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本スレに書き込めない職人のための代理投稿依頼スレ

1魔法少女リリカル名無し:2009/01/08(木) 00:01:53 ID:Qx6d1OZc
「書き込めないの!?これ、書き込めないの!?ねぇ!本スレ!本スレ書き込めない!?」
「あぁ、書き込めないよ」
「本当!?OCN規制なの!?ODNじゃない!?」
「あぁ、OCNだから書き込めないよ」
「そうかぁ!僕OCNだから!OCNだからすぐ規制されるから!」
「そうだね。規制されるね」



捻りが無いとか言うな

897魔術士オーフェンStrikers:2011/05/11(水) 21:33:20 ID:U2e4SfQ.
サルサン食らってしまいました。どなたか代理投稿をお願いします。
タイトルの所は「幕間・地人弟の憂鬱」でお願いします

正直行きたくはないのだが、どの道断るわけにはいかないのも事実だ。
この不揃いな面子に拾われてから何だかんだで「食」だけは賄ってもらえているのだ。
この程度の頼みを断っては後々に遺恨を残しかねない。
不承不承といった風で立ち上がり、荷物袋の中を漁って先端にレンズのはめ込まれた棒状の機器を取り出す。
「じゃあ行ってくるね」
「おう。バカ兄貴はあたしが見張っといてやるから早く帰って来いよな」
すでに焚き火の中のスープしか目に入っていない兄を指し示しながら、アギトが言ってくる。
良かった。これなら兄から目を離しても夜食にありつけるかもしれない。
そう少し安堵すると、ドーチンは先ほどルーテシアの消えていった方向に適当にあたりを付け、森の中へ足を踏み出した。
「あ、そうだ。さっき旦那がこの辺野犬が出るかもって言ってたから気を付けて行けよ」
「……………………」

何とも言えず、とりあえず大声は出さずに見つけないとなぁ…などと思いながら、ドーチンは一気に重くなった気分を吐息に乗せて吐き出した。



◆   ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇


背の高い木々の中、円形の光が照らす道を黙々と歩いていく。
道幅はそれなりに広いが、いかんせん足場が悪い。さっきから地面から突き出た石や木の根に何度も蹴躓いている。
視界ゼロで歩くよりは遥かにマシであるが、溜息を止めさせてくれるほどの慰めには程遠かった。
手に持った携帯型の光源に目をやる。こんな技術はキエサルヒマ大陸では見た事がない。
(やっぱり大陸の外まで飛ばされちゃったのかなぁ…。だから天人の遺跡なんかに寝泊りするのは止めようよって言ったのに…)
妙な事になったと、今更ながらにうな垂れる。

898魔術士オーフェンStrikers:2011/05/11(水) 21:34:21 ID:U2e4SfQ.
事の起こりは一月ほど前。当てもなく兄と共に大陸を放浪している最中、一夜の宿とした遺跡の中で起こった。
火事場泥棒みたいな真似をしたのがそもそもの間違いだったのだろう。―――――誓って弁解させてもらうがやったのは兄である。ボクは止めた。
元々大陸中の遺跡は大陸魔術士同盟の魔術士達によって粗方掘りつくされているのだ。
素人がどんなに一生懸命探った所で、食器の一枚も見つかりっこない…。
(…と、思ってたんだけどなぁ…)
そこがたまたま手付かずの遺跡だったのか、はたまた探索した魔術士が見落としていただけなのかは定かではない。
だが結果として兄は見つけてしまった。床に彫られたとある小さな『文字』。複雑に絡み合うように描かれたその文様には見覚えがあった。
『魔術文字(ウイルドグラフ)』。
かの『天なる人類』ウィールド・ドラゴンが用いたという「魔術」である。
効果の程は多種多様で、それこそ文字の数だけあると言われている。
加えて一時的な効果しか望めない人間の音声魔術と違い、魔術文字は媒体となる文字を傷つけられない限りその効果は、それこそ永続するものさえあるとかなんとか。
更に、魔術文字の最大の特徴は、条件さえ満たせば『誰にでも扱える』という事。
それが加工された特殊な道具ではなく、ただの魔術文字ならば、ただ軌跡をなぞるだけで効果を発揮するものさえあるという――――――


……ここでうっかり顔馴染みの魔術士のウンチクを思い出してしまった事、保身よりも好奇心が勝ってしまった事が運の尽きだった…。

文字をなぞった後の事はもうよく分からない。
ただなぞった文字が光だし、、次第にその光の文字が部屋全体に伸びていって最終的には目を焼かれるかと思うほどに発光しだした時点でもう後悔の極地に達していたのは覚えている。
逃げ出そうにも眼球が潰れそうなほどの白光にただただ両目を押さえてうずくまるしかなく…。
そして一瞬の振動の後、自分達が立っていたのは遺跡の石畳の上ではなく、満天の星空が輝く草原だった…。

899魔術士オーフェンStrikers:2011/05/11(水) 21:35:42 ID:U2e4SfQ.
…今思えばあの魔術文字はきっと転移の魔術だったんだろう。前にレジボーン温泉にあった遺跡で見たのと同じヤツだ。
その事自体はまぁいい、というか今更どうしようもない。命にかかわる類の魔術じゃなくて良かったと思うしかない。
問題は転移させられた場所がまったく見知らぬ土地だったという事だ。
いや、それだけならまだ楽観視していられただろう…。本当の問題は、「ここがキエサルヒマ大陸ですらない」という事だ。
アギト達に連れられて街に下りた時、本当に驚いた。
キエサルヒマ大陸に築かれていたモノとは桁違いなまでに進歩した文明の姿がそこにはあった。
(ルーテシアに聞いても「そんな所知らない」の一点張りだしなぁ。きっと大陸の外まで飛ばされちゃったって事だよなぁ…。参ったなぁ…。ちゃんと帰れるのかなぁ)
愚痴は抑えられてもため息までは止められない。
そういえば外の世界じゃ人間なんてとっくに絶滅してるみたいな事を誰かが言ってたけど
、あのクラナガンという街一つ見ても繁栄を極めているのは疑いようがない。
(まぁ実際に見てもいない人の話よりも自分の目で見た物を信じるべきだよね、普通は)
なんとも釈然としないが、現状で特に不利益を被っているわけでもないので無理やりにでも納得するしかない。
少なくとも聞き及んだとおりの無人の荒野に投げ出されるよりは百倍マシなのは確かなのだから。
と、ちょうど思考に一通りの区切りがついた所で、ふと気付いた。どこからか小さな音が鳴っている。
それが何なのか疑問に思うよりも早く、アギトの言葉が頭を過ぎった。


『旦那がさっきこの辺野犬が出るかもって言ってたから気を付けて―――――』


野犬が出るかもって……出るかもって……出るかも……


ぶわぁ…と一気に冷や汗が吹き出てくる。
唐突に震え出した指で慌てて懐中電灯のスイッチを切り、息を殺し、音の出所を探ろうと必死に耳を澄ます。

900魔術士オーフェンStrikers:2011/05/11(水) 21:36:25 ID:U2e4SfQ.
…今思えばあの魔術文字はきっと転移の魔術だったんだろう。前にレジボーン温泉にあった遺跡で見たのと同じヤツだ。
その事自体はまぁいい、というか今更どうしようもない。命にかかわる類の魔術じゃなくて良かったと思うしかない。
問題は転移させられた場所がまったく見知らぬ土地だったという事だ。
いや、それだけならまだ楽観視していられただろう…。本当の問題は、「ここがキエサルヒマ大陸ですらない」という事だ。
アギト達に連れられて街に下りた時、本当に驚いた。
キエサルヒマ大陸に築かれていたモノとは桁違いなまでに進歩した文明の姿がそこにはあった。
(ルーテシアに聞いても「そんな所知らない」の一点張りだしなぁ。きっと大陸の外まで飛ばされちゃったって事だよなぁ…。参ったなぁ…。ちゃんと帰れるのかなぁ)
愚痴は抑えられてもため息までは止められない。
そういえば外の世界じゃ人間なんてとっくに絶滅してるみたいな事を誰かが言ってたけど
、あのクラナガンという街一つ見ても繁栄を極めているのは疑いようがない。
(まぁ実際に見てもいない人の話よりも自分の目で見た物を信じるべきだよね、普通は)
なんとも釈然としないが、現状で特に不利益を被っているわけでもないので無理やりにでも納得するしかない。
少なくとも聞き及んだとおりの無人の荒野に投げ出されるよりは百倍マシなのは確かなのだから。
と、ちょうど思考に一通りの区切りがついた所で、ふと気付いた。どこからか小さな音が鳴っている。
それが何なのか疑問に思うよりも早く、アギトの言葉が頭を過ぎった。


『旦那がさっきこの辺野犬が出るかもって言ってたから気を付けて―――――』


野犬が出るかもって……出るかもって……出るかも……


ぶわぁ…と一気に冷や汗が吹き出てくる。
震える指で慌てて懐中電灯のスイッチを切り、息を殺し、音の出所を探ろうと必死に耳を澄ます。

901魔術士オーフェンStrikers:2011/05/11(水) 21:37:31 ID:U2e4SfQ.
「……こっち」
「え?」
悩んでいると、ルーテシアが無造作にある方向を指で示し、そちらに向かってテクテクと歩き出した。
慌てて懐中電灯のスイッチを入れて、彼女の隣に並ぶ。
「道、覚えてるの?」
「違う。教えてくれるの」
囁きながらルーテシアが前の方を指差す。
「?」
首を傾げつつ懐中電灯を向けると、何か紫色の小さな光が導くように自分達の前を先行していた。
あれについていけばいい、という事だろうか…。
「………………」
「………………」
サクサクと、無言のまま草を踏み分ける音だけが辺りに響く。
なんとなく気まずさ覚えて、ドーチンはチラリと自分の背丈とそう変わらない位置にある横顔を盗み見てみる。
白光に照らされた横顔は、相変わらず感情というものを全て削ぎ落とされたとしか思えないような無表情。
いや、あるいは比喩ではなく本当に感情というものを失っているのかもしれない―――そんな馬鹿げた考えが浮かんでしまうほど、この少女には人間的な部分が欠けているように思える。
なにせ食事をしている時も、アギト達と世間話に興じている時も、いや、思えば最初の出会いからこっち、自分はこの表情以外の彼女を見た覚えが無い。
「…なに?」
「え!?あ、あ〜…えーと、その…」
ぼー、と顔を覗きこんでいた所にいきなり声をかけられて思わず顔が赤くなる。
別にやましい気持ちは無いのだが、ただ単に顔を見ていたというのもなんとなく気持ちが悪く、別の事を口にした。
「その…ホラ、今日はずいぶん時間がかかったなぁって思ってさ」
「…?なにが?」
「何って…。定時連絡だよ。さっきの人との。いつもはワリとすぐ済むじゃない」
「…今日は、またドクターにお手伝いを頼まれてたから…」
「お手伝い?」
聞き返すと、ルーテシアは軽く頷き、繰り返してきた。

「おつかいの『お手伝い』だって…」



幕間「地人・弟の憂鬱」  終

902魔術士オーフェンStrikers:2011/05/11(水) 21:38:26 ID:U2e4SfQ.
これにて投下終了となります。お目汚し失礼しました。
十三話の落とし所がどーーーーしても上手くいかないので、先に出来上がったこちらの方を投下させていただきました。
…本当はこの話は十三話の次に投下するつもりだったのですが…。前回の投下からずいぶん経ってしまったのでやむおえず…。
内容としては地人兄弟の現状確認と酷く分かりにくい伏線だけで大して進んでません。
あと、実はこの話半年前にはもう書き上がっていました。なんかもうほんと色々すみません。

903リリカルトリーズナー ◆j1MRf1cSMw:2011/05/12(木) 21:23:34 ID:0O2lXUi2
最後の最後でさるさんくらった……
申し訳ありませんが、気づかれた方代理の方をお願いします



 それによって切り裂かれた以上は、マトモに済む筈もない。プラズマは何ものも例外なく切り裂き、その傷口そのものを焼いてしまうのだ。
 後から振り返っても、それはえげつのない武器だったと、八神はやては正直に述懐する。
 言いようにこちらをボコボコに蹴り飛ばしてくれたとはいえ、それでもこれは気の毒以前にやり過ぎだ。
 殺す気でやったのか、とその下手人に思わず怒鳴りつけたかったはずだ。
 ……尤も、当人からすればそれこそが愚問だと、歯牙にもかけずに切り捨てたのだろうが。

「喧しい。喚くな」

 自分でそれだけのことをなしておきながら、のた打ち回る東風へとその相手が吐き捨てるように告げたのは、冷酷そのものとすら思えるそんな短い一言だった。

「ス……ッ……スト……ッ……ライダァァァ………ッ!」

 足を斬り飛ばされ、地面にのた打ち回る東風が、それでも最後の意地のように涙と汗とその他もろもろの、激痛と屈辱と怒りに満ちた表情で、その相手を見上げながら言葉を発する。
 そこにいる相手――それこそ見たままの忍者そのままのような格好をした、はやてとそう年齢も大差ない青年は、しかしそんな東風の怨嗟に満ちた態度すら何ら歯牙にもかけはしなかった。
 度胸が据わっているのか、それこそ本当にこれくらいのこと何とも思っていないのか、はやてには正直その判別がつかない。
 鉄のような無反応の無表情。その青年は既に東風など見てはいなかった。
 恐らくは、不意打ちで彼女の足を飛ばしたのも、決して殺されようとしていた八神はやてを助けようとしてしたわけではあるまい。
 事実、それがありありと分かるくらいに、結果的に助けたことになったであろうはやてにすら一瞥さえくれずに、そのまま真っ直ぐに奥へ――重力制御室へと向かっていく。
 はやてはハッと正気に戻ると共に、とにかく青年を呼び止めようと口を開こうとしたその瞬間だった。

「阿呆……がっ! あのお方に……ッ……まだ逆らい続ける……ッ……つもりかッ!?
 貴様などに……ッ……あのお方は……決して、斃せんッ!」

 先んじて、東風がそんな嘲笑も顕にその背中へと向かって叫びかける。
 そんな気力がまだ残っているのかと、それこそはやてが驚いたほどだった。

「世界は……あのお方の……ッ……ものだッ!
 あのお方に逆らった……ッ、貴様……などに……ッ……未来はない!」

 まるで断言するとでも言うように。後悔しろと言わんばかりに。
 青年の背に向かい、嘲笑と罵倒をまるで妄執するかのように続ける東風。
 怨嗟の篭るその挑発の数々は、正直まるで関係ないはやてですら聞いていて思わずにゾッとしたほど。
 この女がそれほどまでにグランドマスターに畏怖し、そして忠誠を誓っているのだということが、薄っすらとだがはやてにも察せられた。
 しかし、そんな東風の罵詈雑言に対しても、それを言いたい放題に言われていた青年の方はといえば。
 ただ静かに振り返ってきて、まるで蟲でも見るような目で、倒れ伏している東風へとたった一言。


「だから貴様は飼い犬なのさ」


 たった一言。されど痛烈とも言える、皮肉の篭った斬り返し。
 傍らのはやてですら、これは効くと思ったのだ。恐らくは忠誠心の塊とも思われる東風が、その侮辱同然の物言いを許せるとは思えなかった。
 事実――

「飼い…犬……ッ……だとッ!?」

 私の忠を。私のあのお方への献身を。
 これまで誇りを持って続けてきた私のその全てを。
 度し難くも、薄汚い、愚かな死に損ないに過ぎぬストライダー風情が。

904リリカルトリーズナー ◆j1MRf1cSMw:2011/05/12(木) 21:26:01 ID:0O2lXUi2
 ――飼い犬、だと?

「ふざ……ッ……けるなぁぁぁぁぁぁ!」

 殺す! 絶対に殺す! 必ず殺す!
 許さん! 許してなるものか!
 新世界に居場所を許されぬ、古き神の遺物ごときが。
 あのお方の第一の臣たるこの私を飼い犬呼ばわり。
 万死すらも生温い。絶死を下し、来世すらも許さん。
 否! 今この瞬間、もはや一秒たりともその存在が永らえ続けること自体が冒涜だ。
 故に殺す! 疾く殺す! この眼前の身の程知らずの不届き者を、私のあのお方への忠が完殺する!

「ストライダァァァァァァァァァァ!!」

 故に躊躇も何もありはしなかった。
 右足が無いなど関係ない。勝ち目云々そのものなど視野にも入れていない。
 狂的なまでの忠誠と、そして怒りに支えられた東風は、地面についた両手をばねの様に叩きつけ、その反動で片足のみで宙へと跳んだ。
 そしてそのまま、その残った足にプラズマを纏わせながら、眼前の絶死を誓った怨敵目掛けて容赦なく迫る。

 そんな鬼気迫る突撃を敢行してくる相手に、飛竜は――


 ただ無言でサイファーを構え、迫り来る相手を見据えながら、その蹴りを直撃寸前で、難なく見切り、躱す。
 そして相手が驚愕や次手を打つことすらも許さずに――

「犬の茶番に付き合っている暇はない」

 そんな一言を無情に告げると同時に、一閃。
 最後まで屈辱と憤怒にその表情を歪めながら、東風のその切断された首が宙を舞った。




以上、投下終了
ミッドナイト氏、支援入れてくださりありがとうございました。
まだまだ長いので今回はここまでにしときます。久しぶりの投下で色々と不備が出てた場合は申し訳ありません。
まぁそんなわけでクロス元は『ストライダー飛竜2』。若干のナムカプアレンジ設定も使わせていただいています。(後、根も葉もない捏造設定もありますが)
マヴカプやナムカプでお馴染みとは言えやはり元ゲーがマイナー過ぎるかと危惧もしたんですけど……よくよく考えれば某界隈ですっかり汚い忍者呼ばわりで有名だから、そうでもないんですかね。
……ストライダーは忍者じゃないんだが
久しぶりに元ゲーとナムカプ再プレイして、マヴカプ3でまさかのリストラにあった腹いせで書いたんですけど、本当は3レス程度の嘘予告で書いてたつもりがいつの間にか短編ssになってました。
そんなわけでもう暫しお付き合いしていただければ幸いです。それでは、また

905魔法少女リリカル名無し:2011/05/13(金) 11:15:49 ID:vsm4wUs6
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906リリカルトリーズナー ◆j1MRf1cSMw:2011/05/14(土) 21:22:03 ID:BVHKn/D.
またさるさん引っかかってしまった……
何度も申し訳ないですが、気づかれたどなたか代理投下お願いします


『Thunder Rage』

 瞬間、今度は上空からカドゥケウスへと目掛けて叩き込まれたのは黄金の雷。
 何事かと振り仰いだ時にはしかし既に遅く。
 カドゥケウスの頭部――そこを目掛けて己がデバイスの矛先を向けていたのは二人の魔導師。
 既に排除したも同然。そう高をくくり捨て置いたはずの死に損ないの小娘ども。

「やめろ……やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 これ以上のダメージを与えられれば、それこそ本当にカドゥケウスは停止してしまう。
 それが分かっていたから冥王は絶叫と共に二人の射線上へと何とか立ち塞がろうとするも――



「大型だ。防御も固い」
「うん……でも私とフェイトちゃんの二人なら」

 かつて交わした憶えのある言葉を奇しくも今再び交わしあい、なのはとフェイトはそれぞれ構えるレインジングハートとバルディッシュの矛先を標的へと向ける。
 チャンスは一度きり。これで押し切れなければ後はない。本当に負けだ。
 だが彼女たちの表情には、不思議と焦りや不安の類はない。
 当然だ。だって一緒に戦ってくれるのは他の誰よりも信頼できる――

「――いくよ、なのは!」
「――うん、フェイトちゃん!」

 先に仕掛けたのはフェイト。三発のカートリッジロードと同時、先端に集束した雷撃を全力で解き放つ。

「サンダァァァ……スマッシャァァァァアアアアアアアアア!!」

 黄金の雷撃。それは狙い違わずカドゥケウスへの頭部に迫り――

「やめろ……やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 割り込むように現れた冥王が展開する障壁が、それをさせじと全力で受け止める。
 驚くフェイト。そして防御ごと撃ち抜くべく更なる魔力を込めるも、流石に相手も次元世界屈指の巨魁。猛然と展開する障壁はそれを撃ち砕かれんと必死に踏ん張る。
 ベストコンディションのフェイトならいざ知らず、今の彼女は消耗激しい重傷の身。余力の総てを振り絞ろうと足掻くも、それでも貫けない。
 ――そう、彼女一人だけならば。
 だが――

「ディバィィィン……バスタァァァァァアアアアアアアアア!!」

 彼女は一人ではない。
 肩を並べ、一緒に戦ってくれる仲間が、友がいる。
 全力を振り絞る高町なのはの加勢。桜色の砲撃がフェイトの黄金の雷撃と並行するように合わさって、冥王の障壁へと迫る。

「おのれぇぇ……ッ……おのれぇぇぇぇッ!!」

 亀裂が走る冥王の障壁。
 それでも尚、諦めることなく弾き返そうと迫る執念は、並々ならぬものである。
 だがそれでも――

 想いの強さならば、決して彼女たちも負けてはいない。

 否、むしろ……

「なぁ……にぃ……ッ!?」

907リリカルトリーズナー ◆j1MRf1cSMw:2011/05/14(土) 21:23:04 ID:BVHKn/D.

 ありえぬと押されるように段々と亀裂が致命的になっていく冥王の障壁。
 Sランクレベルの砲撃を二つ同時に相手取る驚異的なその力も……だがやはり、それはたった一人のものに過ぎない。
 己を唯一絶対の神、そう信じて疑わぬ、他者を見下し道具のように利用するだけのただ一人の王。
 けれど相手取る彼女たちは違う。そう、二人。互いを信じ合える強い絆で繋がった仲間であり友である二人だ。
 それは例え個々の力において冥王に劣ろうと、

「なのは……ッ……行くよッ!」
「うんッ……せぇぇぇの――――ッ!!」

 二人束ねたその力なら、決して冥王を相手にすら劣るものではない。
 その事実を証明するように、黄金と桜色は合わさりあい、遂には巨大な極光となって冥王の障壁を穿つ。
 最後に信じられぬと冥王が目を見開いたのは、いったい如何なる理由でか。
 己が絶対と謳ったはずの力が破れたことか?
 取るにも足らぬと捨て置いた相手にこうして破れたことか?
 或いは――

「認めん……認めんぞぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」

 このような結末、敗北など断じて認めん。
 そう叫びながらも、そのまま極光の渦へと貫かれ、背後の最高傑作たる被造物諸共に、冥王は吹き飛ばされた。



 飛竜のブーストを用いたサイファーでの猛攻。
 そしてなのはとフェイトの二人によるSランクレベルの集束砲撃。
 弱点たる頭部にあらんかぎりのダメージを与えられたカドゥケウスは――

「―――――――――――――!!!」

 生物として叫びにもならない……しかし明確な絶叫を上げながら、遂にその頭部が砕け散る。

「……余のカドゥケウスが……星への道が………」

 中枢を司っていた頭部を破壊され、機能停止へと陥ったカドゥケウスはそのままその異形の巨体を制御を失ったように虚数空間への海へと沈めていく。
 同じように砲撃で吹き飛ばされながら、外縁部に辛うじて引っかかりその場にしがみ付いていたグランドマスターは、そんな絶望の呟きを漏らしながら最高傑作の沈没を呆然と見ている他になかった。
 神へ至る……そのために必要だったはずの最後の鍵。次元世界を制覇するために創り上げた無敵の生物兵器。
 それが無残にも敗れ、撃ち砕かれていく。
 その光景は冥王自身の二千年にも及んだ見果てぬ夢の終わりでもあり。

「貴様らにそんな玩具は必要ない」

 その明確な幕引きを実行すべく、今死神がここまでやって来ていた。



 振り返るグランドマスター。
 絶望と恐怖と憤怒と憎悪……混沌とした感情の渦と彩られた老獪の視線が捉えたのは一人の男。
 ゆっくりと歩くような速度で絶死を告げる死神の鎌を構えながら近づいてくる暗殺者。

「飛竜……ッ!?」

 男の名を呼ぶ冥王のその声には、余人には凡そ測り知れぬ混沌とした感情が込められていた。

908リリカルトリーズナー ◆j1MRf1cSMw:2011/05/14(土) 21:24:15 ID:BVHKn/D.
 グランドマスターの脳裏に瞬間的に過ぎったのはある一つの光景。
 “今”ではない“かつて”。
 同じようにこの場所で。
 一つの終止符を打ったはずの戦いがあった。
 その時、冥王は確かにそれに勝利した。その結果を持って今を創り上げ、不完全ではあるが神の座へと至ったのだ。
 憶えている……ああ、憶えている。
 忘れない。忘れるものか。
 あの光景を。あの勝利を。あの男を――――!
 今でも勝利の愉悦と、そして相反する消し去れぬ恐怖と共にハッキリと憶えていた。
 故に――

「貴様は本当に……“あの”飛竜なのか?」

 問い質さなければならない。ハッキリさせなければならない。
 あの日の勝利は、あの日の栄光は。
 本当に己を永遠の神として祝福するものであったのか……

「二千年の昔。余の前へ立ち塞がった……」

 飛竜の歩みは止まらない。
 歩みながら鋭利に絞り、研ぎ澄まされていく殺気も。
 何一つ窺え知れないその感情を消し去った眼は、何も告げることはなく――

「あの時果たせなかった任務を果たすため、今ここで余を殺そうというのか――!?」



 ――ただ……一閃!



 己が身体を両断する刃の感覚。
 二千年前に跳ね除けたはずのそれが、今回遂に逃れられなかったことを冥王は悟った。
 言葉にならぬ呻きを搾り出しながら、それでもグランドマスターは残る執念で己を滅ぼした怨敵へと手を伸ばそうとするも……

 しかし、それは届くことなく。


「飛竜より本部へ、任務――――完了」


 神の頂に上り損ねた魔人がその生涯最期に聞いた言葉は、二千年越しの達成を告げる宿敵の総てを終わらせる呟きだった。



以上、投下終了
後はエピローグというか後日談というか、そういうのが少しだけで終わりです。
短編ssなんだからこんなに長くしてどうすんだって話ですが……兎に角、次で終わりです。
それでは、また

909魔法少女リリカル名無し:2011/05/20(金) 12:23:53 ID:o2X7CKBE
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910FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 22:58:03 ID:Snuhsig.
投下中にさるさんを食らってしまいました。
申し訳ありませんが、代理投下をお願いいたします。

911FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 22:58:37 ID:Snuhsig.
……ここは、何処だ。
 アイクは真っ先にそう思った。何せ、自分が立っているのは真っ暗な森の中。

 少しづつ、記憶がはっきりしてきた。確か、ここは親父と漆黒の騎士が戦った、因縁の―――――

そこまで思い出した瞬間、重苦しい金属音が聞こえてきた。
 まるで、これからがショーの始まりだと言わんばかりの、鈍い音が。
 アイクはその音に反応し、音のした方へと駆け出していく。

 まさか、自分の考えていることが正しいとしたら―――

 アイクは無我夢中で森の中を駆けていく。
 あの悪夢を繰り返さぬために。大切な人が奪われる前に。



 アイクがたどり着いた場所は、すでに戦場と化していた。
 父、グレイルと漆黒の騎士が剣と斧をぶつけあっている。
 グレイルがどれほど斧をぶつけようと躍起になっても、漆黒の騎士にはかすりもしなかった。

 誰の目から見ても、グレイルは押されていた。かつての力、かつて使っていた武器を失い、「老い」が今のグレイルを見るも無残な姿に変えたのだ。

跪き、乱れた息を整えるグレイル。そんな彼に、漆黒の騎士は先ほどまで使っていた神剣「ラグネル」を投げて、グレイルの前に突き刺した。

「…何のつもりだ。」

「貴殿との戦いを楽しみにしていた。まともな武器で手合わせ願いたい。」

そう伝え、腰に差してあったラグネルと瓜二つの剣、神剣「エタルド」を抜く。
そして、グレイルに突きつける。

「…神騎将、ガウェイン殿!!!!」

912FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 22:59:35 ID:Snuhsig.
その名はアイクが聞いたこともない名だった。
 その名は、かつてグレイルがデイン王国に勤めていたころの二つ名。

 デインを抜けた今となっては、その名を知る者はほぼいないと思われていた。

 そんな、ほぼ機密事項扱いにも等しい名を知り、超人的な剣の腕を持つ。

 その男が、この戦いを楽しみにしている、と言った。
 それほどまでに、アイクの父親は強かったのだ。

「…昔、そんな名で呼ばれたこともあったな。」
 ラグネルを地面から引き抜く。

「だが…」
と続け、ラグネルを投げ返す。

「その名はとうの昔に捨てた。今の相棒は…これだ。」
ガウェイン、いや、グレイルはこの世でたった一つの斧、「ウルヴァン」を構えなおす。

だが、その言葉を発した瞬間にグレイルは死を覚悟するべきであった。
騎士にとって名を捨てるということは、それまでの自分、それまでの戦いのすべてを否定することになるのだから。

そんなことを思いつつ、漆黒の騎士は、

「…死ぬ気ですか。」
 と冷たく言い放つが、グレイルはそんなことは気にしていなかった。
 そして、次に彼の口から出た言葉は意外なものだった。

「…その声、覚えているぞ。たった10数年で師であるこのわしを追いぬいたつもりか?…フン、若造が…」

 さっきまで昔を懐かしむ表情が、突然こわばる。
 神騎将としての本能が目覚めたのか、それともただ単にキレただけか。

「これでも、食らうがいい!!」

913FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:00:05 ID:Snuhsig.
グレイルが斧を持って突進する。

 今思えば、これが父を救う唯一のチャンスだったかもしれない。

だが、アイクは戸惑っていた。

 今ここで出ていけば、確実に殺される。要するに、死ぬのが恐かったのだ。

 だが、ここで躊躇っていればグレイルが死ぬ。

 命を賭して身内を守るか、それとも未来を生きるために今ここで父を見殺しにするか。
 それは、非常に残酷な問いだった。

(俺は…)

 腰に差してある剣に手をかける。だが、抜くことができない。
 自分の命と他人の命を天秤にかけるには、このころのアイクは幼すぎた。

 そして、答えを出せぬまま―――静寂が訪れる。

 エタルドに貫かれ、驚愕に目を見開くグレイル。
 親父の生命は急速に失われつつあった。

「親父!!」
 アイクは父親のもとに駆け寄る。抱きとめた父親の体は、ぞっとするほど冷たかった。

 そして、そのまま二人は倒れこむ。

 そして、何処からか声が響いてきた。あの少女の声で。

「あなたは、また見殺しにするつもり…?」

914FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:02:31 ID:Snuhsig.
「ッ!!!」
 飛び起きたアイクはぐっしょりと汗をかいていた。
 トラウマの記憶をリアルに、そして鮮やかに思い出した自分に対して舌打ちをする。

 原因は言うまでもなく、先日ルーテシアから言われた言葉だ。

「あなたはまた見殺しにするつもり…?」

 頭の中でその声がはっきりとリピートされる。
 本日のアイクの寝ざめは、最悪のようだった。



第14章「罪の意識」

 そのころ、教会ではちょっとした事件が起きていた。
 それは、先日保護した少女の姿が無い、というものであった。

「状況は?」
 なのはが状況をシャッハから聞き出す。

 なんでも、検査の合間に係員の目を盗んで脱走したとか。
 「ただの」少女ならそこまで問題は無いのだが、それならば係員が退避したり魔法の感知をするわけがない。

 魔力が十分にある(といっても、子供のレベルでそれなりの量である)ので、もしかしたら、の状況を考えて聖王教会は実質閉鎖状態にあった。

「早く見つかるといいですけど…」
 シャッハがつぶやく。
 実際、ここら一帯は隠れることができるようなものはほとんど何もないので、楽と言えば楽である。
「では、手分けして探しましょう!」
 なのはのその一言を合図に、なのはとシャッハ、そして運転役でついてきたシグナムは少女を探しに行った。

 案の定、一番最初に見つけたのはなのはだった。
 だが、幸か不幸か懐いてしまった。

 それもそうだろう。少女が怯えているときに優しい女性が手を差し伸べる。
 それだけで、子供というものは懐いてしまうのだ。…もっとも、それに加えて外見が良ければ、の話だが。

915FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:04:53 ID:Snuhsig.
その少女は、名前をヴィヴィオと名乗った。そして、母を探していることも。

 それを見かねて、起動六課まで連れてきて、フォワード陣に相手をしてもらおうという魂胆だったが、それはいささか傲慢だったようだ。

「うぇぇええーーーん!!行っちゃやだーーーー!!」

 駄々っ子のように(というかむしろすでに駄々っ子である)泣き叫ぶヴィヴィオ。
 その様子をモニターしていたフェイトとはやてが、なのはとフォワード陣の所にやってきた。

 無論、アイクとセネリオもいたのだが、二人はあえてヴィヴィオに近づかないでいた。
 それを変と悟ったのか、スバルがこっそりと耳打ちする。

「アイクさん、セネリオさん、どうしてこっちに来ないんですか?」
「俺らが行ったら、泣くだろう。」
「右に同じです。」

 つまり、ゴリラの様なムキムキの筋肉を持つ男と、人見知りで冷徹な物言いしかしない人物がヴィヴィオに接したら、泣いてしまうと思ったのだ。

 と、そこになのはの声が入る。

「それじゃ、ライトニングの二人はヴィヴィオのこと、お願いね。スターズは、そろそろデスクワークの時間だから、行くよ。」

 そう言ってティアナとスバルが部屋を出ようとした時だった。

「ティアナ、少しいいか。」
「……?」
 アイクがティアナを呼びとめる。心なしか、その時のアイクの表情は迷っているような、苦しんでいるような気がした。

 その雰囲気を察したティアナは、アイクの瞳を真正面から受け止める。
 いまだに、じっと見つめられると頬が赤くなるのだが、この時ばかりはそうは言ってられなかった。

916FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:05:30 ID:Snuhsig.
「………ティアナ。仮に、自分の犯した罪が誰にも裁かれないとしたら、お前は…どうする?」

 その言葉の意味を真に理解することができるのは、あの時にルーテシアの言葉を聞いた者だけだろう。
 だが、あの言葉がもたらす苦痛と苦悩はアイクにしか理解できなかった。

 それを知ってか知らずか、ティアナが答える。
「うーん…私だったら、罪のことを忘れて生きるか、ひそかに償いながら生きると思います。」
「具体的に、どう償うんだ?」
「えと、例えば…人を殺してしまったときとかは、その人のことを忘れないようにして二度と殺人をしない…とか、です。」

 それは、果たして正しいのか。それを尋ねたかったが、神ならぬ人の身にそんな抽象的な答えが出せるわけではない。
「ありがとう、ティアナ。」

 素直にお礼を言っておく。
「いえ、どういたしまして。」
 ティアナも笑顔で返す。

 さて、と一息ついてティアナが立ち去ろうとした瞬間だった。


 ドサッ

 アイクとセネリオが倒れ始めた。
「アイクさん!?セネリオさん!」

 ティアナとエリオ、キャロが駆け寄って体を揺らすが意識はない。
 その様子をおびえた目でヴィヴィオが見つめていた

917FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:06:18 ID:Snuhsig.
(ここは…)
 暗闇の中。だが、意識がある。この感覚には覚えがあった。

(また女神ですか。)

――――――その通り。

朗らかな、しかし優雅な声でアスタテューヌが受け応えした。

――――――アイク、あなたの加護を封印しようと思って。

(封印?どういうことだ?)

――――――あなたの中に、女神の力を封じ込めるの。これで、女神の加護同士の反発は起こらないと思うけど…

(何かあるんですか?)

――――――これは、あくまでも封印。あなたがその封印を解きたいと願えば、いつでも簡単に解けてしまう、脆いもの。強い心でまたそれを封じ込めればいいんだけどね。

 そういって、アスタテューヌは女神の加護の封印を施す。

――――――これでよし。あとは、何か聞きたいこととかある?

(…罪を償うには、どうしたらいい?)

 先ほどの問いを、女神に尋ねる。その姿は、さながら懺悔のようだった。

――――――じゃあ、あなたは何の罪を許されたいの?

 穏やかな声で尋ねる。
(俺は…?)
 何を許されたいのだろうか。
 父を見殺しにしたことか。それとも、戦争で多くの命を奪ったことだろうか。
あるいは、その両方か。

(…人殺しの罪だ。)
 全てをひっくるめた、アイク自身の罪だった。

――――――…そうね。今は、まだ答えはあげられない。それは、私から与えるものではないわ。

(そうか…)

――――――でも、ヒントくらいならあげられるわ。「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」

(なんだって?)
 そう尋ねるが、それがアスタテューヌに届くことは無く、視界は光に包まれた。

918FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:07:35 ID:Snuhsig.
目覚めた場所は、先ほどのヴィヴィオ達がいた部屋だ。
 どうやら、壁にもたれかかって寝ていたようである。
「あっ!目が覚めましたか!」

 そう言って、エリオとキャロがヴィヴィオを置いて駆け寄ってくる。

「突然どうしたんですか?」
「どこか悪いところでもあるんですか!?」
 目覚めた二人に質問を浴びせる。
 その様子をおびえながらヴィヴィオが見ていた。

「…大丈夫です。ところで、あなたたちは何を?」
「え…と、なのはさんたちが、この子のことよろしくって…」

 ずいぶんと災難な話だった。
「………もしかして、それは僕たちもですか?」

 冷たい声でセネリオが聞く。
「えっと…そうしてくれると、ありがたいん、ですけど…」

 苦笑を浮かべ、冷や汗を流しながら頼み込む。特にすることも無かったので、
「まあ、いいでしょう。」
 と意外に乗り気であった。

 だが、それで彼の人見知りは治るわけもなく、アイクの見た目が変化するわけでもないので、ヴィヴィオが彼らに懐くまでに2時間の時間を有したのだった。

919FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:08:12 ID:Snuhsig.
目覚めた場所は、先ほどのヴィヴィオ達がいた部屋だ。
 どうやら、壁にもたれかかって寝ていたようである。
「あっ!目が覚めましたか!」

 そう言って、エリオとキャロがヴィヴィオを置いて駆け寄ってくる。

「突然どうしたんですか?」
「どこか悪いところでもあるんですか!?」
 目覚めた二人に質問を浴びせる。
 その様子をおびえながらヴィヴィオが見ていた。

「…大丈夫です。ところで、あなたたちは何を?」
「え…と、なのはさんたちが、この子のことよろしくって…」

 ずいぶんと災難な話だった。
「………もしかして、それは僕たちもですか?」

 冷たい声でセネリオが聞く。
「えっと…そうしてくれると、ありがたいん、ですけど…」

 苦笑を浮かべ、冷や汗を流しながら頼み込む。特にすることも無かったので、
「まあ、いいでしょう。」
 と意外に乗り気であった。

 だが、それで彼の人見知りは治るわけもなく、アイクの見た目が変化するわけでもないので、ヴィヴィオが彼らに懐くまでに2時間の時間を有したのだった。すっかり暗くなった景色に浮かぶ満月と街のネオン。
 それらをいつもの河原で眺めながらアイクは傍らにあるラグネルを握り締め、アスタテューヌが言ったことを考えていた。

―――――「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」
 冷静に考えれば、その意味はおのずと理解できた。

(俺が共に戦った人たちは、この罪を抱えているんだよな…)
 人殺しの罪を抱えて、なお生きる。誰がどこで暮らそうと、その事実は消え去ることはない。
 それでも、あいつらは生きている。
 ミカヤ、サザ、傭兵団の皆、クリミアの王宮騎士団――――
 挙げたらきりがない。
 彼らは罪と向かい合うなり、逃げるなりしているのだ。もしかしたら、答えを出していないのは自分だけではないか、と俯きながら思う。

(やはり…殺人の罪は…)
 アイクの中に一つの答えが浮かぶ。償うでもなく、逃げるでもなく。
(「死」によって償われるのか?)
 それはよくあること。多くの人を死に追いやった人物は死によって償われる。
 そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。

「アイクさん、またここにいたんですか。」
 ティアナがやってきた。バリアジャケットを着ている姿からして、夜の訓練が終わったところだろう。

「なぜ俺がここにいると思ったんだ?」
「だって、前にもここに来たじゃないですか。」
 笑顔でそう答える。そして、アイクの隣に座る。

「まだ…悩んでるんですか?」
「俺の罪はそう簡単には消えない。そこで、償う方法を考えていてな…」
 なぜか、ティアナにはこの悩みを打ち明ける。
 心のどこかで彼女を許している証拠だった。
「俺は、「死」をもって償うべきなのか…」

920FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:09:14 ID:Snuhsig.
すみません、>>919はミスしました。
無視してください…

921FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:10:22 ID:Snuhsig.
 すっかり暗くなった景色に浮かぶ満月と街のネオン。
 それらをいつもの河原で眺めながらアイクは傍らにあるラグネルを握り締め、アスタテューヌが言ったことを考えていた。

―――――「その罪で苦しんでいる人は、あなただけではない。」
 冷静に考えれば、その意味はおのずと理解できた。

(俺が共に戦った人たちは、この罪を抱えているんだよな…)
 人殺しの罪を抱えて、なお生きる。誰がどこで暮らそうと、その事実は消え去ることはない。
 それでも、あいつらは生きている。
 ミカヤ、サザ、傭兵団の皆、クリミアの王宮騎士団――――
 挙げたらきりがない。
 彼らは罪と向かい合うなり、逃げるなりしているのだ。もしかしたら、答えを出していないのは自分だけではないか、と俯きながら思う。

(やはり…殺人の罪は…)
 アイクの中に一つの答えが浮かぶ。償うでもなく、逃げるでもなく。
(「死」によって償われるのか?)
 それはよくあること。多くの人を死に追いやった人物は死によって償われる。
 そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。

「アイクさん、またここにいたんですか。」
 ティアナがやってきた。バリアジャケットを着ている姿からして、夜の訓練が終わったところだろう。

「なぜ俺がここにいると思ったんだ?」
「だって、前にもここに来たじゃないですか。」
 笑顔でそう答える。そして、アイクの隣に座る。

「まだ…悩んでるんですか?」
「俺の罪はそう簡単には消えない。そこで、償う方法を考えていてな…」
 なぜか、ティアナにはこの悩みを打ち明ける。
 心のどこかで彼女を許している証拠だった。
「俺は、「死」をもって償うべきなのか…」

 その言葉に、ティアナは激怒した。
「そんなことあるわけないじゃないですか!!」
 いきなりの怒号に、アイクは目を丸くする。
「死んで償うなんて、そんな悲しいこと、言わないでください…」
 そして、涙目になっていく。

「ティアナ…」
「お願いです、死なないで…」
 どうやら、慰める立場と慰められる側が入れ変わってしまったようだ。
 アイクは、最初の方こそ驚いたものの、少しづつうれしさを感じていた。
 これまで傭兵として生きていたアイクにとって、ここまで自分の心配をしてくれることがありがたかったのだ。
 
「落ち着いたか」
「はい……」
 アイクに泣きついて、8分ほどが経過した。
「すみません…」
 顔を真っ赤にして謝るティアナ。対して、アイクは穏やかな気持ちになっていた。
「でも、とにかく死んで償うのはなしですよ?」
「わかったさ。」
 ぶっきらぼうに告げる。
 そして、戦いの中で見せる微笑とは正反対の柔らかい微笑みを浮かべた。

「ティアナ…ありがとう。」
 その言葉と微笑みを受け取り、ティアナはさらに真っ赤になる。
「はい…」
 俯きながらも、その顔はとても嬉しそうだった。



「さて、そろそろ戻るか。」
 そう言って、アイクが立ちあがる。
 それに続き、ティアナが立ちあがろうとしたところ、
「ッ…」
 ぐらり、と体が揺れる。立ちくらみだろう。
「おっと…」
 その体をアイクが抱きとめる。とっさにティアナは離れようとするが、立ちくらみが抜けきっていない。
「あ…」
「部屋まで送ってやろう。」
 そういって、ティアナをお姫様だっこする。また顔が真っ赤になったが、アイクはそんなことには気づかない。
 
 そうして送り届けられたティアナは数日の間、スバルにその手の話題でいろいろとつつかれることになるのだった。




  時は少し前にさかのぼる。


 デイン王城:王室

「サザ、ベグニオンに行くわよ。」
「ミカヤ、何を―――」
「ひとつ、確かめたいことがあるの。」

 To be continued……

922FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/05/20(金) 23:11:07 ID:Snuhsig.
以上、終了です。
本当に申し訳ありませんが、どなたかお願いいたします。

923リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:36:26 ID:dwvNoeCc
書き込み規制がされていた為、こちらに投下します。
申し訳ありませんが、どなたか代理投下して下さると助かります。

924リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:36:59 ID:dwvNoeCc
明朝、桜台登山道。。
まだ陽も昇りきっていない時刻の中、高町なのはとヴァッシュ・ザ・スタンピードは相対していた。
なのはの手中にはレイジングハート。
ヴァッシュの手中には無銘のリボルバー。
互いの手中にはそれぞれの得物が握られていた。

「いきますよ、ヴァッシュさん」
「お手柔らかに」

両者は僅か2メートル程しか離れておらず、殆ど手を伸ばせば届く距離だ。
静けさが場を包む。
僅かに汗ばんだ手でレイジングハートを握り締め、なのはが動いた。
まるで槍を扱うかのようにレイジングハートをヴァッシュへと突き立てる。

―――カチン

が、レイジングハートの矛先は横殴りに叩き付けられたリボルバーにより、横へと流される。
代わりとして、なのはの眼前へと突き立てられるリボルバーの銃口。
なのはは体勢を整え、再度レイジングハートを振るう。
金属音が鳴り、今度はリボルバーが横へと流れた。
そこからは断続的に金属音が鳴り続ける。
カチカチカチと、レイジングハートとリボルバーとが火花を散らし、互いの射線を奪い合う。
小気味よいテンポで繰り広げられる応酬は、とてもゆったりとしたもの。
まるで舞踊の如く緩やかで、だが本人からすれば全力全開の攻防が、一定のリズムで続いていく。
なのはの額に雫が溜まり、足元へと垂れ落ちる。
流れる汗はそのつぶらな瞳にも侵入するが、なのはは拭う事すらしようとしない。
高まる集中力が、行動を一本化させていた。


それは近接戦闘をイメージした訓練。
なのはの苦手とする、近接の間合いでの砲撃戦の訓練であった。
近接戦闘での『砲撃を当てる方法』をなのは風に考えた結果が、この訓練である。
相手の武器を払いのけて射線を取り、砲撃を撃ち込む。
先の模擬戦でヴァッシュがなのはにしてみせた攻防が、発案の切欠となっていた。
とはいえ、近接戦を不得手とするなのはには、この訓練は過酷の一言。
中距離、遠距離での訓練は順調な経過を見せているにも関わらず、近距離を主とするこの訓練は遅々として進展していなかった。

「はい、ここまで。なかなかやるようになったじゃん、なのは」

ヴァッシュの一言になのはの動きが止まる。
時間にして十分ほど続けられた射線の取り合いが、音もなく終わった。
金属音が鳴り続けていた周囲に、久方振りの静寂が舞い戻る。

「うー、何で上手くいかないんだろ。イメージではもっと早く動かせるんですけど」
「焦っても仕方無いって。こういうのは慣れと経験だよ」

滴る汗を拭いながら、なのははレイジングハートをスタンバイモードへと戻す。
紅色の宝玉と化したレイジングハートを首に掛け、ヴァッシュの方へと視線を向けた。
疲労の欠片すら見せず、飄々と笑顔を浮かべてタオルを差し出すヴァッシュがそこにいた。
差し出したタオルを受け取り、更に汗を拭うなのは。
動作による疲労というより、極度の集中状態からの疲労が主といったところか。

「それに相当よくなってきてると思うよ。訓練を始めてまだ何日と経ってないんだ。これだけできりゃあ凄いもんさ」

ヴァッシュの言葉に偽りはなかった。
あの模擬戦から数日しか経過していない今、それでも目に見える成果が上がっているだけでも驚嘆に値する。
天才の一言では語りきれない才覚が眼前の少女には眠っている。
そうヴァッシュは確信していた。

「そうですか? そう言われると嬉しいですけど……ヴィータちゃん達がいつ現れるか分からないからなぁ」

なのはは、守護騎士達を止める力が欲しいと言っていた。
世界に崩壊をもたらす魔導書・『闇の書』。
『闇の書』を完成させる為に活動する守護騎士達。
守護騎士達の活動は世界の崩壊をもたらし、数多の命を呑み込んでいく事となる。
そんな守護騎士達を、止める。
倒すでも、殺すでもなく、止める。
心中に宿る優しさが、その言葉を選択させたのだろう。

925リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:37:34 ID:dwvNoeCc
「……最近は探知にも引っかからないしね。蒐集活動もどうなってる事やら」

しれっと語りながらも、ヴァッシュはなのはに虚言を飛ばした。
結局、ヴァッシュと守護騎士達との繋がりも断裂してはいない。
相変わらず敵意まるだしの守護騎士達だが、実質弱味を握られている現状ではヴァッシュを無視する事ができない。
何度か蒐集活動に参加し、それなりの戦果はあげている。
どさくさ紛れに攻撃される事も多々あったが、そこら辺はヴァッシュにとって慣れた物。
飄々と受け流して無事に帰還を果たしていた。

「……ヴァッシュさんは、どうしてヴィータちゃん達が『闇の書』の完成を目指しているんだと思います?」

ボンヤリと道場を眺めていたヴァッシュへと、なのはが唐突に問い掛けた。
守護騎士達の戦う理由、『闇の書』を完成させたがる理由。
ヴァッシュはその問いの答えを知っていた。
八神はやて。
それが守護騎士達の戦う理由にして、全てであった。
強大な力を持つ管理局と対立してでも、過酷な蒐集活動をこなしてでも、救いたい存在。
守護騎士達には引けない理由がある。
そして、引けない理由はなのは達にも、管理局にもある。
ヴァッシュはそのどちらの事情も知っていた。

「どうしても引けない理由が、あるんだと思う。彼女達の覚悟は相当なものだ。そりゃもう世界を敵に回す覚悟だってあるだろうね」
「ヴァッシュさんも……そう思いますか」

こう見えてなのはは中々に鋭いところがある。
薄々、守護騎士達の覚悟の度合いも察していたのだろう。
顔を俯かせながら、少し物思いにふけるなのは。
なのはが何を思考しているのか、何となくではあるが、ヴァッシュにも予測がつく。

「世界を敵に回してでも守りたいものって、何だと思います?」
「……難しい質問だね」
「私も、そう思います。でもヴィータちゃん達の気持ちを知るには必要な事だと思って」
「世界を敵に回してでも、か……」

世界を敵に回してでもという言葉に、ヴァッシュはふと仇敵であるナイブスの姿を思い出す。
世界を敵に回して同種の解放を目指す男。
ナイブスはこの世界に於いても人類の滅亡を望んでいる。
ヴァッシュにすら分からない強大な力を使用して、そして世界を滅ぼす力を持つ『闇の書』を利用して、人類を根絶やしにしようとしている。
絶対に止めなければいけない敵であった。

「質問の答え、考え付きました?」
「そうだね……僕だったら、できるだけ誰とも対立しないような道を目指したいな。守りたい人も守れて、世界も敵に回さないような道をね」
「それが出来なかったらって、前提があっての話なんですけど。……でも、ヴァッシュさんらしいかも」
「そうかい? なのはだって同じ道を目指すと思うよ」
「そうですかね?」
「そうさ」

闇の書、八神はやて、守護騎士、ナイブス、時空管理局。
様々な要因が組み合わさって引き起こされた今回の事件。
世界の滅亡を賭けた、余りに大規模な戦い。
あの砂の惑星で繰り広げられた銃撃戦とは、何もかもが違う。
しかし、ヴァッシュは誰も死なない魔法のような解決を望む。
誰もが幸福となる奇跡のような解決を。

「……なのはは、守護騎士達が戦う理由を知りたいかい?」

朝日が差し込み始めた道場にて、ヴァッシュはなのはへと視線を向けて問い掛けた。

「知りたいです。まずは話を聞かなくちゃ、話を聞いて貰わなくちゃ、何も始まらないと思うから」

問い掛けになのはは微塵の迷いもなく答えた。
紡がれた答えに、ヴァッシュは笑顔を浮かべる。

「話を聞かなくちゃ、聞いて貰わなくちゃ、か。うん、そうだ。そうだよ、なのは」

ヴァッシュはなのはの言葉を嬉しそうに反唱し、立ち上がった。
何処か晴れ晴れとした表情でヴァッシュはなのはに振り返る。

「今日の放課後、またここにに来てくれないか。大事な話があるんだ」
「大事な話?」
「そうだな、出来ればフェイトも連れてきて欲しいな。大事な……本当に大事な話があるんだ。必ず来てくれ」
「えと、分かりました」

ヴァッシュはそう言うと練習場から去っていった。

926リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:38:44 ID:dwvNoeCc
「大事な話かあ。何だろう?」

赤色のコートを朝風にたなびかせて歩き去るその背中を見詰めながら、なのはは笑顔で呟いた。
ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
優しく、お調子者で飄々としていて、でも数え切れない傷を心身に負ってきた男。
なのはにとってヴァッシュは憧れに近い存在であり、そして守ってあげたい人の一人であった。
とある世界にて深い深い悲しみを背負い続けてきたヴァッシュ。
とある世界にて最強のガンマンとして君臨し続けたヴァッシュ。
その全てが、話に聞いたに過ぎない。
実際にヴァッシュがどのような生活を送ってきたのか、なのはは見たこともないし、想像するにも限界がある。
でも、分かる事だってある。
ヴァッシュが傷ついているという事実だけは、なのはにも理解できていた。
初めて出会った時のボロボロな様子、時折見せる暗く儚げな表情、そして―――ある一定のライン以上に他人を踏み込ませる事のない心。
なのはは、気が付いていた。

「……もっと人を頼っても良いんですよ、ヴァッシュさん」

呟きは誰に聞こえる事もなく消えていった。
大事な話とやらに僅かに心を踊らせながら、一抹の寂しさに心をくすぶらせながら、なのはは家路に付いた。







シグナムは八神家のソファに腰掛けて、暗闇に染められた世界を眺めていた。
深夜の蒐集活動を終えたばかりという事もあって、身体は膨大な疲労感に包まれている。
だというのに、眠れない。
疲労に満ちた身体とは裏腹に、意識は鮮明に覚醒していた。

(闇の書の完成が世界を滅ぼす……か……)

シグナムは考えていた。
数日前、ヴァッシュから伝えられた言葉。
闇の書が完成すれば世界を滅ぼしかねない力が暴走するという事。
主の死と共に幾数の転生を繰り返してきた『闇の書』。
確かにこれまでの主の死が如何なるものだったかの記憶は薄い。
『闇の書』の覚醒の時は覚えていれど、それ以上の記憶があやふやなのだ。
その空白の記憶が疑惑に信憑性を持たせる。
信じられない、信じたくない言葉であった。

「シグナム、起きてたのかよ」

思考に没頭しているシグナムに声が投げ掛けられた。
声のする方に視線を飛ばすと、そこには片手にうさぎのぬいぐるみを握った鉄槌の騎士の姿があった。
彼女も蒐集活動から帰還したばかりだというのに、寝付けずにいるようであった。
幼い顔には僅かにくまが浮いていた。

「……早めに寝ておけ。日中の生活に支障をきたすぞ」
「人のこと言えねーだろ。シグナムも早く寝ろよ」

ヴィータは言いながら、シグナムの横へと腰掛ける。
ポスン、という音が響きソファが僅かに沈んだ。
隣に座る、という事は何らかの会話でも求めてきたのだろうが、ヴィータが口を開く様子はない。
ヴィータは主から貰ったぬいぐるみを抱き締めながら、険しい顔で床を睨んでいた。
何かを考えているようであった。
沈黙が続く。
ヴィータは視線を下に向け、シグナムは視線を上に向け、沈黙する。

「……なぁ」

どれ程の時間が経過したのであろうか、ヴィータがポツリと呟きを零した。
視線は動かさず、床を見詰めたままに放たれた言葉。
シグナムは無言で先を促す。
既にカーテンからは淡い朝日が差し込んできており、空は白み始めていた。

「シグナム……何か、私たちに隠し事してねえか?」

続いで出たヴィータの言葉に、シグナムの心臓が跳ね上がった。
愕然の表情で、シグナムはヴィータの方へと顔を向ける。
床を睨んで言葉を紡ぐヴィータの姿が視界に映った。

「最近、なんか変だ。落ち込んでるっていうか、ふさぎ込んでるっていうか、悩んでるっていうか……とにかく変なんだよ、シグナム」

一度動き始めた口は止まらない。
溜め込んだ想いを吐露し続ける。

927リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:39:32 ID:dwvNoeCc
「シャマルも、ザフィーラも、ナイブスも……はやてだって心配してた。あん時からだ。お前がアイツと二人きりで喋ったあの時から、何か変だ」

語尾が段々と荒がっていく。
理性の歯止めが効かなくなってきていた。

「どうしたんだよ、シグナム……どうして何も言ってくれねえんだよ!」

そして、爆発する。
シグナムへと振り返ったヴィータの顔には、怒りと悲しみがない交ぜになった不思議な表情が張り付いていた。

「私達は家族だろ。何で相談しねえんだよ、何で一人で背負い込もうとしてるんだよ!
 シグナムがアイツに何を言われたのかは分かんねーよ。でも、一人で背負い込む事はねえだろ! 少しは私達を頼ってくれよ! アタシ達はそんなに頼りねえのかよ!」

語りきったヴィータは、瞳に涙を溜めながらシグナムを睨んでいた。
その瞳をシグナムは呆然と見詰める。
再び、沈黙が流れ始める。
重い、重い、沈黙が。

「……ごめん、感情的になりすぎた」

沈黙を破ったのは、やっぱりヴィータであった。
涙の溜まった瞳を下に向け、ゴシゴシと手で擦る。
ヴィータはそれきりシグナムに背中を見せて、寝室の方へと歩き去ってしまう。
その背中に声を掛けようとして、だが掛けるべき言葉が浮かばない。
ヴァッシュから聞かされた『闇の書』の事実は、絶対に語る訳にはいかない。
真実かどうかも怪しい所だし、聞いた事でヴィータもこの苦悩を味合わう事になる。
それだけは嫌であった。
だが、此処まで自分の事を心配してくれたヴィータをこのまま見送るのは嫌であった。
何か言葉を掛けてあげたい。
だがしかし、考えれどシグナムの脳裏に気のきいた言葉は浮かばない。
沈黙のまま、ヴィータはドアノブへと手を掛ける。
そして、ドアノブを下げる。
ガチャリという音が、いやに大きく響いた。

そこで―――何かを叩くような軽い音がなった。

音はリビングの一角にある窓から聞こえたものであった。
誰かが窓を叩いている。
こんな時間に、玄関からでなく裏窓の方から現れた時点で、怪しさは全開であった。
ヴィータの動きが止まり、不審気な表情で振り返る。
シグナムも警戒態勢に入り、レヴァンティンを発現させ装備する。
窓からはノックの音が鳴り続いていた。
シグナムが窓へと近付き、カーテンを引き上げる。

「や、おはよう」

其処には、鮮やかな金髪を天へとトンがらせた男・ヴァッシュがいた。
片手を上げ、親しげに挨拶を飛ばす男に、思わずシグナムの理性が吹き飛びかける。
このまま窓越しから、斬り伏せてしまいたかった。
それだけで頭痛の種の半分は消化できるように思う。

「……何の用だよ」

ヴァッシュへと声を投げたのはヴィータであった。
嫌悪の感情を隠そうともせず、敵意に満ちた瞳でヴァッシュを見ている。
手中の人形には指が食い込んでいた。

「伝えたいことがあってね」

ヴァッシュの視線がヴィータからシグナムへと移る。
シグナムの姿を見たヴァッシュは一瞬、目を細めた。

「……夕方、そうだな4時位にでも桜台の登山道にある広場へ来てくれ。この事はシグナムとヴィータとだけの秘密にして欲しい。待ち合わせにも二人できてくれ」

その時ヴァッシュの瞳に宿った感情が如何なるものなのか、相対しているシグナムにだけは理解できた。
恐らくは、謝罪の念。
口には出さねど、瞳は語っていた。済まない、と。
その瞳がどうしようもなくシグナムを苛立たせる。
謝るくらいなら、知らせなければ良い。
知らねば何も苦悩せずに済んだのに。
何も苦悩せず、主の救済に専念する事ができたのに。
思わず心が沸騰する。
心中を占めるその感情は、久しく感じていない『  』であった。
レヴァンティンを握るシグナムの手が震えていた。

「頼む、大事な話があるんだ。絶対に、絶対に来てくれ」

シグナムは感情を隠そうとしなかった。
『  』を表情に張り付けて、シグナムはヴァッシュを見る。
ヴァッシュにもシグナムを占める感情がひしひしと感じ取れた。
感じ取れて尚、口を動かす。

「……頼む」

シグナムもヴィータも、返答はしなかった。
ヴァッシュも返答を期待していなかった。
ヴァッシュはそれきり無言で歩き去っていく。
二人の守護騎士を、痛いくらいの静寂が包み込んでいた。

928リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:40:10 ID:dwvNoeCc




「……やはり動き出したか」

そして、とあるビルの屋上にてナイブズが一人呟いた。
徐々に活動を始めた海鳴市。その全てを見下ろすような形でナイブズは立ち尽くしていた。
表情に感情はない。無表情でただ海鳴の街を見下ろす。
何処へ向かうのか、車を走らせる人間。
携帯で誰かと会話しながら街を歩く、スーツ姿の男。
わらわらと人々で溢れかえる。
人々は時間の経過と共に、急激な勢いで増えていく。
まるで害敵の到来に巣穴から飛び出す虫螻のようだ。
ナイブズの表情が僅かに険しくなる。

「分かっているな。先に伝えた通りに動け」

次の呟きは決して独白ではなかった。
何時の間にやらナイブズの後方には二人の男が立っていた。
男達の姿は瓜二つで、顔に装備した奇妙な仮面が印象的な男達である。
男達はナイブズの言葉に無言で頷き、蒼色の発光現象に包まれて消えた。
転移魔法であった。

「……ヴァッシュ、お前の足掻きももう終わりだ」

そしてまた、独白が続く。
人々を見下ろし、人外の種は呟く。

「知れ。そして絶望しろ」

終焉を告げる宣告がなされた。
無表情の鉄仮面は愉悦の色へ。
ナイブズは歪んだ笑みを浮かべながら、訪れる未来に思い出してを馳せていた。







同日、昼過ぎの喫茶店・翠屋。
平日という事もあってか客はまばら。
現在、そんな翠屋のレジに高町士郎は立っていた。
とはいえ客もいないので行う事はない。
クリスマスに向けてのケーキ仕込みも順風満帆で、特別昼の時間を削ってでも行わねばいけない事などなかった。
現状を端的に現すならば『暇』の一言である。
監視役の桃子も今は買い出し中だ。
客入りが激しくなる午後まではノンビリ過ごそうかと考えながら、士郎は視線を窓の外へと向ける。
そこでは箒を持った箒頭が欠伸をしながら、店先を掃除していた。
彼が高町家に来てから既に1ヶ月程が経過している。
付き合った時間はそう長くはないのに、彼は面白いほどに周囲に溶け込んでいた。
身体を傷だらけにしながらも、地獄のような世界を旅してきた男。
『人間台風』の異名で、国家予算並みの懸賞金をその首に懸けられた男。
今の彼からは想像もできない、というのが士郎の正直な感想であった。

「士郎さ〜ん、店先の掃除終わりました〜」

間の抜けた声が響く。
温和な笑顔で入店するヴァッシュが目に入った。
そんなヴァッシュに士郎はハァ、と溜め息を吐く。
思わず呆れ顔で士郎は口を開いていた。

「ヴァッシュ君。君、また何か思い詰めてるだろう?」

虚を突かれたヴァッシュはポカンと口を開けてその言葉を聞いていた。
そんなヴァッシュに構わず、士郎は言葉を続ける。

「君は楽観的に見えて、中々に悩み易いようだね。せっかく良い表情になったと思ったのに、最近また何かに悩んでる。今日は特に、だ」

言葉を区切り溜め息一つ。
首を左右に振って、両手を掲げる。
やれやれ、とその動作が語っていた。

「……今日、何かを決心したんだろう? 僕には何も分からないけどさ、でもアドバイスくらいは出来る。
 ―――自分が後悔しないようにすると良い、それだけさ」

そして、満面の笑みで士郎はヴァッシュに言った。
その言葉はヴァッシュの心に、どのように届いたのだろうか。
ただヴァッシュは茫然と士郎を見ていた。

「応援してるよ。全てが終わったらまた酒でも飲もう、月でも見ながらね」

ヴァッシュの表情が徐々に変化していく。
茫然に段々と感情の色が灯る。
表情を覆う感情は喜びだった。
いつもの満面の笑みとは違った、薄い薄い微笑み。
でもそれは、士郎が今まで見て来たヴァッシュの笑顔の中で最も中身の籠もったものに思えた。

「楽しみにしてるよ」
「僕も……楽しみにしてます。ああ、楽しみだ」

男二人の昼過ぎはこうして経過していく。
魔法少女と守護騎士との約束の時まで、あと数時間であった。

929リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:40:42 ID:dwvNoeCc




「……大丈夫、これで上手くいく筈だ」

そして、夕刻の桜台登山道。
毎朝、魔導師の練習場として活用されている場所に、ヴァッシュ・ザ・スタンピードはいた。
ベンチの一つに腰掛け、祈るように手を組みながら前方を睨む。
魔法少女と守護騎士との邂逅の場は整えた。
全てを知り合う邂逅の場。
互いの気持ちを通じ合わせ、誰もが助かる道を歩む。
八神はやても、この平穏な世界も救える、そんな魔法のような道。
それを、歩む。
魔法少女と守護騎士、全員でだ。
その第一歩、最初の邂逅を此処で成す。
ぶつかり合うだろう。苦悩もさせるだろう。明確な対立すら起こるだろう。
その道を歩むという事は苦難の連続なのかもしれない。
でも、それでも、この選択がエゴでしかないとしても―――その道を歩みたい。
それがヴァッシュ・ザ・スタンピードの選択であった。

「や、待ちかねたよ」

来訪者の登場に、逡巡と謝罪の念を胸の奥へと仕舞い込む。
ヴァッシュは朗らかな笑みを浮かべて、前を見た。
来訪者に視線を合わせて、ヴァッシュは軽い挙動で立ち上がる。
白銀の拳銃が陽光に照らされ、光った。

「来ると思ってたよ、ナイブズ」

淡い夕焼けを背に登山道から現れた者は、ナイブズであった。
人類の滅亡を夢見る、ある意味では至極純粋な心を持った男。
ヴァッシュとナイブズ、二人の人外が対峙する。

「此処でシグナム達を懐柔される訳にはいかんからな。少しの間、眠っていて貰うぞ、ヴァッシュ」
「ご自由に。俺も全力で抵抗させて貰うけどね」

返答と共にヴァッシュが拳銃を抜いた。
ナイブズも溜め息混じりに左手を掲げる。

「……考えを改めるつもりはないようだな」
「もちろん」

ナイブズの言葉にヴァッシュは笑みで応える。
ヴァッシュの言葉にナイブズは失意をもって応える。
次元を越えた世界にて対峙する二人の兄弟。
一世紀半にも及ぶ因縁に終わりを告げるべく、ヴァッシュは拳銃を握る。
此処で倒れても構わない。
この男さえ止めれば、彼女達は自らの足で先に行ける筈だ。
少なくとも高町なのははそうだ。
必ず最良の道を歩んでくれる筈だ。
そう信じられるから、ヴァッシュは拳銃を握れる。
ナイブズという底知れぬ強敵とも立ち向かえる。

「いくぞ」
「ああ―――」

自分は、命に換えても、この男を倒す。
何があろうと絶対に。
ヴァッシュは自身の右手に全ての神経を集中させる。
勝利を託すは、何千何万と引き金を引き続けてきた右腕。
数多の危機を救ってくれた早撃ちに全てを賭ける。


そして、ヴァッシュは右腕を動かそうとし、


「―――だが、今日お前の相手をするのは俺じゃあない」


直前、光が発生した。
白色の光の輪っか。
唐突に出現した光の輪が、ヴァッシュの四肢を空間に縫い付ける。
驚愕に染まった顔で見詰めるヴァッシュに、ナイブズは一言だけ告げた。

「眠っていろ、ヴァッシュ」

バインドから逃れようと必死に身体を動かすヴァッシュへと、衝撃が走った。
後方からの一撃であった。
身体の芯から力を抜き取られるような薄気味悪い感覚が、ヴァッシュを襲う。
脱力と共に意識が遠のいていく。
薄れる意識の中でヴァッシュは見た。
身体を貫通したかのように生えたる誰かの右腕と、右腕が握り締める光球。
この光景をヴァッシュは見た事がある。
闇の書の蒐集活動だ。


「目を覚ました時、そこは既に―――」


首を回し後方を覗くと、其処には見知らぬ男が二人いた。
顔に被った仮面が印象的な、瓜二つな二人組の男。
その内の一人が伸ばした手が、リンカーコアを抜き取っていた。


「―――終わりの始まりだ」

ヴァッシュは漆黒に染まる意識の中、ナイブズの言葉を聞いた。
彼の言葉通り、終わりの始まりが、始まった。

930リリカルTRIGUN ◆jiPkKgmerY:2011/05/22(日) 00:42:58 ID:dwvNoeCc
これにて投下終了です。
タイトルは「始まりの終わり」です。
前回はご指摘ありがとうございました。
細かい設定がちょくちょく抜けちゃいますね…気をつけるようにします。



申し訳ありませんが、どなたか代理投下をお願いします。

931R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:15:17 ID:.jmCVDEE
お久し振りです
1年振りとなりますが、R-TYPE Λ 第三十三話を投下させて頂きます
それでは、宜しくお願い致します



約15分。
衝突警報の発令、そしてコロニー全体を強烈な衝撃が襲ってから、これまでに経過した時間だ。
警報音が鳴り響き、赤と黄色の回転灯の光に埋め尽くされた、ベストラ内部セクター間連絡通路。
其処を、居住区シェルターより脱したなのはを含む数名の魔導師達は、自身等が発揮し得る最高速度で以って翔けていた。
大型車両での通行を想定して建造されているのであろう通路は、魔導師が飛翔魔法によって高速飛行するに当たり最適な空間である。
構造物が崩落している地点は多々在れど、それらもなのは程の技量を有する空戦魔導師の前には、全く障害たり得なかった。
しかし、物理的障害は存在しないも同然であるとはいえ、彼女達の飛行経路は平穏という表現から程遠い状況である。

『一尉、これは・・・』
『考えるのは後だよ。飛行に集中して』

戸惑う様に発せられた念話に、なのはは鋭く応答した。
彼女の視界には、崩落した構造物の残骸と共に散乱する無数の肉片と、床面から天井面までを赤黒く染め上げる大量の血痕が映り込んでいる。
そして、壁面に穿たれた無数の弾痕、明らかに砲撃魔法によるものと判別できる大規模な破壊痕。
何らかの恐ろしい力学的干渉により無惨にも引き裂かれた、人体であったものの成れの果て。
それら全ての周囲に散乱する、ランツクネヒト装甲服と多種多様な衣服の一部、質量兵器とデバイスの破片。

『しかし、一尉。明らかにこれは、ランツクネヒトと魔導師による交戦の跡です。これまでに確認した痕跡から判断できるだけでも、間違いなく数百人は死んでいる』
『我々が察知し得ぬ内に、ランツクネヒトと被災者の間で大規模な衝突が在った事は間違いない。此処に来るまでランツクネヒトは疎か、魔導師の1人とさえ遭遇しなかった事も異常だ。一体、戦闘要員は何処へ消えたんだ?』

前方から後方へと過ぎる、破損した大量の臓器と骨格が積み重なって形成された、肉塊の小山。
通路上に数多の血流を生み出すそれを明確に視認してしまったなのはは、腹部より込み上げる嘔気を必死に堪える。
周囲の魔力残滓と構造物の損壊状況から推測するに、恐らくは非殺傷設定を解除した近代ベルカ式による攻撃を受けた人間達の成れの果てだろう。
これまでに幾度となく向き合い、時に敵対し、時に教え導き、時に良き戦友であった者達が有する戦闘技術。
敵対すればこの上なく恐ろしく、味方であればこの上なく頼もしい、近代ベルカ式という近接戦闘主体魔法体系。
気高く義に満ちたその技術が、非殺傷設定という制約を解いた、唯それだけの事で目を背けたくなる程に凄惨な殺戮を生み出したというのか。
或いは、あの肉塊は魔導師によって生み出されたものではなく、逆にランツクネヒトが運用する質量兵器群によって殺戮された魔導師達のものなのだろうか。

『きっと、外殻に出ている。衝突警報が出たって事は、要因は外に在るんだもの』
『其処に誰かが居たとして、それは本当に味方なのか? 次元世界の連中ならば未だしも、敵対を選択したランツクネヒトだったら?』

余計な思考を振り払おうとするかの様に発した念話は、更なる疑問によって上塗りされる。
果たして、外殻には誰かが居るのか。
何物かが存在したとして、それはこちらにとって味方か、或いは敵対する者か。

なのはとて最悪の事態、それに遭遇する可能性を考えなかった訳ではない。
外殻に展開する勢力がランツクネヒトであり、彼等がこちらに対し明確に敵対を選択しているとすれば、魔導師達は忽ち質量兵器による弾幕に曝される事となる。
際限が無いと錯覚する程に魔導資質が強化され続けている現状でさえ、ランツクネヒトが有する携行型質量兵器群、そして何よりR戦闘機群は、未だ魔導師にとって絶対的な脅威そのものなのだ。
散弾と榴弾の暴風に呑み込まれる事も、波動砲の砲撃によって跡形も無く消し飛ばされる事も、どちらも御免であった。

しかし現段階では、外殻の様子を知る術が無い。
如何なる理由か、こちらからの指示に対し、システムが全く応答しないのだ。
システムが沈黙した訳でない事は、鳴り響く警告音と明滅する回転灯群の光が証明している。
汚染の可能性も考えはしたが、それを確かめる術すら無かった。
そして如何なる理由か、居住区シェルター内部からの指示ならば、システムは正常に応答するのだ。
この事実が意味するものとは、何か。

932R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:16:01 ID:.jmCVDEE
『何で、私達はあそこに居たんやろうな』
『・・・はやてちゃん?』

はやてからの念話。
呟く様に放たれたそれに、なのはは問い掛ける様に彼女の名を呼ぶ。
B-1A2によるコロニー襲撃時、はやては自身の左前腕部と共にザフィーラを失った。
その直前にはシャマルまでもが死亡しており、彼女の精神が危うい処まで追い詰められている事は、誰の目にも明らかだったのだ。
だからこそ、なのはは彼女にシェルターへ残るよう言い聞かせた。
この場に残る被災者達を護って欲しいと頼む事で、負傷者であるはやてを可能な限り前線から遠ざけようとしたのだ。

だが、そんななのはの願いは、当のはやてによって拒絶された。
広域殲滅型魔法の行使に特化した自身が、戦線に加わらないという訳にはいかない。
バイド、又は地球軍を相手取るならば、手数は少しでも多い方が良い。
そう主張し、はやてはなのは達と共にシェルターを発った。
リインと融合し、夜天の書を胴部に固定した上で、残された右腕にシュベルトクロイツを携えたその姿。
そんな鬼気迫るはやての様相に、なのはは圧倒されていた。
幽鬼の様な無感動さで戦場へと赴かんとする彼女は、思わず目を背けたくなる程の鬼気と、今にも崩れ落ちそうな危うさに満ちている。

『ヴィータは、シェルターに居らんかった。キャロも、エリオも、セインも』

続いて放たれる念話。
唯、事実のみを続けるその内容に、なのはは疑問を覚えた。
一体、はやては何を謂わんとしているのか。

『魔導師にせよ兵士にせよ、あのシェルター内に居った戦闘要員の数は100名足らずやった。そして、そのほぼ全員に共通する点が在る』
『共通の・・・?』
『皆、ランツクネヒトとの協調体制に肯定的やった』

瞬間、後方のはやてを見やるなのは。
前方認識はレイジングハートに一任している為、障害物へと激突する心配は無い。
彼女の視界の中央には、シュベルトクロイツを携えて宙を翔けるはやての姿。
虚ろな紺碧の双眸がなのはを、或いはその先に存在するであろう何かを、射抜く様に見詰めていた。
なのはの身体を奔る、冷たい感覚。
はやては、続ける。

『この場に居るのは、ランツクネヒトと・・・延いては、第97管理外世界との敵対を選択する事に、否定的な見解を示していた人間ばかりや』

数瞬ばかり、なのはは思考へと沈んだ。
そうして、はやての言葉が正しいものであると気付く。
確かに、この場に存在する面々は協調体制を重視し、被災者達の間に蔓延していた第97管理外世界に対する強硬論について、否定的な立場を取っていた者達だ。
結論に至るまでの経緯は各々に異なってはいるであろうが、第97管理外世界との戦端を開く事が事態の解決に結び付くものではない、との思想は全員に共通している。
だが、それだけでは理解できない点も在った。

『アンタ等はどうなんだ。少なくとも、第97管理外世界に対する強硬論に反対している様には思えなかったが』

1名の魔導師が、なのはが抱いていた疑念そのものを念話として放つ。
はやての推察が正しいのならば、何故なのはと彼女までもが、あのシェルターに「隔離」されていたのか。
当たっていて欲しくはない推測が、なのはの思考を占めてゆく。
だが、はやては無情にその答えを述べた。

『私達が、第97管理外世界の・・・地球の出身者だからやろ』

知らず、唇を噛み締めるなのは。
聞きたくはない言葉、認めたくはない推測。
だが、はやての言葉は続く。

『このベストラで「誰か」が「何か」をしようと企んだ時、私達はソイツ等の目に邪魔な存在として映ったんや。ランツクネヒトと地球軍を肯定的に見ている人間、地球を故郷とする人間・・・だから、あのシェルターに私達を隔離した』
『邪魔っていうのは、どういう意味での事だ。護る為に手間が掛かるという事か、それとも潜在的な脅威となるって事か』

言うな、聞きたくない。
そんな声ならぬ声が、念話として紡ぎ出される事はない。
なのはの意思の外、交わされる念話が無機質に、淡々と事実を浮き彫りにしてゆく。

『前者なら「誰か」はランツクネヒトね。なら、後者は・・・』
『シェルターに居た連中を除く被災者達か。じゃあ「何か」ってのは何なんだ?』

933R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:17:36 ID:.jmCVDEE
前方、新たな肉塊の集合体。
その周囲に大量の薬莢が散乱している事を確認し、なのはは叫び出しそうになる自身を必死に抑える。
自身達が知り得ぬ間に、このベストラで発生した「何か」。
なのはは既に事態についての推測、その内容に対する確信を得ていた。
だからこそ、自身の後方にて交わされる念話を、何としても遮りたかったのだ。

『この死体の山を見れば解るやろ? 結論を出したんや・・・私達の、知り得ないところで』

轟音が、振動となって肌へと響く。
レイジングハートを強く握り締め、通路の先を睨むなのは。
振動は更に大きくなり、防音結界を突破した騒音が微かに鼓膜を震わせる。

『結局、連中は私達と・・・』

その瞬間、なのはの前方約100m。
構造物の全てが崩落し、床面下へと呑み込まれた。
顔面を襲う、強烈な風圧。

『止まって!』

咄嗟の制止。
危うく崩落地点へと突入する、その寸前で一同の前進が止まった。
唐突に眼前へと現出した惨状に、なのはは唖然と周囲を見回す。

「何が起こったの・・・?」
「おい、あまり近付くな」

崩落跡は、惨憺たる有様だった。
連絡通路に沿う形で数十m、更に両側面方向へと100m以上もの範囲が完全に崩壊していたのだ。
デバイスを用いての走査により破壊の規模は判明したものの、粉塵が周囲を覆い尽くしており、視覚的に崩落箇所の全貌を捉える事ができない。
そして数十秒ほどが経過して、漸く破壊痕を詳細に観察する事が可能となった。

「上は・・・何も見えないな。真っ暗だ」
「何処まで続いているの?」

ベストラは居住型に見受けられる様な、円筒形型の構造を有するコロニーではない。
17層もの層状構造物が重なる様にして構築され、更にそれらの間隙を埋める様にして無数の各種構造物が配されている。
外観的には、巨大な箱型構造物という形容が最も相応しいだろう。
第1層上部より第17層下部まで15.8km、最小規模である第4層の面積が291.6平方km、最大規模である第12層の面積が543.4平方km。
表層部の至る箇所に無尽蔵とも思える数の防衛兵装を配し、各種センサーを始めとする機能構造体が無数に突出した、一見するとデブリの集合体にも見える軍事コロニー。
なのは達の現在位置は、第4層のほぼ中央だ。
第1層上部から現在位置までは、3km前後もの距離が在る筈である。

「外殻から此処まで貫通してる・・・なんて事は、ないよね・・・?」
「だとしたら、その原因なんて考えたくもありませんね」
「おい、あれ!」

何かを見付けたのか、1名の魔導師が声を上げた。
見れば、彼は足下に拡がる空間、崩落した構造物が積み重なる其処を覗き込んでいる。
なのはは彼が指し示す先、其処彼処から白い煙が立ち上り続ける地点の中心へと視線を移した。
そして、それを視界へと捉える。

「・・・戦闘機?」
「R戦闘機か」
「いや、違う・・・見た事も無いタイプだ。バイドの新型かも」
「待て、待ってくれ・・・目標、魔力を発しているぞ。何だ、これは?」

崩落跡の最下部に横たわる、白に近い灰色の装甲。
損壊した表層の其処彼処から内部機構を露にし、大量の火花を散らす金属塊。
無惨に折れ飛んだ三角翼が、数十mほど離れた地点で業火を噴き上げている。
形状からして、明らかに戦闘機類に属する機動兵器であると判るも、しかし何処か確信する事を妨げる半有機的な外観。
そして何より異常な点、その戦闘機から膨大な量の魔力が検出されているという事実。

「例の、クラナガンの機体と同類か?」
「何とも言えませんが・・・何だ? 振動して・・・」

更に、異常な点。
灰色の機体が、微かに霞んで見える。
見間違いかとも思われたが、そうでない事はすぐに解った。
落下した構造物の破片が機体に触れるや否や粉砕され、一瞬にして細かな粒子となって消失したのだ。
機体表層部、超高周波振動。
良く見れば、機体下部の構造物も徐々に粉砕が進んでいるのか、機体は少しずつ瓦礫の中へと埋没してゆくではないか。
その光景を目にしたなのはの脳裏に、在り得る筈のない可能性が浮かぶ。

934R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:18:12 ID:.jmCVDEE
「・・・振動破砕?」
「あれを知っているのか?」

先天的固有技能「振動破砕」。
即ち、なのはにとって嘗ての教え子であるスバル、彼女が有するISである。
四肢末端部から接触対象へと振動波を送り込み、対象内部にて発生する共鳴現象によって目標を破壊するという、実質的に防御不可能とも云える格闘戦特化型ISだ。
それによって為される破壊の様相と、眼下の不明機によって構造物が粉砕される様相。
双方が、余りにも似通っていた。
片や戦闘機人とはいえ魔導師、片や所属不明の戦闘機。
共通点など在ろう筈もないというのに、何故こんな事が思い浮かぶのだろうか。

「ランツクネヒトと地球軍の連中が、スバル達の解析結果を流用して作り上げた機体、とは考えられんかな」
「まさか。こんな短期間の内に?」
「在り得ない事とは思わんけどな。連中の事なら、何をやっても不思議とは思わへんよ。寧ろ・・・」
「足下、退がれ!」

突然の警告。
反射的に後方へ飛ぶと同時、数瞬前まで立っていた床面が、呑み込まれる様にして階下へと消えてゆく。
なのはは驚愕に目を見開きつつ、20mほど後方の地点へと降り立った。
そして、新たな崩落地点を見据える。

奇妙な感覚だった。
崩落の前兆となる振動どころか、崩落の瞬間でさえも衝撃を感じなかったのだ。
宛ら流砂の如き静かさで、床面は下方へと呑み込まれていった。
通常の破壊ならば、断じてあの様には崩れまい。
一体、何が起こったのか。
その疑問に答えたのは、警告を発した者とは別の魔導師だった。

「あの崩落際・・・何なんだ?」

その言葉に、なのはは気付く。
崩落地点周囲の破壊された構造物、その断面が飴細工の様に溶け落ちているのだ。
状況からして高熱による融解かと思われたが、しかしこれといって熱は感じられない。
ならば何故、構造物が溶解しているのか。
其処彼処から白煙の立ち上る崩落跡を見つめつつ、一同は焦燥を含んだ言葉を交わし始める。

「どういう事だ、未知の攻撃か? これも、あの不明機がやったのか」
「あの煙は炎じゃありませんね。もしかすると、酸かも」
「酸か。酸で溶ける様な材質なのか、此処の構造物は?」
「知りませんよ。波動粒子か何かが関係しているのでは?」

なのはは周囲で交わされる言葉を意識の片隅へと捉えつつ、白煙を上げ続ける崩落跡を見据えていた。
何をどうすれば、この様に奇怪な様相の破壊を齎す事ができるというのか。
粉砕とも、消滅とも異なる、溶解という余りにも異常な破壊。
魔導師がこの様な破壊を起こすとは考え難く、よって地球軍かランツクネヒト、或いはバイドが関わる攻撃の結果であろう。
そんな事を思考しつつ、彼女は視線を天井面へと投じる。

其処で漸くなのはは、天井面へと拡がりつつある染みの存在に気付いた。
5mほど前方、不気味に泡立ち始める構造物。
新たな崩落か、と身構える彼女の眼前、天井面が4m程の範囲に亘って溶け落ちる。
そして、その異形は姿を現した。

「え・・・」

衝撃。
穿たれた穴から零れる様に落下したそれは、前方の床面へと叩き付けられた。
溶解した構造物の成れの果てに塗れ、生々しい音と共に構造物から跳ね返る異形。
床面で弾んだ後に静止した落下物を視界へと捉えたなのはは、その余りにおぞましく醜悪な全貌に言葉を失う。

それは、巨大な胎児にも似た存在だった。
母親の胎内、人間としての姿を形作る途上のそれ。
しかし、そうでない事はすぐに解った。
先ず、その異形には四肢が存在しない。
両腕部が存在する筈である箇所からは、抉れた表層部の下より電子機器の集合体らしき金属部位が覗いているのみ。
両脚部も同じく存在せず、下部からは蛇腹状の尾らしき器官が延びていた。
胎児ですらない、発生初期の胚としか形容できぬ異形。
だが、その存在は更に、胚としても在り得ぬ奇形を有していた。

前後へと不自然に伸長した2mは在ろうかという頭部、その至る箇所へと埋め込まれた金属機器。
胚には在る筈のない口腔、無数に並んだ鋭く歪で不揃いな歯。
前側頭部に穿たれた巨大な眼窩、本来は其処に存在していたであろう眼球が消失し、今は黒々とした闇だけが満ちている。
そして何より、眼窩より40cmほど離れた位置に穿たれた貫通痕、20cm程も在るそれが実に6箇所。
止め処なく噴き出し続ける赤黒い血液、脳漿らしき液体に圧され流れ出る肉片。
異形は、既に絶命していた。

935R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:20:51 ID:.jmCVDEE
済みません、行数を計算しておりませんでした
次のレスより、改めて投下を開始します
ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません

936R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:22:33 ID:.jmCVDEE
お久し振りです
1年振りとなりますが、R-TYPE Λ 第三十三話を投下させて頂きます
それでは、宜しくお願い致します



約15分。
衝突警報の発令、そしてコロニー全体を強烈な衝撃が襲ってから、これまでに経過した時間だ。
警報音が鳴り響き、赤と黄色の回転灯の光に埋め尽くされた、ベストラ内部セクター間連絡通路。
其処を、居住区シェルターより脱したなのはを含む数名の魔導師達は、自身等が発揮し得る最高速度で以って翔けていた。
大型車両での通行を想定して建造されているのであろう通路は、魔導師が飛翔魔法によって高速飛行するに当たり最適な空間である。
構造物が崩落している地点は多々在れど、それらもなのは程の技量を有する空戦魔導師の前には、全く障害たり得なかった。
しかし、物理的障害は存在しないも同然であるとはいえ、彼女達の飛行経路は平穏という表現から程遠い状況である。

『一尉、これは・・・』
『考えるのは後だよ。飛行に集中して』

戸惑う様に発せられた念話に、なのはは鋭く応答した。
彼女の視界には、崩落した構造物の残骸と共に散乱する無数の肉片と、床面から天井面までを赤黒く染め上げる大量の血痕が映り込んでいる。
そして、壁面に穿たれた無数の弾痕、明らかに砲撃魔法によるものと判別できる大規模な破壊痕。
何らかの恐ろしい力学的干渉により無惨にも引き裂かれた、人体であったものの成れの果て。
それら全ての周囲に散乱する、ランツクネヒト装甲服と多種多様な衣服の一部、質量兵器とデバイスの破片。

『しかし、一尉。明らかにこれは、ランツクネヒトと魔導師による交戦の跡です。これまでに確認した痕跡から判断できるだけでも、間違いなく数百人は死んでいる』
『我々が察知し得ぬ内に、ランツクネヒトと被災者の間で大規模な衝突が在った事は間違いない。此処に来るまでランツクネヒトは疎か、魔導師の1人とさえ遭遇しなかった事も異常だ。一体、戦闘要員は何処へ消えたんだ?』

前方から後方へと過ぎる、破損した大量の臓器と骨格が積み重なって形成された、肉塊の小山。
通路上に数多の血流を生み出すそれを明確に視認してしまったなのはは、腹部より込み上げる嘔気を必死に堪える。
周囲の魔力残滓と構造物の損壊状況から推測するに、恐らくは非殺傷設定を解除した近代ベルカ式による攻撃を受けた人間達の成れの果てだろう。
これまでに幾度となく向き合い、時に敵対し、時に教え導き、時に良き戦友であった者達が有する戦闘技術。
敵対すればこの上なく恐ろしく、味方であればこの上なく頼もしい、近代ベルカ式という近接戦闘主体魔法体系。
気高く義に満ちたその技術が、非殺傷設定という制約を解いた、唯それだけの事で目を背けたくなる程に凄惨な殺戮を生み出したというのか。
或いは、あの肉塊は魔導師によって生み出されたものではなく、逆にランツクネヒトが運用する質量兵器群によって殺戮された魔導師達のものなのだろうか。

『きっと、外殻に出ている。衝突警報が出たって事は、要因は外に在るんだもの』
『其処に誰かが居たとして、それは本当に味方なのか? 次元世界の連中ならば未だしも、敵対を選択したランツクネヒトだったら?』

余計な思考を振り払おうとするかの様に発した念話は、更なる疑問によって上塗りされる。
果たして、外殻には誰かが居るのか。
何物かが存在したとして、それはこちらにとって味方か、或いは敵対する者か。

なのはとて最悪の事態、それに遭遇する可能性を考えなかった訳ではない。
外殻に展開する勢力がランツクネヒトであり、彼等がこちらに対し明確に敵対を選択しているとすれば、魔導師達は忽ち質量兵器による弾幕に曝される事となる。
際限が無いと錯覚する程に魔導資質が強化され続けている現状でさえ、ランツクネヒトが有する携行型質量兵器群、そして何よりR戦闘機群は、未だ魔導師にとって絶対的な脅威そのものなのだ。
散弾と榴弾の暴風に呑み込まれる事も、波動砲の砲撃によって跡形も無く消し飛ばされる事も、どちらも御免であった。

しかし現段階では、外殻の様子を知る術が無い。
如何なる理由か、こちらからの指示に対し、システムが全く応答しないのだ。
システムが沈黙した訳でない事は、鳴り響く警告音と明滅する回転灯群の光が証明している。
汚染の可能性も考えはしたが、それを確かめる術すら無かった。
そして如何なる理由か、居住区シェルター内部からの指示ならば、システムは正常に応答するのだ。
この事実が意味するものとは、何か。

937R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:23:49 ID:.jmCVDEE
『何で、私達はあそこに居たんやろうな』
『・・・はやてちゃん?』

はやてからの念話。
呟く様に放たれたそれに、なのはは問い掛ける様に彼女の名を呼ぶ。
B-1A2によるコロニー襲撃時、はやては自身の左前腕部と共にザフィーラを失った。
その直前にはシャマルまでもが死亡しており、彼女の精神が危うい処まで追い詰められている事は、誰の目にも明らかだったのだ。
だからこそ、なのはは彼女にシェルターへ残るよう言い聞かせた。
この場に残る被災者達を護って欲しいと頼む事で、負傷者であるはやてを可能な限り前線から遠ざけようとしたのだ。

だが、そんななのはの願いは、当のはやてによって拒絶された。
広域殲滅型魔法の行使に特化した自身が、戦線に加わらないという訳にはいかない。
バイド、又は地球軍を相手取るならば、手数は少しでも多い方が良い。
そう主張し、はやてはなのは達と共にシェルターを発った。
リインと融合し、夜天の書を胴部に固定した上で、残された右腕にシュベルトクロイツを携えたその姿。
そんな鬼気迫るはやての様相に、なのはは圧倒されていた。
幽鬼の様な無感動さで戦場へと赴かんとする彼女は、思わず目を背けたくなる程の鬼気と、今にも崩れ落ちそうな危うさに満ちている。

『ヴィータは、シェルターに居らんかった。キャロも、エリオも、セインも』

続いて放たれる念話。
唯、事実のみを続けるその内容に、なのはは疑問を覚えた。
一体、はやては何を謂わんとしているのか。

『魔導師にせよ兵士にせよ、あのシェルター内に居った戦闘要員の数は100名足らずやった。そして、そのほぼ全員に共通する点が在る』
『共通の・・・?』
『皆、ランツクネヒトとの協調体制に肯定的やった』

瞬間、後方のはやてを見やるなのは。
前方認識はレイジングハートに一任している為、障害物へと激突する心配は無い。
彼女の視界の中央には、シュベルトクロイツを携えて宙を翔けるはやての姿。
虚ろな紺碧の双眸がなのはを、或いはその先に存在するであろう何かを、射抜く様に見詰めていた。
なのはの身体を奔る、冷たい感覚。
はやては、続ける。

『この場に居るのは、ランツクネヒトと・・・延いては、第97管理外世界との敵対を選択する事に、否定的な見解を示していた人間ばかりや』

数瞬ばかり、なのはは思考へと沈んだ。
そうして、はやての言葉が正しいものであると気付く。
確かに、この場に存在する面々は協調体制を重視し、被災者達の間に蔓延していた第97管理外世界に対する強硬論について、否定的な立場を取っていた者達だ。
結論に至るまでの経緯は各々に異なってはいるであろうが、第97管理外世界との戦端を開く事が事態の解決に結び付くものではない、との思想は全員に共通している。
だが、それだけでは理解できない点も在った。

『アンタ等はどうなんだ。少なくとも、第97管理外世界に対する強硬論に反対している様には思えなかったが』

1名の魔導師が、なのはが抱いていた疑念そのものを念話として放つ。
はやての推察が正しいのならば、何故なのはと彼女までもが、あのシェルターに「隔離」されていたのか。
当たっていて欲しくはない推測が、なのはの思考を占めてゆく。
だが、はやては無情にその答えを述べた。

『私達が、第97管理外世界の・・・地球の出身者だからやろ』

知らず、唇を噛み締めるなのは。
聞きたくはない言葉、認めたくはない推測。
だが、はやての言葉は続く。

『このベストラで「誰か」が「何か」をしようと企んだ時、私達はソイツ等の目に邪魔な存在として映ったんや。ランツクネヒトと地球軍を肯定的に見ている人間、地球を故郷とする人間・・・だから、あのシェルターに私達を隔離した』
『邪魔っていうのは、どういう意味での事だ。護る為に手間が掛かるという事か、それとも潜在的な脅威となるって事か』

938R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:24:50 ID:.jmCVDEE
言うな、聞きたくない。
そんな声ならぬ声が、念話として紡ぎ出される事はない。
なのはの意思の外、交わされる念話が無機質に、淡々と事実を浮き彫りにしてゆく。

『前者なら「誰か」はランツクネヒトね。なら、後者は・・・』
『シェルターに居た連中を除く被災者達か。じゃあ「何か」ってのは何なんだ?』

前方、新たな肉塊の集合体。
その周囲に大量の薬莢が散乱している事を確認し、なのはは叫び出しそうになる自身を必死に抑える。
自身達が知り得ぬ間に、このベストラで発生した「何か」。
なのはは既に事態についての推測、その内容に対する確信を得ていた。
だからこそ、自身の後方にて交わされる念話を、何としても遮りたかったのだ。

『この死体の山を見れば解るやろ? 結論を出したんや・・・私達の、知り得ないところで』

轟音が、振動となって肌へと響く。
レイジングハートを強く握り締め、通路の先を睨むなのは。
振動は更に大きくなり、防音結界を突破した騒音が微かに鼓膜を震わせる。

『結局、連中は私達と・・・』

その瞬間、なのはの前方約100m。
構造物の全てが崩落し、床面下へと呑み込まれた。
顔面を襲う、強烈な風圧。

『止まって!』

咄嗟の制止。
危うく崩落地点へと突入する、その寸前で一同の前進が止まった。
唐突に眼前へと現出した惨状に、なのはは唖然と周囲を見回す。

「何が起こったの・・・?」
「おい、あまり近付くな」

崩落跡は、惨憺たる有様だった。
連絡通路に沿う形で数十m、更に両側面方向へと100m以上もの範囲が完全に崩壊していたのだ。
デバイスを用いての走査により破壊の規模は判明したものの、粉塵が周囲を覆い尽くしており、視覚的に崩落箇所の全貌を捉える事ができない。
そして数十秒ほどが経過して、漸く破壊痕を詳細に観察する事が可能となった。

「上は・・・何も見えないな。真っ暗だ」
「何処まで続いているの?」

ベストラは居住型に見受けられる様な、円筒形型の構造を有するコロニーではない。
17層もの層状構造物が重なる様にして構築され、更にそれらの間隙を埋める様にして無数の各種構造物が配されている。
外観的には、巨大な箱型構造物という形容が最も相応しいだろう。
第1層上部より第17層下部まで15.8km、最小規模である第4層の面積が291.6平方km、最大規模である第12層の面積が543.4平方km。
表層部の至る箇所に無尽蔵とも思える数の防衛兵装を配し、各種センサーを始めとする機能構造体が無数に突出した、一見するとデブリの集合体にも見える軍事コロニー。
なのは達の現在位置は、第4層のほぼ中央だ。
第1層上部から現在位置までは、3km前後もの距離が在る筈である。

「外殻から此処まで貫通してる・・・なんて事は、ないよね・・・?」
「だとしたら、その原因なんて考えたくもありませんね」
「おい、あれ!」

何かを見付けたのか、1名の魔導師が声を上げた。
見れば、彼は足下に拡がる空間、崩落した構造物が積み重なる其処を覗き込んでいる。
なのはは彼が指し示す先、其処彼処から白い煙が立ち上り続ける地点の中心へと視線を移した。
そして、それを視界へと捉える。

939R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:26:04 ID:.jmCVDEE
「・・・戦闘機?」
「R戦闘機か」
「いや、違う・・・見た事も無いタイプだ。バイドの新型かも」
「待て、待ってくれ・・・目標、魔力を発しているぞ。何だ、これは?」

崩落跡の最下部に横たわる、白に近い灰色の装甲。
損壊した表層の其処彼処から内部機構を露にし、大量の火花を散らす金属塊。
無惨に折れ飛んだ三角翼が、数十mほど離れた地点で業火を噴き上げている。
形状からして、明らかに戦闘機類に属する機動兵器であると判るも、しかし何処か確信する事を妨げる半有機的な外観。
そして何より異常な点、その戦闘機から膨大な量の魔力が検出されているという事実。

「例の、クラナガンの機体と同類か?」
「何とも言えませんが・・・何だ? 振動して・・・」

更に、異常な点。
灰色の機体が、微かに霞んで見える。
見間違いかとも思われたが、そうでない事はすぐに解った。
落下した構造物の破片が機体に触れるや否や粉砕され、一瞬にして細かな粒子となって消失したのだ。
機体表層部、超高周波振動。
良く見れば、機体下部の構造物も徐々に粉砕が進んでいるのか、機体は少しずつ瓦礫の中へと埋没してゆくではないか。
その光景を目にしたなのはの脳裏に、在り得る筈のない可能性が浮かぶ。

「・・・振動破砕?」
「あれを知っているのか?」

先天的固有技能「振動破砕」。
即ち、なのはにとって嘗ての教え子であるスバル、彼女が有するISである。
四肢末端部から接触対象へと振動波を送り込み、対象内部にて発生する共鳴現象によって目標を破壊するという、実質的に防御不可能とも云える格闘戦特化型ISだ。
それによって為される破壊の様相と、眼下の不明機によって構造物が粉砕される様相。
双方が、余りにも似通っていた。
片や戦闘機人とはいえ魔導師、片や所属不明の戦闘機。
共通点など在ろう筈もないというのに、何故こんな事が思い浮かぶのだろうか。

「ランツクネヒトと地球軍の連中が、スバル達の解析結果を流用して作り上げた機体、とは考えられんかな」
「まさか。こんな短期間の内に?」
「在り得ない事とは思わんけどな。連中の事なら、何をやっても不思議とは思わへんよ。寧ろ・・・」
「足下、退がれ!」

突然の警告。
反射的に後方へ飛ぶと同時、数瞬前まで立っていた床面が、呑み込まれる様にして階下へと消えてゆく。
なのはは驚愕に目を見開きつつ、20mほど後方の地点へと降り立った。
そして、新たな崩落地点を見据える。

奇妙な感覚だった。
崩落の前兆となる振動どころか、崩落の瞬間でさえも衝撃を感じなかったのだ。
宛ら流砂の如き静かさで、床面は下方へと呑み込まれていった。
通常の破壊ならば、断じてあの様には崩れまい。
一体、何が起こったのか。
その疑問に答えたのは、警告を発した者とは別の魔導師だった。

「あの崩落際・・・何なんだ?」

その言葉に、なのはは気付く。
崩落地点周囲の破壊された構造物、その断面が飴細工の様に溶け落ちているのだ。
状況からして高熱による融解かと思われたが、しかしこれといって熱は感じられない。
ならば何故、構造物が溶解しているのか。
其処彼処から白煙の立ち上る崩落跡を見つめつつ、一同は焦燥を含んだ言葉を交わし始める。

940R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:26:53 ID:.jmCVDEE
「どういう事だ、未知の攻撃か? これも、あの不明機がやったのか」
「あの煙は炎じゃありませんね。もしかすると、酸かも」
「酸か。酸で溶ける様な材質なのか、此処の構造物は?」
「知りませんよ。波動粒子か何かが関係しているのでは?」

なのはは周囲で交わされる言葉を意識の片隅へと捉えつつ、白煙を上げ続ける崩落跡を見据えていた。
何をどうすれば、この様に奇怪な様相の破壊を齎す事ができるというのか。
粉砕とも、消滅とも異なる、溶解という余りにも異常な破壊。
魔導師がこの様な破壊を起こすとは考え難く、よって地球軍かランツクネヒト、或いはバイドが関わる攻撃の結果であろう。
そんな事を思考しつつ、彼女は視線を天井面へと投じる。

其処で漸くなのはは、天井面へと拡がりつつある染みの存在に気付いた。
5mほど前方、不気味に泡立ち始める構造物。
新たな崩落か、と身構える彼女の眼前、天井面が4m程の範囲に亘って溶け落ちる。
そして、その異形は姿を現した。

「え・・・」

衝撃。
穿たれた穴から零れる様に落下したそれは、前方の床面へと叩き付けられた。
溶解した構造物の成れの果てに塗れ、生々しい音と共に構造物から跳ね返る異形。
床面で弾んだ後に静止した落下物を視界へと捉えたなのはは、その余りにおぞましく醜悪な全貌に言葉を失う。

それは、巨大な胎児にも似た存在だった。
母親の胎内、人間としての姿を形作る途上のそれ。
しかし、そうでない事はすぐに解った。
先ず、その異形には四肢が存在しない。
両腕部が存在する筈である箇所からは、抉れた表層部の下より電子機器の集合体らしき金属部位が覗いているのみ。
両脚部も同じく存在せず、下部からは蛇腹状の尾らしき器官が延びていた。
胎児ですらない、発生初期の胚としか形容できぬ異形。
だが、その存在は更に、胚としても在り得ぬ奇形を有していた。

前後へと不自然に伸長した2mは在ろうかという頭部、その至る箇所へと埋め込まれた金属機器。
胚には在る筈のない口腔、無数に並んだ鋭く歪で不揃いな歯。
前側頭部に穿たれた巨大な眼窩、本来は其処に存在していたであろう眼球が消失し、今は黒々とした闇だけが満ちている。
そして何より、眼窩より40cmほど離れた位置に穿たれた貫通痕、20cm程も在るそれが実に6箇所。
止め処なく噴き出し続ける赤黒い血液、脳漿らしき液体に圧され流れ出る肉片。
異形は、既に絶命していた。

異形の死骸、その余りに凄惨な様相。
なのはは、無意識の内に後退っていた。
彼女が怯んだ要因は、何も視覚的なものばかりではない。
死骸より漂う鼻を突く刺激臭、酢酸臭と死臭を混ぜ合わせたかの様なそれ。
眼窩の奥に泡立つ漆黒の液体、強酸に蝕まれた傷口の様な口腔。
それら全てが生理的嫌悪感を煽り、物理的とすら思える不可視の圧力となってなのはを遠ざける。
しかし直後、それらの嫌悪感はより現実的な脅威となり、なのは達へと襲い掛かった。

「う・・・!?」

知らず、声が漏れる。
死骸が、痙攣を始めていた。
否、痙攣などという生易しいものではない。
宛ら何かに突き動かされているかの様に、四肢の無い胴部を中心として繰り返し床面から跳ねているのだ。
反射的にレイジングハートを構えるなのはの背後で、他の面々が同じく各々のデバイスを構えた事が分かった。
総員が警戒する中、異変は更に進行する。

941R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:27:41 ID:.jmCVDEE
「ぐ、うっ!?」
「今度は何だ・・・?」

死骸の胸部から、大量の血液が噴き出したのだ。
分厚い肉質を内側から「何か」が突き上げ、腐肉の塊にも似た表層部が裂け始めていた。
死骸の胸部が不自然に膨らむ度に、何かが千切れる異音が周囲へと響く。
そんな事が数度に亘って続いた後、卵が割れる様な音、そして噴き上がる大量の血飛沫と共に、死骸の胸部を喰い破ったそれが遂に姿を現した。
鮮血と肉片を纏い、死骸の内より現れた、それは。

「ッ・・・! 退がってッ!」



死骸のそれをも凌駕する異形、もうひとつの「頭部」だった。



「ひ・・・!」
「あの化け物、寄生されていたのか!?」
「警戒を・・・ッが!?」

直後、死骸より現れた頭部が、鼓膜を破らんばかりの絶叫を上げる。
それは猛獣の咆哮にも似て、しかし同時に女性の金切り声にも似たものだった。
断末魔の悲鳴、或いは赤子の産声とも取れるそれは、頭蓋の内を反響しているかの様になのはの意識を蝕んでゆく。
防音結界など、何ら用を果たしていない。
一瞬でも気を緩めれば即座に意識を奪い兼ねない絶叫が、崩落跡を中心とする一帯を完全に支配していた。
掌で耳部を押さえ、必死に耐えるなのは。
そんな彼女の視界に、こちらへと向けられた異形の頭部が映り込む。
瞬間、全身の血が凍ったかの様な錯覚。

胸部より現れた寄生体の口腔、並んだ歪な歯牙の間から、赤黒い泡が溢れ出している。
吐血しているのか、との思考は一瞬にして掻き消えた。
血泡の量が数瞬の内に膨れ上がり、死骸の周囲を埋め尽くしたのだ。
漆黒の泡は、成長する細胞群の如く爆発的に増殖、瞬く間に周囲の構造物を侵蝕し始める。
異様な刺激臭を放ちつつ、恐るべき速度にて溶解してゆく構造物。
その光景になのはは、崩落の原因は眼前の異形であると悟る。
異形の口腔より溢れ返る血泡は、恐らくは未知の極強酸性液体なのだ。

無数の血泡が弾ける音と共に、異形の口腔を中心として赤黒い塊が膨れ上がる。
前進の血が凍ったかの様な悪寒を覚え、なのはは2歩、3歩と後退さった。
レイジングハートの矛先は、血泡を吐き出し続ける口腔へと向けられている。
彼女には、予感が在った。
異形が何らかの攻撃行動を起こすという、確信めいた予感が在ったのだ。
そして、その予感は直後に的中する。

『起きた・・・化け物が起き上ったぞ!』

死骸が、その体躯を起こしていた。
頭部に穿たれた貫通痕から夥しい量の血液と脳漿を溢しつつ、尾のみを床面へと接した状態で佇んでいる。
否、それは立っているのではない。
何らかの方法、恐らくは重力制御によって、3mは在ろうかという巨躯を浮かばせているのだ。
だが、その現象は明らかに、死骸の意思によって制御されているものではない。
死骸の胸部に宿る、異形の寄生体によって操られているのだと、なのはは確信していた。

寄生体の口腔より溢れ返る血泡が、更にその量を増す。
赤黒い奔流は、今や通路の床面を覆い尽くさんばかりに拡がっていた。
そして数瞬後、血泡に覆われた範囲の床面が、音も無く溶解し崩落する。
反射的に身を強張らせるなのはの眼前で、微かな音と振動のみを残し、床面が跡形も無く消失したのだ。
その下の構造物を含めた何もかも、破片さえも残さずに全てが溶け落ちてしまった。
異様な光景を前に、湧き起こる怖気を抑え込もうと腐心するなのはだったが、新たに視界へと飛び込んできた異変が彼女の意思を挫く。

942R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:28:33 ID:.jmCVDEE
血泡が、球状に膨脹していた。
口腔より零れ落ちる事なく、その前面に止まり膨れ上がる、赤黒い球体。
注視すると、その球体は赤黒いだけでなく、黄金色にも似た色彩の水泡をも含んでいる。
それが、宛ら魔力集束時に形成される魔力球の様に、異形の口腔前の空間に浮かびつつ膨張しているのだ。
異形が、何をしようとしているのか。
この場に存在する誰もが、恐らくはなのはと同様の結論に至った事だろう。

『逃げて!』



砲撃だ。



『壁を!』

なのはを含めた数人の叫びと念話が、総員の間を翔け抜ける。
咄嗟に放ったショートバスターと、同じく他の面々が放った砲撃が壁面を破壊。
一同が飛翔魔法を発動させ、壁面に穿たれた穴へと飛び込むとほぼ同時、背後の通路を赤黒い奔流が埋め尽くす。

轟音、衝撃、異形の絶叫。
恐怖に抗うかの様に歯を食い縛りつつ、なのははベストラが幾度目かの悪夢に襲われている事を理解する。
飛び込んだ隣接する連絡通路、その薄闇の中に外殻へと続く扉の存在を願うも、視界へと映り込むは延々と続く通路壁面のみ。
背後、何かが蠢く異音。

『追ってきた・・・!』
『構えて! 此処で迎撃するよ!』

崩壊した壁面跡へと振り向き、レイジングハートの矛先を突き付ける。
壁面に穿たれた穴の奥から近付く、排水口が詰まった際にも似た耳障りな異音。
なのはは掌に滲む汗ごと、レイジングハートの柄を固く握り締める。
闇からの脱出口は、未だ見出せなかった。

*  *  *

4体目の異形、その胸部にストラーダを突き立てた時、エリオはそれを目の当たりにした。
矛先に貫かれた寄生体の頭上、異形の頸部から胸部に掛けて、虫食い痕の様な無数の穴が開いている。
これまでに得た情報から推測するに、恐らくは極強酸性の体液を噴霧する為の器官であろう。
エリオはストラーダを引き抜く為の動作を中断し、即座にサンダーレイジを発動。
瞬間、ストラーダの矛先を中心として、雷の暴風が吹き荒れる。
否、それはもはや暴風などという生易しいものではなく、雷光の爆発と呼称するに相応しいものだった。
時間にすれば、僅か3秒足らず。
巨大な紫電の球体が掻き消えた後、其処にはエリオとストラーダを除き、何物も存在してはいなかった。

『Watch your back』

ストラーダからの警告。
エリオは咄嗟に、矛先を頭上へと向けて魔力噴射を実行する。
ブースターノズルより噴き出す圧縮魔力の奔流、視界の一部を埋め尽くす金色の閃光。
急激な加速により、弾かれた様に頭上方向へと移動するエリオ。
その足下の空間を、背後より飛来した2条の赤い奔流が貫いた。
泡状極強酸性液体による砲撃。

サイドブースター推力偏向、作動。
瞬時に後方へと振り向くエリオ、その視界に映り込む2体の異形。
四肢の無いそれらが、もがく様にして宙空を漂っている。
そして発せられる、聴く者の鼓膜を破壊せんばかりの絶叫。
金切り声と呼称するに相応しいそれを聴くエリオは、何をするでもなく無表情のまま。
彼の視界は既に、異形の背後より振り下ろされる巨大なハンマーヘッドを捉えていた。

943R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:29:32 ID:.jmCVDEE
直後、異形の1体が風船の如く弾け飛ぶ。
加速された大質量の鉄塊は、対象を吹き飛ばすだけに止まらず、その存在を微塵に打ち砕いたのだ。
大量の血飛沫と肉片とが、無重力の宙空内へと花火の如く拡がってゆく。
残る1体が背後の敵の存在に気付いたか、相も変わらず緩慢な動きで前後を入れ替えんとしていた。
だがそれよりも、ハンマーヘッドが横薙ぎに振るわれる動作の方が、圧倒的に早い。
1体目の異形に続き、2体目もまた鮮血の爆発となって消失する。

遠心力によってハンマーヘッドから振り払われる、大量の血液。
伸長した柄の先、それを振るっているであろう人物までを視界に捉える事なく、エリオは頭上へと視線を移す。
彼の視界に映るは、ベストラ第5層側面、外殻構造物。
表層には数十機の機動兵器が展開し、絶え間なく誘導型質量兵器と長距離砲撃とを放ち続けていた。
それらの攻撃はエリオ達から幾らか離れた空間を突き抜け、彼の足下に拡がる広大な闇の中へと消えてゆく。
その数瞬後、彼方にて無数の閃光が炸裂するのだ。
機動兵器群による長距離迎撃は、順調に機能している。
そして、エリオを始めとする魔導師達の任務は、迎撃を掻い潜って接近してきたバイド体の撃破だ。

『E-11より応援要請。複数のバイド体が外殻に取り付いている』

念話を受けた直後、エリオは金色の閃光と化した。
ブースターノズルより圧縮魔力を噴射、一瞬にして最大推力へ。
推進機関に火の入ったミサイルの如く、緩やかな曲線軌道を描きつつ加速する。
2秒と掛からずに音速を突破したエリオが向かうは、応援要請を発した外殻E-11。

ベストラは完全独立型自己推進機能を有する、超大型の宙間軍事施設である。
通常艦艇とは比べるべくもない鈍足ではあるものの、搭載された102基もの大規模ザイオング慣性制御システムにより、あらゆる空間中に於いて柔軟な機動を実行する事が可能だ。
施設内外に対して偏向重力場を発生させる機能をも有しており、施設中心から80km以内の空間に於ける重力作用は完全制御下となる。
更に、外殻には各種長距離迎撃兵器が無数に設置されており、それらの弾薬についても核弾頭を始めとする各種弾頭が供給されていた。
そして、施設は通常航行時に前方となる側面を北として、東西南北に区画が設定されている。
応援要請を発した部隊の位置は、第11層の西部区画だ。

目標地点到達までの所要時間、約60秒。
サイドブースターの間欠作動により進路を微調節するエリオの視界に、自身の後方より現れた複数の白い影が映り込む。
それらの影は一瞬にしてエリオを追い抜き、輝く青い粒子の尾を引いて彼方へと消えた。
一拍ほど遅れてエリオの全身を襲う、衝撃と轟音。
体勢を崩すという事はなかったが、当初の進路より僅かに軌道が逸れていた。
すぐさま進路を修正し、彼方へと消えた影に思考を巡らせる。

影の正体は、所属不明の機動兵器だ。
殆ど白に近い灰色の装甲に覆われた2機種の戦闘機、ランツクネヒトとの交戦中に突如として出現したそれら。
流石に警戒を解く事こそないものの、エリオ達がそれらを敵ではないと判断するに至るまで、然程に時間は掛からなかった。
戦闘機群は先ず地球軍とランツクネヒトが有するR戦闘機群へと襲い掛かり、圧倒的な物量を背景とする濃密な弾幕、そして魔力素と波動粒子とを用いた砲撃の一斉射によって、波動砲を放つ暇さえ与えずに潰走させたのだ。
恐らくは、ほぼ同時に被災者達がアイギスとウォンロンの制御を奪取した事も影響してはいたのであろうが、R戦闘機が為す術も無く逃亡する様は、俄には信じられない光景であった。

所属不明戦闘機群は更に、ベストラからの脱出を図るランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団の艦艇、及び強襲艇群への攻撃を開始。
被災者達に奪取されたウォンロンに対する攻撃を阻止し、更に敵艦および敵機を瞬く間に殲滅して退けた戦闘機群は、その後もベストラ周囲に留まり続ける。
明らかにベストラを守護せんとするそれらの行動に、被災者達は不審を覚えつつも頼らざるを得なかった。
何よりも、蜂起に際して最大の障害となっていたR戦闘機群を排除した事実が在る為、味方であると断ずるには到らないが明確な敵でもない、との認識が被災者達の間に定着している。
更には不明戦闘機群が有する武装の性能が、被災者達が有する如何なる戦力のそれをも凌駕していた事も、判断に大きな影響を齎していた。

944R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:30:48 ID:.jmCVDEE
数千機の所属不明戦闘機群という、圧倒的な物量による強襲で以って排除された、ランツクネヒト及び地球軍艦艇、そしてR戦闘機群。
ウォンロンの制圧とアイギスの制御権奪取、更にはベストラ内部に於ける第97管理外世界人員の殲滅に成功した事も在り、状況は順調に推移しているかに思われた。
しかし、比較的優位であった状況は、実に呆気なく崩れ去る。
中央管制室に立て篭もっていたランツクネヒト隊員が、最後の抵抗として非常推進系を稼働させた上でシステムをロックしたのだ。
設定された進路は、あろう事かシャフトタワーを通じ、人工天体の更に深部へと向かうものだった。
自身等の敗北を悟ったらしきランツクネヒトは、被災者達をベストラ諸共バイドに喰らわせんと試みたのだ。

無論、被災者達は状況の打開を図った。
システムの再掌握、更にはウォンロンによる推進系の破壊まで、ベストラの航行を止める為にあらゆる手段を模索。
だが、それらの試みは、全て失敗に終わった。
システムの制圧は成らず、全102基ものザイオング慣性制御システムの内21基を破壊したところで、航行に微塵の支障も生じはしなかったのだ。
遂にはシャフトタワー侵入口の破壊による物理的阻止すら試みたものの、衝突の際にベストラが崩壊する可能性が在る為、結局は断念せざるを得なかった。

その後、ベストラは第4層を通過、第4空洞へと侵入。
更に第5・6・7・8・9層を通過した時点で、汚染された機動兵器が徐々にベストラへと群がり始めた。
だが、ベストラの航行阻止に際しては無力であったウォンロン、そして不明戦闘機群がそれらの接近を見落とす筈がない。
敵の大半が全領域対応型機動兵器「CANCER」を中核とした集団であった事もあり、迎撃は比較的容易に進行した。
敵機動兵器群による防衛線突破は成らず、ベストラは脅威を乗り切ったかに思われたのだ。
しかし、第12層通過直後。
シャフトタワー構造物が途絶え、ベストラが広大な空洞内部へと侵入した瞬間に、それは現れた。

彼方より放たれた無数の砲撃、瞬く間に400機前後の不明戦闘機を撃墜したそれら。
即座にウォンロンが反撃を開始し、闇に潜む何者かへと魔導砲撃を撃ち込む。
更に不明戦闘機群の砲撃が放たれ、彼方にて無数の閃光が炸裂した。
強烈な光を背に浮かび上がる、無数の小さな影。
そして、砲撃の合間を縫う様にして、それら影の内1つがベストラへと取り付いた。

四肢の無い胎児、奇怪な形状の頭部。
醜悪という言葉以外に表現する術の無い、おぞましい外観。
悲鳴の様な咆哮と共に極強酸性の体液を撒き散らし、更には胸部に宿した寄生体の口腔から、同じく極強酸性体液による砲撃を放つ異形。
周囲の構造物を溶解させつつ、のたうつかの様に荒れ狂うその異形の姿に、エリオは見覚えが在った。
今は無きリヒトシュタイン05コロニーにて、ランツクネヒトより提示された情報の中に、その存在についての報告が在ったのだ。

「BFL-011 DOBKERADOPS」
22世紀の地球に於いて対バイドミッションが発令された後、地球人類が最初に遭遇したA級バイド。
環境適応力および進化多様性に富み、これまでに14もの変種が確認されている。
無機物を素材として短時間の内に発生した個体も在れば、既に死滅した細胞群を再活性させた上で、腐食したまま活動を再開した死骸そのものの個体も在った。
そして、更には地球軍により撃破された個体の残骸を回収し、蘇生させた上で戦略級機動兵器として重武装化と機動力の付加を施された個体まで存在するという。
なのは達と交戦したという個体、即ち「ZABTOM」だ。
ベストラへと取り付いた個体もまた、大きさこそ3m程度とはいえ、外観の特徴からしてドブケラドプスの一種である事は疑い様が無かった。
施設に残されていた研究記録から、現在はドブケラドプスの幼体であろうと看做されている。

外殻へと取り付いた個体は19、その全ては機動兵器群および外殻へと展開した魔導師達によって、瞬く間に排除された。
しかし、その後も敵性体の飛来が止む事はなく、それどころか飛来数は秒を追う毎に増加し続けている。
必然的に、防衛線を突破し外殻へと到達する個体数も増加し、魔導師達と機動兵器群は休む間も無く戦闘を続行する事となった。
ベストラ外殻に配備された防御兵器群の起動に成功した事で、一時は窮地を脱したかに思われたものの、敵性体の飛来数が更に増加した事で結局は危機的状況が続いている。
不明戦闘機群とウォンロンも凄まじい迎撃戦闘を展開してはいるのだが、しかし全方位より飛来する敵性体群の殲滅には至っていない。

945R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:31:37 ID:.jmCVDEE
一方で、ベストラ内部では朗報も在った。
施設機能の完全奪取を模索していたチームが、コロニー航行機能の掌握に成功したのだ。
彼等は即座に航行設定を破棄し、ザイオング慣性制御システムを用いてコロニーの減速を開始した。
これ以上、人工天体内部へと進攻する事態を避ける為に。
しかし、その努力も完全に報われた訳ではなかった。
漸く減速を開始した矢先、進行方向上にて網目状に張り巡らされた、巨大有機構造体の壁面が確認されたのだ。

ベストラに搭載されたザイオング慣性制御システムは、大規模施設に搭載されるタイプとしては極めて柔軟かつ、大出力による機動を可能とするものである。
しかし、飽くまで大型艦艇にも及ばぬ機動性であり、当然ながらR戦闘機群のそれとは比較にもならない。
況してや、瞬間的な減速や静止など不可能である。
余りにも巨大な質量より発生する慣性を、瞬時に0へと引き戻す事など出来得る筈もない。
よってベストラは、衝突によって致命的な損傷を受ける速度ではないものの、北部区画より有機構造体へと突入する事態となってしまったのだ。

突入後に判明した事実だが、壁面はニューロン状の巨大有機構造体、腐食した肉塊の如き色のそれが無数に連なって形成されたものであり、更に幾重にも折り重なる様にして分厚い層構造を構築していた。
数十から数百mもの穴が至る箇所に開いてはいるものの、それらの奥には網目状に拡がる有機構造体、そして迫り来る無数のドブケラドプス幼体以外には何も確認する事ができない。
すぐにでも離脱したいところではあったが、しかし信じ難い事に有機構造体は既に外殻へと侵食を始めており、ザイオング慣性制御システムの最大出力を以ってしても引き剥がす事は叶わなかった。
そして、有機構造体は柔軟性と耐久性に富み、膨大なベストラの質量をいとも容易く受け止める程に強靭である。
更には常軌を逸した再生能力を有しているらしく、不明戦闘機群とウォンロンが幾度となく砲撃で以って破壊せんと試みてはいるものの、それらは損傷する端から高速増殖を繰り返しては、数十秒程度で構造体の修復を成し遂げてしまうのだ。

前方へと突破する事もできず、後方へと離脱する事もできず。
ベストラの機動を完全に封じられたまま、被災者達は決死の迎撃戦を展開する事となった。
際限なく押し寄せる敵性体の群れを前に、徐々に沈黙してゆく防御兵器群。
魔導師を始めとする人員の被害も、既に40名を超えた。
このままでは徒に戦力を消耗するばかりであり、何らかの方法で状況を打開せねば生存は望めないだろう。
しかし現状では、有効な打開策を見出すに至っていない。

『E-11、バイド体の殲滅を完了した。不明戦闘機群による攻撃だ』
『第1層上部外殻中央付近、敵性体と不明戦闘機が施設内部に突っ込んだ。約200秒前だ。仕留め損ねたのかもしれん』

状況の変化を伝える念話を受け、エリオはE-11へと向かう進路を変更、第1層を目指す。
現在位置から最大速度で向かえば、40秒程度で不明戦闘機の突入地点へと到達できるだろう。
ストラーダの矛先を足下へと向け圧縮魔力を噴射、再加速。
弓形の軌道を描き、金色の魔力残滓による軌跡を曳きつつ空間を引き裂くエリオ。
そして、第1層へと到達するや否や身体の上下を反転させ、足下を外殻へと向ける。
ストラーダを介し、不明機体突入地点を視界へと拡大表示。

第1層上部外殻中央付近、直径20mを超える歪な形状の穴が穿たれている。
不明戦闘機は高速かつ、何らかの方法で構造物を破壊しつつ突入したのだろう。
穴の縁は工作用機械で以って切り取られたかの如く、不自然なまでに整然としていた。
突入した不明戦闘機とは恐らく、特殊突撃機能を備えたタイプなのだろう。
三角翼と鋭利な針にも似た砲身を備えたその機体が高速で敵性体へと突撃し、体当たりで以って目標を完膚なきまでに粉砕する様子が、これまでに幾度となく確認されている。
その映像を確認した技術者達による解析結果は、機体表層部を高速振動させる事により攻撃対象の構成材質を分解しつつ破壊しているのであろう、との事であった。
そして、その報告こそがエリオに、とある確信を抱かせるに至ったのだ。

946R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:32:40 ID:.jmCVDEE
あれは、あの不明戦闘機群は、スバル達だ。
彼女達は見付けたのだ。
自身本来の肉体を奪われ、R戦闘機という歪な戦略級戦闘特化個体へと変貌させられながら、バイドと地球軍を打倒する術を見出したのだ。
不明戦闘機群を建造した存在とはバイドでも地球人でもなく、双方が有する技術を吸収したスバル達である可能性が高い。
突撃時に観測される機体表層部の高速振動は、恐らくはスバルのISである振動破砕を応用した技術であろう。
そして、不明戦闘機群の砲撃は波動粒子のみならず、それ以上に大量の超高密度圧縮魔力を用い放たれている。
間違いない。
彼女達は遂に、次元世界が生存する為の糸口を掴んだのだ。

『管制室よりライトニング01、現在位置を知らせよ』
『ライトニング01より管制室。現在位置、第1層上部外殻。不明機体突入地点へと向かっている』
『ライトニング、其処に魔導師の一団が居ないか? 厄介な連中が迷い出たかもしれん』

管制室からの念話。
エリオは突入地点の周囲に、複数の人影を認める。
不明戦闘機の突入跡から次々に現れ、20名前後にまで数を増すそれら。
魔導師だ。

『・・・確認した。第2シェルターの人員だ』

集団の中になのはとはやての姿を認め、居住区シェルターに隔離されていた一団が現状を認識したのだ、と判断するエリオ。
接近する彼に気付いたのだろう、集団の中の1名がこちらを指し、何事かを叫んでいる。
エリオはストラーダの矛先を後方へと向け、メインノズルより圧縮魔力を噴射。
自身の全身運動に急制動を掛け、集団から50m程の距離を置いて宙空に静止する。

『エリオ、聞こえてる? これはどういう事、何が起こっているの?』
『あの化け物と戦闘機は何だ? バイドの襲撃を受けているのか!』
『下に在った死体の山は、あれは何や! エリオ、答えんか!』

自身へと向けて放たれる複数の念話、その悉くを無視しつつ眼下の集団を見下ろすエリオ。
質問に答える暇も、状況を説明するだけの猶予も無い。
何より、説明を行ったとして、彼等がそれを受け入れるという確証すらも無い。
最悪、地球人に対する殲滅を実行したこちらに反発し、敵対を選択する事も在り得る。
此処は彼等からの呼び掛けを無視し、敢えて何も知らせぬまま敵性体との戦闘に引き摺り込む事が、最も望ましい展開だろう。

『エリオ!』
『エリオ、答えて! 聞こえているんでしょう!?』

眼下の一団から視線を外し、エリオはストラーダを介して周辺域に対する索敵を行う。
ドブケラドプス幼体は極強酸性体液による砲撃こそ脅威ではあるものの、それを除けば霧状体液の散布以外には、取り立てて見るべき攻撃手段を有してはいなかった。
不用意に接近すれば、噛み付かれるか尾に打たれる事も在り得るのであろうが、当然ながら無意味にそんな事を実行する者は居ない。
精々、エリオを含むベルカ式魔導師が、近接攻撃を繰り出す為に接近する程度のものだ。
そして、彼等が標的への接近に成功したのであれば、既に戦闘の趨勢は決している。
幼体は満足な迎撃も反撃も行えぬまま、アームドデバイスによる一撃を受けて絶命するのだ。
形勢は未だ予断を許さないものの、幼体に対する攻略法は既に確立しつつあった。

周囲に敵性体が存在しない事を確認し、エリオは再び眼下へと視線を落とす。
飛翔魔法を発動したなのは達が、すぐ其処にまで迫っていた。
その場より離脱すべく、エリオは幾度目かの魔力噴射を実行せんとする。
直前、管制室より念話が飛び込んだ。

『管制室より総員、緊急! 新たな敵性体と思しき複数の反応が接近中、北部区画外殻到達まで80秒!』

エリオは咄嗟に、ストラーダの矛先を北部区画の方角へと向け、メインノズルより圧縮魔力の爆発を推進力として解放。
驚愕の表情を浮かべるなのは達を置き去りにし、瞬時に音速を超え北部区画を目指す。
そんな彼の視界へと、ストラーダを介して表示される映像。
其処には、網目状に拡がる有機構造体の間を縫う様にしてベストラへと迫り来る、巨大な異形の全貌が映し出されていた。

947R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:33:29 ID:.jmCVDEE
未知の敵性体、全長200m前後の多関節生物型。
長大な体躯先端および尾部に、頭部らしき部位が存在している。
左右へと鋏状に位置する巨大な牙、上下に位置する複眼らしき一対の巨大な器官。
体躯側面には極端に小さな、多足類の脚にも似た器官が無数に並んでおり、その数は優に1000を超えるだろう。
蛇の如く身体を捩りつつ宙空を進むそれは、しかし然程に高速ではないらしい。

『バルトロより管制室、敵性体の排除に向かう』
『管制室よりバルトロ、攻撃は不許可。目標の詳細不明につき、接近を禁ずる。総員、現在位置にて待機せよ』

管制室からの指示。
妥当な判断だと、エリオは内心にて納得する。
バイド生命体の異常性には、これまでにも幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
確固たる対策も無いまま迂闊に手を出せば、こちらが多大な犠牲を払う事となる。
先ずは敵性体の特性を見極め、それを熟知してから反撃に臨むのだ。

約30秒後、第1層上部外殻北端付近へと到達するエリオ。
彼の視界には既に、網目状有機構造体の奥より接近する、複数の敵性体の全貌が映り込んでいた。
個体毎に大きさが異なるのか、全長30m程度の個体も在れば、優に400mを超える個体も存在している。
2箇所に位置する頭部の内1つをこちらへと向け、徐々にベストラへと接近してくるそれら。
自己保存など微塵も考慮していない突撃、施設への体当たりによる突入か。

『目標、体当たりを仕掛けてくる模様。遠距離攻撃手段を用いる様子は無い』
『接触時に特殊な攻撃手段を用いる可能性も在る。外殻への接触を待ち、攻撃行動を観察せよ』

周囲に現れる、複数の魔導師の姿。
後方を見やれば、其処には1km程の距離を置き、魔導師と機動兵器が続々と集結を始めている。
今頃は第17層下部外殻北端、そして東部および西部区画外殻にも、同様に魔導師と機動兵器が集結している事だろう。
更には、無数の白い影が周囲の空間を飛び交っている。
不明戦闘機群もまた、有機構造体の周囲へと集結しているのだ。
準備が整った事を確認し、エリオは前方へと視線を戻す。
敵性体は、数秒で外殻へと到達する位置にまで迫っていた。

『目標、接触!』

敵性体群の一部が、有機構造体に面した北部区画外殻へと喰らい付く。
僅かに遅れて届く、衝撃と振動。
上部外殻末端部はエリオの足下から緩やかな斜面となっており、其処彼処に各種センサー群を始めとする構造物が存在していた。
現在、迎撃機構は意図的に停止されており、兵器群は外殻内部へと収納されている。
それらは敵性体に対する情報収集が完了した後に展開され、一斉砲火による弾幕を浴びせ掛ける事だろう。
外殻装甲および封鎖されたハッチ等の上、数十体の異形が牙を突き立てている。
膨大な質量を活かした突撃は、しかし外殻を突破するには至らなかったらしい。
無数の鋭い脚による攻撃も、僅かに装甲を傷付ける程度だ。
予想外の光景に我知らず眉を顰めるエリオ、交わされる念話。

『何をやっている?』
『外殻装甲を突破できなかったんだろう・・・多分。こいつら、失敗作か?』
『こちら管制室。目標に特異な変化は見られるか』 
『管制室、見ている通りです。連中、這いずり回るだけで特に何もしてこない。攻撃しますか?』

即答は無い。
管制室にしても、判断を下し難い状況なのだろう。
事実、エリオ個人の思考としても、眼前の光景は理解し難いものが在った。
これまでに遭遇してきたバイド生命体は、外観こそ醜悪なだけの歪な存在であったものの、一方で単一機能面を徹底的に突き詰めた非常に合理的な脅威でもあったのだ。
スプールスにて交戦した生命体群を例に挙げれば、攻撃を受ける事によって体内に存在する無数の寄生体を散布し、それらの物量で以って周囲の生命体群を圧倒し汚染するといった具合である。
よって、眼前にて外殻上を這い回る敵性体についても、何らかの特性を有していると思われた。
しかし、その特性が発現する様子、それが無い。
無様に外殻へと張り付き、牙と脚を忙しなく動かすだけのそれらは、とてもではないが脅威であるとは思えなかった。

『外殻に重大な損害は確認されない。目標、低脅威度と認識。距離を置き、長距離砲撃にて攻撃を実行せよ。管制室より総員、攻撃を許可する』

948R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:34:17 ID:.jmCVDEE
管制室、攻撃許可。
エリオの左右、砲撃魔導師達が自身等のデバイスを構える。
甲高い異音と共に集束する魔力素、魔法陣の中心へと形成され肥大してゆく魔力球。
様々な色の光球が膨れ上がる様を暫し見つめ、エリオは眼下の敵性体群へと視線を戻す。
相変わらず単なる蟲の様に這い回るそれらは、こちらへと接近するでもなく外殻への攻撃、意味の無いその行動を継続していた。

『・・・呑気な奴等だ』

エリオの右隣、念話にて呟きながらも照準を定める砲撃魔導師。
彼が手にしているデバイスの先端では、白色の光球が破裂せんばかりに膨れ上がっている。
視界の殆どが複数色の閃光に染め上げられる中、エリオの意識に攻撃の引き金となる言葉が木霊した。

『撃て!』

閃光。
衝撃と轟音が壁となって襲い掛かり、左右からエリオを圧迫。
思わず細めた目、狭められた視界の中で、胴部中央に砲撃の直撃を受けた敵性体が、体躯を半ばから切断される。
直後、砲撃そのものが分散炸裂し、無数の魔力爆発が外殻上を覆い尽くした。
外殻そのものを破壊せぬよう、貫通力に特化した砲撃魔法ではなく、範囲殲滅型のそれを選択したのだ。
数秒ほど爆発が続き、それらが発する閃光と轟音が掻き消えた後には、光り輝く魔力残滓のカーテンのみが残されていた。
業火の如く立ち上るそれらはエリオの視界を覆い尽くし、その先に拡がる光景を完全に遮断している。
だが、これ程の規模での一斉砲撃を受け、その上で敵性体が生存しているとは考え難い。
暫し無言のまま、眼前の光景を睨み据えていたエリオであったが、やがて緊張を解くと息を吐く。

『反応消失・・・敵性体は全滅だ。皆、良くやってくれた』

周囲の砲撃魔導師達が、大きく息を吐いた。
彼等もまた、緊張に曝されていたのだ。
構えていたデバイスの矛先を下ろし、周囲を見渡す。
幾ら索敵を実行しても、生存している敵性体を発見する事はできなかった。
僅かな痕跡すら残さず、消滅してしまったのだろう。

『管制室より総員、所定防衛地点に戻れ。北部区画外壁への配置については追って連絡する』
『第2シェルターの連中はどうする?』

自身の意識へと飛び込んだ問いに、エリオは後方の一団に紛れ込んだ、嘗ての上官達を見やる。
断片的にではあるが、状況を理解し始めているのだろう。
彼等は、困惑と猜疑の滲む表情を浮かべ、周囲を見回していた。
管制室は、其処に居るキャロ達は、如何なる対処を取るのか。

『管制室より総員、連中には手を出すな。状況説明も不要だ。ウルスラ、彼等をW-01物資搬入口へ誘導せよ』
『始末するのか? 今なら格好の状況だが・・・』
『いや、こちらから部隊を向かわせる。説得は彼等が行うそうだ』

説得とは何とも可笑しな話だと、なのは達を見据えつつエリオは思う。
その様な生易しい状況でない事は、誰の目にも明らかである。
デバイスの矛先と質量兵器の銃口、そして迎撃兵装の砲口を突き付けて行う状況説明を説得などとは、平時であれば口が裂けても言えはしまい。
だが今は、それが必要とされる状況なのだ。

『ライトニング01より管制室、S-04に・・・』
『管制室よりライトニング01、W-02へ向かえ。不測の事態に備え、指定地点にて待機せよ』
『・・・了解』

自身の所定防衛地点に戻ろうとするエリオへと、新たな指令が下される。
どうやら管制室は彼を、なのは達に対する説得時の保険として配備する心算らしい。
魔導資質強化の結果、現時点でエリオはオーバーSランクに匹敵する魔力保有量、瞬間最大出力、変換効率を備えるまでに至っている。
とはいえ、元々がオーバーSランクである上、極めて強力な砲撃魔法を有する魔導師が2名以上、それらを同時に相手取るのだ。
果たして、近代ベルカ式を用いる自身の戦術が、何処まで通じるものか。
冷静に思考しつつ現在位置を離れんとするエリオだが、すぐに動作を中断し有機構造体の方角を見やる。
危機的状況は、未だ過ぎ去ってはいないらしい。

949R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:35:11 ID:.jmCVDEE
『管制室より総員、警告! 新たな敵集団が接近中、警戒せよ!』

有機構造体の遥か奥、視界へと拡大表示される蠢く影。
また、あの敵性体だ。
多足類そのものの体躯を波打たせ、徐々にこちらへと接近してくる。
視認可能総数、約30体。

『またか。管制室、敵性体総数は?』
『総数183体。余り多くはないな、各地点に於いて多くても30体前後の計算だ』
『迎撃する』
『いや、こちらで高出力光学兵器による狙撃を行う。総員、現在位置にて待機せよ』

外殻各所にて、警告灯の黄色の光が明滅を始める。
開放されてゆくハッチ、迫り出す迎撃兵器群。
一見するとミサイルコンテナの様にも思える形状のそれらは、複数種の大出力光学発振機を内蔵している。
砲口となる前部装甲板上に照射用の力場を形成する事により、脆弱な内部機構を外部へと曝す事なく砲撃を可能とした超長距離狙撃型純粋光学兵器群。

そして数瞬後、有機構造体の方角へと向けられた兵器群の力場形成面に、微かな光が灯った。
超高出力光学兵器の砲撃は、余りにも強烈かつ一瞬である。
砲撃が実行された、その瞬間には焦点温度1400000Kの光条が目標を貫いているのだ。
砲撃対象は疎か、距離を置いて観測する第三者であっても、光条そのものを視認する事は不可能に近い。
攻撃照準波を検出する、或いは予測回避を実行する等の対策は存在するものの、実質的に完全な回避を確約する手段は存在しないのだ。

尤も、目標装甲素材の耐熱限界値が焦点温度を上回っていた事例、各種障壁からの干渉により光条が拡散してしまう欠点などが存在する為、今や純粋光学兵器の殆どは主力兵器の座から転落している。
事実、このベストラ外殻に配置された迎撃兵器群の主力は、純粋光学兵器ではなく電磁投射砲だ。
純粋光学兵器群が有する問題としては、アンチレーザー・コーティングが施されている目標に対しては殆ど無力、空間歪曲を用いた防御手段に対しては全く為す術が無いという点が挙げられる。
発振または集束時の触媒に波動粒子を用いる事で各種干渉手段の突破は可能となるものの、そんな対策を取るよりは初めから波動兵器を用いた方が効率も良い。
更に付け加えるならば、光学兵器による攻撃に波動粒子を付加するよりも、実体弾頭に対してそれを実行する方が遥かに容易かつ実用的である。
例外として、フォースを介しての出力増幅を用いるR戦闘機群が存在するが、あれらが実装する光学兵器は他のそれらとは根本的に異なる代物だ。
光としての性質そのものが変容する程の波動粒子を内包した光条と、通常の純粋光学兵器群より照射される光条が同一のものである筈がない。
ほぼ回避不能という攻撃能力を有しながらも複数の対策が存在し、それらを実装している目標に対しては徹底的に無力となってしまう兵器群。
それが、純粋光学兵器群だった。
だが、今回の様な有機敵性体に対しては、絶大な威力を発揮する事だろう。

『射線上からの人員離脱を確認。砲撃まで5秒』

背後に出現した砲台を一瞥した後、彼方の敵性体群を見据えるエリオ。
それらがベストラへと到達するまで、あと15秒というところだろうか。
どうやら、先程よりは速力を増しているらしい。
迫り繰るそれらが蒸発する様を観測せんと、エリオが微かに目を細めて。

『照射』



瞬間、後方へと弾き飛ばされた。



「ッ・・・!?」

肺より圧し出される空気、瞬間的に麻痺する感覚。
直後、更なる衝撃。
視界が赤く染まり、全身が激しく打ち付けられる。
四肢を引き裂かんばかりの強大な力、エリオの身体を翻弄するそれ。
数瞬か、或いは数秒か。
2度に亘り襲い掛かった衝撃を経て、エリオは漸く自身が静止した事を認識した。

950R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:36:14 ID:.jmCVDEE
視覚が、聴覚が機能していない。
身体の何処かしらを動かす事もできず、声を発する事すらできない。
唯、痛覚だけは徐々に回復していた。
全身を襲う、痺れにも似たそれ。
漸く回復した感覚に従い、エリオは身体を動かそうと試みる。
瞬間、全身を奔る激痛。

「ッぎ・・・!」

零れる呻き。
自身の声を認識した事で、エリオは聴覚の機能が回復した事を知る。
視界が閉ざされているのは、瞼を閉じている為だろう。
顔面の筋肉を引き攣らせつつ、エリオは閉ざされていた瞼を徐々に見開いた。

先ず、視界へと映り込んだものは、赤黒い液体。
視界の殆どを埋め尽くす、血溜まりだった。
何処からか溢れ返る血液は、黒に近い鈍色の構造物上にて不気味に波打っている。
自身が外殻上に、うつ伏せの状態で張り付いている事を、エリオは漸く理解した。
そして、身体の右側面に感じる、冷たく硬質な金属の感触。
外殻上に突出した、何らかの構造物か。
恐らくは、衝撃によって弾き飛ばされ外殻装甲へと打ち付けられた後、宙空へと放り出される途中で突出した構造物に衝突し、それが幸いして外殻上に留まる事ができたのであろう。

「ぐ、うッ!?」

外殻に手を突き、軽く力を込めるエリオ。
僅かな力ではあったが、低重力下ではそれで十分だった。
反動で身体を浮き上がらせると同時に、球状となった血液が周囲へと拡散する。
右手に、金属の感触。
視線を右手へと落とせば、其処にはストラーダの柄が確りと握り締められていた。
どうやら、衝撃に翻弄されながらも、自身のデバイスを手放す事態は避けられたらしい。
その事実に僅かな安堵を覚えつつ、エリオは周囲へと視線を巡らせる。
そして、絶句した。

「何だ・・・」

外殻が、抉れている。
否、抉れている等という、生易しい程度の破壊ではない。
外殻が、完全に崩壊していた。
クレーターに酷似した巨大な穴が其処彼処に穿たれ、それら全てから異様な白煙と、破壊された構造物の残骸が噴き上がっている。

視界を巡らせるも、人影は無い。
全員が退避したのか、或いは吹き飛んだのか。
周囲の空間は漂う無数の残骸に埋め尽くされており、それらの中を飛行できる状態ではない。
人間の頭部ほどの大きさも在るそれらは明らかに、飛翔魔法発動時に展開する障壁程度で弾ける代物ではなかった。
無論、それはエリオにとっても同様であり、現状ではストラーダによる高速移動など望むべくも無い。
そんな真似を実行に移せば、彼の身体は瞬く間に挽肉となる事だろう。

「くそ・・・!」

何が起きたのか。
全身を襲う激痛に呻きつつ、思考を加速させるエリオ。
新たに出現した敵性体について脅威度は低いとの判断が下された事、管制室により超長距離狙撃型純粋光学兵器群を用いての砲撃が実行された事は覚えている。
だが、其処までだ。
その後に何が起こったのか、全く理解できないのだ。
砲撃の瞬間、彼の身体は一切の前兆もなく、唐突に吹き飛ばされていた。
その事象が、強烈な衝撃波によって引き起こされたものであるとは理解しているが、では何処からそれが発生したのかが解らない。
何らかの攻撃が外殻に着弾したのか、或いは光学兵器群の異常か。

951R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:38:54 ID:.jmCVDEE
エリオは咳込みながらも、ストラーダのノズルより微弱な魔力噴射を行い、外殻へと降り立つ。
構造物表層から僅か2mの作用域とはいえ、外殻上には0.2Gの人工重力が存在していた。
エリオの脚部に掛かる荷重は、通常の20%程度。
しかし、明らかな重傷を負っている彼の身体にとっては、その程度の荷重でさえ危険なものであった。

「ぐ、あ!」

接地の瞬間、自重に耐え切れずによろめく身体を、咄嗟に突き出したストラーダの柄を杖とする事で支えるエリオ。
荒い呼吸を繰り返す彼の頭上を、衝撃波を撒き散らしながら通過する存在。
何とか持ち上げた視線の先、闇の奥へと消えゆく複数の白い影。
不明戦闘機群だ。
少なくとも数機は、先程の状況を掻い潜る事に成功していたらしい。
その光景を認識し安堵の息を漏らすと同時、エリオの意識へと飛び込む念話。

『・・・応答を・・・聴こえるか・・・誰か・・・』
「・・・管制室か?」
『被害状況・・・駄目だ、応答が無い・・・呼び掛けを・・・』
「こちら、ライトニング01・・・管制室、聴こえるか?」
『・・・応答せよ・・・状況不明・・・』

応答せよとの言葉、こちらからの呼び掛けに対する無反応。
エリオは、管制室が外殻の状況を把握していないと判断する。
先程の衝撃、恐らくは爆発によるそれが発生した際に、外部観測機器の殆どが沈黙したのだろう。
他方面の外殻でも、同様の事態が発生しているのだろうか。

「誰か、誰か居ないのか? 聴こえるなら応答を・・・」

エリオは自身の傍らへとウィンドウを展開し、音声にて全方位通信を試みる。
受信の確立を少しでも高める為、念話ではなくこちらを選択したのだ。
だが、ウィンドウ上に表示されるはノイズのみであり、音声に関しても正常に接続される様子は無い。
当然ながら、未だ呼び掛けを続ける管制室が、エリオからの通信に気付く様子も無かった。
回線は、受信のみが辛うじて機能している。

エリオは震える手で暫しウィンドウを操作し、やがて諦観と共にそれを閉じた。
管制室からは、変わらず呼び掛けが続いている。
恐らく彼等は、外殻の人員が全滅したのでは、との危惧を抱いているのだろう。
こちらの存在を知らせる術が無い以上、このまま現在位置に留まる事に意味は無い。
軽く外殻を蹴り、身体を浮かばせ重力作用域を脱した、その直後。

『撃つな!』

突如として意識へと飛び込んだ全方位通信に、全身を強張らせるエリオ。
知らず、彼は周囲を見回す。
人影は無い。
他方面の外殻より発せられたものか。

『攻撃中止! 攻撃中止だ! 総員、撃つな!』

再び飛び込む、全方位通信。
殆ど絶叫と化したその様相に、エリオは再び身体を強張らせる。
様子がおかしい。
攻撃を中止せよとの指示は、如何なる理由により発せられたものか。
恐らくは繋がるまいと思考しつつも、エリオは状況確認の為に呼び掛けを試みる。

「こちらライトニング01、応答を・・・」
『撃つなと言ってるんだ、撃つな! あれは生体機雷だ!』

952R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:40:08 ID:.jmCVDEE
唐突に意識中へと飛び込んだ聞き慣れない名称に、エリオは続く自身の言葉を呑み込んだ。
生体機雷。
言葉通り、生体組織を用いて形成された、炸裂式の範囲制圧兵器なのであろうか。
彼の思考に浮かぶ疑問を余所に、通信は続く。

『W-12、サルトンより警告! 敵性体、有機質機雷としての性質を有している! 起爆条件は頭部に対する攻撃だ!』

通信越しに放たれる、緊迫した叫び。
エリオは反射的に、そして無意識に周囲へと視線を巡らせている。
敵性体、視認できず。

『まるで地雷だ! 1発でも頭部に着弾すると、次の瞬間には体節が砲弾みたいに突っ込んでくる! 速過ぎて視認も回避もできない!』
「・・・畜生」

悪態を吐くエリオ。
彼方を睨む彼の視線の先に、複数の長大な影が蠢いていた。
先程の敵性体が群れを成し、三度ベストラへと接近しているのだ。

『射撃および単純砲撃による攻撃は避けろ! 範囲殲滅型魔法か、空間制圧型兵器による攻撃で消滅させるんだ! 体節の1つでも残ったら、それが突っ込んできて爆発するぞ!』

敵性体群、加速。
同時に、エリオの遥か頭上を翔け抜ける幾つかの光条、白亜の光を放つ砲撃魔法。
それらは高速にて敵性体群へと突入し、直後に閃光を放ち炸裂した。
無数の魔力爆発が連なり、空間を埋め尽くしてゆく。
恐らくは、古代ベルカ式直射型砲撃魔法、フレースヴェルグ。
少なくとも、はやては無事であったらしい。
かなり後方まで吹き飛ばされた様だが、直射型砲撃を放てる程度には健在なのだろう。

「流石・・・」

無数の白亜の爆発、瞬く間に視界を埋め尽くしたそれに、エリオは微かに声を漏らす。
はやても、先程の警告を受信していたのだろう。
その内容を直ちに理解し、範囲殲滅型砲撃魔法を放ったのだ。
指揮官という立場上、前線に出る事は稀である筈の彼女ではあるが、咄嗟の状況認識力と判断力は突出しているらしい。
しかし残念ながら、敵性体の殲滅には至らなかった様だ。
消えゆく魔力爆発、その先より迫り来る数十体の影。

「くそッ!」

悪態をひとつ、エリオはストラーダより魔力噴射を実行。
軋む身体を無視し、瞬時に200mほど上昇する。
眼下を見回すものの、周囲に他の人員は見当たらない。
遥か彼方で閃光が瞬いているが、あれらは不明機体群が敵性体との戦闘を行っているものであろう。
後方から砲撃が放たれる様子も無い。
はやてが砲撃を連射できる訳ではない事はエリオも承知しているが、なのはは何をしているのだろうか。
もしや、戦闘への復帰が不可能な程に負傷しているのか。

圧縮魔力再噴射、敵性体群へと向け加速を開始。
比較的小型の1体に狙いを定め、軌道修正と共に更に加速。
迫り来る異形の頭部、不気味に光を照り返す巨大な牙と複眼。
左右に開閉を繰り返す異形の顎部を見据えつつ、エリオは思考する。

頭部への攻撃は、致命的な反撃を誘発してしまう。
極めて強力な範囲殲滅型の攻撃で以って、跡形も無く消滅させてしまえば問題は無いが、自身はそれに分類される長距離攻撃手段を有していない。
しかし、後方から新たな戦術級砲撃が飛来する様子は無く、周囲に他の人員の存在を見出す事もできない。
不明戦闘機群は遠方にて大規模な戦闘を展開しており、こちらに対する支援は望むべくもないだろう。
だが、それでも眼前の敵性体群、それらとの交戦を回避する事はできない。

953R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:41:05 ID:.jmCVDEE
施設外殻は先程の爆発によって既に、其処彼処に巨大な穴が穿たれている。
それらの内の幾つかは、施設内部の大規模アクセスラインにまで達している事だろう。
其処に敵性体が侵入すれば、どれ程の被害が発生するであろうか。
間違い無く、凄惨な事態となるだろう。
仮に、敵性体の侵入後に施設内の戦闘要員が迎撃に当たったとして、攻撃が敵性体の頭部へと直撃してしまえば、更に凄惨な被害が齎される事となる。
最悪の事態を回避する為にも、自身が此処で敵性体群を排除せねばならない。

策と呼べる程のものですらないが、考えは在った。
頭部への攻撃が起爆の条件であるのならば、胴部へのそれはどうか。
1箇所を切断した程度で、バイド生命体が活動を停止する等という甘い思考は有していないが、ならば絶命するまで斬り刻むまでだ。
胴部の切断が起爆の条件を満たしてしまう虞は在るが、眼下の外殻上に人影が認められない以上、大して問題は在るまい。
精々、自身が消し飛ぶ程度のものだろう。

ブースター、出力最大。
メインノズル、最大推力へ。
対空気抵抗・対衝撃魔力障壁、展開。
あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、急激に引き延ばされる体感時間。
加速する思考の中、エリオは改めて敵性体の胴部中央に狙いを定める。
「着弾」まで、1秒。

「・・・ッ!」

衝撃。
視界を埋め尽くすまでに接近した敵性体の体表面が、紫電を纏ったストラーダの矛先によって穿たれる。
異形の強固な体組織を瞬時に気化させ、分解してゆく鋼の牙。
瞬間、最大出力での放電。
リンカーコアの強化に伴い、劇的に増大した魔力容量および瞬間最大出力、機械の如く精密化した制御能力および変換効率。
それら全ての機能を限界まで発現させ、発生した膨大な電力を破壊槌と成し、敵性体へと打ち込む。
メインノズルより噴出する圧縮魔力は業火を発し、更に高圧の電流を帯びる破壊的な奔流と化していた。
エリオに纏い付くそれは周囲のあらゆる存在を瞬時に焼き尽くし、更に超高速機動に伴い発生する衝撃波が全てを粉砕する。
今やエリオは、標的へと向け飛翔するミサイルそのものであった。

防音障壁により無音となった意識の中、視界を遮る存在が消滅してなお、エリオが速度を緩める事はない。
急激な軌道修正を行い、魔力残滓による放物線状の軌跡を描きつつ、次なる標的へと向かう。
全身の負傷など、既に意識外へと追い遣られていた。
エリオの思考を埋め尽くすは、敵性体の排除という目的のみ。
業火と紫電を撒き散らし、往く手を阻むもの全てを滅ぼす、金色の魔弾。
巨大なバイド生命体でさえ、その進攻を止める事は叶わない。
全長数十mにも達する異形の体躯、それらの中央部を次々に貫き、蒸発させてゆくエリオ。
時に弧を描き、時に稲妻の如く折れ曲がる軌跡。
荒れ狂う雷撃による無慈悲な蹂躙が終焉を告げたのは、敵性体の全てが体躯を分断された直後の事であった。

「・・・ッく!」

ストラーダの矛先を進行方向の逆へと向け、メインノズルより圧縮魔力の噴射を行うエリオ。
急激な減速と共に、彼の全身を覆っていた魔力の暴風、業火と紫電によって形成されていたそれが、凄まじい衝撃波と化して拡散する。
膨大な量の圧縮魔力、極限まで凝縮されていたそれが一瞬にして開放され、炸裂したのだ。
エリオを中心として巻き起こる、巨大な魔力の爆発。
周囲に浮かぶ構造物、或いは敵性体の残骸が残らず消し飛び、後には高熱に揺らぐ大気のみが残された。
虚無と化した空間の中心、エリオは荒い呼吸を繰り返す。

手応えは在った。
ストラーダは確実に敵性体を穿ち、その体躯の一部を消滅せしめたのだ。
確認した敵性体の総数は34体。
その全てを貫き、引き裂き、焼き払った。
衝撃波による周囲への副次効果も考慮すれば、敵性体が生命活動を維持している可能性は極めて低い。
恐らくは、体躯の両端に位置する2箇所の頭部、その周辺を除く殆どの部位が消失している事だろう。

「ストラーダ!」
『Impossible to detect』

954R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:42:13 ID:.jmCVDEE
ストラーダに索敵を命じるエリオ。
しかし、高密度の圧縮魔力が炸裂した余波か、生体探知機能が動作しない。
魔力素を介して索敵を行うデバイス類に対し、魔力爆発は最も効果的な撹乱効果を発揮するのだ。
舌打ちをひとつ、エリオは周囲を見回し索敵を行う。
ある程度ベストラから離れた為か、周囲は薄暗く視界が利かない。
それでも彼は、無駄とは理解しつつも、敵影を探さずにはいられなかった。
せめて、自身が撃破した敵性体の残骸、その程度は確認したかったのだ。

「駄目か」

だが、それは叶わない。
先程の様に其処彼処に光源となる爆発が発生している訳でも、ベストラから照明弾が放たれている訳でもない。
外殻から2kmも離れてしまえば、其処はもう漆黒の闇の中だ。
現在位置からは外殻上の各種光源を薄らと視認する事が可能だが、更に500mほど離れれば完全にベストラを見失う事だろう。
これ以上の単独行動は危険であると判断し、エリオはストラーダの矛先をベストラへと向ける。
だが、直後。

「・・・これは?」

エリオの意識へと飛び込む、奇妙な異音。
鋏の刃を打ち鳴らしているか様な、金属的なそれ。
微かではあるが、その音が幾重にも連なり、周囲の空間に響いている。
デバイスによる集音機能が、微かな音を拾い上げているのだ。
咄嗟に周囲を見回すが、それらしき異音の発生源は見当たらない。
だが、この瞬間も耳障りな金属音は、確かに発せられ続けている。
そればかりか、徐々にその音量と数を増し続けているのだ。

「誰か・・・この音が聴こえるか? 誰も居ないのか!」

全方位通信。
だが、応答は無い。
闇より迫り来る音は、更にその数を増している。
湧き起こる焦燥感に圧され、知らず声を荒げるエリオ。

「こちらライトニング01! 誰でも良い、何か・・・!?」

しかしエリオは、その呼び掛けを中断した。
せざるを得なかったのだ。
彼の意識は、視界へと映り込んだ何かに集中していた。

「今のは・・・」

その輪郭を、明確に捉えた訳ではない。
だが、確かに見えたのだ。
闇の奥に蠢く、奇妙に歪んだ無数の影。
ベストラ外殻上より発せられる光、それを微かに照り返す褐色の生体表層。
金属音が更に数を増し、音と音の間隔までもが徐々に短くなる。
音源、接近中。

「ストラーダ!」
『Sonic move』

迫る危険を察知し、エリオはソニックムーブを発動。
下肢に奔る、微かな痺れ。
一瞬にして加速し、僅かに4秒前後で外殻へと到達する。
推力偏向ノズル稼動、逆噴射実行。
エリオは両脚部を進行方向へと突き出し、接地に備えた体勢を取ると同時、それに気付く。

955R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:43:47 ID:.jmCVDEE
「あ・・・」



彼の右脚、膝部から先が無かった。



『Watch out!』
「ッ!?」

ストラーダからの警告。
意識中に生じた空白は、瞬間的ながら致命的なものであった。
接地まで1秒、姿勢制御が完了していない。
最早、手遅れだった。

「ッ・・・ガ、ァ!」

残された左脚、そして左腕を突き出し、最低限の接地体勢を整える。
だが、それも衝撃を軽減するには、貧弱に過ぎるものだった。
接地の瞬間、エリオの全体重を受けてしまった左脚部は、一瞬の内に捩れて折れ曲がる。
足首が捩れ爪先と踵部の方向が入れ替わり、張り裂けた皮膚と筋肉から噴き出す血液。
三箇所で折れ曲がった下腿部、皮膚下から飛び出す骨格と筋組織。
膝部までもが可動範囲を大きく超えて捩曲がり、断裂した筋組織と粉砕された骨片が四散。
そして、瞬時に崩壊した左脚部を支点として、速度を保ったままにエリオの身体が前方へと倒れ込む。

突き出された左腕部。
左脚部の接触によって幾分か速度は落ちたものの、エリオの身体は未だ高速にて移動している。
そんな状態下で構造物へと接触した左腕部が、やはり左脚部と同様に折れ曲がった。
否、折れたのではない。
エリオの左腕部は、肘部から先が失われていた。
外殻表層に突出した無数の構造物、その内の1つへ接触すると同時に千切れ飛んでしまったのだ。
その際の衝撃により、エリオの身体は錐揉み状態へと陥る。
回転する視界、消失する平衡感覚。
直後、全身を粉砕せんばかりの衝撃。
数瞬か、或いは数秒か。
エリオの意識が、確かに闇へと沈んだ。

「う・・・」

開ける視界。
意識が、急速に浮かび上がる。
だが、身体を動かす事ができない。
仰向けのまま、全く動かせないのだ。
両脚部、左腕部が存在するべき箇所には微かな痺れが奔り、それ以外の一切の感覚が抜け落ちている。

「あ・・・」

しかし1箇所だけ、エリオの意思に従い稼動する部位が在った。
右腕部だ。
最早、痛覚とも呼べない微かな痺れに支配されたそれは、辛うじて未だ彼の制御下に在った。
震えるそれをぎこちなく動かし、掌部を構造物に突いて身体を傾ける。
鋭い痺れが全身を貫いたが、エリオは最早それを意にも介さなかった。
感覚の異常など、気に留めるだけ無駄である事は、既に理解していたのだ。
頭部から出血している事にも気付いてはいたが、無視して瞼を押し上げる。
低重力下である事が幸いし、血液が眼球上へと伝う事は無かった。
そしてエリオは、薄らと霞む視界の中に、無数の蠢く影を見出す。

956R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:44:39 ID:.jmCVDEE
「・・・蟲?」

放たれた呟き。
エリオの視界に映り込む存在について表現するならば、正しくその言葉こそが適当であった。
微細な脚部を無数に蠢かせ、高速かつ不規則な軌道を描く無数の生命体。
余りにも醜悪な外観を周囲へと見せ付けながら、巨大な顎部を打ち鳴らしつつ群れるそれら。
エリオは唐突に、その正体に気付く。

あれは、先程の敵性体だ。
自身は、致命的な反撃を誘発する敵性体頭部への攻撃を避け、目標の胴部を切断。
それでは飽き足らず、放電と推進炎による焼却までも実行した。
一連の攻撃により、敵性体群は残らず絶命したものと判断していたのだ。
甘かった。
敵性体は、生命活動を停止してなどいない。
胴部を幾箇所にも亘って切断され、それらの内の殆どを消滅させられてなお、生命活動を維持していたのだ。
そして今、敵性体群は信じ難い程におぞましい外観へと化し、自身の視界を埋め尽くしている。

「ッ・・・! 化け物が・・・!」

切断された敵性体は、絶命したのではない。
体節毎に複数の個体へと分裂し、1個の長大な個体から群体へと変態したのだ。
先程に自身が切断した敵性体、恐らくはそれらの内の殆どが。

「くそ・・・この襤褸め」

悪態を吐くと同時に右腕部に込められていた力が霧散し、エリオは身体を支え切れずに再び背を外殻上へと預けた。
見上げる彼の視線の先、切断された敵性体の一部が無数に、宛ら蜂の群れの如く密集している。
牙を有する個体、切断面から体液を撒き散らす個体、生体機能の維持限界を超えたらしく唐突に群れから遊離する個体。
既に痛覚すら麻痺した身体を横たえたまま、呆然とそれらを見つめるエリオ。
彼は自身が置かれた状況を客観的に、そして冷徹に分析していた。

自身がやれる事は、全てやり遂げた。
恐らくは他方面でも、敵性体の特性に気付いた事だろう。
これ以上にできる事は、何も無い。
キャロの事は気掛りだが、最早どうしようもないのだ。
自身の生命維持機能は、既に限界を迎えつつある。
今更、何をする程の事もない。
後の事はキャロが、彼女に賛同する者達が、上手く片付けてくれる事だろう。
考えてみれば、彼女と自身が離れる為にも、丁度良い機会だ。
このまま、意識を失ってしまえば良い。

体温が急速に失われていく事を、エリオは自身の感覚で察していた。
出血が激し過ぎる。
無数の小さな傷はともかく、四肢の内3箇所が失われているのだ。
今更、止血をしたところでどうにかなるものではないという事も、彼は既に理解していた。
幸運にも味方に発見され、AMTPへと搬入される事が在れば、或いは生き長らえる事も可能かもしれない。
だがエリオは、そんな幸運が起こる事を期待する程、楽観的な思考を有してはいなかった。
吐血混じりの激しい咳を繰り返しつつも、徐々に静かになってゆく呼吸音。
その変化を自身で認識しつつ、彼は静かに瞼を下ろす。
しかし、直後に意識へと飛び込んだ通信音声は、彼が安息の眠りに就く事を許しはしなかった。

『・・・展開を完了した。味方の姿は確認できない・・・外殻は酷く破壊されている』
『ライトニング02、我々は現状維持を?』
『こちらライトニング02。現在S-02第1予備アレイ・ハッチ、作業員運搬リフトにて移動中。外殻到達まで40秒です』

957R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:45:40 ID:.jmCVDEE
途端、エリオは瞼を見開く。
開かれた視界の中に、敵性体群の影は無い。
あれ程に群れていた蟲共が、1体すら残さずに姿を消していたのだ。
軋む身体に鞭打ち、頭部を回らせて南部区画方面へと視界を向ける。
渦を巻く様に蠢き、遠ざかりつつある異形の群れ。
敵性体群、南部区画へと向け進攻中。

「・・・馬鹿な!」
『こちらデニム、了解した・・・呼び掛けに対する反応が無い。誰も居ないのか』
「何を・・・何をやって・・・!」
『誰か応答を・・・聴こえますか? こちらライトニング02、外殻の状況を・・・』

咄嗟に右腕部を動かそうとするも、それが実行される事はない。
エリオの身体は、微かに揺れ動いただけだ。
霞み始めた視界は、彼に残された時間が余りにも少ないという事実を、雄弁に物語っている。
敵性体との交戦など、望むべくもない。
だからこそ、せめて敵性体の情報を伝えようと、エリオは念話の発信と共に声を振り絞る。

ベストラ内部から新たに展開したのであろう、キャロを含む友軍部隊。
考えたくもない事ではあるが、彼等は敵性体の特性を知り得ていない可能性が在る。
光学兵器群による狙撃実行後に発生した、敵性体の拡散と自爆。
それ以降、管制室が外殻からの情報を遮断された状態に在った事は、想像に難くない。
そして状況を確認する為に、キャロを含む新たな部隊が外殻へと展開する事も、予想されて然るべき事態であった筈だ。
だがエリオは、その可能性を失念していた。
敵性体の排除に意識を傾け過ぎ、外部情報を遮断された内部の人員が如何なる行動に出るか、その予測を怠ったのだ。

「来るな・・・来るんじゃない! 敵が向かってるぞ!」
『もうすぐ外殻です・・・こちらライトニング02、外殻の状況を・・・』
「来るなと言ってるんだ! 駄目だ、戻れ!」
『外殻に到達・・・ヴォルテール?』
『散れ!』
「ライトニング! 応答してくれ、ライトニング・・・キャロ!」

通信越しに飛び込む、ヴォルテールの咆哮。
記憶の中のそれとは異なり、明らかに苦痛の色を含んでいると判る。
続いて、困惑した様に自らの守護竜の名を叫ぶキャロの声、他の隊員達の絶叫。

『くそ、何なんだ! 総員、警戒せよ! 高速飛翔体多数、完全に包囲されているぞ!』
「撃つな、撃つんじゃない! 駄目だキャロ、逃げろ! 逃げてくれ!」
『信じられん、こっちの機動に・・・』
「交戦するな、逃げろ!」
『大型敵性体、接近!』
『頭部を狙え!』
「止せぇッ!」
『撃て!』

攻撃を止めるべく、エリオは絶叫する。
だが、その叫びは届かない。
轟音とノイズ、それらを最後に途絶える通信。

「あ・・・う、あ・・・!」

零れる声は、意味を成さず。
闇により視界が閉ざされゆく中で、エリオは全てが手遅れであった事を理解する。
キャロ達は敵性体への攻撃、何としても避けるべき頭部へのそれを実行してしまったのだ。
その結果として何が起きるか、起こってしまったのか。
エリオは、身を以って知り得ている。

「キャロ・・・返事を・・・キャロ・・・!」

958R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:46:39 ID:.jmCVDEE
救えなかった。
もう、手遅れなのだ。
衝撃波と異形の破片、襲い掛かるそれらの瀑布に、何もかもが呑まれて。

「畜生・・・畜生・・・ッ!」

呪いの言葉。
傷という傷から生命の証を止め処なく溢し続けながら、エリオは嗚咽と共に絶望の声を吐き続ける。
怨嗟の念を叫ぼうにも、最早それだけの力など残されてはいない。
死が、すぐ其処にまで迫っている。

「畜生・・・!」

闇に満たされゆく視界の中、虹色の光が弾けた様な気がした。
エリオはそれに対し、何ら関心を見出せない。
彼は、出来得る限りの事をやり遂げた、との納得を得たままに逝ける筈だった。
だが今や、その様な感情は欠片さえも残されてはいない。

「役立たずめ・・・!」

自身を罵倒しつつ、エリオは宙空を仰ぎ見る。
視線の遥か先、闇を引き裂く複数の白い影。
恐らくは不明戦闘機群だろうと、エリオは焦点が定まらぬ思考の片隅で推測する。
今となっては如何でも良い事と、その情報を意識の外へと押し遣らんとした、その時。
眩い2条の光線が、宙空より闇を切り裂いた。

「・・・っ!」

閃光は一瞬。
外殻の彼方、数瞬ほど遅れて噴き上がる、巨大な爆炎の壁。
約1秒後に到達した衝撃がエリオの身体を舞い上げ、続けて襲った轟音が聴覚と意識を苛む。
そのまま数十mを吹き飛ばされ、外殻上へと戻る事なく宙空を漂うエリオ。
彼の思考は既に、状況の変遷を理解していた。

奴等だ。
遂に、戻ってきたのだ。
地球軍。

先程に目にした白い影は、不明戦闘機群などではなかった。
あれは、R戦闘機だ。
不明戦闘機群の強襲により、ベストラから逃亡したR戦闘機群。
それらがバイドを、被災者達を殲滅すべく、この施設へと戻ってきたのだ。

「お終いか・・・」

無重力中を漂いつつ、エリオは瞼を下ろす。
地球軍が戻ってきてしまった以上、事態の好転など望むべくもない。
一時は状況を支配したかに思えた叛乱も、結局はバイドという強大かつ不確定な要素によって瓦解してしまった。
その後の混乱を打開する事も出来ず、しかもバイドの殲滅を旨とするR戦闘機群の襲来。
既にパイロット達にとっては、被災者の殲滅など二の次に過ぎないのかもしれない。
この場に存在するバイド生命体群の殲滅に成功したのならば、その時にはベストラなど塵も残さず消滅している事だろう。

深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
失われた四肢からの激痛は、既にその殆どが薄らいでいた。
大量の失血に伴う、痛覚の麻痺だろう。
自身に残された時間は長くはないと、エリオは他人事の様に思考する。
そんな彼の意識へと、微かな音が飛び込んできた。
聴き慣れた魔力噴射音。
そして、エリオに残された唯一の四肢である右腕に、冷たい金属の質感が接触する。
そちらへと視線を遣り、エリオは息を呑んだ。

959R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:47:31 ID:.jmCVDEE
「・・・ストラーダ?」

其処に在ったそれは、彼の相棒。
先程の衝撃によって吹き飛ばされ、主から引き離されて尚、自らの意思でエリオの許まで戻ってきたのだ。
天体内部への転送以降、度重なる違法改造を経た鈍色のそれは全体に無数の傷が刻まれてはいるものの、機能に障害は生じていない。
そして、寡黙なそのデバイスとしては極めて珍しく、ストラーダは自ら言葉を発した。

『Watch this』

その言葉と共に、エリオの傍らへと展開されるウィンドウ。
其処から更に、ベストラの立体構造図が投影される。
恐らくは、ウォンロンのシステムを介しての、超広域魔力走査。
ベストラの異常に気付いたウォンロンが、自らの危険をも顧みずに直接支援を開始したのだろう。
そして、投影されたベストラ構造図の各所、表示される無数の魔力反応。
それらは不規則に、だが極めて激しく明滅を繰り返している。
エリオは双眸を限界まで見開き、友軍の魔力反応を示す光点、青色のそれらに見入っていた。

「生存者・・・まだ、残って・・・!」
『Watch』

再度に言葉を放つストラーダ。
拡大表示される画像、外殻S-02。
新たに生存者のコールサインが複数表示される中、その見慣れた名称が在った。

「キャロ・・・!」

ライトニング02。
他1名の反応と共に高速で以って移動しつつ、周囲に無数の直射弾を放ち続ける光点。
周囲では複数の反応が高速機動と攻撃を継続しており、更にそれらの反応は徐々に同一点へと集結しつつあった。
彼等は、まだ戦い続けている。
彼女は、今この瞬間も生きて、そして戦っているのだ。
ならば自身にも、まだやるべき事が在る。

『Get up Master. Go』
「ああ・・・行こう、ストラーダ」

その言葉と共に、エリオの右手がストラーダの柄を掴む。
相棒へと呟く彼の目には最早、諦めの色は無い。
既に痛覚が麻痺している事実でさえ、今となっては好都合とすら思えた。
ストラーダのサイドブースターを作動させ、姿勢を安定状態へと推移させる。
先程まで、僅かばかり身体を動かしただけでも全身を襲っていた激痛が、嘘の様に消え失せていた。
死が近付いている事の証明かとエリオは思考するが、それでも残された右腕、そして肘部から先が失われた左腕の名残は、異常など無いかの様に軽快に動く。
脚部も同様で、大腿部のみが残された右脚、膝部以下を粉砕された左脚も、残存する部位は問題なく動かす事ができた。
独りで立つ事も、満足に物を掴む事も不可能だが、どちらの行動も無重力中では然程に必要あるまい。
身体機能の確認を終え、エリオは独り宣言する。

「ライトニング01、これより生存者救援に向かう!」

960R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:48:40 ID:.jmCVDEE
爆発。
金色の魔力光が炸裂し、エリオとストラーダが雷光と化す。
光の尾を引き、魔力光の残滓を闇へと飛散させつつ、護るべき者の許へと突き進む金色の流星。
その往く手を阻む敵性体群が、雷光に触れるや否や欠片さえも残さずに消滅する。
身体、そしてリンカーコアに対するあらゆる負荷を無視し、闇を引き裂き翔けるエリオ。
微かな希望に、意識を奪われた彼は気付かない。



失われた四肢の断面からの出血が、既に止まっている事実に。
肘部が、膝部が、半ばまで再生されている事実に。
今この瞬間でさえ、リンカーコアの出力が増大している事実に。
生存者の情報を齎したウィンドウが、ウォンロンからの干渉によって展開されたものではないという事実に。



雷光の騎士にも、その相棒たる鉄槍にも気付かれる事はなく。
緩やかに、しかし確実に。
「現実」が、歪み始めていた。

*  *  *

光学兵器群による狙撃を実行した直後、管制室を襲った微かな振動。
その瞬間から、外殻との連絡は完全に途絶えた。
回復を試みはしたものの、システムは沈黙したまま。
復旧には時間が必要であると判明した際に、偵察を目的とする部隊の編成が提案された事は、実に自然な流れであった。
そして、今回の武装蜂起に於ける事実上の指揮官であるキャロもまた、自身の外殻上への展開を望んだ。

無論の事、反対の声は大きかった。
指揮官が自ら前線に出る事は、可能な限り避けるべきであると。
それらの意見に対しキャロは、今となっては自身が指揮官たるべき理由は無い、と反論した。

武装蜂起は成功し、地球人とバイドの真実は生存者のほぼ全てに知れ渡った。
自身が担うべきは其処へと至るまで、そして至った後の責任を負う事であり、生存者全体の指揮を執る事に関しては自身以上の適任者が幾らでも居る。
そして自身は竜召喚士であり、絶大な火力を有する使役竜および真竜を使役できる、現状に於いては唯一の人材である。
その火力を死蔵するべきではなく、その余裕も無い筈。
外部に如何なる脅威が存在しているかを観測できない以上、現有の最大火力で以って事態の収拾に当たるべきではないか。

そうして反対の意見を封じたキャロは、すぐさま部隊を編成し南部区画へと向かった。
S-02外殻へと通じるアレイ・ハッチ、其処へと直結する大型リフト。
外殻への移動手段として其処を選択した理由は、ヴォルテールを外殻上に展開させる為だ。
ベストラ内部に待機していたヴォルテール、それを外部へと移動させる為には巨大なハッチが必要となる。
直径90mを超える、巨大な非常用星間通信アレイアンテナ。
それを外殻上へと展開させる為の大型リフトとハッチは、正にヴォルテールの移動に最適な設備だった。
他方面については、既に16名の魔導師から成る別動隊が、W-07外殻へと向かっている。
彼等はキャロ達よりも先に外殻へと到達し、外部状況に関する報告を齎す筈であった。
更にはフリードが、キャロの命によって彼等の援護に就いている。
いずれにしても、偵察隊としては規格外の戦力だ。

アクセスラインを通じてヴォルテールを移動させ、大型物資搬入口を通じてリフトまで誘導。
アレイアンテナ未搭載のリフト上、ヴォルテールを配置。
だが此処で、予想外の問題が発生した。
リフト上に防護服を着用していない人員が存在する状態で上昇を実行すると、システム全体が強制的にシャットダウンされてしまうのだ。
アンテナからの輻射による健康被害を避ける為の措置なのだろうが、バリアジャケットを纏った魔導師達からすれば無用の措置でしかない。
仕方なく、キャロ達はヴォルテールのみを大型リフトで外殻上へと運搬させ、自身等は隣接する作業員運搬用リフトへと移動した。
幾分かは簡潔であるこちらのシステムへとオーバーライドし安全回路をキャンセル、先行して上昇中のヴォルテールを追い掛ける形で上昇。

961R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:49:45 ID:.jmCVDEE
既に外殻への展開を終えた別動隊からは、味方の姿が確認できないとの報告が齎される。
キャロもまた、自身の声と念話で以って呼び掛けを行うも、ウィンドウ越しに返されるのは沈黙のみ。
最悪の事態を想像しつつも、彼女は外殻への展開を止めようとはしなかった。
止めた処で、事態が好転する訳ではない。

「もうすぐ外殻です・・・こちらライトニング02、外殻の状況を・・・」

そしてヴォルテールに遅れる事4秒、キャロ達は外殻上へと到達した。
リフトを降りエアロックへと侵入し通過、次いで外殻上へと繋がる耐爆扉を開放。
鼓膜へと突き刺さる真竜の咆哮、同時に彼女達の視界へと映り込んだそれは。

「外殻に到達・・・ヴォルテール?」



怒り狂う「右前部翼の無い」ヴォルテールの姿だった。



「散れ!」

誰かが叫ぶと同時に、キャロの身体は抱え上げられ、強制的に移動を開始していた。
回転する視界、金属の構造物を削る凄絶な異音。
何が起きているのかを理解するよりも早く、全方位へと放たれた念話が意識中へと飛び込む。

『くそ、何なんだ! 総員、警戒せよ! 高速飛翔体多数、完全に包囲されているぞ!』

其処で漸く、キャロは気付いた。
自身等の周囲、無数の「何か」が渦を巻く様にして飛び交っている。
それらは高速かつ不規則な機動で飛翔している為、その姿を鮮明に捉える事はできない。
だが、少なくとも敵性存在である事だけは確かだ。

『蟲だ、蟲共が・・・!』
『信じられん、こっちの機動に喰らい付いてくる! 』

散開した隊員達より飛び込む、緊迫した様相の念話。
彼等は、飛翔体からの攻撃を受けているらしい。
すぐさまキャロは、自らの使役する真竜へと呼び掛ける。

『ヴォルテール! 空間制圧、無制限!』

400mほど離れた地点、爆発する紅蓮の光。
ヴォルテールによる砲撃、ギオ・エルガ。
閃光が宙空を埋め尽くし、一瞬ではあるが周囲に存在する異形群の影を浮き上がらせた。

「何、これ・・・!」

多過ぎる。
砲撃の瞬間、ヴォルテールの周囲に位置していた無数の影が、魔力爆発の余波によって跡形も無く消し飛んだ。
しかし、ヴォルテールを中心とした約200m以内を除く、ほぼ全ての空間が飛翔体の影によって埋め尽くされていたのだ。
そして、断続的に鳴り響く、無数の金属音。

『来やがった!』

キャロを抱える隊員、彼が念話を発するとほぼ同時、再度に視界が激しく揺さ振られる。
急激な加速、回避行動。
慣性により上下左右へと振り回される感覚の中で、キャロは自己の内に沸き起こる焦燥を抑え込む事に必死だった。
ヴォルテールが上げる苦痛の咆哮が、彼女の内で絶え間なく響き続けているのだ。
そして、その咆哮はヴォルテールの身に起きている異常を余す処なく、詳細にキャロへと伝えていた。

962R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:50:33 ID:.jmCVDEE
ヴォルテール、右前翼部喪失。
更に右脚部および左腕部切断、脱落。
直立姿勢保持不可、宙空浮遊状態へと移行。

『大型敵性体、接近!』
『頭部を狙え!』

至近距離から響く金属音の破壊音、ほぼ同時に飛び込む念話。
キャロは必死に視界を廻らせ、周囲の状況を把握せんとする。
輪郭を鮮明に捉える事はできないが、何やら蟲にも似た異形が飛び交っているらしい。
更に遠方へと目を凝らせば、薄闇の奥からはより大型の異形が接近中であると判る。
だが既に、散開した隊員達は迎撃態勢を整えていた。
そして、攻撃。

『撃て!』

直後、一切の前触れ無く襲い掛かってきた衝撃に、キャロの身体は木の葉の如く吹き飛ばされていた。
強烈な圧力により、肺の内より圧し出される空気、暗転する視界。
微かに意識へと響いた念話は、自身を抱える隊員のもの。

『畜生!』

どうやら彼は、あの衝撃の中でもキャロの身体を離す事なく、吹き飛ばされるままに回避行動へと移行したらしい。
身体に掛かる圧力の方向が、不規則かつ連続的に変化している事を認識しつつ、キャロは反射的に閉じられていた瞼を開く。
眼前、凄まじい速度で以って視界の下方へと流れゆく、外殻構造物の壁。
回避行動継続、高速飛翔中。

『今のはやばかった! 何だ、何が爆発しやがった!?』
『クリン03より全調査隊員! 誰か、無事な者は居る!?』

爆発。
意識中へと飛び込んできたその言葉に、キャロは何が起きたのかを悟る。
敵性体からの反撃、広範囲爆撃だ。

『こちらライトニング02。クリン03、敵による攻撃がどんなものだったか、分かりますか?』

キャロは、念話を発した隊員へと問い掛ける。
彼女の位置からは、反撃の詳細が掴めなかったのだ。
しかしながら、ある程度の予想は付いていた。

『ライトニング02、これは自爆攻撃です! 敵は攻撃を受けた直後に外殻へ突入、爆発しました!』

そして報告の内容は、彼女の予想と殆ど違わぬもの。
では、起爆条件は何か。
直前までの情報を纏めつつ、総数16もの高速並列思考によって、キャロは瞬く間に解へと辿り着く。

『起爆条件は、頭部への被弾である可能性が高いですね』
『恐らくは。大型の敵性体は、生体機雷の様な役割を果たしているのでしょう』
『待て、小型の奴と大型の奴は、同類じゃないのか? 全長が異なるだけで、外観もそれ以外のサイズも殆ど同じ・・・』
『前方、敵性体14!』

念話を交わしつつ、進路上に敵性体を確認したキャロ。
咄嗟にウイングシューターを放ち、敵性体の撹乱を試みる。
しかし、彼女の意思の下に放たれた直射弾幕は、当人の想定をも超えた閃光の瀑布となって敵性体を呑み込んだ。
小型敵性体14、殲滅。
自らが為した事ながら、俄には信じ難い光景に唖然とするキャロ。
霧散してゆく魔力残滓の中心を貫いて飛翔した後、確認の意味を込めて念話を発する。

『また、出力が増大している・・・何処まで上がるの?』
『有り難い事じゃないか、バイドの仕業でなければ』

963R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:51:26 ID:.jmCVDEE
念話を返しつつ、キャロを抱える隊員が更に飛翔速度を上げた。
外殻壁面が視界中を流れゆく速度が増し、自身等を覆う対風圧障壁が更に堅固となった事を実感するキャロ。
そんな彼女の意識に、自身の守護竜と使役竜からの念話が飛び込む。
ヴォルテール、部位欠損の重大損傷を受けるも、戦闘継続に問題なし。
フリードリヒ、友軍と連携し周囲の敵性体を殲滅中。
そうして念話を交わす間にも、多方面から次々に報告が飛び込んで来る。

『やっぱりだ、小さい奴は起爆しない。自爆するのは大型だけだ』
『ニンバニより総員、緊急! ウォンロンが此方の事態に気付いた! 不明戦闘機群の増援と合流、ベストラへ急行中!』
『良い知らせだ、気付いてくれたか!』
『こちらメレディン02、生存者との合流に成功しました。総数17名、現在は敵性体群と交戦中です』
『ボルジア、負傷者を収容した。現在、最寄りのハッチへ向かっている。此処に来るまでにも、幾つかのグループと遭遇した』
『良いぞ、生存者の数は予想より遥かに多い。大多数が爆発から逃れている』

遠方、巨大な魔力爆発。
ヴォルテールが再び、ギオ・エルガを放ったのだ。
闇の中、照らし出される敵性体群の影。
周囲に群がりつつある無数の小型敵性体を確認し、キャロは直射弾幕を間断無く展開し続ける。
その間にも乱れ飛ぶ、無数の念話。
並列思考の半数を念話の傍受、そして分析思考へと傾けつつ、キャロは戦闘を継続する。

だが、それらの論理的思考とは別に、どうしても削除できない感情的思考が在った。
ともすれば、他の並列思考をも喰い尽くしかねない、半ば制御下を離れつつある思考。
キャロは冷静を装いつつも、しかし全霊を以ってしてその思考を抑え付けていた。
暴走させてはならない、そんな事を考えている暇は無い、現状でそんな思考を持つ事に意味は無いのだと、必死に自身へと言い聞かせる。
だが、唐突に飛び込んできた1つの念話が、そんな彼女の努力をいとも容易く打ち砕いた。

『第1層上部外殻、生存者と合流。爆発の直前まで同地点に居た、ライトニング01の消息が不明との事だ』

瞬間、キャロの意識を支配した思考は、唯ひとつ。
エリオ・モンディアル。
自身にとって最大の理解者、唯1人のパートナー。
何物にも代えられず、他の何よりも大切な存在。
彼は無事なのか、生きているのか。

「ライトニングは・・・!」

思わず口を突いて出そうになった言葉、それを強引に中断し呑み込むキャロ。
辛うじて、周囲から敵性体の影が消えた事を確認すると、彼女は我知らず俯いて唇を噛み締める。
微かに震える、固く握られた小さな拳。

キャロとて、疾うに理解している。
エリオは、彼女のパートナーであった少年は、その言葉が発せられる事を望んではいない。
彼女が彼の身を案じる事など、欠片も願ってはいないのだ。
否、或いは心の内で、それを望んでいてくれるのかもしれない。
だが、少なくとも表面的にはそれを窺わせず、更には彼の身を案じるキャロに対して憤りを、それ以上に不快感を抱くのだろうと。
彼女は、そう確信していた。

スプールスを襲った、バイド生命体種子の落着に端を発する悪夢。
醜悪な汚染生命体へと成り果てたタントとミラ、そして彼等の子供、未だ胎児であったそれを含む3人。
彼等であったものを殺めた彼に対し、理不尽な恨みと憤りを抱き、歩み寄る事を拒んだのは自身だ。
一方的に距離を置き、道を分かったのも自身である。
それでも彼は、自身への批難は疎か、弁解さえもしなかった。
自身が突き付けた心無い無言の拒絶を、ただ静かに受け入れたのだ。
そうして、漸く自身の間違いに気付いた時には、既に2人の間には歩み寄りなど望むべくもない距離が存在していた。
歩み寄ろうと試みる自身を、今度は彼の方から拒み始めたのだ。

964R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:52:17 ID:.jmCVDEE
分かっている。
彼が自身の心を気遣う余り、傷付けまいとして距離を置こうとしている事も。
恐らくはタントとミラ、更にその子供を殺めたとの自責から、自身と距離を置こうとしている事も。
武装蜂起直前にセインへと語った通り、彼は此方への配慮と自責の念に基き、更に自身から離れてゆく事だろう。
以前の様に共に歩む事など決して望みはせず、自身とは完全に異なる道を選択し歩んでゆくのだ。
分たれた線は、二度と交わりはしない。
交わる事すら、望んではいないのだ。
一方の線がそれを望んでも、残る一方はより離れる事をこそ望んでいるのだから。

『・・・生存者の探索を続行。大型敵性体に対しては、範囲殲滅型の攻撃のみで対処を』

だからキャロは、彼の名を呼ばなかった。
彼がそれを望まない、望んではいけないと考えているからこそ、呼ばないのだ。
キャロの為であれ、或いは彼自身の為であれ、それが彼の選択であるからこそ尊重する。
彼女にとって他の何物よりも彼が大切であるからこそ、彼女と離れる事を選んだ彼の意思を尊重するのだ。

パートナーとして、或いは家族として。
そして、彼に対して好意を寄せ、叶うならば未来を共に歩みたいとまで望んでいた、最も近しい異性として。
彼が何よりも救いを必要としていた時期、自身にはできる事が、すべき事が幾つも在った筈だ。
それにも拘らず彼を避け、その心を癒すどころか引き裂いてしまった自身に、彼の選択を批難する権利など在りはしない。
どれ程までに狂おしく想おうとも、自身が彼の傍に寄り添う事はできない。
それは決して叶わない望み、それ以前に許される事のない望みなのだ。

エリオが、自身に望んでいる事。
それはパートナーとして共にある事ではなく、有能な指揮官として状況の推移を掌握し続ける事だ。
生存者を導く者として、敵対勢力に損害を与える者として。
エリオは自身に、有能な「機構」たれと望んでいるのだ。
それ以外には、何も必要ない。
必要とされてはならない。
彼の本意がどうであろうとも、自身は「それ以上」を望んではならないのだ。
そんな事を望む権利は疾うに、自ら放棄してしまったのだから。

『良いのか?』
『何がです。それより周囲を警戒して下さい。敵性体は、まだ残存しています』

キャロを抱える隊員、彼が気遣う様に放した念話。
彼女は即座に、それを刎ね付ける。
その思考に迷いは、既に存在しない。

『ヴォルテールを、敵性体の密集地に移動させます。各員、周囲の状況を確認後・・・』
『逃げろ!』

それは、突然の事だった。
キャロの念話は、味方の発したそれによって遮られ、次いで閃光と衝撃が全身を襲う。
全身が硬い物質に叩き付けられる感覚、激しく揺さ振られる脳と臓器。
数瞬ほど意識が闇へと沈み、次いで覚醒する。
何も見えず、何も聴こえない。
だが、全身を襲う激痛と共に回復した感覚から、自身が中空を漂っている事だけは理解できた。
視覚および聴覚、未だ回復せず。

『誰か・・・おい、誰か! 聴こえるか? 今の爆発を見たか!?』
『ミサイルだ、今のはミサイルだぞ! ウォンロンのじゃない、速度が速過ぎる! 敵性高速誘導弾、S-04に着弾!』
『E-08、レーザーの連続照射を受けている! 現時点で東側外殻の47%が融解、爆発!』

飛び込む念話、加速する思考。
回復しつつある視界の機能を確かめつつ、キャロは現状の把握に努める。
バイドの新手が出現したのか、或いは。

『バイドじゃない、地球軍だ! R戦闘機を視認した! R-11Sだ!』
『有機構造体、爆発炎上中! ヤタガラスです! R-9Sk2 DOMINIONS、確認!』

965R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:53:28 ID:.jmCVDEE
地球軍。
その名称を認識すると同時、全ての感覚機能が正常化される。
再び、全身を襲う激痛。
身体を見下ろせば、バリアジャケットの其処彼処が赤く染まっている。

そして彼女の胴部、抱え込む様にして回された右腕。
バリアジャケットの一部を掴む掌から上部へと視線を辿らせれば、その先には上腕部の断面が露となっていた。
恐らくは先程の衝撃によって、キャロを抱えていた隊員の腕部が千切れてしまったのだろう。

鮮血を噴き出す腕部の断面を、暫し呆然と見つめるキャロ。
次いで彼女は、何時の間にか自身の傍らへと展開されていたウィンドウ、その存在に気付いた。
反射的に目を凝らせば、視界を通じて飛び込んでくる生存者の位置情報。
恐らくはウォンロンから直接、ケリュケイオンへと干渉し表示されたものだ。

生存者を示す無数の光点、そしてコールサイン。
それらの内、自身を抱えていた人物のバイタルが健在である事を確認し、キャロは知らず安堵の息を吐いた。
しかし直後、別の疑問と焦燥が彼女の思考を支配する。
1度は完全に抑制した筈のそれ。
未だ燻り続け、ともすれば容易く燃え上がる感情。
それに流されるがまま、キャロはその言葉を口にせんとして。

「エリオ君・・・ライトニング01は・・・ッ!?」

直後、キャロの身体は紙の如く吹き飛ばされた。
彼女の華奢な身体に掛かる、明らかに負荷限界を超えた風圧、そして遠心力。
突然の事態に思考が停止するも、視界の端に映り込んだ光景がそのまま記憶へと焼き付く。
青白い閃光の爆発、恐らくはR戦闘機の波動砲による砲撃。
キャロは、その砲撃の余波を受けたのだ。
そうして数秒、或いは後十秒後。
飛翔魔法により漸く身体の回転が収まった頃、キャロの身体は其処彼処に深刻な損傷を負っていた。

右上腕部、感覚麻痺。
胸部に鈍痛、呼吸困難。
咳込むと同時に口部へと当てた掌には、瞬く間に鮮血が溢れ返る。
臓器損傷、それもかなり深刻な度合いらしい。
折れた肋骨が、肺に突き刺さっている可能性が高い。

「は・・・あ、が・・・!」

言葉を口にしようとするも、声を出す事ができない。
そればかりか呼吸を繰り返す度、徐々に胸部が内側より圧迫されてきている。
間違い無い。
肺に開いた穴から空気が胸腔内へと漏れ出し、他の臓器を圧迫しているのだ。
緊急性気胸。

再び咳込むキャロ。
その際の苦しさは、先程の比ではなかった。
呼吸ができない。
喉の奥から血が溢れ、赤黒い飛沫となって無重力中へと吐き出される。
苦しさの余り、何時しかキャロの双眸からは、涙が止め処なく零れていた。

明確に迫り来る、死という終焉。
だが状況は、彼女がショック死するまでに要する僅かな時間、それすらも与えてはくれなかった。
閃光に照らし出される闇の奥、群れを成し渦と化した、数十体もの小型敵性体の影が浮かび上がる。
巨大な挽肉機と化したそれが、キャロを呑み込むべく徐々に迫っていたのだ。
彼女はしかし、十数秒後には自身を微塵と化すであろう刃の壁を、回避する素振りすら無く諦観と共に見詰めていた。
キャロは冷徹に、回避の為の行動を起こすには、既に手遅れであると判断。
飛翔速度は負傷により大幅に減ぜられ、縦しんば回避を実行したとしても、敵性体群は軌道を僅かに修正するだけで事足りる。
逃れる術など、もう残されてはいない。

966R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:54:18 ID:.jmCVDEE
「エリオ、君・・・」

期待に、応えられなかった。
共に在る事が許されないのならば、せめて期待された役目は果たさねばと誓っていた。
なのに、それさえも果たせなかった。
何処までも惨めで、無意味で、愚かしい。
笑える程に滑稽な最期だ。
パートナーに対する裏切者には、相応しい終わり方かもしれない。

でも、これだけは。
せめてこれだけは、祈らせて欲しい。
大切な人に全てを押し付けてしまった、馬鹿な自分に残された、たった1つの願い。

どうか、幸せになって欲しい。
全てが終わったならば、役立たずの事など忘れて。
今度こそ、本当に信頼できるパートナーと共に。
そして、出来得るならば直接、自らの口で伝えたかった言葉。

「ごめんね・・・」

眼前まで迫った、敵性体群の渦。
キャロは咳込みながらも、静かに瞼を下ろす。
そして衝撃、閉ざされた視界の内に白い光、次いで雷鳴の様な轟音。
自身が吹き飛ばされている事を実感し、考えていた程のものではないな、と訝しく思うキャロ。
身体は、まだ激しく揺さ振られている。
だが、胸部と背面に何かが触れている事を感じ取れた。
知らず安堵を覚える温かさを備えたそれは、宛ら人の身体であるかの様に感じられた。
流れ出た血液の温度を誤認しているのかと、キャロは僅かに瞼を押し上げる。

「・・・え?」

そして、開かれた視界に映り込んだもの。
見慣れたバリアジャケットの肩口、鮮血に塗れ、黄金色の魔力残滓を纏ったそれ。
自身が目にしているものを信じられず、キャロは驚愕に目を瞠った。
同時に、心底より湧き上がる仄かな期待と、それを遥かに上回る恐怖。
相反する2つの思考が、彼女の意識内で鬩ぎ合う。

これは、きっと彼だ。
本当に、そうなのだろうか。
このバリアジャケット、間違いない。
彼が来る筈がない。
来てくれた、嬉しい。
共に在る事など許されないと、そう自身に誓った癖に。
もう一度、最期にもう一度だけ、彼の顔を。
止めろ、見るな、もし彼でなかったら。

「キャロ」

その声が聴覚へと飛び込んだ瞬間、其処が限界だった。
堪え切れず、キャロは顔を上げる。
果たして其処には、此方を見下ろすエリオの顔が在った。
声にもならぬ震えた吐息を漏らすキャロに、エリオは感情に乏しい眼差しを向けている。
そして、続く言葉は。

967R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:55:40 ID:.jmCVDEE
「ごめん」



直後、キャロの胸部には、ストラーダの矛先が突き立てられていた。



「エリオ・・・」
「ごめん、キャロ」

軽い衝撃、そして胸部から拡がる鈍い痛み、鉄の臭い。
だがキャロは、安堵と共にエリオの名を呼び、その顔に淡い笑みを浮かべる。
同時に彼女は、エリオが満身創痍としか形容できない、余りにも凄惨な傷を負っている事に気付いていた。
左右の脚部が半ばから切断、或いは原形すら残さずに破壊されている。
背面に回されている左腕も、感触からするに半ばより先が失われているのだろう。
それに気付いたからこそ、彼の行動を僅かな疑問すら無く受け入れる事ができたのだ。

エリオは、これ程までに傷付きながらも、自らの任務を放棄しなかった。
なのに、自身は役目を果たせず、こんな処で死の淵に瀕している。
そんな役立たずは、必要無いという事だろう。
否、彼の事であるから表層は兎も角として、内心はそうではないだろう。
恐らくは此方を放っておけず、しかし救う手段も無い事から、せめて苦しまずに逝かせるべきと考えたのかもしれない。
どちらにせよ、有り難い事だ。
バイドや地球軍に殺される事に比べれば、何と幸せな最期だろうか。
どうせ、数分の内に消える生命なのだ。
報いを受けられた事は、望外の幸運である。
このまま、意識を閉じて、そのまま。

「もう大丈夫」

エリオの声。
ふと、キャロは違和感を覚えた。
胸腔内部より生じていた圧迫感が、唐突に消え失せたのだ。
胸部の鈍痛こそ残ってはいるものの、既に呼吸の際に伴う苦痛は大分に薄れている。

「・・・手荒なやり方でごめん。ストラーダで胸部穿孔をやったんだ。大丈夫、臓器は外してる・・・素人治療だけど、他に方法が無かったから」
「何で・・・」
「喋らないで、まだ胸に穴が開いてる・・・小指くらいの。医療魔法で、傷を塞いで。今なら瞬きする間に治る」

エリオの言葉に従い、霞み掛かった意識ながらも医療魔法を発動させるキャロ。
但し、医療対象は自身ではなかった。
彼女が対象と定めた存在は、満身創痍のエリオ。
キャロは自身の治療よりも、エリオの負傷を癒す事を優先したのだ。
だが、その結果は全く予想外のものとなった。

「あ・・・」
「凄いな」

エリオ単体に対して発動した筈の医療用結界が、完全に2人の周囲を覆ってしまったのだ。
結果、完治はしないまでも、急速に癒えてゆく双方の身体。
やはり、異常な治癒速度だ。
数秒の内に胸部の鈍痛、そして違和感までもが消え去り、全身の細かな傷までもが忽ちの内に癒える。
リンカーコアの出力が増大している、それだけでは説明の付かぬ現象だ。
だが、如何なる理由であろうと、身体の違和感が大幅に減じた事だけは確かである。
微かに咳込み、口許の血を拭うと、キャロは改めてエリオを見やる。
自然と零れる、疑問の言葉。

「どうして・・・此処に?」
「管制室との連絡が途絶えてから、外部の状況が其方に伝わっていない可能性を考えたんだ。あの敵性体の情報も伝える必要が在る、と思ったんだけど」

968R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:56:56 ID:.jmCVDEE
エリオは言葉を切り、視線を上げる。
つられて彼と同じ方向を見やれば、闇の彼方に浮かび上がるベストラの外殻。
闇の中で巨大構造物を照らし出す光源は、外殻の至る箇所より撃ち上げられる直射弾と魔導砲撃、更には無数の質量兵器群が放つ砲火、そして無数の爆発。
その中でも一際巨大な紅蓮の閃光は、ヴォルテールが放つギオ・エルガだ。

だが直後、外殻から幾分手前の空間で、紫電の光が爆発する。
衝撃、そして防音結界が意味を成さない程の轟音。
エリオがストラーダによる姿勢維持を行っている為か、2人は僅かな距離を吹き飛ばされる程度で済んだ。
再度に視線を向けた外殻上では、撃ち上げられる攻撃の密度が明らかに低下している。
先程の閃光、恐らくは波動砲による砲撃であろうが、外殻を狙ったものではなかったらしい。
しかし、その余波は外殻上に展開する此方の戦力、それらを害するには十二分なものであったのだろう。
直接的に狙われたのであろう敵性体群は、文字通り塵すらも残されてはいまい。

「思い上がりだったみたいだ。これ以上なく上手くやっているよ・・・地球軍さえ出てこなければ、もっと良かったんだけど」
「どうして?」
「だから、情報を・・・」
「どうして・・・?」

其処で漸く、エリオも気付いたのだろう。
キャロが、今にも泣き出しそうな表情をしている事に。
余程に想定外の事であったのか、戸惑いの表情を浮かべるエリオ。
だがキャロには最早、彼の動揺を気遣うだけの余裕は無かった。

どうして、来てしまったのだ。
共に在れないから、傍には居られないから、自らの意思で歩み寄る事を諦めたというのに。
どれ程に望んでも叶わぬ願いだから、二度と陽の当たらぬ奥底へ封じ込めてしまおうと思っていたのに。
彼と共に在れない事を考えるだけで、彼の心を踏み躙ってしまった事を思い出すだけで。
それだけで、死んでしまいたいとまで思った事すら在るけれど。
それでも、如何なる形であれ、彼が自身に生きる事を望んでいるのだから。
せめて、彼の望むキャロ・ル・ルシエとして。
自身の生命すら秤に掛ける事のできる、優秀で冷徹な指揮官であろうと誓ったのに。

「キャロ・・・?」
「どうして・・・っ!」

今なら、間に合う。
一言、たった一言。
自身が望む言葉を、言ってくれるだけで良い。
否、同じ意味なら、どんな言葉でも良い。
指揮を執れ、味方と合流しろ、竜達を動かせ、迎撃を続行しろ。
此処に居るな、戦場に向かえ。
そう言ってくれれば、1人でも戦える。
彼がそう言ってくれるのならば、たった独りでも歩んでいける。
彼が、そう願うのならば。

「どうしてッ!」
「キャロ」

969R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:58:12 ID:.jmCVDEE
頭頂部に置かれる手。
エリオの右手だ。
思わず言葉を止めるキャロの目前、困った様な笑みを浮かべているエリオ。
そして、彼が告げた言葉。



「間に合って、良かった」



滲み、ぼやけるエリオの顔。
もう、耐えられなかった。
大粒の涙が頬を伝い、零れ落ちている事を感じながら、キャロは声を上げて泣く。
戦場の直中に在りながら、周囲は異様なまでに静かに感じられた。
無数の閃光が爆発し、リンカーコアに異常な負荷が掛かる程の魔力の余波を感じ取りながらも、それら全てが存在しないかの様に泣き続ける。
自身が何かを叫んでいる様にも思えたが、如何なる言葉を紡いでいるのかは当のキャロにも分からない。
ただ、胸中に渦巻いていたあらゆる感情、その全てをぶつけているのだという事だけは理解していた。

エリオは、何も言わない。
彼は無言のまま、自身の胸に顔を埋めて叫び続けるキャロ、その髪を撫ぜ続けていた。
何時かのスプールス、タントやミラと共に過ごした優しい時間。
その時に触れたものと寸分違わぬ、優しい手。
だからこそキャロは、更に声を上げて叫び続ける。
彼の表情、彼の目、彼の言葉、彼の声。
其処に込められた真意を理解してしまったからこそ、更に増す涙と共に泣き続ける。

彼は、自身が指揮官である事など、望んではいない。
殺し合いの直中に身を置く事など、望んではいないのだ。
彼が望んでいる事は、余りにも優しく、しかし余りにも残酷な事。

生きていて欲しい。
それがキャロに対する、エリオの願い。
出来得るならば戦いの場を離れて、幸福に生きて欲しい。
何ともありふれた、しかし如何にも彼らしい、優しく温かい願い。
何時か2人が共に願った、何時か未来に訪れるであろう日々を想う、幸せな祈り。
嘗てと同じそれを、彼は今も願い続けていてくれたのだと、キャロは悟った。
だが、その願いは優しくも、同時に最も残酷な形へと変貌を遂げていたのだ。

エリオが思い描く、自身の幸福。
その傍には、彼が居ない。
彼の存在が、何処にも無いのだ。
此方の幸せを願いながら、その隣に彼自身が寄り添う事など有り得ないと、そう結論付けてしまっている。
それが、此方を疎ましく思っての結論ならば、どれ程に救われた事か。
此方を見やる、彼の目。
その眼差しは嘗てと何ら変わり無く、未だに自身を、護るべき人、大切な人として捉えているそれ。
それ程に此方を想ってくれている癖に、此方が彼を想っている事すら知っている癖に。
彼を傷付けてしまった事を悔いている事にさえ、疾うに気付いている癖に。

彼は、それを受け入れられない。
彼は、恐れている。
共に在る事を受け入れてしまえば、二度と槍を振るう事など出来ぬと。
タントやミラ、その子供の生命を奪いながら、それを悔いる事も出来ぬ自身。
家族同然であった人々の死を悼む事すらできぬ自身が、大切な人の想いを受け入れる事が出来ようか。
縦しんば想いを受け入れ、自身が彼等の生命を奪った事を悔いてしまったならば、それ以後に槍を振るう事など出来る訳がない。
そうなれば自身は、間違い無く過去の罪に押し潰される。
自身の槍を振るい、大切な人を護る事すら出来なくなる。
その恐怖に、彼は全霊を以って抗っているのだ。

970R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 14:59:48 ID:.jmCVDEE
だからこそ、彼は。
護る為に。
只管に、護る為に。
「キャロ・ル・ルシエ」を護る槍、それを振るい続ける意思を失わないが為に。
「エリオ・モンディアル」はいずれ、自分の傍から消える心算なのだ。

「・・・ごめんね、キャロ」

優しい声。
これまでの距離を埋めようとするかの様に、キャロはエリオの胸で泣き続ける。
不思議と彼女には、今のエリオの胸中が我がものであるかの様に理解できた。
そして同時に、エリオもまた自身の心を覗いているのだと、そう確信している。
理由は解らないが、知ろうとも思わない。

離れていた心は繋がった。
だが、其処に浮き彫りとなったものは、決して共に歩む事の出来ぬ未来だけ。
2人が離れる未来を、エリオは納得尽くで受け入れているのだ。
だが、キャロはそうではない。
納得などしておらず、する心算もない。
2人の想いは、擦れ違ってなどいないのだ。
ならば何故、離れなければならないというのだ。
そんな答えなど、納得できる筈がない。

だからこそ、彼女は誓う。
波動粒子にも似た青い光の粒子が舞い踊る中、言葉にならない嗚咽を零しながらも、涙に濡れた目で以ってエリオを睨み据えるキャロ。
そうして、驚いた様な表情を浮かべる彼に向かい、宣言する。
声と、念話と、繋がった心と。
それら全てで以って「宣戦布告」を行うのだ。

「槍なんて振るわなくていい! 護る事だってしなくていい! ただ傍に居てくれれば、それだけでいい!」
「キャロ・・・?」
「エリオ君は何も悪くない! タントさんやミラさんの事だって、誰の所為でもない! 何もかもみんな、あの星と管理世界から始まった事なのに! ずっと未来の、まだ生まれてもいない人達から始まった事なのに!」
「キャロ、落ち着いて・・・!」
『離れなきゃ護れないのなら、護らなくていい! そんな幸せ要らない! 貴方を傷付けながら生きて往くくらいなら、此処で死んでしまった方がいい!』

双方の声は次第に、音とは異なるものへと変貌してゆく。
だがキャロは、気付かない。
熱に浮かされた様に叫び続ける彼女は、周囲の空間そのものが歪み始めた事ですら、知覚の外へと追い遣っている。
急激に高まる、空間中の魔力密度。
火花の如く弾ける、青い魔力素の光。

『そうでなければ駄目なの!? 誰かが戦わなければ、他の誰かが幸せになる事すら許されないの!?』
『キャロ、止めるんだ!』
『そんな世界なんて要らない! 誰かが不幸にならなきゃ存続できない世界なんて、護りたくない! そんな世界、私は絶対に認めない! そんな、そんな・・・!』

其処で、何かに気付いたのだろう。
エリオは、その表情に焦燥の色を浮かべ「両手」でキャロの肩を掴んだ。
彼が目にしている光景、それはキャロにも「伝わって」いた。
彼の視覚が、聴覚が、意識が。
余りにも鮮明に、宛ら我がものであるかの如く、キャロの意思へと投影されている。

より広範囲に亘り可視化する空間の歪み、キャロの周囲へと集束する青い光の粒子。
何らかのエネルギーが、彼女を中心として集束を始めていた。
周囲を埋め尽くす、青白い光。
その光景は、余りにも似過ぎている。
波動砲、波動粒子の集束。
此処だけでなく、背後のベストラ外殻上、その其処彼処でも同様の現象が起こっているらしい。
外殻上の数十ヶ所で、青白い光が膨れ上がっている。
異常な光景を視界へと捉え、驚愕と焦燥の念を抱くエリオ。
そしてキャロもまた、エリオの意識を通じて、その光景を認識していた。

971R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:01:28 ID:.jmCVDEE
それでも、彼女の言葉は止まらない。
彼女の「願い」は止まらない。
そして、極限まで圧縮された魔力素、無数の青い魔力球が周囲の空間を埋め尽くした、その瞬間。



『そんな世界、壊れてしまえばいい!』



閃光と共に、世界が「壊れた」。

*  *  *

閃光と共に消滅する、ドブケラドプスの幼体。
自身の背後に位置していたその個体は、遠方より放たれた直射魔導砲撃の直撃を受け、僅かな塵すら残さずに消失したのだ。
光条が消え去った後、残されたものは僅かに漂う魔力素の粒子のみ。
僅か1秒にも満たぬ事態の推移を、彼女は咄嗟に背後へと振り返ろうとした姿勢のまま、呆然と見つめていた。

『・・・大丈夫だったか?』

意識へと飛び込む念話。
砲撃を放った魔導師からのものだ。
此方を気遣いつつも何処かしら戸惑いの色を含んだそれに、彼女もまた若干の混乱を滲ませた念話で以って返す。
ただ、その内容は問い掛けに対する返答ではなく、相手に対する新たな問い掛けだった。

『どうやって、気付いた?』

それが彼女、ヴィータの脳裏に浮かんだ疑問。
急激な魔力出力の上昇、それに伴う一時的な感覚の混乱。
その現象は、彼女に致命的な隙を生じさせるには、十分に過ぎるものであった。
そうでなくとも、ベルカ式魔法の使い手であるヴィータは、高速にて飛翔する小型敵性体群への対処に手間取っていたのである。
僅かな集中の乱れは、遂に最悪の事態を招いてしまったのだ。

背後、排水口が詰まった際のものにも似た、不快な異音。
頭部を廻らせ、視界の端にそれを捉えた時には、既に事態は手遅れだった。
ドブケラドプス幼体、背後に占位、砲撃態勢。

しかし、極強酸性体液の奔流が、ヴィータを襲う事はなかった。
突如として空間を貫いた、直射魔導砲撃。
なのはのディバインバスターにも匹敵するそれが2発、僅かに数瞬の差異を以って飛来したのだ。
幼体は先ず下半身を、次いで残された上半身を消し飛ばされて消滅。
そうして、ヴィータは砲撃が飛来した彼方へと視線を遣り、今に至る。

気付く筈がないのだ。
ヴィータは念話を発しつつ戦闘を行っていた訳ではなく、咄嗟に援護を求める事など不可能であった。
そして、周囲の其処彼処で戦闘が行われてはいたものの、混乱の中で味方との連携など保たれてはいなかった。
偶然にヴィータの危機を目にしたのだとしても、それこそ彼女と殆ど同時に敵性体の存在に気付かなければ、あのタイミングでの砲撃など不可能である筈だ。

だが、彼は気付いた。
信じ難い事ではあるが、彼はヴィータとほぼ同時に敵性体の存在を察知し、反射的に砲撃を放つ事で彼女を危機的状況より救い出したのだ。
本来であれば、戦闘の最中に起こった幸運な偶然で片付けられる、その程度の出来事。
しかし、それが決して偶然などではない事に、ヴィータは気付いていた。

『お前、さっき「避けろ」って言ったか?』
『アンタ「ヤバい」って叫ばなかったか?』

972R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:02:35 ID:.jmCVDEE
双方より同時に発せられる問い。
その内容に、ヴィータは独り納得すると同時、驚愕を覚える。
やはり、気の所為などではなかった。
砲撃の主はヴィータの意識を読み、ヴィータもまた相手の意識を読み取っていたのだ。

『何だ、こいつは。念話の術式が暴走でもしたか?』
『そんなの聞いた事も無い。やっぱり、この青い魔力素が原因か』

念話を交わしつつ、ヴィータは周囲へと視線を奔らせる。
自身の周囲へと纏わり付く、青白い光を放つ魔力素の粒子。
何時からか身体へと帯び始め、次第に密度を増しゆくそれに対し、しかし何故か警戒感を抱く気にはなれなかった。
それどころか、密度が高まるにつれリンカーコアの魔力出力は更に増大し、更には全身の傷までもが癒え始めたのだ。

『本当に何なんだ、コレ・・・リンカーコアの出力増大も、ひょっとしてコイツが原因なのか』
『知るか、そんな事。大体、悪影響どころかこっちが有利に・・・敵機、接近!』

瞬間、またしても混濁した意識中に映り込む、白い機体の影。
「R-11S TROPICAL ANGEL」
ランツクネヒトの機体、ヴィータの背後から突進してくる。

「くそッ!」

悪態をひとつ、反射的に飛翔魔法を発動、瞬時に20m程を移動し衝突を回避するヴィータ。
巨大な風切り音と共に、宙空を突き抜けてゆくR戦闘機。
ヴィータは衝撃に吹き飛ばされながらも、咄嗟に鉄球を構築しグラーフアイゼンを叩き付ける。
シュワルベフリーゲン。
常ならば4個までである鉄球の同時構築数は、瞬間的な生成にも拘らず30を優に超えていた。
それらの鉄球はハンマーヘッドが打ち付けられるや否や、ライフル弾の如き速度で射出されR戦闘機を追う。

R戦闘機群の機動は、妙に鈍い。
真相は定かではないが、何らかの制約が掛かっているかの様に、以前の常軌を逸した機動性が鳴りを潜めている。
しかし、如何にR戦闘機群の機動性が異様なまでに落ち込んでいるとはいえ、鉄球の速度はR-11Sへと追い縋るまでには到らない。
瞬間的に亜光速へと達するような異常極まる機動こそ行わないものの、閉所ですら音速の数倍で飛行可能という信じ難い速度性は未だに健在なのだ。
鉄球が苦も無く引き離され、瞬く間に振り切られた事を確認するや否や、再度ヴィータは悪態を吐いた。

「くそったれ!」
『諦めろ。あれを撃ち墜とすには最低でも極超音速クラスのミサイルを用意するか、さもなきゃクラナガンみたいに砲撃魔法の乱れ撃ちでもするしかないぜ』
「じゃあやれよ! お前も砲撃魔導師だろうが!」
『たった1人で乱射なんぞできるか。こっちは機械じゃないんだ、タイミングを合わせるのだって一苦労なんだぞ』
「だからって・・・ああ、クソ!」

またもや、闇の彼方に白い影。
防音結界をも無効果する程の轟音が周囲を埋め尽くし、至る箇所で波動粒子と魔力素の青い光が爆発、明滅を繰り返している。
どうやらR戦闘機群は有機構造体の奥より押し寄せる無数のバイド生命体群を殲滅しつつ、折を見てベストラへと攻撃を加えているらしい。
詰まる所、此方との交戦は片手間で事足りると判断されているのだ。
その事実が、ヴィータには面白くない。

「畜生どもめ・・・」

忌々しげに呟き、自身の頭部を上回る大きさの鉄球を構築する。
コメートフリーゲン。
炸裂型の大型鉄球を打ち出し、制圧攻撃を行う中距離射撃魔法。
だが、嘗てはあらゆる敵に対し暴威を振るったこの魔法も、R戦闘機が相手では分が悪い。
幾らリンカーコアが強化されていようとも炸裂範囲の拡大には限界が在り、それこそ超高速性と高機動性の双方を有するR戦闘機群に対しては、半ば運任せで起爆する以外には運用の手立てなど無いだろう。

「もっと派手に吹っ飛ばせりゃあ・・・」

知らず、零れる呟き。
更なる爆発力、効果範囲が欲しい。
巨大な、それこそ空間を埋め尽くすほどの爆発を起こせるのならば、撃墜には到らずとも1機か2機の敵機に損害は与えられるだろうに。

973R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:04:32 ID:.jmCVDEE
「え・・・?」

瞬間、自身の周囲、膨大な量の魔力が集束する感覚。
突然に襲い掛かった異常な感覚に驚き、ヴィータは周囲を見回す。
何も変わりは無い、阿鼻叫喚の戦場。
今の感覚は何だったのかと、視線を正面へと戻す。

「何だ・・・」

それは、気の所為であったのか。
宙空に浮かぶ鉄球、自身が生成したそれが、青白く発光していた様に見えたのだ。
しかし、それも一瞬の事。
幾ら凝視しても、其処には何の変哲もない黒々とした鉄球が浮かんでいるだけだ。

「まさか、だよな・・・?」

恐る恐る、自らが生み出した鉄球へと触れる。
冷たい。
その単なる鉄球からは、自身が込めたそれ以外には魔力を感じ取る事ができなかった。
次の瞬間、頭上から襲い掛かる爆音。
反射的に上を見やれば、どうやら第17層外殻周辺にミサイルが着弾したらしい。
外殻上から噴き上がる業火、散発的な魔導弾の応射。
そして、外殻上を舐める様にして飛行し、次いで離れゆく白い影。
その光景を目にし、ヴィータは自身の迷いを強引に振り払う。

「あの野郎ッ、逃がすか!」

瞬時に鉄球から距離を置きつつ、グラーフアイゼンをギガントフォルムへと移行。
闇の奥に浮かび上がるR戦闘機の機影は、再び外殻上へと接近しようとしている。
此方の行動に気付かない事など有り得ないのだが、特に回避行動へと移行する様子は無い。
直撃などする筈もなく、縦しんば炸裂型であったとしても、効果範囲に捉えられる虞は皆無。
そう、判断されたのだろう。
ヴィータの意識を塗り潰す、憤怒と殺意。
彼女は、その負の感情に駆られるがまま、圧倒的質量の鉄槌を振り被る。
そして、咆哮。

「くたばれぇぇェェッ!」

魔力により強化された渾身の力で以って、巨大なハンマーヘッドが振り抜かれる。
大気を押し退けて空を引き裂いたそれは、鉄球を打撃面の中心へと的確に捉え、火花と轟音とを撒き散らしつつ砲弾の如く打ち出した。
ヴィータの魔力光による赤い光の尾を引き、闇の彼方へと消えゆく鉄球。
しかし、質量兵器の弾速には到底及ばぬ速度のそれを、R-11Sらしき影は苦もなく回避し、更に爆発効果範囲より容易に脱してしまう。
判り切っていた結果とはいえ、悔しさに表情を歪めるヴィータ。
その、直後。

「な、うあッ!?」



核爆発もかくやという閃光が、ヴィータの視界を完全に覆い尽くした。



「うあああぁッ!」

意識を破壊せんばかりの爆音、襲い来る巨大な衝撃と圧力の壁。
ヴィータは数百mに亘って吹き飛ばされ、漸く姿勢の安定に成功する頃には、既に意識が朦朧としていた。
だが、その意識を覆う霞さえも異常な治癒速度によって、身体異常と共に数秒で拭い去られてしまう。
そうして、再度に覚醒したヴィータは、改めて眼前に出現した爆発の残滓へと意識を向けた。
其処で、気付く。

974R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:06:36 ID:.jmCVDEE
「おい、まさか・・・」

視界を覆い尽くす、爆炎の残滓。
それは、想像していた様な紅蓮の炎ではなく、波動粒子にも似た青白い炎によって形成されていた。
そして、物理的な痛覚すら伴ってリンカーコアを圧迫する、余りにも膨大に過ぎる量の魔力素。
時折、残された業火の間を奔る紫電の光は、炎と化した青白い魔力素が結合して発生した魔力性の放電らしい。

そして、何よりも信じ難い事実。
周囲へと拡散する爆炎の一部、青白い光を放つ魔力残滓。
それらは紛れもなく、ヴィータ自身の魔力を内包していた。
青白い光を放つ粒子が消えゆく際に、明らかにヴィータの魔力光と判る、赤い光の残滓が拡散しているのだ。

「アタシが・・・やったのか? あの爆発が?」

呆然と、周囲を見回すヴィータ。
明らかに混乱していると分かる念話が間を置かずに飛び交い、現状を把握しようと各方面から報告が押し寄せる。
全方位へと発せられるそれらを拾いつつも、ヴィータは行動を起こすでもなく硬直していた。

『今の爆発は魔力か、誰がやったんだ!?』
『R戦闘機が爆発に巻き込まれたぞ! 誰か、敵機の状態を!』
『報告! R-11S、1機の撃墜を確認! バラバラだ、跡形も無い! もう1機が爆発に巻き込まれた様だが、そっちは逃げられた!』

R-11S、1機を撃墜。
その事実が、混乱へと更に拍車を掛ける。
だが状況はヴィータに、何時までも呆けている事を許しはしなかった。

『後ろだ、馬鹿!』

三度、意識の混濁。
ヴィータの背後、R-11S接近中。
相も変わらずの高速性だが、先程と比較すると幾分か遅く感じられる。
装甲の破片を撒き散らしている事から推測するに、恐らくはコメートフリーゲンによる爆発に巻き込まれたという、もう1機のR-11Sなのだろう。
幾分か速度が落ちている事から、回避は可能であろうと思われた。
だが、飛翔魔法を発動した直後に、予想外の衝撃がヴィータを襲う。

「あ、がッ!」
『おい!?』

電磁投射砲だ。
R戦闘機に標準装備されている、機銃型兵装。
波動砲への警戒が先行し、この兵装の存在を失念していたのだ。
そう思い至った時には、ヴィータの背面はバリアジャケットごと切り裂かれていた。
直撃ではなく、弾体通過の余波によるものだ。
縦しんば弾体が直撃していれば、今頃ヴィータの身体は粒子にまで細分化されていた事だろう。

「う・・・う・・・!」
『後ろに飛べ!』

念話での警告。
ヴィータは背面の激痛に呻きながらも、警告に従い咄嗟に後方へと飛ぶ。
直後、眼前を掠める、余りにも巨大な青い砲撃。
轟音に聴覚が麻痺し、撒き散らされる衝撃波によって更に後方へと弾かれつつ、ヴィータはそれが波動砲による砲撃であると判断する。
しかし、違和感。

何故、R-11Sとは反対の方向から、波動砲が放たれたのか。
他のR戦闘機による砲撃であったとして、波動粒子弾体が突き進む方向には、先程ヴィータを攻撃したR-11Sが飛行中である。
これでは、宛らR戦闘機を狙っての砲撃ではないか。
心中に浮かんだ疑問にヴィータが行動を起こすよりも早く、その答えは味方からの念話によって齎される。

975R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:08:25 ID:.jmCVDEE
『R-11S、更に1機の撃墜を確認! 今の砲撃は何だ、誰が放ったんだ?』
『さっきの爆発と同じ魔力光だ!』
『魔力残滓が緑色よ。爆発の時とは別人だわ』

それら念話の内容にヴィータは数瞬ほど呆け、次いで砲撃が飛来した方向へと視線を向けた。
その方向には、先程からヴィータとの間で意識の混濁を生じている砲撃魔導師、彼が居る。
推測ではなく、確信だ。
意識の混濁は続いており、半ば混乱している彼の思考までもが、この瞬間もヴィータの意識中へと流入しているのだから。

『・・・今の、お前の砲撃か?』
『その言葉からすると、さっきの爆発はアンタで間違い無いんだな?』

交わす念話は、それだけで済んだ。
同時に互いが、一連の現象について確信を得た事を知る。
コメートフリーゲンの爆発も、先程の砲撃も。
第三者からの介入によって、本来ならば有り得ない爆発力の付与、射程および破壊力の増大が為されていたのだ。
あの大量の魔力素、誰のものでもない青白い魔力光。

『・・・もう退がった方が良い。背中をやられてるんだろ? 治癒能力が向上しているとはいえ、医療魔法も無しじゃ遠からず死ぬぞ』
『要らねえよ。アタシは他人とは、ちょっとばかり身体の造りが違うんだ』
『成る程。ヴォルケンリッター、魔法生命体か』

自身の正体に関する発言。
だが、ヴィータは動じない。
意識の混濁が更に深部へと及び始めている現状、いずれは知れる事と予測していたのだ。
更に言えば、相手の素性もまた、ヴィータの知る処となっている。
隠蔽しようと望めば、恐らくは可能なのだろう。
だが、相手は特に隠す処も無く、情報を曝け出している。
ならばヴィータも、自身に関する情報を隠す気にはならなかった。
何より、この状況下で互いの素性を知った処で、其処に何の意味が在るというのか。

『そういうお前は、反管理局組織か。潜入工作とは恐れ入るぜ』
『元、だけどな。今となっては宿無しだよ。それよりアンタの身体、今じゃ殆ど人間と同じになってるんだろ。さっさと戻って治療を受けろよ』
『要らねえって言って・・・おい、どうした?』

突然、相手の意識がヴィータから逸れる。
互いの意識が剥離した事から推測するに、どうやら高次元での意識共有を維持する為には、常に互いの存在を認識しておかねばならないらしい。
そして数秒後、再度に意識が共有される。

『ああ、その・・・たぶん、問題発生だ』
『何がだ・・・いや、いい。こっちにも見えてる。確かに大問題だ』
『だろ?』

ヴィータは背後へと振り返り、巨大有機構造体の壁を見やった。
共有される視界、総合的に齎される各種情報。
無数の念話が、慌しく奔り始める。

『あれは・・・嘘だろ、何でこんな時に!』
『警告! 総員、直ちに北部外殻近辺より退避せよ! 未確認大型敵性体、接近中!』
『未確認? 新種の敵性体か?』

闇の中に蠢く、赤い光。
鋼色の異形が時折、構造物の陰より覗く。
ヴィータは、確かにそれを見た。
何かが、此方を覗き込んでいる。
有機構造体の奥、得体の知れない存在が、此方の動きを窺っているのだ。

976R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:09:45 ID:.jmCVDEE
『おい、何なんだ!』
『分からない。だが、あの奥に何かが居る・・・くそ、幼体だ! 幼体の群れが出やがった!』
『私達にも見えています! 砲撃が来る!』
『射線上の連中、こっちの考えは通じているよな? 其処を退け、撃つぞ!』

無数に交わされる念話、それらの内容。
やはり其処彼処で、味方間での意識共有が発生しているらしい。
そして、外殻上より放たれる、無数の魔導砲撃。
それら全てが青白い光を放ち、Sランクの砲撃魔導師ですら在り得ない程の、魔導兵器による砲撃にも匹敵する魔力の奔流となって、敵性体群へと襲い掛かる。
更に数秒後、着弾した砲撃が連鎖的に炸裂。
信じ難い範囲での魔力爆発が、有機構造体すらも細分化してゆく。
その光景を前に、ヴィータは堪らず叫んでいた。

「何なんだよ、これは! アタシ達に何が起こってるっていうんだ!?」
『知らねえよ! クソッたれ、身体が魔力炉にでもなった気分だ!』
『敵性体、更に接近中・・・駄目です、多過ぎる!』

魔力爆発によって殲滅された幼体群。
だが構造体の奥からは、更なる敵性体群が迫り来る。
その総数は、これまでに撃破した敵性体の総数、それすらも上回るだろう。
バイドが有する、無尽蔵の模倣能力。
その脅威が、眼前へと迫り来る。
R戦闘機群は2機が撃墜された事により、バイドと此方を潰し合わせる方針へと移行したのか、何処かへと消え事態を傍観しているらしい。
魔導資質が強化されているとはいえ、既に状況は生存者の手による対応が可能な範囲を逸脱していた。

『退却だ! 総員、ベストラより離脱しろ!』
『それで何処へ行けっていうんだ? ウォンロンはどうした、外部からの救援は?』
『ウォンロンは後方より出現した敵性体群と交戦中、外部艦隊による救援は絶望的だ!』
『おい、聞いてなかったのか? 向こうは駄目だ、挟み撃ちになってしまう!』
『それなら何処へ!?』

ヴィータは、ハンマーフォルムとなったグラーフアイゼンを肩に担ぎ、深い溜息を吐く。
彼女は、疲れていた。
これからどうすべきかと思考し、主の許へと戻ろうかと思い立つ。
事態が好転する様子など無く、この場を生きて切り抜けられる可能性は限りなく低い。
ならば最後くらいは、はやてと共に在ろうかと考えたのだ。
だが、その思考は思わぬ声によって中断する事となった。

「随分と悲観的な考えですね、副隊長」

背後から響いた声に、ヴィータは咄嗟に振り返る。
其処に、彼女は居た。
無重力中に漂う、赤味掛かった栗色の髪。
右手には拳銃型のデバイス、白と黒の配色が施されたバリアジャケット。
醒めた様に此方を見つめる、紺碧の瞳。

「気弱になっているんですね。似合いませんよ」



嘗ての部下、ティアナ・ランスターが其処に居た。



「ティアナ、お前・・・」
「ああ、キャロから聞いているんですね。御蔭さまで無事、戦線に復帰できました」

ヴィータの声に対し、身動ぎすらせずに答えるティアナ。
彼女の素振りに重傷を負っている様子は無く、キャロから聞かされていた負傷は既に完治しているものと思われた。
だが、それとは別の違和感が、ヴィータの胸中へと生じている。

977R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:11:14 ID:.jmCVDEE
「お前、何で・・・」
「私の意識が読み取れない理由ですか? 簡単です。この現象を起こしているのは、他ならぬ「私達」だからです」
「私達?」

轟音、絶叫。
有機構造体の方向へと振り返るヴィータ。
先の砲撃によって構造体の一部が千切れ、其処から無数の敵性体が此方へと押し寄せて来る。
宛ら洪水の様に迫り来る敵性体群の影に、ヴィータは他の念話を全て無視してティアナへと叫ぶ。

「訳の解らない事ばかりだけど、話は後だ! とっとと此処からずらかるぞ!」
「いいえ、その必要は在りません」

思い掛けない否定の言葉。
思わずその場に留まり、ティアナの顔を見つめるヴィータ。
相変わらず、感情の読めない瞳で以って此方を見やるティアナは、何処かしら作り物めいて見える。
余り愉快ではない想像を振り払おうとするヴィータに対し、ティアナは続けて言葉を紡いだ。

「そうですね、ある意味では作り物といえるかもしれません。私自身はもう、これがハードウェアという訳ではありませんから」
「お前、さっきから何を言ってるんだ? 良いから逃げろ、死にたいのか!」

此方の思考を一方的に読みつつ、現状を無視するかの様な発言を繰り返すティアナに、ヴィータは苛立ちと不安感を募らせる。
目前の人物は、本当に自身が知るティアナ・ランスターなのか。
そんな疑問が、脳裏へと浮かんでは消えてゆく。
だが、彼女はそんな思考を振り払うと、強引にティアナの腕を掴んだ。

「来い! はやて達と合流して逃げるぞ!」
「ですから、必要ないと言っているんです。救援は、もう到着していますから」

救援は到着している。
その言葉を耳にし、ヴィータは一瞬ながら動きを止めた。
ティアナの言葉、その意味する処を理解する事ができなかったのだ。
そして直後、視界の全てを埋め尽くす、白光の爆発。

「があッ!」

全身が砕けんばかりの衝撃。
奪われる視界、麻痺する聴覚。
数秒、或いは十数秒後であろうか。
漸く視覚が回復してきた頃、ヴィータは目元を覆っていた手を退かし、周囲を見渡す。
そして目にしたものは、信じ難い光景。

「何が・・・どうなってんだ?」



ベストラの周囲を埋め尽くす、100隻を優に超えるXV級次元航行艦。



「言ったでしょう。「救援」だって」
「まさか・・・救援要請は・・・」
「ええ、成功しました。彼等は本局の防衛に就いていた、管理局の艦隊です。救援要請を受けて、被災者を救助する為に此処まで来たんです。本来は合流まで、あと数時間は掛かる筈でしたが」

完全に消失した巨大有機構造体、そして敵性体群。
つい先程までそれらが存在していた空間を見据えつつ、ヴィータは何が起こったのかを理解した。
先程の閃光、恐らくはアルカンシェルによる戦略魔導砲撃だ。
あんなものを受ければ、バイド生命体とて一溜まりも在るまい。
接近中であったドブケラドプス幼体群は、文字通りに塵も残さず消滅したのだ。
飛び交う念話、歓喜に満ちたそれら。
だがヴィータには、喜びを分かち合う事よりも、更に気に掛かる事柄が在った。

978R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:14:17 ID:.jmCVDEE
「ティアナ。お前、アタシ達に何が起こっているのか、知っているのか」
「ええ」
「それは、お前がやっている事なのか」
「はい。「私達」がやっている事です」
「「私達」ってのは、誰の事だ」
「私とスバル、ノーヴェの3人・・・「3機」の事です」

ティアナへと視線を移すヴィータ。
彼女は相変わらず、無表情のままに其処に在る。
歯軋りをひとつ、ヴィータは更なる問いを投げ掛ける。

「艦隊の到着は、本来ならあと数時間は掛かると言ったな。あれはどういう意味だ」
「そのままの意味です。彼等はまだ、第10層を通過している最中だった。それを、貴方達が此処へ「呼んだ」んです」
「・・・さっきから訳が解らない事を。呼んだってのはどういう事だ、何を意味してる? お前等は私達に、いいや・・・「何に対して」何をしたんだ!?」

ティアナの眼を正面から鋭く睨み据え、幾分か声を荒げるヴィータ。
ティアナとスバル、そしてノーヴェは「何か」をしている。
その「何か」は個人の魔導資質および魔導機関を無差別に強化し、魔法技術体系にとって有利な状況を作り出しているのだ。
だが、如何にしてそれを成し遂げているのか、そして「何か」とは具体的にどの様な事なのか、核心たる情報が一切に亘って齎されていない。
心強さよりも不信感が勝る事は、自然な成り行きと云えた。
だからこそ、自身の胸中に蟠るそれを払拭しようと、ヴィータは更に問いを投げかけようとして。

「少し、世界に干渉しただけです。皆の「願い」が叶う様に」

ヴィータは、続く言葉を呑み込んだ。
「願い」。
そのティアナの発言に、彼女は呆気に取られて黙り込む。
だが、続くティアナの言葉は、忽ちの内にヴィータを覚醒させた。

「ジュエルシードって、御存知ですよね?」
「・・・ああ、勿論」
「所有者の「願い」を叶える宝石。スクライア族が発掘し、次元航行艦の事故によって第97管理外世界へと拡散した後、次元犯罪者プレシア・テスタロッサ・・・フェイトさんの実母によって奪取されたロストロギア」
「お前・・・ッ!」

何故それを、何処まで知っているのか。
激昂し掛けるヴィータであったが、何とか今にも掴み掛かろうとしていた自身の手を下ろす。
無駄だと悟ったが為の、諦観を含んだ抑制。
恐らくティアナは、此方の記憶を仔細漏らさず把握しているのだろう。
ならば、何を知っていても不思議ではない。

「プレシアは、娘であるアリシア・テスタロッサの死体を蘇生する為に、ジュエルシードを欲した。彼女の「願い」を叶えようとしたんです。結局は邪魔されて、実現されなかったけれど」
「・・・アイツ等が間違っていた、とでも言うのかよ」
「まさか。どんな要因が絡んだのであれ、プレシアは制御に失敗した。それだけが事実です」

ティアナが頭部を傾け、背後の管理局艦隊へと横目に視線を投じる。
同じくヴィータも其方を見やれば、XV級に紛れた数隻の支局艦艇から無数の魔導師が飛び立ち、此方へと向かっていた。
その中に、見慣れた黒いバリアジャケットと赤い髪を見出し、彼女は僅かな安堵と共に息を吐く。
接近する魔導師達へと視線を固定したまま、言葉を紡ぐティアナ。

「僅か9個のジュエルシードでは、直接的に彼女の「願い」を叶える事はできなかった。では逆に21個のジュエルシード、その全てが彼女の手元に在ったのなら? 彼女の「願い」は、問題なく叶えられたと思いませんか?」
「・・・いい加減に黙れよ、テメエ。それとも」
「全てのジュエルシードが在れば、リインフォースを救えたとは思いませんか」

瞬間、ティアナの頭部付近から、甲高い衝突音が響く。
無表情のまま微動だにしないティアナ、驚愕に眼を瞠るヴィータ。
ティアナの左側頭部を狙って振り抜かれたハンマーヘッドが、一切の前触れ無く空間中に現れた、青い薄層結晶構造体によって進行を遮られていた。
衝突音は、結晶構造体とハンマーヘッドが接触した際に発せられたものだ。
想定外の事態に硬直するヴィータを余所に、ティアナは表情を変えないまま左耳部に掌を当てる。

979R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:16:36 ID:.jmCVDEE
「非道いですね。鼓膜が破れましたよ」
「お前っ、それ・・・!」
「気付きましたか。そうです、これはジュエルシードですよ」

言いつつ、ティアナはグラーフアイゼンによって砕かれた薄層結晶構造体の一部、指先ほどの大きさとなった欠片を手にした。
それを、ヴィータへと差し出す。
呆然と、思考すら殆ど停止したまま、それを受け取るヴィータ。
次いで、自身の手の内に在るそれへと視線を落とし、彼女は背筋に怖気が奔った事を自覚する。

間違い無い。
オリジナルより遥かに小さく、また不格好ではあるが、紛れも無くジュエルシードだ。
この瞬間でさえ、自身のリンカーコアへと圧力を掛ける、指先ほどの大きさしかない青の結晶体。
ティアナはジュエルシードの薄層構造体を「発生」させ、それを防御壁としてグラーフアイゼンの一撃を防いだのだ。
そして、彼女の一連の発言。
その意味が、不鮮明ながらも理解できた。
彼女は、彼女達は、恐らく。

「お前等、ジュエルシードを・・・!」
「はい、複製しました」

どうやって、という問い掛けは発せられなかった。
その問いを発する以前に、ヴィータは現状に対して答えを導き出してしまったのだ。
そして、そんな彼女の思考を読んだのか、ティアナが言葉を繋げる。

「私達のシステムが本格的に起動した直後、誰かがこう願った。「地球軍のインターフェースに匹敵する、瞬間的な情報通信技能が欲しい」と。システムはその「願い」が有用であると判断し、それを叶えた」

2人の周囲、幾人かの魔導師が集まり始めた。
ヴィータを含む、それら全員の意識が共有され始める。
これが「願い」の結果。

「次に、彼女が願った。「大切な人が傷付く世界なんか要らない、壊れてしまえ」と。不利な制約を壊して再構築する事は既に始めていたので、システムは負傷者の治癒能力を例外なく向上させる事で、別方向からその「願い」を叶えた」

自身の肩に手をやるヴィータ。
背面の負傷は、何時の間にか痛覚が消失していた。
感覚が麻痺したのではなく、完全に治癒してしまったのか。
これも「願い」の結果。

「そしてこれは、魔法技術体系に属する、あらゆる人々が願った。「もっと出力を、容量を、射程を、威力を」。既にシステムはそれを成すべく活動していましたが、更にジュエルシードの魔力を供給する事で「願い」を叶えた」

波動粒子にも似た、青い光を放つ魔力素。
だがそれは、波動粒子などではない。
ヴィータは気付く。
これは、ジュエルシードの色だと。
これもまた「願い」の結果。

「それでも、押し寄せる敵性体群を前に絶望した人々が、救援の手を求めた。「救援を、1秒でも早く救援の到着を」。システムは緊急性の高い案件と判断し、人工天体内部の管理局艦隊をベストラ周辺にまで転移させる事で「願い」を叶えた」

周囲の管理局艦隊を良く見やれば、全ての艦艇が青い光を放つ魔力素の残滓を纏っていた。
恐らくは転移の際に、ジュエルシードより供給される魔力によって、機関最大出力を数十倍にまで増幅されたのだろう。
艦隊に纏う魔力素は、その際にバイド及び地球軍からの干渉を避ける為に展開されたのであろう、大規模次元障壁の残滓らしい。
この信じ難い現象もまた「願い」の結果。

「一体・・・どれだけのジュエルシードを・・・」
「数を訊いても、意味は在りません。恒久的に動作する「願い」を叶え続ける為のシステムですから」
「その、システム・・・ってのは、ジュエルシードの事じゃないのか?」

ヴィータは、それが気になっていた。
周囲の魔導師達も、同様なのだろう。
疑問が渦となり、共有された意識へと浮かび上がる。

980R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:18:13 ID:.jmCVDEE
「少し違います。全てのジュエルシードを統括する存在、世界への干渉を制御する中枢機構です」
「その、中枢ってのは、何処に?」
『後ろだ!』

突然の念話、警告。
ヴィータは周囲の魔導師が、一様に此方へとデバイスを向けている事に気付く。
だが、彼等の狙いはヴィータではない。
彼等は彼女の背後、其処に忽然と出現した「何か」に驚愕し、各々のデバイスを向けているのだ。

そして、ヴィータの背後より叩き付けられる、余りにも強大な魔力。
徐々に呼吸が乱れ、全身の感覚が麻痺してゆく。
視界の端で明滅する、青い光。
ティアナが右腕を上げ、徐にヴィータの背後を指した。

「「それ」が、システムの中枢」

錆び付いた機械の様に緩慢な動きで、ヴィータは背後へと振り返る。
徐々に視界を埋め尽くしてゆく、青く眩い魔力光。
そして数秒後、漸く「それ」を視界の中心へと捉えた瞬間、ヴィータの意識へと膨大な量の情報が流入する。
その結果、彼女は眼前の存在、その「異形」の正体を、正確に理解した。
理解してしまった。
否、させられたのだ。
青い魔力光を放つ、その巨大な結晶体。
余りにも異様かつ、決して許容できぬ存在としての外観を備えた、その「異形」。

「「それ」が、皆の「願い」を叶える宝石です」



ジュエルシードによって構築された、R戦闘機。



「そして、今の「私達」の中枢でもある」

反射的に、ティアナへと振り返る。
同時に、空間中へと響く、異様な咆哮。
全ての人員が視線を前方へと投じる中、ヴィータはティアナと向かい合ったまま、ガラス球の様に無機質な彼女の瞳を見つめていた。

怖いと。
恥じる事もなく、ヴィータは思う。
今のティアナは、怖い。
恐ろしく無機質、恐ろしく冷徹、恐ろしく希薄。
その身に纏うのは、人間としての温かみではなく、機械の様な冷たさ。
しかし圧迫感を感じる訳ではなく、それどころか眼前に佇んでいるというのに、其処に何も存在していないかの様に希薄な気配。
実態ではなく、立体投射画像であると言われれば納得してしまいそうな、得体の知れない存在。
それは僅かに視線を上げ、実際の発声であるのかすら疑わしい、音としての言葉を紡ぐ。

「私達は、この奥へと進む必要が在ります。其処に、バイドの中枢が在る」
「バイドの?」
「ええ。バイドが宿る殻、単一個体として完成された存在「R-99」が」

飛び交う無数の警告。
艦隊の全艦艇が、一斉に魔導砲撃を放つ。
青と白の光の奔流が、轟音と共に「何か」へと殺到。
だが、ヴィータは振り返らない。
砲撃が着弾したのか、魔力爆発の光が周囲を埋め尽くし、爆音が響く。
支局艦艇からの報告、攻撃失敗。
大型敵性体、健在。
目標、急速接近中。

981R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:20:25 ID:.jmCVDEE
「此処は、バイドにとっての最終防衛線です。此処を突破すれば、空間歪曲を利用して一気に中枢まで肉薄できる」
「正念場、って事か」
「ええ。当然、バイドも必死です。此処を通過する為には、防衛の要となっている敵性体を撃破する必要が在る」

ティアナが、視線でヴィータを促す。
徐に振り返り、魔力爆発の中心を見やるヴィータ。
そして、その異形を視界へと捉えた。
息を呑むヴィータ、無感動に言葉を紡ぐティアナ。

「可能かどうかは、また別の話ですが」

異形が再度、咆哮を上げる。
コロニーで提示された記録映像、なのはのレイジングハートに記録された映像。
いずれの外観とも異なる、更なる進化を遂げたらしきそれ。

節足動物のそれと酷似した下半身は脚部を取り払われ、慣性制御機構らしき5基のユニットが連なった、昆虫の幼生の如き外観へと変貌している。
片部から背面に掛けては、後方へと伸長する3連ユニット。
肩部からは前上方へと伸長する、左右対称のポッド型構造物。
主腕部の他に追加された、胴部に2対、脚部ユニットに1対の副腕。
上半身と下半身の接続部左右側面、突き出した1対の砲身。
修復された頭部装甲、更に巨大化した額のレリック。
周囲に纏う、虹色の魔力の暴風。
聖王の鎧、カイゼル・ファルベ。
此方を見据えるかの様に、空間中の一点へと留まる、その存在。

「今度ばかりは、データは在りません。全てが未知数ですので、其処は覚悟して下さい」



「BFL-011 DOBKERADOPS TYPE『ZABTOM』」



「・・・クソッたれが」

吐き捨て、グラーフアイゼンをギガントフォルムへ。
ザブトムの周囲、転移によって無数のドブケラドプス幼体が出現する。
恐らくザブトムは、同種生命体群の中枢として機能しているのだろう。
推測に過ぎないが、これまでに得られたバイド生命体群に関する情報を基に判断すれば、的を射ている可能性は高い。
バイドの適応能力を考慮すれば、中枢たるザブトムを撃破したところで種全体の絶滅には到らないであろうが、数時間に亘ってドブケラドプス種の戦力を大きく殺ぐ事ができるだろう。
数十名と共有された意識の中、結論は下された。
この場に於いて、ザブトムを撃破する。
それ以外に、選択肢は存在しない。

「やるしかねえんだろッ!」

982R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:21:06 ID:.jmCVDEE
咆哮。
2個の大型鉄球を生み出し、宙空へと放る。
そうして、グラーフアイゼンを振り被り、ヴィータは叫んだ。
共有意識を塗り潰す、壮絶な殺意。
それによって突き動かされるがまま、彼女は叫ぶ。

「要は、アレをぶっ殺すしかねえって事だろ!? ティアナ・・・いいや!」

その叫びに込められた、漆黒にして激烈なる感情。
諦観、嫌悪、哀情、憎悪。
視線の先の存在、そして背後に位置する存在。
巨大なバイド生命体、そして嘗ては「ティアナ」であった存在に対し。
ヴィータは、あらゆる負の感情を込め、絶叫した。



「この「化け物」め!」

983R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 15:39:45 ID:.jmCVDEE
以上で投下終了です
代理投下して下さった方、支援して下さった方
有難う御座いました

ティアナ「あなたも私も、後悔するような発言をしたことは事実です。でも、お互いの意見の相違は、この際、水に流しましょう。次元世界のためです・・・この人でなし」
ヴィータ「お前が言うな」

という訳で、1年振りの投下となりました
何とか怪我の回復も良好で、震災も切り抜ける事ができました
余震で納屋の天井が落ちてきた時は死ぬかと思いましたが、流石に我がスタンド(松葉杖)の防御を抜く事はできませんでした
松葉杖△
という訳で、今回の敵紹介です

『ドブケラドプス幼体』
読んで字の如くドブケラの幼体で『TACⅡ』にて登場
成体をそのまま小さくしたような外観ですが、何と毎ターン広範囲かつ長射程のチャージ攻撃を乱射してくるという、最終鬼畜胎児
ジャミングが切れた瞬間にあの世行き確定という無理ゲーです

『ムーラ』
『Ⅰ』で初登場、以降のシリーズでも亜種を含めて数回登場
やたらと長く、シャクトリムシの様に画面中を動き回り、しかも耐久性はそこそこというウザい雑魚
高難易度では発狂した様な速度で画面中を這い回りますが、本当に恐ろしいのは撃破時
作中での描写の通り、頭部を破壊すると当たり判定の大きい体節が高速で飛び散り、胴部をぶっちぎると残された頭部や体節が更に高速かつ、ランダムっぽい動きで画面中を蹂躙するという鬼畜使用
どっちに転んでも絶望なので、時には見逃す事も大事

『Λ』
常時発動状態のジュエルシード
使用回数無限のドラゴンボールみたいなものですが、システム側で願いを捨取選択されるのが玉に傷
選択してるのはあの3人ですが

という事で、漸くクライマックスの頭辺りに突入です
それでは、また次回




それでは、代理投下をお願い致します

984R-TYPE Λ ◆xDpYJl.2AA:2011/05/29(日) 17:32:21 ID:.jmCVDEE
ただ今戻りました、作者です

済みません、現在代理投下して下さっている方
投下の際は、専ブラを使用する事をお勧めします
未使用の状態では全部を投下するのはほぼ無理だと思いますので

それと、やはり長いので本スレには投下せず、数日後に保管庫に入れる事も考えております
感想等は本スレか保管庫に書いて戴ければ良いと思いますので、無理を押して本スレへの投下に拘る必要はないかと

考えが足りず、御迷惑をお掛けする事となってしまいました
本当に申し訳ありません

985リリカルミッドナイト ◆mhDJPWeSxc:2011/05/30(月) 15:40:29 ID:afTvLgkA
終了のあいさつ書こうとしたところでさるさんくらいましたorz

ひとまずここまでです

今夜にはLv2になるはずなのでもちっと書き込める量が増えると思いますが…アワワワ

986魔法少女リリカル名無し:2011/06/08(水) 10:04:55 ID:TQRxVuo.
ネットショップサイトが開店です、コスプレ、抱き枕、着ぐるみなどの商品が備えております、 www.chinazonejp.com

987FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/06/08(水) 22:29:57 ID:5KXKWOXk
投下しようとしたら、規制されたうえにスレの容量がオーバー…
なので、次スレへの代理投下を依頼したいのですが、このスレも終わりに近付いている…
大丈夫…かな…?

988FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/06/08(水) 22:30:30 ID:5KXKWOXk
「ミカヤ、なんだ?確かめたいことって。」
 サザが問いただす。唐突に、ベグニオンに言われてしぶしぶではあるが、支度を始めた。
 その隣でミカヤもかつての魔道書と杖を取り出し、サザにとって予想外の言葉を告げた。

「…死体よ。ベグニオンに行って死体を調べるの。」

 …今、なんと言っただろうか?
「ま、待ってくれ!死体を調べるだと!?」
「私だって、こんなことはしたくないわ。でも…もし、この予想が現実のものだったら、早く手を打たないととんでもないことになるわ。」
「…一体、何が起こるって言うんだ?」
「私も…よくは分からないの。でも、断言はできるわ。アイクとセネリオが異世界にいてしまったことと、確実に関係がある。」
 そこまで言う以上、それは真実なのだろう。
 「暁の巫女」ミカヤは幾度となく、神使としての力を使い未来を言い当てていた。今回も、おそらくそうだろう。

「それじゃ、行くぞ。」
「ええ。」
 支度を終えた二人が王城から外に出る。一応、しばらくの間留守にすることは地方の貴族たちにも伝えておいた。
 その間に何か起こしたら、あんたの秘密をこの国中にばらまいてやる、とサザが脅していたが、それは余談だろう。
「ところで、ミカヤ。今から行ってもベグニオンまでは数日かかるぞ。」
「いいえ、セフェランが去り際に残してくれた「リワープ」があるわ。」
 そう言って、ミカヤは先ほどから握っていた杖を見せる。
「サザ、捕まって。」
 その言葉に素直に従い、リワープの杖につかまる。
 その時だった。

「あれ…ミカヤ?」
「…ペレアス?」

 意外なところで再会を果たした。

「ペレアスか。済まないが、しばらくの間俺達はデインを留守に――――」
「ちょうどよかったわ、ペレアス。この杖につかまって。」
 いきなり、旅のお供に連れて行こうとした。
「ミカヤ!?」
「仲間は一人でも多い方がいい。違う?」
 そう言って、ミカヤはサザに微笑む。夫としては、それで許さないわけにはいかなかった。
「あ、少しいい?」
 唐突にペレアスが口を開く。

「旅のお供だったら、それなりの装備を整えてくるよ。そうだな、5分くらい、そこで待ってて。」
 と言い、二人を残して装備を整えてくる。


ペレアスは傷薬や、魔道書をポーチに放りこむ。もちろん、闇魔法最強クラスと言われた「バルベリト」も持参する。
「…これを使う事態だけは、避けたいけどな。」
 ポツリと呟いたが、いざという時のために念には念を入れる。
「さ、国王達を待たせちゃ、いけないな!」
 そう言い、ペレアスは家を飛び出す。
 その表情には、前の戦のときには無かった「楽しい」という感情が浮かんでいた。


「いい?行くわよ。」
 ミカヤが合図し、杖が光り始める。
 杖の光は3人を包み込み、ベグニオン帝国まで飛ばして言った。
 この瞬間から、二つの世界で起こっている事件がくっきりとつながることになった。

989FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/06/08(水) 22:31:11 ID:5KXKWOXk
第15章「新たな局面」




 リワープによって一気に、ベグニオン帝国の皇居に転移した3人。
 そこには、サナキ以外に人がいた。
「む、姉上!」
 部屋に入るなり、マントを引きずりながらサナキがやってくる。
 その背後には、しばらく見ていない顔があった。

「お久しぶりです、皆さん。」
 そこに立っていたのは、
「セフェラン―――――」
 ベグニオン帝国元老院議員議長にして宰相、セフェラン。別名、「エルラン」。
 かつて、ベオクと呼ばれる人に近い人種と、ラグズと呼ばれる獣に近い人種が争いを起こし、人に絶望した人。
 絶望のあまり、この世界からベオクを、ラグズを抹消するために、女神アスタルテを起こすという大きすぎる過ちを犯した、「元」ラグズ。
 今では、セリノスの森で静かに暮らしているはずだったが。

「ところで、皆さんはなぜ、ここに?」
 穏やかな物腰でセフェランが尋ねる。
 その言葉を聞いて、ミカヤが切り出す。
「実は――――――」


 話はこうである。
 死んだはずの漆黒の騎士。それが異世界で生きている。では、これまで導きの塔で倒した相手たちはどうなのだろうか。
 彼が生きている以上、他の人間たちも生きている可能性がある。
 ならば、今生きている人間は誰なのか、そして、死んだはずの人間を「生き返らせた」のはだれか、を突き止めるためだった。

「なるほど…」
 口元に手を当てて、セフェランは考える。
「確かに、ゼルギウスが生きている以上、他の人たちが生きている可能性も否めない…」
「それに、異世界には団長たちが行ってしまった。これは、何かあると勘ぐるべきじゃないか。」
 サザがそう言って死体の調査を依頼する。
「………いいじゃろう。」
 皇帝が直々に、許可を下した。
「じゃあ、導きの塔の最下層へ行きましょう。」
 そう言って、一行は導きの塔へと歩き出す。



 女神の事件で死んだ兵士たちは、導きの塔の最下層に安置されていた。
 女神のために戦い、殉職した者たちへのせめてもの配慮なのだろう。
 その死体を一つ一つミカヤとセフェランが調べていく。
 死んだ兵士を見るたびに、ミカヤは思った。
(あまり、気持ちのいいものではないわね…)
 聖職者だろうと、なんだろうと、人の死体を見て気分がいいという人はいないだろう。
 しかも、自分たちが殺した人間ならば、なおさらだ。
「ミカヤ、恐れてはいけません。」
 ふと、セフェランから声がかかる。
「罪と向き合うのです。つらいことでも、受け入れることが大切なのですから。」
 そう言って、セフェランは作業に戻って行った。
(そう、目を逸らしちゃいけない。)
 それこそが、償い。少なくとも、ミカヤはそう思っている。
 どんな殺人も正当化はされない。なら、私は全てを受け入れる。
 受け入れること。それが、ミカヤの示した償いだった。
 それはさておき、奇妙なことにミカヤは気付き始める。
(………?)
 小さな違和感。
 それがまだ確信に変わることはなかったが、その違和感の正体は理解できた。
(この死体、外傷が無い…?)
 傷の無い死体。では、なぜこの兵士は死んだのだろうか?
 他にも外傷はあるが、どれも致命傷にはなりえない傷を負って死んでいる者もいた。
 これは、どういうことなのだろうか。



 そのことをセフェランと皆に説明した。そうしたら、セフェランから意外な言葉が返ってきた。
「光魔法か、闇魔法の影響ですね。」
「え?」
「外傷がないから、物理的攻撃ではない。と言っても、理系の魔法でもない。恐らく、光か闇の力で生命力に直接ダメージを与えられたのでしょう。」
「そんなことが…」
「あり得るのですよ。その証拠に、「リザイア」という魔道書があります。これは相手の体力を奪って自分を回復させる魔法ですから。」
 筋は通っている。すると、彼らは光か闇魔法で殺されたのだ。
 そして、次の問題。
「じゃあ、彼らは何のために殺されたんだ?」
 ペレアスが尋ねる。さらに、サナキも続けた。
「そもそも、こ奴らを殺したのは誰なのじゃ?」
 そう、この二つが問題だった。
「そう、それが問題です。誰が何のために彼らを殺したのか。それがわかれば…」
 その時だった。

990FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/06/08(水) 22:32:16 ID:5KXKWOXk
 バン!!と大きな音が鳴り響く。その場にいた人々は、その音がドアを開けたものだと即座に気付いた。
 ただの開け方ではない。そう、乱暴に開けたような。
 基本、この塔は立ち入り禁止である。それは女神がここで眠っているからだ。
 それを承知で来るには、皇帝直々の許可がいる。今はミカヤ達意外に許可を出していない。
 とすれば――――――――――――――――――――
「奇襲!?」
 そうミカヤがつぶやいた時、「それ」が降りてきた。
 丸型のロボット―――向こうの世界では、ガジェットドローンと呼ばれるものだが、今のミカヤ達がそれを知っているはずはない―――が、約6体。
 先行する1体をサザが相手する。
 サザは、腰から短剣「ペシュカド」を抜き、ガジェットめがけて投げる。
 それを難なくかわし、ガジェットは光線をサザに向かって放つ。
「っ!!」
 それをサザは、ガジェットめがけて飛ぶことでかわす。
 刹那―――1人と1つがすれ違う。サザはすれ違いざまに叩き込まれた触手を、もう一つの短剣「スティレット」で切り落とす。
 ガジェットが着地し、ミカヤににじり寄る。
 ミカヤが光魔法「セイニー」を唱えようとした時だった。
 サザがガジェットの頭上からペシュカドを突き立てる。動力炉をやられたらしく、そのガジェットはその場で機能を失い、停止する。サザはミカヤに寄り添い、ペシュカドを構えなおす。
「ミカヤ、安心しろ。俺がいる。」
 その言葉だけで、ミカヤはどこか安らぐ気持ちになれたのだった。
 だが、戦いはまだ終わっていない。

「機械であろうと、女神の祝福があらんことを…」
 セフェランが光魔法「クライディレド」を唱えた。
 無数の光がガジェットを包み込み、幻想的な風景を作り出した。
その光がひときわ大きな輝きを放ち、辺り一帯が光で明るく照らし出される。
無数の光からの攻撃を浴びたガジェットは、もはや原形をとどめぬほど粉々にされていた。
その隣では、ペレアスが善戦している。
「くっ!」
 ガジェットの放つ光線に苦戦しながらも、闇魔法を唱える。
「ウェリネ!」
 闇魔法「ウェリネ」を解き放ち、周囲の物体ごと闇に引きずり込む。
 闇にのまれまいと必死に抵抗するガジェットだったが、機械ごときが抵抗してどうにかなるものではない。
 「ウェリネ」はそのガジェットを飲み込み、何事も無かったかのように消え去った。

「ぐぅっ!」
 その声を聞き、全員は振り返る。そこには、人質にされたサナキがいた。
「このッ、放せ!放すのじゃ!!」
 じたばたするが、あまり効果が無い。すると、残り2体のガジェットがサナキの方を向く。
「サナキ様!!!」
 セフェランが今まで出したことの無いような大声を出すが、それらは止まらない。
 もう駄目だ、そう覚悟してサナキは固く目を閉じた。


だが、その瞬間はやってこなかった。
 サナキを捕まえていたがジェットは、横一文字に綺麗に『切られていた』。
 1体は白いブレスに貫かれ、もう1体は何かにより壁まで吹っ飛び、動かなくなった。
「誰だ!!」
 サザがペシュカドを構え、爆発したガジェットの後ろにいる者を凝視する。
 その様子を察したのか、
「安心しろ、私たちは皇帝に用があるだけだ。」
と発する。
 次第に煙が晴れ、その姿があらわになる。
「ソーンバルケさん!?それにニケさんにナ―シルさんも!!」
 そこにいたのは、先の戦いで戦力として大いに役立ってくれた猛者ばかりだった。
「先ほど彼が言ったように、私たちは皇帝に用がある。」
 ニケが化身を解きながらサナキに向き直る。そして、ナーシルが続けた。
「私の方は主に、王子の代理です。正式にクルトナーガ様が王位を継承されたので。そちらの二人は、新たな国の建設に当たっての承認を得に来た、と言ったところでしょう。」
「その通りだ。私は「印付き」の国を、彼女は「ハタリ王国」を立ち上げようと思っている。どうか、承認を頂けないだろうか。」
 ソーンバルケがそう言うと同時に3人は片膝をつき、頭を下げる。幸いなことに、彼女は命を助けられてその願いを無下にするような冷たい皇帝では無かった。

991FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/06/08(水) 22:32:48 ID:5KXKWOXk
「よかろう。3人の言い分を受け入れようぞ。ところで…」
 サナキが先ほどのガジェットに視線を移す。
「これは一体なんじゃ?なぜ我らを狙った?」
 その場にいる全員が一番聞きたいことを言う。

「それは異世界の文化。容易に触れてはいけないものよ。」

 その声の主は――ミカヤだった。だが、様子がおかしい。
「ミ、ミカヤ?」
「これはアイク達のいる世界にある兵器。あなたたちはまだ、この兵器の構造を知ってはならない。」
「ま、まさか…女神?」
 セフェランが恐る恐る尋ねる。
「そうよ。久しぶりね、エルラン。」
「ああ…女神よ…」
 感慨深そうにセフェランがつぶやく。しかし、彼らには干渉にふけるよりほかにやることがあった。
「女神。アンタに聞きたい。コイツを「異世界の文化」と呼んだか?」
 女神に対してもいつもの口調を崩さない。サザは、女神がミカヤの体を使うことをあまり快く思っていないからだ。
 先の戦いでも、恐らく、これからも。
「ええ。これらは異世界から来たもの。アイク達がいる世界から。」
「だとするとおかしくないか?」
 ソーンバルケが疑問をぶつけた。
「私は、彼らが異世界に行ったなどとは一言も聞いていない。恐らく、彼女と彼も同じだろう。」
 そう言ってニケとナーシルに目を合わせる。
 無言でうなずき、それが真実であると肯定した。
「なのに私たちはこれらに襲われている。こいつらとは何の接点も無いというのに。」
 よくよく考えてみればおかしい話だった。
 自分たちの利害に関係の無いを人物を襲うなど、ましてや、何の関わりも持たない人物を襲うなど、狂っているとしか言いようがない。
「次に。こいつらはこの世界とは全くと言っていいほど無関係だ。私たちも道中ではこんなものを見たこともない。…なのに。なぜ、ここにいる?」
 ソーンバルケは、先ほど壊したガジェットたちに目を向けた。
「魔道の理など私にはわからんが、少なくとも時空をゆがめるような魔法はリワープだけではないのか?」

 それらの二つの問いに、ミカヤ(の姿をした女神)は答えた。
「私にも、まだわからない。でも、あなたたちを襲った理由は見当がつく。」
 女神はサザを見つめる。
「この子は「ある予想」をしていた。恐らく、これらを送り込んだ人たちは彼女を消したかったのよ。その予想を、誰かに話してしまう前にね。」
 
 ちょっと、待て。それじゃあ――――――――
「その「誰か」は、もしかしたら、異世界からミカヤを暗殺しようとしたのか!?」
 その言葉で一同に動揺が走った。女神はそれを肯定するかのように、硬い表情のままだった。
「だからこそ、私がここに来たの。この塔の中なら私も力を発揮できるから。今から、ここに「扉」を作るわ。アイク達の世界につながっている、ね。そこへ数人を送り込んで、アイク達の手助けをしてもらうつもりよ。…さあ、誰が言ってくれる?」
 サザが真っ先に名乗り出た。
「俺が行く。俺は密偵だし、それなりに―――――――」
「いや、今のお前は国王の夫だ。いざという時にいなければ困るだろう。」
 ニケが釘を刺す。と、なれば行けるのは。

「私が行きましょう。」
「僕も、行きます。」
 ペレアスとセフェランが手を挙げた。
「なら、私も付いていくことにしよう。どうせ、私たちの国はオルグとラフィエルしかいないのだからな。」
 ニケも賛同した。
「私は遠慮します。王子…王にお教えすることが、嫌というほどありますので。」
「じゃあ、この3人ね。」
 そう軽く言葉を告げると、大きな光の扉が現れた。
「健闘を祈るわ。」
 女神のその一言を背に、3人は光の扉をくぐった。
 後々、彼らは、いや、2つの世界にいる人物たちは思い知ることになる。

生きるということの「罰」を、死ぬということの「罪」を。
そして何より、「人」はどれほど愚かで、脆いかということを――――――――――――。




To be continued……….

992FE ◆lJ8RAcRNfA:2011/06/08(水) 22:34:32 ID:5KXKWOXk
以上です。
今回はちょっとした伏線をはったりいろいろと考慮した結果、完全にFE回となってしまいました。
次回からは、なのはの世界へ戻ります。
それでは、申し訳ありませんが投下をお願いいたします。

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995なのマギ5話 ◆bv/kHkVDA2:2011/07/04(月) 17:38:03 ID:nmwzFrgQ
さるさんを喰らってしまいましたので、どなたか代理投下をお願いします。

996なのマギ5話 ◆bv/kHkVDA2:2011/07/04(月) 17:38:39 ID:nmwzFrgQ
 一連の空間の変化から、マミは魔女の正体はピンクの人形であると判断したのだった。

「折角の所悪いけど、一気に決めさせて貰うわよ!!」

 標的を見定めたなら、後は攻撃するだけだ。マミの行動は迅速だった。
 一足跳びにピンクの人形が鎮座した長椅子の根元まで飛び込んだマミは、両手で構えた
マスケット銃を、鈍器の要領で振り抜いた。全力で放たれたマスケットの打撃攻撃は、人
形が座る長椅子を容易に叩き折って、それまで座っていた場所を失った人形は自由落下を
始める。
 抵抗する事なく落下して来た人形を、同じ要領でマミはもう一度殴りつけた。ホームラ
ンバットとなったマスケットの打撃は、本来の使い方とは違っているとはいえども強力だ。
 殴られた人形は、その小さな身体を思いきり凹ませて、半円の壁まで吹っ飛び、叩き付
けられた。初動から、ここまでの連続攻撃に掛かった時間はほんの数秒。瞬く間にマミは
先手を取り、抵抗する間すらも与えずに圧勝しようとしていた。
 今なら、どんな敵にも負ける気がしない。
 その確信が、マミの動きを速く、鋭く変える。

(身体が軽い……こんな幸せな気持ちで戦うのは初めて)

 今のマミは、一人ぼっちではない。
 損とか得とか、そういう打算無しで、これからもずっと一緒に居てくれると言ってくれ
た仲間がいる。一緒に肩を並べて戦ってくれるパートナーが、今、マミの勝利を信じて後
ろで待ってくれている。負ける事など許されない。カッコ悪い姿など、見せられない。
 マミを孤独から連れ出してくれた鹿目まどかの為にも、この勝利はまどかに捧げる。そ
して、終わったら一緒に最高の魔法少女コンビ結成を祝して、パーティをするのだ。美味
しいケーキを食べて、美味しいお茶を飲んで、それから、それから――。
 家族を失ってからというもの、ずっと一人ぼっちだったマミにも、ようやく生きて帰る
理由が出来たのだ。なればこそ、こんな魔女なんかにこれ以上割いてやる時間などはない。

(もう、何も怖くない!)

 突き付けたマスケットの銃口は、寸分の狂いなく人形を狙い定めていた。
 怒涛の勢いで、マミは激しい弾丸の嵐を見舞った。一発撃ったマスケットはすぐに投げ
捨て、次のマスケットを掴んでは撃ちを繰り返す。人の常識で計れる速度を遥かに超えた
圧倒的な速度の射撃は、人形の小さな胴を蜂の巣へと変えた。
 それでも魔女は魔女。回復能力は生物の比ではなく、落下するまでに穿たれた穴は大抵
塞がってしまう。だけれども、そんな事はお構いなしにマミは歩を進め、身動き一つ取ら
ずに落下した人形の頭にマスケットを突き付け、ゼロ距離で弾丸を発射した。
 人形の頭に気持ちがいいくらいの風穴が空いて、そこから溢れ出した金色の魔力が、無
数の帯となって人形を締め上げ、遥か上方へと吊り上げた。全身を拘束魔法に縛られた魔
女に回避など出来る訳もない。マミは最後の一撃を放つ為、巨大な大砲を作り出した。
 大砲から放たれた必殺の一撃は、狙い過たず人形の胴をブチ抜いた。
 マミの持てる最高威力の砲撃魔法を受けた人形に、これ以上の戦闘は不可能。そう思わ
れたが、身体を潰された人形は、その小さな口から、巨大な何かを吐き出した。
 人間の体よりもずっと大きく長い。胴は黒く、ウツボのようにしなっていた。
 何かが出て来た。目の前で起こった事象をそう捉えた時には、既に黒い何かは、マミの
眼前に迫っていた。巨大な身体からは想像もつかない程の速度で、しかしそいつは特に変
わった戦法を用いる事もなく、至って普通な動作で、ただマミに接近したのだった。

「――え?」

 時間が止まったように感じたのは、どうしてだろう。勝利を確信していたマミの眼前ま
で迫った黒い魔女は、白塗りの顔でマミを見下ろすと、大きな口を開いていた。口の中に
は白く輝く牙がびっしりと並んでいて、その奥に見える舌は、唾液にぬめっていた。
 まるで、これから好物のお菓子を食べる子供の舌のように。
 反射的に、直感的に、本能的に。食べられる、と思った。




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