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欠陥コピペ王

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2資料管理請負人:2014/08/31(日) 01:50:51
グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに
渾身のコピペ/欠陥読書人2
茶:大王コピペ箇所
青:底本?? 緑:底本著者



【コピペ作品】
今月の本?? 投稿者:月刊読書人?? 投稿日:2010年 3月30日(火)23時18分1秒????  通報 返信・引用

茶:大王コピペ箇所
青:底本 緑:底本著者


【コピペ作品】

今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2010年 3月30日(火)23時18分1秒   通報 返信・引用

 MB会の名コックであるMさんといえば誰であるかすぐお分かりのことでしょう。
彼から聞いたことであるが、アルバイトで警備などの仕事に就く場合、見回りする以外の自由な時間は(控え室で他の同僚はテレビを見ている人が多い中で)新聞の書評欄で評判になった本を読むことが多い、とか。
 それでは「最近どんな本、読んでる?」と問うてみたら、その後MB会などで会ったときに、ちょくちょく(自分が読み終わった)本をいただくことが多くなった。本のジャンルは幅が広いが、どれも社会問題や時代の矛盾を告発するような本ばかりだ。

 先日、お会いしたときにいただいたのは『浜矩子著の「グローバル恐慌」』と『栗原俊雄著の「シベリア抑留」』である。
 そのうちの『グローバル恐慌』というのを、今月の推奨する本として紹介したい。


『グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに―』 浜矩子 著(岩波新書)

?  2008年に発生した米国発のサブプライム問題は100年に一度とも言われる経済混乱を招き、世界そして日本を大きく揺さぶっている。何故こんなことになってしまったのか、世界同時不況はこれからどうなっていくのか、大いに気になるところだ。

? 著者は、この危機を「21世紀グローバル恐慌」と名付ける。これまでの恐慌とは決定的に異なる新しい特徴があるからだ。

? 現在の経済収縮は、金融危機の段階を超えて、世界規模の「恐慌」へと歩みを進めているのではないか。
この危機拡大の要因を解説しながら、このようになった事態の意味、世界同時不況のゆくえについて考察し、金融の暴走をもたらしたグローバル経済を変革する必要性を強く訴える。

? 著者は、90年代シンクタンクのエコノミストとして英国に赴任していた。折りしも日本経済はバブル崩壊で大変な不況に陥り、世界第二位の経済大国の行方に欧州経済界の関心は高かった。そんなときBBCのニュース番組に出演し、キャスターからの難しい質問を流暢な英語で難なくこなしていたことを記憶している。
 そのときから私は気になっていた著者だが、現在は、日本で大学(同志社大学)の教壇に立っている。そして時々、テレビ討論などパネリストとして出演したときには、その強烈な個性と、鋭い舌鋒で話題を呼んでいる。

 私もテレビや週刊誌(週間金曜日)で彼女のコメントや主張を良く聞いているが、「わかりやすさ」と「歯切れのよさ」では、並居るエコノミストの中では傑出していると思っている。

 特に本書での最後の「そして今を考える」という「章」では、「グローバル恐慌は企業の資金調達難という形で確実にカネの世界からモノの世界に伝播する」という自説は納得のいくものだった。
? とにかく、借り物ではなく、和製エコノミストのホネのある生きた経済観をインパクトのある内容になっていることは間違いない。



? ただ、若干不満があるとすれば、バブル経済の破綻に伴う不良債権処理を経験した日本は、世界に何かを教えられるのではないかということについて、著者は「世界が日本から学べる時期は過ぎた」と手厳しい。また「2006年ごろから、兆候は見えていたのに・・・・」というのなら、何故そのとき何らかの警告を世間に発しなかったのか、と言いたくもなる。

?それでも、本書は非常に読みやすく書かれているし、内容的にも充実しているので、経済についての解説書としては飽きが来ない程度の時間で読破できる。




【底本】

?なぜこうなった? これからどうなる?

 アメリカ発のサブプライム問題は、「百年に一度」とも言われる経済波乱を招き、世界そして日本を大きく揺さぶっています。なぜこんなことになってしまったのか、世界同時不況はこれからどうなっていくのか、大いに気になるところです。

? 著者は、この危機を、「21世紀型グローバル恐慌」と名づけています。これまでの恐慌とは決定的に異なる新しい特徴があるからです。緊急出版の形で刊行した本書では、危機がやって来た理由や、世界で今起きつつあることを、緊張感の漲った文章で探っていきます。現在進行中の事態を鋭く、そしてわかりやすく捉えた本です。ぜひご一読下さい。
(新書編集部 小田野耕明)


?アメリカのサブプライム危機は、金融市場を麻痺させ、全世界を震撼させている。現在の経済収縮は、金融危機の段階を超え、世界規模の「恐慌」へと歩みを進めているのではないだろうか。危機拡大の要因を解説しながら、事態の意味、世界同時不況のゆくえについて考察します。金融の暴走をもたらしたグローバル経済を変革する必要性を強く訴えます。
(岩波レビュー)



?評価が高い有用性のあるレビュー
51 人中、32人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。

5つ星のうち 5.0 浜 矩子、 恐るべし!!
 本書の著者は、1990年代初頭、シンクタンクのエコノミストとしてロンドンに赴任していた。折しも日本経済はバブル崩壊で大変な状況に陥り、世界第2位の経済大国の行方に欧州経済界の関心は高かった。そこで彼女にお呼びがかかる。BBCなどのニュース番組に出演し、日本経済に対するキャスターからの難しい質問を、流暢な英語で難なくこなしていた。現在は、日本で教壇に立つ著者であるが、テレビ討論などにパネリストとして出演した時には、その強烈な個性と、鋭い舌鋒で話題を呼ぶ鬼才とも言うべき著者の最新刊である。...
レビューをすべて見る ?
投稿日: 2009/2/21 投稿者: 21世紀のケインジアン


?BBCコメンテーター時代からお馴染みの, 2009/3/21
By hayato01
単身ロンドンの金融センターで溢れる情報と格闘し、押し潰されもず、亜流の祖述家や当時巷に溢れた凡百おのぼりさん的賛美に陥ることもなく、その本質を見詰め抜き、磨きあげやがてあちらの一流ジャーナリストにも認められるにいたった誠に数少ない和製エコノミストのホネのある生きた経済観・相場勘・因果の直感に溢れているインパクトの非常に強い内容になっています。


5つ星のうち 5.0 切れ味鋭い21世紀型恐慌の分析, 2009/1/22
Byヒデボン (奈良県奈良市)
レビュー対象商品: グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに (岩波新書) (新書)
(中略)

? 本書は非常に読みやすく、内容も充実しているので是非一読をお薦めするが、
?エコノミストたる著者に若干の不満もある。
バブル経済の破綻に伴う不良債権処理を経験した日本は、世界に何かを教えられるのではないかということについて、著者は「世界が日本から学べる時期は過ぎた」と手厳しい。また「2006年秋ごろから、兆候は見えていたのに・・・・・」というなら、先生、なんでそのとき何らかの警告を世間に発さなかったのか。

3同人α総務:2014/09/01(月) 21:24:16
医者井戸を掘る
◆2002年9月 初登場です。
「わたしたち」とアジで使い慣れた言葉を繰り返すものの、
それなりに自分の言葉で本の紹介をしています。




秋の気配も近いようで・・・・・     2002年 9月22日(日)21時41分29秒
The Apple・・・・New York のこと、O氏の英語物知り帳を見て、懐かしく思い出しました。20年前の80年代、ニューヨーク、マンハッタン、それも昨年の9月11日のテロで倒壊したWorld Trade Center(north)に勤務した4年間のこと。この頃よくThe Apple と使ってたし、あちこちの看板にも大きなリンゴの絵があったもの。ただ本当のアメリカらしさは、New York にはないなあというのが率直な感じでした。ところで月一回の最近読んだ本の書評を。

医者井戸を掘る
                        中村 哲 著(石風社)

 確か今年の1月か2月ごろの国会審議で、昨年の9.11以来、注目されはじめたアフガン問題で、参考人として意見を求められた著者が、“皆さんはアフガンという現場の現実を知らないで机上の論議ばかりしている”というようなことを言ったため、多くの自民党議員からクレームがでた・・・・というような新聞の記事を見たことがある。そのような記憶があって、この本を図書館で見つけて読んでみた。

著者の略歴は、1946年福岡生まれ、九州大学医学部卒業。国内の診療所勤務を経て、1984年4月パキスタン北西辺境州の州都ペシャワールに赴任。以来17年に亘りハンセン病のコントロール計画を柱にした貧困層の一般医療に携わる。そして1986年にはアフガニスタン無医地区での診療活動を実践し、診療所設立や無医村地区での診療活動などのNGO活動を精力的に遂行、とある。
 本書はもともと医者である著者が、PMS (ペシャワール会医療サービス、1983年に著者のパキスタン・アフガニスタンでの医療活動を支援する目的で結成された日本の民間海外協力団体)の仲間等と共に、2000年6月から始まったアフガニスタンの未曾有の大旱魃に遭遇して、早急な水源確保の対策を迫られ、井戸を掘る悪戦苦闘の記録である。
 私たちは昨年9月11日(米国同時多発テロ)以降、米国の軍事攻撃の標的となったアフガニスタンの不幸についてはいくらか知っている。しかしそれ以前のこの国に対してどれほどの関心があっただろうか。この大旱魃についても、かろうじてWHO(世界保健機関)が警告を発していたが、まともな国際的対応は皆無であった。1200万人が被害を受け、400万人が飢餓に直面、餓死寸前の者100万人と見積もられた。問題は医療以前にあった。とにかく医者である著者が“病気は後でも治せる。ともかく生きのびてくれ!”と言わざるをえない深刻な状況があった。
 確かに私たちは数字に麻痺してるいかもしれない。「百万人が餓死」などと報告書では簡単に聞くことができる。しかしこの著書が言うように、実際の修羅場を目前にすれば、それは生易しいものであるはずがない。それに診療地域が無人化すれば、医療どころではないだろう。そして著者たちの苦闘の活動の結果、2,001年8月末現在、作業地600ヶ所、うち512ヶ所の水源が利用可能、約20万人以上の難民化を防止する一大事業となり、所によっては、戦乱と渇水で一旦無人化した地域を再び緑化し、1万数千名を帰村させるという奇跡さえ現出できたのである。

4資料管理請負人:2014/09/01(月) 22:31:10
資本主義はなぜ自壊したのか
◆2009年、既にコピペ癖があったようだ。
◆ほとんど他人が書いた書評と本からの盗用と並べ替えだ。本からの引用も含めて
コピペして省力化を図っている。
◆好きな言葉? 笑っちゃう。



茶:大王コピペ箇所
青:底本/コピペ元
緑:本当の著者


【コピペ作品】

今年の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2009年12月31日(木)21時28分

 『神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。そして変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ』
 これは、神学者・ラインホルド・ニーバーの「祈り」の中に出てくる一節であり、私の好きな言葉でもある。
 同時に、この「祈り」はキリスト教世界にだけ当てはまる言葉ではなく、むしろ今のこの国の状況に対して切実な響きを持っていると私は思う。
 そしてなかでも求められているのは「識別できる知恵」だろう。さらに言えば、「変えるべきもの」と「変えるべきでないもの」をそれぞれが自己の確信として持とうとする「意思」ではないか。

 さて今年もあと数時間となってしまった。昨年もこのようなこと書いた記憶があるが、仕事を辞めたあと、特に束縛されるものがないと時間そのものが濃淡も起伏もなく無意識のまま流れていってしまう。はっと気づいたときは、もうこんな月日になってしまったかとあらためて感じいってしまうのだ。このような時間の経過にさえ無自覚のままに。

 ともかく今年の最後の日の大晦日である。今年最後の書評ともなれば、やはり今年読んだ本の中で最も印象深い本を挙げてみたい。もっともこれはあくまで私がそう感じたものであって、大方の読者の好みとは大分違いがあるかと思うが。

 資本主義はなぜ自壊したのか         中谷巌 著 (集英社)

 小渕内閣の経済戦略会議議長代理からその後の小泉内閣の経済財政会議の主要メンバーなど、
?90年代より市場解放・構造改革の急先鋒として経済政策に多大の影響を与えてきた著者が「グローバル資本主義は貧困や格差など深い傷を作り出す『モンスター』になった」と断じ、「それを支える新自由主義の考え方に決別、『転向』宣言を行った」のが本書である。
 著者が言う新自由主義、
?グローバル資本主義の本質的欠陥とは、ざっと挙げるだけでも次のようなものがある。

1. 世界金融経済の大きな不安定要素となる。
2. 格差拡大を生む「格差拡大機能」を内包し、その結果、健全な「中流階層の消失」という社会の二極化現象を産み出す。
3. 地球環境汚染を加速させ、グローバルな食品汚染の連鎖の遠因となっている。

 現在、地球上で起きているさまざまな問題のすべてをグローバル資本主義のせいにすることは
?酷かもしれないが、国境を越えて自由に経済資源が移動できるような世界がベストだというグローバル資本主義の基本哲学の正当性は再検証されるべき運命にあるのではないか。

?今回の米国発の金融不安は、まさにその本質的な欠陥や問題の一部を露呈したものに他ならないし、現在も深刻さを増しつつある環境汚染、食品汚染、格差拡大などを考えると、グローバル資本主義にはかなり大きな修正が不可避である。

?著者は「もっと強く言うことを許していただけるなら」とことわってはいるが、「米国主導のグローバル資本主義は自壊しはじめた」というのが、著者の認識である。

?本書の主張や趣旨は、以下の3点に集約される。
 第一に、感情論ではなく経済学のロジックから市場経済論、グローバル資本主義の欠陥を指摘したことである。「地産地消」のローカル資本主義に対して市場至上主義は必然的に大量の貧困層を生み出すと断じた。

 第二に、米国の特徴を論じ、これに日本の伝統的な思想・文化を対照させることで、日本独自の未来を描こうとしたことである。
 つまり、米国はそもそも自然や特殊性を排除する傾向の強い宗教・理念国家である。近年は「豊かさ」を支えていた大多数の中間層の没落によって超リッチ層と圧倒的多数の貧困層に分断された社会となった。だが日本には「自然との共生感」、長期互恵を基盤とした「安心・安全の社会観」、日本的経営を支える「商人道」、労使協調の哲学がある。それらを日本自身はもっと重視すべきであると説く。

 第三に、しかしその日本もOECDに属する先進国中で米国に次ぐ高い「貧困率」に苦しみ、08年の国際競争率は総合で9位、IT部門で19位と経済大国として不本意な評価を受ける国になった。当面の日本再生のカギは、適切な所得の再分配による貧困層の減少を図る税制改革を断行すること、特に「還付金つき消費税」方式の導入を提案している。

?本書の主張自体は、これまで新自由主義や構造改革に反論・疑義を唱えてきた人々の見解に重なり、特に目新しさは多くはない。それでもかっての自民党内閣の経済政策に多大の影響を及ぼしてきた著者の「懺悔」の書であるのなら、大いに聞くに値する。
 特に小泉内閣のときに、同じように重宝され市場主義、グローバリズムを先導した竹中半蔵が、反省するどころか、いまだに「市場主義はまだまだ完全ではない」とか「規制緩和をさらに進めるべきだ」などブザマな言動を発しているのに比べれば、著者の真摯な正直な態度は際立っていると言えよう。

?とにかく本書は社会的影響力のある筆者による新自由主義経済論への徹底批判という衝撃の書であり、直面している世界や日本の状況を念頭に置きながら本書を読めばかなりの説得力を持つ。それに平易に分りやすく述べてあるので、経済にさほど詳しくない読者でもスムーズに理解できる。



【コピペ元−1】
書評
資本主義はなぜ自壊したのか [著]中谷巌
[評者]天児慧(早稲田大学教授)  [掲載]2009年01月25日   [ジャンル]経済
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=LuyxsmuhiqEJ&p=%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%AF%E3%81%9D%E3%82%82%E3%81%9D%E3%82%82%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%82%84%E7%89%B9%E6%AE%8A%E6%80%A7%E3%82%92%E6%8E%92%E9%99%A4%E3%81%99%E3%82%8B%E5%82%BE%E5%90%91%E3%81%AE%E5%BC%B7%E3%81%84%E5%AE%97%E6%95%99%E3%83%BB%E7%90%86%E5%BF%B5%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B&u=book.asahi.com%2Freviews%2Freviewer%2F2011071704399.html

■「転向」宣言し新自由主義経済を批判
 サブプライム問題が発生して以降、世界は金融恐慌の嵐に遭遇している。米国大手金融業界では大規模な倒産、解雇が相次ぎ、世界の金融経済を完全に狂わせてしまった。わが国でも不況は一挙に爆発し、輸出産業の急激な減速、従業員の大量解雇など深刻な経済危機に陥っている。さらに、格差拡大に伴う貧困化、医療など社会保険システムの弱体化、環境汚染、人間性荒廃など様々な経済社会問題が深刻化している。この状況の中で、
?90年代より市場開放・構造改革の急先鋒(きゅうせんぽう)として経済政策に多大な影響を与えてきた著者が本書で、グローバル資本主義はこうした深い傷をつくり出す「モンスター」になったと断じ、それを支える新自由主義の考え方に決別、「転向」宣言を行ったのである。

?本書の主張自体は、これまで新自由主義論や構造改革に反論・疑義をとなえてきた人々の見解に重なり、とくに目新しさは多くはないが

?以下の3点が特徴的である。
第1に、感情論ではなく経済学のロジックから市場経済論、グローバル資本主義の欠陥を指摘したことである。「レバレッジ経営」による金融経済の飛躍的な成長と、歯車が逆方向に向かったときの巨大なバブル崩壊、「地産地消」のローカル資本主義に対して市場至上主義は必然的に大量の貧困層を生み出すと断じた。

 第2に、米国の特徴を論じ、これに日本の伝統的な思想・文化を対照させることで、日本独自の未来を描こうとしたことである。米国はそもそも自然や特殊性を排除する傾向の強い宗教・理念国家である。近年は「豊かさ」を支えていた大多数の中間層の没落によって超リッチ層と圧倒的多数の貧困層に分断された社会となった。日本には「自然との共生観」、長期互恵を基盤とした「安心・安全の社会観」、日本的経営を支える「商人道」、労使協調の哲学がある。それらを日本自身はもっと重視すべきであると説く。

 第3に、しかしその日本もOECDに属する先進国中で米国に次ぐ高い「貧困率」に苦しみ、08年の国際競争力は総合で9位、IT部門で19位と経済大国として不本意な評価を受ける国になった。当面の日本再生のカギは、適切な所得の再分配による貧困層の減少を図る税制改革を断行すること、特に「還付金付き消費税」方式の導入を提案している。またデンマークなど北欧での「大きな政府」が経済を活性化させるメカニズム、国民を支える地域社会の活力を紹介し、同時に歴史や文化の伝統から日本は「環境保護の超先進国」を目指すべきだと説いている。ただ、最後に今こそ「モンスター」に鎖をつけ、自由の抑制が必要だとしているが、それは我々自らが欲望を抑制することだと精神論で締めているのはいささか拍子抜けであった。
?しかし、本書は社会的影響力のある筆者による新自由主義経済論への徹底批判という衝撃の書であり、直面している世界や日本の状況を念頭に置きながら本書を読めばかなりの説得力を持つ。特に「構造改革」を推進してきたブレーンや、迷走している政治家の皆さんが真剣に読まれることをお勧めする。


【コピペ元−2】

ライブドアブログ
http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65283025.html
2009年07月12日00:00
カテゴリ中谷巌経済

事実を捻じ曲げてまでグローバル資本主義のせいにする中谷巌
 「資本主義はなぜ自壊したのか」18〜19ページ。
 以下引用。

 多くの経済学者、ことにアメリカの経済学者たちは「これは大変な激動ではあるかもしれないが、しょせんは資本主義経済の自律的な調整のプロセスである」と考えて、国境を越えて資本やモノが自由に移動するという、新自由主義やグローバル資本主義の枠組みそのものは今後とも続くと楽観的に考えているようだ。
 しかし、筆者はそのような楽観的な考えをもっていない。
 なぜなら世界経済をこれまでダイナミックに拡大させてきたグローバル資本主義には、本質的と思われる欠陥が数多く内包されており、それらに対する適切な処方箋が示されない限り、そのままの形で再生することは決して好ましいことではないと考えるからである。
?グローバル資本主義の本質的欠陥とは、ざっと挙げるだけでも次のようなものがある。

 1.世界金融経済の大きな不安定要素となる。
 2.格差拡大を生む「格差拡大機能」を内包し、その結果、健全な「中流階層の消失」という社会の二極化現象を生み出す。
 3.地球環境汚染を加速させ、グローバルな食品汚染の連鎖の遠因となる。

 現在、地球上で起きているざまざまな問題のすべてをグローバル資本主義のせいにするのは
?酷かもしれないが、国境を超えて自由に経済資源が移動できるような世界がベストだというグローバル資本主義の基本哲学の正当性は再検証されるべき運命にあるのではないか。
?今回の金融不安は、まさにその本質的な欠陥や問題の一部を露呈したものに他ならないし、現在も深刻さを増しつつある環境汚染、食品汚染、格差拡大などを考えると、グローバル資本主義にはかなり大きな修正が不可避になるはずである。
?もっと強く言うことを許していただけるなら、「アメリカ主導のグローバル資本主義は自壊しはじめた」というのが筆者の認識なのである。



5資料管理請負人:2014/09/02(火) 21:53:54
若き友人たちへ―筑紫哲也ラスト・メッセージ
◆嘘と捏造と盗用とパクリの韓国とそっくりの欠陥コピペ大王だ。
 どこまでが引用なのか明記していない。そもそも自分の言葉(考え)であるかのよう
 に見せることに何のためらいもない。完全に日常化している。
◆この人にはものを書く人間としての本分も良識もない。
◆朝日記者を嘆く人が、朝日の書評をコピペして自分の言葉にする。大笑いだ。
◆赤字の部分、書いてある事はもっともだが、書いている人を思うと大笑いだ。

茶:大王コピペ箇所
青:底本/コピペ元
緑:本当の著者


【コピペ作品】

今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2010年 2月28日(日)22時07分
40年近く朝日新聞を購読している。朝日は他の新聞よりも比較的メディアとしての本分と良識を保っていると思っていたからだ。だが最近のこの新聞の論調にはまったく失望している。
 なぜかと言えば、沖縄の基地問題、鳩山内閣半年の評価、小沢と検察の権力闘争などどれをとっても以前ほどジャーナリズムとしての論理や理念をベースにして主張することがなくなってきた。ということは逆に言えば、大衆迎合主義的な論調が多すぎるということである。

 例えば沖縄の普天間基地の移転問題について自公政権と米国の合意は尊重せねばならぬとさんざん強調しておきながら、基地移転反対派の市長(名護市)が当選したら、今度は逆に沖縄県民の民意は充分配慮せねばならぬと言い出すのだ。また一方では鳩山内閣の(基地移転の問題を決められない)優柔不断さを批判する始末である。

 ジャーナリストとして権力を批判するスタンスは最も大事なことである。ただしやみくもに何でも批判するということではなく、批判する根拠をきっちりと提示せねばならない。そしてそれは歴史的、社会的視野を持ち、新聞というメディアとしての理念に基づいて述べなければならない。

 朝日新聞が何故このように付和雷同的、大衆迎合的傾向になり、一貫性、理念性の希薄さに陥ったかは、やはり社員特に編集委員メンバーにかっての気骨あるスタッフ(例えば筑紫哲也、本多勝一、上前淳一郎のような)がいなくなってしまったからだろうか。

 今月の推奨したい本は、その数少ない根っからのジャーナリストとして畏敬していた筑紫哲也(08年、肺がんで逝去)の最後のメッセージを編集した本である。

『若き友人たちへ―筑紫哲也ラスト・メッセージ』 筑紫哲也 著(集英社)

 4年ぐらい前だったか、当時早稲田の学生だった娘から「お父さんの好きな筑紫哲也が早稲田で講義しているよ」と言われたことがある。
 それより以前に彼の講演を聞いたことがあるが、「ものの見方や考え方」について実に明快に論理的に話を展開して大いに感銘を受けたものだ。いつかじっくりと彼の話をききたいものと思っていた。それで学生風を装ってこっそりと聴きにいってやろうかとも思ったが、今の大学当局は部外者の怪しいものたいしては、すぐ警察を呼ぶらしいから諦めたことも覚えている。

 そのころ、つまり2003年から2008年(亡くなった年)にかけて筑紫哲也は早稲田大学と立命館大学で講義を持った。その中で学生たちに再三伝えようとしたのは、情報や情緒に流されることなく自分の頭で考えることの素晴らしさであった。この一連の講義録をもとに、本書は構成された。「若き友人」を「日本人」と置き換えてもいい内容である。

? 内容は憲法、戦争、教育、メディア論など多岐にわたるメッセージが綴られているし、実に分かりやすく明快に論じている。
?  例えば、小泉首相時代の政治状況に、日本人の感情の根底には「判官贔屓(はんかんびいき)」という言葉に代表されるものがあったが、近年は「勝ち馬に乗る」傾向があると指摘。そして「いつも言われていることが正しいとは限らない」と、ぶれることのなかったジャーナリストの本領ともいうべき言葉が並んでいる。

「・・・・普通の国、などと言う人がいて、軍隊をもって戦争のできる国にしたいという政治家がいますが、悪いけどそれは私が死んでからにしてくれる?と冗談としては言いたくなるところがあります(沖縄から日本が見えるか?)」。
 この冗談は私たち遺された者にとっても辛いが、(その1年後に亡くなったことを考えると)筑紫さんはどんな思いで、この数行を書かれたのだろうかと、胸が詰るのだ。

 またジャーナリストとは「一言で言うと『お節介』業なのです」とちょっと照れ気味にも述べる。モノクローム写真の中で頬杖をつき、私がよく知っているあの笑い顔を浮かべている、柔らかなれど悪戯っぽい、それは通常いうところの「お節介」とは、ほど遠い笑顔である。
 どの章の、どのフレーズを読んでいても、筑紫哲也のあの声とあの口調が甦ってくる不思議さもある。

?筑紫哲也は、朝日新聞時代にウォーターゲート事件を取材、84年に「朝日ジャーナル」編集長となり、「若者たちの神々」などの連載対談で、10〜20代が支持する文化人を世に知らしめた。キャスターを務めたチャンネル6の「筑紫哲也NEWS23」では、90秒で私見を述べる「多事争論」が名物となった。

?ジャーナリストとしての筑紫哲也にはいくつかの座標がある。一つは活動基盤であるメディアそのものへの問い。テレビが狂騒を生みやすい怖さを自覚しながらメッセージを送り続けた。そして文化への強い信頼。音楽、美術、映画、ファッション。伝統から前衛までこよなく愛し取材した。

?だが著者の根強い人気の理由はジャーナリストとしての言説のみならず、多彩で濃密な人間関係が文章に刻印されていることにある。沖縄の「あばぁ」から著名な文化人まで深く交流を続けたことは有名だ。
 ジャーナリストという職を、人生を輝かせる手段として生きたからこそ、人間関係の希薄な時代に羨望をもって読まれているのではないだろうか。
 本書はベストセラーにもなり、すでに10万部が売られている。



【コピペ元】

売れてる本 『若き友人たちへ』
http://ameblo.jp/sakuratsuruchitoseyama/entry-10407576972.html
2009年12月12日(土)

   朝日新聞 「読書」(2009年12月6日編集者・小柳 学)より
   売れてる本
   ■若き友人たちへ      筑紫哲也〈著〉
 筑紫哲也が亡くなって1年、書店に3冊の本が並ぶ。学生を相手にした講義録が中心の『若き友人たちへ』は現在7万部。『この「くに」の面影』(日本経済新聞出版社)は400ページ超の厚さながら1万1千部。そして井上陽水らの回顧などで魅力を伝えるムック『筑紫哲也』(朝日新聞出版)は4万3千部と、どれも好調だ。

?中でも憲法、戦争、教育など多岐にわたるメッセージがつづられた『若き友人たちへ』は筑紫の感じ方、考え方をわかりやすく伝える。

?小泉首相時代の政治状況に、日本人の感情の根底には「判官贔屓」という言葉に代表されるものがあったが、近年は「勝ち馬に乗る」傾向があると指摘。そして「いつも言われていることが正しいとは限らない」と、ぶれることのなかったジャーナリストの本領ともいうべき言葉が並ぶ。

?筑紫は、朝日新聞の特派員時代にウォーターゲート事件を取材。84年に「朝日ジャーナル」編集長となり、「若者たちの神々」などの連載対談で、10〜20代が支持する文化人を世に知らしめた。キャスターを努めた「筑紫哲也NEWS23」では、90秒で私見を述べる「多事争論」が名物となった。

?ジャーナリスト・筑紫哲也にはいくつかの座標がある。ひとつは、活動基盤であるメディアそのものへの問い。テレビが狂騒を生みやすい怖さを自覚しながらメッセージを送りつづけた。そして文化への強い信頼。音楽、美術、映画、ファッション。伝統から前衛までこよなく愛し、取材した。

?だが筑紫の根強い人気の理由はジャーナリストとしての言説のみならず、多彩で濃密な人間関係が文章に刻印されていることにある。沖縄の「おばぁ」から著名な文化人まで、深く交流を続けたことは有名だ。ジャーナリストという職を、人生を輝かせる手段として生きたからこそ、人間関係の希薄な時代に羨望をもって読まれているのではないだろうか。



6資料管理請負人:2014/09/02(火) 22:06:41
シベリア抑留
.
四年前の五月の万華鏡を見ていたら、また机横のコピペルナーが
赤い点滅とけたたましい警告音を奏で始めた。



茶:シニンのパクリ文章
青:底本

今月の本  :2010年 5月31日(月)23時10分
(前略)

『シベリア抑留』           栗原俊雄 著(岩波新書)

 第二次世界大戦末期、日本との一週間の戦争に勝利したソ連は、旧満州の日本人約60万人を抑留した。そのうちの約6万人が死亡している。二千箇所の収容所の所在地は、シベリアに止まらず、ユーラシア各地に及んでいる。抑留期間は最長11年である。
 本書は、このようなシベリア抑留の全体像を体験者と遺族へのインタビューを通して明らかにする試みである。

 最も苛酷で凄惨な戦争の体験者は、決して語ろうとはせず、沈黙を守る。シベリア抑留の場合もそうであろうが、それでも最後は自らの遺言のように、著者に語ったのだ。

 目の前で仲間が射殺され、骨と皮だけになって死んだ仲間の死骸を埋めた人々。マイナス30度での重労働。少ない食料。麻酔のない手術。医療もないので病は死を意味する。
 旧軍の序列を笠に着て部下から搾取する将校や軍曹。頻繁な拷問。繰り返される思想教育と日本人アクチブからの吊るし上げ。日本人同士の加熱する密告。
 また次々と仲間が死ぬ、仲間の墓を掘る、仲間の衣服をはがし、自分の防寒にする。その修羅場を生き延びた人々にかける言葉は見当たらない。
 彼らは戦争で死線をさまよい、戦後はシベリアで地獄を見て、帰還後は日本政府に無視される。
 シベリア帰りはアカだとされ就職もままならず、再び仲間の弔いのために辛いシベリアを思い出して語り、補償を求めて政府と闘わなければならなかった。だが、「日ソ国交回復によって問題は解決した」という立場に立つ政府を相手取った訴訟は敗訴に終わる。

 壮絶な人生を、政治と戦争に翻弄された悲劇と簡単に片付けてしまうことはできない。
 この悲劇は敗戦時に日本軍がソビエト側に労働力の提供を申し入れたことから始まり、政府はそのことを未だに謝罪せず補償もされないままである。ソビエト側も明白な国際法違反で6万人が死んだことの責任をとっていない。

 帰還者の犠牲の上に成り立つ戦後日本が「平和と民主主義」の国であるということが言えるのか、これらの視点から検証すべきであろう。80歳を超える彼らの尊厳の回復をとおして「平和と民主主義」を再確立するためには、彼らにとって残された時間はわずかしかないのだ。


↑ このパクリ
【コピペ元】


アマゾン・ カスタマーレビュー
参照; http://www.amazon.co.jp/review/R1SG4NKNBRPXWW


最も苦しい思いをした人間は帰って来なかった, 2009/10/12 By picander
レビュー対象商品: シベリア抑留―未完の悲劇 (岩波新書) (新書)

最も苦しい思いをした人間は、生きて帰って来なかった。
万一、帰ったとしても思い出したくない、もちろん人に語りたくもない。
シベリア抑留を語ること、後世に伝えることの困難はここにある。膨大な、「語られなかったこと」のなかに真実がある。そのことを私たちは想像しなければならない。
目の前で仲間が射殺され、骨と皮だけになって死んだ仲間の死骸を埋めた人々。
マイナス30度での重労働。少ない食料、麻酔のない手術、医療もないので病は死を意味する。
旧軍の序列を笠に着て部下から搾取する将校や軍曹。頻繁の拷問。繰り返される思想教育と日本人アクチブからの吊るし上げ。日本人同士の加熱する密告。
また次々と仲間が死ぬ、仲間の墓を掘る、仲間の衣服をはがし、自分の防寒にする。その修羅を生き延びた人々にかける言葉は見当たらない。
彼らは戦争で死線をさまよい、戦後はシベリアで地獄を見て、帰還後は日本政府に無視され、シベリア帰りはアカだとされ就職もままならず、再び仲間の弔いのために辛いシベリアを思い出して語り、補償を求めて政府と闘わなければならなかった。壮絶な人生を、政治と戦争に翻弄された悲劇と簡単に片付けてしまうことはできない。悲劇は敗戦時に日本軍がソビエト側に、労働力の提供を申し入れたことからはじまり、政府はそのことを未だに謝罪せず補償もされないままである。ソビエト側も明白な国際法違反で6万人が死んだことの責任をとってはいない。日本の知識人もシベリア抑留を語らずソ連を礼賛したものは少なくない。国家の残酷さに、誰も目をつぶってはいけないのだ。私たちは「ノルマ」という言葉をビジネスで軽々しく使う。そのロシア語がどれだけの犠牲を生んだのか知ったならば、その言葉を使うのをやめて、ただ冥福を祈るしかないだろう。本書は40代の著者がシベリアの悲劇を現時点で可能な限り簡易にまとめた、力作である。



7資料管理請負人:2014/09/02(火) 22:20:54
東京島
見事な切り貼り具合だ。わずか語尾の表現を変えたりしているようだが、
その殆どが引用とコピペである。
「この人の本性とは何か」、コピペである。


注 茶 コピペ
  青 コピペ元


【コピペ作品】

今月の本 :2010年 6月30日(水)21時05分

 「人の本性とは何か」と問う場合、まず思い起こされる言葉に「性善説と性悪説」がある。
性善説とは人間の本性は基本的には善であるとする倫理学、道徳学説で、儒家のひとりである孟子に由来する。
 それでは性悪説とは?これも同じく儒家のひとりである荀氏が「性善説」に反応する形で唱えたものらしい。インターネットで検索したら「荀氏」第十七巻第二十三性悪篇に以下のように書かれている。
(長いため引用部分省略)

 このようなことを考えたのは、今月紹介したい本『東京島』(桐野夏生著)を読んだことによる。
*1  絶海の無人島に漂着した31人の男とひとりの女。極限状態で本能をむき出しにする女、生にすがりつく男たち。まさに人間の本性をむき出しにして現代の日本人へ「性」と「欲」の本質を突きつけた問題作である。


   東京島             桐野夏生 著(新潮社)

*2 那覇港を出港したクルーザーがほどなく難破、一組の夫婦が見知らぬ無人島に流れ着く。3ヵ月後には離島でのきついバイトから逃げてきたフリーターの若者23人、その後には日本への密航中に捨てられた中国人10人余り、漂着して自給自足の生活を始める。
 唯一の女性がセックスの力で島に君臨し、リーダーが入れ替わり、中国勢との対立や裏切りがあり、かくして救出を待って5年、いつしか皆は島を「東京島」と呼ぶようになる。そして女は父親の定まらない子を孕む。


*3 地に墜ち腐爛した南国の果実の粘りつく臭気が絡みつくように、彼らの共同生活はじんわりと壊れていく。漂流の果てに辿りついた南海の孤島、31人の男と一人の女という設定は、天然の牢獄に収監された囚人たちの様である。
 文明という脊椎を抜き取られ現代人の表皮を剥がされた人間は本能の枷を外し曝け出す。悲嘆の果てに命を落とす者、妄想の世界に足を踏み入れる者、そして己が持つ手段を最大限に利用して生に執着する者。生命と引き換えに魂のどこかが壊死していくのを鼻で嗤いとばすがごとく、作者の筆力は冴えている。
(中略」)
「人間の醜さ」や「人間の毒々しさ」を書かせたら右に出る者はないといわれる著者の渾身の作品であろう。



【ネタ記事】

*1 「32人が流れついた太平洋の涯の島に、
女は清子ひとりだけ。
いつまで待っても、無人島に助けの船は来ず生にすがりつく男たち。
極限状態での人間の本質を現代の日本人に突きつける
著者渾身の問題作!」
コピペ元 当本の広告記事


*2 那覇港を出帆したクルーザーがほどなく難破、一組の夫婦が見知らぬ無人島に流れつく。3カ月後には、離島でのきついバイトから逃げてきたフリーターが23人、その後には日本への密航中に捨てられた中国人が10人余り、漂着して自給自足の生活を始める。唯一の女性がセックスの力で島に君臨し、リーダーが入れ替わり、中国勢との対立や裏切りがあり、かくして救出を待って5年、女は父親の定まらない子を孕(はら)む。
コピペ元 評・鴻巣友季子(翻訳家) http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071703825.html


*3 地に堕ち腐爛した南国の果実の粘つく臭気が絡みつくように、彼等はじんわりと壊れていく。漂流の果てに辿り着いた南海の孤島、三十数名の男とたった一人の女、天然の牢獄に収監された囚人達。文明という脊椎を抜き取られ現代人の表皮を剥がされた人間は本能の枷を外し曝け出す。悲嘆の果てに命を落とす者、妄想の世界に足を踏み入れる者、そして己が持つ手段を最大限に利用して生に執着する者。生命と引き換えに魂の何処かが壊死していくのを鼻で嗤い飛ばすが如く。納豆風と呼ばれる腐臭を孕む風が、今日も島と囚人達に吹く。
コピペ元  ちはや@灯れ松明の火   2010年6月12日



8資料管理請負人:2014/09/07(日) 12:31:32
女ざかり          
◆*註  8月に「最低の男」の投稿にへそを曲げた風流人、及びみつる氏の休筆を指す
ものとの思われる。欠陥読書人こそ風流人当人だ。
◆朝日に載った筒井によるこの本についての記事から始まっている。
 本の紹介の中味は殆どが筒井が書いた書評からのコピペだ。終わりに「あれこれ書評す
 るよりもとにかく読む」とあり、本人は書評したつもりであることが分かる。盗っ人猛
 々しいとはまさしくこのことだ。
◆本当に450ページ読んだのだろうか。「女ざかり」は彼が期待していた色本ではなかっ
 たはずだ。「ペダンチック」と言う言葉を分かっているのだろうか。なにせコピペだか
 ら。
◆同じ休筆経験者同士、欠陥読書人は筒井になりきっているのかもしれない。


茶:シニンのコピペ箇所
青:底本でコピペされた箇所


【コピペ作品】

今月の本 :2010年 8月31日(火)22時31分

(前略)それでは投稿に入ります。
最近この掲示板で休筆宣言(*註)があったりしていたが、そのときに思い出したのが作家・筒井康隆である。
(中略)
 まあ、そういうことで作家・筒井康隆の名を思い出したわけだが、彼が最近の朝日新聞で90年代にベストセラーとなった丸谷才一の長編小説『女ざかり』を彼の読書遍歴の中で絶賛していた。私もブラジル駐在のときにこの本を読み始めるや面白くて450ページ近くを一気に読み終わったことを覚えている。
 というわけで、今月の本として暑いさかりではあるが、この『女ざかり』を紹介したい。

   女ざかり          丸谷才一 著(文春文庫)

?  女主人公・南弓子は新聞社の論説委員だが、ある日の論説が政府に献金している宗教団体の怒りに触れて、政府を通じ新聞社に圧力がかかって彼女は転出させられそうになる。彼女に論説をやめさせなければ、新社屋建設用の土地を払い下げてやらないと言うのである。

?  ここで彼女を助けようとするのが、論説委員室の同僚で以前彼女から仕事を助けてもらった元社会部の辣腕記者、恋人の文学部教授、彼女の親衛隊とも言える有名な日本画家、以前掲載されたインタヴュー欄で彼女から取材されて以来彼女に魅せられてグルーピーになってしまった各界の大物たちであり、更には大学院に通っている娘の友人の日本史の助教授や大蔵官僚といった男たちである。

 このように、魅力たっぷりの女記者と政府との攻防を描く当時のベストセラー小説であるが、
? 意外な展開は、元女優でヒロインの伯母の登場だ。この女性が戦時中に知り合い抱き合ったりもした兵士が、今や総理大臣になっているのである。クライマックスはこの伯母とヒロインが総理を訪ねて官邸に乗り込むくだりなのだが、ここでまたしても意外な人物が登場する。

 ストーリー自体はさほど面白みがあるわけではない。論説に関する攻防がストーリーなのだが、さほどの攻防があるわけではないし、「攻防」がどうなるか、という目で見ていると少々物足りない感じがする。
 しかし、それを補ってあまりあるのが、著者の軽妙な、実にうまい文章と、随所に挿入される雑学である。これはとにかく面白い。
? テーマとも言える贈与論、天皇論、はては事件の元となった産児制限や妊娠中絶の問題が出てくる。その他作者お得意の全方位的な雑学のオンパレードであり、これらがストーリーに巧みに配置されていて、ペダンチックな作品世界に引き込まれてしまうのだ。小説を読んでいる間中ずっとにやにやとさせられてしまう。

 とにかくこの小説に関してあれこれ書評するよりも、まずは読んで楽しむべきものだろう。この猛暑の中でも、「面白い本が読みたい」という人には最高にお勧めの小説だと思う。


【コピペ元】
Book Asahi 書評   http://book.asahi.com/reviews/column/1453.html
女ざかり [著]丸谷才一
[掲載]2010年7月18日
[筆者]筒井康隆(作家)

■ただごとでない面白さ

 なにしろ十年に一度しか長篇(ちょうへん)を書かないと言われている丸谷才一の作品だから常に待ちかねていて、そのほとんどすべてを読んでいたのだが、この『女ざかり』には感心した。当時の書評には「ディケンズ的な長篇の技法が駆使されていて、その巧みさたるや退廃的ですらある」と書いている。この評は丸谷氏のお気に召したようで「退廃的とまで褒めてくれたのはありがたい」という礼状が来たりもした。実際この作品の面白さたるやただごとではなく、ベストセラーになり、映画化されたのも当然と言える。作者の最高傑作のひとつであろう。

? 女主人公は新聞社の論説委員だが、ある日の論説が政府に献金している宗教団体の忌諱(きき)に触れ、政府を通じ新聞社に圧力がかかって彼女は転出させられそうになる。彼女に論説をやめさせなければ、新社屋建設用の土地を払い下げてやらないと言うのである。
?ここで彼女を助けようとするのが、論説委員室の同僚で以前彼女から仕事を助けてもらったもと社会部の辣腕(らつわん)記者、恋人の文学部教授、彼女の親衛隊とも言える有名な日本画家その他、以前連載されたインタヴュー欄で彼女から取材されて以来彼女に魅せられてグルーピーになってしまった各界の大物たちであり、さらには大学院に通っている娘の友人の、日本史の助教授や大蔵官僚といった男たちである。
偶然のこととはいえ、登場人物のこうした布陣はたまたまぼくが書いたばかりの『パプリカ』と同じだったのですっかり嬉(うれ)しくなり、尚(なお)さら作品にのめり込んだのだ。

 これらの人物たちの会話が面白い。
?テーマとも言える贈与論は出てくる天皇論は出てくる、事件のもととなった産児制限や妊娠中絶の問題は出てくる、その他作者お得意の全方位的な雑学のまさに総動員であり、これらがストーリイに巧みに配置されていて、ペダンチックな作品世界に引きずり込まれてしまうのだ。また社説は、そのまま本当の社説にしてもおかしくない文章で、社説欄そのままの字数と行数で書かれていたりして、これもこの作家にしかできない芸当だろう。
?意外な展開は、もと女優でヒロインの伯母の登場だ。この女性が戦時中に知りあい、抱き合ったりもした兵士が、今や総理大臣になっているのである。クライマックスはこの伯母とヒロインが総理を訪ねて官邸に乗り込むくだりなのだが、ここでまたしても意外な人物が登場する。結末は書かない方がいいだろう。
(以下略)



9資料管理請負人:2014/09/07(日) 12:43:31
人は愛するに足り、真心は信じるに足る
◆晦日31日、忙しい時にコピペは大変だろう。されど我らがコピペ。

◆?末尾では、ネタ本では「一読のあと、胸中に生まれてくる何かと対話を促される。
私の何かとは〈人道主義に基づく歴史観〉であった。」とあるが、流石に気恥ずかしかったのだろう、
評者は、「私自身、身につまされる言葉でもある。」に変えている。



註)
茶:シニンのコピペ箇所
青:底本でコピペされた箇所


【コピペ作品】

今月の本 :2010年12月31日(金)21時14分
 もうあと数時間で2010年も終わりである。昨年末もこのようなことを書いた記憶があるが、アッという間の一年だった。(中略)
さて今年最後の「本の紹介」であるが、昨年同様、私にとって今年一年間で最も印象深かった本を紹介したい。

 著者の中村哲さんは8年前になると思うが、この掲示板(当時は落書き帳)で「医者井戸を掘る」の著書を紹介したことがある。医療活動(ペシャワール会)でアフガニスタンに行ったにもかかわらず、医療よりも生存に絶対必要な水の確保に17年間も悪戦苦闘する記録である。

 当時の小泉内閣時代、9.11同時多発テロの後、日本政府がアフガンに自衛隊を派遣すべきか、国会で議論していたときに参考人として呼ばれた中村医師は「アフガンへの自衛隊派遣は有害無益だ」とはっきりと断言した。日本も世界も対テロ戦争に煽られていたとき、私にとってはとても強烈な印象として残っている。



『人は愛するに足り、真心は信じるに足る』―アフガンとの約束―
      中村 哲(著)、澤地 久枝(聞き手) 岩波書店

? 中村医師は主にアフガニスタンを中心にハンセン病などの治療と、水不足解消のため井戸を掘り用水路を造る活動を26年間にわたって続けてきた。

?アフガンの平和と復興のためには何がなされるべきで、何がなされてはいけないのか。
 今アフガニスタンの平和と復興のために身命を賭して活動する中村医師が、絶妙な聞き手(ノンフィクション作家・澤地久枝さん)を得て、戦争と地球環境の悪化がもたらす劣悪な生存条件をいかにして変えるべきか、自らの個人史的背景とともに、その熱い思いを語った貴重な記録である。
 65歳となるこの医師は何故に人生の大半をアフガニスタンという国で、苛酷な活動に身を捧げたのか。
?クリスチャンとしての信仰、父からの論語教育、その父と伯父・火野葦平が社会主義者として生きつつも治安維持法に屈服したとの教訓、特に祖父・父の世代への畏敬の念が人格形成の根幹にあることがわかる。
 家族、縁者たちの支え、なかんずく妻の肝の据わった理解と協力は感動的でさえある。政府からのひも付きを拒否しながらも、支援組織が広がっていくのも容易にうなずける。

 本書には鋭い寸言がいたるところにあるが、政治家への見方は痛烈である。例えば、「自分の身は、針で刺されても飛び上がるけれども、相手の体は槍で突いても平気だという感覚、これが日本人になくならないかぎり駄目ですね」と、私自身、身につまされる言葉でもある。

 それとは逆にどん底の生活を強いられ、命さえ保障されない苛酷なアフガンの人たちへのまなざしはものすごく優しく深い。医師が26年間も井戸掘りと医療活動を続けてこられたのは、何よりも現地の人たちへの無類の「人間好き」であったような気がするのだ。
 それゆえに澤地さんがタイトルとして挙げた
?『人は愛すべきものであり、真心は信頼するに足る』という一つの結論を胸に中村医師は今日もアフガンの空の下、水路の完成に全力を尽くされているのだろう。


【コピペ元−1】

Book Asahi 書評
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)
[掲載]2010年04月18日
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071704700.html

■日本社会に欠けているものとは
? 中村医師は主にアフガニスタンを中心にハンセン病などの治療と、水不足解消のため井戸を掘り用水路を造る活動を26年にわたって続けてきた。その中村医師(現在63歳)の素顔と理念を、練達の作家が確かめつつ、日本社会に今欠けている何かを浮かび上がらせようと試みた密度の濃い書である。
 なぜこの医師は人生の大半をこの活動に捧(ささ)げたのか。
?クリスチャンとしての信仰、父からの論語教育、その父と伯父火野葦平が社会主義者として生きつつも治安維持法に屈服したとの教訓、とくに祖父・父の世代への畏敬(いけい)の念が人格形成の根幹にあることがわかる。家族、縁者たちの支え、妻の土性骨(どしょうぼね)が感動的だ。支援組織の広がりも容易にうなずける。反して政治家は彼をどう見ているか、
嘲笑(ちょうしょう)する国会議員への怒りは深い。「自分の身は、針で刺されても飛び上がるけれども、相手の体は槍(やり)で突いても平気だという感覚、これがなくならない限り駄目ですね」、本書には鋭い寸言が至るところにある。一読のあと、胸中に生まれてくる何かと対話を促される。私の何かとは〈人道主義に基づく歴史観〉であった。

【コピペ元−2】

岩波ブックサーチャー
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-024501-2&head=yes
?アフガンの平和と復興のためには何がなされるべきで,何をしてはならないのか.パキスタンでの医療援助活動を開始して以来25年.いまアフガニスタンの平和と復興のために身命を賭して活動する中村医師が,良き聞き手を得て,戦争と地球環境の悪化がもたらす劣悪な生存条件をいかにして変えるべきか,自らの個人史的背景とともに,その熱い思いを語った貴重な発言録.


【コピペ元−3】

http://agingsurvivor.blog129.fc2.com/?mode=m&no=16
agingsurvivor(医師)
2010/04/02 13:16

中村先生は「アフガンに関心をもってくれる、あるいは祈ってくれるだけでもいい。」と優しくおっしゃいます。その一方で、今アフガニスタンで進行している出来事は、やがて全世界を巻き込む破局の入口にすぎないと警告しています。
?「人は愛すべきものであり、真心は信頼するに足る」という一つの結論を胸に、中村先生は今日もアフガンの空の下、水路の完成に全力をあげています。



10資料管理請負人:2014/09/08(月) 19:02:23
手紙〜親愛なる子供たちへ
「手紙〜親愛なる子供たちへ」歌詞

某掲示板作品集記載
・・・・・・・
ポエム
●手紙〜親愛なる子供たちへ
(ひまじん作)
平成24年7月4日
・・・・・・・

【コピペ作品】
http://jinx.in/lilipat/index.html
※後から記事を修正している。

【コピペ元】 (各種サイト)
一例 魔鏡 歌詞網
http://mojim.com/twy110787x2x3.htm

その他資料
「手紙〜親愛なる子供たちへ」 wikipediaより
年老いた親の自分の子供へ向けたメッセージが歌われている。元の歌詞はポルトガル語
で書かれており、作者不詳(読み人知らず)。樋口了一の友人、角智織の元に偶然届いた
チェーンメールに詩が記載されていて、この詩に感銘を受けた角が詩を翻訳、樋口に見せ
たところ樋口も感銘を受けたため、曲の制作・発売に至った。ジャケットはタイトルにち
なんで、手紙を模したもの。



◆作者不詳のはずだが…。正々堂々作品集に「ひまじん作」と明記している。この人はポルト
 ガル語もできるのだろうか。
◆自分の作品だと言って作品を掲載したのは、ここのサイトの管理者でもあるこの人自身だ。
◆先日この詩を友人が翻訳して曲をつけたシンガーソングライター樋口の歌を聴いた。
 実にいい歌だった。同時にこのうそつき/うっかりオバサンに腹がたってきた。
◆「うっかり」を指摘しないお仲間にも腹がたつ。 



11資料管理請負人:2014/09/19(金) 11:08:38

????????????????????????????????????????????????????????????????????????.
◆ですます調をである調に、読みやすいように行空けを施しているだけのコピペ。

◆どんなへたくそな文章だとしても、自分の言葉で書いたほうがよほどその
「忘れられない友人」は喜ぶに違いない。コピペでは失礼というものだろう。




茶:コピペ箇所 青:底本  緑:底本著者

コピペ作品 (コピペルナー検出 2014/6/22)

6月の本  2011年 6月30日(木)22時32分
 「言の輪掲示板」上でも、この掲示板の前の名称だった「落書き帳」でも書いたことがあるが、私にとって43年前に冬山で遭難死した忘れられない友がいる。
(中略)
 さて前書きが長くなってしまったが、今月の面白かった本として、ヒマラヤ山系の難峰「ギャチュンカン」に挑戦した山野井夫妻の凄絶で苛酷な登攀を題材にしたノンフィクションを紹介したい。この登山家と亡き友の山への思いを比べることは出来ないが、何か一脈通じるものがあるような気がするものだ。

  『凍』            沢木耕太郎 著(新潮文庫)

 日本を代表するクライマー、山野井泰史・妙子夫妻が2人だけのアルパイン・スタイルで、ヒマラヤの高峰ギャチュンカンに登り、泰史が頂上を踏んで、2人とも生還する前後9日間に渡る不屈の戦いの記録である。

 冬山登山や急峻なロッククライミングは絶えず死と隣り合わせにある、と言われることがあるが、
?私達は「自らの死」というものを日常意識することはあまりない。近親者の死に遭えば、その者を亡くした悲しみにひしがれるが、それにしても自らの死ではないわけだ。誰でも一時間の後に交通事故で死亡する可能性がありながら、死はいつでもそこにあるものとして意識されることはない。
 だからこそ本書を読んで深く感動するのは、目前の自己の死と対峙しながら自らの意志と行為で生に帰還する凄まじいほどの勇気の記録であるからだ。卓越した体力、精神力、決して諦めない知力、的確な判断力、生への限りない執着心、どれもこれも人間の力として驚嘆すべきものである、というのが私の読後感であった。

?世界には8000メートルを超える高峰が14座あり、名をあげようとするアルピニストはこぞってこれらに挑戦するわけだが、それよりわずか数十メートル足りないだけで注目をされてこなかった中国ネパール国境のギャチュンカンは、それ故にこそまた中国名百雪谷の意味するとおり、ルートも開発されていない難攻の山だそうだ。

?ここに山野井泰史、妙子夫妻が登頂を試み、あと数百メートルの地点で体調の悪い妙子を残して泰史が成功はするものの、下降(このような高度のある山は登るより降るほうが技術的には難しいとか)時に悪天候に遭遇し、繰り返し雪崩にあい、零下40度の中で妙子は宙吊りになり、風雪の中でビバークをするも防寒具を失い、6日間の壮絶な闘いの果てに生還する。この間2人は、はなればなれになり酸素不足で視力は落ち、幻影に襲われたりするのだが、常に相手の生存を確信し続け自らの生存のため死力をつくして生還への歩みを続ける。

?生還できても、泰史は両手5指、右足指全部、妙子は両手指全部を凍傷で失なってしまうが、それでも山への挑みはつづけられ後日談では、泰史はその後別の難峰への単独登頂に成功している。
?読み終わって人間はよくここまで頑張れるのだという勇気が知らずに沸いてくる気がする。

 とにかくも私にとってはあまりにも面白い本であった。だが、その面白さ、緊張感を持続させてくれたのは、やはりノンフィクション作家としての沢木耕太郎の筆力だろう。臨場感あふれるその表現力は、著者自身が山野井夫妻に心身ともに乗り移って書かれた感じがするものだ。



コピペ元
評者 湘南ダディ (藤沢市鵠沼) - 2008/1/21
レビュー対象商品: 凍 (単行本)

?私達は「自らの死」というものを日常意識することはあまりありません。近親の死に遭えば、その者を亡くした悲しみにひしがれますが、それにしても自らの死ではないわけです。だれにも一時間の後に交通事故で死亡する可能性がありながら、死はいつでもそこにあるものとして意識されることはありません。だからこそ「凍」を読んで深く感動するのだと思います。ここに描かれているのは、目前の自己の死と対峙しながら自らの意志と行為で生に帰還するすさまじいばかりの勇気の記録です。
?世界には8000メートルを超える高峰が14座あり、名をあげようとするアルピニストはこぞってこれらに挑戦するわけですが、それよりわずか数十メートル足りないだけで注目をされてこなかった中国ネパール国境のギャチュンカンは、それ故にこそまた中国名百雪谷の意味するとおり、ルートも開発されていない難攻の山なのだそうです。
?ここに山野井泰史、妙子夫妻が登頂を試み、結局体調の悪い妙子は残して泰史が成功はするものの、下降(登るより降るほうが技術的には難しいのだそうです)時に悪天候に遭遇し、繰り返し雪崩にあい、零下40度の中で妙子は宙吊りになり、風雪の中でビバークをするも防寒具を失い、6日間の壮絶な闘いの果てに生還するのです。この間2人は、はなればなれになり酸素不足で視力は落ち、幻影に襲われたりするのですが、常に相手の生存を確信し続け自らの生存のため死力をつくして生還への歩みを続けます。
 
?泰史は両手5指、右足指全部、妙子は両手指全部を凍傷で失なってしまうのですが、それでも山への挑みはつづけられ後日談ですが泰史はその後別の難峰への単独登頂に成功しています。
?読み終わって人間はここまで頑張れるのだという勇気が知らずに沸いてくる気がします。私はこの本を手元に置き、かりに私が難局に立ち向かえずくじけそうな時にはこの本を読み返して自らを勇気づけようと思います。



12資料管理請負人:2014/09/21(日) 17:46:14
リアル
 .

◆「リアル」という言葉が売り物の、糊塗の輪の出川哲朗だ。
 「リアルに」「リアル」が並ぶ。

◆「ヤバいよヤバいよ今の総理」リアル・シニン(芸名)の持ちネタも聞こえてくる。


         
 リアル・シニン


(記事抜粋)
ブログの「猫アート」 2010年 6月 9日(水)21時28分
カラーのコントラストや線の運びも素晴らしい。
以前の猫の絵は写実的な絵であったように記憶しています。猫という生き物の表情が実にリアルに描かれてました。そのときも感心したけれど、今回のアート性、イラスト性の猫もいいものですね。


徳永陶子さんのHP 2010年 7月20日(火)21時36分
先におーちゃんが紹介していた徳永さんのHP開いてみました。
抽象性とリアルさ との違いはあるけれど、櫻井さんの絵の色彩の鮮やかさを思い出しました。


建具屋 2011年 4月11日(月)16時12分
リアルな現実とバーチャルな夢が交差する味わいのある小説だと思います。
 それに関西弁での語りでより一層人の生活や家族の模様などに庶民性が加味され読む者へ温かな感じをもたらしてくれます。
冒頭述べたように、この小説は夢の世界が多くを占めていますが、決してバーチャルな感じを受けない。現実のリアルさ(階段から落ちるなど)が引き起こす夢のリアルさへそのまま引き継がれていると言えます。それは作者の表現の力というものでしょう。


記憶の階段 2011年 6月13日(月)19時42分
以上は話の展開について感想を述べたが、誤解のないように願いたいのは、けっして批判的な意味で述べたわけではない。あまりにまとめがうますぎる。フィックションであるにもかかわらず、無理なくリアルで筋が通っている。いわば、点数をつけるとすれば100点満点の結末であり、日本人の好きなハッピーエンドでもある。


「タジリ」心残り 2012年 6月20日(水)21時33分
冒頭「これは実話をもとに書かれたフィクションです」と断られています。
このことを頭に据えて読み終わった今でも、ベースとなる話の基調や筋はほとんどがリアルに推移していきます。敢えてフィクションと言われているのは、作者のいくらかのタジリについての推察が入っているのかもしれません。限りなくノン・フィクションに近いフィクションになりそうです。


「私にはひとりの姉があった」 2012年 9月16日(日)22時58分
若くして亡くなったお姉さんへの追慕にも似た優しいエッセイです。
私が書きたいことはほとんどの皆さんが書かれていることなので、略しますが、贅沢な希望としては、背景となる戦後の厳しい環境や時代のことをもっとリアルに詳しく述べてほしかったような気もします。


ペットショップ 投稿者:吟遊視人 投稿日:2012年 9月26日(水)20時14分
それに譲治の心象風景についても、米国で発生した銃殺事件などを取り入れることで、微妙な心理の襞や起伏にリアルな響きを持たせています。


映画「約束」(名張ぶどう酒事件) 2013年 3月15日(金)22時38分
この2人の見事な演技と事件発生当初からの蓄積された圧倒的な記録、フィルムと証言を再検証しながらドキュメンタリー風に映画が進行します。実際の記録フィルムが3分の1ぐらい挿入されているので、極めてリアル感が出ています。


「鉄橋を渡った少年」を読んで 投稿者:吟遊視人 投稿日:2013年 7月 8日(月)23時57分
健二少年は多分、作者の分身でしょう。今までのエッセイで戦争中の回顧シ〜ンがよく出ていましたが、このように健二少年を登場させると、また違ったリアルな感覚で当時の庶民の生活風景や心象風景を眺めることができます。


佐々木進著「殺意のある事故」 2013年12月 5日(木)23時16分
当初私は「佐々木進」の「殺意ある事故」というのは実在の小説だと思っていたのですが、読み進めるうちに、この作家が主人公憲一の幼友達の「よっちゃん」だという記述で、初めてこの小説自体もフィクションだと分かりました。「佐々木進」の略歴まで紹介し、リアル感を読者に与えるなど、プロ並みのテクニックですね。


健二少年ー? 2013年12月16日(月)22時40分
作者を投影した健二という名前の少年の頃のドキュメンタリー物語です。いつも感心するのは、健二少年の目に写る光景がとても鮮やかなことです。あたかもその時代が目の前に展開されているようなリアル感があります。


まだら狼・続編を読んで 2014年 7月11日(金)21時40分
作品自体にある種のリアルさと歴史小説の醍醐味を味わえるように感じたものでした。


あじさい 2014年 7月24日(木)21時13分
江戸時代に住む町人たちの、それも老舗の乾物屋で生業を営む人たちの情緒感、生活感、人間関係などが実にリアルに描写されています。特に浪速弁(?)を駆使しての人々の会話や周りの風景を表現されているので、より一層効果的です。


「ゆで卵が割れた日・・・」を読んで 2014年 7月29日(火)20時56分
結局は安夫が朝食後のうたたねした時の「夢」の出来事になるのですが、このあたりから最終場面で 明子が登場するまでの描写は、「夢」であることを推測できないほどリアルに実態的に表現されています。


「くちなわ坂」を読んで 2014年 9月11日(木)22時33分
さしたる起伏のある物語ではありませんが、吉野の片田舎から浪速の大黒屋まで行く道中の記述など、実にリアルで当時の風物や風景にも詳しいですね。


「グミの木」を読んで 2014年 9月15日(月)23時26分
鵜木さんの分身であろう健二という少年を登場させて著者の戦争体験を語るノンフィクション物語です。戦中戦後の服装や風景、当時の生活感など実にリアルに描写されています



13資料管理請負人:2014/09/21(日) 17:48:27
シ〜ン
アーカイブ/糊塗の輪のオノマトペ芸人

◆「シ〜ン」これは無音を表すオノマトペではないようだ。場面、情景の「Sean」のこ
とらしい。この芸人は[ルー大柴]に負けないくらい横文字が好きだから自然とカタカナ、そ
して長音が増えてくる。使う長音記号は決まって波ダッシュ「〜」だ。

◆この人にとって合評対象作品はみな脚本化されるようだ。自身を一端のノンフィクショ
ン脚本家と考えているふしがある。過去の記憶も現在の回りの事象も、全て場面場面に分
断されている。言葉を組み立てて、時空を越えて大きな繋がりとして概念化して記憶に収納
するのではなく、バラバラになった場面場面が頭の中にただ散らばっているだけなのだ。

◆言葉を組み合わせて一つの世界を作ることが出来ないため、他人の作品や記憶も自分
のものとして取り込み、ワンショット、ワンショットを並べる。コピペ作業そのものではないか。
この人の言語能力はオノマトペとしての「シ〜ン」だ。

              




(記事抜粋)

付き馬 G 2010年10月22日(金)21時25分
 大阪弁の語り口で、大阪らしい人情や風景が描写されたなかなか味わいのある作品だと思います。
 最後の『オヤオヤ シゲヤンの後をぞろぞろおなごが付いて行ってます。若いんや年増や、格好かて、しゃれた洋装があったり、粋筋のような和服があったり。アレッ しんがりをつとめているのは馬ですよ。』の描写も様々な想像をかきたててくれます。
 ホームだから馬が付いていくことはないので、このシ〜ンは「僕」が見た「デジャ・ヴィ」か「幻想」だったかもしれません。



原発事故 G 2011年 3月16日(水)00時24分
 先週の金曜日の地震発生の翌日だったと思うが、民放テレビのカメラが捉えていました。それは高台に批難した集団の中で10歳ぐらいの女の子が、涙をポロポロだしながら周りの大人たちに「お母さんが波にさらわれた。助けにいって、いって」と絶叫していたシ〜ンが、その後ず〜っと目に焼きついて離れません。
 それに幾多の村や町が、地震で発生した大津波でいとも簡単に消滅してしまう映像は、10年前のあの9・11同時多発テロで巨大ビルが崩れていったシ〜ンと重なってしまいます。



幼少の思い出 G 2011年 3月23日(水)21時48分
 特に「階段のトラウマ」に描写されているようなシ〜ンは、男の子だったら誰にでも経験や記憶があるのでは。私にも60年たった今でもくっきりと思い出す場面がいくらかあります。



朝日歌壇の短歌に関連して G 2011年 3月28日(月)23時44分
昨日でしたか、こんなシ〜ンを見ました。
それは宮城県石巻市大川小学校は児童108名のうち75人以上を亡くし、先生15人のうち助かったのはわずか一人。
温かい部屋で熱いものを食べながら、このようなシ〜ンを見ていいものだろうか、とさえ思ったものです。



「天国への階段」 G 2011年 6月17日(金)22時07分
今回の教会の内部の階段を登られるシ〜ンを想像しながら、すでに15年ぐらい経ったメキシコでの思い出がすぐに浮かんできたので、くどくどと書かせてもらいました。



「人間の条件」 G 2011年 8月17日(水)15時31分
 全編10時間も及ばんとする長編映画ですが、ほとんどが梶の属する軍隊や戦争に関連する出来事ですので、官能シ〜ンは唯一この場面だけだったと思います。
 それでもこの映画が言わんとするところは、明らかに反戦映画です。戦争時に人間がいかに狂気となるか、戦争や軍隊の持つ非人道性、苛酷さや不条理を余すところなく描写したものでした。
 この時期、このような映画が上映されることは大切なことだと思えます。



学び舎とがき大将(その1) G 2011年 9月 4日(日)22時38分
 またB29が追撃されて頭上に墜落したときの描写はなんだか戦争映画を見るようなシ〜ンです。パイロットは当然捕虜になったかと思いますが、その後どうなったんでしょうかね。
彼の大牟田の実家の近くの土手で、B29が威嚇飛行をしたのを彼が見たということでした。
それにしても、終戦の年と言えば、3,4歳のころです。「小さいときによくそんなシ〜ンを覚えているなあ」と感心したものですが。



涼風 G 2011年12月30日(金)23時45分
 ガタンゴトンガタンゴトンとリズミカルに走る蒸気機関車、もんぺ姿のご婦人、車内の人たちの動作や表情、切符を切りにきた車掌、なんだかシロクロの映画を見るようなシ〜ンです。作者がうたた寝しながら見た夢、あるいはデジャ・ビィ・・・・。



「古事記を楽しむ旅(2)」を読んで G 2012年 1月13日(金)23時
 次回はこの大御神が再び現世に出てくるシ〜ンになるということですので、神話といえどなんだかワクワクしますね。



俳文:日光への旅(その2) G 2012年 3月11日(日)22時22分
あの大震災から1年経ちました。私はあの時、絵の会のグループで区の施設(3階で)で油絵を描いていたのですが、天井からパラパラと白い粉が降って揺れがひどくなり、机や椅子が動き始めた思わず机の下にもぐりこんだことを覚えています。
なんだか昨日のようにあのときのシ〜ンが甦ります。



一碧湖のアヒル G 2012年 6月 4日(月)21時26分
ワンコウが側に寄ってもピクリとも動きません。よほど疲れているのかなとも思いましたが、その様子を見ながら、突然15年前ぐらいのブラジルでゴルフやったときのシ〜ンを思い出したものです。



おめでとうございます G 2013年 1月29日(火)21時05分
Uさん、二つの入賞、おめでとうございます。
私にとって「八甲田山」と言えば、昔高倉健主演の映画をみた思い出がありますが、この写真のように雪深いシ〜ンが多かったですね。
これからも素晴らしい写真を載せてください。



ここはどこだ G 2013年 3月21日(木)22時05分
思い出すということよりも、Uさんの場合は、セピア色となったアルバムを引っ張り出すことではなく、ご自身の脳の中に納まったマイクロフィルムの記録をありのままに文章にされている感じです。
それだけ人や情景などの描写は映画のシ〜ンを見るように、動きとしてのシ〜ンが拡がっていくようです。



合評御礼(その2) G 2013年 6月21日(金)21時47分
Xさん 非常に好意的な読後感ありがとうございます。
私は全共闘世代よりももっと前の世代ですが、東大の安田講堂落城のシ〜ンや、日大全共闘の学内団交の模様を、20代後半の頃、会社の独身寮で興奮して見ていた思い出があり、その記憶と短歌が連鎖反応を起こした感じでした。



「鉄橋を渡った少年」を読んで G 2013年 7月 8日(月)23時57分
健二少年は多分、作者の分身でしょう。今までのエッセイで戦争中の回顧シ〜ンがよく出ていましたが、このように健二少年を登場させると、また違ったリアルな感覚で当時の庶民の生活風景や心象風景を眺めることができます。



思い出作り(その1) G 2013年 7月13日(土)22時07分
特に今回はタイトルからして「思い出作り」ということで回顧シ〜ンが多い。それで、「ふ〜ん、そんなこともあったのか」とか「そういう考えや感じだったんだな」というのが、あらためて分かったりする。このような読み方はフィックションを対象に合評する場合、あまりいいスタンスではないと思うのだが、プロの文芸評論家ではないので、つい作者のことと関連して考えてしまうのはやむを得ないことかもしれない。



「思い出作り」のテーマに寄せて G 2013年 7月14日(日)23時23分
我々同人の中には佐賀高校11期生が4人いるが、この11期生の同窓会誌として「斜光」というのを毎年1回発行している。すでに今年は18号、つまり18年続いていることになるが、編集委員会では、投稿者(毎年約50名ぐらいはいる)が文章を書きやすいようにと考えて、5年ぐらい前から「思い出のシ〜ン」とか「思い出の写真から」とかいうように、「思い出」というのをテーマに推奨している。
私は以前は堅苦しい問題を多く投稿していたが(中には「シルバーセックス考」というのもあります)、最近は5回(5年)ほど、思い出に残るシ〜ンを再現した原稿(中には「思い出の吉本隆明」というようなテーマもあります)を出している。



健二少年ー?を読んで G 2013年 9月24日(火)23時30分
「長兄、出征兵士となる」の章では、私は出兵する光景を見た記憶はありませんが、映画のシ〜ンなどではよく出てきます。
「健二小学校へ入学」の章では、健二少年は戦争中に入学しているのですが、私が戦後入学したころのシ〜ンとダブルこともありますね。
初めての空襲」の章はまたまた驚きですね。
実に生々しい体験ですが、その各々のシ〜ンが60年以上も昔のころだったにもかかわらず、少年の脳にはっきりと思い出せるのは、それだけ戦争体験というのが凄かったということでしょう。
「斜光(佐賀高校11期生の同窓会誌)」のある編集委員の話では、終戦まもないころ、B−29で爆撃されたとき、田んぼの土手でうずくまって、恐る恐るその戦闘機を見たら、パイロットが手を振ってニヤリとしてそのまま飛び去ったことを覚えている、と話していました。内心「ほんとかな」と思ったものですが、幼い幼児の脳のなかでも、死ぬか生きるかの瀬戸際では、いつまでもそのようなシ〜ンは消えないものでしょうか。



八重歯 G 2014年 4月17日(木)22時45分
読後感として、ほのぼのとした思い出が胸にこみ上げるのを感じます。
文章にあるひとつひとつのシ〜ンに懐かしい幼き頃の風景が浮かんできます。
このようなフツフツと湧き上がるような思い出シ〜ンは最後になって淡い初恋にも似た情景描写となります。高校三年生と言えば、異性が気になる年頃です。最後にこのようなシ〜ンで閉められたのは、文章の構成から言っても素敵だし、鵜木さんの脳裡にはまだ忘れがたい瞬間としていつまでも残っているということでしょうか。



「隣る人」上映会 G 2014年 7月22日(火)22時54分
目立つのは児童が先生たちの懐に飛び込んでくる、逆に先生たちが子供たちを抱きかかえシ〜ンがとても多いことです。
「隣る人」となるには、子供を好きになり愛することで、自分の心の中に子供の居場所を作ることだ、と彼らの言動から推察できます。



「グミの木」を読んで G 2014年 9月15日(月)23時26分
空襲の時などの模様は映画やテレビのシ〜ンでよく見たものですが、そんなものより実体験のあるこのような描写がよりインパクトが強いです。
いつだったか、確か朝ドラの時だったと思いますが、戦時中爆撃による火災防備のため住宅を壊すシ〜ンがありました。それを見てこういうことが本当にあったのか疑問でしたが、本文にそのことが書かれていて、当時はやはりこういうこともあったのだなと実感できます。



14資料管理請負人:2014/09/21(日) 17:53:22
とにかく 1
とにかくも、とにかく男 その1 2009-2011

◆〔とにかく男〕の文章は「とにかく」の乱立だ。
長々とコピペとおしゃべりを続け、まとまりが無くなったころでいきなり「とにかく」で
とにかく切り上げ、とにかく終了となる。

◆コピペだらけで辻褄が合わない長い長い文章となる。「とにかく」以下の数行だけ読め
ば足りる投稿ばかりである。

◆「コピペ」と「とにかく」には、微妙な相関関係がある。



注)end は文末を表します。


今年の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2009年12月31日(木)21時28分
 資本主義はなぜ自壊したのか         中谷巌 著 (集英社)
 とにかく本書は社会的影響力のある筆者による新自由主義経済論への徹底批判という衝撃の書であり、直面している世界や日本の状況を念頭に置きながら本書を読めばかなりの説得力を持つ。それに平易に分りやすく述べてあるので、経済にさほど詳しくない読者でもスムーズに理解できる。end



今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2010年 3月30日(火)23時18分
『グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに―』 浜矩子 著(岩波新書)

 特に本書での最後の「そして今を考える」という「章」では、「グローバル恐慌は企業の資金調達難という形で確実にカネの世界からモノの世界に伝播する」という自説は納得のいくものだった。
 とにかく、借り物ではなく、和製エコノミストのホネのある生きた経済観をインパクトのある内容になっていることは間違いない。end



今月の本 投稿者:吟遊視人 投稿日:2010年 5月 1日(土)00時11分
『吉里吉里人』            井上ひさし 著(新潮社)
 とにかく傑作としか言いようのない小説である。
 国家論、政治論、言語論、文学論、医学論など様々なアイデアが次々と惜しげもなく投入されている。著者の博学さにただただ驚かされるばかり。
 しかも難しいことを述べるにしても、気さくな登場人物たちがくだけた調子で語っているため、いやみなところがない。
 この作品を読めば、読者は楽しみながら、少数民族の独立問題、方言の問題、医学の問題などを考えるきっかけを得ることになるだろう。end



久しぶりに政治の話を 投稿者:吟遊視人 投稿日:2010年 7月28日(水)22時55分
 とにかく自民党政権以来、このような閉塞状況が続くと、人々は“強い言葉”にひかれ“強い人間”に身をゆだねる。それがファッシズムの危機を内包するのはいうまでもない。(中略)
 とにかく数ヶ月まえの三人組とのレベルの低い言い合い(論争とは決して言えない)と比べれば、久しぶりに熱気のある議論に参加できたものだった。



今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2010年 7月31日(土)14時52分
『農から見た日本―ある農民作家の遺書―』  山下惣一 著(清流出版)
とにかく一つの言葉、一つの発言には、農の根っこには大地があり、「食」の根っこには「農」があり、人は土と自然と共生していくという思想が、生活の中に頑として貫徹されている。
 あらためて日本農業の危機感を感じるとともに、著者の農民としての誠実な生き方に心を打たれる。 end



今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2010年 8月31日(火)22時31分
女ざかり          丸谷才一 著(文春文庫)
 とにかくこの小説に関してあれこれ書評するよりも、まずは読んで楽しむべきものだろう。この猛暑の中でも、「面白い本が読みたい」という人には最高にお勧めの小説だと思う。 end



今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2010年10月31日(日)22時13分
【学校ごっこ】六輔、その世界史    永六輔 著(日本文芸社)
 とにかくこのような面白い話や雑学が、ポンポン飛び出して本書を読んでいるのに、なんだか生徒となって授業を聞いているような錯覚にさえおちこむ。
 本書でもっとも感銘したのは、教師をしている受講生から「生徒に命の大切さを教えるにはどうやりますか」と質問されたその回答だ。それは具体的に論理的に分りやすく例をあげて実に「目から鱗が落ちる」というか、永六輔にしか出来ない答えかもしれない。そしてその答え方の姿勢も素晴らしい。
 この一文だけでも本書を読む価値があるような気がする。 end



福島第二原発事故に想う 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 3月16日(水)22時58分
 最後にこれも娘からの情報であるが、宮内庁では今回の事故で最悪の場合を想定して、天皇一家を京都あたりへ避難させる計画をたて陛下に申し上げた所、天皇からは「それにはおよばない」と断られたとか。
 とにかくそれほど事態は深刻になりつつあることは間違いない。 end



原発事故の戦犯(その2) 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 5月 6日(金)00時02分
とにかく、カネの力で原発を押し付けた悪徳商法の典型である「東京電力」、独占企業に安住し、どこかの知事みたいな傲岸不遜の企業版といったところだろう。end



原発事故の戦犯(その3) 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 5月10日(火)22時30分
とにかく、このような大事故が起きたからには、これらの機関は一度白紙に戻してから、フランスや米国みたいに独立性のある本来の役目をする規制委員会を発足すべきだ。end



原発事故戦犯(その5) 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 5月25日(水)22時36分
 あといちいち挙げたらキリがないが、星野仙一、中畑清、岡江久美子、渡瀬恒彦、「行列のできる法律相談所」に出ている北村晴男や住田裕子、そしてご意見番を気取る三宅久之、草野仁、大宅映子、木場弘子、藤沢久美なども同系列だ。
 とにかく東電をリーダーとする電気事業連合会が年間200億という莫大なCM費用を使い、その手先となってノーテンキなタレントや文化人が原発安全神話を鼓吹してきたのだ。
 今まで述べたA級戦犯とは言わないでも、すくなくともB級、C級戦犯とは間違いなく言えよう。end



原発事故の戦犯(その6) 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 5月29日(日)22時20分
 とにかく具体的に挙げればきりがないが、すくなくとも労働者の組織が、本来の組合の本分を忘れて、労使一体となって原発推進してきた事実は今更消すことはできない。
 そしてこれからも電力労連のいいなりになるかどうかで、ある一面菅内閣の評価もできようかというものだ。end



国会のていたらく 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 6月 2日(木)14時27分
 とにかく馴れない野党生活にごうをにやして、内閣打倒の契機をうかがうだけの自民・公明党の場所と時をわきまえない政治良識のなさと、政治手法から政策まで民主党内をギクシャクさせてきた小沢一派には、怒りを通り越してただただ呆れるだけだ。
 もうしばらくで、不信任案はどうなるか決まるが、もうここまで堕ちてしまったら、勝手に好きなようにやってくれ、と投やりにもなる。
 最後に、このような川柳が浮かんできた。
『政治家の すべてを不信任 してみたい』 end



反原発デモ 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 6月29日(水)22時18分
 とにかくも最近でこそ、「世界」、「現代思想」や「週間金曜日」などのリベラルな雑誌や岩波書店発行の原発関連の本には小出さんの著書が多く見つけることができるが。
 小出さんの発言は事故が起きるまで口をすっぱくしてその危険性を主張していたにもかかわらず、実態として原発事故を止められなかった自分の責任を痛感されて「涙声」になったのだろう。
 このような学者こそ真実、信頼と信用が出てくるものだ。
 それに小出さんのような学者の意見こそ、菅内閣は今後の原発政策の中で重用すべきであろうと思うが。 end



6月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2011年 6月30日(木)22時32分
    『凍』            沢木耕太郎 著(新潮文庫)
 とにかくも私にとってはあまりにも面白い本であった。だが、その面白さ、緊張感を持続させてくれたのは、やはりノンフィクション作家としての沢木耕太郎の筆力だろう。臨場感あふれるその表現力は、著者自身が山野井夫妻に心身ともに乗り移って書かれた感じがするものだ。end



菅直人首相 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 7月15日(金)23時24分
 とにかく日本の未来へ向って「脱原発」への舵をきるためには、菅のような癖の悪い首相こそ現時点では適任かなと思っている。



民主党代表選 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 8月28日(日)23時16分
 とにかく明日の代表選も終わり、半年も経てば「やっぱり菅がよかったとなりそうだ」という川柳が歌われるかもしれない。end



上野千鶴子さん最終講義 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 9月11日(日)22時28分
 小難しいエッセイや小説の嫌いな、どこかのフアンさんには悪いけれど、また小難しいエッセイを書いてみます。もっとも私としては、けばけばしい客引き宣伝の予告文字よりも、小難しいエッセイや興味のある本の紹介がいいような気もしますが。出来ればけばけばしい文字や予告もあの程度に控えてもらって、あまりエスカレートしないことを望みます。
 本題に入ります。(中略)
 なんだかまとまりのない書き方になりました。何を言わんとしているのか分らんという読者は上記「文学界9月号」を図書館ででも読んでみてください。
 とにかく、今の時代に当てはまるいいことを言われています。特に女性にとっては。
end



核ゴミや核リサイクルに関して 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 9月12日(月)23時25分
とにかく、学べば学ぶほど、原発というのは人間の生活や生命とは共存できないということが分ってくるというものでしょう。end



再度、原発事故について 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年 9月13日(火)23時36分
 ところで、小出裕章さんは京都大学原子炉実験所の助教授だと書きましたが、先日の熱海での私のグループでの話し合いでは「彼は助教授なんかではないよ。助手だよ」という人がいました。
 それでインターネットで調べてみたら、やはり、昔「助手」と言った職位が、今は「助教」と言っているにすぎないようです。助教授は今は准教授と言うように。
 とにかく反原発のスタンスをもてば、58歳になっても助手とはいかに原子力ムラからはじき出されていたかが分ります。end



巨人軍の内紛 投稿者:吟遊視人 投稿日:2011年12月 1日(木)23時49分
 とにかく今回の内紛について書けばナベツネ批判になりそうだが、清武球団代表は先月解任された。
 理由として長嶋さんの怒りのコメントまでわざわざ紹介する桜井オーナー兼球団社長の姿を見て、この男だって初めは清武と一緒にナベツネの了解を取っていたと言ってたじゃないかと思い、呆れてしまった。
 球団を私物化する渡邊恒雄という救いようのない爺さん。清武氏の梯子をあっさりと外して権力ジジイの傀儡となった「ザ・サラリーマン」典型の桜井氏。国民を味方につけるためにいいようにコメントを使われてしまう脳梗塞後遺症の無力な英雄・長嶋氏。
 もはや今回の内紛騒動は読売大国の没落の予兆でなければいいのだが。 end



今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2011年12月31日(土)21時02分
『恋する原発』          高橋源一郎 著(講談社)
 とにかく読書中は目を背けたくなるような超低俗な表現が続くが、読み終わってしまうと、意外と爽快な気分になる。
 過激なエロっぽい表現のなかに優しい詩情が入りまじっているということだろうか。それとも放射能に汚染された時代に(少々誇張して言えば)表現の自由をかけて挑んだ現代日本小説の勇気と愛を感じるということなのか。end




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