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つぶやきすれっど2
2197
:
れん
:2006/08/13(日) 20:45:43
問答さん・大縫さん。
貴重なお話謹んで拝聴いたしました。大縫さんのおっしゃる興門長老とは、文脈から、恐らく石山以外の日興門流の老僧の方のお話と拝察致します。興門長老の方のご意見から、ふと、日順雑集の「戒定慧と下る事は仏法修行の儀式なり、定戒慧と下るは説法の儀式なり」を思い出し、前者を漫荼羅の日蓮御判に、後者を御影にあてて考えてみましたが、やはり、原初的には独歩さんが仰る以上の意味は無かったものと思います。
先日の松山師の法華経講義の休憩の時に、松山師が澁澤師に蓮師の上行自覚の有無について質問されておられました。私は個人的には、蓮師の上行自覚があったかもしれないことを示す蓮師真筆は万年救護本尊しかなく、蓮師としてはむしろ「不軽の跡を紹継する」(聖人知三世事)御自覚の方が佐渡期身延期を通じて強かったものと思っております。
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