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Web誌友会 板/2

1トキ:2013/01/20(日) 11:50:32 ID:UVsStHb2
「今の教え」と「本流復活」を考える・「web誌友会」 板 です。

*web誌友会についての話題は、このスレッドでお願いします。

 このスレッドは、生長の家信徒の人達のweb誌友会のために作成したスレッドです。

 上記に関連する話題なら、狭く解釈しないで、広く受け付けます。また
どの立場の人の投稿も歓迎しますが、基本的に生長の家の教義と谷口雅春先生の説かれた教え
を支持、共鳴する人のためにサイトです。生長の家の信仰と谷口雅春先生へのご批判をされる内容
の投稿はご遠慮下さい。
 投稿の削除はしない方針ですが、アダルトサイトや出合い系サイトの勧誘を含む内容など
明らかに目的外の投稿は、削除の対象となります。明らかな他団体や特定の霊能力者の宣伝となる投稿も削除の対象になります。
 目的外の投稿の判断は、最終的には、管理人である「トキ」の判断になります。
ご理解下さい。


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*このサイトは、「生長の家“本流宣言”掲示板」等と違い、自分の発言を自分で削除できません。
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*サイトの運営方針としては、削除は原則としてしない方針です。他者の投稿が問題のある投稿だと感じた場合は、
「削除要請」ではなく、ご自分の意見を投稿するという方向での解決をお願いします。
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 たとえ、自分と違う意見の人でも、敬称はつけましょう。相手に対する敬意と礼儀を忘れない様に
 お願い申し上げます。
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*「したらば」は長文の書き込みをした場合、一部が表現されない場合があります。その場合は、「下部左
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このサイトについて

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管理人からのお願い

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*教団援護派、本流復活派、中間派、分裂肯定派など、どなたも歓迎します。また、相手の存在そのものを否定するような内容
 の反論はしないで下さい。
*議論が感情的になった場合は、管理人がストップをかけます。その時は、協力をお願いします。
*その他、ご不明の点は、管理人である「トキ」まだお尋ね下さい。

 原則として、身元がわかるような内容の自己紹介は避けたほうが無難です。

身元をかくすため、多少の作為(年齢を少しごまかす、住まいを変える)は、悪意がない限り、問題とはしません。

どの立場でも、(教団援護派、学ぶ会など)歓迎しますから、それは明らかにしても大丈夫です。

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しますが、深夜早朝や用事のある時は、気がつくのが遅れる場合があります。ご理解下さい。

 出会い系サイト等のリンク、明らかに目的外の投稿、他団体の宣伝、犯罪を予告する書き込み等以外は、削除はしません。
それ以外で、問題となりうる投稿は、原則として、相談の上で、削除します。

 その他、御不明の点は、お気軽にお尋ね下さい。

管理人「トキ」 敬白

5544島津綾久・・・・・:2015/06/26(金) 16:46:54 ID:???

 上げておきます・・・・・・。




5545島津綾久・・・・・:2015/06/26(金) 17:02:14 ID:???

 金曜日です。雅春先生の御文章を拝読し誌友会に参加ください。いや、もう、ホント・・・・・・世界最高の教えですよ。



5546トキ:2015/06/26(金) 19:35:19 ID:zN6IqBXI
 出口王仁三郎さんという人はすごく魅力的な人だったみたいです。
特別高等警察で大本教事件を担当した銅銀さんという刑事さんの回顧録には、
自分が取り調べた思想犯の中で、一番の大物だったと言います。

 少し脱線しますが、大本事件の後、出口王仁三郎の一族は世論の批判を浴び、
彼の孫が旧制中学の受験ができなかったそうです。それを見かねた銅銀さんが
東奔西走し、同志社中学への入学ができるうに取り計らったと言います。

 大本は、もともと、出口なおさんという女性が教祖です。出口王仁三郎さん
は別に教団を開いていたのですが、ご神示により大本に合流します。その後は
世界が滅びる、という予言で信徒を増やし、世間へ多大な影響を与えました。
これも、出口王仁三郎さんのカリスマ的な個性があってのことでしょう。

 これからの勉強が楽しみです。

5554トキ:2015/06/26(金) 21:15:32 ID:zN6IqBXI
失礼をしました。web誌友会の続きをお願いします。
なお、web誌友会と関係のない投稿は、別の場所でお願いします。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

5555シャンソン:2015/06/26(金) 23:02:50 ID:qlRnzEq.

訊け氏は以前、ぼくはこれから雅春先生の御教えに沿った発言をしていきますと
いっていました。そのとき、私に対して、貴女も改心してといっていました。
 
 しかし最近では、私の独占部屋に入って来て、雅春先生を汚すなとか
いろいろ訳のわからないことを言い出し、絡んできます。
 トキ管理人の指示をよく読むようにといい、トキさんにも訊け氏を別の場所へ
誘導するようにお願いしましたが、いまだにスルーして訊け氏は傍流でも部室でも
うの話題について司会をしています。

 訊け氏の言動は上の「改心しないと滅ぼすぞ」とダブって聞こえます。
こういう人にどう応対すればいいのかわかりません。
 見識者の意見をお聞かせ願えれば幸いです。

 合掌 ありがとうございます。

5556神の子さん:2015/06/26(金) 23:11:22 ID:kEnG6jMo
現実の誌友会など用無しとして自己満足に特化した個人感想版に何云ってもダメです

あっという間に削除です

5557島津綾久・・・:2015/06/27(土) 08:20:12 ID:???

こちらには来ないでくださいね。

5558a hope:2015/06/27(土) 10:39:09 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第19巻 p145 2行目〜

そこに漂う空気には純粋な宗教的信仰というよりも一種の自分の助かりたい打算があった。

その最後の審判というものには、日本対全世界の一大戦争を発端として、日本全土が敵軍に空襲せられ、その時に世界全地に大地震があり、飛行機より爆弾は火の雨と落下して日本全国がほとんど灰燼(はいじん)になるが、この綾部十里四方の上空だけは、神が守護していて飛行機を入れないから、この綾部の地だけは安全であり、その時の大地震にも綾部の十里四方は下津磐根(したついわね)と称して一枚岩であるから絶対安全地帯である。

大祓祝詞に「下津磐根に宮柱太しき建て、高天原千木高聳(し)りて」とあるのは、その時の予言であって綾部に一大神殿が建設せられ、日本国中どこもかしこも一時住むところがなくなるから綾部がいっさいの中心地となる。

この下津磐根の安全地帯へ逃げて来ている者は助かるが、その他の者はほとんど全滅する。

こういう功利的な意味で丹波綾部へ移住して来る者も多かった。


大本教の筆先の一部を引用して種々憶測を加えていろいろデマを飛ばすものが、あちらにもこちらにも出て来た。

根も葉もない事が現実味をもって伝えられ、大本教が世界を統一した後に現在大本教の功労者たる人たちは、イギリスの太守になるとか、アフリカの太守になるとか妙な功利的な利益を言い触らす者もあった。・・・(略)

5559a hope:2015/06/27(土) 10:40:17 ID:cEpBaIdo

>>5558 a hope所感)

大本教祖出口なお(出口直子)の「世界建て替え宣言」である筆先を信徒のそれぞれが勝手に解釈し、デマが乱れ飛び、
人々をパニック状態に落とし入れます。

その結果、その筆先を漢字混じりに書き直した執筆者として教主出口王仁三郎氏と、時の総務浅野和三郎氏等が起訴され、
本部のある綾部の地も包囲され家宅捜索が行われたとあります。

当時の雅春先生はご自分自身も綾部にいながら、そこで起っている異常な状態を冷めた目で客観視されています。
(つづく)

5560a hope:2015/06/27(土) 10:41:36 ID:cEpBaIdo
(つづき)

「生命の實相」第19巻 p147 4行目〜

(略)・・・わたしはそんな日が来ても決して大名にも太守にもなれないと思っていた。

そんな馬鹿らしいことは考えられなかったし、たといそんな馬鹿らしいことを想像しても、わたしはそんな資格があると思えなかった。

もし最後の審判がありとするならばその時綾部に集まっているすべての人が、わたしはとうていその審判を通過する資格があるとは思えなかった。

筆先の解釈の問題でさえも内部の人たちおのおのがその見解を異にして相争っていたし、信者たちおのおのは「信者の癖にこんなことをした、あんなことをした」と言っては互に悪口を言い、陰口をきいて相争っているのであった。・・・

5561a hope:2015/06/27(土) 10:45:02 ID:cEpBaIdo

>>5558 >>5560 a hope所感)

「生長の家」総裁・副総裁や本部職員の方々は「都会ではいけない」と都会を見棄てて田舎に移住され優雅な田舎暮らしを満喫されています。

<<そこに漂う空気には純粋な宗教的信仰というよりも一種の自分の助かりたい打算があった。>>???

(↑本部のみなさまの反論をお待ちしていますm(__)m)


そして、その方針についていけない信徒(本流)や、
ついていきたくても経済力がなくて田舎に移住できず取り残されている教団信徒たちは、

<<「信者の癖にこんなことをした、あんなことをした」と言っては互に悪口を言い、陰口をきいて相争っているのであった。・・・>>


わたしは、当時の大本教の異常な状態は、現在の「生長の家」の状態とよく似ているような気がします。

5562神の子さん:2015/06/27(土) 11:18:37 ID:kEnG6jMo
≪生長の家」総裁・副総裁や本部職員の方々は「都会ではいけない」と都会を見棄てて田舎に移住され優雅な田舎暮らしを満喫されています。≫

見てきたような嘘を言い の典型かな あなた生活してみて優雅と判断したのですか

≪ついていきたくても経済力がなくて田舎に移住できず取り残されている教団信徒たちは、≫

ついて行きたいけれど金が無いからあきらめたと、あなたに行った人がいたのですか。過疎の村ならいくらでも移住できますが

5563a hope:2015/06/27(土) 11:31:32 ID:cEpBaIdo
わたしは、反論にはお答えしたいと思いますが、
HNが神の子さんの投稿にはいっさいお答えするつもりはありません。

これから、出かけますので正式な反論をいただけたなら夜にお答えします。

よろしくお願いいたします。

5564神の子さん:2015/06/27(土) 13:11:06 ID:C0U.LZaQ
≪生長の家」総裁・副総裁や本部職員の方々は「都会ではいけない」と都会を見棄てて田舎に移住され優雅な田舎暮らしを満喫されています。≫

見てきたような嘘を言い の典型かな あなた生活してみて優雅と判断したのですか

≪ついていきたくても経済力がなくて田舎に移住できず取り残されている教団信徒たちは、≫

ついて行きたいけれど金が無いからあきらめたと、あなたに行った人がいたのですか。過疎の村ならいくらでも移住できますが

5565a hope:2015/06/27(土) 20:03:53 ID:cEpBaIdo

>>5561には不適切な表現がありましたm(__)m

以下の文章に訂正させていただきます。


>>5558 >>5560 a hope所感)

「生長の家」総裁・副総裁や本部職員の方々は「都会ではいけない」と都会を離れて田舎に移住されています。

<<そこに漂う空気には純粋な宗教的信仰というよりも一種の自分の助かりたい打算があった。>>???

(↑本部のみなさまの反論をお待ちしていますm(__)m)


そして、その方針についていけない信徒たち(本流関係の方々や、教団にいても本部の方針には賛同できずにいられる方々)は、

<<「信者の癖にこんなことをした、あんなことをした」と言っては互に悪口を言い、陰口をきいて相争っているのであった。・・・>>


わたしは、当時の大本教の異常な状態は、現在の「生長の家」の状態とよく似ているような気がします。


↑あくまでも a hope個人の感想です。

5566神の子さん:2015/06/27(土) 20:21:01 ID:f6iBwf1Q

>>5561には不適切な表現がありましたm(__)m  以下の文章に訂正させていただきます。

返事もしたくない人間から指摘されたからと云って、表面を取り繕っても、初めに書いたものがあなたの本心でしょう。それが

≪そこに漂う空気には純粋な宗教的信仰というよりも一種の自分の助かりたい打算があった≫という表現はそのままにしているということでしょう

そんな偏った観念から聖典を読んで何になるのでしょう

まぁここはあなたの好き勝手に書いてよいところだから構わないけれどね

5567a hope:2015/06/28(日) 00:58:25 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第19巻 p170 後から5行目〜

宗教というものは大きくなればなるほど、だんだん穢(きたな)くなりやすいものである。

わたしが皇道大本の土を踏んだ時には、大本教には献金取り扱い所というものはなかったが、そのころになっていつの間にか、「献金取り扱い所」と書いた大看板が門前に吊り下げられた。

わたしはそんなものを吊り下げておいたならば、いかにも献金せよと参拝者の心に強いることになり、献金しなければきまりが悪くなって、心ならずも献金する人がでて来、集まってくる金が浄財のみとはならないから、そういう看板を出すことには神業に不純なものを交えることになって、かえって神業を妨礙(ぼうがい)することになると主張したが、老年の幹部たちはわたしの説を採用しなかった。

5568a hope:2015/06/28(日) 00:59:56 ID:cEpBaIdo

>>5567 a hope所感)

>>5543 で 島津さまが、

<<アメリカでも「これは宗教ではないよ!」てなエクスキューズをバンバンしながら、勧めていくみたい(笑)やっぱ日本もアメリカも、一般人は宗教はキライなんですよね(笑)。宗教色を出さずにいかに、雅春先生を伝道していくか。ここが、非常に重要かもしれません。>>

とお話されていますが、わたしは宗教が嫌われる原因の一つには使い道の明確にわからない「献金」を強要されることもあるからだと思います。

「生長の家」でも「聖使命会費」というのがありますが、現教団はその信徒の浄財を正しく使ってくださっているのでしょうか?

なんか、大本教のことを学んでいると、現教団とダブって見えてきてしまってついつい批判する心が出てきてしまいますね ・・・ 反省 反省 💦

5569神の子さん:2015/06/28(日) 10:37:51 ID:f6iBwf1Q

≪心ならずも献金する人がでて来、集まってくる金が浄財のみとはならないから、そういう看板を出すことには神業に不純なものを交えることになって、かえって
神業を妨礙(ぼうがい)することになると主張したが、老年の幹部たちはわたしの説を採用しなかった。≫ 

≪「生長の家」でも「聖使命会費」というのがありますが、現教団はその信徒の浄財を正しく使ってくださっているのでしょうか?≫
====================================================================================================================================
「聖使命菩薩讃偈」に聖使命を感得しとうたわれていながら雅春先生在世の時から腹の中の赤子から幼稚園小学生まで、また本人が何の関心もない子供たちを
聖使命会員として受け付けていた。法匡に精魂を奉安し聖経を読んでもらえば運命がよくなる、という信徒の欲望を満たすことで会員が増えているかのように
なっているが一人で10以上もの会費を払っているのだから、その中心者が止めればがくんと会員が減るのは道理です。

組織としては雅春先生も教団を純粋な神の組織として運営できていなかった。そんな中で集めた金で作られたものも純粋性に関して疑問が残るでしょう。
望みがかないますというニンジンをぶら下げて、信徒の欲望と二人三脚で大きくなったのが生長の家と云うことでしょう。

これが私の感想です

5570a hope:2015/06/28(日) 13:37:06 ID:cEpBaIdo

今、本流復活の掲示板の一つである「谷口雅春先生に帰りましょう」を拝見していましたら、
コスモスさまの投稿が目に留まりました。

ちょうど、献金についての話題でしたので紹介させていただきます。

http://kaerou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15378004


谷口雅春先生時代の献金には、「自分の聖使命会員となり人々の魂を救い人類を光明化するんだ!」
という「魂の大きな喜び」があったのだと思いました。

ですが現在は、人々の魂の救いより、現象の地球を救う運動への献金が主になっているようです。
だから、現教団への献金は、魂の喜びにつながらないのだと思いました。

「三界唯心所現」の真理から考えても、人間の魂を浄めれば現象の地球も浄まるのだと思うのですが・・・。

コスモスさまのご文章からは、教区の信徒さんたちの苦悩が伝わってきます。

5571神の子さん:2015/06/28(日) 18:28:02 ID:kEnG6jMo
≪ですが現在は、人々の魂の救いより、現象の地球を救う運動への献金が主になっているようです。
だから、現教団への献金は、魂の喜びにつながらないのだと思いました。≫
================================================================================================================
根本的に考え方が間違っていると思います。『生命の實相』一巻P4に
「われわれが生命を礼拝し、こうした「生命」の法則にしたがって生活することを目標においていますのは、われわれがこの世界に「生命」享けてきた事実から
出発するのでありまして事実ほど力強いものはないのであります。」とあります。

肉体人間と見えるままに生命そのものである、と同様に、自然と云うものが単なる物質の環境などというものでなく、生命として存在しているのです。
その生命が人間の欲望の犠牲となっている、その生命を大切にし共存を図ることは、とりもなおさず大調和の神示の実践そのものなのです。

現教団への献金が魂の悦びになっていない人は、個人の生活が改善されることを以て救いと考える、エゴの感情の抜けていない人の事であると思います。
自然界の生物の命とわが命が分かち難き一体のものと思える人にとっては、個人の悲しみと自然の悲鳴は一つです。
現象の地球を救うことが可笑しいというのであれば、個人の苦しみを救うのも可笑しいということになります。

5572a hope:2015/06/29(月) 09:56:30 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」 第19巻 P172〜

十三

恐怖の宗教は人を迷いに導き、そのあげくの果てには人を病気に突き落とすものなのである。

5573a hope:2015/06/29(月) 09:57:37 ID:cEpBaIdo

>>5572 a hope所感)

よく本流の先輩方は 教団が左翼化していると指摘されていますが、
右翼支持の方々から見れば『左翼に片寄る宗教』は、「恐怖の宗教」に見えるでしょうし、
左翼支持の方々から見れば、『右翼に片寄る宗教』は「恐怖の宗教」にみえるのかもしれません。

本来の「生長の家」は、右翼でもなく左翼でもない『中道の宗教』であるとわたしは信じています。

5574a hope:2015/06/30(火) 08:52:47 ID:cEpBaIdo
 
「生命の實相」 第19巻 p178 7行目〜

わたしは心臓病の医学書を読んだお蔭で、妻の病気を機構的に物質的な故障で、自療力では治らない固定したものだと思ったから、その得るところは不治症だという恐怖観念だけであった。

それは天地に慟哭したいような悲しみであった。

結婚後まもなく、わたしの妻は一生治らないような病気に罹ったのである。

病床の妻の寠(やつ)れた顔を見つめているとひとりでに涙が滲み出て来るのであった。

「泣くな。そんなに泣くと僕はいっそう悲しくなる。」わたしはこう言いながら蒲団の上に倒れかかって泣いた。――

なんと愚かなわたしであっただろう。

今なら神罰のないことも、病気の本来無いことも知っている。

そして病気を眼の前にしても、病気を見ないで、本来円満完全なる実相を見るべきを知っている。

だからこんなに恐れはしなかっただろうが、大本の教義に浸っていたそのころのわたしは人間の本来完全なる実相というものを知らなかったので恐れるほかはなかったのであった。

そのころの大本教でも、人間は神より与えられたる直霊(なおいのみたま)というものを授かっていると説いてはいた。

しかしその直霊を汚してしまってこんなに悪の世を招来したのであるから、神が神力、暴力、強制力で地震、雷、火の雨降らしてその汚れた霊(たましい)を一掃するのだというのだった。

それは悪がそこに現実にあるということを肯定し、その現実にある悪を勦滅(そうめつ)するには現実的な強制力を必要とする。

そして善なること能わざる「自分」たちこそは、その強制力によって勦滅されるはずの「現実にある悪」の一種であった。

そして、その動機の一過程として今ここの病気というものが出現していると思うとき、わたしは恐怖せざるをえなかった。

5575a hope:2015/06/30(火) 08:56:39 ID:cEpBaIdo

>>5574 a hope 所感)

<<それは悪がそこに現実にあるということを肯定し、その現実にある悪を勦滅(そうめつ)するには現実的な強制力を必要とする。
そして善なること能わざる「自分」たちこそは、その強制力によって勦滅されるはずの「現実にある悪」の一種であった。>>

この大本教の考え方って、「自然破壊する人間を悪」と見る雅宣先生の考え方によく似ていると思います。

そして現教団の「現実的な強制力」とは、森への移住、ソーラーパネルへの募金、ノーミート等にあたり、
それを実行しなければ、「人間は浄まらない」と教団信徒は脅されているような気がしているのではないでしょうか?

※ ↑ これも a hopeの個人的見解です。
わたしはHN「神の子さん」の投稿は同一人物であるのかも分からず混乱するので、一切拝読していません。

不変のHNをご用意くだされば、反論には誠実にお応えするつもりです。

5576島津綾久:2015/06/30(火) 09:03:25 ID:???


>>5574

 どうしても、こうなっちゃいますよね。いや、市販の宗教書(仏教でも基督教でも)を読んでいるとその、「若き日の雅春先生みたく」なって仕舞うと思います。ホントにそれは、恐怖ですよね。

 恐怖、ああ、恐怖・・・・・恐怖に駆動せられる人生。

 ・・・・恐怖感はあるのだ、それは神が人間に気付きを与えるためだ、恐怖感は必要なものだ、神が悪魔と戦い負けることもあるのだ、恐怖は強い実在だ、そんな解説を聞いて人は頑張れるものでしょうか。少なくとも私には、ムリでしたね(人生経験からそう云えますね)。そこで行くと谷口雅春先生ですが・・・・・・もう、本当にすごいです。

 さて、いよいよ明日からは20巻ですね。あの、ハイライトシーンへと繋がって参ります。雅春先生と一緒に感動をしたいものです。



5577神の子さん:2015/06/30(火) 11:46:12 ID:kEnG6jMo

『生長の家の食事』

而して一杯の飲料を手にしてはすべての人の罪をこの水の如く吾が心より洗い流して心にとヾめざらんがための象徴と思ひて飲め・・・・・
すべての他の人の罪を許すは、吾らの過ちをも亦大生命なる神より許されんがためである。・・・
      
  これは『七つの灯台の点灯者』の神示(昭和六年九月)に先立ち昭和五年十一月に降りたものです。この神示の実践なくして
  なんの生長の家でしょう。「汝らのうち罪なき者この女を打て」のキリストの戒めを実践している人はいるのでしょうか。

  かろうじて岡講師にのみ私は見ます。『「見ゆる」という罪が残る』とのキリストの言葉に反せず生きたきものです。

5578a hope:2015/06/30(火) 14:13:36 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第19巻 p187 後から7行目〜

天香氏のような弱者に対する憐憫感と、他を凌ぐことに対する罪悪感との深き人が、微生物に対する憐みの感じを忘れてしまっていられるとはわたしは思いたくなかった。

氏は人間の生存の条件として不可避な多くの微生物の犠牲にはやくも気づいていられないはずがない。

ただ氏はまったく犠牲なき生活に――否それは生活でなくして自己の死滅より他はないが――入るよりも先に、自己の生存において少しの犠牲の出ずるのを忍びつつも、生命全体の上から観て、宇宙全体の上から観て、犠牲の総量をなるべく少なくならしめんがために、ありうる犠牲の極小なる生活の範例を示すべく生きながらえている種類の人ではないだろうか――わたしはかく考えることによってのみ慰められたのであった。

5579a hope:2015/06/30(火) 14:15:36 ID:brQxC10.

>>5578 a hope所感)

<<ただ氏はまったく犠牲なき生活に――否それは生活でなくして自己の死滅より他はないが――入るよりも先に、自己の生存において少しの犠牲の出ずるのを忍びつつも、生命全体の上から観て、宇宙全体の上から観て、犠牲の総量をなるべく少なくならしめんがために、ありうる犠牲の極小なる生活の範例を示すべく生きながらえている種類の人>>


わたしは、雅宣先生や純子先生の森でのエコ生活は、この天香氏の生き方(雅春先生の考察による)によく似ていると感じました。

現教団の方針は一方で人間の自然破壊を非難しながらも、
一方では大量の木材を伐採し動物たちの住みかを奪い「森のオフィス」建築し、
今そのリサイクルが問題となっている太陽光パネルの設置を次々にするなどして、
少なからず自然破壊に手を貸してしまっている結果になっているのだと思います。

この後テキストには、天香氏の弟子たちが谷口夫妻の住居の庭や便所を「一燈園」の奉仕の精神で自分勝手に掃除していった結果、
谷口夫妻は非常に嫌な思いをされたというエピソードもあります。(p189)

このことでもわかりますが、現象問題に対応する運動はどんな運動にしても、
人それぞれの立場や考え方に相違があるために、完全にうまくいくということは在り得ないのだと思います。

ですからそのことからも「生長の家の運動」は「人間の無罪・人間神の子」の真理を伝える「人類光明化運動」でなければならないのだと思います。


ところが、>>5576で島津さまがご投稿をしてくださっていますが、若き日の雅春先生も、実はそのことには気づかれていないのですよね。
テキストの文章からは、若き雅春先生が現象の悲惨さに打ちひしがれて、苦悩の毎日を送っておられるようすがよく伝わってきます。


ところで、早いものでもう明日からは7月に入るのですね(◎_◎;)
第35回web誌友会は続行しますが、第19巻が終わり次第、テキストは第20巻に移っていきたいと思います。

みなさまのご参加をお待ちしています!

5580a hope:2015/06/30(火) 14:26:13 ID:cEpBaIdo

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

第35回 web誌友会 案内 

期間   6月1日〜7月31日まで
テキスト 「生命の實相」第19巻 自傳篇上  第20巻 自傳篇下/聖詩篇
内容  神示を受くる迄〈上〉 神示を受くる迄〈下〉 生長の家の歌
     
☆ ☆ ☆ ☆ ☆

5581神の子さん:2015/06/30(火) 14:38:14 ID:C0U.LZaQ
https://www.youtube.com/watch?v=Uhr0bKwudOs&list=PLLbT7f5WbajLSJgga9Tg21fPpllFETNMI&index=41

この一分二十秒あたりに九州大宰府跡が出てきます。結構な山の中ですね。今の交通機関で行くのではなかった昔の大宰府
菅原道真が島流しにあったかの思いを持ったのも宜なるかなです。

「東風吹かばにほひをこせよ梅花主なしとて春を忘るな」  「東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」

日蓮の身延、道元の越前永平寺、空海の高野山、最澄の比叡山、抜隊得勝の甲斐の塩山の向嶽寺、生長の家の九州総本山、
当地の奥山方広寺、秋葉山本宮秋葉神社(創建は和銅2年西暦709年)などは市外から其々30キロ40キロ程あります。

徒歩ですべて移動する時代に夫々参詣なり修行なりの参加は大変なものが在ったでしょうし、結構な山の中人里離れたところが多かった。
今よりはるかに人の数の少ない時代の話です。人を救い信者を増やすという事でしたら、市街地に拠点を据えるのがいいのに、なぜ山奥に拠点を据えたのでしょうか。
山に行くのがそんなに悪いのでしょうか。本山で雅春先生指導で錬成が行われるが、徒歩参加者のみとすると云われて何人の人が参加するでしょうか。

5582島津綾久:2015/07/01(水) 09:09:26 ID:???

 昨夜『生命の實相』20巻を読了しました。やはり、おもしろい!この巻は!




5583島津綾久:2015/07/01(水) 09:21:38 ID:???


 カンタンに云えば「高学歴ニート」なんですよ、雅春先生は。もう、カッコイイ事言いながら「生活力はナイ」と云う、ね。それである日養父から、強烈なことを云われちゃいます。「オマエ」と。

 「オマエは清貧だ、人類救済だと誇っているがそのために、年老いた親(養父)はオマエの生活を支えねばならん。我利我利亡者になった。」

 と・・・・・・・・・

 さらにはそんな、生活を支えてくれる養父から、孫(恵美子先生)を取り上げるんです。「近づくな」と・・・・・・

 いやーホント、雅春先生はスゴイです。

 こんなところにまで堕ちておられたからこそ、その後があるんですよね。「信仰と経済の両立」です。そしてこんな、高学歴ニートな時代を反省して編み出されたのが、雅春先生の真理です。これだから世の経営者も、「うん!」と唸るのだと考えます。いや、清貧って・・・・・・・そんなに偉いですか?宗教関係の方(笑)私は商売人だからか、そうは思えナイ(笑)。¥がアルからこそ、人も救えるのです。雅春先生の教えは「その辺の人生の機微を外していない」のであって、その点も特筆されるべき点かと考えました。




追伸

 夢の中の「神と雅春先生の対話」ですが・・・・・・・・ここが、強烈。

5584トキ:2015/07/01(水) 21:43:20 ID:.V9mWP8Q
>>5583

 そうなんです。家でお祈りをしているだけならともかく、
実際に世のため、人のためを考えると、お金の大事さは痛感しま
す。世間にはお金がなくて困っている人がたくさんおられます。
そういう人の痛みや苦しみがわかって、はじめて人の痛みがわか
るのだと思います。

5589島津綾久:2015/07/02(木) 10:45:21 ID:???

若き日の雅春先生念波は、ダメ人間を引き寄せますね。

5591a hope:2015/07/02(木) 12:09:13 ID:cEpBaIdo

みなさま こんにちは

今日は久しぶりの平日のお休みなので朝から家のお掃除を頑張っていました💦


ところで、web誌友会板への書き込みの件ですが、わたしは管理人ではないのであまり口出しはしたくないのですが、
テキストの内容と全く関係のない書き込みは、こちらへ書かれるのはご遠慮願いたいです。

また、運営に関してのご意見等は、別板の運営/方針板に書いてくださればわたしもお返事させていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。


ところで、本題ですが、

19巻の終わりから、20巻の始めにかけて雅春先生がお悟りになる前にかかれた「聖道へ」が掲載されています。

わたしはこの文章は、どうしても気持ちよく拝読できないのです。

冗談だと思いますが、>>5589で島津さまが、

<<若き日の雅春先生念波は・・・以下略>>

と発言されていますが、そういうことは本当にあるような気がします。

この「聖道へ」を拝読してると、わたし自身がどんどんネガティブな方向へ導かれていく感じがするのです。


ですが、この「聖道へ」は雅春先生が「唯神實相」の悟りに至るまでの心的過程がわかるので、
とても重要な箇所なのですよね・・・(-_-;)


訊けさま、「聖道へ」の部分だけでもいいので、代わりに司会進行をお願いできませんでしょうか・・・?

もちろんわたしもできるだけ参加させていただきますが・・・。

いかがでしょうか?

5592島津綾久:2015/07/02(木) 13:23:09 ID:???
司会をするのは構いません。

ただし案外、激務だったりします。ゆる〜い感じで司会するんだったら、受けます。

5593a hope:2015/07/02(木) 14:23:38 ID:cEpBaIdo

>>5592 島津さま

ゆる〜い感じでいいのではないでしょうか・・・?

わたしも、書き出すと止まらなくなる時もありますが、
このweb誌友会の司会は、結構ゆる〜く楽しみながらやらせていただいています。

なんといっても「生命の實相」を学べるという喜びに勝るもの他にはありませんから・・・

ですが、わたしはこの19巻、20巻前半と9巻、10巻の霊界篇だけは苦手なのです。

今回、19巻は頑張りましたが、「聖道へ」だけはどうしても読めないのです。
その波動が、雅宣先生の文章に似ているような気がします。

島津さまのペースでかまいませんので、今月いっぱいの司会進行をお願いしたいです。

トキさま、勝手にお願いしてしまいましたがよろしいでしょうか?

5594島津綾久:2015/07/02(木) 15:53:28 ID:???


 『聖道へ』は確かに、気分の悪くなる書です。特に『生命の實相』を読了した方ならば、尚更です。雅春先生は『神を審判く』を執筆されますが、同書の元となったのが『聖道へ』ですものね。まあ、神はイルけど、救ってくれるとは限らないよ・・・・・そんな、「人類への死刑宣告」(※)めいた書なんで、a hopeさんは気分を悪くされると思います。

 でも・・・・・・「でも」な話を以下。

 でも、読んで頂きたいんですがね(笑)

 いや、この、『聖道へ』を読まれずにクライマックスを迎えられるのはたとえば、「桶狭間の困難を読まずに信長伝を読むようなもの」ですし、月9ドラマに譬えれば男女の危機の巻を視聴せずにいきなり、最終回を見るようなモノです・・・・・・もったいない、そんな感想は持ちますかね。

 とは云え、確かに、気分の悪くなる書です。特に『生命の實相』を読了した方ならば、尚更です。『聖道へ』は無明縁起説なんでして、雅春先生の御主張は(あくまでもこの時点は)「人間は救われるかどうかは決まっていないよ」というモノです。かなり売れて印税は入ってきた『聖道へ』ではございましたが、雅春先生の心中はまったく晴れていなかったのも、ムベなるかな・・・・




<註>

※ 「人類への死刑宣告」な『聖道へ』

 死刑宣告とまで書いちゃいましたが、とは云え同書にも後の聖典のもととなる思想も認められます。たとえば実相を「本質」と『聖道へ』内で書かれて雅春先生は、一元の神までは肯定しつつあったんですよね。その事は認められます。ただし、この時代の雅春先生は「善一元の神」までは未だ、御認めになられておられませんよね。死刑宣告は大げさかもしれませんが、まあ、この時代の雅春先生の思想は「無明縁起説」といえましょうか。

5595島津綾久:2015/07/02(木) 16:04:41 ID:???


 ・・・・・と、云うことでダメ人間大歓迎です。キャバクラ狂いが止まないであるとか、仕事の最中に高校野球を観戦しに行っちゃうとか、女性を見ると触りたくなるとか・・・・・そのようなダメ人間。大歓迎。

 一緒に聖典を読みましょう。

 なにせ、先生が素晴らしい。

 我々の先生は、ダメ人間界での「最高の出世頭」です、そう、最高レベルの元ダメ人間「谷口雅春先生」のご著書なんです(笑)。もう、ダメ人間のために書かれた・・・・・・そう云っても過言ではナイですし、最高の書です。・・と、云うことでダメ人間大歓迎です。一緒に聖典を読みましょう。





5596a hope:2015/07/02(木) 21:02:49 ID:cEpBaIdo

>>5594 島津さま

やはり、「聖道へ」は読んで気持ちの良くなる文章ではないですよね(;´∀`)

わたしは以前、雅宣先生の文章を読んで気持ちが悪くなると発言してどなたかに批判されたことがありますが、
たとえ雅春先生のご文章であっても、それが現象や悪を認めるという「迷い」から書かれた文章であればわたしは気持ちが悪くなるのです。

ちなみに、破邪顕正さまやトンチンカンさまの「総裁や教団へのご批判文」も拝読するととても気持ちが悪くなります。

わたしは、他の人よりも波動に敏感なのでその違いが身をもってわかりますが、
普通の体質の人はそのことには気がつかないまま運気を落としていくのではないかと思います。

今回、雅宣先生の祈りの入ったお経ができたそうですが、読誦しない方が身のためだと思います。

祈りの言葉やお経などは、唯神実相を確実に悟られた方が書かれたものでなければ、百害あって一利なしだと思います。

すみません、今日は少し酔ってますので、言いすぎたかもしれません。
ですが、これはわたしの正直な感想です。

5597神の子さん:2015/07/03(金) 00:47:27 ID:C0U.LZaQ
わたしは以前、雅宣先生の文章を読んで気持ちが悪くなると発言してどなたかに批判されたことがありますが、
それが現象や悪を認めるという「迷い」から書かれた文章であればわたしは気持ちが悪くなるのです。

ちなみに、破邪顕正さまやトンチンカンさまの「総裁や教団へのご批判文」も拝読するととても気持ちが悪くなります。

今回、雅宣先生の祈りの入ったお経ができたそうですが、読誦しない方が身のためだと思います。
********************************************************************************************************************
なんと身びいきな発言でしょう。【現象や悪を認めるという「迷い」から書かれた文章であればわたしは気持ちが悪くなる】
あなたがああだこうだと批判的な発言をする対象は、現象でありあなたにとって悪と思われるものでしょう。
現象無しの心の人がなぜ現象に心が影響されるのでしょう。癩病で膿みただれた人の頭を剃って坊主にした、その手を洗うべくお付の者が早々と
手洗い水を用意したところ、お前のその嫌う心の方があの癩人より汚いと云ってその水を使わなかった。また癩病の乞食が時々来た時に周りの人は嫌な気色を
漂わすが、その坊さんはいつも自分の鉢で飯を恵んだそうだ。

5598島津綾久:2015/07/03(金) 07:33:28 ID:???

>>>癩病で膿みただれた人の頭を剃って坊主にした、その手を洗うべくお付の者が早々と
手洗い水を用意したところ、お前のその嫌う心の方があの癩人より汚いと云ってその水を使わなかった。また癩病の乞食が時々来た時に周りの人は嫌な気色を漂わすが、その坊さんはいつも自分の鉢で飯を恵んだそうだ。<<<

 そうなんですか、そのレベルまでを相手に、お求めなのですね。




追伸

 現象や悪を認めるという「迷い」から書かれた文章であればわたしは気持ちが悪くなる ―― 学習途中にある者はこんな段階、普通にあるのではないでしょうか。そして、それをいきなり上記のレベルを提示されて「ダメだ!」と申される貴殿は、相当にご立派な方だとお見受け致します。たとえば当方が「造化の三神へのレス」をしたとしても、貴殿はその、〝癩病の乞食〟的なレスに対しても、さぞ、丁寧な返答を心がけておられる御仁なのでありましょう。素晴らしいですね。

5599神の子さん:2015/07/03(金) 08:21:42 ID:C0U.LZaQ

今回、雅宣先生の祈りの入ったお経ができたそうですが、読誦しない方が身のためだと思います。

祈りの言葉やお経などは、唯神実相を確実に悟られた方が書かれたものでなければ、百害あって一利なしだと思います。
******************************************************************************************************************
このような感想を書くような方向に進むのが可哀そうなだけです。

5600現役:2015/07/03(金) 12:40:39 ID:???
ちわ (^^

a hopeさんを支持します

全体主義みたいなのイヤだな〜

5601神の子さん:2015/07/03(金) 14:34:02 ID:C0U.LZaQ
5600さん

信仰に全体主義なんてものが在るのですね 初耳です

永遠の我と云う唯一つの存在があると云われていると思っていましたので

5602現役:2015/07/03(金) 16:08:30 ID:???
みたいなの…と言いました
めんどくさいな

5603神の子さん:2015/07/03(金) 16:57:17 ID:kEnG6jMo
じゃさっさと教団止めるのだね、信仰は自由だし虚説の所にいても仕方ないでしょうから。
講習会に出る人の半分が今の教えでいいとするとどれだけいるのでしょうか?
その人達は虚説を信じていて、百害あって一利ないお経を読む人たちだそうですから。

5604島津綾久:2015/07/03(金) 20:03:40 ID:???

 少し誌友会テーマからははずれますが、さすがに「百害あって一利なし」とまでは思いません。そして「一利なし」は同意しますが、総裁の新聖経ですが、無害ではあろうかと・・・・・内容未確認ながら雅宣総裁ですけれども、「そこまでアホではない」です。(アホなのはあの「造化の三神」解釈くらいです・・・・・あれは、アホです。ですが、それ以外は特に問題点はナイです、あくまでも思想的にはね)

 まあ、これが私見なんですけれども、特に本件へのレスは不要です。



追伸

 まあ、やや拡大解釈ながら雅宣総裁ですがひょっとすると・・・・・・・『聖道へ』執筆時の雅春先生なのかも、しれませんね。『聖道へ』当時の雅春先生ですが、「異常なくらいの肉食忌避者」です。関東大震災の避難所暮らし時代、隣人が差し出したパンですが「それにバターがついていた」という理由で、食べませんでした。「私は動物への愛を持ってはいたが、なけなしの食糧を恵んでくれた人間への愛に欠けていた」と述懐された、雅春先生です。ひょっとすると、ですが雅宣総裁は・・・・・・『聖道へ』執筆時の雅春先生なのかも、しれませんね。(総裁の全著作を拝読して後、本来、云うべきことながら)

5605島津綾久:2015/07/03(金) 20:18:07 ID:???


 >>5604補足

 で、「それじゃ雅宣総裁はいつ『雅春先生化』するのよ?」とか聞かれそうですが、『生命の實相』20巻から判断するに、

 「経済問題で苦しんでから」

 とかに、なるんでしょうかね・・・・・・・・・いや、まあ、半分冗談ですが。

 で、半分はホンキで云っているんですが、「雅春先生にあって、雅宣総裁にナイもの」って、貧乏体験だと思うのです。青臭いことを言いながら、それでいて「生活面では養父に頼り切りだった」雅春先生はその後、猛反省します。猛反省したのち「信仰と経済の両立」を実現なさいますが、果たして?雅宣総裁は、いかに・・・・・・・

 ・・・・・・青臭いことを、言いまくっておられますが(笑)それは、信徒という養父があってのことでは?ございませんこと、雅宣総裁。

 ・・・・・・雅春先生は養父に経済的な迷惑、かけていることを恥じておられました。そしてついに、『生命の實相』が生まれます。雅宣総裁は、恥じておられますか。いや、地方の教化部に行ってご覧になれば明らかなように、総裁の生活を支えるために信徒は、もう、我利我利亡者になってますよ。「オマエは人類救済とかご立派なことを云っているが、お前の生活を支える我々養父母はガリガリだ」・・・・・・・・・・これ、養父から雅春先生に浴びせられた一言でした。

 さて、雅宣総裁やいかに。



5606島津綾久:2015/07/03(金) 20:23:39 ID:???

<総裁への問いかけ>

 (『聖道へ』執筆時の)雅春先生は、養父がいたからこそ「青臭いことが言えて」ました。さて、総裁先生、あなた様は・・・・・・・・信徒という養父なくして果たして、現在のような青臭いこと(=環境問題w)言い続ける自信はございますか?

 もしも「ある」がご返答でしたらどうぞ、そのまま邁進くださいませ。そして信徒という養父に向かって、「あなたのサポートは不要であります」と宣言なさい。それならば、カッコイイですよ、マジで。



追伸

 でも、「太陽光発電を作りたい!」なんてこと、言ってんなら「自分のカネでおやんなさい」な(笑)もう、オトナなんだから(笑)恥ずかしいぜ?養父(=信徒)の懐頼みの「環境路線」なんて(笑)

5607a hope:2015/07/03(金) 23:09:52 ID:cEpBaIdo

>>5604 島津さま

<<少し誌友会テーマからははずれますが、さすがに「百害あって一利なし」とまでは思いません。
そして「一利なし」は同意しますが、総裁の新聖経ですが、無害ではあろうかと・・・・・>>

たしかに、総裁の指導内容に賛同されている方々には外見上は無害なのではないかと感じています。

今回、島津さまは総裁の環境運動をご批判されていますが、
その教義内容に関してはほとんど疑問をお持ちではありませんでしたものね。

ですが、島津さまは「一利もない」ということはお認めになっていらっしゃる。

だったら、信徒の浄財から「一利もない」経本の出版費用が少なからず出ていることや、
教団の信徒が毎日「一利もない」お経を時間をとって拝読するということに関してはどうお考えでしょう?

わたしは、それこそ浄財の無駄遣いであり、時間の無だ遣いであると感じてしまいますが・・・。

わたし個人的な意見としては、今回のお経を「甘露の法雨」の代わりに「先祖供養」のために読誦したら、
百害どころではすまないのではないかと恐怖感すら感じています。


ですが、この件に関して、島津さまと議論するつもりはありませんので、このお話はこれで終らせていただきますね。


その件以外の>>5604〜5606の島津さまのご意見には、心より賛同させていただきます。

生活に追われている一般人からみれば、雅宣先生の環境運動は、ボンボンの道楽ボランティアにしか見えませんものね(-_-;)。


わたしは総裁先生からは、

「そんな、生半可な気持ちでやっているんじゃない!
自分は地球救済のために命がけでやってるんだ!」

みたいな反論を期待してしまいますが、もしそうであれば、わたしも島津さまと同じことを総裁に問いかけたいです。


<< (『聖道へ』執筆時の)雅春先生は、養父がいたからこそ「青臭いことが言えて」ました。
さて、総裁先生、あなた様は・・・・・・・・信徒という養父なくして果たして、
現在のような青臭いこと(=環境問題w)言い続ける自信はございますか?

 もしも「ある」がご返答でしたらどうぞ、そのまま邁進くださいませ。
そして信徒という養父に向かって、「あなたのサポートは不要であります」と宣言なさい。
それならば、カッコイイですよ、マジで。>>

5608「訊」:2015/07/10(金) 10:09:21 ID:???

うん、考えるば考えるほどこのテーマは面白いです。養父や信徒なくして青臭いこと・・・・・・言い続けられるものか?

5609北斗のけん:2015/07/10(金) 15:07:23 ID:WZEY5Q7A
島津さま
私にレス下さってましたね。
「自分の国のことは一番すごい国の思うことは自由。ただ、他の国の人にそれを強いるのは、ダメ。。こんな内容)
有り難うございます。
いつもレスに、きずかず色んな方々に申し訳ない思いです。
それで、島津さまの意見に「なるほど、なるほど」です。
他の国の人にまで強いたら、ある意味「ナチス」じゃねえの。?って、うそですよ。言い過ぎですね
ただ、タイのひととしゃべる機会がありましたとき(その人は日本好き)
「日本は、他の国より色んな面で、優れてるし、進んでるし、キチンとしてるし、ほとんどの面で一歩も二歩も抜きん出てる。やっばり先進国だね」こう言ってくれたらしいですよ。
京都も選らばれたし。
やっばり、優れた国の方に入ってる感じで嬉しいですね。

5610北斗のけん:2015/07/10(金) 15:24:16 ID:WZEY5Q7A
A hopeさま
総裁は、あんまり、真理を解ってないのでしょうか?
或はそこまで真理に興味がないのか?宗教っぼいのが嫌なのか?
実は総裁は
環境の事にも、そこまで興味ないのかもね。何かしら「総裁としての、これっちゅう何か」 を出さないといけない。と、思って、でも真理はもう嫌だし。それで、総裁にとって少しはその方面(環境)の知識があって、世のためになってる感じのする、体裁のいい「環境問題」に 取り組んでるような様をみせてるのかな?「どうだ!私も中々やるだろ!」
ってさ、
あれ、すごいメチャクチャな文で分けわかんないですね。

5611島津綾久:2015/07/10(金) 16:21:01 ID:???
>>>他の国の人にまで強いたら、ある意味「ナチス」じゃねえの。?って、うそですよ。言い過ぎですね<<<


 言い過ぎではナイですよ。他国へ価値観を強いるのはナチスですし、USAですよ(笑)。そして、かつての大日本帝国がそうですよ。

 八紘一宇に賛同しないヤツを「アジア人じゃねー!」なんて言って罵倒して、ガンガンに好き勝手を、ヤッちゃいました。軍票大量発行により現地でインフレ起こしても「八紘一宇のため!反対者はアジア人じゃない!」です。行軍に伴い兵隊が、師団単位で道端で大便して放置して、疫病をばらまこうとも「八紘一宇のため!反対者はアジア人じゃない!」です。そりゃ、現地じゃ嫌われても仕方ナイですよね。(※)まあ、でも、日本は・・・・・・・・いきなり銃殺はしなかっただけ、良心的ですがね(ナチスやアメリカと比較しての話です)


<註>
※ そりゃ、現地じゃ嫌われても仕方ナイですよね。

 以下は山本七平さんの本からなんですが、日本陸軍には「比島歩哨史がナイ」との事。これって戦慄すべきことなんですが歩哨・・・・現地の幹線主要部で関所みたいなことやってた兵隊さん達のことなんですが、その歴史記録がナイんだそうで、理由は「全滅したから」らしいのです。

 もう、どんだけ嫌われていたんでしょうか、日本陸軍。「八紘一宇!」とだけ叫んでいればアジア人は全て、味方してくれると思っていたのでありました、嗚呼・・・

5612島津綾久:2015/07/10(金) 16:25:43 ID:???

 あ、注釈欄を補足しますが「歩哨が殺される」ってのはゲリラによって、なのです。最も安全そうな歩哨任務なんですが、日本陸軍には歴史記録が残っておらずその理由は、「ひとり残らず殺されたから」なんだそうです・・・・・・・・これは、戦慄すべき事実です。関所にいる兵隊が殺されるってのは、もう、現地はゲリラの巣窟となっていたことを物語りますし、軍政のまずさを露呈してます。

5613a hope:2015/07/12(日) 02:15:31 ID:cEpBaIdo

>>5610 北斗のけんさま

わたしも、「唯神実相」を悟っているわけではないので、あまり偉そうなことは言えないのですが・・・(-_-;)

雅宣先生は、頭では「生長の家」の真理はかなり理解されているのではないかと思います。

ですが、肝腎な「唯神実相」をお悟りになっていないので「現象なし」が徹底されていないのです。

だからどうしても「実相・現象」もしくは「善・悪」の二元論的に表現されてしまわれるのです。

わたしは、そのご文章を読んでいると「現象」をありありと感じてしまうので気分が悪くなるのです。

それに環境問題なんて、現象そのものですよね!

その問題に対応するような運動は「生長の家」の運動にはふさわしくないと個人的には感じています。

ですが、同じ環境運動でも、「実相世界の展開としての素晴らしい環境を地上に実現しよう!」みたいな、
もっと人々心に「実相世界」の素晴らしさを訴えていくような運動の方法をとるのであれば、
生長の家の運動にふさわしくなるのではないかとは思いますが・・・。


あー、今夜は夜更かしをしてしまいました💦
明日はちょっと朝寝坊してしまおうっと・・・

5614a hope:2015/07/12(日) 11:20:47 ID:cEpBaIdo

島津さま

web誌友会の司会ありがとうございます。
わたしは、戦争のお話にはどう反応していいのかわからないのですが、
しっかり拝見させていただきお勉強させていただいてますよ。

ところで、今日は榎本恵吾先生の帰幽された日なのですね。

大熊先生がブログで恵吾先生の素晴らしいご文章を紹介されています。

「訊け」さまへのエールとともにですよ!!

http://blogs.yahoo.co.jp/panda41415151

5615島津綾久:2015/07/12(日) 17:26:48 ID:???
>>5614

キャー、私、大熊先生から褒められちゃった。「あのブログを呼び捨てブログの言う方があるが」とのくだり、あの辺が大熊先生は流石だと思います。信徒ではナイ、しかも、シューキョー大嫌いな私なんですが、そんな私すらもメロメロにしてしまう偉大な人物・・・・・・それが、雅春先生です。「谷口雅春に訊け」ですが、偉大な人物を顕彰する意味を込めているのであり、その辺を大熊先生は、理解下さったておられるのであり、嬉しいですね。

5616a hope:2015/07/20(月) 16:39:35 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第20巻 p106 



わたしはこの霊媒の言ったとおりの善人であったのである。

貧乏になる稽古ばかりしていて、自分が貧乏しているから人をたすける力もなし、自分も苦しみ、養父母をも苦しめ、妻をも子をも苦しめたのであった。

自分こそこれ善中の悪であったのである。

わたしは現在のような奉仕生活――誰かが経済的に犠牲になったり、そのために家庭が不和になったりするような奉仕生活がまちがいであるということに気ついた。

後年わたしが発行した『生長の家』という雑誌が中心になって一つの信仰団体が組織されるようになったとき、他の宗教団体のように信者の労力を奉仕と称して無償では使わず、信者の財産を献金と称して資本主義の最高形態たる株式会社組織ににし、献金を聖典出版費に対する出資として取り扱い、出費に対しては半期ごとに配当を支払い、献労者を社員とし、各支部の献労者に聖典頒布の手数料を支払うことにしたのは、在来の宗教に見るような本部が信者から奉仕や献金を受けとることをあたりまえのことのように思うまちがいをなくすためであった。

そして狂信者が財産を本山へ献金したり、無料で働いたりするがために狂信者の家庭の内部に反対が起こって、宗教がかえって家庭に風波(ふうは)を起こすことがある弊害を防がんがためであつたのである。

これらは皆わたしの生活体験から在来の宗教に見出される欠点を修正したものである。

宗教が株式会社だと言えば、ただそれだけで本山の営利を目的とした不純な作為があるように考える人があるかもしれないが、「生長の家」を仮に宗教と認めても、「生長の家」そのものが株式会社なのではないのである。

「生長の家」はわたしの創(はじ)めた教えであって無形の道なのである。

その無形の教えを文字に顕わした聖典を出版販売する会社が株式会社なのである。

それは仏教は宗教であって決して株式会社ではないが、大蔵経の出版は株式会社なのがたくさんあるようなものである。

しかも生長の家ではその出版会社の株主は信者自身であって、信者の献金は増殖されてかえって信者に還る組織になっているから、信者はその宗教によることによって本山から財産を搾られることなく、かえってその宗教によることによって聖典頒布の収入を受けるのである。

むろん、わたしも損をしない、わたしは聖典の著者として印税を受ける。

これはわたしの精神労働に対する報酬であって、信者から受ける献金ではない。(もっとも現在はわたしの印税全部が社会事業団へ寄付されている)

生長の家の主張する生活は誰かが犠牲になって、損をして、他を生かす生活ではない。

誰も損をせぬ、誰も犠牲にならぬ、共存共栄の生活こそ正しい生活なのである。

聖典の筆者も、頒布者も利益し、それを購読する読者も決して損をせずわずかの書籍代を支払うだけで毎月支払う数十円、数百円の医薬費治療費が不要になった実例数を知らないのである。

ともかくわたしは長い間の奉仕生活の体験からこの新しい、誰も損をせぬ、誰も献金せぬ、誰も犠牲にならぬ宗教形態を創始したのである。

5617a hope:2015/07/20(月) 16:41:47 ID:cEpBaIdo

>>5616 a hope 所感)

<<しかも生長の家ではその出版会社の株主は信者自身であって、信者の献金は増殖されてかえって信者に還る組織になっているから、信者はその宗教によることによって本山から財産を搾られることなく、かえってその宗教によることによって聖典頒布の収入を受けるのである。>>


昔の「生長の家」の信者は、聖典頒布の収入を受けていたのですね!
聖典の著作権を巡って裁判している現在の「生長の家」とはずいぶんと様子が違いますね💦

雅春先生は、

<<生長の家の主張する生活は誰かが犠牲になって、損をして、他を生かす生活ではない。
誰も損をせぬ、誰も犠牲にならぬ、共存共栄の生活こそ正しい生活なのである。>>
<<ともかくわたしは長い間の奉仕生活の体験からこの新しい、誰も損をせぬ、誰も献金せぬ、誰も犠牲にならぬ宗教形態を創始したのである。>>

と断言されています。


現「生長の家」総裁雅宣先生、そして本部職員のみなさまには、信徒に経済的な負担がかからないような本来の「生長の家」らしい運営を心がけて欲しいですね。

5618神の子さん:2015/07/20(月) 17:32:19 ID:kEnG6jMo
<<ともかくわたしは長い間の奉仕生活の体験からこの新しい、誰も損をせぬ、誰も献金せぬ、誰も犠牲にならぬ宗教形態を創始したのである。>>
と断言されています。

現「生長の家」総裁雅宣先生、そして本部職員のみなさまには、信徒に経済的な負担がかからないような本来の「生長の家」らしい運営を心がけて欲しいですね。
*****************************************************************************************************************************************************
その舌の乾かぬうちに、教団が大きくなると懐が大変になりました、『聖使命会』の制度を造りました、どうぞ愛行してください、と云う事で今のような

聖使命なんて関係ない人の分まで受け付けて、欲かき信徒の欲望を利用して教化部長さん職員の給料がアップしたのです。その恩恵に与かっているのでしょう、

トキさんトンチンカンさんなどは。現実と会わない文章は変えておくべきですね、こんなところが聖典?株主になるだけの資本金のある人の話を一般信徒の話に
しないでください。

あなたのように一切負担しない人は言う必要ないですよ、気持ちよく出している人も幾らでもいるのですから。

5619トキ:2015/07/21(火) 12:32:04 ID:4UjCzrVw
>>5618

神の子さん 様

 聖使命会員制度は、人類光明化運動のパテントは職人に譲られた、ということで以前にも書いたことがあります。

 私が聞いている範囲では、谷口雅春先生が組織指導をされていた時代は、信徒に負担をかけたくない、という
ことで、献金なども最低限にされていたみたいです。特に初期は、教団の財政的な基本があまりできておらず、
かなり財政状況も苦しかったみたいです。そのため、職員の待遇はよくなかったとも聞いています。以前、書いた
栗原先生の件も、古い講師に尋ねると、経済的な背景があったみたいです。

 信徒数が増加して、今までのやり方では通用しない、ということで、聖使命会員制度ができたのはご存知の
とおりです。その後、谷口雅春先生が組織指導を外れられ、組織が肥大化すると、競争のようなやり方で会員
を増やす弊害が生まれた次第です。

 問題は聖使命会員というシステムにあるのではなくて、競争みたいに数字を追いかけるような風潮にあった
と感じております。

5620トキさんへ:2015/07/21(火) 17:45:43 ID:kEnG6jMo
谷口雅春先生が組織指導を外れられ、組織が肥大化すると、競争のようなやり方で会員を増やす弊害が生まれた次第です。
問題は聖使命会員というシステムにあるのではなくて、競争みたいに数字を追いかけるような風潮にあったと感じております。
***********************************************************************************************************************
【谷口雅春先生が組織指導を外れられた】というのは昭和何年の事であり、どのような組織改編がなされ、組織を動かす第一人者は誰になったのですか?
【組織が肥大化すると、競争のようなやり方で会員を増やす弊害が生まれた次第です。】これは何年ごろからの話ですか?

返事をもらってから感想を書きたいと思います

5621神の子さん:2015/07/21(火) 18:41:20 ID:kEnG6jMo
日本中のすべての人に伝道し此の教えを実行てもらいたい、との希望を持っていた雅春先生が

【ともかくわたしは長い間の奉仕生活の体験からこの新しい、誰も損をせぬ、誰も献金せぬ、誰も犠牲にならぬ宗教形態を創始したのである。】と云いながら
【信徒数が増加して、今までのやり方では通用しない、ということで、聖使命会員制度ができた】

と云う事はたかだか100万(全国大会に出るような少々熱のある会員で言えば4,5万)そこいらの会員で組織が動かなくなることを見越せなかったということになりませんか?
その結果、本からのみの原理主義者のようなa hopeさんのような方が【と断言されています。】との感想を述べるのでしょう。

そんな未来を見通す力のない方が大東亜戦争を聖戦と云い応援したが、東京大空襲により東京が焼け野原になる事も見通せず10万人もの犠牲種が出て、戦災孤児が多く出た
ことへの懺悔から、神の国寮の運営をはじめ運営主体の生長の家社会事業団に恒久的財源として生命の実相の著作権を譲ったものでしょう。

それをまた戦いの道を歩もうとはさてさて

5622トキ:2015/07/22(水) 15:36:18 ID:ToK4dAe2
 ロシアの作家が、「直線を引くのは、2つの点があれば十分だ」という言葉を書いています。
では、2つの点を示しましょう。

 戦前、谷口雅春先生が直接、ご指導をされていた時代、組織はお金はあまりなかった(職員
さんが内職をしていたとも聞いています)が、組織内の空気は生き生きしており、自由で闊達
な雰囲気に満ちていたと言います。これは戦前の事情を経験された複数の信徒さんの証言で
一致しております。

 私が生長の家高校生連盟で活動をしていた頃は、そういう雰囲気は薄らいでいました。
当初は、そうは言っても、まだ谷口雅春先生の直弟子の方々がご存命でしたから、宗教
的な雰囲気は強かったですが、そういう方々が他界されるにつれ、官僚的、形式的な
雰囲気が強まっていました。

 これらは、ある日、突然、そうなったのではなくて、組織の肥大化にともない、徐々に
そうなったと理解するのが普通でしょう。

 なお、お願いですが、常連投稿者様は、HNのご使用をお願いします。

5623誰か教えて:2015/07/22(水) 18:07:10 ID:kEnG6jMo
谷口雅春先生が組織指導を外れられ、組織が肥大化すると、競争のようなやり方で会員を増やす弊害が生まれた次第です。
問題は聖使命会員というシステムにあるのではなくて、競争みたいに数字を追いかけるような風潮にあったと感じております。

とのあなたの意見に対し

【谷口雅春先生が組織指導を外れられた】というのは昭和何年の事であり、どのような組織改編がなされ、組織を動かす第一人者は誰になったのですか?
【組織が肥大化すると、競争のようなやり方で会員を増やす弊害が生まれた次第です。】これは何年ごろからの話ですか?

とお聞きしたのですが

戦前、谷口雅春先生が直接、ご指導をされていた時代、組織はお金はあまりなかった・・・・・
これらは、ある日、突然、そうなったのではなくて、組織の肥大化にともない、徐々にそうなったと理解するのが普通でしょう。

が答えですか、戦前の話でなく聖使命会員制度の関係の話をしていることへのあなたの意見なんです。あなたの意見を読むと私には質問したような疑問が出た
のです。53年に九州に行かれる前に組織指導を外れられたというからそれはいつの事か、と聞いたのです。先生は聖使命会員の数又誌友の数(一括購入されている
発行部数)でもって生長の家の教勢を判断されていたと思われるのですが。【組織の肥大化にともない、徐々にそうなったと理解するのが普通】とのことですが
それが雅春先生が総裁の実務を取っていた昭和50年以前なのか以後の清超先生の時かは大事な観点だと思います。

「しかし、「ご利益を得るために献金する」というのでは、本当の愛の行いではありません。生長の家では、聖使命会員の方々を「聖使命菩薩」と呼びたたえていま
す。聖使命菩薩とは「自分が救われるより先に、他の人々を救ってあげたい」という愛他に励む尊い生き方を実践する方々のことです。こうした清い心の方々が
聖使命会員なのです。」と今でも意義について説かれています。
そして「聖使命会に入会されるときには、あなたご自身で氏名を書かれた「誠魂録」を提出して頂きます。」これらに反し身内知り合いはたまた生まれる前の赤子
まで会員として扱うことはいつごろから始まったのでしょうか?私は雅春先生の時代にすでに始まっていたと考えます。

あなたの言う直弟子の方々が組織の中心者であった時代にすでに始まっていたと思いますがいかがですか?これは雅春先生を聖人君子として扱うのか組織運営に
於いては宗教的真理のようにはいかなかったかということが問題になります。総裁の名代として強化部長はいるものと思うのですが、神誌一冊2円のバックに目の
眩んだ人もいたでしょうかと。50年に30歳の人で今70歳ですね。本流の指導者、教団に残りながらもぐずぐすいぅ人たちは清超先生の代に組織を動かしていた人で
しょう。

トキさんのように雅春先生の代にさえ組織運営に問題があったということてせすと、勿論清超先生の目を盗んで組織を動かしていた人間もいたと云う事になります。
私にはそんな方々が本流復活を言うのが解せないです。あなた方が求めるものはいつの時代のものですか?と聞きたいですね。

そんなことに関係して組織指導引退は何時かと聞いているのです。

5624トキ:2015/07/22(水) 19:37:30 ID:O8a8dKlY
 上の曳馬野さんの質問は、「組織」板で書きましたので、よろしくお願いします。

 お金の問題は難しいです。運動をする以上はお金は必要です。ただ、それが信徒
の浄財である、という意識がないと、費用の濫費に走る危険性もあります。ただ、
他人事ではなく、自分もそうならないとは限らない、ということを考えるのも
大事です。自らを省みることも大事です。

5625誰か教えて:2015/07/22(水) 20:42:24 ID:kEnG6jMo
>>5618 の私の文はその前のa hopeさんの投稿が一面観の意見と思えたことに対するものです。
誰の文章かが問題でなく内容が問題です。教団批判を事実に合わない聖典理解からのものと感じたから、反論したものです。
昔の高校生夏季錬成には日教組さながらの意見を言う生徒がいたものです。それに対しても話し合いがされたのです。
青年誌友会であってもいろんな意見がありました。講習会、講演会で拍手する人がいますが私は不思議なんですよ。
そうそうそうなんだよね、って感じで賛意を表現する、総裁の講師の話に自分が評価を与えるなんて馬鹿も休み休みにしてくれと云いたい。
私の意見が変であれば反論すればよいのであって、誌友会の目的は仲間のダベリングの場ではないでしょう。
トキさんが雅春先生の時代は素晴らしかったが組織を退いてから変になった式の論を展開するから、それに対しての意見を書いたのです。
トキさんは何時先生が組織から退いたかは論議する必要が無いという、であるならば雅春先生の時代は良かったが以後変になったというようなことは
言わなければよいのです。私には雅春先生の時代から清超先生の代に渡り、組織に係った人間が本流復活なりトキさんように組織にいるなりして、
あの時は良かったというその事が不思議なんです。あなた方が動かしていた組織でしょうに。
それが本当に真理に適った運動で素晴らしいものであったのならば、なぜ清超先生は雅宣総裁を副総裁にしたのでしょうか?
皆さん雅宣総裁がおかしいという人間だけですよね、こういった掲示板で生長の家の恥さらしをしている人は。
組織で好き勝手できた時代が懐かしいと云う事ですか?本流復活とは。またトキさんの願う生長の家の在り方とは。

これは質問ではありません、a hope さんと同じで言いたいことを書いているだけです。

5626誰か教えて:2015/07/22(水) 21:32:35 ID:kEnG6jMo

自然界との調和を言うと、自然界は現象ですよねと云ってa hopeさんは総裁を批判するけれども、こと人間だけは今生きている自分を中心に考えてものを言う。
波と水は一体です、水を離れた波なんてないし風が吹くという因縁があれば水は波立つのです。

絶対界と云う大実在があればこその万物の存在があるのです。万物の調和の中には自然界もあるのは当然です。その自然界を人間(体験上の想いの塊であって真の
人間ではない)の欲望のままにする、それへの警鐘なんです。その運動がなぜ変なのですか?万教帰一が当たり前であるように、万法は一つに帰一するのです。
絶対なるものに。

その世界に入ることが神想観の目的ではないですか?神想観する人間が自然界は現象でしょうということが解らない。
人間同士の調和はもちろんですが自然との調和も同じく必要なことです。

5627a hope:2015/07/23(木) 09:05:55 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第20巻 p128 後から5行目〜

ホルムズの思考に従えば神はいっさいの「造り主」であるが、神は決して勝手気儘にわれらに不幸を造っているのではないのである。

われらの思考するところにものを病気であろうと、貧乏であろうと、逆境であろうと、順境であろうと、幸福であろうと、われらの思考を鋳型として無差別平等に神はわれらに造り与えてくれるというのである。

そこに人間の自由と、神の当体の無相にして応現の自在なることが確保されているのであった。

それは仏教的思想に癒合したキリスト教思想であって、キリスト教的「造り主」をありとしながら仏教の「無明縁起」と一致しているのであった。

「造り主」の思想と、「無明縁起」は一致し難いものとして、ひとたび造り主を否定してしまったわたしは、ここに再び創造主を発見したのであった。

5628a hope:2015/07/23(木) 09:07:00 ID:cEpBaIdo

>>5627 a hope 所感)

<<それは仏教的思想に癒合したキリスト教思想であって、キリスト教的「造り主」をありとしながら仏教の「無明縁起」と一致しているのであった。>>

雅春先生は、ホルムズの著書『心の創造活動の法則』に出会う事で、それまで感じていたキリスト教と仏教の教えの矛盾を解消されます。

『「真の悟り」とは命がけで真剣に求める者だけが得られるもの』なのかもしれませんね。

5629a hope:2015/07/27(月) 00:01:42 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第20巻 p129 5行目〜

しかし、わたしがいったん創造主を否定し去った後にホルムズの哲学がこうていしてくれたこの神なるものは、まだ現在の生長の家が説いているような実相の神ではなかった。
それは現象界を造り出してくれるところの現象界の創造者であった。

5630a hope:2015/07/27(月) 00:03:02 ID:cEpBaIdo

>>5629 a hope所感)

時々、生長の家の信徒の方々が「教義」について議論されているとき、
『あなたは現象と実相をまぜこぜにしている』みたいなことを言って相手に反論される方がいます。

ここで紹介されているホルムズの思考する「神」は現象世界を創造する神だそうです。

「実相世界」を信じる生長の家の信徒であっても、このホルムズのように『現象界をも「神」が創造しているのだ』と考えてしまうと、
「実相」と「現象」がごちゃ混ぜになってしまうのだと思います。

「現象はない」のですから、「神」が現象界を創造するわけがありませんよね。

5631神の子さん:2015/07/29(水) 06:51:53 ID:kEnG6jMo
【「現象はない」のですから、「神」が現象界を創造するわけがありませんよね。】に関して


私たちの住む世界は常に一つであります。現実は一つしかなく、二つ同時にあるということはありません。二つあるのは現実を離れて空想している時であります。・・・・

現実は常に一つであるということは、右と左と同時に進むことはできない、右でなければ左であり、左でなければ右であります。

その一つだけの現実を絶対というのであります。その一つを最も善であると観る生活が極楽なのであります。  藤原先生


というのが生長の家のようですが、現象と実相と云う観念の世界に生きているのではありませんか?

司会者が現実対応に忙しそうですので一言申し上げます。

5632a hope:2015/07/29(水) 09:55:16 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」 第20巻 p132〜



万事は好都合にいったが、家族の健康だけは移転以来、かえって悪くなった。

恵美子が麻疹をする、麻疹が内攻して肺炎になったと宣告される、わたしの健康も悪くなって死ぬような予感がする、折ふし、保険会社勧誘員が来たので保険に加入しようと思うと、審査医が来て診察して見た結果不健康だからだめだと言う。

妻も瀕死の大腸カタルを患う。

どうしてこんな不健康が続くのか自分でも判断がつかなかった。


わたしは毎日、わたしの家庭に不幸や病気が絶えない理由について思索を続けていた。

三界は唯心の所現である。

そのことまではわかっていたから、家族たちの病気が心のあらわれであるということは明かであった。

しかし心をいかにすれば自由になしうるかがまだわからなかったのである。

心配すればその心配が形にあらわれて病気になる、それは解る。

しかし、家族が病気になっているのを心配しないでいることはむずかしいのである。

腹を立てればその乱れたる精神波動が形の世界にあらわれて自分の身体(からだ)が虚弱となり、家族に病気が起こる、それは解る。

しかし、会社などにつとめて、上役から無理な命令を圧倒的に受けたとき、それに対して憤りの念を起こさないことはむずかしいのである。

心が一切現象の源であると知るとき、その心が思うように支配されたならばなんでもないが、その心が思うように支配されない時には、心そのものがかえって恐怖の原因となるのである。

悪を思うまいと思えば思うほどかえって悪を思い、心配すまいと思えば思うほど心配し、怒るまいと思えば思うほど腹立たしくなってくる心はこれはいかにしたらよいであろうか。

心が悍馬(かんば)よりも扱いにくいものであるならば、その心の扱い方によって人が幸福にも不幸にもなるものとするならば、悍馬を乗りこなすのはよほどの名人でなければならないから、人生を幸福に無病に乗りこなす人も、また数少ないと言わなければならないのである。

わたしはそのころはまだ心の悍馬を乗りこなす名人ではなかった。

子供が重病だといって会社へ電話がかかると顔色が真っ青になって、会社を早引きしての帰るさ、電車の中でブルブルと戦(ふる)えている方の人であった。


心と仏と衆生とこの三つが無差別(むしゃべつ)であって、一心転じて仏ともなり衆生ともなり極楽ともなり地獄ともなるならば、結局仏とは常住のものでなくて一つの捉えどころのない現象だと言わなければならないのである。

常住のものではない捉えどころのないところの、仏かと捉えてみれば鬼になったり地獄であったりするような心が神であるならば、わたしたちは何に頼っていいのかがわからないのであった。

ホルムズの説くように、神は当体は無相であって、われわれの念に従って仏とも現われ、鬼とも現われ、応現自在のもので、本来常住の相(すがた)がなんにもないならばこれもまた頼りにならないものではないだろうか。

わたしは思索を重ね、静思を重ねたけれども安住の境地には達しなかった。

(つづく)

5633a hope:2015/07/29(水) 09:57:04 ID:cEpBaIdo

>>5632 a hope所感)

この時点で、雅春先生は、「生長の家の教え」でいう横の真理(心の法則)、仏教でいう「三界唯心所現」はお悟りになっておられますが、
その「心」を制御するすべが見つからず苦しまれています。

そして、この後、いよいよ雅春先生が「唯神実相」を大悟されますが、本当にここのところのご文章は圧巻です。

つづけて謹写していきます。

5634トキ:2015/07/29(水) 22:23:36 ID:Ezw2G2vY
>>5632

 少し余談ですが。

 谷口雅春先生が、外資系の会社にご在籍中、生命保険の加入を断られた
事について、藤原敏之先生が、「それは、そうでしょうなあ。」と冗談を
言われていたのを聞いた事があります。ちなみに、藤原先生は、日本生命
の管理職を定年までされていた方です。それぐらい、当時の谷口雅春先生
のお身体は弱かったのでしょう。

5635a hope:2015/07/31(金) 21:44:16 ID:cEpBaIdo

(>>5632 つづき)

「生命の實相」第20巻 p134 6行目〜


ある日、わたしは静座合掌瞑目して真理の啓示を受けるべく念じていた。

わたしはその時、偶然であろうか、神の導きであろうか、仏典の中の「色即是空」という言葉を思い浮かべた。

と、どこからともなく声が、大濤(おおなみ)のような低いが幅の広い柔らかで威圧するような声が聞こえてきた。

「物質はない!」とその声は言った。

で、わたしは「空即是色」という言葉をつづいて思い浮かべた。

と、突然その大濤のような声が答えた。

「無よりいっさいを生ず。
一切現象は念の所現もして本来無。
本来無なるがゆえに、無よりいっさいを生ず。
有よりいっさいを生ずと迷うがゆえに、有に執して苦しむのだ。
有に執せざれれば自由自在だ。
供給無限、五つのパンを五千人にわかつてなお余り、『無』より百千億万を引き出してなお余る。
現象界は念のレンズによって転現せる化城にすぎない。
かしこに転現するとみゆれどもかしこに無し。
ここに転現すると見ゆれどもここに無し。
知れ、一切現象無し。
なんじの肉体も無し。」

では、心はあるであろうかと思うと、その瞬間、「心もない!」とその声は言うのだった。

今まで、わたしは「心」という得体の知れない悍馬があって、それを乗りこなすのに骨が折れると思っていたのだ。

ところが「心もない!」という宣言によって、わたしは、その「心」の悍馬から実相の大地に降りたのであった。

「心もなければ何も無いのか」とわたしは再びその声の主にたずねた。

「実相がある!」とその声はハッキリ答えた。

「無のスガタが実相であるか。皆空が実相であるか。」とわたしは尋ねた。

「無のスガタが実相ではない。皆空が実相ではない。皆空なのは現象である。五蘊が皆空であるのだ。色受想行識ことごとく空である!」

「空と無は異なるとは思うな。五蘊皆空であるのに空とは無ではないと思うから躓く。
空と無とは異なると思い、『無ではない』と思うからまた『五蘊は無いではない』と引っかかるのだ。
『五蘊は無い』とハッキリ断ち切ったところに、実相が出て来るのだ。無いものを無いとしたところに、本当にアルモノが出て来るのだ。」

「では、実相とはなんであるか」とわたしは訊いた。

「実相とは神である。あるものはただ神のみである。
神の心の顕現のみである。これが実相だ」

ここに神というのはむろん「仏」という意味も含んでいた。

「心も無いのが本当ではないか。」

「無い心は受想行識の心だけだ。
そういう意味でなら仏もない、衆生もない。
心、仏、衆生三無差別と説く場合には、心もない、仏もない、衆生もない。
衆生を抹殺(ころ)し、仏を抹殺し、心を抹殺し、いっさい無いといっさい抹殺したときに、実相の神、久遠実成の仏が出て来るのだ。」

「それが、キリスト教ならイエスを十字架にかけることになるのですか。」

「そうだ。肉体イエスを抹殺した時、実相のキリスト、アブラハムの生まれぬ前から生き通しの久遠のキリストが生きているのだ。
イエスの十字架は現象を抹殺せば実相が生きて来るという象徴である!
今、ここに、久遠生き通しの生命が復活する。
今だ、今だ! 久遠の今だ! 今が復活だ! 今を活きよ。」


わたしの眼の前に輝く日の出のような光が燦爛と満ち漲った。
何者か声の主が天空に白く立っているように思われたが、それはハッキリ見えなかった。
しばらくするとその燦爛たる光は消えてしまった。
わたしはポッカリ眼をひらくと、合掌したまま坐っている自分をそこに見出したのであった。

5636a hope:2015/07/31(金) 21:49:37 ID:cEpBaIdo
>>5635 つづき)

それ以来、心、仏、衆生三無差別の心というものが本来無いものであるということがわたしにはハッキリわかった。

迷う心も無いから、悟って仏になる心もない。

迷う心が進化して悟って仏になると思っていたのがまちがいであったのである。

ただの初めから仏であり、神である「実相の心」があるだけである。

その実相の心が展開した実相の天地があるだけである。

浄飯王の王宮を出て、伽耶城を去ること遠からず、菩提樹下に六年静思して初めて悟りをひらいて仏になったという現象の釈迦牟尼仏は本来無かったのである。

『法華経』の中で、釈迦自身が、

「我実に成仏してよりこのかた、無量無辺百千万億那由他劫である」と言ったその久遠の仏のみが実在であったのである。

その久遠の仏が今ここに生きているのだ!十字架上に磔けられて、「神よ、神よ、なんぞ我を捨て給うや」と哀号したイエスは本来無かったのだ。

永遠の神性――「アブラハムの生まれぬ前から生き通し」とみずから言ったキリストのみが実在であったのだ。

自分もまた、明治二十六年十一月二十二日に母の肉体より誕生したのではなかった。

そして、現在の今はじめて悟ったのでもなかったのである。

ここのままで、久遠の昔、そして久遠の今、はじめなき始から仏であった自分であったのだ。

わたしはその心境を次のように歌った――

――――――――――
ある日、わたしは心の窓を開いて、

大生命のみ空から光線のように降りそそぐ生命の讃歌に耳を傾けた。

ああ!声のない奏楽、声を超えた合唱

けれどもわたしはその声を聞いていた。

宇宙の囁き、神の奏楽、天使のコーラス。

わたしの 魂 は虚空に透き通って真理そのものと一つになった。

なんと美しい旋律だろう。

「これが真理そのものか!」とわたしは恍然として嘆声を漏らした時、

「お前は実在そのものだ!」

わたしはこう言って天使たちがわたしを讃える声を聞いた。
――――――――――


わたしはついに神を見出し、本当の自分を見出したのであった。

三界唯心の所現である、この心も、また現ずるところの現象をも、一切空無と截ち切って、その空無を縦に貫く久遠不滅の大生命が自分であった。

それ以来、わたしの見る景色が変貌した。

すべての存在が物質でない、何か後光のような燿光(ようこう)を発するエーテルの波のような存在に見えるのだった。

わたしは朝湯がことに好きであったが、秋の遅い太陽は、わたしが朝湯をあがっての帰り道、向こうの樹間(このま)からさしのぼることが多かった。

――――――――――
早晨(そうしん)

日光が樹間からさしのぼる、

生命そのもののような光だ。

うれしい!

自分が一個の生命であることが

うれしい!
――――――――

というような心境であった。

わたしの住む世界が、景色が変貌した。

5637a hope:2015/07/31(金) 21:59:11 ID:cEpBaIdo

みなさま こんばんは

毎日暑いですね💦

でも、この異常な暑さも現象にすぎません。

神想観をして、聖典を拝読すれば、実相世界の素晴らしさに心が震えて、
わたしは、今、ここに生きていられること、家族と一緒にいられること、
大好きな仕事ができること・・・すべてのことに感謝の気持ちでいっぱいになります。

「生長の家」の教えに出会えて本当によかった!


ところで、今日で7月が終わりなんですが、今回の第35回web誌友会の司会は「島津」さまにお願いしています。

島津さま、どうしましょうか?

20巻のお勉強を終了してもいいでしょうか?

5639a hope:2015/08/02(日) 22:50:07 ID:cEpBaIdo

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

第36回 web誌友会 案内 

期間   8月2日〜8月31日まで
テキスト 「生命の實相」第21巻 経典篇 
内容  『甘露の法雨』講義
     
☆ ☆ ☆ ☆ ☆

8月に入りましたので第36回 web誌友会を開会させていただきます。

もうすぐお盆ですね。
今月は、先祖供養のためにもこの第21巻の『甘露の法雨』講義を心をこめて学ばせていただきたいと思います。

それでは、開会にあたり、祈りの言葉を掲載させていただきます。

5640a hope:2015/08/02(日) 22:51:11 ID:cEpBaIdo

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

住吉大神様 住吉大神様  谷口雅春先生 谷口雅春先生有難うございます、有難うございます。
 
生きとし生けるものを生かし給える御祖神元津霊ゆ幸へ給へ 
吾が生くるは吾力ならず、天地を貫きて生くる祖神の生命
吾が業は吾が為すにあらず、天地を貫きて生くる祖神の権能
天地の祖神の道を伝へんと顕れましし生長の家の大神まもりませ
  
住吉大神様、今月の 生長の家 本流復活について考える WEB誌友会板 に於ける
生命の実相 輪読誌友会で、生長の家の御教えを正しく把握し、広く伝道するための 
必要な霊の選士を集え給うて、真理の研鑽を導き給う。
住吉大神様 勉強会を正しく導き給う 住吉大神様 勉強会を正しく導きたもう。
参加者お一人、お一人を浄化し給うて、使命を授け給う。
有難うございます 有難うございます 有難うございます 有難うございます 有難うございます

世界平和の祈り

神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。
その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。


光明思念の歌

天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり
天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

5641a hope:2015/08/02(日) 22:52:16 ID:cEpBaIdo

はしがき


『甘露の法雨』はいわゆるインスピレーションによって突然浮かんできた思想が一種詩的なリズムを帯びてきたのを書き止めて置いたものである。

後より見るとこの聖経は期せずして、『生命の實相』全巻の真理を縮約して歌ったものになっている。

それを読誦することによっていろいろの奇跡を演じたので、ついに聖経と称せられることになったのである。

その英訳をたんに携帯することによって第二次世界大戦中ハワイの日本民族第二世の軍隊(第百大隊、四四二部隊)がイタリーの南端から上陸する際に、機関銃弾がその英訳『甘露の法雨』に命中しながら、それを貫通することができず無傷で大量の兵員が上陸して戦功をたてたような奇跡もあり、交通事故に遭いながら無事だった実例のごときは数限りもないのである。

この聖経はたんに現実界の人間が読誦して悟りを開いて病気悩苦をさるばかりでなく、霊界の諸霊もその読誦の声を聞いて悟りをひらき、迷える障りの霊も守護の霊となることが後に明らかとなったので、神仏礼拝の際にその祭壇に対(むか)いて読誦すべき生長の家の聖経となったのである。

しかし読んで意味が分からないようでは功徳が薄いので、かつて毎日曜日に東京小石川護国寺の月光殿においてその大要を講義したものを次に掲げることにした。

主として講義の速記によったのでわたしの文章だというよりも、わたしの語調が写されているところに特徴があるであろう。

『生命の實相』の縮約が『甘露の法雨』であるから、この講義を読むだけで生命の実相の大要が摑めることと思う。

第一章は当時の講義の筆記漏れを後より再述して完璧としたのである。

昭和三十九年一月十日

著者しるす

5642a hope:2015/08/02(日) 22:53:28 ID:cEpBaIdo

【神示】


「神の子」なる人間の実相を現象世界に実現するのが人生の目的である。

現象世界とは現界、幽界、霊界を通じて呼ぶ言葉である。

人間の運命とは「神の子」なる人間の実相(因子〈たね〉)が現象世界に投映する時、時間的空間的に展開するのに、おのずから一定の順序を追うて展開して行くようにだいたい定められているのを言う。

それはたとえば朝顔の種子(たね)の中にはすでに「花」の因子(たね)が包蔵されているが、それが現象世界に「花」となって完成するまでには、日光に逢い、湿気に遇い、芽を出し、蔓を生じ、ついには花を開くというように、だいたい一定の順序を追うて展開するがごときである。

かくのごとく、神の子なる実相人間も、その投影を現象界に完成するにはだいたい一定の時間を要し、植物が日光に逢い、雨露に遇うがごとく、あるいは幸福に恵まれ、あるいは虐運と戦うことによって、ついに実相人間の現象界への投影を完成するのである。

しかし、その投影が完成するには、その投影は「念波の集積」で成り立っているのであるし、人間は心の自由をもち、自由に実相の悟りによって念波を浄め得もすれば、迷いによって念波を汚すこともできるのであるから、現象世界に実相人間を顕現する過程(進化の過程)を心次第で縮めることも長くすることもできるのである。

霊魂進化の過程を短縮するのは念の浄化による。

念の浄化には、実相を悟ることが第一であり、物質欲に捉われざることが第二である。

物質欲に捉われざるためには「物質本来無し」の真理を悟るのが第一である。

「物質本来無し」の真理を悟る程度に達せざる者には、物質の快に捉われさるための修行としてみずから進んで苦を求めて喜ぶか、物質に快を求めてかえって苦を得る体験を通じて、ついに物質欲に捉われさるに到るかの二途しかない。

前者はみずから進んで嘗(な)める苦行であり、後者は幸福を求むれども求むれども運命的に他動的にやってくる苦難である。

その他に過去の悪業の自壊する過程として自己の霊的流動体に起こる擾乱(じょうらん)現象の苦痛もある。

苦難がみだりに取り去られず、多くの霊魂の霊界通信が苦行の価値を力説しているのもこのいろいろの理由によるのである。

(昭和八年九月十五日神示)

5643トキ:2015/08/03(月) 14:53:26 ID:QRDw9Vfo
 暑いですが、元気で誌友会に参加したいです。
皆様もぜひ、ご一緒に真理を勉強しましょう。


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