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つぶやきすれっど2
1
:
管理者
:2002/12/15(日) 15:25
つぶやきすれっどが、1000レスを越えて、使えなくなりましたので、新たに、つぶやきすれっど2を立ち上げました。よろしくお願いいたします。
何となく、普段からフツフツと感じている事を、ここに書き込んでみて下さい。
このスレッドは、独り言、ボヤキですから、会話、議論の応酬は避けましょう!
本音、弱根を、思う存分サラしてみましょう!
2139
:
犀角独歩
:2006/07/04(火) 06:49:07
なお、誤解があるといけませんから、一言、補足します。
わたしは、僧は宝であるという考えには、心から賛同しています。
原則として、僧侶には、最高の礼を以て、接しています。
しかし、破戒、無戒、一片の民衆共済の志も感じられない者には、歯に衣を着せず、断固、その非を問います。それは、わたしの意に副うか・否かということではない、僧の僧たる所以を滅ぼす悪行であるからです。
2140
:
犀角独歩
:2006/07/04(火) 21:02:59
こちらも間違えていました。
【2139の訂正】
誤)民衆共済
正)民衆救済
2141
:
独学徒
:2006/07/04(火) 22:36:48
犀角独歩さん、今晩は。
>正信会、殊に興風檀所の人々、あれは“坊さん”なのですか。坊さんの格好をしているだけではないのですか。
私は経験が少ないためか、真に尊敬できる僧侶を存知あげません。
したがって、私にとって僧侶とは「坊さんの格好をしているだけ」の人を指しています。
将来、本当に尊敬できる僧侶と出会うことができれば、この認識は改まると思います。
Bさん、私のブログは以下にございます。
http://blog22.fc2.com/fujikyougaku/index.php?style2=pop-k17&index
2142
:
B
:2006/07/04(火) 23:07:23
下手な書き込みのせいで誤解されたようです。婉曲は通じないようです。
>「偉大」とは恐れ入りました(大笑)
いやいやどういたしまして精一杯のヨイショです、真に受けられた訳ではないでしょうけれど。
> ところで、わたしはどこに「カラフル」と書きましたか?
独歩さんの表現を借りて私がお返ししただけです。
「カラフル坊さんコスプレ」衣の色に憂き身をやつすお上人様、これ中身より見てくれの「高僧コスプレ」なのでは
古文書オタクに対して法華経オタクと書いてしまいました。オタクとは地道な研究者に対する侮蔑表現です。
独歩さんお気に入りのお上人様方ごめんなさい。
独歩さんお気に入りの法華経研究者様ごめんなさい。
> わたしがコスプレ、オタクではないかと記したのは、その言葉が気に入っているからではなく
私の記した「お気に入り」の意味は、独歩さんが尊称をつけておられる方々は独歩さんの「お気に入り」なのではという意味です。残念ながら富士系僧侶には「氏」と表現されていますので。
ところで独歩さん、今日本国中でこれぞ本物の僧と思われるお方はどなたでしょうか。
独学徒さん ありがとうございます。 ぼちぼち読ませていただきます。
2143
:
犀角独歩
:2006/07/05(水) 04:19:18
Bさん
誤解も何もありません。ここは議論の場ですから、湾曲な表現がどうだとか、お気に入りがどうだとかということ自体、わたしは馴染まないと思いますし、そんな話につきあう気はありません。ヨイショ、お返し、お気に入り、あなた、なんか勘違いして居るんじゃないですか。
> オタクとは地道な研究者に対する侮蔑表現です。
研究だけして、衆生済度を忘れた者は、僧侶の本分を失っている故に尊敬に値していないと言っているのです。そのような戒めは日蓮以已来のことだろうとも記しました。湾曲で通じませんでしたか。
日有は『化儀抄』に
「一、当宗には談義あるべからず、其の故は談義とは其れ文段を横に沙汰する故に智者の所作なり、当宗は信の宗旨なる故に爾るべからず、但し竪に一宗の建立の様を一筋云ひ立るは説法なり、是をば当宗にゆるすべきなり愚者の聞く耳なるが故に云云」
というのではありませんか。わたしは富士の信徒は卒業していますから、この日有の教戒に随うことはありませんが、富士の僧侶を誇るのであれば、よろしく、この義に副うべきところ、単に研究とは、既にこの意に外れませんか。まして、大乗戒、すなわち、菩薩戒をもって僧侶となる法華宗において、「衆生無辺誓願度」は僧侶の誓いでしょう。この僧侶の本分を忘れては、もはや、僧侶と呼ぶことは出来ないと言っているのです。
> 残念ながら富士系僧侶には「氏」
当然でしょう。日蓮本仏という嘘を解き、模造の彫刻を「本門戒壇の大御本尊」と謀って恥じ入るところもありません。とても「師」などと呼ぶことはできません。。
> 今日本国中でこれぞ本物の僧と思われるお方はどなたでしょうか。
たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、こんな質問に答え、実名を上げるわけにはいきません。2136、2142の如く、議論ではなく、突然、人を指名し、悪言を吐き、「晒しておくべき」などという書き込みをして、人を侮蔑するあなたに、まともに応える言われもありません。
2144
:
犀角独歩
:2006/07/05(水) 04:34:41
「仏所讃歎捨世中福田所誡於一闡提加讃歎供養。故弥貪欲心盛謗法音満天下。豈不起災難乎。…
問曰汝以僧形顕比丘失豈非破不謗四衆不謗三宝二重戒乎。答曰守涅槃経云若善比丘見壊法者置不呵責駈遣挙処当知是人仏法中怨。若能駈遣呵責挙処是我弟子真声聞也[已上]。之文記之」(災難興起由来)
2145
:
犀角独歩
:2006/07/05(水) 11:07:04
独学徒さん、以下へ移動しました。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1121476015/887
2146
:
ラキ
:2006/07/05(水) 13:00:50
最近ネット映像で、イスラム原理主義者による、ロシア人処刑映像を見ましたが、宗教に狂う怖さを実感しました。
日本ではここまで過激ではないですが(オーム事件を別として)自分が信仰してる宗教のためなら、法を犯す行為も平気でするのが宗教と呼べるものなのかと考えます。
2147
:
ひきこもり
:2006/07/08(土) 14:39:24
>>2146
そんなことはありませんよ。「仏法は王法よりも尊し」と言う理論を振りかざして、現行法を
犯すようなことは、富士門流信徒のほとんどはしませんよ。
2148
:
真実知求者
:2006/07/08(土) 20:42:49
>>2147
様、オーーット、、ホンマかいな、? マー重く受けとめるが、疑義は、、999%位は実感中、だす、、。 因みに「共同謀議処罰法=治安維持法、」、にご執心して批判者をブタ箱にしょっ引く法案には、つい先日までシャカリキの団体さまは、どこの誰でしたか、、ネ、? ここに宗教のの恐ろしさが存在のようです、、? イスラム教徒がユダヤ人をテロで殺傷する時、、「、、アッラー、!、アクバル、、!」(=お題目)、、と叫ぶ、ようです、。 この点には、??、、どこかと似ている点、、はないのでしょうか、、?
軽々しくは言えませんが、「、宗教、、=、、洗脳、、=、、凶悪、?、、」、、も、含んではいないでしょうか、? 心配ではございまするが、、。
2149
:
犀角独歩
:2006/07/08(土) 21:15:51
> 現行法を犯すようなことは、富士門流信徒のほとんどはしません
何を言いますか。7月3日、その富士門流の顕正会員が、人を殴って、家宅捜査が入ったばかりではないですか。創価・公明で言えば、池田克也、田代富士雄の汚職をはじめ、創価学会が蛇蝎のように嫌う山崎正友氏も、現役の富士門流信徒ではないですか。
不起訴、起訴猶予になったからと言って、現行法を守っていることにもなりません。
2150
:
問答迷人
:2006/07/08(土) 21:37:20
僕が創価学会員だったとき、こんな事を習いました。
「法には三種の法がある。世間法、国法、そして仏法だ。この三つの中で一番大切なのは、仏法であり、国法と仏法のどちらかを選ばなければならないときには、たとえ国法を犯しても、仏法に随わなければならないのだ」
たしか、これは、第二代会長の戸田氏の発言が元になっていたように思います。戦時中、戸田氏が国法を犯して捕らえられ、監獄に繋がれた事を正当化する論理がそこにはあったと思います。
本来、創価学会では、国法遵守の精神は薄いのではなかろうかと思います。現に、僕は、昭和44年当時、公然と選挙妨害を幹部から指示され、他党候補の事務所の電話を鳴りっぱなしにする、という選挙妨害活動をしたことがあります。
この経験からも、富士門流信徒、特に大石寺門流においては、現行法を犯すことには、そう心理的抵抗は無いように思っています。
2151
:
犀角独歩
:2006/07/09(日) 06:14:14
いわゆる、法に関するハッサン師の記述。以下、『マインド・コントロールの恐怖』から。
現行法は、暴力の行使またはその危険がないかぎり、マインドコントロールなるものが存在すること自体認めない。(略)実際、法というものは、知らないあいだに破壊的カルトの犠牲となってしまった人々よりは、むしろ破壊的カルトの方を守りがちである。(略)カルト集団には途方もない資力があるため、彼らはそれで最高の弁護士を雇い、批判者や元メンバーに対するいやがらせの訴訟(勝ち目はなくても訴えられた人は迷惑)を起こすことができる。
破壊的カルトはみな、目的は手段を正当化すると信じているので、自分たちは法の上にあると思っている。
まっとうなグループは、破壊的カルトのように恐怖と罪意識を通してコントロールするというような極端には、決して走らないものである。
あるもっとも破壊的カルトは、元メンバーを実際に突きとめて、あからさまな暴力、あるいは法的嫌がらせ、感情的脅しや脅迫などでだまらせようとする。
2152
:
ラキ
:2006/07/09(日) 14:13:06
>2147
>>そんなことはありませんよ。「仏法は王法よりも尊し」と言う理論を振りかざして、現行法を
犯すようなことは、富士門流信徒のほとんどはしませんよ。
過去に同じような事を述べた記憶がありますが、私は、富士門流信徒の方が、他宗教より(国内限定で言う)犯罪を犯してる方が多いと思います。
報道に流れないような小さな犯罪も身近で体験し、聞いてきました。
富士門流の折伏と言う、脅迫はある意味犯罪行為だと思ってもいます。
顕正会など、顕正会をバカにすると、罰が当たる。入信を拒むと罰が当たる。他の宗教では不幸になる。幸せになるには顕正会の日蓮聖人の仏法をしなければ、幸せになれない。
何か問題があるの?と思う人もいるでしょう。
だけど、捉える人により、罰・不幸と言う言葉の脅迫とも取れるわけです。
そのように考えると、他の宗教を見て話を聞いて来た私をしては、富士門流が一番世間法を犯してると思います。
2153
:
犀角独歩
:2006/07/10(月) 05:50:27
> 富士門流が一番世間法を犯してる
まあ、そこまでは言えないと思います、オウム真理教、統一協会などの例もありますし、戦前の軍部権力を結ばれた大東亜圏武力支配という問題もあるでしょうから。
ただ、たとえば、顕正会にしても、昨年は神奈川だけで500件の被害届があったということですし、戦後、間もない、創価学会の威力行使、勧誘、その他の被害は凄まじいものがあったのは、事実でしょうが。
2154
:
今川元真
:2006/07/16(日) 06:12:41
創価学会の冷戦敵対に以前此んなものを書き送りました。【シャクソン・出世の本懐・法華経、日蓮・出世の本懐・三大秘法の大御本尊、爾前(諸の外道を破す)→シンニョウ亦門(諸の禅定を明かす)→本門(真寂の深義を明かす)→観心(人天の因果を明かす)、自分自身が妙法の蓮華の当体である事を悟る】 2006年現在では、法華一乗≒三大秘法、爾前or化城
2155
:
大縫 薫
:2006/07/20(木) 22:12:42
今回の大雨水害で土石流によってお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げ
るとともに、被害に遭遇された方にお見舞い申し上げます。
2156
:
下学上達
:2006/07/21(金) 02:45:38
ここの過去ログは大変勉強になりました。
ずっと読んでいて、日蓮大聖人の真意を理解した弟子はいなくて(日興でさえも)
・・・と言う事は後世には全く正しく伝わっていないのですね。
私は一体、何を信仰してきたのか判らなくなりました。
2157
:
今川元真
:2006/07/21(金) 06:05:53
法華一乗では無いですか
2158
:
パンナコッタ
:2006/07/21(金) 14:26:23
下学上達さん、こんにちは。ここは受け答え禁止なので、あくまでも自分の主観による
つぶやきです。ご容赦下さい。
以前、TVで三笠宮崇仁殿下が歴史を語ったインタビュー番組の中で、
「当たり前なのですが、誰が見ても、イエスはキリスト教徒ではないのです」 という
ご発言を聞き、アッと思いました。
当たり前の事実に、以外と気付いていない事があると言う事ですね。
(イエス実在論もありますが、それを踏まえてもキリスト教徒ではないでしょう)
富士系教学をベースにした信仰の場合、このような事が非常に多いと思われます。
慨出ですが、宗教の法則に”宗教の中心は空洞である”というものがあります。
【神や仏がたとえ存在しないとしても、宗教という装置は成立する。
重要なのは、神や仏が存在すると、人々に信じさせることである】
組織の維持、拡大が至上命題になっている教団の論理を信仰していたのでは、ないでしょうか。
2159
:
下学上達
:2006/07/21(金) 19:28:30
>パンナコッタ さん
受け答えではありませんが。返信ありがとうございました。
私も創価学会の本尊では無く、己心の大聖人の真筆を、
信じて頑張って行こうと思います。
2160
:
藤川一郎
:2006/07/22(土) 13:12:42
「イエスは仏教徒だった?―大いなる仮説とその検証 」
著者 エルマー・R. グルーバー
と言う書籍もありますね。
2161
:
ラキ
:2006/07/23(日) 00:32:43
本屋さんで見かけて、独歩さんの解体新書かと思ってしまいました。(^^;
「犀の角たち 」 佐々木 閑著
税込価格 : \1,995 出版 : 大蔵出版 サイズ : B6判 / 244p
ISBN : 4-8043-3064-X
発行年月 : 2006.7 利用対象 : 一般
内容説明
「科学とはなにか? 仏教とはなにか? まったく無関係にみえるこの問いの根底にある、驚くべき共通点とは。宗教の神秘性を極力排除し、徹底した論理性だけを用いて解き明かす、知的冒険の書。 」
2162
:
大縫 薫
:2006/07/27(木) 22:28:30
興門の化儀で、要法寺・北山本門寺・西山本門寺・小泉久遠寺と大石寺の比較を
考察すると法衣・法具などで大いなる相違があるのに考え深いのがあります。
石山は鶴丸は三枚羽でその他の七山は二枚羽で日興上人の紋たる亀甲紋も亀甲の中
に花菱があるのは石山で二階堂家の門であり、大井家の紋は花菱が無く、御宝前の
器は石山は六器で華香水華香水を供えるのに、七山は三器を供えています。
法衣も大石寺では白五条袈裟に対して、要法寺・北山本門寺・西山本門寺などは
薄墨五条袈裟を着用しています。四菩薩造立抄には宗祖は薄墨色の袈裟を着用して
いた事が判明しますが、石山古刹寺院の御影画像には白袈裟では無く薄墨色で描かれ
ています。題目も石山はナンミョウホウレンゲキョウに対し古来の七山はナムミョウホウレンケキョウ
とゲをケと発音し追いの題目を上げます。
数珠も石山は数え球があるのに対し七山は数え球がなく房も切房で丸房ではありません。
法具たる中啓も石山では葬儀にも朱骨・黒骨金銀の面の中啓を使うのに対し、七山では鈍色又は白骨の
中啓を使用します。葬儀の席も所詮は目出度いとでもいいたいのでしょうか?
まだまだ違いがありすぎて、書ききれません。
後者の七山が興門の古式を伝えているのだけは、誰の目から見ても明らかです。
何故に大石寺が変節してしまったのかお分かりの方がいたらご教示願います。
2163
:
みかん
:2006/07/28(金) 08:17:09
>石山は鶴丸は三枚羽でその他の七山は二枚羽で
そのようにMさんという方から教えられましたが、一昨年、
実際に実際に自分で富士五山全山を回ってみたら、
どのお寺でも二枚羽、三枚羽ばらばらに混じっていましたよ。
どうもちゃんと決まっていないと思います。
>ナムミョウホウレンケキョウ
これも同じMさんからそう教わりましたが、疑っています。
ナムミョウホウレンケキョウと表記するのは、古来の日本語が
濁点を表記しなかったからで、実際に濁音で発音していたか
発音していなかったかは、分からないのではないですか?
大縫さんがそのように教わったのは、Mさんからですか?
2164
:
大縫 薫
:2006/07/28(金) 11:19:19
みかんさん
要山の関係者から教わりました。
2165
:
みかん
:2006/07/28(金) 18:09:03
5年ほど前に、要法寺の寺務所で数珠を買いましたが、
たしか丸房で、房は左右とも二つだったと思うんですよね。
日興上人遺品のレプリカというふれこみでしたが、
いま、探してみましたが、見当たらないので
もし出てきたら、もういちど確かめてみます。
やはり5年ほど前に北山本門寺の御開帳を
受けましたが、その際は、貫主猊下は
白い切房の数珠でしたが、伴僧は色つき丸房の
数珠を使っていました。他門流の僧侶が出仕していた
と思われます。
開帳の時に「引き題目」というものを唱えさせられましたが、
げきょうだったか、けきょうだったか、覚えていません。
やはり5年ほど前の四月、西山本門寺の虫払い法要
に参列しましたが、僧侶の数珠は覚えていませんが、
たぶん切り房だったと思います。
信者は、丸房、切り房、白、色つきまちまちでした。
(東京布教所の信者だけは切り房でしたが、
わたしが持参した要法寺の数珠とはデザインは全く違いました)
一昨年の四月、再度西山の虫払いに参列したところ、信者の
数珠は、切り房が増えていました。
五山の五ヶ寺の鶴丸の写真がちょっと見あたらないのですが、
もし見つかったらアップします。
法衣、法具については知識がないので失礼。
2166
:
犀角独歩
:2006/07/28(金) 19:12:06
皆さん、ご無沙汰いたしております。
ここ10日ばかり、モバイルに頼っていたところ、頂戴したメールが不読消去される事故が起きました。もし、メールをお寄せ下さった方がいらっしゃいましたら、お手数でも、再送頂きたくお願い申し上げます。
2167
:
独学徒
:2006/07/29(土) 18:36:34
大縫さん、ご無沙汰です。
みかんさん、はじめまして。
>ナムミョウホウレンケキョウ
これは私もMさんから聞いたことがあります。
正信会の「通称『万年講』の邪義を破す」でも出ていますので、ソースはわかりませんが、Mさんは学会在籍中からそのような考えがあったと思われます。
また北山本門寺、京都要法寺、保田妙本寺の勤行要典に該当するものから、現在の各山の発音を探ってみますと以下の通りとなりました。
北山本門寺=「妙行聖典」:南無妙法蓮華経に「なむみょうほうれんげきょう」のルビがふられている。
京都要法寺=「信行正軌」:南無妙法蓮華経に「なんみょうほうれんげきょう」のルビがふられている。
保田妙本寺=「勤行要典」:南無妙法蓮華経に「なむみょうほうれんげきょう」のルビがふられている。
以上から考えますと、むしろ尊門では「なんみょうほうれんげきょう」と発音することが、「正軌」と考えられているようにも思われます。
犀角独歩さん、こんにちは。
昨日も添付ファイル付きのメールを送っていますが、どうも帰ってきてしまいます。
彰往考来さんには、届いているようですので、なにか対処法があればお伝えいただきたく存じます。
2168
:
大縫 薫
:2006/07/29(土) 20:05:35
独学徒さん、こちらこそご無沙汰しております。
暑さで体はバテてはいませんか?
保田妙本寺では緑の折本で「勤行読本」といっていたような勤行要典に変わった
のでしょうか!
2169
:
独学徒
:2006/07/29(土) 20:30:31
大縫さん、
>暑さで体はバテてはいませんか?
実はバテまくってます。
今日は明るいうちから発泡酒(私の小遣いではビールが買えません)をあけ、家でゆっくりさせていただきました。
>保田妙本寺では緑の折本で「勤行読本」といっていたような
ご存知のように、私は近年こうした富士門系諸山を訪問し始めたばかりですので、保田妙本寺さんに関しましても、正宗時代や離脱直後などのことはわかりません。
確か昨年、冨士教学研究会のブログを起こしたころに購入したのが、現在所持している保田の経本だったと記憶しています。
その今手元にあるものでは「中谷山妙本寺勤行要典」となっています。
2170
:
ラキ
:2006/07/30(日) 02:51:16
アンチ日蓮正宗系掲示板て感じで、面白いです。
「自称”顕正会員”の発言を考える」
http://windsaber.hp.infoseek.co.jp/
mixiの中にも日蓮のコミにティーがあるのには驚きました。
mixiメンバーで興味がある方は検索して覗いて見ても面白いかもしれません。
2171
:
犀角独歩
:2006/07/30(日) 07:43:59
独学徒さん
恐縮です。
どうも、ここのところ、メーラーの調子がよくありません。
お手数ですが、以下、再送いただければと存じます。
saikakudoppo@rio.odn.ne.jp
saikakudoppo@yahoo.co.jp
恐縮ですが、よろしくお願い申し上げます。
2172
:
独学徒
:2006/07/30(日) 10:18:30
犀角独歩さん、お早うございます。
ヤフーに送ってみました。
ご確認下さいませ。
2173
:
犀角独歩
:2006/07/30(日) 13:20:42
独学徒さん
こんにちは。拝受いたしました。
お手数をおかけいたしました。
有り難うございました。
2174
:
大縫 薫
:2006/07/30(日) 16:57:34
独学徒さん
中谷山妙本寺勤行要典は表紙は何色でしょうか?
大石寺と大差は感じませんでしょうか。
2175
:
独学徒
:2006/07/30(日) 17:12:41
大縫さん、
>中谷山妙本寺勤行要典は表紙は何色でしょうか?
グレーです。
大石寺のは私が所持していますのは、昭和56年版で茶色といいますか黄土色のような色をしています。
巷でよく見かけたのは、ブルーの経本でした。
いずれにしましても、現在の保田妙本寺さんの経本で、私が現在所持しているのはグレーです。
ちなみに勤行の次第は以下の通りです。
初座→石山「諸天供養」:保田「諸天供養」
ニ座→石山「本尊供養」:保田「法本尊供養」
三座→石山「三師供養」:保田「人本尊及僧宝供養」
四座→石山「広宣流布祈念」:保田「広宣流布祈念」
五座→石山「回向」:保田「回向」
宗祖本仏論の寺ですが、人本尊と法本尊を別個に供養するところは、石山と違っていますね。
石山では所謂「本門戒壇之大御本尊」をもって、人法一箇の本尊としますが、保田では法本尊=万年救護大本尊、人本尊=日蓮大聖人(大石寺正御影?)としているようです。
2176
:
大縫 薫
:2006/07/30(日) 20:22:54
独学徒さん、ご教示有難うございます。
富士諸山でも宗祖本佛論・久遠実成の釈迦佛を人本尊として位置付けをしているのが
大変に面白いです、特に西山では諸師によって人本尊のたて分け方に相違があるのは
興門の三宝式に見られる、宗祖御影(木像・画像)本尊(紙幅・板)開山御影(木像・画像)
の捉え方が多分にも影響しているのではないでしょうか。
2177
:
独学徒
:2006/07/31(月) 00:04:17
大縫さん、
>特に西山では諸師によって人本尊のたて分け方に相違がある
本当ですね。西山は諸師によって意見が異なりますね。
保田は猊下と執事さんとで、少々意見が違うようですが。
しかし、10人いれば10通りの意見があっていいと思いますので、むしろ内部で種々の意見があって健全かもしれません。
こちらこそ今後とも御教示の程お願い申し上げます。
特に、導師曼荼羅について、どのようなものを導師曼荼羅と呼称して間違いないのか、是非御教示戴きたく存じます。
2178
:
大縫 薫
:2006/07/31(月) 00:38:00
平成十八年 七月七日 「『立正安国論』─その道を歩む─」
立正大学名誉教授中尾中尾堯文師の金曜講話をネット配信で聴聞し、改めて宗祖
日蓮大聖人を身近に感じる事が出来て、今後の活動の糧となった。
合掌
http://dendo.d-nichiren.jp/share/getu_kin/index.html
2179
:
富士
:2006/07/31(月) 11:38:39
久しぶりに書き込ませていただきます。
突然ですが、彰往考来さん。
自分の事覚えていらっしゃるかどうかわからないのですが・・・。
昨年のオフ会、二次会の席で正面に居た途中で帰った法華講の者です。
実は早急にお知らせしたいことがあります。
いきなりで大変失礼なのですが、名前のところへ御迷惑でなければ、
電話番号かメアドを教えていただく事は出来ないでしょうか。
個人情報ですので、もし別なアクセス方法があれば指示してください。
従います。
2180
:
れん
:2006/08/01(火) 17:20:52
>2177
独学徒さん
>西山は諸師によって意見が異なりますね…保田は猊下と執事さんとで少々意見が違うようです…
とのことですが、私、不勉強にて近年の富士他山のことには全く疎いので、もう少し具体的にお示し下されれば幸甚に存じます。
2181
:
独学徒
:2006/08/01(火) 23:33:36
れんさん、今晩は。
西山については、富士門流の謗法観といいますか、所謂「雑乱勧請」といわれる別勧請を謗法ととらえる方と、そうでない方がいらっしゃると思います。
特に末寺にいたっては、身延系の日蓮宗とそう変わらない境内の寺院もあると聞いています。
具体的には申し上げ辛いのですが、本山塔中でも、七面山信仰を奨励されるところもございます。
保田では、昨年の御虫干でも、貫首猊下が同寺の御影を聖人在世に日法の作と説法されましたが、執事さんは霊宝解説の中で、聖人滅後日興上人の命によって作成と話されていたと記憶しています。
貫首猊下は伝統を尊重したお考えで、執事さんは、比較的現実的なお考えなのではないかと存じます。
但し、滅後日興上人の命によって作成との説も、公に判断されたものではないと思われます。
なかなか具体的にできず恐縮です。
事情御察し戴けますと幸です。
2182
:
れん
:2006/08/02(水) 13:56:07
独学徒さん
お示し戴ける範囲で、ご教示頂き、誠に有難うございます。
なるほど、保田でも西山でも、そのような事情があるのですね。
保田の場合はいわゆる大石寺御影の造立時期に関する異見ですか、かなり以前に話題になりましたが、日順雑集の記事によると、興師は蓮師滅後、弘安七年までに、蓮師の住坊を御影堂に改め、かつ、蓮師の御影像を造立したことが見えるので、保田の執事さんのご意見は、この雑集の記事にみえる御影を保田の御影像に比定されているということでしょうね。
西山の場合も、旧末寺が日蓮宗に所属しているので、通日蓮宗的な法義解釈の影響を少なからず受けている方もおられるでしょうから、これも、当然のことと存じます。
ともあれ、ご教示誠に有難うございました。学恩に感謝申し上げます。
2183
:
彰往考来
:2006/08/02(水) 17:03:38
>2181,2182 横レス失礼。
私はいわゆる大石寺御影の造立時期はもう少し時代が下がるものと考えています。鎌倉末期から南北朝のころでしょうか。
これにつきましては近々私見を公表したいと存じます。
彰往考来
2184
:
れん
:2006/08/03(木) 18:16:10
彰往考来さん
>2183
保田所蔵の所謂大石寺御影の造立の時期につき、ご見解を近々御披瀝戴けるとのこと、楽しみにお待ち申し上げます。
日順雑集に記される、興師が弘安七年前後に造立したという蓮師御影については、文面からは画像か木像かは分かりませんが、木像と仮定した場合、その候補は重須の生御影・保田の正御影・下条東光寺に秘蔵されて東光寺の御影・明治時代に焼失した小泉久遠寺の御影が挙げられますが、東光寺の御影は一般に非公開、小泉久遠寺のは焼失していて、比較検討出来ないのは残念です。
ともかくも、彰往さんの御賢察の御披瀝を楽しみにお待ち申し上げます。
2185
:
れん
:2006/08/04(金) 17:59:29
>2184
訂正
誤)秘蔵されて
正)秘蔵されている
2186
:
驟雨
:2006/08/08(火) 00:44:02
つぶやきすれっどということなので、ふと思ったことを書き込ませて頂きます。
御書には人間感情の両側面の主張を擁護する文面というものが存在しているように思います。
例えば日蓮正宗系で言うと、相対立した立場それぞれの言い分を擁護する御書が存在するような意味合いです。
相対立者同志がそれぞれ御書を元手に主張しても「切文」として吐いて捨ててしまわれ解決をつけられない事柄が多いのですが、大きく見れば、反論御書も、ただ一片だけでは日蓮聖人の聖意とも取れないと思うんです。
でも色々読んでいても、片方では悪を善とし、片方では善を悪とする、といった論述展開が私には見えて取れてしまったのですが、それでは一体日蓮聖人の本来の目的とは一体何なのか・・・判断に迷う事も多くあります。
特にの現在の日蓮正宗系同士のやりとりでは全く判断つかないのです。
多くの僧侶系の方々は「対告衆」という文言をよく使用されますが、主張の違う論者同士の場合、またこれが実に巧みに身勝手に使用されているようにも思えてならないのです。
私は日蓮聖人信奉者でありたいと思っていますが、お互いに情報提供しあって日蓮聖人の御聖意に近づこうとする許容力も、整合力も、協調性もないように感じてならないのです。
こんなご時世にこそ本当の力ある宗教が必要とされるのに・・・結局は日蓮聖人の生き方も、現代の多重の思考主張の世間では、一つの思想でしか成立し得ないのか、と残念に思う今日このごろです。
私は無智の部類の日蓮聖人尊者でしかないのですが、少しばかりもどかしく思いつぶやきすれっどならば、と思い書かせて頂きました。
2187
:
大縫 薫
:2006/08/12(土) 20:26:59
興門の長老から伺った話では、御本尊の首題と花押(日蓮在御判)は我々衆生
に向かっているが、実は首題に対して花押(日蓮在御判)はこちらに背を向けている
からこそ、末法有縁の大導師としてのお立場が備わると聞いた事があります。
御影様は逆にこちらを向いているのは、宗祖自ら客をもてなす意があるからだと
言っていたのが、この頃気になるのですが・・・
2188
:
問答迷人
:2006/08/12(土) 20:55:03
>実は首題に対して花押(日蓮在御判)はこちらに背を向けている
興門長老のお話のご紹介、大変有難うございます。
僕は、曼荼羅の首題と花押は、それぞれ「上行所伝の妙法蓮華経の五字」と「口唱日蓮」を表していると考えています。
これが正しければ、当然、花押(日蓮在御判)は、「首題に向っている」、つまりは、「こちらに背を向けている」と考えています。
御影様は「口唱日蓮」ではなく、「説法日蓮」を表していますから、客である信徒の方を向かれているのであると考えています。
2189
:
今川元真
:2006/08/12(土) 22:58:59
なるへそ!
2190
:
大縫 薫
:2006/08/13(日) 00:21:04
問答様
お世話になります。興門長老の言では御義口伝の末文の、法とは上行所伝の題目なり
この要文に興門の真意が要約されているとの事です。
古来より御影様は客殿式の如く安置されるのが伝統であり、西山・北山・蓮山・豆山・石山
が現在も木像・画像の違いはあるにせよ客としての信徒を御持て成しをされている姿は説法
日蓮大聖人・撰時抄を講話され第五の五百歳を指を指し示す日興上人のお姿だと・・・
我々の口を仮にお使いになり、宗祖は上行所伝の妙法蓮華経の五字に向い口唱されているから
こそ末法有縁の大導師にあたるそうです。
その長老も今は鬼籍に入られ、興門の古式伝統を重んじる方は数少ないと思います。
2191
:
大縫 薫
:2006/08/13(日) 00:57:26
もうひとつ言うのを忘れていましたが、石山(現日蓮正宗)は興門古来の化儀や
古式・伝統を簡素化にし、日蓮本佛でありますから、宗祖もこちら(衆生)側を
向いていているので、常に説法日蓮であって、客を御持て成しする姿ではなく
本佛として完成された容でありますから、佛と衆生とそこに差別が生じ、一器の
器から器に注がれた法灯連綿が説法日蓮の名代たる法主に受け継がれ、さらに法主
の名代たる寺院住職とそこに所属する信徒としての師弟関係に結び付きます。
化儀抄に出家と在家信徒には大いなる差別があると指南されています。
上行所伝の妙法蓮華経の五字に宗祖御自ら導師になられ、我が口を仮に使い口唱さ
れる宗祖こそが興門の求める宗祖の姿ではないでしょうか。
2192
:
今川元真
:2006/08/13(日) 05:44:03
シンプルに考えるなら、多宝如来の建てた宝塔にシャカを招いて法を説いてもらい、其の意義が、鎌倉時代の末法無戒の頃まで続いた事を示している漫荼羅に見えます。
2193
:
問答迷人
:2006/08/13(日) 07:33:42
宗祖「仏既に宝塔に入つて二仏座を並べ分身来集し地涌を召し出し肝要を取つて末代に当てて五字を授与せんこと当世異義有る可からず。」と法華取要抄に述べられています。
釈尊が法華経で説いた「法」とは、「妙法蓮華経の五字」であり、それが神力品に於いて、上行菩薩を上首とする地湧千界に授与された、との道筋をお示しで有ると思います。
曼荼羅にお認めになられた首題は、この上行所伝の妙法蓮華経の五字であり、日蓮花押は、宗祖が、この上行所伝妙法蓮華経の五字を口唱される姿を表すのだと思います。
2194
:
問答迷人
:2006/08/13(日) 10:35:25
「妙法蓮華経の五字」と「南無妙法蓮華経」の関係について
「妙法蓮華経の五字」は上行所伝の、神力品の結要付属の正体。この、「妙法蓮華経の五字」に南無し奉るという意図をもって、南無妙法蓮華経と口唱する数秒間の、行者の刹那の心、ひと思いの心(一念)。この一念を南無妙法蓮華経と言い、この南無妙法蓮華経の一念に十界三千が具わる、というのが、宗祖の教えられた事行の一念三千なのだと考えています。
2195
:
今川元真
:2006/08/13(日) 10:36:52
法の形を人物で無くて蓮に例えたと見て良いのか云々。植物に例える事で諸法無我・諸行無常・涅槃寂静を示したと言うべきか云々。
2196
:
犀角独歩
:2006/08/13(日) 19:32:16
水を差すようで恐縮ですが、花押は、日蓮ご本人が確かにこれ(漫荼羅)を図したこと示す証なのであって、それが唱題する姿であるとか、こちらを向いている・背を向けているなどという意図で記したものではないという見解も付加されて然るべきであろうと存じます。
なお、現石山の言い分は中世以降に定着したものであり、日興已来のものでないことは既に議論を畢えています。また、御儀口伝が、その名称を『就注法華経御義口伝』(注法華経に就いての御義口伝)と言いながら、実際は、注法華経と脈絡がないこと(山中研究)、さらに、その口伝を弘安元年としながら「六老僧」という語彙が見られること(この記述は、石山、学会版では削除されている)、しかし、本弟子六人の選定は弘安五年であるので時系列が一致しないのみならず、当初の選定段階で「六老僧」という呼称もなかったことなどからして、この文書を以て、日蓮日興已来の血脈を論じることは、議論としては破綻している点もまた既に論じてきたことでした。
以上のような、過去の議論の積み重ねを覆すのであれば、それなりの挙証があって然るべきです。原石山の老僧が何を言ったところで、日蓮日興の教学と伝承の証明とはならない点を、指摘しなければなりません。
ただし、以上の点は、紳士的な道義から申し上げることで、問答さんのご賢察、また、大縫さんの石山歴代曼荼羅研究を穢す意図はないことは申し添えるものです。
2197
:
れん
:2006/08/13(日) 20:45:43
問答さん・大縫さん。
貴重なお話謹んで拝聴いたしました。大縫さんのおっしゃる興門長老とは、文脈から、恐らく石山以外の日興門流の老僧の方のお話と拝察致します。興門長老の方のご意見から、ふと、日順雑集の「戒定慧と下る事は仏法修行の儀式なり、定戒慧と下るは説法の儀式なり」を思い出し、前者を漫荼羅の日蓮御判に、後者を御影にあてて考えてみましたが、やはり、原初的には独歩さんが仰る以上の意味は無かったものと思います。
先日の松山師の法華経講義の休憩の時に、松山師が澁澤師に蓮師の上行自覚の有無について質問されておられました。私は個人的には、蓮師の上行自覚があったかもしれないことを示す蓮師真筆は万年救護本尊しかなく、蓮師としてはむしろ「不軽の跡を紹継する」(聖人知三世事)御自覚の方が佐渡期身延期を通じて強かったものと思っております。
2198
:
問答迷人
:2006/08/13(日) 21:47:50
犀角独歩さん
御叱責、尤もであると存じます。
れんさん
ご指摘尤もだと存じます。
ここはつぶやきスレッドなので、簡単に思うところを述べさせていただきます。
一、曼荼羅に認められている「妙法蓮華経」という文字は、法華経の経題であり、神力品に於いて上行菩薩が代表として釈尊から付属された要法であるとして蓮祖が教えられる所の「妙法蓮華経の五字」だと言う事。
二、この、上行所伝の「妙法蓮華経の五字」に南無する、という意義を以って、蓮祖が「南無妙法蓮華経」と口に唱える修行方法を自らも唱え、他にも唱える事を広められた事。
この二つは動かないと思っています。この二点を前提に考えるとき、大縫さんが教えてくださった興門の古老のお話は、誠に合点が行くと僕は思ったわけです。これは、過去、既に議論されてきた事を蒸し返しているのでは無く、曼荼羅を蓮祖がどのような目的で表したのか、それを探る意味合いなのです。
又、蓮祖に上行菩薩の自覚が有ったか無かったか、大変難しい問題ですが、事実としては、釈尊が上行菩薩に付属した「妙法蓮華経の五字」を蓮祖が口唱し、他をも口唱させ、又、曼荼羅に認めて信徒に授与したのは紛れも無い事実だと思います。もし、蓮祖に上行菩薩の自覚が全く無かったとしたら、なぜそのような越権ともむ取れる行為に及んだのか、説明が付かないのではないかと思います。大いに疑問が残るわけです。
僕としては、結論を急ぐ気持ちは全く有りません。ただ、蓮祖が如何なる目的で曼荼羅を表したのか、何としても知りたいものだと思うばかりです。まぁ、そういう意味で、日頃考えてきた愚案を少しばかりつぶやかせて戴きました。ご賢察賜れば幸いです。
2199
:
問答迷人
:2006/08/13(日) 21:51:17
訂正です
× 越権ともむ取れる行為
○ 越権とも取れる行為
2200
:
大縫 薫
:2006/08/13(日) 22:16:47
現日蓮本宗の宗務総長は興門全体の歴史・教学・伝統などすべてに精通していて
興門の論客としてもかなり有名な方だと聞いていますので、現在と往古の違いを
お伺いして見たいと思います。
2201
:
犀角独歩
:2006/08/14(月) 08:47:41
問答名人さん
「叱責」など、恐れ多いところです。
曾て、「塔中妙法蓮華経」につき、わたしが、この一節は、法華経典を指すのではないかという見解を示したとき、五字である点をご教示くださった点を、いまも有り難く存じております。その後、考えを改め、本尊抄の文意は、五字である点に、考えを改めさせていただいたものでした。
> 既に議論されてきた事を蒸し返しているのでは無く、曼荼羅を蓮祖がどのような目的で表したのか、それを探る意味合い
なるほど。御意、理解いたしました。
今回の漫荼羅図示の祖意、また、上行自覚については、わたしも興味を懐く点です。真蹟遺文から拝する限り、れんさんもご投稿と、わたしも同様の見解を懐いてまいりました。しかし、仰るとおり、祖師ほどの方がその自覚が無く、しかも、「越権」、僭称とも非難されかねない行為をするとは考えづらいとのご賢察、しかしながら、れんさんのご賢察と相反し、しかし、両意共に、確かに傾聴に値します。
仰せのとおり、早々に答えが出す用はないこと、わたしもお邪魔させていただきながら、愚慮愚見をさらに重ねてまいる所存でございます。また、こちらは、つぶやきですので、適宜なスレッドに宛て、議論もさせていただければと存じます。
2202
:
今川元真
:2006/08/17(木) 12:25:45
■名誉会長史の決定版?が出るらしいですね。 ■私の視点論点問題点で出すなら【学会広宣流布・原理主義と過激主義の狭間】《富士興門流変遷、魔障罠法主本仏論》身延・天台密教(四箇格言)法華一乗、富士・漫荼羅正意論[題目・本尊・戒壇]≒シャクソン≒皆成仏道(三証四悉檀)戒壇堂、獄中悟達は華厳式?、空識縁起で偉と卑は無い、皆成仏道で本仏もしんにょう亦仏も無い、肉食妻帯で出家も在家も無い等で書きたいです。
2203
:
れん
:2006/08/18(金) 18:22:48
問答さん
>2198
蓮祖の佐渡期の著述である顕仏未来記に「彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意之同じ」とあり、威音王仏の像法の末の不軽菩薩の「我深敬…」の二十四字と題目五字の口唱の意味・意義が同一であることが示されております。身延初期の法花取要抄には、不軽菩薩の二十四字と同意義とされた題目五字が「所謂上行菩薩所伝」と明記されるにいたりました。ですから、上記遺文の記述から、蓮師の不軽菩薩の自覚と上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字の口唱は一応の関連性が有るのではないかと愚考はしております。とはいえ、蓮祖はこの辺のところを体系的に著述したものを残されてないので、真相を現時点で決しきれないのが現状です。
その上、蓮祖は題目を中心とした漫荼羅の図顕をも行っておりますから、結構その関連性は複雑そうだなぁと感じております。
その意味で
>曼荼羅を蓮祖がどのような目的で表したのか、それを探る…
という、問答さんの問題意識に同感いたしております。この点につきましては、問答さんが仰る通り、結論を急がず、問答様をはじめ先学の皆様のご教示を拝聴しつつ、さらに考えていこうと存じております。
2204
:
犀角独歩
:2006/08/18(金) 23:03:19
れんさん、書き込みを拝読して改めて思ったこと。
不軽菩薩:二十四文字=日蓮:題目五字
が、まったく同じであると日蓮が考えていたとしたら、二十四文字の法華経と題目の五字が、意が同じであるばかりではなく、不軽が菩薩であれば、日蓮もまた菩薩の意であるという点もまったく同じだと言うことなのでしょうね。
日蓮が自身菩薩の自覚があったとしても、しかし、不軽=上行とはならないことは、法華経典で記述される不軽と上行の相違から言えるのだろうとも思えました。
2205
:
れん
:2006/08/19(土) 19:12:35
犀角独歩さん
2204
>不軽が菩薩であれば、日蓮も又菩薩の意であるという点もまったく同じ…日蓮が自身菩薩の自覚があったとしても、しかし、不軽=上行とはならない…法華経典で記述される不軽と上行の相違から言える…
私も、真蹟遺文から、基本的にそのように思います。蓮師自身は真言諸宗違目に「法花経の外の諸経の大菩薩は、法花の名字即の凡夫より下れり」と書き、自らも顕仏未来記に「日蓮は名字の凡夫なり」と自身を定位しました。この蓮師の名字即の凡夫の意識と、蓮師の「日蓮即ち不軽菩薩為るべし」(寺泊御書)「日蓮は是れ法花経の行者なり。不軽の跡を紹継するの故に」(聖人知三世事)と表明される“不軽菩薩の自覚”がどのようにつながるのか、この点についても、残念ながら蓮師は体系化した著述を残されていないので、今一つはっきりしません。この点につきましても、犀角独歩さんをはじめ、諸賢の皆様のご意見を拝聴させて戴ければ幸甚です。
2206
:
エン
:2006/08/22(火) 22:52:41
ここでよろしいでしょうか。
私は日蓮正宗系信心を続けて、結局組織的な理由から続行不可能になり現在無所属です。
実はかつて母親の臨終の際に日蓮聖人(どうお呼びすればいいのかわからず、こうお呼びさせて頂きます)の仰られたお題目を唱えた際、
母親が一瞬蘇生した事があり、それ以来お題目には力がある、と思ってきました。
現在は組織的な活動などはしたくないので、別段取り込んではいないのですが、他にもお題目で到底人知では乗り越えられない、或いは及ばない事が実現できてしまった、と思う経験があるんです。
宗派とかそうゆうのは抜いて考えた上で、お題目には力がないのでしょうか? 自分のただの気持ち次第の結果なのだろうか? と考える事もあります。
例えば 日本では念仏とか般若心経とかもありますが、そういったものはその人の「心の拠り所」というものだけなのでしょうか。
その点、どなたか御教示お願いしたく書き込みました。
例えばこんな例を私は目の前で見た事があります。(嘘偽りはありません)
ある日、私の会社にα波を調査しにきた方が来ました。
その人は会社のただの社員、中枢幹部、役員といった方達を全て対象にして、それぞれの責任能力や仕事に対する情熱を調査に来た、という名目でした。
そのうち、会社の2割がα波をよく出す人で、営業の人や或いは企画といった部署に務めている人に多く出る傾向にある、という結果が出たんです。
ところが、翌日その調査員から私だけが呼ばれ、「君は調査の際に一体何を考えていましたか?」と突然聞かれたのです。
調査員の質問はだいたい次のようなものでした。
・あなたの理想を思い浮かべて下さい。
・あなたが憎んでいる人を思い浮かべて下さい。
・あなたが「こうなったら幸せだ」という夢を描いて下さい
・あなたが「こんな事態になるのは絶対に嫌だ」というのを考えてみて下さい
などです。
2207
:
エン
:2006/08/22(火) 23:00:43
その時、私は正直に言って何も考えられず、最初に説明されていた、α波というものは人を成長させたり、能力を引き伸ばす力がある、という知識だけしかなく、どんなことを考えればいいのかも思い浮かばず、
ただお題目を繰り返し、頭の中で唱えていたのです。
すると、その調査員が聞いてきたのは「あなたは一体何を私の質問に対して考えていたのですか?」というものでした。
私は何に対してもお題目だけを頭に思い浮かべていたので、「ちょっと別のことを・・・」と濁していると、
「その内容を教えて下さい。あなたのα波は異常な高値を示していました」といわれたのです。
私が考えていた事すら知らない人が、私の脳みその中身を知るはずもなく、だからといって他の人も同じような結果が必ず出るとは思っていません。
ですが、私には衝撃でした。
母のことといい、調査の人の戸惑いといい、少なくともお題目には何かあるのではないか、と思ってしまい、それは今でも続いています。
指しよろしくお願いしますにお断りしたとおり、団体には興味がないのですが、お題目の凄さだけはこういった経験から否定する気にもなれません。
だから「ただの心の拠り所」だけではないような気がして、何か判断材料になるような論拠をお持ちの方がいらっしゃればご意見をお伺いしたく書き込みしました。
突然、ご迷惑をおかけいたしました。
2208
:
問答迷人
:2006/08/23(水) 20:41:34
エンさん 今日は
>少なくともお題目には何かあるのではないか
僕も、そう思うからこそ、創価学会を辞め、法華講も辞め、しかも、今なお、一日一時間の唱題に取り組んでいます。
過去の信仰体験が、唱題を続けさせているのだと思います。僕の個人的体験に付いては、過去、当掲示板に幾度か書き込みましたので、繰り返しませんが、不思議な力が有るに違いない、という想いには、抜き差しならぬものが有ります。
お答えにはなりませんが、ご参考までに申し述べました。
2209
:
パンナコッタ
:2006/08/23(水) 23:27:47
α波の調査という物が具体的にどういった物なのかは、わかりませんけど一般的に勘違いしやすい事を
参考までに。
『アルファ波というのは特殊な脳波ではなく、目を閉じて安静にしているだけで、誰でも発生するものなのである。
そもそも脳波というのは、脳の活動の「結果」として発生するものである。
つまり、「リラックスするとアルファ波が出る」のに、多くの人は「アルファ波が発生したらリラックスする」
というように、原因と結果を混同してしまっているのだ(風邪をひいた結果としてくしゃみが出ることがあるが、
「くしゃみをすれば風邪をひく」という理屈には決してならない)』
トンデモ本の逆襲 山本弘・タキオン&オカルト通販生活カタログより引用
エンさんにとって題目を唱える事は、効果的に安息を得られる物とお見受けします。
2210
:
kuusan
:2006/08/24(木) 01:39:07
はじめての書き込みにて失礼いたします
1975年頃に学会を機縁として、信心を始めた者です
皆様の博識ある書き込み感心し興味深くこの掲示板を拝見しております
私も「唱題」はいまだ実感として元気が出ますし
不思議感覚の体験は健在です
唱題は発声とリズム、日常生活では無い深い呼吸法
合掌の姿勢の安定ある集中
自己催眠.気功.アルファ波f/1ゆらぎ等も取り入れたかのような
とても理に適った行法に思えます
更に鈴の音、香 も心地よくさせる物で
心理上に良い効果を用いてますね
唱題はモンゴルのホーミのような超音波も含まれていますね
共鳴する何かを呼び覚ます効果もあるのではと思ってます
ちなみに超音波や脳波測定器も所有してます
2211
:
犀角独歩
:2006/08/24(木) 17:32:36
記上の話題は、以下の研究を視野に入れたほうがよいでしょうね。
影山教俊師『修行による変性意識状態の誘導の比較について』坐禅と読経時の脳波と心拍数の比較から
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/kyouka/01/01_037.htm
2212
:
年金160万無職者
:2006/08/25(金) 17:54:47
横からゴメン下さいませ。 さて、昨年末NHK特集で「独居老人の孤独死と常盤台団地」、が放映されました。
人知れず「孤独死」を余儀なくされましたかたがたを、何とかしようとNPO(自主的町内会)の方が巡回・個別相談を開始していました、、。
このような「現代版のウバステ山=弱者イジメ」、、が現在・進行形で現存とは、、!!
自殺者が三万人/年が数年も継続した今になって「、、失敗しても再チャレンジの時代、?」、を掲げる方もございますが、、何を、、今更、、トホホ、、、。
どーも、、現今は、、何かが、、???、、が、、欠落して、、勝ち組だけが、、謳歌する時代なのでしょうか、?? この辺で、、「弱者からの、、逆襲、、??」、、にご期待は可能、、でしょうか、、??
2213
:
真実知求者
:2006/08/28(月) 19:19:31
横レスゴメン、、。 昨今は諸般に渡り、ナカナカ厳しい世の中と、存じます。
直近の報道記事には「、、老人夫婦が認知症状の連れ合いを殺し、本人も自殺、、」、、「、児童へのイジメ・虐待問題、老人への介護限界からの老人虐待、、」、、などなど、には言葉も御座いません。
最近の近隣でも、異臭とウジ虫が見える、という新聞配達の方の通報で警官が入室したところ「独居老人の孤独死」が判明。 すぐさま役所福祉員がきて、何食わぬ顔で白い袋に死体を放り込みました。
人生さいごの最大的な儀式の葬式も無く、、あとは、斎場〜無縁墓地へのお決まりの「現代版姥捨て山」、、が現存中、、です。 勝ち組だけがイバッテいる今は、いかがなものでしょうか、? トホホ、、。
2214
:
今川元真
:2006/08/29(火) 10:36:51
勝ち組も負け組も浅深高低ありますから、気落ちする考え方は止めましょう。21世紀の日本が地盤沈下しない為には、技術立国・観光立国・人材立国に改善できるかにかかっていると考えます。でも借金大国ですから、自由主義の名の下にピラミッド型差別社会に移行するのは免れ無いかもしれません。
2215
:
犀角独歩
:2006/08/29(火) 12:04:46
れんさん、有り難うございます。
御筆の複製、たしかに、やむを得ないというところですね。
しかし、複製が複製であることをしっかり明示する矜持が望まれますね。
それにしても、通りすがりさんがいう石山初信者向けは日興漫荼羅というのは、日顕さんの説法、ひいては石山本尊「奉書写之」がまるで嘘であることを物語っていますね。
もちろん、仰るように日興上人は日蓮聖人の漫荼羅を書写したわけですから、書写の書写と言えますが、これはしかし、書写とは違います。書写が第二転であれば、書写の書写は第三転ですから。さらに日興書写本尊を書写したと言いながら、実際のところ、種々相貌の相違があるわけですから、そのたびごとに違う原本を書写しているのか??という新たな突っ込みも可能となります。
わたしは曼荼羅書写は、その用途によって、各内容が変化して然りであると思っていますから、石山の言うような通り一遍の屁理屈は、そもそも美を尽くさないと思うわけです。
一真法界さん、はじめまして。
> どのような、ご本尊を拝んでおられるのでしょうか
わたしは、そもそも漫荼羅が本尊であるという点に、疑義を立ててきました。
本尊抄に拠れば、本尊は久遠五百塵点成道の本師釈迦牟尼仏であり、本尊問答抄に拠れば、法華経の題目ということになるでしょう。しかし、そののちの解釈(門派教学)でいわれるように釈迦=題目=漫荼羅という図式は、祖師に遡源できないとわたしは考えています。
彰往考来さん、有り難うございました。
大量印刷用に使用する紙でしょうから、和紙風であっても、和紙ではないでしょうね。本物の和紙であれば、布地の模様のカラープリントなど出来るはずはありませんか。
かつて、創価学会は、身延の売店で漫荼羅が売られていることを非難しましたが、その創価学会が(分離独立したわけですから石山は)他宗の漫荼羅を勝手にコピー、大量印刷し、さらに携帯本尊という、本来、御守とされてきた相貌とは違う仏壇安置用本尊の縮小版をプラスチックのケースに入れて販売したりする様は、まさに本尊雑乱の有様ですね。
おまけにいま販売の印刷本尊は、石山貸下とはサイズを変えて、仏壇を買い換えを余儀なくされる販売効果もねらっているそうですが、この点は、どうでしょうか。
わたしからすれば、身延の売店の本尊のほうが、よほど、ましに見えます。
ただし、漫荼羅は、やはり、墨書きの原本を、僧侶に書いてもらったものは、印刷とは比較になりませんね。
2216
:
彰往考来
:2006/08/29(火) 12:40:02
>2214 21世紀の日本が地盤沈下しない為には、技術立国・観光立国・人材立国に改善できるか
まあ、ここはつぶやきですから、反論権はないので、つぶやきです。ブツブツ。
『技術立国に改善できるか』ということは、現在は技術立国ではないという意味になる。
ン? 日本は世界でも有数な技術大国なんだけどな。ブツブツ。
文部科学省のアホな政策のため、学生のレベルが地に落ちているということダヨ、と言う意味ならわかる。でもそれなら『技術立国に改善できるか』ではなく『教育立国に改善できるか』ということダロウ。
2218
:
彰往考来
:2006/08/29(火) 12:48:42
>2215 布地の模様のカラープリント
犀角独歩さん
学会版寛師の特別御形木御本尊は布地の模様のカラープリントではなく白地です。
よって、和紙なのか和紙風なのかは眼でみただけではわかりませんね。
実は学会版寛師の御形木御本尊をしげしげとみたことがないのですよ、興味がなくて。
御形木御本尊が布地の模様のカラープリントとすれば、和紙ではありませんね。表装していないわけです。
それに対して寛師の特別御形木御本尊は表装してあります。
2219
:
犀角独歩
:2006/08/29(火) 14:20:57
彰往考来さん
先に、投稿するところを間違えたのですが、行きがかり上、ここで続けます。
わたしが記したのは、学会の印刷本尊は、もちろん‘白地’の紙に日寛の文字と本来、織布で表装してあるところに、布模様がカラーでプリントされているのではないかということです。
要は、いちばん高価な携帯小型版がプラスチックケース入りで、次が布模様ごと印刷の1枚プリント、特別版は、それでも表装してあり、文字の部分だけが和紙か・和紙風の、白地用紙に印刷し、表装はしてある大型ということですね。
なお、わたしも、もとよりこんなものを本尊として興味を懐いているわけではありません。むしろ、こんなものを、よくぞまあ、本尊として、拝むものだと呆れているといったほうが合っています。
もし、鎌倉時代にいまのような印刷技術があり、日蓮、日興が大量に印刷したものを本尊と称して頒布したら、いまの時代まで、その高名が残ることはなかったでしょうね。学会本尊は、わたしの正直な感想を述べれば、そんな愚考と映じます。まあ、つぶやきということにしておきます。
2220
:
彰往考来
:2006/08/29(火) 17:25:37
犀角独歩さん
>2219 要は、いちばん高価な携帯小型版がプラスチックケース入りで、次が布模様ごと印刷の1枚プリント、特別版は、それでも表装してあり、文字の部分だけが和紙か・和紙風の、白地用紙に印刷し、表装はしてある大型ということですね。
そいうことですが、携帯御本尊がプラスチックケース入りだったか記憶にありません。うろ覚えなので確認が必要ですが本体がプラスチック製で開く形になっていると思いました。だからケースなしで持っていた気がするんですよ。ケースは別売りでしょうか。携帯御本尊が手元にないので(親の家にあります)ついでの時に確認しておきます。
2221
:
独学徒
:2006/08/29(火) 22:17:34
犀角独歩さん、
彰往考来さん、
実は私、プラスチック製の携帯ミニ日寛曼荼羅を持っています。
次回、オフ会等があった場合、持参したいと思います。
確かに5,000円を払った記憶があります。
伝特別御形木の絹本日寛曼荼羅もあります。
こちらは10,000円で、プラスチック製携帯ミニ日寛曼荼羅の倍の値段です。
こちらは家族が信仰の対象としていますので、持ち出すことは厳しいと思いますが、今度家族が寝静まったころにじっくりと観察してみます。
伝特別御形木絹本日寛曼荼羅は、遠目で見る限りでは比較的きれいにできていると思います。
私の実家は、メイドイン法道院と噂される初代伝御形木日寛曼荼羅で、叔母の家は今でも顕師曼荼羅です。
これらは紙本表装で、掛軸業界では所謂「仮巻き」といわれる状態です。
仮本尊だからでしょうか?
私が個人的に、某興門寺院より授与いただいた書写曼荼羅は、未表装状態の曼荼羅部分のみでした。
表装は自分で表具店に持ち込み行ってもらいました。
石山の信徒さんには、仮本尊(紙本表装)から変わるのは「常住御本尊」で、この「常住御本尊」には二種類あって、時の法主上人猊下の直筆曼荼羅、もしくは時の法主上人猊下の板曼荼羅(板に墨書したものではなく彫刻されたもの)であると聞きました。
これはあくまでも聞いた話ですので、信憑性はいかがなものかと思います。
たしかに聖僧無き現代ではありますが、書写曼荼羅も良いものだと個人的には感じます。但し基本的には巻いた状態で桐の箱にしまったままです。
仏壇などに安置して、毎日拝むという感じではないです。
基本的には私は不信心で、勤行等はここ数年していませんので、このような感覚なのかもしれません。
不信心な私が言うのもなんですが、本尊は無くても良いような気がするのですがどうなんでしょう。
私は家に帰ってきてから仏壇に向かうことはここ数年なくなってしまいましたが、日々の生活の中で「かわいそうだな」と思うことや、大変なことに直面した時、自分では何もしてあげられない時などは心の中で題目を唱えます。
しかし敢て本尊を曼荼羅の中から選定するのなら、れんさんも仰られていますが、宗祖曼荼羅の複製版が最も良いのではないかと思います。
その意味では、日蓮宗が宗定本尊としている曼荼羅は、最も妥当なのではないかと思います。
2222
:
ラキ
:2006/08/30(水) 01:26:48
つぶやきです〜・・・・・( ̄。 ̄ )ボソ...
私が知ってる範囲で、日顕上人の常住御本尊は、直筆曼荼羅から板彫刻に取り替えた方が居ます。
寺院でも直筆曼荼羅から、同じ用に板彫刻に代えてある所もあります。
日顕上人の代で板彫刻曼荼羅になったのか、詳しい経緯は聞いていませんが、何故なんだろうと考えてしまいます。
2223
:
藤川一郎
:2006/09/01(金) 12:58:55
>>口悪く言えば「ゲスト」に、総講頭を命じ、本末を挙げての慶讃委員長を命じたのですか。日達さんは池田さんを「現代の維摩居士」とまで言ったわけでしょう。
ふと別スレの独歩さんの上記文章を読んでいて、創価学会って確かにかわいそうな扱いだったんだなと思ったので、つぶやきを・・・。
達師は「現代の維摩居士」と口では言ってくれるのに、何で俺達はゲスト扱いなんだ?
大石寺正式信徒の代表である“総代”のはるかに下にさせられ、大法要では、総代は内陣に入れるのに、外陣で有象無象の信徒と一緒に扱われ、大檀那として扱わず、本来大した役職も無い信徒が命じられるべき“慶讃委員長”という名誉職でお茶を濁された。
自分らは、現代の有徳王のつもりでいるのにその象徴である「太刀持ち役」すらさせてくれない。
俺達(池田さんたち)が最後まで納得いかなかったのは、この扱いだったんだ。
以上が彼らの本音でしょう(笑)。確かに不満は感じるでしょうね。
2224
:
真実知求者
:2006/09/02(土) 20:57:40
気になる点です。 ツブヤカセて下さい。
今、ロクに葬式もされずに、白い袋にに無造作に放り込まれて、一人寂しく、?、、無縁墓地に埋葬される方が、、少なく有りません。
菩提寺を持たない現今の方方の「、、弱みを見事に、巧みに利用、?、、」、、した寺院があります、。 大阪・天王寺区の「一心寺」です。
そこでは檀家からの「お骨」をマゼすり合わせて「日蓮様が堕地獄の主因と喝破された阿弥陀佛(浄土宗)に似せてセメントと合成しながら似非の仏を作り、大衆の支持を受け、経済的にもすごいようです。(日経新聞8月20日、大阪の「御骨佛」、)
ナカナカのアイデア・マンの建築家あがりの住職の御発想のようです、?
今後は、これをマネして、お骨の始末・処置に苦慮する寺院らが、、「、、その残骨を活用して、セメント合成の題目の本尊作成も視野、?」、、かも、、??
これはマジに懸念と検討も、?、、でしょうか、!怖い時代、、かも、、?
2225
:
孤独な迷子
:2006/09/03(日) 06:07:11
>>2224
真実知求者さん、はじめまして。
宗教もビジネスの手段、金のためなら何でもあり、というところでしょうか?
2226
:
藤川一郎
:2006/09/07(木) 13:36:27
いよいよ、安部普三氏が総理大臣になりそうですね。
彼は、今年の統一教会の合同結婚式に祝電を送ったそうですね。
彼と統一教会の関係は、おじいさんの岸信介氏以来ですかね(岸信介氏と統一教会系の政治結社国際勝共連合の関係は有名)。
自民党の支持母体=統一教会(国際勝共連合)
公明党の支持母体=創価学会
そんなこと無いか(笑)。
2227
:
藤川一郎
:2006/09/07(木) 13:42:49
(つづき)
岸信介氏が文鮮明氏を弁護した文書
親愛なる大統領閣下
本日私たちは恐らく前例がないと思われる憂える米国民および世界市民の集まりとして、閣下にこの書状をしたためております。この集まりは、特に報道・通信分野で活動する者たちを代表しています。(中略)
「教会と国家」の問題はあまりにも数多くありますが、その中で閣下に書き送るという点で、私たちが一致した問題は、合衆国と文鮮明師との間の訴訟です。私たちは文鮮明師を弁護する必要も、文師の教会を支持する必要もないのです。私たちの伝統が、すなわち万民に対し自由と正義を認めるという遺産が、文師にも同様に与えられるべきであるという、強い信念のゆえの行動なのです。
文師は米国で評判のいい人物ではありません。彼は強固な反共の立場を取り、同時に伝統的な価値観をはっきりと擁護しました。多くの人々がこれらの価値観を嘲笑している時にです。このような文師とその教会の人気のなさにもかかわらず、文師の訴訟は、事実上キリスト教会全体から支援されただけでなく、米国の主な公民権擁護団体の多数から支持されました。
歴史上の主な宗教指導者が皆そうであったように、文師は今、迫害のただ中にいます。文師は誰かの助けがあってもなくても、最終的にはこの期間を乗り越えて、神の真の人として認められるようになるだろうと思います。しかし、精神的、物質的再復興という神から与えられたこの国の使命にとって、今世紀最大の希望の灯をともしている政府の下で、このような不正が行なわれているのを見るのは痛烈な皮肉であり、悲劇です。米国は信仰と道徳と正義の善なる手本を自ら示すことで、世界を導いていくという使命を担っているのです。
「宗教の自由」が、米国で保障されている自由の根幹を成していることを考えると、「宗教の自由」が侵害されているのを見ることは、実に恐るべきことであります。文師の裁判では、文師を支援する書状が、米国でも著名な人々や、主流教会をはじめ3人の州検事総長を含む40の主要団体、個人から合衆国最高裁宛に提出されました。最高裁史上、これほど多くの支援が寄せられた人はいないのですが、それでもなお、最高裁は審理することさえ拒否したのです。
300万人近い人々の宗教指導者で国際的にも認められている人物が、このような状況下で米国の刑務所に投獄されていることは私たちにとって非常に気がかりです。大統領閣下、私たちは「宗教の自由」および「言論の自由」を保障した米国憲法修正第一条に基づいて、閣下が直ちに過ちを是正する行動を取るようお勧めするものであります。文師を引続き投獄しておくことは、国家にとっても何ら利益になりません。私たちは閣下がこの問題に注意を向けてくださるようお願いするものであります。
敬具
岸信介 元・日本国総理
ダグラス・マッカーサー2世 元・駐日大使
ジャック・スーステル博士 元・フランス副首相
2228
:
彰往考来
:2006/09/08(金) 18:23:33
「撃壌歌(げきじょうか)」
日出而作
日入而息
鑿井而飲
耕田而食
帝力于我何有哉
日出でて作り
日入りてやすむ
井を鑿ちて飲み
田を耕して食らう
低力われに何かあらん
太陽がのぼれば耕作し
太陽がしずめば休む
井戸を掘って水を飲み
田を耕してご飯を食べる
帝の権力?私には何の関係もない
本郷和人『人物を読む 日本中世史』2006年、講談社、62頁より、
2229
:
彰往考来
:2006/09/08(金) 18:26:00
>2228 誤記訂正
誤:低力われに何かあらん
正:帝力われに何かあらん
失礼いたしました。(彰往考来)
2230
:
独学徒
:2006/09/20(水) 22:35:05
公明党元委員長で総務庁長官をつとめられました石田幸四郎さんが、突発性肺繊維症の為18日にお亡くなりになったそうです。
ご冥福をお祈りします。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060919-00000007-maip-peo
2231
:
鳥辺野
:2006/09/21(木) 21:06:53
皆さんお久しぶりでございます。2005年5月「蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について」でお世話になりました鳥辺野でございます。
以前から大変気になっている事を一点挙げさせていただきます。現在小泉久遠寺に奉安されている御影尊は確か明治十三年十一月九日の
大火で焼失してしまった旧御影尊に替わって安置された物なのですが、私が所蔵しています「大石寺をめぐる史跡と伝説」(郷土出版社
緑星社刊 著者 富士 宗四郎 初版1973年9月1日)七六頁によると「九州から戻された由緒ある祖師像」と写真入りで掲載され
ております。本文七五〜七七ページにも「なお当寺の火災後、ただちに九州本善寺から古い由緒ある祖師像が送られたことを報告してお
く。」とあります。九州本善寺といえば石山の末寺ですが元々郷門の寺院で日郷師の弟子日叡師が建武二(1335)年に開山した寺院
です。この事と何か関係があるのでしょうか?どなたかご存知の方はおられますか?
>2230 石田氏亡くなられましたか。ご冥福をお祈りします。
2232
:
鳥辺野
:2006/09/21(木) 21:09:46
>2231行がずれました。失礼致しました。
2233
:
独学徒
:2006/09/21(木) 22:17:47
鳥辺野さん、はじめまして独学徒と申します。
旧本門宗の時代には、保田妙本寺と小泉久遠寺は郷門の中心寺院でしたので、明治期に本善寺から小泉久遠寺に御影の奉納があっても不思議ではないと思います。
むしろ日向定善寺や日向七ヶ寺・保田妙本寺などが、戦後日蓮正宗に移行したことのほうが不思議な出来事であったのかもしれません。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~shibuken/Temple/Kyushu/honzenji.jpg
2234
:
鳥辺野
:2006/09/21(木) 22:59:49
2233 独学徒さん
>戦後日蓮正宗に移行したことのほうが不思議な出来事
はじめまして。そうですよね。現在の妙本寺に関しましては小泉久遠寺や伊豆の實成寺、北山本門寺とも仲良くされています。特に執事さんは「久遠寺とは親戚のようなものですよ」とおっしゃっていた事が印象に残っています。
2235
:
国旗国歌強制は違憲
:2006/09/22(金) 07:01:39
>戦後日蓮正宗に移行したことのほうが不思議
創価の財力がおいしそうに見えたのでは。
2236
:
賞味期限ゼロ
:2006/09/22(金) 19:11:29
、、、2235サン。 失礼します。
>、、おいしそうに、、。
グサリと核心を突いています。 我々は所詮はカネとその他の力には、トホホ、、ですか、、。
誠に情けない次第では御座います。
アノ鎌倉時代にカネと力に対して、、?を感じて、全力・全誠心で命を投げ打って立ち上がった方=
こそ日蓮さま、と存じます。 その末裔を繋ぎたいならば、いまは、?、、が求められていますでしょう、?
とっくの昔に賞味期限が切れている団体さまも散見されます。(「創価の実力」島田教授、「FORUM21]9:15号)
今後もダマシのテクニックが闊歩するでしょうが。 それを見破る眼力の養成に今こそアイ勤めたく思いますが、、。
2237
:
通りすがり
:2006/09/22(金) 21:10:28
賞味期限ゼロさんは、たびたびネームを変えて書き込みされていますね。
???、、、ばかりの珍しい書き方は、あなたしかいません。
2238
:
不思議?
:2006/09/22(金) 23:03:27
自作自演の書き込み、何が楽しいの?
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