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タブンネ刑務所14
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ここはタブンネさんをいじめたり殺したりするスレです
ルールを守って楽しくタブンネをいじめましょう。
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絶句するしかない屋舎の人間たち。
人間は人間でただ黙って殺戮を見ていた訳ではなく、テッカグヤの位置を見計らって、せめてゲート付近へ来た子供だけでも救出に向かおうと機を窺っていたのだが、テッカグヤの行動範囲から、中々タブンネ達が屋舎側へ寄れなかったのだ。ゲートが大量の岩で埋められた今、もうそんなチャンスすらやって来ない。
ミギィーー! ミィャーー! ・・・・
ゲートが塞がれたことに絶望するのは人間だけではない。実はタブンネの中にも、逃げ惑いつつも出口へ向かう機を窺っていた者は結構いたのだ。先の大家族とはゲートを挟んで逆サイド、2,30匹のタブンネがいつのまにか集まっていた。
しかし一部始終の殺戮と塞がれた出口を見てパニックを起こし、大声で喚き散らしながらまたドタドタ走り回る。
元々出口のことなんか頭に無く、最初からパニクってたバカンネ達はパニックの2乗といった様相で、静まり返った人間と違い牧場は非常に賑やかだ。
集まっていたタブンネ達の大声に気づき、そちらを見やるテッカグヤ。これだけ広い敷地でありながら、偏った分布、先程の集団の行動....。
どうやらテッカグヤ、ここの出入り口がさっき岩雪崩で塞いだあの小さな隙間一ヶ所であることを察したようだ。
薄気味悪く、表情を歪ませる。一瞬だが意表を突かれ、せっかく遊んでやってるのに、コソコソと脱出を企てられたことに些か機嫌を損ねたようだ。
鉄蹄光線か破壊光線かわからないが、両手に怒気を孕んだ巨大な光を集める。今までの攻撃とは比にならないすさまじいエネルギーだ。バチバチと音を立てて、周囲の芝生が落雷に撃たれたごとく真っ黒に変色している。パワーが熟したところで、ポテポテと駆け出しバラけ始めた集団に両腕を向けると
ドーーーーーーーーーーーン!!
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轟音と共に直径4,50メートルの光がタブンネの集まっていた辺りやその周囲広域を包む。
やがて光は消え去るも、濃い白煙や土埃が舞い上がり、なかなか現場を確認できない。
さっきまでミギャーミギャー騒いでいた残りの生存ンネ達も皆押し黙り、固唾を飲んでそちらを見る。自然現象ではあり得ない程の爆音と衝撃。彼らの感情は恐怖というよりも、興味というそれに近いのかもしれない。
徐々に煙が晴れる。辺り一面の芝生は一切捲り上がり土色を見せ、その中にちらほら、尾や耳、腕に脚、かつてタブンネだったモノの一部が散らばっている。
直接光線を受けなかった者も爆風で吹き飛ばされフェンスにぶつかったのだろう。フェンス前にはコウベを垂れ、僅かに舌を出し絶命しているタブが数匹転がる。敷地の外まで吹き飛んだタブも2,3匹居るようだ。どれも毛皮の一部や身体の一部が完全に捲れるか消え去るかしている。
それら残骸を含めても数が合わない。どうやら40匹以上のタブンネが跡形も無く消し飛んだようだ。
フゥーーー!フゥーーーーー!
静寂に包まれた牧場の沈黙を破ったのはテッカグヤ。今日一番のボリュームで薄気味悪い雄叫びを上げ、またも不敵に笑みを浮かべる。全力の攻撃と殺戮で幾ばくか鬱憤も晴れたようだ。
「ミ、ミミ゛ィーーーーーーッ!!」
「ミヒャーー!」「ミバギャーー!!」
静観と発狂を繰り返すのはここ数十分で何度目だろうか。圧倒的な攻撃と凄惨な残骸を見て、また喚きながらドタバタと走り散らかすタブンネ達。
野生時の他種からの襲撃でもあり得ないような惨状。無理もないかもしれないが、今までよりも大きな混乱。ベビや卵を抱いていた親ンネはそれらを放り出し両手をバタつかせ、親子で固まっていた集団も完全にバラけ、大タブ小タブみんな涙に尿、糞を撒き散らしながらあちこちを走り回り、まさにカオスといった様相だ。
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そんな中、何匹かのタブンネが金網のフェンスの一ヶ所に集まって来て、ガシガシとそこにしがみつき、「ここから出して!」と言わんばかりに泣き喚いている。
今まで何度も自分達を守ってくれた金網。マニューラのしつこい辻斬りやユキノオーの本気のウッドハンマーでも傷一つ付かない代物だ。タブンネの力でどうにかなるワケないのだが、みんなここを破らんとばかりに引っ掻いている。
やがて「ミィもミィも!」みたいなノリで他のタブ達も集まって来て、10数匹のタブが固まってガチャガチャ大きな音を立てる。
今の状況で冷静になれというのはタブンネじゃなくても難しいだろうが、この金網にしがみつくという行為が良くなかった。
手当たり次第、色んな技を駆使してタブ殺しを楽しんでいたテッカグヤ。この哀れな金網タブ達に気がつくと、不気味な笑い顔でそこに両腕を向け、火炎放射を撃ち放つ。
成タブの体力を考えればテッカグヤの火炎放射自体は即死や即致命傷になるような威力ではない。
しかしこの網、クイタランやブーバー系統を意識して作られた耐熱性。科学の力って凄いもので、摂氏2000℃の炎を数分間浴びせ続けても溶け出さない代物だ。
集中的に火炎放射を浴び続けるとその温度はある点を境に加速度的に上昇し、手に体重を乗せていたタブンネはそこから順に身体があっという間に溶けて無くなり、断末魔を上げる間もなくこの世から消え去った。
テッカグヤが火の手を止めると、そこには魔界の炎で焼かれたかの如く黒い影だけが残る。金網に黒い模様がつくその様はまるで何かのアート作品のようだが、よく見るとカタチがタブンネなので、悲惨なのに笑えてしまうのが非常に気の毒だ。
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その後もあらゆる手段を尽くし、ピンクのオモチャ達を蹂躙していったテッカグヤ。
テッカグヤ襲来時点、タブンネ達に充てがわれた巣の数は「51」に登り、居住タブはおよそ400近い数字であった。
現在おそらく40番の巣あたりまでのタブが死亡。テッカグヤにも若干だが疲労の色が見え始める。
時折触れて来たが、この牧場内には随所、木が植えられている。野ざらしの敷地の為、強い日照時を考えタブンネに日陰を用意してやることと景観保持が主な目的だ。
牧場内には2ヶ所、横一列に木々が密集する箇所がある。要は防風林の役割で、20番と21番の巣穴の間と、40番と41番の間にあり、つまり牧場は上空から見ると、屋舎側・中央・いにしえの墓地側3ブロックに分かれることになる。
これまでテッカグヤとタブンネが遊んでいた場所は全て屋舎側のブロック。避難が遅れながらも殆どのタブンネが屋舎近くまで進んでいて、強敵襲来後、引き返す事を試みタブも居たが遅い足が災いするなど、何やかんやで殺されて今に至る。
屋舎ブロックに居たタブンネ全員と戯れ終えたテッカグヤ。中央ブロックに差し掛かる数メートル手前で、一度立ち止まった。
20-21間の防風林から、何やらチィチィ木霊する声が聞こえてくる。木々をよく見ると、各所の木陰に身体を隠し、顔だけ出してテッカグヤを覗き込む10数匹のチビンネが居る。
このチビ達は21-40、皆中央ブロックに住む家族の子供だ。
異変に気づき、大声で帰ってくるよう促すパパママのタブボイスに耳を貸さず、いつまでも遊びに没頭していたチビ達で、痺れを切らした家族に置いていかれ、気がつくと林の向こう側で大きな音や悲鳴が鳴り響き、おウチに帰っても誰も居ない、言わば急造みなし子チビンネといった個体である。
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「チィ〜」「チィ、チビィ?」「チミィ...」
皆小さな身体を木陰に隠しては居るがキョトンとした表情で、初めて見る大きい生き物を見つめている。怖くはあるんだけどついつい心霊番組を見てしまう人間の子供の感覚に似ているだろうか。
タブ好きの人が見れば悶絶モノの光景なのだろうが、この状況では完全なアホである。やはり過保護というのは良くない。おそらく自分のパパママがとっくに御霊タブとなっている事もまだわかっていないだろう。
・・・まあ暇つぶしにはなるか
テッカグヤは両腕を上げると、真空の刃を放ち端から順に木を切り倒していく。
ズシーン!ズーン!...
大きな音を立て順に倒れて行く木々。やがて一番端側に居るチビンネの隣の木が倒れると
「チィーーッ!」 トテトテ...
一つ内隣の木まで移動し、また身体を隠し、顔だけちょこんと出してテッカグヤを見つめるチビンネ。かくれんぼでもしている感覚なのだろうか。
テッカグヤは逆側も同じように、端から少しずつ木を倒していった。
やがて防風林としての機能は無くなり、中央に5本の木が残り、その陰に2,3匹ずつチビンネが隠れている、よくわからない状況が出来上がった。木に隠れることに拘る意味があるのだろうか。子供は健気である。
チビの内訳を見ると小さいのは25センチくらい、大きいので40センチ弱、計12匹居る。巣が近いことから顔見知り、普段からの遊びタブ仲間のようだ。
・・・なんかバカらしくなってきた
テッカグヤは右腕で地面を叩くような素振りをする。
ガタン!ガタガタガタ...
周辺の地面が大きく揺れ、地盤がぐらぐらする。テッカグヤは何度も右手を上げ下げし、しつこくじならしを繰り返す。
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繰り返される激しい縦横の振動にチビンネ‘sはみんなズッコケて、可愛いお腹やお尻をポヨンポヨン弾ませながら地面にバウンドする。
やがて足場を崩した残りの木が全て倒れたところで、テッカグヤは手を止める。
「チビャー!」「チビィー!」
大事な隠れ蓑を失ったところで、チビ達は叫びながらトコトコ駆け出し、大きな生き物から少し距離を置いた所にみんなで固まり、澄んだ瞳でその生き物を見つめる。
うっすら涙を浮かべるチビも居るが、恐怖から来るものでは無く身体の痛みからであろう、ぶつけてしまった顔やお尻に手を当てている。なんだか楽しそうな気配を醸し出す子さえいる。とても平和な光景だ。
テッカグヤは再び腕を振り下ろす。ガラガラと音を立てて大きな岩がチビの周りを取り囲む。
直径3メートルくらいの空間に閉じ込められたチビ達。チィチィ叫びながらペシペシと硬い岩を叩いている。
テッカグヤが徐にその上に現れる。大きな腕を健気なチビ達に向ける
シュッシュッシュ...
「チヴァァーー!」「ヂミ゛ィッ!」....
エアスラッシュという技は実に便利である。
真空の刃がチビの両腕、両脚、両耳を次々ちぎっていき、大量の鮮血を撒き散らす。半数、6匹が芋虫の様な姿になったところで撃ち方やめ、テッカグヤは不気味な笑みを浮かべてその場に佇む。たいへん器用なテッカグヤだ。
ピィー...ピィー... ...ヂ...ヂ...
....チビッ.... ヒュー...チヒュー... .....
芋虫チビ達は自分の身体を傷つけられて初めて、動物的危機感を感じ始めたようだ。しかし呼吸をするのもやっとの状態になってきた。
耳を押さえ、ガタガタと震えながらへたり込んでいた無傷チビ達であったが、攻撃が止んだことに気がつき顔を上げると
「チィッ!」「チィチィ!」みな近くで横たわるお友達や兄弟を見て、傍に座り込んで両手をかざす。ママの使ういやしのはどうを真似してるようだ。
もちろん手から波動なんて出ないのだが皆真剣な表情、「ボクが治してあげるからね!」と言わんばかりである。
思いやりの強いポケモンだ。
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必死に看病するチビ。瀕死の重傷を負いながらも辛うじて呼吸をし、なんとか生命を維持するチビ。それを傍らで見守る心優しいテッカグヤ。
しかし段々飽きてもきたし、体力も回復して来た。テッカグヤはその巨大な両腕の先端の触手で1匹ずつ看病チビを摘み上げる。
残った4匹の無傷チビ達は両手を伸ばし、かえしてかえして!とでも言うようにチィチィ鳴きながら、その場でピョンピョン跳ねている。
テッカグヤは猛スピードで、そのまま上空へと飛び上がった。グングンと高度を上昇していき、1,000ftくらいの高さで止まる。地上から見れば豆粒くらいの大きさだ。
両手チビはこのサイズでも10kgくらいはあるだろう。仮にこの高さから自由落下すれば地上に達する時の速度は...
・・・各々で計算してみてほしい
チィッ!チィチィ! 両腕のチビンネ、触手の中でバタバタと暴れている。急激な高度変化に気絶しなかったとは大したものだ。はなしてはなして!と訴えるように鳴き声を上げる。ならば放してやるのが道理。テッカグヤはパッと触手の力を緩める。
「ヂィーーーーーーッ......ッ..........」
「チヒィーーーーーーー.................」
・・・・・・
ズドーーーーーーーーーン!×2
地上チビ達の岩場の左右数10メートル先、何処までも深い穴が2つ出来上がった。きっと身体中の骨が粉々、速やかに土に還れることだろう。
テッカグヤ、実は岩場の中に落とすことを狙っていたのでちょっぴり残念そうだが、ゆっくりと残りのお友達の待つ地上へと戻っていく。
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だんだんと高度を落とし、ちっちゃなお友達の待つ岩場へと戻ってきたテッカグヤ。6匹居たチビ芋虫ンネのうち、2匹は死んでいた。残りの4匹はもう声も出さず、微かにお腹を上下して、なんとか呼吸している。
まだ遊んでやってない4匹のチビは、皆頭を抱えてヘタり込んでいる。落下チビの上げた激しい轟音、それが聴覚の鋭敏なタブンネには相当効いたらしく、体力の未熟なチビ達はおそらく脳震盪に近い状態になっている。
テッカグヤは再び触手で1つずつ、脳震チビを摘み上げる。「チッ..チビッ...」と僅かなレスポンス。それではつまらないので、両腕を思い切りグルグルと旋回させる。
「ギヒャーーー!チゴブルルッ...!」
「ヂィーーー!チゴポッ・・・・・・」
高速でブン回されるチビ。オヤツの時間に与えられたきのみジュースを戻してしまい、小さなお口から汚い液体を撒き散らす。片方は吐瀉物を誤飲してしまい、触手の中で死亡してしまったようだ。
テッカグヤは頃合を見て握力を緩める。メジャーリーガー顔負けの豪速球が敷地の外へ解き放たれる。
「チボファーーーーァーーッー.....」
ガシャッ! ベシャッ!
猛スピードの舞空術を見せつけた2匹のチビ。その身体は金網を貫通し、敷地外に着地した。
金網には僅かな毛皮片と血痕が2ヶ所残り、牧場の外には網目の形にトコロテン状に加工されたピンクと赤が混じったミンチが2つ転がっている。1匹は既に死んでいたが、最期にお空を飛べてさぞ楽しかったであろう。
「チィ、ヒッ。」「チィチィッ、チビッ。」
(もうヤメて) (ボクたちをイジメないで)
テッカグヤが岩の中を見やると、残り2匹の五体満足チビがシクシクと涙を流している。別に遠慮する事はないのだが、テッカグヤはその言葉に応えて彼等とは遊ばないことにしたようだ。
もはや職人技と言っていいだろう、軽いエアスラッシュを放つと2匹の首筋と大腿部の付け根、太い動脈の走る箇所に綺麗な切り込みを入れ、お別れの挨拶としてやどりぎを植え込み、その場を後にした。
「チ...チィッ!.....ブギャーー!ビガァーー!」
「チフッ、ヂフッ...。..チボァーーーーーーーッ」
コワイ生き物が立ち去った安堵、突如絡みついてきた不快な蔦、それを振り解こうとしてもがいた途端噴き出した鮮血と激痛。
最後まで愉快なリアクションを見せてくれた2匹のチビンネ。バタバタと動く度に血が飛び散り、元気な叫び声を上げる。暴れれば暴れるほど失血の速度が早まるが、早く苦しみから解放される意味では最善の行動かもしれない。
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時を遡ってテッカグヤがみなし子チビンネと遊び始める少し前、中央ブロックでは大小30匹弱のタブンネ達が小さいタブ脳をフル回転させ、あたふたと思慮を巡らせていた。
このタブンネ達は皆いにしえの墓地側に住んでいて、比較的野生を離れてからの日が浅い者達である。
テッカグヤがマックスダイ巣穴に現れた時点でその存在を聴覚で確認し、人間が叫び声をあげるや否や、すぐさま避難を始めた。
言葉の詳細はわからずとも、不気味な生命音が迫って来る事は察知できていたし、人間の意図が「建物へ逃げろ」というモノであると理解することができたのだ。
慌ててチビやベビ、卵を抱いて走り始めるが、いかんせん自分の巣から屋舎までの距離が遠すぎ、2つ目の防風林を越える手前でテッカグヤが襲来、最初の犠牲タブが出る様を遠目で確認した。
野生の知恵や危機管理能力がさほど衰えていないこの残存タブンネ達。テッカグヤが暴れ始めてもパニックを起こしたりせず、注意深く巨大な敵の能力や行動を確認していた。
雪原のタブンネが他種族を認知する際まず見るのは自分との素早さ関係。ここが一番命に関わる。その上でカテゴライズを行う。
①自分達を食する種族。マニューラやドラゴン族等がこれに該当する。この分類で且つタブンネより素早い(ほぼ全種)種族は足音や鳴き声を覚え、できれば巣の位置まで把握するのが望ましい。
②タブンネを食べないが、襲うことのある種族。雪原ではユキノオーやオーロットが主。彼等がタブンネを襲う際は縄張り意識か産卵後、子育て期のナーバスな時期の場合が多く①と違い交渉の余地がある。
③アマルスやバイウールーなど自分達に友好的な種族。あんまり居ない。
残りンネ達は自身の経験や親からの伝聞で、そのような視点で敵を把握しようと試みた。
どうやら今回の敵は自分達よりやや足が早く、①にも②にも該当しない。ましてや③ではない事は野生産ならチビンネでもわかる。
ただただタブンネの命を弄ぶ事を楽しんでる模様、野生でも経験した事も伝え聞いたこともない純粋で強烈な悪意と対峙した彼等は、ある意味強運なのかも知れない。
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途方に暮れるタブンネ達。まだ牧場に来て間もない新参ンネの中には、建物側のゲートの他に出入り口がないかと辺りを物色する者も居たが、そんなモノは無い。人間の善意による牧場の構造が結果的に仇となった。もう遅い。
敵は間もなく、確実にここまでやってくる。野ざらしな敷地だし、逃げ切ることは現実的ではない。まして闘うなんて死期を早めるだけだ。とんでもない攻撃力はイヤと言うほど確認できた。
そんな中、一匹のパパンネが「ミミッ!」と声を上げると、放り出された仲間の住処の干し草を掻き分け、そこに自分の子供達とつがいのママを滑り込ませていき、自身も潜り込むと中から短い手を必死に伸ばし、シーツを被せ身を潜めた。
最初?顔でその様子を眺める周りンネ達だったが、その意図を理解すると
そいつはナイスなアイディアだミィ!
という表情にうって変わり、次々と空いた巣穴に潜り込んで行った。
仲間が見限ったベビや卵まで一緒に隠してやった者も居る。タブンネとは本当に素晴らしい生き物だと思う。
(「パパ、いきくるしいチィ..」)
(「チョットの間ガマンしてミ。そのうちコワイコワイ居なくなるミィから。」)
(「他ベビちゃん、どうか泣かないでミィ。ミィがママの代わりに、守ってあげるミィからね」)
耳を澄ますと微かにミィチィ聞こえる中央ブロックだったが、親ンネからの意図や優しさが伝わったのか、チビやベビも次第に黙り、やがてもぬけの殻の様に静かになった。
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・・・
愉快なチビ達とのお別れを済ませ、歩みを進めてきたテッカグヤ。不思議な顔を浮かべ辺りを見回す。かなりの数ブチ殺したが、まだ少しオモチャは残っていたハズだ...。
高度を上げ、牧場の果てまで飛び回り様子を確認していく。
(ミヒヒ、困ってるミィ、困ってるミィ...!)
(もう誰も居ないミィ。さっさとどっか飛んでけミィ!)
息を殺し身を潜めるタブンネ達。シーツの中の暗がりで、ドヤンネ顔で鋭敏な耳をそば立てる。
この牧場へ来てから初めて、じっくりとその全容を確認したテッカグヤ。出入り口らしきモノは見当たらないし、逃げ出した形跡も無い。自分の勘違いで、もうあのピンクの生き物は全滅させたかと考え始めた。
やがて切り倒した林まで戻ってくると、次の行動を思案し始める。
身を潜める存在を知っての上ではないが、石ころを蹴飛ばすような感覚でポッと火を吐くと、数個先の巣穴がけたたましく燃え上がった。
すると炎で歪み形を変えたシーツの端が少しモゴモゴと動き出す。
・・・
「ミバババババババババババババババッ!」
本人達は必死極まりないのだろうが、ギャグみたいな声を上げながら、火ダルマが2つ、穴の端から飛び出して来た。
もう目もロクに見えていないだろうし、触覚が焼け落ち自慢の聴覚も半減以下になっているだろう。
それでもなんとか自分達の水飲み場、各ブロック3ヵ所ずつ設置されている人工小川の1つを探し当てると、ジュージュー音を立てながらゴロゴロと転げ回る。
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この小川は幅1メートルくらいで、深さ10センチ程。流れも極めて緩やかで、ベビ上がりのチビンネが絶対溺れないよう作られた安全設計。成タブサイズの火ダルマを消火するには小さ過ぎる。人間の親切心はことごとくタブンネを苦しめる結果を招いた。
本人達からすれば永遠のような時間を要したが、やがて燃え上がる全身の体毛が鎮火し、辺りに毛が焦げた時独特のイヤな臭気が漂う。
「バマ゛ァ?ぞごでぃいゔどマ゛マ゛ビィ?いぎでゔビィ?」
「ビィば、ビィばぶじだビィ。でぼヂビぢゃどベビじゃんば?や゛げじんじゃっだビィ?」
よく燃える干し草。更に一時的ではあるが蓋の役割を果たしたシーツが仇となり、熱波や煙の籠った巣穴内は相当な地獄と化したようだ。
気道に火傷を負っている。もう喋らない方がいい。こんな状態でも死なないのがタブンネ達の長所だ。
・・・愉快、これは愉快だ。
テッカグヤは本日何度目か、口元に悪い笑みを浮かべると手当たり次第、次々と空いた巣穴に火を放っていく。
「ビュー...ビュー...」「ビギィー..ィ--」
ダメージを受けた喉を鳴らしなんとか呼吸をする火ダルマ夫婦ンネ。しかし貴重な水場を独占してはいけない。沢山の後続が控えている。
「ビィー!ばづびビィ!ごだいでビィー
!」
「よげでビィ!びがぎべだだらよげでビィ!ばづいビィ!じんざゔビィー!」
よくわからないハスキーな会話がどんどん盛り上がりを見せる。
テッカグヤはこの区画の巣穴、半分を燃やし終えると一度手を止め、ニヤニヤと楽しい会話を眺める。
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「シュー...ビー..」「ざっぎばごべんビィ...」
「ビズン...ベビぎゃんゆゔじでビィ...」
「ビィッ...ィィ-..」「ァィーーッ...ビヒィー...」
普段はミィミィチィチィと笑顔が絶えず、チビ達の大好きな遊び場でもあった、綺麗な石畳みの小川。今は戦場の一画のようだ。
体毛の炎が完全に鎮火したのを見計らうと、冥土の土産のヘビーボンバーが降ってくる。
ボスッ!ボシュッ!...
半分炭と化していた黒焦げンネ達。変な音を発しながら黄泉の國へ旅立っていった。
原型がなんだか分からない黒い肉塊と、一部無事だった真っ赤な臓器のコントラストが辺りの景色を彩る。
テッカグヤが残った巣穴を攻めにやってくると、火を放つ前に、各所のシーツがモゴモゴ動き出した。
「ブヒーーン!ブヒィーーン!」
「ブミャーー!ブヒぇーーーン!」
タブンネのそれとは思えない間の抜けた鳴き声を上げながら、穴から出てきてポテポテと駆け出す残りのタブンネ達。親ンネの中には他ベビや他卵を抱いている者もいる。タブンネより尊い生き物って居ないように思えてくる。
そんな中、1匹の♂タブ(独身)がテッカグヤの前までやって来て、両膝と両手を地べたにつき、頭をガンガン打ちつける。
「お願いしますミィ!私たちを見逃して下さいミィ!どうか、どうかこれ以上イジメないでくだミィッ。」
あらゆる局面で役に立ってるの見たことないタブンネ必殺の媚び。しかし逃げてもダメ、隠れてもダメ、闘ってもダメとなると、媚びる以外の手って無い気もする。
テッカグヤはその懇願に、得意技のエアスラッシュで返事をした。
交渉タブの右脚が身体から離脱し、激痛に叫ぶ間もなく、テッカグヤはその身体を摘み上げる。
種族を代表して交渉した彼の功績を讃え、最後の遊び相手に任命したようだ。先程のみなしごチビンネの居る岩場まで運ぶと、ポイっとその中に投げ込んだ。
「ミ゛ィッ。ミ、、ミギャーー!ブホッッ!」
脚の激痛に悶えるや否や、周りの光景を見て絶叫し、嘔吐した。
パッと見なんの生き物かわからない両耳両手足が無く失血死した子供と、蔦が絡まりミイラの様に干からびている子供。普通のタブ生を送ったタブンネは一生見ることのない物体だろう。
テッカグヤはこのラストタブンネに暫しの別れを告げ、ゆっくりと残りの仲間達の元へ飛んで行った・・・
殱滅編、終わり
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ダラダラと何の纏まりも無いssを投下してしまって申し訳ありません。
登場タブンネ数を増やし過ぎてしまい、取り留めがつかなくなってしまいました。
感想コメント下さった方、本当にありがとうございました。
後日、結末譚を投下して終わります。
あと数レス、ご容赦下さい。
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乙乙
毎日更新楽しみにしてたよ
タブンネがド派手に虐殺されていく描写が凄く爽快感があってよかった
後日譚も期待してる
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お疲れー
上空で放して〜ってバカですねw
タブ脳だからこんなもんなのかな?相変わらず、タブを煽るようなナレーション面白かったです!
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ここはガラル地方北東部に位置する街
「キルクスタウン」
ガラルの降雪地域の中では唯一と言っていい街である。
寒冷地であり他の主要都市のような工業地帯や近代的な街並みは無いが、温泉資源に恵まれることからガラルの主要観光地の一つであり、多くのホテルやレストランが建ち並ぶ。
静かな街並みの中で一際大きな建物
「ホテルイオニア」
そのホテルの裏手側、複数の針葉樹が植わる中庭のような場所。
厨房の裏手に当たる位置に廃棄場があり、豪華なホテルに似つかわしくないそれを隠すように、少し木々が密集している。
その廃棄場の少し外れ、木々のブラインドで敷地外から見えにくい場所に汚いダンボールが敷かれ
その上に1匹のタブンネ(♀)が力なく、座り込んでいる。
タブンネはガラル地方にも生息域があるが、この個体はイッシュ地方の産まれ。同地方からの観光客としてやって来た一人の男がこの街に捨てていった個体である。
両触覚の巻きが緩く、左目は破裂してしまったのか周りが腫れ赤紫に変色し
ホイップクリームと比喩される尾はケバ立ち右半分がドス黒く塗られており
右手は腕の半分より先がグシャグシャになっていて異臭を放つ
胸には血でも拭いたのだろうか、真っ赤なボロスポンジのような物体を抱いている。
サファイアアイとは呼び難い濁った右目の瞳でただただ一寸先の地面を眺め、微動だにせずその場に留まっている。
このお話では一匹のタブンネの、悲壮に満ちた半生を紹介する。
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(以下、冒頭で紹介した個体をタブンネと呼称、その他の個体をタブンネとの続柄により呼称する)
タブンネはイッシュの大都市、ライモンシティのあるゴミ置き場付近でこの世に生を受ける。
パパンネは月並みだがタブンネが産まれる前に死亡。
つがいのママが身籠ったことから多くの食糧、栄養源を求め、危険と認知していたがライモンドームの廃棄場を漁りに行き、アメフトの大会日であったその日、運悪く敗戦チームの戦犯選手と鉢合わせてしまう。
腹いせに首元を掴まれ顔面をひたすら殴り続けられ、頸椎損傷、頭蓋骨陥没骨折、直接の死因は脳挫傷、脳裂傷と痛みのフルコースの末この世を去った。
イッシュは半ば公式的にタブンネを経験値の宝庫とみなしている地域柄、タブンネの遺体が街なかに転がっていようが取り立てて騒ぎも起きず、また収集も早い。
ママンネが遅すぎる帰りに不安を覚え、現場を訪れた際にはもう亡骸は回収済み。
現場に残ったわずかな毛皮と血痕。夫のそれと断定できる物は無かったが、狩場の状況と女の勘で夫の悲報を悟り、泣きながら引き返した。
夫婦はライモンドームに程近い空き地、いくつか放置されていた土管の一つにボロ布を敷き、住処としていた。
周囲に上手くカモフラージュしていた為か、ここへ来てふた月ほど襲撃も一切なく安全な住処であったが、複数の狩場から遠い欠点があった。
夫が居ない以上、今後自分で狩りに出なければならず、やがて産卵すれば子供を長い時間放置しなければならなくなる。
ママンネは悲しみに暮れる間もなく、思案を巡らせる。
苦労辛々辿り着いたこの住居は捨てがたいが、お腹の子供だけは何としても守り抜かなければならない。
熟考の末、パパの狩り場の一つだった、ある人間のゴミ捨て場が思い浮かんだ。
産卵が済めば、動けなくなる。意を決し、腹に子を抱えた体に鞭打ち、人間の足音に警戒しながら、必死に足を動かした。
一画に3つのアパートと1つの戸建てが建っていて、各建物が作る裏路が十字に交差し、十字の通り側4ヶ所のうち2ヶ所にゴミ捨て場が設置されていて、死角も多く、質や量はともかく比較的安定して食糧が手に入る為、パパは重宝していた狩場であった。
新居に到着して間もなく、タブンネの宿るタマゴを産卵したママ。
死産ではなかったものの、中から聞こえてくる心音が極めて小さいことに一抹の不安を抱いた。
自身初めての出産であったが、チビ時代に弟妹のタマゴを暖めていた経験から、通常の音がどれくらいのものかわかっていた。
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産卵してからおよそ3週間、食事と排泄の時以外は常に胸に抱え暖め続けたママンネの努力の甲斐あって、遂にタブンネ孵化の時を迎える。
最初にタマゴにヒビが入ってから赤ん坊が完全に出てくるまで実に30分。
ママの不安が的中し、低体重で低体力。身長は17cm、体重は500g程。未熟児でも特に小さい部類に入り、ましてタブンネは早産どころか通常の何倍もタマゴの中に居た。
母体の栄養不足に夫を失った強い精神的ショック。更には転居のため長い距離を走った事も乳児の発育不足を招いた。
それでも殻を自力で破り産まれてきたベビタブンネをママは抱き上げるが産声はなく、身体に付着する粘液は既に外気で乾き、至るところの体毛がガベガベに固まっていた。
ママは短い両腕を巧みに使い、左腕でタブンネを抱き、右腕で優しく背中を叩き続けると、やがて
「ヂッ」とかすかな第一声を上げ、ママはケバだった体毛を必死に舐め続け、身体がある程度綺麗になると小さな口を乳首に当てがい、授乳を試みるが一向に飲んでくれない。
抱きしめて撫でる。身体を舐める。乳首に押し当てる、の流れを小一時間繰り返すとようやく乳を飲み始め、コクコクと喉を鳴らし終えた後
「チピッ」と小さなゲップをし、そのまま眠り始めた。
涙を流しながら、眠りについた我が子を眺めるママンネ。しかしその姿に更なるショックが待っていた。
タブンネ最大のチャームポイントであり、野生では生命線でもある触覚が、注意して見なければ気づかない程短かったのだ。
狭い路地裏でゴミを漁り、日中は常に人間の存在に注意を払わなければならない不安定な生活。
弱々しい我が子を育てられるか不安なママンネだったが、大好きだった亡き夫を思いだし
「ミッ!」と短い気合を入れると、夫婦の愛の結晶を胸に抱いたまま、やがて自身も眠りについた。
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未熟児のタブンネをママは酷く心配した。
自身のことだけ考えたって将来には何の望みも無い。
低体力のこの子は生涯自分が付き添わなければならないだろうと勝手に考えていた。
しかしママの不安に反し、タブンネが先天的に弱いのは聴覚だけであった。
ママが知ることは無かったが、身体も成長が遅いだけ。知力も普通のタブンネのそれと何ら変わらない程に発達する。
サイズは最終的に90cmにしかならなかったが、体力にも何も問題はない。
ただ触覚だけ十分に伸びきらずに巻きが緩く、聴覚は人間と同じレベルまでにしか成らなかった。
ベビタブンネの成長が遅いことは、むしろママにとって好都合な面もあった。
一番は排泄だ。タブンネはママが下腹部を優しく叩き、股や肛門を舐めて促すまでは決して自力で排泄することがなかった。
ハイハイで勝手に出歩き、あちこち糞尿を撒き散らせば住処がどんどん臭くなるし、それは人間に気づかれる可能性が高くなる事も意味した。
次には食事。離乳期を迎える時期をとうに過ぎても、タブンネはママのおっぱい以外のものを口にしなかった為、必要以上にゴミを漁る必要はなかった。
あとは鳴き声が小さいことだ。ベビタブンネは時々夜泣きがあったが、それは聴覚に優れるママンネでなければ気づかぬほど小さな声で、建物間で反響してもそれほどうるさくはならなかった。
しかしいつまでも人間の住居の間近で暮らすことは得策ではないとママは思っていた。
ママパパは自分達なりによく人間という生き物を観察し、細かい情報を共有していた。
夫婦で暮らしている頃、狩りは主にパパの仕事だったが、時よりママも同行し、4,5ヵ所の狩り場の位置はママも全て把握しており、この新居にありつけたのもその為だ。
ここに来てからのママの狩り(ゴミ漁り)も秀逸だった。
やたらと手をつけず、ビニール袋の上からある程度観察して、中の残っている弁当やスナック菓子、野菜の芯などを見つけると爪で亀裂を入れ、目標物だけを綺麗に抜き去った。
あまり派手に荒らすと収集箱を頑丈なモノに変えられたり、または狩り現場を張り込まれて棒で叩かれたりする事はパパの実体験で引き出した教訓だ。
間近に住んでいるのなら尚更、自分達の存在を嗅ぎ付けられる訳にはいかない。
ママは生ゴミ以外にも時折手をつけ、潰れたダンボール、ボロ毛布に汚いタオルケットを寝床用に、また鉢型の食器2つに雨水を溜め飲料水にした。
ゴミから出たゴミは、朝方や夜中に反対側の通りまで持っていって捨てた。
決して贅沢ではないが、食住には困らずにこの場で生活を続けた。
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タブンネが生まれて3ヶ月が経った。身長35cm程の大きさになり、少しずつ野菜の芯を齧ったり、残飯の米粒を口にするようになった。
しかし足取りが覚束なく、時折手をついて4つ足歩きになった。元々が小さいだけでなく、この路地裏からほとんど出てない事が発育を遅らせた。
タブンネの発育不足はママの予定を狂わせた。
ここへ来ると決めた段階で、これくらいの時期にはここを離れ、夫婦で暮らしていた空き地へ舞い戻るつもりでいたのだが、タブンネが自力で走れるくらいになるまでは得策ではないと判断した。
ものの400mくらいの距離だが、大都市の街柄昼も夜も人通りのある道を抜けなければいけないのだ。
結局その後2ヶ月、タブンネが生まれて計5ヶ月が経ち、ようやく脱出の算段をママが考え出した頃、親子に悲劇が起こった。
ママの秀逸な狩りや慎重さ、常に怠らなかった人間への警戒から無事に過ごせていたが、ママは気づかない落とし穴があった。自身の体臭と口臭である。
まだ幼体で食事量も少なかったタブンネはともかく、生ゴミを主食にし、摂取水分量もかなり少ないママンネは少し話せば数メートル先まで激臭が漂い
また親子は朝方人間が活動する前、早朝の弱い朝陽を浴びる以外に日光に当たらない生活をしており、水浴びも雨水だけであって、全身にフケが浮き立つママの体は強烈な体臭を発していた。
アパートの外気口からの異臭に住人が気付き、大家に苦情が入っていた。
ある日突然、この路地裏に侵入して来た人間の足音にママは驚愕した。通りの足音はいつも警戒していたが、姿さえ見られなければ裏路内部まで入ってくることは無いと思っていたし、これまで実際に無かった。
「うわっ!クセえ!汚ねえ!野良タブンネだったかゴルァー!!ブチ殺してやる!!」
狭い路地、全力で走れば逃げ切れるかもと一瞬考えたママだったが、その場で立ち止まった。
ちょうどタブンネが通りに一歩出た場所、親子がトイレにしていた排水溝に用を足しに行ってる時の襲撃だった。
今自分が犠牲になればおそらく娘の存在に気付かれない。娘をひとりぼっちにするのは不安だが、より安全にタブンネを逃す方を優先した。
「チビちゃん!逃げて!走ってミィィーー!」
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その後ママンネは清掃用の火バサミや箒でひたすら殴り続けられ、10分後にこの世を去った。
タブンネはママの言葉を聞いても逃げ出す事ができず、死角に身を潜め、ガタガタと震えていた。
産まれてこの方この一画を離れた事がなく、無理もないことだった。
泣きながらママの悲鳴と殴打音を聞き続け、音が収まった後、恐る恐る住処へ戻った。
寝床だったダンボールとボロ毛布がなくなり、かわりに見慣れた毛皮の欠片、いくつかの歯、血痕が残っていた。
ママ!ママは⁉︎辺りを探し始めたタブンネ。すぐにママは見つかった。
ママがゴハンを探してくれるゴミ置き場、その中の大きなビニール袋の中に、苦痛に顔を歪ませ、全身が赤紫色になってパンパンに腫れ上がったママが居た。触覚で生命音を探る術を持たないタブンネでも、死んでいるのは一目瞭然だった。
タブンネは滝のように涙を流し、袋越しにママに抱きついたが、すぐにその場を後にした。
ママの機転のおかげでタブンネの存在は気づかれなかったのだが、慎重で警戒深いママをずっと隣で見ていた為か、ここに居たら危ないと判断したのだ。
生まれ育った一画を出て、人間の住む街中を当てもなく、ただひたすらに走った。
幼心に、ママが守ってくれた自分の命を生き抜くことを心に誓い、泣きながら走った。
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乙
これからタブンネさんがどんな悲惨な生を歩んでいくか滅茶苦茶楽しみ
最近タブンネさんのSSが多くて嬉しい
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とりあえず文章は書き終えたぞー!あとは添削と校正だけだー!
ほんとは1か月くらいでサクっと終わらせるつもりだったのにめっちゃ難産だった……
途中で心折れかけて別の作品書き始めちゃったくらいには難産だった……
13日か14日には投稿できたらいいなぁ……
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テッカグヤが牧場にやって来てからおよそ1時間後、いかにも屈強なアーマーガアとリザードンが飛んできて、牧場の最深部に降り立った
その背中から精悍な2名の男が飛び降りる。ガラルではレジェンドと言っていい、マスタード氏とダンデ氏だ。
満を持してヒーローが登場したワケだが、タブンネ達からすれば時すでに遅しどころでは無い。
比較的殺風景な牧場の果てのブロックで、テッカグヤは片脚を失ったラストタブンネをゴロゴロと転がし、次はどこへ行こうか考えていた頃だった。
牧場と研究所からの通報を受けた政府のポケ災対策課。警察レベルで対応できる案件ではないとの判断は的確で、最小限の精鋭を向かわせるという決定までは良かったのだが、レジェンドトレーナー2名の行方を政府として把握できておらず、連絡が難航し、この時点での到着となってしまった。
あとでタブンネに謝ってほしい。
これまでのオモチャ達とは違うポケモンの到着に気づき、遊びの手を止めそちらを見やるテッカグヤ。今までとは気色の違う笑みを浮かべる。
このテッカグヤ、ただ弱い者イジメを楽しむだけの臆病者ではない。いかにも鍛え上げられた難敵の登場に武者震いのような感覚を覚える。自分の強さにも相当自信を持っているようだ
両氏はウーラオス、レントラー、ギルガルドドサイドン・・・etc.
次々と自身の手持ちの精鋭を繰り出していき総勢12vs1の闘いが始まる。
ガラルを危機に陥れ兼ねない事態。バトルのルールもトレーナーの誇りもへったくれも無い一斉攻撃を仕掛ける。
約10分後、テッカグヤのかなり弱った様子を見て、ダンデ氏の投げたモンスターボールにその巨体を納め、ひとまず事態は収束した。
こんな不平等バトルであったにも関わらず、ガラルリーグ最強クラスの両氏のポケモンのうち、何匹かはかなりの深手を負った。
一体何処の時空から現れたのか、相当強いテッカグヤだったようだ。元野生や牧場産まれのタブンネでどうにかできた筈がない。
余談だがラストタブンネの息の根を止めたのは両氏の手持ちのうちの誰かであった。
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再びアーマーガアとリザードンの背に乗り、屋舎へ向け飛び立った両雄。
あちこちに散らばるかわいいピンクの手や脚、顔、顔なしの胴体、臓器。所々けたたましく燃え上がる炎。凄惨な光景に、百戦錬磨の彼らも沈痛な面持ちだ。どこかに生きてる個体が居ないかと探したが、すぐにやめた。明らかにみんな死んでる。
どうでもいいことだが、この時リザードンだけはバツの悪そうな表情をしていた。
さっきの闘いのさ中、なんかこんな生き物にだいもんじ当てちゃった気がする。
助けてやらなきゃいけないヤツだったのか...
屋舎に辿り着いた両氏。常駐していたドクターに深手のポケモン達を治療して貰い、みんな元気になった。みんな無事でよかった。
やがて署員ほぼ総出で氷点雪原の山火事消火に当たっていたガラル消防署員が牧場に到着し、牧場内随所で起こっていた火事も全て消火。
ガラル政府の役人数名もやって来て、牧場に設置されていた幾多の照明が灯され、本災害の実況見聞が行われることになった。災害を引き起こした未確認の生き物は、仮に「ブラスター」と名付けられた。
入り口ゲート付近を埋める岩をウーラオスがよけていくと、数々の修羅場を潜って来たマスタード氏も思わず顔を顰めた。
小さな子供や卵が血塗られてグシャグシャに潰れ絶命していた。赤児を抱いた大人もいて、顔半分と下腹部が潰れ尻から大腸が飛び出している。
どうでもいいことだが、この時ウーラオスだけはバツの悪そうな表情をしていた。
さっきの闘いのさ中、なんかこんな生き物に暗黒強打当てちゃった気がする。
殴っちゃいけないヤツだったのか...
みな虚な目をして、ゾロゾロと敷地へ歩みを進める従業員。災害録をつける為にやって来た役人達ですら、吐き気を催す程の光景だ。まともな死体がひとつもない。
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入り口付近、聳え立つ岩に刺さって絶命しているお兄ちゃんタブンネ。屋舎上階に居た従業員は、彼がブラスターに立ち向かって行く姿を見ていた。
普段からタブンネに接している飼育員でも、目立った外傷のない個体はさすがに見た目だけで区別はできないのだが、この一家は初期からここへ住み着いていて、最後まで警戒心の強い両親に手を焼いた、有名な家族だった。
その分心を開いてくれた時は飼育員一同も喜び一入、このお兄ちゃんは毎日のように木の実仕事を手伝ってくれていて、次期種付け用候補の筆頭だった。
脚立を持ってきて岩から外してやると、ネチャッという嫌な音がして、岩肌に夥しい血痕が残った。
本当にタブのできたお兄ちゃんだった。
少し歩みを進めると、首チョンパの耳無しタブンネの遺体。最初に犠牲になった夫婦。この夫婦は牧場が軌道に乗り始めた頃それぞれやって来て、ここでつがいとなったタブンネだ。
気の毒な外傷から飼育員一同もとりわけ愛情深く接していたのだが、自身の見た目がコンプレックスだったのかタブ見知りが激しく、中々他のタブンネ達に馴染めない夫婦だった。
やがて産卵を迎えた時は、夫婦揃って大声で号泣し、木の実を食べる時も排泄をする時も、常に卵を抱いていた。
この凄惨な墓場で唯一満面の笑みを浮かべ死んでいるのが非常にシュールで気の毒だ。
その遺体の少し先、タブンネの水飲み場として最初に作られた人工川が流れているはずの場所、今はタブンネの死体で埋め尽くされている。
黎明期から働く者には思い出深い場所だ。始めてこれが出来た時、タブンネ達は一心不乱にここに顔を突っ込み、ゴクゴクと音を立てて水を飲んでいた。野生では水すらまともに飲めなかったのかと不憫に思う中、1匹の赤ちゃんが上流でオシッコをしてしまい、下流のタブンネ達は大パニックだったのだが、そんな微笑ましい光景を見ることももうない。
15匹並ぶタブンネの死体。他に目立った外傷は無いが、みんな両耳をちぎられ、絶望に満ちた表情で舌を半分くらい垂れている。
ブラスターなりの遊びのつもりだったのだろうか、皆の頭から足先が綺麗に揃えられ、並んでいるのがタブンネでなければまるでクローン戦争で使われるドロイド兵のようだ。
そしてここの遺体は全て、本来内股のはずのタブンネの脚がなぜかガニ股になっている。生物学者が見たらどうやって殺せばこんなふうになるのか興味深いことだろうが、従業員にはただただやるせない光景だ。
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敷地に入ってすぐ左手、辺り一面の芝生が消え去り、その中にタブンネ達の身体の一部が転がっている。従業員は間近で見ていた惨劇。ブラスターの最大火力の攻撃に、自分達の無力さを感じた瞬間だった。
ダンデ、マスタード両雄もこの光景には目を見張った。こんな凄まじい攻撃を喰らえば、自分のポケモン達も無事では済まなかったろう。力をためる隙を与えなかった自分達の作戦が正しかったことになる。消沈する従業員達に申し訳ないが、心の中で静かにドヤ顔する。
また歩みを進め、焼け焦げた巣穴を確認していく従業員達。ここには卵や赤ん坊がいたはずだ。火の手が強すぎ、今やどれが藁やシーツで、どれがタブンネの遺体なのかの区別すらつかない。
そんな中、1人の飼育員が辛うじて赤ちゃんタブンネの原型を留めた焼死体を見つけ、そっと抱き上げた。自分達が産湯につける為か、この牧場の赤ちゃんタブンネは皆よく懐いてくれたものだった。そんな事を思い一粒の涙を零すと、その一滴で焼死体に穴が空き、ボロボロと砂人形のように崩れていった。
タブンネの為に植えられた幹の太い樹。日差しの強い日はよく木陰に凭れて、親子がお昼寝していた光景が目に浮かぶ。今はそんな木々の太い枝に、沢山のタブンネが腹からブッ刺さって絶命している。直ぐには死にきれず暴れたのだろうか、生々しい血痕が飛び散っている。サイコ野郎の家に飾ってあるクリスマスツリーはこんなだろうか。許せない、ブラスター
すぐそばには子供用の遊具。階段部分から滑り台を結ぶ吊り橋の柵ひとつひとつに、可愛いチビちゃんが腸を引っ掛け、逆さまにぶら下がっている。こうゆう遊び方をする遊具ではない。チィチィと言ういつもの笑い声も聞こえてこない。
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奥へ奥へと歩みを進めていく一行。時おり何かを踏んづけてしまい、ネチョネチョと靴裏に嫌な感覚を覚える。あらゆる所に落ちている、子どもの足とタブ糞がその正体だ。
千切れた足から胴体まではどれも一定の距離があって、その間の芝生にベットリと血痕が着いている。何かを求めて必死に這いつくばったのだろう。
糞特有の臭気が鼻をつん裂くが、従業員は不快に感じる事なく、タブンネへの憐みを一層強める。ここのタブンネは例外なく綺麗好きで、随所設置する砂場以外で用を足すことは子供でも稀だった。それが今は辺り一面が糞だらけ。よっぽど怖かったのだろう。
その各所のトイレ砂場には、大小沢山のタブンネが頭から身体の半分くらい突っ込まれ、タブ神家の一族みたいになっている。綺麗好きのタブンネには屈辱だったろう、辛かったろう...。
一番凄惨な屋舎側を過ぎ、中央部へ足を進めていく。それを分け隔てる防風林の木々が、全て伐採されている。タブンネの命だけでは飽き足らなかったのか。ここまでやるか、ブラスター。
数組の家族から始まったこの牧場。日増しに拡充していき、やがて作られたこの防風林。
これが出来た時子供達は大喜びで、子供に混じってよく自分達も、かくれんぼをして遊んでやったものだ。タブンネは子供でも触覚で隠れ場所を探れるので、正直何が楽しいのかわからなかったが、それでも真底楽しそうで、いつも笑い声の絶えない場所であった。
そこを超えて中央部へ入ると、ウェルダンに焼かれたタブ頭と臓器が各水飲み場の周りに複数転がる。毎晩家族で固まり、健やかに眠っていた小さな巣穴も全てが焼き尽くされている。
一ヶ所に岩が固まっていて、それをどかすと無惨な子供の死体。目に入るもの全てが地獄絵図であった。
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だいぶ周りに遺体も減ってきて最深部まで歩みを進める一行。次点の防風林は無事だったようだ。
防風林の手前で皆一度立ち止まった。惨劇跡は終わりかと思ったが、よく見ると林の各所にもタブンネが点在していた。顔だけになって細い枝にブッ刺さるタブンネ。胴体が捻じ曲がった状態で茂みに乗っかる子供タブンネ。割れた卵を頭に被り、死んだ胎児を抱いて自分も立ったまま死んでるやつも居る。これどうやったんだろう。
これまでの地獄と違い、最深部は非常に殺風景だった。
ここは割と最近拡張されたエリアで、巣穴とトイレと水飲み場があるだけだった。そのうち遊び場を作ってやるからなと言い聞かせていた矢先の惨劇だった。約束を守れなくてすまない、タブンネ。
その殺風景の中一際目立つ、中央に寂しく1匹横たわるタブンネが居る。最後の1体となって、ブラスターに弄ばれたのだろうか。
右脚がちぎれ
(エアスラッシュ)
胴体左半分は焼け焦げ
(リザードンのだいもんじ)
右脇腹が破れ臓器と肋骨が飛び出し
(ウーラオスの暗黒強打)
クルッと巻いていたかわいい触覚は爛れて変色していて
(レントラーの10万ボルト)
小さな口の周りは骨が砕けて血塗られ殆どの歯が折れるか欠けている
(ドサイドンの岩石砲)
・・・
牧場の実況見聞は終わり、翌日一日かけて全ての遺体を埋葬し、厄災は一幕を閉じた。幸い道中のフリーズ村はスルーされたようで
・森林一部消失
・死者0名
・死タブ392匹
という被害で収まった。
牧場事業経営陣、政府関係者は頭を悩ませた。せっかく根付いた新産業、沢山の雇用。商品が全滅してはどうしようもない。
でもきっと大丈夫だろう。このカンムリ雪原にタブンネがいる限り。たぶんね。
(完)
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特に内容のないオチですみません。
私は前スレ『チビンネ兄妹の小さなお話』が何度も読み返すくらい大好きで、自分も「馬鹿ではないけど幸せ思考の子タブンネが何も知らず生き餌にされる」SSを書いてみたくなり
またいくつか該当作品があるかと思いますが、「平和なタブンネの群れが全滅させられる」タイプの話も大好きで、2つ無理矢理纏めて本SSを書き始めたのですが、最初の段階で群れの規模を大きくし過ぎて後半偏重になってしまいました。
本SSをお読み下さった方、ありがとうございます。ほんの少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
冠雪原のタブンネちゃん、本当に可愛いですよね。
個人的にマグマストームか根源の波動を喰らうときのエフェクトが可愛くてオススメです!
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乙です。
無辜のタブンネ達が突然降って湧いてきた災いに為すすべなく命を奪われていく描写が素敵でした。
あと今まであんまりなかった後談で今までタブンネ達がどんな目にあってきたのかを振り返っていく展開が個人的にすごくそそられて良かったです。
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お疲れ様です。滑り台の遊び方と無意識の内に攻撃してたリザードンとウーラオスw
テッカグヤの目的は何だったんでしょう?タブの殲滅?
何はともあれタブ以外の死者が出なくて良かったです。
タブたちは、あっちの世界で「助けに来るの遅いミイ」とか言ってるんでしょうね。
多分ね。
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サザンドラの言葉を皮切りに兄タブンネは駆け出した。
肩を突き出しすてみタックルの構えを取り、サザンドラへ激突する。サザンドラはそれをボディで受け止めた。
ノーマルタイプの中では比較的強力な技だ。使った相手がタブンネであったとしてもダメージはそう低くない。
兄タブンネのすてみタックルを受け僅かに後退したサザンドラは、反動を利用し反対方向に着地した兄タブンネを鋭い眼光で見据える。
先手は譲ってやった。次はこちらの番だ。
接触物理のアクロバットでは距離が開きすぎている上にタイプ不一致で威力も見込めない。ここは手堅くりゅうのはどうで攻めることを選択する。
大きく口を開け波動を放つ準備をしていると、兄タブンネは地面に手を当て精神を集中させ始めた。
サザンドラは兄タブンネの次の一手を考える。
この距離でタブンネが行える攻撃手段はない。この辺り一帯のタブンネは遠距離の攻撃を基本的に覚えなかったはずだ。
であれば、まずは攻撃を優先することを選択する。
所詮はタブンネだ。できる事は限られている。
サザンドラがりゅうのはどうを口から放つ直前、兄タブンネは地面につけていた手を高くかざし「ミィッ!」と一声上げた。
その途端、遺跡内部に不思議な霧が滞留し始めた。
ミストフィールドと呼ばれる領域を兄タブンネは展開したのだ。そしてその効果は状態異常の無効化とドラゴン技の軽減。
兄タブンネはサザンドラのタイプを推察し、その主砲に併せてフィールドを展開したのだ。
放たれたりゅうのはどうはたちまち勢力を衰えさせる。兄タブンネの計算通りだ。
りゅうのはどうを正面から受け切った後、サザンドラに駆け寄り距離を詰めた。
両者共、近接戦闘の間合いで睨み合いをする。
次はアクロバットで迎撃を───そう考えていたサザンドラの目の前で兄タブンネは大きなあくびをした。
それを目にしたサザンドラは途端に強烈なねむけに襲われる。
サザンドラは目を抑え頭を振るい、眠気を堪えながら後退する。
次の一手はどうする。りゅうのはどうは威力が軽減されてしまう。
次の一手はどうする。だいもんじを放ったとしても火傷が見込めない現状では有効打にはならない。
次の一手を考えようにも眠気で頭が回らない。まずは眠気を何とかしなくては───
サザンドラが見せた大きな隙を兄タブンネは見逃さなかった。
強く拳を握る。助走をつけ飛びあがり、サザンドラに向かって最大出力で殴り掛かった。
「ミイイイイィィィィィ!!!!!!」─ 喰らええええぇぇぇ!!!!! ─
それはタブンネが覚える最強の物理技。兄タブンネはとっておきを繰り出した。
その拳はサザンドラの前頭部にクリーンヒットする。
額から血を吹き出し、大きな雄叫びを上げながら仰向けに倒れこんだ。
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兄タブンネは肩で呼吸をしながらもまだサザンドラから視線を外さない。
瀕死になったかはここからでは分からない。だが瀕死でなくてもあくびの効果が効いていればサザンドラは眠っているはずだ。
ここで追撃を緩める手はない。
兄タブンネは乱れた呼吸を少しだけ整え、倒れ込んだサザンドラに向かって再び駆け出した。
サザンドラは目前。あとはとっておきを振るうだけとなった瞬間、突然兄タブンネの見ていた景色が切り替わった。
目線の先は遺跡の天井。何故自分は天井を向いているのだろう。
僅かにだが顎の下に痛みが走る。そうか、自分は尻尾か何かで顎下を叩かれ顔を押し上げられたのだ。
兄タブンネは視界の切り替わりに気付き、目線を地上に戻す。
それは時間にして数秒の出来事だった。
だがサザンドラが形勢を逆転させるには十分な時間だった。
視線の先に先ほどまで倒れていたサザンドラが存在しない。一瞬の事で兄タブンネは困惑する。
ヤツはどこにいる。
ヤツは───サザンドラは───上にいる!
そう気づいた瞬間、兄タブンネにサザンドラのアクロバットが放たれた。
空中で一回転し加速をつけた尻尾をサザンドラは兄タブンネの背面に打ち当てる。
兄タブンネは地面へと倒れ込みミシミシと背骨が軋む痛みが走る。
だが攻撃はそれだけでは終わらなかった。
サザンドラは倒れている兄タブンネを持ち上げ、力任せに地面へと叩きつけた。顔面を酷く強打してしまい右瞼がぽっこりと腫れあがり鼻から血がだらだらと流れ出ている。
サザンドラは左頭で兄タブンネの首根っこを掴み持ち上げ、眼前へと持ってくる。
とっておきを食らった額からは血が流れ出ており、右目を閉じたままサザンドラは不敵な笑みを浮かべていた。
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─ やるじゃねぇかクソガキィ! ミストフィールドでドラゴン技を軽減して突っ込んでくるなんざ思いもしなかったぜ! ─
兄タブンネは理解できなかった。倒せなかったことそのものもそうだが、何故こいつは眠っていないのだ。
兄タブンネが困惑顔をしているとサザンドラは嬉々として語り始めた。
─ だがあのミストフィールド、アレは悪手だったなァ。フィールドを展開するときは相手も利用できるって事を念頭に置かねぇとな ─
その言葉で兄タブンネはハッとする。
そうか、このサザンドラはあの時わざととっておきを喰らったのだ。
回避できないはずの眠りを回避するために、大仰な演技で倒れ込みミストフィールドを利用したのだ。
サザンドラが眠っていないからくりを理解した兄タブンネは、悔しそうに歯を食いしばる。
だが、まだだ。まだ終わっていない。
例えここで刺し違える事になったとしてもこいつはここで倒さないといけない。
妹のためにも。惨殺された仲間たちの為にも。そしてタブンネの誇りのためにも。
兄タブンネはこの絶望的な状況下で覚悟を決め、自身の命をも視野に入れた逆転のプランを考え始める。
その様子を見てまだ兄タブンネに諦めがないことを理解したサザンドラは次の一手に出た。
サザンドラはゆっくりと右頭を近づけると、持ち上げていた兄タブンネを地面に下ろし解放する。
あまりに突然の事で足に力が入っておらず、解放された一瞬だけよろけてしまう。
そんな兄タブンネをサザンドラは優しく正し、付着した砂ぼこりを払い始めた。
兄タブンネにはその意図が理解できなかった。先ほどまで殺し合いをしていた相手にするような行動ではない。
どういった思惑で自分を解放したのか、兄タブンネが警戒しながら睨みつけてる。
するとサザンドラ額の傷を弄りながらゆっくりと語り始めた。
─ それにしてもまさかここまで手酷い傷を負う事になるとは思ってもみなかったぜ。
てめぇらタブンネにここまでしてやられるなんざ本来ありえないことなんだが……まぁ相手が何であれ慢心はするべきではないってことだな ─
相変わらずの上から目線ではあるが、兄タブンネ自身それを否定するつもりはなかった。
確かにサザンドラには油断や慢心と言った弱点があったことを理解していたからだ。
そしてそれらが無ければ今こうして一矢報いることすらできなかっただろうということも。
サザンドラは少し気恥しそうにしながらも言葉を続ける。
─ まァ……アレだ。今回はてめぇに勝ちを譲ってやるよ、ボウズ。どこへなりとも好きなところに行きな ─
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サザンドラの言葉を聞いた兄タブンネは耳を疑った。
そもそもこいつは平気で約束を違えるヤツだ。いざ逃げる段階になって後ろから襲ってくるに違いない。
兄タブンネの不信の目を見てサザンドラは言葉を続ける。
─ もちろん続きをやるってんならそれもいい。その時は全力で相手をしてやる ─
兄タブンネはその言葉を聞いて戦慄する。
放たれている気や言葉の抑揚で今の言葉に嘘がないことが分かる。
このまま続けたら確実に自分は殺されるだろう。
目の前に君臨する確実な死の象徴は、穏やかに、時折言葉を詰まらせながらも話を続けた。
─ だがまァ……何度でも言ってやるが今回は俺の負けだ。俺は強いヤツには敬意を払う主義なんだぜ ─
サザンドラはそういうと兄タブンネの頭を左頭でやさしく撫で始めた。
その言葉と行動で張り詰めていた戦意が優しく解かれていく。
自分よりはるかに強い強者からの賞賛と、生きて帰れるという安堵。
本当ならこんなことを思っていいはずがない。仲間たちの為にも最後まで戦うべきだ。
だが兄タブンネは心を満たす喜びの感情に抗いきれず、零れ落ちる涙を止める事ができなかった。
ふと周囲を見渡すと殺された仲間たちの亡骸が転がっている。
彼らの事を思うとやはり胸が痛む。彼らを残して帰還することにも強い後ろめたさを感じる。
だが、かつてリーダータブンネが言っていた。誰かひとりでも帰還すればそれが成果だ、と。
きっと自分が帰還しなければこの遺跡の危険性を誰も知らないまま、また同じように仲間たちが犠牲になるのだろう。
それだけは避けなければならない。既に亡くなった彼らの家族を同じような目に合わせないようにするんだ。
兄タブンネはそう心に言い聞かせ、サザンドラの横を通った。
目的は部屋の隅で震えながら自分の生還を待っていた妹タブンネ。
彼女は先ほどの戦闘を見ていた。だけどもう脅える必要もない。兄タブンネの笑顔を見て妹タブンネも顔を綻ばせる。
二匹の間に安堵の、穏やかな空気が流れる。その瞬間、兄タブンネの横を高速で何かが駆け抜けた。
それは目にも止まらないスピードで妹タブンネを掴み高く持ち上げる。
─ さぁそれじゃパーティの再開といこうかァ!!! ─
妹タブンネを掴んだサザンドラは高らかにパーティの再開を宣言した。
-
あまりに突然の事で呆気に取られる兄タブンネ。
しかしすぐに意識を切り替え、サザンドラに向かって吠えた。
「ミッミィ!ミィミィ!!」─ 見逃してくれるって言ったじゃないか!あれは嘘だったのか!! ─
そう叫ぶ兄タブンネに対し、サザンドラはとぼけたような素振りを見せながら返答する。
─ お前は見逃してやるって言ったがお前の妹まで見逃してやるって言った覚えはカケラもねェなァ…… ─
どこまでも卑劣な詭弁を……! やはりあんなヤツの言葉なんて信用するんじゃなかった。
兄タブンネは怒りのあまり強く拳を握り、唇を噛みしめる。
サザンドラに向かって駆け出す兄タブンネ。とっておきを放とうと拳を構える。
そんな兄タブンネに対しサザンドラは巨大な叫び声をあげ強く威嚇した。
それはなんてことの無い、ドラゴン族が戦闘前に行う威圧、気当たりのような行動。
死を覚悟していた兄タブンネにはそんなものは通用しない───はずだった。
眼前にある死への恐怖に対し兄タブンネ目をつむり防御の姿勢を取ってしまう。
勢いを急激に殺したものだからついにはバランスを崩しその場に尻もちをついてしまった。
目を開き、前を向く。見上げた先にあるサザンドラは先ほどに比べてあまりにも巨大で、凶悪で、絶望的な力の差を感じてしまう。
恐怖で体が竦んでしまう。妹を助けるために動かなければいけないのに体が動かない。
脈打つ心臓の鼓動が、流れている血潮が、自分を構成している全てが目の前の存在から今すぐ逃げろと警鐘を鳴らす。
だけどここで逃げてしまえば妹は仲間たちと同様に惨たらしく殺されてしまうだろう。
サザンドラは今にも泣きだしそうな顔でこちらを見つめる兄タブンネにもう一度威嚇する。
再び目を閉じ両手で頭を庇い防御姿勢に入る兄タブンネ。
目の前で放たれた強烈な殺気に耐えきれず失禁をしてしまった。
貧相な男性器からチョロチョロと流れ出た黄色い液体は、股の間で小さな水たまりを作り湯気を放っている。
─ お漏らしとはなっさけねぇな! さっきまでの威勢はどうしたァ? えぇ、おい!! ─
サザンドラは兄タブンネを煽り、嘲り、彼のプライドを傷つけていく。
妹を人質に取られた上にあまりにも情けない失態。恥ずかしくてしかたなかった。
兄タブンネは顔をかぁっと赤らみ、熱くなっていくのを感じる。
目頭がじんわりと熱くなって、喉の奥が突き刺すように痛い。
敵前であるにも関わらずとうとう兄タブンネは泣き出してしまった。
-
サザンドラはわざと大げさに笑い声をあげ、目の前の兄タブンネを嘲笑する。
その姿を見てサザンドラは目論見通り事が成ったことを確信していた。
先ほどの戦闘で、兄タブンネの闘志を支えていた要素は三つあった。
一つ目は妹タブンネを守らなければいけないという意思。
二つ目は仲間たちを惨殺したサザンドラに対する憎悪。
三つ目は決死の覚悟、"ここで死んでもいい"という前提で兄タブンネは戦っていた。
では、この三つの要素の内二つを崩したらどうなるだろうか。
決死の覚悟に対し、"死なずとも生き残れる道はある"と示したら。
標的への憎悪に対し、その標的から強者と認められ褒められればどうなるだろうか。
答えは明白だ。
自分が抱いていた闘志を維持できなくなる。
瓦解してしまうのだ。
今の兄タブンネには妹タブンネを守らなければという意思だけしかない。
元々後付けの覚悟しかない兄タブンネではそれだけで立ち向かう事なんて出来やしない。
サザンドラは自分に一発くれたクソガキに対しての意趣返しを行ったのだ。
「ミィィィィ!!ミイイイイィィィィィ!!!」─ いや!!助けて!!お兄ちゃん助けてぇ!! ─
そして最後の残り一つの要素である妹タブンネ、こいつを目の前で惨殺する事で兄タブンネの全てが終わる。
手の内でもがき、助けを求める妹タブンネ。じたばたとかわいらしく揺らしているその左足をサザンドラは右頭で根元から咥え込んだ。
鋭いキバが肉を裂き骨まで到達する。強烈な痛みにたまらず妹タブンネは「ミイイイイイイイイイィィィィ!!!!」と悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞いて兄タブンネは我に返った。そうだ、妹を助けなければいけない。
ゆっくりと立ち上がりサザンドラに対して手を差し出す兄タブンネ。
もはや戦う事ができないのは自分でも分かりきっていた。
だがそれでも妹タブンネを諦める事など出来なかった。
-
「ミッ……ミッミィ……」─ お願いします……妹を……妹を解放してください…… ─
兄タブンネは藁にも縋る思いでサザンドラに懇願する。だがサザンドラはもちろん妹タブンネを返すつもりなんてない。
サザンドラはしっぽで軽く兄タブンネの体を押し返す。
腰の入っていなかった兄タブンネはその勢いに流されるまま後ろに下がり、躓いて小便だまりの上に尻もちをついてしまった。
綺麗な白色をしていたしっぽの下側が小便を吸い黄色く染まっていく。
サザンドラは再び妹タブンネに集中する。
キバで太ももの肉を裂きつつぐりぐりと動かして股関節を外そうと試みる。
ぶちぶちと自分の肉や繊維が断ち切られる度「ミヒッ!ミィッ!」と痛みにあえぐ妹タブンネ。
ついにはボキッという少々乱暴な音が鳴り、妹タブンネの左足と体が分離した。
「ビヤアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
気が狂いそうになるほどの激痛。
妹タブンネは目を見開き肺にたまった空気を全て出すかの如く大きな叫び声をあげた。
悲鳴を叫び終えた後は肩で息をしながらぐったりとしている。
左足のあったところからはドバドバと血が流れ出ていた。
サザンドラは切り離した妹タブンネの左足を兄タブンネの目の前で揺らして見せつける。
可愛らしいハート型の肉球が鮮血を滴らせながら兄タブンネの前でプラプラと揺れ動いている。
兄タブンネは「ミゥ……ミゥゥ……」と悲しみの声を漏らしながら絶望顔でそれを見つめる。
妹タブンネを守れなかった今、彼の心を支える最後の一つが崩れ落ちようとしているのが分かる。
続いてサザンドラはその左足を妹タブンネの目の前まで持ってくる。
妹タブンネは歯を食いしばり首を横に振る。
左足があったところから感じる耐えがたい痛みがそれを現実であると証明しているが、認める事なんて到底できない。
サザンドラは一通り見せつけて満足した後、妹タブンネの新鮮な左足を口へと運んだ。
まずは足裏、ハート型の肉球に付いた血液を啜った後、おもむろにかじり取る。
タブンネのチャームポイントであるハート型の肉球はえぐり取られ、グロテスクな足裏の肉が露見してしまった。
その様子を見せる事でタブンネ達の心を痛めつけたのち、左足全部を口の中に放り込む。
あえて大仰に骨を砕き、二匹に咀嚼音をしっかりと聞かせる。
やがて咀嚼し終えるとそれを飲み込み、次は残りの右足へと手をかけた。
再び妹タブンネを激痛が襲う。度重なる痛みで感覚がマヒしていたのか、先ほどのような大声を上げる事はなかった。
「ミゥ……ミゥミゥ……」─ お願いします……これ以上はもう…… ─
兄タブンネは再び立ち上がりサザンドラの足を掴んで揺らす。
このまま蹴って振りほどくこともできたが、もはや戦士として不能になった兄タブンネなんぞ脅威ではないのでこのまま揺らさせておくことにする。
再び股関節を外して妹タブンネの右足を切り離した。サザンドラは切り離した右足を小便だまりの上に放り投げる。
黄色一色だったそれに右足から血が流れ、赤のコントラストで彩られた。
妹タブンネは体を小刻みに痙攣させ、顔を上にあげながら「ミヒィ……ミヒィ……」と浅く、短く呼吸をする。
痛みと失血により消耗が激しく、少しでも少量の力で大量の酸素を供給しようとしているのだろう。
-
続いてサザンドラは妹タブンネを顔の前に持ってきた。
互いに目が合うと妹タブンネは声をふり絞り助けを乞う。
「ミゥゥ……」─ お願い……もうやめてよぉ…… ─
サザンドラはその言葉を聞いてニヤリと笑みを浮かべた後、「ゲェップ」と下品な音を立て口から猛烈な臭いのする毒ガスを放った。
ゲップという毒タイプの技である。
目をぎゅっとつむり呼吸をしないようにしながら手でパタパタと仰いでいた妹タブンネだが、ついにはその毒ガスを吸い込んでしまった。
鼻孔を刺激する不快なにおいと、焼け爛れているのではないかと錯覚するほどの強烈な胸焼け。
妹タブンネはたまらず嘔吐してしまった。彼女の口から胃液と共に未消化の木の実がベチャベチャと地面に降り注ぐ。
「ミゥ……ミ゙ァ゙ァ゙ァ゙……」─苦しい……ぐる゙じぃ゙よ゙ぉ゙……─
血の涙を流し胸を掻きながら言葉を絞り出す妹タブンネ。
両足を失った上に毒タイプの技まで食らったのだ。限界が近い事は誰の目から見ても明らかだった。
兄タブンネはさらに力を込めてサザンドラの足を揺らし始める。
「ミィィ……ミイイイィィィィィ!!!」─ 妹が……妹が死んじゃうよぉ!!! ─
-
その言葉を聞いてサザンドラは妹タブンネをゆっくりと地面へ下ろす。
両足がないのでそのまま倒れ込んだ妹タブンネの元に、兄タブンネはすぐさま駆け寄った。
「ミィミィ!?ミィミィ!!」─ 大丈夫か!? しっかりしろ!! ─
肩を掴んで体を揺らし声をかけるが様子がおかしい。呼吸はしているが視線が遠方を見据えたまま動かない。
「ヒゥ……ヒィィィィ……」─ お兄ちゃん……クル……シ…… ─
掠れた声で返事をしだすと妹タブンネはおもむろに胸を掻き始めた。
ガリガリと、毛が毟られ皮膚が裂けるほど力強く胸を掻く妹タブンネ。
ただでさえ傷ついているのだ、どれだけ苦しくてもこんなことが体にいいはずがない。
兄タブンネは妹タブンネの両手を掴んで固定する。すると今度は引きつけのような症状を起こし始めた。
全身が痙攣をおこし呼吸できているかも怪しいような浅さで「ヒィッ!ヒィッ!」と呼吸をする。泡を吹き目をぎょろぎょろと不規則に動かしながら何度も瞬きをする。
妹の体内で何か異常が起きているのはわかっていた。
だが兄タブンネにはそれが何なのか分からず、ただただ困惑することしかできなかった。
やがて妹タブンネの喉が大きく膨れ上がると、口から赤黒いゼラチン状の何かが吐き出された。
兄タブンネはそれを手に取り顔の近くに持ってくる。
漂ってくる強烈な鉄臭さ。これは───妹タブンネの血だ!
ゲップという技は名前こそ生理現象と同じであるが、れっきとした毒タイプの技である。
体内で生成されたガスに僅かな毒素を混ぜ込み放出するそれは、ごくごく健康的なポケモンに対しては中毒症状を引き起こさないだろう。
だが衰弱しきっている幼体のポケモンに対してはどうだろうか。
微量であっても毒は毒。その性質に変わりはない。
妹タブンネはゲップによるサザンドラの毒素にその身を侵されていたのだ。
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血の塊を吐き出した妹タブンネに再び変化が訪れる。全身から流れ出ている血液が同じように凝固し始めたのだ。
ポケモンがそれぞれ持つ毒素は種族ごとに多少異なる。
サザンドラが保有している毒素はハブネーク等と同様、血を凝固させる性質を持っていたようだ。
そしてその性質は体外に排出された血液だけに適用されるものではない。
妹タブンネの体の中では今、甚大な出血障害が引き起こされていた。
兄タブンネは妹の血流と心音が急速に弱まっていくのを耳に捉える。
なんとかしなくてはいけない、だがどうすることもできない。
体を揺らしても、声をかけても、体を摩っても、涙を流しても、事態は一向に好転しない。
「ミィィ!!!ミッミッミィ!!!」─ しっかりして!!! ねぇ! ねぇ!! ─
兄タブンネの懸命の声掛けも空しく妹の命の鼓動はどんどんと弱くなっていく。
ついには聴覚に優れたタブンネでもその音を捉えられない程に小さくなってしまう。
それは数秒後に訪れる確実な死を意味していた。
妹タブンネは弱々しく兄タブンネの頬に触れ、口を動かし何かを伝えようとする。
認めたくはなかった。でもこれが妹の最後の言葉になるのかもしれない。
兄タブンネは涙を堪え、彼女の言葉に耳を澄ませた。
妹タブンネが「ミ……」と声を発したその瞬間。
サザンドラがそれにかぶせるようにして巨大な咆哮を上げた。
全てをかき消すほどの力強い鳴き声が周囲を支配する。
兄タブンネは恐怖と、「何故今この瞬間なのだ」という絶望の感情で、ただ吠えているだけのサザンドラから目を離す事ができなかった。
やがてあたりが静まり返ると、兄タブンネは抱きかかえていた妹タブンネに目を向ける。
そこには苦しみに塗れた表情で息絶えていた妹タブンネの亡骸が存在していた。
「ミゥミゥ……? ミィ……ミッミィ!!」─ 嘘だよね……? 返事してよ……ねぇ!! ─
兄タブンネは妹の頬をペチペチと叩き反応を探る。
先ほどまで元気だったのだ。
この遺跡に入るまでは自分と一緒に温め合っていたのだ。
洞窟に居た頃だって何をするにも自分の後ろについてきて、自分の事を慕ってくれて、いつも朗らかに笑っていて───
そんな妹タブンネがこんな表情で、こんな結末を迎えるなんて……
妹を守れなかった。それだけでなく最後の言葉すら聞き届ける事ができなかった。
兄タブンネは膝をつき愕然とする。
これで彼の心を支える要素はゼロになった。
サザンドラは兄タブンネの頭を掴み、後ろに倒し目線を合わさせる。
兄タブンネの顔には喜怒哀楽、どういった表情も映っていなかった。
満足気な笑顔を浮かべるとサザンドラはこう口にした。
─ 分かったかクソガキ、これがタブンネの末路だ ─
そうか、自分たちはこうなるために生まれてきたのか。
兄タブンネはもはや抵抗することもできず、その言葉を真正面から受け止めた。
-
「お疲れーサザンドラ……って結構手酷くやられてるなぁ」
兄タブンネが愕然としていると背後から声が聞こえてくる。
そこにはメタモンを頭に乗せ脇にフーディンを携えたトレーナーが存在していた。
先ほどの鳴き声は狩りの終了を知らせる合図だったのだ。
トレーナーはサザンドラの風貌を見るなり鞄からかいふくのくすりを取り出して散布する。見る見るうちに傷口が塞がりサザンドラは全快した。
これでいよいよもって兄タブンネの勝ち目も完全に潰えた事になる。
だが兄タブンネにはもはや抵抗しようという意思などなく、ただ然るべき時が来るのを待つだけだった。
トレーナーも兄タブンネがまだ生きていることに気付いたようだ。「こいつはいいのか」とサザンドラに声をかける。
しかしサザンドラは「そいつは別にいい」といったジェスチャーでトレーナーに返事をした。トレーナーもサザンドラがそういうなら、と納得したようだ。
兄タブンネはサザンドラを見つめる。
彼はなんて優しいポケモンなのだろう。タブンネである僕の事を見逃してくれるなんて。
サザンドラの意図を汲み取った兄タブンネは立ち上がり、ヨタヨタと覚束ない足取りで遺跡の出口まで歩いていく。
その風貌はもはや生きているのに死んでいるとさえ思えるほどだった。
だがきっとそれは間違いではないのだろう。
彼の心を支えていた要素は全て無くなった。今の彼は意思のない、歩く死体でしかない。
兄タブンネが遺跡の出口へと向かって行ってると不意に後ろから声をかけられた。
─ 忘れモンだクソガキィ!! ─
サザンドラはそういうと妹タブンネの亡骸を兄タブンネに向かって放り投げた。
兄タブンネの少し前に落下したそれは衝撃で首の骨が折れて変な方向に曲がっている。
自分たちの命は全て彼らのモノなのに、見逃してくれるだけでなく妹タブンネの死体まで授けてくれるなんて。
やはり彼はいいポケモンだ。
暖かさの無くなった妹タブンネの亡骸を抱えると兄タブンネはサザンドラにお辞儀をし、遺跡の出口へと向かった。
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「さて、とりあえず掃除から始めないとだが……ってもう一匹生きてるやつがいるじゃないか」
トレーナーは続いてもう一匹の生存者であるリーダータブンネを発見した。
先ほどのタブンネもそうだがこのタブンネもまぁずいぶんと……汚い。
中々派手に暴れたようで感心半分、面倒な気持ち半分になるトレーナー。
すると頭の上にいたメタモンがリーダータブンネを指で指し怒り顔になりながら「モンモン」と叫び始めた。
「あー……こいつがメタモンの言ってたあっためんどくさいタブンネか」
サザンドラが暴れている間、外でトレーナーはフーディンのテレパシーを介しメタモンから報告を受けていたのだ。
その際にずいぶんと群れから信用されていて警戒心の強い、きわめて対処が面倒だったタブンネが居たと聞いている。
トレーナーはリーダータブンネにモンスターボールを投げ、ゲットする。
「よし、じゃあ次の狩りの時はこいつに変身して誘い込むとしようか。
あと……そうだ、良いことを思いついた。フーディンにこいつの記憶を覗いて貰ってどんな凄惨な目にあったかを見ながらティーパーティでもしようぜ」
トレーナーはにこやかな笑顔で三匹に向かってそう発言する。
時折、人間というのはポケモンでは想像も及ばないような悪意のある発想を思い浮かべるものだ。
あまりにもナチュラルに外道な発言をしたので三匹はトレーナーに対しドン引きの姿勢を示していた。
トレーナーとポケモン達の笑い声が遺跡内に響き渡る。それを聞きながら兄タブンネは遺跡の階段を一歩一歩下っていた。
やがて現れたタブンネの焼死体の脇を通り、門を通過する。何の障害もなくすんなりと遺跡の外に出る事ができた。
外は相も変わらず吹雪が吹き荒れており、一寸先は白に覆われて何も見えない状態だ。
一歩、雪原へ足を踏み入れる。
突き刺すような雪原の冷たさも、今の兄タブンネには感じる事ができなかった。
行く当てもなく歩みを進めていく。次第に兄タブンネは三つまたヶ原に吹雪く白い闇へと飲まれていった。
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吹雪の日の三つまたヶ原でタブンネさんが多く出てくるのはなんでだろうって疑問から作った話なんだけど思いのほか作るのに時間がかかってしまった……
個人的には善良だけどどこか脳内お花畑なタブンネ達が人やポケモンの悪意で滅茶苦茶にされるお話が好きだから結構満足いくものがかけたと思う
またなんかタブンネさんのお話書きたいな。書こう
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>>445
完結乙ンネ
妹の死体を抱えて去っていく兄ンネの姿を想像したらたまりませんわ。
個人的にあまりにもゲームとかアニメの世界観からかけ離れてるSSって読み飽きるんだけど、最近のSS全部良かった。
作者様の次回作に期待!
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各職人様乙です。
冠雪原の全マップ、全天候低確率なのに三つ又の吹雪時だけ出やすいって確かに謎だよね。
なんか裏設定あるのかと勘繰ってしまう...
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今タブンネさんのWikiって活動停止してるんだっけ
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どうなんだろう
去年ここに上がってたSSって記事になってないよね
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「ミィ!目が覚めたミィ?よかったミィ〜」
ママ⁉︎ 綺麗な芝生の上で目を開けたタブンネ。目の前の生き物に驚く。
一瞬ママと見紛うたのは野生のタブンネ(♂)。しかしよく見るとママより少し背が低く、体毛も綺麗で、顔立ちも少し違う。
自分の額の上にはヒンヤリと冷たい真っ白な軍手が乗せられていた。
生家を離れ、一心に走り続けたタブンネ。
錯乱状態でもあったし、触覚で人間の気配を察知できないタブンネはその道中何度も人間に遭遇したが、ぶつかって蹴られたり、悪ガキに遠くから石を投げられたりしただけで、幸い重い傷は負わなかった。
宛ても無い行脚であったが、結果方向が正しかったのか、ライモンシティの東外れ、16番道路の迷いの森付近の沢辺まで辿り着いて、やがて気を失った。
ショックで心も不安定であったし、ロクな運動をしたことのないタブンネには体力の限界だった。
しばらくして沢まで水を飲みに来た冒頭の♂ンネに介抱され、今に至る。
いくつかの傷を負い、普段から不潔なママンネが舐めて毛繕いをしていたタブンネは相当臭かった筈だが、♂ンネは嫌な顔せずタブンネを看病した。
気立ての良い、優しい個体だった。
♂ンネは16番道路と人間の街を隔てる柵の付近に穴を掘り、一人で住んでいた。
宛ても身寄りもなかったタブンネは半ば巣食う形で♂ンネと共に住むことになり、やがて自然とつがいとなった。
路地裏で声を潜め、最低限の会話しかしてこなかったタブンネは当初口数が少なかったが、別に内向的という訳ではなかった。
♂ンネ改めダーリンネと過ごすうち、タブンネの言葉をどんどん覚えていき、次第に明るくなっていった。
つがいはお互いの経緯をよく話した。
ダーリンネはこの林地で生まれ育ち、パパはきのみを取りに行った帰りにレパルダスの群れにタカられ死亡。
ママは突如現れたトレーナーのポケモンに散々痛めつけられ弱った所で捕獲され、行方知らずとなった。
それからは1人で暮らしたが、優しくて明るい性格だったダーリンネはこの林に何匹かポケモンの友達がいて、時々だがチラーミィやエモンガがきのみをお裾分けしてくれたりもした。
食性の被る異種族と打ち解けるのは珍しいことだが、それだけダーリンネはポケ当たりが良かった。
同族の知り合いも何匹か居たのだが、みんないわゆるタブンネ狩りに遭い、死亡してしまった。
今この林地には、おそらく彼らの同族はほとんど生息して居ない。
ダーリンネは決して恨み節を言わなかったが人間は怖い生き物だという認識はつがいで一致していた。
2匹は林に僅かだが自生するきのみやドングリを食べ、平穏に過ごした。
人間の生ゴミを食して生きてきたタブンネは最初その味に感動を覚えた。
種族として適正な食生活になったことで、毛艶も前より良くなり、体力もついてきた。
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優しいダーリンと過ごす中、タブンネは性格的に色々な変化があった。
口数も格段に増えた他、自分の身なりをよく気にするようになった。
これまでどんどん不潔になっていくママと過ごすのが当たり前だったし、ここに来るまで狭い路地裏から通りを歩く人間の姿をたまに見るだけで、他のポケモンどころかママ以外の生き物を間近で見ることも接することもなかったタブンネ。
水場の沢に行くたびに身体を綺麗にし、よく水面に映る自分の姿を確認した。
いつも気になったのは耳元の触覚。
ママやダーリンのと違い自分のは巻いていなく、短かった。
ママが毛繕いをしてくれる度に自分の耳元を見て、少し悲しそうな顔をしていたことをよく思い出した。
いつも触覚を気にするタブンネを見て、ダーリンネは個性的で可愛いとよく褒めてくれた。
タブンネとは元来綺麗好きな種族。生活が健常化したことで種族としての特徴を取り戻し、自意識も芽生えた。
いつも燻んだ色をして、フケや土埃で汚かったママの姿を時折思い出しては不憫に思った。ママともこんな生活がしたかったと思い、しばしば涙を流した。
つがいは次第に交尾をするようになった。
最初タブンネに行為を求められた時、タブンネが明らかに成獣より小さかったことからダーリンネは躊躇したが、お互い本能的な欲求には抗えなかった。
タブンネの身体が小さいのは先天的なもので、生殖機能は十分に育っていたのだが、どちらかに子種が無かったらしく、中々子宝には恵まれなかった。
月に何度か産卵したタブンネだったが、いつも無精卵だった。
無精卵とわかる度、ダーリンネは残念がったが、タブンネはそれ程気にしていなかった。
-
細々とはしていたが、確かな幸せを感じていたタブンネ。
だがそんな生活も、長くは続かなかった。
タブンネは知る由もないが、ダーリンはパパと似たような動機から、その命を落とすことになった。
ある日、産卵がピタッと止まったタブンネ。
不思議に思ったダーリンネが、タブンネの下腹部に触覚を当てた。
「ミィー⁉︎ハニー!鼓動が聞こえるミィ!ついにやったミィよー!」
タブンネはなぜダーリンがここまで喜ぶのかピンと来なかったが、とにかく嬉しそうな姿を見て、幸せな気持ちになった。
いつかパパになりたいと思っていたダーリンネには待望の着妊だった。
この懐妊時期は結果的に最悪だった。
ただでさえ食糧が多くなかった、つがいの住むこの林地。
最近きのみの不作がひどく、夫婦がこの1週間で口にしたのはドングリを4つずつ、また申し訳ないとは思ったが、たまたま見つけたクヌギダマの死骸を半分に分けて胃に流し込み、あとは沢の水で飢えを凌いでいた。
自分の食糧すらままならないので、お友達からのお裾分けも当然なかった。
飢餓を感じた2匹の身体は動物的習性で一時的に生殖能力が高まっており、懐妊は自然なタイミングでもあった。
子供を宿した妻のため、巣から遠い位置まできのみを取りに行くと言い出したダーリンネ。
16番道路の人間が行き来するコンクリ路付近の少し開けた草むらに、比較的多くきのみの手に入る場所があった。ダーリンネには知り合いの同族の遺体を2度発見したことのあるいわくの場所で滅多に近づかなかったが、妻子を想う使命感と、また気分的に浮かれていたところもあった。
自分を置いて遠くに行かれることを不安に思ったタブンネも、ダーリンの反対を押し切り、この遠征に同行した。
程なくして目的地に辿り着いたつがい。大量とはいかず、どれも早熟ではあったが、いくつかのオレンやモモンを拾って、尾の中に詰め込んでいる最中、ダーリンネが異音に気づく。
「ミミッ⁉︎ハニー、大変ミィ!人間が凄い速さで近づいて来るミィ!急いで隠れるミィ!」
慌てて走り出した2匹だったが、隠れ場所の少ない立地、また身重のタブンネのスピードが足らず、人間に見つかってしまう。
折角高度な集音レーダーを持っていても、逃げ切る素早さが無ければ意味がなかった。
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「あっ、いたいた!しかも2匹もいるじゃん!もうこの辺いねえのかと思ったわ。」
自転車を猛スピードで漕ぎ回っていた1人の男、小太りで、身長は165cm程あるが顔や声にはだいぶ幼さがあった。
人間の声を無視して必死に林に向け走っていくつがい。
男は逃すまいと2匹の前まで自転車でやって来ると、急いで腰に手を掛け、ボールからズルッグを繰り出した。
足止めされ、恐怖に竦む夫婦。しかしダーリンネはタブンネに走るよう促すと、自分は必死に懇願を始めた。
人間が話の通じる相手だとは思っていなかったが、どうやら自身のポケモンに闘わせる様子。ポケモン同士なら対話ができると思ったのだ。
「お願いミィ!奥さんのお腹にタマゴがあるんだミィ!どうか見逃し・・・っ」
ダーリンネが言葉を紡ぎ切る前に男が蹴手繰りを命じ、大した威力ではなかったのだが、無防備な身体に技を喰らったダーリンは後方に吹っ飛び、不運にも岩に首元をぶつけてしまい、頸椎が折れて絶命してしまった。
ダーリン⁉︎ 衝撃音に振り返るタブンネ。変な角度に首が曲がって白眼で舌を垂らした最愛の夫が視界に入るや否や、自分にも蹴手繰りが飛んできた。
ロクに闘った事もなく、効果抜群の技を受け立ち上がることができなくなったタブンネ。容赦なく男がボールを投げると、抵抗虚しくその中に収まってしまった。
「デカイ方はそれ死んじまったのか?まあいいや。どうせ1匹だけの予定だったし。おつかれ!戻れ、ズルック!」
男はズルッグをボールに戻すと、再び自転車に跨り、鼻歌を唄いながらその場を後にした。
タブンネはボールの中、幾分かダメージは収まったが、一瞬で変わり果てたダーリンの姿が脳裏に焼き付き、涙が止まらなかった。
幸せな生活から晴天の霹靂、憎き夫のカタキとの地獄の生活が始まった。
-
乙乙
哀れダーリンネ、お前はいいやつだったよ
目の前でつがいを殺されたタブンネがどんな目に合うのか期待が膨らむ
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タブンネを捕獲したこの男、ライモンシティに住む駆け出しのトレーナーだった。
駆け出しということを差し引いてもだいぶ実力にもセンスにも欠けていて、ジムに挑戦しては負け、通常のトレーナーバトルをしては負け、彼の手持ちポケモンは内容の乏しいバトルで負け続けている為か、一向に成長しなかった。
ほとんど勝てないこのトレーナーは、自分を負かした相手にアドバイスを乞うようになったのだが、その中で何人かに勧められたのがタブンネ狩りだった。
早速各所草むらを探し回り、これまで3体ほど倒したのだが、中々目標をピンポイントで探すことができず、野生のタブンネに遭遇する前に他種の野生ポケモンにやられることも多々あった。それほど腕が無かった。
経験値狩りの効率を上げるために考えたのが1匹を捕獲してそれを何度も倒すという方法。
思いたってやって来たのが16番道路で、ひたすら走り回って探し当てたのがタブンネ夫婦。ダーリンは犠牲となり、タブンネはこの世の地獄行きとなった。
ライモンのアパートの一室に帰ってきた男。
天井から下げられた洗濯棒に2つロープが結びつけられている。経験値タンクを固定するためあらかじめ用意していたものだ。
先のズルッグにチャオブー、ヒヤップ、メグロコを繰り出すと、タブンネもボールから出した。
出て来るや否やキッと男を睨みつけたタブンネ。生まれて初めて憎しみという感情を覚えた。
ママが殺された時はまだ幼く、怒りよりも恐怖が勝り、またママを手にかけた者の姿を見ていなかったこともあり、天災のように捉えていた。
しかし今は自我も芽生え、あらゆる物事を判断する知恵だってある。到底受け入れられる理不尽では無かった。
しかし男の周り、気合の入った目つきで自分を見つめる4匹のポケモンに気づくと恐怖で足が竦み、怒りに満ちた表情は怯え顔に変わってしまった。
男はタブンネの手を乱暴に引っ張り棒の下まで連れてくると、器用にロープで両手を締め上げ、万歳のような姿勢で固定された。
これから何が起こるのかという恐怖でタブンネは気づかなかったが、先程蹴手繰りを受けたダメージは完全に回復していた。
サンドバッグの稼働率を上げるため、男はヒールボールでタブンネを捕獲していた。それくらいの頭はあったようだ。
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身構えるタブンネに4匹が歩み寄ると、みんなゲシゲシとタブンネを叩き始めた。
男のポケモン達は皆低レベルであるし、攻撃はポケモンの技とは呼べないようなモノだったので、重傷を負うような威力ではなかったし、気を失うようなこともなかった。
こんなことで強くなるのか謎だが、ここは野外ではなくアパートの一室。強力なタイプ技を使うことを男は禁じていた。
しかしタブンネもこれまで戦闘経験はない。弱打でじわじわと鈍いダメージを蓄積されるのは逆に苦痛で、恐怖も感じ続けなければならなかった。
ここへきて人間への、男への恐怖心が蘇ってきたタブンネだったが、先程ダーリンネがしたように、自分を叩き続けるポケモン達に交渉しようと彼等の顔を見たが、結局何も言わず、押し黙った。
自分を叩く4匹のポケモンは皆真剣な表情をしていて、触覚で相手の感情を読み取れないタブンネでさえも、悪意や敵意といったモノは感じられなかった。
彼等はただ強くなりたい一心、いつも負け続けて悔しいし飼い主に申し訳ない気持ちもある。
タブンネを痛めつけたい訳ではなく、アスリートがトレーニングをするような感覚で、一心にこの"タブンネ狩り"に取り組んでいるだけだった。
やがて4匹が疲れを見せ始め攻撃の手が止まると男はタブンネをボールに戻し、その日の"タブンネ狩り"は終了した。
次にタブンネが繰り出されたのは翌日の朝。
ボールから出されてすぐに昨日同様縛り上げられたタブンネ。またアレが始まるのかと視線を上げると、卓袱台の上に人間の食事が用意され、その周りで男のポケモン達が器に盛られたポケモンフーズを食べていた。
男はこうしてポケモン達と共に食事を摂っていて、朝食の時だけタブンネもボールから出されるようになった。
タブンネに与えられるのはフーズではなく、安売りされる規格外品や期限間近品のオレンに激苦の漢方粉をまぶされたモノ。それを厚手のゴム手をした人間が口元まで持ってくると、タブンネは半ば惰性で飲み込んだ。かなり苦い味に顔を顰めたが、栄養としては問題ない食事だった。
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タブンネは一瞬で食事を終えたが、目の前では男と彼のポケモン達が食事を続けていた。
昨日自分を殴り続けた4匹の他に、イーブイも居た。
タブンネはもう生に対する執着を失っていた。命を賭して自分を守ってくれたママやダーリンに申し訳ないと思ったが、彼らの居ないこの世界に何の未練もなかったし、彼らと同じ所へ行きたい気持ちの方が強かった。
ぼんやりと1人と5匹の食事を眺めるタブンネ。いつまでも口内に苦味が残り、量も少ない自分と違い、まともなゴハンを食べる目の前の一団。
別に食事の内容を羨むことは無かったが、楽しそうに会話をする様子はタブンネに過去の生活を思い起こさせた。
タブンネはこれまで一人ぼっちになったことが無かった。生まれてからしばらくはママがそばに居たし、ママと別れてからはすぐにダーリンと出会った。
ママとの食事はいつも残飯で特に美味しくはなかったし、常に声を潜めての生活だったがママはいつも優しく、自分よりも大きな身体に抱き締められると幸せな温もりがあった。
ダーリンはママに負けないくらい自分に愛情深く、林での食事は侘しいことが多々あったが美味しくて、ダーリンと楽しく会話しながら食べたきのみの味が鮮明に思い出される。
タブンネが一筋の涙を溢したところで一団は食事を終え、タブンネは再びボールに戻された。
次にタブンネが出されたのはその日の午後。
視線の先に1人の男と、その相棒4匹が居る状況は昨日と変わらなかったが、皆タブンネの姿を見るや、驚愕の表情を浮かべた。
タブンネは胸の前に綺麗なタマゴを抱いていた。
これまで散々殴られて流産しなかったのはかなり幸運なことだが、タブンネにはそれほど関心がなかった。
暫し驚いた顔で突っ立っていた一団だったがじきに男が顔を紅潮させると、タブンネからタマゴを引ったくりそれを床に置き、4匹の相棒達をボールへと戻した。
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「いつの間に俺のポケモン誑かしやがったテんメぇーー!ザコのくせによ!ぶっ殺してやる!!」
男はタブンネを仰向けに押し倒すと馬乗りになり、もの凄い力でタブンネの顔面を殴り始めた。
タブンネを捕まえたのは昨日のことで、それ以後自分の前以外ではずっとボールに入れていたのだからそんな訳ないのだが、男は自分の目を盗んでタブンネが誰かと交尾したのだと勘違いし、なぜかブチ切れてタブンネを殴り出した。
色々と頭の弱い男だった。
しかしそんなことはタブンネには関係ない。
なぜ男が怒っているのかタブンネには謎だったが、その剣幕と力の強さにタブンネは本気で恐怖した。昨日の“狩り”よりもダメージが大きく、改めて人間への恐怖心が強くなった。
やがて手を止め、ハアハアと荒々しく肩で息をする男。床に置いたタマゴをタブンネに抱かせると、タマゴごとタブンネをボールに収めた。
男に殴られた後タブンネの顔はパンパンに腫れていて、その日は“狩り”は行われなかった。
翌朝再びタブンネはボールから出される。男はタブンネからタマゴを奪い床へ置くと、ロープで縛り上げ、昨日と同じように激苦のオレンをその口に押し込んだ。
味は相変わらず不快だったがひとまず人間に殴られなかったことに安堵するタブンネ。
ヒールボールの効果か顔の腫れはほぼ引いていたが、所々内出血で紫色に変色していた。
それからは毎朝食事のために出され、一日に一度か二度、狩りのために出されを繰り返す生活が1週間程続いた。
タブンネが一番恐れた人間からの殴打は無かったが、ポケモン達の殴る力が日増しに強くなっていき、タブンネを苦しめた。
男はタブンネを出す度にタマゴを引ったくり、ボールに戻す度に抱かせた。
自分の相棒の誰かが父親だという男の勝手な勘違いのおかげでタマゴは割られずに済んだのだが、タブンネにはもうどうでもよかった。何かの拍子に死ねたら一番良いくらいの心境であった。
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“タブンネ狩り”を続けた男はある日、意気揚々とジムへと向かった。
サンヨウジム。新人トレーナーの登竜門と位置づけられるジムで、ジムリーダーもそんなに強いポケモンを繰り出す訳ではないのだが、男はこれで4回目の挑戦だった。
特訓の成果があったのか4回目のチャレンジにして初めてバッジをゲットし、2日後にはシッポウジムに挑みそこでもバッジを獲得。
気を良くしてさらにその2日後にはライモンジムに挑むがここで躓く。その後何度か挑むが負け続けた。
自宅で行う“タブンネ狩り”も次第に頻度が減っていった。いくら経験値の宝庫とは呼ばれていても、戦闘経験もなく、男に捕らえられてからもただ一方的に殴られ続けているだけ。タブンネ自体のレベルが低すぎれば効果なんて知れていて、さすがに男もそれに気づき始めた。
“狩り”が減ってもタブンネには苦難が続いた。
男はバトルで負ける度、タブンネを繰り出してはロープに括り付け、鬱憤を晴らすようにタブンネを殴った。
当初の目的とは違い、文字通りのサンドバッグとして使われる日々が続いた。
やがて男はバトル自体をしなくなった。元々飽きっぽい性格であった。
タブンネは誰にも殴られることが無くなり平穏だった。一日に一度、朝だけボールから出されて漢方粉きのみを喰わされてはボールに戻されるだけの日々が続いた。
もう面倒くさくなったらしくロープに縛られもしなくなった。
タブンネは一団から少し離れた位置から、ボンヤリとその食事風景を眺めた。
食事の様相は少し以前と変わっていた。かつてタブンネを殴っていた4匹はただ無言でフーズを口に運び、イーブイだけは嬉しそうで、男は時々イーブイだけには話しかけたが、会話数は格段に減っていた。
どうでもいいけどいつまでこんな生活が続くのだろう。タブンネの頭の中はそれだけだった。
そんなタブンネの想いが通じたのか否か、生活の変化は唐突に訪れた。
ある日男は知り合いのトレーナーから、ガラル地方への旅行券を譲り受けた。
そのトレーナーは男が初めてジムに挑んだ時に一緒だった女性で、イッシュ各地で行われるバトルコンペの一つで優勝した商品として旅行券を得たが、彼女は既にジムバッジ7つを獲得、イッシュリーグ挑戦も視野に入る状況で旅行などに興味は無く、暇そうだった男にそれを譲り渡した。
男はそれから上機嫌だった。生まれて初めての海外旅行が楽しみで仕方なかった。
やがて出発日を迎えると、バトル用ではなく唯一ペット用として所有していたイーブイだけは旅に同行させようと思い、ヒールボールを鞄に入れ、フキヨセ空港へと向かった。
タブンネはサンドバッグ効率を上げる為、イーブイは単にデザインが可愛いからという理由でヒールボールに入れられていた。
普通中身を確認するように思うが、ただでさえ注意力に欠け浮かれていた男にそんな脳は無く、旅行にはタブンネが同行することになった。
こうして思い掛けずして生まれ故郷であるイッシュを離れることになったタブンネ。
タブンネの物語は新たな土地へ舞台を移すことになる。
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生まれてくるベビは父親が誰であれタブンネだからな
ベビンネの運命にも期待しております
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フキヨセを発ち、ガラルの大都市、シュートシティへと降り立った男。
生まれて初めて見るイッシュ以外の街並み。男は一人で子供のようにはしゃいでいた。
そこから電車を乗り継ぎ、大都市圏を離れてからは空のタクシーに乗り、宿泊場所のあるガラルの古都、キルクスタウンに辿り着いた。
その間目にした異国の光景全てに感動していた男。
中でも興味を引いたのはバトルスタジアム。イッシュのジムよりも遥かに作りが大きく、男の頭はそれで一杯になった。
ホテルイオニアにチェックインするや否や、比較的田舎であるここキルクスにも公認ジムがあると知り、一目散にそこへ向かった男。
旅の幸先良くその日はジムチャレンジャーとリーダーの対戦が見られた。
旅行券を譲ってくれた女性から少し聞いてはいたが、ガラルのポケモンバトルはイッシュのそれと少し違う。
ポケモンが巨大化するという不思議な現象、巨大化したポケモンが繰り出す強力な技、そしてスタジアムの観衆の多さと熱狂、その全てに感動を覚えた男。しばらくご無沙汰だったがイッシュに帰ったらまた自分もジム巡りをする意欲が湧いてきた。
異国でのジムバトル観戦を堪能した男。
腹も減ってきて街中のレストラン街が彼を誘惑したが、蜻蛉返りで足早に宿泊先のホテル自室へと舞い戻った。
浮かれ過ぎていて、愛ポケのイーブイちゃんを鞄のボールに入れたまま置いてきてしまった。
この異国の風景を見せてあげたら喜ぶだろうなと想像すると楽しみで仕方なかった。
部屋へ着き、大きな鞄を弄ると、ヒールボールからポケモンを繰り出した男。
中から出てきたのはイーブイの3倍近い体躯のある、大きな耳の短足2足歩行の生き物。
想定外の光景に男はあんぐりと口を開け暫し硬直する。やがて我に帰ると、乱暴に鞄の中身をブチ撒けていくが、他にボールは無い。
タブンネは両手でタマゴを抱き、見慣れない部屋をキョロキョロと眺めていた。
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全ての成り行きを理解し、両手を目一杯握りしめ、プルプルと全身を震わせる男。顔は茹で上がったように紅潮し、額にはくっきりと血管が浮き出す。
状況が理解できず、辺りを見回していたタブンネはその怒気に気がつくと、全身の血の気が引く感覚を覚え、金縛りにあったように動けなくなった。
タブンネからすればとんだとばっちりだが、男の怒りの矛先は全て彼女へと向けられた。
「…おい、...おいっ!!なんでテメエがついてきてんだこのメスブタァ!!初めての海外旅行なんだぞっっ!水差すなよ!ムカつくツラしやがって!殺す!今日こそ殺す!!」
男はタブンネを思い切り突き飛ばすと、マウントポジションを取り身体中を殴りつけまくった。
短い両腕を離れたタマゴは宙を舞ったが、ベッドに着地して幸い無事だった。
相当運に恵まれているタマゴだが、タブンネはもうそれどころではない。かつて無い程の怒気、殴打の力。
ミッ!ミ! と殴られる度に短い悲鳴を上げるタブンネだったが、やがて呼吸もままならなくなってきた。パンチと膝蹴りのラッシュ、本気で命の危機を感じる暴行であった。
5分、10分程続けられた虐待だっただろうか。男は手足の動きを止めると立ち上がり、ゼエゼエと大息をつき、肩と腹を上下しながら目の前の生き物を眺めた。
タブンネは微動だにせず仰向けに横たわり、虚な瞳で部屋の天井を見つめた。
脳が揺れ、目の焦点が合わず身体の至る箇所の感覚が無くなっているが、息をすると胸元に激痛が走る。
一寸先から聞こえる人間の荒い呼吸音。疎らな意識の中でタブンネは自分がまだ生きていることを感じ、生気を失った両眼から静かに涙を流した。
こんな苦痛を受けても死ねなかった自分の生命力を本気で恨んだ。
しばらく男の息の音だけが響き渡った一室。
膠着を破ったのはタブンネ。手負いの身をゆっくり持ち上げ立ち上がると、目の前の人間に視線を向けた。
「どうしてっ、どうしてこ、こんなことができるミィ?ヒッ、ミィは...ミィ達は、なんにも悪いことはしてないミ!ダーリンに、ダーリンとママに謝って!っ。ミィを、ミィを放して!もう関わらないでミッ!」
人間がポケモンの言葉を理解できないのは知っている。しかしタブンネはどうしても自分の思いを吐き出すことを我慢できず、肋が折れ呼吸すら苦しい身体で必死に言葉を紡ぎ、男に訴えた。
状況が変わるとも思わないし、また脈絡の無い怒りが飛んでくるかもしれない。
それでも抗議する勇気が湧いたのはもう失うものが何もないからだった。
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一連の暴行で疲弊し、肩で息をしていた男、再び顔を紅潮させ、プルプルと震え出した。
ミィミィ喚くだけで何を言っているかなど勿論わからないが、その顔つきや声色、自分に対して怒りをぶつけているのは明らかだった。
不快な態度に激昂した男。テーブル上に置いてあったガラス製の灰皿を手に取ると、思い切りタブンネの顔面へ振り翳した。
固く、重い凶器での攻撃。タブンネは咄嗟に顔を背けるが、避けきれずに左眼に命中してしまう。
ブリュッ! という嫌な音が響き、床に少しの血が飛び散る。タブンネはバランスを崩し、右腕を床について後方に倒れた。
再び脳が激しく揺れたが、無意識的に患部の左眼を触ると、その感覚に驚愕し、ハッと我に返った。
患部に触れた手を見ると、付着していたのは血と嚢、サファイアブルーの欠片。
激痛と半減した視野。
タブンネは片目を失明したことを悟り、強烈な吐き気を催した。
人間の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
男は部屋の窓を開け放つと、重体のタブンネの体を持ち上げ、窓から投げ落とした。
タブンネは真っ逆さまに落下したが、空中でほんの少しだけ体勢を変え、辛うじて右腕に体重をかける形で着地した。
「...ッッ!ーーーァッ......」
声にも成らぬ悲鳴を上げたタブンネ。感覚神経のキャパシティを超える激痛の連続で、もうどこが痛いのかすら解らなかった。
男の宿部屋は地上3階。降り積もっていた新雪で幾分か衝撃は緩和されたが、それでも生きていたことが奇跡と言える出来事だった。
うつ伏せに突っ伏しながら僅かに顔を上げたタブンネ。やがていつも抱かされていたタマゴが上から降ってきて、少し離れた位置、より深く雪が積もっていた場所にボスッ!と着地した。
思わず無事だった左腕をそこへ向け伸ばすタブンネだったが、すぐに意識を別のことへ向けた。男が追ってきてまた暴行を加えられることが何より怖かった。
移動しようと試みたが立つこともできず、左腕を動かし這って前進しようとするが殆ど進めなかった。
文字通り瀕死の状態であったタブンネ、どんどん意識が暗闇に呑まれていき、やがて気を失った。
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あまりにもタブンネさんに容赦なさ過ぎてめっちゃ引き込まれる
凄く続きが気になる
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気を失って数時間後、ホテル中庭の雪の上で目を覚ましたタブンネ。
怪我の状況は右前腕粉砕骨折、左眼球破裂、肋骨数本骨折、全身各所が強い打撲に内出血、歯は半数以上折れていてとにかくボロボロだった。
軽く低体温症にもなっていたが、男から逃げ出すためにわずかだが匍匐前進していたタブンネ、意図せずして建物排気口下に当たる位置で気絶しており、流れ出す暖気の為か幸いにも一命を取り留めた。
—水、水を...
酷く喉の渇いていたタブンネ、人間並しかない聴覚を研ぎ澄まし、必死に水音を探る。
すぐにそれは聞こえてきた。中庭を一歩出た先、あまり使われないがホテルの宿泊者が時々足湯で利用する、小さな野外泉がある。
身体中が痛むが何とか立ち上がったタブンネ。よろよろと歩みを進め小さな温泉までたどり着くと、顔を突っ込みゴクゴクとお湯を飲み始めた。
白湯のように温かい水はタブンネの傷だらけの身体を潤し、生き返るような心持ちであった。
やがて顔を上げたタブンネ。水面に映る自分の姿を見てギョッとした。
左眼が完全に原型を留めておらず、辺り一体が大きく腫れ上がっている。
顔や身体中至る所が紫色に変色し、タブンネは知らないが色違いの同族と見紛うほどの体毛色。
右腕は半分より先がグシャグシャに砕け、付け根から真っ赤に腫れていた。
変わり果てた自分の姿はかつて見たママの遺体を思い起こさせた。
タブンネは野外泉を後にすると、トボトボと踵を返し歩き出した。無事だった右眼からポロポロと涙が流れた。
別に宛てもなかったが、来た道を戻って行く道中
—あ......
自分が横たわって居た位置から数メートル先、いつも胸に抱かされていた楕円球体が新雪の上に、刺さるように埋まっていた。
幸いヒビ割れも破損もない。タブンネは辺りの雪を掻き分けると、無事だった左腕で脇に抱き、排気口下まで持ち返った。
それは愛情や使命感から来る行動ではなかった。
初めて有精卵を産んだのはアパートに幽閉されてからであったし、仕方のない事かもしれないが、タブンネはどうも母性というものに欠けていた。
他にやることもないし何となく回収したという感覚だった。
わずかな暖気が流れてくるホテル中庭の排気口ダクトの下。そこがタブンネの拠点となった。
雪を少し除き、右腕の使えない身体で幾つかの落ち葉を集め敷物にし、そこに腰を下ろしてタマゴを抱き、冷静になったタブンネは状況を振り返っていった。
-
経緯を思い返すタブンネ。
ここ最近は毎朝苦い木の実を食わされるだけの日々が続き、割と平穏だった。
それが突然いつもと違う部屋で繰り出され、あの男がいきなりキレだし、散々殴られた後窓から落とされ、いつの間にか気を失ってしまった。
—そうだ、アイツは....⁉︎
辺りをキョロキョロと見回したタブンネ。周辺は新雪が積もっていて、自分の足跡以外に生き物が往来した形跡はない。
タブンネに「旅行」なんて概念は無いが、見知らぬ部屋で自分一匹が繰り出された状況。ボールの中では距離感覚が無いし暫くアパートで軟禁されていて野外に出るのは久しぶりだが、今自分の居る辺りの風景から、ここが生まれ故郷のイッシュではないことは何となくわかった。
・・・・・・
しばらくあれこれと思考を巡らせたタブンネ。
おそらくあの男は何かしらの事情でこの地まで遠征をし、なぜか自分が連れてこられ、理由はよくわからないが怒りだし、あの凶行に至った。
どれだけ眠っていたか不明だが、追ってきていないことから自分は見限られ、この異郷に放り出されたのだろう。そういう結論に至った。
タブンネの推理はかなり正しかった。
もうタブンネの人生に関係無くなった人物だが、男はタブンネを放り投げた後、一瞬後悔の念がよぎった。
自分のポケモン達を鍛え上げる為、割と苦労して捕まえたあの小柄なタブンネ。
しかしよく考えたら経験値稼ぎの効果は次第に落ちていたようだし、ここ最近は自分のストレス発散用の役目しかなく、餌代なんか考えたら別に飼い続ける意味なんて無い。
とはいえ窓から投げ捨てるというのはちょっとやり過ぎだったかもしれないと思った。男は別にタブンネを殴りつけること自体に快楽を感じてるわけではなく、あくまでやり場のないストレスをぶつけていただけだった。
ここは地上3階だし、アレはたぶん即死しただろう。男はそう思い、少し寒気がした。
アレを捕まえた時、一緒にいた個体は殺めてしまったが、手をかけたのはズルッグだし、事故にも近い事象だった。
勢いに任せてタマゴまで捨ててしまった。相棒の誰かが父親だと思い込んでいた男は、相棒を悲しませるのではと不安になった。
自分が直接生き物を、ポケモンを殺したことに若干後ろめたさを感じた。態度や言動の割に気の小さい、臆病な男だった。
しかし場当たり的で気分屋でもあった男、自身の空腹に気がつくと、レストランに向かい夕食を摂り、ホテルに戻ってからはキルクスの資源である天然温泉を堪能した。
その後2日間、ガラルの各観光地やジムバトル観戦を楽しみ、大満足でイッシュへと帰って行った。つまりタブンネへの執着なんて最初から微塵もなかったのだ。
この男が今後タブンネの人生に交わることは無い。イッシュに戻った頃にはもうタブンネのことなど頭に無かった。
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改めて周りの状況を観察するタブンネ。もうすっかり夜深くなっていて、人間も寝静まっているようで、辺りは静寂に包まれていた。
今更ながら一面を包む雪景色に意識が向いた。
イッシュでも冬季には雪が降り積もるが、タブンネにはそれほど馴染みのあるものではない。
イッシュでタブンネが越冬を経験したのはベビ期〜ベビ上がりチビ期。狭い路地裏でママと暮らしていた時だった。
ちなみにだがキルクス到着時点、タブンネは間もなく生後1年となる齢であった。
この白い地面は冷たく体温を奪うし、やたらと動けば足跡がついてしまう。正直厄介で邪魔な物体だ。
雪はさておき、自分の居る場所の立地条件を確認していった。
人間の建物の間近で、辺りは明らかに人里。しかし大きな木が生い茂るおかげで通りからは見づらく、壁にくっついていればホテルの窓からも顔を出して覗き込まなければ見つからない。
野外でかなり寒いが、ダクトから流れ出す気流によって最低限の暖は取れる。しかも先程の水場までの距離も近く、住処にするには割りかし好条件であった。
あとは餌場だ、タブンネは鼻をヒクつかせると、すぐに懐かしい匂いを感じ取った。
タブンネの座っていた場所から4,5m先、ホテル厨房の裏口があり、すぐそばに廃棄場があった。
足跡が目立たぬ様、壁際を歩いてそこまでたどり着いたタブンネ。
残飯に当たるものはタブンネと同じくらいの大きさの蓋つきポリバケツ容器に入れられていたが、剥き出しに置かれているビニール袋の中に、紙屑やプラゴミに混じり、野菜芯や木の実の外皮、いわゆる産廃に当たるモノが入っていた。
タブンネはかつてママがやっていたように、ビニールに爪で亀裂を入れ、食べられそうなモノを綺麗に抜き去ると、ダクト下まで持ち帰り、チビチビと齧って食事を取った。
量も大したことはなく、野菜芯は特に味がしないし、捨てられる木の実皮はバコウやリリバといった固いモノ。
甘いモノを好むタブンネの嗜好には全く合わない食事だが、林での暮らしから飢餓には慣れていたし、幼少期は残飯暮し、人間に捕まってから口にしたのは激苦オレンだけ。
酷い食糧事情に対する肉体的、精神的耐性をタブンネは備えており、何とかここで暮らして行ける算段が見えてきた。
空腹も少し満たされ、さすがに破裂した眼球や粉砕した右腕は痛むままだが、持ち前の再生力でほんのわずかだが元気を取り戻したタブンネ。
左腕でタマゴを胸に抱き、ダクト下に腰を下ろしながら今一度物思いに耽った。
憎き、乱暴な人間からはおそらく解放された。とりあえずだが寝床と、餌場、水場は確保した、と思う。
だけど、それがなんだっていうのだろう。
自由になったってママや、ダーリンが帰ってくるわけじゃない。
自分は酷い傷を負わされ、これは一生治らないだろう。
たぶんここは自分の知らない、故郷からは遠い土地。ダーリンと過ごした簡素な巣穴に帰ることすら許されない。
幼少期と同じく人間のゴミを漁る生活。望んでいたことではない。今思えば林での生活は至福の時間であった。自分は残飯漁りの暮らしが適所であるように感じてしまい、強烈に自己嫌悪を抱いた。
残ったモノといえば自分の股から出てきた、この楕円形の球体だけだった。
ミスン。ミッ、ヒッ、ミンミン... タブンネは仕様のない虚しさを感じ、さめざめと泣き続けた。
さっきの暴力や、窓から落とされた時に死ねたら良かったのに。
本気でそう思った。
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それからタブンネの新たな生活
イッシュを遠く離れたガラル地方、キルクスタウンでの日常が始まった。
ホテルイオニア中庭を拠点とし、この街の人間達の生活パターンを、タブンネは細かく観察していった。
幼少期の経験が活きたのか、それとも両親から受け継いだ血筋なのか、タブンネの洞察力はなかなか鋭かった。
まずは自分の寝床周辺の事情。
この場所に人間が出入りするのは、ほぼ毎朝ゴミ収集にやって来る業者。
それからモーニング、ランチ、ディナー終わりに厨房ゴミを捨てに出てくるホテルの調理師。特にディナーの時間帯は複数回出てくることがあり、より注意が必要だった。
調理師が出てくる時はドア付近で足音が聞こえてから外に出てくるまで若干のタイムラグがあるので、その僅かな時間で木陰に隠れた。
中庭に面した裏通りは日中若干の人通りがあるが、木々が上手くブラインドになってくれて、下手に動かなければ気づかれることはなかった。
次は水場の事情。
裏通りの小さな野外泉は時々だが足湯に訪れる人間が居て、しかも四方から丸見えな立地であった。なるべく人間が寝静まってから利用するようにした。
後は排泄場所。
幼少期していたように、中庭から一歩表に出た場所にある排水溝をトイレとして利用した。
日中は人通りがあるためそこに行きづらく、昼間に催してしまった時はやむなく寝床付近の雪の上で用を足し、夜中になってから雪ごと掬ってトイレまで持っていった。
右腕が使えないことからそれは意外と難儀な作業であった。真夜中の暗がりの中、何度も自分の糞を落としては拾うを繰り返す行動にタブンネは惨めな気持ちになり、しばしば涙を流した。
それでも住処の周りに糞を溜めるのはタブンネの衛生意識が許さず、また臭いが篭れば人間に見つかる怖さもあった為、タブンネはほぼ毎晩この糞運びをした。
右腕の負傷はタブンネにとってかなりの枷となったが、タブンネは排泄時と餌探し時以外の間、常に左脇にタマゴを抱えていた。
別段意味を感じていたわけではないのだが、辛うじて母体としての本能が残っていたのかもしれない。
タマゴを放置して遠方に行くことには、なんとなく気持ち悪さを感じた。
人間の行動パターンからタブンネは必然的に夜行性になり、日中浅い仮眠を繰り返して生活した。おそらく飼いポケだったら不十分な睡眠であるが、野生生活の長いタブンネは結構逞しさがあった。
また聴覚が健常な同族ほど優れていない分、タブンネは生き物の気配を感じることに長けていて、勘も割りかし鋭かった。
高度な聴覚に頼りきる一般の野生タブンネよりも、ある意味街中での暮しに向いていたのかもしれない。
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タブンネは夜中に拠点を離れ、全域とはいかないまでも、キルクスタウン街中を歩き周り、あらゆる場所を観察するようになった。
主な理由は他の餌場を確保すること。また今の寝床は悪くはないが、より死角が多く目立たない立地に新居を構えられるならそれに越したことはないと思った。
イオニアの廃棄場で得られるのは野菜芯や木の実皮だけ、量も安定しているとは言い難く、少食なタブンネでさえも時々侘しさを感じた。
蓋の隙間から流れ出る匂い、また木陰から観察した人間の行動などから、ポリバケツの中に残飯が多く入っていることは想像に易かった。
これを倒して中を漁ろうかと何度も頭によぎったが、自分と同じだけの高さがあり、重量もかなりある。倒した後元通りに片付けるのは相当に難儀なことが明らかで、その中を物色するのは涙を飲んで諦めた。
人の寝静まった古都を歩き回ったタブンネ。
ここにはいくつかの集合住宅や宿屋があったが、この街は通年降雪地。ゴミ捨て場は殆ど蓋つきの頑丈なタイプで、タブンネにはどうしようもなかった。
幼少期ママがゴハンを探してくれた場所は木柵の一側面が完全に開けていて、上から網をかけるタイプの簡易なものだった。
結果死んではしまったが、街暮らしの長かったママンネはかなり賢い位置に住処を構えていたと言えるかもしれない。
夜中の徘徊を始めて3日目、タブンネは新たな餌場を発見することに成功した。
イオニアから程近い位置に店を構える
「ステーキハウス」
キルクスの中では比較的大きく、人気店でもあったその建物の片脇に、イオニアのそれと同じような条件の廃棄場があった。
蓋つきポリバケツに残飯、剥き出しのビニール袋に産廃という事は変わりなかったが、産廃の量と種類がイオニアよりも多かった。
マトマやロゼルといった香辛料が割と実を残した状態で、またトリミング処理された生肉の端部分が捨てられていて、タブンネには高栄養な食事を可能にした。
タブンネは肉食種ではない為、生肉が美味しいと感じるわけではなかったが、それは貴重なタンパク源となり、マトマは辛かったが、それを食せば体温が高まる効果があった。また特に嬉しかったのはロゼル。少し香りは強いが、その甘い味はタブンネの嗜好に合っていて、久しぶりのご馳走であった。
ステーキハウス廃棄場は対面に集合住宅が建っており、その窓から丸見えの立地になっていた為住処にすることはできなかったが、住宅と廃棄場の間には柵があって、万一姿を見られてもすぐ逃げれば問題は無く、タブンネにとって非常に貴重な餌場となった。
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新たな餌場を得たタブンネ。
日中は浅い眠りを繰り返し、夜中になると糞を片付けてからステーキハウスに出向き、帰り道に野外泉に寄って、イオニアの廃棄場を漁って非常食を蓄え、ダクト下で静かに過ごす、というルーティーンが出来上がってきた。
タブンネは水場に向かう際、温泉を飲むだけでなく、そこに浸かるということもするようになった。
常に寒冷地の野外で過ごすタブンネにとって、それは至福の時間であった。
温泉には幾ばくか湯治効果があり、勿論破裂した眼球が治ったり、粉砕した前腕が回復するまでの効能は無いが、皮膚表面の化膿や壊死を防せぎ、疲労回復の効果もあった。
温浴のそういった効能はタブンネも感じており、あったかく、不思議な魔法の泉として認識し、タブンネには日常の中で幸せを感じる時間となった。
トレーナーの男の元を離れてから、タブンネがキルクスタウンにやって来てから、10日が経った。
母親譲りの警戒心の強さから、これまで人間と鉢合わせたことも、姿を見られたこともなかった。
しかしながらタブンネのコソコソとした行動は、過剰防衛と言えたかもしれない。
野生ポケモンに対する扱いには、地域差がある。
たとえばアローラなら”自然の恵みはみんなで分け合おう“のような考えがあり、ガラルはアローラのそれとは少し違うが、ポケモンは単なる戦う道具ではなく、人間の大事なパートナーという一面がある。あらゆる仕事の現場をポケモンが手伝っている光景からもそれがよくわかる。
ガラルでは野生ポケモンが人里に現れてもよほどの理由がなければ邪険に扱われたりしない。現にここキルクスにもあちこち野生のユキハミが住んでいるが、殺されたり駆除されたりはしていない。
これまで人間によって母親と夫を殺され、自分も散々な目に遭わされてきたタブンネが人間を警戒するのは当然だったかもしれない。
しかしこの地には“タブンネを倒してたくさん経験値を手に入れよう!“のような残酷なスローガンなど存在しないし、そもそもタブンネを知っている人自体がガラルでは稀だ。
タブンネは明らかに獰猛な見た目でもない。おそらくだが手負いの身体でタマゴを抱いたまま人間の前に姿を現わせば、治療して貰って保護されたか自然に返されたかした可能性が十分にあった。
極度の回避行動を取り続ければ心労も増えるばかりだし、余計な事故を招くだけであった。
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ステーキハウス通いを始めて6日目、タブンネに悲劇が起こった。
いつものようにステーキハウス廃棄場を訪れていたタブンネ。タマゴを脇に置き、ビニール袋から取り出したロゼルのみを頬張っていた時、突如店裏手の扉が開いた。
営業時間は終わっていたが、その日は不定期的に入る床清掃の業者が入る日であった。
突然の出来事にギョッとしたタブンネ。これまで安定した生活を送れていたことから、少し緊張感を欠いていたかもしれない。
軒間に向け慌てて走り出そうとした時、圧雪アイスバーンで足を思い切り滑らせてしまい、勢いよく転倒すると、置かれていた廃油缶容器の中に胴体の右半身が突っ込んでしまった。
「ーーーィィッ...!......ギギッ。....ゥァァッ....!」
廃棄処理されてから一定時間を経ていたが、まだ120℃以上の温度があった。すぐに飛び出したかったが、そうすれば確実に小さくない物音が立ち、人間に気づかれてしまう。
強烈な苦痛の中、タブンネは悲鳴を必死に殺し、歯を食いしばって悶え続けた。
業者の人間は休憩時間にドアを開けて一服していただけで外まで出て来ることはなく、ゴトッという音と水が飛び散るような音がしたのを少し気には留めたが、すぐに仕事に戻って行き、タブンネやタマゴの存在は気づかれなかった。
ドアが閉まり人間の気配が無くなったことを見計らうと、タブンネは左半身をくねらせるように必死に動かし、バチャバチャと油の跳ねる音を響かせた後、ドサリと雪の上に落ちた。のたうち回るように廃油に浸かった部分を雪に押し当て、患部を冷やした。辺りの雪は茶黒く変色した。
ハァッ!ハァッ! 苦しそうに息を吐き、軒裏の雪の上で少しの間仰向けに倒れ込んだタブンネだったが、すぐにタマゴを回収してその場を後にした。人間が居ることからここに留まっては危険だと判断した。
いつも以上に人間の足音を警戒しながら、野外泉へたどり着いたタブンネ。汚れを落とす為お湯に入ると猛烈な痛みが右半身を襲い
、タブンネ付近の湯が薄黒く汚れていった。
ヌルヌルとした不快感がある程度無くなったところで温泉から上がったタブンネ。水面に映る自分の姿を見て愕然とした。
身体の右半身が火傷と廃油汚れで赤黒く変色していて見るに耐えない状況になっていた。
それに加え眼球や右腕の痛々しさは相変わらず、完全にバケモノのような見てくれだった。
中でもタブンネにとって一番ショックが大きかったのは尻尾だった。
タブンネ族の尻尾はピカチュウやキュウコンのそれと違い、機能的に重要器官なわけではないが、耳の触覚同様、異性へのアピールとなる大事なチャームポイントである。
廃油に浸かったタブンネの尾は右半分がドス黒く変色し、ケバ立つという状態を通り越して針金のような触感になっていた。
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温泉を後にし、左脇にタマゴを抱え、トボトボと歩き出したタブンネ。右眼から止めどなく涙が溢れた。
ヒィッ!キヒィッ! 住処となったダクト下に腰を下ろすと、呼吸するたび変な音が鳴り、吐く息がかなり熱かった。
半身火傷のダメージは想像以上に大きく、右半身はヒリヒリとした痛みが残った。
タブンネはその後何時間も右半身を雪に押し当て続け、必死に患部を冷やした。
2,3日経つと次第に痛みは癒えてきたが、火傷跡と心の傷は癒えず、タブンネの右眼はサファイアブルーとは言い難い、濁った群青のような色をして、ただボーっと目の前の地面を眺めて過ごす時間が増えた。
この地に来てからしばらくは、幸せとは言えないまでも、何となく充実していた。
1匹で過ごす寂しさや虚しさ、眼と腕に外傷を負ったショックこそあれど、それ以上に新しい環境を生き抜くことに必死だった。
火傷を負ってからタブンネはステーキハウスに出向かなくなった。突然ドアが開いたことと廃油に突っ込んだことが心に大きなトラウマを残した。
黙って座り込む時間が増えたことは、精神衛生上とても良くなかった。
タブンネは男に投げ出された直後同様、もしくはそれ以上に虚無感と自己嫌悪に苛まれるようになった。
水面を覗いて自分の姿を見ることはしなくなったが、事故の直後に見たそれが脳裏に根深く焼き付き、時々夢にまで出てきた。
昔、ママはよくタブンネの尻尾を爪で梳かしてくれて、薄汚くも尻尾はいつもフワフワだった。
林で過ごすようになってからはこまめに身体を綺麗にし、ダーリンはいつも自分を可愛いと言ってくれた。
彼等に今の姿を見せたら一体どう思うだろう。それを考えてはタブンネは仕様のない悲しみを感じ続けた。
夫を亡き者にし、自分を捉えたあの男。彼には他の手持ちも居て、自分とは違い沢山の愛情を注がれる様をいつも間近で見ていた。
この場所でも時々、ホテルの窓から人間とポケモンの楽しそうな声が漏れ聞こえてくることがあった。タブンネはいつもそれを泣きながら聞き続けた。
自分達だって、タブンネだって同じポケモンなのに、どうしてタブンネだけこんな想いをしなければならないのか。恨めしい、悲しい感情が込み上げては、一体何のために生まれてきたのか、考え続けたがわからなかった。
一日のほとんどの時間を黙って過ごし、夜になると糞を片付け、温泉に浸かりお湯を飲み、イオニアの廃棄場で少しのゴミを漁るだけの狭い範囲での生活がしばらく続いた。
もう感情をほとんど失い、惰性で身体が勝手に動いているようだった。
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日常生活を得てタブンネがじわじわと追い詰められる描写が大変良い……
続き楽しみにしてます
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乙です
そんな悲劇の中生まれてくるベビはいったいどうなるのやら
期待が高まりますね
綺麗に生まれても醜く不自由な体で生まれても更なる悲劇しかない気がする
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SSのネタがまとまらないからずっとタブンネ狩りしてる
禁伝級の高火力でボロ雑巾にされるタブンネさんが可愛
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>>475
自分もタブンネ追い回しているけど
先頭がバドレックス王なので
ちょっと罪悪感が沸いてしまう
でも王力比べがお好きなようだからタブンネちゃんとお戯れしたっていいよねw
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SS作り頑張って
禁伝じゃないけど
もえあがるいかりで殺すと可愛いよ
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生気も失いなんの希望も無い、生存本能のみが身体を動かすだけの、生きながら死んでいるような暮らしを続けたタブンネ。
キルクスにやって来てから早3週間が過ぎていた。
機械的な生活の変化は、タブンネにとって予想外のところから訪れた。
人間の寝静まったある日の深夜、いつものように糞を排水溝まで運び、水場の温泉にやって来てお湯を飲み、数分間そこに浸かったタブンネ。
湯から上がり、傍に置いていたタマゴを惰性的に左脇に抱えると、中から響く感覚に驚愕した。
ドクン!ドクン!...
タマゴはハッキリとわかるほど振動し、いつも抱いていたこの物体の中には命が宿っているという事実をタブンネに知らしめた。
タブンネは決して知恵遅れでは無いが、“命の理”というものを理解する知識と経験に欠けていた。
物心がついてからずっとママと2人ぼっちで、群れで過ごしたわけでも無いことから、“あの子はパパが居るのにミィには居ない”のような考えが浮かぶことはなかったし、ママンネは幼いタブンネにいつ父親の話を伝えるか決めかねていた時期に死んでしまった。
ダーリンの口から一度だけ“パパ”という単語を聞いたことがあったが、お互いの経緯を伝え合ううち、ダーリンネはタブンネに父親の記憶が無いことを推し量り、気を遣ってその言葉を使わないようにしていた。
タブンネは雪の上にタマゴを置くと、少し距離を取って口をあんぐりと開け、一心にその球体を眺めた。
タブンネの中に渦巻いたのは喜びではなく驚愕、もしくは恐怖と言った方が近かったかもしれない。
(もうじきこの中から“何か”が出てくる...!)
タブンネは身を硬直させながら、今のうちにコレをどこかに捨ててこようかと一瞬本気で考えた。
しかしかつてダーリンが自分の下腹部に触覚を当て、子供のように喜んでいた姿がフラッシュバックし、また流石に倫理的罪悪感を感じて、思いとどまった。
何よりも怖くて動けず、タマゴから視線が離せなくなっていた。
何度か受けた弱くは無い衝撃。また寒冷地の野外というタマゴを育てるには全く適さない環境下であったが、胎児は決して絶命することはなく、極めてゆっくりとだが、それでもしっかりと育っていた。
おそらくこれを産んだ時点で、耳を押し当てれば鼓動を確認することはタブンネにもできた筈だが、あまりにもタマゴに無頓着であったことから、この時まで生命音を意識することがなかった。
タマゴはもう孵化寸前の状態だった。
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暫し膠着を見せた野外泉付近の裏路。
やがて親の手を放り出されたタマゴが雪の上で一人でに動き出し、その殻に一筋の亀裂が入った。
ピキ... バリッ!バリバリッ! パカッ
チィッ!チッチィ~ッ‼︎
元気な産声と共に、薄ピンク色の小さな生き物がモゾモゾと這い出てきた。
—あ.........あ.........
その物体の約2m先で、呆気に取られ立ち竦んだタブンネ。
赤児はヨチヨチと必死に這いずり、割れた殻から完全に飛び出したところで前脚が雪に触れ
ヂッ! と短い悲鳴を上げたところでタブンネはハッと我に返ったように動き出し、その赤児を抱き上げた。
タブンネにタマゴが孵化したらどうすればいいかなんて知識は皆無だったが、無意識的に、自然に体が動いた。
温泉に入れて粘液を洗い、顔の周りを舐めて綺麗にしてやった。
湯から上がるとプルプルッと可弱く湯雫を飛ばしたベビンネ。
タブンネはその小さな口を恐る恐る自分の乳首に当てがうと、チュピチュピと音が立ち、胸にこそばゆい感覚がした。
ベビンネの口が乳首を離れ、チプゥッ!と小さなゲップをすると、タブンネは両腕を使ってその幼体を抱き上げ、自分の視線の前まで持ち上げた。粉砕したままの右手には激痛が走った筈だが、タブンネは全く意に介さなかった。
「チュイ~~♪ピィピィ!チミィ~~ン♪」
おっぱいと母の温もりに満足したのか、心地良さそうな鳴き声を上げたベビンネ。
まだ目も開いておらず、体毛も細くて所々薄ピンクの地肌が剥き出しで、まだパッと見ではタブンネとはわからないような赤児。
人間から見ればベビンネの個体差など区別はつかないが、心なしか微笑んでいるようなその表情にタブンネの目は釘付けとなった。
決して勘違いなどではない、大好きだったママとダーリンの面影を、タブンネは確かに感じ取った。
じわじわと、これまでどういう訳か欠落していた母性というものが強烈に湧き上がった。
「あ、、べ...べべべベビぢゃっ....ベビぢゃああああああん!......あじがどビィっ!ミィのどごろに生まれてきてぐれてありがとビィっ!ビィがっ、ミィがあなだのマ゛マだビィッ!!ずーっと一緒ビィ!これからずうっといっじょだミィッ!!ビミィーイ゛インミン!ブヒィーーンヒンヒン!ミヴォオオン!ミオォォおおおおン゛ン...!」
静寂に包まれた古都を翻すかのような慟哭が響き渡った。
途中タブンネの頭の中にこんな大声を出してはマズいという考えが浮かんだが、全身に溢れ出す感情を抑えられなかった。
歓喜や感動という言葉では言い表せないような、巨大な感情だった。
チィッ⁉︎ と一瞬驚いたような表情を見せたベビンネだったが、母からの底なしの愛情を喜ぶように口角を上げ、やがてそのまま眠りについた。
何人かの宿泊客や住人はその鳴き声に気づいただろうが、親子の幸せなひと時を邪魔する者は誰も居なかった。
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ひとしきり叫び終え、冷静さを取り戻したタブンネ。
イオニア中庭と裏通りの境までやってくると辺りを見回し、必死に耳をそば立てた。
結果杞憂に過ぎなかったのだが、自分の声に気づいた人間がやって来て、危害を加えられるのではと恐れていた。
警戒に警戒を重ね、約10分その場で周辺を窺うと、安全を確認しトコトコと寝床へ足を進めた。
—ミィ......!
その道中、タブンネの表情がパァっと明るくなった。
イオニアの廃棄場に、懐かしいものを発見した。少し汚れていたが、畳まれたダンボールが3枚捨てられていた。
タブンネにとっては小さい頃のおウチの床。
ベビ誕生で幸せ絶頂だったタブンネ。これを天国のママからのプレゼントだと確信し、心の中で何度もママにお礼をした。右眼からポロポロ涙が流れたが、今まで何度も流してきた悲しい涙ではなかった。
それを回収し、早速寝床に敷き重ねたタブンネ。今まで落ち葉の上に座っていたのに比べると、格段に暖が取れた。
何ヶ月ぶりかのニコニコとした笑顔でそこに腰を下ろすと、静かに寝息を立てるベビを改めて抱き上げ、その姿をマジマジと眺めた。
ここへ来て右腕の先の痛みに気づいたのもあるが、確かな我が子の重みを感じたタブンネ。この段階ならば孵化前のタマゴの方が重かったはずなのだが、それだけタブンネはタマゴに無頓着だった。
身長22cm、体重800g、まだ巻いていないが触覚は通常のベビンネサイズ。股の間には生まれたての可愛い陰茎がちょこんとついていた。
やや小さいが、健康体の♂だった。
タブンネは右の脇と左腕で優しくベビを抱きしめると、やがて自身も眠りについた。
暖かい温もりに包まれた、人生で一番幸せな睡眠だった。
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新たな伴侶を得たタブンネ。
キルクスタウンでの彼女の生活は第二章に突入した。
日中は相変わらず、イオニアの中庭で過ごした。
時折安全な時間帯を見計らってベビンネを自分の胸から離してやり、寝床前の雪の上で遊ばせるようにした。
チャイ~!チィチィ♪ まだハイハイもまともにできず、雪の上でパタパタと手足を動かすだけであったが、生後間もない乳児の運動としては十分であった。
ベビは一日の半分以上の時間を寝て過ごしたが、起きている時間の大半は日中の明るい時間帯であった。
タブンネとは本来昼行性の種族。
このタブンネと同じような理由から夜に行動する野生タブンネも存在するが、本能のままに生きる生まれたてベビが親に合わせることはなかった。
日差しのある日は少しだが親子の活動域にも木漏れ日が差し、ベビンネに日光浴を可能にした。
十分な量と言えるのかは謎だが、ベビンネの発育は何ら問題はなかった。
我が子を胸に抱き、浅い睡眠を取っている際中、ベビの泣き声でタブンネが目を覚ますことが多々あった。
ベビが泣く理由は主に乳をせがむか排泄後の不快感。目を覚ましたタブンネが自分の腹部を見ると、茶色や黄色で汚れていることがよくあった。
その度タブンネはベビの股間や肛門を優しく舐めて綺麗にしてやり、自分の汚れた腹は雪に擦り付け、またウンチ臭くなった口内は雪を含ませて吐き出し濯いだ。
タブンネは相変わらず声を潜めて過ごしたが、ベビは気の赴くままにチィチィ鳴き声を上げ、少しずつボリュームも増していった。
愛しいベビの鳴き声にいつも悶絶するだけだったタブンネ。声を出したら人間に気付かれる、なんて思考が完全に抜け落ちていたが、キルクスタウンの環境が功と成った。
成獣のタブンネはともかく、ベビの声はあちこち点在するユキハミのそれと似ていなくもなく、いちいち人間が気に留めることはなかった。
元々十分ではなかったタブンネの睡眠はさらに条件が悪くなったわけだが、タブンネは全く苦に感じなかった。
むしろベビが生まれる直前よりも表情も明るく体調も良く、まさしく“母は強し”という姿を体現するような様相だった。
寒い屋外で野ざらし生活という環境を何とか改善してやりたいと感じていたタブンネ。
せめて自分の幼少期のおウチにあったようなボロ毛布やタオルケットが欲しかったが、そのようなモノが得られる事はなかった。
しかしそんなタブンネの親心は杞憂、タマゴ時代の殆どを寒冷地で過ごした為か、ベビは寧ろ母親よりもこの環境に適応していた。
タブンネとは生命力にも適応力にも優れる種族、現にここガラルに生息する野生タブンネも皆通年降雪地域に分布している。
ママタブンネの心配とは裏腹、ベビは寒さを苦にすることは殆ど無く、生まれてから一度も乳児低体温症を起こすことも、腹下しをすることも無かった。
キルクスは決してタブンネの住めない地域ではないのだ。
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今まで同様、人間が寝静まった夜中になるとタブンネの活発な行動が始まる。
眠るベビを右脇に抱え、左腕を器用に使い、頑張って糞運びをした。
ベビが生まれる直前まで、タブンネは負傷した右腕を使うことが一切なかった。
糞運びをする時はいつもタマゴを寝床に放置していた。今はベビを置き去りにするなんて発想は毛頭無い。
タブンネの右腕、手先の粉砕は相変わらずで、指爪を使うことは許されなかったが、半分から付け根の部分はいつの間にか腫れが引いていて、今のように脇にベビを抱いたり、左腕の補助として添え手をするくらいは充分に可能だった。
これはベビンネが気付かせてくれた事実。野生で生きる上ではかなり大きなことだった。
2匹分の糞や、汚した雪まで片付けなければならないので糞運びの大変さは倍増したが、それでも4往復くらいして寝床付近を綺麗にした。
今までと違ってこれを惨めに思うことも、ストレスを感じることもなかった。
糞運びを終えると、足早にステーキハウスへと向かった。しばらくご無沙汰だったが、授乳の為により多く栄養をつけたかった。
ベビ誕生の翌晩からステーキハウス通いを復活した。
廃棄場にたどり着くと、すぐにはゴミ漁りを始めず、建物裏口前に立ち必死に耳をそば立てた。過去の失敗からより慎重さを増していた。
人間の気配が無いことを確認すると、裏路の雪の無い場所にベビを寝かし、袋に手をつけた。
苦手なマトマやフィラ、そんなに好きではない生肉も選り好みせず、沢山食べた。
ステーキハウスでの食事を終えると野外泉には向かわず、イオニアの廃棄場で野菜芯や木の実片、日中の非常食を少し蓄え、一度寝床に戻った。
温泉に行くのはベビが夜鳴きをしたタイミングや早朝、ベビが目を覚ました時に、一緒に向かった。
ベビンネも温泉は好きだったようで、タブンネに抱かれて入浴する度、「チィチィ♪」と嬉しそうに鳴いた。
タブンネはこれまで以上、よく身体を綺麗にした。ベビの排泄物処理も行う為、口内も入念に濯ぎ、水分もしっかりと摂った。
温泉から上がり、側路に置いてやると四つん這いでプルプルと湯雫を飛ばすベビンネ。タブンネはベビのこの姿を見る度に悶絶し、目尻を限界まで下げて顔を綻ばせた。完全に親バカだが、とにかくタブンネはベビに溺愛、幸せ一杯だった。
湯浴みを終え住処に戻ると授乳をし、親子で静かに過ごした。
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タブンネはベビの一挙手一投足全てが愛おしく、まさに夢中といった様子であった。
何かを訴え鳴く時、おっぱいを飲む時、
チュピー、チヒィー...。 可愛らしい寝息を立てる時、その寝顔・・・。
湯浴みを終えた朝方、タブンネは胸に幸せな温もりを感じながら、ふと物思いに耽った。
これまで何度も自暴自棄な感情に陥ったこと、タマゴを気にかけてこなかった自分の行動を猛烈に省みた。
だがしかし、とにかくベビちゃんは無事に産まれてきてくれたのだ。これからしっかりと愛情を注いでやればいい。
かつてダーリンが自分のお腹に触覚を当て大喜びしていたこと、今ならその理由がよく解った。
ダーリンにも、せめて一目だけでもこの子の姿を見せてあげたかった。
そんな想いでタブンネが一筋の涙を溢すと、頭にその雫を受けたベビが目を覚ました。
「チィ~ッ?チュビィ~?」
小さな手を目一杯伸ばし、母の顔へ向け手を伸ばすベビンネ。
タブンネは涙を拭うと、笑顔でベビの顔を舐め、右脇と左腕でしっかりと抱きしめた。
ダーリンも、ママも、この子の中に、確かに生きている。
もう、悲しむ必要なんてないのだ。
今、自分がすべきはこの子を守り、しっかりと育て上げること。タブンネは人生で最大といえる生き甲斐と幸せを感じていた。
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母性覚醒しちゃいましたかー
ぶっちゃけ孵化前のメンタルのままなら虐待コースにいくかと思ったけど
いぢめた挙げ句に死なせたらベビの泣き声や遺体を気付かれてタブンネの存在も危ないもんね
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乙です
幸せの絶頂にいるタブンネがどうやって不幸のどん底に落とされるかワクワクする
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タブンネちゃんイッシュ15位おめでとう!!
これからも沢山楽しませてね!
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レンティル地方と昔シンオウにはタブンネさん居るのかな
雄大な自然の中でのびのび殺されるタブンネさんめっちゃ見てみたい
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昔シンオウにタブンネさん居たらまた追い掛け回したいな
欲を言えば野生のポケモンに殺されたママンネの死体が道端に転がってたりその傍らでチビンネ達が死体に縋り付いてピィピィ泣いてたりしたら滅茶苦茶興奮する
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>>488
そのチビンネ達を片っぱしからすがり付いてるママンネの体から引っ剥がし
ケージの中にぶちこみたい
必死で動かぬママンネに助けを求めていやいやをする可愛らしい抵抗を間近で見たい
顔の見えない麻袋とかじゃなくケージにするのは
もみくちゃになって隙間から抜け出そうとしたり小さなおててを伸ばしたりするとこを眺めていたいから
「緊急時に親を呼ぶ」チイーチイー泣く声をBGMにゆっくりと自転車でママンネちゃんから遠ざかりたい
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>>489
ゲージの隙間から母親の死体に向かってめいっぱい手を伸ばしてヂイーヂイーって泣き喚くチビンネの声を漕ぎながら自転車漕ぐの滅茶苦茶楽しそう
そういう楽しい遊びをするためにもママンネにはいっぱい繁殖していっぱい死んで貰いたい
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ベビンネ誕生から丁度1週間、ベビの身体に一つの変化が起き、ママタブンネの心情、行動にも一つの変化が生まれた。
いつものように深夜の活動を終え、タブンネは我が子を胸に抱きコクコクと眠りについていた明け方、ベビがいつもと少し違う声色で鳴き出した。
その声に目を覚ましたタブンネ。
腹部を見るがオシッコやウンチをしていた訳ではない。ならばおっぱいかと思い、口元を乳首に当てるが吸い付いてこない。
心配になって抱き上げ顔を見ると、今までずっと閉じていた瞼がモゾモゾと蠢いている。
フミィ~、フミィ~。 少しこそばしいような声を上げるベビンネ。やがてその小さな瞼がピクピク上下すると、パチッと目を開いた。
「ミィ...!」
こびりつく目垢を舐め取ってやると、2つの綺麗なサファイアブルーが現れた。少し遅い開眼であったが、ベビはパチパチと瞼を上下させながら不思議そうに辺りを見回した。視力も問題なく育ったようだ。
「ミィッ。ミィミィ...!」
我が子の開眼に喜びの声を上げたタブンネ。しかし嬉しさも一瞬、すぐに表情を曇らせ、大きな両耳を垂らした。
ベビが生まれて舞い上がっていてこれまで完全に忘れていたが、自分の姿はタブンネなのかもわからないような、外傷だらけの醜いバケモノなのだ。
こんな母親の姿を見てベビちゃんはどう思うだろうか。怖がって大泣きするのではなかろうか。
そんな事を思い、少しベビから顔を背けた。
右目からは涙が滲み出たタブンネだったが、小さな我が子は決してママを恐れたり、蔑んだりしなかった。
開きたての両眼をキョロキョロ動かしていたベビンネだったが、ママの顔を見つけるとそこに視線を定め、破裂が癒着し醜く腫れ上がったその左目へ向け、小さな手を一生懸命に伸ばした。
「チュイ~~..?チィチィ。チビィ~?」
—ママ、おめめケガしてるの?イタイイタイの?
その鳴き声はまだタブンネの言葉としての意味を成していないが、心配そうな表情に声色。ベビの優しさに満ちた意図を、ママタブンネはしっかりと感じ取った。
「べ、、ベビちゃん...。ううん。なんでもないミィ。ベビちゃんはなぁんにも心配しないでミィ。ママとっても幸せミィ...!」
タブンネは右目からポロポロと涙を流し、ベビをそっと抱きしめた。
弱冠タブンネの思い込みでもあったろうが、優しい我が子の心根は亡きダーリンをハッキリと思い起こさせた。
タブンネはベビへの愛情と、守り抜く決意をより一層強く、胸に誓った。
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その日の昼過ぎ、寝床前の雪の上でベビを遊ばせながら、タブンネはある算段を企て、思慮を巡らせていた。
人里からの脱出である。
ベビの這いずりはいつの間にか力を増し、言っても1分放置して2m進めるかどうかという程度のものだが、ハイハイとして成立するまでになっていた。
腕や脚の筋力も順調に育っている。
今まで浮かれていて思いもしなかった、いや、考えを遠ざけていたのかもしれないが、いつまでこの場所でこんな生活を続けるのだろう。
この子もいずれは2足で歩けるようになり、タブンネの言葉を話すようになって、身体だって大きくなる。
自分の幼児期を振り返る。
ママには申し訳ないけれど、ダーリンとの暮らしの方がどう考えても幸せで、健常だった。
この子にも森や林で伸び伸びと暮らし、人間の廃棄物ではない木の実を食べさせ、できればタブンネの、そうでなくとも林地に居たエモンガやチラーミィのような、ポケモンのお友達を作ってあげたい。
同日夜、タブンネはいつもより気持ち早めに動き出し、糞を片付けステーキハウスで食事を摂ると、ベビを抱いたまま、街の西外れまで歩みを進めた。
軒間を一生懸命進み、足を動かしてやがて市街地を抜けたが、辺り一面は相変わらず雪景色。鬱蒼と生い茂る木々はイオニアの庭と同じ針葉樹。イッシュ16番道路のような見慣れた広葉樹ではなく、目視できる限り木の実のなりそうな木は1本も無い。
結局その日は踵を返し、トボトボ住処へ戻った。
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それからタブンネは、毎晩町外れまで足を進め、新居となりうる森林地や草むらを探し回った。
3日かけてキルクスの西側一面を探索し終えたが、芳しい成果は無かった。
道中、見慣れぬ小さな鳥ポケモン(ココガラ)に2度ほど遭遇し、目が合った。
驚いて身を屈めたタブンネだったが、いつも相手の方から逃げて行った。タブンネの左目と右腕の傷に加え、他の野生ポケモンから見て恐ろしいのは火傷跡。
タブンネの胴体は尾まで含め、ザ・センターマンのように綺麗に左右の色違いができていて、初見では強そうな見た目に成り果てていた。
ココガラはともかく、タブンネにとって厄介なのは深い雪景色だった。
生まれてから10ヶ月程野生を過ごしていたことから、タブンネには“四季”という概念が備わっていた。
せめてもう少しあったかくなり、この白い地面が無くなってくれればより広範囲動けて、辺りの観察もしやすくなる。
少しでも早い春の到来を心底願うタブンネだったが、それは叶わぬ願い。タブンネには理解の及ばぬことだったがここは通年降雪地である。
またもう一つ枷となったのは胸に抱き続けるベビの存在。
順調に育つベビの身体は既に1kgを超えていて、ただでさえ速くはない歩みを更に重くした。
せめて、この子がタマゴの中に居た段階から新居探しを始めていればと何度もタブンネの頭をよぎったが、その都度「ミッ!」と短い気合いを入れ、その考えを拭い去った。
愛しい我が子を重荷と捉えるなんてあってはならない。自分が頑張ればいいだけのことだ。
深夜の徘徊中概ねベビが寝ていてくれて助かったが、ベビの日中の起床時間は日増しに長くなり、タブンネの睡眠時間、質はどんどん下がっていった。
しかしタブンネの気力は衰える所を知らず、疲労が蓄積していく身体を動かし、毎晩探索を行った。
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新居探しを始めて4日目は街中を通り、北側へ向かった。
市街地を抜ける間、タブンネにとっては驚くことであったが、何度か人間の気配を察知し、物陰に身を隠しながらの行脚となった。
広い道を歩くのはこれが初めてではない。この地へ来て間もない頃、餌場探しであちこちを2,3日歩き回った。その時はこんなに気配は感じなかった。だから夜中になればこの街の人間は動かないと思っていた。
今一度褌を締め直し、タブンネは息を殺しながら北へと歩みを進めていった。
数時間かかって漸く果てが見えてきたが、その行手を阻むように、街中のそれとは違う大きな建物(キルクススタジアム)が視界に入り、足を止めた。
タブンネにその用途を理解することはできなかったが、その壮大な造りに恐れを抱いたのと、朝までに補水を済ませ住処へ戻る時間的余裕がなかったことから、北は諦め踵を返した。
キルクスは大して広い街では無いのだが、身重のタブンネからすれば少しの探索でも壮大な冒険と言える行脚であった。
—明日からは東側を探そう。
そう思い住処へ舞い戻ったタブンネ。
その計画を邪魔するように、まるで何かの不吉を告げるように、翌朝からキルクス一帯は猛吹雪の荒天が続いた。
北側を探索した後の日中、吹き荒れる暴風と横殴りの雪がタブンネ親子を襲った。
ダクトの排気も意味を成さず、これまで寒さをもろともしない様子だったベビでさえもプルプルと震え出し、タブンネも鼻水が凍るほどの寒さに苛まれたが、親子抱きしめ合って何とか暖を取った。
夜になっても荒天は収まらなかったが、タブンネはこれをチャンスと捉えることにした。
時折ホワイトアウトさながらに吹き荒れる降雪と地吹雪。自分からも周りがよく見えないが、逆に人間からも自分が見つかりにくいということになる。それにこれだけ雪が降っていれば足跡が残らない。自由に路を歩けるということだ。
いつもとパターンを変え、近場のイオニアでゴミを漁り少しの食事を摂ると親子温泉で暖を取り、キルクス東側へ歩みを進めた。
ステーキハウスを経由してしまうと遠回りになってしまうことからの判断だった。
吹雪吹き荒れる中の行脚はいつも以上に体力を奪ったが、できるだけ軒間を選び、歩き続けて街の東果てにたどり着いたタブンネ。
視界の悪い中必死に目を凝らし辺りを探ったが、条件は西側を探った時と変わらないようだった。
ベビも寒さにやられたのか
ヂッ...ヂッ... と苦しい息で鳴き震え、下痢とまではいかないがいつも以上に柔らかい便と尿を垂れ流した。
「べべべビぢゃ、ごごべんビィっ。ぎょうばもうがえろうミィィね...っ...」
タブンネも寒さで声が震え、方向感覚も定まらぬ中帰巣本能と根性で何とか来た道を戻り、やがていつもの温泉に辿り着いて朝ギリギリまで親子で湯に浸かり、住処へ戻った。
6日目も同じく東側、相変わらずの天気の中、少し距離を伸ばし北東側を見に行ったが、昨日同様、これといって芳しい成果は得られなかった。
東側は全域を確認したわけではなかったが、これまでの状況と野生の勘からここで探索を打ち切ることにし、翌日からは最後の望みを掛け、南へ足を進めることにした。
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東側探索を終えた翌日中、気力よりも先に、タブンネの身体が悲鳴を上げ始めた。
小さなベビにも増して寒さへの耐性の弱いタブンネ。連日の荒天と睡眠不足、夜中に行われる長い行脚。幼少期からのことで慣れているとはいえ、決して衛生的とは言えない食事。
酷い腹痛がタブンネを襲い苦しめた。
止むことを知らぬ吹雪の中、タブンネはベビをダンボールの上に寝かせると、近場の雪の上で排泄の姿勢を取った。
ブリュッ!ブリブリブリッ!ビチャーッ!
—ミボッ!ミィォォォォぉぉっ!?
猛烈な勢いでケツから飛び出した液体。
腹痛がほんの少し和らぎ排泄を終えたタブンネはその凄惨な雪上を見てギョッとした。
噴射した液状便は2mくらい先までその跡を残し、茶色に赤が混じり、糞の臭いに血特有の生臭さが立ち込めている。
コレこの量あとで片付けるなんて絶対無理だ。
タブンネは焦燥感を抱いた。
おそらくタブンネはただの腹痛ではなく急性腸炎を患っている状態だった。ポケモンセンターで診てもらったら即入院になるレベルだっただろう。
幸い吹き続ける雪のおかげで血便痕は次第に薄くなり見えなくなったが、タブンネは常時腹痛を感じ続けた。
ダンボールの上に戻りベビを抱いて座り込んだタブンネ。肛門にヒリヒリとした感覚がいつまでも残ったが、ベビは幸い時々震えることと、少し便が軟くなったくらいで、タブンネよりも寒さを堪えていた。
こんな状態になってもやる気は衰えなかったタブンネ。より一層夜の行脚に向け気合いを入れ、寒さに震えながら必死に身体を休めた。
やはり野ざらしの生活には無理がある。
何処かの林地や草むらで、深い穴を掘るなり雨風を凌げる巣を構える必要がある。
結果ダーリンは人間によって殺されてしまったが、あれは不運が重なったまでのこと。やはり人里に住んでいる方がいずれ見つかり、ママのように殺されてしまう可能性が高くなる。
体力も厳しく思考力も低下した頭で、タブンネはどんどん自分の思惑を正当化していった。
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野外探索を始め7日目の夜、またイオニア廃棄場で食事を採った後、少し長めに温泉で暖を取ると、キルクス広場を抜け、9番道路と呼ばれる道へとたどり着いたタブンネ親子。
吹雪による視界の悪さは相変わらずだが、これまでと違い完全に開けた野外に出たことで、タブンネの胸に一縷の希望が灯る。
少し進むと水場を発見した。温泉と違いかなり水温が低かったが、水場の確保は野生で生きる上では必須条件。
後は餌場と、出来るだけ目立たないような住処候補地。
更に足を進め橋を渡ると草むらがあった。
—どこかに、どこかに実のなるような木はないか
タブンネは視線を上げ、吹雪の中必死に草むらを掻き分けて進む道中何かに足がぶつかり、ネチョっとした感触を覚えた。
「キョーーッ!グチョグチョグチョ」
草の中で寝ていた見知らぬポケモン(トリトドン)を蹴飛ばしてしまい、起こして怒らせてしまった。
「ヒッ!ご、ごめんなさ......ッ」
タブンネが謝る間もなくトリトドンは紫の体液を吐き出し、咄嗟に避けたがタブンネの右脇腹にモロにかかってしまった。
驚いて逃げ出したタブンネ。幸いベビにはかからず、毒などでもなかったようでダメージを負うこともなかったが、浴びた箇所は変色し、タブンネのバケモノ度はより一層凄みを増した。
トリトドンは追ってくるようなことはなかったが、精神的に驚きと恐怖を感じたタブンネはこの日の捜索打ち切り、一目散キルクスまで踵を返し走り続けた。
やがて温泉までたどり着き、汚れた体毛をゴシゴシと擦ったが痕は落ちきらず、タブンネはショックを受けた。
これまでの捜索の中で一番と言っていい、手応えを垣間見た行脚だったが再度訪れる気にはなれなかった。
あのポケモンが自分達と仲良くしてくれるとは思えない。闘うということを知らないタブンネにとって、非友好的な種族との共存は考えられなかった。
後は、南西部。この街の南西外れにも、今日と同じような開けた道があること(湯けむり小道)は、初日の行脚で視認していた。勘としては良さげな道であった。
希望を失いたくないが為か、これまでは敢えてそこに足を向けず、半無意識的に最後までその進路を取っておいたタブンネ。
—明日は、明日こそはきっと新居を見つける...!
落ち込んでいても仕方ない。タブンネは心の中で気合を入れると、ベビを胸に抱き、ダンボールの上に腰を下ろした。
-
タブンネがイッシュからガラルに拠点を移して、優にひと月を過ぎていた。
トリトドンに遭遇した後の午前中、タブンネはまともに睡眠が取れなかった。
腹痛があまりに酷く、眠りにつける状態ではなかった。
ここ数時間で何度目か、タブンネはベビをダンボールの上に寝かせると、寝床を少し離れ、排泄に向かった。
—ミォォぉっ!ミフぅーっ......
荒天の中、タブンネは通常の排便姿勢よりも上体を起こし、人間で言うところの空気椅子のような体勢で、排泄を行った。
昨日の経験から、なるべく排泄物を撒き散らさない為のタブンネなりの工夫だった。
苦しい体勢で体重30kg弱の身体を支える短い両脚には相当な負荷がかかったが、タブンネは歯を食い縛って必死に耐えた。
ハアッ!ハアッ!...
タブンネが排泄を終えた後の雪上は筒状に直径10cmほどの穴が空き、そこに新雪をかけ、後始末をするとまたダンボールへ戻った。
この時にはもう固形物は一切無い、ヌメり気のある赤い液体が噴射するだけであった。
正午を過ぎた頃、何とか繰り返す便意が鎮まり、腹痛もほんの少し和らいで浅い眠りについていたタブンネ。
「チッチィ!チィチィチィ。」
胸のベビの声で目を覚ました。
この時にはベビの鳴き分ける声色で、何となくその意図を読み取れるようになっていたタブンネ。これは乳を求める鳴き方だった。
優しく微笑みかけ、乳首にベビを当てがった。
ミヒン! 思わず小さな悲鳴を上げたタブンネ。胸にチクッとする痛みを覚えた。
おっぱいを飲み終えたベビの口を見ると、口内上下に小さな白い歯が生えだしていた。
「ベビちゃん...!すごいミィ!こんどママと一緒に、おいしい木の実を食べミィね!」
喜び一杯、小声でベビに語りかけたタブンネ。前腕骨折も何のその。たかいたかいのようにその身体を上下させた。
チミュイ? お耳をパタパタと前後させながら、不思議そうに、ママに問いかけるように声を上げるベビンネだったが、ママタブンネはそれには応えず、ベビを胸に下ろし、目を丸くして辺りの空を見上げた。
—ミィ......!
相変わらず涔々と雪は降っていたが、いつの間にか強風が止み、空は所々晴れ間が覗いていた。
ベビの嬉しい成長に、何日かぶりの穏やかな空。全てが吉兆にしか思えなかった。
—今晩、何かが変わる。きっと変えてみせる...!
タブンネはベビを緊と抱きしめると、やる気に満ち満ちた顔つきをし、今一度懸命に体を休めた。
喜びと気合いで、体調不良も意識から除外されていた。
タブンネは母親として、本当に逞しくなっていた。
-
その日の夜、ホテルイオニアディナータイム終わりに2回ゴミ捨てに出てきた調理師から身を隠し、その後2,3時間ほど、住処に座り込み、静かに息を潜め過ごしたタブンネ親子。
頃合いを見るとスクッと立ち上がり、ホテル全体を見上げたタブンネ。ホテルの宿部屋は全て灯りが消えていた。この消灯確認がタブンネにとっての行動開始の合図となっていた。
住処を一歩出ると振り返り、床にしていたダンボールを暫し眺めたタブンネ。改めて見るとベビの排泄物で、随所汚れがこびり付いていた。
—ママ、ありがとミィ。バイバイ......
心の中で、礼と餞別の言葉を述べたタブンネ。もうここには戻らない予感と意志があった。
いつしかタブンネの中で、このダンボールはママンネの形見と化していた。
湿った地面に癒着していたのもあるだろうが、それでもここ数日の暴風雪にも吹き飛ばされず、形も崩さずそこにとどまり続けたそれは、もしかしたら本当にママンネだったのかもしれない。
ミッ! 気合いを吐き出すと、一目散温泉に向け走り出したタブンネ。胸の中のベビはスヤスヤと寝息を立てていた。
今日は温泉には浸からず、ただゴクゴクと音を立ててお湯を飲み、その場を後にすると裏通りから市街地へとつながる階段へ向かった。
階段の最上部まで来るとそこから顔を覗かせ、辺りを窺いながら必死に耳をそば立て、人間の気配を探った。
人間の気配の無いことを察すると、身を乗り出してまた必死に脚を動かした。今日は通り道であることから、3日ぶりにステーキハウスへ寄る算段を立てていた。
階段を登り切ってからキルクスのメイン通りの一つを横切ると、ベビを抱いたタブンネの全速力でおよそ1分でステーキハウスにたどり着く。
駆け出してから餌場へと向かうその道中、タブンネのその心意気と計画を邪魔するように、異変が起こり始めた。
空模様が怪しくなって来た事に加え、下腹部を体内から引き裂くような強烈な腹痛と、それに付随する便意がぶり返して来たのだ。
—なんで今、こんな大事な時に...
歯を喰い縛ってそこから意を背けようと試みるタブンネだったが、次第に視界が明滅し、意識が朦朧としだした。
本人の気持ちとは裏腹、タブンネの腸は“病は気から”なんて言葉では片付けられないような病状だった。
温泉水の消化すら受け入れず、また走った事による揺れさえも危険な刺激になり得る容態。脆い生き物ならとっくに失神、悪ければ絶命する程重篤な状態であった。
いつもの倍近く時間を要したが、何とか餌場の建物へたどり着いたタブンネ。
片眼失明に悪天、朦朧とする意識、3重の意味で疎らな視界とフラつく足元の影響で何度も柵や外壁にぶつかりながらも、狭い横路に侵入していったタブンネ。
ポリバケツの影にベビを下ろすと、自身はフラフラと排水溝を探した。こんな体調でも餌場で用を足さないのは野生タブンネ特有の習性からであった。
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暗がりと悪視野で排水溝を探し倦ねたタブンネ。それでも千鳥脚を通り越した状態で歩みを進めると、軒間へ入り込み、その中央部でドサリと転倒した。
ブリュリュリュ!ビチャッ!ビチーーッ!
「ヒンッ......ヒッ...ィッ......」
尻から赤い液体が噴出され、尻尾の付け根、両腿裏と内腿が真っ赤に糞塗られた。
ビチチッ! バリッ! ブチブチブチィッ...
「...ゥァァ...........ゲッ.....ェェェッ.....」
繰り返される血便の噴射の連続に肛門の皮膚が耐えられなくなり、タブンネの尻が音を立てて切り裂け、真っ赤な直腸が10センチくらい、体外へ飛び出してしまった。
深刻な容態と相居るように空模様もどんどんと悪転し、周辺はゴォーーーッという轟音に包まれ、健常者でもホワイトアウトする程の様相を呈してきた。
タブンネは白眼を向いて舌を垂れ、口と鼻腔全域から透明な粘液を吐き出し、ダラーっと糸を引いていた。
(べ....びちゃ....ご......い....い......ま........)
もう目も見えず、耳も聞こえず、感覚神経も殆どの運動神経も機能していない状態であったが、それでも尚タブンネは気を失うことなく、意識をその身に留めていた。
こんな状態でも“ベビちゃんを手放し、置き去りにしている“という現実を明確に把握していた。意識を手放さぬよう、左手の爪で必死に硬い地面を掻いていた。
「チィ~~ッ....チィ...チィ...」
時をほんの少し遡ってタブンネの尻が張り裂けたのと同刻、ポリバケツの陰でベビが目を覚まし、弱々しく泣き出した。
手に入れてほんの1週間の視覚で捉えるモノは一面の真っ白さ。その脇に見慣れぬ青い物体を確認したが、最愛の母の姿は無い。
鳴り響く風の轟音は乳児の心に大きな恐怖心を与え、薄い毛皮の小さな身体には厳しい寒さを覚えた。
「ヂィッ!ヂィヂィッ!チィーーーッ!」
今度はより声量を増した声で泣いた。
酷い環境の中、泣いても何も状況が変わらないことへの抗議、乳児特有の癇癪を含ませるような泣きかただった。
しかしその叫びが重体の母の耳に届くことなどなかった。
「・・・・・・」
一頻り泣き終えると、今度は目を閉じ、耳を研ぎ澄ませた。
幼体ながらも母親より優れた聴覚を有したベビンネ。道のりにして7,8m先に、母の心音を捉えた。
恋慕の強さがそれを可能にしたのか、“ママが困っている”という大まかな感情までもを読み取り、ベビンネは吹雪の中、バケツの脇から飛び出し、そこを目指して這いずり出した。
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