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羽娘がいるからちょっと来て見たら?

1代理 ◆Ul0WcMmt2k:2006/08/08(火) 18:57:48 ID:/i4UGyBA
どうぞ

466二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/09/20(水) 00:07:24 ID:0p5tK0/Y
「わんこちゃんが飼いたくなってしまいまして!」
「――はい?」
「もぉ……であったばかりですのにこの子ったら可愛くてもーっ!」
「ゆ……ゆこさん?」
「はい、たろちゃーん。ご挨拶なさい?」
「きゅうん?」
「きゃー可愛いっ可愛いっ!」
「ゆこさんって……犬好きなんすね……」
「もー大好き大好きっ! あ……こらあ、たろちゃん! それはめーですわ! ……っと、すいません……この辺りで失礼させていただきますわ」
「あ、電話すんませんー。犬と仲良くしてくださいっす」
「はい、ではまた明日……」

通話終了の音が響きまして、一同が微妙な表情をしていました。
「なるほどねー……」
「たいちょーたいちょー」
「? 何?」
「鼻血」
「え!? え!?」
平日は変わらぬ物ですね。

おしまい。

467隣りの名無しさん:2006/09/20(水) 00:26:47 ID:nqjpc5lc
もしや、今までは犬飼えない物件だったのかwwww
というより大統領はどうなんだwwwwwwwww

GJw

468隣りの名無しさん:2006/09/20(水) 00:42:18 ID:oo5obD3w
もう……タマリマセン。
犬に……なりたいです。

469二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/09/20(水) 01:38:30 ID:0p5tK0/Y
>>467
プライベートルームは基本ペット禁止ね
大統領にはやまれぬ事情が……
個人持ちはダメなのよねー

>>468
ふふふ……ふっふっふ……
「わんこちゃんは大好きですのー!」
「……隊長、鼻血」
「はっ?!」

470隣りの名無しさん:2006/09/21(木) 16:48:11 ID:lfxBgxao
じゃあ、きつねはー?(´・ω・)

471二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/09/21(木) 22:57:55 ID:wKQsnTPE
>>470
「……うーん」
「なつかない子は嫌いなんでしょうか……」
「そうじゃないですけど飼育が……」

472隣りの名無しさん:2006/09/22(金) 01:10:15 ID:EvX2nZbs
緑のたぬきはー?

473隣りの名無しさん:2006/09/22(金) 01:11:50 ID:sPUHZ7.s
緑のたぬきは、なな&リベッカにプレゼントしましょう

474二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:52:27 ID:Ggvnncms
>>472
「なんですか、それは?」


>>473
「「しらなーい」」

「「まねすんなー!」」


さて、久々の大きめ投下
サイドストーリー第一話です

475二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:53:27 ID:Ggvnncms
時は少し違い、場所はかなり違う。
いつもの物語とは違う、隣国のお話――。
たった一人で歌を叫んだ、ある人物のお話。
そのお話は、重要な。
大事な転機を担った話で。
この国ではそれを、
生まれたてのサーガと申します。

476二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:54:08 ID:Ggvnncms
ここは、隣国でも特に辺鄙な場所だった。
山がちで気温は低く、山脈の一角は万年雪。そんな場所。
大机で虚空を見つめるのは一人の娘で。
二十を過ぎた彼女は、平坦な視線で視線を泳がせていた。
どこかへと向ける視線は現在を見ていない。
過去を見ている。
過去視ではなく、ただの回顧、そういうことだ。
「Jarl?……ヤール! Undskyld.(失礼します)」
現在より来る声はおぼろげに、そして少しずつ明確に。
「あ……、何か?」
ようやく彼女は現在に戻り、視線を一人の娘へと向けた。
意識をようやく集中させた彼女専属のhouse karl(侍従)であり、huskarl(近衛兵)である娘に。
「エルヤ様……。いかに私のようなハスカールが居る時でも、それはヤールとしてどうかと……」
「ごめん、気を付けるよナンナ」
言われたとおり、彼女はヤールだ。
領主であり、騎士である。
伯爵位を与えられている。――例えその領地が辺境であろうとも、狭くとも。
若くしてヤールになった彼女へは十二分の評価があった。
「昔を……思い出されていたのですか?」
「内容は言わないよ」
無言、軽くうなずくのはナンナで。
「で、何?」
ため息一つ。それは苦労とも、心配とも――切なく、とも取れる複雑な物だ。
「いけませんよ、私以外にそんな軽くしては……。仮にも……」
「わーかってるって……」
外見も立場も下だが、ナンナは遠慮を見せず意見を続ける。
「いかにお父上の崩御とは言いましても、実力では折り紙付きなのですから……舐められないように……!」
「そういうプレッシャーは要らないよ……。ボクが上がり症って解ってんの?」
「ほらー! そうやってすぐボクって言う!」
「いいじゃないかよう! 二人っきりだぞ!」
今度はナンナが黙った。赤面を付随して。
「……エルヤ様。まだお昼です」
「いやいやいや、ごめん。……続けてくれる?」
「は、はいっ!」
ようやくの雰囲気を取り戻した一室――執務室――をナンナは動き、大机へと書類を置く。

477二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:54:45 ID:Ggvnncms
「反乱軍鎮圧への支援要請は午後三時とありますが」
ふむ、と一声。判断はそこで終わる。
「ヘルシール二人分、それでいいや」
「かしこまりました」
ヘルシール、戦場において指揮官の役割を担う者である。
ヤールは陣頭へはあまり顔を出さぬ存在で、必要あらば一騎打ち、あるいは総合指揮を担う程度だ。
「エルヤ様はどうなさいます?」
「開幕だけやる。あとは任せた」
「了解しました。では後ほど……」
一礼、そしてナンナは執務室を静かに立ち去ろうとする。
「ナンナ」
「……はい?」
「ごめん」
「忘れられないんですね。大丈夫ですよ。……気にしてません」
「そう言うことにしとく」
「はい」
挨拶をしつつ、ナンナは後ろ手でドアを開け、音もなく立ち去る。

478二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:56:02 ID:Ggvnncms
「はー……」
ナンナの雰囲気が消え、エルヤはため息一つ、机に突いた右肘を杖に頭を支えた。
手首にはリングが二つ、そして革紐が一つ。
二つのリングは君主より賜った物だ。この国では君主の配下にヤール、そしてその下の領民となる。
君主より、信頼の証としてリングを送ることは文化として残る物であり、名誉と実力を示す物。
この歳で二つのリングは異例だった。何せ殆どのヤールが一つのリングで人生を終える。
まだ続く人生の中、初期に二つを賜った彼女の実力は、それが物語る。
「落ち着かないなぁ……」
左手で革紐を撫で、昔を思い出す。
アザラシの皮で出来た紐だ。他国でもそうだが、十になるまで飛行は勧められていない。
それを七つの頃、己一人でしとめたアザラシよりなめした物で。
元は綺麗に切り開いた皮だった。
父に憧れ、それを被っていた事もある。
平民出の父は、己の腕一つでヤールに上りつめた。
単純なる一兵卒より、熊皮を纏った、狂戦士に連なる存在ウルフサルクへ、そしてヘルシールと。
熊皮に憧れたアザラシ娘は、ここまで成長した。
文句は多い。問題も多い、それでも実力溢れる若きヤールだ。
「ま……なるようになるよね、父さん」
今は無き、内乱で命を落とした父を思う。

479二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:56:33 ID:Ggvnncms
午後三時、隣の領地にて。エルヤは二個小隊を率いていた。
彼女も装備を調え、その赤毛の長い髪は、山猫をなめした革帽子が包んでいる。
「さ、準備はいい?」
男達が無言でうなずく。それに満足して視線を真後ろにまでやれば、そこにはビルがあり。
「まさか立てこもるとは……」
ナンナが一言。それは驚愕ではある。
別の意味で。
「好都合、っと!」
エルヤの一息、それによって物体が投擲される。
幅広の物体が空を切り裂き、窓硝子の向こう、内乱を起こす反乱兵の一人目がけ。
弾丸よりも巨大で、人が飛ぶ程の速度を持つそれは手斧だ。
この地域では製鉄技術に遅れがあった。
叩けば曲がり、踏めば戻る、そのような剣ばかりで、兵は斧を愛用するようになった、その名残でもある。
製鉄技術の向上した今でもそれは守られており、エルヤを始め全ての兵が槍あるいは斧を持つ。
手斧は確実にガラスを割り、反乱兵の頭へ食い込む。
「行け!」
エルヤの声と共に、配下の兵がビルへ殺到した。
斧を投げる。銃弾よりも速度は出ない。だが、機先を奪う心理効果では十二分の意味を見せていた。
エルヤはもう、戦闘態勢を取らない。
「エルヤがいるぞ! Himinglaeva(天の輝き)のエルヤだ! もうおしまいだ……逃げろ!」
斧が名刺となり、相手が浮き足立っているからだ。
空のある所でならば上空より襲いかかるそれを確認し、反乱軍は乱れていく。
「お疲れさまです」
誰よりも彼女を理解している(少なくとも彼女の領地では)ナンナがねぎらいの声をかけた。

480二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:57:04 ID:Ggvnncms
鎮圧終了を理解したのは午後四時。たった一時間の任務であった。
「被害は硝子窓を始め物損のみ。保証は要りません」
「そ。……じゃあ帰るぞ!」
鋭い視線はエルヤがヤールである時間の現れ。
「ったく……仲間内で争ってる場合じゃないのに……」
「全くです。他国へと視線を移すべきなのですが……。そういえば、鷲尾様よりメールが来ていました」
「解った。また厄介事かな」
「ヤール、疑念を抱く者もおります、何かと音便に……」
「解ってるよ。さ、今日の仕事は終わりだ。もうだらける」
「全くぅ……。そういう事をすぐに申されますから、移り気可変欲とラクェル様に言われて……」
「ナンナ」
「もー……もっとしっかりしてくれませんと、私も……」
「ナンナ・ライノッ!」
鋭い声がある。咎めることを第一に、相手の気遣いは全く感じられない遮る声だ。
「あ……申し訳ありません」
ナンナを見つめるエルヤの視線、それは再びヤールの鋭い視線で、
「もう、そんな事はないから。……じゃ、穴埋めね? 文字通り」
途端に笑った。
「そういう言い方はどうかと思いますーっ!」
抗議と赤面は、他の者には伝わらないニュアンスがある。

481二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/02(月) 22:57:59 ID:Ggvnncms
一糸まとわぬ姿、うつぶせで布団にくるまるのはエルヤで。
「まさか二度とはー……」
疲れた様子のナンナを隣に置く。
「今日はそういう気分だったんだもん」
文句を返すエルヤは、鋭さの欠片もない言葉を返す。
「ところで……鷲尾様からのメールは何と……」
「おさそい」
「ちょ、ちょっと! まさかOKとかしてないでしょうね?!」
「あの人、好みじゃないから」
「はぁー……。エルヤ様? 二度呼びましたよ、ラクェル様の事」
「……ごめん」
「いいですよ……代わりでも」
「……」
今はない。そう、帰ってこないラクェルを思い出す。
「忘れる努力はするよ……」
「忘れられる方では無いでしょう? ……昨日より一回減ったからいいです」
「ん……」
そこでつぶれた。頭まで布団を被り、何も言わない。
「いつか、私だけを見てくれるって思ってますよ」
「……ん」
数分の後、返事は布団の中から小さく響く。

*というわけで第一部終わり 今回は隣国から、北欧(デーン、ヴァイキング)風の文化です

482隣りの名無しさん:2006/10/02(月) 23:03:21 ID:UfFOOrMM
おーwwwwwwww

っていうか、大佐、割と顔が広いな(;´∀`)

483二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 00:01:18 ID:wALjVcpI
>>482
色々あってね
詳しく言うとアレだけど、大統領が送られてきたのはこの国からなのさ

さて第二部

484二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 00:01:58 ID:wALjVcpI
「戦いは楽でいいなぁ」
エルヤの何気ない一言は、一人の獲物を追いかける移動と共にある。
略奪者の集団を系譜の根幹に持ち、そして現在は戦士の家系、そんな国家では戦いが全てだ。
――相手が同郷じゃなきゃいいんだけどね。
不安定な国家ではなかったはずだ。
傭兵として、あるいは協力して、己の力を振るう国であったはずなのに。
「なんで……!」
長柄の斧を相手の頭上へ振り上げ、瞬間的に下ろした。
遠慮はない。
父を手に掛けた相手が同郷だと、反乱兵だと思うだけで、それだけで遠慮は消える。
今日は戦いたい、それだけの気分だったはずだ。
それでも、今では嫌な感情を感じている。
「エルヤ様ー!」
「ナンナ……」
無数の木、それがある森の中で立ちつくすエルヤへと、ナンナが飛び寄ってきた。
木立を縫う飛行は、この国では必須の技術だ。もう一つ、寒さに耐えること。
「終わりました」
「ん……」
無言、それを伴い、横へと着地したナンナを抱き寄せる。
「内乱は辛いよ……」
「早く、終わると良いですね……」
ナンナの手が彼女の髪をすく。
「父さんも……ラクェルも帰ってこない……」
ナンナは、胸に顔を埋めるエルヤには見えない表情を曇らせた。
色々な感情がある。
哀れみや、嫉妬や。平穏ではない感情で溢れていた。

485二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 00:02:28 ID:wALjVcpI
「エルヤ様」
ある兵卒の声だ。彼の言葉は執務室であり。
「何かあったか?」
「そろそろ、お気をつけて。……周囲の領が懐柔されそうだと、風の噂ですぜ」
「……解った。もしそうなれば」
「死ぬのが解って戦わないなぞ、この国の流儀じゃありやせん」
戦で死ぬ事、それこそが栄誉であった。この国ではそうだ。
戦士の国、その前の略奪集団。いつだって、戦いと共にある。
「違う。落ち延びろ」
「馬鹿な! 何を言いますか!」
「私は……」
そこで下を向いた。
色々な物が去来した。
「もう……仲間内で殺し合っているのはたくさんだ……!」
「だが……!」
言葉の代わりに音を出す。大机を拳で打ち付けた。彼女の拳は机に押しつけられたまま。
「父も……ラクェルも……! 理不尽に死んでいった! これ以上お前達に……!」
「らしくねぇ……! ヴァルキリヤとまで言われたエルヤ様が弱気ってのは……!」
「守ってきた土地だが……取り返せば済む! だが……人は帰ってこない!」
言葉は終わらない。
息継ぎの代わりに涙が溢れた。
「必ず取り戻す……だから……守ることを意識して死なせはせんからな……!」
「わかりやした。――奪還にはお付き合いさせて貰いますぜ」
「ああ……。尻の一つでも並んで叩こうか」
「何処の映画ですかい。エルヤ様がやったら俺らが釣られますわ」
「はは……。すまん」
「なぁに。俺らの認めるのはあんたです」
「ああ……」
「では、失礼を」
言ってからしばらく、その兵卒は立ち去らない。
ただ一つ、うなずきを。信頼を乗せた物を見せてから立ち去る。

486二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 00:03:01 ID:wALjVcpI
「エルヤ様?」
それは、領地の森でのことだ。
「ナンナ。もう、一旦引こう?」
判断を決めたのは、あの兵卒との会話から数日後だ。
「エルヤ様。一人で残るとか……駄目ですよ?」
「解ってる……それより、あいつらの目的は」
「今に納得していない、それでしょう」
つまり、君主を倒すこと。結論は簡単で。
戦士の国では間違った行動ではなく。
「……他の国が、すこし羨ましいね」
「クーデターはどこでもありますよ」
「今は争っている場合じゃないのに……。鷲尾さんから来たメール、変なことが書いてあったよ」
「は……何と?」
「良く分からない端末が出てきたって。ちょっと上の方で緊張してるんだ」
「上? うちの国ですか?」
「もう一つも……」
「テクノロジーなんて……あんまり欲しくないです」
「上は欲しいんだろうね。ボクらの気も知らないで」
風は冷たい。まだ八月ではある。
「ええ……」
季節はずれの、
「雪、か……八月に降るなんて早いな……」
「全部埋められたら……いいんですけど」
「辛い思い出が埋まってくれたら……」
空を見つめ、エルヤはつぶやく。
「埋めたいです……」
抱きつくナンナに暖かさを覚え。
「ナンナ……苦労を掛けるね」
「いいです」
愛情の数だけ抱きしめて、雪は二人の頭に積もる。

*第二部ここらへん うーんまったりペースな

487二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 01:45:38 ID:wALjVcpI
雪は続き。
例年より二ヶ月弱早い雪は、この地をいつもの姿へ変えていく。
「また……ここを使う季節か……」
エルヤのつぶやきにナンナが苦笑した。
「少し早いですけどね」
彼女らが座る椅子、その周囲には喧噪がある。
喧噪の源はエルヤ配下の兵卒らで、それぞれ模擬戦を繰り広げていた。
高さ三メートル、床面積は十かけ四十メートルの長方形くらいだろうか、それはとても広い平屋だった。
寝食、そして訓練をも内部で行われる、ヤール所持の越冬小屋、ロングハウス内である。
雪の中、鈍り、飢える配下を、それが終わるときまで戦力として維持するための建物だ。
確かに暖房器具や居住施設に問題はない。だが、戦士の国では鍛錬を怠らない事を良しとする。
「今日でしばらくはお別れだ。もうまもなく、反乱軍がここへ来る」
下へ向け、大声でエルヤは叫ぶ。
意志の声は強く、迷いはない。
「我々は一時、この土地を離れる」
ざわめきはあった。それでもエルヤの言葉を遮る者は居ない。
それだけの信頼がある。無論実力も。
「攻め込みが一番人員を割くだろう。占領後、他へ人員を割いたときに奪還を行う」
一息、
「いいか?」
周囲を見回し、エルヤは続ける。
「私は父を失った。そして愛しい人を失った」
そこで、ナンナの肩を抱く。
「ここにも愛しい人が居る。そして……」
肩を抱く力が増し、羽根がわずかに開いた。
「信頼できる者がこれだけいる……!」
まだ、言葉は止まらない。
「失いたくない! この地もだ! だから……最終的に負けぬ為、失わぬ為、一時の喪失を我慢する!」
杯を上げれば、全員がそれに従った。

488二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 01:46:25 ID:wALjVcpI
「誰も失われぬよう、取り戻すことを良しとする! 我等の自由は、我等の地が無くなったことで失われない」
だから、と次ぐ言葉は、いつまでも続くようで。
「解ってくれるか……?」
誰もが無言でうなずいた。
肩を抱かぬ彼女の手は、ナンナが握る。
「では――失い、取り戻すことから始めよう!」
杯を高らかに、一息あり
「Javel!」「ヤヴェル!」
それは、了解の返答。
「さあ、準備だ。隙があれば一撃くれてやれ。ただし、殺すな」
応答は、再び続く。

489二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 01:47:04 ID:wALjVcpI
「多分、ボクを狙う」
二人きりのロングハウス内。兵卒は準備を終え、食堂で英気を養っている。
二人はそのまま残り、来るべき時間までを待つ。
「囮、するからね」
「嫌です」
即答だなぁ、と苦笑しつつ頭を掻くのはエルヤで。
「嫌……っ……」
泣いてしまったナンナはエルヤを離さない。
「次は……エルヤ様がだなんて……もしそうなったら……!」
「大丈夫さ。ボクを信じて」
髪をすく、そして、優しく口づけ。
「やです……」
「だめ、かい?」
「もし死なれたら……私は取り残されてもいいんです……でも……あなたがラクェル様と出会ってしまいそうで……」
「……」
ナンナのうつむいた顔は切ない表情で。それは長く感じられる沈黙を伴った。

490二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 01:47:34 ID:wALjVcpI
「妬けちゃい……ます」
「……可愛い」
「初めて言いましたね?」
「え、そ……そうだった? ……愛してるよ、もしラクェルが居ても、今なら……君だけ……」
「はい……でも、なんかナンパ師みたいですよ」
「ううっ……両手に花はしなかったから許してよ」
「花一つじゃないですか」
「う……あ……えーと……」
頬をかきつつ、エルヤは告げる。
「待っていて。必ず戻ってくる」
「はいっ」
忘れ物の無いよう、ナンナの口づけは長く、長く。

491二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 01:48:19 ID:wALjVcpI
午前四時半。その気配は音を伴い始めた。
「そろそろ、だ。準備は良いか?!」
エルヤの声はヤールの声に戻り、そしてその声は皆をうなずかせる。
誰もが青の戦化粧をしていた。
ウォードという植物から抽出した物だ。
略奪の時に付けられていたそれは、今では戦の奇襲をもたらすため、そして願掛けを伴い付けられる。
「さぁ……囮は私がやる。信じてここを離れろ」
そこへは説得力があった。
彼女の腰に、四本の手斧があった。
いつもと形状の違うそれは、この領地を手に入れる前、エルヤの父、それよりも昔。
祖先より伝わる業物だ。
「ハーブローク、フギン、ムニン、ヴィドフニル」
四つの名前を告げ。彼女の言葉はまだ続く。
「不死の鳥、君たちは知っているだろう?」
異国では、
「ポイニクス、蘇る鳥はどこにでもいる。我々の蘇り。それを願う……」
そして、愛用のポールアクスを掴む。輝くたてがみ、グッルファクシと名付けられ、伝えられたそれを。
「行く……tre……en……to……」
カウントダウンをするエルヤに、皆の意識が集中。
そして、
「Nul!」
エルヤを残し、皆が飛び出す。
そして一息置き、エルヤが真逆より。
彼女は前だけを見つめ、倒すべき者と生かすべき者を思い浮かべた。

*三部終わり そろそろテンション上げて参ります

492二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 01:49:07 ID:wALjVcpI
ただ、心配そうなナンナの表情だけは覚えている。

493二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:08:21 ID:wALjVcpI
飛びだした空、そして森は雪に包まれている。足の速い雪だ。
「ああ……まだ降っている」
ちらちら、それが似合うような。
日常の雪の中、一番美しいと思う雪だ。心を落ち着け、彼女の初速は最高速度まで過たず上昇していく。
午前四時を、五時へと向かう時計のように、真っ直ぐと。
始めに行うのは、頭に被られた山猫の帽子に取り付けられた鈴を鳴らすことだ。
意識をこちらに集中させ、
「私はここだ! さぁ……この首取りたくば――かかってこいッ!」
言葉を吐けば、そばかすと三つ編みが特徴的な、愛しい娘を思い浮かべた。
そして、反乱兵とすれ違いざま、ポールアクスが遠慮無く羽根を千切る。
「ヒミングレーヴァのエルヤ! 参るッ!」
名乗りと同時、その名前――天の輝きを見せるがごとく手斧が四つ、不死鳥の手斧が舞った。
左手の一振りで舞う四本の手斧は全て重量配分を異なり、そしてそれは散開して獲物を抉っていく。
ハーブロークは一人の肩へ、フギンはもう一人の翼へ、ムニンは足を抉り、ヴィドフニルはポールアクスが弾き、そのまま弾丸として首を掠めていった。
拾っている暇は無かったが、
――これが絆だ。
ヤールの心でエルヤは小さくつぶやく。
ナンナの紡いだ長い紐、それは彼女のお守りで。
可愛らしい外見を彩る赤毛を一年間かけて紡いだ物。それを使い引き寄せ、再び不死鳥をエルヤは手にする。
――まだ、止まれないんだ。
普段ならばヤールの役目、一騎打ちで終わる仕事、この囮にはその終わりがない。
「さぁ、相手の欲しい壁の花は何処だ?」
再びの構え、そして打ち鳴らす五つの斧。
誰もが恐れ、近寄れず。されど離れることはない。
「なら――往くぞ?」
攻めの飛行ではない。エルヤの人生を考えれば、十年ほど昔にしたきりの行動だ。
いきなりの加速に泡を食う反乱兵の間、そして木立を抜ける飛行は淀みなく。

494二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:14:06 ID:wALjVcpI
――そう、それでいい。
「父さんっ?!」
声が聞こえた。

――願えば距離は近くなる。
もう一つの声は約束を告げる。

「父さん、ボク……行くよ――!」
勇敢な父の娘として声を放ち、
「一時はさようなら、我が領地――」
夢と悪夢を乗せ、己を作り、己を壊し、離れようとも共にあり。
そんな領地と一時の別れを、ヤールとして告げる。
――必ず取り戻しに。
広がった皆を思い、いつかまたここに集うため。
そのための逃走は、闘争を交えた物だ。
――もっと、行くところがある、そこまで行きなさい!
「ラクェル!? 何処へ行くの?」
――信じて。お願い。貴方にしかできないことを――。
「解った!」
理由は要らない。
とにかく、信じて、愛して。
そんな二人の声に従い、エルヤは空を走る。
血しぶきは幾重にも、戦化粧の青を消すほどに、灰色がかった翼を重くするまで。
「終わらない――私が死んだとしても――この地は終わらない! 誰も、誰も終わらない!」
聞こえる声は幾重にも。
「ヤール!」「エルヤ様!」
「私達……信じてます!」
背中が熱い。思いを乗せることに、エルヤは炎より蘇る不死鳥を見た。

495二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:34:28 ID:wALjVcpI
飛び続け、疲労を感じる午前十時。
聞こえてきた、失われたはずの声は、正しい。
たどり着いたこの森は、木立が多く飛びづらい。
それでもエルヤには当たりはしなかった。
その昔、ラクェルに教えられ。
そして、一人になってからは自分だけの場所にして。
今ではナンナと時を重ねた。
大事な森は、自分を守ってくれている。
迂闊に速度を落とした追跡者から、不死鳥らとポールアクスに落とされる。
――こんな、世界はこのまま変わってしまう?
異国の言語混じりで伝わるそれは、エルヤにも理解できる共通語。
――世界が?
童話を思い出し、そんな話もあったと思い。
叫んだ。己を知らせるために。
追っ手へ、そして見えぬ不安を持つ物へ。
「寂しいのか?! 変わるのが?! なら……変わってからでも間に合う……取り戻せ!」
それだけで追っ手は来た。十分な陽動は終わる、それでも――止まらないのは伝えるべき言葉。

496二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:36:10 ID:wALjVcpI
「失うことを恐れ、嫌だとおもうなら――取り戻すんだッ!」
――悔しいよ。悲しいよ。
あの気持ちを忘れずに。だから叫び続ける。
「悔しいんだ! 私も! 大事な人を失ったから――」
――ありがとう
父の声は優しかった。
「だから――強くなって、守れるようになった……そして」
――今のエルヤ、格好良いわ。
ラクェルも優しく、背中を押す。
「気持ちを――力にするんだよ! ボクだって……出来たッ!」
だから、翼は叫ぶ。
小枝をへし折り、敵を断ち、まだ見ぬ道を行く。
「寒いなら――寄り添って暖めてあげなよ!」
――さびしいよ。
誰かの声が聞こえた。
それはやさしく、寂しく。
歌うように、語るように、叫ぶように。
――想いを伝えるといった約束の声みたいだ。
「手を取れば踊ってやる……ボクは踊りだって得意なんだぞ!」
顔も見えない寂しがり屋に手を向ける。

497二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:43:13 ID:wALjVcpI
――もう、もう
それは心の叫びで。
「誰かが失われちゃいけないんだよッ!」
――そう、だから。ここにお墓を立ててくれた。
それはラクェルの声で。
――だから、お前はこのまま、行くべき場所へ。
夢でしか逢えぬ、二人の声に力と道しるべを。己の叫びに戦う力を。
それでも、彼女には叶わぬ事があり――。
「っあ!?」
不意の叫びは下からの衝撃だ。
「どこか……らっ!?」
「役に立ったか!」
追跡兵の声。
――異国の罠?!
対空クレイモアがエルヤを射抜く。
血を吐き、それでも、
「それでもッ!」
血が終われば、力は叫びとして口を開かせる。
ポールアクスが地の雪をえぐり、強引に高度を確保、そうすれば海があった。
ストラトフライヤーが飛んでいた。
かつて、彼女と会話した異国の女を思い出す。
「ああ、あの人のマーク……」
遠くから聞こえた絶望は、あの国の言葉だった。
ようやく思い出し、グライダーの滑空は脱力に。
――エルヤぁッ!
――エルヤ……エルヤ……!
二人の声だけが、高度を守る力だ。
「ナンナの……ところに……戻るんだっ!」
三人分でようやく、高さを上げていく。

498二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:52:52 ID:wALjVcpI
――もう少しよ。
――エルヤ……翼をもう少し下げるんだ。
アドバイスと励ましはエルヤを飛ばす理由となり。
――エルヤ様……エルヤ様……声が……聞こえます……!
ナンナの声は命を燃やし続けさせた。

「痛いよ……ナンナ……ラクェル……父さん……」
弱音一つで高度が下がり、緩んだ意識で集中力だけを取り戻す。
「痛いけど……もっと痛かったんだよね……みんな……!」
下がった高度を再び、そして海を抜けた。

――もう少し! そこ……その上空よ!
ラクェルの声、それが指すのは。
「この国の中心!」
――叫ぶんだ……あそこで、お前の気持ちを!
父の言う言葉、それは――。
「解ったよ……悔しかったこと、全部吐く!」

――エルヤ様……!
「みんな……」
 ――願えば距離は近くなる
「もう、仲間同士――兄弟同士で喧嘩なんかしないで……!」
こみ上げてくる熱い物を抑え、一息吸う。
「大事な物を無くしちゃうんだ! だから……」
――世界が……取り戻したい!
そんな声は、また聞こえてきた異国の言葉。
「世界が大変なんだぞぉっ!」
そこで吐血した。
それでも叫びは止まらない。
「みんなで……ごほっ!」
血が喉に絡まり、体中から力が抜けていく。
――もう……終わりかな……?
死は穏やかではなかった。
ラクェルも、父も。
告げた感慨は無く。不満がある。
言い足りない、と。

499二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 02:58:37 ID:wALjVcpI
「旦那様――」
声が聞こえた。
「ラクェル様――」
夢ではない。走馬燈かもしれない。エルヤはそう思う。
「私に……愛しい人を守れる力を――!」
意識が戻ってきた。抱き留められており。
「ナン……ナぁ……」
「エルヤ様! しっかりして……くださ……うくっ……」
エルヤの思い人の、暖かな涙が伝わってくる。
「まだ……終わってない……ん……だ……」
力を貰うような、涙。
「世界を救えッ! 仲間同士で喧嘩する前に――世界が危ないんだよぉ――ッ!」
叫び……。
「ありが……と……ナンナ……っ……」
――ナンナ……父さん……ラクェル……。

 ――ばいばい……だよ……。
声にならない声が、距離を無視して伝わる。
不覚にも、愛する人の涙と達成感で意識が薄れていく。
――なさけな。
最後の思い。

*第四部 終わり
使用曲:YUKI『長い夢』 ttp://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/ES/YUKI/ESCL-2651/index.html
歌手ご本人が若くして失った息子へ届けた曲。です。
俺の中で重くなっていて、使えなかった曲だけど。

――賞を出したことをきっかけに。
 叫んだ――!

500二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 03:02:27 ID:wALjVcpI
声は、幾重にも幾重にも響く。
距離を無視した。それだけの思いを込めて。
距離も、壁も突き抜ける声は、反乱兵にも、他のヤール達にも続き。

「エルヤ様……貴方の声……みんなに伝わってますよ……エルヤ様ぁ……っ……」
眠ったような、満足しているような愛しい寝顔がある。
ナンナの涙をひたすら受けるその寝顔は、動かない。

電子音――通信機だ。
「世界を救う戦いに、出ることにした」
「ほら……聞いてくださいエルヤ様っ! みんな……喧嘩してませんよ……ぉっ……うっ……うっ……ううう……っ……」
ただ一人、誰もが声だけを知る。そんな英雄が眠る。
「ヤール!」「エルヤ様ッ!」
皆に慕われ、愛する人に守られ――。

501二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 03:04:30 ID:wALjVcpI
――頑張った……ね。
ラクェルの声が響く。
エルヤをそっと抱くような声。

――自慢の娘だ。
父親の声が響く。
エルヤを労る声。

「エルヤ様……!」
皆の声が響く。
エルヤを慕う声。

「私だけの英雄でいて……欲しかったです……エルヤ様ぁ……っ……」
ナンナの声が響く。
我が儘を込めた、愛情の声。

502二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 03:08:05 ID:wALjVcpI
――でも、ばいばい。よ。
――ああ、まっている。焦るなよ。

「……え?」

――孫は無理そうだな。ははは。
――もうちょっと、頑張って貰うからね。

「な……んな……」
「エルヤ様ッ!」

――もっと戦いを知ってから、来い。
――二人とも、こっちに来たら――三人でかしら? 冗談よ?

「痛い……けど……ボク……」
「エルヤ様っ! エルヤさまぁぁぁ……」

涙と、
「ゆき……きれいだ……」

「君も……」
その声で終わる。力無く愛しい人の頬を撫でるエルヤの手。
それが崩れた。
ただ、
眠りを残し、ゆっくりと。
「よかった……よかったぁ……」
満足に満ちた寝顔の向こう。心を貫かれ団結した一同が、ストラマを目指す。

503二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/03(火) 03:09:37 ID:wALjVcpI
時をようやく同じとし、場所は動きませんが。
いつもの物語と同じ、隣国の気持ちをつづった――。
たった一人で叫び、多くの人に支えられたある人物のお話。
そのお話は、重要な。
一国の意志をを担った話で。
この国ではそれを、
生まれたてのサーガと申すのでしょう。

終わり

504二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:19:39 ID:3StvMh4Y
エルヤの声が届き、あの国は互いに向き直ることのできた、そんな話がありました。
それから、世間はストラマを存在として実感し、向き直ることは出来そうで。

さて、
元の時間を戻しますと。
色々なことが始まるのです。
終わりを止めれば、そこからの始まりが。

505二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:20:23 ID:3StvMh4Y
「ふへー……」
かったるい、と続けるのはシヴィルでした。
「大尉。しっかりして。今日だけは……」
へいへいと返事を返されたのはユニーでした。
「それにしても、寒いですね……」
「さっむいねー……」
二人の見つめる空は鉛色で、ちらほらと白い物が落ちていきます。
「始めて見たんですよ」
「あたしもー」
雪は、彼女たちの国には降らぬ物です。
珍しく、そして寒さがあれど、二人の気分は高まっており……。
「戻ってこーい?」
「ん。もう少し」「くけー」
ええ、盛大にはしゃいでいた人らが居ました。
「ほーら、早くする!」
「うわ、珍しい。雨ふるな」
「もう降ってるような」
「ん、雪が」
――というわけで、『珍しい孝美』の理由などを語る前に、少々時間を戻りましょうか。

506二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:21:03 ID:3StvMh4Y
「なんだって?」
いつものオフィス、そこでシヴィルは疑問を放ったのでした。
「要は交流なんだけど、向こうの国は武勇が物を言うのよ」
で、と次ぎまして、孝美は真面目な言葉を続けます。珍しいのはここから始まっていました。
「ヴァルキリヤ同志で交流するのが国交にいいだろう、ってさ」
「なんだ、そのヴァルキリヤって」
「戦乙女ね。向こうの伝承よ。死者の魂を導く役、戦いを重んじる向こうの住人には導き手になるんだって」
「へぇー。んで……あたし?」
「あんたなら十分でしょ。あたしと、あんた……後は……」
「ユニ子かねー。あと真理」
「……いい。シヴィル……それいい!」
「……藪蛇?」
失言でありました。

で――。
「大統領もつれてきたい」
真理の言葉でした。
「なんでまた?」
「だって、その国からの贈り物に紛れてきたし、里帰り」
「そういやそうだったなぁ……」
というわけで。
ちょっと不思議なメンバーでの外交でした。

507二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:21:48 ID:3StvMh4Y
時間を戻しましょうか、合図は簡単に。
「しっかし、なんだって外交役のドリーを連れてこなかったのさ」
「戦いの国だからよ。会談じゃなくて親睦を深めるなら強い者が行くべきってね」
シヴィルのもっともな意見はあっさりとした回答でかえりまして。
「ならフレアねーちゃんでいいじゃん」
「ま……色々あるのよ」
話しながら、一同は孝美に先導されていきました。
針葉樹の茂る雪の森、そこに一軒の巨大な家屋が。
「でっか!」
「ロングハウスって言うのよ。雪に埋もれる地域での訓練所兼寄宿舎みたいな物ね」
「おっきいですねぇ……。雪の間はここから出ないんでしたっけ」
「せーかい! さっすがユニーちゃんね!」
抱きつきはあっさりかわされまして。
「いつも通りですね、鷲尾さんは」
声がありました。
長身長髪の娘と小柄な三つ編み娘が、防寒具に身を包んでおりました。
背後には数名、腕の立ちそうな男達が待機しておりまして。
「エルヤ、ご無沙汰ねー!」
「ストップ。ここはプライベートじゃない」
「おっとっと。ん? 後ならいいのかなぁ……?」
「黙秘するよ」
長身長髪の娘――エルヤは笑いまして、
「ようこそ、ノルストリガルズへ。スピネン共和国の戦士達」
手を出しました、左手を。
先頭の孝美と左手で握手をしまして。
いかなる時でも利き手は武器のため、そんな風習故の握手でした。

508二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:22:18 ID:3StvMh4Y
さて、後ろの三人と一匹は。
「ノルストリガルズ……?」
聞き慣れない言葉、そこへは由来があると思ったのか、髪を伸ばしてすっかり可愛らしくなったユニーが首をかしげまして。
「北の国って意味らしいぞ」
「それにしても、孝美が代表でスピネンの意味は、怪しい」
「にひひ。どう紡ぐのかって?」
真理は否定的だわ、と心に思い、小声の会話はそこで終了です。
「ナンナ、ロングハウスへ案内してさしあげて。私は先に行く」
三つ編みの娘が恭しく一礼しました。
「かしこまりました、jarl」
そうして、エルヤは飛び去り、一同はナンナに連れられわずかな道を進みます。
「孝美ぃ。ヤールってなんだ?」
「伯爵位ね。簡単に言えば、だけど」
「へぇー……」
「家柄じゃないのよ。武勲次第」
つまり、と前置きしたのは真理で。
「手練れ、そういうこと」
「凄いなぁ……」
「あんたと同じ歳よ。シヴィル」
「うへぇ……」
国交というわりには、少しばかり遠足の匂いを漂わせる一行でした。
ナンナはその様に嫌な顔をしてはおらず――。
むしろ、微笑んでいました。
緊張していたんですよ、彼女。
手練れが来るって言われてたんです。
とにもかくにも、孝美以外の手練れもこんな感じかと安心したみたいで。
そんな事をやっている内、ロングハウスは目の前でした。

509二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:22:48 ID:3StvMh4Y
ロングハウス内、ここは会議室なのでしょう。
長机がありまして、長辺へ互いに、向かい合うように座りました。
「改めて、お久しぶり。鷲尾大佐。そして、初めまして」
一息ありまして。
「エルヤ・ブレイザブリクと申します」
「……あら?」
名前にすぐ、疑問を露わにしたのは孝美でした。
「前はヒミングレーヴァ、だったわよね……?」
「ああ」
えっと、とおずおず声をかけたのはナンナでした。
「ファミリーネームは無いのです。状況に応じてそれを変えます」
それで、といった前置きで。
「手斧の使い手から天の輝きという意味のヒミングレーヴァだったのですけど、この国をまとめ、ストラマと向き合えるようになったのはエルヤ様の声が通ったからなんです」
「思えば距離は近くなる……か」
シヴィルは思い出しながらつぶやきます。
誰もが、国交を考えていないような会話でした。
文句も出ませんし、いいのでしょう。
いい。と皆は思い。何より階級ではなく武勲が優先する国だからこそでしょうね。
「ええ、ですから――ブレイザブリク、私達の言葉で広がる輝き、といった呼び名になりました」
「だからなのね」
孝美の声と、視線は彼女の右手に注がれていました。
初めて会ったとき、腕輪は一つで、孝美が帰国する前に二つであったものが三つになっていました。
「ええ」
目を細め、エルヤは微笑みます。

510二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 21:47:31 ID:3StvMh4Y
「え、えーっと……、これは国儀なのでは……」
遠慮がちなユニーの声に皆が咳払い一つ。
「大丈夫です。あくまで交流ですし」
「この国での関心事は、あなた方のありのままですから」
「それはそれで……色々問題がありません?」
「特に孝美がなー」
視線は一点。でしたとさ。
本人は咳払いで、エルヤは笑っていて、ナンナはラクェルとエルヤから聞いた事実があるので、じと目でした。
「とりあえず――質問いいかな?」
シヴィルの一声でした。
「なんで、あたしを指名したの? もっと強い人なら居たはずだけど」
「それは――」
ナンナの返答は、エルヤの手で止められました。
彼女の言葉を継ぎ、エルヤはシヴィルを見つめました。
「前線で戦うからですよ。ヴァルキリヤとして評されるのは、先頭で配下や同胞を鼓舞する者です」
「なら、私はおまけ」
真理はつぶやきます。悪びれの欠片もない、率直な意見でした。
「お二方とも、実力は配下が見てくれました。本当なら全員お呼びしたいのですが……」
「無理は言わないさ。真理とユニ子はいいけどさ……あたしは勝手にやってるだけだよ? 見た目もいまいちだし」
「そうですか? とても可愛らしいです」
「エルヤ様っ!」
「はは……ナンナが一番だよ?」
「……もぉ」
「……惚気てる」
「エルヤー……私も私も」
「ごめん。鷲尾さんはちょっと……」
「わーんっ!?」

「なんだか普段と変わらない……」
「同感」
ユニーと真理は二人で思うのでした。

511二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 22:20:56 ID:3StvMh4Y
「お呼びしたのは他でもないんです」
改め、気を取り直したエルヤの言葉です。
「よろしければシヴィル大尉。模擬戦をお願いしたいのです」
「は?」
「認め合うのは杯を交わすこと、そして武器を打ち鳴らすこと。それがこの国なのですよ」
「あたしー……?」
「道理で……」
疑問の氷解した、そして声を上げたのはユニーでした。
「武器の持ち込みが問題なく行われたのは、そう言うことでしたか」
「戦いの国で武器は当然ですけどね。国儀に武器携帯を願ったのはそういう事です」
「うーん……あたしか……んー……」
「一週間ほど視察期間がありますから、その間にお考え下さいね」
「うーん……」
腕を組み、それっきりのシヴィルがおりまして、時間は今後一週間の予定を語る場になりました。

「以上。では……」
一息、そして目配せ。
両方を行うのはエルヤで。
それだけでナンナを残し、配下が去っていきました。
「ここからは、プライベートだよ」
口調を改め、合図のようなエルヤの声。
合図はもう一つありまして。
「エルヤーっ! ラクェルも居ない事だし私とふふふふ!」
「だ、だめーっ!」
「ぬう。貴方の物ってわけ?」
「そ、そうですよ?!」
「……ラクェルは?」
「……」
沈黙したナンナの隣、穏やかにエルヤが告げました。
「戦死しちゃった」
「……ごめん」
「いいよ。気にしてない。あれから一年だものね、色々変わったよ」
それと。
そんな、彼女の一息に迷いはなく。
「ストラマのおかげかな。あの時、ちょっと話せたよ。だから、気にしないでね」
でも、とありまして。
「だから、鷲尾さんのお誘いは駄目だよ。ナンナもいるし」
「えー……」
「だから、鷲尾さんは趣味じゃないの。いくら攻め上手でもね」
「わーん!」
あーあ。

512二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 23:02:40 ID:3StvMh4Y
本日は、それでお終いでした。
はからいもありまして個室をそれぞれ。
ええ、とある方の悪行を見越されてでしょう。
本人は――泣き寝入りのようで。
さてさて、ある個室にて、です。
その個室でへばっていたのは、先ほどからうなりつづけていた人で。
気楽なシヴィルとはいえ、流石に深刻です。
「模擬戦ねー……」
色々思うところはあるらしく、未だにまとまりはつかないようです。
落ち着かない異国の初日。そんな夜でした。
ノックの音に気づいたのは、二度目のノックでした。
そのくらい上の空だったようで。
「はいはい?」
「今晩は。……いいかな?」
エルヤ、でした。
「いいけど。なんか違うね」
「仕事とプライベートは別だよ」
笑顔は確かに、昼間よりも自然で明るい物でした。

513二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/07(土) 23:50:54 ID:3StvMh4Y
「さむっ」
「もっと寒くなるよ?」
笑いを含んだエルヤの声、それが聞こえるのはロングハウスの屋根でした。
屋根の上、シヴィルとエルヤが座っていました。
「寒いのは嫌だなぁ……」
「ははっ。ボクらは慣れてるからね」
寒い夜空は、綺麗な空気と共にありました。
星空を眺める二人には、沈黙と白い息があります。
「戦いは、嫌い?」
「あんまり」
「模擬戦も?」
「だから、かねえ……。練習が大事なのは解るさ。でもな……」
「ん……」
「やっぱり、相手の顔を見て、やらなきゃと思えないんだ」
「そう」
一息、それからエルヤは屋根に立ちまして。
「ボクは、君が嫌い」
シヴィルは無言で彼女を見ました。
「多分同族嫌悪かもしれないけど。嫌い」
「そっか」
「いざというときに戦えないのは、辛いんだよ?」
一息はシヴィルより。真っ白な息が続き。
「……ラクェルさんだっけ? 彼女のこと、良かったら話してくんないかな?」
「嫌いって言ったろ」
「それでもいいさ」
「そ……」
エルヤは再び屋根に座り、二人は同じ場所を、月を見ていました。
やりとりはとにかく。
二人の表情は微笑とも取れそうな、そんな穏やかな、平坦な表情でした。

514二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/08(日) 00:26:56 ID:i0Y8dC7I
ラクェルと出会ったのは、もう思い出せない昔だったよ。
小さい頃だった。隣の領地の娘でね、二つ年上の、いつもおねえさんぶった困った娘だった。
いっつもいっつも、ボクの事を子供扱いしてたんだ。

あの娘は、スカールドだった。
吟遊詩人が本当の意味。でもね、役職としては歴史を伝える為の存在なんだ。
この国には歴史書なんてほとんど無いんだよ。
伝えるのはスカールドの仕事で、あの娘は綺麗な声で、可愛くて。
変だったな、ボク。
20の頃に、久々に出会ったあの娘を見て、胸がどきどきした。
可愛い、って思えたんだよ。
女の子同士だったし、もちろん黙ってた。

ボクが22になって、鷲尾さんがね、視察に来たんだ。
そういえば――あの時と同じ三日月が綺麗だったなぁ。
ボクの事さ、鷲尾さんは気に入っちゃって、べたべたされたんだ。
――はは、あたしも。
そっか。あの人って節操ないね。ふふ。
で……凄く迫られた。
ボクの好みはラクェルで、鷲尾さんみたいな押しの強い人じゃない、おしとやかな人だから。
いきなり、さ。
鷲尾さんにビンタしたんだよ、ラクェルが。
エルヤは私の物です、いい加減にしてくださる? って。
嬉しくて、なんか……抱きついちゃったんだ。
おかげ、うん。
おかげで……ラクェルと気持ちを伝えられるきっかけが出来て……。
それから一年弱、幸せだったよ。

515二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/08(日) 00:28:35 ID:i0Y8dC7I
この国はね、いつも戦いがあった。
何かを変えるには力、戦いで勝てばいい。
だから……当然なのかな? 内乱が起きてね。
ラクェルは、ボクの戦いに付いてきてくれた。
あの頃は全然実戦慣れしてなくて、ラクェルの経験が凄く助かったんだ。
未熟だったんだよ……。

あの日、ボクの隊は孤立しかかっていた。
無茶したんだ。先走ってさ。
手斧、うん。
ラクェルがかばってくれた……。
最後に、諦めないでって言い残してあの娘は……。

ボクは強くなったと思う。
武勲は国民にとって大事な物だけど。
どうして大事なのか、本当の意味をやっと分かったんだ。
命を残して、それでもたどり着く高みに、武勲はあった。
だから、焦ったボクはあの娘を亡くしたんだって、今はそう思うんだ。

516二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/08(日) 00:30:41 ID:i0Y8dC7I
「ありがとう」
らしくない、言い方でした。シヴィルは故人を悼むより、感謝を選びまして。
「いいよ。今はナンナがいる」
「忘れきれる?」
エルヤには鼻で笑うような、――気持ちはそうではありませんが――微笑がありました。
「無理。でも、忘れなきゃって思う。この前の事件からこっち、ちょっとは忘れたと思うよ」
シヴィルも、そしてエルヤも、思い出話を噛みしめるように、輝く三日月は二人の瞳にありました。
「やっぱ、あたしもあんたの事嫌いみたい」
「そっか」
「忘れることなんか無いんだ。それが成長するって事だろ。弱点を覚えてなきゃ強くなった事にならないよ」
軽く息を呑み、エルヤは一つうなずき。
「そうだね。そうする」
「前に進むんだから」
小さく、エルヤが笑いました。それは息ではなく、言葉を伴う微笑で。
「大尉は――」
「シヴィルでいいさ」
「シヴィルは、最速なんだよね」
「一応、ね」
困ったような笑みはシヴィルにありました。
なるためになった最速ではなく、結果的な最速だった。それを思い出し。今では誇りになる速度の称号です。
「前を見たいから?」
「誰よりも……今あるゴールに走るためかな? 普段は寝てる兎でも、起きたら追い抜くつもりでね」
「あは……。やっぱ似てるよ。ボクはね、誰の心配も背負って、潰される前に進むために」
「にひ。かもね」
「「嫌いは好きの裏返し」」
「似てるなぁ」
「あはは。ボクはシヴィルのこと嫌い」
だけど、そんな前置きで月を見上げるシヴィルをエルヤは見つめまして。
「それ以上に好きかも」
はは、そんなシヴィルの笑みには悪戯っぽくも、困ったようでもあり。
「恋愛は勘弁だー」
「ボクにはナンナが居るって」
「浮気も駄目だぞー?」
「こら、ボクは真面目に言ってるのに。そう言う意味じゃないよ!」
可愛らしい。そうシヴィルは思っていました。
恋愛感情ではなく、素直に悪くない。そう思っていたのです。

517二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/08(日) 00:34:08 ID:i0Y8dC7I
「あたしも一緒かも。嫌い、だけどそれより気に入ってる。……だから、友達」
照れくさそうに、それでも満面の笑みでシヴィルは告げました。
「……んっ! 友達」
ヤールの仕事を果たしたときより、子供っぽい笑みでした。
同じ歳とは聞いていて、でも、それより、なにより。純粋な笑みだとシヴィルは思い。
「なあ、エルヤ?」
「何?」
「模擬戦さ、じゃれつくかもよ?」
いつもの、後輩いじりに最適な笑顔でした。
後輩にとっては悪戯顔とまでいわれた、そんな顔で。
「あははははっ! そんな事した覚えがないよ!」
屋根の上、足をばたつかせてエルヤが笑いました。
寒さを忘れる、そんな暖かさが胸にあると、二人は互いに思い。
「楽しみだぁ!」
「怪我は勘弁だぞー?」
「死なない程度に痛めつけるかもね?」
きっつ、と言ったシヴィルはひとつ、嬉しさの強い苦笑をしたのでした。

*音ここまで
OSTER project 様
Moonlit Monday (crescent style)
ttp://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a017591

518二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/08(日) 01:45:54 ID:i0Y8dC7I
一週間はゆっくりと、緊張もなく進んでいきます。
ただ、違和感はあったようで――。
ええ、エルヤとシヴィルの仲です。
「あれが、議事堂。定期的にヤールが集まって会議するんだ」
「会議はたるいなぁ……。エルヤも退屈じゃない?」
「そうでもないよ」
二人の会話が多くなりました。
「あ、あのー……大尉? エルヤ様は私の……」
「解ってるって、あたしはエルヤの友達ってだけ」
「ううっ……心配……」
「大丈夫ですって、ナンナさん。大尉はノーマルですよ……多分」
「め……目覚めたら私が狙うー!」
周囲『だけ』は放っておかないといった感じでしょうか。
「大統領、空気はどう?」
「くけっ!」
こちらはこちらで、平和ですね。

模擬戦を翌日に控えた夜でした。
あの日より、夜中の会話はありません。
シヴィルの気遣いというのもなんですが、ナンナの圧力とも言います。
――ジェラシーに勝る力無しってか。
女心は怖い、シヴィルはそう思っていたのでした。
そんな模擬戦前夜、今夜ばかりは一週の始まりと同じ、屋根での会話をしています。
「シヴィルは恋愛とかどうなの?」
第一声に唖然としたのは言うまでもなく。
「んー……前は彼氏とか居たけどね」
「男かー……ボクは前までそれでもよかったんだけどなぁ」
「今は女一筋って?」
「あはは。恋愛のこととか考えるとね。どうしてもナンナやラクェルしか思い出さないよ」
へぇへぇ、と投げやりな返事は現在思いつく相手が居ない事へのなんとやら、といったところです。
「ま……孝美には気を付けろー? 誰でも攻めるからなぁ……万が一もあるし」
「へ? 大丈夫大丈夫」
手をひらひらさせて笑うエルヤには全く心配事がない、といった感じで。
「いやぁ……意外とタチって攻められるときついって言うし……」
「ボク、ネコだよ?」
「なぬ!? ……意外だなぁ」
「そういうシヴィルだってノーマルなら、ね?」
「……なるほどねぇ」
なんとなく、納得して、
「ナンナ……だっけ? あの子が?!」
やはりしませんでしたね。
「うん」
「意外だなぁ……」

519二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/08(日) 01:47:14 ID:i0Y8dC7I
「ボクねぇ……」
頬を染め、うつむきながら言葉を紡ぐ、そんなエルヤが居ました。
見つめているシヴィルすら赤面してしまうほど可愛らしい、そんな表情で。
長身――とはいえ、二人とも羽根娘での基準であって、170もありませんが――で凛々しいイメージのつきまとうエルヤはどこへやら、といった様子です。
「おしとやかな子にちょっと意地悪されるの……好きかも」
「うわ……それはちょっと……」
いつもの調子ですぐ、シヴィルの顔を下から見上げまして。
「意地悪よくない?」
「うーん……趣味じゃ……あ」
「思い当たったね!? あたったねー!」
「いやいやいや! 無い! 無いってばー!」
前日を思わせないような、平和で。
二人にとっては間抜けな日なのでしょうが、それはまあ友人同士の特権という事で。
本日の月は昨日より細くなった物でした。
ラクェルの苦笑した瞳を思い出す、なんてロマンチックな言葉はエルヤの頭の中だけで。
今それを言えば別の意味で台無しと言ったところです。

*今日はこのへんで、あんまりテンション上げると明日の予定に響く物でorz

520隣りの名無しさん:2006/10/08(日) 17:37:30 ID:3dOaykho
戦場にいるのが戦士なのか、戦士のいる所が戦場なのか。
愛することは哀すること。それでも、―私は―愛を求める。曖昧な藍色の上。


名無しの戯言大変失礼

521二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 00:19:36 ID:jTXZSVHM
>>520
ありがたい、ありがたい。
言葉があることに、どれだけの力を貰うことか。
ありがたい。
粋に答える意気は、ここから続けるさ!

というわけで――。

ここは、街の中心。
戦のまつられる場所、政治と思想の中心でもありました。
そんな中央にはそれらしく、競技場ともコロシアムともつかぬ物があり。
向かい合う二人の戦乙女、シヴィルとエルヤ。
二人の顔には緊張があり、しかし――。
それ以上に笑みがありました。
「エルヤ」
「何?」
「楽しいって思う?」
エルヤは微笑みのまま、得物を握りしめ。
長柄の斧、その刃はゲルで包まれていました。
このために孝美らが用意した模擬仕様のための器具で、それはシヴィルの槍にもありました。
「すごく楽しみだよ」
「あたしは――色々企んでる」
「楽しみだなぁ……」
「さ、やろ?」
「うん……!」
エルヤは斧を掲げ――今回に関しては長柄の斧、ポールアクスと手斧一つとなっていました――応じてシヴィルも槍を。
「戦を、歴史に捧ぐ! 両国の手を繋ぐ前に、武器を打ち鳴らし。対等にあらんことを!」
「応じる戦いに恨みはない! あるのは互いの認めるための物!」
覚えた言葉、二人の誓いはそれだけです。
「いざ!」
距離にして三メートル、それが二人の距離。
そして観客席の皆が、大きく声を上げず――固唾を呑みます。

522二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 00:41:39 ID:jTXZSVHM
「いくぜぃ!」
「来いッ!」
笑顔から歯を食いしばり、シヴィルが数歩の走行。
対するエルヤは手斧を振り上げ上空へ。
つんのめるように体を寝かせたシヴィルは速度の動き、飛行に移り。
エルヤは投擲体勢への移行を完了する。
シヴィルの飛行準備、広がった背中はエルヤの的。
それでも、彼女は投擲を行わなかった。
速度に息を呑んだ。それが救いになった。
――速い!
上空、エルヤの真下にシヴィルは居た。
それも一瞬、そして背後へ速度はある。
「槍だなぁ……凄い。シヴィルが槍なんだ……!」
――でもね!
投擲体勢のまま、ポールアクスを縦に振りかぶる。
それは虚空を、かつてシヴィルの居た位置を薙ぎ、背後までを支配。
重みを利用した一回転と同時、上下逆さのエルヤから手斧が一つ飛び。
「斧……エルヤこわっ!」
「ははっ! シヴィルだって怖いよ!」
手斧を振り切らんとするシヴィルは軌道を変えられない。
半端な制動では追従するエルヤにたたき落とされる。
紙一重の挙動を行うしかない。それは簡単な行為で果たされる。
「いてっ! やっぱこれ無茶だったかな!」
「……! 頭回るね!」
地に突き刺さる、速度の先導。
槍だ。
突き刺さった槍の根元、急制動とわずかな上昇をしたシヴィルの下、手斧は通り過ぎる。

523二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 00:53:09 ID:jTXZSVHM
「まぁだまだ!」
地の槍を抜き、姿勢と軌道を変える動き、それをシヴィルは果たす。
上昇により引き抜き、そしてそのままの勢いで逆上がり、振り抜いた槍は追いすがるエルヤへと向き。
「っ!」
剣のような軌道をした槍は、エルヤの斧が止める。
二人の加速は力となり、鍔迫り合いの形。
「ああ……やばいよエルヤ」
「ははは……シヴィルって……面白いなぁ」
「あたしも。模擬戦で熱くなったのは初めてかもしれないなぁ……」
「いいね。神様も笑ってくれる、みんなも!」
声と同時、鋭い膝蹴りはエルヤから、未だに上下逆さのシヴィルの羽根へ。
「甘ェ!」
両手を緩めた。
速度のつかえのないシヴィルはエルヤの横を飛び去り――、
「長さを利用したっ?!」
穂先に近い柄を持ち、再び槍の乙女へと戻る。
その様をエルヤは逃がさない。無理な姿勢ではある、それでも斧を振り。
「居ない……!」
速度はシヴィルと共にあった。だから、
――もっと遠くへ!
斧を手放し、それを投擲。
「っととぉ!」
横へ避ければ、エルヤが居た。
「減速はいけないね!」
彼女は拳を握り、槍の届かぬ懐へ。
「っ!」
拳を避ければ膝が来る。
「うわっと!」
「徒手戦闘も習ってるんだい!」
狙われたのは槍を握る手、それを離せば槍は落ちた。
「小手先も上手……ってかぁ……!」
笑っている。
シヴィルも、エルヤも。
歯を見せた、力強い笑み。

524二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 01:08:28 ID:jTXZSVHM
「貰うッ!」
「そうは……させるかぁ――ッ!」
シヴィルは拳をこめかみへ。
エルヤは膝の勢いを利用した回し蹴りを側頭へ。
「当たれ……!」
「泣かせちゃるッ!」
二人の全力は武器のない、殺す気があれど不可能な力で。
それは、二人にとってどうでもいい事で。
とにかく、己の出せる力をぶつけたい。
この瞬間だけは二人は――、
恋人のようでもあり。
敵のようでもあり。
友人のようでもあり。
だから――、
全力を伝えたい。
遠慮したくない。
「傷つけてでも、手は抜かない!」
「こんなに楽しくしやがって……痣の一つでも土産にもってけ――ッ!」
最速を乗せた拳がこめかみを抉った。槍のような一撃がエルヤの頭を揺らす。
力の、まるで斧のような回し蹴りがシヴィルの頭に当たる。それは首から上を薙ぐように、埋め込みを混ぜた勢いがある。
「……!」
「同時」
観衆の中、ユニーが息を呑み、真理が辛うじて分析をした。
沈黙している孝美は一息、吐くべき言葉を大声で叫ぶための呼吸を行い。
「引き分けよ! これ以上はいけない!」
力強い笑みが、当事者二人にあった。
混信の一撃を食らおうとも、歯を食いしばった二人は笑みのまま、脱力から。
「担架!」
倒れる。
誰もが声を上げられぬ、短くも叫びを強く持った、捧げるにふさわしい戦いを、沈黙と遅れ気味の拍手が称える。

*音ここまで
OSTER project 様
crescent moon
ttp://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a017591

525二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 01:14:19 ID:jTXZSVHM
意識を取り戻した二人は、驚きました。
時間を二時間ほど飛ばしていたこと、そのことに。
そして、たたえ合うことは、言葉ではありませんでした。
ナンナも、孝美も。
後ろではユニーと真理すら、嫉妬を覚えてしまうような。そんな無言の包容があり。
「最高だったよ」
「ああ、エルヤ。楽しかった」
その一言で、また友達を始めました。
「今夜はユニーさんとお話したいな。シヴィル、君の国の人に興味が出てきたよ」
「え、私です……か?」
「にひひ。嬉しいね」
その言葉は嫉妬を忘れるような。そう、ナンナは思っており。
「良かったですよ。シヴィル大尉」
「さんきゅ」
「明日は真理さんと、ね?」
「ん。でも、延長滞在になる」
「いいわよ。そのくらい」
「うん、仲良くなるためにね」
今晩のニュースはあの戦いで彩られていました。
それは互いを称える物で、国交の前に友人として、そんな言葉が印象的な物でした。

*今日はここまでー。まだ、隣国視察編は続きます。

526隣りの名無しさん:2006/10/09(月) 01:23:00 ID:3qDAWE5.
じろさんGJ!

今夜はお楽しみですね! >ユニさん&エルヤ

527二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 23:06:23 ID:jTXZSVHM
>>526
素ーでねーよと言った俺に一言w

その夜は、約束通りの屋根より。
未だに少しばかり首を傾けたエルヤがおりました。
敬称も敬語も要らない。そんな前置きからの、何度目かの駄目出し、そういったやりとりがありまして。
「銃ってこの国では珍しいんだ。戦意を削ぐには、手斧が一番だから」
「銃は速いの。皆が銃を持てばそれだけ早くなんとかできるから」
それに、とユニーの言葉は続きまして。
「大尉達が楽になるから」
「ふぅん……集団戦なんだね。手斧は切り込みだから、ちょっと違うのか。っと」
戦術はいいや、そんな言葉は当初の話題をずらす物で。
「うーん、ユニーって可愛いなぁ!」
「ちょ、ちょっと! 私にそんな趣味はないよ……」
「素直に思っただけだって。ナンナ一筋だもん」
「そういうの、ちょっと羨ましいかな」
そお? といった言葉は少し遠く。エルヤが屋根の上に立ち上がったからなのですが。
「私ね、初恋もまだだから」
苦笑して、ユニーは髪をいじっていました。
ストレートに伸ばした髪は、あの日皆にこの性格を教えたときからの物で。
編み上げる三つ編みは長く長く。
「うーん。好きな人ってやっぱり……偶然かもね」
「運命の人はどこかなぁ……」
「勿体ないなぁもぉ」
「ふふふ……」
笑みは苦笑ではなく、少々危ない笑みで。
乾いた音は二つ。
森の木々、その小枝から垂れ下がる雪だけを払いのけまして。
狙いは確実、彼女の腕です。
「おおう、銃も凄いなぁ……」
「と……最近ようやく落ち着けるようになったんだけどね」
ようやくの苦笑でした。トリガーハッピーも抑えられるようになったようで。
「実戦じゃまだまだなんだけど」
「こわっ!」

528二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 23:20:16 ID:jTXZSVHM
「えっとね」
一言は孝美より。翌日の朝でした。
「協議とかあって、一応来週一杯になったわ」
「おお、早いね」
「大統領、羽根伸ばしてる」
「くけー!」
「でも、何するの?」
「さぁ?」
「お話くらいでいいのでは?」
「それでいっか」
寒いし、とのまとめは皆の意見で。
初めて見る雪も、こう毎日では飽きてしまうようでした。

「寒い」
「はは、ごめんね。こっちの国はこんな奇行だよ」
エルヤと真理、屋根の上に二人は立ち。
「お話、何」
「大統領だっけ? 可愛がってるみたいだね」
「ん」
雪に指を走らせるのは真理で、そこには大統領らしき絵を描いておりました。
「いつもこんな感じなんだね。君は何を使うの?」
「刀」
あと、とは淀みなく続く言葉で。
「罠」
「いつ仕掛けるのさ……待ちの場面でしか意味が無さそうだけど……」
「いつでも。隙があれば」
ぽん、そんな音はいつもの波乱を生みまして。
「うわ、花ッ!」
「隙が無くても、このくらい余裕だから」
「はは……怖いなぁ。君の飛ぶ所、すっごいんでしょ?」
「練習したから。でも」
「でも?」
薄く笑うのは、意地の悪さではなく。素直に真理は笑いまして。
「あなたの飛行も面白いから、真似する」
「面白いんだ……」
ようやく、頭上の花を真理へ返しました。造花ではなくこの国で取れる花で。萎れていない所に仕込みの手早さが光っていました。
「振り回しの利用と、反発」
「よくわかんないなぁ。自然に飛んでるから」
「頭、使ってるの」
「……あやかりたいね」
改めて、計り知れない無表情に、別の寒さを感じていました。

529じろさん代理 ◆3i.7zy5ZPY:2006/10/09(月) 23:30:35 ID:6aDJwJG.
>>528
×「はは、ごめんね。こっちの国はこんな奇行だよ」
○「はは、ごめんね。こっちの国はこんな気候だよ」

530二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 23:34:40 ID:jTXZSVHM
翌朝は、緊張からの始まりで。
「すいません! 今すぐ会議室に!」
慌ての色を見せたナンナの声で全員が起床しまして。
「ごめん、ちょっと慌ただしくなった」
内容はいきなりで。
「今回の講和をよく思わない集団がこっちと中央に来てる。裏切りも経験した国だからね……」
「まったく……大変だなぁ」
「のど元過ぎればって奴だね。手を取り合うのは国内だけで良い、ってさ……」
おかしいよ。そんなエルヤのつぶやきは皆をうなずかせる物で。
「どうしましょう……一旦引きます?」
「それは……屈することになるかもしれません」
「でもね? 今だけじゃないから、次もあるのよ?」
ははん、鼻で笑う声はシヴィルでした。
それには誰もが怪訝な顔をしており。
「この国はなんだよ? 戦いの国なんだろ」
エルヤとナンナ、彼女らは声を小さく上げ。それは、ただの相づちでした。
何も考えつかない思いがあります。
「手を取りたいのに邪魔をするなら、殴っていいんだなって聞いてるんだ」
間がありまして、ユニーと孝美は嫌な顔、真理は無表情で。
ナンナも怪訝な顔をしていました。
「あはははは! シヴィルってほんと……面白い人だなぁ!」
「怪我くらいなら許して貰えるかねぇ?」
「勿論!」
いいか、と言い含めるのはシヴィルの言葉で。
「あたしらとエルヤ達で協力してしばく。手を取り合って……」
「力を見せよう!」
エルヤとシヴィル、二人の言葉は力強く。
ですが、意地の悪い笑みは伝染しているようで――。

531二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/09(月) 23:45:06 ID:jTXZSVHM
「ゴム弾、ゲルコート、両方問題なし」
「準備、完了」
室内に戻ってきた真理は雪に包まれておりまして。
「仕込んでたのね……こわっ」
孝美ですら怖いような、両手に余る物体がどこにも見えない状況。
何が仕込まれているかは本人のみぞ知るのでしょう。
恐ろしい笑み、それは誰もが思ったことで。
空気を振り払って喋ろうとする、そんな音が一つ、息継ぎとして。
「なあ、エルヤ? 中央は猛者が居るんじゃないの?」
「見せるくらいはしとこ? それに……一番上は流石に歳だからねぇ」
「け、隠居かい」
「ひっどいなぁ。あはは。とっとと片付けて向こうに行けるといいんだけどね」
「配下もおります。なんなりと、ヤール」
「ああ、準備はおわったみたいだね」
この国の装備は軽装です。それでも儀式的な装飾を付けたナンナは大人しいイメージと共に、力強さもありました。
「話し合いから、始めよう」
でもさ、と言った声はシヴィルで。
「話し合ってからビンタくれるんだ?」
皆が笑いました。あの日、あの時。そんな限定は出来ない、だけど思い出せる笑みを。
任務前に放つ気楽な笑み。やる気が空回りして、緊張を振り切ってしまった。そんな雰囲気でした。

532二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 00:58:40 ID:JYnZCcww
「主のエルヤ・ブレイザブリクである! 申し出を聞こう!」
――方針変更。
それが、シヴィルから受けた言葉でした。何を見てそう思ったのかはとにかく。
後から告げられたアイデアは彼女らしい物で、そして、信頼に裏打ちされた物だったと、エルヤは判断しまして。
彼女は矢面、相手の主導者と思われる相手へと声を張りました。
ロングハウスでは殺気がみなぎり、そして、エルヤの側にはナンナすらおりません。
「隣国の友好を断り、特使にお帰り願おう」
「断る。認め合った戦友だ」
断固、それの伝わる声です。
「ならば、友好を進めようとする貴君らと、君主殿にはご退場願うことになるが? 我等はこの国だけあればよい」
「は、私の声を聞かなかったか? 広がる輝きを見つめたのだろう?」
答えによどみはなく。
「なればこそ、不要なさざめきを加える事はどうだ?」
「なにをいうか。手を取り合ってこその今だと言うのに……」
顔を下へ、そして苦笑したのはエルヤでした。
「つまらぬ輩だ」
エルヤの上げた顔、そこへは笑みがあり。
「戦、やるのか?」
返事は無く、配下の兵が少しずつ現れました。
「手を取り合いそこねた奴には教えねばならぬな」
そこには、真理、ユニーがおり。
「繋いだ手の強さを教えてやろう!」
声は合図。
そうでした。
「じゃ、さくっと行こうかァ!」
エルヤの背後より突風があり。それは彼女を後押しする物です。
「頼むよ、シヴィル! 最速を見せてやれ!」
手は確かに繋がれました。そして、最速は二人をどこかへと。
「逃げるか!」
「いいえ、お留守は私達が」
ナンナの静かな声、それより。
「さあ、主のおらぬ城は私が代理でお相手致しますよ?」
小首を傾げ。
でも、その仕草は戦の開始に飲まれていきます。

*音入れますよ

533二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 01:08:20 ID:JYnZCcww
「お相手。一人で十分」
大群の前、ナンナの構えを制するのは真理で。
彼女の抜きはなった刀はゲルに包まれていた。
「怪我だけ」
構えはなく、ただ掴むだけといった刀がある。
彼女は慌てず、静かに。
「土下座するまで、叩く」
一番槍の手斧は、静かに回避した。
弾道が逸れた。
「はははは……見やすい弾丸だ!」
トリガーハッピーの声、それは狙撃の完了。
弾丸に続き接近するのは、先ほど手斧を投げた男で、それでも真理は刀を振り上げるのみ。
「弱い」
感想は攻撃の前で、
その感想通り、彼女の上半身がひねりを終えればそいつは倒れた。
大群へと背を向ける真理の左手、何かを握っており。
「考え無しは、お尻ぺんぺんって言ってたけど」
乾いた音、スイッチだ。
雪の中、何かがせり上がる。
「エルヤ様を傷つけた……異国の罠でした……!」
ナンナの感想通り、それはおおぶりの球体を吐き出す罠、クレイモア。
「尻見せる前に百叩き。適当に」
入り口の一列を残し、散弾が集団を遅う。
「はぁい機先お疲れさまッ!」
上空の声は気楽。
なにより気楽と速度の塊であったシヴィルと長く友人である孝美は、代理のような声を上げた。
「極めれば無敵って本当なのよねぇ!」
適当な射撃、この場合はいい加減と訳す事にする。
「おいで? 蜂の巣じゃないけど叩いてあげる」
要求に応えたのは無機物で。
「もう少しお待ちを。まだ手斧は終わってないようです」
ナンナのささやかな声はささやかな行為と共にあり。
「わーお」
投げられた手斧は彼女の手中にあった。
「はい、お帰り下さいませ」
言葉の通り、投げ返しが相手へ――だれかへ――と突き刺さる。

534二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 01:17:03 ID:JYnZCcww
「試射にはもってこいだなぁ……ふふふ……ははは……!」
銃機関砲、そう言えばいいだろうか。
備え付けを目的に作られた物をユニーは放つ。
「軽くなっている、良いことだ!」
片手に一丁ずつ。
紫煙を吐き出す両手の長銃に目を細め、的確な射撃は中列から後列までの縫い止めと狙撃を行う。
「整備班――実に良い仕事だ! ふはははははは!」
声も聞こえぬほどに高らかなスタッカート、それをリズムに彼女は笑う。
「うーん、怖いわねぇ」
呑気な声で感想を告げる孝美にも仕事は回ってくる。前列の肉薄によって。
「じゃ、無敵を見せましょうか」
両手の拳銃が斧を弾き、蹴りを出したと思えばその相手を踏み台に空へ舞った。
宙返りにも似た軌道、その最中にも弾丸は放たれ、過たず標的へと。
着弾を確認せず、孝美は突撃を開始する。
「やーはー、って言うのよね、こういうときはね? ナンナっ」
上空、視線を支配した孝美が跳ねる。
飛行を中止した彼女は、着地の最後まで銃撃を止めない。
「弾丸は避けてくれるもの。手斧にはふられちゃったけど、斧はどうかしらね?」
ウインク一つ、左右へ銃撃。
そうすれば、
「ううん。熱烈なアタックは女の子だけでいいわ」
腕を交差させてもう一回。
「ゴム弾足りるかしら?」
――特にユニーちゃん。
他人の心配が出来るほどには愛されているようだった。

535二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 01:27:26 ID:JYnZCcww
「頭はどこにある」
「腕輪ですっ!」
低空飛行をするのはナンナと真理。
低い姿勢は足をふらつかせればそれだけで雪の床にあたる。
狙いにくく、そして足を狙いやすい。
だが、それは銃撃においてで、姿勢を変える近接行動を主とする二人にはさほど有利ではなく。
「はい、前失礼しますっ!」
有利ではない、それだけの事だった。
二人の視界を遮るように立つ一人、それの足をナンナは掴み、力感もなくそれを一回転させた。
「合気に、似てる」
「同じ戦闘法がありますか……! やはりあなどれない国です!」
対する真理は羽根の使い方ならば誰にも負けず。
「邪魔」
急上昇は刃と共に、呼ばれたとおりの邪魔を駆け上るが如く、蹴りが鳩尾から喉へ。
並の行動ならばそこから上空まで行ける。孝美も先ほどそうした。
教導隊という使い手の上を行ける。真理はそういう翼を持っている。
彼女の宙返りはコンパクトに、踏みつけられた男の頭へ頭突きが可能な高度で前進飛行へと。
「お土産」
閃光弾が男ののど元にあった。蹴り飛ばされ、離れる彼には解らない。
最悪の距離をわずかに離れた閃光弾が光を放ち、背後を見る必要は無い。
視力を一時的に、そして意識も奪われた男には気づかない。
頭に造花一つ。それが咲いていることに。

「……突撃可能だな!」
固定位置での射撃を止めたユニーは、トリガーを引く事だけはやめず、飛行に移る。
「固定は飽きたー!」
新たな病気ではあった。
アクション映画の見過ぎ、それは孝美も思っていることで。
「はい、次の拳銃ね!」
こちらも見過ぎであったが故、ではある。

536二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 01:37:15 ID:JYnZCcww
「孝美、頭取る」
戦闘の矢尻、それが真理だ。
「ったくもー! 臨時とはいえ上司を敬いなさいよ!」
文句と銃弾は同時の速度、真理を援護する為に放たれた二つの力は的確に。
「あれです! 小鶴少佐!」
印をつけんばかり、相手を投げ飛ばし目標を定めるナンナが居る。
「はははは! 部下をさておき逃げるか! 顔洗って出直してくるかッ?!」
銃弾の縫い止めは少しずつ距離を詰め、ユニーのテンションと共に高まりを見せた。
肉壁、そう言うにふさわしい直衛の集団、そこへ真理は空を滑っていく。
「新技、見せる」
声は短く、彼女の軌道が乱れた。
直線から上昇は斜め右、そして下降を含む定番の軌道で。
「バレルロールじゃないの?」
孝美の指摘はそこで終わる。
半周の螺旋軌道の中、真理が銃を抜き放ち。
「真似」
短い声と共に、お得意となった一回転を集団の頭上で行う。
「やーはー」
銃弾が彼女の前後一列をなぎ払う。
着地の軌道に入るであろう真理の先、そこへは目標の指揮官がおり。
「ちぇっくめいつ」
乱れもない着地に移る直前、剣先を前へ。
全体重と加速を込めた振り下ろしが指揮官を断つ。
「螺旋兜割り」
安直なネーミングは、安直な割れ方を見せた兜が物語る。

*音区切り!
TJ_MS-DOM 様
秘剣
ttp://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a003080

*次の音入ります

537二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 01:54:07 ID:JYnZCcww
木立を抜ければ、速度は最大まで。
シヴィルの翼に自由が点る。
「うわぁぁぁ……速い……!」
叫びを国中に行った、その海だ。
抱きしめられたエルヤの目、速度は未知の物で、新たな景色は新たな心情と共に、新鮮な海を見せる。
「エルヤ……! もっと速度出すぞー!」
「ええっ?! まだ出るの?! うん! 出して出してー!」
はしゃぐ子供、そんなエルヤを抱きしめ、速度の妨げ、空気抵抗を減らす。
「ははっ。ナンナに見られたら怒られそうだなー」
「その気なんて無い癖に。あははははっ!」
サービスのつもりか空中で体を一回転、姿勢を正す二人の足先で海水が跳ねた。
「うわ、つべた……やめときゃよかったかなー!」
後悔の声に非難はない。増加した速度の中、呼吸を定めることに精一杯だったからだ。
「気ぃ引き締めろぃ! そろそろ妨害が見えるぞー!」
「うぶっ……が、頑張るよ!」
羽ばたき一つ一つが大きく、そして速かった。
――すごいなぁ。
感動と感心と、それだけが一杯になり。
エルヤは一瞬だけ速度に任務を忘れていった。

「来たぞ……!」
声は、妨害を開始する合図に。
「邪ぁ魔……」
両手を離し、エルヤに持たせた槍を掴む。
空へ投げ出されたエルヤの右手は斧を掴んだまま、左手がシヴィルを向き。
「手を取り合う強みっての……みせたろじゃん!」
しっかりと左手が捕まれ、速度はわずかに落ちた。
「うん……これから続く友と戦うんだ!」
「あ……悪ぃエルヤ、このままあんたは中心突撃ね」
いきなり手を離された。
「うえええええ?!」

538二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 02:03:30 ID:JYnZCcww
「エルヤぁ……一気に駆け抜ける!」
「う……うん!」
右足首に力を感じた。何をしようとするのか、それは薄々感づいていたことで。
「さぁさぁ……ヴァルキリヤに道をあけろ――ッ!」
シヴィルの槍が突き出され、それだけで集団が避けていく。
挟み込むようにそれはまとわりつき、
「両手持ち甘くみんなよッ!」
エルヤを振れば、斧は最速で振り回された。
「ひーっ!」
叫びは情けなく、それでも己の翼で重さを殺し、振り回しを補助する。
振り抜かれたエルヤがシヴィルから外れ、エルヤの姿勢制御を確認すれば再びホールド。
誰よりも速い無茶が、たった二人で集団を切り開いていく。
「ほい、飛び道具」
「うわああああああああん! やだああああああああっ!」
風圧のスカートめくりはひるませる効果を持っていた。

「我慢しろい! そろそろ到着だ!」
ビルがある。改めて君主の城の役目を果たすそれ、最上階への上昇を開始した。
「ガラス破っちゃうよ!」
「おうさ!」
振り回されたエルヤが生体弾頭として、先端の斧をガラスに食い込ませる。

*音終わりィ!
OSTER project 様
Shining sky
ttp://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a017591

あるいはあるなら、Under the skyでもいいですよ

539二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 02:06:13 ID:JYnZCcww
537-538 間に抜けorz

「一緒がいいよー! 手を取り合う意味ないじゃん!」
速度にゆだねた体は減速をしない。
「はいはい、っと!」
再びシヴィルはエルヤを掴む。
「こっちのがいいかもなー!」
「いーやーだー!」
右足首を。
シヴィルの左手、まるで長い斧があるかのような姿が空を切る。

540二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 02:16:08 ID:JYnZCcww
「……っててて!」
倒れ込むまでには至らず、エルヤは室内へと滑り込む。
「よーし、案内!」
「はいはい!」
殺到するのは君主の直衛ではなく、侵入者の一団と思われた。
「敵を露骨に見せるのはどうだろうね!」
「まったくだよ! 鍛え直さないと!」
文句を吐く。
それだけでは飽きたらず、槍と斧が舞った。
「遊んでる場合じゃ……ねぇッ!」
「邪魔すんなぁ……ッ!」
加速を力にタッチダウンを目指す。
長い廊下、それを右折。
減速を忘れた二人は得物を突き立て、それを中心にターンを完了。
「ゴールはあそこ!」
「あいよ!」
速度差は室内において存在しない。
シヴィルの自由な羽ばたきに対し、この国で鍛えられた狭さを武器にするエルヤには最速の場だ。
「へへっ! ここでも同時か……!」
「仲良し仲良し!」
二人の武器が同時に、ゴールのドアを貫いた。

541二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 02:23:23 ID:JYnZCcww
「はいはい、シヴィル? うん。解ってる」
孝美と通信機、それがロングハウスの前で活動しない唯一の存在だ。
他は拘束、そして事後処理に追われている。
「もう放送されてるわよー? これで大丈夫かな?」
「うん……うん。君主がぽっくりいかないで安心したわまったく……」
「ドアも報道されてるのよねー、あはは!」
とにかく、とは彼女の表情を変えるための言葉で、孝美はゆっくりと笑いから微笑に、柔らかく変えました。
「手を繋いだって、みんな認めてる。気に入らない人は居るだろうけど、良いことよね?」

「良いことさ!」
「うんっ! ボクとシヴィルは友達!」
そんな笑顔で通信機に語る奥、年老いた君主は座っておりまして。
「無茶をするヴァルキリヤか……ははは、冥土の土産には十分だな……」
「何言ってるんですか、あたしらはもっと面白いことしますよ?」
「ええ、ですから。ちゃんと手を取り合うまで生きていてくださいな」

「手厳しいわい」
快活に笑う老人は、まだまだ元気なようで。

*今日はこのへんで
最後のシメかな、明日は

542二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 02:48:58 ID:JYnZCcww
>>536にミス発覚
真理少尉だってorz

543隣りの名無しさん:2006/10/10(火) 18:01:11 ID:hclnmuic
仲秋は過ぎましたが、月光浴にはもってこいの月です。
銀翼という言葉がありますが、彼女達の翼も、この月のように輝いているのでしょうか。


欠けりゆく月よ。願わくは、彼女達の舞台に輝きを。
影の落ちぬように。


再び戯言誠に失礼

544二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 23:06:49 ID:JYnZCcww
>>543
いえいえ、実は――ちょっとしたヒントを貰いました。
大感謝!

時間が過ぎれば、心は近寄りました。
ですが、時間は減っていく。
期限があるのですから。

別れの前夜、夜はいつも屋根の上でした。
「寂しくなるなぁ……」
「じゃあ、私が持ってかえって……」
「ナンナに転ばされるよ?」
「ぬぅーっ」
細くなった月を見上げるのはエルヤと孝美で。
彼女たちは杯を交わしつつ、そんな会話を繰り広げています。
残り半分、そんな消費を見せた小さな樽はしかし、二人に酔った様子も与えていません。
「飲むのも久々ねぇ……。シヴィルもユニーちゃんも強くないから」
「へぇ、意外だなぁー」
「飲むと色々変わっちゃうみたいで」
「見たいなぁ。あははは」
「私も見たいなぁ」
笑い、杯を煽り、エルヤは頬だけ赤くして孝美を見ます。
「明日が帰国じゃなかったらやるんだけどね」
酒が入ろうとも、少しばかり寂しげに。
エルヤにとっても実りの強い、そんな視察だったと思い。
「いい友達が出来たのに……ちょっと寂しいのは……」
「また会えるわよ。危なくなったら呼びなさいな?」
「あはは、孝美こそ」
笑いの後、そこからは沈黙で。
少しばかり熱い吐息が、濃い白色となって口元から出ていきます。

545二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 23:15:16 ID:JYnZCcww
「ちょっと酔ったかな……」
「……手出さないでおくから。……ほら?」
「ん」
体を寄せたエルヤは、孝美に抱かれ。
「なんでこんなに寂しいのかなー……」
「嬉しいことよ。また会うのが楽しみになるんだから、それでいいじゃない」
「ん……っく……うえぇ……」
服を掴み、泣いてしまったエルヤをそっと撫でるのは孝美の手で。
「ふふ、ほんっと純情よねぇ……」
「うえええ……」
「きっと……」
続く言葉は、他の方々に任せましょうか。
「寝付けないなぁ……」
「……。だめだー……寝られない」
そういう日は、いつでもあるんですね。

「なんかね。細くなる月を見てるのは……ちょっと寂しい」
「戻ってくるじゃない」
「何かがへっていくみたいで……いい気持ちはしないんだ」
「降り注いでるでしょ?」
細くとも、月夜は二人を照らしておりました。
「身を削ってまで光らせたいの……? 月は……」
「私達が大事な友達だったら、そうするんじゃない?」
「面白いこと言うんだね」
目を細めただけ、それでも視界からは月が欠けることはなく。
「細くても、強くあるんだね」
「またまん丸を待ってあげればいいのよ」
「うん……。孝美がちょっと格好いいなんてね」
「何よー」
優しい光に照らされて、輝く二人がおりました。
笑顔だって、涙だって。そんな平等の光が二人の夜を彩って、最後の滞在日は終わってゆきます。

546二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 23:40:39 ID:JYnZCcww
赤毛、そして赤目のエルヤに連れられ、最後の昼間は終わりまして。
夕刻の国境は、夕日も相まって寂しげな雰囲気を持っていました。
「また、来てね? 楽しかったんだから」
「勿論だい。エルヤもこっちきなよ?」
「また来るわよん」
「今度はゆっくり、話しようね?」
「里帰り、また来るから」
「くけっ!」
皆の返事に微笑み、そこから言葉を選んでいました。
伝えるべき言葉はあるのに、こみ上げる物があり。
「……すいません、エルヤ様ってこういうとき可愛くて……」
「惚気はいいって。エルヤー? 今生の別れじゃないんだから、な?」
「でも……さ……うぐ……。とまんないんだも……うえぇ……」
おいおい、とため息混じりに笑うのはシヴィルで。
「あたしまで泣いちゃうだろ、こら」
軽くエルヤの頭を小突きました。
「ほら、笑いな?」
「うえ……ぇ……」
「強くあろうよ」
空の月は殆ど無いほど、そんな細さで。
「この国の月は綺麗だったなぁ。また、思い出すよ」
「うん……うん……忘れない……っ……」
「なら、次のためにも、な? 泣き虫は嫌いになるぞー?」
「うぇっ……意地悪っ」
微笑んだエルヤは、やはり無理矢理な笑みで。
それでも、誰の目に見ても、一番だと言えるような笑顔でした。

*音いれます

547二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 23:54:49 ID:JYnZCcww
「いつかまた……戦おうね?」
言いたい言葉の代わり、それが口を付いて出ました。
「またじゃれたるさ」
「あはは、もぉ、シヴィルは凄いね」
「張りつめすぎると前も見えないぞ?」
うん、と。
涙をぬぐう手を止め、エルヤはシヴィルの手を取ります。
両手で。
「気持ちの落ち着け方、いっぱい教わったよ」
「手を取るのが大事な事は、エルヤから習ったんだぞー」
月の光、それは昨夜の会話を思い出させる物で。
「誰かのために身を細くする月……ボクもなるんだ」
「消えるなよー?」
「大丈夫、疲れて消えても、また昇ってくるよ」
「ああ、待ってる。エルヤの根性ならいけるさ」
「あははは、何それっ!」
自然な笑顔に、シヴィルは釣られて笑いました。

もう、周囲は夜。
「ほら、そろそろ歩き出しな?」
「うん、歩くよ……」
両手を離し、落ち着いたエルヤは一歩下がって、隣のナンナから斧を受け取りまして。
「戦士達、また会いましょう!」
「手を取って、一緒に歩くのよ」
「友達、です!」
「こっちにも遊びに来て」
「いきなりの戦友だったなぁ。楽しかったよ!」
一言、忘れた物を思い出したのか、シヴィルはあ、と声を上げました。
「戦士はな、戦場でしか輝けないんだって」
でも、
「戦場を離れたら、友人で輝けば良いんだからな?」
「トンチ? もぉ、ボクの国じゃいつでも戦士なんだよ?」
そうは言っても、笑っていては説得力が無く。
「なら、こっちにきたら友人でいればいいじゃないか」
「あははっ! もぉー、シヴィルってば……」

548二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 23:56:20 ID:JYnZCcww
「最高だよ、友達!」
「また会おうな!」
最後は握手ではなく。
「ふふっ」
「にひっ」
拳を打ち付けました。

「最初の一歩がこんな感じじゃ……」
「もっと楽しくなるね!」

「「またっ!」」
ハイタッチ。そこからは別れです。
――ああ、うずうずするなぁ!
次の出会いにエルヤは胸を弾ませて。
――こういうのもいいもんだ!
新しい楽しみにシヴィルは笑みを強くして。

月光を受けた羽根達が二つに分かれました。
黒翼も、灰翼も。
それぞれが月の光に輝きを持ち、風邪を切り裂いていくのでした。

♪J.e.t. 様
KAZE
ttp://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a000495

549二郎剤 ◆h4drqLskp.:2006/10/10(火) 23:58:20 ID:JYnZCcww
といった所で、隣国視察編は終わりです。
ちょっと賞に原稿書くので二週間ほど空きますが、それなりに希望あったらもう一つの隣国編でもやろうかと。
俺的には楽しかったんだ。
楽しかったんだ。

とりあえず、次回更新云々はまとめサイトの方に行きそうです。
プロフとかまとめないとならんので。

まとめサイト
ttp://jirou.suppa.jp/

よく考えたらこのスレで出してないのは問題じゃないだろうか

550二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:02:31 ID:WF2h/ljc
久々急浮上。
繋ぎの短編いきまーす!
長文はまだまだ……今月中にはなんとか!

キーワード:馬鹿だけで作るオールスター戦

551二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:03:37 ID:WF2h/ljc
 冬です。冬という物はですね、過剰に体へ熱を与えない。そういう意味では運動に適した気候ではあります。
「うーっ……! さむさむ!」
 ――こういう弊害はありますけどね。
「しーさんって寒いの駄目っすか?」
「あたしの肌みりゃ解るだろー……南向きなの!」
 グラウンドにて、体を縮めさせたシヴィルを始めとした特務に、
「はーっ。寒いですねぇ」
「運動は良いけど……ジャージなんか見ても全然見て楽しくないわよー!」
 教導隊に、
「はっはっは! 心頭滅却すれば火もまた涼し!」
「あの、あなた? それ以上冷えるのはどうかしら……?」
「ああ、いやいや! 例えの話だから!」
 軍部の面々が集合しており。そして全てがジャージでありました。
 集合した面々は流石の寒さに顔をしかめつつ、ある者は体をさすり、ある者は久々の押しくらまんじゅうに興じ、そしてある者は、
「はい、私語終了よ。これより――」
 いつもよりテンションの高い、フレアが皆の前に立ち、トランジスタメガホンを時折ハウリングさせつつ注目を集めておりました。
「唯今より冬季恒例、教導隊主催飛行禁止健脚会を執り行う!」
 返答は三々五々、あまりやる気の見られる様子ではありません。しかしながらこの鬼教官が立つ事は、年に一度の恐怖政治である事は古参にも、伝え聞いた新人にも解っていることで。
「なんで教導隊主催って言うのかしら……」
 小声でぼやくのは孝美で、隣では、
「ねーちゃん、走るの好きだからなぁ……」
 シヴィルが。
 愛弟子と賞される二人すら受け入れがたい、主催者の変わった一面でしたとさ。

552二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:05:01 ID:WF2h/ljc
 ため息が白く、誰の口からも漏れた頃、改めてハウリング一つ。
「機械音痴……」
「聞こえるわよ」
 あー、あーと数回のテストの後(その間にもハウリングはあったのですけどね)、要項が伝えられていきます。
「題目の通り、飛行禁止。下位には追加教練を処す。各自頑張るように。コースは――」
 目に隈を作った夕子がふらふらと配っていくのは、ランニングのしおりです。この様子だと楽しみつつも徹夜だったのでしょう。
「しおりを参照のこと。ざっと説明する。軍部施設内を一周の後、協力元の警察署まで市街を走り――」
 その時点でため息と弱音がちらほら、何せそれだけで五キロは堅い距離です。
「警察署内コースを周遊して商店街へ。コース配置はすでにされてるから迷わないはずよ。そこから戻ってグラウンドがゴール、各自ベストを尽くすように!」
 やる気満々のジャージ姿が再びハウリングを起こしました。
 ハウリングと共にそげた士気が、空に白煙として舞い、すぐに冷やされ見えなくなったことを知っているのは、多分一人を除いた全員だったのでしょうね。
 ええ、暫定距離にして二十キロ。それは、翼には気軽で、徒歩では長く。足による走行として結構な物ですから。
「撮影の余裕もないわ」
「走れば病気も治るんじゃない?」
 古参は諦めムードで、軽口を叩いておりました。
「も……もうちょっと締め付けないと駄目かな……」
「うう……うらやましいっ……」
 胸の極端な隊員と、尻ばかり成長する娘の愚痴は別方向です。ちょっと慣れてしまったのですね。悲しいことに。
「うふふぅー……もう悔いはありませんわー」
「医療班だからって……無理しないでくださいよ」
 徹夜で役得を不意にした娘と、秘書業なのに走らされる羽目になった娘の悲喜こもごもです。
「うんどーかーい!」
「うう……実況は無いの実況はー!」
 いつもは明るい二人も二極に別れてます。大変ですね。
「はー……サボっときゃよかったぜ……」
「訓練だと思いなさいよ。黒いの」
 白黒の色は文字通り、明暗に別れて思うのでした。
「小鶴少尉は参加しないんですか?」
「ん。今日は代理の引率」
「代理……?」
「じゃーん」
「くけー」
「だ、大統領?!」
「ん。ノルストリガルズの人に聞いたの。そろそろ成長期だから運動をしっかりって」
「くけー」
「わ……頑張ってね、大統領」
「くけっ!」
 教導隊一の動物好き、ふたばに撫でられ、楽しげに翼をはためかす大統領でした。
「でも……解ってるんですか?」
「ん。上位に食い込んだら鰯山盛り」
「くけけけー!」
 やる気満々でした。引率は役得のスケートボード所持でしたが。

553二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:05:56 ID:WF2h/ljc
音パート スタァト!

「位置について――用意」
 次回優勝者、グートルードは走行免除と同時にスターターでした。
 乾いた音が響き、グラウンドに砂煙が上がります。
「うわあああああああ! 追加教練は嫌だああああああああ!」
「ふふふふ燃えてくるわー! さあさあ……誰が教練を受けるのかしら!」
 テンションの高い声に皆が軽い悲鳴を息づかいに混ぜていきます。
「あなたー! 頑張ってー!」
「勿論だともー! はっはっはー!」
 事務は走行を免れたみたいですね。
「……やれやれ……整備に差し支えが出たらどうするんだ……」
 整備班は駄目だったようで。
「あーんもぉー! 隊長こわーい!」
「ねーちゃんから離れるぞ……孝美ッ!」
「言われなくてもー!」
「……私も」
 流石に冷静を装ったスヴァンもそれには従うようです。
 普段と違ったやる気で満々な人って怖いですね。

 さて、話題の主役はと言いますと――。
「……ん」
「と、飛んでるー?!」
「くけけけけけけけけー!」
 やる気が空回りしてるみたいですね。
 はい、ペンギンなのに、飛んでます。
 流石の真理も、いつもの無表情から一転してきょとんとした顔でそれを見つめていました。
「いい、大統領。前にいかないと鰯抜き」
「くけー!?」
 少しずつ前に――
「くけええええええええええええ――!」
「あ――飛んじゃだめですよぉ」
 教導隊のブービー候補、いつみさんはのんびりで、てくてくといった擬音の似合う走りで異常な加速を見せる大統領を見送ったのでした。
「――!」
 慌てて追いかけるスケートボードの引率が、彼女の長い髪を揺らします。
「大統領は特例ッ!」
 鬼主催者の言葉は絶対なのです。ええ、この瞬間だけは神に等しいんです。
 だって、怖いし。

554二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:07:31 ID:WF2h/ljc
 町内に入った先頭集団は、商店主からの応援を受けつつ、誘導の矢印に従い街路を駆けていきます。
「ようし! 今年こそ一位を狙うでありますよ! はっはっはー!」
「っ……く! 村西さん速いですっ……!」
「胸があるからってええええええ!」
 実力と、努力と、コンプレックスを原動力に、三者が先頭を進んでいきました。
「くけええええええええええええ!」 
 先頭だったんでした。
「抜かれ……た?」
 唖然とするユニーの横、スケートボードと翼で屋根を駆ける真理が通り過ぎ。
「大統領が抜いたんですか?!」
 流石に二人も唖然、です。
 半分飛びながら、短足が漫画の如くしゃかしゃかと動く様に、負けていいやら、勝つ方法が思いつかないやら、それでも先頭集団は後続に追いつかれまいと速度を緩めず進んでいきました。
「おのれ短足ー! あたしだって羽根が使えりゃ……くー!」
「短足は私が撮ったわー!」
 分かりやすい後続でした。

555二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:08:28 ID:WF2h/ljc
 さてさて、暫定トップの大統領ですが。
「こら、大統領、め」
「くけ?」
 疑問の声はワンテンポ遅れて返ります。そんな商店街の裏道でした。一応コースからは離れておらず、セーフではあります。それが例え、屋根の上でも。通りがかった魚屋で丸飲みした鰯が被害届を出されようとも。
 真理のボードが屋根を失いました。
 落ちたわけではなく、飛び上がりです。
「大統領、はや」
 速度を上げるための羽ばたき、それほどやる気の出た大統領は速かったのでした。
「め」
「くけ?」
 頻繁につまみ食いするほど燃費は悪いようですが。
 コースを微妙に外れつつ、先頭であった大統領が隊列を乱していることに気づくのは。
「トップはあそこでありますな!」
「うわ、上乗るなよずるいぞー!」
「あふ……はふっ……胸がー!」
「きーっ! おっきいからってー!」
「ラプちゃんのお尻だって良い物よー!」
「短足短足! 激写よー!」
 誰も気づいていなかったのでした。
「まあ……面白いからいっか」
 ショーティはペースを守りつつ一人ごち、
「手抜きは教練行きよー!」
 背後の鬼に再加速を試みたのでした。

 警察署をまわり、大統領のペースが落ちてきました。
「燃費わる」
「くけぇぇぇぇ……」
 ボードに乗ってる人間が言うなとは、全員の意見だと思って良いでしょう。
「くけ?!」
 何かを察知した大統領が、真理の追尾を振り切り直角に曲がります。
「そっち、壁」
 言うが早いが、刀が一閃、大穴が空きました。
「ちょ、ちょっと何するんですかー!?」
 応援に来ていた警官の制止も振り切り、一人と一匹がダイヴしました。
「ショートカットは反則よ! 大統領とはいえ!」
 暫定二位に急浮上した活ける鬼兼ルールブックが穴へ飛び込みます。
「コース変更?!」
「だーくしょ! 滑空くらい許せよねーちゃん!」
「きょぬーには負けないもん!」
 次々と道を踏み外していきます。
 あーあ。

556二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:09:01 ID:WF2h/ljc
 さて、先頭は無事に滑空を済ませ、一人の男を捕獲していました。
「ぬおおおおおおッ?! 何事か?! 吾輩にまた追加の刑を処すというのかこの警察署はーッ?!」
 頭を丸かじりする大統領に、しばらくの思考時間を覚えた真理は、
「鯖味噌の匂いに反応した?」
 真理の雰囲気すらも丸飲みにせんとする大統領をとりあえず彼女は引きはがし、
「いいから、走る」
「くけっ!」
 言うが早いが、再びあらぬ方へ、
「コースに戻りなさあああああああい!」
 鬼が着陸する前に、急制動で本来のコースへ向け。
「ちょ、ちょっとー?!」
 警官の叫びも虚しく、コンクリートの壁に数カ所の穴。
 直線でコースを結べばこうなってしまうわけで。
「拡大ッ!」
「ば、ばばばば爆薬はやめなさいっ!?」
「きょぬーがなんですかー!」
 こちらの暴走も止まりません。合掌。
 警察署に。

 直線距離を走る大統領の前、真理の護衛があらゆる品物を出荷直前まで加工していきます。
 マグロは刺身に、野菜はサラダに。何故か本はペーパークラフトに。
「ひいいいいいい?!」
 事態を取り戻そうとしても後続が続き。
「さあさあさあさあ! 一位は私が貰うッ!」
「ねーちゃん待てーぃ! 来年こそはあたしがサボる!」
「うわーん! いたいいたい!」
「きょぬーがなんですかー!」
「妻のためにー!」
「揺れるきょぬー! ユニーちゃんのたゆんたゆーん!」
「シャッターチャンスに間に合うのよー!」
 阿鼻叫喚の団子が軍部へとなだれ込んでいきます。
「大統領……行きなさい!」
 強い言葉に大統領は返答せず、上空で宙返りした真理のゲートを高速でくぐり抜けるだけです。
「待てええええええええい! おのれペンギン! 吾輩の隠し鯖味噌を返すのだ!」
「トップは私が――!」
「「「貰ったあああああああっ!」」」
 多数の声が、ゴールテープに殺到します。

*音ここまでー!

557二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:09:38 ID:WF2h/ljc
 テープは落ちました。
 徹夜明けの夕子が見守る中。
「はい、ゴールインお疲れさまでしたわー」
 半とろけの声が響きます。誰が一位なのかと、大統領を含め折り重なった集団が夕子を見つめ、そしてグートルードを見つめます。
「大統領、お疲れさま」
「くけ――――!」
 悠々と戻る真理の前、雄々しく鳴いた大統領と、脱力した集団がおりました。

558二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/16(金) 03:11:47 ID:WF2h/ljc
「二位、ですの」
「くけー!?」
全員があっけにとられます。
「コース通りに行かないから」
「私達に気づかない。と」
 二人の先客、だのに大統領は二位。何故でしょう。
「に……」
 埃まみれの鬼あらため、大人しくなったフレアが起きあがり、
「二人三脚ですって――――――?!」
 特殊ルールの双子を見て愕然としたのでした。

 表彰式は終わり、約束通りの品物を頬張った大統領は、我が家、軍部の私室こと、犬小屋もどきには居ませんでした。
 他の面々はいつも通りの生活です。懐かしの鯖味噌海賊の長は早々にしょっぴかれました。隠し鯖味噌も没収です。

 では、大統領はどこへ?
「くぇぇぇぇぇぇ……」
「お馬鹿」
 食べ過ぎで医務室に連れて行かれていたり。
「うーん……獣医ではないのですけど……」
 さてはて。
*終わり
馬鹿全力でお送り致しましたッ! 執筆100分!
本日の曲 Plus-Tech Squeeze Box 『cartooom! (+ 3 bonus)』及び、ポップンミュージック14フィーバー!より
       ♪BABY P http://www.vroom-sound.com/sound/VMSD013.html
試聴できないのがド悔いですorz

559二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 19:53:02 ID:OVKeGQEU
本日よりド長文を投下致します。
あれあれうふふ。

0.新しき千年目
  ――友の手を繋ぐならためらいは要らない。
     それが今的であろうといずれは友になると信じて

 ノルストリガルズとも交流を安定させ、一息といったある日のことだ。
 軍部のオフィスはいつもと変わらぬ様子で時間を重ねていく。要求や情報を記した紙片の舞う紙ずれの音、定期的とも言える受話器の受信音、走るボールペンがインクの足跡を残し、薄く紙を潰し削る音、紙がこすれ何かに踊る音、いくつもの音があった。デスクワークを彩る音の合間、時折発せられる誰かの声に数分の雑談とそれを咎める音、そして沈黙。音だけで誰が何をしているか漠然と解る、つながりを強く感じるのは無意識の上。
 いつも通り、と言ってしまえば乱暴な事だが、日常の音だった。
「任務?」
 受話器を持ったティアが疑問詞を投げかけた。それだけの一言で空気がかすかに張りつめる。それもいつもと変わらぬ事。任務をこなす、それが日常。
 電話を受けるティア以外が素早く己の仕事に復帰し、記憶の片隅に任務の要請があったことだけを残す。それも日常。

560二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 19:55:14 ID:OVKeGQEU
 夕刻、オフィスには定時の雰囲気はなかった。
 残業ではない。昼間に告げられた一言により開始されるミーティングの雰囲気。
 ホワイトボードの前にティアとドリスが立ち、二人の挟む白の長方形に向かい合う形で並んだ椅子には特務の面々が座っており。
「ミュトイは解るわね?」
 ティアの放つ第一声は隣国の名前を告げた。
 この国に隣接した浮き草地帯、そこから行ける二国の内一つだ。一般常識に隊員は答えず、また疑問を放つティアにもその反応は期待していない事で。
「明後日、そこへ向かうわ」
 その一言に手が上がる。隊の内でも純白とされる手は、褐色肌をした娘の鏡で。
「どうしたの、スヴァン?」
「ミュトイとは以前から中立、いえ、それなりの関係を作っていたのでは?」
 疑問の返答はうなずきの一つだけで終わり、言葉に紡がれぬ真意に対しての返答は即座。
「別に国交をしにいくわけじゃないわ」
 嫌な話だけど、と前置きをしたティアは言葉に意味を持たぬかのような変わらぬ表情で。
「ストラマとの対話、それに関わったのはノルストリガルズ、そしてこことミュトイの三国だけ。ミュトイの隣国がそれに危機感を抱いているのよ。ストラマに取り残されたのか、見捨てられたのか、三国だけで覇権を握るのでは、ってね」
 三国の中でミュトイだけが持つ問題、それは隣国を多く持つ土地であることで。
「危機感って……勝手な話だなぁ」
 代表の感想は、疑問を告げた娘の鏡写し、シヴィルのつぶやきで。誰もがそれに不謹慎という感想も抱かず、当然と沈黙を続けた。
「あの国は道具はあるけど人が居ないから、色々と協力することになるの」
「大都市……ですよね?」
 ラプンツェルの言葉。それは当然のことではあるが、
「守るためにしか戦わない、そういう方針の国だった。だから少しの戦力しか無い」
 真理の言葉は先の三国共同活動でも明らかだった。装備としては特務に勝る、しかし技術は薄かった。殆どのミュトイ勢がノルストリガルズの戦上手達に守られつつ、その力を発揮していた筈だ。
 簡潔な言葉に疑問は霧散し、ティアの語る時間が出来る。
「出動は特務だけよ、別に代理戦争をしに行く訳じゃないから」
 では、というのは誰かの言葉で、それを理解する前に返答は素早く。
「反抗活動を和らげ、ミュトイ隣国との国交正常化を手助けするためにね」
 損な役回りだと思う。誰もが同様に思った。
 悲しいかな、実力者揃いであるのは事実だが、神――ストラマ――との対話が周囲に知れ渡り、存在だけでも示威になる。それが選出の理由である事は誰にも明らかだった。
「最近忙しいね」
 最年少のため息混じりは、皆の代弁であった。
 皆の苦笑は無言に始まり、誰ともなくついたため息から本日の業務が幕を下ろす。

561二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 19:59:14 ID:OVKeGQEU
1.十一人の備え
 ――出かける前には鍵を掛け。
     その前に忘れ物がない事を確認すること。
       もっとも、負の感情だけは置いていくのが上策ともあるが。

 翌日のオフィス、それは日常ではない。翌日へ向けた準備へ各員は追われていた。
 ある者は兵装のチェックに、ある者は隣国に関する資料収集に、ある者は各種手続きに、そしてある者は――、
「あれ? たろちゃんだ」
 ドミナの撫でる子犬が目を細め、子犬とは違った意味で目を細めた夕子が苦笑した。
「明日から遠出になりますので、預かっていただこうと思うのですわ」
 そこで手を止め、ドミナの視線は子犬から夕子へ、
「誰にですかー?」
「教導隊の方にお願い致しましたの」
 ドミナの脳裏に生真面目な表情が幾つも浮かぶ、数人は平和そうで、かつ頼れる表情だった、一人怪しいとは思ったが、それは黙殺する事にした。
「いつみ少尉かふたばさんですか?」
「いえ、マルグリット大佐ですの」
「ああー」
 その点への納得は、ここ数週間でようやく得られた知識による物で。
「動物は教育にいいですよね!」
 彼女の、二人居る子供と遊ばせようとそういう事だろうかと思う。
「お手を患わせるのもなんですから……」
「海野大尉」
 不意にオフィスの入り口より声がかかった。その声は鋭く静か。
「ヴェサリウス中佐、ご苦労様です」
 視線と敬礼を返し、夕子が立ち上がる。追従するようにドミナが板に付かぬ敬礼で追従した。敬礼の先、グートルードは二人に歩み寄り、否。
 足下の子犬を抱え上げた。
 子犬はわずかに警戒心を見せ、体を硬くする。雰囲気を察知するのは野生の勘と言ったところか。
「大丈夫よ」
 グートルードの短い言葉、わずかな間と共に子犬が脱力した。安心とも言うべき表情があり、小さく鳴き声を上げる。
「いい子」
 優しく撫でる優雅な指が、子犬の毛並みをそろえ、それを見つめる二人も目を細めた。
「少佐も犬好きなんですねー」
「動物は好きね。素直だから」
 意外な返答に夕子が苦笑した。
 彼女は知っている。迷い込んだ動物をふたばがあやし、グートルードが世話をする。教導隊オフィスの一角が小さな動物王国になっていることを。
「大統領の御世話もしてましたし……うふふ」
「いいじゃない、可愛いのだから」
「ほえー……」
 ドミナは意外、といった言葉を飲み込んだ。失礼とも思えたし、何より今、子犬をあやすグートルードに違和感を感じなかったからでもある。
 間抜けな声を上げるだけ上げ、ドミナは代わり、現在にふさわしい言葉を選ぶ。
「たろちゃん、留守番頑張ってね」
「わふ!」
 可愛らしくも頼れそうな声が返って、三者三様に微笑んだ。

562二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 19:59:47 ID:OVKeGQEU
 軍部で最も躁鬱の激しい場所、そう揶揄される場所がある。
 『工作室』とプレートに記されたそこは、現在新型センサーのテストにより静寂に包まれていた。
「間に合って良かったよ」
 部屋の主、そうも呼ばれる高梨が告げ、発した言葉と入れ替わりにコーヒーカップを煽った。湯気の立たないそれは液体を満々と湛え、息継ぎのない水泳をしたような、そんな偉業を無言で語る。
「ありがとうございます」
 静かに一礼をするのはスヴァンで、その横よりベリルが声をかける。
「どっすか? すーさん」
「ノルストリガルズの発掘品……なかなか面白いですね」
 先の交流により与えられた品、それを備えた槍を持ち、視線を離せぬままに告げた。
 シヴィルの得物と寸分違わぬ槍は、先端に斧状の物体を付けられ、槍の名前を失っている。矛槍、ハルバードへと。
「しかし……私の方が階級は下ですから、敬語はおやめになっていただきたい」
「いやぁ」
 ベリルは頭を掻き、苦笑混じりに言葉を選んだ。
「しーさんはあたしの姉貴分っすから、そっくりのすーさんにゃ敬語になっちまいます」
「まあ、フェルミッテ君はすぐに階級も上がるさ、保証するよ」
 徹夜仕事を終え、くたびれた表情が見え隠れする高梨が告げる。
「光栄です」
 素直に告げるスヴァンの表情は冷静で、隣のベリルは恐縮していた。
「すんません少佐、徹夜させちちゃいましたね。奥さんに電話しとくっす」
「なに、楽しかったからいいさ。ノルストリガルズの超重金属、なかなか面白い」
 それに、とは微笑みとかみ殺したあくび混じりの声で、
「夜中にさんざん電話も来たからね。今日は堂々と家に帰って眠るさ」
 いやいや、と義理堅いベリルは電話をすること、それを告げ。
「高梨少佐ーっ」
 声は遠くから、聞き慣れた声だ。それは高梨にとってではなく、
「セリエ准尉?」
 スヴァンの伺う声はその通りの存在を入り口に顕し。
「奥さんから愛妻弁当届いてますよー!」
 彼女の持つ巨大なバスケットに唖然とした三者は、一呼吸置いて笑い声を漏らす。

563二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 20:00:51 ID:OVKeGQEU
 細く長い部屋がある。その部屋は縦長に仕切られており、片端には人のシルエットを示したプレートがあった。時折軽妙な、あるときは重厚な、空気の破裂音が響いていた。
 射撃訓練場、シューティングレンジである。
 軽妙な音を発するのはユニーで、重厚な音を発していたのはショーティだった。
「後少し、か……」
「後少しって……」
 唖然とするユニーの見つめる先、人を模したプレートの心臓部には穴一つ。
「それで少しなんですか?」
 複数の円を重ねた穴を見つめ、続いてショーティの得物を見つめた。それぞれ十発の弾丸を放った、大砲じみた大きさの銃器を両手に、都合二十発の弾頭は過たずその穴を通過している。
「ミュトイは市街地が多いから、最悪人質も取られるでしょう? 流れ弾も怖いし」
 冷静な言葉を紡ぎつつ、ショーティは愛用の眼鏡を外す。短い金髪がかすかに揺れ、それ以外の緊張を全くといって良いほど示さない、涼しい表情がユニーを見た。
「そうですけど、これで十分なような……」
「これに頼ってると足下すくわれるしね」
 取り外した眼鏡を見つめる。昼間であるからそれ度は無く、スイッチの入ったレンズにの中央には赤く光点が示されている。
「私も作ろうかなぁ」
「今から無い状況に慣れておきなさい。私より上達するから」
 うーん、と声を上げユニーはうなった。
 射撃の腕にも、冷静さにも、そしてそれ以上を考え、
「あはは……」
 苦笑するしかなかった。
「少佐、次はこれ」
 二人の横、歩み寄るは真理。彼女は二十発分の銃弾――サイズとしては小型の弾頭と言ってもおかしくはない――を入れた小箱をショーティに渡す。
「了解」
 言うなりショーティは手早く装弾、そして眼鏡を着け、サイティングを開始。
「少尉は訓練しないの?」
 ショーティの手早い作業に感嘆しつつ、ユニーは真理に問うた。
「ん、狙撃苦手だから」
 言い訳のような、分担を主張するような意見にユニーは何も言えず、己も渡された銃弾を込める。再び軽音と重低音が交差し、二人の射撃が行われた。
「私はこっちの方がいいかな」
「ほんとだ……結構変わりますね」
 先ほどよりぶれが少なかった。調整の妙を実感し、思わず二人がつぶやく。つぶやきにうなずく真理が近くにおり。
「頑張ってるから。あの子」
「私も負けてられないなぁ」
 ユニーの独り言は、ここにはおらぬ後輩への賛辞として真理が受け取り。
「成長した、ラプンツェル」
 過去を思い出して微笑む。いずれ仕込みにも巻き込もうなどと不吉なことを考えてはいたが、それは胸の内にしまっている。
 気に入った調合をしたラプンツェルを思い、二人は彼女の仕事ぶりを味方に、ターゲットを打ち抜く。

564二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 20:01:21 ID:OVKeGQEU
 軍部オフィス、その一角。会議室では資料の山を囲む形で数人が居た。
「くしゅっ!」
「なんだラプ子、風邪かー?」
 デスクワークに退屈を示していたシヴィルが、ここぞとばかりに声を掛ける。当の本人はティッシュで軽く鼻をかみ、目前の資料を汚していないかと軽い動揺を見せ。
「いえ……そうじゃないんですけど、どうしたのかな……」
「噂でもされてたりして」
 得意分野にて余裕を見せるドリスが顔を上げた。その言葉に過剰な反応を示したラプンツェルが立ち上がり、両手をばたつかせた。
「そ、そんなー……噂されるような……」
「尻がでかーい」
「た……大尉っ!」
 いつも通りの笑みを浮かべ、シヴィルは作業を再開した。文句を言う相手が職務に就けば、持ち前の生真面目さが機先を失い、軽くうなりを上げながら作業を再開する。
 しばらくの沈黙と紙を動かす音、その合間を縫うように会議室のドアが開き、ティアが現れた。彼女は少々疲労を見せつつ三者を見つめる。肉体疲労ではない事は、現在書面に目を通す誰もが持っている共通の疲労であり、
「どう、何か解る?」
「ミュトイはやはり……裏表があるのでは?」
 ドリスの結論に、
「ストラマの伝承はあります、独自に神話などを作っていることはいいのですけど」
 独特の名詞、それの確認をしていたのはラプンツェルで、彼女なりの結論を続けるべく、周囲に話すという行為を見せるかのように軽く咳払いをした。
「重きを置くのは知識と芸術、そして技術。それだけなんですよね……」
 疑問は腕組みした娘から、
「なんで軍事組織をろくすっぽ持たないで、あんな国土を守り切れていたか、だなー」
 国家間の交流がなされる前、そんな古代より国土面積が変わらない。シヴィルの眼前、開かれた書物にはそう記されており。
「最新鋭とは言え、設備だけで守りきれるのかねぇ……?」
 沈黙があった。誰にも答えられぬ回答に全員が目をつぶる。
 結論は見てから。そうまとめられたのは夕刻で、つまる所何の結論も得られなかったと言うことだ。
 不安を乗せ、疑問を乗せ、そして装備と、大荷物を乗せた時間はいつもと変わらぬペースで時計を進める。
 出立は翌日、翌朝。誰の懇願にも待たぬ時間が過ぎていく。

565二郎剤 ◆h4drqLskp.:2007/02/17(土) 20:03:13 ID:OVKeGQEU
2.二国の交わり
 ――つとめて穏やかに、しかし姿勢を崩さず。
    手を取り合う価値があるのかの前に、友で居たいかを考えろ。

 時は流れ、午前九時。特務の面々はミュトイと浮き草地域の国境に立つ。
「ミュトイへようこそ。こちらです」
 それだけが国境に立つ男の言葉だった。
 落ち着いた声であるが行動は裏腹に迅速で。彼はそれを告げるなり背後を向き、己の翼で風を切る。
「っとと……。いきなりねぇ」
「時間が無いのは知っているでしょう?」
「でも……いきなりですよ」
 まず追従したのはティアとショーティで、続くのは慌て、それでも加速技術を持つラプンツェル。幾重にも重なる翼の音にため息一つ。
「なんだかなー」
「いいから行きましょう?」
「その通り」
 愚痴るシヴィルと、それをなだめるドリーが飛び立ち。相づちを打ちつつ飛び上がったスヴァンは周囲を見回す。
 足並みの揃う速度での飛行とはいえ、それは歩行よりも高速だ。
 そんな高速の中、視界から時間をかけて消えていく物がある。巨大が故か、建造物が視界に居座っていた。彼女たちが意識をとどめるのは巨大さではなく、
「浮遊している?」
 幾つか視界に伺える建造物を構成する、パーツの一部がそう見えた。
「この国が所有している発掘物ですわね」
 視線に答えるのは夕子だ。スヴァンは顔を彼女に向けつつ昨日のことを思い出す。
――ガイドブックとくびっぴき。
「浮遊島から掘り出してきた物なんですね、変わってるなぁ」
 会話を聞き取ったユニーが言葉を代弁した。彼女も横でガイドブックを眺めていた一人で。ガイドブックが出版されるほどには国交がある、それを確認したことはスヴァンの記憶に新しい。
「それにしても変わってますねー」
 セリエの疑問は当然のことで、技術的なことに関わることは旅行にさほど意味を為さず、彼女たちに発掘物についての知識はない。それに対する回答は無く、追従した女が真理とセリエの間に割り込むようにして現れる。
「牽引台と言うんですよ。『空に吊す』ための装置なんです」
「だからあんなにへんな構造してるんだぁ……」
 隣国人はドミナの感想にうなずき、柱ばかりで壁のない、そんな高層ビルを見つめた。朝と昼の半ばに位置するこの時間、その開放的な建造物には翼持つ人々が出入りを行い、ある者は浮遊している棒状の石材に腰掛け休憩を取っている。
「あれはマーケットです。開放的な高層建造物は私どもの国だけと言えましょう」
 解説を告げるのは別の女で。案内を受けつつ視線をやれば、いくつか閉まったシャッターが上がっていく様が見えた。マーケットの構造物に埋められたデジタル時計は午前九時半を指し、営業準備への回答を訴えている。


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