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( ^ω^)冒険者たちのようです

1名無しさん:2024/08/19(月) 00:43:58 ID:28mrGroE0

何物にも縛られることなく、自由の風に吹かれて生きる。
”冒険者”という生業に、そんな理想像を抱く者たちは多い。

だが実のところ、命と日銭を天秤にかける日々を送る、難儀な稼業だ。

英雄の冒険譚を聞いて育った腕自慢の中には、胸を躍らせて出立しては、
たった一人で名を上げようと、鼻息を荒くするものも後を絶たない。

この大陸では今、空前の<大冒険者時代>の世と謳われていた。

あらゆる病を打ち消すと噂される、奈落に一度だけ咲く花。
希代の彫刻家が残した、魔力さえも宿すと言われる天球儀。
その血によって不老不死を得るとも言われる、伝説の龍伝承。

そのどれもが、胡散臭い眉唾もののおとぎ話とも思われるだろう。
だが事実として、大陸各地で未曽有の大発見を齎したものたちは、
莫大な富を築いたり、人々の間に語り継がれるだけの栄誉を手にしてきた。
そんな果報者たちも、数える程度にはいるのが現実だ。

しかし、この大陸の未踏区域の厳しさたるや、そう甘いものではない。

自然発生的に現れては、村を襲う妖鬼。
人を食い物として、亡骸をも弄ぶ巨躯の人鬼。
血の通う肉体を求めて夜毎さまよう、屍鬼の類。
商隊を付け狙い、金品を奪うような野党の輩も絶えない。

冒険者とは、そのようなものたちと時に相対することもある。

202名無しさん:2024/09/14(土) 02:49:32 ID:A6V2HoW60

    ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第4話

           「力無き故に」


            ─了─

203名無しさん:2024/09/14(土) 02:51:40 ID:A6V2HoW60
>>148-202 が第4話となります
勢い任せで書いた部分で加筆修正が多くなってしまったのでとても辛かったです
次回は個人的に好きな最後の導入部となりますので、よろしくお願いします。

204名無しさん:2024/09/14(土) 23:12:06 ID:lpux1o9U0
まだ2話までしか追いつけてないけど楽しく読ませてもらってます
面白い。乙!

205名無しさん:2024/09/15(日) 15:12:02 ID:vEhUS7ZA0
おつ!
ヴィップワースの作者であること信じて続きを待っています
気になってたんだけどspと銀貨銅貨ってどういう関係?
銀貨1枚=1sp、銅貨1枚=0.1spみたいな感じ?

206名無しさん:2024/09/15(日) 21:05:29 ID:zt/6BeYM0
>>204-205
感想ありがとうございます!
spはシルバーポイントの略で銀貨を表します。
ネタ元となるカードワースでも明言されている部分ではないので、なんとなくこれぐらいかな〜
という感じに想像して頂ければと思いますが、貨幣価値のイメージは自分の中でもそんな感じです

207名無しさん:2024/09/20(金) 21:54:39 ID:rZYyh41M0
おつおつお

208名無しさん:2024/09/21(土) 01:57:39 ID:SlYPMgKc0


   ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第5話

        「行く手の空は、灰色で」

209名無しさん:2024/09/21(土) 01:58:18 ID:SlYPMgKc0

荒れ果て、閑散としたダイニング。
まだ少女といえる面影を横顔に残した麗人は、そこに居た。
他には家財もなく、ただ一つ置かれたのは食卓だけだ。
その上に腰掛けて俯きながら、彼女は膝を抱え一人佇んでいた。

この空間の空気を、打ち捨てられた廃墟の景色を、懐かしむように。

この場所に来たのはたまたまだった。
先だって受けた地質調査の依頼で、偶然この場所を通りがかったからだ。

――生家だった。

彼女は確かにこの家で生まれ、そして育った。

人里の離れに建てられた家だが、建て構え自体は立派なものだ。
物取りの輩が押し入ったような形跡も無い。

もっとも、盗れるような物も残されてはいなかった。
この場所に残されていたのは、彼女がここで暮らした日々の微かな想い出だけだ。

210名無しさん:2024/09/21(土) 01:58:51 ID:SlYPMgKc0

室内を見回すと、記憶の中の残骸がそのままに晒されていた。

視界に入った煤ぼけたイーゼルには、風化した紙切れが残されている。
腰掛けていた食卓から降りると、そこに挟まれた画布の表面をさっと手で払ってみる。
すると、長きの歳月で積もった砂埃が、床に降った。

払った画布の下には、人肌のような赤みが書きなぐられている。
ところどころが劣化しているが、全体像にはどことなく想像がついている。

はにかんだ笑みを浮かべて、こちらを真っ直ぐと見つめる瞳の少女。
絵心もさほど無いはずの父親が、幼少時代の彼女自身を描いた油絵だった。

ぼんやりとその油絵を眺めながら、彼女はまた空想に耽っていった。


        *  *  *



――十年前 大陸東部 ロアリアの街――


今より二十年前から、大陸東部には宗派による争いが戦火をもたらしていた。

211名無しさん:2024/09/21(土) 01:59:22 ID:SlYPMgKc0

火中の只中にあったのは、この東部地方に本拠を置く”極東シベリア教会”。
当時、異宗教への弾圧を強めていた聖ラウンジ教会の過激派らによって、
対立を深めていくなか、宗教戦争の火蓋が切って落とされる事になる。

元々は聖ラウンジの教えが広まっていたこの地に、シベリア教会が流れ着く。
その後、彼らが少しずつ教義を広め始めていったのが最初のきっかけだった。

当時から最大の宗教派閥であった聖ラウンジに、シベリアの信徒達は後に迫害される。
最初は些細な諍いだったそれは、幾度も積もり重なっていく内、過熱していった。
シベリアの信徒達はいつしか武器を取り、武力での抗戦を始めた。

小さな小競り合いから発展した争いの火種は、傍観者だった民衆にも飛び火する。
ロアリアには聖ラウンジの信徒だけではなかったが、シベリア信徒も無信仰の者も、
闘争が過熱を辿る程に、自らの信仰をひた隠すようになっていった。

その理由は、聖ラウンジ過激派の異端審問官の存在によるものだ。

ラウンジの異端審問団は日ごとに各家々を巡回し、自らが”異端”と認定した
シベリア教会の信仰者を、ことごとく審問という名の拷問に処した。
それが無宗教の人間であっても、追求しては、弾劾していった。

日頃より、一つの神を信じ、全ての民の救済を願う。
それが聖ラウンジ教であるはずだが、必ずしも一枚岩ではなかった。

それはこのロアリアの街に限った話でもなかった。

212名無しさん:2024/09/21(土) 02:00:01 ID:SlYPMgKc0

この時、既に大陸各地で数多の信徒達を抱えていた聖ラウンジによる
一神教への信仰は、いつしか彼ら自らが内包する莫大な思念の渦に揉まれ、
醜い正義に歪んだ一面をも見せるようになっていったのだ。

地元の領主達も、暴徒と化した教会から敵視される事を恐れ、騒動の鎮圧に腰を上げようとはしなかった。
それほどに、自らの信仰を盲信した一部の過激派の暴走は歯止めが効かなかったのだ。

やがて大本営である聖教都市ラウンジの信徒達の預かり知らぬ所では、
”異端裁判”と称して、その場の裁量をもってして火刑までが行われるようになった。


未だその動きは完全に消えることなく、この大陸東部地方ロアリアの街で燻り続けていた。



        *  *  *



──十年前 大陸東部 ロアリアの町──

ルクレール家の当主は、雑多な事柄に関心を持つ熱心な研究者だった。
自然に群生する、珍しい植物や生物を持ち帰って来ては、
その生態や特性をじっくりと研究した。

213名無しさん:2024/09/21(土) 02:00:43 ID:SlYPMgKc0

かつて当主が一番に打ち込んだのは、魔術の研究だった。

一介の魔術師でもない当主パンゼルは、それを独学で行っていたという。
ある時を境に、冷気を操る魔術をも身につける才覚があったとは本人の談だ。

もっとも、手のひらに少しの冷気を集め、触れたものをじんわり冷やす程度。
本職の魔術師が使うそれと比べてはあまりに粗末な手品のようなものだが。

それでも、愛娘の”クー=ルクレール”にしてみれば、十分な笑顔の魔法だった。


「アンナ、今夜はよく冷えた葡萄酒で乾杯といこうか」

川 ' ー')「あら、またご自慢の手品をお披露目したいだけなんでしょ?」

「はは、見破られたな……」


貯蔵庫から取り出してきた一本の葡萄酒の瓶を抱えながら、
妻であるアンナの鋭い指摘に、父親のパンゼルは気さくな笑顔を見せる。

娘のクーの瞳は、両親達の晩餐のお供であるその葡萄酒に釘付けだった。

川゚-゚)「ちちうえ、私もぶどうしゅ飲みたい」

「いいとも! 待ってろよ、今お父さんの魔法で……」

川 ' -')「駄目よあなた、クーはまだ八つなんだから」

川;゚-゚)「えー!」

214名無しさん:2024/09/21(土) 02:01:14 ID:SlYPMgKc0

「堅い事を言うなよアンナ……」

クーとパンゼルは、二人とも気落ちした様子で肩を落とした。
二人を尻目に、アンナはてきぱきと食卓の上に料理を並べていく。

また談笑が始まると、食卓を囲んで暖かな空気が広がる。
夕刻、屋敷一階の食堂は家族の団らんに賑わっていた。

だがある時、三人がナイフやフォークを動かす手は、はた、と止まる。

唐突に、重苦しい音が響いた。

雨音混じりに、門扉を激しく叩く音が鳴り響いているようだった。
どんどん、どんどんと。幾度も、次第にその音は強まっている。

川゚-゚)「だれかきたっ」

不意の訪問者に、娘のクーは戸口へ出て行こうとしたが、
母親のアンナはすぐにその腕を引き掴んで、静止する。

川 ' -')「待ちなさい、クー」

その眼差しはいつもの母からすればやや鋭いもので、彼女は言う通りにした。

手に持っていた葡萄酒の瓶をことりと食卓の上に置くと、パンゼルは
無言で門を叩くその音の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がった。

川 ' -')「……あなた……」

215名無しさん:2024/09/21(土) 02:02:08 ID:SlYPMgKc0

「大丈夫だ……二人とも、そこに居なさい」

心配そうな面持ちのアンナと、小首を傾げたクーの視線を背中に受けながら、
パンゼルは食堂を出て、依然として叩かれ続けていた玄関の門扉の鍵を開けた。

そこに立っていたのは、そぼ濡れた黒の外套に身を包む、数人の男の姿。
訝しむ目で一瞥すると、ドアの隙間から体を割り込ませてパンゼルは問うた。


「……何です、貴方がたは」

(≠Å≠)「随分と待たせてくれたものだな、見られて困るものでも隠していたか?」


パンゼルには、ある程度予想がついていた事でもあった。
聖ラウンジの過激派、異端審問団の一団だとすぐに思い至る。

今でこそ民衆の声や聖教都市の布令によって大きな力を失いつつはあるが、
それでも彼らは独自に、異宗派を排斥する為の活動を続けていた。

聖ラウンジ内部でも分裂があり、聖教都市の影響力はこの東部地方にまで及んでいなかった。


「あなた達は、ラウンジ聖教の……」

(≠Å≠)「いかにも。真に主を信仰する、聖ラウンジの者だ。
    名を”イスト=シェラザール”という。
    偉大なヤルオ神の信仰者にして、敬愛なる神の声の執行者である」

審問官の横柄なその態度に、内心にパンゼルは苦虫を噛み潰す思いをしていた。
同じ信仰を持つ人間に対して、教会の権威を笠に力を誇示するかのような振る舞い。
そして思い上がった言動に、パンゼルの瞳にはありありと蔑みの色が映っていただろう。

だがそれ以上に、早まる鼓動を抑えて、平静を取り繕う思いに必死だった。

216名無しさん:2024/09/21(土) 02:02:57 ID:SlYPMgKc0

「……こんな夜更けに、何の御用で?」

(≠Å≠)「ふむ、随分とご立派な屋敷じゃないか――いいぞ、入れ」


その一言に、審問官の一団はどかどかとパンゼルを押しのけるようにして屋内に雪崩れ込む。
土足で上がり込むと、彼らを束ねる一際横柄イストという審問官は、舐るような目つきで周囲を見渡した。
一家の長として、パンゼルはそれにも毅然として向き合わなければならなかった。


「いきなり何を! 今は忙しい、出て行ってくれ!」

(≠Å≠)「……なにぃ?」

「この十字架を見れば、私が貴方がたと同じ聖ラウンジの信徒だという事がわかるはずだ。
 貴方がたも、同じように主を信じるのだろう?」


同じ聖ラウンジとは言いつつも、異なる宗派を弾劾し続ける過激派は、
東部の人々にとって災いに他ならない。その存在に、みな戦々恐々としていた。
それは勿論のこと、パンゼル達も同様にだ。

パンゼルは首から下げたチェーンを首元から外へと押しやると、
銀の十字架を覗かせて、審問官の目の前でそれを握りこむ。

イストは少しくすんだその十字架を凝視した後、大仰な仕草で急に叫んだ。


(≠Å≠)「――信徒の、振りをしているッ!」

「何を……!」

217名無しさん:2024/09/21(土) 02:03:29 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「……と、まぁそんな場合もあるのでな。
    しっかりと、入念に、邸宅内を見回らせてもらおうか」

「待ってくれ、勝手な事をされては困る!」

静止など聞かず、審問官は引き連れた従者らと共に屋敷内の物色を始めた。
そこらを引っ張りまわし、物が転げ落ちて壊れたりするのもお構いなしだ。

やがて、一団はクーとアンナの居る食堂の隣に面していた父の書斎の扉を開けた。
食堂と書斎は扉一枚に隔てられており、怒声にも近い審問官との不穏なやり取りは、
不安そうに見守るクーとアンナの二人には筒抜けだ。


(≠Å≠)「……ほぉ。なんだ? この部屋は」

「私は昔学者を目指していた。日ごろから趣味半分に
 動植物に関する様々な研究をしている……その、研究室だ」


まずい、とパンゼルは歯噛みしていた。
異端審問団が興味を持つようなものが、この部屋にはあるかも知れない。
扉の向こうにいるクーとアンナの不安げな面持ちが思い浮かぶ。

せめてこのまま二人と対面せずに引き上げてくれる事を願っていた。

だが、審問官の目つきはこの書斎に入るなり明らかに変わった。
ふむ、ほぉ、と一人頷きながら、書棚の中身や、卓上に転がっている
器具の一つ一つを、手に取って見て回り始めた。

218名無しさん:2024/09/21(土) 02:03:54 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「臭うな……実に臭うぞ」

確かに、硝子製の様々な器具が置かれ、薬漬けにした薬草や木の根。
果ては昆虫類の標本まで乱雑に置かれたこの部屋は、傍目からには
あまり一般的なものには見えないだろう。

クーが生まれてすぐにパンゼルは魔術の研究を諦めた。
動植物の観測や、生態調査を主として研究を切り替えたパンゼルにとって
聖ラウンジへの信仰に疑いが漏れるような物は、何もないはずだった。

書棚の奥で埃を被っていた、その――ただ一冊の書物を覗いては。

一見して研究の範疇という物ならば、さして問題のなさそうなその一冊。
基本的な事項を綴った入門用とされる魔術書が、書棚の奥から審問官の手に取られた。

聖ラウンジ教会は、賢者の塔の魔術師連盟とは対極にある存在だ。

魔術とは時に人の生命を奪う術であり、良からぬものを媒介とする事もある。
穏健派の信徒たちならばいざ知らず、よりにもよってそれをこの異端審問官に見られた。
自分たちの暴走した信仰を疑う事もせず、狂気じみた妄執に憑りつかれた、狂気の集団に。

そして、疑わしきは裁く事こそが、異端審問団のやり方だった。

(≠Å≠)「魔術書だと……? なんだ、これは」

「そ、それは……」

(≠Å≠)「言え、このような物、一体何に使おうというのだ?」

「違う! それは昔に学んだ資料で、ただの興味本位で……!」

219名無しさん:2024/09/21(土) 02:04:21 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「もういい!」

イスト審問官はパンゼルの前に指を突き出して、二の句を制した。
額に指を押し当て何事かをぶつぶつと呟くその間を、得体の知れぬ静寂が場を支配する。

間をおいて、さも何かを考え付いたかのように、イストは告げた。

(≠Å≠)「……少なくとも貴様は、シベリアの信徒か、その他の邪教」

(≠Å≠)「私の中で、その疑問は今とても大きく膨れつつある。
    魔術……聖ラウンジの信徒がこれはいかんな。度し難い」

その言葉に、パンゼルは額から伝う冷や汗を一度手で拭った。

もし異端者としての烙印を押されてしまえば、最後に待つのは死だ。
いかなる真実を説こうとも、長きに渡る拷問の末に心を折られて。

「聞いてくれ……確かに、私は過去に魔術に好奇心を覚えて調べていた。
 その真似事をしてみようと思い譲り受けた参考書というだけで……」

(≠Å≠)「はっ、これ以上の問答は無用!
    まずは貴様の身に問うて、糾弾するかはそれから決める事とする。

もはや有無を言わさぬ険しい表情で、イストは一方的に言葉を突き付ける。
従者達に連行を促されるパンゼルは、腰から下の力が抜け、崩れ落ちる思いだった。

彼ら異端審問団は、死よりも辛い拷問をも課すという。

身の潔白を訴える人々の叫びなど空しく、いつしか自分の身にあらぬ
その疑いを認めてしまい、苦痛から逃れる為に、自ら死を選ぶのだ。

220名無しさん:2024/09/21(土) 02:04:43 ID:SlYPMgKc0

(……それでも、アンナとクーだけでも、無事ならば……)

審問官達が聞く耳を持たない事など、分かっていた。
しかし、自分一人だけがその審問を受けて済むのならば止むを得ない。

もしかすると、命までを取られるという噂は噂であり、杞憂かも知れない。
降って湧いたそんな楽観的な考えで、パンゼルは辛うじて正気を保つ。

自分が苦痛を与えられるだけで、家族さえ無事ならば、それだけでいい。
妻と娘の存在をやり過ごせたと思ったパンゼルは、それだけを案じていた。

だが───彼の願いは、最悪の形で裏切られる。


「待って下さい!」


突然、食堂と研究室とを隔てる扉は、勢い良く開け放たれる。
そこに立っていた妻、アンナの姿を見て、パンゼルは表情を歪めた。
背中に、娘のクーを庇いながら、彼女は毅然として言った。

川 ' -')「……その人を、連れて行かないで下さい」

パンゼルは落胆し、悲哀に暮れた。
このまま自分一人だけが連行されてしまえば、それで済んだかも知れない。
だが彼女は、自分の身の危険を省みずにこの場に来てしまった。

221名無しさん:2024/09/21(土) 02:05:34 ID:SlYPMgKc0

川 ' -')「本当に色々な研究が好きでした……。
    それが高じてしまった、それだけなんです」

(≠Å≠)「………ほぉ」

悲哀と焦りの入り混じるパンゼルと、毅然と向き合うアンナの表情は対照的だった。
にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、イストはそれらを見比べる。

(≠Å≠)「隠していたな? その女を」

「違う……私は……!」

(#≠Å≠)「貴様ぁ! 聖ラウンジの庇護を受けし、我ら異端審問団をたばかるかぁッ!」

川;゚-゚)「ふぇ………」

震えるような怒声に、アンナの背後に隠れたクーはただ怯えるしかなかった。
イスト達とアンナ達とを遮るようにして、パンゼルはその前に立ち塞がる。

「私は大丈夫だ、アンナ。クーを連れて下がるんだ」

川;' -')「でも……!」

(≠Å≠)「なるほどなるほど。貴様は――
    そこの”魔女”に骨抜きにされているという訳だな?」

宗派の争いのさなか、”魔女裁判”を謳い、異端審問が行われる事もあった。
審問は女性に限られ、他を惑わす発言や世を忍ぶ暮らし方、あるいは醜悪な容姿など。
そんな人の個性や外見に難癖を付けるような形で、最後には人としての尊厳や命を奪う。

歪んだ正義を振りかざす異端審問官たちによるこうした独断専行は、未だ蔓延っていた。

222名無しさん:2024/09/21(土) 02:06:10 ID:SlYPMgKc0

東部の僻地に位置するロアリアを訪れる人々も少なく、彼らの非道が本営に露見する事はなかった。
たとえ聖教都市へ出向き直訴したとして、そこで審問に遭うのではという恐怖があったからだ。

それに付け込む異端審問団の行いは、ますます嗜虐的に増長を続けている。
魔女認定を受ければ火刑に処され、認めざるを問わずして、死の拷問は続く。

「どういう……意味だッ!」

(≠Å≠)「どうもこうもない、十分な証言だ。
    ルクレール当主よ、勇気ある告白をよくぞしてくれた」

不気味な含み笑いをしながら、審問官は腕組みをして
背後に従えていた数人の信徒達の方へと振り返り、あごで合図した。

(≠Å≠)「……女を連れて行け」

川;' -')「きゃあっ」

「おいッ! 彼女に何をするッ!?」

川;-;)「うえぇぇぇんっ、うぇぇぇん」

装束の一団は靴音を立てながら、アンナとパンゼルを拘束する。
泣き叫ぶクーの方を向いて二人は抗おうとするも、力で捻じ伏せられる。

223名無しさん:2024/09/21(土) 02:06:37 ID:SlYPMgKc0

連れ去られて行く二人は、それでも娘の身を案じていた。

川;' -')「……大丈夫! きっと、きっと迎えに来るから!」

「……クーッ! 必ず迎えに来るからな、待ってるんだぞッ!」

その両親の叫びも、次第に遠ざかっていった。
訳もわからず泣きじゃくる一人の少女を、一人その場に置いて。

(……貴様ら!アンナから手を離せぇッ!)



”クー=ルクレール”は、この屋敷にただ一人取り残される事となった。
その日を境に、父と母が再び家に戻って来る事はなかったのだ。

いつからか、使用人や縁者がクーの面倒を見に家を訪れるようになった。
だが、両親の居場所をいくら尋ねても、彼らは無言で俯くばかりだった。



        *  *  *




群れを成した盲目の羊達は、信仰というただ一つの光を妄信し、
その後も、次々とロアリアの街で白羽の矢は立てられていった。
いつ焼きつけられるかも分からない、自分達への異端の烙印。

それを恐れる余り、人々は互いに猜疑心を持ち始める。

224名無しさん:2024/09/21(土) 02:07:18 ID:SlYPMgKc0

他の住民の信仰に関して、虚偽の噂を聖ラウンジの者達に密告し、
審問を免れるといった自分可愛さも、次第に目立つようになっていった。

街中や、そのすぐ外では毎日のように繰り返されるシベリアとラウンジによる信徒同士の諍い。
住民達は皆家に閉じこもり、外出しようともしない。
美しい緑に彩られていたはずのこの街の広場には、まだ血の痕がこびり付いている。

だが、この街にで起こる血塗られた争いの続きに。
そして罪の無い人々の命を脅かす異端審問官達の暴挙に。

やがて――この地を訪れた一人の男が、終止符を打つ事となる。


( ゚д゚ ) 「美しい街だと聞いていたが……随分、閑散としたものだな」


各地を放浪し、やがて長い旅を経てこの街たどり着いた。
”ミルナ=バレンシア”は、通りすがりの、冒険者だった。

225名無しさん:2024/09/21(土) 02:07:40 ID:SlYPMgKc0

─── 一週間後 ルクレール家 屋敷前 ───


川 -) 「………」

屋敷の正門、石段の上に腰掛けて、クーはずっと膝を抱えていた。
両親が連れさられて、7日もの月日が経とうというのに、朝早くから
日暮れまで、彼女はずっとこうして両親の帰りを待ち続けていた。

大きな不安を抱えている彼女を支えようと、世話人や縁者は入れ替わり
立ち替わり、彼女の隣でずっと両親の無事を唱えていた。

だがいつまで経っても心を開かない彼女に業を煮やし、5日目には屋敷を訪れる事はなかった。


川 -) 「……おとうさん……おかあさん……」


大人たちは、クーの両親がもう帰っては来られないであろう事を、知っていたのだ。
それでも、寝食も忘れたようにして、クーはひたすらに両親を待ち続けていた。


川;-;) 「あいたいよ……」

来る日も来る日も、夕焼けを目にする度に思い浮かんでいた。
数日前までの、何よりも楽しかった家族皆で過ごす団らんの光景が。

思い返すたびに、次から次から、目からは涙が溢れた。

街の離れに位置するルクレール家の屋敷周辺には人通りなどなく、
クーは両親が居なくなってからの毎日を、同じように過ごしていた。

だが、この日はいつもの毎日と少し違っていた。

226名無しさん:2024/09/21(土) 02:08:16 ID:SlYPMgKc0

がさっ

川;-;)「?」

がさがさ、と屋敷の右手の雑木林から物音が聞こえた。
すると、見慣れない人物が独り言を呟きながらその姿を現した。

( ゚д゚ )「やれやれ……人っ子一人外を出歩いてないとは、一体どうなってる?」

ぱんぱんと体に纏わり付いた木の葉を払っている一人の男の姿があった。
それをじっと見つめるクーの瞳に、男ははたと動きを止め顔を上げる。

川;-;)「……おじちゃん、だれ?」

Σ( ゚д゚ ;)「おじっ……」

クーから一度視線を外して、こほんと後ろで一度咳払いをすると、また向き直った。

( ゚д゚ ;)「まぁ……このぐらいの歳の子供からしたら、十分おじさんか」

川;-;)「……わるいひと?」

( ゚д゚ )「いいや、怪しい者じゃないぞ」

少女の真っ直ぐな質問に対して物怖じする事なく、改まったように
腰に手を当てて自分の顔を親指を立てて指した。

( ゚д゚ )「俺はな、”ミルナ”っていうんだ。お嬢ちゃんの名前は?」

川;-;)「……クー」

( ゚д゚ )「ほう、クーっていうのか、この家の子か?」

川;-;)「……」

無言でこくりと頷くクーの顔を見て、ミルナと名乗った男は剣呑な何かを察したようだった。
クーのもとにしゃがみ込むと、目線を合わせて、静かに問いかけた。

227名無しさん:2024/09/21(土) 02:09:10 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「どうした? こんなに泣き腫らして、何かあったのか?」

川;-;)「……ふぇっ……!」

( ゚д゚ ;)「!!」

それから数分ほどの間、堰を切ったように大声を上げてクーは泣き喚いた。
それをなだめすかし、機嫌を取り戻すためにミルナは必死だった。

やがて満足行くまで泣いたか、ぐずりながらもクーは泣き止むと、
その頭に手をぽんと置いて、ミルナは再度尋ねてみた。


川 p-q)「ぐしゅっ」

( ゚д゚ )「――で、一体何があったんだ?」

川゚-゚)「おとうさんとおかあさんが、つれてかれたの」

( ゚д゚ )「誰にだ?」

川゚-゚)「わかんない……でも、らうんじとかなんとか、いってた」

( ゚д゚ )「……そう、か」

過激化するシベリア教会と聖ラウンジ教会による宗教戦争。
それが今や異端審問と称して、民衆にまで飛び火していたという噂は、
ロアリアの街を離れた一部の者達から、近隣の村々に広がっていた。

それを知ってか知らずか、ミルナは一人呟くようにして空を仰ぎ見て、瞳を閉じる。

( ゚д゚ )「……それなら、この街の静けさにも合点が行く」

川゚-゚)「なんで?」

228名無しさん:2024/09/21(土) 02:09:56 ID:SlYPMgKc0

この時、ミルナの横顔を覗き込んで首を傾げたクーだったが、
何かを決意したかのような、ミルナの表情の機微に気づく事はなかった。

唐突に、ミルナはそれをクーへと切り出す。


( ゚д゚ )「父さんと母さんに、会いたいか?」

川゚-゚)「うん! 会えるの?」

( ゚д゚ )「だったら……俺に付いてくるといい」


そう言うと、ミルナはクーに手を差し出し、その場から立ち上がらせた。

ぱたぱたと彼の背を追うクーの瞳には、逞しい背中越しに自分を導くその大人の姿が、
両親の居ない世界で最も信用できそうなものに──そう、映っていた。

ミルナの外套の端を掴み、歩き始めた彼の後を追い、自然と体は動いていた。



        *  *  *



───ロアリア市街 聖ラウンジ聖堂───

この土地は曇りがちな天候の為、灰色に淀んだ空模様になる事が少なくない。

一雨きそうな、いつも通りの天候に加えて、雷鳴の轟きが響いた。

閑散とした町々をしかめた面で眺めて、教会の軒先に立つのは、黒尽くめの男。
この街の聖ラウンジ教徒として、実質一番の執行力を持つ異端審問官、イストだ。

同じように黒のローブを纏った教徒が、イストに声をかける。


( ▲)「イスト審問官」

229名無しさん:2024/09/21(土) 02:10:31 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「……何だ」

イストは声の方に視線を向ける事も無く、人っ子一人出歩かずに
家の戸を閉め切り、閑散としている通りを見渡していた。


( ▲)「先日審問に掛けた露天商の中年が、舌を噛み切って自害を」

(≠Å≠)「下らん……命を自ら絶つような不信の輩などどうでもいい。いらん情報を持ってくるな」

( ▲)「……申し訳ありません」

(≠Å≠)「そんな事より、ルクレール夫妻の方はどうした?」

( ▲)「相変わらずです……聖ラウンジへの信仰心に、変わりはない、と……」

(≠Å≠)「ふぅん……? 貴様、躊躇しているようだな?」


末端の審問官もまた、この男の狂気を宿した瞳に射貫かれる事を怯えていた。
身内であろうとも、己の意に染まぬ者は異端者の烙印を押して断罪してしまえばよい。
そのような考えを持つ危険な男であることを、染まりきらぬ者たちの間では周知されていたからだ。


( ▲)「……いえ、そのような事はありません」

(≠Å≠)「ならば、男の方は更に念入りに、もっと徹底的に痛めつけろ。
    そうだな――両手両足の腱を切るぐらいして構わん」

( ▲)「ハッ……」

230名無しさん:2024/09/21(土) 02:11:36 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「それから、今日でそろそろ一週間になる。女の方は火刑の準備をしろ」

( ▲)「ッ……ですが、女の方からはまだ、異端と言えるだけの証拠は……」

ローブの審問官がそこまで言った時、イストが自分の方に顔だけ振り向いた。
両の眼をかっと見開いて自らを射抜く視線に、彼は言葉を詰まらせた。


(≠Å≠)「私は……火刑の準備をしろと、そう言ったはずだな……うん?」

( ▲)「ハッ!」

(#≠Å≠)「それが何だ……貴様、魔女の肩を持つとは、まさか貴様も異端者かぁッ!?」

( ▲)「……滅相も……ございません」

(≠Å≠)「フン……魔女認定など、この私の裁量を持ってしてこの場で与える」

( ▲)「それではすぐに……火刑の準備を……」

審問官イストの言葉に深く頭を垂れると、末端の信徒は
彼の前から逃げるようにして、足早に聖堂へと戻って行った。

イスト=シェラザールは、今やこのロアリアを実質的に支配していた。
自ら死を願うほどに人としての尊厳を奪い、生き地獄のような責め苦。
それらの恐怖を持ってして、正しき行いであるとそれでも信じていた。

それに違和感を覚える者など、いようはずもないとまでに。

231名無しさん:2024/09/21(土) 02:12:28 ID:SlYPMgKc0

異端認定の権限を持ち、審問官たちを束ねるイストに対しては、
皆が恐怖に飼いならされた子羊のように従順に、あるいは心を殺して、従う他なかった。

自分が過ちを犯していると認識できている者であろうとも。


(≠Å≠)「疑わしきは裁く、それでいいのだ」


拷問狂なのか、と水面下では決して本人に悟られぬように囁かれてはいた。
真の盲目故に、道を違えた事にも気づかず血塗られた階段を上り続ける。
イストにとって、それは純然たる信仰心そのものだった。

異端として裁く為ならば、身体の機能を生涯奪う事であっても厭わない。
糞尿を巻き散らして死を懇願する妊婦の前でも、眉一つを動かさない。
淡々と拷問を続ける事ができる、氷のような心をこの男は持っていた。

指摘出来る者など決していないが、誰の眼にも明らかな、狂人だ。


(≠Å≠)「嵐が来るな」

ふん、と鼻を鳴らし、肩口にぽつりと雨粒が落ちたのを感じて、
黒衣の修道服をはためかせながら、イストは踵を返した。

時折どこからから悲鳴ともつかぬ呻き声が漏れる、聖堂の中へと消えていった。



        *  *  *



ミルナとクーは、忽然と人が消えたように静かな街を見渡しては、時折立ち止まる。
寂れた遊具が打ち捨てられた公園を抜けて、昔栄えていた通りの中央を歩いていた。

( ゚д゚ )「いつから……こんな、静かな街になったんだ?」

232名無しさん:2024/09/21(土) 02:12:49 ID:SlYPMgKc0

川゚-゚)「わかんない。おそとであそんだこと、あんまりないの」

( ゚д゚ )「友達とか、いないのか?」

川゚-゚)「まえはね、よくおうちにきてた子がいたんだよ?……でもね」

( ゚д゚ )「でも……?」

川゚-゚)「おとうさんのしごとのつごうで、もうあえないって、とうさんがいってた」

( ゚д゚ )「……そうか」

この娘の両親は、真実を伏せたのだろう。
それを想って、ミルナは内心に深く息をついた。
露天商が多く、市場が賑わっている街だという噂を聞いたのが、5年ほど前。

それが今では、これほどまでに外を出歩くのを恐れ、住民は皆門戸を閉め切っている。
明らかに異常な事態だというのに、領主や他の町の人間は何とも思わないのか。
そんな事を考えながら歩いているものだから、少女の言葉も自然と耳から抜けていく。

うんうんと相槌を打ちながらも、頭の中では別の事を考えていた。
そして、その考えは、いつになく険しい表情をしている自分の顔にも、表れていた。

川>-<)「いたっ」

突然立ち止まったミルナの背に、顔面ごとぶつかって尻餅を付くクー。

233名無しさん:2024/09/21(土) 02:13:34 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「雨、か……」


少しずつ雨粒が増えてゆく空を一瞬見上げると、頬を膨らましていた
背後のクーの様子に気づいて、すまんな、と手を差し伸べて身を起こした。

川;゚-゚)「さむい……」

( ゚д゚ )「冷えてきたな……どうする?
    自分の屋敷で待っていてもいいんだぞ」

川゚-゚)「それはやだもん、おとうさんとおかあさんに会う!」

( ゚д゚ )「そうか……ま、もうすぐだ」

( ゚д゚ )「ただな。少しばかり、怖い目に合うかも知れない」

川゚-゚)「どうして?」

( ゚д゚ )「これから、クーの父さんと母さんを連れて行った、悪い奴らを懲らしめるからだ」

川゚-゚)「……いっぱい、こわい人がいたよ?」

( ゚д゚ )「それでも、できるさ」

川゚-゚)「まもって、くれるの……?」

( ゚д゚ )「そうだな。俺の背中に居れば、安全だ」


いくつか会話を交わしながら、やがて二人の足は、一つの建物の前で止まる。
白い外壁に、赤茶色の屋根の頂上に、大きな十字架が掲げられた、聖ラウンジ聖堂の前で。

この建物の周りだけ、何かを焼いたような、すえた臭いが鼻に付く。
二人ともその悪臭に顔をしかめていた。

そして、ミルナだけは感じ取っていた。
寂しげに佇むこの聖堂の締め切られた扉から既に、人の悪意のようなものが流れ出ているのを。

234名無しさん:2024/09/21(土) 02:14:43 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「少し、うるさくなるぞ」


そう言って、こちらを見つめるクーの顔を見ながら、門扉の正面に立って片足を上げた。

そして、クーがミルナの言葉に頷くよりも少し早く、高く掲げられた剛脚は、
門扉の裏側であてがわれていたであろう閂すらもへし折る程の力で穿たれる。

次の瞬間には扉ごと蹴破り、門扉は勢いよく開け放たれた。

広い聖堂内に、轟音が鳴り響く。
その音に、祭壇に祈りを捧げていた多数の黒衣の信者達の全員が、こちらを振り向いた。

( ▲)「何事だ!」

全員が全員、ずかずかと中へ上がりこむミルナへ、視線を集中させた。
浮き足立つ者が殆どだが、数名は即座に走り出し、壁のラックにしまわれていた
鎖で鉄球を繋いでいる、フレイルの柄へと手を伸ばしていた。


( ▲)「貴様……何という事を! ここは神聖なる聖ラウンジの神のおわす所ぞ!」

( ゚д゚ )「ほう……神聖、ねぇ」


言って、くっくと含み笑いを不敵に隠そうともしないミルナの姿に、
フレイルを手にした信者達が、じりじりとにじり寄っていく。


( ゚д゚ )「神がいると? ……こんな、掃き溜めにか?」

( ▲)「なんと……我ら聖ラウンジを、愚弄するか!」

( ゚д゚ )「笑わせるな。俺は、この子の両親を連れ戻しに来ただけだ」


自分の背中にぴったりと張り付き、少しだけ震えるクーの肩を掴むと、
ミルナは黒衣の信者達の前に、その顔だけ向けさせた。

川;゚-゚)「……このひとたち、だ」

235名無しさん:2024/09/21(土) 02:15:39 ID:SlYPMgKc0

その言葉を引き出すと、怯えるクーの瞳をしっかり見据えて、
ミルナは一度小さく頷いた。そして、すぐにクーを自分の背中に戻す。

( ゚д゚ )「……だ、そうだ。貴様らがこの娘の両親を連れ去ったのを、認めるな?」


 「……あれは、確かルクレール家の……」

   「娘がどうしてこんな男と……いや、それよりも……」


( ▲)「何者だ、貴様?」


ミルナとクーの前に立つ黒衣の信者の後ろでは、少しずつ声高に、
まるで呪詛を唱えるかのように、一つの言葉がぽつぽつと囁かれ始める。


   「異端者……」

    「そうだ……イスト様に認定を頂くまでもない……」

  「そうだ、紛う事なき、異端者……」

「裁いてしまえばいい」


二人を扇状に取り囲みながら、十数人もの黒衣の信者達は、一様に呪詛を唱えた。
がっしりと背中に取り付くクーの体が、小さく震えているのがミルナの背に伝わる。

ここまで覚悟を決めて、この幼子は両親を取り戻すために来た。
その意に報いる事ができるのはこの自分だけなのだと、ミルナも同じく覚悟を決めた。

震える少女を安心させるために、怯むこともなく、高らかに言い放った。

236名無しさん:2024/09/21(土) 02:16:11 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「ミタジマ流喧嘩拳術、”男闘虎塾”門下が一人、ミルナ=バレンシア!」

聖堂中に響き渡る程の大声に、一瞬信者達はびくっと身じろいだ。
若干の沈黙の後、背中のクーを少しだけ手で遠ざけて、フレイルを携える
幾人もの黒衣の信者達の前へと、ずかずかと歩み出た。


( ゚д゚ )「――通りすがりの、冒険者だ。
    この娘の両親を取り戻すために来た。道を開けてもらおうか」

( ▲)「……この男ッ、何を図々しく!」

( ゚д゚ )「生憎と俺はよそ者なんでな、多少の無茶は、押し通させてもらおうか」


言い終えるや否や───左方から飛び出た一人がミルナの側面から、
その側頭部を目掛けて、唸りを上げてフレイルを振るった。


( ゚д゚ )「……言っておくがな」


人間の頭部など軽々と陥没してしまうであろう鉄球は、すぐ間近。

だが、それに気を取られる事も無く、口では言葉を紡ぎながら、
ミルナは左手を自分の顔のあたりまで持ち上げて、左方へと突き出した。

自分の頭部目掛けて振り下ろされた、フレイルの鉄球に対して。
次の瞬間、鈍く重い金属音が、鳴り響く。

この場にいる誰もが、致死に至る一撃だと確信していただろう。
良くて昏倒する、ミルナの姿を想像していたはずだ。

237名無しさん:2024/09/21(土) 02:16:50 ID:SlYPMgKc0

( ▲)「……ぷごぉ、うッ…」

だが───堅く握り締められたミルナの拳は、その鉄球を弾いた。

勢い余って、それはフレイルを振りかざした信者の顔面へと叩き返される。
同じか、それ以上の質量を持って弾かれた鉄球の勢いは凄まじく、
振り下ろした当の本人は顔面こそ潰れてはいないが、鼻と歯ぐらいは折れただろう。

すぐに膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れこんだ。

( ゚д゚ )「”鉄撃”………俺の身体は、全身が凶器だ」

驚愕の技を目の当たりにした信者達は、皆ローブの下で驚嘆の表情を浮かべていた。
重く質量のあるフレイルの鉄球を、素手ではじき返したのだから。


( ゚д゚ )「”千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす”───」

( ゚д゚ )「そうして、いつしか己の身は鉄にも劣らぬ硬度と、強度を帯びていく」

( ゚д゚ )「ま……ミタジマ流喧嘩拳術においては基礎も基礎だが、貴様ら相手なら十分だろう」


   「み、見たか今の……!?」

       「手だけで、いとも軽々と……」


  「うろたえる事はない……囲んでしまえば……」


ざわついていた信者達を尻目に、後方からは一人の男が歩み出ようとしていた。
肩を掴まれた信者の一人が硬直し、それを視認した信者達に、次々に動揺が走る。

(≠Å≠)「……ほぉ〜?……随分とまた、潔い異端者だな。これは」

審問官、イストだった。

238名無しさん:2024/09/21(土) 02:17:35 ID:SlYPMgKc0

物珍しそうに獲物を見定めるかのような視線を、ミルナに投げかける。
その手に握られているのは、拷問にも使われる鋼杖であり、血が黒くこびり付いている。
先端には、鋭利な装飾が施されており、幾多の犠牲者を甚振った道具なのが見て取れた。

(≠Å≠)「そうだな……この頃の働きぶりのおかげか、仕事も減ってきた所だ」

(≠Å≠)「その不心得者を今この場で裁けば、諸君らの良い余興にもなろう」

首をごきごきと鳴らした後に、勿体を付けるようにして、大仰にミルナを指差した。
不敵に、口元ではにやにやと口角を吊り上げている。

傍若無人に振る舞うイストを睨みつけながら、
ミルナは初めて外套を取り去ると、背後のクーへと投げ渡した。


( ゚д゚ )「そのマント、預かっててくれないか」

偉そうな立ち振る舞いのこの男を見るなり、クーが今まで以上に
怯えはじめたのにふと気づくと、その心情を察し、気にかけた。

川;゚-゚)「あぅ……あ、あの……ひと」

( ゚д゚ )(……相当、心に大きなキズとなっているのか)

二人のやり取りなどお構いなしに、一寸だけ考え込んだ振りをして、
仰々しく大手を振りかぶり、この場の信者全員の注目を、自分へと向けさせた。

そして、イストは高らかに宣言する。

(≠Å≠)「……よろしい、私の権限を持ってして、今この場で特別に許可しよう!」

(≠Å≠)「叩き潰せ……そうだな、”肉塊の刑”だ」

239名無しさん:2024/09/21(土) 02:18:25 ID:SlYPMgKc0

ミルナに対して執行されるべき刑をイストが口にしてから、
武器を手にした信者達の動揺はおさまった。再び、全員がミルナに注視する。

今、彼ら信徒の心中もまた、恐らくは恐怖に駆り立てられている。
立ちふさがる者たちの中には、そんな目をしている者ばかりだった。

( ゚д゚ )「教えてやる……ミタジマ流の極意は、技にあらず」

( ゚д゚ )「”心”、それこそが、”芯”」

( ゚д゚ )「己の信念、”志”だけは、絶対に曲げぬという事だ」

(#≠Å≠)「ひゃははッ! 断罪しろぉぉッ!」

イストの号令と同時に、武器を手にした信者達が一斉にミルナへと飛び掛る。
その真っ只中、最奥で狂笑を浮かべる黒衣の審問官イストへ向けて、ミルナは怒気を飛ばした。

(# ゚д゚ )「年端もゆかぬ幼子から両親を取り上げるような、貴様らの様な外道に対してはなッ!」

信徒らが手にするのはどれも、人の命を奪うには十分とされる凶器ばかりだ。
そんな手勢を十数人と相手取り包囲されながらも、ミルナは堅く拳を握り込む。

そして、その中心を突っ切っていった。

( ゚д゚ )(一対多の争いならば、頭を押さえてしまえば――!)

そう考えた所で、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべる色白の男。
異彩を放ったいでたちのイストを、ミルナは標的として見定める。

だが、十数人もの人の壁に阻まれれば、そう易々と近づく事は出来ない。


( ▲)「取り囲め!」

イストの前に立つ黒尽くめの一人が、部下達に檄を飛ばす。
瞬時に僧兵達は散開し、ミルナの斜め後方からも襲いかかれる布陣を整えつつあった。

240名無しさん:2024/09/21(土) 02:19:14 ID:SlYPMgKc0

(# ゚д゚ )「どけッ!」

そこへ、力強く一歩を踏み込んだ。

たったそれだけの動作で、5〜6歩は間合いの空いていたはずの、
正面に立っていた一人の眼前にまで一気に距離を詰める。


(;▲)「おわ───ッ!」

慌てふためき、すぐにフレイルを振りかざそうとする。
だが、瞬時の反応速度に、あまりにも隔たりがありすぎた。

すかさず顔面へと落とされた裏拳は、僧兵を後方まで吹き飛ばす。


( ▲)「おのれェッ!」

一人が倒された時点でようやく攻勢へと転じた周囲の僧兵が、
数人がかりで、ほぼ同時にフレイルを振り下ろす。

( ゚д゚ )「フッ、ハエが止まるな」

次々と脳天を目掛けて振り下ろされる破壊力の塊。
だがそれらはまるで陽炎を叩こうとしているかのように、かすりさえもしない。

後ろにも目があるかのように、斜め後方からの攻撃にも身を傾け、
前方からの三つはそれぞれ掻い潜り、さらには直後に反撃すらこなしてみせる。


(# ゚д゚ )「はぁッ!」

(;▲)「ぶぐッ!?」


大きく仰け反った一人がまた崩れ落ちるも、後方に控えていた僧兵が
すぐに穴の開いた布陣を補強するかのように躍り出た。

241名無しさん:2024/09/21(土) 02:19:49 ID:SlYPMgKc0

再びの睨み合い。今度は更に多くの人数に囲まれたミルナは、両手を
前方で軽く交差させ構えながら、周囲の気配に気を張り巡らせた。

この尋常ならざる戦闘能力に、僧兵らは大多数の手勢ながら、明らかに狼狽していた。

( ゚д゚ )(とはいえ……)

見れば、フレイルを構える僧兵の後ろには、短刀を携える者の姿も見えた。

振りかぶらなければ攻撃の動作を行えない、溜めの大きなフレイルならば容易い。
が、それに紛れて様々な武器でこられれば、この人数相手では無傷というのは難しい。


( ゚д゚ )(この人数差、なかなか面倒ではあるな)

ふと、後方で震えているクーの様子を肩越しに覗き見た。
不安そうな面持ちでミルナの外套をがっしりと握りしめているが、
その瞳には驚きの方が大きいようでもあった。

川;゚-゚)「……ふぇぇ……」

( ゚д゚ )「……待ってろ、すぐに終わらせてやる」

少しばかり弱気の虫に食われそうになった自分を、戒める。
再び強い意志を込めた視線を、最奥──壇上に立つイストへ向けてぶつけた。

(≠Å≠)「ふむ……!」

先ほどから、ミルナの一挙手一投足をただただ無言で眺めていた。
だが、そこで二人の目と目が合った時、イストはハッとしたような顔を見せる。

242名無しさん:2024/09/21(土) 02:20:29 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「……?」

一瞬、ミルナにはそれが理解出来なかった。
しかし、イストが頭上を越えた自分の後方を指差した時、事態を察知した。

(≠Å≠)「──その娘を捕らえろッ! この異端者と同じ、同罪人だッ!」

イストの本意など、考える事に時間を割くまでも無く知れた事だった。
ご大層な大義名分を掲げて、自分達が両親を奪ったこの娘っ子を、人質に取る。

そして、ミルナの動きを止めるのが狙い──確かに、相対するのが
この正道を歩く気概の塊の様な男ならば、あまりにも合理的な方法だ。

だがミルナの張り裂けんばかりの怒声が聖堂に木霊し、僧兵達の耳を劈く。

(# д )「――貴様らぁッ!!」

それに一瞬たじろいだのは、僧兵達。
ミルナの怒気に対しても。また、イストの命令に対しても、だ。


(#≠Å≠)「どうしたァッ!? 命令は下されたぞ!?」

( ▲)「………!」


狼狽しつつも、僧兵達が動き出す。
イストの掲げる正義に、臣従せざるを得ない子羊達が。

ミルナの後方、クーの立つ場所に一番近い僧兵の一人が、手を伸ばす。


川;゚-゚)「いやっ!」

243名無しさん:2024/09/21(土) 02:21:51 ID:SlYPMgKc0

(# ゚д゚ )「───クーッ!!」

勢い良く身体の向きを反転させると、クーの叫び声の聞こえた方へと
疾駆した。周りに居た僧兵達が武器を振るって来たが、それらは全て
激情に駆られたミルナの駿足の下に、空を斬るに留まった。


(;▲)「くっ……このッ」

川;゚-゚)「やだ!助けてっ!」

クーの腕が掴まれた所で、辛くも間に合った。

(# ゚д゚ )「───せりゃあッ!!」

ミルナの剛脚が即座に僧兵の頭をすぱんと打ち抜く。
一瞬で意識が飛ばされたであろうその身は、中空で大きく後方に回転すると、
勢いそのままに、体の正面からもろに地面へと叩きつけられた。

川;゚-゚)「おじさん!」

胸元へと駆け寄るクーを、両手で受け止める。
彼女の肩を軽く自分の方へと引き寄せると、小さく呟いた。

( ゚д゚ )「……すまんな」

その胸にクーの温もりが伝わり、卑劣な行為に我を忘れかけていた自らを取り戻す。
ミルナの背後では、鎖が擦れ合う金属音が鳴り響いていた。

( ▲)「うおぉぉぁぁッ!」

一人が、喚きながらミルナの背中へと駆け出していた。
すぐに振り向いて、身をかわす事は容易だった。

244名無しさん:2024/09/21(土) 02:22:34 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「……チィッ!」

だが、それをしてしまえばクーの身が危うい。
迎撃しようかとも迷ったが、対処の遅れに気づいたミルナは、そのまま背中を丸めた。

結果、大きく助走をつけたフレイルの鉄球は、ミルナの背中へ唸りを上げて叩きつけられる。

( д )「――ぐ、ぬぅッ!」


衝撃に目の焦点がぶれ、意思とは無関係に膝間接が折れ曲がる。
だが、倒れるのを堪えて踏み止まると、クーの身を抱きかかえた。

再び、脚を踏ん張って立ち上がる。

( ▲)「はぁ……はぁ……どうだ!」

(#≠Å≠)「続けてかかれッ! 粉々に粉砕しろッ!」

甲高いイストの叫びを耳にしながら、抱きかかえていた両腕を離し、
ミルナはそっとクーを自分の身から押しやり、遠ざけた。


川;゚-゚)「おじさん!?」

( д )「─────のか」


喚き散らしながらさらに襲い来る僧兵達。
常人ならば背骨が砕ける程の威力をその身に受けながらも、なお健在だった。

ミルナは再び振り返ると、僧兵たちの前に立ち塞がる。

245名無しさん:2024/09/21(土) 02:23:53 ID:SlYPMgKc0

( д )「──貴様らの騙る”神”は」

( ゚д゚ )「こんなにもか弱い命すら、奪おうというのか──」

目の前には、イストによる強烈な圧力とミルナへの畏怖がせめぎ合い、
ローブの下で半ば狂乱に満ちた瞳を浮かべる多数の僧兵達が、武器を振りかざす姿。

( ▲)「ウオオオォォォォッ!!」

一人が振るったフレイルは、ミルナの頭上に影を形作っていた。
そこに顔を上げたミルナは、天に風穴を開けるかのような突きを繰り出す。

(#゚д゚ )「────ならば、神など死ねィッ!」

その叫び。裂帛の咆哮と同時に、砲弾のような炸裂音が鳴り響いた。

かと思えば、鉄球を叩き込んだはずの男の拳が、目の前にある。
尚且つ、フレイルの柄から繋がった鎖の先端部が千切れており、
重量感のある鉄球の姿そのものは、忽然と鎖の先から消えていたのだ。

( ▲)「………えっ………?」

聖堂に居た全員ともが、その時何が起きたのかわからなかっただろう。

(≠Å≠)「なんだッ!?」

僧兵の振り上げたフレイルから消えたはずの鉄球は、イストの背後。

祭壇の上空で掲げられていたはずの、巨大な聖十字の象徴の中心へと、
深々とその全体をめり込ませていた。

次の瞬間には大きな亀裂を全体へと走らせて、偶像物はその姿を無残な瓦礫へと変えた。

246名無しさん:2024/09/21(土) 02:24:36 ID:SlYPMgKc0

(;▲)「そん……な……」

崇める象徴がごとごとと崩れ落ちてゆく、その光景は異様ともいえた。
僧兵達は口々にか細く、ため息めいた弱弱しい声を口の端から漏らしている。

彼らの身を竦ませるのには十二分過ぎるほど、文字通りの圧倒的な衝撃。
それは、すぐに落雷が伝うようにして一瞬の内に彼らの胸の内に恐怖を伝染させた。

川;゚-゚)「すごい」

あんぐりと口を開けるクーの瞳には、その光景が強烈に焼き付けられていた。
めっぽうどころではなく腕っぷしが強い、不動のままに立つその冒険者の背中が。


(# ゚д゚ )「立ち塞がるなら───もう手加減はせんぞ」

「バカなッ!!」

瓦礫が全て崩れ落ち、中には呆然と口を開けて武器を取り落とす僧兵も居る中、
ただ一人、イストだけは断じて認めない、とばかりにミルナの方を指差していた。

(;≠Å≠)「こんッ……そんな事はあり得ない……認めんぞォッ!」

声がしゃがれるのではないかという程に、ただ一人、驚愕に叫ぶイスト。
だが、自身の想定を遥かに超えた恐るべき練度の暴力の化身の前に、表情には恐怖さえ覗かせた。


( ゚д゚ )「後悔するんだな」

言って、壇上で半狂乱に「奴を殺せ」と騒ぎ立てるイストに、近づいていく。

これほど人間離れした業を見せられては、イストに圧力をかけられた僧兵達の
戦意も、もはや完全に消えうせてしまっていた。

247名無しさん:2024/09/21(土) 02:25:31 ID:SlYPMgKc0

(;▲)「………ひっ」

ミルナの行く手を今まで遮っていた人の壁。
それらが、まるでまじないを掛けたかの様にすんなりと道が通された。

( ゚д゚ )「この身に飼いならす”螺旋の蛇”を呼び起こさせたのは、貴様らだ」

やがて、ミルナがイストの目の前に立ち止まった。
互いの鼻息がかかるほども、距離が近い。

( ゚д゚ )「この娘の両親はどこだ? あと、貴様らが拷問にかけている住民達もな」

(;≠Å≠)「な、何故そんな事を貴様に言わなければならんのだ――」

イストがそう口を開いた直後、ミルナは左の拳を壁に叩きつける。
煉瓦の暖炉の一部を瓦礫に変え、降り注ぐ飛礫をイストに浴びせつけた。

この拳が人体の顔面に振るわれればどうなるかが、イストにも想像がついたようだった。

(;≠Å≠)「あ……ひっ」

(# ゚д゚ )「もう一度だけ、訊くぞ」

(;≠Å≠)「ち……地下……でスゥ……」

胸倉を掴み顔を引きずり寄せると、先ほどまではあれほど不遜な態度だった
イストも、自分の瞳を真っ直ぐに射抜くミルナから視線を背けながら、
絞り出すようなか細い声で、あっさりと口を割った。

いつの間にかミルナの傍らに居たクーが、後ろで大声を上げる。

川*゚-゚)「おかあさん!……おとうさんにもあえるの!?」


( ゚д゚ )「………」

初めてミルナが目にした、瞳を輝かせたクーの顔を見つめると、
イスト審問官の胸倉を掴み上げながら、無言で浅く頷いた。

248名無しさん:2024/09/21(土) 02:26:06 ID:SlYPMgKc0

困惑の表情を浮かべながら、一連のやり取りを見守っていた残る僧兵達を
ミルナは仕草だけで追い払い散らせて、人払いを済ませる。

クーを引き連れて、襟首を引っつかんだままのイストの案内のもと、
聖堂の地下室へと続く階段を一歩一歩降りていった。

─────────


──────

───

等間隔に、松明の炎が妖しく照らし出す暗がり。
階段を下りるにつれて、幾重にも重なった呻き声が耳に届く。

神の名を称える聖堂の地下に、決して地上の光が当たる事のない拷問場。

その雰囲気を感じ取っているのか、傍らのクーは次第に不安げな表情を浮かべる。
歯軋りしながらイストを引っつかむミルナの手にも、次第に力が入っていた。

川;゚-゚)「………なんか、こわい」

( ゚д゚ )「悪趣味だな……ここが貴様らの拷問場所という訳か?」

(;≠Å≠)「ここは私のし、神聖なる審問場だ……グエッ」

思い出したように強気を口にしたイストの襟首を一層強く締め上げ、
紡ごうとしていた言葉を中断させる。

長い階段をようやく下り終えた時、やはりそこに広がっていたのは、
思わず目を塞いでしまいたくなるような、惨たらしい光景だった。

鉄格子に囲われた部屋が何棟もあり、その一室では多数の死体が折り重なっている。
暗闇を照らす松明の橙色が、皮膚が剥がされて赤黒く露出した傷口を、不気味に染め上げる。

249名無しさん:2024/09/21(土) 02:26:44 ID:SlYPMgKc0

(; ゚д゚ )「なんと惨い……」

見れば、逆さに釣られた状態で、身をよじらなければ水槽に頭部が浸かってしまう者や、
毛髪を一本残らず抜かれ、顔には幾度も焼きごてを押し付けられた女性が、うな垂れる姿があった。
どれも、極限まで心身を追い詰められ、力尽きてしまう寸前の人間ばかりだった。

川;゚-゚)「……おかあさん! おとうさん!?」

突然ミルナの脇をすり抜けて走り出したクー。
すぐに後を追おうとしたが、自分が締め上げるイストの存在が気に掛かった。

ふと、そこらに散らばっていた鉄の手錠に視線が留まり、それを拾い上げる。

( ゚д゚ )「そこから、動くなよ」

(;≠Å≠)「………ふん」

イストの身を後ろ手に手近な鉄格子へと押し付けると、手錠を掛け、すぐにクーの後を追った。

クーは鉄格子の中の一人一人へ、声を掛けてまわっている。
その中の一人の女性が、クーの言葉に反応したようだ。

「ア……」

川;゚-゚)「おか……おかあさん?」

( ゚д゚ )「クーっ!」

「……アンタァァァーッ!」

格子の外から語りかけたクーの方へと、女性は一直線に飛び掛かる。
だがしがみついたのは鉄格子で、クーに危害が加えられる事はなかった。
拷問を経て錯乱した女性の一人のようだ。

250名無しさん:2024/09/21(土) 02:27:39 ID:SlYPMgKc0

「私をここから出せェッ!こんな…こんな顔にしやがってッ!」

「殺してやる、呪ってやる」格子を挟んでそう怒鳴り散らしながら、
がちゃがちゃと鉄格子を掴み揺らすその女性の瞳には、もはや正気はなかった。
一瞬呆然と立ち尽くしていたクーの目を塞ぎ、ミルナは身体を割って入れた。

( ゚д゚ )「……違うな? お前のお母さんではないな?」

川;゚-゚)「……う、うん」

驚いた様子のクーの頭を抱え、背中をぽんぽんと叩きながら落ち着かせる。

もし神とやらが本当にこの世にいるのならば、せめてこの娘と両親を、
五体満足に会わせてやって欲しい───そう、ミルナは願った。

限りなく絶望的な、儚い願いかも知れないが、
そんな事があるのならば、神に祈るのも悪くはないというのに。


───不意に、背後の鉄格子の中から、一人のしゃがれた男性の声がした。

「……まさ、か………」

( ゚д゚ )「………?」

声の方へと目をやると、そこには格子の奥で壁にもたれて寄り添う、二人の男女。
そのうちの男性の一人が、次に口にした言葉に、目を大きく見開いた。

「その、その子は………クー、か………?」

川;゚-゚)「おと、おとうさんの声だ……」

( ゚д゚ )「!!」

251名無しさん:2024/09/21(土) 02:28:31 ID:SlYPMgKc0

クーの両親に間違いない、そう確信したミルナは、すぐに鉄格子へ駆け寄る。
外側から掛けられた錠を確認すると、高々と掲げた手刀をそこへ全力で振り下ろした。

(# ゚д゚ )(─────”緑閃刀撃”ッ)

鉄錠が呆気なく真っ二つに叩き割られ、かちゃりと地面へと落ちると、
錆付いた鉄格子を開けきるよりも早く、クーは両親の元へと駆け出していた。


川;-;)「おとうさん……おかあさん!さびしかったよう……!」

「本当に……クーだ……私は……夢、でも……?」


背中をもたれる父親の胸元へ飛び込み、今まで堪えていた涙の分まで、
全力で泣き続けるクー。父親はその頭をぎこちなく撫でながら、ミルナへ視線を送った。


「あな……た……が?」

( ゚д゚ )「……ああ。ここで拷問にかけられている人々を、助けに来た」

「……どうやって……感謝の意を……送れば、いい、か……」


喉を焼かれているのか、まだ自分とそれほど歳も変わらぬ若年の喉からは、
老人のようにしゃがれた声で、言葉がどうにか搾り出される。

そして、クーと再開して虚ろな瞳に若干の生気が戻ってはいるが、
立ち上がりクーを抱きかかえる事が出来ない理由に、気づいた。

252名無しさん:2024/09/21(土) 02:29:40 ID:SlYPMgKc0

(; ゚д゚ )(手足の腱が……全て切られている……)

もう、立ち上がる事も、物を掴む事も一生かなわないであろう父親の胸で、
それに気づく事もなくクーはえんえんと泣き続ける。

一度深く視線を落としたミルナだったが、すぐに隣で壁にもたれる
クーの母親の様子が気に掛かり、その傍にしゃがみこんだ。


(; д )「─────ッ」

「……かの……じょ……は……」

川 - )


息を、していない。
端正な目鼻立ちのその女性は、眠ったような横顔をたたえているだけだ。


「さっきから……語りかけても……返事、が……」

川;-;)「ねぇ、おとうさん……おかあさんは?」


娘のその言葉に、父親はゆっくりクーの首元に腕を回して引き寄せると、
肩を小刻みに震わせ、歯をかちかちと鳴らしながら、嗚咽を堪えている。

突然仲を引き裂かれ、この娘は親の死に目にも会えなかったのか。
その大きな心の傷を抱えて、生きていかねばならないというのか。

断じて───そんな不条理、納得できる訳がない。


( д )(今の俺に、出来るかはわからんが……)

253名無しさん:2024/09/21(土) 02:30:17 ID:SlYPMgKc0

生気の抜けたクーの母親の前に立つと、呼吸を整えて精神集中を試みる。
修行に明け暮れていたあの時から、腕は鈍っていないはずだ。

( д )(”ミタジマ流”は活殺自在の拳撃流派……)

( ゚д゚ )(人の、生命力を引き出す技もある――俺ならば、出来るはずだ)


目を閉じ、両手を前へ突き出すと、クーの母親の身体を、
その手を透して見やるかのように、全力で何かを探っていた。

( д )(僅かだが───感じるぞ)

全神経を集中させたミルナに、周囲の何もかもの雑音は、今や届かない。

( д )(この女性の身体には、まだ”気”が残っている───)

( ゚д゚ )(─────ならばッ!)

突然かっ、と目を見開いたミルナは、クーの母親を引き寄せると、
両の手から数本の指を突き出し、彼女の首元へ深く挿し入れた。

( ゚д゚ )(ミタジマ流孔術……"湧泉孔"ッ!)

身体の至る場所に点在する”孔”には、人体の活力を司る箇所がある。
それらの点を的確に突く事により、人を生かす事も、殺す事も出来る技だ。
これはその一端、生命力を再び湧き上がらせる為の、活の秘孔だった。

クーの母親の首を指で押さえたまま微動だにせず、ミルナはその
険しい表情を緩めない。次いで、二度、三度、手付きと箇所を変えていく。

254名無しさん:2024/09/21(土) 02:30:54 ID:SlYPMgKc0

だが、幾度”湧泉孔”を確実に突こうとも、クーの母親が息を吹き返す気配は無い。
そうして、五度目の孔を突いた所に、隣にいた父親がミルナへ声を掛けた。

「……もう……いいんです……彼女、は……」


川;゚-゚)「おかあさん……は?おかあさんは……どうしたの?」

(; д )(俺の孔術では……手に負えないのか……?)

変わらず寝顔をたたえるその顔を再び見つめると、がくりと肩を落とし、
ミルナは立ち上がると、やるせなさそうに彼女に背中を向けた。

(;゚д゚ )(ミタジマ流の看板を背負って立つ一號生と言っても……所詮はこの程度……)

このロアリアの街に来てから初めての事だった。
自分の心に影を落とす暗い想念に、ミルナの心は初めて目の前の現実に屈した。

生命の原動力である”気”も───もはや彼女の身体から感じ取る事は出来ない。

悔しさに下唇をかみ締めると、さらに憎らしい程に込み上げてくるのだ。
いくら精神と肉体を鍛えたからといって、幼子一人救ってやれない自身の無力さが。

だが───

”神”は、いじらしい娘子の気持ちを、汲み取ってくれたのだろうか。
断じて、それはこんな自分のように情けない男の、我が儘の為ではないだろう。

川 ' -') 「─────クー……?」

今にも消え入りそうなその声、だが、確実にミルナの背で聞こえた。

255名無しさん:2024/09/21(土) 02:32:25 ID:SlYPMgKc0

川*゚-゚)「───おかあさん!」

( ゚д゚ )「………ッ!」

自らの孔術によって蘇生したなどと、自惚れはしない。
ただその奇跡に、驚きの形相を浮かべてミルナは振り返る。

川 ' -')「……まさか、もう一度……逢えるだなんて……」

川l;-;)「あいたかった、あいたかったんだよう……おかあさん!」

顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙が頬を伝うのも構わず、今度は母親の胸に飛び込むクー。

だが、腹の底からどうにか搾り出しているかのような声色の
クーの両親の衰弱具合は、どう見ても尋常なものではない。

クーにとってはあまりに無慈悲な事実であろうが、ミルナは悟っていた。
───両親ともに、もう長くは持たないであろう事を。

今この瞬間こそが奇跡であり、これが最期の家族との対面になるだろう。

「アン……ナ?……なんという……奇跡だ……!」

川 ' ー')「よし、よし……迎えに、行けなくて……ごめんね……?」

256名無しさん:2024/09/21(土) 02:33:13 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「………」

あの審問官達の拷問により、心身共に極限にまで追い詰められているはずだ。

だが、それでも───咽び泣く我が子の頭を二人して撫で上げ、その顔に
優しげな笑みを浮かべながら二人して見守る姿に、ミルナは心を打たれていた。

──────親というものは、強い。自分などより、よほど。

どれほど鍛錬を重ねて、その身に奥義の数々を会得しようとも、
どれほど血反吐を吐いて、打てど響かぬ鋼の肉体を得ようとも。

親が子を想うこの気持ちというものには、決して自分はかなわない。
この状況にあって、そんな、複雑な感情の波が心に押し寄せていた。

残された時間は、わずかだった。

両親にとっては、自分達の愛の結晶を愛でる事の出来る、最期に残された短い時間。
クーにとっては、自分が両親に愛されていた証を、最後に胸へ刻み付ける為の短い時間。

せめてクーが泣き止むまで、自分のような邪魔者は消えよう。
そう思って、ミルナは三人を残して格子の一室を立ち去った。

部屋から出ると、格子に繋がれた自身の手錠をがちゃがちゃと
揺らしていた、イストの姿があった。

257名無しさん:2024/09/21(土) 02:33:51 ID:SlYPMgKc0

(;≠Å≠)「………ちっ」

ミルナと目が合うなり、ばつの悪そうにそっぽを向く、イスト。

( ゚д゚ )「………貴様が、あの娘の両親をいたぶったのか?」

(;≠Å≠)「ふん、いかにも……ルクレール夫妻に異端認定を下したのは、この私だ」

(≠Å≠)「だが、それがどうしたッ!?」

( ゚д゚ )「………」

(≠Å≠)「この大陸には、神を信じぬ不心得者の輩ばかり……」

すぅっと息を吸い込むと、この階下の鉄牢全体に響き渡る程の
大声で、イストは声を荒げてミルナに叫ぶ。

(#≠Å≠)「他人を殺してのうのうと日々を生きている者が、一体何人居るッ!?」

(#≠Å≠)「他者に生活の糧を奪われ、嘆きながら命を落とす者が何人居るのだッ!!」

(≠Å≠)「ならば、全部裁いてしまえばいい………」

(#≠Å≠)「疑わしきは裁く……この私の行いにより、邪教徒はこの街から駆逐されたのだぞッ!!」

( ゚д゚ )「……それでも、裁かれるべき人間を決めていいのは、お前じゃあない」

( ゚д゚ )「お前は、”神の代弁者”を気取って行使する力で、優越に浸っていたに過ぎん」

258名無しさん:2024/09/21(土) 02:34:43 ID:SlYPMgKc0

(#≠Å≠)「……グ、違うゥゥッ!取り消せ貴様ァッ!」

( ゚д゚ )(……最初は、そうでなかったのかも知れんがな……)

イストに聞こえない程度の小声でそう呟くと、一度視線を外した。

ミルナの言葉は、恐らくこの男の琴線に触れたのだろう。
依然として鬼の形相から視線が向けられているのを感じたが、
単純に憎むべき男、というだけにも今のミルナには思えなかった。

ある意味では、この男も哀れな一人の子羊なのかも知れない。
いつしか後ろ盾である神の信徒という力が強まって行った中で、
この男の信じる正義は、裁くべき対象を見失ってしまったのだろう。

───「歪んでしまったんだよ、お前は」と、心の中で呟く。

そして、イストの目の前に立つと、最後の言葉を投げかけた。


( ゚д゚ )「残された時を……お得意の神とやらに懺悔しながら生きればいいさ」

(#≠Å≠)「貴様のような流れ者などにッ!何を言われる筋合いもないわぁッ!」

ミルナの二本の指がそっと突き出されると、今にも噛み付かんばかりの
剣幕で吠え立てるイストの首元へとあてがわれると、ずぶりと挿し入れられた。

259名無しさん:2024/09/21(土) 02:35:22 ID:SlYPMgKc0

(#≠Å≠)「取り消せ、先ほどのッ………んぐむッ?」

一拍の間を置いて、言葉に詰まったイストの首が、異様に膨れ上がる。
顔を真っ赤に染めたまま地面に崩れ落ちたが、まだその視線はミルナへ向けられていた。
何か言いたげに言葉を紡ごうとするが、顔には太い血管が浮き上がり、
意思と反するように、四肢はじたばたと暴れさせている。

( ゚д゚ )「………じゃあな。
    お前の信じる神に会えたら伝えとけ。
    ――”いつかぶん殴ってやる”、とな」

その言葉が、口の端から泡を吹いているイストの耳に届いたかどうかは、定かではない。

だが、どの道この男も、そう長くは持たないだろう。
これは、真に鍛え抜かれた肉体でなければ、命の危機に関わる程に危険な秘孔だ。
人の潜在能力の極限までを引き出す、”螺旋孔”を突いたのだから。

顔の赤みは更に増していき、身体は次第に痙攣、間接は硬直を始めた。
その姿を見下ろしながら、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべる。

( д )「───俺も」


――歪んでいるのか。
そう言いかけた口の動きを、捻じ伏せる。

闘争が日常であっても厭わない自分は、命のやり取りに微塵も恐怖を感じないのだ。

260名無しさん:2024/09/21(土) 02:35:48 ID:SlYPMgKc0

これまで修行の日々で培ってきた鋼の心は、今日のように他者の命を
生かすのにも、あるいは殺すのにも───あまり深く考える事はしなかった。

だが、身近な人の死を見せられた、残された人間の心には、
それが果たして、どれほど痛切な痛みや悲しみをもたらすのか。
向き合ったことなどなかった感情に、自分でも困惑していた。

ミタジマ流拳撃術道場───”男闘虎塾”筆頭一號生、ミルナ=バレンシア。

生れ落ちてから25年、日々を闘いに明け暮れてきた彼の肉体は鋼。
されど、心はまだそうなってはいなかった。

この時、ミルナにふとした気の迷いが生まれた瞬間であった。



        *  *  *



この日を境にして、ロアリアの街から聖ラウンジへの一切の信仰が失われた。
民衆へ非道の限りを尽くした異端審問団の行いも、住民の直訴の下、ついに明るみとなる。

261名無しさん:2024/09/21(土) 02:36:12 ID:SlYPMgKc0

聖ラウンジ教の大本営を賜る聖教都市ラウンジ、時の司教”アルト=デ=レイン”
彼は、真偽の調査を行うため、すぐさま教徒ら十数名を調査団として組織し、派遣した。
その先で住民達の口から聞かされる、異端審問団によるあまりに惨たらしい仕打ち。

それらはどれも口を覆うような凄惨さで語られ、アルト司教が審問団から一切の権限を奪い、
自分達聖ラウンジの庇護から切り離す事を決意させるのに、さほど時間は掛からなかった。

聖堂の地下で発見されたイスト=シェラザール審問官を殺害したのが何者なのか、
結局それだけはわからなかったが、敵対する極東シベリア教徒の一部の者であろう
という噂話は、住民達の間でまことしやかに囁かれていたようだ。

今でも時折極東教会の人間がロアリアへ巡礼に訪れるが、それも、住民達の信仰に対して
訝しむ視線の数々に気圧されて、ごくごく稀にしかその姿を見る事は無くなっていった。

この街の人々は、今では、信仰そのものを排斥するようになっていた。



        *  *  *



( ゚д゚ )「随分と、遠くまで来たな」


川 ゚-゚)「そうだな」

高々と聳える山岳の頂上付近からは、うっすらと雨雲がその上を覆っている
ロアリアの街が、今では遥か遠くに見える。

あれから───もう2年もの月日が流れているのだ。

262名無しさん:2024/09/21(土) 02:36:47 ID:SlYPMgKc0
最近では、クーに自分の無骨な口調が映ったか、言葉を真似するようになっていた。
無愛想な娘に育ってしまうのではないかという事を、少しだけ危惧する。

あの事件の後、縁者数人らが集まり、ルクレール夫妻の葬儀はしめやかに執り行われた。
身分を隠して、ミルナ自身もそれに立ち会っていたのだ。

あの時のクーの表情は、今でも忘れられない。
精も根も尽き果て、一生分の涙をすでに流してしまったのではないかと、心配した。

ミルナ自身も一番信用できそうな人柄に感じた、ルクレール当主の弟。
彼はクーを引き取り、自分が死ぬまで面倒を見ると、ミルナを前に力強く語った。

だが、その場に居たクーはその申し出を押しのけると、
ミルナまでもが思わず目を剥いてしまうような事を言い放ったのだ。


川゚-゚)「ミルナおじさんに……ついてく!」

周りからの猛反対の中、強情に自分の考えを曲げようとしないクーの意思を
尊重して、結局折れたのは自分だった。半ば強引にクーを連れ、ロアリアを発った。
今ではこうして自分の旅に伴っているという訳だ。

( ゚д゚ )「さぁ、後は山道を下れば、ヴィップの街に着く」

川 ゚-゚)「らくしょーだな」

( ゚д゚ )「甘く見るな。山は登るよりも、下りの方が大変なんだ」

クーに様々な事を教えながら、寝食を共にする。
たったそれだけの事だけで、ここ最近では自分の荒んだ冒険の日々にも
ずいぶんと安らぎが与えられているのは、クーのおかげでもある。

幼くして旅に出るきっかけとなった両親の死を、乗り越えつつあった。

容姿も端麗な娘だ。
が、きっとそれ以上に───芯の強い娘に育つ。

そう、思えた。

263名無しさん:2024/09/21(土) 02:37:39 ID:SlYPMgKc0

だが、幾夜の旅をクーと共にする内に、自分自身の中で芽生えていく感情。
それに心が揺さぶられて、ミルナにはどうしても寝付けない夜があった。

ある夜、クーは寝言でこんな一言を漏らしたのだった。


川 - )「……ん……おかあ……さん……」

( д )「…………」


─────”罪悪感”。

クーの両親を救えなかった。その事実が自分を攻め立てる。

いつか、クーにその事を責められる時が来るのではないかと、考える度に影を落とした。

無論、自分がいなければ、クーが両親と再会を果たす事はかなわなかっただろう。
だが、自分がもっと早く現れていれば、あるいは、自分の孔術にもっと人の活力を
取り戻す効力を秘めていれば───クーの両親が命を落とす事は、なかったかも知れない。

自惚れも過ぎたものだ、などと自分自身を気恥ずかしくも思う。

しかし、クーが寝床の枕元を涙で濡らしている場面を見るたび、心をちくりと刺す感情。

確かにクーと一緒の日々は、今までとは違う自分にとって満たされる日々だった。
だがそれに対して、冒険者という、風に吹かれて消えゆくような存在の自分。

彼女という太陽に依存しては、いけない。
また、彼女自身も、自分のような者に依存してはいけないのだ。

せめてクーには普通に人生を歩み、普通に幸せを掴み、
そしていつか子宝を授かる、そんな普通の人生を歩んで欲しいと願うようになった。

自らの罪悪感を切り離す為ではない、そう自分の胸に言い聞かせながら、
この日は朝から決意した事があった。

( ゚д゚ )「見えてきたな……ヴィップだ」

川*゚-゚)「おっきぃ街だなっ」

264名無しさん:2024/09/21(土) 02:38:17 ID:SlYPMgKc0

───夕刻 交易都市ヴィップ───


ミルナは何度か来たことがある冒険者宿、”失われた楽園亭”を今晩の宿にした。

川*゚-゚)「ふかふかのベッドが私を待ってるんだっ」

席に着くなり夕食を済ませると、早々にクーは二階の寝室へと上がっていった。

客もまばらになった夜分を見計らって、久方ぶりの酒に頬を紅潮させながら、
ミルナは宿のマスターへ、ある頼みごとをした。

( ゚д゚ )「………そういう訳だ、どうにか、頼めないだろうか」

(’e’)「まぁ構わんが……女々しい男だな、お前さん」

( ゚д゚ )「…………女々しい、か」


マスターが言っている事の意味は分かる。
確かに、クー自身がおくびにも出そうとしない過去の出来事を、
彼女を傷つけまいと何よりも一番気に掛けているのは、自分の方なのだろう。

やはり自分は、罪悪感を切り離そうとしているだけに過ぎない。

今は純粋な笑顔を自分へと向けてくれる彼女に、いつかどこかで
自分を恨む気持ちが芽生える事を、恐れているのだ。

たとえそうだとしても───もはや決めた事だった。

265名無しさん:2024/09/21(土) 02:38:48 ID:SlYPMgKc0

少しばかり酔いの回った自分は、皿洗いをしていたマスターの前に拳を突き出す。
それに気づいたマスターも、濡れ手に拳を握ると、自分のものへと軽くぶつけた。

こちらの頼みごとを、快く承諾してくれた、その合図だった。

その後、泊まり客の誰もが寝静まった中、木板の階段をゆっくりと軋ませながら
二階へ上がると、クーが先に休んでいる寝室の扉をそっと押し開ける。

川 - )「むにゃ……」

( д )(……恨んで……当たり前だろうな)

その安らかな寝顔を見届けると、胸元から取り出した一枚の羊皮紙を
クーの眠るベッドの枕もとへ置いて、ミルナはまた静かに寝室を後にした。

( ゚д゚ )(だが……いつまでも共に過ごせる訳でも、ないんだ)



        *  *  *



川 o )「ふぁ……あ〜ぁ」

翌朝クーが目覚めると、彼女はそこにいつもの光景がない事に気づいた。
毎日自分より早くに目を覚ますはずの、ミルナの姿がなかった。

川 ゚-゚)「ミルナ………?」

266名無しさん:2024/09/21(土) 02:39:35 ID:SlYPMgKc0

いつも自分より遅く眠りについて、早くに目が覚めるミルナ。
そんな日常の光景が自分の周囲に見当たらない事に、若干の違和感を感じる。

川 ゚-゚)「買い物にでも……行ったのかな?」

あくびをしながら目を擦り、ベッドから出ようと手を伸ばした所で、
手元に膨らんだ麻袋と一緒に、書き置きのようなものがある事に気づいた。

川 ゚-゚)「あれ……なんだ、これ」

ミルナが忘れていったのだろうか。
麻袋の方には銀貨が随分な重量分も詰まっているようだった。
普段金銭を見せびらかさないミルナが、これほどの金額を持っていたのは知らなかった。

そして、傍らに置かれていた羊皮紙の文字に、たどたどしく目を通す。

川 - )「………え?」

羊皮紙に書かれていた全文を読み終えた時、ついぞ、そんな一言が口を突いた。
まだ幼さを残すクーには、そこに書かれていた現実が、一瞬理解できなかった。

受け容れる事が出来ないほどに衝撃的な内容が、一文字一文字に含まれていた。
何度も読み直し、一縷の期待を込めて裏面をめくってみるも、そこには何もない。


川;- )「嘘だよ!……そんなの、嘘だと言ってよ……ミルナ!?」

手紙の内容には極めて簡潔に、こう書かれていた。

267名無しさん:2024/09/21(土) 02:40:02 ID:SlYPMgKc0

 ”目が覚めたら、この宿のマスターについていけ。

  身寄りが無いお前の面倒を見てくれる孤児院へ、案内してくれるはずだ。
 
  また、何か困ったら遠慮なくマスターを頼るんだ、彼の人柄は俺が保障する。”


また、手紙の最後は、こう締めくくられていた。


 ”それと───俺のようには、なるな”


川;-;)「こんなの……ひどいよ、ミルナ……」

二千spあまりもの銀貨と一枚の手紙だけをクーの枕元に残し、
ミルナ=バレンシアは、彼女の元から立ち去った。

ミルナからの手紙には極めて簡潔に、用件しか書きこまれていなかった。
しかしそれは紛れもなく、クーの人生を憂慮しての、苦悩を交えた決断だった。



──── それからしばらくして ”現在" ────


────────


────

268名無しさん:2024/09/21(土) 02:40:51 ID:SlYPMgKc0

再び味わう、大事な人が自分の元を去る悲しみ。
やがてその痛みが癒えて、また自分で歩き出せるようになるまでには、
やはり心の傷は大きく、幾月もの歳月を要した。

しかしその後の彼女はというと、悲しい過去を吹き飛ばすかのような
活発さに満ち溢れた女性となった。ちょくちょくヴィップの孤児院を抜け出すと、
女だてら、子供だてらに冒険者を志すという事は、周囲の人間に話していた。

15の時にはついに”失われた楽園亭”で依頼を受け、宿で帰りを待ちながら
頭を抱えるマスターの元に、初の依頼で見事に依頼完了の知らせを届けた。

その後もヴィップを拠点として、一端の冒険者と言えるだけの経験を重ね、
冒険者仲間の間でも、そこそこ顔の知れた人間となってきたようだ。


(,,゚Д゚)「オーイ、まだか?」

その彼女を、屋敷の階下で依頼を共にする同僚が、今も呼んでいた。


川 ゚ -゚)「今行く」

そう階下の仲間へ伝えると、かつて父が書き上げた彼女自身の
肖像画を、置かれたイーゼルへそっと戻した。

ロアリア周辺の地質調査の依頼はもう完了しており、
あとは依頼人の元へと帰るだけだった。

その道すがら、変わることなくこの場所に建っていた自分の生家。
やはりこの家に来れば、様々な過去を思い出して複雑な想いを抱いた。

当然、あの人物の事も。

川 - )(人は何度も挫けて……)

川 - )(……それでも、また何度でも歩き出せるのかな……)

269名無しさん:2024/09/21(土) 02:41:26 ID:SlYPMgKc0

川 ゚ -゚)「────ミルナ」


旅を共にしたのは短い月日ではあったが、ミルナの存在は、
失った時を境に、日増しに彼女の中で大きなものとなっていた。
それが、今こうして”クー=ルクレール”が冒険者として存在する理由でもある。

旅の途中でふらりと立ち寄った、想い出の篝火。

仲間とともに屋敷を後にすると、振り返る事もなく、
クーは次の目的地である依頼人の元へ向かい、帰路を歩む。


川 ゚ -゚)(いつか……また会えるんだろう?)


心の中で呟き、どこまでも続くこのロアリアの灰色の空を見上げた。
きっと、今もどこかの地を踏みしめているであろう、一人の男に想いを馳せて。

────そうして、また彼女は歩き始めた。

270名無しさん:2024/09/21(土) 02:42:00 ID:SlYPMgKc0


    ( ^ω^)冒険者たちのようです

             第5話

        「行く手の空は、灰色で」


             ─了─

271名無しさん:2024/09/21(土) 02:42:50 ID:SlYPMgKc0
>>208-270 が5話となります

272名無しさん:2024/09/22(日) 17:05:50 ID:xQ5BEo360
乙!そして、スレあげときますね!

273名無しさん:2024/09/22(日) 17:06:30 ID:xQ5BEo360
sageのままだったよ…….

274名無しさん:2024/10/04(金) 22:48:32 ID:BvZnQqa20
乙です!
前身の作品?は知らず今回初めて読みましたが、めっちゃ続きが気になります!
続き待ってます

275名無しさん:2024/10/06(日) 00:41:35 ID:sL42KNso0
>>272-274
ありがとうございます!
( ^ω^)ヴィップワースのようです が以前投稿していた作品となります。
今後加筆修正をなるべく抑えて、ある程度のスパンで投稿出来るようにしたいと思います。

276名無しさん:2024/10/09(水) 08:27:55 ID:OKLsDoW20
これ確かどこぞのゲームのシナリオ投稿が元ネタだったよね

277名無しさん:2024/10/09(水) 22:58:01 ID:VL8f0iTM0
>>276
カードワースの名作シナリオの設定を一部拝借してるパクり作者です!

278名無しさん:2024/10/10(木) 02:51:58 ID:Si4yTBmk0


   ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第6話

        「名のあるゴブリン」

279名無しさん:2024/10/10(木) 02:52:59 ID:Si4yTBmk0

ヴィップの街から東におよそ二日を歩いた距離。
マスターによればそこに、リュメの街はあるという話だった。

馬車を使えばわずか一日で辿り着ける程度の道のりだ。
しかしそんな贅沢な事は、楽園亭のマスターに朝晩と散々ツケで
飯を食わせてもらったブーンの懐具合では、出来ようはずもない。

己の見聞を広めるためにも、冒険者にとっては結局、自分の足で歩くのが一番だった。

この道は、リュメの街から交易都市ヴィップ、そこから更に北の城壁都市、
バルグミュラーのあるブルムシュタイン地方へと行商して歩く商人達が多く行き交う。

その為治安も悪くは無く、時折道すがらでは一般人の姿も目についた。

早朝に宿を出立してからというもの歩き続け、気付くと、
木々の合間からは漏れる陽光が、燦燦と頭上を照りつけていた。

( ^ω^)「暑くなってきたおね。もう、昼かお」

これまで一度も休憩を挟むことなく、道のりにすれば、三割は踏破した所か。
ここらで少し休むこととして、近場の樹木にもたれて腰を下ろした。
身に着けていた腕甲や手甲の紐を緩め、熱の篭っていた身体に外気を取り入れる。

念の為、所持品なども再度点検しておいたが、問題無い。

毒にも薬にもなる”コカの葉”や、万一怪我をした時に塗りこむ薬草も常備している。
携帯する食料は、マスターからツケで貰い受けたわずかばかりの干し肉だけだが、
二日程度の道のりであればそれでも問題ないだろう。

何しろ、50spしか持たずに故郷の村を発ったはいいが、その後全財産の入った
銀貨袋を落として、ヴィップを目指して旅歩く3日もの間を、沢の水だけで飢えを
しのがざるを得なかったぐらいだ。

280名無しさん:2024/10/10(木) 02:53:41 ID:Si4yTBmk0

( ^ω^)(ありゃあキツかったお……もう御免だおね)

虫や鳥達の声を耳にしながら、そんなつい最近までの自分を振り返っていると、
向こうの方からどこか飄々とした長い銀髪の男がこちらへ歩いて来た。

特に何も思わずその姿を見送ろうと思ったが、自分と目が合ったその男は、
「よう」と馴れ馴れしい口調で片手を軽く向けると、傍まで歩み寄って来た。

「ちょいと、隣に失礼していいかい?」

( ^ω^)「…………」

そう言って、突然自分の隣に座り込もうとする男。
視線を交わしたまま、ブーンは軽く身構えた。

爪'ー`)「あぁ、その、なんだ」

ブーンの目には実際それほど危険そうな男には見えなかったのだが、
どんな時でも警戒心を解かないというのは、冒険者にとって最低限だ。

どうやら、自分でも気づかない内に彼に訝しげな視線を送っていた。


爪'ー`)y-「まぁ、そう警戒しなさんなって。
     こいつで一服つくついで、話でもと思っただけさ」

一本の煙草を口にくわえると、取り出した火打ち石を叩いて火を点けた。
大きく一度吸い込むと、上を向いてその煙を吐き出す。

爪'ー`)y-「あー……休憩してるとこ悪いね、邪魔だったか?」

( ^ω^)「いや、気にしないお」

どうやら、軽々しい口調ながら、悪い人柄の男では無さそうだった。
少し強張っていた体の力を緩めると、片足を前に投げ出して警戒を解いた。

爪'ー`)y-「お前さん、もしかしてヴィップから来たとか?」

281名無しさん:2024/10/10(木) 02:54:02 ID:Si4yTBmk0

( ^ω^)「そうだお。これから仕事の依頼でリュメの街に行くんだお」

爪'ー`)y-「おぉ? そいつぁ、俺と全く反対だなぁ」

( ^ω^)「ヴィップを目指してるのかお?」

爪'ー`)y-「ああ。実は、冒険者家業を始めようかと思ってね」

( ^ω^)「冒険者……それなら、僕も一緒だお!」

爪'ー`)y-「へぇー! あんた、冒険者なのかい?」

そういうと、銀髪の男は一段と瞳を輝かせると、ブーンの元へと詰め寄る。
端麗と言って差支えない容姿に見えるが、その振る舞いには幼さすら感じさせた。

爪'ー`)y-「それなら、武勇伝の一つでも聞かせてくれよ」

そう言いながら、彼はさらにブーンに向けてずい、と顔を近づける。
煌めいた瞳からは、冒険者という職業に対しての憧れを思わせた。

(;^ω^)「あ…いや……」

爪'ー`)y-「その鞘に納まった長物……見たとこ俺と歳も変わんなそうだけど、
     さぞかし危険な冒険の数々に挑んでるんだろうなぁ、うんうん」

(;^ω^)「ち、違うんだお。実は僕もまだ駆け出しで……
       今は、初めての依頼をこなそうとしている所……なんだお」

爪'ー`)y-「ありゃ……なんだ、俺と似たようなもんか」

呟いて元の位置へ腰を下ろすと、銀髪はまた上を向いて煙を吐き始める。
よくよく笑顔の似合う、端正な顔立ちの男だとブーンは思った。

282名無しさん:2024/10/10(木) 02:54:58 ID:Si4yTBmk0

爪'ー`)y-「初の依頼ね。ま、成功を祈るよ」

( ^ω^)「頑張ってみるつもりだお」

さて、と身体を伸ばしながら重そうに腰を上げると、
銀髪の男は煙草を地面でにじり消して、休憩を終えたようだ。

不意に、思い出したかのように手を叩くと、ブーンの方を指さした。

爪'ー`)y-「そう! そういやさ、ヴィップでおすすめの冒険者宿ってあるか?」

( ^ω^)「”失われた楽園亭”だおね……料理も旨くて、最高だお」

爪'ー`)y-「楽園亭ね……参考になったぜ。ありがとな。

地面に弾き飛ばした煙草の吸い殻に、足で土をかけながら、
彼は不意に「フォックスってんだ」と名乗った。

爪'ー`)「じゃあ俺からも。もしリュメで情報が必要なら"烏合の酒徒亭"に行ってみな。
    そこの、デルタって奴なら悪いようにはしないはずさ」

( ^ω^)「ふむふむ……リュメは初めてだったから、助かるお。
       ありがとうだお!」

情報は足を動かし、見聞き、話して集めなければいけないものだ。
その経験から得たものは、時として自分の命を守る事にも繋がる。
大きな街には情報屋という類の商売もあることを、ブーンは思い出していた。

全てを鵜呑みにするべきではないが、ふとした出会いで情報を拾える事もあるのだな、と思った。

283名無しさん:2024/10/10(木) 02:55:44 ID:Si4yTBmk0

爪'ー`)「お互い様よ。またどこかで会うかもな、それじゃあそろそろ行くぜ」

( ^ω^)「"ブーン"だお。また、どこかで」

こちらへ視線へ向けながら肩越しに一度親指を立てると、
来た時と同じように、自分が歩いてきた方へと去っていった。

その背中を見送り終えると、取り外していた装備品を、再び身に付ける。

あまりぐずぐずしてもばかりいられない。依頼人の心証を損ねて
報酬が減額されるなんて事になって、マスターへのツケの支払いが
滞ってしまったら目も当てられない。

( ^ω^)「さて……明日の分の道のりも、前倒してしまうかおね」

所々が縫い合わせられ、かなりの使用感が滲み出ている麻袋を
背中に背負うと、ブーンもまた再びリュメの街へと繋がる道を、歩き出した。


──【大陸中央東 リュメの街】───


その後の道中では、一度の野宿と三度の休憩を挟みながら歩き続けると、
少し深くなってきていた森を抜けた先で、ようやくその光景は広がった。

リュメは、大陸中央部のやや東部、山間にある街だ。
かつては石工職人などを目的とした歓楽街として生まれた側面がある。
当時は小さな集落から集まり、現在の姿へと開拓されていった。
多くの人々が移り住み、繁栄する事を嘱望されていた街である。

だが、今となっては情報屋ギルドが幅を利かせており、
夕刻には宿の前で客を呼び込む、多数の娼婦達の姿が見られる。

富は一部に集約され、多くの者は貧しい生活を強いられる為、非行へと走る若者も多い。
――楽園亭のマスターは、ブーンにそうして様々な事を教えてくれた。

284名無しさん:2024/10/10(木) 02:56:46 ID:Si4yTBmk0

実際に見てみると、ヴィップのように煌びやかな建物はほとんど無く、
家々も小ぢんまりとした平屋ばかりが多く立ち並んでいる寂しげな景観。

やはりヴィップと比べては数段も寂れた印象を受ける町並みではあるが、
そこらへ腰を下ろして談笑している人々や、店に呼び込もうとする商店の主らからは、
ささやかながらも活気と、人との触れ合いを感じる事が出来た。

( ^ω^)「さってと……依頼人を探すとするかおねぇ」

冒険者として、手引きに沿った忠実な行動を取る事とした。
依頼を受ける為に依頼人にその仕事の内容を聞き、そこで受諾するかの判断だ。

さほど広くは無い街だが、名前しか聞かされていないその依頼人を、
まずは聞き込みによって探し出さなくてはならない。

そこらで走り回っていた少年達を呼びとめ、声を掛ける。

( ^ω^)「あー、フランクリンっていう人を知らないかお?」

ブーンの言葉に首を傾げる少年達だったが、一人が
ぱっと閃いたかのように、言葉を返した。

「酒場に行けば? ここいらの大人たちはみんなお酒が楽しみなんだ」

( ^ω^)「酒場かお。ちなみに、それはどこにあるかおね?」

「”烏合の酒徒亭”……あれさ」

昨日言葉を交わしたフォックスという男が言っていた通りだ。
烏合の酒徒亭という酒場は、彼の言う通り存在しているらしい。
少年が指差す先を見やると、酒場の看板は目と鼻の先にあった。

( ^ω^)「おっ……ボク達、ありがとうだお!」

「ちぇっ、駄賃もくれないのかよ」

そうこぼした子供達に大きく手を振り、ブーンは颯爽と酒場の中へと入って行った。

285名無しさん:2024/10/10(木) 02:57:09 ID:Si4yTBmk0

────【烏合の酒徒亭】────


冒険者宿では多くの街で見られる形態である酒場、兼、宿。
だが、どうやらこのこの酒場では依頼の受付などを兼ねてはいないようだ。
あくまで酒を飲ませる食事どころとして、商いをしている。

(;^ω^)「活気ある店だおね」

厨房ではマスターがせせこましく鉄鍋を振るい、炒め物をする姿。
その必死な姿には鬼気迫るものがあり、一見の客である自分などには
酒など頼みづらい雰囲気がビリビリと伝わってくる。

( `ハ´)「らっしゃいアルーッ! 適当に座っとくアル!」

こちらの姿に気づいた店主が、大きな火力を御しながらこちらへ叫ぶ。

手持ちに一枚たりとも銀貨を持ち合わせていない自分は、
早々に用件を済ませて立ち去るのが得策だろう。

そそくさと卓を囲んで酒を飲んでいる数人に、聞き込む。

( ^ω^)「あの……」

( "ゞ)「ん?」


ブーンの言葉に振り返った、一人の男。
目を病んでいるのか、火傷のような跡があり、白く濁った瞳をしている。
だが見たところ、しっかりとブーンの瞳を見つめ返して受け応えてくれた。

286名無しさん:2024/10/10(木) 02:57:35 ID:Si4yTBmk0

( ^ω^)「この街で、フランクリンって人を知らないかお?」

( "ゞ)「お前さん、ここいらじゃ見かけないツラだな」

( ^ω^)「仕事の依頼でこの街に来た、冒険者なんだお」

( "ゞ)「ふぅん……まぁ、いいけどな」

「さ、出しな」

そう言って手を上に向けて差し出し、わきわきと握っている。
ブーンには最初、その行動の意図する所が理解できなかった。

( ^ω^)「………おっ?」

男の手と、その顔を幾度か見比べた後、小首を傾げるブーンは、
それが握手を求めているものだと理解して、手を差し伸べようとする。

そのやり取りの最中苛立ちを募らせた男は、席に踏ん反り返って、椅子ごと向き直った。


(;"ゞ)「だぁぁーっ!……わっかんねぇ奴だな。情報料だよ、情報料!」

卓を囲む男達の服装をよくよく見てみれば、胸元にナイフを忍ばせる者、
また腰元には様々な開錠鍵などの小道具をぶら下げている者などもいる。

皆一様に細身の身体つきで、無駄な脂肪がそぎ落とされた体型をしている。
ぴっちりとしたベストに身を包み、一般人と比べれば明らかに擦れた雰囲気の男たち。
彼らがかの盗賊という人種か、という事にようやく思い至った。

287名無しさん:2024/10/10(木) 02:58:34 ID:Si4yTBmk0

( "ゞ)「見てわかんねーか? 俺らは、情報屋ギルドのもんだ」

(;^ω^)「……情報屋ってのは、そんな事ぐらいでお金取るのかお?」

( "ゞ)「あぁ、慈善事業なんてやんねーぞ。こちとら情報は命なんだぜ?
    対価も払わない奴にゃあ、知ってる事も教えられんね」

確かに正論かも知れない、とブーンは思う。

ここまでの旅をしてくるにあたり、正しい情報というものの重要さは、
山道で幾度も道を間違え、極限状態に近い状態にまで追い込まれた自分にしてみれば、
やはり重要なものだという事が、骨身にしみて感じていた。

通常、情報屋ギルドの繋がりを生かした収入源の一つとして、
情報というものは冒険者達などに向けて売り買いされてもいるのだ。


( ^ω^)「その……フランクリンの情報ってのは、いかほどだお?」

( "ゞ)「払う気があるのは結構な事だ。そんぐらいならまぁ……3spでいいぜ」

(;^ω^)「3sp……あいにくと、こちらは1spも持ち合わせていないお」

( "ゞ)「あー、だったら帰った帰った。自分で探し───」

( ^ω^)「だから、せめて───”これ”で勘弁して欲しいお」

288名無しさん:2024/10/10(木) 02:59:11 ID:Si4yTBmk0

そう言って、麻袋から取り出した干し肉を手づかみすると、
ひらひらと手を払う盗賊の手を取り、その中へ直に握らせた。

一瞬あんぐりと口を開け、ブーンと、自分の手の中の干し肉を見やる男。

( "ゞ)「……なんだ、こりゃ」

( ^ω^)「干し肉、だお……僕が今晩夜食にするはずだった……大事な、大事な……」

(;"ゞ)「お前……こんなもんで……!」

あきれ返って言葉も出ない、といった様子の男を尻目に、人目もはばからず
”こんなもの”と言われた干し肉を指差して、ブーンは急に怒気を荒げた。


( #^ω^)「こんなもんとは何だお!マスターが作ってくれたこの干し肉は
       この上なく風味豊かで、外側はカリカリながらその実、中は───」

(;"ゞ)「あー………面倒くせ。もういい、分かった分かった!
    教えてやるから、とっとと俺の前から消えてくれ」

握らされた干し肉の旨みを熱弁し出したブーンに、完全に調子を崩したようだ。
情報屋ギルドの男は頭を掻きながら、嫌々に指先で外の通りを描くと、道案内を始めた。

( "ゞ)「酒場を出たらそこの通りを突き当たって、左手の角から3軒目の裏手だ……」

( ^ω^)「おっおっ! そこがフランクリンさんの家かお?」

( "ゞ)「あぁ……面倒くせぇからとっとと行ってくれ。
    お前さんの顔見てたら、なんだか酒がまずくなりそうなんでな」

( ^ω^)「持ち合わせがなかったから助かったお、恩に着るお!」

( "ゞ)「着なくていい、綺麗さっぱり忘れてくんな」

289名無しさん:2024/10/10(木) 02:59:33 ID:Si4yTBmk0

( ^ω^)「フォックスっていう人が言ってたお、ここじゃデルタって人が良くしてくれるって。
       せめてその人に、ブーンがお礼を言っていた事を伝えて欲しいお」

( "ゞ)「……確かに伝えとくよ」

(;`ハ´)「――あっ、あんた! 注文もせずに帰るアルかーッ!」

”烏合の酒徒亭”のマスターの怒号をその背中に受けながら、必要なだけの
情報を受け取ったブーンは、来た時と同じように、颯爽と酒場を後にした。


───【フランクリン宅 前】───

あの男に教えられた通りの道順を辿ると、言っていた通りの場所に
外壁の表面が少しだけ剥がれ落ちた、寂しげな邸宅があった。

盗賊などもなかなか話せる人種ではないか、とブーンはその場で一度頷く。

早速、話を伺うべくドアをノックしてみた。

見ず知らずの他人の家に上がりこむのだ、仕事を請け負う以上、
最低限の礼儀は欠かしてはならないだろう。

( '_/') 「はい?」

身だしなみを確認している内に扉を開けて出てきたのは、真面目そうな一人の男性だった。
こちらと目が合うと、それだけでブーンが訪問してきた意図を察したらしい。

290名無しさん:2024/10/10(木) 03:00:22 ID:Si4yTBmk0

( '_/')「もしかして、失われた楽園亭の冒険者の方ですか……?」

( ^ω^)「はいですお。その件で、お話を聞かせて聞かせてもらえますかお?」

( '_/')「そうでしたか……! さぁ、中へお入り下さい」

家の中は、外からも想像できる通り殺風景な作り。
無駄な物は置かれておらず、切り詰めた生活をしているのか、生活臭は希薄だ。

依頼人のフランクリンの案内に従うまま、応接用の小さなソファに腰掛ける。

( '_/')「ご挨拶がまだでした、私は依頼人のフランクリン。そして……」

ノ|| '_') 「妻のマディです」

( ^ω^)「冒険者の、ブーンですお」

依頼前にしっかりと依頼内容、また報酬の内容などを確認しておくのは重要な事だ。
一言一句聞き漏らさず、依頼が終了した際にトラブルなどを起こさぬためにも。

そう思ってか、ブーンは座り直してしっかり話を聞く体勢に入った。

( '_/')「依頼内容というのは、ゴブリン退治なのです」

( ^ω^)「あの……下級妖魔のですおね」

ゴブリンというのは、大陸全土の至るところに出没する妖魔だ。
基本的には非力で、体格も人間の子供ほどのものだが、武器を用いる頭脳はある。
また繁殖力が強く、常に群れを成して行動している事から、時に人間が襲われる事もある。

もっとも、ゴブリンがらみで一番多いのは、家畜や農作物への被害だが。

291名無しさん:2024/10/10(木) 03:01:48 ID:Si4yTBmk0

( '_/')「……えぇ、このリュメの北側にある森の奥。
     そこに、ぽっかりと穴を開けた洞窟があるのです」

( ^ω^)「その洞窟の中のゴブリンを一掃する、それが、依頼内容ですかお?」

( '_/')「その、生息しているゴブリンの数までは把握出来ていないのです」

ノ|| '_') 「十匹くらい……いいえ、もしかしたらそれ以上いるかも知れません」

( ^ω^)「………」

そこまで話を聞いてから、一度考えを整理する。

村で生活していた頃は、ゴブリンに襲われて命を落としたという話はあまり聞いた事がなかった。
クワや棒切れなどを持った農民などでも、十分に対抗できる程度の相手だからだ。

まして、冒険者として行動する上で自分の身を守る手段の一つに、剣を帯びる。
ブーンには、ゴブリン程度ならば容易な相手だろうという考えがあった。

いかに武器を用いる知能があるところで、人間の子供程度の体格しかない妖魔だ。

しかし、いち早く解決してもらいたい依頼人の立場になって考えてみる。
もしもその場所に依頼そのものを断られてしまいかねない危険が潜んでいるとしても、
それをわざわざ冒険者へ伝えるような事は、良心のある人間でなければしないだろう。

依頼前の受け答えで、依頼における依頼人の本意を見抜く。

したたかさを持った熟練の冒険者は、危険の潜む依頼を避けるためにそうあるべきだ。
もちろん、使命感や誇りを持って、逆にそういった依頼を拒まない者も一部には居るが。


( ^ω^)「それをこの街の治安隊には、訴え出たりはしなかったんですかお?」

( '_/')「以前から、私達は何度も訴え出ました。ですが、領主に直訴することなど、とても……」

ノ|| '_')「何度行っても門前払いで……領主は、このリュメなどどうなってもいいのだと思います」

( '_/')「そうです。一部の金持ちにだけいい顔をして、貧しいばかりの私達の生活など……」

292名無しさん:2024/10/10(木) 03:02:34 ID:Si4yTBmk0

( ^ω^)「………」

事情を聞いているうち、フランクリンの話に熱が入りかけたところで、
一歩引いて冷静に話を伺っていたブーンの視線に気づき、彼は一度平静を取り戻す。

( '_/')「失礼しました……無関係のあなたに、お聞き苦しい事を」

( ^ω^)「気にしてないですお。事情は大体理解できましたお───で、確か報酬は」

ノ|| '_') 「無事依頼を終えて戻られた際には200spを。私達の今持てる蓄えの、全てです」


依頼の内容に不満は無かった、一人とは言え、たかだか下級妖魔のゴブリン。
5〜6匹までなら、よほどの事が無ければ命を落とすほどの危険はないはずだ。
だが、話を聞いてる内にふと生まれた一つの疑問が、どうしても気になって止まない。

それは、領主に談判してまで、北の森のゴブリンを退治する"理由"だ。
冒険者としてのあるべき本分よりも、好奇心の方がやや勝り、それを尋ねてみた。

ノ|| '_')「それは、あなたから……」

( '_/')「……お聞かせします、なぜ私達がゴブリン退治に拘っているのかを」


─────

──────────

───────────────


───【リュメ 北の森】───


結局、あのフランクリン夫妻の依頼は引き受けた。

これまで安らぎながら旅歩いてきた時と違い、今はこれから達成しなければならない
依頼に向けて、身体中をほどよい緊張感が支配している。

旅の疲れはもちろんあるが、まだ日の出ている今日の内に依頼を終えてしまいたかった。

293名無しさん:2024/10/10(木) 03:03:12 ID:Si4yTBmk0

森の中ほどまで歩き続けたところだろうか、鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けた先に、
少し開けた岩場が見えた。どうやら、これが夫妻の言っていた洞窟のようだ。

ブーンのすでに歩調は慎重になっている。
木々に背を持たれ、身を隠しながらゆっくりと洞窟へと近づいてゆく。

( ^ω^)(外側からじゃ……中の深さはうかがい知れないおね)

遠巻きにぽっかりと口を開けたその洞窟の入り口を覗き込んでいると、
そこから緩慢な動作で姿を表した存在を視認して、すぐさま頭を低くかがめる。

( ^ω^)(………!)

洞窟の入り口からその姿を現したのは、緑色の肌に、窪んだ眼窩の奥で赤く濁った瞳。

────1匹のゴブリンだ。


歩哨としての役目を担っているのだろうか、洞窟の周辺へと目を配っているようだ。
集団で生活する習性を持つゴブリン達は、同じ種同士でこういった連携を取る習性がある。

(#℃_°#)「キキッ」

雑木林に囲われた場所だが、入り口までの距離には木々が少なく、洞窟側からは開けた視界。
それにより、洞窟内に篭って外敵から身を守る側としては有利だろう。

( ^ω^)(まだこちらには気づいてないようだお……)

茂みに身を隠しているブーンの姿は、今はまだ歩哨の一匹には視認されていない。
だが、気弱なゴブリン達の事だ。もしその姿が見つかれば、すぐに仲間達へ報せるだろう。

そうなれば、洞窟内で多数のゴブリンに迎え撃たれる可能性がある。

( ^ω^)(最善なのは、仲間の誰にも気づかせずに排除する事……だおね?)

背の鞘から抜きかけていた剣を一度しまうと、手近な石ころを掴み取った。
歩哨の動きに注視し、機を見計らいながらそれを手元で弄ぶ。

そして、洞窟側へと歩哨が背を向けた瞬間に、その石を少し離れた茂みの奥へと投げ込んだ。

294名無しさん:2024/10/10(木) 03:03:52 ID:Si4yTBmk0

(#℃_°#)「キキッ……!」

がさがさと枝の何本かを揺らしながら、石ころはブーンの目論見どおり、
ゴブリンの注意を引く事に成功したようだ。

( ^ω^)(………よし)

音がした方の様子を見ようと、歩哨が洞窟の入り口から離れ、ブーンに背を向ける。
その隙を突いて、出来る限り音を立てずにその場から駆け出した。

(#℃_°#)「………キキィ?」

先ほど石ころが投げ込まれた茂みの方を眺めながら、ゴブリンは首を傾げている。
───その背後に立ち、鞘からゆっくりと長剣を抜き出すブーンの存在に気づくことも無く。

(# C_ ;#)「キ────グゲゴッ!」

そして、胴と首が分かたれる瞬間に一寸呻き、すぐにその身は倒れ伏した。

(;^ω^)「………まず、一匹」


妖魔とは言え、剣で何かの生き物の命を奪うのは、やはり良心が咎める。
降りかかる危険から身を守る為に今までも幾度かあった事だが、今は依頼の達成だけを考えなければならない。

刃に付着した血を、剣を振るう事で地面へと払い落とした。
ここからは中に入ればすぐに戦闘が控えているかも知れない。

心に迫る鈍い感情を押し殺しながら、剣を片手に携えたまま、ブーンは洞窟内へと足を踏み入れた。

295名無しさん:2024/10/10(木) 03:04:30 ID:Si4yTBmk0

───【ゴブリン洞窟 内部】───


壁面沿いに身を隠しながら、ゆっくりと深部へと進んでゆく。
まだ外は日が出ている為、わずかながら日の光が洞窟内にも届き、差し込んでいる。

だが松明などの明かりを持って来ていない為、日が沈むまでにはカタをつけなければならない。

( ^ω^)(思った以上に、暗いお)

壁を手で伝いながら、逆の手で握る長剣の柄には力が入る。
いかに最下級の妖魔とは言えど、その巣の中にいるのだ。

数が不確定な以上、決して安全な依頼ではない。

『ゴブリンといえど、油断はできんぞ』
ヴィップを発つ前に、そう忠告してくれた楽園亭のマスターの言葉が不意に頭をよぎた。

しかし、ここまでは順調。

誰にも気づかれずに住処の中へと侵入できたのなら、後は隙あらば一網打尽にする機会もある。
ゴブリンたちがこの暗さの中どうやって過ごしているのか気になっていたが、壁面を伝うように
群生している光苔の類が、どうやらうっすらと発光して、わずかに道先が見えるようになっている。
ゴブリンの知恵ではなく、たまたまこの環境を利用しているのだろう。

だが、洞窟深部への注意をし過ぎるあまり、足元への注意が散漫になっていた。
ぱきっと音を立てて、靴底でかすかに枯れ枝がへしゃげた感覚が伝わる。

気を取られる事なく進もうとするブーンのすぐそばで、反応があった。

296名無しさん:2024/10/10(木) 03:05:09 ID:Si4yTBmk0

「キキッ」

もう一度聞こえたその声は、自分の胸のすぐ下あたりからだ。

(;^ω^)「………!?」

(#℃_°#)「──キッ!」

出会い頭、一匹のゴブリンに姿を見られてしまった。

なまじ体格が小さなものだから、すぐには気づく事ができなかった。
向こうもかなり驚いていたのか、ブーンの姿を見上げながら目を剥いている。

すぐに振り返ったゴブリンは、もう仲間を呼びに行こうと走り出している。

(; ω )(させ………ないおッ!!)

ここで逃げられれば、後々大きな不利に働くかも知れない。
どうあっても、ここで逃がす訳にはいかない。

大きく踏み込んで、がむしゃらな体勢から右腕一本で突きを繰り出した。

(# C_ ;#)「ぐぶっ!」

辛うじて刃が届くか届かないか、ぎりぎりの所だった。
首の後ろから差し込まれた長剣の刃は、そのままゴブリンの喉元を刺し貫いた。

倒れ込んでなお手足を暴れさせていたものの、ややあって絶命した。

(; ω )「ふぅ………これで、2匹」

夫妻の話ではあと3〜4匹かも知れないが、ここは多く見積もっておくべきだろう。
中に入ってみて初めて分かったが、外から見るよりも、かなり広々とした洞窟だ。

297名無しさん:2024/10/10(木) 03:05:45 ID:Si4yTBmk0

これまでは一本道だったが、どうやらこの先は道が枝分かれしている。
その先が部屋のようになっているとしたら、どこかで複数のゴブリンに遭遇してもおかしくない。

一匹一匹の固体は弱いといえど、武器を扱う知能もあるだけに、やはり油断は出来ない。

( ^ω^)(………東の、方からかお?)

次にどう動くべきかを思案している内に、ごそごそと聞こえる何かの物音に気づいた。
どうやら、複数のゴブリンが一部屋にまとまっていると考えて、相違なさそうだった。

( ^ω^)(上手く不意を突いてやれば……一網打尽に出来るかも知れないお)

ゆっくりと、音の聞こえた方へと歩を進めてゆく。
その先にあったのは、大人一人が通るのがやっとのような、一つの縦穴だ。

当然ながら、中の様子は伺えない。ここまでくれば日の光もほとんど届かず、
あとは暗くおぼろげな視界の中で剣を振るうしかない。

( ^ω^)(………初っ端から、打って出るかお?)

身を屈めながら、その縦穴へと身を潜り込ませてゆく。
ここにたどり着くまでに、自分という侵入者の存在には気づいていないはずだ。

事態を把握されるより前に、派手に暴れるもよし。
出来るだけ気づかれないように、一匹ずつ仕留めるのもよし。

そう考えている内に、縦穴の出口にたどり着いたようだ。

──そこは、思った以上の静けさだった。

中のゴブリンは寝てでもいるのだろうか、そうであればありがたいが。
一瞬気後れはしたが、思い切って部屋の中へと躍り出た。

ようやく動きやすい体勢になり、しっかりと両手で剣を握り締める。
まだ完全に洞窟の暗さに慣れていない眼を皿にして、辺りを見渡す。

298名無しさん:2024/10/10(木) 03:06:18 ID:Si4yTBmk0

( ^ω^)(………いない?)

おかしい、先ほどは確かに物音が聞こえたはずだ。
──ーなのに、一匹のゴブリンの姿も見えない。

とんっ

しばし呆然としていたブーン。
その足元へ、何か小さなものが当たった音が聞こえる。

(;^ω^)「………矢?」

地面に突き刺さっていたそれを見た時───すぐに頭の中で警鐘が鳴らされる。

(#℃_°#)「キキッ! キキーッ!」


視線を再び上げた瞬間、ようやく今自分が置かれた状況に気づく。
あまりにも自分の対処が遅れていたことを、省みるほどの余裕もなかった。

暗闇の中自分を見下ろす、幾つもの赤い瞳。

それに紛れて煌めいて見えたのは、自分を目掛けて引き絞られる弓矢にあてがわれた、矢じりだった。

(;`ω´)「ッ───おおぉ!」

すぐさまその場を横っ飛びに飛びのいて、狙いを逸らす。
どうにか避ける事が出来た。

ほぼ同時に、先ほどまで自分が立っていた位置を次々と穿つ矢を見て、背中からは冷や汗が噴き出す。
弓矢までも扱う知能があるとは、思ってもいなかった。

だが、それよりも───

299名無しさん:2024/10/10(木) 03:06:56 ID:Si4yTBmk0

(;  ω )(こっちの侵入が、感づかれていたのかお――!)

最下級妖魔と侮り甘く見ていた驕り、それが自分の中にあった。
だがその事への反省は、この場をどうにか切り抜けてからだ。

また次なる矢が降り注がれるかと思い身構えたが、それはなかった。
今度は、目の前から2〜3匹のゴブリンが一度に駆け出して来ていた。

(#'℃_°'#)「グオオォッ!」

木製の棍棒を持つ一匹は、傍目からもわかる程に明らかに巨躯。
恐らくは、これがリーダー格のような存在だろう。

狙う相手は、既に決まった。

(#^ω^)「ふおおぉッ!!」

巨躯のゴブリンは、一直線に自分の元まで来るとすぐさま棍棒を振り下ろした。
だが、避けるともせず、その腕ごと両断するつもりで、ブーンもまた剣を振り上げる。

(#'℃_°'#)「グ……ゥッ!」

だが、ブーンの一刀は棍棒の中ほどまで刃が食い込み、止められた。

並みのゴブリンの打ち込み程度であれば棍棒ごと叩き斬る自信はあったが、
他の倍はあろうかという体格のこのゴブリンは、ブーンの膂力を耐え凌いでみせた。

(;^ω^)「………っ!」

人並み以上の腕っ節の他に誇れるものはない、自分の打ち込み。
それが低級の妖魔、ゴブリン程度に防がれてしまったという事実。

つい先ほどまでのブーンの余裕は、もはや完全に打ち砕かれていた。

このまま剣が封じられてしまう事を恐れ、すぐに力を込めて剣を引く。
捻りを加えながら乱暴に引っ張ったが、棍棒を手放させる事は出来なかったようだ。

300名無しさん:2024/10/10(木) 03:07:35 ID:Si4yTBmk0

(#'℃_°'#)「……グワゥ……!」

ゴブリンの群れに紛れ、怯んだリーダー格が後退していくのが見えた。

ゴブリンというのは極めて気弱な種族だ、拠り所となる存在がいなくなれば、
その下っ端たちは士気が下がり、混乱を与える事が出来たかも知れない。

だが、今の好機を仕損じてしまったのは、いかにも痛い。

舌打ちしていたブーンの両側面からは、すでに手斧をもったゴブリンどもが迫っていた。

(#^ω^)「――来いお!」

弓矢による攻撃は怖かったが、味方がこれだけ近くに居れば撃てないかも知れない。
気迫を込めた言葉とは裏腹に、頭の中は意外と冷静に全体を見て動けている。

この土壇場に、集中力が最大限に高まっているのかも知れないな、と思った。

(#℃_°#)「キキッ!キーッ!」

もっとも近くの左方の一匹に向き直り、剣を構えてじりじりと距離を詰める。
数では勝っているものの、ブーンの気迫に気圧されてか、後退している。

小さな石斧と自分の持つ長剣では、一対一では端から勝負にならない。

それゆえ後退を余儀なくされる一匹へと距離を詰めるが、背後から迫っている
もう一匹の気配を、背中越しに肌で感じ取っていた。

二匹のゴブリンに前後を挟まれているのだ。一匹に隙を見せれば、もう一匹に付け込まれる。

だが、それに対抗する策はあった。
ゴブリンの身の丈ほどの長さを有する、長剣だからこそ成せる業が。

挟撃を真っ向から受け入れ、機を伺っていたのはブーンの方だ。

( ^ω^)(前後────)

(#℃_°#)「ゥ……ギキキィッ!!」

前方の一匹へと踏み込む素振りを見せた瞬間、背中に浴びせられるもう一匹の声。
一匹に気を取られたブーンの背後へ向けて、石斧を振りかざさんと飛び出している。

だが、まるで気にもくれず、ブーンはただ目の前の一匹に向き合い、深く腰を落とした。

( ^ω^)(────同時にッ!)

301名無しさん:2024/10/10(木) 03:08:13 ID:Si4yTBmk0

思い切ったように、そのまま眼前のゴブリン目掛け大振りの横薙ぎを繰り出す。
ぶん、と耳にまで聞こえる風切り音が、刃から唸りを上げた。

あまりに間合いが遠すぎたのか、あご先すれすれという所で────それは空を切る。

しかし、振るわれた剣の軌道は、半月を描いてもまだ止められる事がなかった。
半月はそのまま満月へと軌道を描き、ブーンの体の真後ろまで、全力で振り切られる。

当然、背後まで迫っていたゴブリンは、背中に石斧を振るおうとしたばかりに
ブーンの剣の届く位置にまで近づいていた。

予想もつかない方向から襲い掛かった刃は、抵抗も出来ないままのゴブリンの上半身を吹き飛ばした。

(#^ω^)「───ふぅッ!」

その短い断末魔を聞き捨てながら、剣を振り回した反動を利用して、
身ごと大きく駒のように回転すると、そのままもう一度前方のゴブリンへと大振りを見舞った。

(# C_ ;#)「アバッ」

どうやら顎から上を吹き飛ばしたようだが、その確認は柄から手元へと
伝わった感触だけで十分。それよりも、すぐに残りへと対処しなければならなかった。

二度満月の剣閃を描いたあと、こんどは勢いよく背後へと振り返る。

(#'℃_°'#)「ギィィッ!ギィッ!」

広場の中央に立っていたのは、先ほどのリーダー格。
剣の打ち込みによって欠けた棍棒を掲げて、叫びを上げていた。


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