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『おにくげ』について教えてください。

99犀角独歩:2005/03/13(日) 11:57:41

94 れんさん

> 歴代法主全書…精師以前…‘おにくげ’…文献はありません

歴全を所蔵しないわたしにとって、有り難いご教示でした。
感謝申し上げます。

> 「高祖上人の眉間の骨舎利」(目師の舎利?)から外れた歯を使用

これは、二重に驚く、ご推論と拝しました。なるほど。
わたしもかつて、石山にある蓮師霊骨と言われるものは目師半身の遺骨が伝承のなかで蓮師のものといわれるようになったという仮説を述べたことがあります。

長くて恐縮ですが、以下です。

*** 以下転載 ***

225 名前: 独歩 投稿日: 2001/12/02(日) 11:14

○石山の霊骨は誰の遺骨か

…石山にはたしかに“遺骨は”あるのです。これが聖人の遺骨ではないとしたら、いったい誰の遺骨なのでしょうか。両山問答において霑師は

当山瓶中に盛る処の者は全骨にはあらず僅に胸部より頭脳にいたるまでの御骨にして其の余は身延に残し給へるか其の情知るべからず

といいます。つまり胸より頭部に至る骨、いわば上半身のみであるということです。私は、この記述に接し、直ちに以下の資料を思い出しました。

富士大石寺明細誌

正慶二年興師の滅後再び将に帝都に観光せんとす濃州垂井駅に抵りて疾を感じて乃寂す実に十一月十五日なり、春秋七十四、従ふ所の日尊日郷泣々喪事す、乃“骨を二瓶に分ち”以て富士上野と洛の鳥辺山とに塔す

同誌は享師も「先師も曽て怪奇の書と貶せられたれども」という如く、その内容は多く考証の余地を残しています。ただ、それまでに伝承をまとめてある点での資料性は有します。

これはあくまで推論ですが、目師の遺骨は尊・郷二師が分かって、方や京へ、方や富士へ持っていったのは事実ではないか、その石山に持ちかえられた目師の遺骨が、その後、聖人の遺骨として崇められるに至ったのではないのかと考えるのです。

…目師の尊敬は篤く聖人と異ならず拝され…その遺骨は極めて意義あるもの…いつしか目師の遺骨は聖人の遺骨といわれるに及び、現代に至っているのではないでしょうか。

『富士大石寺の歴史について』225
http://fujimonshinto.hp.infoseek.co.jp/keijiban/rekisi.htm

*** 転載おわり ***

今回のれんさんのご賢察を拝し、石山の蓮師霊骨と称されるところを目師遺骨と達観されている所を拝し、ますますかつての思いが深まりました。また、要山人が目師を「高祖上人」と言ったところで不思議はないように思えますが、この点は、同お考えになりますか。しかし、一般は高祖と言えば、蓮師でしょうから、これが誤伝された可能性をわたしは考えるわけです。

しかしそれにしても頭骨があれば、当然、歯が残っている可能性はあるわけですね。「御肉牙」作成に、これを供したという点に、なるほど、そのように考えることは充分にできると思った次第です。

あと、一点。わたしは生まれながらの日蓮正宗創価学会でした。親は昭和28年の入信でした。昇師の時代です。亨師が院尊。その後、順師、達師と時代を追います。座替に親は何度か当たっているわけです。わたしも、背負われて見たと母は言うのですが、どうも記憶に残っていません。その母が「御肉牙は犬歯」と言ったのを覚えています。しかし、各伝承を見ると「肉附歯一枚」と数取りされます。どうも、犬歯を「一枚」と数えることには違和感を懐くわけですが、どの歯と言うことになっているかご承知でしょうか。

ロムの皆さんでもご存じの方がいらっしゃればご教示いただきたくお願い申し上げます。


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