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つぶやきすれっど2

2196犀角独歩:2006/08/13(日) 19:32:16

水を差すようで恐縮ですが、花押は、日蓮ご本人が確かにこれ(漫荼羅)を図したこと示す証なのであって、それが唱題する姿であるとか、こちらを向いている・背を向けているなどという意図で記したものではないという見解も付加されて然るべきであろうと存じます。

なお、現石山の言い分は中世以降に定着したものであり、日興已来のものでないことは既に議論を畢えています。また、御儀口伝が、その名称を『就注法華経御義口伝』(注法華経に就いての御義口伝)と言いながら、実際は、注法華経と脈絡がないこと(山中研究)、さらに、その口伝を弘安元年としながら「六老僧」という語彙が見られること(この記述は、石山、学会版では削除されている)、しかし、本弟子六人の選定は弘安五年であるので時系列が一致しないのみならず、当初の選定段階で「六老僧」という呼称もなかったことなどからして、この文書を以て、日蓮日興已来の血脈を論じることは、議論としては破綻している点もまた既に論じてきたことでした。

以上のような、過去の議論の積み重ねを覆すのであれば、それなりの挙証があって然るべきです。原石山の老僧が何を言ったところで、日蓮日興の教学と伝承の証明とはならない点を、指摘しなければなりません。

ただし、以上の点は、紳士的な道義から申し上げることで、問答さんのご賢察、また、大縫さんの石山歴代曼荼羅研究を穢す意図はないことは申し添えるものです。


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