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叫号〜Io ripeto un incubo〜
1
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/01/10(火) 16:59:44 HOST:i114-183-46-33.s04.a001.ap.plala.or.jp
さて、前作から見てくださっている方はこんにちは。この作品からの方は初めまして、霧月蓮という者でございます。
今回は前作「Il record dell’incubo〜悪夢の記憶〜」の続編となる小説を書かせていただきます。
新たにスレを建てましたのは、タイトルが完全に変化していること、続編といいつつもキャラがほぼ全員新しいキャラであることを考えて、のことです。前作でキャラはほとんどお亡くなりになってますしね((
舞台については相変わらずある学園。ただし、今回は学園内だけでなく、あちこちへと飛び出していく予定です。ちゃんと書けるか心配すぎます。と、言うか前回のような連中が学園の外に出ても大丈夫なのかしら……? と考えていたり。
タイトルのIo ripeto un incuboはイタリア語で「私は悪夢を繰り返します」という意味。翻訳さんに頼ったりしたんで自身はないです。
叫号は「大声で叫ぶこと」……あぁ、何かタイトルから嫌な予感しかしない((
!注意事項!
・誤字、脱字、言葉の誤用が多いかと思われます。1度辞書を引いてから使おうとは思いますが、そういうのを見つけた場合お知らせいただけると大変助かります。
・一応遠まわしに描写するようにしますが、主人公その他諸々、非常に口と頭が悪いです。気分を害された場合直ちにブラウザバックを連打してください。
・気をつけるようにはいたしますが、流血表現等が多々出てくると思います。そのようなものが苦手な方はご注意ください。
・アドバイス等常時お待ちしています。すぐに繁栄できない可能性もありますが、出来うる限り反映させていきます。
h*ttp://jbbs.livedoor.jp/school/6734/#17 ←前作:Il record dell’incubo〜悪夢の記憶〜 読まなくても等作品を読むのに支障はありません。
25
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/06(月) 23:22:44 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
蓮の方へと刃を投げ、風雅はきつく刹に抱きつく。数歩ふらついて刹は額に手を当てる。その瞳はゆっくりと、元の透き通った色へと戻っていく。
「……会、長? ……僕は、一体何を……?」
辺りを見渡した刹が湊に目をやって震えた声で問いかける。風雅は答えなかった。
ペタリ、と力なく地面に座り込む刹とその頭をそっとなでる風雅。遅れて響くのは、刹の勝利を告げる声……。しかしその声は勝者本人に届くことはなく……。
「ゆっくり休んでください……後は私が何とかしますから」
風雅のその言葉に答えることなく、刹の意識は闇の中へと落ちていった。そっと自分のことを抱きしめる、一人の人物の腕の中で……。
「二回戦、星条 風雅、白鷺」
湊の傷を塞ごうとした瞬間に響く声。低く舌打ちをして風雅はポケットから小さな十字架のペンダントを取り出す。酷く不愉快そうな表情の風雅とは対照的に、白鷺は無表情。自分が守るべき人間が倒れているというのに、完全に無反応。
試合開始の声が響くと同時に、風雅は十字架を宙へと放り投げて、声を上げる。凛、とした声は体育館に響きわたり……。
「……ごめんなさい、パフォーマンスとか関係なしにさっさと終わらせますよ。異端に罰を、私には守護を!!」
不自然に宙に留まった十字架が光を発した。白鷺は、何の抵抗もしなかった。それは白鷺なりの考えがあってか、それとも、単純に抵抗できなかっただけなのかそれは誰にも分からない。ゆらりと大きく白鷺の体が揺れる。対してバタバタと倒れていく教師達。
紅零が額に手を当てて、顔を顰める。能力者たちが呻き声をあげる中、蓮は相変わらず涼しげな表情で立っていた。
「楓と同じ魔法、か」
ポツリと蓮が呟いた。辺りに立っているのは低ランクの能力者と魔法使い達だけ。いつの間にか紅零も気を失っている。白鷺も槍を支えにしながらも片膝をついて真っ直ぐ、真っ直ぐと目の前の人物を見つめていた。
星条風雅。桜蘭学園高等部光生徒会長にして、最強と称される魔法使い。才能ある過去の英雄達でさえ使いこなせなかった魔法を扱い、対能力者線に特化した魔法使い。……能力者殺しの魔王。彼がこの学園に来て、いくつの名を与えられただろうか。それは風雅本人でさえ把握していない
カラン、と乾いた音が響く。白鷺の槍が倒れた音だった。地面に伏せて呻き何かを探すかのように手を動かす白鷺を、風雅は悲しそうに眺めている。もう、呻き以外は聞こえてこなかった。立っている魔法使いでさえ、黙り込んで風雅の使った“魔法”を逆算しようとしている。
ゆっくりと白鷺の手が風雅のズボンの裾を掴む。ゆっくりと吐き出される声は弱く、震えていて……。
「副、会長。おね、がい……」
「心得ていますよ。ゆっくりお休みなさい……伊吹(イブキ)」
ふわりと微笑んで、風雅は白鷺の頭をなでた。僅かに白鷺の口元が緩んだかと思えば、風雅のズボンの裾を掴んでいた手は力なく、床へと落ちた。
「しょ、勝者、星条風雅!!」
慌てたような教師の声。風雅はそんなものには興味も示さずに髪をかきあげる。その目に映るのは倒れている生徒、学園関係者達の姿。ふと蓮に視線をとめれば驚いたような表情をするが、すぐに手元へと戻ってきた十字架に視線を戻した。
取り出したときよりもくすんだ光。少し指でつついただけで、その十字架は形を崩して空気へと溶けていった。
「やっぱりコピーだと質が落ちるんですよねぇ……だからといって軽はずみにオリジナルを使うわけにも行きませんし……」
ブツブツと呟きながら風雅はポケットに手を突っ込む。取り出したのは、先ほどのものと良く似た十字架のペンダント。先ほどのものとは少しだけ装飾が異なっている。
ヒュンッと短い音を立てて、風雅の手から離れたペンダントはぐるりと体育館の中を一周した後、体育館の中心に浮かんだまま動きを止める。その十字架に向かってゆっくりと歩いていく風雅の表情は何処か暗いもので……。
「まぁ、使わなくてもいいけど、有る方が楽なんですよねぇ……。さて、皆に癒しを、私には夢を」
ふわりと優しげな光が広がる。慌てたように起き上がる生徒達は、モニターに表示された結果を見て息を飲む。気を失っていた間の決着。体育館の中心で暗く、悲しげに微笑む、勝者の姿。
目を開いた紅零はぼんやりと風雅の姿を眺める。ああ、どこかで見た、誰かに似ているとそんな風に考えて。何時の間にか横にいた蓮の手を借りて起き上がる。辺りは優しい光と匂いに包まれていた。それはまるで争いや、派閥などないとでも言うかのようで……。
26
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/10(金) 20:48:21 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
そこでやっと動いたのは風雅だった。ハッとしたような表情をして、新たなナイフを取り出そうとした刹に飛びつく。小柄な影響なのか、刹は少しふらついただけだったが、確かに戸惑ったような素振りを見せる。
そんな様子を見て、悲しげな表情をした風雅は、無言で刹の手から刃をひったくる。掴んだ部分がちょうど刃の部分だったから少し、手が切れてしまったけど気にする余裕などない。
「刹、それ以上はダメ!! 流石に死んでしまいますよ」
蓮の方へと刃を投げ、風雅はきつく刹に抱きつく。数歩ふらついて刹は額に手を当てる。その瞳はゆっくりと、元の透き通った色へと戻っていく。
「……会、長? ……僕は、一体何を……?」
辺りを見渡した刹が湊に目をやって震えた声で問いかける。風雅は答えなかった。
ペタリ、と力なく地面に座り込む刹とその頭をそっとなでる風雅。遅れて響くのは、刹の勝利を告げる声……。しかしその声は勝者本人に届くことはなく……。
「ゆっくり休んでください……後は私が何とかしますから」
風雅のその言葉に答えることなく、刹の意識は闇の中へと落ちていった。そっと自分のことを抱きしめる、一人の人物の腕の中で……。
「二回戦、星条 風雅、白鷺」
湊の傷を塞ごうとした瞬間に響く声。低く舌打ちをして風雅はポケットから小さな十字架のペンダントを取り出す。酷く不愉快そうな表情の風雅とは対照的に、白鷺は無表情。自分が守るべき人間が倒れているというのに、完全に無反応。
試合開始の声が響くと同時に、風雅は十字架を宙へと放り投げて、声を上げる。凛、とした声は体育館に響きわたり……。
「……ごめんなさい、パフォーマンスとか関係なしにさっさと終わらせますよ。異端に罰を、私には守護を!!」
不自然に宙に留まった十字架が光を発した。白鷺は、何の抵抗もしなかった。それは白鷺なりの考えがあってか、それとも、単純に抵抗できなかっただけなのかそれは誰にも分からない。ゆらりと大きく白鷺の体が揺れる。対してバタバタと倒れていく教師達。
紅零が額に手を当てて、顔を顰める。能力者たちが呻き声をあげる中、蓮は相変わらず涼しげな表情で立っていた。
「楓と同じ魔法、か」
ポツリと蓮が呟いた。辺りに立っているのは低ランクの能力者と魔法使い達だけ。いつの間にか紅零も気を失っている。白鷺も槍を支えにしながらも片膝をついて真っ直ぐ、真っ直ぐと目の前の人物を見つめていた。
星条風雅。桜蘭学園高等部光生徒会長にして、最強と称される魔法使い。才能ある過去の英雄達でさえ使いこなせなかった魔法を扱い、対能力者線に特化した魔法使い。……能力者殺しの魔王。彼がこの学園に来て、いくつの名を与えられただろうか。それは風雅本人でさえ把握していない
カラン、と乾いた音が響く。白鷺の槍が倒れた音だった。地面に伏せて呻き何かを探すかのように手を動かす白鷺を、風雅は悲しそうに眺めている。もう、呻き以外は聞こえてこなかった。立っている魔法使いでさえ、黙り込んで風雅の使った“魔法”を逆算しようとしている。
ゆっくりと白鷺の手が風雅のズボンの裾を掴む。ゆっくりと吐き出される声は弱く、震えていて……。
「副、会長。おね、がい……」
「心得ていますよ。ゆっくりお休みなさい……伊吹(イブキ)」
ふわりと微笑んで、風雅は白鷺の頭をなでた。僅かに白鷺の口元が緩んだかと思えば、風雅のズボンの裾を掴んでいた手は力なく、床へと落ちた。
「しょ、勝者、星条風雅!!」
慌てたような教師の声。風雅はそんなものには興味も示さずに髪をかきあげる。その目に映るのは倒れている生徒、学園関係者達の姿。ふと蓮に視線をとめれば驚いたような表情をするが、すぐに手元へと戻ってきた十字架に視線を戻した。
取り出したときよりもくすんだ光。少し指でつついただけで、その十字架は形を崩して空気へと溶けていった。
「やっぱりコピーだと質が落ちるんですよねぇ……だからといって軽はずみにオリジナルを使うわけにも行きませんし……」
ブツブツと呟きながら風雅はポケットに手を突っ込む。取り出したのは、先ほどのものと良く似た十字架のペンダント。先ほどのものとは少しだけ装飾が異なっている。
__________________________
なぜか冒頭部分が抜けていたようなので上げなおしです。
追加された文の分、最後の部分が抜けています
27
:
春日野遥/月城光流/御坂美琴
◆FxNjkwwcMg
:2012/09/26(水) 21:53:18 HOST:i114-180-35-24.s04.a001.ap.plala.or.jp
ヒュンッと短い音を立てて、風雅の手から離れたペンダントはぐるりと体育館の中を一周した後、体育館の中心に浮かんだまま動きを止める。その十字架に向かってゆっくりと歩いていく風雅の表情は何処か暗いもので……。
「まぁ、使わなくてもいいけど、有る方が楽なんですよねぇ……。さて、皆に癒しを、私には夢を」
ふわりと優しげな光が広がる。慌てたように起き上がる生徒達は、モニターに表示された結果を見て息を飲む。気を失っていた間の決着。体育館の中心で暗く、悲しげに微笑む、勝者の姿。
目を開いた紅零はぼんやりと風雅の姿を眺める。ああ、どこかで見た、誰かに似ているとそんな風に考えて。何時の間にか横にいた蓮の手を借りて起き上がる。辺りは優しい光と匂いに包まれていた。それはまるで争いや、派閥などないとでも言うかのようで……。
光が生まれて、漂って吸い込まれて、消える。その繰り返し。一人また一人と起き上がる生徒達はただただぼんやりとその光景を眺めることしかできなかった。誰も何も言わない。身動きすら取らずに光の中に立ち尽くしていた。
ふと風雅は自らの傍に倒れる三人の能力者に目をやる。自らに良く似た少年、少しだけ変わった髪をしている少年、髪も制服も、暗い色に包まれた、誰よりも心優しかったはずの少年……。風雅の知らないうちに変わってしまった風雅の大切な人たち。
気づけば風雅の頬には涙が伝っていた。
「っく……」
三人の中の一人が立ち上がる。白鷺だった。何処か苦しげな表情をしたままだった彼も、ゆっくりと顔を上げて、光を見あげた。他の生徒と彼が違ったのは、彼が光に向かって手を伸ばしたこと。まるで縋るように、頼るように……。
やがて、長いこと宙に浮いていた十字架は、色を、輝きを、力を……そして形を失っていく。まるで風に舞う細かな砂のように、静かに、音も無く。
ガクリ、と風雅は片膝をつく。いつもは一定のところで魔法の行使を止めていた。でも今日は止めなかった。……何時まで経っても、硬く目を閉じた二人が目を覚ましてくれないから。動いてくれないから。だから力を使うのをやめなかった。
しばらく呼吸を整え、風雅はそっと刹の胸に耳を当てた。聞こえてくるのは静かな鼓動。同じように湊の胸にも耳を当てる。こちらも聞こえてくるのは静かな鼓動。……良かった死んではいないようだ、そう考えて風雅は息を吐く。
「その二人が目を覚まさないのは、周りと比べて能力の桁が違うからだろうな。お前の使った魔法は相手の力量に応じ負担をかけるもの。相手の力がデカイほど相手が受けるダメージはデカくなる。……違うか?」
「……その通りです。見ただけでそこまでの分析を? ……私が見たところ貴方は魔法使いではないようですが」
「まぁ過去に同じような魔法を使うやつを見たことがあったからな。俺は魔法使いではない。ただの能力者さ」
風雅に問いかけたのは蓮だった。僅かに目を細め、静かに言葉を並べていく。
蓮の問いに対し、風雅が返したのは肯定の言葉だった。それを聴いた瞬間に蓮は深く、深くため息をついて、そして表情を“無”へと変えた。まるで気味の悪いものを見るような目をする風雅は、黙り込んで何も言わなくなってしまった。
この魔法は風雅の作り出したオリジナルのはずである。それなのに同じような魔法を見たことがあるという蓮。一体何処で、誰が? そんな簡単な問いでさえ風雅は口に出すことができなかった。何故かはわからなかったが、ただ一つ、風雅の頭には浮かんできた結論が合った。
……いくら問い詰めたところでこの濃紺の男は真実を語らないであろう。
「さて……申し訳ないがこの子は借りるぜ。少しこの子と話したいことがあってな。ついでに回復も済ませてやる。紅零、お前はそっちのやんちゃ坊主を頼むぞ」
「了解したわ。……そこの子はついてきて頂戴。この子の能力系統を教えなさい。それに合った回復パターンを作るから」
軽々と刹を担ぎ上げた蓮はため息混じりに言う。紅零の方は小さく頷いた後、白鷺に要求。そのまま姿を消してしまう。風雅がとめようとするも間に合うわけはなかった。
__________________
久しぶりの更新。書き溜めがありますので次もすぐに出します
28
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/09/26(水) 21:55:23 HOST:i114-180-35-24.s04.a001.ap.plala.or.jp
蓮の方は静かに体育館から立ち去ろうとする。慌ててそれを追いかけようとする風雅。体育館の生徒はそんな光景を何も言わずに眺めていた。普段なら絶好のチャンスと風雅に襲い掛かるであろう闇の生徒でさえ、黙ったまま固まっていた。
風雅に勝てないと思った生徒が多いのもそうだろう。彼らをまとめるリーダーがいないのも理由だろう。そして、何よりも気を失っている間に何が起こったのか未だに理解が追いつかないのも理由の一つだろう。
ペタンと座り込む風雅の唇からは、弱々しい言葉が零れ落ちた。
「ごめ、なさい……っ」
*
湊が目を覚ましたのはそれから三日ほど経った頃だった。もちろん紅零は蓮に言われたとおりに回復処置を施した。だからと言って能力使用による消耗をすぐに取り戻すことができないのも事実だった。ある程度なら紅零の力を与えることもできたが今回はそれをしなかった。
相性が悪かったのだ。湊の能力的消耗を補うには紅零の力はあまりにも……。もっとも湊の能力自体が特殊なものなため、他の能力者の力を受け入れるには毒素が多すぎるのだが。湊が他者に力を分けるにはさほど問題がなかったりする。
回復系統の能力にも種類がある。刺し傷や火傷など外面的損傷を癒すもの、流れ出てしまった血液など内面的不足を癒すもの、そして、能力者が能力を使った際に出る負担、能力消耗を補うもの。そして、能力者であることを逆手に取られた対能力者用攻撃などで負う能力的損傷。そんな具合だ。
今回湊が負ったダメージは外面的損傷と能力的消耗、能力的損傷だ。損傷系のダメージについては相性関係なしに直すことは容易い問題だったりする。まぁそれぞれに必要な力の質は違うが、その辺は回復系統の能力者ならば誰でも持っているものなので関係がない。
「う……流石に消耗しすぎたか……」
身体を起こした湊は、その額に手を当てながら小さく呟く。
消耗系統のダメージだけはその力の持ち主との相性が良くなければ回復することができない。まず、能力者が能力を使用するには莫大なエネルギーを消耗することとなる。多くの場合能力者たちは自分の中でそのエネルギーを生成し、自在に操り、外から補充して補うのだ。
ただし、外から補充できるのは自分で生成する力の十分の一にも満たない僅かなもの。多くはきちんと自分でエネルギーを生成するしかないのだ。そのための食事であり、睡眠である。エネルギーは取り入れようが自分で生成しようが、自分に馴染むものしか使えない。
だから他人から力を分けてもらう際も相手との相性が悪ければ拒否反応を起こすだけだ。
「まぁ、散々力吸い取られていたしな……その上で四大精霊クラスの精霊を召還すればこうなるか……」
「……そう。貴方、馬鹿?」
いつの間にか湊の何時ベッドの横に置かれた椅子に座っていた白鷺は全く表情も変えずにそう答えた。ただその真っ白な肌の目元には隈ができていて……。嗚呼寝ないで看病でもしてくれたのだろうか、そう考えて湊は笑う。
「じゃあ、僕、仕事、戻る。貴方、ゆっくり休む……異論」
「ないよ。流石にまともに動けないのは理解できるからね」
再びベッドに横になった湊を見た後、白鷺は姿を消す。一人になった部屋はあまりにも静かで落ち着かない。ぼんやりと天井を眺める。……真っ白で汚れのない天井。一応はここで生活しているはずなのに、部屋のものが見慣れないものばかりのように感じてしまう。
そりゃ長いこと閉じ込められたりして部屋から離れることは多かったけどさ、そんな風に考えながらも、湊は目を閉じる。本でも読もうかと思ったが、それをすると白鷺に見つかったとき面倒だ。白鷺が言う休むは“寝る”のことだ。
「やれやれ、ゆっくり寝ろ、か。僕には合わないことを指示してくるものだ」
ポツリと湊は呟く。白鷺と一緒にいることが多いせいか、単語でブツブツと切れる話し方でも、大体言いたいことは理解できるようになっていた。まぁ実際はもう少しだけでもいいから言葉をつなげて話してもらいたいものだが、その辺はもう諦めるしかないのかもしれない。
過去に比べれば確かに口数は増えているのだから。
身体の向きを変えてしばらく黙っていると、眠気はすぐにやってきた。まだ回復しきっていないのか、ぼんやりとしてきた頭でそう考えて、湊は軽く布団を握る。ふんわりと漂うのは花の匂いだろうか? それもとびっきり甘い、甘い……。
いい悪夢が見られそうだ。そんな風に考えたのを最後に、湊の意識は落ちていく……。
29
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/10/28(日) 01:25:02 HOST:i118-20-249-88.s04.a001.ap.plala.or.jp
次に湊が目を覚ましたとき、ベッドの横にある椅子に座っていたのは、紅零だった。その手にはいくつかの果物のようなものが入った紙袋が抱えられている。軽く閉じたままそこに座っている姿が、どうしようもなく美しいものに湊は感じた。
湊がジッと紅零の様子を見つめていると、紅零はゆっくり、ゆっくりとその瞳を開く。どうやら眠っていたのではないらしかった。考え事をしていたのである。湊に視線を移して薄く微笑んだ紅零は、紙袋の中から一つの果物を取り出す。
血のように赤い果物だった。思わず身を引いた湊に紅零はその果物を差し出す。その表情は完全に面白がっているようなもの。その表情に疑問を抱きながら湊は自分の身体を起こす。
「食べなさい。貴方の能力的消耗を解決するのにいい果物よ。この辺にはないから探すのに苦労したけどね」
「あ、ど、どうも」
戸惑いながら差し出された果物を齧ってみる。口の中一杯に広がる苦味。そしてどう表現していいかわからない味。吐き出したくなるのを必死に堪えて湊は果物を飲み込んだ。喉が焼けるように熱い。苦しくなっていく。
一口だけ齧ったその果物を床に落とし、湊は自分の喉を押さえる。その様子を紅零は面白そうに笑ってみていた。しばらくして、短く息を吐いたかと思えば、胸元のポケットから小さな瓶を取り出す。瓶には不思議な色をした液体が入っている。
「死にたくないでしょう? 飲みなさい。これは安全だから大丈夫よ」
「ッ、なに、を」
ひったくるように瓶を奪い取って湊は中身を飲み干す。ゆっくりと引いていく熱さに安堵を覚えながら、紅零を睨みつける。まだ声は出しにくかった。
紅零はまるで何も無かったかのように床に落ちたその果物を拾う。血のように赤い、赤い果物を。
「普通は生では食べないわよ。私達人間には毒素の強すぎるものですもの。普通は毒抜きをしてジュースにでもして体内に入れるのよ」
「そんなもん、生で食べさせないでくださいます? 新任教師様」
紅零の言葉に、表情を引きつらせながら湊は言う。一応相手は教師なので口調は崩さないで。本当ならば生徒になんてものを食べさせてるんだ大馬鹿野郎と叫んで散々罵ってやりたいところだが、流石にそれは我慢だと自分に言い聞かせる。
そんな湊の様子を見た紅零は口元に手を当てて笑い、果物を手に持って立ち去っていく。何がしたかったんだあの人は、そんな風に呟いて湊は再び横になる。訳が分からない上に、変なものを食べさせられたせいで気分が悪い。
しかも紅零はあの果物が危険なものであることを知っていて湊に齧らせたのだ。湊からすればもう腹立たしいのレベルを超えている。その場で怒り狂って精霊を召還しようとしないのが不思議なぐらいである。怒る元気がないだけかそう考えて湊は目を瞑る。
今度は睡魔に襲われることはなかった。前まであったはずの気だるさを感じない。
「ほら、ちゃんと処理してから飲み物にしてきたわよ。起きなさい」
「……もう平気だと思いますが」
部屋に戻ってきた紅零の手にはトマトジュースに良く似た液体に満たされた一つのグラス。さっきの出来事もあって警戒しながら湊は言葉を放つ。紅零は少し首をかしげた後、グラスを揺らしてみせる。
「警戒しなくてもいいわよ。確かにあれは人間には毒だけど、生で食べた方が補給にはいいの。証拠に、大分楽になったでしょう? それに貴方の場合は平気だと思っても半分以下しか回復していないことが多いみたいだからね。飲んでおきなさい」
「誰が余計なことを……白鷺か」
もう生での方には触れなかった。気になったのは紅零が後で言った方だ。そんな事を告げ口する人間は生憎一人しか思い浮かばない。自らの従者、白鷺である。余計なことを、そう呟きながら紅零の手からグラスを抜き取る。
深く息を吸い込んでグラスに口をつけた。広がるのは甘い香り。優しい味。さっきとの味の違いに湊は正直に驚いて、思わずグラスの中の液体を見つめる。そんな様子を眺める紅零は、まるで自分の兄弟でも見るかのような表情をしていた。
静かにベッドの横の椅子に腰をかけて脚を組む。しばらくグラスを見つめていた湊が自分の方を見たのが少し面白くて噴出してしまう。
「っふふ、ごめんなさいね。甘いでしょう? 毒素をちゃんと抜けば甘くなる、変わった果物よ」
紅零の言葉を聞いて再び湊はグラスの中の液体を見つめる。赤い、赤い液体。
グラスに口をつけて、今度は一気に飲み干す。心地のいい甘さが口の中に広がった。一気に飲み干したことに驚いて紅零は目を見開いている。勝ち誇ったような表情をして、湊は空になったグラスを揺らして見せた。
30
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/17(月) 23:09:59 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
それを見た紅零は僅かに安心したように笑う。静かにグラスを受け取って、ベッドの近くにあるテーブルに置いた。紅零自身は静かに湊が目を覚ましたときに座っていた場所に座る。
「もう動き回っても大丈夫で?」
「ええ。ただ日常生活には支障が無いってだけ。能力の使用は控えなさいな」
湊の問いに軽く頷いて紅零が答える。少し考えるような動作をした後に、少しだけ困ったような表情をする湊を軽く小突いて紅零はため息をついた。いい加減学習したらどうだとでも言うような行動である。湊もそれ以上はごねたりしなかった。流石に何度も倒れるのは馬鹿らしいと思ったのだろう。
頭の後ろに手を回して、天井を眺める湊と、その湊を黙って眺める紅零。部屋に響くのは時計が時を刻む音だけだった。廊下から聞こえてくる音も無い。今日は酷く静かだな、ぼんやりとそう考えて湊は首を窓の方へと向けた。
誰も居ない。いつもならば元気に駆け回る下級生達の姿が見えるはずなのだが、今日は誰も居なかった。ひらり舞う桜の花びらが窓の外の景色を飾る。その景色が妙に恐ろしく感じて、湊はさっきよりも深く息を吐き出した。
天空都市といっても学生が暮らす町だ。ある位置はかなり上空にあるとしても、環境はある程度、地上に近いものに調節してある。だから当たり前のように桜が咲くし、優しい風も、強い風も吹くし、雨も降る。ちなみに環境は地上の日本のものにあわせてあるらしい。
核の部分を作った研究所が日本にある影響である。
「そうだ、面白い話をしてあげるわ」
「……面白い話?」
紅零の一言に湊が反応する。窓の方に向いていた視線は一瞬で紅零へと向けられる。単純なものだ、そう思って紅零は口元に手を当てて笑った。
今か、今かと待ちきれないとでも言うような表情で紅零を見つめる湊。その湊には間違っても闇を率いる少年の面影は無い。歳よりも幼いように見えてしまう。普段が大人ぶっているから余計にそう見えてしまうのかもしれない。
「貴方の能力があるでしょう? 同じ能力で格上がこの学園に居るわよ。いや、居ると言うよりも来た、と言うべきかしら」
「同じ能力……? まさか紅零先生がそうだとでも?」
紅零の言葉に湊が眉を顰めた。信用できないとでも言うような表情である。そんな表情をされても、紅零は想定内といったような表情で首を振った。その反応に湊はより一層疑いの色を濃くする。それでも乗り出した上半身を引っ込めようとはしない。
短く息を吐いて、紅零は脚を組み湊の目を見つめる。
「気づかないのね。感じで気づくだろうとは思ったのだけど。蓮よ」
その言葉を聞いて、しばらく考えるような表情をした後、納得したように湊は頷いた。
「なるほど。あの違和感はそういうわけですか……。まぁこの系統の能力は本来ありえないものですからね。確かに面白い話です」
うんうん、と何度も頷いて湊は笑う。何でも無いような表情をしたいた湊ではあるが、一応は違和感を感じ取っていたようだ。まぁその違和感のことも紅零に指摘される今の今まですっかり忘れていたわけだが。結構強い違和感だったんだけどなぁ、そんな風に呟いて湊は首をかしげた。
クスクスと笑った紅零は軽く湊の頭を撫でる。まるで自らの“家族”にするようにごく自然な動きで。
「まぁ、あの人は気まぐれだから教えてくれるかは分からないけど、何か困ったことでもあれば聞いてみればいいんじゃないかしら?」
静かに立ち上がって、ドアの方に向かいながら紅零はそういい残す。短くお礼を言って、湊はやっと乗り出していた上半身を引っ込めて、ベッドに横になる。不思議と緩んだ頬を隠すこともせずに、ぼんやりと天井を見つめた。
天井を見つめたまま、湊は思考を巡らせる。自分の能力についてだ。
湊の能力は先天性特殊型と呼ばれる能力に分類される。先天性とは生まれつき能力を持ったものの総称で、対となる存在に多くは覚醒型と呼ばれる後天性型と呼ばれるものがある。まぁこの辺については股時が来たらもっと詳しく説明しよう。
湊の能力、召還は本来は“生まれてはならない”能力の一つで、百年に一人生まれればいいというぐらいのレベルのものである。そして、その中で湊と同じ年齢まで生き延びることができた人間は記録上、一人しか居ない。それほど強大な能力なのだ。
まぁ、召還が元は“魔法使い”の中でも特殊なヤツラが扱うものなのだから、それを能力として身体に収めるのは無理がある。だから多くはもの心ついたころには命を落としていく。その影響でサンプルが異常に少ない能力の一つなのだ。
31
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/28(金) 21:14:56 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
「霧月蓮、ね。……っふふ、面白くなりそうだ。」
口元に手を当てて湊は笑う。楽しくて仕方がないとでも言うように。珍しいことに意識せずとも出た、自然な笑い。何だ自分もまだこんな風に笑えるんじゃないか。ぼんやり、そんな考えが浮かんで、埋もれていった。
「……何、ニヤニヤしてる」
突然現れた白鷺が言う。いきなりの登場に驚きながらも湊は小さく首を振った。怪訝そうな表情をしながらも白鷺はベッドの横の椅子に腰掛ける。湊がベッドの上から動くことを認める気はさらさらないようである。
まぁ、それはいつものことか、そう考えて湊は頷く。気分もいいので意地になって白鷺の言葉を否定しようとも思わないらしい。気分さえよければ基本的には温厚な少年なのだ。勿論対立関係の話を除けば、の話になってしまうのだが。
普段もここまで機嫌がよければ自分も助かるのだが、そう考えて白鷺はため息をつく。それでもそれを口に出したりはしない。余計なことを言って機嫌を損ねれば湊は問答無用で布団から出て、万全の状態じゃないのに動き回るのだ。
紅零からとりあえず日常生活を送る分には問題ない位には回復したといわれた白鷺だったが、正直なところまだ湊を動かすつもりは無い。紅零の日常生活という感覚は白鷺には分からないが、白鷺が知る湊の日常生活は正直、一般人が真似すれば即死する、というレベルだと思っているのである。
「ねぇ、白鷺。面白いことになったよ」
「……と、言うと?」
思考を遮られ、思わず顔を顰めてしまいそうになりながらも白鷺は問う。まぁ白鷺が表情を変えたところでそれは本当に小さな変化にしかならないので、気づく人物なんて殆ど居ないのだが。ちなみに湊は気づくときと気づかないときが半分ぐらいの確立である。
白鷺の問いに湊は更に嬉しそうな表情をした。本当にこの人は闇のトップなんだよな? そう考えて白鷺は僅かに首を傾げる。
「僕と同じ召喚能力の登場さ。しかも百年前の人間ときた」
「断言、何故」
「召喚能力は百年に一人生まれればいいところな能力だ。そして召喚能力者は全て精霊が記録している。それに確認すれば一発さ」
胡散臭いものを見るかのような白鷺の様子を見て、湊は僅かに肩をすくめて見せる。こればっかりはしかたがない反応かもしれないなんて思って。突然百年前の人間が現れましたなんて言われればそんな反応もしたくなる。それは湊でも同じだ。
今回に関しては精霊達がくれた情報だから信じているだけ。精霊は召喚主に対して嘘をつくことはできない。主が求める情報の真実だけを告げるのだ。
「学園内の資料にもあったはずだ。聖鈴学園闇高等部生徒会副会長霧月蓮……この学園の前身となった学園だね。面白い具合に組織や設備も似ているんだ」
「調べた?」
楽しそう語る湊の表情を伺い、半ば呆れたように白鷺はそういう。コイツ結局ベッドを抜け出しやがったのか、そんな風に考えながら。でも湊は口元に手を当てて笑うって自分の頭を指すだけ。わけがわからずに白鷺は小首をかしげた。
頭を指したということは、元々持っていた情報なのだろうか、そう考えて白鷺は眉を顰める。
「悩んでるみたいだね。精霊の力だよ。プライバシーもクソも無いだろう?」
楽しそうな湊に、白鷺は黙って頷いた。便利な能力なようで、そう湊の能力を羨んだりもする。とは言うものの白鷺の能力も充分すぎるぐらいに便利なものだし、そんな能力を複数所持しているのだから笑えない。使い道の無い能力を与えられたものよりははるかにマシなはずだ。
ぼんやりと白鷺が思考を巡らせているうちに、湊はベッドから抜け出して、制服のブレザーに袖を通し始める。正気に戻った白鷺がとめようとしたころにはすっかり湊は身支度を終えていた。髪の毛には多少ハネているところがあるがそんなこと、湊は気にしないようだ。
もうテレポートでベッドに叩き込んでやろうか、そんな事を考えながらも、白鷺は湊について歩くことを選ぶ。能力を使いそうになったら後ろからぶん殴って止めてやればいい、そう考えて。
「どこに?」
「いや、百年前と言って、少し思い出したことがあってね。犠牲事件を知っているかい?」
白鷺は考えるような仕草をした後小さく首を振る。正直のところ白鷺は世間で起こっている、もしくは起こった事件には疎い。それはずっと家に閉じ込められて育ったからである。学園に着てからもそこまで外の世界というものに興味を持っていない。
それ故に白鷺の中の情報は、自らの家柄と、学園内部の事件などに傾いている。学園内部で生活する分には困らないので誰も咎めたりしない。というよりも、そもそも学園内部で外の事件のことなんて殆ど話題にならないから関係が無いのである。
32
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/28(金) 23:02:52 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
白鷺の反応に、まぁ当然か、なんていう風に呟いて湊は足を止める。
「百年前にサクリファイスという存在がいたんだ。契約した相手を命を懸けて守る人形みたいな存在だね。もっとも多くは精霊だからピンと来ないんだけど。確か動物型、精霊型、人間型ってくくりがあったはずだ」
「外のこと、詳しい?」
少し考え、自分の頭の中で整理しながら話す湊を見て白鷺はそう呟いた。白鷺がこの学園に来たころにはもう湊はこの学園に居た。しかもそのころから生徒会の副会長というポストについていた。確か湊、白鷺が中学生のころの話である。
それに話を聞けば湊は初等部に入るよりも前から学園に保護されて育ったという。それなのに、自分よりも外の知識があることに、白鷺は正直驚きを隠せないようである。学園の外に居た期間は白鷺の方が長いのだから驚くのも無理は無いのかもしれない。
そんな白鷺に向けて、湊はクス、と静かに笑んだ。
「まぁ好きだからねそういうの。で、犠牲事件というのはそのサクリファイスの人間型の全てが暴走したことを言うんだ。死者は確か百人ぐらいだったかな。人間型の契約者全員が死んだはずだ」
湊の言葉に白鷺が目を見開く。そんなことは気にしないように湊は話を続けていく。流れるように語られるそれは、まるで湊がその事件の現場に居て、全てを見てきたとでも言うようなもので……。
「それが原因でサクリファイスは危険だと判断され政府が処分に出た。ちなみに事件の原因はある一つのサクリファイスに入ったウイルスだったらしい。それを“広めるべき情報”だと勘違いしたそのサクリファイスが人間型全にウイルスを広めて……というわけ」
「……サクリファイス、間抜け」
白鷺の言葉に湊は違いないといって笑う。フォローしないんだ、そんな風に考えて白鷺はうっすらと苦笑いを浮べた。それにしても、今日の湊はよく笑う、と白鷺は思う。もしかすると意識が無かったときの分笑っているのかもしれない、と。
面倒くさいことにならないといいけど、そんな風に考えて、湊の話に耳を傾ける。
「で、この学園の中枢部にその原因となったサクリファイスがいるらしい。確かめたことないけどね。何故か処分されなかった二つのうちの一つがね」
ゆっくりと歩き出した湊はその後も話し続けていた。サクリファイスが生まれた町のこと、事件のこと、その当時の能力者のこと。どれもこれも白鷺にとっては知らなかった面白い知識だ。もっとも百年も前のことを知っている人のほうが少ないのだけど。
そんな話をしながらも、どんどん光の届かない方へと歩いていく。学園の下にある天空都市の制御を行っている場所へと。天空都市の中でももっとも大切な場所。それ故に多くの生徒が近づくことさえできない場所だ。
たどり着いた部屋の扉には何も書いていないプレートがかかっていた。本当に入る気なのだろうかと湊の顔を覗き込むのを無視して、湊はドアを蹴り破った。セキュリティが一番厳重なはずな部屋なのに、警報一つ鳴らない。
さも当然だというような表情をして湊は部屋の中に足を踏み入れる。やはり何も起こらない。そんなはずは無いのだが、そんな風に考えながらも白鷺は湊の後に続く。白鷺も一応は学園内のセキュリティのことは把握しているから表情はずっと訝しげなものなのだが。
「これ、何」
白鷺の目に飛び込んできたのは一人の少女が中に浮かぶ大きな楕円状の水槽。中に浮かんでいるのは紫の髪に、赤い瞳の少女。頭には大きなリボンをつけて、薄い色のワンピースを着ている。湊は無言で水槽に浮かぶ少女を見上げていた。
少女の目は何処を映しているか分からないような、光が宿らない瞳。
「これが処分されなかったサクリファイスの一つさ。確か名前は紅零、だったかな」
「……新任、先生、同じ名前」
白鷺の言葉に湊は軽く頷いて、その後無表情で白鷺の方を見た。
「でもまぁ、接点は無いだろうね。サクリファイスは製作者が名前をつけるのが殆どだから、さ」
「で、どうする?」
納得したように頷いた後、白鷺は再び水槽の少女を見上げて湊に聞く。湊は少しだけ首をかしげて何かを考えているようだった。その何処か真面目な表情に白鷺はため息をつく。これは面倒なことが起こるかもしれないな、なんて考えて。
しばらくして、湊はそっと水槽に触れた。何をするつもりか、そんな風に白鷺は身を強張らせる。湊が問題を起こすと責任を取らされるのは白鷺なのだ。湊の行動を監視して危ない行動などは止めないといけないような立場にいるのだから。
33
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/31(月) 21:09:30 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
水槽を見上げ、湊はうっすらと笑みを浮かべる。その手が、僅かに淡い光を放ち始めていた。
「副会長、何を」
「見ていれば分かるよ。さぁウィンディーネ、手伝っておくれ」
白鷺が動こうとしたときにはもう遅かった。僅かだったはずの光は、どんどんと強くなっていく。堪えきれず、白鷺を目を閉じたが、湊は真っ直ぐ水槽を見つめていた。水槽の中の液体が不自然に揺らいだかと思えば、一瞬で水槽は砕け散った。
突然の出来事にも関わらず、警報は鳴り響かなかった。水槽の中にいた少女も、なんてことはなしに、ふわりと湊の後ろに着地する。ただ、その様子を白鷺は見ていなかった。ゆっくりと目を開いたころにはもう、少女と湊は向かい合っていて、湊の後ろには無数のガラスの破片が散らばっていた。
「大丈夫だよ。ここはもう保護はされてないんだ。殆ど生徒も来ないからその辺は甘くなってしまったんだよ。守護者の中にも情報が行ってない……つまり、理解できるだろう?」
「見捨てられた中枢部……」
白鷺は少し驚いたように目を見開いた。そして、数秒間の沈黙の後に白鷺は小さく頷いた。湊は満足げな笑みを見せた後、顔を少女に向ける。少女は不思議そうな表情で首をかしげた。状況が全く理解できていないようだ。
湊は静かに笑う。好青年に見えるような笑みに少女は幾分か安心したようだった。研究室のパネルの薄い明かりが、部屋の中を照らす。
「君はどうしたい。帰りたいのなら道は用意しよう。……と、その前に名乗っておこうか。僕は秋空湊、そっちにいるのは白鷺だよ。君は?」
「紅零……ねえ、主人は?」
「主人……? ああ、月条 流架(ツキジョウ ルカ)だっけ」
湊の言葉に、紅零は静かに頷いた。白鷺はもう頭を抱えている。報告書をどうしようかとか、処分はどうなってしまうのだろうかなんて考えている。セキュリティが甘いと言え、一応は学園の中枢部となっている部分だ。
ふうっと湊が息を吐く。そして何かを言おうとするよりも早く、紅零は何かを思い出したような表情をした。彼女の中にデータが流れ込んできたのだ。見た目は人間でも彼女は“犠牲(サクリファイス)”と呼ばれる特殊な存在。それぐらいはなんでもない。
やがて、紅零は一人で頷く。その表情は硬い決心を宿しているように見えた。僅かに湊が首をかしげると同時、紅零は言葉を吐き出す。
「……もう主人はいない。百年が過ぎた……でも桜梨(オウリ)はまだ生きてる」
紅零の言葉に湊が驚いたような表情をする。紅零の口から出た名前に思考をむけた。そして、一つの可能性を導き出す。
「桜梨というのは君と一緒に残されたサクリファイスの一人の名前かな?」
「そう。あの子は進むこともできず一人。だから私は戻る。……でも、」
湊の問いに紅零は静かに頷いた。しばらく考えるような動作。沈黙。どちらも何も言わない。紅零は壊された水槽を見上げ、何かを考えているようだった。白鷺は未だに始末書について悩んでいるようで使い物にはならない。
静かに笑って、湊が腕を組む。ジロジロと紅零を見るその目は何かを確かめるようなものだった。その目に紅零が僅かにたじろいだ。
「その子が心配なんだね。大丈夫だよ。確かに中枢部はここなんだけどね。月条が死んだ後、核は別のものに作り変えられたんだ。だから君を逃がしても問題はないんだよ。行ってあげればいい。もう君は“犠牲”なんかじゃない」
静かに言いながら笑う湊に紅零は僅かにその瞳を輝かせた。湊の言葉に白鷺もフッと顔を上げた。ただその表情は傍から見れば無表情にしか見えないものである。でも湊には白鷺が安心しているのが手に取るように分かった。面白いものだ、そう湊は考える。
「核が変えられたのは何で?」
「うん? いやね、君の力だけだと色々と足りなかったらしい。だから君を核から外して、別の核を作った。まぁ基本的な形は変わってないよ。ただシステムが能力者の余剰分の力をエネルギーにする形に変わったんだ。まぁ詳しいことは僕にも分からないんだ、ごめんね」
34
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/31(月) 21:15:25 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
湊の言葉に紅零は小さく首を振って「答えてくれて有難う」と呟いた。嬉しそうな表情だった。それを見ると不思議なものだ、胸の中が暖かくなる、と湊は思った。
意味もなく頷いて、湊は顔を白鷺に向けた。白鷺は不思議そうな表情をして首を傾げる。始末書について悩んでいたので、今の今までの会話を聞いていなかったのである。そんな事を分かっている湊はいじらしく笑って見せた。
白鷺は気まずそうに視線を伏せた。それを見て湊はますます楽しそうに笑う。
「白鷺、桜蘭研究所にテレポートしてくれるかい?」
「……場所、分からない。方角、距離、指定できない」
湊の言葉に白鷺は僅かにムッとしたような表情がした。どうやら散々笑われて、流石に悔しかったようである。湊と白鷺がああだこうだと言い合いをする様子を見た紅零が僅かに笑う。それに気づいた湊がハッと動きを止めた。
そんな湊を見た白鷺はふうっと短くため息をついて、紅零に顔を向けた。それだけで紅零は察したと言うように研究所の場所を話し始める。そのヒントの全てにこくん、こくんと白鷺は頷いていた。
やがて、白鷺は黙って小さなモニターを取り出す。天空都市が今飛んでいる場所を現すものだ。天空都市内から天空都市内に移動するのならばあまり必要はないのだが、天空都市から外に、外から天空都市に移動する時にはそうもいかないようである。
白鷺のテレポートがそもそも特殊なのが影響しているのかもしれない。白鷺のテレポートに明確な距離制限はない。同じ“国”の中ならば好きなようにテレポートすることができるのだ。ちなみに白鷺の場合普段は天空都市を国、と見て移動を行う。
しかし場合によっては天空都市の下にある国の一部だと判断をして、その国に移動して地上に降りるという手段をとる。そんな感じによく分からない能力なのだ。
「準備完了。行く」
フッと部屋の中から三人の姿が、消えた。
*
三人が降り立ったのは大きな建物の前だった。
建物の中からは丁度、白衣を着た黒髪の少女が出てくるところだった。右目を黒い眼帯で隠していて、左目は綺麗な青色の少女。その少女に気づくなり、紅零はハッと走り出して、その少女の前に立った。少女は静かに何かを言っているようだった。
湊たちは近づかずにその様子を眺めていた。微笑ましい光景だなぁなんて思いながら。
しばらくして、紅零は静かに頭を下げて建物の中へと消えていく。少女の方はぼんやりと湊たちを眺めた後、深く、丁寧に頭を下げて、紅零の後を追う。
やがてその少女の姿も見えなくなったころ、湊はフッと笑って白鷺の方を見た。
「たまにはこういうのもいいものだね」
「何故、こんなこと。似合わない」
白鷺の問いに、湊は空を見上げた。そうして、静かに言う。
「同情さ。ずっと忘れていたけれど、思い出した瞬間、可哀想になった。忘れられるような存在が学園に残っていることがね。人の盾となることを強制された犠牲の少女が、懐かしい場所に変えることもできないなんてさ……なんだか寂しいなって」
「……以外。優しいところ、合った」
目をぱちくりさせて言う白鷺に湊は笑う。白鷺は湊の方を見てはいなかった。空を見上げる湊とは対照的にジッと地面を見つめている。
「優しくないさ。強いていうのなら核からも外され、犠牲としての意味を失った彼女は“外”の人間だ。そんなものがあっても駒としては使えないからね。なら、同情に任せて空に放ってやろうと思っただけだよ」
もう、白鷺は何も言わなかった。僅かに白鷺の様子を探るように表情を窺った湊はすぐにその視線を空へと戻す。まるで何かを望むように、何処か悲しげな笑みを浮かべながら。
NEXT Story 第二章 仮面少年と幽霊少年
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やっと第一章完結。な、長かった……
書き溜めがあったので連続投稿です。
続いて二章は一章ほどは長くならない予定です
一章目次
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