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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

440心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:31:07 ID:8dhqo5zA0
防弾性の割烹着を着た三人組は雨の山道を一目散に駆けていた、目的地は鎌石村と平瀬村の山道の中にある廃墟のホテル跡、
目的地までの道中…雨が降っているのは分かっていた所為か一応に三人は雨合羽は着ているが、
首筋や襟元…靴の中や靴下からの雨水の浸入は免れないことだった。
「雨降りすぎだぁ!」
「にょわっ!ヒドイ雨だぞ。」
「ああっもう何なのこの雨!!」
三人は衣服に付いた雨水を不快に感じ口を言いつつも黙々と進んでいた。
そしてホテル跡へと到着する。

――――――――鎌石村から平瀬村に通じる山道の脇にあるホテル跡のロビー

「雨の山道ほど最悪なものは無いわね…しかも雨!!」
三人はホテルに付くなり雨合羽を脱いでいた、泥だらけの靴と靴下、濡れた割烹着と頭巾は雨水が滴り落ち、
雨水対策はあまり役に立たなかったと言っても過言ではない
雑巾の容量で頭巾に含んだ雨水を絞りながら広瀬真希はご立腹だ。
「はぁ…誰だろうなぁこんな無茶なスケジュールを組んだ奴は…。」
無茶なスケジュールを組んだ張本人こと北川潤は、真希のご立腹加減を見つつ社交辞令のように軽口を叩く。
勿論、北川はこの先何が起こるのかはお見通しだ

「家政婦の所為だぞ〜!!」
「そうよ!!うら若いレディに無茶させないでよ!!」

――――ペシーン!!――――スパーン!!――――
「ぎゃぁぁぁ!!!!!!」
絶妙のタイミングで北川の頭上に真希のハリセンとみちるのちるちるキックが同時に炸裂する
頭を抱えながらホテルの床に突っ伏して頭を抱えて悶絶する北川、対する真希とみちるは『決まった』と二人でガッツポーズをしていた。

441心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:31:52 ID:8dhqo5zA0
三人の目的は美凪の心を探すこと…無論何の手がかりも無い処からの捜索

そして今三人はホテル跡に着いた、北川潤と広瀬真希の二人はつい昨日の事を昔の事のように感傷に浸っていた
ここでは湯浅皐月や保科智子達と出会い…前回参加者の重要な手がかりを手に入れた場所

そして――――柚原このみの首輪が作動した惨劇の場所

「このみとエディさんのお墓にお参りにいかないとな…。」
北川は昨日の事を鮮明に思い出す…誤解とは言え保科智子に撃たれた腹の弾痕がずしりと痛み、
雨水濡れた割烹着の上から傷口に手を当てていた。
「うん…そうだね。」
横にいる真希は北川の傷口に手を沿え、このみやエディと同じくこの世にいない智子や花梨、幸村の冥福を祈る。
(このみ…智子達も逝ったけどせめてそっちでは楽しくやってね…あたし達はこっちで苦しむわ…。)
この島で生き残っている限り苦しみは続く…ある意味生きていることに対する矛盾だった。
(皐月は何処にいるのかしら…。)
昨日の朝、別れたきり消息のつかめない湯浅皐月の事を心配する真希
自分たちと同じように【生きて苦しんでいる】、一人になっても上手くやっているのだろうかと…。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

442心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:32:47 ID:8dhqo5zA0
昨日の夜に美凪と一緒に泊まった時と同じ部屋に入る三人、
部屋にはシングルのベッドが三個とソファーと椅子、バスルームと一通り完備されている、多少ホコリっぽいが一晩寝るのには支障は来たさない。
このホテル…外見は廃墟そのものだが、中はしっかりした作りで水道や電気は使え、はてまた食料の類まで備蓄されていると言う変な造りだった。
主催者の趣向と一言で片付けるのが無難だった。
流石に部屋にあかりを灯すのは無用心なので支給品の懐中電灯を点ける三人。
雨水に濡れた三人はずぶ濡れの割烹着や靴下を脱いでバスタオルで頭を乾かしていた、
バスルームではバスタブの中にお湯が溜まっていく音が聞こえてくる。
「じゃあレディファーストで失礼するわよ。」
「覗くんじゃないぞ〜きたがわぁ」
そう言って軽装になった真希とみちるはタオルと治療セットを持ってバスルームの中へと入っていく
「ハイハイッ!ごゆっくりと…。」
真希たちのいるバスルームに背を向け手をヒラヒラと扇ぐ北川、彼は自分と真希の銃の手入れをしている。
(だぁぁぁっ!!!誰が覗けるかいっっ!!)
心の中で欲望よりも良心がスンナリと勝ってしまう北川だった。

443心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:34:15 ID:8dhqo5zA0
バスルームの中では真希がみちるのツインテールを下ろしていた、
島の中を一日中ずっと動き回れば汗もかくし汚れもする、みちるぐらいの長い髪の毛になるとヨゴレも付着してくる
真希はみちるの長い髪の毛を丁寧に洗う
「長い髪の毛ねぇ、羨ましいわ。」
自分のボブカットを触りつつ真希はみちるの長い髪の毛に感心する。
「マキマキも伸ばせばいいのに。」
「あたしは似合わないわよ…美凪みたいに身長があれば別だけど」
女の子同士のお風呂での何気ない会話、
そういってみちるの耳の裏を洗う、さわり心地がいいのか真希は石鹸のついた手でみちるのおなかや胸をぺたぺたプニプニと擦る。
「マキマキはえっちだぞ〜…。」
みちるはくすぐったいのか涙目になりながら「にょわにょわ」とちるちる語を連発する
「特にお尻が良いのよね、あんたたちって。」
最後の締め括りにとみちるのおしりをさわりと擦る
美凪の制服のライン越しから見えるお尻の形は同じ女性の真希にも魅力的だった、そしてみちるのお尻…流石は姉妹
みちるも純粋に自分と美凪のチャームポイントを褒めてもらってるのでとても嬉しそうだ
「やったな!!お返しだぞ〜!!」
全身石鹸だらけのみちるは振り向いて真希に闘いを挑む!!
「ちょ…みちる、そこは駄目だって、くすぐったい、あははははっ!!」
「マキマキのお尻も良いおしりだぞ〜♪」
みちるの凶悪なボディマッサージで真希は絶頂の笑いの彼方だ。
「あひゃひゃひゃっ!うひゃひゃひゃっ!!」
違う意味で壊れる寸前の真希、しかし峠を越える寸前の処でみちるはピタッと止めてしまう

444心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:34:59 ID:8dhqo5zA0
「うひひひっ………ん…どうしたの?」
うつ伏せで馬乗りにされた真希はみちるの手が急に止まったので様子を見ている、
「真希…背中痛くない?」
真希の腰に馬乗りしているみちるは真希の背中…丁度心臓の裏辺りを横薙ぎに撃ちぬかれた数発の治療済みの弾痕を気に止める
「ああ…これね。」とむっくりと立ち上がり「見事に撃ちぬかれたもんだ」と鏡越しに自分の背中を見る
チョッキ越しに背中に弾痕とは言っても無傷ではいられない…例え傷が塞がってもこの傷は一生残るだろう、

――――美凪が助けてくれた証でもあった。

「痛いわよ〜…でもへっちゃらよ」
心配してくれているみちるを気遣う真希、みちるをぎゅっと抱きしめる。
「…真希のからだ…美凪と同じであったかいぞ。」
自分を素直に受け入れてくれるみちる…。
真希は思った…本来ならここでみちるを抱きしめる役割は美凪がするものだったんだろうと、美凪がくれたロザリオの重みを感じざるおえない…。
こうして知り合って一日も経たない自分を受け入れてくれるみちるを愛しく思う真希。
「みちる、お湯を流すわよ目を瞑りなさい。」
手にシャワーを持った真希の威勢のいい声がバスルームに響く、目を瞑るみちる
「このあとは真希が北川を悩殺だぞぉ〜。」
目を瞑ったみちるが直ぐに目を開いて意地悪な顔で真希を見る、自分と北川の関係にいつの間にか気が付いているみちるに思わずドキッ!とする真希…。
「ませた事言ってないで、さっさと流すわよ///」
真っ赤な顔をしてみちるにシャワーを流す真希、そんな顔を見てニコニコ笑うみちる。
とても微笑ましい光景…日常がここにあった。

445心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:43:14 ID:8dhqo5zA0


真希とみちるが風呂に入っている間に、銃の手入れを終えた北川潤は鎌石村で手に入れたノートパソコンでロワチャンネルを覗いていた、何か情報があるか探るためだ。
(あいつらは、何つう凶悪な会話をしとるんだ……って…これは!)
出歯亀はしてないが、二人の会話はしっかり聞いている(聞こえてしまう)北川そして
ロワちゃんねるの書き込みを見て驚愕する、珊瑚達の首輪解除の書き込みだ…。
ホテルの中にも工具ぐらいはず…そして北川は真希たちが風呂から出てくるまでに必要な工具を探し終えていた。
(…やるっきゃないか…。)
北川の決意と同時に風呂場の方からドアが開く、バスタオル一枚の凶悪な姿の真希とみちるが風呂場から出てくる、
「あ〜いい湯だった、潤も入ってきなさいよ。」
「ポカポカだぞ〜。」
気分を落ち着けるために風呂に向かう北川、
「あ、ああっ。」
素っ気無くバスルームに向かった北川に真希は不満な様子。
「みちる…もしかしてあたし魅力ない…?」
涙目になってみちるに話しかける真希
「そんなことないぞ〜。」
真希を励ますみちる「ありがとう」とみちるの頭をなでる真希、そして北川が座っていたベッドの上のノートパソコンを見る真希
(…なるほどね、潤が落ち着いていられないのも無理はないか…。)
ロワちゃんねるの中身、珊瑚のハッキングの成果…自分達のやって来た事の確かな成果がここに見えたのだ。
あとは北川がいつの間にか持ってきた工具で実行するだけ、でもリスクは伴う…。
そんな事をあれこれ考えてる間にいつの間にか北川は風呂から出てくる。

446心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:54:28 ID:8dhqo5zA0
「さ〜て、家政夫さん心の準備は良いでしょうか?」
「たのむぞ〜。」
「わかったよ、二人とも。」
工具を持つ北川、そうそうと真希は言い忘れずに付け加える
「もし上手く言ったら、さっきあたしをいろ〜んな意味で辱めた潤くんにいろ〜んな意味で…フッフッフッ。」
「ちょ…御姑さん!」
「責任とれよ〜!きたがわぁ!!」

成功しても天国と地獄、失敗しても天国と地獄…北川に最早、逃げ場は無い
そしていよいよ首輪の解除をする三人、最初は真希、みちる、そして北川の順番で作業は行われた。

―――――――ロワちゃんねるの情報は正しかった…。

―――――――つまり珊瑚がホストコンピューターにハッキングして情報を仕入れたのだ。

―――――――そこにたどり着くまでにいくつもの犠牲があったのかもしれない。

―――――――ちゃんとした結果を出した珊瑚…今度は自分達の番だ。

首輪の解除が無事に終わり、三人は自分達の目的
――――この島と心の光の秘密、そして美凪の心を見つけようと決意を新たにするのだった。

447心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:55:39 ID:8dhqo5zA0
時間:3日目・5:50】
【場所:E−4、ホテル跡】


北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話 お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(ノートパソコン、真空パックのハンバーグ)支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】

備考
三人は首輪の解除をしました

448第四回放送(ルートB-18):2007/05/29(火) 18:53:46 ID:rYwBV.xw0
薄暗い部屋の中に、黒い、闇が結晶したような男の姿があった。
血が変色したようにも見える漆黒のスーツを全身に纏った、酷く人間味に欠ける存在。
男が携える異形の瞳に睨み付けられてしまえば、並の人間など秒を待たずして屈服してしまうだろう。
この殺戮ゲームの主催者にして、今や全てを統べる存在になりつつある究極の人外――篁は、放送の準備に取り掛かっていた。

放送を取り止めるという考えも一瞬浮かんだが、それは直ぐに打ち消した。
枷を外した者達を全て死者として数えれば、生き残り扱いとなっている人間の数は僅か一桁となる。
実際にはまだ二十名以上の人間が未だこの島で足掻き苦しんでいる筈だが、その事実を知り得る者は多くない。
此度の放送は首輪の事を知らぬ者にとって、正しく絶望と憎悪を振り撒く鐘になるだろう。
親しき者達の死を報された事による悲しみと怒り、打開不可能となってしまった状況を受けての葛藤と猜疑心。
そこから生まれる想いがどれだけの物になるか――想像するだけでも口元が吊り上る。
絶望に打ち拉がれた後に生ずる昏い想いこそが、幻想世界への道を拓く鍵となるだろう。

「では始めるか」
マイクを手に取り、スイッチを押し、言葉を紡ぐ。
未だ何も知らぬ愚鈍な者達に、神罰を与えるかのように。


『――参加者諸君、ご機嫌如何かな?これより四回目の定時放送を行う。
 尚観測者は舞台から退場してしまったので、僕が直接取り仕切らせて貰うよ。
 ではこれまでの死者達を発表するから、良く聞き給え。

449第四回放送(ルートB-18):2007/05/29(火) 18:55:05 ID:rYwBV.xw0
3番 朝霧麻亜子
12番 岡崎朋也
14番 緒方英二
16番 折原浩平
21番 柏木初音
25番 神尾観鈴
30番 北川潤
34番 久寿川ささら
36番 倉田佐祐理
38番 来栖川綾香
39番 向坂環
42番 河野貴明
45番 小牧愛佳
54番 篠塚弥生
58番 春原陽平
64番 橘敬介
65番 立田七海
73番 長瀬祐介
79番 七瀬留美
85番 姫百合珊瑚
87番 広瀬真希
88番 藤井冬弥
90番 藤林杏
93番 古河秋生
95番 古河渚
100番 美坂栞
101番 みちる
102番 観月マナ
103番 水瀬秋子
104番 水瀬名雪
108番 宮沢有紀寧
111番 柳川祐也 
117番 吉岡チエ
119番 リサ=ヴィクセン
120番 ルーシー・マリア・ミソラ

450第四回放送(ルートB-18):2007/05/29(火) 18:57:17 ID:rYwBV.xw0
 ――以上35名だ。
 生き残りは後一桁、いよいよゲームも大詰めだ。
 今一度言っておくけれど、勝者はただ1人、例外は無い。
 愚かな希望に縋って現実から目を背けた所で、待っているのは裏切りと冷たい死のみ。
 殺し合いを肯定した人間がいなければ、これ程多くの犠牲者は生まれないのだからね。
 勇気を持って戦う者こそが褒美で全てを手に入れ、臆病者は動かぬ骸と化すだけだ。
 何、倫理観などという下らない物は捨て去ってしまえば良いさ。
 この島で犯した罪は何者にも裁けないし、僕達以外には知られる事すら無いのだから。
 これらの事項をよく踏まえた上で、これからの戦いに挑むと良い。
 それでは此処まで生き残った勇者達の健闘を祈る』

篁はマイクを元に戻し、邪悪な笑みを形作る。
様々な人間の想いが交錯したこの遊戯、実に愉快だった。
後は――最後の詰めを行うだけだ。
枷を外した者達が虎視眈々と自分の命を狙っているにも拘らず、邪神は哂い続ける。

【時間:三日目・6:00】
【場所:不明】

【所持品:不明】

ルートB18
→862

451運命の選択:2007/05/30(水) 20:47:49 ID:KFETsNV20
あれ程激しく降り注いでいた重い雨粒は、何時の間にか鳴りを潜めていた。
空はすっかり晴れ渡り、海から流れてきたであろう潮の香りが、輪郭を持たずに辺りを漂っている。
そんな中、長森瑞佳をリヤカーで護送していた月島拓也は、呆然と立ち尽くしていた。

「な……何だって……」

拓也の心は驚愕で覆い尽くされていた。
先程流れた第四回放送で告げられた、余りにも絶望的な現実。
心の何処かで頼りにしていた長瀬祐介も死んだ。
瑞佳の幼馴染である折原浩平も死んだ。
あの忌々しい水瀬親子も死んだ。
瑞佳が電話で聞いた情報だが――このゲームを打倒し得る最有力勢力――姫百合珊瑚の一団も全滅した。
要するに自分達が知り得る限りの味方も敵も、殆どが死に絶えてしまったのだ。
生き残りはごく僅か――そして、自分達は未だ大した武装も情報も持ち合わせていない。
自分には瑞佳が絶対必要なのだから、今更ゲームに乗るなどという選択肢は有り得ないが、これから先の事を考えるとどうしても弱気な考えしか浮かんでこない。
仮に生き残った人間が全員友好的な者であったとしても、十に届かぬ程度の人数でこのゲームを覆せるのだろうか?

拓也が苦悩に頭を抱えていると、唐突に横から腕を引かれた。
視線をそちらに移すと、瑞佳が神妙な顔付きをしていた。
潮風に揺れる長い髪が、太陽の陽射しに輝いてとても美しく見えた。

「お兄ちゃん……今の放送おかしいよ」
「――え?」
「余りこんな考え方はしたくないんだけど……。
 戦いは規模が大きければ大きい程被害者が増える――逆に規模が小くなれば、その分だけ被害者も減ると思うんだよ。
 第三回放送が終わった時点で四十四人しか生き残りがいなかったのに、たった半日で三十五人も死ぬなんて有り得ないよ」
「あ……」

452運命の選択:2007/05/30(水) 20:49:27 ID:KFETsNV20
瑞佳の的確な指摘を受け、拓也は思わず言葉を失った。
そうだ――そもそもこの広大な島に於いては、他者と出会う事すら容易で無いのだ。
にも拘らず僅か十二時間程度で、生き残っていた者の四分の三以上が死ぬという事態は明らかに異常だ。
そう考えると先の放送は信憑性が皆無であると言わざるを得ないが、そこで新たな疑問が拓也の脳裏を過ぎる。

「……どういう事だ? 主催者は何の為にそんな嘘を吐いたんだ?」
「それは私も分からないよ。けどとにかく今は、坂上さん達の所へ行くのが先決なんじゃないかな」

――その通りだった。
大人数で考察した方が良い考えも浮かぶだろうし、こんな所で立ち止まっていては何時襲撃されるか分からない。
瑞佳の身体では逃げ切るのは殆ど不可能だし、自分の武装程度では敵を迎え撃つのも難しい。
今の自分達はこの島の中で、恐らく最も不利な状態にあるという事を決して忘れてはならないのだ。
拓也は気を引き締め直し、坂上智代達が滞在しているであろう鎌石村消防署に向かって再び進み始めた。

    *     *     *

「そ、そんな莫迦な……」

過去最多の名前が読み上げられてた第四回放送を受け、消防署の一室で坂上智代は掠れた声を絞り出す。
――全ては上手く行っていた筈だった。
鹿沼葉子という強力な仲間も得て、更に二人同志を加え、万全の状態で対主催の人間が集まっている教会に行けると思っていた。
しかし現実は厳しく、首輪解除の任務に就いていた珊瑚や春原陽平も、そして岡崎朋也までもが死んでしまった。

「なあ、私達はこれからどうすれば良いんだ……?」

酷く重苦しいその呟きに、里村茜も柚木詩子も、鹿沼葉子も答えられなかった。
生き残りは自分達といずれ此処に来るであろう瑞佳達を除けば、僅か三人。
その三人の中に、首輪解除し得るだけの技術を持った者がいる可能性は極めて低い。
幾ら仲間を集めた所で、首に着けられた悪魔の枷を外せなければどうしようもない。
そして――この中で唯一『鬼の力』を目の当たりにしている詩子が、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

453運命の選択:2007/05/30(水) 20:51:53 ID:KFETsNV20
「姫百合さんも柳川さんも皆、死んじゃったね……。姫百合さん達は銃を何個も持っていたのに……。
 柳川さんは、千鶴さんと同じ『鬼の力』を持っていたみたいなのに……」
「そうだな……私達よりもずっと戦力が整っていたにも拘らず、彼女達は殺されてしまったんだ。
 殺し合いに乗った、そして恐ろしい異能力を持った何者かに」

ウサギの言葉通り、殺し合いを肯定した人間――それも想像を絶する怪物が居なければ、こんな事態は起こり得ない。
珊瑚達は徒党を組んでいたのだから、並大抵の事で全滅したりはしないだろう。
それに『鬼の力』と強力な武装を有する柳川は、こと直接戦闘に於いては桁外れの実力を発揮する筈。
まだ姿の見えぬ殺人鬼は、その双方を倒してのけたのだ。
それが智代と詩子の結論だったが、茜はゆっくりと首を横に振った。

「そうとも限りませんよ。強力な人間や集団を倒す方法は、圧倒的な力による正面勝負だけではありません。
 どれだけ強い人間だって、後ろから撃たれてしまえば死んでしまいます。
 どれだけ強力な武器を揃えた集団だって、内部に裏切り者がいれば崩壊してしまいます」
「――姫百合達や柳川さんは何者かの騙まし討ちを受けてしまったと、そう言いたいのか?」
「怪物などといったものがいると考えるよりは、そう判断する方が現実的です。騙まし討ちなら、特別な力を持っていない人間だって出来ますから」
「ふむ……」

そこまで言われて、智代は思った――今回は茜の言い分の方が正しいと。
幾ら『鬼の力』などといった非現実的なものが存在するからといって、何もかもを異能力の一言で片付けるのは間違いだ。
この世には科学で説明出来ない異常な現象よりも、人智の範疇に収まる物の方が圧倒的に多い。
ならばまずは異常な要素を排した上で、整合性が取れる推論を模索してみるべきだった。
ようやくその結論に達した智代はがっくりと項垂れ、沈んだ声を洩らす。

「そうか……私はまた、早とちりをしてしまったんだな……」

454運命の選択:2007/05/30(水) 20:54:20 ID:KFETsNV20
自分はこれまで度重なる失敗を犯し、その度に茜に諫められてきた。
初めて出会った時はゲームを止めると宣言した自分が、ずっと茜の足を引っ張ってばかりいる。
そんな自分がどうしようも無いくらい情けない存在に思えた。
――しかし智代はこの時、気落ちしている時間があるならば、もっと茜の様子に注意しておくべきだった。
そうすればきっと気付けた筈だ。
いつもは抑揚の無い茜の声に、今は明らかな苛立ちの色が混じっていると。

「……そして裏切り者が一人とは限りません。大人数の集団にとって一番怖いのは、外部からの襲撃者よりも内紛の種です。だから」

茜が一歩、二歩と歩みを進め、机の上に置いてあったニューナンブM60を拾い上げる。

「――内紛の種と成り得る人間を、これ以上生かしておく事は許容出来ません」
「…………っ!?」

茜以外の人間は例外無く、驚愕に目を大きく見開いた。
茜が冷たい目で――これまで一度も見せた事の無かった暗殺者のような顔で、葉子に銃口を向けていたのだ。
鬼気迫る尋常でない様子に、修羅場を何度も経験している葉子ですらも唾を飲み下す。

「茜! あんた何やってるのよ!?」
「――――詩子。私は、貴女や智代の事は信用しています。ですが葉子さんは別です。
 葉子さん、貴女は何故一人で此処に来たんですか? 診療所には生き残っている仲間がまだいたのに、何故?
 『土地勘のない所を夜間、無闇に移動するなど自殺行為』と分かっているにも拘らず、何故夜中にこの村を訪れたのですか?」
「…………」

突然の蛮行を押し留めるべく詩子が叫ぶが、それに構う事無く茜は自身の内に巣食った不信を吐き出してゆく。
その疑念を一身に受ける事となった葉子は、何も言い返す事が出来ず、ポケットに忍ばせたメスへと手を伸ばすだけで精一杯だった。
葉子の反応を見て取った茜はますます疑惑を深め、次々に言葉を紡いでゆく。

455運命の選択:2007/05/30(水) 20:56:40 ID:KFETsNV20
「この島では普通集団で行動します――殺し合いに乗った人間以外は。
 葉子さん。貴女の行動には不審な点が多過ぎる。貴女の言動には不審な点が多過ぎる。貴女に関する全てには、不審な点が多過ぎる。
 ですから私は此処で貴女を殺し、内紛を未然に防ぎます」


最早茜の中で、葉子は限りなく黒に近い灰色だった。
確実に裏切るとまでは言い切れないが、余りにも怪し過ぎる。
このまま葉子を放置しておけば、いずれ自分も珊瑚や柳川の二の舞となってしまう可能性が高い。
そして生き残りが僅かとなってしまった以上、何時葉子が本性を見せてもおかしくは無いのだから、もう一刻の猶予も無い。

「ちょっと待て、お前は焦り過ぎてるんだ! ちゃんと話し合えばきっと……」
「――話し合えば分かり合えるとでも言うつもりですか? 冗談も大概にして下さい。そんな事をしていれば、いずれ裏切られてしまうだけです」

予想通り葉子を庇い制止を呼び掛けてきた智代に対し、茜は苛立ち気味に返事を返す。
智代の言葉は何の根拠も無い、ただの希望的観測だ。
あれだけ多くの人間が死んだにも拘らず未だそのような妄言を吐くなど、余りにも愚鈍過ぎる。
そんな愚か者の意志に従っていては自分まで、無意味に、惨たらしく殺されてしまう。
だから茜は、立ち塞がる智代を灼き切らんばかりに睨み付け、告げた。

「智代。止めるつもりなら、貴女も殺します」
「え……?」
「約束した筈です――失敗した時にはゲームに乗れば良いと」
「なっ――」


一瞬にして智代の意識が凍り付く。
仲間の――ゲーム開始以来ずっと行動を共にした相棒の放った、俄かには信じ難い宣告。

456運命の選択:2007/05/30(水) 20:59:36 ID:KFETsNV20
智代からすれば、残り少ない生き残り同士で殺しあうなど有り得ない事だった。
自分だって葉子に対し多少の疑念を抱きはしたが、それは些細なものでありいずれ時間が解決してくれると思っていた。
にも拘らず茜は突然葉子を殺害するなどと言い出し、事もあろうに邪魔をするならゲームに乗るなどと言ってのけたのだ。
智代は狼狽に支配されながらも、必死に言葉を返す。

「な、何を言っているんだ! まだチャンスはある! 疑念を捨てて皆で協力し合えば、きっと道は見えてくる!
 こんな時だからこそお互い信じ合わないと駄目なんだ!」
「智代……今の貴女は目が曇り切っているし、目的の為に人を殺す覚悟があるようにも見えません。
 この期に及んで不審人物の一人も殺せないようでは、もう主催者の打倒など不可能です。
 ですからもし此処で貴女が決断を誤まるようなら、私は優勝する事で生還を果たそうと思います」

茜の言葉に、嘘偽りは一切含まれていない。
自分だけが銃を保持している以上、今この場に居る人間達を屠るのは容易い。
そして瑞佳達が来るのはもう少し先の事である筈だから、準備して待ち伏せする余裕はある。
そうやって智代と瑞佳の一団を排除すれば、生き残りは自分を含めて僅か4名――もう優勝は目前だ。

「選びなさい智代。私と出会った『あの時』の聡明な智代に戻って、何としてでもゲームを破壊するか――それとも口先だけの女と成り果てて、此処で死ぬかを」

少女は突きつける。
堕落してしまった友に、運命の選択を――

457運命の選択:2007/05/30(水) 21:00:48 ID:KFETsNV20

【時間:三日目・06:10頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)近く】
月島拓也
 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式(食料は空)】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】
 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る。まずは鎌石村消防署へ。放送の真相を確かめる】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:消火器、支給品一式(食料は空)】
 【状態1:リヤカーに乗っている。リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは鎌石村消防署へ。放送の真相を確かめる】

【時間:三日目・06:10頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)】
【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧】
【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:動揺、葉子に不審の念】
【目的:今後の行動方針は不明】
里村茜
【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)】
【持ち物:包丁、フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】
【状態:苛立ち、簡単に人を信用しない】
【目的:葉子を殺害する。邪魔をするようなら智代と詩子も殺害して、優勝を目指す】
柚木詩子
【装備品:鉈】
【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:動揺、葉子にやや懐疑心を持つ】
【目的:今後の行動方針は不明】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:焦り、消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
【目的:今後の行動方針は不明】

【備考1:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考2:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】
【備考3:拓也は予定を早めたことを智代に伝えていない】
【備考4:拓也と瑞佳は第四回放送の内容を信じていない】

→860
→864

45863番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:41:26 ID:W2QwV58E0

「なあ」

あくび交じりの無気力な声が、狭いコクピットの中に響いた。
ブーツの足をどっかりとコンソールの上に投げ出し、自ら腕枕をして寝そべっている女性、神尾晴子の声だった。

「なあ、て」
『―――何でしょう』

理知的な声が、どこからとなく問い返していた。
神像、ウルトリィである。
半眼になって目やにを掻き落としながら、晴子が顎をしゃくる。

「撃たれとるで」
『そのようですね』

打てば響くような声。
ほぼ間を置かず、閃光が迸った。
全方位モニタに映るその光は直下、神塚山山頂からの砲撃だった。
高空からでも補正なしで視認できるほどの巨大な何かが、間断なく周囲に光線を放っている。
その内の幾つかは、上空に浮かぶウルトリィを目掛けて飛んでいた。

「ええんか」
『問題ありません。生半可な術法ではオンカミヤリューの結界を抜くことなど叶いません。
 まして光の術法で、このウルトリィを狙うなどと』
「ほぉ……ご大層なもんやな。さっすが神さんや」

どこか得意げなウルトリィの声に、晴子はぼりぼりと頭を掻きながら答える。
狭いコクピットに隔離されて数時間。
さすがに語彙の限りを尽くしたスラングをがなり立てるのにも疲れたか、悪口雑言は鳴りを潜めていた。
朝方、開き直ったように一眠りした後からは、投げやりな言動ばかりが目立っている。

「なら……アレも心配いらんねんなあ?」

45963番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:41:44 ID:W2QwV58E0
はだけたシャツの胸元に鼻先を突っ込んで顔をしかめながら、晴子が言う。
つまらなそうなその視線の先、モニタに映っていたのは、黒い影だった。
島の北西部、高原池の畔に佇むそれは、跪いてなお周囲の木々より頭一つ抜きん出ている。
木々の緑と紺碧の池、そして漆黒と銀の機体という色彩のコントラストはまるで一幅の絵画のようで、
その周辺だけ時間が静止しているかのようにも感じられた。

「キレイなもんやなー、……ぴくりとも動かへん」

にたにたと気味の悪い微笑みを浮かべる晴子。
すぐにウルトの声が返ってくる。

『……カミュにも大神の加護というものがあります。それに、あの子ならこの程度の術法、
 容易くかわしてみせるでしょう』
「せやから動かへんねやろ」
『……』

沈黙が降りる。
狭いコクピットの中に小さく、奇妙な音色の咆哮が響いていた。
直下、巨大な少女たちの哭く声だった。
額にかかるほつれ毛をかき上げた晴子の視線の先で、光が膨れ上がっていく。

「ハ、ええ感じで気合入っとるやん。……黒んぼの方は、顔上げようともせぇへんな」
『……まさか、カミュの身に何か……』
「どうやろなあ。盛大にぶっ壊れてくれたら笑えるんやけどなあ」

言って、晴子が乱杭歯を見せて笑んだ瞬間。
太陽を思わせる光が、爆ぜた。
絶対の死を内包する蒼白い光芒が、その行く手に存在する何もかもを焼き尽くしながら、黒い機体へ向けて迸る。

『カミュ―――!』


******

46063番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:42:04 ID:W2QwV58E0

その狭いコクピットの中には、沈黙だけがあった。
嗚咽も慟哭も、既にこの場から消えて久しい。
モニタは光を落としていた。
幾つかのランプが点灯しているだけで、あとは闇に包まれている。
外の陽射しも、この漆黒の空間を照らすことはなかった。
そんな中で、柚原春夏はかれこれ数時間もの間、抱えた膝に顔を埋めたまま、じっと動かずにいた。

『……』

その様子を、カミュは黙って見ている。
泣いて、暴れている内はまだ良かった。宥め、慰めることもできた。
だがこうして己の内に閉じこもられてしまえば、もうカミュにできることはなかった。
危険な状態だと、わかってはいた。
泣くにせよ、怒るにせよ、それは感情を発散するということだ。
既に起こってしまったことを、過去として処理するために必要なプロセスだ。
しかし、沈黙と抑鬱はいけない。
それは感情を渦巻かせる行為だ。渦巻かせ、どこにも逃がさないという行為だった。
行き場のない負の感情は沈殿し、やがて腐臭を放つ。
染み付いた臭いは、呼吸の度に全身を駆け巡り、容易くその人間を侵す。
それは端的に、破滅と呼ばれる状態の兆候だった。
手遅れになる前に、外部から、あるいは内部からの刺激で風穴を開けるべきだと理解していた。

しかしカミュには、声をかけることすらできなかった。
春夏の心中は、察するに余りあるものだった。
柚原このみという存在は、正しく春夏の生きる意味だったのだろう。
世界のすべて。己の半身。存在意義。それが、潰えた。
生きる意味、などと軽く言えてしまう自分には何を言う資格もないのだと、カミュは認識していた。
長い長い時間の中でも変わらぬ、否、長すぎる時間を旅するからこそ変われぬ己を、
これほど恨めしく思ったことはない。
だから声もかけられず、それでもただ春夏の傍にだけはいてやろうと、身動き一つすることなく
湖の畔に佇んでいた。

46163番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:42:24 ID:W2QwV58E0
『……?』

違和感を感じたのは、そのときである。
見られている。どこからか、ねっとりとした視線を感じる。
ねめつけるような、舐りつくすような、生理的な嫌悪感を催させる視線。
反射的にセンサーを走らせる。
捕捉。視線の方向は神塚山山頂。そこに、巨大な熱源があった。

いつの間に、とカミュは内心で舌打ちする。
少し前に、山頂で大規模な戦闘があったのは観測していた。
それが収束した後、多数の熱源が再び山頂に集いつつあることも分かっていた。
しかしカミュはそれらに特段の注意を払うことはなかった。
高密度の思念体は先刻の戦闘で消えていたし、集まりつつあるのは極小規模の熱源体だった。
どうとでも対処は可能だと、高を括っていた。
それよりも春夏にこれ以上余計な負担をかけないことの方が重大だった。
判断を誤ったかもしれない、とカミュは苦々しく考える。
山頂には再び高密度の思念体が存在していた。
原理は分からないが、あの群れが変貌したと考えるのが妥当だった。

とはいえ、とカミュは己の身体機能をチェックしながら思考する。
今、己を見つめる思念体は先刻のものよりも一回り小さい。
先ほどの戦闘観測によれば、思念体の攻撃手段は光の術法に近いものだった。
攻撃自体は単調で、直撃を避けることは難しくない。
万が一被弾したとしても、現状では正面から受ける限り被害は軽微で済む。
春夏がこの状態では操縦は不可能だろう。
ならば一時的に制動権を己に戻し、自律稼動で回避を行う。
距離さえ取れば問題はないだろう。
と、思考と並行させていたチェックが終了する。

『え……?』

一瞬、カミュの思考が凍りついた。
返ってきた結果は、明らかな異変を示していた。
システム、オールレッド。

駆動系異常。飛行系異常。循環系異常。接続系異常。術法系異常。異常。異常。異常。
思考と、感覚。それ以外のあらゆる系統が、完全に沈黙していた。
回避機動どころか、指の一本、羽根の一枚に至るまでが自分のものではなくなったように、動かない。
どくり、と。
既に存在しない筈の心臓が鷲掴みにされたような感覚を、カミュは覚えていた。
背後に、熱を感じていた。

山頂の思念体は、確かにこちらを見ていた。
光の術法に似た力を振るう、それは敵だった。
無防備な背に、光が、迫っていた。


***

46263番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:43:23 ID:W2QwV58E0

『死んでいく』

静寂の支配する暗闇に、声が響いていた。
ぼんやりと目を開けた柚原春夏が、小さく口を動かす。

「……」

拒絶を口にするはずの言葉は、しかし声にすらならず消えていく。
乾いた舌とひりつく咽喉が不快だった。
いつから口を開いていないだろうと考えて、春夏は思考を閉ざす。
何も考えたくなかった。
時間の感覚も曖昧なまま、春夏はただ膝を抱えていた。
このまま色々なものが曖昧になって、自分と自分でないものも曖昧になって、何も考えないまま
消えてしまえたら、いくらかは楽になるだろうか。
そんなことを思い、しかし思ったことは端からシャボンのように弾けて消えた。
何もかもが億劫だった。
感情も思考も、あらゆるものが不快で、曖昧で、苦痛だった。
ただ、微睡むように静寂の中にたゆたっていたかった。
再び目を閉じようとする春夏。

『死んでいく』

声は、はっきりと春夏の耳に届いていた。
ぴくりと小さく、本当に小さく、春夏が首を振る。
放っておいてくれという、それは意思表示だった。

『沢山のものが、死んでいく』

声は、止まない。
耳を塞ぐのも労苦に感じて、春夏は静かに目を閉じた。

『生まれるよりも早く死んでいく』

抱えた膝の間に、より深く頭を埋めた。
聞きたくなかった。

46363番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:43:43 ID:W2QwV58E0
『生き終わる瞬間は、唐突に訪れる』

春夏の眉根が寄せられた。

『誰にもそれは止められない』

春夏の奥歯が、小さく鳴った。

『戻らず、戻れず、ただ押し流されるように生き終わる』

爪が、掌に食い込んで血を滲ませた。

『望むと望まざるとにかかわらず』

呼気が、小さな音を立てる。

『それは永劫続く、定命のさだめ』

……て、

『生まれ、生き、生き終わる』

……めて。

『誰の上にも訪れる、それは―――』
「やめてッ!」

叫ぶような、声が出た。

「もうやめて、カミュ! いったい何のつも……」

跳ねるように顔を上げた、その視界。

「……ここ、は……?」

つい先程まで春夏を包んでいたはずの暗闇は、どこにもなかった。
代わりにそこにあったのは、どこまでも冴え冴えと広がる蒼穹。
燦々と照りつける陽射し。風にそよぐ深緑の梢と大地の朱。

『はじめまして、契約者』

そして、その背に黒翼を戴く、一人の少女だった。

46463番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:44:27 ID:W2QwV58E0

【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:D−4】

 柚原春夏
【状態:絶望】

 アヴ・カミュ
【状態:システムオールレッド・焦燥】

 ムツミ
【状態:異常なし】


【場所:G−6上空】

 神尾晴子
【持ち物:M16】
【状況:軟禁】

 アヴ・ウルトリィ=ミスズ 
【状況:自律操縦モード/それでも、お母さんと一緒】

→526 594 678 840 ルートD-5

465夢の終わり:2007/05/31(木) 23:21:23 ID:veeaHzOE0
天高く昇った太陽の下で寄り添うように肩を並べながら、三つの影が突き進む。
北川潤とその仲間達の行き先は決まっていた。
北川達は目的地――平瀬村の何処かにある筈の、親友の『心』を追い求めていた。
遠野美凪の『心』がそこにあるという根拠はたった一つ。
思い当たる他の場所は全て探し尽くしてしまい、残るは平瀬村だけなのだ。

「…………」
黙々と足を進める北川の表情は優れなかった。
この地には辛い――余りにも辛過ぎる想い出がある。
自分は守れなかった。
何を差し置いてでも仲間を守るつもりだったのに、柏木一族という脅威から美凪を守り切れなかったのだ。
仕方無いと言えば仕方の無い事ではあったかも知れない。
敵は『鬼の力』などといった常識外れの能力を持った怪物達なのだから、たった一人の犠牲で済んだのは寧ろ幸運とすら言える。
……そんな事は分かっているのだが、だからと言って割り切れる筈も無い。
美凪は自分にとっても真希にとっても、掛け替えの無い仲間であり親友でもあったのだ。

「潤……ねえ、潤ってば!」
「ん、ああ……何だ?」
広瀬真希に呼び掛けられた為、陰鬱な想いに支配されていた思考を一旦中断させて、生返事を返す。
真希はこちらをじっと見つめながら、遠慮がちに言葉を紡いだ。
「今あんたの考えてる事が、手に取るように分かるわ……。美凪が……死んじゃった時の事を考えてたのよね?」
「――――っ!」
内心を一部の狂いも無く言い当てられてしまい、北川は大きく息を呑んだ。
真希は北川の手を握り締めてから、続ける。
「お願いだから一人で全部抱え込もうとしないで……。美凪はあたしにとっても――そして、みちるにとっても大切な親友なんだから」
「そうだぞーっ、みちるの方が美凪と付き合い長いんだからなーっ!」

466夢の終わり:2007/05/31(木) 23:22:29 ID:veeaHzOE0
付き合いが一番長い――逆に言えば、一番辛いのもみちるの筈だ。
しかしみちるは何時通りの元気な姿で、自分を気遣ってくれている。
彼女達の言う通りだった。
自分にはこれだけ心強い仲間達が居るのだから、一人で抱え込む必要など何処にも無いのだ。
「……そうだな、悪い。やっぱり俺達は明るく行かなきゃな!」
だから北川もそう言って、強引に笑みを形作ってみせたのだった。


背の高い門を押し開けて、民家の――美凪の亡骸が眠る家の、敷地内に侵入する。
比較的広い庭には雑草が鬱蒼と生い茂っており、その向こうで古ぼけた木造民家が陽光に照らされながら屹立していた。
北川を先頭としてその影に向かって歩いてゆき、玄関の扉を開け放つ。
時代遅れの木造建築物だという事もあり、陽の殆ど届かぬ民家内部は異質な世界であるように感じられた。
みちると真希と、三人で手を取り合って永い廊下を一心不乱に進む。
程無くして三人は一番奥にある広間の前まで辿り着く。
そこには薄闇の中に佇む木の扉が、行く手を阻むように立ち塞がっていた。
北川が冷たいノブに手を伸ばし、力を込めて押すと、扉が軋みを上げながらゆっくりと開いてゆく。

開けた視界の中、大きな窓から漏れる眩い陽光が部屋の中を照らし上げている。
そして部屋の中央――ベッドの上に、遠野美凪が昨日と変わらぬ姿で横たえられていた。
この島の特殊な環境のお陰だろうか、その亡骸は腐敗が進んだ様子も無く、穏やかな笑みを湛えたままだった。
「く……」
その余りにも安らかな死に顔に、北川は計らずして掠れた声を洩らす。
北川の横では真希が口元に手を当てて、弱々しく肩を震わせている。
そんな中、みちるが一歩、二歩と足を進め、美凪の前まで歩み寄った。
みちるはゆっくりと、美凪の頬に手を伸ばす。
そして手が触れた瞬間、辺りを眩い、そして暖かい黄金色の光が、包み込んだ。

467夢の終わり:2007/05/31(木) 23:23:19 ID:veeaHzOE0
「な――――っ!?」

誰もが言葉を失う。
それはどのような奇跡だろうか――光が止んだ時、自分達は夜闇に支配された学校の屋上に立っていたのだ。
そして、天に広がる星空を見上げる少女が眼前に屹立していた。
少女の美しい髪が、僅かに潮の香りを含んだ夜風を受けて優しく靡いている。
幻想的な状況の所為か、その姿は記憶にあった物よりも更に美しく感じられた。

北川はその少女を、星空に見守られた屋上の中、無言で見つめていた。
信じ難い状況の中、どれ程の時間そうしていたかは分からない。
砂時計の中で零れ落ちる砂のように、緩やかに流れてゆく時間かも知れない。
凄まじい勢いで全てを飲み込んでゆく灼熱のマグマのように、刹那の時間かも知れない。
やがて深い憂いを秘めた、酷く悲しい瞳が――
世界に満ちた全ての音を、漏らさず閉じ込めてしまうかのような瞳が、こちらに向けられた。
「み……なぎ……」
北川がやっとの思いで、掠れた声を搾り出す。
そこには在りし頃と全く変わらぬ瞳を湛えたまま、遠野美凪が存在していたのだ。

言いたい事、伝えたい想い、溢れてしまいそうなくらい沢山あったのに。
いざ本人を目の前にしてみると、北川も、真希も、何も言えなかった。
下手な言葉を口にしてしまえば、その途端に美凪が消えてしまうような気がして、何も言えなかったのだ。
そんな中、美凪が場の沈黙を打ち破るべく、ゆっくりと言葉を解き放つ。

468夢の終わり:2007/05/31(木) 23:24:23 ID:veeaHzOE0
「……ちっす」
「「「――――へ?」」」

余りにも場違い、余りにも軽快な挨拶を受け、北川達は例外無く間の抜けた声を洩らした。
北川達の驚きを意にも介さず、美凪は続けざまに口を開く。
「北川さん……きらきらの星、好きですか?」
「え……ああ、まあ嫌いじゃないけど……」
「……良かった」
北川が戸惑いつつも返事をすると、美凪はほっとしたように呟いた。
「……男の人も……綺麗な物は好き」
こちらをじっと眺め見る、限りなく広い母なる海を思わせる瞳。
片言の言葉では表し尽くす事の出来ない思いが、その瞳の奥に秘められている。

「あのね美凪……あたし――――」
ようやく硬直から解放された真希が、必死の想いで言葉を形作ろうとする。
しかし美凪は切実な声で、それを遮った。
「ごめんなさい、時間が無いんです……。星空を見ながら、どうか私の話を聞いてください……」
空を見上げれば、無数の星々の瞬き。
静かに――どこまでも澄んだ声で、言葉を紡ぐ。

469夢の終わり:2007/05/31(木) 23:26:27 ID:veeaHzOE0
「この島には様々な人の『想い』が……閉じ込められています」

「人の『想い』は、空に輝くあの星々のように強く美しい……。今の私達がこうして奇跡の中に居るように……とても大きな力を秘めています。
 ですがこの殺し合いを企んだ主催者は……その『想い』を悪用しようとしています……間違った方向に『想い』の力を向けようとしています」
 
「主催者の力は強大です……そこに『想い』の力まで加わってしまえば、全ての人間が等しく殺し尽くされてしまうでしょう……。
 ですから北川さん達が……『想い』を正しい方向に導いて下さい……。皆を助けて、主催者を倒して下さい……」

「私が死んだ後もずっと頑張り続けてくれた北川さん達なら、……きっとそれが出来るから……」

美凪はそこで言葉を切ると、ポケットの中から質素な包装紙に包まれた一つの白い箱を取り出した。
「これからも頑張りま賞……進呈します」
それを、そっと北川に手渡す。

北川がその箱を開けてみると、親指にも満たぬ小瓶に詰められた砂が出てきた。
手に取って凝視してみると、砂の一つ一つが微かな輝きを放っているようにも見えた。
「綺麗だな……けど、これは?」
「星の砂です……。その砂を持っていると……幸せになれるんです。必要な時が来たら……その砂に、願って下さい。
 一生懸命願えば……きっと『想い』は通じます。北川さん達なら……この島に囚われた『想い』を解き放てます」

みちるが上目遣いで美凪に視線を送る。
「美凪……もう行かなくちゃいけないの……? もう……終わりなの?」
「うん……ごめんね。私は此処にいてはいけない人間だから……もう死んでしまったから……。
 私の夢も……みちるの夢も……此処で終わり」
美凪はみちるの手を優しく握り締めてから、くるりと北川達の方へ振り向き直した。

470夢の終わり:2007/05/31(木) 23:30:06 ID:veeaHzOE0

「北川さん、広瀬さん、覚えていますか? 私達が出会ったときの事……」
――出会いは鎌石村の消防署だった。
出会ったばかりだったにも拘らず、三人仲良く同じ食卓を囲んだ。


「それから……ホテル跡に行った時の事……」
――ホテル跡では色々あった。
大変だったけれど、三人は力を合わせて乗り切った。
一段落着いた後は、束の間の、けれどとても安らかな時間を一緒に過ごした。


「みちるも、きたがわとマキマキと楽しい時間を過ごせたよ……暖かい気持ちにさせて貰ったよ……」
――みちると出会った時。
三人は障壁を乗り越えて打ち解ける事が出来た。
家族のように、親友のように、笑い合う事が出来た。


「最後に…………今この瞬間も、大切な思い出です」
そう言って、美凪はにこりと穏やかな微笑を浮かべた。
美凪もみちるも――黄金の光に包まれ、それに合わせるように彼女達の身体が揺らぎ、薄れてゆきつつあった。

真希が涙で緩んだ視界のまま、何かを訴えようとする。
「待って、美凪、みちる! あたしはっ……あたし達はっ……!」

471夢の終わり:2007/05/31(木) 23:32:42 ID:veeaHzOE0
それを押し留めて、美凪が口を開く。
強く、意志の籠もった声で。
「泣かないで下さい……。私は貴女達と暖かい思い出を一杯築けましたから……一杯笑えましたから……」

みちるが言葉を繋ぐ。
「そうだよ。夢が覚めても、思い出は残るから……。思い出がある限り、みちると美凪はマキマキ達と一緒だから――」

自分達の想いを、同じ気持ちを、代わる代わる口にしてゆく。
「二人共、笑って。みちる達との思い出を、ずっと楽しい思い出にしていてよ」

「笑顔は人の心を暖かくしてくれますから……」

「ずっとずっと笑い続けて……」

「世界が沢山の笑顔で一杯になって……」

「「みんなが暖かくなって、生きていけたら良いね……」」
言葉を重ねると同時に、辺りが閃光に包まれた。
二人は黄金の光と同化して、自ら星の砂へと飛び込んでゆく。
それが最後。二人の気配も、北川達の意識も、霧散していった。


気が付くと元の部屋に戻っていて――北川も真希も床に寝そべっていて――窓から降り注ぐ陽光が、そっと夢の終わりを囁きかけていた。

――皆さん、有難うございます。今まで……楽しかったです
――きたがわ、マキマキ、約束だよ。ちゃんと笑い続けていてね

そんな声が、聞こえた気がした。

472夢の終わり:2007/05/31(木) 23:34:53 ID:veeaHzOE0

【残り20人】

【時間:3日目・10:00】
【場所:G−2民家】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光二個)、お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:今後の行動方針は不明】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:今後の行動方針は不明】
みちる
 【状況:消滅】
遠野美凪
 【状況:消滅】

備考
・みちるの荷物
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(ノートパソコン、真空パックのハンバーグ)支給品一式】
は床に置いてあります

→863

473起死回生:2007/05/31(木) 23:50:24 ID:W7jX6MbI0
危機が去って幾ばくかの時間が経っていた。
高槻、湯浅皐月、小牧郁乃の三人は何をなすでもなく、ただ項垂れていた。
玄関のドアは壊れ外から風が吹き込むも皆動じることはない。
高槻と皐月は篁のことを知っているだけに、主催者の正体を知ったショックは大きかった。
(相手が悪かったなあ。篁総帥じゃどうしようもねえや)
高槻は皐月の肩を抱きなが失意の底にあった。
助かったとはいえ、お先真っ暗である。
変わり果てたぴろを撫でながら皐月は目を泣き腫らしていた。

「どこか他に移ろうよ」
重苦しい雰囲気を破るように郁乃がポツリと呟く。
高槻が目で促すと皐月は伏せ目がちに軽く頷いた。
郁乃を除けば二人とも負傷と疲労でかなり体力を消耗していた。
現状では醍醐でなくとも岸田洋一始め、殺し合いに乗った者に踏み込まれたら苦戦を余儀なくされてしまう。
それにしても──篁が集めようとする想いとは。そしてあの青い宝石はいったい何なのか。
高槻は喉にまで出かかった言葉を飲み込み、まずは避難を優先することにした。

荷物をまとめ外に出ると雨は小降りになっていた。
警戒しながら奮死したぴろを懇ろに葬る。
「あたしも手伝わせて」
いたたまれずに郁乃がおぼつかない足取りで歩み寄り、布に包まれたぴろを穴の底に横たえた。
土を被せようとするとポテトが鼻を擦り付け最後の別れをする。
その様がいじらしく改めて三人の涙を誘う。

「さて、ねぐらはどこにするか?」
「隣の鎌石局にしようよ。探せばまだ弾があるかもしれない」
「なにぃッ、そうなのか? よし行くぜい」
三つの黒い影が粛々と移動し、隣の建物の中に吸い込まれていった。

474起死回生:2007/05/31(木) 23:51:37 ID:W7jX6MbI0
屋内に入るや否や、高槻と皐月はドアの前に備品を積み重ねた。
醍醐ならどうしようもないが、普通の人間なら侵入はできまい。
反撃の手段が限られていることから防御を固めるしか方法がなかった。
わずかな窓にも布で目張りをし、明かりの漏れを最小限にする。
「これくらいでいいかな。じゃ、明かり消すよ」
照明を消すと皐月はしゃがみこみ室内を見渡しながら感慨に耽った。

あたりは漆黒の闇に包まれ互いの息遣いのみが聞こえる。
前日の正午頃、ここで笹森花梨と物色したのが遠い昔のことのように思える。
左肩の傷──ここを出ようとした時黒服の少年に撃たれたもの。
少年との死闘と花梨の死。
思えばぴろはここでも奮戦したのだ。
胸にこみ上げるものがあり、両手で顔を覆った。
しかし高槻の一言で現実に引き戻されてしまう。
「ぼちぼちやろうぜい」
当てがあるようなことを言ったものの、実は気休めでしかなかった。
花梨と来た時、大方探し尽くしていたからである。
最後まで探さなかったのは十分な銃器と弾薬を確保できたからであった。
ここで何も入手できなければ今後の安全が極めて脅かされることになる。

「ごめん、もうちょっと休ませて」
「具合が悪いのか? さっきのゴリラに手酷くやられたからなあ」
「う、うん。まあね」
珍しく労ってくれるものだと感心する。
皐月は高槻の肩にもたれ安らぎに浸ることにした。
「ケツが痛いなら手浣腸が効くぞ、七年殺しがな。FARGOでもちょくちょくやってたなあ。女の尻の穴にズブッと……」
「落ちがあったのね。紳士らしいとこに惹かれたけど……さっさと始めるわ!」
素早く身を退き上目遣いに睨みつける。
「オイ、冗談だってば。こういう時はなあ、スキンシップが大事なんだぞぅ、ベイビー」

475起死回生:2007/05/31(木) 23:53:53 ID:W7jX6MbI0
皐月は二人にまだ探していない場所を指示し、自身も持ち場を探すことにする。
部屋の明かりは点けず、それぞれが懐中電灯で照明を確保する様は、さながら盗みを働いているようでもあった。
狭い密室でロッカーを開ける音、引き出しを開ける音が続く。
「ん? オモチャか」
とある引き出しから出てきたのはヨーヨーだった。
「わあっ、おもしろそう。あたしに貸して」
「ちぇっ、くだらん。いくのんにくれてやらあ。オモチャなんて……」
「オモチャがどうかしたの?」
「さあ。皐月さんも見てみたら?」
高槻がいじり回していると、片面の蓋が突然パカッと開いた。
「おおうっ! これはまさしく桜の代紋」
「このマーク、どこかで見たことある!」
皐月は高槻の肩越しに騒動の元を覗く。
「これ警察のじゃない」
開いた内側には交番で見かける桜の徽章が施されていた。

高槻は蓋を閉じると紐の輪を指にかけ、ヨーヨーを垂らす。
落ちては巻き戻るという、ごく普通の動き方をするが、紐が鎖チェーンでできている。
「思い出したぞ。これはなあ、昔鹿沼葉子が『おまん、許さんぜよ』、って言って投げてたスケバン刑事ヨーヨーだ」
「鹿沼葉子って人、おばさんなの?」
「えーと、いくのんよりいくつだったっけ。天沢郁未より上で……わからん、年齢不詳だ」
「くだらない嘘ばっか言ってないで、そんなことどーでもいいから、あたしに貸しなさいよっ」

手に取ってみるとオモチャでないことは間違いなかった。
ズッシリとした重みからしてステンレス製だろうか。
人に投げて当たれば痛いどころではない。本気で投げれば骨に罅が入るほどの衝撃があるかもしれない。
「いくのんには無理だろうから湯浅、お前が持て」
「あたしが? じゃあありがたく頂戴するわ。近接戦闘に使えるね」
皐月は押しいただくとポケットに仕舞いこんだ。

476起死回生:2007/05/31(木) 23:55:57 ID:W7jX6MbI0
その後も捜索をしたが目ぼしい発見はなかった。
探し尽くすと高槻と郁乃は疲労を覚え横になった。
「もう寝ろよ。体力を回復しないと明日がきついぜ」
「そうねえ。どっかにまだないかなあ。」
「もしかして隠し扉とかあったりしてなあ。その奥に金銀パールがザックザクと……」
「隠し扉……? あるかも」
俄かに活気が戻り、皐月は一人執念を燃やしながら物色を始めた。

郁乃はどうしても寝付けなかった。
起き上がると荷物を重し代わりに、車椅子の座席に乗せられるだけ乗せる。
そうして車椅子に掴まり膝に力を入れながら立ち上がった。
「今から出かけるの?」
皐月が怪訝な表情で尋ねる。
「違うの。あたしもいっしょに戦いたいから……車椅子なしでもやっていけるように、歩きたいの」
郁乃は先ほどの息を呑むような激戦の光景が目に焼きついて離れなかった。
暇つぶしの相手にしか見ていなかった猫、否小さな勇者──ぴろ。
二人と一匹が戦っている間、自分はただ物陰に隠れて見ているしかなかった。
──悔しい。あたしも戦いたい。
何もできない自責の念が郁乃を自立したい思いに駆らせたのであった。

郁乃はグリップを握り、そろそろと車椅子を押す。
狭い室内を何度も往復し、時には膝をつきながらもリハビリ励む。
(お姉ちゃん。あたしも頑張るからどうか無事でいて)
未だ会えぬ姉に想いを馳せながら脚力の弱さに喘ぐ郁乃。
床には汗と共に涙の染みがあった。

477起死回生:2007/05/31(木) 23:57:36 ID:W7jX6MbI0
【時間:三日目・02:00】
【場所:C-4鎌石郵便局】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:物色中。疲労大、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:就寝中。疲労大、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:岸田、醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)、支給品一式】
 【状態:リハビリ中】
ポテト
 【状態:車椅子に乗っている、健康】

【備考:高槻のコルトガバメントは予備弾を装填。高槻達の翌日の行動は未定】

478彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:26:03 ID:KiKzaUIw0
「……笑えよ、お前を馬鹿にしていた俺がこのザマなんだからな」

浮かび上がったのは力のない笑み、別れる前の彼の様子からは想像できないくらい相沢祐一は弱っていた。
疲れきったその表情、廊下の壁にもたれかかる祐一の口から漏れる覇気のない台詞に柊勝平は呆然となる。
勝平が廊下の奥の方へと視線をやると、ポツポツと祐一が移動してきたであろう軌跡に垂れているものが目に入った。
血液だった、わき腹を押さえる祐一の手が赤く染まっていることから患部はそこだと勝平は判断する。

……ただ、出血自体は実際そこまでひどいものではなかった。
何せ名倉由依が所持していたのはどこにでもあるカッターナイフだったのだから、そこまで深く差し込まないかぎり内臓にも損傷はないはずだった。
しかしそんな事実を知識を持たない祐一に伝わるはずもなく、勿論勝平も分かるはずもない。
とにかく、祐一は精神的に参ってしまっているようだった。
消え去った威勢の良さ、祐一の変わり果てた姿に思わず勝平も顔をしかめる。

「その様子、だと……助けに来て、くれたわけじゃぁなさそうだな……」
「何で、そう思う」
「お前最初っから、そうだったじゃん……仲間意識、感じられなかったっつーか」

苦笑いを浮かべながら淡々と述べる祐一に対し、勝平は何も答えられなかった。
結局このような手負いの状態だが、祐一は生きていた。
真っ白なタートルの脇腹部分、そこだけ赤く染まっているという生々しさには勝平も思わず眉間に皺を寄せてしまう。
出血自体は既に止まっているのだろう、勝平が目を凝らし患部を見やると血がかぴかぴに乾いてしまっている様子が伝わってきた。

視線を上昇させる勝平、あの意地悪めいた台詞ばかり吐いていた祐一の唇の色は妙に紫がかっているように見える。
寒さが原因ではないだろう、顔色も非常に悪いことから貧血を起こしかけているのかもしれない。

「……で、何しに、来た……」

祐一が口を開く度に、言葉の間に入る息継ぎの回数はどんどん増えているようだった。
顔をしかめる勝平、どうやら錯覚ではないらしく祐一はしゃべる行為自体も負担に感じているのかもしれない。
少しずつ荒くなっていく祐一の呼吸を見つめながら、勝平は静かに右手を少しだけ振り上げた。
そう。手にした電動釘打ち機の先端が、ぴったり祐一の額に当たるぐらいに。

479彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:26:36 ID:KiKzaUIw0
「理由くらい、聞いても……いい、よな」
「お前が僕の邪魔をしたからだ」
「……邪魔?」

祐一の浮かべる不思議そうな表情、それは先ほど勝平自身が手にかけた藤林杏の様子を彷彿させた。
口の中に苦い味が広がっていく、しかし勝平はそれを無視して言葉を続ける。
祐一によって計画が崩れたこと、そして自分自身が命を落としたということ。
『あの世界』の、こと。

ただ、どんなに詳しく語ろうにも、祐一の顔に納得の色が浮かび上がることはなかった。
むしろ勝平が何か発する度に、ますます視線は疑惑を帯びたものになっていく。
……これでは、杏の時と同じだった。
あの時は激情に任せてトリガーを引いた勝平だが、同じことをしてあの苦い思いを繰り返すほど馬鹿じゃない。
あくまでも冷静に、勝平はこの根本的な世界のことすらも細かく彼に説明した。
少しでも祐一の中で、何か変化が現れないかと。勝平は、それに望みを賭けた。

そして全てを話し終えた勝平は、少し乱れた息を整えながらも祐一の出方を待った。
自分の知りえることは話しきった、これで分かってもらえないのなら……その先を勝平は考えようとしなかった。
じっと黙って祐一を見つめ続ける勝平、しかし祐一が視線を合わせてくることはない。
……何か言葉を選んでいるのだろうか、しかめっ面のまま祐一はついに唇をゆっくりと開く。

「悪い、けど……お前の話は……どう、聞いてもさっぱり、だ……」

答え。祐一の出したそれに、勝平は静かに目を閉じる。
怒りは沸かない、勝平の中を漂うのは行き所のない不快感のみだった。
はぁ、と一つ溜め息をつき勝平は項垂れる。
このまま祐一を殺すことは簡単であった、だがそれでは意味がない。
勝平の復讐の対象はあくまで『勝平の邪魔をした屑共』であり、その屑の犯した事柄に対し後悔させなければ何の気休めにもならないのだ。
しかしそんな勝平の心中を知らずか、祐一は意外な言葉を続けてきた。

480彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:27:03 ID:KiKzaUIw0
「でもな、それでも……お前が俺を消したいって、言うなら。
 どうせ俺は、こんなんなんだ……簡単に、殺せるだろ。良かったな」

一瞬、何を言われたのか勝平は理解できなかった。
垂れていた頭を上げる、勝平自身も自覚するくらいそれはかなりの間抜けなものだった。
でも、それよりも。目の前の祐一の表情は、もっと情けない……諦めに満ちた、ものだった。

「何だよ、それ」
「言ってんだろ、意味分かんねーって……でも、お前がそうしたきゃできる、状況は……揃って、んだ」

思わず漏らした勝平の声に対し、祐一も細々と言葉で返してくる。
開いた口が塞がらない……今の勝平の心境は、正にそれだった。
杏は言った。信じない、そんなことさっぱり分からないと。
祐一も言った。意味が分からないと、やっぱりさっぱりだと。
しかしその上で、彼は言う。自分を殺してもいいと。
祐一の真意が勝平には全く理解できないでいた。だが勝平の戸惑いに気づかないのか、祐一は一人話を続けてくる。

「でも……これだけは、頼む。神尾だけは……あいつだけは、何とか助けて……やって、くれ……」

神尾……神尾、観鈴。その名前が出てきたことで、勝平もはっとなり止りかけた思考回路に渇を入れた。
緊張感のない笑いを浮かべる少女、何の役にも立ちそうにない、付き纏ってきて鬱陶しい存在……そんな観鈴の印象が勝平の脳裏を駆け抜ける。

「俺……人を殺したことがあるんだ」
「は?」
「後悔も、したけど……それでも、仕方ないって思いの方が強かった……今も、そう思ってる……」

それは突然であり、意外な告白だった。
ただ、前後の話が繋がらないことで勝平は混乱する一方である。
観鈴を助けてくれということ、祐一自身が人を殺したということ。これはイコールで繋がらない。

481彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:27:28 ID:KiKzaUIw0
「何が言いたいんだよ……」
「あいつみたいなのが、絶対、こんな……くだらない殺し合いを、変えてくれる、はずなんだよ……。
 俺みたいな、殺すことを納得した人間じゃ……駄目、なんだ……」

自嘲を通り越した、あまりにも悲しい訴え。
わき腹を押さえていない方の手で髪をかき上げると、祐一は改めて勝平へと視線を送った。

「どうせ俺は助からねー……それに、神尾はずっとお前の、ことを気にかけてたんだ……頼んだ、ぞ」

笑顔を浮かべる祐一の表情は儚く、そこからは生きる渇望すら見いだせない。
精神的に参ってしまっているということ、もしかしたらそれは一日の積み重なった疲労も関係しているかもしれなかった。
誰だってそうである。こんな気味の悪い島に閉じ込められ殺し合うことを言い渡されて、ストレスを感じない者はいないだろう。
そして、祐一の辿ってきた経緯。そこで自らの手を汚したことなど、隠れた面での祐一の負担は大きかった。
止めとして肉体へのダメージを食らった祐一が、「諦め」てしまうのも無理はない。
……例えそれが、見た目が派手なだけなものだったとしても。
祐一は疲れきっていた、彼を自暴自棄にさせている原因は十代の少年にとってあまりにも過酷なものだった。

「……馬鹿野郎っ」

しかし、それを認められるかと言われたら話は別である。
納得した上で、ああ相沢祐一はなんてて可哀想なヤツなんだと同情するなんて考えに、勝平が首を縦に振るわけはなかった。
喉から絞り出された声は怒りに震えている、その対象はあの時勝平を陥れた「相沢祐一」に対するものではない。

振りかぶった電動釘打ち機を、勝平は力任せに振り降ろす。
狙ったのは目の前の祐一の頭部だった。
そして勝平は叫ぶ、そこにありったけの怒りを込め。

「甘えてんじゃねえよっ、僕は……僕は、こんな腐ったヤツに負けたなんて認めないぞ!!」

482彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:27:58 ID:KiKzaUIw0
それはここに来て勝平が初めて振るった、殺意を含まない暴力だった。
自分を追い詰めた祐一はこんな情けない男じゃないということ、こんな男を殺しても復讐になどなる訳がないということ。
ここで祐一からの反撃でも飛んでくれば勝平は満足だった。罵詈雑言の類が飛んできて、いつもの彼の調子に戻ってくれたらと期待した。
しかし、いつまで経っても祐一が口を開く様子はない。
むしろそのままずるずると祐一の体は沈んでいき……ついに、祐一は廊下に横たわるようにして身動きを止めるのだった。

「……くそっ!!」

頭部を強打されたことで気を失ってしまったのだろう、結局祐一が勝平の期待に答えることはなかった。
勝平の中の苛立ちは、収められる場所を失い発散の場所を求めてきた。
横たわる祐一、勝平の手にする電動釘打ち機を叩き込めばその命を散らすことなど造作もないことだろう。
そう、あの時のように。
勢いのまま杏の命を奪った時のように。
……だがあの後の苦い思いを経験した勝平が、同じことを繰り返すことなど……できる訳、なかった。
復讐という行為に対する意義を自覚した勝平にとって、この場でできることはなくなってしまった。





来た道をとぼとぼと、勝平は歩いて戻っていた。
別に祐一に言われたからではない、しかし彼の脳裏にふと浮かぶのは観鈴の朗らかな笑顔であり。
何故か、勝平はそれが恋しく感じ仕方なかった。
思い通りにいかない事態、祐一の覇気のない態度、それら全てが勝平の心に棘を増殖させ彼の余裕をなくしていた。
観鈴は、日常の象徴だった。
繰り返される緊張感のない会話、害のない穏やかな少女の存在自体がこの状況ではイレギュラーであろう。
ふと。祐一が言っていた観鈴の価値が、そういう面なのではないかと。勝平の中で一つの答えが導き出される。
その時だった。

483彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:28:24 ID:KiKzaUIw0
「……!」
「な、お前は……っ?!」

階段を上がり、勝平が二階の廊下に差し掛かったところで危うく誰かと衝突しそうになる。
形振り構わず疾走する少女が、勝平の脇を駆け抜けて行った。
すれ違い様でもその勢いは止まらない、一瞬目が合うものの少女は勝平を通り越しそのまま階段を降りて行く。
呆然と少女を見送る勝平は、その場で立ち尽くすしかなかった。
一体誰であったか、確認が一瞬しかできなかった少女の残像が勝平の脳裏を過ぎった。
見覚えがあるかどうか、すぐの判断は難しい。
だが、考えれば自ずと答えは浮かぶものである……何せ勝平は、先ほどまでその少女と同じ部屋にいたのだから。

「……! あいつ、起きたのか?!」

勝平が気づいた時にはもう遅い、少女の姿は既に階下へと消えている。
勝平の記憶が正しければ、その少女は職員室にて気を失っていたはずの名倉由依であった。
何故彼女が今ここに、いや、それよりもいつ気がついたのか。
ごちゃまぜになる頭の中、勝平は一つの事実にはっとなる。
―― 置いてきた観鈴は、どうなった。

「……馬鹿、何やってんだ僕は!」

あの時の勝平は祐一のことをとにかく優先し、彼の元へ一人で行くことしか考えていなかった。
置き去りにした観鈴が武器の類を所持していないことは分かりきっていたことだった、それなのに。
嫌な予感が回路を締める、勝平もまた形振り構わず走り出した。

484彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:28:51 ID:KiKzaUIw0




時間は少々遡る。
軽い鈍痛に襲われながら、由依はその意識を覚醒させた。
目元が歪む、由依はふわふわとした感覚にその身を任せながら自身が気を失っていた事実を自覚する。

(ん……)

体が重かった、精神的負荷と共に岸田洋一から受けた暴力が由依の体力を奪っていた。
秘部に感じる猛烈な違和感と痛みに、閉じられた由依の瞼からも自然と涙が零れていく。

(私、また……)

由依がレイプという行為を受けこと自体は、初めてではなかった。
それこそあの施設に潜入してからは、由依は数えるのも嫌になるくらいの辱めを受けていた。
それでも由依の心は折れなかった。
大事な、大事な姉を連れ戻さなくてはいけないという大切な目的が由依にはある。
姉と共に、また家族で暮らしたい。それが由依のささやかな願いだった。

(……お姉ちゃん……)

だが、由依の知らない事実がそこにはあった。
それは由依の誕生日に起きた、由依が強姦魔に襲われたあの事件のあった当時のこと。
姉である名倉友里に、由依は消えない痛みを与えた。
由依は幼い少女だった。また、それを責めるには余りにも由依は弱かった。
しかし、許されることではなかった。
どこにでもある一本のカッターナイフが凶器と化す、壊れかけた由依の心が求めたもの。
その先、その未来。由依は友里の未来を奪った。

485彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:29:15 ID:KiKzaUIw0
(お姉ちゃん……)

頭の中で小さく呟く由依、施設でも友里には邪険にあしらわれるだけで満足な会話をすることができないでいた。
真実を知ってからは、尚更である。
もう一度友里と話したかった、前のような仲の良い姉妹に戻りたいと由依は望み続けていた。
そんな時だった、由依がこの殺し合いの舞台に放り込まれたのは。

この島に来て、初めて遺体というものを由依は見た。
そして、性的な行為を持たない純粋なる暴力というのにも晒された。
その上で性的な暴力も、受けた。

由依はこの島で一人でも多くの人を救いたいと願った。
しかしその願いは届くことなく、由依の前に現れたのはあんなにも凶暴で狡猾な男であった。
神様は、意地悪だった。
由依は現実に絶望した、そしてあの時のようにまた心を殻に閉じ込めた。
由依は人形になった。人形になれば、今受けている以上の痛みを押し付けられることはなかった。
由依は道具になった。道具にならなければ、由依は自分を守れないと判断した。

物と化した由依が手にしたのは、偶然にもあの時にも由依が所持していたカッターナイフであった。

「ひぃ……っ!」

思わず漏れた声、カッと見開かれた由依の瞳が自分の起こした現実を認識させる。
人を刺したということ。
岸田の命の通り、殺意を持って武器を振るったということ。
フラッシュバックする光景は、駆け寄ってきた少年の心配そうに由依自身を見やる表情が、苦悶の物へと瞬時に入れ替わった時のものだった。

486彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:29:36 ID:KiKzaUIw0
「だ、大丈夫? どこか痛いのかな」

少し舌っ足らずな、幼さの残る可愛らしい声。
ゆっくりと由依が首を動かすと、ぼやけた視界に金色のウエーブがかった髪が入る。
少女だった。年頃は同じくらいだろうか、見た目だけなら由依の方が下かもしれない。

「うーん、熱はないね」

額に熱を感じ思わず目を瞑る由依、ゆっくりと瞼を開けると少女が手を引っ込める様が確認できた。

「ご、ごめんね。びっくりしたかな」

慌てて弁明してくる少女の姿には攻撃性といったものが全くなかった。
由依の中で戸惑いが生まれる。まだ何が起きたか上手く整理しきれていない思考回路をフルに動かし、由依は賢明に現状を把握しようとする。
あの男に命じられ、由依は「男」を殺し「女」を約束の地であるこの職員室へと連れ込んだ。

(あれ、でも私は……)

おかしい。由依の記憶が正しければ、由依が連れ込んだ少女は二人のはずであった。
ゆっくりと身を起こし、由依は改めて職員室の様子を確認する。
岸田におもちゃにされた場所、部屋の隅には由依の支給品であるデイバッグが放置されていることから間違いはないだろう。
一面だけ開けられた窓のおかげで喚起はできているものの、鼻を凝らせば感じ取れる生臭さが消えた気配は全くない。
……それは辱めを受けた由依自身に染み付いた臭いかもしれないが、その可能性を考えることを由依の頭は否定した。
そのまま立ち上がる由依の邪魔をするものはいない、少女は見ているだけで由依の行動に対し制限をつけてくるようなことをしなかった。

三百六十度余すことなく目をやる由依の視界に入る人物は、あくまでこの金髪の少女のみである。
どういうことか、しかし思い出そうとすると響く鈍痛に結局由依は考えることを諦めた。

487彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:29:59 ID:KiKzaUIw0
そして、違う方面へと思考を凝らすことにした。
由依の恐れるあの男は、今この場にはいない。
目の前の少女に攻撃性はない。じっと見やるものの、由依の視線に対し首を傾げるだけで少女から何かしてくることはなかった。
今、どうするべきなのか。冷静に物事を考えられる機会を得た由依がその中で答えを導き出す。
由依の最優先次項は。

「ごめんなさい!!」
「え、あ……ど、どこ行くのっ?」

この場から、一刻も早く逃げ出すことだった。
部屋の隅へと駆ける由依、自身のデイバッグを掴み取り由依は一直線に職員室の出口へと向かう。
背後から投げかけられた声、金髪の少女のものである。しかし由依はそれを無視して、一目散に廊下へと躍り出た。

それからはとにかく走り続けるだけだった、痛む体を駆使しながら由依はひたすら足を動かした。
途中人とすれ違った気もする、しかし由依は止まらずそのまま階下へと駆けて行った。
一階、見覚えのあるその景色に由依の鼓動は高鳴った。
このまま真っ直ぐ行けば中心のフロアに出る、そこから外に出れば逃げることができる。
由依はそれだけを考えた。それこそ廊下に設置されている窓を開けて逃げるという行為などは、思いつくことはないようだった。
由依は駆けた、途中転びそうになるものの何とか持ち直し外を目指した。

月明かりの照らす廊下を、走る由依の靴音だけが響き渡る。
その連続した音が止められたのは、突然のことだった。

「……ぁ」

廊下の隅に倒れ、身動きを取らぬ少年が由依の目の前に出現した。
視線を少年の後方へと送る、点々とした染みが由依の視界に入る。
黒かった。それは経過した時間を表しているのだろうか。
真っ白なタートルネックの一部が黒く塗られている様、由依の呼吸が一瞬詰まる。
それは、由依が「殺した」少年だった。
ポロポロと涙が自然に零れる、由依の起こした現実が痛みとなって彼女自身へと突き刺さる。

488彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:30:21 ID:KiKzaUIw0
「ごめ……なさい……」

顔を覆いながら由依が口にした謝罪の言葉に、少年が気づく気配はない。
ごめんなさい、それでも由依はもう一度言葉を口にする。
その時、由依は自身が身に着けている見覚えのない上着の存在を思い出した。
肩にかかった群青色のブレザー。そう、心配した少年が由依へとかけてくれたものである。
……そのぬくもりも何もかも、今では悲しいだけだった。

「こんな……こんな形で会いたくなかったですっ!」

吐き捨てた激情は、由依の思いと共に校舎の空気へ溶けていく。
人を殺してしまったという罪悪感。それは少年の優しさを踏みにじった由依の行為も付加となり、さらに彼女自身を追い詰めた。

「私達……きっと、違う形でも会えたと思うんです……」

ふと、由依の中に浮かんだ一つの可能性。
それは根拠のない言葉だった。
でもその直感を、由依は捨てることができなかった。

「ごめんなさい……」

信じられない、カッターで刺された少年はそう表情で語っていた。
その様子が由依の頭から離れることはない。消せない罪が、また一つ由依の心啄ばんだ。
しかしそれと共に、何故か和やかにこの少年と話す自身の様子が由依の脳裏に貼りついていた。
理由は分からない、それは由依の願望が作り出したただの妄想かもしれない。

「ごめんなさい」

もう一度口にして、由依は身に着けていたブレザーをその場で脱いだ。
近づき、由依は丁寧に折りたたみ倒れている少年の横へと上着をそっと置く。

489彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:30:48 ID:KiKzaUIw0
「こうしてると、まだ生きているみたいですね……そんなわけ、ないのに……」

覗き込んだ少年の顔つきもまた、金髪の少女と同じように由依と同世代のものだった。
それが、さらに由依の悲しさを煽る。
気持ちを振り切るように再び駆け出す由依の苦悶に満ちた表情を、確認した者はいない。
由依が鎌石村小中学校を脱出したのはそれからすぐのことだった。






神尾観鈴
【時間:2日目午前3時前】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・職員室】
【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:呆然】


柊勝平
【時間:2日目午前3時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:観鈴のもとへ】

490彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:31:08 ID:KiKzaUIw0
相沢祐一
【時間:2日目午前3時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階、左端階段前】
【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:気絶、腹部刺し傷あり】
【備考:勝平から繰り返された世界の話を聞いている、上着が横にたたまれている】


名倉由依
【時間:2日目午前3時15分過ぎ】
【場所:D−6】
【所持品:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、破けた由依の制服、他支給品一式】
【状態:学校を離脱、ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)着用、全身切り傷と陵辱のあとがある】
【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】

(関連・488・662・756)(B−4ルート)

491:2007/06/02(土) 21:21:03 ID:w8N0LcPY0
夢。
夢を見ていた。
そこには自分の理想とする世界。
追い続けて、求め続けて――けれど、決して届かぬ筈の美しき理想郷があった。

天高く昇った太陽は猛然と光を放ち、眼下に広がる孤島を照らし尽くす。
蓄積した熱を奪い去るべく吹き付けてくる風が心地良い。
そんな中高槻は水着を着て、海辺の砂浜に寝そべりながら、満面の笑みを湛えていた。
「参ったぁっ! 俺は参ったぁぁっっ! 見渡す限りの女共、これぞハーレムだぁぁぁっ!」
その言葉通り、高槻の周りには数え切れぬ程多くの女性達が集まっている。
天沢郁美、鹿沼葉子、久寿川ささら、小牧郁乃、湯浅皐月、そしてその他にも無数の女性達。
夢の世界の中で、高槻は女という女を全て手中に収めた絶対者として君臨していた。

くるりと背中を向けると、特に指示を出さずとも女性が優しくサンオイルを塗ってくれる。
その撫でるような手つき、柔らかい女性特有の感触が、高槻に快感を齎す。
「お前なかなか上手いな。褒美として俺様が直々にキスをしてやろう」
高槻はそう言って、女性の方へと首を向けた。
「……って何だ、湯浅じゃねえか」
女性――湯浅皐月は、顔を真っ赤にして接吻の時を待ち侘びている。
高槻は皐月の後頭部に手を回し、顔を引き寄せて――

492:2007/06/02(土) 21:23:25 ID:w8N0LcPY0

「ガッ!?」
そこで強烈な衝撃が頭部を襲い、高槻は目覚めた。
激痛を堪えながらも顔を上げると、皐月が斜め下目線でこちらを見下ろしていた。
その手には先の凶行に用いた道具であろう、涙目のポテトが握り締めらている。
「痛ってえなあ! てめえいきなり何しやがんだ!」
「ぴこっ! ぴこぉぉっ!」
怒りに震える高槻はポテトと調子を合わせ、猛烈な批難を浴びせる。
しかし皐月はポテトを地面に降ろした後、腰に手を当て事も無げに言い放った。
「あに、逆ギレ? あんたがなかなか起きないから悪いのよ。放送前の時間になったら絶対起こせって言ったのはあ・ん・た、じゃん!」
「む……」
頭の中を検索してみる。
すると確かに、昨晩鎌石局内部を捜索していた最中、そんな事を頼んだ記憶があった。

仕方が無いので怒りの矛を収め、ゆっくりと身体を起こす。
「もうそんな時間か……そんじゃそろそろ起きるとしますかね。あ――そうだ、湯浅」
「何?」
「あれから何か使えそうな武器は見付かったか?」
高槻とて裏の世界で生きてきた人間、寝起きの呆けた頭でも生き延びる上で重要な事柄だけは決して忘れない。
火力が圧倒的に不足している自分達にとって、新たな武器の入手は死活問題だった。
だからこそ高槻は期待の色が混じった声で問い掛けたのだが、皐月は申し訳無さそうに首を横へ振る。

493:2007/06/02(土) 21:24:39 ID:w8N0LcPY0
「残念だけど……これくらいしか無かったわ」
皐月がそう言って取り出したのは、五つの予備弾倉――コルト・ガバメント用の物――であった。
高槻はそれを受け取ると、ぐっと親指を立てて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、ナイスだぜ。これなら弾の詰め替えもすぐだし、岸田や醍醐の野郎にだって一泡吹かせれるかも知れねえ」
その言葉通り、此処で予備弾層を発見した事は相当な僥倖である。
弾層に纏めて銃弾が詰められているのだから、弾切れの時も一瞬で補充出来るし、何より残弾数に余り気を遣う必要が無くなったのが大きい。
醍醐のような俊敏に動き回る敵を捉えるには、もっと手数を増やすのが殆ど必須条件であったのだ。
出来れば防弾チョッキを貫通出来、尚且つ高速連射が可能なアサルトライフルが欲しかったが、それは高望みというものだろう。
(身体の調子は……)
軽く左肩を動かしてみると痛みはしたが、昨晩程ではない。
大丈夫、この体調、この装備なら十分に戦える。

「おし、居間に集まって放送を待つとすっか」
高槻は意気揚々と居間に乗り込み――目前で繰り広げられている光景に、少なからず驚愕を覚えた。
「お前どうして……」

小牧郁乃が――あの車椅子の少女が、二本の足で直立していたのだ。

「私だってやれば出来るんだから……」
郁乃は額に付着した汗を拭ってから、こちらに向けてゆっくりと歩き始めた。
その足取りは余りにも不安定であり、次の瞬間には転んでしまいそうな程だ。

「おい、あんま無茶すんじゃ……」
「――来ないで!」
手を貸すべく歩み寄ろうとした高槻だったが、直ぐ様強い拒絶の声を掛けられる。
「私だって頑張れば歩けるんだから……戦えるんだからっ……!」
郁乃は鬼気迫る形相で、弱々しくも着実に足を進めていく。
そのまま高槻の眼前まで進んだ後、郁乃は誇らしげに言い放った。
「――これでもう、大人しく隠れてろなんて言わせないわよ」
「…………!」

494:2007/06/02(土) 21:26:47 ID:w8N0LcPY0
それで高槻は、ようやく郁乃の意図を察知する事が出来た。
とどのつまり、郁乃は守られてばかりいるのが悔しくてこんな事をしたのだ。
はっきり言ってまだまだ戦力になるレベルでは無い。
歩くので精一杯なのだから、過酷な戦闘には耐え切れる筈が無い。
こんな状態の郁乃が最前線に立ってしまえば、数秒と経たぬ内に殺されてしまうだろう。
しかしその努力は間違いなく本物だから、その健気な精神は尊重すべきものだから――
「わあったよ、次からはお前も戦闘要員だ。でもヘマはすんじゃねえぞ?」
高槻はぶっきらぼうに、そう言ったのだった。


そして十分後――第四回放送。
その内容は高槻達の意識を凍り付かせるに十分なものだった。
「何なんだ……一体何が起きたってんだ!?」
理不尽な報せを受けた高槻が声を荒げる。
知り合いが何人死んだだとか、そういう次元の話では無い。
人間が――この島に居る人間の殆どが、一気に死んでしまったのだ。
特に自分達と行動を共にした人間は、一人の例外も無く死に絶えてしまった。

雪崩の如く押し寄せる絶望が高槻の戦意を叩き折り、吹き荒れる悲しみの暴風が郁乃と皐月の顔から生気を奪い去る。
わざわざ口にするまでも無く、全員が分かっていた。
――終わった、と。
残った僅かな人間だけで、超巨大財閥を牛耳る怪物と対峙するなど、ただの自殺行為だ。
そして何より、親しい人間の悉くを殺し尽くされてしまったという事実が脳髄深くまで染み込み、何もせずとも神経が削り取られていった。





495:2007/06/02(土) 21:27:26 ID:w8N0LcPY0
静まり返った部屋、陽の光が届かぬ薄暗い場所で、高槻達は力無く座り込んでいる。
誰もが絶望し、涙を流す余力さえ奪い去られてしまい、放送から一時間以上経ってもまるで動けずにいた。
そんな時に突然、部屋の端に置いてある電話がけたたましく鳴り響いた。
その騒音により、朦朧としていた頭、曖昧だった思考が、半ば強制的に目覚めさせられる。
普段なら掛かってきた電話に対し疑念の一つでも抱いただろうが、生憎今はそのような判断力など持ち合わせていない。
高槻は重い頭、重い手足に力を込めて、どうにか受話器を手に取った。

「うっせえな……俺様は今気分がわりいんだ。誰だか知らねえが静かにしやがれ」
高槻は不快感を隠そうともせずに、毒々しく吐き捨てた。
すると受話器の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『高槻さん! 高槻さんですね!?』
「なっ――――その声……久寿川…………か……?」
『はいっ! 久寿川ささらです!』
「どうして……?」
訳が分からなかった――何故死んだ筈の久寿川ささらが、電話を掛けてこれるのだ?
受話器越しに高槻の疑問を感じ取ったささらが、事情を簡潔に説明する。
『実は……』
ささらは、自分達がハッキングや首輪の解除に成功した事。
そして盗聴されてしまうので、まずはロワちゃんねるを見て首輪を解除して欲しいとだけ伝え、電話を切った。
余りにも唐突な話だったが、高槻からすればささらの言葉を疑う理由など何も無い。
死んだ筈のささらが生きているという事実が、首輪の解除が嘘偽りで無い事をはっきりと証明していた。

高槻はすぐさま郁乃と皐月に指示を出し、ノートパソコンと工具――そして携帯電話を探すべく動き始める。
すぐ近くの民家で必要な道具は全て揃った為に、首輪の解除は滞りなく終了した。
起爆用のコードが外装の内側に張り巡らしてあったが、それさえ切らなければ何も問題は無かったのだ。
高槻は冷たい感触から解放された首を摩りながら、携帯電話を手に取った。

496:2007/06/02(土) 21:28:06 ID:w8N0LcPY0
「……高槻だ。言われた通り首輪を外したぞ」
『――有難うございます。まずはロワちゃんねるに載っている地下要塞詳細図を見て貰えますか?』
「おう、分かった」
高槻はまだ未確認だった地下要塞詳細図のファイルをおもむろに開いた。
するとそこには、高槻達の持っている要塞見取り図とはまるで異なる内容が記載されていた。
見取り図には、二本のトンネルにより地下要塞が構成されていると書いてあったが、それはフェイク。

詳細図によると、地中深くにある要塞は島の大半を占める程巨大であり、トンネルは地上近くの移動用通路に過ぎない。
要塞への出入り口は、鎌石村、平瀬村、氷川村の付近に複数ずつ設置されている。
そして『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点にあるようだ。


『それでは――説明しますね』
盗聴の脅威が無くなった為、ささらは全てを包み隠さずに話し始める。
まずはこれからの事――即ち、主催者打倒の作戦について。
既に平瀬村方面には十分な戦力が集まりつつある為、高槻達はこのまま別行動を取って欲しいという事。
行動を起こすのは数時間後で、数箇所から同時に地下要塞へ侵入したいという事。
そして高槻達には鎌石村から近い位置にある『ラストリゾート』の発生装置を破壊して欲しいという事だった。

続いてその他の情報。
ささら達は現在平瀬村工場で休憩を取っており、仲間の大半が睡眠中である事。
首輪を外した人間は全て死亡者として扱われている為、先の放送は信憑性が薄いという事。
柳川祐也の一団と、ゲームに乗ったリサ=ヴィクセン一味が行った決戦の顛末。
そして――岸田洋一と相打ちを遂げたという、河野貴明の最期などについて話した。

497:2007/06/02(土) 21:29:09 ID:w8N0LcPY0
「貴明は……最期に岸田の野郎をブッ倒したんだな……」
話を聞き終えた高槻は、いの一番にそう呟いた。
自分は岸田洋一を自らの手で倒したいと考えていたが、今となってはどうでも良いように思えた。
そんな些事よりも、貴明やほしのゆめみが死んでしまった事の方が遥かに衝撃的だったのだ。
『はい……先輩も貴明さんも……私の所為で……』
「…………」
受話器越しに聞こえてくる翳りの混じった声を受け、高槻は返答に窮した。
二人同時に親友を失ったささらの喪失感がどれ程のものなのか、想像も付かない。
下手な励ましの言葉など逆効果だという事が分かってしまい、何も言えなかった。

高槻が黙り込んでいると、ささらが弱々しい――けれど確かに、強い意志の籠もった言葉を投げ掛けてきた。
『あの……余りお気になさらないで下さい。私はもう大丈夫ですから……涙なら一杯流しましたから……先輩達の分まで一生懸命生きるって決めましたから……』
「そうか……」
半分は強がりだろう。
親友を失った悲しみはそう簡単に癒えるものでは――否、どれだけ時間が経とうとも、決して癒し切れるものではない。
しかしこれ以上この話題に執着しても、ささらを苦しませるだけだ。
だから高槻は頭を切り替えて、言った。
「――良いか久寿川。俺様は絶対死なねえし、仲間も死なせねえ。
 だから俺様達が『ラストリゾート』をぶっ壊してそっちに行くまで――おめえも、死ぬんじゃじゃねえぞ」
『はい。高槻さん達こそ、どうかご無事で……』
お互いの無事を祈りながら、二人は通話を終了させた。

高槻は皐月と郁乃に視線を向けて、凛々しい声で告げる。
「話は聞いてたな? これからの俺様達が何をすべきかは決まった。まずは久寿川達と同時に要塞へ突入し、『ラストリゾート』を破壊する。
 その後要塞の奥へ進んで、『高天原』で踏ん反り返ってる主催者の野郎をブッ潰すんだ」
それで、間違いない筈だった。
主催者打倒への道程は、これ以上無いくらい明確な形で示されたのだ。

498:2007/06/02(土) 21:29:56 ID:w8N0LcPY0
しかし郁乃が多分に不安の色を含んだ顔で、ぼそりと呟いた。
「首輪を外した人は死亡者扱いにされたって話だったけど…じゃあ七海や折原……それにお姉ちゃんは無事なのかな……?」
「…………大丈夫だって。あいつらはそう簡単にくたばるタマじゃねえし、きっと何処かで首輪を外したんだよ」
高槻は励ますようにそう言うと、くるりと背を向けた。

――嘘だった。
本当は、分かっている。
特殊な技術を持たぬ者が首輪を外すには、ロワちゃんねるに載っている首輪解除手順図を用いるしかないだろう。
そしてロワちゃんねるには、ささら達の電話番号が書いてあった。
首輪を解除した者達は、ゲームを破壊する為に――もしくは寝首を掻く為に、ささら達へ電話を掛けてみる筈だ。
ささらへ連絡する事無く第四回放送で読み上げられた者達がどうなったのか、結論は一つしか有り得ない。
折原浩平も、立田七海も、小牧愛佳も、死んだのだ。
だがその事を郁乃達に伝えた所で、何のメリットも無い。
決戦の時は近いのだから、無意味に気勢を削ぐ様な愚行は避けなければならない。
全てを教えるのは、主催者を倒した後で良い。
そう、悲しみと憎しみを抱え込むのは、自分一人で良い。

(折原……立田……貴明……ゆめみ……俺様がてめえらの無念を晴らしてやるからな……!)
周りに悟られぬよう流した一粒の涙が、ポタリと高槻の足元に零れ落ちた。

499:2007/06/02(土) 21:31:19 ID:w8N0LcPY0
【時間:三日目・07:30】
【場所:C-4民家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×5、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:悲しみと怒り、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートをブッ壊す。醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×4(食料は一人分)】
 【状態:中度の疲労、疑問、首輪解除済み】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる】

500:2007/06/02(土) 21:32:06 ID:w8N0LcPY0
【時間:3日目7:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態:睡眠中、左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・多少回復)・内臓にダメージ小、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:睡眠中、留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:睡眠中、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:睡眠中、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復・右腕は動かすと激痛を伴う)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:睡眠中、右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:睡眠中、右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏の横で睡眠中】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:見張り中、右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

501:2007/06/02(土) 21:32:52 ID:w8N0LcPY0
【備考】
・平瀬村工場屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・ささらが持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。作中で言及されている内容以外は後続任せ。載せてある番号は久寿川ささらが持っている携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になりました
・地下要塞は島の地下の大半を占める程度の大きさです
・要塞への入り口は氷川村、鎌石村、平瀬村付近に数箇所ずつあります
・『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点(全て地下要塞内)にあります

→859
→868

502雫・修正:2007/06/02(土) 21:36:16 ID:w8N0LcPY0
>>493を以下のように修正お願いします>まとめさん

「残念だけど……これくらいしか無かったわ」
皐月がそう言って取り出したのは、五つの予備弾倉――コルト・ガバメント用の物――であった。
高槻はそれを受け取ると、ぐっと親指を立てて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、ナイスだぜ。これなら弾の詰め替えもすぐだし、岸田や醍醐の野郎にだって一泡吹かせれるかも知れねえ」
その言葉通り、此処で予備弾層を発見した事は相当な僥倖である。
弾層に纏めて銃弾が詰められているのだから、弾切れの時も一瞬で補充出来るし、何より残弾数に余り気を遣う必要が無くなったのが大きい。
醍醐のような俊敏に動き回る敵を捉えるには、もっと手数を増やすのが殆ど必須条件であったのだ。
出来れば防弾チョッキを貫通出来、尚且つ高速連射が可能なアサルトライフルが欲しかったが、それは高望みというものだろう。
(身体の調子は……)
軽く左肩を動かしてみると痛みはしたが、昨晩程ではない。
大丈夫、この体調、この装備なら十分に戦える。

「おし、居間に集まって放送を待つとすっか」
高槻は意気揚々と居間に乗り込み――目前で繰り広げられている光景に、少なからず驚愕を覚えた。
「お前どうして……」

小牧郁乃が――あの車椅子の少女が、二本の足で直立していたのだ。

「あたしだってやれば出来るんだから……」
郁乃は額に付着した汗を拭ってから、こちらに向けてゆっくりと歩き始めた。
その足取りは余りにも不安定であり、次の瞬間には転んでしまいそうな程だ。

「おい、あんま無茶すんじゃ……」
「――来ないで!」
手を貸すべく歩み寄ろうとした高槻だったが、直ぐ様強い拒絶の声を掛けられる。
「あたしだって頑張れば歩けるんだから……戦えるんだからっ……!」
郁乃は鬼気迫る形相で、弱々しくも着実に足を進めていく。
そのまま高槻の眼前まで進んだ後、郁乃は誇らしげに言い放った。
「――これでもう、大人しく隠れてろなんて言わせないわよ」
「…………!」

503insane girl:2007/06/02(土) 23:56:47 ID:.ySMfEv60
水瀬秋子は気絶したままの娘、水瀬名雪を抱きかかえたまま血にまみれ、死臭に満ちた部屋を見渡していた。目と鼻の先に春原陽平の遺体が、そしてそのすぐ後方に上月澪の遺体が転がっている。
酷い事をしてしまった――そんな言葉では済まされない。尊い人命が、守ると誓ったはずの、未来ある生命が一度に二つも奪われてしまった。それも、他ならぬ秋子自身の娘に。
これを行ったのが秋子なら、まだ自分に言い訳のしようがある。娘を守るため、生き残らせるため――だが、前述の通り二人を殺したのは名雪だ。明確な意思を持った殺意の元に二人は殺されたのだ。
秋子は心中で葛藤する。狂ってしまった娘を前に、どのようにすればいいのだろうかと。
秋子がこれまで保ってきたスタンスは『娘に害を為す者を排除し、それ以外は保護する』というものだ。このスタンスを保つためには名雪が『他者に害のない存在』であることが前提条件として必須だった。
しかし今はどうだ。その名雪が一転して『他者に害を与える存在』、つまり敵となってしまった。
勿論秋子の選択肢には名雪を殺すといったものはない。あくまでも我が子の、名雪の命が最優先だった。
なら名雪と共にゲームに乗るか? その考えは色濃く秋子の中に渦巻いていたが頭を縦に振りきれない理由が目の前にあった。
澪の遺体だ。物言わぬ彼女の残骸が秋子にこれ以上過ちをさせるなと言っているように思える。
彼女の笑顔を思い出すだけで、春原達と共に一緒に行くと伝えた時の顔を思い出すだけで、秋子の内にあるドス黒い意思はなりを潜める。たとえそれを押しとどめてこのゲームに乗ってしまったとしても、まだ生きている者の希望を持った顔を見るたびにそれを思い出してしまうだろう。
結局の所、水瀬秋子は修羅にはなりきれなかった。今までに積み重ねてきたものが大きくなり過ぎていたのだ。
最後に出した答えは、二人で人目のつかぬ所へ隠れて名雪の精神が落ち着くまで待とう、というものだった。消極的な案ではあるがこれ以外に方法を思いつかなかったというのが現実だ。
ジェリコ941は名雪の手に余る代物なので没収することにした。こんな物を持っていてはおかしくなってしまう。
ついでに春原や澪の遺品も纏めておくことにする。本人たちには申し訳ないと思うが武器は持っていかせてもらう。
名雪の体をゆっくりと壊れ物を扱うようにフローリングの床に寝かせて、春原や澪のデイパックから荷物を回収していく。まずスタンガン。これは持っていくかどうか迷ったが、万が一また名雪が誰かを襲った時の為に気絶させるための道具として持っていくことにした。
フライパンは持っていても使う機会はないだろうからここに遺しておくことにする。続いてスケッチブックが秋子の目にとまった。名雪が斬りつけた時に落としてしまったのであろうそれは、表紙の所々に澪自身の血液によって赤黒い染みを作っている。
秋子はそのスケッチブックを拾い上げてページを広げる。中身の至るところに澪の残した言葉が満面の星空のようにちりばめられていた。

504insane girl:2007/06/02(土) 23:57:12 ID:.ySMfEv60
「…ごめんなさいね」
ただ一言、しかし深い慈しみと悲しみを込めた言葉を呟く。秋子はスケッチブックを閉じ、静かにそれを胸に抱いた。まるで、懺悔をするように。
そうして少しの時間を過ごした後、また作業を再開しようと思った時、秋子は不意に自分の後ろに誰かが立っている気配を感じた。のそりとした、まるで幽鬼のようなゆらゆらとした気配だった。
「お母さん」
一瞬、誰の気配かとも思ったがその声で相手が誰なのかという事をすぐに理解する。振り返ると、そこには名雪がしっかりとした足取りで立っていた。どうやらスタンガンによる後遺症のようなものはないようだ。
ただ一つ思ったのは、いつの間にか名雪は手に包丁を持っていたことだった。包丁自体は秋子が持っていたものであるし、恐らくそれは起き上がってから持ち出したものであることは理解できる。
けれども、どうして今それを手に持っているのだろう?
まだ意識が興奮しているというのだろうか? あるいは、外部から身を守るために本能的に武器を持ったということなのだろうか?
どういうことか答えを図りかねていると、名雪は秋子の顔を見て、こう言った。
「嘘」
何を言ったのか、秋子には理解できなかった。けれども、その次に名雪がとった行動は情報としてすぐに脳に送られてきた。
名雪が包丁を振り上げて、秋子の胸を刺し貫いたのだ!
言葉も何も出せないまま、血の流れてくる胸から焼けるような痛みが鉄砲水のように押し寄せてきた。呆然とするあまり悲鳴も出せなかった。
何故? どうして? あれほど深い絆で結ばれていたはずの、自分だけは何があっても信頼してくれていたはずの名雪が、どうしてこんな事をしているのか、痛みによる混乱が原因ではなく、心の底から本当に分からなかった。
「な、なゆ、なゆ…?」
だから答えを求めて口を開こうとした。すると名雪は胸から包丁を引き抜くと今度は腹部を、それも何ヶ所もメッタ刺しにした。
先程とは比べ物にならない、体中に焼けた鉄の棒を押し当てられたような感覚に、今度こそ秋子は悲鳴を上げた。
「あああああああああァァァァーーーーッ!」
上体のバランスが保てなくなり頭から床に倒れこむ羽目になった。後頭部が勢いよく床にぶつかり、頭の後ろでチリッと火花がはねたような感触がする。
それと共に、秋子の視界から名雪が消える。途端に不安になった秋子の手が虚空を右往左往する。早く、早く名雪を見つけて何故このような事をしたのか問いたださなくては――秋子の頭には、そんな思考しか残っていなかった。

505insane girl:2007/06/02(土) 23:57:35 ID:.ySMfEv60
「嘘、嘘、嘘」
単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたようなまったく声質が同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。それと同時に現れた手には、床と、つまり秋子の体と垂直になるようにして包丁の刃が向いていた。
「こんなお母さんなんて嘘」
そう言ったかと思うと秋子に言葉を返させる暇も無く血のついた包丁が秋子の肩に振り下ろされた。痛みを感じる間もなく刃が引き抜かれ、今度は脇腹に、次は腕に、太腿に、手に、次々と包丁が振り下ろされてゆく。
「わたしの言うことを聞いてくれないお母さんなんてニセモノ」
血があらゆる方向へ飛び散り全身の感覚が瞬く間に消え失せてゆく。始めに聞こえていた悲鳴は、徐々にひぃ、ひぃというか細いものへと移り変わっていた。
「こんなお母さんなんてわたしのお母さんじゃない」
全身を何十ヶ所と刺されながらも、かろうじて秋子は息をしていた。いや、まるで死なせないように、嬲るためだけにこうしているのだとさえ感じさせる。
「だから、この人はニセモノ」
名雪の目が秋子の顔を捉えた。目と目があった瞬間、にたぁ、と薄気味悪く笑う名雪の顔が秋子の瞳に映った。
「ひ…!」
今度は悲鳴すら出せなかった。出す間もなく名雪の包丁が秋子の頬肉を削ぎ落とし、口を裂き、目を抉る。その時にはもはや秋子の声は人間のものではなく、醜い化け物のものへと成り下がっていた。
目を抉られ視力を失いながらも未だ痛みは消えない。そして聞こえてくる名雪の声も止まない。
「お母さんのニセモノなんか死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ」
暗闇の中で聞こえてくる呪詛の声は、もはや秋子に恐怖しかもたらさなかった。助けを求めて、秋子は命乞いの言葉を発しようとするが、それはもう声にすらならなかった。
「さよなら、ニセモノ」
ゾッとするほど怜悧な声が秋子の耳に届いたのを最後に、彼女の意識はぷっつりと途絶えた。

     *     *     *

水瀬名雪は、かつて彼女の母親だったもの、水瀬秋子の体が動かなくなるのを確認した後、秋子が整理していた荷物を改めて確認する。
見たところ有効そうな武器は拳銃のジェリコ941しか見当たらない。弾薬はどうなっているのだろうとあちこちいじくり回してみるがさっぱり分からない。
何か説明書のようなものはないかと秋子のデイパックをさらに探ると、奥のほうにくしゃくしゃになったジェリコの説明書があった。早速開いて扱い方を確認する。

506insane girl:2007/06/02(土) 23:58:07 ID:.ySMfEv60
今や相沢祐一以外の人間を全て殺すという思考以外残っていない名雪にはいかにして素早く、正確に人を殺すかということのみが重要になっていた。それは即ち、殺戮以外には意識を向けない、言わば戦闘マシーンへの変貌を意味していた。
一通り見渡した後、改めてジェリコを弄る。説明書通りに操作すると、果たしてジェリコの弾倉があっけなく出て名雪の手へと落ちた。マガジンの中身を確認するとそこには弾薬がフルロードされている。
デイパックの中にはまだ三つほどマガジンがあるので当面の心配はないと名雪は思った。
自分一人でも手軽に持ち運べる程度の荷物に整理しなおして名雪は民家を後にする。民家から出た瞬間、眩しいほどの太陽が名雪を照らし出したがその目は黒く濁ったまま、さながらその部分だけ夜の様相を呈していた。
拳銃と包丁を手に持って名雪は進む。ただ一人、相沢祐一を守って二人の世界を守るために。

【時間:2日目7時30分】
【場所:F−02】


水瀬秋子
【所持品:木彫りのヒトデ、支給品一式】
【状態・状況:死亡】

水瀬名雪
【持ち物:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、予備弾倉×3、包丁、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア、殺虫剤、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、マーダー、祐一以外の全てを抹殺】

【その他:スペツナズナイフは刃が抜け、床に放置されています】

→B-10

507insane girl・修正:2007/06/03(日) 00:04:30 ID:NThT1WyA0
>>505

>単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたようなまったく声質が同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。



>単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたような、まったく同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。

に変更お願いします

508最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 21:59:55 ID:2xcWSEzE0
ガソリンの臭いが立ち込める平瀬村工場屋根裏部屋の中で、少女は床に座り込んでいた。
その瞳の奥には、深い悲しみを経験した者だけが持ち得る儚い色の光が見え隠れしている。
長く艶やだった自慢の髪も、三日間の殺し合いを経て何処かくすんでしまっている。
少女――藤林杏は、膝の上に乗せた謎の生物の頭を軽く撫で回していた。
謎の生物は気持ち良さそうに目を細め、「ぷひっぷひっ♪」と軽快な奇声を上げている。

その様子に気付いた姫百合珊瑚が、杏の横に並びかける。
珊瑚は犬でも狸でも無い、背中に縦縞模様がある謎の動物をまじまじと見つめた。
「ねえ杏、この可愛い子は何ていう種類の動物なん?」
ボタンの容姿を褒められた杏は、あからさまに上機嫌となり笑顔で答える。
「か〜いぃでしょ〜。この子はボタンっていう名前でね、イノシシの子供で、あたしのペットなのよ」
「へぇ〜……」
常識人ならばイノシシの子供をペットとしている事に少なからず疑問を抱く筈だが、生憎珊瑚はそのような性格をしていない。
珊瑚は素直に感心し、興味津々な顔付きでボタンの身体を触っていた。
「ぷひぷひ♪」
二人から弄られる形となったボタンは、満足げにテンポ良く鳴いている。

「……う、う〜ん、ボタン鍋がどうかしたって?」
そこで、それまで眠っていた春原陽平が、のそりと起き上がった。
寝起きである所為か、その動きは酷く緩慢だ。
「見てみて陽平〜、この子メッチャ可愛いねん」
「ん?」
珊瑚に促されるままにボタンを視界に入れ、何気無い一言。
「コイツ美味しそうだよね、はははっ」
直後、陽平は部屋の温度が数度下がったかのような錯覚に襲われた。
喉元に刃物を突きつけられているような、心臓を氷の手で鷲掴みにされているような、そんな感覚。

509最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:01:05 ID:2xcWSEzE0
「…………?」
恐る恐る、冷気を放つ元凶の元へと目を移す。
するとそこには、天高く英和辞典を振り上げている杏の姿があった。
その形相は正しく鬼神のソレであり、その腕から放たれる凶弾は秒を待たずして陽平の顔面を捉えるだろう。
「……何か言った?」
「ひぃぃぃぃ、冗談ですっ!」
男としての尊厳など一瞬でかなぐり捨てて、歯を食い縛りながら謝罪する。
杏は「もう、仕方無いわね」と言って辞書を降ろし、そんな二人の様子を見て珊瑚は笑っていた。

――まるで日常の1コマのように。

この島で大きな成長を遂げた陽平は、何も考えずに先のような行動を取った訳では無い。
銃弾や刃物の類での攻撃を既に何度も受けている陽平にとって、今更辞書など恐怖の対象では無い。
並大抵の事では動じぬ精神力を、もう手に入れている。
それでも最後は――少なくともこの島では最後になるであろう安らぎの一時を自分らしく楽しみたかったから、敢えて昔のように振舞ったのだ。
恐らくそれは杏も珊瑚も同じだろう。
もう全員が全員『日常』を失ってしまったけれど、せめて今だけは仮初の暖かさに包まれていたかった。

    *     *     *

それから暫く経った時、約三時間前に連絡を寄越した水瀬親子が、ようやく屋根裏部屋に到着した。
柳川祐也ら一行は水瀬親子を加え、総勢9名の大集団による最後の作戦会議を行おうとしていた。
柳川はその最中、確認するように少しだけ体を動かした。
昨晩は鉛のようにも感じた手足が、今は自分の命令を軽快に遂行してくれる。
「ふむ……」
それでも身体の状態は完調とは言い難いが、一つ一つの傷はそれほど重く無い為、痛みさえ無視すれば戦闘に大きな支障は無いだろう。
自分に流れている忌まわしき鬼の血が、こういった火急の事態に限ってはとても頼もしく思えた。

510最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:02:16 ID:2xcWSEzE0
最後の戦い――篁との決戦を制せば、全ては終わる。
恐らくはあのリサ=ヴィクセンをも上回る強敵に違いないが、それでも負ける訳にはいかない。
自分は殺し合いに乗った人間を、殺して、殺して、殺し尽くした。
己の理想を貫く為に、罪の無い人間を守り抜く為に、躊躇無く命を奪ってきた。
だが理想の貫徹も、仲間を守る事も、最後に篁を打倒しなければ成し遂げられない。
自分が敗れ去ってしまえば、奪ってきた命も、己の信念も、全ては水泡と帰すのだ。
だからこそ倉田佐祐理を生きて帰らせる為に、死んでいった者の無念を晴らす為に、何としてでも篁の喉元に牙を突き立てる。
それがたとえ、自分の命と引き換えになったとしても。



そして、作戦会議が始まった。
会議と言っても方針は既にほぼ固まっている。
ただ水瀬親子には作戦の内容をまだ伝えていない為、他の者への確認も兼ねて説明し直すだけだ。
一同は円状の形を成しながら、床に座り込んだ。
そんな中、向坂環が地下要塞詳細図をバッと広げて、簡潔に作戦概要を述べてゆく。
「作戦を説明します。私達は全員纏まって動いたりはせずに、何グループかに分かれて行動します。
 地下要塞の重要拠点を一つずつ潰していくのは、篁が外から援軍を呼んでしまう可能性もあると考えれば得策ではありませんから。
 勝負はなるべく迅速に決めなければいけません」

――戦力の分散は本来避けるべきなのだが、今回は別だった。
自分達が篁を打倒し得る唯一の方法は、敵の慢心に付け込む事だけだ。
珊瑚が調べた限り敵人員のデータはホストコンピュータに無かったのだから、篁はこの島に大した戦力を連れてきていないと予想される。
大人数の部隊がこの島に潜伏しているのならば、管理の為に必ずコンピュータへデータを入れておく筈。
それを行っていないという事は、コンピュータで管理する必要が無い程度の人数しか連れていないという事。
しかし防御の要であるラストリゾートシステムを破壊されてしまえば、慢心が過ぎる篁といえど大急ぎで援軍を要請するだろう。
そして篁財閥と正面から潰し合いなど行ってしまえば、それこそ軍隊級の戦力が無い限りは皆殺しにされるだけだ。
だからこそ出来るだけ早く勝負を決める必要があり、その為には数箇所を同時に襲撃しなければならないのだ。

511最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:03:38 ID:2xcWSEzE0
「私、ささら、柳川さん、佐祐理は『高天原』を目指して、進める所まで進む。この際余り無理はしないようにして下さい。
 あくまで勝負は『ラストリゾート』を破壊してからなのですから、後から来る味方がスムーズに進めるように倒せる敵だけ倒しておけば十分です。
 春原君と藤林さんは『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊して欲しい所ですが、万が一敵の防御が厚いようなら引き返してください」

そこまで環の話を聞いて、秋子が一つ疑問を口にする。
「……どうして今更『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊する必要があるのですか? 
 私達はもう首輪をしていませんし、無駄な場所に戦力を投入するのはどうかと思いますが」
「第四回放送で名前が呼ばれなかった内の六人とは、未だ連絡が取れていません。それだけの人間が、まだ首輪に縛られたままなんです。
 遠隔操作装置システムの乗っ取りがいつまで保つか分かりませんし、状況が許せば破壊しておきたい」
それは確実に余分な行動であり、心の贅肉に他ならない。
それでも、あくまで極力多くの人間を救えるように動く――それが環達に共通した行動方針だった。

秋子が頷くのを確認してから、環は続ける。
「『ラストリゾート』は鎌石村に居る高槻さん達に破壊して貰います。
 珊瑚ちゃんは敵施設の機能をもっと奪う為にハッキングするので、此処に残ります。
 以上が私達の作戦です。秋子さん達は自分がどの役目に参加したいか、皆が出発するまでに選んで下さい」
そこまで言い終えると、環はバッと立ち上がった。
総勢九名の視線が、例外無く環一人に集中する。

「これまで多くの――本当に多くの人達が殺されてしまいました。この島で流された涙の数と血の数は、とても数え切れません。
 私が一緒に行動していた仲間達も、昔からの知人も、殆どが殺されてしまいました」
しん、と静寂に包まれた部屋の中、環は言葉を紡いでゆく。
「生き残った人達は、私も、そして恐らくは皆さんも、深い悲しみを背負っている事でしょう。
 これまで私達は篁の思うがままに弄ばれ、どう足掻いてもこの殺し合いを食い止められませんでした。
 死んでしまった人間は何をやっても生き返らない――失ったモノは、二度と取り戻せない」

512最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:04:39 ID:2xcWSEzE0
そこで一旦言葉を切り、M4カービンの銃口を天へと向けて、告げる。
「それでも、私達はまだ生きています。そして篁に一矢報いれる要素も整いました。
 ですから皆さん、武器を手に取って戦いましょう。全てを嘲笑う傲慢な篁に立ち向かいましょう。
 篁に怒りの鉄槌を叩き込んで、この悲しみに満ちた殺し合いに終止符を打ちましょう!!」
部屋の隅々まで響き渡る、凛と透き通った声。
何秒か遅れて、環の言葉に応えるようにあちこちから咆哮が上がる。
これを契機として彼女達は高槻達に連絡を取り、最後の決戦に赴くべく荷物の整理を開始した。


そんな中で秋子は一人冷静に、今後の方針について思案を巡らせていた。
はっきり言って、今自分と名雪が置かれている立ち位置は非常に恵まれている。
かつて平瀬村で陽平を襲ってしまったのは失策と言う他無かったが、それは名雪が襲われていると勘違いしたという理由で納得して貰えた。
自分が過剰なまでに貫いてきた対主催・対マーダーの姿勢は既に何人かが知っていたので、信用も容易に得られた。
この状況からなら選択肢は、幾らでもある。
珊瑚の護衛という名目で工場に残れば当面の安全は確保出来るし、主催勢力と戦っている者達を後ろから撃つのも悪くない。
『ロワちゃんねる』を見て電話してきた者を工場に誘き寄せ、騙まし討ちするというのも有効だろう。
そう、幾らでも寝首を掻くチャンスはある。

    *     *     *

鎌石村にある比較的大きな、しかし少し古ぼけた民家の中。
高槻はデイパックを肩に掛け、張り詰めた声で言った。
「おし、行くぞおめえら」
……ささら達から電話が掛かってきたのは、10分前の話だ。
準備を終えた高槻達は、全てに決着をつけるべく死地へ赴こうとしていた。

513最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:05:37 ID:2xcWSEzE0
皐月が何時に無く不安げな表情で、ぼそりと呟いた。
「とうとう……この時が来たわね。あの篁総帥と戦う時が……」
「ああ、今から俺様達は国家規模の成金野郎と戦わなきゃいけねえんだ。……覚悟は出来てるか?」
ささらからの電話によると、敵の人数はそう多くないらしいが、裏を返せばそれだけの精鋭揃いであるという事。
特にあの醍醐は数十人の兵隊にも匹敵する程の脅威であり、毛程の油断すらも許される相手では無い。
三人が全員捨て身の覚悟で戦って、ようやく勝ち目が僅かにあるかどうか、というレベルなのだ。
その事は皐月も小牧郁乃も分かっているので、無言で頷きを返した。

「オーケイだ。まずは俺様が敵兵士を何人かブッ倒して、おめえらの分の銃を確保する。
 その後は決して迷うな、決して余計な事を考えるな、敵を見つけたら容赦無く鉛球をブチこんじまえ。
 この状況じゃ、博愛精神なんざクソの役にも立たねえからな」
「ったりまえじゃん。こう見えてもあたし、結構修羅場慣れしてるんだからね」
「あたしも大丈夫よ。皆にばかり汚い役目を押し付けられないから……ちゃんと撃つわ」
人を殺す事にまだ抵抗はあるだろうに、直ぐ様返ってくる肯定の言葉。
それが今の高槻にとっては、何よりの動力源だった。

    *     *     *

陽の光が燦々と降り注ぐ中、醍醐は順調且つ迅速に『想い』を回収していた。
コツさえ掴めば『想い』を効率良く集めるのは簡単、激しい戦闘があった場所を中心に回ってゆけば良いだけだった。
手元にある青い宝石は、最早眩い程の光に包まれている。
(これだけ集めれば総帥もお喜びになるだろう……。さて、次の『想い』を探しにゆくか)
醍醐が意気揚々と残る『想い』を集めに行こうとしたその時、事は起こった。

514最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:07:09 ID:2xcWSEzE0
『――醍醐、聞こえるか?』
「ハッ!」
無線越しに聞こえてきた主の声に、素早く返事を返す。
少し間を置いて、篁が言った。
『任務の調子はどうだ?』
「ご安心を。既に八十個以上の『想い』を集めました」
『フフフ、良くやった……それでこそ我が腹心だ。その忠誠心、その任務遂行能力、真に素晴らしい』
「身に余るお言葉、この上無い光栄です」
人を魅了する甘美な声で賛美され、醍醐は歓喜に打ち震える。
かつて狂犬と呼ばれた男の面影は最早何処にも無く、完全な忠犬と化していた。

『それだけあれば十分だ。直ちに帰還し、青い宝石を寄越すのだ。
 それと……何か望みはあるか? 褒美に一つ、願いを叶えてやるぞ』
言われて醍醐は少し考え込んだ。
宗一のクローンを作って貰い、復讐を果たすべく戦うという選択肢も有るが――下らない。
クローンとなり劣化した男を倒しても、何の意味も名誉もありはしない。
戦うならば未だ生き延びている、そして因縁がある人間に限る。

「それではどうか、高槻と戦う許可を下さいませ。あの男はこの手で括り殺さねば気が済みませぬ」
『良かろう。あの男は鎌石村で首輪を外したとの報告があった。恐らくは位置的に近いラストリゾート発生装置を破壊しに来るだろう。
 お前は帰還後直ちにラストリゾート発生装置防衛の任に就き、襲撃者共を抹殺するのだ』
「ハッ、ありがたき幸せ!」
通信が切れた事を確認すると、醍醐は大型のバイクに跨り、地下要塞入り口目指して驚異的な速度で移動を開始した。
いずれ訪れるであろう決戦の時に想いを馳せているのか、その口元には乾いた笑みが張り付いている。

――強い決意を以って悲しみの連鎖を終わらせようとする対主催勢力。
――圧倒的な力により、計画を成就させようとする邪悪な主催者達。
――集団に紛れ込み裏切りの機会を窺っている水瀬親子。
数々の悲劇を生み出してきた永き戦いも、遂に最終局面へ突入しようとしていた。

515最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:07:55 ID:2xcWSEzE0
【時間:三日目・10:00】
【場所:C-4民家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×5、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を大きく動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートをブッ壊す、主催者と醍醐を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×4(食料は一人分)】
 【状態:首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる、光一個】

516名無しさん:2007/06/04(月) 22:09:19 ID:2xcWSEzE0

【時間:3日目9:50】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復・右腕は動かすと痛みを伴う)】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(5/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

姫百合珊瑚
 【持ち物①:包丁、デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
 【状態:健康、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒、再びハッキングを試みる】

水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。今後の行動方針は未定】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み、マーダー】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す。今後の行動方針は未定】

517最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:12:03 ID:2xcWSEzE0
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。杏と生き延びる。】
藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏の横に】


【時間:三日目・09:30】
【場所:不明(地下要塞の何処か)】

【所持品:不明】

【時間:三日目・09:30】
【場所:不明(地上の何処か)】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光86個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失、大型バイクに乗っている】
 【目的:まずは要塞に帰還して、青い宝石を篁に渡す。その後はラストリゾート発生装置の防衛。高槻の抹殺】

【備考】
・平瀬村工場屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪爆弾遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪爆弾遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。載せてある番号は姫百合珊瑚が持っているカメラ付き携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になっています
・地下要塞は島の地下の大半を占める程度の大きさです
・要塞への入り口は氷川村、鎌石村、平瀬村付近に数箇所ずつあります
・『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点(全て地下要塞内)にあります

→859
→862
→870

518侵入:2007/06/05(火) 20:55:25 ID:0fA13Kd60
身体を打ちつける風が、妙に冷たく感じられる。
目的の地――鎌石村北西部に位置する地下要塞入り口へと近付くにつれて、民家は疎らに点在するだけとなり、不吉な気配が増してゆく。
高槻ら一行は鉄の意志を以って、死に侵された場所へ自ら飛び込もうとしていた。

やがて入り口に辿り着き、湯浅皐月は開け放たれた扉の先に見える闇を覗き込む。
まるで地獄への入り口のように広がる暗黒の中に、階段とスロープが並んでいるのがうっすらと見える。
太陽の光が一切届かぬ入り口の深部は、今の立ち位置からでは窺い知る事は出来ず、否応無しに不気味さを感じさせる。
「真っ暗ね……正に悪の根城って感じ……」
「ああ。成金野郎は無駄遣いが好きみてえだな」
「ぴこ、ぴこ〜……」
ポテトも本能的に危険を感じ取ったのか、不安げな鳴き声を上げていた。
皐月は早鐘を打ち鳴らす心臓を必死に鎮めながら、目前の闇に足を踏み入れる。
高槻は車椅子の背を押している為に両腕が塞がっているので、皐月が先頭に立ち前方を懐中電灯で照らした。
見ると階段とスロープは壁伝いに造られており、ぐるりと弧を描いていた。

懐中電灯から洩れる微かな光だけを頼りに、無機質な鉄で構成された道を降ってゆく。
規則正しい三つの足音と車椅子の車輪が鳴らす金属音が交じり合って、一つの協奏曲を奏でる。
「ねえ高槻、あたしも歩いた方が良いんじゃ……」
「何言ってんだ、今から歩いてたら肝心な時にバテちまうだろ。お前の切り札は、いざって時まで取っとけ」
郁乃が気遣うように言ったが、高槻はその申し出を即座に断った。
努力の甲斐あって郁乃は歩けるようになりはしたのだが、それは多大な体力を費やせばの話だ。
まだ敵と出会ってすらいない状況下で、無駄に戦力を消耗する愚は避けなければならなかった。

519侵入:2007/06/05(火) 20:56:12 ID:0fA13Kd60
そうやって、随分と長い間歩き続けた後。
やがて突き当たりに辿り着き、一行は揃って足を止める。
目の前には見るからに頑丈そうな鉄製の扉が、悠然と立ち塞がっている。
皐月はその扉を押し開けようとして――高槻に腕を掴まれた。
直ぐ様訝しげな視線を送ったが、高槻は唇の前に人差し指を立てている。
皐月はその意味を計りかねたが、少し時間が経った後異変に気付く。
「――――ッ!」
本来ならば聞き逃てしまうような微小な音を、緊張と警戒で極度に研ぎ澄まされた神経がどうにか拾い上げたのだ。

扉の向こうから微かながら足音が聞こえきていた。
この状況で扉の向こうに居る人間が何者か、考えるまでも無い。
主催者側の人間――恐らくは防衛の任に就いている兵士が、この先に居るのだろう。
音から察するに、その数は三。
敵がこちらに気付いた様子は無い為奇襲は十分可能だが、決して見逃せぬ大きな問題がある。
敵は恐らく全員が銃で武装しているだろうが、自分達は銃を一つしか持っていないのだ。
それでは少々不意を突いた所で敵を仕留め切れず、逆に反撃の掃射を浴びてしまう羽目になるだろう。
この状況を制するには、ただの不意打ちよりも効果的な奇策を用いねばならない。

どうしたものかと皐月が考え込んでいたその時、高槻が郁乃の膝からデイバックを一つ取り上げた。
扉の向こうに届かぬよう小さな声で、高槻がぼそぼそと耳打ちをしてくる。
皐月は即座に高槻の意図を理解し、にやりと不敵な笑みを浮かべる事で肯定の意を示した。



520侵入:2007/06/05(火) 20:57:20 ID:0fA13Kd60
兵士――此処では便宜上、船橋という仮名で呼ぶ事にしよう――は、地下要塞内の大きな通路で、周りに悟られぬくらいの小さな溜息を吐いた。
自分は篁財閥とは別系統に属する組織の、しがない一構成員だった。
高給につられて篁財閥の末端構成員となり、この要塞を守護する役目に就いたのだが、三日続いて何の異変も起こらない。
外で何が起きているかは一切教えて貰えぬし、退屈を紛らわせるような余興も準備されてはいない。
これでは気が緩んでも仕方無いというものであろう。
それは自分以外の者も同じであるようで、同僚の二人も良く注視すれば弛緩している事が窺い知れた。

このような安全且つ下らぬ仕事で、何故破格の給料が支払われるのかまるで分からない。
しかし自分程度の俗人では、一代で巨財を築き上げた怪物の考えなど理解出来る筈も無いし、しようとする意味も無いだろう。
ともかく自分は指定された日数を此処で過ごして、当分は働く必要が無くなる程の金を受け取るだけだ。
非常につまらぬ状況だが、今は我慢するしか無い。
船橋は支給されたS&W M1076を手の中で弄びながら、またもう一度溜息を吐こうとした。

そこで突然、すぐ傍の扉が開け放たれた。

「――――敵かっ!?」
船橋は心臓が跳ね上がりそうな感覚に襲われながらも、半ば反射的にS&W M1076を構えていた。
周囲の仲間達は未だ狼狽に支配されたままで、立ち往生している。
そういった点では、船橋は他の者に比べると幾分か優秀であったと言えるだろう。
扉から何かが飛び出してくるのに反応して、素早い動作でS&W M1076の引き金を絞る。
銃弾は正確に飛来物を捉え、破壊していた。
しかし飛来物の正体を見て取った船橋は、驚愕に大きく目を見開いた。
自分が撃ち抜いたのは、何の変哲も無いただの鞄だったのだ。
その事に気付いた瞬間、船橋は殆ど反射的に地面を転がっていた。

そして、数発の銃声。
「ぎゃあああアアァあっ!!」
「ぐがっ…………」
恐らくは余りにも唐突な事態の連続に、反応し切れなかったのだろう。
棒立ちのまま撃ち抜かれたであろう仲間の悲鳴が、真横から聞こえてくる。
しかし船橋はそちらに視線を送ろうともせずに、銃声がした方へとS&W M1076を放っていた。

521侵入:2007/06/05(火) 20:58:16 ID:0fA13Kd60
「――――ッ!」
襲撃者――酷い癖毛を携えた怪しい風体の男は、済んでの所で横に飛び退いていた。
船橋は間髪入れずに床を蹴り飛ばし、男との距離を縮めてゆく。
突然の奇襲には驚きもしたが、それさえ凌いでしまえばこちらのものだ。
敵が何者なのかは分からないが、外見から察するに軍人では無いだろう。
自分は一応この道で飯を食っているのだから、有象無象の相手如きに正面勝負で遅れなど取らない――!

「ちっ……!」
「逃がすか!!」
一発、二発と放った銃弾を敵は何とか回避しているものの、そう長くは続くまい。
もう少し間合いを詰めてしまえば、瞬く間に勝負は決するだろう。
そう考えた船橋が足により力を込めたその時、横から別の足音が聞こえてきた。
その音に反応するよりも前に、側頭部を強烈な衝撃が襲う。

「がはっ……」
船橋は堪らず呻き声を上げ、もんどり打って地面に倒れ込んだ。
碌に訓練されていない弛緩し切った兵士ならば、この時点で戦意を失っていたかもしれない。
(くそっ……新手か!?)
それでもやはり船橋は優秀で、混乱する思考の中で必死に反撃しようとする。
二つ目の足音の主……ヨーヨーを構えた構えた少女の方に首を向け、それと同時にS&W M1076を構える。
しかしそこで視界を、白い物体が覆い尽くした。
「――――ッ…………」
断末魔の悲鳴を上げる暇も無い。
船橋は謎の物体に視界を防がれたまま、男――高槻によって、正確に心臓を撃ち抜かれていた。
自分がどのような悪事に加担していたのか、どのような敵を相手していたのかすら理解する事無く、船橋の意識は闇に飲み込まれていった。



522侵入:2007/06/05(火) 20:59:37 ID:0fA13Kd60
高槻は戦利品をあらかた収拾し終えた後、心底苛立たし気に毒づいた。
「――クソッ! 篁の野郎、自分の部下まで使い捨てにする気か……」
「……どういう事?」
「この兵士達、防弾チョッキはおろか機関銃の類も一切持たされてねえ。持ってたのは拳銃が一つずつだけだ。
 どう考えてもこの程度の人数と装備じゃ、守り切れる筈が無い。最初から破られるのを承知の上で、こいつらは此処に配置されてたんだ」
郁乃の疑問に答えた後、高槻は手に入れた拳銃とその予備マガジンを、二人に向けて放り投げる。

皐月はそれを受け取りながら、地面に倒れ伏せる兵士へと目をやった。
床を赤く染め上げる血。苦悶に満ちた表情。
これらは全て自分達の手によって、生み出されたものなのだ。
自分達は間違いなく彼らの人生を、命を、全てを奪い尽くしたのだ。
やらなければ確実に殺されていたとは言え、罪悪感が沸き上がるのを禁じ得ない。

「ねえ高槻さん、どうしてあたし達は殺し合わなきゃいけないのかな……」
「ああん?」
「この兵隊の人達も自分の生活があっただろうし、人間の心だって持っていたと思うの。
 殺し合いに乗ったっていうリサさんだって、本当は凄い優しい人だった……。多分好き好んで殺し合いをする人なんて、殆どいないと思うんだ。
 なのにどうして……」
怪訝な顔をする高槻に対し、悲痛な声で訴え掛ける。
「どうして皆殺し合っちゃうの……? どうして宗一やゆかりは死ななくちゃいけなかったの……?
 皆良い人だったのに、悪い事なんかしてなかったのに、どうしてっ……!」
静まりかえった通路の中で、皐月の叫びだけが空しく響く。

523侵入:2007/06/05(火) 21:00:16 ID:0fA13Kd60
暫らくしてから、高槻が諭すように言った。
「……良いか湯浅。俺様には小難しい事なんて分からねえが、これだけは言っておくぞ」
そこで高槻の瞳に、冷たい光が宿る。
見ているだけで背筋が寒くなるような、そんな眼光だった。
「殺し合う理由なんざ考える必要がねえよ。いざって時に敵より先に引き金を引けなきゃ、死ぬのは自分ってだけなんだ。
 人柄やそれまでの人生なんざ関係ねえ。死んじまった奴らは弱かったか、迷いがあったか、それとも運が悪かっただけだ」
話しを続ける内に皐月の表情が厳しくなっていくが、それでも高槻は言葉を止めない。
「だから自分の前に立つ敵がいたら、相手の事なんざ考えずに容赦無く殺せ。敵に掛ける情けなんざ、ドブ川にでも捨てちまえ」

それは正論ではあるのかも知れないが、余りにも冷酷過ぎる言い分。
皐月はふるふると肩を震わせながら、大きく叫んだ。
「そんな……そんな言い方って無いよ……!
 殺さなきゃ殺されちゃうのかも知れないけど、そんな風に割り切るのは絶対おかしい!」
皐月には納得出来なかった。
高槻の考えは、まるで感情を持たぬ殺人兵器のソレだ。
そんなものが正しいと、認めたくは無かった。

しかし高槻は全く動じる事無く、淡々とした口調で言葉を返す。
「じゃあてめえは迷った挙げ句、自分の命、譲れない物、守りたい物、全てを失っても満足だっていうのか?
 敵の事を考えた所為で殺されちまっても良いってのか?」
「そ……それは……」
「俺様は奇麗事で誤魔化す気なんか無いぞ。これは紛れも無く殺し合いで、敵の全てを奪う為に戦わなきゃいけねえ。
 正義を掲げた聖戦なんかじゃなくて、穢れた者同士の戦争をしなくちゃいけねえんだ。
 その覚悟が持てないなら今すぐ引き返せ。そんなんじゃ無駄死にするだけだからな」
それが、現実だった。
元凶の主催者勢力が相手とは言え、殺人は間違いなく殺人。
その事実を理解した上で、生き延びる為に覚悟を決めろと高槻は言っているのだ。

524侵入:2007/06/05(火) 21:01:16 ID:0fA13Kd60
少しばかり逡巡した後、皐月は視線を地面へと下ろした。
「……一つだけ、良いかな?」
途切れ途切れの、しかし迷いだけは消えた声で。
「あたしはやっぱり篁が許せないし、皆で生きて帰る為に覚悟を持って戦うよ。
 でも、殺しちゃった相手にお祈りくらいしてあげても良いかな?」
「――勝手にしやがれ」
高槻の返事を確認した後、皐月は倒れ伏せた死体の方へ振り向いた。
(ごめんね……。だけどあたしにだって、譲れないモノ、守りたいモノがあるから……)
目を閉じて、一度だけ手を合わせた後、再び奥に向かって歩き始める。
最後の殺し合いを行い、全てを終わらせる為に。


その後は大した障害も無く、一行はダウンロードした要塞詳細図に従って、順調に通路を突き進んでいった。
「さっきから誰も出てこないわね……。もう少しでラストリゾート発生装置まで辿り着いちゃうのに、おかしくない?」
車椅子ごと高槻に運ばれながら、郁乃がぼそりと呟いた。
高槻は何処か浮かぬ表情で、それに答える。
「そうだな。ここまで楽だと却って不気味だ。これじゃまるで、侵入して下さいって言ってるようなもんだぜ……」
先の一戦で自分達の襲撃はバレたに違いないのに、敵の一人すらも出てこない。
久寿川ささらの情報で敵の数が少ないのは知っていたが、これは明らかに異常だ。
『ラストリゾート』は敵の防御の要である筈なのだから、もっと厳しい警備を行って然るべきである。
にも関わらず何故、敵はこれ程までにずさんな守備陣しか敷いていないのか。
何故――?

525侵入:2007/06/05(火) 21:02:18 ID:0fA13Kd60
その疑問は、通路を進み終えて大きな広間に出た瞬間、直ぐに解決した。
高槻達の視界の先――ラストリゾート発生装置がある部屋への扉を守るように、難攻不落の男が屹立していた。
ただでさえ歴戦の猛者であるのに、その上装備面でも何一つ手落ちが無い真の守り手。
男が携えた特殊警棒は戦槌の如き威力を誇り、高性能の防弾チョッキと鍛え抜かれた筋肉は生半可な銃弾など無効化してしまうだろう。
恐らくは先の兵士達が束になってかかろうとも、この男相手では十秒と保たずに蹂躙されてしまうに違いない。
この男さえいれば、他の兵士など必要無い。

男の頬が邪悪に歪む。
決闘を前にしての高揚と、死にゆく高槻達への嘲笑。
「フッフッフッフッフ……ようやく来たか、高槻」
「てめえはっ……!」
寒気を催す重苦しい声、死を連想させる程の圧迫感、忘れる筈が無い。
高槻達の前には、先の兵隊達とまるで比べ物にならぬ怪物――世界有数の実力を持った傭兵――『狂犬』醍醐が立ちはだかっていた。

526侵入:2007/06/05(火) 21:02:56 ID:0fA13Kd60
【時間:三日目・12:40】
【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】
湯浅皐月
 【所持品1:S&W M1076(装弾数:3/7)、予備弾倉(7発入り×3)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×4、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【所持品2:ワルサーP38(装弾数:8/8)、予備弾倉(8発入り×3)、地下要塞詳細図】
 【状態:全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を大きく動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートをブッ壊す、主催者と醍醐を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】
 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:7/7)、予備弾倉(7発入り×3)】
 【状態:首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる、光一個】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失・興奮】
 【目的:ラストリゾート発生装置の防衛、高槻の抹殺】

【備考】
・醍醐は青い宝石(光86個)を篁に返還しました

→872

527最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:33:21 ID:WIzcRLrM0
懐中電灯を取り出す。
春原陽平は藤林杏と共に、地下要塞の入り口へ足を踏み入れようとしていた。
真後ろで見守る水瀬秋子に顔を向け、陽平はペコリと頭を下げた。
「それじゃ秋子さん、珊瑚ちゃんを宜しく頼んだよ」
「ええ、任せて。珊瑚ちゃんは絶対に私達が守るから、春原さん達は心配せずに戦ってきて頂戴」

方針は決まっていた。
水瀬親子はハッキング作業中の珊瑚を防衛し、陽平と藤林杏は予定通り『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊しにゆく。
そしてハッキングが終了次第、秋子達も地下要塞内部に突入する。
秋子達はより迅速に増援を行えるよう、陽平達と共に地下要塞入り口まで移動したのだ。

珊瑚は苦しげに目を細めた後、躊躇いがちに呟いた。
「陽平も杏も、絶対に死んだらあかんよ……?」
「へーきよ。殺し合いを企んだ連中相手なら容赦無くやれるし、ボッコボコにしてやるわ。
 あんたこそハッキングが終わったら早く来なさいよ? あんまり遅かったら、美味しいトコは全部あたしが持っていっちゃうからね」
「おいおい、僕だって居るんだぜ? 杏にばっか良い格好はさせてらんないよ」

それはあからさまな強がりに過ぎぬだろう。何しろ杏達は地下要塞に突入する三組の中で、最も戦力的に劣るのだから。
しかし、これこそが藤林杏流の、春原陽平流の、別れの挨拶なのだ。
杏は一度だけ勝気な笑みを浮かべて見せた後、長い髪を靡かせて地下要塞の中へと消えていった。

    *     *     *

528最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:34:37 ID:WIzcRLrM0
地下要塞入り口から程近い民家の一室にて、珊瑚は思う。
自分は成し遂げた。
孤島という名の箱庭で行われた、百二十人のピエロによる殺人遊戯を食い止めたのだ。
今も昔も、自分は機械関連の技術以外、何の取り柄も持ち合わせてはいない。
そんな自分に出来る事は一つ、主催者側のホストコンピュータへのハッキングだ。
そしてその一つを遂行するだけで、今まで参加者達を縛っていた悪魔の枷が取り除かれた。

だが自分は最低限の義務を果たしただけで、誇れる程の事は未だ出来ていない。
目的を完遂するまでに、余りにも多くの犠牲を出してしまった。
自分にとって、別格に大切な者は三人――姫百合瑠璃、河野貴明、イルファだ。
しかしイルファは自分を逃がす為、常識外れの怪物に挑み、散った。
瑠璃もまた自分を庇って、復讐鬼来栖川綾香に殺されてしまった。
貴明も自分が止め切れなかった所為で、命を落とした。

故に、まだまだ足りない。
自分の至らなさが原因で死んでしまった者達の死に報いるには、まだまだ戦い続けねばならぬ。
首輪が無効化された今、殺し合いはもう中断したに違いないが、未だ主催者達は健在だ。
彼らを倒し切ったその瞬間まで、本当の意味での勝利は訪れない。

背後で水瀬親子が見守る中、珊瑚は一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き始める。
まず最初に考えなければいけないのは、より多くの同志を、極力迅速に動かすという事だった。
未だ連絡を取れていない生き残りは、放送から推測するに六人。
『ロワちゃんねる』はノートパソコンさえあれば見れるが、全員が電話を使用出来る環境にあるかどうかは分からない。
そして作戦が始まってしまった今、電話を探している時間は致命的なロスになりかねない。
そんな時間があれば、一刻も早く地下要塞に突入し、仲間達を助けてあげて欲しい。
だから珊瑚は、柳川祐也達が行っている地下要塞攻略作戦をファイルに纏め、『ロワちゃんねる』に掲載した。
これでもう、『ロワちゃんねる』を見た人間は、時間を無駄にする事無く地下要塞内部へと駆けつけてくれるだろう。

529最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:36:01 ID:WIzcRLrM0
そして次が本命、ハッキングだ。
つい先程までは、敵のホストコンピュータは外部とのネットを全て遮断していた為に、ハッキングは不可能となっていた。
しかし今なら、仲間達が突入を開始した今なら――

「……やったー!」
思惑通りに事が進み、計らずして珊瑚は甲高い声を上げた。
「どうしたの?」
事情を理解しかねた秋子が、眉根を寄せて訊ねてくる。
珊瑚はキーボードを打つ手は止めずに、背中を向けたままで返事を返す。
「要塞が危なくなったら各施設の状況を確認する為に、外部とのネットを復活させるかもと思ってたんやけど……ビンゴやった。
 これなら……もっかいハッキング出来る!」

敵が外部とのネットを繋いだ瞬間を狙って、再びハッキングする――それが珊瑚の作戦だった。
今の所その目論見は上手く進んでおり、針の穴のような隙間を通って、無事ホストコンピュータ内部に侵入する事が出来た。
そして今度は、前回よりも更に大仕事をしなければならない。
これから自分はホストコンピュータそのものを乗っ取り、敵要塞の機能全てを停止させる。
そうすれば残る脅威は、人的な脅威――即ち敵兵士と、篁本人だけになる。

「絶対……絶対まるごと乗っ取ったる!」
「乗っ取って……それからどうするつもりなの?」
「まずは首輪を無効化した事について、島内放送で皆に教えてあげるねん。
 それから皆に呼び掛けて、地下要塞内に突入する。要塞の奥に居る悪い人を、島中の皆でやっつけたるねん!」

そうだ。
ホストコンピュータを乗っ取るという事は、あの放送も自由に流せるという事。
そして上手く行けば『ラストリゾート』すらも、仲間達の守護に使えるようになるかも知れない。
大丈夫――前回で、敵コンピュータの防御パターンは8割方把握している。
既にもう、敵ホストコンピュータの中核近くまで迫っている。
このままハッキングしきってみせる。
そう考え作業のペースをより一層早めようとしたその時、それまで黙りこくっていた名雪が唐突に口を開いた。

530最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:39:39 ID:WIzcRLrM0
「ふ〜ん、そうなんだ……。だけど皆が皆、その考えに賛同するかどうか分からないんじゃない?」
「……そんな事あらへんよ! 首輪が無いのに参加者同士の殺し合いを望んでる人なんて、いる訳無いもん!」

折角盛り上がっている所に、冷や水を掛けるような真似をされ、珊瑚は思わずムッとなった。
参加者同士の情報交換が十分に行われた今なら、殺し合いに乗った人間がいれば即座に分かるだろう。
そして自分の知り得る限り、自ら進んで殺し合いを行う綾香や岸田洋一のような人間は、もう死に絶えた。
つまり生き残った者達は善良な人間ばかりである筈なのに、どうしてそんな事を言う?
珊瑚は、後ろを振り向き――

「そうとも限らないよ? だって――」

直後、珊瑚の右胸部に鋭い痛みが突き刺さった。

「此処に二人、殺し合いを望んでる人間がいるんだから」

肺を損傷した珊瑚は盛大に吐血し、大きく目を剥いた。
凛々しく直立した秋子が、凍り付くような表情で珊瑚を見下ろしてる。
そして中腰で屈みこんでいる名雪が、珊瑚の胸を八徳ナイフで深々と突き刺していた。
名雪が手を離すと、珊瑚の身体は横ざまに地面へと叩きつけられた。

「――うっ、ぐが、アァ……」

思考が追い付かない。何故自分が、仲間である筈の水瀬親子に襲われるのだ。
こちらを睨み付ける名雪の瞳は、何故あんなにも昏く濁っているのだ。
混乱に支配された珊瑚は、やっとの思いで掠れた声を絞り出した。

531最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:41:45 ID:WIzcRLrM0
「名雪……秋子さん……どうして……悪い人の隠れ家も見つけて……後一歩なのに……」
「どうしてもこうしても無いよ。珊瑚ちゃんは甘い、甘過ぎるんだよ。この島では相手を信用した人から死んでいくんだよ。
 騙された人間の末路がどんなものかまだ分かってないんなら、私が――」

名雪は狂気に染まった理論を口にしながら、八徳ナイフを天高く振り上げる。

「――教えてあげるねっ!」
「うぁ――ああああっ!!」

ザクッという、果物を切るような音が珊瑚の耳に届く。
仰向けに倒れる珊瑚の脇腹を、無常にも鋭利な白刃が貫いていた。
名雪の攻撃は、獲物が即死せぬ範囲で最大限の苦痛を与えるものだった。
想像を絶する激痛が脳に伝達され、珊瑚の凄惨な悲鳴が建物内に木霊する。
その様子を眺め見ていた秋子が、懐から34徳ナイフを取り出す。

――横殴りに、閃光めいた疾風が奔った。

「珊瑚ちゃん、後一歩というのは大きな間違いよ。地下要塞内に突入した人達は全員死ぬわ。
 何しろ――これから私達が彼らの後を追って、一組ずつ潰していくのだから」

それは明らかな背信宣言だったが、珊瑚はもう秋子を言い咎める事が出来ない。
秋子の34徳ナイフは、一切の容赦も情緒も無く、珊瑚の喉を切り裂いていたのだ。
目が見えない。
四肢の指先、身体の末端から感覚が消えていく。
「さ、お母さん。次行こうよ」
「はいはい、名雪はせっかちね。でも先に返り血を洗い流さないと駄目よ?」
痛みすら感じなくなり、ただ声だけが聞こえてくる。
それも長くは保たず、やがて聴覚も失われる。
(るりちゃん……貴明……イルファ……ゆめみ……ごめんな。皆に助けてもらった命…………守り切れへんかった……)
その事が悔しくて、残る全ての力で手を握り締める。
そして最後に、意識が途絶えた。

532最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:43:07 ID:WIzcRLrM0


【残り19人】

【時間:3日目10:10】
【場所:G−2地下要塞入り口】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。杏と生き延びる。】
藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏に同行】

533最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:45:53 ID:WIzcRLrM0
【時間:3日目10:25】
【場所:G−2地下要塞近くの民家】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。地下要塞内部に移動】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:マーダー、精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す。地下要塞内部に移動】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:包丁、デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
 【状態:死亡】
【備考】
・珊瑚の死体の近くに、『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・『ロワちゃんねる』に、柳川達が行っている地下要塞攻略作戦についての概要が掲載されました

→872

534人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:01:04 ID:Lh4liMJc0
この島に来てから2度目の放送を聞いた国崎往人は頭をぼりぼりと掻きながら隣で蒼白な顔をしている神岸あかりにどう声をかけたらいいものかと思案していた。
先程の放送では往人の知り合いの名前は読み上げられることはなかった。少なくとも現時点では観鈴も晴子も、遠野も佳乃もみちるも生きてはいる。だから一安心、とまではいかないが生きている事の確認は取れた。

しかしあかりの様子を見る限り知り合いの名前が何人かいたようで放送が終わってからも一言も喋っていない。本来ならば何か慰めの言葉をかけてやるなり励ましの言葉をかけてやるなりしてやるべきなのだろうが幼少の頃よりコミュニケーション能力を高める訓練(俗に言う義務教育における学級活動など)を受けていない往人にそんな事を期待するのは酷であろう。

ワタシ、クニサキユキト。ニホンゴ、ムズカシイデース。

往人は在日外国人の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。今度はラーメンセットを鼻から飲み込むという荒業も通用しない。いやそれ以前にそんなくだらないギャグをかましている状況ではない。
(くそ、何かこの状況をどうにかできる物は…)
足りない知識を駆使して必死にどうするべきか考えていると、ふと地面に落ちた(というか神岸が放送のショックで落とした)パンが往人の目に留まった。

その時、まるで一休さんのようにアイデアが頭の中で閃く。法術を使って人形劇の代わりをできないだろうか?
別に笑わせられなくてもいい。少しだけ気を引ければいいのだ。注意を他に向けさせることが、今は重要だった。
パンを適当に千切って人の形に整える。地面に落ちるパンくずを見ながらちょっとだけもったいない、とも思ってしまう。
まあ、いっぺん地面に落ちて食うことも出来ないからいいか。
四苦八苦して形を整えたが、それは人形の代わりというにはあまりにも不細工な代物だった。それこそ、晴子が買ってきたナマケモノの人形のほうが遥かにマシだと言えるくらい。
図工の成績は『もうすこしがんばりましょう』か。やれやれだ。

535人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:01:44 ID:Lh4liMJc0
苦笑しつつパン人形を地面に置き、手に力を込める。このくそったれゲームの主催者曰く『能力は制限されている』らしいがクソ食らえだ。法術の力をナメんな。
しかしやはり能力は制限されているようで、中々動く気配を見せない。普段ならもうとっくに動いているはずだというのに…
これ以上続けるとせっかく収まりがついてきた腹がまた催促を始めるのでやめようかとも一瞬思ったがそれは芸人のプライドが許さないしこのデス・ゲームの主催者に思い通りにされているようで腹が立つので続けることにした。クソ食らえ。
その思いが実を結んだのかようやくパン人形がぴくぴくと僅かながらも動きを見せ始める。
ほら見ろ。俺の人形劇はそんなチャチなもので止められはしないのさ。
ニヤリと笑いながら、往人は久しく言葉にしていなかった芸の前口上を告げる。
「さあ、楽しい人形劇の始まりだ。見てみろ、神岸」

名前を呼ばれたあかりが暗い表情を往人に向けて、いや正確には往人の足元へあるパン人形へと目を向けた。不細工なそれが人の形をしていると分からないのか、首をかしげるあかり。
「本当なら相棒の人形を使う予定だったんだが生憎奴は家出しちまっててな…代わりにこいつで我慢してくれ」
集中を切らさぬままあかりに言い、動けとパン人形に命じる。往人の念を受けてパン人形は動き始めたが本物の人形と違い関節などが動くように出来ていないので紙相撲に使う力士のようなギクシャクとした動きしかできなかった。
おまけに制限のお陰で完全に操ることが出来ずそれは人形劇というにはあまりにも稚拙な、そして滑稽過ぎる代物になっていた。
しかし劇の内容は、唯一の客人であるあかりには関係なかった。種も仕掛けも無くひとりでに物体が動いているのである! 文句をつける以前に、その不思議さにあかりは見惚れていた。
「どうだ、凄いだろう?」
こくりとあかりが頷く。だが芸人である往人としてはそれだけでは面白くない。最後に空中でパン人形を回転させて劇を締めようと計画していた。
一層の力を集中させ、空を舞うパン人形の姿を思い描く。イメージの中のパン人形が地面に着地した瞬間に、往人は力をパン人形に注ぎ込む!
ずるっ。
…しかしパン人形は宙に舞うことすらなく無様に地面を滑り、転倒していた。そして、その後いくら念じてもパン人形は二度と動こうとしなかった。
大失敗。なんという最悪のタイミングで力が切れるのか。もしかしてこれも主催者の陰謀じゃなかろうかとさえ往人は思った。

「…ぷっ、あは、あはははっ」
失敗した言い訳を考えようとしたら、突然あかりが笑い出した。何がそんなに可笑しいのか、腹をかかえて笑っている。
さっぱり理由の分からない往人が言葉を探しあぐねていると、まだ笑いが収まらないあかりが途切れ途切れに言った。
「分からないんです、でも、何だかおかしくって…本当に面白かったんです」
未だに要領を得ない往人ではあったがとにかく、経緯はどうあれ上手くいったのだから万々歳である。

536人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:02:11 ID:Lh4liMJc0
「ふ…見たか、俺のこのエンターテイナーっぷりを」
調子にも乗ってみる。これから人形劇の落ちはこれにしようと決めた。さらばウケない自分、こんにちはお金。
往人が一日三食ラーメンセット、という妄想を思い描きはじめたときあかりが「ありがとう」と頭を下げるのを見た。
「…何だか、また元気が出てきたような気がします。まだ少し辛いですけど…大丈夫です」
「そうか…なら良かった」
そう言うと、往人はパン人形を手にとってそれをデイパックに入れた。使い捨てのつもりだったがここまでの大健闘をしたのだ。もうしばらく相棒として活躍してもらおう。
「よし、出発だ。もう大丈夫だな、神岸?」
「はい。行きましょう国崎さ――」
あかりが立ち上がろうとした時、後ろの方の木々が不自然にざわめくのに往人は気づいた。

「待て、神岸。…誰か来るぞ」
「え? 誰かって…ひょっとして、また敵…ですか?」
それは分からん、と往人が言ってツェリスカをポケットから取り出す。いざという時のためにいつでも撃てるよう構える。
ちらりと見えたがどうやら人影が二つ、つまり二人組のようだ。撃たれるのを警戒してか木の間に隠れながら移動しているようだった。
さて、どうするべきかと往人が考えていると隠れているらしい木の向こうから声が聞こえてきた。
「待て! 俺達は敵じゃない。そっちには今気づいたんだ、出てくるから取り敢えず構えている銃を下ろして欲しい」
男の声だった。相手からわざわざ出てくるというのか? 往人は半分警戒しながらあかりにどうするか尋ねる。
「向こうから出てくるのなら大丈夫だとは思いますけど…でも、いつでも逃げられる準備は」
「ああ、しておいた方がいいな。取り敢えず神岸は俺の後ろにいろ」
はい、と言ってあかりが引き下がる。それを確認してから往人は腰の位置までツェリスカを下ろす。
「下ろしたぞ」

往人が言ったのを確認すると、木の影から二人組の男女が姿を現した。先程声をかけたと思われる男が左腕を押さえながら前に出てくる。どうやら負傷しているようだ。
「取り敢えず、銃を下ろしてくれた事には感謝する。怪我していたせいでそちらに気づかなくてな」
「すみません、警戒させてしまったみたいで…」
一緒に出てきた女が頭を下げる。二人ともどんなところを来たのか服が汚れ、ところどころ破れてさえいる。
「こんな状況なら隠れながら行動するのは当然だろう。のこのこ出て行って撃たれたら洒落にならないからな…まぁ、まずはその腕の治療をしたらどうだ」
「そうだな…そうしよう」
男が上着を脱いで女にデイパックから水を出すよう指示する。女もテキパキと水を取り出して男に渡す。

537人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:02:35 ID:Lh4liMJc0
水を受け取りながら、男が口を開いた。
「そうだ、名を名乗っていなかったな。俺は芳野祐介だ。電気工をしている。それでこっちが」
「長森瑞佳です。友達を探してて…その途中で芳野さんに出会って今まで一緒に」
芳野と名乗った男がペットボトルの蓋を開けて血が出ている傷口に水をかける。沁みるのか痛そうな表情をしていたが黙々と治療を続けている。
「国崎往人だ。自慢できることじゃないが旅芸人をしている」
「私は神岸あかりです。私も人を探しているんですけど…途中で襲われて、それから国崎さんに助けてもらいました」
芳野が服の一部を破り、水を垂らしてから患部へと巻きつける。血は止まっていないのですぐに赤い染みが広がっていくが、大した傷ではなさそうだった。
「国崎に、そっちが神岸だな。自己紹介が済んだところで、まずは情報交換をしないか? 何でもいい、今までに出会った人間とかそういうことを教えてくれないか」
腕を曲げたり伸ばしたりしながら芳野が尋ねる。腕を動かした時にどれくらい痛みがあるのかを確かめているようだった。
「そうだな…」

まず往人が島に来てからの経緯を話し始める。その際、目つきの悪さから殺人鬼と勘違いされた事だの観月マナに逆さ吊りにされた事などは割愛した。
「で、一番気をつけておいた方がいいのは『少年』と名乗る奴だ。まぁチビでガキっぽい人相なんだが…情け容赦なく人を殺すぞ。おまけに身体能力も高いときてる」
「厄介だな…」
「もし出会ってしまったら逃げた方がよさそうですね…」
言いながら、瑞佳は名簿を取り出して『少年』の名前の近くに箇条書きをつけていく。中々マメな性格だなと往人は思った。
「それで、神岸さんの方は?」
「私は…あまり国崎さんと会うまでのことはよく覚えていないんです。多分、逃げたりするのに無我夢中で…あ、でも最初に会った人の事は覚えてます。美坂香里さんって人なんですけど…知っていますか?」
いいや、と二人ともが首を振る。あかりにとって、香里は自分のミスで死なせてしまったようなものだったので、もし知り合いなら謝っておきたかった。
けれども、二人とも違ったようなので今は香里のことは置いておく事にする。
「…で、それから探している人がいるんですけど…」
あかりは名簿を取り出して鉛筆で探している人の名前を囲っていく。
瑞佳が名簿を覗き込む、が首を横に振るだけだった。芳野の方は探している人がいないのかまた腕を動かしたりしている。
瑞佳の反応を見たあかりがそうですか…と落胆した表情になる。彼女にしてみれば貴重な情報交換ができたのに誰一人として引っ掛からなかったのだから当然であろう。
「ごめんなさい、役に立てなくて」
頭を下げる瑞佳に、いいんですとあかりが言う。
「どちらにしても探すことには変わりないから、ただどんな行動を取っているのかなって事を知りたかっただけなんです。それよりも、長森さんの方は?」
「あ、それはわたしに聞くよりも芳野さんに聞いた方が早いと思います。実質わたしが出会った人には芳野さんも一緒にいましたから」
話が芳野に振られる。頬を掻きながら「話はあまり上手くないんだがな…」と言ってからこれまでの経緯を話し始める。

538人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:02 ID:Lh4liMJc0
「まず俺が最初に会った大男がいきなりこの殺し合いに乗った奴でな、俺が見つけた時にはそいつが女を襲っていたんだ。もう倒してしまったけどな…で、その大男が襲っていた奴が神尾観鈴って女だったんだが」
「観鈴と会ったのか!?」
それまで黙って話を聞いていた往人がいきなり身を乗り出すようにして聞いてきたので芳野は少し面喰ってしまう。
「あ、ああ。最もすぐ別れてしまったから今どうしてるかは分らないが…何しろ、一日目の昼くらいのことだったからな」
「…そうか。それで、その時観鈴は大丈夫そうだったか」
「まぁ見た目は大丈夫そうだったから心配ないだろう。連れもいたしな。確かそいつの名前が…相沢祐一、だったかな」
相沢祐一という名前には聞き覚えがない。恐らくこの島で初めて会った人物なのだろう。念のため、往人は芳野に確認する。
「その相沢って奴は大丈夫そうなのか?」
「ああ、多分な。さっきの話に戻るとあの大男を倒す時に援護してくれたのがそいつだった。それに嘘をつくような奴にも見えなかった」
「ならいいんだが…とにかく一人じゃなさそうだな、観鈴は…ああ、済まない、続けてくれ」
納得したようで、往人が話を促す。それを受けて芳野が話の続きを始める。

鹿沼葉子と天沢郁未との戦闘。朝霧麻亜子の奇襲。できるだけ正確に芳野は情報を伝えた。
一通り聞き終えて、往人は芳野達が自分達よりはるかに修羅場を乗り越えている回数が多いことに驚いた。服がああなっているのも頷ける。
「以上だ。気をつけておくのはその三人だな」
名前を知らなかったため芳野達は気づいていないが、先の放送で鹿沼葉子は既に死亡しているので残りは郁未と麻亜子になっている。当然往人達も人相を知らないので気づくはずもなかったが。
「後は折原浩平と七瀬留美、それと里村茜という奴を探しているが…知らないよな」
往人の話を聞いて恐らく出会ってはいないだろうと思う芳野だが、万が一にと思って聞いてみる。
そして予想通りに往人もあかりも首を横に振るのだった。
「…ま、そうだろうな。とりあえず、これで情報交換は一旦終了ってところか?」
「そういう事になるな。ところで、これからあんたらはどうするつもりだ」

539人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:27 ID:Lh4liMJc0
往人が聞くと、芳野は瑞佳の方を向いてから「俺は特に探している人もいないからとりあえずは長森の仲間が見つかるまでは一緒に行動しようと思う」と言った。
「そちらは?」と今度は瑞佳が問い返してきたので往人は「その前に一つ頼みを聞いて欲しい」と断わりをいれる。
「神岸なんだが、芳野達の仲間に入れてやってくれないか? 俺はこれからの行動指針上、一人の方が都合がいいんでな」
「えっ!? 国崎さん?」
事実上の離脱発言に驚きを隠せないあかり。瑞佳もどうして一人で行動するのか分らないような顔つきだったが、芳野がただ一人、渋い表情になっていた。

「…一応聞いておく。誰かを殺しに行くんじゃないだろうな」
芳野の指摘にあかりと瑞佳が肩を震わせる。それにも動ぜず往人は表情を変えずに返答する。
「残念だがその通りだ。さっき俺の話で言ったあいつを…『少年』を野放しにしておくわけにはいかない。これ以上被害を出す前に…平たく言ってしまえば観鈴や俺の他の知り合いが傷つけられる前に奴を倒す必要がある」
それを聞いた芳野が「やっぱりな…」とため息をつく。
「無責任に、人殺しはするななんて言わない。俺も一人殺してしまったようなものだからな。だが勝算はあるのか? それに一人でその少年とやらに挑むよりも俺達と組んで戦う方が効率はいいとは思わないのか」
「悪いが、俺は単独行動の方が性に合ってるんでな。正直な話、神岸や長森は足手まといだ。それに芳野達の目的はあのクソガキを倒す事じゃない、仲間を探す事なんだろ? だったら俺に付き合う必要もない」

確かに、往人の言う通りではある。下手にあかりや瑞佳を戦わせるよりも往人一人で作戦を立てて挑んだ方があるいは勝算は高いのかもしれない。
「で、ですけど国崎さん…その、国崎さんにも探してる人がいるんですよね? だったらそちらを優先しても…」
反論を試みるあかりにいや、と往人が答える。
「例え合流できたとしてもその時を狙って奴が攻撃してきたら正味お前たちや俺の知り合いを守ってやれる自信は、とてもじゃないがない。だから先手を打って奴を倒した方が結果的に神岸達のためにもなる」
「ですけど…」
なおも何かを言おうとするあかりに芳野が肩を叩いて「察してやれ」と忠告する。
「神岸さん、国崎さんは国崎さんなりにわたし達の事を思ってくれてるんだよ。だから…ね?」
瑞佳も続いてあかりを諭す。あかりはまだ納得がいってない様子だったが「…分かりました、芳野さん達と行動します」と言ってそれ以上、何も言わなかった。


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