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『プリキュアシリーズ』ファンの集い!2

533一六 ◆6/pMjwqUTk:2022/07/12(火) 23:59:50
「あれは何? あんなところに池があるの?」
「どこどこ? あ、ホントだ!」
 アスファルトの道の先に、突如出現したキラキラ光る水面。それを見つけたせつなと、せつなの声に反応したラブが、車の後部座席から揃って身を乗り出す。二人に答えたのは、運転席の圭太郎だ。
「あれは逃げ水だね。こんな暑くて天気のいい日には、たまに見えることがあるんだよ」
「逃げ水?」
「ほら、よく見ててごらん」
 言われて二人は目を凝らす。真っ青な空の下に伸びている、からからに乾いた灰色の道。その先に広がる水は、眩しく光っていかにも涼しげに見える。だけど――。
「いくら走っても、全然近付かないね」
「まるで水が逃げていくみたいだろう? だから逃げ水って言うんだよ」

 前の信号が赤に変わった。車が止まると、まるでこちらをからかってでもいるように、水の動きもぴたりと止まる。
 圭太郎はバックミラー越しに、二人の娘に向かって少し得意気に微笑んだ。
「実はね。あれ、本当は水じゃないんだな〜」
「えっ、そうなの?」
 心底驚いた顔のラブと、ちょっと目を見開いてから、納得した顔になるせつな。それを見て、圭太郎が嬉しそうな、そしてちょっとだけ悔しそうな顔をする。
「せっちゃんには、もうわかっちゃったか。あれはね、単なる物理現象。道路のすぐ上の空気だけが熱くなるせいで、光がうーんと屈折して、あんな風に見えるのさ」
「うぅ……難しい話はよくわかんないけど、こうして見ると水にしか見えないのになぁ。不思議だね、せつな」
「そうね」

 せつなの声のトーンが少しだけ下がる。追っても追っても届かない水――それは決して手の届かないものを躍起になって追い求めていた、ついこの間までの自分の姿を思い起こさせたから。しかも、水だと思っていたものが本当は実体のない幻だった、というところまでそっくりだなんて……。
 ふと視線を感じて顔を上げると、バックミラーの中の圭太郎と目が合った。その少し心配そうな顔に、せつなは慌てて微笑んで見せる。

 気持ちを切り替えようと、ふ〜っと小さく息を吐いて、光る道の上に広がる空に目をやる。と、その時。
「きゃっ! え、何っ?」
 頬にいきなり氷のように冷たい感触を覚えて、せつなは思わず悲鳴を上げた。
「エヘヘ〜。せつな、隙あり! ほら、本物の水はここにあるよっ」
 冷たいペットボトルを手にしたラブが、してやったり、という得意げな顔でニコニコとせつなを見つめている。隣に置いてあったクーラーボックスの中から、せつなに気付かれないように、こっそり取り出したらしい。
「なんか涼しそうな水を見てたら、喉乾いちゃってさ。ハイ、せつな。本物の水――じゃなくて、ジュース飲もっ。お菓子もたっくさん持ってきたよ!」

(そうね。過去は変えられないけど、今の私には本物の水がある。自分の愚かさに気付いたのなら、これから先は――)

 笑顔で差し出されたペットボトル。それを受け取ったせつなが、手の中のものをまるで宝物でも見るように愛しげに見つめる。その様子を見て、ラブが小さく首を傾げたその時、せつなが悪戯っぽく笑いかけた。
「うぎゃっ! きゃぁっ! せつな、やめて!」
 次の瞬間、絶叫するラブの首筋に、ペットボトルが何度もクリーンヒットを繰り返した。

「うふふ。仲がいいわねえ、あの子たち」
 動き出した車の中で、助手席のあゆみが運転席の圭太郎にそっと囁く。今日は四人になった桃園家の、初めての家族旅行なのだ。
 後部座席でキャアキャアとはしゃぐ少女たちを、逃げ水はまるで祝福するかのように、遠くでキラキラと輝いていた。


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