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1378
:
シャンソン
:2017/11/30(木) 22:11:23
「なんのために」で生きること
もしみなさんが今、自分の現状に満足できていないとしたら、「なんのために」
仕事をするのかが見えにくくなっているからかもしれません。
たとえば私であれば、「自分必要としてくれる人のために」仕事をしています。
仕事に対するこの原点がしっかり見えているからこそ、日々の仕事に前向きに取り組むことができています。
この原点を確立させてくれたのは父でした。自立心が強く、太平洋戦争時に「国のために」と「予科練(海軍飛行予科練習生)」に
志願して入った父は、山口県柳井市にあった柳井潜水学校分校で特殊潜航艇(爆弾を積んで敵艦に突撃する特攻兵器)の訓練中に終戦を迎えました。
結果的には命拾いをした父ですが、本人はそうは思えなかったそうです。
自分の存在は国のために命を預けたところにあったのですから。そして地元の埼玉県川越に帰ってきてから、せめて亡くなった戦友のためにという想いと、
地域のためにとお寺の境内で戦争で働き手を失った人たちのための配給のお手伝いをするようになりました。
父の生き方の根底には、自分が世話になった環境で、そこにいる人たちのためにやりがいを持って生きなければというものがあったのでしょう。
そのうち「人のためにという仕事がしたいのならもっと勉強して福祉の仕事をしないか」と、川越市役所から誘われ、当時の厚生省がつくった日本社会事業学校(現日本社会事業大学)の
夜学で学びながら川越市の福祉事業を立ち上げる仕事をするようになったのです。
私が小学生のとき、市役所での手腕を買われた父にある病院から声がかかりました。病院経営立て直しのために事務長をやってほしいというのです。
そのとき、父には特別養護老人ホームをつくりたいという気持ちがあった。その当時は「アルツハイマー型」認知症などになって症状が重くても、ちゃんとケアを受けることができず精神病院で
抑制されるようなこともあったようです。
さらには福祉の仕事をするなかで、医療的なことが課題になって福祉が全うできないことへの強い問題意識があったのかもしれません。
その後、病院の事務長を経験し経営を立て直した父は、老人ホームをつくる構想をさらに一歩進めて、「老人のための病院をつくろう」と決意し、霞が関中央病院(現:霞が関中央クリニック)を開設し、
そこから今の私たちの法人は始まりました。
ここで大事なのは、父がただ単に病院経営を始めたわけではないということだと私は考えています。
その原点には「〜のために」という強い想いと信念があった。最初は国のためだったものが、地域のため、そして自分が力になれる人のためと移っていったわけですが、いずれも自分のためではなく誰かのためにという点でつながっているのです。
『医療・介護に携わる君たちへ』 斉藤正身 著
1379
:
神の子様
:2017/12/01(金) 09:43:42
一、
日出ずる国 たぐいなき
妄想を重ね 陰謀の
ユダヤを統べる 守護神は
巨悪なりと 宣言し
分派成立 三十年
二、
この国日本 滅びたる
サヨクの国に 生を享け
唯物論者の 殲滅に
精進せんと はつらつの
ふるきあたまの 本流派
三、
焦燥の気を 神に享け
独裁の理想 国に享け
自民への支持 父に享け
反教団を 母に享け
陰謀論を 師にまなび
四、
われら老人 けがれても
わかき時代を 忘れずに
安倍総理の使命 実現に
邁進せんと 集まれる
亡国の使徒 本流派
五、
われら日本に うまれたる
赤化の脅威 わすれずに
唯物論の 米国に
兵献(ささ)げんと ちかいたる
売国の使徒 本流派
六、
唯物論者に 籍を置き
経済発展を 与党より
承(う)け嗣(つ)ぎ来りし 悦びを
宣べ伝うべき 背教者
肉体の御子われ 本流派
七、
こころはくらく 口汚く
恐怖を宣べ 世に怒り
光輪卍字 鍵十字の
ファシズム体制 旗のもと
闘争の真理を 宣べんかな
闘争の真理を 宣べんかな
1380
:
トンチンカン信徒
:2017/12/01(金) 11:53:58
>>1379
♪志恩さんの、国、新羅国の歌ですか?♪
1381
:
シャンソン
:2017/12/01(金) 16:25:19
免許や資格なんてクソくらえ!人を肩書で判断することなかれ。
厳しい修行を続けてはみたものの、悟りを開いたかどうか、それを証明することは難しい。
それなら師となる僧侶が証明書を発行するのがよいのでは、ということから「悟りを開いた」と
認めた弟子に発行したものが「印可状」。
一休さんは、この印可状についてあまり快く思っていなかったようである。
生涯を通して、一通の印可状も与えなかったばかりではなく、自分(一休)から印可状を与えられたとする者は
罰するように宣言もしているのだ。 免許や資格なんてクソくらえ!人を肩書で判断することなかれ。
厳しい修行を続けてはみたものの、悟りを開いたかどうか、それを証明することは難しい。
それなら師となる僧侶が証明書を発行するのがよいのでは、ということから「悟りを開いた」と
認めた弟子に発行したものが「印可状」。
一休さんは、この印可状についてあまり快く思っていなかったようである。
生涯を通して、一通の印可状も与えなかったばかりではなく、自分(一休)から印可状を与えられたとする者は
罰するように宣言もしているのだ。
「塾(つら)つら諸方を視るに、邪解は牛毛のごとく、正見は麟角もごとし(中略)。老拙は生平、未だ曽て印せず。
仏法を自負し、作家を僭称するときは、即ち款案に渋らず、鞭垂して急に須らく御史に告げて獄繋すべし。」(一休和尚年譜)
つらつら諸方の修道の様子を見るに、誤っている者は極めて多く、正しい識見を持っている者は非常に少ない。(中略)自分はこれまで一人も印可状を与えた者がいない。もし仏法がわかった、悟ったと自称する者があれば、寛大な措置をとらずに鞭して役人に告げて獄につなげてほしい、とまで言っている。
印可状があれば悟得の質を吟味しない風潮があったのであれば、それは修道の形骸化ということになる。
修道者が俗に対する優越の感情を隠して、水準の低い印可を方便として運用するのであれば、修道の自壊が始まっていると一休さんは考えた。
一休さんがこだわったのは、僧としての求道。その原点に戻ることを求めたことで、印可状の有無は意味がないことと考えた。印可状を
乱発することで、修道の質が低下することを嫌い、ひとたび印可状をゲットしてしまえば、その後は何も修行をしないような僧がいたとすれば、そんな風潮を忌み嫌ったがゆえの行いだったのだろう。
『オトナの一休さん』 NHKオトナの一休さん制作班
「塾(つら)つら諸方を視るに、邪解は牛毛のごとく、正見は麟角もごとし(中略)。老拙は生平、未だ曽て印せず。
仏法を自負し、作家を僭称するときは、即ち款案に渋らず、鞭打して須らく御史に告げて獄繋すべし。
1382
:
シャンソン
:2017/12/03(日) 17:56:41
流産・死産を前にして思うこと
これはある保健師さんに聞いたのですが、流産や死産を経験したお母さんの場合、
次のお子さんを産んだ後の子育てがあまりうまくいかないケースが多々あるそうです。
前に亡くなった子のことを、ずっと引きずっているからだ、と。
本当は、次に生まれた子のことをよく見ないといけないのに、前の子への申し訳ない思いや
後悔の念などに引きずられていて、しっかり見ないわけです。
ちょうど、自分の旦那さんが、前の彼女のことを思っていて、自分を見てくれない状態みたいなものです
これは子どもには、すごくイヤなことなんですよ。
ですので、1回1回の妊娠・出産への思いっていうのは、その都度、解消していかないといけない、と私は思います。
私は、なんとなく昔から「流産した子は、悲しんでいないんじゃないか」という気がしていました。
理由はわからないのですが、漠然とそう感じていたのです。
統計では、10人に1.2人は流産するわけですが、流産した子を取り出して顔を見ると、「この子が、人間に悲しみを与えるために、わざわざおなかの中に宿ったはずがない」
と思えるのです。
以前、アメリカに行ったときに、こんなお話をする鍼灸師さんとの出会いました。
彼は、望まない妊娠をした女性とともに、海や山などの自然の多い場所に行って、女性に瞑想をしてもらうのだそうです。
そして、その方が、「申し訳ないけれど、今回は、出て行ってほしい」と胎内の赤ちゃんにお願いすると、100%成功する、とのことでした。
それって「中絶」と同じことなんですが、はたから見ると「流産」になる。
1383
:
シャンソン
:2017/12/03(日) 19:06:19
>>1382
管理人様へ。たびたびお手数をかけるようで恐縮しますが、
上記1382と今の投稿の削除をお願いします。
1384
:
うのはな
:2017/12/05(火) 17:30:20
今生の学びは必ず生かされる
仏教の六道輪廻にしても、ヒンドゥー教における転生とカーストとの関係にしても、
「よいことをしたら段階が上がる、悪いことをしたら下がる」という法則があるといわれます。
しかし、私のたどり着いた輪廻転生のあり方は違います。現世でどんな行いをしても、つまり、よいことをしても
悪いことをしても、生まれ変わるときには必ず段階が上がります。
一般的・社会的な意味では悪いことでも、すべては本質の成長に役立つ「学び」だからです。あらゆることは「よい経験」であり、人の本質は一生を過ごすうちに
必ず成長するからです。どんなに一生が短くても、何もしていないように見えても、悪行ばかり働いているように見えても、本質は必ず成長しています。成長しない人はいないのです。
ですから、生まれ変わったときに、今生よりも下の段階に下がることはあり得ません。
私の考える段階は、仏教でいう六道のような少ない数ではなく、インドの細かいカーストよりもさらに多く、無数にあります。それを、学びが大きかった人は飛び級のようにして大きく上がり、
そうでない人でも相応に上がって、来世に生まれ変わります。ここでいう「段階が高い」とは、宇宙の真理である「コンパッション(compassion)」に満ちている状態です。コンパッションは、慈悲、慈愛、共感、同情、
愛などと訳されますが、日本語にすると、残念ながらどうしてもピッタリくる言葉がありません。
慈悲や慈愛、同情というと、本来は違うのですが、どうしても憐れみがまざるイメージになります。かといって単なる共感とも違います。
愛というと、これも本来は広く深い意味ですが、男女間の愛をイメージする人もいて、人による解釈の違いが大きくなります。ピッタリくる日本語がないので、やむを得ずそのまま英語を使っています。
しいて日本語にするならば、「平等で純粋な慈愛」といったところでしょうか。以後、「コンパッション」という言葉が出てきたら、そんなイメージを思い浮かべてください。
コンパッションこそが宇宙の真理であるというのは、仏教の根底に流れている思想でもあります。私も、何もするにしても純粋なコンパッションのみで動きたいと願っています。学校をつくるなどというも、ほんのわずかでも
何かの見返りや名声などを期待する気持ちがあるとしたら、動いてはいけないと思っています。その人がコンパッションに満ちているかどうかは、すぐにわかります。コンパッションに満ちた人といると、とても気持ちがいいからです。
身分や学歴などは、一切関係ありません。論理ではなく、外見でもありません。そういったことはまったく別にして、いっしょにいるだけで心地よくなって癒される人が、あなたのまわりにもいないでしょうか。
たとえば、心に哀しみを抱えて何もいわずに訪ねれば、「よく来たね」と敏感に哀しみを察知して、さりげなくやさしく接してくれるような人です。別のいい方をするなら、「波動が高い純粋な愛に満ちた人」ともいえます。そういう人は、
本質の段階として非常に高いランクにいるのです。
『食べない、死なない、争わない』 稲葉耶季 元那覇地方裁判所所長判事・元琉球大学教授 著
1385
:
シャンソン
:2017/12/09(土) 11:16:01
「姥捨て山」は悲劇ではない
私が理想としているインド式の逝き方を、いまの日本で実践しようとすると、家族は犯罪者になる可能性があります。
その罪名は、「保護責任者遺棄致死罪」といいます。「保護しなければいけない相手を遺棄して死に至らしめた」という意味です。
遺棄とは「捨てて顧みない」ことですが、刑法上の遺棄罪は、保護しなければならない相手(要扶助者)を保護されない危険な場所に移したり、
置き去りにしたりする罪を指します。それによって、死なせると遺棄致死罪になります。
要扶助者とは、幼かったり、年老いていたり、障害や病気があったりして、1人では生計や生活が営めない子供や親、兄弟姉妹、配偶者などです。年老いた親を
家に寝かせ、水しか与えないで見送るというインドの現代版「遊行期」は、日本ではまさしく遺棄致死罪となるわけです。
保護者責任者が意図的に、あるいはネグレスト(するべき育児や介護を怠り、放棄すること)によって遺棄行為をし、その結果、要扶助者の安全や健康が脅かされては困るので、
それを防ぐ目的で定められた罪ということはわかります。
しかし、「病院で管だらけにしないで、住み慣れた家で安らかに見送ってあげたい」という人のケースでも、この罪に問われてしまうこともあるのです。
本人が自分の意志で「安らかに死にたい」と思い、「もう、ごはんを食べたくもないし、食べなければ自然に弱って安らかに向こうに行けるから」と、
食べないことを希望している場合に、家族がそれを尊重するのは、決して許されないことではないと思います。
家族がその気持ちを察し、安らかに清潔に、楽しく過ごさせて向こうに行かせてあげると罪になるというのは、おかしなことではないでしょうか。
このことについて、真剣に考えるべき時期に来ていると考えます。人それぞれ、いろいろな考えや感覚があると思いますが、私は病院で苦しんで死にたくありません。
安らかに向こうの世界に移行できるインド式の逝き方で、ぜひ旅立ちたいのです。この旅立ち方は、介護する家族にとっても、たいへんらくです。
いまの終末期医療で、濃厚な医療を受けながら何年も生きることになると、本人はもちろん、家族にとっても地獄です。
家族による介護は美談にされがちですが、本来の旅立ちのタイミングを医療で長引かせ、その分、家族を苦しめることは、美談としてかたづけてはいけない問題でしょう。
ここまで「インド式の逝き方」を述べてきましたが、古くは日本にも、同じような考え方がありました。深沢七郎の小説『楢山節考』で描かれている「姥捨て伝説(棄老伝説)」です。
姥捨ての風習そのものは、実際にどのくらいあったのか、確かなことはわからないようです。しかし、非常に貧しかった時代、もともと死に対する独特の潔さを持つ日本人が、孫子のために
命の最期を自ら決める行為を、何かの形で実行していたとしても不思議ではありません。
姥捨て伝説は、よく悲惨な話として語られます。しかし、年老いた者が旅立つときを自ら決めることは、決して悲劇ではないと私は思います。
老人たちは見捨てられたのではなく、自ら死を受け入れ、潔く山に向かったのです。ちなみに、『楢山節考』に描かれた「おりん」には、肝臓ガンを患い、自らの意志で逝くために絶食をしていた
深沢七郎の実母の生きざまが反映されているそうです。
もっとも私自身、若いころには、こうした考え方を受け入れることはできませんでした。いま、70歳を過ぎて、自然に受け入れられるようになったのです。
すべての生物に、天から授かった寿命があります、黄色い木の葉がスッと枝を離れて地面に落ちるのを見ると、私は「とうとうそのときが来たのね。ご苦労さま」と心でつぶやきながら、静かで平和な気持ちになります。
できることなら、自分もそのように静かに、安らかに逝きたいと思うのです。
『食べない、死なない、争わない』 稲葉耶季 著
1386
:
シャンソン
:2017/12/10(日) 19:51:40
死後、閻魔様に聞かれる2つの質問の真意
現代では、コンビニたくさんありますし、自動洗濯機や自走式掃除機などもあって、
独り者でいやすい、独り身ほうが気が楽だ、という時代になりました。テレビやインターネットも発達し、
ご近所で助け合わなくても楽しく生きていけるように、社会がサポートしてくれています。
ただ、死後に閻魔様に聞かれる「自分の人生を楽しんだか?」という質問は、「見勝手に一人で快楽を得たか?」というよりは、
「人に感謝され、認められて、自己肯定ができて楽しかったか?」ということではないかと思います。
「陰徳を積んだか?」というもう一つの質問も、「自分が一生懸命生きていることで、結果的に、知らぬ間に人が助かったか?」
ということではないか、と思います。
『ぼくが生まれてきたわけ』 池川明 著
1387
:
トンチンカン信徒
:2017/12/10(日) 21:00:16
♪シオンな出来事♪
♪志恩さんの告白♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2253:志恩
16/12/27(火) 07:29:15 ID:6hRUvSRg
上野、その他の「恩賜公園」とは
https://matome.naver.jp/odai/2139756308971797501
知りませんでしたが、上野にある「有栖川宮記念公園」も、その1つだったのですね。
その公園は、上野駅を下車して、すぐのところにあります。
私は、新婚の頃、あの公園の近くのアパートに住んでいましたので、よく夫と二人で
散歩していた懐かしい公園です。
上野の、そこへも、わりと最近、妹や孫たちとも、行っています。
いろいろなことご存知なんですね。私は知らないことの方が多い人間です。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
<上野と御徒町近辺に集結する、志恩家>
1388
:
シャンソン
:2017/12/10(日) 21:06:33
トンチンカン信徒さんへ
無職老婆の話題は、部室でやるとか、
他の版の使用を考えてください。
誤読曲解して、捏造されるおそれがあるので。
他の人も、あまりこの人の投稿に交わりたくないようだし、閉鎖まで
よろしくお願いします。
1389
:
シャンソン
:2017/12/10(日) 21:14:40
トンチンカン信徒さんへ。
前に書きましたが、今月の機関誌などで
高齢者の福祉活動をしていた未亡人さんの記事が
載っています。ここに転記しようかなとも思いましたが
また無職老婆やるん吉などにごたごたいわれるといやなので
書きません。機関誌読んでね。
1390
:
シャンソン
:2017/12/11(月) 13:38:55
世の中の基本的なルールを身につける
お寺では師匠から悪いところを叱られ続けます。弟子から恨まれないような師匠は失格だと
いわれるくらい、師匠は弟子を厳しく叱ります。全人格をぶつけ合って、悪いところを指摘して、師匠が
軌道修正をしてくださるわけです。
そうやって十年、十五年、二十年と経ち、ようやく我がとれて丸くなると、もう師匠は何もいいません。
これは親子の間柄も同じかもしれません。小さい頃、私は母親から「こういうことはしてはいけない」「これはきちんとしなければいけない」と、
厳しく躾られました。なぜここまでいわれなければならないのかと思ったときもありました。
そのことを大人になってから母に聞くと、自分も親から同じように育てられた。自分も「なんで?」と思ったときもあったけれど、年をとってくると、それが正しかったと
わかってきたといいました。子をもって知る親の心といいますが、後々、あの厳しさは心から自分を案じる愛情だったんだということがわかります。そういう世の中の基本的なルールというものが
昔はありました。師匠が弟子を叱っても道場が空中分解しないのは、このルールがあるからです。
何か指摘されたときには、そこで大反省をする。胸をえぐられるような痛みを伴うかもしれません。
しかし、その瞬間に、恥ずかしいことをした、申し訳ないことをしたと感じとれるようなルールがあるから師弟関係は続くのです。
このルールを小さな頃にしっかり教えると、いくら叱っても親子関係は壊れません。
『毎日が小さな修行』 塩沼亮潤 著
1391
:
神の子様
:2017/12/12(火) 00:44:42
>無職老婆の話題は、部室でやるとか、
ここ、ほとんど全員 無職老婆
1392
:
シャンソン
:2017/12/12(火) 10:19:08
>>1391
いや、トンチンカン信徒さんも私も仕事を持っているし、納税もしていますよ。
神の子っていうだけしかない人は、次回からここに遊びに来ないでくださいね。
ひまなら、早く管理人に閉鎖移動の件をはっきりしろって
メールしてください。
1393
:
シャンソン
:2017/12/12(火) 21:40:45
>>1388
きょうは朝から暇老人のおはよーございます、日記がはじまらなくて
よかったと思っていましたが、さっき新したらばを見たらさっそく
お酒をプレゼントしようとか日記をかいていました。お酒も飲めない人が
選ぶと、失敗することが多いです。たぶんボージョレーと同じく、安物の日本酒でしょうね。
1394
:
シャンソン
:2017/12/12(火) 22:05:41
本板などで、しゃしゃり出る老婆の昔の幹部の葬儀の話などを
青年らしき人が削除要請し、我の強い老婆にしてみれば珍しくあっさりと
削除したみたいで驚きました。
これは、以前私がひょんなことから引退した講師と雑談していて
最近は雅宣先生の本しか読んだことがない若い人がいるからいろいろと難しいと
こぼしていた話を彷彿させます。
こういうことは、昔から予測できた事態です。
だからどうっていうわけではありませんが、現場を引退しながらも
そういった事象に対処していく信徒と、掲示板の書き込みを「引退しませんけど」などと
いっている無職老婆とは、活動の次元がちがう、ということを実感しました。
1395
:
転載
:2017/12/13(水) 14:18:26
生長の家とは如何なるものか
http://www.geocities.jp/taka19602001/seichou_2bu.htm
1396
:
転載
:2017/12/13(水) 14:23:14
国の選挙のための祈り
「神よ、日本の国を治める政治が神のみこころを心とする人達に握られますように、国民の心を浄めたまえ。
神よ、日本国民が左右両派に岐れることなく、日本の国のみ栄えの為に、一心同体となって協力することができますように全国民を導きたまえ。
神よ、今度の選挙に本当にあなたを理解し、あなたのみ心の議会に
おける代弁者となるような善き人を当選せしめ給え。」
次の歌を繰返し黙唱して、光明みちわたる世界を観想する。
「すめらぎの大御光みちわたり わがひのもとの国は泰けし」
(谷口雅春)
1397
:
転載
:2017/12/13(水) 14:26:46
自己を”神の子”であり、身体は健全であり、心気は悠然としているのであり、気宇は偉大であり、
何事にもコセコセしないのであり、常に落ち着いているのであり、物事に動じない自分であると観じて、
富嶽の如く須弥山(しゅみせん)の如く常に精神を安穏たらしめよ。
現象の変化によって自分の心を動揺せしめてはならないのである。
その時、あなたは先ず何を為し、その次には何をなすべきかが分かってくるのである。
而して常に第一のものを第一に為して、目先の利益に捉えられてはならないのである。
『女は愛の太陽だ』p.114
1398
:
転載
:2017/12/13(水) 14:30:17
「愛にうえている人は不幸になる」 『生命の実相』1巻(谷口雅春先生著) P168
「本物の人間は本来神の子すなわち仏性であって
「病気はない」のですから、
病人というものは必ず自分の心で造った
「観念(まよい)の牢獄」の中に閉じこもっているのであります。
なぜ人間が自分の心でつくった
「観念(まよい)の牢獄」の中に閉じこもるようになったかと申しますと、
病人はきっと人間というものを冷たいものだと観ている。
人間だけではなく「生命」というもの、
「神」というもの、を、
冷たいものであると観ている。
「生命」と「生命」、人間と人間とが互いに孤立してるかのように観ている。
あるいは「神」なんてないものだと観ている。
あるいは「神」というものはあると思っていても、
神と人間とのあいだに親と子の関係ほど親しいつながり、
すなわち「愛」というものを感じることができないで、
「神罰」とか「神の怒り」とか冷たい方面ばかりを見ている、
こんなわけで、病人は心の底が温かい愛にうえている、
人間と人間とを冷たく、
なんの関係もないもののように見ている、
とても世界のあらゆるものが北極星を中心として
あらゆる星座が一糸みだれず動いていると同じように、
自分を中心として自分の幸福を持ちきたすために運行している
というような完全なつながり(愛)を感ずることができない。
こういう心――すなわち
人間の本性を互いに孤立した連絡のないものだと思い違っている心が、
形にあらわれて「病気の肉体」になっているのであります。」
1399
:
神の子様
:2017/12/13(水) 18:25:55
1137: うのはな :2012/02/15(水) 18:52:29 ID:El6gIMAw
われわれも“通訳” 先生にお供して 徳久克己 先生
ニューヨークで、生長の家の信徒幹部が、谷口先生御夫妻をお招きして、夕食会をした時、
谷口先生が「9年前にきて、私は生長の家の真理の種を、アメリカにまいたのですが、通訳がよくなかった
ので、真理が正しく伝えられず、その種が育たず枯れてしまったようです。こんどは通訳もよいので、時間は
短かかったけれど、私の伝えようとする真理は、十分に理解されたと思います。どうぞ、この私のまいた種を、
皆さんで育ててください」
というような意味の御挨拶をされました。私は、ジーンと心を打たれました。これは、アメリカだけのことではない。
日本だって、同じことだ。先生のお伝えになろうとする真理を、私たち講師は、通訳して伝えているようなものだ。
講師が生長の家の真理を、十分に理解して、正しく伝えなかったら、通訳が悪くて、先生のお伝えになろうとする真理を、
まちがって通訳するのと同じことだ。先生は40年にわたって、御自分の身をローソクのように燃やして、真理を伝えておられるのに、
私たち講師幹部がもっともっと、先生のまかれた種を、育てなければならない、と深く反省させられました。
ニューヨークでは、ユニティのバタワース博士の教会で朝の10時から、午後の5時までの1日御講習をされました。
その講習料は15ドル(約5000円)でした。それでも教会がいっぱいでした。
そして、先生のお話を聞いて、感激した聴衆によって、ニューヨークにあった先生の英語の御本は、売り切れてしまいました。
「私は医者ですが、もっと生長の家で、霊的な力を得て病人を癒したい。どのようにすればよいですか?」
と尋ねてきた人もいました。また、
「私はローマンカトリックの牧師なのですが、生長の家の先生になりたい。どのような手続きをとればよいですか?」
という牧師もありました。
先生のお話を一度聞いて、現職の牧師が、それをやめて生長の家の講師になりたいというのです。生長の家の真理が
いかに高度のものであるか、ということを、私はヒシヒシと教えられました。
『真理は民族を超えて』 谷口雅春先生御夫妻海外御巡錫記念写真帖
1400
:
独占版より
:2017/12/15(金) 19:12:36
4046: シャンソン :2015/08/28(金) 15:26:58 ID:bKH5V0nE
悪霊を祓うキンモクセイ
前述したように、私の勤務する施設にDさんという男性がいます。
Dさんの部屋には得体の知れない絵画があり、その絵が良くない異次元につながっています。
そしてその絵からたくさんの悪霊たちが出たり入ったりしており、部屋はいつもそういう霊でひしめきあっています。
Dさんは現在、入院中です。ですから、部屋には誰もいません。それなのに、深夜になると、たまに音がしているのです。
ある日の深夜、2時過ぎです。巡回していたら、Dさんの部屋のドアが小刻みに、カタカタ、カタカタと鳴っていました。
〝うわぁ、鳴ってるなー、中にいっぱいいるんだろうな〟と、そちらに注意を向けてドアに近づいた途端、音はピタッとやみました。
ドアの外からでも、中に霊が大量にいる気配が感じられました。
他の日の見巡り中(これも深夜です)、ドスーン、と鈍い音がしたこともあります。
その時も、ドアの前まで行ってみましたが、そばまで行くとシーンとしていました。
中にはどれだけの悪霊がいるのかわかりませんでしたが、ドアの向こうの霊気がすごかったです。
うっかり見るのが嫌だったので、開けて中を見ることまでしませんでした。
そんな状態のDさんの部屋です。施設では、月に1回、各部屋の洗面台のパイプ洗浄をしています。
洗浄液を排水口に入れ、一定の時間が過ぎると、水を流しに行きます。その日は、先輩が洗浄液を入れ、流す時間がないというので、
私が水を流しに各部屋を回りました。
Dさんの部屋に入る瞬間、悪霊が大量にうようよしているだろうから、もし何かあったらお不動さんに守ってもらわねば、
と構えてドアを開けました。ところが、入ってみてビックリです!「えっ?」とあ然とするほど、全然、何もいないのです。
空間は透明でサラサラしていて、重苦しくもなく、本当にスカーッと何もいない状態でした。悪霊たちが全員、1人残らず去っているのです。
その理由は、キンモクセイの芳香だとすぐにわかりました。
先輩が、閉め切っていた部屋の窓を開けていたのです。窓からは優しい風が入り、それとともに、キンモクセイの強い芳香も入ってきていました。
施設の向かいの家に、キンモクセイの巨木があって、満開時の香りがすごいのです。
人間にとっては癒される良い香りで、キンモクセイの巨木があって、満開時の香りがすごいのです。
人間にとっては癒されなる良い香りで、気持ちいいな〜、と胸いっぱいに吸う芳香ですが、どうやら悪霊は苦手のようです。
ここまで空間がまっさらになるほど逃げるのか、と心底、驚きました。
そこで、気づきました。今まで線香について深く考えたことなどなかったのですが、線香には、その場の悪霊を祓う、場を清める、
という効果があるんだな、とわかりました。これは人工の芳香剤ではダメで、天然の樹木の芳香の方が何倍も力が強いようです。
香りが強い他の樹木でも効果があるのかどうか、実験してみないと何とも言えませんが、たぶん、霊は嫌がって逃げるのではないかと思います。
なるほど〜、そうだったのか〜、と、私にはとても勉強になった出来事なので、ちょっと書いてみました。
ちなみにその後、窓を閉めて、再び部屋は閉め切り状態になり、次に私が出勤した時は、芳香も完全に抜けていたせいか、悪霊たちは戻ってきていました。
『ひっそりとスピリチュアルしています』 桜井識子 著
1401
:
重大なお知らせ
:2017/12/16(土) 15:03:16
5010 :トキ:2015/09/30(水) 19:38:18 ID:4h78wox6すみません、皆様へご連絡です。
この「生長の家「本流復活」について考える(したらば版)」は、皆様のおかげで
今日まで続いてまいりました。これも投稿者様、閲覧者様のおかげと深く感謝申し
あげます。
ただ、最近、悪意のある投稿が増えており、真剣に投稿をする人から苦情が管理人
宛に届くようになりました。寛大は大事ですが、権利の濫用を認めるのは、ご本人が
悪い業を積むので、よくありません。
そのため、今後、ある時期に、この掲示板を閉鎖し、その代わりに、別の業者の
「掲示板」を利用する予定です。よりセキュリティがあり、アラシ対策も業者が対応
してくれるので、安定した掲示板になると思います。(もっとも、有償掲示板なので
その点は残念ですが(笑))
時期は未定ですが、決まり次第、ご連絡申し上げます。(今すぐでも可能なので
すが、皆様のご意見も拝聴したいので、今しばらく継続します。)
個人的には、「したらば」掲示板は気に入っているので、継続したかったのです
が、このような事態になり、残念に思っています。
以上、皆様へご挨拶とお願いを申し上げます。
合掌ありがとうございます
管理人敬白
1402
:
シャンソン
:2017/12/30(土) 22:34:38
一粒の麦
団体から離れ、他の教団にもいかないという決断は勇気のいることでした。
自分の後ろ盾や肩書を失うということになるからです。今までの自分に死に、新しい自分を生きるわけです。
自分が最終的にどのような形になるのか分からずに進んでいきました。
これを機会に宗教という視点から離れ、新しい角度で人生を見つめようと決心しました。そこで、自分が今まで学んできた
聖書・預言・哲学・心理学・脳科学を元に、独自のコンサルティング・カウンセリング・コーチングを作り始めました。
きっかけになったのは、友人のM氏からの依頼でした。
彼は関西で不動産会社を経営しており、彼や社員の相談者として呼んでもらいました。これを皮切りに徐々に色々な会社、
治療院、個人から依頼を受けるようになりました。聖書にこのような言葉があります。
「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。」
(ヨハネによる福音書第12章24節)このたとえは、もし、麦が麦であることに執着をし、変化は嫌だからこのままでいようと思うと、
当然一粒の麦のままです。でも、一粒の麦であることを諦め、行きたくなかった土の中に入る決心をすると、麦から芽が出てきて苗になります。
もう、麦の原形はとどめていません。そして、穂が出てやがてたくさんの麦の粒がなります。それと同じように、もし、今までのやり方や自分の肩書に
執着するのをやめるなら、より多くの実、つまり結果を出すことが出来るかもしれないという意味です。
古い自分に死に、過去の栄光や過去の幸せにしがみつかない自分を作ることが、常に幸せな人生を生きるコツだと思います。
私は宗教に死に、信仰に生きたのです。
『神の扉を開く』 毛利英慈 著
1403
:
シャンソン
:2018/01/03(水) 20:46:01
祈りの価値
祈りではお腹が満たされない。果たしてそうなのでしょうか?司式の仕事を辞めて1年くらいした時に
このような経験をしました。現金がとうとう底をつき、3000円しか無くなってしまったことがありました。
聖書を学びに来られる人は徐々に増えてきたのですが、生活は本当に大変でした。しかし、祈りや子供達と過ごす時間も増え、
とても価値のある時期だったと思います。
その時、家族や祈ろうと思いました。皆を集め、テーブルに3000円を置いて、手を置いて祈ったのです。
「このお金が何十倍にもなり、家賃が払えるようになり、子供達の服が買えるようになりますように」。
私達に悲壮感は無く、むしろ神様がどのような奇跡をされるのかとても楽しみでした。
奇跡は起こりました。予想もしない形や方法でお金が入ってきたのです。
常に祈りがお金やパンになるとは言いません。でも、私の経験上、祈りには「人知では計り知ることの出来ない力」があり、何度も危機的な状況から
救われています。
『神の扉をひらく』 毛利英慈 著
1404
:
志恩さんへ。
:2018/01/07(日) 11:45:09
これらは、私は、前もって、別のところへ 保存してございましたので、
改めて、計上させていただきます。
これによって、ここのスレッドは、
カモの子さんとシャンソンさんの会話のことは関係ないという
シャンソンさんの言葉は、あきらかに
嘘であることは、おわかりだと思います。<
この投稿があったあと、傍流で書いたのを読んでいませんか?
私がいったことは嘘ではありません。あのカモの子さんのデマ投稿を最初に新したらばに
移動したのは志恩さんです。そのあと、私が傍流で反論していたのに
トキ管理人がなにもやらないから、私は愛国掲示板であのカモの子さんの投稿を再掲したのです。
それは事実で、私は、あれを再掲していません、と嘘は書いていません。
あれを再掲したら、その直後に、志恩さんが、なぜ法的措置をとられなくちゃなないのか意味不明だって
カモの子とシャンソンの会話集を載せ、妄想に狂いだしたのです。
それでわたしがそれをおさめるために、他の掲示板に関係ないから
みんな傍流に書いています。あとはトキ掲示板でやってくださいとなだめに入ったのです。
そしたら、理解力のないあなたが、これはあえて消さないでくださいとか
やっぱりうのはなさんは第二へ削除要請にいってるとか、わかりきったことを
なんだか証拠を発見したかのように大袈裟に書いてるだけです。
そういうことをなだめ、そんな話は傍流で書いてるから読みなさい、志恩さんはどの版を使うのか
忘れないためにも自分で決めて、ここに書いてくださいっていう趣旨ですよ。
それは理解できましたよね?
そもそもこのスレッドに関係ないというのは、そういうあなたを説得するために書いたのです。
それをあなたが、私が迷惑なら削除してくださいというと、横から卑怯なやり方だから
削除しないでほしいとか、ひとりで愛国掲示板で書くことにこだわってるんですよ。
意味わかりますか?
1405
:
志恩さんへ。
:2018/01/07(日) 11:55:48
それから、あなたの会話集スレッドはかたておちで、私の傍流でのカモの子に対する反論なんかが
掲載されていません。それこそ卑怯な手法です。
法的措置のことなんかも傍流で書いていますが、それらは掲載されず
あなたのおちゃらけた投稿だけが掲載されています。それを愛国でもやりだしたので、
新年早々別のスレッドで書いたもの部室で書くとかいうものを消されているので、
改めて、愛国の元のスレッドに書いてください。そしたら、なにか落書きのような
品位のない返信投稿を掲載しましたよね。志恩さんの返信が確定するまで申し訳ないが
削除はまってほしい。あとは全削除してもらってもいい、という私の勝手な頼みを
愛国さんが我慢してくださったのか、志恩さんの落書きみたいな返信が掲載された直後に
あのスレッドは全削除になりました。
それと第二での削除要請となんの関係があるのか、いまだに理解できません。
しかし会話が成立しないようなので、理解できなくてもいいのでしょう。
1406
:
シャンソン
:2018/01/07(日) 12:15:16
>うのはなさんのいうことが200%正しい.......
一回コールド負けが続いていますね。
でも訊け氏のお気に入りの、はーるばるきたぜはこだてえええ=
の北島三郎のさんの馬は勝ったりしてるね。
さすがに勝負運のいいわたしでした。
1407
:
シャンソン
:2018/01/07(日) 13:04:35
9413 :カモの子 :2018/01/05(金) 21:32:57 ID:0YsAkzh6
>でも、今回は、反論するのも疲れましたので
いやいや、志恩さん、解りますよ。 大概は私も、スルーしてます。
本人がこう告白しているように、この人は、私の投稿を精読していず、
誤読曲解していいがかりをつけています。
トキ管理人や訊け管理人の文言が論点になっているのだから、
うのはなさんがこう書いてるけど出鱈目化どうかトキ&訊けに確認したら
事実は判明します。もっとも、トキさんの場合は嘘をつくので完全に保証できませんが。
こういった事実確認をやらないで、ひたすら法的措置だ、待ちましょうとか
出たら目だとか自分の話に必死になるのは、カモの子や志恩さんの特徴です。
だからこの掲示板の全面閉鎖に同意しています。私は別の端末を使って
新したらばのこのスレッドに反論や事実を掲載しにいこうと思っていましたが、
そすると、新したらばはトキさんがセキュリティが「しっかりしているといっていた。
だから、傍流の人たちは怒り狂って移民してこない、と必死で解説していた老婆の
努力や妄想が無駄になってしまいます。
それを考えるとあとでどんな泣き言やデマを書かれるかもしれないし、
タイ古式マッサージ師からも「どこがこっているというより、疲れすぎだ」と
いわれた体力不安もあります。職場でゴミをひらっては相殺しているなんていう
バカげたオーエルとちがって、役職からはずされたくないし、無職老婆に
時間をとられるのもうんざりです。ですから、新したらばに投稿するのはやめました。
1408
:
神の子様
:2018/01/08(月) 22:34:18
誤読曲解誤読曲解誤読曲解誤読曲解
1409
:
トンチンカン信徒
:2018/01/09(火) 01:03:09
>>1407
シャンソン署長※
※カルト三姉兄弟は、各地の、掲示版を、荒らすゴロツキです※
(年末→カルト三姉兄弟の内訳→あくまで、推理)
1、志恩さん→トンチンカン(姉)
2、トキさん→アクエリアン(兄)
3、るん基地→縄文人(弟)
※カルト三姉兄弟内訳で、いずれも、新羅民族です♪
1410
:
シャンソン
:2018/01/09(火) 09:46:01
トンチンカン信徒さんの奇想天外顛倒妄想ぶりは
この傍流隔離病棟ではハイレベルすぎます。
新したらばの横道それまくり老婆と迷惑OLの会話スレッドに
行かれたら、その特異な才能を発揮されることと思いますですたーい!
1411
:
シャンソン
:2018/01/09(火) 09:48:20
>>1408
こらっ、そこの粗忽もの!非武装版で
誤読曲解念仏を唱えるな!
老婆に汚染された人は、この高貴な板に出入り禁止です。
1412
:
シャンソン
:2018/01/09(火) 09:49:36
劇場版「いただきます」みそをつくるこどもたち
http://itadakimasu-miso.jp/
1413
:
トンチンカン信徒
:2018/01/10(水) 00:32:45
>>1410
本島版では?
訊け師?アクエリアン?縄文人?トンチンカン?登場してます?
<統一協会>とか?訊け師が?叫んでます?
商売上手な、人たちですね?シャンソン署長?
1414
:
シャンソン
:2018/01/10(水) 08:07:30
>商売上手な、人たちですね?シャンソン署長?
だから、無職老婆が二人のことは仕方がないでしょう?と決めつけて
妨害し、トキさんが計算高い友人から使われるがまま寝込んでしまう性格じゃなかったら
もっと早く低次元バトルの現象が収まっていたんですが、皮肉なことに
訊け氏が商売上手だったおかげで、3ケタくらいの計算メモをたたきつけ
人を撃つときに交換条件として決算書の要求をして、乱射音が静かになっていったのです。撃たれ続けた
私が払った代償は大きいですが。
1415
:
トンチンカン信徒
:2018/01/10(水) 08:55:49
>>1414
シャンソン署長
<訊け師>は?<統一協会とか?出稼ぎしたようですね>
<<<<<<<<<<<
5967:「訊」
18/01/09(火) 13:42:53 ID:klcg1RUc
新年1本目の投稿を「統一協会へ帰りましょう」掲示板に書き込みしました。
彼等も御教えの否定に必死です。雅春先生の愛読者はあれら「教団や学ぶ会による雅春先生否定の動き』に対し、粛々と対処して参ろうではありませんか。
彼等教団や学ぶ会が、どうな狡猾に否定しようとも、雅春先生の御教えは不滅です。昨年も黒字決算の当社でしたが、雅春先生なかりせば、どうなっていた事やら・・・・
<<<<<<<<<<<<
拜
本島版→志恩・アクエリアン・るん基地・訊け(カルト変身版)に、なりましたね♪♪♪
1416
:
シャンソン
:2018/01/10(水) 09:13:42
5968 :るん吉 :2018/01/10(水) 00:13:17 ID:BkrCf1DI
wow!訊けさんだ!お久しゅう〜〜。<
><訊け師>は?<統一協会とか?出稼ぎしたようですね<
毎年この二人や、志恩さんなどは、年末年始にトラブルを起こし
そして恒例の温泉旅行の話なんかするのが常ですが、
今回は他の掲示板まで出稼ぎにいって業を増やしたみたいですね。
1417
:
シャンソン
:2018/01/10(水) 10:01:25
2437 :神の子様 :2018/01/09(火) 22:58:39
http://megalodon.jp/2012-0626-2139-39/blog.livedoor.jp/con5151/archives/65605964.html
↑久しぶりに見たけど笑ったわwwwwwwww
うの、7年前と何ら変わらないんだねwwwwwwwwwwwwwwww<
しかし、大義名分のために人を撃つ男の応援団長みたいな
奥さんは未亡人になったりして、周囲の状況は変わったみたいよ。
これは、うのさんが自分で自分のことをばかだといった、
うのさんが美容院へ行ってアフロになってしまう!
っていう、遊園地のない地方都市で小学生が絵日記をかいているものだ
と御理解ください。
1418
:
神の子様
:2018/01/10(水) 18:30:47
665: 復興G :2012/07/17(火) 18:25:41 ID:84pogn5s
SAKURAさ〜〜〜ん。
あなたは本当に素直ですばらしい方ですね。
私の娘のような思いで、幸せを祈ってますよ。
皆々さま。
この掲示板には、人を○○派だとか何だとかと言って差別してイジメたりする人は一人もいませんよね。
「イジメ」 というと、いま社会問題になってますが、「泥かぶら」 という演劇、ご覧になった方はいらっしゃいますか? 私は50年も前に青年会の同志といっしょに見に行った記憶があります。とてもすばらしく、感動しました。
作家・評論家の戸板康二も、かなり前に、絶賛した感想文を書いてました。
以下、戸板さんの感想文を抜粋紹介します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「泥かぶら」(眞山美保作・演出、新制作座公演。昭和27年10月初演。文部大臣奨励賞・第7回菊池寛賞受賞作品。平成17・18年度 文化庁「ほんものの舞台芸術体験事業」に採択)は、美しい作品である。こんなに人の心をやさしいものにし、どういう人間にも生きる喜びがあるということを、しみじみ思わせてくれる名作は、あるまい。
眞山美保さんは、戦後の荒廃した日本が、泥にまみれ、屈辱に顏をゆがめている時に、これを書いた。泥かぶらは、当時の日本だったと、いえなくもない。
しかし、いまの時点でも、いやむしろ現代においてこそ「泥かぶら」は一層観客の気持ちに、切実に、訴えるともいえる。 醜く、すさんだ生活をしている少女が、いじめられる。西洋にもそんな事があるかも知れないが、かなしいけれど、日本の子供には、弱いもの、欠点のあるもの、動物などをいたわる性質がとぼしいような気がするのだ。教育の至らなさでもある。
社会問題になっている学校での「いじめ」の実状を思い、昔の泥かぶらが、どんなにつらい日々を送迎したかと考えると、涙が出て来る。
しかし、この芝居で、みにくくても、その顔を恥じず、いつでもニッコリ笑い、人のために尽くそうとすれば、その人間は、かならず美しくなるということを、教えられる。ぼくは客席にいて、久しぶりに、声をあげて泣きたいほどの感動を受けた。こういうドラマを、全国の人々に見せるなら、どんないい教訓になるだろう。
演劇は、いわゆるお説教という形でなく、作品と演技者とが舞台から、直接大切な、生涯忘れがたい、すばらしい真理を、与えてくれるものである。「泥かぶら」は、そういう意味において、みんなに吹聴したい公演である。 (以下略)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
最近に――と言っても、1年くらい前に、ノートルダム修道女会シスター・ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが講演されたDVDの宣伝文がうちに舞い込んできました。「泥かぶら」 の話を紹介しながらの講話録です。こらがまたすばらしく感銘を受けましたので、ご紹介します。
渡辺さんは、「私たち一人一人は、みんなある意味で泥かぶらだと思うんです」 と言われるんです。
私も、自分は「泥かぶら」だ――と、思いました。
<つづく>
1419
:
伝統第二から
:2018/01/11(木) 16:00:14
《神は公平な存在である》 - 伝統
2018/01/11 (Thu) 04:22:01
*『 生長の家 』(昭和25年1月5日の法語)より
願わくは 神よ、あなたの目を開き、耳を開きて
吾が祈りに心を傾け給え ――
これを十回ばかり繰返して 一心不乱に神に心を集中するのは、
よき祈りであると同時に一種の精神統一法である。
然(しか)し何を 吾々は 如何(いか)に祈るべきか
ということは大切なことなのである。
私はこれを 「 祈りの科学 」 の中に詳しく書いたつもりであるが、
まず第一に知らなければならないのは
神は決して吾々の頼み込みや、泣きつきや、賽銭(さいせん)に
よって動かされ給うような偏頗(へんぱ)な存在ではない
ということである。
→
http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/02290f48d5de56fac7b2be28b7359247
<感謝合掌 平成30年1月11日 頓首再拝>
1420
:
シャンソン
:2018/01/13(土) 11:24:23
あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。
神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。
いったい、父に訓練されない子があるだろうか。
だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、
それこそ、あなたがたは私生子であって、ほんとうの子ではない。
へブル人への手紙大12章7〜8節
1421
:
訂正
:2018/01/14(日) 22:00:50
>へブル人への手紙大12章7〜8節
第12章7〜8節
1422
:
シャンソン
:2018/01/14(日) 22:07:39
信仰と現実、どちらも見すえる
信仰には力があります。なぜなら、信じること自体に力があるからです。
「信じる者は救われる」という言葉は真理です。だからこそ何を信じるのかが問題で、
もしそれが妄想であれば、間違った方向に私達を導いてしまいます。どうしたら真の信仰であるかを
見極めることができるのでしょうか。
私はよく皆さんに「信仰と現実の両輪が必要です」と言います。
もし、あなたが信じていることや、やっていることが現実になっていかないのであれば、それはただの妄想なのです。
時間やお金をかけるに値しません。
1423
:
神の子様
:2018/01/14(日) 23:57:09
>>1403
>>1422
後日、転記を続けます。
1424
:
レモン
:2018/01/19(金) 19:09:04
北海道での大学生活で、南国出身のみつろうのために
何人もの人が、「雪道で転ばない歩き方」を教えてくれた。
でも、みんなそれぞれ、方法が違う。
ある人は、「転ばないためにはつま先から先に雪を下ろす」
ある人は、「秘訣はかかとから下ろすこと」だと言った。
何よりも驚いたことは、「絶対に転ばない秘訣」を持っている北海道の人の全てが、
誰一人例外無く、絶対に雪道で転ぶということだ。
人間は、つまづかないための持論をそれぞれみんな持っていて、
そして、例外なく全員、絶対につまづく。
上手に生きるための方法が、人の数だけ幾通りもあり、みんな絶対に転ぶんだ。
『毎日が幸せだったら、毎日は幸せだと言えるだろうか?』 さとうみつろう著
1425
:
シャンソン
:2018/01/23(火) 11:38:53
谷口雅春先生のメッセージ
http://hikarinoshingun.giri.jp/02-gyouseki/0201gysk-sendou-kouen/03sekai-kouen.htm
1426
:
シャンソン
:2018/01/23(火) 11:45:11
谷口雅宣の噂・評判
https://killy.biz/star/
谷口雅宣
1427
:
神の子様
:2018/01/24(水) 00:16:41
ニーバーの祈り
http://home.interlink.or.jp/~suno/yoshi/poetry/p_niebuhr.htm
1428
:
転載
:2018/01/29(月) 21:44:56
510: うのはな :2013/02/10(日) 21:57:00 ID:vkulhJXI
過去に縛りつけられてはいけない
これから紹介するのは、グレールメールによって知り合った一人の青年の話です。
この青年はトラックの運転手でした。しかし、赤信号で停止中にトコトコと前に出てきた二歳の
男の子に気づかず、前輪で巻き込み死亡させてしまうのです。
意図してやったわけではなくても、法的には過失致死と見なされます。
事故を起こして以来、青年は「あと五分早く出ていたら」「あの場所に止まってさえいなかったら
あんなことにならなかったのに」と悶々と悩み、自己を責め裁くようになります。
私と出会ったのも、まさにそういう時でした。
青年の裁判を担当したのは一人の国選弁護士でした。弁護士はいたく落ち込んだ彼を見かねて、
次のように話しかけました。
「人生では何も悪いことをしていないのに、思いがけない災難に遭うことがある。
〝なぜこうなったのか〟と思い悩めば、心の中に新たな二次災害を引き起こしてしまう。
だから、とにかくいまやることだけに心を集中し、過ぎ去ったことは考えないようにしなさい。
辛い出来事にも深い意味があったと、いつか気づく日が必ず来るはずだから」
荷を積み上げる重労働の現場に配属になった青年は、弁護士のこの言葉に大きな勇気を得、
一つひとつの作業に気持ちを集中しようと心に決めました。
しかし、労働を終えると事故の記憶が甦ってきて、そうなると頭はパニック状態でした。
ある時、弁護士は青年を呼んで自分が辿ってきた歩みについて、しみじみと話し始めました。
それは弁護士がまだ新聞記者をしていた若い頃の話でした。
実はこの弁護士も国道で車を走行中に、真っ暗な中でうずくまっていた老人を撥ね、死亡させた
経験があるというのです。老人のポケットからは「自殺したいが死ねない。轢いてほしい」という
自筆のメモが見つかり、自殺と認定されたものの、弁護士にとっては自分が死んでしまいたいほど
耐え難い苦しみでした。
しかし、心身ともにボロボロの中にあって、一つの思いが込み上げてきたといいます。
「この苦しみには、もしかしたら自分で知り得ない深い意味があるのかもしれない」
この気づきは弁護士の人生を大きく変えました。彼の心に浮かぶのは、事故を起こしたという
自責の念で心の二次災害、三次災害を引き起こし、人生をメチャクチャにしてしまう人たちのことでした。
そいて、自分と同じ悩みで苦しんでいる人たちの救済のために人生のすべてを捧げようと一大決心をするのです。
新聞記者をやめ、猛勉強の末に司法試験に合格。そして今日まで弁護士として人生に傷ついた人たちのために祈り、
救いの手を差し伸べ続けています。それが弁護士が自らに課した使命でした。
この話を聞いた青年の表情には次第に明るさが戻り、グレールメールの内容も変わっていきました。
弁護士との出会いが青年にとっては、かけがえのない「計らわれた出来事」の一つだったことは改めて
言うまでもないでしょう。いまはまだ苦しくとも、彼が自分の置かれた環境に意味を見出してくれることを
信じて疑いません。
キリストの言葉にあるように、私たちは自分でも気づかない計らいの中で生かされています。
辛い過去にいつまでも縛りつけられるのは愚かです。
いまは分からなくても、そこに深い意味があると信じる。
未来は天にお任せするつもりで、いま、この瞬間、やるべきことに精一杯の努力をしていく。
そういう生き方をしていれば、必ず明るい未来がもたらされると私は確信しています。
私たちの人生には、時として理不尽としか言えない災難が降りかかってくることがあります。
自他の非を責め裁いて苦しみ、精神的な病を患う人も少なくありません。
この苦悶を抜け出すには、過去や未来を思わず、いま、ここを精一杯生きることです。
『幸せになるキーワード』 鈴木秀子 著
1429
:
シャンソン
:2018/02/02(金) 00:14:36
追悼 平賀玄米さま
http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7702987
1430
:
転載
:2018/02/09(金) 23:46:57
個人救済から大衆救済 大乗仏教の始まり
人々が抱く禅のイメージとして、「宗教ぽさ」を感じることはあまりないのではないだろうか。
「宗教ぽさ」というのは、
「神に祈りなさい」
「神に祈りが通じれば願いは必ず叶います
(その逆に神に祈らないと不幸が訪れる)」
というようような感じでのものである。
(インチキ宗教ではよくありますね)
禅宗の教義があまり宗教的ではないことの理由として
もともと仏教は宗教ではなかった
であることが大きいと思う。
インド地方の王族の王子であったゴータマ・シッダルタは、家族を捨て、王位を捨てて、修行の旅に出た。
出家である。
なぜそのようなことをしたのか?
煩悩、苦悩や四苦八苦、六道輪廻から脱出するたためである。
*四苦とは生老病死の苦しみ。八苦とは四苦にあと4つの苦を足し たもの
*六道輪廻とは、人は死ねばそれで終わるのではなく、地獄、餓鬼 、畜生、修羅、人間、天上の6つの世界を永遠に巡るという古代 インドの思想。
ゴータマ・シッダルタは、死と隣り合わせの難行苦行を行い、やがて、菩提樹の下で悟りを開く。
解脱したのだ。
あらゆる煩悩、苦悩から脱出をしたゴーダマ・シッダルタは仏陀(悟りを開いた人の称号)として煩悩に悩める人々に、その境地を語り、悟りにいたる道程として、出家と修行を勧めた。
これは宗教ではなく、修行である。
煩悩から解脱するためには、家族も家も捨てなければならない。
これは、これでいいのかもしれないが、多くの人はこの方法で助かることは不可能である。やがて、
「実際に修行して悟ることは難しい。ならばいっそ悟った人を拝むことで、拝んだ人達も助かるということにしたらどうか」
という考え方が登場した。
これが大乗仏教の始まりである。
(多くの衆人を救うことができる仏教の意味。これに対してゴータマ・シッダルタが行っていた形に近いものを小乗仏教と言う場合があるが、これは蔑称である)
大乗仏教の登場で、仏教は宗教になり、多くの人を救うことができる(可能性が)生じ、世界宗教に発展することができたのだ。
禅宗は前の日記でも書いたように、仏陀の教えの言語化できないものを会得する、つまり、「悟り」を目指すのが、その第一目的である。
が、それだけでは、一般の人にはとうていできないし、禅宗は広く民衆には伝わらなかっただろう。
曹洞宗の日本での創始者・道元は徹底した出家主義であった。
それもそのはず、釈迦から始まり28代の達磨を経て、そして道元の師匠である天童如浄まで正しく受け継いだ「釈迦の教え」を、道元は悟ることによって正当に「受け継いだ」のである。
道元の教えは、
出家して修行して(座禅をして)悟ること
これのみである。
しかし、このような教えは、広く大衆に浸透するはずもない。
(今であれば、仕事を辞めて出家するなどというのは、普通の人には不可能なことであろう)
道元の曹洞宗は、時の権勢に結びついた同じ禅宗の臨済宗や、比叡山勢力から攻撃を受けた。
やがて道元の曹洞宗は滅びかける。
だが、永平寺は現在にも残り、多くの人々が参拝、参禅している。
そして曹洞宗は日本一の門下数を誇っている。
一体何が起こったのであろうか?
この疑問に答える前に、話は少し戻って、大乗仏教について。
究極の大乗仏教ともよべる、ある意味既存の宗教の極限ともいえる
宗派が日本にあったのである。
それは、浄土宗とそれに連なる浄土真宗、時宗である。
(つづく)
1431
:
レモン
:2018/02/12(月) 15:50:29
「真理」とは私たちが断定を行なうさいに名称を正しく並べることである。
故にこのことを知るならば、正確な「真理」を探究する者は自分の用いるすべての名称が
何を表わすかを記憶し、それに従って正しく配置しなければならない。もしさもないと鳥もちにかかった鳥同様、
ことばのわなに巻き込まれてしまい、もがけばまがくほどことばにとらえられる。(中略)
したがって言語(スピーチ)の最初の効用は、名称の正しい定義にある。それこそが学問(サイエンス)の獲得である。
名称についての誤った定義と無定義とに、ことばの最初の誤用があり、そこからすべての虚偽、あるいは無意味な教説が生じる。
(『リヴァイアサンI』ホッブズ著 (永井道雄、上田邦義訳)
1432
:
トンチンカン信徒
:2018/02/12(月) 18:11:51
>>1430
何かの、文章の、抜け書きだね。
半端な、内容だね。
1433
:
トンチンカン信徒
:2018/02/12(月) 22:20:43
>>1432
カルト宗派の文章に、似た、文言を、良くみかけるよ♪
ネットとかでもね♪
1434
:
転載
:2018/02/13(火) 22:20:01
顕斎の時は今 谷口雅春先生
http://blog.livedoor.jp/con5151-5151/archives/13387763.html
1435
:
転載
:2018/02/16(金) 22:41:52
横田夫婦の石碑 吉水神社
https://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/65287562.html
1436
:
レモン
:2018/02/19(月) 13:41:27
幸せを決めつけないこと。
目標は大切。夢を叶えることもいい。
でもその道からはずれてしまったとき
不幸かと言えばそうじゃない。
登る途中にみえた新たな景色に
幸せをみつけるかもしれないよ。
いつか来る悲しみに
おびえている暇はない。
せっかくの今。
かみさまにお願いするなら「幸せの方向に導いてください」。
成功がなにかを決めつけてお願いするのはもったいない。
なにが幸せにつながるのかなんてわからないから。
『優しい人には優しい出来事がありますように』 もくもくちゃん 著
1437
:
シャンソン
:2018/02/21(水) 17:49:45
真実や事実を大切にし、支援する人たち
ダライ・ラマ
チベット問題について私見を申しあげますと、このチベット問題は、単なる政治的な問題に
留まるものではなく、古代から続いてきた世界のなかの一つの大きな伝統文化が保護されず、消滅の危機に
晒されているという問題です。
仏教にかぎっていえば、明らかに、私たちチベット人が千年以上も継承してきた伝統は、現存する仏教のもっとも
完全な形を保つものです。われわれチベット人は、皆さま日本の方々よりも、はるかに詳しく広大な仏教に関する知識を
伝統として継承してきた、と申しあげることも可能です。
このようなことからも、今回、日本の国会議員の皆さまが、チベット支援のための議員連盟を設立してくださったことに、
深く感謝申しあげます。チベット問題は単なる政治問題にとどまりません。現代社会にも有益な、人類が古代から継承してきた知的遺産に
関する問題でもありません。人類の文化、宗教遺産を保護する意味できわめて世界的な課題となるのです。この局面で、破壊は許されざることです。
保護する責任は、中国政府にもあります。
また、政治的問題について、再度確認しておきたいことがあります。私たちは独立を訴えているわけではありません。過去の歴史は別とし、私たちは前向きに考え、
共存共生を望んでいます。私たちチベット人は「中華人民共和国」という枠組みのなかに留まろうとしています。それは私たち自身にとって、経済的な恩恵を受けることでもあります。
私たちは、中国の指導部が私たちチベット人に、チベット固有の文化・言語・そして特にチベットの環境保存のために必要な自由と権利を与えるべきだと考えています。
そして、それは必ず双方に利益をもたらすでしょう。
いまも中国政府は「ダライ・ラマは分裂主義者である」と論難していますが、国会議員の皆さまが彼らと会う機会があるのならば「ダライ・ラマ自身がはっきりと自分で独立を望んでいないといっている」と
おっしゃっていただきたいと思います。皆さまがチベットを支援してくださいますのは大変ありがたく、感謝申しあげます。
最後になりますが、いつも支援者の方々に申しあげているとおり、皆さまが支援しているのは単に「チベット」ではありません。
皆さまは「真実や事実を大切にし、支援する人たち」です。私たちは、この活動を「非暴力」という手段を通じて全うすることに全力を捧げています。皆さまは「非暴力主義」を支持・支援してくださっているのです。
このことについては私は六〇〇万人のチベット人を代表し、同時に、いまも世界各地で不正義な制度によって苦しんでいるすべての人びとを代表し、心から御礼申しあげます。
『チベット自由への闘い』 櫻井よしこ 著
1438
:
靈界光明化版
:2018/03/05(月) 13:10:02
554: うのはな :2013/05/27(月) 10:28:53 ID:BBIBg7eY
神から人へ
神から人。
神から人へ、教え下ろして、人に広げて、さらに後の世、次の世代へ、
継がれ残され、伝わるように、人は考え、行動せよ。
神の教えは絶対なれば、この世が変わり、時移り、世代が代わりて、変遷せども、
神のことばは受け継がれ、一部の人間、書物の内に、必ず残され、語り継がれん。
なれば、残せよ、心配せずに。
案じ憂えて、何もせず、時の来るのを恐れるのみの、偽の宗教、世にはびこらん。
なれど惑うな、だまさるるな。嘘の教えはいつか滅びん。
滅び忘られ、跡なく消えん。
真の教えを残してゆけよ。後に生まれる子孫のために。後の世作る子らのため。
教えは絶対、普遍なれば、時の移ろい、時代の変化、科学の進歩も発展も、
教えを変えることのなければ、人は信じて行うべし。
後略
『神から人へ』下巻 ひふみともこ 記 今日の話題社
555: a hope :2013/05/27(月) 10:55:12 ID:edEDolt2
My Dear うのはなさま!
>>554
またまた、タイムリーな書き込み、ありがとうございます。
うのはなさまは、真のシャーマンですね!
そして、わたしの守護神?
<<神から人へ、教え下ろして、人に広げて、さらに後の世、次の世代へ、
継がれ残され、伝わるように、人は考え、行動せよ。>>
ここの部分が、『真理を伝える方便』に当たる部分なのだと思います。
それにしても、短い言葉の中に、不朽の真理をうたった素晴らしい詩ですね!!
これから、手帳に謹写してから仕事に行きます。
感謝 合掌。
1439
:
神の子様
:2018/03/05(月) 21:21:28
志恩様に申し上げます。 (17989)
日時:2017年08月04日 (金) 22時43分
名前:鳥唐宇崎
>>>一青年であろうが、老人であろうが、
それを取り上げたことで、また、反論を載せたことで
個人批判だとか、ゲスの勘ぐりだとか、神の子はどこへ、
などと書く人はそれこそ、生長の家とは、
かけ離れた自由の発言もできない、
お気の毒な閉鎖的な考えの方々だと思います。<<<
志恩様・・・
論点を勘違いされていませんか?
それとも分かっていても敢えて話を反らしておみえですか?
日野君の主張や行為に対して、
批判したり反論する事がダメだなどと誰も言っていません。
日野君の論争に加わっていない、親や兄弟の事を、
実名まで挙げてあれこれ詮索したり、
他の掲示板からそのような内容の記事を抽出して、
張り付けて拡散しようとする行為、
これに対して疑念と憤りを抱いているのです。
>>>ご自分の自由意志で実名で参加した人のことを
ハンドルネームで書いた人が批判をしたら、
アンフェアーだという考え方は、道理が通りません。>>>
・・・・・・
志恩様の仰る「道理」とは???
志恩様・・お尋ね致します。
もし仮に・・・のお話で恐縮ですが。
志恩様の弟様が自分の実名を使って
インターネッなどで言論をしていたと致しましょう。
弟様の主張に対して、反論したり非難したりすることは
当然許されます。
それは実名であっても、ペンネームであっても同じです。
(こんなことあたり前のことです)
ここで・・・
志恩様の弟様の言論やそれに付随する行為にに対し、
強い反感をを持つ人がいたとします。
その方が、弟様の両親の実名や職業を調べネット上で拡散し、
兄である志恩様の情報もネットで晒し、
父親はどういう仕事をしているとか・・・
兄弟は・・・どういう人間なのか・・・
このような憶測や噂話の領域の情報をネット上で
拡散されたと致します。
このような場合、
志恩様は、「道理に叶っているから当然のこと」
と思われるのでしょうか?
・・・・・
鳥唐宇崎(ペンネームです)の感想・・・
「道理」という言葉が重みを無くしてしまうような気がします。
1440
:
シャンソン
:2018/03/06(火) 09:34:12
>>1439
うわあぁ~ なにこれ?
鈍感志恩さんが、またなんかゴタゴタを起こしてるの?
どこの転載記事か知らないけど、この非武装掲示板はバトルをや議論の場所じゃないし、
汚い人間の話は、べつの版でやるようにお願いします。
1441
:
シャンソン
:2018/03/06(火) 09:42:43
志恩様に申し上げます。 (17989)
日時:2017年08月04日 (金) 22時43分
なんだ、去年の過去記事でしたか。びっくりした。
日野君にどう指導接したらいいのでしょうかとか
みなさん、どう思いますかとか、
他で何を見当違いしてるんだってかんじですね。
まるで最初から入学許可のない子供の親が、
入学式になにを着ていけばいいでしょうかって聞いてるみたい。
1442
:
転載
:2018/03/09(金) 05:16:19
神は愛なり③ - 伝統
2018/01/07 (Sun) 03:53:28
《神は無限の愛であり給う》
*「光明法語」(1月7日)より
吾らは決して神の護りからのがれることは出来ない。
神の無限の智慧からのがれることは出来ない。
また神の無限の愛からのがれることは出来ないのである。
神は吾々神の子に対して与えとうて与えとうて仕方がないのである。
吾々は神の無限の供給からのがれることは出来ないのである。
神はわが親であり、わが供給であり給う。
神は決して人間の貧しきことを欲したまわないのである。
神は決して人間の不健康を欲し給わないのである。
神は無限に完全なる生命を吾らに与え給うて、
吾等の全身を健全ならしめ給うのである。
・・・
<関連Web>
(1)伝統板・第二「神は愛なり①」
→
http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6704251
(2)伝統板・第二「神は愛なり②」
→
http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7079818
<感謝合掌 平成30年1月7日 頓首再拝>
1443
:
ブッダ
:2018/03/09(金) 10:24:46
一本のろうそくから
何千本ものろうそくに
火をつけることができる
それで最初のろうそくの
寿命が短くなることはない。
幸福は、分かち合うことで
決して減らない。
1444
:
レモン
:2018/03/09(金) 21:28:55
● ランプの灯を灯し続けるには、たえず油を注がねばならない。(マザー・テレサ)
国や民族の壁を越え、弱者救済に尽くしたマザー・テレサ。この言葉は、
ある孤独な老人を訪ねたときのものだ。老人の部屋でテレサはホコリまみれの美しいランプを
見つけた。「どうしてこれをつけないの?」「誰も会いに来ないので必要ない」、
「シスターたちが訪ねたらつける?」「人の声が聞こえたらつけるよ」。
その後、老人からテレサに伝言があった。
「あなたのつけてくれたランプは今でも燃え続けています」と。
テレサは「こういう人たちと私たちは知り合わねばならない」という。
求められているのは手をさしのべてくれる他人、愛してくれる心。
「物ではない。お金以外のものをあげて欲しいのです」ともいう。
『人生を動かす賢者の名言』 池田書店
1445
:
シャンソン
:2018/03/10(土) 15:34:07
ホピ族の少女の言葉
https://www.youtube.com/watch?v=i7SEwoR3Bhg
1446
:
神の子様
:2018/03/15(木) 20:04:09
7620 :縄文人 :2018/03/15(木) 17:59:50 ID:eQlzc37c
いいものみつけた、虹色アーチ、古事記と現代の預言/谷口雅春・著
2018/3/15 17:32:33
→ラジオ配信中! - 虹色アーチラジオ:
https://twitcasting.tv/c:nijiiroarch
1447
:
レモン
:2018/03/17(土) 15:09:49
伝道の書 第三章 『旧約聖書』
天が下のすべて事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生まるるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、いやすに時があり、
こわすに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、
抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
捜すに時があり、失うに時があり、
保つに時があり、捨てるに時があり、
裂くに時があり、縫うに時があり、
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに時があり、憎むに時があり、
戦うに時があり、和らぐに時がある。
働く者はその労することにより、なんの益を得るか。
わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを始めから終わりまで見きわめることはできない。
1448
:
神の子様
:2018/03/17(土) 16:03:02
本当に 主は 生きておられます
そして 光へ光へと導いてくださっている
光への希望があれば・・・
心を開いて光の温もりを分かち合おうとすれば・・・
人が繋がっていく 愛が連鎖していく 感謝で心が満たされていく
「私の名によって ふたり さんにん 集まるところに私はいる」
「この地で繋がれるものは 天でも繋がれるであろう」(聖書より)
1449
:
星野富弘さんの詩
:2018/03/17(土) 16:07:58
山へいこう
そして あなたの造られた風景を見よう
花のまわりに 囲いがあるだろうか
崖の上に柵があるだろうか
小さな心にさえ囲いを作っている私
1450
:
シャンソン
:2018/03/18(日) 21:52:14
食事をすると、肉体はそれを血液、骨格、骨髄に変える。食事をすると、肉体はそれを意識、思考に変える。奇跡が毎瞬起こっている。各細胞、何百万もの細胞がほとんど不可能に見えるほど組織的に、正確に、内部の秩序に従って機能する。ひとつの肉体のなかに7百万もの細胞がある。7百万の魂だ。それぞれの細胞にはそれぞれの魂がある。それらは、ひじょうに整った統率、リズム、そしてハーモニーのうちに機能する。同じ細胞が目になり、同じ細胞が皮膚になり、同じ細胞が肝臓になり、心臓、骨髄、心、脳になる。そして、それらはいかにして動き、ひじょうに精妙に静かに働く。肉体のなかに神が表出する。あなたは内側に入る必要がある。あなたはまだこの寺院で自分自身と対面していない。神を遠い空のかなたに探し求めてはならない。自らの肉体のなかに探すがいい。
出典
私の肉体は私の友人だ | OSHO | Meditation - Mindfulness and the Science of the Inner
1451
:
転載
:2018/03/18(日) 22:05:02
宇宙人たちは、ケンカをすることがありません。おたがいの意思が100%完全に伝わるため、常に相手の立場も考え方も理解できるためです。
宇宙空間を通してほかの星の人たちとも、テレパシーで意思疎通をはかっているのだそうです。
彼らにとって心外なのは、地球人たちが彼らを「攻めてくる」生き物だと考えていることなのだとか。
宇宙では皆が平和に交流するのが常識なのに、地球人はやたらと宇宙人を怖がって恐ろしいもののように扱うのでとても悲しいそうです。
映画や小説に搭乗する宇宙人が攻撃的で恐ろしいものとして登場するのは、先入観に基づく演出だからやめて欲しいと主張しています。
宇宙人にとって、地球を攻撃するメリットなどまったく何もないのに、わざわざ戦争などするはずがない、と。「そもそも、我々には武器というものがない」のだそうです。
宇宙人は怖くないことを地球人には分かって欲しい、と彼は強く願っているとのことでした。
by 水の
1452
:
神の子様
:2018/03/19(月) 13:46:18
「『父と母を敬いなさい。』これは約束を伴う最初の掟です。
『そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる』という約束です。」
(エフェソ6:1-3)
1453
:
転載
:2018/03/19(月) 13:54:31
伊勢神宮の神官、渡会(わたらい)氏の祖先は
乙乃古命(うるのふるのみこと)だそうです。
シュメールの言葉でウルのフルとは、
「ウル(牛)のフル(都)」という意味になります。
この乙乃古命は、但馬から伊勢に移り、
素盞嗚命に従って熊野の到着、志摩半島を周って
伊勢湾沿岸に分布した人々の族長であった
という事ですが、
現代日本での当地の名産、松坂牛はその流れを溯れば、
但馬牛→神戸牛→松坂牛という経緯であるのは、
つまり惟神(かんながら)にそうなっているのでしょうか?
元々シュメール文明には農法もあるので、
牛は食べ物としての、命の糧としてだけではなく、
神聖視する意味があるようです。
バール神と同じ角があるからというだけかもしれませんが。
こちらの方の記事です
(惟神、随神=神の御心のまま人為を加えないこと
神と共に生活するということ)
1454
:
転載
:2018/03/19(月) 13:57:16
>>1453
https://ameblo.jp/yuki8low/entry-11345261022.html
上記 ↑
1455
:
シャンソン
:2018/03/21(水) 15:49:21
谷口雅春先生著 ひかりの語録より 平賀玄米様
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/koumyou2/&mode=res&log=1020
1456
:
転載
:2018/03/21(水) 19:02:15
カネを貸すのは拒んでもいいが、本を貸すのは拒んではいけない。
タルムード (ユダヤ教の聖典)
1457
:
ブログ紹介
:2018/03/22(木) 21:33:27
僧侶でアナウンサー川村妙慶の日替わり法話
http://blog.livedoor.jp/rococo8787/archives/51546745.html
1458
:
ユダヤの名言
:2018/03/22(木) 21:35:42
病んでいる人が病んでいる人のために祈るときは
祈りの力は倍になる
1459
:
神の子様
:2018/03/22(木) 21:42:05
いちばんいけないのは
じぶんなんかだめだと思いこむことだよ
ドラえもん
1460
:
レモン
:2018/03/22(木) 22:50:50
自分自身を愛していなければ、
結局幸せにはなれないのよ。
レディー・ガガ
1461
:
シャンソン
:2018/03/26(月) 13:34:28
人はガンでは死なないのよ
私がさらに「希望」を持つことができた忘れられないエピソードがあります。
抗ガン剤治療を終えた頃のことです。抗ガン剤治療で髪はすべて抜け落ち、体力も落ちたままで、
体を持て余すように生活していました。けれど、抜け落ちた髪の毛一本一本にもありがとうとお礼を言い、今という時を
大切に、それまでになく穏やかに過ごしていました。
抜け落ちた髪の毛に泣きながら「ありがとう」と言っている私を目撃した次男に、「母さん、この特別な状況を楽しまなんよ(楽しまなきゃね)」
と言われたのです。その言葉に私の遺伝子のスイッチがまた音を立てて入ったようでした。
「そうだ、私はこれまで楽しむという選択をしていなかった」そう気付かされました。楽しむことを選択するのも、苦しむことを選択するのも自分。だとしたら、楽しむことを
選択したほうがいいに決まっているじゃない!そう思ったのです。
残り少ない人生を思いっきり楽しむたに次男が用意してくれたのは、カツラでした。ただのカツラではありません。金髪のカツラです!「母さん、おもいっきり楽しんで!」という気持ちが
伝わってきました。そのときから私はただ気分よく過ごし、どんな状況でも楽しむことにしました。
その日は病院に経過を見るための検査に出かけました。次男から買ってもらった金髪のカツラを被っています。その後の経過を見るための検査ということで、さすがに少し緊張しています。
待合室で検査結果を聞くために呼ばれるのを待っていたときです。そばにいた女性が声をかけてきました。「あなた、どこが悪いの?」八十歳くらいのお年でしょうか。気品があり、見とれるほど素敵な方です。
優しい笑顔でそうお尋ねです。素敵な方だなと思いながら、私も負けないほどの笑顔で元気に答えました。
「はい!わたし、ガンです!」その方は、さらに優しい笑顔になり、目を細めながら、「そうなの!良かったわねぇ!」とおっしゃったのです。
まさかそんな答えが返ってくるとは思いません。意外な答えに、さすがに私は笑顔でいられなくなり、真剣な顔でその女性に聞きました。「どうしてですか?」
その方はこう答えられたのです。「人はガンでは死なないのよ、死ぬときは寿命で死ぬの!」
なるほど。確かにそうです。人は寿命が尽きるまで生きるのです。ガンになっても、寿命が来ないことには死ねません。私がこの世にいなくなるとき、寿命が尽きたとき。そう考えたら、なんだか拍子が抜けました。
ガンかどうかは、私の寿命とは関係ないのかもしれません。とても気持ちが楽になりました。その言葉を聞いてから、自分のガンことをあまり気にしなくなりました。その方ともそれっきりそこで別れたのですが、その言葉には何度なく
勇気づけられました。以来、私の話を聞きにいらっしゃる方々にも、このエピソードをたびたびお話させていただいています。
『「ありがとう」100万回の奇跡』 工藤房美(余命一ヵ月と告げられて生還した主婦)
1462
:
転載
:2018/03/28(水) 10:29:39
ガンが消滅していく生き方
http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7632675
1463
:
🌷
:2018/03/28(水) 15:26:01
838: うのはな :2011/08/31(水) 14:20:40 ID:iM0b0bt6
心の浄き者の受くる悦び
“山上の垂訓”のその次の訓えは、「幸いなるかな、心の浄きもの、その人は
神を見ん」であります。谷口清超先生は、その著『基督』の中で、
「幸いなるかな、心清く、我執なく心素直なる人、その人は凡ての人を神の顕現
(あらわれ)として拝むことが出来るであろう」と注釈しておられます。
自分自身が清くならないと、相手に宿る清き神性がわからないのです。
私が全然私心なく人類を光明化する愛の運動のために、“生長の家”をやっておりまし
ても、心が汚くして、その清らかなる動機を見ることができない人は、ある評論家みたいに
、まるで金儲けの企業として生長の家をはじめたように批評しておる。
だけどもこの『生命の實相』や『眞理』の印税でもみな、戦後の遺児・弧児を
輔育している“財団法人生長の家社会事業団”に寄付されている。
私自身の私的収入になるんだったら、『生命の實相』を買って読みなさいというのは、自分の
儲けのために勧めるようで、気が引けて勧めにくいけれども、そうでないから非情に
勧め易いのであります。それでも、まだ、生長の家は金儲けのためんか何かのためにやっている
位に思っている人もある。それは自分の心が清くないから、神をみることが出来ないで、
人の内に宿っている神がわからないのです。
「人を見たら泥坊と思え」というのは、自分が泥坊根性だから、他を泥坊と思うのであります。
心の中に泥坊のない人は、泥坊を見ることができない。
『日常生活の中の真理』 無門関・聖書篇 P281 日本教文社
1464
:
神の子様
:2018/03/28(水) 18:21:32
699: 流氷 :2014/04/28(月) 13:12:05 ID:59t/JsO6
< エル・シャッダイ じゅうぶんすぎる神 > ダニエル・カウフマン
スーフィ教には神を呼ぶすばらしい言葉があります。エル・シャッダイ、「じゅうぶんすぎる神」という意味です。
すすんで受けとる意思のある者に授けられる限りない祝福、みずから愛に満ち、愛を受けとる意思があればうず高く与えられる愛、そして
天使の世界のゆたかな美と、体験する意志があれば生まれるわたしたち自身の地上の楽園の妙なる美ーエル・シャッダイはこれらを表現する、
わたしのお気に入りの用語です。
自己憐憫の苦しくて停滞した瞬間を解放する鍵は、感謝だとずっと感じてきました。
そのようなときわたしは、天使たちと感謝の守護者に人生における無数の祝福を思いださせてくれるように頼みます。
自分には見える目があり、物にさわり絵を描き文章を書く手があり、愛する妻と赤ん坊にキスする口も、人生を楽しむ(そして解決すべき問題を生みだす)頭脳も、
何百万回も自動的にポンプ作用で動く心臓も、愛を感じる能力もあることを思いだすと、とても自己憐憫にふけってなどいられません。
これらの祝福はエル・シャッダイの気前のよさを反映しています。このように恵まれたうえ、手伝ってくれる天使がいて、友だちも空気も水もあり、しかも一九四九年五月四日の
ニューヨークにたまたま誕生したおおぜいの人間に混じって、やはり偶然のごとく生まれたというだけの理由で自由と機会の国に暮らし、こんなにも多くの方法で愛と楽しみと充足を見いだすことができるのですから。
まさに「じゅうぶんすぎる」ほどです。自分を知り、外の世界に認識するのとおなじ美を自分のなかにも見いだす能力をもって生まれたことこそ、すなわち創造主、宇宙原理の無限の愛と慈悲です。
ふたつのものがわたしに畏怖の念をいだかせる。頭上の星と、内なる精神の宇宙。
アルバート・アインシュタイン
『天使の贈りもの』 テリー・イン・テイラー 著
1465
:
🍋
:2018/03/30(金) 12:37:41
「私は神の子である イエス・キリスト」の意味とは?
ヨガナンダ講話集より
http://paramahansa.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-68ba.html
1466
:
神の子様
:2018/03/31(土) 18:05:32
あなたとお釈迦様とインディアンと生命地球
https://ameblo.jp/aoisoradaisuki123/entry-12316778898.html
1467
:
🍋
:2018/04/04(水) 12:47:38
129:ハマナス 2012/01/19(木) 16:19:19ID:u5mC.eb2
『碧巌録解釈』後篇――『碧巌録』終講の辞より
宇宙の真理と云うものは、それを長廣舌を揮って詳密鄭寧に書けば一生涯続けても、
書き終わるを得へく簡単なものではないが、それを百歳の長寿を保って最後の時が来るまで書き続けても書き終わり得るべきものでもない。もう九十三歳の歳を迎えているので
何時、私の霊魂も現世から他界へ移住するよう神から命ぜられるかもわからない。
『碧巌録』の最後の章まで毎月一章づつ書いているのでは、それをとても書き了える
日時まで現世の寿命を保ちえるという保証も自信も私にはないのである。好き機会に終講のチャンスを捉えて諸君とのお別れの挨拶を書いて置くのも老人の智慧であると
思いついてので、読者諸賢に、今まで御愛読下されたそのご愛念に感謝の辞を述べて
置くのが老人の智慧であり、礼儀でもあると思いついたのである。
それで、そのような意味のご挨拶を述べさせて置いて貰った方が、一言の挨拶を
述べないで頓死してしまったような無ざまな死に方をするよりも、行き届いて
生前の御礼を言って置いて、何時他界しても皆さまに挨拶もしないで別れて
行くよりも、此の世に思い残すことがなくなり、もう何も此の世でして置くことは
残っていないと心の肩の荷を卸して、他界へ移転して行く方が思い残すことが
何もない、気楽な気持ちで他界へ移住することが出来ると考えついて、私は今、
この様なあいさつ文を書いているのである。
1468
:
神の子様
:2018/04/08(日) 22:04:58
実相について
https://ja.wikipedia.org/wiki/
実相
1469
:
🌞
:2018/04/08(日) 23:05:08
⁑夢を描け 『生命の實相』第20巻 聖詩篇より⁑
https://www.youtube.com/watch?v=LwK0SbfxFDA
1470
:
🌷
:2018/04/09(月) 15:18:32
「ニライカナイ・ユー」という沖縄の言葉
🌸神と人々と生きとし生けるあらゆる者とが共に敬いあい
生きていける世の中を私たちに賜れ
という祈りの言葉です。
参考『ただの主婦にできたこと』 山田征 著
1471
:
シャンソン
:2018/04/09(月) 16:40:58
パラオ英霊供養 森下ご住職と
https://ameblo.jp/doumyou/entry-12215778614.html
1472
:
シャンソン
:2018/04/09(月) 16:56:00
台湾からの「しあわせ運べるように」
https://www.youtube.com/watch?v=OGnE-5JKF1w
1473
:
トンチンカン信徒
:2018/04/09(月) 17:38:31
♪北斗の拳も、続編には、ナチスも、日本軍も、満州も、出てくる♪
♪千葉周作の北辰一刀流も、北斗の剣だよ♪
1474
:
神の子様
:2018/04/12(木) 21:44:14
仏教は肉食禁止ではありません
https://ameblo.jp/myouenjiblog/entry-12091370095.html
1475
:
🐵
:2018/04/12(木) 21:47:37
今世紀最大の著作権無駄遣い 北斗の拳🍓味
1476
:
🐻
:2018/04/12(木) 21:48:12
https://dic.pixiv.net/a/
北斗の拳イチゴ味
1477
:
🍋
:2018/04/14(土) 14:26:13
伝道に肩書はいらない 神様の眼
https://blogs.yahoo.co.jp/vanon32/19735591.html
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