したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

『「生長の家」の教義について議論する』板

46a hope:2016/04/03(日) 18:29:28 ID:cEpBaIdo

『web「生命の實相」輪読会』 板 >>38の聖典の文章と現生長の家教団の運動方針に関して矛盾に感じること

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1458007749/38

たとえば、スリの技術なんかは、マジシャンになったら人を喜ばせて、非常に役にたつのではないでしょうか?

空き巣が針金一つでカギを開けられるような能力も、鍵屋に就職したりすればとても役に立ちます。

生長の家の「日時計主義」というのは、そういうふうにすべての物事を良い方向に捉えることで、
自分やまわり人々の生活を光明化していくことだとわたしは思っています。

しかし、現教団で新しくスタートされたプロジェクト型組織では、スリや窃盗などの犯罪を犯してしまう人達を排除しながら、
犯罪歴のない善人(?)だけが集まってプロジェクトを組み、「善行」(?)の手本を信徒に示して従わせていくようです。

また雅宣先生の教義内容(FB等の文章)も、総裁先生の判断された「善・悪」の基準に当てはめて、
「善だけを見つめましょう!」とか、「善を表現・実践していきましょう!」みたいなものが多いです。

ですが、それって、本来の「生長の家の教え」ではないですよね?

極端なエコ生活も、ノーミートも、総裁ご夫婦と同じ思想を持った人たちには「善」と判断され実践されるのかもしれません。

ですが、その「善」?がこの世のすべての立場の人たちにとって「善」と判断されることは絶対ありえませんもの。

現在生長の家教団がどんどん衰退している原因が、そこにあるのだということに、雅宣先生は気づかれているのでしょうか?

47「訊」:2016/04/14(木) 16:53:31 ID:ysbAiAAY



● 榎本恵吾先生「常楽への道」 6
https://www.youtube.com/watch?v=leSaAWMST5s&index=11&list=PL0FLc6EbsKIvIIINQ_aIuNITWN1I9ACeF


 本日はこれを(久しぶりに)聴いております。いや、本当に榎本恵吾先生は素晴らしい・・・・・・・今週末など、このご講話を連続拝聴してみようかと思っております。ところでこの、IT技術ってのはありがたいですよね。

 ・・・・・・今は亡き榎本先生の、しかも昭和時代の講話をこうやって、拝聴する事が出来るんですから。





49a hope:2016/05/10(火) 07:07:44 ID:xVBwxesw

かなり以前から白鳩会総裁の谷口純子先生は、「神想観」というお言葉の代わりに「瞑想」という言葉を使われています。

――――――――――――
生長の家白鳩会総裁 FBより
昨日 5:51 ·
今週のことば--
自分では生活を改善したい、こうありたいと願っても、中々思うようにいかないのが現実の生活だ。それは意識して自分の潜在意識を変えようとの努力があまりなされていないからだ。朝の瞑想は、そのような心の習慣を毎日軌道修正するものだから、人生を有意義に楽しく生きたいと思う人には、是非お勧めしたいことである。
   
 普及誌『白鳩』№65、9〜10頁
___________


ですが、「瞑想」という表現では語義が広すぎてかえって人々を混乱させてしてしまいます。


○瞑想(めいそう、英:Meditation)とは、心を静めて神に祈ったり、何かに心を集中させること、心を静めて無心になること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらすことである。この呼称は、単に心身の静寂を取り戻すために行うような比較的日常的なものから、絶対者(神)をありありと体感したり、究極の智慧を得るようなものまで、広い範囲に用いられる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9E%91%E6%83%B3


なぜ、純子先生は「神想観」というお言葉を使われないのでしょうのでしょうか?

50志恩:2016/05/10(火) 16:48:20 ID:6hRUvSRg
a hopeさん

純子さんが「神想観」という生長の家の基本の言葉を書かずに「瞑想」と表現されたのは、
ご夫妻が「神想観」は なさらずに、ほんとうに「瞑想」というものをされておられるからではないかと
私は思っております。

雅宣総裁ご夫妻に、それを追求しますと、
教団の最高位の地位は、手放したくないのでしょうから、「瞑想」とは「神想観」のことですよ、と
答えられる。で、お茶を濁されまして、信徒からの質問の答えは、終わりになると思います。

この掲示板での
過去文を読み直してみますと、総裁の代弁者と思われる数人の方々の発言がありまして、
「神想観は、苦手」、「瞑想は やる」という 総裁代弁者と言われていた
初心者様の書き込みも載っています。
多分、雅宣総裁ご夫婦は、反・生長の家というのが、本心である様な気がいたします。

そして、生長の家の教団組織のトップの座だけは、手放さず、ご自分たちの「理想」である
「ノーミート」「自然との共生」「反 原発」「太陽光発電」などを平和運動と称されて
組織を利用されて、実行されておられるような気がいたしております。これは、単なる推察にすぎないことですが。
__________________________________
トーキングステックボードより

498 :ももんが(雅宣総裁代弁者):2011/11/03(木) 13:32:

とにかく、宗教って、深山幽谷に住み、ひたすら、瞑想や 読書や 農作業などをしながら、
自分自身を見つめ、修行することに、価値が、あると私は、思っています。


雅宣先生のされてる事は、清超先生からの継承で、宗教的に、大変意義深いと思ってます。

____________________________________________________________

686 :初心者:(雅宣総裁の代弁者)2011/11/08(火) 12:56:
訊けさま

神想観が、その方の成功の機縁になったということはありますよね。ただ、それが
神想観でなければならなかったのか、

ほかの 瞑想法 では、その機縁になり得なかったのか、あるいはほかの方法では
機縁になり得なかったのか、そのあたりにまで言及していただければとおもいます。
______________________________________________________


699 :初心者(雅宣総裁の代弁者):2011/11/09(水) 08:52:

志恩様

わたくしは、自分が雅春先生より上だとはいちども発言したことがありません。
わたくしは、人を救うことはできません。救おうとも考えておりません。

真理と救済を切り離す。それがわたくしのやり方です。
真理と救済とを結びつけているかぎり、これはうまくいかない。そのように結論したからであります。


それと、わたくしの「悟り」について言語化せよといっておられますが、それをひと言で
いえば、神へとつづく無限次元の空間が見えたということであります。

しかしそのことはそれほど重要なことではなく、それによって生じた特別な感覚があり、それが
永続的に持続しているということのほうが、よほどわたくしにとりましては重要なこと
であります。

この感覚をお持ちの方ならおわかりでしょう。これがあれば、ほかはなに
もいらない。これはそんな感覚でもありますよね。

それと、神想観でありますが、
わたくしは、人類が 宗教を必要としたことも含めて、
神想観をなさなければならなくなった事態も、人類の失敗であると考えます。
失敗の結果が 宗教であり、神想観なのですよ。

右脳意識状態というのがおわかりですか?完全ともいえる宇宙との一体感。これが
右脳意識であります。必要とあらば、神との一体感と置き換えることも可能でありま
しょう。この一体感は、圧倒的な感情として体験されます。

これが人類のほんらいあるべき姿ではないでしょうか。ことさらに神想観という方法によらずとも、宇宙との
一体感が当たり前のごとく感じられる。

これがほんらいのあるべき姿なのではない
ですか。それができなくなったために、人類は、神や宇宙との一体感を得るために、
瞑想や神想観という方法にたよらざるを得なくなったのではないですか。
ちがいますか。

あるがままの宇宙との一体感。それがあれば、宗教も神想観も、人類は必要とする
ことがなかったでありましょう。

左脳意識の発達により、あるがままの宇宙との
一体感が崩壊し、それをおぎなう手段として、宗教や神想観という手段が編み出さ
れたのではありませんか。もしそうであれば、宗教も、そして神想観も、人類の
失敗をおぎなう手段であるということになるような気がいたします。
                                        続く

51志恩:2016/05/10(火) 16:58:08 ID:6hRUvSRg
トーキングステックボード
2484 :志恩:2013/12/21(土) 05:15:
調べましたらば、

八ヶ岳の標高1200m以上の地域が、瞑想するには、日本では、最も適切な地でありまして、
フリーエネルギーに興味があられるようなスピリチュアリスト達が
集合されている土地らしいです。
総裁邸の 大泉とか、森のオフィスが 建っている地域が そうなのだそうです。

>>八ヶ岳は、4つの山の岩石が「酸性」で、残りの4つの山の岩石が「アルカリ性」となっています。
この8つの山の砂が混じると「中性」になり、大変エネルギーの高い磁場が周囲に出来上がります。

この中性エネルギーこそが、いわゆるフリーエネルギーの原点であり、
八ヶ岳という山は、巨大なフリーエネルギー発生装置となって周囲に特殊な磁場を形成させているのです。<<

富士山よりどこよりも、八ヶ岳南麓が、日本ではピンポイントで、フリーエネルギーを発生している場所なのだそうですから、
そこを選んで 移転先にされたのではないかと推測されています。

湧き水も多く、ハイソサエティな場所でもあり、富裕層が、多く移り住んでいる場所でもあり、
特に 瞑想には、最も ふさわしい場所なのだそうです。

52志恩:2016/05/10(火) 17:08:49 ID:SyLM2JDI
◯ 瞑想=ドリーミング(シャーマン言語で、瞑想のことを言う)

本流対策室/2 板

628 :初心者(雅宣総裁の代弁者):2012/04/08(日) 10:04:
トキ様

トキ様のいわれるように、宇宙のインフレーションは、ビッグバン以前にすでにあったという説があるようです。
こちらのほうのインフレーションはケタ違いのスケールで、一瞬にしてわたしたちが住む宇宙よりもはるかに大きな宇宙が誕生したという話です。

この宇宙は一瞬にして膨張しただけでなく、無数の、というよりも無限といっていい数の宇宙を生み出したと言います。
その中の一つが、わたしたちが住む宇宙です。

それぞれの宇宙では、物理定数が異なっているだけでなく、物理法則さえもが異なっていると考えられているようです。
わたしたちが住む宇宙は、物理定数や物理法則が、生命が誕生するのにちょうどよい値であったということです。

本物の宇宙は、いったいどこにあるのでしょう。
それはどのような姿形をしているのでしょう。

以前こちらで書いたことがありますが、

北米インディアンやオーストラリアの原住民たちのあいだで語られているという

 ドリーミングや ドリームタイム こそが 本物の宇宙なのではないかと わたくしは 想像しております。

53志恩:2016/05/11(水) 05:35:52 ID:6hRUvSRg
>>かなり以前から白鳩会総裁の谷口純子先生は、「神想観」というお言葉の代わりに
「瞑想」という言葉を使われています。<<
普及誌『白鳩』でも、純子さんが、「神想観」と書かずに「瞑想」と書かれているということは、

総裁ご夫妻は、「神想観」という言葉を、生長の家から消し去り、それと入れ替えに「瞑想」という言葉に、
書き換えてしまおうとする意図があるのかもしれません。

54志恩:2016/05/11(水) 05:38:04 ID:6hRUvSRg
恐ろしいことです。

55志恩:2016/05/11(水) 05:52:23 ID:6hRUvSRg
「本流対策室/4」より
158 :元本部職員のひとり:2012/10/07(日) 06:48:

とにかく左翼思想の雅宣さんを総裁の地位につけてしまったということが、
そもそも大間違いだったということです !

ご自分の副総裁の権限が無くなった事への不満で、平成11年3月末日「生長の家」を
たった一枚のFAXで、それも2千万もの退職金をもらい自主退職されているのです!

http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&amp;mode=res&amp;log=884

再度復帰したときの条件が自分の意見が通るように条件を出しての復帰劇ですので、
そこから全ての間違いが生じてきているのです。

又下記の一連の出来事を考えて見ても、大間違いだったということが解ると思います。

http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&amp;mode=res&amp;log=236

訂正箇所あり、最後(元本部職員のひとり)の書き込みの

総裁室で倒れとありますが・・・これは参議室です。

※私の居た頃は参議室は無かったものですから、勘違いして書き込みし訂正しようとしましたが、
 本流掲示板閉鎖のため出来なくなってしまいました。


そして、最大の汚点は祖父である雅春先生に嫌悪感を抱いていたということです。

追放劇のはじまりは、嫌悪感を醸成させた周りの者達が原因だったとか、
あきれた理由にあいた口がふさがりませんが・・・

このような我がままを赦し、独裁者にしてしまったのも、
周りの者達が保身に走ってしまっった事が大きいように思います。

人事権も総裁が握り、捨て身で、反論した者は即左遷させられたり退職に追いやられていますので、
それを避けるために保身の茶坊主と化してしまったのでしょうが・・・

雅春先生に救われていながら中心帰一を左翼思想の総裁にしなければならないとは、
情けない話ではありますが、これが今の生長の家の実態なのですから致し方ありません。

一日も早くひとりひとりが真実に目覚め、
本来の生長の家に戻すべき運動を展開して欲しいと願わずにはいられません・・・

そして一番の円満解決の道はただ一つ、

雅宣総裁は将来の息子さん達の為にも、潔く退任し生長の家の宗教を弟様に譲り、
ご自分の好きな環境推進事業を最大限に切り開かれて独立されることです。

きっと、今の本部職員の中にも雅宣氏の事業家としての手腕を高く買い
そのまま就いて来てくれる者も多く居ると思います。

どうか、そのように森のオフィスにて新天新地を開拓なされますように、
と願わずにはいられません・・・

合掌

56志恩:2016/05/11(水) 05:59:15 ID:6hRUvSRg
続き
232 :トキ:2012/10/12(金) 17:41:

 昨日、他教区の講習会に参加した人から電話がありました。その報告です。

*講習会は「初めて生長の家の話を聞く人もいるだろうから」と、
午前中は生長の家の真理の概略、午後は環境や原子力発電の話でした。

ただ、参加者の大半は何回も参加した人なので、率直に言って、
同じ話を何回も聞かされる、という印象がありました。
やはり、その点は改善をしてほしい、と思う。

*講話の途中で、総裁が「もう60歳を越したので」という調子で、もう疲れた、
という事を漏らされていた。

なんだか、もう引退をしたい、というような感じだった。

たぶん、数字が落ちたり、批判を気にしているのだと思う。
しかし、今の時代では、60歳など若いほうなんだから、元気を出して欲しいと思う。

*講話では良い事を言われたが、
宮澤先生との裁判や、森のオフィスでの環境破壊などを見ていると、どうしてもシラケて 
 しまう。

*谷口雅春先生の講習会は、真理の研鑽という意味合いが強かった。
しかし、今の講習会は、イベントという色合いが強い
 と感じる。


・・・・という事でした。以上、ご参考まで。

57自然共生◇日本国実相顕現:2016/05/11(水) 06:52:09 ID:GF02f3gE

これをちゃんと読むと、雅宣先生は副総裁はやめずに、教団職員を辞めた、ということになりますね。

http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&amp;mode=res&amp;log=2379

正当な行動だと思いますよ???

58神の子さん:2016/05/11(水) 07:39:13 ID:3EOSIdBQ



会社で言えば、会社員を辞めたけれども、

副社長は辞めなかったということですね。

59志恩:2016/05/11(水) 07:49:08 ID:6hRUvSRg
私は、教団組織のことは、わからないのですが、
雅宣さんは、辞表は出したけれど、その時の辞表とは、教団職員を やめるための辞表であった。
で、副総裁は、やめたわけではない、副総裁という役職は、やめずに、継続していたのだ、、ということですよね。
なぜかというと、副総裁は、職員でなくてもやれる役職だったからだというわけですよね。

平成8年の変化によりと、辞表にありますが、平成8年ですと、今から20年前のことになります、変化があったのは。

以前に、雅宣総裁の代弁者・初心者さんが、「私は、20年前に
生長の家の組織から抜けたとか、生長の家はやめたのだ,,」と、何度も、おっしゃってましたが、
それは、こういう意味だったのかしら。

それで、元本部職員さんの一人が、雅宣さんが、雅春先生に対して、激しい憎しみを持っていたことが問題だったと
書かれていますが、それは、本当のことですか?

以前どこかで、雅宣さんがコロンビア大学在学中に、雅春先生の考え方を批判した手紙を、九州に転居されていた
雅春先生宛に出されたことがあり、雅春先生が、その手紙を読まれて、つまり、左翼化した内容の手紙だったようでしたから、
すごく雅春先生は、嘆き悲しみ、もう、僕の前で、雅宣の名前は、言わないでほしいというほど、悲しまれたということを
どなたかが、書かれたのを、読んだことがあります。

で、雅宣さんも、そういうお爺様の、その後の、ご自分を避けるような気配を感じたこともあり、憎しみを感じるようになられたのでしょうか?
憶測でしか、ありませんけれど。
それで、雅春先生が創設された昔の生長の家の教えに対して、反 生長の家になられたのですか?
_____________________________________________________________________________________

>>前略
平成8年9月の変化により、副総裁が持っていた権限は大幅に縮小され、宗教上でない法人の事務(“俗”の領域)ばかりでなく
宗教上の諸事項に関する(“聖”の領域の)理事会の決定事項にも、
ほとんど(総裁の委任がないい限り)関与することができなくなったわけです。誤解のないために言っておきますが、
副総裁ばかりではなく、生長の家総裁の権限も大幅に縮小されたのが、この改正です。

この大幅改正の後に、制度的に変わったと言えることが2点あります。一つは、平成10年1月17日から、
生長の家教規10条の規定にもとづき、総裁先生の発意により、中央五者会の決定事項の「承認」の職務が副総裁に委任されたことで、もう一つは、同月28日に生長の家教規第21条が改正され
「理事会には、総裁及び副総裁が出席して助言を行うことができる」ようになったこと(それまで1年以上も、制度的には総裁も副総裁も 理事会に出席出来なかった! )です。略<<

60自然共生◇日本国実相顕現:2016/05/11(水) 09:21:30 ID:GF02f3gE
>>59

あれ?この文章では、雅宣先生は松下理事の件は書いてあるけれど、雅春先生のことは書いていないよ??

松下理事・・・・ のちの生長の家社会事業団理事長・・・・・

雅宣先生を異常に敵視した男・・・・・・

61a hope:2016/05/11(水) 09:26:25 ID:xVBwxesw

>>50志恩さま

<<純子さんが「神想観」という生長の家の基本の言葉を書かずに「瞑想」と表現されたのは、ご夫妻が「神想観」は なさらずに、ほんとうに「瞑想」というものをされておられるからではないかと私は思っております。
雅宣総裁ご夫妻に、それを追求しますと、教団の最高位の地位は、手放したくないのでしょうから、「瞑想」とは「神想観」のことですよ、と答えられる。
で、お茶を濁されまして、信徒からの質問の答えは、終わりになると思います。>>

率直なご意見をありがとうございます。
わたしも、正直に言えば、志恩さまと同じようなことを感じています。

これまでわたしが拝見してきた雅宣先生や純子先生の教義内容は、本来の生長の家の教えとは全く別物になってしまっていますものね。
(というか、メチャクチャ・・・(;'∀’))

お二人が本当に、雅春先生の「神想観」を毎日実修しておられれば、そして「生命の實相」のとおりに人類光明化運動をしてくださっていれば、
「生長の家」が分裂することもなかったでしょうし、教団がこんなにも衰退することもなかったでしょうし、
「生長の家」の職員が病んだり、自殺されたり、殺人がおきたり・・・そのようなことも起きなかったと思います。

瞑想に関しては、わたしは曹洞宗の寺での坐禅や、気功のイメージトレーニング、また出産時のときのソフロロジー呼吸法など、いくつかの種類の瞑想の経験があります。

どれもそれなりに効果があったのですが、「生長の家」の神想観ほど、衝撃的に効果があったものはありませんでした。

それに聖典「生命の實相」の教義内容は完璧で、本気で人類の宝だと思っています。

それをあろうことか、現「生長の家」の総裁と副総裁がないがしろにされているこの現実は、
きっと何か意味のあることだとは思っていますが、わたしには本当に残念に感じられてしかたありません。

70トキ ◆NeaLgIQX3w:2016/05/19(木) 20:31:09 ID:LhGG7Ads
 生長の家という宗教団体は、結構、世間からは評判の良い団体だったみたいです。
と、いうのは、信徒ではない人から、結構、お褒めの言葉を頂戴する事が多かったからです。

 卑近な例ですが、私が旅行に行った時に、偶然、隣に座った高齢の方に話しかけたら、最初は
部愛想な反応でしたが、私が生長の家の信徒である、と知った瞬間に一変して好意的な反応をし
めされたことがありました。また、見舞いに行った病院の医師が、生長の家に対してかなり高い
評価をしていたことも経験をしています。

 この原因を考えると、多くの信徒さんの地道な努力の結果だと思います。

 また、教えを実践した結果だとも思います。

現在、教団がこういう状態ですが、信徒は、自分が「生命の実相」を真面目に拝読し、行をする、と
いう基本を大事にすることかと感じます。

71神の子さん:2016/05/21(土) 20:53:57 ID:35RUNmVQ
生命は現象を超えているものであるから、今の心が現象に執住して現象を超えられていなければ、今、その生命は生命ではない。

影法師であり、生命に裏付けされていない。生命から遠く離れている現象である。

現象を超えて十字の中心に帰命しなければならない。この光が神想観である。その時、その生命は神の子の端的である。

72トンチンカン:2016/05/21(土) 21:16:40 ID:bOha849M
>>71

これって、何やら 「マサノブ爺さん」の <短文説教> とそっくりな「説教」?!

73神の子さん:2016/05/21(土) 22:43:37 ID:35RUNmVQ
善惡にひっかかり、善悪に転ぜられている心は神から来た心ではない。神の無であり、空しい心であって、何の益もない。

だから、如何なる理由があろうとも、現象にひっかかり、現象に転ぜられていることは、その心自身が迷いであって、意義がない。

惡にひっかかり、悪に転ぜられていることは、そのこと自信その心自身が悪であって、決して善ではない。

74神の子さん:2016/05/22(日) 19:01:02 ID:ZSL7hdbY
>>59
 私は、雅春先生が,総裁先生でいらしたふるき佳き時代、本部に職員として8年間奉職していた人間ですから、雅春先生「いのち」の人間なんですけれど、同じ掲示板仲間の
 初心者さまが、いかに、今後の生長の家を真剣に考えておられたかを,皆様に知っていただいて、今後の生長の家にとっての、よき判断材料にしていただけたらという願いをもって、ここで申し上げました。
 ですから、初心者さまを、おちょくられた言い方をされるのは、私の本意ではありません。もしも,別人だとしたら、世界にふたりといないそっくりさんです。そのときは、ひれ伏してお詫びします。

75志恩:2016/05/22(日) 20:31:48 ID:6hRUvSRg
 >>初心者さまが、いかに、今後の生長の家を真剣に考えておられたかを,皆様に知っていただいて、
今後の生長の家にとっての、よき判断材料にしていただけたらという願いをもって、ここで申し上げました。<<

これは、今から3年前の2013年に本流掲示板へ投稿させていただいた志恩の文です。
森の中のオフィスに移転する前の頃の、掲示板上での出来事でした。

あの頃、初心者さまは、救済を封印して、真理の探究の道を行くということを、そして、
縄文時代の行き方を、目指したいとも、おっしゃっておられました。

総裁の代弁者として。

そして、その後、森の中のオフィスに国際本部が移転し、現在の状況になっております。
実際の、選択された結果が、「吉」と出ているのか、「凶」と出ているのか....

難しいところに差し掛かっておられるようにお見受けします。

76志恩:2016/05/22(日) 20:34:08 ID:6hRUvSRg
行き方じゃなくて、生き方ですね。

78志恩:2016/05/22(日) 20:55:58 ID:6hRUvSRg
初心者さんは、雅宣総裁の代わりに、以前、雅宣総裁の気持ちやお考えを、
随分と、書かれていた時期があるのです。ですから、裏をとるも何も、
総裁の気持ちや、お考えを、代わりに、言っている人だということで、
総裁の代弁者と、申し上げているのです。それは過去文をご覧になれば、一目瞭然のことです。

80トキ:2016/05/23(月) 05:08:47 ID:rzfu0.7g
>>79

 言葉遣いがすごく荒いです。
それに、シャンソンさんは、こちらへ投稿をされない約束だったと思います。

86神の子さん:2016/05/23(月) 19:08:38 ID:35RUNmVQ

何人もこの世界に於いて自分の心の中に無き姿を見ることはできないのである。

すべて我々が物を見るという場合には、外界にあるある波動と同一の波動を自分の心の中に起こすことによってのみそれを見ることが出来るのである。

吾々は必ずしも外界にあるその通りの姿を見るのではないのである。

外界から受けたところの波動又はショックを契機として、自分の心の中に起こしたところの波動を見るのである。・・・

吾々が外界にあると感じ見る所のすべてのものは、すべて自分の内界にあるのだといわなければならないのである。だから、他の人が悪いと見えるのは、自分の中にそれと同じ惡が有ってそれを見ているのだということになるのである。

これを称して「環境はわが心の影」というのである。

87神の子さん:2016/05/23(月) 20:58:36 ID:35RUNmVQ
みんなが煩悩をなくそう、こう思う、それは病です。そんなことを言ったら修行になりますか? 

一般的に。そう言うことをみんな忘れている。煩悩らしいものをなくすということが修行になると思うておる。みんな小乗仏教の人の解釈です。

自分という自己を認めておいて、そしてその自己の気に入ったような取り扱いをして、自分の気に入る作りごとを盛んにやる。それが、修行だと思っている。

それが世間一般の修行です。そんなもの千万年やつたって解脱することはできない。そういうことが一般に分からんです。

90神の子さん:2016/05/25(水) 17:34:06 ID:35RUNmVQ
肉体人間が、迷いの心が、信ずべきものをまず信じ、その心の力によって、神の生命に抱かれるのであると考え、

或は又、その信の力によって、救われた状態を此処に実現するのであると考えるのは、その考え方自身が既に迷いである。

91神の子さん:2016/05/25(水) 18:26:33 ID:35RUNmVQ

夢を描け、ということは、御教えに説かれている大切なことではあるが、若しも、本来無い心で描いていたならば、生命は顕現しない。本来無い心には、本当の力が無いからである。本当にある心が描いた夢が、生命がこもり、信念となり、現実に実現するのである。夢に描くという事と、夢想の状態とは違うのである。

信念が無ければ、夢に描いても、根も葉もない夢想の状態である。信念が強いとは肉体人間の相対観念が強く思うという事ではない。信念とは実相より来る今の心のことであり、大信心の今の心が、大信心の音声が、信念なのである。大信心は仏性であり、神の子の心よりの発心が信念なのである。

この信念でなければ生命が無いから、現象に相は現れても、本当の絶対の生き甲斐は無い。実相の生活ではなく現象流転の生活である。

92神の子さん:2016/05/25(水) 21:04:06 ID:35RUNmVQ

人は皆、自分が生きているのではなくして、生かされて生きているのである。生かされて生きていると云っても、先ず、自分がいて、その自分が、自分でないものに生かして貰っているというのではない。

これではやはり、自分が生きているのである。頼む自分もいないのに、生かされて生きているのである。だから、生かしてくれている生命のみがあって、そのほかに別に自分というものはないのである。

その生命が、渾ての渾てである神様の御生命である。・・・・

神の生命の渾ての渾てを此処に観て、初めて、澄み切りであり、中道であり、生長の家の人間神の子の「其の儘の心」である。

93天地一切のものに和解するとは:2016/05/29(日) 19:56:55 ID:I5rJ9YdU

和解は、誰に又は何に和解するかの問題ではないのである。それは自分自身の問題であるのである。天国も地獄も外にあるのではなくして、自分の中にあるのである。

自分がどの程度まで無我になり得るかによって、その人の環境にどの程度の極楽を生じ、どの程度の地獄を生ずるかの差別を生ずるのである。

和解が、外の世界にあるように思っている限りは決して、その人は和解し得ないのであって、自分が完全に「無我」になった時にのみ、我々は天地一切のものに和解することが出来るのである。

94神の子さん:2016/05/30(月) 10:24:49 ID:TWYtDbA.
神の子さんへ
>>これを称して「環境はわが心の影」というのである。

地震のような天災はどうなんでしょうか?これが分からないのです。

心の影が原因で、その地域の人たちが全員が津波にのまれたりするのでしょうか?

95神の子さん:2016/05/30(月) 19:48:02 ID:I5rJ9YdU

>>94さん

>>86に書かれていることは、書いてあるその通りです。自分の心でそのように認識しているということです。環境が心の影として顕れている、という意味に説かれてもいるでしょうが、ここに説かれていることはそういうことではありません。

現象的な肉体人間と、霊的な生命としての人間と二通りの人間がいる、という見方が生長の家でしょうか?実相のみ実在、現象は無いという意味はどんなことなのでしょう。現象を、在るやら無いのやら分からない実相を思うことによって、善き現象にしようというのが生長の家なのでしょうか?

実相を観ると云われているように、実相そのものしか見えない状態の人にとっては、不完全は感じられないのではありませんか?『吾今五官の世界を去って実相の世界に入る』 とは目を瞑って単に想像することでしょうか?色々不全を感じるということは、実相の世界に入ってしまったことのない人の出来事であって、本当に実相世界に到達した人には何らの不完全の感覚は無いのではありませんか?

因みに>>86の文章はある宗教の天才と云われた方のものです。自分の心に無いものは感じられない、その通りだと思います。

96志恩:2016/05/31(火) 09:25:12 ID:6hRUvSRg
神の子さん
>>因みに>>86の文章はある宗教の天才と云われた方のものです<<

と、おっしゃるのでしたら、どなたの文章で、どこから引用したものなのかを
 記載するのが、
書く人の最低限のエチケットだと思います。

そうでないと、
どなたが読んでも、神の子さんが考えた神の子さんの文章だと、見做されてしまいます。

97神の子さん:2016/05/31(火) 19:56:58 ID:Mt7fVsNc

志恩さん 

「生命の実相」を自分でしっかり読むことで生命の実相を知ることが出来る、と主張している方が二人います。

だから、誰の意見か判らないようにして、発表しているのです。そのような人は、私の書いたものが、価値のある文言なのか、価値のないものか、文言自体から判断できるはずです。

真理の言葉は、その言葉自体に価値が有るのであります。雅春先生のものだから価値が有り、誰それの言葉であるから価値が無い、と云う様な見方には与しません。

とりわけ雅春先生はこの様に真理を説いている、と云う様な言い方をする方は真理を知っておられるのでしょう。であれば私の書いたものが真理の言葉であるかどうかは即わかる事でょう。

私が書いたものであろうが、宗教の天才が書いたものであろうが、問題にすることはないと考えます。

98志恩:2016/06/01(水) 03:07:26 ID:6hRUvSRg
神の子さん

「真理の言葉」の ご自分に取って、都合のいい箇所である一部分を 色々と 抜書きされたり、
ご自分でも、思いつかれた「真理」っぽい言葉を、羅列して 書かれたりされてるのかもしれませんが、
決して、あなたご自身は、このことを信じてはいない。

「實相」とか、「心の法則」は 現代科学では 証明できないという理由で、信じてはおられない。
信じていない、とわかるのは、有言不実行だということが、ひしひしと感じられるからです。

一部の文章だけ、抜き出して、
書かれたとしても、何について、あなたが、おっしゃりたいのか、読む方々も、意味不明だと思います。

「真理の言葉」は、本来は、生きていますから、読む側、聞く側の心に 幸福の念を届けてくれるものですが、
あなたは、どうだ、「真理の言葉」なんてものは、誰にだって書けるのさ!という高飛車な気持ちが、読み手に
伝わるので、

あなたの短文を、読ませていただいても、幸福にも、救いにも、残念ながら、気持ちが導かれないのです。

99志恩:2016/06/01(水) 04:10:43 ID:6hRUvSRg
谷口雅春先生ご自身のご文章でなくとも、お弟子さんである
清超先生、徳久先生、吉田國太郎先生、藤原敏之先生、榎本恵吾先生、(その他の先生もおられますが)
の書かれたり、講話されたりされることは、なぜ、人々の心に届いたのか、届くのか,,,,、

この差は一体、何処から来るのか?と考えた場合,,,,,,
 真理というものを外から眺めている人であるか、真理と霊的に一体となっている人であるかの差なのだと思います。

宗教用語を使えば、「無の関門」を透過した人であるか、していない人であるかの差なのだと思います。

谷口雅春先生は、「無の関門」を超えられ、「実相実在」を 体得され 霊的お悟りの境地からご文章を書かれたり、
お話をされた。
と同時に、ご自分のお考えだけでなく、生長の家大神様からの お示し と お導きによりご文章を書かれたり
お話をされていらしたのだと思います。

それに、お弟子さんたちは、谷口雅春先生を師と仰ぎ、敬慕されておられ、不立文字と言われる雅春先生のお言葉の
言葉の内側に込められた真理を、ご自分でも体得されようと、素直なお気持ちで、精進されておられました。

それに反して、雅宣総裁は、谷口雅春先生を敬慕されてはおられません。
様々なことを、拝見していましても、谷口雅春先生の、あら探しばかりされてるのが、目に付きます。

ご自分では、御教えの真髄の不立文字を受け継いだと言っておられますが、
この度の大阪講習会の時のお話の内容を、伺う限り、「無の関門」を超えた人とは、失礼ながら、到底思われません。
大悟されたという霊的体験のお話もありません。

ですから、講習会のお話が、政治問題に偏ったり、ご自分ご自身の頭脳知による思索からの、真理を外から眺めた
お話を されてますゆえ、言葉と真理が、一致していないのだと思います。

神の子さんに つきましては、
ここでの、ご文章と実相とがピッタリ一致せず、離れておりますのは、言葉は「実相」を使用されましても、
あなたからの、霊的感動という ほとばしりが感じられないから 全く ピンと こないのです。

雅宣総裁の話に戻りますが、
雅宣総裁によって救われた話などは、今まで一つとして、私は、聞いたことがありませんが、ありますか?
救いがないのは、なぜだろうと、考えた場合,,,,,人間知によって作った人造の宗教では、現実的救済力は、
できないということなのかもしれません。

「生命の實相」に書かれてある譬え話は、昔の時代のことを譬えてありますから、
なかには 現代には、そぐわない譬え話が、あるかもしれませんが、
書かれてある真理そのものは、今でも、古くて新しい最高の真理が書かれてあり、
人類を幸福に導く著だと思っております。

100トンチンカン:2016/06/01(水) 08:57:33 ID:bOha849M

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<真理>というものを、「外から眺めている人」であるか、「真理と霊的に一体となって
いる人」であるかの差・・

「マサノブ爺さん」の<短文説教>からは・・

<霊的感動>という「ほとばしり」が感じられないから、全く ピンと こないのです
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


・そうですよね・・・


・『「無の関門」を透過した人』・・ これを 理解できない のです・・・

101トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/13(月) 10:57:13 ID:t9UAZF/I
 私は「日本会議の研究」については一切関係なく、読んでもいないのですが、大阪の講習会で
総裁がこの本に言及して、安東巌氏が日本会議の指導的な立場におられたと示唆されたみたいです。

 私は安東巌氏とは面識がなく、彼を援護する立場でもないですが、(見方を変えたら、安東巌氏
への賞賛にもなりうる話ですが)

「そんなことがあり得るのかしら?」

という疑問を持ちました。と、いうのは、以前にも書いたことですが、安東巌氏は教団の組織指導
をかなり情熱的な態度でされていたのは有名で、講習会の前などは数ヶ月前から教化部に泊まり込み
で組織指導をしていたとも言われています。

 これは、生長の家という組織内で、組織指導の経験のある人ならわかります(逆に言うと、組織指導
の経験がないとわかりませんが)、生長の家の組織指導をしながら、他の運動の組織指導をすること
は、ほぼ不可能と言えます。いくら安東巌氏と言えども、スーパーマンのようなことはできないので
はないか、と思います。

 もちろん、村上正邦氏が、日本会議に安東巌氏が関与していたようなことを以前書かれていたので、
全く無関係ではないと思います。教団内部でも、同様の噂が流れていたのも知っています。が、教団内部
の噂を額面通りに受け取るのは危険です。私も組織指導をしていた頃、根も葉もない噂を流されて迷惑を
した記憶があります。

 この点について、私なりに調べてみました。私は現役の会員なので、日本会議側に取材するのは不可能なの
で、生長の家教団内部でいろいろと調べてみました。

 その結果、安東巌氏は、日本会議の指導的な立場にあった、という点は、事実と異なる、という証言を
得ることができました。証言者の身元を守る為、氏名や所属などは一切秘匿しますが、信用できる人です。

 少なくとも、教団内部の活動をする上では、日本会議の活動をしていた痕跡はなく、仮に彼が日本会議
の活動をしていたとしても、完全にプライベートな時間を使っていたと言えます。そういうプライベートな
時間だけで、日本会議の指導的な立場で活動をするのは不可能かと感じます。

 百歩譲って、仮にプライベートな時間でも、総裁の意向に反する活動をしていたのが問題だとしても、
教団内部では、プライベートな時間に不祥事と言えることをしている人がいると聞いています。先にそち
らを処分するのが筋だし、さらには、総裁ともあろう方がパットマンの仮装をして自転車に乗るのも問題
ということになりかねません。

 ですから、私は、今回の安東巌氏に関連する総裁の発言は支持しません。

 もちろん、私の調査が完全というわけではないので、もし、上の記事が事実と異なるなら、ご指摘を
お願いします。

102トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/13(月) 14:29:32 ID:t9UAZF/I
 各地のいろいろな方にお尋ねして、今回の本部の通達の反応を聞きましたが、予想以上に悪いです。
なんとネット上の破邪顕正さんの文章などを印刷して、教団内で配布するという暴挙に至る人まで
出てきました。

 ちなみに、それは、著作権法上、破邪顕正さんの権利を侵害するので、やめましょう。

 最近は、私に向かって

「生長の家「本流復活」について考える(したらば版)」

という掲示板上の「トキ」という人が書いた、総裁を諌める内容の
文章をメールで送ってきて、賛成か、と尋ねられたので、保身の為に「反対だ」と返事をしておき
ました。

 何せ、教区の偉い人でも、信徒から「なんで、こんなバカな通達に従わなければいけないのだ!」
と信徒から詰め寄られると、「私もこんな通達に従いたくないのだけど、本部がいうから仕方がな
いのです。」と必死に抗弁をされていたぐらいです。

 もちろん平穏無事な組織もあったみたいですが、それは尋ねると「行事で本部通達を配布しなか
ったから。大きな行事が迫っているのに、こんな文章を配ったら、誰も行事にこなくなる。」と
いう返事でした。

 実は、今まで、教団内の偉い人達が、本流復活派を批判する材料として、教団の政教分離の方針
に反対しているのが本流派で、政教分離の方針で純粋な信仰のみで行きたいとおのぞみなのが総裁
である、という説明をしていたのですが、今回の暴挙で、それがまるっきりのデタラメである、と
いうことになってしまいました。すると、今度はひょっとしたら、本流復活派の言う事が正しいの
ではないか、と考える人が増えてきました。

 実に危機的な状態です。

(つづく)

103神の子さん:2016/06/13(月) 14:51:56 ID:2s3BvO5k
>>102

ワロタwwwwwwwwwwwwww

トキさんとは立場は違いますけれど、同情はします。(笑)

104トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/13(月) 15:02:55 ID:t9UAZF/I
 実は、昨日の夕方、隣の教区の役職者の方とお会いして、食事をしながらお話を聞きました。
その方の話は以下の通りでした。

 「今回の教団の決定には、本当に驚いた。しかも、各地の反応を見ていると、信徒
の憤りはかってないほどだ。教団の存在の根底そのものが揺らいでいる。

 明らかなのは、総裁や参議の人達が、今回の反応を軽く見ていたことだ。朝日新聞に
掲載されたと言っても、政治面の隅の法に小さく掲載されただけで、探さなければわか
らない程度だったから、世間的には効果が小さかったと思う。しかし、信徒の反発は
想定の範囲外だったと思う。

 今回の決定は、最高首脳者会議なので、谷口雅宣先生だけの責任ではなく、参議の人達を
含めて連帯責任だ。実は、参議の人達にも補弼をしなかったという重大な責任がある。が、
結果として、総裁へ批判が集中してしまう。それが教団の権威を失墜させ、ますます、教団
の混乱が深まってしまう。

 もし、教団が、今回の通達を徹底させたり、「日本会議の研究」にのめり込んだりすると
ますます信徒の反発が強まり、ついには教団自体の破綻か、総裁の進退にも話がすすみかね
ない。特に「日本会議の研究」については問題があるみたいだから、この本が裁判沙汰など
になると、火の粉がこちらにもふりかかるかもしれない。

 とにかく、このままでは、総裁や教団にかなり深いダメージが及ぶ。だから、ここはすぐに
もう一度、臨時でもいいから最高首脳者会議を開催し、今回の声明の撤回か実質的な空文化を
行うとともに、信徒にお詫びすべきだと思う。必要なら、声明で触れた団体や人物にもお詫び
し、今回の参議院選挙には従来の政治的中立方針を保持する旨の声明を出すべきだ。

 もちろん、それでも、教団や総裁の権威は傷つくが、最低限のダメージですむ。このまま
進めば、どんどんダメージは膨らむ。

 最近、芸能界の不倫騒動でも、居直った人が仕事を失うなどのダメージが深いのに、さっさと
認めて謝った人は、最小限のダメージで済んでいる。たとえは悪いが、今回の件も同じことが
言えると思う。

 私は真剣に教団や総裁のことを心配している。謝るのは勇気がいるが、正直が最高の方針
だと思う。教団指導部の方々は、この件を真剣に考えて欲しい。」

105シャンソン:2016/06/13(月) 17:28:08 ID:JXCNXsCY
>102 :トキ ◆UMw6UoGELo :2016/06/13(月) 14:29:32 ID:t9UAZF/I 各地のいろいろな方にお尋ねして、今回の本部の通達の反応を聞きましたが、予想以上に悪いです。
なんとネット上の破邪顕正さんの文章などを印刷して、教団内で配布するという暴挙に至る人まで
出てきました。<

 傍流のほうでも、ななしの神の子さんがひとりで街宣しています。
 迷惑ですから、早く削除してください。

106トンチンカン:2016/06/13(月) 17:30:51 ID:bOha849M

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「マサノブ爺さん」が、 『ワロタwwwwwwwwwwwwww』・・・

口の周りが・・ なぜか震えながら・・ <ストレス>なのでしょうね・・・?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


・「同情」なんて言っている場合ですか・・・?




(参考) <『「生長の家」の教義について議論する』板>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
103 :神の子さん :2016/06/13(月) 14:51:56 ID:2s3BvO5k>>102

ワロタwwwwwwwwwwwwww

トキさんとは立場は違いますけれど、同情はします。(笑)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

107シャンソン:2016/06/13(月) 17:31:15 ID:JXCNXsCY
>1 :トキ ◆UMw6UoGELo :2016/03/17(木) 18:06:40 ID:ShWApbkI『「生長の家」の教義について議論する』板

 この板は、『「生長の家」の教義について議論する』板 です。<

 もともと『日本会議の研究』は、トキ掲示板でトキさんが
 尊敬しているという、私生活で交際のある「訊け」管理人さんが
 紹介宣伝したのがはじまりです。だからトキさんが全然関係していないというのは
 おかしいと思いますが、組織指導の話は組織版でやればいいのではないでしょうか。

108a hope:2016/06/16(木) 09:10:18 ID:vdNCBnG6

「神がいるなら見せてくれ」という人がいる。が、人の目には小さいものしか見えない。
人の頭で考えられることは有限であり、相対的である。無限絶対の神は、だから感覚できないのである。」

雅宣先生のFBより

109a hope:2016/06/16(木) 09:12:28 ID:xVBwxesw
>>108 a hope所感)

え〜っ(@_@;)  人間は神を感覚できないの???
「人間そのものが神である」っていうのが、本来の生長の家の教えですよね?

雅宣先生は、いつも神を人間から遠く離れた、手の届かないもののように表現されます。

だったら、わたしたちはなんのために「実相礼拝」や「神想観」をするのでしょう・・・
他の人や自分の中の神を感ずる(観ずる)ためにするんじゃないのですか?

それだけじゃない、小さな花の中にも、小さな虫の中にも、枯葉の落ちるのを見たって、神を感ずることはできると思います。

雅宣先生、これは絶対おかしいですよ!!!

110a hope:2016/06/16(木) 09:24:10 ID:xVBwxesw
(>>109補足)

この続きの説法があるなら、まだ納得できるかもしれませんが、これで終わりなら絶対おかしい。

最近の雅宣先生のご説法は、二元論でもなくて、現象一元論になっちゃってる(≧◇≦)

111a hope:2016/06/16(木) 10:12:39 ID:xVBwxesw

「生長の家」の本来の意味は「実在界」である。だから、生長の家の神は「唯一絶対神」のことである。
「住吉大神」はその応化神であり、その神以外を拝むなといえば、間違った信仰になる。

雅宣先生のFBより

112a hope:2016/06/16(木) 10:14:03 ID:vdNCBnG6

>>111 a hope所感)

わたし自身は、生長の家の教え=住吉大神の教えであるというふうには認識してはいませんが、
「生長の家」が日本に誕生したのは、住吉の大神のお働きがあったからだと信じています。

だから、日本において「生長の家」を信仰するなら、「住吉の大神」を通して唯一絶対神を礼拝するというのは、
あたりまえだと思っています。

雅宣先生がこんな説法をされるというのは、誰かが<<「住吉大神」以外を拝むな>>なんて発言をされたからでしょうか?

113a hope:2016/06/16(木) 14:29:53 ID:vdNCBnG6
今日は仕事がお休みなのでいっぱい書き込みます。

>>112補足

真のキリスト教徒は永遠のキリストを通して唯一絶対神を礼拝しているのだと思うし、
真の仏教徒は仏陀を通して唯一絶対神を礼拝しているのだと思う。

だから、日本国に誕生した「生長の家」教団の信徒が住吉の大神を通して唯一絶対神を礼拝するのは当然だと思うし、
そうしなかったら、真の「生長の家」教団ではなくなってしまうような気がします。(現教団はそうなってしまったようですが・・・)

ただ、「生命の實相」を始めとする「生長の家」の聖典の教えは、万教帰一の教えですから、
他の宗教の信徒であろうと、どこの国の人であろうと、信仰することはできるのだと思います。

別に住吉の大神でなくても、キリストを拝んでも仏陀を拝んでも結局は同じ唯一絶対神を礼拝していることになるのですから・・・。

114神の子さん:2016/06/21(火) 04:08:37 ID:SHdyjCrc

日野智貴先生「愛は与えてこそ目的を達するのです」
http://nipponkakuryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-2580.html

115神の子さん:2016/06/21(火) 04:09:43 ID:SHdyjCrc

日野智貴先生「人間は本来自由である」
http://nipponkakuryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-4864.html

116神の子さん:2016/06/21(火) 04:11:16 ID:SHdyjCrc

日野智貴先生「全てのものは一体なのです」
http://nipponkakuryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-06c6.html

117トンチンカン:2016/06/21(火) 09:28:53 ID:bOha849M

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「日野マサノブ」・・・ これしか ナイ のです?! 「マサノブ陣営」は・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

118神の子さん:2016/06/21(火) 14:54:47 ID:tZIJeiwI

まわりの環境が好転していく力をくれる『合本讃歌』
http://seinenkai.jp.seicho-no-ie.org/?p=6236

119トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/21(火) 16:21:27 ID:4C5a8sts
>>117

トンチンカン様

 私も若いころは教団の宣伝を真に受けて、谷口雅宣先生こそが生長の家の真のリーダーだ、と
信じていた時期がありました。しかし、ある時期が来ると、それが間違いであることに気がつき
ました。

 日野君も、まだ若く、自分がおかしなことをしているのがわからないだけです。
やがては真実を知る日が来ますから、どうか暖かく見守ってあげてください。

120a hope:2016/06/21(火) 19:24:10 ID:xVBwxesw

>>114 〜 神の子さま、トンチンカンさま トキさま

日野君は、まだ大学生になったばかりのばかりの青年なんですね!

彼は、ブログで雅宣先生の短文説法を解釈されているようですが、雅宣先生のご文章はさておき、
日野君の解釈文の方は感謝の気持ちが伝わってきてとても感じがいいです。

彼は、よい宗教的素質があるのではないかと感じます。

わたしも、>>119のトキさまと同じような経験をしています。
一日も早く日野君が「真実」に目覚めてくれることをお祈りしたいと思います。

合掌。

121トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/25(土) 17:09:43 ID:NMfuUJhc
 「法灯継承」を基にした、中心帰一をメインにした教学を私は勝手に組織教学と命名している
のですが、この組織教学が、今日の総裁の暴走を理論的に正当化していると私は思っています。

 古い信徒さんの回想では、戦後のある時期まで、谷口雅春先生と谷口清超先生が、ご一緒に
ご巡杖された時には、教区の幹部の態度が全然違ったと言います。年配の幹部はみんな、
谷口雅春先生のもとに集まり、青年部(当時)の若い幹部が谷口清超先生のところへ集まった
みたいです。

 中には、

 「私は戦前から活動をした人間です。谷口清超先生は、戦後から活動をされた人ではないで
すか。私のほうが古いですよ。」

とあからさまに谷口清超先生を軽く見る人がいたそうです。谷口雅春先生がご健在の間は、
それでも教団はよくまとまりましたが、谷口雅春先生がご高齢になり、中には勝手なことを
する人も出てきて、そこで組織をまとめるために唱えられたのが、

 「「法灯継承」を基にした、中心帰一をメインにした教学」

だと言われています。

 つまり当初は必要性があり、唱えられたのですが、その後、谷口雅宣先生が三代目になる
と、これが濫用され、正常な反対意見をも封印するための道具に使われたと言います。

 ちなみに、知人の禅宗の専門家に、この「法灯継承」論を説明したところ、

「「法灯継承」についてのその解釈は、生長の家独自の考えで、禅宗の考えとは異なり
ます。その解釈では、独裁を正当化する危険性があります。」

という感想をいただきました。

123神の子さん:2016/06/25(土) 21:31:27 ID:nFi3G1bg
>>「法灯継承」を基にした、中心帰一をメインにした教学を私は勝手に組織教学と命名しているのですが、この組織教学が、今日の総裁の暴走を理論的に正当化していると私は思っています。

溺れたり墜ちたりするのは中心の自覚が無くなって、自分と云うものが知らぬ間に顔を出してくるからである。  常楽への道

この「中心の自覚」が「忠」であり、中心の自覚の体現者こそ天皇であります。中心の自覚、根本の自覚を把持することを天津日嗣といいます。其の儘の心で秩序を生きる、筋道を生きる、忠を孝を生きることが中心帰一です。

其の儘の心が中心帰一です。の心が顕れて形の中心帰一になる。「忠」の心を生きる国が真理国家日本です。

何処からそのような生長の家を貶める論理を作り出すのでしょうか。

124神の子さん:2016/06/25(土) 21:34:56 ID:nFi3G1bg
の心が顕れて形の中心帰一になる。
    ↓
その心が顕れて形の中心帰一になる。

125神の子さん:2016/06/25(土) 21:35:54 ID:NMfuUJhc
>>123

 コメント、ありがとうございます。

 総裁を援護したり、支持するご意見も大歓迎ですが、毎回、同じような意見ばかり
で、あまり面白くありません。次回は違う切り口でのご投稿を期待しています。

126トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/25(土) 21:36:51 ID:NMfuUJhc
>>125はトキです。

127神の子さん:2016/06/25(土) 21:56:35 ID:nFi3G1bg
ここは『「生長の家」の教義について議論する』板 であり、教義の中心たる「中心帰一」を、生長の家を貶める為にする論理を見過ごすわけにはいきません。

あまり面白くありませんなど興味半分で論じるものではありません。違うなら違うと論拠を示し自説の正統性を論じて下さい。

128神の子さん:2016/06/26(日) 08:55:42 ID:nFi3G1bg
『日本国は精神的ヘドロでいっぱいになり、かっての日本人のもっていた醇風美俗はあまりにも無惨に滅んで行きつつある』
「『邪き心』に対する語は、『善き心』といわずして『清明き心』と称したのが日本民族である。どこまでも『清きこと』そして『明るきこと』"日の丸"の精神こそ日本民族の尊ぶところであったのである」

現憲法は駄目、日本の事が丸で分からないアメリカが、日本人をダメにするために押し付けたものである、と云う。その張本人に追随し上のような言葉を雅春先生に云わせるに至った自民党の政治を善しとするのですか?そもそも先の戦争は何処としたのでしょう。丸きし負け犬が尾っぽを振っているの図です。

129神の子さん:2016/06/26(日) 12:05:15 ID:nFi3G1bg
>>「法灯継承」を基にした、中心帰一をメインにした教学を私は勝手に組織教学と命名しているのですが、この組織教学が、今日の総裁の暴走を理論的に正当化していると私は思っています。トキ氏談

人類光明化運動指針生長の家各員の心得十三ヵ条は山口悌治本部講師を中心にして決定され昭和三十三年二月十四日に発表されたものです。そのはしがきにおいて雅春先生は「これは決して一個人又は数氏の創作ではなく神意の体現として見るべきものである。」と説かれています。

その第五条に、 生長の家の各員は、人間神の子の自覚が、日本民族が悠久の昔より生々代代受け継ぎ語り継いできた「命」の自覚にほかならず、生長の家立教の使命が同時に日本建国の理念の現成にほかならない事を明らかにすべきである。日本民族は存在の究極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を、

天之御中主の神として把握し、【その「中(みなか)」への帰一とその「中」の展開、即ち宇宙普遍の原理の地上的顕現を日本国家形成の理念とし、天津日嗣とはこの理念のさながらなる継承以外にはなく、・・・・】と説かれている


此処にハッキリと「中心帰一」とは何か説かれていると私は考えます。「忠」とは「中みなか」の理念の継承者天津日嗣たる天皇陛下に帰一する事、であればこそ日本人は中心への帰一をあらわして忠を以て臣下の道としてきたのです。

昭和52年以降雅春先生が隠居されてから作られた論理ではない。その第一条に・・・拝誦して一日の決意を新たにすべきである・・と書かれている拝誦文の内、生長の家信徒行持要目の五には、他の七つの要目が「すべし」と説かれるなか、「暗黒面を見るべからず」と禁止の言葉が使われ、その説明文には、人を陰にても誹るべからずと説かれている。

皆さんが正しき生長の家の信仰をされますように。

130アクエリアン:2016/06/26(日) 13:43:53 ID:P2x.ck9M
>>皆さんが正しき生長の家の信仰をされますように。

ですから、開祖谷口雅春先生の教えに帰りませう、と提言させてもらっているわけです。

わけの分からない、開祖の教えに違和感を感じられている、雅宣さんという方の解釈を媒介にするのではなく、直接、ダイレクトに開祖の教えに参究するべし、と提言しているのです。

131アクエリアン:2016/06/26(日) 14:52:05 ID:P2x.ck9M
>>わけの分からない、開祖の教えに違和感を感じられている、雅宣さんという方の解釈を媒介にするのではなく、

違和感を感じる時点で、自称法統継承者氏は、生長の家の法統継承者失格、ということを、生長の家の信徒は、俊敏に察知しなければならない。

それができないということは、御孫様信仰に惑わされているのでしょう。

お孫様が、まさか、開祖の教えから逸脱しないだろうと、御孫様に教えの解釈を「丸投げ」している時点で、真の信仰者の資格を放棄していると言われも仕方のないところでしょう。

132アクエリアン:2016/06/26(日) 14:58:53 ID:P2x.ck9M
■最悪の相続形態

今枝由郎著「ブータンから見た日本仏教」には次のように述べられています

_____________


二十世紀後半のアメリカでのチベット仏教の流布に大きな功績のあったデシュン・リンポチェは、仏教の継承、発展に必要な「師」の継承に関して、世襲制、化身制、学徳制の三つを挙げたうえで、
親子の血統による世襲制相続は最悪の相続形態であると断言している。

そして、自ら第三代化身としてデシュン化身系譜を継承しているが、この化身制も最上のものではなく、仏教として理想的なのは修行によって徳を身につけた僧侶による継承であると述べている。

事実、化身制のダライラマを擁するゲルク派も、宗派の最高の僧侶はガンデン・ティパ(ガンデン寺座主)であり、「たとえ乞食の子どもでも、徳さえあればガンデン・ティパになるのになんらの支障はない」というチベットのことわざを引用している。

チベット系仏教の高度な伝統は、こうして継承されてきているわけであり、そこには、修行・研鑽によって得られる徳という基盤がある。

_______________


私は、必ずしも、全面的に、宗教の継承において世襲制というものを否定しない立場ですが、このようなチベット仏教の継承の仕方は、大いに参考になりますね。

まあ、しかし、谷口雅宣総裁のやり方を見ていると、デシュン・リンポチェが鋭く指摘されているように、生長の家の法統の継承は、

「親子の血統による世襲制相続は最悪の相続形態であると断言している。」

という、格好の見本でしょうね、本当に、情けないことですが・・・・。

法統継承者を自称する人間が、その教団の開祖の御著書を、これは自分には違和感を感じる、ということで、絶版にして、信徒に開祖の教えを学ばせないようにしているとは、何と言うのか、宗教者として、「論外」でしょう。

信徒の皆様もおとなしすぎるのではないですか。

批判すべきときには、ガンガン、批判しなくてはならないのではないでしょうか。

133神の子さん:2016/06/26(日) 17:26:43 ID:1ThqK4Lc
チベット仏教の偉いさんに言わせると、宗教での世襲制は最悪の形態ということですか。

世の中の政治家やら社長さんを見てれば、だれでも世襲制はあんまり良くないってわかりそうなモノなのに、なんで世襲制にしちゃったのか…

そうすると、生長の家のこの酷い有り様は雅宣総裁個人に全て責任が有る訳でもないね。

134トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/28(火) 16:12:15 ID:ydwjDla.
>>132

 これは具体的な事を書くと騒ぎになるので書けませんが、実は、
谷口雅春先生は、それほど血脈による継承にこだわっておられなかったという
話があるみたいです。

135神の子さん:2016/06/28(火) 19:23:18 ID:3zIh7uSY
先祖を尊崇し世襲を大切にする国は、日本が代表的でしょう。それは一つの日本文化となっています。

長く続いた徳川の江戸時代、茶道・華道・歌舞伎など

本流で世襲を否定する人がいますが、大好きな安倍総理も立派な世襲ですが
それはスルーです。

世襲制は厳しいそれなりの教育がされて初めて成り立つのです。

それもまた日本の文化です。〇か×かで論じることはナンセンスです。

136トキ ◆UMw6UoGELo:2016/06/28(火) 20:43:55 ID:ydwjDla.
>>135

 世襲だから良いとも、世襲だから悪いとも言い難いかと思います。

 ただ、どういう経過でなられたとしても、その仕事や役職を全うすること
で、その人の評価が決まると思います。

137トンチンカン:2016/06/28(火) 20:50:30 ID:bOha849M

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<徳>が備わっていない・・ 「マサノブ爺さん」?!

<宗教的資質>のナイ・・ 単なる<評論家>の・・ 「マサノブ爺さん」?!

この「爺さんの<世襲>」には <問題アリ> なのです!! 今回ハッキリと・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

138a hope:2016/07/08(金) 10:10:31 ID:xVBwxesw


『web「生命の實相」輪読会』 板より転載

159 :神の子さん:2016/07/07(木) 13:29:51 ID:ylBQgeIU

現象に完全を求むることなかれ

 「現象は時間と空間の制約を通し

  実相が展開する過程なり。

  過程は常に中途にして完璧ならざること、

  楽曲が中途にして完結すること能わざるが如し。

  汝、人生の楽曲を正しく味わうべし。

  曲の最中に

  完結を急ぎて声上ぐるは愚かなり。

  曲は必ず完結するが故に、

  心静かに曲の進行と転調を楽しむべし。

  世界の実相、必ず完全なるがゆえに、

  創造神を信じ

  人生の変化と多様な進展を味わうべし。」

(『観世音菩薩賛歌』より)

139a hope:2016/07/08(金) 10:15:17 ID:xVBwxesw

(>>138 ahope 所感)

Web「生命の實相」輪読会板に、法の精神さまが、ご紹介してくださったご文章についてですが、
もし、法の精神さまがこのご文章が「生命の實相」の真理と同じことを教示しているという意味で、
「生命の實相」輪読会板にご紹介してくださったのであれば、それは「『生命の実相』の真理とは全く違う!」と思うので、
少し説明させていただきます。

「生長の家」の基本の教えは、『唯神実相』です。
別の言い方をすれば、『実相独在』、『実相一元』です。

ですから、生長の家の「聖典」や「聖経」と呼ばれているものには、「現象なし」もしくは、「現象は影」「現象は非実在」と必ず説かれていて、
雅春先生は「実相世界」の次元から、わたしたちに真理をご教示くださっています。
だからこそ、聖典、聖経は『神さまのお言葉』であるといえるのだと思います。

ですが、雅宣先生のご著書やお経?は、常に「現象世界」の立場からの、二元論のご教示です。

特に上のご紹介のご文章ですが、「現象世界の不完全さを楽しみなさい・・・」というようにも解釈できてしまい、
これは「受難礼賛」にもつながりかねない間違った信仰だとわたしは感じます。

わたしは、「不完全な現象はない」と『実相独在』を貫くのが、まことの「生長の家」の信仰だと思っています。


参考文献
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1458007749/136

<<「現象は現象として在るのである」といって現象界を本体界に対立せしめたり、「本体界の自叙自展(じじょじてん)が現象界であって、本体界と現象界とは一如である、そして、現象界は本体界のうちに包摂(ほうせつ)せられるものである」というような在来の見方を脱しえないような宗教では、とうていそれは現実人生を支配することができないのである。
※ 本体界・・・実在の世界。実相界。(頭注より)
※ 自叙自展・・・みずからが自己の内にあるものを表現し、展開すること。(頭注より)>>

特に上の文中の、 

「本体界の自叙自展(じじょじてん)が現象界であって、本体界と現象界とは一如である、そして、現象界は本体界のうちに包摂(ほうせつ)せられるものである」

という内容は、

観世音菩薩讃歌の中の、

<<現象は時間と空間の制約を通し 実相が展開する過程なり。>>

は、ほぼ、同じ内容だと感じます。

とても残念ですが、「聖典」の説明によれば、雅宣先生の「観世音菩薩讃歌」をいくら読誦しても、
『とうていそれは現実人生を支配することができないのである。』という結果にしかならないと思います。

141トキ ◆NeaLgIQX3w:2016/08/26(金) 20:16:06 ID:xFpjOW.I
 生長の家の地方講師の友人からメールを頂戴しました。

 禅宗の僧侶で最高の地位にいる人を「老師」と言いますが、友人が「臨済宗 老師」の
方に「法灯継承」について教えを請いました。以下は、その概略です。老師の名前なども書かれて
いますが、省略します。老師の方は、生命の実相を拝読されておられます。

*谷口雅春先生が説かれた生長の家の教えは、臨済宗の老師の立場から見ても、誠に優れた
 教えであり、臨済宗の悟りの境地と同じである。

*「法灯継承」は、仏教の用語であり、臨済宗では、「法灯連綿」と言う表現をするが、意味
 は同じである。

*「法灯継承」をしたと認められるまでには、1000以上ほどある「公案」を一つ一つ解き、
 「接心」などの修行をするなど、厳しい修行と勉強を何十年もして、はじめて「老師」の
 称号が与えられるのである。自分もそうやって「法灯連綿」を認められた。

*「法灯連綿」とは、「人」に帰依するのではなく、教えに帰依することを意味するのである。
 開祖の教えを忠実に後輩に伝えるのが任務である。

*「法灯」を継承した場合、それを認めた師匠が、証明を書くのが普通である。

*「法灯継承」をしたと認められても、無批判で信徒が服従する義務はない。自分は老師だが、
 実際、周囲から自分の言動に対して激しい批判を受ける場合もあるし、それを受け入れる義務
 もある。

*「法灯連綿」をしたと師匠から認められても、「老師」は終身不動の資格ではない。開祖の教えから
 逸脱した事を説いた場合は「邪見」とされ、自分から「法灯継承」の地位を辞するか、または、
 辞職をしない場合は宗派から資格を剥奪されるのが通常である。

*生長の家は、臨済宗とは全く違う意味で「法灯継承」という言葉を使っているから、臨済宗の老師と
 しての立場では、批判はできない。ただ、個人的には、このような「法灯継承」論は危険だと思う。

 以上、ご参考まで。

142志恩:2016/10/10(月) 04:49:04 ID:6hRUvSRg
現代の日本人の量子学、陰陽師の専門家が語る「ありがとう」について。
「ありがとう」はエネルギーであり、波動である、という説明をされてます。

谷口雅春先生は、このことを、初めから、すでに説かれておられました。
生長の家の教えが、いかに、高度な教えであるかが、お聞きになると理解できます。
https://www.youtube.com/watch?v=UrD1gGackB8

146規約:2016/10/10(月) 10:43:29 ID:8kiEIWSI
>>1

 谷口雅春先生の書かれた「生命の實相」を学んでいると、どうしても「今の教え」(谷口雅宣先生の教え)と「生命の実相」の真理に矛盾を感じることが多くなります。
そこで、この点について議論をする場所として、このスレッドを開設します。

 具体的には、生長の家の聖典である「生命の實相」の真理を学んだうえで、「雅宣先生の教え」に感じる矛盾を述べたり、
逆に「雅宣先生の教え」を援護したりする投稿をする場所とします。それ以外の投稿は歓迎しません。批判意見も援護意見も歓迎しますが、相手を罵倒したり、人格攻撃などはおやめください。

148神の子さん:2017/03/01(水) 00:05:20 ID:GFWemD/o
150万円程度の中性子線測定器で正常値が0.00μSv/hのはずの中性子線が特定個人の元ではか不明だが測定されてしまう
https://www.youtube.com/watch?v=8R0luOy8ce8

新幹線の中やその付近でも27万円程度の測定器で正常値が0.058μSv/hのはずのガンマ線が特定個人の元ではか不明だが最大測定値を上回る形で測定されてしまう
https://www.youtube.com/watch?v=41lQN7rF3fQ

ベータ線(ガンマ線)を一つ計測すると、一回"ピィ"と鳴る測定器で正常値が約55カウント/min程度のはずが観測者の自宅では大きくそれを上回ってしまって測定されてしまう
https://www.youtube.com/watch?v=4veAJaorl1s

150空き家の住人:2019/01/06(日) 20:25:43 ID:MBTwK0G6

*「法灯連綿」をしたと師匠から認められても、「老師」は終身不動の資格ではない。開祖の教えから逸脱した事を説いた場合は「邪見」とされ、自分から「法灯継承」の地位を辞するか、または、辞職をしない場合は宗派から資格を剥奪されるのが通常である。


「開祖の教えから逸脱した事を説いた場合は「邪見」とされ」

こんなこと言う老師が居るんですか、教なんてものが無くなった人を老師と云うんじゃね。
一切の「見」の取れた人を老師と云うんじゃね。500も1000もの公案を通った人を老師と云うなんて。一つの公案とことんして見の残すとこなくなった人、老師。
 こんなこと言う人ほんとにいるの、作文に見えます


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板