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『web「生命の實相」輪読会』 板

38a hope:2016/04/03(日) 18:13:01 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第25巻 p56 後から1行目〜

・・・たいていの人はスリという行為を見て、これは悪いと申しますけれども、なぜ悪いかとよく考えてみますと、ちょっと善悪の判断がつかなくなるのです。

それを善とか悪とかいうのは見る人の立場の相違になるのであります。

たとえば、物を掏(す)るということを一つの芸術として観ますと、それは奥堂に達すれば、天狗飛切りの術というか、忍術の達人というか、一つのすぐれた術ということができるのであります。

これはスリを芸術として観た場合であります。

ところが芸術方面から観たならかくも立派なスリを、悪いというのは、掏られた側から言うと、自分の物が減ったので悪いということになる。

またスリを奨励して、そういうことが殖えてくれば社会秩序をみだすことになり人心を不安ならしめるから悪いということにもなるのであります。

これはスリそのものが悪いのではなく、人の所有権の保護とか社会秩序の維持とかいう尺度というものが、いわば軌道であります。

軌道に乗って、ある一定の尺度から見る場合にはじめて善悪の見(けん)が生ずるのです。

そしてこの行為は、罪悪である、貴様は悪い人間であると判断が下されることになるのです。

そしてひとたびある尺度によって批判を下して、言葉によってお前は悪い者だと、こう断定してゆきますと、その断定を下された者は「わたしは悪人である」という自覚を得てくる、――そうすると、その人はなかなか善人に転向することができなくなってくるのであります。

これに反して、同じ行為をしましても、お前は悪人であると非難せずに、「これだけのことのできる君は天才である。立派な天分をもっている。何もこんなつまらない事をしなくても、良い素質があるのがお前だ」と教えてまいりますと、「そうか、本当はわたしは立派な者であったのか!もう一つ奮発すればこんなちっぽけなスリみたいなことをしなくてもいい人間なんだ」と気がついてくるのであります。


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