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『「生長の家」の教義について議論する』板

59志恩:2016/05/11(水) 07:49:08 ID:6hRUvSRg
私は、教団組織のことは、わからないのですが、
雅宣さんは、辞表は出したけれど、その時の辞表とは、教団職員を やめるための辞表であった。
で、副総裁は、やめたわけではない、副総裁という役職は、やめずに、継続していたのだ、、ということですよね。
なぜかというと、副総裁は、職員でなくてもやれる役職だったからだというわけですよね。

平成8年の変化によりと、辞表にありますが、平成8年ですと、今から20年前のことになります、変化があったのは。

以前に、雅宣総裁の代弁者・初心者さんが、「私は、20年前に
生長の家の組織から抜けたとか、生長の家はやめたのだ,,」と、何度も、おっしゃってましたが、
それは、こういう意味だったのかしら。

それで、元本部職員さんの一人が、雅宣さんが、雅春先生に対して、激しい憎しみを持っていたことが問題だったと
書かれていますが、それは、本当のことですか?

以前どこかで、雅宣さんがコロンビア大学在学中に、雅春先生の考え方を批判した手紙を、九州に転居されていた
雅春先生宛に出されたことがあり、雅春先生が、その手紙を読まれて、つまり、左翼化した内容の手紙だったようでしたから、
すごく雅春先生は、嘆き悲しみ、もう、僕の前で、雅宣の名前は、言わないでほしいというほど、悲しまれたということを
どなたかが、書かれたのを、読んだことがあります。

で、雅宣さんも、そういうお爺様の、その後の、ご自分を避けるような気配を感じたこともあり、憎しみを感じるようになられたのでしょうか?
憶測でしか、ありませんけれど。
それで、雅春先生が創設された昔の生長の家の教えに対して、反 生長の家になられたのですか?
_____________________________________________________________________________________

>>前略
平成8年9月の変化により、副総裁が持っていた権限は大幅に縮小され、宗教上でない法人の事務(“俗”の領域)ばかりでなく
宗教上の諸事項に関する(“聖”の領域の)理事会の決定事項にも、
ほとんど(総裁の委任がないい限り)関与することができなくなったわけです。誤解のないために言っておきますが、
副総裁ばかりではなく、生長の家総裁の権限も大幅に縮小されたのが、この改正です。

この大幅改正の後に、制度的に変わったと言えることが2点あります。一つは、平成10年1月17日から、
生長の家教規10条の規定にもとづき、総裁先生の発意により、中央五者会の決定事項の「承認」の職務が副総裁に委任されたことで、もう一つは、同月28日に生長の家教規第21条が改正され
「理事会には、総裁及び副総裁が出席して助言を行うことができる」ようになったこと(それまで1年以上も、制度的には総裁も副総裁も 理事会に出席出来なかった! )です。略<<


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