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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

1管理者:2004/05/13(木) 11:57
新しいスレッドの御提案が有りましたので立ち上げます。提案文は以下の通りです。

891 名前: 犀角独歩 投稿日: 2004/05/13(木) 11:18

管理人さん:

昨晩、三学無縁さんとも話したのですが、『本門戒壇の大御本尊様の偽作説について』において、名無し@ピンキーさん、Happy Birthday!!さん、また、空き缶さんが興味を示されてお出でであった山中師『御本尊集目録』未載でありながら、御筆漫荼羅(真筆)と伝えられる漫荼羅は興味深いものがあります。また併せて、真偽未決御書、また、各文献の著者の実否などを議論するスレッドがあればよいと考えます。

以上、三学無縁さんと連名で提案させていただくものです。

286愚鈍凡夫:2004/08/24(火) 00:26

横レス失礼します。
何となく読んでいて、アレっ?と思ったのですが、
日尊師は何故、日目師の漫荼羅を模刻したのでしょうか。

日尊師は、1321(元亨1)年9月28日と1326(嘉暦1)12月13日に日興師より漫荼羅を授与されていますが、ひょっとして、一度勘気(勘当)を受けた日興師より日目師のほうが尊敬の念が強かったのでしょうか。

話は変わりますが、日教師といえば、
「天生原(あもうがはら)に六万坊を立て、法華本門の戒壇を立つべきなリ」(類聚翰集私)
なんて、ほとんど妄想に近いことを宣うた御仁ですよね(そんな広大な土地が何処にある)。
単なる写し間違いだったりして・・・・・・。 (^▽^;)

287空き缶:2004/08/24(火) 01:14

犀角独歩さん、こん○○は。

単純ですが侃師よりも教師の方が、年代的に古いと思われますので、侃師の写し間違えではないでしょうか。


なお、れんさん始め、皆様にお詫びしなければなりません。

お詫びの1
實成寺の虫払いですが、寝坊+渋滞+道迷いで、現地に着いたのが11時近くでした。
しかも、天気予報で雨の可能性有りとなっていたため、当初10時から行う予定を、2時間早め8時から行ったということでした。
したがいまして私が着いた時は、宝物類を箱にしまっている最中でした。

お詫びの2
前回までのカキコで、客殿安置の板曼荼羅が「一遍首題」であり、目師書写・尊師模刻ではないか、などといっていましたが、とんでもない勘違いでした。
もう本当に恥ずかしく書く気にもなりませんが、ありのままを報告しますと、客殿の本尊は「万年救護本尊」を模刻したものでした。
真正面の遠くからみると、首題と不動・愛染しか見えないのですが、近くで横からみるとはっきりと他の相貌が見えます。若干、仏師の手腕の違いでしょうか、真筆写真と違うような気がしましたが、確かに「文永11年12月日」の日付が入っていました。

虫払いは終わっているし、板曼荼羅は他でもない「万年救護本尊」であったし、全く恥ずかしくてどうしようかと思いました。

なお、ワープロ打ちされた目録を、さっと拝見しましたところ、弘安9年の興師筆曼荼羅が入っていました。
れんさんがご指摘されていたものがこれかもしれません。しかし私は実見できませんでした。

なお、客殿の裏が位牌堂になっており、御影が安置されていましたが、背面に曼荼羅はなく御影のみの安置でした。
また客殿の万年救護板曼荼羅の左右には、蓮師・興師の御影画がありました。
お茶を飲む座敷には、「無宿 日生上人」の曼荼羅が掛軸のように懸けられていました。

それから歴代墓所の中心には左から、尊・興・蓮・目・郷の五人の墓石が立っており、歴代ではない日郷師の墓石が立っていることに、大変興味をそそりました。
ちなみに尊師の次の歴代は日印(尹)師です。

客殿の万年救護板曼荼羅といい、郷師の墓所といい、保田系との深い関わりを感じた今回の訪問でした。

ともあれ、これまで私の癡さゆえに、全くデタラメなことを書き込んでいたことを、皆様に深くお詫びいたしたく存じます。

288勉強中:2004/08/24(火) 12:04

はじめまして、いつもこちらの掲示板を拝見し、勉強させていただいているものです。

私も實成寺のお虫払いに興味を持ち、空き缶様よりご案内のあった、8月22日に出向いて参りました。
空き缶様の仰るとおり、お虫払いは朝8時からはじめられたということで、私が到着したのは9時半ごろでしたが、出すものは出してみな休憩中といった雰囲気でした。
参加者のほとんどは近隣のお手伝いの方のみで、私のような新参者はごく少数であったと思います。

展示物はすべての宝物ではなく、一部のものでした。一通り箱からは出していましたが、広げて展示していたものは一部で、あとは巻いた状態で並べられていました。
住職様は「遠くからお越しいただいたので、せっかくですから珍しいものお見せしましょう。」といわれ、日目上人の御本尊を広げて展示してくださいました。この御本尊は曼荼羅形式でした。
日興上人の御本尊は、3幅展示されていましたが、ご議論にあります弘安年間のものは展示されていませんでした。
私が個人的に興味を持ったのは、大石寺の日精上人のお手紙が展示されていたことです。内容的には日典上人の関係者が實成寺もしくはその周辺にいらしたようですが、實成寺ももとは京都の要法寺系の寺院ですから、日精上人とも何らかの関係があるのかな〜と興味がわきました。
そのほか万年救護本尊の御形木や、保田妙本寺の不動愛染の御形木らしきものも展示されていました。
また御宝蔵の一番奥に万年救護本尊の板御本尊がありました。これはかなり大きく、客殿のものより大きかったと思います。

そして住職様に祖師堂の見学をさせてもらえるかたずねると、「どうぞどうぞご自由に」ということで、なんと私一人で祖師堂に行き須弥壇サイドの階段より上って、厨子を開け祖師像を拝見させていただけました。
祖師像の裏には板曼荼羅がありましたが、ほぼ祖師像と同じ大きさのため、相貌などは祖師像をどかさなければ確認できません。さすがに勝手に祖師像を動かすことは気がひけまして、できませんでしたが、實成寺の住職様は何でもどうぞというような、気さくな方でした。
ご供養や拝観料などは一切必要ないうえ、最後には新参者の私に「食事を取っていきなさい」と昼食まですすめていただきました。

以上、僭越ながら、報告させていただきます。

289犀角独歩:2004/08/24(火) 12:15

288 勉強中さん:

はじめまして。一つ質問させていただきたいのです。

> 万年救護本尊の御形木…保田妙本寺の不動愛染の御形木らしきもの

この「御形木」と仰るのは版木のことですか、それとも、紙幅のものですか。どちらのことでしょうか。

ご教示いただければ有り難く存じます。

290れん:2004/08/24(火) 13:26
空き缶さん、ご苦労様でした。お虫干しに間に合わなかったのは残念でしたね。客殿安置の板曼陀羅が万年救護本尊の模刻でしたか。確か富要第九巻所収の文献には江戸期に保田妙本寺の僧侶で伊豆実成寺の貫首になった方がいたと記憶しておりますから、妙本寺と実成寺の関係は決して浅いものではなかったでしょう。実成寺に万年救護本尊の模刻や不動愛染感見記の形木があったとしても何ら不思議ではないと思います。また、弘安の興師曼陀羅が弘安九年とのこと、真筆ならば現存分のものでは最古のものになりますね。
勉強中さん、はじめまして。実成寺のお虫干しにご参加されたのですね。実成寺蔵の目師曼陀羅がいわゆる大曼陀羅であったとのこと、参考になりました。有難うございました。私もいつか伊豆実成寺のお虫干しに参加させて戴きたいとおもいます。

291犀角独歩:2004/08/24(火) 13:38

保田妙本寺・郷門というのは、元来、蓮目郷という相伝譜が先行し、のちに蓮興目郷に置き換えられていくのでしたっけ。いっぽう伊豆実成寺は尊師が開基でしたね。ここで万年救護本尊が本堂に据えられているというのは意外でした。れんさんが仰る当たりの事情に拠るのだろうと思えました。

292れん:2004/08/24(火) 21:23
犀角独歩さん。日郷師筆記の「日郷法系図」(正本大石寺蔵)には郷師の師である目師の学法及び受法の系譜がしめされております。学法は「日蓮聖人―学法―日目」受法は「日蓮聖人―日興―受法―日目」とあります。学法の一例としては後世の文献にて内容不明ながら日有聞書「雑雑聞書」や左京日教師・保田妙本寺の日要師・日我師の言及される日目の耳引法門や石山因師の三四月会合抄に引用される日目直授相承等があげられ得ると思います。少なくとも日郷師には「法系図」の記述から日蓮―学法―日目―日郷、日蓮―日興―受法―日目―日郷という系譜に見られる自らの法統の意識はあっただろうと思います。

293勉強中:2004/08/24(火) 23:09
犀角独歩様、お尋ねいただきました件につきましては、紙幅のものでございます。

なお、残念なことに、私のここでの書き込みが、勝手に他所にて転載されていました。初めての書き込みがこのようになってしまい、非常に残念に思います。

http://bbs5.on.kidd.jp/?0501/Fujinomiya

294犀角独歩:2004/08/25(水) 18:12

れんさん、有り難うございます。
学法と受法ですか。なるほど。


勉強中さん、有り難うございます。
他所転載、まったくマナーもなにもあったものではありませんね。
どうか、これに懲りず、ご投稿を続けてくださることを念願するものです。

295愚鈍凡夫:2004/08/25(水) 20:25

ぶしつけに、つかぬ事をお尋ねします。
勉強中さんは下記のHPに出てくる"名無し@勉強中"さんのことですか?

本山實成寺御霊寶虫払法要に参加して
http://jbbs.livedoor.com/bbs/read.cgi/study/4035/1093431225/1

296勉強中:2004/08/25(水) 20:47
れん様、初めまして。實成寺の住職様はとてもよい方です。ぜひお出かけくださいませ。

犀角独歩様、激励ありがとうございます。

愚鈍凡夫様、初めまして。また情報をありがとうございます。
該当の投稿は、まったくの別人によるものです。「富士宮ボーイ」の掲示板しかり、いったい何者でしょうか。極めて遺憾であり残念でなりません。
もともと閲覧やロム専門でしたが、やはりのこのこと出てくるんじゃなかったと後悔しています。
たまたま時間があり自分が参加したことで、空き缶様のフォローができればなどと、でしゃばりすぎたと反省しました。

「富士宮ボーイ」の掲示板管理者様には、記事の削除と不当な書き込みを行った者への適正な処分を、メールにて依頼しましたが残念ながら受け入れていただけなかったようです。
これもまた極めて残念なことで、ネット界の恐ろしさ厳しさを知ったかぎりです。

297空き缶:2004/08/25(水) 21:04

勉強中さん、はじめまして。
種々フォロー戴きましたこと、感謝申上げます。

なお、富士宮ボーイの管理人さんへは、掲示板へのカキコを通し、私からも対応を以来させていただきました。

確かにネット上にはいろんな方がいますが、どうぞ今後とも是非共々に研鑚してまいりましょう。

298空き缶:2004/08/25(水) 21:19

なお、富士宮ボーイの掲示板を見ますと、犯人のIPは以下の通りですね。

cv78.ade2.point.ne.jp Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98) (ID:405061813467)

「冨士檀信徒掲示板」とかいうところでのコピペも、ここでカキコしたことのある阿達さん、藤川さん、などがいらっしゃるみたいなので、協力してくれると思いますけどね。

299空き缶:2004/08/26(木) 01:36

勉強中さん、富士宮ボーイの管理人さんが早速対応してくれましたよ。
以下、富士宮ボーイからの転載です。

No.4839の件 投稿者:富士宮ボーイ 投稿日:08/25(水) 23:09 PC No.4848

空き缶さん、教えて頂いてありがとうございます。
早速削除しました。

名無しさん(cv78.ade2.point.ne.jp)他板の無断転載はやめなさい。

300空き缶:2004/08/26(木) 01:40

う〜ん、しかし相当悪質だ。
ここでもやっていました。

http://8327.teacup.com/woman/bbs

301犀角独歩:2004/08/26(木) 13:45

空き缶さん(299)の働きかけに敬意を表します。


雅仙堂師著「『日興跡条々事』各本対照と真偽問題」(未刊)を読みました。
ご本人の許可をいただき、以下、紹介いたします。

【目次】
はじめに
『日興跡条々事』写真1、2
『富士宗学要集』について
「教学」及び「宗学」という呼称について
「相伝書」の類について
「伝日興」著作類について
門流文書としての「相伝書」
『日興跡条々事』各本の検討

上記、各本の検討に至っては条々事が載る『畑毛日記』を含む17冊で対照を行っています。小編ながら、極めて優秀な論攷でした。

302れん:2004/08/26(木) 20:07
犀角独歩さん、雅仙堂師「『日興跡条々事』各本対照と真偽問題」(未刊)一度拝読してみたいですね。最近における正宗側の日興跡条々事に対する論述は、道心第十九号所収・高橋粛道師「日興跡条々事の考察」「美濃周人氏の『日興跡条々事』の考察を破す」ぐらいでしょうか。雅仙堂師が伝日興文献に就き、どのように考察されておられるのか、大変興味があります。

303犀角独歩:2004/08/26(木) 23:24

れんさん、雅仙堂師は粛道師については『日興上人御述作拝考1』を引用しています。
また、お示しの『道心』19号にも触れています。発刊を控えた書なので、勝手に差し上げるわけにも、ネットにアップするわけにもいきません。しかし、誠実なれんさんには是非ともお読みいただきたいところです。

それにしても、石山文書研究の最も馬鹿馬鹿しいことは、その現物が常に公表されないことですね。「百聞は一見にしかず」という格言がありますが、古文書研究で現物が残っていると言いながら、所有者がそれを公表しない研究論攷ほど、不誠実なものはありませんね。

304愚鈍凡夫:2004/08/27(金) 00:16

横レス失礼します。
ネタ本の正確なコピーであるならば、ネタ本を公表したっていいじゃないかと思うのは小生だけだろうか。 ( ̄〜 ̄;) ウーン
普通に考えても、「バレるのが恐いんだろう!!」と勘ぐりたくなるのですが。
大きなお寺の住職の所見や如何に。

305愚鈍凡夫:2004/08/27(金) 00:24

勉強中さん。憤慨される気持ちは理解できます。
でも、これに懲りずに、またレスして下さい。
まぁ、ものは考えようで、パクられるということは、それだけ勉強中さんの文章に説得力があるとも言えます(フォローになってなかったりして・・・・・)。 (¨;)
よかったら、これからも宜しくお願いします。 (^_^)v

306勉強中:2004/08/27(金) 00:46
空き缶様、色々とご支援戴きまことにありがとうございます。
本日、富士宮ボーイ管理人様よりメールも戴きました。

愚鈍凡夫様、激励を戴きまことに恐縮です。
私は今時珍しく56Kのダイヤルアップにてネットにアクセスいたしております。したがいまして、1日1回程度の短時間のアクセスとなります。皆様のお役に立てる、なおかつタイムリーな話題にのっていけるか自身がありませんが、今後とも皆様のご議論を拝聴し、学ばせていただくことを第一義としながら、時には投稿もさせていただこうと思います。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

307空き缶:2004/08/27(金) 01:21

勉強中さん、こん○○は。

コピペ関連の情報ですが、「富士門流檀信徒掲示板」の方でも、該当カキコは削除してくれたようです。

名前: 管理人 投稿日: 2004/08/26(木) 17:18

遅くなりましたが、「本山實成寺御霊寶虫払法要に参加して」なるスレッドは
他の掲示板の投稿を別人がコピペしたものであり、各種ルール及び法律違反と思われますので
スレッドごと削除しました。

http://jbbs.livedoor.com/study/4035/#2

この通り、ネット界も決して悪い人ばかりではありませんよ。

なお、こちらの掲示板では「様」をつけた呼称はNGとしており、皆さん「さん」付けで呼びあっています。
勉強中さんも、次回からは我々を「さん」付けで呼んでください。

308愚鈍凡夫:2004/08/27(金) 01:25

勉強中さん、小生も今年の春頃までは56Kモデムでインターネットしていましたよ。
プロバイダーがタダでモデムを貸してやるし、おまけに3ヶ月間料金をタダにするから「ADSLに切り替えて、お願い」なんて、お姉ちゃんが電話の向こうで囁くもんですから、タダという魅力的な言葉の響きに釣られて、思い切ってADSLに切り替えました。
パソコンを新しく買い換えたのも大きな要因ですが。

あっ、スレ違いだ。 (--;) ウ

309れん:2004/08/27(金) 05:46
犀角独歩さん。雅仙堂師…発刊を控えた書…ですか。発刊されましたら、入手方法をご教示いただければ購読いたしたく存じます。
「石山文書研究の最も馬鹿馬鹿しいことはその現物が常に公表されないことですね」私もこの犀角独歩さんのご意見に同感です。現況は存じませんが、「日蓮聖人門下諸寺文書集影」が大塚巧芸社から出版されていましたが、日蓮門下の各お寺さんでも、近年では曼陀羅類や古文書等の写真を公表して、第三者の研究に供するのが時代の流れのようですから、石山門下も自信たっぷりに自己の正当性を主張するならば、その所蔵の曼陀羅類や古文書等の鮮明な写真をすべて公表して然るべきだと思います。

310空き缶:2004/08/27(金) 11:57

勉強中さん、同じようなカキコばかりで恐縮ですが、「仏法関係の掲示板」でも管理人さんが快く対応していただけましたのでご報告します。

なるほど 投稿者:管理人  投稿日: 8月27日(金)02時49分9秒

空き缶さま、お久しぶりです。

「富士門流信徒の掲示板」をお訪ねしまして確認を致しました。
確かに他の方の投稿そのまま掲載していますね。どういうことでしょうね
分かりました。

名無し@勉強中さん、そういうことですので削除致します。
cv78.ade2.point.ne.jp(218.230.73.78)

http://8327.teacup.com/woman/bbs

311勉強中:2004/08/28(土) 00:13
空き缶さん、色々と本当にありがとうございました。
またこの場をお借りして、「富士門流檀信徒掲示板」管理人様、「仏法関係の掲示板」管理人様に、心より御礼申し上げます。

愚鈍凡夫さん、私は現在無料ブロバイダーを利用してインターネットをしています。
生活が厳しいので、高速インターネット等は現在のところ「夢」の世界です。

312空き缶:2004/08/28(土) 01:09

勉強中さん、良かったですね。

勉強中さんには、是非日目上人の曼荼羅御本尊の相貌などについて、御教示願えればと思っています。

また、私は御影についても非常に興味がありますので、祖師堂にて御覧になった御影(祖師像?)に関しても、御教示願えればと思っています。

313勉強中:2004/08/28(土) 23:00
空き缶さん、祖師堂の御影様は、位牌堂の御影様と大きさも形もほとんど一緒でした。
但し(当然ながら)位牌堂の御影様よりも古いです。

日目上人書写御本尊の相貌につきましては、省略した書き方で恐縮ですが、以下のとおりと記憶しております。
中央主題と以下日蓮在御判、四天王と不動・愛染、上段向かって右手側から頭破七分・上行無辺行・多宝、左側は中央より釈迦・浄行安立行・福十号、中段右側より鬼子母神・舎利弗目蓮・文殊、左側は中央より普賢・大日明星・十羅刹、下段右より図顕讃文・天台・天照、左側中央より八幡・伝教、伝教の下に日目花押となっておりました。
図顕讃文と書写年月日は一部欠損しておりまして、正確に読み取れませんでした。

314通りすがり:2004/08/29(日) 16:09
http://page11.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n5639840
本物の御本尊様ですか

315れん:2004/08/29(日) 16:25
通りすがりさん、はじめまして。ケータイで視たので、細部は確認できませんが、その曼陀羅は善意にとれば写本の類だと思います。相貌からみれば原本は中山法宣院蔵・弘安元年太才戌寅三月十六日蓮師図顕曼陀羅(御本尊集NO.47)だと思います。同じ年月日の同じ相貌の曼陀羅は鎌倉妙本寺にもありますが、こちらもおそらく剥離表装のものか、写本だと思われます。以上ご参考まで。

316通りすがり:2004/08/29(日) 17:56
剥離表装だと、原本を剥離して同様に表装した物を指すのですか ?
写本の可能性がある、本尊曼陀羅は亀若・姫の護本尊も多いですね

317れん:2004/08/29(日) 18:49
通りすがりさん、鎌倉妙本寺蔵の弘安元年三月十六日曼陀羅に関して言えば、大田区史掲載の御筆写真を見るかぎり、明らかに御本尊集NO.47の写本で、写真からうかがえる破損状況から写本からの剥離本である可能性があると考えています。亀若・亀姫授与の護曼陀羅・ならびに御本尊集NO.39の曼陀羅は蓮師真筆でしょう。御本尊集NO.39のものは授与書が欠損してますが、北山本門寺・日向定善寺蔵の写本によると亀弥護也とあります。御本尊集掲載の三幅の護り曼陀羅は御本尊集目録の解説によると総州守護職の千葉氏の子息・息女に授与されたものですが、なぜ富士門流の寺院に写本が伝わるのか不思議です。或いは、千葉氏の家臣だった富木氏の子息寂仙房日澄師によってもたらされたものかもしれませんね。

318通りすがり:2004/08/29(日) 20:17
千葉家から、石山三十一世日因猊下が登座されていますね
今も椎名家は、千葉一族の出身だと今は亡き椎名法昭さんが言っていたのを
思い出します。
 大阪蓮華寺に伝わる戒壇本尊の写しも写本になるのですかね。
御本尊集No47の病即消滅・不老不死の本尊の写本を池袋の常在寺で虫干法要
で拝観したことがあります。

319空き缶:2004/08/29(日) 22:41

れんさん、通りすがりさん、横レス失礼します。

該当のオークション拝見しました。御本尊集47番と比べますと若干横幅が狭まっていたり、左の要文のひげが「南」の上に出ていたり等の違いはあるものの、筆勢等まで非常によく似せてかかれていますので臨写版のようですね。

話しは変わりますが、こちらはどうやら本物らしいですね。

http://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k6571743


勉強中さん、貴重な情報をありがとう御座いました。

320通りすがり:2004/08/29(日) 23:02
臨写とは、どのような技法なのですか ?
教えて下さいませ。

321空き缶:2004/08/29(日) 23:41

通りすがりさん、はじめまして。

大変申し訳御座いません、単に筆跡・筆勢まで似せて書いた写本を指して「臨写版」と書きました。
特に深い意味は御座いません。

「そっくり」写本の代表的存在である、日等師の写本が確か「臨写本」と呼ばれていたと思います。
日等師の写本は、首題の下が「日蓮在御判」となっていなければ、宗祖真筆といわれても頷いてしまうほどよく似ています。

このような意味合いから、「臨写版」という勝手な表現を使いました。

通りすがりさんは、日蓮正宗関連の情報に詳しいですね。
今後とも是非、こちらの掲示板にて詳細の情報提供をお願いします。

322犀角独歩:2004/08/29(日) 23:47

> 319 空き缶さん:

これが御筆ですか。
空き缶さんのお言葉ですが、わたしが疑問です。

323犀角独歩:2004/08/29(日) 23:54

「わたしが」は「わたしは」打ち間違いです。
花押の書き始めの部分が、如何にも稚拙です。
「南無」も違いますし、「經」の糸偏も稚拙ではないでしょうか。
その他、諸尊、実に下手な字であるとわたしは思えるのです。
花押右に見えるのは「南無法主大聖人」でしょうか。
こんなことは蓮師は図示しなかったのではないでしょうか。
いや、もちろん、空き缶さんと言い争う気持ちなど毛頭ありません。
ただ、わたしが見た感想を直截に述べるばかりです。

324空き缶:2004/08/30(月) 00:07

犀角独歩さん、お久しぶりです。

すみません説明不足でした。該当のオークションは、中山系出身の「なべかぶり上人」こと、日親上人の真筆です。
先のカキコでは、まるで宗祖の真筆といっているみたいでした。申し訳ありません。

「真筆」というカテゴリーで一緒にあつかってしまいましたが、やはり宗祖と日親師とでは同等に扱うべきではなかったですね。

325犀角独歩:2004/08/30(月) 00:20

空き缶さん、済みません。
ちゃんと認識せずに投稿してしまいました。
「親師の」ということですか。了解しました。

326勉強中:2004/08/30(月) 00:41
空き缶さん今晩は。
今日保田妙本寺に行ってきました。初めて保田妙本寺の御影様を拝見しましたが、先週の實成寺の祖師像と比べますとかなり大きいですね。
まさに等身大の「正御影」と呼ばれるだけあって、迫力がありますね。また、ご住職の日櫻上人様もご高齢にもかかわらず、非常にお元気ですね。

御影様の後ろの板曼荼羅御本尊と、客殿の板曼荼羅本尊はともに日興上人の御本尊ですね。
私は「中世東国日蓮宗寺院の研究」に写真掲載されている、2体の板曼荼羅(宗祖曼荼羅御本尊、日郷上人書写曼荼羅御本尊)かと思いましたが、違うんですね。

曇天でしたが、客殿の屋根の上を元気に走り回る猿の群れがおり、歴史と自然を体感させていただいた一日となりました。

327空き缶:2004/08/30(月) 01:16

犀角独歩さん、こちらこそ失礼しました。


勉強中さん、お疲れ様でした。周りには何も無いところで、おっしゃる通り「自然を体感」する以外なにもないところですよね。
私はここしばらく行っていませんが、日櫻師もお元気との事喜ばしく思います。

>御影様の後ろの板曼荼羅御本尊

私は最初、この曼陀羅本尊に気付かなかったんですが、変なところにかかっていますよね。
こちらは確かに日興上人のものと思われます。この御本尊の取り扱いによって、正御影の造立年代を「蓮師滅後・身延にて興尊が造立」というのが執事さんの最新の考えだと思います。
日櫻師はあくまでも伝統を尊重し、「蓮師在世中に日法により彫刻」という立場です。日櫻師は信仰面より伝統を重んじた考えのようですが、執事さんは興風談所等の外部機関とも連携し、霊宝類の調査に積極的に取り組んでおられます。その一つに、先に話題に上がりました「万年救護本尊」の副書があります。
また、堀日亨師の富士宗学要集や富士宗学全集に収録された、保田系の歴代の遺文などは、かなり誤記も多くあるらしく、堀日亨師によって大石寺に都合がいいように解読されているものも多いと指摘しています。

客殿の板曼陀羅につきましては、私もながらく興尊曼陀羅の模刻と思っていましたが、どなたかに「郷師曼陀羅の模刻」と指摘された記憶があります。
不信心なのか、ここのところさっぱりお参りしていませんので、このあたりはなんともいえません。

328れん:2004/08/30(月) 02:25
勉強中さん、お疲れさまでした。
空き缶さん、保田妙本寺さんの通称大石寺の御影は執事さんの最新のお考えでは「宗祖滅後、身延にて興師造立」とのこと。執事さんのお考えが正しいとすると、日順雑集(の中の従開山伝日順法門)や現日蓮正宗宗門が使いたがらない時師談の大石記に記されている身延にて興師が造立され、身延離山後建立された石山に遷座された蓮師御影が、保田妙本寺さん所蔵の‘大石寺の御影’ということになりますね。参考になりました。万年救護本尊の副書についても今後新しい情報が出ましたらご教示戴ければ幸甚です。今は仕事で多忙ですが、私もいずれ時間を作って伊豆実成寺や保田妙本寺に参詣したいと考えています。

329通りすがり:2004/08/30(月) 09:40
 妙本寺さんの本堂の板御本尊は日淳猊下の書写ですよ、額縁のように台座が無く
御影様の頭に隠れるようにしか見えない筈です、確か離脱以前と変わらなければ
昭和三十三年に書写された御本尊様で、私がその昔に在勤していた常泉寺の妙玄院
能化さんが話していたのを記憶しています。
 私も離脱以前に何度か参詣させていただいたが、その時は淳師の御本尊でしたよ

330空き缶:2004/08/30(月) 10:42

通りすがりさん、こんにちは。

>妙本寺さんの本堂の板御本尊は日淳猊下の書写ですよ

なるほどそうなんですか。執事さんのいう「魂魄となる御本尊は日興上人の御本尊です」とは、ひょっとしたら御影の体内に納められた曼陀羅本尊のことでしょうか。
そういえばかつて御影の体内には、曼陀羅本尊があるという話しを聞いたことがあります。

となりますと、客殿の板曼陀羅も淳師のものでしょうか?

板曼陀羅は正面から電気を消した状態でみると、大文字の首題・日蓮、四天王、不動愛染以外は、よくみえませんね。
別件ですが、お恥ずかしながら、私なんぞは實成寺の板曼陀羅が一遍首題に見えてしまったくらいです。

私の知合いのいる、正信会系の寺院は昭和50年代前半の建立ですが、本堂の板曼陀羅は達師の曼陀羅本尊の模刻です。こちらはどこからみても、相貌や達師の自署花押まで鮮明に見えます。

通りすがりさんは、先日の奥州日蓮正宗寺院のお虫払いには行かれましたか?
奥州の古刹寺院には、興師・目師の曼陀羅本尊も多数有り、非常に興味があります。
何か御教示願えることがありましたら、是非お願いいたしたく存じます。

331通りすがり:2004/08/30(月) 15:41
空き缶さん
奥州の古刹寺院の虫払い法要は、数年前に同期の者と一緒に参列しましたね
その後に、石巻港からフェリーに乗船して網地島の覚林日如師のゆかりの要
声堂の見学をしまして、ご当主の方から御本尊をはじめ、過去帳や墨蹟など
を拝見させて貰いましたのが、今でも感動しています。

332空き缶:2004/08/31(火) 15:55

通りすがりさん、こんにちは。

日蓮正宗寺院での虫払い法要は、宗外のものでは参加は厳しいと聞いていますが、何とかなりませんか?

333勉強中:2004/09/01(水) 01:03
れんさん、いつも勉強させていただき感謝しております。

通りすがりさん、確かに御影様の後ろの御本尊は額縁のような形のものでした。大変参考になりました、ありがとうございます。

空き缶さん、「魂魄となる御本尊は日興上人の御本尊です」とは、私もお手紙にて執事さんより同じことを御教示いただいたことがございます。
そのお手紙には、確かに「蓮師滅後・身延にて興尊が造立」という考えが示されております。また、れんさんのお示しになられた種々の文献・記録もあげておられました。

ここまでの皆様のお話をうかがう中で、その造詣の深さに驚きを禁じえません。
今後とも皆様の御論議を、謹んで拝聴させていただきます。

334れん:2004/09/01(水) 08:39
横レス失礼します。
勉強中さん。私の拙い投稿でも、勉教中さんのご研さんのお役にたてたのであるならば、大変嬉しく思います。随分昔の話ですが、私も平成六年から平成十年にかけて佐渡や関東近辺の興統法縁の数箇寺の日蓮宗寺院に参詣させて戴いて興師曼陀羅等霊宝を拝観させて戴いたものでした。犀角独歩さんが常々仰る通り、まさに「百聞は一見にしかず」で、実際に実物(正本)を拝観するのは、真贋を見極める力を付けると言う意味で非常に勉強になります。ですから、伊豆実成寺さんや保田妙本寺さんに参詣されて、研さんを深めておられる勉強中さんに深く敬意を表するとともに、勉強中さんと同様・私もこちらの掲示板の皆さんの議論を通じて勉強させて戴いている身なので、今後ともご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。

335通りすがり:2004/09/01(水) 15:55
空き缶さん
法華講支部に所属していなくても、地方の虫払法要などは自由に参列出来る
と思いますよ、猿島の富久成寺は、宗祖の御真筆御本尊をはじめ多数の宝物
を拝観が出来るので、日時を確認してお出かけ下さい。

336空き缶:2004/09/02(木) 01:15

勉強中さん、こちらこそ色々とお世話になっています。
すでにお気づきと思いますが、私はかなりオッチョコチョイです。ここの皆様のお力をお借りしながら、私の不正確な情報を矯正していただいています。
その中のお一人が勉強中さんでもあります。今後ともよろしくお願い致します。

通りすがりさん、虫払法要に関する情報をありがとう御座います。
本山格寺院や都心の由緒寺院での虫払法要への参加は、やはり外部の者では厳しいようですね。
でも地方にも什宝を所持されている、由緒深き寺院が多くあるとのこと、また外部の者でも参列可とのこと、大変喜ばしく思います。
日程等はどのような確認方法がありますでしょうか。こちらも併せまして御教示いただけますと幸です。

れんさん、横レス失礼します。
>佐渡や関東近辺の興統法縁の数箇寺
とは、どのような寺院のことでしょうか。固有名詞でご紹介くださいませんでしょうか。

私は特に興目両師の相伝を伝える、道門・尊門・郷門の寺院に関心が強いのですが、末寺クラスはほとんど知りません。
ご存知であれば、こちらも是非御教示戴きたく存じます。

337れん:2004/09/02(木) 05:47
空き缶さん。私が興師曼陀羅等を拝観させて戴いたのは主に旧北山本門寺末寺が多いのでご参考になるかどうか分かりませんが、寺名を以下に記します。
神奈川常在寺・上行寺(旧西山末)、東京妙延寺(旧池上末)、埼玉本法寺(旧京都要法寺末)、静岡本能寺・本秀寺、山梨正法寺・佐渡本光寺(法教山)・佐渡本光寺(日朗山)。
写真等参考資料を御提供戴いた寺院
静岡東光寺・久成寺・妙善寺・本光寺・妙円寺・上行院(旧西山末)・本成寺(旧伊豆実成寺末)・代立寺(旧西山末)・本妙寺、埼玉妙顕寺、京都日體寺。
以上です。此等の寺院の沿革等の詳しいことは「日蓮宗寺院大観」でご確認下さい。

338勉強中:2004/09/02(木) 23:45
れんさん、空き缶さん、誠に恐縮です。
私も、時間と費用を捻出し、一箇所でも多く足を運んでみたいと思います。
ありがとうございました。

339空き缶:2004/09/04(土) 00:27

れんさん、すごいですね!!さすがです。

今でもこれらの寺院の方々とは通行はあるのでしょうか?

勉強中さん

>私も、時間と費用を捻出し、一箇所でも多く足を運んでみたいと思います。

その際には是非、こちらで活動報告願いたく存じます。

ところで、長年貫首不在であった小泉久遠寺がついに吉田顕綱師(圓蔵寺住職)をむかえたわけですが、長年行っていなかった「虫払」を再開してくれるといいのですが、この辺の情報をお持ちの方がいらっしゃれば御教示願いたく存じます。

340れん:2004/09/04(土) 04:34
空き缶さん、残念ながら、その後は此等の寺院の方々とは、通行しておりません。今から考えますと、通行してればよかったと思いますか…。富士久遠寺さんは平成六年頃は吉田日隆師が貫主であられたと記憶しておりますが、その後の事は知らなかったので、空き缶さんのお話を聞いて正直なところびっくりいたしました。
勉強中さん、実際に参詣して実物を拝観するのは、時間と費用がかかるのも事実ですが、それにもまして大変勉強になります。決して無理はなさらず、少しずつで宜しいですから、実地に拝観してみて下さい。勉強中さんのご研さんにより、何か新しい事実が判明しましたら、ご教示戴ければ幸甚です。

341愚鈍凡夫:2004/09/05(日) 19:23

日尊師は生涯漫荼羅書写はしなかったと聞いていますが、理由は唯受一人の思想が日尊師にあったからだと思います。では、この思想は何処から仕入れたものでしょうか。
日興師は、弟子が漫荼羅書写していたのにもかかわらず、それを咎めなかったようです。
とすると、日尊師には独自に密教思想の影響があったということでしょうか。
唯受一人血脈相承が日興師にあったとは思えませんから、ちょっと不思議に思います。

342空き缶:2004/09/05(日) 20:20

愚鈍凡夫さん、こんばんは。

私は日尊師の本尊書写思想は、日尊師のオリジナルだと思います。

日尊師の本尊書写に対する姿勢は、日大師の「尊師実録」にある記述のことと思いますが、日大師自身本尊書写していますので、日尊師一人の思い込みであった可能性もあります。

但し、後に日大師の思想を受継ぐ門派より両巻血脈抄が執筆されていることから、日尊師からそう遠くない段階で「唯受一人」は体系化されつつあったと考えられます。

確か上古の重須文書にも「唯受一人」の思想が出てきますね、初見は両巻血脈抄の執筆年代(15世紀半ば)とほぼ同じころでしたっけ。

343愚鈍凡夫:2004/09/05(日) 20:51

空き缶さん、今晩は。
先ほど関西方面で地震があり、「阪神淡路」の再来かとビビッてしまったのですが、大事なくホッとしています。
ところで、日尊師の拘りの背景にあるものは何だと思われますか。
日興師への想いと、日目師への想い。微妙に違うものがあったのでしょうが、模刻と形木に拘り、自ら筆を執らなかった理由とは何なんでしょうね。日尊師ほどの高僧ならば、一舗ぐらい書写漫荼羅があっても不思議ではないのですが。

344空き缶:2004/09/05(日) 22:09

愚鈍凡夫さん、浅間山の噴火といい本日の地震といい、まさか某会のA先生の予言が的中したりして!(爆笑!!)

尊門の本尊書写の件ですが、一応「実録」上は「日興上人御遺誡也」となっています。道師筆記の「日興上人御遺告」にはそのような記述は無かったと思いますけど、「日興上人御遺誡也」ってなんのことでしょうね?

ちなみに「実録」のそのあとのくだりは、宗祖曼陀羅の御形木についての提案ですね。
さらにそのあとは「一尊四士」に付いての考え方・・・

そういえば日大師は本尊書写をしましたが、日尊師の次代である日伊師は本尊書写したんでしょうか??
やはり謎がありますね。

345愚鈍凡夫:2004/09/05(日) 22:28

空き缶さん、レス有り難うございます。
「日興上人御遺誡也」って、何かの機会に日興師から直接御指南があったともとれますね。
日興師は漫荼羅書写の手順とか、心構えとか、手本とする漫荼羅をどれにするかとか、弟子たちに指南したのでしょうかね。それとも、みんな見よう見まねで始めたことなのでしょうか。
この辺のことを考え出すと、謎が益々深まりますね。

346空き缶:2004/09/06(月) 00:07

愚鈍凡夫さん、また地震ですね。

そちらは大丈夫ですか?

347愚鈍凡夫:2004/09/06(月) 00:47

空き缶さん、心配いただき有り難うございます。
関西はあまり地震がないので、震度4は冷や汗もんですね。 (/;゚ロ゚)/ アレー
「阪神淡路大震災」を思い出させるものがあり、嫌です。
隣近所でも灯りのついた家が多いです。

348平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/10(金) 17:10
愚鈍凡夫さん。あの生命論のスレで犀角独歩さんと議論しましたが、もう大人と子供の
議論で、私は宗教史の所では兜を脱ぐしかありませんでした。私の知識があまりにも少
ない為と思いました。でもまた勉強して独歩さんと議論できるようになりたいと思って
います。あのスレは私には重荷ですよ。
ああ愚鈍凡夫さん。私はセンター試験を受けようと思っています。御書や法華経を読む
のは古文漢文の基礎勉強、サイトへの投稿は文章表現力と読解力の養成とも考えていま
す。
私が蓮祖の御書と曼陀羅の真偽のことで科学的考証から推測する方向を考えましたね。
あの「古天文ソフト」は残念ながら1951年〜2200年の全ての日食は表示されま
すが、B.C.3000年から1950迄の日食のデータは有名な日食以外は省いてあ
るとのことでした(涙)。
蓮祖の著作や曼陀羅の偽作は完全に排除し、みんな真の日蓮宗に戻って欲しいですね。
私は生命論を理科学で探究しようと思っています。御書、曼陀羅も然りです。

地震、雷、火事、おやじには気をつけましょうね。「おやじ」って怖いですねぇ。

349勉強中:2004/10/16(土) 00:13
皆様お久しぶりです。

本日保田妙本寺のお虫払い法要に参加させていただき、初めて「万年救護大本尊」を拝し読経・唱題させていただきました。

お虫払いの中で、執事さんがかつて小泉久遠寺にあり現在妙本寺に戻っている「椌字曼荼羅」について、「伝説では広宣流布の時に薄くなっている字が浮き出てくるとなっているが、これは伝説で実際にはそんなことはありません。」「この曼荼羅が本当に宗祖が書かれたものかも慎重です。」と話されていました。
この話を聞かれた、興風談所の山上師が「堅実だな〜」ともらしていた一言が耳に残りました。

今回の法要は、伊豆實成寺の時と違い来賓?も多くみえており、平日にもかかわらず多くの方でにぎわっていました。
興風談所の各師や、立正大学の中尾名誉教授、千葉大学の佐藤教授、小泉久遠寺の吉田貫首など、信徒さん以外にも多くの関係者がみえました。

午後から興風談所の各師と執事さんらとで、古文献の精査をされている風景もありました。

天気にも恵まれ、海岸からは富士が見えました。

350伊野 健太:2004/10/16(土) 22:27
小泉久遠寺の吉田住職さんは、薄墨色の法衣でしたか?
同じ富士門流寺院でも赤衣や紫衣を着用される方がいらしゃると聞いて
いましたので。一度参詣してみたいものです。
余談ですが、私の所属している寺院でも万年救護大本尊の形木様が現存
していて、御虫干に奉展されます。

351勉強中:2004/10/17(日) 00:35
伊野健太さん初めまして、よろしくお願いします。

吉田貫首様の着用していました着物は、薄緑と表現したほうがよいのでしょうか、妙本寺の御僧侶方の着用されています薄墨色とは違った色でした。
余談ですが興風談所の皆様は、私服かスーツでした。付箋だらけの「千葉県の歴史」を脇に抱えるスーツ姿の坂井師が印象的でした。求道心の塊のような方でした。

万年救護の御形木は、今夏虫干に行きました伊豆の實成寺さまにもありました。
富士門流の各所にあるようですね。

こちらも余談ですが、伊豆實成寺の御僧侶方も薄墨色の袈裟でした。

352通りすがり:2004/10/17(日) 21:01
>興風談所の皆様は、私服かスーツ
坊さんなのに??
不謹慎だなぁ。

353れん:2004/10/19(火) 22:45
勉強中さん、十月十五日の保田妙本寺さんの御虫払い法要にご参加されたとのこと、ご苦労さまでした。控え字の曼陀羅が小泉久遠寺さんから保田妙本寺さんに所蔵が移っていたとは驚きました。「この曼陀羅が本当に宗祖が書かれたものかも慎重です」ですか、この保田妙本寺の執事さんのお言葉は興風談所さんならずとも「堅実だな」と私も思いました。私も保田の文献には大変興味があるので、来年は保田妙本寺さんの御虫払い法要に参加させて戴こうかなと思っております。

354勉強中:2004/10/19(火) 23:34
れんさんお久しぶりです。

お虫払いでは、れんさんが関心をもたれているような文献類は、巻き軸のまま飾られているだけで、詳細の調査は一般参加者では難しそうです。

展示されているものはほとんどが御本尊類でした。
御信徒様は、念に一回の万年救護大本尊のご開帳を目当てにされているようで、午後の御影様の御開扉まで題目をあげておられる方がほとんどでした。

「控字曼陀羅本尊」は日我師の遺命によって、妙本寺に反目するときには返還するようにとなっていたと思います。(妙本寺文書509「日我控字曼荼羅本尊示書」千葉県の歴史 資料編中世3 P487をご参照ください)
そんなことからひょっとしたら、過去妙本寺が日蓮正宗に帰一する際、久遠寺は日蓮宗に残りましたので、「反目」と考え返還したのではないかと想像した次第です。

355れん:2004/10/20(水) 16:28
勉強中さん、ご教示有難うございます。保田妙本寺さんの文献は勉強中さんのご投稿にありますように、興風談所さんが精査されているので、いずれ興風談所さんから活字で出版されるのではないかと思いますので、そちらに期待するとしましょう。ところで、妙本寺蔵の控え字曼陀羅は「千葉県の歴史」所収の妙本寺所蔵曼陀羅本尊目録にある「弘安二年己卯十一月日」宗祖筆曼陀羅(写本)のことでしょうか。たしか堀日亨師の富士宗学要集の記録では控え字曼陀羅の図顕年月日は「弘安二年太歳己卯二月日」だったと記憶しております。この点について、勉強中さんがご存じでしたらご教示戴ければ幸いです。何れにせよ、来年は私も保田妙本寺さんの御虫払い法要に参加させて戴こうと存じます。

356伊野 健太:2004/10/20(水) 19:08
控字本尊 ?
花押のみが、弘安時のボロン型の容(かたち)で後は、薄く、遠くからは
首題やその他が読み取れないと記憶しています。10年前に拝観したので、
よくは、覚えていませんけど。

357勉強中:2004/10/21(木) 11:31
れんさん申し訳ございません、私は執事さんの説明を聞き入っていたのみで、そこまで気を配ることができませんでした。

私が拝見しましたものは、伊野さんがご提示して下さいましたものと同じものでございます。

私はこの控字本尊の花押と、定善寺文書69番の「日蓮大聖人御判物」(宮崎県史 中世1 P611に写真掲載)とがかぶってしまいます。
定善寺に伝わる「日蓮大聖人御判物」は、控字本尊の偽作に使用されたのではないかとすら感じております。

358れん:2004/10/21(木) 13:49
勉強中さん・伊野健太さん、ご教示有難う御座居ます。
勉強中さん、控字曼陀羅の花押が定善寺文書の「日蓮大聖人御判物」の花押とかぶるのですか、宮崎県史のコピーが手元にありますが、定善寺の「御判物」は残念ながら一見して蓮師の筆跡とは思えません。そうしますと、控字曼陀羅自体が定善寺の「御判物」と同様に偽作の可能性が出てきますね。この点も記憶に留めつつ、来年の妙本寺さんの御虫払い法要に行こうと思います。勉強中さん・伊野健太さんご教示有難う御座居ました。

359伊野 健太:2004/10/21(木) 15:12
 その時のお能化さんの話では、広布の暁には、籠文字のなぞられた所を
本化国主がうめられる、なんて聞きましたが。事実そんな事はないそうですが。

360伊野 健太:2004/10/21(木) 16:17
定善寺文書69番「日蓮大聖人御判物」(宮崎県史 中世1 P611に写真掲載)
は、大行授与と明記されている点で、南条時光の関係が考えられます。
保田駅の裏には、南条時光の菩提を供養する寺院が今も日蓮宗の寺院として(保田
妙本寺末)存在していますので、偽筆と考えるのも果して如何なものかと思います。

361勉強中:2004/10/21(木) 23:48
れんさん御教示いただいているのはこちらです。いつもありがとうございます。

伊野さん、以前空き缶さんも仰られていましたが、執事さんと貫首さまとでは伝統や伝説に対する態度に若干違いがあるのでしょうね。

ところで妙本寺周辺の日蓮宗寺院はほとんど機能している感じがしませんね。
伊野さん御指摘の日蓮宗寺院は大行寺のことでしょうか?

362伊野 健太:2004/10/22(金) 13:38
 お能化さんは、妙本寺に伝わるいわれや伝統を大事にされる方ですね。
 昔にお会いしてからは、十数年前の事ですから、今はどうなっているかは
 わかりませんけど。執事という方は知りません。

363通りすがり:2004/11/22(月) 19:06
 鎌倉の妙本寺所蔵の曼荼羅、日蓮直筆と判明 /神奈川新聞から

 鎌倉市大町1の妙本寺(加藤日暉貫首)の所蔵する曼荼羅(まんだら)1幅が、日蓮の直筆であることが判明し同寺が19日、発表した。日蓮の直筆曼荼羅は戦前から127点確認されている。今年5月、新潟県三条市の本成寺で約半世紀ぶりに直筆曼荼羅が発見されており、同寺の曼荼羅で129点目になる。
 曼荼羅は、縦49・1センチ、横31・1センチの1枚の楮紙に油煙墨で書かれている。中央に「南無妙法蓮華経」、周囲に法華経に出る仏や菩薩、守護神の名が記されている。曼荼羅には、日付と与えられた弟子の日行の名、日蓮の署名と花押がある。調査した中尾尭・立正大名誉教授は「筆跡と紙質などから日蓮の直筆に間違いない」と説明した。
 曼荼羅は、仏教の世界観を表現した図。画像で表現された物が知られるが、日蓮は文字で表現したという。この曼荼羅は本来、同市小町1の大巧寺が所蔵していたが、江戸時代初期に徳川家ゆかりの妙本寺に渡ったようだ。表装には葵の紋が描かれている。このため、日蓮直筆の曼荼羅はすべて「宗宝」に指定されているが、表に出ず、今まで「直筆」とされていなかったという。

364れん:2004/11/22(月) 20:39
通りすがりさん、情報有難うございます。鎌倉妙本寺の日行授与曼陀羅は鎌倉遺文にその相貌が翻刻されています。図顕年月日は「弘安二年太才己卯十一月日」授与書は「沙門日行授与之」です。相貌は帝釈天が釈提桓因王となっており、阿闍世大王・大龍王が勧請されているほかは、京都立本寺蔵の沙門日永授与曼陀羅と同じです。但し、図顕讃文が鎌倉遺文では佛滅度後ではなく「佛滅後」になっており、これが御筆誤や鎌倉遺文の誤植の類でなければ、弘安二年十一月までは蓮師は曼陀羅讃文に「佛滅後」と「佛滅度後」を併用していたことになりますでしょうか。神奈川新聞にこの曼陀羅の写真は掲載されていますでしょうか?取り敢えず明日図書館で神奈川新聞をみてみます。

365通りすがり:2004/11/22(月) 21:39
れんさん、今晩は
妙本寺文書という、寺寶の図解が詳細に出ている本が東大史料編纂所の図書室
で閲覧出来ると思うので、確認して見て下さい。

【書目ID】 186384
【史料種別】 刊本
【請求番号】 1015-617
【書名】 妙本寺文書
【著者名】
【出版事項】 鎌倉: 比企谷妙本寺, 2002.4
【形態】 178p ; 27cm
大きさ: 27cm
【注記】 監修: 中尾堯, 寺尾英智.
   
妙本寺文書で確認しましたら、佛滅度後になっていますね。

366犀角独歩:2004/11/22(月) 23:55

横レス失礼します。

日行授与漫荼羅は、通りすがりさんが仰るとおり『妙本寺文書』の27頁に載っていますね。

わたしはこの大漫荼羅の写真を見て、第69大漫荼羅との相似性に目を見張りました。
一見するだけではうり二つという印象です。同漫荼羅は弘安2年11月、今回、真筆と中尾師が鑑識した大漫荼羅は12月、時期からして、似ていて当然ということになるでしょうか。

しかし、
・「經」字の筆法
・大持国天玉の「玉」の点
・大増長天玉の「玉」の点
・讃文の字並び
などの点で異なりがありますね。

特に讃文は

第69
仏滅度後二千二百
二十余年之間
一閻浮提之内
未曾有大漫荼



行師授与
仏滅度後二千二百
二十余年之間
一閻浮提之内
未曾有大
漫荼羅


の差が認められます。

わたしは正直に記せば、今回、真筆とされた大漫荼羅は第69大漫荼羅の模写かと思っていました。まあ、しかし、中尾師が真筆とお墨付きを下したのですから、ここではとやかく言わないことにします。

367犀角独歩:2004/11/23(火) 00:12

余談ですが、『妙本寺文書』、この編集方針は実に真摯であると感心しました。
いま話題になっている弘安2年12月大漫荼羅の頁で例を挙げれば、

「3 日蓮聖人曼荼羅本尊 弘安二年十二月日付 一幅(49.1×31.3)
 沙門 日行
    授与之
 弘安二年太才己卯十二月日

(表具貼紙(1))
 此弘安二年蓮祖御筆本尊、相州鎌倉
 大行寺霊寶三幅逐一也、観理院日勤
 修補之節加裡書矣

 (表具貼紙(2))
 修補之施入
 山田傳蔵
 武運長久

 (箱蓋表)
 第四番
 第五番 瓔珞 大行寺分
       弘安二年十一月 沙門日行
  御本尊
       弘安四年八月 摩尼女

 (同裏)
      長慶山巧寺正覺院常住
 朗師漫荼羅箱 日玄(花押)
       此箱寄進主佐原三右衛門尉」(27頁)

となっています。実に誠実、且つ厳正な編集で貫かれており、好感が持てます。

368通りすがり:2004/11/23(火) 17:18
鎌倉比企谷妙本寺にある真偽未詳の御本尊にも、真蹟に間違いないと考慮すべき
曼陀羅も今後の研究が必要だと考えます。

369れん:2004/11/23(火) 17:58
通りすがりさん、神奈川新聞を図書館で見ましたら、神奈川新聞11月22日号に記事がありました。やや不鮮明ながら写真も掲載されてました。見える御筆は沙門日永授与の曼陀羅にそっくりですね。また、この御筆写真で図顕讃文が「佛滅後」ではなく「佛滅度後」であることが確認できました。竹内理三氏編「鎌倉遺文」の「佛滅後」は明らかに誤脱ということになりますね。「妙本寺文書」の出版元はどちらでしょうか?お教え戴ければ在庫があれば取り寄せたいと思っています。
犀角独歩さん、神奈川新聞の写真では図顕年月日が確認できませんが、ご投稿によれば「弘安二年太才己卯十二月日」とのこと、鎌倉遺文には「十一月日」とありましたので、これも鎌倉遺文の誤植のようですね。ご教示有難うございました。

370オオミヤ:2004/11/23(火) 19:02
犀角さんは真筆曼荼羅といわれるものには常に辛口ですねえ。

371通りすがり:2004/11/23(火) 19:53
 妙本寺文書は、非売品で妙本寺側でも縁故の法縁寺院や一部分の限られた
 方のみの文書ですので、頒布はしていません。
 東京大学史料編纂所の図書室で閲覧出来ますので、目的事項・研究団体を
 明記の上、往復ハガキにて照会してみて下さい。
 
【書目ID】 186384
【史料種別】 刊本
【請求番号】 1015-617
【書名】 妙本寺文書
【著者名】
【出版事項】 鎌倉: 比企谷妙本寺, 2002.4
【形態】 178p ; 27cm
大きさ: 27cm
【注記】 監修: 中尾堯, 寺尾英智.

372れん:2004/11/23(火) 20:12
通りすがりさん、ご教示ありがとうございました。時間ができましたら東京大学史料編纂所に問い合わせてみます。

375犀角独歩:2004/11/25(木) 01:00

れんさんには『妙本寺文書』をご覧いただかなければいけませんね。

376犀角独歩:2004/11/25(木) 08:12

自己レスです。なにか誤解を招くような言い回しになってしまいました。
375は、れんさんに是非『妙本寺文書』をご覧いただきたいという意味です。

379大勇者:2004/12/14(火) 16:41
犀角独歩さん

「日蓮聖人と最蓮房」という本とHPが話題になっているのですが、
http://www.houonsha.co.jp/shoseki.html
学会系の出版らしいです。
「最蓮房宛ての御書は実は日興師へのもの」という説のようです。

別に、最蓮房は「藤原能茂」説など興味深い。
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/kyouka/03/03_096.htm

ところで、今後の学会の御本尊の変更など有り得るのかと愁うところですが、
最蓮房への真筆御本尊というのは現存いたしますのでしょうか?
もし現存しており、日興師=最蓮房という解釈出来るのであれば、「富士門流」の
御本尊と言う理論展開は可能なのでしょうか?
宜しければご教示下さいませ。

380犀角独歩:2004/12/14(火) 18:24

大勇者さん:

> 「日蓮聖人と最蓮房」
> 学会系の出版らしいです。

それはそうでしょうね、報恩社ですから。

> 「最蓮房宛ての御書は実は日興師へのもの」という説

そうですか。荒唐無稽な話ですね。
何でも都合よく話を作ると笑い話以上の意味を持たなくなります。
まあ、日蓮門下にとって最蓮坊とその宛名遺文は本物であって欲しいという気持ちだけはわかります。

> …最蓮房は「藤原能茂」説

石川修道師ですか。この方は研究姿勢は好感が持てます。

> 今後の学会の御本尊の変更など有り得るのかと愁う

愁いますか。何故でしょうか。学会は今後とももっと積極的に教義・本尊・化儀を改変しなければ自己矛盾から脱却できないでしょう。なにも石山住職書写本尊なんかに拘る理由は何一つ残っていないでしょう。日蓮漫荼羅・唱題を卒業して出来上がりとわたしは本気で思っています。

> 最蓮房への真筆御本尊というのは現存

この件は、わたしは存じ上げません。
れんさんをはじめ碩学の方のご教示を賜りたくお願い申し上げます。
ただ、最蓮坊という名の実在人物はいたかも知れませんし、その方が漫荼羅を授与されている可能性もあるでしょう。しかし、架空の人物、偽書であれば、名が同じでもまったく関係がない点は指摘しておきたいと思います。
わたしは現時点では最蓮坊架空人物、該当御書は偽書と考えております。

> もし現存しており、日興師=最蓮房という解釈出来るのであれば、「富士門流」の
御本尊と言う理論展開は可能なのでしょうか?

以上の理由から、このような理論展開は甚だ不可というほかありません。
言葉は悪いですが、与太話の類としか映じません。

381れん:2004/12/14(火) 19:57
最蓮房への真筆御本尊…。これについては、私も存じ上げません。最蓮房宛の蓮師遺文とされるものの内、立正観抄とその送状については身延三世日進師と富士日目師弟子日朝師の古写本が現存します。
立正観抄進師本奥書「正中二年乙丑三月於洛中三條京極最蓮房之本御自筆有人書之今干時正中二年乙丑十二月二十日書写之也、身延山元徳二庚午卯月中旬重写也」
送状進師本奥書「正中二年乙丑十二月廿日今元徳二年庚午卯月十二日於身延山久遠寺重写之也」
立正観抄朝師本「法華止観同異決」の題号の下「他門徒御書為稽古所持之也」
送状朝師本奥書「貞治三甲辰仲夏三日書写畢執筆日朝」
進師本は身延山蔵、朝師本は茨城富久成寺蔵。
進師本の奥書を見る限り、最蓮房という名の蓮師門弟は実在したでしょうが、蓮師孫弟子の古写本が存する立正観抄は一応は信頼できるものの、その他の最蓮房宛の遺文については、学問的には殆どは後世の偽作と見た方がよいようです。ですから、最蓮房宛の蓮師遺文=日興宛云々は荒唐無稽というべきでしょう。以上ご参考までに。

382犀角独歩:2004/12/14(火) 20:57

れんさん、ご教示、有り難うございました。
名前の利用、偽作模造の世界の常套手段と言うところでしょうか。

383大勇者:2004/12/14(火) 21:23
犀角独歩さん。れんさん。
ご教示ありがとうございます。
勉強なりました。

384愚鈍凡夫:2004/12/14(火) 23:15

れんさん、先日はレス有り難うございました。最近、忙しくて少々タイム・ラグがあります。 (^^ゞ

「弥四郎」の次は「最蓮房」ですか・・・・・。日蓮教学を学ぶ者を愚弄していますね。
┐(-。ー;)┌ヤレヤレ

活字にするのなら、希望的観測ではなく、証拠を提示した上で、論理展開するべきだと思います。
これでは、純真に教学を学ぶ創価学会員に対しても無礼です。

385れん:2004/12/15(水) 19:28
愚鈍凡夫さん。
活字にするのなら、希望的観測ではなく、証拠を提示した上で、論理展開するべきだと思います…
私も愚鈍凡夫さんのお言葉に同感です。希望的観測だけで持論を展開しても、証拠がなければ無駄な論考になってしまいます。少なくとも学問的批判に耐え得るしっかりしたものを世に問うべきですね。でなければ、根拠無き論考を鵜呑みにした末端の人々が‘破折’されるのが関の山ですから。
最蓮房宛蓮師遺文=興師宛という論考は、その発想はまぁオモシロイですが、私が提示した立正観抄朝師写本(この朝師は目師弟子)の中の朝師の「他門徒御書」の書き入れで根拠が崩れてますね。最蓮房宛の遺文が興師宛ならば立正観抄を興師の孫弟子が「他門徒御書」と誌す筈はありませんから。


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