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ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
1
:
名も無きAAのようです
:2013/04/13(土) 20:57:11 ID:WM1TjCNg0
たとえば『人外』と聞いて人はどういうものを想像するのだろうか。
細かな辞書的あるいは専門的定義を抜きにするのなら『怪異』や『妖怪』や『魑魅魍魎』でも構わない。
だがにべどころか取り付く島すらなさそうな言い方である『化物』だけは私個人的には止めて欲しいものである。
兎にも角にも今から綴られる文章はそういった世の理を外れた……
いや存在している以上は物理法則ではなくとも何かしらの法則には基づいている。
基づいているのだが、そんなことは健全なる読者諸君には関知し得ないことであろうことである故指摘しないでおく。
だからつまりこれは――夜の理に生きる人以外の者々の物語。
より正しくは人と人以外のモノの関係によって引き起こされる問題を集めたもの、ということになる。
問題を集めた、問題集。
フィクションではなくノンフィクション。
フェイクではなくファクトな物語だ。
.
620
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:42:07 ID:QwDmC5Uo0
リパ -ノゝ「…………はい、」
聞けば、被害者はその文書とやらを常に持ち歩いていたという。
何かを書き写したものであるそうで媒体は不明だが、少なくとも遺留品の中にはそんなものはなかった。
そう伝えると、
リパ -ノゝ「…………そうですか、」
彼女はなんの感慨もなさげに呟き頭を下げた。
用件はそれだけだったらしい。
立ち去ろうと踵を返した絣は三歩進んだところでもう一度身体を反転させる。
まだ何か用か?
私が疑問を言葉にしようとしたその瞬間、いや僅かに数瞬先んじて少女が口を開いた。
リパ -ノゝ「…………つかぬことをお伺いしますが、」
(‘、‘ノi|「なんだ」
621
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:43:12 ID:QwDmC5Uo0
屋敷の中を見透すように門を見て、彼女は言った。
リパ -ノゝ「…………被害者の苗字を教えて頂けないでしょうか、」
なんだ。
そんなことも知らずに現場へやって来たのか。
私は言った。
(‘、‘ノi|「大神だ。大きな神と書いてオオガミ。それがどうかしたか?」
いえ、と絣は続けた。
リハ ーノゝ「…………謎が全て解けただけですから。お気になさらず、」
622
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:44:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 7 ――】
氷柱先輩がその惨殺死体を発見したのは今日の早朝だったという。
朝練に行く前、ちょっとした用事があって――剣道家でもある先輩が、高名なその先生に稽古のお願いをする為に――被害者さんの家に寄った。
先輩は事前にその先生から「来るなら朝に来てくれ。その時間帯なら道場にいるから」と言われていた。
当日は門の鍵もかかっていなかったので起きているんだと思い、門をくぐって道場まで行き、死体を見つけた。
そうして警察を呼んだ先輩は学校の鞄一つの制服そのままで事情聴取に行ったらしい。
あくまで任意同行なので帰ろうと思えばいつでも帰れたのだが、学校で騒がれるのは嫌だったようで応じられるだけ取り調べには応じ、家に帰ったそうだ。
「弓を持ってたのが不味かったよね。矢はなかったにせよ」
知ったように笑いながら会長は言った。
心配している様子はまるでない。
ミセ*゚ -゚)リ「……あれ。でも会長、氷柱先輩のこと容疑者って言ってなかったですっけ?」
「言ってたケド……それがどうかした?」
ミセ;゚ー゚)リ「容疑者って犯人のことじゃないんですか?」
違ったっけ?
623
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:45:08 ID:QwDmC5Uo0
「全然違うよ。『容疑者(≒被疑者)』は捜査の対象となった人間を指す用語だから」
ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ犯人は?」
「犯人かどうかは関係ないけど、逮捕されて起訴された人は『被告人』になるね。ちなみに『被告』だと民事事件にしか使えない」
更に言えば『参考人』は被疑者ではないが調査の為に事件に関係する情報を訊かれた者のこと、であるそうだ。
だから氷柱先輩は参考人として事情聴取され、逮捕はされていないけど……まあ、被疑者でもある。
しかしなんでも知ってるなあ、この会長。
「なんでもは知らない、知っていることだけ」みたいな。
よく考えるとその台詞当たり前なんだけど、知ってることが多いのは素直に凄いと思う。
そんなことを考えていた私に彼女は「それに」と前置いて、言った。
「今回の事件で氷柱ちゃんが犯人ということは、ありえないんだよ。絶対に」
……やっぱり心配してたみたいだ。
その時の私は会長の言葉を聞いて素直にそう思っていた。
624
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:46:10 ID:QwDmC5Uo0
【―― 8 ――】
彼女がここ、現在では俺達の家になっている旧高岡診療所にやって来た時、俺の中には二つの思いが到来した。
一つ目の「良かった」は彼女、人づてに事件に巻き込まれたと聞き及んでいた幽屋氷柱ちゃんが無事であること――逮捕されていないことに対しての安堵。
もう一つの「どうしたんだろう?」は文字通り、ここを訪れるという彼女の意外な行動に対しての驚きだ。
俺達を嫌っているわけではないとは、思う。
だから依頼をすることはないわけではないけれど、今回は依頼内容が予測できなかったのだ。
単純に遊びに来ただけ、そんな可能性はこの真剣な表情ではありえないだろう。
li イ*゚−゚ノl|「……ギコさん。あなたは何でも屋さんでしたよね?」
垂れ目の人はなんか悪巧みをしているように見える。
そんな話を小耳に挟んだことがあったけれど、目の前に座る氷柱ちゃんがいくら垂れ目でも、この真摯な眼差しでは「悪巧みしてそう」なんてつゆも思えない。
(,,-Д-)「いや、違うよ。俺はただの事件屋だから」
俺はそう返してお茶を薦めた。
625
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:47:09 ID:QwDmC5Uo0
半ばから緩やかにカーブしたヘアースタイルは双子のお姉ちゃんと見分けがつくようにする為らしい。
これに限らず、彼女は常に姉とは違う髪型をするようにしている。
だけど真正面から改めて見ると、「やっぱり双子だけあってそっくりだなあ」なんて当たり前なことを感じてしまう。
瞳の奥に隠された熱さと冷たさの混濁も、そう。
ドライアイスに触れた時に近しい、火のような超低温。
(,,゚Д゚)「俺は怪異専門の事件屋で……何でも屋でも請負人でもないよ」
li イ*゚ー゚ノl|「問題を――解決するだけ?」
そうだよ、と短く返答する。
熱いのか冷たいのか分からなくなる、感覚を濁らせる彼女の雰囲気に負けてしまわないように。
(,,-Д-)「俺は怪異に関しての問題が起きた時にそれを解決するだけ。無害な妖怪を祓ったりはしないし、人間の問題を請けたりもしない」
それが俺の立ち位置だから。
言い聞かせるようにして断言した。
626
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:48:09 ID:QwDmC5Uo0
この中立が俺の場所。
事件屋として、怪異に関する問題を解決することが――俺の仕事。
でぃちゃんと決めた俺の現在だ。
けれど氷柱ちゃんは困ったように微笑んで言った。
li イ*^ー^ノl|「でも結局、優しいあなたは助けてしまうんでしょう? 仕事ではなく、私事として」
その通りだった。
俺は何も言い返せなかった。
ただ、負け惜しみにも聞こえるような弱々しい声音で、
(,, Д)「…………勝手に、身体が動いちゃうんだよ……」
溜息混じりに言い訳をしただけだった。
……我ながら情けないなあ。
627
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:49:08 ID:QwDmC5Uo0
そんな俺を見て、氷柱ちゃんは今度は手を口に添えクスクスと笑う。
そうしてからコップに入った緑茶を一口飲んだ。
意図してのことではなかったけれど、むしろやり込められてしまった感じだけど、彼女の緊張が解けたのは良かった。
li イ*^ー^ノl|「本当に……どうして善良な人ほど、自分の善良さを嫌うんでしょうねー」
柔らかな笑顔を浮かべて、誰かを思い出すようにそう言う氷柱ちゃん。
あの身を裂くような冷たさは、もう何処にもない。
(,,-Д-)「はあ……。分かったよ、聞くだけは聞いてあげる」
妥協して言った言葉に追撃が来た。
li イ*゚ー゚ノl|「聞くだけですか?」
(; Д)「いや……。話を聞いたら請けちゃうと……思う……」
li イ*^ー^ノl|「でしょうね」
628
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:50:07 ID:QwDmC5Uo0
……もうそろそろ「このまま問答を繰り返しても結局はこの問題解決することになるんだろうなあ」と思い始めてきた。
どうせ乗り出すのなら、早いに越したことはない。
諦めて、大人しく俺は氷柱ちゃんから依頼内容を聞くことにした。
殺人事件、遺体の第一発見者になった彼女。
でも氷柱ちゃんが犯人ということはありえない。
どれほど怪しくても。
凶器を持っていたとしても。
彼女だけは犯人ではない。
警察は今も疑っているだろうけど、少なくとも俺と生徒会長のあの子は確信している。
犯人じゃないのなら、その内、容疑だって晴れるだろうと思う。
なら、一体どんな問題が解決されることを望んでいる?
li イ*-ー-ノl|「大神先生の件は残念だったと思いますが……私の依頼はあの人の死去に、直接の関係はありません」
殺した犯人を捕まえて欲しいわけではないと彼女は言った。
そして続ける――“けど、誰よりも早く犯人は見つけて欲しいんです”。
629
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:51:07 ID:QwDmC5Uo0
何故ならば。
li イ*゚ー゚ノl|「先生を殺した犯人が、先生が持っていたある文書を持っているはずなんです。私はそれを取り返さないといけない」
(,,-Д゚)「……取り返す?」
li イ*^ー^ノl|「はい」
あれは本来、私達が預っているべきものですから。
最後にそう言って彼女はまた笑った。
ぞっとするような、笑みだった。
630
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:52:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 9 ――】
…………は?
謎は解けた、だと?
(‘、‘;ノi|「なあ――おい! 絣っ!」
気がつけば怒鳴るような声音で呼び止めていた。
恥ずべきことだが、私は年下の女に事件の真相を先に看破され憤っていた。
警察官としてのプライドを傷つけられた気がしてしまったのだ。
しかし私の声に振り向いた彼女はその達観、あるいは超然という言葉が相応な態度を貫いたままだった。
そしてもうやるべきことは終わったというような顔で言う。
リパ -ノゝ「…………なんでしょうか、」
(‘、‘ノi|「謎が分かったとはどういうことだ」
リパ -ノゝ「…………そのままのことです、」
631
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:53:09 ID:QwDmC5Uo0
ただし私の抱えていた謎とあなたの抱えている謎は同じではないと思います。
絣は濁った瞳で私を見据えそう断りを入れた。
続けて訊く。
リパ -ノゝ「…………被害者である大神さんの祖先はどの国の出身だったか分かりますか?」
(;ノAヽ)「は? いえ、そこまでは調べていませんが……」
(‘、‘ノi|「何処出身も何も、そんなものは事件になんの関係もないだろう」
いいえ、と絣は言う。
リパ -ノゝ「…………私と、犯人にとってはとても重要なことでした、」
国籍が重要?
なら、やはり文書は国家機密に関係するものか?
632
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:54:08 ID:QwDmC5Uo0
眉に皺を刻む私の顔を見、彼女はどう思ったのだろうか。
「あなた達には関係がありませんが」と前置いて、更にこんなことを言った。
リパ -ノゝ「…………私は被害者はモンゴルかトルコか、そうでないのならアラスカ辺りの血が混ざっているものと思いましたが、犯人は違ったのでしょう、」
絣はそこで言葉を切った。
どういうことなのかは質問しても答えてくれないだろう。
彼女が言わないということはそのまま私が知る必要がないということだ。
少なくともコイツの兄はそういう奴だった。
不必要なことは言おうとしないが、面倒でも説明すべきことは説明してくれる奴だった。
(、 ノi「……分かった」
( ノAヽ)「警視?」
(‘、‘ノi|「今回の捜査に関係がないのであれば、とりあえずその話は聞き流しておくことにしよう」
リパ -ノゝ「…………そうですか、」
633
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:55:09 ID:QwDmC5Uo0
私がそう言うと絣は頭を下げた。
無言の礼は「プライドを傷つけてしまって申し訳ありません」と言っているようで癪に障ったが、きっとそれは私の被害妄想だ。
気にしないことにしよう。
そうして彼女は「もう一つだけ」と呟いて私に言った。
リパ -ノゝ「…………幽屋氷柱は犯人ではありません、」
(‘、‘ノi|「なんだ、知り合いなのか?」
リパ -ノゝ「…………個人的な知り合いですが、それは関係なく。彼女は犯人ではありません、」
そして。
絣は曇り空を見上げながら核心に触れる。
リパ -ノゝ「…………多分、犯人は自転車に乗っています、」
634
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:56:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 10 ――】
お見舞いというのも変だけど、会長と氷柱先輩の家に行こうということになった。
一介の後輩でしかない私が行っていいのかなとは思ったけれど、「氷柱ちゃんなら歓迎してくれるよ」という会長の言葉に後押しされ、私も同行することにしたのだ。
靴を履き替え、自転車を取ってから校門へと向かう。
会長は徒歩なので私も愛車を押して歩く。
授業が終わって三十分は経っているので人影はもう疎らだった。
ミセ*゚ー゚)リ「そう言えば会長は何処に住んでるですか?」
「僕? 秘密」
ミセ*-3-)リ「えぇ〜……なんでですかぁ?」
雑談をしつつ、二人でのんびりと歩く。
灰色の曇天は朝よりもマシになっていて、切れ間からは心地良い太陽の光が差し込んでいる。
朝方は纏わり付くようだった湿った空気も多少は緩和されていた。
朝は、私の家より学校に近い、なつるの家からの歩きでの登校だから傘だったけど、自転車通学生は雨が降るとカッパを着ることになる。
雨自体は嫌いじゃない私もあの暑苦しくてゴワゴワしたやつは大嫌いだった。
傘差し運転をしたいところだけど、この学校の風紀委員長は厳しいし、何より危ない。
635
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:57:08 ID:QwDmC5Uo0
特に女子。
男子なら転んで顔に傷がついてもガ●ツみたいでカッコいいけど、女子で顔に傷があるのは致命的だ。
……こう考えると、でぃちゃんがどれほど整った顔をしているのかがよく分かる。
鼻を横切るような傷があっても可愛いのは二次元だけだと思ってた。
ミセ;゚ー゚)リ「ねえ会長? そう思いま、せ……!」
と。
右隣を歩いていた会長を見たその時だった―――。
ミセ;゚ -゚)リ「え…………?」
視界の端に――何かが、あった。
私の右手にいた会長、その更に右側を、自転車に乗った男子生徒が通り過ぎた。
濃い茶色の髪で彫りの深い顔立ちの人だった。
彼は、口笛を吹きながらご機嫌そうにペダルを漕いでいて。
636
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:58:09 ID:QwDmC5Uo0
そして――――“カゴに無造作に入れてある学生鞄から、重油のように醜悪で黒く淀み切った魔力が漏れ出していた”。
(‘_L’)「〜〜♪」
聞こえてくる口笛が酷く不釣合いだ。
なんだアレは。
なんだアレは。
冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――恐怖。
ペニちゃんを見た時だって、ここまでじゃなかった。
あの時の恐怖だって、これには匹敵しない。
これは。
これは……怪異とかそういうレベルのものじゃ、ない。
私が今まで、いや私以外のほとんどの人も見たことがないような――絶対。
:ミセ; -)リ:「あ……う、あ……」
637
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 04:59:07 ID:QwDmC5Uo0
持っていた自転車も構わずに両腕で震える全身を抱いて蹲る。
それは本能的な行動だった。
視界が歪んでいる。
今まで信じていた大事な何かが、根こそぎ崩されてしまったような、そんな。
息が、上手くできない。
あんな僅かな小匙程度の魔力で――こんなにも暴力的に絶望を理解させるなんて。
あんなものがあっていいはずがない。
あんなおかしなものが、この現実に存在して良いはずがない―――!
アレは、一体―――?
「……自転車に揺られる衝撃でちょっとだけ封印が解けちゃったみたいだね。本人は気にしてないみたい、ううん、気付いてないのかな?」
私の代わりに愛車を支えながら会長は知った風に呟く。
悪魔のような笑みを浮かべたまま、まるでなんてことはないように。
同じものを見ているはずなのに。
面白いものを見つけた、と。
彼女は、そんな認識でしかないような表情をしている。
638
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 05:00:07 ID:QwDmC5Uo0
あんなものは取るに足らないと言外に主張しているかのように――笑ったままで。
「そうだよ」
化物のような嘲り笑いを浮かべたままで。
とても私との共通項なんて見つかりそうもない嘲笑のままで。
彼女は、言う。
「アイツがナントカさんを殺し、魔導書を奪った――――犯人だ」
その言葉を最後に。
私の意識は、途切れた。
【――――そこまで。第七問、終わり】
639
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 05:01:08 ID:QwDmC5Uo0
「霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる」
【歌意】
雨が降り、霧がかかっている。
長い間抱え続けたこの思いが知られてしまっては困るなあと私が思う最中、涙は溢れ、目も霞んでいる。
【語法文法】
『霧れる雨』の『霧れ』はラ行四段活用「霧(き)る」の已然形か命令形。
意味としては「霧や霞がかかる」「霞む」と「涙で目が霞む」。付いているのは存続や完了を表す助動詞「り」の連体形『る』。
『雨』はそのまま雨だが、雨は比喩として「涙」という意味でも使われることがある。
次の『ふる』は動詞であり、掛詞として様々な形として使われる。
今回は小野小町の歌と同じくラ行四段活用終止形「降る」、そしてハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連体形が掛かっている。
代名詞と格助詞で成り立つ『我が』は「が」が主格か連体格かで意味が異なるが、今回は連体格。「私の」と訳す。
『思ひ』は「考え」「希望・願望」「愛情・思慕」「心配」など複数の意味を持つ名詞。その為に訳していない。
係助詞の「も」に「ぞ」が付いた『もぞ』は良からぬ事態を心配する意を表し、「〜したら大変だ」「〜するといけない」という風になる。
最後の『知るる』は知るではなく知られる。ラ行下二段活用の「知られる」という意味を持つ動詞。
本来は終止形になるべき部分だが前述の『もぞ』の係り結びで連体形になっている。
【特記】
参考にした歌は特にないので文法が合っているか不安である。
雨を涙の比喩にする和歌は多いが、個人的に「涙雨」や「涙の雨」のように分かりやすく読み込んでしまうのはあまり好きではない
思わず涙が溢れてしまうような感情。
それはどのようなものだろう。
誰が、何に対して、あるいは誰に対して抱く『思ひ』なのだろうか。
640
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 05:03:54 ID:QwDmC5Uo0
というわけで、第七話でした。
続きは十月です。
641
:
名も無きAAのようです
:2013/09/19(木) 15:06:32 ID:wvM74i9M0
乙
続きが気になる。
642
:
名も無きAAのようです
:2013/09/20(金) 04:02:41 ID:I2bqle.M0
おつ
相変わらず面白い。しかし波乱の予感だな
643
:
名も無きAAのようです
:2013/10/02(水) 22:55:53 ID:VlisfmQkO
書類=魔導書、解答編までひっぱって欲しかったな
644
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:48:51 ID:kH3I6/no0
ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。
.
645
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:50:04 ID:kH3I6/no0
第八問。
選択問題 解答編。
「雨斎院雪吹の憂鬱」
.
646
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:51:05 ID:kH3I6/no0
敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ
.
647
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:52:06 ID:kH3I6/no0
【―― 1 ――】
―――気が付いた時には私の世界はアカイロに染まっていた。
何が起こったのだろう。
そう思って辺りを見回そうとしてみても、どうしてか、周囲と同じく赤い身体は少しも動いてくれなかった。
ここは何処かな。
見慣れた場所なのか、そうでないのか。
それでさえもよく分からない。
たとえよく知っている場所だったとしても、こんな風に真っ赤だったら分かるはずないか、なんて。
なんだか場違いにも程があるけどおかしくなってしまって力なく笑みを浮かべる。
もしかすると私は何処か怪我してるのかな。
これは私の血なのかな。
色々な考えが浮かんでは消え、けれど少しも纏まらず、私はただアカイロに抱かれていた。
648
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:53:07 ID:kH3I6/no0
朦朧とした意識で手を伸ばした。
最初に動かそうとした右手は動かなかったので、代わりに左手を空に伸ばした。
倒れたままで、精一杯に手を伸ばす。
助けを求めていたわけではない。
助かるなんて思っていなかった。
ただ、ふと涙で滲むアカイロの中に何かが見えたような気がして―――。
『……』
―――その手を。
何かが。
いや。
誰かが、やがては意識と共に力なく落ちるはずだった私の手を、掴んだ。
力強くはなかった。
優しい手。
柔らかだけど所々ゴツゴツした変な手が、酷く優しく私の手を取った。
649
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:54:10 ID:kH3I6/no0
『…………え?』
その人は何故かお祭りの屋台で売っていそうな狐を模したお面を被っていて、私は思わず眉を顰めた。
するとその人は黙って、空いていた片方の手でお面を外した。
一目見た印象は「刃物みたいな人」だった。
次に感じたのは「綺麗な人だなあ」で、最後に気が付いたのはその真っ直ぐな瞳。
視線で人を殺せてしまいそうな、そんな鋒を思わせる双眸が特徴的な、短髪の女の人だった。
彼女は言った。
『最初は鬼の面を被っていた。けど「桃から生まれた桃太郎……」と名乗ってしまって女とバレた。だから、今は狐面』
そんなことは訊いてない。
この状況でそんなどうでもいい設定を説明されても困る。
腹が立つような、呆れたような。
妙な感情が私を襲った。
……結局その複雑な思いは笑顔として表面に出た。
650
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:55:11 ID:kH3I6/no0
全てを諦めたような力ないそれではなく――――ちゃんとした、笑みとして。
『……良かった』
その時の彼女の顔は覚えていない。
でも、その時の暖かな背中と彼女の声は今も記憶に残っている。
私を背負いながら言った、小さな言の葉。
『――――笑顔になって、良かった』
きっと彼女も笑顔だったと思う。
それは助けられて良かったと、見えるはずのない神様に感謝するかのような、これ以上ない笑顔―――。
651
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:56:05 ID:kH3I6/no0
【―― 2 ――】
寝起きに感じたのは額に乗る濡れタオルの感触。
心地良い冷たさで意識が覚醒していき、クリアになった視界に甲斐甲斐しく私を看病してくれていた(らしい)同級生を見つけた。
ミセ* ー)リ「……あれ。でぃ……ちゃん?」
(#゚;;-゚)「お目覚めですか? 心配したのです」
同級生、朝比奈でぃ。
武装●金とかス●魔女の小説版とかの某キャラクターを思い出させる顔の一文字の傷が特徴的な、けれど損なわれることのない魅力と清楚さを持つ顔立ち。
少し短いポニーテールがよく似合う猫又と人間とのハーフ――半妖の少女。
今日も制服姿だけど……もしかして休日も制服なのかな?
似合ってて可愛いし、そこはかとなく犯罪的な匂いがする以外は眼福で良いんだけど。
ミセ;-ー-)リ「うーん……」
ベッドから身体を起こしつつ、辺りを見回す。
652
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:57:08 ID:kH3I6/no0
白い壁、並んだ寝台、病院にあるような仕切りのカーテン。
そのどれにも見覚えはなかったけどでぃちゃんがいるということから考えるに、ここは旧高岡診療所らしい。
以前泊まらせてもらった時は居間を借りたから分からなかったけど、こういう部屋もあるのか。
窓の外を伺うと、もう薄暗くなっている。
どれくらい眠っていたんだろうか。
ミセ;゚ー゚)リ「…………あれ?」
……眠る?
おかしいな、記憶が曖昧になってるぞ。
眠った覚えはないし、そもそもここに来た覚えもない。
(#゚;;-゚)「覚えていらっしゃいませんか?」
でぃちゃんの言葉に、恥ずかしながら、と呟いて首肯する。
彼女は瞳を伏せ続けた。
(# ;;-)「無理もないのです。……あんなものを見られたのですから」
653
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:58:07 ID:kH3I6/no0
ミセ;゚ー゚)リ「あんなもの? ……あっ!」
(#゚;;-゚)「思い出されましたか?」
思い出したよ、全部。
私がそう言おうとしたその時にガチャリという音が耳に届いた。
扉の開く音。
出入り口の方を見ると二十才くらいの白衣を着た男の人がいる。
男の人には珍しく、笑顔が似合う可愛らしい童顔の彼を私は知っている。
(,,^Д^)「おはよう……と、言ってももう夕方だけど」
ミセ*゚ -゚)リ「……ギコさん」
朝比奈擬古さん。
神道系の大学に通う大学生で、怪異の専門家で、そして他でもなくでぃちゃんの最愛の人。
……ていうか夫。
この診療所の現在の主は私の傍までやってくるとジッと私の顔を見つめる。
視線を逸らすのも失礼かなと思ったので、私も「こんな草食系っぽい人がでぃちゃんをアヘらせてるのか……」なんてことを考えつつ見つめ返す。
654
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 18:59:10 ID:kH3I6/no0
時間にして十秒ほどだっただろうか。
ギコお兄さんは「うん」と満足そうに頷いて今度は私の手を取ろうとする。
ふむ。
ミセ* -)リ「やんっ……」
(;゚Д゚)「!!?」
手が触れた時を狙って、喘いでみた。
ちょっとした悪戯だ。
朝、なつるにやったのと同じやつ。
どんな反応をするかなーと伺ってみると、ギコさんは私の手を離し飛び退り目を白黒させていた。
心なし頬も赤い。
……いい反応するなあ。
そして。
(# ;;-)「…………ご主人様」
655
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:00:07 ID:kH3I6/no0
(;-Д゚)「えっ? いやっ、なんて言うか……これは違うよ!」
(# ;;-)「何が、違うのですか……?」
(;゚Д゚)「多分今でぃちゃんが考えてる何もかも!!」
次の瞬間には、私のちょっとした悪戯心の所為で夫婦仲にヒビが入りかけていた。
ギコさんは追及を逃れるように後退り、逆にでぃちゃんはじりじりと間合いを詰めている。
(;-Д-)「脈を取ろうとしただけだから! 他意はないし!」
(# ;;-)「自覚はなかったとしても……いやらしい思いが心の中にあるから、手つきがいやらしくなるのです……」
(;゚Д゚)「ないよ!なかったよ!」
ミセ;゚ー゚)リ「あの、」
(# ;;-)「嘘です、嘘なのです……。ご主人様は、ミセリさんみたいな胸の大きな方が好きなのです……」
(;*-Д-)「それは――確かに好き、だけどさ……」
656
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:01:07 ID:kH3I6/no0
好きなのかよ。
(;゚Д゚)「いや好きなんだだけどこれは違う!!」
ミセ;゚ー゚)リ「いや、あの」
(# ;;-)「嘘です。昔から周りには妙に胸の大きな方が多かったのです」
ミセ;゚ -゚)リ「もしもーし?」
(;-Д-)「それは本当だけど嘘じゃない!!」
恋人を壁際まで追い詰めたでぃちゃんには、もうあの狐火のような橙色の魔力と共に猫の耳と尻尾が顕現していた。
普段は意識して引っ込めているらしいので彼女の耳と尻尾が出るのは気が抜けている時か、臨戦状態の時。
どう考えても今は後者だ、私の言葉も届いていないみたいだし。
堂々巡りの禅問答を続ける二人。
決着がついたのは、でぃちゃんが言いかけた一言だった。
657
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:02:05 ID:kH3I6/no0
(# ;;-)「ご主人様は――本当は、私のことなんか……」
あなたは優しいから、私の想いに応えてしまっただけで。
本当は他に好きな人がいたんでしょう?
……それは、そんなような意味を含んだ言葉だった。
今までの低く唸るような声ではなく、か細く、弱々しい女の子の声で発せられた。
彼女の、紛れもない、本心。
―――けれど。
(,, Д)「っ!」
けれど――そこからの展開は今までよりも更に劇的だった。
でぃちゃんが言葉を口にした瞬間、その刹那ギコさんが彼女の腕を引っ手繰るように掴み、そのまま傍にあったベッドに押し倒した。
驚きの声を漏らし目を見開き、次いで抵抗しようとするでぃちゃんに。
何か、彼女らしからぬ言葉を紡ぎかけた唇を、開きかけたそれを彼が自分の唇を重ねることで塞いだ。
658
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:03:07 ID:kH3I6/no0
平たく言うと。
押し倒してキスをした。
(#// -/)「ふぅっ、あっ――ぅ、ぁ……」
口の内側を舌でぐちゃぐちゃにされる。
キスに加えて弱いという耳を片手でいじられ、強張っていた身体の力が全部抜けていくのがここからでも分かった。
初めは抵抗していた彼女も、やがてはされるがままになった。
途中で一度離れたのにもう一度、今度は味わうようなキス。
唾液を啜って、その次は自分の唾液を流し込む。
うわー……。
相変わらずエロいチュウするなぁ、この二人……。
(#// -/)「あっ――はっ、ん……。やっ……ご主人、様ぁ……っ!」
切ない声で彼の名前を、呼んで。
ピンと一瞬だけ僅かに身体を仰け反らせた。
659
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:04:08 ID:kH3I6/no0
そして、やっと口を離したギコさんが服装を整えながら言う。
(,,-Д-)「…………でぃちゃん、俺はさ。知っているとは思うけれど、人の気持ちを勝手に決め付ける人間が嫌いだ」
自分のことをどう思うのかは本人の自由だと思うけれど。
他人の気持ちを決め付けるのは大嫌いだ、なんて。
彼らしからぬ、静かだけど強い意思を秘めた語調でギコさんは続ける。
戻らない過去を思い返すかのような口調で。
彼は続ける。
(,,-Д-)「でぃちゃんは自分のこと嫌い? ……そっか、でも俺はでぃちゃんのことが大好きだ」
目を潤ませ朦朧とした意識の彼女に何度目かの軽いキス。
そうしてまた言う。
(,, Д)「でぃちゃんは俺のこと嫌いになっちゃった? ……そうだとしても、俺はでぃちゃんのことが大好きだ」
660
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:05:06 ID:kH3I6/no0
前からずっと。
前よりずっと。
君のことが大好きなんだよ――と。
彼の言葉に、彼女は涙を流して答えた。
わざわざ言わせないでくださいよ、なんて、もどかしそうに。
(#// -/)「私だって……ご主人様のことが、大好きなのです……」
そっか、とギコさんは笑顔で頷いた。
続けて「でも」と言う。
( *-Д-)「でも……我が儘だけど、俺はでぃちゃんの口から聞きたかったんだ」
好きだという言葉を。
愛しているという感情を。
分かってはいるけれど、君の口から聞きたかったんだと。
661
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:06:07 ID:kH3I6/no0
……その気持ちは酷くよく分かった。
心臓が壊れるような強さで締め付けられるほどに。
「愛は説明を必要としないものだから、何度も気持ちを説明しあう恋人同士はすでに離れているか、離れかかっているんだよ」。
なんて、いつだったか生徒会長が言っていたけれど私はそうは思わない。
愛して欲しいって言葉は寂しいって意味じゃなくて、楽しみたいから、誰かといて楽しいから口にする言葉だ。
それは「あなたのことが好きです」っていう、ごく当たり前の挨拶なのだから。
(,, Д)「俺のこと好き?」
彼の問いに彼女は当然のように答える。
(#// -/)「はい。愛しています」
(,,-Д-)「ありがとう……少しは落ち着いた?」
(#// -/)「全然です――あなたといると、ドキドキしっぱなしなのです」
良かった、とギコさんは笑った。
俺もそうだから、なんて恥ずかしそうに言って。
662
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:07:08 ID:kH3I6/no0
さて。
ミセ;*^ー^)リ「あのー……。落ち着いたなら――いや落ち着いてないけど――もういいですか?」
私のその言葉に、でぃちゃんが真っ赤になって部屋を飛び出していくのは、この直後のこと。
663
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:08:11 ID:kH3I6/no0
【―― 3 ――】
部屋の人数は一人減って二人。
ギコさんは咳払いをすると「さて」と仕切り直しを謀る。
(;*-Д-)「じゃあ、色々あったけどそろそろ本題に入ろう」
ミセ*^ー^)リ「まさか咳払い程度でさっきのやつ忘れてくれとは言いませんよね?」
(;* Д)「いや……なんて言うか…………ごめん」
頭を下げる彼に、私は笑いながら気になっていたことを訊ねる。
ミセ*゚ー゚)リ「そう言えばギコさん、さっきキスしてましたけど」
(;* Д)「うん、したけど……それが何?」
ミセ*-ー-)リ「いや、ああいう唇で口を塞ぐのってギコさんらしくない気がするんですけど、誰かから教わったんですか?」
664
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:09:09 ID:kH3I6/no0
あんな少女マンガみたいな行動、ギコさんがするとは思えない。
なつるだってしないだろう。
……あの請負人を名乗った赤いお兄さんならするかもしれないけど……。
ギコさんは「ああ」と納得したように頷き、答える。
(,,-Д-)「俺のおじさん……厳密には俺の養父の、兄の、息子の人が言ってたんだよ」
ええと。
義理の父親の、兄の、息子だから……義理の従兄弟になるのかな?
ミセ*゚ー゚)リ「なんて言ってたんですか?」
(,,゚Д゚)「『女の子が泣き出したり、ヒステリーになったりした時は、とりあえずキスしてから次の行動を考える』」
ミセ;゚ -゚)リ「…………は?」
(;-Д-)「『キスすると大人しくなるから』って……。俺は、流石に好きな人にしかやりたくないし、やれないけど……」
665
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:10:06 ID:kH3I6/no0
凄いことを言う従兄弟がいたものだ。
そんなことをして許されるのは少女マンガの中だけだ。
現実でやったら平手打ちを喰らう。
……いや。
私も好きな人にやられたら大人しくなっちゃうかも……。
単純だなあ、女の子って。
ミセ;^ー^)リ「従兄弟の人、モテたんですねぇ」
(,,-Д-)「あー……うん。たまにしか会ったことないから分からないけど、そうみたい」
暗に「ギコさんもモテますよね?」という意味を含んだ言葉だったけれど、彼は気づかなかったみたいだ。
天然ジゴロってやつだろうか。
さて、じゃあそろそろ本当に閑話休題しよう。
666
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:11:10 ID:kH3I6/no0
【―― 4 ――】
―――今までの話を一度纏めてみよう。
まず最初にある道場で殺人事件が起こった。
被害者は武道家(大神さんという凄い人らしい)。
その人は真正面から何かで一突きにされた後、持っていた居合用の真剣で心臓の原形がなくなるほど何度も刺されたとされる。
それを今日の朝、学校に行く前に用事があって道場に寄った氷柱先輩が見つけた。
先輩はすぐに警察に連絡したけれど、学校用の鞄に加え手入れの為に持ち帰っていた梓弓を持っていたことで容疑者になってしまった。
でもギコさんも生徒会長も彼女だけは絶対に犯人じゃないと言う。
次に、警察から開放された氷柱先輩がギコさんに依頼をした。
依頼内容は「犯人を誰よりも早く見つけること」。
先輩が言うには、殺された大神さんという人はある文書(どんな媒体かは分からない)を常に持ち歩いていたらしい。
だけど氷柱先輩が刑事さんから聞いた話ではそんなものは遺留品の中にはなかった。
そもそもその文書は彼女の所有物で、先輩は何処からかのルートで大神さんが手に入れたそれを返してもらおうとしていた。
つまり氷柱先輩の目的は、警察より早く犯人を見つけて、その文書を取り返すことだ。
667
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:12:11 ID:kH3I6/no0
そして今日の放課後、私と生徒会長は正門前で自転車に乗ったある生徒を見た。
自転車籠には学生鞄が押し込まれていたんだけど、そこから何か良くない魔力が漏れ出していた。
封印が僅かに緩んでしまった所為らしい。
会長の言葉が正しければ「アイツが犯人」。
あの男の人が大神さんを殺し、会長曰く魔導書(=文書)を奪った人。
……うーん。
なんとなく話の概要は見えてきたけど……。
ミセ;-ー-)リ「正直なところ、私には全然分からないです」
(,,-Д-)「俺も、今のところ推理できてるのは半分程度、かな……」
腕を組み考えるギコさん。
その仕草はぶっちゃけあまり似合っていなかったけれど、でも既に半分は予測が立っているわけで、やっぱりこの人は優秀な専門家なのかもしれない。
私はさっぱりだもん、ってかこれ怪異絡みの事件なのかなあ?
会長が言っていることが正しかったとしても、犯人は被害者を真っ正面から串刺しにしている。
つまり、あの生徒の人が何かで武道家の先生を刺したことになるわけで、でも私が見た感じではそんなことができる武闘派には思えなかったんだ。
668
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:13:11 ID:kH3I6/no0
(,,゚Д゚)「いや、正面から刺すだけなら呪いなり毒なりで動きを止めればいいんだけど、」
ミセ*-3-)リ「けど?」
(,,-Д-)「それだと痕跡が残るはずだからなあ……」
ギコさんもでぃちゃんも魔力を調べることはできないが感知することはできるので、現場を見に行った時に何か気づいたはず。
それ以前に、事件の噂しか聞いておらず現場にも行っていない会長が気づいているから、何か、決定的な証拠のようなものがあったのだ。
あ、ていうか。
ミセ*゚ー゚)リ「もしかして、私をここまで運んできたのって会長ですか?」
(,,^Д^)「うん。背負ってね。自転車は学校に置いてきたらしいけど……お礼言っておきなよ」
ミセ*^ー^)リ「はい! ……って、」
「背負って」って、タクシー使ったとか迎えを呼んだとかじゃなく、徒歩で?
自転車使っても十分遠い距離なのに、学校から私を背負って、この商店街の外れまで?
いくら私が軽いと言ってもおかしいでしょ。
669
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:14:08 ID:kH3I6/no0
どんだけ鍛えてるんだ、あの人。
本当に化物じゃないだろうな。
というか、どうして私の家じゃなくてこの診療所に?
まあ、私の家には基本的に誰もいないので家に連れて行っても困るだけだろうけど。
(,,゚Д゚)「……そうか」
私の独り言にギコさんが反応した。
手を打って、やっと合点が行ったという風に。
そして、言う。
(,,-Д-)「俺はてっきり、あの子はミセリちゃんの家を知らなくて、だからここに連れて来たんだと思ってたけど……そうじゃなかったんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「え?」
(,,゚Д゚)「だってそうでしょ? 隣で後輩が意識を失ったとして、その子背負って知り合いの家まで行く?」
それは……行かないけど。
普通は保健室で休ませるか救急車を呼ぶと思う。
670
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:15:09 ID:kH3I6/no0
でも。
ミセ*゚ー゚)リ「でもギコさんは専門家ですよね? なら病院に連れて行くのと同じ感じじゃないですか?」
(,,-Д-)「なら俺の方を呼べば良い。俺は車持ってるんだし、そっちの方が効率的でしょ?」
なるほど、一理ある。
そうしなかったのが不思議なくらいだ。
だから、とギコさんは続ける。
(,,゚Д゚)「多分、ミセリちゃんの口から何かを言わせたかったんだ。ヒントになるような何かを」
ミセ;゚ -゚)リ「私から?」
(,,-Д-)「よーく思い出して。……今日、あの子と何を話したのかを」
そんなことを言われても……。
671
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:16:09 ID:kH3I6/no0
今日は朝から雨が降っていて私は遅刻して、
昼過ぎに着いて、
会長は身体を鍛えてるから片手で懸垂が出来て、
氷柱先輩が遺体の第一発見者になっちゃったから今日は学校に来てなくて、
ゴミは学校の予算で処理してもらってて、
今は法律が厳しくなったから学校の焼却炉はあまり使ってなくて、
部室棟の奥に綺麗な森があって、
その森の主はほぼ毎日近くの倉庫にいて、
でも今日はいなくて、
神聖さは心理的な隔たりが関係しているもので、
木の枝が折れてて、
芸術家さんがそれに怒るらしくて、
私は虫が嫌いで、
会長は虫を潰したりはしない人でいただきますをちゃんと言う人で、
怪異のことはよく知らなくて、
人間みたいな化物と化物みたいな人間はよく知ってて、
朝から変な知り合いと会ったからご機嫌で、
氷柱先輩は矢はなかったにせよ弓を持ってたから疑われて、
容疑者と被告人は全然違って、
会長は先輩が犯人なのはありえないと思ってて、
会長の家は秘密で、
顔に傷があるのに可愛い女の子は珍しくて、
そして、自転車に乗っていたあの人が魔導書を盗んだ犯人だって―――。
672
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:17:12 ID:kH3I6/no0
……聞き終わってギコさんは言った。
わかった、と。
(,,-Д-)「よく分かった。それでミセリちゃん、三つ質問」
ミセ;゚ー゚)リ「今ので本当に分かったんですか? 何が?」
(,,゚Д゚)「それは後で説明する。……今日、ミセリちゃんなんで遅刻したの?」
私の言葉を聞く時間も惜しいという風に一つ目の疑問を口にする。
別に答えるのは吝かじゃないけど、どう考えてもそれ事件に関係ないと思う。
ミセ*゚ -゚)リ「えっと……昨日は幼馴染の家に泊まってて、起きるのが遅れたからです」
(,,-Д゚)「昼過ぎまで寝てたの?」
ミセ*^ー^)リ「いやー、九時半には家出たんですけど……寄り道したりしてる内に。雨降ってて行く気が起きなかったのもありますけど」
(,,-Д-)「やっぱりね」
673
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:18:05 ID:kH3I6/no0
やっぱり?
(,,゚Д゚)「じゃあ二つ目。その森の主は比喩だと思うけど、その人ってなんで今日いなかったの?」
ミセ*-ー-)リ「えっと、今日が焼却炉を使う日だから、らしいですよ? 煙とか出ますし」
私の言葉にギコさんはまた満足そうに頷いた。
何がなんだか分からないけれど、彼の中では何かが納得できたらしい。
じゃあ最後、と前置いて彼は訊ねた。
(,,゚Д゚)「君が見たその枝が折られていた木って――――夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)だったよね?」
674
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:19:06 ID:kH3I6/no0
【―― 5 ――】
職場に帰る途中も車を運転しつつずっと考えていた。
絣の言葉の意味をだ。
被害者の苗字云々のことは置いておくにしても自転車については考えないといけないだろう。
どうして絣は「自転車に乗っている人間が犯人だ」と言ったのか。
多分とは言っていたが、まさか当てずっぽうで適当なことを言っているはずもない。
(‘、‘ノi|「……まるで信用しているようじゃないか」
警察署の駐車場に車を停車させ呟いた。
向こうでは朝からずっと雨が降り続いていたらしいが、こちらは朝から気持ちの良い快晴だった。
きっと今夜は星が見えるだろう。
車から降りると駐車場の端に濃い紅色の見覚えのあるオートバイが見えた。
確かホンダのCBR1000RRとか言うやつだ。
お世辞にもバイクに詳しいとは言えない私が何故名前を知っていたかと言えば、それが既知の相手のものだったからだ。
675
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:20:05 ID:kH3I6/no0
(‘、‘ノi|「あの何でも屋……また警察に来ているのか」
たまに現場に現れ犯人を推理していく素人探偵。
本人は「請負人」とか名乗っているが、つまりは何でも屋の青年だ。
あのバイクは奴の愛車なのだ。
あれがここにあるということはまた参考人として呼ばれているか何かの事件を解決したのだろう。
探偵の領分には殺人事件の推理も入っているとは思うので構わないし、またなんにせよ犯人が捕まるのは良いことなので煩く言うつもりはないがそれにしても最近はよく会う。
そこで私はやっと理解した。
(‘、‘ノi|「なるほど……だから『自転車に乗っている人間が犯人』か」
事件の被害者はメッタ刺しにされていた。
当然加害者には少なくない量の返り血が付着したはずだ。
早朝とは言えそんな状態で服を着替えに戻ることはできやしないだろうし、その場で着替えるのは誰かがやって来るのではないかという心理的に抵抗がある。
ならどうするか。
考えてみれば簡単だ、雨合羽を着ていれば良い。
676
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:21:05 ID:kH3I6/no0
それも着るのはただの合羽ではなく上下に分かれたタイプ、つまり自転車用の雨合羽だ。
学校などで指定されている紺のものなら更に良いだろう。
犯人は上下雨合羽で犯行に臨み被害者を殺害後すぐに脱いで収納用の袋に戻した。
現場は早朝から雨が降り続いていたのだから合羽を着ていてもなんら不自然ではない。
勿論着ていなかったところで「面倒くさがり屋だな」とは思われるだろうが不審ではない。
事実はさておき、おそらく絣はそう推測していた。ほんの数年前まで学生だった絣はすぐに思いついたはずだ。
(‘、‘ノi|「しかし、正面から一突きの謎は残るな……」
自動車に鍵をかけ頭を捻りつつ歩き出す。
署の方を見れば、ちょうどあの何でも屋の青年が出てきたところだった。
677
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:22:06 ID:kH3I6/no0
【―― 6 ――】
その男はやはり自転車に乗っていた。
籠の中の鞄もそのまま。
ただし服装は学生服ではなく普通の格好――人混みに入ればまず見つけられない、それを意図した服装になっていた。
濃い茶色の髪を隠すような野球帽が唯一の特徴と言っていい。
微弱に流れ出していた醜悪な魔力も、封印をかけ直したのか治まっていた。
川沿いを走っていた男はギコさんの姿を見つけ不思議そうな顔をし、ギコさんのすぐ後ろにいた私を気にすることはなく、その隣にいたでぃちゃんを見て納得したようだった。
(‘_L’)「あれはお前の差金か? 『魔法を失った魔法使い』さん」
(,,-Д-)「まあね」
顔が利くんだな、と男は低く笑った。
その雰囲気は、学生服を着ていたことが信じられないくらいに落ち着いた、大人のそれだった。
不愉快で。
不自然な。
魔術師らしい態度だった。
678
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:23:09 ID:kH3I6/no0
(‘_L’)「私が荷物を取りに帰っている間にそこら中の道路に結界や罠が仕掛けられていた。なんの目的でやっているのだかと思っていたが……私が目的だったか」
私から話を聞いた直後、ギコさんは何本か電話をかけた。
知り合いと同業者だよと笑っていたけれど、まさかそんなことをしていたなんて。
彫りの深い顔の男はそれを回避している内にここに誘い込まれたのだ。
仕掛けは対人用ではなく対物用。
一定以上の魔力を有する呪物を弾くものなど多数。
折角手に入れた文書――魔導書を傷つけたくなかった男は、罠のある道を避けて通るしかなかった。
(,,゚Д゚)「てっきり気が付いてあえて正面突破をしに来たのかと思ったけど、気が付いてなかったんだね」
ああ、と男は低い声で肯定する。
(‘_L’)「まさか、これの価値を正しく知る人間が私達以外にいるとは思ってなかったものでな……抜かった」
(,,-Д-)「……そう」
679
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:24:20 ID:kH3I6/no0
(‘_L’)「それに万が一これが損傷し、周囲の人間に被害が出ては取り返しが付かない。次からはもう少し後先考えて罠を仕掛けて欲しいものだ」
これ。
奪い取った文書。
魔導書。
(#゚;;-゚)「あなたの正体は? 何者なのですか」
(‘_L’)「お前に訊かれたのでは答える気も失せるが……ただの高校生だよ。ただ、学生である前に魔術師であるだけだ」
お前と同じだ妖怪、と彼はまた低く笑う。
学生である前に半妖である、朝比奈でぃという少女に向け。
(,,-Д-)「君はなんだ」
ギコさんは私を下がらせつつ問う。
680
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:25:15 ID:kH3I6/no0
(‘_L’)「ある祓い屋の一人だ。……今日までは高校生でもあったが」
自転車から降りつつ答え、男も問う。
(‘_L’)「ではお前はなんだ?」
(,,゚Д゚)「今は、ただの怪異専門の事件屋だよ。そして大学生でもある」
(‘_L’)「依頼か」
(,,-Д-)「まあね。君も依頼?」
(‘_L’)「そうだな」
(,,゚Д゚)「……殺人も?」
お互いに静かな口調だった。
ただその間、十メートルもない距離に満ちるのは明確な――敵意。
681
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:26:06 ID:kH3I6/no0
男は鞄から黒い切手入れのようなものと、同じく黒いクリアファイルを取り出す。
対しギコさんはグローブを填めた両手を白衣のポケットに入れたまま。
どちらも武闘派には見えないけれど、魔術を使う尋常ならざる彼等にそんな常識は通用しない。
ところで、と男が言った。
(‘_L’)「否定するつもりはないが……私が殺したのだと言うのなら、根拠を示して欲しいものだが」
ギコさんは黙って目を閉じる。
前とは違い、悪びれる様子もない人殺しを前にして。
682
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:27:06 ID:kH3I6/no0
【―― 7 ――】
(,,-Д-)「―――『梓弓』」
梓。
ブナ目。
カバノキ科。
カバノキ属に属する落葉高木。
日本において「梓」とは一般的にこの植物を指すが、キササゲやアカメガシワも同じ漢字で表す。
なのでそれ等と区別する為に『水目』や『ヨグソミネバリ』などとも呼ぶ。
(,,゚Д゚)「君が使ったのは梓弓。製法が多岐に渡る中でも最も簡易なやつだ」
その最も簡易な製法とは――奉射祭で使われる「梓の枝にそのまま弦を張っただけ」のものだという。
焼却炉近くの森にあった木(梓)を折ったのは彼で、それを用いて弓を作った。
つまり、何故今日事件が起きたのかと言えば。
683
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:28:05 ID:kH3I6/no0
(,,-Д-)「“今日が二週間に一度の焼却炉が使われる日で森に人がおらず、しかも証拠隠滅ができるから”――だよね?」
あの森の近くの倉庫には、ほぼ毎日ゲイジュツカさんがいるという。
他の生徒はまず来ないとしても、その人には枝を調達する際に目撃される可能性があった。
だから、今日。
二週間に一度定期的に焼却炉が使われ、その人がいない日に。
そして使い終わった凶器を処理する為に。
会長が言っていた「学校で燃やせるゴミ」には、木の枝も含まれている―――。
(#゚;;-゚)「今頃はもう灰になっていることでしょう。ですから証拠はないのです」
(,,-Д-)「同じように凶器も存在しない。……だって、君がわざわざ梓弓を用いたのは『鳴弦』の為だから」
最初の一撃。
正面からの一突き。
684
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:29:08 ID:kH3I6/no0
……凶器が見つからないのは当たり前だ、そもそもそんなものは存在しないのだから。
被害者を射抜いたのは『浄めの音』という不可視の刃。
矢を番えずに梓弓を弾くことで音を鳴らし、魔力を込めた音で邪を祓うという神道の技術――『鳴弦』。
(,,゚Д゚)「それは小さな傷しか作らなかっただろう。ひょっとしたら、怯んだだけだったかもしれない。だけど、」
(‘_L’)「安心しろ。否定をするつもりなどない」
お前達の推理は合っている、と。
ギコさんの言葉を遮るように男は首肯し言った。
ただ。
一つだけ付け加えることがあるとすれば、と続ける。
今までとは違う威嚇するような強い語調で。
(‘_L’)「私は殺人など犯していないし、人を殺したなんて思っていない」
何故ならば―――。
685
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:30:10 ID:kH3I6/no0
【―― 8 ――】
井戸端会議というわけでもないが私とその何でも屋の青年、モララーは駐車場で話し込んでいた。
捜査会議までにはまだ時間があり、そもそも私は一種の特権身分であるので課や係には縛られることがない。
周囲の和を乱すことになるのであまり気が進まないが元々会議に出る義務もなかった。
私はキャリアではないのでこの年齢で警視になることは異例だ。
省庁における「準キャリア」や「推薦組」に近く、かつてある事件を解決した功績によって現在の地位を与えられている。
階級は警視、役職は西部警察本部調査官などと言えば聞こえは良いが一種の左遷だ。
帝都警察のお偉方に嫌われて地方に飛ばされただけだ。
決して自棄になっているわけではないが警視なのに主な職務が書類整理なのはどういうことだろう。
( ・∀・)「いいんじゃんか。相●の特命係みたいでカッケーよ」
(‘、‘ノi|「なんだそれは」
(;・∀・)「アレっ、警察の人なのに通じない……? サブカル系は分からないことを学習して刑事ドラマのネタを使ったのに!」
(‘、‘ノi|「警察官だといって刑事ドラマを見ると思うとは随分安直だな。なあ、おい」
686
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:31:07 ID:kH3I6/no0
むしろ見ないことが多いと思うだろう。
このモララーという男。
顔立ちは随分と美形でかつ髪と瞳の色も珍しい赤系統、少し長い八重歯がチャームポイントという恵まれた容姿に加え身体つきも中々良い完璧な美男子。
だが如何せん格好付け過ぎることと訳の分からない発言が多いことで三枚目感が出てしまっている。
いや三枚目感をわざわざ出している妙な若者だった。
道化を演じるという彼なりの処世術なのだろう。
彼は呆れたように説明を始める。
こっちが内心呆れているのには気が付いていないらしい。
( -∀-)「『●棒』って言うのは水●豊が出てる刑事ドラマでさー、特命係っていうのは……警察の雑用係みたいな感じの部署で、にも関わらず事件をドンドン解決するわけですよ」
(‘、‘ノi|「貴様もしかして遠回しに私のことを雑用係と言っていないか?」
一応は管理官と同じ地位だぞ、おい。
(‘、‘ノi|「しかし●谷豊か……私も彼は好きだ」
( ・∀・)「ああテレビ全然見ないわけじゃないんだ」
687
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:32:05 ID:kH3I6/no0
(‘、‘ノi|「『探●事務所シリーズ』も『ハロー!グッ●イ』も大好きだ」
(;・∀・)「古い!今の子知らないんじゃね!?」
そんなに古くはないと思うが……。
最近の流行りは分からない。
(‘、‘ノi|「特に前者は大好きで昔は探偵になりたいと思っていた。現実の探偵を知って諦めたが」
( ・∀・)「ふーん……。じゃあなんで警察に?」
(‘、‘ノi|「学生時代に読んでいた推理小説の主人公が刑事で『こんな奴に解決できるのなら私だってできるはずだ』と思ったのだ。若気の至りだな」
( -∀-)「ちなみに何?」
(‘、‘ノi|「筒井●隆の『富●刑事』だ」
(;・∀・)「さっきより古くなった! ドラマ版じゃなくて!?」
(‘、‘ノi|「ドラマをやっていたのか……そうか、見たかったな」
(;・∀・)「てか『富豪●事』に原作があることを知ってる人の方が少数派だと思うけど……」
688
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:33:05 ID:kH3I6/no0
何故かまた驚かれてしまった。
確かに少し古い作品ではあるが名作なのに。
時代は変わるようだ。
私はふと、この素人探偵に絣の言葉を聞かせてみようと思い立った。
捜査に関することは言えないがあれくらいなら構わないだろう。
(‘、‘ノi|「なあ、おい。素人探偵」
( ・∀・)「いや俺は別に探偵じゃねーけど……何?」
(‘、‘ノi|「モンゴル人、トルコ人、アラスカ人。大神という苗字。関係があるとすれば、なんだ?」
彼は「簡単だ」と言い、続けてこう言った。
( -∀・)+「そりゃ――どれも犬や狼を先祖に持つってことだろ? 『大神』だとしたら」
まるで分からない。
説明しろ。
そういう視線をしてやると彼は更に付け加えて言う。
689
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:34:08 ID:kH3I6/no0
( -∀-)「大神という言葉は日本で狼を表す。気高い獣だから神聖視され祀られたりするんだな……だから、大きな神で、オオガミ」
オオサンショウウオの化身が「半崎」と名乗るのと同じだ、と例を出した。
その例は分からないが名が体を表すことは確かだ。
人間の場合は出自が多い。
ならば神話が元になっている名前に持つ者もいるだろう。
( ・∀・)「実際、アラスカ辺りのインディアンには部族名がまんま『狼』の意味だったりするんだってさ」
(‘、‘ノi|「なるほどな……。言われてみれば納得だ」
犯人を捕まえることにはなんの役にも立ちそうにないが。
そうぼやきかけた私に対しモララーは小首を傾げながら呟いた。
( -∀-)「けど、俺ならヨーロッパの人間をイメージするけどなー……」
(‘、‘ノi|「奴もそう言っていたが……何故だ?」
690
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:35:04 ID:kH3I6/no0
( ・∀・)「ルイ警視はイギリス系だから……えっと、ハーフだっけ?」
(‘、‘ノi|「そうだ。父方の名前だと『流依』となるな。それで、どうした?」
( ・∀・)「ああ。俺はクォーターで、俺の家、父親までは西ヨーロッパだから」
西洋、特にヨーロッパの人間が「狼」を名乗る人間を知って。
そしてその人物の出自に関係するものだと聞いたのなら。
きっと。
( -∀-)「『大神』と聞いて、ふと――“狼に変身するという言い伝えのある吸血鬼をイメージするんじゃないかって”」
691
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:36:06 ID:kH3I6/no0
【―― 9 ――】
あれは。
あれはな、と男は言う。
(‘_L’)「あれは――人間に化けた狼だぞ? ただの人狼だ。化物を祓って人殺し扱いされるのはおかしいだろう」
ミセ;゚ー゚)リ「!!」
それがあの人を殺して心臓を、吸血鬼の弱点であるそれの原形がなくなるまでメッタ刺しにした理由。
化物が人の皮を被って生活している。
自分を偽って、人間を騙して、のうのうと生きている。
それは紛れもない悪だ。
……その男は淡々とそう続ける。
コイツ等は何を言っているんだろうと言わんばかりの口調で。
(‘_L’)「祓い屋として依頼を請けたわけでもないのにボランティアで駆除してやったのだ。感謝はされても非難される謂れはない」
692
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:37:06 ID:kH3I6/no0
(,,-Д-)「あの人が人狼だったとして……人を襲っていたかどうかは、分からないでしょ?」
(‘_L’)「見解の相違だな。私達からしてみれば、人ならざる人外が人を騙していることは――そこに存在していることは、許せない」
それが、祓うことを仕事とする人間。
祓い屋としての価値観。
あるいは人間としてのごく当たり前な考え方―――。
(‘_L’)「私からすれば、人外怪異妖怪変化に肩入れすることの方が不思議なのだが」
……ああ、そうか。
会長、知った風なあなたは全部見抜いていたんですね。
真相を分かって話していたんだ。
―――人間には珍しいくらいに優しいね
―――普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに
693
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:38:17 ID:kH3I6/no0
その言葉は――これか。
こういうことですか、会長。
……一流の武道家は人の殺意や敵意を感じ取れるという。
だけど彼には殺意なんてなかった。
だから反応ができなかった。振り返っても避けることができなかった。
“ついそこにいた蚊を手で潰してしまうみたいに、虫けらを殺すように”――殺されたから。
彼は尚も続けた。
白衣の中で、ギコさんの握り拳が震えているのも気づかずに。
(‘_L’)「そこの猫又のように、管理されているのなら分かるが……」
(,, Д)「―――取り消せよ」
(‘_L’)「は?」
694
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:39:06 ID:kH3I6/no0
―――その時、私は初めて聞いた。
あの温厚なギコさんが激昂した時に出す声を。
―――そしてその時、私は初めて見た。
『魔法を失った魔法使い』である彼の魔力を。
その声も、その魔力も、そのどちらもが――――闇よりも暗い黒色だった。
(# Д)「さっきの言葉を取り消せと言った……!」
世界を呪うような。
憎悪のような、慟哭のような。
それは、そんな声だった。
校門の前で感じた恐怖が理解不能なものに対するそれだとすれば、今私が感じる恐怖は理解でき過ぎるそれ。
否が応でも心が揺さぶられる感情―――。
695
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:40:06 ID:kH3I6/no0
ミセ; -)リ「ひっ……」
思わず息を呑んだ私に声をかけたのは、豈図らんや、祓い屋の彼だった。
(‘_L’)「―――そこの女の子。君だけはちゃんとした人間だろう? ここは危ないから、早く遠くへ逃げなさい」
ミセ;゚ー゚)リ「え……?」
( -_L- )「ただの興味本位の怖いもの見たさだったのかもしれないけれど、安易に怪異関わったりしちゃあいけないよ」
さあ――と。
間合いを図りながら私に呼びかける。
さっきまでのものとは違う優しい声音。
……私はふと。
私を本気で案じるその声で、この世界から争いがなくならない理由が分かった気がした。
696
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:41:09 ID:kH3I6/no0
駄目だ。
この人とギコさんじゃあ、信じるものが違い過ぎる―――!
(;#゚;;-゚)「ご主人様、落ち着いてください……! しっかりしてください!」
(# Д)「落ち着けないよ――これだけは」
その一線だけは譲れない。
同じく徐々に河原の方に移動する彼の背中がそう言っていた。
対し、一足早く川に近づいていた妖祓いの男が後方へ走り出しながらも笑う。
( _L )「これの価値を知りながらここで待ち伏せをしたのは愚策だったな、『魔法を失った魔法使い』――いや、」
“人間の成り損ない!”。
男はギコさんを差し示しそう言って、そして。
手に入れた魔導書を――開放した。
697
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:42:03 ID:kH3I6/no0
話の途中ですが今日はこれまで。
続きは近いうちに
698
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 21:12:09 ID:mkPtU6bo0
乙
良いところ終わったから続きが気になる。
699
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:10:29 ID:llSprxGo0
【―― 10 ――】
あの警視さんに言った「文書」というのは正しくはないが嘘でもない。
大神という男が持っていたとされる文書――USBメモリは、ただの文書ファイルではなく魔導書のコピーであるからだ。
魔術師の常識ではフラッシュメモリに魔導書を記憶させるなど正気の沙汰とは思えないだろうが、そういう効果を元々の所持者は狙ったのだろう。
「まさか現代機械に記録されているわけがない」と。
加えて言えば、あれは電子の多寡で“0”と“1”を表しているのでプリントアウトしない限りはただのデータだ。
だからこそ、今の今まで気付かれずに保管することができていた。
保存されていた魔道書の名前は『螺湮城本伝』という。
より通りの良い名前でならば『ルルイエ異本』になる。
クトゥルフ神話は周知の通りフィクションだが、あの作品群の中には一部事実が含まれている。
その一つがルルイエ異本の存在だ。
言わば、あのUSBメモリに保存されているのは“本物のルルイエ異本(を写したもの)”だ。
内容は小説内で示されたものとほぼ同じだという。
ムーとルルイエについて、大いなる神クトゥルフとその眷属、彼等の海との関わり……。
リパ -ノゝ「ひょっとするとあの苗字は『大いなる神(クトゥルフ)』と『大神(狼)』のダブルミーニングだったのかもしれません」
700
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:11:09 ID:llSprxGo0
まさか、そんなはずもないだろうが。
冗談にしても笑えない。
本当に特に笑えないのはルルイエ異本の中には異界のモノの召喚方法も記述されているということだが―――。
リパ -ノゝ「個人的に所有し使う分ならば特に制止はしません」
祓い屋はどう思うか分からないが少なくとも公儀隠密としてはそれを止めることはない。
正義の価値観の問題である。
私達は包丁を買った人間を処罰したりはしない。
私達の仕事は「公共の福祉を著しく損ねる人間及び人外の処罰」であり。
その中でも私の仕事は「法律でもまず極刑に相当する人間及び人外への死刑執行」であるのだから。
殺人罪相当行為としての犯人は私以外の人員が調査しているし、殺人事件としての犯人は警察が調査していることだろう。
リハ ーノゝ「まあ―――」
それ以外の人間が犯人を追い詰めることも、ありえるけれど。
701
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:12:06 ID:llSprxGo0
【―― 11 ――】
黒いクリアファイルが開かれた瞬間、それは巻き起こった。
あの時と同じ。
冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――魔力と恐怖の奔流。
あの時と違ったのは、まず魔力の総量。
次に、その力が明確な指向性を持ったものであること。
最後に異界より呼び込まれた怪異の存在だ。
ミセ;゚ -゚)リ「う、あ……」
―――いや。
それは「海魔」と呼ぶのが相応しかっただろうか。
702
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:13:19 ID:llSprxGo0
流れ出した醜悪な魔力の中から、青黒くうねくる何かが姿を表した。
蛸のような烏賊のような、全身に吸盤のような顎門を持つ見たこともない不定形の化物達。
悍ましい……その感想しか出てこない。
一匹目が川の魚を食い荒らし、その血で二匹目、それ以後は連鎖だった。
増え続けた海魔は数秒足らずで三十匹に達していた。
ミセ; -)リ「うげぇぇ……」
夢に出そうな光景だ。
確かニャ●子さんで「クトゥルフの眷属って茹でたら蛸みたいに食べられますよねー」みたいな台詞があったけど、どんな神経していたらこれを食べる気になるんだ!?
そいつのSAN値(正気度)絶対にゼロだろ!
(‘_L’)「本来は人間を生贄に捧げなければならないらしいですが、そんな非道なことはできないので仕方ありません」
……でも、分かった気がする。
なんとなくだけど。
あの祓い屋の人は怪異がこういう風に見えているんだ。
703
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:14:34 ID:llSprxGo0
殺したという武道家の人も。
でぃちゃんも。
こういう悍ましい化物が人間に化けていると――思っているんだ。
(# Д)「でぃちゃん!」
ギコさんが名を呼ぶ。
(#゚;;-゚)「はい――では、流派なし、朝比奈でぃ。……参ります」
言いながら、竹刀袋から日本刀を取り出しそのまま鯉口を切る。
蠢く化物に呼応するように始まるのは、先程あの魔導書が起こしたのと同じ力の奔流。
醜悪な魔力の霧が満ち始めた空間に狐火のような綺麗なオレンジが煌く。
染められたキャンパスが、彼女を中心に染め直される。
猫の瞳のような色の魔力が少女の身体から迸り、と同時に彼女は走り出す。
704
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:15:17 ID:llSprxGo0
男が笑う。
(#‘_L’)「愚かな……。猫の妖怪が、水の中でクトゥルフの眷属に勝てると思うのか!」
ミセ;゚ー゚)リ「あっ!!」
その言葉で私も気がついた。
ここが、他でもなく水辺だということに。
あの蛸のような海魔達にとっては川、水の中はほとんどホームグラウンド。
逆に先祖が乾燥地帯にいた猫は本能的に水を恐れる。
そもそも猫云々ではなく、人間の姿をしたものは水中ではいつものように動くことができない。
瞬間的に最高速度に到達する凄まじい瞬発力も――この状況では死にスキルだ!
(#‘_L’)「何より――猫は軟体動物を食べることができない!!」
ミセ;゚д゚)リ「いやそうでなくても食べないですよ!?」
何キメ顔で指差しつつ言ってるんだよ!
食べられたとしても食べないよ!
705
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:16:10 ID:llSprxGo0
ただ、彼の言は事実だ。
食べる云々は置いておくにしてもこのフィールド、川で猫又が勝てるわけがないのだ。
常識的に考えて。
……その光景を目にするまでそんな風に思っていたのは私がまだまだ普通の人間だったからだろう。
条理の外で生きる魔法使い達に――私の常識が通用するわけがないのに。
それは、唐突に起こった。
(,,-Д-)「水を――――禁じる」
世界が捻れた。
空間が揺らめいた。
でぃちゃんの遙か後方、川にお札を貼り付けた刹那だった。
バキリといういつかと同じ音と共に――“水が、その性質を禁じられた”。
ギコさんの使う唯二の魔法によって。
それは、つまり―――。
706
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:17:10 ID:llSprxGo0
(;‘_L’)「……なにっ!?」
でぃちゃんが岸から河中へと身を躍らせた。
疾走する半妖の彼女が水面を蹴り、水飛沫をいくつも飛ばした。
けれど、その爪先が沈むことはない。
蹴られる水は大地と変わらぬ強固さで以て彼女の疾駆を受け止めていた。
そのままの勢いで距離は詰められ振り抜かれた日本刀が海魔の一匹を真っ二つにした。
(,,-Д-)「水を禁じた。これでもう……水は水としての性質を失った」
火を禁じれば燃えることはなく。
水を禁じれば沈むことさえもない。
『禁呪』。
前にもそう言っていたじゃないか―――!
(;‘_L’)「ぐ、く……だが! まだイーブンになっただけだ!!」
707
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:18:09 ID:llSprxGo0
祓い屋の男が焦り叫ぶ。
今度はギコさんが男の方へと走り出す。
「管理されている」という言葉は不適切だった。
統率ではなく、協力。
言葉もないのに完璧な分担ができる間柄を――「仲間」と呼ばずに、なんと呼ぶというのだろう。
ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃん……ギコさん……!」
両手を合わせて祈った。
彼等の無事を。
……そう。
手を合わせ祈る私はまだ分かっていなかったのだ。
ギコさんの言葉の意味を。
会長の言葉の意味を。
「彼女が犯人であることはありえない」という、その理由を―――。
708
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:19:09 ID:llSprxGo0
【―― 12 ――】
『ギコさん――――でぃちゃんを二秒以内に退かせてください』
その声は柔らかで優しげだった。
祓い屋の男の人がいた場所の更に後方から、ポツリと。
決して大きな声でもなかったのに場にいた誰もがその声を聞いた。
言葉と――同時。
(;゚Д゚)「でぃちゃんっ!下がって!!」
(;# ;;-)「っ!」
完全に取り乱した口調で、見たこともないほどに焦ってギコさんが彼女の名前を叫ぶ。
呼ばれるまでもなくでぃちゃんは踵を返し海魔の群れを放置し彼の元へ走る。
709
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:20:10 ID:llSprxGo0
一秒後―――。
(;‘_L’)「なんだ、何が―――」
男の人が訳も分からず音源の方を振り返る。
私もそれを見た。
私やでぃちゃんと同じ淳高の制服。
魔性の風に揺れる半ばから緩やかにカーブした黒髪。
ギコさんに依頼をした後、姿を消していた彼女は、今は和弓を構えていた。
二メートル以上の弓の弦は引かれている。
一目見て神聖と分かるその弓は、梓弓。
二秒後―――。
li イ* ーノl|
710
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:21:08 ID:llSprxGo0
左斜め前にやや弓を押し開く斜面の構えをしていた彼女――幽屋氷柱は、指を離した。
弦を、打ち鳴らした。
『鳴弦』―――。
―――刹那。
五十を超えていた海魔達が同時に吹き飛び掻き消えた。
跡形も残らず全てだ。
極寒の地の早朝の空気のような澄んだ白色の魔力を乗せ放たれた浄めの音が迸り、一瞬間で空間を禊ぎ切ったのだ。
(;‘_L’)「なっ――ッ!!?」
彼の驚きは無理もなかった。
異形の軍勢が一瞬で祓われたのに加え、音に弾かれ地に落ちたその黒いクリアファイルの中身――転写した魔道書さえもが、清められてしまったのだから。
711
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:22:06 ID:llSprxGo0
ミセ;゚ー゚)リ「めい……げん……?」
li イ*-ー-ノl|「中らずとも遠からず、ですね。これは『寄絃』と言うものです。鳴弦の元になったものです」
私の呟きに、構えを解いた氷柱先輩が答える。
こちらへ歩いて来ながら。
先程まで異形のモノが蠢く異界と化していたとはつゆも思えない、ごく普通の河原に歩いて来た。
祓い屋の人の魔術やでぃちゃんの魔力が白いキャンパスを染めるものであるのなら。
先輩の寄絃は――染められたキャンパスを、元に戻すものだった。
ミセ;゚ -゚)リ「氷柱先輩……あなたって……」
li イ*゚ー゚ノl|「―――幽屋氷柱は、」
私の元までやってきた先輩は言う。
li イ*゚ー゚ノl|「幽屋氷柱は――ただの弓道部所属の高校生ですが、今の私は幽屋氷柱ではありません」
712
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:23:11 ID:llSprxGo0
誰も動けない。
身動ぎもできない。
一瞬にして一撃にして空間を掌握した彼女は、笑顔で言った。
li イ*^ー^ノl|「私の本名は『雨斎院雪吹』――――雨斎院白魔神社の巫女にして宮司です」
そう、柔らかに微笑んだままで。
713
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:24:05 ID:llSprxGo0
【―― 13 ――】
ああ、そっか。
「犯人ではない」の意味は、こういうことか。
ありえないんだ。
幽屋氷柱という人が、雨斎院雪吹という人が本気を出したなら――“一撃で終わっていなければおかしい”んだ。
会長も、ギコさんもそれを分かっていた。
li イ*-ー-ノl|「さて……」
相手が狼男でもクトゥルフの眷属でも。
それが不浄のものであるのなら、彼女が負ける道理は何処にもないんだ。
ある意味で一番の化物である彼女は言う。
li イ*^ー^ノl|「ギコさん、でぃちゃん。ありがとうございました。公的な身分がある私では土地の持ち主は頼りにくくて……」
(,, Д)「…………」
li イ*゚ー゚ノl|「本当に、ありがとうございます」
714
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:25:08 ID:llSprxGo0
ギコさんは河原に倒れていた。
いや倒れているんじゃない、その下にいるでぃちゃんを庇っていた。
先輩の寄絃で、半妖である彼女が禊がれてしまわないように。
逆に言うのなら。
彼女は――最悪でぃちゃんに被害が出ても良いと、思っていたんだろう。
li イ*-ー-ノl|「さて、祓い屋さん」
(;‘_L’)「な……んだ……?」
li イ*^ー^ノl|「そのUSBメモリは私達が預っているべきものです」
慄く男に先輩は笑顔のままで丁寧にお願いする。
返して頂けませんか、と。
それが笑みのままでの恫喝だということは、私でも分かった。
交渉する余地は僅かもない。
先ほどは魔を禊いだだけだが、あの凄まじい威力の寄絃が人間には向けられないという保証は、何処にもないのだから。
715
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:26:06 ID:llSprxGo0
(; _L)「あ、ああ……分かった。元の持ち主がいるのなら、仕方がないな……」
li イ*^ー^ノl|「ありがとうございます。そして妖祓い、お疲れ様でした」
労いの言葉をかけ、けれど巫女は続けて言った。
li イ* ーノl|「……ですが、自分の土地でもない場所で許可も取らずに人を祓った上、地脈を穢すモノを呼び出すなんて――随分と命知らずなんですね」
冷たい口調で紡がれたそれが依頼の理由。
捕まえられなかったわけではなく、この一帯の主に許可を取るのが嫌だった。
公的な立場がある彼女は、貸しを作るのを避けたかった。
……そういう裏の世界のことはよく分からないけれど、きっとそうだ。
メモリを受け取り、続けて言った言葉が私に確信を与えた。
li イ*^ー^ノl|「早くこの地域から退散した方が良いですよ、祓い屋さん。主の朝比奈さんは大変気分を害されたそうです」
(; _L)「っ……!」
716
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:27:07 ID:llSprxGo0
男は必死で何処かへと走り去って行った。
自転車も鞄も、あれほど執着していた魔導書も置き去りにして。
ミセ;゚ー゚)リ「…………」
朝比奈さん。
この地域から帝国議会に出ている議員の人の苗字。
……でぃちゃんと同じ、苗字。
雨斎院雪吹が朝比奈擬古に頼んだ理由。
依頼ですらない、お願いの理由。
それは、自分では許可の取りづらい同じく地位のある人間に――身内から話を付けて貰う為。
ミセ* -)リ「……先輩」
私は声を搾り出す。
これだけは訊いていかなきゃ駄目だから。
717
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:28:06 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「なんですか? 水無月さん」
ミセ* -)リ「先輩は――でぃちゃんが怪我をしても良いと、思っていたんですか……?」
li イ*゚ー゚ノl|「はい」
悩む様子もなく彼女は応答した。
躊躇も、逡巡もなく。
まるででぃちゃんを「化物」と呼んだ、あの祓い屋の人のように。
けれどあの人と違ったのは。
祓い屋と神職の違ったところは。
li イ*-ー-ノl|「神職の仕事は区切ることです――聖域とそれ以外を。神仏の領域と、人間の領域と……怪異の領域を」
神仏の領域。
人間の領域。
怪異の領域。
それらを区切ることが神職としての仕事。
そうであるのならば―――。
718
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:29:05 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「私は無害の怪異を禊いだりはしませんが――代わりに有害な人間は、ちゃんと禊ぎます」
尤も。
今日は個人的用件でしたけど、なんて。
あくまで笑みを浮かべたままで彼女は言って。
そうしてから。
では仕上げをしましょうか、と丁寧に弓を地面に下ろし―――。
li イ*-ー-ノl|「拍手―――」
ぱんっ、という一度の拍手で以てこの土地の神に拝すると、そのまま河原を去って行った。
最後まで――笑顔のままで。
―――私は、今日の朝までは感情移入ができていた先輩がずっと遠くに行ってしまったような気がして。
共通項がなくなってしまったように感じてしまって。
彼女の姿が見えなくなるまで、その背中を眺め続けていた。
719
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:30:09 ID:llSprxGo0
【―― 14 ――】
しかしさあ、と素人探偵が言う。
そろそろ本気で時間が危ないのだが私は律儀に先を促した。
( ・∀・)「ルイ警視にヒントをあげた人、自分で犯人捕まえればいいのにな」
(‘、‘ノi|「ん? それはそいつは警察ではなく諜報機関の人間であるから……」
( -∀-)「それにしたって、警察には関係のない苗字の件はいいとしても、警察に関係ある自転車の件はちゃんと説明していけって思わねー?」
それもそうだ。
別に急いでるようでもなかったし説明してくれれば良かったし私も訊ねれば良かった。
もしかして嫌われているのだろうか。
ふとそう思ったが思考を遮るように、そして思いついたようでモララーが言った。
さっきの話じゃないけどさ、と前置き。
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