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Web誌友会 板/2

5636a hope:2015/07/31(金) 21:49:37 ID:cEpBaIdo
>>5635 つづき)

それ以来、心、仏、衆生三無差別の心というものが本来無いものであるということがわたしにはハッキリわかった。

迷う心も無いから、悟って仏になる心もない。

迷う心が進化して悟って仏になると思っていたのがまちがいであったのである。

ただの初めから仏であり、神である「実相の心」があるだけである。

その実相の心が展開した実相の天地があるだけである。

浄飯王の王宮を出て、伽耶城を去ること遠からず、菩提樹下に六年静思して初めて悟りをひらいて仏になったという現象の釈迦牟尼仏は本来無かったのである。

『法華経』の中で、釈迦自身が、

「我実に成仏してよりこのかた、無量無辺百千万億那由他劫である」と言ったその久遠の仏のみが実在であったのである。

その久遠の仏が今ここに生きているのだ!十字架上に磔けられて、「神よ、神よ、なんぞ我を捨て給うや」と哀号したイエスは本来無かったのだ。

永遠の神性――「アブラハムの生まれぬ前から生き通し」とみずから言ったキリストのみが実在であったのだ。

自分もまた、明治二十六年十一月二十二日に母の肉体より誕生したのではなかった。

そして、現在の今はじめて悟ったのでもなかったのである。

ここのままで、久遠の昔、そして久遠の今、はじめなき始から仏であった自分であったのだ。

わたしはその心境を次のように歌った――

――――――――――
ある日、わたしは心の窓を開いて、

大生命のみ空から光線のように降りそそぐ生命の讃歌に耳を傾けた。

ああ!声のない奏楽、声を超えた合唱

けれどもわたしはその声を聞いていた。

宇宙の囁き、神の奏楽、天使のコーラス。

わたしの 魂 は虚空に透き通って真理そのものと一つになった。

なんと美しい旋律だろう。

「これが真理そのものか!」とわたしは恍然として嘆声を漏らした時、

「お前は実在そのものだ!」

わたしはこう言って天使たちがわたしを讃える声を聞いた。
――――――――――


わたしはついに神を見出し、本当の自分を見出したのであった。

三界唯心の所現である、この心も、また現ずるところの現象をも、一切空無と截ち切って、その空無を縦に貫く久遠不滅の大生命が自分であった。

それ以来、わたしの見る景色が変貌した。

すべての存在が物質でない、何か後光のような燿光(ようこう)を発するエーテルの波のような存在に見えるのだった。

わたしは朝湯がことに好きであったが、秋の遅い太陽は、わたしが朝湯をあがっての帰り道、向こうの樹間(このま)からさしのぼることが多かった。

――――――――――
早晨(そうしん)

日光が樹間からさしのぼる、

生命そのもののような光だ。

うれしい!

自分が一個の生命であることが

うれしい!
――――――――

というような心境であった。

わたしの住む世界が、景色が変貌した。


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