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阿含宗という宗教法人を主とした意見交換板

1大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 10:25:12
* ここはagama@chsのサブ的存在です。ザビビ継承スレではありません *

このスレッドは阿含宗考察と検証や意見交換が目的ですが、それ以外に仏教の談義などもOKとします。
批判・擁護 ともにOKですが、良識有る投稿でお願いします。
なるべく規制はかけないつもりですが、悪質な悪戯や荒らし行為、卑猥AA、無駄AA、連続コピペ、
その他閲覧にふさわしくない迷惑行為はご遠慮ください。(記事削除の対象となります)
また、その他微妙な判断は管理人である”大日如来”が行うこととします。

「A宗考察意見交換スレ」他
http://www2.atchs.jp/agama/
初めての方のためのダイジェスト
http://religion.bbs.thebbs.jp/1130673101/ の[463]-[864]
http://religion.bbs.thebbs.jp/1137513788/ の[7]-[79]
過去ログ倉庫
http://etcsouko.hp.infoseek.co.jp/
http://i.ringoya.nu/?u0=http%3A%2F%2Fetcsouko.hp.infoseek.co.jp%2F
「阿含宗と桐山氏について話題インデックス」
http://www1.atchs.jp/agamaindex/
「agamaザBBS」〜この板と同じしたらば〜
http://jbbs.livedoor.jp/internet/3419/

2大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 10:36:16
@chsが落ちたので、立てて見た。
まあ、なんだかんだと項目で書いてますが、@chsのようにやってゆければ良いというだけ。
批判だけの利用で無いので、擁護の方も書いてくれれば嬉しいし、またA宗からの話題だけに
留まらず、私見なども交えても良いです。ただし、自分の信仰している宗派を推奨する・勧誘する
自慢するというのは遠慮していただきたい。

まあ、細かいことはやりながらでも行こうかと。
掲示板に投稿する上で不明な点は、どうぞ遠慮なく聞いてください。

3大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 11:00:04
あら、たった今復旧したね、@chs。

まあ、いいか。こっちはこっちでやるか。
いざとなれば無くせばいいしw

新規OPEN記念として、したらばでも@chsでも書かなかった、霊障のことでも書いてゆきますか。
(ここは私見意見出せる板として立ち上げたからね)

批判する側となった自分には、もう書くことが無いだろうと思ってたこの「霊障」のことですが、
たしかに、したらばのザビビ復刻板ではラシンさんの提言もあって発言はしなかったのですが、それは
やはり、この理由によるからですね。

① 仏教考察、しかも釈尊の言葉を学んだのであれば、論ずる意味が無い。
② 過去の批判意見にもあるように霊障云々に対しては有る程度論議も成されている。
  まして、そういうものを蒸し返してもしょうがないし、完全な証明・検証というのも
  出せない論議をやって意味があるかどうか。

これらがわかるから、確かに止めましたが、でも、これをもし仏教云々とは別に自分の見解を話す分には
いいのではないか?と思うのです。
というか、もし私が批判の思考に回らなかったら、書こうと思っていた項目なのです。
つまり、早くも批判の方へ回ったため、今まで出さなかったし、止めていたのです。

だから、本来ならラシンさんの言われたとおり出さないほうが懸命なのですが、とりあえず
仏教云々というのから離れて意見だけを出す、ということをやってみようかと思ったわけです。

4大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 11:38:26
ですので、私のこれから書く意見は「私個人の見解」というだけで、それを仏教の何とかだ、とか
これが正論だ、というつもりは全く無いということと、私個人が「こう思う」ということだ、
ということをご理解のうえでお読みください。

まず、ゲイカの言われた「霊障」のことは、本当であり正しければ問題は無かったと思います。
元信者であった時期や信じていた時期ならともかく、今では「本当だろうか」と思うこと多し、です。

アゴンでは因縁と霊障の事の関連性が言われているが、それは私が占いを実際にやっていた時期にも
ぶつかった問題点をクリアするためには、なるほどなあというものを出すには適したものと感じて
居ました。

まず、したらばなどで私が出した占いの意見を見た方はもうお分かりでしょうが、占いには限界がある。
占いは簡易に言うならば、人生・運命の軌道というものを見る・把握・予測するものなのです。
例えば、自分が物凄く運が悪いとします。どうしてこうなのか、いつまでそれは続くのか、とか
知りたくなります。それを占いでおおよその事をはじき出せるのです。

しかし、はじきだしたとしてもそれに対する答えや示唆はありません。
それこそ「貴方は運の悪い人間ですねえ」で終わりです。

それで、そうか、と納得できて何も講じない人なら問題ないが、普通ならどうにかして
その運の悪さや改善方法を欲しいと思うものです。また、その運の悪さの原因とやらをみつけて
それを無くす・改善したいと思うでしょう。

で、その運の悪さの原因とやらを「運命の星」とやらを”何々の因縁”と成し、その因縁の元凶、および
関連性の有る原因要因としたのが先祖の霊障・運命の反復ということなのです。

勿論、霊障が無く悪因縁単体だけのものだったら、アゴンのいう「因縁解脱」を果たすだけで
その悪い運命の影響は受けないわけです。しかし、霊障も有る場合は、霊障も解かねばならず、
尚且つ悪因縁も解脱しないと悪い運・運命からは逃れられない、という理論なのです。

こういうことから悪因縁と霊障の関係はほぼペアといわざるを得ない、ということになります。

5大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 11:50:45
まあ、根本的に言えば仏教の開祖釈尊が「因縁解脱」とか「何々の因縁があるぞ」などということは
一切言って居らず、釈尊滅後に後の人が勝手に作りあげた言葉・概念であります。
ゆえに、因縁解脱も何々の因縁というのもでっちあげなんですけどね。

でも、その占いとやらや実際に人生で運が悪く苦労している人に
「貴方は悪い因縁を持っているから運が悪いのよ」とか
「ご先祖で不幸な亡くなり方や苦しんでいる方が居るから成仏できなくてそのゆえに貴方の
運や人生までも悪くなっているのですよ」と問いかけるわけです。

そうして、それを改善するためには「先祖供養だ」とか「悪因縁を解脱するしかない」と言って
アゴンの(管長の)理論・理屈の方へいざなうわけです。

キリスト教などは仏教のように先祖供養とかはしません。いや、キリスト教だけでなく仏教以外の
宗派は先祖供養というのは見当たらないですね。なので、先祖供養といえば仏教。しかも日本は
仏教に慣れ親しんでいる国民性というのが有る。なので、この系の話をするには有利なわけです。
で、先祖供養を行い、悪因縁を切るための勤行というのがもっとも進めやすいわけです。
大まかですが、アゴンのやりかたや進め方はおおよそこういうものです。

で、その霊障とやらを見ますと、何しろ因縁もそうですが見えない世界の事ですから如何様にも
出来るし、いえるわけです。
そこで、管長の桐山氏が色々出したものが霊障についての事柄があるわけですが、それが
最初言ったように正しければ問題が無いが、どうやら信憑性に欠けるというのが実情です。

6Boo:2009/11/12(木) 15:59:45
大日さん、こんにちは。

私は解脱供養は、ゲイカの念力による浄化法ではないかと思っています。プラスいくらかの霊感(霊視)により解脱供養を行っていたのではないでしょうか?

若い頃の念力の盛んな頃はこちらに対しても念力が届いたような部分があり、それで人生が一時的に好転したのではないかと思う。勿論こちら側の心構えも、謙虚に反省しそれも人生の好転するきっかけになっていると思う。

実際に亡くなった方の霊がこちらに直接影響するということは滅多にないと今は思います。

最近の解脱供養はゲイカの念力もよわくなり、人生が好転するきっかけまでは影響を及ぼさなくなってきたのではないでしょうか?また、解脱供養する人の心構えも変わってきているように思う。私が初めて解脱供養したときは、それこそなけなしの10万円を賭けた訳ですから必死に祈り降りてきた祖父を供養しました。


霊に関しては、釈尊が考えてはいけないとうように言われたようですが、そこをはっきりさせなかったから、仏教(みたいな宗教や除霊も含めて)の名の元に霊感商法が跋扈し後を絶たないのではないかと思う部分もあります。

7大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 20:38:54
Booさん、書き込みありがとうございます。早速本題に。

>私は解脱供養は、ゲイカの念力による浄化法ではないかと思っています。

ふうむ、私はそこまでは思わなかったですが、浄化という面では気に成るのがあります。
それは何かといいますと、後でちゃんとPを調べますが、「チャンネルをまわせ」の中に
面接指導に来た信者に対して指導の後、実際に「浄霊法」をかける表現が出てきます。
あれが私は凄く気になり、また引っかかる。

推測の域を出ないが、おそらくその当事者にかかっている霊を調べ、浄化(取り去る)もの
ではないかと思ったりします。そういう観点では”ありえる”のかと思います。
ただ、実際にそのあたりを調べたり知っている人から情報を得たわけではないので、なんとも
いえないのが自分ですね。

結局、面接指導などせずに全国から解脱供養の資料箋が出されてそれを見てやる場合には、
指導原簿を見ながらなのか、それとも資料箋だけでやるのかわかりませんが、Booさんの
言われた
『プラスいくらかの霊感(霊視)により解脱供養を行っていたのではないでしょうか?』というのに
つながるかと思ったりします。

ただ、如何せんそこのところは推測の域を出ず、おそらくそうではないか、と言えますが、
私もBooさんの考えに近いものを持っていますね。

8大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 20:47:06
>若い頃の念力の盛んな頃はこちらに対しても念力が届いたような部分があり、それで人生が一時的に好転したのではないかと思う。
勿論こちら側の心構えも、謙虚に反省しそれも人生の好転するきっかけになっていると思う。

そうですね。これがいわゆる「効果の出た・現れた人への現象」かなあ、と思っています。

Booさんの場合のことをよろしかったら後で教えていただけたら幸いですが、もし披露がまずいようでしたら
無くても構いません。ちなみにあまり参考にならないかもしれませんが私と私の周りのことを申したく思います。

まず、私ですが、私はさほど劇的に変わったというのはありませんが、好転が少々あります。
まず、中学校と高校時代に一年に一回、悲しくも無いのに泣き出すことがありました。
幸い家とか学校でも放課後などでしたので、教室で泣く、ということが無いので他人に発見されることがなかった
ので良かったのですが、学校のトイレの中で泣きまくったのを覚えています。

そして泣きながら冷静に自分を見る自分が居るのを覚えています。
つまり、自分が泣きたくないのに泣いているという不可思議な現象ですね。
次に高校二年生になっていきなり運が悪くなり、手相にも悪い相が出てきました。
それらがかなりネックでしたが、解脱供養をしてからはそれが消えましたね。
また手相も変わりました。悪い相が消えたのです。

9大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 21:00:45
次に私の妻ですが、私の妻とは結婚する前からA宗に入行しており、二人揃って解脱を同時期に申し込みました。
それが私も妻も最初の解脱供養でしたね。

私も自分の霊感で妻の先祖を感じてましたが、やはり予想通り横変死の先祖が降りてきましたね。
(私は母方の曾お爺さんでしたが)
妻の場合はメソメソしやすく、後悪いことを好む性格があり懸念してましたが、それが解脱した後は
無くなりましたね。解脱しなかったらどういう性格のまま行ったか、と思うと恐ろしいですね。

あと、ゲイカは否定してましたが、解脱供養をすると洗い出しが起きましたね。
私は胃が痛くなり、物を食えない日が数日続きましたので、そのとき初めて胃カメラをやりました。
妻は血便が出たので大腸の内視鏡を行いました。ですが、二人とも異常なしで今でも不思議に思っています。

このことにより私の地方の道場では「洗い出しが出る」という人と「出ない人」に意見が分かれましたが
結果が出ないうちに終わったので未だに不思議なままですね。

10大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 21:07:49
一番劇的なのは私の弟ですね。
弟は当時B型肝炎にかかり、死ぬといわれました。
ですが、何とか危機は脱しましたが、ヘロヘロ状態でいました。
やがて普通の生活まで回復しましたが、やはり肝臓の値が悪くいつもだるそうにしていて、
通院しても「もういっかい入院する?」といわれるほど芳しくなかったのでした。

しばらくして「そうだ。解脱かけてなかったな。やってみたらどうだ」ということで
弟の初の解脱を申し込みました。
数ヵ月後、成仏したあと次の月に毎月の通院日に行って検査したところ、肝臓の異常値が
全く正常に。
もう来月から来なくていいですよ、とDrに言われました。
Drも先月まで数ヶ月値が悪く、薬も効かなかっただけに首をひねってたそうです。

あの報告は今でも忘れませんね。弟の喜びはかなり大きかったですから。

11大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 21:11:20
最後は私の子供ですね。2人いるのですが、あるとき急に目つきが悪くなり、恨み言を言うような状態になりました。
いつもニコニコしているのですが、それが消えてぶつぶつ文句を言うような豹変をしたのです。
二人同時になったので「これは霊障だ」ということで早速解脱を。

成仏してからも少々そういう癖は残りましたが、徐々に消えました。
今もニコニコのいい状態です。

ちなみに子供は洗い出しはありません。

12大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/12(木) 21:19:13
あ、あと因縁解脱修行宝鑑を拝受したら、運命に係わる霊障の仏が出されるのですが、その仏さまを
解脱供養しましたが、洗い出しは無かったです。

また、冥徳解脱も2体しましたが、最初の仏さんは妻の家系の方でその方は挨拶に来ましたね。
次に自分の家系の先祖を行いましたが、何も無かったです。
洗い出しも当然無いです。

最後は自分の叔父さんと水子(私と弟の間に数体居るというので頼んだ)も供養しましたが、
何も無かったですね。

なので、Booさんの言われる
『最近の解脱供養はゲイカの念力もよわくなり、人生が好転するきっかけまでは影響を及ぼさなく
なってきたのではないでしょうか?』というのは私も案じたりしてたりします。

長くなるのではしょって書きましたが、実際の私と私の周りの親族の行ったものはこのような内容ですね。

13大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/13(金) 22:53:19
一晩置いたので、さて続きを書きましょうか。

>実際に亡くなった方の霊がこちらに直接影響するということは滅多にないと今は思います。

これも微妙。影響する場合もあるし、無い場合もあると私は見ます。
今までの自分の考察ではほとんど無い例が多いですね。ですので、Booさんの見方に成るとは
思いますが、極稀に影響する場合もあると思うのです。

他人様の例を挙げると問題が出るので自分の場合で見ましょう。
自分は最初の解脱で母方の曾お爺さんが降りてきまして、母にどういう人か尋ねたのですが、
残念なことに母もその方には逢って無いそうで、母が生まれる大分前に亡くなっており、
性格も様子も亡くなり方も全くわかりません。

解脱をかけてしばらくして塔婆が来ました。昔は成仏前でも塔婆が降りて自宅で信者も成仏を祈念
するようにと、現在の成仏してから渡す方式でなくて、大きめな塔婆だったのですが、それが
来てからまもなく胃が痛くなりました。

また、吐き気も催し食事が取れない日もありました。
別段風邪もひいてなかったし、当時はまだ21歳でしたから、体も健康でした。
そういう胃の不調があったので、内科に行って胃カメラを初めてしたのですが、異常は無し。
間もなく数日経って胃の不調や不快感は消えましたが、ああいうのは最初で最後でしたね。

弟の場合ですと、私達の母親の母が降りてきました。黄疸で亡くなった方でした。
弟が肝臓が悪かったのでおそらくその方が来るだろうと予想していたらビンゴでした。
でも、まさか成仏したら弟の不調も治ったのには驚きました。
あれほど治療も薬も医学のベストを尽くしても治らなかったのは本当に悪い影響を受けていた、
と思います。

14大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/13(金) 23:02:36
>>13の続き

ただ、現在言えることは、では必ずそういった霊的な影響を誰でも受けているのか。
また、どのように、などとは霊眼の無い人にはわかりません。勿論私もです。
なので、憶測でしか物がいえない状態です。

そして、現実的に解脱供養をかけて該当の先祖が成仏しても、何ら変わりが無い、というのも
見聞きしています。そうなると、さて霊障や解脱の信憑性や如何に?となります。

また、他人様ですが数体の解脱をかけてその結果良い改善が見られた、と言うのもありますが、
全く何も変わらない、という方も居ます。

私の妻のように劇的に性格が変わると効果の程は信じたくなりますが、数体かけても変わらない
人は逆に疑いたくなります。

なので、私はBooさんの言われていることに同意ですが、極稀に影響を受ける人もいるかと思う、
というのはあるのではないか、と思う次第です。

15大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/13(金) 23:09:50
>最近の解脱供養はゲイカの念力もよわくなり、人生が好転するきっかけまでは影響を及ぼさなくなってきたのではないでしょうか?

うーん、念力という観点で見ればそうなのかもしれませんが、私は念力も必須ですがそれが解脱の力、と見るのはしないですね。
ですが、Booさんの申されるとおり、ここ近年の解脱は昔と比べて確かに違う気がしますね。
なんか、何も感じないというか、本当に成仏させてる?って感じというか・・・。

>また、解脱供養する人の心構えも変わってきているように思う。
私が初めて解脱供養したときは、それこそなけなしの10万円を賭けた訳ですから必死に祈り降りてきた祖父を供養しました。

これには同意。昔から解脱供養を軽く見る人がいましたが、現在は昔より多いような気がします。
お金さえ払えばOKだろう、という考えの人がいるのを見て情けなく思ったものです。
また、私もされど10万でしたから、力をこめて供養しましたよ。
ただ、お礼も何も言わないし、夢枕にも立たないんだなあ、と少々残念でしたが。

16大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/13(金) 23:25:47
>霊に関しては、釈尊が考えてはいけないとうように言われたようですが、そこをはっきりさせなかったから、
仏教(みたいな宗教や除霊も含めて)の名の元に霊感商法が跋扈し後を絶たないのではないかと思う部分もあります。

成るほどです。私も昔そのように考えていたことがありました。
しかし、釈尊がおやりになられることには何か理由があるからだと思い、あまり考えないようにしてました。

確かにはっきりさせないから、というお気持ちはわかりますが、はっきりさせられないからしなかったのではないか、
と思うし、また他の方が答えを知っているかもしれません。なぜ、釈尊がはっきりさせなかったかを。

霊魂やら魂やらとかよりも、煩悩解脱の方が大事であり優先・重要なゆえ論じなかったと個人的に思います。

また、仏陀にならないとわからないことがある。仏陀という境地にならないと見えない・わからないものがある。
アラハンにならなければ口で説明できるものではない、というようなものかもしれません。

全ては「空」なのであり、因果の摂理によって何らかの生じが起きる。
ここまではわかるが、それからがわからない。特に目に見えない、触ることもできない空気のような霊魂は
やはりわかりかねる。それを感じるためにはやはり霊能力や霊感というものが必要かと思うが、それが全ての
人に備わっていて見聞き把握できるわけではない。

空気中に酸素や窒素、水素などがあるのを見ることが出来ないように、やはり霊魂や霊障というのを
見ることも把握も出来ない。本当に困ります。

また、後の項目で書きますが、霊障は仏教との事で行けば説明が付かないし、それをも釈尊は重んじてない。
別な方向で見ないと説明が付かないと思いますね。

17大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/13(金) 23:40:51
これは私の考えですが、霊障というのはゲイカの言うとおり、死後の死者の不安定な状態、
つまり、成仏できないで様々な苦しみやマイナスな念の出す影響というのが、生きている人に
良くない働きかけをしている。それは怨念の場合もあるだろうし、死者がただ苦しんでいる状態
の不安定な波動をかもすのもあり、様々だと思う。人括りに言えば「死者の不安定な状態の霊波」
と言ってもいいかもしれません。

私はこれをマイナスの波動と捉えています。勿論これは生きている人も恨みや執着などの生きている
状態での念も含まれると思います。つまり、霊障は死者のマイナス霊波動と生者のマイナス波動が
”霊障”と見ています。

ただ、アゴンで言われているのは”死者の方”ですが。

しかしながら、いくらこういった解釈や講釈を申しても仏教に含まれないのが現実です。
つまり、釈尊は霊障など言われて無いし、対象にすらされていない。
もはや霊障はオカルト的なものか、心霊研究の世界での話のようなものです。

つまるところ、ゲイカはご自身の霊感か何かで霊障というものを把握・認知された。
個人的な見解ならそこまでは許されるが、これが仏教を絡めてしまっているから問題です。
釈尊は霊障も死者成仏も説いていない。もうこの時点で霊障も解脱供養も仏教ではない。
しかし、アゴンではそれを強く薦めている。また、供養法として行っている。
なので、もう仏教とは別個な見解でなければいけないのが、そこなのです。

18大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/13(金) 23:48:00
だから最初私が申しましたように、ゲイカの霊感か何かはしらないが霊障も正しく、死者成仏も正しいのなら
何ら問題は無かった。例え仏教でなく外道だとしても、本当に成仏できない死者を解脱させられるのなら私は
OKだと思う。

ところが、効果が無いとか仏教に絡めたらやはり問題がおきてくる。

そして、Booさんが申されている通り、こういった霊感商法とかの問題はいつになっても後を絶たない。
いくらでもどのようにでも出せるからです。

本当に霊障というものがあるのか、また死者成仏はあるのか、などなど意見を出してもきりが無くなりますが、
きりが無い故にお互いがお互いの意見を出して、自分の納得がいく状態で終わらせるのがいいのかもしれません。

19ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/13(金) 23:51:47
桐山霊障はインチキだとしても世間には桐山さんともお釈迦様とも関係なく
霊が障る現象もあるかもしれないとは私も想像で述べました。
ではなぜお釈迦様はこれを問題視しないのかについては明朝ここに書き込む予定。
オヤスミ

20ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/14(土) 08:41:36
霊障・・・死んだ人の霊が浮かばれないで周囲に害を与えるようなこともある
かも知れませんという前提の下に立ちます。
例えば交通事故死者の出た地点で次々と事故に引き込まれるがごとき魔のカーブとか。
この場合必ずしも霊の仕業にするのではなく、現実的に事故の起こりやすい環境、
要因を現実的に分析するのが第一なんですが、ここではあくまでも霊の仕業と
前提にして話を進めます。
霊の悪影響にも呪いと祟りに分類せねばなりませんね。
呪いというのはこちらが意識するにせよしないにせよ、霊の側から相手を特定して
悪さをしてくるもの。
祟りとはこちらからある特定の場所に近づくと悪い影響を受けてしまうというもの。
触らぬ神に祟りなしというやつです。
このような霊障が我々の身の周りにあると厭なものです。
霊について語らない釈尊はこのような霊障をどうして問題に上げないのだ?
それは交通事故のようなものだからです。
今日我々が車社会で生活していていつなんどき交通事故に遭わないという保証はない。
これに対して釈尊は「お守り」なんて用意しません。
事故から回避する安全祈願なんか提示しません。
病気予防に衛生面に気をつけるとか手をあげて横断歩道を渡りましょうなどの
現実的身体保護は実践しても途方もない運命好転なんて説かない。
むしろ病気だの交通事故なんてのは当たり前に起こる、受難することであり、
人間はいつなんどき死ぬかわからない。いつ死んでもよいように今この時を大事にして
行いを正して心を清めておくように精進しとけと説くのみです。
悪い霊に祟られたらそりゃ災難だが、相手が霊であろうが鉄の塊の車だろうが
同じことではないか?
外部に属することであり、これは自分の内面に関することではない。
外面の変化なんかを空しく求めることよりも内面の改善だけを求めるのが仏教です。
交通安全などは法規の整備とか道路、システムの整備など別の道の求めることだ。
霊の障りだって外面のことなんだから、我々はこれに囚われることなく今この人生を
清らかに懸命に生きていくことだけを考えなさいというのが釈尊の教えです。
そうでしょう?霊障スポットに足を踏み入れ不運にも害を受ける確率と
街や郊外で交通事故にあったり新型インフルエンザに感染したりする確率と
どちらが高いと思うか?
ところが桐山霊障というのは外面に属するものではなく、自己の内面だと言う。
これが嘘なんです。
つづく

21ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/14(土) 09:24:44
桐山さんはこう説きます。
霊障が幽霊みたいなものだったらそれは薄気味悪くはあっても怖くはない。
本当に怖いのは自分の意志が霊障によって支配されてしまうことなんだと。
しかしこんなことを釈尊は説かぬ。
あくまでも自分は自分であり、自分を制御するものは自分しかいないと説くのです。
自分の中の赤の他人なんて説かない。
仏教では在家にですら最低限守らねばならない五戒がありますね。
五戒の中には不殺生戒などがある。殺してはならない。
しかし桐山因縁である刑獄の因縁のある人はどうなるのか?
彼は霊障を受けており、天命殺の時来たればその深層意識まで霊障に支配されて
しまった自分はこれに抗えず殺してしまうしかない!
これが桐山霊障なんです。
しかしこんな言い訳を釈尊は認めない。
あくまでも自分は自分なんです。
霊の支配を受けていて仕方ないんですなんて馬鹿げた言い訳をするな、このアホウ
と叱るのです。
五戒破ったら破門で外道です。
まだ因縁切れぬからなんて言い訳は通用しない。
殺すなと戒めの前提しかないのです。
どこにも甘ったれた救いの道など説いていない。
戒律守るのも特殊な高度の瞑想をチャクラ開発と共に進めて深層意識を開発制御
できてからだねなんて説かない。
自分の行いは自分で責任を持て。
目に見えないながら霊が幽霊のごとく周囲に出てきて、自分の周囲の環境を
暗くしたとしますよね。
これは自分としても面白くない。気分が暗くめげてくる。
しかし、それだからどうした?
だから悪いことをしていいのか?甘ったれるな。
気分なんかに左右されて悪いことをする自分を恥ずかしく思え。
おまえは自分と言うものがあるのか?
霊なんかいなくたって世の中悪い誘惑だらけだ。人間の方が怖い。
「ね☆え〜ん☆お兄さん寄っていかない?」
「う、うん」
「旦那、うまい話がありまっせ」
「う、うん」
ああ、抗えない抗えない。深層意識が・・・。アホか?
大日さんが出している事例など解脱供養申し込みによって解消したり解消しなかった
問題って、結局病気とか外面的な災い的なものばかりですよね。
内面から支配されるなんて霊障とは違う。
ここにまんまと騙されている。
釈尊は霊を否定しなくても災い的霊障を否定しなくても桐山霊障だけはないと
言っているような証拠ではありませんか?

22大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/14(土) 10:31:26
ユビさん、まだ投稿の途中かもしれませんが、書かせていただきます。
まずは、こちらの板にも投稿ありがとうございます。
やはりユビさんは読みやすくわかりやすい説明で、ありがたいです。

拝読して、本当にその通りだと思います。
深層意識云々というのを持ち出せば、それらしい説明というか理屈に成るまさにゲイカの手法は
そこにあります。

まあ、ゲイカが意図的かそれともゲイカの研究でそういう方向に向かっただけなのかはわかりませんが、
衝動的だったり、悪い癖のような取れない行動は霊障なのだよ。霊障が深層意識に働きかけて我々を
突き動かすのだよ、というのはもっともらしい説明ですが、根拠がありません。

実際問題として、解脱供養を沢山かければ霊障は少なくなり、性格も改善され深層意識への影響は無くなる。
そのはずが、たくさん解脱をかけても何も変化が無い人というのも実在します。
また、霊障は悪因縁の元凶にも係わる場合がある、というがそれさえも関係ない場合がある。
つまり、悪因縁解脱がたくさん解脱をかけたにしても、効果が無いということがある。
2chで言われていた250体の解脱をかけた信者さんの事です。
あれを見ても、解脱は意味が無いのか?と思う。

だが、深層意識かどうかはわからんが、私の妻は解脱前と解脱後では劇的に変わった。
手相さえ変わったのです。
解脱前は手相の「ますかけ」という手相だったのが、解脱後は普通の手相に変わった。
また、手相云々よりも明らかに性格が変わった。

解脱前はすぐにメソメソし、泣きやすく、不満がいつも多く不機嫌なことが多かった。
色々あった末、結婚したのだがその結婚する前にお互い解脱をかけなければいけない、という思いで
お互い一体だけだがかけたのが始まりです。

そして、数ヵ月後成仏してしばらくあのメソメソしていたのが少なくなり、また不機嫌な性格が治った。
以前とは全然違う性格に私は当時は効果を感じましたね。
だからと言って、妻は深層意識に抑圧を受けて異常だった、とまでは言いませんが、当時はそう思ってはいた。
いつもどこか不満で、それこそ男遊びをしてやろうか、というような姿勢が漂っていたし、実際私が制御
してなかったら男遊びをしてたかもしれない。

降りてきた先祖は妻の母方の叔父さんに当たる方で戦争で戦死した方です。
私の霊感で見えたのは、はらわたが破けた苦しみ方をしてた方でした。
まだ若く20代の方でしたので、強烈な生の執着や苦しみがあったと思われます。
おそらく想像ですが、その影響があったのでは、と思うのです。しかし、根拠は無い。

確かに弟の場合などは病気なので外的、といわれても仕方が無いが、妻の場合は内的とはいえないでしょうか?

ですが、だからと言ってゲイカの言い分を肯定するつもりは無いです。
妻の場合だって如何様にも霊障抜きの考察などいくらでも出来ますから。

解脱供養の体験談はアゴンには沢山ありますが、それらが全て整合性を示せるか、というのはありえない。
一番言えるのは、あの2chでも有名になった「解脱で治らずロシアのヒーリング者によって治った」という
体験談ですね。あれは本当に話にならないですね。

あと、市橋容疑者の事で見てもありえると思います。深層意識に悪い作用があったから犯罪を起こした、とは
思えないし、逆に何でもかんでも深層意識を言うならでは解脱供養をかければ治るというのか?
絶対にありえない話です。ですからユビさんの言われたとおり、本人の意識や考えというものを直さない限り
ダメだと思うし、それを深層意識がというのは逃げ口上だと思います。

ただ、私もわからないことですが、霊的に悪い場所へ行って悪い作用を受けるというのはあるかもしれないです。

23ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 00:09:23
それでは>>22も踏まえた上での話の続きです。
私が生まれて初めての解脱供養によってその後変わったことと言えば
体重が増えたことくらいでしょうか。
ちなみに私は今身長169センチ、体重は70キロあります。
しかし今から30年前、大学生の頃は同じ身長で50キロもないせいぜい48キロの
ガリガリのやせっぽちでした。
子どもの頃からそうなので、そのことに劣等感がありました。
大学の最後の年に初めて50キロを超えたものです。
社会人になってアゴン宗に再入行するに先駆けて初めて解脱供養を申し込みました。
そしたらなんと椎間板ヘルニアの再発で入院することになったのですが。
退院し解脱供養も終わり職場にも復活したのですが、休職をしている間入院中も
悪いのは腰だけで内臓はなんともないので食欲だけはあり差し入れ含めて何でも
ガツガツ食ってました。運動しないから太るばかりです。
ついに体重60キロを超え、復帰した職場の仲間からも太ったねと言われました。
少年の頃は少食で多く入らなかった。それが今ではいくらでも入ってしまう。
これを解脱供養により心の抑圧がとれた現証などとみなすこともあるいは可能かも
知らない。しかし決してそうでもなく単に中年体型、体質になっただけかも知れない。
最近は痩せているうちが花だった部分もあるかもしれないと贅沢なことを考えている。
人間の体質なんてものも特別訓練修行などせずとも成長によって変わることも
あるわけです。
性格にしてもそうですね。
ちなみに釈尊が提唱する煩悩解脱、心を清らかに保つ修行とは性格改善とも
全く視点が異なるわけだが。
しかし性格なんてものもいつのまにか変わっているものです。
子どもの頃馬鹿にしていた奴でも大人になると結構一人前の立派な人格、パーソナリティ
になっていて内心蔑みの心を持っていたこちらこそ己が恥ずかしくなることもある。
人前で話せない奴が立派に話せるようになっていたり。
人間というものは成長するものだ。いくら成人しているからと言ってもう成長などないと
馬鹿にできたものではない。
・・・と述べてきたが、これは別に大日さんの奥さんの性格が変わったことが
解脱供養とは関係ないなどと無理に否定するつもりではない。
むしろ私はやはり解脱供養、先祖供養をきっかけになんらか吹っ切れた面があり
あるいはご先祖様のご褒美かも知れないし、暗く悲しんでいた先祖が癒された
影響かも知れない。
つづく

24ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 01:10:43
私は今回の前提は霊障、霊が障る、悪い影響を与えるような現象も絶無ではなく
たまにはあるのかも知れない、という前提に立って話をしています。
その前提に立つならば、桐山アゴン宗のところにいろいろな問題を抱えて入信したり、
解脱供養を申し込んだりする人の中にこの稀なケースを全く含まないこともあるまい、
解脱供養の手掛けたケースで全くこういう事例を拾わない、絶無だとする方が
かえって不自然であり公平でないと思う。
それはどこの教団でも難病が治ったとか御利益体験があるのに、アゴン宗にだけは
それは絶無であると言った方が不自然でかり公平でないのと同じ理屈です。
霊障的ケースを認めるならばたまたまそれに遭遇することも低い確率ででもあるはずだ。
確率0の方がおかしい。
しかし本来は確率100%でなければならないはずですよね。
だって桐山さんは霊視能力がおありなんだから(笑)
霊視能力が無いからこそほとんどのケースで何の効果も成果もなかったと空振りする
わけであり、そして単に確率の問題で偶然に霊障的ケースにも遭遇してそれが
気まぐれにもテキメンな効果を見せることもあるということではないか?
もちろん効果のあったケースが全て霊障的ケースだったというわけではなく
別な現実的な解釈で説明できるケースが多く占める中、たまーに霊障的ケースも
あるということです。
しかしテキメンに効果があったとしたら、いつでもキャッチできないゲイカの
霊視能力はお粗末なインチキだとしても 成仏法、成仏力だけは本物だったということに
ならないだろうか?と思う人がいるかも知れません。
これに対して私は何も桐山さんだけにしかなし得ない特別な能力なんて想定する
必要はないと考える。
つづく

25ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 01:46:49
霊障を拾うことに成功して、働きかけたらプラスの成果が出たので霊障は解消したのだ、
やはりこの成仏法はすごいなあと感心する必要はない。
桐山成仏法でなければならなかったなんて限定する必要はあるのか?
実は何でもよかったのかも知れない。
先祖を供養するかに見える儀式であれば。
それだけで霊は喜んでくれたのかも知れない。
桐山さんはこの解脱供養を弘める元となった原点の本が「守守護霊を持て」です。
最初はチラシ、パンフレット程度のものを書いたつもりが著書になってしまったと
桐山さん自身述べている。
その守護霊を持ての冒頭に何と書いてあるか?
苦しくなったら先祖に呼び掛けなさい。無数の先祖は答えてくれるというものです。
その導入例としてお墓参りを挙げている。
お墓参りをしたら運が開けてきたという昔から世間にも伝わるところのお話です。
つまりお墓参りだけで真心が通じることもあると桐山さんすら認めたわけだ。
ところが後に矛盾するようなことを説く。
墓場に先祖などいないよ。いるのは低級な浮遊霊か動物霊だから取り憑かれるよとw
つまり桐山成仏法でないと効果はないのでそこんとこ宜しくと差別化をはかった
わけだが、一番最初は墓参りでもある程度先祖は喜んでくれ、その延長というか
もっと高度に直接的にシステマティックに開発されていたのが桐山成仏法であり
解脱供養なんだと宣伝したわけです。
もちろんそれは誇大宣伝であり単に先祖を想定して戒名をつけて供養の儀式を
するだけなんだが。
だから誇大宣伝の部分だけを除くとなんとなく見えてくる。
お墓参りなどをして先祖に呼び掛けるだけで先祖と交流もできる、応えてもくれる
というスピリチュアリズム的な考えです。
やはり霊感商法に過ぎないが、細木数子さんがテレビなどで説いていた「お墓参りを
しなさい」色の誰にでもできる汎用の道です。
霊障的現象があった場合、何も桐山差別化成仏法解脱供養の力なんかでなくても
こんな程度の呼び掛け儀式で霊にも届くかもしれない。
だから霊は喜んでもくれる。すると暗い雰囲気は明るく変わる。
明るくなると病気も治る。決して先祖霊が病気にしていたわけではなくても
間接的な影響があったのかも知れないのが、今度はプラスの影響で病気も治る。
性格も改善される。
こんなところではないか?
だからお墓参りでも効果があったかも知れない御利益効果です。

26大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 09:56:01
ユビさん、わかりやすいご意見参考になります。読んで共感する部分もあり、なるほどと思います。
ですが、そういう反面「あれ?」と思うのがありますので、書かせていただきます。

総合すればユビさんの考えに到るのでしょう。見えないしわからないで世界ですから。
そう思いながらも、私の意見を。

>>25より
>桐山成仏法でなければならなかったなんて限定する必要はあるのか?
実は何でもよかったのかも知れない。

厳密に言えばそうだと思います。例えば、A宗でなくても何々宗や何々教でもいい。確実に効果があるので
あれば、私は構わないと思っています。先祖供養を望む大方の方は「成仏できない先祖を成仏させたい」のが
目的ですから、別段仏教でなくても霊能力とやらで死者の煩悶を取って楽に出来ればOKなのです。
少なくとも私個人はそう思っているし、望んでいる。
しかし、それを完全に果たす教団や人が居るか否か?になると、さて・・・となります。
ゆえに、私はA宗でなくても構わなかったですね。

27大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 10:02:33
>先祖を供養するかに見える儀式であれば。それだけで霊は喜んでくれたのかも知れない。

これはおそらくユビさんの推測意見だと思うから真剣に問わないですが、これは先祖に対し
侮辱に成るのでは、と思います。儀式で満足や喜びを得る程度の事であれば霊障など起きないでしょう。
また、それこそ例えですが、葬式のようなもので満足できないから、それ以上の儀式で喜ぶか?
または、事情によって葬式が行われなかった人がいたとしてそれで不満のようなものがあり、儀式を
したことで先祖が喜ばれているとしたら、これでは説得力の無いどこかの在来仏教の僧侶の説教と
同じ解説・解釈になります。(というか、ある僧侶が葬式の意味を説明するのにこういう話をされたのを
聞いたことがあるのです。勿論当時も”そんなのは嘘だ”と思ってましたがw)

ですので、「何でも良かった」というのは半分同意で、その後の文章の
>先祖を供養するかに見える儀式であれば。それだけで霊は喜んでくれたのかも知れない。
というのには、首を傾げる次第ですね。

28大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 10:18:53
>苦しくなったら先祖に呼び掛けなさい。無数の先祖は答えてくれるというものです。
その導入例としてお墓参りを挙げている。

本当にそうですね。しかも、補足するなら冥徳供養のときにも同様の意味の入ったことをゲイカは
言われている。しかし、ユビさんの言われるとおり、そういいながらも反対の意味を成す言葉も
ゲイカは平気で発言する。ここがもしかしたら脳障害の傾向がある、と感じるときがあります。
非常に一貫性がないというか、刹那と言うか、適当というか・・・ですねえ。

そして、古い本で持っている人が少ないと思うが、偶然手に入れた「密教ー超能力のカリキュラム」という本があるが、
この本にもたくさんそういう箇所が出てくるし、実際先祖と通ずるための?と思われる方法見たいのが書かれていて
「はて、何じゃこりゃ」と思ったものです。そういう風に示唆したかと思うと、これは有名なゲイカの語りだが、
苦しくて煩悶している先祖は子孫を救うという暇さえないのである。自分自身が苦しんでいるのに子孫を助けるどころ
など余裕など無いのが多いのである、というような説明がある。これも正論なのかもしれないが、墓参りも通ずる法も
クソも無いのが見えて取れる。

だが、仮に成仏法で供養して成仏を得た先祖なら、話は違ってくる。
成仏した先祖は、子孫を守り支援をしてくれる頼もしい存在になっているはずである。
実は私もそれを”期待していた”輩なのです。また、交信も”期待していた”のです。

ところが、全然交信どころか夢枕にさえ立たない。

まあ、夢枕や交信など無くてもいい。何らかの吉兆というか現象があればまだ理解できるが、解脱供養をかけても
改善が見られないとか、全然普通の状態のままであるのはどういうことか?と非常に思った。
解脱供養を進めてゆけば、自分の環境や性格が改善されて、向上が見られるはずなのです。
ところが一向にそれが無い。

弟はあの肝臓の異常値をぴったり正常に戻した奇跡があるので、解脱供養を強く信じた。
ゆえに、将来の不測の事態に備えて、数対解脱を申し込んでいるのです。
だが、奇跡が有ったのは初回だけで、二回目から4体かけているが何も無い。
まあ、たった5体だから効き目が無い、といわれればそれまでだが、そういう問題とは別な気がする。
ゆえに、こういう霊障の話〜解脱供養〜の会話をしたいというのが自分にはあったのです。

29大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 10:33:36
で、弟は不測の事態に備えて解脱をかけたが、今年7月末にガンで亡くなった。
解脱供養が効いてたら、もうちょっと何かあるはずである。
病気になる前の2年前からかけているのです。それが何の抑止力も無かった。
抑止力は行き過ぎとしても、前触れの何とかがあるとか、また先祖の助けさえも無かった。
いや、先祖よりも仏様の助けさえも無かった。こうなると最初の奇跡は「偶然」となってしまう。
なんとも情けないものです。

話は戻って。
>お墓参りなどをして先祖に呼び掛けるだけで先祖と交流もできる、応えてもくれる
というスピリチュアリズム的な考えです。

スピリではないと思いますよ。説明のために合ったニュアンスで申されたのかもしれませんが、
スピリ系の人が反感を覚えるかもしれないです。お墓参りをして先祖と交流がスピリは違うと思います。

>霊障的現象があった場合、何も桐山差別化成仏法解脱供養の力なんかでなくても
こんな程度の呼び掛け儀式で霊にも届くかもしれない。

これはあるかもしれないと思います。ですからアゴンの解脱供養の信憑性は高くない、といえます。

>だから霊は喜んでもくれる。すると暗い雰囲気は明るく変わる。
明るくなると病気も治る。決して先祖霊が病気にしていたわけではなくても
間接的な影響があったのかも知れないのが、今度はプラスの影響で病気も治る。
性格も改善される。こんなところではないか?
だからお墓参りでも効果があったかも知れない御利益効果です。

確かに解脱供養をせずにお墓参りで治った、というのを試してないからお墓参り程度で、といえるかどうかは
定かではないが、そう考えられるのは否めない。だが、断言も出来ないと私は見ます。

30大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 10:40:43
Booさんの書き込みが無いのでなんともいえないですが、こうやって持論や情報などで
意見交換するしかないのです。まあ、それも意味がある程度ある、と思うのでやってますが、
Booさんのお考えも聞きたいですね。

例え間違っててもいいし、憶測でもいい。喧嘩や論反しないで意見を交わして考察できれば
意味は有るかと思います。
ただ、仏教との関連や関係をしてくれば、これはラシンさんが私に忠告してくださったように
結果は出てきます。逆に私の考える意見交換式であれば、おおよそ永遠に答えは出ないかもしれません。
ですが、それはそれで会話してゆきたいと思っています。

それこそ@chsで仏舎利のことを散々意見を出してユビさんに「こいつはもう・・・」
と思わせた過去がある自分だから言えるのかもしれませんが・・・。

31ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 11:30:03
ちょうど昨夜のわかりにくい説明の補足も込めて整理をしようと思ってました。
この場合、大日さんなどのように一部反論をつけてもらうとどこに力点を置くべきか
よくわかり助かります。
まず今回自分の想像してみた霊障的現象の解消とは「いつでもそのようになる」
ものでもないし、「解消するにはこうすればよい」なんて固定されたものがあるのでは
ないと思う。一方桐山さんは法とはシステムだとして、いつでも必ずこうなる、
こうなるにはこうするのだという固定されたものを提示している。
しかし私はこういう霊に関することは、言葉が悪いが多分に気まぐれ的で固定
していないと思う。
だから霊障的現象に遭遇したら墓参りをすれば必ず解消するとか、とにかく先祖供養を
するぞーと儀式めいたことをするときっと効果があるはずさなんて安易なことは言わない。
それは大日さんの言う通り先祖霊に対する侮辱であり失礼にあたります。
しかし実はちょっとしたことで寂しかった先祖霊が気にかけてくれてありがとう
と喜んでもらえるケースもあり、それは一人一人の人間が違うのと同じで
どうなるかわからないということです。
墓参りをしようが儀式をしようが関係ないケースもありましょうということです。
儀式をしなくてもなんか気持ちが伝わったケースもあるだろうということです。
桐山さんに霊障は恐ろしいなんて吹き込まれているからどうしても特別な方法を
するしかないなどと考え過ぎている。

32大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 19:31:42
>>31 帰宅して今拝見しました。これは納得。同意です。
まさにその通りで、解決する方法としてある程度成立したものが無ければ、適当にやっているとか
思われることも懸念されるし、システムがあることを言うことで適当ではない、としているのかも。

思い返せば、亡くなった方の念は様々であり、苦しみだけではない。ユビさんの言われるとおり
寂しかったというのもあると推察します。そういう方には寂しさを無くす方法や、苦しみなら
苦しみを無くす方法があるようだが、その詳細は示されていない。
大まかに言っている言葉が「死者は自分で成仏すると言うことが出来ないから、生きている人、
特に修行をして成仏法を体得した人が死者に悟りのテレパシーを送って悟らせる〜成仏させる、と
ある。また、戒名もその死者の亡くなり方?解脱のさせ方?でしたっけ、それによって戒名も違うし
修法の仕方も違う、とゲイカは言う。

しかし、戒名は私もはっきり把握してないが、一定のルールがあるようでそれに則せばいいだけで、
ゲイカのいう特殊なもののようではないと判断。
なぜなら、自分の先祖を解脱供養した際に浄土真宗で付けた戒名とほとんど変わらない戒名なので、
「これで解脱供養のルールあり?なの」と思った。

おお、戒名の話題ではなかったね。失礼、話を戻します。

言いたかったことは
>しかし実はちょっとしたことで寂しかった先祖霊が気にかけてくれてありがとう
と喜んでもらえるケースもあり、それは一人一人の人間が違うのと同じで
どうなるかわからないということです。
墓参りをしようが儀式をしようが関係ないケースもありましょうということです。
儀式をしなくてもなんか気持ちが伝わったケースもあるだろうということです。
桐山さんに霊障は恐ろしいなんて吹き込まれているからどうしても特別な方法を
するしかないなどと考え過ぎている。

に尽きます。だが、特別な方法というのを示したくて書いた次第。
しかしながら、特別と思わせて実は本当に特別なのか?というのが懸念されるわけです。
この特別が本当でなければ、詐欺師であり霊感商法に成るわけです。

33大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 19:46:09
個人的には「霊障は恐ろしい」とは思っています。そういうと「洗脳がまだ解けてないな、大日は」と思われるので
今まで言うのを止めていましたが、本音はそう思っています。ですが、続きがある。

過去は「霊障は恐ろしい。だから霊障解脱(解脱供養)しなければいけないんだ」と思ってました。
しかし、現在は「霊障というものは有るかもしれない。だが、ゲイカの言うような全ての人や全部の先祖が
霊障を発して悪い影響を与えているというのは間違いだ」という理論に変わっています。

ユビさんのいう例えの通りで気分が暗くなるとか酷い場合には体調まで崩す、ということも懸念される場合もある。
(体調まで崩す、というのは私の付け加えです)
霊障スポットという場所や歴史上や過去に居た人物で霊障を与えることがあるのではないか、というのが私の推察する
霊障はあると思う、ということです。
しかしながら、では亡くなった方の全ての方が霊障を起こし、また霊障の仏と成るかというのは行きすぎです。
ゲイカに言わせればほとんどの人が霊障の仏になってしまうような示唆ぶりです。
はっきり言ってこれは暴論です。
なので、霊障というのはそう多くは無いと考えるのが自分の今の考えです。

34ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 19:47:53
ではなるべく簡潔にまとめましょう。
桐山さんには霊を見る目もなければ霊を昇天させたり問題を解決する能力もありません。
ただ焚き火してるだけです。
だから解脱供養を申し込んで何の効果もないという事例がほとんどなんです。
しかし何らか効果を感じた人もある。
ほとんどのケースは現実的な問題解決として話がつくものであり、申込み者が
勝手に関連付けているだけである。
それから適当に霊視結果を出したとは言え、その戒名の人なのかどうかわからんが
霊障的(桐山霊障とは異なる)な現象を抱えている人がいる。
ただしこれはあくまでも想定だから実際には検証のしようがないが。
これに対してやはり何の効果も出せない事例。
それから何らか良いことがあった事例。
に分けられるわけだが、この好転した事例というのもやはり現実的な問題解決で
説明のつくものがある。
そして最後に霊障的事例で、解脱供養が何らかの起因となって物事が好転した事例。
この場合、桐山成仏法が正しく成仏力があるから好転したのではなく、寧ろ子孫の
気持ちがなんらか届いたものと思われ、それは墓参り(あくまでも対比例)などでも
通じたものかもしれない。

だからBooさんのように初期は力があって最近は堕落したのではなく
最初からこの構造なのではないか?

35大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 19:59:02
私がゲイカの発言や力に違和感を感じるのはここにもあります。

例えば、大分前に広島でゲイカが導師になり、初めて阿含経を読誦したあのときですね。
原爆で亡くなられた方々の護摩法要で解脱供養をされたときです。
あのときにゲイカはなんと言われたか?
「原爆で亡くなった方は全員(全部)成仏した」といったのです。
それを聞いて私は感動した。さすがはゲイカだ。成仏法は最高だ!とさえ思った。

しかし、毎年?のように開催される法要は一体何なのか?
成仏宣言をしていながら、何故に大々的に未だに法要をやるのか?
これは、逆を返せば成仏してない方が居るから、と思われても仕方が無いのではないか。
ただの追悼供養にしては行事内容がおかしすぎる。私はいつも変に思っている。

そして、東京CXの敷地内でやった「東京空襲犠牲者成仏供養」にしても、広島のような
宣言は無く、ただ言われたのは「これで東京は安全だ」というようなこと。
何故に成仏法を誇る導師様が完全宣言しないのか?
アウシュビッツにしてもそうだ。シベリアにしてもそうだ。何故に宣言できないのだ?
ほとんどが一回の修法で成仏させられる力をお持ちの導師様が、何故出来ない?
数が多いからか? 一回の修法で成仏させられないのなら、何故に中途半端なことでやめる?
毎年アウシュビッツに行って法要を何故しないのか?

いい加減差にも程があるというものだ。

36大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/15(日) 20:02:00
おっと、ユビさん失礼。>>34 そのとおりですね。
さすがまとまりのある文章で、素晴らしい。
私も同意ですね。そう見るのが今のところ正しいように思えます。
ただ、そう思いながら私はこっち方面の考察論を展開してしまい、恐縮です。
続きもよろしくお願いいたします。

37ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 21:05:23
>>36
ま、>>34まででほぼ書き綴ってみたいことは書きました。
書き綴ってみたいというように根拠などのまるでない想像だからこうに違いない
という主張ですらない。
この通り霊の問題を考察しだすと結局は「わからない」に終止する。
だから桐山霊障、桐山霊だってわからないのだから、絶対性などこれっぽっちもなく
いくらでもその原則すら否定できる自由があるのです。

38ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 23:11:14
>>4
今度はお互いに根拠を求める話にしましょう。
もちろんBooさんも根拠などのない話と知りつつ想像を書いたものと思われるが。
桐山さんが若い頃念力がお盛んな頃その念力で解脱供養を始めたとありますが
そのお盛んな念力ってなんか盛んとわかる目撃とかあるのでしょうか?
それとも念力ってのは滝などに入って大声で相手を恫喝すれば霊も引っ込んで
しまうとかそんな話でしょうか?
昔、解脱供養は効いたけど今はめっきり効かなくなったと言うならば統計サンプル
が必要です。数量の比較を指標にするのが科学的考察です。
研究対象が非科学的なことであっても方法論は変わらないのですよ。
そのような団体全体における統計の話ではなく、一個人における効果の比較の話
(初回は何らかの効果を感じたがその後最近は全然だ)と言うならば、創価学会でも
これを「初心の功徳」と呼んでいる。
入信してまもなく初期の頃が御利益体験が
聞かれるというものでアゴン宗と同じです。
それとも創価も大作さんの念力がどうこうなのか?なんて話になってしまう。

39ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/15(日) 23:27:07
あっ!ごめんなさい。また間違えました。
>>4の大日さんに対するレスではなく>>6のBooさんに対するレスでした。

40大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/16(月) 09:08:12
>>37
>書き綴ってみたいというように根拠などのまるでない想像だからこうに違いない
という主張ですらない。
この通り霊の問題を考察しだすと結局は「わからない」に終止する。

そうです。その通りなのです。でも、私としてはユビさんも御存知と思いますが、私の
アゴンで信じられる?というか、残るものは説明が出来かねる奇跡の様な現象とか、
土地・屋敷浄霊法と解脱供養ぐらいしか残らない、と以前ほざいてました。
そのことをやってから批判に回ろうか、と思ってましたが、いや、逆にこれしか無いと
いうのも変だし、またそれらの信憑性が崩れたら、もうアゴンでは何も信じられるものが無い、
となるだろう。それをどうこう言う前に見切りで批判をしながら徐々に調べてゆけばいい、と
思い、早くも思考を転換し、自分は批判するほうに変わったのです。
ですが、先の通りまだ意見を出してないのと、比較考察をしてなかったため、今回Booさんが
私の残っている”火種”を再点火させていただくきっかけとなったので行わせていただきました。

@chsの仏舎利のときのように成るだろう、と思いながらもやはり自分の意見を出さないと
納得がいかないと思うんですね。勿論ROMっている方の中にも、何らかの疑問や意見がある人も
居られるかもしれない。ここでは私とユビさんが意見を交わしているが、@chsもほとんどそのような
感じだった。でも、私は有意義であったと思う。例え反論意見であっても良識を持った姿勢で意見を
だすのは、掲示板のルールであり、社会のルールでもある。そういう姿勢で行っていれば、普通の
精神を持っている人間なら、何らかの気付きや得るものは有るからです。
だから、アゴンではユビさんは「とんでもない人間だ」といわれていますが、私はそうは思わない。
それこそ格闘技やスポーツではないが、実際にやり取りしたものでしかわからない、というような
心境さえ生じている。これがもしアゴンで言われているトンデモない人だったら私も相手にしないし、
アク禁にすれば済むことです。でも、それは正しくない。
それこそ、本当にトンデモない、という人は教団のTOPにいる人の事を言うのではないのですかね?
私は非常にそのことを強く思うわけです。(続く)

41大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/16(月) 09:20:32
私も「agamaザBBS」にて今やっている議論をやろう!と思ったのですが、ザビビ継承スレでは今HOTな
話題が出ていて濁す可能性があるのと、流れを止めたくない、ごちゃごちゃになるのを恐れるのもあったし、
仏教に照らし合わせると自分の意見というものが止められる可能性がある。また、ユビさんが言われたことが
有るのもわかってたし、尚且つラシンさんが忠告してくださったことを考えればやらないほうがいいのが出て
来る。それで寸止めしてたんです。

ところが、じゃあ@chsでやるか、と思ったらあそこはユビさんが書き込み出来ない、とある。
自分は何の制御もしてないのだが、困った次第。躊躇していたら鯖堕ちするしwww
なので、「ええい。じゃあしたらばでやるか!」と立てたんです。
で、立てて5分もしないうちに@chs復活するし・・・。(なんでやねん)

おお、これは仏様が「やれ」といったのだな。まさしくお手配ではないか。
・・・・冗談ですよ。マジで冗談。偶然ですよ。
ですが、そういう経緯だったのです。

でもね、本来は雑多のは@chsで、と思ってたんです。
したらばのザビビ継承スレは服部社長様の気持ちや姿勢を大事にしたいんです。
ごっちゃにしたら頭が上がらなくなってしまう。
まあ、私は新参者ですから熟知しているユビさんに細かいことやわからないことは指導していただきたい、
と思ってますが、できるだけ自由に有意義にあのスレは運営してゆきたいとは思っていますね。(続く)

42大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/16(月) 09:38:32
だから本当は@chsでやるか、と思ってたんです。ですが、携帯からの書き込みがどうも芳しくないようで、
なので、恐れ多くも「したらば」でまた借りてここを運営したというのです。
なので、「大日も同じようなものを何個作れば気がすむのだ?」と思われた方もいるかと思います。
実はこれにも理由があるのです。

私は沢山の疑問というか議論をしたいのがあります。@chsでは最初沢山のスレが存在してました。
開設当初に来てた方はお分かりですが、最初4種類のスレがあったんですよね。
そして、当時こんなにスレが多いのはどうも・・・という意見があって、悩んだものです。

だって、2chには凄い数のスレがあるじゃないですか。それから比べたら項目別に多数のスレがあっても
全然おかしくないではないか?と私は考えていた。だが、実際問題では読む人があまり好印象が無ければそれは
芳しくない、ということですから、そのうち徐々に過去ログへやり、減らして行ったんです。
そして、いつのスレで色々意見が混ざっても1つのスレでやるか、という姿勢になったのですね。

で、話は戻って、今回の霊障などの話を進めたいのだが、先に述べた理由があって中々「さっ」と出来なかったのです。
しかし、@chsの不具合と自分の想いがあって今回出来たのです。
実際、ではこの「終わりの無い議論」をして何かあるのだろうか?と考えても見た。
しかし、仏教に照らし合わせるという事や仏教を軸にして考えるのであれば確かにこれは無駄な論議であって
意味を成さないといわれても(思われても)致し方ないでしょう。
だから、別個にやる必要があったのです。

また、ただダラダラとやっても意味が無い。ユビさんの言われたように
「今度はお互いに根拠を求める話にしましょう」というのは必要なことだと思います。
私の言うように「自分はこう思う」というのは消したら意見など言えるものではない。
しかし、それだけで終わったらただの研究発表か意見を披露しただけの物で終わりです。
やはり、そこから進んで考察をし、考え方を固めるとか、認識を深めるというのはユビさんの言うとおりの
行動は必要かなあと思いますね。

私も自分の意見を出しながらユビさんの出された指針を則してゆきたいと思います。

43大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/16(月) 09:41:12
>>42 誤字訂正

そして、いつのスレで色々意見が混ざっても=X

そして、1つのスレで色々意見が混ざっても=○

44Boo:2009/11/16(月) 13:57:18
ああ、知らないうちにずいぶん意見が交わされていたのですね。

週ポス議論が面白くてこちら見忘れていました。すみません。

私の意見は大方ユビキタスさんに近いものだと思う。かつてのゲイカの念力に関しては、超能力の秘密や変身の原理などよんで、漠然とそのように思った事ですから、根拠などありません。敢えていうなら、まるっきりのインチキをあそこまで活字にはしないだろ、という『性善説』に基づくものですが、今回のトチ狂った老人の内部告発記事を読むと、無きにしもあらずかも、とは思っている。

解脱供養のヒミツもユビキタスさんの考えに近いと思う。そもそも、人間は誰でも人生を『良く生きる』とか『うまく生きる』という脳を生理学的に持っていますから、人生好転しやすいものだと今は思っています。それらの脳が働くきっかけを作ったのが、この信仰であったのではないでしょうか?どこまでも人生を好転させたのは自分であろうと。

解脱供養などはそんな感想です。

45ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/16(月) 23:02:55
>>44
Booさんの考えわかりました。
性善説を適用してよい人と悪い人がいます(笑)
しかしそれに気づくのにポスト記事はよい仕事をしましたね。
考えてみれば我々批判側は何もしていない。
せいぜい預流向の議論をしてお互いに仏教の勉強をしていたくらいです(笑)
しかし今度のポストネタは全部桐山さんが関係者に自分に蒔いた種なんです。
蒔いた種が実っただけで、批判側が働きかけなくても自己崩壊です。

46Boo:2009/11/16(月) 23:22:37
解脱供養はそんな感じですが、聖者のはなしです。

解脱供養は死後の先祖(とは限りませんが、便宜的に先祖とします)との関わり
を人生上でリンクするものでしょう。では、自分の死後子孫との関わりはどうか?
地獄に落ちたら沈む木の葉と浮かぶ石ころの喩えで、誰からも救われる手は
差し伸べられない。

餓鬼界ならば救われる、との経典はいくらかあるようだが事実(仏説)は定かではない。

しかし、仏説として確実なのは、ニルバーナに達しなければ輪廻するということと、
聖者はそれなりの輪廻となること。

つまり、聖者となったら、すでに輪廻の輪から脱しているので、来世のことは
考える必要はない。だから、釈尊は考えるな、と言われているような気がするのです。

凡夫のわれわれは、やはり、輪廻する。輪廻の輪から脱出するまでは輪廻があるのだから
気になるし、考えることも必要ではないか?考えて、輪廻から脱出する「道」を
見つけることが必要ではないか、と思うしだいです。

かなり苦しい屁理屈かもしれないが・・・w

47大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/16(月) 23:53:40
私が書き込みをしすぎると、ただでさえ長文太郎なので今日は少々おさえてましたが、私もBooさんの言われていること
に同意です。

釈尊が何故輪廻するか、また存在することに対して、それはタンハーであるといわれています。
これを俗っぽく解釈すると、”心や魂に引っかかる想い”というのがかなりウエイトを占めるのではないか、と
個人的に推察しております。

死後、人間はどこへ行くのか、どのような状態に成るのか、というのを精神世界の類でみますと、自分の願望や想い、
というのがかなり行き先を占めるように思われます。

例えば、やり残したことや願望などがあれば、それを果たしたいために転生する場合があると考えられています。
それらが必ず叶うかどうかは疑問ですが、そういう方向性があるように感じるときがあります。
後はその人が持つ徳や不徳などのことや、転生して行う項目、つまりアゴンで言う因縁というか、占いなら運命のコ−ス
のようなしがらみのある中に生まれてくるまでは、あの世の何らかの状態に居ると思います。
そして、その最中に転生先がめぐってくれば転生される、ということかと推察します。

ですから、なるべく不徳を積まず、煩悩解脱していれば転生の原因というか元は無くなる。
そういう状態が輪廻からの脱出かと思ったりします。
だから、輪廻から脱出するためには、やはり煩悩を多く持たない、執着から離れる、また転生の原因に
成るような行為は避けなければいけない、ということから釈尊の指導はまさに重要、といえるかと思います。

48大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/17(火) 22:42:46
解脱供養というか霊障の意見は、もうおしまい?

そうなると、あっけない気がするなあ・・・。

49ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/17(火) 23:11:09
>>48
ノー。もう少し続ける。ネタはある。
乞うご期待。

50ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/18(水) 00:25:58
今回私が根拠のない想像話まで書いたのには以下の話が念頭にありました。
ザのスレの時にある信者さんが書いた体験談です。
その信者さんはもうずっと書き込みをしないようになりましたので名前は伏せて
おきます。まあザの過去スレを見れば出てきます。
その人が職場のお盆休みかなんかで上司と一緒に田舎に帰省することになりました。
上司とその人が同郷ではないのですが車を走らす方角が共通だったので
上司にある所まで乗っていかないかと誘われたのだそうです。
で途中で降ろされたところそこから交通機関を利用してその日のうちに実家に帰る
のは無理とわかり、そこから夜遅く到着できるのは久しく行っていない叔父さん宅
とわかったのでそちらに向かい駅前から電話して迎えに来てもらったそうです。
全く予定外の訪問だったそうですが、叔父さん宅でわけを話して仏壇前で
千座行の勤行をさせてもらうことにした。
するとなぜかわからぬが胸にこみあげてくるものがあり涙が止まらなかった。
悲しいのではなく喜びに近い涙で、こんなことは今までなかった。
勤行終わって叔父さんに話を聞くと、この家の2階で誰にも看取られることなく
亡くなった女性がいたとのことです。
もっとも誰にも看取られないなんてシカトしていたわけではなく、ちゃんと前夜も
食事を食べさせ世話していたけど臨終の際は2階の部屋でひとりきりで
さぞ寂しい思いをしたのではないかという叔父さんの罪の意識です。
その人は解脱供養をしている最中で下りてきたホトケがこの女性だったようです。
つまり解脱供養に喜び涙がこみあげたのか?
その人はそれまではどちらかというと物事を冷めてしか見れない屈折した部分が
あったそうなのですが、それ以降感受性が豊かになり素直に感激したりすることが
できるようになったそうです。
性格が明るくなった。
この体験を以て桐山さんの解脱供養は力があると信じ、今でも信じている。
しかしその後は解脱供養をしても何の変わったこともなく効果もなく、その時
1回きりだったようです。
ゆえに桐山さんは昔は霊能力もあったが、今はどう堕落したものか霊能力が
失われているというのがその人の見方でした。


今晩はここまでにします。
さあ、皆さんはこの体験談からどう考えるか?

51ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/18(水) 08:42:22
>>50の続きです。
この話は必ずしも霊の問題、霊障とその解消を想定する必要はありません。
普通のカタルシス効果で説明できます。
この人は当時職場の寮生活をしていたようです。
寮と言っても一人一部屋なら問題ありませんが、どうもそうではなかったらしく
夜中に食堂で密かに千座行をすることもあったようです。
職場では宗教活動禁止の為、職場関係者に見つからないようにボン行などをするのは
大変だったようです。
そして休暇時における上司からの誘いも相手の好意ゆえに断れず、決して寛ぎ楽しめる
旅でもなかったと想像できる。
叔父宅を訪ねるほど中途半端な同乗をさせられたことでもそれはわかる。
だからある意味ストレスの極みにあった。
そんな中でようやくたどり着いた叔父宅。
肉体的疲労と緊張の糸から解放され、さらに快諾をもらえた仏壇での千座行勤行。
普段から隠れるようにしかできない勤行を堂々朗々とあげられるのは感無量だ。
だからそのようなストレスから一気に解放されるような連続に感情の放出もあって
涙が込み上げてきた。それは悲しみの涙よりも喜びのそれに近いでしょう。
カタルシス(浄化)です。
そしてこのようなストレス解消のカタルシスを得られたことがきっかけになって
それまで問題になっていた屈折した気分なんてものは追い払われ望ましい人格に
昇華もする。何事も原体験的体験とは重要だ。
たとえは共通ではないが、私も山小屋で食べた予想外の食材メニューに驚き
それまで下界でも大して好きでもなかったそのメニューが好きになったりもする。
ってかそういう些細なきっかけをもとに人間を成長させるのが自分の意志というものだ。
だからその叔父宅の2階で独り寂しく(叔父観)息を引き取った女性などとは
関係なく、このカタルシスは語れます。
たまたま先祖にそんな人もいたという話が重なっただけです。
しかしそれだけではどうしても納得できない人もいるでしょう。
解脱供養で丸がついてきた先祖とその女性が一致したとなれば。
もともとが予定外に訪ねた叔父宅であり、叔父宅にそんな先祖の因縁話があるなんて
知らなかったし、偶然にしては出来すぎている。
やはりこれは何か見えないお手配みたいなものに導かれたのではないか?
女性は霊障だったのか?

52大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/18(水) 11:27:11
む?素晴らしい話に感動していたら、ハテナが。

確認ですが、その勤行をしていて感応?したのが寂しい亡くなり方をした2Fの女性
ではなくて、解脱供養の塔婆で下がった方なのですか?どちらなのでしょうか?
おそらく、はしょっての説明なので切れたのかと思いますが、そこがちょっとわからないです。
説明をお願いいたします。

でも、霊障云々の会話が終わったらガックリ来てました。ユビさんへ感謝申し上げます。

53Boo:2009/11/18(水) 12:09:22
人間の脳の活動はいまだに知られていないブラックボックスがあるようで、
私がミクシイで以前接触があった「朗人」さんという方。この方が「シンクロ」
という現象を詳しく日記に書いていますが、(解脱)供養の不思議、ゴマキの効能
など、すべて説明できるものです。それに、ゲイカの奇蹟(でもなんでもない
インチキ)という先入観があれば、すべてはアゴン宗による救済につながる。

ユビキタスさんのレスに補足的な意見ですが、私の現在の見解です。

54ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/18(水) 13:23:22
>>52
はい、その人が解脱供養を申し込んでお塔婆が下りてきた。
その戒名の先祖さんの資料箋リストに丸が付されていたのが、その叔父宅の2階で
独り寂しく息を引き取った女性だったようです。
だからこれはもうズバリ一致していたのですから、ますます感激しちゃってください。
これはスゴイ!偶然にしてもすご過ぎる!やはりこの女性が何らかの暗い影響を
与えていたのが、供養をしたことにより解消し、喜ばれ、施主の心の抑圧もとれたと。
しかし私はそれでもこれって霊障だったの?と疑問に思います。
資料箋として戒名帳を提出した。その戒名帳に丸が付された。
その該当の先祖が田舎に帰ったらたしかに実在していたことが確認できたという
当たり前のこととしか思えない。
その先祖の女性のエピソードを聞いたら臨終の際は枕元で看取ってやれず残念だった、
気の毒だったというのは叔父さん(伯父さんかもしれんが)サイドの優しい思いやりでしょ?
これがこの女性は晩年独り暮らしで、世話する人もおらず、病床に臥しても誰からの
介護も得られず、亡くなっても暫く発見すらされなかったとでもいうのならば
気の毒です。
しかし実はそんなことはなく叔父らと同居しており寝食を共にしていた。
ただ臨終の瞬間は夜中だったのでしょう。周囲に誰もいなかった。
それでも叔父さんは寂しかったろうにと罪の意識を持つ。優しさ以外の何物でもない。
こんなことでこの女性は霊障を起こし、後に生まれるこの施主の性格を厭世的、
暗い影響を与えていたと言うのか?
それはこの女性に対して失礼というものです。
私はそんな怨念だか哀しみのバイブレーションなど発していないと思う。
施主が屈折して暗かったのは施主自身の責任であると思う。
それが今回のきっかけで解消しただけだ。
単なるカタルシスだけでなく、涙を流した後、叔父から聞いたエピソードも
ますます効果を高めた。やはり霊障だったか?それが成仏して解消したのか?
これって自己暗示の一種ですよ。
その女性は仏壇にもまつられていた、ただそれだけです。
霊視の先祖は実在してた、それだけです。
仏壇で勤行して「遠い所からよく来てくれたねえ」とご先祖様も喜んでくれたかも
しれない。ご褒美でもないが鬱を払ってくれたかもしれない。
しかしそのご先祖が件の女性だったかどうかもわからない。

55ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/18(水) 13:43:56
そうそう、資料箋の先祖リストにその女性(過去帳からでも拾ったのでしょう)
の死因欄には不明としたようです。あるいは無記入かな。いずれにしても不明です。
で今回叔父からのヒアリングにてなるほど不幸な亡くなり方をしていると
改めて認識されたようなのだが、よく考えると別段不幸などでないのです。

56大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/18(水) 14:35:34
帰宅しました。拝見して、なるほどと感じました。
ユビさんの見解に私もほぼ同意。おそらく夜中とか家族がすぐに確認できる状況でないときに亡くなったと
いうのが私も思ったりします。
で、その女性が霊障を起こしていたか?といえば、そうだとは言いがたい。
だが、ゲイカの言い分を持てば「誰もが霊障の仏になる可能性」は多すぎるほど多い。
寂しくても霊障、悲しくても霊障です。軽い霊障から重い霊障まで様々になる。
また、それらを一般の人間が判断できることはまず、無い。
ゆえに、如何様にもいえるし如何様にも料理が出来る。
解脱供養資料箋に丸を付けて、戒名を下付すれば、霊障の仏になるからです。
成仏させてやったんだからね、なのです。

厳密に考えれば、横変死とかガンとか苦しい死に方をした方が通常霊障の仏に成るというのがあるが、
実際にはゲイカが霊視して、”霊障を起こしているな”と感知されれば霊障の仏です。
おそらく悶絶するような苦しい死に方や壮絶死でなければ”霊障”を起こさないはずが、霊視で見えたら
霊障認定される恐れは十分にあるし、またその根拠は?というと出せるものではない。
ゆえに、不可解であるし信憑性も低いままだ。
そして、ユビさんの出された話でも、「果たしてその女性霊障起こしている?」と感じてしまうのも
当然ではないかと思う。また解脱供養で降りたのであれば、さてさて・・・と思わざるを得ないですね。

57大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/18(水) 14:39:35
Booさんの説明が短すぎかすぎて、よく理解できませんので解説していただけたら、と願います。
シンクロ説がアゴンでの行いの説明に成るのでしょうか?(そういう風に解釈してしまいました)
ぜひ、時間のあるときで構いませんので、詳しい説明をお願いいたします。

58大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/18(水) 14:47:59
確かにほんまものの霊障であって受けていたのだから、その男性の抑圧が解放された、というのは
判らなくもない。だが、ユビさんの言うとおりどこまで整合性があるか、ですね。

我が弟の肝臓の事にしたって同様の事は確かに言えます。
なぜなら、肝臓が悪く亡くなったのは母の母しか居ないからです。
申し込み時に「肝臓が悪いから〜」と書いているし、そうなれば黄疸で亡くなったおばあさんを
供養すれば、という風に成るのは当然で、しかも他の数人の先祖にはそういう人がいないのであれば、
霊能力が無い私でも先に解脱しておくか、となりますね。

まあ、その男性は私の弟のようなものではないから、無作為に選んだか、もしくは本当?に霊視した
のかわからないが、偶然の一致にしては出来てますね。
でも、その影響で性格が変わったのは、その事実だけは喜びたい。
しかし、解脱万歳!というのはさて・・・となる。まして、その後の解脱にはさほど奇跡や効果が
見られないというのだから、私の弟と同じ現象です。
最初の解脱は効いたが、後は全然、というやつです。
こういうのが無ければ、解脱も信憑性が出てくるんだがなあ・・・。

59ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/18(水) 20:36:07
>>55からの続きです。
この事例はアゴン宗で見ると霊障解脱の証明となってしまうのです。
奇遇だ!あり得ない!
いろいろ疑いをかけることはできる。
桐山さんの解脱供養とは護摩によって行う。尊い護摩の炎の中で昇天していくのです。
ところがこの信者さんの場合は叔父宅だか伯父宅だかの仏壇で勤行した時に起きた
奇跡(?)です。
つまりこれは私が先に書いたお墓参りの功徳にも比定することもできます。
どうして奇跡は護摩焚きの時に起こらず仏壇勤行の時に起きたのか?
導師の成仏護摩より施主の勤行の方で昇天するのか?
もちろんこれはアゴン宗の方で簡単に説明してしまうことでしょう。
いや、ゲイカのお護摩の時に炎の中で合掌しながら昇天して行ったんだよ。
しかしそれを施主にも喜びと感謝を伝えたい。
施主の抑圧を取り除いてやりたい。
そこで仏さまが仕組んだものか先祖さんが仕組んだものか1本のレールが敷かれる。
既に台本はできている。全てはこの台本に沿って各自が役割を演じている。
そう、乗ってけよと誘い拒否を許さぬ威圧をかける上司も。
かくして舞台は女性の亡くなった家へと施主を導きそこで奇跡が起こる!
これで霊障解脱の完成だったのですね?管長猊下。
いや、わしは知らん。わしは成仏法を修して成仏させただけだ。心憎い演出をするのう。
(余裕の笑み)
だってそうだろう?
こんなことってある?御霊諭下がったご先祖さんの亡くなった地に導かれ、
この事実を知ったんだぜ!その背後に流れる力を考えよう!
お答えします。
この話少っっっしも不思議でありません。
実家(父親宅)だろうが叔父宅だろうが帰省すればご先祖たちが生活していた
場所にたどり着くのは当たり前のこってす。
そして問題の2階で寂しく亡くなった女性ですが・・・
これってこの信者さんが涙の勤行終えて、あるいは一晩経った翌朝にでも
叔父さんに聞いたんじゃないですか?
「この女性のことご存知ですか?」
「ああ、そうそう、もちろん知ってるよ」
ってか
「この女性について教えてください。どのように亡くなったのですか?」
「ああ、このおばさんはね・・」
ね?何の不思議もない話でしょ?
既に御霊諭の先祖が下りたからこの人はどんな方だろうと思い質問した。
他の兄弟姉妹と同じくここで亡くなったんだよ。亡くなった時、枕元で看取って
あげられなかったことが心残りだったね。
これだけの話です。
何か不思議ですか?

60ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/18(水) 21:03:27
なお、たしか叔父(父親の弟)ではなく伯父(父親の兄)でなかったかな。
つまりは父親の住む実家が分家で伯父さんちが本家になる。
するといろんな先祖がまつられて当たり前でしょう。
しかし実家の父親宅に帰省の予定が変な上司の押し付け親切により本家の伯父宅に
急遽変更になった点だけ「先祖に呼ばれた」説がまだ生きてくる。
この場合にようやくBooさんのシンクロ説が出てくるんでないの?
この施主は該当の先祖を潜在願望的にも追い求めている。
それにシンクロするように周囲の環境が整理される。
求めていたものが得られる。
俺も昔、池袋のオキニの姫が店をやめちまった後、残念に思っていたら
別の店に勤めていて再会したことがある。
例がくだらんか?・・・

61大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/18(水) 21:09:40
確かにシンクロですが、さてさて・・・。

62ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/19(木) 00:35:13
池袋のことは青柿さんもシンクロして来ないしwどうでもいいですが、
今度は私の解脱供養体験。
解脱供養はなにか差し迫った問題があった時に申し込め、問題なければ
冥徳解脱供養を進めておけというのが桐山指導です。
だから私などは滅多に助けを求めるような問題などないからもっぱら冥徳解脱供養
ばかりが膨らんだ形だ。
それはさておき私でも問題解決の為に解脱供養を申し込んだことがある。
不眠症になりこのコントロールに苦しんだ。
ファミリーのリーダーの勧めもあり、解脱供養を申し込んだ。
下りてきた先祖が父方の祖母の実兄です。
実は父方は祖母がユビキタス家本家です。
祖父はユビキタス家に婿養子で入った。
この祖母の実兄こそが本来ユビキタス家を継ぐべき長男だった。
しかし31才の若さで死んだ。
死因の病名は忘れたがドイツに洋行までした彼も酒で身体を壊したと聞く。
病気で若くして死んだ。ユビキタス家は跡継ぎがいなくなった。
そこで妹であるわが祖母が婿養子をとることにしてユビキタス家を継承した。
この婿養子は小学校の校長で酒も飲まぬ真面目なところが評価されたという。
祖母の兄たる長男が酒で身を滅ぼしただけにそういう選択をしたらしい。
ともあれこの祖母の兄が霊障として下りてきた。
不眠症である旨を資料箋に気にかかる問題点として添えておき、その結果丸を
つけられてきたのが、この先祖だった。
その時点で私は上記の知識を親から昔聞いた記憶で知っていた。
で幾分納得がいく気もした。
酒で身を潰した彼の運命の反復かどうか私も心身がおかしくなってきた。
しかし合点が行かぬ点もあった。私は酒を好まぬ。
付き合いでは飲むが、弱いし、飲みたいとも思わない。
それに酒で内臓などの身体をやられたことは不眠症とつながらない。
酒→酩酊状態と不眠症のボンヤリ状態がなんとなく共通性があるように見えるだけだ。
しかし少し考えればわかるように全然別の話だ。
話が逸れるが運命の反復と言えば、生まれて初めての解脱供養を申し込んだ
先述の2階で寂しく亡くなった女性が解脱供養で下りたという施主は彼女の何を
反復すると言うのだ?
臨終の際、枕元に誰もいなかったというだけで他の不幸的状況が見えてこない。
さて私の問題に話を戻すが、結局解脱供養を申し込み供養を進め、解脱成仏しましたぞ
との通知が届いても不眠症の問題は解消しなかった。
解消するのはそのずっと後です。

63ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/19(木) 00:55:05
そこで解脱供養問題を終了させる気もないが、ここで一つ結論を出しておきたい。
寂しく独りで息を引き取った女性が下りてきた信者さんの件、それから不眠症にも
共通性があるのかなと一瞬考えてみたりもした私の解脱供養の件からも考える。
これって、ただ単に下りてきた資料箋に丸を付された先祖の本当の実情と
照らし合わせた結果、自分で勝手に想像たくましくしただけに過ぎない。
つまり桐山さんの説明が皆無なんです。
著書にあるような細かい説明と指導がない。
「この先祖を調べてみなさい。」
「こういう死に方をした先祖がいるはずだ調べてごらん」
「いました!どうしてそんなことまでわかるのですか?」
「ははは、それが私の仕事だからね」
しかし実際にはこんな体験談を聞かない。
あくまでも桐山さんが書いた著書の中だけの話だ。
つまり作り話です。
あれが実話ならばそのゲイカの霊視能力のすごさに目を丸くした、舌をまいた
信者の報告があってもよいはずだ。
ところが現実には面接指導の機会すらない。
面接指導をせずに単に資料箋の先祖リストに赤丸が付されるだけだから
霊障の内容、怨念や苦しみの内容などは全く示されもしない。
だから下付された信者が必死に自分でその霊障内容を想像するだけです。
それで孤独で死んだ寂しさだの酒でやられた脳の悪影響だの勝手に理由付けをする。
桐山さんが示せばよいものを絶対に示さないからこのような自己洗脳信者が
育つのです。かつての自分も含めて。

64Boo:2009/11/19(木) 01:28:43
朗人さんの「シンクロ」の話はだいぶん前の上この方はほとんど毎日日記を
書いている方でしたので、なかなか見つけられませんでしたので、わたくしの記憶
を元にかいつまんで見解を述べます。

シンクロとは正式には「シンクロニティ」でシンクロナイズドスイミングの語源にも
なっているそうです。「同調」とか「同期」とかそんな意味です。

まず、私が読んだエピソードを簡単に紹介します。

ユダヤ教徒の親子がおりまして、ユダヤ教徒の親子と言っても、親が熱心なだけで
息子のほうはどちらかと言うと信仰にはさめていたようです。
その親子が些細なことで喧嘩して、父親は息子に出てゆけ、二度と家の敷居はまたぐな、
息子は、ああ上等だこんなうちにいてやるか、二度とオヤジと会うこともない、と言って
出てしまった。

息子はその後色々苦労した末、結婚し子供が出来て父親の気持ちが段々わかるようになっ
てきて、いつかは和解して孫の顔を父親に見せてやりたいと思うようになった。
しかし、父親から許してやるから、いつでも帰って来いとの連絡はついに父親が死ぬまで
なかった。

父親が死んで、息子は生きているうちに会って、父親に許しを請いたかったが、
ついにその機会は永久に失われた。
息子は、せめてもの罪滅ぼしに父親の信仰していたユダヤ教の聖地である
「嘆きの壁」に行き、熱心なユダヤ教徒の父親を偲んだ。

嘆きの壁には石と石の間に隙間が出来ていて、ユダヤ教徒はそこに
神へのメッセージを紙に書いて押し込むようになっているとのこと。
息子は神へのメッセージというよりもその信仰者であり天に召された父親に
謝罪のメッセージをしたためた。

石壁の隙間はいたるところ過去数百年の神への無数のメッセージで埋まっていて、
息子はどこに父親へのメッセージを差し込もうか物色していた所、なんとか
一枚のメモ程度は差し込めそうな隙間を見つけた。しかし、その隙間には
勿論既にいくつものメモが差し込まれていて自分の紙切れをやっと挟めるかどうか、
しかし、熱心な信者であった父親へのメッセージはこの壁のどこかに残したいと
考えて無理やり隙間に押し込んだ。

やれやれ、何とか押し込めた、しかし、自分のメッセージを無理やり押し込んだせいで
前に誰かが押し込んだメモが満塁のファーボールで一点入るがごときに壁の隙間から
落ちてしまった。神へのメッセージであり、自分も必死に押し込んだ気持ちを
考えると、そのまま立ち去る気にもならず、そのメッセージもどこかの隙間に押し込もうと
拾って、見るともなくその古いメモに目をやると、懐かしい文字が書いてあった。

その字が気になってメッセージを見ると、そこには若い頃些細なことで喧嘩して
ひどいことを言ってしまった息子に対する懺悔が書いてあり、喧嘩したときから
ずーっと自分は後悔していたこと。今でも息子を愛していること。出来るならば、
息子と再会して謝罪したいことを神へのメッセージとして託すメモである
ことを知った。そうして、最後に父親の名前が書かれていた。

ざっとこんな話を朗人さんはドキュメントとして伝えていました。

65Boo:2009/11/19(木) 01:51:20
これを読んで、わたくしは考え込んでしまった。

キリスト教では成仏できない。ユダヤ教も勿論そうですね。なのになぜこんな
奇跡のような体験談が起きるのか?

アゴン宗的に考えると、チャクラもクンダリニーも念力の護摩も釈尊の成仏法
もないのにこんな奇跡がなぜ起きる?

これって、もしかして人間の能力の範囲内(神仏がお手配しなくても可能)なのか?
と思ったわけです。神仏の力が働くのはアゴン宗しかありえないと当時の自分は
考えていた。なぜなら、神仏が手を差し伸べることが可能なのは、仏舎利尊であるお
釈迦様が実際に霊体で存在しなくてはありえない。そもそもアゴン宗以外で念力の護摩
焚いてグモンジとクンダリニーを開発した導師は(空海以外)いないのだから、神仏も
ここにしかいないはずであるのだ。ところがユダヤ教でも奇跡が起きているのは
どういうわけだ?突き詰めて分析すると、そもそも人間にはポジティブな精神活動や
神仏に対する信仰心から来る懺悔、畏敬の念などの精神活動に対してはシンクロニティ
がおきやすい仕組みになっているのではないのか?という結論に達したわけです。

そう考えると、阿含宗の解脱・冥徳供養、護摩木祈願の成就など、ユダヤ教徒から
見ると、シンクロニティが起きているね。この人はポジティブな心の持ち主ね、でも
ほんとの信仰、神が救ってくれるのはユダヤ教徒だけね、と解釈するし、解釈できる。

退会する一年位前はそんなことをかんがえていました。

66大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/19(木) 08:02:51
ユビさん、自らの体験談をありがとうございます。拝読致しました。

なるほど・・・これでは言いようが無いですね。
私の弟のようなものでもあれば喜びようもありますが、これでは逆に懐疑心が出るのは
当然です。
私の場合も弟ほど劇的では無かったですから、もし弟の事項がなかったらまだ醒めてたかも
しれませんね。

成仏法というものを世に問いかけ宣伝したまでは良かったが、肝心の中身が無いのであれば
なんら意味が無いわけで、そこのところを見抜けなかったのを自分でも残念に思います。

67大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/19(木) 08:15:02
Booさん、詳しい説明ありがとうございます。非常に理解しやすかったです。

私の場合はシンクロ論は知りませんでしたが、アゴン以外でも奇跡が起こるのには理由は
わかりませんが、ありえるというのは認識していました。
なぜに、成仏法を持たない教団であっても奇跡が起こるか、というのは現在も考察中ですが、
結論は出てません。ですが、ユダヤ教徒だけとは自分は思わず、たくさんの教団でも奇跡が
起こりうるのはなぜか?というのは本当にありますよね。

有名な例では日蓮さんの斬首の際の落雷とかもあったりしますが、人は大きな奇跡の前には
驚きを隠せない。また神秘的でもある。
だが、ことアゴンについて考えてみると、そのシンクロを用いたのはやはりゲイカであろうかと
思ったりします。

非常にいいタイミングでシンクロが起きたのを「お手配」とか「神仏の加護を受けている」とし、
周りや世間を認識させるには、またとないものですからね。
例え偽物の宗教であっても偶然に起きる「シンクロ」を活用し、信頼を得るという流れ。
これにはなんともいえないものがあります。

ユビさんの申されるとおりの「当事者の思い込み」というのを活用したのもあると思います。
偽シンクロ、というやつでしょう。
解脱供養や日々の生活の中で偶然起きうる「奇跡」 それに対して管長に報告があれば、別段
管長が信者の家一軒一軒に修法したわけでもないのに何かいいことが起きると、それを使って
「アゴンは奇跡を起こす宗教なのだよ」というだけで信者は「ははー」とひれ伏す。
管長からすれば、棚からぼたもちですよ。何もしないでも信者が好意に受け取るのだから。

いやいや、本当に考えさせられる事ばかりです。

68ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/19(木) 08:53:48
>>64-65
Booさん。シンクロニティについての詳しい解説ありがとうございました。
とても面白かったです。
しかしあなたが信者時代に戸惑った>>65の疑問にお答えしましょう。
ご安心ください。(信者としての立場に対して)
奇跡はアゴン宗にしか起こらずユダヤ教やキリスト教などに起こるはずがないのです。
その逸話は「嘆きの壁」に秘密、ひみちゅがあります。
その嘆きの壁に21世紀の未来(その親子から見て)に日本から宗教家と名乗る
オールバックの男が訪ね、ラビらに促されるままに額を嘆きの壁につける男がいます。
彼は何を嘆いたか?
「千景と尚子は仲が悪くて俺は困ったものだ。どちらも失いたくないのに・・・
ブツブツ・・・このパフォーマンスであいつらのご機嫌がよくなって焚き火に
協力してくれるように、そしたら俺の名声もあがって国内でも商売繁盛・・ブツブツ」
そうです。このお方こそがユダヤとキリスト教、イスラム教との対立も乗り越え
空爆攻撃も阻止できなかったものの、シャカとイエスの握手などの歴史的偉業を
成し遂げた大聖者の象徴すべき壁の額つけだったのです。
この大聖者の奇跡の思念は時空を超えます。
過去に遡ってでも奇跡を起こしてみせます。
ちょうどその大聖者さまが額をつけた壁の隙間にその親子の絵馬みたいのが
挟んであったのですね。
ってか親子は未来に現れるこの大聖者によって同じ場所に絵馬を挟むことを
約束されて、ここにシンクロの奇跡が起きたのです。
だから奇跡はアゴン宗にしかなーい!
実はシンクロの産みの親が桐山はんだったんでっせー

69ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/19(木) 09:05:10
池袋の件に関して青柿さんをシンクロでなく無理矢理呼ばなくてもヨロシ(笑)

70Boo:2009/11/19(木) 14:08:30
ユビキタスさん!その話には無理があるっしょ?(とマジレスしてみるテスト)


歎きの壁の桐山師(桐山詐欺師の略)の胸中はマジで尚古と血陰の顔がよぎっていたかもしれんが・・・・

71大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/19(木) 17:37:30
ユビさん、失礼しました。凄く気になったもので。
思わず、シンクロ召喚してしまうところでした。(遊戯王か!)

青柿さんを特殊召喚に成功すれば、池袋の話を聞けると思ったもので。

向こうの記事、削除しました。すみませんでした。

72ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/19(木) 18:40:17
>>71
いや、私の再会もあったオキニの姫と青柿さんの姫とはシンクロしないと思いますよ(笑)
彼は彼でこういう話が好きで、シンクロして来るかなと期待しとったんです。
彼は私を昔から私を兄貴分と慕ってくれていましたが、そちらの方面の義兄弟には
なっていないと思います。私もレイアちゃん知らないしw

73名無しさん:2009/11/19(木) 20:56:48
あらら、お姉ちゃんの話なのね。それなら、特に希望しません。

だけど、ゲイカが嘆きの壁に行って何か祈願するとしたら、まさかユビさん仰せのことを
祈ってたとしたら、もうアゴンの神仏要らないジャン、とか思ったりします。

マジに祈っちゃあいないよね?

74Boo:2009/11/19(木) 23:54:44
ちょっと晩酌しながらPCいじっていますが・・・シンクロの話には続きがあります。
朗人さんはこれをもってユダヤ教やほかの宗教のお勧めをしているわけではなく、
シンクロがおきやすい状況を皆さんにおしえているようです。

ポジティブな精神状態、感謝の気持ちなどですね。

結論として「ありがとう」という言葉を発する、というものです。

これによって、シンクロがおきる。だからみんなで「ありがとう」といいいましょう
、というないようです。

アゴン宗とはちょっと方向違いますが、それによって人生が好転した人もいるようです。

75ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/20(金) 00:03:08
姫!ありがとう!

76大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/20(金) 09:11:03
あらら、>>73 1FのPCで投稿したからHNが出てないや。気が付かなかった。
73は私ですので。

Booさん、続きを希望します。時間があるときで構いませんのでよろしくです。
>>74の説明を見て、あれれ?と思った。なぜなら、私がアゴンで建て直しする際に
起こそうとしていた方向性が実はそれなのです。
精神世界や自己啓発系の引用というかそういうのを活用して、高めてゆくしかないな、
と推測していたものです。思わずびっくりw

「ありがとう」が筆頭ですが、それ以外にも良い言葉を発する、というのを提唱し、実践する。
これは楽しみであります。

77大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/20(金) 23:19:46
ふと思ったんですが、昔TBSで大柴燈護摩を放映したことがありましたね。
「三時に逢いましょう」でしたか。
私は当時リアルで放送されたのを見てないので残念なのですが、妻に聞いたら
妻はたまたま学校から帰宅してみてたんですってw
なんか、結構凄かったよね、といってました。

で、まあ妻の感想は良いとして、実際に世間での状態はどうだったかというと
かなりセンセーショナルだったようですね。
ゲイカ自体も本で「VTRでも奇跡が起こった、ということでかなり話題になった」
ということを書かれているし、相当なものだったと思います。

で、それをふと思い出してこれも偶発的に起きる奇跡を活用したものの最たるものかな、
と思ったのです。
もちろん、TVの護摩に向かって拝んでも何の奇跡も起こらなかった人も居たでしょうが、
当時の状況を考えると今ほどネットも無いし、仏教云々の解釈を知ることも皆無に近い。
まして、在来仏教のように信者にならなくても拝むだけで現世利益が得られるのなら、
それはヒットするに違いない。

「このようにお護摩にたくさんの神仏が現形しています。皆さんもどうぞ御祈願ください」
とやったら、そりゃあフラシーボよろしく何かの現象が起きるかもしれない。

だが、現在はそういうのが無いし、また拝んでも効かないのであれば急速に醒めるでしょう。
なので、昔は効いたのに今は効かない、という現象も本当にあるよね、と思う。
連続していつまでも効果が現れたら、アゴンは世界を牛耳れるって本当に思いますね。

78ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/22(日) 23:12:48
「3時にあいましょう」は私も高校の時、学校から帰った時だったのか途中から
たまたま見たのですね。
大きな柴燈護摩の風景だったのですが、途中からだけにまさか観音慈恵会のそれ
と思わなかった。
この直後にアゴン宗を立宗するわけです。
だから最初はよその教団の風景と思い、冷ややかに見てたんですね。
私は中学の時に観音慈恵会に入信したのですが、千座行に挫折したのですが、
途中名古屋に引っ越して東海本部で再入行は果たせませんでしたが、桐山密教
だけを信じていた。高野山など他の密教団体のテレビのオカルト的特集番組もあったし、火渡りなどが
テレビで取材するのもあったからその類いかなと思った。
ただ断片的に見る風景の中に観音慈恵会の紫の輪袈裟に似た
それがチラと見えたり、般若心経を唱える懐かしいリズムから「あれ?もしや?」
と思ったところでその特集が終わったんですね。
それから後になってこれが桐山護摩だと知ったのです。
まさにシンクロと言いたいところだが、新聞のテレビ欄で「密教の護摩の火」とか
そんな見出しを見てチャンネルを回したのであれば不思議でもない。
たしかに再放送までされるほど当時すごい反響だったようですね。
さすがにヤラセとは思いませんが。
しかし最初から王麗花さんがいたり、番組を組むにあたり教団とは当然交渉
していたのですね。
病気が治っただの受験に合格しただの止まっていた時計が動き出しただの(笑)。
不思議を求めたい人が龍神みたいな炎を見てビックリしたのも事実だが
かなりテレビ側にのせられてしまったのではないでしょうか?
人間てのはそんなに軽薄なんだろうか?
それが霊感だとするならば、私は霊感のないことを誇りにしたい。

79大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/23(月) 13:24:56
いや、霊感ではないですよ。ですが、霊感が無くても十分わかることをゲイカの主張だけを鵜呑みにして
信仰の道へ入った私はやはり愚かだったと思います。

それでも、アゴン宗を知ってもすぐに入行しなかったんです。一年掛けて様子を見たし、警戒した。
でも、例えば図書館とかにいって原始仏教などを見れたわけではないから、アゴンの虚偽に騙された、
という結末なのですが・・・。
その時代にネットや掲示板があったら、おそらく入行することは無かったかもしれません。

しかし、止まっていた時計は「ユリ・ゲラーさん」でしょう。大笑いですw

アゴンと霊感とは別なことですが、霊感がなくてもそれはよろしいし、誇ってもいいでしょう。
ただ、多くの人を騙した宗教詐欺だけは許せない行為です。

80ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/23(月) 18:03:46
>>69
そうですね。テレビを見て感化され影響を受けてしまう何て話は霊感とは全く
異なるでしょうね。
映画館でヤクザ映画を見たらすっかり感化されて気分が高揚して、出てきてからも
歩き方からして変わってしまい「気ぃつけんかい!ボケ!」とか言うのに近い。
当時、それより以前からユリ・ゲラーがスプーン曲げだけではない新ネタをもって
マスコミの前に現れて、故障した時計を用意しなさい、「ウゴケ!」と念力を送り
見事動いたなんてやってた。
だからそれに便乗して護摩を見て時計が動いたなんて便りを伝える人がいたとか
いないとかの話には皆苦笑してました。
今年の星まつりの様子がようつべの動画サイトにうpされています。
今度、古い腕時計握りながら「ウゴケ!」とやってみましょうかw

81大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/23(月) 18:28:34
動いたら「奇跡の顕現か!」と大騒ぎに成る・・・・・かな?
まずは、そんなので直ったら世の時計屋さんや修理屋さんは商売上がったりですね。
確か今月初旬かな?TVの何かの番組のCMでユリ氏映ってましたが、それも
「ウゴケ!」といってました。まだやっているのか、いや死ぬまでやっているんでしょう、きっと。

ちなみに当時私は壊れた時計直らなかったので、ユリ氏のことは信じてませんw

82Boo:2009/11/25(水) 18:06:41
大日如来さん

ミクシイのアカウント持っていたら「シシカバブー」を検索して、そのマイミク
の「朗人」さんの日記を見てみることをお勧めします。

「占いのコミュニティ」興味がありましたらシシカバブーにメッセいただいたら、
占星術コミュにも誘導できますよ。

「シシカバブー」は裏ミクでプロフはでたらめです。念のため。

83大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/25(水) 19:59:22
Booさん、情報ありがとうございます。ちょうどアカウント持ってますw
後でチェックして見ます。

84大日如来 ◆rAuM1WGShc:2009/11/26(木) 12:32:09
うーん、検索の仕方が悪いのかな? Booさん、81歳の男性の方でよろしいのでしょうか。
シシカバブーで朗人さんヒットしなかったんです。なので名前でやったのですが。
そうするとどうもその方?のような感じがします。自己啓発や科学的なものを書いている方ですか?
お手数ですが、教えてくださいませ。

85Boo:2009/11/27(金) 08:34:30
大日さん

プロフは↓です。

名前 タイガー マスク
性別 男性
現住所 海外インド
年齢 46歳
血液型 A型
出身地 海外サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島
趣味 映画鑑賞, スポーツ観戦, グルメ, 旅行, インターネット

86天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/27(金) 13:28:00
Booさん、ようやく見つけました。ありがとうございます。

87天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/27(金) 13:51:46
シシカバブーさんの日記を読んで思わずびっくり。今したらばで自分が出している論に添っている・・・。
思わず「シンクロ?」と思っちゃったw でも、日付を見れば06年・・・。

過去に遡ってみていったらTMの話が。
私はTMを訝しく思っていたのですが、どうやらそう持ってたのは自分の誤解だった気が。

なかなか興味のある内容でした。今度は朗人さんの方を見てみます。まずは報告にて。

88Boo:2009/11/27(金) 21:06:33
ああ、たどり着けましたか。

朗人さんの日記を読むのはかなりの骨ですけど・・・

89天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/27(金) 21:46:21
あ、いやシシカバブーさんの方が先で、朗人さんは以前確定してなかったため
読んでなかったのでこれから、です。

骨が折れる・・・やばそう・・・。

90天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/28(土) 20:39:27
さて、Booさんのお教えいただいたことも落ち着いたので、本題に戻りますか。

私が思うには、アゴン宗には解脱供養と屋敷浄霊ぐらいしか「これは」と思われるのが無いと判断。
ですが、その後の考察を深めたら、まだ確定はしてないがおおよそ「信憑性に欠ける」という判断
に到ったので退会し、批判メインに移行したのが私の経緯です。

ですが、もっと深く検証はしたい、というのがあって「いつかそれをやろう」と思っていた矢先に
Booさんが自分が思い残していた方向への意見を出されたので、「今だ!」ということで
この@chs−1を作成したのです。

で、その解脱供養ですが、これがゲイカの申されるとおり本当なら申し分なかった。
ところがやはりアゴン宗の教義でさえ多くの矛盾(虚偽)があるので、それらは嘘ではあるが、
では解脱供養などは正しく行っており、それは本当だ、といえるかどうか甚だ疑問なのです。

まあ、おおよその結論が出ているわけですが、もし個人的に何か意見や考えがありましたら
出して議論して考察してゆければ、と思います。

91天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/28(土) 20:57:48
まず、したらばで出てきた「チベット」のことを考えて見ますか。

私はあれはゲイカ特有の「本を読んで流行りそうなものをチョイスする」というのが
見られると思います。特に「チベット死者の書」が流行ったのは覚えておられるかと
思いますが、ゲイカもあれに沿った発言が結構多かったですね。

流行や主張を通すためにはどんなものも使うのがゲイカといえばゲイカですね。

確かにチベットのリンポチェ師から法を授かった(伝授された)というの聞いて
当時は「はあ?」と思ったものですが、説明だけを聞けば結構なものです。
霊を把握し、霊に対して結構な力がある法なわけですから、それは凄いと思ってしまう。

だが、ユビさんが申されたとおり、どこにどう会得したか、また使われていてその信憑性
がどこまであるのかどうか、本当にわからない。
ゲイカ得意の「自己申告」「言ったもの勝ち」でしかない。

人といえば確かに疑えばキリが無いのはあるのだが、ゲイカは結構表立ってみせる
事が無い人ゆえ、油断がならないのです。
まして、教団に於いて信者の疑問や疑念を晴らす、ということをしていないので、
尚更疑念は強くなる。また、意見も申されないし、申しても返答が無い。
これでは話にならない所以である。

「俺はこれだけのものを持って実際にやっているんだ」と言っても示せなければ
何ら証拠はなく正当性を主張できないのです。
逆にそういうものを示してやれば、批判や疑念は解消できると思われるのです。

92天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/28(土) 21:06:56
ゲイカは20〜30年前には当時の人間が興味を示すような内容や話題を展開したのでかなりアゴン宗は流行った。
それで、教団を大きくすることも出来たのです。

しかし、時代の移り変わりや、後はゲイカが中身の無いことをずっと続けたために発展することが出来なくなった。
特に信者の心を掴むことが出来かねていたように思える。
ゆえに、深山さんがいつも申される「自分の事しか考えてない人間だ」というのがゲイカには垣間見える。
結局は宗教、つまり仏教を使って人々を騙して自己のエゴ達成をした、といえるのです。
そのためには使えるものや効果のあるものなら何でも活用する。

チベットやらタイやらスリランカ・・・等、僧位や称号・法号など権威も集めた。
まあ、この名誉関係は創価の池田大作さんに対抗心を燃やしたのと、ゲイカが資格など無いのを
埋めるために集めた、というのもあるが、例えばここのスレにては霊的なものやその系統の法を
集めた、という風にも見て行きたいと思っている。

93天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/28(土) 21:18:24
日本ではゲイカは僧侶としての経緯が無いため、僧侶としては認められていない。
また、いちいち順序を経て資格を取ってたら、相当時間を要するし、また必ず資格が取れる、
とも限らない。そういうリスクを背負うよりも手軽な方法がある。
それは自分で宗派を持ち、自分が教祖に成ればそれは解決できるということです。

で、そうなったが実際にバッシングは続く。ならば、日本では資格云々は先の通りで非常に
手間と時間がかかり、確証が無い。
だが、こと外国のものであれば日本人は外国の権威に弱い、というのと、どうせ中身までは
わかりにくいし、ある程度の説明とその渡す側の歴史などがある程度あれば、後はどうにでもなる。
だから、外国からの「法を受けた」とか「僧侶としての資格を得た」となれば、僧侶しての
箔はある程度付く。一石二鳥も三鳥にもなるのです。

で、表にまとう「権威や体裁」は整えたにしても、問題は「中身」です。
それをどうするのか?ですが、そこは「方便」で済ませる。

実際にどう行われ使われるか、など誰もわからないゆえに如何様にもいえる。
これが宗教の恐ろしいところです。
中身がなくても「ある」といえば「ある」のだし、出せなくとも「ある」といえばそれっきりだ。

ところがその中身を揺るがすことがあった。
生きている人間を霊視し、解脱供養したという2chの情報である。
もし、これが本当だとしたら、ゲイカの言い分は「嘘」との認定になる。
宗教のプロとしての由々しき事態である。
間違った、では済まない事実に成るからなのです。

94天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/28(土) 21:27:25
実は弟もこの話をしたら、
「今、俺がガンだから、至急の解脱を申し込んでその資料箋に生きている人をガンで死んだ、
と出して実験してみようか?」とまで話は進んだが、結局はやめた。
弟も私の考察の話を信じていたので、10万円を掛けるのがもったいなかったからだ。
例え嘘が露見しても、弟は何ら嬉しいとかメリットが無い。だからである。

私がもし当時金銭的に余裕があったら、マジに行ったかもしれないが・・・。

後、もう一つは「奇跡的な現象もお陰も無い」ということです。

ゲイカの言う霊障も本当なら、その影響を受けている人の悪いものを除去するのですから、
効果や現象があってしかるべきです。そのための霊視なのですから、時には「当たり」
時には「外れる」ではこれではおかしいのです。
何のための霊に対する秘法を受けていたのか、ということになり、信憑性に欠けるわけです。
ということは突き詰めれば「本当に秘法を伝授されたのか?」になるのです。
もっと突き詰めれば「霊能力があるというのは嘘ではないか」とまでになってしまうのです。

95天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/28(土) 21:38:59
なので、解脱供養に私は「もしかしたらこれだけが唯一アゴンで信じられるものではないか」と
推測していたのですが、それも泡と消えそうな状態です。

ゲイカの作り上げた「運命に対する考察」というかアゴン宗での展開されている因縁と霊障の関係
ですが、これは当初画期的な理論だ、と私も思っていて固く信じていた。

ところが実際長年信仰をしてみて、どうも不整合ばかりが目立つ。
つまり、ゲイカの言ったような理論と実際の現実とが「かみ合わない」のです。

まず、因縁解脱。これはしたらばや@chsで申しているのでここでは書きませんが、それも
どうも変でおかしい。そして、次は「霊障」です。これも理論だけ見れば「凄いな」というように
見えるが、突き詰めてゆくとおかしな点が出てくる。
それはゲイカがどんどん経年とともに出された発言などに見られる矛盾です。
それらを見ても、如何に繕っているかのような、といいますか、それとも思いつきで言っているかのような
曖昧で整合性が無い発言らがその疑念を増やす原因になっています。

すると、最後の砦ではないが、アゴンに残る信じられるものはほとんど無い、という結果に成る。
非常に恐ろしい結果が出てくるのです。

特に信者さんはこの現実から目を逸らしてはいけない。しっかりと比較検証して貴方の今行っている
アゴン宗の信仰と我々が申している意見とを調べる必要がある。
そうでないと貴方の今後の人生を損ずることに成るからです。ぜひ、そうされて欲しい。

96ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/29(日) 17:56:06
>>91で再びチベットの話が出てますね。
ニンマ派からのお土産の中に召霊法もあったとのことですが、桐山さんが年月を
かけてこれを体得して冥徳供養の霊視に採り入れただのってななんとでも言える
話は別として、そもそもがこのチベット召霊法ってのがどれほどの力があるのか?
という興味がありますよね。
桐山さんによると青森のイタコよりすごいそうですが。
しかし桐山さんを抜きにして、本当にイタコみたいに霊が出てきて会話を取り交わした
とかいう逸話があるのか?目撃者がいるのか?客観性はあるのか?
そこでちょっと仮定の話をしてみよう。
桐山「この度わがアゴン宗にあの青森・下北の恐山よりイタコの法が入りました。
地元のイタコから授かった。これでいろいろな霊を口寄せできるから楽しみにしなさい」
はたして本当にワクワクするだろうか?
あるいはこんなのはどうか?
桐山「この度アゴン宗はあのチベットから有名な悪魔祓いの法を伝授された。
あの独特な衣装と仮面で楽器演奏の中踊るものです。さあ、皆さんも一緒に
踊りましょう。踊って悪魔も霊障も払いのけましょう」
これで本当にすごいと思うか?
別にチベットを馬鹿にしているのではない。
ただ先祖のお霊を送ったり呼んだりする伝統の「芸能文化」は日本にもある。
桐山「この度アゴン宗に長崎よりあのさだまさしも唄った精霊流しが・・・」

97天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/29(日) 21:51:54
>>96でのユビさんの例えわかりやすいですね。
まあ、人によって青森のイタコとチベットと一緒にするな、という人も居るかもしれないが、
私もさほど変わらない気がします。

確かにチベットの方がまだ内容的には凄いようですが、でもそれの駆使を見たことも無いし、
また本当にチベット語も知らないゲイカが理解・操作できるか否かも、さてわからん。
しかも、深田さんは今ゲイカの代わりに護摩を焚いているが、それだって現在修行中いわく
もし、ゲイカが今後加齢によって動けなくなったら、深田さんがやるんでしょう?

それだってゲイカが「私が伝授した」といえばお仕舞いで、さて、それも本当かどうかは
わからない。深田さんも「私がゲイカより伝授されました」といえば、それもそれで終わり。
中身はわからないから、検証をするしか方法は無い。
どこまで本当かなんて、信憑性などかなり薄いのです。

98ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/29(日) 23:06:50
>>97
つまりこういうことです。
今日チベットの悪魔祓いの儀式としての舞はよく知られています。
日本武道館におけるオーラの祭典においてもその舞を披露したのだから
知名度普及に一役買ったのもアゴン宗であり、信者なら尚更よく知っています。
だからこれは民俗学の研究対象にもなる芸能文化の類いだと認識しているはずです。
ところがチベットには素晴らしい悪魔祓いの法がある、この悪魔とは我々が説いている
霊障のことなんだ。すなわち霊障を打ち破る法がチベットにあり、先年私は伝授され
長年かけて自分の体系に採り入れたのである、と桐山さんが説明したと想定して
ご覧なさい。
悪魔祓いの実際を知っていたら「あの踊りがですか?」と疑問に思われる。
しかし知らなければそれで通用してしまうのです。
召霊法の方がまさにその「知らなければ」の例です。
悪魔祓いとも比較して片方は芸能文化的宗教民俗行事、片方は本物の霊能秘法
となるのか?
召霊法だって多分に民俗宗教芸能文化的特性を持ったものかも知れないではないか?
チベット人にとってはどちらも同じ信仰心を捧げるものであり。
知らないことをよいことに、アゴン宗がオカルト的に味付けして示した、
いや、示さないで看板だけ掲げた。

99ユビキタス ◆oGqIQwSRtg:2009/11/30(月) 00:33:18
冥徳祭で検索してみてください。
Wikipedia事典が出てきます。
もちろんアゴン宗の冥徳祭の説明です。
ニンマ派から受けた秘経から「召霊法」と「調伏法」の2つの法を受けて
作り出した先祖供養法が冥徳祭行事だという。
調伏法に注目してください。
たしかに密教には必ずある四種の法の一つに調伏法があるから、チベットから
調伏の経典をもらっていてもおかしくない。
しかしそれだけでは先祖供養にならない。
霊を集めて霊を調伏退治するのだったらこれは先祖供養ではなく先祖霊を悪霊にして
やっつけることになる。
だからさすがに先祖調伏なんて言わない。
先祖は救わねばならないのだから、救う成仏法の方はアゴンキョーから桐山さんが
めっけたという成仏法を使う。
では調伏法はどこで使うのかというと、先祖霊とは別に邪霊、悪霊が邪魔している
からこれを打ち破るのだそうだ。
ネーンの秘法ですね。
するとなんとなく見えてくる。
一つの経典に召霊と調伏の法が綴られている。
これはイタコのように先祖霊を集めて苦しみや怨念の内容を調べるというよりは
最初から悪霊を集めて悪霊を祓う法ではないか?
つまり悪魔祓いと変わらない。
先祖供養の法にはならないものだと思いますね。
先祖が悪霊でなければ。

100天照 ◆rAuM1WGShc:2009/11/30(月) 09:00:16
そうか!改めて納得。さすがはユビさん。
これを見れば、チベット秘法への疑問もわかりうる、というものです。

私も把握が間違ってましたね。
私の把握は悪霊的存在が居て、その悪霊が色々悪さをしている。
また先祖霊とかに悪い影響を与え、その延長上として生きている人間に働きかける、
という風に捉えていたのでした。

重ね重ね恐れ入ります。

101干柿:2009/12/06(日) 00:04:15
チベットからの秘法というからなにやらスゴそうに感じるのだが
単に加持祈祷をしるしたお経とかでしょ、
しかも用いる本尊や独自の観想などもあり。ただお経を授かったからといって
使えるようになるものかどうか、なじんだ日本の密教のほうがいい場合もある
と思います。
(伝授が本当だと想像した場合)
でも、そんな法は授かっていないポヮの法、それも一般的な法を教えてもらっていた
と桐止さんが書いていましたよ、これはシャキャ派のチョゲ・リンポーチェから
招霊法を授かったとかいうのに本当かどうか私が桐止さんに聞いたのですが・・
だって矛盾してるでしょ秘経読んだくらいで個別に霊を見分けるなんて出来っこないですよ
独古の加持の息吹きかけて指の動きで見分けるまじないみたいな青い光がみえたら男で云々とか書いてあるわけ?そんな程度しか
書けないでしょう文字としては、つまり職人芸である技など読んだだけで
身につくわけありますまい。ゲイカは読書して知識があれば何でもできるOKだと
思っているその延長で超能力から阿含宗まで作ってしまった。
だから中身などスカスカなんですよw

102天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/06(日) 07:11:47
2chより転載引用

558 :神も仏も名無しさん:2009/12/06(日) 00:26:43 ID:AOpnNVaa
昔、昔、逸○アナが癌で闘病中に信者が逸見アナの家族に解脱供養を薦め猊下が成仏供養しその例祭法話で
「自慢気に逸見さんは多分助かるでしょう」と言った。
信者は拍手で逸見さんの回復を信じたが結果、還らぬ人となってしまった。

この解脱供養を薦め、行った。というのは、本当なんですかね?
そのころ道場へ通うのをサボっていたため、わからんのです。
ご存知の方がおりましたら、真偽の程をぜひw

103干柿:2009/12/06(日) 08:34:29
私が覚えているのは逸見さんの友人が信者で、たしか関西方面の人だったか
逸見さんの弟さんが癌で歳若くして亡くなっているので、しきりに入信を
勧めていたそうだが入信せず亡くなったとき枕もとに阿含宗のお守りがおいたあったという話で
それに付け加えて内臓を三分の二でしたか摘出してしまってはダメでしょう
医師のミスでしょうかね、みたいな話でした。
当時は病気にそれも末期になってしまってはいくら成仏法でも助かる確率も少なくなる
友人の勧めに従い因縁解脱の行をやっていればなあ〜、と漠然と思っていましたので
解脱供養の自慢話があったかどうか覚えていません。お守りの話だけは覚えてます。

104神人同行:2009/12/06(日) 12:19:30
干し柿さんが、お元気な様子慶賀
阿含宗を考える上で一助にと思いレスいたします。
私たちの世代は「忍者児雷也」に象徴されるのですが、
忍術・幻術に強いあこがれを持ってたものです。
しかし、呪文は何処にもない。
よくあるパタ−ンでヒマラヤで修行してとかインドの河畔でヨガの修行を極めたら、
なんとかなるのではと思いめぐらした幼児少年期
青年期から壮年期にかけて漠然と密教と言う宗教に真言というものがあるらしいとは思ってました。
しかし、宗教というものに全く感心の無かった私には捜しようも無いし、
恐らく門外不出なのだろうから、
無理なこと・所詮おとぎ話と思っていた所に目にしたのが「変身の原理」
あの喉から手が出る程欲しかった真言=呪文
その時の私は、こういうものを世に出してよいのか、
門外不出のものでないのか、それをバラしたら、
この男は密教仏教界から追放されるだろうと思ったものです。
この男の真言や修行や結果が本のとおりならば、
全く別世界の境地に達するせあろうと
こういう人間に出来るならば、
私が出来ないことは無いと頑張ってみたのですが、
子供が周りを彷徨き、何や何かしらで時間がとれない
現役では集中出来ぬ退職後の事にと封じました。
しかし、ある時、彼の著作に愕然としました。
巻頭の写真に大きな伽藍の寺院らしきもの
上から、周りを睥睨してるのぼせ上がった傲慢不遜な面ツキ
瞬時に思ったのは「これは違う」、
「変身の原理」の延長線では無い。
「こいつは偽物だ。信じるに足りず」私の目指すものとは大きく異なる
それでも、完全放棄までは出来ず。
何かしらの情報を関係者なら、全部とは言わぬが一部でもと
捜したのが2チャンとザでした。しかし。
星祭さんも○○屋さんもよさんも誰も彼も一部さえ知らず
彼らも、未だ捜して彷徨してるじじつを知らされたのみ
未だ握りッペを捜してた。私の幸運は、
「関係ない人さん」よりももっと関係なくあの宗教とは無縁であったことです。
本当は考えたらすぐ行動に移す私の性格からして、危なかった
地理的人的に隔離されていた為に救われたと思う。
しかし、よさんや星さんや○○屋さんは私の姿でもあったと思い。
思わず身震いがいたします。
小説は、事実には絶対ならない見本のようなものです。
嘘を嘘で塗り固め今まで来たのが阿含宗・・
彼は小説を書いただけサと言うかも知れないが
ダッタラ人を巻き添えに・集め るべきではなかった!!

105干柿:2009/12/06(日) 20:51:39
思うに神人さんは私の世代よりちょと上の先輩なんですね
私が出会ってしまったときはまだ10代でしたもん
たしか「阿含密教いま」が書かれたときから大きく変わっていったんだと思いますよ
その大きく変わる時期に「変身の原理」等を読んだ10代の若者が考えることは
これだけの本を書く超能力者ならば当然、世界を救うくらいの事業はなさるだろう
総本殿建立など序の口、この人についていけば・・・となってしまう。
その思いの浅い深いの差はあってもこのような世界に興味ある若者はそうなってしまうん
じゃないでしょうか?事実、同じような年代の若者が多く集まっていましたし
それでYANとかが誕生して色川さんとかも巻き込まれていったんでしょう。
新・新宗教の創世記、それはいわばサークルのノリで予算やお金も少ない中
手作りの奉仕で楽しさもありました、教団幹部とは別の次元で
当時の地区、地域の雰囲気もあるんでしょうけれども
実は入信間もない色川さん知っているんですよ、後の彼女の旦那となった人も
こんなこと書いていいのか特定されんのも嫌だしな
まあ埼玉だってことはユビさんも知っているけれど、ちなみにユビさんは千葉w
まあそんなことでズルズルとw

106神人同行:2009/12/06(日) 22:28:57
レスありがとう御座います。分かりますよ草創期の雰囲気は
恐らく、若者達が集まってにぎやかで意気軒昂な瞬間でしょう
私の場合は宗教でなく学生運動で感じてました。デスカラ、
一時期のオ−ムのアノ乗りも
学生運動の変形(方向性も内容も全く異質ですが)だと言う気がします。
私としては、色恋ざたよりも天照さんの法友さんの方が気がかりです。
何にも出来ませんが、私よりも星さん達の方が何故方向転換できないのか?
分かるのではありませんか?
いい智恵がありましたなら、天照さんに伝えてください。
お願いいたします。ただ、星さんもいいお年でしょうから、
無いとは思いますがミイラ取りがミイラにだけはなりませんように
くれぐれもご注意を!!

107<削除>:<削除>
<削除>

108神人同行:2009/12/06(日) 22:33:33
スイマセンダブリました。天照さんどちらかを消してください
お願いいたします。お手を患わせて申し訳ありません。

109天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/06(日) 23:29:38
神人同行さん、了解です。107を消しておきますねw

また、神人同行さん、初めまして。掲示板新参者ですがよろしくお願いいたします。
以前ザビビなど掲示板で参加しておられたお方とおみうけします。
今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

こちらは@chsが落ちた際に「サブ」として作ったものですが、こっちが本家になって
いまいそうです。
同じくしたらばで「ザビビ継承スレ」もありますので、そちらもよろしかったらいらしてください。

名前は「agamaザBBS」でカテゴリは「インターネット」アドは http://jbbs.livedoor.jp/internet/3419/
です。

もちろん、こちらの方が気楽で干柿さん、青柿さんもいらしてくれてますので住み分けでも構いません。

まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いいたします。

110天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/06(日) 23:42:58
109早くも誤字が・・・ 本家になっていまいそう=X しまいそう=○ です。

早速返事を。

神人同行さん、そうでしたか。私の法友が気がかりとは、結構したらばもご覧になっておられたのですね。
(早く気がつけよ、自分・・・)

そうですね。でも、自分はもう心根を決めました。
何せ言っても聞かないのですから、後は本人が観念するか、失望するかを待つしかないと。

期待してませんが、仮に偶然で法友が奇跡を得てうまく行くかもしれません。
かなり確立は低いですが、それで済むならそれでも良いと思っています。
でも、まずありえないでしょう。

確かにその方は50代で女性で独身。天涯孤独(両親はもう召された)で職も派遣社員で何とか
生活ギリギリ生きている程度の給料です。
過去2年間無職でして、貯金も使い果たし無いそうです。
親は財産を持たない人でしたので、親の財産も無く、アンボロアパートに住んで泣きながら生活をしています。
彼氏もおらず、結婚を望んでいますが無理と思われます。
電化製品も壊れ始め、非常に困窮した生活を送っています。
(TV、洗濯機、冷蔵庫がイカレてきているそうです)

何の奇跡も起きず、よく我慢しているなあ、と思います。
でも、本人が「奇跡が起きるまでやめない」という意思ですから、もう手が無いですね。

しかし、あまりに酷い状況を申したので、余計心配になってしまったかな?

111天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/06(日) 23:49:18
>>103 干柿さん、ありがとうございます。
しかし、内臓を随分取ったのですね・・・。うちの弟は転移が酷く「取ると死んでしまう」
といわれたので、取れる場所しかとらずにいたのですが。

でも、信仰に入ってなくてよかったですね。入っていたら尚怒りが爆発ですからね。
ちなみにうちの弟は私のいう説明を生前聞いたので、「わかったアゴンはやらない」と
納得してくれましたからね。まあ私が導いたのですが、辞めるのもあっさりでした。
執着が無いのは偉かったですが、きっと一抹の寂しさもあったかと推察しますね。
だって、昔はガンになったら救ってもらおう、といってのですから・・・。

112天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/06(日) 23:50:23
今度は、欠損だ・・・。最後のところは「言ってたのですから」です。

113神人同行:2009/12/07(月) 11:01:33
おはようございます。
管理者の天照さんならば、ザを御覧でしたならば
私がHNの多羅尾判内・・七つの顔を持つ男だとおわかりだと思います。
ザでは神人同行 
2チャンでは峠の茶屋その他をその場の流れや雰囲気で使い分けしてました
理由は別の人として見て欲しい。その方が気兼ねなく違うことが言えるからです。
但し、それは主に私自身に対してでアリ、
他者に対しては
何故?このHNなのかをレスしの内容で分かってほしいからです。
一種の遊び心かも知れません。
そう言うわけで、HNにこだわりますので、最初。ユビさんの
ユビキタス?シ−ラカンスみたいなものじゃろか?
分かりませんでした。デ、3〜4回ぐらいユビさんに
そのHNの由来を尋ねたと思います。
さすがに、最近では大看板ネ−ムの「ユビキタス」
由来を問う人も見ませんようで
未だ大好きなHNが残ってますので、
それを何時出そうかと狙っています。

114天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/07(月) 15:46:45
神人同行さん、レスありがとうございます。
ああ、そうでしたか・・・峠の茶屋さん・・・orz
したらばで接していましたよね。

自分は去年の9月に初めて2chへ飛び込み、喧嘩を売った輩でございます。
ザビビもほぼ同じ時期でして、2chとザビビ両方を交互に拝見していました。

ただ、どちらも過去ログが大量で膨大ですから、あまり過去ログ読んでないのです。
ですので、本当に新参者でして、HNなどその辺りのこと良くわかってませんでした。
申し訳ございません。

でも、いくつかに使い分けるのも私も好きです。
私はザビビでは「優婆塞001」という名だったり、閉鎖直前は「大チャンマン」と名乗ってました。
(旧HNが大日如来であったためです)

遊び心、了解しました。面白くてよろしいと思っています。
どうz、今後も遊び心満載で投稿に参加、よろしくお願いいたします。

115神人同行:2009/12/11(金) 17:54:08
天照さん始め批判側の皆様仕事とボランテイアお疲れさまです。
そのご苦労の一部でも担げればいいのですが、
元来、宗教には歴史的なものしか興味が無く
教義云々はもっとも不得手無知であります故
レスの渦中に飛び込めません タダ、義憤のみで参加しております。
但し、常識的なことで、違和感を感じた場合は渦中に飛び込むかも知れません
思いまするに、相手の後側(読者=ロム者)を意識するのは大事なことですが、
地域ゴロ的先達に=泥船と伴に俺は沈むんだという連中にまで
過剰に反応するのは時間がもったいない
と言う気がしないでもありません。まだまだ、気力体力が充実して、
楽しんでやっているならいいのですが、
もちろん真剣さと真摯さを保ちつつ活動されているでしょうが
倒れたら負けですので、皆様くれぐれも御慈愛下さい。

116天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/11(金) 20:33:52
神人同行さん、17時から出かけて今帰ってきましてこちら拝見しました。

なるほど、仰せの事ごもっともですね。
私もそんなに詳しくは無く、もっぱら実践に沿うようなことか、後は経験したことぐらいですね、自分は。
なので、未だに諸兄様方には遅れを取っているし、またついてゆくのがやっとです。
神人同行さんの「これは」と思うタイミングでよろしいのではないかと思います。

また、実際ここなどを見ればわかりますが、擁護側のおかしな意見が無いと静かで静かでwww
結局、批判も擁護の意見が無いと盛り上がらないのも事実です。
そうでないと、天照の独り語り(劇場)が始まっちゃうし、ネタも切れちゃうw

まあ、商売でも無いんだから流行らすつもりは無いですが、有る程度賑わうにはトンデモ論も必要なのかあ、と。
自分としては真面目な論だけでもいいんですけどね。
例えば無関係な人間ですさん、のような真面目な方とかとの会話でも、ね。

本当に疲れてやる気も失せると本当にまずいとは思います。
私も脳障害の信者を相手にしないで行くしかないと。
かなりカッカ来ますからね、自分。

ご進言、ありがとうございます。

117神人同行:2009/12/12(土) 20:14:01
大変な一波乱がありましたネ!!
熱中したり夢中になっているときによく起こります。
仕事が早い・さばき方が見事な人程陥りやすいと思います
落とし穴が何処に?何処に草が結んであるのか分かりません。
この前も道を渡してロ−プを張って、
バイクの女性が大けがされた事件がありました。
世の中愉快犯や確信犯は何処にでもいるようで、
一時期の私みたいに、右見て左見て又、右見て、
空見て飛行物が落ちてきてないか確認して、
又右見て左見て道路を渡る。
此処までするとチョットネと思われますので、
後では空を見る作業はやめましたがネ
しかし、今回の件は我々の人世に置いて
1回コッキリとは限りませんので、
発生した流れや事の内容収束した流れや手だて等を
何かにメモられていたらどうでしょうか?
第2波が来そうな予感?!!
殆ど当たらない私の予感ですが、杞憂となりますように。

話は全然変わりますが、先日、
2チャンに投稿された有志の会の方達に参考意見になればと
思っていることをレスします。
暗黒街のドン アル・カポネを逮捕したのは、
警察でもFBIでもなく、国税局のGメンです。
多くの事件は買収や証人の恫喝・暗殺等で抹殺して、
刑事犯での起訴が出来なかったからデス
其処で、エリオットネスが目を付けたのが、金の流れです。
何処の組織でも、
最終顧客・販売人・グル−プリ−ダ−・地区リ−ダ−・本部担当部署等となってると思います。
この流れをこまめにチエックしていけば、必ず、ボロが見つかると思います。
権力や捜査権の無い民間人には危ないし無理ですので、当局と意志の疎通を図られたらどうでしょう。
くれぐれも有志の会だけでつっぱしらないように、身辺を充分注意して、付け入られないようにシテ下さい。、

118天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/12(土) 20:27:14
ふう、@chsやインデックス@chsを閉鎖処理し、次への段階に移る作業中なのですが、
それが今一段落したので、こちらに来ました。

いやはや、私も失態をしてしまい汗顔の至りです。
今後は注意します。

さて、神人同行さんのおっしゃること(有志の会の方達に参考意見)ですが、ごもっともですね。
ですが、在籍中にも思いましたが、もしアゴンを訴えるとか潰すためにどういう方法がいいのか、
と考えたのですが、なかなか隙が無い。

で、やはりやるとしたら神人同行さんのおっしゃるようにやってゆくしかないと思います。
それだけ巧妙なゲイカのシステムを打破するには、こちらがうまい対処をしないと無理っぽいですね。

そういう方向も批判だけに留まらず、展開して行けたら、と私も思っています。

119孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2009/12/26(土) 01:04:12 ID:pvrGjTuw0
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/6441/1260005708/120
これ読んだらやっぱ直接の布教だけじゃなく、教団内の清掃とかもまずかったんだよね。
参拝者が気持ちよく参拝できるというのも悪、平和式典で使う折り鶴も悪だった、健康法に関する知識のシェアは微妙だな。
殺人とか暴力はやはりアンチやシンパに関係なく悪いけど、でも道場に来たくなくなるいやがらせはokだったのかも。
ある男性信者が女性信者にストーカーしてて、女性に相談されそれを注意したことがあった。今思うと悪業を積んだ。
この女性の身に何かあるのならまずいけど、ただ道場に来たくなくなるのは良いことで、この男性信者は善業だった。

120干柿:2009/12/27(日) 23:06:28 ID:lkFlk2ZA0
↑そりゃ変な考えだな。
言いも悪いもないだろストーカーと道場は関係ないし
掃除して云々というのも場所に関係ない
道場の山門の前でウンコすりゃ善行だとでもいうのかい
あきらかに悪でバカだろがw

121天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/27(日) 23:28:10 ID:2Jk3DxGM0
うーん、青柿さん、干柿さんが丁度今後議論したい内容、つまり「梵行」に関することに
触れてきたので、見切り発車でやってみましょうか。
(実は私が早く展開したくてウズウズしてましたw)

私も過去に自問自答したことがありまして、このことはいつ話すか、と考えていましたが
その時期が来ましたね。

物事には両面が有ると思います。だから、一辺だけで決め付けることが出来ないと思います。
確かに、そうは言っても完全に善に近いものもあれば、悪に近いものもある。
まあ、そういう世界の全てを追ったらキリが無いし拡大しすぎるので、アゴンの範囲、つまり
梵行で考えて見ましょう。

まず、青柿さんの申したのから手っ取り早いのでそこから行きましょうか。
「教団内の清掃」これは、欺瞞の権化、アゴン宗の清掃を行うと言うことを見れば、
正しくない教えを説く教団の活動、教義での行為の中の「清掃」ですが、これを世間的に
見ても掃除をするのは何ら悪いことではない。だが、そういう正しくない教えを説く教団の
清掃をする、と言うのはそういう教団の片棒を担ぐ行為に順じている行為だ、ともいえる。

しかし、それを言ったらキリが無い。つまり、清掃をした人は皆悪い、と言うことに成る。
そうなれば「掃除が悪いのか」と成るが、掃除が悪い、と責める人は異常だ。
掃除が悪いなら、世の中から掃除が「悪」となってしまうからです。
では、何が悪いのか?間違った教えを行っている教団の清掃をするから悪い、という
ことに成るが、ではその教団に居る人は皆悪か?というと「そうではない」
悪いのは教団や指導をする側が悪いのであって、信者や清掃行為をした人は悪く無い。
だから、教団が悪いことをしている、と言うことを知らないでやった行為の中で
尚且つ清掃と言う行為は世の中から見ても悪いことではないので、参拝者が気持ちよく
参拝できるように清掃した、と言う行為は「善」であると言えると思います。

ただ、これがサリンを撒く、と言う行為なら適さないのです。
この行為自体がどこから見ても良くない行為であるし、仮に信者が悪意が無い、と言っても
サリンは毒薬です。それを巷に撒けばどうなるかはわかるはずです。
清掃と一緒に出来ない。なので、清掃行為は大丈夫ですし、折鶴もOKですね。

122天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/27(日) 23:46:06 ID:2Jk3DxGM0
清掃ならまだいいのですが、これが他のものになれば微妙なのが出てきます。
護摩木判押し、勧進、初護摩札も同様ですか。また、布教活動も微妙です。
ある面から見れば、「良くない」事もあろうし、また状況などによっては
「悪いともいえない」と言うのも出てくるでしょう。

例えば、判押しを見ましょうか。判押しはアゴンでは梵行で修行とされています。
しかし、これを先ほどのように「間違った教えを教えている教団の行為」の手伝い
をしているわけです。まして、清掃と違い、護摩木はお金に係わります。
護摩木の購入金は教団に入ります。すると教団の運営に清掃よりも係わっていることになります。
(厳密に言えば清掃も係わっている行為だが)

では、この判押し行為も「悪への加担」であり、修行者は「悪だ」と言うことに成るのか?
と言えば、「必ずしもいえない」と言えます。
なぜなら、教団が悪なのを知っていて、護摩木を生産する行為をするのならそれはどうか?
と言えます。しかし、信者側が「そういうことを知らない」場合は悪と断定できるか?です。
また、護摩木はサリンとも違って人を殺傷することも無い。
だが、その護摩木を勧進する行為は判押しより世間への影響力が大きい。
教団への資金を導く行為だからです。だが、勧進もほとんどが教団へ貢ごうとしてやる行為
では大方は無い。教団の間違った行為を知っていながら勧進する人はさほど居ない。
ならば、これも責めようが無い部分がある。
だが、実際的に教団へ貢いでしまうという経路は出来てしまう。ここが微妙だと思います。

123孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2009/12/28(月) 03:55:27 ID:pvrGjTuw0
>>121-122 深山さんと反対の答えが出たようですね。でも心情的にだまされたほうは悪くないと弁護してるようなカキコで
実際は悪なんだという本音がかくれ見えしてますよね。悪くないと言いながらもハン押しより勧進のほうが悪影響が大きいことを指摘しています。
(悪影響が大きくても悪業まで大きいとは書いてないが。)

来世の人生をよくする行為か悪くする行為かとダイレクトに聞かれたらやはりどっちかというと悪くするほうでしょう?

>>120 マジレスすると印象悪くなりそうなのでスルーしますw

124天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 09:29:35 ID:cjFii7OY0
昨日は122の後も続けようか迷ったのですが、一晩置いてみようと一旦ストップをかけたんです。
つまり、詳細を語らねばならないが結構長くなるんです。なので、今日からはその後に続く意見を
後で書こうと思っています。それも読んでみて又ご意見いただけると嬉しいです。

123で青柿さんが申されているように、悪業まで成るかどうか、と言うのも考察によればでてくる
と思います。でも、先ほど申したとおりショートですからそこまで書きませんでした。
物事や程度によっては悪業に近くなるのは有るのかもしれませんね。

長くなるので先に結論を申しておきましょう。
私の見地では
①動機の問題
②実際にどれだけ当事者が認識していたか
③行為自体の内容
これらによって如何様にも変化すると思われます。
よって「断定や確定することは難しい」と思われます。

また、これが発展すれば因縁解脱の論にも関わりがでてきます。
しかし、因縁解脱できるか、という問題ではないですが。

ここのスレはアゴン批判だけの限定板ではないので、自考察論を出してもOKですので
もし、皆様も「自分はこう考えている」と言うのを出しても結構ですので、出してみてください。
(つまり、自考察と仏教絡みに属した考察や仏教考察でもOKと見てください)

125天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 09:47:15 ID:cjFii7OY0
まず、また軽く振り返って見ますが、私は先の投稿で「清掃行と護摩木」を例に挙げて書きました。
これも例えば一方の見方で見れば「どんなことをしようが、当時者が清い気持ちで行っても悪い宗教
の片棒を担いだ結果に成るんじゃないか」ということも言えなくは無い、と言うことです。
掃除であろうが、護摩木の判押しだろうが、実際の勧進であろうが、皆アゴンの宗教行為の中にある
行為ですので、例え清掃はお金を生まない、としても教団への奉仕行為でありよくないのだ、と
いえばそれで「観方・捉え方・判断」としては区別できるかもしれない。

でも、私はそれはいささか行き過ぎではないか?と思うのです。
例えば、教団内の清掃なら教団維持のための行為でもあろうかと思うのです。
これが、もし教団以外であったならさてどうか?です。
そう。世間でも行う清掃活動がそれです。よくアゴンでは街を清掃したり、公園や神社、諸々
世間での清掃活動も梵行としてやってますね。

そういう行為をみたならば、それも言い方・観方によっては「教団の宣伝行為になっている。駄目だ」
といえば片を付けることはできます。しかし、それが私の申す「一辺倒」ではないか?ということ
ですね。

じゃあ、どこかのボランティアさんでも行うのは「悪」か?です。
OO教やXX会とかが行ってもその教団が悪なら、みんな悪か?
極端な例を申せば、893が街を清掃しても「悪党」なのだから「悪」なのか?です。
一辺倒な考え方と言うのはそういう恐れを招くことが有ります。
これは仏教の我見?でしたっけ。そういうのに成るんじゃないでしょうか。

私が124で申した「結論」で考えると、必ずしも「悪」とはいえない事項が出てくるものです。
世の中にはそういうのが意外と結構存在します。
確かに物事を判断・把握するには「ある基準的要素・見解」と言うのは必要ですが、それを
限定・固定してしまうのは、危険な面もあると私は思います。
と、いって何も設けないでただ観るだけも、これではどのように判断すればいいかわからない。
如何様にもできる、というデメリットもあります。
ですから、どこまで行っても最終的に「これだ」と判断できかねないことがでてくると思うし、
また良く観察し、おおよそでいいから区別するような感じにしか出来ないのもあると思います。

126天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 10:03:12 ID:c7V5/apA0
アゴンの梵行は大きく言えば(見れば)「徳を貯めて因縁解脱するための供養法」としての行動であり、
それを「修行法」として授け・やらせている。
これが機能してないことは皆様ご承知の通りですが、これを因縁解脱の観点で見るからわからなくなると思います。

まず、清掃行をみると清掃をダメだという人はまずほとんど居ません。
それこそ、巷の例えですが「掃除をして懲罰をするという人間は居ない」というある社長さんの言葉ですが、
その通りだと思います。頭がイカレテいる人なら別でしょうけど。

また、仮に自分たちが街を清掃したとして懲罰されるでしょうか?まずありえませんよね。
アゴンでもそういう活動をして、たまに街の住民さんから感謝されたりすることがありますよね。
やっぱり、そういう活動は「善行為」であり、また、教団内で清掃したからと言って「悪の片棒担ぎ」
まではいえない、問えないと思います。

また、清掃して綺麗な環境を作ることは衛生上良いことです。
家でもお客様を良い気分やおもてなしをする際には掃除をしますよね。
心麗しくさせる清掃行為はやはり、いいものです。そういう面で見れば善行為による積徳もありえるのではないか、
と思ったりしますが、徳云々は考えなくてもいい。やはり、掃除をするという行為は人間独特のものです。
動物には出来ない行為です。そういう「いいもの」を行うこと、つまり巷にも広げることで積徳を促したのが
街などを綺麗にする清掃行為であり、ゲイカはそれをやらせたのですが、いいことだと思います。
ただ、清掃行為で因縁が切れるわけではないので、そこが問題だと思いますね。

127天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 10:32:16 ID:c7V5/apA0
清掃行為も「因縁解脱」で考えるとどうしても矛盾が出てきます。
まず、いい事をしているのは先の通りですが、ではそれだけをやっていて因縁解脱が出来るか?です。
これはどう見ても「出来るとは思えない」また、どのくらいどこまでやれば「因縁解脱」できるかも
わからない。善行は大事なことではあるが、善行だけで因縁解脱できるなら世の中で「ここまでやるか」
というまでやっている人はとっくに「涅槃」へ至るはずですし、釈尊自らも清掃活動を行ったりとか
しているはずです。善行をして因縁解脱できるぞ、などとは説いてませんのでそこを認識せねばアゴン
の方便から離れられません。

次に、護摩木判押しで見てみましょう。
この判押しは直接的なものはさほど意味がないです。なぜなら私はこれは一種の「事務作業」と見ているからです。
白木に朱墨にて各種の判を押し、護摩木を製作する事務的作業であり、生産活動であります。
まあ、アゴンの教学上、護摩木を製作することは仏様の教えを伝道・布教するための一環ですから、事務的・生産的
作業でありながらも、その行為をすることによって仏様から徳がいただける、と言うことで行いますよね。
これはどうみても方便です。釈尊は何かの補助作業のようなもので徳が得られるとか、解脱できると言うのは
説いてません。結局これも冷静に見れば「ただの奉仕活動」であり、教団に貢ぐ行為であり、片棒を担いでいる行為
に属するわけです。あまりいい言い方ではないですが、ダイレクトに見ればそうなります。

私は護摩木判押しをメインに行っていたので、こういう言い方をするのは自分の過去に反するのですが、冷静に見れば
そういうことです。護摩木を生産し、教団への資金調達の手助けをしていたのですから、恐ろしい。
全然そういう意識は無かったが、洗脳が解けるとこうも見方が変わるのは、やはりあります。
つまり、何も知らない私は過去にせっせせっせと教団の資金調達の手助けを一生懸命にやっていた、ということです。

では、如何に悪意が無く綺麗な心?で行動していたとしても、元をただせば教団に支援をしていたのですから
「悪」か、と言えば「言い切れないものがある」でしょう。悪というよりは「過失」に近いかもしれない。
でも、過失だから悪と変わりないじゃん、とみなされたら、信者もたまったものではなりません。
ならば、やはり私が申した結論に照らし合わせたほうがよくなってくると思うのです。
一辺倒の判断では危険すぎる、と言うことです。

そして、考えたいのがやはり「護摩木判押しで因縁解脱できるか」です。これも「そうだ」とは言いがたい。
あの事務的行為で「因縁が切れる」???到底思えないです。これで因縁が切れるなら誰も苦労はしない。
しかも、いつまでやればいいのか、皆目わからない。キリがないですし根拠も無い。
ただ、やれば仏様から徳というご褒美をもらえると「騙されているだけ」です。
ここを理解できないと死ぬまでやらないといけなくなってきます。

128天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 10:49:15 ID:c7V5/apA0
さて、今度は「生産」の方の判押しではなく、販売の方の「勧進」を見ましょう。
勧進は、人に購入を勧める行為です。色々な説明を以ってどなたかに購入してもらうのが主眼です。

この護摩木勧進は判押しと違って、ダイレクトに教団への資金調達になる行為です。
ですから、判押しよりは「悪の加担」としての行為度は濃いし高い。
でも、ほとんどの方が悪の教団の加担方法だと知って勧進することはまずありえない。
これもどう見ても教団への加担ではなく、教団の意図など知らないで行っていると見るほうが
正しいでしょう。でも、やはり如何様な考えであっても行為自体を見れば「悪への加担」には
見えるし捉えられなくも無い。

ですので、やはり私の結論区分が必須になって来ると思います。必ず悪とは言いがたい。

ただ、勧進の場合はここにまた違う要素が入ってきます。
どういうことか? 私は先ほどまで「悪」と連発してきましたが、それも100%いえない面も
有るのです。どういうことか?それは、布教もそうですが、もしこのアゴン宗というものを勧めて
そのことで幸せを得る場合の人がいた場合には、必ずしも悪と断定は出来かねる面がある、という
事です。

例えば護摩木で何か奇跡を得たとします。それは偶然なのでしょうが、まあ実際の現象として奇跡
の現象があったとします。それにはやはりそれに対してのその人に対するいい効果をもたらしたわけです。
そうなると、嘘も方便ではないですが、人を助けた善行にも成ると思うのです。

まあ、フラシーボーよろしくその行為だけで人を救うと言うことはできるものでは有りませんが、
世の中の宗教や何かがそういう効験をもたらして、人に良い影響を与えたと言うことは目にし、聞くことも
あるわけです。そういうのは数も%も少ないのですが、それゆえに全く100%悪だとも言い切れない面があります。
そうなると、判押しをした人の行為は無駄で悪か?と言うことは言いがたくなってくる。
勧進した方も悪か?と言いがたくなってくる。教団も世の中に全く益を出さなかった、というわけでもない。
そうなると、さあ、悪断定は完全と言えなくなってきます。
まあ、少なくとも教団や主催側は悪といえても、行為をした信者まで訴求できるかは難しい。
そこを私は案じたりしますね。なので、大きい外郭での「悪」はわかるが、訴求に成ると「さてどうか」と
考える次第なのであります。

129天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 11:09:11 ID:c7V5/apA0
重複しますが、布教も申しておきましょう。
これもほぼ勧進と同じです。自分が信じた・経験したアゴン宗を周りの人に教えて、信仰を勧める
のが「布教」なわけです。教団・教祖の本当の意図を知らずに信者はせっせと布教に邁進する。
これが現実です。まあ、一部別な思惑で布教する場合もあるようですが、基本的には真面目に
やった場合のみを指しています。

でも、そこには本当の釈尊の教法などは無く、偽仏教の片棒を担がされ、信じ込まされ騙されている
と言うのは気がついてないわけです。逆に気がついてないから「やれる」のです。
ただ、宗務とかの場合は別かもしれませんがね。信者の場合だけを考えるとそうなる。

すると悪いほうの面を考えれば、本当にとんでもない悪行をしていることに成る。
だが、それを知っててやるのと知らないでやるのとでは、全然違うのです。

で、私は思うのですが、知らないでやっても悪行為の部分は「不徳」となって積もるのだと思うんです。
逆に人から感謝されて「徳」の部分も積もって行くものだと思うんです。
この積み重ねがその人の人生の形成になってゆくのだと思うのです。

ゲイカを見てみるとそういうのが見えます。
例えば、ゲイカは井戸を掘ったり、学校を建てたりとかの行為も成されている。
まあ、それの原資は我々のお金なんだが、まあアゴン宗としての慈善行為として成されている。
ああいうのは、やはり徳の元種だと思うんです。ああいうのはゲイカにも徳の部分としてチョイス
されていると思う。勿論我々にも。

だが、ゲイカのやった詐欺行為は悪業としてチョイスされている。
だから、それが現世ででるか、どのくらい出るか、また来世移行にどのように・・・となってゆくでしょう。
こういう風に善悪入り混じって、あたわるものだと思います。

そして、何も知らない私が過去に積んだ「教壇への片棒」はどうなっているか皆目わからない。
だから、どの程度悪が積もったか、また善が積もったか、皆目わからない。
ただ、日々の暮らしや行為、そういったものが全て人生や運命に係わっているのはあるのではないか、
そう考えることがあります。

教団に属して無くても、例えば家族や知人に悪い行為をしたり迷惑をかけていたとしたら、それも「悪」
であり、その分の影響分はチョイスされています。
だから、なるべく悪いことはしない、迷惑をかけないようにして、善行を努めて行う、というのは
必須でしょう。ただ、帳消し論のような「因縁解脱」はやはり通用しないと私は思います。

ですから、深山さんの言われたことは私もわかるんですが、深山さんのように言い切ることは私としては
避けたいし、考えられない。ですが、深山さんの言うとおりの事は自覚を持ってアゴンの教学からは目を
覚まし、できるだけ離れる・辞めるのが正解なのです。
ですから、深山さんの論に反抗するわけではなくて、むしろ認めていながらも完全肯定するのではなく、
深山さんの言う恐れも十分有るから、できるだけ早く目を覚ましてアゴンの洗脳から離れることが先決で
あろうと結論付けるものであります。

130天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 11:20:36 ID:c7V5/apA0
で、青柿さんの言われたこと、なかなか鋭いなあと見ていたのですが、ここですね。

>悪影響が大きくても悪業まで大きいとは書いてないが。

何故、ここをぼかしたか、です。
つまり、今までの私の論で気が付かれたかと思いますが、どの程度積もれば悪業に成るか、と言うのは
我々凡夫にはわからないからです。

「無上塵々観妙法」ではないですが、この言葉のように善いことも悪いことも塵のようになって
我々に積もっている、蓄積されているのです。その要素がコアとなって人生を過ごす上でいい事や悪いことの
ランダムになっていると私は考えています。
もはやこうなると占いや運命説のようになって来ていますが、ここからが問題。

実は私は今までその運命をゲイカが申すとおり「変えられる」と言うのを信じてきました。
しかし、皆さんご承知の通り、批判側の皆さんから「釈尊はそういうのを説いてない」と言われ
驚愕したわけです。で、伺ったことを調べたらその通りであって、その究極が横変死だろうが不幸な
運命だろうが釈尊は「関係ない」とばかりに、別なことを示唆されている。
つまり、本当の涅槃へ入る、解脱するには運命を変える、などということを説いては居なかった。
運命など変えるほうに躍起になったり力を注ぐのではなく、煩悩解脱、つまり、もっと根本的にやる
行為の方が大事だぞ、と言う示唆が本当の釈尊の教法だと知って、目が覚めたのですね。
これを完全認識して、退会に至ったわけです。

131天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 11:45:31 ID:c7V5/apA0
因縁解脱はある意味魅力的なものを含んでいます。もしも、それが適うならこれは言うことがない。
病気もほとんどせず、不幸な目にも遭わない、ほぼ幸せな人生を送って、高度な修行を完成し涅槃へ
至れるのでしょうから、これはまさに究極の境地と言っても過言ではない。

でも、釈尊や弟子達を顧みると、さてそうではない。
私もある種の違和感を感じていた。仏教の開祖釈尊が解脱者であることは間違いないのだが、
では何で解脱者で完成者であるお方が、食あたりで亡くなったのか。
弟子達も有余得涅槃でありながら、横変死した人も居るのか。
アゴン宗、いやゲイカの言ったこととつじつまが合わなくなってくる。

だが、因縁解脱や運命を変える、と言うことが眼中に無い、いや扱っても居ない、というのが
わかれば、釈尊も弟子達もどのような亡くなり方や運命であっても成仏陀出来ることに異論は
無い。ああ、だから釈尊は運命論のようなものは説かないのか、と納得できたんです。

横変死を見てみれば、それは過去の罪行か悪行のツケを払わされたのかもしれない。
でも、それを何か、例えば多くの善行で相殺できるのであれば、おそらく弟子達もそれを
やって消すことが出来たでしょう。もしくはやったのかもしれない。

でも、そういうことなど無いし、やっていない。
それよりも大事なのは、如何に自分が悟りを開き解脱するか、が肝要だと判っていたのでそれを
修行し、会得された。だから、最後に横変死しようが何であろうが「関係ない」のです。
これはかなり大変なことです。

だって、病気で亡くなっても、横変死でも死はそれ相当にきついはずです。
老衰で静かに亡くなる方の方がやはりどうみても楽だし、イイと思う。
だが、仮に静かに亡くなる亡くなり方であっても、煩悩を滅尽してない未解脱で
あれば、また転生してこなければいけない。運命云々よりも解脱してしまうほうが
肝心なのだぞ、というのがちゃんと釈尊も弟子達もわかっていたと言うことです。
これはまさに究極の状態です。

それの構図がわかったから、私はアゴンに依らなくなったのです。
運命をいいほうに変えれるのは確かに今でも「魅力的だ」とは思いますよ。
でも、出来かねるものを追い求めるよりは、心身解脱の方が肝要だと思います。
如何に運命が悪くとも、まあ極端な例えですが貧乏であってホームレスになって餓死
したとしても、解脱できるならその方がいい。私の目標は涅槃入りですからね。
だから、批判側に意見に賛同できたのかもしれません。

アゴンの梵行の定義も間違っているし、方便によるものが多い。偽仏教ですから講じても
さほど効かない。自己満足か自己陶酔しか得られないんです。そこが残念です。
運命も変えれて解脱(入涅槃)も出来るのなら、これは釈尊を超えた宗教です。
可能なら私も鞍替えしますよ。でも、それは誰も果たせてない。無いのです。

ですから、梵行もそうですが、アゴンの修行法という名称のつくものでは因縁解脱など無理で、
尚且つ運命を変えることも「ままならない」と考えます。
アゴンの修行法というのは名称だけであって、修行法としては機能してないものです。
単なる信者をコントロールして従がわせるための方便であります。

132天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 12:06:32 ID:c7V5/apA0
で、悪業ですがこういうことを私は思っています。

ヒトラーやスターリンなどやあの方々のような位置の方は結構悪業になっているかな、と思うのです。
大量な殺人を戦争で以って起こしているのですから、これは一世二世ぐらいの転生で補いきれるか?
わからないほどの重さと思います。

で、逆に巷の私達であってその歴史的人物と比較すると、彼らほどの悪業は起こしてないと思う。

だが、これがまた会社か企業でもいい、大勢の人間を殺傷しなくても酷い目にあわせたとか、
そういうことを行っていたら、これも歴史的人物程まで行かなくてもある種の悪業まで行くのかも
知れない。

また、夫婦だとして奥さんをかなり虐げたとかそういうのも悪業に成るかもしれない。
最近では児童虐待やそういうのも有るでしょう?それだって考えられる。
どこからどこまでがと言うことが言い切れないんです。なので、ぼかしたのです。言明を避けたのです。

製薬会社で「これ、ちょっとやばいんじゃない」と思っても上の命令だからやったら、薬害で
多くの人に多大な迷惑をかけた、と言うのも悪業になりうる要素とも思えます。
また、保健所で「と殺」の係の方もさて、どうなるか・・・。
漁師だって沢山の魚介類の殺生をしている。ハンターもそう。

なので、塵のように善も悪も、と言うのが私には有ったりします。
長くなりましたが、これでもはしょって書いたのですが、長いでしょう?(笑)
そういうことです。(本当はまだあるんです)

ですから、私も梵行で何らかの改善ができると言うのは試みましたが無理でしたね。
やはり、釈尊の教法の講じによって解脱するほうがいいかと思います。

133ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:20:42 ID:0OtCmo0M0
65です。因縁解脱の考察ということで少し。

134ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:21:10 ID:0OtCmo0M0
ゲイカの言う因縁解脱法は、

1.仏陀・如来の加護(加持力)により解脱力・成仏力を得る
2.戒行によって因縁は切れるが、それは困難なので仏陀・如来の加護が必要
3.仏陀・如来の加護を得るために布施(供養行)に励む
4.布施(供養行)に励むことで解脱できるのは三供養品が証明している
5.だから布施(供養行)に励みなさい

といった構成として理解もできます。迷著・座右宝鑑をご覧になれば
上記の内容を読みとれます。

しかし1〜5が全てデタラメ。

まず、1番目からのいきなりですが、如来の加護(加持力)。
如来の加護(加持力)などあり得ません。
これは如来とコンタクトなどできないからです。

長部経典・梵網経に書いてあります。梵網経には

「かれ(如来)の身体が存続しているあいだは、天人も人もそれを見る。
身体が滅んで命が終わったあと、天人も人も見ることはできない」

と。

カッコ内は補足しましたが、如来は生きている間は、天(神)も人も
見ることができる。しかし亡くなった後は誰も見ることはできないと
はっきりと述べられています。

これは何故かといえば、同経典に「比丘たちよ、如来の身体は生存
へ導くものを切断している」からだといいます。

「見ることはできない」とは、視覚で見ることはできないという
直接の意味ではなく、「生存へ導くものを切断している」わけなので、
死後、誰も如来を見ることも、会うことも、コンタクトもできないという
わけです。

135ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:21:40 ID:0OtCmo0M0
だから、「如来の加持力」などあるわけがないのです。また「仏さま
からの御霊嗣」もありえないのです。

もしも本人が「仏から御霊嗣をいただいた」というなら、それは錯覚
妄想か、あるいはホトケを語る霊のささやきになるのでしょう。

仏陀・如来の加持が得られないとすれば、上記の2〜5の全てが必然的に
成り立たなくなります。崩壊です。

アゴンで行う積徳が、単なる積徳行でないのは、如来の加持が得られる
からですね。仏さまの御心にかない喜ばれるから、仏さまは加持力・解脱力を
与えてくれるわけです。

しかし如来とコンタクトできないことが明らかなので、如来の加持力、
加護もありえないわけです。

三福道もそうです。供養によって解脱の徳を仏さまから頂戴するなど
ありえないのです。経典の解釈もそうですが、そもそも如来とコンタクト
できないので、ゲイカの解釈はありえません。

これらの考察からも、因縁解脱が理論的に成立しない思想なわけですね。

136ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:22:08 ID:0OtCmo0M0
さらに、縁起の法は、十二因縁に代表されるように生・滅の存在の原理
を説いたわけで、これは桐山ゲイカも「すべてのものの存在の原理(座右宝鑑p16)」
としています。

釈尊は、縁起であるが故に無常で、無常であるから無我であり苦で
あるので、とらわれることなく煩悩を滅して八正道を実践し、
涅槃(解脱)に至ることを四諦で説いておられます。

しかしゲイカは、ここからが違ってくるわけで、縁起によって
生来生まれもった要因(運命要素)を「因縁」とし、無常である
から(変化するから)変えることができるとし、そのゴールが
因縁解脱としているわけです。しかもその因縁解脱を涅槃と同義
にしている。

ここまで来れば、ゲイカの解釈は仏教でないことは明らかであり、
因縁解脱が破綻し、仏教としても成立していないことは明白なのですね。

137ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:29:14 ID:0OtCmo0M0
端的にいえば、本尊から力をいただくことはあり得ないということです。

その点、大乗仏教は、菩薩・明王・神を建てて、加護を願っていますね。
大乗仏教のほうがまだ理屈は通っています。

138ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:30:06 ID:0OtCmo0M0
菩薩・明王・天
でした

139ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 12:38:03 ID:0OtCmo0M0
ミラクルの池での王者の相承もありえませんね。
これなども妄想か病変でしょう。
仏陀が亡くなった後、誰もコンタクトできないわけですから。
「あなたはここで待っていた!」など、疑問符だらけになります。

140神人同行:2009/12/28(月) 15:42:19 ID:nE9k0i7.0
近頃。2チャンで私文書さんのレスがない。
過去レスの紹介者がそうなら心配無いのですが、
違うならご病気でもかと心配です。
デモお忙しいと思う事にしましょう。

141天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 15:52:31 ID:c7V5/apA0
ガンダルヴァ(旧65)さん、投稿ありがとうございます。

因縁解脱を見るならば、ガンダルヴァさんのように見るのが正しいですね。
私はどちらかと言うと運命解脱の方に寄っている考え方ですね。
ただ、アゴンに付随して語るために因縁解脱を発していました。ですが、因縁解脱よりも
運命解脱を出したほうが適切でしたね。

でも、ご意見拝読して、如来とのコンタクトがありえない、とわかったらもうアゴンは崩壊です。
理論が成り立たない。
でも、アゴンはここを強気で言うのです。密教の様式を以って講じている、と。
屁理屈そのものなんですが、それを出してくるわけです。

密教は様々な諸尊を仰ぎますから、如来とも菩薩とも、もうとにかく何でもコンタクトできるんだ、
というでしょうね。でも、方便。そんなのは空想・妄想・観念の世界です。

また、ゲイカは非常にずるい。アーガマを用いればボロが出るわけです。
占いも護摩も禁止、とわかっているのです。だから、数個の問題ないアーガマや原始経典は出さない。
で、突っ込まれても「答えない」これが一番の防御策です。
下手に答えたら、後ろに手が回るからです。

因縁解脱は運命解脱と似ています。近しいと言ってもいい。厳密に言えば違いますけどね。
でも、ゲイカの申す「因縁の種類」は「運命の星」であり、人生・運命に関することです。
悪い運命の星を消す(滅す)と言うことですから、もはや仏教ではない。
釈尊は運命の星を滅すとか、運命を改造(変える)すると言うことは言われて無いし、示唆されて無い。
後世の人間が感じたり、作り出したり、占いや実際に人の生き様を見て運命と言うのを感じてそれを
どうにかしたい。偉大なるお釈迦様ならできるかもしれない、と思ったのかもしれません。
ともかく、釈尊が言っても居ないことを個人的に望むのはわかりますが、仏教に見出してもそれは無理
と言うものだと私は思います。

142天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 15:54:47 ID:c7V5/apA0
>>140 神人同行さん、確かに。でも、以前もそうですがしばらく出てこないこともありましたから、
大丈夫だと思いますよ。もしくはアク禁に巻き込まれたかw

来年2月になっても出てこないなら、少々気になりますが・・・。

143天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 15:57:20 ID:c7V5/apA0
あらら、自分の投稿、文章書き間違えた。訂正します。

だから、数個の問題ないアーガマや原始経典は出さない、ではなくて

だから、数個の問題ないアーガマなどを出して、都合の悪いアーガマや原始経典
は出さない

に訂正です。すみません。

144天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 16:09:18 ID:c7V5/apA0
ガンダルヴァさんの言うことを準じて考えてもこういうことが考えられます。

私達は何故仏様に供養せしめるのか?それは因縁解脱するために必要な力や徳を
頂くために、供養をするわけです。
まあ、こんなところでゲイカの言葉を出したくないが、説明上必要なので出しますが
「供養」というのは「供えて自らの養いにする」ということを申されています。
つまり、表面上「仏様のために」というが本当は「自分のために」になるのだよ、
と言う説明ですね。仏様に供養したものが自分に返ってきて自分の養いに成る。
つまりは仏様が供養を受けて、それを信者に返してくれるんだ、といいますが、
ガンダルヴァさんの出された>>134の意見にありますように、如来とのコンタクト
が出来ないのならば、供養する存在も、またその供養に応える事すら適わない。
すると、どうなるのか?梵行で見たならば「教団に貢いで終わり」と言う結末に
成るのです。ですから、深山さんが申されたことは正しいのです。
梵行で何か改善とか、また信者が頑張ったとしてもそれは虚しく、教団へと貢いで
居る結果になっているのです。

次は実際的に梵行を自分なりにやった際の事を含めて、書いてみましょう。

145天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 16:37:23 ID:c7V5/apA0
梵行は私も昔は「修行法」と言うのだから、何か効果や意味があるかと信じた上で考察しました。
ところが、結論としては「さほど効果が無い」と言う結論になりました。

私の一番感じて梵行をやろうとなったのは、こういう経緯があったからです。

当時、私は仕事とその職場の人間関係がよくなくて、いつでも辞めたいと言うような状況でした。
ですが、給料もそこそこもらっていたので、安易に辞めるわけには行きません。
なので、物凄い葛藤が自分にはあったのです。

ですが、その何とか葛藤を消すために、「これはアゴンでなんとかしたい」というのがあり、
休憩時間に道場に赴き、解決に試みました。
しかし、道場に居るときはいいのですが、会社(職場)に戻るとまた元の木阿弥です。

色々講じた結果、梵行で精神を落ち着ける、という作用はあります。でも、結局は自分が
心を変えるとか、何らかの変化が無ければ無理でした。
休憩時間だろうが、休みの日に道場へ来て道場と言う「隔離された環境」に来ている間だけ
しか癒されてないのです。これでは根本の解決になってません。

確かに私も判押しメインでしたから、判押しをすると心も落ち着きます。
ですが、その効果だけで後は別段何もありません。

また、チラシ折りや会報の準備手伝い、例祭に配る配布物の整理・準備など内務的なものも
やりましたが、同様です。
清掃や食事を作る梵行も行いました。それらも、やはり同様です。

私は個人的な性格上、チラシ配布や水子托鉢、一軒一軒歩いての護摩木勧進、街頭護摩木勧進は
苦手です。また、全然楽しくない。
そういうのを無理やりすると、拒絶反応が出ます。

そうかと思うと、逆に内務的なこと、チラシ折りや判押しが「嫌だ」と言う方も居ます。
まあ、少ない中にもそういうような事項を色々と見せてもらいました。

で、皆さんはそういう梵行をおやりになって何かありましたでしょうか?
因縁が切れたとかそういうのを経験・実証されましたでしょうか?
少なくとも私の知る範囲では、見かけませんね。自分も含めて。

精神的なもの、また法友が居るわけですから、連帯感・一体感みたいのが感じたり、という
のはあるでしょうが、何か劇的な変化や、因縁解脱できたとか、運命が変わったとかあります
でしょうか?
思い返してみると意外と「ないんです」これが。

そりゃあ、何年もやらないと出ませんよ、と言われることもありますが、では先達で20年を
超えて修行をされている方を見ても「何も無い」のは何故なのでしょう。
その方たちが「私はこのように変わった」というのを実際見てませんから、信じられません。
道場運営を長年やって、道場の中心人物でありながら、別段以前と変わらず平穏な暮らしを
しています。やはり、恵まれた方は恵まれているのだな、という感じです。

私も自分が苦しみを感じてそれからの脱出を考え、色々試みたし人にも薦めてみた。
だが、結果は「ほとんど報われない」と言う結果です。
特に精神的な疾患や障害を持っている?と思われる方は効果はほとんど無い。
抑圧が強くて、普通の生活をようやくやれるかどうか、と言う人も居ます。
それが霊的なものだ、と言うから解脱をかけても治らないようです。
病院へ行ってもさほど治らない。解脱もそんなに掛けてられない。道場に来て梵行するが、
いつも浮かない顔をしている。

梵行では運命も変えれない。因縁解脱も果たせないと言うのを目で見てきています。
だからしたらばでは私が準さんへ「何も無い」と言うのがそこなのです。

146天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 16:48:31 ID:c7V5/apA0
で、あまりにも何も無いのを見て「これはおかしい」と考えました。
そこからです。したらばで申した「本尊に怒った」「ゲイカに怒った」というのが
そこなのです。まあ、私の愚行なのですけどね。

で、本尊から反応がないから、「あれ?」と思った。当然です。
ガンダルヴァさんが申したことが真実だからです。居ない本尊に問いただしても
反応などあるはずが無い。

で、その次にゲイカに怒りを向けた。このように道場が閑散とし、いつ閉鎖になるかわからない
状態や、会員の苦しんでいる姿を見て、憤ったのです。
例祭を見れば「会員は増えたか」「活動をしているのか」と言うことばかり。
ふざけるな、と思いましたよ。きさまは会社の社長か、と。

梵行は修行法という名前ばかりで、中身はただの奉仕を会員にさせるための手段です。
結局、行ったって行った人が精神的に満足や癒される程度のもので、それすら得られない人も居ます。
ですから、せいぜい自己満足の域を出ない、と言うことです。
まして、因縁解脱も出来ない、運命も変わらない。だからいくらやってもいつまでやっても
「何も無い」のです。

だから、過去に私も梵行で「何か得るものや改善できるものがあるかも」と考察・検証して
みましたが「ありませんでした」

また、アゴン宗は仏教教団と名乗っております。しかも正統で原始仏教だと。
ですが、中身を見れば全然嘘ばかりです。
これで運命を変えるとか因縁が切れたら不思議としかいえないですね。

147ガンダルヴァ:2009/12/28(月) 20:47:33 ID:0OtCmo0M0
スレの流れは読まず、因縁解脱について書いてしまいました。
>>134-139は天照さんへの言及についてではなく、一修行者さんに
書こうと思っていたことでした。
ですが、わざわざ踏まえて言及もしていただいて恐縮です。
因縁解脱、あるいは運命転換にしても、いくつかの切り口から
おかしさを指摘できると思います。
しかし、一修行者さんには、あのまま引き続いて持論を述べて
いただきたかったですね。

148孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2009/12/28(月) 21:53:20 ID:pvrGjTuw0
>>129 やっぱこのレスがまとめと言っていいでしょうね。

「で、私は思うのですが、知らないでやっても悪行為の部分は「不徳」となって積もるのだと思うんです。
中略
例えば、ゲイカは井戸を掘ったり、学校を建てたりとかの行為も成されている。
まあ、それの原資は我々のお金なんだが、まあアゴン宗としての慈善行為として成されている。
ああいうのは、やはり徳の元種だと思うんです。
中略
だが、ゲイカのやった詐欺行為は悪業としてチョイスされている。
だから、それが現世ででるか、どのくらい出るか、また来世移行にどのように・・・となってゆくでしょう。
こういう風に善悪入り混じって、あたわるものだと思います。」

特に最後の一行が129のレスの中心であると言える。
で、上記を基準に掃除を考えると
参拝者の衛生を保つのは善、しかし霊感商法のアジトであるから悪、善悪入り混じって(しかし相殺はしない)どっちかと言うと悪のほうが多い。
護摩木ハン押しは悪しかない。折鶴も悪しかない。勧進にいたっては大悪。

清掃なら街頭清掃のほうが悪が少ないでしょうね。宣伝の部分だけは悪だけどほとんどが善の部分で構成されている。

ゲイカの慈善も善だけど、その資金は信者を不幸にしてなかには死んだものも多いから、善が少し、悪が巨大。
こういうことでよろしいですよね。

>>145 >色々講じた結果、梵行で精神を落ち着ける、という作用はあります。
   >確かに私も判押しメインでしたから、判押しをすると心も落ち着きます。

ぎゃははw んなわけねえだろ〜w

>私は個人的な性格上、チラシ配布や水子托鉢、一軒一軒歩いての護摩木勧進、街頭護摩木勧進は
>苦手です。また、全然楽しくない。そういうのを無理やりすると、拒絶反応が出ます。

正常な反応ですね。

149天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 22:43:02 ID:c7V5/apA0
>>148 善悪の判断や比率は皆さんの想像にお任せします。私の比率はまた違いますし、
仮に述べてもまたその方その方によって違うでしょうから。

申したかったのはやはり、

① 一口に善だ悪だは言いがたい・区別できかねる
② 梵行が機能してないことが考えられる
③ 深山さんの言われたことの大筋の肯定

ですね。

そして、判押しの事がありますが、これも詳しく言わないとまずかったですね。
今日はもう疲れたので、明日説明したいと思います。
なぜ、私が「心も落ち着きます」と申したか、を。

150天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/28(月) 22:45:27 ID:c7V5/apA0
>>147 いえいえ、とても私も勉強になり、お目めがパッチリしました。
目が覚めるような素晴らしい意見です。しかも無駄が無い。素晴らしい。

一さんも意見をどんどん出されると嬉しいですね。
私も後日、一さんが参加してくれることを望んでいます。

151天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/29(火) 10:49:11 ID:bwFr2JgE0
判押しの事を語る前に前置きを。

アゴンでの梵行は人それぞれに考えがあるように、全て適合するというものではないと
私は思います。前にも述べたように私の場合は外に向けての単独でやる行為が苦手です。
逆に妻はその方が適してました。特にチラシ撒きなどは全然苦にならないと言います。
ところが私は嫌で苦痛で本当に難儀になりながらやりました。
ですから、私には世間の仕事で言えば、新聞配達や宅配便的なものはあわないんでしょうね。

本題ですが、実は私も入行して間もなく判押しを知りました。
で、実際やったのですが、これが全然楽しくない。コツも覚えてないし、面倒だし、
へたすりゃ服まで汚れる。何だ、こんなのが徳を積む修行?と思ってました。
それから10数年も判押しをする方を多少軽蔑した見方をしてましたね。

それがなぜ、変わったか。それは内容にもよるのかと思います。

まず、基本的には判押しするときは「真心こめて無言でやるべし」なので、とても
気持ちが持たない。辛くなってくるんです。なんで黙々とやってて楽しいのか。
また、コツも知らないと楽しくないのもあるでしょう。

で、私が一番変わった・好きになった理由は今から12・3年前ですかね、道場に行って
判押しをしている老人をみたんです。一人で黙々とゆっくりと行っていた。
最初は「よくやるよな。あんなつまらない作業を」と思っていました。

ところが別な日に行っても、その方が居たのです。で、一人でやっておられた。
それをみて何だかかわいそうになったんですね。
ほとんど信者の居ない寂れた道場で、ぽつんと一人でやっておられた。
それで、私もお手伝いをさせていただこう、が始まりだったんです。

そして、その老人は受け入れてくれました。間もなく開始したら老人から語りかけて
来るのです。私もそれに応じて作業を行いながら会話をしていました。
お互い初めて接して判押しを行うわけですから、お互いの様子を話し、私は思うところあって
休憩時間に来ている。老人は定年退職されて時間があるので来ている、と言うのです。
そんなお互いの状態の話から、教学の話、またその老人は若いころ寺にいた時期があるので、
小僧時代の話などもしてくれました。そういう会話が楽しく、またコツも覚えさせていただい
たので、話をしながらでも100や200の護摩木はすぐに出来ました。
そういう楽しさが判押しの嫌な面を消してくれたのでした。だから楽しく出来たのです。

152天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/29(火) 10:49:34 ID:bwFr2JgE0


ただ、問題はその行い方です。しゃべくりながらやるのは宗内ではご法度です。
特に私の居る地区は多少多めにみてくれていますが、他の地区だと激怒されます。

「そんな心の入らないしゃべくり判押しした護摩木など効果が無くなる」と物凄い剣幕で
怒られ、やらなくてもいい、いや、やるな、と怒られるそうです。
また、私達も時々注意されては居ました。

でも、その老人曰く「畜生話をしているわけではない。法の話や教えの話をしている。
全くこいつらはわかってない」と言っていました。
確かにそうで人の悪口とか、修行に関係ない世俗の話はしてないのです。
伝法の話などとかそういう学びの話をしていたので、とても勉強になったし楽しかった。
でも、やはり周りから見たらふざけているように見えるんでしょう。

で、例祭などがある日曜日は宗務職員とかが大きい道場に出向しますので、その時は
無礼講になります。注意されないで済みますから、もう開放的な自由空間です。
その老人を中心にして、占いやら法の話やらをしながら、ゆったりとした気分で判押しや
チラシ折り、時にはお茶タイムをして心温まるふれあいをしたものです。
こういうのを私は全国の道場に広めたかったですね。

ですので、そういう経緯が合ったので私は判押しが昔は嫌いだったのを好きになりました。
また、コツを覚えたので30分くらいで100本は押せます。(裏表両方)
別院は「タート」があるので、もっと早くできるでしょう。朱墨でその速度ですから
自分で言うのもなんですが早いほうだと思います。

で、早いだけでなく正確に綺麗に行う。これが肝心です。
変な護摩木ならはじかれるし、後で「しゃべりながらやるからそうなんだ」と批難されますから
言われたくないし、自分も仕事と会話は別、と思っていますから、会話をしながらでも
やってみせる、という意地もありましたから、そこはちゃんとやった。
一部では「よくしゃべりながら早く正確に大量に押せるものだ」と呆れられていましたねw
もう、アゴンでは職人域?に入ったかな?と思っていたりします。
ただ、教団の方針に一部背いている(会話しながらの判押し)ですから、良くないかなとは思います。

梵行の合う合わない、得意不得意有ると思います。実際に私がそうでしたから。
だから、青柿さんと私がもし同じ道場で楽しく会話しながら判押しをしたらきっと考え方や感じ方も
変わったのではないかな?と思いますね。
ただ、実際に会話しながらだと判が曲がったり、正しく押せない、と言う方も居ますから、
そういう場合は会話しながらの判押しは出来ませんが、チラシ折りしながらだとそれは可能です。
そういう風に工夫してやれば、梵行も楽しく出来る、と言うのもあります。
梵行が苦痛であれば、やりたくないし進まないと思いますね。

153干柿:2009/12/30(水) 01:48:51 ID:lkFlk2ZA0
善行として心の糧になっているかということが問題
阿含宗という真実の仏教と思っていたものが実はトンでもないモノだった!
だから梵行はすべて悪行なのだ、だから信者時代の梵行は悪業を積んだことになる
というのが青柿君の言いたいことなのでしょう。
ただどうでしょうかね。公共的な奉仕とかは(道場の便所掃除も含む)たとえ
阿含宗の名で行ったとしても各自の修行者の心のあり方が問題だと思うのですが?
天照さんの護摩木判押しの話にあるように人とのつながりや行に没頭することによる
集中力などためになること得ることもあったのは、やはり個人の心構えの問題が大きいと思います。

154天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 08:25:02 ID:bwFr2JgE0
善行としての心の糧、もそうですが、アゴンでの行為自体(梵行)を全て悪か、と思っているみたい
なので、私も思うところを含めて書きました。
極端な例を申せば、サリンや9・11テロのように教団の本意など知らずに凶行を行うならば、
如何に本人が「悪気・悪意がない」としても許される行為ではないでしょう。
また、それほどのものだとカルマにまで及ぶ可能性が考えられる。

しかし、アゴンの梵行はそこまで悪質なものではないから、「悪」とみなくてもいいんじゃない?
が私の考えです。折鶴まで悪なら、もう世の中何も出来ないし、アゴンから去る以外に良い方法は
無いといえます。
善か否か、また心の糧になったか否か、は個人の心構えとか把握・判断でいいエリアじゃないか、
と私は思います。

例えば、私が知り合いでもいいです。良くアゴンのようなところで人様に迷惑をかけたな、と
言われたとします。でも、私はさほど思わない。私に悪意など皆無だからです。
また、人を殺したり、物凄い損失なは与えてない。

また、これも例えなのだが、TVなど通販があるが、それで健康器具や食品を販売しているのがあるが、
これが全然効果が無いものだとします。すると、それを販売するに当たって係わったTV会社や、広告
会社、また事務員や発送業者もみな「悪」だということに成る。詐欺なわけですからこれは「悪」だ。
効果が無いことを関係者が認識しようがしまいが、世の中や他人に影響を与えたのだから、絶対悪だ、
となれば、係わった人は皆か片棒を担いだ、とならないか?です。
そんなことを言ったら、世の中にどれだけ真っ向な真実行為だけをして、不徳をつまないでいる人がいるか。
キリが無いし、世の中の行為全てに責任を負いきれないですよ。折り紙さえ折れないでしょう?
掃除も出来ない、冗談さえも言えないでしょう?そうなってくる。

確かにアゴンはトンデモなかった。でも、だからと言って全てが悪か、また悪の加担を私達はしてて、
私達も悪なのか、梵行が悪だったのか、というのは行き過ぎ・考えすぎであろうと。
ただ、「全くの善行」とも言い切れない。私の中ではせいぜい清掃とか折鶴製作とか食事製作、道場での
作務とかはほとんどセーフだが、判押しや勧進、布教などはどの程度かわからないが多少の不徳は有るかも?
とは思います。

155天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 08:40:30 ID:bwFr2JgE0
私は一さんだけでなく、仲たがいした法友とも「功過格」の事で会話したことがあります。
というか、順序は法友のほうが先で現在からは3〜4年前ですか。私はその法友から功過格
の話を聞いて初めて知ったのです。アゴンにいながら疎かったのです。
そして、その方から「池田氏」のHPを教えてもらい、その時に初めてみました。
私には合いませんでしたが。

確かに功過格をみた印象は「凄いしここまでやれたら凄いでしょう」と思った。
いい指針であることは理解できた。しかし、それで因縁解脱できるのか?と思った。
なぜなら、アゴンには成仏法があるのだから、それによって因縁解脱できても、功過格では
適わない、と思ってたのです。
功過格をバカに、また下に見ているのではありません。あれはどちらかというと無宗教の人が
やったら効果が出そうかも?と自分には思えたのです。当時バリバリの洗脳信者wだった
自分でも、そう思っていた。成仏法の実践が出来るのだから、功過格まで追う必要は無い、と。
また、実際ゲイカも「修行法」として取り入れては居ない。そこにポイントを置いていたのです。

法友は私の論に少々違和感を感じていたようですが、まあそこは喧嘩などせず、お互い功過格を
やりたければやればいいかも、という結論に至り、私は「やらない」、法友は「やる」という感じに
なっていたものです。

功過格は道徳の高度な版、という感じに私は感じました。多分アゴンを知らなかったら私も傾倒した
可能性は有ります。でも、私にはアゴンの修行法を重んじてましたので、さほど興味が無かった。
必要ならばゲイカも出してくるだろう、と思ってましたが、私の入行してからは一切言われてない
ので気がつかなかったし、また著書に書かれていたのも見逃していた。だから知らなかった。
また、後で実際に知っても「心が動かなかった」のです。

156天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 08:52:25 ID:bwFr2JgE0
ですが、法友の考えもわかります。
アゴンの修行法を行って、尚且つ功過格の実践をするならば、効果は倍増だし、言うことがない。
私もそこはわかります。そうだろうと思う。指針なのだからそれに則せば申し分ない、というのは
わかるんです。でも、なぜか「心が動かない」のです。

自分でも異様だと思うんです。あれだけ「良いもの」をみたら「自分もやろう!」と成るのが
私の性格には有るんです。ところがほとんど反応がない。今でも不思議です。
何でこんなに醒めているんだろう、と自分でも思います。

まあ醒めている理由は一生かかって考えるとして、例えば功過格の実践を強く打ち出さない
ゲイカはなぜだろうか?などと私は考えたりします。
袁了凡の陰隲録を出して、ジュンテイ如来の功徳までゲイカも言ってたらしいが、ではなぜ
仏教と違うのだから番外でもいいから、功過格を信者にもやらせなかったのか、それが皆目
わからないのです。
結局、功過格は信者が「やりたければやってもいいよ」という感じだったのだろう、と思っています。
だから、私も重んじ無かったのかな?と思っています。

157天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 09:05:27 ID:bwFr2JgE0
ただ、アゴンの修行法というもの、成仏法というものが偽物であって本当の釈尊の教法ではない。
しかも、因縁解脱も嘘であり、達成できない、となれば、アゴンを講じる意味は無い。
そうなると残るのは功過格だけに成る。そうすると無宗教でいいから功過格だけを講じる人と
何ら変わりがなくなってくる、とみています。

確かに袁了凡は功過格の実践で運命がガラリと変わった経験をしたようですが、それがさて、
万人に通用するかどうかはわからないと思います。
私は袁了凡の説明を見ていると、あの方は特別なような劇的変化をしていて、ちょっと普通じゃないな
と思います。あそこまで変われるのなら私も期待しますが、実際的には無理と思われます。
また、あれほど運命が変わるのであれば、釈尊も何らかの方法で運命解脱を示唆しているはずです。
そう私は考えます。

巷の人でも、またTVでは芸能人も「劇的な運命の変化」というのを経験した方がいるようですが、
功過格を講じなくても運命が変化することは有るようですし、運命自体というのを見るときに
一概に「こうしたから必ず変化する」というのは限定しがたい、と思います。
積徳は勿論あったほうがいいですが、それだけでアゴンにみられる「帳消し論」や「相殺論」の
ようなものはさてどうなのか、というのは今はありますね。
そういう善悪帳消し、であれば功過格は重んじるべきであり、必須になってくる。
私は功過格は完成度が高いとは思っています。ですが、あれだけではさてどうか、と思うし、また
世の中自体が「帳消し」で収まるのかどうか、というのも案じたりします。

158天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 09:44:27 ID:u2KoaY9o0
間違った・・・訂正を。

世の中自体が「帳消し」で収まるのかどうか=X

世の中をみても「帳消し」で収まるのかどうか=○

でした。

159孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2009/12/30(水) 21:13:33 ID:pvrGjTuw0
天照さんのように微々たる悪をことさら悪だと断定しなくていいんじゃないというのは分かるんですが
干柿さんのように心構えで善にしてしまうのはマズイんじゃないですかw
主犯じゃないし悪意ないから重大な悪じゃないんだけど、善でした、はちょっとずうずうしい。ぎゃはは

ハン押しの体験談聞いて安心しました。自分も同様でした。ボンギョ自体が楽しかったら変人ですからね。

160孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2009/12/30(水) 21:40:54 ID:pvrGjTuw0
暴走族に入って騒音とか交通マナーとかが悪くても、抗争とかで人を傷つけたわけじゃないし
少々悪業であってもそんなに重大な悪じゃないというなら分かります。
しかし、もし暴走族といっしょにするな、という反論がもし出たらちょっと問題ですね。そういう人はもう少し罪の意識を持ったほうがいいと思います。
そのくらいのことはやっている。善意でやったといっても。
善意を利用して悪業を積ませた。だからこそ批判なのですよね。

161天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 21:57:34 ID:u2KoaY9o0
思い起こせば、梵行に憂いていた人は多かったのかと思います。

自分はサービス業に長年いたので、昔は道場に頻繁に来れませんでした。
なので、中の様子はあまりわかりませんでしたが、ここ近年はサービス業から
離れましたので、以前より触れる機会が多くなり、様子も伺えましたね。

精神的な悩みを抱えた人もいて、そういう人に梵行でケアしようという方向は
効いてないようでしたね。やはり、そこは素人の集まりですね。宗教で片を
付けようとしてしまう。そこに私も異議を感じていました。

特にパニック障害の信徒がある日来ていました。やはり、もうすぐ見ただけで
おかしいとわかる状態です。かわいそうだと思いましたね。
こういう方をどうして治して差し上げることができないのかと憤っていました。
まあ、インチキ教団だから出来るはずも無いのですが。

解脱供養と勤行と梵行。あと病院へ行って治らなければ手の尽くしようがない、
で終わりが現実ですから、アゴンに失望するのは有ると思います。
そのパニック障害の信徒は自分が居たときはまだ来ていましたが、今はどうなのか。
少々案じたりもしています。

162天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/30(水) 22:15:35 ID:u2KoaY9o0
>>160 そうです。そこはしっかりおさえないといけないと思います。

私達はアゴンが「悪」だと知っていてやってたなら、そこにはこちら側にも問題がある。
しかし、基本的にというか、大半は教団の言うことが真実と信じ、各種の行為を行うわけです。
つまり、行わせる側の方が自分たちの行為の内容を知っていて信者にそれを行わせるのは
絶対にイイことではない。意識の問題というのはここにも掛かってくると思います。

例えば宗務局員でたまに「良くない」方がいます。アゴンの裏側を知っていて自分たちが信者に
どういうことをさせているか、また日々方便を使っているのを知っててやっている人がいるのを
私も1・2人知っています。私はあまり内部に詳しくないが、詳しい人なら「もっと居るぞ」と
出せるかも知れません。

こういうように教団の「良くない」のを知っていて生活や立場を崩せないゆえに未だに方便を
使っている職員も居るのだから、その人の罪は重いかもしれない。少なくとも教団を信じて
真面目に汗を流した人とは一緒に出来ないはずです。知らないでやっていた人と、知っていて
信者にやらせた側とでは比較になりません。

ただ、自分もそうですが過去に自分がやった行為。特に布教の面や勧進はやりましたから、
知り合いに迷惑をかけた分と言うのはあります。しかし、それを取り戻せない。
非常に悔しいし、申し訳ない。自分が至らないためにアゴンへ資金調達してしまったし、また
私を信じて入行した人には人生も気持ちもお金も労力も費やさせてしまった。
もう、謝っただけで気持ちは済まない状態です。

でも、中には喜んで亡くなっていた方も2人いた。この人には複雑な気持ちです。
私は徳を積んだのだろうか?悪だったがその人はアゴンのお陰で喜んで亡くなった。
私は最後に善行為をしたのだろうか。アゴン信者なら「よくやった」と褒めるだろうが、
私には喜べない気持ちだ。

様々な想いは有ります。善行為だと思えない自分も居ます。だけど自分が悪とは思わない。
迷惑や悪いことをした、と言う反省はあるが、それ以上は責任は負えない。負い切れない。
ただ、因果はめぐると言います。この報いはいつか受けるのだろうと思います。
それを受けることが自分の償いなのかと思っていますね。

163干柿:2009/12/30(水) 23:37:31 ID:lkFlk2ZA0
>>162
>喜んで亡くなった方も
善行為でいいんじゃないでしょうか?
一口に喜んでというだけでは詳細はわかりませんが、少なくとも死の恐怖
は取り除き、死に行くその意義というかそれを理解させてあげたわけでしょ
そしてその時は阿含の教義を真実だと信じていたわけで悪意など微塵もない
悪だったとしても業を背負うのはゲイカでしょうね。

それにそれが間違ったことだとしてもその責任はゲイカが負うはずです

164干柿:2009/12/30(水) 23:53:04 ID:lkFlk2ZA0
>>159
いや、だって釈迦というか上座部ではそう言っているよ
善行為と信じて布施した行為はそれはそれで後で騙されたとわかっても
善行為となる。むしろいつまでも引きずって悩むのはよくないことになるって
仏典に死刑執行人の話があって、彼は合法とはいえ人殺しをしているのだから
死後地獄行だと人々は言っていたんだけど、釈迦は彼に「おまえは喜んでこの仕事
をしているのか?」とたずねたら彼は「いえ、王の命令で役目でおこなっているのです。
人を殺めることなど嫌なだけで少しも楽しいなどと思ったことはありません」
っという答えに釈迦はそれでその仕事の行為で地獄に落ちることはない
と答えたそうだけど・・・ちょっとズレた意見になったかなw
とにかく行為より心意を重要視するのが上座部

165天照 ◆rAuM1WGShc:2009/12/31(木) 00:19:42 ID:u2KoaY9o0
>>164 干柿さん、それはどの経典か、また釈尊の本当の言葉かどうかわかりませんが、
もし、それが本当なら私はありがたいですね。

先の自分の意見にも書きましたが、と殺とかの仕事をしている人は殺生をしているわけです。
そういう人はそういう仕事から離れない限り、業を積む、と思っていました。
かの判押しの老人もその問いに「仕事上仕方ない人も居るが、そういう人は地獄に落ちんよ」と
言っていたのですが、その言葉は正しいことになりますよね。
自分も個人的に仕方ない職種だから、それで地獄に落ちるのならこの世からと殺の仕事は
消えないといけないし、無理が出てくる。
と殺が無ければ私たちも「肉」を食えませんからね。
164の干柿さんの言葉に期待する自分が居たりします。

また>>163の言葉もありがたいです。私もアゴンの欺瞞を知らず導いたのですから、やはり
導いた人は死後の冥福を望みたいし、私も悪の片棒を担いだという風には考えたくない。
やはりみんな幸せになりたかったですよ。

166孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2010/01/02(土) 23:48:53 ID:pvrGjTuw0
>>162 天照さんザビビでの大賞受賞おめでとうございます。
さて、そのような事情があったのですね。このテーマを議論すると天照さんを責めるようなことになりそうなのでここでストップします。
もちろん"我々"がやっていたボンギョー全般の善悪 がテーマだったのですが。

ただ反対にあごん攻撃はどこまで善なのか?ですが、干柿さんの山門でうんこするというの思い出してもユーモラスですね。
実際やるには美学としてそういうのはNGだし、批判派の足をひっぱる行為でしょうが、けど犬を飼ってる人でやってみる人いないのかなあw (想像すると面白いというだけですので)
しかし、なんでもありになってくると 栗花さんのようなその筋の人 裏の仕事人 のような人が出てくることになりかねないからやはり批判派はあごんを反面教師に社会的モラルを守った
批判活動が望ましいでしょね。ペンは剣より強し、です。

167名無しさん:2010/03/03(水) 09:21:03 ID:.5B.a46s0

     クサリを巻きましょ 深山に♪  
     お鼻を削ぎましょ ブタの鼻♪
     五人掛かりの フルボッコ♪
     今日はたのしい 血祭り日♪

     ユビ様干し様 青に○♪
     みんな並んで 裏切った♪
     お先に逝らした 樹意様に♪
     よく似た溺死の 白い顔♪


     ||\/|\/|\/|\/|| ||\/|\/|\/|\/||
     ||.....|....|.....|... |. ∩ .| .. |....|| ||.....|... |.....|....| .. |....|.....|....||
     ||.....|....|.....|.. ∧甘∧ ..|....|| ||.....|... |.....|Ж .. |....|.....|....||
     ||.... _ ....|..( ´∀`) |....|| ||.....|... |.∧⇔∧|....|....._||
     ||..(( ))..|/| ̄[] ̄|ヽ ....|| ||.....|... |.(*゜ー゜).....|..(( ))
     ||......`|' /  ̄|∞| ̄.\.|| ||.....|./||。▽。|\|.....`|'.||
     ||.....|│ .\< ̄.人 ̄>../|| ||.....|(_ノノ人ヾ__) ... |..||
     ||.....|┴四四四四四四四..||....四四四四四四四┴||
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168深山:2010/03/03(水) 11:12:39 ID:lNeHTTDI0
天照さん

>>167を削除しないでください。
2ちゃんが動かないので、こちらに漂ってきたのでしょう。
アゴン宗の信者の品性を示すよい例です。

169天照 ◆MO30b8Jwoo:2010/03/03(水) 11:40:26 ID:BLNb6LDA0
深山さん、分かりました。ただ、今回は卑猥AAでは無いのと数も一件だけですし、
要望をのみます。あまり程度が酷い場合は考えますのでご了承ください。
かわいいAAなんですけどねえ・・・歌が・・・。

170深山:2010/03/03(水) 13:32:33 ID:lNeHTTDI0
>>167
うれピー星まチュり

♪ 木切れ買いましょ 信者さん
焚き火をしましょ 温暖化
メタボで走れぬ 大黒天
脳味噌成仏 星まつり ♪

♪ 桐山ゲイカとE川さん
ホテル・オークラ すまし顔
週刊誌 裁判 恥さらし
よく似た二人の ツラの皮 ♪

♪ 偽の仏舎利 偽アジャリ
シッポの生えた如来様
見えぬ 聞こえぬ 家畜たち
頭のメデタイ アゴン宗 ♪

171孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2010/03/04(木) 00:11:50 ID:jruQ9EQI0
>>167 ワロタw すげえ歌ですね。
○○屋さんと自分は一文字か〜(汗  批判派にもセレブか否かまたはランクみたいなのが、あるみたいですね。

そういえばなんか昔あった詩を思い出します。
「フジウスのバラバラ死体送られる 手足七氏に 胴ユビキタスかな」

すぐ 返し歌を詠んだ深山さんといい粋ですね!

172Boo:2010/03/04(木) 19:39:51 ID:oGP36naQ0
>>171

私も笑いましたよw
ユビさんと干しさんは「様」と敬称までついているのに、私たち「青に○」ですね。

173干柿:2010/03/04(木) 22:07:23 ID:lkFlk2ZA0
うらぎったという歌詞だけど
うらぎったのはゲイカと阿含宗のほうだよ、私は最後まで信じていた
ゲイカの真心と求道心を、いくら矛盾点に気が付いていても
多少泥をかぶっている教団運営であっても
これは通過点にすぎない、これを超えたら、真の仏法がと・・・
甘くはないですね結局阿保の醜狂としか言いようのないことに
昔よりひどいありさまでしょうが!
よく信者でいられると思いますよ正直

174孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2010/03/06(土) 01:00:18 ID:jruQ9EQI0
>>172 私は"負け組み"で、よ さんの分類では"クズ"なので仕方ありませんがBooさんには失礼ですよ。
先月迷っていた件ですが計算で決めるかソースという自己啓発の本で決めるか後者にしました。
一面的な計算よりソースのほうが相乗効果があり勝るというからです。占いはしてませんがおみくじでも後者ぽいので。
昨年から少しづつですが実は勝ち組に入りつつあり、いつかよさんやあごんの人達を見返してやりたいです。

>>173 同感! 167はそういうところを見てない。

175天照 ◆MO30b8Jwoo:2010/03/06(土) 06:51:02 ID:Ij9VmpDg0
>>173 どこまでも偽仏教を信じている自分達は素晴らしい存在で、
辞めていったやつはやれ「裏切った」だとか
「堕落・落第者」というレッテルを貼って楽しむのがお好きな様らしい。
干柿さんのいうとおり、やめた人のほとんどは真面目で真剣に信じていた人が多い。
人をけなして馬鹿にすることしかできないから、ますます情けなくなるねえ。
騙されているのが未だに分からないほうが幸せなんだろうね。

浮気をされた女性の言葉じゃないが、「騙すならいっそ死ぬまで騙して欲しかった」
じゃないが、そんなのは御免だ。早く気が付いてろくでもないやつから離れたほうが
よっぽど身のためだ。せいせいする。

ま、その人が好きなだけ「桐山マンセー」とやっていればいいんでしょう。
たっぷり死ぬまでやっててくださいな。

176名無しさん:2010/03/10(水) 18:24:16 ID:.5B.a46s0
松原孝雄さんはハイコート花小金井の住人だったんですね。いいマンションですよね。
瀟洒な三階建で、窓の外は畑ですね。私も住んでみたいな (笑)

177孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2010/03/12(金) 02:01:02 ID:jruQ9EQI0
林郁夫 著「オウムと私」という本を少し読んでみた。あごんの部分に関心があったので。
独鈷の加持とか屋敷浄霊とかにうんざりしてたのが書かれていて、なんかゲイカがちゃんとしてれば一連の事件は防げたんだなあと思った。

178名無しさん:2010/03/12(金) 09:41:26 ID:0YBuTJWM0
藤原新也氏の「黄泉(よみ)の犬」も、オ・ス・ス・メ♪

http://www.amazon.co.jp/%E9%BB%84%E6%B3%89-%E3%82%88%E3%81%BF-%E3%81%AE%E7%8A%AC-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%97%A4%E5%8E%9F/dp/4167591057/ref=pd_sim_b_13

179干柿:2010/03/13(土) 22:40:00 ID:lkFlk2ZA0
>>177
彼の著書には書かれていなかっただろうけど、オウムに鞍替えをする前に
交通事故を起こしているんだよ林受刑者は妊婦だったか、人身事故を
起こしてしまったらしい・・・熱心な信者で因縁解脱行をやり
しかも結婚式でゲイカ直々に護摩を焚いてもらっていたのに(こんな特例は彼だけだったと聞いている)
ゲイカの「オウム真理教と阿含宗」のなかではただ媒酌人とあったが式の導師として
護摩まで焚いたんだよ。それなのに
それなのにあんな事件まで起こしてしまって因縁解脱などできない証明じゃないの
当時、会員から「どうして林氏はあれほど熱心だったのにオウムにいってしまったんですか?」
という質問がゲイカに出され答えたことがあった。
ゲイカの答え「彼には愛人がいた、その愛人がオウムの熱心な信者で、そそのかされて
いってしまったんだろうね。求聞持脳の私はよくわかる」と言っていた
実はオウムに入ったのは林受刑者が先で愛人とか周囲の家族とかは林受刑者にひきづられて
オウムに入ってしまったといのが真相(愛人とは当時の事件を知る者ならわかると
思うけど看護師のM)
なにが求聞持脳なんだろうね、自分が愛人に執着しすぎているだけだろw

180天照 ◆MO30b8Jwoo:2010/03/15(月) 04:52:57 ID:8hdNejcM0
>>177 本当に同意。全てはゲイカ次第であったといえます。
ちゃんとやっていれば、批判もオウム発生も無かったのです。
逆に社会から支援されていたかもしれません。

結局は求道者のように見せかけて、人から搾取することしか考えて無かったのでしょう。
性善説よろしく私もゲイカは最初真面目に取り組んでた・模索していた、という見解が
あったのですが、最近はそれすら思えなくなってきています。なぜなら、あまりにも
やっている(やってきた)ことがデタラメで中身が無いからです。
こんな詐欺師にひっかかったのかと、自分が情けなくなりますからね。

>>179 私も後になって先達とか周りの人から聞きました。いくらゲイカが奇麗事を言っても
それは嘘で有るというのが分かると、こんなしらけることはありません。
知らぬは真実を知らない信者だけです。
でも、一部の信者がその事実を知っても「あれ?」と思わないのには呆れますがw
つまりは林被告は悪者で自分らは大丈夫、と思っているからかもしれません。
全然大丈夫ではないんですがw

181孫 青柿 ◆vKfCFZ1gqE:2010/03/15(月) 13:34:52 ID:jruQ9EQI0
>>179 ゲーカも馬鹿ですね。クンダリニヨガ(左記の表記は好きじゃない、ハタヨーガのなかで特にチャクラ、クンダリニに特化して行を行うというのが正しい表現)を習いたかった
おまじないに飽きていた。それしかないのに。

>>180 ボンギョー体質である限り危ういのかもしれませんね。ボンギョーが嫌いであればもしオウムに行ってもヨガがやりたいんであって奉仕活動はやりたくない、と思える。

182天照 ◆MO30b8Jwoo:2010/03/16(火) 08:33:44 ID:ncUb75860
2chで時々542のようなことを書き込みやつがいるけど、その人はアゴンにはまらなかったから
いえるようなもので、そんなのは何とでもいえる。
我らが例えばOO会というのに「詐欺だ」とわかって入信しなかったら、そのOO会の人たちを
如何様にでもいえるのと同じ、ということだ。はじめから分かってたら騙されるはずがない。

それよりも巷にはこびっている「現世利益」の延長も有るのは知っているのか。
仏教だけでなく神道でも何宗でもほとんどが祈願成就のためとかお守りとかやってているではないか。
キリスト教でさえ免罪符があるではないか。そういうのにはまったやつは皆愚かか?

自分は宗教被害にあわなかったからいいようなものの、さも悟っているような言い方は気に食わないね。
最後の文章の根本的なものを直さないと何回でも同じ目にあうのは分かるけどね。

183名無しさん:2010/03/16(火) 10:38:09 ID:vyqlS.AM0
>>182
同感ですね。
あの書き込みから見て、まだ若い子でしょう。
10代か、せいぜい20代。
世間を知らない子供でしょう。
カルト宗教、霊感商法といった問題があることに気付いてすらいないですね。

184天照 ◆MO30b8Jwoo:2010/03/16(火) 16:18:48 ID:vouR9ark0
名無しさん、コメントありがとうございます。
帰宅して2chを見たら深山さんの投稿がありましたが、至言ですね。
私も共感しました。

で、当の542氏は全然悪いと思っていない。まあ542氏も同様なミスをして散々
人から同じことを言われないと気持ちは分からんでしょう。
名無しさんの「若い子でしょう」に続く文章に私も同感であります。
正論を吐けば世の中通ると思っちゃあ、そうはいかないです。

深山さんの言われたように、過去の間違いに執着するのではなく、教訓とする。
そしてそれのニの徹を踏まないようにするのと、まだ洗脳の解けない人たちや
今後カルトなものに騙されないようにする例として私は批判板や過去に失敗した
人の意見というのは重要であると思うのです。
天下両成敗で騙したほうも騙されたほうも悪いとは思いますが、彼(542氏)の
言い分を聞いていれば、騙されたほうが悪い言い方でしかない。
そんなのは騙されたことがない人が言う奇麗事です。

有る意味、それは理屈でしかないと私は思いますね。

186名無しさん:2011/03/06(日) 00:46:16 ID:W2esz3pI0
>>184
アゴンさんの場合、個人情報とも言える事を書いてあるから、
危険性はとても高いでしょう。
法友を説得しようとしたのは、素晴らしい事ですが。

187名無しさん:2011/03/09(水) 01:15:52
あれ、間違ってこちらに投稿してしまったw

190天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/26(火) 09:09:44
さて開始しますか。

まず○ールドメイトの事から行きますか。
実は私はこの団体の事を知ったのは3年前で今は袂を分けた法友が教えてくれたので知ったのです。
丁寧に数冊中古の本を送ってくれまして拝読し、またそれ以外の本はブックオフに行って立ち読みしたり、
また安いものは若干数購入したりして考察してみました。
尚且つ実際に本部へ資料請求も出来るので取り寄せてみたりしました。

途中経過や詳細は膨大になるので概要で述べますが、結果で言うと「駄目ですね」
かろうじて良いのはあの団体は「仏教教団を名乗ってないのでそこが自由な点」というのと、
伝統的教団のように重苦しくとか重々しくない点でしょうかね。
そのほかはやはり新興宗教の域を出ないし、あと教義面での矛盾や内容での問題。
2chなどでスレが立っているので見ても分かるように諸問題が山積みです。
まあ、私にすれば掲示板よりもパンフや教祖様の本を読んでも「トンデモ」なので「ああ、駄目だな」
とわかりましたね。また仏教の時々内容を用いることがありますがあれも無知識なのが明らかに
わかります。なので「論外」ですし、「駄目判断」をしましたね。

実はその法友とはこういう話をしてたんです。
仮に「阿含宗」が駄目だとする。ならば次に所属できるとしたらここかなあ、というのを話してた。
私がその団体を知らないので教えるためもあって中古の本を送ってくれたり、色々教えてくれたという
ことがあったんです。

ですが、阿含宗の欺瞞は見抜けるのに何年も掛かるくせにこの団体は数日で見破れました。
まったく自分でも不可思議だな、とは思っています。

この団体は護摩も焚きます。でも凄いちゃちですね。また誰でもやれそうなシステムです。
でも資格が必要だったり、また諸研修を受けないと駄目だったり、また教祖(代表)の示唆も必要
だったりとやはりインチキ宗教に必須なものばかりが目立つ。

また金がかなり必要ですし、浄霊みたいなのも色々ある。また説明が良く理解できない。
総じて言えば「代表の世界」なのでこれも阿含宗とさほど変わらんのですよ。
だからこの団体は自分の判別では「不認可」「却下」なのです。
なので、答を期待している自分は法友に言いました。

「悪いがこの団体は駄目だ。阿含宗を辞めても行かない。ありえないだろうがもしも自分が行くと
したら真言宗のほうに行くだろうね。でも真言宗も行かないとは思う。とにかくこの団体には行かないね」

そういうまだ欺瞞を知らない時期でしたが、判断しましたね。

191天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/26(火) 09:21:12
そしてまもなく2chの阿含宗スレに参加し、色々やっているうちにその○ールドメイトの
スレも覗いてみたんです。
やはり信者で無いので分からない部分は有るものの、かなり疑惑や問題が浮き上がってて
かなり批判と擁護が戦っていますね。

どこも同じなんだなあと苦笑い。

その際にあちらの団体のいろんなことも知るのですから、ますます教祖の言うことは
「信じられないな」となってきましたね。
本を読んだりパンフだけでも「疑わしい」のに、掲示板でも色々ですからこれは話しに
ならない。

ですがこれも阿含宗と同じく「個人が好きで仰ぐ場合は構わない」なのです。
全てを否定はしません。ただ私に「やらないか」といわれた強く断固として拒否するだけです。
また感想を聞かれたら「様々な理由によりこの団体は駄目だと思います」とは言います。
しかしどの・誰の個人が好きで信仰する分には「勝手にどうぞ」とは言いますね。
信教の自由が日本にはあるわけですから。

せっかく法友も親切心で教えてくれましたが、阿含宗と変わらない。
何も知らないときは期待しましたが、非常に期待外れで残念ですね。
あと大本とか他の団体も考察しましたが、どこも「これはいい」というのがないですね。
だから無宗教というか無所属になっているわけですが、いい場所が有れば所属したいですよ。
でもいいのが無いから、じゃあ自分は個人で釈尊の教法を講じてやってゆこう、ですし
会費も勤行も要らないし大変自由です。
下手に団体に所属したら身動きも取れないし搾取されるばかりです。
たぶんこの姿勢は一生続くでしょうね。

192天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:13:33
第三章の>>69 に有ります「灌頂」とは洗礼灌頂に近いもののようですね。

ゲイカに対してブータンの高僧が息災長寿の法などを加持してくださるのですから、法の洗礼の灌頂ですね。
人間に対しての修法のようなもので、その象徴としての行為の灌頂ですね。

アゴンさんが>>73で感じた疑問を言われているのはいいことです。
ですが、ごっちゃになっているので分ける必要が有ります。

まず、息災長寿ですが、これは別段変ではありません。修法項目ですから如何様にもできるし種類も
あります。例えば「健康長寿」でも「良縁成就」でも「安産成就」いいし何でもできるでしょう。
修法系というのはいわば何でもあり、なのです。
そして高僧だから種々の法をマスターしているからできるのです。
それこそ見習いの低僧とは言わないが、下っ端が勝手に何でもやれたらこれは高僧の意味もないし、
随分軽い宗派だなとなる。
普通考えたら高僧はそれだけの修行をし、力を持っているとされるべき存在ですから、息災長寿に
限らず、多岐にわたって様々な修法が出来なければ高僧とはいえない。
それこそ病院の医者ではないが、歯医者さんに出産を任せても出来ないような事項のように、
医者だから何でもできると言えないように、高僧といえども「私は悪魔降伏系しか得意でない」
とか「ほかの法は知らない」というのなら阿含宗もわざわざブータンの高僧を招聘して灌頂を
受けるはずが無い。また今回行う息災長寿の事はゲイカが90歳の高齢でもあるし、元気で長生き
してくださいという意味や方向性もあるし、またオールマイティでもある。

つまり誰にでも通用しえる項目だということです。
別段ゲイカのような高齢者でなくても若者でもOKな内容です。
若者に「貴方は健康で災いの少ない人生を長く続けて楽しんでください」というような内容ですから
「そんなものいらねえ」と拒否しない限りは広く通用する事項だといえる。

また過去に管長が外国の僧侶から伝法を受けた際にその僧侶がゲイカ及び阿含宗の信者さんに
「息災長寿の法」を修してくれたことがあった。
http://www.agon.org/history/c_01_01.html ここにある東伝仏教の2項目の1988年の際に
行われた行事であります。

勿論有料で¥3000支払った。当時別院で直に法を受けれる方は別院に来て受けることができたが、
私は地方の人間なので申込書に記入と自分の写真を貼って宗務に提出した。
それを纏めて別院で回収して、地方の人間はその用紙に対して修法をしてくれたという経緯がある。
なので、こういうことは別段珍しくなく、ただブータンの高僧か別な人物かだけの違いです。
そしてその「修法したよ」という証明書のように返送されてきた賞状サイズの紙と修法に使われた?
と見られる「白い糸」が後日渡された。それで¥3000也です。ボロイ商売でしょう?
そしてその「法御礼」は金額は分からないが、おそらくそのお坊さんに「御礼」として渡ったのでしょう。
まさか修法させておいて「ゼロ円」じゃあおかしいですからね。
お土産か御礼ぐらいは持たせるはずです。

193天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:16:20
そして今度は疑問についてです。

それは霊力のあるラマ?か高僧に加持してもらうことで、なぜ息災長寿になるのか?
それだけの具体的な力が作用されるのか、の具体的な説明がない。
ブータンで現証としてあるのか、というところを教えていただきたかった。

これを3つに分けましょうか。

疑問の1行目だと「なると言えばなるだろうし、ならないといえばならない」ですね。
何じゃそれ?と思うかもしれないが、これは事実です。

例えば私は先ほど述べた別院で過去に遠隔の「息災長寿」の灌頂を受けました。
ですが、30歳くらいから身体を壊しました。以降不調が続いています。
灌頂を受けたのは20代です。10年も経たないうちに法の威力空しく不健康に
なりました。息災長寿の法も「効かなかった」という事になります。

しかし、確かめていませんが何も起きない人はそれこそ「法が効いた」という側でしょう。
何も悪いことも健康さも安定していれば、まさに「息災長寿のお陰だ」となる。
だから答えは「なると言えばなるだろうし、ならないといえばならない」なのです。

2つ目の疑問は「証明の仕様が無い」です。
というか阿含宗でもどこでも同じように「法の証明は中々示しにくいもの」なのです。
例えば阿含宗の元信者であり色々な体験をされて批判本・暴露本を出した「廣野隆憲さん」
は夫婦して肝臓病を患い、管長に助けを求めたことがあります。
しかし全然関わってくれず、エライ苦しんだそうです。

ですが、退会後真言宗のお坊さんに加持してもらったら治ったそうです。
これをどう見るか、です。
阿含宗の法は法を掛けるまででもなく見放した。一方他から見れば「まじない」になりうる
密教の法(加持)というのでも現実に病を治し現実的に答を出した。

これに対して阿含宗の負け、とすることはたやすいですが、では真言宗が万能なのか?
といえば、これもさてわからない。
なので、批判側が「奇蹟を信じない」とみなされる場合が多いが、そうではなく説明や答を
出すことが出来ない現象があるのは認めているが、阿含宗にでは「奇蹟の力を証明できる」
かといえば「それは叶わない」のです。そして真言宗だろうが何とか教だろうが、奇蹟は
奇蹟ですが、それがいつも叶うとは限らないし証明できるとも限らない。
ただ実際的に奇蹟が起きたら「ああ、それは良かったですね」ぐらいはいえてもそれイコール
教団や本尊や教祖の力だということは証明しがたいし、できるものでもない。
もしもできるのなら100%起こさなければ、それは無理というものです。
そしてどこの教団を見ても100%達成できる教団は未だ無いのも現実です。
ですから釈尊が霊魂に対して「無記」をされたように、宗教の奇蹟はありえるものの、それの
事項は「無記」にするのが批判側の姿勢だということです。

194天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:17:08
だからチベットだろうがスリランカだろうがブータンだろうが奇蹟的な事項を起こすかも
しれないしあるかもしれない。だけど無い場合もある。するとそういうことに対してどのように
証明を出して見せるか、というのはいよいよ分からなくなる。
だから「証明の仕様がない」という風に結論付けているのが自分です。
証明できるときもあるが、出来ないときもある。そういう風に発言しても良いがやはり曖昧です。
なので、曖昧で言うのが芳しくないので自分は「証明が出来ない」という風に発言します。
もしもそれが嫌なら「出来る場合もあるし出来ない場合もある」という風に言ってもいいでしょうね。

3つ目も2つ目と同様でしょうね。ブータンでは奇蹟というか証明の現象があった。
だけどよそでやったら「効かなかった」とかもあるでしょうし、またブータンでも100%の効果が
あったかどうかなど調べないとわかるものではない。
また自己申告が調査より上まっていたら「ブータンでは100%だ」となりうる場合もある。
本当は100%でないのにも関わらず、ブータンの側が「100%だ」といったらそれがまかり通る
可能性もある。

だがこれではどこまでが真実でどこからが嘘なのか分からない。
だからこういう「まじない」のような事項はきりがない、といえる。
阿含宗はこういうのを巧に使い、誤魔化してきた経緯があります。
だから阿含宗でのいう「法」に対しての事項についてデータとしても出せないものは退会した信者
でないにしても普通一般人側からしても「どうなのか?」という懸念が出てくるものです。
ですからアゴンさんの「あれ?」と思うことは正常なのです。

こういうことを不思議がらずに、または一時不思議がったがそれを打ち消して教団や教祖の主張を
鵜呑みにしているからいつまで経っても効験が無くても在籍できるし違和感にも思わない。
阿含宗万歳だけが強くて、現実的なことに目を向けれず、「それっておかしくないか?」という風
にさえ思わない。

ですからアゴンさんは教団内の事項を教えてくださったが、その内容に対して疑問を感じた。
これは本当に自然であり、また当然のことなのです。逆に何も思わないほうが「異常」なのです。

そしてその異常に対して質問も無ければ回答も無い。如何に教団内で信者が言いなりにされているかが
伺い知れます。
確かに教団側からは「質問されなければ同意したということでしょう」といわれるのは必死。
信者側もそこが悪いといえば悪いでしょうね。

ですが、仮に質問したとしても個人的なことで終わります。
個人が宗務などに質問し、それに回答して終りです。
他の信者さんにそういう事項が行き渡ることは無い。
阿含宗はグローバルのようで実はそうではないのです。

例えばあるスーパーなどのように質問箱を置いてその回答を公開することも無い。
誰それさんからの質問が上がったが、このような回答です、と壁に貼ったりすることも無い。
どこまでも個人への回答ですし、公開もしないので誰もわからずじまいです。

ですからアゴンさんのように色々調べることで宗務や法務部の方に聞くことは有効でしょう。
ですが、あまりこじれてくると、向こう側(阿含宗側)がどのように変化するか見ものですね。
豹変してこないことを祈ります。

195天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:18:11
もうひとつは特殊な生前戒名授けるということ。
これにまたお金がいるんじゃなかろうか?とチラリとよぎるものが(笑)学習効果はでております。
逆修供養でない法をかけるとのこと。
(すでにもらった生前戒名どうなるの?)と疑問が少々。

ここを見て行きましょう

この生前戒名は曲者(くせもの)ですね。ご存知のように柏原墓陵のお墓建立の際に行っている
事項ですよね。それをまたリプレイしようとしている。
これはまさに気をつけないといけませんよ。

そんなに生前戒名を2つも3つも持ってどうします?
まさか芸能界の芸能名やPCの世界のハンドルネームじゃあるまいし、どうするんです?
阿含宗がまだ何も生前戒名を講じてないのなら分かります。初の試みですからね。
でもすでに行っており、それをなぜ又もやるのか?
これはアゴンさんにも信者の皆さんにも悪いが、明らかに集金システムの始まりです。
金を集めるための口実と方便・策です。

ですから学習効果がでているようですから一円たりともこの新しい事項にお金を払う必要は
有りません。
またアゴンさんが言われていますが逆修供養でもないのならますます訝しいですよね?
仮に「いや逆修供養も入っているよ」といわれても他の事項も兼ねて考味しなければいけません。
また以前貰った生前戒名はどうなるの?というのも当然疑問としては正常です。

特殊な生前戒名?その特殊とは如何に?ですが、まだそこまでの情報がありませんのでここは
後からのアゴンさんのリサーチ報告を待ってまた考えることにしましょうか。

196天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:22:41
さて、アゴンさんが私の質問に答えてくださいましたのでそちらへの意見を書いてみました。

1への意見です

確かに仰せの事は分かりますね。日本の事は分かるがブータンの事はわからない。なので安易に回答が
できないというのは正しい判断です。なので、これは調べてきてからの回答に期待しましょう。



そうですね。これもアゴンさんだけでなく信者の皆さんも下手をすれば職員も法務部も皆全て把握
しているとはちょっと思えない。
この状態では申告どおりの「ブータンの霊力」といってもどのようなもので中身もわからず、
鵜呑み状態でしかない。これが非常に曲者なのです。ぜひ調べてみるべきですね。



前にもおもいましたが、そんな簡単に現世成仏するとはあんまり思っておりません。
ただその加持力をいただける程度かなという認識です。

この考えは私も同意ですね。又理解できます。
ですが、その文章の前にある説明は意味が分かりません。

「現世成仏というのはゲイカいわく、輪廻がただの因縁のままの輪廻転生にならず、聖者の輪廻転生になり、
仏道の道をあゆむ輪廻の流れになるようにすること。と平易な表現で書くとそういうことらしいです。」

平易と書いていますが全然平易じゃない。ここが掲示板で文章を書く際に難しいといわれる点です。
頭では上手に描けている、または内容があるのだが実際文章にする、また人に説明するとなると頭の
中で存在しているものが意外と出せなかったり出しても意味不明だったり支離滅裂に成ることがあります。
たかが文字や意見延べだ、と思っても、意外とやってみると難しかったりするものです。

197天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:23:34
さて本題に。

このアゴンさんの説明は管長の説明のようですが、管長の説明100%だとすると管長は頭が
おかしいかデタラメなことを言っているといえます。
ユビさんも言われていたことですが、阿含宗の「現世成仏」は「因縁解脱」です。
一切の悪因縁を切った状態の人が「現世で成仏できる」というという意味でこれは掲示板で
何度も言われているように阿含宗の教義であり、管長の主張です。仏教の教義ではありません。

ですから説明文の中で支離滅裂なのは当然なのです。ここの違和感に気付かないと駄目です。
如何にも「本当な・正統な事項を述べているようで実際はトンデモなことを言っている」のです。
この文章が管長の言葉の引用・説明だとみなしますが、もしもアゴンさんの考えや考えなら
大変な問題です。それは管長が言いもしないことを勝手に述べた、という事になります。
準さんがよくやる手法です。これは認められない。

この説明では意味が分からないので理解できません。なのでまた道場に行って分かり易い説明
をお願いします。このような内容は今までの管長の説いたものではないし意味不明です。
管長は脳梗塞を患っているのでそれが原因だとしたら法務部でも職員さんでも良いから納得
出来る説明を希望します。



確かにこれは3に付随することでしょうね。この事項は実際「現世成仏無量寿如来息災長寿法」
を行う際に明らかにするでしょう。その中身が分かったらまた再度深く教えていただけますでしょうか。
今は保留にしておきます。

5 これはOKなので意見は無しです

6 これも@chs−1に書きましたので意見済みなので今回は無しです。

7 これについては調べてから回答とのことですから本来は意見すべきではないのですが、
差しさわりのない程度の意見を述べさせていただきます。

198天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:27:11
確かにアゴンさんの返信の中で「カッコつけすぎかもですが」とありますのでその辺りの感じはわかりますが、
この箇所のところの

「ようはゲイカの言葉や、著書をもっともっと深く拡大解釈して法務部が公開しているということ」は
良くわかりませんね。
つまりゲイカの言葉を教団内部の法務部が解読してそれの結果を公表している、ということでしょう。

これはこれでよろしいことでしょうが、実は「よろしくない」面があるのです。
それはなぜか?それは「教団内で教団内だけの都合の良いような事項に解釈や抽出・分析をされるから」です。

例えるならば、何かの事でよく巷の事項を「研究機関」に依頼して分析や調査をしてもらうことがあります。
あれをなぜやるか、というと不正や虚偽を出さないこともあるし、公正な結果を得るためでもあります。
(特殊な事項のため、調べることが一般では出来ないという場合は除きます)

阿含宗の正当性や公正さを出すためには、やはり第三者機関に於いて行うのが本当は一番望ましいのです。
法務部を信頼してないわけではないが、危険性や信憑性の面でどうも懐疑にはなります。
なぜなら以前私が投稿で言ったことにも有りましたが、法務部の坊さんが阿含宗にある矛盾や欺瞞に気付
かないというのがそもそもの疑念の発生です。

199天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:27:34
一般信者が「気付かない」というのならそれはわかります。仏教の知識もロクになく教祖の主張を鵜呑みにして
騙されているのや間違いに気付かないのはありえることだからです。

ですが、法務部の人間は専修大学を経てプロの出家者として存在しているわけです。
いわば易しく言えば「信者に回答や指導をする立場のプロの人間」なわけです。
確かに如何にプロといえども全ての事項や内容を把握しているか、というのはいえない面もあります。
ですが、こと仏教に関しての知識ぐらいは無ければ法務部失格です。そこを言うのです。

普通の「仏教大学」をでた僧侶の方が物事を知っていて、阿含宗の法務部の方が無知だとしたら
これは阿含宗の「法務部」もインチキかデタラメかそれともただの詐欺教団のための育成施設という
経路を経た「にわか僧侶」になっているだけなのか、という事になります。

まさかアゴンさんもここまで言われて「そんな馬鹿なことがあるか」といいたくなるでしょう?
私だってまさかそうは思わない。だが、あまりにも無知すぎるようだと推測の方が当たっている
ような状況だと、あまりにも法務部の信憑性さえも信じられなくなる事が出てくる。
ですから法務部の坊さんが悪意が有るとか無いとかよりも、専修学院自体のシステムを疑うことも
考えないといけない。

それを確かめるには法務部の坊さんが専修学院で何をどのように行ってきたか(習ってきたか)を
確認したりするのが一番です。または内部で実際に指導している人の内容を精査するとか、ですね。

もしも専修学院自体が間違った指導や教育をしているとすれば、阿含宗側に問題があります。
法務部の坊さんが悪いわけではない、となります。

しかし、その間違った指導の下のままで管長の発言などの謎解きをして果たして正しい結果が
出せるかどうか、です。そこを私は問いたい。

桐山コードという名前は確かに大層な名前ですが、名称はどうでもよろしい。問題は中身です。
中身をちゃんと精査して判別できてそれをどのように公開できるか、です。

普通の状態であれば本当の仏教との比較検証で阿含宗が偽仏教というのが分かります。
そうすると法務部のお坊さんは管長に対し「管長!貴方は偽の仏教を本物だと偽りましたね」と
糾弾せねばならないはずです。しかし、現実は「それがない」

しかも管長から許可を貰って公開している内容を見れば判別できるが、おそらく管長の意に沿う
つまりOKが出るということはなんら正統性も信憑性ない管長のインチキなままの解釈しか出て
ないということが見る前から分かるのです。
易しく言うと「管長の手のひらから出た意見は無く、尚且つ管長の擁護しか出てない内容」だと
いうことですね。おべっかまではないとしても、「管長はかのように素晴らしいことをしている」
といった内容なはずです。批判などしたら即刻クビです。

だから桐山コードという名前をつけても別な名前でも何ら意味はない。
分析やら解析だのいっても阿含宗は阿含宗のエリアの中だけを出ておらず、中身もそんなに変化も
無く、ただの内輪ウケと教祖を喜ばす内容と、教団を信じる信者への都合のいい説明で終りです。
本当の意味での解析も分析もありません。あったら即阿含宗は解体です。

だから私はそれを早とちりして「阿含宗解体をする法務部が現れたか!?」と期待したが、違うという。
そんな正義のヒーローなどいるはずがない。教団からすぐに追放されます。
まして法務部のやっていることは私の言っていることの通りなはずです。
いろんなオカルトや不思議事項や話題などを用いても(スピリなども)結局は阿含宗擁護のための
方策であり、欺瞞解明などありゃしない。茶番そのものです。

もしも法務部が正統的にやるなら、外部介在でやるか管長の許可なしでやるべきです。
もしくは公開などが出来ている環境でやるか。
教団内でしかやらない事項は、非常に要注意だということですね。

200天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/27(水) 08:28:36
あ、途中で出てくる「専修大学」は「専修学院」の間違いです。失礼しました。

201サライ:2011/04/27(水) 21:00:43
>>190 ○ールドメートの事の記述、拝読いたしました。あちらさんは、神道系で、深見氏は著述が多いのも桐山氏と似てますね。本だけ読むと、博学ぶりに最もだと思い、いざ、団体に出向いてみると、カネばっかりかかって、というのは、この世間どこも同じなんでしょうね。ハウツーモノ教祖(宗教含む)への傾倒は「読書だけ」の段階に留めて、セミナー(教団)参加・高額出費はやめたほうが賢明という法則があるみたいです。なぜなら「本」の内容が最高であって、著者に会って講演を聴いても「本」は著者が全精力を込めて完成させているので「本」以上の内容は、出てこない、との事です。(斉藤一人さんが書いてました)。もっともですね。桐山氏も深見氏にも当てはまる気がします。私は深見氏の神社解説は参考になるので、「本の段階」で参考にさせていただこうと、思います。

202天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/28(木) 08:43:51
サライさん、感想ご意見ありがとうございます。
私も在籍中の法友の勧めが無かったら調べることも無かったでしょう。

サライさんのおっしゃるとおりで本の発刊、主張は中々のものです。
それで各道場のようなところへ行ってやがて入信されるのでしょう。

私が在籍していたのに「これは偽物だ」と気が付いたのはやはり整合性に
欠けるところです。特に顕著に目立つのは深見氏には仏教の知識が無い、
ということです。それで居て知っているような物言いでその内容があまりに
もデタラメなので「桐山氏以下」と言う判断が当時なされていたからです。

深見氏の主張どおりにもしも氏が力があるとしましょう。
それなのにあまりにもお粗末な知識に「なんじゃこれ?」と思ったのです。
本当に力のある人は神道だろうが仏教の事にもある程度精通しているというか
分別があります。だが、深見氏にはそれが無いんですね。

桐山氏でもデタラメなのにそれ以下ですから話になりません。
また深見氏の著書内での説明も良く理解できない箇所が時折ある。
また護摩も取り入れているが、物凄い幼稚なシステムです。

おそらく本人の創作なのでしょう。その他秘法見たいのもありますが、
どうにもまじないの域を出ないし、資料を貰った際に入っていた同封物が
ありましたが(観音経?だか何かの文言の一部のシールとか)それも
何の効験も感得もない。尚且つWebでも批判の嵐です。
これでは全く信じる以前の問題で「深見氏」は有名な方だけに私は
「この人もまがいものだったか」と残念に思いました。

神社解説とかは参考でいいかもです。また「本だけ」にしておくのが一番です。
下手に施設に行ったら巻き込まれます(笑)

203天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/29(金) 00:18:06
投稿がないので書いておきますか。

信者さんの体験をことごとく否定していると見られているようですが、したらばのユビさんのように
私も同じ考えですよ。不思議体験はあるだろうし、自分も弱いものなら経験しているし、また
弟も解脱供養での強い体験もしている。

というか私から言わせれば反応が無いアゴンさんの方が私から見れば訝しいですが。
自分は色々体験談などを説明するくせにこちらが説明しても「そ知らぬふり」ですからね。

体験は体験として信じます。だがそれが「阿含宗の正当性や信憑性には繋がらないのだ」これを
理解せねばいつまでもゲイカマジックの範疇から抜け出せないのです。ここが分かってない。

私も擁護時代は体験や奇蹟談を話したことがある。なぜか?それはそれを以って阿含宗の力を
示したい。また凄さを認めてもらいたかったからです。また主張の方法としても、ね。

でもそれを「どこの教団でもあることだ」で片付けられてしまうんです。
それが腹立たしくてね。なんて元信者は頭が固いというか何でも批判的なんだろうと。

でも、ちゃんと欺瞞を理解しゲイカのやっていること・言っていることの真偽を分かれば
批判側の言うことは理解できるんです。阿含宗を擁護する色めがねを掛けているからわからない。
それこそ彼氏との相談に会話している「ピグラさん」は一般の方で信者で無いですが、ちゃんと
私の話を理解していますよ。無関係さんだってそう。

204天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/29(金) 00:26:37
信者だけが非常にしつこく喰らい付くのです。
それは自分の信仰とやっていることを「否定されているから」です。
自分が唯一信じているかけがえの無いものを守りたい・放棄したくないからです。
だから批判されれば正論でも「認めたくない」んです。

こうなると感情や自分の気持ちが大事で相手の言うことなど聞きたくないし
認めたくない。腹も立つし気分が悪い。

私が目を覚ませたのは色々理由がありますが、一番努めたのは「自分の感情は
横に置いて整合性を求めた」のです。
調べてもしも批判側が間違っていたら謝罪させてやる。調べ上げるまでは
怒りは内に秘めて、擁護意見が通ったらただでは済まない、と。

ところが調べれば調べるほど阿含宗側が不利になってゆくではないですか。
焦りましたよ。いっそ途中で調べるのをやめようか、と思ったくらいです。

ですが、やめたら負けを認めなければ行けない。なので尚も歯を食いしばって
事項を比較検証する。するともう答が出るのですね。ああ、負けたと。

この経験をしない限り私の言っている意味は分からないでしょうね。

205天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/29(金) 00:35:19
実際の例えがあります。

私が中学生の時、修学旅行で仙台へ行ったことがあります。
そこの大きめな旅館で夕食が「すき焼き」だったのですが、その際に「牛肉」の
すき焼きだったんです。

先生は「おい。お前ら牛のすき焼きだぞ」と喜んでいますが生徒の大半は牛の
価値や味を知らず「何先生ハッスルしているの?」という状態でした。
給仕をしている仲居さんも「この田舎ものめ」とは思ってなかったとは思いますが
笑ってましたね。

そして実際皆が食べても反応が薄いのです。さすがに笑ってた仲居さんも
笑顔が減っていましたね。そこを良く覚えています。

いつもは「豚肉」しか食べないので違いも分からなかったんですね。
しかも私だけでなく大半の同級生も分からなかった。分かったのは2〜3人でしたね。

そういう味覚音痴があるように、阿含宗の信者は本当の仏教も偽仏教も判別できない
状態なのです。だからいつも何度も言って聞かせても分からない人を見るとこの自分の
中学の修学旅行を思い出すんです。

そして自分が判別が付いたのは20歳を超えてからです。
そこで「ああ、中学の時に先生らが言っていた意味はこれか」と合点したのです。

気付かないとはこういう例えにもあるということですね。

206天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/29(金) 12:40:55
丁度時間もあることですし、では又違ったことを書いてみますか。

阿含宗に在籍している信者さんでも自分で色々考察している方がいると思います。
かく言う自分もある程度行った輩です。
色々有りますが、代表的なのを挙げれば大本教、シルバーバーチ、日月神示などが
有名物でそれらを色々個人的に考察してました。
退会間際はパワーストーンのものやヒーリングの辺りや気功やレイキなども少々。

ですが、どれもやはりOKの出るものは無かったですね。
唯一良かったのはスマ氏の納得できる解説とヴィッパサナーぐらいですかね。
後は他宗や他教、またスピリ系やまじない系も全部駄目。
自分ではそういう判断です。

勿論各個人が好きで講じるのは別にいいですよ。
でも、私に推奨しても乗りません。もう懲りました。

○ールドメイトもそうですが、例えば欺瞞解明している後半などは、気が触れて無いとは言え
「どこかマトモな教団があるか」と模索もしたものです。
ところがやはり無い。2chでも出ていたし、自分も個人考察の中で得た「まがい物を
判断する基準」というのを物差しで計ると本当に世の中の宗派などにはOKの出るものが
ないですね。マジデスカ?と言いたくなるくらい無い。
阿含宗だけが間違っていて、なんて生易しいものではない。
「なるほど。道理で無所属になるわけだ」と理解しましたね。

207サライ:2011/04/29(金) 16:02:26
>>202 深見氏のつっこんだ分析ありがとうございます。仏教の知識が貧弱なわけですね。手元にブックオフで100円で入手した「神社で奇跡の開運ノート」というのがあるんですが、著者紹介欄に肩書きがびっしり。その中に比叡山天台宗在家得度、法名「東州」、臨済宗東福寺授名「大岳」居士とありましたよ。仏教に足つっこんでるようですが。(笑) その他、中国や東南アジアの大学の学位、勲章がびっしりなのと、アゴンの「囲碁」のにあたるものとして、「能楽、茶道、書道、声楽」関連を手がけており、「紺綬褒章受章」や、「英国国立ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS・ソアーズ)Honorary Fellow・名誉フェローシップ」などと、どこかで聞いたことある称号(桐山氏と阿含宗 も両章号、受章済み!)があり笑っちゃいますね。おまけに深見氏は伊勢の神道家、小泉太志氏に会いに行っている。桐山氏と深見氏は写し鏡みたいですね。(アゴンの後継者に招聘したら?)深見氏は半田氏という本名で受験塾も指導しており、「勉強は喫茶店やファミレスで」たどのエッセイ広告は何かと実務的で役に立ちました(余談)。 まあ、天照さんの分析の通り、この方も「本だけ」にしておきますがね。(笑)

208天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/29(金) 16:28:56
サライさん、詳しい解説ありがとうございます。もう深見氏の分析が終わって4年経つので氏の細かいことは
忘れてしまいました(笑)
いろんな肩書きがそういえばありましたね。ゲイカのように権威好きなのかどうかはわかりませんが、
まあ良く集めたものです。
私にすればそういう肩書きは要らないから力で示せ、と言いたいですね。
どんな奇蹟も現象も現実に見せたら適うものは無い。理屈をこねても出せないものの方が意味なし。
例え義務教育しか出てなくて肩書きがなくても力で示せば良いと思います。

深見氏の「いいなあ」と思ったのがサライさんのおっしゃったとおり「塾を経営している点」と「仏教教団
を名乗らない点」ですね。これは私もいいじゃないか、と思います。
寧ろ信者をだまくらかして搾取の限りを尽くすほうがどうかと。
まああちらの団体も何らかでお金を必要とする箇所もあるので容認は出来ないですが。

またこれも引用するのがめんどいのではしょりますが、深見氏の著書の中で仏教に関する説明が
出てきますが、本当の仏教を知らなくても整合性の無いのが結構あります。
なので阿含宗以下、というのです。
あれほど能力があり勉学の方でも私なんかよりずっと上と見られる深見氏が簡単な間違いをするとは
呆れを通り越してしまいました。
時に深見氏だけでなくWebサイトを持っていて色々論を出されている「あるお方」も決定的な間違い
を述べていることがあります。

その方は本をパラパラとめくっただけで内容が全てわかるそうです。
だから本を買うことはほとんど無く、本屋に行ってパラパラとめくるだけで事足りるそうです。
すごい時になれば、平積みの本一冊を手にとってパラパラめくらなくても中身が分かるそうです。

訝しく思ってたらやはり仏教の事項を話すと間違っています。こういう輩がいるんで気をつけないと
行けないですね。こと霊能力自慢をする輩は要注意です。

神社とかの本は読んでませんが、まあ入信するわけではないので参考には良いかと。
ただ、もしかしたら嘘や捏造もあるかもしれないので気をつけてください。
深見氏は神様をみるとウルトラマンよりでかい存在で表現しますからね。
神は偉大でもそこまでしなくてもええがな(笑)

209天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/29(金) 16:56:37
書き忘れた・・・追記で。

小泉太志氏とのこともありましたね。なので法友もそこを強調してました。
ですが、そこはまだ2chに参入する前でしたが凄く訝しく思ってたんです。
そして2chで批判記事を見たら小泉氏はどうも「胡散臭い」というのが分かった。
そうなると深見氏にヨイショしたというのも整合するんです。

小泉氏はどのくらい凄い人かわから無いが、仮に凄いとしてもそんなにあちこち
霊能者と呼ばれる人と接し、また推奨するものなのか。
そしてそういう権威のある方なのか、です。
もうお亡くなりになられているし恨みも何も無いから批判するつもりは無いが、
小泉氏は「良くわからないお方だ」というのが実際のところです。

又それほど凄い方で見識が有るのならなぜ管長とタッグを組まなかったのか。
交際もあのゲイカの話だけでそれ以降はさっぱり見えてこない。
また小泉氏から神道の何かを教わったこともあるわけではない。
ゲイカの話は事実なのかフィクションなのか良くわからないところがあるので
気をつけないと小泉氏のことも宣伝に使っているかもしれないです。

そして深見氏に於いても同様のことが言えます。
良く詐欺師が使う手口で有名人を利用したアレに似ています。
そして小泉氏がゲイカ同様深見氏に特に何かしたわけでもない。
よくよく分からないことが多いです。

あと批判ものや元信者の意見を見ると阿含宗と似たように被害を訴えている。
深見氏も所詮本物ではなかったということです。

210天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/30(土) 09:47:38
以降の事は自分の考察論と考察の結果です。ご了承下さい。

私は掲示板に来る前に色々個人で模索や考察をしていました。
それは今では汗顔の過去ですが、オカルト好きであり、不思議大好きな輩だったからです。
また阿含宗に非常に力を入れていたのもあった。

本屋などに行けばその系のものや宗教関連の本に非常に興味を持ち、いつもそのコーナーに
いて研究している自分に酔っていたほどです。
そういう傾向に埋没して阿含宗との関連も調べることを忘れずにもいた。
総じて言えばオカルト大好きで阿含宗の整合性を深めるために勉強をしていた、という
ことであったということです。

その中で「日月神示」は自分には結構影響を与えたものですね。
ちょうど本に出遭った時期が1993年以降というのもあって世紀末の危惧や懸念、
また神示の内容などを読んで「これは阿含宗にも関連がある」と非常に驚嘆し、その
面での展開も考えていたほどです。

実際阿含宗内でも仲の良い信者さんにだけになりますが、それを伝えたことも有ります。
「自分はこのように分析した。どうでしょうか?」と聞いたが皆あまり関心が無いというか
把握できないようで自分だけの空振りに終わったものでしたね。

まあ、一般の信者は分からないだろう。ゲイカに問えばきっと何か分かってくれるだろう、
という風に心だけは温めてそのうち接見できる際にお伺いしよう、と思っていた。
それは全然叶わぬ夢になってしまいましたし、実際ゲイカに語っても成功しなかったと思いますけどね。

211天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/30(土) 10:00:22
その「日月神示」は見たことがある、または研究された方は分かると思いますが、実際全てを理解・把握
するのは大変です。私も良く理解できるまではかなり難儀だった。

ですが、わかったら非常に残念になった。つまり結果を先に居ますがあれはやはり「雑多な想念や妄想」
の類で信憑性に欠けるとなりました。
私も神示を降ろした岡本天明さんや当時の方々、また神示を信じている人に喧嘩を売るつもりも恨みも
あるわけでは有りません。しかし、自分が考察した結果「はしにも棒にもかからない類」というのが
わかりましたね。なので非常に残念です。

そもそも外国も含め霊示関係はよほど精査(霊査やサニワ)をしないと危険です。

日月神示の中身を見れば如何様にも取れる事項と訳の分からない言い回しが多く、尚且つ世界の
荒れる要素の件は「世界大戦」の危惧なのか、世紀末の危惧なのか、これから来る将来の危惧なのか
分かりかねることが多い。そして私が良く精査したら(個人レベルだが)やはりその結果では
「世界大戦」の危惧でしたね。

また危険性を啓発しているが非常に抽象的なものもありやはり心霊系でよく言われる「雑多な・低級な霊」
の仕業というのや天明さんの妄想もあるように見受ける。
総合して言うなら「さほど重んじるほどのものではない」ということです。

確かに神示の中には「良いこと」を述べている箇所もあり賞賛できるのもある。
ですが、それは一部の箇所であって全体を見れば全体がそういうものではないことが分かる。
雑多なものもあれば、取るに足らないものまである。
だから私は「肝要なものを取捨選択してそれを人生に個人レベルで活かせばOK」という風に判断し、
実際そのようにしているのです。だから特に重んじたり”バイブルにする必要”は無い、という判断です。

212天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/04/30(土) 10:17:56
そして日月神示を見てゆけば「大本」も出てきます。
今でも出口王仁三郎さんの人気とカリスマ性は強くファンも居られるようです。
また当時は凄いブームとなり、国家が恐怖を感じて制御したほどです。

霊界物語も凄いと評判ですが、私には何の効能も無かったですね。
出口王仁三郎さん自体もサーチしましたが感ずるものは無いです。

大本さんにも何の恨みも有りませんが、私は悪いが「時代遅れの一宗派」と見ています。
過去に物凄い盛況・反響があったでしょうが、一種のブームであり、時代でした。
ですから個人的に愛好し仰ぐ分には申し分は無いですが、世界をリードするとかよい影響を
与えるまでには至らない。凄い宗派だと期待しましたが、残念な結果です。

その他色々模索してみた結果やはり結論としては「各々が好きな・選んだものを講ずる」か
「何も講じない」のどちらかになりますね。

まして阿含宗のようなオカルト満載な宗教に懲りたら別な宗派のオカルティなものにも
嫌気を感じる場合も有ります。オカルトを排除したら後はシンプルになる。
シンプルになったら中身を調べるのは簡単になります。

そしてどのシンプルな宗派がチョイスされたら後はどこに自分が則すかだけです。
どこにも則さないでいれば「無宗教」になるというだけです。

私は釈迦仏教でのシンプルさを選びました。これが何かのシンプルなものに属すかどうか
だけであって、別に仏教でなくてもいいわけです。

ただ、必要以上に金が要るとか使うとか、また教義の上で問題があるのは危険です。
そこは各々が気をつけるしかないでしょうね。

でもこういう事項になるのはかなり少なく、巷にある宗教団体の多くは淘汰されOKが
出なくなりますね。なので無宗教になる人も多いのはそこかな?と思います。

以上簡潔ですが持論を述べさせていただきました。

213サライ:2011/05/01(日) 22:06:25
>>208 >>209 深見東州氏、小泉太志氏の分析、ありがとうございます。深見氏の本は何かと目に入ってしまうので、(笑)得るべき点は参考にして、今後、注意します。 >>210 書店の精神世界コーナーは確かに盛りだくさんですよね。私もあちこち目移りしますが、買っても読み切れませんね。日月神示は中矢氏という方の本、昔、1冊読みましたよ。なかなか、おもしろかったです。新宗教は最近週間ダイヤモンドやサピオ誌などでたまに、特集されるので、もう、カネ集めの組織になってる感じでシラケますよね。(もちろんアゴンもその一つ) 今後の、新宗教の展開は時代背景もあるし、厳しいでしょうね。天照さんの選択された、シンプルな釈迦仏教というのもよろしいかと思います。あと、私が思い浮かぶシンプルは、産土( うぶすな)神社ですかね。すべてを地元近くの神社におまかせしてしまう。一説によると、産土神はすべてお見通しといいますし。(だんだん、浄土教っぽくなってきてしまいました。やはり神も仏も最後は一つ、同じ物という気がします。)

214天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/02(月) 10:54:23
サライさん、ご意見いつもありがとうございます。
小泉氏はもう逝去されているので、ほとんど無意味的でありますが、深見氏は現在も元気に
活動中ですし、また疑惑・疑念が出ているので阿含宗と同じく考察が出来ますね。
私も奥にしまったダンボールから深見氏の本を取り出して、久々に展開してみようかな、
と思っています。

日月の中矢氏は相当な方と拝見していますが、でも日月のプロじゃない。
やはり研究・考察までは相当でも答を出しきれてない。
先般定価売りの本屋さんで中矢氏の本を見て「おお!どのような内容かなあ」と嬉々として
読みましたが、期待外れでした。

やはり過去の範疇を出ず、同じような内容でした。さすがに少しぐらいは今の時代に
あった、または過去からは変化した内容も出していますが、総じて言えば過去の著書の
上塗りです。リメイクでも良い。

どうしてそうなるか?それは中矢氏が如何に天才であったとしても神示を解明し、
それを実際の示唆にするのは別問題です。氏は宗教家でもいち宗派の開祖でもない。
ただ研究や考察だけなので、成しようはないのです。

また神示自体の考察を深めれば分かってきますが、あの「神示を降ろした神様自体」でも
先が分かってないのです。それを中矢氏が出せるはずなど無いのは当然です。
だから解説や論じるまでしか出来ないし、同じエリアから出れないのは当然なのです。
なので、もう日月も私は卒業しましたね。

215天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/02(月) 11:06:29
>>213でサライさんの言われた最後の方の「やはり神も仏も最後は一つ、同じ物という気がします」
というのは私もそのように思い・感じています。

色々阿含宗も含め他宗の教えを考察してゆけば、まず分かるのが集金体制やオカルトものの宗派は
駄目だ、ということです。例えそれが仏教系でなくて他の宗教の絡みであったとしても、です。

神も仏も何を述べ、何を示唆しているのか。どういう存在で自分たちは接し講ずるのか、というのを
考えたらやはり雑多なものやおかしげなことは無いのが当然です。

そして神や仏は空気のような存在です。そして自由がある。
人間を制御したり操作したり抑制するのが今までの宗教の大半でしたが、それらは間違った邪教でした。
つまり信じるほうも信じさせるほうもどちらも本当のものを講じてなかった。
大きな言い方をすれば「魔界のようなもの」に騙されていた感じでしょうか。
端的に言えば本物ではなかったわけです。

これからの時代は偽物も残存しますが、本物も選べる時代になってきた。
こと仏教に関して言えば、まだまだではありますが私が20数年前に「調べることさえ難しかった」
のが今では手に入る時代に変わりました。それと同様、キリスト教でも神道でもその気になって
探せば本物への道が得られると思います。
そして、究極的には神も仏も差ほど変わらない。本当の神や仏はおしつけがましく、また嘘をつかない。
まやかしやオカルト的な内容や人間を喰うが如く操作などしないのです。

サライさんも相当な考察をされているのかと、推察します。素晴らしいですね。

217天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/03(火) 13:16:44
今、深見氏の本を探していたら、ひょんな本がここに。

「深見青山  その天才の秘密を探る」 磯崎史郎著 頸文社刊

それを見つけてすっかり忘れていたことを思い出した。
実はこの本は私に「深見氏」を教えてくれた法友が深見氏の本と一緒に
送ってくれた本なのです。

深見氏の本と、この深見氏への批判本(考察本という方が適しているかもしれない)
を一緒に送ってくれたところが又妙なのだが、実際送ってくれたのです。

この本はもしかしたら絶版で、もう書店では無いかもしれない。
図書館かもしくは中古本屋さんで見かけたら、ラッキーだしまた見て欲しい。

深見氏の本を再読してどこがどのように「おかしい」のかを出して行きます。
(この考察本は自考察の最後に出します)
まずは、深見氏の本からですね。

「神社で奇蹟の開運」という本と「御霊の力で開運する」が出てきたのでそこから
展開して行きます。勿論ヒットセラーになった他の本も出して行きます。

218天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/03(火) 13:47:51
高速で(笑)読んでみましたが、「御霊の力で開運する」があまりにも綺麗なので
何でかな?と思ったらO−ルドメイトさんへ資料請求したときに付いてきた
本ですね。深見氏の今までの著書とは違い「法話集」のような感じです。

この本はさほど重んじる項目は無いですね。なのでこの本への解説は無しです。
読んでみると分かりますが、ゲイカの法話に似たような内容も少しあります。
まさか深見氏がゲイカからパクった訳では無いでしょうが、まあそんな箇所や
全体の内容でもあまりピンと来ません。

「神社で奇蹟の開運」は後で意見を述べます。とりあえず簡単な本から、と
言うことで見てみたら、あまりにも取るに足りない内容だったので先に述べて
置いた次第です。ではまた。

219サライ:2011/05/04(水) 01:00:52
>>214 日月神示及び、中矢氏への見解ありがとうございます。中矢氏をもってしても、解明は難しいみたいですね。私も以前1冊読んだよしみで、2冊目で、これは、と思う著書があったら、読んでみようかとは思います。 >>215 ご賛同ありがとうございます。神、仏の先は"根元神"の世界、人智の及ばない世界なのでしょう。とはいっても、我々は日々、世間の生活をおくるため一喜一憂する現実があるわけですが。今回の震災は、「御利益宗教にすがっているどころじゃない、我々は被災者、被災犠牲者と共にある」、と一層、感じさせてくれました。伊勢白山道さんの"生かしていただいて、ありがとうございます"に同感です。伊勢さんのブログは最近はたまに覗く程度なんですが、震災後の的確なコメントに感心して、最近、また「内在神への道」をひっぱり出してきて、パラパラ見ています。(近著を購入する所まではしていませんが) >>217 深見氏の研究、掘り下げ、期待しております。彼はゲイカみたいに「自分の教団がNo.1」とは言わず、「まあ、うちの所は15?番目〜○番目でしょう」と、一応控えめみたいですよ。(笑)

220天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/04(水) 20:59:59
>>219 サライさんも結構お読みですね。私の突っ込み解説要らないかも?

サライさん仰せの通り、深見氏は「言うときは言う」があまり傲慢さを感じないんですよね。
それも魅力の1つかな?と。本当に自分や自分の教団が№1とだといわないですよね。
ただ、あの方の親父ギャグばりの「だじゃれ」は好きではないですが。(笑)

さて、少なめですが、深見氏の「神社で奇蹟の開運」の突っ込み箇所を出しましょう。

文庫本ですが、P37Pの4行目からですが、「病気治し」のことが書かれています。
深見氏も分かっているようですが、その項の説明にあるように本来なら「病気治し」を
やらないのだが、平成元年から行うとあります。
そして平成元年といえば1989年でそれから1999年まで10年である。
そういうことを網羅して氏は「病気治しなどを行う」とあるのと10年間の危惧を訴えている。

つまりノストラダムスを担ぎ上げはしないが世紀末への危険性は述べているのです。
これは非常にうまい表現方法です。
ゲイカのように「担ぎ上げたら後に引けない」が担ぎ上げては居ないのだから回避が出来る。
つまり突っ込まれてもいいように「逃げ道を作っている」かのようです。

それよりも私が特に違和感を感じたのはP38の4〜5行目の
「ジリジリ、ジリジリと私達は神様に追い込まれて行くのである」この文章です。

何で神人同一を説き、目指しているはずのこの団体、そして深見氏がこういった文章を書く、
または発言するのがわからない。
寧ろこの文章は「不要」のミスプリントではないかと思うのです。

慕い同一を目指す神になぜ「追い込まれなければいけないのか」
またなぜ追い込む行為を神はするのか? 追い込むのが神なのか?
実に不整合な発言なのです。まったくいただけない。

そして細かいところを挙げれば色々ありますが、総じていえる疑念があります。
それは深見氏も「お陰で釣っている」という点です。

221天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/04(水) 21:00:41
この著書だけでなく全般に言えるのだが、まじない的やお陰話が多い。
本のタイトルなどもそうである。「強運」とか「大金運」「大浄霊」そして守護霊などの
話題も出ていて、阿含宗とは違うのだが、非常にオカルト好きやお陰大好きな人間に注目を
浴びるような内容やタイトルなどです。

そしてこの引用した本もそうですが、如何に神社にて神様からのお陰をいただけるかを
解説した本です。その他深見氏の本はそういう類が多い。

日月を読んだ方は分かりますが、奇蹟も功徳も本来望むものではないというのが本当の姿勢です。
ぶっちゃけた言い方をすれば「神様は人間の欲をかなえる存在や道具では無い」ということです。
仏教もそうなって湾曲されている。阿含宗を見ればそれも良くわかります。
やれ愛染明王だの何々様だのでお陰がメインです。

深見氏は仏教も講釈するが阿含宗ほど特化して無い。ですが、やっていることはさほど変わらない。
守護霊だの神様だの何とかだのに変えているだけで、差は無い。
それこそ例えるならば電磁調理器かガスで調理をするかの違いのようなものです。

本当に神様と人間との位置や関係などを重んじて正すなら、深見氏のやっていることは論外です。
如何に阿含宗のようとは違うとはいえども、功徳やお陰で釣っているのは差は無い。
まして氏の説明もおかしな面がある。

P60〜61の中の説明もかなりおかしい。巷の状態に例えたのでしょうが誠におかしい。
こういう箇所を読んでも「神様を何だと思っているのか」とわかります。

またP80の9行目にある
『だから神社関係の人がお読みになったら、「私どもはこういうご神徳ではありません」とお答えに
なるでしょう。神社関係の方は、それで仕方ないのかもしれない』
という箇所ですが、これは2つの意味が有る。

1つは深見氏は著書で言われているがきつい修行も行ったことがないほどの天才宗教家です。
しかし、それらは氏の持論や展開・経験・感得によるものが多く、伝統的な神道のものではない。
そうなると、どこまでが本当か嘘か検証しないといけない面も出てくる。
だからそういう氏の理論を神社関係の人がぶつけられても「それは当方には覚えが無い」というのは
当然なのです。

222天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/04(水) 21:25:45
もう1つは神社などには昔ながらの神道に継承されているものや行われているものがあります。
(もちろんそういうのが無いような神社も有ります)
そうすると神社としては普通の営業というか展開をしている、つまり神社としての姿勢を取って
居るわけで滅多やたらに「ご神徳」を打ち出したり誇ったりすることはしないものです。
お陰信仰で神社を流行らせようとか、利益を上げようなどとは普通しないものです。
(もちろんそういう神社もあるみたいですが)

ですが、普通は新興宗教のようなバリバリ稼ごうというあからさまなことはしないのです。
そこへ以って深見氏が色々なことを宣伝?してくれたとしても、神社には「なんだかなあ」な面も
あったりするのは当たり前です。

氏の主張も分かります。P80〜85の5行目までを見れば色々解説され氏の力説はなるほどと
思う点はあります。しかし、氏のやり方が良いかといえば私は「疑問視する」

日月神示にあったような生き方をしてたら、深見氏の示唆は逆行ですから合いません。
ですが、氏の言うようにそれをやってたら「存続ができないところ」が増えるでしょう。
だからと言って「神徳・神徳」とやったり「お陰がザックザク」というのがいいのか?
それが本当の神道の姿か、というと「ウン」というのはおかしい。

深見氏は神社や神道系の方です。仏教の事も語るがさほどではない。
また暇があったら氏の語る仏教の「ちゃち」さを述べたいとは思いますが、あまり参考にならない。

そして氏も正しいことを述べて居る点もあります。それは素晴らしいと思う。
そこの取捨選択が出来て氏の解説を生かしてゆければ私は良いのではないか、とは思います。

どの事項にしてもそうですね。例えば日月神示でも同様であるし、江原さんにしても同様です。
必ず雑多なものや間違ったことを述べている場合がある。深見氏も同様です。
取捨選択は難しいですが、良く精査されてご自身で納得されて行えたらそれはそれでいいかな、
と思います。

こと私に関して言えば仏教にしても神道にしても「お陰話や胡散臭いものに依らずどのように
生きるか、歩むかなどの姿勢を取り入れてゆく」という方向性です。
そういうものはお金も掛からず、オカルトも無く健やかなものしか残らない。
それで良いのだと思います。

深見氏はユニークで面白いお方ですが、仰ごうとは思わない。
氏の興したデータや持論で有益なものは取り入れるが、それ以外はカットです。
特にお陰やオカルトものは排除しています。後は納得が行かない説明とかですか。
そうやれば残るものは害の無いものが残るかなあ、という感じでいますね。以上です。

223サライ:2011/05/05(木) 21:38:22
>>220 天照さん、深見氏の詳しい分析ありがとうございます。いえいえ、つっこみ解説、非常に役に立ちますよ。あの方は"だじゃれ"言うんですね。そういえば、占いの館"アタール"という名称で、一時期、書店でビラ撒きしてましたね。(笑)(手相占いが"当たる"にひっかけ)。 深見氏についての分析で、気づかせていただいた事は、あの神社の"ご神徳"についての記述です。ありゃ、氏の頭の中で"感得"されたオリジナルなわけで、神社の方もご存知ない内容も含まれているわけですね。合点がいきました。いわば、"ご神徳"についての”独創的なライター”なわけですね。かつ、他人の宗教施設(神社)を使って、自身の団体の布教活動も可能となる。うまいですね。今後、氏の記述の中で正論については取り入れ、オカシな所は排除し、取捨選択していきたいと思います。また、他の誰についても同様、取捨選択でよい点のみ取り入れれば、天照さんのおっしゃる通り、最後は"お金もかからず、オカルトでもなく、健やかな物しか残らない" に行き着くのでしょう。まぁ、その健全な世間の人心の隙をかいくぐって、"お金をとことん貢がせる新興宗教orスピ系"が"ウチはよそと違ってホンモノですょ"の"巧妙な洗脳の仕掛け"をもって 暗躍し続けるのでしょう。

224天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/06(金) 08:48:03
>>223 サライさん、レスありがとうございます。私は地方の人間なので書店でのビラ撒きは
知りませんでした。
深見氏は占いもやってたんですよね。また著書にも数冊占いの本も出していてそれを4年前
位の時期にブックオフで立ち読みしましたが、まあまあな感じでしたね。

西谷泰人氏が占いの方で有名で活躍していますね。深見氏は会の主催者なのと西谷氏に
占い方面は任せているからなのか、あまり表に出ないですね。
西谷氏も結構本を出していますよね。まさにメイトと併行しているうまいやり方です。
西谷氏はTVにも時々出るので、「ああ、この人か」と拝見しましたが、まあ温和そうで
良い感じですが、自分は別に診てもらおうとは思わないですね。

占いの館「アタール」は笑いました。やっぱ駄洒落好きな深見氏らしいwww
今もやっているのかな? 

223のサライさんの卓見なご意見に感服です。私はどうしても文章が長くなりがちですが、
サライさんは短く要点を纏めておられて素晴らしいですね。本当にそうだと思います。

深見氏の個人論や個人考察・研究は役に立つこともあります。
やはりあの団体が発展した、また氏の人気も相当あるということはやはり今まで誰も
打ち出せなかったものを出したのもあるでしょう。その中でやはり役に立つことを言わない
教祖や主催者も居ますが、深見氏は良いことも言っているので参考にできる部分もあり、
「まったく不要である」という認定は私も持っていません。なので深見氏を教えてくれた
法友には判断として残念な結果になりましたが、勉強にもなったし良かったと思っています。
(法友は深見氏が本物かどうか私に聞いてきたのです)

法友は深見氏が本物だと分かれば移るつもりがあったようです。
駄目判定だったので阿含宗に在籍していますが、私が「阿含宗も駄目」と言っても辞めませんw
なんだかなあ、とは思いますが仕方ないでしょう。
法友は私より頭が良い人なんですが、残念な思いですね。

225天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/07(土) 09:50:46
ここは別スレなので本流スレと違うことも書かせて貰っていますが、私は先日ふと気が付いたことがあります。
それは阿含宗の教義にある「悪因縁解脱」はキリスト教の免罪符に似ているなあと思ったことです。

全く両者一緒にはなりませんが、大筋で一緒だと思います。
つまり免罪符は「免罪符を買い神に許しを乞うことで罪が消える」というやつです。
阿含宗は色々なものを神仏に捧げることで悪因縁が消える(おおよその意味で)という内容です。
両者は別個のものなのに、「似ているなあ」と感じました。

思うところ結局は依存させて搾取するシステムです。
仏教では釈尊が。キリスト教ではイエスがそういうことを言った・示唆したのかというと
それはありえません。なのに「巷に出ている」というこのおかしげな状態。
全く嘆かわしいというしかないな、と思っています。

それこそ昔こういった「神に許しを請う」とか「悪い運命を帳消しにする」ということを
言うと「そんなもの信じない。そういうのが宗教なら無宗教で人生を生きてやる」といった
知り合いの方がまともだったとは、とがっくり来ます。

無宗教が良いとは思わないが、その間違った教えを信じてそれが「正しい」と思い込んでいる無知さに
嫌気が差しますね。過去自分がそういう人物でしたからね。厚顔無恥とはこのことです。

今ではその知り合いの気持ちが良くわかります。
変な教えに沿うくらいなら悪い運命だろうが天罰だろうが思うがままに生きてやる。
その方が自由で立派だと。

キリスト教の事は横に置いても阿含宗に居た自分は悪因縁解脱に精を出し、成果に期待した。
また自分は普通の人には出来ないことをしているのだという間違ったプライドもあった。
面倒くさい行も出費も忍耐でやってきた。無理ばかりの人生でした。

今は退会して3年が経ちますが、健やかですね。
たまに過去もよく見た阿含宗を臭わす夢は見ますが、関係ない。
昔はそういう夢も「何かの霊示か?」と思ったものです。

阿含宗を辞めたことは手術に似ています。悪い腫瘍を取り除いたかのよう。
傷も切った部分の減りもあるけれど、健やかなのは確かにある。
在籍時はエンドレスな際悩みが多かったけど、今はそういうのが無く本当に塩梅が良いですね。

226サライ:2011/05/08(日) 00:10:09
>>225 >>224 先日、深見氏の最近2月頃発売の"奇跡で○○開運シリーズB6版ノート型゙ の本立ち読みしたら、「○ールドメイトはカルトではない、なぜなら・・・ また、金集め団体ではない、監査人を入れて、今後財務も公開していくようにする云々」、などと後書きに書いてありました。本当に公開できたら大したものです。天照さんにとっては、過去の法友さんとの事もあり、今後も要マークですね。氏の今後に期待?しましょうw。 カトリックの免罪符は過去ヨーロッパで教会が堕落して行った要因ですよね。なんと、今でも、ドイツには教会税というのがある(2000年当時の本による)そうですが、堕落した教会にお金を払うのがいやで、教会を脱会する市民が増えているとの事です。アゴン宗もそうですが、当初の因縁解脱の理念はさておき、現在は完全に"金集め第一"ですから、まあ、天照さんのおっしゃる通り、あの初ゴマ札や"ゴマ木○万円分買いなさい"は堕落していく昔のカトリック教会と一緒とも言えますね。今の日本は宗教はよくも悪くも野放しですから、昔の"宗教の堕落"が再現されているみたいなものです。

227天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/08(日) 08:08:02
サライさん、情報ありがとうございます。
そうなんですか!?深見氏、本当にやったなら凄いですよね。
氏は最初から「自分の稼ぎは塾などや自分の業で賄う」というのをやっていましたからね。
私はあの姿勢は偉いと思うんです。本当に今後の深見氏の言動に注目ですね。

教会から脱会ですか。当然ですね。私も当事者なら同じ風にしているでしょう。

私事なのですが、実はうちの宗派は「禅宗」だったそうです。
それが私の父が「浄土真宗」に変えたそうです。
理由は、「金が掛かるから」だそうで、禅宗の時は「やれ何とかだ」理由をつけて
布施を迫るそうなんです。阿含宗のように在来仏教宗派は会費がないですからね。
なのでいろんな名目で寄付(布施)を集めるしかないのはわかります。
しかしそれがあまりにも酷いのとある程度の金額が必要なので悩んでいたら、父の知り合いが
「浄土だと年間1万円もかかんねーぞ」と言われ改宗したとかw
なので、キリスト教での脱会は当然といえるでしょう。だって無宗教なら「¥0」ですからね。

やはり今の宗教法人の法律も変えないといけないし、宗教団体自体も堕落している。
これでは話にならないと思いますね。

228天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/08(日) 08:22:46
この引用記事は@chs−1の第3章のものですが、ユビさんへの質問なので、こちらでは私の私見ですので
引用し書かせていただこうと思います。

458 名前:南無阿弥陀仏 投稿日: 2011/05/08(日) 02:32:11
>>457
教えてください。

釈尊教団は在家のわずかな施しでも成仏できる、と語っているのか?

釈尊は本当に六年痲麦の行をしたのか?

______________

まず「釈尊教団は在家のわずかな施しでも成仏できる、と語っているのか?」ですが、抽象過ぎますね。
聞くのは構いませんが、この方が「自分はこういう風に聞いているが」でも言わないと抽象過ぎてわからない。
外部的なものを見て聞いているのか、それともこの方が「こう思っているのか」がわからない。
まあ、言葉上での判断で解説しましょう。

まず、釈尊は「僅かな布施でも成仏できる」とは言っていません。また「布施で成仏できる」とも言ってません。
成仏する方法は道品法の実践のみです。布施は善行の行為での示唆であり、成仏する法ではありません。

また布施は今の仏教では混ざり物になっており、特に阿含宗においては湾曲されています。
正しい要素も有りはしますが、間違った教祖の勝手解釈が混ざっています。
なので、阿含宗での布施では完全な布施にはならないし、成仏さえも出来ません。

そしてこれは全般的に言えることですが、上限はありません。なのでどこまでやるかはその個人によります。
多ければ良いでしょうが、多いから成仏するということではないし、少ないから成仏できないということではない。
また質問にあるように「僅かな布施で成仏できるか」ということなど無いに等しい。
それは最初に言ったように布施は善行であり、それ自体が成仏には関係ないからです。
成仏するには「煩悩解脱」ですから善行は行うことは釈尊も奨めていますが、それで成仏できるというのは
大乗仏教などの「方便」つまり「嘘」です。ここが分かれば答が分かります。
ですから善行は多いほうが良いが、多いから成仏するわけではないし、少なくても布施を行うから成仏できる、
ということは釈尊は言っていません。なので、この布施について良く理解と成仏とは何か。また成仏するためには
何をなして何が必要かを知れば、答が自動的に出てきますし分かりますね。

229天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/08(日) 08:40:31
次は「釈尊は本当に六年痲麦の行をしたのか?」です。

これは私は「してないだろう」と見ています。(天照の個人的意見としてみてください)

まず実際にそういう生活をしてたら途中でエネルギー切れを起こして死亡します。
いくらお釈迦様が凄い人間だった、お偉い方だった、としてもこの一日痲麦1粒だけで
6年も生きれるはずがありません。つまりこの表現はオーバーな表現であり、それこそ
お釈迦様の求道精神は「半端じゃない」というのと本当に究極の修行をしてそこまでやせた
ということの示しはあると思うのです。本当にガラガラに痩せていたと思います。
ですから殺生をせず、草木を食べて生活していたので脂肪分も無く骨と皮だけになったのだと
思います。その姿を見て比喩舌のだと思います。
また「痲麦だけを食べていた」というのを「一日1粒」という風に勝手に解釈したのかも
しれません。

いづれにしても道理が通らず、精進物しか摂取してなかったのはわかりますが、極端すぎる。
ですから実際的な道理から見て「一日1粒」というのは変だということですね。

230天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/09(月) 07:13:31
現形商法、まだやっているんですね・・・。
私もアレに騙されたクチなので、なんだかなあ、ですね。

現形を否定されれば信者側としては「また否定か」と思われるでしょうが、闇雲に否定している
わけではないんですよね。実際私なんぞは購入して祀り・拝んでいましたからね。

大分過去に成りますが阿含宗を「神仏の現形写真を商売にしている」と外部から批判があって
その批判に対して酷く怒りを覚えたものでしたが、今ではその批判した側の意味が良くわかり
ますね。間違っていたのは「信じる側」だったからです。

阿含宗も管長も仮に「商売にするつもりはない」としたとしても、その写真をどういう意図で
信者に譲っているか、です。
管長曰く「阿含宗に布施(供養)していただいたお礼(法礼)としてお授けしている。また、
お授けした霊写真はそのお授けした信者さんや信者さんの家・家族を加護・守護していただける
ようにと修法してお分けしているのです」という内容の説明をされているが、それはそうだと
しても「効果が無いなら意味がない」と私は判別しました。

例えばいくら綺麗に何かの形として炎に現れていた写真であろうが、管長の言うような説明の
事項の効果が無ければ無意味です。
一方、霊写真で無くても効果があるのなら私はそちらを重んじます。
効果の無い霊写真など風景写真、またはポスター以下であろうということです。

過去に記事として信者さんが交通事故に遭って亡くなられたというのがありましたが、それも
同じことで入信しご宝塔を拝受して勤行を行っていても横変死しているのを見ると阿含宗の
信仰は効果が無いといえます。
それと同じで霊写真を恭しく祀って何があったか。それを自分は経験しています。
答えは過去にも言ったが「何も無い」です。

それはそうです。ただのポスター同然の代物を拝んでいるだけですから何も有るはずがない。
ただ、物体が霊写真かポスターかの違いだけです。

誰だってポスターを拝んで「願い事が叶うんだ」とか「お陰がいただける」と真剣に言ったら
「こいつとうとう頭がおかしくなったか騙されているんだな」と思われるでしょう。
ただ、それが「霊写真」というものに変わっているだけです。

また管長は嘘とデタラメで生きてきているので修法といってもそれは嘘で何も御霊が入って
おりません。ゆえに「何も起きない」のは当然です。
修法というスタイルを取っているだけで、霊写真自体にも何も無く、また御霊も入ってない。
ですからナイナイづくしで何も無いものをありがたがって拝んでいる&金を払うのは信者さん
ばかり、ということなのです。

231サライ:2011/05/10(火) 00:50:47
>>227 天照さんのおっしゃる通り、深見氏の所は別に塾の本業で稼ぐ姿勢はよろしいと私も思います。オームでさえ、パソコン・ショップで稼いでいた。アゴン宗は会員のお布施に100パーセント頼りっきりです。(深見氏が言うところの"教祖様は玉座にどっしり、座った状態")アゴン職員の集客マインドもなってない。調整事務係のみ。ホント、現会員に頼るだけで、自分たちで世間を開拓していこうというヤル気も感じられない。(ひたすら、ゲイカを仰ぐだけ)(くやしかったら、職員が道場の前でお守り販売でも、呼び込みでも、飛び込みセールスでもやれっていいたいが、やってるの見た事ない) やることといったら会員が出したお金を使って、電通に高額の丸投げ広告打つだけ。姿勢を改めないと、今後のアゴンの道場の運営は厳しいですね。 お父様が実践された真浄土真宗の年間1万のお布施は良心的ですね。私も見習って行きたいです。(禅宗寺院との運営方法の違いは要検証で興味深いですが)

232天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/10(火) 20:21:33
サライさんの>>231に触発(笑)されて、知っている面だけの事を説明しながら話題を進めてさせていただきます。

私は実はこの事項に疎くて、先般亡くなった弟から聞かされたのです。
なので私はここ何年かまで「うちは代々浄土真宗だ」と100%思ってたんです。
弟が親の愚痴を聞いていて覚えてたんですね。

お寺も維持費や所得が欲しいから色々あるようですね。
ですが、私の聞くところでは禅宗だけでないそうです。
つまり、その寺の住職の姿勢、もしくは本山系の圧、とか姿勢とかもあるようですよ。
そうでない場合は住職さんの考え方如何のようです。

私の父親の方が「禅宗」でもう辞めちゃったので曹洞宗なのか臨済宗なのかわかりませんが、禅宗であるのは
はっきり言っています。
そして寺の何とかがあるとか、やれ何々の事で布施を募るのが当たり前のようになって、よその家でも
不満に思っても「それが当たり前」と感じているのかしぶしぶ出しているそうです。

ですが、父は母の方が「浄土真宗」なのと金が掛からないのを見て、シフトしたみたいですね。
こういう矛盾がやはり横行しているようですね。

また浄土真宗では何年に一回かの割合で「本山や寺の修繕費への布施」の寄付要請はありますが、
それでも1家で1万〜という風に強制力も弱めです。
勿論上限はありませんから10万でも100万でもOKですが、普通は企業とかで無い限りそこまで
出しませんね。なので一軒につき1万とかが多いようです。

阿含宗は会費が月2000円なので高額すぎます。年間一人24000円ですからね。
で、家族の分だけ倍掛けになる。

普通のお寺さんは葬式に大きい金額を納めなければいけないですが、それは誰かが逝去した再だけで
平素掛かるわけではありません。阿含宗の方がタチが悪い、というのはこれ如何に、ですね。

233天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/11(水) 08:57:29
サライさんの仰せの通り、オウムもPCショップで収入を得ていましたね。
深見さんのところはそういうのは無かったように思いますが、深見さんは塾と本の印税とかで
自分の生活を賄っていたのでそこは本当に良いと思います。

ただ、疑えばきりがないのですが、メイトから全く貰ってないのか?というのも有ります。
主催者で教祖様なのだし、ゲイカほど貰ってないにしろ幾ばくかは貰っている気がします。
それがもしあったとしたら、深見さんも「やっぱりな」という感じはします。
まあ他団体ですし、確認も出来ないので憶測の域を出ませんが・・・。

あとは女性との問題があるかどうかですね。噂では何かあるようですが、噂の確証が取れてないので
私は中まで触れませんがやはりこの問題はどうしても誰でも出てきますね。

あと深見さんは「一種の天才」といわれている方?ですから、いろんなものを編み出している。
それの信憑性も疑問視です。
どうもオカルト色が濃く、好きな人にはたまらないのでしょうが、阿含宗のことで懲りた私には
遠慮のエリアですね。

あと神仏や守護霊?とかに頼りすぎる。依存が多いのもメイトの欠点です。
(いや、もしかしたらまがい物の宗教系は皆依存させるので全般とも言えるかも)

まあ自立を奨めたら教団や教祖に依存しなくなるので儲からないんですよ。
そういうことをやってたら教団ではなく「同好会」にしかならない(笑)
釈尊は宗教という意識も無く行ってたので、そこが凄いところですけどね。

234サライ:2011/05/11(水) 18:53:01
>>230 現形商法あれ、まだ、やってるんですよ。昔、三身即一の大日如来さんの6万円のお写真のパンフレットの宣伝文句覚えてます?「このお写真の仏さまにお願いすれば、どんなお願いもかなえていただけるでしょう」みたいな感じでした。今、思えば、著しく、公序良俗を害するパンフレットでしたね。欲望を抑制を説く釈迦の教団の言う事ではない。写真で人心錯乱させその気にさせる。今は派手に宣伝はしないが、例祭で、たまにさらっと映写される時はあります。(今は、ただ、へぇー、と思うだけです。ゲイカのつっこみ解説もほとんどないです。(霊視能力も昔はあったとしても今はE川事件を起こし、仏様に召し上げられてしまったかも?。自分でおっしゃってたです、「ホステスのお姉ちゃんといちゃついた折りには、私も力はなくなるでしょう」、みたいな事。だから、写真の解説も出来ないわけです。)

235サライ:2011/05/11(水) 19:31:02
>>232 なるほど、天照さんのお宅が浄土真宗にシフトされた経緯はそのようなわけですね。 お布施は「緩やか」に限りますよね。おっしゃる通り、お寺さんはお葬式がでた時だけ、葬式代、戒名代を取りますが、何十年に数度の割合です。よく、ゲイカが「本山クラスの管長が戒名つけて10万円は破格に安い」と宣伝してましたが、これは、マヤカシの宣伝文句でしたね。すでに1回葬式(仏式と仮定)が済んで、"仏教界"にお布施を包んで供養しているはずの先祖をさかのぼって何人、何人も再度、戒名つけて、毎年、毎回「はい、供養代10万円」 とは、異常な世界です。(10万円×○○人となれば、金額上限なしですから)。ゲダツ供養が儲かる事に味をしめ、メイトク解脱も追加(H4年)、いけいけ、どんどんがスタート、 アゴン宗が"霊感集金教団"に堕落が加速した瞬間でした。

236天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/12(木) 05:52:21
サライさん、ご意見ありがとうございます。
>>234 確かそういう風に言ってましたね。ですが、ゲイカはずるいというかうまい。
なぜならそういう風に言ったかと思うと、「願い事を叶う叶わないは仏様次第だ」という。
こういう風に言う時点でおかしいですよね。徳とか欲がどうとかで誤魔化している。
写真には御霊が入ってないのを自分は検証しているので、それがわかって「なるほどな」と
今は思っています。

私が辞めたのは丁度仏舎利曼荼羅の辺りです。あの辺りではさりげなく霊写真は下付する
程度だったのが、今度は霊写真に力を入れたようなので呆れたんですね。
私が入行した昭和59年頃ならまだしも、なんですよ。
あの時期は総本殿を建立する、花山霊廟もまだ空きがあった時期です。
いわゆるこれから阿含宗が延びる時期であり、欺瞞もまだ広まりは弱かった。
そういう昔からやっている商法をやめるはずがないですよね。

>ホステスのお姉ちゃん

色川さんとよろしくやってた時点でアウト。噂だと色川さん以前にも信者に手を付けてた
そうじゃないですか。なら大分前からアウトなゲイカという事になりますわねwww

237天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/12(木) 06:07:23
>>235 いや、私はゲイカの主張は「半々」だと思いますよ。

例えば葬式には通常お坊さんを呼んで法要を行い、最低の戒名をつけてもらうだけで30万前後。
うちの場合は24万でしたが、それ以外にも初七日やら色々細かいものを含めれば30万まで
行かなくてももう少しプラスされます。

解脱供養を何体もしない信者だとゲイカの言っていることは合っているのです。
ただし、サライさんの言うとおり何体も解脱を掛ける人は逆に葬式よりもマイナスになります。

ゲイカの言い分だと「霊障も無くなる。完全成仏させられる。しかも葬式などの行事が要らず
最高の戒名で10万円は安い」と言うのは部分的には合っています。

まず間違っているのは「霊障も無くなる。完全成仏させられる」です。
阿含宗がインチキ・デタラメなので、この効用はありません。
ですので浄土や法華系などと同じで成仏させられないのと何ら変わりません。

しかし、葬式は先に述べたように24万円いきなり取られます。
成仏しない葬式法要と最低の戒名。阿含宗の中だけですが「最高の戒名と一体10万円」
これだけ比較すると安いのは明らかです。

また浄土は正式には戒名でなく「法名」といいますが、、まあ同じ意味ですので戒名と
説明上述べますが、ランクがあるんですね。
法名の上が院号で上には上があって如何様にでも付けられるそうです。

実際の話をしますと、その院号をつけるとプラス30万から〜だそうです。
それこそお金を持っている檀家は坊さんの軽い奨めで100万も払う人もいるそうです。
まさにボロい商売です。
ですからうちの弟のパターンでは 葬式の時点で24万+院号30万=54万をお寺に払い
院号をつけてもらう、という図式になります。

そうなると、阿含宗の戒名一体10万円はたとえ詐欺であっても、かなり安い。
なのでゲイカの言っている主張はあながちハッタリだけではないのがあります。
それは在来宗教の矛盾があるからです。葬式仏教と揶揄されるのは当然です。

238天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/12(木) 06:23:18
ですからもしもお金持ちで亡くなった方を弔いたい。それで葬式の24万円は最低金額ですから
「立派な葬式をしたい」と望めば坊さんに50万でも100万でも払うことが出来ます。
もちろん最初から院号をつけてもらえば良い。それも含めてやる人もいるし、最低の24万から
後付で院号のランクの上のものを付けてもらえば、葬式24万、院号100万で合計124万を
お寺に払う、ということだって可能です。きりがないのです。

またこれは聞いた話ですが、例えばそういう風に払っておきながらどこかの霊能者に
「貴方の先祖は成仏してない」といわれ、法華かどこかの宗派にそれを言ったら
「うちの戒名で付け直せばいいですよ」と奨められ戒名料を100万だかとにかく高い
値段を取られてつけた&宗旨変えまでした、という人も居るそうです。

そんなことをしたって成仏などないのにね・・・。
ですが、そういう風に無知な人を騙して搾取しているの宗派もあるんです。

また今は葬式を行うと施設を借りたり人の対応や色んな諸費用や煩雑が生じるので
「家族葬」が増えているそうですね。
葬式での葬式会社に払う金も100万以上も掛かりますし、何よりも亡くなった方とかの
縁者に対する気遣いや対応が大変。葬式の費用+お坊さんに払う金24万+会館使用料など雑費、
院号をつけないだけでも全部で最低200万は見ないと駄目ですし、対応のため仕事も休まないと
いけない。

一方阿含宗なら申し込んで翌月には指定解脱なら戒名が下り10万円だけです。
葬式も要らず尚且つ10万ポッキリ。
簡易葬式ならおそらく30万〜60万で済むでしょう。
そうしたら昔ながらに葬式会社の言いなりになってやってたらいくら掛かるかわからないのと、
家族葬的で簡易な葬式+阿含宗の戒名10万円で済ませば安いこと請け合いです。

これは経験したのではっきりと分かりましたね。ですから安いのは間違いない。
でも霊障が解けるとか完全成仏は嘘です。葬式費用を低く抑えるとか阿含宗信者で浄土も
どこも「関係ねえ」というのなら安価効果は効くでしょうね。
でもその程度でしか意味が無いし効力も無い、ということです。

239天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/12(木) 06:39:37
これは初の書き込みになりますが、この弟の葬式に際して分かったことがあります。
それは「戒名にこだわるならもっと安く済ませられる」ということです。

戒名というのは実はどのようにでも誰にでも付けられます。
ただ、それをやるとお坊さんが飯が食えなくなるので否定的なことを言っている
だけです。

第一根本仏教を学べば「戒名」というルール自体が嘘だというのが分かります。
お釈迦様はそういう示唆などしていません。戒名などなくてもいいのです。

ただ、戒名慣れ(笑)や戒名好きな方には「それはちょっと不安」というのなら
Webで検索して調べれば、3〜6万くらいで上等な戒名を付けてくれるお寺さんもあります。
つまり阿含宗だけが「安い!」というのではありません。

そして私が究極的に調べた結果¥0でやる方法があります。
それは「自分で付ける」という方法です。自分でやるので¥0なのです。

そんな馬鹿な!と思うでしょうが、阿含宗の戒名自体も適当です。
そういう適当に10万円払って喜んでいるのが過去の私でもあり、解脱供養を申し込んだ
皆さんたちです。

補陀洛院釈覚空OO信士とか阿含院とかつけているだけでOOはゲイカは霊視をしてつけている
と言っていますが、信憑性が無い。
それは私のお祖父さんの解脱成仏して下がった戒名を見て「あれ?」と思ったからです。

浄土でつけた戒名(院号)と俗名を資料箋に書いて提出しました。
その院号とさほど変わらないのが付いて下付されたのです。

これを見て「なんだ。これだとただの浄土のなぞり(パクリ)じゃねーか」
霊視をちゃんとしてたら、こうはならないはずです。ところが現実は違った。
後掲示板でも過去ログに解脱戒名のずさんさが述べられている箇所もあります。
そうなると「なんだ自分でつけても換わらないジャン」となる。

それこそ生前戒名もお手の物です。ちなみに私はすぐに作成できましたよ。
¥0で可能なんですよ。

というか、私のその戒名だって意味は無い。釈尊がそういう示唆などしてないのですから
戒名がいくつあってもいくらお金を積んで「イイ」というものをつけても成仏とは関係が無い。
ですから、葬式は亡くなった方を偲んで冥福を祈り荼毘に付す儀式だけで充分です。
今後葬式はそういう風に変えてゆくべきでしょう。
戒名要らず・坊さん要らず。そして無駄な費用をかけずに健やかに済ませる。
私は将来そのようにする予定ですよ。

240天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 06:23:10
もう大分前になりますが、自分が気になって調べた人物が居ます。
それは「エドガーケーシーさん」です。

確かにケーシーさんは凄いなあと思います。
ですが、残念ながらもう逝去されていますし、はっきりとした後継者がいない。
つまり一代限りの偉大なる人物であったということです。

やはりそれはケーシーさんだけが持つ能力の凄さでしょう。
ただ如何せんそれが伝達や継承できなかったものなので、他人に伝授するという
ことは出来なかったのです。(能力面で)

ケーシーさんのファンというか好む人は未だに多く、その人気はさすがだなあ、
と思うのですが、ただやはりオカルトを好む人や関連付ける人が居りまして、
どうもそのただの人気を越えて信奉になっている傾向の方も居ますね。

確かにケーシー氏は並外れた事項をやってのけた経緯もありますが、全般的に
見れば、予言も外れているし何でも可能としたものではなかった。

ただ、ケーシーさんが現実的に起こした事例もあることですからそういうのは
評価できると思います。
あのような方はまずすぐには出てこないでしょうね。

ですから私は総じて「ああいう凄い方も世の中にはいたなあ」という感じで
それ以外はさほど重んじないですね。
大分前に私も「ケ−シーさんの動きが地球や世界を救う何かになるのでは」と
大分かぶれたものですが(笑)現実を見るとその時期から10年以上?経ちますが
世界は何も変わらない。

ケーシーさんが存命中に出会って示唆を受けられた人はラッキーだったなあ、と
思う感じですね。
そういうことで偲ぶ感じぐらいな自分でした。

241天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 06:40:25
あとアセンションについても「やれたら良い事項だが無理でしょうね」と思います。
今の人間の次元で果たしてそれが成せるか?というと、皆目可能性を感じません。

UFOにしてもしかりで、私は「地球人を救いに来た」という説と「侵略しに来た」
という説と「調査・捕獲・研究のために来た」という説がありますが、個人で
言えば「どうでもいい」ですね。

今まではやはりオカルト好きな自分としては注目事項でしたが、実際UFOもこれ
といったことが無い。
先般銀座でUFOが出たとか出ないとか(笑)
そういうことも、まあ話題というか不思議な現象だ、なんとかだとなりますし
注目になりますが、実際的に何かあったわけではない。

それよりも震災の復興や自分の環境整備の方がどうにかしたいので、ただ現れただけ
の事項で「それがどうした」というのはありますね。

本当に宇宙人が啓発をしに来ているのなら示しようがあるはずです。
それが何も無い。
アセンションも提唱は良いが、それをどのように巷の人間に、しかも多数の
人間にどうこうできるのか?

結局は歴史や今までの流れのように淘汰されるのはされるし、残るのは残る。
そういう経過をたどると思います。

オカルトの悪いところは実際に目に掛けれない・示せないことが多いことです。
全てがそうだとは言いませんが、大半がそうです。

私もオカルト好きでかなり熱かった輩ですが、阿含宗の一件で懲りました。
退会してからもしばらくその余波はありましたが、もういいですね。
それこそ暇なときにふざけて「スゲー」とか言う分にはいいですが、示すことが
出来ないのには醒めた態度で挑みます。

できもしない崇高な理論や不思議だねえで終わる類は茶飲み話で終われば良いのです。
真剣に求めると疲れるかがっくりくるだけです。

釈尊がオカルト的なものを扱わなかったのはなるほどと思います。
そういうものに目を奪われるのではなく、やらねばならないことや大事な事項を
重んじてそれに徹した。その究極な世界が「漏尽解脱」なんですね。

まだまだな私ですが、せめてオカルトだけは不要と理解した自分でした。

242サライ:2011/05/14(土) 15:12:47
>>233 今朝、産経新聞に深見氏の橘出版の本の広告"大除霊"(←すごい言葉ですね)など、たくさん紹介されてましたね。どうも、氏の写真のお顔がギラギラしていて、ゲイカにだぶって見えて、ア"ゴン宗で懲りているので"、という、天照さんのおっしゃる事わかります。"一種の天才"といわれているんですか、氏は。ちなみにゲイカは自称天才ですが。(笑)

243サライ:2011/05/14(土) 15:32:13
>>236 E川問題が起きて、かつ、教団の根本真言が真言立川流のものとわかったとの事ですから、これを機にアゴン・キリヤマ密教E川流?とでも呼べそうです。私も、理趣経 (百字ゲ)の勤行に力をいれようかと。(苦笑) まあ、煩悩の抑制を唱えるのと正反対の愛染明王様の煩悩即菩提という教えは現実的で魅力的には思えますが。(笑)

244サライ:2011/05/14(土) 16:46:23
>>237 なるほど、戒名に関する、ゲイカの主張は半々というわけですね。天照さんのお話からいくと、在来仏教の坊さんも"坊主丸儲け"のところもまだまだ、あるようですね。院号一つで、50万、100万上乗せですか。おっしゃるように、できるだけ、良心的な値段で葬儀も済ませて行きたいものです。問題は"簡易な葬儀"をいかに"簡易に"するか、ですね。 葬儀や戒名の話は牛込覚心氏という伊豆・願行寺住職が100円ショップダイソーで売っている仏教小冊誌にいろいろ書いてあって私も読みました。話は飛びますが、この方いろいろ書いていて、「伝統仏教には"僧階""法階"はあっても、"僧位"という位(カルチャーセンターなどが最近、講座開設している僧侶講座を受けるともらえる)はありません」とばしっと書いてありました。"僧位"と言えば、桐山ゲイカはこれ一本で現在、肩書きにしていらっしゃいますね。これもダメということになる。余談ですが。あっ、大僧正っていうのが、僧階に当たるんですかね。あれは、"北野先生"から授かった僧階なですかね。(自称?) また、よく広野本を見てみます。

245元信者:2011/05/14(土) 20:42:24
何年かぶりに阿含スレを拝見しました。
桐山管長はまだお元気なご様子ですね。
かつて、阿含宗は世に出る、とよくおっしゃっていた。
終末思想の際もかなりの勢いでいらっしゃったけれど
特にどうなったわけでもなく。
阪神大震災の際も予言できなかった事を何やらおっしゃっておられましたが
当時、信者として在籍していた私はがっかりしたのを覚えています。

今回の東北の件で色々と体験をアピールされてるのか
信者さんからのお誘いがあります。
これをやっていなきゃ救われない、かのような・・・
今では聞き飽きた感がありますね。
かつては自分もそう思っていた事が懐かしくもありますが。

246天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 21:38:27
>>245 元信者さん、投稿ありがとうございます。久しぶりに阿含スレをご覧になられた
ということですね。
私は2008年に阿含宗を離れましたのでもう3年になりますが、相変わらず詐欺商法
を阿含宗は続けています。おそらく壊滅・閉鎖するまでやめないでしょうね。

ゲイカはYouTubeなどでも画像が見れるようですが、かなり老いました。
痩せて呆けてヨレヨレに成っていますね。もうなんだかんだでゲイカも90歳。
いつお迎えが来てもおかしくないですね。

今回の東北の震災の事でもこの掲示板やもう一つの方の掲示板でも色々論じていますが
( http://jbbs.livedoor.jp/internet/3449/ )
ゲイカの姿勢や阿含宗の状態・体制に信者さんも呆れている人もいますね。

この日本始まって以来の大災害に対して自分の自慢というかピンボケなことを
発して、こういうときこそ「お悔やみ申しあげます」などいうものですが、それすらも
無い教祖の馬鹿さ加減に現信者さんのみならず退会した我々や一般の掲示板参加者さん
も絶句している状態です。

結局、ゲイカは自分の事や阿含宗を大きくすること、ゲイカの欲に関することしか
頭に無いというのが良くわかりました。
気付かぬは妄信している信者さんで、「これをやっていなきゃ救われない」ですか。
いつまでもそういうことを言って布教活動しているんでしょうね・・・。
欺瞞に気付いていないから仕方ない面はありますけどね・・・。

私も阪神の時は憤りました。だって前日に京都入りしていても何の霊示も無かった。
教祖は何をしていたんだ、と思ったものでした。

そして掲示板で言われて最近気付きましたが、ゲイカが被災地へ行って見舞うことも
してないそうで、はっきりとした被災信者に何かをしたわけではない。
一部の信者さんに10万円を見舞った、というのもありますが、数が少ないそうです。
結局信者から搾取するだけの阿含宗と教祖。人を救う・世界を救うなど嘘っぱちです。

退会して本当に良かったと思います。

247天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 21:40:22
>>246 アド間違えました。 http://jbbs.livedoor.jp/internet/3419/
こちらが正しいアドです。申し訳ないです。

248天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 22:06:26
>>242 http://www.tachibana-inc.co.jp/detail.jsp?goods_id=1198  これですかね?大浄霊。

深見商法には阿含宗在籍時代には騙されないのに、桐山商法には騙されたという苦笑いな自分です。

私に深見氏を教えてくれた法友は深見氏の顔を見て「ね?いい顔構えでしょう?」と聞かれたが
その時は正直にいえなかったので言いませんでしたが、実は好きなお顔では無いですね(笑)

好みで言うわけではないですが、好き嫌いで言ったら好きではないし、また凄いお方にも見えなかった。
自分の感覚や修行の度合いが低いからそういう風に感じるんだろう、と思ってましたが、よく深見氏
の中身を本などで読んだら、やはり私には「胡散臭さ」が残る。
大川隆法よりはイケテいる、とは思いますが、イケ面度で言えば「普通」じゃ無いかな?と。
霊能者とか何とかで見れば、「信じられるお顔ではない」と思いますね。

”一種の天才”というのは深見氏の能力というか行動などに対して周りが言った言葉で、私もそれを
引用して「褒め言葉」として使っています。本気で天才か?というと「さあ・・・」と思います。

氏はご存知の通りオールマイティな感じですが、軸は「神系統」です。仏教が軸ではありません。
そして氏も本で書かれているように「神道系」はあまり派手というかパフォーマンスを行わない
傾向があります。

例えば私が知っているので言えば「 龍神総宮社 」で逝去された”故辻本源冶郎”氏もかなりの
お方だと見受けましたが、深見氏ほどのパフォーマンスはなかった。
いろんな意味での総じた考えでみてもやはり深見氏は突飛な存在だといえるでしょう。

http://www.ryujinsogusha.or.jp/HTML/homepage.htm 龍神総宮社HP

派手なことをするのが良いというわけではありません。ですが、どうも自分が見る限りでは
あの「パナウェーブうんたら」をやっていたような奇抜な団体とかで無い限りはやはり神道は
あまり奇抜なことはしませんね。

また深見氏の事項について深い検証はしてませんが、いろんな技(宗教テク)は多い。
ただ、いづれのほとんどが「神示」というか神からの示唆などや深見氏自身の編み出した
技法が多く、どこまで本当か分かりません。

ただ、それらを信者や一般的な人間が見たら「天才かも」と感じることはありそう。
その派生での意味での引用と言う感じで自分は述べています。
本気度で言うと氏が天才かどうかは「分からない」ですね。

249元信者:2011/05/14(土) 22:24:04
レスありがとうございました。
どこかの阿含スレでもあったのですが
修行に励んでらっしゃる方々はそうでない人たちに対して
上から物を見るような雰囲気がありましたね。
長く信徒でいれば、桐山管長の有言不実行、大風呂敷であること。
冷静に見ればわかります。

体験と言うならば、そういう事はいくつかありました。
ただ、何にしても手を合わせ一心に念ずれば、叶うこともあります。
気とか、念とか、色々あるようですし。
他の宗教でも体験はありますから。
だから皆さん各々の場所で続けておられるのかと思います。
阿含宗だけが特別ではないと思います。

最近の阿含宗の活動はよく知りませんが
海外で何とかをしたとか、称号をとか、ありますね。
今の現状を見る限り、桐山管長は長い年月をかけても
日本を救えなかった、としか言えないと思います。

250天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 22:30:44
間違えた。訂正を。

深見商法には阿含宗在籍時代には騙されないのに、を「深見商法には阿含宗在籍時代でも騙されないのに」
に訂正です。

>>243 なるほど。考えようには、という感じですね。
サライさんの考えと同じように、自分でも昔はそういう風に思ってました。
しかし、根本仏教で計ればやはり如何に「愛染さん」であっても「さてどうか」と成りますね。
愛染さんも架空の存在だからです。お釈迦様が説いた・存在を示された尊ではないからです。

確かに密教の教義は誠に都合が良い。それこそ釈尊がそういう風に示唆してくれてたらどんなに良いか、
と思うくらいです。煩悩即菩提。こんな素晴らしい理念は無い。

しかし、それが釈尊が説いた「漏尽解脱」だったのか、といえば、やはり違う。
結局は方便、密教の教義として通すための理論でしかないと私は思います。

密教はさすが後期大乗だけあって方便も中々です。
しかし、それは物を知らない・根本仏教を知らない人なら通るでしょう。
釈迦仏教や根本仏教を知った人にはやはり「方便の域」を出ないのがあります。

というかそれで密教を進めてきたといえるでしょう。
実際的に仏教の実践はなかなか一般的には行いがたい。
ましてシャバには誘惑や欲に絡む事項が多すぎる。
その全てを捨ててゆくには出家しかない。
また出家しても本当の釈迦仏教を示唆するところは中々無い。

そういう中念仏やお題目で救われない、と感じるならばやはり密教系しか残らない。
何も知識が無い人が進むならやはり密教になるのはある意味必然なのかも知れません。

自分なんかは思うのですが、密教に行っても救われない。阿含宗でそれを教わった
ようなものです。(阿含宗が本当の密教だったかどうかというのは別としてですが)
阿含宗は密教をベースに他教のパクリや教祖のインチキで作られた宗派です。
全くの100%密教でなくてもおおよそは密教で有ることをやってはいました。
また歴史的な時系列で見ても正統な真言宗系統であっても後期大乗の密教であることは
否めないし、違わない。ですから阿含宗という偽仏教で密教の概観を知り、中身の様子
も知ることが出来たのは勉強にはなったと自分には思います。

ゲイカは詐欺を働こうとしたので道を誤ったのです。
念仏。お題目、そして密教と来て阿含経にたどり着いた。
そこから本当の仏教、釈迦仏教を真面目にやれば批判などされなかった。

ですが、それでは儲からない。釈迦仏教をやれば儲からないのです。
だから密教で止まり、密教の誤魔化した。阿含経という看板だけを使い、中身までさほど
やらなかったし、捏造も平気でやった。
結局は人を騙して己の欲望や目標を達成するために仏教&宗教を利用しただけだからです。
本気で釈迦仏教などやる気などなかったのです。

本気で目指したなら私のように念仏→お題目→密教→釈迦仏教となって本当の仏教の示唆
を知ったら、その事項の実践だけで済みます。
そうなると仏教普及教会さながら同好会でしかならず、儲けはありません。
第一世俗を離れて悪い欲や煩悩を捨てるのが「釈迦仏教」ですからゲイカには無理です。
本気で釈迦仏教を広めて解脱するんだ、という意志のある人でなければ無理です。

サライさんの姿勢にケチをつけるつもりではないので、そこはご了承くださいね。

251天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 22:52:10
>>244 私が深山さんやユビさんなど諸先輩方と違うのは、仏教全体の事を突っつく点ですね。
本当は阿含宗の事だけに特化して論じてゆく方が本当は良いのですが、私は阿含宗に入る前から
「本当の仏教を求めていた姿勢」があるので譲れないんですね。
また阿含宗に入ったのは無知だったのもありますが、阿含宗が本当の仏教だと錯誤したから
入ったのです。入信前にちゃんと分別が付いてたら入信などしなかったですね。

で、遅まきながら阿含宗の中に居ながらも在来仏教の矛盾を考えてはいました。
でも、本当の仏教の事項を知らないので先に進まないんです。いつも頓挫していた。
今のようにはっきりと物が分かったのはやはり掲示板に来て改めて仏教の勉強をしたから深く
なくても違うものは違うといえるものがある程度わかったし、わかったから批判も出来るように
なった。特に在来仏教全体への憤りもいえる、といえます。

ですから私は阿含宗の批判もするが、在来仏教や新興宗教で仏教系統を名乗る教団は皆欺瞞
の塊だと思っています。だから他宗批判もしますね。

大体歴史上で仕方ない事項だった・流れだったというのはわかりますよ。
でも、未だに偽仏教でおまんまを食っている人がいるわけでしょう?
在来宗教は良くて新興宗教だけが悪いのも変な話です。
私にすれば在来も新興宗教も皆偽仏教をやっているところは皆悪い、と思っています。

ですから葬式で我が物顔で布施を貰うシステムが大嫌いですね。
私が勝手に葬式をして良いのなら、偲ぶ会形式にして坊さんは呼ばない。
非常にスマートな形でやって無駄金を使いません。

勿論この事項は妻にも言っています。私が死んだらこうしなさいと。
そういうフローチャートも半分ですが作っています。
完成させないといけない、といいながらまだ半分なので早く仕上げないと、とは思っています。
(妻に口頭では全部伝えましたが頭に入ってないでしょう)

阿含宗にも無駄金は入れない。それは達成できましたから後は在来仏教寺院にも「入れない」
工夫を自分はしますね。何で彼らに無条件で貢がなければいけないのか。
恩も義理も有りませんから、必要なのは墓と葬儀屋だけで充分です。

ゲイカは世間では「位」とかを重んじる性質もありますしそういう人も居る。
またゲイカ自身がそういうのを好んでいるのでどうしても身に着けたいのでしょう。

よくTVでも肩書きの多い人が居ますが、あんなにつけて(持って)どうするんだ?と
私は思いますね。せいぜい1つか2つでいいと思います。

それこそ戦争での勲章を貰うのに似ているかと。
いっぱい勲章が有る人が偉いとか凄いという象徴に浸りたいのでしょうね。

いつまでも深田さんは「小僧正」のままだし(笑)
いい加減頑張っているんだから「中僧正」にしてやれよ、と思うのですがね・・・。

252天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/14(土) 23:08:51
>>249 元信者さん、こちらからもレスありがとうございます。
どうぞ、この「@chs−1」でも「したらば〜ザビビ継承スレ」のどちらでも構いませんので
お気の向くまま遊びにきて参加・投稿なさってください。ROMだけでもOKです。

>修行に励んでらっしゃる方々はそうでない人たちに対して上から物を見るような雰囲気がありましたね。

恥ずかしながら自分も在籍中にはそういう傾向がありました。
自分は当時一生懸命道場に来て修行に励んでいた時期がありまして、そういう最中に真剣でない信者さんを
みると物凄い腹が立ちましたし、そういう人に限って不勉強だったりしました。

ですが、そういう狭い了見ではなくもっと広い心と姿勢、そして自分を磨くことに徹すればよかったの
ですよね。今となっては汗顔の至りの過去です。

>体験と言うならば、そういう事はいくつかありました。
ただ、何にしても手を合わせ一心に念ずれば、叶うこともあります。
気とか、念とか、色々あるようですし。
他の宗教でも体験はありますから。
だから皆さん各々の場所で続けておられるのかと思います。
阿含宗だけが特別ではないと思います。

そうですよね。掲示板でもよくその話題が出ますが阿含宗でも奇蹟のような事項はあります。
ただ、それはどこの教団でもあることであって、尚且つ無宗教の人でも一心不乱に努力して
実ったということもあります。阿含宗だけが特別ではないことに気がつかないのです。
どうしても自分の信仰している宗教に当てはめてしまうんです。ひいきなんですよね。

阿含宗の活動は今までと同じくパフォーマンスばかりです。
逆を言うとパフォーマンスをしないと目立たない教団です。

称号とかも勲章のようなものでそれを集めるのに教祖は頑張っているようです。

長い年月を掛けても日本どころか阿含宗自体もやばいです。
道場は閑散としてイベントが無ければ信者も来ない状況です。
昔は道場が若い人たちが多く集い、それこそ夜中でも道場に泊まりに来て熱い論を交わした
時期もあったほどです。また実際参拝者も多かった。

今では私の地区では酷いときには一日中宗務の職員が一人で道場に居るだけ、という時も
あるほどです。信者がゼロ(お役が有る清掃修行者を除く)ということも増えているのです。
火の消えたような道場。人が寄り付かない道場。例祭でも修行者の数の方が多いという
塩梅です。

自分の教団さえ救えないんですから終わっています。
そしてゲイカは嘘とインチキとデタラメで固めていますから救済力など無い。
段々阿含宗は駄目になっているけど、今残っている信者さんたちで持っているようなものです。
いづれ教祖が亡くなったら、崩壊は加速するでしょうね。

253サライ:2011/05/15(日) 20:18:08
>>241 >>240 エドガーケーシーさんは有名ですね。一度、五島勉さんの本で1冊読みました。確か、日本にもケーシー協会がまだあって活動中ですよね。アセンションは来年12月22日あたりですから、年末準備、年賀状書きでもしている時期ですね。UFOはアセンションを唱えている一派の方々にとっては、一種の信仰みたいですね。京都の天橋立あたりで温泉に浸かっていると見えるとか。(笑)宇宙人さんは今だにTVには出演しませんしね。 まあ、オカルト関係(一部宗教含む)はこの世の憂さ晴らしなんでしょうね。話題転換にユニークですし。ゲームみたいなもので、ハマロウと思えばいくらでもはまれますね。まあ、あまりハマリすぎないように気をつけるのが良いのでしょう。

254サライ:2011/05/15(日) 20:42:59
>>248 深見氏のお顔はお好きな顔ではないわけですね。大川隆法氏よりはイケてますか。(笑) 大川氏といえば、新刊「震災復興への道(同時収録・地球物理学者・竹内均の霊言)」が出ましたね。私、亡き竹内均先生は著書を昔、読んでおり、興味があるので、大川氏も鋭い所、突いてくるな、と思っています。今度、立ち読みしようかと。(笑)

255サライ:2011/05/15(日) 20:52:53
>>248 龍神総宮社という所があるんですね。この名称、アゴン宗にも当てはまりそうですね。アゴン教団のバックにいる教団霊はたぶん(善悪は別にして)、龍神系列か蛇系列でしょうから。(教祖に憑依している?)集金にガメツい教団霊なんでしょうね。(お釈迦様は看板だけ借りているだけかも)

256天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/15(日) 23:24:05
サライさんは読書家ですね。素晴らしいことをおっしゃってくださいますので話題が尽きないし楽しいですね。
>>253は上手くまとめておられその通りですね。オカルト物は面白いんですが、多くは面白で終わるので
そこが自分にしては残念。その面白さだけ好きなら追ってゆけるんでしょうね。

大川氏や深見氏の顔の事は本来なら言うべき事項ではなかったのですが、ゲイカの昔に言われた「顔は人生や
人格を語る」といったことから見たりすることの伏線で出しておりました。

私も大川氏の本は「太陽の法」以来全く見てないので大川氏の顔自体も「エルカンターレ」のことを言われた
時期より全く見てなかったんです。そして広告などで久しぶりにお顔を見たら・・・
「えええ?」と驚愕。随分変わりましたね。

その自分が見た時期が一番脂が乗っていた時期ではないでしょうかね?
好きなお顔ではなかったですが(笑)勢いはあった気がします。

そしてゲイカも同様で、ゲイカを写した動画(YouTubeなど)や写真などをみても大川氏同様で
老けるのは仕方ないとしても、良い老けぶりではないですね。
そういう中でみると深見氏はまだ元気でご健在と言う感じですがwww

257天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/15(日) 23:43:16
>>255 ここはとても重要ですね。実は2chでもよく話題が出てきますし、Webでも本でも
良く「背後に居られる霊団」の事をよく言われますが、私の考察では阿含宗は「そこまで至らない」
と見ていますね。

どういうことか? 例えばサライさんも「伊勢白山道さん」のブログを読まれているのですぐにピンと
来ると思いますが、氏はよくこの「霊団」の事を述べます。
また2chなどでこの氏のような「霊団」や背後の教団霊のことを述べている方が時折居られます。
(最近は出てきていませんが、過去ログで頻繁にそのことを訴えている方を見かけます)

実は氏は大まかなことを言っているのであってそれが阿含宗にもあるかどうか、といえば私は「無い」
と見ています。
それはもしもそれだけのゲイカや阿含宗のバックに悪い霊団的存在が居たなら信者も教祖もただでは
済みません。霊験もまだあるでしょうし、その霊験がある分だけ教祖は勿論信者も影響が出ます。

例えば修法物を粗末にしたら罰がてきめんです。ただでは済まない。
内陣の作務や供物にしてもレベルが下がったり粗末にすればすぐに罰が当たります。
それこそゲイカが本などで述べていた「くだきつね」の例がそうです。
人間がその霊団の僕のようになってしまい、嫌だと思っても言うことを聞かないとエライ目に遭います。
ですから退会するにも大変な目に遭います。修法物を粗末にするのもてきめんですが、辞めたくても
辞めれないという事項が発生します。

むしろゲイカは悪い霊と同調したとか支配下にあった、というよりもゲイカ自身の欲望や悪い目的の
達成のために「欲の権化」であったのとパクリで全て繕ったので中身すらないという顛末です。
ですから罰も当たらないし阿含宗の信仰を辞めても何も無いのです。
背後に何か居るというよりも元々何も居ないのですから、霊団の事や存在すら該当しない。
私もそこが分かるまでは恐れて警戒はしていましたが、箱を空けたら中身は「カラ」だったので呆れた、
というようなお粗末振りで、そういう面では肩透かしを食らった状態ではありましたね。

霊的なものが有ったら私もただでは済みませんでしたが、そういう点では本当に良かった。
ですが、そういうまやかしで騙されていたのですから、一生許されない。
この「中身の無さ」を訴え・広め続けて行こうと思っていますね。

258天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/16(月) 00:10:26
またゲイカが「悪い霊にそそのかされていたか」ということをみてもそれは無い、と見ます。

確かに一時的に、とか、過去は神通力が有ったような感じがあった、ということは聞くし見ている。
私も弟の中々治らない、医者も見離した重い「肝炎」が急に治ったのは驚愕の事実でした。
また他の全国の信者さんも何らかの奇蹟体験をしている方も居るようです。

そういう事項を見ると「ゲイカ自身の神通力」なのか、それとも「ゲイカや背後に居る霊の力」
なのか皆目分からない。

そして、ずっと阿含宗とゲイカの言動をみているとどうも不整合性が多く、一貫しない。
それもまた「背後に居る霊の仕業」なのか、また背後に居る霊が「離れた」からなのか、というのが
考えとしてありますね。

実際例として「エスバーシール」で有名なESP研究所さんがありますが、あそこは顕著ですね。
あそこは間違いなく高確率で教祖がやられたパターンです。

私が先に>>257で述べた「信者までの影響」は無いので幸いですが、教祖はやられましたね。
命まで持って行かれた。そして急に神通力が落ちたのも顕著です。

また過去はそのエスパーシールなども良く効いたそうです。
ところが教祖に力が出なくなった時期と同期してそのシールやグッズさえも同じ時期に「効かなくなった」
私も関連書物を読んで非常に驚きましたね。時系列で実際に調べた人が居てその本を買って置けばよかったが
立ち読みでしたがそういうことを書いてあった。当時リアルタイムで関わった方は良くその事項を知って
居る方もいるようですし、効果が無くなったので辞めた人も多かったようです。

現在はフラシーボの域を出ず昔あったような劇的な効果は期待できないそうです。
昔は「病気が治る」「お金が儲かる」など様々な効果が得られてかなり話題になったようです。
阿含宗の比ではなかったという感じでしたね。
何にでも効く、という飛ぶ鳥を落とす勢いの状態があったらしいですから。

ところが急に効験が無くなって苦情が相次いだ。そして急な教祖の死。
教祖のバックに居た霊団の力があったからこそ顕著であったが、霊団の支援が得られなくなったら今度は
全く効験がなくなった。

このESP研究所さんのことからみても阿含宗はそこまで至ってないのです。
また2chやザビビなどでの元信者さんなどの考察からゲイカのことを時系列でみればやはりゲイカのやって
きたことはまさに「サイコパス」の傾向となぞりであり、霊団の関係よりもゲイカ自身の思考や行動に
依るものが多く、それで動いていた。ゲイカのエゴと妄想で占められていた。嘘とインチキとデタラメで
繕われていたということなので、ゲイカや背後の霊団、というのは無いと私は見ます。

ゲイカのいう「自分には竜神様や三身即一の如来様や諸々の諸尊が守護・加護しているんだ」というのも
あくまで『自己申告』であり、妄想なのです。
居もしない存在を「自分にはついている」ということで自己を大きく見せて、尚且つそういう風にマジで
「思い込んでいるだけ」な可愛そうな・哀れな存在なのです。

だから脳梗塞になって「ヤバイ」と思ったときには、死ぬほどジュンテイ真言を唱え加護を祈ったのでしょう。
幸いゲイカはガンになってないが、それ以外の自分の因縁にやられて「死ぬかという思い」をされた。
マジでビビったのはそこにあるのではないか、と思います。

まあ、普段から「因縁解脱」といいながら自分の因縁にやられて尚且つガンの因縁が無いのに自分を
「ガンの因縁がある」と言っているのですから、終わっています。
おそらくガンにならないで長生きをして老醜ぶりを露呈する余生を送るのでしょう。
これ自体も背後に悪の霊団が居ない証拠でも有るかと私は思いますね。

259サライ:2011/05/17(火) 22:42:28
>>251 アゴン宗だけでなく、仏教全体の事を突っつくというのは良いと思いますね。アゴン宗で新興宗教の一端を見て、その上で本当の全仏教を考察すれば、アゴンの経験も活きるというものです。在来仏教が「自分達は" 伝統"仏教だから」と誇りを持っているんでしょうが、内心、新興宗教を見下しているとしたら(どこかの和尚は新興宗教を"呪い師"と揶揄してました)、鼻持ちならないですね。自分達だって、天照さんのおっしゃるように"葬式で我が者顔で布施を貰うシステム"で収入を得ていますよね。実際の所、布教活動を行っていないわけですから、江戸幕府・宗門人別帳による支配の名残の檀家システムは廃れつつあり、寺院は葬儀屋に仕事を取ってきてもらうような現実になっているようです。( これも情けない)。一方、最近は坊さんライター (スマ師、小池竜之介氏、その他、一介の住職さんetc.)が多々出てきて、興味はあるので、機会があれば、できるだけ読んでみたいと思っております。私の場合、在来仏教や各祖師(白隠禅師etc.)は宗教的な面はもちろん"日本史の一部の日本文化""歴史上の偉人"としても興味があります。 天照さんが、在来仏教もギマンの塊というのも、わかります。例えば、真宗大谷派出版部刊「ブッダと親鸞」より引用しますと「ゴータマ・ブッダはすべての苦しみ悩む人々に「阿弥陀の本願に目覚めよ」とすすめる方です。ゴータマ・ブッダは私たちの歴史の上で初めて、阿弥陀の本願を解き明かすという仕事をされました」とあります。これなど正に、欺瞞?ではないかと感じますね。 。。。おっしゃるように、深田少僧正は早く中僧正になられるといいですね。

260天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/17(火) 23:13:58
サライさん、レスありがとうございます。
いやあ、びっくりしました。真宗大谷派出版部刊「ブッダと親鸞」にそういうこと書いてあるんですか。
もう、立派な欺瞞ですよね。思いっきり。

ですが、逆から見ればそれを言わないと浄土は通用しないんです。
厳密に言えば通用しない方便を「使わざるを得ない」という顛末です。
ですから葬式の時の説教も中々つまらない。
難しそうなことを入れないと、俗世間過ぎる例えなど出すとすぐに矛盾が出てくる。
葬式の説教の時に突っ込みを入れる人もいないが、もしも入れれるとしたら即座に
入られるようなことを「したり顔」でして居る坊さんを見るとなんだか失笑してしまいます。

さて、話は変わりますが、サライさんはPCをお持ちでしょうか?
もしお持ちでしたら「良いもの」を差し上げたいのですが、どうでしょうか。
次回レスの時にお手数ですが教えていただけたら助かります。

261サライ:2011/05/19(木) 00:28:18
>>245 元信者さんに「これをやってなきゃ救われない」という方は不謹慎だと思いますね。今、そんな事、言ってる場合じゃありませんよね。今大変な目に遭っている方が大勢いて、亡くなられた方も大勢いる状況の中で。私もまだ、中におりますが、今、教団と管長の動きは天照さんのおっしゃる通り、「ピンボケ」で唖然な状況というのは正にその通りです。

262サライ:2011/05/19(木) 00:55:25
>>256 オカルトの話、お褒めいただきありがとうございます。 2〜3日前も2ちゃんねるでネバーリターンさんが、"イルミナティ"(闇の勢力)の陰謀論を書いてらっしゃいましたね。私もその内容は理解はできました。だが、アゴン宗が"反イルミナティ"だとの論は現在の"ぼろ船"のアゴン宗にはちとすぎた褒め言葉かと思いました。ただ、ネバーさんの論の展開には、無視はせず、理解はいたします。 お顔が元気なのは深見氏だけのようですね。あと、江原さん?ですか。昨秋、公演会聴きましたが、表面的な話だけで、いまいちでした。

263サライ:2011/05/19(木) 01:14:28
>>257 なるほど、アゴン宗の背後には霊団などなく、「中身はカラッポ」という訳ですね。それなら、それで正にある意味、平和な話ですね。純粋に「仏教もどきサークル」であって、経済的に搾取されたと感じる被害者の方々にとっては「詐欺事件」止まりです。まあ、伊勢白山道さんの説によると霊の事で人から金銭を搾取した人物は死後、大変な目に遭うみたいですが。 あと、PCですか。家族と共用の物ならありますよ。この掲示版も見れます。何かいいものがあるそうで(笑)

264天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/19(木) 06:55:58
>>261->>263 サライさんは色々見聞されていて勉強熱心ですね。私も勉強になって助かります。
阿含宗は本当にちゃんとした教団であったらどんなに良かったか、と心から思います。
教祖が自分のエゴや欲望を達成するための道具としかなってないわけで、本当にそこは許され
ないことです。

ジスイさんは時々「お?」と思うことを言いますが大半の姿勢が教祖に似ているのでそこが残念。
氏を信奉する人もいるのですが、私は一目見て「駄目だね」とわかりました。
ただ、個人的意見を参考にするのは別なのでそれは個人で行うのはよろしいかと思います。
江原さんもTVには出ているものの旬が去ったような感じですね。江原さんの本は立ち読みチョイス
して「これは・・・」というのを数冊買いましたが、もう不要ですね。
2chやこの掲示板で学んだことの方が自分に大きな学びとなったのからでしょうか。
もう売っぱらう準備をしています。いまいちは自分でも感じましたね。

ゲイカはある意味歴史的人物に近いだけの業を積みましたね。この因果はきついでしょう。
変な霊の支配や影響を持たなかったのは幸いでしたが、ゲイカ自身の言動が半端ではないので
その半端でない分だけ跳ね返ってくるでしょう。
自分が釈尊が説いていた事項をゲイカ自身の体と人生で味わう因果応報を受ける。
ヒトラーさんとかは違うでしょうが悪業を積んだと思います。かなり大きいと思いますよ。

さて、期待の「いいもの」ですが、詳細はメールでお知らせしたく存じます。
捨てアドで構いませんのでお手数ですが、お作りになり私にメールをいただけますでしょうか。
(私のメルアドは目欄を見るとわかります)
そちらの私のメルアドにご連絡をよろしくお願いいたします。

265天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/20(金) 21:18:01
話が全く変わりますが、気がついたことがあるので書きます。

第三章(@chs−1)でアゴンさんが703で書かれていることの「逆Ver」を自分は経験した
のだなあ、と気が付きました。

それは自分が入行して間もない頃に親に当然「お前はどういう信仰をしているのだ」と聞かれて
答えたのですが、親は理解せず反発しました。それこそ「辞めろ」まで言いましたね。
辞めろとか言うのはある意味仕方ないとしても、こちらの言い分を聞かないで言うのですから
非常に私は怒りましたね。自分の言い分を聞き、その上で「どこそこが間違っている」と示唆し、
その上で「阿含宗は駄目だから辞めなさい」というなら聞く耳も持てる。
しかし、こちらの言い分も聞かずに頭ごなしなので、親の言うことなど聞きませんでしたね。

私にすれば「阿含宗の中身も知らないくせに、勝手に駄目だと決めつける」と怒り心頭なのです。
ですが、今となっては分かりましたが阿含宗の事を知らなかったのは自分の方です。
勿論親は阿含宗の欺瞞など知らずに感情で判断していたのですから論外では有りますが、でも
阿含宗の欺瞞さえ知らずに信仰をしていたのはまさに私の無知さゆえです。
本当の仏教を知り阿含宗の「嘘」に気付けば親が何も言わなくても辞めているか入信しません
でしたからね。

そして親は子供のいうことをなかなか聞きません。
よほどのことがあるか、もしくは親が得心せねば多くは「子供の言うことだから」といって
切り捨てるとか無視する行為に出ます。

これは子育ての経緯や親のエゴによるものです。特に凝り固まった考えの親や柔軟な親の性格
出なければほとんど通用しません。いくら正しいことを言っても聞かないですね。
(ゲイカも法話でこういうことを過去に述べてましたね)
親は「子供を馬鹿にしてなめてかかるものだ」と。

実際に経験しているのでゲイカの法話など無くても私は理解していますが、まあ頑固ですね。
親はそれだけ手が掛かる、と見ないと駄目ですね。
ですが、もしも皆様の親が「聞き分けのある人」だったらその親は素晴らしい方です。
中々貴重だと思いますよ。

そして親や他人をどうこうする前に自分を確立することです。
自分が確立したら、後は時間をかけたり方法を模索したりすれば良いのです。
親を説得させるのではなく、自分が模倣となるような態度で示すのが一番なのです。

勿論それでも察知しない・理解しない馬鹿親も居ます。
ですが、これは他人様にも言えることで「気がつかない人は気がつかない」のです。
親だから、身内だから気がつくというのは必ずしも言えないのです。

それこそ親も身内も他人と思えば良い。兄弟もしかり、です。

亡くなった私の弟も私の阿含宗の批判意見を100%受け入れたわけでは有りません。
ただ、部分的に信じられるものだけを信じたのでした。
それでも私にすれば「ほぼ満足」でした。
むしろ「兄の言うことは全部信じない」といわれた方がきつかったですね。

なので相手に理解してもらいたい気持ちは分かりますが、その前に「自分を確立」
そして相手にはある程度の説明や話をして理解が得られなくても「割り切る」
そうして自分は自分の姿勢で相手に見せ付ける(示す)でいいのです。
あまり五月蝿く言うと返って嫌われます。ある程度述べたら後は「相手次第」なのです。

266天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/21(土) 06:55:27
話を戻して仏教の事へ。

私が思うには今の巷に認識されている仏教は「オカルトである」と思うんです。
なので私が仏教全般を批判する姿勢が出てしまうのかもしれません。

まず、浄土にしてもそうです。阿弥陀仏という存在が居る。勿論脇座にいる諸尊も
そうだが皆「架空の存在」です。(釈尊以外は)
何も知らない人には通用するでしょうが、仏教を知っている人や何も知らない人でも
突っ込みの凄い人なら黙ってないでしょう。

お坊さんがしたり顔で説教をしてもそれに対し鋭い質問を投げかける。
それで最終的に困るのはお坊さんの方です。なぜなら嘘の事項を言っているからです。
阿含宗も結局そういうことをしています。だからゲイカが行き詰まるのは当然なのです。

何も知らないおとなしい人を騙すことや勢いに乗ってはぐらかすのは出来るでしょう。
しかし、そうでない人には問屋がおろさない。

「阿弥陀仏っているの?」 いますよ。
「どこに居るの?」 浄土というあの世の世界ですよ
「あの世の世界って本当にあるの?」 ありますよ
「じゃあ出してみせますか?」 いや、それはできない。物じゃないから。
「じゃあ、自分はその世界も阿弥陀様も信じられないのですが、どうしたら
その存在とかを信じられるように示せますか」

お釈迦様がそうおっしゃっている。お経にも書かれているんですよ。

「お釈迦様が本当に言った(証明した)のですか?」

はい、そうですよ。お釈迦様が言った言葉を収録したのが”お経”ですから。

「ではそのお経は何ですか」 大無量寿経というお経を始めいくつかのお経があります。
「そのお経は”本当に正しいお経”なのですか?お釈迦様が保障しているのですか?」
 
 そうですよ。お釈迦様は仏教の開祖です。その開祖が言われているのですから正しいのです。

_______________

もうここまで来たら嘘だと言うのがモロばれです。阿含経を出して突っ込めばいくらでも
「この嘘つきめ」と言って懲らしめられます。
もっとも、こういう嘘をつかずに上手く交わすお坊さんも居ますからお坊さんの言う言葉
を良く聞きながら問答するだけで充分ですが、必ず言葉に詰まります。
なぜなら欠陥仏教・偽仏教だからです。

戦国時代やら世間の人々が何も知らない時代なら通用したでしょう。
ですが、今はPCも有り情報がいとも簡単に手に入れれます。
そういう状態に時代は変わってきている。

無論今の時代でも騙されることはあるでしょうが、「変だな」と思ったら調べることも
可能なわけです。今までは誰かに聞くとか知識のある人に聞くだけが頼りでした。
今では例えば阿含宗の事を調べるとしたら必死にやればある程度の情報は出てきます。
私などが入信した25年前とかの時代とは違うのです。

267天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/21(土) 07:15:47
私が驚いたのは釈迦仏教には架空の存在が出てこないことです。
阿弥陀様も観音様も明王様も大黒天様も・・・なーんにも出てこない。
あまりのシンプルさに逆に「何だこれは」と思ったくらいです。

また阿含宗で言う「因縁解脱」も「霊障」も出てこない。
最初は本当に食べ物で言うと「無味無臭」のような感じで、全く面白みも無かった。
むしろ「しらけた印象」を受けましたね。

ですが、オカルト要素と見ればこれは納得がいきます。
釈迦仏教では面白みが無い。頼るべきものが無いのです。

それとは別に諸尊がいればそれを仰ぐだけで済みます。
難しいことは要らない。ただひたすらに拝み倒せば良い。
こういう風に釈迦滅後の後世の自分らの先輩は「勝手に改ざん」をしたわけです。
それの流れが今有る巷の仏教だ、ということです。

それに慣れ親しんでいるからあまり違和感が無いのです。
だからちょっとくらい変な教義を出しても「変」だとは思わない。
むしろ「新しい何かを生み出した」と錯誤してそれにやられてしまう。

阿含宗を擁護する人の中で「原理主義者め」という人がいますが、原理さえ外して
歪曲仏教を奉じている方がおかしいと思わない方に問題が無いかと言いたいですね。

釈尊がその偽仏教の説く「拝み倒す姿勢」を示唆されたのなら構わない。
架空の存在を否定したのはゲイカです。ことごとく在来仏教を批判したのはゲイカ。
その主張も忘れてゲイカの方便に「やられて」嘘の教えを信じている姿勢に気がつかず
「阿含宗を批判するとは何事だ」というその人の姿勢と神経・思考を疑いたくなる。

また阿含宗だけが悪いのではない。今ある在来仏教や新興宗教で「ここは本物です」
という仏教教団があるなら出してみれば良い。今のそういった団体に本物など有るか。

確かに在来仏教教団は「我教団こそ本当の仏教だ」とは、のたまいません。
しかし、やっている行為は「本当の仏教」ではない。

ゲイカは自分のエゴを通すために他宗を批判した。
私は別段教団を興すことではないから、その分気軽に言えます。
ゲイカとは違うのです。

本当に本当の仏教をやろうと思ったら今のシステムでは出来ません。
それを本気でやろうとしている宗派がどれだけあるか。

私にすれば偽仏教は阿含宗だけでなくて間違っている行為の仏教教団は皆同じです。
ただ、自分は阿含宗にいたし関わったから批判・糾弾しているだけであって、本来は
皆総ぐるめに批判したい気持ちです。

ただそうなると大変なので阿含宗に特化し、他宗は程ほどにしているのが現状です。

268天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/21(土) 08:52:38
私が在籍していたときにこういうことが有りました。
それは2006年頃の和田事務局長のお話のビデオを道場で流していました。
道場は閑散としているので大きめな音量で流していました。
私はその時は食事修行で調理場で食事を作っていました。

聞いていると良い内容なので感動し、それを「文字起こし」したいと宗務のかたに
言いましたら賛同してもらい、後日再度同じビデオを流してもらいました。
そしてメモを取る自分・・・。

ところがこのように文字起こしをするためにTVの前に座って逐一記録すると
作業しながら聞いていた時と違い「話の軽さ」に唖然としました。

最初は「このビデオは違うやつじゃないか」と思いましたが、内容も日付も
同じですし宗務の方も「これは以前と同じやつですよ」と言います。

何が自分が違和感を感じたか?というと、無駄な発言が多いんです。
「あー」とか「うー」とかまたは「同じ言葉を繰り返す」のが非常に多い。
(ゲイカも多いですよね)
なので、文字起こしをするとペンが進まないのです。それで呆れたのです。

何かをしながらだと「とても良い感じに聞こえた話」が実は「たいしたことがない」
内容で愕然とし、その理由を述べて文字起こしは「中止」となりましたが、良い
経験をさせてもらいました。なんとなく聞くのは怖いなあと思いましたね。

ですから法務部の「桐山コード」もしかりで、良いと思ったものが欺瞞を知れば
「取るに足りないオカルト擁護」であったのが見えてくるのと同じく、真剣に
注視してみたり、考察すれば見えてくるものがあると思います。

以上、自分の経験でした。

269サライ:2011/05/22(日) 12:40:29
>>258 ESP研究所石井氏はそういう経緯をたどられたんですね。昔、"超念力"な何かで新書本がよくおいてありました。"やられる"とは、怖いですね。ご縁はありませんでしたが、立ち読みはしました。サイトをちょっと検索したら、娘さんがあとをついでやっているみたいです。娘がついでくれるだけまだいい。アゴン宗も管長の保証債務の相続問題があるから、形上だけでも娘さんのうちの誰かが、代表者として、管長か、理事長ということになるかもしれやせん。ちなみにw田局長は副理事長ともう一つの肩書きがいつか、ビデオで出てました。

270サライ:2011/05/22(日) 12:59:24
>>264 ジスイ(ネバーリターン)さんは、アゴン宗から、独立した、麻原氏につぐ宗教家ですかね。ゲイカも「陰陽師を養成して、独立してやってもらう」なんて7〜8年前、話してましたが、いつものごとく、話だけになっている。もう独立してやっている方が2人はいるという事です。麻原氏はダメになりましたから、ジスイさんに期待したいものです。(他にもいらっしゃるんでしょうが、あまり知らないので)

271サライ:2011/05/22(日) 13:12:53
>>265 身内とのある種「確執」は時折ありますよね。おっしゃる通り、最後は「自分の確立」しかないかもしれません。人は人、我は我されど仲良し( 武者小路実篤) ですね。

272サライ:2011/05/23(月) 15:37:17
>>266 在来仏教も「オカルト」と認定するのは、卓抜した見方です。浄土真宗の方々がなんと言ってるかというと「占いやまじないは迷信だからやりません」と誇りを持っていうわけでしょ。真宗寺院によっては「神祇(地元の神様を拝むこと)」さえも否定すると聞きます。ところが、彼らの実践する「アミダ様 崇拝」が実はオカルトだったとなると天地がひっくりかえるみたいなものです。他宗の占い・まじない・般若心経、批判をしているどころの話ではないです。我が身を振り返れです。

273サライ:2011/05/23(月) 15:53:38
>>267 宗教の団体を作ると、どこも「うちこそが、本物だ」となる。その事はスマ師が、雑誌で書いてました。"今の宗教が抱える、ちょっとした問題"だそうです。「立場上、どうしても他宗教、宗派に対して"排他的"になってしまう」という問題を抱えているそうです。私はそれはその通りだと思いました。これは、実はスマ師が伊勢神宮を参拝された時に寄せた文にあった言葉みたいです。"お伊勢さんはそういう問題もすべて包み込んでくれる懐の深さがあって、いいですね"と感想を述べていらっしゃったようです。

274天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/23(月) 19:46:23
>>268内の訂正を。
和田事務局長は間違いで「財務局長」が正しいです。失礼しました。

サライさん、たくさんの書き込みに対しレスありがとうございます。
またお褒めも頂き恐縮です。
サライさんはかなりの物知りですので、とても勉強になるのと刺激になります。

ESP研究所の云々はブックオフの立ち読みで得た情報なのと石井氏が逝去しているので
本を買わなかった次第です。また石井氏逝去後のESP研究所も眼中に無かったので
調べて無かったので娘さんが研究所を継承していたとは全然知らず、逆に教わりました。
早速Webで掲示板などで得た内容から見ると、懲りずに商売に精を出しているようですね。
何か阿含宗を見ているようで痛かったです。

ジスイさんにはいつも思う事ですが、実際にジスイさんが言っていることを出せばいいんですよ。
あの方はネットだけの持論なので信用されないんです。
ジスイさんが言っていることやお持ちになっている?事項を実際に皆の前で出して行けば
あの方も教祖になれます(笑)ただ、実際に出せるかどうかは甚だ個人的には疑問ですが。
出せたなら私もジスイさんを認めることが出来るかも?です。

275天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/23(月) 20:08:31
>>272 この事項は実は阿含宗と管長の欺瞞を知った経緯で発生したものです。
2chに飛び込んで擁護で頑張り、そのうちに欺瞞を知り批判側になった自分ですが、
日々考察や思考をするうちに「阿含宗だけが悪いのか?」となった。

釈迦仏教を知ると阿含宗だけが悪いのではなく在来仏教も皆必ず欠陥があり偽仏教の
要素があるのです。そうなると阿含宗だけ責めるよりも同時進行になる感じが自分には
発生してしまうんです。(新興宗教も入ります)
そういうことから阿含宗に特化しつつも、阿含宗以外も批判してしまう。そして中身を
見ればどこの仏教も「オカルト」があって、というのに気が付きました。
(ほとんどの宗教にはオカルトが付き物ですけどね)

>>273の事項は良く妻にも聞かれたものです。当時在籍していた私は
「みんなどこの宗派もそういうことをいうよね。嫌な言葉なんだがでも阿含宗は根拠が
なくて言っている訳ではないんだ。まず阿含宗は阿含経を奉じ、その阿含経にある
”成仏法”がある。その成仏法があるから因縁解脱も出来るし先祖も成仏させることが出来る。
だから威張るわけではないが、阿含宗こそ本当の仏教〜宗教と言えるだろう」
と言っていたのでした。

ところがどうです?本当にことを知らずにこういうことを言っているわけです。
厚顔無恥、全くの無知だからいえた行動です。
本当の知識がある人が傍にいて反論されたら、大恥をかくのは自分です。
本当に情けないというしかないです。

スマ氏は良い人悪い人の賛否が分かれるお方ですが、私は本当の仏教を知る上で骨格や概要を
知るには最適な方だと思います。私にはあのお方の影響はかなり大きいです。
伊勢神宮の事はなるほどです。想像ですが、お世辞かリップサービスだとしても嬉しいですね。
良いものはやはり分かるのだと個人的に思う言葉ですね。

日本人は排他的な面もあるものの逆な面は「こだわらない」面もあります。
いろんな宗教を容認する姿勢は日本特有なものだとどなたかが言ってたのを聞いたことが
ありますが、それが問題でもあるけど良いところでもあると思います。
信仰も宗教も関係ない人には伊勢神宮だろうが何だろうが関係ないですけど、自分はやはり
死ぬまでに一度行って見たい地で有ります。

276天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/23(月) 20:34:08
神道の事をあまり語らないのはスレ違いになることが懸念されるのと、自分もそれほど詳しくないからです。
それでも自分の中で考察してある程度ラインというか判断はつけましたね。
その姿勢で自分は神道系に対しての態度というか状態を決めています。
かっこよく言えばそういう言い方ですが、ぶっちゃければ「イージー」ということですか。

先にあの深見氏を教えてくれた法友との件に戻ってしまいますが、阿含宗がもしも駄目だとしたら
どうするか?で、神道系色が強く”天才”?といわれている深見氏に「行くかどうか」を判断させられた
私ですが、もし深見氏が本物であってもちょっと躊躇したかもしれませんね。

阿含宗には何も感じられないに近いものがあったので、深見氏にも期待したのですが、深見氏にも
何も感じられないのでそこも判断材料になりましたね。

結局、神だろうが仏だろうが「何を本目に置くか」が大事ではないかと思うのです。
それが逸れれば神道だろうが仏教だろうが何教・宗だろうが駄目になります。
そういうところが非常に多い気がします。

仏教では「煩悩解脱」と分かりましたが、さて神道は??? ここが良くわかりにくかった。
ここは信じる人のいろんな論や主張がありますから秘密にさせていただきますが、ヒントだけ。
それは「こだわらない」がキーワードです。これがわかって私は非常に楽になった。
そして何が言いたかったか?というと、これが日本人の特質と良い面でありスマ氏が言った言葉に
つながりを覚えたのです。

サライさんがスマ氏の言葉を述べられた>>273をみて「あ、やっぱり」と合点が言ったのです。
なので非常に嬉しかったですね。

277天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/23(月) 20:51:56
@chs−1の第三章の726でアゴンさんが質問されていますが、あの726の延長というか発展形が
今の自分のスタイルであり、いろいろなものを加味した形になっていますね。

どういうことかというと、まず阿含宗の考察により「本当の仏教」を知った。
それと併行して他宗(教)も考察した。神道系はどうか。キリスト教はどうか、と。
そうしたら段々自分が取ったら良い方向性が見えてきたんです。
自分はその全てのミックスで整えている感じですね。

なんでそういうことをするのか?というと、理由があります。
実は他の人はどうか分かりませんが、実際的な言い方をすると自分の例ですが阿含宗を
辞めるとしばらくは「不安定になります」

そんな馬鹿な?と思うかも知れませんね。人によっては「辞めてさっぱりしたぜ」と不安定に
成らない人がいるかもしれませんが、私はやはり酷い洗脳でなかったと自覚していますが、それでも
今までやってきたことやスタイルを無くす、というのはかなり反動が出るものです。

それこそ入信して一年くらいでしかも適当にやっていたとかなら別でしょうが、私は途中頓挫
していた時期を除いても最低15年位は阿含宗の信仰や思考に染まっていたのですから反動が
出ないはずはないのです。なので今まであまり言わなかったが、マジで反動があった。
なので、私は私文書さんの「退会マニュアル」に賛同するのがあるわけです。

そして辞めた後の「ケア問題」にも関わろう、と思ったのもそこに理由があります。
何事も無く辞めれた・離れた人は幸いです。ですが、余波やダメージを受ける人はやはり現実的に
いると私は感じますね。

そして、その「余波・ダメージをどのように克服・修復するか」も大事な事項だと思うのです。
その際に示すことが実は自分が内緒にしたものなのです。

余波やダメージがあるとどうしても似た宗教に依ってしまう場合があります。
これではせっかく阿含宗を辞めた意味が有りません。
結局は本人の考え・姿勢ですからどうしようもない部分は有りますが、できれば退会後は
「どのようにするか」という示唆もあったら大分違うと思うのです。
そこのサポートも出来るのならば行って行きたい、と思っています。
そしてそのスタイルが確立すればぶれることはまず無いかと。

批判も私はしますが「ケア面」でも何か辞めた人のお手伝いが出来ればいいなあ、と思っています。
そして、他宗・他教への示唆もその際には出して行きたいと思っていますね。

278サライ:2011/05/25(水) 15:32:37
>>268 財務局長 W田尚子氏は謎の多い方です。関東にほとんど姿みせないし、ネットで見聞きするのは、米国内の教団の経理で不正したり気に入らない職員をすぐ首にしたり、億ションをたくさん所有している?といった話ばかり。彼女をかばっていたのは、昔、ザビビに登場されてた輪(りん)さんぐらいですかね。「経理の仕事は頭使うからW田さんも大変なんですよ、とか」実体がよくわからない方です。No3 のF田局長?、No4 のI江部長? このままでいくと、管長職は空席になり、教団の代表執行者の地位に収まる方でしょう。

279天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/25(水) 20:03:26
>>278 和田さんをかばっていた方がいたのは私は存じ上げませんでした。(居たんですねw)
まあ、批判する人もあればかばう人もいるでしょうが、実際にいるとなればザビビの過去をあまり
知らない私にはちょっと驚きです。

おそらく今のままではサライさんの言われたようになるだろうと私も見ています。
護摩を焚いたり宗教的なものは深田さんにやらせて、経理というかお金の動きや大まかな外郭は
和田さんがおそらく仕切るでしょう。
ESP研究所のように娘さんが継ぐように阿含宗も出来るはずですが、おそらくそれは可能性は低いかと。
よほどの神経の持ち主か強欲でなければわざわざしゃしゃり出てこないでしょう。
また管長になったとしてもマジの「肩書き」だけで何の意味も成さない。
会社ならそういう風でも構わないが、宗教では何も出来ない一般人が管長になってもしらけて人は
来ません。いくら深田さんがゲイカばり?の力を出しても管長が一般人なら存続はきついでしょう。
ゲイカが亡くなったらすぐに解体を行うのならわかりますが、それもどうかな?
存続してもおそらく今ほどの動きは続けるのは難しいでしょうね。

280サライ:2011/05/28(土) 13:01:37
>>274>>276 コメントお褒めいただき、こちらこそありがとうございます。ESP研究所、池田慈水氏、スマ氏、伊勢神宮と話題が多岐に渡りました。そういえば、慈水氏はゲイカの「念力」の本を「あの本は如意足」の本だからいいんだけどな、と評価してましたね、半年ほど前。こういう時、私もおっ、と思います。「念力」といえば、ESP研究所(笑)。スマ氏は本当の仏教の大枠を学ぶのに最適な方なんですね。神道に関していえば、やはり神仏習合の歴史と、天理教以降の教派神道の流れを見ると、新興宗教の流れがちょっと、わかってきました。その分類からいくと、@chsでも最近出ていましたが、アゴン宗はそれら教派神道でもなく、詐欺宗教・皇道治教の流れを汲む"詐欺流派"なわけですね。(北野師が皇道治教出身、ゲイカも同教をやっていた?)北伝仏教の師と言っている小田慈舟師には、東京、護国寺での伝法途中でゲイカが無資格者である事が判明して、追い返された、と広野師の本に書いてありました。(小田師も騙された?)(苦笑)そんなわけで、神道の事は徐徐に見えてくると私は思います。話がいろいろ飛びましたが、スマ師の提唱する「怒らない」に加えて、天照さんがおっしゃる神道のキーワード「こだわらない」を実践していきたいと、私も思います。

281天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/29(日) 04:14:18
>>280 ジスイさんの事が出ましたので触れたいと思います。

実はジスイさんの事も、あの深見氏を教えてくれた法友が教えてくれたんです。
その法友が過去に”入れ込んでて”その後で今はもう無いですが私が霊感に関する
HPを開いていました。そこに法友がコンタクトしてきて縁が生じたんです。

法友はジスイ氏のことを聞いてきました。そしてジスイ氏のサイトへ行ってみて確認。
今もそうですが、意味の分からないことが非常に多いですね。

例えば持論を展開されるのは誰しもあることですが、それを分かり易く説明する義務が
あると思うのですね。そしてそれを実際に展開、つまり見せることが出来て人という
のは理解や信用が出来るといえます。
私が阿含宗に於いて学んだのはゲイカの言い分はある程度信用したが、実際に見せれる
ものが無かったのに信じたことです。

ジスイさんは千座行を終えその後まもなく退会したことと、ゲイカよりも上になったような
物の言い方が目に付きましたね。また道品法もある程度マスターした言い方もされていた。
それだけ言うのでしたらそれを示さなければこれは独りよがりにしかならない。
そこが氏の最大の良くない点です。

氏もなんだかユニークなところもあったりしてそれを活かせれば面白い方なんですが、
どうもハチャメチャなところや激高型なのであの態度はよろしくない。
聖者たるものああいう態度ではいけないですね。(氏のBBSやユビさん糾弾の表明とか)
むしろ余裕を見せて尚且つ現実の事象で見せたのならよかったのですが、それもない。
まあ、本当に見せれたりできたなら本当の聖者でしょうからありえないのですがw

氏も超能力とかオカルト色傾向が強すぎたのと自己満悦と傲慢さが強すぎたよう。
念力の本は私もかじりましたが効果が無かったですね。
あれで効果が出たなら皆超人になっているかと。氏はあれで能力を得たといっていますが。
ゲイカもあの本を書いただけで指導もしてないのですから、やはり眉唾だろうと私は
見ていますね。

282天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/29(日) 04:46:28
いやあ「皇道治教」とか「照真秘流」とか「真言流派」などで検索すると結構出ますね。
もう見ているかもしれませんが、纏めたのでもし見てない方は参照すると良いかも?

http://blogs.yahoo.co.jp/rhbrw346/35007372.html

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20100218-01/1.htm

http://d.hatena.ne.jp/ragaraja/20100322/1269213078

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1061154110

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1056322880

http://ryugenji-novel11olo1.blog.so-net.ne.jp/2010-02-18-6

http://blog.livedoor.jp/kikenuranai/archives/51079375.html

http://ocean24.blog136.fc2.com/blog-entry-36.html

しかし、どれも阿含宗がでてくるのがなんとも・・・。
叩けばほこりが出るとはこのことかw

283サライ:2011/05/29(日) 07:59:17
>>282 天照さん、貴重なサイトまとめて、表示いただきありがとうございます。とりあえず、ざっと、拝見した中で、最後の「時評と考察〜現代を斬る」 ブログは特にすばらしいですね。中に登場する織田隆弘師の文章もあらためて読ませていただくと、ゲイカのトリックの特徴を良く捉えており、驚きですね。織田師著の「密教 宝庫を開く」 でしたっけ、広野本の次、読んでみたくなりました。"阿含宗のルーツ""皇道治教"と陰陽道についての研究は、また、じっくりしてみたいと、思っております。

284サライ:2011/05/29(日) 09:16:37
あっ、ご紹介のブログ名は「現代を斬る〜時評と考察」でした。失礼しました。"洗脳似非宗教〜阿含宗の欺瞞"の23年2月10日付ブログ題名は強烈ですね。

285天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/30(月) 03:48:06
サライさん、感想を頂きありがとうございます。
検索したらサライさんの書き込みが検索で結構ヒットして驚きましたよw
素晴らしいことです。サライさんの今後の考察発表にも期待大です。

しかし今回纏めてみて思ったのが、良く見ている人は見ているんですね。
おそらく阿含宗に関わりのある人ではないかと思いますが、中々濃いです。

やはり阿含宗の欺瞞を知るには「廣野本」「織田本」「早川本」この3つは
結構役に立ちますね。

またブログを見て分かりましたが、"皇道治教"と陰陽道には関わりがあって、
それゆえにゲイカが教団内で「陰陽道をやりたい」と言ってたのがわかりましたね。
それまでは「何でこんな変なことをいう教祖なんだろう」と思ってましたしw
仏教が主眼なのになんで陰陽道?と思ってましたからね。
ゲイカが元々そういう方面出身なら、言うのも変じゃないと(笑)

286サライ:2011/05/31(火) 00:50:09
>>285 そうですね。陰陽道が、、阿含宗のルーツと言えます。だから、教団から陰陽師を独立させる、という構想を、7〜8年前、ダルマチャクラ誌上でぶちあげた。(例によって、これも頓挫状態ですが ) 週間ダイヤモンド誌が最近、半年に一度位のペースで20大新宗教の特集やっていて新興宗教の系図が載っていまして、阿含宗の前進が観音慈恵会で、その前進がなぜか、臨済宗?になっています。(宗教年鑑、朝日年鑑から抜粋らしいですが)。前進はむしろ、皇道治教(陰陽道)ですよね。宗教年鑑、朝日年鑑に問い合わせしてみたい位です。ちなみにアゴンが真実の陰陽道か否かは、また別です。(笑)一説には、今の時代、また、いつの時代も老荘思想、道教につらなる所の陰陽道こそが、庶民の本当の救いの手という話もありますので。

287サライ:2011/05/31(火) 01:05:06
あっ、私の書き込みがヒットしてましたか。お恥ずかしい事で(苦笑)。また、ご期待頂き恐縮です。それにしても、桐山氏はあれだけの量の著作があるわけですから、このような考察がネット上で活発に行われることは当然であり、桐山氏としても著述家冥利につきるのでは、と思われます。多くの桐山本読者の参加を期待したいものです。

288天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/31(火) 04:29:51
結局、ゲイカはお気楽に物事を考えているのではないかなあ、と。
本気で考えていたら、もう少し何か動きが合っても良さそうだといつも思ってました。
7〜8年前は丁度自分が最後の賭けをしていた時期でして、阿含宗で頑張って効果が
無かったら「すっぱり辞める」と妻に宣言していたときですね。(欺瞞は知りません)

安部清明さんは有名ですし今でも謎の方です。あの「陰陽師」を阿含宗でもやるのか?
と興味半分、疑い半分の心境でしたが、やはりいい加減な無責任教祖ですから未だに
何の動きも無く「ただの戯言」で終わっているのがなんとも・・・。

でも、実際にやったとしても何をどうやるかが皆目分からない。
まさか、昔の京都にはこびった?と言われる「怨霊や不可解な現象」を処理するわけでも
あるまいし、また現実的でもない。やはりまじない好きなゲイカならではの構想だと
つくづく思うわけです。

私も呪術系は嫌いじゃないですし多少かじりもしました。
ですが、掲示板参入してから現実的に物を見るようになり、まじないやオカルトは多少
面白いもののあまり現実的でないなあ、と感じているのも事実です。
これが昔は無かったために私がゲイカ商法に騙された、と言えるのですけどね。

289天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/05/31(火) 04:42:02
あと、平成17・8年頃でしょうか。自分の阿含宗の最終的な頑張りを見せていた時期に
占いの検証もした時期だったのですが、その際に陰陽師に感心が出てきましたのと、それと
付随するのが「陰陽師占い」も出てきます。
何か言うところには一時期過去に流行った「動物占い」の発祥だというらしいですね。

実際その陰陽師占いをテストしてみたら、まあまあ当たりますね。
でも、やはり占いの限界は超えれなかったでしたね。
密教占星術の疑惑(疑念)があって調べていた最中でしたので期待したのですが、どうも
残念な結果でした。

今考えればおかしなことですが、根本仏教に陰陽師は要らないでしょう。
というか「何でもアリ過ぎ・ごちゃまぜ過ぎ」ですよね。
やはりゲイカはただのオカルト・まじない好きだったかと。ムー爺と呼ぼうか(笑)
まあ、その方が一般受けするんですけどね。
(だから不思議現象やら都市伝説たる番組がウケているのでしょう)

それこそ「阿含宗流派陰陽師」を作って貴方の不運や不可思議な事件を解決いたしましょう、
とかやるつもりだったのかしらん?
やっぱりそういうのを見てもゲイカの脳みそはやばかったのかと思いますね。

290サライ:2011/06/02(木) 00:59:01
アゴン宗が真剣に京都で"陰陽道"を安部清明"ばりにやったら、ホンとおもしろいが、京都に本山があるという地の利もありながら、全くダメですね。アゴンには、専門家がいない?。例の" 好運会"も"予言月報"なるものを1年12000円で取りましたが、占いとしても、全く当たってなかったです。高島易断の九星の月別コメントを大きな字でA4紙に拡大コピーしたようなもので、自分で500円で暦買った方 が安上がりです。こんなもので荒稼ぎしている。だいたい、50年も宗教家やってきて、「 方位は迷信かと思ってましたが、運気に影響があるようです」なんて、急に言い出すゲイカはなんなんですかね。だめだ、こりゃ、の世界でした。天照さんがやられた占いは程度当たるとの事でなによりでした。

291天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/02(木) 05:14:41
サライさん、教団の中のご説明ありがとうございます。
本当の仏教の見地から見れば問題ではありますが、ただそういうのを抜きにして&ユニークさを
見れば陰陽道はウケる部分もあったのかもと感じます。

一番の納得は「専門家が居ない」ということでしょう。
ゲイカは「自分は専門家だ」と言っているわけですが、とんでもなく素人。
まあ良く言っても「ただのオカルト好きなお爺さん」でしかない。

好運会をやったことにも在籍中には「あ、金が欲しいんだな」とすぐに分かりました。
まだ私が欺瞞を知らない時期にあっても、です。
因縁解脱修行宝鑑では3人導けば無料なわけです。それよりも好運会なら「お前ら好運に
なりたくないか」と言えば釣れる人はある程度でますでしょう。
そして実際にお金も取れる。昔のシステムではお金が取れないのでメリットが無いので撤廃した。
しかも何の救済策も無く、です。

「高島易断の九星の月別コメントを〜」は本当に信者をなめていますね。
どうせいつものように信者を馬鹿にして追及されないと思ってタカをくくっているのでしょう。
昨日TVでミートホープ社の事件の再現VTRを放送してたのを見ましたが、それと同じでゲイカの
やっていることは「宗教の偽造」ですね。あの社長とゲイカがダブりました。

292天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/02(木) 05:40:21
「だいたい、50年も宗教家やってきて、「 方位は迷信かと思ってましたが、運気に影響があるようです」なんて、
急に言い出すゲイカはなんなんですかね。だめだ、こりゃ、の世界でした。」

ゲイカは本でも法話でも言ってましたよね。
ゲイカがあちこち全国を行脚するのは有名ですが、当時占いの詳しい方(先生)がゲイカに対して
「会長先生。貴方の行かれる方角は危険ですので是非おやめ下さい」と言ってきたという件。
あれの事項も忘れて「運気に影響がある」???

ゲイカは糾弾されるか、よほど酷い目に遭わない限り死ぬまでこうでしょうね。
何を馬鹿なことを言っているか。

馬鹿教祖の話はこの辺で一旦。

占いですが、これは占い好きの人には怒られてしまいますが、限界があるのです。
どんな占いにも限界があるのです。
私も「かなり高度な精度の占いを」と求めましたが無いですね。
占いの世界も宗教と似ていて「うちが一番当たる」とか周りが囃し立てて「あそこは当たる」とよく聞きますが
どれもクールに見てゆくとその占いをする人の資質や能力が補っていて占い自体はさほど一定ですね。

また如何に当たっても当たらないものや場合があります。それが占いの欠点です。

占いは未来予知に弱いのです。確かに結構当たる占いもあるようですがそれだけ凄いのなら100%当てれる
はずです。ところが100%というのはこの世に存在しません。
あの「アカシックレコード」さえ、時に変わるのですから占いで当てれるはずがありません。

占いが得意なのはよほどの固定された未来や近未来、過去の事項や本人への事項などバックボーンにあるもの
が得意です。占いが万能で最強なら過去も未来も全て当てれるはずです。
それが出来た占いは未だ見たことが無い。なのでそういう結論です。

ましてどこかの教祖のような適当レベルでは当てれるはずが無い。
批判意見で「教祖の占いでどこに当てた事項があるのか」と批判されますが本当にそう。
データやどこかのパクリで当てたのは仮に当ててても当たったとは言いません。
またそれほど素晴らしい能力をお持ちなら東日本大震災も何もかも全てお見透しでしょう?

何も出来ないし出来なかったのだから、そこらの一般人と変わらないか、ただの占い好きでオカルト好きな
爺だっただけのことにしかならない茶番教祖なのですから、如何に詐欺師かが分かるものですね。

293天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/02(木) 05:54:07
逆に占いが100%当たると困る現象も起きてきます。
それが阿含宗で言うところの理論にもなって来るわけですが、絶対的な運命、カルマと言っても良い。
もうどのようなことをしても変えれない強烈な運命=宿命となっている位強いものがある。
こうなるともう、どうしようもないわけです。
占いが100%当たると阿含宗の理論さえ通らなくなる。

でもそれを無理やり通すためのものがゲイカの論な訳です。
その絶対的なものを「変えれる」とやれば商売になるからです。

キリスト教も神道もそれを説かない。イスラムもヒンズーもどの他教も説かない。
仏教さえも本当は説いてないのですが、阿含宗はそこを出しているわけです。
釈尊が偉大な方で難しい真理を説いている。さもその真理の中には運命を変えることができる。
そういう味付けでやれば嘘の教えですが通ってきてしまうわけです。
勿論本当の仏教を知らないからそういう嘘を信じられるのですが・・・。

なので厳密に言えば占いが当たりすぎると弊害も出る、ということです。
まるで「矛と盾」の話のようなもので、占いは良く当たる。いや当たらない。どっちなんだ?
追って行けば「ある程度当たる」としか出なくなります。
それをゲイカは「かなり高確率で当たるし人の因縁さえわかる」などといいます。
人の因縁まで分かる占いなど有りません。ましてやゲイカの言っている占いは嘘の占いです。
ハッタリと妄想ばかり強くて何も役に立たない、いや人を騙すことだけにしか役に立たなかった
と言える顛末だけですね。

なので、期待した陰陽師占いは他の占いと同じように概略やおおよそしか当てれず残念な結果に
終わりました。ですが、それは当然の結果でありました。
やはり占いは参考程度か趣味で好むのが一番ですね。

294サライ:2011/06/04(土) 12:51:10
>>291 専門家がアゴン宗にいないというのは、やっぱりその思われますね。ゲイカが、自分以外の実力者の輩出を嫌ってきた結果ですね。ゲイカが開業当初の弟子(兼指南役)の塚田氏も結果的に"自分よりできる"、のを嫌われて排除されたようですし。(廣野本より)「アゴンで、九星占いの奥義を教えないのは、これで開業されると、お金がジャブジャブ入ってきて、仏道修行を放棄する可能性があるからだ」なんていう理屈がまことしやかに、ゲイカおっしゃってましたが、今となってはお笑い草ですね。ジャブジャブ占いで儲けているのは、どちらか、と(笑)。ミートホープの社長とゲイカがだぶった、というねは、その面もありますね。最近、「神世界」が霊感商法の"徐霊"で摘発されました。アゴン宗もゲイカがもし実際に"霊視"しておらず、他の職員が代理で"ご霊示創作"しているとして、これが内部告発されたら、パンフレットと違う(職員がやるとは書いてない)わけですから詐欺の疑いで摘発が危ういですね。霊感商法がらみは、要注目です。

295サライ:2011/06/04(土) 13:33:41
>>294 (訂正)①やっぱり、そう思われます ② 徐霊→除霊 失礼しました。 本日の産経新聞の一面大見出し「首相はペテン師だ」 とあり、「他人のいう事は聞かず、イエスマンしか近くには置かない。意見した人間には怒鳴り散らして、徹底的に排除する、自分では責任は取らず、他人に押しつける」のが現首相だとか。どこかの教祖と似てる?かも。どこの世界もペテン師というのは、相通す゛るものがあるようです。(これらの首相評価、実は、"トラストミー"の鳩山氏の言葉なんで、なんともまぁ、なんですが) 同紙のコラムには「ペテン師とはなんと懐かしい響きだろうか」、とありました。

296天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/04(土) 22:42:25
サライさん、レスありがとうございます。
いやあ、私もTVを見ていて思わず「何?」と反応。
いつも目にする言葉を聞くものですから、なんと菅さんのことだとはwww

ペテン師はゲイカだけで沢山だと思ったのは内緒w

神世界の摘発、なるほどです。
あれも氷山の一角でまだまだ一杯被害を受けている他宗もあるんだろうなあ、と思うと
なんだかやりきれないですね。
阿含宗の事も私も「被害者の会」を作ってあげたいしやりたいところですが、阿含宗は
巧妙なのでなかなかそこまで至れないのが残念。

なので地道にHPや掲示板で活動してゆくのが一番なんでしょうね。

297サライ:2011/06/05(日) 18:58:14
>>292 なるほど、占いは完璧ではないが、一部得意な事項もあるわけですね。それは、その事項だけでも逆におもしろいですね。アゴン宗でも好運会ができたときは、いよいよ、本腰を入れて"占い教室"でもやるかと思ったら、単なる金集めイベントに終わっただけ。"運命概観"は50年位前の占術家の本の8割"パクリ"で一人5万円なりで、渡して終わり。"ご指導欄"というページがありましたが、昔の"座右宝鑑"と同様、ページはあるが、例によって空欄のまま。(廣野本で指摘されている通りの癖で、肩すかし食らうのは30年前と同じ)"予言月報"はぜんぜんトンチンカン。なぜならば、アゴン宗には本格的な専門家がいないからでしょう。"外部の本格的な先生"達の研修を受けているとは聞かないし。今は高野山の指導僧侶もおらず、唯一の"外部の先生"がブータン仏教"ですかね。これも、莫大なお金がかかっているし、言語の壁もあり、形式的なものなのでしょう。信徒個別に交流してくれるわけでもなし、あまり、意味ありませんね。そう考えるとアゴン宗の法務部の僧侶や専属占い師?って、どこでレベルアップできるのですかね。まぁ、好運会はかけ声だけで、たいした事なかったですね。天照さんのおっしゃる通り占いは"趣味"の範囲でやるのが一番ですね。

298サライ:2011/06/05(日) 20:49:11
>>293 その絶対的なものを「変えれる」とやれば商売になるからです。キリスト教も神道もそれを説かない。イスラムもヒンズーもどの他教も説かない。仏教さえも本当は説いてないのですが、阿含宗はそこを出しているわけです。釈尊が偉大な方で難しい真理を説いている。さもその真理の中には運命を変えることができる。そういう味付けでやれば嘘の教えですが通ってきてしまうわけです。勿論本当の仏教を知らないからそういう嘘を信じられるのですが・・・。。。。。なるほど、そのような味付けを出しての商売なわけですね。ALCっていっても、結論は「10万円の解脱供養または、30万円の廃絶家供養をやったほうがいいですよ」だと、なんとなくわかっているから、おもしろみもないんですよね。あっ、確かに、商売になる占いですね。

299天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/05(日) 21:04:26
>>297 サライさん、詳しい好運会の説明ありがとうございます。
私は丁度拝受の資格を逸していたもので中身は分からずだったんです。
勉強にも考察にも役立ち、感謝にたえません。

しかし、何と言う”ずさんさ”でしょう。廣野本を読んだ人ならこの
有様がおもむろに浮かんで来るでは無いですか。

専門家が居ないのはそうですが、本来ならゲイカが”専門家”でなければならず、
講義も指導もゲイカがやらねばならないわけです。
でもパクリとデタラメで繕っているから出来るはずが無いのは当然で、サライさん
が示された様相になるのは至極当たり前でしょう。

また専門家が居たならゲイカの必要は無くなります。
栄養などを示したサミエル菊池さんとか、大腸の専門Dr新谷弘実さんとかが講義を
阿含宗でされたのと一緒に出来ず、占いの専門家を読んだらゲイカの位置や意味は
無くなります。なのでどうあっても占いのプロを自称するゲイカがやらねばならない。

ですからやはり好運会は掛け声だけと金集めの目的だったのがモロばれですね。

私は因縁解脱修行宝鑑からシステムを変えた事項で「おそらくそうだな」と感じてた。
いきなり好運会をやる、というのと以前修行宝鑑を申し込んでいた人には「追い金」を
することで好運会にできますよ、というのとそれを断れば一切因縁診断をしてもらえない。
そういう傲慢な体制に怒りを感じていましたからね。
亡くなった弟が丁度それに差し掛かっていたのもありますが、本当にとんでもない。
一名導きの申請だったので一万納めていたのですが、それを返金してもらいましたけどね。

好運会に入れなかったことで、逆に得をした自分なのでなんだか心中複雑ですね。

300天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/05(日) 21:30:48
では、今度は占いの方の話しへ。

もう遠ざかったので詳細は忘れましたが、占いには種類が多いように占いにも得手・不得手があります。
多少未来予知に長けているのもあれば、過去しか当てれないのもあったり、また分析が得意のもあります。
総じて言えば「過去や性格・要素・資質を当てる」のが多いようです。

そこから信用性を醸し出し、占いする側、つまり占い師の扱いたいように持ってゆくのです。

あと言うならば霊感というか勘の強い人などは割と向いているようです。
それは占いで示された事項だけでは分からないことや内容を当てるにはその勘が非常に役に立ちます。

TVではかなり有名になった「橋本 京明さん」や「照屋 全明さん」などがその感じが強いようです。

実際占いをやってる人にはわかることですが、まず勘が良くないと的中率が良くないです。
次に占いが示している事項だけでは分からないことへ踏み込めません。
それこそ「なんでそういうことまで知っているの」というくらいの怖い「当てる力」が差を生むと私は
思います。

勿論阿含宗の私の道場にいる人でALCをやっている方でそういう人が居ます。
占断だけで分かりえないことを当てることが良くあります。
あれは霊感及び勘で当てているとしか言えないことがありますね。

なので阿含宗のちゃちな「密教占星術」でも結構ビシバシ当たって「これは凄い」となるのです。
という一方、勘の弱い方で資格者が居ますが、その方が占うとしどろもどろになります。
「よくこれで資格者になったなあ」というくらい不甲斐が無い。そういう方も居ます。

なので、私はその占いをマスターするのも必須ですが、勘に(感に)長けているというのも
占いには必要だなあ、と感じておりますね。

私が占いに注目したのは阿含宗でいうところの「各種の因縁」を知りたかったのもあります。
勿論それ以外にもいろんな理由がありましたが、かいつまめばその動機も理由だったわけです。

ですが、どうも密教占星術がはっきりしない。なので、後回しにして他の占いを調べた。
本も買いましたしやっても見た。またWebでも調べた。
結果分かったのは「どの占いも限界がある」という結果でした。

そうなるといろんな占いの特長というか良い点を集めれば、他の占いに無いものや欠点を
補える、と考えたんですね。ところがそれも適わなかった。
どうしても完璧な占いが無いのです。

そこでまた密教占星術に戻り調べたら、どうも以前調べたようにはっきりとしない。
こうなったらゲイカに聞くしかないか、と諦めていた際に2chに参戦し掲示板情報を得る
ことになった。

すると密教占星術というのは無い、というのが分かり愕然としたわけです。
ただでさえ阿含宗が欺瞞で一杯なのに、そのゲイカの言う肝心な占いさえ「デタラメ」だという。
これはかなりショックでしたね。

その後も検証を深め、やはり掲示板情報は正しい、と認識し今に至るわけですが、本当に
ゲイカはとんでもない人です。
占いを悪利用した人です。尚且つ釈尊は仏教に占いは禁止だといわれているとは・・・。

ですからどのようにあっても占いで人を救うのではなく、信者獲得の方法だけだ、ということで
ありますし、活用方法が間違っています。

なので、そういう意味でも個人的な趣味程度で占いをやるのがいいという判断です。

301サライ:2011/06/13(月) 22:58:32
>>299 ちょっと、間が開きましてすいませんでした。あらためて、レスさせていただきます。好運会の"運命概観"のタネ本は「さあ、やるぞ No6」のP168にも出てますが(平成11年10月1日法話)、昭和初期の小林四明氏という法象学会の会長が書いた「法象学」という本です。上記、法話の約6年後の平成18年2月にこの「法象学」を、まるで大学生のパクリ卒論の如く、ほとんど丸写しして、(コンピーター占いを少し付け足しして)好運会会員に本人5万円、家族3万円で頒布したんですね。(修行宝鑑待ちの人はお詫び料として1万円引きして、あらかじめ納付してあった修行宝鑑お礼分加味され、あと、3万追加納付!して合計4万円で差し上げますよ、と来た。)(天照さんは1万円返してもらったとの事ですね。) しかし、天照さんがあげた、サムエル菊池先生や新谷先生はよい外部専門家を連れてきましたが、占いの分野では、アゴン宗の専門家不足を補うため、なんと、昭和初期の小林四明氏を連れてきて、本を丸写ししたわけです。60〜70年たっていれば、著作権も消滅しているのでしょうが、せめて、運命概観に"出典"を明記するのが、先人である小林先生に対する"礼儀"でしょう。「さあ、やるぞNo6」は平成16年2月に出版されてますがね。("好運会運命概観"頒布開始の平成18年2月のちょうど2年前)。皆が"さあやるぞ"、にタネ本が明記されているかなんて、いちいち確認しませんからね。「法象学○白○星篇」 小林四明著 で、星の数に分冊され出版社名不記載の書物です。占い専門古書店で高額で取引されているようです。まあ、小林氏に5万で縁を付けさせてくれたと考えられるでしょうが、出典を書けよ、といいたいですね。私が近年、アゴンにギマンを感じた一場面です。

302サライ:2011/06/13(月) 23:17:47
あっ、「さあ、やるぞ必ず勝つNo6」の中で小林四明氏の名が出てるのは P168→P166の誤りでした。 さて、最近聞いたところでは、W田さんが最近、関東別院のミーテイングにやって来たとか。きっと、教団全体でカネの集まりが悪いから、東京にはカネがありそうだから集金促進に来たんでしょうね。(来なくていいのにね。)今や時代遅れの"教団の論理"より、ネットで情報収集している"賢明な消費者"の方が一段上ということですね。ムダな支出はしなくなってきているということです。阿含宗なんて、ネットで検索されたら、今一発でアウトですものね。(苦笑)

303サライ:2011/06/14(火) 20:56:14
>>300 占い一般の話ですが、"密教占星術"No1 No2なる本をゲイカが出して、その続編もNo6まで?出す、なんて前書のはしがきで宣言しておきながら、出版予定は、かけ声倒れに終わりました。30年たって代わりに出てきたのが、"好運会"。だが中身はオリジナルの物ではなく、他人の書物を引き写し、それで3〜5万円を取る。予言月報もほとんど、デタラメ?なのか全くよくわからない中身で年12000円取る。本場の占いを期待した人には裏切りの中身でしょう。まあ、今後、アゴン宗以外の、教えていただいた橋本 京明氏などの本場の方がいらっしゃるでしょうから、気長に研究していきたいと思います。あくまで、趣味ですよね。伊勢白山道さんは「これからは幽界が縮小していく時代だから、占いも当たらない時代になってくる」とおっしゃってますよね。そうなると占いはあくまで"遊び"と割り切ってやったほうがいいようですよね。

304天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/16(木) 19:08:02
サライさん、私もしばらくぶりでした。いろんな作業やらで返信が遅れまして本日拝見しました。

いやあ、酷いですねえ。密教占星術に絡む事項は考察室にてある程度解明されましたが、まさか
好運会はそのようなことで、また「さあ、やるぞ6」でそのようなことを書いてたとは。
あれは法話集なので法話でしゃべった?ということでもあるんですよね?
やっぱりおしゃべりな教祖の自爆行為か!と大笑いですね。
私もサライさん同様に非常に改めて欺瞞を感じましたね。

w田さん出しゃばりましたかwww
あんたは黙って関東にいろ、と言いたいのですが、痺れを切らしましたか。
こうなると今後の動きもやぶさかでなくなるかも?
尚且つゲイカが倒れたり、亡くなったら偉いことに(笑)

密教占星術もシリーズ化する予定でしたが、ネタは最後まで出さないゲイカですから出さない。
というか暴露もされたので出せないかもw
会報を見て驚きましたが、伝法会も8月以外に行っているとか。
何も知らない信者さんは「門戸をようやく開いた」と思っているでしょうが、阿含宗側は金が
欲しくてやっているだけなんですよねえ。
そして将来信者にも護摩を焚かせる予定ですが、さてさて。
これも結局「釣り」だと見ていますよ。

伊勢さんの言うことは同意ですね。
今後は悪の幅を利かせた宗教らもそれに関する良くないものも淘汰されるでしょう。
そうなるとシンプルで人に不利益を与えないものが残ります。
そういう風になるのが「自然な浄化」なのでしょうね。
私もそういう時代がくるのかも、と思って居たりします。

305天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/21(火) 05:29:27
ここは雑多な関連事項を書けるので書いてみるw

阿含宗のゲイカの滅後について考えれば、やはり長女さんがやるのかなあ?とか。
いつの間にか光和のTOPになっていますよね。

三女さんが本当はやるのかな?と昔思ってたらいつの間にか居なくなっているしw
掲示板で聞いた状態なら戻ってこれないですよね。
次女さんはこれまた3姉妹の中で一番関わりが薄いし、さてさて。

まあ実際の政権を握るのは和田さんでしょうね。
深田さんは死ぬまで「買い○」の状態でしょう。
和田さんに反抗して「俺が管長だ」とやったらそれはそれで面白いがwww
おそらくそれはやらないでしょう。深田さんの性格では、ね。

そうなれば看板上というか登記上では「長女さん」とか誰かが。
実際の運営は和田さんかなあ、でしょうか。

くだらない書き込みですみません・・・。

306サライ:2011/06/23(木) 00:10:20
>>304 レスが、またまた、不定期になりましてすいません。好運会のパクリの件がしたらばの方にも取り上げていただきました。天照さんのおっしゃる通り"おしゃべりな教祖の自爆行為"でネタ元は遠回しでちらっと言及しているから、それが、彼らの最後の"逃げ" なんでしょうね。今日は2チャンで深山さんがシャンバラの元店町のN本さんの話が続いてましたね。愛人はI川さんだけじゃなかったのか、という思いです。N本さんはアゴン職員さんと結婚、2人とも深見東州氏の所に行ったみたいだ!?とあり、あら、と驚きました。W

307名無しさん:2011/06/23(木) 01:11:32
>>306
関西では、元女子部のK女史も愛人という説がありましたよw
W田さんも愛人だったそうだし、お盛んな自称聖者さんですねw

308天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/23(木) 05:46:19
>>307 名無しさん、投稿ありがとうございます。
そうですか〜噂が本当ならまさに色欲盛んな聖者さんですね・・・。(唖然)

>>306 サライさん、いつも恐れ入ります。
気軽な感じでかまいませんので、どうぞふらりとお書きになってください。

@chs−1でのサライさんの記事情報がしたらばでも引用されて「凄いな〜」と思っていました。
サライさんの現信者情報は本当に助かっていますし、またサライさんも博学なので私も刺激を
受けまくっており感謝でございます。

2chの過去ログで見かけたことの有るN本さんの件などが現在も引用されるのはいいことだなあ、
と思っていました。過去ログは膨大で編集作業に私もかなり参っている次第ですが、本当に貴重な
ものが多く、それらをいつでもチョイスできるようにしたい、とは思っているんです。
ですが、かなり骨の折れる作業なのでまだ進んでない状態です。

何かの話題で引用されて会話されるとその情報を知らない・読んでなかった人にはとても有益な
情報となり、また記憶や話題から去るとどうしても貴重な話題もうずもれてしまいます。
時折何かの拍子というか機会で何度も出るのは有る意味いいことだと思いますね。

辞めた元信者さんが深見氏のところへ行ったりというのは聞いてましたが、そうなるのは分かる気が
しますね。私の法友が私に対し「阿含宗を辞めたらどこへ行きますか」と聞いた際に無理やり答えたら
深見氏か真言宗か無所属のどれかになるだろう。まあ無所属はその時に言わなかったので深見氏か
真言宗のどちらかになるだろうね、と言いましたがでも深見氏は以前に申しましたようにどうも
理解しがたい箇所があるので却下になったのです。
そして真言宗もどうもね・・・と言う感じでいたらまさか本当に自分が阿含宗を辞めるとは(苦笑)
その当時には予測もしてなかったんですけどね〜。

309天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/23(木) 05:54:59
今回の2chのN本さんの記事に対し深山さんの考察論は非常に鋭いなあと見ていました。
納得する箇所が多く、改めて考えさせられた思いです。

過去の出来事を時系列や現象を追いながら見てゆくと、どこまでゲイカは汚かったのか。
また聖者などといえない・呼べない・見れない行為を展開していたのかと呆れますね。

アゴンさんも教団の今の事項を報告してくださっていますが、それらも拝見し呆れます。
2chで揶揄して「阿呆宗」というのを以前見たらむかつきましたが、今では逆に
「凄く様相を表している表現だなあ」と思います。

「俺は天才で凄いのだ」と言ってた教祖がまさかただの阿呆だとは・・・。
あ、違ったか。天才詐欺師だったよねwww

310サライ:2011/06/25(土) 14:31:43
>>307 名無しさん、レスありがとうございます。関西のK女史ですか。どなただか、存知上げませんが、いろいろドラマがありますね。"自称聖者"なんてやめればいいのにね。「私は凡夫でした。これから凡夫として修行します」 と、言って、教団はしかるべき、第3者に譲渡し、引退するのが筋かもね。

311名無しさん:2011/06/25(土) 21:56:26
>>310
レスありがとうございます。
サライさん、アゴンさんが最近、
「桐山さんが僧侶の真似事」
と発言した事を書いてくれましたね。(間違っていたらすみません)
それを読んだ時、非常に驚きました。
謙遜にしても、おかしすぎるでしょう。「はしくれ」ならまだしも。
わずかばかりでも、桐山さんが自分を省みる様になれば……
と思いましたが、やはりそれはなさそうですね。

312サライ:2011/06/25(土) 23:52:39
>>308 天照さん、こちらこそ、恐れ入ります。過去ログの膨大な編集作業に取り組まれ、参ってらっしゃるとのお話、お疲れさまです。そのおかげで阿含宗の現在、過去関係者が、おかげでネット検索、交流できるわけです。 伝法会は、この5月から6月にかけて、1泊2日で各本部でやったみたいです。1〜2回生3万、3回生4万、4回生5万、5回生6万(ゴマ許し状お礼2万円別)とのこと。1泊に短縮された割には高いですね。護摩許し状の説明書きには「 他宗の密教寺院でも、護摩を焚ける免状です」みたいな事が書いてありますが、これって、実行された方、いるんですかね。私も機会があったら、他宗の密教の坊さんに相談してみたいものです。ゲイカがそう書いてるんですから。「変身の原理」にも、「他のアジャリ様の元で修行されるのもよろしかろう」、とありますし。≫305 W田さんじゃ、ちと、いやですね。親族じゃないから、後継者は無理でしょうから、法務部と一緒になって、"鎌倉幕府の執権政治"のような合同衆議体制になるのでしょうかね。親族は傀儡(かいらい)の将軍家みたいな感じですね。

313サライ:2011/06/26(日) 00:13:04
>>309 "阿呆宗"はいけてますねw。神田の喫茶店シャンバラが展開しているときは、"街に出る阿含宗"のキャッチフレーズの元、おしゃれな感じでしたが、突然閉鎖、裏でN本女性店長との疑惑。物事には、表と裏がある。結局、プライベートの堤氏の事なんて、あたり前だし、ある意味、どうでもいいけど信者は何も知らないんですよね。最近ヤフー質問箱でアゴンを指して「こんな経歴の教祖なのになぜ信者になったのですか」と質問している方がいましたが、この方は愛人問題は"武士の情け"で黙認する、とありましたね。

314サライ:2011/06/26(日) 00:48:27
>>311 名無しさんのおっしゃる通り、また、アゴンさんが書いてくれたように、4月10日の別院・愛染明王祭で「私は今、坊さんのまねごとをして幸せに暮らしています」とゲイカのコメントがありました。また、直後の16日冥徳祭でも「私は坊さんではありませんが」とおっしゃっているようです。確かに、教団の最近の出版物からも、僧侶としての経歴として、肝心の「○○年○○寺で得度」が載ってませんので、いわゆる、坊さんを名乗るのはついに諦めたんですかね。新興宗教を興して、外国に寄付をして見返りに"名誉僧位・法号"を頂いた。現在"大僧正゙を自称してますが、これは紛らわしいから"スリランカ名誉大僧正"を称したほうがより正確ではないかと思いますね。また、これらの名誉称号は"真似事"のための称号だとゲイカがついに認めたという事ですね。

315天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/06/26(日) 07:23:26
>>312 サライさん、詳しい情報ありがとうございます。
なるほど。今はそのようになっておられるのですね。
昔の私なら喜んで参加していたでしょうね。

私も早く護摩を焚きたいと思ってましたから実にはまってたわけで、
汗顔しきりです。
そういえば先達から以前聞いた話ですが、護摩許し状御礼は昔高額だったようで。
なんか一説には10万だったとか。
伝法料のほかに別に封筒で納めるのだそうで、まさしく管長への袖の下、ですね。
本当にふざけた教団とシステムです。

許し状は他宗に持っていったらおそらく恥をかきます。
そういう他宗に持っていって護摩を焚こうとした人が居ないからゲイカも
大きな顔で言っているのでしょう。非常に我らもなめられたものです。
阿含宗の中だけしか通用せず、尚且つ阿含宗の中で自由に焚けないのですから
もうただの飾りにしかならないものを我らは喜んで受けていたわけです。
こういう真実を世に晒さないと駄目だと本当につくづく思います。

316天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/01(金) 05:51:44
この@chs−1の935の続きをこっちに書きます。

そこで自分も退会間際にはこういうのも考えたことがあります。

阿含宗が間違っているのはおおよそ分かった。だけど阿含宗全体が悪いというわけではない。
悪いのは管長と阿含宗の内容だけだ。だから阿含宗の教義を直し、中身を替えれば良いのではないか。
いわゆる「内部修正・変換」を考えていたのです。

ですが、シュミレートして見たらそれはどうか、なのです。
つまり本当の仏教を阿含宗で行う、つまり新しい「阿含宗」にしたいのは山々だが、それをやって
行けるのかどうか、また実際的に出来るのか、です。

まず阿含宗に来ている人の多くは今の阿含宗の教義に納得したから来ている人たちです。
それをほとんど修正されて「そうか〜」というか否か、です。
180度違う内容に果たして今居る信者さんはOKを出すのか、です。
おそらくOKを出す人は少ないでしょうね。

次に仮に全員がOKを出したとしても、釈尊の実際の示唆にあわせた内容では教団が持たない。
阿含宗は確かに創価学会と比べたら小さい教団です。
ですが、全国や外国にも支部や道場を持つ教団です。それらを運営・継続するには金が必要です。
護摩も無くし、先祖供養も辞めて金もほとんど入らないシステムでどうやって運営をするか、です。
信者の会費だけでは到底持ちません。そこに現実の厳しさがあります。

また管長は解雇・追放ですから誰が指導をするか、です。
運営・管理・指導も結構シビアです。
こうなってくると新生阿含宗は逆に「継続できるのか」という問題に立たされます。
そうなると阿含宗は看板おろしはしなくても縮小はありえるし、下手をすれば廃業は時間の
問題となる現象が起きてくるでしょう。

そうなると阿含宗にこだわるよりも別な団体として立ち上げるか、同好会レベルでやるしかない。
釈尊が「別に私は宗教団体を作るつもりは無かった」という姿勢が良く感じられてきます。
本当に運営などをすると如何に大変かが分かります。むしろ団体など立てないほうが良い。
みんなが釈迦仏教をやるのにそんなに仰々しく団体を設けたり、利潤を生むような作業をしないで
良い。また実践には今有る宗教団体とは全然違うものになる、というのが見えてくる。
なので私は「ああ、今ある阿含宗でやるのは無理だな」と判断しましたね。

317天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/01(金) 06:11:06
阿含宗、という名前は私は実は好きなんですよ。辞めた今でも嫌いでは無い。
嫌いなのは管長と和田さんぐらいか(笑)
やはり信者の皆さんも良い人が多いし、悪い思い出ばかりじゃない。

確かに変な信者さんも居ることは居るが、そんなのは社会においても同じこと。
どこかに変わった人や変な人ぐらい数人はいるものです。

ですからそういう特例?を除けば私は阿含宗も悪い場所じゃないと自覚しています。
悪かったのは管長と教義などの内容だけです。

阿含経を奉じてその中身を実践する教団としての名前は最高ですよ。
ですから阿含宗という看板は決して悪くない。

だが、問題は中身と教祖です。本当にこれがガンじゃないか、と思うくらいです。
だけど、先に述べたように教祖を追放し、教義を変えた程度では済まないのが現実です。
これをどうにか出来たなら私も阿含宗には戻りたいですな。
本当の仏教を示唆してちゃんとマトモな仏教をやるのなら、です。

前述で「仮に信者全員OKだと」いう風に言いましたが無理ですよ。
信者の多くは管長が出した教義とご利益が目的ですから、それが皆無となれば面白くも
なんとも無い。お金を払ってまで「本当の仏教を講じたいんだ」などと言う人は多くは
残らない。また今までの過去の教義を否定するわけですから訴えられかねない。

「よくも今まで騙したな」「今までの金を返せ」「責任を取れ」などなど言われる。
そういうのも考えたら危なくて今の阿含宗を新生にしてまでやる、というのは私なら
お金があってもやりませんな。

むしろ今のままが阿含宗であり潰れるまで桐山阿含宗なのが宿命なのです。
中身を挿げ替えたり修正などは夢の夢です。

そんな労苦を背負うよりも新しい団体を立ち上げた方が楽です。
ですが儲からないでしょうね。

釈尊は儲けとか世俗から離れていますから釈迦仏教をやろうとすればするほど運営は
きつくなるし儲からない。逆に儲けるのなら詐欺まがいか偽仏教になってしまう。
そうやらないと儲かるものではない。

第一、仏舎利行もやらない。護摩も焚かない。先祖供養もやらない。超能力開発もなし。
有るのはひたすら煩悩解脱の示唆とお勉強だけだったら会費も払いたくないでしょう?
自学でほとんどできることですし、ある程度学べば後は本人の努力です。

そして例えば何か病気とか問題で困ったことがあってもそれを祈祷もやめるので受け付けない。
なんとも味気ない宗教団体になってしまうからです。
こんな団体に残る人は本当に僅かだろうと思いますよ。
そしてこういう経緯の末路は廃業して終りになるでしょうね。

318天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/01(金) 06:21:36
ですから自分(退会間直の自分)もそうでしたが、実に都合のいいことを考えるんですよ。
悪いのは管長と間違った教義だけ。それを直していけばいいんじゃね、と。

そして護摩も行も先祖供養も「残す」考えなんですよ。
本当に管長を辞めさせて中身を一部変える、という思考で物を考えている。
これなら確かに運営は出来るんですよね。

でもそれは偽仏教のままなんですよ。そこに気付いていない。
そうして自分が良い様に・過ごし易いようにしか”考えてない”んです。
掲示板でよく論じたり学ぶとそこが良くわかる。
そして理解できれば私が言った「釈迦仏教をやればやるほど今の阿含宗は出来ない」
というのが見えてくるんです。

ですから信者さんで「今の阿含宗を変えたい」というのは良くわかりますが、それは甘い。
砂糖よりも甘いですね。甘すぎる考えで、それこそ小学生よりも劣っているのではないか、
と思うくらい甘い。

結局は管長の教義や思考にほだされている。慣らされているので気付かないのです。
本当の釈迦仏教をやるというのはそこまで理解できないと駄目でしょう。
というか本当の釈迦仏教を講じなくても中身を分かれば見えてくるはずです。
如何に阿含宗が毒された哀しい偽仏教かが分かります。

ただ、本当に看板だけは最高なんだよなあ。
惜しいしもったいないとは思いますよ。
管長も馬鹿なことをしたものだと思いますね。

319サライ:2011/07/03(日) 23:02:52
>>318 "阿含宗"の看板は最高ですか(笑)。廣野氏の本のP187に出てましたね。北野氏が桐山氏に冗談で言った言葉のテープ再生「桐山君は、密教、密教というから密教界から苦言が出るんじゃ。"阿含"なら、"阿含宗"なら誰からも文句は出まい。といってやったのがヒントになって阿含宗が出来てしまった」北野氏の冗談(瓢箪)から駒が出て創立した阿含宗・・・・ ・・ とありましたね。北野師にはホントゲイカは何から何までお世話になって、教団の陰の名付け親にまでなってもらったんですね。それを金剛院派"照真秘流"を"詐欺師"よばわりして、離れ、小田師の"三宝院流憲深(三憲)という法脈に乗り換えたという。なんともまぁ。アゴンの名付け親の北野先生には申し訳なかった事ですね。師を詐欺師呼ばわりしておいて、後年ご自身も詐欺師呼ばわりされているわけですから、いやはや。

320天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/04(月) 05:20:52
>>319 なるほど!阿含宗の設立は本当はこれでしたか! 速読して見逃してましたね(汗
これで又阿含宗の謎(笑)が1つ解けましたね。サライさん、しかと教わりましたm(_ _)m

しかし319に有りますように、本当に同意ですね。
北野氏に世話になりながら恩を仇で返すのはさすが一宗の教祖になるだけの器のある人
ならでは?なのかも知れません(冗談です)

ですが、やはり根本仏教を謳い「うちが本物の仏教教団だぞ」というには充分な名前で、
その背景を知らなかった私も何ですが、看板だけは凄かったとは思います。
看板だけがでかくて潰れた企業などは世間に山のようにあるわけですが(苦笑)

321天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/15(金) 05:30:14
思い返せば、北野氏の名前を見たのは「守護霊を持て2」でしたか。
サラッとしか出てこないのでこれも過去あまり気にかけないでいましたが、思えばこの
北野氏というのが阿含宗に居ても話題にでないので先達に聞けば良かったね。
喧嘩分れしたのですもの、話題にすら出るはずがないよね。

322サライ:2011/07/15(金) 15:03:01
>>321 大作 「密教・ 超能力の秘密」!(何が秘密なんだか)のあと書きにも出てますね。"北野師に法の手ほどきを受け、小田師に金胎両部の法をさずかる"云々。廣野本を読むと北野恵宝師はアゴン宗の歴史には切っても切れないご縁の深い方ですね。むしろ、縁切らないで一緒にやってれば、もう少しまともな教団になったんではないかとも思います。廣野本はアゴン宗信徒は必読ですね。悪口とか云々でなく、ゲイカの行歴が学べる。次は織田隆弘著「密教宝庫を開く」はらブックス・原書房刊も入手できたので、じっくり読み込む予定です。

323天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/15(金) 18:58:43
>>322 なるほど。そちらにもそのようなのがありましたか。これは汗顔&感謝です。

私も北野氏ともう少し交流があっても良かろう、と思ってましたが廣野本を読んでたら
それは叶わぬ状態なのを見て「なんだかなあ」という思いでした。
北野氏も北野氏の面もあり、また「自分が一番」というゲイカですからやはり無理が
あったのでしょうね。

織田僧正にはもうちょっと長生きしてもらってゲイカにヤキを入れて欲しかったですね。
本当に良い人は早く亡くなりますよね・・・。

324サライ:2011/07/16(土) 16:29:16
>>323 ホント、織田師には、もっと、ゲイカにヤキを入れていただきたかったですね。伊勢のお護摩の直前ですか、「私を長年批判してきた坊さんが亡くなった。この伊勢の招聘の話を聞いてこの坊さんは病床で、くやしがっただろう。(いやみったらしい!被害者妄想)このように、我々は伊勢でお護摩を焚くという栄光を手に出来た」みたいな事、ゲイカ言ってましたね。この"坊さん"が織田師かどうか、まだわかりませんが、いずれ、ゲイカも、いずれ師匠の北野師の元に旅立つでしょうから、向こうの世界で織田師にまた、ヤキ入れてもらって、北野師にかばってもらうしかないんじゃないですかね。(笑)

325天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/17(日) 06:04:21
>>324 それ記憶にあります。「自分をことごとく批判してきたやつらが寿命やらで亡くなって、長生きした自分が勝ちだ。どうだ」
とあの勝ち誇った姿勢。でも、長生きのせいで「浦島太郎」になっているのも嘆いてたのを聞いています。
かなり「ざまあみろ」と「しょぼーん」が交差しているみたいですね。

しかしながらやはり満悦・慢心甚だしいですよね、ゲイカは。
長生きして自分を批判するやつが居なくなったから嬉しい?
まあ、そうなのかもしれませんが、うちらのことなんてわからないんでしょうなあ。
求聞持脳で最新のニュースを把握?しているはずの教祖様がネットの怖さを知らないなんて(爆笑)
直に罵声や攻撃を浴びせるやつらが居なくなってせいせいしているなんてあまりにもアナログ過ぎます。
昭和の時代じゃないんだから(大笑い)

ま、せいぜいボケて我らの攻撃をしっかり浴びてもらいましょうかwww
そしてゲイカも亡くなったらあの世でしっかり大勢の方々にヤキ入れてもらいましょうかねwww

326サライ:2011/07/18(月) 21:44:32
>>325 >「ざまあみろ」と「しょぼーん」が交差しているみたいですね。 。。。。ゲイカ、 しょぼーんとしてましたか。(笑)ゲイカは、「悪口こそ、私の原動力」ってよく、おっしゃっていた。適度な敵がいたほうがやりがいがあるということですね。だからって、最近では、アウシュビッツの護摩の時ですか、かなり、中傷誹謗が入ったらしいといきり立っていて、直前で、「護摩焚くのやめるか」 となりかけたとか。あと、"昔、悪口言った坊さんの家に殴り込み行こうかと思った"、と1〜2年前に言いってましたね。繰り返し恨み節聞かされるほうは、たまったものではないですが。①他宗教団体がらみのやっかみ悪口 と②阿含宗霊感商法被害は、それぞれ、全く異質な問題です。それを一色単にして、「いわれのない、中傷」で片づけてられては困りますね。いつまでも、進歩がない。批判、意見の中身をじっくり検討しろ、ということです。

327名無しさん:2011/07/19(火) 05:46:48
>>326 昔の勢いがあって強気な時期のゲイカは確かにサライさん仰せのとおりの批判者罵倒の
言い方が主でした。ですが、いつ頃かなあ。2005年辺り、いやもうちょっと前だったかな。
法話で「自分も80を超えて同期や近い世代の人間が亡くなって残るのは自分の子供や孫の
ような人達になってきて寂しい云々」と言っていましたよ。本当にそれは寂しそうでした。

相変わらず入り口は罵倒から始まるのですが、ふっと現実に戻れば自分しかいない。
その様相に「長生きも良い様で悪い」と感じているのかもしれません。
またゲイカは「自分は負けるのが大嫌いだ」というのを言っていますよね。
だから批判されたり馬鹿にされると物凄く嫌がる。それをバネにして上がってきた、といいますが
ただの負けず嫌いで詐欺が上手く行っただけの話でしょう?
何が「血の涙」とか「たくさんの苦労」ですかね。人を騙すのに一生懸命が苦労???
さすが阿呆宗の教祖だけはあります(笑)

管長は昔「会費というのは私の法話を聞く価値があるかどうかも入っている」という内容を
言われていました。大分前から管長の法話は非常にくだらないものとなりましたね。
ですから信者は護摩だけ終わればそそくさと帰宅する状態が増えていますね。
もう¥2000の価値は無いのは当然ですし、聞きたくもない。自慢話や愚痴のような内容を
聞かされて何が楽しいですか。恨み節を繰り返し聞かされるほうはたまったものではない、に同意
ですよ。

そしていつまでも進歩が無い。もう呆けているのでしょう。ただの老人ですよ。
同じことばかりや昔話を繰り返す。また人の意見を聞けないし聞かない。
脳障害モロな教祖にはファンしか寄らないでしょう。後は功徳欲しさか。
自分が一番で最高、と思っているおめでたい老人ですから介護が必要なんですよ(笑)

信者さんはヘルパーじゃないんだけどね・・・。

328名無しさん:2011/07/19(火) 05:49:28
あれ?HNが消えてる。>>327は天照です。失礼・・。

329天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/27(水) 04:25:51
廣野本を読んで思うことは、やはりゲイカは「どうしょうもないな」と思う傾向があることです。
だからと言って放置するつもりはありませんが。

それは放置しておいたからこそ今まで悪行為が進行してしまったのと現在に於いてもその悪い
癖や状態が継続してしまったことです。
世間一般では「馬鹿は構うな」という対応が大半ですから放置になりがちです。
まして現代はネットが普及していますが、昔はそれも無かった。
なので阿含宗の欺瞞を知り不満に思うなら「黙って辞める」が主でした。
その「黙っておいたこと」が現在までに色々と波及をしてしまった原因ではないかと思います。

ローテクな時代にも相当な対応をしていれば現在に於いてまでの悪行為をどうにかできたかも
知れないが、自分に於いて考えれば気がつくには大変時間がかかりすぎた。
また気が付いた最大の経緯は「ネット」です。批判本も出ていたとはいえ気が付くにはあまりにも
遅すぎた。それがネットの普及で大分ゲイカの悪どい行為や中身も知られるようになってきた。
批判本よりも早く・大きく与える影響というのはネットには有ると感じますね。

しかしながらそれはまだ一部の人にだけへのアプローチだけにしかなってなく、多くの阿含宗
信者さんへの警告にはまだ弱すぎる。そこをどのようにしたら良いか、日々考えています。

ネットの活動は下地のようなものだと思っています。家で言えば「基礎」のようなものですか。
基礎だけで家が建ったわけではないのと同じように、これから柱や壁や屋根や窓を作るように
色々とやってゆかねばいけないと思っています。

330天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/27(水) 04:26:11
実際信者を20数年やってきて現在のゲイカの情報を聞いて思うことは、「昔はまだマシだった」
と思うことです。これは実際的にも過去に於いてもゲイカの持つ「良くない傾向」というのは
有りましたがここ近年のボケや妄想の酷さは確かに過去より拍車が掛かり酷いものです。
ですが、廣野本を読んでゆくとどうやら元来生まれ持った「どうしょうもない性格」であることが
見えてくるから怖いものです。

最たる目立つものだけ挙げれば、ゲイカの贅沢振りや他者との高低さの酷さです。
ゲイカは「鰻重」を出前で取って、塚田さんには「コッペパン」で済ませて平気な姿勢とか、
信者から借金をしても悪いとも思わない。今で言う逆ギレも平気でしたそうです。
時間にルーズな点や、口だけ立派で中身が伴わない言動ぶりの数々を見ると、観音慈恵会時代から
現在に至るまでさほど変わりの無い様相に「気が付かなかった自分」を恥じたくなります。

確かに信仰には眼を曇らせる要素はあります。しかし、あまりにも情報が少なすぎた。
自分にも落ち度の程度は大きいものの、中々教祖の酷さや内容に比較検証する場所が無さすぎた。
自分の気づきの遅さと時代の変化の恩恵を受ける遅さに残念な気持ちです。

やはり経験して思うことは「教団や教祖の言い分を鵜呑みにしてはいけない」ということです。
どこまでも照らし合わせたり時系列でも良いから調べて精査することも必要です。
あまりにも自分は鵜呑みにして信用しすぎた。その結果が気付きを遅らせましたね。

331天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/07/27(水) 05:20:10
ですから言うならば「ボケと記憶障害と妄想が酷くなった」ということ以外は昔から
変わらずのゲイカそのまんま、だということです。
自分も時折「昔の方がしゃんとしてたよなあ」とは感じます。
感じますが、それは確かに今の状態よりは若かったし身体もしっかりはしていた。
しかし詐欺を平気で働く、もとい嘘を平気でつくあの癖などは元来のものです。
廣野本が無ければ私もここまで自覚を持たなかったでしょうね。
(かなり昔のゲイカの過去なんて分かりませんからね)

声掛けばかりで実行力は無い。物事をきちんと仕上げられない。
インチキ・デタラメ・ハッタリが主。言ったもの勝ちの癖も治らない。
ワンマン体制で人の意見も聞かないし自分だけが一番主義もそのまんま。
悪いことをしているという自覚の無さは天下一品です。
最たるは「自分だけが可愛い」という自己愛主義者です。
それに脳障害が絡んでいるから、余計タチが悪い。

今は周りが支えているから持っているようなものです。
いづれ因果が巡って来そうですから、今までは放置でも通ったがこれからは違う。
思う存分受けてもらうしか方法は無いようです。

332サライ:2011/08/01(月) 21:16:25
廣野氏の本を今回、私も一度目を通しました。字が小さい分、分量がある大作ですね。宗教団体成立のケーススタディーとして、学べます。教団など、実際、よそさんも、ドロドロしたものなんでしょうね。結局、団体を作ったら、やる事は金集めしかないのでしょう。あとはそのカネを使っていかに、名誉を買うか。世の中には、地道な活動で人助けをしている方もいて、本来そういう道が理想だが、阿含宗といえども結果、金儲けに走り、結果、そのお布施の拠出に苦しむ人々が出てしまう。団体を作るなら健全な団体が理想だが、なかなかそううまくいかない。エゴの団体になってしまうのでしょう。

333天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/08/02(火) 06:55:02
>>332 私も同意です。まさに今の宗教法人の大半は穢れている&逸れていると思います。
また付け加えるなら、こういうのも。

どなたかは忘れましたが、このように言っている方がいました。

「どの宗教(団体)も最初は良かったんだ。段々金集めや色んなものに走り出してから
おかしくなっている。そういう傾向さえなければ悪くはないんだ」

私はこれは詭弁だと思います。最初が良くて途中から悪くなる?
確かにそういう団体もあるかもしれないが、私の知るところではそういうのは見たことがない。
そういうのもあって宗教法人の100%に近い大半のものはどこかかしら欠点があるものです。
そしてその酷いものが大半で多くを占める、と見ています。

健全な団体、エゴなき団体を探すのだけれどもやはり無いですね。
私もクリーンな阿含宗を考えた輩ですがどうしても無理が生じる。
そうなるとどうしても逸れてエゴが生じる。

お釈迦様が「団体や宗教をつくる気など毛頭無かったが、自然的にできた」というのは
本当に凄いことだと思います。

334天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/08/05(金) 04:54:25
廣野本を読むと色んなことに気づかされますが、今回ピックアップしたいのはゲイカのデタラメ・いい加減さと
無責任さです。
阿含宗に於いてもその様は出ていますが、阿含宗になってからそういう癖が出たというものではなく、元来の癖
であることが分かってきます。つまり最初から真面目に宗教団体を立ち上げ自他共に救われたいというような
考えなど毛頭ない、というのが分かります。

しかしながら遠い過去の事まではほとんどの信者さんは分からず「おかしいな」という風に思ってもそれを
どうにかできるというものではない。寧ろ「これはおかしい」と立ち上がる、または言う信者さんが少ないため
教祖の思うがままに進んでいる、という状況でしょう。

また日本人の中には「滅多やたらに批判するものではない」という風習?のようなものが有りますから、
表立って批判するとか教団内、または直に批判するということも無い。
教団自体そういう体制ですから尚の事であるのは言うまでもないわけですが・・・。

しかしこれほどだらしない教祖もあるものか、と呆れましたね。
こういうやつを野放しにしてきたのかと自分も反省ですね。(知らなかったのが原因ですが)

今では教団自体がゲイカをある程度コントロールしているので法話なども時間で開始が成されていますが
以前は平気で何分でも待たされた。あれがまさか「だらしの無さ」だとは夢にも思わない。

殴ってやりたいところですが、まあいづれゲイカに来る因果応報で味わってもらいますか。

336天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/10/31(月) 06:29:06
しばらくこちらで書いてなかったので書いてみますかw

2chでは「得度」の話題が出ていますね。金剛院派氏がプロパイダ規制が以前かかっていて
投稿(レス)ができなかったのでタイムラグが生じてしまいましたが、致し方ないですね。

トコトン会話していただく形なので今後の行方を見守ってゆきたいですが、本当にここは
はっきりさせて欲しいところです。

一番の悪種はゲイカです。ちゃんと出せばそれで済んだのです。
出さないでいるから議論を醸す。ゲイカにはこういう類のものが数個あります。

私は以前から個人見解はこのようにしています。
「別段僧侶の云々など要らない。実際に答え(現象)を出せばいい」

これもまた以前も触れましたが顕正会の樋田さんがサイトでも出しているので見れますが、
樋田さんは強く学会側を「血脈・法脈が無い教団」と批判しています。
樋田さんの説明を聞けば確かに血脈は大事ですし、また実際日本でもその意味や重さは
強いとされている。そういうものから見たらゲイカのような出さない(出せない?)のは
やはり異質だしペテンじゃないか、と言われるのは必死です。

私はこれに対し学会さんは血脈や法脈での主張は取り下げて、尚且つ現実の世界で答えを
出せば別段どうでもないでしょうと感じます。

ただ、言葉で言うのは簡単です。では実際的に「答えを出す」と言うのはできるか?です。
これは無理です。今までこれを成しえた教団は1つもありません。
釈尊やキリスト様でもありませんからね。

いくら大きい組織という学会さんでも、そんな毎度奇跡の連発など出せるものではない。
しかし、法力無非なる桐山氏ならできるのかも知れませんね。
などと持ち上げてもできるはずは無いか(笑)

教団の大きい・小さいとか血脈の云々ではない。如何に血脈があろうとも、伝法を受けたので
僧籍があろうともそんなので人を救えないでしょう?と思う。
宗教と言うのは如何に人を正しい方向に導き、救われるか、また自己の向上や社会性を以って
社会にも貢献できるか、でしょう。

それが本末転倒に成り信者から搾取することが宗教になっている。
だから宗教は悪視されるんだよなあ、と私は見ています。

337天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/01(火) 06:22:30
2chの内容も面白くなってきました。金剛院派氏と庚申氏との会話や、ユビさん深山さんの見解。
どれも深く感じ入るものです。

金剛院派氏と庚申氏の方は今後の展開を見送るとしてユビさんの意見には頷きましたね。
本当にゲイカのたいどというか性質・性格には「あさましい」これが非常に当てはまる。

それもただの浅い「あさましさ」ではなく「半端でないあさましさ」です。
その尋常でない浅ましさにより多くの人が桐山ペテン節にひっかかった。
ダライラマも小田アジャリさん、その他有名人も見事に騙された。
しかも一人二人と言う少人数では有りません。

また我々一般人も結構多く騙された。退会者もおおいので現在は信者さんも少なくなったが、
自分らが入信した昭和の終わりころなどは阿含宗の信者数のピークでしたでしょう。
人を騙して大きくのし上がったトンデモ教祖が桐山氏です。

桐山氏本人は潔さを言っていたようだが、そんなのは、はったりで口上だけです。
本当に潔く浅ましさがなければ嘘もつかないし誠実さと言うものが出ているはずです。

口先ばっかりで平気で嘘をつき、ばれても謝罪1つするわけでもない。
ダンマリを決めて、尚且つつける嘘は死ぬまで通す姿勢です。
こういうバカ教祖が桐山氏なのです。

ゲイカを山師とは言ったのは、非常に良く適した言葉だと思いますね。

338天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:12:24
よそはよそなので構わなければ良いですが、思うところがあるので書いて見ます。

2chのコピペ者、つける薬が無いですなあ。阿含宗の信者ではなくカルト批判者という
ことですが、まったく道が逸れていることに気がついてないおバカ振りです。
自分の言ったことに責任も道理も通せないし気がつかないのですから救いようが無い。
人をののしり、自分こそは至上最高の垂れ流しです。以前自分がどこかの箇所で書いた
「自分がやった殺人は世のためだ」といった頭の狂った外国の殺人者と近いものがある。
ただ違いは殺人をしてないと言うだけです。思考は近いものがあります。

自分のやっていることや考えていることは正しくて周りが馬鹿に見える。
人の意見も聞かずに自分こそが正しいと自惚れ浸る。こういうことだけは一人前で自分のやっている
高位がどういうものなのか、またどういう影響や内容であるかがわからないのです。
体は大人でも脳みそが子供のままの人の典型的な例ですね。

落ち着いて考えればわかることさえわからないのですから、まさに救いようがありません。

339天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:30:08
誤字訂正

高位=X 行為=○でした。タイプミス失礼しました。

彼の最も悪いところは、趣旨が逸れていることです。また人の意見を聞けない盲目さです。
それゆえに逸れたことを指摘されても気がつかないで尚且つ自分を偉いとさえ言っている。
錯誤と慢心が無ければこういうことは普通おきません。

彼のすべきことはカルト批判なのですからそれに徹するべきです。
だが、それすらしておらず尚且つカルト認定した阿含宗の内容さえ知らない。
うわべだけで本当の一部の事項しか知らないで「俺阿含宗のこと知らねえから」という始末です。

本来カルト批判者ならそのカルト教団の中身を熟知まで行かなくてもある程度は知っておくべきで
そこからカルト批判を行うから「ああ、そういう方なんだなあ」と周りも評価するのです。
そういう姿勢も見せず、確かに誰かが別所のスレに「桐山犯罪暦」の記事を貼ったのが契機なよう
ですが、それに対して「報復するか」というのはお門違いです。

また警告してきても他所に依然と「桐山犯罪暦」を貼る輩がいたとしてもそれはおかしい、と
気がつくのが本当でしょう。
何でわざわざ他所に犯罪暦を貼るのか。それは擁護側が批判板での批判側をどうにかすることが
できずに悔しくて仕方ない。だが実際は何もできない。

批判側に何とか一矢報いたい。そこで阿含宗と関係ないスレに「桐山犯罪暦」を貼ることで
他所の妨害になる。他所の方ではスレ違いな投稿ですから当然心象は良くない。
内容を見れば批判側の示した内容の記事です。単純に捉えれば「阿含宗批判側が桐山憎しの怨念が
消えないのであちこちに犯罪暦を貼って憂さを晴らしているか、または愉快犯行為をしている」
と思わせたくてやっている行為なのです。

丁度そこに「歪んだ正義漢を持った輩」が引っかかって阿含宗スレに攻撃をかけた。
愉快犯にはとっても都合の良いものです。批判側が「やってない」といっても信じないのですから
頑迷な錯誤者だけに愉快犯は「してやったり」なのですからね。

340天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:39:08
「目には目を」「阿含宗スレに警告をしてもやめない」それでこの頑迷者が怒るのはわかります。
しかし、どうしてこのように他所への「犯罪暦投稿」がやまないのか、また真意はどこか、また犯人は?
と考えたら普通は阿含宗スレへの攻撃は考えるか別な方法を取るでしょう。

そして、その方の趣旨は「カルト批判」なのですから阿含宗スレへの攻撃が趣旨ではありません。
それが今や阿含宗スレへの嫌がらせが彼の趣旨になっているではないか。
人がやったから俺もやる、では世の中の秩序も保たれませんし、愉快犯のいい餌食になっている
ことさえ気づかない。自分の報復や気分が良くなることしか考えていません。
こういう幼稚で低思考・判断な人が「俺はカルト批判者だ」といっても信用するわけが有りません。
自分の信用も品位も程度も低く見られるのをなんとも思わない体たらくぶりです。
それは怒りと自己満足優先と錯誤と慢心が彼の核だからです。
自分の性格を省みて直すと言うこともできない子供なのです。

341天照 ◆MO30b8Jwoo:2011/11/07(月) 06:54:25
2chはご存知のとおり管理は管理者しかできません。またその管理者も平素管理ができるわけでは有りません。
ですからそのことがわかれば2chでは「スルー」するか管理者にアク禁申請をするしか有りません。
そうなると個人ができることは「スルー」が要、となってきます。

実は私はそれが非常に嫌でこのしたらばを使っております。
荒らしや良くない行為を防ぐために、つまりできるだけ有意義な論を展開できるように良くない行動や記事は
管理しています。そういうシステムの掲示板でなければ残念ながら今の2chでは当たり前のように「スルー」
で対応して行くのが基本、となります。

文句の1つも言いたいし、報復だってしたくなるのはわかります。
しかし、それは貴方のやることなのか?最大優先事項なのか?なのです。
私には残念ながら貴方のやっている行為は低劣なものにしか映りません。
それこそ言うならば「何がカルト批判者だ」と言いたい。

自分のやっていることや内容を良くわからず、尚且つ人の意見も聞けないで人を小ばかにした態度。
社会人とは認められないですね。脳みその壊れたお坊ちゃまのようだ。

第一阿含宗スレの中身を見たら今貴方がやっている行為は阿含宗の教祖の行為と似ているのです。
ああ、教祖と同じ馬鹿が湧いて出てきたか、と多くの人が感じていることでしょう。
だから最初は擁護者が「カルト批判者だ」と嘘をついて登場し、主張しているのだと思った。
ところがこの人は擁護者でなかったとしたら外部者になるわけだが、外部者にしても掲示板のルールも
常識も何も無い「ただの自己中野郎」ということになってしまう。まさにその状態ではないか。

自分のやっていることや指摘されて自己を省みれない人が来る場所ではないし、またカルト批判者を名乗っても
何の効果も信憑性も無い。本当に何もわかってない正義漢かぶれでおバカ丸出しの恥さらしです。

人やカルト教団を批判する前に自分をまず直さないといけないと思いますがね。

342天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/15(日) 07:33:26
2chで先ほどまで投稿をしてきましたが今朝は早朝投稿というのもあり余計な邪魔が入らず
軽快でしたね。しかも長文OKだったしw

信者さんを罵倒するつもりは無いが本当に嘆かわしい。

「このような単純なことを何度も信者に言わせるあなたは無能です。」

余計な一言です。こういうことを言わなければいいものを・・・。

確かに私も擁護も経験しているので批判されれば気分は悪い。
だが、気分が悪いのと事実を無視して嘘を信じている自分を放置して良いのか、です。
相手の言った意見さえ無視し敵意むき出しにする、または小馬鹿にする。
だから「阿含信者は」といわれるのです。

阿含信者は良い人が本当に多い。ゆえに騙されているかも、とも思います。
ですが、人が良くてもいざ掲示板での発言となればさて・・・。

私も経験してわかりましたが掲示板というのは気楽な面と気楽じゃない面が混在します。
かけるのは気楽でも責任が生じるからです。発言には責任が生じる。
また発言姿勢にも問われる面がある。

ただのヤジや雑言で済むなら何も気を使わないし責任も不要。
ところがそうは行かないんですね。しかもログが残る。
ツイッターのような一過性のようなものならいいけど、掲示板は違います。

まあ、あの意見を出された名無しさんも早く欺瞞を知ってくれたら私たちの言っている
意味もわかってくれると思うのですけどね・・・。

344天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:32:16
さて、ここではしたらばで言っていた阿含宗の「因縁解脱」について僭越ながら書かせていただきたいと思います。
記憶力抜群な(笑)私ですので手落ちや間違いがあるかもしれません。
その場合はどうぞ優しく突っ込んでくださいね。(これこれ)

掲示板や表向きな書物では単に「因縁解脱」というのだけの説明なのでわかりづらいのが
あると思います。それを気づかせてくださった無関係さんの投稿が良いきっかけとなりました。
深く感謝申し上げます。

まず、阿含宗の言うところの「悟り」というか目的は大まかに言うと「因縁解脱すること」です。
これはご存知の通り釈迦仏教、つまり本当の仏教の教えではありません。
因縁解脱という発想自体が仏教には有りません。ですから阿含宗以外でもこの因縁解脱を
さも仏教の教えという風にしているところ(団体)や人間がいるようですがこれは全くの無知です。
先ずは仏教の教えでないことを押さえながら、別物としての阿含宗の教学を把握してください。

阿含宗では悟りを得るには「成仏法の実践=修行をしなければ成仏できない」といっています。
この部分までは正しいのです。この部分の中身を忠実に釈尊の教えどおりにやれば問題が無い。
ここから急に「変わる」のが阿含宗のインチキなのです。
この成仏法によって「悪い因縁を切る事が解脱への道である」としているのです。

何故なら悪い因縁はその当人が何世もの輪廻を繰り返している中で作り上げた・蓄積した
悪業、つまりカルマや悪因縁を作ってしまったということをいきなり始めるわけです。
そしてその積み重ねは自分の運を悪くする原因になっている元種であるとしているわけです。

345天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:38:10
悪い因縁を無くす(切る・消滅させる)ためにはただの善行で相殺はできない。
仏様の持つ力と徳が必要である。それと成仏法と成仏力でようやく消すことが出来るとする
わけです。人間とは違う特殊な能力や悟りを得たという高度な能力を持つ存在だからこそ
そういうのが出来るのだというわけ(嘘)です。

そしてその方法を行うためには成仏法の実践が必要になってきます。
ですがこの成仏法というのは非常に高度で難解なので普通の人が挑んでも取得実践できないと
言うのが桐山氏の主張です。
なのでそれを在家の一般人が実践できるようにしたのが「ご宝塔」で、それに成仏法が注入、
つまり込められている。そのご宝塔を前に阿含宗で定められた方法(手順)に従い勤行を行う。
先ずそれが信者の行う基本の行為です。
勤行を行うことによって成仏法から成仏力が発生しその力を受けることができる。
それを毎日繰り返してゆくことで悪因縁が薄らいでゆく。
それと同時に信者の背後には先祖が居ます。その先祖らにも成仏力が届いて先祖供養を成しえる。
つまり因縁解脱だけでなく先祖供養まで行じれるので素晴らしい法なんだというのが教学としてあるわけです。
ですからまず、信者になったら勤行は毎日続けるようでなければいけない、ということです。

次に勤行だけではダメだ。梵行というものを行わなければ不足なんだといいます。
これは本来の仏教用語から逸れた・間違った使い方で阿含宗だけに使用されている嘘の内容ですが
阿含宗式の梵行と言うのは「徳を積むための修行」ということだと思ってください。

仏様はご供養に応えるご本尊である。だからご供養すればお金の代わりに徳がいただけるという
事を阿含宗では言っているのです。だからよほどサボりたい人でなければ梵行を行おうとするのは
信者さんには必須であることなのです。

ですから信者にこの梵行を教団はやらせるわけです。内容は教団に奉仕修行をすることです。
形はそうなのですが内容的には「仏様にご供養する」という意味になっています。
仏様(釈尊など)はこの世に居ません。遺骨だけ残して霊界へお帰りになられた。
だがこの遺骨に仏陀釈尊の魂というかパワーが残っている。宝の御遺身なんだ、という位置付けで
すからまず仏舎利を祀っている。また道場の内陣には様々な本尊の御霊が祀ってある。
つまり道場には「ご本尊が居られてご供養ができる場所」となっているわけです。
ですから道場、つまり阿含宗に対してご供養するということは因縁解脱と宝生の徳がいただけると
して信者をコントロールし操作しているわけです。

346天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:40:16
仏様は実際に我々生きているものとしては存在してません。しかし並外れた能力はある。
そこで実際に生きている存在ではないのだから供養に対してお金を授けたりはしない。
徳という目に見えないものだがそれを以って皆さんへお返ししているのだ、といいます。

この徳は便利なもので、過去世で積んだ悪業を相殺するのにも役立つし、また生きている間に何か
悪因縁で困った事項が起きた際に助けてもらうときにも使える、とされています。
また生きているときに安穏な人生を送って不幸ごとに遭わない場合はもちろん徳の貯金として
とどめておくことが出来、来世で使うことも可能です。
つまり徳があれば過去世で積んだ悪業の帳消しにもなり、貯めておけば何かのときに使える。
また幸せの元としての「善因果の元」になるので良い因果が巡ることにつながると言う内容も
言っています。
つまり徳はお金よりも凄いものでそれを仏様は無尽蔵に持っており、供養をした信者に授ける
ことができる特別(特異)な存在とされているわけです。

また仏様は因縁解脱を果たされて涅槃へ入られた。いわゆる因縁解脱の経験者なのです。
ですから因縁解脱する方法など十分わかりきっているのです。
ですから仏様に素直にご供養を施し徳を頂き加護を得られるような信者で無ければいけない、
というのが阿含宗の教えでもあります。
ですから勤行と梵行。これを信者は力の限り行え、が阿含宗の教学なのです。

そしてこれだけでも成仏は無理なのです。
それは悪因縁の影には必ずといって良いほど「霊障の仏(先祖)」がいる(ある)というのが
阿含宗の教学です。
霊障の仏が居なければ勤行・梵行で、じきに因縁は切れてゆくのだが、霊障の仏の居ない人は
まずいない、というわけです。それは今まで成仏法が世の中に出てなかった、抹殺されていた
のですから世界に霊障が遍満してしまっているというわけです。

ですから心がけや生き方も正しく素晴らしい人が居ても、悪因縁にために人生を台無しにしている
人がたくさんいるであろう。日々ニュースでも「どうしてこうも罪も無い人が無残な死に方をして
いるのか」「不幸な人生を歩んでいるのか」などが報道されますが、それらを上げているわけです。

347天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:41:36
悪いのは悪因縁はもちろんだがそれを影で支えているものがある。それが霊障の仏なんだという
事を阿含宗では言っているわけです。
ですから悪因縁を切るためにはまず霊障の仏を無くすことが先決であると言います。
教祖桐山氏自身も経験でそれを体験した。一生懸命因縁解脱を励むが中々はかどらない。
色々経験しているうちに霊障の仏を成仏させてから因縁解脱をすると早く切れるというのをみた
ので強くその理論を打ち出して言っているわけです。

(もちろんこれは桐山氏の妄想であり嘘であります)

そして先祖を成仏させるには「釈迦の成仏法」が不可欠であり、それを駆使できるのは桐山靖雄
ただ一人ということになっています。阿含宗だけがこのどこの教団にも出来ない芸当が出来るという
背景にはこういった妄想甚だしい理論理屈があるのでなせているわけです。

ですから因縁解脱をするには霊障の仏が一体も居ない状態にするのが望ましいのです。

こうなると勤行・梵行の他に「先祖供養」が必要になってきますね。
でもそれだけでは因縁解脱はまだできない。

どういうことか? それは因縁解脱の要でもあると私は見ているのですが以下に述べることが
重要であり、尚且つ阿含宗はこれを「成しえていない」のです。
これが今まで詳しく述べてなかったことであり先の教学同様肝心なところであります。

そもそも何故人は生まれ変わり、つまり輪廻転生の中で「悪業」をつくるのか、です。
悪業は煩悩に左右されその煩悩により悪業を積んでしまうということです。
煩悩の発生を深く見てみれば「人間の心」に到達します。人間の心に煩悩がある限り
悪業を行ってしまう。それゆえに悪業を消す作業だけでは不足で悪業を起こさないという
実際の示唆が必要になります。

そして人間の心は非常に複雑で難解です。これで良いというものが無い。
だからじゃあ「何も出来ない」では話にならないわけです。そうなったら因縁解脱どころか
成仏=仏陀に成るということ自体が「夢物語・嘘」になってしまう。

そこで深く人の心にある煩悩を分析したのが「随煩悩」という分類です。
これらのいづれかの煩悩により人間は行動を起こし悪業を積んでいるとされています。

348天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:46:46
なのでこの「随煩悩」を調整というかコントロールし駆使できたら成仏が出来るとされています。
ですからこれは私の例えですがコンピュータのレジストリに匹敵するのではないかと見ています。
ここを上手くやれれば仏陀になれる。私はそこを注目しました。

ですが阿含宗はこのコントロールは一切行っていません。
やらせているのは勤行・梵行・先祖供養ということだけでこの事項は述べて触れてはいるものの
一切手付かずでそれこそ「絵に描いた餅」のような状態なのです。

本来なら「座右宝鑑」を引用できれば良いのですが画像が無いので代わりにこちらを引用しますが
http://agama.zouri.jp/doku22.html を見てください。随煩悩について書かれています。

ずっと見て行くと根本十大煩悩となって続いて解説が進んでいっています。
そしてこれらを解決できる方法として「十善地法」というのを信者に与え実践させる。
ところがこれがいい加減で適切でないのです。

http://agama.zouri.jp/doku40.html にまで来ると解説が始まり、課行・戒行となっています。
これらの事項の選定を教祖がして信者に与えるとされるが、それが酷い手落ちなのです。

まず、これをいただくにはタダでは無理です。まず今では「好運会」に入る必要がある。
以前は「因縁解脱修行宝鑑」というものを授けていたがそれは信者を三人導けば無料で下付された。
だがそれでは「儲けにならない」と踏んだためシステムを変えて好運会と変更した。

これに入るにはまず5万円が必要で、その他数種の必須事項がある。それをクリアしないと金だけ
収めても「拝受できない」のです。その必須事項は現在はまた変わっているかもしれないが、
以前の私のうろ嘘覚えの記憶では「冥徳講に入っていて講費の滞納が無い人」「ついたち縁起護摩講
に入っている人」「会費を滞納して無い人」「人を一名以上導いていて尚且つその入信者が会費を
滞納などしてないこと」とかがあったのです。(まだ項目があったかもしれない)

それでその条件をクリアせねば信者さんはいつまで経っても因縁解脱の指導を受けられないと
いうことになります。これでは因縁解脱も金と教団の方針に従うものだけ、という偏った姿勢の
物であることがわかります。

349天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:49:29
次に実際に手に入れても「無駄」ということが有ります。
それはなぜか? 実際私が過去その「因縁解脱修行宝鑑」を手に入れらたからわかったのです。
つまり「項目だけあげつらって後はお前が成せ」という姿勢だからです。

その項目はここにあります。http://agama.zouri.jp/ig-4.html

私の因縁が先ず書かれています。その次に性格など。
そしてPが進んでゆくと次Pには戒行がある。その後次のPには課行がある。たったこれだけです。

これらの実行で私の因縁は切れるというのです。納得がいきますか?

私は本もそれなりに読んでいるしそれなりに勉強をした。だからこの修行宝鑑に基づいて何か指導が
有るかと思ったら特段ありません。項目を明確化しただけというだけで、では実際に私がどのように
因縁がどのくらい切れて実際的な示唆をされたか、というとこの書物だけの下付だけです。
後は本を読んだりビデオなどを見て修行せよ。これが阿含宗の現実です。

ですから凄く失望した。こんなものに自分は期待し渇望していたのかと。
何の詳しい示唆も無い。因縁の発動期や内容も示されていない。
ただ「ガンの因縁あり」で納得がいくか。いつ、どのようにどの体の箇所がガンに成るから貴方は
このように対処しガンにならないように修行に励め、というぐらい言うのが普通であろう。

時期も内容も対応策もロクに無いままで「お前はこれらをやれ」で納得がいくはずが無い。
また肝心の十善地法も良くわからない。詳しい解説が無いから当然です。
そして過去の教祖の著書・発行物なども調べたが、これ以上の解説は全くありません。
結局は項目を挙げつらって終わりなのです。こんな玩具が阿含宗の因縁解脱なのです。

350天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/25(水) 07:51:07
なぜ私はかくも突っ込んで考えるようになったか? 妄信していたのにも、です。
それは法友に精神疾患を抱えた人が数名居り接したことがるのでわかった次第です。
つまり精神疾患を抱えたままではこの修行宝鑑に書かれていることも出来ないし、瞑想さえも
ままならないのです。そういった人たちはどうするのか?が皆目示されていない。

教祖は過去求聞持法や成仏法で知能の低い人や障害のある方をある程度までに引き上げられる
ということを述べて居ました。ならば精神疾患に苦しむ方々を治し改善し救い上げることが出来よう。
ところがいつまで経ってもそう言う事項は確認されてないし、以前著書で精神疾患に苦しむ信者の
例が掲載されていたが、これも実際にその方にあったわけでないので皆目わからないし、また事後の
経過も報告されていません。

私は実際阿含宗の法こそ至上最高のものであると、尚且つどうにかできると信じてきた。
それが一切見られないし実際に自分の回りに疾患で苦しんでいる信者がいれば尚更です。
解脱供養をしても改善されず治らないのを見て「これは変だ」と成るわけです。
霊障が元凶なら元凶を取り除いたのだから治るはずです。実際霊障が元で問題が解決したという
事は体験談で成されて伝えられている。
だが、現実はそうならないこの矛盾に対して色々模索するが答えが出てこない。
尚且つ教祖は相変わらずの調子で足元さえ見えてない始末です。

因縁解脱を成すためならこの自分の持つ性格やら習気に対してのアクションがあってしかりです。
そしてそのための実際の示唆が教祖からあってしかるべきです。
それが項目だけ示されて後はお前がやれ、では話になりません。

また因縁解脱は運命上の示唆であって、仏陀に成るという観点ではお粗末です。
仏陀に成るというのはそう簡単なものではないはずです。
因縁解脱は阿含宗教義としての見方ですが大事なものであろうでしょうが、私はそれよりも
完全解脱が欲しいわけです。いわゆる「輪廻こりごり」派なのです。

どうやったら涅槃へ至れるか。完全解脱を果たしたのだから教祖はその方法を実際に指導する
義務があるはずです。ですが皆目それが見えてこない。

351天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 13:38:32
阿含宗では「随煩悩」を深層意識としてみています。
意識には今自分たちが起きていて生活しているときに普通に現れている意識を「顕在意識」または
「表層意識」といいます。表に表れている自己の意識のことです。
普通の場合はこの表に出ている意識によって物を考え判断し行動するといわれています。

しかし意識というものはこの表層意識だけではなく、陰に隠れた意識もあるんだというのが心理学
の研究にあります。それが深層意識というものです。

この意識は表層意識の裏側や下側的な位置づけにあって普通表には出ない意識とされています。
しかし、表に出ないというのではなくて「表に出づらい」というだけであって全く意味が無いもの
ではない。存在もほとんど無関係なものではないとしています。

それはなぜか?それは例えば自分たちが普段生活している毎日の人生上での記憶が実は寝ている間に
圧縮されてこの深層意識に蓄積記録されるそうです。ただ自分たちはそれを自動で行い忘れているので
わからない・自覚が無いだけなのです。
例えですがコンピュータなどもそういうのがあります。今までのデータを圧縮して格納する。
まあ、コンピュータは過去のデータを引き出せますが、人間は普通では引き出せません。
常に新しいものや間直のもの、また強く記憶に残ったものだけが残りそれ以外は容易には思い出せません。
ですが記憶が消えてしまったわけではなくて、脳の深くに残されているわけです。

そしてその深層意識では過去の先祖の持っている意識や自分が持つ煩悩の発生と成るものがそこに
格納されているという理論を桐山氏は発言しているのです。
尚且つ生物には遺伝というものが有りますが、単なるDNAだけの遺伝ではなく遺伝を超えたもの。
それが「霊障」だという風に桐山氏は言っているわけです。
(もちろんこれは桐山氏が考えた妄想や推測論にすぎません)

表層意識だけでなく時に人間は突き動かされるような衝動を覚えるときがある。
そう言う場合は皆この「深層意識」のせいなのであるというのが桐山理論なのです。
もちろん心理学ではそう言うことも言っていますが、霊障がそれを起こしているなどとは言いません。
そういう理論を打ち立てたのが桐山氏ですが、これは別段心理学で取り上げられて認められたもの
ではありません。
心理学では表層意識と深層意識があってその位置づけや内容は表層意識は普段我々が生活する上での
使う意識であり、深層意識は貯まった表層意識の蓄積物であり人間の持つ陰に隠れた意識というもので
ある、としています。霊が云々というのは桐山氏だけです。

つまり桐山氏は何とか霊障というものを正当化させたくて心理学にあるこの仕組みを利用したのでは
ないかということです。桐山氏の言うような事が立証すれば先祖供養はこのように絶対必要なことになり、
尚且つ先祖を成仏させないとその影響がでるぞ、ということに成りますからね。
だから巷でも「何故あのように良い人が犯罪を起こしたか」とか学歴も常識もあるような人が犯罪を
いとも簡単に犯してしまうのか、ということへ結びつけて「正当化しよう」としたのだと思います。

ですから桐山氏がこのように阿含教学で「随煩悩」を出してきたのは、さも仏教でもこのように
意識層というものまでは言ってないが心理学にあるような意識のことに触れている内容を言っている。
つまり半ば「言っているようなものだ」と認識させ、仏教は実はシステマティックなもので決して
拝み奉るだけのようなものではないんだ、とまで味付けをしたわけです。

352天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 13:39:47
そして仏教はこのように「意識・心理までも調整や矯正できる高度な教えなんだ」として世にだし、
主張展開してきたわけです。
ある意味これは仏教学者も宗教家もこういうことはやってないので斬新に映った。
なのでそれに飛びついた、または関心を寄せた人が多かったわけです。
だからこういうところに抜け目が無いというか嘘八百の桐山氏ならではだと思うところです。

何せ言ったもの勝ち、ですからそう言うのを早く見つけたり創案して出せばウケる場合がある。
つまりその点も含めて当時の日本にはそれがある程度展開できたので阿含宗は流行ったといえます。

そしてこの深層意識をどうにかしないといけない。
先祖の霊障は「死者用の成仏法」で成仏させて霊障を解く。
生きている人間の「随煩悩」は生きている人間が行う「釈迦の成仏法」で解いてゆく、ということなのです。

ところがこの成仏法は難解で普通の人には中々熟知や実行ができない。
出家してプロ的な講じをしないと無理であり、またプロになったからといって必ず成しえるという
ことも難しい問題です。
また実際皆が成仏を目指して多くの人間が出家したらこの世の中も成り立たなくなる。
やはり昔の釈迦仏教でもそうだったが在家のまま成仏できた人もいるわけです。

そうなると在家のまま成仏できる方法がある、となりますが、それを形にしたのが阿含宗の修行法
である、「勤行・梵行・先祖供養」ということなのです。
そしてそれらをやる傍ら「随煩悩」をどうにかしなければいけないわけです。

ですがこの随煩悩は厄介で難解です。いとも簡単にクリアできたら誰も苦労はしません。
ましてや「深層意識」なのですからね。
霊障としての深層意識的存在は先に言いましたように「先祖供養」で解く。
あとは生きている本人自身の「深層意識の調整」が成せれば仏陀になれるのは近いわけです。

ところがそれに対しての講釈は一人前ですが、実際の示唆が無いのですから話になりません。
尚且つ金を払わないと&一定の条件をクリアしないとその入り口さえ立てない。

そしてそれらのクリアをしていざ因縁の項目やどんな随煩悩であるかを指摘してもらっても
それを解くための指導がありません。

353天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 14:34:16
これで桐山氏は因縁解脱を果たしたといえるのでしょうか。

尚且つ「自分には脳障害の因縁は無い」と宣言していたが、数年前から脳障害の顕現が出て
脳梗塞を患いその影響下にあります。
つまり言っていることと実際に桐山氏に起きた事実との整合性が無いのです。
これでは仏教の悟りどころか阿含宗で言っている因縁解脱さえ果たせないのですから如何に
デタラメでインチキを成してきたかを自分で暴露してしまったようなものです。

ですから随煩悩を掲げ心理学を用り講釈をたれても「何の効果も無い」ということです。
インチキでデタラメとハッタリ、妄想や想像で考えた類の構成ですからボロがでたのです。
また実際に突き詰めてゆくと、どうしても矛盾や不整合な点が浮き上がってくる。
それに対し桐山氏は深く明快に答えることが無く、言うことといえば詭弁ばかりです。
または急に切れたり強がって見せたりなどをすることしかしない。
相手に納得が行くだけの説明も無く、また実際に示して成功事例を見せたことが無い。
嘘とハッタリで経過してきた人生だというのがモロバレなのが桐山氏なのです。

第一心理学者でも精神のプロでもない人間が「どうこうできる」というのもおかしな話です。
精神科のDrも精神を患った人を治すのに本当に骨が折れている。また実際ある精神科の先生は
自分の著書の中で「必ず治せるという保証は無い」とさえ言われています。
プロでもそうなのですから、単なる一介の宗教家がいとも簡単に治せたらその方が奇跡です。

まあ「奇跡の教団」というのをウリにしてきたのですから、それも手伝わせて発展してきた
のでしょうが、ここ最近はトンとその得意の謳い文句さえ聞こえてきません。

354天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 14:34:40
勤行について少し説明をさせていただきましょう。
桐山氏は観音慈恵会から阿含宗になって、それこそ昭和59〜60年辺りからといったら良いでしょうか。
勤行のこういった説明をあまりしなくなりました。それを書いてある本があります。

「人間改造の原理と方法」という本です。ここの47Pから私が述べた意識層に於いての説明があります。
その後見て行くと実践編として160Pから具体的な説明に入っています。
そして190Pから私の言いたい事が書かれているのです。そう「千座行」について書かれています。

要約して言えば「千座行(現在は仏舎利尊行)を行えば無意識層に開放が適う」ということです。
ですが、私の経験ではこの事実は「見あたらない」のです。

まず実際的なことから言えば、いくら勤行をしても開放されたという事実がありません。
もしも開放されるのであれば信者さんが抱える精神疾患の事項や煩悶などは改善の傾向に成るはずです。
そして中々治らない場合は教祖の指導によって改善が成されるはずです。
しかし、そう言う事実はありません。

次にこれは欺瞞を知ってから掲示板やHP活動を知ってからわかったことですが、阿含宗で授けている
旧名称であれば千座行が「よその教団のパクリ」と密教古来からの秘法成るものなんてものではなく
ただの祈祷法に桐山氏が味付けしたインチキ物であることがわかったことです。

こんなもので「意識層を変える」とか「運をよくする」とか「習気を取り除く下地行」などとよく言えた
モノだと呆れかえりました。
私も在籍中はここまで知らなかったがいくら&長年勤行をやっても抑圧が開放されないので変だと思った。
尚且つ自分のちんけな抑圧などは可愛いもので、精神疾患を持っている信者さんは悲惨です。
救いを求めて阿含宗に来ても治らず、尚且つ言う言葉は「解脱供養と実際に精神科に行くべきだ」という
お粗末な回答だからです。尚且つ解脱供養をしても改善が見えずとなると「阿含宗では無理な場合もある」
とさじを投げる回答ぶりという始末です。結局嘘をついているので証明も改善もできないのです。

355天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/26(木) 14:42:48
別著の「チャンネルをまわせ」には265Pより千座行について「霊障及び先祖よりの抑圧」を書かれています。
ここの要点は「人は様々な抑圧を持っていてその影響下にある。それらを開放せねば運命の改革も改善も
望めない」というものです。悪い運命は「悪因縁」ということであり悪因縁は無意識層にあるのであり、
それらが人の悪い運命を形成している元である、としています。

これらを開放するためには千座行と解脱供養が必要である、ということです。
ですが、これはオカルト的なものを心理学や科学的な説明?によるもので決してやっている行為は宗教
そのものだが、中身はそうではない。システマティックなもので釈尊の成仏法にはこういったものが
隠されていて実は凄いものなのだ、と謳った訳です。

ですが、いくらどのように謳おうが実際的に示せなければ無意味です。
私は信者としても実際的に経験をしてきましたし、一番の気づくきっかけはこの教祖の書物を読んだり
ビデオなどの解説をそれなりに勉強した。そして何とか「釈迦の成仏法」で法友が救われて欲しいと
いう懸命さから見えてきた事項でした。

今までこれを言わなかったのは結構面倒くさい事項だったからです。
尚且つ信者で無い方にこれを説明するのはいささか気がひけた。
ですが、一部の方には阿含関連のデータもお分けしているのできっと著書も示しながらだとわかる
のではないか。また私も掲示板の活動もある程度年数が進んできたので「良い頃合かも」と感じ
今回の公開に踏み切りました。

ですので、阿含宗では勤行が要であり、それに関して梵行、先祖供養が重んじられるというのがある程度
お分かりになったと思います。
因縁解脱に際してもこのような「裏」というか細部説明があるというのは管長の著書を読まない人には
あまり知られて無い事項です。そして逆に信じているのは「因縁解脱と宝生の功徳が授かる」という事項
だけだと思います。

またなぜに頭の良い人(主に学問の知識がある人とみてもいいでしょう)が阿含宗の詐欺に引っかかるのか、
というのはこういう教祖の「方便」に騙されたというのがあります。
さも学問や知識があるように見せかけて実際はパクリとか嘘のオンパレードの詐欺師であった。
まったく以って桐山氏は用意周到だったというか現代人の隙をみて突いてきたな、という感じです。

いづれにしても仏教の基礎知識が大抵の人が持っていなかった(知らなかった)のが騙された原因でしょう。
如何にこうやって見事な?方便を広げても「釈迦仏教ではあるまい」というのと整合性の無さをわかったら
阿含宗には入信しなかったと思います。

そう言うわけで途中省いた箇所もありますが、それにしても長い(汗)
最後まで説明にお付き合いいただきありがとうございました。以上でお粗末ですが説明を終わります。

356道場:2012/04/28(土) 08:40:34
全くその通りです。
桐山詐欺師の裏側がしっかりまとめ上げられておりよく透けてみえます。
わたしも引っかかった一人ですのでとても共感できます。

357天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/04/28(土) 21:39:45
>>356 道場さん、感想をいただきありがとうございます。
拙い頭でどのように自分の経験と思いを表現するかが本当に難しかったです。
そんな中、共感いただけて本当に嬉しいです。感謝申し上げます。

>>354 誤字がありましたので訂正。

次にこれは欺瞞を知ってから掲示板やHP活動を知ってからわかったことですが

これを

次にこれは欺瞞を知ってから掲示板やHP活動をやってからわかったことですが

に訂正です。大変失礼しました。

358淵海子平:2012/04/29(日) 10:27:31
天照さんのバイタリティーあふれる文章とても参考になりました。

はっきり言うまでもなく阿含宗では深刻な精神病で苦しむ方々を
救うことなどできるはずがありません。
阿含宗の法で精神病が治るとは偶然を神仏に託してただ拝んでいるだけです
要は責任を神仏に押し付けてあとは知らんぷりということでしょう
そのような偶然(奇跡?)にすがるしか解決策を持っていないのが
阿含宗の実態であります。
実際はなんの手立てもない、当たり前です、所詮ただの宗教団体なのですから。
それをさも、何でも解決できる、どんな葛藤も解決できるなどと期待を持たせて
信者勧誘、集金活動しているところに問題があります。
私の法友で長年精神の葛藤に悩み苦しんでいた方がいました、彼は
総本山に社務所ができた時、こう言ってました
「これで長年苦しんできた葛藤から救われる、なぜって?管長が念力で直接
私の脳を強じんでタフな脳に改造してくれるのだから」と真顔で語っておりました。
彼は社務所ができた時にくばられた修行方針のマニュアルを見てそう信じたのです。
だがその社務所も今は全く機能しておりません。

私が唖然としたのは
守護霊授与に関して桐山さんが
「守護霊はそれなりに幸せでエリートな人にしかお授けできない」とはなしていたことです
何故なら不幸な人にお授けしたら阿含宗の守護霊の評判が落ちる、だから授与者はよくよく吟味する
必要がある、というようなことを言っていたのです
私は唖然としました、何のために守護霊を与えるのか?始めから幸せなエリートに
守護霊を授与してどうなるというのだ?今、貧しく日々の生活に追われ苦しんでいる人にこそ
守護霊が必要なのではないか?それを教団の評判が下がるから不幸な人にはお授けできない
とはどういうことか?
本当にバカバカしく思いました。
はっきり言うまでもなく阿含宗では病気は治りませんし病気になっても責任取れない取りません
しかし布教伝導にはどんなことも解決できると断言しています
阿含宗と桐山さんは自分が吐いた言葉に責任は取りません。
阿含宗と桐山さんにおんぶにだっこ、たよりっぱなしの人生に終止符を打ってください。
自立した人生を
自灯明法灯明です。

359天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/01(火) 06:43:30
淵海子平さん、感想とご意見ありがとうございます。
本当におっしゃるとおりで私は教団内にある様々な事項を見てその酷さに呆れたものです。

私はここ数年前まではサービス業に就いていて中々阿含宗の行事や修行に参加できずいつも
不憫さと悔しい思いで居りました。それが数年前からサービス業を辞め転職してある程度
時間が取れるようになって阿含宗の道場に足繁く通うようになって深く接するようになって
から阿含宗の実際の事項などにようやく触れられたので気づいたと思います。

会員の激減と会員が道場に寄りつかない現実。精神疾患を持って苦しんでいる人のいる現実。
教祖の教団の状況(足元)さえ見えていないという事その他挙げればキリがありませんが
とにかく下っ端のいち信者が危機感を持っているというのに教祖にそれが無い。
欺瞞を知らない当時の私でしたが本当に馬鹿げている・狂っていると思いました。

あまりにも妄想を展開しすぎて信者も相手にしなくなってきたのが現実のようかと。
そのように感じましたね。
はっきり欺瞞を知らないから辞めてない人が多いようですので、欺瞞を大破の信者が知ったら
おそらく阿含宗は半分以上の人が辞めると思いますね。

まだまだ欺瞞を皆さんに知らせるには工夫や方法、時間が必要です。

360天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/01(火) 06:45:05
誤字訂正 大破=X 大抵=○ でした。

361天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 06:34:27
阿含宗に神仏がいるか、ですが、まあ究極的な割り方をすると成ると2つにわかれましょう。
1つは「居る」ですし、1つは「居ない」というやつです。

居るにしても、ではどういうのが居るのか?になります。
そうなると教義に沿ったものから追うのが一番わかりやすい。

まず釈尊。三身即一の如来。ジュンテイ如来。後は二大龍神さまと密教で得意の数々の諸尊ですか。
これらがいわゆる「神仏」ということでしょう。

ですが、これも追ってゆけば「居ない」のがわかります。
まず、釈尊。釈尊は死後霊界に行かれ涅槃へ入っています。
ですのであちらの世界からこちらへは来ません。

またブッダ最後のたびでもアーナンダに言っているように遺骨(仏舎利)に於いても特段
その中に釈尊の魂が宿るとか何か効験があるとかは無い旨を言われています。
そうなると仏舎利を祀っても別に効験は得られないし、魂があるわけでもないので特に不要。
尚且つスリランカから分骨してもらったようだがあれは「真正」ではないので意味が無い。
真正でも拝んでも何も無いので如何に密教の様式であっても意味を成さないのです。
そう言うわけで釈尊を本尊に迎えうっても神仏の加護は特に無い、ということがいえます。

362天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 06:41:26
三身即一の如来。ジュンテイ如来。後は二大龍神さまと密教で得意の数々の諸尊ですが、これらは
架空の存在で釈尊が「居るぞ」と認められたものでは有りません。
後世の人間が考えて作った架空の存在です。

例えばウルトラマンという特撮があります。そういうウルトラマンが本当に実在して宇宙の果てから
本当に現れるのであれば信じることも出来ますが、それはありえません。
それと同じようなのがこの諸尊の類なのです。

この世で如来なのは釈尊だけです。これは歴史上事実な如来です。
それ以外は架空のものです。

ですからそれらを如何にちりばめ陳列しても架空の存在を超えられない。
そして架空の存在を拝んでも何も得られないわけです。

日本には神道などもあり色んな宗教を受け入れる姿勢がありますから何でもOKな
体質があるのでつい「何でもあり」になってしまいがちです。

また私の経験上阿含宗の信仰をやって効験を得たのはほとんどありません。
法友でもそう言う人は多く存在します。
つまり架空の存在を拝まされて「居る」と錯誤させられて搾取されている、ということです。

阿含宗はまさに詐欺宗教です。

363akb55:2012/05/05(土) 16:07:52
天照さん344〜362お疲れ様でした。おっしゃる通りです。
私も長い間、現形に引きづられて「居る」と錯誤させられていた者です。
桐山さんは、大乗仏教を腐すために作者不明の偽仏教経典と言っていました。
その表現で言うと阿含宗の神仏は、偽仏教経典製作者たちがこんな仏様が
居たら良いなぁと頭で考えて作った架空の仏です。何の力もありません。
信者のみなさん、冷静になって良く考えて下さい。

364天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 16:43:48
akb55さん、ご意見ありがとうございます。

思うにゲイカは我々に何とか「自分の主張を皆に認めさせたかった」考えにより示すものが欲しかった。
その方法の1つが「現形」だと私は思っています。
やはり色々な説明なども必要では有りますが、視覚に訴えるものが効果は出やすいというのがあります。
文字よりも写真、写真よりも動画、というようにWebの世界でもそういう訴求力というものの影響力はあります。

尚且つ神仏は霊のように形が無いためどうしても目の前に「はい」と出しづらい。
それをどのように信じさせるか、となれば現形での写真で「どうですか」と示す方がやりやすい。
写真などの技術のある時代だからこそ成しえた騙しのテクニックであると思いますね。

また写真の無い時代からも騙しのテクニックはあったようです。
それは「騙す方の展開を思い込ませて信じ込ませる」というやつです。
写真の無い時代には「口八丁手八丁」よろしく言葉で信じさせるしかない。
また素人を騙すにはある程度の理論などでも見せるしかなく、それ以外だとさくら方式、つまり
信者の誰かが何らかの奇跡体験をする。そうするとそれは現実に起きたことなので信用しやすい。
誰それさんがガンだったがそれが阿含の力で治った、となれば信じ込みやすくなる算段です。
うちの弟もなかなか治らなかった肝臓の値が一発で治ったわけですから、私もさすがに信じた。
ところが阿含の奇跡はせいぜい一度きりが非常に多い。奇跡は再び得れず弟は亡くなった。
また死ぬか生きるかまで行かない法友も救いを得れず困窮したままです。
阿含の神仏は本当にいるか否か、を論じたくなくても自然と論じまた検証せずにいられない。
そこから派生したのが自分の検証や考察へシフトして行った経緯がありますね。

365天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 16:58:19
akb55さんは私などより種々の深度の経験があるとのことなので私の例は些細なものでありますが、
阿含宗を愛し探求から成された考察や検証が最初でした。
「どこかに救いがあるはずだ」そう信じて自分は勿論法友らの救いの道も求めていました。
(当時は弟がまだガンが発症してなかった)

探求らが2〜3年続いてから弟のガンの発症があり、尚も救いを求める気持ちは高まった
次第です。でも求めて行った先には神仏からの答え(応え)もなく、教祖も教団の状況や信者の
状況を把握しておらず呆れる始末。このような状況に「信仰に救いを求めていてはダメになるのではないか」
と思ったわけです。こうなると信仰をしている意味がなくなります。

別に頼りたくて頼るわけではない。出来れば神仏や教祖の力など頼らずに危難を乗り越えクリアしたい。
だが、そうなると阿含宗の信仰は不要となってしまうわけです。
そして阿含宗の信仰に返り咲くと「困ったときは仏様におすがりしなさい」という教祖。
これでは自家撞着に陥るのは当然ではないか、と思いました。

そこで私は気がついた。ああ、宗教というのは依存させてなんぼ、の世界なんだなあと。
欺瞞が知らないからここまでしかわからなかったが、実際そうでした。
そして当てにならない本尊(神仏)や教祖に頼らず「どこかに道は無いか」と模索した。
その後その願いが届いて「2ch」にたどり着くわけです。そして欺瞞を知った。
結果「阿含宗は嘘とインチキとデタラメで構成された偽仏教・詐欺宗教」ということでした。
だからいくらやっても効果など出ず、自家撞着に陥るわけです。

366天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 17:10:46
私は常々提唱していますが、さほど困ったことが無いような環境の良い人・境涯の良い人は阿含宗の信仰を
やっていけると思っています。教祖の嘘を飲み込み信じまくって幸せな気分で居られる。結構なことです。

私が言いたいのは自分や自分の家族、知人、友人などかけがえの無い人が苦しんでそれがどうにも
救われないという状態に陥った際に心より信じた阿含宗の信仰が機能しないということへの叫びなのです。

平素安穏で平和・無事なら何でこんなに阿含宗をインチキ呼ばわりしますか。
自分もおそらく何でも阿含宗の信仰で救われ叶うのなら疑うことはしなかったでしょう。
自分が至らない、つまり低い境涯や状態だったからこそ真剣に挑んだ、考えたわけです。

ところが教祖の言うことは矛盾と整合性の低さではピカいちです。
こんなバカなことがあるなんて、と本当にショックだった。

今したらばで「退会について」のスレで「神仏について」語っていますが、そこもそうです。
そこでは擁護意見としては阿含宗には法と神仏がある(居る)とされている。

しかしそれらが本当であればどうして私や私の法友らが救われずにいたのかが説明できない。
阿含の法は機能せず、神仏は随分差別をし冷酷な存在と成るではないか。
悪いがそんな法や存在なら要らないですよ。すぐにでも辞めて自分の力で歩くか他教に行きます。

阿含の法と神仏、成仏法があるからこそ意味を成すわけです。
意味を成さないのなら何も信仰する必要はないのです。
もしも信仰するのならそれは管長の言うように本当に「個人の道楽」になってしまう。
悪いが私は遊びで阿含の信仰などする気は有りません。

367天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 17:19:21
ですから困ったことが人生で無いに越したことは無いが、もしも自分や自分の周りに困ったことが出て
それで阿含宗に救いを求めても得られなかった際に私や私以外にも救いを得られなかった人たちの意見が
始めてわかるであろう。ということです。
そしてその際にわかっても傷つかない程度であればまだ良いが、かなり傷ついてからでは遅すぎる。
何も無い平和なうちに気がついてこんな嘘っぱちの偽仏教教団から離れるべきだと強く言います。

後悔先に立たず、とは言ったものです。
私もまさか騙されているとは夢にも思わなかった。
阿含宗には神仏が居て我々を加護してくれていざというときには救ってくれる。
そう言うありがたい存在であると疑わなかった。

ところが実際はガンなどの事項ではない私や法友さえ救いもしない。
見て見ぬ振りなのか?と思った。
霊写真にもご宝塔にも、道場の本尊・内陣にも篤く祈り拝むだけではダメだから別途修行をして
人事尽くして天命を待つ、をした。

その結果が「何にもなし」ですよ。呆れる・失望するのは当然ではないですか。
そしてその結果を元に自分は「何が悪いか」「何が足りなかったか」などを検証・考察した。
ところが何も過失は無いのです。そこで訝しく思ったわけです。

368天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/05(土) 17:30:41
欺瞞を知って尚も考察と検証を重ねた結果、嘘とインチキとデタラメであることがわかりました。
そうなると阿含の信仰をやっても効果が無いのは当然であり、自分らが如何に教祖の指導に沿っても
効果が出ない・得られないのは当然というのもわかりました。
それだけ阿含宗の信仰というのはとんでもないものなのです。

平和で何も無いうちは戯言を言ってられる。
いざ自分がいよいよとなったらどうするか? 笑っていられるものでは有りません。
困ったことが無いから笑っていられるのです。

ですから「困った先の杖」と阿含宗ではよく申しますが、本当の杖は我々の言葉です。
批判側の情報なのです。
確かに信者としては嫌で聞きたくも無い内容ばかりです。
ですが、本当に困ったことがあって阿含宗にお金や労力を費やして無碍に終わる。
それから気づくという方法もありますが、それでは遅い。
痛い目に遭わないとわからないでは智慧がなさ過ぎます。自分もそうだった。

たまたま今の世の中はネットも普及して掲示板やHPをくまなく見れる環境が取れるようになって
きました。このチャンスと機会を活かすべきだと私は思います。

阿含宗には様々なトラップが仕掛けられています。それを見破る・知るためには掲示板や考察HPの
情報が一番有益です。また実際調べてが煩雑な場合は掲示板に来て教えを請うのも1つの方法です。
参加して学ぶ。これもかなり役に立ちます。

ぜひ桐山靖雄の毒牙に掛からないように、と願う次第です。

369天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/07(月) 11:14:10
さて、したらばにて「通りすがりの者さん」の投稿にこういうのがありました。

「何年か前にテレビで、エドガーケーシーを取りあげていたのですが。
DVDに録画してたまに確認しているのですが、「アカシックレコード」という言葉で
因縁、神仏に似たような行動を説明していました。
いまだに、解答を得ていないのですが。(また、別の機会に続きを)」

これは本来阿含宗のことには関係ないのですが、私もちょっと語りたい面があります
のでしばし触れさせていただきます。

私も1999年より前にTVでエドガーケーシー氏を取り上げた番組があり、その
影響もあって本を買い傾倒した時期がありました。
また阿含宗とも関連する事項などもないか、なども模索しておりました。
非常に懐かしい話題であります。

私は自分で研究した結果ですが、エドガーケーシー氏のことはやはり阿含宗とは
あまり共通点はないように見受けました。
いち心霊とか超常現象などの世界であれば十分カテゴリがあってよろしいのでしょうが、
やはりかなりの結びつきはないと判断しております。

そしてアカシックレコードのことですが当時自分は何も知らないだけに興味を持ちましたが
調べていくと「どうしようもない事実」に行きあたり離れた経緯があります。

まずアカシックレコードを読むには「誰でも読めない」ということが1つ。
次に仮に読めたとしても「あたらない」という事実です。
この2つが私が離れた最大の理由です。

本の作者によっては「誰でも読もう」というようなことを言っている人が居ましたが、
完全にオカルトです。まず実際にそう言うことはできませんので絵空事であるのが
わかります。

次に読めても当たらないのであれば意味を成さない、という点です。
せっかく「読むだけの能力」を得ても(笑)当たらないのであれば意味が無い。
これには大きく分けて2つの理由が挙げられます。

1つは「読めているつもりで本当は読めていない」
もう1つが「読めているのだが刻々変化するので内容が変わるゆえ外れる」
というやつです。

しかし私はこれは詭弁だと思います。何のためにアカシックを読むのかには意味があり
まさか天体観測と同様には出来ますまい。
アカシックには古来からの記憶や情報があり尋常ではないものです。
その物を読んでも意味が無いに等しいのなら読めても読めなくても意味は無い。
ですから私は興ざめした経緯があります。

370天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/07(月) 11:27:20
また仏教の教義に照らしてもさほどアカシックは必要ではないと感じましたね。

釈尊はひたすら煩悩解脱を薦めた。ブッダになって涅槃へいたる。
まさに究極の世界へのいざ無いが仏教の目的であり修行の最終点です。

そこにはアカシックが如何様なものであろうが解脱すれば別段関係ない。
解脱途中の過程であってもせいぜい自分の過去や広い宇宙でどうだとか色んなもの
の情報などは得られるでしょうが、情報というだけで解脱にはやはり関係ない。
一介の情報という程度であろうと私は思います。

もしもアカシックが解脱への手助けに成るものがあるのなら良いかと思います。
しかし、最終的には手助けはあくまで手助けを超えられず、肝心なのは自分です。

ですからどうせ読めないアカシックは夢物語としてわたしはひたすら解脱への
模索や修行する方で良いかと思いますね。

そして「いまだに、解答を得ていないのですが。」とありますが、私はそれは
正解だと思います。
アカシックには回答は書かれていないと思います。
それはいまだそう言う記述をする人を私も見たことが無いからです。

特にインチキ・パクリである「因縁解脱」に於いてそれがアカシックに書かれて
いるというのは甚だ懐疑です。

私はアカシックはPCでいうところのHDDと認識しています。
おおよその構築として情報はあるものの、生ものとしての生き物の変化で多少の
差異が生じたりすることがあるようですし、それも書き換えられたりなどする。
だからあくまで記録装置としてみているので私はHDDだなあ、と見ています。

だから仏教の事項に即すると当てはまらなくなってくるでしょうし、参考にしても
あくまで参考にしかならないと思います。それは読めたら、が前提ですが。

ですから読めない我々は単なるそう言う存在があるようだという興味とか創造の世界
で置いておくしかないと思いますね。

後は通りすがりの者さんの意見も伺いたいので、投稿をお待ちしております。
もちろんこの話題に「乗った」とか興味や情報のある方の投稿もお待ちして居ります。

何せ@chs-1ですからwww

371天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/07(月) 11:52:02
誤字訂正

アカシックには回答は書かれていないと思います、を

アカシックには解答は書かれていないと思います、に訂正です。

372天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/11(金) 09:07:06
アカシックについて再度。

実は書いたつもりで書き損じてたのに気づいたので追記、というのが本当のところ(汗)

著者名は忘れましたが、トンデモ本の著者にあげられていたのを後で見てびっくり。
確かに後で見直して「あ、本当にトンデモだ」とわかりブックオフに売ってしまいました。
買取は¥50だった。

さて、私がその方の内容で印象深く覚えているのは「アカシックを読め」というやつでした。
アカシックには様々な記録が成されている。過去だけでなく未来もある、というのです。
だからアカシックを読めば未来がわかる、というやつでしてこれは興味が出た。

アカシックを読めば自分の因縁がわかる。発生の原因もわかると思ったのですね。
だから「アカシックを読め」にはなるほどと思ったのです。だから本も買った。

しかし、私も当時はかなりの阿呆でしたから「読む方法がない」事に気づかないわけです。
で、後から「どうやって読むのだ?」に気付かされたわけです。

さすがに霊感でも無理ですし、第一そんな存在わかりますかね。
そこで初めて「ああ、建前だけの中身のない本か」とトンデモに気づいたわけです。
(トンデモ本の著者に挙げられたのを観て気がついてから確認した、が正しいのですが)

トンデモ本の著者一覧に挙げられたのを観て気がついたのですが、アカシックを読めの人
だけでなくその他にも数人挙げられていました。
それらの皆さんはやはり内容は「トンデモ」でしたね。内容がトンデモだから挙げられた
わけですが、私は最初気がつかなかった。疎いとはこのことです。

もしも阿含宗がこのトンデモに挙げられていたらどうだったなか?ふと思うときがあります。
まあ、当時の私は欺瞞も知らず尚且つ疎かったのですから気づけたか皆目わかりませんが、
阿含宗で言うならば「チャンネルをまわせ」みたいなものですか。

チャンネルをまわせ、という表題は格好よく斬新に映りますが、ではどうやって?は
やはりわからない。そりゃあアカシックよりも「これがまわす方法だ」と阿含宗の信仰を
薦めれば事足りるのでしょうが中身が無いですから、判別するには時間が掛かる。
やはり騙されるのは必死でしょう。

アカシックを読めは別段宗教でもなんでもないですからまだ可愛いですが、もしこれが
宗教ならば大問題です。読めもしないものを読め、ですし、それをどうにかできるわけはない。
やはり頭がイカレた人や集団、となっているでしょうから。

そう言うわけでアカシックで思い出した事項で書くのを忘れていた追記、でした。

373天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/05/17(木) 06:29:51
>>372 なんじゃこりゃ。誤字発見。訂正を。

「もしも阿含宗がこのトンデモに挙げられていたらどうだったなか?」の最後の部分「なか」ってどうよ。
ここは「かな」が正しいです。

訂正しお詫びいたします。

374天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 06:28:41
この板内の@chs−1第四章で自分の投稿[594]から書いたことを深く書きたいと思い、ここで展開します。

あの事項は自分が退会する直前に際する時期、つまり阿含宗をよく勉強し、如何に解脱できるかを追ったゆえに
欺瞞には気づかなかったものの当時在籍していて考察した中身なのです。

事の発端はゲイカの指導に沿うが、なかなか成果を得られないことに疑問を感じていました。
欺瞞を知れば一発で理由がわかるのですが、その頃はまだ掲示板というものを見ておらず、全く騙されていた
時期ですから、答えが見つからないわけです。

しかしながら、「ゲイカの教えには答えや鍵があるはずだ」そう信じてゲイカの過去のビデオや本を読んだり、
ダルマチャクラや座右宝鑑などを読んで回答を得ようとしていました。
その行為の結果、欺瞞は知らないものの批判側の提示したことへのいざないになったと思っております。
私が早く批判側の説明内容の意味を把握できたのはここにも原因があったかと思われます。

阿含宗では密教にあるように「現世成仏」が目的です。その現世成仏を果たすにはそれなりのシステムというか、
内容があるはずだと信じて疑わなかった。そしてそのための指導をいつか受けられると思っていた。
普段の例祭やゲイカの発言には「まだ本格的指導は無い」というのは知っていましたから、私たちの修行が進んだら
いつかは本格的な指導、つまり仏陀になれるための指導がある、と思っていたわけです。

しかしながらそれはいつまでも見えない。今まではオウム真理教がスパイを阿含宗に送っていたため指導ができない、
とゲイカが言っていたのだが、オウムも警察に捜査され解体されたのですから、さあいよいよ待った甲斐があった。
ようやく指導が受けられる。そう思っていたわけです。

375天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 06:42:50
ところが皆さんご存知のように、いつまで経っても指導が無いわけです。
それに対しさすがの私もイラづいていた。
「これからは弟子たちの育成の時期に入る」と宣言していたくせに得に指導が無いわけです。
これにはさすがの私も頭にきていました。

しかし、ゲイカに文句を言う前に「自分でちゃんと調べて置かねばゲイカに文句は言えない」とか
「ゲイカはヒントを出していて気づくようにしているのかもしれない」と考え、まずは怒りを抑えて
阿含宗の総ざらいというか再勉強を試みたわけです。

そして色々見て行く内に当時推奨していた「心解脱」に目が行った。自分自身あまりこの心解脱には
興味が無かったのですが、そこに鍵があると思い横に置いていた項目「心解脱」の考察に入ったわけです。

すると簡単に言えば心解脱は「気づくための自己研鑽」と「自分の悪い性格を矯正する」という2つがあると
自分は判断しました。なるほど。これをまず成しえて自己を矯正してゆく。そこからメソッドみたいなものへ
入ってゆくのだな、と観念したわけです。

そしてその性格矯正について「どうすべきか」を考察したら、そこで止まった(頓挫した)わけです。
どういうことか? つまりゲイカは座右宝鑑や法話などでいろいろ言うことは言うが、実際に性格矯正をするかは
指導が無いわけです。

そういうと「十善地法があるじゃないか」という人がいるかと思いますが、あれを良くみてご覧ください。
項目上げと講釈だけで実際にどのようにするかはありません。

例えば性欲が異常に強い人がいるとします。そういう人にどのように指導するのか?
ただ単に「煩悩滅却だ」とかで滝に打たれたりするのでしょうか? 別なことでもいいが、自分に起きるどうしようもない
沸き立つ事項の様々なことをあの十善地法でクリアできるのでしょうか。

例えが極端でしたから実際の話をすると、阿含宗内ではかなりの精神疾患に悩まされている人が相当数いた。
これは道場に足しげく通えなかった自分が一時的に無職になり、頻繁に道場に通えるようになってわかったことです。
そういう方々の問題をどうクリアできるのか、が非常に探求の根幹となったわけです。
そしてそういった方々の救済と解決を「阿含宗は果たせる」と期待した自分があったのです。

376天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 06:52:42
つまり真摯に追ってゆくうちに「十善地法だけでは無理だ」とわかった。
そうなると霊的な問題は解脱供養をすることで解決するだろうし、後はゲイカによる直接指導があると思った。

ところが阿含宗ではネット回線を使ったネットワークがあってゲイカが東京やどこかの道場にいて相談者などの
諸問題に対応して指導をしていると期待していたのですが、それが「皆目無い」とわかって「変だ」と思いました。

今まではゲイカが実際に飛行機やJRなどで地方道場に来られ底で指導しているというのはありました。
しかしネットというものを阿含宗でも使えるように整備が整ったわけですから、いつでも迅速な対応と指導ができる、
そう思っていたわけです。しかし、それが皆目無いとはどういうことか?

私の疑念や疑問は高まるばかりです。

そしてとりあえずゲイカの言った事はやっていたわけです。
お金が無いので解脱供養以外のことはやっていた。梵行はもとより、十善地法でやれるものはやっていた。
しかしすでに「これで指導なのか」とわかりきっている物足りない十善地法では限界があります。
そこでイラついていた最中、ネットのところに心が動いた。

「暇つぶしに阿含宗ではご法度であったネットでも見てみるか」

これがまさか幸いするとは夢にも思いませんでした。
そして掲示板を見ていて私を知っている人にはもう承知のことですが、色々掲示板で参加するうちに欺瞞を認識した。
そして退会し自分は欺瞞を世に知らしめす方法としてHP作成や掲示板運営に動いているわけです。

377天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 07:00:44
十善地法のことを馬鹿にした書き方をしているような印象が受けるかと思いますが、そうではありません。
別段私は十善地法に恨みはないしケチをつけるつもりはありません。
ただ、実際問題としてあれでは性格矯正は無理だ、とわかっているからそこを言うのです。

ゲイカは因縁透視をして信者さんの因縁を示します。そして十善地法に沿った改善方法を示します。
ですが、それらは項目だけで詳しい説明もない。わからなければ座右宝鑑などに書いているからそれを読んで
自分で修行せよ、がゲイカの姿勢なのです。

これって果たして指導といえますか? 変だなあと思いながらも沿ってしまうのが信者。
だけど示したものをやらずにいたら文句を言うのは筋違いだと考え、深く考察し実際にやれるものはやった。
ところがあんな概略項目というか深くないものに改善などできるはずがありません。
むしろ改善をなしえた人がいたら「見てみたい」くらいです。

つまりゲイカはちゃんとした指導などできません。
しかし指導できない、では教団が持ちません。なので十善地法なるものをだしてそれを講じることで改善がなせる。
成せないのは自分の修行が足りないからだ、熟してないからだとしているわけです。
そういう適当なことで我等をごまかしているのが現実なのです。

378天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/18(火) 07:06:30
そして第四章でも触れましたが、まさか追っていった結果で心解脱は「ビッパサナー」になるとは夢にも思いませんでしたね。
そしてその行為が釈尊の教えというか修行法であることなど気がつくはずがありません。
どこまでも自分というものを見てゆき、自己を鍛錬してゆくなんてナモナモ行為の阿含宗にはそういったことなどありませんから、
私はゲイカに文句を言う前にヒント的なエリアに近づき、尚且つ掲示板に触れて真相を知るのですから、時間や年月は掛かったものの、
本当の仏教と欺瞞を知った成果は得られたのは本当に幸いでしたね。

ですからゲイカのやっていることは嘘とインチキと出鱈目だと批判するのがそこです。
全くなっていない。

時間が来たので、また時間のあるときに書かせていただきます。(一旦終了)

379天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:07:24
早朝から失礼します。それでは>>376の続きから追ってみましょう。

私は阿含宗で解脱するには2つの物が必須だと見ていました。
1つは霊的なものを取り除く。1つは実際的に自分というものを構築・調整してゆく。
この二つが重要だと見ていました。

後者の方は後で書くとして、先の方の「霊的なものを取り除く」ですが、いわゆるこれが
「解脱供養」を主とした「先祖の怨念を無くすもの」であり、自分の習気にも関わること
なので阿含宗的には重要なものです。

しかし、果たして釈尊がそういうことを示唆していたか?というと見えてこない。
なので調べてゆくと驚愕の事実が。
つまり釈尊は死者成仏など無関係であったことがあるのです。

死者の怨念・霊的障り、というのはゲイカの主張です。
そしてそれを解くには「シャカの成仏法」が必要なのだという。
しかし、肝心のその「おシャカ様」が死者を成仏せしめない、としたらどうするか?
そうなるとゲイカの言っていることは「おかしい」となります。

先祖が成仏できずに怨念などを抱えたままに中有界に留まり、生きている子孫に悪影響を与える。
生きている側は死者の不成仏の影響で運命や人生に悪影響を受ける。
これが阿含宗の教学であり、ゲイカの主張です。

これがもし「嘘」であったらどうするか? いや、実際嘘なんですが、そこに私は気づかなかった。
ゲイカの主張は正しいものと信じていたわけです。ところが嘘だった。
釈尊が説かないものをゲイカは言い、我らにその嘘の示唆を行わせていたのです。
霊的障りや悪影響などはゲイカの作り事であり嘘だったのです。

380天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:18:22
嘘なんですから解脱供養なんてものをやったところで効果など無いのは当然です。
そうなるとゲイカが言った「霊的浄化」なんてものは「無い」ということです。
間違った思考であり、釈尊が説かないデタラメな考えなのです。

私は先に「道場で見かけた精神疾患を抱えた信者さん」を見かけました。
皆さん大変苦しんでいて難儀な思いをしておりました。
それに対し阿含宗では「解脱供養と実際に病院へ行っての治療」を勧めていました。

しかしなかなか治らないのが現実で、それこそ簡単に治るのなら苦労しません。
尚且つ病院へ行って治らないから阿含宗つまり宗教に救いを求めているわけです。
ですが、実際に回答があるのは「治るまで解脱供養をしなさい&病気治療しなさい」
なのです。

これを見て私は呆れました。
ゲイカは「病気なら医学で治せる場合があるが、医学で治せないものは宗教で」と
宗教の持つ力、阿含宗の持つ力というものを出していた。
ところがさすがの阿含宗でも効果がなかなか見られない、となると効果が出るまで
解脱供養を重ねるか、長きに渡って病院での治療をせよ、で終わるとは何事か。

奇跡の宗教という阿含宗もなしのつぶて。尚且つ霊的障りを霊視にて見つけ出し、
その解消へといざなうのがあってしかり、なはずです。
だが、それが成されていなければ、意味などあろうか。

後で阿含宗&ゲイカの欺瞞を知ってそれはわかりました。
嘘をついてインチキ・デタラメな方策を説いているのですから、効くはずなどありません。
ですから、精神疾患で苦しんで救いを求めている信者さんらは助からず苦しんだまま、なのです。

救済ができない教団が阿含宗なのです。

381天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:28:45
次は精神疾患などがない信者さんは、自分の力といいましょうか、指導方針に従って修行すれば
成果は得られるはずが阿含宗の教学です。
ですが、実際の指導方針はどうか?といえば、梵行と言う名称でひとくくりにして、その中の
内容は「教団へ利益が向くような内容」ばかりで端的に言えば「貢ぐ行為」ばかりです。

心解脱の内容を精査すれば、自己の洗い出しと把握をしてまず自分を知り、自分の何が足りないか。
または自分のどこが欠点(欠陥)であるかを是正する・修正することが要だというのがわかります。

そうなるとそれに対しての深い指導が必要となりますが、それが阿含宗には皆目無いのです。

私は最初それをわかったとき、自分を疑いました。
洗いざらい阿含宗を自分の知る範囲ですが調べまくった。だが、ゲイカの主張は書物や映像以外の
もので「これは」と思うものは無く、いつも同じことで終わっているのです。

まあ阿含宗は密教ということもあり、秘密というか表に出してない隠した部分があるのだろう。
そう思っていましたが、実際先達も職員もそういった「秘密裏な部分」というものは知らず、
やはり誰もが「今までゲイカが説いた事項しかない」という回答しかありませんでした。

というか、掲示板でもよく言われますが、では信者の一人でもいいから「完成者」というものが
いてゲイカがそれを認定した、という人が一人もいない、というのは明らかに変です。
見たくれもぱっとしない、または崇高そうな人物でなくてもいいから
「この誰それさんは、修行を完成した信者第一号であり、仏陀である」というのを出せばいい。
しかし、そういうことは今の一度も無く、ゲイカだけが完成者ということです。
だが、その完成者が脳梗塞でヘロヘロになっているのは果たしてどうか。

382天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:35:29
阿含宗には完成者の信者は一人も無く、教祖は完成者だというが現在のような有様です。
また何の指導もなくては完成者などできるはずなどないでしょう。
そしてやっている内容を精査すれば「供養供養」というが、中身は「貢ぐ行為」です。
教団と教祖が利益する内容で仏陀になれる??? 甚だ馬鹿げた話です。

せっかく心解脱の意味や内容を出しておきながら、それをやられては困る。
だから逸らして「供養一辺倒」内容で繕い、それらをやらせるのです。
だから心解脱なんてものも「嘘っぱち」なのです。

それどころか肝心の「因縁解脱」も「仏陀になってニルバーナに入る」ことすらありません。
文言や掲げるコンセプトはそのような言い回しだが、実際はそれに沿うようなことはしない。
どこまでも供養供養で追い、教団と教祖が利益するような内容を信者に与えることしかしない。
最初から詐欺が目的なので、偽仏教で当然であり、本当の仏教から逸れても関係ないのです。

つまり阿含信者は成仏できなくても「関係ない」のです。

383天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:49:48
ゲイカに騙される原因を追えばやはり「仏教に疎い」のと「釣る材料にはまる」のが原因なようです。
そもそも自分も「仏教」がどういうものか。また正しい仏教を知りませんでした。
なのでゲイカの言う・示すものが「正しいもの」と錯誤して信じてしまった。ゆえに騙されたわけです。

そこで正しい仏教の片鱗でもいいから知って、阿含宗の内容と比較し照らし合わせればその違いがわかる。
つまりゲイカの嘘などが見えてくるのです。

ゲイカの主張などは巷にある民衆が好きそうな、または聞いてもそんなに違和感を感じないようなものが
多いです。実際阿含宗でやっている護摩も真言宗や天台宗、尚且つ法華教団でも焚く。
また各種祈願や祈祷も神社でもやっていることですし、特段変ではない。

尚且つ先祖供養というものも掲げていますから、それもまたシロウトには判別がつきづらい。
仏教に疎い一般市民を巻き込んで、ゲイカの目論見が達成できるように組んだ罠というか餌に自分らは
騙されているのが現実です。

釈尊はそういった巷に遍満して認識されているものを説いていません。
どこまでも自分というものを律し、自分を変えてゆく。
人間から仏陀という存在に変わり、最終的には輪廻をしない存在になって生命を終えるのです。

そういうと「いや、自分はそういうのを求めていない。生きているうちはお金も必要だし、実際的に
利益や利便が得られるようなものが欲しい」という方が居られるでしょう。
そういう人は仏教の出すものを「いらない」といっているようなものです。
仏教は利益とかを追求するものではありません。むしろ世俗的なものから離れようとします。
ですからそういった「ご利益内容」を醸した偽仏教=阿含宗に騙されるのです。
阿含宗は仏教ではないのです。

384天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 05:57:36
だからゲイカの主張は「阿含宗こそ本物の仏教(教団)」といっていますが完全な嘘で偽仏教です。
本当の仏教を講じるなら、「利益や世俗的なものから離れる・示唆する」のが本当です。

ただ、厳密に言えばそこは「出家者」のスタイルでもあります。
在家者にはそこまではしない。だが、結果は同じです。在家にいても最終到達場所は「ニルバーナ」です。
ですから修行の過程や内容、示唆、方法がある程度違うだけで、在家も出家も「ゴールは同じ」なのです。

それを阿含宗は正しく説いたか?というと、していません。
偽仏教で仏教から逸れている行為をしていて説ける筈がありません。
というか説いたなら教団の利益も教祖の目論みも全てパーになるからです。

釈尊の生き方や方針を知ればそのようになっています。
むしろ釈尊が儲け方針で信者や弟子を儲けの対象にした話は聞きません。
いくら私たちが仏教に疎い、といえどもそこぐらいはわかるものです。
釈尊が「俺に貢げ。教団と俺様に供養するんだ」という態度をとったなんて話は聞きません。
ですがゲイカのやっていることはそういったことを表に出さず、うまくやっている。
なので詐欺を働いていることに気がつかれづらく、ばれにくいのです。
巧妙な方法と方便で搾取して儲けているのが阿含宗なのです。

385天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:08:32
釈尊はひたすら仏陀になることを教えました。
生きている間に金が必要だから、そういうのを得るようにとかは説きません。
どこまでも現実と自分というものを注視して観察を怠らない。
そして自分というものを完成させるように日々寝ている以外は修行なのです。
非常に厳しい指導であったのです。

生きているうちは楽しいことや嬉しいこと。また美味しいものや心地よいものなどもある。
しかし、それらは生きている間だけであって、せいぜい100年も味わえるかどうか、です。
またいつも長くは続かない。尚且つ世の中は変化しています。
自分が良いと思えるものも永遠には続かない。

病気をしたり、怪我をしたり、暑い・寒いもある。
人とのいざかいもある。自分の欲しいものを得れない場合もある。
歳をとって老いてゆくことも出てくる。
また自分が悪くなくても他から悪影響を受けることがある。
(戦争や気候変化などの災害などなど)

また生きているうちに良いことが多く続けば良いが、そうでない人もいる。
苦が多い人生では辛い事ばかりが続く。

人生の大半は苦が多く、死んでも輪廻して何らかの存在に生まれる。
つまり輪廻から脱出しない限り、いいことも悪いこともある世界から離れられないわけです。

それこそ人生の艱難辛苦を味わったら、「もう転生はいいわ」と思えてくるものです。
いくら美男子(美女)や金持ち、いい境涯に生まれても、それは長くは続かない。
必ず幸せと苦が交互にやってくる。終わらないドラマを演じさせられているようです。

386天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:19:15
そういったものから離れるためには、悟りを得て解脱して仏陀になる。
輪廻する原因や根幹を取り除き、死後転生してこない存在になる。
それを教えたのが「仏教」です。

そのためには阿含宗の説くような「供養」なんてものではなく、自己鍛錬のような
修行が必要なのです。供養で成仏するのではありません。

また先祖の霊障だとか、徳がどうだとかは関係ありません。
全部ゲイカの嘘と方便です。

守護霊も守護神も関係ありません。自分の体1つと正しい修行法を行う。
それでいいのです。
ただ、その正しい修行法が巷には広まっておらず、実際正しい仏教を知っている人は
数多くないのが現実です。そして実践しているとなれば尚更いません。

ですから釈尊の正しい教えだけでも知っていると、如何に阿含宗が嘘の教えをしているかが
わかります。まずは偽仏教に騙されないということが必要です。
そして詐欺の憂き目に遭わず、自分の人生を歩めるようにする。まずはそこからです。
その上で、もしも「釈尊の説く本当の仏教の内容」を行いたい人は行えばいいということです。

まずは阿含宗のような偽仏教に人生を費やない。
それでなくても人生、生きていくだけでも大変です。
まずは自分の生き方を確立しなければいけません。詐欺師に貢ぐ必要はないのです。

387天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:29:39
そして普通の生き方、人生というものを生きてゆく。普通の人はこれで良いでしょう。
もしも釈尊の説く「仏教」を講じたい人は道を求めて正しい教えをみつけ講じればいい。

私も阿含宗というものが本当の仏教教団で本当の教えを説いていると信じきっていた。
非常に残念なことでしたが、死ぬまでに間違いに気づけて良かったと思っています。
もしも死ぬまで偽仏教を信じていたら・・・と思うと嫌気が差しますね。

私は崇高な考えなどありませんでしたが、人生を生きてきて20代で
「輪廻したくないな」と考えるようになりましたね。

もちろん阿含宗の教えの中で匂わせた本当の仏教の事項の1つですが、本当にそう思った。
阿含宗で修行して輪廻を断ち切り、来世は生まれ変わらないようにしたいと願っていた。
ニルバーナに入るのが目的だったんです。
つまり、本当の仏教を求めていたんですね。

生きていても必ず苦はやってくる。良いことがあっても僅かであって長続きしない。
また今は私は40代ですが、体もだいぶ老いてきた。

これからどんどん歳をとり、尚且つ今の不安定な世情ではどのような世の中になるかわからない。
仮に今のままの状況であっても、生活の保障などないので不安材料は事尽きない。

またいつ死ぬかわからない。無常な世の中、人生というものをみて
「釈尊が言ったことは真理だなあ」とつくづく感じています。
そして釈尊が示唆したことを果たしたい。そう思っていたのです。

388天照 ◆MO30b8Jwoo:2012/09/19(水) 06:38:36
だからもしも「俺は阿含宗が好きだ」とか「ご利益結構」など私の意見を否定して
阿含宗命でいる方はそうすればいいでしょう。

しかし、嘘の教えを講じさせられるのが嫌だ、とか本当の仏教を講じたい人は
すぐにでも阿含宗から去るべきです。人生の無駄です。

私は欺瞞を知らなくて24年も居てしまった。
早くに欺瞞を知っていれば早くにやめたし、損をしなかったと思います。

また釈尊の教えを実行するに当たってはそんなにお金は掛かりません。
基本¥0であり、まあ掛かるとすればそれらを知るために本を買ったりするぐらいです。
阿含宗に何万と使う思いをしたら、はるかに安い。

そして本など一回買えば何度も買う必要は無い。
つまり掛かってもさほどお金も使わない。購入して自分が内容をわかりさえすれば
そこからは¥0です。
本当の仏教はこれだけ健やかで搾取など無いのです。
如何に阿含宗が偽仏教で金喰い虫〜パラサイト教団かがわかります。

ぜひ、心ある方は退会して自由を得てください。そして本当の仏教を講じましょう。(終)

389名無しさん:2012/10/13(土) 21:01:21
大事な話の途中に申し訳ないのですが、2ちゃんねるのコピペアラシが
異常にアラシています。
そこで、以前運営に通報された方がいらしたら、どうすれば良いのか
教えていただけますか?

http://qb5.2ch.net/sec2chd/subback.html
以前、上のサイトでのスレたてかも、と思って書いた者ですが、
どうやら違うようです。
教えていただけると幸いです。

391名無しさん:2013/07/25(木) 14:31:01
http://jbbs.livedoor.jp/study/11788/

生長の家も荒らされているみたいですが
以前ここを荒らしてた●●が
生長の家ネームうのはなで
ご活躍中です。

39226年宗徒:2013/08/14(水) 17:00:46
道場、自宅のご宝塔から受けるバイブレーションは、やはり素晴らしい。ただ一点、これがあるから阿含宗はやめられない。

393天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/15(木) 22:40:21 ID:2PyHKWBA0
>>392 ふーむ。金属と月光石と深田僧上の気合が入ったものがそんなに素晴らしいのか。
これは目出度いなあ。エイホーw

39426年宗徒:2013/08/17(土) 07:44:47 ID:HB3chb/20
宗教団体のなかで、良心的と思われる教団ってありますか?自分は金光教が良心的だと感じています。

396天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/18(日) 05:21:50 ID:3zj2Ac4s0
何の信仰をする・信じようというのも日本国には「信教の自由」がありますから自由です。
●●教や□□宗を信じ講じるのも個人の自由ですからお好きに。

ただ個人的見解は別ですので意見は意見として書かせていただきます。(これも自由の範疇)

かく言う私も錯誤をしており昔は宝塔や道場の内陣からの波動は素晴らしい物だと思っていました。
ところがそれが毎度感じられないということがあり、変だなあと思っていました。

そのうち阿含宗の欺瞞を知り真偽の程を調べてみると、駄目判定が出ました。
それらは「agama考察室」の中に掲載されている通りです。

仏舎利が偽物で尚且つご宝塔はよそ様の教団のパクリと販売までされているものです。
ネットで通販で買える代物です。それを拝んで喜んでいた自分が愚かというしかない。

というかまさか阿含宗がそういうチャチなもので繕っていながら「釈迦の成仏法・力」などとのたまい、
我らに拝ませていたとは茶番も茶番です。騙す方も騙されるほうも茶番ですよ。

なので真偽の程を知らないから言える>>392ですが、ああ目出度いなあというのはそこなのですね。

397天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/18(日) 05:26:38 ID:3zj2Ac4s0
あと、欺瞞を知らない時期にちょっとしたことがあって阿含宗でなければどこの教団が
良いかと模索したことがあります。

そうすると私も金光教かな?と思ったことがあります。

しかしながら阿含宗の欺瞞を知り全ての宗教に於いての判別を知ったら残念ながらどこの
教団も欠点を抱えていて肝心の金光教も駄目判定でしたね。

金光教さんも親切で良い人が多いようです。きっと対応もよろしいのでしょう。
でもやはり安心して身を任せられる。または信仰を深めて一生を掛けれるものではない。

まあ個人的にお好きなようですからそれはそれでよろしいのではないかと思います。
でも阿含宗も云々というから随分ごちゃまぜな体制ですね。

何でもOKな日本人ならではかな?嗚呼。

39826年宗徒:2013/08/18(日) 17:28:05 ID:lYhC6.qA0
ご回答ありがとうございます。ちなみに、大本の出口日出麿呂に心酔したこともありました。畢竟、宗教とは、かもしれない、という思いこみ、独り相撲の世界でしかないのかとも思っております。

399天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/19(月) 08:33:17 ID:3zj2Ac4s0
私も金光教に「いいな」と思う前に「大本教」も「いいかも?」と思いました。
ですがそのときは難解だった箇所があったので保留し、他を模索の結果「金光教」が
いいかも?と思ってました。そして幸い自分の居るところにも支部があるので
そのうち行こうか、とも思ってました。
もちろんそれは入信ではなくまずは様子というか中身を知りに、という意味でした。
もしかしたら何か画点が行けば様子以上の事もあったでしょう。

しかし保留にしていた大本教考察と再度深く(自分なりに)金光教をみたらアウト判定が。
というかほとんどの宗教法人・団体でOKの出るものは世に無く、全てアウトに近い。
ですから26年宗徒さんの>>398にある
「畢竟、宗教とは、かもしれない、という思いこみ、独り相撲の世界でしかないのか」は
私は中々な見解だと思っています。

私は宗教は「人を向上させより良い人間を構築させるもの」と大事にしていた。
ところがそういう風になる人もいますが本当に僅かです。
哀しいながら実際に宗教を講じている人の多くは未熟で愚かです。(自分も含めて)

そうすると「宗教って一体何?」となる。講じる人はもちろん宗教自体の中身も悪い場合がある。
そうなれば「宗教が宗教たる所以も意味が無くなる」または「宗教は無力」もいえるわけです。
尚且つ阿含宗に於いて言うならば教祖自身から終わっている教団なら話にすらならない。

400天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/19(月) 08:41:56 ID:3zj2Ac4s0
わかりやすい例を言えばキリスト教を見ればわかる。
キリスト様の説いたこともロクに出来ずむしろ宗教がネックになり戦争などを起こしているではないか。

あれが宗教を講じる人間のやることですか。
又は「キリスト教はその程度のもの」ですか。もしくは「キリスト教は何を教えているのだ」もいえる。

そういうと「いや、教えより教えを学ぶ・実践する人間の問題である」と言う人もいます。
それは確かにわかるが、では宗教の意味や意義、効力など無いに等しいではないか?

教える方は悪くないが教わる方で逸れてしまうのは教わる方が悪いのだというのは言い訳・詭弁に過ぎない。
馬鹿を言うな。そのものです。

尚且つ巷に有る宗教らは信者を食い物にする仕組みが大半です。
そういう仕組みが無い宗教で尚且つ信者が逸れない教団があればそこがまず第一段階のOK判断です。

そういう宗教は未だどこにもありません。

また教義や中の示唆もみればわかります。大抵の宗教は本尊を従える。ここでもすでにアウトです。
あと多いのは拘束が酷い。信者に強制をする。教団の中身が明瞭でない。組織化もそうです。

こういう風にまだ判定方法はあるが照らせばどこもOKはありません。

401天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/19(月) 08:50:02 ID:3zj2Ac4s0
あと大本で言えば「王仁三郎」氏は大本教のスターでもあります。相当なカリスマで
後世の人間である私がみてもかなりの影響力と魅力がある人物です。

しかしながらそこまでで後はない。そういうと崇敬する人から怒られますが、実際
そうではないか。
色々な伝説や書物がありながら特段何もないではないか。
あの時期にあの人物が居て色々醸した。それだけのことで終わっています。

何かあるならとっくに起きているしやっているでしょうが。

また個人的に「日月神示」も注目したが駄目ですね。
あれはただの冥界と雑霊との交霊と妄想が入っているだけ。
金光教さんの教えもなかなかだがやはり現代で教団を運営してゆくにはそれ相当のものがないと
無理です。そしてそうなるとやはりOK判定は出せなくなる。

別段阿含宗が駄目ならよそ様があるさ、と引越しをするわけではなかったが、阿含宗というものを
機に「宗教というものを考える」という意味で知りえるものらを模索したがどこも駄目です。
その人に合ったところへ所属し信じる・講じるのは個人の勝手です。
ですが私は駄目判定の教団へ行って自爆する機は無い。なので無所属で釈尊を仰ぐ方がいい。
そしてそれが本来釈尊が解き示唆した内容だと判って画点が行って講じています。

402天照 ◆MO30b8Jwoo:2013/08/19(月) 08:59:58 ID:3zj2Ac4s0
誤字訂正 本来釈尊が解き=× 本来釈尊が説き=○ に訂正です。

26年宗徒さんもどこまで・どのように模索されたかわかりませんが、管長の嘘などを
わかっていたら「あのバイブレーションは〜」といえないと思います。

道場内の本堂のカスケットに本当の仏舎利どころか月光石さえ入ってないカラのままだったり、
ご宝塔の出所、つまり密教の秘法も成仏法も皆デタラメであったと知ったなら今まで
素晴らしいバイブレーションと感じていたのは「己の錯誤・陶酔だった」ということになる。
その錯誤は誰が醸したか?桐山氏でしょう?
本当に霊感があり判別能力もあったなら、道場や貸与している宝塔からバイブレーションなど
でてないのがわかるはずです。

ちなみに自分は入行してご宝塔を貰った際に何も感じなかったのです。
「あれえ?これって中身無いの?」と思ったのです。また、そう感じた。
だが教義にほだされて麻痺すると「素晴らしい波動がある」なんて思っちゃう。
教祖も馬鹿だが自分も馬鹿です。騙されて当然です。

いろんな研究や考察をして阿含宗と桐山氏の欺瞞を知ったほうが良いかと思います。


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