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SSスレ「マーサー王物語-拳士たち」第三部

1 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/02(土) 17:59:54
SSスレ「マーサー王物語-サユとベリーズと拳士たち」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20619/1430536972/

SSスレ「マーサー王物語-ベリーズと拳士たち」第二部
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20619/1452342496/

SSスレ「マーサー王物語-ベリーズと拳士たち」第二部②
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20619/1562172958/

SSログ置き場
https://masastory.web.fc2.com/

10 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/05(火) 02:06:51

場所は変わってアンジュ王国。
こちらでもモーニング同様に、新たな番長のお披露目会を始めようとしていた。
これまで舎弟として下積み期間を過ごしてきた2名が、本日やっと番長になったのだ。
その2名の名前をアヤチョ王が読み上げる。

「カミコとカッサーおめでと〜」
「ちょっとアヤチョ、大事な日なんだからちゃんとフルネームで呼びなさいよ。」
「分かったよカノンちゃん……"カミコ・ドッチーモ"と"カッサー・レッドリップ"、番長として頑張るんだよ。」
「「はい!」」

新番長は2人とも黒髪ロングという面で共通するが、体格が大きく異なっていた。
長身で大人びているカッサーがお姉さん……のように見えるが実際は逆。
小柄なカミコが年上で、大柄なカッサーが年下だ。
しかも4歳差だと言うのだから驚かされる。
更にはこの2人は「双子」を自称しているのだが、余計にややこしくなるのでここでは触れないでおこう。

「カミちゃん!カッサー!やっと番長になれたな!
 前から2人の頑張りを見てるから嬉しいよ。」
「「タケさん!」」

先輩の番長がやってきたのでカミコとカッサーは嬉しがった。
これからは仲間とは言え、憧れの存在と話すことができるのは感慨深いものだ。

「でも気を抜くなよ。本当のお披露目会はここから始まるんだからさ……」

カミコはゴクリと唾を飲んだ。隣のカッサーも緊張した面持ちをしている。
緊張の理由は、今回から導入された公開戦闘が迫っているからに他ならなかった。
2年ほど前のタケ&メイ vs ムロタン&マホが大好評だったため、
一般兵らの前で先輩とバトルする催し物が企画される運びとなったのだ。
今回のマッチメイクはムロタン&リカコ vs カミコ&カッサー。
新人たちにとって大きな壁が立ちはだかっている。

「分かっているとは思うけど、ムロタンもリカコも強いぞ。アイツら、戦闘においてはマジだからな。」
「「はい……」」

数メートル先でムロタンとリカコが準備をしている光景がバッチリと見えていた。
普段の彼女らであれば「かかってこいや〜!」と挑発の1つや2つを飛ばしてくるのだろうが、
今回ばかりは静かに集中していた。
先輩としての力をしっかりと見せつけるために、極限にまで集中しているのだ。
それを見てカッサーの身体が震えてくる。

「ううっ……」
「カッサー、怖いの?」
「何を言っているんですかカミコさん!これは!武者震い!ですよ!うおおおおおおおおおおおお!!」

カッサーは恐怖を押し殺すかのように、自分の身体をバシバシと叩いて雄たけびをあげだした。
そして、いつ戦闘開始の合図が来ても良いように己の武器にまたがっていく。
対してカミコの手には武器が握られていない。
緊張で準備が不足しているのだろうか、それとも何か別の考えがあるのか。

「なんか心配だな……ここは喝を入れるか……」
「やめときなよ。タケ」
「リナプー?」
「あの子たちももう一人前だよ。きっと、なんとかなるって。」
「はは、そうだよね。先輩が信じなくてどうするって話だよな。」

そうこうしているうちに、審判を任されたカナナンによる試合開始の合図が聞こえてきた。

「準備はええか!? 開始っっ!!」
「フォォォォォォォォ!!!」

スタートするや否や、カッサーがロケットスタートで突っ込んでいく。

11 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/05(火) 02:07:45
もうひとつのファクトリー……
ハッキリとは言えませんが、割と近いうちに登場するかもしれませんね

12名無し募集中。。。:2021/10/05(火) 07:51:06
かさかみ姉妹やっと登場

かっさーもうすぐ卒業か

13 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/06(水) 00:46:43
誰もが新人番長の活躍を期待していたのだが、
カミコも、カッサーも、ビックリするほどにアッサリと負けてしまった。
これには周囲が騒然としたし、対戦相手のムロタンとリカコまでパニックになっている。

「あれ!?私たち何かやっちゃいました?」
「ど、ど、ど、どういうこと?(><;)」

今回のバトルの内容はたった2行で表現できる。
 ・突っ込んできたカッサーがリカコの石鹸水に足を取られて大転倒し失神
 ・カミコがムロタンとリカコの挟み撃ちにあうも、ほとんど抵抗できずKO
以上だ。
この無様な結果に、さっきまでは後輩を信じていたリナプーの顔が引きつっている。

「な、な、な……」

リナプーの予想が大外れになったワケだが、流石にタケもリナプーを弄る気分にはなれなかった。
倒れたカミコとカッサーの頬をパシパシと叩き、起こしていく。

「おい!大丈夫か!?起きろ!」
「「ハッ」」

新人番長2人は自分達の置かれた状況をすぐに理解した。
そしてカッサーはひどく落ち込み、体育座りをして小さくなってしまう。
カッサーは身体こそ大きいが、リカコよりも若い番長最年少のため精神が育ちきっていないのだ。

「最悪だ……せっかくの舞台なのに……ああ、もうお終いだ……この世の終わりだ……」

では、カミコ・ドッチーモも落ち込んでいるのかと思えば、そうではなかった。
ニコッと微笑んで、あざとく舌を出す。

「いやぁ〜ムロタンさんとリカコさんはやっぱりお強いですね〜私たち新人が敵う相手ではありませんでした。流石すぎます。」
「あ、ありがとう(・・;)」
「でもカミちゃんだって武器を使えばもっと健闘したんじゃない?てかなんで素手?」
「あはは、私が武器を持ったところで結果は変わりませんよ。どっちみち負けてましたから。」

ギャラリーが多くいるというのに、必要以上に落ち込むカッサーと、あっけらかんとしすぎているカミコ。
そういった態度が流石に目に余ると思ったタケだったが、注意まではしなかった。
背後から強烈な殺気が発せられているのを感じ取ったのだ。

「リ、リナプー?」
「ねぇ、あの子たちを教育してもいいかな?」
「教育って……何をする気なんだ?」
「いや、ミッションを課すだけ。」

タケとリナプー同様に、アヤチョ王とマロも今回の結果を良しとしていなかった。

「あの子たち大丈夫なの?番長の戦力落ちるんじゃない?」
「アヤチョ、そこは安心して」
「全然安心できないんだけど」
「ほら、番長候補はあと2人いるって言ってたでしょ。舎弟じゃなくて外部から抜てきする件よ。」
「あ〜!そうだったね!」

14 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/06(水) 00:48:26
笠原・佐藤と続けて卒業なので寂しいですよね。
カッサーをその前に登場させることが出来て良かったです。
第三部は他にもどんどん出していきますよ。

15 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/07(木) 02:02:57

またも場面が代わり、果実の国。
ユカニャ王がKASTの4人を呼びつけているところだ。
はじめのうちはワイワイと騒いでいたが、いつになく真剣なユカニャの顔を見て静かになる。

「実はね、増員しようと思ってるの。」
「「「「え!?」」」」

KYASTからKASTに減ることはあったが、増員は初なので4人はひどく驚いた。
後輩慣れしていないKAST達はてんやわんやだ。

「ど、どうして今更!?」
「決まってるでしょ、サユキ。」
「……ファクトリーに対抗するため、か。」

ユカニャはファクトリーの殲滅を第一に考えている。
武道館での戦いから更に強くなったKASTの戦力が心許ないワケは無いのだが、
現時点で判明しているファクトリーの感染者8名全員が暴走した時のことを考えると、補強は当然の判断だ。

「どんな子が入ってくるの?私より強かったりして!」
「ふふふ、ルルって子は相当優秀な戦士と聞いているからね。アーリーはナメられちゃうかも。」
「ええ〜!?やだー!」

戦士ルルは西の地方に住んでいて、近日中に先輩たちと合流するとのことだ。
研修生のレベルを遥かに超越しており、文句なしの即戦力レベルだという。
ここでカリンの頭には1つの疑問が浮かびあがった。

「KASTってカリン・アーリー・サユキ・トモの頭文字をとったんだよね。
 ルルはRだから……KASTにRをつけるの?」
「いいえ、もう"KAST"という名前自体を廃止して、チーム名を"銃士"にしようと思ってるの。」
「「「「!?」」」」

KASTの4人はまたもや驚愕した。
これまで名乗っていた名前が急に変わったので無理もないだろう。
トモ・フェアリークォーツがその真意を聞いていく。

「また急な話だね……今までの名前じゃダメなの?」
「うん、私は"銃士"も帝国剣士や番長みたいに加入や卒業を繰り返す集団になってもらいたいと思っているの。」
「繰り返す……ねぇ」
「みんなだっていつか、私みたいに戦士を辞める日がくるはずよ。
 次に辞めるのはカリンかもしれない。サユキかもしれない。そして……トモかもしれない、よね。」
「!」
「もしもそうなったら国の最高戦力はアーリーだけになっちゃう。そんな未来、心配じゃない?」
「「「うん、心配。」」」「ちょっと!」
「KASTって名前だとあなた達だけを指すから、"銃士"に改名してどんな子でも入れるようにしちゃいましょう。
 ふふ、大丈夫。私たちの後輩はきっと良い子ばかりに決まっているから。」

ユカニャの思いが伝わったのか、
KASTの4人は、いや、"銃士"の4人は互いの顔を見て微笑み合った。

16名無し募集中。。。:2021/10/07(木) 17:04:57
絶妙なタイミングだな

17 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/09(土) 03:12:24

ユカニャが話していた新人"銃士"、ルル・ダンバラ・モミジクバルは汽車に乗って城へと向かっていた。
ここ数年で鉄道技術が発達し、いたるところに鉄道網が張り巡らされている。
これもユカニャ王が主導する「ふるさとの未来」というプロジェクトの一環で、
成長過程の企業の頑張りによって生活が豊かになっていっているのだ。

「とても便利な世の中になったんじゃ。
 そういえば最近、地下を走る汽車が出来るって噂を聞いたけど、本当にそんなこと出来るのかな?」

噂の審議はともかく、今ルルが乗っている汽車はとても速い。
この分なら半日後には城に到着することだろう。
やがて汽車は途中駅で停車し、乗客たちは次の発車までにしばしの休憩をとることになった。
海沿いの駅で潮風が心地よかったので、ルルは風に当たろうとした。

(えっ!?……この感じは……)

突如、海の方から強烈な殺気が発せられるのをルルは感じ取った。
厳しい鍛錬を積んできたルルは戦士の基本を心得ている。
先輩銃士らが苦労して修得した殺気の探知や制御も、ルルは自在に行うことが出来るのだ。

(敵か?……じゃったら、躊躇はせんけぇ……)

ルルは武器を片手に海岸へと走った。
向こうが狙ってきているのであれば黙ってはいられない。迎撃するまで。
そして砂浜に辿り着いたところでルルが目撃したのは、
刃渡り1mをも超える長い刀を持った女性の姿だった。
辺りには大量の血液が飛び散っており、彼女自身の衣服にも返り血がベッタリと貼りついている。
間違いない。この女性が、手に持つ刀で殺めたのだ。
しかも恐ろしいことに、独り言をブツブツと呟き続けている。

「まだ足りんき……もっと、もっと捌きたい……」

相手はどう考えても異常者だ。
やられる前にやるしかない。
そう思って先手必勝の精神で仕掛けようとしたルルだったが、
直前で何かに気づき、慌てて攻撃を取りやめる。

「あれ?……そういうこと?……」
「んっ?どちらさまですか?」
「あ、いや……失礼しました!」
「行っちゃった。変な人やき。」

彼女の殺気はルルに対して向けられたものではなかった。
勘違いを恥じたルルは、火照った顔を覆いながら駅へと駆けていく。

18 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/09(土) 03:14:53
>>16
銃士のパートのタイミングで金澤卒業が重なったのは驚きましたね。
おおまかな流れは決めていたのですが、ところどころは卒業を意識した文章にしました。

19名無し募集中。。。:2021/10/09(土) 09:07:16
るるちゃんとかわむーだ!

かわむーは番長?

20名無し募集中。。。:2021/10/09(土) 10:43:40
もう前に出てきたでしょ

21 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/10(日) 09:24:49

マーサー王国の城から離れたところにある、とある施設。
ここではファクトリーに感染した拳士(こぶし)達が生活をしていた。
拳士は書類の上ではマーサー王国の兵士に属しているのだが、
暴走のリスクがあるため隔離されているのである。

「ねぇアヤパン、今日はモモコ様がいらっしゃる日だよね?」
「ええ、そうよ。よく覚えてたね、アヤノ。」
「そりゃあね。司令が無い今、一番の楽しみだもん。」

ベリーズ戦士団は定期的に拳士たちのもとを訪れていた。
ファクトリーの浸食状況を観察するという意味合いもあるが、
いつか彼女たちが元の身体に戻り、本当の意味でマーサー王国兵になった時のために、戦闘技術の指導もしているのである。
それが拳士たちにとってはかけがえのない時間だった。
アヤノはベリーズ全般を尊敬しているが、特にモモコに憧れているため、
今日はいつも以上にテンションが上がっているようだ。

「アンタら、くれぐれも失礼が無いようにしなさいよ!
 特にフジー!モモコ様に抱き着きでもしたら息の根を止めるからね。」
「マイミ様以外にはそんなことしないし」
「いや、マイミ様にもしない方がいいからね。」

フジーにドン引きしながらも、アヤノはお次にノムに喰ってかかった。

「ノム!モモコ様がいらっしゃるんだから絶品料理を振る舞うのよ!」
「ふっ……私を誰だと思っているの」

ノムは拳士きっての料理人。
包丁を握ったかと思えば一瞬で目の前の食材を捌き、あっという間に寿司を握ってしまった。
ファクトリーは武器を嫌うため、拳士は握った刃物をボロボロに腐食させてしまうものなのだが、
ノムは調理時の闘争心を極限まで抑えることにより、包丁を壊さずに料理を行えるようになったのだ。
これは誰でも出来ることではない。想像も出来ないほどの努力の結果だろう。

「へいお待ち!ウニとカンパチだよ!」
「ちょっと!魚は嫌いっていつも言ってるでしょ!」
「モモコ様の大好物で揃えたんだけど?」
「うぐぐ……」

ノムの料理の腕前は非常に優れている。
伝説の料理人クロッキや、西の地方で騒がれているマグロ解体師には流石に敵わないが、
これらの寿司はそれらの職人に次ぐレベルだと言ってもよいだろう。
ただ、そんなノムにも弱点があった。サクラッコが指摘をする。

「モモコ様がいらっしゃるのはまだまだ先なんでしょ?お寿司は生ものだから傷んじゃうんじゃない?」
「あっ……」

ノムはうっかりさんなところがあった。
初期はしっかりしているように見えたが、共同生活をしていくうちに天然ボケが目立つようになったのだ。
作ったものは仕方ないと拳士のみんなでお寿司に舌鼓を打っているところに、
突如、違和感を覚えはじめた。

「あれ?……」
「この感じは……」

強烈な圧を感じたのでモモコがやってきたのかと思ったが、それとは何やら感じが違う。
どちらかと言えば拳士のみんなと近い雰囲気の者がやってきているようだ。
ファクトリーの感染者は、同じ感染者がいることを知覚することが出来る。
つまり、拳士の8人以外のファクトリー感染者がすぐそこまでやってきているということだ。
全員が緊迫している中で、ガチャリとドアが開く。

「こんちわー、勧誘にきましたーっ」

22 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/10(日) 09:28:04
前スレのOMAKE更新(未来の新人合同演習)では高知弁の人が出てきましたね。

現時点ではかなりまどろっこしい言い方になりますが、以下のような時系列になります。

現在:ルルが高知弁の異常者?に遭遇
未来:合同新人演習の放送係が高知弁の人

たぶん、近いうちには正体が明らかになるのでお待ちくださいw

23 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/11(月) 09:01:53
現れたのは、髪が長くて少し肌の色が黒い少女だった。
年齢も拳士たちと同じくらいに見える。
彼女はペコリと頭を下げて自己紹介をし始めた。

「どうも、キシモン・ドアナイって言います。 気づいてるとは思いますけど、私もファクトリーを患ってるんですよ。
 説明したいことあるんで、お邪魔しても良いですかね?」

拳士たちは警戒した。
キシモンが嘘をついているとは思っていない。
むしろ本当だからこそ気を張っているのだ。
キシモンから発せられるこの感じは確かにファクトリー特有のもの。
疑いようがなかった。

「どうする?」

フジーがアヤパン見て、そう言った。
自分達のリーダーはアヤパンだ。こういう時の決断は彼女の仕事である。

「うん、中に招き入れよう。まずは話を聞いてみようよ。」

拳士の8人も最初は見知らぬ同士だった。それが今は仲間になっている。
ひょっとしたら目の前のキシモンも9人目の仲間になるかもしれないとアヤパンは考える。
それに、もしもキシモンが敵だったとしても8対1で戦うことになるため容易に制圧出来るとの判断だ。
そして、アヤパンにはもう一つの考えがあった。
移動中にレイに対して小声で伝える。

「リサマルの手がかり・・・掴めるかもね。」
「!」

それはアヤパンとレイの昔からの友人の名だった。
自分達の8人以外にもファクトリー感染者がいるのであれば、
そして、行方の知れぬ旧知の友人も同様の症状なのであれば、
目の前のキシモンから何らかのヒントを貰えないかと思ったのである。

「わぁ〜!こんな美味しそうなお寿司をいただいちゃっていいんですか!?」

席に着くや否や、キシモンはノムに勧められたお寿司を頬張った。
服毒の可能性もあると言うのにすぐに口にするあたり、拳士に対して敵意や警戒心は無いように見える。

「美味しい!美味しい!料理の天才ですか!?」
「えへへ……お粗末さまです……」

素直に感想を言うキシモンに対してノムは照れてしまった。
他の拳士の面々も、このキシモンは悪人では無いのだなと思い始める。
ここでアヤパンが本題を切り出した。

「ところでさっき勧誘って言ってたけど、あれはどういう意味?」
「あー、まず説明するとですね、私はファクトリー感染者で構成された6人組グループ”椿姫(つばき)”に属しているんですよ。」
「!?」

拳士(こぶし)の8人は驚いた。
ファクトリーに苦しむ者が自分達以外に6人も存在して、しかも徒党を組んでいるなんて思いもしていなかった。
ならばその中にアヤパンとレイの友人も含まれているかもしれない。
それについて聞こうとしたが、キシモンが更なる衝撃を上からぶつけていく。

「それで、拳士(こぶし)さんでしたっけ?そちらは8人ですよね。
 ウチら椿姫(つばき)と合わせたら14人になって、食卓の騎士の11人を超えるんですわ。
 どうですか?ウチらと組んでベリーズとキュートをぶっ倒して、天下を取りませんか?」
「……は?」

24 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/13(水) 00:00:06
続きは木曜の夜になりそうです。

25 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/14(木) 23:59:14

キシモンの発言を聞いた瞬間、アヤノはパンチを出していた。
"食卓の騎士を倒す"……そんな考えを聞いただけで敵とみなしたのである。
しかしその攻撃を黙って受けるキシモンではなかった。
机を蹴っ飛ばして後方へと跳びあがり、アヤノの攻撃を回避する。

「あれ?話し合いは決別ですか?」
「あったりまえだろっっ!お前なんか敵だ敵!」

ベリーズを尊敬するアヤノが特に激怒しているが、他の拳士だって同じ考えだ。
自分たちがこうして人間らしく暮らしているのはベリーズとキュートのおかげだ。
そんな恩人をぶっ倒すだなんて、同調できるワケがない。
そんな中、ノムが大きな声で叫び出した。

「あ!思い出した!!」
「どうしたの?」
「このキシモンって人、マーサー王国の研修生にいたよ!
 研修生はたくさんいるからすぐには分からなかったけど、ベリーズ様の大ファンで有名だった子だ!
 それこそ、アヤノに匹敵するくらいベリーズ様を尊敬していたはず……」

それほどの者がベリーズを軽視するなんておかしな話だ。
マーサー王国の研修生であれば食卓の騎士の強さ、偉大さは十二分に分かっているはず。

「尊敬?そりゃ今も尊敬はしてますよ。ただな、こっちは事実を言っとんねん。
 定年が近い食卓の騎士様は日に日に弱体化していっている。
 対して、ウチら椿姫(つばき)と拳士(こぶし)は力を暴走させれば食卓の騎士様をも超える。
 となれば……2組が力を合わせれば本気で天下を取れそうやろ?」

ブチ切れたアヤノが今度こそキシモンの息の根を止めようとしたが、それをアヤパンが制した。

「なんで止めるの!」
「ねぇ、あの子の目、おかしいと思わない?……」

キシモンの瞳は真っ黒に染まっていた。人間ではありえない色だ。
同時にファクトリー感染者が暴走した時のような、禍々しいオーラが発せられているのも感じ取ることが出来る。
そこでアヤパンが1つの仮説を導き出した。

「ひょっとして……感染がもう1段階進んでいるんじゃない?」
「「「「「「「!?」」」」」」」

拳士たちは暴走のリスクこそあるものの、基本的には正気を保っている。
日常会話だって感染前と同じように行うことが出来ていた。
だが、瞳が真っ黒に染まったキシモンはそれすら出来ない状態にあるのではないだろうか。
尊敬するベリーズさえも軽く見るように、精神そのものが汚染されているのかもしれない。

「へぇ……リーダーさん、なかなか頭ええなぁ」
「あなた、自覚をしているの?……」
「私たちはなぁ、いつの日からか目に見えるものがすべて真夜中みたいに真っ暗になったんや。
 日の沈んだこの世界、楽しいものなんて破壊しか無いんやで……」

彼女らの名乗る"椿姫"とは、実在するオペラ作品の名前だ。
その作品の原題は「道を踏み外した女」。
日の出を見ることの叶わない彼女らは、もう、既に、道を踏み外している。

26名無し募集中。。。:2021/10/15(金) 13:41:58
日の出か…
面白くなってきたな

27名無し募集中。。。:2021/10/16(土) 01:43:59
りこりこはどんな感じなんだろう?のむさんの反応も気になる

28 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/16(土) 04:00:10

「アヤパンの言う通りみたい……暴走する前に取り押さえよう!」

フジーは体勢を低くして突進し、キシモンに抱き着きにかかった。
過去にマリアにやったようにクリンチをして行動を封じようとしているのだ。
いくらキシモンの感染が次の段階に進んでいようとも人数差は歴然。
8人がかりなら容易に押さえられるだろうと考えている。
しかし、キシモン・ドアナイは少しの心配もしていなかった。

「ナメられたもんやなぁ!」

キシモンがそう叫んだ瞬間、ドンガラガッシャンと言った轟音が周囲に響き渡った。
耳をつんざくような大音量に拳士たちは怯み、動きを止めてしまう。

「なっ……!?」

近くまで迫っていたフジーは不思議に思った。
音がキシモンから発せられたのは事実なのだが、音源が全く分からないのだ。
楽器などを持っているワケではなく、床を蹴ったようにも見えない。
これではまるで、キシモン自身から大音量が発せられたように思える。

「ねぇ……今の音って、本当に"音"だった?……」

サクラッコの発言の意図が拳士たちには掴めなかった。
だが、普段からマイクパフォーマンスを行っているサクラッコにはよく分かる。
キシモンが発したのは音のようで音ではない。
ここで、アヤパンもその正体に気づいたようだった。

「音は耳の中の鼓膜が揺れて聞こえるもの……でも、キシモンの音は耳じゃなく、ダイレクトに心に伝わってきた……」
「アヤパン、これってまるで……」
「そうねサコ。いま私たちが相手にしているキシモンは、食卓の騎士様のようにオーラを放つことが出来るんだ。
 さしずめ、"音のオーラ"をぶつけてきたんでしょうね……」

クマイチャンの重力のオーラや、マイミの暴風雨のオーラ。
それらと同様にキシモンは殺気を"音のオーラ"に変換して操ったのだ。
このような芸当は帝国剣士や番長、銃士らにも真似できない。

「ご名答や。まぁ、これくらいはウチの子たちはみんなやっとるけどな。」

ファクトリーは手に持つ武器を腐食させるため、感染者は武器を扱うことが出来ない。
拳士はメンバーそれぞれが格闘技を修得することで戦闘力をカバーしたのに対し、
椿姫はベリーズやキュートと同等の殺気コントロールにより凶悪な強さを実現している。
6人全員が食卓の騎士クラスだなんて、拳士たちは動揺せずにはいられなかった。

「さぁさぁ!魂を揺さぶるミュージックをハートに直接ブチこんだるわ!!」

キシモンは大気を震わせる程の爆音を解き放った。
彼女は自身の"音のオーラ"を「コンチェルト」と名づけており、その音量はまるで大人数で構成された楽団が奏でるようだった。
本当の音では無いとは言え、拳士のほとんどはこれによって動きを阻害されてしまう。
格闘技の大半は精神統一が必要なため、大音量の中では真価を発揮するのが難しいのである。
だが、そんな爆音の中でも戦うことの出来るファイターも存在していた。

「サコ!リングアナをお願い!」
「ノム!!うん、分かったよ!!」

気づけばノムは室内のタンスの上に登っていた。
そして、さっきまではつけていなかった謎のマスクを頭にかぶっている。

「なんや?……そんなフザけたカッコをして……」

キシモンはそう言うが、ノムはいたって真面目だ。
彼女の得意とする格闘技は興行としての側面も合わせ持っており、大歓声であればあるほどパワフルになる。
サクラッコがマイクで彼女の名を呼びあげれば試合開始。ゴングが鳴るのだ。

「青コーナー!ノム・リーカー!」

29 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/16(土) 04:01:41
今はキシモンが登場していますが、他の椿姫5人もどんどん出てくる予定ですよ〜
そのうち3人は本当にすぐです。

30名無し募集中。。。:2021/10/16(土) 12:36:13
のむリークまたしてほしいな

31 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/17(日) 03:07:30

アヤノが軍隊式格闘術コマンドサンボを扱うように、
ノム・リーカーはプロレスの技を戦闘に取り入れていた。
これはノムがかつてプロレス道場に世話になった経験から来ており、
その団体の名称を自身の戦闘スタイルの名にも流用していた。
ノムのプロレス「WNC」は拳士屈指の力強さを誇る。
今まで立っていたタンスの上からダイブし、キシモンにボディープレスを喰らわせる。

「そりゃあ!!」
「な、なんや!?」

爆音を全く気にせず突っ込んできたので、キシモンは驚き、直撃を受けてしまう。
しかし、ノムの身体はかなり軽い方だ。
キシモンは腕に力を入れて、ちゃぶ台を返すようにノムをぶん投げた。

「そんなん効かんわ!増量してから出直してこいっ!!」

ファクトリーで力強く造り変えられた腕で投げ飛ばされたのだから、落下時のダメージは相当のものだろう。
だが、ファクトリーの力を利用できるのはノムだって同じだ。
下半身を強化して難なく着地したかと思えば、その勢いのまま猪突猛進の如くキシモンに突っ込んでいった。
そして右腕全体を鋼鉄のように硬くし、キシモンの首に強烈なラリアットをぶつけるのだった。

「ぐうっ……!」
「まだ終わらないよ!」

呼吸が出来ず苦しむキシモンに対して、ノムが大きく振りかぶった平手打ちをバシンを打ち込んでいく。
脳をも揺さぶる殺人ビンタをまともに受けたためキシモンは平衡感覚を失ってしまう。

(アカン……拳士は全員が格闘技の達人と聞いとったけど、これほどとは……)

ノムとキシモンのどちらも肉体を造り変えて強化しているとは言え、プロレス技術で戦える分だけノムの方が有利だった。
言うならばプロレスラーと素人が喧嘩をしているようなもの。
キシモンが接近戦をするのは分が悪すぎる。ここは退くのが得策だろう。

「いや!ここで退いてたまるか!!むしろガチンコで勝負したるわ!!」

ファクトリーの感染がもう1段階進んだ椿姫たちには、殺気をコントロールする術がある。
キシモンは音のオーラを長い脚に集中させて、ノムのお腹に蹴りを入れた。
蹴り自体は凡庸かもしれないが、その脚にはキシモンの殺気がこれでもかという程に込められている。
ノムは音の爆弾を体内に直接ブチ込まれたため、大ボリュームに耐えきれず意識が吹っ飛びそうになる。
……が、まだ堪えている。二本の脚で立ち続けていた。

「しぶといな!せやったらもう一発!!!」

キシモンは先ほどと同じように爆音を集めた脚でノムの鳩尾を蹴りあげた。
これでノムの体内では爆音と爆音がぶつかり合い、更なる轟音を産んでいった。
実際ノムは爆撃を受けたかのような苦悶の表情を浮かべているし、血反吐だって吐いている。
だと言うのに、
ノム・リーカーは倒れたりせず、未だに立ち続けていた。

「な、なんで倒れへんのや!おかしいやろ自分!」
「私は……レスラーだからね……」
「は?……」
「どんな攻撃も……全部受け止める覚悟があるから……我慢できるんだ……」
「アホか!100発喰らってくたばれ!!!」

32 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/17(日) 03:08:11
キシモンがまたも蹴りを入れようとしたところで、何者かの足払いを受けて転ばされてしまった。
その正体はアヤノだ。すぐ後ろまで接近してきていたのである。

「な!?爆音で動けないはずじゃ……」
「アンタの音はとっくに消えてたよ。自分で分かってなかったのかよ、このマヌケが。」
「え?え?」

キシモンは己の全てをノムにぶつけ続けた結果、音のオーラの出力を維持できなくなっていた。
MAXのフルパワーはベリーズ・キュートにも引けを取らないが、
殺気の扱い方をここ最近修得した椿姫は、持久力も食卓の騎士クラスとはいかなかったのだ。
だがおかしなことがある。キシモンは今の今まで間違いなく爆音を感じ取っていた。
ここには楽器なんて1つも無いと言うのに、演奏音はどこから聞こえたというのだろうか?

「レイの仕業でしょ〜」
「分かりました?まぁ、この程度の音なら朝飯前なので……」

タグとレイの会話を見て、キシモンは目をパチクリさせた。
キシモンのオーラがパワーダウンしてからは、どうやらレイが代わりに音を再現していたようだ。
手ぶらのレイがいったいどうやったのか?詳しく調べたいところだがキシモンにはそんな猶予はなかった。
既にアヤノに乗っかられて、右もも、左もも、左肩の3点を押さえられている。
これは以前にオダ・プロジドリがアヤノに動きを封じられたのと同じ状態だ。

「動け……ないっ……くそっ!くそおおおおお!!!」
「昔はベリーズ様の大ファンだったんだって?
 今の腐った性根を叩きなおして、昔のアンタに戻してやるよ……私の必殺技でさぁ!!」
「!?」
「喰らえっ!!!"4点"!!!!」

右ひざで敵の左ももを封じる。これが1点目。
左ひざで敵の右ももを封じる。これが2点目。
右手で敵の左肩を封じる。これが3点目。
そして残った左手で敵の頭蓋を思いっきりぶん殴る。
これがアヤノ・ハマチャン・チョーダイの必殺技「4点」だ。
ファクトリーの力でガチガチに固まった拳は、どんな強敵だろうと打ち砕くことが出来る。

33 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/17(日) 03:10:26
>>30
ハロプロは卒業したけど籍はまだ事務所に置いているんですよね。
いつかまた登場する日を願ってます。

34 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/18(月) 01:30:12

アヤノの必殺技をモロに受けたキシモンは白目を剥いて意識を失った。
そして額がパックリと割れてしまい、血液が勢いよく噴き出してくる。
普通の人間であればこのまま死にゆくのだろうが、
ファクトリーがキシモンの肉体の修復作業を行うため、数時間後には完全回復することだろう。

「治る前に縛っちゃおう。レナコ、ロープ持ってきて。」
「うん、わかった!」

キシモンを倒した今、椿姫なる組織から報復される可能性は非常に高い。
他に5人いるというメンバーの強さがどれほどかは分からないが、
少なくとも、苦労して撃破したキシモンはキツく捕縛して戦闘不能にすべきだ。
そう思っていたところで、レナコがある発見をする。

「ねぇ……あのひと、だれかな?」
「「「「「「「!?」」」」」」」

レナコの指さす方向には、またも拳士らと同年代の女性が立っていた。
童顔で、何やら眠たそうな表情をしており、こちらに向かってゆっくりと歩いてきている。
その人物を見た瞬間、普段は感情を昂らせたりしないノム・リーカーが叫び出した。

「リコちゃん!!!!」
「ふふっ、久しぶりだね、ノム。」

その女性の名はリコ。
マーサー王国の研修生だった過去を持ち、ノムにとっては無二の大親友だ。
感動の再開と言いたいところが、ノムも気づいていた。
この状況で突然現れることの意味など一つしかないことに。

「リコちゃん!まさか!まさかリコちゃんは……!!」
「うん、そのまさかだよ。キシモンを返してもらうね。」

そう言った瞬間、今までゆっくり動いていたはずのリコが高速で接近してきた。
そしてあっという間にキシモンのところに到達したかと思えば、即座に抱えて施設の外に脱出する。
リコはこの一連の行動を、拳士に全く邪魔されることなく迅速にこなしてしまった。
では、相手の行動が分かっていながらキシモンの奪還を阻止できなかった拳士たちは大マヌケなのか?
いやいや、そんなことはない。彼女らは必死で止めようとしていた。
ただし、高速でキレッキレに動くリコに対して、拳士の動きは信じられないくらいスローになっていたのだ。

(え!?動きが遅い……!?)
(どういうこと!?)

椿姫はベリーズやキュートのようにオーラを自在に操ることが出来る。
キシモンが"音"のオーラを発したように、
リコは"時間"を歪めてみせたのだ。
彼女のオーラは脳に直接作用し、速度の認識を大幅に誤認させる。

「リコちゃん……そんな力を持つなんて、やっぱり……」
「そうだよ〜。私もファクトリーの感染者。これでも一応椿姫のリーダーやってるんだ。」

キシモン同様に瞳が真っ黒に染まっていることから、その発言は真実であると分かる。
椿姫に属しているのあれば、リコもまた食卓の騎士を狙っているのだろう。
親友が変わり果ててしまった現実をノムは受け入れたくなかった。
だが、歯を食いしばってでも認めなくてはならない。

「リコちゃん……私が正気に戻してあげる!」
「ふぅ……そういう目で見るのやめてもらえませんか?」

35名無し募集中。。。:2021/10/18(月) 02:29:27
りこそ目だー
そういう目て見られたいくせに

36 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/19(火) 01:41:20

ここで気を失っていたはずのキシモンが目を覚ました。
額の大量出血と、リコに抱きかかえられている状況から全てを理解する。

「そうか、負けちゃったか……リコ、ごめん。」
「気にしないで。勧誘はどっちみち上手くいかないと思ってたし、戦闘も大人数相手によくやったよ。
 ここは一旦退いて、作戦を練り直そう?」
「せやな。2人が助けにきてくれて本当に助かったわ。」

キシモンが"2人"と発言したことに拳士たちは反応した。
助けに来た新手はリコだけのはず、そう思っていたのだが実際はそうではなかった。
よく目を凝らしてみればもう1人いる。
リコのすぐ後ろにピッタリと貼りついていたのだ。

「いつの間に?……いや、ひょっとして、最初からいたというの?」

アヤパンの推測通り、その少女はずっとリコの背後にくっついていた。
リコがゆっくり歩いた時も、"時間"のオーラを操作してメリハリのある動きをした時も、
少しも離れることなくリコのすぐ後ろをキープしていたのだ。
その行動の意味は理解しかねるが、拳士たちはその美人顔の女性に異様な恐怖心を抱いてしまう。
ヤツに近づけば、何かとんでもなく恐ろしいことが起きるような、そんな気がしてならないのである。
これでは追いたくても容易に接近することが出来ない。
いや、そもそも"時間"を自在に操るリコがいる時点で、逃げた椿姫を拳士が捕まえるなんて土台無理な話だった。

「じゃあキシモン、そろそろ帰ろうレッツゴー!」
「待って!!」

リコがこの場を離れようとしたところで拳士のリーダーアヤパンが声を荒げた。
待てと言われて待つ相手ではないと分かりながらも、どうしても確認したいことがあったのだ。

「椿姫って言ったっけ……あなた達の組織に、リサマルもいるの?」
「「「!」」」

キシモンも、リコも、そして背後に密着するもう一人も、例外なく驚いた顔をしていた。
リサマルという名前が出てきたことが予想外だったようだ。

「へぇ……リサマルの知り合いなんだ。そうだよ。リサマルは私たちの仲間だよ。」
「「!!」」

アヤパンとレイは雷にでも打たれたような顔をしていた。
信じたくなかった最悪のシナリオが現実となってしまったのだから無理もないだろう。

「リサマルはどこにっっ!!」
「え、どこにいるんだっけ、キシモン覚えてる?」
「リサマルの担当はモーニング帝国やろ。帝国剣士を内部から崩壊させるって言っとったやんか。
 助けてくれたのは有難いけどな、リコはリーダーなんやからもう少ししっかりせな。」
「ごめん……だって、リサマルの考えた作戦ってなんか難しいんだもん……」

"モーニング帝国"、"内部から崩壊"、"リサマルの考えた作戦"……
そのようなワードが飛び交ったため、アヤパンとレイはすっかり打ちのめされてしまった。
ノムがリコを見てショックを受けたように、友人リサマルの変わりっぷりに衝撃を受けているのだ。

「あらら、なんか言いすぎちゃったみたい。じゃあ今度こそ帰ろうっか。」

そう言うと椿姫の3人は光の如き速度で立ち去った。
心に大きな傷を負った拳士たちがリコの時間操作に対抗出来るはずもなく、みすみす逃がしてしまう。

37 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/19(火) 01:42:33
同時刻、モーニング帝国城。
任務を終えたアカネチン・クールトーンがが街に繰り出そうとしているところだった。
ウキウキのアカネチンを見て同期のハーチンが声をかける。

「最近のアカネチンはなんか楽しそうやな。良い事でもあったんか?」
「そう見える〜?実はね、新しい友達が出来たんだぁ〜」
「お〜ええやん。」
「これからカフェで一緒にお茶するの。その人ね、とても頭が良くて話が面白いんだよ。」
「完全にデートやないか。式には呼んでな。」
「馬鹿言わないでよ!相手は女の人だっての!」

茶化すハーチンを放っといてアカネチンは街のカフェに到着した。
その友人は戦士ではなく一般の人らしく、今は職探し中の就活生とのことだ。

「マルねぇ!遅くなってごめんね。」
「ううん、全然待っていないよ。今来たばかりだからね。」
「良かった〜そうだ聞いて聞いて、最近帝国剣士に新人が入ってきたんだけどさ、
 実はその人は研修生時代の先輩で……あ、ごめん、仕事の話なんか聞いても退屈だよね……」
「そんなことないよ。アカネチンのお仕事の話、もっと聞きたいな。」
「え〜?マルねぇがそう言うなら、別にいいけどぉ……」




第三部:kobushi-side
ファクトリーに蝕まれた拳士たちが事件を起こす物語。

そして、
親友同士が互いに殺し合う物語。

38 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/19(火) 01:43:28
>>35
このシーンはかなり早い段階から書こうと思っていましたw

39名無し募集中。。。:2021/10/19(火) 08:54:19
ゾクゾクするやん

40 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/20(水) 00:55:38

拳士が椿姫と交戦してから数時間後、当初の予定通りモモコが訪ねてきた。
ウニとカンパチのお寿司を振る舞いたいところだが、そうもいかない。
アヤパンやレイと同じように料理担当のノムが自室で休んでいるため握りなおすことが出来ないのだ。

「そう、そんなことがあったの……」

アヤノら5人から報告を受けたモモコは険しい顔をしていた。
瞳が真っ黒に染まった椿姫たちは暴走こそしていないものの正気を失っている。
食卓の騎士を直接狙ってくるならまだ良いが、
無関係の民間人を襲うなんてことがあれば大問題だ。
モモコの悩みの種を察したのか、アヤノ・ハマチャン・チョーダイが補足をする。

「アイツらは、リサマルって名前のヤツが帝国剣士に接近するって言っていました!」
「なるほど……となれば、その名前だけでもすぐに伝えた方が良さそうね。ハマちゃん、ありがとう。」
「いえ、お役に立てて嬉しいです……」
「椿姫は全員で6人か……そのうち3人がここに攻めてきて、1人はモーニング帝国。
 となれば、残りの2人はそれぞれアンジュ王国と果実の国で何かすると考えるのが自然ね。
 フナッキ!ヤナミン!ひとっ走りしてアヤチョ王とユカニャ王に伝えてきてくれる?」

モモコは自分の後ろに立っていた2人の少女にそう命じた。
この小さくて可愛らしい子らはモモコの部下であり、
マーサー王国の遊撃部隊"カントリーガールズ"の新人なのである。
拳士らもリサ、マナカ、チサキ、マイとは面識があったが、ヤナミンとフナッキは初対面のようだ。
だが、この2人も先輩同様に一癖も二癖もある人物だった。

「はぁ〜〜!?なんでそんな面倒なことせなあかんねん。隣国つっても遠いやろ!足クタクタになるわ!」

ガラの悪いショートカットはフナッキ・カツメイトだ。
アカネチンやマイ、レイよりも年齢が低く、まさに子供そのものなのだが非常に生意気だった。

「ユカニャ王は、その、愛情表現が少々過剰すぎるので……他の任務を任せてもがえませんか?」

おでこを出した長髪はヤナミン・リーガル・オトギヒメだ。
真面目で良い子ではあるのだが、とある理由でユカニャ王を苦手としているらしい。

「まったくもう!ヤナミンもフナッキも私の部下だってこと理解してるの?」
「モモコ様」
「ハマちゃん?どした?」
「私に任せてください。こいつら黙らせます。」

アヤノはそう言うとヤナミンとフナッキの頭を鷲掴みにして、怖い顔で睨みつけた。
さっきまではモモコにペコペコする少女という印象だったのだが、
急に恐ろしい雰囲気を醸し出してくるのでヤナミンもフナッキも恐怖してしまった。

「ねぇ、モモコ様の命令きけないの?」
「「あわわわわ……」」
「アンタ達はせいぜい二等兵ってとこだよね……上官の言うことは絶対だよ?ねぇ?タグ」
「うんうん、ハマチャン大佐の言うことは絶対」
「いや、私じゃなくてモモコ様をさ……あ、行っちゃった」

アヤノの圧に耐えきれなくなったヤナミンとフナッキは慌てて目的地へと走り去ってしまった。
フナッキはアンジュ王国へ、
ヤナミンは果実の国へ、
今回の椿姫騒動を伝えに走っていく。

41名無し募集中。。。:2021/10/20(水) 11:35:44
はまちゃん大佐つよい
二等兵3人でハロプロにいるのはかみこだけか
ちぃはモーニングに行きそう

42 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/21(木) 03:21:35
チサキの動きもそろそろ書く予定です。
モーニングにいるかどうかは……

今日は更新できなかったので、結構前に書いたOMAKE更新の紹介をしますね。
内容的には第二部と第三部の中間の話です。
三部初登場のキャラクターの前日譚が書かれています。

https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20619/1452342496/737-742

https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20619/1452342496/925-951

43 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/22(金) 02:32:42

ヤナミンが果実の国に向かって走ろうとした頃には、
新人銃士、ルル・ダンバラ・モミジクバルが城に到着していた。
ルルとの顔合わせのために、王の間にはユカニャ王と銃士4名が集まっている。

「名をルルと申します。国のためにこの身を捧げる所存です。」

丁寧な挨拶なので、逆に先輩銃士らの方が緊張してしまった。
彼女らは後輩慣れしていないのでルル以上にドキドキしているのだろう。
そんな先輩たちにユカニャ王が新人を紹介していく。

「ルルちゃんは西の地方では名の知れた戦士なのよ。
 武道大会で2度も優勝した実績があるし、殺気だってもう扱えるのよね?」
「はい。でも、先輩方には及ばないと思いますが……」

先輩銃士らは呆気にとられたような顔をしていた。
過去の自分たちは、武道館へと続く戦いでベリーズとやり合った末に、
やっと殺気をコントロールできるようになっていた。
ルルはまだ新人だというのにその域まで達しているなんて凄まじすぎる。

「戦闘面では文句なしね。趣味とかは有るの?」
「料理……ですね。朝ごはんは毎朝自分で作っていますし、色んな国の料理にも挑戦しています。」
「まぁ!今度ごちそうして!」

トモも、サユキも、カリンも、後輩のハイスペックぶりに頭がクラクラしてきてしまった。
自分たちも料理をするにはするが、目の前のルルには勝てる気がしない。
公私ともに優秀な後輩が入ってきたので、心強いなんてもんじゃなかった。

「百戦錬磨な上に料理も得意なんて凄いね!私たちにはマネできないや!」
「なんか、ひとりで生きられそうって感じだよね!」
「うんうん、頼りにしてるよ!」
「えっ……」

先輩たちに褒められたというのに、ルルはどこか浮かない顔をしていた。
だが、すぐ笑顔に切り替えて自分の考えを述べていく。

「あの!皆さんのご活躍は私の故郷にまで届いていたんです!
 ストイックでスキルが高いと評判の先輩方と肩を並べて戦うのが夢でした!
 まだ未熟ですが、皆さんをお手本にもっともっと強くなります!」

それは嘘偽りのないルルの本心だった。
初めての後輩が出来て舞い上がっているトモ、サユキ、カリンは浮かれながら言葉を返す。

「いや〜、もうお手本とかいらないっしょ」
「肩を並べるどころかとっくに追い越しちゃってたりして!?」
「私たちが卒業してもルルちゃんがいたら安心だよね〜」
「……」

下を向くルルに、アーリー・ザマシランが突然肩を組んできた。
これまで何も話していなかったのに、急に密なスキンシップを取り出したのでルルは驚く。

「ええ!?」
「ねぇねぇルルちゃん、今から一緒にパトロールに行こうよ!
 今日は私の担当なんだけどさ、せっかくだし付き合わない?」
「は、はい……」
「ねぇユカ、ルルちゃんを連れてっていいでしょ〜?」
「だからユカニャ王と呼びなさいって……
 まぁ、ルルちゃんも銃士の一員なんだし、連れていくのは問題ないわ。」
「やった!決まり!」

アーリーの押しが強いのでルルはついつい流されてしまった。
マイペースなアーリーにトモ、サユキ、カリンも呆れ気味だ。

「まったくアーリーは……新人に迷惑かけないでよね。」
「この辺のパトロールならもうルルちゃん一人で大丈夫なんじゃない?」
「ルルちゃん、アーリーのお守り宜しくね。」

44 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/23(土) 01:55:37

ルルも言った通り、銃士たちの偉業は国中に轟いていた。
落雷の如く暴れまわる暴君・トモ、
万物を聴き分ける歌姫・サユキ、
完璧な戦闘を魅せるサイボーグ・カリン。
特にこの3名の強さは異常であり、多くの市民の憧れだったという。

(アーリーさんも当然強いんじゃろうけど……活躍した噂を聞かんというか……)

上で挙げた3人と比べると、アーリー・ザマシランのニュースは西の地方には届いていなかった。
もちろんルルも誰が書いたかも分からない記事だけで判断しようとは毛ほども思っていない。
自分の目で判断しよう……と思ったのだが、
そのアーリーがさっきからルルにベッタリくっついて甘えるものだから、余計に尊敬が薄れてしまう。

「ねールルちゃん!スイーツ並んだのに目の前で売り切れだったし、あこがれカフェは臨時休業だったね。
 次はどこに行こっか?何が食べたい?ケーキじゃないの?たまにゃラーメン、たまにゃタルトも……」
「アーリーさん、今は巡回中ですよ……」
「うん、だからこうして色んなお店をまわってさ、街が平和なのを確かめてさ、」
「いやいやいやいや、ルルは新人だからもっと手柄を立てたいんです!もっと悪人を探さないと……」
「え〜悪人なんかいないほうが良いと思うけどなぁ」

相も変わらず呑気なことを言っているアーリーを見て、ルルはため息をついた。
さっきから街をブラブラしているだけなので、これでは職務怠慢だ。
こんなことばかり続けていたら憧れていた戦士像には近づくことが出来ない。
失礼を承知で、ルルは抱き着くアーリーを振りほどいて走り出した。

「もう勝手にしてください!ルルは一人でパトロールしてきます!」
「あっ!……速いなぁ、もうあんなところまで行っちゃった。」

ルルは全力疾走をし、街はずれにまでやってきた。
こういう人目のつかないところには野盗のような輩がいるかもしれない。
そいつらをとっちめれば国の秩序は保たれるし、ルルの評価も上がる。一石二鳥だ。
警戒レベルをMAXに引き上げて辺りを見回したところ、とある女性が草むらに寝ころんでいるのを発見した。

「え!?まさか行き倒れじゃろか……」

ルルは慌ててその女性のもとに駆け寄った。

「大丈夫ですか!意識は、意識はありますか!」
「痛いの……痛い痛い痛い……い〜た〜い〜……」

ひとまず意識はあるようなのでルルはホッとした。
しかし、ひどく痛がっている様子のため安心はできない。
巻き髪でツインテールの女性の背中をさすりながら身体の調子を聞き出していく。

「いったいどこが痛むんですか?」
「足ー!」
「怪我をしているのかもしれん……ちょっと見せてください。」
「あのね、遠い遠いマーサー王国からずっと歩いてきたから足が痛いの。もう泣いちゃう。」
「え……」

怪我人と思っていたが、どうやら早とちりだったようだ。
ルルは顔を赤らめる。

「あ……そうですか……だったらこのまま安静にしたほうが良いですね。」
「ねー、あなた、果実の国の兵隊さん?」
「えっ、あ、はい。そうです。ルル・ダンバラ・モミジクバルって言います。」
「私はキソラ・ン・アイウエ!キソちゃんって呼んでね。キソでもいいよ。」
「はぁ……」

なんだか変な女性によく会う日だな、とルルは思った。

「ところで果実の国のKASTって人たち知らない?キソね、その人たちを探してるの。」

45 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/24(日) 00:56:28

「KAST?……」

キソラがKASTを探しているなんて言うのだからルルは驚いた。
こんなことを言うということは、キソラは先輩方の客なのだろうか?
それともただのミーハー的なファンなのだろうか?
どちらの線も考えられる。が、ルルがこの場で勝手に決めつけることは出来い。

「一緒に行きましょう」
「え?」
「先輩のところまでご案内しますよ。」

ルルは、ひとまずキソラをアーリーや他の銃士の先輩たちに会わせることにした。
自分では判断できないため、客人とファンのどちらなのかを先輩に聞こうとしているのだ。

「先輩ってどういうこと?」
「実はルルはKASTの新人なんです。あっ、今はKASTじゃなくて銃士って呼ぶんですけどね。」
「へ〜……そうなんだ……」

ここでルルは異変に気づいた。
キソラの眼球が真っ黒に染まっていたのである。
日の出さえも暗闇に染めるキソラの瞳を見て、ルルは動揺する。

「えっ?……」
「ねぇねぇ聞いて。キソね、とっても良いことを思いついちゃった。」
「!?」
「最初はさ、アーリー・ザマシランを狙うつもりだったんだ。
 キソは凄く強いけど……噂のトモ、サユキ、カリンには勝てないかもしれない。
 だから、KASTの弱点のアーリーを先に仕留めて、人質にしようって考えてたんだよ。」
「な、何を言って……」
「でもさ、ここにいるじゃん。もっと良い"人質候補"。」

キソラは強靭な腕を造りあげてルルに殴りかかった。
そう、彼女はリコやキシモンと同様に椿姫の一員だったのだ。
つまりはファクトリーの感染者。肉体を強靭に造り換えることくらい容易い。
拳士みたいな格闘術を修得していないにせよ、
そのパンチは巨大な岩を木っ端みじんにするほどの威力を誇っている。

(大丈夫大丈夫、殺しはしないよ。だって死んじゃったら人質にならないんだもん。)

キソラは新人ルルに負けることなど1ミリも考えていなかった。
これは驕りなどではない。
ファクトリーを宿す者とそうでない者とでは、身体スペックに象と蟻ほどの差が有ると信じているのだ。
しかし、それは相手がそんじょそこらの兵隊だった場合の話。
ルルは瞬時に頭を戦闘モードに切り替えてストレートパンチを回避し、
更にキソラの胴体に強烈な蹴りをぶっ放していく。

「うっ!?……」
「お客さんでも、ファンでも無いようじゃのぉ……悪人は問答無用で成敗じゃ。」

46 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/25(月) 03:14:37

反撃されるなんて思っていなかったキソラの胴体は生身のままだった。
そのため、ルルの蹴りで内臓をやられてしまい、血を吐き出してしまう。

「チッ……ムカつくなぁ!」

新人とは言えルルは銃士の一員。甘く見たらしっぺ返しを喰らうとキソラは理解した。
同じ轍は踏むまいと、全身をファクトリーの力で強化する。

「最初からこうすれば良かったんだ!」

キソラはフルパワーで大地をぶん殴った。
巨大なハンマーでも振り下ろしたかのような衝撃が発生し、あたりの地面が激しく揺さぶられる。
激震を起こしてルルの腰を抜かしてやろうと考えたのだ。
ところが、ルルの肝は思った以上に据わっていた。

「信じられんパワーじゃ……心してかからんと。」
「あれ?ちょっとちょっと、キソがファクトリーの力を出したのに驚かないの?」
「ファクトリー?……」

言葉の意味はルルにはよく分からなかったが、
ファクトリーとかいう謎の力のおかげでキソラが人間離れした力を発揮したことは理解できた。
敵が化け物じみているのであれば手加減は必要ない。
自分も全力の攻撃を見せてやろうと、腰の鞘に手をかける。

「刀?……めっずらし。帝国剣士様以外に剣を使う戦士がいたんだ。」
「……」
「でもキソにはそんなの通用しないよ。全部受け止めちゃうから」
「やってみないと分からんじゃろが!!」

怒声と共にルルは抜刀した。
その抜刀は音速並みに速く、一瞬にしてキソラの胸を切り裂いていく。
全く反応できなかったのでキソラは呆気に取られてしまった。

「え?……」

強化したはずの胸から血液が吹きだしている。
ルルの居合が鋭すぎたため、硬化した肉体までも裂くことが出来たのだろう。

「まずい、一旦、退かなきゃ……」
「疲れた足で逃げられるとでも?」
「あ……」

いくら脚部を強化したとしても、夜通し歩いた末の疲労までは取り除くことが出来なかった。
そのためキソラの移動速度は非常に遅く、ルルの追撃を3撃ももらってしまう。

「うっ……待って、待ってよ!」
「待つか!」
「違うの!1個だけ質問させてよ!なんでアンタがサヤシ様の居合刀を持ってるのっ!?」
「……!」

意外な言葉がキソラの口から発せられたので、ルルは動きを止めてしまった。
キソラの言うことはデタラメなどではない。
確かに、ルルの扱う居合刀はサヤシ・カレサスが愛用していた「赤鯉」そのものだ。

「何故、この刀がサヤシ様のものだと?……」
「ナメないでよっ!キソちゃんは帝国剣士の大ファンなの!
 推しは別にいるけど、武器の特徴くらい見れば分かるってーのっ!」

とは言ってもルルがキソラに刀身を見せたのは1分未満の僅かな時間だ。
見事ドンピシャで言い当てるなんて、相当濃いファンに違いない。

「なんて観察力なんじゃ……」
「褒めなくてもいいから教えてよ!なんでサヤシ様の刀を持ってるの!それレプリカじゃないよねっ!」
「……言う必要は無いじゃろ」
「なんでよー!キソちゃんほど愛が強くても、流石に武器までは手に入らないのに!
 公式グッズほーしーいー!ほーしーいー!推しへの愛が溢れて止まらないのー!
 ……あれ?愛?……」

ここでキソラの表情が変わった。
どうやら何かを思い出したようだった。

「そうだ、オーラを使うのを忘れてた!」
「オーラ?……」
「言っておくけどね、ルルちゃんの刀はもう二度とキソには届かないよ。愛の力を魅せてあげる。」

47 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/27(水) 01:40:35
次の更新は木曜の夜中になりそうです。

48 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/28(木) 23:56:54

それからの戦いは一方的なものだった。
ルルの刃はキソラの肌を一度も傷つけることが出来ず、
代わりにルルは幾度もキソラに殴られ、蹴られ続けていた。
地面に寝かされたルルは今もまだ状況が把握できずにいる。

「いったい……何が起きたんじゃ?……」
「だから無駄って言ったでしょ」
「???」
「これがキソの"愛のオーラ"の力なんだから」

キシモンが"音のオーラ"、リコが"時間のオーラ"を操るように、
キソラ・ン・アイウエは"愛のオーラ"を全身から発していた。
誰よりも推しへの愛が重い彼女は、愛されオーラまでも見事に操作してみせたのである。

「キソちゃん可愛いでしょ?こんなに愛らしいキソに攻撃なんて出来ないんじゃない?」
「そ、そんな馬鹿なことが……!」

信じ難い話ではあるが、実際にルルの斬撃は全て避けられていた。
いや、正確には当たる直前でルルが攻撃の手を緩めていたのだ。
キソラを斬ろうとすると、愛のオーラの影響で一瞬だけキソラを異様に愛らしく思ってしまう。
愛する相手を傷つけることなんて誰にも出来やしない。
その結果、ルルは一方的に殴られ続けることになったのである。
この最強の愛のオーラをキソラは「大好き100万点」と名づけている。

「いぇーい!キソちゃんは無敵!ぶい!」

キソラが自身のこの能力に気づいたのは、ファクトリーに感染してから数か月経った日のことだった。
椿姫同士で殴り合うことも多々あったが、このオーラが発言してからのキソラはまさに無敵。
誰も彼女を傷つけることなど出来なくなったのである。
同僚のリサマルからは「キソラちゃんのオーラは凄いね。でも、過信すると足元すくわれるよ。」と言われたこともあったが、
現にルルに圧勝しているのだから何の問題もないと思っている。

「この分ならKAST全員、人質なしでも楽勝で倒せちゃいそうだね〜」
「はっ?……」
「あ、今は銃士って言うんだっけ?
 実はキソの任務は、銃士全員を二度と戦えない身体にすることだったんだ。
 さくっと終わらせてモーニング帝国にでも遊びにいこうかな〜」

ルルは理解した。
目的は分からないが、目の前のキソラは国を脅かす大悪人だ。
しかし、悔しいことに身体が動かない。
ファクトリーのパワーからなる攻撃を受け続けてダメージが大きいと言う理由もあるが、
全力の居合を繰り出そうとしても、キソラが愛しすぎて腕に力が入らないのだ。
なんて愛らしくて、憎たらしい存在だろうか。
そう悔やんでいた時に、よく知った声がルルの耳に入ってきた。

「ルルちゃん!!!どうしたの!?」

その声の主は銃士の先輩アーリー・ザマシランだ。
はぐれたルルを探して、今やっと追い付いたのである。

(アーリーさん!?こっちにきたら、ダメなんじゃ……)

キソラのオーラは強すぎる。
強者と噂されるトモ、サユキ、カリンでも負けるかもしれない相手だ。
アーリーならルル同様に一方的なワンサイドゲームで敗北してしまうだろう。
だから、ルルはこの場で「逃げてください」と叫ぶべきだった。
これ以上被害を拡大させないためにはそれが最適解だろう。
だと言うのに、
ルルは大粒の涙をボロボロとこぼしながら、
アーリーをしっかりと見つめながら、
心の奥底の本心を口に出していた。

「アーリーさん……助けてください……!」

49名無し募集中。。。:2021/10/29(金) 00:26:24
るるあーりーがんばれ
なんかあの曲出てきそう
きそかわいい

50 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/30(土) 02:17:10

ルルが助けを求めたその瞬間、アーリーは走り出した。
大切な後輩を痛めつけるキソラを敵だと認識したのだ。
それを見たルルはひどく後悔する。
自分のせいでアーリーVSキソラのマッチメイクは始まってしまった。
もう取返しはつかない。

「アーリーさんっ!……そいつはっ……」

キソラの特殊能力である愛のオーラ。せめてその特徴は伝えねばならないとルルは考えた。
が、キソラから受けたダメージが非常に大きく、言葉を上手く発することが出来ない。
そうこうしているうちにアーリーはキソラの元まで辿りついてしまった。
トンファーを強く握り締めて、無駄にしかならない攻撃を放とうとしている。

「お痛したらやーよ?」

自身の愛され力に絶対的な自信を持つキソラは両手を広げてアーリーの前に立ちはだかった。
ルルの攻撃を全て無効化した実績が有るのだから、無防備にもなるだろう。
アーリーがどんなに強い一撃を繰り出そうとも、当たりっこないと信じ切っているのだ。
トンファーによる打撃も途中で取り止めると思っていた。
だが、アーリーの腕は止まらなかった。
キソラの胸を目掛けて力いっぱいに振り切っていく。

「うおりゃあああああああ!!!」
「!?」

隕石の直撃したかのような衝撃を受けて、キソラは吹っ飛ばされてしまった。
ファクトリーの力でカチカチに硬化させたはずの胸もグチャグチャになり、
通常の人間であればすぐに失血死するほどの多量の血液が流れ出ている。
いや、今のキソラにとってダメージの大きさはどうでも良いだろう。
そんなことよりも、アーリーが愛のオーラを打ち破ったことの方が深刻だ。

「え?……え?え?え?なんで?どうして?」

キソラはこれ以上ないレベルでパニックを起こしている。
絶対無敵の愛され女子だったはずのキソラが、
一転して大ピンチになっているのだから無理もないだろう。
驚いているのはルルも同じだ。
攻撃直前はキソラが異様に愛らしく思えるはずなのに、どうして攻撃が通ったのか不思議でならなかった。
だが、そんなキソラもルルも真因をすぐに理解することになる。
ケダモノのように吠えるアーリー・ザマシランの圧力を前にして、
恐怖で全身がビリビリと震えるのを確かに感じたのだ。

「逃がさないっっ!!!」

アーリーは殺気を全開にしてキソラを追いかけた。
その禍々しさは凄まじく、食卓の騎士レベルまではいかないものの、
かつてのアヤチョ王やマロ、キッカの威圧感と同程度までに達していた。
そう、武道館での戦いを経験した戦士たちは更なる鍛錬を積んで飛躍的に強くなったのだ。
つい最近、殺気のコントロールを覚えたばかりのキソラに対抗するには十分すぎるほどだった。
しかし、ファクトリーの感染が進んだキソラのオーラを掻き消すにはそれだけでは足りない。
もう一つの理由をアーリーがすぐに見せてくれる。

「よくもっ!よくもルルちゃんを!!!!」
(アーリーさん!)

キソラの愛のオーラが通用しなかった理由、それはアーリーがキソラを強く憎んでいたからだ。
2人は初対面。本来ならばキソラ・ン・アイウエをいきなり憎むことなんて出来ないはず。
だが、愛する後輩を傷つけられたならば話は別だ。
キソラに対する好感度は一瞬でマイナスに振り切り、愛されオーラのバリアを粉々にブチ壊していく。

「絶対に許さへん!後悔させたるわっ!!!!」
「きゃあああああああああ!!!」

51 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/30(土) 02:18:17
>>49
今回の話ではJuice=Juiceの歌を2曲出そうとしているんですよ。
そのどちらかかもしれませんね。

52 ◆V9ncA8v9YI:2021/10/31(日) 06:44:38
(って、ちょっと待って!キソちゃんはオーラなんか使わなくても強いじゃん!)

憎しみを向けてくるアーリーに愛のオーラが通用しないのはハッキリした。
それは非常に手痛いが、そもそもキソラは椿姫の一員。要はファクトリーの感染者なのだ。
身体をガチガチの戦闘向きボディに造り換えることくらい容易い。

「いざ、尋常に……え?」

キソラがアーリーに向き合うのと同じタイミングで、アーリーは両手のトンファーを振り下ろしていた。
遠心力とアーリーの腕力がしっかりと乗っかったトンファー「トジファー」は重いなんてもんじゃない。
キソラの両肩にメキメキとめり込み、肩の骨を粉々に砕いてしまった。

「ぎゃああああああああ!!」

ファクトリーの力で強化した身体は確かに強いだろう。
だが、銃士も帝国剣士も番長も、
同じくファクトリーに感染した拳士らと何度も手合わせすることで鍛えられていたのだ。
格闘技をマスターした拳士と良い勝負をするくらいなのだから、
戦闘においては素人のキソラを圧倒するくらい朝飯前なのだ。

「アーリーさん……こんなに強かったなんて……」

新聞記事を鵜呑みにはしていなかったが、結局どこか色眼鏡で見ていた己をルルは恥じた。
考えてみれば当然のことじゃないか。
アーリー・ザマシランは選挙戦でも武道館での戦いでも常に強者に立ち向かっていた。
そんな戦いを続けてきたアーリーが弱いはずが無かったのである。

「くそぉ……だったらこうしてやる!」

両肩にトンファーを押し込まれてピンチだったキソラは、その2つの肩を強く意識した。
そして、普段は全方位に振りまいている愛のオーラをトンファーのみに向けて放出したのだ。
キソラの愛されオーラの対象は人間だけではない。
彼女はモノにも愛される。
キソラを傷つけることを嫌った二本のトンファーは、アーリーの力とキソラの愛との板挟みにあい、真っ二つになる道を選んだ。

「!」
「ハァ……ハァ……アナタよりもトンファーの方が見る目あるね。」

武器を破壊できたのでアーリーはパニックを起こすだろうとキソラは予想した。
しかし、アーリーは少しも驚いていなかった。
ベリーズのシミハムが人間ではなく自身の武器の存在を消した事実を知っているからこそ、
まるで動じることなく次の行動に移ることが出来たのである。

「必殺!”Full Squeeeeeeeeeze”!!!」

武器が通用しないなら己の肉体で締め殺せば良い。
アーリーはキソラに抱きつき、果実を搾り切るかのように強く強く抱きしめた。
並の人間であればすぐに背骨が折れて圧死することだろう。
しかし、キソラにも意地があった。

「ぐぎぎぎぎ……」

奥歯が砕けんばかりの勢いで歯を食い縛り、燃費度外視のオーラの放出を行う。
アーリーは全力でキソラを搾ろうとしているが、キソラだって全力で愛されようとしている。
両者のエネルギーが拮抗し、不本意ながらもアーリーは腕の力を緩めてしまう。
このまま決着がつかず平行線になるかもしれないと思われたが、
アーリーはこの状況でも勝利するビジョンを浮かべていた。

(ルルちゃん!)
(アーリーさん!?)

アーリーは寝転がっているルルをキッと睨みつける。
その鋭すぎるアイコンタクトは、ルルの心を焚きつけるものだった。

“君のギラつく本性 曝せ”

ルル・ダンバラ・モミジクバルには、そのような叱咤激励が確かに聞こえていた。

53名無し募集中。。。:2021/10/31(日) 10:52:21
オーラで武器壊せるてすごいな

54 ◆V9ncA8v9YI:2021/11/02(火) 01:30:11
すいません、ちょっと忙しくなったので更新止まります……
週末ごろには戻れるように努力します。

>>53
オーラというよりはアーリーが壊したイメージです。
トンファーがキソラを傷つけまいとその場に留まり続けるので、
アーリーが力を加えたら折れちゃった感じですね。

55名無し募集中。。。:2021/11/02(火) 08:30:39
無理せんでな

56名無し募集中。。。:2021/11/11(木) 23:42:42
楽しみにしている

57名無し募集中。。。:2021/11/25(木) 00:08:14
アーリー三代目

58名無し募集中。。。:2021/12/31(金) 23:05:41
きそ、まなかん、るるちゃんサブリーダーおめ

59名無し募集中。。。:2022/01/02(日) 01:16:25
きそ、まなかん、るるちゃんサブリーダーおめ


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