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Web誌友会 板/2

5574a hope:2015/06/30(火) 08:52:47 ID:cEpBaIdo
 
「生命の實相」 第19巻 p178 7行目〜

わたしは心臓病の医学書を読んだお蔭で、妻の病気を機構的に物質的な故障で、自療力では治らない固定したものだと思ったから、その得るところは不治症だという恐怖観念だけであった。

それは天地に慟哭したいような悲しみであった。

結婚後まもなく、わたしの妻は一生治らないような病気に罹ったのである。

病床の妻の寠(やつ)れた顔を見つめているとひとりでに涙が滲み出て来るのであった。

「泣くな。そんなに泣くと僕はいっそう悲しくなる。」わたしはこう言いながら蒲団の上に倒れかかって泣いた。――

なんと愚かなわたしであっただろう。

今なら神罰のないことも、病気の本来無いことも知っている。

そして病気を眼の前にしても、病気を見ないで、本来円満完全なる実相を見るべきを知っている。

だからこんなに恐れはしなかっただろうが、大本の教義に浸っていたそのころのわたしは人間の本来完全なる実相というものを知らなかったので恐れるほかはなかったのであった。

そのころの大本教でも、人間は神より与えられたる直霊(なおいのみたま)というものを授かっていると説いてはいた。

しかしその直霊を汚してしまってこんなに悪の世を招来したのであるから、神が神力、暴力、強制力で地震、雷、火の雨降らしてその汚れた霊(たましい)を一掃するのだというのだった。

それは悪がそこに現実にあるということを肯定し、その現実にある悪を勦滅(そうめつ)するには現実的な強制力を必要とする。

そして善なること能わざる「自分」たちこそは、その強制力によって勦滅されるはずの「現実にある悪」の一種であった。

そして、その動機の一過程として今ここの病気というものが出現していると思うとき、わたしは恐怖せざるをえなかった。


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