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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

287空き缶:2004/08/24(火) 01:14

犀角独歩さん、こん○○は。

単純ですが侃師よりも教師の方が、年代的に古いと思われますので、侃師の写し間違えではないでしょうか。


なお、れんさん始め、皆様にお詫びしなければなりません。

お詫びの1
實成寺の虫払いですが、寝坊+渋滞+道迷いで、現地に着いたのが11時近くでした。
しかも、天気予報で雨の可能性有りとなっていたため、当初10時から行う予定を、2時間早め8時から行ったということでした。
したがいまして私が着いた時は、宝物類を箱にしまっている最中でした。

お詫びの2
前回までのカキコで、客殿安置の板曼荼羅が「一遍首題」であり、目師書写・尊師模刻ではないか、などといっていましたが、とんでもない勘違いでした。
もう本当に恥ずかしく書く気にもなりませんが、ありのままを報告しますと、客殿の本尊は「万年救護本尊」を模刻したものでした。
真正面の遠くからみると、首題と不動・愛染しか見えないのですが、近くで横からみるとはっきりと他の相貌が見えます。若干、仏師の手腕の違いでしょうか、真筆写真と違うような気がしましたが、確かに「文永11年12月日」の日付が入っていました。

虫払いは終わっているし、板曼荼羅は他でもない「万年救護本尊」であったし、全く恥ずかしくてどうしようかと思いました。

なお、ワープロ打ちされた目録を、さっと拝見しましたところ、弘安9年の興師筆曼荼羅が入っていました。
れんさんがご指摘されていたものがこれかもしれません。しかし私は実見できませんでした。

なお、客殿の裏が位牌堂になっており、御影が安置されていましたが、背面に曼荼羅はなく御影のみの安置でした。
また客殿の万年救護板曼荼羅の左右には、蓮師・興師の御影画がありました。
お茶を飲む座敷には、「無宿 日生上人」の曼荼羅が掛軸のように懸けられていました。

それから歴代墓所の中心には左から、尊・興・蓮・目・郷の五人の墓石が立っており、歴代ではない日郷師の墓石が立っていることに、大変興味をそそりました。
ちなみに尊師の次の歴代は日印(尹)師です。

客殿の万年救護板曼荼羅といい、郷師の墓所といい、保田系との深い関わりを感じた今回の訪問でした。

ともあれ、これまで私の癡さゆえに、全くデタラメなことを書き込んでいたことを、皆様に深くお詫びいたしたく存じます。


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