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避難用作品投下スレ3

1管理人★:2007/10/27(土) 02:43:37 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

90青い宝石3:2007/12/11(火) 01:51:22 ID:te0M13b60
「……あ」

焼けるような熱は、このみの左手から発せられていた。
薄く目を開け確認するこのみの瞳に、月の光に反射した青い宝石がキラリと光る。
どのような原理かは、このみも分からなかっただろう。
しかし、それは確かに。
このみの手の甲に、埋め込まれていた。




柚原このみ
【時間:2日目午前3時30分】
【場所:E−04・ホテル跡】
【所持品:38口径ダブルアクション式拳銃 残弾数(6/10)、ワルサー(P5)装弾数(4/8)予備弾薬80発・金属製ヌンチャク・支給品一式】
【状態:貴明達を探すのが目的】
【備考:制服に返り血を浴びている、ソックスにも血がついている】
【備考2:左手の甲に青い宝石が埋め込まれている(少女の声の主はこのみが人を殺していることを知らない)】

(関連・922)(B−4ルート)

91幸いを信じ少年は荒野を目指す:2007/12/11(火) 04:36:36 ID:VG.lI4Z60

藤田浩之は走っていた。
長いあぜ道を、水の枯れた田んぼを横切って、広い平屋の角を曲がって、
視界の開けた長閑な景色の中に目指す背中は見えなくて、それで足が止まった。

横腹が痛い。
酸素を取り込もうとして、餌を欲しがる金魚のように口を開く。
深く息を吸った途端、背中に激痛が走っていた。
立っていられずに膝を落とす。
舗装もされていない砂利道。
小石が尻や足に食い込む刺激が、少しだけ痛みをやわらげてくれた。
そのまま倒れこむ。
燦々と照る太陽に温められた、乾いた砂埃を吸い込んで、咽た。
空咳が収まると、そのままごろりと背を丸めて横たわった。
本当は大の字に寝転びたかった。
背中の傷が痛いのと、照りつける日差しが眩しくて、海老のように体を丸める。
ごつごつとした鎧が体の下敷きになって、不快だった。
それでも、そのまま動かずにいた。

 ―――かったりぃ……。

息が収まるまで、こうしていようと思った。
荒かった呼吸は、とうに元通りだった。
動悸が治まるまで、こうしていようと思った。
脈拍は既に平静を取り戻していた。
胸のざわめきが収まるまで、こうしていようと思った。
叫びたくなるような衝動は、いつまでも収まりそうになかった。

目を閉じれば、走り去っていく黒い背中が瞼の奥に浮かんできそうで。
手を伸ばせば、追い縋っても振り返りさえしなかったその背中を、思い出してしまいそうで。
だからどうすることもできず、ただ爆発しそうな衝動だけを抱えたまま、寝転がっていた。

横倒しになった世界。
閑静な農村。どこまでも広がる青い空。
うららかな日差しの下、動くものとてない景色。
まるで世界に自分ひとりだけが取り残されたような、音のない情景。
だというのに。

「―――立ち止まってしまうの?」

その声は、すぐ背後から聞こえてきた。
心臓が縮み上がるような感覚。
文字通り飛び起きようとして、背中の痛みに身を捩る。
気がつけば立て膝のまま、間近で声の主を見上げていた。
目に映ったのは、青という色。
そこにあったのは、光だった。

92幸いを信じ少年は荒野を目指す:2007/12/11(火) 04:37:09 ID:VG.lI4Z60
……違う。
揺らめく炎のような青い光の中、人影が立っている。
目を凝らせば、それは一人の少女のようだった。
青白い光を纏った、少女。
鄙びた農村を背景にしたその姿は、有り体に言って異様で、わかり易く言えば得体が知れず、
それでも浩之の目に映る少女はひどく厳かで―――神々しかった。

「立ち止まってしまうの?」

言葉が繰り返される。
少女はしかし、それきりを口にして沈黙し、静寂が訪れた。
短く区切られたその要領を得ない問いかけに悪意は感じられず、だからといって善意もなく、
そこにはただ、純粋な疑問だけがあるように感じられた。
大勢の人間が死に、無数の怪奇が横行し、既に現実と幻想の境界すら定かでなくなったように思えるこの島で発せられる、
たったひとつの混じりけのない問い。
虫たちが息を潜め、風すらもがやみ、木々のざわめきも収まった。
浩之を取り巻くすべての世界が、固唾を呑んでその答えを待ち構えている。
そんな風に感じられた。

「……わかんねえ」

気がつけば、心の中にある迷いを、素直に口にしていた。
少女の問いは要領を得ない。
立ち止まるとは、走るのをやめることか。
追いかけるのを、やめることか。
それとも……考えるのを、やめることか。

飛躍していく思考に、浩之は内心で苦笑する。
少女はそんな哲学的なことを聞いているのではないだろう。
走っていた男が突然倒れこんで起き上がらずにいる、それを不思議がっているのだろう。
だから、答えは単純だ。
自分は現に立ち止まっている。
こうして、走ることを放棄している。
ならば、

「俺……どうして、あの人を追いかけてんだろうな」

口から出たのは、思考とはかけ離れた、自問だった。
心のどこかで呆れ果てたように首を振る自分がいるのを感じる。
自分を知らず、柳川を知らず、二人を知らない目の前の少女にとって、何の意味もない言葉。
そもそも問いかけの答えになっていない。
それでも、言葉は止まらなかった。

93幸いを信じ少年は荒野を目指す:2007/12/11(火) 04:37:43 ID:VG.lI4Z60
「わけわかんねえ。追いかける義理、ねえし。あの人が、ついてきてたんだし。
 離れてくなら、それでいいんじゃねえかって、思うし。けど……けど、さ」

夜の森で見た瞳の色が蘇る。
月明かりすらない暗闇の中、深い、深い真紅の瞳は、確かに自分を映していた。
心臓に爪を突き立てて滲んだ血の色のような目に涙を浮かべて、漆黒の鬼は自分を見ていた。
その瞳の色が、忘れられない。

共に過ごしたのは、僅かな時間のはずだった。
それでも、二人で駆け抜けた山道の、夜明けの冷たさが忘れられない。
肩を並べて戦い、ついに包囲を切り抜けた瞬間の高揚を忘れられない。
焼け爛れた傷口から流れる膿の色が忘れられない。
何度言い直させても片言でタカユキと呼ぶ、たどたどしい声が忘れられない。
照れ隠しにしてみせる、インテリぶった口調が忘れられない。
鬼になる前に眼鏡を投げてよこす、格好つけた仕草が忘れられない。
ほんの先刻、かき抱いた体の重さを、忘れられない。

「俺、あの人のこと何も知らねえんだよ。名前はわかる、柳川祐也。
 刑事をやってた。鬼になる。けど……それだけだ。
 あとはわかんねえ。何で俺のことタカユキって呼ぶのか、タカユキって誰なのか、
 そいつがあの人の何なのか、……俺があの人の何なのか。
 何も……何も知らねえんだよ。けど、だから、わかんねえ」

知らないから、追いかけるのか。
知りたいから、追いかけるのか。
だが、知ってどうなる。
知らないのに、追いかけるのか。
知らないのに、追いかけるのが、許されるのか。

その資格があるのか。
それだけの何かが自分の中にあるのか。
或いは、それだけの何かが、柳川祐也の中に、あるのか。
それが、わからなかった。

怖かった。
柳川は、去っていったのだ。
七瀬彰を庇って、自分を振り払って、走り去っていった。
追いかけて、追いついて、その後どうすればいいのか、わからなかった。
確かめるのが、怖かった。
柳川祐也の中にあるタカユキという言葉の意味、七瀬彰の存在、そして何より―――藤田浩之の価値を。

94幸いを信じ少年は荒野を目指す:2007/12/11(火) 04:38:11 ID:VG.lI4Z60
「何だろうな。俺、何やってんだろうな。どうしたいかもわかんねえのに。
 ……どうなってほしいかも、わかんねえのに」

たとえば、柳川がその言葉で真実を語ったとして。
たとえば、柳川が七瀬彰を選んだのだとしたら。
たとえば、柳川に伸ばした手を邪険に振り払われたら。
たとえば、柳川の瞳に映る自分がひどく惨めたらしかったら。
たとえば、柳川に抱かれた七瀬彰の目が勝ち誇ったように輝いていたら。
たとえば、柳川を追うこの行為が、この上なく滑稽だとしたら。
たとえば、たとえば、たとえば―――。

「あなたの中の青は、もう走り出そうとしている」

言葉が、すべてを断ち切っていた。
静かに、しかし重々しく紡がれたそれは、結局のところ、少女にとって意味などなかったのかもしれない。
だが波打ち、荒れ狂う浩之の心中に降り注いだそれは、正しく託宣だった。
それは分厚い雲間から射す、ひどくか細い光に過ぎなかった。
しかしそれは同時に、暗い海原に示された、唯一の光明だった。
その指し示す先にこそ何かがあると、再び舵を取り、帆を上げ、櫂を漕ぐ力を与える、そんな光だった。

顔を上げたその向こうで、少女が音もなく片手を上げた。
青白い炎の宿る指が、遠い道の先へと掲げられていた。
浩之の、走ろうとしていた方角だった。
思わず振り向いて目を凝らしたその先に、小さな明かりが灯っていた。

「……!?」

おかしい、と思う。
快晴の日中、遠景に明かりの見える道理がなかった。
しかし、それでもその青い光は、確かに遥か視界の先に立ち昇っていた。
青い、光。

95幸いを信じ少年は荒野を目指す:2007/12/11(火) 04:38:33 ID:VG.lI4Z60
「……おい、あんた……!」

振り返る。
そこには。

「―――」

誰も、いなかった。
慌てて辺りを見回す。
気配はどこにもなかった。
まるで、少女自身が青白い炎に変わって消えたように。

「……」

しばらく、呆然と立ち尽くしていた。
風が吹き抜けて乾いた砂埃が舞い上がり、目を瞬かせる。
我に返って、首を打ち振るう。
長閑な寒村の風景だけが、浩之を取り囲んでいた。
再び振り返って、今はもう存在していたことすら定かではない少女の指差していた方を見る。
立ち昇っていたはずの青い光は、やはり見えなかった。
しかし、

 ―――行くか。

浩之は大きく息を吸い込むと、その方角へと一歩を踏み出す。
その足取りに迷いはなかった。
追い求める背中は目指す先にあると信じる、それは歩みだった。

96幸いを信じ少年は荒野を目指す:2007/12/11(火) 04:40:14 ID:VG.lI4Z60



【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:C−3 鎌石村】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷(治癒中)】

観月マナ
 【所持品:BL図鑑・ワルサーP38】
 【状態:BLの使徒Lv4(A×1、B×4)、BL力暴走中?】

→920 921 ルートD-5

97素敵な間違い:2007/12/18(火) 21:59:11 ID:Uwgruf260
「遅いね、祐介お兄ちゃん……」
 家屋に備え付けられた時計の針が動いていくのを見ながら柏木初音が不安そうに言った。

 出て行ってから既に2時間。放送で友人か何かの名前を呼ばれてショックを受けているのは分かるが確かに遅すぎる、と宮沢有紀寧も思っていた。
 恐らく、いやほぼ間違いなく何らかの争いに巻き込まれたかそれに準ずる状況に陥ったのは明白だった。
 有紀寧にしてみればさほど利用価値もない祐介が死んだところで別にどうでもいいのだが、まだ自分が『善人』である以上何らかのアクションは起こさねばならないだろう、とは思っていた。

(それに……)
 確かに祐介はどうしようもないお人よしだったが盾としての利用価値くらいはあった。それが今、いなくなったということは有紀寧にとっても防壁がなくなりつつある、ということである。一応祐介の荷物から武器一式は抜き取っておいたが(もちろん柏木さんには話してないですよ? 必要もありませんし)いざという時に盾がいないのでは話にならない。別の隠れ蓑を求めて行動する必要もあった。

「探しに……行きましょうか」

 だから有紀寧はそう提案した。ある程度の危険は伴うが現状では心許ない部分もある。それに初音にも自分が『善人』であることを分からせてやらねばならない。今はまだ『味方』を作っておくべきだった。
「えっ、でも……」
 祐介と初音はそこそこ深い仲だったが有紀寧はそうでもない。だから迷惑になるとでも思ったのだろう、遠慮するような表情を見せたが有紀寧はいつものように笑みを浮かべて諭す。

「遠慮なさらないで下さい。わたし達は……仲間なんですから」

 こういう時に使う仲間という言葉の効果が絶大だということを、有紀寧は知っていた。伊達に資料室で日々を過ごしてきていない。やはりそれが功を奏したのか、初音はまだ戸惑いながらも「じゃあ……一緒に探してくれる? 祐介お兄ちゃんを」と言った。笑いながら、有紀寧は当然のように頷いた。

     *     *     *

 有紀寧たちが今いる場所が島の最南端に位置するところなので、まずは北上していくことに決めた。まあ多分祐介は生きていないだろうがそれを口に出すわけにもいかないので生きているならどこに向かっているのか、という話し合いをした結果比較的近くの源五郎池にいるのではないか、という意見を有紀寧が出した。

98素敵な間違い:2007/12/18(火) 21:59:44 ID:Uwgruf260
「どうしてそんなところに居ると思うの?」
「長瀬さん、かなりショックを受けていたようですし……水辺なら心を落ち着かせるには最適なのでは、と思いまして」
 そう言うと初音は納得した様子で「確かに祐介お兄ちゃん、暗い顔だったもんね……」と複雑そうに頷いていた。初音自身も同様の経験があるので気持ちが分かるのだろう。

 実際は新たな盾を見つけるまではどうしても戦闘に巻き込まれたくなかったので人気のない場所へ行きたかったというのが本音だったが。理想としては残る柏木の人間に合流してしばらく隠れ蓑にする、もしくは単独で行動している祐介のような人物を見つけ上手く口説いて引き入れる、どちらかになればいいのだがそう都合よくはいかないだろうと有紀寧は思っていた。
 まずは祐介の死体を見つけるか初音が諦めるかのどちらかになるまで隠密に行動だ。それが最善ではないが安全策ではある。
 無理をする必要はない。生き残れさえすればそれで万々歳なのだから。

「それにしても、森の中を歩くって意外ときついですね」
 森にさしかかり足場の悪い箇所が延々と続くようになってきた。気をとられると滑りそうになったりつまづいてしまいそうになる。
「そうなの? 私はそうでもないけど……」
 そう話す初音の表情はいつもと変わりなく悠々と歩いている。ひょっとすると見かけ以上に体力があるのかもしれない、と有紀寧は思った。
 それとも自分が現代っ子だからだろうか、などとも考えた。
 いけませんねぇ今の子供は。学力低下だけでなく体力も低下して……これだから肥満体系の子供が増えてるんですよー。
 そんな風にワイドショーで偉そうに喋ってるコメンテーターの声が聞こえてきそうだった。

「そう言えば有紀寧お姉ちゃんは探してる人とかいないの?」
 器用に小石の上に乗ってバランスを取りながら初音が話題を変える。有紀寧にとっては優勝することが目的なので別に探し出す必要もないのだが……しかし知り合いがいないと言い切ってしまうともしも岡崎朋也や春原陽平に出会ったときに言い訳ができない。些細なことでも不信感を抱かせてはならないのだ。

「そうですね……お知り合いの方を、二人ほど」
「どんな人?」
「面白い方たちですよ。漫才が立って歩いているような人たちです」

 言いながら、有紀寧はまだ在りし日常の欠片を思い出していた。資料室でコーヒーを振舞って、彼らがくだらない事に興じるのを傍で見て……楽しかった。それは偽りのない事実である。だがそれ以上に……自分を待っていてくれる、慕ってくれる人たちのために、兄のために……絶対に死ぬわけにはいかなかった。
「へぇー……私も会ってみたいなぁ」
 そう言う初音だが会えたら会えたで有紀寧も困る。流石に知り合いにまでリモコンを使ったり嵌めたりするのは忍びない。だから会うこともなくどこかで死んでいってくれるのがベストなのだけれども。

99素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:00:11 ID:Uwgruf260
 だから「会えば分かりますよ」とお茶を濁すように言ってその話を打ち切り、現在地についての話に戻すことにした。
「そう言えば川が見えてきましたね。多分目的地も近いと思います」
 視界の隅にはちょろちょろと静かなせせらぎを湛えている小川があった。恐らく源五郎池から続いているものなのだろう。これを辿っていけば自ずと目的地に着けるはずだった。

「ホントだ。綺麗な川だね……飲めるかなぁ?」
「生で飲むのはどうかと……」
 初音と共に見下ろした小川は綺麗過ぎるほどに澄んでいた。それこそ、水道からひねり出した水のように。それだけじゃない、普通ならなんとなく感じられるはずの自然の水の匂いが……その川にはなかった。なぜだろうと有紀寧は思ったがそんな感覚的なものを気にしたところでどうなるものでもないし、役に立つわけでもない。あまり深く考えずに先に進むべきだった。
「それよりも早く行きましょう。祐介さんを探すのが先です」

 そうだね、と返事した初音がそれでも川を見下ろしながら有紀寧の後ろについて歩く。自分と同様の疑問でも持っているのだろうかと有紀寧は思ったがこれも考えないようにした。
 それにしても同じ風景が延々と続いていて、まるで同じ場所をぐるぐる回っているみたいだ、と有紀寧は思った。目印になる川があるからいいもののそれがなければ迷ってしまいそうになるほどの。
 またそのせいではないだろうが普段歩いているときよりも余計に疲れる気がする。どこかで聞いたことがあるが、アマゾンなどのジャングルを川沿いに下っていても同じ風景が延々と続くせいで精神が狂ってしまいそうな感覚に陥る、という話だ。
 なるほど確かにこれでは参ってしまうのも無理はないだろう。

 ふぅ、とため息をつきながら有紀寧は、これ以降は無闇に森の中を歩くのはやめておいた方が良さそうだという考えに至ったところで川べりに何かが転がっているのに気付いた。
「あれは……」
「どうしたの、有紀寧お姉ちゃん」

 何かがあることを指で指し示すと、初音がそれを見つめる。初音はしばらくそれを見ていたかと思うとやがて目を見開き、息を呑んだ様子になっていた。
「柏木さん……?」
 不審に思った有紀寧が声をかけた瞬間、初音が叫びながら駆け出した。

100素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:00:38 ID:Uwgruf260
「お兄ちゃん……祐介お兄ちゃんっ!」
「ちょ、ちょっと……」
 一人で先行しては危険だと有紀寧が止めようとするも捕まえることが出来ず狂乱したようにその『何か』に走っていく初音。
「祐介お兄ちゃんっ、祐介お兄ちゃんっ、祐介お兄ちゃんっ!」

(長瀬さん……?)
 あんな遠目でよく分かったものだと感心するがそれよりもやはり、あの様子では祐介は殺されてしまっているだろう。予想通りと言えば予想通りだが……
 先に駆け出した初音に有紀寧が追いついたときには、物言わぬ骸となっている長瀬祐介の遺体に初音が縋るようにして揺さぶっているところだった。
「祐介お兄ちゃん、返事してよ……祐介お兄ちゃぁん……」
 痛々しい程の涙声で祐介の名を呼びかける初音。有紀寧はそれを黙って見つめていた。

 もちろんかける言葉がなかったからではない。祐介が死んだのが確定した以上行動の決定権は間違いなく自分にある。とは言っても柏木の人間を探すことにはなるだろうが、重要なのはそのルートだ。探していると思わせつつ自分にとって安全な道を確保しなければならない。
 激しい戦闘の起こっている場所にわざわざ足を運ぶ必要はないのだ。それに……そろそろどちらが上なのかをはっきりとさせておかねばならなかった。
 頃合いを見計らうようにして、有紀寧は優しく初音の肩を抱く。

「柏木さん……そんなに悲しまないで下さい」
「でもっ……でも……」
「今は思い切り泣いてもいいと思います……ですけどそのままじゃ柏木さんのことを想っていた長瀬さんもまた、悲しみます。生きなきゃならないんです。長瀬さんが生きていたことを、そこにいたことを証明するためにも」

 それはかつて兄が亡くなったときに有紀寧が自分自身にかけていた言葉だった。まあ一部誇張しているような部分もあるが概ね違ってはいない。
 そう――守らなければならないものがある。兄の残したもの全てを守っていく義務が、自分にはある。それが兄を理解しようとしなかったかつてへの自分の、贖罪なのだから。だから……死ねない。
「ですけど……今は、わたしの胸で」
 後ろから覆うように抱擁する。初音はしばらく震えていたが、やがて声を押し殺すような嗚咽を上げ始めた。身体を、全て有紀寧に預けるようにして。

101素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:01:08 ID:Uwgruf260
 これでいい……計画通りだ。
 完全に初音が信頼を預けるのを、有紀寧は邪な笑みで迎え入れていた。

     *     *     *

「もう大丈夫なんですか?」
「うん、もう平気だよ」
 そうは言いながらもぐすぐすと鼻を鳴らす初音だったが、一度感情を吐き出したせいか行動する分には支障ないように思える。
「そんなことより早くお姉ちゃんたちを探しに行こっ。まだ私には待っててくれるひとがいるんだもんね」

 ええ、まったくその通りですと有紀寧は頷く。早いところ彼らには出会わなければならない。
 家族ぐるみで巻き込まれているならこのゲームに乗っている可能性は低いだろうし、たとえ乗っていたとしてもここまで信頼関係を築き上げた自分に対して攻撃してくることはないはずだ。なぜならそれは初音への裏切りにも等しい行為だからだ。もっともその時はこちらにも考えがあるが――
「それじゃあ手をつないで行きましょう。わたしたちは何があっても一緒です」
 用済みになるまでですがね、と心の中で付け足して有紀寧が初音の手を取る。手を握ると、初音もしっかりと握り返してきた。

 精々、今は仲良しごっこに興じるとしよう。自分は高みから殺し合いを眺めていればいい。

「ああ、でもその前に……長瀬さんの遺品、持って行きましょうか。いい気はしないですが……」
「あ、うん、そうだね……」
 一旦手を離して近辺に散らばっていた支給品などを回収していく。どうやら使えそうなものだけ持っていかれたらしく武器の類は全くいい物がなかった。だが一方で襲っていった人間が捨てたと思われるノートパソコンは有紀寧にとって貴重な代物だった。

 これで先程書き込みをした『ロワちゃんねる』が使えるなら色々と裏側から掻き回してやるのも容易い。なおかつ生き残りの把握が出来るのも好都合だ。
(長瀬さん……最後には役に立ってくれましたね)
 ほんの少しだけ感謝の意を向けながら有紀寧はノートパソコンを自分のデイパックに仕舞った。
 結局、殆ど武器の無かった初音にフライパン他道具一式、ノートパソコンを有紀寧が持つという形で道具の整理は終わった。

「それじゃあ、改めて出発としましょうか」
「うん、頑張ろうね」
 もう一度手をつないだ二人は、まだ朝露の残る森の中をゆっくりと歩み始めた。

     *     *     *

「……さて、どこから奴を探すか」
 復讐の怒りに燃え、鬼の意思が宿る瞳を深紅に湛えた柳川裕也は神社から東西へと続く道への分岐点でどちらへ行くかと迷っていた。
 ここで一度間違えば相当な距離をおかれてしまう。勘に任せて進むのもいいが、無駄に時間を取りたくない。

102素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:01:49 ID:Uwgruf260
 あの女……藤林椋のとった行動からすると善人を装って紛れ込み、隙を突いて内部から殺していく戦法をとっているようだからまずはどこかの集団に入っていこうとするだろう。そして、そういう人間を探すにはうってつけの場所がある。
 平瀬村。もしくは南にある氷川村。仲間を探そうとここに集う人間は多いはずだ。現に――少し前までの柳川がそうだったからである。

「氷川村か……」

 確かここには診療所を目指していたリサ=ヴィクセンと美坂栞もいるはずだ。時間からするともう離れているかもしれないが……まだ栞の調子が悪くここに留まっている可能性はある。
 本来合流は夜の十時になる予定だったが、藤林椋という厄介な存在が現れた以上この情報を知らせておいても悪くはない。

「……よし」
 まずは氷川村へ向かうことにしよう。だが少しでも到着時間を縮めるためにわざわざ迂回していきたくはない。
 柳川は源五郎池を目標に、ここを真っ直ぐ突っ切っていくルートをとることに決めた。少々厳しい道のりではあるが鬼の血を宿す柳川にとっては造作もないことだ。
 コルト・ディテクティブスペシャルをベルトの間に挟みこみ、柳川が移動を開始しようとした、その時だった。

「……誰だ」
 前方から微妙に感じる、人の……いや、同族の気配。この匂いを、柳川は知っている。柏木梓と同じ、その匂いだ。
 それはまったくの勘でしかなかったが、確信的なものを抱いていた。まるで見透かしているように、柳川は前方の茂みに呼びかける。
「隠れても無駄だ。敵意がないのなら出て来い。そうしないなら……殺す」
 ざわっ……と空気が震えるのが分かった。柳川のかけた言葉自体は藤林椋にかけたものと同じだったが、向けるものが劇的に違う。たとえ柏木の一族であっても敵対するなら殺す心積もりでいた。

 柳川がコルト・ディテクティブスペシャルに手をかけようとした時、二人の女性がお互いを庇いあうようにして出てきた。
 一人はまだ幼さが残る、推定中学生くらいの女(柏木初音)。そしてもう一人は……あの藤林椋と同じ制服の女(宮沢有紀寧)だった。
 怒気がこみ上げてこようとするのを押さえつつ、柳川は威圧的に、ドスの利いた声で質問……いや、尋問した。
「正直に答えろ。でなければ撃つ」
 躊躇なくディテクティブスペシャルを抜いて構える。ごくり、と息を呑む音が聞こえてきそうなくらい二人はガチガチになっていた。

「まず一つ目だ。特にそこの制服の貴様に聞きたいんだが……藤林椋という女を見なかったか? ボブカットで、見た目は大人しそうな奴だ」
 ディテクティブスペシャルの銃口を向ける。有紀寧は一瞬考えるような表情をしたが、「……知りません」と返してきた。
「本当だろうな」

103素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:02:18 ID:Uwgruf260
 こめかみに標準を合わせるが、有紀寧は本当に怯えた様子で「ほ、本当です! 信じてください!」と涙声で訴えた。だがそれは以前椋の嘘を経験した柳川にとっては信じがたいものだった。撃鉄を上げてさらに脅そうとしたところ、横から初音が庇うように覆いかぶさり、「やめて! 有紀寧お姉ちゃんは嘘なんてつかないよっ!」と叫んだ。しかし柳川はなお冷徹な表情で、
「俺はそうやって以前も騙された。もう騙されるわけにはいかない。邪魔をするな」
「ダメっ! 撃つなら……私から先に撃って!」
「い、いけません柏木さん! 柏木さんには何も罪はありません! 殺すならわたしから先に……」
 ……追及しようとしたのだが、二人が代わる代わる互いを庇おうとしていることと、『柏木』という言葉から急激に疑念が薄れていった。

 あきれ果てた様子で柳川は一旦銃口を下ろした。
「もういい。その女に関しては信じる。それよりお前の方だ。柏木……とか呼ばれてたな」
「そう……だよ?」
「名前を教えろ。確かめたい事がある」
 初音はしばらく柳川と有紀寧の両方を見ていたが、有紀寧が「わたしは大丈夫ですから」と言うとこくっと頷いて、「初音……柏木初音」と答えた。

 やはりな、と柳川は思った。あの鬼の気配と柏木姓……それにその名前。柳川はディテクティブスペシャルを仕舞うと僅かに警戒を解いて言った。
「お前の姉が探していたぞ。柏木梓がな」
「梓お姉ちゃんを知ってるのっ!?」
 初音が驚いた様子で訊く。知ってるも何も柳川は彼らの叔父に当たるのだが……面識のない初音は知らなくても仕方のない事だった。
「実際に会った。まあそれだけじゃないんだがな……俺は、お前の叔父だ。柏木初音」
「叔父……さん?」

 今度は初音が信じられないというような様子で柳川を凝視する。まあ当然だろう。見ず知らずの男が叔父と名乗るのだから。
「別に今信じなくてもいい。だが柏木梓と会ったのは本当だ。もっとも半日以上前の事だが」
「そうなんだ……」
 散々疑っていた柳川と違い、あっさりと信じてしまった初音に柳川は苦笑する。叔父ということに関してはまだ半信半疑のようだったが。
「ともかく藤林椋のことを知らないならいい。邪魔したな」
 一通りの情報を得た柳川が去っていこうとすると、不意に後ろから声がかかった。

「待って、おじさんっ!」
「おじ……」
 普段なら待たないはずであろう柳川だったが流石にこの年でおじさん扱いされるのは気に食わなかった。努めて冷静に、柳川は初音の元まで戻る。
「あのな、俺は……」
「おじさん、私の親戚なんだよね? だったら一緒に行こうよ」
「は? 何を……いやそうじゃなくてだな」
 何故銃口を向けた人間に対して一緒に行こうなどと言えるのか。そして俺はおじさんじゃないと言おうとするが、初音は気にした様子もなく柳川の手を取る。華奢で、温かかった。

104素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:02:39 ID:Uwgruf260
「どうして? イヤなの?」
「別にそういうわけじゃないが……」
 なんとも言えない表情で辺りを窺うと、初音から一歩引いた位置に有紀寧が立っていた。
「そうだ、お前。お前はいいのか、自分に銃口を向けた相手と行動して」
 一般論を求めようとするが、有紀寧もまたきょとんとした様子で、
「柏木さんのご親族ならきっと大丈夫だと思いますけど……何か問題でもあるんですか? それに、わたしたち二人じゃ何かと心細いですし」
「ほら、有紀寧お姉ちゃんもそう言ってるよ?」
「……」

 柳川は頭を抱える。どうして自分にはこうも両極端な人間しか寄ってこないのか。あれだけ疑っていた自分がバカらしく思えてくる。
「……柳川だ。俺の名前は柳川裕也。今度からはそう呼べ」
「そっか、柳川おじさんだね。ごめんね、今まで名前が分からなかったから」
「いやだから問題はそこじゃ――もういい! 先に行くぞ」
「あ、待ってよ柳川おじさん!」
 おじさんと初音が呼ぶたびに若干の精神的ダメージを受けながら、柳川は立ち止まらなければ良かった、と後悔し始めていた。

 そのせいだろうか、柳川は気付くことはなかった。
 柳川の後ろを歩く、柏木初音の後ろで妖しげな笑みを浮かべている宮沢有紀寧の姿に――

105素敵な間違い:2007/12/18(火) 22:03:06 ID:Uwgruf260
【時間:2日目午後12時00分頃】
【場所:G−5、道の分岐点】

宮沢有紀寧
【所持品:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×19、包帯、消毒液、スイッチ(5/6)、ゴルフクラブ、ノートパソコン、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(完治)、強い駒を隷属させる(基本的に終盤になるまでは善人を装う)、柳川を『盾』と見なす】

柏木初音
【所持品:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:柳川おじさんに少しなついた。目標は姉、耕一を探すこと】

柳川祐也
【所持品①:出刃包丁(少し傷んでいる)】
【所持品②、コルト・ディテクティブスペシャル(5/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了、ほぼ回復。椋を見つけ出して殺害する。その次に主催の打倒。……俺はおじさんじゃない!】

【その他:有紀寧のコルトパイソンは二人には存在を知らせてない。スイッチも同様】
→B-10

106第二回定時放送(B−4):2007/12/20(木) 02:30:15 ID:SebB/CEY0
時刻は午前5時50分……

久瀬は数々の惨状を見せられ、疲弊しきっていた。
多すぎた。あまりにも死人が多すぎた。
実の所彼は少し期待していた。
時間が経てば混乱していた者も落ち着いて、殺し合いが収まってくれるのではないかと。
だが実際には、殺し合いはますます激しさを増していくばかりだった。

ある者は一方的に殺され、またある者は裏切られて殺された。
特に酷かったのは、指を1本1本切り落とされて惨殺された女性だった。
その女性は最期の瞬間まで想像を絶する悲鳴を上げ続け、返り血に塗れた加害者の女性は笑いながら包丁を振るい続けた。
その一部始終を見ていた久瀬はとうとう嘔吐感を堪えきれなくなり、腹の中の物を全て吐き出していた。

自分が確認出来ただけでも10名以上の人間が命を落としていた。
恐らく―――その倍以上の数の人間が、既に物言わぬ躯と化しているのではないか。


そして第2回放送の時がきた。

画面が真っ黒に染まり、ゆっくりと赤く浮かび上がる番号、そして名前。
「そ、そんな……こんなに大勢の人が……」
予想以上の死者の数に震えが止まらない。いや、しかしこの震えの原因はそれだけではないだろう。
『倉田佐祐理』。彼女の名前だけ、一際強い存在感を放つように思えるのは気のせいだろうか。
・・・・・・呼吸が、乱れる。知らずうちに漏れた涙が表す感情の揺れに、久瀬自身どうしていいか分からなかった。


『それじゃ久瀬君、今回もよろしく頼むよ』
一回目の放送の時と同じくウサギが一瞬画面に現れ、その一言だけを告げまた消える。
久瀬は今にも倒れこみそうなくらい疲弊していたが、それでも彼に選択肢は一つしか用意されいない。

107第二回定時放送(B−4):2007/12/20(木) 02:30:45 ID:SebB/CEY0
「――みなさん……聞こえているでしょうか。
これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。
それでは、今までに死んだ人の名前を発表…します」


画面に目を戻す。これだけの人数の人間が死んだのだ。
きっとここに名前が載っている者の友人や家族も沢山いるだろう。
彼らの気持ちを考えると、やりきれないものがあった。
だがここで自分が抗っても死体が一つ増えるだけだ。
意を決して何とか言葉を捻り出す。

「――それでは発表します。

108第二回定時放送(B−4):2007/12/20(木) 02:31:16 ID:SebB/CEY0
003 朝霧麻亜子
009 イルファ
017 柏木梓
020 柏木千鶴
022 梶原夕菜
023 鹿沼葉子
025 神尾観鈴
029 川名みさき
036 倉田佐祐理
042 河野貴明
044 小牧郁乃
050 里村茜
051 澤倉美咲
054 篠塚弥生
056 新城沙織
059 住井護
060 セリオ
067 月島瑠璃子
071 長岡志保
072 長瀬源蔵
074 長森瑞佳
076 名倉友里
080 仁科りえ
084 姫川琴音
085 姫百合珊瑚
086 姫百合瑠璃
089 藤田浩之
090 藤林杏
093 古河秋生
094 古河早苗
099 美坂香里
105 巳間晴香
109 深山雪見
111 柳川祐也
112 山田ミチル
113 湯浅皐月
117 吉岡チエ
119 リサ=ヴィクセン

109第二回定時放送(B−4):2007/12/20(木) 02:31:35 ID:SebB/CEY0
 ――以上…です……」

自分の役目を終えた久瀬はがっくりと項垂れた。
強制されているとは言え、島にいる者達に悲しみを、絶望を、自分の手で与えてしまったのだ。
佐祐理の件でも充分消耗してしまったのもあり、体力だけでなく精神的にももう限界が近かった。

そこで突然画面が切り替わりウサギが画面に現れた。
『さて、ここで僕から一つ発表がある。なーに、心配はご無用さ。これは君らにとって朗報といえる事だからね』

話ぶりからしてウサギは放送を通じて島全体に対して話しかけているようだった。
久瀬は他の参加者達と同様、ただ黙って話に聞き入る事しか出来ない。

『発表とは他でもない、ゲームの優勝者へのご褒美の事さ。相応の報酬が無いと君達もやる気が上がらないだろうからね。
見事優勝した暁には好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてあげよう』
(―――何!?)
信じ難い発言に、久瀬の目が見開かれる。
戸惑う久瀬に構う事なく、ウサギの話は淡々と続けられていく。

『だから心配せず、ゲームに励んでくれ。君らの大事な人が死んだって優勝して生き返らせればいいだけだからね』

話を聞き終えた久瀬は蒼白になっていた。
常識的に考えればどんな願いでも叶えるという事など出来る訳が無い。
優勝者の願いを叶えるよりも、裏切って殺す方が圧倒的に手軽である。そして主催者達は間違いなくそうするだろう。
だがゲームの極限状態の中で、放送による悲しみの中で、どれだけの人間が冷静に判断を下せるというのだろうか。
一体何人の参加者があの話を鵜呑みにしてゲームに乗ってしまうのだろうか。

―――信じるんじゃない、これは罠だ!餌をぶらさげて殺し合いを加速させるための罠だ!!

そう参加者達に伝えたかった。だが今の彼にはそれが許されていない。
久瀬は自分の無力を呪い床を力の限り殴り続けた。
程なくして彼は力尽き、意識を失った。

110第二回定時放送(B−4):2007/12/20(木) 02:33:04 ID:SebB/CEY0
久瀬
 【時間:2日目06:00】
 【場所:不明】
 【状態:極度の疲労による気絶】

【状態:正規参加者66人+非正規参加者6人】
【備考:首輪が外れた参加者は、例外なく放送にて名前を呼ばれる】

当時改変使用の許可をいただいていましたので、他ルート第二回放送を使いまわさせていただきました。

まとめサイト様へ
お手数ですが、B-4に「505話・正義にも悪にも凡人にもなれる男」を入れていただければと思います。
よろしくお願いします。



あと個人で描いていたハカロワ3の落書きがかなり溜まっていたので、いくつか上げてみました。
パスは「hakarowa3」です。
ttp://www.uploda.org/uporg1163006.zip.html
あくまで自分のポテンシャルを上げるための物だったので非常に汚いのですが、
よろしければどうぞ。

111学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:06:39 ID:bJ92dPqU0
「ところで、ことみ君」
 視聴覚室での会議を終えた霧島聖と一ノ瀬ことみは爆弾の材料を探すためにまずはこの校内から調べていくことにした。その視聴覚室を出てすぐの階段で、聖がことみに質問する。
「一階の職員室だが……どうする? 一応調べておくか?」

 聖達が学校に来た時点では職員室にも明かりがついており、即ち何者かが侵入していたという証拠である。有益なものが残っているとは思えないし、立ち寄る必要も無いが……一応訊いておくことにした。
 ことみはしばらくうーん、とメトロノームのように首を振った後、「行こう」と言った。
「職員室でも何か有用なものはあるかもしれないの。それに、職員室のパソコンにだったら首輪の情報があるかもしれないし」
「なるほどな」

 『解除』する気はさらさらないくせに、と聖は心中で笑う。そういえば学生の頃の職員室は、机の中に生徒からの没収品やら先生の私物やらでいっぱいだったな、などと思い出す。ひょっとしたらその中にまともなものがあるかもしれない。行く価値はありそうだ。
「ではまず職員室に向かおう。アレはその後だな?」
 アレ、とはもちろん硝酸アンモニウムのことだ。理科室は学校を見て回るうちに二階にあると分かっていたので、聖とことみはそのまま階段を下りて職員室まで向かった。

     *     *     *

「これは……ひどいな」
 職員室へ向かった聖とことみが目にしたのは、凄惨な殺戮の残り香だった。
 室内は滅茶苦茶に荒らされており、激しい戦闘があったことが窺える。プリントが散乱し、花瓶が割れ、机に激しい傷がつき――学級崩壊ならぬ、職員室崩壊と言えるような様相であった。

 それ以上に酷いのは部屋の中にあった二つの死体だ。
 一人は首を鋭利な刃物で掻き切られ、目は驚愕に見開かれている。自身の死を理解できないまま倒れてしまったのだろうが、今も呼吸を求めているかのように開かれた口が、ただただ痛ましい。
 もう一人のほうは胸部に釘のようなものを打ち込まれ、それが死因となって倒れたようだった。先程の少女と違い、心臓に直接釘が打ち込まれていることで即死になり、苦しまずに死ねたのはせめてもの救いかもしれないが……何も、こんな年端のいかない子供を殺すこともないだろうに、と聖は怒りを感じていた。

112学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:07:02 ID:bJ92dPqU0
「先生……」
 ことみのほうを見ると、彼女は今にも吐き出しそうに口元を押さえ時々おえっ、と呻いていた。聖は学生の頃に研修で死体の解剖を行ったことがあるからある程度の耐性はあったが、当然普通の女の子であることみにそんなものがあるわけがない。聖は職員室の隅にあった毛布を持ってきて、二人を優しく包み込むように被せた。
「済まんな、生憎墓を掘ってやれるだけの力がない。これで勘弁してくれ」
 聖が毛布の前で手を合わせるとことみも相変わらず涙目で気分の悪そうなまま一緒に手を合わせた。後で保健室に寄るべきだな、と聖は思った。

 一通り供養を済ませて後、職員室を探すかどうかことみに尋ねるが、相変わらず彼女は気分が悪そうなままで「これだけめちゃくちゃだとどうしよーもありまへん、さっさといきまひょ」と何がなにやらの口調で探索は諦めるように言ってきた。
「そうだな、その方がいい……ん?」
 物陰にあって分かり辛かったのだが、何か携帯電話のようなものが落ちているのに聖は気付いた。
「これは……」
 拾い上げてパチンと開いてみる。なんということはない、普通の携帯電話だ。機能を確認する限り通話も可能なようだが……
「……ふむ」

 試しに、自宅である霧島診療所に電話をしてみる。しかしプルルルル、という音すらすることなく無音が残るだけだった。
 続いて110番、119番、果ては177番まで試してみたが、全て結果は同じ。使えるのだか使えないのだか分かりゃしない。
「全部ダメだった?」
 聖は黙って頷いた後「どう思う?」と尋ねる。ことみはまだ気分の悪そうな顔のまま、視線を上に向けて何か考えるような表情をしたあと、「今から言う電話番号を押してみて」と言った。
 何か分かったのだろうかと思いながらも言われた通りに、ことみの言った電話番号を押してみる。すると――

『ピリリリリッ!!!』

「何だっ!?」
 いきなり職員室に鳴り響く警告音のようなもの。何かまずいことでもしてしまったのだろうかと狼狽する聖を尻目に、ことみがつかつかと歩いていき、警告音を発していたものを取る。
「『もーしもーしかめよーかめさんよー』」
「……」
 耳元から聞こえてくる能天気な声。もちろんことみが瞬間移動してきたとか、そんなわけはない。そう、この声は携帯電話から聞こえてきていた。

113学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:07:24 ID:bJ92dPqU0
「『思った通りなの、おーばー』」
「『どういう事だ、オーバー』」
「『さっき言った番号はこの電話に書かれてあった学校の電話番号。おーばー』」
「『……つまり、この携帯は島の中の施設にある電話にしか通じない、という事か? オーバー』」
「『Exactly(そうでございます)。先生、インターネットには繋げる? おーばー』」
「『一応な。ということは、これも……オーバー』」
「『ローカルなネットワークにしか繋げない。例えば、この学校のホームページとか。おーばー』」
「『……電話専用、と考えた方がいいな。オーバー』」
「『でも、連絡をとるだけならかなり使えそうなの。おーばー』」

 そろそろ飽きてきた聖が携帯の通話ボタンを切ってポケットに仕舞う。ことみは少々残念そうな顔をしたがすぐに受話器を置いて聖の元へ戻ってきた。
「だとすると、分かれて探索していてもある程度連絡は出来るな。ある意味では収穫だ」
「電話がある施設にいることが重要だけど。それに……」
 ことみが首輪をとんとん、と叩く。なるほど、盗聴も考えられるか。一旦分解して中身を調べられればいいんだが、と聖は考えるが生憎聖は医者、ことみがいくら頭がいいとは言えそこまでの知識があるとは思えない。結局TPOをわきまえて使わないとダメらしい。

 霧島聖様、今月の通話料ですが10万6500円となっておりまして……いやはや。

「さて、次はアレだが……ことみ君、気分は大丈夫か?」
「……ぼちぼちですわ」
 言われた途端、ぶり返してきたのか電話では饒舌だったことみが再び顔色を悪くしていく。やれやれ、保健室に直行だな。
「無理はするな。保健室に向かうぞ」
 あいあいさー、と力なく敬礼をすることみを連れて、聖は保健室へ向かうことになった。

     *     *     *

 火事場の馬鹿力、とはこの事を言うのだろうかと折原浩平は思った。
 身体がやけに軽く、足はまるでずっと回り続ける風車のように動き続けている。
 痛いはずなのに。息はもうとっくに切れているはずなのに。
 実際、もう脳だけは疲れただのもう限界だの情けないシグナルを出していた。それに走っていると言っても人から見ればフラフラのヨレヨレのまったく格好悪い姿なのだろう。そんな自分を想像してか、浩平はへへへ、と笑った。

114学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:07:48 ID:bJ92dPqU0
「おい藤林、まだ起きてるか!」
 さっきから黙っているばかりでぐったりとしている、背中の藤林杏へと向けて声をかける。
 しかし返事らしい返事はなく時折苦しそうに呻く声が聞こえてくるだけだった。意識があるのかどうかすら怪しいと言わざるを得ない。
「くそっ、参ったな……うおっ!?」

 余所見していた罰でも当たったのだろうか、前に出した右足が地面を捉える感触がなくなったかと思ったときには、浩平は急な傾斜を転がり落ちていた。
 ガツンガツンと小石らしきものが体中にぶつかり、塵や泥が服を汚す。だが男の意地か反射的にとった行動かは分からないが、しっかりと杏の身体を守るように抱きかかえていたお陰で杏自身に新しい怪我などはないようだった。
 ようやく石がぶつかる感触がなくなり、転がっていた身体の動きが止まる。そのまま浩平は夢の中のお花畑に直行して酒盛りしたい気分に駆られたが、そうしたら杏が本当のお花畑に連れて行かれてしまう。迫り来る死神から王女様を救い出せるのは、浩平しかいないのだ。
 とんでもないじゃじゃ馬だけどな、と心の中で言って浩平はまた立ち上がり杏を背負い直す。まだ地球の引力には負けないくらいの体力は残っていたらしい。
 加えて坂を転がったことが結果的に近道になったらしく、すぐ目の前には鎌石村小中学校の威圧的な校舎が構えていた。

 へへへ、とまた浩平は笑った。
 面白くなってきやがった。
 忘れずにデイパックも持ってからまた走り出す。
 こんな切羽詰った状況にも関わらず、浩平はいつも住井と悪だくみをしている時のような爽快感を得ていた。
 普段ものぐさ太郎で本気で運動することもなかった自分が、今こんなにも一生懸命に走っている。そうだ、小学校初めての運動会、その徒競走に参加するピカピカの一年生のように。

「絶対に死なせやしないからなっ、覚悟しとけよ杏さんよ!」
 校舎に入っていく寸前、ずり落ちそうになった杏を抱え直しながら、浩平は大きな声で言った。

「……さて」
 宣言してしまった以上絶対に保健室まで連れて行かねばならない義務を抱えてしまったわけだが。
「右か左か」
 昇降口を抜けたすぐ後には、左右へと長く広がる廊下が続いていた。昼間だというのになお薄暗く、木製の床とコンクリートの壁、そして傷のついたガラス窓はその不気味さを際立たせている。だが今はそんなものに怖気づいている暇はない。
「せっかくだから、オレはこの左の道を選ぶぜ」

115学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:08:10 ID:bJ92dPqU0
 特に理由もなく勘に任せて、浩平は無遠慮に校舎に土をばら撒きながら走る。プレートに注意しながら。『保健室』の文字を見逃さぬように。
 50%の宝くじ。果たして当たるかどうか……
 つつっ、と浩平の頬に何か生暖かいものが流れ落ちる。何かと思ったが、血だった。どうやら転げまわった際どこか怪我してしまったらしい。
 意識を逸らしかけたところでそうしてる場合じゃないことに気付き上を見上げたとき、『保健室』の文字が目に飛び込んできた。
「あったっ!」
 すぐさま扉に張り付き思い切りドアを開け放とうとして――先にドアが開いた。目の前に立っていたのは……
「なっ」

 何やら爪のようなものを手にはめた白衣の女性だった。
 先客――!? それも、ゲームに『乗っている』!?
 浩平が慌てて飛び退こうとしたとき、浩平の惨状を見た女性――霧島聖はすぐに爪を外して浩平へと寄ってきた。
「酷い怪我だな……どうした、治療でもお望みか」

 聖の言葉に少し戸惑った浩平ではあったが、躊躇している暇などないことは分かっていたのですぐに返事する。
「あ、ああ! すごい怪我人がいるんだ! 頼む、治療させてくれっ!」
「なるほど、そうか。少年は運が良かったな」
 聖はそう言うと背中にいた杏をひょいとお姫様抱っこの要領で拾い上げると、ニヤリと笑って言った。
「私は、医者だ。それもとびっきりのな」

     *     *     *

「あちこちに銃創を負ったまま森の中を走ってきた? まったく、感染症になっても知らんぞ」
 血だらけになった杏の顔を拭いながら、聖は呆れたような声を上げた。浩平もまた自分で汚れた部分を拭いながら聖に反論する。
「そうは言いますけどね。凶悪殺人犯から逃げるためには仕方なかったんだ」
「その、凶悪殺人犯と言うのは?」
「名前は分からない。丁度聖さんのような長髪の黒髪で、変な生き物に乗って刀とマシンガンを振り回してました」
「ふむ、心当たりはない、が……」

116学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:08:34 ID:bJ92dPqU0
 聖はそう言いながら包帯と鋏、消毒液を浩平に投げて寄越す。
「治療は自分でしろ。私はこっちの方を手当てしなければならないのでな。ああ、ついでに外でやってくれ」
 器用に空中で受け取りながら、浩平は疑問を口にする。
「一緒にいてちゃいけませんか?」
 しかし聖はゆっくりと首を横に振った上で窘めるように笑いながら言った。
「君はそんなにこの子の裸を見たいのか?」
 しばらくその言葉の意味が理解できなかった浩平だが、やがてその意味に気付くと「す、すいません」と慌てるようにして席を立った。

 浩平が出て行く直前、聖が言葉をかける。
「もう少ししたら私の連れが帰ってくるから説明を頼むぞ。それと……治療は長丁場になる」
 ドキリとしたように身を震わせた浩平だが、「……杏を頼みます」と一言残して保健室の外へと出て行った。

 扉を閉めた後、浩平は近くの壁に背を預けるように座り込んだ後、治療を開始する。割とこういうことに関しては慣れていたため比較的早めに終わった。
「やれやれ、今まで以上に包帯だらけだな」
 ほぼ全身にわたって巻かれている包帯を見ながら浩平は苦笑する。苦笑した途端、今まで感じなかった痛みがぶり返してきた。切り裂かれたような、鈍器で殴られたような、引き攣るような、沁みるような……痛みの種類が一緒くたになって押し寄せてきたような感じだ。

 もう動きたくない、と思いながら、浩平はそう言えば杏のことを名前で呼んでいたな、ということをふと思い出した。
「まっ、いいか」
 それよりも今は横になりたい。埃だらけであまり衛生環境上よろしくない床に寝転がりながら目を閉じようとしたとき、廊下の向こうから二本の肌色の電柱がやってくるのに気付いた。

「うおっ、妖怪肌電柱かっ!」
 妖怪ミイラ男が声を上げて飛び起きたところ、果たしてそれは妖怪ではなかった。
 霧島聖の連れであり日々絶望的につまらない駄洒落を開発することに暇が無い天才少女、一ノ瀬ことみが、なんか用かい? とでも言うように首を傾けたあと、「でんちゅう?」と言った。
「あ、いや、それは……」
 うーん、とことみは何か考えるような仕草をすると、急に思い出したようにぽんと手を打った。

117学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:08:56 ID:bJ92dPqU0
「殿ー殿ー! 殿中でござる、殿中でござるー」
「惜しいけど違う」
「新種のポケモン?」
「それはデンリュウ」
「……いじめっ子?」
「いやいやいや、その結論はおかしい」
「ところで、誰?」

 びっ、と寝たままの浩平を指差して本来一番最初に尋ねるべきことをようやく訊いてきた。浩平は寝転がったまま、答える。
「新種のポケモン」
「そうなんだ……はじめまして。私は一ノ瀬ことみです。趣味は読書です。もし良かったらお友達になってくれると嬉しいです」
「いやいや、そこは納得するなよ……」
 見事にボケをスルーされた件について若干の哀愁を覚えながらも浩平は身を起こし、頭を下げて自己紹介する。
「折原浩平です。趣味は乙女志望の女の子に悪戯することです。よろしく」
 手を差し出す浩平だが、ことみは困ったような表情になって、言った。

「ロリコン?」
「なんでそうなるんだっ!」
 嘗ての高槻と同じ扱いをされたことに怒りを露にしながら詰め寄った。ことみは半べそになりながら答える。
「えぇ、だって女の子に悪戯って……」
 それはエロゲのやりすぎですぜお嬢さん、と言いたくなるのを堪え、努めて冷静にことみの肩を持つ。
「悪戯と言ってもだな、枝毛を引っこ抜いてやったり寝ている間に額に『肉』と書いてやったりとかそういう類の悪戯だよ。お分かり? オレは紳士的な悪戯師なんだ」
 ことみはまたしばらく困ったような表情になって、言った。

「変態という名の紳士?」
 殴ってもいいですか師匠。
 ユーモア精神をクソほども理解できてない目の前の一ノ瀬さんちのことみちゃんを矯正してやろうかと思ったが、また全身が痛み始めてきたので、やめた。
「すいませんでした。オレは至って普通の男子高校生です」
「そうなんだ……」
 素直に納得してくれた。よかった、変態やロリコンにならずに済んだ、と何故か浩平は安堵していた。

118学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:09:17 ID:bJ92dPqU0
「こんなところで何してるの?」
 長い長い自己紹介が終わり、次にことみが話題にしたのは保健室という休憩所があるにも関わらず座り込んでいる浩平についてだった。
「……ちょっと、仲間を治療しててもらっててな。あんた、聖さんの連れだろ?」
「先生とお友達?」
 まあそんなところだ、と浩平は答え心配そうに保健室の中を見た。

「今は集中治療中でな。一般の方は入場禁止だそうだ」
「そんなに酷いの?」
「ああ、何しろ全身に銃弾を喰らったからな……そういや、あんた杏と同じ服だな。ひょっとして同じ学校か?」
 浩平が杏の名前を口に出した瞬間、ことみが驚愕したように目を見開く。
「杏……ちゃん?」
「ん? 知り合いだったのか……って、おいことみ!?」

 保健室の扉を開けようとすることみを、痛む体で必死に抑える浩平。
「話聞いてなかったのかよっ、入室禁止だって言ったはずだぞ!」
「だって、杏ちゃんが、杏ちゃんがっ!」
 狂乱した表情のことみに浩平は驚きながらも、懸命に力を振り絞って扉から引き剥がす。
「オレだってついててやりたいのは山々なんだよっ! でも聖さんの邪魔になっちまうかもしれないだろ!」

 引き剥がされたことみが、今度は浩平に向かってキッとした表情を向ける。先程のボケ倒しからは想像もできないような険しい表情だった。
「誰……? 杏ちゃんをこんなにしたのは……どんなわるもの!?」
 違う。それは既に『憎悪』に塗り変わっていた。それほどまでに大切な友達だったのだろうかと浩平は考えるが、まずはことみを落ち着かせるべきだった。
「落ち着けっ、まだ杏は死んだわけじゃない。聖さんが治療を終えるまで待てよ! お前も聖さんの連れなら分かるだろ、あの人が腕のいい医者だ、って」
「先生……」
「そうだ、説明なら後でゆっくりしてやる。だから今はそんなピリピリすんなよ……杏の無事を祈ろうぜ」
「……うん、分かったの。……ごめんなさい」

 浩平の説得を受けたことみが、ゆっくりと息を吐き出して徐々に元の雰囲気を取り戻していく。まるで子供みたいな感情の変化だった。
(わるもの、なんて言ってるあたり、あながち間違いじゃないのかもしれないな……骨が折れそうだ)
 文字通りの体の軋みを未だに感じながら、浩平は扉の横で座り込んでいたことみの横に座る。何とも言えない徒労感が、そこにあった。
 ほぅ、と一つため息をついて浩平は顔を俯けていることみに話しかけてみる。

119学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:09:43 ID:bJ92dPqU0
「杏とは、仲が良かったのか?」
「うん。大切な……とってもとっても大切な、お友達。渚ちゃんも、椋ちゃんも、朋也くんも」
 残りの三人の名前は浩平は知らなかったが、恐らく杏と同様の友人だろう。友人と言えば瑞佳や七瀬は無事なんだろうか、とも思ったが今は取り合えずその思いを打ち消して話を続ける。

「そうか……聖さんによれば長丁場、らしいけどさ、きっと大丈夫だって。それにあいつ、熊でも倒せそうなくらいファイティングスピリッツに溢れてるしな」
 浩平が辞書投げのモノマネをすると、ことみも少しだけ笑った。
「うん、杏ちゃんならきっと世界の頂点も狙えそうなの。ツッコミも上手だし。私はまだまだ修行中なの」
 なんでやねん、とツッコミの真似事をすることみ。修行してもことみはいつまで経ってもボケの王者じゃないのか、と浩平は思ったがそれには言及しないことにした。涙ぐましい努力は続けてこそである。
 ならばオレがツッコミの奥義を教えてやろう、と言おうとしたとき、ガラガラという音と共に満足そうな表情の聖が顔を出した。

「先生!」「聖さん!」
 即座に詰め寄ってくる二人を「はいはい落ち着きたまえ」と軽くあしらった後、聖は保健室の中を見せる。そこには苦しげな表情で眠っている杏の姿があった。
「見ての通り、取り合えず命は無事だ。ただもう少ししないと目を覚まさないだろうがな。それと……うなされてもいるが。今は君達が近くに居てやったほうがいいだろう。がその前に、折原君の話を聞かせてもらうぞ。拒否はしないだろうな」
 どこからか取り出したメスの刃がギラリと光るのを見て「滅相もない」とカクカク頷く浩平に「ならよし」と保健室に入っていく聖とそれに続くことみ。
 まあ何はともあれ、まずは杏の命が無事で良かった、と思う浩平であった。

「……待てよ?」
 何かを忘れているような気がする。何か一つ、足りないような気が……
 浩平はデイパックの中を漁ってみる。それでようやく、彼は重大な事実に気付いた。
「あーーーーーーーーーーーーっ!」

120学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:09:59 ID:bJ92dPqU0
     *     *     *

「ぷひ……」
 てこてこと所在なさげに動き回っているのはご存知杏のペットでありポテトのライバルであるボタン。悲しいことに、彼(?)は浩平が斜面を滑り落ちた際、誤ってデイパックからおむすびころりんのように出てきてしまい、見事にご主人たちと離れ離れになってしまったのである。
「ぷひ〜」
 しばらくは悲しげな表情をしていたボタンであるが、やがて何かを決意したような表情になるとててて、とどこかへと駆け出していった。
 目的はただ一つ。愛するご主人様を草の根分けてでも探し出すことである。

 ここに大長編スペクタクル連ドラ、『杏を訪ねて三千里』が誕生することになろうとは、一体誰が予想できたであろうか?


 続く!

121学校探検隊/いま、助けを呼びます:2007/12/22(土) 21:10:24 ID:bJ92dPqU0
【時間:二日目午後13:00】
【場所:D-6】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
【状態:爆弾の材料を探す。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:爆弾の材料を探す。杏ちゃんが心配。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】
折原浩平
【所持品:包丁、フラッシュメモリ、七海の支給品一式】
【状態:打ち身、切り傷など多数(また悪化。ズキズキ痛む)。両手に怪我(治療済み)。杏の様子を見てから行動を決める。しまった!ボタンをわすれた!】

藤林杏
【所持品1:携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々】
【状態:重傷(処置は完了。回復までにはかなり時間がかかる)。うなされながら睡眠中】


【時間:二日目午前12:00】
【場所:C-6】

ボタン
【状態:杏を探して旅に出た】

【その他:ことみの気分の悪さは浩平が学校にたどり着いたときには解消されてます】
→B-10

122sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:52:21 ID:mGsbodYA0


「……っ、ぁ……」

狭い民家の一室に、熱っぽい吐息が響いた。
そこに混じる嬌声を、どこか他人の声のように七瀬彰は感じていた。
薄く白い胸を、蛇を思わせる爬虫類じみた舌が執拗に嬲っていく。
浮き出た肋骨と肋骨の間に滲む汗を舐め取って、舌の持ち主が顔を上げた。
眼鏡の奥の隻眼が、彰のそれを捉えて細められる。
柳川祐也だった。
片方の目を覆うように走った傷痕は醜く爛れ、端正な顔立ちを損ねている。
沸き起こる嫌悪感を抑えながら、彰がそっと微笑み返す。
幼子を安心させる慈母のような、それは優しげな笑みだった。

「……柳川さんの、好きなようにしていいから」

胸元の顔を抱きしめるようにして、そっと囁くように、彰が言う。
安堵するように頷く柳川の指が、一糸まとわぬ彰の背を這うようにまさぐる。
愛撫とも呼べぬその仕草を、彰は黙って受けていた。
もとより性体験など無いに等しい彰のことである。
本や映像による知識はあっても、何が愛撫で何がそうでないのか、区別がつかなかった。
柳川のするに任せ、静かにその舌と指による刺激を受け止めていた。
幸い保健室で襲ってきた男とは違い、柳川の愛撫は緩やかで、熱による吐息の中に
時折小さな声を混ぜるのにも、演技をする必要はなかった。

「……ん……っ」

柳川の舌が、彰の顎の下を舐める。
同時にその指が背筋を辿り、尻の少し上、背骨の下の窪んだ部分を捏ね回すようにして蠢いていた。
知らず、彰が小さく腰を浮かす。反射的に菊座が締まるような感覚。

「貴之……」
「柳川……さん……」

熱に浮かされたような柳川の囁きに、彰が応えを返す。
もう幾度となく繰り返された呼びかけ。
柳川が、この貴之と呼ばれる誰かの影に自分を重ねていることは、彰にも分かっていた。
それが柳川のみる夢の形なのだろうと、彰は思う。
それならそれでも、構わなかった。
愛がほしいのではない。ただ、夢を売る代価をさえ支払ってもらえれば、鬼の力が自分を護ってくれさえすれば、
それでよかった。だから、こうして抱かれている。

123sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:52:50 ID:mGsbodYA0
「……ふ……ぁ」

冷たい眼鏡のフレームが、彰の頬を撫でる。
首筋から上ってきた柳川の舌が、耳の裏を責めていた。
不快感と顔が熱くなる感覚とをない交ぜにしたような不思議な感触が、強引に引きずり出される。
思わずシーツを握りしめたその指が、柳川のそれに捉えられていた。
指と指が絡み合う。
彰の湿った掌を、柳川が親指の腹で撫で回す。
くすぐったさに身を捩る彰を離すまいと、空いた方の手で彰の腰をしっかりと抱く柳川。
汗にごわついた髪が耳の中を小さく擦る感触に眉を寄せながら、彰は全身に柳川の温もりを感じていた。
絡めた手を、柔らかく握られる。
少しだけ離れた柳川の顔が、再び近づいてくる。
目を細めて、彰は静かに口づけを受け入れていた。
ついばむように彰の唇をかすめる柳川のそれが、静かに開く。
生温かい吐息と、一瞬遅れてのばされた舌が、彰の口腔を侵していた。
彰もまたそっと舌を出して、柳川の粘膜を迎える。
濡れた感触が、彰の舌を捏ね回す。

「ん……ふ……」

本に書いてあったことなんて全部嘘だ、と彰は思う。
気持ち悪い、とだけ感じた。
ねちゃねちゃという音も、舌先でそっとつつくようにこちらの舌の表面が刺激される感触も、
導かれるように吸われ、甘噛みされる瞬間の微かな快感も、鼻を撫でる熱っぽい吐息も、
何もかもがただ、ひどく気持ちが悪かった。
キスをしたことすら、彰にはなかった。
保健室で乱暴な軍服の男に奪われたそれが、物心ついて以来初めての、経験だった。
それが今、こうして見知らぬ男に唇を嬲られながら、平気な顔でそのたくましい首筋に手を回している。
生きるためだ、と自分に言い聞かせながら。
こんなものが生ならばドブにでも棄ててしまえと憤る自分を抑えながら。

「はぁ……っ」

舌が、解放される。
少しだけ離れた柳川の顔が、間近にあった。
潰れていない方の瞳、霞がかかったようなその瞳の中に、彰自身が映っていた。
娼婦のように澱んだ、陰間のように淫らな、醜い顔だった。
それでいいと、思った。
正しく、生きるために己にできることのすべてをしている人間の、顔だと思った。

124sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:53:19 ID:mGsbodYA0
「柳川、さん……」

だから今度は、自分から柳川にキスをした。
拙く短い、静かな口づけ。
そっと、重ねた唇を離す。

「ね……」

そっと、手を伸ばした。
柳川の身体が、びくりと震える。
その臍の下、反り返る欲望の中心に、彰の細い指が添えられていた。

「貴、之……」

戸惑ったように擦れた声を漏らす柳川の口を三度、彰の唇が塞いだ。
同時、白魚のような指を柳川のそそり立つ肉棒に絡め、そっと握る。
びくり、と震えるその滾りを抑えるように、彰は掌全体を使って肉棒をゆっくりと撫でていく。

「ふ……はぁ……」

淫蕩な彰の笑みにあてられたように半開きにされた柳川の口から、堪えきれない声が
熱い吐息に混ざって聞こえてくる。
その間の抜けた顔に思わず浮かべた嫌悪の表情を見られないよう、彰は柳川の首筋から鎖骨へと唇を走らせる。
次第に荒く上下しだした逞しい胸板には、桃色の薄皮が張っている。
そっと乳首を甘噛みしてから、彰はその薄皮を舌先で刺激する。
触れるか触れないかの焦らすような愛撫でも、敏感な薄皮には充分なようだった。
掌の中で震える肉棒の、亀頭から尿道にかけてを掌を窪ませるようにして包み、撫でるように捏ね回す。
裏筋を這い下りた指はそのまま剛毛に包まれた玉袋を爪の先で掻くように刺激していた。
空いた手が蟻の門渡り―――玉袋の裏から肛門にかけての皮膚―――をゆっくりと摩る。
鍛えられた尻の肉が快感に締まろうとするのを割り裂くように、彰の指はその奥へと伸ばされる。
さほどの抵抗もなく、菊座へと到達する彰の指。

「く……っ、」

頭上で柳川が声を漏らすのを感じながら、彰は胸から腹へと肉厚の舌を下ろしていく。
割れた腹筋にも張る桃色の皮膚を刺激しすぎないように気をつけながら、臍の中を舐め上げる。
小さな窪みの中を綺麗に掃除するように丁寧に舌を這わせると、薄い塩味がした。
嫌悪感を堪えたつもりが、思わず両手に力を込めてしまう。

125sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:53:48 ID:mGsbodYA0
「うぁ……っ」

その刺激が、よかったらしい。
柳川の漏らした声には、明らかな性感の色があった。
菊座に指の腹を押しつけるような動きと、親指で雁首から亀頭にかけてを擦り上げるような刺激の連携。
肉棒の先端から透明な先走り汁が溢れてくるのを、彰は亀頭の全体に伸ばすようになすりつける。

「わかって、る……女の子の身体と、違うから……ちゃんと、しておかないと、ね……」

言った、その紅を差したような唇が、肉棒にそっと添えられる。
裏筋に口づけをするような仕草から、おずおずと伸ばされた舌先が、柳川の肉棒をちろちろと舐めた。
尻に伸ばされていた指は玉袋を覆うように揉みほぐし、もう一方の手は陰茎を支えるように添えられている。
芳野祐介のそれよりも全体に一回り大きいが、雁首から先の亀頭部分は槍の穂先のように細まっており、
バランスとしては雄々しさよりも奇妙にコミカルな印象を与える逸物。
そのどこか鋭角な亀頭を、彰の唇が含んだ。
舐めるというよりも、しゃぶる動き。
軽く歯を立てることもせず、舌先で強い刺激を与えることもなく、唇で丁寧に唾液をまぶしていく。
先走り汁の生臭い塩味を唾液に溶かすようにしながら、彰は亀頭から肉棒の全体へとその侵食範囲を広げていった。
猛烈な生産態勢に入っているように動く玉袋を優しく撫でさすりながら、空いた手で唾液が冷えないように
陰茎をしごき上げる彰の仕草に、柳川が大きく身震いする。

「まだ……出したら、だめだよ……」

肉棒から唇を離し、とろんとした笑みを浮かべて彰が言う。
口を半開きにしたまま頷く柳川。
その肉棒はいまや彰の唾液を余すところなくまぶされ、てらてらと濡れ光っていた。

「準備……できた、から……」

柳川を抱きしめるようにして、耳元で囁く。
ああ、と返事をする柳川の瞳はやはり、霞がかかったように曇っていた。
そっと、柳川の手が彰を抱き上げ、うつ伏せにするようにして下ろす。
抗うことなく膝を立て、腰を突き上げるようにして待つ彰。
伏せられたその口元は、苦痛に備えてきつく枕を噛み締めていた。

126sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:54:17 ID:mGsbodYA0
「……っ……!」

冷たく濡れた感触が、尻の割れ目をなぞるように、ゆっくりと押し当てられる。
喉はからからに渇いているのに何故だか次々と分泌される唾液が、噛んだ枕に染みていく。
焦らすように、躊躇うように、柳川の肉棒は彰の尻を撫で、摩りながら往復する。
腰を掴む柳川の手がじっとりと湿っているのが感じられる。
すぐに訪れるであろう激痛と汚辱の恐怖、焦燥と荒い呼吸、湿った感触と背筋を逆さまに流れ落ちる汗。
苛立たしさと、恐慌と、ほんの微かな、期待の色。
ぐるぐると渦巻いたそれらが溢れ出しそうで、彰が声を上げようとした、その瞬間。

「……っん、んんん―――っ……!」

一気に、貫かれていた。
声にならなかった。
くぐもった叫びだけが枕に押し付けた喉から零れていた。
脳裏が、白く染まっていた。
押し出すための蠕動器官を、逆向きに撫でられる圧倒的な不快感。
些細な痛覚を、発熱による倦怠を、すべて上塗りするだけのボリュームで発生した、大音響のノイズ。
無理矢理に押し広げられた直腸が短冊のように裂けるかのようなイメージ。
腹筋がその力のすべてを動員して捩じくれ、異物を押し出そうと緊張を開始する。
急に長距離を走ったように、横腹が引き攣れる。
息が、できない。
短く断続的に吐き出される吐息が、酸素を体外に放出する。
放出するが、吸えない。
しゃくりあげるような奇妙な音を立てて、喉が呼吸を拒んでいた。
枕に押し付けた真っ暗な視界が、瞬く間に白く染め直されていく。
全身のあらゆる器官が酸素を要求し、同時に好き勝手な不協和音を発生させていた。
死ぬ、と意識する間もなく、彰の意識が刈り取られようとしていた。
刹那。

「―――ぁ……っ、っ……」

腹の中の異物が、爆ぜた。
そのように、彰には感じられていた。
衝撃に気を失うことができたのは、ほんの一瞬だった。
体内でびくびくと震える肉棒の感触に、強引に意識を引き戻される。
胃の中のものをすべて戻したくなるような、堪えようのない汚濁感。
柳川の精が、彰の中に吐き出されていた。
枕に額を押し付け、皮膚が擦り切れんばかりに首を振る。
両手に握ったシーツが裂ける嫌な音が、彰の耳朶に忍び入ってくる。
酸素を求めてだらしなく伸ばされた舌が、べしゃりと濡れた枕を舐めた。
ぼろぼろと零れてくる涙が、止まらなかった。

127sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:54:42 ID:mGsbodYA0
「貴、之……」
「大丈夫、だから」

細かく震える彰の背に何を思ったか、そっと柳川の手が伸ばされようとするのを、
くぐもった声が押しとどめていた。

「大丈夫、だから……っ! 僕で、気持ちよく、なっていいから……! だから、続けて……!」

気を張ったつもりだった。
口から出たのは、世にも無様な、涙声だった。
振り返ることはできなかった。
いま顔を上げれば、もうこの男を受け入れることなどできないだろうと思った。
だから顔を伏せたまま、彰は苦痛に新たな涙が浮かぶのを拭うこともなく、括約筋に力を込めた。
瞬間、彰の中に挿入されたままの肉棒が、その容積を増した。
ず、と動く。

「ひ……く、ぁ……ぁぁ……!」

狭い秘道を割り裂きながら進む肉棒は、しかしそれでも先程よりスムーズにその侵略を進めていた。
粘膜と粘膜の間にぶち撒けられた精液が潤滑剤の役割を果たしているようだった。
柳川の肉棒が押し進められるほど、彰の眦からは涙が溢れてくる。
まるで身体のどこかにある綺麗な泉から押し出されてくるようだ、と彰はぼんやりとそんなことを思う。
苦痛は薄らいでいた。
正確を期すならば、苦痛を苦痛として処理する精神が薄れて消えていくように、彰には感じられていた。
心に空いた虚ろな穴が、肉体の感じる痛みや苦しみを飲み込んでいく。
枕に押し付けて堅く閉じた視界には何も見えず、ただ暗い中に羽虫の飛ぶような無数の光だけを感じながら、
彰は犯されていた。

「ふ、ぁ、……は……はぁっ……!」

吐息だけが、荒く、彰の耳朶を打っていた。
それが己のものなのか、それとも背後で腰を動かす男のものなのか、彰は判らなかった。
しばらくして気がつくと、柳川の動きが止まっていた。
尻に温もりを感じる。柳川の体温だった。
どうやら、その欲望の根元までを彰の中に埋めたようだった。
奇妙に静かな一瞬の後、温もりが離れていく。
同時に、脳の表面で炭酸が泡立つような衝撃が走る。
柳川の肉棒が引き抜かれていく感覚だった。
それを快感と呼ぶ可能性を、彰は全身で否定する。
否定しながら、喉の奥から叫びが漏れた。

128sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:55:13 ID:mGsbodYA0
「あ……あっ……ひぁ……っ!」

違う、と絶叫したかった。
これは違う、これは自分の声じゃない、これは悦楽の声じゃない。
猫が背伸びをするように背筋を反らし、腕を一杯に伸ばしてシーツを握り締めていても、
足の指が堅く握り締められるようになっていても。
感じてなんか、いない。
もう決して声を漏らさぬよう、奥歯で枕を噛む。
肉棒が引き抜かれていくのに合わせてぽろぽろと零れる涙は苦痛のせいだと、信じたかった。

「……んっ……!」

引いていた波が、また押し寄せてくる。
ゆっくりとしたピストン運動。
柳川の肉棒が突き立てられるたび、明らかな痛覚が強まっていくのを、彰はどこか安堵と共に迎えていた。
粘り気のある音が、荒い吐息に溶けるように時折響く。
血か、精液か、直腸の表面粘膜か、それらが入り混じったものかが彰の尻から漏れ出して、
前後運動に合わせて音を立てているのだった。

「は、ぁぁ……っ、んんっ……!」

聞こえない。
吐息に混じる淫声など、決して聞こえない。
早く、早く終わって。
暗闇の中、彰はそれだけを祈るように、ただその身を蹂躙されていた。

「貴之……、俺……俺、また……」

上擦ったような柳川の声。
腹の中の肉棒もびくり、びくりと不気味に震えている。
射精が近いのだと、直感した。

「ひ……ぁ、ぁ……っ! い、いい、よ……いいよ、きて……!」

それだけをようやく、口にする。
と、途端に柳川の腰使いが加速した。

「ふぁあっ……! や、ぁ……くぁ……!」

高い声が響く。
もはや彰も声を抑えてはいられなかった。
短く区切られた二つの荒い吐息と、濡れた音。
暗く、白い、視界。
全身を染め上げていく熱。
それだけが、彰を支配する感覚のすべてだった。
自らの怒張もまた膨れ上がっているのを、彰は感じていた。
体中を駆け巡る熱が、一点に集まっていく。
白く、速く、熱く、滾る。

「く、あぁ……たか、ゆき……ぃ……っ!」
「やなが、わ、さ、……やながわさん、やながわさん……っ!」

その瞬間。
彰が感じていたのは、自らの中に再び吐き出される、熱い欲望の波。
そして、背に垂れ落ちる、生温かい雫だった。

129sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:55:33 ID:mGsbodYA0
 ―――え?

ぽたり、と。
上気した顔のまま肩越しに振り向いた彰の背に、またもや雫が垂れた。
最初は、汗かと思った。
それが鮮血だと理解したのは、柳川の逞しい体がゆっくりと傾いで、ベッドから転げ落ち、
桃色に染まった肉棒がずるりと彰の中から抜けた、その後のことだった。

「や……柳川さ、」
「よぅ……、楽しそうじゃねえか」

呆然と呟く彰の声を遮ったのは、野太い声。
野卑な顔立ちに無精ひげ、鍛え上げられた肉体には何一つとして身に着けることなく、
隆々と反り返る逸物と盛り上がる傷痕だらけの筋肉を誇示するように立っている。

「―――俺も、一丁混ぜてくれや」

男の名を、御堂という。
彰の押し殺したような悲鳴が、狭い部屋の中に響いた。


***

130sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:56:05 ID:mGsbodYA0

男、御堂がにぃ、と笑う。
肉食獣が牙を剥くような、獰猛な笑み。

「会いたかったぜぇ……なぁ、おい」

舌なめずりをすらしそうな満面の笑みを浮かべながら、御堂が一歩を踏み出す。
そのたわめられた背の向こうから、光が射している。陽光だった。
民家の壁を突き破ってにじり寄るその姿は、正しく数刻前の再現だった。
表情を恐怖の一色に染めた彰が、ベッドの上で後ずさりしようとするが、それすらもできない。
腰が抜けていた。
全身から嫌な汗が噴き出してくるのを感じる。
喉も裂けよと絶叫したかった。舌も、声帯も、貼りついたように動かない。
ただ潰れた蛙のような、奇妙に擦れた声だけが漏れた。
御堂が、更に一歩を踏み出す。

「死んじまったなぁ……お前を護ってた連中は、みぃんな死んじまった」

ケケ、としゃくり上げるような笑い声。
御堂の足元で、踏み躙られた家財の欠片がじゃり、と音を立てた。

「言ったろ……? いつでもお前の傍にいる、ってよ……、ずぅっと、見てたんだぜえ……?」

視界が歪む。
彰の目に湧き出した涙が、ぽろぽろと零れる。

「待ってたんだ、この時を……。長かったぜえ……南方の塹壕の中だって、こんなに長く感じたこたぁねえって程によ……」

胃が、ぎりぎりと捻じられているかのように痛む。
汗が冷たい。冷たさが胃を刺激し、刺激されてまた汗が噴き出す。

「もう、邪魔は入らねえ……存分に、楽しもうじゃねえか……なぁ?」

倒れ伏している柳川の体は、ベッドの陰に隠れて見えない。
寒さと恐怖で、全身が震えている。
怖い、寒い、熱い、痛い。
そんな感覚だけが、彰の全身を駆け巡っていた。

131sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:56:26 ID:mGsbodYA0
「や……、や……め、て」

御堂が次の一歩を踏み出そうとするのと、ほぼ同時。
歯の根の合わぬまま、彰が声を絞り出していた。
力のこもらない言葉。
ただ目の前の現実を否定するためだけに発せられた、無為な逃避の発露。
彰を襲おうとしている悲惨な未来を押しとどめることなど、できるはずもない言葉だった。
しかし、

「え……?」

御堂の足は、ぴたりと止まっていた。
獰猛な笑みを浮かべていたその顔には、代わりに困ったような表情が貼りついていた。
ベッドまで、ほんの数歩の距離。
裸身の御堂が、戸惑ったような顔のまま、ゆっくりと手を伸ばす。

「こ、こないで……!」

手が、止まった。
ここに至って、彰の脳裏に一つの可能性が浮上していた。
即ち、

(―――この男も、僕の『力』の虜、なのか……?)

ならば。
彰の震えが、治まっていく。
胃の痛みが雲散霧消していく。
発熱の倦怠感と疲労を打ち消すような、高揚感が彰を包み込んでいく。
状況は一変していた。
この男が、自分の虜でしかないのなら。
そこに恐怖は、なかった。
すべきことは先程までと何一つ変わらない。
柳川が斃れたとして、代わりの拠り代が現れただけの話。
より強い剣、より堅固な盾となる者がいるのなら、それは彰にとって、歓迎すべき事態ですらあった。
ならば自分は、対価を払おう。
この身体、この笑み、この指先を、与えよう。
そこまでを考えて、彰がその白いかんばせに淫らな微笑を浮かべようとした、その刹那だった。

132sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:56:56 ID:mGsbodYA0
「……ああ、畜生」

御堂が、大きな溜息をついていた。
きっかけを外された彰が怪訝な表情を浮かべるその眼前で、御堂はぴしゃりと額を打って、盛大に首を振る。

「いけねぇなあ、畜生。お前の願い、お前の望み、お前の言葉……聞いてやりてぇ、叶えてやりてぇ。
 けど、けどよ……俺はお前を犯してえ。犯してえんだ、ただ乱暴に、滅茶苦茶によ」

予期しない言葉に、彰の表情が凍りつく。
それが視界に入ったかどうか、御堂は足を止めたまま独白を続ける。

「滅茶苦茶にしてやったら、お前は泣くだろうなぁ……いい顔で、泣き喚くんだろうなぁ……。
 ケケ……たまんねえ、たまんねぇな……その尻、今すぐ割ってやりたいぜぇ……。
 ……けど、な?」

一旦言葉を切った御堂が、天を仰いで嘆息する。

「お前はやめろと言う。止まれという。来るなと命じる。
 叶えてやりてえ。言うとおりにしてやりてえ。……ゲェーック、俺はどうしたらいいんだろうな?」

何かに取り憑かれたように喋り続ける御堂の様子に、彰は再び恐怖を覚える。
理解できない言葉。共有できない感情。
眼前の男の様子には、どこか既視感があった。

「ゲェェーック、身を引き裂かれるようだぜえ……!
 お前を犯してえ、お前の願いを聞いてやりてえ……!」

高槻。
その名が、彰の脳裏に浮かぶ。
洞窟の中、か細い光を背に独り言じみた言葉を吐いて死んでいった、男。
どこか違う。根源の何かが違う。それでも今、目の前にたつ男と高槻の姿は、重なって見えた。

「本当に、この身が引き裂かれるようだぜえ……ゲエェェェーック!
 だから、だからなぁ、俺は……俺は、ゲェェェーック! ゲェェェーック!!」

独白は今や絶叫へと変わっていた。
その狂気じみた様子もまた、高槻の最期を連想させる。
降り注ぐ血の雨が、眼前に見えた気がした。
錯覚だった。
しかし、と彰は思う。
この先に待つ結末はきっと、

「ゲェェェェェェエーック!」

一際大きな絶叫が響き、それきり、音がやんだ。
見上げる彰の視線の先。
血の雨は、降らなかった。

133sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:57:16 ID:mGsbodYA0
「―――だぁ、らぁ……」

もごもごと篭った人の声のような、あるいは獣の唸りのような、奇妙な音が、静寂を破る。
ベッドが、ぎしりと音を立てた。
彰が、仰向けに寝転ぶようにその身を預けた音だった。
その小動物を思わせるような瞳が、一杯に見開かれている。
それはまるで、目の前に立つ何かから、少しでも遠くへ逃げようとでもいうように。
それでも視線を離すことができず、ただ脱力にその身を支えることができなくなったとでもいうように。
ふるふると、彰が首を振る。
眼前のあり得べからざる何かを、必死に否定するかのように。

「―――だぁ、らぁ……、ぉえぇ、わぁぁ……」

再び、獣の唸り声のような音が、響いた。
それが獣の咆哮ではないと、彰には分かっていた。
だがそれが人の声であるなどと、決して認めるわけにはいかなかった。
何故なら。

「……ぃぃき、さぁ……れ、やぁっら……れぇ」

ああ、と彰の心の中にいる、彰自身の体験を映画として鑑賞しているような、冷静な彰が首肯する。
成る程、目の前のこれは、こう言っているのか。

 ―――だから俺は、引き裂いてやったぜえ。

成る程、成る程。
確かに、真っ二つに裂けている。
牙の如き乱杭歯の並ぶ口腔に手を差し入れて、力任せに左右に引いた、その行為の結果だ。
頭頂から臍の辺りまで、ぱっくりと巨大な第二の口が開いたように、割り裂けている。
だがこれは、どうしたことだろう。
人は自らを引き裂けるようにはできていない。
まして、裂けた身体の断面から覗くのは血管や神経や筋肉や骨といったおぞましい断面のはずであって、
みっしりと詰まった桃色の肉塊などでは、ないはずだった。
腹から零れるのは、生々しくも温かい五臓六腑のはずであって、ぬらぬらと粘液に照り輝く触手などでは、あり得ない。
どうやら、と冷静な彰は頷く。
事ここに至っては、僕の常識など何の役にも立たないらしい。
知識は常識に立脚し、冷静とは知識を下敷きにして成立する感情だ。
ならば常識の失われた今、僕の役目は終わった。
さあ店仕舞いだ。
皆様これまでのご愛顧ありがとうございました。
後は存分に、人生の残り時間を堪能してくださいませ。
さようなら、さようなら。

がらり、とシャッターが降りる。
彰の精神を照らしていた理性の光が、消えた。
後に残されたのは恐慌という名の暗闇、ただそれだけだった。


***

134sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:57:49 ID:mGsbodYA0

「あ……ぁ、ぅわ……うわぁぁぁぁぁっぁぁぁっっ!?」

ようやくのこと、彰の口から絶叫が迸っていた。
同時、弾かれたように飛び起きようとして、腰が抜けていて叶わず、それでもなお逃走という行為を完遂すべく、
うつ伏せになってもがく。
全身でシーツの波をかき分けようと足掻くその様は、まるで必死に這いずり回る地虫の如く。
そんなことに気を回す余裕とてあるはずもなく、彰はただ手足をばたつかせて、ひっしにベッドの上を逃げる。
シーツが手足に絡まるのを、涙目になって解こうとする。
哀れで、無様で、滑稽な姿。
それは生に対する執着ではなく、死への忌避ですらなく、ただ純粋な恐怖からの逃走だった。
ほんの数十センチの逃避行は、足首に絡みつく一本の触手によって、終焉を告げた。

「ひ、やぁ、やぁぁぁぁぁぁ!?」

悲鳴を楽しむように、御堂の割り裂けた体内から伸びる触手が、彰の足首を舐り回す。
新たに伸びた触手が足の裏を這う感触に、彰は総毛立つ。
滅茶苦茶に振り回した手が、何かに捉えられる。
それが視界に入る前に、硬く目を閉じた。
見ることは、認めてしまうことだった。
見えない世界の中、腕が、足が、何かに絡みつかれ、強い力で伸ばされていく。
大の字に引き伸ばされた己の裸身を想像して、彰の混乱に羞恥心という火種が加わる。

「あ……や、らぁ……やめ、てぇ……」

だらしなく半開きにされた口から震える舌を伸ばしながら、彰が息も絶え絶えに呟く。
その舌に、何かが触れた。

「んんっ!? ……ん、んぁぁぁぁ……っ!」

ねとりとした冷たい感触に、反射的に口を閉じようとするが、それも許されない。
舌先を絡め取った細い触手が、彰の口腔一杯に侵入を開始していた。
垂れ落ちる唾液と共に、舌が強引に引きずり出される。
首を振って振りほどこうとするが、次の瞬間には新たな触手が彰の頭部に巻きつき、
その動きを封じてしまう。
触手に瞼の上まで巻きつかれ、舌を舐られながら喘ぐ彰の身体が、唐突に支えを失った。

135sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:58:02 ID:mGsbodYA0
「……ん、ぐぅ……っ!?」

手足を絡め取った触手が、彰の身体を宙吊りにしていた。
うつ伏せのまま、手足を吊られる姿勢。
その不安定さと非現実的な状況に混乱が加速していこうとした刹那、更なる衝撃が彰を襲っていた。

「ぐむぅっ……んんっ、ぷはぁっ……ぃや、ら……らめ……やめ、てぇ……っ!」

ぺちゃり、と。
それは小さな刺激だった。
やわやわとした、ほんの微かな感触。
だが、それは彰にとって、あらゆる苦痛にも勝る恐怖を与える刺激となっていた。
その触手は、宙吊りにされた彰の臍の下。
力なく垂れ下がった、その逸物に絡み付いていた。

「やぁぁぁっ……!」

か細い悲鳴にも、触手の蠢きは止まらない。
被っていた包皮が、そっと剥かれる。
露わになった亀頭を幾重にも取り巻くように絡みつく触手。
その触手が、一斉に震えだした。

「ん……んぁぁぁ……っ!」

ほんの僅かな刺激。
だがその刺激を受けた陰茎は、無様に膨れ上がっていく。
海綿体に血液が集中していくのを、彰は涙を流しながら否定する。

「や……やだ、ぁ……! ちが、ちがう……! こんな……のぉ……ちがぅ……っ!」

だがその股間は既に隆々とした姿を中空に晒していた。
白く儚げな容姿に似合わぬ、見事な大きさを持った肉の棒。
立派にエラを張った雁首が、そっと撫でられる。

「ひぁぁぁ!?」

信じられないような、感覚だった。
それが紛れもない快感であると、彰は途切れぬ悲鳴の中、認める。
自慰行為に弄り回すその感覚を何倍にも増幅したような、頭が白く染まるような快楽。
それだけで達してしまいそうになる。

136sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:58:36 ID:mGsbodYA0
「う……、やぁ……」

彰の巨根を奪い合うように、何本もの触手が群がってくる。
裏筋を突付くものがいた。
陰茎全体をしごき上げるものがいた。
睾丸をほんの僅かな力で揺らすものがいた。
亀頭を引っ掻くものがいた。
尿道口を割り広げるものがいた。
彰の肉棒のありとあらゆる部位が、ねとねとと粘液を分泌させる触手に群がられていた。
それはまるで、大樹から漏れ出す蜜にびっしりとついた蟲のようにも、あるいは彰自身のペニスが
不気味な肉塊に変じてしまったようにも見えた。

「あ……は、はぁっ……や、らぁ……」

快楽がすべてを覆い尽くしていく。
恐慌も、畏怖も、あらゆる苦痛も、ただ性の悦楽という混沌に落ち、飲み込まれていく。
手足を吊られ、股間を弄られながら、彰は次第に高みへと上り詰めていく。

「や……く、んっ……はぁ……っ、んっ……!」

与えられる刺激が、強まっていく。
ぎゅうぎゅうと陰茎を絞り上げるようなもの、亀頭全体をざらついた表面で擦るもの、
揉みあげるように雁首を往復するもの―――。

「ん……あ、ぅぁ……、あ、あ、あああっ……!」

限界、という言葉が、彰の脳裏を掠めた。
触手に覆われた視界の中。
白い光が、弾けた。

「あああああああああっっ!!」

びゅく、びゅく、と。
彰の白濁した子種が、撒き散らされていく。
最後の一滴まで搾り出すように、鼓動と同調するように、肉棒が蠢き、精を散らす。
宙吊りにされた彰から放出された幾つもの滴が、ベッドを、フローリングを、汚していく。

「うぁ……あ、あぁ……」

やがて、射精が治まる。
力を失って萎む陰茎を、それでも更にしごくような触手に、尿道から白濁液の滴が搾り出された。
それを舐め取るような触手たちの動きを、彰は快楽の余韻にぼんやりとした頭の片隅で捉えていた。
壮絶な脱力感と、無気力感。
射精直後独特の感覚が、彰を包み込んでいた。

137sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:58:55 ID:mGsbodYA0
「ぁ……、はぁ……っ」

重たく、濡れたような息をつく彰の身体が、小さく揺れた。
視界も思考も、桃色の霞がかかったようにはっきりしない。
それでも、宙吊りにされていた体が移動させられていることくらいはわかった。
どこへ、とは考えなかった。
考える気力が、起こらなかった。
薄暗い部屋の中、何本もの触手が、両足に絡み付いてくるのを感じていた。
もはや恐怖はなかった。
ただ、与えられた快楽への期待のようなものだけが、彰の中にあった。
ぐちゅり、と粘度の高い音がして、己の両足が御堂の裂けた腹の中、みっしりと詰まった桃色の肉塊に
呑み込まれても、彰はぼんやりと悦楽の余韻に浸っていた。
膝が呑まれ、腿が埋まり、腰までが生温かい御堂の肉に包まれるに至って、彰はようやく声を上げた。
悲鳴では、なかった。

「あ……ふ、ぁぁ……」

それは疑いようのない、淫声だった。
腰までをも呑み込んだ肉塊が不気味に蠢くその度に、彰の口からは悦楽の声が漏れ出していた。
内部で何が行われているのか、知る由もない。
だが彰の眼は紛れもない快楽だけを映し、蕩けるような笑みを浮かべたその表情は
更なる淫悦を乞うように、だらしなく緩んでいた。
滑らかな肌を晒す腹が沈み、薄く骨の浮いた胸までもが没しようとした、そのとき。
彰の喘ぎが、止まった。

「……?」

曇りきった瞳が、何かを見る。
己の細腕を掴む、黒く太い何か。
逞しくもおぞましい、皹の入った漆黒の皮膚。

「タカ……ユキ……」

それは、鬼の手だった。
ごぼごぼと口元から血の泡を噴きながら、鬼と化した柳川が、彰の腕を掴んでいた。
真紅の瞳が、彰だけを映していた。

のろのろと、彰が首を傾げる。
痴呆の末、恍惚に至った老人のように、柔らかい表情を唾液で汚しながら、彰が静かに笑んだ。
小さく、口を開く。

「……邪魔、しないでよぉ……」

それは、混じりけのない、拒絶だった。


***

138sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:59:27 ID:mGsbodYA0

喉元までせり上がってきた血を、げぶ、と吐き出す。
それを拭おうともせず、漆黒の怪物はただその魁偉な手に掴んだ少年の白い腕を引いた。
少しでも力を込めれば折れ砕けてしまいそうな細いその腕を目にして、鬼は確信する。

 ―――昔、これと同じ光景を見た。

それが一体いつのことなのか、鬼には思い出せない。
だがそれが確かにあったことだけは間違いないと、鬼の心は告げていた。
タカユキが眼前で失われようとする、そんな悲しい光景。

ぐらりと、頭が揺れる。
まただ、と思う。
タカユキのことを思い出そうとすると、決まって靄がかかったようになる。
そこにはきっと何かの思い出があるはずで、しかし記憶の糸を手繰って出てくるのは
まるで曇硝子を通して見る景色のような、ぼんやりとした薄暗い何かだった。
もどかしさに、吼える。
咆哮がびりびりと狭い部屋を揺らした。

猛る鬼の中には、一つの迷いがあった。
タカユキ、と呼ばれるものに関する、根源的な問い。
即ち、

 ―――タカユキとは何だ。

自らの中に当然あるはずの明快な答えが、鬼には見えなかった。
目の前にいる少年がタカユキだと、迷うことなど何もないと告げる声が、鬼の中にある。
だが同時に、それは違うと、タカユキのことを忘れてしまったのかと、弱々しく呟く声が、あった。
目の前のいとしいものがタカユキだ。
それでいい、とも思う。思うのに、迷いが消えない。
自分がタカユキと呼びかけるそれが、本当にタカユキなのか、鬼にはそれが分からない。
欠落した何かが、とても大事な何かが、鬼に忍び寄り、囁くのだった。
鬼はだからずっと、自らがタカユキと呼ぶ少年を抱きながらですら、迷っていた。

だが、と。
もう一度吼えながら、鬼は思う。
それでも、と鬼はこれだけは絶対の確信を持って思う。

 ―――タカユキとは、たいせつなものだ。なくしてはいけないものだ。

薄ぼんやりとした記憶の中でその想いだけが、鬼の心の奥深く、確かに刻まれていた。
それだけは、その想いだけは過たぬと、鬼は吼える。
だから鬼は、考えることをやめた。
いつか見たはずの、思い出せぬ悲しい光景。
繰り返してはならない、過ち。
それが今、眼前にあった。
ならば迷う暇など存在するはずもなかった。
目の前にあるタカユキを取り戻す、それだけがたいせつなことなのだと、迷いを握り潰した。

想いを胸に、鬼はその丸太のような腕にほんの僅か、力を込める。
タカユキを壊さぬように、タカユキを奪われぬように、細心の注意を払った力加減で、その白く細い手を引く。
貫かれた腹に空いた穴から、生臭い息を吐く口元からだらだらと赤黒い血を流しながら、ただタカユキだけを見て、
そのかんばせを、その柳腰を、もう一度この胸の中にに取り戻すために。
だと、いうのに。

139sing a song,my precious:2007/12/24(月) 21:59:40 ID:mGsbodYA0
 ―――邪魔、しないで。

言葉が、鬼を縛った。
思わず手を離し、再び掴もうとして躊躇い―――そしてまた、手が中空をさまよう。
取り戻したいと思う。取り戻して抱き締めたいと、心から思う。
タカユキは、それを拒む。拒んで、去っていこうとする。
わからない。どうすればいいのか。
わからない。何をすればいいのか。
わからない。何がタカユキの幸福か。
わからない。何が自分のしあわせか。
わからない。わからない。わからない。

迷いが渦を巻き、もどかしさが糸を引き、鬱屈した感情が雁字搦めに鬼を絡め取っていた。
凝縮したそれらに火がつくまでに、時間は要らなかった。
やり場のない感情は瞬く間に暴力への衝動へと変じていた。
引いた拳を握り締め、思う様、床に叩き付けた。轟音が響く。
木製の床が中から爆発したように抉れ、破片を辺りにまき散らした。
返す刀で目の前に立つものを薙ぎ払おうとして、それがタカユキを呑み込もうとしている男であることに気付き、
寸前で拳を止める。
代わりに、足を踏み鳴らした。地震のような衝撃が、狭い部屋を揺らす。
洋棚に置かれていた小物が、ガラガラと音を立てて床に落ちた。
その音がひどく癇に障って、鬼は乱暴にそれらを手で払う。
払った拍子に鬼の黒く分厚い掌の当たった壁が、あっさりと突き破られた。
射し込んだ陽光に苛立ちが増す。
空いた穴に手を突っ込んで、障子紙を破るように壁を引き裂いた。
民家の壁、その一面が、朦々と埃を立てながら崩れ落ちた。
舞い上がる埃が疎ましく、散らばった小物や木々の破片が鬱陶しく、射す陽光が腹立たしく、
澄んだ青い空が厭わしく、思うに任せぬ事どもが煩わしく、鬼は吼えた。

吼えて、吼えて、吼え猛り、気がつけば民家は跡形もなく崩れ去っていた。


***

140sing a song,my precious:2007/12/24(月) 22:00:06 ID:mGsbodYA0

原形を留めぬ瓦礫の山と、柱だったものの名残と、硝子と鉄と木材とその他諸々。
その中に、漆黒の怪物と奇怪なオブジェの如き肉塊と化した男と少年だけが、変わらず立ち尽くしていた。
白く照りつける陽光の下、鬼の瞳が少年を映す。

少年は、嗤っていた。
哀れむように、嘲るように、佳人が物乞いを見るように。
鬼の咆哮が、今や遮るものとてない寒村の空に響き渡った。
それは悲嘆と哀切に満ちた号泣であり、憤怒と憎悪に彩られた怒号でもあった。

次の瞬間、漆黒の巨躯が足元の瓦礫を掴むと、天高く掲げていた。
人ひとりが両手を広げても抱えきれぬ巨大な石塊と、何本も突き出した鉄骨。
民家の土台に使われていた礎石のようだった。

鬼は、泣いていた。
真紅の瞳から零れる、同じ色の涙。
血の色の涙を流しながら、鬼が吼えた。
足を、踏み出す。
眼前に立つ紅顔の少年とそれを呑んだ肉塊へと、疾走を開始した。

一歩ごとに大地が震えた。
一歩ごとに血飛沫が飛び散った。
一歩ごとに咆哮が揺れた。

迫る死の具現に、少年は表情を変えなかった。
ただ淫蕩な笑みをその顔に貼り付けたまま、何事かを呟き続けていた。
その瞳に、光はなかった。

141sing a song,my precious:2007/12/24(月) 22:00:22 ID:mGsbodYA0
漆黒の鬼が、少年の言葉と己が衝動の間にどのような答えを見出したのか、それは知れぬ。
石塊が叩き潰し柘榴のように変じた少年の顔に鬼が泣くのか、呵うのか、それは知れぬ。
その答えは永久に失われ、杳として知れぬ。

遥か空の彼方より矢の如く飛来した一羽の鳥が、その答えを焼き尽くしていた。
夕焼けを閉じ込めたような色彩の鳥。
それが、火の粉を撒き散らしながら羽ばたくその身を鬼の掲げた石塊に叩きつけるや、
巨石が瞬く間に炎上したのである。
燃えるはずもない石が、赤熱するでもなく、融解するでもなく、燃え上がっていた。
石塊が鬼の手から落ち、轟音と共に地面を揺らした。
割れ砕けた石塊から無数の火の粉が舞い散り、世界を一瞬だけ朱く染め上げ、消えた。

あり得べからざる光景を現出させた、炎の鳥。
それが飛び来た彼方から、一つの声が響いていた。

「それが歌か」

呟くようなその声は、しかし確かな明瞭さをもって、鬼の耳に届いていた。
鬼の瞳が日輪と、その下に立つ影を映す。

「違うだろう、柳川さん。
 もう一度、聞かせてくれよ。―――あんたの歌を」

白銀に煌く鎧を身に纏った少年が、そこに立っていた。

142sing a song,my precious:2007/12/24(月) 22:00:38 ID:mGsbodYA0


【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:C−3 鎌石村】

七瀬彰
 【状態:御堂と融合】

御堂
 【状態:彰と融合】

柳川祐也
 【所持品:なし】
 【状態:鬼・タカユキの騎士・重傷】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷(治癒中)】

→763 920 929 ルートD-5

143メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:07:00 ID:uX/Jp7D20
(ど?! どうしましょう、どうしましょうっ?!!)

声を出すわけにはいきません、慌てて口を塞ぎ一歩後ろに退行します。
今、私の目の前には貴明さんと別れた後にいきなり襲ってきたあの男の人がいるのです。
危険です。
あの時私達は、寸での所でこの方を巻くことが出来ました。
本当に、危ない状態だったんです。
この方がどういう考えで、命を狙うという行為を仕掛けてきたのかは分かりません。
分かりません、ですが。
相容れぬ、対称的な理念であることは確かだと思います。

(どうしましょう……)

この場から逃げることは、簡単でした。
現に傷口をさらけ出した今も、この方が目覚める気配はありません。
相変わらず、熟睡されています。
ですが、さすがにむき出しにしてしまった傷口を放っておくわけにもいきません……。
と、とりあえず何か考えるのは後にして、私は黙ってこの方の手当てを行いました。





第二回目の放送が行われたのは、手当ての方がちょうど終わった時でした。
まず、淡々と呼ばれるお名前のその量、亡くなられた方の多さに驚きました。
驚きました。そこには妹であるセリオさんやイルファさんを筆頭に、知ってる方の名前が幾人も入っていました。
昼間にお友達を探しにと私達と別れることになりました、貴明さんのお名前も。入っていました。

144メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:09:12 ID:uX/Jp7D20
(貴明さん……)

凄く悲しかったです。
あんなにいい人が、何故命を奪われなければいけないのでしょう。
いえ、それを言ったら貴明さん以外にも、そのような方はたくさんいらっしゃるはずです。
ロボットである私の回路に、憤りとも呼べる感情の高ぶりが走っていきます。
とても悲しかったです。悔しいです。
でも瑠璃子さんと雄二さんの件を思い出すだけで、私の弱い心はすぐに竦み上がります。
……悔しいです。
この悔しさを何と表せばいいのか、私が自身の唇を噛み締めていた時でした。

―― 藤田浩之。

聞き間違いなんて、ある訳ありません。
確かに浩之さんのお名前は、今、名前も存じませんこの男性によって読み上げられました。
この方が読み上げているのは、亡くなられた方のリストです。
つまり。
浩之さんは、亡くなられたんです。

浩之さんはとても優しくて頼りになる、私にとっては期待の象徴とも呼べる方でした。
浩之さんに会うことができれば、きっと何か事態も好転すると思っていました。
浩之さんさえいれば、私も何か役に立つことができると思っていました。

そして私は、聞いて欲しかったんです。
私の犯した罪を。他でもない、浩之さんに。
瑠璃子さんを助けられなかった罪を。
雄二さんを置き去りにしてしまった罪を。

145メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:09:32 ID:uX/Jp7D20
許して欲しかったなんて、そんなおこがましいことは言いません。
相手は浩之さんですから、勿論期待をしてしまうという面もあります。
期待はしてしまいます、ですが、とにかく打ち明けたかったというのが一番なんです。浩之さんに。
そして、私の進む道を照らして欲しかったんです。浩之さんに。

浩之さん、浩之さん。
浩之さんがいらっしゃれば、何か変わると思っていました。
ですが、浩之さんはもうここにはいらっしゃらないんですよね。
亡くなられました。浩之さんは、どこにもいらっしゃらないんです。
どんなに探しても、もう二度と浩之さんに会うことは叶わないんですよね。

……何故、浩之さんが亡くならなければいけないのでしょう。
それは浩之さんの命を狙うという行為を仕掛けてきた方が、この島に存在するからです。
ひどいです。愚かです。悲しいです。
ふと視線を上げますと、そこにはそれと同種と呼べる方が、今、私の目の前にいらっしゃいました。

……このような方がいらっしゃるから、あんなにも多くの犠牲者が出てしまうのです。
ひどいです。
許せません。
許せません?
……確かに、許せないことではあります。ですが。
ですが、それは私のようなロボットが、持つことのできる立場にある感情なんでしょうか。

雄二さんの言葉が甦ります。
……雄二さんの言葉を思い出すだけで、私の回路はフリーズしてしまいそうになります。
助けて欲しいです。
言葉が欲しいです、雄二さんのあの声を打ち消す言葉が。
助けてください。

146メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:10:08 ID:uX/Jp7D20
「浩之、さん……っ!」
「生憎、俺の名前は浩之じゃない」

思ってもみなかった返答に、いつの間にか伏せてしまっていた目線を再び急いで上げました。
お声の出所はすぐ傍です。ここには私のその方しかいらっしゃらないんですから、当然です。
怪我をされていた男の方は、私の気づかぬうちに目を覚まされていたようです。

「これは、お前がしたのか」

驚きが覚めぬ状態の私を無視し、男の方は問いかけてきます。
私は言葉を出すことができず、ただひたすら頷きました。

「……」

そんな私をちらっと見られた後、男の方は黙って視線を患部である右足に落とされました。
そのままじっと見つめてらっしゃいます。
……まだ見つめていらっしゃいます。長いです。

「あ、あの……安心してください、私はメイドロボです。
 もとは介護ロボットを想定されていましたので、ある程度の医療の知識も身に着けています……」

何やら不信に思われているようなので、恐る恐る言ってみました。
確かに間違った手当てはしていないつもりで……はわわ?!
よ、よく見るとしっかり結んだつもりの包帯が、既に緩んでます!

「す、すみません! すぐに直しま」
「触るな」

147メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:10:32 ID:uX/Jp7D20
伸ばした私の手は、ぱしんと小気味良い音を立て跳ね除けられました。
予想外の拒絶に固まる私をじろっと睨みつけた後、男の方は黙ってご自分でそれに手を伸ばされました。
……気まずいです。

「何故手当てなんかした」

包帯を結びながらの問いかけ、下げられた視線により男の方の表情は窺えません。
……私は、思ったままのことを口にしました。

「そ、それは怪我をされた方を放っておくことなんて、できないからです」
「俺は、お前を殺そうとした奴だぞ」
「……はえ? わ、私のことを覚えていらっしゃったんですか?!」
「その耳飾、一度見れば忘れられないからな」

包帯の緩みが直ったのか再び目線を上げた男の方が、冷たい眼差しを私の元へと送ってきます。

「馬鹿が。お前もお人よしの類か」

そこに含まれた軽蔑が、悲しかったです。
私は答えることが出来ず、ただしゅんと項垂れることしかできませんでした……。

「さっさとどこかに行け、でなければ殺す」

男の方は、容赦がなかったです。
……何故この方は、こんなにも簡単に他者の命を奪おうとするのでしょう。
疑問です。
とにかく、放って置く訳にはいけません。
それこそこの方を放って置いてしまって、新たな犠牲者が生まれてしまったら大変です。
ですが。
それで、私は何をすればいいのでしょうか。

148メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:11:17 ID:uX/Jp7D20


私には、何ができるのでしょうか。

『ロボットの癖に癪に障る仕草すんなよ! 人間様が怒ったらそう反応するようになってんだろ? ただの奴隷じゃねえかよ!!』

私には、何かをする権利はあるのでしょうか。

『お前は壊れてんだよ! ロボット三原則もクソもないんだよ!今更守るべきルールも倫理も道徳もお前如きスクラップに適用されるわけないだろうがっ。』

ああ。フリーズしそうです。
助けてください。言葉が欲しいんです。
雄二さんの声を打ち消す言葉が欲しいんです。
助けてください。

―― でも、浩之さんはもういらっしゃらないんです。

グルグルとループする思考は、さながら螺旋廻廊のようでした。
答えを見つけるために、ひたすら私は階段を上り続けていきます。
その先に何があるか、何もないはずはないと信じて歩き続けるんです。
……そうです。何もないはず、ないんです。
現に目の前にいらっしゃるじゃないですか。
人が。
ロボットである私を、導いてくださる、「人」が。

「……私の話を、聞いて貰えませんか?」

自然と漏れた私のそれ。
男の方の眉間に、皺が寄ります。

149メイドロボとして2:2007/12/28(金) 00:14:11 ID:uX/Jp7D20
「私の話を、聞いて貰えませんか。お願いです、あなただけが頼りなんです」

これから先、他の「人」に出会う機会も確かにあるかもしれません。
ですが、それまで待てないんです。
今私の目の前には、「人」がいます。
断定するのはおこがましいですけれど、決して良い方だとは思えません。
それでも。

―― それでも、どんなに悪い方であっても。この方は、「人」なんです。

私と、違って。
気づいたら、私の回路は自分のエゴを最優先とした結論を出していました。
浩之さん、すみません。
浩之さんの代わりなんて、いらっしゃるはずないのに。
それなのに、浩之さんの代わりを求めてしまってすみません。

すみません。



マルチ
【時間:2日目午前6時過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品:救急箱・死神のノート・支給品一式】
【状態:巳間と対峙】

巳間良祐
【時間:2日目午前6時過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品1:89式小銃 弾数数(22/22)と予備弾(30×2)・予備弾(30×2)・支給品一式x3(自身・草壁優季・ユンナ)】
【所持品2:スタングレネード(1/3)ベネリM3 残弾数(1/7)】
【状態:マルチと対峙・右足負傷(治療済み)】

(関連:679)(B−4ルート)

落書きまた上げました、取り損ねた方はどうぞ。
ttp://www.uploda.org/uporg1176045.zip.html
パスは前回と同じ「hakarowa3」です。中身も前回のと全く同じです。
また再うpとかも、ハカロワ3の掲示板でのやり取りなら自由にやってもらって構わないです。
こちらからのアクションが遅くなりすみませんでした。

150忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:15:43 ID:41dTiUJk0
向坂雄二は憤慨していた。

「あのコンポツが、だから嫌なんだゴミ屑が、人間様を何だと思ってるんだっ!」

目が覚めたら、横にいたはずのマルチがいなかったということ。
また、雄二自身に支給されたボロボロのノートの入ったデイバッグが見当たらなかったということ。
イコールとして出てくる解答は一つだけだ。

「あいつ、どこまでも人間様を舐め腐りやがって…っ!!」

許さなねぇ、と付け加えるように呟き雄二は強く唇を噛み締めた。
怒りに染まった人相に、普段の彼の軽やかな明るさの面影はない。
月島瑠璃子の遺体のある民家を飛び出した雄二は、そのままマルチを求め氷川村の中を全力疾走していた。
目的は勿論、裏切ったマルチに制裁を加えることである。

「スプラッタにしてやる、本当の意味でのゴミにしてやる許せねぇゆるして溜まるかたまらねぇよ」

自身の息が上がっているという事実にも気づかず、興奮に身を任せ雄二は手ぶらの状態でひたすら足を動かしていた。
走り続けている雄二の体力は既に悲鳴を上げているが、当の本人がそれに気づく様子は無い。
縺れた足が疲労の具合を表し、痛みと共に彼の身を地面へと叩きつけるまで雄二は走るのを止めなかった。
ぜい、ぜいという呼吸に地面の埃が混ざり合う。
顔からダイブしたことで、頬を砂が擦り雄二の肌を傷つけた。

憎い、憎い、憎い。
それら全てが怒りに直結する。
何に対する怒りか。その解答も、直結している。

「屑がぁ、あの野郎…っ」

151忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:15:53 ID:41dTiUJk0
向坂雄二は憤慨していた。

「あのコンポツが、だから嫌なんだゴミ屑が、人間様を何だと思ってるんだっ!」

目が覚めたら、横にいたはずのマルチがいなかったということ。
また、雄二自身に支給されたボロボロのノートの入ったデイバッグが見当たらなかったということ。
イコールとして出てくる解答は一つだけだ。

「あいつ、どこまでも人間様を舐め腐りやがって…っ!!」

許さなねぇ、と付け加えるように呟き雄二は強く唇を噛み締めた。
怒りに染まった人相に、普段の彼の軽やかな明るさの面影はない。
月島瑠璃子の遺体のある民家を飛び出した雄二は、そのままマルチを求め氷川村の中を全力疾走していた。
目的は勿論、裏切ったマルチに制裁を加えることである。

「スプラッタにしてやる、本当の意味でのゴミにしてやる許せねぇゆるして溜まるかたまらねぇよ」

自身の息が上がっているという事実にも気づかず、興奮に身を任せ雄二は手ぶらの状態でひたすら足を動かしていた。
走り続けている雄二の体力は既に悲鳴を上げているが、当の本人がそれに気づく様子は無い。
縺れた足が疲労の具合を表し、痛みと共に彼の身を地面へと叩きつけるまで雄二は走るのを止めなかった。
ぜい、ぜいという呼吸に地面の埃が混ざり合う。
顔からダイブしたことで、頬を砂が擦り雄二の肌を傷つけた。

憎い、憎い、憎い。
それら全てが怒りに直結する。
何に対する怒りか。その解答も、直結している。

「屑がぁ、あの野郎…っ」

152忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:16:27 ID:41dTiUJk0
全部あいつのせいだ。
全部あいつが悪い。
俺の邪魔ばかりするあいつが悪い。
血走った目で、体を起こす前に大きく拳で地面を殴る。
走る痛みが更なる興奮を産み、雄二は何度も何度も地面に拳を叩きつけた。

速度が上がっていた呼吸が落ち着くまで、ひたすら雄二はその動作を繰り返した。
何とか再び走れるくらいに回復した所で今度は周辺の民家を片っ端から調べることにしたらしい、雄二は大声を上げながらドアを乱暴に開け放っていった。
中には鍵がかけられている家屋もあったが、関係ない。
周辺に落ちていた石を窓に投げ込み、そこから雄二は怒声を浴びせた。
傍から見ると、気がふれてしまっているようにしか感じられないだろう。
正気を無くした雄二は、マルチのことに気を取られすぎて多くの他の参加者がこの島に存在していることを失念しているようだった。

そんな時である。
とある一軒の民家、ドアには施錠がしてあったので雄二は他と同じように石を投げ入れ雑言を放った。
相変わらず中からの反応はない、雄二もすぐ次の民家に移ろうとした。
しかし何故かここを逃してはいけないと、雄二の脳内神が叫ぶのだ。
差し詰め、男の直感と呼んでもいいかもしれない。
雄二は自身が傷つかないようにと慎重に、割った窓から内部へと進入を図った。
……特別、何の変哲もない家だった。
きょろきょろを中を見回しながら雄二は奥へと進んでいく。
しばらくすると居間に辿り着き、雄二はそこで誰かが食事を摂った後である証拠を発見した。
ロボットは食事を摂らない。ならば、これは人が摂ったものだ。
では、それは誰なのか。

ぞくっと、瞬間雄二の背中を震えが走る。
思えばマルチのことに固執し過ぎ、雄二は自分の身の回りのことに全く比重を置いていなかった。
その事実にやっと気づく。今、雄二は丸腰だった。
もしこの民家にいる人物が何か武器を所持していた場合、雄二の勝ち目はないに等しい。
ならば何をうるのが最善か、雄二は入ってきた窓の方へと戻るべく進行方向の逆を向く。

153忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:16:46 ID:41dTiUJk0
「これは戦略的撤退だ。俺の行動に間違いはない」
「待ってください、折角人が出迎えに来たのにそれはないですよね?」

民家を去ろうとした雄二の独り言、それに答えるものがあった。
予想だにできなかった返答に、雄二の体が一瞬強張る。
いつの間に声の主は現れたのか、雄二は把握していない。
足音は聞き取れたか? 答えはノーだ、雄二の聴覚はそれを拾えなかった。
しかし振り向く雄二の視界に入ったのは、彼にとって思いもよらない人物であった。

「……天野?」

昨晩出会った少女、天野美汐。
美汐はアルカイックスマイルを浮かべながら、親しそうに雄二に話しかける。

「おはようございます」

害のないそれ、一応見知った相手だということもあり雄二の心に余裕が生まれる。
相手は小さな少女である、命の心配というのもないだろうと雄二は鼻で括った。
そうなると、今度は邪念が雄二の思考回路を支配する。
美汐の体は、よく見ると線は細いものの年頃のふくよかさが感じられる程度の肉付きがあった。
短いスカートから覗く太ももに対し、雄二の息子は知らず内にエレクトする。

これは運命なのかもしれない、雄二は思う。
確かに自身は手ぶらであるが、見た所彼女もそれは同じなのではないかと雄二は判断した。
敵意のない眼差しで手を後ろで組む少女、小さな背が見上げるように雄二の姿を捉えている。
愛らしい、人形のような少女。
これは運命なのかもしれない。この家屋を発見した際に感じた男の直感の先にあるのがこれではないかと、雄二は考えた。
雄二の脳内神もそう言っている。男には、やらなければいけない時があるのだ。

「違う。男なら、ヤれるチャンスがあったら逃しちゃいけねーんだ!」

154忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:17:04 ID:41dTiUJk0
次の瞬間、雄二は美汐へと襲い掛かっていた。
彼女の体を力任せに壁へと押し付ける、痛みで歪む少女の表情が雄二のSっ気を刺激した。
今度は違う意味で興奮した雄二の荒い息が、美汐の顔へと吹き付けられる。
天野、ヤらせろ。そう、雄二が彼女の耳に吹き込もうとした時だった。

「動かないでください」

首元から伝わる冷たい温度が何なのか、雄二はすぐの理解ができなかった。
ただ相変わらずの笑みが浮かんでいるにも関わらず、雄二の目の前に位置する少女の瞳は冷え切っていた。
それに気を取られた雄二は、美汐に自身へ付け入れることのできる程度の隙を与えてしまうことになる。

「そのまま手を前に出してください。早く」

まくしたてる美汐の声、雄二は勢いに飲まれ彼女の言う通りに手を出した。
出してしまった。
カシャン、とこれまたひんやりとした感触が左手首を包み、雄二はその見慣れぬ拘束具に唖然とした。
手錠だった。美汐は器用に、片手で雄二の両手を手錠で繋げていた。

「な、何だこれ」
「抵抗されたら困りますから。……ああ、動かないでくださいね。薄く切れてるから分かると思いますけど、死にますよ」

そして雄二は、やっと今の事態を飲み込むことができた。
首にあてがわれているものが刃物だということ。
両手の自由が彼女の手により奪われてしまったということ。
天野美汐は、害のない愛らしい少女などではないということ。

まずい、と思った時にはもう遅い。
逃げ出そうと足を動かした所、すぐさま足元を払われ雄二は顔から居間の床へとダイブする。
外で転んだ時とは違う、冷たい温度が雄二の頬に押し付けられた。
美汐はと言うと、床に転がっている雄二に起き上がるチャンスを与えないとつけつけるように、すぐさま彼の体に馬乗りになりマウントポジションを確保した。

「馬鹿ですね、逃がす訳ないでしょう?」

155忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:17:21 ID:41dTiUJk0
冷たい宣言に思わず冷や汗が額を流れる、それでも崩れない美汐の笑みが不気味だった。
そう、昨夜会った印象ではもっと陰鬱とした、静かなイメージを雄二は彼女に対し持っていた。
それこそ現場が現場であったため、そこまで細かく彼女の詳細を雄二が得ている訳でもない。
だが、思い返せば第一印象という見方からすると、今の彼女は明らかに雄二の知るそれではなかった。
何かがおかしかった。しかしそれをどのような言葉にあてはめればいいのか、雄二は知らなかった。

「凄く、嫌な夢を見たんです」

雄二の内心を知ってか知らずか、美汐は一人語りだす。

「ゴミのような扱いを、辱めを受けたんです」

悔しそうに唇を噛む、少女の表情に修羅が混じる。
雄二は再び首に押しつけられた刃物の反射光に怯えながら、美汐の言葉を黙って聞いた。

「悔しかったです、怖かったです。……これが正夢になったらどうしようかと、悩みました」
「そ、それが俺と何の関係があるんだよっ!」

区切りがいい所で、とりあえずつっこんでみる雄二。
すると、美汐の表情に再びあの笑みが舞い戻った。

「これが、正夢にしないための最善の策なんです」

刃物を持っていない方の美汐の片手が、彼女の制服のポケットへと入っていく。
ガチャガチャと音を立てながら取り出されたものが、雄二の頬が押し付けられている床の近くに放られ散乱する。
これまた、その正体に雄二は唖然とするしかなかった。

「ヤられる前に、ヤればいんですよ。この島で行われている殺し合いと同じです」

156忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:18:18 ID:41dTiUJk0
乗っていた雄二の体から立ち上がり、美汐はしゃべりながら彼の腹部へと蹴りを入れる。
一発、二発、美汐は容赦なく硬いブーツで雄二を嬲った。
雄二の中で反抗する意思が芽生える前ということもあっただろう、それは彼と彼女の間にしっかりと上下関係を植え付けるための儀式のようにも思えた。

「ふふ……私、凄くつらかったんですよ。あんな屈辱、一生忘れられません」

辺りに酸味の強い汚臭が広がる。
雄二の吐いた黄色い胃液が付着することにも気を留めることなく、美汐は彼の体力を奪い続けた。
そして、もう抵抗できないだろうという所まで弱らせたところで先ほどばら撒いたもののうち一つを取り、美汐はそれで雄二の頬をはたく。

「この家の持ち主、相当好きものな人みたいだったんです。寝室で休んでいたんですけれど、こういうの、たくさん発見しました」

スイッチを入れると左右に揺れながらバイブレーションするおもちゃを手に、美汐は楽しそうに言う。
雄二はいまだ分かっていない。分かるはずもない。
彼女は、肝心なことを何も話していないのだから。
……しかし反撃する前に行われた暴力は、少女の力とはいえ決して軽いものではなかった。
それが、雄二の戦意を喪失させることには充分な事だったと言えよう。
そして現時点で、雄二が彼女に対抗する手段というものも。特になかった。

「拒まないでくださいね、腕と足を全部切り落としても良いんですよ? この私が正しい調教をしてあげるんですから有り難く受け取ってくださいね」

少女の笑みは、あくまでアルカイックだった。
正気じゃない。
天野美汐が正気じゃないという事実。
雄二がそれに気づいた所で、全ては手遅れに過ぎない。

「さあ、パーティの始まりですよ」

宣告は、雄二に対してあまりにも非道だった。

157忘れられた女! 逆襲の美汐!:2007/12/30(日) 22:20:03 ID:41dTiUJk0
【時間:2日目 午前8時頃】
【場所:I−7・民家居間】

向坂雄二
【所持品:無し】
【状態:首に薄く切り傷、手錠で両手を繋がれている、マーダー、精神異常、マルチを見つけて破壊する】

天野美汐
【所持品:包丁、大人のおもちゃ各種】
【状態:みっしみしにしてやんよ】

【備考】
・美汐の支給品一式(様々なボードゲーム)は寝室に放置
・敬介の支給品の入ったデイバックはPCの置かれた部屋の片隅にある

(関連:433・675)(B−4ルート)

すみません、最初の1レスをダブって投下してしまいました。
お手数おかけしますが、まとめには>>150を抜かした形での掲載をお願いします…

158名無しさん:2008/01/01(火) 21:30:04 ID:mYn2Gsvk0
椋「あ、あけましておめでとうございますっ」
美汐「……」
柳川「……」
椋「こ、今回挨拶を任されました、B-10代表の藤林椋です。よろしくお願いしますっ(ぺこり)」
美汐「B-4代表、天野です」
柳川「……ギギ……タカ、ユキ……」
椋「って、な、何で柳川さんは鬼状態なんですか?」
美汐「D-5だからじゃないでしょうか」
椋「な、成る程です。会話が成り立つならいいですけど……」
柳川「……」

159名無しさん:2008/01/01(火) 21:30:32 ID:mYn2Gsvk0
椋「えっと、私達が集まりましたのは他でもありません」
美汐「おこたに蜜柑を満喫に来たのですね」
椋「違います! 違います!! せっかくの新年ですので、この一年を振り返りに来たのです!」
美汐「過去を振り返ってどうしろと。私達が見るのは、明るい未来だけで充分ですが」
椋「わ、な、何ですか、何で笑顔でそんなこと言ってるんですか」
柳川「カコ……タカユキ……(ほろり)」
美汐「泣かせましたね。ひどい人です」
椋「わ、私なんですか? 悪いのは私なんですか……?」
美汐「という訳で、明るい未来を見るために現在のロワ進行状況でも確認しましょう。
   藤林さん、例のホワイトボードをこちらに」
椋「は、はい……って、あの、パシリにしないでくださいっ」
美汐「さて。ここにはハカロワ3wikiのとあるページを複写してあります。よろしければ、皆さんもご一緒に確認してください」
椋「えっと、各ルートの死亡者リストですね! ……って、あの、天野さん、これ結構前のなんですけれど……」
美汐「気にしたら負けです。とにかく、現在の進行状況を見るならば死亡者の数を確認するのが一番なんです」
椋「でしたらまとめサイトさんがいつの間にか作ってくださった、各ルート生存者一覧表を見るのが早いのではないかと……」
美汐「……そういうのがあるなら、先に提示してくれませんか?」
椋「え、あの、すみません」
美汐「進行に関わるではないですか……ブツブツ……」
椋「な、何で私怒られてるんですか?! 理不尽です!!」
柳川「??」

160名無しさん:2008/01/01(火) 21:30:53 ID:mYn2Gsvk0
美汐「さて、では皆さんもパッと見てくださったと思いますが」
椋「はい、では解説は僭越ながら私が……。現在、最も先行しているのがD-5になります」
  現時点で生存者は31名です。その他外部からたくさん人がいらっしゃいますけど……」
美汐「融合されている方も数人いらっしゃいますね」
椋「めちゃくちゃですね……」
柳川「キシャアー!」
椋「わ、あの、悪口を言った訳ではないんです! すみません、怒らないでくださいっ」
美汐「主催側の動きもかなりありますし、とても良い調子だと思います」
椋「作者さん、頑張ってくださいね」
美汐「自分が残っているから媚びでも売ってるんですか?」
椋「違います! 違います!! 純粋なる応援ですっ!」
柳川「……(じー)」
椋「柳川さんまでそんな目で見ないでくださいよぅ」
美汐「まあ、一番美味しい所は私がいただく予定ですが」
椋「え、天野さんまだ残ってらしたんですか?」
美汐「……それ、素ですよね? 傷つきました」
椋「あ、あの、その……すみません……」

161名無しさん:2008/01/01(火) 21:31:13 ID:mYn2Gsvk0
椋「次はB-10ですね。生存者は残り49名です、外部からのほしのゆめみさんと岸田洋一さんを足すと51名になります」
美汐「主催に関する記述は、まだ特に出てきてはいませんね」
椋「そうですね。今後の見所は、私とお姉ちゃんの姉妹愛でしょうか」
美汐「どうでもいいですね」
椋「何でですか、どうでもよくないですよ!」
美汐「そんな私情知りませんし」
椋「美しいエピソードが来るかもしれないんですから、そんな一言で片付けないでくださいっ」
美汐「私、もうリタイアしてますし。興味ないです」
椋「それこそ私情じゃないですかああぁぁぁ!!」
柳川「オレ……コロス……オマエ……コロス……」
椋「や、柳川さん? わわ、そんな顔で睨まないでください。ルート違うんですから、D-5のあなたには恨まれる覚えないですからね!」
美汐「ひどい言い分ですね」
柳川「ガルルルル」
椋「えっと、そんな感じで見所満載です! B-10をよろしくお願いします、藤林椋に清き一票をっ!」

162名無しさん:2008/01/01(火) 21:31:39 ID:mYn2Gsvk0
椋「ええと、最後がB-4ですね。生存者は残り66名です。外部からの方を足すと72名になります」
美汐「まだ半分切ってないですね」
柳川「オレ……ココ嫌イ……オレ、アツカイ理不尽ダッタ……」
美汐「否定できませんね」
椋「このルートでは、何と二回目の放送にてお姉ちゃんの名前が呼ばれてしまいました。
  自分の半身を失った悲しみを、私はどう乗り越えるのでしょう。
  そして、私は無事勝平さんと再会できるのでしょうか。
  いえ。もしかしたら、佐藤の雅史さんを交え三角関係に発展するかもしれません。見所満載です!」
美汐「主催に関する記述は特にないですが、何か青い宝石というファンタジーな物が出ています」
柳川「さゆりんモイナイ……ヒロユキモイナイ……不条理ナルートダ……」
椋「B-4をよろしくお願いします、藤林椋に清き一票をっ!」

163名無しさん:2008/01/01(火) 21:32:08 ID:mYn2Gsvk0
椋「以上です。ふぅ、一仕事した後の蜜柑は美味しいですね」
美汐「納得いきません」
柳川「ガルルルル」
椋「そんな訳で、今年も葉鍵ロワイアル3をよろしくお願いします(ぺこり)」
美汐「そして、自分で〆ると」
柳川「ガルルルルルルルル」
椋「藤林椋を、よろしくお願いします!」
美汐「最後まで貫きましたね」
柳川「ガルルルルルルルル……ガウッ!」
椋「きゃあっ?! や、柳川さん、や、駄目です、きゃ……あんっ! そ、そこ、弱いんですやめ……はぁんっ!!」
美汐「以上、お送りしましたのはあなたをハートをみっしみしな初音美汐と」
柳川「貴之も浩之もこの世のメンズは俺の嫁、阿部祐也! そして」
椋「性戦はまだですかぁの、イケメンハンター椋でしたぁ……」



椋「って、違います! 違います!! 私、B-10代表ですから!! 」





藤林椋
 【所持品:無し】
 【状態:我に返った】

天野美汐
 【所持品:ボーカロイド2】
 【状態:みっしみしにしてやんよ】

柳川祐也
 【所持品:ヤマジュンのコミックス】
 【状態:両刀って便利】

164ふたりのうた(前編):2008/01/10(木) 02:52:37 ID:YANPESc.0
 
咆哮が、やんでいた。
静寂の中、焼け崩れた石塊から時折舞い上がる火の粉が、白い陽光の下、儚く消えていった。

「歌だ」

少年が、はっきりと口にする。
常は眠たげなその瞳に、強い光が宿っていた。
迷いのない、真っ直ぐな意志の光だった。
大切な何かを取り戻すために戦う者だけが宿すことのできる、それは眼光だった。

「ウ……タ」

少年の瞳に引きずられるように、漆黒の鬼が呟く。
魁偉な容貌に血涙を流すその様は、正しく悪鬼羅刹。
だが今、鬼の口から漏れた呟きからは、怒りも憎しみもその色を潜め、代わりにどこか戸惑ったような、
或いは切れかけた細い記憶の糸を手繰るような、不安定に揺れる響きだけがあった。

「ああ、歌だ。……あんたが俺に歌ってくれた、歌だよ」

少年の言葉が紡ぎ上げるのは、月に照らされた夜の森。
夜気が頬を撫でる中、梢のざわめきだけを伴奏に響いた歌声だった。

「下手くそで、声だけでかくて、音程なんかメチャクチャで、……けど」

黒く無骨な手から伝わった温もりが、少年の脳裏に蘇る。
その温もりを、言葉に乗せるように。

「あれが、あんたが俺にくれた……最初の気持ちだって、思ってる」

少年が、微笑む。
眉尻を下げた、どこか悲しげにも見える、しかしはっきりと確信に満ちた微笑。
その微笑に気圧されるように、鬼の巨躯が一歩を退く。

「グ……ウゥ……」
「俺は、さ」

空いた間合いを詰めるように、少年が一歩を踏み出す。
パチリ、と焼けた木の爆ぜる音がした。

「俺は、タカユキじゃない」

風に織り込まれるようなその言葉。
鬼が、凍りついたようにその動きを止めた。
少年は言葉を続ける。

「タカユキには……、なってやれないんだ」

静かに、告げる。
鬼が、びり、と震えた。
爛々と光る真紅の瞳に浮かぶ色は、痛哭と憤怒の朱。

「あんたの歌ってくれた歌を、だから俺は受け取れない」

朗、と咆哮が響いた。
文字通り血を吐くような、それは慟哭の咆哮だった。
鬼が、哭いていた。
天を仰ぎ、大地を踏みしだき、漆黒の鬼は口の端からごぼごぼと血の泡が噴き出すのも構わず、哭いていた。
ご、と何かが割り砕ける音がした。
鬼の足元の地面が、小さな半球を描くように落ち窪む音だった。
同時、鬼の姿が消えたように見えた。
夜を削りだしたが如き黒の鬼が、疾走を開始していた。
鬼哭の突進の先にあるのは、小さな影。
鬼の巨躯が迫るにも表情を変えず、少年は言葉を紡ぐ。

「だから」

鳴り止まぬ咆哮に掻き消されそうな、静かな声。
風を裂き、廃材を塵芥と変えながら駆ける慟哭の鬼が、その巨魁に満ちる膨大な力を込めた拳を、振り上げる。

「だから今度は―――」

ひと一人を肉塊へと変じせしめて余りある威をその内に秘めた剛拳が、行く手に立ち塞がる全てを叩き潰さんと、

「―――今度は『浩之の詩』、聞かせてくれないか」

振り下ろされた。


***

165ふたりのうた(前編):2008/01/10(木) 02:53:55 ID:YANPESc.0
 
しん、とした静寂が響く。
咆哮がやんでいた。
一瞬だけ遅れて、風が爆ぜる。
割り裂かれた大気が、弾けるような音と共に荒れ狂い、何かを宙に巻き上げた。
白く、小さなそれは、兜のようだった。
天高く巻き上げられたそれが、やがて地に落ちて軽い音を立てる。
その音を合図にしたように、動くものがあった。
それは、小さな手。
突き出された漆黒の拳を包み込むように添えられた、少年の手だった。

「どうだい……柳川さん」

少年は、その最後の瞬間まで、動かなかった。
ただ何かを信じるような微笑だけを浮かべて、その言葉を紡いでいた。
拳は―――少年の眼前で、止まっていた。

「……ヒ……、」

魁偉な貌を歪めるようにして、鬼が声を絞り出す。
握り締められていた拳が、ゆっくりと開かれていく。
巨岩を砕いて造ったような、ごつごつとした大きな手が、しかし震えながら、少年へと伸ばされる。

「ヒロ……ユキ……」

それは柔らかい何かに、こわごわと触れるような。

「ああ」

少年が、頬を撫でられながら静かに頷く。

「ヒロユキ……」

それは、忘れていた大切な名前を呟くような。

「ああ」

少年が、笑む。

「ヒロユキ」

囁くような。

「ああ」

少年が、囁きを返す。

「ヒロユキ……!」

抱きしめるような。

「ああ」

少年が、手を伸ばした。

「―――ヒロユキ!」

それは、想いを伝えるような。
柳川祐也の、それは新しい詩だった。

「……ああ、ああ」

鬼の胸に抱かれながら、
その涙を、流れる血をその身に受けながら、

「ありがとな……柳川さん」

少年が、その名をそっと呟いた。


******

166ふたりのうた(前編):2008/01/10(木) 02:54:28 ID:YANPESc.0
 
『それ』はもう、七瀬彰と呼ばれていた存在ではなかった。
御堂という男と混ざり合い、融け合い、その果てに彰の意識は殆ど残っていなかった。
互いの境界を越えて流れ込む記憶と意識が、二人を容易く破壊していた。
だから『それ』は既に、七瀬彰でも御堂でもない、新しい何かだった。

『それ』が、世界を認識する。
己が新生した世界。
生まれ出でたそこには、何もなかった。

一筋の光すら射さぬそこを、しかし『それ』は暗いと感じることはできなかった。
『それ』は、そもそも生まれた瞬間から光を知らない。
世界に明と暗が存在することを知らない。
目でものを見るということを知らない。
『それ』は、ただ彰と御堂の崩壊の果てに、そこに生まれ出でていた。
生きるということすら、知らなかった。

やがて『それ』は、己にできることがあることを知る。
己の一部を、意思によって動かすことができるようだった。
それが腕、あるいは触手と呼ばれるものであることを知らないまま、『それ』は己の一部をそろそろと拡げる。
世界が、拡がっていく。

世界には、形がある。
触るということを、『それ』は覚えた。
色々な形、色々な手触り、色々な硬さがあることを、『それ』は知っていった。
乾いた砂が水を吸うように、『それ』は世界を想像し、創造していく。

ある瞬間、未知の感覚が、『それ』を刺激した。
それが痛覚であり、熱いという感覚であることを理解できないまま、ただ不快というものを『それ』は知る。
不快、という感覚が『それ』に生まれた刹那、『それ』の中から引きずり出されるものがあった。

記憶、というものを『それ』は認識できない。
七瀬彰の記憶、御堂の記憶、それらが不快という感覚に呼び起こされたことを『それ』は理解できずにいた。
そこにあるのは音であり、光であり、感情だった。
『それ』の世界に音はなく、光はなく、だからその意味を、『それ』は理解できない。
浮かんでは泡のように消えていくそれらが、弾ける瞬間に不快だけを残していく。
認識できず、理解できず、ただ不快だけが滓のように溜まっていく。
音もなく光もなく、感情だけが降りしきる雪のように積もっていく。

何が不快なのか、『それ』には分析できない。
己の中に浮かび上がっては砕け散っていくそれらが何なのかすら、『それ』には理解できず、
しかしそれでも、ただ一つだけわかることがあった。

それらが、消えていくこと。
そのこと自体が、不快を生み出している。
『それ』に生まれた、それは確信だった。

嫌だ、と思った。
目の前にあったものが失われていく。
それは、嫌だ。
それが、嫌だ。
悲しいという感情。
悔しいという感情。
それらの萌芽が、『それ』の中にあった。
何も得られず、何も残らず、それが、嫌だった。

許せない、認めない、肯んじ得ない。
否定という一つの意思が、『それ』を支配していた。
だから、その感情を、世界に振り撒こうと、『それ』は、動き出した。

みどり児の、産声を上げるが如く。

167ふたりのうた(前編):2008/01/10(木) 02:56:28 ID:YANPESc.0
 
 
【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:C−3 鎌石村】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷(治癒中)】

柳川祐也
 【所持品:なし】
 【状態:鬼・重傷】

七瀬彰
 【状態:御堂と融合】

御堂
 【状態:彰と融合】

→933 ルートD-5

168ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:56:05 ID:Km9uiEBs0
 
先にそれに気付いたのは、藤田浩之だった。

「……ッ!? 危ねえ、柳川さん……!」

咄嗟に突き飛ばしたその手に滑る鮮血の感触と、あまりにもあっさりと突き飛ばされた巨躯の軽さに
顔をしかめて舌打ちしながら、浩之が飛来した影を打ち払う。
地面に叩き落されたそれは、薄桃色の塊。
切り身にされた肉がびくびくと震えるような、醜悪な何かだった。

「あいつか……!」

睨みつけるような視線の先、蠢く一つの影があった。
青空と泥濘と灰燼の狭間で、それは奇怪の一言を以って存在していた。
中空に投網を広げるが如く四方八方へと伸ばされた、ぶよぶよとした肉の触手。
数えることすら覚束ぬその無数の触手の中心にあるのは、もはや人とも呼べぬオブジェだった。
大地を踏みしめる二本の足は紛れもなく人間のもの。
しかしその腰から先は、中心線に沿って頭頂部までを真っ二つに割り裂かれたように左右に分かれ、
両の腕はだらりと地面に垂れ下がっている。
二つに分かれた顔のそれぞれでぎょろりぎょろりと辺りを見回す蛇の如き眼。
裂けた腰に視線を戻せば、そこにはまた新たなる異形があった。
分かたれた蛇眼の男の腰、そこに骨や内蔵の代わりとでもいうようにみっしりと詰められた桃色の肉の上からは、
細く白い、女性とも見紛う青年の上半身が生えていた。
一糸纏わぬその裸体にぬらぬらと照り光る粘液がまとわりついて、ひどく淫靡な空気を醸し出している。
だがその細面に浮かぶのは、先ほどまで浮かべていた色に狂った笑みではなかった。
今にも叫びだしそうに見開かれた瞳からは、とめどなく涙が流れていた。
紅を差したような唇も、白い肌を引き立てるように紅潮した頬も、まるで神に捧げられた贄の如き
悲嘆と恐怖に彩られ、歪んでいる。
かつて七瀬彰と呼ばれた青年の、あるいは浩之も与り知らぬ名もなき男の、それが末路だった。

「それが……お前の本性かよ」

否やを唱える声とてない。
彰だったものは、ただ深い嘆きだけをその表情に浮かべ、無数の触手をうねらせている。
じわじわと版図を広げるその触手が、倒壊した家屋の柱に触れた。
瞬間、それまではぐねぐねと鈍く蠢いていた触手が、信じられないほど機敏に動いた。
ぼごり、と鈍い音がした。
太い柱が、コンクリートの土台ごと地面から引き抜かれる音。
間を置かず、一抱えほどもあるその廃材の塊が放り捨てられる。
大の大人のニ、三人分以上はあろうかという重量が、紙くずのように放物線を描き、落ちる。
小さな地響きが辺りを揺るがした。

169ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:56:36 ID:Km9uiEBs0
「くそっ、気をつけろ柳川さん……!」

まるで、その言葉が引き金になったかのように。
触手の群れが一斉にその動きを止め、

「―――」

刹那の後、爆ぜるように拡がった。
さながらそれは、一発一発が拳ほどの大きさをもった、有線式の散弾。
四方へと拡がったそれらが鋭角な曲線を描いて狙うのは、立ち尽くす二つの影。

「鳳翼、天翔―――!」

声と共に、浩之の翼を模した手の動きから炎の鳥が現れ出でる。
羽ばたいたそれが、灼熱の矢となって前方を薙ぎ払った。
飛び来る肉の散弾、その八割が一瞬にして消し炭と化し、地に落ちる。
残りの二割を、或いは拳で叩き落し、或いは身を翻して躱しながら、浩之はもう一つの影へと視線を走らせる。
兜が落ちて剥き出しとなった頬に小さな切り傷を作りながら振り向いた少年の耳朶を、大音声が打った。

雄々、と弾けたそれは、漆黒の咆哮。
鬼と呼ばれ闘争に特化した種の、戦の始まりを告げる鬨の声であった。
弾丸の如き速度で迫る触手の群れを見据えた鬼が、ぐ、と巨躯を撓める。
次の瞬間、無数に飛来した触手のその悉くが細切れになって散るのを、少年は見た。
閃いたのは、真紅の爪。
拳を握るでなく、開かれた掌から伸びた刃の如き十の爪が、神速をもって触手を切り刻んでいた。

朗々と響く咆哮は、いまだ鳴り止まぬ。
頼もしくその声を聞いていた少年の表情が、しかし次の瞬間、歪んだ。
瞬く間に無数の触手を切り裂いた鬼の身体を、薄い靄が包んでいた。
赤黒く煙るそれが返り血などではないと、浩之にも思い至っていた。
地面に落ちた触手からは、一滴の血すら流れていない。
ならば、鬼の身体を包むように煙る赤の正体は、鬼自身の血潮だった。

170ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:57:05 ID:Km9uiEBs0
「柳川さん、あんた……!」

鬼の治癒能力は驚異的だった。
それは、浩之とてわかっている。
だがそれは決して万能ではなく、まして不死を意味するものではなかった。
ほんの数刻前を思い起こす。
無惨に焼け爛れた身体。潰れた片目。じくじくと溢れる膿。
それは、もはや数刻前、ではない。
まだ、ほんの数刻前の、柳川の姿だった。
鬼の傷は、まだ癒えてなどいなかった。

轟、と鬼が吼える。
それは変わらぬ咆哮の筈だった。
だが今、少年の耳を打つのは、敵を前にして高ぶる狩猟者の猛りではなく、崩れ落ちんとする己を必死に鼓舞する、
瀕死の獣のいななきであった。
思わず駆け寄ろうとした浩之が、咄嗟に飛びのく。
肉の槍が、一瞬前まで立っていた地面を貫いていた。
舌打ちする間もなく、次弾が陽光を遮らんばかりの数を擁して迫り来る。

「やってらんねえ……!」

羽ばたく炎の鳥が、触手を焼く。
だが消し炭となって落ちた数十本の占めていた場所を埋めるように、新たな触手が浩之を狙う弾幕に加わっていた。
飛び退り、大地を穿つ桃色の槍を躱す。
鳳凰の尾を模した装飾が風に靡き、硬い音を立てた。
なおも追いすがる数本の触手を手甲で叩き落しながら見れば、黒の巨躯は遠い。
戦いは続いているようだった。見上げんばかりの巨体を隙間なく囲むように展開した無数の触手が、
爪の一閃で見る間に千切れ、消し飛んでいく。
正に鬼神の如き奮戦であったが、身に纏う赤い霧はその濃さを増していた。
血に煙る鬼の戦は一幅の絵画を見るようで、一瞬だけ足を止めた己を、浩之は心中で殴りつける。
いかな鬼といえど、鮮血を撒き散らしながらあの動きを続ければ、いずれ限界が来るのは避けられない。
躊躇している時間はなかった。
選択肢は二つ。

(合流するか、本体を叩くか……!)

視線を走らせるのは一瞬。
己に倍する数の触手に囲まれた鬼の姿に、浩之は決断する。
疾走を開始。
行く手には黒の巨躯ではなく―――人を捨てたオブジェ。

171ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:57:44 ID:Km9uiEBs0
あの数の触手を相手に、柳川は動かずに奮戦を続けている。
それは、と浩之は走りながら考える。
既に囲みを突破するだけの体力が残されていないのだ。
自らに迫り来る白銀の鎧を見咎めたか、数本の触手が浩之を目掛けて飛ぶ。
やはり、と速度を緩めることなくそれらを消し炭と変えながら、浩之は確信する。
迎撃が薄い。
それは取りも直さず、触手の大部分を柳川が引き付けているのに他ならなかった。
突破力を喪失した柳川がそれでも退かないのは、つまりはそういうことだ。
吼え猛り、限界を超えた動きを見せてまで、囮として立っている。
それはメッセージだった。
少なくとも浩之は、そう受け取った。
出会ってほんの十数時間。
潜った死線は、これまでの生涯の全部を思い出して、まだ足りなかった。
それはつまり、この呼吸はこれまでの人生の全部より、確かだと。

(あんたもそう、思ってくれてんだよな……!)

走る。
あと五歩で、炎の射程に入る。
背後で鬼が、吼えていた。
あと四歩。
鬼の咆哮に、濡れた音が混じる。鮮血のイメージ。
あと三歩。
風が、小さく震えた。重い何かが、大地を揺らしていた。
あと二歩。
ひゅう、と。細く掠れた音がした。
あと一歩。
咆哮が、やんだ。
同時、炎の鳥の射程に、入る。

「―――ちぃぃっ、……くしょぉぉ、がぁぁ……っ!!」

何かを断ち切るような叫びと共に。
少年の手から、炎の鳥が飛び立つ。
業火は大気を切り裂き、一陣の疾風と化して奔り―――黒の巨体を貫かんとしていた肉の散弾を、焼き尽くしていた。

172ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:58:35 ID:Km9uiEBs0
「……間に、合ったか……!」

は、と息を吐く。
地面に片膝をついたまま、ぼたぼたと血を吐く隻眼の鬼と視線を交わした、刹那。
浩之の背中を凄まじい衝撃が走っていた。
肺の中の空気が、強制的に排出される。
一瞬の内に顔面が地面を擦り、それでも衝撃を殺しきれずに、首を支点にして転がる。

(そりゃ……こうなる、よな……)

無茶苦茶に上下左右が入れ替わる視界の中、浩之は内心で苦笑する。
あの瞬間、判断に一切の迷いはなく、そしてそこには間違いもまた、なかった。
炎の鳥を触手の中心、本体に向けて放っていれば、あるいは仕留めることもできたかもしれない。
しかしそれは、ほぼ確実に柳川の犠牲を伴う結果だった。
柳川の限界があとほんの数瞬でも先であれば、炎の鳥は躊躇なく七瀬彰であったものに向けて放たれていただろう。
だが、振り向かず疾走する中で、浩之には背後の様子が手に取るように分かっていた。
薄れゆく咆哮は即ち、柳川の体力の終焉を示していた。
ならば、眼前の敵に背を向けるという愚を冒してでもそれを救うのは、浩之にとって当然の帰結だった。

「が……ッ、ふ……」

地面と幾度かの衝突の末、ようやく回転が止まる。
立ち上がろうとして、激痛に視界が歪んだ。
受身も取れず転がるうちに傷めた骨や筋が悲鳴を上げていた。
それでも、触手によって強かに打ちつけられた背骨が持っていかれなかったのは僥倖というべきか、
身を包む白銀の鎧の強度に感謝するべきか。
しかし、

「くそ……動け……!」

受けた打撃は、思いのほか深刻だった。
焦燥の中、浩之は身を起こすこともできず、足掻く。
一撃で殺されることは避けられても、次の攻撃に対処できなければ同じことだった。
轢かれた蛙のように地べたに這い蹲ったまま見上げる少年の視界に、幾本もの触手が映った。
澄み渡る青空を背景に蠢くそれは、さながら世界を侵す悪意そのもののように、見えた。

173ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:59:19 ID:Km9uiEBs0
「ちく……しょう……!」

悪意が、空を覆っていく。
無限に涌いて出るような触手の群れが、身動きできぬ少年を嬲るように、その視界を埋めていく。
槍衾が網となり、壁となり、ついには陽光すらもが完全に遮られるかどうかの、刹那。

「え……?」

暗さに、声が漏れる。
触手の群れとは別の影が、少年の上に覆いかぶさっていた。
背に、ぼたりと何かが垂れた。
その生温かい感触と、か細く掠れるような息遣いを耳にして、少年はようやく己に影を落としているものの正体に気付く。

「バ……っ、何やってんだ、あんた……!」

思わず声を上げた。
柳川祐也。
罅割れた真っ黒な皮膚からだらだらと粘り気のある血を流しながら、漆黒の鬼が浩之を庇うように、
その巨躯を晒していた。

「どけ……! どいてくれ、柳川さん……!」

浩之が叫ぶ。
鬼の広く大きな胸板の向こうには、もはや一本一本を視認することすら叶わぬほどに密集した触手の群体が見えていた。
それらがあるいは散弾となり、あるいは銛、あるいは槍、あるいは鉾となって、その鋭い先端を覗かせている。
肉食の獣の群れが哀れな獲物を嬲り殺しにする機会を窺っているような、それは光景だった。
己は動くこともままならず、鬼は疲弊の限界を超えていた。
何故だ、と怒鳴りつけたかった。
逃げろ、と伝えたつもりでいた。
柳川がその身を囮としたように、今度は浩之が自身を盾とする筈だった。
それは伝わっていると、そう思いたかった。
互いの呼吸が確かなものだと、それだけは疑いたくなかった。

174ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 03:59:44 ID:Km9uiEBs0
「早く、逃げ……」

逃げろ、と言葉にしようとして。
瞬間、浩之は口を噤んでいた。
見えたのは柳川の隻眼、残った片方の瞳。
そこに浮かぶ、色だった。
言葉など要らなかった。
呼吸は伝わっているのだと、そう確信できた。
逃げてくれというメッセージと、庇うという意志。
炎の鳥を、どちらに向けて放つか。
柳川もまた、敵を討ち果たす方を選びはしなかったと。
それだけのことだった。

「バカ……、だな……」

手を伸ばす。
ほんの少しの距離。
ぬるりと、生温かい。
それが柳川の命の温度だった。
温もりを感じながら、目を閉じる。
この世界の最後まで、それを感じていたかった。

無数の触手が矛先を撓めていく、ぎちぎちという音が聞こえた。
恐怖はなかった。
ただ手に伝わる鼓動だけが、優しかった。
それが最後の、筈だった。

 ―――Brand New Heart
      今ここから始まる

歌が、聴こえた。


***

175ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:01:26 ID:Km9uiEBs0

それは、不思議な歌だった。
少年も鬼も、口を開いてはいなかった。
誰ひとりとして歌わぬ、だが誰の耳にも聴こえる、それは歌だった。

 ―――胸の中の鼓動が聞こえる

歌は、まるで寒村を覆う大気そのものに響いているかのようだった。
思わず瞼を開いた少年は、更に奇異な光景を目にすることになる。

「なん、だ……これ……、青い、光……?」

少年の手、柳川の胸と触れ合った部分から、光が漏れていた。
黒い肌を優しく照らすような揺らめく炎、鬼火のようなその光に、少年の記憶が蘇る。
先ほど出会った少女。
その身を包んでいた光と、それは同じ色をしていた。

 ―――Come To Heart
      可能性を信じて

歌と、光。
詞に共鳴するように、光が明滅する。
砂浜に打ち寄せる波のような、透き通る青い光を陶然と見ていた浩之は、やがて不思議な事に気付く。

「身体が……軽い」

全身を蝕んでいた激痛と麻痺が、どこかに溶けてしまったかのように消えていた。
見れば、ぼたぼたと流れていた柳川の血もいつの間にか止まっている。
青い光が鬼や鳳凰の治癒の力を強めたのか、それとも光そのものに傷を癒す力があるのか。
それは分からない。だが、少年はその疑問を切り捨てる。
動けるのなら、それでいい。
遅ればせながら、自分たちを狙っていた触手へと目をやる。
今にも少年と鬼を貫こうとしていた筈の肉槍の群れはしかし、不可解なことに、或いは少年たちにとっては
幸運なことに、その動きを止めていた。
どころか、大波の如く迫っていたその無数の群れが、じりじりと下がりつつすらある。
それはどこか、戸惑いや恐怖といった感情に支配された劣勢の兵のように、浩之の目には映った。

「あいつら……、もしかして……」

傷が急速に癒えつつあることに気付いたか、柳川が喉を鳴らす。
その巨躯にそっと手を当てると、青い光が強く瞬いた。
触手が、更に退く。
立ち上がる。やはり既に痛みはなかった。
柳川と触れ合う手から漏れる光が、白銀の聖衣を青白く照らしていた。
同じように立ち上がった柳川と目を見交わし、頷く。
鬼の、ごつごつとした黒い手に、浩之はそっと手を添える。
新たな歌の一節が、響く。

 ―――君におくる テレパシー

青い光が、一際大きく煌いた。
触手の壁が、光に押されるように崩れ始める。

176ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:02:21 ID:Km9uiEBs0
「わからねえ、理屈はわからねえが……この光であれを押し戻す!」

叫ぶ声に、力が漲っていた。
繋いだ手が温かい。

 ―――それなりの悩みも抱いて
      迷いも消えなくて

同時に足を踏み出す。
崩れた壁から、糸がほつれるように触手が顔を覗かせる。
走り出した。
迎え撃つように、触手が飛ぶ。

 ―――この惑星の上で何か求め探し続けて

右から迫る桃色の散弾を、青い炎の鳥が焼き尽くす。
左から狙う肉塊の槍衾を、青く輝く爪が切り裂いた。

 ―――耳を澄ませば教えてくれたね
      痛みも悲しみもすべてなくしてくれる

駆け出す。
周囲を囲む壁が一斉に崩れ、それを構成していた触手のすべてが刃と化す。
疾駆する二人を狙って、空を埋め尽くすほどの刃の雨が降り注いだ。
押し寄せる槍を、鉾を、銛を見上げて、少年と鬼は繋いだ手を天へと掲げる。

 ―――奇跡

溢れ出す青が、光の塔となって空と大地を繋いだ。
光は瞬く間にその半径を広げ、刃の群れを飲み込んでいく。
青の中で、触手が融け崩れ、蒸発する。
光が収まった後には、刃の大群はその痕跡すら残さず消え去っていた。

177ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:02:46 ID:Km9uiEBs0
 ―――Brand New Heart
      蒼い惑星に生まれて

疾走が再開される。
七瀬彰だったものは、既に目の前に迫っていた。
人型のオブジェから、新たな触手が涌き出す。
それを打ち払い、薙ぎ払いながら、二人はその災厄の中心に向かって歩を進める。

 ―――夢のような世界が広がる 

あと数歩。
爆発するかのような勢いで触手が拡がった。
怒涛の如く奔るその触手は、しかし迫る二人に触れる直前、青い光に包まれて燃える。
疾走は止まらない。

 ―――Far Away
      澄んだ空の向こうの

眼前、肉薄した敵を前に、少年が炎の宿る拳を握り込む。
そっと口を開いた。

「……柳川さん」

視線を交わすことはなかった。
だがその短い呼びかけに何かを察したように、鬼は微かに表情を変えた。
ほんの刹那の沈黙。
何かを言いかけ、口を閉ざし、そして最後に―――静かに、頷く。
真紅の爪を、青い光が包み込んだ。


 ―――君に届け テレパシー



******

178ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:03:16 ID:Km9uiEBs0



それは、一つの物語の終わり。
みどり児の最後に見た夢。



******

179ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:03:39 ID:Km9uiEBs0

懐かしい、声がした。

「……くん、彰君」

目を開ければ、冬の陽射しは冷たくて、眩しい。
何日か前に降った雪が道の片隅に寄せられたまま、溶けずに凍り付いていた。
吸い込んだ清冽な空気に、ぼんやりとしていた意識が覚醒していく。

長い夢を見ていた。
長い、嫌な夢だったように思う。
それは目を覚ませば忘れてしまう程度の、儚い悪夢。
今はもう思い出せない、遠い世界の出来事。

見上げれば、空は青く、遠く。
足元に目をやれば、どこまでも赤い煉瓦道が続く。
この道の先には、いつものキャンパス。
歩き出せば、いつもの笑い声。
終わることなんて考えもしない、いつまでも続くはずの時間に繋がる道。

―――だと、いうのに。

「どうしたの、彰君?」

ああ。
これは夢だ。
いつかどこかの悪夢の中にいる僕がみる、悲しい夢だ。
ただの一歩をすら踏み出す前に、僕はそれを喝破する。

懐かしい声。
懐かしい笑顔。
昨日も、一昨日も、その前にもずっと会っていたはずの、懐かしい、たいせつなひと。

陽だまりに咲く小さな白い花のような、あたたかいひと。
そのひとが、微笑んでいる。
それはずっと、たぶんずっと、こころの一番深いところで、誰にも触らせないようにしまい込んできた、
僕の、一番たいせつな笑顔だ。

だからこそ、わかる。
これが夢なのだと。

180ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:04:28 ID:Km9uiEBs0
「……?」

夢の中のたいせつなひとが、不思議そうな顔をする。
何でもない、というように首を振ってみせた僕は、きっと泣いていただろう。

ああ、そうだとも。
このひとはいつだって、こんな風にやさしく笑ってくれていた。
このひとは、いつだってこんな風にやさしく笑ってくれていたけれど。
……それは、僕にだけ向けられるものじゃあ、なかったんだ。
誰にでもやさしくて、それでもずっと特別な誰かのほうを見ていた、僕のたいせつなひと。

それに何より、と。
頬に流れる涙の痕の冷たさを感じながら、僕は苦笑する。
見上げる空は、透き通るような紺碧。ゆっくりと流れる雲は白。

「……大丈夫、彰君? どこか、具合でも悪いの?」

このひとはずっと、僕のことを七瀬君、と呼んでいたんだ。

手の甲で拭った涙はひどく冷たくて。
その刺すような感覚に、僕はこの夢が醒めてしまわないかと不安になる。
しばらく待っても目の前の心配そうな顔が霞んで消えたりはしないのを確認して、ほっと息をついた。

夢は夢だと、人は言うだろう。
醒めれば泡沫のように霧散する、砂上の楼閣だと。
追えど掴めぬ、掴めど失せる、虚ろな幻影だと。

だけど、それでも。
夢の中で、夢と知りつつ、僕は思う。
それでも、それでも、こんなにも穏やかで、こんなにも綺麗な夢なら。
差し出された手に、そっと手を重ねるくらいは、してみたいじゃないか。

「―――」

温かいな、と思う。
やわらかくて、あたたかくて、やさしい。
僕の夢の中の、たいせつなひと。

驚いたように、はにかんだように。
ほんのりと頬を染めたひとが、何かを言おうと口を開いたとき。

181ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:04:59 ID:Km9uiEBs0
「―――おい彰、何やってんだ! 置いてくぞ!」

遠くで、声がした。
はっとして、そちらを見やる。

「……」

見やって、一気に涙が引いた。
はるか道の彼方、大袈裟に両手を振っているのは、よく見知った友の姿ではなかった。
縮れた髪にいやらしい目つき、緩みきった口元。

「いつまで俺様を待たせる気だぁっ! おい彰、聞いてるのかっ!」

軽い頭痛に、こめかみを押さえる。
なんだよお前、なんでこんなところにいるんだよ。
彰、彰って馴れ馴れしいな、もう。



……

…………まあ、いいか。

小さく溜息をついて。
顔を上げる。
僕の顔と、遠くに見えるワカメみたいな縮れ頭を交互に見ている、たいせつなひとの手を、僕はほんの少しだけ強引に握って。

「誰を置いていくって? 勝手に行ったら承知しないぞ、―――!」

僕は、歩き出した。

182ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:05:49 ID:Km9uiEBs0

















 ―――知らず、周の夢に胡蝶なるか、胡蝶の夢に周なるかを。

















******

183ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:06:26 ID:Km9uiEBs0

少年の指がその青白い額に触れるのと、鬼の振るう真紅の爪が、繋がった二つの身体を両断するのは、ほぼ同時だった。
細く白い、女性とも見紛う青年の身体が、音もなく宙を舞った。
それは蒼穹を飛ぶ鳥のようにも、天へと還る御使いのようにも映る、淡い幻想の光景だった。

「鳳凰―――幻魔拳」

顔を伏せ、指を突き出したまま、少年が呟く。
七瀬彰と呼ばれた青年の身体が、やがて引力に抱かれ、弧を描いて落ちる。
小さく軽い体躯が大地を叩く寸前、静かにそれを受け止めるものがあった。

「……」

柳川祐也である。
その身体は既に鬼の姿ではなく、人間のそれへと変じていた。
幾多の傷跡を寒風に晒しながら、柳川は黙って立ち尽くしている。
少年、藤田浩之もまた、そんな柳川とその胸に抱かれた骸を見つめ、何も語ろうとしない。

「浩之……」

しばらくの時を置いて。
事切れた七瀬彰の骸をじっと見つめたまま、柳川が呟くように声を絞り出す。

「彰は……、幸せな夢の中で、逝けたんだろうか……」

その問いに、すぐに応えはなかった。
風と、火の粉の爆ぜる音が、立ち尽くす二人を包んでいた。

「さあな……」

やがて、ぽつりと。
少年が、小さく口を開いた。

「俺には、わかんねえ。わかんねえけど……けど、そいつ……」

そこまでを言って、その先の言葉を、浩之は飲み込んだ。
自分が口にしていい言葉ではないと、そう思った。
それはきっと、誰にも答える権利のない問いなのだと。
それでも、

「そいつは、さ……」

少年は、最後にもう一度だけ、柳川の腕に抱かれた白い躯を見る。
七瀬彰の、二度と動くことのない表情は。

「―――」

どこか微笑んでいるように、見えた。

184ふたりのうた(後編):2008/01/12(土) 04:07:10 ID:Km9uiEBs0
 
 
【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:C−3 鎌石村】


藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士】

柳川祐也
 【所持品:なし】
 【状態:軽傷】

七瀬彰
 【状態:死亡】

御堂
 【状態:死亡】

→937 ルートD-5

185診療所にて、煩悩と戦闘と策/壊れた歯車の国、暴虐の王:2008/01/14(月) 16:16:26 ID:/lyj3aFg0
 向坂環が上手い具合に足止めしてくれているからなのか、相沢祐一、緒方英二、そして重傷を負っている神尾観鈴の三人は特に襲撃を受けることもなく診療所へと飛び込むことが出来た。

 万が一敵が潜んでいてもいいようにと英二がベレッタを構えながら進んでいったがどうやら誰もいないらしく、診療所に響き渡るのは英二と観鈴をおんぶしている祐一の足音だけであった。

「誰もいないようだが……一悶着あったみたいだな」
 とある一室で、英二が床についた血痕と壁を穿つ銃弾の跡を見ながら呟く。やはりここでも、自らの生のみを求めて諍いが発生していたのだ。英二が血に触れたが、どうやら固まっているようで手に張り付く、ということはなかった。指を擦りつつ、英二が観鈴を近くにあったベッドに寝かせるよう指示する。

「少年は外の様子を見張っててくれ。僕は出来る限り治療してみる」
 祐一が何かを言う前にベレッタを投げ渡す。それを受け取りながらも、祐一は尋ねる。
「英二さん、縫合とか出来るのか?」
 いや、と英二は首を振るが、「けど少なくとも少年よりは手先は器用だと思うけどね」と言って近くにあった救急箱の中身を見る。祐一は多少ムッとしながらも、確かに大人の方がそういうことは得意かもしれない、と思ったので「分かったよ、行って来る」と英二に背を向けて廊下の方へと歩き出した。

「気をつけてな」
「分かってるよ、とーちゃん」
 僕はそんなに年をとってないぞ、という風な視線が向けられたような気がしたが構わず祐一は扉を閉めた。今は、敵をここに近づけさせないことだ。

 廊下に出た祐一は、近くにあった窓から外の様子を窺ってみる。緑も豊かに茂る森の向こうに、その色と同じ色の髪の……狂った機械がいた。
(あいつっ……)
 HMX-12。マルチと呼ばれるメイドロボの光なき濁った光学樹脂の瞳が、診療所をまじまじと見つめていた。まるで、出てくるのを待っているように。
 いや、実際出てくるのを待っているのだろう。診療所の出入り口は窓でも使わない限り入ってきた一箇所だけ。その窓も鍵はちゃんとかけられており、入ろうと思うなら突き破るしかない。もちろんそうしてきたならばすぐにでもこのレミントンM700で吹っ飛ばしてやるが、それは相手も分かっているのか迂闊に侵入してくることもないようだった。
「持久戦になりそうだな……」

 少なくとも観鈴の治療が終わるまではなんとしても持ちこたえねばならない。環の安否も気にはなるが、そこは彼女を信じるしかない。
 再び祐一は視線をマルチに戻す。彼女は診療所の周りをぐるぐると回るようにしてこちらの動きを確認しているようだ。他の部屋からも様子を見てみるが、相変わらず行動は同じ。

186診療所にて、煩悩と戦闘と策/壊れた歯車の国、暴虐の王:2008/01/14(月) 16:17:00 ID:/lyj3aFg0
 マルチの行動を観察している最中、祐一は彼女が手ぶらなことに気付いた。最初に持っていたフライパンがない。
「向坂が奪ったのか……?」
 隠していることも考えられるがわざわざそうする理由が分からない。恐らく環が奪ったという推理で間違いなかった。なら、今攻撃を仕掛けてもマルチを楽に倒せるのではないか?
 無論、祐一たちの目的は観鈴の治療であり戦闘をすることではない。しかし目の前の脅威を排除しておくに越したことはない。

 どうする。討って出るか。いくら相手がロボットだからと言って所詮はメイドロボ。身体能力はそんなに変わらないのではないか。増してやこちらはクリーンヒットさえすれば一撃で仕留められるレミントンM700がある。こちらが優位なのは明らかだ。
 それに万が一の話ではあるが環が敗北し、向坂雄二がマルチに合流するようなことがあればますます脱出は困難になるのではないか。敵が分散しているうちに各個撃破しておくのが最上の策ではないのか。

(どうする相沢祐一……決断するなら今だぞ)
 考えすぎて頭に血が上りかけている。当然だ、まさにこれは生か死かを分ける分岐点なのだから。自然と目が泳ぎ、レミントンの銃把を強く握り締める。
(落ち着け……)

 一度目を閉じて、深呼吸する。まずは冷静になるんだ。そう、クールだ、クールにならなければならない。もう一度落ち着いて考えろ。
 なぜマルチは手ぶらなのに武器を探そうともしない?
 向坂雄二の命令を絶対視しているのは分かる。何せ『雄二様』などと呼んでいたくらいだ。ならばこそ任務を確実に遂行するために武器が必要なのではないか? 棒切れでも何でもいい、取り合えず手ぶらなのは絶対にまずい、はずだ。

 祐一は考えた挙句、討って出るのは諦め窓から射撃を行ってみることにした。
 今確認するとこちらとマルチの距離はおよそ10メートルほど。十分に射程圏内にいる。
 レミントンからベレッタに持ち替え、射撃できそうなところまでマルチが来るのを待つ。

 すると一歩、二歩……マルチが祐一の視線上へと向かって歩き出す。
(いいぞ……そのままこっちまで歩いて来い)
 一度射線上へ来れば後は連射で当てることが出来るはずだ。いや、きっとそうしてみせる。
 ゆっくりとマルチが一分ほど歩き、診療所の中を窺うように窓へと向く。そしてその窓のすぐ傍には……祐一がいた。

(今だっ!)
 素早く反転すると、祐一は窓の外へとベレッタを構え――られなかった。
「なっ!?」
 祐一の姿を確認するや否や、まるで待っていたかのようにマルチがポケットから手のひらほどのサイズの小石を取り出し、まるでプロ野球選手か何かのようなスピードで小石を投擲してきたのだ!

187診療所にて、煩悩と戦闘と策/壊れた歯車の国、暴虐の王:2008/01/14(月) 16:17:23 ID:/lyj3aFg0
「嘘だろっ!?」
 反射的に身をかがめとっさに小石を避ける祐一。当たることこそなかったものの、窓を直撃した小石がガラスを割り、破片が祐一へと降り注ぐ。一方投げられた小石はというと、まるでレーザービームのように一直線に廊下を通過していき、壁に当たったところでようやくころころとその動きを止めた。
 冷や汗が流れ落ちるのを、祐一は感じていた。もし不用意に外に討って出ていたら……想像しただけでも吐き出しそうだ。
 『メイド』とは言えロボットはロボット。人間とは比較にならないほどのパワーを有していることを、祐一は改めて思い知った。同時に、絶対に奴を中に入れてはならないことにも。

 祐一はまたレミントンに持ち替えると、立ち上がりざま連続してレミントンを窓の外へと向けて発砲する。そこにマルチがいるかどうかなど確認する間もなかったが、この期に乗じて内部へと侵入を試みる可能性は十分にあったからだ。
 果たして祐一の予想通り、こちらへと接近しようとしていたマルチは即座にバックステップしながらレミントンの散弾を回避していく。そしてお土産と言わんばかりに、マルチもポケットから再び小石を取り出して連続して投擲する。祐一は即座に反転し、壁に張り付く。その直後、今まで祐一のいた空間を小石が駆け抜けていく。最初の投擲同様、放物線を描くこともなく。

「どうした! 少年!」
 閉めた扉の向こうから英二が大声を出して祐一の安否を気遣うのが聞こえた。本来なら喋る余裕などないのだが、無理矢理声を絞り出して状況を伝える。
「ちょっとトラブりました! 敵を追っ払ってます!」
 また反転して外にいるマルチにレミントンの照準を向けようとしたが、マルチは既にレミントンの射程外まで退避し、しかしそれからまた診療所を窺うようにぐるぐると周りを歩き始めた。

(くそ、やっぱ持久戦に持っていくつもりか……)
 マルチの小石の射程は一直線上にいるならほぼ届くだろうし、小石なんてそこら中どこにでも転がっている。つまり弾数に関しては向こうの方が上だ。
 祐一はマルチの射程に入らないように身を屈めながら英二のいる部屋まで転がり込んだ。

     *     *     *

 祐一が出て行ってからすぐ、英二は観鈴の治療を行うべくまずは服を脱がすことにした。
 無論英二にやましい思いは何もないし、観鈴を助けたいという一心での行動なのだが……一応、断りを入れておくことにしておいた。
「あー、その……済まない。失礼」
 念のために数秒ほど間を置いてみるが、ベッドに横たわる観鈴からは苦しげな吐息が聞こえるばかりで英二の声が聞こえているかどうかさえ怪しいものだった。額からは脂汗も流れている。悠長に返事を待っている場合ではなさそうだった。

188診療所にて、煩悩と戦闘と策/壊れた歯車の国、暴虐の王:2008/01/14(月) 16:17:47 ID:/lyj3aFg0
「……脱がすぞ」
 意を決して観鈴の制服に手をかける。布を通してでも分かる観鈴の体温に、なおさら緊張感が高まる英二だったがいい加減恥や外聞を捨てなければならない。この非常事態なのだ、きっと観鈴も笑って許して……くれるだろうか?
 いやいかん迷っている場合じゃない、と英二は首を振り恐る恐る制服をずらして……いかん、こんなのんびりやってる時間はないぞ、と再度英二は大きくぶんぶんと首を振り、今度こそ意を決して観鈴の制服を勢いのままに完全に脱がす。

 瞬間、観鈴の可愛らしい下着が否が応にも目に入ってくるが英二は心の中で般若心経を唱えて何とかピンク色の思いを打ち消す。それよりも傷の治療だ。
 ブラとショーツを何とか視界に入れないようにしながら朝霧麻亜子が撃ち抜いた脇腹の部分……出血している箇所を確認する。
 まだ出血は続いており当然だが自然に止まる気配はこれっぽっちもない。早急に止血を行わねば命に関わるだろう。
 まずは血を拭き取ろうと偶然あった(恐らく前にここを使っていた人物が用意していたものだろう)濡れタオルを取ろうと視線を変えた瞬間。
(ピンク……)
 ぶんぶんぶんと髪が乱れるほど頭を振りまくり、再び般若心経を唱えて頭からピンク色を排除する。英二の脳はもうこれ以上ないほど疲弊していた。

 何とか心を落ち着かせ、下着が目に入らぬように細心の注意を払いながら優しく、しかし手早く血を拭き取っていく。傷口にタオルが触れた瞬間、観鈴が「う……」と苦しげな声を上げたが、今は我慢してもらうしかない。血はまだ後から後から出てきて、次は消毒して縫合しないといけない、のだが。
(僕に出来るのは消毒まで……縫合は出来ない)
 麻亜子の放った銃弾は比較的口径の小さなもので弾も貫通しているからちゃんと消毒を行えば感染症にかかることはないと英二は考えるが……傷口を塞ぐ縫合が出来ない以上止血は難しい。血が止まるかどうかは自然治癒に任せるしかないのだ。
(だがやれるまではやるさ……!)

 消毒液を取り出しガーゼに付けてから傷口の周りを拭いていく。その度に観鈴が苦しげに身体をうねらせ、その痛みのほどを訴える。
「あと少しだ。我慢してくれ」
 聞こえているのかいないのか、観鈴がこくこくと頷いたように見えた。英二が笑って「いい子だ」と頭を撫でながら包帯を取り出し、丹念に腰部に包帯を巻き付けていく。十数回巻いたところで治療が終わろうかという時、外から窓ガラスが割れるような音が聞こえ、続けて銃声が診療所に木霊した。

「なんだっ!?」
 英二は思わず観鈴から目を外し、扉の外へと向かって怒号を出す。
「どうした! 少年!」
「ちょっとトラブりました! 敵を追っ払ってます!」
 まさか、もう襲撃されているのか? まだ治療が終わっていないのに! 英二は舌打ちをしながら少しでも包帯を多く巻いていこうと手を動かす。

189診療所にて、煩悩と戦闘と策/壊れた歯車の国、暴虐の王:2008/01/14(月) 16:18:09 ID:/lyj3aFg0
「英二さん!」
 慌てるようにして祐一が部屋の中に転がり込んでくる。銃声から数分と経っていないのに、祐一の肩は激しく上下しており僅かな時間の間、英二が包帯を十数度巻くまでの間に壮絶な戦いが繰り広げられていたことを意味していた。
 下着姿になっている観鈴について何か言われるだろうか、と英二は思ったが祐一はそれよりも扉の外……いや遭遇した敵の方へ意識を向けているからか特に言及してくることはなかった。祐一は英二の近くにあったデイパックの中からレミントンの12ケージショットシェル弾を取り出すと少々もたつきながらも弾を込めていく。

「誰が?」
「あのマルチとかいうロボットです」
 弾を込め終えると、祐一はベレッタを英二に投げ返す。いきなりのことだったので慌ててしまい上手くキャッチ出来ずに落としてしまったが観鈴の体にぶつけてしまうというヘマはしない。

 傷口にでも当てて起こしてしまうならまだしも傷を広げてしまっては目も当てられないからね。

「気をつけて下さい。あのロボット、凄いスピードで石を投げつけてきましたから」
「具体的には?」
「松坂渾身の一投」
「それは怖い」

 おどけたように英二は笑うが、しかしすぐに真剣な表情になって出していた荷物の整理を始める。
「ならここにとどまっておくより逃げた方が良さそう、だな」
 整理を終えると次に観鈴の体を持ち上げながら服を着せていく。本人に意識がないためスカートなどはかなり苦労し、英二が手間取っているのを見かねてか祐一も手伝う。もちろん英二と同様、観鈴の姿に頬を羞恥に染めながら。
 それを誤魔化すように「逃げるって、どうやって?」と尋ねる。

「僕が囮になる」
 ピタリ、と観鈴の服のボタンを閉めていた祐一の手の動きが止まる。怒ったような声になりながら祐一が反論した。
「さっきの話聞いてたのか!? あいつは」
「手強いんだろう? まあ熱くなるな少年」


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