嫡子であり、家族の中でも最も故人の家系と最もゆかりのあるかたです。その方が直前になって名簿に無いことが判明して、佳世子さんの実のお子さんである荒地光泰氏とみえこさまが貴康氏とともに喪主である谷口恵美子先生に出席出来るように嘆願して、さらにその場にいた佳世子さまと壽美さまも賛同して、

「それでは荒地さんも参列してもらいましょう」
と喪主である谷口恵美子先生はその場ですぐに門の外に待機している係りの人に
「荒地さんがこられたら入ってもらうように」
と指示を電話でされたそうです。

 すると・・・しばらくして雅宣氏が家族おそろいの和やかな部屋に入ってきて激高しながら
「一度決めたことを何で変えるのですか!だいたいアンタはいつもそうなんですよ」
と大声で言った。

 その後、荒地光泰氏にたいして
「だいたいアンタわかってるんだろーな!本当はアンタがここにいることもおかしいんだ、社会事業団がどれだけ迷惑なのか解ってるだろーアンタが委員長をやっていることも講師でいることもこちらでどうにでも出来るんだぞ」

 と脅し文句を数分にわたって怒鳴り続けそのせいで他の子供たちも廊下に集まり唖然として事の成り行きを見守っていたそうです。−(その中のお一人が携帯の録音機能を使い途中から録音した物があります)そこで一言、言葉を発せられたのは壽美先生。

「あなたはこんなときに一体何ですか。そのモノの言い方は、おかあさまが喪主として決められたからいいじゃないですか」

 すると、雅宣氏の口から驚愕の言葉が・・・
「だいたいこの家の人達はみんな異常なんですよ!わかってるでしょそんなことは!アンタもアンタもおいオマエもだ」
と言って後ろを向いて座っている貴康氏の頭を小突いたようです。

 ゆっくりと振り立ち上がろうとする貴康氏。危険を察知したかのようにその時恵美子先生は
「わかりました、決めたようにします」

「どっちに決めるのですか」

「前に決めたようにします」

 ここで荒地光泰氏が
「父が参加できないのならば子供たちは参加できません失礼します」
と決然と席を立ち、ほかの家族を連れて門へと向かって行ったそうです。女の子はあまりの酷さに涙を流して外に出て行き、佳世子さんも涙を流して・・・あなたたちまで出て行かないでと・・

 そしてすでに門の前には荒地氏が職員に止められて待機しておられ、みなが出てきたことで事情を察知した荒地氏は、
「この場で聖経をあげさせていただいてよろしいか」
とお聞きになり警備員は何も言えずに門の外から皆さんとともに聖経をあげられてお子さんとともに帰ってゆかれました。

「おとうさまやお母様が淋しがられるから私たちは戻りましょう、お願いです」と佳世子様の言葉により、荒地家以外の方たちはなんとも重苦しい雰囲気でその他の親族の方は式場へと行かれたそうです。

 さてそして、式場には家族だけの葬儀であったはずが理事長や総務部長が参列。式で必要な霊位(ミタマシロ)はなぜか見当たらないという前代未聞の雅宣氏プロデュースによる葬儀が行われたと言うのです。

 そして嫁であるはずの純子氏はお姉さまたちよりもはるか上座の席に平然と座り、一言も挨拶をしなかったそうです。

56小閑雑感を読んで怒る者:2011/07/09(土) 11:43:33
「渋谷や新宿周辺の家電量販店やデパートは軒並みに品切れ状態で、「札幌店にはある」という話だった。しかし、そんな遠方から取り寄せるのでは“炭素ゼロ”の運動が泣く。というので、秋葉原を探してもらったら、やっと1軒に省エネ型は1種だけが9台ほどあるというのだ。」


扇風機なんて、もともと省エネルギーなんだ。
壊れた時に買う物であって、昨年から流行りのダイソンの羽根のない扇風機に買うというならともかく、ほんの微小な省電力の差しかないのにわざわざ買い替えるとは。

しかも、自分でネット検索でもして探すのならともかく、個人的趣向に異ならないことを職員にやらして。

「炭素ゼロ」にこだわった発言はするが、定期的に物流システムは仮に空でも走らなければならないことも知らない。

まして、自分のくだらない「講習会」や「駄本」の押し売りにまでは、考えが至らない。

「ツインバード」なんて、製品は特に悪くはないが、いわゆる「バッタ屋ブランド」の物をマーケティングプライスの倍で購入して、ネットでまたまたウダウダと。執務室用だから当然、究極的には信徒の負担になるのだが。

今はインターネットで、あらゆる宗教団体が教団の主張を発信しているが、一体全体このような「馬鹿丸出し」の駄文を教団トップ自らが平気で発信しているところが他の教団にもあるのであろうか。


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