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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

320黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:55:58 ID:/BP69OTc0

『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:31】C-3 紅魔館 地下大図書館


 全ては己の短慮が招いた采配だ。
 齢15の身の丈に合わぬ、数多くの責を背負うジョルノがそれを痛感するには、充分な悲劇であった。

 ジョルノの剣として飛び出した鈴仙は皮肉にも、盾という形で『世界』の拳を直に受け、急所である心臓を傷付けられた。一般的な肉体であれば貫通は免れない程の一撃を何とか押し留めたのは、都時代に鍛錬してきた屈強さ故か。
 それでも致命傷だ。峰打ちにて亀甲すら砕きかねない過剰な破壊力は、あのキング・クリムゾンをも上回るかもしれない。
 ジョルノは彼女の治療を最優先し、なるべく傷に障らぬよう床に寝かすも。

「お前の能力は『治癒』の一種だと聞いている。猶予の一切も与えるつもりは無い」

 『世界』の兇手は、再び息子の生命を摘みに立ちはだかる。

 拳の打ち合いという土俵に登れば、基本的にジョルノはDIOの『世界』には勝てない。スタンドに秘められる生来のポテンシャル差が圧倒的なのだ。
 防御に徹していては、鈴仙の命の灯火などロウソク以下の線香花火のようなもの。燃え尽きるより早く、砂の上へと音も立てず転げ落ちるだろう。

 しかしジョルノが迫り来る災害に防御を展開させる未来は訪れなかった。
 森閑たるべき図書の蔵には似合わない騒音が、音速の拳を乗せながら接近してきたからだ。


「破ァ!!」


 不躾な乱入者はバイクに跨り、DIO目掛けて族の如く突進してきた。この地下図書館へ至るには、蛇の胃の様に曲がりくねった階段を下る必要がある筈だが、そんな悪路など何の問題にもならないと言わん程の猛烈な勢いで、操縦者は闇から姿を現す。
 美しいと表現するのも生温い。光り輝く虹を連想させたグラデーションの髪を流す女性だった。バイクスーツまで着こなした彼女はなんの迷いも無く、今にもジョルノの首を狩らんとするDIOの背中へと、法定速度を完全無視したバイクごと突っ込んできた。

「DIO様ッ!」

 無論、男の忠実なる下僕がそれを安穏と見過ごす愚は起こさない。
 宇佐見蓮子が妖刀を振りかぶり、バイクの突進エネルギーを達人的なタイミングを以て殺した。言うまでもなく、様々な強者達の動きを『覚えた』アヌビス神だからこそ成せた達人技。

 それでも、甘い。
 バイクスーツの女性は、蓮子の想像を彼女の体ごと優に飛び越えた。

「DIO! 『上』だッ!」

 続くはプッチの咆哮。蓮子とプッチの頭上を、洋燈に照らされた影が通過する。
 アヌビス神が遮ったのはバイクのみ。ハンドルを捨て、シートから大きく跳躍した女は自ら砲弾となる事を選び、本命のDIOへと突撃する。唸りを上げる鉄の馬など、囮に過ぎない。

「〜〜〜ッ!」
「遅いッ!」

 予期せぬ闖入者にDIOの防御が遅れる。
 当然の話。DIOには依然『視力』が無い。プッチが抜き取ったDISCを再び持ち主に返す隙など挟みようが無かったのだから。
 結果、視界を封じた劣悪な状態異常のまま、DIOは防御に移行せざるを得なかった。
 故に生じた、コンマの遅延。その遅れは、闖入者の鋭い掌撃を男の脇腹へと通す功績に大きく貢献した。

 メキメキと、木の幹でも折れたような重い音が辺りに轟く。
 慣性力を味方につけたとはいえ、生身の女性が繰り出せるパワーではない。まして相手は吸血鬼の体幹なのだ。

(これは……まるで)

 暗幕の視界という悪条件の中、突如身に襲いかかる弩級の衝動。貫かれたDIOは、存外な破壊力に吹き飛ばされながらも、その思考は寧ろ冴えていた。
 間もなく響き渡る破壊音。蔵書の崩れを防ぐ為、頑強に床へと備え付けられた本棚へとDIOが衝突する音だ。

「DIO様!」

 バイクを弾き飛ばした蓮子が、叫びながら崩れ落ちた瓦礫へと駆け寄る。プッチも動揺の声こそ上げなかったが、蓮子の後に倣った。
 掃除の行き届いていない棚ゆえに、辺りは真っ白な埃が舞い上がり、さながら煙幕のよう。


「───まるで…………近接パワー型スタンド並みの腕力だな」


 その煙幕の中から、男は何事も無かったように姿を現す。
 コキコキと首を左右に傾け、砕けた筈の肋骨をも軽く擦りながら余裕ぶるその仕草は、到底マトモなダメージが入ったようには見えない。


「……少なくともひと月は立ち上がれない程度の手応えはあったのですが……成程。“人間ではない”という話は真だったようです」

 女の方もあれほど無茶な身のこなしを終えたにも関わらず、汗一つかかずにプロスタントマン顔負けの着地を成功させた。
 血を流し倒れる鈴仙と、彼女を治療するジョルノらの盾となるように、目の前の邪悪の化身へと構える。


「貴方が話に聞く……DIO!」
「ほう……誰かと思えば『聖白蓮』だったか。是非、一目拝んでおきたかった女だ」

321黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:56:25 ID:/BP69OTc0

 プッチから渡された視力の円盤を悠然と後頭部に挿し込みながら、白蓮へと対峙するDIO。開示された視覚の情報を脳に取り入れた彼が真っ先に漏らした言葉は、白蓮への興味を示す内容だった。
 予想外の台詞に白蓮はやや目を丸くする。自分がDIOの名前や人物像を知っているのはスピードワゴンの忠告あっての事だが、相手側からも目される理由に見当がつかない。
 更に……。


「───プッチ神父」


 DIOの隣に立つは、白蓮が追跡していたメインターゲット、エンリコ・プッチ。衣まで脱ぎ捨てた甲斐あって、バッチリと捕捉出来た。

「全く……呆れた尼だ。よもや屋内でチンピラの真似事とは。まさか君は普段の寺でもそんな様子なのか?」

 言葉通りにプッチは首を振りながら、とうとうここまで追って来た女性の執念に感服する。トレードマークの僧衣まで失ったとあっては、今の白蓮を見てまさか聖職に従事する人間だとは誰一人、欠片も思わないだろう。

「聖、白蓮……そうです、か。貴方が……」

 窮地を救ったその凛々しい背中を見上げながら、ジョルノはしんみりした声色で呟く。

「先の突撃を見て命蓮寺にあらぬイメージを抱いたのであれば悲しい誤解ですが……貴方も私の事を存じておられるのですか?」
「ええ。……小傘から、少し」

 トーンの落ちた声で告げられたその名は、少し前にも放送で呼ばれた名前だ。
 ほんの一瞬伏せられたジョルノの瞳を見て、彼が小傘に抱く感情は悪いものではないと白蓮も察する。
 同時に、負傷した兎耳の少女──確か永遠亭の薬売りだったか──を治療しているらしき所から、その少年は〝善〟なる側だと判断。

 この時点で白蓮の取るべき行動は、決定された。

「ならば救いましょう。〝禅〟なる心で。
 この様な世紀末の世界でも、神や仏は確かに御座すのだと……貴方達に説いてみせます」

 白蓮の目的はDIOやプッチ打倒でなく、あくまでジョナサンのDISCだが、救いを求めている人間を見捨てる様な真似は到底選べない。
 お人好しが服を着て歩くような彼女が、たとえ服を脱ぎ去ったとしても。
 〝善〟と〝禅〟の本懐に宿る心意気は、〝全〟裸であろうと揺るがない。


「ここはこの聖白蓮にお任せを。三対一……上等です!」


 驕心や猜疑という名の衣も纏わぬ、ひたすらに『信念』を貫き通せる至上の志さえあるのなら。
 露出されたその心には今や、一片たりともの羞恥だって存在しないのだから。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

322黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:56:57 ID:/BP69OTc0
『霍青娥』
【午後 15:33】C-3 紅魔館 地下大図書館


「まさか侵入したジョースターがジョルノ君だったなんてねえ。でも……こんな特大カード、中々お目にはかかれないわね」


 ラッキー♪と、心の底から溢れる喜びを抑えきれない青娥が堪らず口に零す。それ程には、この一大ショーは彼女にとって垂涎モノだ。
 邪仙にはこの戦いに介入するつもりは毛頭ない。腐ってもDIOの従順たる部下を自負しているつもりの彼女だが、それ以上に重要な至福が別にあるからだ。

「DIO様&神父様(蓮子ちゃんもいるけど)VSジョルノ君&聖大僧正サマなんて(あの兎は木偶として)。
 S席確保しといて良かったぁ。これは見ものよねっ」

 白蓮にバイクを貸し与えた損失など、お釣りが来るほど愉快なる見世物小屋。これには旦那を質に入れてまで観戦する価値があろうというもの。
 決して邪魔にならぬよう、また余計な火の粉が飛んで来ぬよう、青娥はしっかりと河童の迷彩スーツを着用して身を隠している。いつぞやと同じく、ジョルノや紅美鈴とウェス・ブルーマリンとの戦いを人知れず傍観していた時の様に。
 その上、席は図書館を一望できる高さを誇る本棚の最上から。ゆえに彼女は呑気にも、支給されたおむすびを口に頬張りながら高みの見物を決め込むつもりであった。

 これが賭け試合ならば、文句無しにDIOチームに財産を投入しても良い……と行きたい所だが、青娥は実際にDIOやプッチの実力をこの目で確かめた訳では無い。
 あの八雲紫を一蹴したDIOの力は間近で目撃してはいたものの、どちらかと言えばあれは紫側に大きな不調というハンデがあったようだ。
 つまり、我が主とその旧友の本気が見られるのは今回が初めてとなる。青娥の鼓動が早まるのも無理からぬこと。

「と言っても……あの住職サマの力だって半端じゃないのよねえ。もぐもぐ」

 逆に聖白蓮の力はよく知っている。あの甘ったるい性格を勘定に入れなければ、青娥の身近な知人の中でも群を抜いた潜在能力だ。
 この試合。レートで言えば案外に五分五分かも……等と客観的に評する青娥。プッチの怪我だってまだ快復してないだろうに、やる気満々の白蓮を相手取るには少々厳しいか?

 しかし……それでこそ、見る価値があるものだ。
 賭けてる物など無い以上、別にどっちが勝とうが負けようが───青娥にとっては大差ない。

 死熱必至の奪り合いに立ち会えた時点で、邪仙の欲が存分に満たされる未来は確定しているのだから。


「ほひはふぉふぁいほ!へふほ〜♪(どちらもファイト!ですよ〜♪)」


 ハムスターの様に頬を膨らませ、口元に米粒をひっ付けながら。青娥は無邪気に、元気よく腕を振った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

323黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:59:16 ID:/BP69OTc0
『八雲紫』
【午後 15:28】C-3 紅魔館 二階客室


 とかくこの世はそう都合よく進まない。歯車が噛み合わず、軌道に乗せる事すら儘ならない理不尽ばかり。
 「運が悪かった」で片付けられるだろうか。恐らくだが、今回に関してはそうではない。

 またも、一手遅れた。
 八雲紫がこの光景を見てそれを感じ取るのは、早かった。


「……DIOは何処?」


 開口二番に問い質した事柄は、意外にも邪悪の行方。
 己の魂を揺さぶっていた謎の『声』の主が、そこで眠りこけている少女だというのは本能的に理解した。

 同時に、その少女の『中身』が失せている事も。

 一計を案じたのはDIOだろう。やはりあの男は人の動かし方に長けた名将だ。
 少女の奪還はそう容易ではないらしい。彼女の『意思』の在り処はきっと、既にDIOの手元だろう。ここで肉体のみを取り返し館から脱出するのは、紫からすれば釈然としない。

 少女───マエリベリー・ハーンは此処には居ない。
 器に在留する彼女の残滓は、驚くほど静かだ。

「流石に理解が早いな。ここまで散々振り回されて、やっと賢者の本領発揮……ってツラだぜ。意外とスロースターターなのか?」

 紫の質問へ馬鹿正直に返すより、あっけらかんと挑発する事をディエゴは選んだ。先程までとは違って、今この女とマトモにやり合えば恐らく不利は自分の方だと悟りつつ。

「ディエゴ。貴方にも随分な仕打ちを受けてきたけど……今は“見逃してあげる”。
 もう一度訊く……DIOは何処? 三度目は無いわよ」

 女の髪が揺れた。バルコニーより吹く冷たい風が原因ではない。
 今度という今度は八雲紫も本気なのだ。溢れる妖気を抑えきれていない状態が、それを優に語っている。

「とと……そうキレるなよ。第一、オレだって『Dio』なんだぜ。オレじゃあ役不足かい?」

 本気の紫を前にし、敢えてイラつかせる様な態度を続けるディエゴ。恐らく“役不足”も誤用でなく、本来の意味で使っているのだろうと、紫は内心で舌打ちする。
 言うまでもないが、正確にはDIOでなくDIOの近くに置かれているであろう『探し人』が目的だ。件の少女を救うには、必然的にDIOとまみえる可能性が高い。
 そして現在、DIOはジョルノとぶつかっている事が容易に想像できる。というより、そうなるよう紫の方から意図的に誘導した。
 ジョルノは口に出さなかったが、彼がDIOに対し並々ならぬ想いを抱いていたのは何となく感じていたし、再びの邂逅を望んでいた節もあったからだった。
 いわばジョルノを囮として使う策は、所詮ついで。本心では世話を焼いたようなものだ。

 そのお節介が、果たして吉と出るか凶と出るか。
 そこまでは紫にすらどう転ぶか分からない領域。

 だというのに……どうにも転がされている気がしてならない。

(それはDIOに? それとも……運命って奴かしらね)

 クサイ台詞だと自分ながらも思う。しかし、こと『運命』という因果律は紫にとって他人事ではない。

 我が写し鏡だと見紛う程に、そこで眠る少女との出逢いは運命だと言わざるを得ないのだから。

「ディエゴ。アナタはDIOの『天国論』についてどう思っている?」
「なんとも言えんね。ただオレは『見下す』のが好きだ。その天国とやらに登り詰めれば、神サマだろうが何だろうが上から見下ろすのは楽そうだ、とは思ってるぜ」
「……哀しい人間。環境さえ違わなければ、アナタの意志は正しい手段で頂きまで登り詰める素質があった筈なのに」
「……それ、煽ってンのか?」

 飄々と宣っていたディエゴの態度が一変する。先の意趣返しとでも捉えられたのか、触れられたくない箇所に触れられたが故の立腹か。

「アンタの言う『正しさ』とは何だ? まさかお前まで“気高さを忘れるな”などと言わないよな?」
「私には貴方へ対し説教を垂れる資格はないでしょう。幼少期の貴方が、それらを学ぶ環境に居なかった苦境は推測できます。
 ただ……ねじ曲がり、ふんぞり返った貴方の目指す地点に、天国などという理想郷は相応しくない」

 人間には、時たま彼のような人種が産まれてくる。
 世から見捨てられ、故に世を……世界を怨む報復人。
 こういった人間は、得てして危険である。幻想郷であれば即座に弾かれて然るべき、力を求める孤立者だ。


「アナタの言うそれは……ただの『奈落論』。
 這い上がって来たと勘違いしたその場所こそが、真理から孤立した堂々巡りの伽藍堂……地の底よ」

324黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:59:51 ID:/BP69OTc0

 男の口元がひび割れた。
 恐竜化による攻撃意思か。はたまた自嘲の嗤いか。
 掛かってくるのならば今度こそ足下は掬われない。

 迎撃の態勢に移さんとした紫へと、裂帛へ誘う爪撃が襲う事は……果たして来なかった。

 ディエゴがその場から動く気配を見せない。
 見ればひび割れたと思った口元も、通常のままの様子であった。
 肩を透かされた形になった紫を軽蔑の眼で見送るディエゴ。彼は意外にも、襲い掛かるどころか踵を返して部屋の出入口へ足を向けた。

「何処へ?」
「アンタが視界に入らない場所さ。これ以上目を合わせてると、どっちかがくたばるだろうからな」

 ディエゴ自身、大きく負傷している現状。それを分かっている彼も、挑発に乗って無謀など起こすべきでないと理解している。
 しかしそれ以上に今のディエゴにとって、ここで八雲紫を叩く事に自己満足以上の意味はない。紫をこの場で始末するにはまだ『機』ではなかった。


「……っと。忘れてたぜ。霍青娥には気を付けといた方がいい」


 ふと、極めてどうでもいい事柄を思い出し、ディエゴは足を止める。
 本当にくだらないのでこのまま立ち去ろうとも考えたが、まあこの程度の心の余裕くらいは保っておきたい。


「青娥に……?」
「オレが『ある事実』を伝えてやったらアイツ、珍しく怒ってたぜ。お前……殺されるかもな」
「はて。有象無象の弱者達から恨みを買う原因に、心当たりならば山ほどありますゆえ。
 ……ご忠告、感謝しますわ」


 そのままディエゴは無音のままに部屋から脱し、紫の前から姿を消した。
 どうにも不気味である。紫は今度こそ彼を抹消する覚悟でこの場に現れたのだが、奴には敵意こそあれ戦意はさほど見えなかった。
 身体のダメージを考慮し撤退、という風にも見えたが、別の意図があるようにも思えた。
 そもそも───

(この子を置いていくとは。“中身”まではどうにも出来まいと、高でも括っているのかしら)

 紫は神妙な面持ちで、椅子に掛けられたメリーを覗く。少女の“意思”は残念ながらここには在らず、だからこそ紫一人がどう足掻こうと『無駄』だと見くびっているのだろうか。

 どうする? ディエゴを追撃するか。
 この場にて交戦すれば、最悪メリーを人質に取られる危険性を考慮し、敢えて今は奴を見逃したが。
 ……却下。時間が足りない。
 目的を見据えろ。今、やるべくは。


「……貴方からお話を聞くことよね。時代錯誤のカウボーイさん?」


 どさくさに紛れて退出しようと、抜き足差し足で移動する前時代的な装いの男を、紫の声が射止めた。
 男──ホル・ホースは大袈裟にハットを跳ねさせ、蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。
 紫はこの男に全く見覚えがない。恐竜化させられていた頃の、つまり図らずもDIOの下に付いていた頃にも、男の顔など見たこともなかった。
 つまり彼は新参者。つい最近DIOの一味に参入したばかりである事が予想される。
 ディエゴとの会話中も、彼は如何にも話について行けてない困惑そのものを貼り付けた顔であり続けていた。
 手玉に取るならディエゴでなく、このカウボーイの方がだいぶやりやすいだろう。今の所、敵意も感じない。


「改めて……私の名は八雲紫。死にたくないのならば、少しだけお時間頂けるかしら?」
「……ホル・ホース、だ。全く、DIOのヤローのそっくりさんの次は、カワイコちゃんのそっくりさんかい。まさかオレのそっくりさんは居ねーよな?」
「貴方の名前なんかどうだっていいの。あまり時間も無いし……幾らか質問に答えて貰うわ」


 この日何度目かの大きな大きな溜息が、ホル・ホース口から漏れた。厄日という単語を辞書で引けば、そこにホル・ホースの日常が示された引用で解説されてるのではないか。
 真実、ホル・ホースは何も理解出来てないし、知らない。
 その事実を懸命に説けば、果たしてこの胡散臭い美女は退いてくれるだろうか。

 ……無理だろうな。ホル・ホースは殆ど諦めの念を浮かべながら、己の引きの悪さを悔やんだ。

           ◆

325黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 19:00:31 ID:/BP69OTc0


          ───
       ─────────
   ─────────────────


 夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
 携帯電話も繋がる気配は無いし、GPSも効かないし、
 珍しい天然の筍も手に入ったし、
 今日はこの辺で休もうかな……って今は夢の中だったっけ?
 しょうがないわ、もう少し歩き回ってみようかしら。


 それにしても満天の星空ねえ。
 未開っぷりといい、澄んだ空といい、大昔の日本みたいだなあ。

 タイムスリップしている? ホーキングの時間の矢逆転は本当だった?
 これで妖怪がいなければもっと楽しいんだけどね。


 そうか、もしかしたら、夢の世界とは魂の構成物質の記憶かもしれないわ。
 妖怪は恐怖の記憶の象徴で。



 うーん、新説だわ。
 目が覚めたら蓮子に言おうっと。



 さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。




   ─────────────────
       ─────────
          ───


【かつて稗田阿求が発見したメモ】
数百年前の迷の竹林で発見。
意味不明な単語も多く見られ、未だ解読不能。
外の世界の人間が書いた物だと思われるが、
夢の世界とは一体どういう意味だろう。

           ◆

326 ◆qSXL3X4ics:2018/08/30(木) 19:02:08 ID:/BP69OTc0
前編投下終了です。
遅くならない内に次も書き上げる予定です。

327名無しさん:2018/08/30(木) 23:59:26 ID:IkxW/jJI0
氏のストーリーの魅せ方はやはりというべきかなんというか、上手ですよねェ〜〜ッ
文章の読み易さ・展開の構成どちらも上品に画かれているのに加えて、文中に仕込まれたギャグ成分も綺麗に織り込まれていて読んでて楽しい……楽しくない?

ページをスクロールする手が止まらないとはこの事か〜〜……うーんすき!
これには後編への期待が高まってオラわくわくすっぞ!!

328名無しさん:2018/09/11(火) 11:15:53 ID:iEQbbFsw0
盛り上がってきました

329 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 20:42:34 ID:lQG/D5qE0
お待たせしました。中編投下します

330黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:44:44 ID:lQG/D5qE0
           ◆


          ───
       ─────────
   ─────────────────


 夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
 携帯電話も繋がる気配は無いし、GPSも効かないし、
 珍しい天然の筍も手に入ったし、
 今日はこの辺で休もうかな……って今は夢の中だったっけ?
 しょうがないわ、もう少し歩き回ってみようかしら。


 それにしても満天の星空ねえ。
 未開っぷりといい、澄んだ空といい、大昔の日本みたいだなあ。

 タイムスリップしている? ホーキングの時間の矢逆転は本当だった?
 これで妖怪がいなければもっと楽しいんだけどね。


 そうか、もしかしたら、夢の世界とは魂の構成物質の記憶かもしれないわ。
 妖怪は恐怖の記憶の象徴で。



 うーん、新説だわ。
 目が覚めたら蓮子に言おうっと。



 さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。




   ─────────────────
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【かつて稗田阿求が発見したメモ】
数百年前の迷の竹林で発見。
意味不明な単語も多く見られ、未だ解読不能。
外の世界の人間が書いた物だと思われるが、
夢の世界とは一体どういう意味だろう。

           ◆

331黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:46:15 ID:lQG/D5qE0
『聖白蓮』
【午後 15:37】C-3 紅魔館 地下大図書館


「殴られた横っ腹の借りを返す前に、だ。念の為聞いておこうか、聖白蓮」


 先のダメージをものともせずに、DIOが気障ったらしく腕を組む。
 些か掃除の行き届いてない書物の群から立ち上る埃の煙幕は、まるで吸血鬼の胃から吹き出される寒波を想像させるおぞましい寒気。

 少々、難儀な物の怪退治になりそうだ。
 白蓮は予感される大仕事に背筋を強張らせながらも、決して気圧されない。

「何でしょうか?」
「お前は何故、このDIOの前に立つ?
 そこの出来損ないを救いに来たのだと寝言を言うのなら、これは『親子』の問題だ。引っ込んでいてもらおう」

 戦う理由。それは白蓮にとっても、置いてはおけない問題だ。
 万事の発生には、必ず理由がある。
 相応の理由があるのだから異変を起こす者がいるのだし、異変が起こるから巫女は解決に向かう。
 民衆を救い、導く役職に就く尼公の白蓮ですら「力も方便です」と残している。先の宗教戦争において自ら出陣した珍事にだって理由はあるのだ。

 『妖怪退治』と『殺し』は決してイコールでは結ばれない。
 しかし、このゲームにおいてはそのイコールが結ばれ“得る”。得てしまう。
 たとえ目の前の吸血鬼が妖怪の括りに則し、退治なり成仏なりさせてしまえば、現状に限って言えばそれはもう『殺し』の領域となる。
 『殺人』にも理由はある。誰でもいいから殺したかったなどと供述する人非人の戯言ですら、広義で見ればそれは一つの理由だ。

 白蓮がDIOらと戦う理由は明確だ。
 その戦いの過程で彼らの命を奪ってしまう結果が起こり得る事も、予想しなければならない。

 言うならば今の白蓮には、『殺人』を犯す公然の理由がある。本人はそれを許容してはいないが、当て嵌ってしまうのだ。
 無論、僧侶たる彼女が“それ”を犯してしまえば、因果応報により必ず地獄に堕ちる。断じて避けなければならない。

「“因縁生起”……世の中のものは、すべて相互に関係しあって存在している、因縁によって生ずる、という考え方です」
「フン。坊主の説法を頼んだ覚えはない。尤も、その考え自体には同意できるが」
「因縁生起を略し、『縁起』と呼ぶ。“吉凶の前兆”という様に、昨今ではかけ離れた意味で使われるこの言葉は、本来は因と縁が互いに密接に絡み合う意味なのです」

 縁起の考え方は、仏教が持つ根本的な世界観である。
 この因果論は、“様々な条件や原因が無くなれば、結果も自ずから無くなる”、という逆の考え方も出来る。
 DIOがジョルノという親子の『縁』を断ち切ろうとする『理由』には、我が子すらも滅す事によって、ジョースターという『縁起』を完全に消滅させようという魂胆がある。
 仏教の世界でいうところの『縁滅』を狙っているのだ。

「貴方の所業に理由はあるのでしょうが……それはやはり悪行でしかない。
 無論、私がこの場へ赴いたのにも理由はあります」

 テカテカの光沢を反射させながら、白蓮は右腕をDIOに向け、人差し指を立てた。

「ひとつに。そちらの神父様の持つ、ジョナサン・ジョースターから奪った円盤。
 彼を蘇生させるには、その円盤が必要不可欠と判断した故に、ここまで参りました」

 真っ当な理由だ。いわば人助けに類する行動理念であり、白蓮を象徴すると言っても良い行動であった。
 DIOもプッチもそこは容易に予測出来る。そして白蓮の言う通り、ジョナサンのDISCは未だプッチの懐に仕舞われていた。
 この円盤の特徴の一つに、破壊不能レベルの弾性を纏うことが挙げられる。外圧によって壊すことは難しいが故に、たとえ宿敵の命そのものと呼べる円盤でもこうして持ち続ける他ない。ここにヴァニラ・アイスさえ居れば悩むまでもない話であるが。

「御足労悪いが……このDISCだけは渡せないのだ。諦めて寺へ帰るといい。力ずくはあまりオススメしない」
「力ずく、ですか。好きな言葉ではありませんが……嫌いな言葉でもありません」
「……中々面白い尼だ。少し気に入った。……他の理由は?」
「ふたつに。人類の三大禁忌(タブー)というものがあります。内一つが『親殺し』の大罪。
 どのような理由があろうと、己を産み落とした親を殺すなど言語道断。逆もまた然り、です」

 見過ごせない。見過ごせるものか。
 家族の問題、で見過ごしてしまうほど、白蓮の眼は曇ってなどいない。
 親子で殺し合わなければならない程、憎んでいるというのか。
 ならば何故、産んだのだ。
 それを問い質すつもりは無いし、返ってくる答えにはおよそ正常な感情など篭ってないだろう。

332黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:47:14 ID:lQG/D5qE0

 永く、善も悪も見てきたから分かる。
 最期を看取ったスピードワゴンがかつて忠告した言葉が、ここで理解出来た。

 この男DIOは、生粋の邪悪だ。
 絶対に、野放しには出来ない。


「なるほど。正義の真似事のつもりか」
「はい。正義の真似事を、演じさせて頂きます」


 幻想郷のようにはいかない。
 交わし合う言葉も不要。
 躱し合う弾幕も無意味。
 言葉遊びも、弾幕遊びも、全ては児戯だと切り捨てたなら。
 あまりに無情で、あまりに空しいではないか。
 この荒廃した箱庭で正義論など掲げて、私(おまえ)は部下を何人失った? 家族を何人救えた?

 いっそ。何も掲げさえしなければ。
 正義も悪も翳さず、降り掛かる厄災を払うのみに徹すれば。

 少なくとも、寅丸星は死なせずに済んだのではないか。


(…………私とした事が。まだまだ修行が足りませんね。自暴自棄と無念無想を混同するなど)


 聖白蓮は、それを選ばない。
 寅丸星の信じた正義を否定し、捨てる選択は愚の骨頂だ。
 拠り所を放棄し、単孤無頼の奈落に堕ちた人間は、等しく弱い。


「DIO。そしてエンリコ・プッチ。
 邪心に満ち満ちた貴方がた二人は、この聖白蓮が退治させて頂きます」


 掲げるモノを信じるから、人は強くなれるのだ。
 昔日に人間の身を辞めた白蓮の目にも、素晴らしき『人間賛歌』は七色のように美しく映る。
 あとは空に架かったそのアーチを、この自分が辿れるかどうかだ。



「───正義、正義か。……ククク。なるほど、なるほど……!」



 正義を宿す白蓮の、瞳に映った邪悪は嘲る。
 静寂だったさざ波は、間もなく荒波となり、地下中に波乱を招く津波となって鼓膜を打つ。


「ハハ……ッ! ハァーーッハッハッハッハァ!!!」


 閑かなる地の底だからこそ、男の絶笑はより深く引き立った。
 乱反射される嘲笑い。ドス黒い悪の大気で覆い被さる巨大な津波は、そこに居る正義の心を揺さぶった。

「可笑しいですか」

 不快からか。はたまた戦慄の類か。
 白蓮は喉元でひりついていた言葉を吐き、目の前の悪をひと睨みする。

「クックック……! いや、そうではない。
 ただ、あまりにもお前が私の『予想通り』の人物像だったものでな」

 黄金に揺蕩う髪を根元からクシャりと握り締め、腕の震えを強引に塞き止める。男を突如として襲った痛快なる破顔は、そうまでの現象を引き起こすものか。

「プッチ神父から、何か私の良くない風評でも吹聴されたのですか」
「それも間違ってはいないが……私はお前に少し、興味があった。名簿で初めてその名を目にしてからな」

 名簿。そこに連なる聖白蓮の並びが、果たしてこの男へと如何なる興趣を与えたのか。
 依然、白蓮の疑問符は止まない。

「お前からすれば、実にくだらん言い掛かりよ。しかし、こと私にとっては……これが意外と死活問題でね。中々どうして、馬鹿にできんのだ」
「随分と回りくどい御方です。言いたいことがあるのなら、ハッキリと」
「名前だよ。お前の名に、私は…………そう。恥ずかしながら白状しよう。

 ───恐れたのだ。ほんの僅かだが、動揺を覚えてしまった。このDIOが、だ」

 過ぎ去った過去の笑い話を、心の引き出しからそっと取り出すように。
 かの邪悪の化身は俯きがちに首を振り、また笑った。
 自らを〝悪〟と言い切る悪人正機を体現した、この男ほどの者が。
 可愛げすら覗かせるように、それを言うのだ。

333黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:48:53 ID:lQG/D5qE0

「失敬な話ですね。私は魔王か何かですか」
「魔王……なるほど。言い得て妙だ。あながち間違いでもない。
 お前は私にとって、滅ぼすべき『魔王』の様な存在……その可能性もあった」

 心外だ。確かについぞ最近まで、白蓮は魔界に身を置いていた。だがその心まで魔に染まった訳ではない。魔王などと蔑まれる所以などあるか。

「名は体を表す……ということわざがあるように。言葉には時折、不可思議な魔力が籠る。日本ではこれを……え〜〜〜と、」
「言霊でしょうか」
「そう。その言霊というのが実に……ある意味では重要なのだ。
 血脈と共に『ジョジョ』という愛称が代々に渡り継がれるのも、言葉に魔力が宿るからとしか思えん。そういう風習が定まっている訳でもないのにな」

 DIOが流した『ジョジョ』の名に、白蓮は軽く眉をしかめる。
 愛称。ジョジョ。直感的に、それはジョナサン・ジョースターの渾名なのではと予感する。

 背後で鈴仙を治療するジョルノも、『ジョジョ』の名にほんの一瞬ピクリと反応したのには、その場の誰も気付かなかった。

「その言霊と私の名前に如何なる関係が?」
「聖(ひじり)……私はその名に、少しだが縁があってね。
 正確には『聖(ホーリー)』……ホリィ・ジョースターだったかな」

 ホリィ・ジョースター。またしてもジョースター。
 その女性の名前……ルーツの根源を知る者は、ここではDIOとプッチの二名のみ。
 全ての事の発端である女。そう言い換えてもいいのかもしれない。
 かのジョセフ・ジョースターがエジプトのDIOを嗅ぎ付け、仲間を連れて遥々と海を渡って来たのも、元を正せば空条承太郎の母・空条ホリィがDIOの影響を受けて昏睡したからである。
 この点に関してDIOの意図があった訳では無い。ホリィが生来、スタンドの発現に耐えられる精神をしておらず、DIOの復活が血脈を介して彼女に悪影響を及ぼしたからであり、あらぬ必然を引き起こしてしまったに過ぎない。

 DIOは『聖女』が嫌いである。
 少年時代、浅はかな考えでエリナに手を出し、ジョナサンの成長を引き起こす一因を作ってしまった。
 周囲からは『聖子さん』などと呼ばれていたらしいホリィへと、間接的にではあるが危害を加えた為、空条承太郎を敵に回してしまった。
 メリーに関してもそうだ。彼女の瞳はエリナと酷似している。メリーもDIOにとっての『聖女』。だからこそ丸め込み、手篭めにしようと画策している。

 DIO。ディオ・ブランドー。
 彼の持つ女性観の根源には、とうに他界した『母親』が密接に絡んでいる事は、本人も自覚するところである。
 思い返せば……母もまた、ディオにとっては聖女の様な存在だったろう。

 母の愛があったおかげで幼少ディオは、過酷な環境をたった独りでも生き抜いてこれた。
 そして、母の清すぎた聖心のせいでディオは、余計な重苦を背負ってきたと言ってもいい。
 あの女は、人間として眩しいくらいに良く振る舞い、息子に愛を注いできたろう。
 しかしディオの育った環境においては、その愛は必ずしも幸福には結びつかなかった。

 ディオは母親が嫌いであった。
 だからこそ、聖女を憎むのかもしれない。
 聖なる女は、いつだって彼の闇の運命を祓ってきた。


 そして───聖なる女、聖白蓮。


「聖(ひじり)などと、こんな御高尚な名を付けられた程だ。さぞ正義感に満ち溢れ、義に厚い女なのだろうなと……確信すらしていたのだよ。
 くどいが、言葉には本当に魂が宿るものだな。お前もまた、エリナによく似ている。その奇天烈な積極性に目を瞑ればだが、な」
「人様を魔王と呼んだり聖女と呼んだり……しかし、『言葉の魔力』ですか。確かに、古来より名前には不思議な力が籠ると考えられてきました。
 神<DIO>と名付けられた貴方が聖女に恐怖するのも……皮肉な運命めいたモノを感じます」

 本人も言う通り……DIOの言い分は極めて自己中心的で、無関係の白蓮からすれば言い掛かりもいい所だ。
 しかし、彼は恐らくそういった迷信やジンクスを受け入れるタイプだろう。
 実際に白蓮はDIOの前にこうして立ち塞がっている。そして、その彼女を自ら倒すことで、運命を……恐怖を乗り越えようとしている。
 聖白蓮とは、DIOにとって紛うことなき障害なのだ。

 信じ難いほどに、前向きな男だ。
 ベクトルさえ間違わなければ……このゲームを共に打破する、頼れる仲間になれたろうか。

334黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:51:18 ID:lQG/D5qE0


「尤も、私は自身が聖女だなどと自惚れておりません」


 誠に口惜しく、遺憾千万である。


「───魔人経巻」


 詠唱省略。ゼロコンマからの魔法発動を可能とする巻物。
 それが、黒を基調とする彼女のバイクスーツの内から。
 つまりは素肌。白蓮の胸部の狭間から音もなく取り出され。



「『ガルーダの爪』」



 空気が爆発した。


 音すら置き去りにして、白蓮が空想を具現化させたスキルの名は『ガルーダの爪』。
 装った衣装にこれ以上似合う体術もない……とんでもなく強烈なライダーキック。



「『世界』」



 爆発の如き蹴りが停止した。


 半ば不意打ちに近い形で炸裂した白蓮の足技は、男の呟いたザ・ワールドの明滅と共に、止まる。
 時を止めた訳ではない。彼女の目にも止まらぬ速度を、物理的に、単純なスタンドの防御で受け止めたに過ぎない。


「───更にくどいが、名前には魂が宿る。お前達が『スペルカード』の遊戯法により、くだらん弾幕へ名付ける事と同じように」


 世界の腕が、攻撃の硬直で宙に止まったままの白蓮の足首を掴んだ。


「天国へ至るのに必要な『14の言葉』が設定されたように」


 そのまま、世界は受けた蹴りの反動をモノともしない勢いで、掴んだ白蓮を一旦大きく頭上へと振りかぶり。

「……ッ! 御免ッ!」

 その手は食うかと、筋力倍加の魔法を受けた白蓮の凄まじい拳骨が。
 命蓮寺の鐘を毎朝毎晩、素手にて十里先まで打ち鳴らす程の鋼鉄の拳が。
 人体の急所……脳天へと、真上からモロに叩き込まれた。

 常人であれば、即死必至の破壊拳。
 常人であれば。


「我々スタンド使いも、傍に立つヴィジョンに名前を付ける」


 その拳を頭蓋に受けておいて。
 DIOのスタンドはまるで動じない。揺らぎもしない。

 脳が揺れたのは、掴まれた白蓮の方だった。
 一切の躊躇もなく、世界は彼女の身体を床へと思い切り叩き付けた。スタンドの腕が掴んでいた箇所は足首なので、必然的に白蓮は顔面から硬い床へと振り込まれる事となる。

 鈍い音が木霊する。
 幸い、砕けたのは床板のみに留まった。もしも彼女の肉体強化が頭部にまで及ばずにいたら、これで決まっていたろう。
 頭半分めり込ませて地に放り込まれた白蓮を不敵に見下ろしながら、男はスタンドを我が身の傍に立たせる。


「紹介しよう。これが我がスタンド───『世界(ザ・ワールド)』だ」


 筋骨隆々に構築された、黄金の肉体美。
 ザ・ワールドの言霊を冠するスタンドがDIOと並ぶ。
 冷気とも熱気とも見えない蒸気が、彼らの肉体から噴出する。あるいは、スタンドのエネルギッシュなオーラとでも呼ぶべきか。

 DIOと、『世界』。
 最悪の吸血鬼が、最高のスタンドを身に付けてしまったのは、この世の必然か。

335黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:52:59 ID:lQG/D5qE0

「聖さんッ!」

 ジョルノが張り上げる。
 白蓮はスタンドを展開していなかった。つまり、まず確実に非スタンド使いだ。生身の人間があのスタンドに対抗出来るわけが無い。

「……ッ! 加勢します!」

 鈴仙の治療を優先したいが、白蓮一人では荷が重すぎる。
 ゴールド・Eを自身の前に動かし、勢いを付けて立ち上がる。が───


「邪魔はさせない。DIO様のご子息といえど……斬るわよ」


 黒帽子を被った少女──宇佐見蓮子がジョルノの前に立つ。
 年齢はジョルノより少し上くらいだろうか。右手には妖しく光る不気味な刀。

「退いてください。でなければ……女といえど、容赦しない」

 突撃はジョルノの方から。蓮子は動じることなく、刀構えて待ち受けるのみ。
 警告はした。意識の暴走でショック死を迎えようが、躊躇はしない。
 ゴールド・Eが、叫びと共に無数の拳を繰り出す。

「無駄無駄無駄無駄ァ!!」

 パワーはさほどない。しかしこの場合、薄い痛覚であるからこそ痛みは倍増する。ジョルノのスタンドとは、そういうものなのだ。
 スピードなら充分。世界にも対抗出来る速度のラッシュが、蓮子の体を撃ち抜───

「な……ッ!」

 ───けない。

 蓮子の持つアヌビス神は、ジョルノのラッシュをひとつ残らず刀の峰で弾く芸当を見せ付けた。
 おかしい。ただの少女にしては熟練された剣の腕、だという事を差し引いても、おかしい。
 所詮、刀だ。スタンドであるゴールド・Eの攻撃を防いだ事も、刀を生命化出来なかった事も理屈に合わない。

「いや……その刀、スタンドか」

 刀自体が『スタンド』! 警戒すべきは、あのスタンドに隠された能力。それがある筈だ。


「その『刀』は少々厄介だぞ、我が息子ジョルノ・ジョバァーナ。いくらお前とはいえ、簡単にはいガッ!」

 息子の勇姿を応援する父の姿とは程遠く。
 チラと見た、ジョルノと蓮子の交戦を遠巻きに眺めるDIOの隙だらけな横っ面に、熱と衝撃が撃ち込まれる。


「いガ? ご子息が心配ですか」


 顔面から床に叩き付けられ、昏倒したと思われた白蓮が、ケロリとしながら回し蹴りを決めていた。

「……硬いな、女。イイだろう……やはりお前は、このDIOの栄養となる資格を有していコハッ!」

 脇腹に、大きく腰を落としての正拳突き。
 最初に叩き込んだ脇腹への掌撃と同箇所。今度は、内部に組み立てられた骨をまとめて粉砕する程のパワーを込めた。

「コハ? 随分と余裕ですが、貴方の食事とやらになるつもりは御座いません」

 ギリギリと鳴る白蓮の拳からの、筋肉と骨との摩擦音。
 DIOの巨躯は、今度こそ抗った。先のように空へ吹っ飛ばされる事なく、白蓮の正拳突きに耐えたのだ。

(堅い。そして重い。だが、この女……何よりも───)

 ───疾いッ!

 余裕を見せていたとはいえ、世界が見切れなかった程の轟速が生身の女から繰り出された。
 どれ程の荒修行を耐え忍べば、こんな馬鹿げた肉弾ミサイルを身に付けられるのか。

 これは、想像以上に……

「どうやら貴方は肉食系のようですが……お生憎様。
 私は修行僧……肉などタブーの、菜食主義者(ベジタリアン)です!」

 想像以上に……強いッ!


「DIOッ! ホワイトスネイ───!」


 後方から迫るプッチの救助は、煙のように掻き消された。
 白蓮の『ヴィルパークシャの目』。周囲の状況に目を配らせる暇すら挟まず、ほんの一喝でプッチのフォローをも遮った。
 限界まで強化された彼女の肺から吸い上げられた空気が、声の大砲となり、音響兵器に昇華する。
 物理的な砲撃ならばスタンドでどうともなるが、広範囲の衝撃波ともなれば防御のしようがない。プッチはたまらず吹き飛び、僅かだが強制的に戦線から離脱された。

「私は遊ぶつもりはありません。一瞬でケリを付けます!」

 ケリがDIOの下顎に到来する。むしろ着弾とも称すべき、爆発的なハイキック。
 常人なら脳震盪どころの話ではない。顎が割れ、滝すらも下から上へ割りかねない重さの蹴撃は、間もなくDIOの顔面に地割れを起こした。

336黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:53:40 ID:lQG/D5qE0

(ザ・ワールドの可動が追い付かん……! 攻撃を繰り出すまでの初速から最高速に達するまでの間隔が、疾すぎる! これはまるで……)


 ───まるで、時間が止められたように。


 迫り来る白蓮の百掌が炸裂する刹那。DIOの心の水面は、外面とは裏腹に恐ろしい平衡を保っていた。
 思考を進める暇すら与えてくれない……という意味合いでなく。
 DIOの感じた「時を止められたようだ」という聖の猛攻は、ある意味でも理にかなっている。
 極限まで時が圧縮され、意識のみが白蓮の残像をかろうじて捉えられている。物理的には、DIOの身体は全く追い付かない。


 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。


 承太郎のスタープラチナは時間を止める。そのカラクリは、厳密に言えばDIOの『世界』とは少し理屈が異なる。
 “速すぎる”が故に光速をも置き去りにし、本体視点からは周囲がとてつもなくゆっくりに見えているという現象だ。


 ───まるで、ジョルノの『黄金体験』のように。


 現時点でのDIOには素知らぬ事であるが、ジョルノのゴールド・Eにはある能力がある。
 殴った生物の意識のみを暴走させ、本人から見た周囲全ての光景を限界までスローに感じさせるものだ。
 ジョルノの能力を引用して喩えるのならば、万全の聖白蓮の肉体とは、黄金体験を受けてかつ暴走する意識に身体がしっかりと付いていくような状態だ。

 少なくとも。吸血鬼の能力を手に入れたとはいえ、元々は人間としてのポテンシャルでしかなかったDIOの、修練も工夫もさほど蓄えていない肉体と、女性でありながら幾星霜にも積んできた修行と知識の総決算の末、人間をやめた大魔法使いの聖白蓮では、経験値の差が圧倒的であった。
 歯痒いことであるが、生身同士ではDIOが白蓮を覆せる道理は無い。当然、スタンドを用いての肉弾戦ともなれば別だが、ここに来て承太郎から刻まれた左目のダメージが効いている。
 視野が通常の半分である事の不便とは、想像していた以上に重荷となる。遠近感がぼやけ、立体感も取り難く、動体視力まで低下している。これらの欠落は言うまでもなく、戦闘においては命取りだ。
 主に防御・回避行動において、DIOは素早い敵に遅れを取らざるを得ない。その遅延はほんの僅かな“ゆらぎ”程度でしかなかったが、白蓮ほどの熟練された格闘者相手では致命的な傷となる。

(戦いの流れは……完全にこの女が掌握している)

 これでやれ尼だの、やれベジタリアンだのと自称するのだから恐れ入る。要はこの僧侶、戦い慣れていたのだ。


「明鏡は形を照らす所以。
 故事は今を知る所以───明鏡止水」


 厳かに紡がれた聖女の瞳には、今や一点の曇りも映さず。
 止水の如き静寂にたたえられた水からは、刹那の次に荒波が打ち出される理の矛盾。
 澄み切り落ち着いた心は、両の掌を四十の臂へと錯覚させるに至る真境地。

 聖白蓮の四十本の腕が、無慈悲へと化けた。


「其の疾きこと風の如く。
 徐かなること林の如く。
 侵掠すること火の如く。
 動かざること山の如し───風林火山」


 人の目では止まらぬ数多の腕が、風の如く邪悪を穿つ。
 静と動。逆襲に構え、受け流す型を取り、時には林の如く静寂を保つ。
 苛烈を纏う四十の閃撃は、悪を灼き尽くす火の如く攻め立てる。
 肉体に受けた幾本もの槍など、山の如く受け切りものともせず。

 無慈悲なる四十の腕は、絶えなき猛攻の更なる加速により、二十五の世界が乗算された。
 千の世界が集約し、更に千が掛け合わさり。
 永久の加速により、また更に千。

 その数、〆て十億。俗に三千世界と呼ぶ。
 邪悪の化身が統べる一個の『世界』など、数にもならない。


 ───天符『三千大千世界の主』

337黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:55:31 ID:lQG/D5qE0


「南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無ァ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 やがて白蓮の背後からは、後光と共に千手観音が現れ。渾身の連打を無慈悲にもお見舞いする。
 有り得ぬ錯覚を五分の視界で拾いつつも、DIOは防戦一方なりにザ・ワールドの障壁でそれらを防ぐ。

 無限の型から繰り出される掌打のラッシュ。白蓮が涼しい顔で打ち出すそれらの猛攻は、もはやスタープラチナと大差ない……いや、ともすればそれ以上の速度。
 重さでは承太郎に一歩劣るが、彼女のラッシュは拳でなく掌打……つまり破壊でなく脳を揺さぶる目的に比重を置いている。
 この矛の選出が、破壊に耐性のある吸血鬼DIO相手には正解の型でもあった。


 しかし。攻防は数秒ともたない。
 三千の光芒を降り注がせる白蓮の腕の内、たった二つの掌(たなごころ)。その両が、優しく合わさっていた。

 不思議な事に、ラッシュの合間に白蓮は『祈り』を終えていた。
 この攻防の何処にそんな余裕があったのか。全力ラッシュの隙間に、両腕を攻撃ではなく、まして防御でもなく。
 一見無防備とも取れる、祈りの型に差し出す余裕すらあったというのか。


 DIOの反応が、一瞬遅れた。
 時間にして須臾ほどの刹那であった筈というのに、白蓮の動きがひどく緩慢に映り、その上でザ・ワールドですら追い付けない可動速だったのだからおかしな話だ。


 半跏倚坐(はんかふざ)。
 右足を左足のもも上に組んで載せ、座する型を云う。
 加えて両の腕を、母性溢れた胸へ捧げ、祈りに。

 あろう事か彼女は。
 剣戟の最中に攻守を放棄し、瞼すら閉じながら瞑想した。
 世界をも置き去りにしていく、遥か短い一瞬の間際に。


「無数の掌は研ぎ澄まされし刀の一振。
 三千を一にて。一を雷切にて。
 下されし裁きこそ───紫電一閃」
 

 その祈りを、インドラの雷といった。


 屋内に、紫電が産まれる。
 至近で大爆発でも起こったかのような、凄まじい轟音。
 天井から床をくり抜き地下まで貫くほどの落雷が、人為的な祈りによって引き起こされたというのだ。
 火花散る千の攻防は、万の太陽を掻き集めた巨大な光芒が引き裂き、終焉の幕を下ろした。


 DIOが立っていた空間には、代わりに直径五メートル程もある大穴が口開いていた。
 炭化した図書館の床の底からは、黒煙と共に闇が吐き出されている。アレをまともに喰らったのでは、原型が残っているかも怪しい。

「DIO!」
「DIO様!」

 プッチも流石に声を荒らげた。ジョルノと交戦中であった蓮子も、手を止めて叫ぶ。
 一部始終を視界に入れていたジョルノはしかし、いち早く違和感に気付き、彼女の姿を探した。

(聖さん……?)

 居ない。強烈な雷光に数秒、視界が機能不全となっていた為、DIOと白蓮の姿が途絶えたのだ。
 段々と鮮明さを取り戻していく光景には、DIOは勿論ながら、そこに居るべき白蓮の姿までもが無かった。



「───まさか屋内で雷に遭遇するとはな。ただの脳筋女ではないようだ」


 意中の人物ではない声が、これ見よがしに響く。
 三千世界を叩き込まれた筈だ。たかだか一個の『世界』の、たかだか二本の腕などで。
 あれを退けた? 有り得ない。


「……時を、止めたのか」


 ジョルノの確信めいた問い掛けに、DIOは満足気な嘲笑で応える。
 男の眼差しの遥か向こうには、壁に激突したのか、蹲る白蓮の姿があった。DIOは瞬時にしてカウンターを叩き込み、彼女をあの位置にまで吹き飛ばしていたのだ。
 胸を抑え、吐血している。致命傷ではないが、引き摺るダメージだ。

338黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:56:19 ID:lQG/D5qE0

「しかし……なんと強堅な肉体だ。今のは即死させるつもりで打った全力の拳だぞ? 全く以て感服する」

 カツカツと足音を立てながら、DIOが白蓮へと近付いていく。
 皮肉を混ぜながらも、男は今しがた一撃を入れた聖女に対し、内心では畏怖の気持ちを僅かに覚えていた。
 時間停止からの心臓狙い。完璧に決まったかに見えたカウンターは、その実それほど効いてはいない。
 物理的な攻撃を馬鹿正直に続けていては、少々骨が折れる相手だ。あれも肉体強化魔法とやらの恩恵なのだろう。

 突出して厄介なのは、攻撃から攻撃に転じる非現実的な速度。
 それを可能としているのは、幻想郷縁起にも載っていた『魔人経巻』という巻物。理屈は不明だが、巻物を広げるだけで詠唱した事になり、魔法を発動するのに通常必要な『詠唱』という隙を丸ごとカット出来るという。

 あれだ。白蓮の持つ魔人経巻が、奴の繰り出す攻撃の起点となっている。
 スタープラチナ以上の攻速ともなれば、流石に苦戦は免れない。

 だが……それでも。
 聖白蓮は、空条承太郎には遥か及ばない。


「お前がどれだけ疾かろうが、このDIOの『世界』は追い越せん。祈りたければ、死ぬまで祈ってろ」
「……ッ! 魔人、経巻!」


 床へ這いつくばっていただけの白蓮が、たちどころに巻物を広げ上げる。
 ただそれだけの所作で、彼女は次の瞬間……迫り来るザ・ワールドの鼻面に膝蹴りを見舞い終えていた。

「……やはり、電光石火の如き瞬発力」

 到底人の身で辿り着ける境地ではない。決意に至るまでの道順こそ違えど、在りし日のディオと同じに人間をやめた彼女は、その対価に見合った肉体をモノとした。

 ただ一つ。人間をやめたという点で同類であった二人には、大きなベクトルの相違があった。
 『死』を極端に畏れたかつての白蓮は、若返りと不老長寿を手に入れる為に人間をやめた。
 若くして『人間には限界がある』という壁を悟ったディオは、石仮面により人間をやめた。

 善悪という論点を除外するならば、白蓮が『過去』へ後退する点に対し、ディオは『未来』へ前進する為に人間をやめたのだ。
 この差が、この戦いにおいて何を齎すという訳でもない。
 しかし少なくとも、DIOのある意味純粋な執念が形を得、具現した精神性が『ザ・ワールド』である事は間違いない。

 スタンドの有無。こればかりは覆せないハンデであった。

「───惜しむらくは、『波紋』にも『スタンド』にも精通せず、心得が無かったその不運よ」

 疾い。重い。堅い。
 それだけの話だ。白蓮にはDIOと拳交えるだけの、最低限の資格すら有していない。
 彼女に備わる唯一の資格など、DIOの血肉となる食事……それへと変わる下層の末路のみ。

339黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:58:28 ID:lQG/D5qE0


「初めの遣り取りの時にも思ったが……やはりお前は『スタンド』の特性をよく知らないようだ」


 顔面に叩き込まれた強烈な膝蹴りに、一ミリたりともの身悶えすら覗かせず。
 ザ・ワールドは、宙に止まった白蓮の足首を緩やかに握り締めた。

「……ッ!」

 白蓮の視界が180度反転する。捻られた視界を立て直すよりも早く、衝撃が背骨から貫通した。

 今度はザ・ワールドの鋼鉄の膝が、彼女の背にめり込んでいた。

(攻撃が……効いていない!?)

 初撃にあれだけの攻撃を与えておいて、ケロリとしていた時点で気付くべきだった。
 スタンドとスタンド使い。同じ寺の修行僧、雲居一輪と雲山の様な関係だと思っていたが……少し、勝手が違うらしい。


「大原則だ。───スタンドはスタンドでしか攻撃出来ない」


 突き刺さるようなエグい痛みと共に、白蓮の身体は宙へと浮いた。
 振り上げられるスタンドの拳。所謂、瓦割りの型を取ったザ・ワールドが、瓦よろしく彼女の腹部、臍の中心を猛然と殴り付けた。
 くの字となって床へ衝突した白蓮。痛みに喘ぐよりもまず、呼吸困難に陥る。
 朦朧とする白蓮の視界に映るは、スマートながらも隆々と盛り上がった金色の脚。

 マズイ。即座に両腕をクロスさせ、重力を帯びた攻撃に備えるも。


「つまりは、生身では基本的にスタンドへ干渉する事も出来んのだ。お前の攻撃を防ぐことは容易いが、逆はどうかな?」


 かかと落とし。脳天目掛けて振り落とされるそれを、非スタンド使いの白蓮に防御する術はない。
 クロスさせた屈強な盾すらも、DIOのスタンドはすり抜ける。盾の向こうには、白蓮の額が無抵抗に晒されていた。

 鉄塊に鉄塊を撃ち込んだ様な、思わず耳を塞ぎたくなる重苦しい音。
 先の紫電のお返しと言わんばかりに、DIOは極めて無遠慮に、相手の頭蓋へと鋼鉄の雷を落とした。

「が……ッ!」

 細く短い女の叫喚。
 如何な強化された肉体であろうと、人体の弱みへと立て続けだ。彼女の様子ひとつ見ても、鈍いダメージが蓄積されつつある事は明白。
 間髪入れず、ザ・ワールドのつま先が悶える白蓮の背と床の隙間へと入れられた。
 勢いよく真上へ振り上げられる脚と共に、彼女の身体は回転を強要されながら、再び空中へと放り込まれる。最早サッカーボールと変わらない扱いだ。


「せめて『波紋』くらいは身に付けていたならば、良い試合には運べただろうが……お得意の法力ではプロレスごっこが関の山か?」


 舞い上がるグラデーションのロングヘアが、乱雑に掴まれる。宙吊りの形でザ・ワールドに拘束された白蓮の眼前へと、DIOが立ち塞がる。

340黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:59:12 ID:lQG/D5qE0


「聖さんッ!」


 ジョルノは救援に向かいたくとも、アヌビス神を構える蓮子の邪魔を突破出来ずにいた。
 信じ難い事だが、ゴールド・Eをフルパワーで稼働させても敵のスピードや技術が遥か上を行っている。
 ジョルノ本体にダメージや疲労はさほど無いが、それは蓮子が時間稼ぎを主にした付かず離れずの立ち回りを展開しているからであり、思う様に攻めさせてくれないのだ。
 その上、白蓮を助ける為にこの場を無思慮に離れ、意識の無い鈴仙が狙われては本末転倒だ。
 更に悪い事に、あの妖刀は段々とパワーやスピードが上昇しているように感じる。
 恐らく戦う相手から学習し、無際限に成長するスタンドなのだろう。その能力を活かす為での時間稼ぎでもあるらしい。

(埒が明かない……こうなったら)

 決心を付けたジョルノが床を破壊し、無から有を生み出そうとする最中にも。


「さて。肉体派坊主の有り難い説法のお返しに、このDIOがわざわざスタンド教室を開いてやった訳だが……。
 そろそろ終わりとしようか。お前以外にもゴミ掃除は残っているのでね」


 長髪を掴まれ、宙吊りの白蓮へとDIOの魔手が襲う。


「……時間を、止められるもの……ならば」


 聖女の血を吸わんとするその指が、まさに喉元へと到達する間際。
 細々と呟く白蓮が、懐に隠し持った独鈷をサーベル状の形態に変貌させ。


「止めて、みなさ───」


 全ての世界が、同時に停止した。



「───ザ・ワールド。時は止まる」



 やはりだ。聖白蓮は、空条承太郎へと遠く及ばない。
 奴が相手であれば、こうまで露骨に接近し、時を止めるなどという単純なやり方は選べなかったろう。
 駆け引きを挟んでいないのだ、白蓮は。
 スタンド戦であれば用いて然るべき、間合いの取り合い。能力の考察。二手三手先を読み合う駒の奪い合い。彼女にはそれらの“探り”が殆どない。
 非スタンド使いというハンデを度外視しても、彼女のスタイルは清々しい程に愚直で、分かり易かった。
 なまじDIO以上の運動能力を持つものだから、かえって攻め手のパターンは絞りやすい。決して単調な技しか持たない訳でもないだろうが。

 所詮、このDIOの敵では無かったということだ。
 DIOにとって聖女とは、触らぬ神であると同時に、取り除かなければならない危険因子という認識でもある。
 厄介ではあったが、少し捻ってペースを乱しさえすれば……御覧の有様。
 時が止まった今、まさに煮るなり焼くなりであるが、この女相手なら少々煮ようが焼こうが、易々とは拳を下げないだろう。


「懐かしいな。百年前もこうして、ジョナサンの奴と拳で遣り合ったものだ」


 遣り合った、とは到底言えない、あまりに一方的な試合だったと記憶している。あの時はグローブを着用していたし、ジャッジも見ていたのだったか。
 だが時の止まった今。なんの気兼ねなく禁じ手を行える。止まっていようがいまいが、もはや関係ないが。

 暑苦しいファイトスタイルで攻める白蓮の脳筋精神に感化されたかは定かでないが、DIOはゆっくりと両腕を前に構え、静止した白蓮の前へと挑発するように差し出した。
 今となっては子供のごっこ遊びのようなもので、思い出すと苦笑すら漏れるが、ロンドンに住んでいた少年時代ではそれなりに嗜み、格好が付いていたように思う。

 昔も今も何も変わらない、ブース・ボクシングの構え。
 勿論、今回“も”対戦相手を再起不能にしてやろうといった、あの頃以上にドス黒い目的の上で。

 瞬きすら許されない白蓮の瞼。
 見る者が眩むほどの美貌の、その上からまず。

「顔面に一撃。そしてこのまま……」

 吸血鬼の底知れぬ怪力が、その面を潰さんとし。
 

「親指を目の中に突っ込んで……殴り、抜けるッ!」


 駄目押しに、もうひと工夫。
 この女はちょっとやそっと殴った程度では、こちらの拳が痛むレベルにタフだ。
 しかしどれだけ肉体を強化しようと、人には鍛えようもない箇所というものが幾つか点在する。


 眼球。


 正義の炎を燃やす彼女の瞳から、それを消し去らんと。
 かつて宿縁の男へと叩き込んでやった時よりも遥か膨らんだ、悪意。
 目頭に突き刺した爪先を、眼孔へ潜り込ませる。
 粘膜を破るぶちゃりとした水っぽい音が響く。
 そのまま突き入れた親指を、テコの要領で外へと掻き出す。
 まるで職人の魅せるたこ焼き作りのように、丸々とした眼球がヅルンと裏返った。
 目と脳を繋ぐケーブルの役目を果たす視神経もぶちぶちと引き千切られ、白蓮の右眼球がDIOの掌に収まった。

341黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:01:02 ID:lQG/D5qE0


「“目をくり抜けば天国へ行ける”……などと世迷言を吐き、気を違えた女が自ら眼球を抉った話があるが……さて。
 空洞となったお前の視界に『天国』は映っているか? 聖白蓮」


 ───そして時は動き出す。


「……っ!? 〜〜〜ぁ、ぐッ!」


 火薬を詰め込まれた爆弾袋が、一斉に花火を上げた。
 顔面に蓄積された痛みの爆発よりも、突如として失われた右半分の視界に、声にもならない絶叫を上げたくなる。

 白蓮は、しかし耐え切った。
 痛覚。五感の喪失。
 それらは修験者が荒行の中で自ら引き寄せる類の、強き戒め。
 本来そうあるべき痛みが、他人によって無秩序に与えられ蹂躙される。
 許される所業ではない。罪も無い、女子供にすら埒外の痛みを強要する〝悪〟は、絶対に放ってはおけない。

 そして、きっと。
 ここから我が意思が歩む道の先には。
 天国や極楽、悟りの境地など……有りはしないのだろう。


「……私、ごときの仏道の先に、『天国』は有り得ない……でしょう。
 貴方がたと共に、『奈落』へと……ハァ、ハァ……堕ちる覚悟は、出来て、おります」


 黒澄んだ血を垂らしながら、右目を失った白蓮の不完全な視界の先に、自らの顔面を抑えて苦悶するDIOが映っている。


 男は傷付いた左目と対を成すように、右目にも亀裂を入れられていた。


「……ッ!! 貴様、ひじり……びゃく、れぇぇん……ッ!」


 今までに見せていた全ての余裕が、男の表情から消し飛んでいた。
 時間が止められる直前、白蓮の握った独鈷がDIOの肉体に届く隙は無かった筈だ。
 時が動き出した直後に斬り付けられた? 有り得ない。
 確かにDIOには気を緩ませる素振りこそあったが、時間停止直後の弛緩など、最も油断すべきでない瞬間だという事は誰より重んじている教訓だ。まして相手はスタープラチナ以上の速度を持っている。


 眼球をひりつかせるこの斬撃は、いつ入れられた?
 DIOが最も注意力散漫となる瞬間は、いつだ?


「───聖、白蓮。キサマ、“まさか”……」


 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。


 それは、始めの白蓮の猛攻を受けたDIOが、彼女の凄まじい速度を身に受けて描いた印象だった。
 あくまで彼女は非スタンド使い。『ザ・ワールド』に直接干渉出来る術はない。

 しかし、限界を超えて到達する『光速』のその先の世界。
 先の、F・Fが入り込んだ十六夜咲夜と交戦した際にも同じ現象が起こった。

 『時の止まった世界』へ足を踏み入れる手段は、どうやら一つではないらしい。
 その上、この白蓮は……あの空条承太郎のスタープラチナと“同じタイプ”。


 同じタイプの……───!


「入門してきたのかァ!! 聖白蓮ッ!!」
「他宗派への入門は言語道断ゆえ、それは誤りです。本来ここは、私の『世界』なのですよ」


 荒修行もここまで来ると人智の及ばない領域だ。
 時間をも置き去りにして可動するスタープラチナと同等の理屈で以て、白蓮の速度はとうとうDIOの世界にすら追い付いた。
 速い。ただそれだけの馬鹿げたエネルギーを限界突破し、静止した時間の中をも跳ね回り、DIOへと返しの刃を突き付けた。

 こうなっては、本格的に彼女を始末せねばならなくなった。誰であろうが、時の世界への入門など許されるべきでない。
 戦い方も慎重スタイルへ変えねばならない。相手が時間の鎖に縛られないともなれば、戦闘に駆け引きを差し込めざるを得なくなる。
 白蓮が静止した時をも動けると分かれば、DIOの取る選択肢は大幅に狭まれるのだ。


 やはり、DIOにとって『聖女』とは禍であった。

342黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:02:50 ID:lQG/D5qE0


「問いを返します。DIO……貴方の閉じられた闇の視界に、『天国』とやらは映ってますか?」


 完全に右眼球を抉り取られた白蓮とは違い、DIOの右目の傷は深くはない。放ってもすぐに治癒が始まるだろう。
 だが一秒が命取りとなる戦闘においては、あまりに長過ぎる暗黒の時間。
 一時的に視覚不全となったDIOの鼓膜に、安らぎへ誘うような温和な声が鳴り響く。

「極楽浄土を目指すには、貴方はあまりに独善で、邪悪すぎる。身の程を知り、悔い改めなさい」
「また説法のつもりか……? 田舎のお香臭い坊主如きが、オレによくぞ垂れたものだ」

 右目が埋まっていた場所を空洞とさせながら、それでも白蓮は堂々と構える。
 傍から見れば、不気味極まる光景だ。
 苦を受け入れんとする格好が、視界を手放したDIOの瞼の裏にも焼き付くようだった。

 男は考える。
 この女は果たして……停止した時の中を『何秒』動けるのか?
 DIOの現在の限界停止時間は『8秒』。つい先程覚醒した奴の潜在速度がそれ以上とは思えないが、確かめねばならない。


「ザ・ワールド! 時よ止まれッ!」

「───スカンダの脚」


 時間停止。それは確実に成功した。
 それでも聖女の脚は止まることなく、DIOの門を蹴破ってきた。
 貫通不可の『世界』を盾にしようが、瞬間移動の如きスピードですり抜けてくる技はまさに疾風迅雷。
 塞がれた視界の中、縦横無尽に動き回る獣を捕らえるのは容易ではない。
 数発の鈍痛が、身体中の神経を一度に駆け回った。白蓮のあまりに疾すぎる乱打が、まるで時間の静止が一気に解放されたかのようにDIOの肉体を襲撃する。

「が……ッ!」

 視覚は無い。だが血の匂いや気配で分かる。
 気付けば、女は背後にまで回っていた。一瞬の間の後、肺の中の空気が暴発し吐き出される。
 刀の達人が対象を斬り付け、数瞬の硬直の後に血が噴出し両断されるという描写をよく見るが、アレと同じだとDIOは感じた。
 痛覚すらもタイムラグに置く打撃。彼女が通り去った空間には真空すら発生し、そのスキマを埋めようと周囲の空気が引き寄せられ、軽い乱気流をも産んだ。

 またも吹き飛ぶ吸血鬼の体。
 もはや単純な接近戦において白蓮の体術は、『世界』を弄べる領域にまで至りかけている!


『いい加減にしろ……暴れ過ぎだ』


 分厚い本棚をまるで障子紙か何かのように破って奥まで吹き飛んだDIOを追撃せんと、力を込める白蓮の背後より不気味な声が響く。

 全身におぞましい文様を貼り付けた、白い人型のスタンド。
 古明地さとりより話には聞いていたが……!

「……プッチ神父!」
「『ホワイトスネイク』!」

 先の果樹園での交戦により、その能力の一端は想像出来る。
 恐らく『遠隔操作』の類だが、肝心のプッチ本体の姿は見えない。あの負傷だ。騒ぎに紛れ身を隠したのだろう。
 即座に五感を研ぎ澄まし、隠れた本体を察知するべきだが、既にスタンドの腕は白蓮の額へと迫っていた。

 反射的に防御し、カウンターを企むが……

「しま……ッ!」

 防御の腕を透過し、ホワイト・スネイクの指が眼前に突っ込んでくる!
 スタンドはスタンドでしか干渉できない。ついぞ先程告げられたルールが急遽脳裏に浮かんだ白蓮は、咄嗟に首を後方へ逸らすも。
 白蛇の指先が白蓮の喉元を通過し、一回り小さいサイズの円盤がそこから生えた。

 白蓮の肉体に半端な物理攻撃など大して通じない事は散々思い知らされた。
 であるならば、プッチの『ホワイト・スネイク』は、ある意味では『ザ・ワールド』よりも上等な攻撃力を持つ。
 頭部のDISCさえ奪えれば、問答無用で相手を無効化出来るのだ。いわば、防御無視の効力を持つプッチならば、白蓮と戦うには『向いている』。


『記憶DISCとまではいかなかったが……奪ってやったぞ』


 一撃狙いのDISC化はギリギリで回避されたが、白蓮の喉を通ったホワイトスネイクは、僅かばかりの功績を挙げた。

「〜〜〜〜っ!? ───っ! ───っ!」

 懸命な様子で、白蓮は何やら喉元を必死に抑える。
 スタンドの指がちょっと掠った程度の接触。その鋼の肉体には全く傷にもならない筈。
 事実、抑えた箇所に異常は見られない。

 そこから失われた小さな円盤の正体は。

343黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:04:21 ID:lQG/D5qE0


(こ、声が……出ない!?)


 『声』を円盤化させ、盗られた。
 彼女は素知らぬ事だが、プッチはついさっきもDIOの『視力』を一時的に抜き取り、鈴仙の攻撃を無効化させるという奇策を披露している。
 右目を潰され、白く透き通るように物柔らかだった声をも失った白蓮は、敵のこの攻撃に潜む意図を察した。


 声が出せないという事は、どういう事か。


 俗に謂われる『スペルカード』という弾幕攻撃。
 幻想郷に住まうあらゆる少女達が好む遊戯に使用される、オリジナル必殺技のようなものだ。
 スペルと名の付くからには、呪文またはそれに類する手段を利用して作り上げる弾幕なのだが。
 少女達は、そのごっこ遊戯の中でこそ如何にもといった技名を宣言……つまりスペカを唱え多種多様な弾幕を描く。
 別名:命名決闘法と定められている以上、スペカの宣言は必要だというルールも確かに存在するが……実の所、弾幕を放つのにその宣言は必ずしも必要とはしない。
 あくまでルールの中での取り決めなのだ。命名決闘法の外であれば、わざわざ宣言するまでもなく不意打ちを狙うのも当然ながら自由なのである。

 要は、多くの少女達は技を放つのに『声』を発する必要が、実は無い。

 が、例外も存在する。
 聖白蓮。彼女を幻想郷の人外その他諸々の種族にカテゴライズするならば───『大魔法使い』だ。霧雨魔理沙やパチュリー・ノーレッジといった魔女系統もこれに相当する。
 呪文やお経を“読み上げる”行為を起点とし、肉体強化魔法並びに全てのスペカを発動させるスタイルだ。


 その彼女の『声』が奪われた。
 それはつまり、肉体強化含む全スペカが封印されたも同義───


「───魔法『魔界蝶の妖香』」


 縮小された視界の中、白蓮は悠然と敵を見つめ……


 ───唱えた。


 声は、まるで響かない。
 誰一人の鼓膜に、掠りともしていない。
 けれども、その唇の動きだけは確かに一つのスペカ宣言を成し終え。
 物陰に隠れながら彼女を窺っていたプッチには、不思議とそう聞こえた。


 プッチの狙いに誤算があるとしたなら。
 白蓮の操る『魔人経巻』……誰が呼び始めたのか、通称エア巻物にびっしり記された呪文には、読経の必要が無いという事だ。
 その特殊な巻物には、広げるだけで“読み上げた”事とする機能が搭載されていた。白蓮の速攻の秘密とは、まさにこれの恩恵に依る所が大きい。

(あの教典……思った以上に厄介だ! それに私の居場所がバレているのか……!?)

 紫色に光る蝶形の弾が所狭しと駆け巡る。その狙いは正確とは言えないが、白蓮がプッチの居場所を凡そ見当付けている事の証明だ。
 法力万全の白蓮の五感は鋭い。プッチにとって不運なのは、その五感の内、視覚と聴覚が半ば塞がれている障害が、却って彼女の感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませている事だ。

 白蓮から見て、右前方の本棚の後ろにプッチは身を隠している。
 事実上の即死効果を与える遠隔操作型スタンドを持ちながら、近接超特化型の白蓮の前に本体が身を晒すメリットは皆無。果樹園で交戦した際は作戦上、本体のみで迎え撃っただけだ。
 勢いに乗った白蓮に迂闊に近付く愚など有り得ない。教科書通りにプッチはスタンドのみを対峙させるも、彼女は遠距離攻撃すら充分なカードを揃えているらしい。まこと、大魔法使いの称号は伊達じゃない。

 それでも、スタンドを持たない白蓮から見ればプッチは脅威だ。スタンドを前に立たせるだけで、大概の弾幕の盾となってくれる。
 プッチの隠れる直線軌道上を翔ける蝶弾のみ、ホワイトスネイクが手刀で弾き落とす。こうなってしまっては分が悪いのは白蓮の側であった。

 全方位に広がる蝶の弾幕をものともせず、ホワイトスネイクはあっという間に白蓮の元に辿り着いた。
 彼女のDISCを確実に獲る為、視界の消失している右側から攻める。ザ・ワールドの拳とは違い、ホワイトスネイクの指は受ければ即・戦闘終了となり得る。

(避け切れない……っ!)

 DIOから受けた幾多の攻撃は、彼女の俊敏性を明確に奪う程の鈍痛をその足へ蓄積させていた。

 ホワイトスネイクの攻撃を、完全に回避しきれない。

344黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:05:39 ID:lQG/D5qE0



「ゴールド・エクスペリエンス……床板を『蝶』に変えた」



 突然、頭が割れ砕けそうな激痛がプッチの頭部を襲った。
 それだけではない。自らの額から『DISC』が半分ほど突出している。

「が……っ! こ、この現象は……!?」

 DISCが飛び出ているのだから、これはホワイトスネイクのDISC化能力が何故かプッチ本体へと『返って』きていると考えた方が道理だ。
 注視してみれば、白蓮と……そしてジョルノの周囲にはいつの間にか、紫色の蝶々がひらひらと踊るように舞っていた。
 白蓮の放った蝶形の弾幕『魔界蝶の妖香』と、ジョルノの創った蝶とが、互いに交差しあい、紛れるように飛ばされていたのだ。
 ホワイトスネイクは、その内の一羽を弾幕と見誤って叩き落としてしまった。


 ───ジョルノが産んだ生物には、『攻撃するとダメージがそのまま本体へ返る』という強力な能力が備わっているとも知らずに。


「あの神父は僕が叩きますので、聖さんはDIOをお願いします。あと“これ”……貴方の『目玉』ですので、嵌めといて下さいね」
「……!? ★●■〜〜〜っ!」


 声は全くとして出ていないが、白蓮の驚愕と困惑ぶりはその顔にも存分に表れている。
 なにせ先程DIOに抉り取られたばかりの自分の眼球が、野球ボールか何かのような扱いでジョルノから投げ渡されたというのだから無理もない。
 勿論それはたった今彼が手頃な物で創った目玉なのだが、ジョルノの能力を詳しく知らない白蓮は、そんな物を大した説明なく受け取ってしまった反動で思わず頬が引き攣った。
 そのトンデモ行為に、彼が以前ブチャラティから受けた仕打ちのトラウマが多分に含まれていたかどうかは本人のみが知るところだが。


「神父は……あそこか」


 反射ダメージの効果で、プッチの頭部からはスタンドDISCが半分飛び出ている。それにより、身悶えていたホワイトスネイクの像がノイズに紛れて消失した。
 これ以上ない好機。プッチは今、直ぐ様の反撃が出来ないという、スタンド使いにとって致命的な状態。

 ジョルノが駆ける。狙うは当然プッチ本体!


「させないッ!」


 この場で唯一手の空いた蓮子が、再度してジョルノの前へと飛び出た。
 周囲には夥しい数の蝶。下手に攻撃すれば自らの首を締めかねない事になるのは、今の攻防を見ていれば予想出来る。
 臆することなくジョルノが疾走する。不規則に漂う反射蝶を上手く避けて彼を斬り伏せるという事は、如何な刀の達人であろうと難事である。


「だったら、斬れないように……斬ればいい」


 蓮子が小さく呟くと同時。
 ジョルノの右肘から先が宙を飛び、全ての蝶が散るようにして消えた。


「───ッ!? ぅ、なに……っ!?」
「ジョルノさん!?」


 両眼と、消失したホワイトスネイクが落とした己の『声』を取り戻した白蓮の視界に飛び込んできた最初の光景は。
 鮮やかに振り下ろされた妖刀の輝きと、血飛沫と共に舞う少年の腕。
 蓮子の一振は確実に反射蝶ごとジョルノの右腕を通過した筈が、どういう訳かリフレクターが作用しなかった。

 物体透過能力。
 アヌビス神が持つ、厄介極まるスキルの一つである。
 ジョルノを護るように飛び舞う蝶の数々をすり抜けて無視し、対象のみをブッた斬る。
 こと“斬る”能力に関して、アヌビス神の力は本物である。

「『ガルーダの爪』!」

 重症を負ったジョルノと前衛を交代するように、白蓮は移動と攻撃を併せ持った蹴りを見舞った。DIOにも披露してみせた、爆撃を模した苛烈なるライダーキックである。

 それすらも、刀の峰で止められた。

 速さに掛けては他の追随を許さない白蓮の蹴りを、こんな少女相手に、だ。
 相手が人間の少女だということで、白蓮にも無意識下での躊躇は澱んでいたかもしれない。それにしたって、ザ・ワールドをも翻弄するレベルのスピードは易々と防がれるものではない。
 いや、それよりも……。

(この子……今、明らかに私を見ずして受け止めた!)

 白蓮の瞬速に追い付いたのは、少女の視線より刀が先だった。
 まるで刀そのものに意思があるかの如く、少女の腕をグンと引っ張って白蓮の蹴りを受けさせたように見えたのだ。

345黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:06:14 ID:lQG/D5qE0

(敵本体は『刀』の方……!? だとすれば……)

 刀に意識を奪われている。有り得ないことではない。
 今、こうして接近して分かったが、どうもこの少女……正気を感じない。
 いや、元来持つ正気が、上から悪の気に包み込まれているかのように朧気で薄明な意思だ。

 つまりは……少女に傷を付けず、刀のみを破壊しなければならない芸当が求めら───


「URYYYYィィイイァ!!」


 少女の不遇な環境に、一瞬胸を痛めてしまった事が仇となったか。
 戦場に復帰したDIOが、猛烈なパワーを込めて白蓮の左肩へスタンドの一撃を入れてきた。
 ミシミシと、全身の骨髄を伝播する重い痺れが彼女の動きを鈍くし、次に襲ったザ・ワールドの回し蹴りは、今までで一番に深く白蓮の身体へ食い込んだ。

「あ……!」

 今度こそ受け身すら取れず、白蓮は木の葉のように吹き飛ぶ。

「聖、さん……!」

 重症ながらも、ジョルノが隻腕のスタンドを起動させて白蓮をキャッチ。彼女の強力な近接戦闘術が一瞬でも戦線を離脱されれば、片腕のジョルノにこの猛攻を防ぐ術は無い。

『おのれ……味な真似をしてくれる……!』

 視界には入ってくれないが、プッチ本体が態勢を立て直したのか。
 ホワイトスネイクが側頭部を抑えながらも、再び発現して現れた。
 さっきみたいに反射の罠に二度掛かってくれるようなヘマはしないだろう。

「頑張った方だけど……ここまでよ」

 今しがたジョルノの戦闘力を半分削いだ蓮子が、アヌビス神の切っ先を向けて言った。失った右腕を作る隙など、与えてくれるわけがない。
 決して前線に出ようとはしていない彼女だが、ストレートに強力なのはあの刀だ。白蓮とDIOの戦いにジョルノがまるで介入出来なかった事から、その厄介性は伺い知れた。

「聖……そしてジョルノ。貴様ら二人だけは、絶対にここで摘まなくてはならない」

 DIOが横にスタンドを立たせて睨んだ。
 息こそ荒くなっているが、ダメージはそれほど入っていない。白蓮から断絶された右目も、いつの間にやら殆ど再生しかけている。


 囲まれた。
 二対三という数での不利は元々、白蓮の奮闘が限りなく上手く回ってこそ埋められた穴である。
 長期戦となれば劣勢に陥るのは当然。ましてDIOのみならず、配下の神父と少女の方も想像以上に曲者であるというのだから。

(紫さんは……さっきからまるで動いてないな。彼女の事だ、そうあっさりもやられないだろうが……)

 万事休すの状況に追い込まれ、逆に頭が澄み始めたのか。
 ジョルノの心中には、八雲紫の姿が浮かんだ。
 彼女に預けたブローチの位置は、館の一箇所から全く動かずにいる。
 ターゲットの人物を発見したのであればすぐさま外部に出る筈であるし、見付けられないのならいつまでも不動でいる意味が分からない。

 恐らく、向こうは向こうで何か『予定外』のアクシデントでも起こっているのだろう。

(何を僕は……あの人の救援でも期待しているのか?)

 自分らしくない弱音に、ジョルノはかぶりを振った。
 今までにもこの程度の窮地など、幾度となく経験してきたろう。
 どうもDIOの、“あんな話”を聞かされてから臆病になっている気がして。


 こんな時、ブチャラティならどんな声を掛けてくれるのか。
 ディアボロを倒して新たなボスの座に就き、組織パッショーネを一から洗浄していく過程で、彼の家庭事情をほんの少しだけ調べてみた事がある。
 幼い頃より両親は離婚。父親は麻薬絡みのいざこざにより、死亡。
 調査書によれば、当時まだ子供であったブチャラティはその時、襲撃してきたマフィア二人を殺害している。
 父を守る為に。そして父を奪った麻薬をこの世から消滅させる為に。
 ブチャラティは自ら闇の世界の住人となり、幹部にまで登り詰めた。

 力を持たない子供の彼であったからこそ、『父親』とは唯一の拠り所であり、依存すべき繋がりであったのだ。
 だから彼は、『父親』から憎まれ、手を下されそうになったトリッシュを命懸けで守ると誓った。

 ジョルノは……トリッシュと同じ存在だった。
 『父親』から目の敵とされ、命を狙われるという恐怖は……想像以上に人間を弱くさせる。

 きっとブチャラティならば。
 そんなブチャラティだからこそ、彼はジョルノをも救おうとするだろう。

 あの人はもうこの世にいないが、心の底から尊敬すべき人間であった。
 彼はあの時、ローマでジョルノに全てを託し。
 最期に……きっと、『夢』を叶えて逝ったに違いない。

346黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:06:47 ID:lQG/D5qE0


「僕はまだ───自分の夢を叶えていない」


 運を天に任せた上で全てを諦めては、勝利者にはなれない。
 DIOは想像より遥かに強大で、邪悪だった。
 準備不足は否めない。元より、ここは敵の本拠地だ。
 普段の自分であれば、時期尚早だとしてDIOとの決戦は見送っていたかもしれない。


 八雲紫の『夢』を語る、その純朴な瞳に。
 どこか……惹かれたのだろう。
 理由を訊かれたのなら。それが彼女に手を貸そうとした理由だ。
 そして。父親とケリをつける為に此処へ来た。


 誰しも───夢を語る時の瞳というのは純粋で、

 眩くて、

 清く、

 正しい光を纏うものなのだ。



「このジョルノ・ジョバァーナには……『夢』がある」



 黄金の髪を持った少年が、断固とした眼差しで宣言する。
 片腕となったゴールド・Eを隣へ並ばせ、DIOを睨みつけた。



「ギャングスターに、僕はなります」



 言葉の響きに、揺らぎなど無かった。
 傍で聞き遂げる白蓮にも、少年の持つ根底の強さが見て取れた。
 発された単語の意味は不明だが、少年の宣誓は白蓮にとっても、心地好い余韻を残してくれた。


「───ボーイズビーアンビシャス。……少年よ大志を抱け。外の世界には、こんな言葉があると聞いた事があります」


 少年の語る『夢』は、白蓮にも過日の大志を思い出させてくれた。
 少年でも、少女ですらないけども、自分にも『夢』と呼べる想いが今でもある。
 それを叶え遂げるまで、倒れる訳にはいかないのだ。

「私を使ってください、ジョルノさん。貴方はまず、腕の止血を……」
「易々とは治療させてくれないでしょう。僕の見ていた限りでは、聖さんと相性が悪い相手はあの神父の男です」
「……全員、私が相手取ります。その間に貴方は何とか……」

 白蓮のポテンシャルなら、多数相手でも時間稼ぎは可能かもしれない。
 だが、スタンドを持たない。それだけの事実が、戦況を大きく傾かせる致命的要因となりかねない。


「作戦会議は終わりか? 言っておくが、先程までのように『疾い』だけで翻弄できると思わない事だ」


 クールダウンを経たDIOが自信を顕にする。
 根拠の無いハッタリではない。男の自信は、揺るぎない経験の元に立ち上げられている。
 あらゆる窮地に即座の対策を導き出してこそ、百戦錬磨のスタンド使いたる所以。伊達に世界中のスタンド使い達を見てきたわけではない。
 きっと白蓮のスピードなど、すぐにも順応し対応を立てられる。

 どうすればいい。
 先ずは敵の陣形を崩したい。ホワイトスネイクに攻撃は通じない以上、そこ以外を突くしかない。


 白蓮は腹を決めた。
 魔人経巻を広げ、パラメータを一気に増幅させ。

 ジョルノが失った右腕の治療に取り掛かり。

 ホワイトスネイクが駆け出し。

 蓮子がアヌビス神を振りかぶり。

 DIOが叫び、時間を止める。



 その全てに先んじて、
 此処に立つ誰もが予想すらしなかった、
 弩級のアクシデントが、

 熱風の爆音と共に姿を現した。



 その凶兆の名を、ある者は『サンタナ』と呼称を付けた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

347黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:07:56 ID:lQG/D5qE0
『八雲紫』
【午後 15:36】C-3 紅魔館 二階客室


「聖がこの紅魔館に?」
「来ている筈さ。DIO達もそっちに出っ張らっちまってる」


 幻想郷がアメリカにあれば、この男のような時代遅れな服装をした人間がわんさか表を出歩いているのだろうか。
 取るに足らない事を思考の端に追いやり、八雲紫はホル・ホースから一通りの情報を頂き終えた。
 思い掛けない偶然に、命蓮寺の住職が単身でこの館にまで来ているらしい。無論、客としてでなく鼠として。
 狙いはジョナサン・ジョースターのDISCだという。DISCといえば青娥や鈴仙の手に入れた『スタンドDISC』が例に浮かぶが、それとは別種の物だろうか?
 その旨をホル・ホースへと訊いても、詳細は知らないと首を振った。

(また、ジョースターか。その家系、詳しく調査する必要がありそうね)

 最早ただの一参加者では収まらない『ジョースター姓』の秘密。
 なるべくなら全てのジョースターと接触を図りたい。尤も、ジョニィ・ジョースターは既に故人。彼をよく知る者がまだ生きている筈だ。


「……で、貴方は?」
「え。お、オレ……?」


 今考えても、答えなど分からない。
 それよりかは、今はホル・ホース。この男の見極め及び処遇だ。
 DIOの部下と名乗るわりには、会話や立ち振る舞いに奴への尊敬は感じられない。ディエゴが去った時には、既に『様付け』を早々に放棄している時点で、忠誠心は大してありはしないだろう。

 幾つかの質問(という名の尋問)を交わして理解出来た。
 彼は処世術に長けてはいるが、あくまで保身が最重要。悪い言い方をするならば、フヨフヨ漂う根無し草。だからこそ此処まで生き延び、だからこそ此処から先を見通せない。
 運やマグレで今まで生きてこれた訳では決してないが、このゲームに限って言えば、何か拠り所を掴んでいなければすぐにも野垂れ死ぬだろう。

 その“拠り所”とは、言うまでもない。

「聖白蓮。彼女が本当にこの館に来ているのなら、貴方にとってみれば千載一遇のチャンスでしょう」
「だからそれはさっき話したろう。オレぁ、建前上はDIOの部下やってんのよ。お前さん、オレがあのDIOの目の前で聖の姉ちゃんと話せってのかい?」
「なんならDIOを撃てばいい。射撃の名手なんでしょ?」

 勿論、そんな事でDIOが討てれば苦労はない。しかし問題は、このままだと白蓮の敗色が濃厚だという事だ。
 あの尼の強さは理解している。並大抵の妖怪はおろか、マトモにぶつかれば私ですら少しは手を焼く。
 しかしそれでもDIOには勝てない。実力どうこうでなく、『聖白蓮』ではきっと……『人間の持つ邪悪さ』には勝てない。

 彼女はそういう女だ。
 少なくとも、一人では勝てない。

348黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:08:40 ID:lQG/D5qE0

「下には多分、一緒にジョルノ君が居る。鈴仙も居る。そこに貴方が加われば、DIO相手にだって劣らないんじゃないかしら?」

 口では上手いことを言うものの、紫の見立てではそれでも過不足。ホル・ホースの実力はまだ不明なれど、DIOには届かない。

「なに!? み、味方が居んのかよ! 二人も!?」

 しかし紫の申し訳程度の煽てに、ホル・ホースは案外乗ってきた。
 DIOには勝てない、とは思うものの、戦力に加算があるなら白蓮らの足でまといにはならないだろう。
 紫とて、無駄な犠牲者など出したい訳もない。まして囮役を引き受けたジョルノ達のフォローに入るのなら、願ってもない援軍だ。

「表向きでもDIOの部下なんでしょう? 私が貴方なら、その立場を逆に利用するけどねえ」

 ポン、と背中を後押し。
 さあ人間。貴方の答えは?

「…………〜〜〜く、ゥゥーー……っ!
 だーーもうッ! わーった、わーったよ!
 行きゃイイんだろが行きゃあ!!」

 半ばヤケクソのよう。それでも頷いてくれた。
 及第点だ。これならば、後顧の憂いなく彼に『任せて』やってもいい。
 信用出来るか出来ないかで言えば、この男は信用出来ないに分類される。
 良い人間か悪い人間かで言えば、間違いなく悪い人間だ。

 でも、まあ……他に適役も居ないし? 時間も無いものね。

「つーか! 何でテメーがさっきから上から目線なんだよ!
 お前さんも来いよ! 同郷の奴なんだろ!?」
「あら、私にはキチンとやるべき事がありますのよ。貴方、レディを戦場に送る気?」
「あー? ンだよ、その『やるべき事』っつーのは」

 待ってましたその言葉。
 そう言わんばかりに溌剌とした紫の腕は、天に掲げたその扇子をある一点へと振り下ろし、指し示した。


 マエリベリー・ハーン。
 未だ目覚める気配の無い、白雪姫へと。


「この娘の『意思』の行方をざっと探してみたのだけど、どうやらすぐ近くには居ないみたいなのです」
「意思ィ〜? どうやって追ったんだよ」
「私と波長が似ているから難しい事ではないわ。
 そして……『追跡』するのも、ね」

 紫の指先が、メリーの肩に触れる。
 ツツーと、優しく擦るように指先が滑り、少女の頬が撫でられた。
 眠り終えた幼子を慈しむ母親のように、扇子の奥に隠れた口元がフ……、と緩む。


「これより、この娘が見ている『夢』を追体験……というより直に『侵入』します」

349黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:09:09 ID:lQG/D5qE0

 ひどく大真面目に言い放たれたその言葉に、ホル・ホースの顔は硬直へと囚われた。
 夢の中へ入る。そんなスタンド使いが、DIOの部下に居たとか居ないとか。
 しかし非現実的な話だ。それこそ夢見心地の気分でいるのではないだろうか、この胡散臭い美女は。

「あー……えっと、夢の中に、侵入。それも他人の」
「夢みたいな話でしょう?」
「なるほどね。オレもガキの頃、テメェの望んだ好きな夢を見たくて、色々実験したもんだ」
「あら、意外と可愛らしい幼少時代をお持ちで」
「だろう? まあ、出来るわけもねー。そう、出来るわけもねーんだ」
「出来ます」
「どーやって」
「……私の力、じゃあない。どうやらこれは……この娘の『能力』みたいね」
「……じゃあその娘も、スタンド使いか?」
「少し、静かにしてて」

 問答無用のお達しを受け、ホル・ホースは大いに不満な顔で口を噤んだ。
 外野の視線を難なく受け流し、紫の人差し指がメリーの閉じられた瞼にそっと重なる。



 ……。

 ………………。

 …………………………。



「入れそうね」
「マジか」


 何とも重たい無言の空気を耐え忍んだホル・ホースの耳に飛び込んだ第一声は、ファンタジーの肯定を示唆するような短い内容。

 メリーには、『境目が見える程度の能力』が備わっている。
 かつて結界を通じて衛星トリフネ内部に侵入した際、相棒の蓮子の目に触れる事で、自分の見ているビジョンを相手に『共有』させるという際立った能力を発揮していた。

 『夢』を他人と共有できるチカラ。
 その能力を紫が知っている訳がない。
 けれども、何故か紫の内には希望めいた確信があった。
 何となく……自分の姿にそっくりなこの娘とは、何もかも通じ合える気がする、という奇妙な確信が。


 その確信が、二人の関係を決定的なモノへと繋げてしまうという……ある種の『恐怖』も。


 意を決して紫は振り向き、そこに立つ男へと声を掛ける。

「ホル・ホース。貴方には、少しの間だけここを守っていて欲しいの」

 ギョッとした表情が、男の動揺の全てを物語る。
 予期せぬ要請。唐突すぎる申し出だ。

「ハァ!? なんでオレが!?」
「守って、というのは多少大袈裟ね。私が『向こう』へ行っている間、私本体は完全無防備になると思うの。
 だからその間だけでも、ここで見守っていてくれるだけで構わない。元々、彼女を守れっていうDIOからの命令があったんでしょう?」
「いや……だけどよォ、アンタがついさっき言った事だぞ。“聖白蓮に会いに行け”って……!」

 あれは方便みたいなもので、紫は単にホル・ホースという男の『底』を確認したかっただけだ。
 この場で白蓮に会いに行こうともせず、ひたすら保身にしがみつく軟弱な男であれば、この話を持ち出す気など無かった。
 渋々ながらも彼は、最低限の男気を見せてくれた。ならば少しは紫の期待には添えてくれるだろうと信用し。

「聖なら簡単にやられるようなタマじゃないわ。
 貴方が百人束になって掛かったって、あの尼には敵わない」
「……チッ。ここで見てりゃあ良いんだな?」
「ええ。でも、もしも…………いえ。何でもありません」

 歯切れの悪い言葉を振り払うように、紫はスカートを翻してメリーの隣へ立ち、おもむろにその身体を抱き上げた。
 部屋の奥に備えられたベッドの上へと彼女を横にして、自らも靴を脱ぎ、その隣に横たわる。


「それじゃあ、ちょっと神隠しに遭ってくるわね。
 あ、私が寝てる間にオイタは駄目よ?」
「るせぇ! とっとと行ってきやがれ!」


 茶目を見せながら、紫とメリーは互いに向き合うようにして。
 瞳を閉じ、メリーの閉じられた目へと触れた。


 それを合図に、部屋の中は静寂に包まれた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

350 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 21:10:17 ID:lQG/D5qE0
中編投下終了です。もう少し続きます。

351名無しさん:2018/09/15(土) 12:55:16 ID:ZFL3hUoA0


352名無しさん:2018/09/16(日) 12:48:07 ID:OjWtdSY20
ここでサンタナ参戦か。確変の勢いに乗って押し切れるかな

353 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:48:35 ID:fObrG55w0
投下乙です。
後編を楽しみにしつつ、合間に一作ゲリラ投下をさせていただきます。

354 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:55:33 ID:fObrG55w0
 目覚めてすぐ、ウェスは途方に暮れた。目の前の状況が飲み込めなかった。降り注ぐ雨から身を守ることもなく、濡れ鼠の様相を呈した姫海棠はたてが地に膝をついて泣いている。それはいい。ひとまず上体を起こして、ウェスは身震いした。眠っている間、冷たい雨に打たれ続けたことで、随分と体温が奪われていることも自覚した。それもいい。
 問題は、ウェスのすぐそばに、原型を留めなくなるまで頭部を執拗に破壊された凄惨な遺体が放置されていることだ。割れた頭蓋から滲み出た血と脳漿が溶けてできあがった赤黒い水たまりには、さしものウェスも生理的な嫌悪感を覚えた。

「なんだっていうんだ……いったい」

 あまりに意表を突かれたため、自分がなぜ雨の中野ざらしで寝ていたのか、戦っていたあの女戦士は、ふたりの神々はどうなったのか、そういう疑問を抱くまでに若干の時間がかかってしまった。
 数瞬の間を置いて立ち上がったウェスは、傍らの惨殺死体を見下ろし、その正体があのリサリサであることを悟った。遺体が身に纏う衣服や、ひしゃげた顔面のそばに転がったサングラスの破片に見覚えがある。間違いはないだろう。
 ウェスは項垂れて慟哭するはたての背後へと歩み寄った。

「おい、こいつはお前がやったのか」
「うぇっ……ひっく……うぅ……っ」

 期待した返事はなかった。けれども、ウェスからしてみれば、それは十分に返答足りえるものだった。この中途半端な女に、これ程冷酷で残忍な殺人ができるとは思えない。下手人はほかにいる。だがそうなると、いったいなぜリサリサだけが殺されて、自分が生存しているのかがわからない。

「おいッ、無視してんじゃあねェーぜ」

 紫色のフリルがあしらわれたはたての襟を乱暴に掴みあげる。はたては雨と涙と鼻汁とでぐしゃぐしゃに濡れた顔を、はじめてウェスへと向けた。駄々を捏ねて泣きじゃくる子供のようなその表情は、ウェスを苛立たせるには十分だった。

「チッ……そんなに泣くほどツラいならよォー……オレがここで終わらせてやってもいいんだぜ」

 バチバチ、バチ。大気中の静電気を操って、ウェスの腕から襟、はたての体へと微弱な電流を流し込む。はたての華奢な体が、びくんと跳ねた。

「ッ、嫌……!」

 電気に対する反射行動か、背中に折り畳まれていた羽根が瞬時に盛り上がり展開され、ウェスの腕を振り払った。弾き出されるように飛び出したはたては、そのまま飛行をするでもなく、ろくな受け身も取れずに水たまりに突っ込み、飛沫を上げて転がった。その際、顔面を強打したのだろう、ウッといううめき声が漏れ聞こえた。
 起き上がったはたては、顔を真っ赤にしながらもまなじりを決し、ウェスを睨め付ける。

「う……ぅ……」
「なんだ? その眼は……イッチョマエに文句でもあるってのか? このオレによォオ」
「もう……、もう、もうっ――!」

 堰を切ったように、はたての怒号がしんと静まり返った廃村に響き渡った。

「なんッなのよアンタはさっきからぁああッ! なんだってそんな風に意地悪言うの!? 私が助けなかったら、今頃そこの死体と同じように殺されてた癖にッ……なんで私アンタなんか、……アンタなんか見捨てて逃げればよかった……!」
「……なにを言い出すのかと思えば、随分とくだらねーことを言いやがる」
「なっ……くだらない、ですって!?」

 ウェスは小さく鼻でせせら笑うと、己の手荷物の中からワルサーを取り出した。雨に濡れることも気にせず、空の弾倉に予備の弾丸を装填してゆく。水に濡れた弾丸では命中精度も威力も大きく落ちることは理解しているが、ウェスからすれば関係ない。
 弾丸が装填されたばかりのワルサーの銃口を、ウェスは自分自身のこめかみに押し当てた。瞠目し、なにごとかを叫びかけたはたてよりも早く、ウェスは連続で引鉄を引いた。
 銃声は一発も鳴らなかった。

355雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:59:57 ID:fObrG55w0
 
「な……なっ、なにしてんのよアンタはァアアーーーッ!」
「見ての通りだ……オレは自分では死ねない。何度も試したからな……だから、ここで死ぬならそれでもよかった。助けてくれなんて頼んだ覚えはねえ」

 ワルサーに装填されていた弾倉を引き抜いて、中身を検める。雨に濡れたにしては異常な程、弾倉の中身は『濡れすぎて』いた。普通、密閉された金属製の弾丸の中身まで浸水することはあり得ないし、近年の拳銃であれば水中でもそれなりの殺傷力を誇る。この弾丸は、ウェスを狙ったその瞬間に、本来の役目を失ったのだ。
 役に立たなくなった弾倉を捨てて、新品の弾倉に詰め替えるウェスを、はたては凝視した。

「冗談じゃないッ……ふざけたコト言ってんじゃあないわよ、アンタ……死んでもいいですって? いまさらッ……いまさら! ここまで好き勝手やっておいて……そんな勝手なことが許されると思ってんの!?」
「それこそ今更だな……許される必要がどこにある? お前に言われるまでもなく……きっとオレが行くのは『地獄』だろう……『天国』へは行けない。だが……生きているからにはやらなければならないことがある。オレが『地獄』に行くのはすべてが終わってからだ」

 柄にもなく、ウェスはくぐもった声を出した。
 生きている限り、歩みを止めるわけにはいかない。どこまでも冷静に、どこまでも無感情に、ウェスは己の目的の為だけに他者を殺す機械となる。そして、喪ったものを取り戻す。すべてが終わって不条理が取り除かれた世界に『呪われた人間』は必要ないとウェスは思うが、厳密に言えば終わった後のことはどうでもいい。

「家族を殺して……参加者を皆殺しにして、それで自分も『地獄』に堕ちるっていうの、アンタ」
「そうだ。そして生きている限り、オレは前に進み続ける……オレを止められるのは『死』だけだ」
「……っ、狂ってる」
「お前は思っていたよりも『マトモ』だな。向いてないと思うぜ……新聞記者なんてよ」

 またしても、ウェスは笑った。
 あのイカれた記事を書いた人間が持つには、些かちぐはぐした『論理感』がはたての言葉にはある。なによりも、ことあるごとに涙を流すような中途半端さなら、やめてしまった方がいい。
 はたてはさも心外とばかりに立ち上がり、尖った双眸をウェスに向けた。涙はいつの間にか止まっていた。

「そんなこと、アンタに言われる筋合いないわよ。せっかくヤッバいネタを手に入れたっていうのに、このまま腐らせたまるもんか……アレも、コレも、まだまだ配信したい内容が沢山あるのよ。誰よりも早く、独占スクープでみんなの度肝を抜いて、あいつらをぎゃふんと言わせてやるんだ……あんたと同じように、私にだって止まれない理由がある」
「そうかい……だったら勝手にしろ。お前がどうなろうとオレの知ったことじゃあないからな……それで役に立たなくなったとしても『切り捨てる』だけだ」
「……アンタほんっとのひとでなしね。今更もう期待はしてないけど……あーあ、アンタのことなんて助けなければよかった」

 憮然として嘆息するはたてから、物言わぬ遺体となった女戦士へと視線を向ける。

「で、アレは誰がやったんだ」

 問うた瞬間、はたては再び表情を曇らせた。

「トリッシュって子が殺された時、近くで寝てた紫髪の子が……まるで機械みたいに、淡々と気絶した彼女を……言っとくけど、私が飛び出さなかったら、アンタも一緒にやられてたんだからね」
「そいつはどうも。で、お前は恐れをなして泣きじゃくってたってワケか」
「だって、仕方ないじゃない……あんな殺し方、異常よ。怒りも憎しみもなにもなかった。ただ、作業をするみたいに平然と……あんなムゴいことができるなんて」
「殺し合いを助長するような記事を書いているヤツのセリフとは思えねェな」
「別に殺し合いを助長しようなんて、そんなつもりはないわ。私はただ、みんながアッと驚くような記事を書きたいだけ」
「そうか……そいつは立派な心がけだな」

 思うところはあったものの、はたての思考回路の異常さちぐはぐさを一々指摘してやる義理もないので、ウェスはあえてなにも言わなかった。はたてが今のスタンスでいる限り有用であることに違いはないのだから、今はそれでいい。
 ウェスは興味を失ったようにはたてに背を向け、歩き出した。

356雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:04:27 ID:fObrG55w0
 
「――だが、お前のお陰でオレは『復讐の旅』を続けることができる……『地獄』行きのな。お前を『協力者』に選んだのは失敗じゃあなかったらしい」

 それは、多分に『皮肉』の含まれたいびつな感謝だった。
 はたては一瞬遅れて、歩き出したウェスの隣へと駆け寄ってきた。

「ね、ねえ、それ褒めてるつもりなの? ぜんぜん嬉しくないんだけど」

 ちらとはたての顔を見る。嬉しそうだった。まなじりにはウェスを糾弾するような色も見て取れるが、口角が微かに上がっている。
 過ごした時間は少ないが、はたての目的を聞いていると、どうやら人より『承認欲求』が大きいように感じられた。他者に認められ、求められることで、この女は自分自身の必要性を再認識するタイプなのだろう。
 視界の片隅に見える木とはたてを見比べて、吐き捨てるように笑った。

「少なくとも……お前じゃあなかったら、きっとオレは今頃死んでただろうからなァア」
「そう、そうよね……だったらもっと感謝しなさいよね! 私と私の書いた記事に」
「ああ、してるぜ、お前のおかげだ……(お前のおかげでこれからもっと大勢の人間が死ぬという意味だが)」

 はたては安堵したように息をついた。

「で、あのカミサマふたりはどうなったんだ」
「さ、さあ……戦ってたハズなんだけど、決着がついたのかどうかは。少なくとも、もう戦闘は終わってるみたい」
「……そうか」

 肝心なトコロで役に立たないオンナだな、とは思っても口にはしない。どうせ決着がつく前に怖くなって逃げ出したのであろうことは容易に想像がついたので、あえて追求する気にもなれなかった。

「まあ、どっちでもいい。生きていたなら、次会った時に殺せばいい話だからな……どっかでおっ死ぬ分には問題ねェ。そんなことより――」

 ウェスは曇天の空を見上げる。ウェスとはたての周囲だけ、雨は止んでいた。その空を、一匹の小さな影が通り過ぎていった。普通であれば虫が飛んでいる程度にしか思わないのだろうが、この会場においてそれは異常だ。
 なによりも、影の正体が虫でないことをウェスは見抜いていた。
 影は、まるでふたりを監視するように、付近の陋屋の屋根瓦に止まり、羽根をたたんだ。
 直径にして三センチから四センチ程度の、小さな翼竜だった。

「アレはなんだ……お前、知ってるか」
「そういえば、あちこち飛び回っていたみたいね……見たところ、あの『トカゲ男』の能力のようだけど」
「ほう……じゃあ、誰かの能力なんだな? アレは」
「うん。多分『触れたものをトカゲに変える』って能力だと思う。今は無事だけど、あの洩矢諏訪子もアイツにトカゲに変えられてたみたい」
「そうか……だったらよォ、お前、アレを撃ち殺してみろ」
「えっ……いいけど」
「頼むぜ〜」

 ウェスの意図を理解しようとするでもなく、はたては求められるままにカメラ付き携帯のレンズを翼竜へと向けた。翼竜をファインダーに収め、携帯電話のボタンを押し込む。

   遠眼「天狗サイコグラフィ」

 機械的に再現されたカメラの撮影音がカシャ、と鳴った。はたてが撮影したのは、陋屋の中心で羽根を休める翼竜の写真だった。写真に切り取られた四角形の空間を埋め尽くすように、紫色のお札を模した弾幕が大量展開される。
 鮮やかな紫が、淡い輝きを放ちながら翼竜へと殺到した。異変を察知した翼竜はただちに飛び立とうとしたものの、ろくな知性を持たない翼竜に、大量に飛び交うお札団弾すべてを回避するのは不可能だ。
 一発目が翼竜に命中した。弾幕に込められた霊力が弾けて、翼竜が高度を落とす。そこへ、二発目、三発目の弾幕が追撃をかける。雨に打たれながら、翼竜は一匹の昆虫へと姿を変え、地面に落ちていった。
 のんびりとした歩調で『翼竜だったものの死骸』に歩み寄り、指でつまみ上げる。

357雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:11:44 ID:fObrG55w0
 
「ミツバチだ……しかし少し大きいな。オオミツバチか?」
「これがあの『空飛ぶトカゲ』の正体……? ってことは、やっぱり姿に変えられてたんだ」
「ああ、決まりだな……コイツはスタンドで操られていた。せいぜい偵察係ってところだろう……オレがお前に情報収集を任せたようにな」
「ってことは、やっぱりあの『トカゲ男』がやったのかしら」
「誰の能力だったとしても、気に食わねェことだけは確かだぜ……『高みの見物』で情報だけもっていくヤツがいるんだからな」
「アンタがそれ言う?」

 ウェスの背後に、スタンド像が浮かび上がる。雲の集合体、気象の具現『ウェザーリポート』だ。

「ねえ、アンタなにする気なの」
「オイ、お前……『恐竜』がどうして滅びたか、知ってるか」
「えっ」

 はたては問いの意味がわからないといった様子で眉根を寄せるだけだった。

「実際のところ、恐竜が滅んだ理由には諸説あるが……定説として唱えられているのは――」

 話しているうちに、自然界では考えられないほど急激に、通常ではあり得ない速度で気温が低下しはじめた。
 絶えず降り注いでいた雨が、その雨脚を弱めてゆく。空から降る雨が、液体の形状を保てず、その姿を雪の結晶へと変えてゆく。ウェスの上空を中心に、雨が完全なる雪へと姿を変え、その寒波の並は徐々に広がってゆく。
 寒波は瞬く間に廃村全体へと伝播していった。

「――長く続いた冬の『寒さ』に耐えられなかったからだ」

 吐く息が白くなる。人間ですら凍えるほどの寒波を、ウェスが引き起こしているのだ。
 雨に打たれ全身を濡らしていたはたてが、両肘を抱えて震え始めている。ウェザーリポートは、はたてに向かって突進した。実体を持たないその像が、はたての体を突き抜け、そのまま通過してゆく。

「えっ、な、なに!?」
「ウェザーリポート……お前の体に纏わり付いた水分をトばした」

 宣言の通り、ウェザーリポートが齎した熱量は、瞬く間にはたての髪を、衣服を乾燥させていた。瞬間的にかなりの熱がはたてを襲った筈だが、元々の気温の低さと体温低下もあって、はたての体はそれをダメージとは認識しない。ウェスが、そうなるように調節した。
 かたや、ウェスの視界の隅を飛んでいた一匹の翼竜の高度がみるみる下がってゆく。さっき死んだ翼竜とは別の個体だ。そいつはそっと一軒の陋屋の軒先に羽根を下ろすと、体を丸めたままじっと動かなくなった。

358雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:21:54 ID:fObrG55w0
 
「雪の降るような『寒さ』の中では活動を止める……『何者であろうと』な。恐竜だろうと昆虫だろうと、その点は同じだぜ」

 あの翼竜はもう動けない。このままじっとしている限り、寒波に耐えられず徐々に体力を奪われ続け、いずれ支配が解けると昆虫の姿に戻り死に至るだろう。一匹一匹を点で潰してゆくのは骨が折れるが、面で活動を制限するのであれば、さほど集中力は必要ない。
 この殺し合いにおいて、情報は命を左右する要素にも成りうる。どこかでいい気になって楽に情報収集を決め込んでいる参加者がいるならば、ここでその手段は潰しておくべきだ。此方の情報だけが相手側に筒抜けになるという事態を今後防ぐために、ウェスはウェザーリポートを発動したのだ。

「アンタまさか、この会場中にソレをやる気なの」
「どうかな……今のままじゃあ、あまり広範囲に能力を及ぼせないらしい。本来ならこの程度の会場を寒波で覆うのはワケないんだが、くだらねェ制限ってのがかけられちまってるらしいんでな」
「うーん、なるほどねえ……でも確かに、そういう風に監視されたままっていうのは気持ち悪いよね」

 はたては腕を組んで目線を伏せる。暫し黙考したのち、おもむろに携帯電話を取り出した。キーを操作し、着信履歴を表示させる。
 二件、電話番号が表示されていた。新しい履歴の方に見覚えはないが、おそらくはたてが泣いている間に掛かってきたものだろう。今必要なのはその番号ではない。

「ねえ、その制限って……荒木と太田にかけられたやつよね」
「ここへ来てからだからな……そう考えるのは自然だろう」
「それ、解いてあげられるかも」
「なに?」

 はたては、画面に表示された電話番号を選択し、発信ボタンを押した。
 発信音に次いで、呼び出し音が鳴る。はじめて荒木がはたてに電話をかけてきた時に、彼らは非通知設定にする、といったことをしなかった。意図は分からないが、目の前に糸が垂らされているなら、掴んでみるのも悪くはない。
 十コールも鳴らないうちに、電話は繋がった。

『もしもし』
「その声、アンタは太田ね?」
『ンフフ、いかにも。まさか君の方からかけてくるとはねえ……わざわざかけてくるということは、なにか困ったことでもあったのかな』
「まあね……ちょっとお願いがあって。って、アンタたちにお願いするのも癪な話だけど」

 はたては自分の言葉の気軽さに驚いた。太田に対しては、どこか奇妙な懐かしさのようなものを感じる。面識など一度もないはずなのに。

『うーん、普通、こういうゲームの主催者っていうのは参加者個人の願いなんて聞いてあげないものなんだけどねえ』
「そこをなんとか、ねっ? 簡単なお願いだから」

 暫しの沈黙。電話の向こうから伝わる太田の息遣いからみるに、対応を考えている最中のようだった。
 
「これからもステキな記事書くからさ」
『ン〜〜〜……まあ、君には実績があるのも事実だからね。聞くだけ聞いてあげよう。叶えるかどうかは内容次第ということで』
「じゃあ、単刀直入に言うわね。ウェスの制限をちょっぴり解除して欲しいの」
『……は?』

359雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:22:37 ID:fObrG55w0
 
 ある程度は予想通りの反応だった。視線を隣に向ければ、ウェスも柄にもなく瞠目し、はたてを凝視している。気持ちのよい反応だった。今自分は、自分にしかできない仕事をしているという実感があった。

「といっても、自由にどこでにも雷を落としたいとか、殺し合いを有利に進ませたいとか、そういうズルがしたいわけじゃない。ウェスの能力を、この会場全体に行き渡らせるようにしてほしいってだけよ。具体的には、この雨が全部雪になるくらい」
『いやあ、それは十分ズルなんじゃないかな? 二つ返事でいいよと言えるような内容じゃないなあ』

 やはり、予想通りの反応だった。ここからが腕の見せどころだ。
 元より屁理屈を捏ねて記事を書くことを生業としているはたてにとって、理屈を捏ねることはさして難しい問題ではない。

「そうかしら? でもさあ、それってちょっと不公平じゃない」
『寧ろ公平さ。彼はそれだけの能力を持ってるからね。ある程度は制限しなきゃ』
「ふうん、なるほど」

 これでひとつ確定した。
 やつらは、参加者の固有能力に制限をかけられる。やつらの裁量ひとつで、行使できる能力の範囲は操作できる可能性が高い。もうひと押し、攻めてみようと思った。

「じゃあさ、会場中に偵察の……恐竜? を放ってるヤツはいいの? もう一度言うわ……私は別に『誰かを殺したい』とか『殺し合いを有利にしたい』とか、そういうことは考えてないの」
『なるほど……読めたよ、君の魂胆が。つまり、君とウェザーはその恐竜の動きを止めたいってワケだね』
「そういうこと。だって、会場中に偵察係を放って、ひとりだけ会場中の情報を得ているやつがいるのよ。私やウェスの情報も、たぶん握られてる。この殺し合いでそいつだけがみんなの情報を覗き見て立ち回れるなんて、こんなに不公平なことはないわ」

 太田はなにも言わない。構わずはたては続けた。

「そいつの能力に制限をかけろとか、そいつに罰を与えろとか、そういうことも言わないわ。ただ、そいつが能力を使って有利に立ち回ろうとするなら、こっちだって能力を使って対抗したいってだけよ」
『うーむ』

 押せばいける、とはたては思った。

「何度も言うけど、別に直接誰かを殺したいとか、そういうこと言ってんじゃないよ。ただ、ウェスが本来『できること』をほんの一部『できるように』してほしいだけ……そもそも、直接の殺しに発展しない『天候操作』って、そんなにヤバい能力じゃないんじゃない?」
『ふむ……それは確かに一理あるかもね。僕らとしては、会場全域に雷を落とすとか、滅茶苦茶な嵐を起こすとか、そういうことをされちゃ困るから能力に制限をかけたわけだから、雨や雪を降らすくらいなら、まあ』
「じゃあ」

 一拍の沈黙を置いて、太田は笑った。

『ンフフ……仕方ないなあ。主催者に直接コンタクトを取るなんて大胆な行動に出た君に免じて、今回だけは特別に許してあげよう。この電話以降、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては、範囲制限を解除するよ。あっ、もちろん吹雪とかもナシだからね』
「わかってるわかってる、そんなズル考えてないってば」
『それと、今回は特例ってことも忘れないように。いつでもこんな風に願いを叶えてあげられるなんて思われちゃ困るからね』
「それもわかってる。余程のことがない限りかけないから」

 きっと彼らは、はたての命の危機とか、そういう状況では助けてはくれない。今回は願い事の内容がルールに触れる箇所で、尚且つ論破できる余地があったから成功しただけだ。次以降はそうそう上手くはいくまい。

『それじゃあ、僕も忙しいから、これで切るよ。第五誌も楽しみにしてるからね……ンフフ』

360雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:10 ID:fObrG55w0
 
 受話器からは、ツー、ツー、と切電音が流れていた。
 はたては自信に満ちた表情で、ウェスへと目配せする。受話器から漏れる音で会話の内容を把握していたウェスは、未だ瞠目したままだった。

「おいおい……マジかよ、お前」
「マジも大マジ。ホント、私を『協力者』に選んでよかったわね」

 携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、はたては胸を逸らして破顔した。

「私がいかに役に立つ存在かわかったなら、これからはもっと私を丁重に扱うことね。そして私の記事を楽しみに待つこと」

 無言ではたてを凝視するウェスの視線が心地よかった。ここへ来てはじめて、乱暴者のウェスに対して主導権を握ったような気がした。
 高揚した気分のまま、はたては黒翼を大きく広げた。地を蹴り、翼をはばたかせて、はたては飛んだ。上空から、はたてを見上げるウェスを見下ろす。

「それじゃ、私はもう行くわ。こんなところでいつまでもじっとなんかしてられないもの。アンタも精々頑張ってね」

 小さくなっていくウェスに軽いウィンクを送る。ウェスははじめはたてを見上げていたが、すぐに興味を失ったように歩き出したので、はたてもそれに倣って彼方の空を見上げ、高度を上げた。
 体に纏わりつく雨が止んだことで、幾分飛びやすくなったように感じられる。代わりに冷たい雪が降るようにはなったものの、はたての体にはまだ、ウェザーリポートによって齎された熱が残っている。また体が冷え始める前に、どこか落ち着ける場所で暖を取って、ゆっくりと記事を書こう。
 まずは隠れ里での大乱闘と、二柱の神々の激闘を纏めた第五誌を発刊する必要がある。だが、その前に号外を出すのも悪くはない。

「内容は……号外『怪雨(あやしのあめ)到来!? 会場全域を覆う異常気象にご用心』……ってところかしら」

 雪降りしきる空を滑るように飛びながら、はたてはほくそ笑む。記事にするのは、起こった事実だけだ。ウェス本人を記事に取り上げるつもりはない。
 今日は傘を持って家を出ればいいのか、明日の天気は、今週の雨模様は。いつの時代も、気象に関する情報は誰だって喜ぶものだ。この記事は万人に受け入れられる自信がある。けれども、インパクトには欠けるから、号外だ。それは仕方ない。
 ウェスの能力が会場全域に広がるには、おそらく今しばらく時間がかかる。ならば、すぐに概要を纏めて配信すれば、この天気情報は何処よりも早い最新情報ということになる。
 きっと役に立つはずだ。読者の喜ぶ表情を夢想し、はたては自分でも気付かぬうちにあたたかい気持ちになるのだった。

361雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:50 ID:fObrG55w0
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里 付近 上空

【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)
[状態]:霊力消費(中)、人の死を目撃する事への大きな嫌悪
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:怪雨、寒波を纏めた異常気象の最新情報を号外として配信。インパクトには欠けるが、今まで念者の能力上書けなかったタイプの記事なので楽しみ。
2:その後、落ち着ける場所で第五誌として先の乱闘、神々の激突を報道。第二回放送までのリストもチェックし、レイアウトを考える。
3:ウェスvsリサリサ戦も記事としては書きたいが、ウェスとの当初の盟約上、ウェスのことは記事にできない? それとも、この程度なら大丈夫? 悩みどころ。
4:あの電話
4:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
5:『殺人事件』って、想像以上に気分が悪いわね……。
6:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
7:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第二回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第三回放送直前です。
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里
 
【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(大)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩に抉れた痕、服に少し切れ込み(腹部)、濡れている
[装備]:ワルサーP38(8/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:会場全域に寒波を行き渡らせ、恐竜の活動をすべて停止させる。
2:まだこの付近にあの神々がいるなら探してみるか? それとも徐倫が逃げた方向へ移動するか?
3:はたてを利用し、参加者を狩る。
4:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
5:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
 ただし、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては会場全域に効果を及ぼすことが可能となりました。雷や嵐など、それによって負傷する可能性のある事象は変わらず使用不可です。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。

362雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:28:11 ID:fObrG55w0
 
 
【全体備考】
※一日目 真昼――会場全域に寒波到来。程なくして全域で雨は雪へと変わることでしょう。

※ただし、ウェスのいるD-2から離れれば離れるほど寒波の到来には時間がかかります。
 また、エリアが離れるほど能力は大雑把になるため、エリアによって寒波の質や影響には差異が出ます。元となる雨雲にも影響されるため、雪が降らないエリアや、別の形で影響が出るエリアもあるものと思われます。
 逆説的に、ウェスに近付けば近づくほど寒波の影響は強くなるといえます。

※ワルサーの予備弾丸はすべて内部まで浸水し使用できなくなったため、弾倉ごと捨てました。D-2 猫の隠れ里 リサリサの遺体付近に放置されています。

363 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:32:04 ID:fObrG55w0
投下終了です。
またしてもルールに触れる箇所があるので、もしマズそうならご意見頂けると助かります。

364名無しさん:2018/09/18(火) 01:32:07 ID:Lhi613i60
はたて、何だかんだで可愛げはあるからそんな憎めないよね……
ウェスのまさかの恐竜封じに、ディエゴは何らかの対策は講じるんだろうか

365名無しさん:2018/09/19(水) 08:29:59 ID:P0Q.DKUc0
話変わるがジョジョロワ3rd全然更新されてないけどどうなってんの?

366名無しさん:2018/09/19(水) 10:01:06 ID:OciN0E3s0
>>365
ここでする話じゃないだろ
出てって、どうぞ

367名無しさん:2018/09/30(日) 11:16:03 ID:vuoUaS6M0
聖の拳がスタープラチナよりも速いってのはさすがに無理がある気がする。
原作で散々スピードの異常な速さについて言及されてたスタプラはともかく
聖に関しては別に速度が他の奴と比べてとびぬけて速いとかは聞かないし。
文がスタプラの拳を身をよじってかわすとかならまだわかるけど…

368名無しさん:2018/09/30(日) 12:40:32 ID:3uMPZULM0
>>367
星蓮船6面の超人「聖白蓮」内だと霊夢のホーミングすら振り切るし、
魔神経巻込みなら"ごっこ遊び"ですらない本気の速度で抜く事も可能…かもしれない

肉体強化って大雑把な言い方だけどかなりイカレ能力だからなぁ

369名無しさん:2018/09/30(日) 12:55:42 ID:N0b3Wc/E0
肉体強化すれば天狗より速いんじゃなかったっけ
無理って程でもないような

370名無しさん:2018/09/30(日) 13:13:48 ID:P939WirQ0
そろそろ5部のアニメも始まるしもう少しペースをあげていきたいといったところかな?

371名無しさん:2018/09/30(日) 20:18:54 ID:IZeo1aek0
投下が来たと思ったのにクッソどうでもいい雑談かよ

372名無しさん:2018/10/01(月) 21:30:37 ID:UjjojvM60
タワー・オブ・グレーに出来て聖白蓮に出来ないことなど無いのだ

373名無しさん:2018/10/02(火) 05:56:55 ID:DYO9zZIs0
他作品と共演して予想外の成長するのもロワの醍醐味だしそんないいんじゃない?
(正直いままでパッとしなかったキャラがいきなり大活躍の時点でフラグなんだし死に花位大目にみてやれよ)

374名無しさん:2018/10/02(火) 14:08:43 ID:gGipbNcM0
DIO様がコイツは絶対殺さなきゃって若干ムキになってる辺り逆に生存フラグな気もする

375名無しさん:2018/10/03(水) 00:55:09 ID:ovOxqifw0
雑談なら避難所でやればいいのに何故ここでやるのか

376 ◆qSXL3X4ics:2018/10/04(木) 18:06:30 ID:KBSZFcPc0
お待たせしました。投下します。

377黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:09:00 ID:KBSZFcPc0
『サンタナ』
【午後 15:47】C-3 紅魔館 地下大図書館


 気が付くとサンタナは、紅魔館内部に立っていた。
 本当に、気が付いたら立っていた、という他ない。

 ワムウに敗け、肉体がぐずぐずに崩壊していくサンタナを放心から引っ張り上げたのは、主の命令であった。
 勝利をもぎ取る事は成し得なかったが、ほんの僅かなか細い綱だけは何とか掴み取れたらしい。

 サンタナの挑戦は終わらない。
 相手取るDIOはたかだか吸血鬼でしかないが、格下であろうとそれは確かなる挑戦だ。
 歩みを止めた瞬間に、サンタナは今度こそ塵芥と化すかもしれない。
 だから……今はただ、余計な思考に流されず、目の前の道のみを辿ればいい。


 そうして彼は、胡乱のままにこの地へ立った。


 曖昧にぼかされた視界で歩んだ侵入経路は、聖白蓮がインドラの雷にて地下道にまでくり抜いた大穴。
 頭上から灯された光天に導かれるよう、虚無であった怪物は無心で穴をよじ登った。
 奈落の底から唯一の救いを求める為に、這い上がるのだ。

 縦に伸びた、暗い暗いトンネルはすぐに抜け出た。穴は至極短い長さで、大した労力も時間も掛からなかったが、サンタナの意識にとっては酷く冗長のように感じた。
 どうやら随分と開けた空間に来てしまったらしく、辺りはやけに騒々しい。

 その場所に、いきなり『居た』。


「───DIO」


 此処までの道程は一心不乱であったが故に、作戦や気構えといった心の準備を殆ど立てられていない。
 緊張しているのだろうか。こんな序盤で足踏みしている場合ではないというのに。
 『挑む』という行為がそもそも、サンタナにとっては馴染みが無い。彼が今までの生で働かせてきた暴力とは、戦闘というよりかは、集る害虫をまとめて踏み躙るような本能的衝動だ。
 それらとは一線を画するこの鼓動の高まりは、ワムウとの決闘前と似て非なるもの。

 未知への挑戦、だった。

 あのカーズを一撃で吹き飛ばした男。
 一目見てサンタナは肌に感じた。確かにその辺の吸血鬼とは、何かが違う。
 その『何か』を見極め、無事帰還し、主達に報告する事がサンタナの任だ。可能ならば、討って良しとも。
 重大な任務であるにもかかわらず、サンタナは与えられた命令そのものに対しては、さほど執着を感じてない。
 カーズの命令をこなすという勲章は、彼にとって一個の『手段』に過ぎない。あくまで大切なのは自分の意志にあり、そこを履き違えると本末転倒となる。
 ワムウとはっきり異なる点はそこだろう。命令に対する『感情』と『意志』……それぞれに傾倒する比重が、サンタナとワムウの対照的な部分だ。
 とはいえ、用意された手段が現状、DIO討伐ルートしか存在しない以上、失敗の許されない道であることも承知の上。

 迂闊な特攻は軽率に選ぶべきではない。
 只でさえカーズからは「鬼の流法は未成熟」と釘を刺されている。


(驚異なのはやはり……奴の『スタンド』か)


 触れた物に裂け目を生み出すあの人間の男との連戦は、サンタナの意識に明確な『警戒心』を齎していた。
 人間の非力な部分を補って余りある精神像は、脅威と呼ぶに相応しい我武者羅さをも備えている。
 それぞれには固有の能力があるようで、カーズは不意打ちとはいえリング外まで弾き飛ばされたと聞いている。

378黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:09:27 ID:KBSZFcPc0


 さて、どう仕掛けるか?


 サンタナを初めとする闇の一族の特徴として、知能の高さが挙げられる。彼の同胞らが戦闘において度々謀略を巡らせたり、奇策により敵を欺いたりする行為も、闘いの土壌には戦術(タクティクス)を敷いて然るべきという基本事項を理解しているからだ。
 一方でサンタナは、学習能力こそ人類の域を逸してはいるものの、その特異な暴力性は寧ろ原始的だ。
 秘められた肉体の力を、在るが儘に振る舞う。極めて単純で分かりやすい。それでも下等な人間から見れば充分におぞましく、化け物じみた能力であったが。
 つまり、前提として“考えながら戦う”といった経験が、サンタナには圧倒的に不足している。かのジョセフ・ジョースター相手にいい様に翻弄されたのも、戦闘に『思考』を持ち込めなかった事が原因だろう。

 柱の男の能力がなまじ強力である為、大概の相手になら無策でも圧倒出来る。
 頂点の種族という出自に胡座をかいて育まれた自惚れは、サンタナから駆け引きの妙を奪った。
 主達から見放された、主たる理由の一つであった。


「だが、それも今までの話だ」


 誰に掛けるでもなく、目前で演じられる激闘を眺めながら、サンタナは小さく吐き零した。

 居たのはDIOだけではない。
 他に数人。DIOの部下らしき人間二名と、それに対抗する男女二名。近くには、妙に長い耳の女が転がっている。

 このまま我関せずとばかり、試合をコソコソと観戦しながらゆっくりDIOの能力を考察する事も可能だろう。ワムウはともかく、あの主達ならばきっとそうする。
 それが合理的。難しいようなら、既にDIOと相当組み交わしているあの男女を尋問するなりすれば、もしやすれば望んだ解答は、考察するまでもなくあっさり手に入るかもしれない。

 無難だ。それらの選択肢は、なんの苦難も介さない無難な道。
 生きていくには、時には必要となる経路でもあるだろう。

 しかし、今に限れば。
 サンタナの踏破するべき、この険しき道の中途で選ぶべきは、決して無難で頑丈な石造りの橋上には無い。
 艱難を経て這い上がる崖の最上こそが、彼の目指す『柱』が建つべき、揺るぎない土台なのだ。

 共生を選ぶつもりなど毛頭ない。
 元より男は深淵に産まれた、孤独の身。
 誰であろうと……刻み付けるは『恐怖』という名の原点。

 かくして鬼人は、この戦場における完全イレギュラーな戦禍に化けて、宣戦布告の雄叫びを轟かせた。

            ◆

379黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:10:08 ID:KBSZFcPc0


「貴様……───」


 零れ落ちた一言は、DIOの妖艶な唇からであった。
 床を爆ぜらせる程に驚異的なロケットスタートを見せた怪物の容姿に、見覚えがある。

 カーズ。
 確か、数時間前にここ紅魔館にてディエゴと交戦していた化物の名だ。
 翼竜の情報では、特級の危険参加者だと聞いている。
 そのカーズと目前の男は、衣裳や空気が大きく似ていた。

(なるほど。奴の送った刺客か偵察といった所か)

 他には目もくれず、という程でもないが、この乱入者は戦地に現れると同時、DIOのみを瞳の中心に捉えて真一文字に突っ込んできた。
 ターゲットがDIOである事は瞭然である。

「稚拙だな。血の昇った猪とて、もう少し捻りを加えた突進を試みるぞ」

 一片の動揺すら漏らさず、ザ・ワールドが敵の突撃を身体で食い止め、続く蹴りの牽制で相手を引き離す。
 白蓮の速度の方が余程恐ろしい。彼女と比較すれば、こんな猪同然の獣を止めることなど、時を止めるまでもない。


「───オレは」


 わけなく振り払った獣が、両の拳をグッと握って僅かに俯いた。
 か細い呟きが、男の口から転がり落ちるように漏れて床へとぶつかる。

「……?」

 突如乱入してきたかと思えば、何をブツブツと。
 DIOだけでなく、その場の全員が同じように首を傾けた。

 振動する男の肌は、何処を根源として噴き出された震えか。
 その怪物は、またも爆ぜるように……吼えた。



「オレは……『サンタナ』だッ!!!」



 天を仰ぐサンタナの張り裂かれた喉元を震源地として、衝撃波が図書館を揺らした。
 そこいらに積もった塵が一斉に吹き荒れ、棚の片隅に積まれたままとされていた古本達がバタバタと音を立てて崩れゆく。

「……〜〜〜っ!?」

 倒れ伏した鈴仙、隻腕であったジョルノ以外の全ての人物が、何事かと反射的に両耳を塞ぐ。
 キンキンと鳴り止まぬ派手な耳鳴りを見越しての、即興音響兵器。そういう意図を持たせた咆哮ではないらしいことが、サンタナの鬼気迫る表情からは感じ取れる。
 マトモな意思疎通くらいは可能なようだ。未だ鼓膜に響く耳から手を離し、DIOは極力、苛立たしい声色を隠しながら会話を試みる。

「そうか……“サンタナ”。それで……貴様は何故、このDIOの前に立つ?」

 白蓮相手にも質した内容は、サンタナへも同じ言葉で投げ掛けられた。
 尤も、問うまでもない疑問だ。カーズの体のいい駒として使われた、都合の良い番犬。そんな程度の、聞く価値もないつまらん目的だろうなと、DIOは見下すように鼻を鳴らす。
 しかし今、不必要なほど高らかに叫ばれた名乗りの意味が掴めない。
 親交を深める為の“最低限”の礼儀作法として、DIOは見知らぬ相手にもよく名乗ったりはするが、今現れた暴君の咆哮は、お世辞にも交流を目的とした自己紹介には到底聞こえなかった。
 闘いにも作法はある。剣を交える相手への前口上として、堂々名乗りをあげる輩も少なからず居るし、自らのスタンド名を明かして攻撃を仕掛けるスタンド使いもその一環と言っていい。
 サンタナはそれらの、所謂『礼節』を重視するようなタイプと同列にはない事が、荒々しい言動や醸す空気から把握し足り得る。

 対敵へと名乗る行為、それ自体に彼なりの大きな意義があるのか。
 そう仮定するなら、サンタナが此処まで足を運んだのは、勅命なりを受けて馳せ参じたといった受動的な理由だとも単純に断定できない。

 DIOはものの一瞬で、サンタナにまつわる事情をそこまで看破してみせた。
 彼の人心掌握術が成せた業前という点も大きいが、サンタナの名乗りには、それほどに魂の込められた熱い感情が渦を巻いていたのだ。

 『名前』には、ときに不可思議な言霊が宿るものだというのは、白蓮とのやり取りでも分かるようにDIOの持論である。
 目の前の『サンタナ』とやらは、その理を理解しながら名乗ったのだろうか。
 DIOの思う所では、男のそれは凡そ本能に沿った行為なのだろう。
 漠然でありながらも、唯一彼にとっては重大な意図を占めるもの。本質を理解せずとも、遺伝子に残った感情が雄叫びを上げているような興奮状態。
 そういった意味ではサンタナとDIOの思想は、真逆のようでいて、根源的な部分は一致していた。

 不安定なままに、サンタナはDIOから問われた意味を彼なりに噛み砕き。
 うっすらと『自己』を主張する。


「何故、お前の前に立つかだと……?」

「簡単な事だ」

「“それ”が、必要だからだ」

「オレは、オレにとって必要なモノを取り返す為に」

「お前の前へと、立つ───DIO」

380黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:10:59 ID:KBSZFcPc0

 不敵に指をさされながら返された答えは、DIOを十全に納得させる内容には些か足りていない。
 全く曖昧で不躾な返事。理解しろという方が理不尽で、揃えて示すべき言葉が不足し過ぎている。
 向こうには何かしらの理由があるかのような言い回しだが、ハッキリ言ってDIOにはまるで思い当たる節もない。仲間から命令を受けた、とでも言っていれば余程納得出来たというのに。

 それ以上の確たる理由が、サンタナにはあるのだ。
 そしてそれは、既に述べられた。
 これ以上の詮索は、お望みでないらしい。


「……何やら懸命になっているところ悪いが」


 興味は、ある。
 しかし、今は時期が悪い。


「このDIOを名指しで指さしたからには、身の程を叩き込む必要があるようだ」


 ザ・ワールド。
 即座に時を1秒止め、戯け者の侵入者を真横から殴り飛ばした。
 サンタナは突如襲った衝撃を堪えること叶わず、軽い弧を描きながら図書館の壁に激突する。
 派手な光景とは裏腹に、手応えはほぼ無感触。カーズの時と同じで、物理的なダメージは奴の皮膚に吸収されるように虚となって消えた。
 とはいえ効いていない訳でもない筈。白蓮とは真逆で、柔軟な肉体構造が衝撃を散らす緩衝材の役割を担うといった所か。


「身の程ならば、よく理解して来たつもりだ。嫌という程にな」


 口元を吊り上げながら、サンタナは上体を起こした。
 五臓六腑に染み渡る程の衝撃だが、蝿にでも止まられたかのような反応には、流石のDIOも少々青筋が立つ。
 とうに理解してはいたが、この敵は人間ではない。近いところで吸血鬼にも思えたが、それとも少し違う奇妙な存在である。
 今更な話だ。ここには数多くの妖怪が跋扈しているのだから、それを考える行為など『無駄』とも言える。

 予想するに奴は、体面ではスタンドの秘密を暴きに現れた単体偵察の役目。ホイホイと時を止めようものなら、後々の進撃が予想される本隊との戦いに支障をきたす。
 そう慎重になるも、ジョルノと白蓮が既にザ・ワールドの秘密を知っている。奴らがここぞとばかりに一声あげれば、能力などいとも簡単に知れ渡ってしまいかねない。

 少し、面倒な状況だ。
 小さく舌を打ち、DIOがサンタナを鋭く見据える。

「DIO。あのサンタナとやら、恐らく……」

 プッチがDIOの思考と同調するタイミングで、背後より語り掛ける。

「ああ……プッチ。私が出会った『カーズ』や、君の話していた『エシディシ』。その仲間の一人として考えていいだろう」

 人伝いではあるが、聖白蓮や洩矢諏訪子が苦戦しながらも退けた男・エシディシ。ディエゴからも軽く聞いていた特徴を重ね合わせて、目の前のサンタナは十中八九エシディシの一派でもあるだろう。

「白蓮曰く、エシディシは相当の手練であり、何よりその能力が異常極まると聞いている。
 サンタナと名乗る奴も、同等の力量があるかも。……僕も手伝うかい?」
「いや、それには及ばない。それよりもプッチ……」

 白蓮といえば……。そう続けようと首を後方へ回しかけたDIOへ、耳に障るエンジン音が侵入した。

 サンタナに気を取られている隙に、白蓮とジョルノ……それに担がれた鈴仙が、倒れたバイクを起こして跨っていた。
 狙いは、逃走か。
 プッチはすぐさまホワイトスネイクを起動させ、阻止しようと迎撃態勢を取る。

「構わんプッチ。精々、一時的な前線脱却だ。奴らはまだ『目的』を何一つ達成出来ていない」
「……かもしれないが、見逃す理由にはならない」
「無論、奴らは必ず始末するさ。とはいえ……」

 暴獣の如きサンタナが、白蓮らと共同戦線を張るとは考えにくい。
 しかしちょっとした“弾み”で、ザ・ワールドの能力の秘密が白蓮からサンタナへと伝達する可能性は決して無視出来ない。
 その“弾み”は、なるべくなら取り除きたい。であれば、白蓮らとサンタナの分離はこちらとしても都合が良い。

 DIOの無言に込められた含みを察したのか、プッチもそれ以上動かない。
 そうこうする内に三人を乗せたバイクは、重量制限の規定を超過したままに、唸りを上げて出入口の扉を走り抜けた。
 後部に乗せられたジョルノが一瞬振り返り、DIOの視線と交差する。
 まなじりを細めながら彼らの逃走を見届けたDIOは、その後ろ姿がすっかり見えなくなると、肩の力を抜くように観念し、一言だけ呟く。


「プッチ。───奴らは任せた」


 その言葉は、DIOによる『ただ一人の友人』への信頼。
 同じ言葉でも、部下へ与える命令とは一線を画す、プッチにとって絶大なるエネルギーを働かせる言霊。

 神父は何も返さず、ただ一度頷き。
 闇を反射する駆動音を逃さないように、彼らの後をゆっくりと追跡していくのだった。

381黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:11:29 ID:KBSZFcPc0


「DIO様。私もプッチさんにお供した方が……」


 自らにだけ何の指示も無かったことに不安したか。控えていた蓮子が遠慮気味に意見する。
 肉の芽の効力には個人差がある。この蓮子という少女は、同年代の少女よりかは幾分か勇気も度胸もあるようだが、それもあくまで一般的な範疇に収まっている。
 花京院やポルナレフに比べたら、小突けばヒビが入る程度には脆い精神性だ。そのせいか、肉の芽の侵食率は抜群に具合が良い。
 主の命令が無ければ人形同然。そんな憐れな少女の頭へとDIOは、掌で水を掬うように優しげな手つきで撫で、ひと言囁いた。

「案ずるな。君は私の傍に居てくれ。その方がずっと安心出来るさ」

 年頃の女子が聞かされたなら、ややもすれば乙女心を揺れ動かすほど歯が浮く台詞だろうか。
 当然、言葉通りに軟派な意味を含めたつもりはDIOには無い。わざわざ蓮子を連れ添ったのも、『カード』は手元に伏せて置くという基本の兵法に倣ったからだ。

「蓮子。『メリー』はどうだ?」
「……はい。もう間もなく、堕ちるかと」

 視界の奥のサンタナを警戒しながら、DIOにとっては重要な懸念を訊く。
 肉の芽内部へ取り込んだメリーが完全にDIOの意思へ屈した後は、一先ず蓮子はお役御免となる。だからと言って用済みと断じ、わざわざ『始末』する必要性も無いのだが、いつまでも脇腹に抱えて動くのも億劫だ。
 今後の行動に影響する優先順位は、なるべくなら早い段階で詰めておきたい。
 心中、DIOは黒い笑みで算盤を弾いていると、蓮子が帽子に手を当てながら、「ただ……」と前置きして言った。


「メリーとはまた別の意思、のような者が私の中へと侵入してきています。一体、何処から……」


 その言葉を聞くや否や、DIOは喜色めいた驚きを浮かべた。
 『別の意思』……その存在に見当はつく。


 ───八雲紫しかいない。


(『鍵』は揃った。ここまでは……計画通りだ。後はオレの予想が当たっていれば……!)


 もしも運命というものが存在するのなら。
 それこそが、DIOなる男が打倒すべき最大の敵。
 DIOは今、立ち塞がる鬼峰に手を掛けている。
 未だ予想の段階であるが……この『幻想』が『現実』へと反転した時。
 一組の番(つがい)が、鏡合わせに出逢った時。


 きっと。
 『蛹』は……えも言われぬ美しき色彩の羽を羽ばたかせながら。

 空に広がる『奈落』へ向かって、堕ちるように翔ぶのだろう。


(メリー。貴様がいくら操縦桿を握ったところで……それを上から支配するのは───)


 空を飛ぶ為に、空を翔ぶ。
 かのライト兄弟など比較にならない程の偉業を成し遂げるのは、メリーではない。



(───このDIOだ)



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

382黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:12:19 ID:KBSZFcPc0
『八雲紫』
【深夜 00:03】E-2 平原


 鬱屈。この不愉快な微睡みを感情へと出力するのなら、その単語が相応しいか。


 天然の金糸を流麗に流し込まれた、国宝級と呼んでも差し支えない麗しの髪。
 黄金に輝けるそれを包み込むように支える草のベッドで、彼女は仰向けとなっていた。
 最低の夢見心地から覚醒しきった八雲紫を初めに迎え入れた光景は、仮初の幻想郷に植えられた自然の数々ではなかった。

 これより血に塗れるであろう大地。
 その地平でなく、遥か上の世界。
 天上に昇る星の海が、視界でひたすらに瞬いている。

 覚醒した八雲紫が最初に見た光景とは。
 夜が降りてくると錯覚してしまいそうなほど、眼前に広がる巨大な星空だった。

 たった今演じられた、最悪の公開処刑。
 それらが夢でない事など分かりきっている。
 故に、後味も最悪……だというのに。

 満開の夜空の中心に煌めき連なる、『七つの星』。
 言葉に出来ない、あまりに綺麗な輝きをぼうっと仰いでいると。



 不思議と、怒りも絶望も湧き出てこなかった。



 どこからか、喧しい四輪駆動のエンジン音が耳を打った。
 第一参加者がこの場へ接近して来ている事を紫が悟ると、星の煌めきを名残惜しむように、気だるげな様子でゆっくりと腰を上げた。
 愛用していた傘が手元に無いことに気付く。アレがないと、何だか落ち着かない。
 大方、支給品として適当な参加者に配られたのだろう。抜群に手にフィットする使用感以外、これといった長所も無い大ハズレの品物だ。手にしてしまった参加者には同情を禁じ得ない。


 心地好い微風が草花を揺らす夜天の下で、闇に溶ける紫色の衣装を翻し。

 幻想郷を愛す賢者は、最初の一歩を踏み出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

383黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:14:51 ID:KBSZFcPc0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:52】C-3 紅魔館 地下階段


「エシディシ、ですか」
「ええ。『サンタナ』と名乗ったあの者が纏う空気は、私が以前戦ったエシディシなる狂人と酷似しています」


 奈落の闇を抜け出さんと天へ伸びる、長ったらしい階段。
 比較的、急勾配に積み上がっている石の凹凸を、ノーヘル&三人乗りという無茶でバイク疾走する住職には、撤退を提案したジョルノといえど若干引いた。
 当然だが、階段というものは二輪で駆け上がれる構造では作られない。バイクのまま登るとなると、運転者に飛びかかる負担は降りる時よりも一層膨らむ。
 まして怪我人も無理矢理搭乗させているのだ。後部に跨ったジョルノは、意識の無い鈴仙が振り落とされないように抱え込む事で精一杯だった。
 蓮子から切断された腕は、現在治療中だ。暴走するバイクとの相乗りの最中で、という悪環境でなければ、もう少し余裕を持った治療に落ち着けたものだが。

「少なくともエシディシという男は、私と秦こころという手練が組んで、ようやく渡り合えたと呼べる程の強敵でした」
「あのサンタナも、そのレベルの力を?」
「……どうでしょうか。相当の『妖気』を秘めているのは確かですが」

 白蓮が青い顔で語るのは、戦いの疲労という理由だけではないだろう。
 ジョルノの目の前に突如現れた助っ人の白蓮は、傍から見ていた限りでは信じられない力を振る舞う気高き女性だった。
 その彼女をして脅威と認められたエシディシやサンタナとは、どれほどの男なのか。
 幸運にも、奴の直接のターゲットはDIOであるようだ。何の因縁が絡んでいるかは知った事ではないが、窮地の状況から逃げ出せたこの好機を見逃す手はない。
 DIO達から負わされたダメージは、無視できる量ではない。治療も兼ねた、一時撤退。あくまで一時的だ。

「あのスキマ妖怪がこの館に?」
「はい。僕と鈴仙の三人で、ちょっとばかし『人捜し』を」
「それで……八雲紫は今、どちらへ?」
「位置は感知してますが……さっきから動いておりません。敵にやられた可能性もあるでしょう」

 ジョルノが生命力を込めて預けたブローチは、あくまで紫の衣装へ身に付けた発信機に過ぎない。彼女の生死をここから判別する術は無いし、単に衣服から外れて落とされただけかもしれない。
 至急それを確認する必要があるのだが、十中八九、後方から追手が来ている。この状況で紫の元へ考え無しに駆け込めば、何らかの理由で留まっている彼女諸共乱戦を起こす可能性がある。
 そもそも囮隊として動いていた筈だ。上階へ出る事自体、リスクもあるが。

 まず優先するのは、追手の掃討。
 戦場を上階へと移した『別の理由』も、ジョルノの頭にはある。

「館の外まで脱出するのは、抜き差しならない状況にまで追い込まれた場合に限ります。
 プランAです。このまま上で待ち構え、迎撃しましょう」
「賛同します。私にも、取り返さなければならない物がありますから」

 より力強く、白蓮はハンドルを握り締める。
 荒々しく強引な運転が、彼女達に刻まれた傷へと揺さぶられ、骨身に響かせる。
 大魔法使い・聖白蓮といえど、貯め込む魔力は決して無尽蔵ではない。DIOとの肉弾戦では軽々と動き回っていたように見えたが、燃費の事など思考の片隅にも置かず、魔人経巻の力をフルパワーで作動させ、戦闘中は常時魔力全開の状態を続けていた。
 重ねて、幾らか叩き込まれたダメージも軽い質や量とは言えない。耐久力には自信があったが、相手がプッチであればそれも意味を為さず。
 ハッキリ言って、予想だにしない苦闘を強いられた。
じわりじわりとボディブローを貰ったような鈍い疲弊は、着実に澱んでいる。

 そうであっても、ここで退く選択は無い。
 ジョナサン・ジョースターの命が、後どれだけの時間保つのかも分からない。


 プッチ神父。
 彼とだけは、決着を付けなければ。


           ◆

384黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:16:40 ID:KBSZFcPc0


 冷たい雫が、頬を伝って顎先まで滴る。
 糸に垂らされたマリオネットみたいに縛り付けられた腕へと纒わり付く、無数の雨雫。
 濡れそぼった服が、その肌にべっとりとしがみつく。
 気持ちが悪い。
 でも、全身濡れるがままでいることなど……今の私にとってはどうだって良かった。

 身動きが取れない。
 全身の至る箇所に巻き付かれた『蜘蛛の糸』が。
 背中越しに私を宙へ貼り付ける『蜘蛛の巣』が。
 他のどんな粘ついた感触よりも気持ちが悪く、不快な気分に落とし込まれる。

 どんな過程を経て、今の状況に陥ってしまったのか。それすら思い起こす気が浮かんでこない。
 ただ気付けば、自分の体は蜘蛛に魅入られたように宙で拘束されて。
 背後で我が友人・宇佐見蓮子が、執拗に語り掛けてきているだけだ。


「メリー……。

 苦しいよね?

 寒いよね?

 だったらさ……私が、救い出してあげるよ」


 耳元で囁くこの声は、蓮子なんかじゃない。
 声も、姿も、蓮子そのものだけど、絶対に蓮子じゃない。そんなわけが無い。そうであって欲しくない。
 初めの内はそんな風にして、舌を噛みながら強く耐えていた。
 唇から真っ赤な血が一滴。ドロリと滴って、透明な雨と混ざる。

 痛かった。
 『心』というものが心臓の部位に存するとしたら、私の心臓は真綿で締め付けられているように息苦しく、悲鳴を上げるしか出来ない。

 灰色の空が嘲けながら、さぁさぁと涙雨を落とす。
 僅かに動かせる首を精一杯に上げれば、この小さな町を一望できた。
 長ったらしい石段の終わりに作られた鳥居は、ここが山の中に建てられた高所の神社だという証明。
 振り返ることは出来ないけど、背後には廃墟じみた神社の成れの果てが、もう訪れる参拝客の居ない現在を嘆くように佇んでいるのだろう。きっと。


 私はこの場所を、知っている。
 いつかの大晦日に蓮子と二人だけで訪れた……結界の薄い土地。
 あの日みたいに、遠くの何処かから除夜の鐘が響いている。
 鐘は、音の余韻を断たせることなく、永久を刻むようにして連鎖していた。
 絶え間なく頭に響くこの音は、まるで私の精神を洗脳でもするかのように、ひっきりなしに鼓膜を叩いている。

 気が狂いそうになる鐘の音の隙間から、ぬっとりと入り込むように。
 親友の嬌声が、洗脳を重ね掛けしようと囁く。


「メリー……どうして私を拒むの?
 私はこんなにも貴方を必要としているのに」


 雨に濡れた背中へと、ベタベタくっ付く彼女の腕は、まるで蜘蛛のよう。
 巣に招き、捕らえた蝶をじっくりと溶かしながら捕食する蓮子は……蜘蛛そのものだった。

「……私を必要としているのは、貴方じゃないでしょ」

 もはや嗄声同然の音をなんとか絞り出し、腕に纒わり付く蓮子へと皮肉混じりの言葉を投げかける。

「貴方は……『私を必要とする蓮子』なんかじゃない。
 『私の能力を欲しているDIO』よ。蓮子の意思じゃ、ないじゃない……」
「メリー。それは貴方の思い込みよ」
「思い込まされているのは、蓮子の方だわ……」
「ねえメリー? 今動いている自分の意思が、果たして本当に自分の意思であると証明する術はある?」

 その言葉はまさに、いま私が蓮子へと問い質したい証明の方法だ。
 私は私の意思で、確かにこの『場所』へ入ってきた。

 “勇気”を持ち、自分の“可能性”を信じてほしい。

 ツェペリさんが最期に遺したこの言葉を糧に、私は私に出来る可能性を信じて、こんな果てまで来たんだから。


「……少なくとも蓮子を含め、虚像だらけのこの世界に……『真実』は、私の意思だけ、よ」
「デカルトの方法序説かしら?」


 項垂れた私の首に、蓮子の腕が回ってくる。
 冷たい熱の肌触りが、私の意識を徐々に、徐々に絡め取っていく。


「『我思うゆえに、我あり』……。
 メリーは身の回り全て……私すらも疑うことで、自分の存在や意識を“確かに此処に在るもの”だと、何とか証明しようとしている。
 でもそれって、すっごく哀しい行為よ。信じられるのは自分だけって、私との友情を根底から否定するような話だもん」


 実の親友にそう受け取られてしまうのは、私とて哀しい。
 でも『この場所』においては……周り全てが敵。
 そんな中で、自分の心だけは排除できない。切り捨てては、駄目なんだ。
 疑う自分を自覚する事で、辛うじて私は自己を繋ぎ止められている。

385黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:18:38 ID:KBSZFcPc0


「自分の事しか信じられないってのは、物語の悪役が吐くようなアウトロー台詞よ。
 だとしたらメリーの足は、どうしてこんな所まで来たのかしら? たった一人で」


 それ、は……。


「“宇佐見蓮子(わたし)”を助ける為よね?
 ねえメリー。
 私は……『敵』?
 私は……『偽者』かな?」


 紡ぎ出すべき言霊が、喉から出ていこうとしない。
 いま、否定したばかりの『この蓮子』は。
 疑いようもなく、私の知っている『宇佐見蓮子』だから。
 朱に交われば赤くなる、なんて話ではない。いくら邪心を植え付けられようと、心を支配されようと。
 その体は、確かに私の親友のモノなのだ。
 彼女が『偽者』であったら、どれだけ救われただろう。


「うん。そうよねメリー。
 私は偽者でも作り物でもない。
 貴方の大切な親友……宇佐見蓮子なのよ。
 『この世界に真実は自分独り』だなんて……そんな哀しいこと、言わないで」


 私を惑わす甘い蜜が、耳の中からとろとろと流し込まれて。
 蜘蛛の毒を混ぜられた熱い蜜は、次第に私の全身を麻痺させながら血液と共に循環していった。


「思い出してメリー。貴方は他に頼る相手が居ないから、自暴自棄になって周りを排除しているだけ。
 だから、自分だけしか信じられない。
 だから、私の手を払い除けて殻に閉じ篭ろうとする。
 だから、蛹のまま。
 だから、一人じゃ何も出来ない。
 だから、『秘封倶楽部』って幻想にいつまでも縋り付く」


 背に絡んでいた蓮子は、いつの間にか私の目の前に移動し、黒墨を流し込んだような瞳を真っ直ぐに向けていた。
 見たくもなかった親友の、あられもない姿が否応に映り込む。
 四肢を蜘蛛糸に絡み取られている私はどうする事も出来ず、せめてギュッと瞼を固く閉じた。


「“勇気”……? 貴方のそれは、破れかぶれの末に振り撒く蛮勇なだけ。
 “可能性”……? 一つに狭められたけもの道は、可能性とは呼べない」


 真っ暗闇な視界の中、雨に濡れた両頬にそっと添えられる、暖かな指の感触。
 蓮子の添えた指は、私の冷えきった心を暖かく染め上げた。
 母が産まれた我が子を抱きしめるような、愛に満ち満ちた命の熱に……私は。


「もっかい訊くわね、メリー。
 “貴方は本当に、自らの意思で此処へ来たの?”」


 わ、たし……は…………


「違う。貴方は、そう思わされているだけ。
 本当は、喚ばれたに過ぎない。
 どんどんと削り取られた“可能性”っていう道が、
 最終的にたった一つにまで崩されて。
 貴方は、その道を“選ばざるを得なくなった”……
 それが、私たちがいる……この『世界』よ」


 私が、“思わされて”いる……?
 私が……“喚ばれた”……。

 それは───


「誰、に……?」


 孤独の世界に、私は途端に恐怖した。
 独りでいる事に、耐えられなくなって。

 頬の温もりが、愛おしく感じて。

 私はついに……、


 ───瞼を、開けた。

386黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:22:43 ID:KBSZFcPc0





「このDIOだよ。メリー」





 開けた視界に、親友の姿は無かった。

 私の頬を慈しむように触れていた、その手は。

 恐怖に負けそうになって、思わず求めてしまった、その温かな手は。


 ───DIOのモノだった。


「…………あ、……っ」


 心が、グルンと反転するような。
 そんな奇妙な感覚を、味わった。
 空を堕ちる浮遊感が、私の全身を雁字搦めに支配する。
 頬を伝う雫が、雨なんかではないと気付いた。

 涙、だった。
 何故。
 どうして涙が出てくるのか、分からない。
 それを考える余裕すら、今はもう。


「さあ……怖がることなんてないよ。
 私と『友達』になろう。きっと君の心は救われる」


 DIOの言葉が、私の理性をふるい落とす最後のスイッチとなって。
 もう何も考えられず。縋るようにして私は、彼の腕を取ろうと動いた。

 いつの間にか、私を縛っていた蜘蛛の巣はすっかりと剥がれ落ちていた。
 騒々しいくらいに聴こえていた雨と鐘の音は、いつしか掻き消えている。
 耳に入るのは、DIOの官能的とすら言える誘い詞だけ。

 マエリベリー・ハーンの意識は、奈落へと消える。
 たとえそうであっても、もう……どうでも良い。
 所詮、私はただの蛹だった。
 手足も、羽も、空へと伸ばすことすら出来ない。


 殻に封じられた……無力な蛹。



「───助けて、ください。……DIO、さん」



 せめて。
 まともに動く、この口で。


 私は、必死に彼へと助けを求めた。
 こんな苦しい気持ちから救い上げてくれる“DIOさん”を、乞うように。


 彼が最後に見せた───覗いた者を竦ませる程に強烈な『悪意』を帯びた表情を。

 私は……見ぬフリをして、彼の手を取った。

387黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:23:49 ID:KBSZFcPc0







「───罔両『禅寺に棲む妖蝶』」







 瞬間、頭に反射する声と同時。

 目の前のDIOが、灰天を裂く光によって割れた。

 それは、無数の蝶だった。

 まるで、幽々子さんの放つ弾幕みたいに綺麗で、自由で、圧倒的な蝶々の数々。



「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり」



 何処からか響いてくる声は、私自身の声質にひどく似通っていた。
 ただ……私の声には無い『色』が、その響きには含まれていた。
 一言で言って、妖艶。
 DIOとはまた違う艶やかさを持つ声が、鳥居の向こうの石段から姿を現してくる。


「詩を詠むのが好きな友人がいまして。
 生憎の涙雨に、ついつい私も人肌恋しくなってしまったようです」


 弾幕を放った者の正体が、頭部を裂かれたDIOの狭間の景色。その奥から、見えた。

 あれは。
 あの人は。


 ───私は、彼女をよく知っている。
 ───産まれる前から、とてもよく。


「人の心を喰い、弄ぶ邪悪の化身よ。
 此処はお前が踏み入れてよい領域ではない。

 ───消えなさい」


 女性の姿は、まるで私の生き写しのようだった。
 髪は扇子みたいに長く広がっていて、私なんかよりも全然凛々しい顔付きだったけど。


「……や、雲……ゆ、かりィ……!」


 弾幕が直撃し、DIOだったモノの形がいびつに歪んだ。
 蓮子とDIOの姿を交互に反復しながら、顔貌を煙のように変化させる“そいつ”は。
 女性が扇子の先を向けた途端、破裂音を響かせて一気に霧散した。

「きゃ……っ!」

 吹き荒れる風が、帽子を撫でた。私は反射的に頭を抑え、情けない声を漏らす。

 恐る恐る瞼を開けると、そこにDIOは居なかった。
 灰色に覆われていた空も今では、あまりの美しさに魂を奪われるんじゃないかと言わん程の黄昏に照らされている。


 空には、七色の虹が架かっていた。
 思わず、吐息を漏らした。

388黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/04(木) 18:24:39 ID:KBSZFcPc0


「綺麗な夕焼けね……。雨も上がって虹が架かってるわ。
 いつだったか、これと同じ虹を見た気がします」


 その人は差していた傘を丁寧に折りたたむと、眼下の町並みを眺めながら優しげな声で言った。
 逆光で見えにくいけども、夕影に覆われたその横顔は確かに……私と瓜二つだ。
 突然の出来事に混乱し、私は場違いな台詞を口走ってしまう。

「あ……ぁ、えと……私に、言ってるんですか?」
「貴方に私の声が聞こえてるんだったら、貴方に話してる事になるわね」

 彼女はまだ呆然と立ち竦む私に振り向きながら、首をチョイと傾けニコリと微笑んだ。
 女の私ですら、その笑顔に見蕩れてしまいそう。それくらい美人な人だった。


「お嬢さん。貴方は、昨晩の夜空を見ましたか?」


 お嬢さん、なんてくすぐったい呼び方に内心で照れを生みながらも、私は何とか訊かれた内容に応えるべく、昨晩の夜空とやらを想起する。
 が、状況が状況だけにイマイチ判然としない。昨晩は殆どの時間、背の高い竹藪に囲まれていた事もあって、夜空の星を楽しむどころではなかった。蓮子なら真っ先に星を仰いだんでしょうけど。


「私は七つに眩く、その星辰の美しさに惚けておりました。
 いま私の目の前に立つ、輝ける蛹の子……。
 昨晩の空は、その暗示の“一つ”だったのかもしれません」
「七つの、星……」


 黄金色に広がる夕焼け空。
 そこへ架かる、目を奪われる程に透き渡った虹の隣に。

 七つの星が、並んでいた。


「ねえ……マエリベリー。
 “他に頼る相手が居ない”というのは間違いよ。
 少なくとも、私は貴方を救いに此処まで来た。
 “自分の事しか信じられない”なんて哀しいこと、もう言わないで。
 貴方には、貴方を信じる友達が何人も居るのに」


 その人は、私の名前を呼んでくれた。
 どうして知ってるんだろう、とは思わなかった。
 不思議なことに……私自身も、彼女をよく知っている様な気がする。


「貴方はあのDIOの意思に喚ばれて、この世界へ来た。
 同様に……私も貴方に喚ばれて、此処へ来たの」


 女性が、畳んだ傘をヒョイと回転させる。
 その所作で一つ思い出せた。その傘は、私の支給品だ。


「これ? ふふ……私の傘、貴方が持っていてくれたのね。
 ありがと。これでも結構、気に入ってるのよ」
「あ……いえ。それより……!」


 そして、もう一つ……大切な事を思い出した。


「あ、あの! ……貴方の、名前は」


 そうだ。確か……小さな頃、私は『夢』の中で。


 ───この人に、会ったことがある。



「私? 私はね──────」





 これが私と彼女の。
 ……そうね。敢えて、こう呼ばせてもらうわ。


 私と八雲紫さんの“初めて”の出逢いだった。


           ◆

389 ◆qSXL3X4ics:2018/10/04(木) 18:27:15 ID:KBSZFcPc0
中編2の投下を終了します。
長たらしくて恐縮ではありますが、もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。

390 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 18:55:53 ID:DAf9RJjQ0
投下します。

391黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 18:58:44 ID:DAf9RJjQ0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 ほんの数刻前での事に過ぎない。
 この紅魔館の真下に広がる、地下シェルターとしても機能しそうな程に広大な図書館で、二人の男が激闘を演じていたのは。

 空条承太郎とDIO。
 世界に並居るスタンド使いの中でも一際抜きん出た能力を有す、天凛の才を発揮する二人だ。

 ひとつの気質として、スタンド戦というものは早々派手派手しく打ち上がる大花火とはならない。
 無論、“そうはなりにくい”という傾向に過ぎない話だが、例えば幻想郷で日常的に行われる『弾幕ごっこ』の方が余程派手で、見た目にも本質的にも如何に『魅せる』かが勝敗の大部分を占める。
 一方でスタンド戦は、案外に地味な応酬が続く事も多い。スクリーンの中で繰り広げられるような、大規模なアクションやパフォーマンスなど中々見れるものでは無い。

 しかし。
 例外中の例外と称しても良い例が、承太郎とDIOである。
 かのエジプトでも、カイロ市街の上空を駆け抜けながら拳の遣り取りを交わしたものであるし、先の激闘──承太郎の敗戦でも、同様のデッドヒートを経たばかりだ。
 彼らのような、直球に派手なスタンド戦を行える人種は珍しいといえる。薄暗い図書館のそこかしこに刻まれた死闘の跡が、その何よりの証明だ。


「WRYYYYYYYYYッ!!!」


 雄叫びとも絶叫とも聞き紛う、夜の闇の獣が喚声を轟かせた。
 闘争によってエクスタシーが誘発された、興奮状態に置かれたDIOの───吸血鬼の咆哮である。


「NUUUUOHHHHH―――――ッ!!!」


 また別の咆哮が空間全てを劈く。
 吸血鬼の遥か格上とされる、闇の一族。
 サンタナの金切り声が、吸血鬼のそれを凌駕した。

 怪物と怪物。
 此処に交わる二頭の暴獣が生み出す火花は、既にスタンド戦のような奇妙な静けさや謀略とは縁遠く、弾幕ごっこのような可憐さも欠片ほども無い。
 ただただ、敵を喰らう牙を以て、暴力的なまでの蹂躙を叩き付けるのみ。
 ある意味では、何よりも純粋な感情。神でさえ阻害する事は許されない、『自己』を守る為の闘い。

(だがそれは……奴のみが抱える事情だ)

 猛進するサンタナをスタンドの蹴り上げで蹴散らしながら、DIOは体面とは裏腹に心中、静かに観察する。
 このサンタナなる猛獣。彼の気迫には魂が込められていた。
 凶悪かつ荒々しい猛攻の内奥に秘められた、“脆さ”とも称せる一個の感情。
 その正体が、対峙するDIOには分からない。

(関係の無いことだ。このDIOには)

 獣のスペックは人外ならではの脚力と膂力を兼ね揃えた、まさに怪物の如しであったが。
 DIOは既に、承太郎や白蓮といった規格外のスピードスターとやり合っている。奴らに比べれば、このサンタナの動きは惜しくも一歩劣る、といった評価であるというのが、DIOの下した率直な見解であった。

 とはいえ。

「KUAAAAAAッ!!」
「ムッ!?」

 なんの学習もせずに突っ込んで来たサンタナの頭部を、ザ・ワールドが叩き割った───かに見えたが。

 クニォッ

 感触の柔らかい、どころではない。
 不可思議な擬音が目に見えてきそうな程、サンタナの頭蓋が内側にめり込み、DIOの拳は実質的に回避された。

(これだ。彼奴の、およそ理屈の通じない体内構造があまりに変則的。先が“読みにくい”……)

 本体の『盾』としても無類の万能さを誇るスタンドを切り抜け、頭部半分ゴム毬の形を描いたままにサンタナがDIO本体へと急接近してくる。
 どうやら『スタンドそのものに攻撃は通じない』という知能くらいは得ていたらしい。“獣”などという蔑称は撤回する必要があるようだ。
 間合いを詰め込んだサンタナは、敵を切り裂かんと双方の腕を振り上げる。
 舐められたものだ。そう小さく零したDIOは、すかさずサンタナの手首を掴み取って動きを封鎖した。

 が───。

392黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:00:22 ID:DAf9RJjQ0

(〜〜〜ッ!? お、『重い』……ッ!)

 事もあろうに、吸血鬼の腕力が圧倒されていた。
 単なるパワーでは、DIO本体の力は『ザ・ワールド』にも引けを取らない。矢の力でスタンドを得た今となっては、戦闘において昔ほど吸血鬼の力に依存する事も少なくなってきたのは事実だ。
 そのDIOが人間をやめて以降、恐らく初めて体験するであろう、吸血鬼をも超えた圧倒的なパワー。
 柱の男の秘めるふざけたスペックが、力比べに押し負けつつあるDIOの体を、足から順に床へ押し潰そうとしていた。

「ぐ……ッ! き、サマ……このDIOと、相撲でも……取る、つもりか……!」

 メキメキと、上から押さえ込まんとする膂力が、DIOの足を少しずつ床にめり込ませる。
 まるで上空からロードローラーでも落とされたかのような重圧に、次第にDIOは根負けを予感しつつ。

「スモウ……? 何だ、それは?」

 DIOとは対照的に、サンタナの顔色は涼しいモノだった。スタンドのもたらすエネルギーは相当なものだが、肝心の本体であるDIOの力は、やはり並の吸血鬼とそう変わらない。
 それを確信したが故の余裕が、サンタナの顔には浮かんでいる。

 余裕が見えるとはつまり、隙を覗かせたという事だ。
 押し組み合いに尽くされたサンタナの、あまりに無防備な背中から───世界の渾身の突きが二度、三度と連撃で入った。
 堪らず腕が離され、本棚の高い壁へと幾度目かになる衝突がサンタナを襲う。


「───相撲、とは。相手を土俵外へブッ飛ばす、もとい押し出す競技のことだ。因みに今の技は、相撲で言うところの『張り手』だな」


 めり込んだ両足を、何でもない事のように床板の下から持ち上げる軽快さは、DIOに積まれたダメージの軽量さを物語る。
 問題は足ではない。如何にも「それがどうした」と言わんばかりに余裕の台詞を吐いたDIOの視線は、今しがた化け物を掴んでいた両手を注視していた。

 ───溶けている?

 否。これは『捕食』の痕跡だ。
 僅かな時間であったのが功を奏したか。虫食いにやられたかのような指の痕は、使い物にはなるようだ。
 痛みも無かった。全く意識の外から、この化け物はぐずぐずと肉を喰らってくれたらしい。
 何と言っても、今腕を掴んでいたのはDIOの方であった。サンタナの手首を下方から掴んだ形では、相手の指先なり掌なりはDIOの皮膚に触れられる体勢とはならない。

「驚いたな。貴様は『皮膚』からでも捕食出来るのか」

 吸血鬼のDIOをして、全くもって不可解と述べずにはいられない。
 DIO達吸血鬼は、指先から吸血を行う。それ自体もあまり類を見ないスタイルであるが、例えば伝承に語られるような一般的な吸血鬼は大概歯先を当て、そこから血を吸うのがオーソドックスというものだ。
 しかし皮膚そのものから取り込む規格外の怪物が居るとは。

 目前に見据えるには歯痒い事実であるが。
 この敵──サンタナ、並びにその一族は。
 根本的に、吸血鬼よりも『格』が上等。
 考古学者ジョナサン・ジョースターは、かの石仮面のルーツを調べあげようと幾年もの月日を掛けていたが。

 そのルーツが……今、目の前に居るようだ。


(お前の求めていた『歴史』そのものが、このDIOの前に立っているぞ。
 なあ……ジョナサン)


 愚かで……尊敬の対象でもある友人の姿を脳裏に思い起こし、悠然と立ち上がってくるサンタナの姿と重ねた。
 本能で理解できる事もある。
 生物の歴史上に積み上げられた弱肉強食のヒエラルキー。その頂点に座するは、DIOではなかった。
 石仮面を作り上げた先人達がいる。とうに滅んだのであろうと、DIO自身軽く考えていた謎の存在が。
 ギリリと歯を鳴らす。不快な気分がDIOの頭頂から爪先までを駆け巡った。

 サンタナに、ではない。
 彼の同胞。石仮面を作った相手へと、である。

393黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:00:55 ID:DAf9RJjQ0


「石仮面をこの世に産んだのは、お前か? サンタナ」


 恐らく違うだろうと、あたりを付けながらもDIOは疑問を抱かずにはいられない。
 石仮面は、とてもではないが今の人類に作り出せるような技術から構築された代物ではない。
 オーパーツに近似する、理解を超えた高度な発明だ。医学的に人間の脳の大部分は、まだまだ解明に至れていない未知の領域だと聞く。
 完全に解明するには途方もない時間が掛かるだろうと言われるが、石仮面の発明者は脳を知り尽くした末にアレを産んだのだ。
 そして眼前のサンタナには、知性はあれどどこか幼稚な行動理論が垣間見える。
 到底、石仮面を開発したような天才には見えない。

「…………」

 サンタナの無言は、DIOの疑惑に対する否定の意。
 であるならば、はてさて。残すところはカーズかエシディシか、ディエゴの報告には『ワムウ』なる男の名もあった。
 是非とも、拝顔の栄に浴したいものだ。言うならば、今のDIOが在るのは石仮面を作りあげた天才のおかげでもあるのだから。
 謁見し、一言ばかりの感謝の意を示し、吸血鬼の更に上位種である力を存分に味見した後……その生首に石仮面でもコーディネートさせ、屋敷の便所にでも飾ってやろう。

「サンタナよ。私をお前の同胞に会わせてはくれないか?」
「会ってどうするというのだ」

 DIOの振り撒く言葉の種は、適当に躱しながら。
 馬鹿の一つ覚えみたいに、サンタナは踵から爆ぜらせながら駆ける。
 十二分に速い初速を生み出してはいたが、白蓮の速さに慣れていたDIOの前では脅威とまでは言えない。
 結果、何者をも呑み込む肉の拳は、本命に届くことはない。遠距離から鋼玉も撃ち込んではみたが、どう繰り出しても常にDIOの傍に立つスタンドが弊害となるのだ。

 ザ・ワールドの膝打ちが、サンタナの突進力へと反発するようにして、その顎の中心から捉えた。
 即座に粉砕されるべきである顎は、やはり弾力性を揃えた構造が全ての衝撃を逃がす。

「興味があるからな。かの石仮面を作り出した天才とは、果たして如何程に高慢ちきな輩なのか、とね」
「…………」

 口に出す事は憚られたが、サンタナのDIOへの認識は、主──カーズに向ける認識と一致していた。
 即ち……DIOとサンタナは『似た者同士』であるかもしれない、という感想だ。
 DIOという男は、一見紳士的に振舞ってはいるが、所々でその居丈高な本質を隠し切れていない。
 邪人カーズを気飾れば、そのままDIOが生まれるのではないかという程に両者は似通っている。
 であれば、カーズの従者であるサンタナからすれば、DIOを相手取るというのはどうにも遣りづらい。


「……少し、試してみるか」


 不穏な呟きと共に、サンタナの構えが変わった。
 変わったというよりかは、猪突猛進の具現であった今までの浅略的スタイルに、僅かな画策を持ち寄った『構え』らしい構えが加わった、というべきか。
 が、相も変わらず跳躍からの襲撃。互いにダメージが中々通らない泥仕合への予感に、DIOは半ば呆れ気味にスタンドを構える。

「試していたのは私の方だよ。少々、拍子抜けであるがね」

 化け物の攻撃を馬鹿丁寧に回避する必要は無い。
 スタンド使いにとって、非スタンド使いへの対処が如何に容易となりやすいかが、この万能な盾の働きを見れば明らかである。
 宙から注がれるサンタナの襲撃を、ザ・ワールドの全身が食い止める。そこから発生するカウンターの隙は、蓄積を重ねれば化物の膝をも着かせるダメージの起点となるだろう。

 無駄無駄。
 お決まりのセリフを響かせる、その瞬間。


 DIOの左腕が、胴体から削ぎ落とされていた。


「グ……ッ!?」


 想定外の負傷に悶える。
 サンタナが直接、DIO本体に飛び道具か何かを射出した訳ではない。
 奴は正面からザ・ワールドに飛び掛かり。
 効かぬと分かっている拳を、振り抜いた。
 その結果としてスタンドの左腕に一線を入れられ、本体の腕にもダメージフィードバックが作用したのである。

(何か……腕の中から『刃物』のような物が顔出したのが一瞬見えた。スタンドではない)

 攻撃の正体は不明だが、どうやら敵にはスタンドにも直接干渉可能な攻撃の手段があるらしい。
 単に無意味な突進を繰り返していたわけでなく、こちら側の意識に『無策』だと思い込ませる意図があったのだ。
 化け物なりに、浅知恵を使ったというわけか。

394黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:02:18 ID:DAf9RJjQ0


「いいぞ。配られたカードは全部使え。生半可な闘争心で、このDIOを半端に煽るなよ」


 激痛を意にも介さぬ調子で、DIOは妖しく笑む。
 殺戮を振り撒く二つの内の、一本が削がれたのだ。吸血鬼にとって腕の欠損など、大した損害とはならないが。
 しかし、この一秒の狭間では、あまりに致命的な戦力の半減。
 サンタナは、その隙を見逃さない。
 今の攻撃は致命傷を逸らされたが、連撃を叩き込むのに充分な隙は与えた。



「         ム…………ッ!?」



 サンタナにとって、DIOへ肉薄するまでの僅か一秒は。
 DIOにとっては、悠久に等しい時の刻みだ。

 今。
 サンタナが抜き身の刃で、世界の腕を斬り裂き。
 脇目も振らずに抜き去った、一秒未満の間に。

 ───後方へ置き去りにした筈のザ・ワールドが、眼前で右拳を握り締めていた。

 全くの無防備であった顔面に鋼の砲丸が撃ち抜かれ、意識の外から打撃を喰らったサンタナの体は、床に二度三度とバウンドしながら木製の机に叩き付けられた。
 今の“不意打ち”にしても、やはりDIOのスタンドは単なる超スピードではない。
 これは他の同胞にすら備わっていない、スタンド独自の特異性だ。
 能力バレを恐れてか。術の使用は最低限に抑えられているようだが、発動があまりに突発的。
 予知も対処も困難だ。気付けば攻撃されているようなまやかし、肉を喰らう暇すら与えてくれない。
 基本的に接近させてくれないのだ。サンタナとて多彩な形態で獲物を喰らう能力持ちではあるが、それらの芸風は直接的な肉弾戦メインである。
 肉片を飛ばして喰らうなどという小細工も、この男相手に果たして通用するのか。

 無残にも両断され、ガラガラと崩れ落ちる横長のテーブル。その下から、サンタナの巨躯がすっくと立ち上がる。
 じわじわと疲弊が溜まりつつあるのが実感出来る。このまま泥臭いファイトを続行した所で、自身の敗北する姿が鮮明に見えつつある。
 やはりというか、DIOの方にはダメージらしいダメージは見られない。
 たった今、体内に仕込んだ『緋想の剣』でたたっ斬ってやった奴の左腕も案の定、元の肉体に帰っていた。

 ふう、とサンタナは小さく嘆息する。
 成程。この敵は、最早ただの吸血鬼には収まらない。
 カーズが危険視するのも頷ける。よくぞまあ、これに単騎で挑ませてくれと懇願できたものだ。
 この挑戦に至るまでも長き葛藤はあったが、過去の自分を顧みれば、些か浅慮であったと思う。


 ───少なくとも……『流法』の獲得を経ていなければ、この段階でサンタナは絶望に塗れていたかもしれない。

395黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:02:49 ID:DAf9RJjQ0


「……時にDIO。お前は本物の『鬼』を見た事はあるか?」


 DIOの『世界』の真価もそうであったが、切り札とは迂闊に見せびらかすものではない奥の手。その上、長所と同じほど短所も見付かる形態変化なのも心得ている。
 故にサンタナは、今の今まで使用を躊躇ってはいたが。


「フム。残念だが……“此処”でも、鬼はまだ無いな。
 それとも貴様がそうなのかね? サンタナ君」


 この期に及んで舐められていると分かったなら。
 ここらでもう一丁、ハードルを超えねばなるまい。


「悪いが……オレは『成り損ない』に過ぎん。
 今はまだ、という意味だが」


 自然に浮き出た言葉は、まるでその存在に焦がれるような。
 間違いではない。好きに酒を食らい、自由に謳う彼女達へ焦がれたからこそ、サンタナはこの流法を獲得したのだから。
 そして、生物の頂点に立つべき闇の一族の『成り損ない』としてのサンタナが、自らを卑下するようにこの言葉を告げたのは、果てしなく大きな前進をも意味している。

 鬼の……ひいては『妖怪』の成り損ない。
 同時に、『柱の男』としての成り損ない。
 今やサンタナは、この中間に立つアンバランスな半端者でありながら、新たな自己を会得する旅の中途にいた。


「オレはこの流法に名を付けた。
 ───『鬼』の流法という」


 静かに告げた化け物は、今までとは異なる姿を招き寄せる。
 鬼の象徴とされる大角を生やし、敵を威嚇せしめ。
 額に萃められた極大の妖力は、『堕ちた化け物』から『這い上がる鬼人』へと変貌させる。
 隆々しい筋肉の鎧は、幾重にも強度を重ねたままに、体積のみを萎縮させ。
 地獄の釜から溢れ出たような血液の滾りは、肉体運動を異常な域まで加速させる。


 冠するは、鬼の異名。
 対するは、吸血鬼の帝王。


「DIO。お前は言ったな。“カードは全部使え”と」
「言ったとも。どうやら“鬼札”のお出ましのようだ」


 鬼人が不敵に、帝王を指差した。
 露骨な煽情に、帝王はあくまで余裕を保つ。


「“半端な闘争心で煽るな”とも、抜かしたな」
「ああ。暑苦しいのは、せめて意気込みだけにしておけ」


 前哨戦は終いにしよう。
 ここからは、僅かな時間で明暗が定まる。
 明暗──暗闇ばかりの『奈落』など、闇の一族の本来には似つかわしくないのかもしれない。
 そうだ。一族が目を背けた命題とは、カーズの説いた『夢』が……正しい本能の在り方だったのだ。
 星の胃袋で細々と暮らしてきた一族の弱腰に、カーズもエシディシもいい加減、嫌気が差してきたのだろう。

 だから、主たちは奈落から飛び出した。

 極めて矛盾するような話だが。
 太陽を───光を目指してこそ、我々は真に輝けるのではないか。

 帝王へと飛び掛る間際に、サンタナが一瞬だけ……脳裏に浮かべた『夢』を仰いだ。

 その『夢』は奇しくも、カーズの目指した究極生命体の姿と……一致していた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

396黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:03:34 ID:DAf9RJjQ0
『聖白蓮』
【午後 15:59】C-3 紅魔館 中庭


 紅魔館の敷地、その中央部に位置する小洒落た中庭。
 そこは館主が厭う日光を遮らない、陽に恵まれた土の園。怠け癖のある門番が毎日愛でていた庭園。
 花壇の住人にマンドラゴラが混ざっている事に目を瞑れば、悪魔の館にそぐわぬ女々しい場所であった。

 それも、命の芽吹く春の話。
 現在ここは、色彩が失せ、生命の肌を突き刺すように寒々とした風情と化していた。
 まるで、自然の檻。
 仄暗く、頑なに落ち続ける冬の白羽は、紅の館を白銀へと変えつつある。


「─────────………………。」


 白の絨毯に坐する聖白蓮。
 その形は禅を組み、厳しい自然と一体となる精神統一法の基本。
 バイクスーツとは防寒仕様の作りであるが、経緯が経緯だけに、その下には何も着込まれていない。
 格好と気温を考えれば、雪の直上で身動ぎ一つ見せない彼女の精神は、真に落ち着いた状態にあると言える。


「来ましたか」


 瞑想のさなかである白蓮が、唇のみを開けて語る。
 会話の相手は、静かに姿を現した。


『……その坐禅は、これよりこの土地へ流される血への懺悔。
 そう受取ってもいいのか?』


 雪上を這う白蛇───ホワイトスネイク。
 さくさくと、雅趣に富む足音を鳴らしながら、白蛇は僧侶と対峙した。

『それとも、やはり邪念は振り払えないかな?
 君ほどの大僧正でも、側近の死は重いものか』

 白染めされた土に残る足跡は二人分。
 白蓮と、ホワイトスネイクのもの。
 プッチ本体のものは無い。ここに現れたのは、スタンドのみ。
 そうでしょうね、と。白蓮は口に出さずとも、当然の帰結を心で唱えた。
 本体がのこのこ姿を現したならば、それは果樹園の時と同じ結果にしかならない。
 プッチは絶対に姿を現さない。スタンド戦に疎い白蓮でも、遠隔スタンド使いのイロハはある程度想像出来るところにある。

 あの時と違い神父は正真正銘、白蓮を殺すつもりでこの場に現れた。
 殺意で身を固める決意。
 神父のそれはきっと、今日この日よりもっと……もっと昔に、とうに済ませてきた儀式なのだろう。

 彼に比べ、白蓮は。


「……懺悔。……後悔。
 何れも、私の心の中で色濃く渦巻いているのは事実です」
『人間とは、そういうものだ』
「もう随分昔に、人は辞めたつもりでしたが」
『君は振りまく暴力こそ化け物染みてはいるが、私の目から見た本質は“人間”に見えるがね』


 淡々と交わされる会話。
 本来二人は、言葉によって人々を救う立場にいる者。暴力などという力に依り沿うべきでない。
 それを得ているからこそ、穏やかな気質で互いに語り掛け、説き合う。

「私が、人間。……否定は出来ないでしょう」
『随分と素直だね』
「そして───DIOもまた、人間に見えます」
『……そう思うかい』

 ホワイトスネイクの無機質な口が、真一文字に噤む。
 獲物を喰らう蛇のように貪欲で、白濁で、作り物めいた角膜。水晶体の見当たらない、薄らとした瞳が白蓮を中心に捉えていた。
 こんな剥製じみたスタンドでなく、プッチ本人の表情と相対したい白蓮だったが、それは叶わない。
 坐禅を極め、会話の間にも磨かれた集中力で以て神父本体の視線や息遣いを探ってはいたが、すぐ近くには感じられない。相手は白蓮に対し、相当の警戒を敷いているようであった。

397黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:04:23 ID:DAf9RJjQ0


 四秒か、五秒かの無言が続く。
 白蓮は未だ、坐禅を崩さない。
 神父も、続く言葉を待つのみ。


「貴方は、DIOをどう思っているのですか?」


 白蛇の貌は人らしい色を灯さない。
 しかし、スタンドの向こう側で操るプッチの相貌はその時、確かに感情が灯されたように思う。
 瞼を閉じ、瞑想状態にある白蓮の感覚が、その僅かな動きを感知した。

 スタンドでなくプッチ自身の心が、水晶に照らされる輝きのように、ほんの一瞬だけ───穏やかに鎮まった。


『DIO、か。
 私にとって、彼とは…………』


 雪を透き通らせる白蛇が、静かな空に耽る。
 まるで大切な『親友』を想う人間のように。
 まるで愛する『恋人』を憂う少女のように。
 まるで尊敬する『師』へ従う弟子のように。
 まるで崇拝する『神』へ祈る聖者のように。



『私は、DIOを──────。』



 一際冷めた風が、二人の間をひゅうと駆け抜けた。
 耳元を掠めて吹き去った寒風は、神父の言葉を上から塗り潰す程に鋭い。

 それでも、白蓮の耳には確かに届いた。
 嘘偽りないであろう神父の告白は、真の儘に、その尼が聞き遂げた。


「……奇妙な関係、なのですね。貴方と、彼は」


 やがて、白蓮の瞼がそっと見開かれる。
 柔らかな言葉で紡ぎ出された相槌に混ざる感情は。

 エンリコ・プッチへの、憐憫だった。

 白蓮が知るDIOという男の背景は決して多くない。
 スピードワゴンからの人伝で、まず〝悪〟の化物だという漠然とした話を聞かされ。
 実際にDIOを目の前にし、その話には何ら誇張の無い、どころか想像を遥かに超える邪悪の化身だという確信を得た。
 かつてスピードワゴンが、ディオを一目見て『生まれついての悪』と断じたように。
 白蓮もそれに続くことが出来た。DIOは“環境によって悪と成ったのではない”という更なる確信へ。

 しかし、ホワイトスネイクを介して感じ取ったプッチ神父の感情や告白を垣間見て、白蓮の認識に若干の齟齬が生じる。
 これでも多くの人間と触れ合い、人が持つ他人への意識を察する術を育んできた住職だ。
 懐疑を厭う性格が災いとなり、常人であれば目を背けたくなる程の醜悪な裏切りを経験した身であろうとも。

 プッチの、DIOへと向ける視線に。
 悪意や欺瞞は勿論、打算や不実の一切も混ざっていない事が、よく解ってしまう。

 いや、一切というのは言い過ぎたかもしれない。
 人間は、他人との関係に少なからず見返りを求めるものだ。神父とて例外ではない。
 少なくとも彼はDIOに、大きな大きな『期待』のようなものを抱いている。

 まるで『夢』を魅る少年のように。

 そしてDIOの側も、同じようにプッチへと何らかの期待を掛けていた。先に交わされた二人同士の会話や呼吸を見て、白蓮も漠然とそれを感じていたのである。
 この関係性を指して『奇妙』だという感想を抱いた。
 DIOとは間違いなく〝悪〟そのものだが、両者の関係という『絆』は言うなれば、何処にでも転がっているような平々凡々とした繋がりにも見える。

 ありふれた日常こそが、幸福。
 忙しない環境を生きることに必死の人間達は中々それに気付くことも少ないが、平凡さとは至上の有り難みなのである。
 本来であれば、DIOとプッチの関係は模範とすべき正しい姿勢だ。
 しかし。DIOは、黒すぎた。
 水は方円の器に随う。人は、環境や付き合う相手によって良くも悪くもなる諺だが。
 DIOという歪んだ器に魅せられたプッチは、彼の器へと注いだ水を覗き込み、歪に曲がりくねった自らの姿を水鏡越しに見てしまったのかもしれない。

 実に客観的な評価ではあるが、エンリコ・プッチという人間はDIOとは違って、環境で〝悪〟に染まった人間なのだろう。
 白く、純真な少年だったプッチは。
 血塗られた巡り合わせと、『神』の悪戯という環境に放り込まれ。
 徐々に……徐々に黒雫が垂らされる。
 歪んだ器に垂らされた最後の漆黒は、DIOとの出逢いによりじわじわと清水を染め上げていく。
 最早その水面には、純真だった頃のプッチの姿は映ってなどいない。

 然して、ここに一組の吸血鬼と神父の関係が誕生した。
 彼らに起こった背景など、白蓮には知る由もない。
 それでも。神父の本質に、今は亡き『純』の痕跡を見た白蓮は、彼に対して思い浮かべたのだ。

 憐憫、という一重の情を。

 この憐れみの気持ちを口や態度に出すのは流石に非礼に値すると、白蓮は敢えて『奇妙な関係』とぼかすような言葉を選んだが。
 どうやら神父は同情に類する彼女の意中を、白蛇の瞳を通じて汲めたらしい。
 彼は三歩ほど足を進め、その場へとゆっくり座り込んだ。坐禅を組んだ白蓮と同じ目線へ同列するように、胡座を掻いて仄めかす。

398黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:05:39 ID:DAf9RJjQ0


『───人間は後天的に〝悪〟を識るか〝道徳〟を識るか。
 貴方の中にある『悪』は……果たしてどこから生まれたのか』


 白蛇が坐して放った言葉は、かつて白蓮がプッチへと尋ねた文句をそのまま復唱した内容。

『君は確か、以前私にこう言ったな』
「如何にも」
『その言を借りるのなら。
 私の本来とは、性善説の下に生まれた一個の〝善〟であり。
 破滅の折、DIOという引力に寄せられ、心に〝悪〟を生んだ……と、なるな』
「別段、珍しい事例でもありません。
 語弊があるのであれば、お詫びします」
『いや…………概ね、その通りだ』

 雪に組み座る白蛇は、予想外なことに肯定を示した。
 以前に会話した時、プッチはまるで“自身が正しい道を歩んでいる”かのように、独善的な視点で語っていたからだ。
 我こそが正義だ、と言わんばかりに。鼻高くする訳でもなく、誇らしげに振る舞うでもなく。
 自分の信念を信じ切って疑わない。当たり前みたいに宣言していた。

 だが彼は今、白蓮の言葉に同調する意図を白状した。
 DIOを悪だと認め、彼に引き寄せられた我が心すらも染まってしまった。
 それを肯定する言葉を吐いたのだから、虚を突かれた白蓮は僅かに目を丸くする。

『DIOは“悪の救世主”と呼称される事もある。自分の部下からに、だ』
「悪の、救世主?」
『そうだ。彼を心から慕う悪人も少なくない。
 面白い事に彼自身も、自分を〝悪〟だとハッキリ断言している』

 つまり、DIOは悪人正機。
 昨今では、自らの正義を神輿に担いで争いを止めない愚かな人間が増幅してきているものだが、DIOのような人物は少し珍しい。

「成程。では、貴方は?」

 気になるのはDIOではなく、プッチの方だ。
 彼はどう見てもDIOとはタイプからして異なり、先述したように歪んだ正義感を揮う人物だと白蓮は思っている。

『例えば……殺人を犯す者が裁判に掛けられたならば、そいつは誰から見ても〝悪人〟に間違いないだろう。
 そして私も、命を奪う側の人間であるのは自覚している。そういう意味で、さっきは君の言葉に肯定したのだ』
「その言い方では、まるで“別の視点から見れば必ずしも悪とは限らない”……と、そう言っているようにも聞こえますが」
『白蓮。君は正しいよ。世の中の殆どの人間は、私の行為を見れば〝悪〟と罵り、殺到しながら指弾しようとする筈だ。
 歪められた報道の向こうの安全地帯で、民衆という弱者の立場をいい事に“これは正義の糾弾だ”などと、自己満足を満たす為のみにのうのうと正義の真似事を行う』

 裏を返せば、白蓮も所詮はその民衆の一部。
 その程度に過ぎないと、言外に指摘されたようだった。

『だが……君の、そして世間一般での〝正しさ〟という象徴は、別のマイノリティー……或いは声を掲げる力すら無い“真の”弱者から見れば、絶大な〝悪〟に映ることもある』
「一理、ありましょう。私共の仕事とは、それら偏った均衡を可能な限りまで釣り合わせる事ですので」

 白蓮の即答には、確固とした信念がある。
 人も妖も等しく救う『絶対平等主義』を謳う彼女の目的こそ、腐敗の一途を辿る妖怪社会の消滅を防ぐ、彼女なりの手段なのだから。

 元より同意を欲しがって語ったつもりなど白蓮には無いが、ホワイトスネイクは彼女の目的を聞くが否や、首を横に振った。
 呆れているというよりは「そんな事が出来るものか」という、にべもなく決め付ける様な態度であった。

399黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:06:17 ID:DAf9RJjQ0

『“可能な限り”と君は今、言ったが……。所詮、それが君たちの限界だよ。
 “出来るだけは頑張ろう”と、初めから完遂を目指そうとせず、不可能なハードルには予め布を被せる。
 半端な意志で、半端な目標を達成し、半端な信仰を得て生の糧にする。
 それでも幻想郷などという狭き庭なら、それなりの結果は期待できるだろうがな』
「揚げ足を取るのは止めて頂きたいですね。我々は仏教という形で〝正しさ〟を広める……もとい、説いております。
 そして手段は違えど、幻想郷の至る派閥や有権者達も、最終的な理想は皆同じ地点に在ると信じてます。
 貴方がたから見ればこの囲いは実に狭く、脆く見えましょうが、此処が私達の住む国なのです」


『成程。では聞こう。
 その幻想郷を遍く統べる派閥者とやらの理想に、人間側の意志は本当に在るのか?』


 今度は、即答出来なかった。


『お前は本当に、“人間”と“妖怪”の目指す最終的な理想──つまりは〝正しさ〟が、同じ地点に存するとでも信じ切っているのか?』


 人間と妖怪は、互いに手を取れる。
 白蓮はそれを信じて、人々を導いている。
 だが幻想郷のシステムは、彼女の思想とどうあっても剥離してしまう。
 両派が反目し合ってこそ成り立つバランスの囲いなのだから。
 妖怪にとっても、人間にとっても、絶対的な不平を強いて縛るこの世界に、誰もが納得出来る〝正しさ〟など───


『“迷った”な。聖白蓮』


 ホワイトスネイクの手刀が、白蓮の目先にまで肉薄する。
 居合抜きの形で不意を討つ攻撃に、その尼は坐禅の形を僅か足りとも崩さずに受け入れた。

 ───必殺の能力を秘めた手刀は、寸で止められる。

 指先に殺意が込められていない事を見抜いていた白蓮は、この行為が単なる威嚇や茶番でない事を悟り、彼の次なる言葉をじっと待つ。


『白蓮。君はあまりに永い刻の中に封じ込められていたようだ』


 それは恐らく幻想郷縁起で知見を得た、聖白蓮の背景を指した言葉。
 敵の手にあの妖怪大図鑑がある事を素知らぬ白蓮に、相手が如何にして自分の過去を知ったのかという疑問はあったが、それは今重要ではない。

『君は人々を導く為に聖職を担っているという話だったが……そのわりには人の世に明るくない』
「心外ですが、貴方の言いたい事は理解できます。確かに私は千年もの間、魔界へと封印されていました。
 印が解けた直後には、直ぐに幻想郷に降り立ったものなので、実際の所は俗世に精通しているとはとても言えません」

 従って白蓮の知識は、殆ど千年前の日ノ本で止まっているようなものだ。
 幻想郷は隔離された世界。
 現代の。今の娑婆の情勢について、彼女が見聞を広める術はほぼ失われていた。仕方のない事だと言える。

『十年や二十年程度でさえ、人心は大きく推移するぞ。ましてや千年だ。
 幻想郷では知らないが、“外”では想像だに出来ない変貌が、歴史の節目の度に起こっている。
 節目というのは、言い換えれば“戦争”の事さ。規模に大小はあれど、人類の馬鹿げた争いだけは昔から常に絶えない』
「……何を仰りたいのでしょう」
『不可能だと言いたいのだ。もはや“正しい手段”などに頼っていても、この世は変わらない。人も同じだ。
 そもそも〝正しさ〟とは、環境によって清くも醜くもなる曖昧な標に過ぎん。
 お前のようなちっぽけな女がいくら寄せ集まった所で、たちまち人間達の〝悪意〟に蹂躙されるのがオチだ』


      トクン……


 白蛇の言葉に、白蓮の澄み渡っていた精神に初めて明確な“揺らぎ”が生じた。
 小さな揺らぎは極小の波紋を生み、瞑想によって静かに保たれていた心の水面を僅かに揺らす。
 四辺から零れた一雫が心の外殻を伝い、白蓮の肌に湧き滲む流汗となった。

400黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:07:21 ID:DAf9RJjQ0


『今───動揺したのか? 聖白蓮』


 獲物の隙を捉えた蛇が、チロチロと舌を出しながら頭を前屈みに低くした。
 目と鼻の先で手刀を構えたホワイトスネイクの姿をそのように錯覚した白蓮の背に、冷たいモノが過ぎる。

 不覚にも彼女は、一瞬ではあるが気圧された。
 『人間の悪意』というキーワードに、白蓮という女の過去に打ち立てられたどうしようもない楔が呻きを上げてしまった。
 かつて信頼し合っていた人間達から裏切られた悲痛な過去。どうあっても、古傷は癒えたりしない。

『例えば……“肌の色が違う”だとか“産まれたばかりの我が子の死を受け入れられない”だとか。
 自覚・無自覚に関わらず、人間は反吐の出る悪意をバラ撒きながら生きている』

 白蓮とは対照的に。
 プッチの“古傷”は、彼という人間性を大きく歪めた。
 湖に打ち上げられた妹の遺体を前に、生まれて初めて『人殺し』をも為す覚悟を固めた。
 誰を憎めばいいのかすら分からなかった。発端が何なのかも、殺された妹の為に何を為せば善いのかも、何一つ分からない。

 しかし彼は、弟のウェスとは全く違って。
 憎悪に走ることは無かった。
 憎しみよりも遥かに大切な───命を懸けてでも掴むべき『真理』を目指そうと決心したからである。

 目指した場所は邪道。
 殺人をも厭わない手段は、世間からは〝悪〟だと罵られ、木槌を振り落とされることも理解している。
 故に、当時のプッチではまだ力不足であった。弟の記憶を封じたはいいものの、きっとこの先、巨大な困難が待ち受ける。この身一つでは、成す術もなく運命に叩きのめされてしまうのは目に見えていた。

 だから力を求めた。
 物理的な力でなく、概念的なパワーを。
 その為に、かつて礼拝堂で出会った奇妙な男───DIOとの再会を願う。


 この時、彼は〝悪〟へと成った。
 エンリコ・プッチの、悪のルーツだった。


『過去から生まれる恐怖に打ち勝つ困難こそ、人間に課された試練だ。
 白蓮。君は私とよく似ている。私も今では、人類を“真の幸福”へ導く事を使命だと心得ているからだ』

 人間の生んだ悪意の犠牲者となった過去を持つ、エンリコ・プッチと聖白蓮。
 何の因果か、二人は共に聖職へと携わりながら、それぞれの意志・手段で幸福を目指した。
 憎悪に囚われず、かつて自らを陥れた人間達をも含めた『救済』。正気の沙汰ではない覚悟であった。


『幻想郷などという世界の片隅でしか生きていない。
 私とお前を隔てた境界とは文字通り、その大結界とやらだ。
 お前達が言うところでの“正しさで世を導く”という夢物語は、この宇宙では到底通用しない、カビの生えた理想論でしかない』


 最早、正しさという理屈を武器に世界を変える事は不可能。
 若くしてそれを痛感したプッチは、心に従うままに〝正しさ〟を捨てた。
 その様は白蓮から見れば狂気的でもあるが……やはり憐れだという感情が先行してしまう。

 〝悪〟の中に見出した〝真理〟など、どうあっても世の中に綻びしか生まないというのに。


「悪を受け入れ、支配によってこの世の乱れを抑える……。
 貴方の『覚悟』の正体……正しき目的とは、そんな暴虐の彼方に在る真理なのですか」
『支配ではない。そんなモノよりも遥かに崇高で、果てしない“力”を得た者のみが、それを可能にするのだ』


 やはり、プッチと自分は絶対に相容れない。
 先程彼は、自分達はよく似ていると言ったが……白蓮にはとてもそうは思えなかった。
 あたかも達観した目線で物事を説き、白蓮を隔壁の内に見下すプッチは、あまりに独善的に映る。
 自分の行いを悪と自覚してはいるようだが、数多の屍の上に打ち立てる“より大切な目的の為ならば”という小を殺して大を生かす本音の奥には、世界で最もタチの悪い『正義』が顔を覗かせている気がしてならない。


 矛盾するような言い方だが。
 彼は自分が悪だと気付いていない、最もドス黒い悪だ。

401黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:13 ID:DAf9RJjQ0



「それでは伺いましょう、プッチ神父。
 ───貴方が目指す『最終目的』とは、何でしょうか」



 男は以前、白蓮に向けてこう言い放った。
 本当の意味で人を救うのは『天国』───過去への贖罪なのではなく未来への覚悟だ、と。
 白蓮には未だ推し量れずにいる。

 彼の言う『天国』とは、結局のところ何なのか?
 プッチとDIOの二人は、何を企んでいるのか?




 地面が僅かに揺れた。
 地下に広がる空間で行われている、DIOとサンタナの激闘の余波だろうか。
 中庭の窓の庇に積もった雪が、振動によりぱらぱらと落ちてゆく。

 未だ白蓮は坐を象った姿勢で、今にも襲いかからんとする白蛇の構えを丸腰で待ち受けていた。
 既に絶命必至の間合い。
 敵の攻撃が白蓮の鉄壁を容易く通過する能力に対し、白蓮からの攻撃は全く無効化するというのだから、この距離が如何に彼女の不利を語っているかは、幼子が見たって理解出来る。



『天国とは、時の加速により宇宙が一巡を迎えた“先”にこそ存在する。
 それこそが、全人類が手にするべき真の幸福であり、私とDIOのみが実現可能な〝正しさ〟なのだ』



 荒唐無稽としか思えない文節の連なりが、新雪の中に透ける白蛇の唇から、白い息と共にフッと吐き出された。
 言葉の意味を咀嚼するより早く、白蓮の洗練され尽くした感覚に危険信号が発される。

 時間の止まっていた白蛇の手刀が、生命を吹き込まれたかの如く始動した。

 今度は、本気の殺意。
 スタンドに漲った筋肉の動きを直視するより、息の根を止めんとする邪悪な害意を肌で感じた。
 真横に薙ぐ白き一閃を無抵抗に受けていれば、白蓮とて魂ごと分離されていたろう。
 が、ホワイトスネイクの動きはあのDIOのスタンドに比べると劣る。
 白蓮は坐りながらにして、足を組んだまま攻撃を躱した。
 首を後方に引かせただけの、軽い回避。白蛇の手刀は彼女の髪の毛一本攫う事すら叶わず、虚しく宙を切った。

 当然。殺意を込めたスイングは一振で終わらない。
 ガっと膝を立て、土と雪を蹴りながら白蛇が前のめりとなる。
 重心を地へ伸ばして安定させ、今度は両腕での突き。
 これもまた、全てが空を切る。
 坐禅、つまり胡座を掻いたような不安定の体勢で、上半身のみを紙切れのようにヒラヒラ舞わせた白蓮に、刀の切っ先すら入らない。
 空振り三振バッターアウト。打者の力足らずなどという事は決してないが、ただ其処に鎮座するだけの硬球にバットはまるで掠らない。

 白蛇はいよいよ立ち上がり、覆い被さるようにして尼へと飛び掛る。
 両腕を大きく広げ開け、躱す隙間すら与えずに三方から潰そうと。

 パサ

 ダイレクトの瞬間、雪をはたいたような軽薄な音が響く。
 その音は、まさに雪をはたいただけの衝撃。白蓮が静かに両掌を揃え、雪を被った地面を叩いた音。
 ただのそれだけの行為に、彼女の体は宙へ浮いた。
 座ったままの姿勢で空を浮き、左右と前方から迫り来る攻撃を、残った後方の逃げ道へと跳んで躱した。これが弾幕ごっこなら、難易度イージーもいい所といった低級弾幕だ。

 粉飛沫と化した雪を振り撒きながら、フワリ浮く女が声を投げた。

402黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:08:37 ID:DAf9RJjQ0


「貴方は弥勒菩薩にでも成るおつもりですか」


 宙空で姿勢を解き、ようやく坐禅を崩して両足で着地する。
 説の時間は終わり。不本意の気持ちもあったが、やはり彼らは言葉では止まりそうもない。

 白蓮が再び戦闘態勢に入る。
 目に見えて暴の空気を吐き出した彼女を前にし、白蛇も本気で身構えて、言った。


『数億、数十億年というレベルの話ではない。
 この宇宙を一度、直ちに終わらせるという次元の世界だ』


 白蓮の出した『弥勒の世』は、一説には56億年以上も先の未来の話。
 人間世界に弥勒菩薩が現れ、一切衆生を救い、世界を理想郷にするという仏教の思想。

 何十億年、という次元にすらない宇宙の終焉。
 プッチは。DIOは。
 それを人為的に起こそうとしている?
 如何な強大な魔法──禁術を行使したとしても、それ程の大掛かりな規模の術など聞いた事がない。
 スタンド、という異能はそんな事まで現実に移せるのか?

 だが……白蛇の口から轟くプッチの声色は、迫真に迫っている。
 奈落の闇から吹き出す、身も心も凍えそうな谷風。そんな冷気を孕んだ声だ。
 どうやら冗談を言っているつもりではないらしい。


「私は、それを許容する訳にはいきません!」


 男の語る理想は幻想の都でも類を見ない、末恐ろしき野望だ。
 宇宙を終わらせる、という終末は、具体性を得ない計画であるにも関わらず。
 超人の異名を取った大魔法使いをも、震撼させた。
 そこには、バトルロワイヤルという波瀾の枠内に留まらない、スケールを飛び越えた邪心が牙を研いでいる。


『いいだろう。私とお前……どちらの“運命”がより正しい結末に引き合うか。
 試してみるのも良いかもな』


 これは、双方の理解を得る為の戦争などではない。
 元よりそういう覚悟で立ち寄り、向き合う両者は。
 片や、膨れ上がる巨悪の断罪を決意した、善の拳。
 片や、運命に翻弄された男の歪み切った、悪の拳。


「貴方は『救済者』ではなく、哀しく歪んだ『破壊者』です───プッチ神父ッ!」
『ならばどうするね? ひとつ言っておく。
 お前に私は“殺せない” ───聖白蓮』


 善悪の彼岸に立った二人が、飛沫を撥ねらせ交差した。
 賽の河原にてぶつかる、善と悪の幕引きに相応しい紅魔の舞台は。
 ただただ、飛び交う演者たちを嘲るように見下ろしていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

403黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:09:17 ID:DAf9RJjQ0
『秋静葉』
【夕方 16:08】C-3 紅魔館 一階個室


 白のシーツに包まう静葉へと覚醒を促したのは、小刻みに揺れる床の微振動だった。
 地震だろうか、と虚ろな思考を浮かべながらも静葉の意識は、今しがた見ていた『夢』らしき光景への没頭から抜け出せずにいる。

 DIOの影。そう表現する他ない存在から、幾つもの『声』を囁かれ続けた。
 その声は、静葉の頭の中を掻き回してやまない『殺した者達の声』よりも一層妖しく響き、彼女が持っていた倫理観に溶け込むようにして、いつの間にか消えていた。


 ───代わりに、死者達の『声』は未だに頭へと響き続けている。


 この声は『痛み』だ。
 分不相応の身で殺戮を働いた、静葉が受け入れるべき痛みなのだ。
 痛みは、拒絶するものではない。それはきっと楽な道には違いないが、静葉の望む未来には通じていない。
 自らを苦しめる声の幻聴と、これから先どう折り合いを付けるか。或いは、付ける必要性すら無いのかもしれない。

 声に潰されたら、それまで。
 ゲームに優勝し、妹を蘇生させるという願いは、そういう暗澹とした生き方を選ぶということ。


「今……何時だろ…………」


 客室だからか、この部屋にも館主の嫌う窓は備わっている。
 そこから漏れる黄金色の陽光は、空に広がる乱層雲の隙間から僅かに差し込まれた、希望を思わせる光の筋に見えた。
 つまり、もう夕刻。
 時計の針は16時過ぎを指していたが、部屋に入るなり時刻を確認せずそのままベッドへと倒れ込んだ為、自分がどれほど寝入ってしまったかの判別が付き辛い。実際の所は一時間程度なのだが。

 しかし、随分と深く睡眠を貪った感覚が残っている。
 悪夢のような眠り心地だったにも関わらず、また現在進行形で頭の声は止まないに関わらず、身体に蓄積されていた疲労はすっかりと抜け落ちていたのだ。
 このゲームにて、比較的安全な睡眠が取れる環境を確保できたというのは、間違いなく幸運に違いない。
 肉体的な休息が重要なのは勿論、いつ寝込みを襲われるか用心しながら横になるというのは、メンタル面においても多大な負荷をもたらすからだ。

 見た事もないような豪勢なベッドを心中惜しみつつ、そこからモゾモゾと抜け出した静葉は、同じく立派な装飾の備わったドレッサーの前まで歩んだ。
 鏡面に映る自分の顔は、相変わらず酷いものだった。
 地獄鴉に灼かれた左半分の顔面は健在であるし、ノイローゼの患者みたいに表情には生気が無い。(これは単に寝起きだからかもしれない)
 一番の懸念である箇所……『心臓』には、ハッキリとは分からないが当然のように『結婚指輪』がぶら下がっている感覚もある。
 考えてみればたった33時間しかない制限時間の内、必要とはいえ不意の睡眠に浪費してしまったのは迂闊だとすら思え、段々と焦燥を覚えてくる。

 そもそもたった33時間そこらで、雑魚オブ雑魚神の紅葉神に「俺を倒せるほど強くなれ」と無理難題を押し付けるあの狂人も大概だ。
 まともにやったって敵う訳がないのは身に染みており、多少経験値を掻き集めてレベル上げをした所で、雀の涙にしかならない。

404黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:19 ID:DAf9RJjQ0

 では、強くなるとはどうなる事か。
 私は既に、夢の中で答えを貰っている。
 その為に何を成すべきかも、理解していた。

 今までそれは、『感情を克服すること』だと信じて戦い抜いてきた。
 間違ってはいない。でも、感情を克服するというのは、感情を捨て死人同然となってでも……という意味ではなかった。
 死人が、命ある者に勝てる訳がない。
 それを、教えて貰った。
 感情とは、決して捨ててはならない『自己』の一部なんだって。


 ───『愛すべきは、その未熟さだ。未熟さこそが自分の最大の魅力で武器なのだと、胸を張るといい』


 彼は戸惑う私にこう言ってくれた。
 こんなどうしようもない自分の事を認めてくれたみたいで、少しだけ嬉しかった。


 ……もう一度、会ってみたいな。





「にゃあ?」


 鉢のまま這って動いたのか。そこらに転がしたままだった気がする猫草が、いつの間にか窓際で日向ぼっこを楽しんでいた。


「ふふ。……あんたは良いね。悩みとか、これっぽちも無さそうで」


 愚痴のような独り言を零し、上機嫌らしい猫草の頭をもにもにと撫でてやった。
 たまに凶暴だけども、もしかすれば愛くるしいペットなのかもしれない。
 しかし私にとって“これ”は、人殺しの道具だ。
 自分に懐く生物として愛でるというのは、誤りなのだろう。


「……なんだか、外が騒がしいな」


 だとしても。
 すぐに訪れる、次の波瀾までの僅かな間だけでも。

 癒しを求めて“この子”と触れ合う時間を作るというのは、弱者である私にとっては……代えがたい『ひととき』のように感じた。

            ◆

405黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:10:56 ID:DAf9RJjQ0

『マエリベリー・ハーン』
【夕方 ??:??】?-? 荒廃した■■神社


 私は、か弱い存在でしかなかった。
 此処にはとても頼りになる男の人と、浮世を渡るに長けた強い女の人が多くいる。
 そんな中で、私っていう存在はちょっと境目が見れる程度の、普通の女の子でしかない。

 だから、かな。
 爪も牙も持たない弱者の私にとっては……こうして紫さんと普通に会話できる今は、代えがたい『ひととき』のように感じた。


「DIOは消えたわ。少なくとも、この世界からは」


 私と紫さんは、町の風景が見下ろせる神社の石段に腰を落としていた。
 クラスの友達と学校帰りに喫茶店で駄弁るような、そんなノリで。
 こんな事をしている場合じゃないような気もするけど、紫さん曰く「此処は時間流の進行が緩慢」らしく、こんな事をするべき場合なのだとか。

 ……時間にルーズ?な所は、何だか蓮子にも似てる。

「じゃあ、蓮子の『肉の芽』も……!」
「残念だけど、消えたのはあくまでDIOの気配。
 此処からじゃあ、あの芽は取り除けないわ」

 いやにあっさり退いたのが少し気になるけど……と付け加えて、紫さんは一瞬だけ目を細めた。

 それにしてもゾッとする話だわ。さっきまで朦朧だった私へと延々囁いていた蓮子の正体が、DIOだったなんて。
 もしも紫さんが来てくれなかったら……そこまで考えて私は、かぶりを振った。せっかく助かったんだから、そうならなかった場合のifなんて考えても詮無いことよ。

 その紫さんがどうやってここまで来れたかだけども、なんでも私の『SOS信号』をキャッチしたから、らしく。
 はて。私には全く身に覚えがないし、支給品の中に防犯ブザー的な物も無かった。
 キョトンとした表情で本人へ尋ねても「乙女のヒミツよ(はーと)」などと、ウインク混じりにはぐらかされた。私の顔でそれをやるのはやめて欲しい。


「紫さん。所で、あの……」


 強引に話題を逸らし……というより、いつ切り出そうか図り兼ねていた事柄があった。
 阿求のスマホに配信されていた『殺人の記事』……その真贋について。
 あの写真に載せられていた人物は、確かに紫さんだ。そっくりさんでも影武者でもなく、今私と会話している彼女本人だというのが私には理解できる。
 更に『被害者』の一人に幽々子さんの従者がいた、という話を私はおずおずと伝えた。どうやら紫さんは、その記事については詳しく知らないらしかったから。

「そう……そんな記事が出回っているのね」
「はい。幽々子さんも内容を知っています」
「で、貴方はその記事……信じてるのかしら?」

 悪戯心を芽吹かせる少女のような。
 真を追求する誠実な大人のような。
 相反する年格好と善悪の含みが、この人の表情に浮上した気がした。
 虚実を混ぜこぜに溶かして周囲を欺く形態を目撃し、彼女が人間でなく妖怪だという確固たる事実を再確認させられる。

「い、いえ! 勿論信じてません!」

 だから私は少し怖くなって、やや早口で答える。
 当然、紫さんを信頼している気持ちに変わりはない。

 でも、次に返ってきた言葉は……私が期待していた内容とは違っていた。


「───残念ながら、事実よ。半分は、だけど」


 静寂の中にガラス玉が落とされたような音が聴こえた。
 不吉な響きは、鼓膜の奥へと驚くほどすんなり入り込んで。
 私は、声を失った。

406黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:11:52 ID:DAf9RJjQ0


「その記事を私は見てないから何とも言えないけど……私から言える事実は『二つ』。
 魂魄妖夢と星熊勇儀の命は、私が奪った。
 もう一人……人間の男の方は違う。そっちは完全な捏造ね」


 悪びれる様子や、開き直る様子は微塵もない。
 真実を語る彼女の表情は、平然としているみたいだけど。

 私には、どこか『痛み』に耐え忍んでいる苦悶の顔にも見えた。
 それを見て、ちょっぴり安心する。
 やっぱりこの人は、そんな非道を働くような人じゃないと分かったから。

「あら……『人殺し』を前にして、随分お気楽な面構えじゃない?」
「貴方は、人殺しなんかじゃありませんよ」
「随分と知った風ね。一応、人間を攫いもする妖怪なんだけど」
「知ってますよ。貴方の事でしたら」
「さっき、ちょっと怖がってたクセに」
「……バレちゃってました?」
「そりゃそうよ。貴方は『私』なんだもん」

 あはは。うふふ。
 純朴と鷹揚の笑いが飛び交う、微笑ましいやり取り。
 記事のことは杞憂だった、だなんて、幽々子さんの状態を考えればとても言えないけれど。
 その拗れは多分、紫さんと幽々子さんの間でしか解くことの出来ない、複雑なもつれ。
 私と紫さんは、もしかするとただの他人ではないのかもしれないけど。
 幽々子さんの親友である『八雲紫』は、『私』ではない。
 だから、二人の間に『私』が入っては駄目。
 そう思う。

 あぁ。何だかやっぱり、友達ってイイわね。
 そんな事を考えていたら、途端に自分の親友に逢いたくなってきた。


「マエリベリー。幽々子の事は───……〝私〟がきちんと伝える。
 あの子も何だかんだ強い子だから、きっと大丈夫。
 だから、心配しなくていいわ」


 ……?
 気のせい、かな。今、紫さんの言葉のどこかに強い『違和感』というか……妙なニュアンスを感じた気がする。
 言い淀むかのような、若干の迷い……?


「それより、今は貴方のことよ。私のこと、でもあるんだけど」


 不意に感じた私の違和感を強引に拭い去るように、紫さんが話を前に進めた。
 蓮子に早く逢いたい……。私が浮かべたそんな気持ちを掬い取り、本題へ急ごうとこちらに目配せする。

「DIOは貴方に言ったそうね。貴方が『一巡後』の私だと」

 一巡後。
 言葉の意味は正直、よく分かっていない。
 でももし……この場に蓮子が居たなら、彼女はきっと嬉々としてその謎を暴こうとするだろう。
 だって、それが私たち秘封倶楽部なんだから。

「まず確認しておくわ。DIOの語った話は、恐らく事実でしょう」
「どうしてそう言えるんですか?」

 とは返したものの、実際の所、私自身もDIOの話を信じかけてきている。
 少なくとも私と紫さんが魂のどこかで繋がった存在なのだという事は、心で理解出来ているから。
 でもそれは蓋然性としては乏しい理屈。“なんとなくそんな気がする”程度の拙い根拠だ。
 対して紫さんやDIOには、何かしらの裏付けがあるみたいで。

 何食わぬ顔でこの人は、続けて言った。


「だって私、貴方の話にさっき出てきた『スティール・ボール・ラン』なんてレース、初耳だもの」


 スティール・ボール・ラン。
 私だってよく知っているワケじゃないけど、少なくとも私の住んでいる世界の史実には、その単語がちっちゃく並んでいる。
 あのDIOも興味津々みたいな顔で尋ねてきたから私も気になっていて、さっき紫さんと会話してる時に何気なくその話を出した。
 彼女は一瞬だけ考えに耽けるような、神妙な顔付きをしたっきりだったけど、その時は特に突っ込まれることなく場を流された。

407黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/10/13(土) 19:12:24 ID:DAf9RJjQ0

「これでも外と内の情勢はそれなりに把握しながら賢者やってる身よ。
 そのレースの開催が西暦1890年だとして、歴史の教科書に載る程度の知名度なら、この私が今の今まで全く見聞きすらしなかったなんて有り得ない」
「つまり私と紫さんは、幻想郷と外界なんてレベルの区切りではなく、そもそも全く異なる『別世界』に住む存在って事……ですか?」
「貴方の話を聞く限りだと、可能性はかなり高くなったわね」

 狐に摘まれたような話だった。
 とは言え、参加者同士の連れてこられた年代が違うって話は既に聞いていたから、スケールとしては大差無いのかもしれないけど。

「でも……もし別世界の人同士だとして、一巡後っていう概念がよく分からないんですけど」

 オカルト……所謂SFの世界では、例えば『並行世界』なんて単語はよく聞くし、私もどちらかと言えば信じてる側の人間だ。
 パラレルワールドといえば、所謂『超ひも理論』にも通ずる考え。ズバリ蓮子の専攻する理論だから、彼女ならこういう話も目を輝かしながらすんなり受け入れられるんだろうけど。
 ……あれ? じゃあ蓮子が私の能力の謎に心当たりがある風だったのは、私と紫さんの関連性に超ひも理論(並行世界)をある程度結び付けられていたから?
 うーん、専門って訳じゃないから私には何とも言えないし、本人を目の前にした今となってはどうでもいいとも言える。

 だけどDIOは『一巡後』と述べた。それはつまり、横ではなく縦に繋がった次元の並行世界。
 ちょっと発想が突飛というか……どうしてそういう結論に至るのかが不明瞭だ。

「そうね……外の人間には、ちょっとその辺のメカニズムは理解し難いのかもしれないわね」

 馬鹿にしたニュアンスではないだろうけど、ちょっとムッとした。
 これでもオカルトを扱う(メンバー全二名の)サークル代表片割れだ。蓮子程じゃないけど、その手の心得なら一般大衆よりも精通してる自信はあるもの。

「───って顔してるのが丸わかりよ、貴方。もう一人の私とはいえ、まだまだ青いわねえ〜」

 ここぞとばかりに扇子を広げて口元を隠す紫さん。
 今度は確実に馬鹿にしてますわよってニュアンスを(扇子の奥では釣り上がっているであろう口元と共に)申し訳程度に隠しながらも、実態は隠し切れていない。
 ……妖怪って、皆こうなのかしら。清廉だったり、おどけたり、本当に掴めない人だ。


「まま。ジョークはこの辺にしといて」


 前置きを終え、紫さんはこほんと咳払いして次へ移る。


 ここから私が聞く話は、まるで青天の霹靂を実現させたような。
 常識では考えられない……『夢』を見ているみたいな話ばかりだった。


「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」


            ◆

408 ◆qSXL3X4ics:2018/10/13(土) 19:13:47 ID:DAf9RJjQ0
ここまでです。
次で終わりを予定しています。

409名無しさん:2018/10/14(日) 16:40:49 ID:9VDuzoG.0
投稿お疲れ様です


長かった紅魔館の乱戦もついに決着か!?
どういう展開になるか気になって仕方がないです、続き楽しみに待っています

410名無しさん:2018/10/14(日) 22:16:00 ID:WUWbCklM0
投稿お疲れ様です
>「まず初めに───この宇宙は、主に『三つの層』から成り立っているの」
よもやここで霊夢も言っていた物理・心理・記憶の層の理論がでてくるとは…

411名無しさん:2018/10/16(火) 19:24:30 ID:Id1vJPcY0
投稿お疲れ様です
バトルの決着が参加者の生死に直結しそうなものばかりでどれも続きが読みたいッ

412名無しさん:2018/10/19(金) 22:30:34 ID:SbNRb2DY0
投稿お疲れ様です
DIOと柱の男の初激突。どのような決着を迎えるだろうか

413名無しさん:2018/10/23(火) 21:09:41 ID:PtMgM8Cs0
今、サンタナが熱い




……………………元々熱風だけど

414名無しさん:2018/11/07(水) 19:15:04 ID:ZnWljzA60
進行ペースに目標を立てた方がいいんじゃあないか?

415名無しさん:2018/11/08(木) 11:47:16 ID:UzwY.sTI0
>>414
黙って待つってのができねぇのかテメエはよォ〜

416 ◆qSXL3X4ics:2018/11/20(火) 03:53:34 ID:mCm9debw0
予定していた長さを大幅に超えてしまい、次で終わりだと宣言した矢先で本当に申し訳ないのですが、あと一度分割させた方が良いと判断しました。
本文の方はあらかた終えていますが、一先ずという形で投下します。

417黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:57:26 ID:mCm9debw0
『DIO』
【午後 15:54】C-3 紅魔館 地下大図書館


 “変わった”

 火色の後ろ髪を目まぐるしく逆巻かせたサンタナの新形態を目撃し、DIOは実感と共に冷静な解析を終えた。無論、今までとは明らかに毛色の異なる奴の風貌を指しての印象でもあるが。
 特段と“変わった”部分は、見た目以上に戦闘への器用さだ。


「鬼人『メキシコから吹く熱風』」


 二桁にも上ろうかという数の爆炎が、形を保ちながら火矢の如く揃えて撃ち出された。
 大衆の喝采と何ら違わない喧しい音色を放出させつつ、弧を描いて一斉に射られた炸裂花火は、『世界』のみでカバー出来る範疇を追い越した。
 横に広がった弾幕は、DIOが誇る無敵の矛と盾を悠然と抜き去り、その本体の心臓を捉えて飛ぶ。

「ムンッ!」

 吸血鬼の動体視力と跳躍力で、その身に迫る全ての高温弾幕が空を切り、散った。床を蹴り上げ宙を駆け。デカい図体を掲げる重力の次なる足場は、壁。
 DIOは図書館の壁に“立ち”、地上からこちらを見上げる鬼人を忌々しげに見下ろした。

 戦闘への器用さ。つまりはあの形態、サンタナのパフォーマンスの幅が格段に増幅したことに繋がる。奴が『鬼』の流法とやらに転化した瞬間、颯爽と弾幕が飛び交うようになってきたのだ。
 以前までの闘牛を相手取る様に一辺倒とした近接戦から、ミドルレンジの遠距離武器が加わった。ただのそれだけで、攻撃の応用というものは恐ろしいくらいにバリエーションが富む。
 グーしか出さない相手がパーの札を手にした様なもの。こちらがパーを出し続ける限りまず負けは無いが、リスクを避けた無毒の駆け引きで白星を期待出来るほど安い相手ではなさそうだ。
 冷や汗をかこうが危険を顧みず、時にはバクチに打って出て、駒に頼らず王自ら敵を捻り潰す。

 それこそが『真の戦闘』だ。

(だが……それは『一か八か』ではない。オレの求める『天国』に、運任せは必要ない)

 この世で唯一の帝王たるDIOが望む、この世で最大の力。
 まさにそれが───『引力』と呼ぶに相応しい、千万無量の絶大なるパワー。
 賽の目で『六』を望めば『六』が現れるような、不確定の未来すらも自身の決定に引き寄せられるほどの圧倒的な引力。
 万物の理すらも味方にし、不都合な運命を叩き潰す事こそが、男が到達すべき理想郷であった。


「サンタナ。君は何故、その形態を手にするに至った?」


 壁へと直立不動したままの状態で、こちらを見上げる鬼人に問い掛ける。
 サンタナは黙して語らず。元々饒舌な生き物では無かったが、意図して沈黙を貫いている──というより、DIOとの会話を避けているように見えた。
 この無愛想な態度にDIOは不服を覚える。一方的に喧嘩を仕掛けられ、意思の疎通すら拒絶されるとは。幻想郷の異変解決においてはよく見られる光景であるが、何かしらの戦う理由が聞きたい所だ。白蓮に対して、DIOが探ったように。

 しかし男は先程、彼なりの答えを既に示している。
 サンタナが、サンタナにとって必要なモノを取り返す為……と。
 DIOはじっくりと襲撃者を観察する。睨め付けるように覗き、心の隙間に手を差し込むのだ。
 相手が放った数少ない言葉や挙動から推察し、逆に何故押し黙ろうとするかも仮説を立ててみよう。


「私が石仮面により吸血鬼の力を願った理由とは、『必要』であったからだ。相応の力を手にするには、秤の釣り合う理由が必要となる。リスクもな」


 DIOの言葉に耳を貸そうともしないサンタナが、傍に立つ本棚へ手を掛けた。大容量に貯蔵する書物の数々を含め、それは相当の重量を占めていると一目に分かる物であるが。
 丹念に床へ固定された巨大な本棚は戒めごと外され、鬼人の腕力により軽々と持ち上げられる。紅魔の魔女が後生大事に蓄えてきた由緒ある本たちが、バラバラと派手な音を立てて舞い落ちない内に、

 ───壁に立つDIOに向かって、棚ごとブン投げた。

418黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 03:59:07 ID:mCm9debw0


「力とはとどのつまり、『勝利』する為に得るものだ。君のその『鬼』のような異形も発端は同じなのだろう?」


 目前に迫る巨大な塊を、何一つ狼狽えること無く『世界』の拳で爆ぜらせる。一点から粉砕された本棚は敵への突進力を失い、無惨にも無数の木片と化した。
 代わりに、本棚の内臓を担う書物たちは一斉に吐き出され、埃の煙幕に紛れながら辺りに飛び舞う。
 敵の狙いがコンマ数秒ほどの撹乱・目潰しだとDIOが悟った時、地上からこちらを見上げていたサンタナの姿は既に消失していた。


「君は恐らく……孤独だった。
 何も与えられず、何も得られず。
 そこに不満を覚えていた嘗ても、過去の幻像。
 気が付けば君は〝善〟も〝悪〟も持たない……〝無〟の兵となっていた。
 その感情の起伏の薄さを眺めれば理解出来るさ」


 夥しい数の書巻、洋書、文献、図鑑、教材、禁書……書という書が、視界を埋め尽くす弾幕と化してDIOへと降り注いだ。
 子供がオモチャ箱をひっくり返したように雑な投擲。それ自体に攻撃能力はさほど無い。従って、本の雨あられなど気に留める必要ナシ。
 敵の動きのみに集中したDIOの視界では、周囲がスローモーションの様に緩慢となって見えている。
 ゆっくりと、疎らに飛び交う本と本の隙間。煙幕の奥が点滅と同時に光り、揺らめいた。
 またもや炎の弾幕。自分の位置を誤魔化す狙いか、一箇所からでなく数点から撃たれた火炎は、宙に舞う書物達を食い散らかしながらDIOへと迫る。


「人間を。或いは吸血鬼を。
 狩っては喰い、狩っては喰い……空腹を満たす為だけの、虚空の人生。
 腹に溜まるのは枯れた肉と、無味の糧。
 空虚と孤独に押しやられ、いつしか君は渇望する事すら忘れてしまった空蝉へと堕ちた」


 DIOは炎が苦手である。
 それは吸血鬼の体といえど熱には……という話でなく、彼の過去──三度経験した敗戦の記憶に『炎』が大きく絡んでいるから。
 だからではないが、男はまずこの火炎の回避に専念した。まだまだ稚拙と言える炎の弾幕は、集中力を欠かずに挑めたDIOによって完璧に見切られてしまう。
 重力に反発する全身を強引に動かしているにも関わらず、固い壁の上をスイスイと歩き回るDIOの足捌きは流麗の一言に尽きた。
 スケートリンクを舞う氷精。男にとってのリンクが氷上でなく壁上だということを差し置かずとも、その所作一つ一つには美しさすら感じ取れるほどだ。
 当然、付け焼き刃で得た弾幕などDIOには欠片も掠る筈はなく。火の粉が燃え移り、赤々と熱を吹く蔵書の数々を生み出すだけというあられもない結果となった。


 瞬間、DIOの目の前にサンタナの『左腕』が現れる。
 目の前に飛んで来たのは奴の腕のみで、本体は見当たらない。肉体を分裂させただけの実に浅い策だ。
 スタンドを前へと回らせ、叩き落とそうと構えるも。
 遠隔操作された片腕の中から先程と同じように『刃物』が突然飛び出し、『世界』の心臓を狙った。
 この武器──緋想の剣はスタンド貫通の威力を誇る、一癖ある得物だ。叩き落としから真剣白刃取りへと瞬時にして対応を変えたDIOは、妖しく輝く切っ先を紙一重で止めることに成功する。


「しかし君は今日。
 おそらく生まれて初めて、“得る為”の戦いに身を焦がそうとしている。
 大花火を上げる筒の導火線は、既に着火されているようだ」


 不可思議な事が起こった。
 煙に紛れていた鬼人の殺気がなんの脈絡もなく、DIOの背後に唐突として萃まったのである。

 背中に、奴が居る。

 しかし解せない。目潰しの撹乱に若干気を取られてはいたが、地上に立っていたサンタナがこの一瞬で背後に回った事に気付かぬほど集中は欠いていない。
 振り返る暇など与えてくれるわけが無い。『世界』もDIOの前方におり、咄嗟の対応は不可能。隙丸出しとなった吸血鬼の首を掻っ切る非情の一撃が、背後より穿たれる。

 ───が、そこにあった筈のDIOの首は、既に影も形も消え失せている。

 まただ。この予兆無しの動きが、鬼人の決定的な一撃を必ず虚空へ逸らしてくる。
 絶好の好機をまたも外したサンタナは、DIOがやる様に足首を壁に突き刺して固定し、焦る心中のままに敵の姿を探した。

419黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/11/20(火) 04:01:38 ID:mCm9debw0


「未だ味わった試しの無い『勝利』の味に酔うが為に……このDIOへと挑んだのではないかな? いや、そうである筈だ。
 私に勝つ為、ではない。茫漠とした君自身の『運命』へと勝つ為に、だよ。
 全てを終えた後に呑む美酒は、さぞや美味いだろう。尤も、私は酔いどれが大嫌いだがね」


 無性に響く声の主は背後や頭上の死角からでなく、遥か前方でこれみよがしに腕を組んでいた。
 壁に立つDIOとサンタナの視線が、10メートルの距離を跨いでぶつかる。

 ───ナメられている。

 幾度も訪れた、勝負を決するチャンスを一向に突き詰めようとしないDIOに対し、サンタナが身を震わせるのはごく自然な感情であった。
 サンタナはワムウの様に、闘いに礼儀や美風を持ち込む気質ではないが、此方が一世一代の大勝負を仕掛けているのに対し、DIOはと言えば不遜な態度で邪険にしマトモに取り組もうとすらしていない。

 サンタナの苛立ちは募る一方である。

 この10メートルという距離は今までの戦闘間合いから言って、奴のスタンド『世界』の影響範囲外である事までは学習している。
 加えて鬼の流法には弾幕がある。奴を相手取るなら、この区間を維持していれば一先ずは脅威とはならない。


「人が成長するにあたって、勝利することは限りなく重要だ。
 しかし、それ以上に『敗北』が人を根源的に強くするファクターとなる。
 君は今日だけで果たして何度敗北した?
 奈落に堕ち、這い上がった分だけ確実に強くなっている筈だ」


 吸血鬼の頭が後方にククッ……と仰け反った。
 距離を開けたまま訝しむサンタナ。何かする気なのだと、身構えた瞬間……


 ───DIOの唯一開かれている右眼から、凄まじい速度の光線が射出された。


 眼球から圧縮された体液を超高速で撃ち出し、敵を貫く特技。帝王はかつてこの技を生涯唯一の“好敵手”に放ち、殺害に成功している。
 後に別の吸血鬼から『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』と名付けられたこの技を男が使用したのは、実に100年前の闘い以来であった。
 一見すれば強力無比な遠距離技であるが、スタンド戦においてはそうとも限らない事が、この技の使用をDIOが躊躇していた理由である。
 連発は不可能であるし生み出す隙も少なくない。殺傷力こそ抜群だが、スタンド相手には容易く防がれる……という諸々の点で、まだ銃を携帯した方がマシだという結論に至ったのだ。

 しかし相手にスタンドという盾が備わっていない場合でなら、この技も大きく有効だ。


「君は初め、自分の名を大きく叫んだ。その名乗りには、きっと深い意味があるのだろうね。
 名前には言霊という不思議な魔力が宿るのだから」


 果たしてDIOが不意打ちで披露した空裂眼刺驚は、10メートル先の壁に立つサンタナの脳を見事粉微塵とさせた。
 光線はそれだけに留まらず、彼が立ち止まっていた壁や柱も纏めて斜めに切断し、図書館ごと真っ二つにしかねない程の巨大な亀裂を入れた程だ。

 それほどの破壊を叩き込まれても、サンタナの身体はそこから崩れ落ちずにいた。
 違う。粉砕したと思っていた鬼人の頭部は、内部から炸裂するように肉片ごと霧散させ、光線を直前で躱していた……というのが真実であった。
 闇の一族の特徴として、骨肉をも畳むレベルの異様な肉体変化があるが、今サンタナが見せた霧散は肉体変化どころの技ではない。
 もはや『霧』と化す領域にまで身体を分解させている。あれでは攻撃など当たらない筈だ。


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