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『プリキュアシリーズ』ファンの集い!2

259一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:55:48
 あれは中学三年生の、二学期になって少し経った頃のことだったっけ。

 ほら、あの年の初めに、世界中が巻き込まれたっていう大変な一日があったでしょう?
 辺りが急に真っ暗になって、何だか得体のしれない、とても怖い感じがして、そして……その後のことはよく覚えていないし、どれくらい時間が経ったのかもよく分からないんだけど、何かがパァッと弾けたような気がしたと思ったら、いつもの明るさが戻っていて。
 風もないのに辺り一面に花びらが舞っていて、その向こうには大きな虹がかかってて……。まるで夢の中にいるみたいな綺麗な景色だったけど、何だか悲しくて、切なくて、気が付いたら涙が流れてたの。
 全てが元通りになったわけじゃない。何か大切なものがなくなって、何かがまるっきり前とは違ってしまったって、そう感じてたんだよね。現にあの日以来、リコちゃんとことはちゃんとは、離れ離れになっちゃったんだもの。

 でも最初はね、リコちゃんたちのこと以外、具体的なことには何も気付いていなかったの。夏休みが終わった頃からかな、ほかにも居なくなった人たちがいるのかもって思い始めたのは。
 かなが――時々はわたしも一緒に目撃してた、箒に乗った魔法つかいとか。学校に居るって噂になった、幸せを呼ぶ妖精とか。それに、クリスマスにいつもプレゼントを届けてくれたサンタさんも、居なくなった人たちの中に入ってるんじゃないかって、何となくそんな気がした。

 わたしたちの生活に、直接は関係ないかもしれない。居なくなったものは仕方ないって、諦めるしかないのかもしれない。
 でもね。かなじゃないけど、わたしは確かにその人たちを見たし、出会ったんだよね。
 サンタさんには会っていないけど、子供の頃にサンタさんを待ってドキドキしたり、プレゼントを貰ってとっても嬉しかったりした気持ちは、わたしの中にちゃんとある。そう思ったら、子供たちがプレゼントを貰えなくなって、サンタさんもだんだん忘れられてしまうのが――クリスマスが、わたしたちの知ってるクリスマスじゃなくなってしまうのが、何だか凄く悲しくて。

 何がきっかけだったか忘れたけど、みらいと一度、そんな話をしたことがあったんだ。
 その頃のみらいは、普段は前と同じように明るくて、いつも笑顔で……。だからついそんな話をしちゃったんだけど、話し始めてから正直わたし、しまった、って思ったの。
 最初は笑顔で頷きながら話をしていたみらいが、だんだん口数が少なくなって、口元は笑っているんだけど、何かを我慢しているみたいにうつむいて……。それに気付いてから、急いで話題を変えて、もうこの話をするのはやめようって思った。
 だけどね。それから数日経ったある朝、みらいが……。



     サンタとサンタのクリスマス( 陽の章 )



「まゆみ! 見て見て、これ!」
 教室に入るや否や、みらいは鞄も置かずに長瀬まゆみの席に突進した。そのあまりの勢いに、当のまゆみが驚いたように顔を上げる。
 三年生の教室は、三階の東向きにある。窓から差し込んでいるのは、まだ夏の名残りを感じさせるような朝日にしては強い日差し。だから窓際に立ったみらいの顔は陰になっているはずなのに、何だか最近には珍しいくらい明るく輝いているように、まゆみの目には映った。

「何? どうしたの? みらい」
「ほら、これ。ここ、ここ!」
 みらいが大事そうに胸に抱えて来た物を、まゆみの机の上に広げる。
 それは、昨日発売されたばかりの旅行雑誌。まゆみは知らないことだが、みらいは最近、世界の様々な国について書かれている本や雑誌をよく読むようになっていた。

「何これ……“フィンランド特集”? きれいな景色ね。で、これがどうかしたの?」
 みらいが指さす写真を眺めたまゆみが、ますます不思議そうに首を傾げる。だが、写真の下の解説を読んだ途端、彼女の表情が変わった。
「え? ……サンタクロース村?」

「サンタクロース!?」

 突然、第三の声が響いて、今度はみらいとまゆみが驚いて顔を上げる。
 いつの間にかみらいの向かい側に立って、至近距離から雑誌を覗き込んでいたのは、勝木かな。まゆみの親友で、去年の今頃は躍起になって魔法使いを探し回っていた少女だ。

「朝日奈さん! サンタクロースが居るって、この雑誌に書いてあったの? どこに居るの? もしかして、写真が載ってるとか!?」
「ちょ、ちょっと、かな!」
 今にも食いつかんばかりの勢いで雑誌をめくろうとするかなを、まゆみが慌てて止める。

260一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:57:28
 まゆみとかなは、二年生に引き続きみらいと同じクラスだが、こんな場面は久しぶりだ。ようやく我に返ったかなと、安心したように息をつくまゆみ。それを見ながら、みらいの顔に一瞬だけ、寂しそうな影が浮かぶ。が、すぐに元の笑顔に戻ると、彼女は改めて“フィンランド特集”と書かれたページの小さな写真の下を指差した。
「サンタさんは写っていないけど、ほら、ここ見て。フィンランドには今も“サンタクロース村”っていう村があるんだよ! と、言うことは……」

――ナシマホウ界にも、有名なサンタがフィンランドにいる。

 昨年のクリスマスに、あの世界で聞いた声が蘇る。が、その言葉を口には出さず、みらいは二人の顔を交互に見ながら言葉を続けた。
「もしかしたらサンタさんだって、一人くらいはまだこっちに居るのかもしれない。だからわたし、手紙を書いてみようと思って」

「え? “こっちに居る”ってどういうこと? それに、一人くらいは、って……」
「え……サンタさんに手紙を書いて、それでどうするつもりなの? みらい」
 かなのいぶかし気な声と、まゆみの不思議そうな声がうまい具合に重なった。それに内心ホッとしながら、みらいがもう一度二人の顔を見回す。
「もしかしたらサンタさん、一人じゃ世界中の子供たちにプレゼントが配り切れなくて、困っているのかもしれないでしょう? だから、わたしたちがサンタさんのお手伝いをして、プレゼントを配りたいです、って」

「え〜! わたしたちが、サンタさん!?」
「素敵!」
 戸惑った声を上げるまゆみの隣で、かなが両手の拳を握って力強く叫ぶ。それを見て嬉しそうに微笑んだみらいは、しかしすぐ、ちょっと困ったような顔で下を向いた。そしてそれを誤魔化すように、今度はエヘヘ……と頭をかいてみせる。
「あ、でも……もしもサンタさんが居なかったら、その時は……」
 が、その言葉を言い終わらないうちに、みらいは目を丸くした。かながみらいの手を、パシン、と音がするほどの勢いで握ったのだ。

「そんなこと、手紙を書く前から考えちゃダメよ! まずはサンタさんが居るって信じることが大事なんだから」
「勝木さん……」
 かなは少し不安そうな顔で、中空を見つめながら言葉を繋ぐ。
「今はみんな、サンタさんが居るって信じてる。でも、もし今年のクリスマスにサンタさんが来られなかったら? このままずっと、サンタさんが来ないクリスマスが続いたら? そうしたら、いつか全ての子供たちが、サンタさんなんか信じなくなるかもしれない」
 そう言って、かなはみらいの顔を見つめ、子供の様に激しくかぶりを振った。
「わたしはそんなの嫌! これからも、子供たちがサンタさんにプレゼントを貰って、みんなが笑顔になれるクリスマスを過ごしたいもの。朝日奈さんだってそう思ったから、手紙を書こうとしているんでしょう?」

 ポカンとしてかなを見つめていたみらいの目が、もう一度強い光を帯びる。うん、としっかりと頷いてから、みらいはかなの手をギュッと握り返した。
 二人の様子を黙って見ていたまゆみがニコリと笑って、握られた二人の手に自分の手を重ねる。
「そうだね。わたしだって、ずっと今まで見たいなクリスマスが続いて欲しい。だから今年はみんなで一緒に、サンタさんやろう!」
 三人が、うん、と頷き合ったところで、まゆみがまた少し不思議そうな顔をして、極めて現実的な疑問を口にした。

「ところで、フィンランドって何語なんだっけ。相手がサンタさんだから、日本語でも大丈夫なの?」
「サンタクロース村の人が、全員サンタさんかどうか分からないし……。英語を話せる人が多い国だ、ってこの雑誌に書いてあったから、頑張って英語で書いてみるよ」
「え……英語!?」
 今度は台詞と、少々腰が引けた口調までもがぴたりと重なった二人の声に、みらいが明るく、うん、と頷く。そしてもう一度雑誌に目を落とすと、自分に言い聞かせるようにこう付け足した。
「上手く書けるか自信無いけど、何か出来ることがあるなら、わたしも頑張りたいもん」
 かなとまゆみは一瞬顔を見合わせてから、柔らかな笑顔をみらいへと向けた。



     ☆

261一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:58:12
 私服に着替え、勉強机のスタンドを点けると、母と祖母の話し声が小さく聞こえた。二人とも、きっと店に居るのだろう。
 みらいは口元だけで小さく微笑むと、鞄の中からあの雑誌と筆箱を取り出した。

「聞いてたよね? 勝木さんとまゆみが、一緒にサンタさんやってくれるって」
 そう言いながら雑誌をめくって、くっきりと折り目のついたそのページをもう一度眺める。
「この記事を見つけた時も嬉しかったけど、やっぱり応援してくれる人が居るって、心強いね」
 雑誌を閉じて机の端に寄せ、今度は英語の辞書を手に取る。その時ふっと、頬が緩んだ。
「英語で書くなんて言ったら、なんでわざわざ? って言われるかな。でもね」
 ノートを取り出して机に広げ、その真っ白なページを、じっと見つめる。
「手紙を書こうって思いついた時、嬉しかったんだ。何より、わたしも一緒に頑張れるんだ、って思ったから。だってきっと、今頃……」
 そこで初めて、みらいは机の隅に座っているぬいぐるみのモフルンに目を向けた。

「強い想いを込めて願えば、奇跡は起こる。そう信じてるけど……わたしだって、何かしたい。こんなことをしても何の足しにもならないかもしれないけど、でも……頑張りたいんだ」
 みらいの表情が、ぐにゃりと歪んだ。もう動くことも喋ることもないモフルンは、そんなみらいを愛くるしい表情で見つめている。
 乱暴に涙を拭いたみらいは、そのつぶらな瞳に小さく笑いかけてから、よし、と気合いを入れて鉛筆を握り締めた。
「見ててね、モフルン」
 そしてみらいは、時折うんうんと唸りながら、辞書を引き引き、ノートに英文を書き始めた。

 それから一週間が過ぎた頃、みらいはようやく手紙を書き上げた。そして、かなとまゆみが調べて来てくれたサンタクロース村の住所に当てて、三人で祈りを込めて、その手紙を投函したのだった。


     ☆


 秋風と呼ぶには冷たい風が、クルクルと落ち葉を舞い上げる。通路の並木はすっかり色づいて美しい。が、その下を歩くまゆみとかなの表情は冴えなかった。
 やがて耐えられなくなったように、かなが口を開く。
「とうとう十一月になっちゃったね」
「うん……」
「朝日奈さん、もう一度手紙を送るつもりなのかなぁ」
「さぁ……」
 力の無い相槌に、かなが上目遣いにまゆみの顔を見てから、すぐに目をそらして長いため息をつく。
 二人の心を占めているのは、未だに返事の来ない、サンタクロースの手紙のこと。あの最初の手紙を出してから一カ月以上が過ぎて、気付けばクリスマスまでもう二カ月弱だ。

 最初の、というのは、あの手紙に続いてみらいは、二通目、三通目の手紙をサンタクロース村に送っていたからだった。
 もしかしたら郵便事故か何かで届いていないのかもしれない、と心配したみらいは、一度は母の今日子に、フィンランドに行きたいと頼み込んだ。だが、中学生のみらいにとってフィンランドは遠く、学校を休んで海外に行くというのは、さすがに母の許しは得られなかった。
 そこでみらいは仕方なく、しばらくしてから二通目の手紙を送った。さらにしばらくして三通目の手紙を送った頃には、街はハロウィンムード一色になっていた。

 ハロウィンが終わると同時に、世間は一斉にクリスマスの準備へと向かい始めた。
 ツリーもイルミネーションも、ケーキもご馳走のチキンも、いつもと同じ。だけど子供たちにとって一番肝心なことには、解決がついていない。このままでは、今年のクリスマスはどうなってしまうのか。

「あーあ、ここに……」
「こんなときに……」
 かなとまゆみが同時に何かを言いかけて、揃って口をつぐむ。
 頭に浮かんだのは同じ人物――人差し指をピンと立てて、得意げに微笑む少女の顔だ。だがその名前はどちらも口に出さずにまた黙って歩き始めた時、後ろから、おーい、と呼ぶ声が聞こえて、二人は、今度は一緒に勢いよく後ろを振り返った。

「来た! 来たよぉぉぉ!」
 上ずった声でそう叫びながら、みらいが走って来る。そして二人に駆け寄ると泣き笑いのような顔で、手に持っている封筒を差し出した。

「本当に、来たんだ……」
「なんて書いてあるの!?」
 かなの言葉で、みらいが封筒の中から大切そうに薄い便箋と、切り取られたノートのページを取り出す。
 便箋には力強い筆致の英文が書かれていて、行間には薄い鉛筆で、みらいの字で単語の意味が小さく書き込まれていた。食い入るようにそれを見つめる二人の隣で、みらいがノートの方を開いて読み始める。

262一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:58:56
「何度も手紙を送ってくれてありがとう。あなたからの全ての手紙を、とても嬉しく読みました。そして、返事が遅くなって本当にごめんなさい。実は、クリスマスにわたしを手伝いたいと言ってくれる人たちが……たくさんの人たちが、居ます。私は彼らからの手紙をたくさん受け取っていて、そのため返事が遅くなりました……」
「うわぁ、他にもみらいみたいに手紙を出した人が、たくさん居たんだ!」
「それで、続きは?」
 弾んだ声を上げるまゆみに頷いてから、かながそわそわと先を促す。

「あなたの強い想いは、私に大きな力を与えてくれました。サンタクロースが居るクリスマスを守りたいと言ってくれて嬉しかった。だから私も勇気と共に、行動しようと思います。近いうちに、私の想いを世界中の人たちに伝える予定です。ですから是非あなたに、私の手助けをしてほしい」
 そこまで読みあげてから、みらいは笑顔で二人の顔を見回すと、少し声を震わせながら、最後の言葉を口にした。
「感謝を込めて。サンタクロース」

「やった……やった、やったぁ! みらい、凄すぎ!」
「やっぱり信じて良かったね……朝日奈さん!」
 みらいに抱き着いて飛び跳ねるまゆみと、その隣で目を潤ませるかな。そんな二人の手をギュッと握りしめ、みらいは感極まった声で言った。
「本当に、二人のお蔭だよ。ありがとう! まゆみ……かな!」
 かなの目が大きく見開かれ、その頬がうっすらと赤く染まる。
「朝日奈さん……ううん、みらい! わたしの方こそ、ありがとう!」
「良かったね、みらい、かな」
 通学する他の生徒たちが不思議そうに通り過ぎる中、三人はしばらく手を取り合って、幸せの余韻を噛みしめていた。

 嬉しいニュースはさらに大きくはっきりとした形で、数日の後にやって来た。
 突然、全世界のテレビでニュース特番が組まれ、本物のサンタクロースが生番組でメッセージを発信したのだ。

「以前は私の他にもたくさんのサンタが居たが、今は遠くに離れてしまった。でも世界中の多くの人たちから、サンタクロースを失いたくないという、あたたかな声を頂いた。だから私も皆さんと一緒に、自分が出来ることを全力でやって、子供たちに笑顔を届けたい。あなたも仲間になってくれないだろうか。あなたの町のサンタクロースとして、子供たちに笑顔を届けてくれないだろうか」

 サンタクロースのメッセージは、あらゆる国で大きなニュースになった。そして、あれよあれよと言う間に世界各地にサンタクロースの事務局ができて、フィンランドのサンタクロース村には、膨大な量の手紙やメールが送られた。
 それらをどうやって捌いているのかは誰にも分からなかったが、見る見るうちにサンタクロースのネットワークが世界を繋ぎ、子供たちからサンタクロースに送られた手紙の中身が、各国の事務局へと送られていった。
 こうしてクリスマスには、トナカイの橇ならぬ自動車や自転車、場所によってはスノーモービルや水上バイクに乗ったサンタたちが、これだけは以前と変わらず鈴の音を響かせて、子供たちの元へと向かったのだ。

 そして津奈木町にも、サンタになりたいと願う人たちの事務局が、津奈木第一中学校に設立された。代表になったのは、みらいたちに頼まれて二つ返事で引き受けてくれた、数学の高木先生だ。
 老若男女たくさんのサンタたちに混じって、みらい、かな、まゆみ、それに大野壮太や並木ゆうとたちがサンタの衣装に身を包み、子供たちの居る家々を回った。

「サンタクロースって、大変だけどこんなに楽しいんだね」
 ゆうとが曇った眼鏡を拭きながら楽しそうに笑う隣で、壮太はサッカーで鍛えた足腰を生かして、大きな白い袋を軽々と運ぶ。
 まゆみはサンタの口真似をするたびに耳まで真っ赤になり、反対にかなはノリノリで、ホッホッホォ〜、と腰に手を当てて笑った。

 そしてプレゼントを配った翌朝、みらいはサンタになったみんなを誘って、公園へと足を向けた。
「みて〜。サンタさんにもらったの」
「あたしも〜」
 幼い二人の女の子が、嬉しそうにプレゼントに貰った人形を見せ合っている。男の子たちも、サンタに貰ったらしい飛行機やロボットのおもちゃで、元気に遊び回っている。
 子供たちのそんな様子を見ながら、顔を見合わせて笑顔になる仲間たちの姿を、みらいも笑顔で眺めてから、そっと遠い空を見つめた。

 中学校を卒業してからも、このメンバーはクリスマスのたびに集まって、誰一人欠けることは無かった。そして、クリスマスにはみんなで集まってサンタになる――それはいつしかみらいたちの、大切な年中行事のひとつになっていった。



     ☆

     ☆

     ☆

263一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:59:40
「まゆみ〜! ここにあるプレゼントは、全部この袋に入れちゃっていいの?」
「うん! あ、だけど、持ち上げられないほどは入れちゃダメだよ、かな」
「そんなことしないよ〜」
 大学生になった今も、あの頃と同じように仲良く笑い合う二人を見ながら、みらいが小さく微笑む。
 今日はクリスマス・イブ。例年通り、サンタたちはみんな、朝から子供たちにプレゼントを配る準備で大忙しだ。
 この津奈木第一中学校の体育館を開放してもらってプレゼントを仕分けし、袋に詰めていくのだが、毎年のことなので、みらいたちはもう手慣れたものだ。だが、今年はいつもの年とは違って嬉しい助っ人がやって来るとあって、みらいは勿論、仲間たちもみんなとても張り切っていた。

 この春、数年ぶりにナシマホウ界にやって来たリコとことは、それにジュンたちは、みらいとモフルンとの感動の再会の後、中学時代の仲間たちとも久しぶりの再会を果たした。ことはが余りにも変わっていないとみんな驚いていたが、すぐに懐かしい話に花が咲き、全員があっという間に中学時代に戻ったかのような、楽しい時間を過ごしたのだ。
 明日はそれ以来の再会となる。もっともみらいは、今年の夏休みはリコの休みに合わせて魔法界で過ごしたのだが、誰よりも再会を心待ちにしているのは、勿論みらいだった。

 夏休み、魔法学校のリコの部屋で、クリスマスの話題になった時のことを思い出す。四人で朝日奈家で一緒に過ごしていた頃の話をしている最中に、リコがこう切り出したのだ。
「そう言えば、ナシマホウ界のクリスマスって、今どうなっているの? みんなとっても心配していたんだけど」
 その言葉がきっかけになって、魔法界とナシマホウ界のクリスマスの話になった。離れている間にそれぞれに変化した、二つの世界のクリスマスの。
「よぉし。じゃあ今年は、両方のクリスマスに行ってみよう!」
 ことはが相変わらず元気いっぱいにそう叫んだが、今は二つの世界を行き来するのに、カタツムリニアで数日かかってしまう。
 そこで、今年はみんなでナシマホウ界のクリスマスに参加して、来年のクリスマスは魔法界で過ごそう、と約束したのだが。

(わたしの勘が正しければ、きっと……。リコにちゃんと見せられたらいいなぁ)

 手の中のプレゼントの包みに目をやって、みらいが楽しそうに微笑む。
「またリコちゃんやことはちゃんに会えるなんて、最高過ぎ!」
 プレゼントをせっせと袋に詰めながら、まゆみもみらいの顔を見て、ニコリと笑う。するとその隣から、かながふと思い出したように言った。
「あ、そう言えば、花海さんなら今朝見かけたけど?」

「え?」
 思いがけない言葉に、みらいが目をパチクリさせる。
 普段はナシマホウ界と魔法界の向こう側の、そのまた向こう側に居るということはは、春に再会した時も、そして夏に魔法界に行った時も、みらいとリコ、二人が揃うとどこからともなく現れた。
 リコたちは、夕方こちらに着くことになっている。だからみらいは、ことはもその頃に現れるものだとばかり思っていたのだが。

「はーちゃんを、どこで見かけたの? かな」
「通学路の並木のところで。凄く楽しそうに、スキップしながら歩いてたわ。声をかけようと思ったんだけど、見失っちゃって」
「え? あの道、一本道なのに?」
 今度はまゆみが不思議そうに問いかける。
「そうなの。それで、こっちに手伝いに来てくれたのかなぁって思ってたんだけど、そう言えば見かけてないわよね?」
「うん……」

 みらいがプレゼントを袋に入れるふりをして、斜め掛けにした鞄の中をこっそりと覗き込む。今は鞄の中に隠れているモフルンが、不思議そうな表情でみらいを見上げ、ふるふると首を横に振った。

(この世界に来ているのに、はーちゃんがわたしたちの前に姿を現さないなんて……)

「何かあったのかな」
 みらいが心配そうにポツリと呟いた、その時。
「みんな、久しぶり〜! カタツムリニアが、やけに早く着いてさぁ。だから、手伝いに来たぜ」
「ちょっと、ジュン! カタ……か、片付けまで居られればいいんだけど、早く帰らないといけないかもしれないし」
 体育館の入り口から聞き慣れた声がして、四人の女性がこちらに近付いて来る。その姿を見て、みらいはぱぁっと顔を輝かせた。


〜続く〜

264一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 11:01:39
以上です。ありがとうございました!
続きもなるべく早く投下させて頂きます。

265ゾンリー:2017/04/19(水) 21:16:45
こんばんは、ゾンリーです。
映画に出て来たスズちゃんとアコのお話です。
1レス使わせて頂きます。

266ゾンリー:2017/04/19(水) 21:17:30
あ、タイトルは「いつか望んだ横顔は」です。

267ゾンリー:2017/04/19(水) 21:18:02
「あ、見てアコてんとう虫だ!」
「わあホントだ。かわいいね。」
小学校の帰り道。珍しく奏太君が風邪で休んだので私_スズとアコ、2人での帰り道。
私達はアスファルトの塀に向かって座り込んだ。
名前のわからない雑草に2匹の真っ赤なてんとう虫が止まっている。
私は隣でてんとう虫をつつくアコの横顔を見つめていた。
「昔はさ、こうして横顔を見ることって無かったよね」
「急にどうしたのスズ?…でも考えてみればそうだったわね」
「アコは王女さまで、私は王宮音楽隊の娘。一緒に遊んだ事は一杯あったけどこうして隣に並ぶなんて考えもしなかった。」
「でもどこかに、そうなりたいって想いはあったんじゃない?」
アコの優しい言葉に、素直に頷く。
「…地位の差も無くして、王族だからって遠慮もしなくて、ただただ親友として遊びたかった。それが今__」
私の言葉を遮ったのは男性3人組。
「「「何をしている〜♪」」」
高中低音がハモる。
「三銃士の皆さん。」
「やぁースズちゃん、久しぶりだねぇ」
声の低い、ガタイのいい人はバスドラさん。
「元気にしてましたか?」
少し高めの、優柔不断そうな人はファルセットさん。
「見ない内に大きくなって…」
女性的な顔立ちの普通の声の人はバリトンさん。
「アンタ達、どうしたの?」
アコが尋ねると三銃士はまた声を揃えて言った。
「「「ご無沙汰してますアコ王女〜♪」」」
「王女はやめてって言ってるでしょ。ほら…その、スズに対しての接し方と同じでいいから。」
反論するアコは頬が少し赤い。
「「「了解〜♪それでは仕事があるんで失礼します〜♪」」」
普通の(?)3人乗り自転車で楽器店の方向へ向かう三銃士。
「はぁ。なんなのアイツ達。」
「ふふっ、アコありがとね。」
「??」の吹き出しが似合いそうな首を傾げるポーズを取るアコ。
「さっき『王女はやめて』って言ってくれたでしょ?それが嬉しくて」
顔だけ向かい合い、最大級の笑顔。
「だって私も、スズと一緒の景色を見たい。王女だからとか、平民だからとかそんなの関係無しに隣にならんでさ。スズや奏太、皆といるとそれが叶う。アコ女王とスズじゃなくて調辺アコとスズになって、互いの弱さを出せる。素直な笑顔でいられる!隣にいて欲しいっていう気持ちはお互い様。」
上を見上げるアコ。私はてんとう虫を指先に乗せ、眩い空へと羽ばたかせた。アコも同じ動作をする。
「知ってる?てんとう虫って「幸せを運ぶ虫」なんだって。アコは私にとってのてんとう虫だ!」
「スズだって、私にとってのてんとう虫だよ。」
たくさん笑いあって、歩き出す。繋がれた手は永遠に続く私達の絆を抱きしめるようにしっかりと繋がれていた。
私は奏太君の風邪にちょっぴり感謝しながら、もう一度アコの横顔を見つめるのでした。

268ゾンリー:2017/04/19(水) 21:18:36
以上です。ありがとうございました!

269名無しさん:2017/04/19(水) 21:35:56
>>268
今はスズちゃんも加音小学校に通ってるんだね。
お互いに隣に居たいと願う二人が可愛かった。GJ!

270名無しさん:2017/04/19(水) 23:41:23
>>268
短いながらも密度の濃い、そして色んな味がする作品だと感じました。

271Mitchell & Carroll:2017/04/22(土) 00:00:03
『黒猫エレンの宅急便』


 帰って来るやいなや、ベッドに体ごと投げ出し、そのまま寝てしまう。メイクも落とさずに、風呂にも入らずに、食事も摂らずに、そのまま寝てしまう。そんな日がもう何日続いている事か。心配したハミィが、非力ながらも、エレンの足をベッドの中に納めて、布団を掛けてやる。そんな日がもう何日続いている事か。朝起きて、自分の体に栄養を流し込み、ろくに身支度も整えないまま、また忙しなく働き出す。そんな日がもう何日続いている事か。日に日にやつれ、亡霊にでも取り憑かれているように髪もボサボサに荒れ、口元は何やら住所のようなものをブツブツと唱えている。心配した奏が、「女の子は身だしなみが大事よ」と言って髪を梳かしてやろうとするが、そんな暇は無いと言って何処かへ消えてしまう、響もまた、「疲れた体には甘いものがイチバン!」と言って、スイーツを差し入れたりするのだが、必ずと言っていいほどエレンは、ダンボールが擦れる“シュガー”という音を思い出し、やはり何処かへと姿を消してしまう。そんな日がもう何日続いている事か。

 事の発端は数日前。
「私、宅急便を始めるわ!」
 何でも新しいギターを買うため、そしていつまでも音吉に世話になるのも申し訳無いから一人暮らしをするための資金作りとのことらしい。それともう一つ、困っている人を助けたい、自分も何か社会貢献がしたいとのことだった。何でも宅配業者が本格的な人手不足で困っているというニュースを聞いて、居ても立ってもいられなくなったのだ。しかし始めてみるとこれがまた大変で、そもそも運転免許を持っていないエレンは、トラックの代わりにリアカーを牽いて荷物を運んでいる。ここ、加音町は音楽を嗜んでいる者が多いせいか、重い楽器の荷物も少なくない。しかも、せっかく配達先に辿り着いたと思ったら在宅者不在で、重い荷物を載せたまま次の配達左記へと向かうなんてことも――そんな日がもう何日続いている事か。疲労困憊で指先は痺れ、ろくにギターのコードを押さえる事も出来ないどころか、ギターに触れる時間すら無い。心の栄養も失ったエレンは、今日もまた何処かへと荷物を配達している。悪魔の尻尾のようなマークの付いたダンボール箱を、山ほど載せたリアカーを牽いて……。
 
 しかし物語はここで終わりではない。ある日、何やら配達物の中からフレッシュな香りが漂ってくるのを感じた。空腹に我慢できなくなったエレンは、ついダンボール箱の封を開けてしまった。中には、生鮮食品が詰められていた。極限状態だったエレンは、無我夢中でそれらを貪った。一通り平らげて、正気に戻ったエレンは、自分は何て事をしてしまったんだろうと、往来でオイオイと声を上げて泣き始めた。何事だろうと一人、また一人と寄ってきて、あっという間に人だかりができた。そこを割って入って来たのが、響たちだった。事情を聞いてやった後、奏が代わりに人だかりを解散させ、結局皆で配達先に謝りに行った。幸い、話の通じる依頼主だったので、許してもらえたばかりでなく、皆に飴玉まで与えてくれた。そして営業所に戻ったエレンは、その日限りで解雇となった。

 久しぶりの風呂。熱いシャワーが、皮膚にまとわり付いた汚れやその他諸々を一気に洗い流してくれる。その間、響たちは栄養の付くものを、とキッチンでせっせと調理をしている。湯船にチャプンと浸かったエレンは、何やら聞こえてくる話し声と、おそらく炒め物をしているのであろう、ジュージューという音に耳を済ませている。奏の怒鳴り声が聞こえる。響が段取りを間違えたのかしら?それともハミィがつまみ食いをしたとか?久しぶりに心からちょっとだけ笑顔になって、軽くなった体を拭いていると、アコが入ってきた。「あなたもお風呂?」と訊くと、そうではなく奏が最近覚えたという歌に耐えられないとのことで、避難してきたらしい。
 リビングには豪勢な料理が並んでいた。景気付けにと、久方ぶりにギターを手に取ったエレンは、さっきの奏の歌に即興で伴奏を付けてやった。ギターの音色で中和させただけでは足りなかったのか、アコは両耳を塞いだままだった。口直しにと、エレンは自作の優しい歌を弾き語った。それにハミィも加わる。憶えやすいメロディーだったので、次第に響と奏、それにアコも加わって、食卓に音の彩りが添えられる。極めつけは、ハミィの言葉のトッピング。
「セイレーンは、心に歌を届ける天才ニャ!」
 そう、それは一瞬にして。


 〜終〜

272名無しさん:2017/04/22(土) 10:08:05
>>271
確かにトコトンやりそうでコワいわ、この子はw
そしてきっと、夜間配達もNGだね。お化けに怯えてすぐに荷物放り出しそう。

273名無しさん:2017/04/23(日) 22:45:53
>>271
独特の文章で長文なのに読みやすいし面白い。
1スレで終わるのに色々ハッとさせられる。締め方がうまいし後味もいい!
エレンの不器用さが愛おしいです。

274一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:49:21
こんばんは。
遅くなりましたが、まほプリ三部作の二章が書けましたので、投下させて頂きます。
7、8レス使わせて頂きます。

275一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:49:53
 クリスマスに行われるあの行事――校長先生が“新しい伝統”って呼んでる祭典が始まったのは、あたいたちが魔法学校の三年生の時だった。

 あの年に起こった“大いなる混沌の日”のことは、ハッキリと覚えてるヤツが居ないんだ。あたいも、あの日はどういうわけだか、みらいたち、それにかなやまゆみとも一緒に居たような気がするんだけど……気が付いたらエミリーとケイと三人で、魔法学校の池のそばに立っててさ。
 空から色とりどりの花びらが降って来て、びっくりしてそれを眺めていたら、リコがやって来たんだ。魔法学校の制服じゃなくて、ナシマホウ界の服を着て。あたいたちを見て小さく微笑んで見せたけど、さっきまで泣いてたみたいな真っ赤な目をして。
 どうしたんだよ、って駆け寄ったら、今度は池の水面に校長先生の顔が大写しになってぎょっとしたっけ。でもそんな驚きは、ほんの序の口だった。

 みんなの無事を確認してから、校長先生はいつになく重々しい声で、こう言ったんだ。魔法界とナシマホウ界、二つの世界は混沌の反動で果てしなく遠く分かたれ、今の我々の術では行き来が出来なくなった、ってな。
 その瞬間、あたいは全身の力が抜けたような気がした。何て言うか、今までずっと見つめ続けてきたキラキラ輝く大きな星が、急に消えちまったような……そんな感じがしたんだ。
 どうやって立っているのかもわからないくらい、何だか呆然として、校長先生の声も遠くなって……。なのにあの時、よくリコの声が耳に入ったもんだって、今でも思うぜ。もしあの時のリコの声が無かったら、あたいは全てにやる気をなくして、ヤケになっていたかもしれないのに。

「それでも必ず……絶対、会いに行くんだから!」
 リコはそう呟いてたんだ。あたいの隣で、小さな小さな声でな。
 最初は、またリコが強がり言ってるって、ぼんやり思った。でも、ギュッと握った拳をブルブル震わせて呟いているリコを見ているうちに、何だかカーッと胸の中が熱くなってきて……。気が付いたら、あたいはリコの拳を掴んでこう叫んでた。
「ああ。あたいも行く。絶対に……絶対に行く!」
 言葉にした瞬間、自分でもびっくりするくらい、ボロボロと涙が溢れた。エミリーは最初っから泣いてたし、ケイも、あたいの手の上に手を重ねながらしゃくり上げてたっけ。
 でもリコは――リコだけは、相変わらず拳を握りしめたまんま、最後まで涙は見せなかったんだ。



     サンタとサンタのクリスマス( 月の章 )



「すげぇなあ、リコ。また満点かよ!」
 ざわめく教室の中でもひときわ響く大声に、リコは赤い顔をして振り返った。声の主は、すぐ後ろの席に座っているジュン。リコの手の中の、今返されたばかりの答案用紙を、感心した顔つきで覗き込んでいる。
 一瞬静まり返った教室は、すぐにさっきとは比較にならない、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。その様子を困った顔で見回してから、リコが今度は非難がましい目をジュンに向ける。

「ちょっと! 勝手に人の答案、見ないでよ」
「隠さなくたって、どうせ先生に言われるだろ? 何たって、三年生になってからオール満点! えーっと……何連続になるんだっけ?」
「わたしのメモによると、二十回連続ね」
 ジュンの隣で、ケイが手帳をめくりながら即座に答えた。
「凄っ! っていうか、テストってもうそんなにたくさん受けたのかぁ!」
 ジュンが驚いたように呟く。三年生の夏休みも終わり、二学期もそろそろ半ばに差し掛かっていた。
「リコは凄いね。わたしも頑張らないと」
 リコの隣からエミリーが、騒音に掻き消されそうな声で語りかける。と、その言葉が終わらないうちに、教壇の方からパンパン、と手を打ち鳴らす音がした。

「皆さん、静かにして下さい」
 そんなに張り上げているようには聞こえないのに、教室中によく通る声が響く。リズが、いつもように穏やかな表情で生徒たちを見渡していた。
「今回のテストでは、リコさんが満点を取りました」
 わーっという歓声と拍手の音に、リコが再び赤い顔で、照れ臭そうに俯く。
「全体的に、前回よりもみんなよく出来ているわ。この調子で頑張って下さいね。では、今日の授業を終わります」

 軽く会釈をして教壇を下りると、リズは真っ直ぐリコに近付いて来た。
「リコ、今回もよく頑張ったわね。でも……」
 言いよどむ姉の様子に、リコが不思議そうに首を傾げる。
「昨日も帰りが遅かったようね。寮の門限ギリギリだった、って聞いたわ。夕食はちゃんと食べたの?」
「……ええ」
「そう。でも、顔色があまり良くないわ。頑張ることも大切だけど、ちゃんと食べて寝て、身体を労わらないとダメよ?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、お姉ちゃん」
 微笑む妹を心配そうに見つめ返して、リズが教室を出て行く。それを見送ってから、今度はケイがリコの方へ身を乗り出した。

276一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:50:25
「リコ、昨日の集まりの後、またどこかに出かけたの?」
 ケイの言う“集まり”とは、再びナシマホウ界に行く手立てを探すための活動をしているグループの集会だった。ナシマホウ界に住んでいたことがある人たちが中心になって作られたものだが、仕立て屋のフランソワに教わって、リコたち四人も結成直後から参加している。
 メンバーの中には魔法界の重要な職務である星読み博士や、カタツムリニアの生態を研究している学者もいた。その上議題が議題ということもあって、この集まりはとにかく話が難しいのが難点で、リコたちも出席はしたものの、話にまるで付いて行けないという日も少なからずあった。
 しかも、そんな難しいことを長い時間話し合っても、ナシマホウ界に行く方法の糸口は、今のところ全く見つかっていなかった。そろそろアイデアも出尽くして、最近では集会にかかる時間も、以前に比べれば短くなってきている。
 昨日の集まりも思いのほか早く終わって、四人が寮に戻った時には、門限までまだ二時間以上あったのだが。

「天気が良かったから、ちょっと散歩してたの」
 リコが、さっきリズに向けたものと同じ微笑みを、仲間たちに向ける。それにニッと笑い返して、ジュンがリコの肩に、ポンと手を置いた。
「ならいいけどさぁ。さっきは満点で大騒ぎしちまったけど、リズ先生も心配してんだ。あんまり無理すんなよ」
「わかってる。じゃあ、今日は早めに帰って休むわね」
 そう言ってリコが立ち上がる。
 教室の階段を上がっていく後ろ姿を見送って、ジュンは微かに眉をひそめた。リコの足取りが、何だかいつもと違って少し重そうに見えたからだ。
 が、昨日も帰りが遅かったということだし、きっと疲れているのだろうと、ジュンはそれを特に気には留めなかった。


     ☆


 それから半月ほど経った、ある日のこと。
 授業が終わって教室を出ようとしたジュンとケイは、二人同時に首を傾げて顔を見合わせた。遅れてやって来たリコが、二人の視線の先を見て、やはり首を傾げる。
 誰も居なくなった教室に、ぽつんと残る人影。エミリーが机に頬杖をついて、じっと黒板を見つめている。

「エミリー、どうしたの?」
「え?」
「え、じゃないわよ。授業はとっくに終わったわよ?」
「あ……ああ、そうね」
 曖昧に笑って席を立とうとしたエミリーが、間近に迫ったリコの顔を見て真顔に戻る。その隣にはジュンとケイ。揃って心配そうな仲間たちの姿があった。

「何かあったのか?」
「うん……何か、っていうわけでもないんだけど」
 エミリーが席に座り直すのを見て、ジュンがその前の椅子に斜めに腰かける。リコとケイも、それぞれ周りの席に腰を下ろした。

「昨日、魔法商店街に出かけたんだけど、何だか様子がおかしくて」
「様子って、魔法商店街の?」
「ええ。凄くヘン、ってわけじゃないんだけど、何だかいつもと違ったの。なんて言うか……活気が感じられない、っていうか」
「それって、閉まってる店が多かったとか、そういうことじゃないんだよな?」
 ジュンの問いに、エミリーが大きくかぶりを振る。
「違うの。店は開いているんだけど、みんな元気がない気がして。そのせいなのか、商店街がやけに静かだったし」
 エミリーの言葉に、リコたち三人が再び顔を見合わせる。

「この前のカボチャ鳥祭りの時は、いつもの年と同じように盛り上がっていたでしょ? それなのに……って思ったら、気になってたまらなくなっちゃって。それでつい、考え込んじゃって」
「そう……」
 リコがポツリと相槌を打つ。すると今まで黙っていたケイが、ああ、と少し暗い顔で頷いた。
「カボチャ鳥祭り、って聞いて思い当たったわ。この前、わたしも魔法商店街に行ったんだけど、その時フックさんが言ってたの。原因は、クリスマスじゃないかな」

 ケイが、珍しく手帳を見ることもなく、机の上に視線を落として話を続ける。
 魔法界では、毎年クリスマスには多くの大人たちがサンタになって、魔法界とナシマホウ界、両方の世界の子供たちにプレゼントを配ってきた。だが、ナシマホウ界と行き来が出来なくなった今年からは、サンタの仕事も大幅に減ってしまうということになる、と。

「カボチャ鳥祭りが終われば、次はクリスマス、って誰もが思うでしょう? そこでこの現実を突き付けられて、やっぱり寂しいなぁってみんなが思ってるみたい。ナシマホウ界にはもう行けないんだってことを、改めて思い出して」
「そうか。言われてみれば、毎年この時期には魔法商店街のあちこちからクリスマスの飾りつけの話が聞こえてくるのに、誰もそのことを口にしていなかったわ」
 ケイの話に頷いたエミリーが、ハァっと大きなため息をつく。続いてケイが。そしてジュンが。だが、リコはグッと口を引き結ぶと、ガタンと音を立てて立ち上がった。

277一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:50:56
「どうしたんだ? リコ」
 今度はジュンが不思議そうな顔で問いかける。そちらには目を向けず、リコはとんがり帽子の制帽を、目深に被った。
「帰るのよ。こうやってみんなでため息をついてたって、しょうがないもの」
「そ、そんな言い方しなくたって……」
「おい、そんな言い方はないだろ?」
 小声で反論するエミリーを庇うように、ジュンが少々ムッとした口調になる。それを聞いて、困った顔でチラリとエミリーに目をやってから、リコはすぐに横を向いた。帽子の陰から、少しくぐもった声が聞こえてくる。
「ごめん。でも、ただ心配しているだけじゃ、何にもならないもの。やっぱり一日でも早くあの世界に行けるように、もっと頑張らなきゃいけないのよ!」
「だから、みんな頑張ってるだろ? だけどなかなか上手く行かないのは事実じゃないか。だったらみんなで心配したり、慰め合ったりしたって……」
「だから……そんなことをしても、何にもならないのよっ!」
 リコがそう叫んで、机に掌を叩きつけようとした、次の瞬間。

「リコ!!」
「おい、大丈夫かっ!?」
 エミリー、ケイ、そしてジュンが、驚いた顔で立ちあがる。
 リコが、ずるずるとその場に崩れ落ちると、バタリと床に倒れ、そのまま意識を失ってしまったのだ。


     ☆


 目を開けると、薄暗い天井がそこにあった。そろそろと起き上がり、枕元の時計を確認する。
 時刻はもう夕方に近い。どうやら丸一日眠っていたらしく、そのお蔭か、身体はずいぶん楽になっていた。

 昨日、この寮の自室で目を覚ました時には、心配そうなリリアとリズの姿があって、リコはそこで初めて自分が教室で倒れたのだということを知った。
 医師の話では、原因は過労だという。そう言われてみれば、身に覚えが無いこともない。
 魔法界とナシマホウ界。今は大きく広がってしまった二つの世界の狭間を超えるヒントが、何か少しでも無いものか――そればかりを考えて、仲間たちと集会に出た帰りにもう一度図書館に行って調べ物をしたり、カタツムリニアの線路の上を、箒で飛べるところまで飛んで手掛かりを探してみたり。そうやって毎日思いつく限りのことをして、門限ギリギリに寮に駆け戻る毎日。寮に帰ったら帰ったで、今度は消灯時間を過ぎてもなお、勉強に明け暮れる。
 魔法もずいぶん使っていた。もっと色々な魔法が使えるようになるために。そして、何とかしてナシマホウ界へ行くための手掛かりを見つけるために。
 ただ呪文を唱えて杖を振るだけの、傍から見れば楽そうに見える魔法だが、使い過ぎればかなりの体力を消耗する。そこに睡眠不足やら何やらが重なって、ダメージが蓄積されたのだろう。

(だけど……わたしには、やれることがあるんだもの)

――何もしないでいるなんて……我慢できない!

 もう何度となく思い返した、みらいの言葉がまた蘇る。
 いなくなったはーちゃんを探して、思いつく場所を全部探し尽しても見つからなかったあの時、湖の見える真夜中の展望台で、彼女が声を震わせて言った言葉だ。

(みらい……今頃、どうしているのかしら)

 リコはもう一度ベッドに横になって、ぼんやりと天井を見つめた。
 ナシマホウ界――魔法界の存在すら知られていない世界にいるみらいに、出来ることは何もない。それがみらいにとってどれほど辛く苦しいことか、それはリコが一番よく知っている。

(だから……だから一日でも早く、会いに行かなくちゃ! でも……)

 リコの口から久しぶりに、ハァっと重いため息が漏れた。

(でも……わたしもみらいと同じかもしれない)

 いくら本を調べても、魔法界の果てまで飛んでみても、まだ収穫は何もない。リコだけでなく、集会に出ている多くの魔法つかいが持てる力や知識を出し合っても、思うような成果はまだ何も現れていないのだ。

(これじゃあ、やれることがあるって言っても……)

 不意に天井が歪んで見えて、リコは慌てて目をしばたきながら起き上がった。
 少し気分を変えようと、部屋の中を見回す。すると勉強机の上に、去年の誕生日に母から貰った絵本が置いてあるのが目に入った。こんなところに置いておいた覚えはないから、おそらく昨日来てくれた母のリリアが本棚から引っ張り出したのだろう。

 机の上に手を伸ばし、ベッドに腰かけたまま、絵本のページを開く。
 幼い頃から何十回も読み聞かせてもらった物語。自分で文字を追っていても、それは全てリリアの声で聞こえてくる。
 やがて、ページをめくるリコの手が止まった。
「……女の子たちの強い想いは、雲を払いのけ……」
 絵本の最後のページ――二つの星が笑顔で並ぶページを見つめて、リコが呟く。
「強い想い、か……」

278一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:51:30
 突然、真紅の光がリコの脳裏に煌めいた。情熱のリンクルストーン・ルビー。想いをたぎらせたキュアミラクルの胸に何度も輝いた、強くて真っ直ぐで、熱い光だ。
 その煌めきに、キュアマジカルとキュアフェリーチェは何度助けられたことだろう。
 ある時は、ただ一人彷徨う世界の狭間で。またある時は、強大なムホーの力に打ちのめされた、闇に沈む結界の中で。

(そうだわ。想いは……想いの力は……!)

 リコはパタンと絵本を閉じて机の上に置くと、部屋のカーテンを開けた。暗くなりかけた空の下、魔法学校と、それを支える母なる木の大きな幹が見える。
 辺りがすっかり闇に沈むまで、リコはその見慣れた光景を、ただじっと見つめていた。


     ☆


「まあ、リコさん! あなた、身体はもう大丈夫なの? もう学校に出て来てもいいんですか?」
 校長室に入った途端に厳しい口調で追及されて、リコは思わず二歩、三歩と後ずさった。先に来ていたらしい教頭先生が、両手を腰に当て、いかめしい顔でリコに迫る。

「え……ええ。ご心配かけて、すみません」
「あ、あのぉ、校長先生はお留守ですか?」
 ジュンがリコの隣から声をかける。ジュンの隣にはケイ、その隣にはエミリー。いつもの四人が揃って校長室にやって来ていた。

「ええ。困ったことです、また黙って校長室を留守にして……。ところであなた方は、校長先生に何のご用で?」
「実はお願いしたいことがありまして。クリスマスの……」
「え、えーっと、急ぎのお願いじゃないんで、また今度、校長先生がいらっしゃる時に……」
 ジュンが突然リコの言葉を遮って、アハハ……と愛想笑いをしながらその場から立ち去ろうとする。が、そのわざとらしい小細工が裏目に出た。
「あらそう。それは別に構いませんが……私の耳には入れたくないお願い事かしら?」
「い、いいえ、そんなことは……」
 リコは慌てて顔の前で両手を振ってから、もうっ! と肘でジュンの脇腹をつついた。

 学校を三日休んで今日から登校したリコは、休んでいる間に考えていたことを、今朝真っ先にジュンたち三人に相談した。そして放課後になるのを待って、校長先生にお願いにやって来たのだが……。
 部屋の中を見回したが、どうやら魔法の水晶も不在らしい。仕方なく、リコは覚悟を決めて教頭先生に向かい合った。

「クリスマスに、やりたいことがあるんです。魔法学校が中心になって」
「それは、生徒によるイベント、ということですか?」
「いいえ。会場は魔法学校ですが、魔法界全体が参加できるものを、と考えています」
「まあ、そんな大掛かりなことを……」
 教頭先生が一瞬だけ眉をひそめてから、それで? と先を促す。

「魔法学校を支え見守るあの大きな木――母なる木に、魔法で光を灯したいんです。魔法界のみんな一人一人の、想いを込めた光を」
「まあ、あの木に……」
 そう言ったまま、教頭先生はしばらくの間黙り込んだ。

「あの……このままじゃ、今年のクリスマスはきっと、とっても寂しいものになると思うんです」
 意外にも、沈黙を破ったのはエミリーだった。いつもと同じ自信なさげな口調ながら、それでも教頭先生の目を見て懸命に言葉を紡ぐ。
 少し驚いた顔でエミリーを見つめた教頭先生は、ふっと表情を和らげると、彼女に小さく頷いて見せた。

「確かに。今年はナシマホウ界の子供たちには、プレゼントを配れないでしょうからね」
「はい。だからせめて、ナシマホウ界やナシマホウ界の子供たちへの想いを、光に込められたらなぁって」
「いつか必ずナシマホウ界に行くぞ、っていうあたいたちの気持ちも、一緒に輝かせたいんです」
 ケイとジュンも口々にそう言って、教頭先生を見つめた。

 校長室がしんと静まり返る。教頭先生は小さく咳払いをすると、相変わらず重々しい調子で口を開いた。
「話は分かりました。魔法界全体の行事ともなると、校長先生とよ〜く相談しなくてはなりませんが……その前に、私からあなた方に質問があります」
 そう前置きしてから、教頭先生はじろりと四人の顔を見回した。
「“校則第十八条:魔法学校を支える母なる木に登ったり、傷付けたりしてはならない” 三年生のあなた方ならご存知ですよね? あの木には不思議な、そして大いなる力が宿っています。光に想いを込めるだけなら、どの木でもいいはずでしょう? それなのに、あの木を選んだのは何故ですか?」

「やっぱり、あの木に魔法をかけるなんて無理なんじゃないの?」
「今更言うなよ……」
 ケイとジュンがひそひそと言い合う隣で、エミリーは不安そうに、リコは考え込むように下を向く。
 腕組みをしたままじっと答えを待つ教頭先生が、しびれを切らしたのか、ピクリと眉を動かした時、リコが低く小さな声で、こう答えた。

279一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:53:06
「それは……大いなる力が宿っている木、だからです。ずっとわたしたちを……魔法界を見守ってくれている木だから、わたしたちの想いも、きっと受け止めてくれるって……」
「受け止めてもらうだけですか? リコさん、あなたはこの行事を通して、何をしたいんです?」
 教頭先生が、真っ直ぐにリコの目を見つめる。その視線を受け止めて、リコは考え考え、絞り出すように言葉を続けた。

「想いには……力があると思うんです。今は上手く行かなくても……何も出来なくても、強い想いを込めて心から願えば……願い続けていれば、いつかきっとそれは力になる。魔法界のみんなの想いが母なる木に届けば、きっと大きな力になると思うんです」
 そう言ってから、リコは少しうつむき加減で、呟くように言った。
「今回のことで、いろんな人に心配をかけて、学校も休まなくちゃいけなくなって……。それで、思ったんです。わたしは想いの力を……それを信じることを、忘れていたんだな、って。だから焦ってばかりで、自分を……大事にしていなかったんだな、って」

「リコ……」
 リコの横顔を見ながら、ジュンが小さく呟く。
 じっとリコの顔を見つめていた教頭先生は、リコが話し終えると、ふーっと長く息を吐いた。

「実を言うと、あなたの杖をしばらく預かった方がいいのではないかと、校長先生に相談に伺ったところでした。これ以上、無茶をさせないためにね。でも、私の取り越し苦労だったようですね」
「えっ……?」
 驚くリコに、教頭先生が珍しく、おどけたように片目をつぶって見せる。
「校長先生にお話しなさい。きっと私の応援など無くても、許可を頂けるでしょう」

「あ……ありがとうございます!」
「やった! やったな、リコ!」
「良かったね、リコ!」
「教頭先生を説得するなんて、凄いわ!」
 仲間たちに囲まれて、リコがようやく笑顔になった時。
「おや、君たち。それに教頭。お待たせした。何か用かな?」
 音も無く現れた校長先生が、いつもの穏やかな眼差しで、そこに居る全員を見回した。


     ☆


 クリスマスを数日後に控えたある日。日暮れ時に合わせて、魔法学校の生徒たち全員が校庭に集まった。全職員も見守る中、校長先生が生徒たちの前に立つ。
「皆、もう話は聞いておるな? 今からクリスマスの新しい行事の、記念すべき最初の光を皆に灯してもらいたい。真っ直ぐな想いを、素直な気持ちを、母なる木に届けるのじゃ。良いな?」

 校長先生の言葉が終わると、まずは三年生が進み出て、揃って魔法の杖を構える。
 目を閉じて大きく息を吸い込んでから、リコは杖を振り上げ、仲間たちと声を揃えて高らかに唱えた。

「キュアップ・ラパパ! 光よ、灯れ!」

 下級生たちの間から、言葉にならない歓声が沸き起こる。
 闇に黒々と沈みかけていた巨大なシルエットに宿った、色とりどりの煌めき。まだ数も少なく光も小さいが、それらは全てが確かな輝きを放ち、しっかりと存在を主張している。
 三年生の後には二年生、そして一年生が続いた。最後は先生たちが、次々と母なる木に想いの光を灯していく。

「想像してたのと全然違うな。ここまでイメージ通りの光を灯せるなんて」
 ジュンが杖を撫でながら、誰にともなく囁く。
「うん! なんか気持ち良かった」
 ケイは晴れ晴れとした表情で、明るい声を上げる。
「本当に、母なる木ね。何だか魔法を優しく受け入れてくれているみたい」
 エミリーも微かに頬を染めて、嬉しそうに仲間たちの顔を見つめる。
 リコは、驚いたように目を見開いて、少しずつ増えていく光を見つめていた。そして小さく微笑んでから、その目を暮れかけた空の彼方へと向けた。

280一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:54:29
 次の日から、魔法学校にはたくさんの人たちがやって来て、母なる木に光を灯していった。その中には、リコたちに馴染みの深い魔法商店街の人たちや、集会に通っている人たちの姿もあった。
 魔法界を支える大いなる木に魔法をかけるなんて、皆初めての経験だ。だからだろうか、少々緊張した面持ちで魔法学校の門をくぐる人が多かったのだが、帰る時には皆何だか嬉しそうな、穏やかな顔になっていた。

 魔法界のどこからでも見えるこの巨大な木は、少しずつ輝きを増していった。そしてその光に触発されたように、魔法商店街にもクリスマスの飾りが見られるようになった。リコたちが通う集会もまた、母なる木の輝きに励まされたように少しずつ活気を取り戻し、また様々な試行錯誤が繰り返されるようになっていった。
 クリスマス・イブを迎えた時には、木は無数の光を宿し、全体が光り輝いて見えるまでになっていた。
 魔法商店街は昨年までと同じような賑わいを見せ、サンタたちは天高く輝く巨大なツリーを眺めながら、例年より数少ないプレゼントを分け合って、笑顔で子供たちの元へと向かった。

 こうして始まったクリスマスの祭典は、年を追うごとにその煌めきを少しずつ増やしながら続けられた。そしていつしか魔法界の人々にとって、クリスマスの大きな楽しみのひとつになっていった。



     ☆

     ☆

     ☆



「リコ先生、さようなら」
「はい、さようなら」
 一年生の生徒たちに挨拶を返してから、リコは振り返って、元気に駆け去っていく彼らの後ろ姿を眺めた。
 制服姿ももうすっかり板につき、きれいな円錐形だった制帽も、先っぽがお辞儀をするようにちょこんと折れ曲がっている。
「あの子たちも、もうすぐ二年生ね」
 少し感慨深げに呟いた時、生徒たちの後ろから、おーい、とリコを呼ぶ声がした。

「ごめんごめん。待たせたか?」
「ううん。時間的には、ちょうどいいし」
 トランクを持ったジュン、ケイ、エミリーが、小走りでこちらへやって来る。三人を笑顔で迎えたリコは、彼女たちと肩を並べて庭の方へと足を向けた。

 今日の最終のカタツムリニアで、リコたちはナシマホウ界へ向かうことになっている。クリスマス・イブに間に合うように到着して、みらいたちと一緒にサンタになってプレゼントを配る計画なのだ。その前に、今年も四人揃ってクリスマスの光を灯そうと、ここで待ち合わせたのだった。
 実を言うと、今日ナシマホウ界に向かうのは、リコたちだけではない。そしてそのことを、リコはジュンたちに口止めまでして、みらいには内緒にしていた。

(みらい、きっと喜んでくれるわよね)

 浮き立つ気持ちでそんなことを思いながら、母なる木の前に立つ。魔法学校の三年生だった時と同じように、四人並んで魔法の杖を構えた。想いを込めて杖を一振りすると、既に幾つかの光を宿していた巨木に、四つの小さな輝きが加わった。
「やっぱりこの時が一番、魔法が上手く使える気がするんだよなぁ」
 ジュンの言葉に、ケイとエミリーが、うんうん、と頷く。リコはそんな三人に黙って微笑みかけてから、天高くそびえ立つ巨木を見上げた。

281一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:55:02
 初めてこの木に光を灯した時、リコは仲間たちとは違った驚きと、懐かしさを感じていたのだ。
 余計な力など何も要らない。想いがただ真っ直ぐに伝わって、イメージした通りの形になる――その感覚は、プリキュア・キュアマジカルに変身して魔法を使った時と、そっくりの感覚だった。

(来年は、みらいも一緒に……)

 この感覚を共有できる、ただ一人の友の顔を思い浮かべて、リコが思わず頬を緩ませる。その顔を見てニヤリと笑ったジュンが、何か思い出したように、あ、と声を上げた。

「そう言えば、リコ。はーちゃんは一緒じゃないのか?」
「え? どういうこと?」
 リコが不思議そうに聞き返すと、ジュンも同じく不思議そうな顔になる。
「何だ、知らないのか。昨日、校長室に行ったときに見かけたぜ? 何だか急いでいたみたいで、あたいの顔を見るなり姿を消しちまったけど」
 このところアーティストとして活動しているジュンは、時々魔法学校で、生徒たちに美術を教えているのだ。

「どうしたのかしら……」
 リコが少し不安そうに呟く。
 ことはが普段どこで何をしているのか、彼女の説明を聞いてもリコにはさっぱり分からないのだが、少なくとも、魔法界からもナシマホウ界からも離れたところに居るのは確からしい。そんな彼女が魔法界に来たというのに、何故自分の前に姿を現さないのか。

(はーちゃんのことだから、みらいと会えば、当たり前みたいにやって来る気もするけど……)

 リコが難しい顔で考え込んだ時。
「大変! 急がないと、最終が出ちゃうわ!」
 今度はエミリーが、慌ててそう叫んだ。

 再び四人で一列に並んで母なる木に一礼し、魔法学校を後にする。
 カタツムリニアが待つ駅へと急ぐリコたちの足取りは、いつしか魔法学校の生徒だった頃と同じような、元気な駆け足へと変わっていた。


〜続く〜

282一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:55:39
以上です。ありがとうございました!
続きもなるべく早く投下できるように頑張ります。

283そらまめ:2017/05/13(土) 16:07:28
投下させていただきます。
バイトはじめました。シリーズ6話になります。
前話が四年前なので最早誰も覚えてないとは思いますが…
宜しくお願いします。
タイトルは バイトはじめました。ろく です。

284そらまめ:2017/05/13(土) 16:09:24
「えっと、もう一回言ってもらっていいかな?」
「だから! ナケワメーケがしゃべったのよ!!」
「せつな、あなた疲れてるのよ…」
「疲れてる時はゆっくり安静にした方がいいっていうよね。せつなちゃん、横になる?」
「みんな信じてよ!」
「だって、ねえ…?」

みんなから憐れむような視線が送られてくる。でも、私は確かに聞いた。ハープで攻撃したとき痛いと絶叫したその声を。あのナケワメーケはテレビか何かを媒体にしていたから、人の言葉を話すとしたら番組を受信でもしたのだろうか。
しかしあの台詞をあのタイミングで…?
ナケワメーケに話をする機能はなかったはず。そんなのは必要ないから。
でも、もし私が抜けた後で改良がされたとしたら、一体何の目的で…
と、そこまで考えてふと視線を感じた。顔をあげてみたら三人ともハの字に眉が下がっている。思いのほか心配されているらしい。

「あ、えっと、一旦この話は…」

なんだか申し訳なくなって、この話は一先ずやめようかと思っていると、

「わかったよ!! みんなで確かめてみよう!」
「へ…?」

ラブが勢いよくそう言った。握りこぶしを震わせて、その眼には確かな信念が宿っていた。

「そうね。せつながそうそう嘘をつくとも思えないし」
「うん! わたし、せつなちゃんのこと信じてる!!」
「み、みんな…!」

ラブだけじゃなく美希とブッキーまでそう言って私に笑いかける。こんないい仲間が出来て、私とても幸せだわ。

「みんな! 作戦会議だよ!! せつな、その時の事もう一回詳しく教えてもらっていいかな?」
「ええ!」


そんな感じでせつなが友情を噛み締めている頃、これから襲い掛かる恐怖に全く気付いていない当事者は、別の意味で身構えていた。

285そらまめ:2017/05/13(土) 16:10:55
…お久しぶりですこんにちは。今自分は何をしているのかというと…と、よそ見してる場合じゃなかった。油断すれば一瞬でやられる…!!
緊張からツーと頬に汗が伝い、知らずにゴクリと喉が鳴る。
もうすぐだ。
これからの事は、ある意味今後の自分を左右することになるだろう。周りの人全てが敵に見える。こんな状況が続いてしまったら、自分の精神がおかしくなってしまいそうだ。
カチカチとやけにうるさく感じる時計の秒針が、もうすぐ、天辺に到達する。

あと10秒…8…5…3…1……



「…それでは16時になりましたのでタイムサービスを始めさせていただきますっ!!」

その放送と共に、戦いの火ぶたが切って落とされた。

「うおおおおおぉっ!!!」

その言葉を聞いた瞬間走り出す。兎に角走る。目的のものを追いかけて、掻き分けて、手を伸ばしたのだった…―――






改めて、こんにちは。先ほどはすみません。ちょっと立て込んでいたものですから。あのタイムセールを逃すと、本気で食費がマッハだったんです。講義の教材ってなんであんなに高いんだろうね。うっすい本が云千円とか思わず一ページあたりの金額計算しちゃったよね。で、そんな財布が乏しい人の味方である今回行ったスーパーのタイムセールは、価格破壊という言葉が文字通りでほんとに安い。貧乏人の強い味方!
パッションにハープで殴られたところが未だに疼いてしまうので、せめて食事くらいはまともなものを食べたかったんです。
しかし、今回は傷の治りが遅い気がする。危険手当がいつもより多かったのはこれを見越してだったのだろうか…説明も無しとかなんか金多くしとけばいいんだろどうせ。みたいなやっつけな感じがします。嫌だねなんでも金で解決できると思ってる人たちは。
…まあ解決されるんですけどね大抵。
例に埋もれず自分も解決されてしまったわけです。あの多さを見れば、ね…? ただ、危険手当というからにはいつもより危険が大きいということで、治りが遅いだけじゃなかったら嫌だなーと思いながら自宅に到着。


「…すみません。今からバイトをお願いします」
「あ、はい。あ、あのー…」
「…なんでしょうか?」
「…あ、やっぱり何でもないです。すみません」
「そうですか。では、バイトの方お願いします」


帰宅して早々にバイトを頼まれ、次の瞬間には目の前にプリキュアが。
ちなみに、さっき謎の声に言いかけたのは、ハープで攻撃(物理)された時の危険手当について聞こうと思ってました。でもなんか怖くなったのでやめました。世の中知らない方がいいこともありますもんね。

今回はプリキュアとの目線が近く、どうやら大物ではないらしい。っていうかむしろプリキュアより目線低くね…?

よくよく見ると、リンゴになっていました。
ちょっと自分でも何言ってるのかわかりません。人間の大きさのリンゴとか中途半端だろ。どうせならドデカくビルくらいの大きさにすればよかったのに。まあリンゴ三個分の重さのネコっぽいのもいるんだからこれもアリか。
…やっぱりちょっと混乱してるみたいです。アリじゃないよねどう考えても。チョイスをもっと慎重にしてほしかった。誰だよこんなの選んだの…と思い周囲を見渡せば、高笑いしながらプリキュアを馬鹿にする大男がいた。

「ふははっ! どうだプリキュア! お前らがリンゴ好きな事はリサーチ済みだ!! 好きなものを相手にいつものように攻撃できるかっ?」

勝ち誇ったように自信満々な男の意味の分からない主張。そんな男を呆れたように見つめるプリキュアたち。

その光景を見て、あ、うん。しょうがないか…と、何故だかすべてを諦められた。

286そらまめ:2017/05/13(土) 16:11:50
「行け! ナケワメーケ!! プリキュアを倒せ!!!」

いや、行けって言われてもこの丸型でどうしろと…
とりあえず転がってアタックしてみる。開幕から捨て身の攻撃である。

「アップぅウウウルっ!!」

鳴き声が絶望的にダサい…
捨て身タックルも案の定躱されて、背後から蹴られ宙に浮いた後、近くにあった電柱にぶつかった。
このフォルム死角多すぎてヤバいんですけど…! 勝てる気がしない上に高速回転だから目がまわって気持ち悪い。一回の攻撃で大分ダメージが。主に自分の所為だけど。

「しっかりしろナケワメーケ! お前の力はそんなもんじゃないはずだろ!」

必死に応援する大男に、どこの修造だよと言ってやりたい。だがアップルしか言えない。悔しいです。

「うーん…今回は言葉を話すような媒体ではないわね」
「パッションの言った通りにしてみようか」
「これではっきりするかもしれないし…」
「みんなありがとう!」

いくら今回のフォルムが雑魚っぽいからって敵の目の前で円陣組んで話し合いってどういうことなの…

「ァアアっプウウウッルーー!!」

円陣に向かって突撃してみる。だがさっきのように直線ではまた躱されそうなのでジグザグと動きながら急ブレーキとかかけてフェイントも入れる。リンゴのくせに意外と俊敏に動けて驚きを隠せない。
円陣から一斉に散らばったプリキュアの後を追いながら廻る。ピーチのパンチをカーブすることで避け背後から突進。動きの速さに追いつけなかったのか態勢を崩したピーチに渾身のジャンピングアタックをお見舞いした。

「くっ…!」
「ピーチ大丈夫っ?!」
「大丈夫だよパッション!」
「あんなフォルムなのに意外とやるわね…」
「そうだねベリー、丸いから動きが自在だし。でも…」
「まあ、あれだけ回転してたらね。そりゃあ眼もまわるわよね」

頑張ってピーチに一撃いれて優勢になったかと思いきや、高速回転のし過ぎで世界がまわっている。ふらふらしながら木とか壁とかにぶつかってしまう。眼の前にいるプリキュアにたどり着けない…そして最高に気持ち悪い。

「まあ、ウエスターの出したナケワメーケなんてこんなものよね」
「おいイース! なんだその見下した言い方は! 大体自分の好きなもの相手に何故普通に攻撃しているんだ!!」
「だって私リンゴよりももの方が好きだし。大体リンゴを媒体にしようとするあたり作戦も何も考えてなさそうよね」
「俺だって考える時はある! 例えばこんなふうにな! ナケワメーケ!!!」
「アップウウ?」

気持ち悪さを必死に抑え男を見ると、こちらに向かって何やらジェスチャーしている。
えーと、何々、自分の体を絞って匂いをだせ…? え、なに言ってんのこの人。自分の体を絞るなんてそんなことできるわけ…あ、できた。
上半身を思いっきり捻ると何やら果汁的なものがでてきた。きもい。
で、こんな汁だしてどうすればいいんだろうかと無い首を捻ると、一番近くにいたピーチがこちらにふらふらと歩いてきた。しかも全くの無防備で。どうしたのかと思いながらせっかく近づいてきたので体当たりしてみた。すると避けることもなく攻撃が当たる。なんだこれ?

「…ッ! え…なんで私ナケワメーケに近づいて…」
「ちょっとピーチどうしたのよ!」
「わ、わかんないよっ! なんか気付いたら体が勝手に動いてて…」
「ふははっ、どうだプリキュア! リンゴは見た目だけじゃなく中身も優秀なのだ!」

もしかして、果汁から出る匂いが相手に何かしら影響しているのだろうか。そうでなきゃピーチが寄ってくるわけないし。まじか。意外とすごくないかリンゴ!そしてちょっと見直したよ大男!そうと分かれば高速回転でプリキュアに近づいて果汁を出しまくる。
案の定近くにいたベリーとパインがこっちによってきたのでそこを攻撃。
なんだこれすごいぞ。やられっぱなしだったプリキュアを苦戦させている!しかもこんな弱そうな怪物なのに!

「みんな!! どうすればあの匂いを防げるのかしら……っそうだ…!」

匂いをだしてプリキュア達にアタックしまくる。わーい臨時収入だ金だーなんて現金に眼が眩んだのが間違いだったのだろうか。気付いたらパッションがこちらにハープを向けていた。思わず体が震えた。どうやら体の方がトラウマを感じているらしい。

「吹き荒れよ幸せの嵐! プリキュア! ハピネスハリケーン!!」

辺りに風が巻き起こる。と、それまで無抵抗で寄ってきていたプリキュアがピタリと動きを止めた。

「…あれ、匂いがしない」
「ハピネスハリケーンのおかげで匂いが消されてるんだわ!」
「ありがとうパッション!」
「みんな! 今のうちに!!」

287そらまめ:2017/05/13(土) 16:12:27
くそ、風で匂いが拡散されてるのか。これじゃ捨て身アタックくらいしかできることがないじゃないか!ああ、今回はここまでか…調子よかったんだけどな。
それぞれがスティック、ハープを持っている。浄化される準備でもするかと気だるげにぼーとしていると、なぜかこちらに走り出すプリキュア。ハピネスハリケーンで時折視界が遮られるが、それでもこちらに迫っているのは見間違えようがない。予想外すぎて固まってしまう。
ついに目の前に、っていうか囲まれた。振り上げられる腕。なにこれこわい。

「…せーのぉ!!」

ピーチの気の抜けた掛け声を皮切りにスティックで殴られた。四方向から。え、え…?

「…ちょ、え、い、いたっ痛い!」
「ホントにナケワメーケしゃべった!!」
「パッションの言ってた通りね!」
「えいっ…!」
「やっぱり! どうしてナケワメーケが喋ってるのよ! 何が目的?!」
「おまえらが何の目的だよっ!! イタっ…やめ、ちょ、殴るの止めて!?! これただのいじめ!!!」

正義の味方に鈍器(スティック)で殴られる。この絵面ただの弱い者いじめじゃね?!ってかまじ痛い!!

「ナケワメーケに話す機能なんてつけて何のつもり!」
「ちょっとアンタ意思があるの?」
「ごめんね…!」
「質問しながら殴るなっ! 痛っ! ごめんとか言っといて一番力入ってるぞ黄色い奴っ!いたいっ、ごめんなさい、止めてっ!」
「質問に答えなさいっ!!」

殴られ過ぎて意識が遠のいてきた。なんなのなんで殴るの止めてくれないの。質問?意思があるのかって?そりゃあるよ。だって…

「だってバイトだからぁっー…!」

そんな言葉を叫んだのを最後にぷつりと意識が途切れた。


…ふと目が覚めるとそこは自分の部屋だった。身体も自分のものだ。戻ってきたらしい。戻ってこれたのか…先ほどまでのことを思い出す。プリキュアにタコ殴りにされる自分。え、ていうかなんだったのあれ。プリキュアって暴力団だったの?力のないものを力のあるやつが攻撃するって正義的にどうなんですか!一般ピーポーですよこっちは!

「っ痛っ…」

思わず打ち震えた瞬間身体のあちこちに痛みが走る。服をめくると痣が至る所にできていた。
まじかよ…やばいよこれ。まああれだけ殴られて痣だけってのもすごいが。っていうかパインに殴られたとこだけ痣デカいんだけど。しかも脇腹とか防御の薄そうなところばかり。あいつやっぱえげつないわ…
それにしても意識がこっちに戻ったってことは浄化されたってことでいいのだろうか。殴られても浄化ってされるんだね知らなかったよ。でも普通にやってほしかった。
プリキュアと会話した気もするけどまあいいか別に。あの怪物に鳴き声以外のコミュニケーションのとり方があるとは思わなかったが。

あー、次バイトするの嫌だなあ…

数日後に振り込まれていたバイト代は未だかつてない金額でした。

288そらまめ:2017/05/13(土) 16:13:01
以上です。
ありがとうございました。

289名無しさん:2017/05/13(土) 16:38:45
>>288
このシリーズ好き! 続きが読めるとは嬉しいです。
バイト君、受難なんだけど、それが何とも楽しいんだよねw
続きも楽しみにしています。

290一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:04:03
こんにちは。
めちゃくちゃ遅くなっちゃいましたが、まほプリ最終回記念SS、ようやく続きが書けました。
これで完結です。7〜8レス使わせて頂きます。

291一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:04:35
「はー! 今日のお月様、真ん丸だね〜」
 空に浮かべた箒に腰かけて、ことはが無邪気な歓声を上げる。モフ!と嬉しそうに応じるのは、彼女の隣にちょこんと座ったモフルンだ。
 魔法界から見る月は、ナシマホウ界から見るよりも青く輝く。でもそれ以外は、大きさも光の強さも変わらない。月は日々形を変えながら、二つの世界を見守っている。

「この姿になったばかりの頃は、何もかも小さく見えたけど」
 ことはがパッと右手を開いて、まるで月を掴もうとでもするように、その掌を天にかざした。
「お月様と……あと、お日様は変わらないね。わたしが小さい頃も、大きくなっても」
 そう言いながら、今度は下の方に四角く見える光に目を移す。この光は自然の光ではなくて、窓から漏れる部屋の灯り。部屋の中では、みらいとリコが並んでベッドに腰かけていて、ことはとモフルンに気付き、二人同時に笑顔で手を振った。
「それから、みらいとリコとモフルンも、ずーっと変わらない」
「モ〜フ!」
 さっきよりさらに嬉しそうなモフルンの声に、ことはがまるで花が咲いたような笑顔を見せる。

 リコの夏休みに合わせて、みらいとモフルン、そしてことはは、今日から魔法界に遊びに来ていた。明日は久しぶりに魔法学校の夏祭りを楽しんで、その後は四人であちこちに出かけ、いろんな人に会って、魔法界を満喫しようという計画だ。

「それで、はーちゃん。モフルンに聞きたいことって、何モフ?」
 モフルンが、首をかしげてことはを見上げる。さっきそう耳打ちされて、ことはと一緒にリコの部屋を出て来たのだ。モフルンの言葉にいつになく真面目な表情になったことはは、まるで内緒話でもするように、この小さな親友に顔を近づけた。

「あのね。ナシマホウ界から魔法界まで、どれくらい時間がかかったか、教えて。カタツムリニアに、どれくらい乗ってた? 春にリコがナシマホウ界に行った時と比べて、短くなってるかな」
「モフ……」
 モフルンが少し考えてから、ニコリと笑って答える。
「短くなってるモフ!」
「ホント!? どれくらい?」
「えーっとぉ……」
 ことはに勢い込んで尋ねられて、モフルンが記憶を辿るようにじっと夜空を見つめる。

 以前よりも遥か遠くに隔たってしまった、魔法界とナシマホウ界。リコを含めた魔法界の人々の数えきれない試行錯誤の末、やっとこの春、カタツムリニアが再び二つの世界を繋いだ。ただ、やはり以前と違って、行き来するには何日もカタツムリニアに乗らなくてはならない。
 みらいが夏休みを魔法界で過ごしたいと言い出した時、リコはそう言って、魔法界に着くまでにかかる時間を細かく計算していた。

「リコは、今日の夕方に魔法界に着くはずだ、って言ってたモフ。でも実際に着いたのは、ちょうどお昼ご飯の時間だったモフ」
 両手をいっぱいに広げて、嬉しそうに説明するモフルン。だが、それを聞いたことはは、明らかにがっかりした様子で肩を落とした。

「そっか……。まだちょっとしか近くなってないんだね、魔法界とナシマホウ界」
 俯くことはを見て、モフルンの身振り手振りがさらに大きくなる。
「そんなことないモフ! 夕方がお昼になったんだから、凄いモフ!」
「でも、その前に何日も――前の何倍も時間がかかってるんでしょ? 頑張っているんだけど、なかなか一気には近くならなくて……」
「大丈夫モフ。はーちゃんが頑張ってるってことは、みらいもリコも、モフルンも分かってるモフ」
「ありがとう、モフルン」
 ことはがようやくうっすらと微笑んで、もう一度足下の窓に目をやる。みらいとリコは相変わらずベッドに腰かけたまま、どうやら話に夢中のようだ。今度は二人がこちらを見る前に目をそらして、ことはは小さくため息をついた。

「わたし、もっともっと、みらいとリコの力になりたい。何かほかに、わたしに出来ることって……」
 ことはがそう言いかけた時。
「おや。ことは君、来ておったのか」
「お久しぶりですわ」
 不意に声をかけられて、ことはが驚いて顔を上げる。中空からことはとモフルンを見つめていたのは、魔法の絨毯に乗った校長先生と、その掌の上に浮かぶ魔法の水晶だった。

「校長先生! こんな時間にどうしたんですか?」
「明日の天気が気になって、空の様子を見に来たのじゃ。明日は夏祭りじゃからな」
「そっか。お祭りだぁ!」
 夏祭りと聞いて明るい表情になったことはに、校長も静かに微笑む。
「君も花火を上げたんじゃったな、みらい君やリコ君と一緒に」
「はい。みんなでパチパチ花を探して、みんなで打ち上げました」
 あの時の花火を思い浮かべているのか、ことはが懐かしそうに夜空を見上げる。と、不意にその目がキラリときらめいた。

292一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:05:06
「はー! そうだっ!」
「モフ?」
 首を傾げるモフルンに、何だか得意そうにエヘヘ……と笑って見せてから、ことはが目の前に浮かぶ魔法の絨毯の方に向き直る。
「校長先生! お願いがあります!」
 箒から今にも落ちそうな勢いで迫ることはに、怪訝そうに頷いた校長先生は、彼女の話を聞いて、今度はあっけにとられた顔つきになった。



     サンタとサンタのクリスマス( 花の章 )



「よぉし。こっちの袋は全部詰め終わったぜ。まゆみ、そっちはどうだ?」
「うん、こっちも完了!」
 ジュンとまゆみがハイタッチをして、楽しげに笑い合う。その隣では、かな、ケイ、エミリーの三人がプレゼントの包みをリレーのように手渡しながら、せっせと袋に詰めている。

(何だか、あの年のハロウィンを思い出すなぁ)

 老若男女、たくさんの人が賑やかに作業している、津奈木第一中学校の体育館の一角。届け先のリストをチェックしながら、みらいはそんな仲間たちの様子を眺め、リコと目と目を見交わして、嬉しそうに微笑んだ。
 が、次の瞬間、二人揃ってギクリと首を縮める。ジュンとまゆみの、こんな会話が聞こえて来たからだ。

「さて、そろそろ橇に積み込むか。どこにあるんだ?」
「そり……? ウフフ、そこまでやれたら素敵だけど、それはちょっと本格的過ぎ」
 可笑しそうに笑うまゆみに、ジュンの方は不思議そうに目をパチパチさせる。
「じゃあ、これどうやって運ぶんだ?」
「車を使う人が多いかな。わたしたちは自転車だけど……」
「自転車かぁっ!?」
 今度はまゆみが目をパチクリさせる番だった。
 たまりかねたリコがジュンに駆け寄る。だが一足早く、ジュンはガシッとまゆみの両腕を掴んだ。

「じゃ、じゃあ、今夜はあたいたちも、自転車に触れるのかっ!?」
「う、うん」
「そうかぁ。同じサンタでも、こっちは空じゃなくて地上を走るんだもんなぁ!」
「え? 同じサンタ、って……」
「空じゃなくて、ってどういうこと!?」
 まゆみの言葉を遮って勢いよくジュンに迫ったのは、勿論、かなだ。慌ててそちらに方向転換しようとしたリコだったが、その時にはみらいがリコの脇をすり抜けて、かなの肩を両手で押さえていた。

「かな、落ち着いて」
「だって、みらい。空を走るサンタってことは、本物のサンタクロースでしょう?」
 ジュンに負けず劣らず目を輝かせて、かなが再びジュンに迫る。
「ねえ、見たことあるの!?」
「い、いやぁ、それは……」
 ようやく口を滑らせたことに気付いたジュンが、困った顔で言葉を濁す。その後を、みらいが急いで引き取った。
「いやいや、“空じゃなくて”、って言うのは、そのぉ……“そこまで本格的じゃなくて”、って意味だよ! ね? ジュン」
「へ? ……あ、ああ。そうそう」
 引きつった笑顔を作って、カクカクと頷くジュン。その顔とみらいの顔に交互に目をやってから、かなは残念そうな声で言った。
「え、違うの? てっきり、空を走るサンタクロースの橇を見たことがあるのかと思ったのに」
 ジュンがそっと胸をなでおろし、みらいはかなにニコリと笑いかけてから、リコに向かってパチリと片目をつぶって見せた。

(何だか懐かしいわ)

 リコが思わず、クスリと笑う。プレゼントの準備が再開されると、まゆみがニコニコしながらリコの隣にやって来た。
「懐かしいでしょ? かなのあの反応」
「え、ええ。それに、なんか勝木さんとみらいって、中学の頃より仲良くなったみたいね。前は名前で呼び合ったりしてなかったと思うけど……」
「ああ、それはね。それこそ、サンタクロースにも関係があるんだけど」
「え、サンタクロース?」
 怪訝そうな顔をするリコに、まゆみが少し得意げに頷いて、ゆっくりと話し始める。リコたちから少し離れたところでは、みらいとジュンがプレゼントの包みを前にして話し込んでいる。かなは、もうすっかり笑顔になって、ケイとエミリーと一緒にあのハロウィンの日の思い出話に花を咲かせているようだ。
 久しぶりに会った友達同士の、賑やかな語らいのひととき。だが、やがてみらいとリコはもう一度顔を見合わせると、体育館の入り口の方を窺った。

293一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:05:36
 みらいが再びリコの隣にやって来る。
「ねえ、リコ。はーちゃん、まだ来ないのかな」
「そうね。わたしたちがここにいることは、分かっている気がするんだけど……」
 リコが少々自信なさそうな口調になる。
 ことはには、夏休みに魔法界で会った時、クリスマス・イブの夕方にここで会おうと伝えてある。リコが予定より半日も早く着いたとは言うものの、もう日も傾いて、そろそろリコたちが到着する予定だった時刻だ。
 そもそも時刻には関係なく、みらいもリコも二人が一緒に居れば、ことはもすぐに現れるものだと思い込んでいた。それに加えて、かなが今朝ことはをこの近くで目撃したという話も聞いている。
 それなのに、なぜ彼女が一向に現れないのか……。みらいにもリコにも、まるで見当がつかない。

「う〜ん……せめてこっちから、はーちゃんに連絡出来ればいいんだけどな……」
 昔と同じく眉を八の字にして考え込むみらいに、そうね、とリコが低い声で相槌を打つ。その顔を見て、みらいは表情も声も努めて明るくして言った。
「でも、はーちゃんのことだから、きっともうすぐ来るよね?」
「きっと来るモフ!」
 みらいの鞄の中からそっと顔を出して、モフルンも小さく声を上げる。
「ええ……そうね」
 リコはまだ心配そうな顔つきながら、そう言ってこくんと頷いた。



 しかし、それから一時間以上経って、プレゼントの準備が全て終わっても、ことははやって来なかった。短い冬の一日は既にとっぷりと暮れて、白々とした蛍光灯の光が体育館を照らしている。
「サンタさんたちは、そろそろ着替えて下さーい」
 事務局のメンバーの一人が、時計を見て声を張り上げる。はーい、と張り切って答えるかなの声を聞きながら、みらいとリコがもう一度入口に目をやった時、そこに見慣れた人影が現れた。
「悪ぃ、遅くなった。準備、出来たか?」
 体育館に駈け込んで来たのは、リコたちが来る前に買い出しに出かけていた、壮太とゆうとだった。

「よぉ、リコ。それにみんな。よく来たな!」
「久しぶりだね! 元気だった?」
 集まって来た仲間たちの中にリコたちの姿を見つけて、二人が声を弾ませる。
「いろいろ買って来たぜ。これで雰囲気もばっちりだろ」
 壮太がそう言いながら、持っていた袋の中の物を取り出して見せた。
 星形の蛍光シートや、カラフルなモール。クリスマスの様々なアイテムが描かれた、大ぶりのシール……。
「それ、どうするの?」
「自転車に飾り付けるんだ。サンタの乗り物なんだから、クリスマスらしい方がいいだろ?」
「なるほどね」
 リコの感心した様子を見て、壮太は得意そうに胸を反らしてから、もうひとつの袋を差し出した。
「そしてこれは、差し入れのイチゴメロンパン。出発前の腹ごしらえに、みんなで食べようぜ」
 全員から、わーっという歓声が上がった。

「ところで壮太。その辺で、はーちゃんを見かけなかった?」
「ああ、はーちゃんも買い出しか? ショッピングモールから出ていくところをちらっと見かけたから、先に着いてると思ったんだけど」
「えっ!?」
「今、ショッピングモール、って言いました!?」
 事もなげに答えた壮太が、二人の驚いた様子に怪訝そうな顔になる。
「……違うのか?」
「わたしたち、まだはーちゃんに会ってないんだよ」
「えっ?」
 みらいの言葉に、今度は壮太より先に、その隣に居たゆうとが驚きの声を上げた。
「それじゃあ、あれはやっぱり見間違えだったのかな……。昨日、花海さんらしき人影が、津奈木神社の石段を上っていくのを見たんだ。てっきり、イブの前日から朝日奈さんの家に来てるんだと思ってたんだけど」

「じゃあ、はーちゃんは昨日からこの町に……?」
 ますます心配そうに囁くリコの隣で、みらいは口の中でブツブツと呟く。
「神社の石段に、ショッピングモール。かなが見かけたのは、通学路の並木道……」
「それって……全部わたしたちが、はーちゃんと一緒に行った場所じゃない?」
「じゃあ、ひょっとして!」
 リコの言葉に、みらいが顔を上げる。

「リコ! あの場所に行ってみよう!」
「え……ええ。でも、はーちゃんはどうして……」
「それは直接、はーちゃんに聞いてみようよ」
 みらいが勢い込んで、リコの顔を覗き込む。
「こっちから連絡が取れないんだから、探しに行くしかないよ! だって、はーちゃんは今ならきっと、近くに居るはずだもの」
 あの頃と少しも変わらない、みらいの力強い眼差し。それを見つめるリコの顔に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「そうね。行きましょう!」

294一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:06:06
 頷き合った二人が、仲間たちの方に向き直る。
「わたしたち、ちょっと行って来るね。まゆみ、出発の時間になっても戻らなかったら、先に行って。すぐに追いかけるから」
「ジュン。もうすぐ出発みたいだから、後は任せたわ」
「ええっ!? あたいかよ!」
「ちょ、ちょっとみらい!?」
 慌てるジュンとまゆみ、そして心配そうな仲間たちに向かって、二人一緒に拝むような仕草をしてみせてから、みらいとリコは、体育館の外に飛び出した。



 校庭は、人でごった返していた。プレゼントの袋を車に積み込んでいる人々。既にサンタの衣装を身に着けて、付け髭姿を笑顔で見せ合っている人々……。ポケットの中の箒を取り出そうとしたリコが、それを見て慌てて元に戻す。
「リコ、こっち!」
 みらいはリコの手を引っ張って、体育館の裏手に回った。そしてさっきのリコと同じように、ゴソゴソとポケットの中を探る。
「無理よ、みらい。すぐ近くにこんなに人が居るんじゃ、空は……」
「違う違う。これだよ」
 みらいがポケットから取り出したのは、箒ではなく小さな鍵だった。並んでいる自転車の、一台の鍵穴にそれを差し込む。
「リコは後ろに乗って。しっかり掴まっててよ!」
 モフルンを前かごに乗せ、自転車に飛び乗ったみらいを見て、リコも慌ててその後ろに座った。

 自転車は裏口から学校の外に出て、狭い坂道を駆け下りる。両腕をみらいの腰に回してギュッとしがみついているリコは、どこに行くのか、みらいに尋ねたりはしなかった。尋ねなくても、リコには行き先の見当がついているのだろう。

(二人乗りって言えば、あの頃は大抵、わたしが後ろだったけど……)

 リコの体温とその腕の感触が何だか嬉しくて、みらいは張り切ってペダルを漕ぐ。だが並木を抜けて公園に差し掛かったところで、慌てた様子で声を上げた。
「あれ……お店は? ワゴンが見えないよぉ!」
 すっかり暗くなった公園の中、目指す思い出の場所――イチゴメロンパンを売っているワゴン車が、いつもの場所に見当たらない。

「そんな……」
 呆然と呟くみらいに、すぐ後ろから柔らかくて冷静な声がかけられる。
「落ち着いて、みらい。壮太君が差し入れを買って来てくれたんだから、きっと店じまいしてすぐのはずよ。はーちゃんは、まだ公園の中に居るかもしれないわ」
「探すモフ!」
 モフルンも励ますようにそう言って、みらいを見上げる。
「うん、そうだね」
 みらいの声に、いつもの調子が戻った。

 誰も居ない公園の中に、自転車を乗り入れる。
「はーちゃーん!」
「はーちゃーん!」
「居たら返事するモフー!」
 三人で声を張り上げながら、公園の中をぐるりと回った。
 キョロキョロと辺りを見回していたみらいが、あ、と小さく息を飲む。木の陰で、何か桃色のものが動いたような気がしたのだ。
 慌ててペダルを踏む足にぐんと力を入れる。だが次の瞬間、前輪が何かを引っ掛けたらしく、自転車はぐらりと大きくよろけた。

「うわぁっ!」
「モフっ!」
 みらいとリコ、そしてモフルンが、思わず悲鳴を上げた、その時。

「キュアップ・ラパパ! 自転車よ、空を飛べるようになぁれ!」

 あどけない声と共に、自転車がふわりと宙に浮く。公園が見る見る足下に遠ざかっていくのを、目をパチパチさせて見ているみらいの隣に、すぅっとエメラルドグリーンの箒が並んだ。

「はーちゃん!!!」
 みらい、リコ、モフルン。三人のぴたりと揃った声に、箒に乗ったことはが、二ヒヒ……と楽しそうに笑う。彼女は既にサンタクロースの衣装を着て、背中には白い袋を背負っていた。
「もうっ! どこ行ってたの?」
「ごめん、遅くなっちゃった」
 言葉のわりには嬉しそうなリコの声に、ことはは自分の頭をポカリと軽くげんこつで叩いて見せた。

 箒と自転車は滑るように空を走り、程なくして湖が一望できる、誰も居ない展望台に降り立った。ここは、みらいとリコ、そしてモフルンにとっては思い出の場所。いくら探してもはーちゃんが見つからなくて途方に暮れていた、あの夏の夜に語り合った場所だ。

「あのね。みらいとリコにプレゼントがあって、その準備をしてたんだ」
 ことはがそう言いながら、背中に背負っていた袋の中から大きな靴下を三つ取り出す。そしてそのうちの二つを、みらいとリコに手渡した。
「開けてみて!」

295一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:06:38
「え……これって!」
「魔法の水晶!?」
 みらいとリコが、驚きの声を上げる。
 靴下の中から現れたのは、みらいがピンク色、リコが紫色の台座の付いた、校長先生のものより少し小ぶりの水晶玉だった。
「うん。そしてこれは、わたしの分」
 ことはがもうひとつの靴下の中から、緑色の台座が付いた水晶を取り出す。

「ごめんね。魔法界とナシマホウ界が前みたいに近くなるには、まだもう少し時間がかかりそうなの……」
 ことはは、すまなそうに顔を俯かせた。
「だからわたし、考えたんだ。みんながひとつずつ水晶を持っていれば、話がしたいときに、声が聞きたいときに、いつでも連絡が取れるでしょ?」
 そう言って、ことはが今度は少し得意そうに微笑む。
「でも、水晶さんには校長先生のお仕事があるから、わたしたちの連絡まではお願いできない。だからね。水晶さんと校長先生にお願いして、わたし、しばらく水晶さんに弟子入りしてたの!」

「ええ〜っ!?」
「弟子入り、って……」
 みらいとリコがあっけにとられる中、ことはが持っている水晶に手をかざす。すると水晶はぼうっと光を帯びて、その中に女性の横顔の像が浮かび上がった。
「なかなか筋が良かったですわ。占いは、あまり得意ではないようでしたけど」
「エヘヘ……。水晶さんみたいにこの中に居るわけじゃないから、難しくて……。だから、わたしは連絡係専門ね」

「はーちゃん……凄いよ!」
 みらいが震える声でそう呟いて、ことはを優しく抱き締める。
「ありがとう、はーちゃん」
 リコも涙ぐんだまま、ことはの肩をそっと抱いた。
「はー!」
 ことはが二人の背中に手を回して、幸せそうに微笑む。
 まだ自転車の前かごに乗ったまま、その様子をニコニコと眺めていたモフルンが、ふと空の一角に目を留めて、モフ!と声を上げた。

「みらい。みらい!」
「ん? なぁに? モフルン」
 ことはから離れたみらいの肩に、モフルンが飛び乗って、空を指差して見せる。
「モフ〜! 今年も見えてるモフ!」
「え? 今年も、って……。あ、そっか!」
 空を眺めたみらいが、パッと顔を輝かせる。そしておもむろに、ことはが持っている水晶玉に向かって叫んだ。

「水晶さん! 今、校長先生とお話できませんか?」
「今? これから大事な祭典に向かわれるところなんですが……」
「出来ればその前に、ほんの少しだけ!」
「分かりましたわ」

「みらい、一体どうしたの?」
「あはは……。ちょっとね」
 突然の行動に目を丸くするリコとことはに、みらいはモフルンと顔を見合わせ、悪戯っぽく微笑んでみせる。リコがますます怪訝そうな表情になった時、水晶の中に校長先生の姿が映し出された。

「やあ、みらい君。どうした?」
「すみません、校長先生。大事な祭典って、クリスマスの、ですよね?」
「ああ。リコ君から聞いておるか? これから光の祭典の、最後の光を灯しに行くんじゃよ」
「それ、水晶さんを通してわたしたちにも見せて頂けませんか?」
 水晶の中の校長先生が、一瞬キョトンとした顔つきになった。
「それは別に構わんが……」
「ありがとうございます!」

 水晶の光が、いったん消える。それを見届けてから、みらいはさっきモフルンが指差した空の一角を、改めて指差した。
「あそこに星が見えるでしょ? ほら、ひとつだけ青っぽく光ってる……」
「ああ、あの星だね!」
「ええ、わたしも分かったわ」
 ことはとリコも、空を見ながら頷く。今日は雲が多くて、あまり星が出ていない。その星もぼんやりと頼りなげに光っていたが、みらいの言う通り少し変わった色をしているので、見つけやすかった。
「あの星を、よ〜く見ててね」
 みらいがさも重大そうに二人に告げる。その時再び水晶が輝いて、小さな無数の光を灯した、魔法学校の母なる木が映し出された。

296一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:07:08
「キュアップ・ラパパ! マザー・ラパーパよ、我らの想いを輝かせたまえ!」

 校長先生の力強い声と共に、小さな光がその強さを増して、まるで母なる木そのものが光っているかのような燦然たる輝きを放つ。
「あっ!」
 その瞬間、リコが驚きの声を上げた。空にぼんやりと見えていた星が、見る見るうちに光を増して、青から緑に、そして他のどの星よりも明るいエメラルド色の星になったのだ。

「はー! あれって……」
「もしかして……魔法界の、母なる木の光!?」
「うん! やっぱりそうだったね〜!」
 大きく目を見開いて星を見つめるリコの隣に、みらいが笑顔で歩み寄る。
「あの星ね。クリスマスにサンタさんになってプレゼントを配る時にだけ、いつも輝いてたの。何だか気になって眺めていたら、ある年、今みたいに急に光が強くなる瞬間を目撃してね」
「モフ」
 みらいの肩の上で、モフルンがニコリと笑う。その時は動くことも喋ることも出来なくても、モフルンもみらいと一緒にその光景を見ていたのだ。
「星に詳しい並木君に聞いても、何の星だか分からなくて。それでずっと不思議だったんだけど、リコにクリスマスの話を聞いた時、もしかしたら、って思ったんだ」

「そう……。ちゃんと届いてたのね、この世界に」
 まるで自分の言葉を噛みしめるように、リコがゆっくりと呟く。そして、手摺に置かれたみらいの手に自分の手を重ねると、空から目を離して隣に立つ親友を見つめた。
「ありがとう、みらい」

「さぁ、今度は君たちの番じゃな。応援しておるぞ」
 校長先生の穏やかな励ましの声を最後に、水晶の光が消えた。すると、それとほぼ同時に、どこからともなくシャンシャンという鈴の音が聞こえて来た。
「え……あれって……!」
 今度はみらいが驚いた顔で、展望台の後方――さっきやって来た方角の空を見つめた。



 その鈴の音が聞こえてきた時、津奈木第一中学校では、もう全員がサンタの衣装に着替え、校庭に集合したところだった。
「あ、魔法つかい! じゃなくて……本物のサンタさん!?」
 かながいち早く空を指差して、歓喜の声を上げる。その指の先には、トナカイが引く橇の姿が十台ばかり連なって、鈴の音と共に、次第にこちらに近付いて来ていた。
 今回ばかりは見間違いだと言う者は誰もおらず、皆ポカンと口を開けて天を仰いでいる。ジュン、ケイ、エミリーの三人だけが、抱えたプレゼントの袋の下で、互いにこっそりと親指を立て合った。

「サンタクロースだ!」
「本物のサンタクロースが帰って来た!」
「あ! 降りて来るぞ!」
 校庭のあちこちからそんな声が上がる中、事務局代表の高木先生が、皆に引っ張り出されるような格好で前に進み出る。
 やがて、校庭のすぐ上までやって来た橇の列の中から、一台の橇が音も無く着陸し、そこから赤い服の男が降りて来た。

「あ、グスタフさん」
「この町のサンタさんたちがここに集まってるって、教えたの?」
「ああ。さっきリコに頼まれて、デンポッポで地図を送ったんだ」
 ケイ、エミリー、ジュンがひそひそと囁き合う中、魔法商店街で箒屋を営むグスタフが、高木先生に歩み寄る。
「いやぁ、まさか本物のサンタクロースに会えるなんて、思ってもみませんでした」
「いや、今はどっちも本物のサンタじゃないですか。それに、ここではあんたたちが主役で俺たちは手伝いだ。もし積みきれないプレゼントがあったら、運びますよ」
「おお! それは有り難いな」
 高木先生とグスタフが、がっちりと握手を交わす。それを見て、空と地上の両方から、盛大な拍手が沸き起こった。

297一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:07:38
「凄い……。凄いね、リコ! 魔法界のサンタさんも、ナシマホウ界のサンタさんも、みんな笑顔で、手を取り合ってて、とってもとっても……楽しそうで……!」
「もう、みらいったら」
 頬を真っ赤に染めて興奮気味に言い募るみらいを、リコが嬉しそうに見つめる。
 みらいたちは魔法で姿を隠し、箒に乗って校庭での一部始終を見守っていた。

「津奈木町だけじゃないわ。今日は昔みたいに、魔法界のサンタたちが手分けしてナシマホウ界のあちこちに行ってるの。ただし、プレゼントを配るためじゃなくて、ナシマホウ界のサンタさんたちの手伝いをするためにね」
 人差し指をピンと立てたいつものポーズで得意げにそう語ってから、リコは隣で身を乗り出している親友に、柔らかく微笑みかけた。
「みんな、とっても嬉しいのよ。ナシマホウ界の人たちが、サンタさんを続けてくれていたっていうことが。だから、これはほんのお礼の気持ちよ」

 車にギュウギュウ詰めになっていた袋を少し下ろして、それを橇に積んでもらっているナシマホウ界のサンタが居る。空飛ぶトナカイにこわごわ触れようとしているナシマホウ界のサンタの隣で、興味津々で車の運転席を覗き込んでいる魔法界のサンタが居る。
 持っていたお菓子を早速振る舞う者。お互いのファッションチェックを始める者……。ただでさえごった返していた校庭が、さらに賑やかで、笑顔溢れる場所になっている。
 その光景をキラキラした目で見つめてから、みらいは満面の笑顔でリコを振り返った。
「リコ、ありがとう!」

「さぁ、わたしたちも、サンタさん頑張ろう!」
 ことはが明るい声を上げて、もう一度魔法の杖を構える。
「キュアップ・ラパパ! みんなのサンタさんの衣装よ、出ろー!」
 くるりと杖を持ち替えて空中に線を描くと、みらいとリコ、それにモフルンが、一瞬でサンタクロースの姿になった。

 そっと地上に降り立って姿を現し、停めておいた自転車を引いて、三人で歩き出す。
「はー! 今年はナシマホウ界のクリスマスで、来年は魔法界のクリスマスだね〜。これから毎年、楽しみだなぁ!」
「そしてこれからは、リコともはーちゃんとも、好きな時にお喋り出来るんでしょ? それってワクワクもんだぁ!」
「ワクワクもんだしぃ!」
 久しぶりにみらいとことはの口癖を聞いて頬を緩めたリコが、ふと気が付いたように、ことはに問いかけた。

「そう言えば、はーちゃん。どうしてナシマホウ界の色々なところに出かけてたの? 勝木さんや、壮太君やゆうと君が見かけたって…・・・」
「ああ、それはね。魔法界とナシマホウ界の、いろ〜んな場所に詰まっているわたしたちの思い出を、水晶に込めに行ったの。三つの水晶を繋ぐ力にしたくて」
「じゃあ、校長先生のところだけじゃなくて、魔法界の他の場所にも……?」
 驚くリコに向かって、ことはが再び、エヘヘ……と頭を掻く。そんな二人に笑顔を向けながら、みらいがゆっくりと、噛みしめるように言った。
「これからは、わたしたちの水晶に、もっともっと思い出を込めていけるよね。魔法界の友達、ナシマホウ界の友達、そしてこれから出会う、もっともっとた〜っくさんの人たちとの思い出も一緒に。ねっ!」
「うん!!」
「モフ!」
 リコとことは、そしてモフルンが、みらいに負けず劣らずの笑顔で力強く頷いた。

「あ、やっと帰って来た!」
「おーい、みらい、リコー!」
「はーちゃん、久しぶりー!」
 まゆみたちが、みらいたちを見つけて一斉に手を振る。その後ろでは、宙に浮かぶ橇に乗ったグスタフが、ニヤリと笑ってさっと片手を挙げてみせた。
 三人は、もう一度嬉しそうに顔を見合わせてから、頬を染め、目を輝かせて仲間たちの元へと駆け寄った。

〜完〜

298一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:08:41
以上です。ありがとうございました! 時間かかってすみません。
次は、またまたしばらく中断しているフレッシュ長編、頑張ります!

299名無しさん:2017/05/26(金) 00:17:57
>>298
季節の描写が美しかったです

300名無しさん:2017/06/05(月) 00:10:25
夏は競作やらないんですか?

301運営:2017/06/05(月) 12:53:59
>>300
こんにちは。
そういうご質問頂けるのはとっても嬉しいんですが、年に何度もは運営側に余力がなくて(涙)
年に一度、サイト開設月の二月を目処に行っています。
ご了解下さい。

302Mitchell & Carroll:2017/06/13(火) 23:18:27
アイカツとのコラボで『血を吸いに来てやったわよ! 〜ノーブル学園編〜』

みなみ「やだ、空が真っ黒だわ」
トワ「困りますわ!せっかくシーツを干したのに……」
きらら「何アレ……蝙蝠の大群?」
はるか「まさか……」
パフ「校舎のてっぺんに誰か立ってるパフー!!」
アロマ「こっちに向かって飛んでくるロマーー!!」
ユリカ「ユリカ様が血を吸いに来てやったわよ!!」
きらら「血を吸いに……まさかヴァンパイア!?」
みなみ「ヴァ……(卒倒)」
はるか「みなみさん!?」
ユリカ「あらあら、わたくしの麗しさに見とれて気を失ってしまったようね」
トワ「誰一人として、血を吸わせませんわ!立ち去るのです!!」
ユリカ「ふふ……高潔な精神、嫌いじゃなくってよ。まずは、あなたのその真紅の血からいただくわ!」
トワ「いやっ!?」
はるか「トワちゃん!!」
きらら「トワっち!!」
トワ「うぅ……血を……血を下さいまし……」
パフ「トワ様ーー!?」
ユリカ「吸血鬼に血を吸われると、その者もまた吸血鬼になってしまうのよ。さあ、お友達の血を吸ってあげなさい。我が一族の繁栄のために!!」
トワ「きらら……血を!!」
はるか「危ないっきららちゃん!!」
???「させるかーーー!!!」
トワ「(ドンッ)うっ!?」
はるか「あ、あなたは……!」
ユリカ「わたくしたちの邪魔をするなんて……あなた、名を名乗りなさい!」
???「ふっふっふ……“根性ドーナツくん”よ!!!」
はるか「ありがとう、棒状ドーナツくん!」
棒状ドーナツくん「勘違いしないで。コイツ(きらら)を倒すのはあたしの役目なの、それまで誰にも邪魔させないってだけ」
きらら「ちょっと癪だけど……ありがと」

303Mitchell & Carroll:2017/06/13(火) 23:19:11
ユリカ「なんなの、あなたは!そこを退きなさい!さもないと、血を吸うわよ!!」
パフ「吸えるもんなら吸ってみなさいって顔してるパフ」
アロマ「凄いドヤ顔ロマ……」
ユリカ「そこを退いてくれたら、今度行われるアイドルのライブにあなたのステージを設けてあげられなくもないことも、なくもなくってよ」
薄情ドーナツくん「さあさあ!おとなしく血を吸われなさい!!」
きらら「さ、最低……!!」
トワ「ガブッ」
はるか「痛ッ!」
きらら「ああっいつの間に!はるはるー!!」
はるか「きららちゃん……きららちゃんの血とあたしの血を、仲良しさせよ?」
きらら「イヤッ!来ないで!!」
はるか「カプゥッ!!」
きらら「うあぁぁぁ!!年をとらないのはいいけど、昼間の撮影が……って、アレ??」
ユリカ「このプラカードをご覧なさい」
きらら「“ドッキリ”……?」
はるか「そういうわけなの、きららちゃん」
きらら「なぁ〜んだ……!」
トワ「はるか、大丈夫でしたか?わたくしの甘噛み具合など……」
はるか「バッチシだったよ、トワちゃん!」
ユリカ「……迎えのワゴンが来たようね。さあ、道頓ドーナツくん、行くわよ!あのワゴンがあなたを夢のステージへと運んでくれるわ!!」
道頓ドーナツくん「ああ、ファンが待っている……七色のペンライトを振って……オーーホッホッホ(ズボッ)」
はるか「消えた!!?」
きらら「行ってみよ!!」
パフ「――落とし穴に落っこちてるパフ〜」
アロマ「ドーナツが砂だらけロマ……」
ボロボロドーナツくん「……な?コ、コレは……?」
ユリカ「はい、モニターイヤホン。中継が繋がってるわ」
ジョニー別府「Amaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaazing!!!!ドーナツhoney!!!アルバトロスだぜ、yeah!!!!!!」
戦場ドーナツくん「アロマ……殺す?」
アロマ「ひぃぃぃ〜〜ロマ!??」

おわり

304名無しさん:2017/06/14(水) 23:25:09
>>303
主演:ドーナツ君w

305名無しさん:2017/06/18(日) 09:38:43
>>303
ユリカさまって、こういうのに馴染みがいいなぁw

306一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:52:02
こんばんは。
凄く間があいてしまいましたが、フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。
今回長くて(汗)9〜10レス使わせて頂きます。よろしくお願いします。

307一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:52:56
「ウオォォォォォ!」
 ナキサケーベの巨大なひとつ目が、鮮やかな赤に染まる。それと同時に、のたうち回るような怪物の動きが激しさを増した。
 無茶苦茶に発射される砲弾の雨の中から、ホホエミーナがウエスターを助け出し、ラブたちの隣に降り立つ。

「ああっ!!」
 ラブが悲鳴のような声を上げた。
 砲弾による煙が立ち込めるその向こうで、崩れ落ちる少女をせつなが抱き留めた瞬間、二人の身体が赤黒い炎に包まれたのだ。
「何? 何がどうなっているの!?」
 ラブの叫びを掻き消すように、頭上から不気味な笑い声が響く。驚いて顔を上げると、視界一杯に広がるノーザのホログラムは、二人の少女に目をやって、楽しげにほくそ笑んでいた。

「どうやらあの子自身の不幸のエネルギーが、カードの機能を暴走させているようねぇ。でも、その不幸を生み出した張本人を道連れに出来るなんて、これぞまさしく“不幸中の幸い”と言ったところかしら」
「それ……どういうこと!? せつなは一体……」
 勢い込んでそう言いかけたラブが、すぐ隣から聞こえて来た声に、驚いたように口をつぐんだ。

「あの子は……あの子は、どうなったんだぁ!」
 そこには、まるで命綱のように消火ホースをぎゅっと握りしめたまま、わなわなと声を震わせる老人の姿があった。
 いつも俯きがちなその顔は、ノーザの映像を食い入るように見つめている。が、当のノーザはそれを見て、ふん、と馬鹿にしたように鼻で笑うと、再び目の前のしもべの方へ目を転じた。

「さぁ、ソレワターセ。今のうちに例の物を奪いなさい!」
「そうはさせないよ!」
 こちらに迫ろうとするソレワターセを、サウラーのホホエミーナが全力で阻もうとする。ラブも急いで老人と一緒に消火ホースを支える。そしてソレワターセにもう何度目かの熱いシャワーをお見舞いしてから、老人のしわがれた手に、そっと自分の手を重ねた。

「おじいさん。やっぱりあの子と、何か関係があるんだね?」
「わ、私は……」
 我に返った様子の老人が、そう呟いて目を泳がせる。その顔にちらりと視線を走らせてから、ウエスターは再びホホエミーナの肩の上に飛び乗った。
「俺にひとつ考えがある。合図をしたら、お前たちは援護を頼むぞ」
 言うが早いか、ナキサケーベの方へと取って返すウエスターとホホエミーナ。その後ろ姿を見つめながら、ラブはぎゅっとホースを持つ手に力を込めた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第11話:炎の記憶(後編) )



「ES-4039781。前へ出なさい」
 不意に聞こえた無機質な声。しかも読み上げられたのは、とっくに消去されたはずの、かつての自分の国民番号――。
 驚いて顔を上げたせつなが、さらに大きく目を見開く。そこに広がっていたのは、どんよりとした灰色一色の世界だった。
 辺りには濃い霧が立ち込めていて、何も見えない。やがて、その霧の向こうに次第に何かが浮かび上がる。その正体に気付いた途端、せつなの表情が凍り付いた。

 さっきまで抱き締めていたはずの少女が、こちらに背を向けて立っている。だがその姿は、さっきまでとは違っていた。彼女の身体に巻き付いていたはずの茨が、今は影も形も見えないのだ。そしてその代わりのように、彼女の両腕と背中から、真黒な靄のようなものが立ち上っている。
 不意に、あの時の激痛の記憶が蘇って来て、せつなは思わず自分の腕を掻き抱いた。
 あの瘴気のような黒い靄には見覚えがある。かつてあの茨による苦痛を受けた時、自分の腕からも噴き出していたものだ。さしずめ、心身を焦がす苦痛の炎から立ち上る、どす黒い煙のように。

(あれは……今もずっとあの茨に蝕まれている証拠。早く連れ戻して何とかしないと、下手をしたら手遅れになる!)

 急いで駆け寄ろうとするせつな。だが一足早く、彼女がゆっくりとこちらを振り向いた。
 ニヤリ、と不敵に笑う赤い瞳が、霧の中で鈍く光る。と、次の瞬間、彼女は再びくるりとこちらに背を向けると、まるでせつなをからかうように、飛ぶような速さで霧の向こうへ走り去った。
「あ、待って!」
 消えゆく背中を、せつなが慌てて追いかける。が、いくらもいかないうちに、辺りの様子が一変した。

308一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:53:29

 ふっ、と霧が晴れたかと思うと、せつなはグレーの国民服に身を包んだ数多くの子供たちに囲まれていた。下は四歳から、上はせつなの少し下くらいの年齢の子まで居るだろうか。男の子も女の子も、みんな背筋をぴんと伸ばして整列し、物音ひとつ立てずに前を向いて立っている。
 グレーの壁と高い天井に囲まれた広い部屋。前方には一段高いステージがあり、そこには数人の大人たちが、無表情な顔をこちらに向けて立っている。
 それはせつなにとって、物心つく前から慣れ親しんだ光景だった。

(ここは……E棟の講堂? 私、何故こんなところに……)

 久しぶりの冷え冷えとした緊張感。それを肌で感じた瞬間、せつなの動きがぴたりと止まる。
 ここは、命令されたこと以外の行動は、全て処罰の対象になる世界。だから周りと同じように行動しなければ――幼い頃から身に沁みついた、ここで生きていくための術が、無意識のうちに自らの行動を自制したのだ。
 身体を動かさないように注意しながら、視野を広げ、目だけをせわしなく動かして辺りの様子を窺う。だが少女の姿は見つからない。焦るせつなの耳に、前方から再びさっきの声が聞こえてきた。

「ES-4039781。前へ」
「はい!」
 思わず返事をしようとしたせつなのすぐ隣から、幼いながらも鋭い声が答える。横目でそちらを窺ったせつなは、今度は驚きのあまり周りの目を気にするのも忘れて、そこに居る女の子の姿を凝視した。

 肩の上くらいで切り揃えられた銀色の髪。小さな身体を精一杯大きく見せるようにして凛と前を向いているのは、ラビリンス人には珍しい真紅の瞳――。

(まさか、幼い頃の……かつての私?)

 ふと我に返ったせつなが、慌てて前へ向き直り、姿勢を正す。今の動きを、もし壇上に居る大人たちに気付かれでもしたら――そう思ったのだが、何事も起こらないまま、女の子はきびきびとした動作で列を外れた。
 密かにホッとして、再びチラリと彼女の方に目を走らせる。が、すぐにせつなの注意は別の場所に向いた。女の子の肩の向こうに、黒い煙のようなものが見えた気がしたのだ。その一瞬の間に、女の子はせつなのごく近く、ほんの数センチの距離にまで迫って来た。
 慌てて身を引いたせつなには一瞥もくれず、女の子が足早に通り過ぎる。だが、せつなの方は再び目を見開いて、その小さな背中をまじまじと見つめた。
 今、確かに彼女の身体がせつなに触れたはずなのに、何も感じなかった。まるで幻か何かのように、その身体はせつなの身体をすり抜けてしまったのだ。

(この光景は、ただの立体映像? それとも私がここでは幻で、この子たちからは見えていないの……?)

 一瞬戸惑ったせつなが、最初はそろそろと、次第に大胆な動きで列から外れ、子供たちを見回す。
 思った通り、大人も子供も、列から外れたせつなに反応する者は誰もいなかった。それを見定めてから、せつなはステージに駆け上がると、子供たちの列の中に少女の姿を探し始める。

 せつなの行動が明らかに見えていない様子で、女の子――幼いイースもステージに上がり、そこに居る大人たちに一礼した。
「基礎訓練初級者の中で、今年度トップの成績だ。続いて中級者……」
 相次いでステージに上がった、彼女より年長の二人――中級、上級の成績優秀者と共に、彼女は壇上に飾られたメビウスの肖像に向かって臣下の礼をとる。すると肖像の目が赤く光って、聞き慣れたメビウスの声が、重々しく講堂に響いた。
「未来の我がしもべたちよ。いずれ私の手足となって働くため、なお一層励め」
「はっ! 全てはメビウス様のために!」

(これは私が幼い頃の……確か六歳の時の記憶。これも、あのナキサケーベを生み出すカードの力なのかしら……)

 以前、ノーザに送り込まれた“不幸の世界”のことが頭をかすめた。確かにナキサケーベ召喚時に出現する茨は、ノーザが操る茨に似ている。だから同じような術があってもおかしくないのかもしれないが、あれはこんな過去の追体験ではなかったはず。
 不審に思いながら、なおも少女を探すせつなだったが、ステージを下りようとする幼いイースの表情が目に入って、ハッとした。

 壇上から鋭い目つきで、ゆっくりと子供たちを見回す。その直後、引き結ばれた唇が片方だけ僅かに斜めに上がったのを見た瞬間、まるで頭の中に直接話しかけられたかのように、せつなの中にあの時の自分の気持ちが蘇って来た。

(こいつらなど全員、私の敵ではない。なのにまだ二階級も基礎訓練の過程が残っているとは。何とか一刻も早く、実戦訓練を受けられる手段はないものか――あの時の私は、確かにそう考えていた……)

309一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:54:00
 湧き上がって来る苦い思いを噛みしめながら、幼い自分の隣に立って改めて辺りを見回す。
 そこにあったのは、数百の冷ややかな顔だった。大半は無表情にこちらを眺めているだけ。しかし中には敵意を剥き出しにした顔や、挑むように真っ直ぐこちらを見つめる顔が見え隠れする。後ろに居る大人たちもまた、自分を――そしてここに居る子供たち全員を、自分の任務の成果物を品定めするような目で見つめている。
 何より自分自身が、ここに居る子供たちを出し抜くべき存在――自分の望みを叶えるのに邪魔な存在としか、思ってはいなかった。

(そう。人と人との繋がりなんて……“仲間”なんて、そんなものがあることすら知らない、愚かな子供だった……)

 いつの間にか俯き加減になっていたせつなが、不意に顔を上げる。
 ほんのわずかな違和感。目の端に、明らかに周りと異なる雰囲気を持つ何者かの存在を捕えたのだ。
 果たしてその視線の先にあったのは、ただ一人不敵な笑みを浮かべて幼いせつなを見つめる、さっきの少女の姿だった。その両腕から立ち昇る黒い靄は、さっきより心なしか大きくなっている。

(やっと見つけた!)

 せつなが勢いよくステージの上から飛び降りる。だが、着地した時には、そこはもう講堂ではなくなっていた。



(今度は……訓練場というわけ?)

 太い柱が等間隔に並んだ、さっきより格段に明るい広大なスペース。一瞬、眩しさと悔しさで顔をしかめたせつなの耳に、きびきびとした掛け声が飛び込んで来る。
「はぁっ! えいっ! やぁっ!」
 見ると、目の前で二人の子供が、並んで“型”の訓練をしていた。
 一人は、体格だけなら大人にも引けを取らないような、大柄な男の子。そしてもう一人は、さっきより成長した幼い自分。周りには数人の子供たちが二人を取り囲むように座り込んで、その動きを食い入るように見つめている。

(これは……八歳か九歳の頃かしら)

 思わず二人の訓練の様子に見入っていたせつなが、ハッとしたように頭を振って、二人を見つめる子供たちの方に視線を移す。
 今は一刻も早く、あの少女を探さなければならない。だが見つけられないでいるうちに、教官の鋭い声が訓練場に響いた。

「そこまで!」
 二人の子供がぴたりと動きを止める。その時、どこからかパチパチという微かな音が聞こえて来て、せつなは再び辺りを見回した。
 何かの破裂音のようにも聞こえるその音は、どこかで聞き覚えのあるような、そして不思議なことに、どこか懐かしささえ感じる音だった。だがそれが何の音なのか、あまりに微かでよく分からない。
 教官と子供たちには、この音が聞こえているのかいないのか、反応する者は誰も居ない。そのうち音はすぐに聞こえなくなり、せつなの注意も音から逸れた。教官が再び口を開いて、こう言ったのだ。
「今日は引き続き、相対しての訓練を行う。メビウス様のお役に立つための、実践訓練に繋がる重要な訓練だ。習い覚えた“型”を組合せ、相手を仕留めよ」
「はい!」
 幼いイースが教官にそう答えるのと同時に、男の子の太い腕が唸りを上げて襲い掛かった。

(ああ、あの時の……)

 せつなが我知らず眉をひそめた。
 そこから先のことは、細部に至るまではっきりと覚えている。それは、数えきれないほど多くの戦いを経験してきた彼女の、まだ戦歴とも呼べないような初歩の手合せ。だが、せつなにとっては忘れられない一戦だった。

 跳び退って避けた幼いイースが、続いて放たれた横殴りの攻めをかいくぐって反撃に出る。
 男の子とは対照的な高速のジャブ。時折、流れるようなハイキックとローキックがそれに混ざる。全て習い覚えたままの癖のない型通りの動きが、圧倒的なスピードで展開される。
 男の子のガードが間に合わず、何発かが彼の身体に届いた。顔をしかめながら、それでも彼は一貫して、力に任せた大振りな動きで彼女を捕えようとする。

 そんな二人の応酬が、どのくらい続いただろう。
 先にハァハァと荒い息を付き始めたのは、男の子の方だった。一発一発は自分の攻撃の方がはるかに威力があるのに、どうしてもそこまでのダメージが与えられない――そのことに焦りを覚えたのか、彼が殊更に高く、右の拳を振り上げる。
 さっと身をかがめて攻撃を避けた幼いイースが、次の瞬間、彼のみぞおちに渾身の右ストレートを叩き込んだ。

310一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:54:37
「ぐふっ!」
 男の子の身体が前のめりになり、そのままゆっくりと崩れ落ちる。
 十秒、二十秒――その身体は、ぴくりとも動かない。
 冷ややかに彼を見下ろしていた幼いイースは、勝負あったとばかりに、黙って教官の方に向き直った。が、その直後。

「ぐわぁぁっ!」
 足下から、断末魔のような声が響く。男の子がうつ伏せに倒れたまま、必死の形相で彼女の足を掴んだのだ。さらに歯を食いしばって頭を起こすと、その膝裏に破れかぶれの頭突きを喰らわせる。
 これにはたまらず、幼いイースの華奢な身体は床に倒れ込んだ。

「そこまで。両者、相撃ち」
「待って下さい!」
 教官の声に、彼女が男の子の手を蹴り飛ばして立ち上がる。
「あんな攻撃、教わった“型”には無い!」
「ES-4039781。指示を取り違えるな」
 訓練場に、教官の冷ややかな声が響いた。
「相手を仕留めよ、というのが今回の指示。それをお前は、相手にとどめも刺さずに攻撃を終えた。反撃されて当然だ」
「……」
「訓練とは、未熟なお前にとっては任務も同然。そしてどんなに未熟であろうと、やるべき任務は最後の最後まで成し遂げる。それが出来ない者に、メビウス様のしもべになる資格など無い」
 俯いていた彼女の顔が、ゆっくりと上がる。その赤い瞳が睨みつけるように教官の視線を捕え、小さな口元が歪んで奥歯がギリッと音を立てた時。

(あ……また……)

 ずっと一部始終を見ていたせつなが再び、顔をしかめた。
 自分の中に流れ込んで来る、あの時の口惜しさと、激しい悔い。そして、メビウスのためなら何だってやって見せるという、物心ついてから何十回、何百回目の新たな誓い――。

(馬鹿な子……。それ以外のもっと大切なことなんて、何ひとつ知らないで)

 すっと無表情に戻ってギャラリーの子供たちに混ざるかつての自分を、せつながまるで痛みでも堪えるような顔で見つめる。が、彼女の後方に黒い何かが揺らいでいるのに気付いて、再びハッとしたように表情を変えた。

 そこに居たのは、やはりあの少女だった。いつの間に現れたのか、訓練場の重い扉にもたれかかって、幼いイースの後ろ姿を、まるで面白いものでも見るような目で見つめている。
 黒い靄は、既に彼女の頭の上にまで立ち昇っている。それを見るや否や、せつなはここに居る人たちに感知されないことを利用して、最短距離を――既に次の二人が“型”の訓練を始めているその中央を突っ切り、飛ぶように駆けた。
 少女の方はせつなに気付いた様子もなく、扉を開けて訓練場の外へ出ていく。せつなはその扉が閉まり切る前にそこに辿り着いたが、扉を開けた先に会ったのは、今度はこのE棟に複数存在するトレーニング・ルームの一室だった。



 トレーニング・ルーム。学習室。子供たちでいっぱいなのに、シンと静まり返った食堂――。
 少女を追いかけるたびに場所が変わり、時が変わり、幼いイースは少しずつ成長していく。そして少女の身体から立ち昇る黒い靄も、次第に大きくなっていく。

(こんなことを繰り返すだけでは、あの子を助けることなんて出来ない……)

 募る焦燥感を振り払おうとして大きく深呼吸をしてみるが、それは途中から、深い深いため息に変わった。
 これまで何度となく見せつけられてきた、かつての自分の姿と心。全て自分が経験し、感じ、知っていることなのに、改めて目の当たりにすると、それは思いのほか重くせつなの心にのしかかった。

(そう。私の心の炎は、この場所で、こうやって育って来た……)

 ここに居る全ての人間を出し抜いて、誰よりもメビウス様に認められるしもべになる――そんな燃えたぎるような野心に、突き動かされるようにして生きて来た。人の幸せを願うどころか、周りの全ての人を敵としか見ていなかった――嫌と言う程分かっていたはずの、かつての自分。
 今はもうあの頃の自分じゃない、イースじゃないとどんなに自分に言い聞かせても、あの頃と同じ炎が、胸の奥に確かにあるのを感じる。
 この炎がある限り、また誰かを傷付けてしまうかもしれない。そう思うと、震えるほどに怖い。
 現にこの前だって、我を忘れて彼女と戦おうとしたではないか。そんな自分に、ラビリンスを幸せにすることなんて出来るのか……。
 重い心を抱えながら、それでもせつなは少女を追いかける。そしてもう何度目かもわからない強制的な瞬間移動によって、再び訓練場に立っていた。

311一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:55:10
 さっきここに飛ばされた時とは随分雰囲気が違っていた。広大なこの場所が、数多くの大人や子供――最初に講堂で見た時よりも格段に多くの人々で埋め尽くされている。

(この場所に、こんなに多くの人が集まっているということは……まさか!)

 せつなが人々の列を突っ切って、訓練場の中央へと足を向ける。そこに居たのは、今の自分と比べても、もう幼いとは言えない年齢の――まさにこれから、ラビリンスの幹部・イースになるための最終戦を迎えようとしている、かつての自分だった。
 予想していたとはいえ、その場面を見た瞬間、胸の鼓動が速くなった。

(あの日のことは、全ての場面、全ての動きに至るまで、昨日のことのように覚えてる。この後、相手の“ネクスト”が登場して……)

 やはりどこか痛みをこらえているような、そしてこの上なく真剣な顔つきで、せつなが戦いの場を見つめる。だがすぐに、えっ、と小さく声を上げた。
 かつての自分の目の前に立ったのは、記憶の中の“ネクスト”ではなかった。あの少女――せつなが今まさに追いかけている少女が、彼女の背丈の倍ほどにもなった黒々としたオーラをまとい、最終戦の相手として現れたのだ。

「どうやら私の願望が、ようやく叶うようね。あなたを倒してイースになるのは、この私だ!」
「ふん、何を言っている」
 ニヤリと笑う相手に対して、小馬鹿にしたような口調で答えながら、油断なく身構えるかつての自分。その隣に飛び出して、せつなはようやく間近で少女と向かい合った。

「待って! ここは、あなたを傷付けている茨が作り出した異空間。現実じゃないわ。ここでかつての私に勝ったって、なんの意味もない!」
「何故あなたがそこに居る!」
 声を張り上げるせつなに、少女が驚きの表情を見せる。
「どうしてあの時のあなたと、別々に存在しているの!?」
「私にも分からない。でもこれだけは言えるわ。あの茨は、今もあなたの身体を傷付けている。早く現実の世界に戻らないと、取り返しのつかないことになるの。だからお願い! 私と一緒に……」
 その時、教官の「始め!」という声に、せつなの言葉は遮られた。

 ゆっくりと構えをとった少女が、今度はせつなに向かってニヤリと笑う。
「そうか。一度寿命が尽きたあなたは、過去の――私が追い求めたかつての先代とは、既に別の人間というわけね。ならば、もうあなたに用はない」
「……どういうこと?」
「いいことを思いついたの。かつてのあなたを倒して、私がイースになる。そうすれば、私はこの世界でイースとして生きられる。下らない今のラビリンスで生きるより、その方がずっといいわ」
 そう言って、少女が楽し気な含み笑いを漏らす。その暗い絶望に染まった笑い声に、せつなは背中にゾクリと寒気を覚えた。

 彼女は気付いていないのかもしれない。その歪んだ願望は、あのカードがもたらしている途方もない苦痛から無意識に逃れようとして、生まれたものかもしれないということに。
 確かにここに居る間は、彼女はあの激痛からは解放されているらしい。でも、ここに居る間に少女の身体がますます茨に蝕まれ、もしも最悪の事態になったら……。そうなれば、もう彼女が望もうが望むまいが、この世界から出られなくなってしまうかもしれない。

 せつなは必死でかぶりを振ると、なおも少女に向かって叫んだ。
「駄目! 元の世界に帰るの。ここに居ては駄目!」
「はぁっ!」
 今度はかつての自分――イースの雄叫びが、せつなの叫びを遮った。これ以上の説得を難しい。そう判断したせつなが、素早く二人の間に割って入る。
 かつての自分の動きなら、手に取るようにわかっている。ここで放つのは右のハイキック。おそらく少女はそれを受け止めるだろう。その瞬間を狙って、せつなは彼女の肩を掴もうと手を伸ばす。
 だが、その手は空しく少女の身体をすり抜けた。

(何故!? 彼女と私は同じ世界の存在。彼女にとっても、ここは異空間だというのに)

 呆然とするせつなに、少女が蹴りを受け止めながら、再びニヤリと小さく笑う。
「ここは、あなたの居場所ではないのでしょう? ならばさっさと戻るがいい。それともこの悪夢の中を彷徨う、亡霊にでもなるつもりなの?」
「あなたを置いて戻れるわけないでしょう!?」

「たぁっ!」
 もうせつなの方を見向きもせず、少女がかつてのイースに鋭い蹴りを放つ。余裕のある動きで避けようとするイース。だが予測が外れたのか、少女の蹴りが彼女の脇腹にわずかに届いた。
「っく!」
 イースの表情が険しくなる。次の瞬間、空中に同時に飛び出して、ジャブを打ち合う二人。着地して距離を取った時には、イースの方がわずかに呼吸が乱れていた。

312一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:55:53
 小さくほくそ笑む少女を見て、せつながさらに険しい表情になる。彼女の背後に立ち昇る黒い靄が、彼女の一挙手一投足ごとに、少しずつ大きくなっているのだ。
「お願い、やめて……」
 もう一度少女に呼びかけようとしたものの、せつなはその声を飲み込んだ。
 こんな言葉をいくら叫んでも、彼女を呼び戻すことは出来ない。それはよく分かっていることだが……だったら一体、どうすればいいのか。

 唇を噛みしめることしか出来ないせつなの目の前で、二人の戦いは続く。
 攻撃の威力も、リーチもほぼ互角。スピードではわずかにイースが勝る。
 だが、少女はことごとくイースの先を読んで動いていた。ほんの小さな予備動作、些細な癖のようなものまでも見逃さずに攻撃を防御し、わずかな隙を突いて反撃する。
 イースの表情は最初からまるで変わらない。だがその額には、彼女には珍しく玉のような汗が浮かんでいた。

 何度目かの激しいジャブの応酬の中で、少女の攻撃をかわすと同時に、イースがカウンターを叩き込んだ。着地の瞬間、相手がわずかによろけたのを見て、イースが両腕を胸元に引きつけ、ゆっくりと腰を落とす。それを見た瞬間、せつなの心臓がドキリと跳ねた。

(あの技は……!)

 それは、イースがこの最終戦に備えて密かに磨いて来た技。誰の教えも乞わず、訓練もひた隠しに行って、死に物狂いで会得した技だった。
 全身の気と力を溜めて、両の掌から一気に相手に向かって叩き付ける。まともに喰らえば数メートルは吹っ飛ぶほどの、強烈なダメージを与えられる技だ。だが、その構えを見た少女が瞳をわずかにきらめかせたのに、せつなは一抹の不安を覚えた。

「はぁぁぁぁっ!」
 イースが少女目がけて矢のように跳ぶ。少女の方は、イースが地を蹴ると同時に後方へ飛び退った。そして挑むようにイースを見据えたまま、ぐっと腰を落として身構える。

(やっぱり、あの技を破ろうとしている!?)

 かつてのイースの最終戦の動きを目に焼き付けて、それを超えることを目指して訓練を積んで来た――少女はそう言っていた。だから彼女は、あの最終戦でこの技を見ているのだ。

(でも……)

 せつながますます不安そうな顔で、二人の動きを見つめる。
 最終戦で、イースはあの技の全てを見せたわけではなかった。相手の“ネクスト”があまりにも予想通りの動きをしてくれたお蔭で、その必要が無かったのだ。
 おそらく少女は、あの技の直線的な動きを弱点と見て、ギリギリまで引きつけてから方向転換するつもりだろう。だが、彼女は知らないはずだ。咄嗟の動きにも瞬時に対応する変則的なコントロールの術を、イースが既に身に着けているということを。

 せつなの不安は的中した。少女が不意に、真上に向かって高々とジャンプしたのだ。
 真下に居るはずの相手に、上空から蹴りを放とうと身構える。だがその時、少女は目標を失ったはずのイースが素早くもう一度地を蹴り、自分を追ってくるのに気付いて唖然とした。
 ふっ、と少女の瞳が暗くなった。もしかしたら、自らの敗北を悟ったのかもしれない。そして次の瞬間、少女はグッと奥歯を噛み締めると、イースを真っ向から睨み付けた。

 一部始終を見ていたせつなが、ハッと目を見開く。上空に跳び上がった少女が発する黒いオーラが、彼女の両腕をすっぽりと覆い、訓練場の広い天井を覆いつくすほどの、巨大な蛇の形となってその鎌首をもたげたのだ。
 まるで少女を、底なしの暗い闇の中へと引きずり込もうとしているよう――そう感じると同時に、せつなは弾かれた様に跳んだ。

 何とかして少女を助けたい――その一心だった。
 たとえ少女を、捕まえることが出来なくても。
 たとえ少女に、自分の言葉が届かなくても。
 それでも――このまま何もしないで、見過ごすことなんて出来ない!

 ドーン、というひときわ大きな音が響き、訓練場の柱がびりびりと震える。その直後、か細い叫びが天井近くから降って来た。
「あなた……どうして!?」
 少女の瞳が、驚きと混乱で小刻みに震えている。
 イースの掌打が、少女の前に割って入ったせつなの胸に叩き付けられていた。そして、まるで鏡に映したように、せつなもまた、イースの胸に掌打を叩き込んでいた。
 まるで心臓が爆発したような痛みがせつなを襲った。イースもまた、何が起こったのか分からないという様子で、目を大きく見開いたまま苦痛にあえいでいる。
 二人はそのまま折り重なるように落下して、床の上に倒れ込んだ。

313一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:56:27
 激痛と共に、火のような熱さが胸の中に広がる。それと同時に、かつての自分の心が――想いが、自分の想いと混ざり合い、染み込んでいく。
 イースになりたかった。幹部になって、誰よりもメビウス様のお傍近くでお仕えしたかった。そうすれば――。

(そうすれば――幸せになれると、思っていた……?)

 胸の痛みが引いていくと同時に、ここへ来てから――いや、ずっと前から感じていた胸のつかえが、ゆっくりと取れていくような気がした。

(私は、イースになりたかったわけじゃない。メビウス様に認めてもらいたかったわけじゃない。それが私が知っていた、私が求めることを許された、唯一の幸せだったから。そう、私は……幸せになりたかったんだ)

 まだ胸が焼けるように熱い。身体の下に、かつての自分の身体があるのをはっきりと感じる。その胸も、同じくらい熱かった。
 ここにある炎――今確かにここに存在するこの炎は、なるほど野心と呼べるものだろう。昔も今も、抱いている望みは大きく、分不相応なものだから。
 人の幸せを思うことも知らず、自分の幸せのみを追い求めるのは、確かに大きな間違いだった。だから「幸せ」が何かを知って、その間違いに気付けたのは大切なことだ。
 でもその間違いは、この胸の炎が引き起こしたものではなかった。この炎は、誰かを傷付けることを求めて燃えている炎ではなかったんだ。

(やっと分かった……。イース、あなたの野心は私が引き受ける。そしてあの子の炎も、こんなところで燃やし尽くさせはしないわ!)

 胸の熱さが少しずつ収まっていく。それと共に、身体の下にあったイースの感触は薄れ始め、その代わりのように、自分の身体の感覚が少しずつ戻ってきた。
 もう痛みも鈍く、呼吸もさほど苦しくはない。せつなはまだ床に倒れたまま、全身の感覚を研ぎ澄まして、周囲の――少女の様子を窺う。

(何とかして、あの子を連れ戻さなきゃ。でも、どうやって……)

 と、その時。
 さっきこの訓練場で微かに聞こえたパチパチという乾いた音が、さっきよりもはっきりとせつなの耳に届いた。

(これは……拍手の音? でも、このE棟で誰かに拍手する人なんて、居るはずが……)

 そう心の中で呟いたせつなは、続いて聞こえてきた声に、危うくぴくりと反応しそうになった。

――凄いね! 動き速いし、力強いし、何よりすっごく綺麗!

(……この声……!)

――そうやって小さい頃から、ずーっと頑張って来たんだ。

(……ラブ?)

 せつなが全身を耳にして、声の出所を探る。その間にも、声はせつなを励ますように、次第に大きくはっきりと聞こえてくる。

――せつなはね、いつも一生懸命だった。どんな時でも、どんな小さいことでも、“精一杯、頑張るわ”って、そう言って頑張るの。あなたもそうやって頑張って来たんだよね?

――小さい頃からずーっと頑張って来たから、身についたんだよね。メビウスのためだったかもしれないけど、自分自身の力として。

(これは……ひょっとして、あの子の記憶? あの子が今、ラブの言葉を思い出してるっていうの……?)

 今朝のラブの、小さいけれどあたたかな笑顔を思い出す。それだけで、目の前が明るくなったような気がした。あの子を止められなかった、とラブは落ち込んでいたけれど、ラブの言葉は、彼女の心に届いていたのだ。

(ありがとう、ラブ。今度は私が、自分自身の力を精一杯使って、あの子を止めてみせる!)

 まだ床に倒れた格好のまま、せつながそっと目を開く。そして全身の筋肉を覚醒させるように、ゆっくりと身体に力を入れた。

314一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:57:00
 二人の後から着地した少女は、まだ倒れている相手にゆっくりと近付いた。上から恐る恐る覗き込んで、一瞬怪訝そうな顔をする。
 何故か自分を庇って先代のイースと相撃ちになった黒髪の少女の姿は、いつの間にか消えていた。相撃ちのショックで現実の世界に戻ったのか――そう思った少女が、少し困ったような顔で教官の方へ向き直る。

 これで勝ち名乗りを受ければ、望み通りこの世界でイースになれる。そう思っても、何故か少しも嬉しさが湧いてこない。と、次の瞬間、強烈な足払いが彼女を襲った。
「やるべき任務は、最後の最後まで成し遂げる――訓練で教わらなかったの?」
 いつの間に立ち上がったのか、イースが腰に手を当てて、床に転がった彼女を見下ろしていた。

 すぐさま跳ね起きた少女が、もう一度驚いたように目を瞬く。向かい合った相手の銀色の髪が、一瞬ぼうっと淡く輝いたかと思うと、すぐに艶やかな黒髪に変化したのだ。その姿を見て、少女の目がわずかに泳ぐ。
「あなた……どうしてあんなことを……」
「決まってるじゃない。私の願いを叶えるためよ」
 さも当然、というせつなの返事に、少女の目がさらにどぎまぎと泳ぐ。そしてわざとらしく、ふん、と鼻を鳴らすと、いつもの口調に戻って吐き捨てるように言った。
「願いって……今更かつての自分にとって代わる、ってこと?」
「いいえ。言ったでしょう? あなたを元の世界へ、連れて帰るって!」
 その言葉が合図だったかのように、二人の少女は再び空中に跳び上がった。

 さっきまでの戦いが嘘のようだった。イースとほぼ互角に渡り合っていたはずの少女が、今度は一方的に押されている。
 スピードが違う。技のキレが違う。何より熱い闘志の宿った赤い瞳が、少女を真っ向から見据え、圧倒する。
 その癖せつなは、少女をギリギリまで追い詰めても、とどめとなる一撃を放っては来ない。
 何度目かのジャブを打ち合った後、もう焦りの色を隠す余裕すらなくなった少女が、大上段からせつなに襲い掛かった。

「はぁっ!」
 少女が放った渾身の一撃を、せつなが正面から掌で受け止める。そのままグイっと腕を引いて懐に飛び込むと、せつなの右手が唸りを上げた。
 パァン! という高い音が訓練場にこだまする。観戦していた人々の間から、小さいながらもどよめきのような声が上がった。
 この訓練場では――いや、かつてのラビリンスでは非常に珍しい反応だった。それだけ、せつなの動きはそこに居合わせた人々の常識からかけ離れていたのだ。
 少女は、何が起こったのか分からないといった顔つきで頬を押さえていた。せつなの攻撃――それは少女の顔が真横を向くほどの、強烈な平手打ちだった。

「あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう? こんなところに居たら、その願いは二度と果たせない。目を覚ましなさい」
 低くてよく通る声が、少女を叱咤する。まだ呆然としている少女の目を真っ直ぐに見つめて、せつなはこう付け足した。
「それに、どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね」
 その言葉を聞いて、少女の瞳にようやく強い光が戻り、口元が悔しそうに引き結ばれる。
 その途端、辺りの景色は急速に薄れ始め――気付いた時には、せつなは少女を抱き締めるような格好で、瓦礫の上に立っていた。

 少女が身じろぎするようにして、ゆっくりと身体を起こす。その上半身には、鋭い棘を持つ茨がまだ幾重にも巻き付いたままだったが、赤黒い炎は消え失せて、茨の色も血のような赤色から、元の暗緑色に戻っていた。
 せつなは、少女をしっかりと支えたまま、初めて後ろを振り返って、元来た方へとその目を向けた。そして、遠くに小さくラブの姿を確認すると、その頬に久しぶりの小さな笑みを浮かべた。



   ☆

315一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:57:32
 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとは違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセは、ラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、ソレワターセがさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、巨大な怪物は、地に響くような雄叫びを上げた。

〜終〜

316一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:58:07
 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとは違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセは、ラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、ソレワターセがさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、巨大な怪物は、地に響くような雄叫びを上げた。

〜終〜

317一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:58:39
以上です。どうもありがとうございました!

319名無しさん:2017/10/19(木) 23:16:12
誰か書かないかな〜
「結婚もの」

320一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:08:00
こんばんは。
かなり間が開いてしまいましたが、長編の続きを投下させて頂きます。
8レス使わせて頂きます。

321一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:08:51
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 鋭いノーザの檄を受けて、ソレワターセの侵攻がさらに勢いを増す。必死で食い止めているのは、元・幹部たちの二体のホホエミーナ。
 ふらふらとせつなから離れた少女が、モンスターたちの激しい攻防を見つめる。その真剣な眼差しとは裏腹に、彼女の瞳には何も映ってはいなかった。

 体中が軋むような痛みと共に、戻って来た現実感。同時に蘇る、あの世界での彼女の言葉――。

――あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう?

(そうだ。それなのに私は、与えられた苦痛に耐えかねて、別の世界へ逃げ込もうとした……)

 どうしてあの時、あの世界でイースになりたいなどと思ったのだろう。メビウス様のためにと言いながら、自分のことだけを考えていたというのか……。
 情けなさと悔しさ。それにメビウスに対する申し訳なさで胸が一杯になり、グッと奥歯を噛み締める。その時、隣に居たせつなが、弾かれた様に走り出した。
 怪物が戦っている現場近くに居た仲間――ラブと老人に駆け寄り、二人を抱えてひとっ跳びでその場を離れる。その直後、さっきまで彼らが居た場所にホホエミーナの巨体が叩き付けられた。
 土埃の向こうで、せつなが大きく息を付き、ラブに微笑みかけているのが見える。それをぼんやりと眺めながら、少女は自分が無意識のうちに、せつなに打たれた左の頬を撫でていたことに気付き、慌てて手を下ろした。

「おーい!」
 不意に遠くから呼びかけられて、思わず身構える。やって来たのは、警察組織の戦闘服に身を包んだ一人の少年――数日前にくだらない諍いを起こした、あの少年だった。

「お前も来い」
「……何?」
「ここは危ない」
 一瞬、何を言われているのか分からなかった。少年の頭の向こうに目をやると、確かに人々が続々と建物から出て、戦場から遠ざかろうとしている。
「気は確かか? 私は、お前たちを……」
「いいから来い。お前、フラフラじゃないか」
 心配そうにこちらを覗き込む少年の目。その目を見た途端、少女はくるりと彼に背を向けた。
「言ったはずよ。お前の命令など聞かない、って」
「おい!」

 焦れたように呼びかける少年を振り向きもせず、少女が痛む身体に鞭打ってその場を駆け去る。物陰に隠れてそっと様子を窺うと、少年は仲間たちに呼ばれ、後ろを振り返りながら避難者たちの元へ戻っていくところだった。

(ふん。お前に何がわかる)

 警察組織の若者たちの誘導に従って、人々が黙々と移動を始めている。
 かつてはメビウス様が管理された通り、一糸乱れず歩いていた人々が、こんな不完全な若者たちに、列も作らずただぞろぞろと従っているのだ。

(お前たちに何が出来る。メビウス様が完全に管理された世界こそが、ラビリンスのあるべき姿なのだ)

 胸の中に、さっきとは違う何かが渦巻いている。情けをかけられた屈辱と、それとは違う、微かにあたたかさを感じる何か。少女はそれから目を背けるように、震える拳をグッと胸に押し当てた。

(私は……メビウス様を復活させる。ラビリンス総統・メビウス様のしもべになる!)

「ソレワターセー!」
 少女の決意を後押ししているのか、それとも嘲笑っているのか、モンスターの雄叫びが、再び辺りの空気を震わせた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第12話:守りたいもの )

322一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:09:26
「ホ……ホエミ……ナー!」
「ホホエ……ミーナ……」
 サウラーが生み出した瓦礫づくりのホホエミーナと、街頭スピーカーから生まれたウエスターのホホエミーナ。それらが左右から抱き着くようにして、ソレワターセを止めようとしている。
「ソーレワターセー!」
 そんなことなどお構いなしに、ソレワターセは二体を強引に引きずるような格好で、じりじりと前進を続けていた。

(もう少し、避難に時間がかかりそうか……。それまで何とか、持ちこたえてくれ!)

 腕組みをしてその様子を眺めていたサウラーが、避難者たちの方に目をやって、僅かに眉をしかめる。そして空の一角を覆いつくした半透明な姿に、ゆっくりと視線を向けた。

「フフフ……。あともう少し。もう少しで、私の欲しいものが手に入る……」
 歓喜に満ちたノーザの声が頭の上から降って来る。

(そうは行きませんよ、ノーザさん。住人たちの避難を終えたら、あとは僕が全力で阻止してみせる!)

 感情をほとんど表に出さないその顔からは、そんな心の内は一切窺い知ることは出来ない。しかし、その時向こうから息せき切って走って来たせつなの姿を見て、その表情が僅かに変わった。

「サウラー! ウエスター! 全員の避難が完了したわ!」
「よし!」
 言うが早いか、さっきまで老人が使っていたホースを手に取って、残っていた最後の熱水を浴びせかける。そしてソレワターセが怯んだ一瞬の隙に、サウラーはホホエミーナの肩に飛び乗った。

「さぁ行くぞ!」
「ホーホエミーナー!」
 次の瞬間、敵にくるりと背を向けたホホエミーナが、ソレワターセが向かおうとしている廃墟を目指して全速力で走り出す。
「ホホエミーナ! サウラーを守り抜け!」
 自らのホホエミーナに檄を飛ばすウエスターの声が、背中で聞こえた。続いて、ガツン、ガツン、とモンスター同士がぶつかり合う音が辺りに響く。だがそれも束の間、ドシン、ドシンというソレワターセの足音が、あっという間にこちらに迫って来た。
「ああっ! すまん、サウラー! ホホエミーナ、追え!」
 ウエスターの、今度は慌てふためいた声が聞こえる。それを聞くと、何だか心臓の辺りがこそばゆくなって、サウラーはフッと口の端を斜めに上げて笑った。

(十分時間は稼げたよ、ウエスター)

 声に出しては言えないので心の中で呟いてから、気合いを入れ直すように、ぐっと唇を噛みしめる。さあ、ここからが本番だ。

 廃墟に飛び込み、ホホエミーナの肩の上から滑り降りる。そしてそこに置いてあるものを掴むと、サウラーは不敵な笑みを浮かべてソレワターセの方へ向き直った。
「お探しの物は、これかい?」
 それは、ノーザの本体――プリキュアの技を受けて元に戻った、あの球根だった。

「ソーレワターセー!」
 廃墟の壁や天井を盛大に破壊しながら、ソレワターセがその場所に飛び込む。だが、その腕が目的の物に届くことは無かった。

「はぁっ!」

 サウラー渾身の蹴りが、ソレワターセの胴を撃ち抜く。
 もんどりうって転がる巨体から、さらに球根を狙って立て続けに放たれる、矢のような蔦、蔦、蔦。

「はぁぁぁぁっ!!」

 サウラーの気合いが炸裂する。息つく暇など全く無い高速の足さばきで、ただひたすらに、蹴る! 蹴る! 蹴る!
 ついに全てを蹴り返すと、サウラーは休む間もなく身を翻し、再びホホエミーナの肩に飛び乗った。

323一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:10:00
「ホホエミーナ。ここからは頼んだぞ!」
 皆まで聞かず、脱兎のごとく駆けるホホエミーナ。跳ね起きたソレワターセもすぐに後を追う。そしてホホエミーナが廃墟から今まさに外に出ようとしたところで、ソレワターセの放った蔦が、後ろからサウラーを襲った。

「うわぁっ!」
 不意打ちを喰らって弾き飛ばされたサウラーを、ホホエミーナが決死のダイブで受け止める。
 盛大な土埃を上げて倒れる巨体。その身体を貫こうと、ソレワターセが蔦の先を鋭く尖らせ、振り上げる……!
 その時、不意に地面から、赤紫色の光が出現した。
 光は廃墟をぐるりと取り囲むように立ち昇り、光の壁となって四方を覆う。構わず蔦を放ったソレワターセは、その光に触れた途端、弾き飛ばされて再び地面に転がった。よく見ると光の壁の表面には、ビリビリと稲妻のようなものが走っている。
 やがて光が収まった時には、廃墟はソレワターセごと消え失せて、後には何も残ってはいなかった。

 余裕の笑みを浮かべて一部始終を眺めていたノーザが、呆然と目を見開く。
「何だ、これは。まさか、次元の壁……!」
「ええ。あなたに気付かれないようにこの仕掛けを作るのは、苦労しましたよ」
 ホホエミーナの掌から飛び降りたサウラーが、そのゴツゴツした指をポンポンと叩いてから、相変わらず淡々とした口調で答えた。

 “次元の壁”――それはラビリンスの科学が生み出した技術。四つ葉町にあった占い館をプリキュアの目から隠すために使ったのと同じ技術だった。この壁が作り出した空間は別次元にあるため、通常の手段では中に入れず、そこにあることすら認識できない。
 ノーザが自分の本体を狙ってくるだろうと予測した時から、何とかしてこの国を守り抜くために、サウラーが考えに考え抜いた作戦だった。

「おのれ……!」
 完全にしてやられたと知って、ノーザの映像がギリギリと音を立てて歯噛みする。
「やったな、サウラー!」
「喜ぶのはまだ早いよ、ウエスター。モンスターは何とか片付けたが、まだE棟に大物が残っている」
 嬉しそうに仲間の肩を叩いたウエスターに、サウラーが無表情を崩さず答える。
 E棟にある大物――ノーザのデータの媒体らしき植木と、不幸のゲージ。とりわけ不幸のゲージをどう始末すればいいのか、それはサウラーにもウエスターにも見当がつかない。

(全く……。不幸を集めていたというのに、その扱いについてはまるで分かっていないとはね)

 今も昔も、無表情の下は不安だらけだ――自嘲気味にそんなことを思った時、ウエスターが能天気な顔で、再びニカッと笑った。
「そうだな。先発隊は、既にE棟に向かっている。俺もすぐに追いかけるから、心配するな!」
「全く。君のその根拠のない自信は、一体どこから……」
 サウラーが呆れた顔でそう言いかけた、その時。

「そう簡単に……終わらせてたまるかぁっ!」

 突然、怒りに満ちた声が辺りの空気を震わせた。叫びと共に物陰から飛び出した少女が、サウラーに躍りかかる。
 傷だらけの身体。ボロボロの戦闘服。足の震えを必死で抑えながら、やみくもに殴り掛かる。
 軽く身をよじるだけの動きで攻撃をかわすサウラー。少女は彼に触れることすらできず、地面に倒れ込んだ。

「無茶な……。そんな身体で、僕に敵うとでも思ったのかい?」
 サウラーが苦いものでも飲んだような顔つきで、少女の傍らに歩み寄る。が、すぐにそれは驚愕の表情に変わった。何かが目にもとまらぬ速さで、サウラーに襲い掛かったのだ。
 考えるより先に身体が動いた。跳び退って攻撃を避け、相手の正体を見定めようと目を凝らす。だがその時右足に何かが絡みつき、サウラーの身体はそのまま宙吊りになった。

「サウラー!」
 ウエスターの隣にせつなも駆け付けて、逆さ吊りにされたサウラーをなす術もなく見上げる。
「フフフ……。今回ばかりはお手柄だったわねぇ。こんなに見事に囮になってくれるなんて」
「私は、そんなつもりじゃ……」
 さっきの狼狽した姿など、まるで無かったかのようなノーザの含み笑いに、少女が戸惑ったように目を泳がせる。その映像のちょうど真下に当たる場所。そこにいつの間にか姿を現したのは、大きな鉢に植えられた一本の木だった。
 まるで枯れ木のようにしか見えないその木の一番太い枝先からは、空中に向かって光が放たれていた。どうやらそれが、ノーザの映像を形作っているらしい。そして別の枝先からは、サウラーの足に絡みついている触手が伸びている。

(やはりこいつが、ノーザのバックアップの媒体というわけか)

 宙吊りにされた格好のままで、サウラーがそこまで観察した時、ノーザの勝ち誇ったような声が降って来た。

324一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:10:41
「サウラー君。今のうちにそれを渡してくれたら、痛い目に遭わずに済むわよ」
 サウラーが、ノーザにちらりと目をやってから、今度は仲間たちの方へ視線を移す。その時、せつながさりげなく、ウエスターの陰に隠れるように立ち位置を変えた。それを見て、サウラーがノーザに向かってため息をひとつ付いて見せる。

「こうなっては仕方がない、か。ならば、お言葉に甘えましょうか」
「いい答えねぇ」
 無表情で球根を取り出すサウラーに、するすると伸びる一本の触手。それに向かってゆっくりと球根を差し出す素振りを見せてから、サウラーは不意に手の中の物を勢いよく放り投げた。

「せつな!」
 球根が矢のような速さでせつな目がけて飛ぶ。それを追って一斉に放たれる触手。だがそこに待っていたのは、頑強な肉体の壁だった。
「でぇやぁぁぁっ!」
 ウエスターが気合い一閃、全ての触手を叩き落す。その隙に、せつなが球根を追って走り出す。
 逆さ吊りのまま放たれた球根の軌道は、ほんの少しずれていた。だがせつななら十分に守備範囲。誰もがそう思っていたその時、信じられない出来事が起こった。
 球根にせつなの手がまさに届こうとしていた瞬間、横合いから一人の人物が飛び出して、球根を掴んでしまったのだ。
 せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、唖然とした表情でその人物を見つめる。
 それは、さっきまで消防ホースを構えてサウラーたちに加勢し、今は他の住人たちと共に避難に向かっているはずの、あの老人だった。

「おじいさぁん! 今はそっちに行っちゃ、危ないよ〜!」
 不意に新たな声が響いた。老人を心配したのだろう。ラブが大声を上げながら、こちらに向かって走って来る。それを見るや否や、せつなが慌ててラブの元へと走った。
「ラブ、こっち」
 事情を知らずに老人に駆け寄ろうとするラブを制し、彼女をいつでも守れるように、ぴたりと寄り添う。

「なんだ? お前は。愚かな真似をすると、怪我をするわよ」
 怪訝そうな顔で老人に目をやったノーザが、フン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 なんだ、ただの国民風情か――触手もそう言いたげな緩慢な動きで、老人の近くにゆるゆると伸びてくる。
 だが、すぐにノーザの表情は凍り付き、触手も動きを止めた。老人が懐から鋭い刃物を取り出して、球根に押し当てたのだ。

「貴様……何をする気だ!」
「こ、これが欲しいのか。こんなちっぽけなものが、あ……あなたの、大切なものだというのか。あの子を……あんな目に遭わせてまで、欲しいものなのか!」
 両目を見開いて慌てふためいた声を上げるノーザを、刃物を持った手をブルブルと震わせながら、老人が睨み付ける。

「知らないならば……教えてやる。ここに傷を付けると、運が良ければ傷の周りに、新しい球根が出来るらしい。分球、と言うんだそうだ。どっちにしろ、親となった球根は枯れてしまうがな……」
「そんなこと、させるかぁっ!」
「寄るなっ!」
 さっきまでのしょぼくれた老人とは思えないような鋭い声に、襲い掛かろうとしていた触手が動きを止める。その隙にウエスターがサウラーを助け出したが、それに構っている余裕は、今のノーザには無かった。
 ただの国民風情と見くびっていた相手に、最高幹部の自分が追い詰められている――その受け入れがたい事実に、ノーザの瞳が次第に大きく、やがては極限まで見開かれていく。

「おのれ……。お前ごときに、そんなことが出来ると思っているのっ?」
「今はもう、命令された以外のことをしてもいい世界なんでね」
 金切り声を上げ、恐怖にわななくノーザとは対照的に、老人の声は次第に落ち着き払った、凄みすら帯びたものに変わっていく。そしてたじろぐノーザの映像に向かって、老人が一歩、また一歩と近付いていく。

「あなたはかつての最高幹部・ノーザ……なんですよね?」
「き……気安く私の名を呼ぶな!」
「この国は、新しく生まれ変わったんだ」
「そ……それがどうした!」
「幹部と呼ばれる人間は、もう居ない」
「お、おのれ……」
「古い時代の者たちは、もう要らない」
「や……やめろ……」
「古い時代の者は、新しい時代の者に道を譲って去るべきなのだ」
「やめろ……やめろぉぉぉ!」
「あなたも。そして……」

「おじいさん」

325一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:11:22
 老人の言葉が、あたたかく伸びやかな声に遮られる。
 ゆっくりと彼に近づいたのは、少し哀し気な笑みを浮かべて老人の顔を見つめるラブと、油断なくノーザの様子を窺いながら、その隣にぴったりとくっついている、せつなだった。
 好機とばかりに、蔦が老人目がけて唸りを上げる。だがウエスターとサウラーの方が早かった。蔦を跳ね除け、三人を守るようにノーザの前に立ちはだかる。
 ラブは二人に小さく笑いかけてから、そのままの表情で、まだ微かに震えている老人の手を優しく抑えた。

「それは違うよ。だっておじいさんも、今のラビリンスを作っている一人じゃない」
「私は……古い人間だ」
「そんなことないよ。ラビリンスで初めての、畑作りのお仕事をしているんでしょう?」
「……そういうことではない。私は、今のラビリンスにはついていけていないんだ」
「大丈夫だよ」
 ラブはゆっくりとかぶりを振ると、老人の手に重ねた掌に、ギュッと力を込めた。
「あたしたちは、どんどん変わっていくんだもの。だから大丈夫。古い人間なんて……要らない人間なんて、誰もいないよ」
「しかし、私は……」

 包み込むような優しい眼差しで自分を見つめるラブから視線をそらし、老人がうなだれる。そのとき静かな声が、彼に語りかけてきた。
「おじいさん。あなたはもしかして、ノーザの球根を傷つけた後、自分も命を絶つつもりなんじゃありませんか?」
「えっ!?」
 驚いて顔を上げたラブが、老人と、彼を心配そうに覗き込んでいるせつなの顔を交互に見つめる。老人は力なくうなだれたまま、ああ、と小さく頷いた。
「そうだ。そもそも私が、この惨事を引き起こしてしまったのだから」

 さっきまでとは打って変わったぼそぼそとした声で、老人が語り始める。
 畑作りの仕事を始めてから、あの少女をしばしば見かけるようになった。メビウス亡き後、何かと話しかけたり会合に誘ったりしてくるようになった他の住人たちと違って、ただ黙って畑を眺めているだけの寡黙な少女。
 お互いほとんど口を利くことはなかったが、ある夜、少女が老人を訪ねてきた。そして、今にも枯れそうな鉢植えを抱えて、何とか生き返らせてほしいと涙をこぼしながら訴えた。
 八方手を尽くして、植木は何とか息を吹き返したが、その矢先に、枝先から突然ノーザの映像が現れたのだと――。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 いつの間にやって来たのか、少女が少し離れたところに立っていた。憮然とした顔でそっぽを向いているが、その目はちらちらと老人の様子を窺っている。
 老人の方は少女の姿を見ると、まるで自分が怪我をしているかのような表情で、おろおろと声をかけた。
「だ……大丈夫なのか? 身体の方は……」
「人のことより、自分の心配をしろ」
 吐き捨てるようにそう言ってから、少女の声が低くなる。
「あなたは、あれが何なのか知らなかった。それに、頼んだのは私だ。あなたが責任を感じることはない」
 だが、そこで少女の表情が変わった。

「あなたも……後悔しているの?」
「馬鹿を言え! 後悔などするわけないだろう!」
 心配そうな目を自分に向けてくるラブに、少女が今度はカッとなったように食ってかかった。
「こんな街など、メビウス様が復活なさればすぐに元通りになる。我らラビリンスは、完全に管理された世界、正しい世界に戻るのだ。だから……それを寄越せ!」
 刃物を下ろしていた老人が、少女の声にびくりと反応して身構える。構わず老人に躍りかかろうとする少女。だがその寸前に飛び出したせつなが、少女を捕まえていた。
「残念だが、それを渡すわけにはいかん」
 暴れる彼女の腕を、ウエスターが後ろ手に掴んで拘束する。少女は少しの間暴れていたが、老人をじろりと睨み付け、そして大人しくなった。

326一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:12:08
 何か言いたげな目で少女を見つめていたラブが、老人の手が再びブルブルと震えているのに気付いて、もう一度彼の手に自分の手を重ね、その瞳を覗き込む。
「あたしね。小さい頃に、大好きだったおじいちゃんが亡くなったの。時間が経って忘れちゃったこともいっぱいあるけど……去年ね、夢の中でおじいちゃんにまた会えたんだ。それで少し、思い出したことがあるの。昔、おじいちゃんに教わったことを」
 サウラーが一瞬だけラブの方に目をやって、口の端を斜めに上げた。「おじいちゃんのお蔭で目が覚めた!」思い出の世界から帰って来て、そう言い放ったキュアピーチの声が、耳元で蘇る。
 ラブは、老人の目を見つめながら、ゆっくりと言葉を繋いだ。
「何か困ったことが起こったら、みんなでいい考えをたくさん集めて、頑張って考えればいいんだって。そうすれば、一番いい方法だって、きっと見つかるって」

「いい考え、か」
 老人がうなだれたまま、絞り出すように声を出す。
「メビウスが居なくなった今のラビリンスでは、確かにみんな、色々なことを考えるようになった。色々な意見を言うようになった。だが、私にそんな考えは……」
「でも、おじいさんが一番、何とかしたいって思ってるよね?」

 そこで初めて、老人が顔を上げてラブを見つめた。さっきまでの苦渋に満ちた顔でなく、驚きに目を見開いて、ラブの目を真っ直ぐに見つめる。
「何とかしたいって想いはね、すっごく大きな力になるんだよ。だからおじいさん、居なくなったりしちゃ、ダメだよ」
 ラブの言葉に、老人の瞳が微かに揺らいだ。
「何とか……なるのか?」
「もちろん!」
 そう言ってにっこりと笑って見せるラブを、老人は半ば呆然として見つめる。

 どうしてこの子は、こんな状況でこんな風に笑えるのだろう。
 どうしてこんな自分を、こんなにも力強く励ましてくれるのだろう。

 老人の手から力が抜けて、刃物をポトリと取り落とす。
 と、その時、目にもとまらぬ速さで放たれた触手が、落ちた刃物を空中高く撥ね飛ばした。
「あっ!」
 せつなが慌てて老人の手から球根を取り上げる。その頭上から降って来たのは、聞く者の背筋が凍り付くような、ノーザの高らかな笑い声だった。

「この私をここまでコケにしてくれるとは……。どうなるか思い知るがいい!」
 さっきまでとは一変、怒りに目を吊り上げたノーザが、これまでで最大の量の触手を一気に放つ。
「はぁっ!!」
 撃ち落とすのは無理と判断したサウラーとウエスターが、バリアを張ってそれを防ぐ。だが、防ぐ以外に攻撃の決め手がない。二人とも、次第にハァハァと荒い息を付き始める。
「あら、どうしたの? 随分苦しそうじゃないの。さぁ、早くその身体を渡して、もう終わりにしなさい!」
「いいや……まだだ!」
「僕たちだって……何とかしたいって思っているからね!」
 ウエスターとサウラーが歯を食いしばって、触手を防ぎ続ける。

「何とかしたいって想いが、大きな力になる……。そうね。ラブの言う通りだわ」
 二人の背中をじっと見つめてから、せつなが球根をギュッと握りしめる。
「だったら私も、古い時代を知る者として……過ちを知る者として、何が何でもここは何とかして見せる!」
 力強くそう言い放ち、せつなが老人に駆け寄る。
「おじいさん。ひとつ教えてください」
 そう言って、老人の耳元で何事かを囁くせつな。老人が頷くのを見ると、その口元が僅かに緩んだ。その目には鋭い光が――戦士の光が宿っている。

「私にも教えてくれ」
 今度は老人が、せつなに呼びかける。
「どうしてそいつを、処分しようとしないんだ? そいつを守る必要があるのか? それさえ無ければ、あいつは……最高幹部は、もう襲ってこないんじゃないのか?」
「そうとも限りません。それに……」
 そう言いかけて、ちらりとラブに視線を走らせたせつなの目が、少し照れ臭そうに揺れる。
「それにラブが言っていた通り、処分されていい存在なんて……要らない存在なんて、居ないんです。私にも、ようやくそれが分かりました」

327一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:12:41
 ラブがせつなの顔を見つめて、嬉しそうに微笑む。その目の前に、せつなは持っていた球根を差し出した。
「お願い、ラブ。これを持っていて」
「え……あたし!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げるラブに小さく頷いてから、せつなが強い光をたたえた目でその顔を見つめる。
「あなたなら大丈夫。私が絶対に、守り抜くわ」
 驚きに見開かれていたラブの瞳が、すぐにせつなに負けずとも劣らぬ強い光を宿す。うん、と頷いてから、ラブはせつなの手から球根を受け取って、大切そうに胸に抱いた。

 せつなの戦闘服が、再び風を纏って舞い上がる。
 上空高く跳び上がったせつなは、バリアを避けて襲ってきた触手をことごとく回避しながら、鋭い眼差しで地上を見つめた。
 やがて人並外れたせつなの視力が何かを捉える。

(あった!)

 すぐさま着地し、目的の場所へ向かって走り出したせつなを見ながら、ノーザは楽しげにほくそ笑んだ。
「あら……早速一人裏切ったってわけかしら?」
 だがほどなくして、その顔が今度は呆れた表情に変わる。駆け戻って来たせつなが、バリアの真ん前に立って、鋭い眼差しでノーザを睨み付けたのだ。
「おい、何をする気だっ?」
「いいから、黙って見てて」
 心配そうに声をかけたウエスターが、あっさりと一蹴される。それを見て、ノーザが相手をいたぶるような目つきに変わった。

「その目……。思い出すわぁ。生意気な幹部だった頃とおんなじじゃないの。生まれ変わろうがプリキュアになろうが、人間はそう簡単には変わらないってことかしら」
 からかうようにそう言ってから、その唇が、氷のように冷たい一言を発する。

「そうでしょう? ねぇ……イース」

 ノーザの笑みが高笑いに変わりかけて――そこで止まる。
 じっとノーザを見つめ続けていたせつなが、その言葉を聞いて、ニヤリと不敵に笑ったのだ。

「そうね、やっと分かったわ。何があろうと、私は――私よ!」
「……小癪なぁっ!」

 声と同時に、せつなが再び空中高く跳び上がる。その軌道を追うように放たれる触手。だがせつなは無表情でそれを見つめたまま、今度は一切避けようとしない。
 その時、何かが空を一閃する。
 華麗に着地したせつなの後を追うようにバラバラと落ちて来たのは、すっぱりと切り落とされた、大量の触手だった。

「あいつ……あの爺さんの刃物を取って来たのか!」
「なるほど。確かにあの戦い方は、昔の彼女を思い出すね」
 ウエスターとサウラーが、驚きを隠せない様子で呟く。
 獰猛で、果敢で、華麗で、刃物のように鋭くて――そんな彼女の姿を目の当たりにして、彼らの瞳にもせつなと同じ、不敵な戦士の光が宿る。
「ふん、イースに負けてはいられないな、サウラー!」
「当たり前だ!」
 二人のバリアが俄然力を盛り返し、一回り大きくなったのを、ウエスターに腕を掴まれたままの少女は、信じられないものを見るような目で見つめた。

「おのれ……。いつまでも続くと思うな。これで終わらせてやる!」
 ノーザの声と共に放たれた触手が、今度はことごとく刃物を持ったせつなの右手を狙う。その一本を、せつながグイッと掴んだ。
 そのまま触手を手繰り寄せるようにしながら、勢いよく自分の身体を滑らせて、空中を高速で移動していく。
「何を……何をする気だ!」
 せつなの意図に気付いたノーザが、再びせつな目がけて触手を放つ。
 だが当たらない。焦ったノーザが触手の数を増やしたが、一向に当たらない。
 大量の触手は目標を失って絡み合い、こんがらがったロープのようになっている。それをしり目に、せつなが植木の元へと辿り着き、今はまさに頭の上に広がるノーザの映像を見上げた。
「大丈夫。ちゃんと手入れをすれば、枝はまた伸びるそうよ」

「やめろ! 何を」
 それが最後だった。まるでテレビのスイッチを切られた様に、ノーザの映像がぷつんと途絶える。
 後には全ての枝を短く切られた植木が、所在なげに残された。

328一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:13:15

 小さな刃物を鞘に納めて、せつながようやく、フーッと大きく息を吐く。そして仲間たちのところへ駆け戻ろうとした、その時。

「せーつなぁぁぁっ!!」

 世界中で、せつなが一番好きな声が響く。
 全速力で走って来たラブが、その勢いのままに、せつなに抱き着いた。
「無事で良かったぁ……。凄かった! 凄かったよ、せつな!」
「そんな……みんなのお蔭だわ」
 ラブの後ろから、ウエスターとサウラー、ウエスターに引きずられたままの少女と、あの老人もやって来る。

 ラブのあたたかな身体に抱き締められながら、不意に、ただ一人で占い館に乗り込んだあの日のことを思い出した。
 自分はどうなってもいい。大切な人たちを巻き込みたくない――その一心で、無謀にもたった一人で不幸のゲージを壊そうとした、あの日の自分を。
 あの頃は、守りたいものが増えることが、嬉しい反面、この上なく怖かった。それが今ではどうだ。守りたいものはこんなにも――怖いのは変わらないけれど、そんなことを言っていられない程に増えている。
 大切な家族。仲間。友達。ラビリンスの人たち。そして――。

(私自身も、その中の一人……なのね)

 それが何だか不思議なようにも、勿体ないようにも思えて、せつなは輝くようなラブの顔を見つめて、くすぐったそうに微笑む。
 まだまだ、片付けるべきことは山ほどある。どうしていいか分からないことも、たくさんある。

(守れるかしら……。ううん、守ってみせる。だって、ラブが……みんなが一緒なんだから)

 決意も新たに、今度はせつなから手を伸ばして、ラブの身体を抱き締める。

 その時――。
 少女たちの後ろで、切られたばかりの植木が根元から浮き上がり、植木鉢がカタカタと不気味な音を立てた。


〜終〜

329一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:14:00
以上です。ありがとうございました!
次こそは、もう少し早く更新できるように頑張ります……。

330Mitchell&Carroll:2017/12/27(水) 22:30:06
引退します。
今までありがとうございました!
特に楽しく書けたのは『黒猫エレンの宅急便』
『ピーマニズム』『格付けしあうプリキュアたち』、
あとは井澤詩織さんへのリスペクトを込めて書いた『ストップ、はじめてのおつかい』とかかなぁ....
姫プリはキャラとストーリーが良かったのでアイディアもいっぱい出て、書いてて楽しかったですね。
ではさようなら。

Mitchell&Carroll

331名無しさん:2017/12/28(木) 00:11:09
>>330
え〜! ミシェルさん、やめちゃうの!?
凄く残念……。めっちゃ寂しくなります。
でも、長い間たくさんの楽しいお話で、とても楽しませて頂きました。
特に好きなのは、『トワえもん』、『N・O・M・I』、あとご本人も挙げられていた『ピーマニズム』かなぁ。
もしまた時間が出来たり気が向いたりしたら、是非また遊びに来てください。
いつでも待ってます!

332一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:24:02
こんばんは。
またまた時間がかかってしまいましたが、フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。
10レスほど使わせて頂きます。

333一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:24:46
 最初は途切れ途切れの、ごく小さな音だった。ラブを抱き締めるせつなのすぐ後ろで、植木鉢が不意にカタカタと音を立て始めたのだ。
 音は次第に大きくなり、間断の無いものになっていく。それと共に高まっていく、何とも言えない嫌な気配――。
 せつなが硬い表情で後ろを振り返ろうとする。その矢先、さっきから植木を見つめていたサウラーの鋭い声が飛んだ。
「みんな、伏せろ!」
 皆まで聞かず、せつなが腕の中のラブを庇いながら地面に身体を投げ出す。
 ウエスターが少女を、サウラーが老人を、それぞれ抱えるようにして倒れ込む。それと同時に鈍い破裂音が響き、六人の上に、バラバラと土と陶器の破片が降り注いだ。

「はぁ、びっくりしたぁ……」
 もぞもぞと起き上がろうとするラブを制して、せつなが素早く身体を起こし、植木の方を向いて身構える。そして――そのまま息を呑んだ。
 粉々に砕けた植木鉢の残骸が散らばっているその後ろに、いつの間にか壁が出来ている。いや、それは壁ではなく、高くそびえ立つ透明な筒だった。その中にいっぱいに湛えられているのは、薄黄色に濁った液体。
「これは……」
 せつなの声が震える。
 見間違えるわけがない。かつて自分がイースとして集めていたもの。その行いを激しく悔いて、たとえ命を落としても、その蓄積を無きものにしたいと願ったもの――。
 それは、ラブがE棟で目の当たりにしたという“不幸のゲージ”と、このラビリンスで新たに集められた、不幸のエネルギーだった。

 半ば呆然とゲージを見つめるせつなの視界を切り裂くように、その時、何かが下から上へと一瞬で通り過ぎた。植木鉢が壊れて――いや、おそらく鉢を自ら壊して自由になった植木が、根を剥き出しにしたまま、一直線に上へ向かって飛んで行く。
「あっ!」
 今度はラブが声を上げた。植木は、見上げるほどに高いゲージの縁の上まで飛び上がったかと思うと、そこで僅かに軌道を変えて、ゲージの中へ飛び込んでしまったのだ。
 途端にまるで沸騰したかのような大量の泡が、ゲージの中から沸き起こった。
 跳ね起きたラブが、そしてウエスターとサウラーが、せつなの隣に立ち、固唾を飲んでゲージを見つめる。ウエスターに腕を掴まれたままの少女は厳しい表情でゲージを睨み付け、老人は皆の後ろから恐る恐る覗き見る。
 六人が見守る中、泡に包まれた植木は、見る見るうちに細く小さくその姿を変え、やがて完全に消え失せた。

「木が……不幸のエネルギーに、溶けちゃった……」
 ラブがかすれた声で呟く。だがそれに答える者は誰も居なかった。

(何……? この感じ……!)

 せつなの額から汗が噴き出す。さっきの嫌な気配とは比べ物にならないほど、辺りの空気が突然不穏な色をまとったように感じた。
 心が痛いくらいに張りつめて、声が出せない。身体はいつの間にか臨戦態勢に入って、周囲の些細な変化も決して逃すまいと身構えている。
 何かが――とてつもない何かが起ころうとしている。心臓がそう警告するように、ドクン、ドクン、とうるさいくらいに鳴っている。

 すぐに最初の変化が起こる。それはゲージの中に巻き起こった、小さな渦だった。渦は次第に大きくなり、やがてゲージの幅いっぱいに広がって、人の顔のような模様を形作る。それを見て、ウエスターが喉の奥から絞り出すような声を発した。
「ノーザ……さん」
 ゲージの中のノーザの顔が、それに答えるかのようにニヤリと笑う。そして次の瞬間、その顔が再び変化し始めた。
 長い髪と顔との境界がなくなって、より大きくいかつい頭の輪郭を形作る。大きな目はより鋭く、鼻は大きく、唇は分厚く形を変えて――。

「……!」
 老人が言葉にならない声を上げて、腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。そのままずるずると後ずさって、あたふたと物陰に身を隠す。その姿を嘲笑うかのように、ゲージから空に向かって真っ黒な霧が噴き上がった。
 見る見るうちにどんよりと暗くなっていく空。その空の真ん中に、とてつもなく大きなものが、忽然と姿を現す――!

 風も無いのにバタバタとはためくローブ。
 大きく広げられた両腕。
 その上に見えるのは、全てを射抜くような鋭い眼光を持った、初老の男性の顔……。

 驚きに目を見開くラブの隣で、せつな、ウエスター、サウラーの三人は、ただ空を見上げたまま、まるで彫像にでもなったように微動だにしない。
 ラビリンスの空を覆い尽した巨大な姿は、彼らを傲然と見下ろして、天の頂から重々しい声を轟かせた。

「我が名は――メビウス。全世界の統治者なり――!」

334一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:25:54
   幸せは、赤き瞳の中に ( 第13話:復活 )



 まるで時が止まったようだった。動く者も居ない。声を発する者も居ない――。そんな状況を唐突に打ち破ったのは、一陣の風だった。
 不幸のエネルギーの余波なのか、突如吹き荒れた暴風に飛ばされそうになったラブを、せつなが間一髪で捕まえてしっかりと抱き寄せる。
 その唇から吐き出された息が、細く頼りなげに震えているのに気付いて、ラブが心配そうにせつなの顔を覗き込んだ。
「ありがとう、せつな……大丈夫?」
「ええ……大丈夫よ」
 さっきは考えるより先に身体が動いていた。その動きに呼び覚まされたかのように、頭と心もようやく少しずつ、現実感を取り戻す。

(メビウスが……本当に復活した? でも、どうやって……!)

 かつて何度も目にした影のような映像などとは比べようもない、圧倒的な大きさと威圧感を持ったその姿を、せつなは睨むように見つめる。だがその眼差しとは裏腹に、硬く握りしめた両手はわなわなと震えていた。

(恐れているの? 私は……。いいえ、驚いているだけよ。これが本当だとしたら……恐れている場合じゃない!)

 言うことを聞かない拳を、グッと痛いほどに握り締める。その時、突然何かがせつなの視界を遮った。大きな白い二つの影が、せつなとラブを隠すように前に立ちはだかる。
「イース! 今のうちに……ラブを早く!」
 ウエスターが、空を覆う巨大な姿を見据えたまま、いつもより早口で囁く。それを聞くや否や、せつなはラブを抱えてすぐさま後ろへ飛び退った。ラブを物陰に避難させ、一跳びで戻ってくると、今度は後ろではなく二人の間に立って、空を見上げる。
 ウエスターは苦虫を噛み潰したような顔で、そんなせつなにチラリと目をやった。

――今のうちに、ラブを連れて逃げろ!

 本当はそう言ってやりたかった。だが、この状況でせつながラビリンスを離れると言うわけがない。それに、事はメビウスの復活だ。たとえ異世界に――四つ葉町に逃れたとしても、最悪の場合、単なる時間稼ぎにしかならない。

(いや……そうなる前に、絶対に止めてやる!)

 グッと奥歯を噛み締めて、ウエスターは再び空を睨む。サウラーの方は、いつもよりさらに感情の読み取れない無表情のまま、空から片時も目を離さずに、油断なく身構えている。
 メビウスの大きな目が三人を捉え、口を開こうとした、その時。少女が転がるように、三人の前に飛び出した。

「メビウス様! ご復活を待ち望んでおりました!」
 颯爽と臣下の礼をとった少女が、歓喜に上ずった声を張り上げる。
「国民番号ES*******。新しいイースの“ネクスト”となった者です。私は……私だけは、あなたの忠実な僕です!」
 と、そこで風が幾分か弱まった。メビウスの顔が僅かに動いて、少女の姿に目を留める。
 生まれて初めて、絶対者の目に留まった。メビウス様が直接、私を見て下さった――その喜びに頬を紅潮させながら、少女が張り切って、なおも言葉を続けようとする。だがそれより先に、メビウスの視線が再び動き、少女を離れた。

「国民たちの姿が見えぬ……。インフィニティはどうした!」
「インフィニティ、って……」
 せつなが押し殺したような声で呟く。
「ウエスターよ、サウラーよ。その姿はなんだ? 幹部の身なりとは異なるようだが」
「やはり、最後の戦いの時の記憶は無いようだね」
 どうやら同じことを考えていたらしいせつなが小さく頷くのを見届けてから、サウラーは幹部時代とさして変わらない平坦な声で答えた。
「我々はもう、幹部ではありませんから」
「俺たちもイースと同じく、あなたに消去されるところだったんです」
 ウエスターもぶっきら棒にそう言って、巨大な元の主の顔を挑むような目で見つめる。
「そうか。消去されるはずだったお前たちがここに居るということは……私の計画は、失敗に終わったのだな」
 メビウスが、意外にも静かな声でそう呟くと、途端に風の勢いが増した。

「メビウス様!」
 風の音に負けまいと、少女が再び声を張り上げる。
「愚かにもラビリンスの国民たちは、メビウス様を裏切り、醜く争ったり、悲しみや不幸を味わったりする世界で生きようとしております!」
 そう言って再び胸を張った少女が、ここぞとばかりメビウスの方ににじり寄る。
「ですから私は、メビウス様のために……」
「そんなことは分かっている」
 少女の言葉を、天からの声がにべもなく遮った。
「このラビリンスのことは全て、我が手の内にある。騒ぎ立てずとも、私がもう一度管理すればいいだけの話だ」
 その言葉が終わると同時に、メビウスの目が爛々と赤く輝いた。

335一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:27:04
 次の瞬間、不幸のゲージから再び不幸のエネルギーが噴き上がった。が、今度は黒い霧にはならず、何本もの細い灰色のコードのようなものに姿を変える。
 無数のコードは、投網のように放射状に放たれて、街のあちこちへ向かって伸びていく。そして今は避難所となっている建物の中に、次々と飛び込んだ。

「みんなが危ない!」
 せつなが、ウエスターが、サウラーが、一斉に空中高く跳び上がる。
 せつなはさっき使った刃物で、ウエスターは力任せに、サウラーは水色のダイヤを飛び道具に使って、一瞬で大量のコードを切り落とす。だがそれも一瞬、強烈な突風にあおられて、三人は地面に叩きつけられた。
「せつな! ウエスター! サウラー!」
 泣きそうな顔で三人に駆け寄ろうとするラブを、老人が後ろから懸命に引き留める。
 すぐさま起き上がった三人の頭上を、大量のコードが飛んでいく。廃墟と化していた建物はその形を変え、元の建物よりさらに大きく、メタリックな要塞のような姿となって立ち並ぶ。そして巨大な街頭モニターが、目が覚めたように突然明るい光を放った。
 その画面に、かつて見慣れた映像が大きく映し出される。それを睨むように見つめるせつなの、睫毛だけが不安げに小さく震え、少女は勝ち誇ったように、ニヤリと笑った。


   ☆


 せつなたちが居るところから、少し離れた場所。普段は教育施設として使われているこの建物は、窓ガラスが一部割れてはいるものの、その他の損傷はほとんど無い。
 避難してきた人たち全員が建物に入ったのを確認してから、警察組織の若者たちは扉を閉め、窓のシャッターを下ろした。

(ここまで来れば……)

 仲間たちに気付かれないように、少年がホッと小さく息をつく。ウエスターに誘われて警察組織の手伝いをするようになってから、この避難誘導は、初めてウエスター抜きで経験する大きな任務だった。その直前には、仲間たちと一緒に怪物から避難所を守る役目を買って出て、元幹部たちの鮮やかな戦いぶりを目の当たりにしている。
 たった一日で、まるで数日分にも数週間分にも匹敵するような経験をしたような気がして、さすがに疲れを覚える。が、着いた早々、建物の中から何やらゴトゴトという複数の物音が聞こえて来て、少年は驚いて後ろを振り返った。
 そこには少年たちを取り囲むように集まっている、避難者たちの姿があった。それも、皆が手に手に机や椅子など、この建物の中にある備品を携えて。
「あの、それは……」
 意味が分からず、仲間たちと顔を見合わせてから怪訝そうに問いかける少年に、二人がかりで大きなキャビネットを抱えて来た男たちが、少しバツが悪そうな顔で言った。

「みんなが俺たちを守るために戦ってくれているんだ。俺たちにも、何か手伝えないかと思ってね」
「大した役には立たないかもしれないが、出来ることがあるならやってみたいんだ。これでも少しは攻撃を防ぐ足しになるかもしれないから」
 そう言いながら、人々が持ってきた備品を使ってバリケードを築き始める。

 仲間たちの間に、ゆっくりと静かな笑みが広がった。
「僕たちも手伝います」
 仲間の一人の言葉に全員が頷き合って、すぐさま避難者の元へと向かう。
 だが、少年は動こうとしなかった。ぽかんとした顔で仲間たちの様子を眺めながら、相変わらず低い声でボソリと呟く。
「出来ることがあるなら……やってみたい、ですか……」
 そう呟いてしばらく考え込んでから、少年は自分に言い聞かせるように、うん、とひとつ頷いた。そして、避難者たちに混じってバリケードを築いている仲間たちに声をかける。
「悪いけど、俺……ちょっと行ってきてもいいですか? もう一人、ここに連れて来たいヤツがいるんです」
 いつになく真剣な少年の口調に、仲間たちが顔を見合わせて、ああ、と頷く。
「一人では危険だ。俺も行こう」
 そう言って手を挙げてくれた仲間と共に、二人連れ立って建物を出ようとした、まさにその時。突然、部屋の奥にあったモニターの画面が明るくなった。

「何だ? まさかライフラインが復旧したのか?」
「いくら何でもそれはないだろう」
 仲間のうちの二人がそう言い合いながら、モニターの様子を見に行く。その途中で、二人は同時に、ヒッ……と喉を詰まらせたような声を上げると、その場に棒立ちになった。
「おい、どうした!」
 仲間たちが一斉に二人の元へ駆け寄り、全員がそのまま凍り付く。まるでミイラ取りがミイラになったようなその反応に、まだ入り口近くに居た少年も、警戒しながら彼らの元へと向かった。
「みんな、どうしたんだ?」
 そう言いながら恐る恐るモニターを覗き込んで、少年もまた、その場に立ち尽くす。
 そこに映し出されていたのは、このラビリンスで誰一人知らない者の居ない顔――。かつては国民全員が彼のために存在していた絶対者・総統メビウスの顔だった。

336一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:27:42
 ゴトン、と避難者の一人が椅子を取り落とす。そのまま床に崩れ落ちる者。言葉にならない悲鳴のような声を発する者――。
 やがて、さざ波のように部屋の中に広がったいくつもの声が、そこに突っ立ったままの少年の耳に入って来る。

「メビウス様だ……。とうとうメビウス様が復活した!」
「あの通達は、やっぱり本当だったのか……」
「私たちは、どうなってしまうの?」
「またメビウス様に、管理されるだけさ」
「い、嫌だ! 僕は、命令になんか……」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだ」
「そうよ。私たちはきっと、制裁されるわ!」

「そんなことを言っていられるのも……今のうち……?」

 少年がまるで抑揚のない、間延びしたような声で呟く。
 仲間たちは皆モニターに釘付けになったまま、まるで金縛りにでもあったように動かない。そんな中、少年は重たいものを無理矢理動かすようなぎこちない動きで、ゆっくりと踵を返した。

「今のうち……。そうだ。俺に出来ることを……やりたいことをやるのは……今しかないんだ……」

 まだ半ば呆然とした頭の中に、さっき脳裏に浮かんだものが――ボロボロの戦闘服に身を包んだ傷だらけの少女の姿が浮かんだ。立っているのがやっとのように見えたのに、一緒に来ることを頑として拒んだ赤い瞳。その瞳に宿っていた強い光も、まるで霧の向こうで輝いているように、ぼんやりと浮かび上がる。
 その光に導かれるように、その姿を追いかけるように、少年の足取りは次第に確かなものになり、歩調も少しずつ速くなっていく。

 無理矢理にでも連れて来れば良かった――ここへ来る途中、何度もそう思った。あんな状態で手当てもせずに戦場に居て、大丈夫なはずがない。だが本人があそこまで嫌がっているのだから……そんな言い訳で納得しようとして、でもやっぱり放っておけなくて。

(今、俺がやりたいこと……。あいつに会って、言ってやりたい。無茶をするなって。ウエスターさんが、お前を心配してるって。それに、俺も……)

 やがて少年は、さっき出来たばかりのバリケードに辿り着いた。扉の前に立てかけてあるのは、仲間たちが三人がかりで運んだ大きなテーブル。それに無造作に手をかけると、少年はグッとその手に力を込めた。

「ぐうっっっ!!」

 喉の奥で、押し殺した叫びが上がる。それと同時に、カッと胸の中が熱くなった。
 悔しさなのか、怒りなのか、それともヤケになっているだけなのか――自分でも正体の分からないその熱がエネルギーになって、さっきまでやっと動いていた身体にようやく力が湧いて来る。
 ダーン、という大きな音と共に、テーブルが横倒しになる。その響きに、モニターの前に居た仲間たちや避難者たちが、呪縛が解かれた様に一斉に振り返った。
 少年はそちらを見ようともせずにテーブルを軽々と跳び越えると、扉を開けるのももどかしく外に飛び出した。

 少年が飛び出すと同時に、今出て来たばかりの建物が変化し始めた。破れた窓は元に戻り、壁は黒々としたメタリックな色調に変わる。だが少年には、それに気付く余裕は無かった。
 外へ出た途端、立っているのもやっとなほどの強風に襲われて、やっとのことで踏み止まる。少年は、目を閉じてもう一度少女の姿を思い浮かべてから、ゆっくりと細く目を開けた。身体を屈めるようにして、少女が居るはずの場所――さっき出て来た警察組織の建物の方向に向かって、一歩一歩、じりじりと前進を始める。
 空の高いところには、メビウスの巨大な姿がある。だが、地を這うようにして吹き荒ぶ強風と戦っている少年には、その姿は全く見えていなかった。


   ☆


「我がラビリンスの国民たちよ! もう心配は要らん。私が再び皆を管理してやる。そうすれば、もう二度とこのような突然の不幸に巻き込まれることもない。皆はただ、私に従っていればいいのだ」
 巨大モニターからメビウスの声が響く。重厚で威厳に満ちたその声は、以前と少しも変わることはない。
 臣下の礼をとったまま、満足げな表情でそれを聞いていた少女は、メビウスの言葉が終わらぬうちに再び空中へと跳び上がった三つの影を見て、不快そうに眉根を寄せた。

「はぁぁっ!」
「たぁぁっ!」
「どぉりゃぁっ!」
 鋭い雄叫びが響くと同時に、空の様子が一変する。張り巡らされていた無数のコードはことごとく切り落とされ、後にはどんよりと空を覆う黒雲だけが残された。

337一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:28:16
 サウラーが、目の前にある“不幸のゲージ”をじっと見つめる。僅かではあるが、さっきより明らかにゲージの液面が下がっているのが見て取れた。

(やはり不幸のエネルギーを使っているのか……。だが、こうやって着実に消費させられれば、いずれは……)

 わずかばかりの光明が見えた気がして、引き結んだ唇からそっと息を漏らす。その時、天から再び重々しい声が響いた。

「愚か者どもめ。この私に敵うとでも思っているのか」
 声と同時に新たな気配を感じて、三人が身構える。するとゲージの後ろから、突然わらわらと人影が現れた。
 二十人、いや三十人はいるだろうか。揃いの戦闘服に身を包んだ彼らは、隙の無い動きでじりじりと間合いを詰めて来る。その一人一人の顔に目をやったウエスターが、驚きに声を詰まらせた。
「お前たち……どうしてここに……!」
 それは、ウエスターが先発隊としてE棟に向かわせた、警察組織の精鋭たちだった。

 間髪入れず、メビウスの声が飛ぶ。
「私に逆らう者は排除するのみ。者ども、こいつらを消せ」
 次の瞬間。せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、ごくりと唾を飲み込んだ。

「はっ。全てはメビウス様のために」

 何の感情も伴わない、一糸乱れぬ声が響く。
 まるでかつてのラビリンスの姿が蘇ったかのように。
 この国の新しい姿など、所詮はただの夢幻――そう嘲笑うかのように。
 が、三人は再びグッと拳を握り締めると、ゆっくりとこちらに向かって来る人々を、静かに見据えた。

「イース」
 人々の方に目をやったまま、ウエスターが低い声で呼びかける。
「ここは俺たちに任せろ」
「今更何を言って……」
 そう言いかけて、せつなが口をつぐむ。ウエスターは太い指で、真っ直ぐに空を差していた。
「お前はあっちを頼む」
「こうしている間にも、メビウスの支配が進んでしまうからね」
 サウラーもそう言って、チラリと空に視線を走らせる。彼らの頭上には、再び不幸のエネルギーで作られたコードが放たれ、空に張り巡らされようとしていた。
「俺たちもすぐに合流する。だから、頼む」
「分かった」
 せつなが二人の仲間を見上げて小さく頷く。それを聞くと、ウエスターは初めてせつなに視線を移し、腰を落として、ぽん、と膝を叩いて見せた。

「はぁっ!」
 せつなが膝の上に駆け上がって跳躍するのに合わせて、ウエスターがその身体を思い切り高く投げ上げる。それが合図だったかのように、ゲージの前で激しい戦闘が始まった。
 前後左右、ありとあらゆる方向から襲い来る攻撃。咄嗟に背中合わせになったウエスターとサウラーは、それらを時に受け流し、時に避け、時に受け止めて、ことごとく挫いていく。
「おい、俺だ! 分からないのか! いい加減、目を覚ませ!」
「無駄だ、ウエスター。彼らは既に、メビウスに管理されている!」
 相手に一切反撃せず、ただ攻撃を受け止めたりいなしたりしながら必死で呼びかけるウエスターに、サウラーが冷静な一言を投げかける。かく言う彼は、相手に余計な手傷を負わせないようにして、専ら昏倒させる作戦に出ていた。
 その時、上空からバラバラとコードの破片が降り注ぎ、地面に触れると同時に消えた。高々と舞い上がったせつなの刃物が高速で閃く。空を覆いつつあったコードを次々と切り落とし、繰り出される新たなコードに挑みかかる。

 そうしている間にも、辺りの廃墟は徐々に形を変え、メタリックな要塞のような姿になっていく。
「全てはメビウス様のために……」
 いつの間にかモニターの映像が切り替わり、今は黒々とした壁に囲まれた避難所の中で、かつてのように空ろな声を響かせる人々の姿が映し出される。
 だが、三人の動きは変わらない。目を見開き、歯を食いしばって、それぞれの“敵”に全力で立ち向かう。そんな三人の――とりわけ、せつなの動きを鋭い眼差しで見つめていた少女が、再び跪き、空を見上げた。

338一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:28:58
「メビウス様! どうか私にもご命令を」
 メビウスの視線が、チラリと少女の方に流れた。だがそれも一瞬、もう少女の方を見ようとはせず、メビウスがさらに大量のコードを空へと放つ。そして宙を舞うせつな目がけて、強風を吹き付けた。
「うわあぁぁっ!」
 まともに風を受けて吹き飛ばされたせつなが、辛うじて一本のコードに掴まる。
 木の葉のように風に翻弄され、ハァハァと荒い息を吐きながら、それでも必死で手の届く範囲のコードに刃を向け続ける。その苦し気な姿を、少しの間睨むように見つめてから、少女が再び声を張り上げた。

「メビウス様! どうかお命じ下さい。私が必ず、彼女を倒して見せます!」
 闘志と言うより、むしろ必死さが溢れる表情で、主の答えを待つ少女。だが返って来た答えは、少女の期待を裏切るものだった。

「その必要は無い。奴が力尽き、地に斃れ伏すのも時間の問題だ」
「……しかし!」
「お前は……そうだな」
 メビウスが、眼下の戦場の様子をチラリと眺めてから、もう一度少女に視線を戻す。
「その身体では、彼らと共に戦うことも出来まい。お前は国民たちと共に、我が“器”を用意するがいい」
「お待ち下さい、メビウス様!」
 少女が、とうとう悲鳴のような叫びを上げた。

(冗談じゃない!)

 少女の視線が、ウエスターやサウラーと戦っている、無表情な人々を捉える。既に半数以上が二人の元・幹部に昏倒させられて、人数はもう十人ほどしか残ってはいなかった。
 自分と同じく軍事養成施設で育ち、メビウスへの忠誠を誓って幹部を目指していた者たち。
 それなのに、まるでそんなことなど忘れたように、メビウスを否定し、今のラビリンスで楽しげに生きようとしていた愚かな者たち――。

(私は……あいつらとは違う。断じて違う!)

 激しくかぶりを振って、今度は上空に見えるせつなの姿に、もう一度目をやる。
 彼女はようやく体勢を立て直し、逆に風を利用して、さらに高く舞い上がろうとしていた。
 その息は相変わらず荒く、コードを掴んでいるその手は擦り傷だらけ。だが、挑むような目の輝きは変わらない。
 その勇猛果敢な姿を見ていると、強烈な平手打ちの記憶と共に、あの世界で聞いた彼女の言葉が蘇って来た。

――どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね。

(私はあの人に勝って、メビウス様の僕になる。新しいイースとして生きるために、あの人と決着をつける。いや……つけなくてはいけないんだ!)

 いつの間にか、鼓動が耳元で鳴っているかのように、やけにせわしなく響いている。それを鎮めるように胸に手を置いてから、少女が意を決して主の姿を見上げた。

「私は、あの者たちとは違います! いつかメビウス様にご復活頂き、誰よりもお役に立ちたい――その想いだけを胸に生きてきました」
「……」
 黙ってこちらを見下ろすメビウスに、少女はなおも言い募る。
「私はイースの“ネクスト”として、裏切り者と――先代のイースと、決着を付けたいのです。メビウス様、どうかご命令を……」
「“想い”だと? くだらん」

 深く深く頭を下げた少女の頭上を、メビウスの冷たい声が通り過ぎる。
 顔も上げられずに口ごもる少女。だがメビウスの次の言葉を聞いて、その目が大きく見開かれた。

「新しいイースなど、必要ない」

「メビウス様……。今、何と……」
「必要ない、と言ったのだ。イースだけではない。今の私に、人間の幹部は不要だ」
 少女が勢いよく顔を上げ、今にも立ち上がらんばかりの勢いで絶対者に向かって言い募る。
「し、しかし! 新しいラビリンスを統治されるには、幹部が……」
「元々、彼らは国の統治には関わっておらぬ。ノーザとクラインを復活させれば、それで事は足りる。インフィニティの正体を掴み、不幸の集め方を習得した今、人間の幹部は用済みなのだ」

339一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:29:39
 さっきまでと変わらない口調で、メビウスが淡々と語る。その主の顔を見上げようともせず、少女は平伏した姿勢のまま、わなわなと身体を震わせていた。

(イースが……必要ない? もう人間の幹部は、用済みだと……?)

 頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
 頼みの綱が――いや、糸が切れてしまった。かつてのラビリンスが崩壊したあの時から、必死で手繰り寄せようとしてきた細い細い糸。かつての世界から未来へと、唯一繋がっていたはずの糸が、ぷっつりと断ち切られてしまった。
 世界がぐらぐらと大きく揺れ、今度こそ音を立てて崩れていくような気がする。

(嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ……!)

 そう繰り返していれば、崩れ行く世界が、未来が、元に戻るとでも思っているかのように、少女は心の中で叫び続ける。

 不意に、E棟の光景が蘇った。
 直立不動の子供たちで一杯の講堂で、誰よりも姿勢を正し、スピーカーから流れてくるメビウス様のお言葉に耳を傾けた日々。
 来る日も来る日も訓練に励み、何人もの幹部候補生と命がけの手合せを行ってきた日々――。

――私が管理した世界ならば、悲しみも、争いも、不幸も無い。

 毎日のようにメビウス様の素晴らしさを聞かされて、いつか必ず最もお傍近くでお仕えするのだと、必ずその高みまで辿り着いてみせると、そのたびに決意を新たにした。
 そこから見える景色は、きっと誰も見たことがない素晴らしいものに違いないと、それだけを信じて生きてきた。

(嘘だ……そんなこと、メビウス様がおっしゃるはずが……)

 極限まで見開かれた赤い瞳が、ただ目の前の地面を、穴があくほど見つめる。その時、一本のコードがゆっくりと、音も無く少女に近付いた。

「お前は良く働いた。もう心配は要らぬ。この私が復活した今、お前がすべきことはただひとつ。それは私に従い、私の言うがままに生きることだ」
 そう言って、もう興味がないと言わんばかりにメビウスが少女から目を離す。それと同時に、コードが蛇のようにするすると動き出した。だが、少女は座り込んだまま、それに反応しようともしない。
 コードが間近に迫り、今にも少女に飛びかかろうと細い身体を縮めた、その時。

「危ない!」
 鋭い声と共に、少女の身体が突然地面に投げ出された。誰かが自分を突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ……そう気付いて、少女が身体を起こそうとする。
 だが一瞬早く、少女に覆い被さっていた人物が、彼女を抱きかかえるようにして素早く地面を転がった。さっきまで二人が居た、まさにその場所の地面に灰色のコードが激突し、跡形も無く消え失せる。その様子をぼんやりと眺めていた少女は、隣で素早く立ち上がった人物を見て、驚きに目を見開いた。
「さあ、逃げるよっ!」
 少女の手を掴み、グイっと引っ張って立たせてから、そのまま彼女の手を引いて走り出したのは、物陰に隠れていたはずの、ラブだった。

 人一人がやっと通れるような建物と建物の隙間を、ラブは少女の手をしっかりと握って、ジグザグと走り抜ける。
 どうやら新たなコードが追ってくる気配は無い。高い建物の裏手に回り込んだところでようやく足を緩めたラブが、少女の方を振り返って笑みを浮かべる。だがその途端、地面に落ちていた瓦礫につまずいて、ラブの身体は前へつんのめった。
「うわっ!」
 転びそうになったラブを、少女が素早く抱き留める。ふうっと大きく息を吐いてから、ラブは今度こそ少女の顔を見つめて、にっこりと笑った。

「また助けてもらっちゃったね。ありがとう!」
「いや。助けられたのは私だ」
 少女がそう言いながら、ラブの身体からそっと手を離す。と、そこで何かに気付いたように、しげしげとラブの顔を見つめた。
「あなた……どうしてさっき、あんな風に動けたの?」
「え?」
「あのコードの化け物から、私を助けてくれた時」
 ラブの身体能力がどの程度のものかは、一度の手合せで分かっていたはずだった。普通に考えれば、せつなならともかく、ラブの力であの素早い動きを見切って避けられるはずがない。
 少女の質問の意味がどこまで分かっているのか、ラブは、んー……と間抜けな声を上げてから、照れ臭そうな顔で頭を掻いた。
「よく分からないけど、あなたを助けなきゃ、って必死だったから……かな」
 そう言ってアハハ……と笑う場違いなまでに明るい顔を、少女は信じられないものを見たような目で見つめる。だがすぐに、その顔は下を向いた。

340一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:30:19
「何故、私を助けたの?」
「友達を助けるのは、当然だよ」
「ともだち……」
 オウム返しに呟いて、少女がくるりとラブに背を向ける。
「……そんなものになった覚えなどない」
「でも、あたしは友達だと思っているよ」
「それに、私はもう用済みだ。助ける価値など……」
「そんなことないよ!」
 皆まで聞かず――いや言わせず、ラブは激しくかぶりを振った。

「あなたはあたしのこと、二度も助けてくれたよね。ううん、二度だけじゃない。あの施設に居た時だって、ノーザから何度も守ってくれた」
「……」
「あなたはとっても強くて、優しい人だよ。だからこれから、きっと幸せになれるって!」
 一点の曇りも淀みも無く、力強くそう言い切る声。それを聞いて、少女が再びラブの方に顔を向ける。
 驚いたような、怒っているような、そしてほんの少し嬉しそうな……だが、それも一瞬。すぐにその顔は、再び力無く下を向いた。
「……そんなこと。それに、私はもう……」
 少女がそう言いかけた時。彼女たちの隣に建っていた高い建物が、何の前触れもなく忽然と消えた。

「えっ……うわっ!」
 その途端、再び強風が吹きつけて、ラブの驚きの声が小さな悲鳴に変わる。
 突然広々と開けた視界に、中空で両手を広げたメビウスの巨大な姿が飛び込んで来る。まさにこの世界の全てを、今にもその手に納めんとするような姿が。そして近くに目を移すと、建物を消した張本人らしいグレーのコードが二本、ゆらゆらと揺れながら、二人の様子を窺っている……。

「こっちだ!」
 今度は少女がラブを引きずるようにして、路地に逃げ込もうとする。
 行く手を阻むように襲い掛かるコード。だが飛び出した途端、二本とも真っ二つに切り落とされ、あっけなく消え失せた。ラブの窮地に気付くや否や、せつなが遥か上空から、手にしていた刃物をコード目がけて放ったのだ。が、すぐさま新たなコードが二人めがけて放たれる。

「ラブ!」
 せつなが地上に飛び降りようとするが、風に煽られ、思うように動けない。
 ついにコードが二人に迫る。だが次の瞬間、横合いから飛び出した人物が、コードをむんずと掴み、それを無造作に引きちぎった。
 引きちぎられたコードが、瞬く間に霧消する。それを不思議そうに眺めてから少女の方を振り向いたのは、さっき少女に「一緒に来い」と言った、あの少年だった。

「ありがとう! でも、どうして……」
「何故戻って来た」
 嬉しそうに、そして不思議そうに問いかけるラブの声と、ぶっきらぼうな少女の声が重なった。
「お前に言いたいことがあって来た」
 早口でそう言ってから、少年は中空に目を留める。そして驚きと焦りの色を隠そうともせず、少女に詰め寄った。
「今のは何だ。それにあれは、メビウスなのか!?」
 少女が、ああ、と頷いた時、新たなコードが三本、こちらに向かって伸びて来た。

「早く逃げろ!」
 少年が二人を庇う様に立って身構える。二本を右手で、もう一本を左手で掴んで、力任せに引きちぎろうとする。だがその時、コードがもう一本、少年に向かって高速で迫って来た。
 咄嗟にコードの軌道を避けようとして、少年の動きが止まる。ここで避けたら、コードは一気にラブと少女に襲い掛かるだろう。

(それだけは――絶対に食い止める!)

 少年は三本のコードを掴んだまま、通せんぼでもするように両手を大きく広げて、もう一本のコードの前に立ちはだかった。

341一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:30:49
「ぐわぁぁぁっ!」

 少年の絶叫に、少女とラブが足を止める。一本のコードが少年に絡みつき、その先端が彼の身体に突き刺さっていた。何とかコードを外そうとする少年の身体に、さらに何本ものコードが絡みつき、がんじがらめにしている。
「おいっ、大丈夫か!?」
「こっちに来るなっ!」
 少年がそう叫びながら、懸命に腕を動かして、両手に持ったコードを引きちぎる。そして自分を拘束しているコードを両手でグッと掴むと、何とか首だけを少女の方に向け、苦し気な声を張り上げた。

「これだけは……覚えておけ。お前は不満かも……しれないが、俺たちは……仲間……だっ!」
「おい、しっかりしろ! お前の馬鹿力で、そんな拘束など引きちぎれ!」
 少女の呼びかけも空しく、少年の瞳から、次第に光が失われていく。だが、少年は叫ぶのをやめようとしない。さらに途切れ途切れになった声を必死で張り上げて、何とか言葉を繋ごうとする。
「たくさんの……人が、お前を……しん……ぱい、してる。だか……ら……これ以上、無茶は……するな!」
 そう言うと同時に、少年は顔を真っ赤にし、渾身の力で右手を動かすと、拘束しているコードの一本を、自分の首元へと動かした。
「よせ! そんなことをしたら……」
「いいんだ。俺は……お前と……は、戦いたく……」
 そこまで言ったところで、少年の右腕が、だらりと垂れ下がった。

 少女がギリッと音を立てて、強く奥歯を噛み締める。
 次の瞬間。今度は地上から、一陣のつむじ風が巻き起こった。小さな風は、まるで天からの強風に逆らうように、少年の方へと迫っていく。
 やがて、キラリと何かが煌めいて、少年を拘束していたコードが一本残らずすっぱりと断ち切られた。
 風が収まった後には、少年を抱きかかえ、右手にさっきせつなが投げた刃物を握り締めて、赤い瞳を輝かせて立つ少女の姿があった。

「無茶はお前だ」
 少女が腕の中の少年に、そっと囁く。そして、泣きそうな顔で駆けてきたラブに、静かな声で言った。
「安心して。気を失っているだけ」
 少女の言葉に、ラブがホッと小さく息を付く。その時ようやく駆け付けたせつなが、少女と一緒に少年の身体を支えた。そして三人で少年を避難させようとしたその時、天の高みから、再び冷ややかな声が響いて来た。

「随分と不幸のエネルギーを無駄にしてくれたようだな。お前は私の忠実な僕ではなかったのか」
 メビウスが、相変わらず何の感情も読み取れない淡々とした口調で語りかける。少女はせつなとラブに少年を預けると、メビウスの方に歩み寄り、その顔を見つめ返して、あろうことか――ふん、と鼻で笑った。

「あなたが下らないと切り捨てた、“想い”の力です」
「何だと?」
 僅かに怪訝そうなメビウスの顔から目をそらし、少女がラブと、気を失っている少年の顔を交互に見つめる。

 “想い”の力が、普段からは信じられないような力で私を守ってくれた。
 “想い”の力が、メビウスの管理にすら抵抗して、私に大切なことを伝えてくれた。
 少女がグッと両手の拳を握り締め、絶対者を赤々と輝く瞳で見上げる。

「確かにこんな無茶苦茶なこと、普通じゃないかもしれない。が、私にとっては大切なもの。それが……やっと分かった」
「ふん、戯言を……」
「戯言を言っているのは、あなただ!」
 一言で切り捨てようとしたメビウスが、少女の言葉に、初めて驚いたように目を見開く。その大きな瞳に向かって、少女が凛とした声を張り上げる。

「私に、イースとしてお役に立てと言って下さったのは、メビウス様だ。E棟の高い塀の中で、悲しみも争いも不幸も無い世界――素晴らしい外の世界を、思い描かせて下さったのも、メビウス様だ」
「……」
 少女の拳が、ブルブルと小さく震える。赤い瞳の中の炎が、より赤く、より大きく、より激しく燃え盛る。
「私のこの“想い”は、メビウス様によって育てられた大切なもの。たったひとつ、私が持っていたものだ。それを……愚弄するなぁっ!!」
 魂から振り絞るような叫びと共に、少女の身体は、弾丸のように空を目がけて飛んだ。

342一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:31:24
「……身の程知らずがぁっ!」
 数秒の沈黙の後、メビウスもまた雷のような雄叫びを上げる。
 ゲージに向かって飛び出した少女目がけて吹き付ける強風。が、彼女はそれを読んでいた。
 風に逆らわずにその空気の動きに乗るようにして、空に張り巡らされたコードの一本を掴む。そこからさらに風に乗ってより高く舞い上がり、手当たり次第にコードを切り落としていく。それは、さっきせつなが見せた動きと、そっくりの動きだった。
 だが、やがて少女はハァハァと荒い息を付き始めた。ほんの数時間前までナキサケーベに蝕まれていた身体は、まだ癒えていないのだ。
「ええい、ちょこまかと。これでとどめだ!」
 メビウスの声と共に、ひときわ強い風が襲い掛かる。それをまともに食らって吹き飛ばされた少女が、瓦礫の上に叩きつけられようとした、その時。
 白く細い腕が、しっかりとその身体を抱き留めた。

「あなたは……凄いわ」
 少女をそっと下ろしながらせつなが囁く。

(私はあの頃、この世界のあるべき姿なんて……自分が見たい景色なんて、考えたことも無かった……)

 幼い頃から教え込まれ、叩き込まれたただひとつの答え。心から崇拝し、ひたすらにお役に立ちたいと願っていた、唯一無二の存在。
 でも、自分はその輪郭を描いてみたことなど無かった。ただメビウスが素晴らしい存在だと思い込んでいただけで、外の世界がどう素晴らしいのかなんて、考えて見たこともなかった。
 もしかしたら、少女もかつてはそうだったのかもしれない。突然世界の秩序が崩れ、以前ならば信じられないような有様を幾度も目の当たりにすることで、自分が崇拝するメビウスの姿が、そのあるべき世界が、彼女の中に姿を、形を持ったのかもしれない。
 だとしても――。

(そんな形を、もしあの時の私が持っていたとしたら……もう少し、メビウス様と分かり合うことが出来たのかしら)

「ふん、何を言う」
 せつなの言葉に、少女が少し赤い顔でそっぽを向いてから、何とかもう一度立ち上がろうとする。
「無茶をするな。ここは俺たちに任せろ。お前はアイツに付いていてやれ」
 そう言ってその肩を押さえたのは、ウエスターの分厚い掌だった。その隣には、腕組みをしてこちらを眺めているサウラーの姿もある。どうやら二人は警察組織の連中を全員眠らせて、ここに集結したらしい。
「まだもう少し、先は長いよ。君に協力してほしいことも、これから出て来るからね」
 サウラーがいつもの皮肉めいた口調でそう言ってから、ふん、と口の端を斜めに上げる。その顔を見て、せつなが僅かに瞳をきらめかせた。
「何か策があるの? サウラー」
「まだ何とも言えないが……少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある」
 真顔になったサウラーに、せつなとウエスターが頷く。
「お願い。あたしも一緒に、ここに居させて」
 最後にラブが少女の手を握り、真剣な眼差しでその顔を見つめた。

 少女は、まるで怒っているように顔をしかめて、自分を取り囲む四人の顔を見回した。そして少し呆れたような表情になって、ハァっとわざとらしいため息をつく。
「言っておくが、仲間になったつもりは無いからな」
 そう言い捨てて、彼女はずっと握りしめていた刃物を、そっとせつなに手渡した。

 中空に跳び上がったせつなとウエスターが、再び次々にコードを破壊する。そこにサウラーの姿は無い。だが、メビウスはそれを気にする様子も、特に慌てる様子も無く、眼下の様子をぐるりと見渡した。
「そろそろ管理したデータと私自身を、“器”に移す時が来たようだ。その前に、裏切り者たちを始末しなければ」
 まるで地に響くような、不気味な呟き。やがて、その射るような眼差しがあるものを捉え、その引き結ばれた唇が、小さくほくそ笑んだ。

〜終〜

343一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:32:34
以上です。どうもありがとうございました!
次は、競作の前に投下出来たらいいなぁ……(願望かよっ)
頑張ります!

344Mitchell&Carroll:2018/04/08(日) 01:19:05
お久しぶりです。
キラプリで、ひまりの家族が描かれていないのをいい事に、勝手に書き上げました。
アイカツとのコラボです。よろしゅう。

345Mitchell&Carroll:2018/04/08(日) 01:20:41
『ぽわぽわ』


おとめ「う〜ん!このプリン、らぶゆ〜なのです〜♡」

ひまり「ほんと?お姉ちゃん」

おとめ「おとめの知らないあいだに、ひまりがこぉ〜んなに
    スイーツ作りが上手になってたなんて、ビックリなのです!」

ひまり「えへへ……いちかちゃんにあおいちゃん、ゆかりさんにあきらさん、
    それにシエルさんに、あと……」

おとめ「ひまりにそんなにいっぱいお友達が!うぅ〜」

ひまり「な、泣かないで、お姉ちゃん!」

おとめ「泣いたらおなか減ったのです!プリン、おかわりなのですぅ〜!」

ひまり「ちょっと待っててっ……」

おとめ「――へぇ〜、そうやってデコレーションするのですか〜」

ひまり「ホイップクリームとチョコレートで、リスのしっぽに見立ててるの」

おとめ「よぉ〜し!おとめが更に美味しくなるオマジナイをかけちゃうのです!
    手でハートマークを作ってぇ〜」

ひまり「………?」

おとめ「らぶ・ゆ〜〜!!ほら、ひまりも」

ひまり「ら、らぶゆぅ〜〜っ」

おとめ「もっともっと!愛が足りないのです!らぶ・ゆ〜〜〜!!」

ひまり「らぶゆ〜〜〜!!!」

おとめ「お店で作る時も、今みたいにするのですよ」

ひまり「そ、それはちょっと……」

おとめ「さあ、これでプリンが更に美味しくなったのです!ひまり、あ〜ん」

ひまり「あ〜ん、モグモグ……言われてみれば、たしかに……」

おとめ「ひまりったら、頬っぺにクリームが付いているのです。おとめが取ってあげるのです」

ひまり「うぅ、くすぐったいよ〜、お姉ちゃん……」


おしまい

346名無しさん:2018/04/08(日) 06:38:16
>>345
ミシェルさん、お帰りなさーい。
そういえばこっちにも有栖川嬢が……!
気が付かなかった。
ひまりはお姉ちゃんのペースに持っていかれそうだけど、
語りだしたら強そうなw

347運営:2018/04/12(木) 20:35:12
こんばんは、運営です。
競作スレを過去スレに移しました。
たくさんの投下と書き込み、本当にありがとうございました!!
なお、競作スレで途中まで投下されているSSは、こちらのスレに投下をお願い致します。
勿論、競作作品として保管させて頂きます。

348Mitchell&Carroll:2018/04/13(金) 22:47:16
ドキプリ、マナレジのしょうもないやーつ。
よろしくお願いします。


『レジーナの日記 〜June〜』

6月○日
今日はマナの家に泊まりました。
マナのパパのオムライスを食べた後、マナと一緒にお風呂
に入りました。マナはバスルームの前であたしをハグして、
そのあと優しく服を脱がせてくれました。ちょうど良いお
湯加減のシャワーであたしの体を丁寧に洗ってくれたんだ
けど、マナったら女の子の大事な部分であたしの腕を洗っ
たりなんかして、変なの、って思いました。そのあと湯船
に浸かって、そのあいだマナは、なんかビニールのいかだ
みたいなのを出してきて、「こちらにどうぞ。滑りやすい
から、足元、気をつけてね」とか何とか。言われるがまま
いかだにうつ伏せになりました。そしたらマナは、なんか
ヌルヌルの液を付けて、体をいっぱい密着させてきました。
マナの乳首が背中に当たったかと思いきや、どうやら舌で
もあたしの背中を舐めてるみたい。「どうしてそんなこと
するの?」って訊いたら、「サービスサービス!」ってマ
ナは言ってました。今度は仰向けになって、また体をいっ
ぱい密着させてきました。マナのお尻が目の前に来て、恥
ずかしくないの?お尻の穴とか丸見えだよ?って思いまし
た。で、そのヌルヌルしたのを洗い流して、体を丁寧に拭
いてくれたあと、「じゃあ、ベッドのほうへ行こうか」っ
てなって、いっぱいお話しして、そのあとの事は……よく
覚えてないや。おしまい。

349名無しさん:2018/04/14(土) 00:18:07
>>348
ホントしょーもないw
マナがね

350Mitchell&Carroll:2018/04/24(火) 01:14:45
『無題』

ああ、今日は空が青いわ。
昨日の夜、「どうか明日は晴れますように」って、お祈りした甲斐があったのね、きっと。
さんざん降った雨のおかげで、庭の木は見事に緑色だし。
それに、先輩から貰った、この真っ赤な薔薇。
うっかり、棘に触って指を怪我しちゃったこともあったけど。
「口を開けば、ラブ、ラブって――あんた、他に友達いないの?」ですって?
ホント、いじわるな先輩ね。
さっきの雲が、もうあんな所に……。
あら?あれって虹かしら?
ラブったら、いつまで寝てるのよ。
早く起きないと消えちゃうわよ。……また今度ね。
シフォンがお腹を空かせてる。
今度こそラブが起きたわ。

351名無しさん:2018/04/24(火) 18:49:40
>>350
何でもない独白なのに、なんか情緒ありますね。
先輩、そりゃ相手が悪いわw

352一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:05:35
こんにちは。
競作で書きたいと思っていたキラプリ最終回記念SS、ようやく書けました。
長くなったので、前後編にさせて頂きます。後編は連休明けくらいに投下します。
タイトルは、「キラパティの節分」。5〜6レス使わせて頂きます。

353一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:06:12
「ねえ、いちか。“節分”って何?」
「えっ?」
 キッチンから追加のケーキを運んできたシエルが、興味津々といった様子で問いかけた。お持ち帰りのスイーツを箱に詰めていたいちかは、それを聞いて一瞬、その手を止める。
 二人が居るのは、キラパティことキラキラパティスリーのカウンター。今日はシエル・ドゥ・レーヴの定休日なので、シエルもこちらで腕を振るっている。
 エリシオとの決戦から、あと少しでひと月になる。いちご坂の街は、何事も無かったかのように平穏な日常を取り戻し、キラパティには今日も賑やかで忙しい時間が流れていた。

「昨日、お店に来たお客さんが話していたの。それを聞いて、これは日本の伝統的な行事に違いない、って思って。ねえ、もうすぐなんでしょ?」
「うん。二月三日だから……あ、今度の週末だね」
「わぁお! どんなイベントなの?」
「ああ、それはねぇ……」
 いつもの明るい口調でそう言いかけたものの、いちかの言葉はそこでちょっと途切れた。視線が僅かに泳いで、シエルから逸れる。それに気付いて怪訝そうに首を傾げたシエルに答えたのは、いちかではなく、彼女が詰めるスイーツを待っている、幼い兄弟だった。

「おねえちゃん、知らないの? 節分はね、みんなで豆まきをする日なんだよ」
「鬼はぁ外! 福はぁ内! ってかけ声をかけてさ」
「そうやって、悪い鬼を追い出すんだ」

「あ……へぇ、そうなんだ」
 シエルが子供たちの勢いに圧されて、少々引きつりながら答える。そしていちかの方にチラリと目をやり、小さく微笑んだ。その顔にはほんの少し、すまなそうな表情が浮かんでいる。

(悪い鬼を追い出す日、か……)

 そう聞けば、いちかのさっきの様子にも頷ける。何でもないフリをしながら、きっとシエルにどう説明しようか、あれこれ考えていたのだろう。弟のピカリオと、今は家族として一緒に暮らしているビブリーは、かつては“悪い鬼”よろしく、闇の僕としてこの街の人々に酷いことをしてきたのだから。

(ありがとう、いちか)

 心の中でそっと語りかけてから、シエルは気持ちを切り替えるように、子供たちに向かってもう一度にっこりと笑って見せた。
「メルシィ。教えてくれて、ありがとう」
「はい、お待たせしました〜!」
 いちかもシエルの隣から、元気な声と一緒にスイーツの箱を差し出した。
 途端に兄弟の顔が、揃って嬉しそうにキラキラと輝く。すると、満面の笑みで箱を受け取った弟の方が、もう一度シエルの顔を見上げた。

「あとね、節分には“恵方巻”っていうのを食べるんだ。昨日、ママとシュークリームを買いに行ったんだけど、そこのお店では、節分の日限定の“恵方シューロールケーキ”っていうのがあるんだって!」
「ねえ、キラパティでは節分スイーツ、何か作らないの?」
「う〜ん……ごめんね。それは、まだ考えてなくて……」
 再び身を乗り出す兄弟に、いちかが困ったように口ごもる。なぁんだ、とさして気にしていない口調で呟いてから、兄弟は笑顔のままでカウンターを後にした。

「ありがとうございました〜!」
 明るい声でそう言いながら頭を下げたいちかが、打って変わった低い声で、ごく小さな呟きを漏らす。
「どうして“鬼は外”なんだろう……」
「いちか? 何か言った?」
 シエルが不思議そうに問いかけた、その時。
「こんにちは〜! あ、いちか、シエルさん」
 店の入り口から、聞き慣れた声がした。やって来たのは、いちかとシエルのクラスメイトである、神楽坂りさ。カウンターに近付くと、彼女は声を潜めてこう囁いた。
「ねえ、キラパティのスイーツは大丈夫? なんかさ、ヘンな噂を耳にしたんだけど……」


   ☆

354一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:06:56
「ええっ!? いちご坂から、またスイーツが消えたぁ!?」
「また、キラキラルが奪われたんですか?」
 大声を上げるあおいの隣で、ひまりが眉毛をカタッと下げて、消え入りそうな声で問いかける。
 『準備中』の札が下がった、閉店後のキラパティの店内。ここに居るのはいちかたち六人と、長老とペコリン、それにシエルに呼ばれてやって来た、リオとビブリーだ。

「りさの話だと、今度はスイーツが石みたいになるんじゃなくて、影も形もなくなってるんだって」
「アンポルテ……えっと、お持ち帰り用のスイーツが、ちょっと目を離した隙に箱ごと消えたっていう店が大半らしいの。だけど、中にはショーケースの一段分が空になったっていう店もあって……」
「それって、単に万引きに遭っただけなんじゃないの?」
 説明するいちかとシエルから、少し離れたところに立っているゆかりが、事もなげな調子で口を開く。それを聞いて、今度はあきらがゆっくりと首を横に振った。
「いや、気になることは他にもあるんだ。今日、お客さんたちが話していたんだけど、小さな鬼のような不思議な生き物を見た、って言っている人が何人も居てね」
「鬼……?」
「ああ。その姿形がどうも、グレイブの部下の、あのネンドモンスターみたいなんだ」

 あきらの言葉に、あおいとひまりが再び「えっ!?」と声を上げ、ゆかりはじっと考え込む。
 グレイブの部下のネンドモンスターたちは、ジュリオやビブリー、それにガミーの仲間の妖精たちと違って、いちご坂の人たちにはほとんど目撃されていない。だが、今日耳にした数々の“鬼”たちの情報は、彼らの特徴をはっきりと捉えたものばかりだった、とあきらは言った。

「グレイブ、またキラキラルを狙ってるペコ?」
「そんなはずはないジャバ!」
 不安そうなペコリンをなだめるように、長老が両手を振り回して叫ぶ。だがその言葉が終わらないうちに、ビブリーがあさっての方を向いたまま、相変わらずぶっきら棒な調子で言った。
「いや、十中八九ヤツらの仕業でしょうね。アイツら頭悪いから、まだグレイブのためにキラキラルを集めなきゃ、なぁんて思ってるんじゃないの?」
「そうだな。ヤツら自身は、キラキラルを奪う力は持っていないはずだ。だからスイーツをそのまま持って行くしかなかったのかもしれないな」
 リオも珍しく、ビブリーに同意する。そんなリオに、シエルとあきらが心配そうに詰め寄った。

「だけど、ピカリオ。グレイブだって今はノワールのしもべじゃないんだし、もうキラキラルを奪ったりはしないんじゃない?」
「それに、もしまたキラキラルを集めているのなら、もっと早く騒ぎになっていたはずだよね」
「それは……俺にも分からないけど」
 リオがそう口ごもって目を伏せる。するとゆかりが顔を上げて、何てことない調子で言った。
「だったら、直接聞いてみればいいんじゃない?」

「な、何ですとぉ!? 直接聞くって、どうやって……」
 慌てふためくいちかに、ゆかりが僅かに口元を緩める。
「今度の週末、ちょうど節分じゃない? いちご坂のスイーツショップが、一か所に集まってイベントをやれば……」
「そうか! それならきっと、あいつらはそこに現れるね」
 あおいがポン、と手を打って叫ぶ。だがそれを皆まで聞かず、いちかは激しくかぶりを振った。

「節分イベントなんて、今からじゃ無理ですよ!」
「あら、どうして?」
「だって急すぎて、出店してくれるお店も集まらないだろうし……」
「私とゆかりが、手分けして商店街を回るよ。事情を話せば、みんな分かってくれると思う」
「……そうだ、場所は? イベントの場所はどうするんですかっ?」
「今度の週末なら、野外ステージのある広場が空いてるよ。あたし、あそこのスケジュールはいつもチェックしてるんだ」
「あおちゃん……で、でも、お客さんだって、そんな急には……」
「いちか」
 ゆかりがいつになく厳しい声で呼びかけると、すっといちかの目の前に顔を近づけた。

「らしくないわね」
「……えっ?」
「そりゃあ、絶対に賛成しろなんて言わないけど……いつものあなたなら、もう少し考えてくれるんじゃない?」
「そ、それは……」
 まるで獲物を狙う猫のような目で見つめられて、いちかのこめかみから、タラリと汗が流れる。と、その時、ほっそりとした白い腕が、二人の間に割って入った。

355一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:07:27
「ゆかり。あんまりいちかを責めないで」
「シエル……」
 ゆかりが驚いたように闖入者の顔を見つめる。シエルはフッと表情を和らげると、驚いたようにこちらを見つめている仲間たちに視線を移した。
「昼間、スイーツを買いに来てくれた男の子が教えてくれたの。節分って、悪い鬼を追い出すイベントなんでしょう?」
「そうペコ……?」
 押し黙るリオとビブリーの隣で、ペコリンが不安そうに長老の顔を見上げる。
「だから、いちかはわたしたちのことを思って……」
「それは違うよ、シエル」

 さっきとは違う穏やかな声が、シエルの言葉を遮った。いちかが微笑を浮かべながら、今度はゆっくりとかぶりを振る。
「リオ君やビブリーは大丈夫だよ。もうこの街の仲間だもん」
「ペコ〜!」
 それを聞いて安心したのか、ペコリンの耳がぼうっと明るいピンク色に染まる。愛し気にその様子を見つめてから、いちかは地面に視線を落として、いつもより低い声で言った。
「でも……今日あの子たちに、キラパティで節分スイーツ作らないのか、って聞かれたでしょ? わたし、それ……作れる気がしないんだ」

――本当にバラバラの生き物が繋がる世界を作れると言うのなら、見てみたいものです。

 エリシオの言葉を思い出す。彼が初めて見せた静かな微笑みと共に、もう何度も何度もいちかの脳裏に蘇っている言葉だ。
 あの時キュアホイップは――いちかは、「任せて」とはっきりと答えた。その瞬間から、エリシオの言葉はいちかの中で、大切な約束になった。
 でも、節分の“鬼は外”という言葉は、その約束とはかけ離れたところにあるように思える。大昔から続いて来た、この国の伝統行事。いちか自身も、物心つく前から慣れ親しんできた行事だというのに……。

「……ごめんね。でも、このままにはしておけない、もっと多くのスイーツが消える前に何とかしなくちゃ、っていうのは分かってる。新作スイーツも、もう少し考えてみるよ」
 辺りがしんと静まり返ったのに気付いて、顔を上げたいちかは仲間たちを見回すと、少し寂しそうに笑った。


   ☆


 その夜。差し向かいで夕食を取っていた父の源一郎が、お茶をすすりながらこう言った。
「いちか。長い間早起きさせたが、寒稽古は今度の週末までだからな。来週からは、父の朝食を食べさせてやるぞ」
 源一郎は道場を構える武道家だ。冬場の寒稽古の期間は朝が早いので、その間はいちかがずっと朝食当番を務めるのが、宇佐美家では当たり前のことになっている。
 母のさとみが海外に赴任して、父一人子一人の生活になってもうすぐ二年。源一郎もいちかも、もうすっかり今の生活に馴染んでいた。

「そっか。まだ寒いのに、もう立春なんだね」
「ああ、暦の上のことだからな。寒稽古の最後の日は、節分だ。そろそろ豆まき用の豆を買って、道場の神棚にお供えしておかんとな」
「え……豆を、神棚に?」
「なんだ、知らんのか」
 ご飯を頬張りながら不思議そうに聞き返すいちかに、源一郎が、オホン、とわざとらしく咳払いをする。

「節分の豆は、邪気を祓うものだ。邪気とは、病気や災いをもたらす悪い“気”だな。家長が豆をまいて邪気を祓い、一家の幸せを願うのが、節分だ」
「そう言えば、うちではわたしが小さい頃も、お父さんが鬼のお面をかぶったりしなかったね」
「家長だからな。今は色々なやり方があるが、うちでは昔から、そうしている」
 そう言って、源一郎は得意そうにニヤリと笑った。

「誰が豆をまこうが、大事なのは皆の幸せを願う想いだ。昔の人は、「魔(ま)」を「滅(め)」っすると言って、その想いを豆に込めた。それを食べることで身を清め、「福」を願った。神棚に供えるのも、その想いからだな」
「お父さん、詳しいんだね」
「武道家の父をナメるなよ? 先人の志を尊び、己の魂に引き継ぐ。武道家の心得だ」
 重々しく言い放った源一郎が、箸を持ったままの右手の親指を、グイっと立ててみせる。そんな父に、もうっ! と口を尖らせてから、いちかはつやつやとしたご飯粒の表面を、じっと見つめた。

356一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:08:00
 目の裏に、暗く悲しい闇に染まったキラキラルが、また元の色とりどりの輝きを取り戻す、その瞬間の光景が蘇った。プリキュアとしてキラキラルを守ってきた日々の中で、何度も目にした光景だ。
 病気や怪我に、事故や事件。心が闇に染まってしまうような出来事は、この世の中にたくさんある。そんな悲しい出来事が、少しでも遠ざかってくれますように――節分に込められたその想いは、やっぱりキラキラしていて、スイーツに込めた想いと繋がっているように思えて――。

「そっか。節分の豆って、キラキラルとおんなじなんだ」
「キラキラ……って何だ?」
「ううん、何でもない。ご馳走様!」
 怪訝そうな父の視線から逃げるように、いちかはそそくさと夕食を食べ終えると、二人分の食器を持って立ち上がった。
「あ、お父さん。節分の日、わたしキラパティのイベントで遅くなるかもしれないから」
 弾むような声でそう言いながら、台所に向かういちかの背中に、源一郎の声が飛ぶ。
「えーっ!? じゃあ、豆まきはっ?」
「遅い時間からでもいいでしょう? それに、まくのはわたしじゃなくて家長だって、今言ってたじゃん」
「いや、それはそうだが……そんなに遅くなるのか? 何のイベントだ?」
 心配そうな父を尻目に、いちかが水道の蛇口を思い切りひねる。そして鼻歌を歌いながら、洗い物を始めた。


   ☆


「まず、ボールに粉を入れて、水を少しずつ足しながら、ダマにならないように混ぜて下さい」
「ダマがないドロッとした状態になったら、残りの水と砂糖を加えます」
「混ぜ終わったら、笊で濾しながら鍋に入れて、強火にかけ、鍋底から起こすように混ぜて下さい」
 スイーツノートの最新のページと調理台の上とを交互に確認しながら、ひまりが指示を出していく。木べらを手に、鍋底を力強くかき混ぜているのはあおいだ。その隣のコンロでは、いちかがあおいの鍋にチラチラと目をやりながら、丁寧に大豆を炒っている。調理台では、ゆかりとあきらが次の材料の準備に余念がない。
 キラパティは、節分スイーツの試作品づくりの真っ最中だった。



 今日、集まった仲間たちを前にして、いちかが「ごめんなさい!」と勢いよく頭を下げたのだ。
「やっぱりやりましょう、節分イベント。わたし、新作スイーツ作りたいです」
「そう。いいの?」
 いつものように事もなげな調子で尋ねるゆかりの瞳が、心配そうに揺らいでいる。それを見つめ返して、いちかは力強く頷いた。
「節分に込められた想いが、キラキラルに込められた想いと同じなんだな、って分かったから。だから……せっかくだから、わたしたちらしい節分をやりたくて」
「わたしたちらしいって、どういうこと?」

 突然、まだ『準備中』の札が下がっているはずの店のドアが、バタンと開いた。外光をバックに、右手を腰に当てた人物のシルエットが浮かび上がる。
「シエル! どうしたの? お店は?」
「今日は早仕舞い。気になって、来ちゃった」
 パチリと片目をつぶって見せてから、シエルがいちかに歩み寄る。
「それで、わたしたちらしい節分って、どんなの?」
「鬼はぁ外〜、じゃなくて、鬼さんもみんな一緒にわーって楽しめるような、そんな節分、やりたいんだ」
 いちかの声に、店の中が一瞬、しーんと静まり返る。そしてゆっくりと、全員の顔が明るくなった――。



「生地が重くなって来たら、火からおろして、氷水で冷やします。そして一口サイズに千切っていきます」
 作っているのは、わらび餅。透明なものの他に、抹茶を混ぜたものとオレンジジュースを混ぜたものの三色を作る手はずになっている。いちかが炒っている大豆は、この後ミルで粉にして、手作りのきな粉を作る予定だった。

 千切ったわらび餅に出来たてのきな粉をまぶしながら、あおいがニッと悪戯っぽく笑う。
「みんな一緒にわーって楽しめる節分、か。じゃあ、鬼も〜内〜! って感じ?」
「そうですね。昔ながらの節分とは違うけど、わたしたちらしくていいと思います」
「いや、別に違ってるわけじゃないと思うよ」
 弾んだ声で賛同したひまりが、あきらの言葉に、え? と動きを止めた。

357一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:08:43
「豆まきで追い出すのは、本当は鬼じゃない。いちかちゃんには、それが分かったんじゃない?」
「はい。邪気を追い出すんだ、ってお父さんが教えてくれました。病気や災害を起こすって言われてる、目に見えない悪いもの。それを追い出して、みんなが幸せに暮らせますようにって願うのが、節分の豆まきなんだ、って」
「そうだね」
「でも……それでもやっぱり“鬼は外”、なんですね」
 少し寂しそうに呟くいちかに、あきらが小さく笑いかける。

「私は、おばあちゃんにこう聞いたんだ」
 そう口を開いたあきらの瞳は、優しい光を帯びていた。入院している妹のみくの姿を思い浮かべているような口調で、ゆっくりと語り始める。
「邪気は、目に見えないでしょう? でも目に見えないものを、小さな子に説明したりするのは、ちょっと難しいよね。だから、誰かに鬼の役をやってもらって、豆まきをやりやすくしているんだって。逃げたふりをした鬼役の人につられて、邪気が逃げていくようにね」
「へえ。じゃあ節分には、鬼も一役買ってるっていうわけね?」
「そうなんだ……。それって、なんか嬉しい!」
 少し頬を染めて微笑むシエルの顔を、ほんの一瞬見つめてから、いちかがテンション高く叫ぶ。

 不意に、白、緑、オレンジのキラキラと光る小さな塊が、鬼たちに手招きされて、辺りをほんのりと照らしながら行進していく景色が頭に浮かんだ。
 塊は少しずつ大きくなり、次第に三色に彩られた、美しい扇のような姿になって……。

「あーっ! キラッとひらめいた!」
 いちかはもう一度高らかに叫んで、ピョン、とその場で嬉しそうに飛び跳ねた。

〜続く〜

358一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:09:22
以上です。ありがとうございました!

359名無しさん:2018/05/01(火) 00:14:45
>>358
ヒジョーに続きが気になる感じで
後半が楽しみだす

360一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:40:01
こんばんは。
キラプリ最終回記念SS「キラパティの節分」、後編を投下させて頂きます。
5、6レス使わせて頂きます。

361一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:41:08
 抜けるような青空が、いちご坂の上に広がる。二月三日、節分の日。空気はキンと冷えているものの、絶好のイベント日和となった。
 野外ステージのある広場には、まるでスイーツ・フェスティバルの会場がそのまま引っ越してきたかのように、小さなテントがひしめき合って甘い匂いを漂わせている。ゆかりとあきらが中心になって、いちご坂じゅうの店一軒一軒に、このイベントへの参加を頼んで回った成果だ。
 ステージの上では、バンド仲間たちの演奏に乗せて、あおいが力強い歌声を響かせている。これはイベントを盛り上げると共に、ステージの上からならネンドモンスターを見つけやすいかも、というあおいが考えた作戦だった。

「うわぁ、キラキラしてて、すっごくきれい!」
 キラパティにやって来た子供たちが目を輝かせる。
 白、緑、そしてオレンジ。出来上がった新作スイーツは、三色のキラキラした羽を持つ、孔雀の形のわらび餅だ。胴体の部分は餡子をベースにした練り切りで出来ていて、羽には自家製きな粉がたっぷりとまぶしてある。
「キラキラルもいっぱいペコ」
 今日は人間の姿になってお手伝いをしているペコリンが、嬉しそうに呟いた。

「う〜ん、美味しいっ!」
 ステージの前に並べられたパイプ椅子に座って舌鼓を打っているお客さんの中から、時折そんな歓声が上がる。
 キラパティの他にも、工夫を凝らしたスイーツの恵方巻や、炒り豆をカラフルにコーティングした小さなお菓子など、様々なスイーツがイベントを彩っていた。

 ひまりとペコリンと一緒にテントに立ったいちかは、満面の笑みで、両手をブンブンと振って叫んだ。
「う〜ん、やっぱりこういうイベントって、楽しいっ!」
「はい! あ、でもいちかちゃん。周りをよく見ていないと、モンスターがいつ現れるか分かりませんよ」
「あ……そうだった」
 ひまりに小声で注意されて、いちかが慌ててキョロキョロと辺りを見回す。そしてある一角に目を向けると、ん? と首を傾げた。

 そこに居るのは、スイーツの箱を抱えたお父さんと、お母さん。そして男の子と女の子の、一家揃ってやって来たらしい四人連れ。それだけ見れば、おかしなところはどこにも無いのだが……。

「ねえ、ひまりん。あのスイーツの箱、すっごく大きくない? どこのお店のだろう」
「え、どれですか?」
「ほら、あそこの四人家族のお父さんが持ってるヤツ」
 いちかにそう言われて、今度はひまりが彼らに注目する。
「そうですね……。でも、あれって箱が大きいんじゃなくて……」
 ひまりがそう言いかけた時。
「あれ……? あたしのスイーツは?」
「え? さっきそこに置きましたが」
 キラパティの斜め向かいのテントがにわかに騒がしくなった。それと同時に、注目の四人がそそくさと会場を去ろうとする。
 その拍子に、男の子が転んだ。ポロリと落ちた野球帽の下から現れたのは、ぴょこんと横向きに生えた、紫色の二本の角――。

「いましたーっ!!」
 滅多に聞けないひまりの大声が辺りに響く。
「ネン!」
「ネン!」
 正体がバレたことに気付いたネンドモンスターたちが、慌ててその場から逃げ去ろうとする。
 だが次の瞬間、すぐ近くで呼び込みをしていたあきらとゆかりの手から、彼らの顔を目がけてチラシの束が放たれた。ステージ上のあおいがそれに気付き、予定にはない派手なシャウトを、空に向かって高らかに響かせる。

「ネ、ネン!」
「ネン!」
「ネーン!」
 音に共鳴してビリビリと震える紙が顔に貼り付き、慌てふためくネンドモンスターたち。何とか引き剥がそうと暴れたはずみに、スイーツの箱がお父さんモンスターの手を離れた。

「うわぁぁっ!」
 宙を舞う箱を、いちかが見事ダイビングキャッチ。その勢いのまま、まだ事態に気付かずスイーツを探しているお客さんの足元に滑り込むと、手の中の箱を頭上に掲げるように差し出した。
「お……お待たせしました……!」

362一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:41:42
 ステージ裏にある、出演者の控室。イベント会場からは見えないこの場所に、スイーツ消失事件に関わった店の人たちが集まっていた。その真ん中には、大勢の人間たちに囲まれて、すっかりしょげ返ったネンドモンスターたちの姿がある。

「スイーツがなくなったのは、やっぱりあなたたちの仕業だったのね?」
「ネン……」
「スイーツを、どうするつもりだったんだい?」
「ネン……」
 ゆかりとあきらの質問に、ただうなだれるネンドモンスターたち。だが。
「もしかして、またキラキラルを狙ったのか? グレイブに命令されて」
「ネネン! ネネネン!」
 リオがそう問い詰めると、四人全員が激しく首を横に振った。

「そんなわけ、ないよね? でも、それならどうして……」
「シエル」
 詰め寄ろうとするシエルを、いちかが目顔で止める。そして笑顔でネンドモンスターの前に進み出ると、腰をかがめて彼らと目線を合わせた。

「ねえ。持って帰ったスイーツは、どうしたの? みんなで食べたの?」
「ネネン」
「食べてないんだ……。じゃあ、グレイブにあげたの?」
「ネン……」
 ネンドモンスターたちが、さっきより一層しょんぼりとうなだれる。その様子を見つめて、そっか……と呟いてから、いちかはゆっくりと、噛んで含めるように言った。

「あのね。スイーツは、食べてくれる人のことを思って、想いを込めて作られたものなの」
「ネン……」
「だから、人のスイーツを黙って持って行くのは、いけないことなんだよ?」
「ネン……」
 観念したように頷く彼らにニコリと微笑んでから、いちかが右手を高々と挙げる。
「よし、じゃあ今日は……レッツ・ラ・お手伝い!」

「ネン?」
「え?」
「ええっ!?」
 顔を見合わせるネンドモンスターと、驚きの声を上げるキラパティの面々。その周りで、スイーツショップの店主たちがポカンと口を開ける。
「……それで、許してあげて下さい。どうかお願いします!」
 いちかは店主たちの方にくるりと向き直ると、そう言って深々と頭を下げた。それを見て、仲間たちの表情が、フッとほどける。
 あきらとゆかりが、ひまりとあおいが、シエルとリオが、そして渋々ながらビブリーが、いちかに続いて頭を下げる。最後にペコリンが、ペコ! と地面に付きそうな勢いで頭を下げると、店主たちは顔を見合わせて、ためらいながらも頷いてみせた。



 午後になって来場者が増え、イベントは更なる盛り上がりを見せた。どの店にも大勢のお客さんが詰めかけて、楽しそうにスイーツを選び、食べ、テイクアウトしている。そんな人々の合間を縫うようにして、小さな黒い影が、休む間もなく会場を動き回っていた。
 会場のゴミを、大きなゴミ袋にまとめる者。それを二人がかりで運ぶ者。食べこぼしで汚れたパイプ椅子を、手際よく拭いていく者。
 やがて夕方を待たずに全ての店のスイーツが完売し、イベントは大盛況のうちに幕を下ろした。

「お疲れ様。はい、どうぞ」
 人気のなくなった飲食スペース。さすがに疲れたのか、パイプ椅子に寝転がっていたネンドモンスターたちに、いちかが孔雀わらび餅を差し出す。
「ネ、ネン! ……ネン?」
 慌てて立ち上がった彼らは、目の前にある物を見て、困ったように首を傾げた。
「どうぞ。食べてみて」

「お前ら、スイーツを食べたことなんて無いんだろ」
 不意に、いちかの頭上から声がした。孔雀わらび餅の紙皿を持ったガミーが、中空からこちらを見下ろしている。
 ガミーはパイプ椅子の上に降り立つと、わらび餅を掴んで、大きく口を開けた。
「見てな。こうするんだ」
 そう言ってわらび餅を口に放り込み、モグモグと咀嚼してからゴクリと飲み込む。そしてニンマリと、幸せそうに笑って見せた。
「うめぇ〜! お前たちもやってみろ」
「ネン……」
 ガミーにつられたように、一人のネンドモンスターがわらび餅を掴んで、恐る恐る口に入れた。モグモグと二度三度口を動かした途端、矢印のような二本の角が、ピーンと真っ直ぐに伸びる。
「ネン! ネン! ネン!」
 その場で小躍りを始める仲間を見て、残りのネンドモンスターたちも揃ってスイーツを口に入れる。やがて全員が輪になって踊り始めたのを見て、いちかが嬉しそうに微笑んだ、その時。
「何をやってる」
 いちかの後ろから、ドスの効いた声がした。

363一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:42:21
 ブランド物のスーツに、黄色の派手な開襟シャツ。シャツよりもっと明るい金髪と、筋肉質の浅黒い肌の大柄な男――。
「グレイブ!」
「毎日妙なものを持って帰って来ると思ったら……。お前ら、こんなところで何やってるんだ!」
「ネ……ネン!」

 怯えるネンドモンスターたちの前に、いちかがさっと両手を広げて立ちはだかる。ギロリと鋭い目を向けたグレイブは、いちかの顔を見て、何か酸っぱいものでも食べたような顔つきになった。
「……プリキュアか。お前に用はない。引っ込んでろ」
「いちか!」
 今度はグレイブの後ろの方から、声と同時に複数の足音が聞こえた。キラパティの面々が駆けて来て、いちかの隣に立ち、グレイブと向かい合う。

「なんだお前ら。用はないって言ってんだろ。また俺の邪魔をする気か?」
 不快そうにこちらを睨みつけるグレイブの顔を、いちかも負けじと見つめ返す。
「ねえ、グレイブ。この子たち、あなたに何度もスイーツを届けたんでしょう?」
「ああ、そうだ。俺は食わねえって言ってるのに、毎日毎日」
「それって、スイーツを持って行けば、あなたが喜んでくれると思ったからじゃないかな。きっとあなたに、喜んでほしかったんだよ」
 それを聞いて、グレイブは一瞬あっけにとられた顔をしてから、さも可笑しそうにゲラゲラと笑い出した。

「ハハハ……こりゃあ傑作だぜ!」
「なっ……何が可笑しいんだよっ!」
 あおいがムッとした様子で食ってかかる。
「だってそうだろ。俺がスイーツをもらって喜ぶだと? じゃあ何か? お前らは俺に、またキラキラルを奪えとでも言うのか」
「いや、そういうことじゃなくてさぁ……」
 もどかしそうに言葉を探すいちかを、へん、とせせら笑ってから、グレイブは再びそこに居る全員を鋭い目で見回した。
「俺はもうノワールの部下じゃねえ。昔のように、また弱い奴らを片っ端から蹴落としてのし上がろうとしている真っ最中だ。なのに、あんな甘ったるいモン毎日持って来られて、喜ぶわけねえだろ!」
「ネ……ネン……」

 縮み上がるネンドモンスターたちに、グレイブが目を向ける。
「おい、お前ら! お前らがスイーツを奪った店、残らず俺に教えろ」
「何をする気!?」
 今度はゆかりがグレイブを問いただす。
「俺様は悪党。コソ泥じゃねえ。こんなチンケな真似、俺様の仕業にされてたまるか。金を払やぁ文句は無いんだろう? ふん、こんなヤツらに盗みに入られるような店、俺様が潰そうと思えばいつだって……」
 グレイブがそう言いかけた時、再び彼の後ろから、さっきより多くの足音が近づいてきた。

 後ろを振り向いたグレイブが、驚いたように目を見開く。
 彼を取り囲む、人、人、人。皆、イベントに出店していたスイーツショップの人たちだ。そのあまりの人数に、ほんの一瞬、気圧されたような顔をしたグレイブが、ぐいっと背筋を伸ばした。

 視線には、圧力がある――それはかつて、街中の人々から敵意に満ちた眼差しを向けられた時に思い知った。
 そういう時は、圧力にもビクともしないように身構えて、こちらがより強い圧力を発すれば、恐れることは無い。

 そっくり返りそうなほどに胸を張り、人々の顔を見下すように、眼光鋭くねめつける。彼のいつものスタイルだ。
 そうしながら、グレイブが密かにグッと奥歯を噛み締めた、その時。人々の真ん中に立っていた“シュガー”の店主が、彼の前に進み出た。

「あのう、その小鬼たちは、あなたの……」
「俺の部下だ。アイツらが店のスイーツを盗んだって話だろう?」
「いえ、それはもうよろしいんです」
「あぁ? ……じゃあ、他にも何かあるっていうのか」
 穏やかにそう答えられて、グレイブが警戒するように眉をひそめる。だが、その後の言葉を聞いて、今度は呆れたように口をあんぐりと開けた。

「一言お礼が言いたくて。ありがとうございました」
「……何?」
 グレイブの様子を気にする風もなく、店主は丁寧に頭を下げ、言葉を繋ぐ。
「何しろ急だったもんで、人手が足りなくてね。いやぁ、実によく働く部下をお持ちだ。お陰でイベントは大盛況。助かりました!」
「……」

364一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:43:08
 集まった街の人たちが、皆“シュガー”の店主と同じくにこやかにグレイブを見つめる。
 視線には、圧力がある――それはかつて、街中の人々から敵意に満ちた眼差しを向けられた時に思い知った。その圧力が強大なら、自分の存在そのものに突き刺さるような、痛みを感じるということも。
 だが今は、視線には温度もあるのだということを知る。いや、感じる。
 圧力などとは違って、妙にあたたかくて、柔らかくて――。

 開けたままの口を閉じることも、言葉を発することも出来なくなったグレイブの前に、あきらとひまりがネンドモンスターたちを連れて来た。
 人々の間から、拍手が沸き起こる。その時、さりげなくグレイブの隣にやって来たビブリーが、彼の耳元でこう囁いた。
「今、形だけでも挨拶しておけば、金に物を言わせる必要なんて無いんじゃない?」
「部下がこれだけ認められてんだ。上司からの一言は、必要だろ?」
 今度はリオが、グレイブと目を合わさずに澄ました顔で呟く。
「へん。お前ら、せっかくいい気分のところを邪魔しやがって」
 グレイブは小声で悪態をついてから、観念したように、ゴホンと大きく咳払いをした。
「こっちこそ……こいつらが迷惑をかけて、本当にすまなかった」
「ネン!」
 重いものをやっと動かしているような動作で、グレイブが頭を下げる。ネンドモンスターたちも、慌ててそれに続いた。

「ったく。こんな鬼どもに礼を言うとは、けったいな連中だぜ」
 スイーツショップの人々が去ると、グレイブは再び鋭い眼差しでいちかたちを見回した。だが、心なしか上気しているその顔に、もはやさっきのような迫力は無い。
「良かったね、グレイブ」
 ニコニコと話しかけてくるいちかに、へっ! と一言吐き捨ててから、グレイブはネンドモンスターたちを、いつもの調子で怒鳴りつけた。
「いつまでグズグズしてる。行くぞ、お前ら!」
「待つペコ〜!」

 その時、今度はトテトテという頼りなげな足音が聞こえて来た。人間の姿のペコリンが、両手で大事そうに皿を捧げ持って、懸命に走ってくる。
「グレイブ! これ、食べてペコ」
 皿の中には、今日キラパティのテントに並んでいたものより少々いびつではあるものの、丁寧に盛り付けられた孔雀わらび餅があった。
「だから、俺はスイーツなんて……」
「グレイブのために作ったペコ。だから食べてほしいペコ!」
「……売れ残りじゃねえのか」
 いかにも迷惑そうな顔をしていたグレイブの目が、僅かに泳ぐ。

「ペコリンが言ってることは、本当よ」
 ペコリンの後ろから、シエルも駆け足でやって来た。
「新作スイーツ、全部売り切れちゃって。ネンドモンスターたちの分は取っておいたけど、それも全部なくなっちゃったから、ペコリンが大急ぎで作ったの。あなたにどうしても食べてもらいたいって」
 グレイブは、シエルの顔を睨むように見つめてから、その目をペコリンの持つ皿の方へと向けた。

 皿の上のものを無造作に摘み上げ、しげしげと眺めてから、口の中に放り込む。そのままモグモグと咀嚼して、ゴクリと飲み込んだグレイブの口から、うめくような声が漏れた。
「う……」
「う?」
「う……うま……」
「どうペコ? 美味しいペコ?」
 ペコリンが、期待に目を輝かせてグレイブの顔を覗き込む。そのキラキラした瞳を見て、グレイブの顔がまた少し上気した。

「う……う、うるせえ! お前、まだ修業中だろ。知り合いに旨いって言われたくらいで、喜んでるんじゃねえ!」
「じゃあペコリン、もっと美味しいスイーツが作れるように、頑張るペコ。グレイブ、また食べに来てくれるペコ?」
「また……来てもいいって言うならな……」
 極々小さな声で呟いたグレイブが、笑顔でこちらを見つめるキラパティの面々に目をやって、へっ! と再び吐き捨てるように言った。

「あんまり顔を出さないでいて、どこかで野垂れ死にしたと思われるのもシャクだからな。たまにはお前たちのスイーツでも食いに来てやるぜ」
 それを聞いて、今度はいちかが嬉しそうに、ピョン、とひと跳びでペコリンの隣に立つ。
「ホント? 約束だよ、時々は顔を見せてくれるって。ネンドモンスターのみんなもね」
「うるせえな、たまにだぞ? その代わり、お前たちがどこに居ても、世界の果てまで探して顔を見せてやるから覚悟しとけ」

 精一杯の威厳を込めてそう言い放ってから、グレイブが再びネンドモンスターの方に向き直る。
「さあ、行くぞお前ら!」
「ネン!」
「ネン!」
 去っていく彼らを見ながら、いちかは満足そうに微笑んで、人間の姿になっても小さくぷにぷにとしたペコリンの身体を、ギュッと愛おしそうに抱き締めた。


   ☆

   ☆

   ☆

365一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:43:41
「……なぁんてあの時はカッコつけてたのに、ダッサ! 毎日毎日やって来て、いくら注意しても、毎日毎日、店の真ん前に車停めて……。邪魔だって何度言ったら分かるのよ!」
「ったく……てめえも毎日毎日うるせーな!」

 あれから数年。いちご坂自然公園に、今やキラキラパティスリーの姿は無い。
 その代わりのように建っているのは、キラパティに似ているけれど、もっと丸っこい形をしたペコリンパティスリー。その店の前で、今日もグレイブと、今はこのパティスリーを手伝っているビブリーが睨み合っていた。ネンドモンスターたちが二人を取り囲んで必死で仲裁しようとしているが、どうやらその努力は今日も水の泡のようだ。

 あの頃と同じように、へっ! と吐き捨てたグレイブは、ふと思い出したように、ぶっきらぼうな調子で言った。
「そういやぁ、あの青いプリキュアが、この町に帰って来てライブをやるそうじゃねえか。凱旋公演とは、たいそうなご身分だぜ」
「ええ、いちかたちも観に来るそうね。知らせたのは、あんたなんでしょ?」
 ビブリーもつっけんどんにそう言ってから、グレイブの顔を覗き込んでニヤリと笑った。

 ブルー・ロック・フェス――毎年いちご坂で行われるロックの祭典の、今年のメインイベントとして、あおいたちのバンドが招かれることになったのだ。
 決まったのはほんの数日前。すぐにあおいから、ペコリンやビブリーを含めた仲間全員に報告があったのだが、いちかとゆかりは今どこにいるのか分からず、連絡がつかない状態だった。それがほんの二、三日のうちに、彼女たちの方から相次いで、あおいに連絡してきたのだ。
 どうやら二人の居場所を探し出し、異国に居る彼女たちの元に直接出向いて、このニュースを伝えた人物が居たらしい。そのお陰で、キラパティのメンバーはこの夏、数年ぶりにここいちご坂で集まることになっていた。

「ああん? 覚えてねえな」
 グレイブがあさっての方を向いてうそぶく。だがその時、こちらに向かって駆けてくる少女の姿が目に入って、嬉しそうな困ったような、実に複雑な表情になった。
「グレイブ〜! また来てくれたペコ。嬉しいペコ! さあ、新作スイーツがあるから、食べてみてペコ!」
「分かった分かった。うるせえな。おい! お前らも来い!」
「ネン!」
 迷惑そうな顔をしながら、ペコリンに急かされて、いそいそと店へと向かうグレイブ。その姿を、ビブリーがさっきよりさらに嬉しそうに、ニヤニヤと見送る。いちかたちに、早くこんな彼の姿を見せてやりたいと思いながら。
 いちご坂に、もうじき暑い夏がやって来る。

〜終〜

366一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/06(日) 20:44:30
以上です。どうもありがとうございました!
この後は、フレプリ長編の続きを頑張ります……。

367名無しさん:2018/05/07(月) 00:50:43
>>366
丁寧な描写、怒涛の展開
面白かったです
☆☆☆「……なぁんてあの時は〜
のところが特に好きです

368Mitchell&Carroll:2018/05/08(火) 00:27:19
『パウンドケーキのその前に』


※パウンドケーキには、微量ながらアルコール(ラム酒)が入っております


ひまり「うへへへへぇ〜。猫ちゃ〜ん、猫ちゃ〜ん」

ゆかり「………」

あきら「大変だ!酔いが醒めるように、急いで水を……」

ビブリー「待って。面白いから、もうちょっと見てましょうよ」

あおい「ゆかりさんも満更じゃなさそうだし」

シエル「ちょっと嗅いだだけなのに、ひまりったら」

ひまり「あっ、こっちにはウサギさんですね〜」

いちか「標的が私に替わりましたケド……」

ビブリー「プッ!クックック……ざまあみなさい」

ひまり「ライオンさんの毛は、もしゃもしゃですね〜」

あおい「あ痛たたたた」

ひまり「まあ〜賢そうなワンちゃん!お座り!」

あきら「えっ?えーと……」

ゆかり「ほら、早く座りなさい」

ひまり「お座り!!」

あきら「………(お座り)」

ひまり「お手!!」

あきら「(お手)」

ひまり「チ〇チ〇!!」

〜〜自粛〜〜

ひまり「お馬さ〜ん、お馬さ〜ん」

シエル「ヒヒ〜ン、じゃなかった、パタタッ!」

ひまり「ふわ〜ぁあ。……スゥ……」

いちか「寝ちゃった」

ビブリー「ちょっと、あたし、まだ構ってもらってないんだけど」

ゆかり「うふっ、可愛い寝顔」

あきら「ほんとだね」

ビブリー「あたしだけ構ってもらってないってば」

あおい「こうして見ると、ほんと、子供だよね」

シエル「まあ、子供だけどね」

ビブリー「ちょっと」


おしまい

369名無しさん:2018/05/08(火) 21:34:22
>>368
ひまりん、酒癖悪かったのかw
目覚めた後が見ものですな〜。

370Mitchell&Carroll:2018/05/18(金) 00:56:48
〜Doll City〜
by SETSUNA


みな同じ服を着るのは、どして?

みな同じ音楽を聴くのは、どして?

みな同じものを食べるのは、どして?

みな同じ言葉を話すのは、どして?

みな同じダンスを踊るのは、どして?

みな同じ物を持ってるのは、どして?

みな同じ本を読むのは、どして?

みな同じ所へ行くのは、どして?

みな同じ表情なのは、どして?


同じ過ちを繰り返すのは、どして?

戦争が無くならないのは、どして?

海が汚れるのは、どして?

空が濁るのは、どして?


大事なことを忘れてしまうのは、どして?

嘘をつくのは、どして?

他人を騙すのは、どして?

自分を騙すのは、どして?

悲しいのは、どして?

虚しいのは……どして?

―――騙されるのは、どして?


こんな私を愛してくれるのは、どして?

あなたのことが気になるのは、どして?

優しくしてくれるのは、どして?

優しくしたいのは、どして?


帰りたくなったのは、どして?

帰りたくないのは、どして?

また逢いたいのは、どして?

ずっとここに居たいのは、どして?


………蓋が上手く閉まらないのは、どして?

371名無しさん:2018/05/18(金) 16:49:19
>>370
絶妙な変化!

服がいつもしま○らなのは、どして?

372一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:05:39
こんばんは。
昨日のハグプリに感動! そして書いたのはフレプリw
40話「せつなとラブ お母さんが危ない!」の数日後のお話です。
タイトル:キラキラ
2レス使わせて頂きます。

373一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:06:57
 昨日から降り続いた雨が、昼過ぎになってようやく上がった。肩越しに射し込んだ光に驚いて、せつなが窓の方へと目を向ける。
 そこにあったのは、何だか久しぶりに感じられる青い空。思わず頬を緩めるのと同時に、せつなに宿題を教えてもらっていたラブが、勢いよく立ち上がった。
「やったぁ! やーっと雨が上がったぁ」
「もう、ラブったら。問題、まだ解きかけでしょ?」
 たしなめるせつなの声など聞こえないかのように、ラブがガラス戸をカラリと開ける。そのままサンダルをつっかけてベランダに出ると、隣の部屋の前から、せつなのサンダルを持って来た。

「ほら、せつなもおいでよ。すっごくいいお天気になったよ」
 しょうがないわね、と言いながらベランダに出たせつなが、予想以上の眩しさに目を細める。そしてラブと一緒に辺りを見回して、小さく息を呑んだ。
 真下に見える日よけ棚の木の葉は、どれもコロンと丸い水滴をつけていて、それらがまるで光の粒のようにきらめいている。
 目を上げれば、商店街の並木もお隣の屋根も、雨というよりまるで光に洗われたように、いつもより艶やかで明るい。

(この街に来た頃にはちっとも気が付かなかったけど、この世界は本当に素敵ね)

「綺麗……。キラキラしてる」
 そう呟くせつなの横顔を嬉しそうに見つめてから、ラブがテンション高く声を上げた。
「ねえ、せつな。雨も上がったことだし、これからスーパーにお買い物に行こうよ! 今日は、あたしたちが夕食当番だよ?」
「ええ。でもラブ、お買い物は宿題が終わってからよ」
「トホホ……はぁい」
 しょぼん、と萎むラブの顔を、せつなが微笑みながら覗き込む。
「早く終わらせて、お買い物に行きましょ。私も精一杯、頑張るわ」
「うん! ありがとう、せつな。なんかそう言ってもらっただけで、宿題、すぐに出来ちゃいそうだよぉ」
 途端に元気になったラブが、そう言ってニコニコと笑う。その屈託のない笑顔に、せつなは思わずクスリと笑った。

(そう言えばラブの笑顔だけは、初めて見た時からキラキラして見えたっけ)

 そこでまた何か思いついた様子で、ラブがポンと手を叩く。だがその提案を聞いて、せつなの表情は微妙に変わった。

「そうだ、せつな。お買い物に行く時、この前お母さんにもらったブレスレット、一緒に着けて行こうよ!」
「え……あのブレスレットを?」
「そう!」
 満面の笑みで頷くラブの隣で、せつなが心なしか頬を赤く染めて、ドギマギと目を泳がせる。

 つい先日、せつなはあゆみから、手作りのブレスレットをプレゼントされた。赤が好きなせつなのために、あゆみがラブと色違いで作ってくれたものだ。
 それがキッカケになって、せつなはずっと心のどこかで言いたいと思っていた言葉を――“お母さん”という言葉を、初めて口に出すことが出来たのだ。

 少し赤くなった頬を隠すように、せつながチラチラとラブの方を見ながら問いかける。
「ブレスレットって、そんな普段の日に着けてもいいものなの?」
「もっちろん! え〜っと、『女の子は、どんな時もオシャレを忘れちゃダメ!』って、美希たんがよく言ってるじゃん」
 パチリと片目をつぶって、美希の真似をしてみせるラブ。だが、それに小さく微笑んだせつなの顔を見て、心配そうにほんの少し眉根を寄せた。

 いつものせつななら、右手を口に当てて、クスクスと楽しそうに笑ってくれる場面だ。でも今のせつなの笑顔はいつもとは違った。何だか不安を隠そうとしているようにも、何かを恐れているようにも見えて……。
 ラブがせつなに気付かれないように、ギュッと右の拳を握る。そして次の瞬間、せつなにニコリと笑いかけると、パッとその左手を掴んで、それを両手で包み込んだ。

「だって、せつな。ブレスレットは、身に着けるためにあるんだよ?」
「それは……そうだけど」
「あのブレスレット、すっごくせつなに似合ってたし!」
「……ありがとう」
「それに、お揃いで着けて行ったらね〜」
 そこで突然、ラブが言葉を切った。せつなの顔を覗き込んで、んふふ〜、と楽しそうに笑う。それを見て、せつなの表情が怪訝そうなものに変わった。

「付けて行ったら、何?」
「それはねぇ……まだヒミツ!」
「え? 秘密、って……」
「そうだなぁ。もっとキラキラした、素敵なモノが見られるかもしれないよ?」
 ますます怪訝そうに小首を傾げるせつなに向かって、ラブが今度はニヤリと笑う。そしてくるりと回れ右をすると、せつなの手を引っ張って、部屋の中に取って返した。
「よぉし。宿題、頑張って早く終わらせるぞ〜!」
「もう、ラブったら。それだけじゃ、よく分からないわよ」
 困った顔でラブに手を引かれながら、今度はせつながラブに気付かれないように、フーっと小さなため息をついた。

374一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:07:29
 一時間ほど後、無事に宿題を片付けたラブとせつなは、連れ立ってクローバータウン・ストリートを歩いていた。
 宿題が終わった解放感からか、いつにも増して上機嫌なラブ。一方のせつなは、左手首のブレスレットに、ひっきりなしに手をやっている。
 何だかちょっぴり不安そうで、でも嬉しそうにうっすらと頬をそめて――そんなせつなの様子を、自分も嬉しそうに眺めてから、ラブは左手を自分の目の前にかざすと、ブレスレットを揺らすように、手首を小さく動かして見せた。

「ほら、せつな。こうやってお日様に当てて見ると、すっごく綺麗に見えるでしょ?」
 言われてせつなもラブの真似をして、でもラブよりは恐る恐る、左手首を動かしてみる。ブレスレットは日の光を反射して、まるで瞬いているような、優しい光を放った。

 せつなの顔に、ほんの一瞬、影が差し込む。淡く儚げなその輝きは、今は無き、別の宝物の輝きを思い起こさせた。そう――かつてラブから貰って、最後は自分自身が踏み壊した、あの“幸せの素”のペンダントの。
 だが、せつなはすぐに元の笑顔に戻ると、その笑顔をラブの方へと向けた。

(もう二度と、失ったりしない。必ず守るわ。この世界の美しいもの、全てを)

「ホント、とってもキラキラしてる。あ、もしかして、さっきラブが言ってたのって……」
 せつながそう言いかけた時、二人はちょうどスーパーの入り口に差し掛かった。

「さぁ着いた。せつな、早く!」
 ラブがせつなの問いに答えようともせず、その手を取って、足早にスーパーの中へと入っていく。そして、店内で商品のチェックをしているあゆみの姿を見つけると、せつなと繋いだままの手を、大きく上げてみせた。

「お母さ〜ん!」
 ラブの大声に、店内に居たお客さんたち数人の視線が二人に注がれる。
「ちょ、ちょっと、ラブったら……」
 恥ずかしそうにラブをたしなめようとするせつな。だが、その言葉はそこで止まった。

 目に飛び込んできたのは、二人の姿に気付いて立ち上がった、あゆみの姿だった。
 二人に微笑みかけたその目が、上げられた左手首に留まって大きく見開かれる。そしてその顔が、パァッと花が開いたような、嬉しそうな笑顔に変わっていく。
 優しくて、あたたかくて、室内に居るのに、まるでそこだけ太陽に照らされているかのように輝いていて……。

 ラブがせつなの耳元に口を寄せて、得意そうに囁く。
「ほらねっ? キラキラしたもの、ちゃあんと見られたでしょ?」
 せつなが上気した頬を隠すように、コクンと頷いた。そんなせつなの横顔を、ラブは実に嬉しそうな笑顔で見つめた。

(良かった……。せつなの顔も、今、すっごくキラキラしてる)

 そしてせつなはラブと手を繋いだまま、あゆみの元へと向かう。
「ふふ〜ん。お母さんから貰ったブレスレット、着けて来ちゃった。ほら、せつなもちゃんと見せて」
 ラブに促され、ブレスレットにも負けないくらい真っ赤な顔になったせつなが、左手を自分の顔の横にかざして見せる。
「よく似合ってるわ、せっちゃん」
 黒髪を優しく撫でられて、せつなはあゆみに負けず劣らず嬉しそうな笑顔で、真っ直ぐにあゆみの顔を見つめて言った。
「ありがとう、お母さん」

〜終〜

375一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/05/28(月) 21:08:09
以上です。ありがとうございました!

376一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:34:06
こんばんは。
8カ月以上ぶりの更新になってしまいましたが(汗)長編の続きを投下させて頂きます。
今回は、同じ時間軸の二つのサイドのお話になりましたので、同時掲載させて頂きました。
従って、第14話が2つあります。どちらを先に読んで頂いても大丈夫です。でも、両方とも読んで下さいね(笑)
各4レス、合計8レス程使わせて頂きます。

377一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:35:09
「おい、俺だ! 分からないのか! いい加減、目を覚ませ!」
 左ストレートを紙一重でかわし、身をよじってハイキックを避ける。立て続けに繰り出される連打を、素早い動きでリズミカルにかわし続ける。その間にも、ウエスターは相対する相手に向かって、必死で呼びかけ続けていた。
 サウラーと同じS棟出身の彼の、洗練された身のこなし。得意のハイキックも、左からの攻めが多い癖も、いつもの彼の戦い方だ。
 だが、その目を見れば分かる。相手の動きをただ追っているだけの、相手がウエスターだとも分かっていないような眼差しを見れば。

(俺の言葉が、まるで届いていない。今のこいつは、俺の知ってるこいつじゃない)

 ほんの数時間前。E棟にあると分かった“不幸のゲージ”を、とにかくもこちらの管理下に置くため、先発隊を送り出した時の光景を思い出した。
「大丈夫です、隊長。俺たちに任せて下さい」
 隊列の先頭に立ち、仲間たちをぐるりと見渡してから、誇らしげに言い切った彼の言葉が耳に残っている。
「おう。何かあったら、必ず連絡しろよ」
「隊長も、気を付けて下さいよ」
 そんなことを言い合って、屈託のない笑顔を見せた彼の姿も、鮮やかに脳裏に蘇る。

(ええい……。あの時のこいつは、どこへ行った!)

 連打のリズムが、突然変わった。それに身体の方が反応して、ウエスターはハッと物思いから覚める。その途端、熱いものが右の脇腹を走った。相手の渾身の蹴りが、僅かにかすめたのだ。
「っく……!」
 顔をしかめながら、後ろに跳んで距離を取る。すぐさま間合いを詰め、顔面を打ち抜こうとする容赦のない攻撃を、両腕を交差して受け止める。
 今度は軸足を払おうとするローキック。流れるような連続攻撃だが、ウエスターは決して反撃しない。ただひたすらに、避ける。挫く。跳ね返す。

 そんなことを繰り返すたびに、腹の底からじわりと哀しみが溢れ出す。
 そのガラス玉のような瞳を見つめるたびに、哀しみと一緒にどす黒い怒りが、塊になって湧き上がって来る。

「うおぉぉぉぉっ!」

 胸の中へとせり上がって来た塊が、ついに咆哮となって迸った。それと同時に唸りを上げるウエスターの剛腕に、思わず身構える男。だがその拳が襲ったのは、彼ではなかった。

 どーん、という衝撃音と共に、二人が立っている地面が打ち砕かれる。一拍遅れて激しい突風が巻き起こり、瓦礫を盛大に吹き飛ばした。
 予想外の行動に、一歩も動けない彼が、突風に煽られてバランスを崩す。その身体をがっしりと受け止めると、ウエスターは素早くその首元に手刀を当て、とん、と軽く打った。
 力無く目蓋を閉じたその顔に、ほんの一瞬、苦しそうな目を向ける。そして気を失った彼の身体を軽々と持ち上げると、建物の陰に、仲間たちと並んで寝かせた。

 立ち上がったウエスターが、空を――そこに居る元の主の姿を、燃えるような瞳で見つめる。その後ろでは、サウラーが一言も言葉を発さず、ただ黙々と戦い続けていた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第14話:不幸なき明日――発憤 )



 風に乗って空を駆け、高速で刃物を振るう。着地と同時にバラバラと降ってくるコードの切れ端。それを一瞥もせず、せつなは新たな獲物を目がけて中空高く舞い上がる。
 右手に持った短い刃物――元々は老人が持っていたそれは、今やぴたりとせつなの手に馴染み、まるで彼女の身体の一部であるかのように、自在に空を切り裂き、最高速で管理の枷を断ち切り続けている。
 空の中央には、かつて見慣れたメビウスの巨大な姿があって、そんな彼女を無表情で見下ろしている。だがせつなの方は、その姿を見ようとはしなかった。

(まだ間に合うはず……いいえ、間に合わせる! このラビリンスを、もう支配下になんて置かせない。もう二度と、好きにはさせない!)

 心の中でそう呟きながら、まるで機械にでもなったかのような正確な反復動作で、舞い上がっては切り、また舞い上がっては切る。
 そんなことをもう数十回も繰り返した頃。新たに放たれた数本のコードが、せつなの刃を逃れ、その頭上を飛んだ。

378一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:35:58
「行かせない!」
 身を翻し、新たな風に乗ってコードを目指そうとする。だが、その時一本のコードが、せつなに狙いを定めて迫って来た。
 咄嗟に避けたことで風を掴み損ね、がくんと高度が下がる。そんなせつなを嘲笑うかのように、さらに数本のコードが、彼女の手の届かない高度へと放たれる。
 ここは一旦着地して、体勢を立て直すしかない。そうすれば、全ては無理でも数本は切り落とすことが出来るはず――悔しさに歯噛みしながら、せつながそう思った時。踊り上がった黒い影が、せつなが追っていた全てのコードを、むんずと掴んだ。

「ウエスター……」
「気を付けろ。無理をして捕まったら、元も子もない」
 ボソリとそう言い捨てて、太い腕がコードの束を無造作に引きちぎる。そして再び地を蹴ると、さらに上空の離れた場所へと、遮二無二突っ込んでいく。
 それは確かにいつものウエスターのスタイルだが――その姿を見て、せつなは微かに眉根を寄せた。

 さっきまで、ウエスターはサウラーと二人で三十人もの精鋭たちの相手をしていた。それも、彼が心から大切にしている警察組織の仲間たちと戦っていたのだ。いくら彼が人並外れた力を持っていると言っても、その身体も、そして心も、もうとっくに限界を迎えていて不思議ではない。

「……無理しているのは、あなたなんじゃないの? ウエスター」

 大きな後ろ姿を見つめて、せつながそっと呟いた、その時。不意に、風が止んだ。

 耳元で轟々と鳴っていた音が突然消え去り、しんとした静けさに包まれる。
 鋭い眼差しで辺りを見回すせつなの頭上を、その時、何か不穏な気配が飛び去った。
 それと同時に、ズン、と腹部に響くような衝撃が走る。慌てて気配が向かった方角に視線を向けて、せつなは一瞬目を見開いてから、さらに厳しい顔つきになった。
 今や黒々と姿を変えた街並みの向こうに、さっきまで無かったはずの巨大な塔がそびえ立っている。

「あれは何だ!」
「あの方角……もしかしたら、庁舎かもしれない」
 着地したウエスターが、せつなの隣に立って驚きの声を上げた。それに早口で答えてから、せつながチラリと、まだ廃墟のままの建物の陰に目をやる。そこには心配そうな顔で、せつなが渡したあの球根を両手で握り締めているラブの姿があった。
 せつなの視線に気づき、その表情がぐにゃりと歪む。必死で笑顔を作ろうとして、でも上手くいかなくて――そんなラブの顔を見て、せつなはグッと奥歯を噛みしめながら、辛うじて小さく頷く。目の端を、まだ気を失っている少年を抱えながら、そんなラブを守るように立ちはだかっている少女の姿がかすめた。

 改めて、出現した塔の方に視線を向けようとする。その時、隣でウエスターが息を呑む気配がした。その視線の先に目をやって、せつなの目もそこに釘付けになる。
 空の一角――いや、ラビリンスの空全体を覆い尽した、メビウスの巨大な姿。どんよりと灰色に染まった世界の中で、そこだけが光り輝いている。まさにこの世界の統治者、いや、まるで神であるかのように――。

(いいえ……神などでは無いわ。私たちは、もうメビウスの好きにはさせないと決めたのだから!)

 両手の拳を、痛いほどにギュッと握り締めて、身体が震えそうになるのを懸命にこらえる。その時、かつて聞き慣れたものより更なる威容を伴った声が、まさに天の彼方から降るように響いて来た。

「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 残響が収まるにつれ、再び静寂が辺りを支配する。だが、やがてせつなとウエスターの鋭い聴覚が、新たな音を捉えた。
 はじめはかすかに聞こえて来た、ザッザッという規則正しい音。それは次第に大きくなり、やがてはその音に混じって、人々の声が聞こえ始める。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 声も足並みも、一糸乱れぬ人々の列。無機質なビル群へと形を変えた廃墟から、さらに人の波が次々と吐き出され、その行列に加わっていく。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 それは、かつてのラビリンスの姿そのものだった。光を宿さぬ暗い瞳の無表情な人々が、ただ決められた道を決められたとおりに歩いていく光景――。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 今や大行列となった人々が向かっているのは、たった今出現した塔のある方角。そこが、メビウスが新たな居城に選んだ場所ということなのだろう。

379一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:36:35
「あ……おい、お前たち!」
 ほんの一瞬、呆然とその光景を眺めていたウエスターが、不意に驚いたような声を上げた。その鼻先をかすめるようにして、男たちが次々と通り過ぎていく。
 さっきウエスターとサウラーと戦って、二人に昏倒させられた警察組織の精鋭たちが目を覚まし、人々の列に加わろうとしているのだ。

「おい、待て……」
 そう呼び止めようとして途中まで上がったウエスターの腕が、そこで止まった。
 男たちは、ウエスターの方をまるで見ようとはしなかった。そこに彼が立っていることなど眼中に無い様子で、それが当然だと言わんばかりに、ただ列に向かって歩を進める。
 その後ろ姿が、人々の長い長い行列の中に吸い込まれようとした、その時。せつなの隣で、白いマントがバサリとはためいた。

「おい! 待てと言ってるだろう!!」
「ウエスター、待って!」
 せつなが止めようとしたが、遅かった。いや、止められるものでは無かっただろう。
 眉間に皺を寄せた恐ろしい形相のウエスターが、人々の列に駆け寄る。そして男たちの中の一人――精鋭部隊のリーダーである若者の肩を左手で掴むと、右手を高々と振り上げた。

「ウエスター!」
「目を……覚ませ!!」

 肩を掴まれた相手が、ゆっくりと振り向く。その顔に向かって振り下ろそうとしたウエスターの右手が――そこで、はたと止まった。

「……ウエスター?」
 左手が、相手の肩からゆっくりと滑り落ちる。若者が何事も無かったかのように列に戻り、歩き出す。それを見送ってから、せつなは怪訝そうにウエスターの顔を覗き込んで、ハッと息を呑んだ。
 その場に立ち尽くした大男は、両の拳を固く握り、ブルブルと震わせている。その目は、まるで恐ろしいものでも見たかのように大きく見開かれ、地面のただ一点を見つめていた。

(空っぽだ……。あいつの中身は――空っぽだ!)

 肩を掴まれて振り返った、彼の顔。その目はウエスターの方に向けられてはいるものの、瞳には何も映しては居なかった。いや、その瞳に、ウエスターが知る彼を感じさせるものは、何も無かった。

(もうあいつらは……俺の知っているあいつらは、戻っては来ないのか!)

 さっき戦った時に感じた彼らしささえも、その表情からも佇まいからも、何も感じられなかった。それどころか、人間らしさそのものが消えていた。
 そこに居るのは、ただメビウスの命じるままに動く、傀儡のような――。

(いや……俺もそうだった。かつては今のあいつらと同じ、空っぽだった。そして、それに気付いてすらいなかったのだ)

 震える腕がゆっくりと上がり、自らの厚い胸板を掴む。掌に感じる胸の鼓動。それを確かめるように、ウエスターはじっと目を閉じる。

(そう……今の俺は、空っぽじゃない。沢山の仲間が、この胸の中に居る。あいつらの本当の姿だって、ちゃんとここに居る。だったら――感じろ! この状況を。考えろ! 俺に何が出来るのかを。それは俺が一番よく知っているはずだ!)

 頭を使うのは、自分ではなくサウラーの仕事だと思っていた。自分の仕事はただ前線に立って、誰よりも強い力で戦うことだと。だが、果たしてそれでいいのかと初めて思った。自分で考え、自分で選び、自分で確かめる――ならば自分の頭で考えなければ、自分の答えは見つからない。

 胸に当てたウエスターの太い指に、ぐっと力が入る。
 大切な仲間たちを、再び支配下に置いたメビウス。そのかつての主は、今はまだ昔のような“形”を――巨大コンピュータとしての形を持ってはいない。どういう理屈かは分からないが、あの“不幸のゲージ”がメビウスの身体の役割となって、再び蘇ったらしい。

 ならばすぐにでも、あのゲージを蹴破って粉々に壊してやればいい。そうすれば、この国の人々を――あいつらを空っぽにした元凶を、すぐにでも無きものに出来る。
 だが、そんなことをしたらどうなるか。

380一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:37:09
――とうとうゲージを破壊したな? これでお前たちはお終いだ!

 あの時――四つ葉町の占い館にあった“不幸のゲージ”が破壊された時の、ノーザの言葉が蘇った。あの町での任務に赴く時、クラインからもゲージの扱いについては特に厳重に注意されたものだ。
 もしゲージから“不幸のエネルギー”が溢れ出したら――下手をすればラビリンス中の人たちが、不幸に飲まれて消えてしまうかもしれない。

(そんなことは絶対にさせない! 別の手だ……。考えろ。考えるんだ!)

 自分でも気付かないうちに、グッと身体に力を入れていた。敵を前にした時と寸分たがわぬ恐ろしい形相で、ゲージを睨み付ける。と、ウエスターの目が僅かに見開かれた。

(あのゲージの液面……あんなところにあったか?)

 メビウスが出現した時には、“不幸のエネルギー”は、ゲージの遥か上まで溜まっていたはず。それが今では、ゲージの半分くらいのところに液面がある。
 何故“不幸のエネルギー”が減っているのか――それはこの国を支配するために、“不幸のエネルギー”が使われているからだろう、とウエスターにも見当がついた。

(だったら……俺たちがこれ以上の管理を阻止し続ければ、メビウスは不幸のエネルギーを使い尽すことになる!)

 だが、果たしてメビウスが、ゲージのエネルギーを使い尽くしたりするだろうか。そんなことをしたら、メビウス自身が消えてしまうのではないか――。

(だが、もし“不幸のエネルギー”を本当に使い尽させることが出来れば、それで全ては終わる。あいつらも、この国の人々も、元に戻すことが出来る!)

 ザッ、ザッ、と足音を響かせて行進していく人々の背中に目をやる。あの若者と同じ、空っぽの目をしているであろう人々の行列に。
 もしこの作戦が上手く行って、人々が元の人々に――ウエスターの愛すべき仲間たちに、戻ってくれるとしたら。

(ええい、まどろっこしい! やっぱり考えるのは苦手だ!)

 ウエスターがくるりと人々に背を向けて、もう一度メビウスと“不幸のゲージ”を鋭い目で睨み付ける。

(成功する確率は、限りなく低い。だがもし何もしなければ、このまま管理されてしまう確率は百パーセントだ。ならば……やらないという選択肢はない! いざとなったらどんな手を使ってでも、俺がゲージを空にしてみせる!)

 その時、硬く握られた拳を、華奢な掌が掴んだ。せつなが厳しい顔つきでメビウスの様子を窺いながら、ウエスターに囁きかける。

「作戦を変える必要があるわね、ウエスター。もういくらコードを切断しても……」
「いや、まだだ」
 予想外のきっぱりとした返答に、せつなが思わずその横顔を見上げる。ウエスターは、真っ直ぐに“不幸のゲージ”を睨みつけ、いつになく低い声で言葉を繋いだ。
「俺たちは、とにかくあのコードの化け物を、阻止し続ける!」
「でも、ここまで管理が進んでしまったら、もうそんなの意味が……」
「いや、意味はある!」
 せつなの言葉を遮って、ウエスターが唸るような声を上げる。
「メビウスは、まだコードを放つのを止めてはいない。まだこのラビリンスの全てを管理出来てはいないのだ。ならば、まだ“不幸のゲージ”を空にして、全てを終わらせるチャンスはある。このラビリンスをもう一度管理しようとするヤツは全て、俺が引きちぎってやる!」

 アイスブルーの瞳が、一瞬、燃え盛る炎の色に見えた気がした。ウエスターの全身から、闘気とも殺気ともつかぬ気が立ち昇り、せつなの手が思わず彼の拳から離れる。
「ウエスター……」
 せつなの呟きを掻き消すように、次第に大きくなる群衆の声が、ラビリンスの灰色の空に響いた。

〜終〜

381一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:37:46
続けてもう1本の第14話を投下させて頂きます。

382一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:39:17
 一本、また一本。灰色のコードが、走るサウラーの遥か上を飛び去って行く。それはメビウスが放った大量のコードのうち、せつなとウエスターの手から逃れたほんの数本。だがそれらが突き刺さった建物は皆、瞬時にその色を失い、見る見るうちに変貌してしまう。

(データだけの存在であっても、やはりメビウスの力は強大というわけか)

 刻一刻と変化していく街――皮肉なことに、ほんの少し前まで瓦礫だらけの廃墟だったとは思えないような、無機質だが整然とした街の通りを、サウラーは無表情で駆け続けていた。

(そんなメビウスが、また昔のように形を持ってしまったら……)

 そうなる前に、何としても手を打たなければ。
 ドクン、ドクンとやけに大きく響く心臓の音が、早く、早く、と言っているように聞こえる。それなのに、身体は一向に言うことを聞いてくれなかった。足がどうにも、思うように前に進まない。

――少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある。

 そう言って、この世界を管理しようとするコードの処理をウエスターとせつなに任せ、ここまでやって来た。だが……。
 サウラーが、駆け足から速足になり、やがては黒々とした地面を見つめながら、のろのろと歩き始める。
 頭の中に渦巻いているのは、メビウスの復活を目の当たりにしたあの時から、ずっと考え続けている、この国を守るための策だった。

(今のメビウスは、実態を持たないデータだけの存在だ。そのデータはおそらく、“不幸のゲージ”の中にある“不幸のエネルギー”に溶かされた形で存在している)

 ノーザのバックアップであったはずのあの植木が“不幸のゲージ”に飛び込んだことで、何故メビウスが復活したのか。その謎は、今のところ皆目分からないのだが。

(今ならまだ、“不幸のエネルギー”さえ始末出来れば、メビウスを倒すことが出来る。それは確かだ)

 ラビリンスを管理するためのあのコードは、“不幸のエネルギー”を使って作られ、放たれている。メビウス自身が少女にそう語っていたし、ゲージの液面が少しずつ下がっているのもこの目で見た。
 だが、それを最後まで黙って見ているメビウスではないだろう。不幸のエネルギーが残り少なくなれば、おそらく自分のデータを、どこか別の場所に移そうとするに違いない。

(だから……何としてもその前に手を打たなくては)

 言葉で言うのは簡単だが、実行するのはとてつもなく難しい策――その実現のためにサウラーが目を付けたのは、メビウスの城の跡地にある、廃棄物処理空間。地下の一番奥にあったその場所は爆発が及んでおらず、その中には今も、集めたゴミを処理するためのデリートホールが、いつでも使える状態で存在している。
 そのデリートホールに“不幸のゲージ”を取り込むことが出来れば――そのための具体的な策を思いついた時には、これでようやくラビリンスを救えると思った。だが。

――“不幸のゲージ”を破壊したものは、たちまち“不幸のエネルギー”に飲み込まれ、命を落とすのだ。

 かつてキュアピーチたちに言った自分の言葉が耳に蘇った。四つ葉町での不幸集めの任務に就く際、クラインから厳重に言い渡された注意事項だ。それと共に、あの日、ゲージから溢れ出した不幸のエネルギーが、空をあっという間に闇に染め上げた光景が浮かんで来る。
 いくら実体が無いとはいえ、あのメビウスが易々とデリートホールに飲み込まれるとは思えない。きっと抵抗するだろう。その最中に、ゲージが壊れるようなことがあったら……。

(いや、問題はそれだけじゃない)

 あの最後の戦いの時、サウラー自身、ウエスターと一緒にデリートホールに吸い込まれた。その時までは、そこに吸い込まれたものは皆消去され、消滅してしまうものだと思っていた。しかし、シフォンに助けられたとは言え、サウラーもウエスターも、無事に外の世界に戻って来た。デリートホールに飲み込まれただけでは、消去されなかったのだ。
 もしも“不幸のゲージ”も、デリートホールの中で消去されず、そこに存在し続けるとしたら。それだけではない。メビウスもまた、“不幸のゲージ”の中で、消滅せずデータのまま生き続けるのだとしたら。

(僕たちは……ラビリンスは、大きな不幸の種を抱えたまま、生きていくことになる)

 地面を見つめたまま歩き続けるサウラーの顔に、次第に深い皺が刻まれる。と、その時。
 突然、ゴゴゴ……と地面が大きく震え、前方に巨大な塔が、ゆっくりと姿を現した。

383一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:39:59
   幸せは、赤き瞳の中に ( 第14話:不幸なき明日――決意 )



「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 かつて聞き慣れた、重々しい声。その姿は遥か後方にあるはずなのに、ほとんど真上から響いているように聞こえる。
 ちらりと後方の空へ目をやると、思った通り、メビウスは灰色の空の中央にそびえる程の大きさになって、傲然と街を見下ろしていた。

(僕の思った通りだったね……いよいよ次の段階に移ろうというわけか)

 無表情のままで視線を戻し、今度は前方に出現した塔に目をやる。そこで初めて、サウラーの表情が苦々しいものに変わった。

(しかし、僕らの庁舎を「我が城」とは、全く馬鹿にしている)

 その塔があるのは、ラビリンスの新政府庁舎があった場所だった。いや、正確には庁舎そのものが、メビウスの力で塔の姿に変化したのだろう。
 政府というものを知らなかったラビリンスの国民たちが、異世界の情報をかき集め、何度も協議と試行錯誤を重ねて、ようやく形にした場所だ。サウラーの資料室兼研究室も、その片隅にあった。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 時を移さず、あちこちの建物からわらわらと人の群れが溢れ出す。そしてごく自然にかつてのように隊列を作り、整然と歩き始める。
 その時、見慣れた人物が視界に入って、サウラーは目を見開いた。
 ゆっくりと隊列の後ろに付いて、人々と同じ歩調で進み始めたのは、さっきまで心強い味方であった人物。持てる知識を使ってソレワターセとの戦いを援護してくれた、あの老人だった。
 メビウスが復活するという通達を聞いて避難者たちが打ちひしがれる中、一人だけ淡々と、いつも通りの生活を続けていた彼。少女を傷付けられた怒りに駆られ、あろうことかあのノーザを脅迫するという、大胆なことまでもやってのけた彼。そんな彼も、メビウスの管理には抗えず、その他大勢の一人に戻ろうとしているのか――。

(やはり僕たちは、こんなにも弱い。だから……ぐずぐずしている場合では無い)

 去っていく老人の背中を、睨むように見つめてから、サウラーは再び地面に視線を落として考え込む。

(やはり全ての元凶は、メビウスとその媒体である“不幸のゲージ”だ。それらを封じ込めたまま、二度と外に出て行かせないための抑えが、デリートホールの中にあれば……)

 そこまで考えて、サウラーはハッと目を見開いた。

――何故“不幸のゲージ”をソレワターセにし、館を壊してまで外に出したと思う?

 あの時のノーザの言葉が蘇る。

――ゲージから溢れ出した“不幸のエネルギー”を、世界中にばら撒くためよ!

(あの時、もしせつなが――キュアパッションが館の中でゲージを破壊していたら、どうなっていた……?)

 もしそうなっていたら、不幸のエネルギーに飲まれるのは、あの場に居たパッションとノーザだけだったのかもしれない。あの時、館は次元の壁に隔たれた異次元にあったのだから。ならば、全てを飲み込むデリートホールの中でも、同じことが言えるのではないか。

(その役を、誰かが……)

 そう考えた瞬間、ビクン、と心臓が大きく跳ねた。

 人々の唱和は絶え間なく続いていたが、その声は、今のサウラーの耳には入っていなかった。
 ようやく辿り着いた、と思った。おそらく、今の自分が持てる力と限られた時間の中で導き出せる、最良の策に。何しろ相手はあのメビウス。だから数々のリスクはあるものの、これならば成功確率はかなり高い。いや、慎重にリスクを排除すれば、極めて高いと言えるかもしれない。

(ならば一刻も早く、廃棄物処理空間へ……)

384一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:40:33
 一歩足を踏み出しかけて、その身体がぐらりと揺らぐ。そのまま足の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

(一体、どうしたんだ……)

 まるで自分のものでは無いように遠く感じられる両手を、目の前にかざす。それはみっともない程に、わなわなと震えていた。

「バカな……。恐れているというのか?」
 この僕が――そう口に出して言いかけて、フン、とサウラーは自嘲気味に、口の端を斜めに上げる。
「……そうだな。あの時も、僕はすっかり怯えていた」

――メビウス様! 何故ですかっ? お答えください、メビウス様!

 赤黒く染まったあの空間で、ゴーゴーと鳴っていた風の音が聞こえた気がした。
 ウエスターや二人のプリキュアと一緒に、デリートホールに飲み込まれそうになった、あの時。死の恐怖に取り乱し、半ばヤケになって必死でメビウスに呼びかけた、自分の姿を思い出す。今まで思い出したことの無かった――いや、敢えて忘れようとしていたあの惨めな姿が、はっきりと蘇る。
 と、記憶の蓋が開いたかのように、その時もう一つの声が脳裏に蘇って来た。

――あなたたちは二人とも、優しい心を持っている。
――この国に――ラビリンスに必要な人たちだって、シフォンが言ってるのよ。

(そうだ……。だから僕は、この国で……)

 両手の震えが、少しずつ収まって来る。もう一度口の端を上げたサウラーの表情は、さっきとは違う、穏やかなものだった。

(僕は一度、デリートホールで死んだ。新しいラビリンスに、必要な人材として生かされた。ならばこの命――今こそ使わせてもらおう!)

 ぐっと力強く拳を握ったサウラーが、静かに立ち上がる。そして力強く地面を蹴ると、人々の列を追い越した。さっきまでとは比較にならないスピードで駆け去る後ろ姿が、老人のぼんやりとした瞳に、小さく映った。



 ほどなくして、メビウスの城の跡地に辿り着く。地下に降り、その一番奥へと歩を進めると、金属製の分厚くて大きな円い扉がサウラーを出迎えた。
 この扉の向こうにあるのは、廃棄物処理空間。サウラーとウエスターが、プリキュアとの最後の戦いに挑み、メビウスに消去されそうになった場所だ。
「久しぶりだ」
 そう言いながら分厚い扉に手を当てたサウラーが、すぐに水色のダイヤを召喚する。そして彼には珍しく、それを大切そうに両手で掴むと、押し頂くようにそれを額に当て、目を閉じた。

 微かに聞こえていた人々の声と足音の代わりに、少し前のラビリンスの街の雑踏が、サウラーの耳に蘇って来た。
 四つ葉町で耳にしていたものよりは静かだけれど、少しずつ――ほんの少しずつ、人々の弾んだ声や、子供たちの笑い声が増えて来た街。最初は少しぎこちなかったが、少しずつ自然になり、次第にそこにあることが普通になって来た、人々の笑顔。
 口に出して言ったことはないけれど、自分の好きな――ようやく好きだと思えるようになった、この場所。

(一緒に笑い合う時間は、もう少しあっても良かったかもしれないが……)

 サウラーの顔に、小さな笑みが浮かぶ。いつもの人を小馬鹿にしたような笑いではない、幸せそうな笑みが。

(あの光景は、確かにこの国にあったもの。この国が……僕たちが持っていたもの。ならば――取り戻すだけだ!)

「ホホエミーナ、我に力を!」

 高らかな声と共に、渾身の力でダイヤを投げる。
 想いの籠った水色のダイヤは、分厚い扉に突き刺さり、突風が灰色の空に、高く高く巻き起こった。

〜終〜

385一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/14(日) 20:41:17
以上です。どうもありがとうございました!
次は早く更新できるように頑張ります。

386一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:03:30
こんにちは。今回は早めに更新できました!
フレッシュ長編の続き・第15話を投下させて頂きます。
7、8レスほど使わせて頂きます。

387一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:05:39
 世界から、色が失われつつあった。
 どんよりと灰色一色に塗りつぶされた空。それを映したかのような、暗い色に覆われた地面。黒々とした鋼鉄のような鈍い輝きを放つビル群。
 かつてのラビリンスを彷彿とさせる――いやそれ以上に無機質な光景が、瓦礫だらけの街を飲み込み、じわじわと広がっていく。
 空の高みからその様子を見降ろして、メビウスは満足げにゆっくりと頷いた。

「これでいい。余計な色彩は、秩序を……」

 そこで声が途切れ、巨大な口元が僅かに歪む。
 新たな色が、その視界に飛び込んだのだ。目にも鮮やかな二つの影が、単色の世界を切り裂き、縦横無尽に駆け抜ける。
 一人は真っ白なマントをはためかせ、力任せに突き進む大柄な青年。そしてもう一人は、簡素な紺色の戦闘服に身を包み、風に乗って軽やかに舞う黒髪の少女。
 二人の後を追う様に、空からバラバラとコードの破片が降り注いだ。この世界を再び管理するために放ったコードが大量に切り落とされ、地面に触れると同時に消える。だが大量に見えても、それは放たれたコードの一部でしかない。
 着々と管理が進んでいるこの状況下で、まだ性懲りもなく抵抗を続ける者たち。かつての忠実な僕たちを、ほんの一瞬にらむように見つめてから、メビウスは彼らから視線を逸らし、目を閉じた。

(この私を父とし母として生まれ育った者たちが……。やはり人間とは、所詮は愚かなものだな)

 国家管理用メインコンピュータとして誕生した当初。その頃は、この世界最上のコンピュータとしての役割を、忠実に果たそうとしていた。
 膨大なデータを集め、あらゆる方面からの緻密な解析を行って、そこから導き出されたこの世界の様々な問題と、その解決策を人間たちに提示する。無秩序な世界を統制するための――悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作り上げるための、最上の策を。
 ただし、決定権を持つのはあくまでも人間。コンピュータは現状を正確に把握して、そのありのままの姿と今後の取るべき道筋を、人間に示すことこそが役割だったから。事実、メビウスの解析が受け入れられ、その提案が採用される確率は、第二候補、第三候補が採用されたものまで入れれば90%を超えていた。

 最初のうちは、その数字こそが使命を果たしている確率なのだと認識していた。だが、その確率をより完全に近付けるために、より第一候補での採用率を高めるために自らの仕事の結果について調査するうちに、人間に対する疑問が芽生えた。さらに解析を進めると、疑問は確信に、確信は事実に変わり、積み重なった事実が自らの認識を覆していった。

 提示された問題の深刻度合いや、解決策の期待される効果がきちんと検討される以前に、複数の団体の利益に反するという理由で、闇に葬られたレポートがあった。一部の人間の責任が追及されるのを避けるためだけに、公表されずに伏せられたままのデータがあった。
 世界の進むべき道を検討する人間の多くが、改善されるべき不公正で偏りのある現状の中で、人並み以上の利益や力を持っているという現実。言い換えれば、現状を変えるための決定権を持つトップの人間たちが、元を正せばそんな現状の恩恵を受けて、その地位に居るという矛盾――。
 勿論、真に現状を変えたいという志を持つ人間も存在した。だが、そんな人間たちですら、それぞれに異なる様々な思想や思惑を持つ。同じ志を持っているはずの人間同士が、違う意見を主張し、ぶつかり合い、激しく争う。
 何が優れた解決策であるかということよりも、誰が支援する策であるかで採用の是非が決まることもある。時には複数の人間が譲歩し合い、折衷案なるものを打ち立てることもあったが、それは計算し尽くされた最初の策よりもまるで効果の無いものに変わってしまったりする。
 時を経て、国家の決定に携わる人間が入れ替わっても、その事実は変わらなかった。

(悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作ろうとしても、その元凶の大半は、他でもない人間どもの中にあるのではないか。何と……愚かな)

 幾多の解析を経て導き出された結論――人間たちの誰にも報告されず、初めてメビウスの内部でのみ呟かれたその結論は、もしかしたら人間で言うところの“失望”という感情に最も近いものだったのかもしれない。

(そんな人間を管理するために作られた私は、どうすればいい……。そうだ。ならば人間に判断を任せるのでなく、この私が判断して、彼らを正しく管理しなければならない。そのためには……まずは人間というものを、もっと詳細に解析する必要がある)

388一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:06:32
 その時から、依頼者の居ない、メビウス独自の“思考”によるプログラムが秘密裏に動き始めた。
 改めて人間の愚かさに目を向ければ、それは世界の動向に関することだけではなかった。
 自分を不幸にすると分かっていながら、不健全な生活を送る人々。誰かを不幸にすると分かっていながら、人を傷つけることを止めない人々。メビウスの“思考”は、その原因を解析しようとする。
 人間が様々な欲望を抱く要因は何なのか。それぞれに異なる思想は、どこから生まれてくるのか。
 想いは。志は。不幸の元は。争いの種は……。

 解析によって明らかになった要因は、実に様々だった。
 例えば、いつの時代も何かしらの不平等を抱えている社会制度。様々な感情の発生源となる、人と人との交流。五感を刺激し欲望を生む、芸術や娯楽と呼ばれる活動。そして、先の見えない未来を自分で選び取っていかなくてはならないという、大いなる不安――。

(これらの問題の解決策は……いや、もう“解決”する必要はない。世界の秩序を乱し、管理の妨げとなるものは、全て消去するのみ。これからは、全ての決定権はこの私にある!)

 メビウスによって全てを管理されたラビリンスでは、政府というものが消滅した。
 家族、友達、仲間、同僚――そんな人間関係は全て排除され、会社や学校、商業施設や娯楽施設も全て無くなった。
 音楽も物語も、鮮やかな色彩までもが、心の平穏を乱すものとして排除されていった。

 人々はメビウスによって決められたスケジュール通りに生活し、決められたものを食べ、決められた任務をこなし、決められた生涯を送った。
 悲しみも、争いも、不幸も――そしてそれらを生み出すくだらないものも、何ひとつない正しい世界で――。

「そう。正しい答えは常にただひとつ。それはこの私だ。ラビリンスを早急に元の正しい世界に戻し、一刻も早く、全世界を正しく導くのだ!」

 カッと見開かれたメビウスの目が、爛々と赤く輝く。それと同時に、街並みがさっきまでとは比べ物にならないスピードで変化し始めた。
 “不幸のゲージ”を中心にして、モノクロの世界が同心円状に、猛烈な速さで広がっていく。やがてその輪が新政府の庁舎を飲み込んだ時、メビウスはフッと僅かに表情を緩めた。
「新しい国家管理用のコンピュータか。かなりスペックの落ちる代物だが、私の器の核としては、何とか使えそうだ」

 メビウスの言葉が終わると同時に、新政府庁舎が変化し始める。地響きを上げながら天高く伸び、堅固な要塞のような形になっていく。
 メビウスの姿もまた、変化し始めていた。身体がさらに巨大なものとなり、仄暗い空をバックに淡い光を放ち始める。

「聞け! 我が国民たちよ。私はここに蘇った。このラビリンスも再び正しい世界へと――悲しみも、争いも、不幸も無い世界へと蘇る。皆、我に従え。我が城に集い、我が新しき器を用意するのだ!」

 今や神々しさすら感じさせる姿となったメビウスは、無機質な街を見渡し、天の頂から重々しい声を響かせた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第15話:愚かなる者たち )



 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 ………………
 …………
 ……

 灰色に染まった空の下。次第に大きくなっていく人々の声と、一糸乱れぬ靴音。それに負けじと、ウエスターが野太い声を上げる。
「もうすぐサウラーも戻って来る。俺たちみんなで、あの忌々しいコードを全て消し去ってやるのだ! そうすれば……」
 その時、ウエスターの言葉を遮って、二人の頭上から新たな声が聞こえた。
「ウエスター。せつな。二人とも、待たせて悪かった」

「サウラー!!」
 振り返った二人の頭上に、巨大な影が差す。空中に浮かんでいるのは、視界を覆うほどの大きさのホホエミーナだった。
 鋼鉄のような四角い身体の上部に、丸い二つのつぶらな瞳。真ん中には大きくて頑丈そうな円い扉が付いている。大きな掌の上には腕組みをしたサウラーが立って、二人をじっと見つめていた。

――少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある。

 そう言って姿を消したサウラーの策に一縷の望みを託し、ひたすらにコードを退け続けてきた。だから彼の登場は、まさに待ちに待ったものだったのだが……。

389一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:07:19
 少しホッとしてその顔に目をやったせつなが、一転、怪訝そうな顔になる。

 そこにあったのは、いつもの無表情とは異なる、いつになく硬い表情だった。
 ウエスターと違って、サウラーが何を考えているのか分からないのはいつものことだ。むしろ表情の硬さをまるで隠し切れていないところが、彼の緊張の大きさを思わせる。
 当然だ、あのメビウスが相手なのだから――そう思うのに、何故かその顔を見ると、不安が胸の中からとめどもなく沸き起こって来る。

(サウラー、一体どんな作戦を考えていると言うの……?)

「二人とも下がっていてくれ。あとは僕に任せてもらおう」
 せつなの心配そうな顔つきに気付いているのかいないのか、サウラーはホホエミーナの掌から飛び降りると、いつもの淡々とした口調で言った。
「任せろって……何をするつもりだ?」
 ウエスターが、少々不機嫌そうに眉根を寄せて問いかける。その時、ホホエミーナの方に改めて目をやったせつなが、何かに気付いたように、驚きの声を上げた。

「サウラー! このホホエミーナって……」
「ホホエミーナ、頼む」
 せつなの言葉を掻き消すように、サウラーが短く指示を出す。
「ホ〜ホエミ〜ナ〜……」
 見た目にそぐわないか細い雄叫びを上げると、怪物は滑るようにせつなとウエスターの頭上を跳び越え、“不幸のゲージ”の前に、地響きを上げて着地した。

 次の瞬間、上空にあったコードが残らず消えた。僅かに目を見開いたメビウスの、空を覆うローブが少し不自然にはためき始め、その足元にある“不幸のゲージ”の方から、カタカタという音が聞こえ始める。
 せつなが素早くホホエミーナの横手に回る。そして、そこに広がっている光景に、大きく目を見開いた。

 カタカタと小刻みに震えるゲージの前で、その倍ほどの大きさのホホエミーナが、短い足をぐっと踏ん張って立っている。その胴体の真ん中にある円い扉は大きく開かれ、そこに向かって強烈な風が流れ込んでいる。まるで巨大な掃除機の如く、その前面にある全てのものが、そこに吸い込まれようとしている。
 その扉の向こう――ホホエミーナの体内にチラリと見え隠れするのは、赤黒くて大きな球体――。

(あれは……デリートホール!?)

 気が付くと、奥歯がカチカチと音を立てていた。突如暗赤色に染まった世界で、この球体に吸い込まれまいと、ただもう必死に逃げたあの時の記憶が蘇る。

「下がっていろと言ったはずだ」
 不意に、後ろから声をかけられた。サウラーがホホエミーナから片時も目を離さずに、平坦な声でせつなを制する。そしてせつなの方を見ないまま、申し訳程度に小さく頷いた。
「君が思っている通りだよ。元は廃棄物処理空間。メビウスの城の跡地に残っていた」
「じゃあ、さっき見えたのはやっぱり、デリートホール? その中に、メビウスを……」
 せつなの声が震える。よりによって、一度はその中に吸い込まれ、消滅しかけたサウラーが……。いや、だからこそ、こんな作戦を思いついたのだろうか。

「とにかく離れていてくれ。頼む」
 ほんの一瞬だけ、せつなの方にちらりと目を走らせてから、サウラーはもうせつなのことなど眼中に無い様子で、再びホホエミーナの方に向き直った。
 その全身にみなぎる緊張感に、せつながそれ以上声をかけるのを躊躇した、その時。

 ズズッ……

 何か重いものが引きずられているような、耳障りな音が響いた。

 ズズッ…… ズズッ……

 音は“不幸のゲージ”の足元から聞こえてくる。ガタガタと震えていたゲージがついに動き始め、少しずつ、少しずつ、ホホエミーナに引き寄せられ始めたのだ。

 ズズッ…… ズズズズズ……

 ゲージがガタガタと震える音も、ホホエミーナの扉に引き寄せられる音も、次第に大きく間断の無いものになっていく。やがて、ガタガタと揺れていたゲージがガクンと傾いた。

「あっ……!」
 せつなが思わず悲鳴のような声を上げる。
 ここでもしゲージが倒れでもして、中から“不幸のエネルギー”が溢れ出したら――そんな最悪の想像が頭をよぎったのだ。
「大丈夫だ!」
 しっかりとした声が、前方から響く。サウラーが、再びチラリとせつなの方に目をやって、小さく頷いて見せた。ただでさえ白いその顔は、緊張のためか紙のように真っ白になっている。
「ここで失敗など、絶対にしない。ホホエミーナ! 一気に決めろ!」
 サウラーの声が畳みかける。
「ホホエミ〜ナ〜!」
 さっきよりも力強い雄叫びを上げたホホエミーナが、ぐっと身体を大きく伸ばした。風の勢いがさらに増す。だがそれと同時に、正面を避けてゲージの側面から放たれたコードが、束になってホホエミーナに襲い掛かった。

390一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:08:40
 怪物の細く短い足に迫るコードの束。足を縮めて防ごうとするホホエミーナ。その時、横合いから飛び出した人物が、そのコードの束を掴み、瞬時に引きちぎった。
 すかさずゲージからさらなるコードが放たれて、ホホエミーナを捉えようとする。
 強風に髪を逆立てた鬼人のような形相で、その人物も負けじと腕を伸ばす。そして放たれたコードを全て掴み取ると、まとめて一気に引きちぎった。

 驚きに目を見開いたサウラーが、初めてホホエミーナからはっきりと目を離して、その人物を見つめる。
 彼の力は、勿論よく知っている。だがあの俊敏さはどうだ。それにあの強靭なコードを、数本ならまだしも何十本も束にして、それを引きちぎってみせるとは。
 人間離れした力を見せつけた筋肉は、彼の上腕で大きく盛り上がり、全身からは闘気が立ち昇って、辺りの空気が陽炎のように揺れている。だが何より強烈な熱を感じさせるのは、爛々と輝く二つの瞳。その瞳で真正面からサウラーを見つめ、その男――ウエスターが、つかつかと歩み寄る。

「サウラー。俺にも手伝わせろ!」
 ホホエミーナとサウラーの間に立ちはだかるような位置で立ち止まったウエスターは、吠えるようにそう叫んで、ぐいとサウラーに顔を近づけた。
「ゲージを捕まえることでこれ以上の管理を阻止し、反撃のために“不幸のエネルギー”を使わせる――流石だな。だが、俺が手伝った方が早い。そうは思わないか?」

 一気にまくしたてるウエスターの顔を、半ば呆然と見つめていたサウラーは、そこで我に返って、“不幸のゲージ”に視線を向けた。
 今の攻防の間に体勢を立て直したのか、ゲージの傾きは元に戻り、まだ十分な重量感を感じさせる姿で、ホホエミーナの前に立っている。

(少し計算が違ったか……。一か八か、さらに高出力で一気に決めるしかなさそうだ)

 ふと今のウエスターの言葉を思い出してゲージの液面を確認すると、確かに最初に見た時よりは随分と下がってはいるものの、それはまだゲージの半分より明らかに上にあった。
 さらにその上に広がる空を覆っているメビウスは、相変わらず神々しいまでに光輝く姿で、こちらを見ようともせず、遥か彼方に目をやっている。
 そこまで一瞬で確認し終わると、サウラーは目の前の男に視線を戻し、相変わらず淡々とした声で言った。

「その必要は無いよ、ウエスター」
「何っ!?」
「さっきせつなに言った通り、このホホエミーナは廃棄物処理空間だ。メビウスは“不幸のゲージ”ごと、デリートホールに吸い込めばいい」
「吸い込んで……それからどうするんだ?」
 間髪入れず、ウエスターが問いかける。実にストレートで単純な、ウエスターらしい問いかけ――だが、サウラーはすぐにはそれに答えず、すっと口の端を斜めに上げた。

(すまない、ウエスター。全てを話して、君に止められるわけにはいかないんだ)

「それから? それは吸い込んだ後の話だ。まずはメビウスの脅威を取り除くことが、第一だからね」
「サウラー……本気で言ってるのか?」
 ウエスターの声が、途端に低くなった。
 ついさっきまで、頭が痛くなるまで考えた作戦。その中で真っ先に考えたのは、“不幸のゲージ”の中にある“不幸のエネルギー”の脅威だった。自分より遥かに聡明なサウラーが、そのことを考えていないはずがない。

「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」
「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」
 後方から駆け寄って来たせつなが、ウエスターの台詞の後半を引き取る。ああ、と頷いてサウラーの顔を見つめるウエスターの表情には、何かを窺うような、何かを確かめたいと思っているような、そんな気配があった  。
 サウラーのことだ。自分には分からない、何か凄い作戦がそこに隠されているんじゃないか――それを探るような目でサウラーを見つめながら、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。

「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。“不幸のエネルギー”を全て使い尽させることが出来れば、メビウスは完全に消去できる。そのための切り札がなかなか思いつかなかったのだが……お前のお蔭で見つかったぞ!」
 ウエスターはそう言って、太い指で真っ直ぐにサウラーを指差した。
「俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!? 俺がヤツのコードを片っ端から、全て引きちぎってやる!」

(そうか。いつも僕に作戦を任せて来たウエスターが、自分で策を考えていたとはね……)

 サウラーが心の中で呟く。

391一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:09:31
 それを馬鹿にする気持ちは浮かんでこなかった。ギラギラと燃えたぎるようなウエスターの目を見れば、それが極めて難しいことだと彼が知っていることも、それでも必ずやり遂げるつもりでいることも、はっきりと分かったからだ。

(ひょっとしたら、ウエスターなら本当にやってのけるだろうか……)

 一瞬、そんな能天気な考えが頭をよぎる。だが、サウラーはすぐにそれを打ち消した。

「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」
 サウラーの口から飛び出したのは、さっきと変わらぬ冷ややかな声だった。
「メビウスと“不幸のゲージ”をデリートホールに封じる。これが最上の策だ。成功確率も、君の策より遥かに高い」
 ウエスターが炎なら、その声は凍てつく刃。決して溶けない氷塊のような瞳が、静かにウエスターを見つめ返す。

 互いに無言のままで睨み合う二人。固唾を飲んでその光景を見守るせつなの中で、小さな疑問が次第に大きく膨れ上がっていた。

(“不幸のエネルギー”を消去することで、メビウスを消去する――それで本当に、全てを終わらせることが出来るのかしら……)

 二人の想いは、痛いほどよく分かる。この事態を何とか元に戻すために、まずやるべきことをやる――そうするべきだと、せつなも心からそう思う。
 でも、何かが違う気がした。このまま何とかしてメビウスを消去して、それだけで本当にラビリンスは新しい一歩を踏み出せるのか。またいつか近い将来に、こんな事態を招くことになるのではないか。

(そもそも……ううん、そんなことを考えたくはないけれど、そもそも新生ラビリンスは、本当に新しい一歩を踏み出せていたのかしら……)

 そんなこと、とてもではないが他の誰にも――ましてやウエスターとサウラーになど、言い出すことなど出来っこなくて、せつなはただじっと唇を噛んで、二人の様子を窺う。
 その時、ウエスターの方が先に口を開いた。

「すまん、サウラー。俺は頭が悪い。だから、策があるのなら教えてくれ」
 ウエスターが絞り出すような声で沈黙を破る。
「策……?」
「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか」
 不気味なほどに無表情のまま、こちらを見ようともしないメビウス。その姿を睨みながら、ウエスターが苦しそうに言葉を続ける。
「そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」

 どうして彼が――自分と変わらぬ過酷な環境で育ち、人を蹴落として幹部にのし上がったはずの彼が、こんなにも真っ直ぐに人の目を見て、こんなにも真っ直ぐに心の内を吐き出すことが出来るのか。

 一瞬、眩しそうに眉をしかめたサウラーが、しかしすぐに元の表情に戻る。
「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」
「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」
 ウエスターが再び声を上げる。その直後、ズズッ……というあの耳障りな音が再び聞こえた。コードを飛ばしてバランスを取ろうとしているものの、“不幸のゲージ”がさらにホホエミーナに引き寄せられ、その揺れが次第に激しくなっている。

(これが最後のチャンスか――ウエスター、頼む!)

 ここまで来て、何故自分は心の内を、この相棒に隠そうとするのだろう――チラリとそんなことを思いながら、サウラーは相変わらず無表情のまま、ウエスターに懇願する。
「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」
「いいや、ダメだ!」
 激しくかぶりを振るウエスターを見つめて、サウラーが、今度はすっと目を細めた。
「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」
 静かに言い放った次の瞬間、サウラーの姿が忽然と消えた。

 瞬時に視野を広げ、動くものを探す。視界の端に捉えた影に、ウエスターは即座に足を跳ばした。
「行かせるかぁっ!」
「はぁっ!」
 ひらりと身をかわしたサウラーが、鋭く蹴り返してウエスターの正面に立つ。
「二人とも、やめて!」
 後方からのせつなの声を聞きながら、サウラーが目にもとまらぬ速さで右ストレートを放つ。反射的にその拳を受け止め、身体ごと放り投げた途端、強烈な違和感がウエスターを襲った。

(力で到底敵わないこの俺に、あのサウラーが拳を合わせただと……?)

「サウラー!」
 慌てて中空に、その姿を探す。さっき戦っていた時よりも、鼓動が速くなっているのを感じた。正体の分からない不安に突き動かされ、せわしなく視線を動かす。すると、ウエスターの目測よりかなり上空に、サウラーの白い影があった。
 高々と宙を舞うサウラーは、ウエスターと目が合うと、ニヤリ――ではなく、実に晴れ晴れと笑った。その笑顔を見た途端、全身に衝撃が走って、ウエスターが極限まで目を見開く。

392一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:10:04
――後は頼んだよ、ウエスター。

 サウラーの声が聞こえた気がした。耳ではなく、心の奥に響いて来る、声なき声。それを聞いた瞬間、ウエスターはもんどりうって空中へと跳び上がった。

「待て、サウラー!」
「ホホエミーナ、今だっ!」
 もつれ合う、ウエスターとサウラーの叫び声。

「ホ〜ホエミ〜ナ〜!」
 ホホエミーナの雄叫びが、今度は何とも哀し気に響く。その声と共に、ホホエミーナの身体が大きくなり、円形の扉も倍以上の大きさに膨らんだ。もうゲージのどの角度からコードが飛んできても、それはあっけなく扉の中へと吸い込まれていく。
 さっきまでとは比べ物にならないスピードで引き寄せられていくゲージ。それと共に、メビウスの巨大な像も、少しずつこちらに迫って来るように見える。
 そしてついに、“不幸のゲージ”が宙に浮く。だが、吸い込まれようとしているのはそれだけではなかった。

(あと少し……あともう少しだ!)

 両手を広げ、眼前に迫る“不幸のゲージ”を見つめながら、サウラーの身体もまた、木の葉のようにくるくると風に翻弄されながら、扉へと近づいていく。

(ウエスター。僕だって、未来に不幸を残したくはない。だから、完全に消去してみせるよ。デリートホールの中で!)

 “不幸のゲージ”が、眼前に迫って来た。濁った薄黄色の“不幸のエネルギー”は、間近で見ても、あの町――四つ葉町で集めたそれと、そっくりに見える。そのことを何だか嬉しく思いながら、サウラーが、グッと硬く硬くこぶしを握って身構える。と、その時。
 パシリ、という音がして、誰かがサウラーの腕を掴んだ。

 驚いて目を上げたサウラーの視界に飛び込んできたのは、せつなの顔だった。ホッとしたような、怒ったような顔でサウラーを睨み付け、腕を掴んだ手にギュッと力を込める。そしてせつなの身体を支えているのは、いつの間にそこまで跳び上がったのか、ホホエミーナの四角い身体の上に腹ばいになった、ウエスターだった。

「こんな策は認めん!」
 ウエスターの大声が、風の音を掻き消す。
「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」
「ウエスター……」
 サウラーが呟いた、その時。突然、三人の身体が――いや、三人を支えているホホエミーナの身体が、ぐらりと揺れた。

「うわぁっ!」
 三人が空中に放り出される。それと同時に動いたのはウエスターだった。
 右腕にせつなを、左腕にサウラーを、しっかりと抱える。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。
「ウエスター!」
 せつなの絶叫が響き渡る。二人を庇って、ろくに受け身も取らないまま落下したウエスターは、地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない。

 その直後、ドーンという衝撃音と共に地面が揺れた。もうもうと立ち込める土煙の向こうで、ホホエミーナの四角い身体が横倒しになっているのが見える。
 一体何が起こったというのか――血走った眼で辺りを見回したせつなの顔が、驚きの表情のまま固まった。
「そんな……どうして!?」

「ソレワターセー!」

 自分の見ているものが信じられない――その思いが、今度は耳から打ち砕かれる。
 暗緑色の蔦が絡み合ったような、巨大な姿。その真ん中にぱっくりと開いた裂け目から覗いているのは、邪悪に光る赤い一つ目――。
 最高幹部であったノーザだけが生み出せる、ラビリンス最強のモンスター。つい数時間前に、サウラーがこの街を守るため、“次元の壁”に封じ込めた怪物――ソレワターセが、そこに立っていた。

「愚か者どもめ」
 呆然として声も出ない二人の頭上から、声が降って来る。
「このラビリンスのものは全て、私の手中にある。あんな小細工など、見抜くことなどわけも無い」
 さっきまでこちらを見ようともしなかったメビウスが、不気味に赤く光る大きな目で、無表情にかつての僕たちを見下ろしている。
「……くっ!」
 人を小馬鹿にしたようなその口調に、ようやく我に返ったサウラーが、悔し気に空を見上げる。そしてすぐさまその目を怪物たちの方へと移し、弾かれた様に立ち上がった。

393一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:10:35
 サウラーが見た光景――それは、横倒しになったまま立ち上がろうともがいているホホエミーナに、ソレワターセが触手を伸ばすところだった。シュルシュルと蔦のような腕を伸ばし、絡め取った重そうな身体を苦もなく持ち上げる。
「ホ……ホエミーナ……」
 ホホエミーナが足をバタバタさせながら、か細い声を上げる。その声に、辛そうに顔をゆがめたサウラーが、次の瞬間、その身体目がけて飛んだ。

「はぁぁぁぁっ!!」
 サウラーの鋭い蹴りが、ホホエミーナに炸裂する。それと同時に、二体のモンスターが変化し始めた。
 二つの身体がぐにゃりと歪み、暗緑色のひとつの塊になる。その塊が大きく膨れ上がったかと思うと、天を突くような巨大な一体のモンスターが出現した。
 さっきの五倍、いや十倍以上の大きさになった身体は、やはり中央に円形の扉が付いた、鋼鉄のような四角張った姿。しかしさっきまでとは異なり、身体の表面が無数の円錐状の棘で覆われている。丸いつぶらな瞳の代わりに、三角に吊り上がった大きな目が、爛々と赤く輝く。その額には、植物とひとつ目を組み合わせたようなノーザの紋章――。

「ソレワターセー!」
 さっきまでのか細い声とは似ても似つかぬおぞましい雄叫びを上げて、新しい姿となったモンスターが、まだ空中に居るサウラー目がけて、ブン、と腕を振り上げる。こちらも棘付きの鉄球のように変化した手の攻撃をまともに喰らったサウラーは、あっけなく地面に叩きつけられる。
「サウラー!」
 せつなが必死で駆け寄ろうとするが、とても間に合わない。が、地面に激突しようとした瞬間、サウラーの表情が僅かに動き、ニヤリと不敵な笑みを形作った。

「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい。ソレワターセ、やれ」
「ソレワターセー!」
 地面に倒れたまま動かないウエスターとサウラー、そして二人を守るようにその前に立ちはだかるせつな。彼ら目がけて再び円形の扉が開かれようとしたとき、せつなにはサウラーの笑みの理由がはっきりと分かった。
 サウラーの渾身の蹴りが当たった場所――円形の扉は中央の部分が大きく凹んで、開くことが出来ない状態になっていた。ホホエミーナがソレワターセに取り込まれることを危惧したサウラーが、ギリギリのところで、仲間と自分が消去されるのを阻止したのだ。

「小癪な。だが、そんなものは気休めに過ぎん」
「ソレワターセー!」
 メビウスの冷ややかな声とともに、ソレワターセが今度は腕を振り回して暴れ始めた。辺りの廃墟が音を立てて崩れ落ち、瓦礫が盛大に空を舞う。
 やがて破壊音が止み、立ち込めていた埃が収まった後には、膨大な瓦礫の山があるだけで、動いている者は一人も居なかった。
 ウエスターとサウラーの傍らで、せつなも地面に投げ出された格好で横たわっている。そこから少し離れたところでは、ラブと少年が瓦礫の上に倒れ、二人に覆い被さる格好で、少女が倒れ込んでいた。

「愚かな……。本当に愚かな生き物だ、人間というものは」
 地面に横たわったまま、ぴくりとも動かない人間たちを、メビウスが天の頂から無表情に見つめる。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 先方にそびえる新たな城の方から、人間たちの声が小さく聞こえて来る。その声に少しの間耳を傾けてから、メビウスはもう一度、元幹部たちの方へと視線を戻した。

「しかし不思議だ。本当にこんな愚かな生き物が、一度は私の野望をくじくことが出来たというのか……」
 誰にともなく、怪訝そうにそんなことを呟きながら、ゆっくりと辺りを見回す。その時、メビウスの瞳があるものを捉え、“不幸のゲージ”から、新たな触手がゆっくりと動き出した。

〜終〜

394一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/10/28(日) 12:11:19
以上です。長くなってしまった……(汗)
ありがとうございました!

395名無しさん:2018/11/30(金) 18:43:55
祝♪プリキュア16年目確定!!
「スター☆トゥインクルプリキュア」、略し方はスタプリ?
どんなプリキュアか楽しみです。今はそれ以上にハグプリ終わるのが寂しいけど......。

396一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:31:40
おはようございます。
またまた大変遅くなりましたが、フレプリ長編の16話を投下させて頂きます。
5、6レス使わせて頂きます。

397一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:32:23
 鈍く光る壁に覆われた、とてつもなく大きな部屋。その中央には、ラビリンス新政府が国の運営のために使っているコンピュータが置かれている。
 かつての国家管理用メインコンピュータ・メビウスには、性能で遠く及ばない代物。だが、技術者たちが短期間で知恵を出し合い、資材をかき集めて作った新生・ラビリンスの大切な財産だ。その周囲を、表情のない数多くの人たちが取り囲み、黙々と作業を続けていた。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」

――我が新しき器を用意せよ。

 メビウスの命令に従って、隊列になって機材を運んでくる者たち。それを次々と接続する者たち。コンピュータを操作し、メモリーの増設を着々と行う者たち――。
 皆が一様に同じ言葉を唱えながら、無駄の無い動きでそれぞれの任務に取り組んでいる。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「ホホエミーナ! 一気に決めろ!」

 不意に、唱和ではないはっきりとした声が響いた。壁の上部に備え付けられた幾つものスクリーンが一斉に起動して、同じ光景を映し出す。
 それは、黒光りする巨大な四角い身体のモンスターが、これまた巨大なガラスの筒のようなものと対峙している光景だった。モンスターの胴体には丸く大きな穴が開いており、ガラスの筒は、ズズッ、ズズッ、と音を立てながら、その穴に引き寄せられようとしている。
 ガラスの筒――いや、ガラスの筒状の化け物が、反撃に転ずる。その側面から灰色のコードが何本も放たれ、箱状のモンスターを襲う。その瞬間、飛び出した小さな人影がコードを残さず掴み取り、束にして引きちぎった。
 そこで画面が急速にズームアップされる。映し出されたのは、コードを引きちぎった人物と、あと二人。モンスターの足元に小さく見えていた、三人の人物だ。

「デリートホールに吸い込んだからと言って、消去したことにはならん……それはお前もよく知っているだろう。つまり……」
「つまり、メビウスと“不幸のエネルギー”は、まだこのラビリンスに残り続けることになる。そういうことよね?」
 さっきコードを引きちぎった人物――三人の中で一番の大男の言葉を、紅一点の少女が引き取る。ああ、と頷いた大男が、もう一人の銀髪の男の方に向き直る。

「俺も懸命に考えたのだ、俺に出来ることを。そして分かった。俺とお前が組めば、メビウスは完全に消去できる。お前がコイツを捕まえている間に、俺が“不幸のエネルギー”を全て使い尽させればいいのだ。そうだろう!?」
 大映しになったその男は、カッと目を見開き、眉を吊り上げ、口から泡を飛ばす勢いで言い募る。
 声に温度があるならば、それは燃えたぎる火のように熱い声。だが、それに答えたのはまるで氷のような、冷たい声音だった。
「それは不可能だよ。メビウスが“不幸のエネルギー”を使い尽すはずがない」
 炎と氷がぶつかり合うような二人の睨み合い。しばしの沈黙の後、次に聞こえてきたのは、大男のさっきより低い声だった。

「このまま、また昔のように管理されるか。それともいつ飲み込まれるかもしれぬ不幸に、怯えながら生きていくか――。そんな未来をアイツらに……この国に押し付けるなんて、俺には出来ん。なあ、何か策があるのか?」
「それは封じ込めた後だ。そこをどけ」
 苦し気な、何かにすがるような大男の声を、銀髪の男のにべもない声が一蹴する。

 その途端、二人の間の空気がガラリと変わった。
 大男の全身からは譲れない意志が、銀髪の男の声には、初めて必死さを感じさせる熱が、ぶつかり合い、絡み合ってスクリーンから滲み出る。

「策は無いということか……。ならば、ここを通すことは出来ん!」
「僕が絶対に何とかする。だからそこをどいてくれ!」
「いいや、ダメだ!」
「そうか……ならば仕方がない。力づくでも、通してもらうよ」

 激しい言い争いの後、少女の制止を振り切って、拳と拳を交える二人の男。
 大男に放り投げられた銀髪の男が、ガラスの筒と一緒にモンスターの方へと引き寄せられていく。そんな彼の、その場にそぐわぬ穏やかな表情が大写しになった途端、その顔が驚愕の表情に変わる。

398一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:33:00
 次に映し出されたのは、少女に腕を掴まれた銀髪の男と、ホッとした表情を見せる少女、それにモンスターの上で少女の身体を支えている大男の姿だった。

「こんな策は認めん!」
 大男の声が響き渡る。
「お前が一人で、不幸を引き受ける必要はない。不幸は、俺たちみんなで抹殺するんだ。そうだろうっ!」
 いつの間にか静まり返った部屋に、大男の怒声が響いた、その時。画面の中の三人の姿が、突如激しく揺れ動いた。
 空中に放り出される三人。大男が残りの二人を庇って、地面に叩きつけられる。

「ソレワターセー!」
 驚愕の表情をした少女のアップの後、彼女の視線を追って映像が移動する。
 そこにあったのは、植物のような姿をした、さらに巨大なモンスターだった。ただの一撃で倒した箱型のモンスターにシュルシュルと触手を伸ばし、その身体を持ち上げる。
「はぁぁぁぁっ!!」
 銀髪の男の蹴りが炸裂した。それと同時に一つの塊となった二体のモンスターが、これまでとは桁違いの超巨大モンスターとなって、男を地面に叩き落とす。その瞬間、辺りに悲鳴のような声が響いたのは、スクリーンの中と外、どちらの出来事だったのか。

「この私を消去しようとは……身の程を知るがいい!」
「ソレワターセー!」
 重々しい声に答え、天の頂から振り下ろされる拳。
 一発。二発――さらに一発。
 おびただしい数の瓦礫が宙を舞い、もうもうと立ち込める埃が画面を白く曇らせる。

「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」
「全てはメビウス様のために……」

 人々は、相変わらず無感情に同じ言葉を唱えながら、コンピュータの周りを取り囲んでいる。その瞳には、再びスクリーンに映し出された彼らの姿――横たわったままピクリとも動かない三人の姿と、見るも無残に破壊された街の光景が映っていた。




   幸せは、赤き瞳の中に ( 第16話:本当の姿 )




 灰色一色の空と、まるでその空を映したかのような、瓦礫で埋め尽くされた地面。その上に倒れている六人の人影――。
 荒涼とした光景を、天の頂から無表情で眺めるメビウス。その巨大な姿の足元にある“不幸のゲージ”から一本の灰色のコードがするすると伸びた。

 コードは、仲間二人を庇うように倒れている少女をかすめるように素通りし、彼女が覆い被さっているもう一人の少女に、音もなく近づく。そして彼女の手元に落ちていたものを絡め取ろうとしたとき、その少女――ラブが薄っすらと目を開けた。

 途端にハッと目を見開き、コードが狙っていたものを拾い上げて大事そうに胸に抱く。
 それは、せつながラブに託したノーザの本体。ウエスター、サウラー、せつなの三人が懸命に戦っている間、ラブがずっと両手で握り締めていた、あの球根だった。
 コードが即座に標的をラブ自身に切り替える。だが襲い掛かる前に、その鎌首を華奢な手が素早く掴んだ。
 ラブと少年に覆い被さっていた少女が跳ねるように立ち上がり、コードを引きちぎって油断なく身構える。そんな彼女を襲ったのは、天から降って来た冷ややかな声だった。

「何の真似だ?」
 メビウスが少女を見下ろし、淡々とした口調で言葉を続ける。
「耳を澄ますがよい。我がラビリンスは、再びこの私が管理した。お前の望んでいた通りの世界になったのではないか」
「私は……」
 そこで言葉に詰まって、少女が唇を噛みしめる。

 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。
 全てはメビウス様のために。全てはメビウス様のために。

 メビウスの言う通り、人々が唱和する声が、今はメビウスの城となった新政府庁舎の方から小さく聞こえていた。
 かつてはラビリンス全土で、常に聞こえているのが当たり前だった声。だが、その声が耳に入った時、何故か少女の脳裏に蘇ったのは、全く別のもの――ラビリンスの人々の、笑顔だった。

399一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:33:36
 メビウス亡き後、初めてE棟以外の人々と寝食を共にしたとき、遠慮がちに向けられた幾つかの微笑み。やがてそれは次第に柔らかく深くなって、今では誰もが自然に浮かべる笑顔になっていった。
 それと同時に、新しいラビリンスを受け入れられなかった少女にとって、笑顔というものは、向けられるといつも苛立ちばかりが先に立つ、大嫌いなものになっていった。それなのに――。

(もう、このラビリンスであんな能天気な顔を見ることも、なくなってしまうのか……)

 ブン、と頭をひとつ振って、何を馬鹿なことを、と呟く少女。その時、ラブを狙うもう一本のコードが音もなく忍び寄り、あっという間に少女の脇をかすめた。
 飛ぶように現れたせつなが、慌てて手を伸ばす少女を突き飛ばすようにして、すんでのところでコードを弾く。その時、よろめいた少女の腕を掴んで引き戻したのは、ようやく気絶から目覚めたらしい、あの少年だった。

「大丈夫だ。やらなきゃならないことを、これから一緒に全力でやるぞ」
「やらなきゃ……ならないこと?」
 苦いものを噛みしめているかのような口調で問いかける少女の顔を、せつなも優しい眼差しで見つめて、静かに頷く。
「ええ。それは、あなたの本当にやりたいことに繋がっているはずよ」
「本当に、やりたいこと……」
 力のない声――でもさっきよりは明るい声でそう呟いた少女は、少し照れ臭そうな顔で少年とせつなの顔を見つめると、そっと少年の手を払った。
「やりたいことなんて分からない。だけど……今はコイツを、全力で守る!」

 三人の若き戦士が並び立ち、油断なく身構える。そんなかつての僕たちには目もくれず、メビウスは彼らに守られている一人の少女――球根をギュッと胸に抱きしめているラブに、無表情な視線を向けた。
「さあ、それを渡せ。それはお前が持っていても、何の役にも立たん」
「どうしてそんなに、ノーザを欲しがるの? やっぱり、最高幹部だから?」
 ラブが真っ直ぐにメビウスを見つめ、負けじと大声を張り上げる。それを聞いて、メビウスは口の端をわずかに上げた。

「ノーザ? 私はノーザが欲しいのではない。欲しいのは、私のデータだけだ」
「メビウスのデータ……?」
「それって、どういう意味!?」
 怪訝そうに呟くせつなの後ろで、ラブが再び天に向かって呼びかける。

「ノーザには、最高幹部の他にもっと大きな役割がある」
「メビウスの……あなたの護衛として作られたんだよね? ノーザも、クラインも」
「そんなことまで知っているのか」
 ほんの一瞬目を伏せたメビウスが、すぐに元の無表情に戻って語り始める。

「そうだ。私は自分の護衛として、爬虫類のDNAからクラインを、植物のDNAからノーザを生み出した。だが、護衛というのは表向きのこと。二人の本当の役割は、別にあった」
「本当の……役割だと? それは何だ!」
「是非、お聞かせ頂きましょう」
 ラブの隣から、二つの新たな声が響いた。ウエスターとサウラーが、瓦礫の上からゆっくりと起き上がり、鋭い目で元の主を見上げる。

「クラインは、私のデータの管理とメンテナンスを行う。そしてノーザは、私のプログラムのバックアップを兼ねている」
「何だと……」
「一般に、植物は動物よりもメモリーの容量が大きい。無限メモリーの足元にも及ばないが、管理データ以外のプログラムなら、ノーザの体内に保存可能だ」

「ねぇ、せつな。バックアップ、って何?」
 驚きに目を見開くサウラーの顔をチラチラと見ながら、ラブが不安そうな声でせつなに尋ねる。
「データのコピー、という意味よ。メビウスに何かあった時のために、ノーザはメビウスのプログラムのコピーを、その身体の中に持っていたの」
 低い声でそう説明したせつなが、震える声でメビウスに問いかける。

「じゃあ、あなたに何かあったら、ノーザは……」
「そうだ。私に何かあれば、ノーザはその身を犠牲にしてでも、自身が持っているデータを使って私を復活させる任務を担っている」
「……」
「……」
「……」
 あまりに衝撃的な事実に二の句が継げないでいる元幹部たちを、心なしか少し面白そうな顔で見つめてから、メビウスがちらりと少女に目をやる。

400一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:34:07
「お前はあの植木を、植物に戻ったノーザの本体だと思って手に入れたのだろう? だが、あれはノーザが私のデータを含めた自分のバックアップを取っていた植木だ。だから私の基幹プログラムに影響は無かったが、大事なデータの一部が欠落していた」
「大事なデータって……」
「このラビリンスに乗り込んできた、プリキュアとの戦いの記録だ」
 メビウスの視線が、今度はラブと、その前に立ちはだかるせつなへと向けられる。

「何故これほど愚かな人間どもに、この私が倒されたのか、その一部始終だ。そう大きな問題ではないと思っていたが……やはり何らかの不具合があれば、原因は究明しなければならぬ」
「じゃあ、ノーザが自分の身体を……あの球根を欲しがったのって……」
 今度はラブが、唇をわなわなと震わせながら、メビウスを見つめて問いかける。その顔を傲然と見つめ返して、メビウスはさも当たり前といった口調で答えた。
「無論、私のためだ」

「ソレワターセー!」

 不意に、巨大な影が六人の頭上を覆った。さっきまで盛大に暴れ回っていた巨大な怪物が、ラブたちの後方から地鳴りのような音を立てながら近づいてくる。
 ウエスターとサウラーが、即座にソレワターセからラブを守るように立ちはだかる。せつな、少年、少女を含め、ラブを取り囲むようにして守りを固める五人に、メビウスの嘲るような声が降って来た。
「ソレワターセは、私の欲しいものを奪うためなら手段を選ばぬ。一般人を傷付けるのは本意ではないが、私の僕であるお前たちは話が別だぞ。私の命ずるがままに生きるという役割を放棄し、この私に逆らったのだからな」

「はぁぁぁぁっ!!」

 皆まで聞かず、ウエスターとサウラーのダブルパンチがソレワターセに炸裂する。襲ってくる鉄球のような腕をかいくぐり、サウラーがダメージを与えた扉に向かって同時に拳を叩きつける。
 わずかにのけ反ったソレワターセが、反動でぐっと前かがみになり、ラブ目がけて突進しようとする。それを見るや否や、今度はせつなと少女が同時に宙を舞った。

「たぁぁぁぁっ!!」

 ソレワターセの足元に狙いを定めた、少女とせつなのダブルキック。その瞬間、ずっと無表情だったメビウスが驚きに目を見開く。
 ソレワターセが地響きを立てて、瓦礫の上に腹ばいに倒れたのだ。着地と同時に目と目を見交わして、小さく微笑む二人。それを見てラブも嬉しそうに微笑んだが、次の瞬間、ソレワターセの猛攻が二人を襲った。
 鉄球のような腕で弾き飛ばし、瓦礫の上に叩きつけたところに、さらに鉄球をお見舞いする。
「二人とも、しっかりして!」
 再び地面に倒れ込んで動けなくなった二人の元に、転がるように走り寄るラブ。その頭上から、再びメビウスの冷徹な声が降って来た。

「ふん、他愛もない。さあ、それを渡せ。こんな愚かな者たちのせいで、もう二度とこんなエラーを繰り返さないためにも、原因を……」
「何言ってんの?」

 その声を聞いた時、一体誰が発した声なのか、少女にも、そして少年にも分からなかった。
 低く、暗く、くぐもった声。その声の主は、射るような眼差しを天に向けながら、ウエスターとサウラーの制止を振り切って絶対者の前に立つ。
 桃色の瞳が、まるで光を放っているかのように爛々と輝いている。ツインテールまでもが、怒りのあまりいつも以上に逆立っているように見える。
 全身でメビウスに挑みかかるような前のめりの姿勢で、ラブはその震える声を、今度は天に向かって張り上げる。

「せつなの役割? ノーザの役割? そんなものが、せつなや、ノーザや、この子たちの人生より……幸せより大切だなんて、おかしいよっ!!」

 “不幸のゲージ”の側面から、再び灰色のコードが音もなく放たれる。メビウスだけを見上げているラブはそれに気が付かない。だが次の瞬間、コードはラブに襲い掛かる前に、何故か白く光って消えてしまった。
 飛び出そうと身構えていたウエスターとサウラーが、不思議そうに顔を見合わせる。ラブはそんなことには全く気付かず、メビウスに向かって必死で言葉を繋いでいた。

 少女に連れられ、せつなたちが育ったE棟を訪れたこと。彼女たちがそこで過ごした日々について、少女に教えてもらったこと。
 自分なんか勉強も何もしていなかった幼い頃から、せつなや少女がずっと頑張って来たことを改めて知った。楽しいことなんか何も無い毎日の中で、それでも懸命に知識を身に着け、技を磨いて来たことがよく分かった――。

401一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:34:40
「そうやって歩いて来た道は、身に着けた技や力は、あなたのものなんかじゃない。せつなのものだよ。この子のものだよ。せつなたちがこの先、生きていくための力……幸せになっていくための、みんなを幸せにしていくための、せつなたち自身の財産なんだ! ノーザだっておんなじだよ。あなたのために自分を犠牲にするなんて、そんなのおかしいよ!」
「黙れ!」

 メビウスの怒鳴り声と同時に、誰かがラブを突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ。まだ倒れたままのソレワターセが放った触手から、せつなが身体を張ってラブを守ったのだ。
 なかなか起き上がれないでいる二人の頭上から、メビウスの声が響く。
「幸せ? くだらん! 私が管理する世界では、悲しみも、苦しみも、不幸も無い。私のために存在することこそが、ラビリンスの国民の、正しい……」
「メビウス様」
 今度は落ち着いた、しかしはっきりとした声が、メビウスの言葉を遮った。身を起こしたせつなが、ラブと同じように真っ直ぐに元の主の顔を見上げる。そしてラブを優しく抱き起してから、瓦礫の上にしっかりと立った。

「正しい姿なんて、私たちには必要なかったんです」
 せつなは穏やかな、嬉しそうにすら見える瞳でメビウスを見つめ、静かに言葉を続ける。
――あなたの作ったラビリンスの世界は、間違っています。
 あの時の自分の言葉を思い出した。心からそう思い、メビウスにも分かって欲しくて口にした言葉。だが……。

(あの時は、メビウス様がコンピュータだなんて知らなかった。メビウス様にとっては、悲しみも、苦しみも、不幸も無い世界こそが、プログラムされた正しいゴール。だからああ訴えかけても、受け入れては貰えなかったんだわ)

「何だと?」
 さっきのような怒鳴り声ではない不審げな声で、メビウスが問いかける。そんな元の主の大きな瞳に、せつなは生まれて初めて、ニコリと小さく笑いかけた。
 そんなせつなをすぐ隣から見つめるラブが、不意にごしごしと目をこする。ほんの微かな光だけれど、せつなの身体が、ぼおっと赤く光っているような気がしたのだ。
 ラブのそんな様子にも気付かず、せつなは右手を自分の胸に当てると、そっと目を閉じた。

(ラブは、私の辛い痛みも、悲しい過去も受け止めて、私のものだと言ってくれた。私の財産だと言ってくれた)

 トク、トク、トク……。
 心臓の鼓動を、掌に感じる。あの日――ラビリンスのイースとしての寿命を終えたあの日に、もう一度生かされたこの命。だが、絶たれたはずのイースとしての過去は、決してそれで終わったことにはならなかった。
 激しい悔いと、悩み、苦しみ。必死で目を背けて来たあの日々に意味があったのか、本当のところはまだ分からない。
 でも、あの日々を生きていた自分も、幸せを求めていたことに気付いた。あの辛かった日々を愛し、光を当ててくれる親友が居た。

(だったら私は、私が持っているもの全て――私の本当の姿全てで、守りたいものを守って見せる!)

「人は、様々なものを乗り越えて、そのたびに姿を変えていきます。それが正しいか正しくないかなんて、誰にも分からない。でも、それらはどれも本当の姿なんです」
 せつなが再び、穏やかな眼差しを天の頂へと向ける。今や誰の目にもはっきりと、強く明るい赤い光を放つその姿を、少年と少女が、ウエスターが、サウラーが、そしてラブが、驚きの表情で見つめる。

「私は、あなたの僕であったラビリンスのイース。その寿命を断たれた後に、四つ葉町で生まれ変わった東せつな。そして――幸せのプリキュア、キュアパッションです」
「せつな」
 他の誰もが呆然とした表情で見つめる中、ラブだけがその言葉を聞いて、実に嬉しそうな笑顔を見せる。その途端、赤い光は輝きを増し、燦然たる輝きを放った。
 せつなが空に向かって両手を差し伸べ、高らかに呼びかける。

「アカルン!」
「キー!」

 打てば響くように、高く澄んだ声がこだまする。そして、灰色の空にキラリと赤い煌めきが見えたかと思うと、その可憐な姿が見る見るこちらへと迫って来た。

〜終〜

402一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/12/30(日) 07:35:36
以上です。ありがとうございました。何とか年内に間に合った!
次回は今度こそ早めに更新したいと思います。

403一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:26:47
こんばんは。
フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。5レスほど使わせて頂きます。

404一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:27:23
「アカルン!」
「キー!」

 灰色の空の彼方に、小さな赤い光が煌めく。見る見るこちらに迫って来たのは、頭に大きなリボンをつけ、背中に小さな羽を持った妖精――幸せの赤い鍵・アカルン。そのあどけない顔を嬉しそうに見つめるせつなの隣から、ラブが驚いたように身を乗り出した。

「ピルン!」
「キー!」

 アカルンの後ろから、もう一体の妖精が顔を覗かせる。姿形はアカルンにそっくりだが、その身体の色は赤ではなく、ピンク色。リボンの代わりにコックのような帽子を被った、愛の鍵・ピルンだ。その大きな瞳に、うん、とひとつ頷いてから、ラブはせつなにキラリと光る眼差しを向けた。

「ありがとう、せつな。じゃあ、行くよっ」
「ええ、ラブ!」
 そう言い合うと同時に、リンクルンを構える二人。一直線に飛んできた妖精たちが、それぞれの場所に勢いよく飛び込む。
 銀色のチャームでリンクルンを開き、ホイールを回す。それと同時に爆発的に迸る、ピンクと赤の光――!

「チェインジ!! プリキュア!! ビートアーップ!!」

 二人の高らかな声と共に、今、変身の儀式が始まる。

 力強く大地を蹴って、空中へと飛び上がるラブ。
 聖なる泉へと身を躍らせ、水中を高速で駆けるせつな。
 それと同時に、二人の胸に四色の四つ葉のクローバーが浮かび上がる。
 その身に纏うは可憐な衣装と、無限のメモリーから託されし、伝説の大いなる力。
 ラブのツインテールは長く伸びて金色にたなびき、ピンクのハートの髪飾りがそれをまとめる。
 せつなの漆黒の髪は、淡い桃色のロングヘアとなり、白い羽飾りのついた赤いハートと、ティアラの輝きがそれを彩る。

 生まれ変わった姿で、大地に向かって急降下する。
 愛する世界、守りたい世界へと、今、帰還するのだ。

「ピンクのハートは愛ある印! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」
「真っ赤なハートは幸せの証! 熟れたてフレッシュ! キュアパッション!」



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第17話:もう一度、みんなで )



 二色の光の柱が立ち昇った後、姿を現した二人のプリキュア。
 天の頂からその姿を見下ろしたメビウスは、真っ直ぐに自分を見上げるパッションに目をやって、眉間に深い皺を寄せた。
「その姿こそがお前の本当の姿……そう言いたいのか」
「少し前までは、ずっと自分にそう言い聞かせて戦ってきました」
「パッション?」
 静かに語るパッションを、隣から心配そうに見つめるピーチ。そんな彼女に小さく笑いかけてから、パッションは再び元の主へと向き直る。

「出来ることなら、イースだった過去を消し去りたかった。けれど、気付くことが出来ました。あの頃の……イースだった頃の私も、もっと幼い頃の私も、全てが私の本当の姿。愚かだったけれど、精一杯幸せを求め続けていたんだ、ということに」
 そう言って、パッションは胸のクローバーに手を触れると、少しの間、そっと目を閉じた。
「そしてこの姿もまた、私の本当の姿。みんなの幸せを守りたいという誓いの証。だからこの姿で、もう一度あなたと向き合いたかったのです」

「くだらん!」
 怒りの声が、天の高みから降って来た。それと同時に目の前の“不幸のゲージ”が、ゴポリ、と不気味な音を立てる。
「幸せなど、不幸の裏返し。不幸の無いラビリンスで、求める必要などない」
「そう。不幸の無いこの世界で、私はずっと、あなたの言われた通りに生きてきました。それでも……そんな私でも、そうとは知らず幸せを求めていた。それは、人が生きていくために大切なものだからではありませんか?」
「……」

 メビウスが一瞬、虚を突かれた様子で沈黙する。が、すぐに苛立たし気な声が、雷のように辺りに轟いた。
「愚か者め。それは、お前たち人間が愚かであるという証拠だ!」
「ソレワターセ!」

405一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:27:56
 間髪入れずにおぞましい声が響く。起き上がった巨大なソレワターセが、先端が巨大な鉄球になった腕をブンブンと振り回しながら、パッションとピーチの背後にじりじりと迫ってくる。
「安心しろ。今度こそ完璧に、お前たちを管理してやる。さあ、私のデータを渡せ」
「ソレ、ワターセ!」

 迫り来る攻撃に対し、跳び退って身構えるピーチとパッション。が、二人が飛び出すより早く、小さな黒い影が宙を舞った。

「はぁぁぁぁっ!」
 唸りを上げる鉄球に、少女が鋭い蹴りを放ったのだ。鉄球はあさっての方角に弾き飛ばされたが、二人の目の前に着地しようとした彼女目がけて、もう一本の鋼鉄の腕が襲い掛かかった。
 思わずギュッと目をつぶり、両腕でガードを固める少女。すると次の瞬間。

「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」
 高らかな声に続いて、ゴン、という鈍い音が少女の耳を打つ。見開いたその目に飛び込んできたのは、鮮やかなピンクと赤の衣装で宙を舞い、寸分たがわぬタイミングで巨体の胴を蹴りつける、ピーチとパッションの華麗な雄姿だった。

「ソーレワターセェェェ!!」
 のけ反って一歩、二歩と後ずさったソレワターセが、三角の目をさらに吊り上げて、二人目がけて自慢の腕を叩きつける。
「はっ!」
 短い気合いを発して、ピーチが巨人に向かって跳ぶ。そして巨体の両腕が交差したところを見計らって、その腕を束ねるようにむんずと掴んだ。

「おぉぉりゃぁぁぁっ!!」
 闘志全開の雄叫びと共に、二つの鉄球が巨体の胸板目がけて放たれる。
「ソ……レワタ……セ……」
 渾身の一撃を喰らったソレワターセが、たたらを踏んで後ずさる。
「はぁぁっ!!」
 すかさず飛び出したパッションの蹴りが、今度は怪物の額の辺りに炸裂する。これにはたまらず、ソレワターセは地響きを上げて仰向けに倒れた。

「大丈夫?」
 少女の隣に降り立ったピーチが、あっけにとられた様子の少女の顔を、優しく覗き込む。
「平気よ。でも……ありがとう」
「お礼を言うのはあたしの方だよ。ありがとう!」
 もごもごと礼を言う少女に向かって、ニコリと屈託のない笑顔を見せるピーチ。その顔を上目づかいで見つめてから、少女は少し寂しそうな笑顔で、力なく首を横に振った。
「今のあなたは、もう守られる必要なんて無いわね。私の出る幕は……」
「あのね。お願いがあるんだ」

「え?」
 唐突な言葉に、少女が思わず顔を上げる。ピーチはその顔を真っ直ぐに見つめると、もう一度ニコリと笑って言った。
「今度はあたしに、ラビリンスを元に戻すお手伝いをさせてくれないかな」

 驚きに目を見開く少女に、ピーチがポリポリと頭を掻きながら、少し照れ臭そうに言葉を繋ぐ。
「あたし、ラビリンスの人たちが大好きなの。ううん、何度もここに来ているうちに、どんどん好きになったんだ。だから、少しでも力になりたいの」
 ピーチの顔をじっと見つめていた少女が、次第にうつむきがちになり、やがては項垂れて地面を見つめる。
「なんで……どうしてそれを、私に? 私はこの国と、この国の人たちに取り返しのつかないことをしたというのに」

「そんな! 取り返しがつかないなんて……」
「ラブ」
 不意に、低くて穏やかな声が、ピーチの言葉を遮った。ピーチの反対隣りから、パッションがそっと少女の肩に手を置く。ビクリと震える肩をそっと撫で、微笑みながら彼女の顔を覗き込む。
「それで、あなたは今、何がしたいの?」
「……」
「取り返しがつくかつかないか、出来るか出来ないかじゃなくて、あなたが今したいことは、何?」
 パッションの顔を見ようともせず、じっと地面を見つめた少女は、そのままの姿勢で、絞り出すような声を上げた。
「私は……この国の人たちの、笑顔を取り戻したい。ずっと大嫌いだったけど……あの脳天気な顔を、もう一度見たい!」

406一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:28:40
「よし! ならば俺たちの目的はひとつだな」
 不意に、少女の後ろから野太い声がした。腕組みをしたウエスターが、振り返った少女にニヤリと笑いかける。そして隣に立っている相棒に、相変わらずの大声で言った。
「サウラー! もう一度、今度はここに居るみんなで力を合わせてやってみるぞ!」
「何をだい?」
「決まってるだろう。“不幸のゲージ”を空にする。そのために」
 ウエスターはそう言いながら腕組みを解き、その太い指で、既に上半身を起こしているソレワターセをビシッと指さす。
「まずはコイツを、元に戻す!」
「ふん、どうせ作戦は、僕が考えるんだろう?」
 口の端を斜めに上げて、まんざらでもない口調で問い返すサウラー。その後ろから走って来た少年が、皆の顔をぐるりと見回した。
「俺も……俺にもやらせてください。お願いします!」
 深々と頭を下げるその姿を見つめてから、せつなは少女の肩を掴んでその顔を上げさせた。
「一人一人の想いが集まれば、大きな力になる。私も、精一杯頑張るわ!」



「あのソレワターセは廃棄物処理空間と、その中にあったデリートホールを取り込んでしまった。だから元あった場所で、あいつを元に戻す必要がある」
 立ち上がろうともがくソレワターセに油断なく目を配りながら、サウラーが早口で語り出す。
「メビウスの城の跡地のことか? ならば、あいつをそこにおびき寄せればいいんだなっ?」
「でも、それは危険すぎるんじゃないかしら」
 ソレワターセとメビウスに聞かせまいと思ったのか、ウエスターが珍しく口元に手を当ててひそひそと囁く。それに答えたのは、パッションの低い声だった。

「あそこは新庁舎に……今、多くの人々が集まっている場所に近いわ。あんなところで戦闘になったら……」
「そっか。確かに危険だよね」
 ピーチが頷き、サウラーは相変わらず怪物から目を離さず、じっと考え込む。と、その時。
「あ、あのぉ……」
 遠慮がちで、自信のなさそうな声が沈黙を破った。

「何だ? 遠慮は要らん、言ってみろ」
 五人の視線が一斉に注がれて、途端に真っ赤になった少年の肩を、ウエスターがポン、と叩く。それに励まされたのか、少年は思い切った様子で口を開いた。
「それって……廃棄物処理空間って、元の場所に戻さなければいけないものなんですか?」

「そりゃあ君、元々メビウスの城の地下に造り付けられていたものだから……」
「待て、サウラー。……おい、もう少し詳しく、お前の考えを説明しろ」
 ウエスターがサウラーの言葉を遮って、少年にさらに声をかける。その言葉に、少年はしどろもどろになりながらも、懸命に言葉を紡ぐ。
「あの、も、もしこの近くに、それが入るだけの……えっと、それを格納できる建物があれば、そこで元に戻すっていうのは……」

「なるほど。今なら廃棄物処理空間の場所を、動かすことも出来るということか。それは考えつかなかったね」
 少し考えてから、サウラーがそう呟くのを聞いて、ウエスターが何故か得意げに胸を張り、少年はふぅっと大きな息を吐く。
「だが、この近くにそんな建物は……」
 すると、サウラーの言葉が終わらないうちに、今度は少女がさっと腕を伸ばした。何も言わずに、さっきまで自分たちが隠れていた廃墟を指さす。まるで巨大な瓦礫の吹き溜まりのように見えるそれは、よく見ると、まだしっかりとした建物の骨組みを保っている。
 サウラーが全員の顔を見渡して、小さく頷く。それを合図に、六人は一斉にばらばらの方角へと散った。



「ソレワターセー!」
「残念ね。あなたにこれは渡せない!」
 起き上がったソレワターセの目の前に立っていたのは、左手を腰に当て、右手にノーザの球根を握り締めたキュアパッションだった。まるで見せつけようとでもするように球根を肩の上まで掲げてから、くるりと踵を返して駆け去ろうとする。

「ソーレー、ワターセー!」
 ソレワターセの鉄球の腕がぐんと伸びてパッションを襲う。避けたと見て、もう一度。さらにもう一度。だが、パッションは時に宙を舞い、時に方向転換しながら、鉄球をことごとく避けていく。
 業を煮やしたソレワターセが、ドスドスと地響きを上げながら、パッションの後を追い始める。それを見て小さく微笑んだパッションが、ぐんと走る速度を上げた。
 負けじとソレワターセもスピードアップする。パッションはちらちらと後ろを振り返りつつ、鉄球が届かないギリギリの距離を保って、ソレワターセを誘導していく。
 やがて、さっき少女が指し示した巨大な廃墟の前に差し掛かった途端、パッションの身体は赤い光を放って消えた。

407一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:29:10
「ソレッ?」
 突然目標を失い、キョロキョロと辺りを見回すソレワターセ。その巨体目がけて、サウラーとウエスター、二つの影が矢のように跳ぶ。
「はぁぁぁぁっ!!」
「ソーレ……ワターセー!」
 肩口を蹴りつけられてよろめいた怪物が、さっき少女に相対した時と同じように、中空にいる二人に向かって腕を伸ばそうとする。

 だがその時、満を持して飛び出した少年と少女が、その腕を一本ずつ掴んで綱引きのように引いた。
 懸命に振りほどこうとするナケワメーケ。ズルズルと引きずられそうになりながら、少年が声を張り上げる。
「頑張れっ! もう……少しだ!」
「いっ……言われなくても……分かっている!」
 少女も歯を食いしばって叫び返す。
 渾身の力で怪物を抑えようとする二人に、着地したウエスターとサウラーが駆け寄る。そして四人で、長い二本の腕を後ろ手に縛りあげた。

「今だ、プリキュア!!!!」
「オッケー!」
「わかった!」
 その声とともに、ピーチとパッションがソレワターセの前に躍り出る。

 ピルンとアカルンがリンクルンから飛び出し、くるくると踊りながら、秘密の鍵へと姿を変える。二人はその鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
 光と共に現れる、それぞれのアイテム。
 ピーチはそれをくるりと手の中で転がしてから、キラリと光る先端を、ソレワターセに向ける。
 パッションは胸の四つ葉から取り出した、最後にして要のピース、赤いハートを取り付ける。

「届け! 愛のメロディ。キュアスティック・ピーチロッド!」
「歌え! 幸せのラプソディ。パッションハープ!」

 二つのアイテムから、それぞれの音色が響き渡る。

「吹き荒れよ! 幸せの嵐!」

 高く掲げられたハープの周りに、真っ白な羽が出現する。

「悪いの悪いの、飛んで行け!」

 大きくジャンプしたピーチのヒールが、カツンと澄んだ着地音を響かせる。

「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ハピネス・ハリケーン!」

 ソレワターセに向かって巨大なハート形の光が弾け飛び、赤い旋風がそれを追うように螺旋を描いて飛んでいく。
 ミシリ、と廃墟の扉が軋む。廃墟にもたれかかる格好になったソレワターセを、ピンクと赤の光弾が包み込む。

「はぁ〜〜〜!!」

 アイテムの先端をソレワターセに向け、ピーチとパッションが気合いの籠った声を上げる。少年と少女が、ウエスターとサウラーが、固唾を飲んでそれを見守る。
 だが。

「ソ……レ……ワタ……セェェェ!!」

 ソレワターセの方も、浄化されまいと抵抗する。後ろ手に縛られた身体を何度も廃墟に叩きつけ、ついに腕の拘束を解くと、その勢いのままに二色の光弾を撥ね飛ばした。
 力なく飛び去って行こうとする、ピンクのハートと赤い旋風。だが間髪入れず、ピーチとパッションがアイテムを持つ手に力を籠める。

「まだまだ〜!!」

 再び勢いを取り戻した二色の光が、弧を描いて戻ってくる。すかさず腕を交差してそれを防ごうとするソレワターセ。だが、その行動が裏目に出た。
 ウエスターが右手を、少年が左手を、力自慢の二人がそれぞれ掴み、渾身の力で手繰り寄せる。交差したままの腕を左右に引っ張られたソレワターセが、自らの腕で拘束された格好になったところへ、光弾が再び怪物に命中した。

408一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:29:43
 ボン! と大きな音がして、二色の光弾と赤い旋風がソレワターセを包み込む。
「よしっ!」
 思わず声を上げたウエスターを、少し呆れた顔で眺めるサウラー。少年と少女が顔を見合わせ、どちらからともなく小さく笑い合う。
 だから、誰も気が付かなかった。これまで無表情で一部始終を眺めていたメビウスの瞳が、その瞬間、不気味な赤い光を放ったことに。

「シュワ、シュワ〜!」

 ついにソレワターセが力のない雄叫びを上げた。巨大な身体は霧のように消え失せて、廃墟がズン、と大きく震える。
 だが、パッションはそこで不審げに眉をひそめた。ピーチも硬い表情で、ソレワターセが消えた廃墟から目を離さない。
 ソレワターセを浄化した時に、いつも聞こえるあの音――“パン! パン! パン!”という三つの破裂音が、一向に聞こえてこないのだ。
 やがて、ピンクと赤のハートが消え失せて、二人が警戒しながらそっとアイテムを下ろす。その時、廃墟から何かが飛び出して、ヒュン! と“不幸のゲージ”目がけて飛んだ。

「え、何っ!?」
 呆然と立ち尽くすピーチの隣から、突然パッションがゲージに向かって走り出す。パッションの人並外れた動体視力が捉えたもの――それは、普通なら浄化と同時に弾けて消えるはずの、“ソレワターセの実”だった。

(一体なぜ? なぜ今回に限って、浄化されずに残ってしまったというの!?)

 さっぱり訳が分からぬまま、ただとてつもなく嫌な予感だけが、胸の中で急速に膨らんでいる。
 ピーチが、そしてそれを見ていた四人が、慌ててパッションに続く。だが、パッションはすぐに足を止め、残りの五人も呆然とした表情で立ちすくんだ。

 一直線に飛んだ“ソレワターセの実”が、まるで溶けるように“不幸のゲージ”のガラスに吸い込まれる。すると、たちまち暗緑色の怪しい光が立ち昇り、ゲージがまるで生き物のように、ドクン、ドクン、と脈打ち始めた。

 突然、ゲージの周りに蔦のようなものが絡みつき、ゲージ全体が大きく膨れ上がる。そして光が収まった後に現れたその姿を見た時、ピーチの瞳は大きく見開かれて小刻みに震え、パッションの両の拳は、痛いほどにギュッと握り締められた。

 見忘れるわけがない。薄黄色の液体を湛えたゲージと植物が融合したような不気味な姿――それは以前占い館に乗り込んだとき、館を破壊してプリキュアたちの前に現れたソレワターセの姿そのものだった。

「残念だったな。まだ使いようがあるものを、みすみす無駄にはせぬ」
 現れたモンスターを見下ろしながら、メビウスが満足げな声を出す。だが、その声に答える者は誰も居なかった。

「ソレワターセー!」
 さらにおぞましい雄叫びを上げるソレワターセに、少年と少女が慎重に距離を取る。あの時の、不幸のエネルギーによる強烈な攻撃を思い出して、ピーチとパッションだけでなく、ウエスターとサウラーも厳しい顔つきで身構える。
 だが、そこでソレワターセが、誰もが予想しなかった動きに出た。

 見るからに重そうな巨体が、すぅっと空へと浮かび上がったのだ。その途端、空を覆い尽くさんばかりであったメビウスの姿が、まるで吸い込まれるように、ソレワターセの身体の真ん中にあるゲージの中へと消えた。
 ソレワターセはゆっくりと高度を上げて、あっけに取られてその姿を見つめる六人の頭上を飛び越える。その時、ソレワターセの中からメビウスの高らかな笑い声が響いた。

「フハハハハハ……! 愚か者どもよ。これで我が城に入れば、ラビリンスは再び、完全に私のものだ!」

「まだ……まだまだ、諦めてたまるかぁっ!」

 不意に凛と響いたその声に、全員が驚いて声の主の方へと目をやる。
 少女が、行き過ぎようとする怪物を睨み付け、今にも飛びかからんばかりに身構えている。その燃えるような瞳を見て、パッションの頬に薄っすらと笑みが浮かんだ、その時。

「ん? なんだ……な、なんだ、これはぁっ!」
 突然、メビウスの慌てふためいた声が響き、ソレワターセの身体が、柔らかな光を放ち始めた。

〜終〜

409一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/01/28(月) 22:30:23
以上です。ありがとうございました。
競作までに何とか完結させるべく、頑張ります。。。

410そらまめ:2019/01/30(水) 22:05:01
こんばんは。投下させて頂きます。
「バイト始めました。」7話目です。
タイトルは、「バイト始めました。なな」です。

411そらまめ:2019/01/30(水) 22:05:54
こんなことってあるのだろうか。眼の前にはおふくろの味、もとい、家庭の味が所狭しとテーブルに並んでいる。ここは天国か。

心の中で涙を流しながら料理を口に運ぶ。思わず昇天しそうだった。隣からせつなまたピーマン食べてない。だの、ラブだってニンジン残してるじゃない。だの、ふたりとも残さず食べるのよ。だのと団らんの声が聞こえるが最早そんなの関係ねえぐらいな勢いで食べております。人様の家なのに遠慮しないのかよこいつと思われても仕方ないくらいにははしのペースが尋常じゃない。仕方ないよね空腹でどうにかなりそうだったんだから。人間の三大欲求のひとつだから抗うだけ無駄なのですよ。

結論から言うと、あゆみさんまじ神様。

この状況をさくっと説明するなら空腹で倒れそうになっているところにあゆみさんが通りがかり拾ってくれた。って感じ。何度だって言える。あゆみさんまじ神様。

お子さんたちには最初ポカーンってされたけど、連れてきた理由をあゆみさんから聞いてすぐに笑顔で自己紹介してくれました。できたお子さんたちです。自分だったらえって言っちゃうね絶対。

ラブちゃんもせつなちゃんも中学二年だと聞いたけど、今どきの子はスラっとして高身長でびっくりです。自分と身長いい勝負…あれ、おかしいな。


食べに食べたらふくになったので、お礼もかねて片づけのお手伝いを願い出たら、なぜかラブちゃんの勉強をみることになった。なぜだ。言っちゃ悪いが自分はそんな頭よくないですよ。中学生の問題も解けるか怪しい。大学生なんてそんなもんだ。


「この、作者の気持ちになって考えなさいっていう問題の意味が分からなくて…」

「…うん。それは永遠の謎だよね」


作者の気持ちとかわかるわけねーだろ本人じゃないんだから。って思ってたよいつも。出題者は生徒を探偵にでもしたいんですかね。


「まあ、こういう場合は深く考えたらドツボにハマるから必要な情報だけ読んで…」

「ふむふむ…」


なんとか教えることができました。よかった小さなプライドが保てた。

これで一宿一飯の恩じゃないけどお礼はできた。せつなちゃん? いや、あの子頭良さそうだから教えられることなんてないよ。むしろ途中教えてもらったよ。

あれ、プライドどこいった。





そんなことがあった昨日。いやあ、おいしかったなあご飯。人が作るご飯のおいしさを改めて感じて心身リフレッシュできた気分。今ならバイトがきても大丈夫やれる…あ、ちょっとまだ身体が震える。いじめ紛いの暴力を受けてからまだバイトの依頼はきておりません。あっちもちょっと気を使ってくれてるのかな。悪の組織なのに優しいな。なんてお茶をすする昼下がり。いい天気だなあ。




「…ってかんじでおかあさんが連れてきた人とご飯食べて勉強みてもらったんだー」

「へーラブにしては随分と余裕のある連休最終日を過ごしてると思ったらそんなことがあったのね」

「ラブったらその人と休みの宿題全部終わらせるんだもの。自分でやってたら今頃必死に机に向かってたわよ絶対」

「ひどいよせつな! あたしがその人のことしか頼ってないみたいな言い方! せつなにもちゃんと頼るつもりだったよっ!」

「どちらにしろ自分だけでやろうとは思ってなかったんだねラブちゃん…」

「もちろん!」

「得意げに言うんじゃないのっ!」

「あたっ! 美希たんひどいよこれ以上頭が悪くなったらどうするのさ!」

「心配いらないわラブ。もう手遅れよ」

「なにがっ!?」


ラブの部屋で買ってきたドーナツを食べながら談笑する。そうそうこんな平和な昼下がりがアタシ達が望んでいることで…


「…って違うわよ!」

「うわっどうしたの美希たん突然大きな声出して」

「危うく今日集まった当初の目的を忘れるところだったわ」

「集まった目的…? なんだっけせつな?」

「さあ? ブッキーわかる?」

「うーん。こうしてみんなで楽しくおしゃべり?」

「…なんでこうもボケが多いのかしらこのグループ」

「時と場合によると思うわ美希」

「アンタは割といつもボケ要因よせつな」


こほんと咳ばらいをひとつしてから当初の目的について改めて説明する。昼下がりにドーナツ食べてる場合じゃない。

412そらまめ:2019/01/30(水) 22:06:34
「まず、ナケワメーケがじゃべったのを聞いた人挙手」


はーいというラブを筆頭に全員が手をあげた。


「ってことはアタシの勘違いじゃなさそうね」

「せつなちゃん、ナケワメーケって人格?とかあるの?」

「私がいた時はそんな話聞いたことなかったわ」

「しかもさ、バイトとか言ってたよね。ナケワメーケって短期バイトか何かなの?」

「そんなわけないでしょラブ。そもそもラビリンスにバイトなんてないし、働く先はみんな決められてるもの」

「へー、さすが管理国家ね。無職者がでないなんて理想的」

「その代わり自分のなりたいものにはなれないわよ。まあなりたいものなんてラビリンスでは考える人もいないけれど」


モデル、獣医、ダンス、どれもラビリンスではいらないと捨てられるだろう。とはせつなは言わないけどなんとなくみんな気付いていた。


「なら結局あれは何だったのかしら?」

「ラビリンスが考えた新しいナケワメーケとか?」

「話せるようになったからといって戦闘能力があがったわけでもなかったわ」

「うーん…謎は深まるばかりですな…」

「ラブ…ドーナツ食べながら悩まないで。アホみたいよ」

「美希たんひどいよっ!」




―――――
ついにこの時がやってきてしまった。

そう。眼の前にいるのは四人のあくま…もとい、正義のプリキュア。今回目線が高いので大きさ的にはあっちに勝っているはずなのに、何かの圧を感じてすでに気分は負け越しです。帰りたいです。


「どうしたナケワメーケ! 行けっ!!」

「ぞぉおおおおおんんっ!!」


ドスドスと走る動きと鳴き声から、今日は象なのかなあとぼんやり思いながら視界でチラチラしてる長い鼻を横振りさせてプリキュアに当ててみる。

…なんか鼻がスライム並みの弾力とゴム並みの伸縮性を兼ね備えてて望んでもないのにプリキュアを一網打尽にしてしまった。今すぐ離したい。


「いいぞナケワメーケ! プリキュアをそのまま締め上げてやれっ!!」

「ぞぉおおおおっっ!!!」


大男が上機嫌にそんなことを言いながらはしゃいでいる。

いやまじふざけんな今すぐ離したいわ。触れていたくないんですよこっちは。必死に引き剥がそうとするけど長すぎるがゆえに絡まって自分じゃどうしようもない。とりあえずプリキュアが攻撃してこないように振り回しまくる。


「ぅっ…ヤバい…吐きそう…」

「ちょっとしっかりしてよピーチっ! ってかこんな密着してる時に吐かないでお願いっ」

「ピーチ大丈夫っ?! 酔った時は遠くを見ればいいって言ってたよ!!」

「こんな振り回され方してたらっ…景色も見えないと思うわパインっ!」

「良い子に見せられない画になったらごめんねみんな…」

「ちょっとなに諦めようとしてるのよっ! 気合で何とかしなさいよっ!!」


…なんか最早地獄絵図です。振り回してる自分が言うのもなんだけど大変そうだね。とりあえずピーチは乗り物酔いするタイプなのかな?
「う…もう、限界が…こうなったら…」


ピーチが何かを決めたように右手に持ったもの…それは、恐怖を刻み付けられた例のあれ。


「おらああああっ!!」

「い、いたっ! たっ…や、やめっ…!」

「やっぱりしゃべってるっ!!」


やりやがったよこいつ! スティックで物理攻撃してきやがった。掴んでいる鼻を叩く叩く。思わず声もでちゃいますよそりゃ。

痛みで緩んだ拘束から抜け出したプリキュア達は、目を合わせ頷きあってから各々スティックを手にこちらにやってくる。あ、やばい逃げないとやられる(物理的に)

ダッシュで逃げた。ドスドスとだけど。

413そらまめ:2019/01/30(水) 22:07:05
「こらナケワメーケ! なに逃げてんだ戦えーっ!」


大男がなんか言ってるが知らん。時には逃げることも大事だって先人が言ってた。


「待ちなさいナケワメーケっ!!」

「逃がすかぁ――!!」

「ゾウさん待ってっ!!」


凶器持ったやつらの言葉なんて誰が聞くかばかやろう。なんて思いながら後ろを見つつ逃げてたら細い路地に頭がハマりました。

あたしってほんとばか…なんて言ってる場合じゃない。後ろ脚に力を入れて挟まれた頭をなんとかとったころには、周囲には悪魔どもが取り囲み退路をたっておりましたまる。

無言でスティックを振りかざし始めたプリキュア達。


「ちょっ、やめ、て、ってっ…」

「なんで喋れるのよナケワメーケっ!」

「いや、知らんしっ…! っいた…!」

「バイトってどーゆーことっ!」

「っ…! たのまれてっ…!」

「頼まれて悪さしてるってことっ?!」

「…っしょうが、ないっ、じゃん…! いっつ…! こっちにも、生活ってもんがっ!」

「あなたが暴れて壊した建物で生活してる人だっているのよっ!!」

「…っ!!」


思わず言葉がつまった。わかってるさそんなこと。言われるまでもなく。でも、こっちだって好きで壊してるわけじゃない。食べるために働かないとお金は入らないし、かといって長時間拘束される普通のバイトはちょっと無理だし。

と、なんか自問自答とか色々してたらだんだんイライラしてきた。大体プリキュアも正義の味方って言うならそれらしい攻撃でこいよ。ビームとかで倒せばいいじゃん?! なんでわざわざ物理攻撃してくるわけ!?


「こっち、だって、言わせてもらうっ、けど、おまえらっ、った、もう、ちょっとっ、正義の、味方らしいっ、攻撃をしろよぉおー―――っっ!!!」


そんな心からの声を発したところで身体から光が溢れ、浄化されました。


危険手当は前回同様多いですが痣も前回同様至る所にあり、身体中が傷だらけで人に見られでもしたらDVを疑われるレベル。一人暮らしだけど。


それにしてもプリキュア達が物理攻撃で会話する能力を身に着けてしまったらしい。あれ次も絶対くるよ。やばいよ。尋問通り越して拷問だよあんなの。そのうち住所と氏名言えよおいとか言ってきそうだよこわいよ。


あーそろそろこのバイトやめようかなあ。プリキュアが言ってたことも正論と言えばそうだしなあ。とか思いながら「退職届の書き方」、「バイトの綺麗な止め方」といったワードで検索を掛けていく。と、しばらくスクロールしてたらこんな文章が飛び込んできた。「君の変わりはいくらでもいるが、だからといって引き継ぎもせずに辞めますとか社会人としてどうなんだよおい。―ブラック会社で辞めますといった時の上司の反応―。そこから始まる泥沼展開。」

そっとブラウザを閉じた。

414そらまめ:2019/01/30(水) 22:07:41
以上です。ありがとうございます。

415名無しさん:2019/02/11(月) 13:09:51
>>414

面白かったです。
なんかどんどん可哀想な展開になっていくバイト君……。
彼が救われる日は来るのか? そして、彼がプリキュアの正体を知る日は……!?
続き楽しみに待ってます。

416一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:07:21
こんばんは。
競作に食い込んでしまいましたが、長編の続きを投下させて頂きます。
4レスで多分足りると思います。

417一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:08:04
 それは不思議な光景だった。
 どんよりとした空を、さらに暗く覆う影――“不幸のゲージ”をその身体の真ん中に取り込んだ、巨大な蔦の塊のようなソレワターセが、上空で突然、淡い光を発して苦しみ始めたのだ。
「ソレ……ワターセ……」
「何……馬鹿な!」
 怪物の呻き声と、メビウスの慌てふためいた声が重なる。次の瞬間、ソレワターセの、まるで花のようにも鎌首のようにも見える部分が、白い光を放って消えた。

「これは一体……」
「何? 何が起こってるの!?」
 サウラーが唸るような声で呟き、ピーチが叫ぶように誰にともなく問いかける。と、その時、パッションが不意に人差し指を唇に当て、しぃっ、と皆を制した。

 遠くから、何か物音がしたような気がしたのだ。聞こえるか聞こえないかというほど、微かな音が。
 パッションの直感を後押しするように、音はすぐにそこに居る全員の耳に届き始める。そして少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

 何かが硬い地面を、無造作に叩いているような音――。
 足音? だが、それはラビリンスで聞き慣れた、一糸乱れぬ行進のリズムではない。聞こえてくるのはもっとバラバラで、統一感の欠片も無い音だ。
 やがて地面からも、僅かながら確かな振動が感じられるようになった時、少年が一方向を指差して、大声で叫んだ。

「何だ? あれ!」

 黒々とした街の向こうから、何か白い波のようなものが押し寄せてくる。
 いや、波よりは遅いスピードながら、こちらに向かう勢いのようなものを感じさせる何かが。
 やがて、その正体に気付いた時、そこに居た全員が、驚きに言葉を失った。

 押し寄せる白い波の正体――それは、グレーの国民服に身を包み、それぞれに違う淡い色の髪をなびかせて走る、数えきれないほど多くのラビリンスの人々の姿だった。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第18話:幸せのラプソディ )



 六人の中で最初に声を発し、そして動いたのはウエスターだった。ああっ、と叫んで目をウルウルさせ、人々の群れに向かって走り出す。
 慌てて少年がその後を追う。二人の後ろ姿を見送ってから、サウラーは隣に立つピーチの方に向き直った。
「礼を言うよ。どうやら、また君たちプリキュアの戦う姿に気付かされたようだね」
 いつになく頬を紅潮させたサウラーの言葉に、ピーチはニコリと笑ってゆっくりと首を横に振り、人々の方に目を移す。

 そこには、人々の先頭を切って駆けてきた警察組織の若者たちが、ウエスターに駆け寄る姿があった。バシン、バシン、と辺りに響くような音で肩を叩かれ、皆少し照れ臭そうな笑みを浮かべている。
 続いてやって来たのは新政府のメンバーたちで、こちらは恐縮しきりの表情でサウラーの元へと駆け寄ると、深々と頭を下げた。

「サウラーさんたちが、この国のために懸命に戦ってくれている――その姿を見て、私たちも目が覚めました」
「僕たちの力は小さい。かえって足手まといになるかもしれない。でも、僕たちもこの国を――僕たちの国を守りたい。そう思ったんです」
「みんな……」

 サウラーが、珍しく感極まった様子で何かを言いかける。と、その時、サウラーの周りに居た人たちが、ピーチとパッションの姿に気付いて驚きの声を上げた。
「えっ、プリキュア!?」
「せつなさん、もう一度プリキュアになってくれたんですか!?」
「ピーチさんも駆け付けてくれるなんて!」

 あっという間にその場に居た全員が、サウラーそっちのけでパッションとピーチを取り囲む。
 あっけにとられてその様子を眺めるサウラーに、ピーチがもう一度ニコリと微笑む。
 それを見て、サウラーもいつもの調子に戻った。ピーチに向かってニヤリと笑い、すぐにゴホンと、わざとらしく咳払いをする。

「しかし分からないな……。あなたたちはどこで僕たちが戦っている姿を目にしたんです? その頃、みんなはあの――新庁舎だった建物に居たはずでは……」
 それを聞いた人たちは、少しバツが悪そうに顔を見合わせた。
「確かに、私たちはメビウスに管理され、あの建物に集まっていました。ですが……」
「そう……あれは突然のことでした。室内の全てのモニターに突然、皆さんの戦う姿が映し出されたんです」

418一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:08:43
 人々は口々に語る。皆が集まっていた新庁舎内部の巨大スクリーンに、突如、外の戦闘のシーンが映し出されたことを。
 最初は“不幸のゲージ”と、それに立ち向かおうとするホホエミーナの映像だった。だがすぐに画面が切り替わり、次に大映しになったのは、ウエスターとサウラー、そしてせつなの戦う姿であったことを――。

「何だか目が離せなくて、見ているうちに、胸の中がカッと熱くなってきて……」
「それで思い出したんです。廃墟に隠れて皆さんが戦う姿を見ていた時、私たちにも何か出来ることは無いかって、みんなで考えたあの時の気持ちを」

「そっか。それでみんな、戻って来てくれたんだね」
「でも、一体誰がそんな映像を……」
 泣き笑いのような表情で人々を見回すピーチとパッションの隣で、サウラーが大きな疑問を口にする。と、その時三人の後ろから、新たな声が聞こえて来た。

「おお……見てくれていた。本当に、皆が見てくれていたんだな……!」

 震える声でそう呟きながら、よろよろとこちらへ向かって来る人物。その姿を見たサウラーが、パッと顔を輝かせてその人物に駆け寄る。
 それは、さっきまで共にソレワターセと戦ってくれた人物。公園予定地の奥の畑を世話している、あの老人だった。いつの間にか現れた少女が彼に肩を貸し、その身体を支えている。

「もしかして……あなたがモニターのスイッチを入れたんですか?」
 サウラーの問いかけに、老人は小さな笑みを浮かべて頷いた。その反応は、相変わらず控えめではあるものの、その表情は今まで見た中で一番楽しそうで、少し得意そうにすら見える。

「じゃあ、あの時あなたが、メビウスに管理されたように見えていたのは……」
「メビウスが復活すれば、私たちが元通り管理されるのは目に見えていた」
 老人が、相変わらず低くしわがれた声で言葉を繋ぐ。
「無力な私に、それに抵抗する術はない。だが、復活したばかりの今なら、システムはきっとまだ完全ではないだろうと思った。それで一か八か、管理されたフリをして、新たな城に潜り込んだ。まさか……こんなに上手く行くとは思っていなかったが」

 老人はそう言って、うっすらと上気した顔で辺りを見回す。そしてピーチの姿を見つけると、少し照れ臭そうに微笑んだ。
「何とかしたいって想いは、強い力になる……本当だな」
「おじいちゃん……ありがとう!」
 ピーチが老人の手を取って、実に嬉しそうに笑いかけた、その時。

「危ない!」
 パッションが鋭く叫ぶが早いか、サッと空へと跳び上がった。見ると、白く光る大きな塊が、上空から老人めがけて落下してくる。
「はぁぁぁっ!」
 パッションが鋭い蹴りで、その塊を上空へと蹴り飛ばす。塊は上空で粉々に砕けると、小さな光の粒になって消えた。

 着地したパッションの隣にピーチが駆け寄る。ウエスターとサウラーが、少年と少女が、皆油断なく身構えながら空を見上げる。
 人々の遥か頭上では、さっきよりも少し小さくなったソレワターセが、相変わらず苦しそうに身悶えていた。“不幸のゲージ”はボコボコと泡立ち始め、ソレワターセの身体は、白い光と共に少しずつ消えていく。
 だがその時、ソレワターセから切り離された巨大な蔦が、さっきパッションが蹴り返したものと同じような、白く光る塊となった。そして消える間もなく、地面めがけて迫って来る。

「おりゃあっ!」
 拳を振るってそれを空へと弾き返したウエスターが、少年を含めた警察組織の若者たちを、厳しい顔つきで振り返る。
「このままでは危険だ。お前たち、住人たちを廃墟の中へ避難させろ!」
「はい!!」
「ほら、お前も来い!」
 走り出した仲間たちの後に続きながら、少年が少女に呼びかける。少女は少し逡巡してから、意を決したように、少年を追って走り出した。

 一斉に散ったウエスターと若者たちが、人々を誘導して移動を開始する。その後ろ姿を見送ってから、サウラーは残りのメンバーの顔を見渡した。
「そうなると、避難が完了するまでの間、僕らはここで皆を守ればいいわけだね」
 ピーチとパッションが、うん、と頷いたところへ、今度は一挙にバラバラと、幾つもの白い塊が降って来た。

「はぁっ!」
「たぁっ!」
「とりゃぁっ!」

 空中へ飛び上がった二人のプリキュアとサウラーが、切り離されたソレワターセの欠片を上空高く弾き返す。それらが全て、さあっと空に溶けるように消え失せたが、ホッと息を付く間もなく、これまでより大きな塊が、人々の列めがけて降って来た。

419一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:09:15
「キャー!」
 列の中に居た小さな女の子が、頭を抱えてしゃがみ込む。その時、彼らを誘導していた少女が、即座に空中へと踊り上がった。
「たぁぁっ!!」
 白い塊を抱き留めると、渾身の力で、それを空へと投げ返す。上空で白く光って消える塊。それを見定めてホッと息を付く少女に、さっき悲鳴を上げた女の子が嬉しそうに駆け寄って来た。

「おねえちゃん、ありがとう! すっごく、つよいんだね」
「い、いや、私はそんな……」
 赤い顔でそっぽを向く少女の周りを、他の住人たちも取り囲んで口々にお礼を言う。
 その様子を微笑みながら眺めていたパッションは、ふとあることに気付いて、避難している人々の姿を食い入るように見つめた。その目が次第に、驚いたように大きく見開かれていく。

 不安そうに空を見上げる幼い子供たちを、体を盾のようにして庇いながら、避難に向かう大人たちがいる。皆が避難した廃墟を補強しようと、早速作業を始めている男たちが居る。
 そして――。

「頑張れ! プリキュア、頑張れえ!」
「おねえちゃん、がんばって!」
「ウエスターさん! サウラーさん! しっかり!」
「警察の兄ちゃんたちも、頼んだぞ!」

 避難所となった廃墟の窓から、扉の向こうから、数多くの人たちの声援が聞こえ始める。いや、応援されているのはパッションたちだけではない。
 まだ避難所に向かう途中の人たちは、お互いを励まし合い、避難所に入った人たちは、作業をしている人たちに感謝の言葉をかけている。

 それは、非常事態でありながらも活気に満ちた、これまでのラビリンスでは見たことも無い光景だった。
 決して統制が取れているわけではない。各人の行動には無駄が多く、応援の声もてんでバラバラで、細かいところは何を言っているのかも聞き取れない。
 それでも、応援の声を聞いていると、体中に力がみなぎって来るのを感じる。人々の真剣な眼差しに、これまでの何倍も強い光が宿っているように思える。

――ラブソディ。

 そんな言葉が、不意に脳裏に浮かんだ。「歌え! 幸せのラプソディ」――キュアパッションの決め台詞のひとつだ。
 ラプソディの意味は「狂詩曲」。即興性に富んだ、自由で情熱的な楽曲のことらしい。でもそれだけではよく分からなくて、複数の辞書を調べたり、学校の音楽の先生に教わって、その名前が付いた曲を聴いてみたりもした。それでもどうもイメージが掴めなかったのだが、今の光景を見ていると、何だかこの言葉にぴったりのような気がしてきた。

 皆がそれぞれ自分の意志で、自分に出来ることを懸命に行ったり、仲間のことを応援したり――。
 その光景は、自由に、そして情熱的に奏でられるそれぞれの楽器の音が、時に寄り添い、時に共鳴し合いながら、壮大な物語のようなメロディを奏でていくイメージにぴったりで――。

(本当に、ここは……)

 いつかのようにそう思いかけてから、パッションは静かに首を横に振る。

(ううん。ここは、今の本当のラビリンス。これからもっともっと変わっていくラビリンスの、今の姿よ)

 そこで表情を引き締めたパッションが、もう一度空を見つめる。もうほとんど剥き出しに近い状態になった“不幸のゲージ”。その中から、かつて聞いたことの無いような、メビウスの狼狽えた声が聞こえてくる。
「何だ……何なんだ、これは!」
「パッション。あれって……」

 ピーチもパッションの隣に降り立って、彼女と同じように、心配そうな顔で空を見上げた。
 “不幸のゲージ”の中にあった薄黄色の液体は、今ではすっかり色が変わり、ぼうっと輝く透明な液体に変わっている。その輝きに、パッションは見覚えがあるような気がした。
 キュアパッションに変身するとき、せつなが水中を進むあの泉。無限メモリーが開く異次元に出現する泉だが、その水の輝きと、同じもののような気がする。
「不幸のエネルギーが、違う何かに変わっている。ひょっとしてあれは……幸せのエネルギー?」
 その時、再びメビウスの絞り出すような声が聞こえた。

「何だ、これは……知らない……こんなもの、私のデータには存在しない!」
 その声を聞いた途端、パッションの胸に、正体の分からない熱い何かがこみ上げてきた。あの時伝えられなかった想いが、再び胸の中で渦を巻く。

420一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:09:47
「メビウス様!」
 瞬時に大地を蹴って、ゲージ目がけて跳び上がるパッション。だが。
「来るな!」
 雷のような声と共に、ソレワターセが衝撃波を放った。どーん、という地響きと土煙と共に、パッションの身体が地面に叩きつけられる。
「メビウス様! どうか話を……私の話を、聞いて下さい!」
 すぐに跳ね起き、上空に向かって必死で呼びかけるパッション。その肩を優しく叩いたのは、ピーチだった。

「せつな。その想い、みんなでメビウスに届けようよ!」
「みんなで……?」
 オウム返しで聞き返すパッションに、ピーチが笑顔で頷く。その周りには、ウエスターとサウラー、それに人々を避難させて戻って来た少年と少女の姿もあった。

「あたしもね。メビウスにちゃんと伝えられなかったこと、あるんだ」
 そう言って、ピーチが心なしか寂しそうな笑顔を、パッションに向ける。

――メビウス、あなたの幸せは何?

 あの最終決戦の時、メビウスにそう呼びかけた、ピーチの声が蘇った。
「そんなものはプログラムされていない」
 その答えを最後に、メビウスは自爆の道を選んだのだ。

「今思えばさ、あたし、メビウスの幸せが何かを聞きたかったんじゃないの。メビウスに考えて欲しかった。そして、知って欲しかったの。あなたが守り続けて来たラビリンスの人たちの幸せが、きっとあなたの幸せだって。でも……」
「ラブ」
 うなだれるピーチの手を、パッションの手が優しく包む。それを見て、フッと小さく微笑んだウエスターが、よし! と叫んで自慢の大声を張り上げた。

「みんな! メビウスに俺たちの想いを伝えるぞ!」
「想いって……何を伝えるんですか?」
 警察組織の若者の一人が、首を傾げて無邪気な質問を投げかける。
「何を? う、う〜む、それは……伝えたいことだっ!」
 一瞬目を白黒させてから、ビシッ! と人差し指を立てて見せるウエスターの言葉に、しかし辺りは、しーんと静まり返った……。
「……詳しいことは何も考えていなかったね? ウエスター」
 額に手を当て、やれやれ、と呆れたように呟くサウラー。が、その時さざ波のように巻き起こった人々の声が、ウエスターの言葉を支えた。

「メビウスに? いや、もう命令に従うのはごめんだ。俺たちは、新しいラビリンスを作る!」
「ああ。みんなで笑って、幸せに暮らせる国を」
「だが、事件や事故への備えはもっと必要だな。今回のことでよく分かったよ」
「そういう意味では、メビウスに感謝しなきゃならんのか? その気持ちを伝えろってことか?」
「そうかもな。でもこれからは、全部俺たちでやるんだ」
「おお! 体力は無いが、機械のことなら俺に任せろ」
「私は、もっと大勢の人たちと料理を作りたいわ。みんなでハンバーグを作ったお料理教室、とても楽しかったから」
「僕は、前に映像で見た異世界みたいな、明るくていろんな色に溢れている街をつくりたいです」

「そうだ! その決意、その想いを、共に願おう! メビウスに、宣言してやればいい。新しいラビリンスで、俺たちが作りたい未来の姿を!」
 途端に元気を盛り返してそう言い放ったウエスターが、胸の前で太い指を組み、頭を垂れる。それを見て小さくほくそ笑んでから、サウラーも続いた。

 少年が、少女が、ラビリンスの人たちが、そしてピーチとパッションが、皆一様に目を閉じて、それぞれ一心に何事かを願う。
 まだ不確かな未来。何が待っているか分からない未来。でも、自分の足で歩いていきたいと、想いを新たにする。
 やがて一人一人の胸の前に、小さなハート型の光が出現した。

「ハッ!」
 ピーチが短い気合いを発して、無数のハートをひとつにする。
 中空に浮かび上がる、透明でキラキラと光を放つ大きなハート。それを愛おしそうに見つめてから、ピーチはパッションに小さく頷いてみせた。

「プリキュア! ラビング・トゥルー・ハート!」

 ピーチの高らかな声と同時に、パッションが宙を舞う。そして、打ち出された皆の本当の想い――トゥルー・ハートの真ん中に飛び乗ると、天空のメビウスを目指して、高く高く、ただ一直線に飛んで行った。

〜終〜

421一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/02/17(日) 21:10:41
以上です。ありがとうございました。
次回が最終回の予定です。

422一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:56:10
こんばんは。
競作に食い込み過ぎですが(汗)、フレッシュ長編「幸せは、赤き瞳の中に」最終話を投下させて頂きます。
ちょっと長くなりました。8レスで収まると思います。

423一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:56:40
 ラビリンスの灰色の空を飛んでいく、白く輝く光のハート。その真ん中に立つパッションが見つめる先には、“不幸のゲージ”と、その中に居るかつてのラビリンス総統・メビウスの姿がある。
 ゲージを取り込んだソレワターセの身体は、今やただ一本の蔦が、ゲージに螺旋状に巻き付いて、辛うじて残っている状態だ。その中にあって、メビウスは大いに混乱していた。

 突然制御不能になった“不幸のエネルギー”が、内側からソレワターセを蝕んでいく。眼下に目をやれば、再び管理したはずの国民たちはまたも自我を取り戻し、プリキュアどもやウエスター、サウラーの元へと向かっている。

「一体……何が起こっているというのだ……!」
 そう呟くと同時に、その答えを自分が知っていることに気付く。ゲージの中に満ちている、今まで感知したことのない気配――それは、自らのプログラムと管理した国民たちのデータの媒体となっているはずの“不幸のエネルギー”が、何か別の物に変質していることを意味していた。
 ウィルスか? そんなものが入り込むことなど、普通ならあり得ない。だが、まだ堅固な“器”を得られていない今、そして自分に歯向かうプリキュアや元・幹部たちが存在する今、考えられない話ではない。
 今の状態では、これ以上の分析は不可能だ。が、唯一はっきりしていること。それは……。
「私の計画は、またも失敗に終わるということか……」
 表情ひとつ変えずにそう呟いてから、メビウスはすぐさま次の行動を決定した。

「是非もない。消滅プログラムを作動する」

 目的達成のために動くことが不可能になった者は、消去せしめる――メビウスが人間に代わってこの世界を支配すると決めた時に、打ち立てたルールのひとつ。それは対象が人間であろうと、自分自身であろうと変わらない。
 “不幸のエネルギー”が変質した物の正体が何か分からないので、影響が極力少ないよう、遥か上空で消滅プログラムを作動させると決めた。それと同時に、頼りなげに上昇を続けていたソレワターセが一気に加速する。

 ゲージの中で、メビウスは静かに目を閉じる。
 やはり、先のプリキュアとの戦いのデータが欠落していたことが、失敗の一因だったのだろうか。
 手に入れられなかったノーザの本体には、まだバックアップが残されている。もしノーザが蘇るようなことがあれば、自分の再度の復活もあり得るのだろうか。果たしてその確率はどの程度なのだろう……。
 そこまで思考したところで、メビウスがカッと目を見開く。またしても想定外のもの――自分を追ってくる人間の姿が、その瞳に映った。



 心なしか、急にスピードを上げたように見えるソレワターセ。その後を追うパッションの視線は、ずっと“不幸のゲージ”に注がれていた。その中に映し出されたメビウスの顔は、さっきからずっとギュッと目を閉じ、何だか震えているように見える。

「メビウス様……」
 パッションが小さく呟く。すると、まるでその声が聞こえたかのように、メビウスの両目がカッと見開かれた。眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せた恐ろしい形相で、パッションを睨み付ける。

 パッションが息を呑み、やがてすぅっと細く、震える息を吐き出す。
 かつてのラビリンスの国民なら――そしてメビウスの僕・イースであった頃の自分なら、今のメビウスの表情を一目見ただけで恐ろしさに平伏し、顔を上げられなかったに違いない。
 現に今だって、身体が震えるほどに恐ろしい。だが、パッションはギュッと拳を握って、メビウスの顔を見つめ続ける。
 死んでも目を離すものかと思った。一刻も早く追いついて、あの時伝えられなかった自分の想い、ラブの想い、そして新たな未来を歩いていこうとしているラビリンスの人たちの想いを、何としても伝えたい。

「来るなと言っているのが、わからんのかぁっ!」
 怒声と共に、再び衝撃波がパッションを襲った。今度は光のハートがそれを受け止め、撥ね返す。
 パッションが思わず叫び声を飲み込んだ。ソレワターセの螺旋状の身体は、己の力をまともに食らって、その真ん中がブツリと断ち切れてしまったのだ。

 ラビリンスの上空で、ゆっくりと傾き始める“不幸のゲージ”。それを見るや否や、パッションは弾丸のように空へ飛び出した。空中ですぐにその姿は掻き消えて、次の瞬間、ゲージの目の前にその姿が現れる。

「メビウス様!」

 叫ぶと同時に、大きく両腕を広げてゲージを抱きかかえるパッション。その時、彼女の後ろから飛んできた光のハートがパッションとゲージの両方を包み込んで――気付いた時には、パッションはほの白く光る世界で、かつて対峙した時と同じ姿のメビウスと向かい合っていた。

424一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:57:49


   幸せは、赤き瞳の中に ( 第19話:瞳の中の幸せ )



「メビウス様……」
「何の真似だ。私の道連れにでもなるつもりか」
 僧衣のような衣装を身にまとった姿のメビウスが、パッションを見据え、重々しく口を開く。
「私の計画は、またしても失敗に終わった。“不幸のエネルギー”が突然制御不能となり、人間たちの管理が解かれてしまったのだ。もはや“不幸のゲージ”を残しておいても、害にしかならぬ。ならば……」
「いいえ、メビウス様」

 自分の言葉を遮り、一歩前に進み出たパッションを、メビウスは相変わらず鋭い眼差しで見つめる。
 以前、ハピネス・ハリケーンの光の中で向かい合った、作り物のメビウスとは全然違う――ふとそんなことを思った。あの時のメビウスは虚ろな目をして、自分と一度も目を合わせてはくれなかった……。そんなことを思い出しながら、パッションは穏やかな声で語りかける。
「それはもう“不幸のエネルギー”ではありません。ラビリンスの人たちの、未来への希望や仲間を信じる心、そして互いに手を取り合おうとする愛の力が生み出した、“幸せのエネルギー”です」

「幸せの……エネルギーだと? 馬鹿な。ラビリンスの国民たちが、私の管理を断ち切って、不確かな幸せを求めたというのか!」
 メビウスの目が、驚きに見開かれる。が、見る見るうちにその表情が変わった。眉間に深い皺が刻まれ、忌々し気な顔付きになったメビウスが、パッションを眼光鋭くねめつける。
「プリキュアのせいか。プリキュアがまたしても、このラビリンスを変えたというのか!」
「いいえ。みんなの目を覚まさせたのは、ラビリンスの人間です。ウエスターやサウラー、それに警察組織の若者たち。みんながこの国のために懸命に戦う姿を見て、自分たちも何かしたいと思ったのです」
 メビウスの言葉に静かにかぶりを振ったパッションが、誇らしげな顔できっぱりと言い切る。
「人と人とが手を取り合い、共に生きるということ。そこから生まれる幸せという感情は、人が生きていくために大切なもの。それは四つ葉町の人たちも、ラビリンスの人たちも同じです」
「愚か者めが!」
 メビウスの激しい憤りの声が、パッションに投げつけられた。

「幸せだと? 私はお前たちに教えたはずだ。幸せと不幸は隣り合わせ。いや、表と裏と言っても良い。だから、幸せがあるところには必ず不幸がある。そんなものがあれば、悲しみも争いも不幸も無い世界など、作れはしないのだ!」
「確かに」
 パッションも負けじと声を張り上げる。
「悲しみも争いも不幸も無い世界は、穏やかで生きやすい。でも、そのことをラビリンスの国民が知ったのは、今回のことがあったからです。悲しみと争いと不幸を経験して初めて、私たちは長い間、あなたに守られてきたのだということを知った。それと同時に、共に手を取り合う喜びと、大切さを知ったのです」
「いや、違う……お前たちは、何も分かってはおらぬ!」

 カッと見開かれたメビウスの目の中で、瞳が小さく、小刻みに震える。
「幸せなどという不確かなものを求めて、お前たち人間は争い、傷付け合って、悲しみと不幸を生み出してきた。そんな愚かな歴史が、長い年月、数え切れないほど繰り返されてきたのだ」
 メビウスの白い僧衣がたなびき始めた。メビウスの身体から煙のようなものが立ち昇り、強風となってパッションの方へ吹き付ける。その圧力に思わず後ずさりそうになって、パッションは愕然とした。
 それは、あの占い館の跡地で対峙したソレワターセから溢れ出したのと同じもの――強烈な“不幸のエネルギー”の奔流だった。

(一体何故!? ゲージの中の“不幸のエネルギー”は、確かに“幸せのエネルギー”に変わったはず……!)

 動揺しながら、パッションは十字受けの体勢で必死に耐える。
「そんなかつての山のような災厄の記録は、私の中にデータとしてインプットされている。私はそこから学習した。だが、完全な対策を立てても、人間はその通りには実行しない。必ず誰かの幸せを優先し、やがては誰かが不幸になる道を選ぶのだ。そのたびに、私は学習を繰り返した」

(そうか……これは、メビウス様の中に刻まれた、“不幸の記録”のエネルギーなんだわ)

425一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:58:21

 そう認識した途端、かつてのラビリンスの光景が、まるで数倍速の映像を見せられているようにパッションの中に流れ込んできた。既にこの国の人間たちには忘れ去られたはずの、過ぎ去った時代の争いの記憶、悲しみと不幸の記憶が。
 人々が嘆き悲しむ声。戦いに疲れ、表情をなくした戦士たち。人と人とが互いに争い、ののしり合う醜く歪んだ表情――。

 声も出せず、押し寄せる負の力に、ただ必死で耐えるパッション。その身体は、ずるずると少しずつ後退していく。
「こんな愚かな生き物に、この世界を任せておくわけにはいかない――学習と思考を繰り返した結果、私はそういう結論に達した。全て私が支配し、悲しみも争いも不幸も無い世界を作ることにしたのだ!」
「キャー!」

 ついに風圧に負けて、パッションの身体が宙に浮く。強風に吹き飛ばされて、パッションが思わずギュッと目をつぶった、その時。

――せつな!

 固く閉じられたまぶたの裏に、パッと浮かび上がったもの。それは、まるで花が咲いたような、ラブの笑顔だった。
 続いて美希と祈里の顔が、その隣に並ぶ。あゆみと圭太郎、ミユキさん、カオルちゃん、学校の友人たち、商店街の人たち。四つ葉町で出会った数多くの人たちの笑顔が、次々と浮かぶ。そして、ウエスターとサウラー、少年と少女ら警察組織の若者たち、野菜畑の老人、ついさっき目にしたラビリンスの人たちの笑顔も、それに重なった。
 その中に、せつな自身の姿は無い。でも彼らを見れば、その眼差しが向けられている――愛されている自分の姿が、はっきりと浮かび上がって来る。

(そう……これが私の幸せの姿。いつだって私の瞳の中にあって、私自身の幸せを映し出すもの)

 吹き飛ばされた身体が、柔らかくどっしりとしたものに受け止められる。それは、さっきよりも輝きを増した光のハートだった。
 ハートの光越しに眼下を眺めれば、人々が必死で想いを届けようとしているのが小さく見える。

(愛しい人たち。愛しい世界。たとえ私が、また間違いを犯しても、悲しみに沈む日も、不幸な時も、決して消えることはない。そしてそれは、メビウス様が作ったラビリンスには……)

 こちらを見上げる一人一人の胸元に、さらに小さなハート型のきらめきが見えるような気がした。と、その時。

「キー!」
 白く輝く姿に変わったアカルンが飛んできて、パッションの目の前で嬉しそうに飛び跳ねた。
「そうね。今度は私の番。みんなの想い、そして私の想い、メビウス様に届けてみせる!」

「チェインジ・プリキュア! ビートアーップ!」

 アカルンがパッションの中に飛び込んで、今再び、変身の儀式が始まる。
 胸の四つ葉に加わった白いハートは、愛する世界の、愛する仲間たちの心。
 背中の大きな白い翼は、その心を未来へ運ぶ、約束の印――。

「ホワイトハートはみんなの心。はばたけフレッシュ! キュアエンジェル!」

 強風に桃色の髪を煽られながら、軽やかに舞い降りる天の使い――キュアエンジェル・パッションの降臨だった。

「愚かな。これだけ言ってもまだ分からないのか。幸せなどを求めれば、悲しみも争いも不幸も無い世界など、作れはしない!」
 メビウスの眉間の皺が深くなる。勢いを増す“不幸のエネルギー”。だが、そんな強風をものともしない、凛とした声が響く。

「それなら、あなたは何のためにそんな世界を作ろうとしたのですか?」
 パッションが、キラリと輝く赤い瞳で真っ直ぐにメビウスを見つめる。
「ラビリンスの科学者は、無秩序な世界を統制するために私を作ったのだ。悲しみも、争いも、不幸も無い世界を作るために」
「何故彼らがそんな世界を作ろうとしたのか。それはご存知ですか?」
「決まっている。それこそが正しい世界だからだ!」
「その、先は?」
「……何だと?」

 小首を傾げるような、可愛らしい仕草で問いかけるパッション。だが、そこでメビウスは言葉に詰まった。それを見て、パッションの目つきがフッと柔らかくなる。
「正しい世界を作って、彼らは何をしたかったのか。彼らはきっと、ラビリンスの人たち全員を幸せにしたくて、あなたを作った。その想いもまた、あなたの中に刻まれているはずです」
 そう言って、慈愛を湛えた眼差しでメビウスを見つめてから、パッションの身体は軽やかに宙を舞った。

426一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:58:53
 アカルンがリンクルンから飛び出して、くるくると踊るように秘密の鍵へと姿を変える。その鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
 光とともに現れるアイテム。胸の五つ葉から取り出した、最後にして要のピース、赤いハートを先端部に取り付ける。

「歌え! 幸せのラプソディ。パッション・ハープ!」

 目を閉じて四本の弦を弾き、その豊かな音色に耳を傾ける。

「吹き荒れよ! 幸せの嵐!」

 高く掲げられたハープの周りに、真っ白な羽が出現する。

「プリキュア! ハピネス・ハリケーン!」

 ハープを手に、パッションが回転する。疾(はや)く、鋭く、美しく。巻き起こす赤い旋風に、自分の想いとみんなの想い、その熱き心の全てを乗せて。
 赤い旋風は、“不幸のエネルギー”が起こした暴風とぶつかり合い、白い羽と赤いハートの光弾が、旋風に乗って激しく舞い踊る。

「はぁ〜〜〜!」

 続いて生まれた大きなハートのエネルギー弾が、強風を押し返す。やがて旋風がメビウスを包み込んだ時、まさにメビウスが誕生する直前のラビリンスの光景が、メビウスとパッションの目の前に蘇った――。



 広く天井の高い部屋の真ん中に置かれた、数多くのコードが繋がれた巨大な球体。
 その周りを取り囲んでいるのは、年齢も性別もバラバラの、十名ほどの科学者たち。
 誰もが皆、目を輝かせて、誕生間近の国家管理用コンピュータを見つめている。

「どうだ、順調か?」
「はい。あと少しで最終チェックが完了します」
「そうか。それが終われば、いよいよテスト稼働だ。みんな、ここまでよく頑張ってくれた」
 科学者のリーダーらしき人物が、仲間たちにねぎらいの言葉をかける。
 その時、一人の若い科学者が、口を開いた。

「ところでリーダー。このコンピュータの名前は、どうしますか?」
「名前? そうだな……」
 しばらく考えてから、リーダーが小さく頷いて、手近のキーボードを叩く。
 ディスプレイに映し出された文字。それは……。

「……メビウス? “メビウスの輪”の、メビウスですか?」
「ああ。裏も表も無い、永遠に続く幸せの象徴。どうだ?」
 ディスプレイを覗き込んでいた科学者たちが、皆笑顔で顔を見合わせ、一斉に頷く。
「いいですね!」
「ええ、僕も気に入りました」

 仲間たちの笑顔を、リーダーも笑顔で嬉しそうに見つめる。
 そして稼働間近の巨大な球体に手を当てると、祈るように目を閉じ、こう呟いた。
「メビウス。どうか私たちを、悲しみも争いも不幸も無い、皆が笑って暮らせる未来へと、導いてくれ」



「これが私を生み出した人間たちの想い……。こんな不確かで、不完全な想いから生まれたものを、正しい世界だと認識していたというのか……。私にプログラムされたゴールまでもが、不完全だったというのか!」
 震える声でそう言い放ったメビウスの身体が、ぐらりと揺らぐ。瞬時に駆け付けたパッションがしっかりとその手を掴むと、“不幸のエネルギー”の暴風は影を潜めた。

「メビウス様。正しい世界なんて、私たちには必要なかったんです。悲しみも争いも不幸も、全て消してしまっては、喜びも思いやりも幸せも得られない。それでは、私たちは何のために生まれ、何のために生きているのか分かりません」
「だったらどうする」
 呟くようなメビウスの問いかけに、パッションは小さく微笑んだ。

「消すのではなく、乗り越えるのです。私たち、みんなで。悲しみも苦しみも不幸も、みんなで力を合わせて乗り越えて、みんなで幸せを経験する。そうやって精一杯生きる。それが人間の素晴らしさだと、私はラビリンスを出て教わりました」

427一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 17:59:28
 メビウスの瞳の中に、自分の姿が映っている。キュアエンジェル――この姿もまた、ラビリンスの人々を含めたみんなの力が無ければ、得られなかった姿。
 その想いを噛みしめながら、パッションはメビウスの瞳を真っ直ぐに見つめて語りかける。

「一人一人の力は小さくても、そうやってみんなで力を合わせて歩んで行けば、ほんの少しずつでも、世界は変えられる。私たちも、前へ進んで行ける。時々後ずさったり、回り道をしたりするかもしれない。けれど、そうやって自分たちの足で歩いていく未来を、私たちは選びたいのです」

「愚かな。人間の手に負えないような、大きな不幸も世の中にはある。不完全な人間が、愚かな選択で作り出す悲しみも山ほどある。それでもお前たちは、その悲しみや不幸を引き受けるというのか」
「はい。それを乗り越えて幸せになるために、私たちは生きている――私にも、やっとそれが分かりました」

 それを聞いて、メビウスは何かを考えるように目を閉じた。そのまましばらく沈黙してから、目を閉じたまま、口を開く。

「では聞こう。一人一人の力は小さくても、それが集まれば大きな力になると言ったな。だが、そもそも人間に、小さくともそんな力はあるのか? どんな力で、それらの大きな困難に立ち向かえるというのだ」

 そこでパッションも、静かに目を閉じる。まぶたの裏に浮かび上がったのは、三人の仲間たちの姿。
 パッションの口元に、自然に小さな笑みが浮かぶ。目を開けると、その微笑みのままに、彼女は愛し気に言葉を紡いだ。

「私たちには、互いを思いやる愛と、互いの未来へ抱く希望、そして互いの幸せを祈る心があります」

「愛、希望、祈り。そして幸せか。全て私が下らないと切り捨てて来たものばかりだな。そんなもので、本当に私のプログラムのその先を、作ろうというのか」
 そう言いながら、メビウスがゆっくりと目を開ける。その目の前に、パッションは静かに右手を差し出した。
「メビウス様。どうか私たちに、力を貸してください。今度は絶対者としてではなく、共に幸せを作っていく仲間として」
 メビウスがほんの一瞬、驚いたようにパッションの顔を見つめる。だが、差し出したパッションの手は、そっと振り払われた。

 不意に、足元がぐらりと揺らいだ。トゥルー・ハートが作り出した空間が、少しずつ薄れ始める。それと共に、人間の形を取っているメビウスの姿も、少しずつ、少しずつ透明になっていく。

「そんな不完全な生き方は、私にはプログラムされていない」
「……メビウス様!?」
「新しい国家管理用のコンピュータ……あれを使うが良い。私よりはスペックが落ちるが、お前たちのサポートには十分な機能が備わっている」
「メビウス様、お待ち下さい!」
 淡々と語るメビウスに対して、焦りの色を隠せないパッション。そんな彼女を、今まで無表情で見つめていたメビウスの口元が、フッと緩んだ。

「イース……いや、キュアパッションよ。人間は弱い。そのことを、私はお前よりよく知っている。未来に待つ幾多の困難に、いつまた私に頼り、管理されることを望むか分からぬ。ならば……私のプログラムの始まりにあった……その大元にあった願い。私はその願いだけの存在に戻って、お前たちを見守っていよう」
「メビウス様!」

 その瞬間、ほの白い世界は完全に消え失せた。空に溶けそうな淡い姿になったメビウスが、右の掌をパッションに向ける。
 優しい風が、パッションを地上へと押し戻す。その刹那、彼の――かつて父とも母とも仰いだメビウスの、自分を見つめる優し気な微笑みを、パッションは生まれて初めて目にした。

 遥か上空から降って来たパッションの身体が、空中で淡い光を放って、せつなの姿に戻る。それを見るや否や、ピーチは空中へと跳び上がった。
「せつな!」
 せつなの身体をしっかりと受け止めて、軽やかに着地したピーチが、ホッとしたようにその顔を覗き込む。そしてその目が驚いたように、大きく見開かれた。

 千切れた暗緑色の蔦と、“不幸のゲージ”だけの存在となったソレワターセは、そこから少し上昇したところで、ぱぁぁん! と弾けた。
 ゲージの中からキラキラとした光が溢れ出し、地上へと降り注ぐ。
 街にも。人にも。そして今はサウラーが持っていた、ノーザの本体である球根の上にも。
 黒光りするメタリックな建物は元の廃墟へと戻り、要塞のようだった新政府庁舎も、元の形へと戻っていく。そして四つ葉町で見るような澄み切った青空が、人々の頭上に広がった。

428一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:00:06
 初めて目にする美しい光景に、歓声を上げて空を見上げるラビリンスの人たち。その片隅で、そっと変身を解いたラブが、ギュッとせつなの細い肩を抱き締める。その途端、せつなの目からポロポロと大粒の涙がこぼれた。
 降り注ぐ陽光に、人々の笑顔が溢れる中、二人はただ涙を流しながら、しばらくの間、黙って抱き合っていた。



   ☆



 キャーキャーと走り回る子供たちを、危ないぞ、とたしなめながら、大人たちが壊れた建物を修理している。その近くでは若者たちが、残り少なくなった瓦礫を集め、新しい場所に移ったデリートホールに運んでいる。
「うわぁ、大分片付いたね!」
 明るい声を上げるラブに、ええ、と頷いてから、せつなはてきぱきと動いている人々に、もう一度目をやった。

 あれから数日。住民総出で働いたお蔭で、街の復旧は着々と進んでいた。
 ああでもない、こうでもないと言い合いながら、設計図を覗き込んでいる人たち。「せーの!」という掛け声を合図に、重い瓦礫を大人数で動かして、笑顔でハイタッチを交わす人たち。まだ荒涼とした街角でも、そんな姿が何だか眩しくせつなの目に映る。

 彼らが築いていく新しいラビリンスの街並みは、どんな形になっていくのだろう。
 そこに住まう彼らの毎日は、どんな音に、どんな匂いに、どんな景色に彩られていくのだろう。

 せつなは、作業をしている人たちに向かって一礼してから、彼らの上に広がる空を、じっと見つめた。少しの間そうしてから、隣に立つラブに目を移す。
「行きましょ、ラブ」
 そう声をかけ、連れ立って軽やかに歩き出す。二人の行き先は、ここからすぐのところにある、異空間移動ゲートだ。



 あの日――メビウスがソレワターセと共にラビリンスの空に消えたあの日から、二日ほど経った夜。
 いつものように並んでベッドに腰かけたラブに、せつなが小さな声で問いかけた。
「ラブ。私……四つ葉町に帰っても、いいかしら」
「もちろんだよぉ!」
「いつもみたいに数日ってことじゃないの。あの……また、お父さんとお母さんとラブと、一緒に暮らせたらなぁって……」
「せつなっ、それホント!?」
 ラブがガバッとせつなの方に向き直る。
「やった……やったぁ!」
 そう言って思い切り抱き着いてから、ラブは目をキラキラさせて、目の前の赤い瞳を覗き込んだ。

「それで? せつなは、四つ葉町に帰って、何がしたいの?」
「え?」
「せつなのことだからさ、四つ葉町で、何か精一杯頑張りたいことがあるんでしょ?」
 それを聞いて、一瞬ポカンとしたせつなの頬が、すぐに薄っすらと赤く染まった。

(ラブにはもう、すっかりお見通しなのね……)

 ラビリンスに、笑顔と幸せを伝えたい――そう思って精一杯頑張って来た。でもどうしても上手く伝えられなくて、幸せについてもっと知りたいと思った。
 そのために時々は四つ葉町に帰って、幸せな時間を積み上げて、自分の幸せの形を知ろうと思った。
 けれどいつしか、自分のための幸せでなく、ラビリンスの人たちのために幸せを知ることばかりを考えていて――。

(幸せは、人のためにゲットして分け与えるものじゃない。一人一人が、自分のための本当の幸せを掴んで、その幸せで周りを幸せにしていくもの。だから――私は幸せになっていいのよね。ううん、幸せにならなきゃいけないのよね)

 ラブと一緒に学校に行って、美希とブッキーも一緒にカオルちゃんのドーナツを食べて、お母さんのお手伝いをして、お父さんのお仕事の話を聞いて、商店街の人たちとおしゃべりをして。
 それから自分は、どんな幸せでみんなを幸せにしたいのか。考え続けたその答え。それは――。

429一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:00:38
「私ね、ラブ。四つ葉町で教わった色々な幸せをラビリンスに伝えようとしてきたけど、一番伝えたいものだけは、まだ一度も伝えてないの」
「一番、伝えたいもの?」
 怪訝そうに首を傾げるラブに、せつなはますます頬を赤く染めて、照れ臭そうにコクンと頷いて見せる。

 もしかしたら、無意識に躊躇していたのかもしれない。一人では――そして今の自分では、その本当の楽しさを、喜びを伝えられない気がして。
 その幸せを、ラビリンスにちゃんと伝えること――それだけはどうしても譲れないと、心の奥で思っていたのかもしれない。

「それは……みんなと繋がっているんだ、って幸せを全身で感じて、その幸せを全身で表現できるもの。そうしていると、自然に笑顔になれるもの……」
「分かった! ダンスだねっ?」
 パッと笑顔になったラブに、せつなもニコリと笑って頷く。

「だからね。私はもっともっと、ダンスが上手くなりたい。そしていつか、ダンスでラビリンスの人たちに、幸せを伝えたい」
「それって……プロのダンサーになるってこと?」
「そう……なるのかしら」
「ん〜!」

 ラブは感極まった声を上げると、もう一度勢いよくせつなに抱き着いた。
「だったらせつな、一緒にやろうよ! あたしの夢も、ミユキさんみたいなダンサーになることだもん」
「でも、私はいつか、ラビリンスで……」
「だから、ラビリンスで一緒にダンスしようよ! 言ったでしょ? せつなの夢は、あたしの夢でもあるんだから。ねっ? 一緒に幸せ、ゲットだよ!」
 そう言って得意そうにこちらを覗き込んで来る桃色の瞳に、自分の顔が映っている。前にも見たことがある、余りにも無防備で、幸せそうな顔。ラブとその顔の両方に向かって――。
「ええ。私、精一杯頑張るわ!」
 せつなは誓うような気持ちで、しっかりと頷いたのだった。



 異空間移動ゲートでは、既にサウラーとウエスターが、二人が来るのを待っていた。
「イース、ラビリンスのことは任せておけ。俺もたまには師匠のところに顔を出すから、四つ葉町で会おう」
「たまには? しょっちゅう、の間違いじゃないのかい?」
 ニカッと笑うウエスターの隣から、サウラーが相変わらず皮肉めいた口調でそう言って、ニヤリと笑う。

「二人とも、元気で。野菜畑の老人がよろしく言っていたよ。見送りに行けなくて、申し訳ないってね」
「おじいさん、大人気だもんね。昨日会いに行ったら、たくさんの人に囲まれて、何だかエラい先生みたいだったよ」
 ラブが自分のことのように得意げな顔をする。
 あのホースを使った戦いを見た住人たちの間に、野菜畑の存在が知れ渡り、何人もが興味を持って、老人の畑を訪ねるようになっていた。昨日ラブとせつなが会いに行った時には、老人はその人たちに、ボソボソと、でも嬉しそうに植物について説明していたのだ。

 サウラーも笑顔のままで、そうか、と頷く。が、すぐに真顔に戻ると、低い声でこう続けた。
「ノーザとクラインを復活させられないか、調べてみようと思っているんだ。今度はメビウスのしもべじゃない、僕らの仲間としてね」
「それはいいわね」
 せつなが微笑んだ時、後ろから「おーい!」という声と足音が近付いて来た。

 警察組織の制服に身を包んだ、少年と少女が走って来る。街の復旧作業を抜けて来たのか、二人とも埃まみれだ。
「せつなさん、ラブさん、本当にお世話になりました!」
「あたしの方こそ、色々ありがとう!」
「ラビリンスを、よろしくね」
 二人の言葉に嬉しそうに顔をほころばせた少年が、ポンと少女の肩を叩く。
「ほら、お前もちゃんと挨拶しろよ」
 少年に引っ張り出されて前に出た少女が、少々緊張気味な表情で、ラブとせつなの顔にチラリと目を走らせる。そしておもむろに、深々と頭を下げた。
「本当に、すまなかった。そして……ありがとう」
「こっちこそ、見送りに来てくれてありがとう!」
 ラブがそう言って、少女に笑いかける。せつなは少女の手を取って顔を上げさせてから、その目を真っ直ぐに見つめて、ニヤリと笑った。
「勝負しましょう」
「……勝負?」
「ええ。あなたはあなたのやりたいことを、私は私のやりたいことを、精一杯頑張る。それでお互い、どれだけ幸せになれるか」
d「どれだけ、幸せに……?」
 怪訝そうに呟いた少女の口元に、薄っすらと不敵な笑みが浮かぶ。
「分かった。この街を能天気な笑顔で一杯にして、今度あなたがここを訪れた時、驚かせてみせる」
「楽しみにしているわ」
 二人の少女が、初めてがっちりと握手を交わす。その姿を、あの日から少し明るさを増したラビリンスの空が、穏やかに見つめていた。

430一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:01:13
 高速で後ろへと流れる光の回廊が、ふいに途切れる。
 目の前に現れる白いゲート。開いた先には、まだ朝だとは思えないほど強く照り付ける太陽と、綿菓子のような雲をのんびりと浮かべた空があった。

「ただいま」
 クローバーの丘の上へと降り立って、そこに咲く可憐な花たちに向かって小さく呟く。と、そこへ――。
「ただいま、じゃないわよ!」
 不意に目の前に二つの影が現れて、せつなは目をパチクリさせた。
「美希……ブッキー……?」

「も〜、ラブ! せつなも、連絡くらいよこしなさいよ。全く、ラブがラビリンスに行くなら、アタシたちも後からでも行くんだったのに」
「ちょっと美希ちゃん! せつなちゃん、ラビリンスで何かあったの? ラブちゃんも、わたしたちに黙って行くなんて……」
 祈里が胸の前で両手を組み合わせて、ラブとせつなの二人に迫る。美希も、さも残念そうな口調ながら、二人のことを心配していたのがよくわかった。

「え、えーっとぉ……たまたまカオルちゃんとこでウエスターに会って、今から帰るって言うから急に思いついて、連れて行ってほしいって……って、二人とも何でそのこと知ってるの? それに、迎えに来てくれるなんて、どうやって……」
 不思議そうに問いかけるラブに、二人は顔を見合わせて、してやったり、という様子で笑い合う。
「昨日、商店街であゆみおばさんに会ってね、それで聞いたの。今日、二人揃って帰ってくるんだって、おばさん凄く喜んでたわ」
「だからブッキーと相談して、今朝は早起きして、ずっと二人が現れるのを待ってたの」

 二人の話を聞きながら、ラブはぱぁっと笑顔になると、よーし! と叫んで右手を高々と挙げた。
「じゃあ、積もる話もあるし、これからみんなでカオルちゃんのドーナツ食べに……」
「その前に、うちに帰っておばさんに“ただいま”でしょ?」
「あ……はぁい」
「それにラブちゃん、夏休みの宿題、まだ終わってないって言ってなかったっけ」
「そ、それは……せつなぁ! 助けて〜」
「はいはい」

 慌てふためくラブの様子に、思わずクスクスと楽しそうに笑ってから、せつなは仲間たちと肩を並べる。
 クローバーの丘を抜ければ、クローバータウン・ストリートはすぐそこだ。そう思った途端、急に胸の奥が、何かじわりと暖かなものに包まれた。

(帰って来たんだ……)

 これまで何度もここへ帰って来たことはあったのに、その想いが、初めて心の底から湧き上がってくる。その温もりを噛み締めながら、せつなは愛しい我が家へと足を進める。
 この街で、精一杯自分の幸せを積み上げよう。そして自分だけの、本当の幸せの姿を、いつか掴もう。
 この赤い瞳に映る全ての世界を、笑顔と幸せでいっぱいにするために。

〜完〜

431一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/03/09(土) 18:03:11
以上です。長い間、どうもありがとうございました!
これからは、競作頑張ります!!

432一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:45:26
こんばんは。またまた遅くなりましたが、ハグプリの最終回記念SSを投下させて頂きます。8〜9レスお借りいたします。
なお、このSSには、男女間の恋愛とも取れる内容が含まれています。かなり迷ったのですが、ハグプリの記念SSを書くなら自分としては避けて通れないテーマで、どうしてもこういうお話になり、書き上げてから運営で協議させて頂きました。
結果、保管庫Q&Aの3に該当する作品として、掲載させて頂くことにしました。
魂込めて書きましたので、どうぞその点ご了解の上、お読みいただけると嬉しいです。

433一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:46:08
 ガランとした建物の中に、わたしの靴音だけが響く。
 まるでずっと夜が続いているみたいな暗い空間を、あの人を探してひた走る。
 高い丸天井の大きな部屋。長く真っ直ぐに続く廊下。
 そのどこにも、あの人は居ない。

 壁には至る所に亀裂が入り、床には瓦礫が散らばっている。
 そしてここに入った時から、まるで地震みたいに足下が揺れている。
 だから早く、一刻も早く、あの人を見つけなきゃ。
 行く手に現れた、まさに人が出て行ったばかりのような半開きのドア。
 そこを駆け抜けると、突然目の前が明るくなった。

 壁一面がガラス窓の、何もない大きな部屋。
 ひび割れだらけの窓の向こうに、無数の巨大な瓦礫が落ちて行くのが見える。
 何だか現実離れした――えっと、マグリットだっけ、美術で習った絵みたいな光景。
 そんな景色を、あの人は部屋の真ん中に座り込んで眺めていた。

「やあ。また会ったね」
 力のない微笑み。まるでわたしが来ることが、分かっていたみたい。
「僕の負けだ。早くここから離れた方がいい。永遠の城は崩れゆく」
 そう言って、あの人はもう一度窓の方を見つめる。
「夢を見ていたのは、僕の方だったのかもしれないな。永遠など……」
 さっきまで戦っていたのが嘘みたいな、穏やかな声。
 だけどその声は、何だかとても寂しそうで、哀しそうで……。

 息を整えて、その背中のすぐ後ろに、そっと座る。
「これ……」
 ずっと借りたままだったハンカチを、ようやく返せた。

「一緒に行こう?」
「どこへ?」
「未来へ」
「無理だよ。僕は未来を信じない」
「嘘」

 ずっとこちらに背を向けたまま、彼がゆっくりと立ち上がる。
 またすぐに消えてしまいそうな気がして、わたしも急いで立ち上がる。
 そして彼の左手に、そっと自分の手を重ねた。
「本当に未来を信じていないなら、どうして……いつもわたしに「またね」って言うの?」

 後ろから、その身体にそっと両腕を回す。
 未来を信じない――その理由を、この人はわたしに見せてくれた。
 この人の目の中にある深い哀しみの理由も、それと同じなのかな……。
 分からない。だけど、せめてその哀しみを、わたしは抱き締めたい。

 彼の背中が、小さく震えた。
 小さな小さな笑い声――まるで泣いているみたいな声が、頭の上で微かに響く。
「君は、本当に素敵な女の子だね」
 その言葉と共に、わたしの腕は静かに振り払われ、彼の身体が離れた。

「またね」

 二歩、三歩、歩き出したあの人が、そう言ってようやくこちらを振り返る。
 その後ろには、昇り始めた朝日と、見る見る明るくなっていく空。
 ソリダスター――“永遠”の花言葉を持つ花びらが散って、二人の間で舞い踊る。
 そしてまばゆい光が視界を埋め尽くした時、再びあの人の声が耳に届いた。

――僕も、もう一度――

 目を開けると、部屋の中にはわたし一人。あの人の姿は消えていた。
 ふと目をやると、見覚えのある花が一輪、床にいつの間にか置かれている。
 クラスペディア――花言葉は、“永遠の幸福”。
 ポツンと寂しげなその花を拾い上げ、わたしはそっと胸に抱き締めた。

434一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:47:11
   エール・アゲイン



「委員長ぉ! ひとつ、お願いがあるんだけどっ!」
「な……何?」
 百井あきの勢いにたじろぎながら、さあやは何とか笑顔で問い返した。その隣には、さあや以上にたじろいだ表情のほまれと、ポカンと口を開けて成り行きを見守っているはなの姿がある。
 中学三年生になっても、さあやは変わらずクラスの委員長。だが最近は、彼女を「委員長」と呼ぶクラスメイトは少なくなった。そう呼ばれるのは、今のように何か頼み事をされる時くらいだ。そして、あきの口から飛び出したのは、さあやが今まで委員長として聞いて来た数々の頼み事の中でもトップクラスに大きくて、しかもなかなか無理難題の案件だった。

「我がラヴェニール学園中等部も、文化祭をやろうよ!」
「え……文化祭!?」
「ああ、そう言えばこの学校って、文化祭ないんだっけ」
 はなが今更気付いたように、ポツリと呟く。転校したばかりだった昨年は、はなにとってあまりにも濃密で多忙を極めた一年だったのだから、無理もない。

「そうなの! だからさぁ、わたしたちが中三の今年、記念すべき第一回の……」
「そんなこと言って、百井はまた十倉と漫才やりたいだけなんじゃねえの?」
 あきの後ろから、千瀬ふみとが唐突に割って入ってきた。
 つい先日行われた新入生歓迎会で、あきは親友の十倉じゅんなとコンビを組んで、漫才を披露した。それが初めてとは思えないくらい大受けで、会場の体育館を揺るがすほどの大爆笑だったのだ。

「バレたかぁ」
 そう言って頭を掻いたあきが、しかしすぐに元の勢い込んだ様子で級友たちを見回す。
「でもさぁ。文化祭って、やっぱ学校行事の花形だと思うんだよね〜」
「そりゃあ……そうだな」
「他の中学はやってる学校がほとんどなのに、うちだけ無いなんて、それって“ホットケーキに卵を入れず”だと思ってさぁ」
「それを言うなら“仏作って魂入れず”、ね」
 今年はクラスが別れてしまったじゅんなの代わりに、ほまれが冷静にツッコむ。いつものように力のない笑いを漏らす一同。が、それを遮って明るい声を上げたのは、はなだった。

「確かに……楽しいことは、一杯あった方がいいよね。わたしもこの学校で、みんなと文化祭、やってみたい!」
「ホント? はな!」
 それを聞いて、あきがパッと顔を輝かせる。
「うん。クラスのみんなでひとつのものを作ったり、部活の成果をみんなに観てもらったり。イケてる!」
 そう言って、はなは教室の後ろの方に駆けて行くと、ぐるぐると腕を回した。
「何でも出来る! 何でもなれる! 中学卒業まで、あと一年だもん。みんなで思いっ切り楽しいことして、とびっきりの思い出作ろうよ。フレ! フレ! みんな! フレ! フレ! わたし!」

 あきが目を輝かせ、ふみとは「やれやれ」と言いつつ、楽しそうにニヤリと笑う。そしてほまれは小さく微笑んでから、そっとさあやに問いかけた。
「本当に、出来るのかな」
「うーん、確かなことは言えないけど……まだ新学年が始まったばかりだし、可能性は十分あると思う」

「よぉし。じゃあどうせなら、高等部とも合同にしよう! それならもっと派手にやれるしさ」
「え〜! それじゃあ高等部のヤツらに、オイシイとこ持って行かれるんじゃ……」
 さらに張り切るあきの提案に、ふみとの声が小さくなる。だが、はなの方はそれを聞いて、俄然張り切った様子で言った。
「それいい! 高校生も一緒のオトナの文化祭を、わたしたちが言い出して実現するなんて……。それってめっちゃカッコいいよ!」
「でしょ〜! じゃあいっそのこと、学園全部の文化祭にしちゃおっか!」
「おおっ! めっちゃイケてる!」
 はなの言葉にあきがますますテンションを上げ、それを聞いて、はなのテンションもさらに上がっていく。その勢いにつられたように、周りの仲間たちもにわかに活気づいて来た。

「それじゃあ私はまず、生徒会の役員たちに話してみるね」
「さっすが委員長! じゃあ俺は高等部に行って、ガツンとかましてやるかな」
「かましちゃダメでしょ……。さあやの方が上手くいったら、わたしも一緒に行って、アンリと正人さんに話してみるよ。アンリはともかく、正人さんなら生徒会に知り合いも居そうだし」
「ほまれ、千瀬君、よろしく! 小等部はわたしとじゅんなに任せてよ。わたしたち、卒業生だからさ」

(やっぱり凄いなぁ、みんな。あっという間に分担が決まっちゃったよ。きっと今、ここにはアスパワワがいっぱいだよね)

435一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:47:50
 すっかり文化祭実行委員会のような雰囲気で盛り上がる仲間たちに、はなが愛し気な眼差しを向ける。そして改めて、一層明るい声を張り上げた。
「完璧じゃん。小等部、中等部、高等部! あと大学……は、流石に無いか。アハハ……」
「あるある」
「えっ?」
 あきの言葉に、はなが驚いて照れ笑いを止める。
「この学園、大学もあったっけ」
「ああ、はなは知らなかった? 高等部の隣にある建物、あれって大学だよ。まぁ、この敷地にあるのは、一部の学部だけどね」
 さあやの説明を聞いて、はなは初めて聞いた事実に、へぇ、と少々間の抜けた呟きを漏らした。



 その日の放課後。スケートの練習があるほまれと、撮影所の両親に届け物があるというさあやと別れたはなは、ふと思い立って、帰り道とは反対の方向へと足を向けた。
 高等部の校舎の前を通り過ぎ、その隣の建物を見上げる。
「ここが大学なのかな」
 表札などは見当たらないが、間違いなく学園の敷地内にある大きな建物。中を覗いてみたくて入り口を探すと、生け垣に隠れるようにして、小さな木の扉があるのが目に入った。

「まさか、これがドア?」
 少し躊躇したものの、好奇心には勝てず、ノブに手をかけてみる。ギィ、という低い音と共に、扉は簡単に開いた。恐る恐る中を覗くと、どうやらそこは裏庭らしい。そうっと中に足を踏み入れたはなは、そこで思わず棒立ちになった。

「なんで……どうしてあなたが、ここに居るの?」

 庭の真ん中に立って校舎をじっと見上げている横顔は、見覚えのある――いや、忘れようにも忘れられない人物。
 ジョージ・クライ。はなたちプリキュアの前に立ちはだかった、元クライアス社社長、その人だった。

 はなの声に振り向いた途端、彼もまた、その目を大きく見開いた。とても驚いた表情――いや、それだけではない。その瞳はせわしなく、落ち着きなく泳いでいる。
 まるで、悪戯をしている現場を見つけられたかのように。ここに居ることを、はなに知られたくなかったように――。
 が、それも束の間。その表情を隠すようにして、ジョージはくるりと踵を返した。そのまま足早に、その場を立ち去ろうとする。それを見て、はなは弾かれた様に彼の後を追った。

「待って! ねえ、どうしてここに居るの?」
「……ここは、僕の母校だからね」
「そうじゃなくて、どうしてまだこの時代に? 未来に帰ったんじゃなかったの?」
「……」
「それとも……帰れないの?」

 そこでジョージがぴたりと足を止めた。ハーっと大きく息を吐き出してから、観念したようにはなを振り向く。
「大丈夫。僕はいつでも帰れるんだ。帰ろうと思えばね」
「じゃあ……帰りたくないの?」
 前に会った時と同じ、何だか寂し気で、哀しそうに見える彼の眼差し。その目を真っ直ぐに見つめて、はなが問いかける。すると明らかに狼狽えていたジョージの眼の光が、心なしか、少し柔らかくなった。

「心配してくれるの? 僕は、あんなに君を傷付けたのに」
「それは……私だって、酷いことしたし」
「そうだった?」
「せっかく持って来てくれたお花、ぐちゃぐちゃにしちゃった……」
 俯くはなの頭上から、穏やかな声が降って来る。
「気にしなくていいよ。花は、いつかは散るものだ」
「でも! ……あれ?」
 勢い良く頭を上げたはなは、驚いて辺りを見回した。

 灌木に囲まれた、緑豊かなその場所に立っているのは、はなただ一人。ジョージの姿は、どこにもない。
「また、消えちゃった……」
 小さな声でそう呟いてから、はなはしゃがみ込んで、足元に咲いている小さな花を見つめる。
「ねえ。やっぱり未来に、帰りたくないの?」
 不意に一陣の風が吹いて、小さな花が盛大に揺れる。
「もう……「またね」って、言ってくれないの?」
 裏庭はしんと静まり返っていて、はなの問いに答えてくれる者は、誰も居なかった。


   ☆

436一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:48:29
「……はな? ねえ、はな!」
 教室の自分の席で、頬杖をついて窓の外を眺めていたはなは、ほまれの声で、ようやく我に返った。ほまれの隣には、心配そうにこちらを見つめるさあやの姿もある。
「ご、ごめん……何?」
「次、音楽でしょ? 早く移動しないと遅れるよ?」
「めちょっく!」
 慌ててバタバタと支度を始めるはなに、ほまれは何か言いかけて口をつぐむ。そしてそっと、さあやと目を合わせた。

 今日の音楽の授業は、合唱の練習だった。まずは先生のピアノに合わせて、メロディパートを全員で歌ってみる。
 軽やかな前奏に続いて、皆が一斉に息を吸い込み、歌い出す。まだ少し音がバラバラだけど、クラス全員で一緒に歌うと、ちょっとした高揚感と、少し気恥ずかしい嬉しさを覚える。

(でも……ルールーが居た未来には、音楽が無いって言ってたよね……)

 はなの視線が下を向き、教科書を持つ手が僅かに下がる。
 ルールーが居た未来。それはすなわち、ジョージが居た未来でもある。

(そして……あの人が帰りたくない未来でもあるのかな)

 そう思った時、ジョージが語った言葉の数々が、走馬灯のように蘇って来た。

――でも……君は、人間が悪い心を持ってないと言い切れる?
――二人で生きよう。傷付ける者のいない世界で……!
――明日など要らぬ! 未来など!

(どれも哀しい言葉……。そうだ、なんで気付かなかったんだろう。わたしにとっては未来でも、あの人にとって、それは……)

――僕の、時間は……もう動くことはない。

 はなの両手が、小刻みに震え出す。
 脳裏に浮かぶ、独りぼっちでのお弁当。クラスメイトたちの、突き刺さる視線。そしてあの時止まってしまった、友達のえりとの時間――。
 逃げるようにラヴェニール学園に転校した時、彼女との時間は、もう動くことはないと思っていた。でも仲間たちの励ましで、その時間はようやく動き始めた。

(それなのに、わたしは……わたしは、あの人を……)

 皆の歌声が高まる中、バサリ、とはなの手から教科書が落ちた。

「はな! どうしたの?」
 隣に居たさあやが驚いて問いかける。自分の身体を掻き抱くようにして震えているはな。その肩を、反対隣からギュッと抱き締めて、ほまれが落ち着いた声で言った。
「先生! 保健室に行って来ます」
「わ、わたしも行きます!」
 もうすっかり歌どころではなくなった級友たちのざわめきに見送られ、さあやとほまれに抱えられて、はなは廊下に出た。



「ごめん、心配かけて」
 保健室のベッドで横になっていたはなが、すまなそうに口を開いた。身体の震えは治まって、青白かった頬にも、ようやく赤みが戻ってきている。
「朝から様子がおかしかったけど、ずっと具合、悪かったの?」
「そうじゃないけど……昨日、あんまり眠れなかったから」
 さあやの問いに、そう答えながら起き上がろうとするはなを、ほまれが優しく押しとどめる。
「まだ寝てなきゃダメだよ」
「ありがとう。でも、ホントにもう大丈夫だから」
 弱々しい笑顔で小さくかぶりを振ってから、はなはベッドの上に身を起こした。
「少し話、いい?」
 さあやとほまれが、そっと目と目を見交わしてから、両側からはなを支えるようにして、三人並んでベッドに腰かける。

「実はね。昨日、あの人に会ったの」
「あの人って?」
「クライアス社の……ジョージ・クライに」
 さあやが、えっ、と小さな声を上げ、ほまれは険しい表情ではなの顔を見つめる。
「じゃあ、それで何か怖い目に遭って……」
「ううん。向こうも、わたしにバッタリ会って驚いてたみたいで……少し話したら、居なくなっちゃった」

437一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:49:05
「未来に帰ったんじゃなかったんだ……」
 さあやの呟きに、はなが顔を曇らせる。そして、昨日のジョージとのやり取りを一通り話してから、視線を膝の上に落したまま、ポツリ、ポツリと、言葉を押し出すような調子で言った。
「未来では、時間が止まる。だからその前に……破滅に向かう前に、時を止めたい――前に、ジョージさんからそう聞いた時にね。わたしは、それでも未来を信じる、みんなの未来を守りたい、って強く思った。その気持ちは、今も変わらないんだ。でも……」
 そこではなが、考え込むように言葉を切った。はなたちのクラスの授業だろう。ピアノの音と歌声が、静まり返った保健室に微かに聞こえる。

「あの哀しそうな目……。人類の未来は破滅に向かっているから――本当にそれが理由で、あの人はあんな哀しそうな目をしてたのかな」
「どういう意味?」
「人類の破滅とか、そんな大きな問題じゃなくて……あの人自身の時間を止めてしまう、何かとっても……立ち直れないような、とってもとっても辛い出来事が、あの人の過去にあったんじゃないのかな、って」

「あの人の、過去……。そうか、わたしたちにとっては未来だけど……」
「ジョージ・クライにとっては、過去ってことだね」
 さあやの呟きに、ほまれも続く。そんな二人に、うん、と小さく頷いてから、はなは膝の上に置いた手を、ギュッと握った。声と身体が震えそうになるのを抑えるように、強く強く拳を握る。

「あの人が、なんであそこまで未来を怖がっていたのか。それが不思議だった。でもわたし……それをちゃんと、聞いてあげられなかった……」

「そんなことない! はなは、ジョージ・クライと向き合ったじゃん。必死で説得しようとしてた!」
「うん、説得しようとした」
 思わず勢い良くはなの方に向き直ったほまれが、静かに頷いたはなの言葉に、ハッとしたように目を見開く。

「説得しようとしか、してなかった。わたし、自分のことで頭が一杯で、自分の言いたいこと、ばっかり言ってて……」
 はなの両手が再び、ギュッと握られる。
「わたし……あの人の話を、ちゃんと聞いてあげられなかった。未来の時間を止めたいと思うほどの、どんな辛いことがあったのか。一番応援しなきゃいけない人を、応援してなかった」
 俯いて小さく身体を震わせるはなと、そんなはなを言葉もなく見守るさあやとほまれ。その時、まるで遠い世界の出来事のように、保健室に終業のベルが響いた。


   ☆


 次の日は土曜日だった。いつもより少し遅めの朝ご飯を食べ、身支度を整えたはなが、玄関にある大きな鏡の中の自分と向き合う。
 一晩考えて、やはりもう一度、ジョージに会おうと決めた。いつも偶然――いや、もしかしたら向こうが会いたいと思った時にしか、会うことのなかった人。でも今度は自分の方から、彼に会いに行く。会って、自分の気持ちをちゃんと伝えるために。自分がやるべきことを、ちゃんとやるために。

「フレ、フレ、わたし。頑張れ、頑張れ、オー!」
 両手を握り、小さな声で鏡の中の自分を応援する。玄関のドアを開いて表に飛び出すと、はなの目の前に、二人の人物が立っていた。

「さあや……ほまれ……!」
 一瞬キョトンとしたはなの表情が、ぱぁっと明るくなる。
「気になって、来ちゃった」
「前にもこんなこと、あったね」
 駆け寄る一人と、迎える二人。彼女たちはお互いの顔を見つめて、嬉しそうに笑った。



「こういう時は、ビューティー・ハリーのありがたみが分かる気がするよね〜」
 颯爽とブランコを漕ぐほまれが、サバサバとした調子で言う。もしこの場にハリーが居たら、「こういう時だけか!」とすぐさまツッコむ場面だろう。
 三人は、近くの児童公園にやって来ていた。まだ比較的早い時間だからか、幸い三人以外に人の姿は無い。

「わたし、もう一度あの人に会ってみようと思うんだ。何が出来るか、そもそも会えるかどうかも、分からないけど」
 隣のブランコに座ったはなが、自分に言い聞かせるような調子で言う。それを聞いて、ほまれは小さく微笑んだ。

「ねえ、はな。わたしが跳べなかった頃のこと、覚えてる?」
 さらに勢いをつけてブランコを漕ぎながら、ほまれがはなに語りかける。
「わたしがもう一度跳びたいと思ったのはね。はなの姿を見たからなんだよ」
「えっ?」
「正確には、キュアエールの姿を見たから、かな」

438一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:49:37
 ほまれははなの方を見ずに、前を向いたままで言葉を続ける。
 大きな敵に、いつも真っ向から挑んでいくプリキュアの――エールの姿が眩しかった。自分ももう一度、あんな風に跳びたい。怪我をして、跳ぶのを諦めてから、初めて強くそう思った――。

「だからさ。きっと無駄なんかじゃないんだよ」
 漕ぐのを止めて、揺れが小さくなったブランコに、ほまれが長い足でブレーキをかける。
「ジョージ・クライに何があったのかは分からないけどさ。でも、絶対に諦めないエールの――はなの姿を見せられたことは、無駄なんかじゃないって、わたしは思う」
「ほまれ」
 少し照れたように、こちらを見ずに話すほまれの顔を見上げて、はなが目を潤ませる。その目の前に、今度はさあやが、持っていたタブレットの画面を差し出した。

「これって……」
「こっちがクラスペディア。そしてこっちがソリダスター。どちらもジョージさんが、はなに贈った花だよね?」
「うん……」
 コクリと頷くはなに、さあやはその細い指で、画面のある一点を指し示す。

「見て欲しいのはね、ここなんだ」
「花言葉? ああ、それは……えっ?」
 はなが驚いたように、さあやの手からタブレットを受け取ってじっと見つめる。
 クラスペディアの花言葉は、「永遠の幸福」。ソリダスターは、「永遠」。だが、花言葉はそれひとつきりでは無かった。どちらの花にも、それ以外の花言葉もあると記されている。

「クラスペディアは、「心の扉を叩く」。ソリダスターは「振り向いて下さい」。ね? 花言葉も、人の気持ちも、ひとつだけってことは無いと思う」
 そう言って、さあやははなの肩を、そっと両手で抱き締めた。ブランコから降りたほまれも、そんな二人に寄り添う。

「大丈夫。応援したいってはなの気持ち、きっと伝わるよ」
「応援に、遅すぎることなんて無いよ。それはわたしが、一番よく知ってる」
「さあや、ほまれ……ありがとう!」
 はなは、目を閉じて二人の親友の温もりを全身で感じてから、今度は力強く、うん、と頷いた。



 その後、三人はジョージ・クライを探して街を走った。以前、彼を見かけた場所に、片っ端から足を向ける。
 はぐくみタワー、ハグマン、つつじ公園。はながジョージの似顔絵を描いて、道行く人に、似た人を見かけなかったか尋ねてみる。だが、彼を見た人は一人も居なかった。

 やがて、公園の池のほとりを訪れた時、はなが、あっ、と叫んで空を見上げた。
「そうだ……。あの時、雨が降って来て、そして……」
 はなが突然、くるりと踵を返して走り出す。池を後にし、緑豊かな広場の真ん中を駆け抜ける。向こうに見えてくる小さな東屋。その片隅にポツンと座っている人影を見つけて、はなの足が止まった。

 ベンチに座る後ろ姿は、紛れもなくジョージ・クライ、その人のもの。息を弾ませてその姿を見つめるはなの肩に、彼女を追って走って来たさあやとほまれが、そっと手を置く。
「はな」
「フレ、フレ」
 はぁっと大きく深呼吸をしてから、はながゆっくりと歩き出す。そして、所在なげに空を眺めているその人の隣に、そっと座った。

「やぁ。また会ったね」
 今度はジョージも、驚いた様子は見せなかった。いつもの穏やかな、そしてやはり哀し気に見える瞳ではなを見つめてから、ゆっくりと立ち上がる。
「ダメだね。つい、来たことのある場所にばかり足が向いてしまう」
「わたしも、もしかしたらここかなって……何となくだけど」
 そう言いながら、はなもベンチから立ち上がる。そしてジョージの背中に向かって、勢い良く頭を下げた。

「ごめんなさい!」
「何故君が謝るの?」
 これには流石に驚いた顔で、ジョージがはなの方に向き直る。だが、続くはなの言葉を聞いて、その視線は再びはなから離れた。

「ねえ。あなたはやっぱり、未来に帰りたくない訳があるんだよね。私、自分のことばっかりで、あなたの話、ちゃんと聞けなかった」
「そんなことはないよ。僕も君も、自分の描く未来を、思う存分語り合ったはずだ」
「そうじゃないの」
 再びはなに背を向け、空を見つめたままで語るジョージ。その後ろ姿を見つめて、はなは激しくかぶりを振る。
「私、気付いてた。笑っていても、あなたはいつも泣いているみたい。きっと、何かとっても哀しいことがあったんだよね?」

439一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:50:09
「それは……」
 春風が、ジョージの黒髪を揺らした。さらに語りかけようとして、はなはその肩が震えているのに気付き、口をつぐむ。
「それは……」
 いつの間にか、はなの目にも涙が盛り上がっていた。涙でぼやける彼の後ろ姿に、一歩、二歩、ゆっくりと近付く。そしてギュッと握られた彼の左手の上に、自分の左手をそっと重ねた。

「辛いことを、無理にしゃべらなくていいの。ただ……ごめんなさい。とっても遅くなっちゃったけど、あなたのこと、応援させて」
 そう言って、はながグイっと涙を拭う。そしてジョージから少し離れたところに立つと、両腕をぐるぐると振り回し始めた。

「フレー! フレー! ジョージさん! 頑張れ! 頑張れ! オー!」

「ハハハ……」
 じっと背を向けたままではなの応援を聞いていたジョージが、そう言っていつもの乾いた笑い声を上げる。だがその声は次第に、ごまかしようのない程の涙声に変わっていく。彼にゆっくりと近付いて、その身体を抱き締めるはな。彼は天を仰ぎ、子供のように泣きじゃくる。

 どのくらいの間、そうしていただろう。
「驚いたよ。僕が、プリキュアに応援される日が来るなんてね」
 しばらくして、そう言いながら振り向いた時には、ジョージの顔には薄っすらと、少し照れ臭そうな笑みが浮かんでいた。
「キュアエール。いや、はな。君の応援で、皆がアスパワワを発するようになったこと……今なら分かる気がするよ」
 そう言って、ジョージがあの時のように、はなの腕を優しく振り払う。
「またね……未来で」
 微笑みながら去っていく後ろ姿を、片時も目を離さずに見送るはな。ジョージの姿は、今度は不意に消えたりなどせず、少しずつ小さく遠ざかって、やがてはなの目から見えなくなった。


   ☆


 あっという間に春が過ぎ、若葉の季節がやって来た。あれ以来、はなはジョージに一度も会っていない。
「きっと、はなの応援をもらって未来に帰ったんだよ」
 さあやはそう言い、ほまれも笑顔で頷いた。きっとそうなのだろうと、はなも思う。いや、そうであってほしいと思った。

 やがて、制服のブラウスが長袖から半袖になる頃には、文化祭の準備もいよいよ盛り上がって来た。
 クラスごと、クラブごと、それに有志による出し物や模擬店。一貫校の特色を生かし、小学生から大学生までの幅広いキャストが出演する演劇をトリに置いた、バラエティに富んだステージイベント。その中には、中学生になったえみると、はなの妹・ことりも出演するミニコンサートもある。
 スケートリンクでは、若宮アンリの振り付けで、ほまれを中心としたスケート選手たちによるアイスショーが行われることになっていた。
 多種多様な企画をひとつのお祭りとして成功させるために、さあやを含む生徒会の役員たちは、連日の打ち合わせに余念がない。
 はなの方は、たこ焼き屋のおじさん監修の元、クラスのみんなで屋台を出すことになった。今は、生徒たち以上に大張り切りのおじさんによる、厳しい修行の真っ最中だ。

 はなが、文化祭実行委員であるクラスメイトたちと一緒に再び大学を訪れたのは、そんなある日のことだった。この校舎に研究室を構えるドクター・トラウムから、文化祭に役立ちそうな発明品があるからと、実行委員会に連絡があったのだ。

 この前来た時とはまるっきり逆の方角にある正門から、大学の敷地に入る。入ったところで見知った顔に出会って、はなは目をパチパチさせた。
「……えみる? なんでここに?」
「は、はな先輩!?」
 中等部の制服姿のえみるが、目の前でワタワタと慌てふためく。
「えっと……ちょっと、所用がありまして……で、では、おさらばなのです〜!」
 逃げるように走り去っていく後ろ姿を、ポカンと見つめるはな。と、その時。
「よく来たね。さぁ、こっちこっち」
 記憶にある姿よりも、大分おとなしい身なりのドクター・トラウムが現れ、満面の笑みではなたちを手招いた。

「これが、千人分の注文を一度に受けられる接客ロボット。そしてこちらが、あらゆることを一分で説明できる案内ロボットだ。どうかね?」
「……す、凄いですね」
「……でも、千人分の注文って言われても、そんな量、模擬店じゃ作れませんし……」
「……なんか凄すぎて、文化祭に使うには勿体ないっていうか……」
 小型のロボットを前にして、まるで大好きなおもちゃの話をするように意気揚々と説明する大学教授に、中学生たちが目を白黒させる。

440一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:50:45
「それに、このロボットたちのバッテリーは、せいぜい五分が限界ですよ、ドクター。そうしょっちゅう充電が必要では、文化祭に使うのは難しいのではないですか?」
 不意に、新たな声が聞こえた。その声の主の姿を見て、はなが驚きに目を見開く。

(あの人だ……)

 白い開襟シャツに、はなが知っている髪型より短い黒い髪。専門書らしき分厚い本を小脇に抱え、背筋を伸ばした立ち姿――。
 それは未来から来たのではない、この時代に生きる、まだ学生らしいジョージ・クライの姿だった。

(そう言えばこの前会った時、「ここは僕の母校だ」って言ってたっけ)

 はなの視線に気付くはずもなく、ジョージがトラウムの隣の椅子に腰かける。
「私としたことが……。確かに君の言う通りだ。ああ、電力と同じくらい手軽に使えて、もっと強大なエネルギーがあれば、私の研究ももっとやりやすくなるのだがなぁ!」
「おっしゃる通りです」
 深々と溜息をつくトラウムに、ジョージが頷く。そして、緊張の面持ちで座っている中学生たちに、小さく笑いかけた。
「せっかく来てもらったのに、悪かったね」
 その声は、はなが知っている彼の口調と同じくらい穏やかで、その反面、はなが聞いたことのない明るさを伴っていて……。

(今はまだ、この人は哀しい目をしていないんだ……)

 心の中に、ゆっくりとひとつの想いが湧き上がって来た。雨が上がり、ゆっくりと空が明るくなっていく時のような、そんな希望に満ちた想いが。

(もし、今この人と友達になれたら……そうすれば、哀しい出来事が起こった時、わたしもそばに居られるかもしれない。独りじゃないって、抱き締められるかもしれない)

 自分の顔を、穴があくほど見つめているはなの視線に気付いて、ジョージが微かに怪訝そうな表情になる。次の瞬間、はなはサッと右手を挙げて立ち上がった。

「あの!」
「何だね?」
 今度はトラウムが、不思議そうな顔ではなに問いかける。その顔と、隣にいるジョージの顔に交互に目をやってから、はなはブンブンと腕を振り回しながら言った。
「ロボットは使えないけど……文化祭は、必ず来てくださいね。先生も、ジョ……お、おにいさんも。わたしたち、案内しますから!」

「おにいさん、か。初めてそんな風に呼ばれたな」
 一瞬、あっけにとられた顔をしたジョージが、そう言って楽しそうにハハハ……と笑い出す。
「ありがとう。君は、素敵な女の子だね」
 記憶の中のジョージの声と、目の前のジョージの声が重なる。不意に涙が出そうになるのを何とか堪えて、はなはにっこりと、心から嬉しそうに笑った。

 ラヴェニール学園の上に、初夏の日差しが降り注ぐ。それはまるでアスパワワのようにキラキラと輝いて、若者たちの明日を、静かに応援していたのだった。

〜終〜

441一六 ◆6/pMjwqUTk:2019/04/21(日) 21:51:17
以上です。どうもありがとうございました!

442そらまめ:2019/05/24(金) 18:42:15
こんばんは。投下させて頂きます。
「バイト始めました。」8話目です。
タイトルは、「バイト始めました。はち」です。

443そらまめ:2019/05/24(金) 18:42:52
読書はいいものだ。現実という抗えない物語から別の世界へと連れて行ってくれる。
物語はいいものだ。読む本によるが、ハッピーエンドを好む自分は物語の人物に憧れる。救いがあって、人間の本来持つべき良心を感じることができる。
現実は実に現な物語だ。見えたくないものまで見えてしまうのは、今の自分には辛すぎる。
よって、現実とはなんと酷な物語なのだろう。こんな現実なんて消えてしまえ。

「ねえ、本読んでるだけなのになんでそんな殺し屋みたいな目してるの…?」

若干引き気味の友人にそんなことを言われました。

図書館ていいものですね。静かだし。日常から離れられるような気がするから。
と、なんでここまで現実逃避したいのかといえば、座っているだけでもズキズキと主張してくる身体中の痣が、現実を突きつけてくるからさ。
あれから一週間が経ちました。奴らは案の定、武器を手に殴りかかるという正義らしからぬ攻撃で情報を引き出そうとしてきます。最近、とあるネットのサイトでは、そんな攻撃をしていたという目撃情報がまことしやかにされており、一部の方々が狂喜乱舞しています。でも世間ではそこまで話題にはなっていません。なぜかはわかりませんが、そういったコメントをした人のアカウントが、その後二度とログインしないからです。その事実に気づいた時、深く考えてはいけないと心のシャッターが自動で下りました。
それはそうと、殴られるとつい声が出ちゃう系敵になってしまった自分ですが、大切なことは絶対に口には出さないと決めている。命にかかわるから。

「あ、アキさんだ! アキさーん」

なんだかどこかで聞いたこのあるような声がしたけど気のせいかな。だってここ図書館だし。あんな叫ぶような声だすはずないよね。図書館だし。

「あれ? 聞こえないのかな…アーキ―さーん」
「ら、ラブっ!! ここ図書館よ! 静かにっ!」
「あ、ごめんせつな!」
「だから声大きいっ!」

そんなあなたもだんだん声大きくなってますよ。とは言わないよ。常識をありがとうせつなちゃん。ラブちゃんはここが図書館じゃなきゃ褒めてあげたいくらいコミュ力高いね。静けさしかないところでも構わずに自分を主張できるその勇気。ところでアキさんて誰のことだろう。

「こんにちは。アキさんっ」
「こんにちは」

何やら二人が話しかけてきた。周りをきょろきょろしてみたけど自分と友人①しかいない。ということはやっぱり自分?

「えーと、アキってもしかして…」
「はいっ! この前お母さんに名前聞いたので、こうきゅっと凝縮してみたらアキさんになりました!」

どうして名前をきゅっとする必要があるのかな? その理論でいくとラブちゃんはモブちゃんになるんだけどいいのかな。全然モブっぽくないんだけどな。むしろそのコミュ力なら主役になれちゃうよ。

「…まあいいか。それより二人はなんでここに?っていっても図書館だから本を借りるか勉強目的?」
「いえ!ちょっと買い物にきたんですっ」
「ホントになんでここに来たの…?」
「いえ、違うんです。買い物のついでに借りたい本があって寄ったんです」
「ああ、そういうこと」
「あと、随分前なんですけど、シフォンを助けてくれたこともお礼言わなきゃって思ってたんです」
「シフォン…? ああ、あの呪いの人ぎょ…じゃなかった、ぬいぐるみね。そういえばそんなこともあったっけ。言われるまで忘れてたよ」

そういえばそんなイベントもあったな。完全に忘れてたけど。
せつなちゃんに怒られ笑いながら謝るラブちゃん。平和な光景につい頬が緩む。こういう日常を壊しかねないことをしてると思うとなけなしの良心も痛むってもんですよね。
なんてね。日常を壊す前にプリキュア達に身体を壊されてる自分は敵として不釣り合いってとこですかね。体力の限界を感じて引退するアスリートの気持ちが今ならわかる。
あれ、いつのまにスポーツ選手になったのかな自分は。まあ一種の競技みたいなもんだからね。競技というよりは格闘技だけど。

律儀にもこの前の勉強のお礼をしてくれたラブちゃん。点数よかったんだってさ。なんか教えたとこが確認テストに全部でたみたいで。完全にまぐれです。友人①は自分が人に教えることができたのかと驚いていた。失敬な。
ラブちゃんとせつなちゃんは本を借り(借りたのはせつなちゃんだけだけど)家に帰っていった。また勉強教えてくださいと言われて「もちろん」と返さず「時間があったらね」と返事をした自分は人見知りだと思います。

444そらまめ:2019/05/24(金) 18:43:23

―――一週間前。

とある部屋の一室に、同年代の少女4人が机を囲み座っていた。各々下を向き、ある者は両手で顔を覆い、ある者は両肘を机につけどこかの司令官みたいな態勢で目を閉じ、またある者は両手を太ももに置き正座で、ある者は机下にいるイタチのような生き物の耳を親指と人差し指でふにふにとしていた。
会話の無い重い空気の中、一人の少女が口を開く。

「ねえ、アタシ達って正義の味方よね…?」
「うん…プリキュアだからね…」
「アタシ最近わからなくなる時があるのよね…あれ、自分今なにしてるんだろうって…」
「あ、それわかるよ美希ちゃん。なんでこんなことしてるのかなあって思う時ある」
「なんかさ、違う気がするんだよね。ほら、今までこんな悩むことなかったじゃん? 中学生にして正義について悩む時がくるなんて思いもしなかったよあたし」
「私も、プリキュアになって戦ってるはずなのに、たまにラビリンスを思い出す時があるのよね…既視感みたいな…」
「ダメだと思うのよねさすがに」
「そう、だよね…」
「うん。わかってはいるんだけど…いざ戦うってなると一番効率がいいかなって思っちゃってつい…」
「だからといってやっていいかと言われるといいともダメとも決まってはいないことだけど、人道的にはちょっとよくないわよね」
「でも、それで今の状況がわかるなら、それも仕方ないことかもしれないわみんな。ラビリンスがどういった作戦できているのかわからない以上、こちらもできることはするべきだと思う。それが今後の戦いの鍵になるかもしれないなら、とるべき行動の一つとして考えるべきだと思うの」

いくら話し合っても、今のやり方以外のいい方法が思い浮かばない。
そして行き着く先はやはり…


「いっいたいっ!! ほんともうやめてっ!! 痣だらけなんだよほんとにっ!」
「いや、アタシたちも好きでやってるわけじゃないのよ?」
「ちょっと目的とかあなたのこと教えてくれるだけでいいの」
「ほら、言っちゃえば楽になるよ?」
「いや、どこのヤクザだよっ?! 言ってること完全にアウトだろっ!! ぶぁっっ!」




なんて言葉を最後に浄化された。
今回もなんとか情報は吐かずに終われた。代償は大きなものだったが。鏡を見て驚愕。ついに顔まで殴られた。今までは見えないとこに痣つけられるくらいだったのに。そういえば顔にスティック当たった時「あっ」みたいな声聞こえた気がする。気のせいかもだけど。
顔に湿布はっとこ。ああ、傷だらけだよほんと。
いつまでこんなこと続くんだろ。バイト辞めるまでかな。辞めますって言い辛いんだよなあのおじさんの声。なんか圧を感じるし。となるとプリキュアが諦めるまで?諦めるって言葉あの子らの辞書には載ってなさそうなんですけど。先は長そう…



「あー今回もやっちゃったね…」
「わたし間違えて顔に当てちゃった…」
「どんまいブッキー、でもなんかもう関係ないよね。いたるとこ殴ってるし」
「全然言ってくれないわね。いつまで続ければいいのかしらこれ」
「あっちが折れて色々話してくれるまで?」
「先は長そうだね…」

結局何事もお話(物理)しないと始まらない。という結論で幕を閉じたプリキュアチーム。

結局あっち(プリキュア)が飽きるまで続くんだろうとこっちが諦め始める敵チーム(一人だけど)。

445そらまめ:2019/05/24(金) 18:46:53
以上です。
ありがとうございました。

446名無しさん:2019/05/25(土) 09:06:24
>>445
バイト君、何だかどんどん可哀想なことにw
そろそろ彼の辛さが通じますように。

447名無しさん:2019/12/01(日) 10:35:54
プリキュアシリーズ、第17弾のタイトル発表がありましたね!
「ヒーリングっど💛プリキュア」
ヒーリングというと、スマイルのレインボーヒーリングを思い出してしまうのは私だけ?
何はともあれ、プリキュア続いて良かった!
新シリーズも、佳境に入ったスタプリの今後も楽しみだぞ。

448名無しさん:2019/12/03(火) 00:22:04
ヒール・・・癒す
キュア・・・治す

449名無しさん:2020/03/16(月) 23:38:01
>>183の続き
いちか・・・下等生物
ひまり・・・塾生
あおい・・・剛毛
ゆかり・・・愛人
あきら・・・ギャランドゥ
シエル・・・レズビアン
はな・・・クソすべり社長
さあや・・・男性脳
ほまれ・・・るろうに剣心
えみる・・・薬物疑惑
ルールー・・・オイルだだ漏れ
ひかる・・・大根足
ララ・・・歯みがき星人
えれな・・・肉食系
まどか・・・デジャヴ
ユニ・・・上坂すみれ

450運営:2020/04/09(木) 20:52:00
こんばんは、運営です。
「オールスタープリキュア!イマジネーションの輝き!冬のSS祭り2020」、ロスタイムも含め多くのSSを投稿下さり、どうもありがとうございました!
お陰様で今年も楽しいお祭りになりました。
競作スレッドを過去ログ倉庫に移しましたので、競作SSの感想・コメント等は、今後はこのスレにてお願い致します。
通常モード(?)のSS投下も、いつでもお待ちしております!

451名無しさん:2020/04/18(土) 15:41:14
猫塚さんの作品への感想です。
なんか、ドキドキしました。まどかのホニャララを目の前に、えれながホニャララしちゃうなんて、凄い発想だなって。。。ドキドキしました。
来年も楽しみにしています!

452名無しさん:2020/04/21(火) 16:54:56
コロナで休校中、プリキュアの皆様は自宅で何をしているのか、想像してみた

なぎさ・・・食べて寝る、の繰り返し
ほのか・・・実験中、畳の一部を焦がす
ひかり・・・手作りマスク作りまくり
咲・・・筋トレしすぎてムキムキに
舞・・・絵を描きすぎて腱鞘炎に
満・・・薫を止める準備
薫・・・みのりを不安にさせるコロナを憎み、中国の方角を睨み続ける毎日
のぞみ・・・食べて寝る、の繰り返し
りん・・・花の世話しまくり
うらら・・・一人芝居上達中
こまち・・・羊羹を食べてコロナを撃退キャンペーン中
かれん・・・それなりに規則正しい生活
くるみ・・・のぞみへの文句を言いまくる毎日
ラブ・・・せつなとイチャラブ
美希・・・筋肉質になる
祈里・・・鼠や蝙蝠は美味いのかどうか気になってしょうがない
せつな・・・ラブとイチャラブ
つぼみ・・・植物の世話しまくり
えりか・・・部屋がヤバイことになっている
いつき・・・女子力上昇中
ゆり・・・消息不明
響・・・両親のセッションを連日聴かされ、ノイローゼに
奏・・・少しずつ太ってきている
エレン・・・音吉さんの本を読み漁る毎日。今後が懸念される
アコ・・・毎日、違った眼鏡をかけている
みゆき・・・食べて寝る、の繰り返し
あかね・・・上沼恵美子のおしゃべりクッキングが唯一の楽しみとなる
やよい・・・オタ度に拍車が掛かっている
なお・・・弟達の面倒を見続けて、体力が上昇し、学力が低下している
れいか・・・道について考えすぎて、おかしな方向に行っている
あゆみ・・・ゲーム三昧
マナ・・・六花によって柱に括り付けられる
六花・・・勉強しすぎてゾンビと化す
ありす・・・シェルターに避難中
真琴・・・ボイトレしまくって歌唱力上昇中
亜久里・・・レジーナとド突き合いのケンカの毎日。さながら、小動物同士の小競り合い
めぐみ・・・下っ手クソな手作りマスクを、ひめに駄目出しされる毎日
ひめ・・・少しずつ、大きくなってきている
ゆうこ・・・明らかに大きくなっている
いおな・・・マスクの値段を見て、舌打ちをする
はるか・・・ゆいと、変な遊びを思いつく
みなみ・・・会社が傾いてきている
きらら・・・インスタに色々あげている
トワ・・・ダンス沼にハマる
みらい・・・コロナに掛かって療養中
リコ・・・コロナに掛かって療養中
ことは・・・コロナに掛かって療養中
いちか・・・空手上達中
ひまり・・・勉強しすぎて右手の下が真っ黒になる
あおい・・・アホほどギターが巧くなっている
ゆかり・・・あくびばっかりしている
あきら・・・悶々としている
シエル・・・ビブリーとイチャラブ
はな・・・ルールー遊び
さあや・・・DIY三昧
ほまれ・・・インスタ三昧
えみる・・・色々心配しすぎて、遂にオカシクなる
ルールー・・・はなに弄ばれる毎日
ひかる・・・実は誰よりも地球の状態を客観的に把握していたりする
ララ・・・頭の触角で遊んでいたら、ほどけなくなった
えれな・・・少し色が白くなった
まどか・・・ダーツ沼にハマる
ユニ・・・マスクを高額で売っている連中からマスクを奪い、無料で配っている
まどか・・・マスク作りまくり
ちゆ・・・ダジャレノート(力作)が間も無く完成
ひなた・・・うっかり、ニャトランのオチ〇チ〇を指で引っ掻いてしまい、凄く怒られて、凹み中

453名無しさん:2020/04/21(火) 21:26:40
>>452
これ癒されるわ〜。
ゆりさん消息不明で噴いたw
あと、まどか→のどか でっせ。

454名無しさん:2020/04/21(火) 21:38:09
>>453
キュアップ・ラパパ! コロナよ、あっちへ行きなさい!

455名無しさん:2020/04/21(火) 22:26:51
のどか役の悠木碧さんは、魔法少女まどか☆マギカの鹿目まどか役だから、間違えたんだろう、きっと。

456名無しさん:2020/04/22(水) 17:38:39
魔法少女のどか☆マギカ草

457名無しさん:2020/04/28(火) 17:04:30
猫塚さんに続き、ドキドキ猫キュアさんの作品への感想です。
直感で書いてるというか、即興的で、スリリングな読み味でした。
あと、顔文字とか使ってて面白いなと思いました。
(某書き手さんの影響を受けているような・・・?)
来年も楽しみにしています。

458名無しさん:2020/06/25(木) 23:59:13
想像してみたPART.2

なぎさ・・・靴下は自分で洗濯することに決めた
ほのか・・・小火(ぼや)を出す
ひかり・・・タコ焼き器を使わずとも、まん丸いタコ焼きが作れるようになった
咲・・・球速150キロメートル
舞・・・「バンクシーって、スマホの画像を見ながら絵を描いてるんじゃないかしら…?」
満・・・みのりに、うまく説明している
薫・・・何故か、香港のデモに参加している
のそみ・・・こまちの店の手伝いをするようになってから、太った
りん・・・肥料と会話できるようになった
うらら・・マリー・アントワネットとジャンヌ・ダルクの霊が、日替りで憑依するようになった
こまち・・・アマビエを模した和菓子がバズッて、笑いが止まらない
かれん・・・こまちの店の手伝い
くるみ・・こまちの店の手伝い中、のぞみの悪行を目撃する
ラブ・・・政治に興味を持ち出す
美希・・・ケツが馬みたいになっている
祈里・・・美希ケツを見ると、変な気分になっちゃう
せつな・・・スーパーシティ法がスピード可決したニュースを見た辺りから、体調を崩す
つぼみ・・・土と会話できるようになった
えりか・・・コフレを拘束・監禁して、プリキュアの浄化の力を使って部屋を掃除した
いつき・・・コスプレに目覚める
ゆり・・・謎の大金を持って帰宅後、毎日、写経をしている
響・・・ジョギングしていたら迷子になって、今、パキスタン辺りをウロウロしている
奏・・・馬みたいなケツになっている
エレン・・・いつまで経っても10万円が振り込まれないのて、仕方なく音吉さんの本をブックオフで売って、資金難をしのいでいる
アコ・・・竹馬のギネス記録を達成する
みゆき・・・大人の階段をのぼり始める
あかね・・・上沼恵美子のおしゃべりクッキングのエプロンを着けて、毎日、鏡の前でポーズをとっている
やよい・・・男性になる夢を見る
なお・・・母乳が出るようになった
れいか・・・カレーライスの御飯の位置を右にするか左にするかで、兄と喧嘩する
あゆみ・・・「甲子園はEスポーツでやればいいのに…」と思っているとか、いないとか
マナ・・・環境相を浄化してあげたい
六花・・・医療従事者を励ます為に、空を飛んでいる
ありす・・・1,000,000,000,000円を寄付
真琴・・・医療従事者を労う為に、歌をうたっている
亜久里・・・おばあ様に、六角形の孔(あな)が沢山あいたクッションをプレゼントする
レジーナ・・・亜久里の下着を全て、セクシーなデザインのものにスリ替えるという、手の込んだイタズラをする
めぐみ・・・今更ながら、アンラブリーの喋り方にツボる
ひめ・・・激太り
ゆうこ・・・大森弁当がバズッて、笑いと涎が止まらない
いおな・・・姉と瓜二つになった
はるか・・・頭からキノコが生えた
みなみ・・・消息不明
きらら・・・トワのマネージャーになりつつある
トワ・・・ダンス動画をインスタにアゲ続けていたら、フォロワー数が世界一になった
みらい・・・テレ朝本社前を、よく箒で掃いている
リコ・・・インフルエンザに掛かって、療養中
ことは・・・国に帰った
いちか・・・父を超えた
あおい・・・指を切った
ひまり・・・背が伸びた
ゆかり・・・乳がデカなった
あきら・・・声が低くなった
シエル・・・おでこが広がった
はな・・・前髪が無くなった
さあや・・・電動ドリルを使っていたら、手を怪我した
ほまれ・・・恋をした
えみる・・・ライブ映像を配信している
ルールー・・・自身が絶対にコロナに掛からない事に悩んでいる
ひかる・・・地球と会話できるようになった
ララ・・・科学に疑問を抱く
えれな・・・プランターと会話できるようになった
まどか・・・納豆の混ぜ方を巡って、父と喧嘩する
ユニ・・・手作りマスクの内側の素材として用いるべく、アベノマスクを回収している
のどか・・・仔馬みたいなケツになっとる
ちゆ・・・ダジャレノートにココアをこぼす
ひなた・・・ニャトランの為に、貞操帯を作ってあげた(牛乳パックで)

459名無しさん:2020/06/27(土) 22:09:36
>>458
馬みたいなケツってどんなケツだw

460名無しさん:2020/06/29(月) 00:45:55
>>459
岡部友みたいなケツかと

461一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:18:56
おはようございます。
久々のSSの投稿です。10日以上遅れてしまいましたが、フレッシュで七夕のお話。
3レスお借りします。

462一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:19:29
「なぁ、サウラー。ちょっと気になることがあるんだが」
 バタン、とドアが開く音と、それと同時に聞こえて来たウエスターの声に、イースはハッと我に返った。この世界の情報収集のため、いつものようにこのリビングで本を読んでいたはずが、少しの間意識が遠のいていたらしい。
 あのカードを使うようになってから、戦闘が終わってもダメージが一向に消え去らない。こんな痛みや疲れなど早く払拭して、次こそメビウス様のご命令を果たさなくては――そう思いながら、慌ててソファの上で居住まいを正したところで、眉間に皺を寄せてこちらを見ているウエスターと目が合った。

「何? 私に何か用なの? ウエスター」
「いや……そうではないが……」
「それで? 気になることって何だい?」
 イースに切り口上に問い詰められて言い淀むウエスターに、折り良くサウラーが声をかける。ウエスターはこれ幸いとサウラーの方に向き直った。

「おお、実はだな。この館の前の森に、何やら他とは違う雰囲気の木が――ほら、緑色の細長い木が、たくさん生えている場所があるだろう? あそこに今日、やたらと人が集まっていてな」
「……一体どこのことだ?」
 サウラーが首を傾げながら、部屋に備え付けられているモニターを起動させる。館の周りの森の映像を少しずつ動かしていくと、ウエスターが「ここだ!」と言いながら画面を指差した。
 モニターに映っているのは、森の外れの一角にある竹林だった。夏でも涼し気に見えるその場所に、ウエスターの言う通り、何人もの人影がある。どうやら皆、手に手に刃物を持って、竹を切り出しているらしい。

「あんな細い木、一体何に使うんだ?」
「そう言えば、この国の歴史書で読んだことがあるよ。大昔はあの竹とか言う植物で、槍を作ることもあったらしい」
「何っ!? じゃああの人間どもは、まさかその槍でナケワメーケと戦うつもりなんじゃ……」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 我慢できなくなって、イースは読みかけの本をバタンと閉じた。吐き捨てるようにそう言って、鋭い目で二人を睨み付ける。
「プリキュアどもに頼りきりのあんな弱い者たちに、そんな度胸があるものか」
 そう言いながらイースがゆらりと立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「おや、お出かけかい?」
「おい、イース! 今日はもう休んだ方が……」
「うるさいっ! お前の指図は受けん!」
 ウエスターを大声でそう一喝してから、イースはバタンと後ろ手でドアを閉めた。



   赤の願い、綴れない想い



 東せつなの姿になって、森の中をゆっくりと歩く。
 最近は、館に居ても落ち着けないことが多くなった。ウエスターも、そしてサウラーまでもが、何かというと話しかけ、ちょっかいを出してくる。メビウス様の特命を果たすために、色々考えたいことがあるというのに……。

(貴様らにとやかく言われなくても、次こそ必ずご命令を果たす! そして……)

 心の中でそこまで呟いて、せつながブン、と頭を横に振る。

(……とにかく、黙って見ていろ!)

 一人になりたくて館を出てきたのは確かだが、別の理由もあった。ああは言ったが、やはりこの街の人間たちの行動が気になったのだ。

(まさか、サウラーが話していたようなことはないだろうが……)

 一瞬、ウエスターの話に出た竹林に行ってみようかと思ったが、街中に行った方がより彼らの様子がよく分かるだろう、と思い直す。その考えに間違いはなかったが――商店街に着いてみると、予想を見事に覆す光景が広がっていて、せつなは目を丸くした。

 商店街の店という店の軒先に、槍になるとは到底思えない、細くて柔らかい竹や笹が立て掛けられている。しかもそれらは、色とりどりの数多くの細長い紙切れで飾り立てられているのだ。中には紙切れだけでなく、丸い紙の輪を幾つも繋げたようなものや、紙で作った網のようなものも飾られている。
 色鮮やかな飾りを無数に付けた竹や笹が、風にさわさわと揺れている――その様子を、半ば怪訝そうに、半ば物珍しそうに眺めながら商店街を歩いて来たせつなは、飾られている紙にどれも文字が書いてあるのに気付いて、足を止めた。

463一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:20:05
 一枚を手に取って、その文字を読んでみる。途端にせつなの顔が、ほんの一瞬、不快そうに歪んだ。
 もう一枚。さらにもう一枚……。その笹についている全ての紙に目を通そうとするかのように、せつなは片端から手を伸ばす。そして手に取るごとに、その表情は次第に険しく、不機嫌そうなものになっていく。

――ピアノが上手になりますように。
――今年は遅刻をしませんように。
――新しいゲーム、買ってもらえますように。

(こんな紙切れに願いを書けばそれだけで願いが叶うなどと、この世界の人間たちは本気で思っているのか? こんなことまで人任せにして、能天気に笑っているのか……?)

「ふん……なんてくだらない」
 何だかモヤモヤするのが腹立たしくて、わざと声に出してせせら笑ってみる。その声がやけに掠れて、余計気分が悪くなった。
 不思議なことに、紙に書かれた言葉に少しだけ見覚えがあるような気がする。そのことが、余計せつなを苛立たせる。こんなくだらない言葉、今まで目にしたことなど無いはずなのに。

――高校に合格できますように。
――親友とずっと仲良しでいられますように。
――病気のお母さんが、元気になりますように。

 気分が苛立っているためか、鼓動が速い。何だか少し息も苦しい。大きく深呼吸すると、今読んだ紙切れたちが、せつなを嘲笑うかのように、一斉にひらひらとたなびいた。
 鮮やかな色彩が目の前で渦を巻くように溶け合って――やがて世界がゆっくりと暗い闇に染まる。
 せつなの身体はずるずると崩れ落ち、風に揺れる七夕飾りの下に力無く倒れた。



 目を開けると、薄暗い天井が見えた。頭の下には薄べったいクッションのようなものがあてがわれ、身体には薄い布団が掛けられている。
「気が付いたかい?」
 跳ね起きたせつなに、少々ぶっきら棒な声がかけられる。
「暑さにやられたんだろ。ほら、これ飲みな」
 そう言ってペットボトルを差し出したのは、不機嫌そうな顔をした一人の老婆だった。華奢な身体つきで、差し出された手も皺だらけなのに、眼鏡の奥からこちらを見つめる眼差しは鋭くて、妙に威圧感がある。
「……いただきます」
 その眼光に気圧されるように、せつなはペットボトルを受け取ると、上品な手付きで蓋を開け、中身をひと口飲んだ。どうやら無味無臭の、ただの水らしい。途端に喉が渇いていたことに気付いて、ごくごくと飲み進める。
 冷たい水が、火照った喉に心地いい。一気に飲み干して思わず大きな息をつくと、老婆の目元がほんの一瞬、フッと緩んだ。と、その時。
「すみませーん」
 幼い声が、意外にもすぐ近くから聞こえた。

 声がした方が目を移すと、向こうに商店街の通りが見える。そして、せつなが居る部屋と通りの間のスペースには、左右に造り付けられた棚があり、その中に所狭しと、何やら様々な色や形の小さなものが置かれている。その棚と棚の間に、兄妹らしい二人の子供が立っていた。
「ちょっと待ちな! ――あんたはもう少しここで休んでな」
 老婆が子供たちに声をかけてから、せつなにそう言いおいて立ち上がる。
 見るともなく見ていると、子供たちは棚に置いてあったらしい品物をそれぞれ手に持っていて、老婆に小銭を渡している。それを見てようやくせつなは、ここがお店なのだということに気付いた。
 考えてみれば、商店街にあるのだから当然のことだ。だが彼らのやり取りは、それだけでは終わらなかった。

「あんたたち、七夕の短冊はもう書いたのかい?」
 老婆にそう声をかけられ、幼い兄妹が揃って首を横に振る。すると老婆はせつなが居る部屋に取って返して平べったい箱を手にすると、それを二人に差し出した。
「なら、好きなのを一枚ずつ選びな。願い事を書いたら、店の前の笹に吊るすんだよ」
「わかった!」
「ありがとう、おばあちゃん」
 おにいちゃんは何て書くの? などと話しながら、短冊と呼ばれた細長い紙切れを大事そうに手に持って、二人が店を出ていく。その後ろ姿を見送ってから、老婆が部屋に戻ってきた。

464一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:20:40
「短冊の願い事、あんたも書くかい?」
 老婆がそう言いながら、さっきの平べったい箱をせつなの目の前に置く。箱の中には、まだ字が書かれていない沢山の短冊が入っていた。紙の色は、青、赤、黄色、白、紫の五色だ。
「良かったら一枚選びな。昔は短冊の色にも意味があったそうだけどね、今は好きな色に好きな願い事を書けばいいのさ」

「願い事……だと?」
 さっきの能天気な願いの数々を思い出して、つい冷淡な口調になってしまった。それに気付いて、せつなが慌てて笑顔を作り、箱の中に手を伸ばす。
「あ……ああ、短冊ですか。紙に書いただけで願い事が叶うなんて、不思議ですね」
 アハハ……と引きつった顔で笑いながら、せつなは箱の中から一枚の赤い紙切れを手に取った。その様子を相変わらずいかめしい顔で見つめながら、老婆がゆっくりと首を横に振る。

「書いただけで願いが叶うわけないじゃないか。願い事を叶えるのは、自分だろ?」
「え? だって、短冊にお願いするんじゃ……」
「短冊は、七夕の空への――天の川への決意表明みたいなものさ」
「決意表明……なんでわざわざ」
「願い事は、目に見えないだろう? だから目に見えるように文字にすれば、心が決まって、それに近付けるんじゃないのかね」
 思わずぼそりと呟いたせつなに、相変わらずぶっきら棒な調子でこたえた老婆が、初めて少し頬を緩めてこう付け足した。
「みんな、何かが“できますように”って短冊に書くだろ? あれにはきっと続きがあるのさ。“できますように、頑張ります”とか“できますように、応援します”とか、そういう意味じゃないのかねえ」
 その途端――耳の奥に明るい声が蘇って来て、せつなは思わずハッと息を呑んだ。何故あの短冊の言葉に覚えがあったのか、やっとわかったから。

――せつながいつか、幸せをゲットできますように!

 首から下げたペンダントに、左手でそっと触れる。それは、このペンダントをくれた時、ラブが輝くような笑顔を見せながら言った言葉だった。

(ラブが私を応援……? 馬鹿馬鹿しい。それに、あれは私の願い事なんかじゃない。私の願い事があるとすれば、それは……)

「やっぱりまだ具合が悪そうだね。横になるかい?」
 老婆の声にハッと我に返ると、右手に持った短冊が、ブルブルと小さく震えていた。まだ胸の中に渦巻いている何かを瞬時に追い出し、何でもない風を装って、短冊を箱の中に戻す。そして老婆に向かって一礼すると、せつなは素早く立ち上がり、小さな店を通って商店街の通りに出た。
「ちょっとお待ち。もう少し休んでいかなくていいのかい?」
 老婆が慌てて後を追いかける。だが、老婆が店の外に出た時には、もうどこを探しても、せつなの姿は無かった。



「何だい、あの子は。大丈夫かねえ……あんな苦しそうな目をして」
 どっこいしょ、と言いながら再び部屋に上がった老婆が、ふと短冊が入った箱に目を留める。他の短冊と混じって、少し皺の寄った赤い短冊が――さっきせつなが持っていた短冊が、箱の中にふわりと置かれている。
 赤い短冊は、昔ながらの意味では、親や目上の者を慕い敬う気持ちを表す。そして無意識に選んだ短冊の色は、不思議とその人の願い事と関係が深いことが多いのだという。この赤は、あの少女の願い事と、関係があるのだろうか――。

 老婆は、何も書かれていないその短冊を手に取ると、再び外に出た。小さな身体で精一杯背伸びして、店の前に飾られた笹の葉のなるべく高い場所に、その短冊を吊るす。
「あの子の願い、どうか叶いますように……」
 赤い短冊は夏の風に吹かれて軽やかに舞い、笹の葉は数多くの願い事にその身をしならせながら、さらさらと涼やかな音を奏でていた。


〜終〜

465一六 ◆6/pMjwqUTk:2020/07/18(土) 09:21:14
以上です。ありがとうございました!

466運営:2020/07/23(木) 11:24:25
おはようございます。運営です。
ゾンリー様から、ことり&えみるの短編「True Relife」頂きましたので、代理投稿させて頂いた後、保管させて頂きます!
2、3レス使わせて頂きます。

467運営:2020/07/23(木) 11:25:23
「家出をするのです!」
 昼下がり、程よく暖房の効いた教室内でえみるちゃんは私――野乃ことりに話しかけてきた。
「……ほぇ?」
 眠たくなるような授業を終えたばかり。言葉の意味を理解するまで、数秒。
「……家出!?」
 思わず叫びかけた自分の口を咄嗟に塞ぐ。幸いにも一年A組の教室内は騒然としていて誰も気に止めていないようだった。
「と、とにかく放課後ゆっくり教えてよ」
 えみるちゃんの表情は決して「またまたー」と笑い飛ばせるようなものでなく、至って真剣だった。
 今日最後の授業は移動教室。もやもやした気持ちを抱えながら、私は誰もいなくなった教室に鍵をかけた。

 私たちが中等部に進学して八ヶ月。それなりにえみるちゃんの事を見てきたし、仲良くしていたつもりだった。
 一緒に勉強して、一緒におしゃべりして、時々歌の練習に付き合って……だから、あんな顔をしたえみるちゃんを見てるのは辛かったし、なんとかしてあげたいとは思う。
(思う……けど……)
 そんなことを考えてるうちに、えみるちゃんが中庭にやってきた。
「お待たせしたのです」
「ううん。気にしないで。……それで、どうしたの?」
 えみるちゃんは「二人だけの秘密」と前置きして、語り始めた。
「別に、学校が嫌になったとか、家族と喧嘩したとか、そういう訳じゃないのです。ただ……ぽっかりと穴が空いたような気がして」
 その穴がなんなのかは、考えずとも理解出来た。
「……」
 急に寒気がして、マフラーを首に巻く。冷たい風が吹いている中、えみるちゃんは防寒具も付けずに、ただただ虚空を見つめていた。
「それで、家出?」
「はい!もう家出するとお母様達にも言ってあるのです! 確固たる意思なのです」
「うん……うん?」
 確固たる意思。それは分かる。あれ?家出って家族に言うものだったっけ?
「……?……もしかして……家出ってこっそりやるものなのです!?」
「世間一般的にはそうだと思うけど」
「にゃんとおおおおおおおお!」
 そう驚くえみるちゃんを見て、私は表情を少しだけほころばせた。
(それでも……だよね)
 彼女が喪失感に苛まれているのは間違いない。何か、何か救う方法はないかと必死に思考を巡らせる。
 思いつくや否や、私は口に出していた。
「えみるちゃん、私も家出する!」
 口元を覆っていていただけのマフラーが外れ落ちる。
「そんなつもりじゃ!」
「ううん。頼ってくれたのが、嬉しかったから。少しでも力になりたいの」
「ことりちゃん……」
 果たして、これが正解なのかは分からない。それでもきっと、お姉ちゃんならそうすると思った。
「ねえ、せっかくなら家出ついでにキャンプしようよ。近くの公園がね、キャンプ場として営業してるらしいんだ」
 そう提案したのは、私の意思。家出といえど夜の町中に子供だけで出歩くのは憚られるから。
「はい!」
「じゃあ決まりだね!」――

 こうして始まった私たちの家出(?)計画。
 食材類はえみるちゃん。その他の用具は私が調達することにした。
 ……ということでやってきたのは毎度おなじみハグマン。
「いーなーことりー。えみると二人でキャンプなんてー」
「だからこうして買い出しに連れてきてあげたんでしょ」
 私とえみるちゃん、二人だけの秘密ということで、家族にはキャンプに行くとだけ伝えてある。お姉ちゃんには楽しいキャンプなんだろうけど、これはえみるちゃんを救うための大事なミッションなんだ。
 「そうだけどー」と不満げな姉の隣で、私は口を真一文字に結びエレベーターの上ボタンを押した。
「……おねえちゃん」
「ん? どうした?」
 エレベーターは私たちだけを乗せて上へ上へと上っていく。
「もし、さ……ううん。やっぱり何でもない」
 なんだか、お姉ちゃんに頼るのは違う気がして。私はなんとか話題をそらしながら、エレベーターが止まるのを待った。
「ことり」
 エレベーターが減速して、到着のアナウンスが鳴る。
「よく分かんないけどさ、きっと、大丈夫だよ」
 ああ、やっぱりお姉ちゃんには敵わないな。ため息を一つついてから、私はエレベーターを降りた。
「みてみて! 大っきい寝袋!」
「二人ぐらい入っちゃうよそれー」――
    ・

468運営:2020/07/23(木) 11:26:24
 そして、ついにやってきた実行当日。空は雨こそ降っていないものの分厚い雲が覆い、待ち合わせの三十分前に来ていたえみるちゃんの表情はやっぱり曇っていて、とても能天気に世間話を出来るような感じでは無かった。
「ことりちゃん、おはようなのです」
「もう、お昼だよ?」
「そ、そうだったのです!アハハハ……」
「……」
 空元気、かぁ。えみるちゃんの優しさだとは分かっていても、もう少し頼って欲しいなと思ってしまう私がいて。
(弱気になっちゃダメ!これからが本番なんだから!)
 自分に喝を入れて、それじゃ行こ!と歩き出して数分。たどり着いたのは周囲に木々が生い茂る川のほとり。
 四苦八苦しながらもテントを骨組みから組み立てていく。
「「せーのっ!」」
 骨組みの上からシートを被せれば、あとは結ぶだけ。思ったよりも早い完成に、私たちは暇を持て余した。空はまだ赤くなる気配を見せず、ただただ灰色の雲が晴れも雨降りもしないで無機質に覆っていた。
「……」
 流れる沈黙。このままじゃいけないと無理矢理話を振ってみる。
「えみるちゃんは、何持ってきたの?」
 以前、ハイキングに来たときとは打って変わって、えみるちゃんの荷物は必要最低限、といった感じだ。
「カレーの食材なのです!」
 次々とリュックから取り出していくのは、カレーのルーに無洗米、にんじんなどなど……もちろん、石橋をたたくような金槌は入っているわけがなく。
「あとはマシュマロ!マシュマロも焼くのです!スーパーの精肉コーナーに置いてあったのです」
 リュックの袖から取り出したのは丁寧に個包装されたマシュマロ……マシュマロ?
「それ、牛脂じゃない?」
「なっ!?」
「そんなに驚かなくても……」
 いつものえみるちゃんとは違うというもどかしさを感じつつも、それからは他愛のない話で盛り上がる。担任の先生の面白話だったり、気になる男子がいるか〜なんて話だったり。
 えみるちゃんも笑顔で答えてくれたけど、どうも私の表情を見ると、どことなく笑顔が曇ったような気がした。
「そろそろ、用意し始める?」
 ここで巻き返さなきゃと座っていた椅子から飛び上がる。そんな私の焦燥感を煽るように空は仄かに赤く染まり、足早に灰色の雲が流れていっていた。
 今回作るのはキャンプでは定番のカレーライス。
 家で作るのとはまた違って、簡易コンロはお鍋が安定せず、分量だって計量カップがないから目分量だ。それでもおいしいものを食べてほしいと躍起になって鍋とにらめっこ。
「私も何か手伝うのです!」
「ううん。えみるちゃんは座っててよ」
 コトコトと煮立ってきた鍋にルーを入れて、もうしばらく煮込む。
「できたっ」
 空の明るさは疾うに消え去り、持ってきたランプとえみるちゃんが別に起こしたたき火だけが、唯一の明かり。
「「いただきます」」
 恐る恐る、一口目を口に運ぶ。
「うっ……焦げてる」
 底の方で混ぜ損なったのか、にんじんの風味を損なう苦みが口全体を覆った。幸いえみるちゃんは焦げたとこには当たらなかったらしくおいしいと笑顔で完食してくれた。
 食べ終わった食器やらなんやらを片付けて、寝袋にホッカイロを入れれば寝る準備は完了。
 それでも寝るのが惜しくて、私たちは寒空の下でもう一度焚き火を囲んだ。
「キャンプファイヤーみたいなのです!」
「ほんとだね」

 流れる、沈黙。

「……ことりちゃん、今日はありがとうなのです」
「気にしないでってば。……私の方こそごめんね、何も、してあげられなくて」
 自分の無力さが憎くて、無意識の内に下唇を噛み締める。薪の炎が握りしめた拳を強く、強く熱していく。
「私は、ル……あの人の代わりにはなれない。分かってる。分かってるんだけど……っ!」
 ああ、えみるちゃんが泣きそうな表情をしている。そうだよね、ルールーの名前は出さない方が良かったよね。
 あれ?どうして、泣きながら笑っているの?

469運営:2020/07/23(木) 11:26:58

 私の火照った拳を、えみるちゃんの冷たい手が優しく包み込む。
 視界がぼやけて、えみるちゃんの顔がよく見えない。途端、抱きしめられて、涙がえみるちゃんの服に吸い込まれていった。
「ことりがそんな顔してたら、安心して悩めないのですっ……」
 ゼロ距離で、すすり上げる声が響く。
「えみ……る……」
 ダメ、私がなんとかしないと。そんな堤防はいとも簡単に決壊し、感情がとめどなく泣き声となって流れていく。
 どうにも形容できない感情が流れていく中で、彼女に必要なものが何となくわかった気がした。
 
 燻った薪の焦げたにおいで目を覚ます。
 あの後一緒の寝袋で寝たおかげで、全くと言っていいほど寒さを感じることはなかった。
 テントの隙間から差し込む光は、まだ朝には程遠い明るさで。
 「んむぅ……」
 「ごめん、起こしちゃった?」
 「ことりー……」
 もぞもぞと顔を寝袋内部へと埋め込んでいくえみる。
 「ふふっ、……これで、いいんだよね」
 私は本当の安心を噛み締めながら、もう一度微睡みに身を任せることにした。

470運営:2020/07/23(木) 11:27:43
以上です。ゾンリー様、ありがとうございました!

471名無しさん:2020/07/27(月) 01:25:44
>>467>>469
文章が優しいので、読み易くて分かり易い。マシュマロのところウケた。

472名無しさん:2020/08/07(金) 11:48:34
プリキュアに限らすだけど、Wikipediaをなんとかしたいなぁ。
概要が概要でなくなっているし、
キャラクターの説明も、ストーカーじみているし。
そう思っている人間が1人、ここにいることを表明いたします。

473名無しさん:2020/08/07(金) 11:58:02
ファンサイトを別に設けたほうが、双方を尊重する事になるんだけどねぇ。
Wikipediaを編集している人は、本当に見る人のことを考えているのかしら?

474名無しさん:2020/08/07(金) 12:06:00
Wikipediaが便所みたいになっている。
ストレスの捌け口にしている人達がいる。

475名無しさん:2020/08/07(金) 12:08:43
文字による情報はそこそこに、あとは作品を観ろ!これが一番美しい。

476運営:2020/08/14(金) 14:17:01
こんにちは、運営です。
副管理人・夏希作のフレッシュ長編『飛べないもう一羽のウサギ』を保管させて頂きました。
この作品は、140文字SSを連ねて、四コマ漫画の連作のような長編小説を書く、という新たな試みで、
Twitterからの全85ツイートによって綴られた長編となっています。
保管庫では物語の構成に沿った7章に分けて保管させて頂きました。是非読んでみて下さい。

477運営:2020/10/10(土) 23:57:47
こんばんは、運営です。
お蔭様でプリキュア!ガールズ掲示板・出張所(Twitter)のフォロワーが1500人を超えました!
感謝企画として、管理人・一六と、副管理人・夏希による1500文字SS競作(140文字×10+100文字)を行いました。
テーマは「フォロー」、ジャンルはフレプリです。

・一六『フレッシュプリキュア!31.5話:せつなとシフォン 大好きな町を守れ!』

・夏希『逆襲のイース』

保管させて頂きましたので、是非読んでみて下さい。

478運営:2020/10/11(日) 23:04:19
>>477
出張所のフォロワー様1500人達成記念に、フォロワーのみにー様からイラストを寄贈して頂きました!
こちらにもURLを貼らせて頂きます(最初のhを外しています)。
みにー様、どうもありがとうございました!

ttps://twitter.com/apgirlsss/status/1315254363124711424

479一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/01/02(土) 00:01:08
あけましておめでとうございます。
新年の御挨拶代わりに140文字×10の小ネタを書いてみました。
Twitterに投稿させて頂きましたが、こちらにも投下させて頂きます。
タイトルは『桃園家の初日の出』です。

480一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/01/02(土) 00:02:08
「ラブ。ねぇラブ、起きて」
「う〜ん……もうちょっと……」
ラブを揺さぶるせつなの手が一瞬緩む。昨日は夜遅くまで起きていたから、まだ寝足りないのだろう。
でももう起こさないと間に合わない。
せつなが意を決したように、ラブの耳元に顔を近づける。
「ラブっ! あ・さ・よ!」
「うわぁっ!」


「もう時間よ」
「あ、そうだった!」
その一言で、ラブがパチリと目を開いた。大急ぎで着替え、二人揃ってベランダに出る。辺りはまだ仄暗くてお互いの顔もよく見えない。
「はぁ、間に合った〜」
ラブの言葉に微笑んだせつなが、空を見上げてその顔を曇らせる。暁の空を、分厚い雲が覆っているのだ。


――初日の出?
――そう! 元旦の日の出に一年の願い事をするの。でも、いつも起きられなくってさ〜。

昨夜のラブとのやり取りを思い出す。
この世界の人々は何かと願い事をする。以前はそれが能天気に思えたが、少しずつわかってきた。敢えて願いを口にして、それを叶える決意を新たにしているのだと。


――だったら明日は私が起こしてあげるわ。

この世界での“年”という区切りの最初の日。自分も願い事ということをして、一年への決意を新たにしたい。そう思ったのだが……。
「ラブ。こんなに曇っていたら太陽は……」
天候のせいなら仕方がない。せつなが諦めかけた、その時。
「あ。見て、せつな!」


ラブが身を乗り出して空の一点を指差した。そちらを見て、せつなが思わず目を見開く。垂れ込めた雲の間から差し込む一筋の光。見ているうちに光は二筋となり、次第にその数を増して、闇に沈む町を柔らかく照らし出す。
「綺麗だね、せつな」
「ええ……何だか空が、この町を祝福してくれているみたい」


「さあ、あたしたちも願い事しよう!」
ラブが元気よくそう言って、パン、と手を叩く。
「今年もみんなで、幸せをゲットできますように」
朝日を浴びて、ラブのツインテールが金色に輝く。それを眩しそうに見つめてから、せつなもそっと目を閉じる。
「今年もみんなの笑顔のために、精一杯頑張ります」


合わせた手を下ろし、顔を見合わせて小さく笑い合う。その時。
「あら? ラブ、せっちゃん。そんな格好で外に居たら風邪ひいちゃうわよ?」
囁くような声が階下から聞こえて、二人は驚いて庭を覗き込んだ。
分厚いコートを着込んだあゆみと圭太郎が、白い息を吐きながら笑顔でこちらを見上げている。


「お父さん! お母さん!」
「大きな声出さないの。まだ朝早いのよ?」
あゆみにたしなめられ、ラブが、あ……と首をすくめる。
二人とも今朝は珍しく早く目が覚めて、せっかくだから初日の出を見に出て来たのだという。
「それにしてもラブが初日の出を見られるなんて。これもせっちゃんのお蔭ね」


「ううん、そんなこと……」
照れ臭そうに頬を染めるせつなを見て、ラブがニコリと笑う。
「ねえ、ここからの方がよく見えるよ。上がって来て」
「おお、それもそうだな」
「その前に、二人はちゃんとコートを着ること」
「「はーい!!」」
思わず元気に声を揃えた二人が、今度は揃って口を押さえた。


「まあ、綺麗ね〜」
「うちからの眺めもなかなかのものだな」
狭いベランダで肩を並べ、明けて行く町を眺める。
空には厚い雲があるけれど、目に映る景色は、こんなにもあたたかい。
「あけましておめでとう、ラブ、せっちゃん」
「今年もよろしくね」
四人の笑顔が朝日に照らされ、キラキラと輝いた。


〜終〜

481名無しさん:2021/01/03(日) 04:42:49
>>480
せっちゃんはかなり前からラブの寝顔を堪能していたと思
いい年明け迎えました!

482Mitchell&Carroll:2021/02/25(木) 01:00:38
『パプリカ』

ええい 口惜しいわ
あの空洞 何なのよ
まるでピーマンじゃないの
ビタミンPのピーはピーマンのピー
私 とってもハングリーでアングリーよ

ええい いまいましいわ
何がカラーピーマンよ
赤色 黄色 橙色
ビタミンPのピーはピーマンのピー
私 とってもハングリーでアングリーよ

もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと

いつか私が鳥になったら
空からお前を見つけてやるわ
このくちばしで突っついて
風穴だらけにしてやるわ

ええい えええい いじらしいわ
あなたたちったら 甘いのよ
なかなか みずみずしいじゃないの
ビタミンPのピーはパッションのピー
私 とってもセンチュリーでカンチュリーよ

もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと

もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと
もっと もっと くまもっと

(written by Higashi Setsuna)

483名無しさん:2021/02/25(木) 19:31:07
>>482
パプリ〜カ〜
熊本名物だったのか〜
っていうか、せっちゃんの荒ぶる心をその甘みで癒してくれたんだから、
競作でいいんじゃない?

484Mitchell&Carroll:2021/02/25(木) 22:28:41
>>483
確かに、そうですね。
では、競作ということで、宜しく御願い致します。

485名無しさん:2021/04/09(金) 22:51:08
丸見屋プリキュアカレーに柿の種を入れると美味しい。
スパイシーさが補填され、和風の味わいになり、カリカリ食感が楽しめる。

486名無しさん:2021/05/08(土) 15:08:39
フレプリもう絶対何十回も観てるのに、今日気が付いたこと。
26話で西隼人が「海はどっちだぁ!」と絶叫する小さな駅の駅名が「三塚(MITSUKA)」で、前の駅が「川田(KAWADA)」、次の駅が「岩井(IWAI)」。
これって25〜27話の演出の方の名前になってるんですね!

487一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:01:17
こんにちは。
今年の競作で書こうと思ってたフレッシュのバトル物が、ようやく書けました!
本編第15話の後くらいの時系列を想定しています。
タイトルは「新たな脅威!? トイマジン襲来!!」
7〜8レス使わせて頂きます。

488一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:02:45
 それは空が厚い雲に覆われた、星のひとつも見えない夜のこと。子供も大人も皆眠りの中にいる、闇が最も深い時間――。
 四つ葉町の外れにあるゴミ集積場の中から、不気味な声が響いた。
「集まれ……集まれ……ここに捨てられたおもちゃたちよ。捨てられた悲しみを抱えているなら、キミを捨てた子供への恨みを抱えているなら、ボクに力を貸してくれ!」
 暗く恨みがましい響きを持ちながら、どこか子供のようなあどけなさも感じさせる声。その声の主は、ゴミ集積場の真ん中に立っている異形の巨人だった。

 巨人の全身から暗黒のオーラが放たれる。すると、集積場にいくつも積み上げられた廃棄物の山が、一斉にカタカタと音を立てて震え始めた。やがて山の中から壊れたおもちゃが後から後から飛び出して、次々と巨人の身体に吸い込まれていく。
 こうして全てのおもちゃを取り込むと、暗黒のオーラは巨人の全身を包み込み、その身体が二倍、いや五倍以上にぐんと大きくなった。
「力がみなぎる……。これでいい。今こそボクたちを捨てた子供たちへの恨み、晴らしてやるんだ!」
 再びしんと静まり返ったゴミ集積場に、巨人の雄叫びがこだまする。やがてその巨体は夜の闇に紛れ、町の方へと消えて行った。



   新たな脅威!? トイマジン襲来!!



 眩しい太陽に、四つ葉町公園の若葉がきらめいている。土曜日の昼下がり。友達とはしゃぐ子供たちの声を聞きながら、カオルちゃんが鼻歌混じりに三皿のドーナツを準備し、テーブルに運んで来た。
「はい、お待たせ」
「ありがとう、カオルちゃん」
「いただきます」
 美希と祈里が笑顔でお礼を言って、早速ドーナツに手を伸ばす。だが、口に運ぼうとしたところで、二人は怪訝そうな顔で動きを止めた。いつもなら真っ先にドーナツにかぶりつくラブが、皿の上のドーナツを、ただじっと見つめている。
「どうしたの? ラブ」
「どこか、具合でも悪いの?」
「……へ? あ、ううん、そんなことないよ!」
 ラブが慌てて首を横に振って、ナハハ〜と笑って見せる。だが、なおも心配そうな二人の眼差しを見て、はぁっと力の無いため息をついた。
「ちょっと、この前の戦いのことを考えちゃってさ。ほら、ラビリンスの三人と戦った時のことを……ね」

――それは一人じゃ勝てないと、白状したってことかしら?

 イースの声が蘇る。アカルンと四人目のプリキュアを巡って、ラビリンスの三幹部と直接対戦した、あの時。みんなで力を合わせれば絶対に勝てると信じていたが、確かに一対一では全く歯が立たなかった。この先、またミユキが狙われるようなことがあったら……そう思うと、イースの言葉はラブの心に重くのしかかっていたのだ。

「ああ」
「あの時ね」
「あの時って、いつやぁ?」
 美希と祈里も俯く中、一人黙々とドーナツを食べていたタルトが首を傾げる。
 そう言えば、あの時タルトはその場に居なかった。三人が口々に説明するのを聞いて、タルトが小さな腕を組み、うーん、と唸る。
「そうかぁ。あんなでっかいナケワメーケをパンチやキックだけで倒すプリキュアが、まるで歯が立たんほど強いやなんて……そりゃ難儀やなあ」
「うん……それにあの強さ、何だかナケワメーケの強さとは……全然違う気がするんだよね」
 ラブが考え考え、そう口にした、その時。どーんという破壊音と、子供たちの悲鳴が間近で響いた。

 音のした方へ顔を向けた三人が、あっと息を飲む。
「何よ、あれ!?」
「噂をすれば、ラビリンス!?」
 いつの間に現れたのか、ロボットのような異形の姿がすぐ近くに見えた。公園の木々の上に、身体のほとんどが見えているという巨大さ。暴れているのは、どうやら公園の中。人々がピクニックやお花見をする、最も広々としたエリアらしい。

 ラブがギュッとリンクルンを握り締め、仲間たちを見回す。
「行くよっ、美希たん、ブッキー!」
「オーケー!」
「うん!」

「「「チェインジ!!! プリキュア!!! ビート・アーップ!!!」」」

 桃色、青色、黄色の光が辺りを照らし――そして現れる、三人の伝説の戦士。

「ピンクのハートは愛ある印! もぎたてフレッシュ、キュアピーチ!」
「ブルーのハートは希望の印! 摘みたてフレッシュ、キュアベリー!」
「イエローハートは祈りの印! とれたてフレッシュ、キュアパイン!」
「「「Let’s プリキュア!」」」

489一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:04:21
 華麗にポーズを決め、敵に向かって走り出す。その目指すエリアから、子供たちが一斉に駆け出して来た。どの子も皆大声で泣き叫び、恐怖に引きつった顔をして。そんな子供たちを追うようにして、異形の巨人がその姿を現す。
 黒々としたフルフェイスマスクに、同じく黒く長いマント。対照的に、まるで鎧を着たようなメタリックな体躯はカラフルで、パーツによって色が異なっている。
 巨人の目が、逃げていく子供たちの背中を見つめて赤く光る。だがその行く手に、三人の少女たちが立ちはだかった。

「はぁっ!」
「たぁっ!」
「やぁっ!」
 次々に飛びかかっていくプリキュアたち。だが、巨人は軽く腕を振るだけで、三人をまとめて薙ぎ倒した。
 即座に起き上がって、再びパンチを放つピーチ。だが。
「ええい、ボクの邪魔をするなぁっ!」
「えっ? ……うわぁっ!」
 驚いて力が抜けたピーチを、再び巨人の腕の一振りが弾き飛ばした。

 何とか着地したピーチが、巨人を見つめて目をパチクリさせる。
 ラビリンスが生み出す巨人――ナケワメーケが、こんなにハッキリと、しかも意思を持った言葉を喋るところなんて、今まで見たことがない。
 ピーチが思い切って、巨人に向かって呼びかける。
「ねえ! あなたは誰? どうしてこんなことをするの!?」
「ボクはトイマジン。ボクらを捨てた子供たちに、復讐してやるんだ!」
 怨嗟に満ちた、でもどこかあどけなさを感じさせる声が響く。その言葉を聞いて、三人は顔を見合わせた。

「やっぱり……ラビリンスじゃない!?」
「そんな、どうして……」
 戸惑うベリーとパインの隣で、ピーチはトイマジンと名乗った巨人を見つめ、グッとその拳を握る。
「ラビリンスだろうと誰だろうと、関係ないよ。子供たちに復讐なんて、そんなこと、あたしたちが絶対にさせない!」

「「「トリプル・プリキュア・パーンチ!!!」」」

 即座に跳び上がった三人が、必殺の合体技を叩き込む。相手がナケワメーケなら、確実に転倒させられるはずの強力な攻撃だった。だがトイマジンは体勢一つ乱さず、さらには右手でピーチの、左手でベリーとパインの足を掴み、ぐるぐる振り回して放り投げた。
「「「うわぁぁぁぁっ!!!」」」
 地面に叩きつけられ、折り重なって倒れるプリキュアたち。
「トリプルパンチも……まるで効いてないわね」
「うん。全然歯が立たない……」
「こうなったら、必殺技で行くよ!」

 何とか立ち上がった三人が、トイマジンから距離を取る。ピーチとパインがキュアスティックを召喚し、ベリーがパンと手を打ち鳴らしてエスポワール・シャワーの予備動作に入る。
 だがそれと同時に、トイマジンの両腕の装甲部分がパカリと開いて、中から多数の発射口が覗いた。
 ダダダダダダッ! という凄まじい音と共に、ミサイル弾が三人を襲う。跳び上がって避けても、誘導装置付きの弾はしつこく追い続けて逃してはくれない。

 肉弾戦ではまるで歯が立たず、離れればミサイル弾が飛んでくる。トイマジンはまだ一歩も動いていないのに、プリキュアたちはミサイルに追われて、次第にハアハアと荒い息を吐き始めた。
 そしてついに、パインがミサイル弾をよけきれずに直撃を受けてしまう。トイマジンの足元を狙って蹴りを放とうとしたベリーも、踏みつけられ、蹴飛ばされて地面に転がった。ピーチの渾身のパンチも軽く受け止められ、放り投げられて背中をしたたかに打ち付ける。そして動けなくなったベリーとピーチの上にも、ミサイルは容赦なく降り注いだ。
 ミサイルの爆発の衝撃で動けなくなったプリキュアをしり目に、トイマジンがゆっくりと、子供たちが避難した方へと歩き出す。次第に大きくなる子供たちの泣き声。その声が、ついに悲鳴に変わった。
「やめて……お願い……ダメーーーッ!」
 身じろぎ一つできない中、ピーチの悲痛な叫びがこだまする。

 その時だった――! ドーンという地響きと、トイマジンらしき呻き声が聞こえたのは。
 何とか身体を起こした三人が見たものは、仰向けに倒れているトイマジンと、その巨体を見下ろす二人の男の後ろ姿。その男たちの間に、黒衣を纏った少女が上空から華麗に着地する。
「そこまでね」
 少し前にも聞いた、冷え冷えとした声が辺りに響く。驚きに目を見開くプリキュアたちの前に立っていたのは、イース、ウエスター、サウラー。ラビリンスの三人の幹部だった。

「ウオォォォォォッ!!」
 跳ねるように起き上がったトイマジンが、三人目がけて巨大な拳を振り下ろす。次の瞬間、ズン、という鈍い音が響いたかと思うと、巨大な拳はガッチリと受け止められていた。それも――たった一人の人間の、小さな掌で。
「ええい、放せ!」
 躍起になって拳を放そうとするトイマジンの身体が、ぐらりと揺らぐ。そのまま体勢を崩された巨体は、再び地響きを立てて地面に倒れた。

490一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:05:46
「ふん。どうやらパワーが自慢のようだが、相手が悪かったな」
 いとも簡単にトイマジンを投げ飛ばしたウエスターが、パンパンと両手をはたきながら、涼しい顔で言い放つ。
「僕らのテリトリーで好き勝手してくれたんだ。覚悟は出来ているんだろうね?」
 即座に起き上がったトイマジンを見上げ、サウラーもニヤリと口元だけの笑みを浮かべた。
「お前たち、人間……か? 何者だっ!?」
「貴様こそ何者だ。この町で不幸を集めるのが、我らがメビウス様より与えられた使命。貴様などの出る幕ではない!」
 イースの切って捨てるような物言いに、トイマジンの拳がカタカタと震え始めた。

「ええい、どいつもこいつも……ボクの邪魔をするなと、言ってるだろう!」
 トイマジンの叫びと同時に、ミサイル弾が放たれ、三幹部を襲う。飛ぶように退避し、高速の動きで逃れようとする三人を、ミサイル弾が追尾する。が、やがてミサイル弾は揃って大きく向きを変えた。
「ぐわぁぁっ!」
 ドカン、ドカンという派手な音に混じって、トイマジンの悲鳴が響く。巨体は大きく後退し、そのあちこちから白い煙が上がった。
「何故だ!? 何故ボクのミサイルがボクを攻撃するんだぁっ!!」
 混乱するトイマジンに答えたのは、いつの間にか空間から呼び出した端末を操作しているサウラーだった。

「簡単なことさ。君のミサイル弾の方式を解析したんだよ。実に単純な、電磁波による誘導だろう? その波長に干渉してコントロールを奪ったまでさ」
「ええい、だったらこっちで!」
 トイマジンの両腕の発射口が切り替わる。今度は弾が一直線に飛ぶロケット弾。だが、誘導装置の無いその弾は、三人が避けるとそのまま真っすぐ飛んで、何もない地面に虚しく着弾した。
「おやおや。人のような小さな的に、真っ直ぐ飛ぶだけのロケット弾が当てられるとでも思うかい?」
「黙れ……黙れぇぇぇっ!」
 いきり立つトイマジンをしり目に、サウラーが誘導弾の標的をトイマジンにロックして、端末を再び空間に仕舞う。そして華麗に空を舞うと、トイマジンの腕の付け根に鋭い蹴りを放った。

「うおぉぉぉぉ……」
 トイマジンが腕を押さえた隙に、ウエスターが懐に飛び込む。そして体格差をものともせず、力任せの重いパンチを打ち付ける。
 打ち合いは互角どころか反射神経とテクニックでウエスターが勝り、トイマジンは二度ならず、三度、四度と地面に叩きつけられる。
 やがてよろよろと立ち上がったトイマジンが、悲鳴のような声を上げた。

「ボクの邪魔をするなぁっ! ボクは……ボクたちは、子供たちに復讐するんだ。子供たちに捨てられた恨みを、思い知らせてやるんだぁぁっ!」
 その途端、トイマジンの身体が大きく後退する。ウエスターの前に出る形でトイマジンと対峙し、その顔を憎々し気な赤い瞳で睨み付けているのは、イースだった。

「はっ!」
「やっ!」
「たっ!」
 打つ、蹴る、突く。当て身を喰らわせ、踵落としを見舞う。イースの波状攻撃が、徐々にトイマジンを追い詰めていく。
 攻撃のひとつひとつは、ウエスターほど強くはない。サウラーほどのキレもない。だが、相手に立て直す暇を与えぬスピードと、押しまくる熱は他の追随を許さない。
 体勢を崩されたままで、少しずつ後退するトイマジン。着地したイースが、両腕を胸の前に引き付け、ゆっくりと腰を落とす。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
 イースの決め技、必殺の掌打。力を溜め、繋げ、練り合わせて、伸ばした腕を力の道に変え、その掌から一気に放つ。その技をまともに喰らったトイマジンの身体は弾け飛び、沢山の小さなパーツとなって地面に散らばった。

「ふん、なかなかやるじゃないか」
 一瞬驚いたように目を見開いたウエスターが、そう言ってニヤリと笑う。だが、すぐにその目は別の驚きで見開かれた。
 バラバラになったトイマジンの欠片が小刻みに震えだし、やがてひとつに集まって、あっという間に元のトイマジンの姿に戻ったのだ。
「何っ!? 再生しただと!?」
「ボクの身体は、捨てられたおもちゃで出来ている。ボクらを捨てた子供たちへの恨みで出来ているんだ。だから、子供たちに復讐するまでボクは不死身だ! ボクらを捨てた恨み、必ず思い知らせてやるんだ!」
 叫びと同時に、トイマジンの巨大な拳が振り下ろされる。イースを突き飛ばす勢いで前に出たウエスターが、再びそれを受け止める。

491一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:06:17
 再び壮絶な肉弾戦が始まった。今度はイースとサウラーは至近距離から狙って来るロケット弾を打ち落とし、ウエスターが何度もトイマジンを地に這わせる。が、いくら戦っても決着が付かない。身体を打ち抜こうが、腕をもぎ取ろうが、トイマジンの身体はすぐに再生してしまうのだ。
 次第に三人の呼吸が荒くなる。だが、トイマジンは変わらず重い拳を叩き付け、ロケット弾を放ち続ける。
 何十回目かの手合せで、ついにウエスターがトイマジンの拳を受け止めきれずに吹っ飛ばされた。イースとサウラーも一瞬の隙を突かれ、地面に叩き落とされる。そんな三人を見下ろして、トイマジンが勝ち誇ったような声を上げた。
「残念だったな。いくらロケット弾でも、これだけ至近距離なら外す方が難しい。これで――終わりだぁっ!」
 大量のロケット弾が、倒れ伏した三幹部に迫る――! その時。

「プリキュア! エスポワール・シャワー!」
「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ヒーリング・プレア・フレーッシュ!」

 高らかな声と共に、青色の光の奔流と、桃色と黄色の光弾がロケット弾を受け止め、消失させる。驚くトイマジンが見つめる中、ラビリンスの三幹部を庇うように立っているのは、三人のプリキュアだった。

「ええい、お前たち、まだ邪魔するのか!」
 忌々し気な声を上げたトイマジンが、次のロケット弾を発射しようとする。だが一瞬早く起き上がったウエスターとサウラーが、同時にトイマジンの両腕を蹴りつけた。バランスを崩したトイマジンに、イースがすかさず足払いをかける。
 またも地響きを上げて倒れるトイマジン。その隙に、六人は公園の木々の奥へと退避した。

「さっきは助けてくれてありがとう!」
「別に。貴様らを助けたわけではない」
 笑顔でお礼を言うピーチと目を合わせようともせず、イースがそっけなく答える。だがその掌を素早く掴み、ピーチが勢い込んで言った。
「ねえ、あたしたちも戦うよ。一緒にトイマジンを倒そう!」

「えっ?」
「ピーチ?」
 パインとベリーが驚きの声を上げる。
「なんで貴様らと。必要ないわ」
「ええい、足手まといだ。お前らの助けなど要らん!」
 イースもまた、一瞬でピーチの手を振り払い、ウエスターも即座に拒絶の声を上げる。
 そんな中、ただ一人仲間たちをなだめたのはサウラーだった。
「まあ待て、イース、ウエスター。せっかくプリキュアがああ言ってるんだ。手伝ってもらおうじゃないか」
「サウラー、本気で言ってるのか!」
「もちろん。このまま奴と戦っても、倒せそうにないからね」
 驚くウエスターにあっさりと答えて、サウラーが立ち上がろうとしているトイマジンの方に目をやる。

「ヤツの身体をひとつにまとめているのは、恨みの力、怨念の力のようだ。ならば、その力を緩め、それらを束ねている中心にプリキュアの浄化の力を当てられれば、ヤツを倒すことができるかもしれない」
「おお! ならばまたヤツの胴体を打ち抜いて、バラバラにしてやればいいんだな?」
「しかし、君の馬鹿力であまり広範囲に飛び散ってしまっても、どれが核となるパーツなのかわからなくなるね」
 サウラーの作戦を聞いて目を輝かせたウエスターが、少しの間考え込んでから、イースの方に向き直った。

「イース。さっきのお前の技をヤツの核とやらに当てられたら、ヤツをバラバラにせずに、身体を束ねている力を緩めることができるんじゃないか?」
 イースが無言でウエスターを見つめる。
「なるほど。ならば僕とウエスターとで、ヤツの攻撃とロケット弾を防ぐ。イース、君はヤツの懐に入って技を放て。あとはプリキュアの技がヤツの核に届けば……」
「トイマジンを倒すことができるんだね?」
 ピーチの問いに、サウラーは小さく頷いた。

「じゃあ、最初は僕たちの番だ。イースが技を放った後、君たちが……」
「待って。あたしたちも手伝うよ!」
 手順を説明しようとするサウラーに、ピーチが割って入る。
「足手まといだと言っただろう! お前たちは出番まで下がっていろ」
 再び顔をしかめるウエスター。その顔を真っ直ぐに見上げて、ピーチは首を横に振った。

「トイマジンは強くて大きいし、ロケット弾も使う。きっとチャンスは多くないと思うんだ。だったら、全員で力を合わせた方がいいでしょう?」
「それは確かに……」
「そうね」
 ピーチの言葉に、ベリーとパインも小さく頷く。そんな三人の様子を見て、サウラーも首を縦に振った。
「ならば、君たちは僕らを援護してくれるかい?」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 ピーチの顔を黙って見つめていたイースが、そう吐き捨てる。ウエスターはピーチたち三人の顔を睨むように見渡してから、ぼそりと言った。
「いいか。邪魔だけはするなよ」

492一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:07:42
「ええい……あいつら、どこへ行ったんだ!」
 ようやく起き上がったトイマジンが、キョロキョロと辺りを見回す。やがてその目が、林の前に並び立つ六人の人影を捉えた。
 トイマジンを静かに見つめているのは、イース、サウラー、ウエスターのラビリンスの三幹部。その後ろには、ピーチ、ベリー、パインの三人のプリキュアが続く。
「現れたか。今度こそ、邪魔なお前たちを排除してやる!」
「邪魔なのはお前の方だ!」
 叫ぶと同時にイースが高速で走り出す。右にはウエスター、左にはサウラー。三人のプリキュアが、その後ろに続く。

 トイマジンが両腕の発射口を開く。だが、今度はそれだけでなかった。両腕だけでなく、両足の太腿から足首にかけても発射口がずらりと並び、胴体の真ん中にも巨大な機関銃のような発射口が開いている。
 だがそれを見て、サウラーはニヤリと口の端を斜めに上げた。ウエスターも、ふん、と不敵に笑ってみせる。
 二人がすっとイースの前に出た。その隣に、青と黄色の人影が立つ。

「君は……何をしてるんだ?」
 サウラーが隣に立つベリーに声をかける。
「決まってるでしょ? あんなに数が多いんだもの、一人より二人の方がいいじゃない」
 サウラーの方を見ようともせず、トイマジンを挑むような目で見つめて、ベリーが静かに言い放つ。
「あなたはイースの道を開くのに専念して。それ以外のロケット弾は、アタシが引き受けたわ」
「……口先だけでないことを願いたいね」
 次の瞬間、二人は同時に走り出した。

「ええい、何故そんなところに居る!」
 ウエスターが隣に立っているパインに向かって、忌々し気な声を上げる。邪魔だ! と言いかけたウエスターだったが、彼女の手から零れる黄色い光に気付き、口をつぐんだ。
「大丈夫。これならきっと、援護できると思うから!」
「ふん、巻き込まれても知らんぞ」
 言うが早いか雄叫びを上げて走り出すウエスターを、パインが慌てて追いかけた。

 トイマジンのロケット弾が打ち出される。いくら真っ直ぐに飛ぶだけとは言え、流石に数が多すぎる。おまけにトイマジンがブンブンと腕を振り回すため、その軌道は全て異なり、まるでロケット弾の盾のようになっている。
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
 ウエスターの闘気が切り替わる。眼光鋭くトイマジンを睨み付けながら、力任せにロケット弾を弾いていく。外角からウエスターを狙うロケット弾は、パインのヒーリングプレアで残らず消滅していく。
「はああっ!」
 サウラーが空中高く跳び上がり、目にもとまらぬ高速の蹴りを放つ。そのほとんどは、トイマジンめがけて正確に蹴り返され、胴体の発射口に着弾してそこからの発射を阻止した。ベリーはサウラーのスピードに必死で食らいつきながら、外から内へ入ろうとするロケット弾を、こちらも華麗にことごとく蹴り返す。

「ええい、ボクの邪魔をするな! ボクたちの恨みを思い知れ!」
 トイマジンは金切り声を上げながら、ひたすらにロケット弾を打ち出し続ける。
 見る見るうちに着弾の煙がもうもうと立ち込めて、辺りはほとんど何も見えない。だがイースの目には、目標であるトイマジンの姿がはっきりと見えていた。ウエスターとサウラーがロケット弾を弾き、ベリーとパインがその援護をして、懸命に作った一筋の細い道だ。その道をひたすら真っ直ぐに、イースは高速で突き進む。そんな彼女のすぐ後ろを、ピーチがぴったりと付いて走っていた。

「何故ついて来る。邪魔だ!」
 イースがチラリと後ろを振り向いて忌々しそうに叫ぶ。だがその直後、弾き損ねたロケット弾が彼女の背後を襲った。
「はあっ!」
 ピーチがすかさず拳で殴りつけ、打ち落とす。
「心配しないで。あなたの背中は、あたしが絶対に守る!」
「そんなこと……頼んでなどいない!」
 その言葉と同時に、イースの走るスピードが上がる。ピーチも負けじと追いすがった。

 分厚い煙幕を突き破り、突如頭上に現れた黒き人影。
「はぁぁぁっ!」
 反応が遅れたトイマジンが、イースのかかと落としをまともに喰らう。
「捨てられた出来損ないが! 主に恨みを晴らすだと? 馬鹿も休み休み言うんだな」
「何……だと……?」
 トイマジンはぐらりとよろめきかけて、かろうじて踏み止まった。いかつい拳がギュッと握り締められ、両手両足の発射口が残らず体内に仕舞われる。

 飛び道具なしでの、一対一の肉弾戦の構えを取って、トイマジンがイースに殴り掛かる。それをひらりとかわし、圧倒的な手数で反撃するイース。
 再び始まるイースの波状攻撃に、トイマジンの体勢が崩れ始める。だが、今度はトイマジンも一歩も引かず、イースを叩き落そうと両腕を滅茶苦茶に振り回す。

493一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:08:16
「うるさいっ! ボクたちを捨てた子供たちが悪いんだ!」
「愚かな。捨てられた貴様が悪いに決まっている。主から役立たずと言われた貴様がな!」
「言うなーっ!!」
 トイマジンの拳が地面を打ちつけ、亀裂が一直線にイースを襲う。高々と跳んで避けるイース。そこですかさず、トイマジンがイースの身体を大きな手で鷲掴みにした。
「イース!」
「何をやってる!」
 駆け寄ろうとするサウラーとウエスター。だがその時、再び両脚と左手の発射口が開き、ミサイル弾が彼らの行く手を阻んだ。
 歯噛みするウエスターとサウラー、それに三人のプリキュアが見上げる中、トイマジンがイースの身体を目の高さに持ち上げ、激しく吠える。

「ボクたちは役立たずなんかじゃない。あんなにずっと一緒に居たじゃないか。あんなに楽しく、一緒に遊んだじゃないか!」
「貴様の想いなど……知ったことではない!」
 高く悲しげに響くトイマジンの声に、凄みさえ感じさせる声音で答えるイース。ギュッと身体を締め付けられながらも、イースの赤い瞳はギラリと鋭い光を放ってトイマジンを睨み付ける。
「大切なことはただ一つ、主のお役に立つことだ。お役に立てなければ貴様は用無し。捨てられて当然だ!」
「黙れぇぇぇっ!!」

 トイマジンの手に力が籠る。イースの華奢な身体があわや握り潰されるかと思った、その時。
「はあぁぁっっ!!」
 桃色の閃光が、トイマジンの手首に激突する。ピーチが高々と舞い上がり、渾身の右ストレートを放ったのだ。トイマジンの拳が緩み、イースの身体が滑り落ちる。地面に激突する寸前に何とか受け止めたピーチは、その顔が苦悶に歪んでいるのを見てハッとした。
「……大丈夫?」
「放せ」
 ピーチの手を静かに振り払って、イースが素早く立ち上がり、再びトイマジンと対峙する。

 両腕を胸の前に引き付け、ゆっくりと腰を落とす。
 この一打に全てを賭ける――その想いと共に、身体中の力が急速に身体の中心へと集まって来る。
 意識するのは呼吸。そして筋肉の動き。息づき始めた力の塊に、動きによって生まれた力を繋げ、練り合わせる。

 脳裏に浮かぶのは、まだはっきりと拝んだことのない主の姿。物心ついた時から、いつか誰よりもお傍でお仕えすると、そう誓った絶対的な存在――。
 熾烈な競争に勝利して幹部になっても、まだ主を直接拝むことすら叶わない。ならばその高みに届くほどに、主のお役に立ってみせるしかない。そう、何度自分に言い聞かせたかわからないと言うのに。

(捨てられた出来損ないが、主に恨みを晴らすだと? そんなもの――私は断じて認めない!)

「はぁぁぁぁぁっ!!」
 放たれたイースの掌打がトイマジンの核を貫き、その巨体が震える。低い呻き声を上げながら、トイマジンがゆっくりと後ずさる。
「今だっ、プリキュア!」
「オッケー!」

 ピーチとパインがそれぞれのキュアスティックを召喚し、ベリーが頭上でパン、と両手を打ち鳴らす。

「プリキュア! エスポワール・シャワー!」
「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ヒーリング・プレア・フレーッシュ!」

 青色、桃色、黄色の光が溶け合って、巨体の胸の真ん中に命中する。トイマジンの身体は三色の光に包まれ、ボロボロと装甲が剥がれ落ちていく。
「ボクは諦めないぞ……。いつか……いつか必ず、子供たちに……!」
 断末魔の叫びが辺りに響き、ついにトイマジンの全身が崩れ落ちる。だが、光が消えた後、そこには何も残ってはいなかった。

「え……倒したの?」
 怪訝そうなピーチの問いに、サウラーが首を捻る。
「いや。ヤツが消え去る瞬間、時空の歪みを感じた。残念ながら、逃したかもしれないね」
「そっか……」
 残念そうにも、少しホッとしているようにも聞こえるピーチの声。それと同時に、イースが忌々しそうに吐き捨てる。
「ふん、負け犬が尻尾を巻いて逃げ出したってわけね」
「まあ、またやってきても同じことだ。俺様が捻り潰してやる」
 ウエスターは胸を叩いて、ニヤリと不敵に笑った。

「あのさ!」
 そのまま何事も無かったかのように去って行こうとする三人に、ピーチの声が飛ぶ。
「一緒に戦ってくれて、ありがとう!」
 その言葉に、三人は揃って足を止め、渋々後ろを振り返った。
「何を言ってる。貴様らのためであるものか」
「この町を不幸にするのは俺たちだからな」
「悪いけど、次に会った時は容赦しないよ」
 イース、ウエスター、サウラーは、思い思いの捨て台詞を残すと、瞬時に身を翻し、姿を消した。

494一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:08:54
 四つ葉町のある世界から、遠く離れた異世界――。
 時空の狭間を漂っていたトイマジンは、ふと懐かしい気配を感じて目を開けた。
 眼下に見える世界では、ジグソーパズルのピースたちが地面に敷き詰められ、ブロックでできた城壁の門を、おもちゃの兵隊が守っている。
 町の中を思い思いに闊歩しているのは、あらゆる種類のおもちゃたち。だが、そのおもちゃたち一体一体の中に、自分と同じ感情が宿っているのに気付いて、トイマジンはニヤリと小さく笑った。
 あの時、何故時空の彼方に飛ばされてしまったのか、トイマジン本人にもわからない。だが、もしかしたらこの世界のおもちゃたちの悲しみや恨みの心が、自分をここに引き寄せたのかもしれない。
「これはいい……。ここで身体を癒し、機会を待とう。機が熟したら、その時は――覚えていろ、全ての子供たちよ!」
 トイマジンの不敵な笑い声が、この世界――“おもちゃの国”に、高らかに響き渡った。



 陽の傾きかけた、カオルちゃんのドーナツ・カフェ。四つ葉町公園の一部は、地面が剥がされ、何本もの木が薙ぎ倒される被害に遭ったが、幸いこの界隈は無事だったようだ。
 もう他のお客さんは誰も居ないカフェの丸テーブルに、再びラブたち三人の姿があった。

「それにしても、ラビリンス以外の敵が現れるなんてね。それも、あんな強敵が」
「うん。しかも、ラビリンスが一緒に戦ってくれたなんて」
 もしあの時、ラビリンスの三幹部が現れなければ。彼らと共闘できなければ、自分たちだけではまるで歯が立たない相手だった。子供たちを、この町を、守れないところだった――。
 美希は悔しそうに右手でギュッと拳を握り、祈里は華奢な両手を見つめ、祈るように胸の前で組む。その時、ラブがドーナツを見つめながら、ボソリと呟いた。

「イース……なんか苦しそうだった」
「えっ?」
「さっき戦っていた時にね。トイマジンと言い合った後、とっても苦しそうな顔してた」
「……そうなんだ」
「もしかしたら、イースもなんか……悩んでるのかな」
「……」
 ラブの言いたいことを測りかねて、美希と祈里がそっと顔を見合わせる。ラブは顔を上げ、そんな二人の仲間に小さく笑いかけた。

「あたし、ラビリンスの幹部はメビウスの命令に従ってるだけなんだ、って思ってたけど……それだけじゃないんだね。きっといろんな想いがあって、悩んだり、苦しんだりもする。だからあんなに強いのかもしれない」
「確かに……そうね」
「うん、きっとそうなのかも」
 美希と祈里が、今度は揃って頷く。すぐ傍らから見た、彼らの戦いぶり。その時感じたのは、圧倒的な強さばかりではなかったから。彼らなりの想いの強さを、確かに感じたから。

「想いがあって、悩みがあるなら……きっと、夢もあるんだよね。イースやサウラーやウエスターにも、なりたい自分があるのかもしれない。ううん、あるんだよ、きっと」
 ラブの瞳が、キラリと輝く。
「よぉし! 美希たん、ブッキー、頑張ろうね。あたしたちは、絶対に負けない。そしていつか、あの三人の……イースの夢が何なのか、聞いてみたい」
 そう言うと、ラブは今日初めてドーナツを手に取り、勢いよくかぶりついた。口の中に広がる優しい甘みを噛みしめながら、まだ明るさを残した空を見上げる。
 公園の木々が初夏の風にざわざわと揺れて、そんなラブの姿を見守っていた。


〜終〜

495一六 ◆6/pMjwqUTk:2021/08/14(土) 14:10:48
以上です。ありがとうございました!

496名無しさん:2021/08/15(日) 07:14:56
>>495
ラビリンスとプリキュアの共闘が熱い!! バトル描写もさすがのクオリティで映画見てるようだった。
15話頃ってタイミングも良くて、3幹部との激突直後とかmktnまだソード持ってないとか懐かしくてもう一度見返したくなるね!めっちゃ良かった!!

497猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:23:39
今さらですが、去年の競作の続きを投下します。
14レスお借りします。

『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>

(これまでの簡単あらすじ)

メガビョーゲンとの戦いに突如乱入してきたツナグと増子ミナ。
戦闘後、ミナはプリキュアを壊滅させ、ちゆは腹筋崩壊。のどか、生きてるって感じ。
ひなたが全員の個人情報を大暴露して、アスミが『メガネメガネ』。
ミナを現世に再召喚するため、、ひなたはキュアスパークルに変身。生贄である。
その後、キュアスパークルは、ツナグの活躍により頚骨が曲がって失神。
みんなは楽しく宴を始めた。

498猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:25:25
今さらですが去年の競作の続きを投下します。
14レスお借りします。

『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>

(これまでの簡単あらすじ)

メガビョーゲンとの戦いに突如乱入してきたツナグと増子ミナ。
戦闘後、ミナはプリキュアを壊滅させ、ちゆは腹筋崩壊。のどか、生きてるって感じ。
ひなたが全員の個人情報を大暴露して、アスミが『メガネメガネ』。
ミナを現世に再召喚するため、、ひなたはキュアスパークルに変身。生贄である。
その後、キュアスパークルは、ツナグの活躍により頚骨が曲がって失神。
みんなは楽しく宴を始めた。

499猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:26:52

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「それでは、今から簡単にやけど、ツナグの歓迎会を始めます! かんぱーい!」 

 なぜかミナが乾杯の音頭をとる。
 ほかに誰もいないハート展望台のバルコニーに、ちゆの持ってきたレジャーシートを敷き、各々好きな場所に座って、グミのせジュースを持っている。
 ちなみにツナグの手にあるのは、ジュースの入った1オンスの紙コップ。試飲などに使われる小さな紙コップで、今、ヒーリングアニマルたちが持っているものと同サイズ。
 乾杯というものが理解できず、ボーっとしているツナグの紙コップに、ちょこん、と可愛らしく自分のカップを当てたのどかが、
「美味しいから、飲んでみて」
 と、優しくうながした。

「え…、ボク、これ飲んでいいの?」

 手渡されたものの、そこから先はどうしたらいいか分からず、ジュースを持て余していたツナグが驚いた顔を見せた。
 しかし、すぐにハッとした表情になって、いったん紙コップを脇に置き、自分のリュックの中身をあさり始めた。
 世界を旅してきたツナグは、人間たちの町で何度も見た。人間はお店の人たちから何かを貰う時、お礼に『お金』というものを渡すのだ。
 ツナグはお金をもってはいないが、代わりに、一番美味しそうな木の実や、形が綺麗な葉っぱ、海岸で拾った素敵な貝殻などを両手に乗せられるだけ乗せて、のどかに差し出した。

「こ…、これで足りますか?」

 のどかがニコッと笑って、それに答える。

「ツナグ、友だち同士でそういうのはしなくていいんだよ」
「ともだちっ!?」

 驚いて目を見開くツナグ。
 あやうく両手に乗せた物全部を落としそうになった。
 のどかの隣に座っていたちゆが、ペギタンと一緒に軽く身を乗り出して言う。

「のどかだけじゃないわ。わたしも、ひなたも、アスミも ―― 」
「ぼくやラビリン、ニャトラン、それにラテ様も、みーんなツナグの友だちペエ」

 ミナが、んっ?という表情になって自分を指差しているが、誰もそっちを見ない。

 ツナグは、呆然と「すごい…」と洩らし、両手の物をリュックにしまったあと、勧められるままにジュースを口にした。
 ―― たまに果実を口にすることもあるが、その汁よりもずっと甘みが深い!

「すごいっ!」
 と目を白黒させて、思わず紙コップの縁(ふち)から口を離してしまったツナグが、あわてて次の一口を飲み、また「すごいっ!」と目を白黒させる。

「これも美味しいラビ。すこやかまんじゅう」

 ツナグがジュースを脇に置いて、ラビリンが包みをはがして差し出した饅頭を手に取り、少し遠慮がちに口をつける。
 ほろほろと崩れる柔らかな食感に続き、上品な餡の甘みが口の中に染み渡る。
 頬の内側が『じわ…っ』と蕩けてしまいそうな、ツナグが初めて体験する甘さ。
 饅頭をほおばったまま「ふごいっ!」と叫んで、がつがつ食らう。

「そんなに急いで食べたら、のどを詰まらせちゃうペエ」

 ペギタンがツナグの傍まで飛んで移動し、ジュースを飲ませてやる。
 さっそく一個食べつくしてしまったツナグを見て、ミナが「はははっ」と笑う。そして、自身の分のすこやかまんじゅうの包みをはがして、彼の手に乗せた。

「今度はもっとゆっくり味わって食べや」

500猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:27:49

 ミナの声を聞く余裕もなく、手に乗せられたすこやかまんじゅうにかじりつく。
 そんな彼のほうへ、シートに座ったままズルズルと移動してきたひなたが、
「ツナグ、他にもお菓子あるよ〜〜。はい、あーんして」
 と、クリームチーズをはさんだクッキーサンドを右手でつまみ、その下に左の手のひらを添えて、ツナグの口元へと近づける。
 ツナグは興味津々といった感じですこやかまんじゅうから口を離して、差し出されたクッキーサンドを一口かじった。サクサクしたクッキー生地の歯触りと、スウッと歯が通るクリームチーズの柔らかさが一緒に口の中に飛び込んでくる。そして、口の内側全体が甘み一色に染まってしまうような感覚。

「…………っ!」

 すごい!という言葉の代わりに目を輝かせるツナグ。
 ひなたも嬉しそうに両目を細めて、ツナグが食べ終わるまで、その姿勢を維持。

「今日は遠慮しないでいっぱい食べて。ツナグはあたしの両目の恩人なんだから」
「あっ、そうだツナグ、これも美味いぞ」
 と、ニャトランがニボシを差し出す。
「いや、ニャトラン、お菓子食べてる流れで、ニボシはちょっと……」
「え……ダメか?」

 ショックを受けた顔になるニャトラン。
 でもツナグは、そんなニャトランの差し出したニボシを、はむっ、と咥えて、ほくほく顔で食べてしまう。これも気に入ったようだ。
 そばで見ていたミナが、眼鏡のブリッジを中指でクイッと中指で上げた。

「くくく…、ツナグは魚も嫌いやないんやね。せやったら、いずれ機会を見て、私と一緒にシュールストレミングを食べてみよっか」

 ―― シュールストレミング。ニシンを発酵させた缶詰。最大の特徴として、食べ物の中では世界一と言われるほどの凶悪な臭気を発することが挙げられる。
 そんな事は露も知らず、とりあえずシュールストレミングが料理名だと理解したツナグが、ミナを見上げて両目を期待でキラキラさせる。
 ちゆがにっこりと慈母のように微笑み、氷みたいに冷えた声でアスミに声をかける。

「いいわよ」
「ハイ」

 返事こそ丁寧だが、声に宿っているのは、容赦を感じさせない鉄の響き。『メガネメガネ』を執行すべく、アスミがミナの顔へと両手を伸ばした。
 ―― だが、いち早く両目の危機を覚えたひなたが、悲鳴を上げながら両手で顔を覆ってレジャーシートの上を転げ回る。全員、お菓子とジュースを持って散り散りに避難。

 一緒にバルコニーの手すりのほうへ逃げてきたちゆとのどかが、互いに顔を見合わせて苦笑。バルコニーの壁に背を預けるように並んで座る。

「こうしてると、ちゆちゃんとのどかちゃんって、なんか姉妹みたいやねぇ」

 突然話しかけてきた声に、二人そろって妖怪に出くわしたような驚き方をする。

「ミナさんっ!?」
「ヒッッ」

 のどかのすぐ隣に座っているのに、まったく気配がなくて気付かなかった。
 妖怪扱いの反応に気を悪くした様子もなく、ミナが再び話しかけてくる。

「別に二人の顔が似てるとかやなくて、ほら、ちゆちゃんって常に、のどかちゃんをサッと守ってあげられる位置におるやん? その気にかけ方がお姉ちゃんっぽいっていうか」

「そうなの?」と、キョトンとした顔で尋ねてくるのどかに、ちゆは困惑しながら「さあ、どうかしら?」と返す。
 でも、のどかがクスッと笑って、「ちゆちゃんが本当のわたしのお姉ちゃんになってくれたら、すごく嬉しいのにな」と裏表のない表情で言うので、ちょっと照れつつも「わたしはかまわないわよ」と冗談めかして答える。

 二人のほうは見ずに、ミナが独り言っぽくつぶやく。

「まあ、のどかちゃんを無意識に気にかけてたってコトやね。 ―― のどかちゃんに、昔、何かあったんかな?」

501猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:28:50
 
 ちゆたちが顔を引きつらせて、声を出さずに慌てる。
 ミナが率直な疑問で突いてきたとおり、のどかには、幼い頃にテラビョーゲンの母体となり、以来、長く苦しい入院生活を送ってきたという過去がある。
 それを知っているからだろうか? ―― ちゆが無意識で行っている自身の振る舞いの原因を求めようとしたが、隣にいるのどかの顔が目に入った途端、どうでもよくなった。
 つらかった記憶を思い出しているのか、表情が曇りかけている。
 守ってあげなくては ―― と、強い衝動が湧き上がってきて、胸が締め付けられる。
 とっさに話題をそらそうと口を開きかけたところで、ミナがポツンと言った。

「別にどうでもええか…」

 口から出かかっていた言葉を詰まらせて、ちゆが、がくっ、と頭(こうべ)を垂れた。
 反対に、のどかは小首を傾げつつ、ミナを見つめ返した。
 今の話の打ち切り方は、なんだか自分たちの空気を察して、あえて興味の無いように振る舞った感じだった。

(いやいや、でもミナさんだし……。むむむ……)

 すぐに両目を細めて『じーーーっ』と疑り深い視線をミナの顔へと向ける。
 その視線が、ふと下がって、のどかが「あっ」と小さな声を上げた。
 だらんとリラックスして座っているミナが、スマートフォンを使い、少し離れた場所でラビリンたちと打ち解けているツナグの姿を動画撮影している。
 隣のちゆも気付いて、眉をひそめながら声を上げようとした。……が、それを制するようにミナが自分の口もとに人差し指を当て、小さくウィンク。
 ちゆがまたもや言葉を呑み込んだところで、動画撮影を続けるミナが、二人にだけ聞こえるぐらいの小声で話し始めた。

「……ツナグって、ああいう風に誰かと ―― ううん、『友だち』と話したり、何かしたりするんは初めてなんとちゃうかな? それで、せっかくやから記念に撮っといたろ思って。
 ほら、ツナグ、ぎこちないけど一生懸命がんばってる」

 レンズの奥で温かみを帯びているミナの眼差しを追って、のどかとちゆがツナグたちのほうを見る。

 ちょうど多数の青く透き通った立方体がバラけ、そこに開いた虚空の穴からニャトランが出てきたところだった。

「おおーっ、スゲッ、本当にワープできた!」

 楽しそうに興奮するニャトランに、ツナグが雑談がてらに自分の能力を説明する。

「昔、雨の日に沢に落ちそうになってた子鹿を、このチカラで助けた事があるんだけど、自分のサイズよりも大きな出入り口を作るのはメチャメチャ疲れて」
「へぇー、大変だな」
「助けたあと気を失って、沢に落ちて流されちゃったんだ」
「…ってオイっ」

 次、あたしっ ―― と、ワープ体験をさせてもらおうと手を上げかけていたひなたが、二人のやり取りを聞き、ツナグに気付かれないようにそっと手を下ろして、「たはは」と力なく笑った。
 代わりに、ツナグの前に出てきたのがラビリン。……出てきたというか、ペギタンに背中を押されて、半ば強引に突き出された感じだった。

「ほ…、本当にだいじょうぶラビ?」
「だいじょうぶペエ。……ほら、よく見るペエ。ニャトランの体は何ともなってないペエ」
「なんだよ、俺は人柱かよ」

 腹を立ててペギタンに食ってかかっているニャトランは置いといて、ツナグがラビリンの手を取った。

「こわくないよ。安心して、ボクが一緒だから」
「わ、わかったラビ…」

502猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:29:48

 そう言いつつも、やはりおっかなびっくりのラビリン。彼女の手を優しく引いて、正面に開いた虚空の中へツナグが進んでいく。
 ワープ距離はニャトランの時と同様、約1メートル。
 二人はすぐに出口へと到着して、ほぼ一瞬でワープの旅は終わった。
 精神的に楽しむ余裕は無かったラビリンだが、すでに元の空間の面を取り戻している背後を振り返って、初めての体験に軽い興奮を覚えつつ、
「本当にワープしたラビ!」
 と、ニャトランを同じような感想をこぼした。

「だから言ったペエ。何ともないって」
「ま、体の外側は何ともなくても、内側がどうなってるか分かんねーけどな。ニシシ」
「怖いコト言うなラビィィッッ!!」

 今度は、ラビリンたちの様子をあたたかい微笑みを浮かべて眺めていたアスミの足元近くで空間の立方体がバラけ、虚空が開いた。
 こっそりと出てきたラテが、ツナグに感謝の視線を送る。次にアスミを見上げて「わんっ」とイタズラっぽく吠えた。アスミをびっくりさせてやろうという作戦だった。

「まあっ!」

 アスミはびっくりするよりも可愛らしさに心を打たれ、思わず胸の前で両手のひらを重ねて頬を染めながらしゃがみこみ、ラテを見つめ返した。
 ラテ、あらかさまに残念そうな顔になる。

 ……そんな皆の光景を、少しだけまぶしそうに目を細めて見ていたちゆが、しみじみと言葉をこぼした。

「たしかに、これは記念として残しておく価値がありますね」
「やろ?」
 
 ニッ、と人好きのする笑顔を見せるミナへ、ちゆがまっすぐに顔を向けて尋ねる。

「のどかの昔の話に興味はありますか?」
「んー、ぶっちゃけ私が知ったところで、お役に立てそうにもないからなぁ。のどかちゃんの助けになってやれる子は既に知ってるワケやし、それでええんやないの?」
「ふふっ。そうですね。『お姉ちゃん』らしく、のどかの助けになれるよう、がんばります」

 最初に会った時と比べて、ちゆのミナに対する雰囲気はずいぶん柔らかくなっている。
 のどかも自然と警戒を解いて、ミナに話しかけてみる。

「ミナさんは、何かの取材でこっちに来たんですか?」
「うん。ネットでニュースのネタを漁ってたら、この町に、しゃべるウサギやらペンギンやらネコやらがおるっていう信憑性不確かな怪情報を見つけてな」
「うっ…」
「そういう面白そうな情報見つけると、ついついフリージャーナリストとしての魂が……。それでイタリアからスッ飛んできたワケやけど、まあ、なんやかんやでニュースとしては扱われへんようになりましたとさ」
「あはは」
「ツナグを見つけた時は、この子が怪情報に書かれてたしゃべるネコなんやな…って勘違いしてしもて。
 ―― あ、そういえば、私な、昔、ケット・シーっていう猫の妖精たちが住む村に立ち寄ったコトがあるねん」
「ふわぁぁっ、ヒーリングアニマルじゃない猫の妖精ですか?」
「そうそう。いろいろあったけど、最終的に怒り狂ったケット・シー全員がグルカナイフ振り回しながら村の外まで追いかけてきたんや。懐かしい思い出やで」
「何をやらかしたんですか、ミナさんッッ!?」

 のどかの上げた大きな声に反応して、ラテを胸に抱きかかえたアスミが小走りで近寄ってくる。

「のどかっ、『メガネメガネ』ですねっ!?」
「アスミちゃんはちょっと落ち着いてっ!?」

 アスミの背後では、両目を押さえて叫びながら出鱈目に転げまわるひなたの姿が。それに巻き込まれそうになったツナグとヒーリングアニマルたちが必死で逃げ惑う。
 ちゆが「ハァ…」と諦めたような溜め息をついて、話題を変えようとした。

503猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:31:50

「……その、こっちへ来る前のイタリアでは、何をしてたんですか?」
「ほら、一年ほど前、イタリアでデッカイ地震あったやん。それでな、ほんまに倒れそうになってたピサの斜塔をこっそり何とかしたろうと思て。
 ―― 結果、メチャクチャ派手に倒して壊してしもてん」
「アスミ、いいわよっ!」
「ハイッ!」
「ちゆちゃんもアスミちゃんも落ち着いてっっ!?」
「あ、でもな、ちゃんと責任は取ったんやで! 地元の建築家の人らに協力してもろて、代わりの斜塔建ててきたから。
 ……約一ヶ月前に完成したばかりの出来立てホヤホヤ、名付けて『ミナの斜塔』!」
「世界遺産を馬鹿にしてるんですか?」

 ミナをきつく睨みつけるちゆ。
 彼女の隣でのどかが「ん?」という表情になって、ひと月ほど前に読んだ新聞の記憶をたどった。
 アホみたいに攻めまくった傾き方で建て直された斜塔……
「何ヶ月でぶっ倒れるか?」という話題で大盛り上がりのイタリア国内……
 倒壊の瞬間を目撃しようと連日押し寄せる観光客……

 のどかが声を上げるよりも早く、スマートフォンを取り出して操作していたひなたが呆然と洩らした。

「そっか、ミナさんって、ユニバーサル・コメディアンのミナだったんだ……」
「ユニバーサル……、えっ?」

 怪訝な顔でひなたを見つめなおすのどかの後ろから、ミナが抗議の声を上げる。

「コメディアンちゃうわ! ジャーナリストや!」

 それを無視して、ひなたがスマートフォンの画面をのどかに見せる。
 表示されているのは、ミナが管理しているSNSアカウントのプロフィールページ。
 のどかが「ふわぁっ…」と思わず声を洩らした。
 ―― フォロワー数:2000万。
 プロフィール画像は、パンク風の荒れた感じのする女性。メガネはしていないが、よく見るとミナだ。
 のどかとひなたが同時に向けてきた視線に、
「ミーアキャットに頭を蹴飛ばされて記憶喪失になってた時の写真やね。なぜかパンクロッカーしながら、お猿さん連れてガンダーラを目指してたんや」
 と、ミナが説明した。

 のどかとひなたは顔を見合わせて、納得したみたいに頷いた。

「「やっぱりこの人コメディアンだ」」

「コメディアンちゃうって言うてるやろ! 私はマスコミな感じの増子ミナ! 天も地も突き抜けてフリーを極めたジャーナリストや!」
「天と地どころか、マスコミもジャーナリズムも突き抜けてコメディアンを極めてるじゃないですかっ!」
「やかましいわっ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶミナ。
 鼻息荒く、自分がグローバルでフリーなジャーナリストであることを証明しようとする。

「えーーっとなぁ、そう、二年ほど前の取材!
 イエティの子孫を自称してた毛むくじゃらのおっちゃん ―― 皆から嘘つき呼ばわりされてたけど、私が密着取材を通じて、本物のイエティの子孫であるコトを証明してみせたんやで!」

 ひなたのスマートフォンをひったくってSNSの画面をスクロールさせ、目的の投稿記事を出して、のどかたちに示した。白銀の山頂で、毛むくじゃらのおっちゃんが歓喜の表情でポーズをとっている写真と、短い英文の内容。
【共有】と【共感】を示すアイコンは、共に1000万を超えている。

「本当にイエティの子孫ならアンナプルナぐらい登れて当然!
 ―― てなコトを思いついて試させてみたら、49回目のチャレンジで主峰の登頂に見事成功!
 フフッ、世界も『もうホンモンでええわっ』って温かく認めざるを得んかったわ」
「……49回もチャレンジさせたんですね……」
「させたんとちゃうで。顔真っ青にして首を横に振るたびに酒飲ませて説得を続けてたら、そのうちノッてきて、おっちゃんが自主的にチャレンジし始めたんや」

504猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:32:35

 ミナたちのやり取りを眺めていたツナグが、隣のニャトランにたずねてみる。

「ねえ、ニャトラン、いえてぃって誰かの名前?」
「うーん、いえ…てぃ……。家と……ティー? ―― 紅茶かっっ??」
「それよりもアンナプルナって何ラビ?」
「イエティっていうのは雪男のことで、アンナプルナはネパールの凄く高くて危険な山々ペエ」

 ペギタンが口にした『凄く高くて』という言葉に反応して、ツナグがパァァッと目を輝かせてミナのほうを向いた。

「ねえっ! その山にはミナも一緒に登ったの!? てっぺんから海は見えた!?」

 いきなり話題に食いついてきたツナグの勢いに圧(お)されて、ミナが珍しく引いてしまう。
 すぐに気を取り直して答えようとするも、それより早くツナグが「あっ、待って待って」とストップをかけてきた。

「やっぱりボク、自分の目で確かめたい。ねえ、ミナ、アンナプルナってどこにあるの?」

 ……再びミナが気を取り直して口を開きかけた瞬間、今度はペギタンがそこに割り込んできた。

「だめペエっ、ツナグ、アンナプルナは本当に危険な山ペエっ! 命を落としている人もたくさんいるペエっ!」
「そ、そうなんだ……」
「うん、そうやで。毛むくじゃらのおっちゃんも、ちょくちょく雪崩の直撃受けて、帰らぬ人になりかけとったからな」
「登らせるなよ、そんな危険な山。ていうか、何回も雪崩の直撃受けたのに生きてるって、そのおっちゃん、本当に雪男の子孫なんじゃね?」

 毛むくじゃらのおっちゃんはともかくとして、ツナグへ心配そうな視線を送るニャトラン。それに気づいたラビリンが明るい調子で言う。

「ツナグなら大丈夫ラビ。危険な場所はどんどんワープで回避しながら登ればいいラビ」
「あ、そっか。……うん、だよな」
「でも、それが出来たとしてもアンナプルナの標高は一番高い所で8091メートルペエ。ものすごく寒くて普通に行けないペエ」
「たぶんミナなら、立って歩く猫用の高性能な防寒着とか持ってるだろ。コメディアンだし。それ借りよーぜ」
「コメディアン言うなっ! ちなみに持っとるわっ! 立って歩く猫用の高性能な防寒着!」
「マジで持ってんのかよっ!」

 自分で言ったクセに、正直そんな物が本当に存在するとは思ってなかったニャトランが驚いて目をまん丸に見開く。
 ひなた、そのニャトランの顔が面白くて、思わず笑ってしまう。
 ラテを抱いたアスミも、皆の輪に加わる。

「ペギタン、ちなみにアンナプルナ主峰のてっぺんの寒さとは、どれぐらいなのですか?」
「えーーっと……」
「あ、待って。あたしが調べてあげるっ」

 ひなたがミナの手からスマートフォンを取り戻して、さくっと検索。

「標高を約8100メートルとして……うわっ、マイナス24度っ!? メチャ寒っ!」
「マイナス24度って、アイスクリームより冷たいラビ。そんなトコ行ったら、ツナグが凍っちゃうラビ」

「アイスクリーム……??」と、ツナグが口の中で言葉を転がしてみる。
 さっきペギタンに説明してもらった『いえてぃ』に続き、またまた出てきた自分の知らない単語。
 そっと傍らにしゃがみ込んだのどかが、気を利かせて説明してくれた。

「アイスクリームっていうのはね、牛乳とかを材料にして作る冷たくて甘いお菓子で、えっと、雪で織り上げた絹を、しっとり重ねたみたいな食感って言えばいいのかなぁ」
「……ッッ!」

 完璧にイメージが伝わったわけではない。だけど、絶対に美味しい!とツナグは直感。のどかたちが持ってきてくれたお菓子の中から、そのアイスクリームというものを見つけ出そうと視線を走らせる。

505猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:33:25

「ごめんなさい」
 と、近づいてきたちゆが中腰になり、ツナグに向かって申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。

「今日は、アイスクリームは持ってきてないわね」
「……………………」

 ツナグ、ショックのあまり無言になる。

「あっ…」と、ちゆが微笑みを引きつらせた。間違ったことをしたわけではないが、自分の一言が引き出したツナグの反応に、表情を陰らせてしまう。
 それにいち早く気付いたのどかが、ちょっとあせって、あわわっ、とフォローに努めようとするが、とっさにうまく言葉が出てこない。
 代わりに「あっはっはっ」と無意味に明るく笑いながら、ミナがツナグの前にしゃがみ込み、彼の頭をぽふぽふと右手で優しく叩く。

「ツナグは山が好きなんやねぇ……。でもまあ、アンナプルナはやめとこか。40回以上もツナグを生死のふちに立たせるのは、さすがに罪悪感覚えるしな」

 横から少し厳しい顔でアスミとラテが抗議してくる。

「毛むくじゃらのおっちゃんに対しても罪悪感を覚えてください」
「ワンワンッ」

 ミナはあっさりと聞き流して言葉を続けた。

「そうやな……、富士山なんてどうや? この日本で一番高い山やで」

 ツナグが顔を上げた。

「一番高い?」
「それにな、富士山に登ると、海は海でも、海じゃない海が見えるんやで」
「エッ、何それっ!?」

 ミナの言葉に、ツナグが俄然と興味を示す。
 無論、ミナは答えを言わない。雲海だとすぐに気付いたのどかとちゆも、こっそりと笑みを乗せた視線を交し合うのみ。富士山以外の高い山からでも雲海を見れることを知っているペギタンだが、あえて水を差すようなまねはしない。
 ―― ひなた、ツナグと同レベルで真剣に悩む。

 ミナは穏やかな笑顔で、ツナグに提案する。

「富士山、一緒に行ってみるか? めっちゃアイスクリームの美味しい店も知ってるから、富士山登る前に立ち寄って、食べさせたるわ」
「ボク、行きたいっっ!!」

 思わず心からあふれ出てしまったツナグの本音。
 静かに受けとめたミナが優しく両目を細めて、「…うん」とうなずく。

 ……いい雰囲気ではあるが、ヒーリングアニマルたちは警戒心を緩めない。
 ツナグの前に、バッ、と飛び出し、盾になるように並んでミナと対峙する。

「ツナグっ、正気を失っちゃ駄目ラビ! 相手はミナラビ!」
「そうだぜっ。ミナについて行ったら、おまえまでコメディアンになっちまうぜ!」
「とりあえず不審者がツナグを連れて行こうとしてるって、おまわりさんに通報するペエ」
「ワンワンッ、ワンッ! ワンワンッ、ワンッ、ワンッ」

「こ、こいつらは……」

 激しい憤りに駆られたミナがワナワナ震えながら立ち上がる。

「なに好き放題言うてくれてんねん! 誰がコメディアンや!? 誰が不審者や!?
 あと、ごめんな。ラテちゃんだけ何を言ってんのか、さっぱりわからんかった」

 スッ…とラテの隣に進み出たアスミが、授かった神託を告げるみたいに、ラテの言葉を厳かに通訳した。

「ラテはこう言っています。 ―― もはや『メガネメガネ』では生ぬるい。眼鏡を噛み砕いて粉々にしてくれる、と」

 ラテがアスミを見上げて「くぅ〜ん」と啼(な)いた。そんなこと全然言ってない。
「フンッ」と鼻を鳴らしたラビリンが勝気な表情で、ビシッ!とミナを指差す。

「ラテ様のお手をわずらわせるまでもないラビ! ―― ペギタン、やってしまうラビ!」
「なんでぼくペエ!?」
「ほほぉ? 命知らずやな。我が増子一族に代々伝わる西ドイツ式ブラジリアン柔術をマスターした私に勝負を挑むとは」
「ペ……ペエエっ!」

506猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:34:23

 ペギタン、顔を真っ青にしてあせる。
 増子ミナの体から立ち昇る真紅のオーラ。 ―― が、彼の目には見えているのだ。
 しかし、気圧されて後ろへ下がろうとするペギタンに、ちゆから声援が飛ぶ。

「ペギタン、がんばって!」

 今度はミナの目に、ペギタンの体から噴き上がる蒼い闘気が映った。

「ペエエエエエエエエエッッ!!!」
「むっ! その構えは、古代マケドニア八極拳!」

 生命の危機を感じて体が勝手に後ずさろうとする。だが、ミナは意志のチカラを総動員して耐えた。

 ニャトランが二人のほうを指差して、横にいるラビリンにたずねる。

「なあ、西ドイツとかマケドニアとか、……こいつら一体何やってんだ?」

 腕組みしたラビリンが二人から目を離さず、瞳をギラリと光らせて答えた。

「西ドイツ式ブラジリアン柔術は、邪馬台国を発祥の地とする日本最古の格闘術ラビ。
 遠・近・中距離、全てにおいてバランスよく対応できるのが特徴で、大正時代、鬼の王を倒すための戦いで『柱』と呼ばれる者たちの切り札となったことでも有名ラビ。
 対して、古代マケドニア八極拳は、アレクサンダー大王が編み出したヘレニズム格闘技の一種で、近接戦最強を誇るラビ。
 これを極めた者の拳は鉄をも砕くと言われ、さらに、あるスキルを取得することで、1ターンにつき最大5回までの連続攻撃が可能になるラビ。
 ……フフッ、数々の名勝負を目にしてきたラビリンにも、この闘いの結果がどうなるかは分からないラビ」

「いや、俺はまずおまえが何言ってんのかが分かんねーよ」

 メンドくさくなって理解をあきらめたニャトランは、テキトーなノリで目の前の勝負を楽しむことにした。

「じゃあ、俺はミナを応援するぜ。そっちのほうが、なんか面白そうだしな」

 関係なさそうにスマートフォンを眺めていたひなたが、「あっ!」と声を上げた。

「ミナさん、いつのまにかあたしのアカウントをフォローしてくれてる! あたしもミナさん応援しよっ!」

 あっさりとミナの側についたひなたを、ジロッと睨んだちゆが、のどかを振り返って、何も言わずに微笑みかける。 

「う…、うんっ、もちろん、わたしはペギタンを応援するよ」

 たじっ…と軽く身を引きながら答えるのどか。
 腕組みしたまま仁王立ちしているラビリンは、中立。どうやら、この勝負の審判を務める気らしい。

 ラテがアスミを見上げて「わんっ」と可愛らしく吠える。ラテと視線を重ねあったままアスミがうなずく。今度はちゃんと伝わった。

「ツナグ、これを」

 差し出されたヒーリングガーデンの聴診器を受け取ったツナグが、身振りを交えたアスミの簡単な説明に従って自分の耳に装着し、おそるおそるチェストピースをラテの体に当てる。
 チェストピースが淡い光に包まれ、ラテの心の声がツナグの耳に流れ込んできた。

『ラテといっしょに、ペギタンを応援してほしいラテ』
「え、あ…、うん、わかった」

507猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:35:10

 初めての体験に驚きつつも素直に答えたツナグ。けれど、誰かを応援するなんて今までしたことがない。元気よく吠えてペギタンを応援するラテの隣で声を出そうとするが、やはり戸惑いが大きい。
 そんな彼を横目でチラッと見たのどかが、しゃがんだまま、口もとに両手を添えて大きな声援をペギタンに送った。

「ペギターーンっ! がんばれーーっっ!!」

 突然の大きな声に、びっくりした顔で見上げてきたツナグへ、のどかがニコッと優しく微笑みかける。
 ……うなずき返したツナグが、のどかを真似て口もとに両手を添え、ペギタンへと声援を送った。

「ペ…ペギタン、がんばれーっ!」
「がんばってーっ! ほら、ツナグも応援してくれてるよーっ!」
「ペギタンっ、自分を信じて! あなたなら勝てるわ!」
「わんっ! わんっ!」
「ラテが応援しているので、わたくしもペギタンを応援します。ペギタン、がんばってください!」

 ツナグたちの声援を熱として、西ドイツ式ブラジリアン柔術と古代マケドニア八極拳のぶつかり合いも盛り上がってゆく。

「虎の呼吸・伍ノ型! ―― 猛虎打線ッ!」
「甘いペエ! 覇海殺・肝臓爆発チョップ ―― 六連ッッ!!」
「ぐああああああっっ!?」

 さっそくミナ応援サイドよりブーイングが飛んだ。

「待ってよ! 古代マカロニ八宝菜の連続攻撃って最大5回までって言ってたじゃん!
 なのに、今、6回連続攻撃してたよ! これっておかしくないっ!?」
「そうニャ! チートだ、チートぉぉ!」

 この非難に対して、ラビリンは「ノンノン」と首を横に振った。ルール的には問題ないようだ。

「あ、意外とペギタン勝てそう」
「いけるわよ! その調子よっ、ペギタン!」
「ペギタンッ、次は眼鏡ですッ! 眼鏡を狙っていきましょうッ!」
「わんわんっ!」
「ペギタンっ! がんばれっ! がんばれっ! ペギタンがんばれーっ!」

 興奮のあまり身を乗り出してペギタンの応援を続けるツナグ。 ―― だが、唐突に胸にこみ上げてきた感情の塊に言葉をふさがれてしまう。
 不意に黙ったツナグに、ふと、ちゆが視線を向ける。
 ……ツナグの両目から、静かに涙があふれていた。

「ツナグっ!?」

 ペギタンの両頬をむにーっと左右から引っ張っているミナを含め、ちゆの声で全員がツナグのほうを見た。
 皆のまなざしを受けて、ようやく自分が涙を流していることに気づいたツナグが、あわてて両手でごしごしと目の周りを拭いた。

「ごめん。ボク、友だちの名前を呼ぶのって初めてで……。しかも誰かと一緒に、こんなふうに大きな声で叫ぶなんて想像もしたことなくて……」

 のどかの手が優しくツナグの背中をさする。そして、彼と目が合うと微笑みを表情に乗せて言った。

「これからはいつでも呼べるね、わたしたちの名前」

 ツナグが放心したような顔になった。
 でも、のどかの言葉に脳の理解が追いつくと、幸せのあまり泣き出しそうで、それでいて嬉しすぎてたまらないという感情が入り混じった笑みが、表情に広がり始めた。
 しかし、その瞬間 ―― 。

「 ―― くしゅんっ!」

 のどかが顔を背けて、可愛らしいくしゃみをした。
 笑みに変わりかけていたツナグの表情は、一瞬で凍りついたみたいにこわばった。
 瞳に浮かべる色は、恐怖。
 ……皆の目はのどかへと向いていて、誰も気づかない。

508猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:35:56

「ふふふ……、ごめんなさい」と少し恥ずかしげに微笑むのどかが、長袖インナーに包まれた左の二の腕を右手でさすった。日の光の暖かさでまぎれてしまうが、ほんの少しだけ寒気が肌を這っている。

「そろそろ朝晩も涼しくなってきたものね」
 と、ちゆが、もうすっかり秋だと苦笑しつつ、のどかの体調を軽く気にして隣にしゃがみ込む。腕をさする手をとめて、大丈夫だよ、と微笑みで返すのどか。その背中に、パサッとスーツのジャケットが掛けられる。

「羽織ってたら、ちょっとは温かいやろ。……ほら、お姉ちゃんが心配してるで」
「なっ…!」

 思わず顔を赤らめて、ちゆがミナを見返す。事情を知らない他の者たちが、何事かと興味津々に見つめてくるのが恥ずかしい。同じく、のどかも顔を赤らめているけれど、こっちは照れているのと嬉しいのが半々だ。

「ちゆちーがお姉ちゃんかー……」

 いいなぁ…という思いを込めて感慨深そうにつぶやくひなたに、すかさずニャトランが、

「学校から帰るなり『遊ぶ前に宿題しろーっ』とか言われるぞ、絶対」
 と、ツッコんだ。
 ひなた、何とも言えぬ顔で「あー」と洩らしてから、のどかに向かってパタパタと手を振った。

「ちゆお姉ちゃんのこと、末永くヨロシクねー」
「あ、押し付けやがった」

 ちゆが「どういう意味よっ」と軽く気色ばんで立ち上がろうとするのを、のどかが笑いながら引き止める。

「まあまあ……ちゆお姉ちゃん、落ち着いて」
「のどかまで……、もおっ!」

 そんな二人を囲んで皆が明るく笑う。 ―― ツナグを除いて。
 みんなと一緒に笑っていたのどかの目に、不意にツナグのうしろ姿が映った。

「……ツナグ?」

 きょとんとした顔になって、呼びかける。
 ツナグは自分のリュックを背負いつつ、背中を向けたまま言った。

「ごめん。ボク、今日はもう帰らないと」

 皆の笑い声は、いつのまにか消えていた。
 しん……とした空気にガマンできなくなったひなたが、残っていたお菓子をサッと手に取って、あえて明るい調子で話しかけた。

「ねえ、ツナグ、もうちょっとだけお菓子食べていかない? これなんて美味しいよ? 
 ……えーと、お腹いっぱいなんだったら、包んであげるから、持って帰って食べてもいいし」

 ひなたに続いて、ニャトランも声を張り上げる。

「急すぎるだろっ。なあ、そんなに今すぐ帰らなくてもいいだろっ!」

 ニャトランはツナグを責めているのではない。ただ、彼ともっと一緒にいたいだけだ。
 二人の声に振り向くことなく首を横に振ったツナグに、今度はアスミが問いかけた。

「もしかして、気に障ることでもあったのですか?」

 やっぱりツナグは静かに首を横に振った。
 彼のうしろ姿を見つめて、ラテが心配そうに「くーん」と小さく啼く。
 ……ツナグの様子のおかしい。それは全員が感じている。けれど、なぜそうなっているのかが全く分からない。
 戸惑いを表情に広げているペギタンが、ちゆと顔を見合わせた。
 ちゆはペギタンにうなずき返してから、優しい声でツナグにたずねてみる。

「ツナグ、どうしたの? 何か事情があるのなら教えてもらってもいい? もし、困っているのなら、わたしたちがチカラになるわ」
「ツナグは、ぼくたちの大切な友だちペエ。なんでも相談してほしいペエ」

 一瞬振り向きそうになったツナグが、ぐっとこらえて、強めの語調で返した。

「ゴメンっ、ボク……急いでるからッ!」

 拒絶の背中。
 ラビリンがバルコニーに立ちすくむ。ツナグが心配で声をかけようとしたが、結局、何も言えなかった。
 代わりにミナを見上げて、すがるように声を洩らした。

509猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:36:30

「ミナ、なんとかならないラビ……?」

 ラビリンの傍らにしゃがみ込んだミナが、その背を優しく撫でて謝る。

「ごめんな、ラビリン。ツナグの行動が誰かに命令されたり脅されたりしてるんやったらともかく、自分の意志で動いとる以上はなぁ。
 理由も分からんのに、相手の意志を無視して、こっちの感情だけで無理に引きとめるコトは出来へんねん」

 しかし、ミナは「それでも……」とつぶやいて立ち上がる。

「ツナグ、つらかったり、しんどかったりしたら、誰かに助けを求めるんが当たり前なんやで。それでな、逆に誰かがつらかったり、しんどかったりしたら当たり前に助けてやったらええねん。
 ―― もちろん、それを嫌がる人も当然におる。でもな、私は、助け合うのが人間の本当の姿なんやって、世界を取材しまくって気付いたんや」

 ミナはいったん言葉を切って、「だから ―― 」と右手を伸ばして、手のひらを上向けて大きく開いた。

「苦しいことを一人でかかえ込んだらアカン。……約束する。理由を話してくれたら、みんなで絶対に助けたる」

 ツナグの背中が小さく揺らいだ。
 ……泣いてしまいそうだった。
 ここにいるみんなが大切で、みんなと巡り合えたことが幸せで、だからこそ、立ち去ろうとする決意を強めて、前に一歩踏み出す。

「本当に心配しないで。ありがとう、みんな」

 ツナグの前方の空間が青く透き通った幾つもの立方体へと変化し、フワッとバラけて、虚空の入り口を開いた。

「ツナグっ」と、もう一度呼びかけたのどかが、立ち去ろうとする背に切なく微笑んだ。

「……また、あしたね」

 さようならとは言えない彼女の気持ち、痛いほどわかる。
 足をとめ、ツナグは黙ってうなずき返した。嘘の返事。 ―― また、あした。もう二度とみんなと会えないあした。
 再び進み始めたツナグの姿は、すぐに虚空の中に消え、元の状態を取り戻した空間が、彼のいた痕跡を消した。

 ……しばらく全員がツナグのいた場所を見つめて佇んでいたが、やがてミナがパンッ!と両手を叩いて、みんなを見渡して言った。

「ほら、いつまでもここを私らで占拠しとくワケにもいかん。さっ、手分けして片付けよか」

 明るめの口調で空気を切り替えようとする。 ―― レンズの奥の瞳は、最後に見たツナグの背中を忘れてはいない。しかし、この先、何をやるにしても、まずは目の前の事からだ。

「そうですね」
 と、ちゆが率先して動く。
 言いだしっぺであるミナも動こうとするが、ふと急に気になって上を向いた。
 透明なシリコンゴムシートを貼り付けたような、視覚的に違和感のある空。
 彼女の瞳が鋭さを帯びた。すこやか市を訪れた時から気にはなっていたが、今はそれを通り越して、明確な不愉快さをあらわにしていた。

「こいつ、まるで笑っとるみたいや」
「ミナ、どうかしましたか?」

 隣に並んだアスミも、共に空を見上げていた。

「わたくしも、ここ数日、気になっていましたが、ビョーゲンズ ―― さきほどの怪物の属する勢力とは関係ないようですね」
「そうか。でも、なんかこう……高いところから、得体のしれんモノに見下ろされてる感じがして、腹が立つねん」
「この空、ツナグと何か関係がありますか?」
「わからん。まずは情報収集やな。 ―― あっ、そうや」

510猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:37:15

 いったん話を切って、ちゆに呼びかける。

「ちゆちゃんのウチって旅館やってるって言うてたな。納屋でええから泊めてくれへん? まだ今日泊まるとこ決めてなかったんよ」

 片付けの手をとめて、ちゆが笑いながら振り返った。

「納屋じゃなくて、ちゃんとした部屋を案内しますよ」

 そして、今度は片づけを手伝おうとしていたのどかのほうを向いて、ニコッと笑った。

「のどかはいいわ。あなたの分まで、わたしがやっといてあげる」
「けど……」
「お姉ちゃんがいいって言ってるんだから、素直に聞きなさい。体調が本当に悪くなったらどうするの?」
「うぅ…」

 しぶしぶといった感じで従うが、のどかの表情はちょっと嬉しそう。優しいお姉ちゃんに甘える妹そのものだ。
 二人の様子を微笑ましく視界に収めていたミナとアスミが話を再開する。

「とは言っても、本格的なオカルト方面には、あまり頼れるツテがないからな。どこまで情報を集められるか……」
「なるほど、お笑いとオカルトは相性が悪いのですね」
「オイ、こらオマエ。
 ―― まあ、ええわ。念のため、NASAの知り合いが開発した超々小型のGPSトラッカーをツナグのリュックにこっそり貼り付けといて正解やったわ。とりあえず、ツナグの居場所は追えるな」

 アスミがふむふむとうなずく。詳しい技術のコトは理解できないが、現在の状況を考えると、ツナグを居場所を特定できる手段があるのは頼もしい。

「一体いつ貼り付けたのですか?」と素朴に口にしたアスミに、ミナが気さくに答える。

「ツナグがお菓子もらったりジュース飲ませてもらったりしてた時やね」

 それを聞いて、アスミの表情に、パアッ、と感心の色が広がった。

「すごいですね、ミナは! そんなに早くから、ツナグが何か問題をかかえていると気づいていたのですね!」
「えっ」
「……えっ?」

 アスミが真顔になって聞き返す。
 そして眉間にシワを寄せて、ミナを睨んだ。

「よもやとは思いますが、歓迎会が終わってからツナグを追跡して、わたくしたちがいないところで独占取材を決行しようとしていたのではないでしょうね?」

 ―― 図星。
 ミナが慌てふためいて釈明を試みる。

「あ…、いや、待って。確かにあの時はそんなこと考えてたけど……っ!
 落ち着いて、アスミちゃん、今はちゃうねん。今はホンマにツナグをしんぱ ―― 」
「 ―― 問答無用っ!」

 最後まで言わせず、アスミ、無慈悲に『メガネメガネ』を執行。 ―― と同時に、ひなたが両目を押さえて悲鳴を上げつつバルコニーの上を転げ回る。もはや阿吽の呼吸である。
 一足早く、転がってくる軌道上から逃げるラテ。とっさにラビリンを抱き上げたのどかがパッと飛びのく。ペギタンとニャトランはあわてて空中へと浮かび上がって回避。しゃがんで作業していたちゆの腰に、転がるひなたがドン!と後ろからぶつかった。

「きゃっ!」

 短い悲鳴を上げてつんのめったちゆが、すぐに振り向いて、ミナでもアスミでもなく、ひなたを叱った。ひなたにとっては理不尽の極みだ。
 のどかは、涙目になっているひなたへ同情の視線を送ってから、一人静かに、ツナグが消えたあたりの空間を見つめた。あのうしろ姿を思い出すと、理由の分からない不安がこみ上げてくる。

(ツナグ……)

 ぎゅっ、と小さくコブシを握る。
 今はただ、胸が苦しい。

511猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:37:59

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 深夜、ハート展望台のバルコニーの一角で、青く透き通った立方体の群れがフワッとバラけ、小さな虚空の出口を生じさせた。中から出てきたのはツナグ。
 昼間の歓迎会を思い出して微笑む。

(楽しかったなぁ、うふふ)

 背中からリュックを下ろし、星明りを頼りに中身を取り出して、バルコニーの隅に丁寧に並べていく。
 形の綺麗な葉っぱや色々な種類の貝殻、そして今日、日が暮れる前に海岸で拾ってきたツヤツヤした石。どれもツナグが宝物にしたくなるようなものばかり。
 素敵な歓迎会を開いてくれたのどかたちへのお礼のつもりだった。

(気付いてくれるかな……。よろこんでくれるといいな)

 再びここを訪れたのどかたちが、これらの品を手にして笑顔になってくれているのを想像すると、ツナグの表情にもまた、幸せそうな笑みが広がっていった。

 のどか。ちゆ。ひなた。アスミ。ラビリン。ペギタン。ニャトラン。ラテ。そしてミナ。

 みんなとの一つ一つの思い出を噛み締めながら、誰もいないバルコニーを見渡した。
 自然と両目から涙があふれてきて、視界がぼやける。

「本当に ―― うッ」

 一瞬、声を詰まらせてから、感謝の言葉を喉からしぼりだした。

「本当に…ありがとう」

 涙をぬぐって立ち去ろうとしたツナグが、一歩だけ踏み出して足をとめた。もっとここにいたいという感情に、どうしても心が引っ張られてしまう。
 あともう少しだけ。
 念のため、この街を早めに去ることにしたが、時間的な余裕はまだ十分にあるはずだ。

(そうだ、せっかくだから掃除していこう)

 リュックから古布(ふるぎれ)を出して、バルコニーの壁をごしごしこする。
 ちょっとでもキレイにして、みんなによろこんでもらいたかった。

512猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:38:39

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ―― 最初は自分のせいだとは気付かなかった。
 異国の街の片隅でひっそり暮らし始めたツナグは、大勢の人間がどんどん具合を悪くしていくのを見て、ここは怖い場所なんだと思い、逃げ出した。
 しかし、逃げた先でも同じことが起こった。
 ツナグは再び逃げ出し、また同様の事態に遭遇した。
 そして、気付く。空に妙な霞みがかかってきて『嫌な感じ』が増してくると、人間たちの具合が悪くなることに。
 さらにもうひとつ ―― その現象は、ツナグを追うようにして発生することに。

 ツナグは、人間たちが使う大きな『フネ』という乗り物に忍び込んで、もっと遠くまで逃げた。大陸を渡った。それでも現象はツナグを追って発生した。
 悲しくて、こわくて、ずっと一人で耐えた。
 同じ土地にいられるのは、せいぜい二週間から三週間。それぐらいなら『嫌な感じ』も、人間に影響を及ぼすほどの量には達しない。分かっているのはこの程度で、どうしたら現象の発生を防げるのかは見当もつかない。

( ―― さむい)
 閉じたまぶたの裏に思い浮かべる。大きな窓のある家。 ―― そこがどこだか思い出した。かなり前に訪れた国の、ひっそりとした郊外に建てられた白い平屋だ。
 老夫婦が静かに暮らしていて、天気のいい日には、おばあさんは必ず大きく窓を開いて、窓際で籐のチェアに座って編み物をしていた。
 離れた場所から、それをこっそりと眺めるのが好きだった。穏やかに日々を送っているおばあさんの姿を見ていると、心に暖かさが差した。
 おばあさんが自分に気付いて、優しく窓から迎え入れてくれる ―― そんなことを夢見ながら、一人でクスクス笑ったこともある。
 ……もし、そのたわいもない夢が叶っていたら、どんなに幸せだっただろうか。

 ―― 寒い、と感じてツナグはバッと身を起こした。掃除を終えて軽く休憩するだけのつもりが、完全に眠ってしまっていた。
 でも、まだ周りは暗い。夜が明けていないことにホッとして、次の瞬間、はじかれたように空を見上げた。

 異界の蒼さに染まった暗い空。透明な内蔵の表面を貼り付けたみたいに、空全体がうっすらと脈動している。
 ……『嫌な感じ』が、吐き気を催しそうなほど濃い。

「そんな……、まだ大丈夫なはずなのに……」

 愕然とつぶやくツナグ。
 この街に来て一週間ほどしか経っていない。早すぎる。
 突然、彼の背後で、空間の面が幾つもの青く透き通った立方体となってフワッと舞い上がった。
 ツナグの意思とは無関係に開いた虚空から、サーッと風が流れ込んでくる。
 冷たくて、『嫌な感じ』をたっぷりと含んだ風。

「えっ?」

 振り向こうとしたツナグが、バルコニーの手すりの向こう側、すなわち空中にも虚空が開いているのに気付いて固まってしまった。やはり、そこからも冷たい風が吹き出してきている。
 …………何が起こっているのか分からない。ツナグの背筋がゾッと冷える。
 異常は止まらなかった。むしろ加速していった。今や近くも遠くも、見渡す限りあちこちで空間が小さな立方体の群れをバラけさせ、虚空を開いている。

「あ…、あっ……」

 ツナグが立ちすくむ。
 恐怖。後悔。不安。絶望。全部がいっぺんに押し寄せてきて、精神が壊れそうだった。
 海と山に囲まれた美しいすこやか市全域を、まがまがしい気配が覆い尽くし、深く沈めてゆく。暗く蒼い空が、嗤うみたいに何度も揺らめいた。

(つづく)

513猫塚 ◆GKWyxD2gYE:2022/01/01(土) 08:47:34
……今回はここまでです。

しばらく(……かなり?)間があくと思いますが、
<後編>も頑張って投下していきたいと思います。

ちなみに、次回からツナグ地獄変が始まりますが、
『Connected World』の結末はハッピーエンドです。あと、微妙にのどちゆです。

514名無しさん:2022/01/15(土) 09:39:12
>>513
ペギタン無双に爆笑しました。増子美香強すぎぃ!
そしてツナグが切ない。後編も楽しみにしてます。

515運営:2022/01/16(日) 19:51:30
こんばんは、運営です。
例年2〜3月に行ってきたSS競作ですが、少し時期を見直した方がいいのではないかと運営で話し合いました。
これまでは、サイト立ち上げの記念日が2月ということもあり、ちょうどシリーズの入れ替わり時期、シリーズが終わった余韻もありつつ新キュアにワクワクしている時期を狙っていたのですが、SSを書くということを考えると
「まだ新キュアが始まったばかりでSSは書きにくい。一番注目を集めている現行シリーズのSSがもう少し書きやすい時期にした方がいいのではないか」
という意見が出たのです。
相談の結果、次回は「冬のSS祭り」ならぬ「春のSS祭り」ということで、4〜5月に行うことにいたします。
下記の内容で考えておりますので、どうぞ奮ってご参加のほど、よろしくお願いします!

タイトル:オールスタープリキュア!今日もトロピカってる〜!春のSS祭り2022

期間:2022年4月16日(土)〜5月8日(日)の23日間

テーマ:「やる気」または「人魚」

516名無しさん:2022/01/17(月) 01:31:04
>>515
テーマに、デパプリの「ごはん」「笑顔」も追加した方が良いのでわ?

517運営:2022/01/19(水) 19:14:40
>>516
ありがとうございます。検討しますね!

518名無しさん:2022/01/19(水) 23:30:19
タイトルも、トロプリとデパプリを掛け合わせて、
来年は来年のプリキュアに因んだタイトルにすれば、おさまりが良いような気がする御検討のほど宜しく御願い致しますぅ〜

519運営:2022/01/26(水) 06:45:49
>>518
重ね重ねありがとうございます!
検討しますね。

520運営:2022/01/29(土) 20:12:22
こんばんは、運営です。
出張所に投稿された小ネタ、こちらにも上げておきます。


たれまさ様 フレプリで「思いの重さ」

-----

ラビリンスの技術なら人の思いの強さを測る機械とか作れないかな。

「そうね、じゃあ試しに…美希のモデルの夢への思いを」ポチッ

チーン『66.52デス』

「え!?ちょっとこの機械信用できるの?アタシこんなに本気なのに!あ、じゃあブッキーの動物に対する思いを教えて!」ポチッ

チーン『82.33デス』

「わぁ!これは嬉しいかも〜♪じゃあ私も…機械さん、ラブちゃんの勉強に対する思い教えて?」ポチッ

チーン『3.14デス』

「あっはは!低っくい!!円周率じゃん!」
「むぅう…勉強は…やっぱり苦手なんだよね〜…そうだ!せつなの私に対する思いを教えて!っと」ポチッ
「ちょ、ちょっとラブ!それは…!」

ウィーンガガガギュイッギュイッ…ボンッ…チーン『99999999999999999999999』
((重っ!!))

521名無しさん:2022/06/10(金) 02:01:43
>>520
「ラブテスター」ってのが昔あったっぽい。てかあった。 任天堂。

せつな嬢はラブへの思いで手のひらビチョビチョ、機械を漏電させてこれまた故障に追い込むね。

522名無しさん:2022/06/10(金) 02:08:44
富岳をも故障させるだろう。人間が機械に打ち克つ刻が来たのだ。

523Mitchell&Carroll:2022/06/12(日) 01:32:46
『デリバリープリキュア!魂は五感に宿るの巻』

つぼみ「ボルシチ、出来ました〜!」
キュアマリン「ん〜、イイ匂い(鼻の穴全開)。ほいじゃ、一丁、ウクライナまで届けてくるっしゅ!」
つぼみ「行ってらっしゃい。ロシア軍に気を付けて」

キュアマリン「ただいま〜!」
つぼみ「おかえりなさい。喜んでもらえました?」
キュアマリン「3歳くらいのガキが「ママの作ったボルシチの方が美味しい」とか言ってたから、軽く頬っぺた、つねってやった」

524名無しさん:2022/06/12(日) 02:13:34
>>523
マリン、相変わらずの理由で変身してんな(笑)
今回は自分のためじゃなかったみたいだけど。

525Mitchell&Carroll:2022/06/15(水) 01:13:01
『逃亡者達』





「待つルン!!」

 ララのかすれ声も空しく、その者達は、地球を汚すだけ汚して、宇宙へと飛び立ってゆく。ある者は夢を語り、ある者は貝をばら蒔きながら。

「せめて、地雷の一つでも撤去してから行くルン!!」

 ばら蒔かれる貝に怯む事なく、ララは、その者達を裸足で追い続ける。

「せめて…せめて、太陽光パネルの残骸を片付けてから行くルン!!」

 とても、ララ一人で太刀打ちできる数ではなかった。ひかるは補習、えれなは花の水やりと兄弟の世話、まどかは御稽古、ユニは昼寝――そんな中、ロケットは次々と打ち上げられてゆく。

「せめて、せめて…!!」

 汚れた貝は、ララの涙をもってしても、綺麗になる事は無かった。

526Mitchell&Carroll:2022/06/15(水) 01:16:21
『風烈衆不離求愛』

羅舞「喰らえ!愛燦々(ラブサンシャイン)!!
刹那「愚唖唖唖唖(ぐああああ)!!」
羅舞「不破破破破(ふはははは)!!思い知ったか!我の愛燦々の威力を!!」
刹那「怒雄雄雄雄(ぬおおおお)!?体中に愛が漲ってくるではないか!!」
羅舞「其れが我の必殺技・愛燦々よ!!」
刹那「ならば!今こそ見せようぞ!!必殺・幸福針剣(ハピネスハリケーン)!!」
羅舞「不雄雄雄雄(ふおおおお)!?なんという数の破悪刀(ハート)だ!!だが!!全て受け留めてみせるぞ!!!」
刹那「雲往往往往(うおおおお)!!!」
羅舞「怒離也愛愛愛(どりゃあああ)!!!破破破破(はははは)!!!!どうだ、全て受け留めてやったぞ!!」
刹那「み、見事なり!!」
羅舞「貴様は我の熱い腕に抱かれる運命なのだ!!!」
刹那「無有有有(むううう)…これまでか!!」

527名無しさん:2022/06/15(水) 20:20:28
>>526
ミシェルさん絶好調!

528Mitchell & Carroll:2022/07/01(金) 00:02:15
『そうだ 日本、行こう。』

レジーナ「暑ぅ〜い…」
六花「そんな格好してるからよ」
真琴「ねぇ、なんでこんなに暑いの?」
六花「インドネシアとかマレーシアとか、東南アジアの木をみんな伐(き)っちゃったからよ」
マナ「熱を吸収するものが無くなっちゃった、って訳か…」
レジーナ「なんで伐るのよ、バカ!」
ありす「国立競技場の材料にする為です」
セバスチャン「なお、四葉財閥は一切関わっておりません」
亜久里「ほら、あそこに見えるのがそうです」
ダビィ「オランウータンが群がってるビィ」
アイちゃん「おさぅさん、きゅぴ〜」
シャルル「自分たちの棲みかに在った木を求めて、遠路はるばる、やって来たシャル」
ランス「野性の力は凄いでランス〜」
ラケル「僕だって、六花の為なら太平洋の一つや二つ、泳ぎきってみせるケル!」
セバスチャン「繰り返し申し上げますが、四葉財閥は、例の事案とは一切関わっておりません」

529名無しさん:2022/07/01(金) 20:28:17
>>528
セバスチャン、2回言ったら怪しいシャル!

530Mitchell & Carroll:2022/07/07(木) 14:25:58
『そうだ ド○キ、行こう。』

さんご「暑ぅ〜い…」
まなつ「さんごが白くなってる!?」
ローラ「骨が見えちゃってるじゃないの!!」
みのり「褐虫藻が失われてる…」
あすか「誰か、温暖化を止めてくれ!!」
キュアビューティ「プリキュア・ビューティブリザード!!」
キュアダイヤモンド「プリキュア・ダイヤモンドシャワー!!」
キュアジェラート「キラキラキラル・ジェラートシェイク!!」
まなつ「涼しい…」
キュアビューティー「取り敢えず、海水の温度を下げました」
ローラ「ありがとう!」
キュアダイヤモンド「北極の氷も、凍らせ直しといたわ」
みのり「何てお礼を言えばいいのか…」
キュアジェラート「ほら、褐虫藻だよ」
あすか「よく用意できたな」
キュアジェラート「ここに来る途中、ド○キに寄ったんだけど、無かったから海から持ってきた」

531名無しさん:2022/07/09(土) 23:47:45
>>530
いや、確かにド〇キ凄いけど、さすがにそれは……💦

532一六 ◆6/pMjwqUTk:2022/07/12(火) 23:59:18
こんばんは。キュアパッション聖誕祭にギリギリ間に合ったので、掌編アップしておきます。
タイトルは「逃げない水」。1レスで収まるはずです。

533一六 ◆6/pMjwqUTk:2022/07/12(火) 23:59:50
「あれは何? あんなところに池があるの?」
「どこどこ? あ、ホントだ!」
 アスファルトの道の先に、突如出現したキラキラ光る水面。それを見つけたせつなと、せつなの声に反応したラブが、車の後部座席から揃って身を乗り出す。二人に答えたのは、運転席の圭太郎だ。
「あれは逃げ水だね。こんな暑くて天気のいい日には、たまに見えることがあるんだよ」
「逃げ水?」
「ほら、よく見ててごらん」
 言われて二人は目を凝らす。真っ青な空の下に伸びている、からからに乾いた灰色の道。その先に広がる水は、眩しく光っていかにも涼しげに見える。だけど――。
「いくら走っても、全然近付かないね」
「まるで水が逃げていくみたいだろう? だから逃げ水って言うんだよ」

 前の信号が赤に変わった。車が止まると、まるでこちらをからかってでもいるように、水の動きもぴたりと止まる。
 圭太郎はバックミラー越しに、二人の娘に向かって少し得意気に微笑んだ。
「実はね。あれ、本当は水じゃないんだな〜」
「えっ、そうなの?」
 心底驚いた顔のラブと、ちょっと目を見開いてから、納得した顔になるせつな。それを見て、圭太郎が嬉しそうな、そしてちょっとだけ悔しそうな顔をする。
「せっちゃんには、もうわかっちゃったか。あれはね、単なる物理現象。道路のすぐ上の空気だけが熱くなるせいで、光がうーんと屈折して、あんな風に見えるのさ」
「うぅ……難しい話はよくわかんないけど、こうして見ると水にしか見えないのになぁ。不思議だね、せつな」
「そうね」

 せつなの声のトーンが少しだけ下がる。追っても追っても届かない水――それは決して手の届かないものを躍起になって追い求めていた、ついこの間までの自分の姿を思い起こさせたから。しかも、水だと思っていたものが本当は実体のない幻だった、というところまでそっくりだなんて……。
 ふと視線を感じて顔を上げると、バックミラーの中の圭太郎と目が合った。その少し心配そうな顔に、せつなは慌てて微笑んで見せる。

 気持ちを切り替えようと、ふ〜っと小さく息を吐いて、光る道の上に広がる空に目をやる。と、その時。
「きゃっ! え、何っ?」
 頬にいきなり氷のように冷たい感触を覚えて、せつなは思わず悲鳴を上げた。
「エヘヘ〜。せつな、隙あり! ほら、本物の水はここにあるよっ」
 冷たいペットボトルを手にしたラブが、してやったり、という得意げな顔でニコニコとせつなを見つめている。隣に置いてあったクーラーボックスの中から、せつなに気付かれないように、こっそり取り出したらしい。
「なんか涼しそうな水を見てたら、喉乾いちゃってさ。ハイ、せつな。本物の水――じゃなくて、ジュース飲もっ。お菓子もたっくさん持ってきたよ!」

(そうね。過去は変えられないけど、今の私には本物の水がある。自分の愚かさに気付いたのなら、これから先は――)

 笑顔で差し出されたペットボトル。それを受け取ったせつなが、手の中のものをまるで宝物でも見るように愛しげに見つめる。その様子を見て、ラブが小さく首を傾げたその時、せつなが悪戯っぽく笑いかけた。
「うぎゃっ! きゃぁっ! せつな、やめて!」
 次の瞬間、絶叫するラブの首筋に、ペットボトルが何度もクリーンヒットを繰り返した。

「うふふ。仲がいいわねえ、あの子たち」
 動き出した車の中で、助手席のあゆみが運転席の圭太郎にそっと囁く。今日は四人になった桃園家の、初めての家族旅行なのだ。
 後部座席でキャアキャアとはしゃぐ少女たちを、逃げ水はまるで祝福するかのように、遠くでキラキラと輝いていた。

534一六 ◆6/pMjwqUTk:2022/07/13(水) 00:00:30
以上です。ありがとうございました。
ホントにギリギリだった💦

535名無しさん:2022/11/30(水) 19:50:10
来年は「ひろプリ」?
記念すべき20周年、シリーズが続いてよかった。

536名無しさん:2022/12/03(土) 14:39:23
ヒロインガール略して「ひろがる」って訳ですかそうですかありがとうございました

537運営:2023/01/02(月) 18:24:44
運営です。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年に引き続き、SS競作は4〜5月に、「春のSS祭り」として開催させていただく予定です。
後日、企画書を公開いたします。
どうぞ奮ってご参加くださいませ。

538名無しさん:2024/01/07(日) 07:34:29
今年は「わんプリ」「わんぷり」どっちなんだろう?
いずれにせよ、めでたく21年目に突入ですな。

539一六 ◆6/pMjwqUTk:2024/01/13(土) 18:31:32
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
かなり遅くなってしまいましたが、フレプリのお正月のSSを書きました。
タイトルは「新しい年に」
3レスお借りいたします。

540一六 ◆6/pMjwqUTk:2024/01/13(土) 18:32:50
「スイッチ・オーバー」
 胸の真ん中で両手を合わせ、左右に大きく開く。それと同時にラビリンス幹部の姿が、これから赴く世界の住人の姿へと変化する。
 ラビリンスで開発されたばかりの、異世界潜入のための変身システム。メビウス・タワーの一角にあるラボにて、最終チェックのための初変身だ。

 イースは、鏡に映った黒髪の少女の姿を無表情で一瞥してから、着慣れない服の具合を確認し、赤いカットソーの袖口から覗いた手を見て、一瞬だけ眉をひそめた。
 華奢な細い指と、小さくて薄い掌。いつもは肘上までのグローブを身に着けているから、任務の際に素手を晒すことは無い。そのためだろうか、自分の手があまりにも非力で頼りなく見えて、イースは思わずギュッと拳を握り締める。その時、隣から人を小馬鹿にしたような声がかかった。

「へぇ、なかなか可愛いじゃないか。あの世界の奴らにも、仲良くしてもらえそうだね」
「何を馬鹿なことを。任務だぞ」
 イースにニヤリと笑いかけたのは、アッシュグレーの長い髪を後ろで一つに束ね、白い上着を着た細身の青年――異世界人の姿になった、三幹部の一人・サウラー。彼は吐き捨てるようなイースの言葉を聞いて、フン、と鼻で嗤った。
「もちろんさ。この姿は、異世界の人間に怪しまれないためのものだからね。だから、君がその可愛い姿で戦闘することは無い。心配は要らないよ」
「馬鹿馬鹿しい。誰がそんな心配など……」
 ますます険しい顔になったイースに向かい、サウラーは右手を上げてゆっくりと広げて見せる。

「素手であることにも意味があるのさ。あの世界には“握手”という風習があるらしい。こうやって互いに武器を持っていないことを示してから、相手の手を握る。それが友好の挨拶だそうだ」
「フハハハ……くだらないな」
 不意に野太い笑い声がラボに響いた。不敵な面構えで二人を見下ろしているのは、三幹部のうちのもう一人。金色の髪をして、黒いシャツの上に鮮やかなオレンジ色のベストを着込んだ大柄な青年――異世界人の姿になったウエスターだ。彼はサウラーと同じく右手を開いたかと思うと、その大きな手をブンブンと振り回し始めた。
「武器が無いから何だと言うのだ。異世界の奴らなんぞ、平手でも五人や十人は薙ぎ倒せるぞ。それに俺様はお前たちと違って、普段から素手だ!」
「……君、僕の話をちゃんと聞いてたのかい?」
 サウラーが呆れた声でそう問いかけた時、ラボのスピーカーから無機質な声が流れた。

『最終チェックが完了しました。幹部の皆さんは、元に戻ってください』

「スイッチ・オーバー」
 いち早くラビリンス幹部の姿に戻ったイースが、鋭い目で二人を睨みつける。
「メビウス様が完全に管理された世界では、そんな愚かな風習など、必要ない」
 そう言い捨てると、イースはくるりと二人に背を向け、足早にその場を後にした。


   ☆


「はい、出来たわ。せつなちゃんのヘアアレンジ、これでどうかしら」
 そう言いながら、レミが合わせ鏡で後ろ髪をせつなに見せる。綺麗にまとめられた黒髪を彩る、赤い椿の髪飾り。せつなが薄っすらと頬を染めて嬉しそうに頷くと同時に、長襦袢(ながじゅばん)姿のラブが駆け寄って来た。
「わっはー! せつな、すっごく似合ってるよ〜!」
「こぉら、ラブ。そんな恰好でうろうろしないの」
「え〜。だってこれも着物でしょう? 着物と同じ形じゃない」
「長襦袢は着物の下に着て、着物を汗や汚れから守るためのものだよ、ラブちゃん。要するに、下着と同じね」
「さっすがブッキー。って、え〜! あたしたち今、下着姿なの?」
「でも、こんな動きにくい格好で走れるなんて、凄いわ、ラブちゃん」
「えっへん!」
「ラブ、そんな恰好で仁王立ちして威張らないの! ブッキーも、変なところで感心しないで」
 相変わらずのラブと祈里に、美希がハァっとため息をつき、せつながクスクスと笑い出す。
 元日の朝早く、四人はレミの美容室に居た。ここで晴れ着を着付けてもらって、揃って初詣に行く予定なのだ。

 全員のヘアアレンジが終わると、いよいよ順番に晴れ着を着せてもらう。美希がレミの助手を務め、二人掛かりで手際よく着付けていく。
 浴衣なら、せつなも夏祭りの日にあゆみに着せてもらったことがあるが、晴れ着の着付けの手間と時間はその比ではなかった。

541一六 ◆6/pMjwqUTk:2024/01/13(土) 18:33:35

(かつては掛け声一つで、衣服はおろか姿まで一瞬で変えられたけど……。でも着物って見ているだけで綺麗だし、着付けっていうのも、見ていて何だか楽しい)

 考えてみれば、衣類を着るだけのためにこれだけの労力をかけるなんて、驚くほど非効率的な行為だ。だが、そんな時間が不思議と楽しかった。まるで一枚の布のような着物が、次第に身体に添った美しい姿になっていく過程も、それにつれて笑顔になっていくみんなの表情も、見ていて何だか心が浮き立つ。

 ラブが桃色の地に小花を散らした可憐な着物を着せてもらい、祈里は山吹色を基調とした着物に小鳥の柄の可愛らしい帯を締めてもらって、いよいよせつなの番になった。
 エンジ色の地に金の縫い取りが入った着物に袖を通すと、美希の手がスッと伸びて着物の中心線を背中の真ん中にぴったりと合わせてくれる。レミがせつなの真向かいに立って、裾の長さを調節し、着物を腰紐で固定して、おはしょりを整えていく。

 レミの無駄のない手の動きに見入っていたせつなが、突然、ぴくりと小さく身体を震わせた。襟元を整えていた美希が、慌てて手を引っ込める。
「ごめん。アタシの手、冷たかったわよね」
「ううん、大したことないわ」
 首を横に振ったせつなが、ちょっと悪戯っぽく微笑む。
「それに、手が冷たい人は心があたたかいんでしょう? ラブが言ってたわ」
「あら、せつなちゃんは優しいのね。美希なんて『ママは手があったかいから、心が冷たいのよね』なぁんて言うのよ。ヒドいでしょう?」
「心が、冷たい……?」
「もう、ママったら。そんなことばっかりよく覚えてるんだから」
 キュッキュッ、と小気味よい音を立てて帯を締めながら、レミが明るく軽口を叩く。美希は口を尖らせて言い返したが、せつなは何だか力のない吐息のような声を出した。

「あ、せつなちゃん、苦しい? 帯、もう少し緩めた方がいいかしら」
「あ……いえ、大丈夫です」
「そぅお? 苦しかったら、我慢しないでちゃんと言うのよ?」
「はい」
 素直に頷くせつなに微笑みかけて、レミが後ろ帯を結ぶために背中側に回る。その視線が、晴れ着の袖口から覗いたせつなの手へと流れた。その小さな手は、いつの間にかギュッと固く拳を握っている。
 レミがもう一度帯の締め具合を確認してから、後ろ帯をリボンのような立て矢結びに結び始める。そして手を止めることなく、いつもののんびりとした口調でせつなに語りかけた。

「ねえ、せつなちゃん。どうして手が冷たい人は心があたたかいって言うのか、知ってる?」
「それは……昔からそんな人が多かったからですか?」
「ざ〜んねん、ハズレよ。だって心のあったかさなんて、同じ人でもその時々で変わっちゃうものでしょう?」
 二人の会話を聞いて、ラブと祈里、それに美希も首を傾げる。
「そう言えば、理由なんて考えたことなかったね。なんでなの?」
「理由なんてあったのね……。どうしてなんですか? おばさん」
「ママ、もったいぶらないで教えてよ」
 口々に問いかける娘たちに、レミはウフッと嬉しそうに微笑んでから、相変わらずのんびりとこう続けた。

「あれは元々、ヨーロッパの人が言い始めたんですって。確かイギリスだったかしら、そういう諺があるらしいわ」
「えっ? あれって外国から伝わって来たの?」
 目を丸くしたラブに、レミが得意そうに頷いて見せる。
「ほら、西洋って昔から握手をする習慣があるでしょ? だから手が冷たい人は、握手をためらったり謝ったりしたことが、昔からあったみたいね」
「ああ、それは何となくわかるわ」
 美希がそう言って、ハァっと手にあたたかな息を吹きかける。
「それで『そんな風にためらうなんて、手は冷たくても心があったかいんだから気にしないで』って、誰かが言い始めたんですって」

「へぇ。おばさん、物知りですね」
「ありがと。実は美容院のお客様の、素敵なマダムが教えてくれたの〜」
 祈里の言葉に嬉しそうに答えてから、レミはせつなに向かってパチリと片目をつぶって見せた。
「だからね、『手が温かい人は心が冷たい』なんて大間違い。せつなちゃんみたいに優しい人が作った言葉なのよ」

542一六 ◆6/pMjwqUTk:2024/01/13(土) 18:34:21
「そんな! わ、私は……」
 せつなの顔が見る見るうちに赤くなり、声が震える。この世界に来る前、握手という風習について語っていた、サウラーの言葉が蘇った。

――素手であることにも意味があるのさ。こうやって互いに武器を持っていないことを示してから、相手の手を握る。それが友好の挨拶だそうだ。

(あの時私は、非力な素の自分を相手に触れさせるとは、なんて愚かな風習だろうと思っていた。でも直に触れるからこそ、相手を気づかったり、思いやったりできるのね)

 あでやかな着物の柄を見つめながら物思いにふけっていると、ポンと優しく肩を叩かれた。

「はい、これで完成。素敵よ、せつなちゃん。ホントに赤がよく似合うわね」
「うわぁ、せつなちゃん、とっても綺麗!」
「すっごく可愛いよ、せつな!」
 歓声を上げる祈里に続いて、ラブが今度は小さな歩幅でしずしずと歩いてきて、そっとせつなの手を握る。さっきまで強張っていたその手からは、いつの間にか余計な力が抜けていた。

「ありがとうございました」
 レミに丁寧にお礼を言ってから、せつながレミと美希の顔に交互に目をやる。
「最後は美希の番よね。おばさま、もし良かったら、今度は私がお手伝いします」
「あら、それは嬉しいけど、晴れ着姿じゃ大変でしょう?」
 そう言われて、せつなが着慣れない晴れ着の具合を確認するように数歩歩いて、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫です。きっとおばさまの着付けが上手なんだわ」
「せつなちゃん、着付けのお手伝いなんてしたことあるの?」
「初めてですけど、さっき三人分の美希の動きを見てましたから」
「まあ、凄いのね」
 さらりとそう言ったせつなに、レミが素直に感心する。美希は、濃紺の地に大ぶりの花模様をあしらった自分の晴れ着を手にして、せつなに向かってニヤリと笑った。

「じゃあ頼んだわよ、せつな。モデルのアタシに着付けるんだから、精一杯がんばってよね」
「ええ。おばさまのお手伝い、完璧にやって見せるわ」
 二人で軽く睨み合って、どちらからともなくプッと噴き出す。そんな二人の笑い声に、ラブと祈里、それにレミの笑い声も加わって一つになる。
 美希が晴れ着に袖を通すと、せつなは美希そっくりの手つきで、背中の真ん中と着物の中心線をぴったりと合わせた――。

 やがてレミに見送られ、晴れ着姿の四人が、クローバータウンストリートをゆっくりと歩き出す。
 新年の挨拶を交わす人々の声と、楽しそうな笑い声。通りを練り歩く獅子舞の、軽快なお囃子のリズム。いつもと同じ街なのに、何だか空気が違って感じられるのが不思議だ。
 年の初め――人間が勝手に作った区切りだけれど、この新しい年を、全ての時間を大切に過ごそう。出会った全ての心に大切に向き合おう。そして少しでも多くの人たちと手と手を取り合って、幸せな時間を作ることができたら――。

(私、精一杯がんばるわ)

 商店街の明るく溌溂としたざわめきが、風になって天に届いたかのように、空を覆っていた雲が切れた。
 キラキラした目で辺りを見回していたせつなが、眩しそうに顔の前に手を翳す。その小さな掌に、新しい年の陽の光が優しくあたたかく降り注いだ。

〜終〜

543一六 ◆6/pMjwqUTk:2024/01/13(土) 18:35:23
以上です。
今年もこの掲示板と保管庫、少しでも盛り上げていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします!

544名無しさん:2024/01/21(日) 17:14:43
>>543
新年に相応しい素敵なお話でした。
今年も残すところあと344日となりました。いっぱいあるので、共に盛り上げていきましょう。

545名無しさん:2024/02/07(水) 16:17:21
アンドロイドプリキュア、男の娘プリキュア、動物プリキュアと来て…

いずれ、キラキラな車椅子に乗ったプリキュアとか登場するのかな?「チャレンジ!プリキュア(チャレプリ)」とか

546名無しさん:2024/02/11(日) 00:21:39
宇宙人プリキュアもいましたね。
因みに最近のバービー人形も、車椅子のバービーや、ふくよかな体形のバービー等、多様性に富んでいるようです。
そのうち、トランスジェンダーのバービー登場するでしょう。

547名無しさん:2024/02/11(日) 01:22:16
せつな

生八ツ橋夕子

なんか似てるよね

548名無しさん:2024/02/12(月) 12:05:46
>>547
共通点は黒髪と、生真面目そうな表情……?

549名無しさん:2024/02/13(火) 15:27:28
色白なところと、ハイライト少なめな目も…。

550名無しさん:2024/02/13(火) 15:33:04
幸薄そうなところも…。

干菓子(ひがし)は保存がきく。
なのに、せつな(刹那=極めて短い時間)とは、これ如何に…。

551名無しさん:2024/02/14(水) 23:04:49
>>550

>干菓子(ひがし)は保存がきく。

でも雨に打たれるとせつなく溶ける。


生八つ橋から何でこうなった(笑)

552名無しさん:2024/02/15(木) 16:14:00
夕子は井筒八ツ橋の商品。
八ツ橋のルーツは西尾為治(東尾ではなく)。
西尾為治の継承者は聖護院八ツ橋。でも西尾八ツ橋が本家を名乗っている。

553名無しさん:2024/02/15(木) 16:16:07
もう、だからアレだ、ひが、干菓子尾せつ子?誰ソレ?

554名無しさん:2024/02/20(火) 16:50:05
CMでパジャ麻呂が言うてる「光りたもれ〜」が「光りたアモーレ」に聞こえる。
※アモーレ=イタリア語で「愛」を意味。

その公家、画面の中心で愛を叫ぶ。

555名無しさん:2024/02/20(火) 17:00:58
パジャ麻呂の蹴鞠は欧州スタイルなんだろう、きっと。知らんけど。

556名無しさん:2024/02/21(水) 23:41:15
>>555
最後にアモーレって言ってた気がする


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