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つぶやきすれっど2
2198
:
問答迷人
:2006/08/13(日) 21:47:50
犀角独歩さん
御叱責、尤もであると存じます。
れんさん
ご指摘尤もだと存じます。
ここはつぶやきスレッドなので、簡単に思うところを述べさせていただきます。
一、曼荼羅に認められている「妙法蓮華経」という文字は、法華経の経題であり、神力品に於いて上行菩薩が代表として釈尊から付属された要法であるとして蓮祖が教えられる所の「妙法蓮華経の五字」だと言う事。
二、この、上行所伝の「妙法蓮華経の五字」に南無する、という意義を以って、蓮祖が「南無妙法蓮華経」と口に唱える修行方法を自らも唱え、他にも唱える事を広められた事。
この二つは動かないと思っています。この二点を前提に考えるとき、大縫さんが教えてくださった興門の古老のお話は、誠に合点が行くと僕は思ったわけです。これは、過去、既に議論されてきた事を蒸し返しているのでは無く、曼荼羅を蓮祖がどのような目的で表したのか、それを探る意味合いなのです。
又、蓮祖に上行菩薩の自覚が有ったか無かったか、大変難しい問題ですが、事実としては、釈尊が上行菩薩に付属した「妙法蓮華経の五字」を蓮祖が口唱し、他をも口唱させ、又、曼荼羅に認めて信徒に授与したのは紛れも無い事実だと思います。もし、蓮祖に上行菩薩の自覚が全く無かったとしたら、なぜそのような越権ともむ取れる行為に及んだのか、説明が付かないのではないかと思います。大いに疑問が残るわけです。
僕としては、結論を急ぐ気持ちは全く有りません。ただ、蓮祖が如何なる目的で曼荼羅を表したのか、何としても知りたいものだと思うばかりです。まぁ、そういう意味で、日頃考えてきた愚案を少しばかりつぶやかせて戴きました。ご賢察賜れば幸いです。
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