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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

2離脱:2007/04/25(水) 00:04:40 ID:kfIOCBPU0
「……んー、あっち随分うるさいな」
「何かあったのでしょうか」

入り口付近にて見張を担当していた折原浩平と久寿川ささらのもとにも、その喧騒は伝わっていた。
二人で見張を始めてから早一時間程、しかし正面切っての侵入者は今の所無い。
それなのに、何故こんなにも屋内の方が騒がしいのか。疑問が浮かぶのは自然の流れであった。

「オレ、ちょっと見てきますね」
「あ、でしたら私も……」
「いや、ささらさんはこっち見ててくださいよ。オレも確認したらすぐ戻ってきますから」
「……はい、分かりました」

婦女子に手間をかけさせるわけにはいかないと、変にフェミニストをきかせながら場を去る浩平。
ささらはその背中を不安そうに見送るのであった。





一方いきなり現れたイルファにより急変した場面、仁王立つ彼女は今もまだ煙を放つ大型拳銃を構えたままであった。
今は遺体となってしまった小牧郁乃が転がっているそのすぐ傍、沢渡真琴は呆然とそんなイルファの姿を見つめていた。
ほしのゆめみが、朝霧麻亜子が、そしてイルファが現れた今でも……真琴は、何もできないでいた。
悲鳴もあげられなかった、恐怖で硬直してしまった真琴の体では倒れる郁乃に手を伸ばすことすらできなかった。

真琴と郁乃はここ、無学寺にて知り合った関係であり、これまでの間でも交流と呼べるようなものがそこまで深くあったわけではなかった。
立田七海と共に休んでいた郁乃の元に真琴達四人のグループは合流した形なので、時間で言っても出会って間もない部類に入るだろう。
それこそ郁乃のような少しきつい性格に真琴も自然と苦手意識を持ってしまうような空気も流れていて、どちらかというと真琴は彼女の連れである七海と一緒にいる時の方が多かった。
相性的にも大人しい七海の気質は真琴にぴったり合ったようで、真琴が七海と接した時間は郁乃のそれよりずっと長く充実したものだった。

3離脱:2007/04/25(水) 00:05:12 ID:kfIOCBPU0
でも、それでも。
このような形で郁乃を失うことになるなんて想像を、真琴ができるはずもなく。
いくら関わりが少ないとは言え、郁乃がいなくてもいい存在だなんて思うはずもなく。

震えが、真琴の体を走り抜ける。
先ほどまで同じ時間を過ごした仲間がこんなにも簡単に消えてしまうという恐怖、その重みに真琴の精神が啄ばめられてゆく。
……怖いという率直な感情、その矛先がいつ自分に向かうか分からないという状態。
真琴は、動けずにいた。矛先をこちらに向かせないための、それが唯一の努力でもあったから。
ほしのゆめみが窮地に追いやられていても手を貸さなかった、郁乃のように後方からの援護をすることもしなかった。
全ては、彼女が自己の安全を優先した結果だった。
しかしそれで場が良くなるはずもなく、苦戦を強いられたゆめみはついに追い込まれることになる。

(どうしよう、どうしよう……ゆめみがやられちゃったら、どうすればいいのよ……っ)

そんな時だった、突如あのイレギュラーが現れたのは。
イルファは真琴にとって、言わば救世主と呼べるべき存在であった。
「この人なら何とかしてくれる」「自分達を助けてくれる」といった願望は瞬時に膨れ上がり、絶望に染まりかけた真琴の心に希望の光を灯しだす。

(やった! 何でもいいのよ、もう皆で生き残れれば何でもいいのっ! お願い何とかして……)

願う、真琴はひたすら願い続けた。
その願いを実行に移すための後ろ盾を自分では一切用意することもなく、思いだけを先行させる姿には根本的な楽観さが抜けきれない幼稚なものにも見えてくる。
……いや、違う。彼女の場合そこには「思いだけ」しかないのではなく、真琴自身が何かを変えようとする様事態が、全くなかったのだ。

そんな自覚を持つことなく、真琴は尚眠り続ける振りをした。
期待を胸に込め、自分では何もせず救世主である女性の次の言葉を待つのだった。
安全な所で一人、場が収束する所を。待つのだった。

4離脱:2007/04/25(水) 00:05:46 ID:kfIOCBPU0
そのような真琴の様子に当の本人、イルファが気がつくことはない。
今起こっている事を目で見ることでしか判断できない彼女にとっては、身動きを取らない真琴は気絶した七海等と同列の認識しかできないでいた。

そんなイルファが目を覚ましたのは、本当につい先ほどのことであった。
バッテリーが切れてから数時間、ある程度の充電が完了した時点で彼女の自我は再び表に出ることになる。
目が覚めた所で見知らぬ部屋にて横になっていた自身の状態に驚きは隠せなかったイルファは、すぐさま飛び起き自分の損傷具合を確認した。
千鶴との戦闘で受けたダメージの他は特に新しいダメージもなかったようで、イルファは安堵の溜息を漏らす。
自身のデイバックがすぐ隣に置かれていたことから、誰か親切な人が保護をしてくれたのであろうことも簡単に想像がつくだろう。

(何はどうであれ、助かりました……)

落ち着いた所で自らの浅はかな行動を恥じる思いに駆られるイルファ、しかしその瞬間どうして自身がそこまで取り乱していたのかというのも思い出す。
何故あれだけ必死になって走り回っていたのか、それも予備バッテリーまで使い込んでしまう程。
そう、姫百合珊瑚と姫百合瑠璃の二人を保護しなければいけないという一番大切な彼女の任が、一気にイルファの思考回路を埋め尽くしていった。

「こうしてはいられません……っ!」

慌てて荷物を掴み、イルファはまだ充電が終わっていないプラグを力ずくで引っこ抜くとそのまま部屋を飛び出した。
あれからどれだけ時間が過ぎたのか、時計のないこの部屋では知る術もなくイルファの焦りは一層助長させることになる。
とにかく早く行動を起こさなければいけない、そうやって廊下を駆け出したイルファの聴覚器官に値する部々が捉えたのが、例の部屋で行われていた乱闘の喧しさであった。

本当ならば、主君の安全を考え無視して進むべきである。
しかしイルファとて、そこまで冷徹な思考回路を所持しているわけではなかった。

(誰か襲われているのでしたら、見過ごすことなどできませんね……)

5離脱:2007/04/25(水) 00:06:16 ID:kfIOCBPU0
もしかしたら自分を助けてくれた人が危ない目にあっているのかもしれない、そんな義理人情的なものもイルファの背中を軽く押す。
深く考えている時間はない、イルファは支給品であるツェリスカを取り出し足音を立てぬよう静かにその部屋の前へと走りこんだ。
開け放たれた扉、覗くまでもなく鳴り響いた轟音で銃器を使った戦闘が行われていることはその時点でイルファも理解できた。
そして、次の瞬間彼女の視界に入り込んだのが、ちょうど朝霧麻亜子がゆめみに対しSIGの引き金を引こうとした様であった。
反射的に構えたツェリスカで麻亜子を撃退するイルファは、放心しているゆめみに声をかけながらじっくりと部屋の状態を見渡し始める。

そこには争っていた二人の他にも、身動きを取らぬ三人の少女らしき人物が存在していた。
見るだけならば気を失っているだけなのか、既に命を落としているのかという判断材料はほとんどない。
だが、その中でも一際目立つ存在感をかもし出す少女がいた。
……その少女は、一人だけ血溜まりに浸っていた。

脇目も振らず駆けて行くイルファを止める者はいない、赤く染まってしまったピンクのセーラー服を着込んだ少女の体をイルファはゆっくりと抱き起こした。
くたん、と力なく垂れる体に力が再び入る様子はなかった。
制服だけでなく顔も真っ赤になってしまっている少女の額に空いた、一つの空洞が物語る。
それはどう見ても致命傷であり、彼女が再び動き出すことが決してないという宣告でもあった。
少女の命が尽きているということ、イルファは走りよった時に比べ随分冷静にそれを受け入れているようだった。
しかしそれと同時に滲み出た怒りという名の感情が、彼女の口にする言葉に率直に表れていく。

「……これは、どういうことですか?」

静かだが、脅しているかのごとく低い声色に場の温度が下がっていく。
イルファの感情回路を刺激した要因は、二つであった。
一つは少女の着用していた制服が、誰よりも大切な存在である主君のものと同じだったということ。
そして、もう一つは・・・・・・少女の近くに転がっている、多分彼女の持ち物であろう車椅子。
半壊させられたそれを見ることで、浮かび上がる一つの可能性。
そう、もしこの少女の死因が乱闘していた二人に巻き込まれたことであるとしたら、それを見過ごすわけにはいかないのがイルファの性分であった。
背後に投げかけた問いに対する返答はまだ来ていない、郁乃の体を再び横にした後イルファはゆっくりと振り返りもう一度あの問いを繰り返した。

6離脱:2007/04/25(水) 00:06:44 ID:kfIOCBPU0
「これはどういうことですか。返答次第では、お二方とも処分させていただきます」
「しょ……っ?!」

ストレートに表された言葉に、たじろぐ二人の姿がイルファの視界に入る。
睨みつけながらイルファはツェリスカの銃口を二人に向け構えなおし、尚様子を窺い続けるのだった。

「おいおい、どうすんだよ」
「あちきに聞くなっつーの。あんたの仲間っしょ?」
「知るか、あんなの覚えてねーよ」
「何おぅ」
「何だよ」

ぼそぼそとくだらないやり取りをしだす二人、そんな不謹慎な様子に苛立ちを覚えながらイルファは手にするツェリスカに握力をかけていく。
しかしそこで、ある重要なことに気がつくのだった。
イルファが手にするこの大型拳銃、本来常人が発砲することすら難しい代物であるというのは有名なこと。
一応使いこなしてはいたイルファだが、それは決して易々できたという訳でもなかっただろう。
やはりここにきて無理が出てしまったということを、他でもない彼女の体が叫んでいた。
先ほどの発砲にて左腕が動かないことから右手のみを駆使して引き金を引いたことが致命的だった、反動を抑えるべく自然と力を込めた結果予想よりも強いそれはイルファの指の関節コードをボロボロににしてしまっていた。

(こんな時に……っ!)

どんなに信号を送っても、イルファの指が再び動く気配はなかった。反応も全く返ってこない。
しかしここで相手にこれを悟られたら終わりである、内心の焦りを隠しながらイルファはじっと耐えていた。

「むー……しゃーないっ、ここは一端逃げとくか」

そんな彼女の心情は伝わっていないはずだが、銃口の先にてゆめみと二人並んでいる状態の麻亜子はこのタイミングでそれを口にした。
勿論イルファには届かないよう、ゆめみにだけ聞こえるくらいの小さな囁きで、だが。

7離脱:2007/04/25(水) 00:07:15 ID:kfIOCBPU0
「あぁ? 生言ってんじゃねーぞ、コラ!」

眉間に皺を寄せ凄むようにしながらも答えるゆめみ、この状態で何を言い出すのかと呆れながら舌を打つ彼女の様子を気に止めることなく、麻亜子は飄々と言ってのける。

「あんたはあっちから、あちきはこっちから」
「おい、俺の方が遠いじゃねーかよ?!」
「気にしたらダメぞよ。ほれ一、二の三!」
「なっ?!」

ゆめみが止める暇もなかった。
瞬時に反応したものの銃口を向けるだけで発砲をしてこないイルファを尻目に、麻亜子は外に通じる窓、しかし閉じられたままのそこに頭から突っ込んでいった。
ガラスが粉々になっていく激しい雑音が響き渡る、この部屋から彼女が消えたのに五秒とかかっていないだろう。

「ま、待ちなさいっ!」

張り上げられた声、追随しようとイルファも窓枠に手をかけるが既に麻亜子の姿は闇の中に溶け込んでいた。
どうしたものかと少しまごつくものの結局イルファも麻亜子の後を追うようにし、窓から外へと飛び出していく。
結局、部屋に残されたのは立ち尽くすゆめみとその他寝転がったままの少女のみとなった。

「あー、仕方ねぇなぁ……」

頭をポリポリと掻きながら、ゆめみが呟く。
麻亜子の思惑通りになったかどうかは定かではないが、イルファが彼女を追随したため今ゆめみが逃げようとしても邪魔するような輩はもうここにはいないはずであった。
部屋の入り口が空いたことにより退路も確保できていた、この隙にお暇するのが無難であろうとゆめみもこの場から離脱する決心をする。
だが、何もしないでただ去るというのも彼女の性分に当てはまらず。
ゆめみの中の男である人格、久しぶりに目覚めたそれは今だ性欲を持て余したままである。
その捌け口を、ゆめみは欲していた。
せめてもの戦利品ということで、ゆめみは今だ目を覚まさない七海に近づきそのままひょいっと抱え上げた。
まだ育ちきっていない感はあるがこの際選んではいられないと自身に言い聞かせ、保障済みである感度の良さにゆめみは大きな期待を込める。
しかし手土産も無事入手しそのまま部屋を去ろうとするゆめみを呼び止める者が、まだこの部屋には残っていた。

8離脱:2007/04/25(水) 00:07:47 ID:kfIOCBPU0
「ま、待ってよ!」

思いもよらない背後からの声かけに、ゆめみは慌てて振り返る。
声の主はすぐに見つかった。郁乃の遺体の向こうで半身を起こしこちらを見つめる真琴、彼女とゆめみの視線がぶつかり合うのはすぐのことだった。
今の今まで存在感を全く顕わにしていなかった真琴に対する疑問が、ゆめみの中で沸かない訳はない。
ゆめみはそれを口にする前に、様子を見るべく真琴のの出方を窺うのだった。

「なんで、どうして七海を連れていっちゃうのよぅ」

半分涙声の弱々しい声色で訴えかけてくる真琴は、もう今にも泣き出しそうな様子であった。
しかしここでゆめみが気になったのは、そんな彼女の庇護欲を掻き立てられる姿ではなく。

(こいつ……いくらなんでも、このタイミングは狙ったとしか思えないぞ……)

この余りにも図ったような間合いのきな臭さに眉間に皺を寄せるゆめみ、その中で導き出された一つの解答にほくそ笑む。

「ははーん、成る程。……卑怯だな」
「え?!」
「お前、ずっと起きてたんだろ。ずるいなぁ、何もしないで高みの見物ってか」
「ち、違うもん!真琴はっ……」

慌てて否定してくる彼女の姿の怪しさに、ゆめみは意地悪そうな笑みを浮かべながらもそれが図星であると確信した。

「そうか、真琴って言うのか。覚えといてやるよ、お前みたいなクズは嫌いじゃないぜ?
 やっぱ我が身は可愛いもんな、がーっはっはっはっ」
「……ゆめみさん?」

9離脱:2007/04/25(水) 00:08:14 ID:kfIOCBPU0
ゆめみの高笑い、気持ち良さそうなそれは中途半端なところで突然途切れることになる。
また、彼女の聞き覚えのない声が場に響いたからだ。
部屋の入り口、真琴に声をかけられたことによりそこで立ち止まっていたゆめみがそっと顔を横に向けると、そこには。
不思議そうに彼女を見やる少年が、部屋に続く廊下の先にて佇んでいた。

「ちっ、新手か」
「え、どこ行くんですかゆめみさん!!」

そのまま庭へと駆け出すゆめみ、少年の声を背に受けても今度は振り返ることなく彼女もまた闇の中へと姿を消すのであった。

「な……どういう、ことだ?」
「うう、あうううぅぅぅぅ……」

残されたのは泣き崩れる真琴と、今場に到着したということで事態をさっぱり飲み込めていない浩平だけであった。
浩平がこの事態をきちんと把握するのは、またもう少し後のことになる。
慌てて駆け寄った彼の視界を占めた光景は、ふるふると震える真琴や血の海に沈んだ郁乃の姿という惨状の残骸のみ。
それだけの状況証拠では語ることのできない現実が、彼の目の前には在った。

10離脱:2007/04/25(水) 00:09:11 ID:kfIOCBPU0
【時間:2日目午前1時半】
【場所:F−9・無学寺(離脱済み)】

立田七海
【持ち物:無し】
【状況:汚臭で気絶、ゆめみ郁乃と共に愛佳及び宗一達の捜索】

ほしのゆめみ?
【所持品:支給品一式】
【状態:七海を抱えて離脱、性欲を持て余している】

朝霧麻亜子
 【所持品:SIG(P232)残弾数(1/7)・バタフライナイフ・投げナイフ・制服・支給品一式】
 【状態:離脱・着物(臭い上に脇部分損失)を着衣(それでも防弾性能あり)・貴明とささら以外の参加者の排除】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:麻亜子を追う・首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】


【時間:2日目午前1時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:号泣】

折原浩平
【所持品:だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:呆然】


【時間:2日目午前1時半】
【場所:F−9・無学寺入り口】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:不安、見張りを続けている】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・スコップ&食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の周辺に落ちています

(関連・539・685)(B−4ルート)

11募る不安、見えない恐怖:2007/04/25(水) 18:35:52 ID:oBzskNlg0
「まーりゃん先輩、完全に見失っちゃったな」
鎌石村の入り口で河野貴明は白み始めた空を見上げながらポツリと呟いた。
「なに他人事みたいに言ってんのよバカ」
ツッコミ代わりに観月マナの放ったスネ蹴りが見事に直撃する。筆舌に尽し難い痛みが貴明の身体を駆け巡り、ウサギのようにぴょんぴょん飛び回る。
「さんざんカッコ良さげな事を言ってたくせに…ハア、こんなので大丈夫なのかしら」
麻亜子を追って学校を出たはいいものの時既に遅し、ものの見事に見失っていた。
麻亜子の足が速いのもあるが、武器の分配に手間取ってしまったというのもある(ちなみに麻亜子の捨てていったSIG P232と鉄扇はまともな武器がないささらに渡った)。
腕組みするマナにささらがフォローを入れた。
「仕方がないと思います、まーりゃん先輩は逃げ足だけは早い人ですから」
「確かに、あんなヘンな格好してるのにすごい早さで走ってったわよね…」
マナの脳裏に麻亜子の姿が思い出される。電光石火とはこの事かと言えるくらいの俊足。あんな感じでチョコマカ動き回られたら探すのは困難を極める。
とすれば目撃者を探すのが一番手っ取り早いのだが、麻亜子が『乗って』いる人物である以上出会い頭に攻撃されて死んでいる人間も何人かいるはずだった。
つまり、他の参加者からの情報は期待できないということである。
少し考えたマナは、二人に意見を求める。
「聞きたいんだけど、もし、もしもよ? 久寿川さんや河野さんがそのまーりゃんの立場だったとして、効率良く殺して…いくためにはどういう行動を取るのが最も有効だと思う?」
マナの質問に、うーん…と二人はしばらく考えこんでからまず貴明が意見する。
「俺なら…やっぱり人が集まりそうな、それでいて目立つ場所へ行くと思う。だから鎌石村にいるんじゃないかって思ったんだけど」
「そうですね。まーりゃん先輩は何て言うか…目立ちたがり屋で自信家で…けどそれでいて意外とずる賢いというか、機転は利く人です。だから、派手に騒ぎを起こしては美味しいところを持っていく、そんな戦い方をなさると思います」
「頭は悪くないのね?」
「成績は最悪だけどね。お情けで卒業させてもらってたくらいだし」
ふうん、とマナが唸る。学校での貴明との会話や自分との戦闘から窺う限りではやかましくて運動能力がやや高いとだけ思っていたが油断しない方が良さそうだ。
「じゃあまずは人の集まってる場所に向かってみるのはどうかしら? 鎌石村でも人の集まる場所、集まらない場所もあるでしょうし」
マナの提案にささらも頷く。だが貴明は「それはいいんだけど…」と言って言葉を濁した。その態度に少しムッとしたのかマナが強い口調で言う。
「何よ、何か意見があるんだったら早く言って」
「じゃあ言うけど…行った場所で戦闘が起こり得る、ってのは承知してるよね?」

12募る不安、見えない恐怖:2007/04/25(水) 18:36:24 ID:oBzskNlg0
言葉は柔らかいものだったが、そこに甘さはない。その雰囲気に多少言葉を詰まらせたマナだったが、すぐに「…当たり前じゃない」と言い返す。それを受けた貴明がさらに続ける。
「まーりゃん先輩が出てこない可能性も十分にある。それどころか、俺達の装備じゃ歯が立たないような凶悪な奴と戦うことになるかもしれない。その時…観月さんは迷わず、人を撃てる?」
今度はすぐに返答できなかった。迷わず人を攻撃できるどころか…引き金すら引ける自信があるかどうか、分からなかった。
「そういう…河野さんはどうなのよ」
自身の不安を隠しながら、逆に貴明に尋ねる。
「それは俺にも分からない。このショットガンだって実はまだ一発も撃ってないんだ。だけど…それでも『やらなきゃならない』って決めてる。今だから言うけど、1回目の放送で友達が死んでた。
それで、タマ姉やこのみ…久寿川先輩や、他の皆を守る為にそれまで一緒に行動してた仲間と別れてここまで来た。だから…その事を無駄にしないためにも、もう誰も失わないためにも…俺は『覚悟』を決めなきゃならないんだ」
予想とは違った。死線を潜り抜けている訳ではない。別れた仲間の為に、誰も悲しませないために、それだけの理由で貴明は手を血に染めようとしている。恐怖や、心を押し殺して。
そんな貴明の雰囲気に何か感じるものがあったのか、ささらが不安そうな顔で貴明の顔を覗き込みながら言った。
「貴明さん…あまり気負いこまない方がいいと思います…これから先、この島で手を汚さずに進んでいけるなんて少なくとも私は思ってません。
ひょっとしたら数分後には戦闘になって、貴明さんを守るために人を撃ってしまうかもしれない。もちろん、それが正しい事だなんて少しも思っていませんけど…かと言って黙って貴明さんが殺されるのを見ていられるほど私は優しくもない、と自分で思っています。
それは誰だって同じ。同じだから…貴明さん、自分一人が罪を背負うだなんて思わないで下さい」
「…先輩」
ささらの励ましに、僅かながらも貴明は強張っていた顔を緩ませる。
しかしこれでいざ戦闘になって容赦なく撃てるか、というともちろんそういう事は少しもない。未だ全員が『撃てるかどうか分からない』のだ。言葉では口に出せても、心の奥底が最後まで殺人という言葉を否定し続けている。
それは人間として当然の考えであるが――この殺戮の島においては足枷にしかならないのだ。
気違いにでもならないとやってられないなあ、とマナは思う。
実際、狂人になってしまった方が何倍も楽には違いない。何も考えずに殺し、何も考えずに死ねるのだから。
しかし、それでも、マナ達は――人間だった。
「ともかく、先に進みましょ。何にしてもあの人をこのまま放っておくわけにはいかないわよね?」
「うん…その通りだ。立ち止まっててもあの高槻って人に怒られそうだもんな」
「そうですね…今頃は…みなさんと上手く合流している頃かしら」

13募る不安、見えない恐怖:2007/04/25(水) 18:37:24 ID:oBzskNlg0
遠く、森の向こう側にいるであろう無学寺へ向けてささらが視線を飛ばす。今はまだ、何も見えない。
そうして、少しだけ寺の方角を見やった後、また三人は歩き出した。中途半端に、覚悟を残したまま。



河野貴明
【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×24、ほか支給品一式】
【状態:左腕に刺し傷、出血はあったが現在行動に大きな影響なし。麻亜子を止めるために一路鎌石村に】
久寿川ささら
【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ほか支給品一式】
【状態:麻亜子を止めるために一路鎌石村に】
観月マナ
【所持品:ワルサー P38・支給品一式】
【状態:足にやや深い切り傷、麻亜子を止めるために一路鎌石村に】

【時間:2日目6:00前】
【場所:C-5】
【備考:由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物及び二人の死体は職員室内に放置】
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服

→B-10

14予約スレ2:2007/04/25(水) 22:17:22 ID:.QizSAos0
リサ・ゆきねえ・朋也・敬介・環・留美・珊瑚・ゆめみ・佐祐理・柳川、投下します
予想よりかなり長くなったので、二つに分けて掲載をお願いします>まとめさん

15深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:18:24 ID:.QizSAos0
暗黒の空より降りしきる陰鬱な雨、じっとりと濡れた地面。生暖かい風が、頬を撫でる。
湿った空気が、耳障りな雨音が、荒野の雰囲気をより一層不快なものへと変えてゆく。
河野貴明の離脱から暫く時が経過した頃、七瀬留美達はようやくショックから立ち直りつつあった。
貴明の走り去った方向にずっと視線を送っている姫百合珊瑚の肩を、留美が軽く叩く。
涙目で振り返った珊瑚に対して、留美は優しく言った。
「いつまでもこうしちゃいられないよ。そろそろ、行こう?」
「で、でも……」
「河野も言ってたじゃない。『皆は何処か安全な場所を探して、隠れてくれ』って。
 大丈夫……ささらも追い掛けて行ったし、きっと無事に戻ってくるよ」
弱々しく肩を震わせる珊瑚を励ますように、力強い声で語り掛ける。
だが珊瑚は留美の言葉に対して、ゆっくりと首を振った。
「アカンよ……。そんな保障、何処にもあらへんやん……」
「…………」

確かに、それはそうだった。
留美の言葉は何の根拠も伴わぬ、気休め以外の何物でもない。
いくら強力な装備を持っているとは言え、重傷である貴明が無事に帰ってくるかどうか確証などない。
しかし留美は珊瑚の両肩をしっかりと掴んだ後、顔を引き寄せた。
「留美……?」
「珊瑚の言ってる事は分かるわ。でも実際問題、今から追い掛けても貴明には追いつけない。
 ここで立ち尽くしてても、何にもならないよ。今は貴明とささらを信じるしかないの」
それにね、と付け加えて留美は言った。
「河野が帰ってきた時に、あたし達の誰か一人でも欠けてたら、きっとアイツ凄い悲しむよ?
 河野が帰る場所を守れるように、あたし達は今出来る事をしよう?」
「あう……」
恐らくはまだ不安を拭えないのだろう――真剣な眼差しを受けた珊瑚が、困ったような表情を浮かべる。

16深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:19:20 ID:.QizSAos0
留美は顎に手を当てて少し考え込んだ後、にこっと笑って、言った。
とても、場違いな事を。
「見てたら何となく分かったけど……好きなんでしょ? アイツの事」
「え……」
珊瑚は一瞬口を小さく開いて、ぽかんという表情になった。
しかし次の瞬間には、はっきりと頷いていた。
「そうだよね。だったら信じてあげようよ」
「……うん、分かった」
珊瑚の返事を確認すると、留美は他の者達の方へ振り返った。
「じゃあ、みんな行きましょうか。……と言っても、何処に行けば良いか分からないんだけどね」
留美は苦笑混じりに、後頭部をぽりぽりと掻きながら言った。

自分達は村にいるのだから、隠れる場所自体は幾らでもある。
しかし下手な場所を選べば、襲撃された時に圧倒的に不利となる。
それに仲間すら知らぬ場所に隠れてしまうと、合流はかなり難しくなるだろう。
ここは慎重に行動しなければならなかった。
留美は珊瑚とほしのゆめみに視線を向けたが、両方共心当たりは無いようで、首を横に振るばかり。
どうしたものかと留美が思い悩んでいたその時、倉田佐祐理が言った。
「……北川さんが言っていた『工場』はどうでしょうか?確かここからそう遠くない位置にある筈です。
 前回参加者の方達が滞在場所に選んだみたいですし、隠れ家としては最適だと思います」

北川潤が訪れたという平瀬村工場――工場というくらいなのだから、色々と使える物があるかも知れない。
それに屋根裏部屋もあった筈だから、上手く隠れれば敵が来てもやり過ごせる可能性が高い。
佐祐理が思いつく中では最良の選択肢だった。
他の者も特に異論は無いようだったので、一行は速やかに移動を開始した。

17深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:20:26 ID:.QizSAos0






歩く事、十分。
短い時間とは言え、豪雨に見舞われ、雷も断続的に響く中での移動は決して楽なものでは無かった。
しかし、北川より大まかな位置を聞いていた事も幸いして、留美達は無事に平瀬村工場の前まで辿り着いていた。
「ふえー……思ったより大きいですね」
佐祐理が工場を眺めながら、困ったような表情で呟く。
こんな孤島にあるくらいだから小さな工場だと思ったのだが、実際は予想以上に大きかった。
「これはちょっと隠れるのには向いてないかも知れませんね……。大き過ぎて目立っちゃいます……」
「っていうか……ガソリン臭いわね……」
各々が各々の感想を口にする。
本当にこの建物を隠れ家として良いものか――留美の頭を疑問が過ぎる。
しかし外で考え込んでいても始まらない。
こんな所で雨に打たれているよりも、今はまず中に移動すべきだ。
留美がそう思った時だった。底冷えするような声が聞こえてきたのは。
忘れる筈も無い悪魔の声が、聞こえてきたのは。

「――やはりここにいましたか」
「…………っ!?」
後ろから聞こえてきた声に、誰もが弾かれたように振り向き、そして絶望を覚えた。
七瀬留美達の眼前には、絶対の殺気を纏ったリサ=ヴィクセンと、歪んだ笑みを浮かべた宮沢有紀寧、そして見知らぬ男が直立していたのだ。
「どうしてこの場所を……?」
留美が震える声で問い掛けると、有紀寧は愉しげに答えた。
「脱出派の方々は教会にいらっしゃらなかったので、地図に載っていないこの場所へ逃げ込んだと予測したのですが、案の定でしたね。
 この方――岡崎さんが、工場の場所については知っていました。仲間を集めようとする余り、情報を広め過ぎてしまったみたいですね?」
有紀寧はそう言って、横にいる朋也に視線を移した。
佐祐理がその視線を追って、ゆっくりと口を開いた。
「岡崎さん、春原さんから貴方の事は聞いています……。貴方も殺し合いに乗ってしまわれたのですか……?」
「くっ……」
朋也は苦々しげに奥歯を噛み締めたが、それ以上は何も言えなかった――余計な事を言えば、首輪を爆破されかねない。

18深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:21:18 ID:.QizSAos0
「…………最悪ね」
留美が複数の感情――怒り、そして恐怖が入り混じった声を絞り出す。
冬弥を殺した宮沢有紀寧は絶対に許す事が出来ないが、今回は柳川がいない。
即ちあのリサ=ヴィクセン……向かい合ってるいるだけで寒気を催す怪物を、自分達で相手にしなければならないのだ。
しかもゲームに乗っているのか、脅されているだけなのかは分からないが、新たに一人、敵側の人間が増えてしまっている。
黒い憎悪をそれ以上に大きな絶望が塗りつぶしてゆき、心臓が早鐘を打つ。
「あの人らが……」
リサ達とは初見である珊瑚だったが、尋ねるまでも無く、目前に立ちはだかる敵の正体が理解出来た。
有紀寧の外見的特長は春原陽平から、リサの外見的特徴は倉田佐祐理から聞いていたというのもある。
しかしそんな情報を引き出さずとも、際限無く向けられる凍りつくような殺気が、敵がどれだけ危険な存在であるかを認識させる。
下手な動きを見せればその瞬間に撃ち抜かれかねない事を、本能が報せていた。

有紀寧が、絶対の余裕に裏付けされた優美な笑みを湛えながら、口を開く。
「藤井さんがいませんね? もしかして私に撃たれた所為で死んでしまいましたか?」
――決まりきった事を聞く。大口径の拳銃で腹部を撃ち抜かれて、死なぬ人間などいる筈が無い。
忌々しげに歯軋りする留美だったが、そんな彼女にリサが追い討ちを掛けた。
「あら、何を悔しがってるのかしら? あの男は私の大切な人を奪った連中の片割れ……死んで当然の人間よ」
闇夜に良く響く、冷え切った声。
リサからすれば、藤井冬弥は那須宗一の命を奪った怨敵であり、絶対悪以外の何物でもない。
出来る事ならば自らの手で、凄惨に縊り殺したい程憎い相手だった。

物の怪のような視線に射抜かれて萎縮しそうになった留美だったが、別れる間際に見た柳川祐也の背中を思い出す。
度々意見がすれ違う気に食わない人物ではあったが、彼はこの圧倒的な相手に一人で挑んだのだ。
ならばここで自分が気後れする訳にはいかない。
自分達では敵わないかも知れないけれど、心まで折られてしまってはならない。
留美はしっかりとリサの目を睨み返しながら言い放った。
「よく言うわね。あんた達だって罪の無い人の命を幾つも奪ってるじゃない。
 それに藤井さんは少なくとも、自分の命惜しさに戦ってたんじゃないわ。
 自分の事しか考えてないあんた達なんかよりも、何十倍もマシよ」

19深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:21:56 ID:.QizSAos0
それを後押しするように、佐祐理も迷いの無い声で口を開く。
「七瀬さんの言う通りです。藤井さんは一度は道を間違えたかも知れないけれど……最後には分かってくれました」
大きく一度息を吸って、覚悟を決めた瞳で敵を見据えながら続ける。
「佐祐理達にはリサさんのような力はありません。それでも皆で力を合わせて、頑張っています。
 脱出への道程も少しずつ明確になってきています。佐祐理達はまだ諦めていませんが、リサさん……貴女は希望を捨てました。
 少なくとも心の部分では、貴女に劣っているとは思いません」
「……そうかも知れないわね。でもそんな事、どうだって良いわ。貴女はここで死ぬのだから、佐祐理」
リサの視線が細まり、M4カービンの銃口が持ち上げられる。
気温が急激に低下したかと錯覚を覚える程の威圧感が、佐祐理達を襲う。
「そして、貴女だけじゃない。貴女以外の人間も全員仕留めて、『脱出への糸口』とやらを断ってあげる」
もはやリサの声からは、怒りや迷いといった感情は感じられない。
これ以上の会話は不要とばかりに、純粋な殺気だけを向けてくる。
――始まる。圧倒的戦力を誇る相手が、躊躇う事なく自分達を仕留めに来る。

そこでこれまで一言も言葉を発していなかったゆめみが、突如右手を振り上げた。
「――――ッ!?」
ロボットのゆめみには気配と言うものが無い為、リサの反応が一瞬遅れる。
次の瞬間にはゆめみは地面へ、忍者セットの中の一品――煙球を叩きつけていた。
「What!?」
外人にとっては未知の道具により、視界が突如封じられてしまう。
「こっちよ!」
煙の向こう側で、留美の叫ぶ声と、駆け出す複数の足音が聞こえた。
しかし流石に歴戦のエージェントは立ち直りが早く、すぐに冷静さを取り戻して狙撃を開始する。
リサは敵が外に向かって逃げ出すと予測し、留美達の左右の空間を中心に弾丸をばら撒いたが、それが敵を射抜く事は無かった。
「……わざわざ逃げ道の無い場所に逃げ込むなんて、どういうつもり?」
煙の向こうにうっすらと見えた留美達の影は、悉くが工場の内部へと駆け込んでいったのだ。
その意図こそ理解しかねるが、悩んでいる暇など無い。
リサはすぐに有紀寧と朋也を急かして、工場の中へと飛び込んだ。

20深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:23:19 ID:.QizSAos0

内部に突入した有紀寧達は、目前に広がる光景を観察した。
最早使われていない施設なのだろうか。それともこの部屋だけが、例外なのだろうか?
工場の一室である作業場には大した設備は無く、せいぜいボイラーが数個並んでいる程度だった。
作業場の四隅には、言い訳程度に工具や雑品が幾つか転がっている。
大規模な工場の実に半分程度を占めるだだっ広い空間が、酷く寂しいものに感じられた。
そんな場所で、留美達が拙い陣形を組んで待ち構えていた。
先頭は留美、その左右に佐祐理とゆめみ。
そして三人に守られるように、後方にいるのが珊瑚だった。
有紀寧にとって一番不可解だったのが、留美達の手に持っている武器だ。
銃くらい持っている筈なのに、留美達は揃いも揃って日本刀やナイフなどの刃物で武装していたのだ。
「何のお遊びですか? そんな物で銃に勝てるとでも思っているのですか?」
有紀寧はそう言って、トカレフ(TT30)の銃口を留美に向けた。
「……随分とナメちゃってくれるわね。でも、あたし達はいたって真面目よ。ほら、撃ちたきゃ撃ってみなさいよ」
ただの強がりかどうかは分からないが、留美は口元に勝気な笑みを浮かべていた。
――何か考えがあるのか?
そんな疑問も浮かんだが、有紀寧はすぐに考える必要など無いと思い直す。
ともかく実際に撃ってみれば良いのだ。
相手が強がりを言っているだけならそれで仕留められるし、対策があったとしてもその正体は掴めるだろう。
有紀寧は銃口にかけた人差し指に、力を入れようとする。
しかしそこでリサが横からすっと手を伸ばしてきた。
「……どうしたのですか?」
「駄目よ。この場所はガソリンの臭いが充満してる……銃なんて使ったら、爆発してしまうわ」
「――――!」
有紀寧はぎりぎりの所で指を押し留め、大きく息を飲んだ。
この工場内には、気化したガソリンが充満している。即ち、銃など使ってしまえば間違いなく自滅する。
だからこそ敵は全員、火薬を用いぬ装備で武装していたのだ。

21深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:24:15 ID:.QizSAos0

――出来れば敵が自滅してくれればと思い挑発したのだが、思惑が外れた留美は大きく舌打ちした。
「く……大人しく引っ掛かってくれれば楽だったんだけどね」
「残念だけどそれは無いわ。私が居る限りはね」
リサはそう言うとM4カービンを鞄に戻して、傍にいる有紀寧へと小さく耳打ちした。
(……私があの三人を殺してる間に、貴女達は佐祐理達の後ろにいる女を倒して。
 佐祐理達の陣形は一人を守ろうとしている――奥にいる女がきっと『脱出の糸口』であり、キングよ)
(――了解、お任せください)
確かな承諾の意を確認してから、リサが一歩、足を前に踏み出す。
続いて目にも留まらぬ動作で真空を巻き起こしながら、一対のトンファーを構える。
その姿を目の当たりにした留美は、警戒心を強め刀を深く構え直した。
「さて、神様へのお祈りは済んだかしら? まさか勝てるなんて思ってないわよね?」
「勝負はやってみなきゃ分からない。少なくとも、慣れない銃で撃ち合いをするよりはマシよ」
次の瞬間、疾風と化したリサが、留美達に襲い掛かった。

――有紀寧は珊瑚を襲撃するのも、朋也へ指示を出すのも忘れて、目の前の光景に魅入っていた。
冷静沈着である彼女にそうさせてしまう程、雌狐は圧倒的だった。

リサは一瞬で間合いを詰めると、留美の鎖骨に狙いを定めて、右手に携えたトンファーを振るう。
信じられない速度を誇ったその一撃を、しかし留美は何とか受け止めていた。
留美がリサの攻撃を受け止められたのは、かつて剣道部に所属していた時の経験のお陰だろう。
曲りなりにも剣の道を歩んでいたからこそ、ぎりぎりの所で反応出来たのだ。
だが、そこまでだった。
「今の攻撃を受けたのは褒めてあげる。だけど次の動作への移行が遅すぎるわ」
リサは冷え切った声でそう言うと、留美の刀をトンファーで押さえつけたまま、鋭い中段蹴りを放った。
「がっ……」
無防備な脇腹に衝撃を受けた留美が、がくんと地面に膝を突く。

22深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:24:55 ID:.QizSAos0
続いてリサは視線を動かさぬまま、左手のトンファーをさっと斜め後ろへ振るった。
「――――!」
がきんと大きな音がして、佐祐理の手に持った暗殺用十徳ナイフが弾き飛ばされる。
背後より隙を突いたつもりであった佐祐理だったが、リサにとってはその程度の攻撃、楽に予測出来るものだ。
素手となってしまい大きな隙を晒した佐祐理を、リサは敢えて攻撃しない。
リサは佐祐理を攻撃する前に身体の向きを変え、ゆめみを前方に捉えていた。
ゆめみの振るう刀をしゃがみ込んで躱した後、海老のように背中を丸めたまま体当たりを敢行する。

「あぐっ!」
意表をついたその攻撃に、ゆめみが弾き飛ばされ、尻餅をつく。
続いてリサは斜め後ろにいる佐祐理目掛けて、衝撃波付きの回し蹴りを打ち込んだ。
高速の蹴撃はガードの上からでも十分な衝撃を伝え、佐祐理がたたらを踏んで後退する。
その後リサは尻餅をついているゆめみの腹を、刃物さながらの片脚で踏みつけようとし――背後へ、跳んだ。
留美が地に膝を付いたままの体勢で、横薙ぎに日本刀を振るってきていたのだ。
その一撃を悠々と躱してみせたリサは、すたんという音と共に、地面へと降り立った。

「一瞬で決められると思ったけど……意外にしぶといのね」
よろよろと立ち上がる少女達を、リサが凍った瞳で睨みつける。
圧倒的に押しているリサだったが、その言葉に嘘偽りは無い。
敵三人のうち、二人は戦いが始まる前から怪我をしていた。
故に数秒で決着をつけれると判断したのだが、読みが外れた。
原因はあのツインテールの女だ――あの女が自分の初激を止めたからこそ、攻め切れなかった。
あの動体視力、そして攻撃を受けてからの立ち直りの早さは評価に値する。
しかし所詮は素人に過ぎないのだから、問題になる程では無い。
もう一度攻め込めば今度こそ、敵全員を戦闘不能に追い込む事が出来るだろう。
リサは早々に決着をつけるべく、腰を低く落とし脚に力を込める。
しかしそこで、背後より走り寄ってくる音が聞こえた。

23深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:25:36 ID:.QizSAos0
「――リサ君。まさか本当に、君が殺し合いに乗ってしまっていたなんて……」
工場の入り口に一組の男女――橘敬介と向坂環が現れていた。
彼らは工場外でリサが放った銃声を耳にして、急いで駆けつけてきたのだ。
二人の視界に飛び込むのは、苦悶の表情を浮かべる少女達と、ブロンドのハンターの姿。
敬介は双眸で目前の光景を視認し、リサが紛れも無くゲームに乗っているという事を理解した。
続けてわなわなと肩を震わせながら、リサに視線を送る。
「どうして……どうして殺し合いに乗ってしまったんだ……リサ君……」
それは音声だけでも十二分に感情が伝わってくる程、重く哀しい声だった。
しかしリサは、敬介の感情を受け流すように、肩を竦めて言った。
「別に大した理由なんて無いわよ? 足手纏いの貴方達と協力するのが馬鹿らしくなっただけよ」
「何だと……?」
「貴方達のフォローをして命を落とすなんてお断りよ。貴方達なんかと協力して脱出するよりも、優勝を勝ち取る方が遥かに容易だわ」
「クッ……!」
自分達が足手纏い――この点に関して敬介は、何も言い返せなかった。
実際診療所に居た時の自分は、宗一とリサに頼りっぱなしだったのだから、反論出来る訳が無かった。
だが脳裏に浮かぶ、栞とリサの暖かいやり取り。
少なくとも栞と接している時のリサは、心の底から笑っていたように思えた。
「君は嘘を言っている。君は自分の命惜しさにそんな選択をする人間じゃ無い筈だ。
 君がそんな人間なら、美坂君と行動を共にしたりしないだろう」
そうだ――リサは優しい心を持った女性なのだ。それは殆ど、確信に近かった。
黙すリサに対して、敬介が続けて話す。
「……宗一君か? 宗一君が死んでしまったから君は――優勝の褒美で、生き返らせようとしているのか?」
敬介の言葉を受けたリサが、眉間へと微かに皺を寄せ、パチンと右の親指を噛む。

24深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:26:23 ID:.QizSAos0
リサはすっと視線を横に移した。
「有紀寧、あの二人は貴女達が相手してくれないかしら?」
「あら? 図星を突かれてやり辛くなりましたか?」
有紀寧が嘲笑交じりにそう言うと、リサの双眸に怒りの色が浮かんだ。
すると有紀寧は取り繕うように、ひらひらと手を振った。
「まあまあ、言われた通りにしますから怒らないで下さい。さて、岡崎さん」
「……何だよ」
朋也が陰鬱そうな口調で声を出す。
有紀寧は右腕を伸ばして、環と敬介を指差した。
「いよいよ出番です。あのお二人の相手をしてあげて下さい。
 分かっていると思いますが、拒否権はありませんからね?」
「……畜生!」
朋也は苦々しげに毒づくと、鞄から薙刀を取り出し、すっと前に出た。

環は、朋也の向こう側に見える少女達へと言葉を投げ掛ける。
工場内に良く響く、凛と透き通った声で。
「留美、佐祐理、また会ったわね。長々と話してる時間は無いから手短に言うわ。
 私と橘さんはそこの男の人と有紀寧を倒すから、それまで何とか粘って頂戴」
「で、でも向坂さんは怪我をしてらっしゃるんじゃ……」
佐祐理がそう言うと、環は腰に手を当てて呆れたような表情となった。
「貴女達も似たようなもんでしょ。こんな状況だもの、やるしかないわ」
環の言葉通り、自分達の中で無事な者など殆どいない。
ゆめみは左腕が動かない。佐祐理は右肩を負傷している。
環も敬介も、あちこちに傷を負っている。
このような状況下で、怪我人だから静観するなどといった事は不可能なのだ。
圧倒的に戦力が不足している以上、傷付いた体に鞭を打って戦うしかなかった。

25深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:27:03 ID:.QizSAos0
環は鞄から包丁を取り出すと、その切っ先を朋也へ向けた。
「貴方……有紀寧に脅されているのね?」
「…………」
朋也は答えない。それに構わず、環は続けた。
「……やっぱり答えられない、か。良いわ、私が貴方を止めて、有紀寧の性根も叩き直してあげる。
 それから首輪を外して、こんな馬鹿げた殺し合いなんてとっとと終わりにさせて貰う」
「そうだ、殺し合いなんて絶対に間違ってる。これ以上人が死ぬのなんて、僕は認めない。
 君達が話しても分かってくれないというのなら、力尽くでも止めてみせる」
敬介がベアクローを取り付けながら、澄んだ目で朋也を見据えた。

朋也は、環・敬介と対峙していた。
リサは、留美・ゆめみ・佐祐理を獲物と断定していた。
各々がそれぞれの敵と、睨み合う。
「前口上はもう十分――死になさい」
リサが獲物を狙う肉食獣のように、ぐっと頭を下げて攻撃態勢に入る。
次の瞬間雌狐は、弾けるように駆けた。

26深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:27:46 ID:.QizSAos0
前の突撃が疾風なら、今度は暴風だ。
今度こそ敵を仕留めるべく、リサが殺気を剥き出しにして留美に襲い掛かる。
「――――ハァァァッ!」
「くぅぅぅ!」
真空波を巻き起こしながら迫るトンファーを、留美はどうにか受け止めた。
あまりの衝撃で、受けた手に痺れが走る。
鍔迫り合いの形で二人は顔を突き合わす。
烈火の如きリサの眼光が間近で留美を射抜いたが、しかしーー
「こんのっ…………どおりゃああぁっ!!」
「なっ――!?」
武器を突き合わせての押し合いは、裂帛の気合を搾り出した留美が勝利した。
リサは両方の手に一本ずつトンファーを握っている為、今の力比べでは片手しか用いていない。
だがそれでもあの雌狐に、一介の女子高生が押し勝ったのは驚くべき事態だった。
後退するリサに、ここぞとばかりにゆめみが斬り掛かる。
「――ク!」
リサは尋常で無い早さで態勢を整え、くるりと体を横回転させ、ゆめみの攻撃より逃れる。
そしてそのままの勢いで、独楽のように回転しながらトンファーを横薙ぎに振り回す。
留美が素早く飛び出して、その一撃を刀で受け止めた。

27深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:28:25 ID:.QizSAos0
リサはもう力比べに固執せず、すっと腰を落としてゆめみの懷に潜り込んだ。
ゆめみの右腕を掴み取り、流麗な動きで極めの形に移行する。
続けて力任せに、ゆめみの体を真横へ振った。
「――――!?」
横でナイフを振り上げていた佐佑理の腕が止まる。
リサの体がゆめみの後ろに隠れる形となっていたのだ。
リサはその隙を逃さず、ゆめみの体を佐佑理に叩きつける。
「つぅ……」
リサは佐佑理が尻餅をつくのを待たずに、今度は背負い投げの要領で、ゆめみの体を留美へと投げつけた。
腕を極められた状態から強引に投げられた為、ゆめみの右肩に罅が何本か入る。
「ゆめみ!」
留美は日本刀を手放して、何とかゆめみの体を抱き止めた。
そしてリサは後ろを振り返って――思い切りトンファーを投げた。

   *     *     *    *     *     *

「く……」
環が焦りを隠し切れない様子で舌打ちする。
環と敬介は、朋也相手に攻めあぐねていた。
相手の薙刀と、自分達の得物のリーチ差が災いしての事だ。
敬介はベアクローを右腕に付けているものの、扱いづらい武器である為に思ったような動きが出来ない。
一方環の得物は比較的扱いが容易な包丁であったが、敵を倒すにはもう少し距離を詰める必要があった。
環は相当勝れた運動神経と身体能力を誇っている。
全快時なら造作も無く、敵に接近出来ただろう。
だが満身創痍の今の体では、薙刀から身を躱しつつ前進するのは厳しいものがあった。
どうしても自分の間合いまで踏み込めず、一方的に攻撃されてしまう。
一発、二発と、連続して薙刀が奔り、環はぎりぎりの回避を続けていた。
とは言えこのままでは埒が開かない。
「どうせ避け切れないなら――」
上方から迫る白刃をバックステップでやり過ごした後、環は一気に前へと駆けた。
「そこだっ!」
間合いに踏み込んできた敵に対して、朋也が素早く返しの一撃を放つ。

28深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:29:10 ID:.QizSAos0
「っ……!」
脇下より迫る鋭い一閃を、環は敢えて避けなかった。
前進を続ける環の脇腹に、薙刀の柄の部分が食い込む。
だが、これは環の想定通りだ。
白刃の部分さえ食らわなければ、致命傷にはならないのだから問題無い。
環は薙刀の柄の部分を、尋常でない握力で握り締めた。
「くそっ、なんて馬鹿力してやがる!」
朋也が強引に薙刀を振るおうとするが、どれだけ力を入れてもビクともしない。
女のものとはとても思えぬその膂力に、朋也は驚きを隠せなかった。

「橘さん、今です!」
「ああ!」
仲間の作ってくれた好機を活かすべく、敬介が大きく前に踏み込む。
続いてベアクローを大きく上に振り上げた。
――狙いは朋也の右肩だ。
その場所なら、恐らく致命傷にはならないだろうから。
「悪いけど、暫らく大人しくしててくれ!」
「チィ――!」
朋也が薙刀を手放して、後方に飛び退こうとする。
しかしそこで環の腕が伸びて、がっしりと朋也の右腕を掴み取った。
「しまっ!?」
身動きの取れぬ朋也に、鋭い爪が空気を割きながら襲い掛かる。
次の瞬間、鮮血が舞った。

29深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:31:19 ID:.QizSAos0
――敬介の、鮮血が。
「ごふっ……」
「た、橘さんっ!?」
腹から鮮血を迸らせ崩れ落ちる敬介の姿を目の当たりにし、環の胸を驚愕が過ぎる。
「――岡崎さんにはまだ利用価値があるので、今殺されては困りますね」
聞こえてきた声の方へ顔を向けると、有紀寧がにっこりと優雅な微笑みを浮かべていた。
右手に、電動釘打ち機を握り締めて。
「流石に工場だけあって、便利なものが落ちていますね。
 火薬を用いないコレなら、この場所でも好き放題に使えます」
「な……何て事……」
最悪の事態に、環が掠れた声を絞りだす。
電動釘打ち機は空気圧を利用する武器なのだから、引火の心配が無い。
つまり敵はこの場所においても、強力な遠距離攻撃が可能となったのだ。
そして――

ガツンという、鈍い音がした。
「がっ……!?」
環は突然即頭部に衝撃を受け、意識が遠のいていくのを感じた。
ゆっくりと崩れ落ちながら、地面に倒れ伏せている敬介に目をやる。
(たち――ばなさん――ごめん……なさい……)
岸田洋一に遅れを取った時と同じく、突然の奇襲により環は意識を失った。

「――油断は禁物よ? 私が留美達だけを狙うとは限らない。
 これはスポーツでも何でも無い、ただの殺し合いなんだから」
リサがそう言って、環の傍に落ちたトンファーを拾い上げる。
先程環を襲った衝撃の正体は、リサの投擲したトンファーによる不意打ちだったのだ。
続いて、くすくすという笑い声が工場の中に響き渡る。
有紀寧が眼を細めて、どこまでも愉しげな声で口を開いた。
「ふふ、そろそろチェックメイトのようですね」

30深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:31:53 ID:.QizSAos0

確かに、勝負は決まったも同然だった。
敬介と環は倒れ、留美だって体力を消耗してしまった。
ゆめみは右腕を破壊され、佐祐理も前から左肩を負傷している。
唯一珊瑚だけは無事であったが、彼女が殺されてしまった時点で全ては終わりなのだから、前線で戦う戦力としては数えられない。
対する敵は、三人とも余力十分である上に、新たな武器まで入手してしまったのだ。
(柳川さん……すみません。佐祐理達はここまでかも知れません……)
もう勝ち目など無い――いや元から勝算など、微塵も無かったのかもしれない。
たとえ自分達が全員五体満足な状態であったとしても、リサと有紀寧を打倒するなど出来ないのではないか。
そんな思いに駆られ、佐祐理の頭を深い絶望が支配する。
それは留美も、ゆめみも、珊瑚も同じで、誰もが悔しげに敵を睨みつける事しか出来ない。

「――それじゃ、キングを取らせて貰いましょうか」
リサは異形のような眼で珊瑚を睨みつけた後、ゆっくりと足を踏み出そうとする。
しかし突如足首に違和感を感じ、一歩も先に進めなくなった。
「……敬介?」
何本もの釘で腹を穿たれた筈の敬介が、リサの右足首をがっちりと掴んでいた。
敬介は大きく息を吸い込んで、人生最大の、そして恐らくは最後になるであろう絶叫を上げた。
「みんな、逃げろおおおおおおおおっ!!」
工場内に――いや、それどころか村中にさえ響き渡ったのではないかと思える程の声量。
その叫びは、絶望に打ちひしがれていた佐祐理達の心を揺れ動かす。
「早く……逃げてくれっ! 僕がリサ君を、止めていられる間に……!」
今度の声は、先程より随分と小さかった。
無理もないだろう。口の端から、次々と血の泡が吹き出ているのだから。
しかしそれでも、敬介の言葉は十分に伝わった。
敬介と留美達は面識が無いにも拘らず、心が伝わった。

31深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:32:22 ID:.QizSAos0
「――みんな、行くわよっ!」
留美がそう叫ぶと、弾かれたように珊瑚もゆめみも佐祐理も動き出した。
入り口方面にはリサ達が居るのだから、正面の扉を通って工場の外に出るのは不可能だ。
ならば奥に逃げ込むしかない。
北川の話によれば、奥の方にある階段から屋根裏部屋へと行ける筈。
前回参加者達が使っていた場所なのだから、もしかしたら逆転の切り札か何かがあるかも知れない。
一抹の希望に縋りつくように、留美達は工場の奥に続く扉を目指して駆けた。

「逃がさない!」
それを黙ってリサが見逃す筈も無く、素早く後を追おうとする。
敬介の手を振り解くべく、思いきり右足に力を込める。
死に損ないによる拘束如き、一秒と掛かからずに外せるだろうという確信を持って。
しかし一秒後には、確信が驚愕へと変貌していた。
「外れ……ない……?」
足は腕の三倍の筋力があるという。ましてや雌狐の脚力は、常人と比べ物にならぬ程強いだろう。
それなのに、敬介の手を振り解くことが出来なかった。
何度足を引き抜こうとしても、がっちりと固定されたままで、状態は一向に変わらない。
まるで物理的なものだけでなく、目に見えぬ何かで掴まれているような、そんな感覚。
だがリサはすぐに思考を切り替えて、別の手段で脱出する事にした。
「外れないなら――壊してしまえばいい」
そう、頭を砕いてしまえば確実に敬介の手は外れるだろう。
わざわざ力比べを続ける理由など、何処にも存在しないのだ。
リサは眼下の負傷兵を見下ろしながら、トンファーを大きく上方に振り上げた。
だがそこで、リサは初めて気付く。敬介の口元が、笑みの形に歪んでいる事に。

32深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:32:50 ID:.QizSAos0
「何が……可笑しいの?」
「いや、旅の道連れが君みたいな美人なんだから、僕は案外恵まれてるかも知れないと思ってね」
「…………?」
まるで意味が分からず、リサが怪訝な表情となる。
敬介は一度咳き込んで、大きく血を吐いてから、言った。
「知ってるかい? 逆転のカードは、こういう時にこそ使うものだよ」
敬介はそう言って、ポケットから左手を出した。
「僕は観鈴を探さなきゃいけなかった。観鈴と一緒に花火をしたかった。だけど僕はもうここまでみたいだから……」
「それはっ……!」
リサの表情が、見る見るうちに驚愕と焦りの色に染まってゆく。
敬介の左手に握り締められているのは、花火セットの一つである百円ライターだったのだ。
「まさか、貴方――!」
「そのまさかさ。一緒に見ようじゃないか――飛び切り派手な花火を!」
ガソリンの充満した場所でライターを点ければどうなるか――少なくとも、間近にいる人間が助からぬくらいの爆発は起こるだろう。
リサが慌ててトンファーを振り下ろすが、明らかに遅い。
どう考えても、敬介が指を動かしてライターを点火する方が早い。
カチャッ、という音がしてライターのスイッチが、入った。

33予約スレ2:2007/04/25(水) 22:33:30 ID:.QizSAos0
ここまでが第一パートです。
続いて第二パート行きます

34深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:34:49 ID:.QizSAos0
「――危ない所でしたね」
「ええ。本当にね……」
工場内部に二人の女の声がする。
一人は有紀寧、そしてもう一人は――敬介に決死の攻撃を仕掛けられた筈の、リサだった。
リサは背中を冷や汗でびっしょりと濡らしながら、後頭部を砕かれた敬介の死体を眺め下ろしていた。
あの時、間違いなく自分は死にゆく運命にあった。
その運命を捻じ曲げたのは、ライターの側面に見える、小さな罅だろう。
その罅が自分達との戦いの時に生成されたものか、それより以前からのものかは分からないが――ともかくそれが原因で、ライターより燃料が漏れ出たのだろう。
敬介のライターには十分な燃料が無く、火を巻き起こす事が出来なかった。
結果として、ライターのスイッチを入れても何も起こらず、唸りを上げるトンファーが敬介の頭部を破壊したのだ。


リサが頬に付着した汗を拭い取り、ゆっくりと口を開いた。
「有紀寧。貴方は岡崎を連れて、佐祐理達を殺してきなさい」
それを聞いた有紀寧は、訝しむような表情となった。
相手は怪我人だらけな上に、工場内の戦いなら電動釘打ち機を持つ自分が相当有利なのだから、追撃する事自体に文句は無い。
しかしリサの口ぶりに少し違和感を覚え、有紀寧は問い掛けた。
「……それは構いませんが、リサさんはどうなさるおつもりで?」
「私は此処に残るわ――彼と決着をつけなければならないようだから」
リサが首を回した先、工場の正面入り口。有紀寧はその空間を眺め見る。
「……成る程、そういう事ですか」
そこには、白いカッターシャツで長身の体躯を包み、眼鏡の下には紅蓮の炎を宿した眼を持つ男。
『鬼の力』を持つ、正真正銘の人外――柳川祐也が立っていた。

35深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:35:24 ID:.QizSAos0
「――岡崎さん、行きますよ。私達は逃げた人達の方を追い掛けましょう」
素早く朋也に命令を下すと、有紀寧は留美達が走り去った方向へ駆け出した。
柳川の姿を確認した有紀寧の心に湧き上がったのは、恐怖や焦りなどではなく、声を張り上げたくなる程の喜びだった。
有紀寧が策を弄するまでも無く、柳川とリサの対決は実現した。
自分と朋也が死に損ないの始末をしてる間に、怪物共は二人で勝手に潰し合ってくれる。
どちらが生き残るにせよ、勝った方もとても無事では済まない筈。
おまけに電動釘打ち機とガソリンにより、自分だけが飛び道具を使用出来るという圧倒的な優位性まである。
怪物狩りにはこれ以上ないくらいの、好条件だった。
自分はまず死に損ないの一般人達を悠々と始末し、それから駆けつけてくる手負いの獣を狩れば良いのだ。

有紀寧は走りながらも、口元に浮かぶ笑みを押さえ切れなかった。

   *     *     *    *     *     *

有紀寧が走り去った後の作業場で、柳川とリサは正面から向かい合っていた。
「貴様――倉田達を襲っていたのか」
「ええ、そうよ。たっぷりと痛め付けておいたから、もう少しすれば有紀寧達に追いつかれて、殺されてしまうでしょうね」
リサが無表情で告げると、柳川は鞘より日本刀を抜き出した。
「そうか。ならば早く貴様を殺して、助けに行かねばならんな」
「それは無理ね。貴方も此処で死ぬのよ、柳川」
お互いに、負けるなどとは微塵も思っていないような口振りを見せる。
「ふん……この臭い、ガソリンだろう。銃器の使えぬこの場所でなら、前のようにはいかんぞ」
柳川からすれば、不慣れな機関銃での戦いを避けられるこの場所は、最高の戦場だった。
「それはどうかしらね? 案外前より酷い結果になるかも知れないわよ」
リサからすれば、たとえ異能の力を持っていようとも、戦闘のプロで無い人間などいくらでも倒しようがある。

36深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:36:14 ID:.QizSAos0
柳川が、怒りを押し殺した声で言った。
「殺す前に聞いておこう。貴様――何故、ゲームに乗った? 同じ志を抱いていた筈の貴様が、一体何故……!」
「――何故、ですって?」
リサは一瞬どうするか迷ったが――素直に本当の理由を話す事にした。
理論や理屈による判断ではない。この男相手には、話さなければならない気がしたのだ。
「簡単な事。ここで主催者を敵に回しても犬死するだけ……。私は優勝して、褒美で仲間を蘇らせなければいけないのよ」
「褒美、だと……? 下らん。まさか貴様があのような虚言に騙されるとは思わなかったぞ」
「下らない、ね。貴方にとってはそうかも知れない。だけど私にとって、宗一や栞、それに栞の大切な人達を生き返らせるのはとても大切な事だわ。
 それに今反旗を翻した所で勝算はゼロよ。だったら、褒美の話がブラフで無い可能性に賭けた方が良い。
 褒美が本当なら宗一やエディを生き返らせる事が出来る。そうすれば主催者だって、十分倒せるもの」
今は亡き那須宗一とエディ。
彼らは間違いなく世界最高のコンビであり、数々の不可能を可能にしてきた猛者中の猛者。
そしてリサと非常に親しい間柄にあるアメリカ大統領、アレキサンダー=D=グロリア。
彼らの力を借りれば、主催者がどれ程強大な存在だったとしても十二分に対抗出来る筈。
そう、十分な勝算を以って、主催者に決戦を挑める筈。
だからこそ、リサにとっては優勝する事こそが最優先事項なのだ。
勿論優勝したって殺されてしまう可能性はあるし、無事に帰らせてもらえる保障など何処にも存在しないだろう。
それでも今主催者に決戦を挑むより、優勝を目指した方が勝算は遥かに高くなる。
宗一の、栞の、命を背負っている自分は、絶対に勝ち残って目的を成し遂げねばならないのだ。

37深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:36:57 ID:.QizSAos0
「……それが理由か。その為に貴様は、罪の無い人間をその手にかけるというのだな」
「そうよ。だけどそんなの今に始まった事じゃない……私は昔からずっと人を殺し続けてきたわ。任務の為に、正義の為に、目的の為に、何人も何人も。
 私の前に立った人間は容赦無く屠ってきた……その中にはきっと罪の無い人間も少しは混じっていたでしょうね」
柳川は黙したまま、複雑な表情でリサを眺め見る。
鬼に操られての事とはいえ、人を殺し続けてきたのは柳川も同じだった。
「だって仕方ないでしょう? そうしないともっと多くの人が、苦しむ事になったんだから。今回だってそうよ。
 このゲームの主催者を放っておけば、いずれもっと多くの人間が犠牲になる。ここは泥を被ってでも生き延びて、体勢を整えてから反撃するべきよ」

――それがリサの選んだ道、そしてこれまで歩んできた彼女の人生そのものだった。
悪を滅して、罪の無い人々を救う。己の心を凍らせてでも、巨大な悪への復讐を果たす。
その為に何か代償が必要ならば、支払うだけだ。たとえその結果、自分の手を汚す事になっても。
篁の悪事に加担した事だってある。雌狐は、今更躊躇いなどしない。

しかし、柳川はリサの言葉を認める気にはならなかった。
眉を鋭く吊り上げ、強い怒りを籠めて言葉を紡ぐ。
「……貴様は間違っている。正義を語るのならば、この島にいる人間も救ってみせろ。
 多勢の為に少数を見捨てるというのなら、貴様は正義などでは無い……ただのエゴイストだ」
柳川の言葉を受け、元より氷の仮面を纏っていたリサの顔が、より一層凍りついた。
「愚かな人ね。実現しようが無い夢を追いかけるのは、子供だけ。そう、私がエゴイストなら、貴方はただの子供よ。
 もう御託は要らないし、時間も勿体無いわ――決着をつけましょう」
言い終わるとリサは、一対のトンファーを構えた。
リサの瞳が、獲物を射抜くソレへと変貌してゆく。
応じて、柳川も日本刀を構えた。
息苦しいまでの圧迫感が、周囲の空気を支配する。
二人の間を灼けつくような、或いは凍りつくような、人智を超えた殺気が飛び交ってゆく。

38深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:37:37 ID:.QizSAos0
直後、辺りに旋風が吹き荒れた。
同時に踏み込んだ二人の距離が、一瞬にして無になる。
まずは柳川の攻撃が嵐の如き勢いで繰り出されたが、それは一対のトンファーによって悉く弾き飛ばされる。
続いて放たれたリサの連撃に、柳川は戦いの最中にも拘らず見惚れそうになってしまった。
一発、二発、三発、四発――次々と迫る烈風に、柳川は守勢を強いられる。
リサの流れるような華麗な動きから放たれる攻撃には、全くと言って良い程無駄が無い。
リサの膂力は、通常の成人男性を遥かに上回ってはいるが、柳川と比べれば女のソレに過ぎぬ。
しかし速い――余りにも速過ぎる。
その動きは人間の常識を超えており、制限付きとは言え鬼の力を有している柳川すらも凌駕していた。
更に悪い事には、得物の差だ。
幾らでも他の武器を得る機会はあっただろうに、何故わざわざリサが、殺傷力に劣るトンファーを選んだのか。
その理由を柳川は、自身の身を以って思い知らされていた。
刀の方がリーチと殺傷力には優れるが、トンファーは小回りが効く上に一対の武器である。
故に柳川が一の攻撃を放つ間に、リサは悠々と二発の攻撃を繰り出せる。
他の武器を用いる必要など無い――こと近接戦に限っては、この武器こそがリサのスピードを最大限に活かせるのだ。

39深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:38:11 ID:.QizSAos0
常に先手を取られる形となり、柳川は一発一発の攻撃を十分な予備動作を伴って放つ事が出来ない。
閃光のようなリサの連撃に対抗しようとすると、攻撃は全ては半端なものとなってしまう。
衝突を重ねる度に受けきれなかったトンファーが迫り、身を捻って躱そうとしても、避けきれない。
「くぁ……!」
一発、二発と柳川の身体に硬いトンファーが打ち込まれる。
内臓にまで響く衝撃に、柳川は呻き声を上げた。
急所は避け衝撃もある程度は逃している為、それは致命傷と成り得ないが、軽視出来るような甘い代物ではない。
雪崩のようなリサの連撃は確実に柳川の身体を傷付け、その機能を低下させてゆく。
「……まだだ!」
柳川は痛みを堪えて、大きく日本刀を振り上げた。
両の腕にこれ以上無いくらい力を込めて、速さを放棄し一撃の重さに賭ける。
例えその動作中に攻撃を受けようとも、敵の命を絶てさえすれば良い。
衝撃波を巻き起こし、空気を切り裂きながら、リサの肩口へと迫る日本刀。
それは刀の強度を度外視すれば、岩をも砕きかねない剣戟だった。
しかし――
柳川の手に、十分な反動が伝わってこない。
「ば……馬鹿なっ……」
渾身の一撃を簡単に、受けられた――否、受け流された。
リサはトンファーを斜めに構えて、刀の軌道を変える事により衝撃を逃していたのだ。

40深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:38:56 ID:.QizSAos0
至近距離で顔を突き合わせながら、リサが余裕の笑みを浮かべる。
それとは正反対に、柳川の顔は焦りの色に染まっていた。
「白兵戦なら勝てるとでも思ったの? お生憎様、私はありとあらゆる状況に対応出来なければ生きていけない世界の人間なのよ」
「チッ……」
単純な身体能力だけ見れば、柳川に分があるかも知れない。
しかし戦いは、一方的にリサが押していた。
片や平和な島国の一刑事。
片や世界最強の軍隊を誇る米国において、なお頂点に君臨する最強の雌狐。
無駄が多い柳川の攻撃に対して、リサの攻撃は最小限の動作で正確に急所目掛けて放たれる。
生まれ持った物だけでは埋めきれない技術差が、二人の間には存在していた。
リサが両の手に堅持したトンファーを、同時に振り回す。狙いは柳川の右脇腹と左肩だった。
一本しか無い刀で、二条の閃光を全て防ぎ切るのは困難を極める。
柳川は刀を斜め上に薙ぎ払い、続いて身体を斜め後ろへと逸らす。
「――――っ……」
上から迫る一撃は食い止めたものの、脇腹への攻撃は避け切れない。身を捻って、衝撃を緩和する程度が限界だ。
痺れるような激痛、体の内側が破壊される感覚。柳川が苦悶に顔を歪める。
動きが鈍ったその隙を、リサが見逃すなどあり得ない。
ここで必要なのは大振りよりも、確実な攻撃――速さのみに重点を置き、トンファーを奔らせる。
連続して旋風が巻き起こり、その内の一つがまたも柳川の腹を掠めた。

41深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:39:30 ID:.QizSAos0
「があっ……!」
度重なる衝撃に堪りかねた柳川が、跳ねるように後退する。
その最中、思った。
(駄目だ――正面勝負ではこの女に勝てない!)
激しい斬り結びを経て、柳川はその事実を認めざるを得なくなっていた。
スピード勝負では、はっきり言ってお話にならない。自分の動作はリサに比べて、無駄が多過ぎるのだ。
パワー勝負も試みたが駄目だった。恐らく何度やっても、さっきと同じように受け流されてしまうだけだろう。
ならばもう、小細工を弄すしかない。
そして幸いにも、その為の策は既に準備してある。
自分が唯一リサに勝っているのは、鬼の力による膂力だ。
先程までは両腕で日本刀を握り締めていたが、右腕だけで持ったとしても力負けはしない筈。
ならば――柳川は左手をぱっと離し、残る右手だけでしっかりと日本刀を握り締めた。
それを見て取ったリサが、訝しげな表情となる。
「それは何のつもり? 両腕を使っても勝てない癖に、その上手加減をしてくれるのかしら?」
「ふん、ほざいてろ。非力な貴様如き、片腕でもお釣りが来るというものだ」
「そう。それじゃ、その自信の所以を見せてもらいましょうか」
「――良いだろう!」
柳川が上体を折り畳むようにして体勢を低く保ち、そのまま猛然と前方へ駆ける。
疾風と化した柳川は一瞬のうちに間合いを詰め、リサの足元まで潜り込んでいた。
「シッ!」
密着に近い状態から、頭上に見えるリサの首へと狙いを定め、斜め上方の軌道で日本刀を振るう。
当然そのまま切り裂かれるのをリサが許容する筈も無く、柳川の攻撃はトンファーによって遮られた。
超近距離戦でならば、小回りの効くトンファーの方が圧倒的に有利に決まっている。
それを思い知らせるべく、リサは刀の動きをトンファーで封じ込めたまま、もう片方のトンファーを柳川の顔面へと振り下ろす。
だが柳川は顔をリサの方へと向け――笑った。

42深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:40:15 ID:.QizSAos0
「――かかったな」
日本刀を右腕だけで振るうという事は、左腕は自由に使える状態であるという事。
柳川は自由になった左腕の前腕部を盾にして、迫るトンファーを受け止めていた。
敵の攻撃が振り切られる前に止めたのである程度威力は抑えられたが、それでも生身で防ぐのは無理がある。
「…………っ!」
激痛が頭脳に伝達されるが、しかし気になどしていられない。
何しろ勝利の好機は、今を置いて他には無いのだから。
柳川は左手に握り締めた青矢――先の突撃の際に取り出しておいた物を、リサの両目を割く軌道で横薙ぎに振るう。
「――くぅぅっ!」
リサが超人的な反応で上体を逸らし、辛うじて視界を潰される危険より逃れる。
だがその刹那、柳川は握り込んだ手をぱっと開いた。
縛めを失った青矢は勢いに任せて宙を突き進み、リサの頬を軽く切り裂く。
(――勝った!)
柳川は勝利を確信していた。
リサに与えた傷は、本来ならば戦闘に影響など無いものだっただろう。
だが青矢には麻酔薬が塗ってあり、しかも佐祐理の話によれば相当強力な即効性の筈。
程無くしてリサは倒れるか、或いは大きく動きが鈍るに違いない。
自分は佐祐理達の後を追わなければならないのだから、決着は早いに越した事は無い。
柳川は決戦に終止符を打つ一撃を叩き込むべく、日本刀を全身全霊の力で振り下ろした。

43深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:40:52 ID:.QizSAos0
「何だと!?」
そこで柳川の胸を、驚愕をよぎった。
柳川の剛剣が目標に達する寸前で、リサが横方向に軽やかなステップを踏んだのだ。
リサは迫る一撃からあっさりと身を躱すと、そのまま腰を大きく捻らせて鋭い回転蹴りを放ってきた。
柳川は慌てて後ろへ跳ねようとしたが、間に合わない。
半ば弾き飛ばされる形で後退し、苦しげな表情で蹴られた腹部を押さえた。
(……どういう事だ? 俺はあの女の身体に、間違いなく青矢を掠らせた筈だ)
どうして敵が何事も無かったかのように反撃に移れたのか、まるで理解出来なかった。
その疑問を見透かしたかのように、リサが口元を吊り上げる。
それから腰に手を当てて、余裕の表情で口を開いた。
「その矢は確か、麻酔薬が塗ってるのよね? でも悪いけど私にそういった類の薬は一切効かないわ。
 職業柄――そういう身体なのよ、私」
それで柳川は全てを理解した。この女の素性は知らないが、軍の関係者なのは間違いない。
そして、そういった裏の世界で生きる人間ならば、薬への耐性をつける訓練ないしは実験をしていても可笑しくは無いのだ。

「クッ……!」
柳川は一旦仕切り直すべく、大きく後ろへ飛んだ。
身体の節々に走る痛み、乱れる呼吸。
左腕は一度攻撃を受けたものの、まだ動く。骨に罅が入っているかも知れないが、まだ動く。
しかし先程の不意を突く回し蹴りは不味かった――恐らく、腹部の骨が一本、折れている。
救いは日本刀がよほど出来が良い品なのか、未だに罅一つ入っていない事だけだった。
「グ……ハァ……ハァ…………」
外部だけでなく、内臓にもダメージを受けている所為で、時折喉の奥から血が溢れそうになる。
「苦しそうね。眼は闘志を失っていないようだけど、身体の方はそろそろ限界かしら?」
悠々と話すリサの身体は、戦いが始まる前の姿と見比べてもなんら遜色は無い。
手にしたトンファーも表面こそ木製である為にボロボロとなっているが、中に仕込まれた頑強な鉄芯は健在だった。
「貴様、本当に人間か……!」
「ええ、生物学的にはその筈よ。けれどね、とっくの昔に私は人間なんて捨ててるわ。
 ある時は狡猾な雌狐として、ある時は獰猛な兵士として目的を果たす、ただの兵器よ」
リサは冷たい声でそう言うと、地面を大きく蹴った。
金色の髪が翻り、影が柳川の下へ迫り来る。

44深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:41:48 ID:.QizSAos0
「チィ――ッ!」
柳川が苦し紛れに日本刀を何度も振るう。
リサはそれを難なく掻い潜って、柳川の眼前まで肉薄した。
超至近距離で柳川の目を睨みつけながら、鬼気迫る形相で口を開く。
「これが貴方の実力よ。私一人に勝てない男が主催者を倒すなんて、妄言もいい加減にしなさい!」
叫びと同時に、トンファーが振り下ろされる。
それはこれまでとは違い、疾さを感じさせぬ強引な一撃だった。
しかし、重い――どうにか受け止めはしたが、刃伝いに凄まじい衝撃が伝わる。
「理想を追い続けた所で、何にもならない……貴方は偽善者に過ぎない! 理想を追った所為で悪を倒せなければ、誰も救えないじゃない!」
リサが再び、大きくトンファーを振り上げた。
己の中に蓄積した鬱憤を込めて、何度も何度もそれを叩きつける。
柳川の刀を持つ腕がガクガクと震える。
次第に痺れるような感覚が両腕を襲い始める。
「貴方は冷徹なフリをしてるけど、本当はとても甘くて弱い人! 足手纏いに過ぎない佐祐理をいつまでも連れていたのが、その証拠よ!
 でも私は違う。何を犠牲にしてでも、絶対に悪を滅す……それが私の生き方なのよ!」
爆撃のようにすら感じられるリサの攻撃。
リサの攻撃が柳川の体と精神を、次々と蝕んでゆく。
身体の節々から伝わる激痛が、歪む視界が、限界を報せる。
「主催者打倒の為に人を殺さなければいけないなら! 私は敢えてその道を突き進む! それこそが真の正義!」
間断無く豪快な金属音が工場内に響き渡り続ける。
柳川の膝が、ガクガクと力無く揺れる。繰り返し打ち込まれる、強固な意志。
宗一を死なせてしまったという後悔と、ゲームの勝利を栞に託されたという責任感が、リサに後戻りを許さない。

45深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:42:25 ID:.QizSAos0
「ヤッ――!」
リサが大きく叫んで踏み込んだ。これまで見せた中でも一番の、異常なまでの速度。
その手に握り締められた、二つの凶器。
殆ど同時のタイミングで、天より二つの流星が落とされる。
柳川はそれを受け止めようとして――
「――――ッ!?」
上段への攻撃はフェイク。トンファーは柳川の目前で止まっていた。
意識が上に行っていた柳川の鳩尾に、渾身の蹴りが突き刺さる。
数々の屈強な軍人を沈めて来た、高速ワンツーから蹴撃に繋げるコンビネーション、それを応用した必殺の一撃だった。
警戒し受身を取っている状態で攻撃を受けるのと、全くの無防備で受けるのではまるでダメージが違う。
「が――はっ……!」
柳川の身体が放物線を描き、後方に勢いよく弾き飛ばされる。そのまま彼は、背中から地面に叩きつけられた。
倒れこんだまま咳き込んだ柳川の息には、赤い鮮血が混じっていた。

「終わりね……でも安心なさい。主催者はいずれ、私が倒してみせるわ」
リサはすぐに追撃を仕掛けようとはせず、祈るように軽く目を閉じた。
これで勝敗は決したと、そう思ったから。
もう相手は起き上がれないだろう――後は落ち着いてトドメを刺すだけだ。
それ程改心の手ごたえであり、絶対の自信があった。

     *     *     *

46深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:43:05 ID:.QizSAos0
意識が薄れてゆく。もう体が、言う事を聞かない。
俺は……負けたのか。まさかこの世に、鬼の一族を凌駕する者がいるとは思わなかった。
リサ=ヴィクセンは、信じ難い強さだ。
口惜しいが、制限されている鬼の力ではとても敵わない。
それに、リサの言い分の方が正しいかも知れない。
たとえこの島で正義を振りかざして戦い続けた所で、最後には主催者との対決が待っている。
あのリサですら、対決を避けた程の相手。
リサを、俺を、柏木家の人間を、一夜にして拉致してみせた怪物。
想像を絶する程の存在が、このゲームの裏には隠されているのだろう。
そんな存在を相手にして、一体どれだけの勝ち目があると言うのだろうか。
……少なくとも、主催者打倒を掲げておきながら、人の感情を捨て切れていない俺では勝てぬだろう。
そうだ、ここで勝ったとしても、俺を待つのは死のみなのだ。
しかしリサならきっと、何時の日か主催者に手痛い反撃を食らわせてくれる気がする。
なら、もう良いんじゃないか……。
俺の目標を、”主催者を倒す”という事を、自分より上手くやってくれる人間がここにいるのだ。
この状況で立ち上がる意味が、どれ程あるというのだろう。
もう、俺は――

47深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:43:48 ID:.QizSAos0
だが、そこで俺の脳裏に映像が次々と浮かんだ。

――彼女は戦っていた。唯の女子高生に過ぎぬ身で、鬼の血を引く柏木梓から俺を庇っていた。
無謀にも思えるその行為のおかげで、俺は救われた。

――彼女は泣いていた。二度と動かぬ親友の亡骸を抱えて、まるでこの世の終わりが来たかのように泣いていた。
俺は助けられなかった。彼女の親友を守ってやれなかった。

――彼女は笑っていた。俺などより遥かに重い悲しみを抱えている筈なのに、それでも笑い続けようとしていた。
それは優しい、しかしとても悲しい笑顔だった。何時の日か、彼女が本当の意味で笑えるようにしてやりたい。

彼女は言った。『これからも、ずっと……よろしくお願いしますね』と。
それは何よりも優先しなければならない約束だ。主催者の打倒よりも、大事な約束だ。
そうだ――人の感情を捨てる必要など無い。
リサがこれまでどんな道を歩んできていたとしても、最終的には主催者を打倒するつもりであろうとも、関係無い。
リサに目的があるように、俺にだって絶対に譲れない目的がある。

刑事の役目?主催者の打倒?最早そのような物はどうでも良い。
俺は貴之を守れなかった。楓を守れなかった。
だが今度こそ、何としてでも倉田だけは守り抜いてみせる。
倉田を元の世界へ帰して、彼女の幸せを取り戻してみせる。
それを成し遂げるにはこの女に……リサ=ヴィクセンに、勝たねばならない。
あの柏木耕一すらも上回る強さの、怪物に。
しかし俺は、圧倒的な力量差で戦い抜いた人間を知っている筈だ。

48深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:44:23 ID:.QizSAos0
川澄舞――彼女はあの耕一を相手に相当の時間を稼いだ。
そして傷付いた体で尚戦い続け、柏木千鶴から倉田を守り抜いてくれた。
人の想いは時として、信じられぬ程の力を生み出すのだ。
制限されている鬼の力だけではリサに及ばぬのなら、後は人間としての想いの力で補うまでだ。
今なら出来る筈だ……俺も川澄と同様、もう倉田を守る事しか考えていないのだから。
俺の心は鬼の物では無いのだから。

そうだ――俺は人間、柳川祐也だ!

     *     *     *

「――――ッ!?」
リサが唖然とした表情になる――有り得ない事態が起こっていた。
「グ……ハァ、ハァ……」
必殺の一撃を受けた筈の柳川が、起き上がろうとしていた。
彼は日本刀を地面に突き立て、それを杖のように用いている。
そうしなければ起き上がれぬ程、深いダメージを受けているのだ。
それでも、今にも飛びそうな意識を強引に押し留め、柳川は立ち上がった。
かつて川澄舞が使っていた日本刀を、しっかりと握り締めて。
「ど……どうして起き上がれるの……?」
リサが呆然としたまま呟く。だが、その質問に答えは返ってこない。
「アアアアアアアアアッ!!」
正しく猛獣の咆哮を上げて、柳川が駆けた。一瞬で間合いを詰めて、斬撃を放つ。

49深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:44:57 ID:.QizSAos0
「――なっ!?」
リサは信じられない思いだった。
柳川の肉体は満身創痍、最早立っているだけで精一杯の筈。
その身体から繰り出される攻撃。それは間違いなく、脆弱なものとなるに決まっているだろう。
しかし、かつてない気迫で打ち込まれたその斬撃は、異常なまでの重さだったのだ。
「ありえ、ない!」
驚きは連続する。再度迫る刀の速度は予測を大幅に上回るものだった。
咄嗟の判断で、リサは両手に握ったトンファーを用いて刀の軌道を遮った。
「…………!!」
体を支える両足が悲鳴を上げる。防御の上からでもなお、柳川の攻撃はリサにとって十分なダメージとなっていた。
「――調子に乗らないで!」
リサはすっと腰を落とすと、肩口を突き出した形で猛牛の如き当身を繰り出した。
体格では遥かに勝っているにも拘らず、当身を受けた柳川がよろよろと後退する。
それを見たリサは、敵は確実に死に体であり、先の攻撃は燃え尽きる前の蝋燭のようなものだと判断した。
ならばこれ以上、無駄な足掻きを許す必要など無い。
次の一手で全てを終わらせる。
リサの両手に握られたトンファーが、目にも止まらぬ速度で、眼前の敵を排除しようとする。
続いて何度も激しい金属音がした。
「そんなっ!?」
リサの口から零れ出たのは、勝利の雄叫びでは無かった。
勝負を決める筈だった連撃は、一つ残さず叩き落されてしまったのだ。

50深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:45:39 ID:.QizSAos0
「オオオオオオオッッ!!」
柳川が喉の奥底から、凄まじい戦叫を上げる。
その間にも引き千切れそうな腕で、爆撃の如き斬撃を幾度と無く繰り出す。
戦槌によるものかと聞き間違えんばかりの炸裂音が、何度も何度も工場の中に響き渡る。
意識は朦朧としている――もう、技術も何も無い。より速く、より強く、刀を振るっているだけだ。
度重なる衝撃で損傷した肺が酷く痛み、限界を報せる。
気を抜けば一瞬で意識が飛ぶだろう。
壊れかけたテレビのように、視界が時折白で覆い尽くされそうになる。
理屈や復讐心などでは、この満身創痍の体を支える事など出来ぬ。
身を任せるのは鬼の本能、心の奥底より沸き上がる破壊衝動を躊躇いも無く吐き出してゆく。
この肉体は鬼の血を引いてる以上、それは当然の事だ。
しかしいかに鬼の力が強力であろうとも、それだけでは耐えれない。
自分は別の――もっと大事な物を支えとして、この身を動かし続けている。
狩猟者としての誇りも、主催者への復讐心も、既に心の中では大した比重を占めていない。
この身に秘められているのは鬼の力だが、それを根底で支えてるのはただ一つの想い。
――何よりも強き想いを胸の内に秘めて、柳川は刀を振るい続けた。

「Shit!」
リサが舌打ちしながら刀を受け止めた。
度重なる猛攻を受け、リサもとうとう息を切らしていた。
対する柳川の攻撃は、ここに来て更に勢いを増している。
「――――フッ!」
リサは頭上で刀を受けながら、素早くローキックを放った。
それは間違いなく柳川の脛のあたりを捉えていた。
威力よりも疾さを重視した一撃とはいえ、完全に不意を突いたのだ。
あわよくば転倒、最低でも動きは大きく鈍るに違いない。
しかしリサのそんな思惑とはまったく別の方向へ、事態は移り変わる。

51深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:46:33 ID:.QizSAos0
「……効いてない!?」
狼狽するリサをよそに、柳川は機械か或いは手負いの猛獣のように、攻め手を全く緩めない。
断裂寸前の筋肉、呼吸の度に激痛を訴える肺、しかし瞳の奥底に宿る獄炎だけは決して衰えない。
「ウオオオッ!」
咆哮と共に、柳川の剛刃が振り下ろされる。続いて鳴り響く、爆音。
受け止めたリサの両腕に鋭い痛みが奔り、自身の状態を思い知らされる。
(駄目……このままじゃ持たない!)
リサの体もまた、限界が近付いていた。
柳川の怪力を受け止め続けた両腕の筋肉が、激痛を伝達する事で休養を訴える。
身体を支えてきた足腰にも、人間離れした動力を提供し続けた心臓にも、酷く負担が掛かっている。
とは言え、敵の方が自分より遥かにダメージは大きい筈。
なのに何故、これ程の動きが出来るのだ――

そこでリサはようやく思い至る――柳川を突き動かしているモノの正体に。
橘敬介は瀕死の状態にも拘らず、自分を上回る膂力を見せた。
那須宗一は、普段でこそ自分とせいぜい互角程度だが、いざという時は桁外れの強さを誇っていた。
彼らに共通しているのは、強い信念に基き、人を守る為に行動していた。
『愛と平和の代理人』とは宗一の言葉だが、彼はその台詞通りの生き様を貫いていた。
そう、コウモリのように揺らいでいる自分などとは違って、頑なに子供のような信念を貫いて生きていた。
今の柳川を支えている力は、彼らと同じ類のものだ。
ならばこの男はどれだけ傷を負おうとも、生半可な攻撃では決して止まらぬだろう。
柳川を仕留め得るには、死に物狂いで放つ渾身、必殺、捨て身の一撃のみ。
ならば――リサは痛んだ両足の筋肉を総動員して、全力で後方へ跳躍した。
そのままステップを踏むように、華麗な動きで後退してゆく。両者の間合いが大きく離れる。
それからリサは、尋ねた。たった一つの疑問を解消する為に。

52深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:47:24 ID:.QizSAos0
「最後に一つ、答えて。貴方は何故、私と戦うの? ここで勝ったとしても最後には主催者に殺されるだけなのに、どうしてそんなに強い意志を貫き続けれるの?」
するとそれまで猛獣の――いや、それすら遥かに上回る殺気を放っていた柳川の目が、唐突に人間のものへと戻った。
「……俺の中では、もう主催者の打倒など二の次というだけだ。貴様の言うとおり、俺は甘くて弱い『人間』だからな」
そこで柳川は目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、一人の少女の笑顔。
親友を二人共失い、それでもなお笑顔を失わずに自分を支えてくれた少女――倉田佐祐理。
「理屈や計算などどうでもいい。俺はただ倉田を守りたいだけだ。俺はたとえ心臓が止まろうとも、魂だけで戦い続けて倉田を守ってみせる。
 その為に主催者を倒す必要があるなら、躊躇わずその道を突き進む。たとえそれが不可能な目標だったとしても、俺は迷わない」
佐祐理を守りたい――柳川の心を占める思いは、ただそれだけ。
辛い思いをし続けてきた彼女を幸せにしてあげたい。
主催者の打倒も、ゲームに乗った人間の殲滅も、それ自体は既に二次的な目的となっている。
この島から佐祐理を生きて帰す為に必要だから、行うだけだ。
自分には佐祐理を守るという選択肢以外有り得ないのだから、主催者に勝てるかどうかなど関係無い。
そこには小難しい理屈も計算も、復讐心すらも存在しない。
「OK……貴方の決意、よく分かったわ」
リサは静かに頷きトンファーを構えた後、重く纏わりつく殺気を放出した。
「それでも私は次の攻撃で貴方を倒し、自分の目的を成し遂げてみせる。それが多くの人を殺めてきた私の義務よ」
応じて柳川もまた、日本刀を深く構えた。
「そうか。だが次の攻撃で最期を迎えるのは、貴様の方だ」

53深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:48:20 ID:.QizSAos0
これが正真正銘、最後の勝負。
両者共に防御を捨てた以上、どちらかの渾身の一撃が必ず決まる。
(さて……奴はどう出る?)
柳川は考えた。
リサの攻撃――特に、あの上段攻撃からの蹴撃を両方防ぐ事はまず不可能。ならば、攻めるしかない。
リサが先と同じように上段フェイントからの蹴撃で来るならば、トンファーを無視して刀を横薙ぎに振るえば良い。
さすればリサの蹴撃が放たれる前に、こちらの刃が相手を切り裂くだろう。
だが、あのリサが全く同じパターンで来るとは考えがたい。
上段攻撃がフェイントではなく、本命の可能性もある。
どうする――?
そこでリサが地を蹴って、文字通り神風と化して疾駆してきた。
それを見た柳川は鞘に刀を収め、いわゆる居合い抜きの体勢を堅持したまま前方に弾け飛んだ。
工場内の空気がビリビリと揺れる。二つの暴風が激しく接触する。

54深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:49:03 ID:.QizSAos0
「ヤナガワァァァァッッ!!」
「リィィィサァァァァッッ!!」
頭上から振り下ろされるトンファーが、唸りを上げて柳川に迫る。
フェイントでもなければ、速さを重視したものでもない、恐ろしい殺傷力を伴った文字通り必殺の一撃。

――リサの狙いは単純にして明快、全ての攻撃を必殺の気合で放つ。
もう防御は考えない――この衝突に全力を注いで、骨が切られようとも敵の命を絶ってみせる。
全力で攻撃を放てば隙が生まれ、次への行動が遅れるのは自明の理。
しかしそんなもの、超越してみせる。
柳川も限界を越えて、今自分と対峙しているのだ。
ならば自分も肉体の可動限界を越えて、その隙を縮めてみせよう。
相手がトンファーを受け止めなければ、そのまま頭蓋骨を粉々に砕く。
受け止めたのならすぐさま渾身の襲撃を見舞い、間髪入れずにトドメも刺す。

――対する柳川の攻撃は、鞘から鋭く抜き放つ居合い抜き。
ここで決めなければ、長期戦になるのは避けられぬだろう。
既にボロボロになってしまった今の身体で長期戦は、余りにも不利過ぎる。
廃車寸前の車と相違無いこの身体では、いつ限界が来ても可笑しくは無いのだ。
ならばこの瞬間、この一撃に、己の命、信念、全てを注ぎ込むしかない。
居合い抜きは放った直後の隙こそ大きいが、速度や威力という点では申し分無い。
勝負を賭ける攻撃には最適と言えるだろう。

55深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:50:00 ID:.QizSAos0
そして――終局。
衝突は一瞬、ほんの一秒にも満たぬ時間で決着を迎えた。
柳川の振るった渾身の一撃は、リサ本体では無く、一対のトンファーを狙ってのものだった。
彗星と化した刀と、疾風を纏うトンファーが正面衝突し、激しく爆ぜ合う。
リサにとっては、トンファーを全力で握り締めていた事が完全に逆効果となった。
単純な膂力の勝負となってしまえば、結果は一つしか有り得ない。
得物から伝わる膨大な衝撃をモロに受けて、リサの上体が大きく後ろに流される。
そこに柳川が踏み込んで、一直線に刃を突き出した。
それはあくまで先の居合い抜きのおまけに過ぎぬ、速度も迫力も伴わぬ一撃だった。
しかしその一撃はリサの腹を、深く刺し貫いていた。


それまでの戦場のような狂騒が嘘かのように、辺りが静寂に包まれる。
「……Nice Fight」
ガソリンの臭いが充満する薄暗い工場の中で、リサが静かに言った。
その直後、夥しい量の血がリサの口より吐き出される。
柳川がゆっくりと刀を引き抜くと、支えを失ったリサの身体が、ドサリという音と共に地面へ崩れ落ちた。
直後、眩暈を感じて柳川の身体が力無く左右に揺れる。
「く……ぐうっ……」
戦いに集中していた為に多少は目を逸らせていた痛みが、負債の如く一気に襲い掛かってくる。
異常に上昇した体温を発散させるべく、額や背中は汗でびっしょりと塗れている。

56深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:50:38 ID:.QizSAos0
柳川が口許にこびり付いた血を、乱暴に服の袖で拭っていると、弱々しい声が掛けられた。
「……柳川」
柳川が視線を移すと、無機質なコンクリートの上、自らの身体より漏れた血の中に、リサは仰向けに倒れていた。
「何だ?」
「私の負けね……」
リサはそう呟くと、多分に自嘲の意味が込められた笑みを漏らした。
しかしすぐさま柳川は、本心を包み隠さずに吐露した。
「ああ。だが俺の方が強かったという訳では無い……ただ運が良かっただけだ」
敗者への慰めなどでは無く、心の底からそう思う。
もしこれが銃撃戦ならば、最後の衝突における直感が外れていたならば、間違いなく勝敗は逆だった。
圧倒的な技術の差を、幸運で補っただけなのだ。

だがリサはゆっくりと、本当にゆっくりと、首を振った。
「いいえ……それは違うわ……。少なくとも貴方は……自分に負けなかった……」
「自分に……だと?」
意味が分からず、柳川の表情が怪訝なものへと変わる。
問い返されたリサが、一度血を吐き出した後、喉の奥から声を絞り出す。
「そう。私は……貴方とは違う。私は、殺し合いに乗った時点で……貴方との約束を放棄した時点で……、きっと自分に、負けて……いたのよ」
「…………」
柳川は黙したまま答えない。
それには構わず、リサは言葉の意味を噛み締めるように、ゆっくりと話を続けてゆく。
「虫の良い話だけど……、後は貴方に……任せたわ。あくまで……自分の道を貫くと、言うのなら……、そのまま最後までやり遂げて。
 佐祐理を……守り抜いて、そして主催者を……倒しなさい」
それは、依頼。か細い声だったけれど、とても強い感情が込められた依頼だった。
リサはあくまでも最後まで己の使命を果たすべく、柳川に全てを託そうとしているのだ。
その依頼を、柳川は――
「当然だ」
透明な声で、まるで躊躇う事無く引き受けた。

57深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:52:01 ID:.QizSAos0
柳川は床に落ちている自身のデイパックを拾い上げた後、日本刀の刃先をリサに向けた。
「俺はもう行くが、そのままでは苦しかろう。貴様が望むのなら、楽にしてやるが?」
腹を深く穿たれたリサがもう助からないのは、誰の目にも明白だった。
だからこそ安楽死を提起したのだが、リサはゆっくりと首を振る。
「いいえ、結構よ……。残された僅かの時間で……、色々、考えたいの」
「……そうか」
柳川は短く答えて、踵を返す。自分は急いで佐祐理を助けに行かねばならない。
これ以上この場で費やして良い時間など、一秒たりとも存在しなかった。
けれど――背後からとても寂しい青の瞳が向けられている気がして、最後に一度、口を開いた。
「リサ=ヴィクセン。出来れば貴様とは同志として、共に歩みたかった」
それだけ言うと、柳川はもう足を止めず、かつての仲間が横たわる作業場を後にした。


「ごめん、宗一、栞。私、駄目だったわ……。形振り構わず人を殺したけど、駄目だった……」
リサは独り、自嘲気味に呟いた。
自分は負けたのだ。柳川にも、自分自身にも、負けてしまったのだ。
大切な人を守りたい――たった一つ、そのシンプルな想いさえ貫けば良かったのに。
有紀寧が悪魔の囁きを口にした時、問答無用で斬って捨てていれば栞は守れた。
それなのに、自分は勝手に希望を捨ててしまい、何も守れなかった。
結局自分は柳川や敬介ら、最後まで希望を捨てない人間よりも、遥かに心が弱かったのだ。

「パパ……ママ……」
思えば両親が死んでしまった時から自分はそうだった。
別に復讐などしなくても良かったのだ。
新しい幸せを探す事だって出来た筈なのに。
わざわざ自分から戦いに身を投じ、不幸になる道を選んでしまった。
きっと自分の人生は、間違いだらけだったのだ。

58深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:52:36 ID:.QizSAos0
だがそれでも、これだけは思う。
生まれて来て良かったと。
宗一と、栞と出会えて良かったと。
あの二人と過ごした時間はとても短かったけれど、一生で一番大切な思い出だ。
自分の人生は、殆どが暗いものだったけれど、楽しい時間が無かった訳ではないのだ。
「……スパスィーバ、ソウイチ、シオリ」
たっぷりの後悔と、感謝の気持ちを抱きながら、リサの意識は途絶えた。

     *     *     *

「――ッハァ、ハァ……」
意識が途切れ途切れになりつつあり、視界が時折断線する。
圧倒的な酸素不足と過剰な強度の運動により、今にも心臓が破裂するような感覚に襲われる。
指先は痺れ、手足の筋肉は疲弊し尽し、喉はカラカラに渇いている。
一歩を踏み出す度に身体に響く小さな衝撃が、今は脊髄に直接電撃を流された程にも感じられる。
身体を支える足は頼り無く、油断するとすぐに前のめりに倒れそうになる。
「くら、た……倉田っ…………」
それでも柳川は進み続ける。ただ一つの想いを貫く為に。


【残り31人】

59深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:53:31 ID:.QizSAos0
【時間:2日目23:35】
【場所:G−2平瀬村工場】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
【状態:左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折、内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、有紀寧と主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】


【時間:2日目23:25】
【場所:G−2平瀬村工場】
宮沢有紀寧
【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(46/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
【状態:軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
【目的:まずは佐祐理達を追撃。リサと柳川の生き残った方も殺す。自分の安全を最優先】
岡崎朋也
【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
【状態①:軽度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲。最優先目標は渚を守る事】
【状態②:首輪爆破まであと23:15(本人は47:15後だと思っている)
【目的:有紀寧に同行、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】

60深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:54:27 ID:.QizSAos0

【時間:2日目23:20】
【場所:G−2平瀬村工場】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:軽度の疲労】
 【目的:まずは屋根裏部屋に移動】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し(持てる状態で無くなった為に廃棄)】
 【状態:疲労、胴体に被弾、右肩に数本の罅、左腕右腕共に動かない】
 【目的:まずは屋根裏部屋に移動】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:疲労、右腕打撲、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:まずは屋根裏部屋に移動】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:疲労、腹部打撲、右拳軽傷、ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】
 【目的:まずは屋根裏部屋に移動】
向坂環
 【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
 【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:作業場で気絶中、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労大】
 【目的:不明】


リサ=ヴィクセン
 【所持品:包丁、鉄芯入りウッドトンファー、懐中電灯、支給品一式×2、M4カービン(残弾3、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
 【状態:死亡】
橘敬介
 【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット、燃料切れのライター】
 【状態:死亡】

 【備考1】
  ※イルファの亡骸(左の肘から先が無い)は工場入り口付近に置いてあります。
  ※以下のものは平瀬村工場作業場に置いています
 ・日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、青い矢(麻酔薬)、ほか支給品一式
 【備考2】
工場内は気化ガソリンが充満(濃度は金属の摩擦程度の火花では爆発しないが、火薬の類は使用出来ない程度)
有紀寧の電動釘打ち機は岸田が持っているのとは別タイプ

→799
→812
→813
→815
ルートBー13、Bー16

61再誕:2007/04/27(金) 01:24:38 ID:r4XznFsA0

光。
最初に浮かんだのは、そんな言葉だった。
ぼんやりとした光に包まれたまま、水の上に浮いているような感覚。

「―――私の声が聞こえるかね」

耳を打ったその音を、意味を持った言葉として認識するまでに、しばらくの時間がかかった。
返事をしようとして、口が開かないことに気づく。
口だけではない。不思議なことに、手も、足も、指の一本さえ動かすことができないのだった。
開いているはずの目は薄ぼんやりとした光を届けてくるばかりで、結局のところ私は自分が
今どういう状態なのかもよくわからないでいる。

「私の声が、聞こえるかね」

聞こえている。聞こえてはいるが、それを表わす術がない。
ぼうぼうと反響するようなその声がどこから聞こえてくるのかさえ曖昧だった。
そんな私の無反応をどう捉えたのか、声はしばらくの間、沈黙を保っていた。

「―――」

ほんの少しの間を置いて、世界に音が戻ってくる。
しかし不自由な私の世界に一度に詰め込まれた音は、いくつもの断片に分かれて暴れ回り、
声として認識できない。反響し、次々と消えていく音の乱舞。
僅かに残った音だけが、やがて一つに収束し、最後に意味を持った言葉になった。

「……君が答えるべきは一つ、たった一つだ」

その声は厳かで、些かの揺らぎもなく。

「―――君は、生きたいか?」

私を、審判する。


******

62再誕:2007/04/27(金) 01:25:01 ID:r4XznFsA0

霧島聖は、眼前に横たわる少女をじっと見つめていた。
色を失ったその白皙の頬はぴくりとも動かない。
微かに開かれたその瞳に光はなく、何も映してはいないように見えた。
医師としての見地から言うならば、それは既に手の施しようもなく、ただ生命活動を終えていないというだけの
存在だった。やがて自発呼吸も止まるだろう。
だが聖は、そんな少女に向けて口を開く。

「―――君は、やがて死ぬ」

それは決して独り言めいた声音ではなく、しっかりと少女に語りかけるような、そんな口調だった。

「君の体には既に、生きる力は残されていない。時間の問題だ」

聖の声が途切れると、代わって時計の秒針の刻む音が狭い部屋を支配する。
昨夜から降り続いていた雨の音は、いつしか聞こえなくなっていた。

「……君の前には」

しばらくの沈黙の後、意を決したように聖が口を開いた。

「君の前には、二つの道がある」

雨に打たれながらも少女から失われずにいた温もりを思いながら、聖は続ける。

「一つめは、このまま生を終える道。そして二つめは……人を捨て、存える道だ」

傍らに置かれた小さな鍋を、聖の視線は捉えていた。
すっかり冷めて表面に固まった油の浮いたその鍋の中には、小さく刻まれた肉片がいくつも入っていた。

63再誕:2007/04/27(金) 01:25:18 ID:r4XznFsA0
「私には、君を生かすことができる。
 ……しかし、それによって君は、ヒトと呼べるものではなくなるかもしれない。
 君が得る、力と命……それは君の中のヒトを喰らって大きくなる」

ムティカパ症候群。
その病名は、常におぞましい猟奇事件と共に語られる。
不幸と悲劇を呼ぶ奇病。医師としての倫理を踏み躙りながら、聖は振り絞るように声を出していた。

「それでも、それでも欲するか。君の求めるものへもう一度手を伸ばす、その機会を。
 ヒトを捨て、醜い姿を晒してもなお、君は立ち上がりたいと望むか」

聞く者の胸を締め付けるような、それは声音だった。
瞳を閉じ、首を振って、聖は言葉を続ける。

「……いいや、いいや、そうではないな。ああ、訊ねるべきはそういうことではない。
 私が訊ね、君が答えるべきは一つ。たった一つだ」

間。
一瞬の静寂の後、聖はそっと、少女に問いかけた。

「問おう。―――君は、生きたいか?」


******

64再誕:2007/04/27(金) 01:25:36 ID:r4XznFsA0

―――生きたいか、と。
その声は私に問いかけ、そうしてそれきり、世界は静かになった。
光の中に浮かびながら、私は思いを巡らせる。

生きたいか。
私自身に問い直しても、答えは返ってこない。
わからない。
これまでだって、生きたくて生きていたんじゃない。

私は生まれ、お母さんを傷つけた。
私は生まれ、何も守れなかった。
私は生まれ、ただ生きていた。
生まれたくて生まれたんじゃない。

だけど、それは言ってはいけないことだとわかっていたから。
お母さんと私の全部を捨ててしまう言葉だとわかっていたから、口には出さなかった。
生き終わろうとしている今だから、こうして言葉にすることができる。

私のちから。
私を苦しめ、支えてくれたちから。
剣と魔物と―――そして、麦畑。

金色に輝くあの場所はもうない。
私が守れなかったあの場所には、もう誰も戻ってこない。
たいせつな約束をした、黄金の野原。
それが永遠に失われてしまったのが悲しくて、悔しくて、それを認めたくなくて。

だから、認めなかった。
私の中には永遠に輝く麦畑があると、世界を作り変えた。
誰に見えなくとも、誰に蔑まれようとも、私にとって大切なのは、そんなことではなかった。
あの場所が、あるということ。それだけが、私にとってのすべてだった。
約束は失われてなどいないと、ずっと守り続けているのだと、私は私を塗り潰した。

 ―――全部、嘘だった。

65再誕:2007/04/27(金) 01:26:08 ID:r4XznFsA0
私は私を騙しきれずにいて、塗り潰しそこねた空白から錆は拡がっていった。
大切なものが、大切な約束が薄れていくのを感じながら、私は何もしようとしなかった。
倉田佐祐理という雑音が、私の大切を塗り替えていく。
それは決して赦してはいけないことのはずなのに、あの場所への裏切りに他ならないのに、
私はそれを、ひどく心地よく感じてしまっていた。

愚かしい勘違いだったと、今になってようやく思う。
生きるということに疲れていたのだと、抗うということに迷っていたのだと、そう思えた。
私は私の大切を履き違え、そうして擦り切れてしまっていた。
重荷を下ろそうと、誰も見ていないのだからと、そんな風に磨耗していたのだ。
他ならぬ私自身の目が、いつだって一番近くで見ていることを忘れて。

ああ、ああ。
私は、生きたくて生きていたんじゃ、ない。

―――だけど、そんな確信の裏側から、小さな声が聞こえてくる。
一生懸命に耳をそばだてなければ聞こえないような、微かな声。
鼓動や呼吸、私自身の生きる音で聞こえなくなってしまうような、小さな小さな声。
声は、問うていた。

 ―――あなたは、生きたくないの?

それは小さな問いだった。
小さな、そして私の一番深くから聞こえてくる、問いだった。
私の中の雑音の全部が、消えていく。

66再誕:2007/04/27(金) 01:26:20 ID:r4XznFsA0
いつの間にか、金色に輝くあの場所が、私を包んでいた。
音はなく、穂を揺らす風と傾きかけた陽射しだけがあった。

私の守れなかった場所。
私が、守ってきた場所。

今はもうない、いつまでもそこにある、大切な場所。
私にしか見えない、そしていつか、いつか誰かが戻ってくるための、約束の場所。

手には、剣。
私を囲む、私の憎むべき、大切な魔物たち。
黄金の野が、月光に煌く刃の銀色が、蠢く魔物の漆黒が、私を包んでいた。
雨が降っていた。泥があり、炎があり、吹雪があり、鬼がいた。
輝く猪と魔犬の咆哮があった。私自身の血飛沫が私を濡らした。
私は私の腕を切り落とし、そしてチエは死んだ。

ああ、と。
私の中の混沌が、渦を巻きながら凝集していくのを見ながら。
私はようやく、理解する。

 ―――喪われた命が掴めないと、誰が定めた。

結局のところ私は、それが赦せなかったのだ。
死は喪失で、喪失は罪で。
だが、それだけだ。

取り返しのつかぬものなど、私は認めない。
守れなかったものが、もうこの手には戻らないと、そんなことを私は肯んじない。

抗うもの。
黄金の野に刃を翳し、あり得べからざる真実を切り伏せようとするもの。

それが私だ。
川澄舞の十年間だ。

ならば、私は認めてはならない。
死が取り返しのつかぬことなどではないと、私は私に示す。

 ―――私は、死を認めない。

それが、川澄舞の意志だ。
瞬間、光に包まれた世界に、私の声が満ちていた。


******

67再誕:2007/04/27(金) 01:27:21 ID:r4XznFsA0

午前十一時。
小さな寝息だけが響くその民家の静寂を破る、声があった。

「―――大変! 大変なの……聖さん、助けて!!」

数時間前に出ていったはずの少女、長岡志保の声に霧島聖が振り向く。
焦燥に満ちた声音に、悲壮と恐慌を混ぜ合わせたような表情。
着込んだ制服は所々でほつれている。

「……何事かね」

ただならぬその様子にも動じることなく問い返す聖。
その傍らには、すっかり空になった鍋が転がっていた。

68再誕:2007/04/27(金) 01:27:41 ID:r4XznFsA0

 【時間:2日目午前11時ごろ】
 【場所:F−2 平瀬村民家】

霧島聖
 【所持品:魔法ステッキ(元ベアークロー)、支給品一式、白虎の毛皮】
 【状態:ドクター】

川澄舞
 【所持品:村雨・大蛇の尾・鬼の爪・支給品一式】
 【状態:安定・睡眠・獣】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:異能・ドリー夢、狼狽】

→682 746 ⇔820 ルートD-5

69猜疑心:2007/04/27(金) 01:30:44 ID:HrL/sx4.0
実を結ばぬ捜索活動で蓄積した疲労を取り除くべく、一時の休息を取っていた里村茜達。
そんな折、彼女達が滞在する鎌石村消防署に、予期しえぬ来訪者が現れた。
「中に居る人達、聞こえていますか? 私は戦う気などありません……出来ればお話がしたいのですが」
それは重い沈黙の降りた部屋の中にまで、よく響く落ち着いた声だった。
来訪者の言葉を素直に飲み込めば、同志を増やす好機という事なのだが――
茜は少し考えた後、緊張した面持ちで口を開いた。
「待って下さい、まずは名前を聞かせてくれませんか? ちなみに、私は里村茜といいます」
何よりも最初にまず相手の名前を聞きだし、自分達の知り得る情報と照合し危険人物かどうかを判断する。
それで、間違い無い筈だった。
対主催の同志を集めねばならぬとはいえ、このデスゲームにおいて安易な選択は命取りとなりかねないのだ。
どうか自分達の知る人物であってくれと願う茜だったが、現実はそう甘くない。
「……鹿沼葉子です」
扉越しに向かい合っている人物の名は、鹿沼葉子。
茜達は葉子の情報を一切持ち合わせていない。
即ち相手を信用し得る要素は、先の『戦う気などありません』といった言葉だけなのだ。
どうすべきか茜が思案しているその時、唐突に坂上智代が言った。

「私は坂上智代という者だ。殺し合いに乗っていないという事は、お前もこの島からの脱出を企てていると考えて良いんだな?」
「ええ、その通りです」
「そうか。なら遠慮する事は無い、早く中に入れ」
智代は既に警戒を解き、専用バズーカ砲の銃口を下ろしてしまっていた。
純粋で真っ直ぐな性格の智代は、葉子の言葉をそのまま信じ込んでしまっていたのだ。
だが智代が信じたからと言って、他の者もそうだとは限らない。
「では、入りますよ」
葉子がそう言ってから、扉のノブを回そうとしたその時、大きな叫び声が消防署に響き渡った。
「待ちなさい!!」
「茜……?」
突如声を荒げた茜の顔を、智代はぽかんと口を開きながら見つめた。
見れば茜はまだ身構えたままで、その手にはしっかりと包丁が握り締められている。

70猜疑心:2007/04/27(金) 01:32:28 ID:HrL/sx4.0
「どうしたんだ? 折角同志が向こうから来てくれたんだぞ?」
「……正気ですか?もう少し頭を使って下さい。もし相手が殺し合いに乗っていれば、中に入れた瞬間撃たれて終わりです」
苛立ちを隠し切れぬ様子で、ぴしゃりと撥ね付ける茜。
茜からすればただの一言で相手を信用するなど、有り得ない事だった。
ゲームに乗った者ならば平気で嘘をつくに決まっているのだから、まだまだ警戒を解くべきでは無い。
だというのに平然と来訪者を中に入れようとした智代に対し、茜は憤りを感じていた。

そんな茜を宥めるように、詩子がひらひらと手を振りながら言った。
「まあまあ、そんなにピリピリとしないでも良いじゃない。仲間を集めるんなら、人を信じなきゃ駄目だよ」
だがその軽い口調も、言葉の意味そのものも、茜を酷く苛立たせるだけだった。
――詩子も智代も、まるで話にならない。
何故そんな簡単に相手を信じるのだ。何故二人とも武器を下ろしているのだ。
そんな事では、もし相手がゲームに乗っていれば何も抵抗出来ぬまま殺されてしまう。

茜は鋭い眼で詩子を睨みつけてから、言った。
「詩子は黙ってて下さい! 前にも言いましたよね? 油断すれば――住井君のようになると。
 この島では一つ選択を誤まれば、その瞬間に命を落としてしまうんですよ」
そう、住井護は人に裏切られて命を落としてしまった。
かつて行動を共にした柏木耕一による騙し討ちを受け、殺されてしまったのだ。
仲間が相手ですらそうなのに、見知らぬ人間が騙まし討ちを仕掛けてこぬ保障など何処にも無い。
「じゃ、じゃあどうするっていうのよ……。追い返しちゃうつもりなの? そんな事してたら、仲間なんて集められないよ……」
それも確かにその通りだった。
島からの脱出には多くの人手が必要である以上、ようやく訪れた機会をみすみす逃すのは余りにも惜しい。
「……借りますよ」
茜はそう言うと、詩子の手からニューナンブM60を奪い取った。
それから扉に向かって銃を構えながら、厳しい声で告げる。
「鹿沼葉子さん、でしたね? 中に入っても良いですが一つ条件があります。武器を持たずに、両手を頭の後ろで組んでから入ってきて下さい」
「おい、やりすぎだぞ……!」
智代が非難の声を上げるが、茜はそれを黙殺した。

71猜疑心:2007/04/27(金) 01:33:03 ID:HrL/sx4.0
暫しの間、場を沈黙が支配する。やがて扉の向こうから、静かな声が聞こえた。
「分かりました、ですが扉を開ける瞬間だけは手を使う事をお許し下さい。そうしなければ、中に入れませんから」
「……良いでしょう」
茜が返答した後、扉のノブがゆっくりと回転し、それから少しずつ開かれていった。
続いて葉子が茜の指示通り、両手を頭の後ろで組んだまま、一歩ずつ部屋の中へと侵入してくる。
見た所武器は持っていないようだし、何かを企てている様子も無かった。

「ほら、やっぱりお前の言ってた事は杞憂に過ぎなかったんだ」
智代は得意げに微笑みながらそう言って、つかつかと葉子に歩み寄った。
それからすっと、葉子に向けて片手を差し出す。
「もう一度自己紹介をしておこう。私は坂上智代だ、呼ぶ時は智代で良い。宜しく、葉子さん」
「……こちらこそ、宜しくお願いします」
葉子が表情を変えぬまま、その手を握り返す。
続いて同じように詩子も手を伸ばし、葉子と握手を交えていた。

だが、その間も。
茜は険しい顔で、ニューナンブM60を握り締めたままだった。

72猜疑心:2007/04/27(金) 01:33:36 ID:HrL/sx4.0
【時間:二日目・22:50頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康、若干の焦り、葉子を信用】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:苛立ち、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康、葉子を信用】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→668
→804

74なめないでよ:2007/04/30(月) 10:58:10 ID:R2sjwhXc0
七瀬留美達は平瀬村工場の屋根裏部屋で、必死に武器を探していた。
見知らぬ男性がリサ=ヴィクセンを引き留めてくれていたが、恐らく数分と保たぬだろう。
その僅かばかり与えたられた時間の間に、逆転の秘策を見出さねばならぬのだ。
留美は部屋の片隅に散在してある雑品を物色しながら、視線を移さず問い掛けた。
「……佐祐理、そっちは何かあった?」
「駄目……使えそうなのは何にも無いよっ……」
机の下を探していた佐祐理が、焦りを隠し切れぬ声で返答する。
屋根裏部屋には――前回参加者達の夥しい血痕が残されているこの部屋には、めぼしい武器は残されていなかった。
血で錆びて折れた日本刀、銃身が曲がって使えなくなった猟銃など、既に廃棄物同然となってしまった物しか無かったのだ。
有紀寧が入手したような電動釘打ち機があればまだ逆転の目もあったかも知れないが、そのような物は無かった。
それも当然だろう、この部屋は既に北川潤達が訪れ、大方物色した後なのだから。
前回参加者達の痕跡があるこの部屋だけは北川も完璧に調べており、使える物は全て持ち去った後だったのだ。
だが、全ての希望が途絶えた訳では無い。
もう一つだけ――ほんの僅かながら、勝機が生まれる可能性は存在する。

「珊瑚……ゆめみはどう?」
「アカン……もう少し時間が掛かりそうやわ……」
留美が訊ねると、珊瑚はゆっくりと首を振った。
珊瑚の傍らで横たわるゆめみは、電源が落とされた状態となっている。
珊瑚は部屋の最奥に陣取りながら、床に落ちていた工具を用いて、ゆめみに対し緊急の修理――否、改造を行っていた。
ゆめみの両腕が動かない原因は、一部回路の断線だったので、修理だけならばすぐに終わった。
だがそれだけでは意味が無い。
あの恐ろしい強敵達に対抗するには――以前より大幅に強化された状態で、ゆめみに復活して貰わねばならない。
必要な部品は、ある。
教会を出発する前に、必要な部品はイルファから取り出していた。
イルファに搭載されていた最新型OSを移植し、機体維持の為に設定されている『リミッター』も解除する。
平たく言えば最高の反応力を持つ神経機能と、無尽蔵に運動能力を引き出せる身体を、ゆめみに与えようとしているのだ。
その状態では機体に凄まじく負担が掛かるに違いないが、僅かの時間ならば相当な強さが得られる筈だった。
しかし飛び抜けた技術力を持つ珊瑚といえども、この作業は困難を極める。
目にも留まらぬ速度で工具を振るってはいるものの、完了まではまだまだ時間が掛かりそうに思えた。

75なめないでよ:2007/04/30(月) 10:59:50 ID:R2sjwhXc0
そしてあの悪魔が――宮沢有紀寧が、余分な時間など与えてくれる筈も無い。
扉の向こうより、階段を駆け上る複数の足音が聞こえてきた。
「…………来たわね」
留美はそう言うと覚悟を決めた表情となり、日本刀を握り締め、すっと立ち上がった。
その間もけたたましい足音は鳴り響き続け、やがて部屋の扉が開かれる。
「――――見つけましたよ」
開け放たれた入り口に、聞こえてきた声の方に、留美は視線を注ぎ込む。
そこには有紀寧と、その傀儡と化した岡崎朋也が直立していた。
歪に吊り上った、有紀寧の口元。
そこより発せられる軽々とした調子の、しかし確かな重圧を感じさせる声。
「全く無意味な逃避行を続けて余り手間を掛けさせないで下さいね? 貴女達みたいな鼠相手に労力を注ぎ込みたくはありませんから」
「五月蝿いわね。アンタの方こそ氷川村の時は涙目で逃げ出したじゃない」
余裕げな有紀寧に対抗してか、留美も負けじと憎まれ口を叩く。
そんな折に、何時の間にか留美の横まで来ていた佐祐理が口を開いた。
「……リサさんはどうしたんですか?」
それは当然の疑問だった。
『脱出の糸口』を断つ事に一番躍起になっていた筈の、リサの姿が何処にも無かったのだ。

76なめないでよ:2007/04/30(月) 11:01:06 ID:R2sjwhXc0
ふふ、と微かに有紀寧が笑った。
「先程柳川さんが来られましてね。リサさんは今頃、柳川さんと戦っているでしょう」
「柳川さんが――」
半ば絶望感に打ちひしがれていた佐祐理の心が、希望の光で照らされてゆく。
氷川村で別れて以来音信不通であった柳川祐也だったが、彼は生きていて、しかも此処まで助けに駆けつけてくれたのだ。
だが佐祐理の目に灯った光を見て取り、有紀寧は言った。
「ですが、助かったなどと思わない方が良いですよ? 貴女達は十分に思い知ったでしょう――リサさんの実力を」
そうだ――リサはたった一人で何人もの人間を同時に相手して、なお圧倒する程の怪物。
そんな怪物が相手では、いかな柳川と言え苦戦は必至だろう。
そして、柳川がリサの相手をしてくれているとは言え、眼前の二人だけでも十分過ぎる脅威だった。
特に電動釘打ち機を持つ有紀寧は、銃器の使えぬこの地に限れば最悪の処刑人だ。
有紀寧がその気になれば、満身創痍の自分達など一人きりで打倒出来るだろう。
今は出来るだけ時間を稼ぎ、逆転の機会が訪れるのを待つしか無かった。



77なめないでよ:2007/04/30(月) 11:02:48 ID:R2sjwhXc0
佐祐理の顔が再び曇るのを確認してから、有紀寧が続ける。
「それで、何か良い策は見つかりましたか? このままぶつかれば勝負は見えていると思いますが」
「…………」
留美も佐祐理も、答えない。
だがその時有紀寧は、留美達の後方に珊瑚とゆめみの姿を発見した。
珊瑚は一心不乱にゆめみの改造作業を続けている。
ゆめみがロボットであった事実を知り、有紀寧は少し驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。
リサと戦っている際のゆめみを見る限り、その運動能力は常人以下だったのだから、少々手を加えようとも問題になる筈が無かった。
「ふふ……、今更あんなスクラップを弄った所で、何になると言うんですか」
有紀寧は呆れたような表情でそう吐き捨ててから、朋也に視線を移した。
「では岡崎さん――まずは貴方が戦って下さい。私は高みの見物を決め込ませて貰います。
 それから岡崎さんが敗れればその瞬間に渚さんを殺しますので、文字通り死ぬ気で戦って下さいね」
「ぐ……てめぇっ……!」
朋也は歯を剥いて有紀寧を睨んだが、しかしすぐに否応無く薙刀を構えた。
朋也を一人で先に戦わせる理由は単純にして明快、敵の手の内を探る為だ。
電動釘打ち機を持つ自分は、この場において間違いなく最強の存在だが、防御力自体は他の人間と変わらない。
予想外の一撃を受けてしまうような事態だけは、避けたかった。
それに有紀寧が見た限り、相手でまともに戦えるのはツインテールの女のみ。
男であり且つ十分な体格を持つ朋也ならば、一人でも敵を殲滅させれるように思えた。
だが、まだ甘い。
敵は偽善者の集団なのだから、そこを突かぬ手は無い。
「それと、留美さんでしたっけ? もうお分かりかも知れませんが、岡崎さんは私に人質を取られているだけです。
 その辺りを十分にお考えになった上で、相手してあげて下さいね」
「アンタって奴は……!」
忌々しげに向けられる留美の視線を、有紀寧は優雅な笑みで受け流した。
これで、詰みだ。
甘い思考しか出来ぬ敵は、朋也の境遇に同情して全力を出し切れないだろう。



78なめないでよ:2007/04/30(月) 11:04:13 ID:R2sjwhXc0
一歩一歩近付いてくる朋也の前に、留美が立ちはだかった。
その手にはしっかりと日本刀が握り締められている。
「止めてくれって言っても、無駄そうね」
「……そうだな。悪いけど、俺にはお前達を殺す以外道が無いんだ」
朋也が答えると、留美は日本刀を深く構えた。
それから、きっと朋也の目を睨み据えて、言った。
「そっか。でもね、あたしだって此処は譲れないの。貴方や人質に取られてる人には悪いけど、勝たせて貰うわ」
それが留美の瞬時に出した答えだった。
勿論、人質も救えるものなら救ってやりたかったが、現状ではどう考えても不可能だ。
此処で大人しく自分達が殺された所で、有紀寧は朋也を傀儡として操り続けるだろう。
ならば心を鬼にしてでも、悲劇の連鎖を此処で終わらせなければならなかった。
「佐祐理、アンタは珊瑚を守ってて頂戴。この人は、あたしが一人で倒す」
狡猾な有紀寧の事だから、自分と朋也が戦っている隙に珊瑚を狙うかも知れない。
その対策だけは打ってから――留美は、前方へと駆けた。

79なめないでよ:2007/04/30(月) 11:05:48 ID:R2sjwhXc0
薙刀と日本刀。圧倒的なまでのリーチの違いにより、留美は必然的に後手となる。
横薙ぎに、唸りを上げる白刃が留美へと迫る。
まともに食らってしまえば、間違いなく一撃で死に至るだろう。
それを、留美は、
「でぇぇぇぇいっ!」
力任せの一振りで、あっさりと払い除けていた。
「何ッ……!?」
朋也が大きく目を見開き、驚愕に声を洩らす。
彼が驚くのも、至極当然の事であろう。
朋也の体格は留美を大きく上回っており、体重にすれば1.5倍はあるだろう。
普通に考えれば、力比べで留美に勝機は無い。にも拘らず――
「せやああああっ!」
「ぐっ……」
屋根裏部屋の中に、大きな金属音が鳴り響く。
留美は再度迫る薙刀を、日本刀を振り下ろす事により叩き落していたのだ。
少し手を伸ばせば触れることが出来る距離に見える朋也の顔は、焦りの色に染まっていた。
留美は手首を返し、峰打ちの形を取ってから、朋也の背中に強烈な剣戟を叩き込む。
鈍い感触が、留美の手にまで伝わってくる。
「がっ……あああ!」
渾身の一撃は確かに決まったが、しかし朋也は咆哮を上げて反撃を繰り出してきた。
瞬時に留美は後方へ飛び退いて、斜め上より飛来する剣風から身を躱した。

一旦距離を置き、息を整えながら、留美は思った。
(ふぅ……まだ腕は然程錆び付いてないみたいね)
かつて腰を痛め辞めてしまった剣道であったが、そこらの男如きに遅れを取らぬ程度の実力は残っていたらしい。
先の斬り合いで悉く朋也の攻撃を弾き飛ばせたのも、全てはそのお陰だ。
朋也の剣筋を正確に見極め、正面は避け真横から刀を激突させる形で迎撃したからこそ、力勝ち出来たのだ。
留美はばっと日本刀の切っ先を朋也に向けて、大きく一喝した。
「――なめないでよ。七瀬なのよ、あたし!」

80なめないでよ:2007/04/30(月) 11:06:53 ID:R2sjwhXc0
【時間:2日目23:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
宮沢有紀寧
【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(46/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
【状態:軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
【目的:まずは様子見。リサと柳川の生き残った方を殺す。佐祐理達を殺す。自分の安全を最優先】
岡崎朋也
【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
【状態①:中度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、背中に重度の打撲、腹部打撲。最優先目標は渚を守る事】
【状態②:首輪爆破まであと23:10(本人は47:10後だと思っている)
【目的:留美の打倒、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】

姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:軽度の疲労、ゆめみの改造中】
 【目的:まずはゆめみの改造を終わらせる】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し(持てる状態で無くなった為に廃棄)】
 【状態:電源オフ、胴体に被弾、右肩に数本の罅、左腕右腕共に動く】
 【目的:不明】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:中度の疲労、右腕打撲、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:珊瑚の防衛】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:朋也と対峙、中度の疲労、腹部打撲、右拳軽傷、ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】
 【目的:まずは朋也を殺さずに倒す】

→819
ルートB-13 B-16

81ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:39:41 ID:l7Laycbg0
里村茜は柚木詩子と坂上智代の軽挙を忸怩たる思いで見ていた。
来訪者の鹿沼葉子と名乗る一見して年上の女性は、全身ずぶ濡れでいたる所が汚れ、腿に怪我をしていた。
深夜の来訪者など信用できない。否、深夜でなくとも……。
果たしてどう扱かったらよいものか。
受け入れてしまった以上は、いつまでも警戒を露にしているのは得策ではない。
上辺だけの友好を取り繕い、詩子や智代をといえども欺きながら様子を窺うことにしよう。
ニューナンブM60を下ろし左手を差し出す。
「失礼しました。里村茜と申します」
「夜分遅くすみません。宜しくお願いします」
目と目が合う。
能面のように感情の起伏がなく何を考えているのかわからない人だ。

「何かお食事でもいかがですか?」
詩子がタオルを渡しながら尋ねる。
「はい、いただきます」
「その前にシャワーを浴びられたらいかがですか? 着替えを用意しておきますよ」
「……ではそうさせていただきます」
返事があるまで少しの間があった。
「茜、案内をお願いね。あたしは、ごはんの用意っと」
──私に案内を頼むとは詩子もどこか不安に思うところがあるのか。
何か裏があるのかと詩子の顔を見つめるが、引き攣った笑顔が不自然だ。
茜はもしもの場合に備え、葉子のほぼ横に並び浴室へと向かう。
背中を見せるのは恐ろしくてできることではない。
緊張感を漲らせ殺気を窺うが、葉子は何ら不審な挙動は見せなかった。
「何か代えの着物を持ってきます。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
脱衣所を出て間もなく浴室の開き戸を開ける音が聞こえる。
茜は振り返り、葉子の神経のず太さに舌を巻いた。

82ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:41:18 ID:l7Laycbg0
事務室の棚を漁り、消防署員の制服を手に脱衣所へと戻る。
ガラス戸越しに葉子の姿を確認し、彼女の着ていた物を調べる。
──やはりあった。刃の部分を厚紙で作った即席の鞘に納まるメス。
部屋に戻ると詩子と智代がデイパックを調べ終えたところであった。
三人小声で話し合う。
「共通の物しかなかったよ。茜の方は?」
「メスを持ってました。強力ではありませんが闇討ちに使うなら手軽で便利です」
「もういい加減疑うのをやめたらどうなんだ。不審な所は見当たらないし気分を害してしまうではないか」
「そこまで言うのならこれだけは言っておきます。心の片隅にわずかながらでも疑念を持ち続けて下さい」
必死の説得に智代は軽く頷く。
「彼女にはこちら側の情報はどこまで教えようか?」
「首輪の秘密やまーりゃんという女の子のことも言っていいだろう。いや、内容からして全部いいのでは?」
「そうですね。私達の情報は大したことではないですから」

台所に行ってみると、詩子は準備をすると言っておきながら何もしてはいなかった。
「どうしましょう。ポタージュがもう残ってません」
「冷凍物のスパゲティがあったような気がするよ」
──冷凍室の扉を開けようとした手に茜の手が重なる。
「唯一修羅場を経験しているのに、よくもまあ脳天気ですね」
「わかってるよ。用心に越したことはないって言いたいんでしょ?」
「葉子さんから何も感じませんか? 邪悪な気配とか……。もっと感性を働かせて下さい」
小声で諫言するが詩子の楽観的な見方は変わりそうもない。
「あんまり顔顰めてると眉間に縦皺が寄っちゃうよ」
「縦皺が寄るくらいならマシです。穴を開けられたらおしまいではないですか」
──それでも詩子なら……詩子ならきっと何とか理解してくれる。
どこまで理解してくれるかわからないが、茜は念を押さずにはいられなかった。

83ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:42:48 ID:l7Laycbg0
湯上りした葉子に智代と詩子の視線が注がれる。
蛾が蝶になったがごとく、みすぼらしかった彼女は容姿端麗な女性に変貌していた。
智代は葉子に見とれつつ策を弄してみることにした。
──この人がどれほどのものか試してみよう。
「このあたりで人が集まりそうなところといえば役場です。今夜のうちに移動するのはどうでしょう?」
「人は動物と違って闇を恐れます。土地勘のない所を夜間、無闇に移動するなど自殺行為も同然と思いませんか?」
「……そうですね。警戒にかなりの気力を使いますから」

(何がそうですね、ですか。葉子さん自身、鷹野神社からここまで来るなど無謀なことをしてるではありませんか。矛盾してます!)
台所で二人の会話を聞きながら、茜は平静を装いつつ苛立ちを募らせる。
智代は腕っ節は強いが謀略には弱そうだ。
よくもまあ、生徒会長が務まるものだと呆れるほかない。

「もし通り道に殺し合いに乗った人がいたとすると、待ち伏せに遭います。こちらが多勢でも大混乱に陥ると思います」
「では行動するなら明朝にしましょう。作戦について何か案はありますか?」
「現状を鑑みると少人数のグループでの行動は危険です。せいぜい一グループ五、六人ぐらいの編成が良いかと思います」
さすが見識のある人だと感心する智代。
「ところで脚の傷は大丈夫ですか?」
「……忘れてました。すみませんが消毒と包帯の交換をしてもらえませんか?」
「今すぐします。詩子、救急箱はどこだったか?」
処置をしながら考える。
(今の「間」はなんだろう。まあ、酷い目に遭ったから話しにくいのかもしれないが……)
初めて見た時から感情の起伏がないのが引っ掛かるが、茜がいうほど心配するまでもなさそうだ。
これで私達も戦力アップしたも同然。
怪我が治ったら葉子さんに指揮を取ってもらいたいものだ。
智代はすっかり葉子に心酔していた。

84ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:44:26 ID:l7Laycbg0
「申し訳ありませんが、フォークがないので箸で召し上がって下さい」
「スパゲティはいつも箸で食べてます」
(箸でスパゲティを? 変な人)
怪訝な顔をする茜をよそに、そこへ詩子が割り込む。
「とぐろを巻いた形したチョコと鹿せんべいがあったとすると、葉子さんはどっちが好きですか?」
「私は……チョコです」
「そのチョコなら私も好きだ。あたり麻枝の……ハッ」
「えっ、智代と葉子さんがリアルウンコチョコ好きだなんてショックゥ! あたしは鹿せんべいだけど、茜も鹿せんべいよね?」
茜は失望を禁じえない。
確かに『鹿せんべい』は好きだが話があまりにも下らなさ過ぎる。
誘導質問のようなことはできないものか。
「葉子さん、そろそろあなたの情報を教えて下さい」
「そうですね。診療所とその付近の出来事をお話しましょう」
都合の悪いことは除き、葉子の口からは淡々と滞りなく「事実」が述べられる。
診療所をめぐる攻防を聞くうちに、三人の表情が蒼ざめていく。
生々しい体験談は詩子が目にしたものを凌ぎ、今後の戦術を再考するほどのことであった。

葉子の来訪により部屋替えを行うことになった。
三人が寝る部屋を葉子に譲り、詩子は茜と共に別室で寝支度をしていた。
「彼女、素敵な人だね。あたしなんだか魅了されちゃった」
「それだけですか?」
「なんか腑に落ちないとこあるけどねえ。あたしの勘だと特殊な環境にいたんじゃないかって気がするんだ」
台所で聞いた忠告を詩子は内心反芻していた。
これも茜との長い付き合いによるものである。
「葉子さんは否定してましたが、私は人を殺した経験があるような気がします」
「どうだろうねえ。あの達観した性格はただものじゃないってことは確かだよ。気休めに占いをやってみようっと」
その時智代の呼ぶ声がした。
「オーイ茜、詩子。見張りの割り当てを決めるから来てくれ」
詩子は一人残り、結果が出るまで待つ。
「どうでるかな。はにゃにゃん、はにゃにゃん。しぃーちゃん、はにゃにゃん……」

85ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:46:50 ID:l7Laycbg0
詩子が戻ると冷静な智代の様子がどうもおかしい。
「さあ、詩子も「せっぽう」を聞くがよい。葉子さんがお世話になった宗団に入ると『人生の宝物』が見つかるそうだ」
妙にノリノリな智代は幼女のように目を輝かせている。
「『せっぽう』? え、『ポア』だっけ。聞いたことあるようなないような」
「申し訳ありませんが私がいた宗団は既に消滅しました。今日のところはここまでに……」
そう言って葉子は入れ違いに部屋を出て行く。
「『人生の宝物』なんて興味はありません。割り当てについての話を始めて下さい。私は朝が弱いので一番目を希望します」
茜はどことなく不機嫌である。
「では始めよう。零時から二時までが茜。二時から四時までが詩子。残りを私。名簿チェック後少し寝させて欲しい」
「銃の受け持ちは交代でいいですね」
「ああ、それでいい。後を頼んだぞ」
鼻歌交じりに智代はスキップしながら出て行った。

「まずいことになりました。智代が葉子さんの虜になってしまいました。葉子さんは新興宗教の信者です」
「へえー、新興宗教ねえ。道理でアブナイ人の気がしたわ」
深刻に悩む茜をどう励ましたらよいものやら……と、隣に座り、彼女の膝頭の上に手を置き、ゆっくりと撫でる。
「この非常時に何をやているんですか。そんなことはいけません」
きゅっと太腿を閉じ軽く睨むが詩子は平然と撫で続ける。
「さっきのチョコの件だけど。七瀬さんがあれをコンビニの……ローリコンだったか、こっそり買ってるの見たことあるよ」
「はうっ……七瀬さんて、私のクラスの……七瀬留美さんですか?」
「そう、あの七瀬さんよ。顔に似合わず恐ろしい物を買ってたなんてショックだったわ」
言い終わるや蠢く手がスカートの中に滑り込み──その手が掴まれる。
「こんなこといつまでもしてると、妙なレッテルが永遠につきますよ」
「人は見かけによらずとは、このようなことをいうのよね。彼女、二面性があるのはわかってたけど……」
潤んだ眼差しで見つめるが茜は一向に取り合わない。
──もう寝よっと。
溜息をつき立ち上がろうとしたところを、手を引っ張られ座り直す。
「詩子。くれぐれも用心を怠らないでくださいね」
「…………わかってるって。二時間後、お願いね」
熱い友情を交わし、詩子は余韻に浸りながら寝室へと向かった。

86ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:48:33 ID:l7Laycbg0
詩子が去った後火照りから醒め、部屋を見回す。
到着時に気づいたものの、二人とも気づかなかったのだろうか。
──ここには私達が来るよりも前に誰かがいた。
そんな気がするのは自分だけだろうか考える。
もしかしてゲームに乗った者が隠れているのだろうか。
少なくとも室内にはいないようだ。
懐中電灯を手にドアを開け、ガラ空きの車庫を照らすがこれといって変化はない。
──否、倉庫の戸が僅かに開いていた。
開けて見ると消防の機器がいろいろと置いてあるが、もともとは三つだったのであろう消防斧が二つ。
手にとってみるが、
(重い。非力な私には使いこなせないけど、役に立つこともあるかもしれない)
一つ拝借し急いで部屋へと戻り、清掃用具入れに隠しておく。

あの人──葉子は今夜動くだろうか? 否、疲労の度合いからして今夜は動くまい。
彼女に対する不信の念は相性の違いではないような気がする。
癌のように気づいた時には既に遅し、というようなことが起きなければいいが……。

外の様子を窺うと雨はまだ降っているようでる。
(朝の放送でまた死者が増えているに違いない。怖い、聞きたくない)
明かりを消し、耳を澄ませると静寂の中にいることを実感する。
(今日は、晴れるかしら)
椅子に座り、真っ暗な部屋で冷めた紅茶をすする。
ゲーム開始後、今まで無事に過ごせた幸運を噛み締めずにはいられなかった。

87ゆとりトリオのそれぞれ:2007/04/30(月) 23:50:17 ID:l7Laycbg0
【時間:三日目・00:15頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:就寝中。健康、若干の焦り、葉子を信用】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:見張り中、健康、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:就寝中、健康、葉子にやや懐疑心を持つ】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:就寝中、軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】
【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】

→795、823

88名無しさん:2007/05/01(火) 06:18:39 ID:QxFK1geI0
予約期限切れっぽいし、分岐投稿くらいなら良いかな……?
様々な方向性を示せるのが分岐制と信じて、貴明絡みの話を投下します

89再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:19:48 ID:QxFK1geI0
雷による轟音と共に、周囲が照らされる。
桃色の髪を雨に濡らしたまま、修羅は哂う。
右手には最強の復讐鬼を屠ったH&K SMG‖が握り締められている。
そんな死神ともいうべき存在を前にして、小牧愛佳は呆然と口を開く。
「貴女は前生徒会長の……まーりゃん先輩!?」
すると修羅――朝霧麻亜子は満足気に無い胸を逸らした。
「いえすっ! あいどうーん! まい・すいーとはーと、まーりゃん先輩でーす!」
この戦場に不釣合いな、明るく軽い少女の声。
だがそれを聞いても、愛佳達が警戒を緩めるというような事は無い。
それも当然だった。愛佳達は目の前の少女から奇襲を受け、既に手痛い損害を被っているのだから。
吉岡チエは血に染まった右肩を押さえながら、鋭い視線を麻亜子に送る。
「まーりゃん先輩、で良いんスよね? ……どうしてこんな事をするんスか」
すると麻亜子は口の両端を吊り上げて、悠然と首を傾けた。
「おやおや、チミは撃たれたのに、まだそんな事を言ってるのかね? 見れば分かるじゃあないか、あたしは殺し合いに乗ったのさ」
告げられるその声音、向けられるその眼光には、一切の迷いが感じられない。
チエは試みるまでもなく説得不可能な状況である事を思い知らされていた。
そして、柏木千鶴との激戦を潜り抜けた今なら分かる。
この女は、自分達如きがまともに戦って勝てる相手ではない。
敵の片手に堅持されたマシンガン、冷静を保ったままに向けられる刺々しい殺気。
千鶴が獰猛な肉食獣だとすれば、麻亜子はさしずめ冷徹な暗殺者といった所だろう。
純粋な戦闘能力だけ見れば千鶴には劣るかも知れないが、この女にはそれを補う『何か』がある。
そう直感が報せていた。
(河野先輩……藤田先輩……あたしどうすれば良いんスか……!?)
思わず、この場にいない河野貴明や今は亡き藤田浩之に縋り付きたくなってしまう。
それ程、自分達が置かれている状況は絶望的だった。
敵との距離は僅か十五メートル程度、逃亡という選択肢は成功率が極めて低いと言わざるを得ない。
かと言って正面勝負を挑んだ所で、ポケットに入れてあるグロック19と愛佳のドラグノフだけでは火力不足。
地面に落としてしまった89式小銃を拾い上げようとしても、その前にマシンガンで穴だらけにされるのがオチだろう。
一体どうすれば――そこでチエの思考は中断される事となる。
「チエちゃん、後ろに走って!」
叫びとほぼ同時、真横より銃声がした。
愛佳がドラグノフの銃口を持ち上げ、すぐさま引き金を引いたのだ。
しかしその行動を予期していた麻亜子は既に身を躱しており、即座に反撃体勢を取る。



90再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:20:53 ID:QxFK1geI0
「歯ぁ食いしばれ! そんな後輩、修正してやる!」
麻亜子は横に駆けながらH&K SMG‖を構え、その直後にはもう撃っていた。
素人では走りながらの射撃は難しいが、数撃てば当たるという言葉もある。
マシンガンより吐き出された銃弾の何発かは、愛佳を貫く軌道で突き進む。
そして相手が防弾性の装備をしている可能性も考慮し、麻亜子は既に第二射の準備に入ってる。
たとえ敵が防弾性の服を着ていたとしても、弾丸は莫大な衝撃により標的に損傷を与えるだろう。
その隙を狙って一気に勝負を決めれば良い筈だった。
だが次の瞬間に起こった、予測し得ぬ事態に麻亜子は己の目を疑った。
「にゃにぃっ!?」
銃弾は全て、愛佳のデイパックに隠されていた強力無比な防具――強化プラスチック製大盾により遮られていたのだ。
アサルトライフルすら防ぎ切るその圧倒的装甲の前に、マシンガンの銃弾は悉くが大した役目も成さずに弾き飛ばされる。
愛佳は剥き出しになった大盾で身を守りながら、後ろ向きに走ってゆく。
しかし麻亜子がこのまま敵の逃亡を許容する筈も無く、即座に大地を蹴って追い縋る。
背面走状態の愛佳と、全力疾走をしている麻亜子では速度に大きな差がある。
「ぬっふっふ、すぐに追いついて刺し身にしてあげようではないか」
麻亜子はそう呟きながら、左手の中でくるくるとバタフライナイフを回した。
遠距離からの銃撃が効かないのなら、近距離で直接牙を突き立てれば良いのだ。



91再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:21:41 ID:QxFK1geI0
「っ――――」
両者の距離は、後十メートル。
愛佳は必死の思いで盾を構えたまま、後方への背走を続けていた。
進行方向には背中を向けている為眼を向ける事が出来ず、正面の視界も大盾に遮られている。
閉ざされた視界の中、修羅の近付いてくる音だけが聞こえてくる。
後五メートル。
「――っあ――くぅぅ……」
急げ急げ、もっと速く逃げなければすぐに追いつかれてしまう。
極度の緊張に息が詰まり、心臓がドクンドクンと大きく早鐘を打つ。
たとえ姿が見えずとも無視できない死が、すぐ傍まで迫ってきている。
後一メートル。
「あ……?」
愛佳が横を振り向いた時には、既に状況は致命的なまでに悪化していた。
視線を向けた先には、二つの大きな瞳。
麻亜子が真横を併走しながら、サバイバルナイフを振り上げていたのだ。
「き……きゃぁぁぁぁぁっ!」
一秒後には降りかかるであろう絶対の死を前にして、愛佳は無意識に両目を閉ざす。
足も竦みあがって止まってしまい、完全に無防備な姿を晒してしまう。
続いて鳴り響く銃声、頬に降りかかる鮮血。
「…………?」
痛みも死も訪れない事を疑問に思い、愛佳が目を開けると。
「つぅ……あぐぐっ……」
先程まで自分を執拗に狙っていた麻亜子が、赤く染まった左肩を押さえながら呻いていた。
地面にはそれまで麻亜子が握り締めていたH&K SMG‖とサバイバルナイフが落ちている。
「先輩、こっちッス!」
呆然としていた愛佳だったが、後ろから聞こえてきた声に振り返り、ようやく事態を理解した。
チエが深い茂みの前で眉を吊り上げながら、グロック19を水平に構えていたのだ。
「う……うんっ!」
逃げ出す好機はこの瞬間、この好機を置いて他には存在しない――
愛佳はもう盾を投げ捨てて、形振り構わずチエの方へと駆けた。

92再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:22:39 ID:QxFK1geI0


「ぐぬぅ……逃がさないよっ!」
麻亜子は苦痛に顔を歪めながらも、取り落とした
H&K SMG‖を拾い上げようとする。
だがその刹那、背筋に嫌な予感が奔り、麻亜子はそれまで自分がいた場所を飛び退いた。
遅れて甲高い音が聞こえ、すぐ傍の地面が弾け飛んだ。
チエが逃げる愛佳を援護する形で、麻亜子に攻撃を仕掛けていたのだ。
チエによる攻撃の手が休められる事は無く、銃弾が何度も放たれる。
「ぬあっ、くぅ、おわっととっ!」
数々の激戦で鍛えられた常人離れした勘と、類稀な身のこなしにより、麻亜子はその猛攻を凌いでゆく。
しかし傷付いた今の身体ではそれで限界であり、反撃にまではとても手が回らない。
銃声が止んだ時にはもう、チエ達の姿は闇の中へと消えてしまっていた。

麻亜子は肩より伝わる激痛を意にも介さず、すぐに次の行動へと移る。
痛みなどには屈しぬと決めてあるのだから、怪我の治療など後回しで良い。
周囲の状況を確認し、落ちている武器を次々と拾い上げると、チエ達が消えた方向に向かって呟いた。
「ここまで生き残ってきただけあって、なかなかやるじゃないか……。でもこのまま逃げ切れると思ったら大間違いだぞぅ?」

   *     *     *    *     *     *

麻亜子の襲撃をどうにか凌いだ愛佳達は、百メートルばかり先の茂みの中で息を潜めていた。
全速力で逃亡を続けるという選択肢もあったが、敵があの女だけとは限らない。
銃声を聞きつけた他の誰かが、漁夫の利を狙って近付いてきているかも知れないし、目立つ真似は出来るだけ避けるべきなように思えた。
だからこそ愛佳達は敵を振り切ったと判断した時点で足を止め、大人しく隠れる事にしたのだ。

93再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:23:46 ID:QxFK1geI0
愛佳はチエと地面に座り込んだまま、ぜえぜえと肩で息をしていた。
「ふぅ〜……、ここまで来れば大丈夫そうッスね」
「そうだね。チエちゃん、本当にありがとうね……凄い助かったよ」
愛佳が穏やかに笑ってそう告げると、チエは顔を少し紅潮させた。
「そ……そんな、お互い様ッスよ。あたしだって、小牧先輩がいなきゃどうなってたか……」
チエはそう言って手を振ろうとする。
だが途端に先程撃たれた右肩がズキズキと痛み、慌てて手を元に戻した。
「もう、無理はいけないよぉ? さ、怪我の手当てをしようよ」
「すいませんッス……」
「謝る必要なんて無いよ。こんな時だからこそお互い助け合わなきゃね」
愛佳は静かに答えた後、鞄から救急箱を取り出した。
雨で濡れた茂みの雑草を軽く払いのけた後、箱を地面に置く。
それから愛佳は救急箱の蓋を開けようとして――大きく息を飲んだ。
「――――ッ!?」
間断無く続く雨音に混じって、生い茂る雑草の向こう側より足音が聞こえてきたのだ。
茂みで視界が遮られている為に姿こそ見えぬが、確認するまでも無い――タイミング的に、間違いなく朝霧麻亜子のものだろう。
気付いたのはチエも同じで、彼女もまた動揺を隠し切れぬ表情をしていた。

(そんな……ちゃんと振り切った筈なのにどうして――?)
焦りで、恐怖で、疑問で、愛佳の身体が凍り付いてゆく。
自分達は麻亜子の姿が見えなくなったのを確認してから、すぐに逃げる方向を変えた。
ならば敵は追いついてなど来れぬ筈なのに、どうやってここまで再び肉薄してきたのか。
まるで検討もつかない。
唯一分かる事はここまで近付かれてしまった以上、取りうる選択肢は限られてくるという事だ。
今から茂みを飛び出しても到底逃げ切れないし、敵の姿が見えない以上、まだ奇襲は難しい。
となると、残された道は一つ。
このまま茂みの中に身を隠し続け――もし敵の姿が視界に入ったら、機先を制して攻撃を仕掛ける。
これならば上手くいけば敵をやり過ごせるし、発見されそうになっても先手を取れるのだから勝機はある筈だった。

94再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:25:39 ID:QxFK1geI0
愛佳は地面に腰を落とした姿勢のまま、ドラグノフを聞こえてくる方に足音の向けて構えた。
出来れば見つりませんようにと祈りながらも、銃身を握り締める手には確実に力を籠める。
掌の中が汗と雨でじっとりと濡れており、しっかりと銃を握っていなければ取り落としてしまいかねなかった。
――大丈夫、敵が見えぬという事は、即ち相手もこちら側を視認出来ぬという事。
このまま警戒態勢を取り続け、もし敵の姿が見えたらその瞬間に銃を放てば良いのだ。
そう自分に言い聞かせながら、愛佳は引き金にかけた指に全集中力を注ぎ込む。
横では同じように吉岡チエがグロック19を構えている。
そしてなおも近付いてくる足音に、二人の緊張が最大限まで高まったその時だった。
――視界が、燃え盛る液体の濁流で埋め尽くされたのは。

「――――危ないっ!」
「えっ!?」
愛佳は半ば反射的に真横にいるチエを突き飛ばし、その次の瞬間には炎に飲まれていた。
「ああああああああぁぁぁぁっ!!」
想像を絶する激痛が、耐え難い灼熱が、雪崩の如く襲い掛かってくる。
顔も、胴体も、足も、例外無く真っ赤な炎に包まれてしまった。
「消えてっ……消え……てよぉっ……!」
火達磨となった愛佳は纏わりつく炎を消すべく、必死に両手で己の身体を叩き続ける。
しかしそれは、川の流れを手で押し留めようとするのと何ら変わらぬ行為。
雨の中でも勢いを失わぬ豪炎を、手を振るう程度で消すなど到底不可能だ。
ましてや愛佳自身の手も燃え盛っているのだから、火が勢いを緩める事など有り得ない。
「うああ……うあああぁぁぁっ……」
全身の機能を破壊されてゆき急激に力が抜けてくるが、莫大な苦痛と熱だけは未だに伝わってくる。
火炎放射器は『不快な死を撒き散らす』というのが特徴の武器であり、それにより与えられる苦しみは並大抵の物では無かった。
(いや……だ…………誰か……たすけてよ…………)
混乱し、疲弊し切った思考の中に、その想いだけが浮かぶ。
死にたくなかった。この苦痛から解放されたかった。助かりたかった。
そして、愛佳は見た。
前方五メートル程離れた所で、怯えた表情で地面にへたり込んでいるチエを。
「チ……エ……チャ……ン……タス…ケテ……」
そうだ――自分だって身を挺してチエを庇ったのだから、次はこちらが救ってもらう番だ。
その結論に達した愛佳は、炎に包まれたまま一歩、また一歩とチエの方へと歩を進める。
「小……牧…………先……輩……」
チエが物の怪を見るような眼差しを、愛佳へと送る。
それ程今の愛佳の姿は異常であり、焼け爛れた喉から発せられる声音も怪物のものだった。
愛佳がまた一歩足を踏み出すと、チエは尻餅をついたまま一歩後退した。
「チエ……チャン……ドウシテ……ニゲルノ……」
炎を消す手段を持たぬチエが逃げるのは当然なのだが、それは愛佳からすれば許し難い裏切り行為だ。
「ドウシ……テッ……!」
苦痛と憎悪で無茶苦茶となった思考に従い、愛佳が更に歩くペースを早めようとする。
そこで上空から火炎放射器の本体が飛来し、続いて連続した銃声が聞こえ――辺り一帯が閃光に包まれた。
最早狂ってしまった愛佳の頭では到底理解出来なかったが、銃弾で撃ち抜かれた火炎放射器が爆発を巻き起こしたのだ。
「ウアアアアアアアアアアアッッ……!!」
何者にも祈りを捧げる事無く、ただ己の境遇を呪いながら、愛佳の意識は闇の奥底へと飲み込まれていった。

95再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:26:33 ID:QxFK1geI0


「……ここまで酷い武器だとは思わなかったよ。修羅といえども、これはちょっと後味が悪いね」
火炎と爆風により半ば焼け野原と化した地の上で、肩を落としながら呟く少女の名は、朝霧麻亜子。
近くには見るも無残な焼け焦げた死体と、今にも息絶えそうなチエが横たわっている。

――麻亜子はチエ達に逃げられた後、レーダーを頼りに追撃を行った。
しかし間近までレーダーを点けたままで行こうとすると、漏れ出る光により自身の位置を悟られてしまう為、電源を切りざるを得なかった。
敵の大体の位置は把握してるとは言え、その状態で正確な攻撃を決めるのは難しい。
そこで麻亜子は攻撃範囲の大きい――チエ達が落としていった火炎放射器を使用したのだ。
結果は予想以上のもので、燃え盛る火炎は茂みに隠れていた獲物の片割れを完全に飲み込んだ。
麻亜子はその機を逃さず、砲丸投げの要領で火炎放射器を投げ込み、続いて狙撃を行った。
狙い通り生み出された爆発は火塗れの愛佳だけでなく、傍にいたチエすらも蹂躙した。
結果は上々、左肩を撃たれてしまったが幸いにも、『まだ』左腕は動く。
指一本動かす度に激痛が跳ね、放っておけば治療不可能な状態まで悪化してしまうかも知れないが、『まだ』何とか動く。
だが一度に二人の獲物を仕留めたとは言え、火達磨となった愛佳の惨状は麻亜子にとってもショックが大きかった。
この世のものとは思えぬ絶叫、直視に耐えぬ黒焦げの亡骸。
かつて人だった者が目の前で、自分の手によって、人間では無い何かへと変貌していった。

ともかく先程の爆発音はかなり広範囲に響き渡った筈なのだから、今すぐこの場を離れなければならない。
息を乱しているチエに手早くトドメを刺し、戦利品を回収して、怪我の治療を行わねばならない。
しかし麻亜子は苦々しく表情を歪めたまま、自身が生み出した惨状を眺めていた。
それは修羅としての役目を成すには、決して抱いてはいけない罪悪感によるものだった。
それが決定打となり、麻亜子は再会を果たす事となる。
「……むっ!?」
遠くより駆けてくる足音に、麻亜子が振り向く。
麻亜子は手馴れた動作でH&K SMG‖を構えたが、近付いてくる人影の正体を認識した瞬間、ぽろりと銃を取り落とした。
「たか……りゃん……」
現れたのは、麻亜子にとって二番目に大切な存在――河野貴明だったのだ。

96再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:27:05 ID:QxFK1geI0


「こ……これは……」
河野貴明が戦場に辿り着いた時、眼前に広がったのは正しく地獄の光景だった。
焼け焦げた地面、鼻をつく嫌な臭い。
呆然とした顔で視線を送ってくる麻亜子を意にも介さず、貴明は地面に倒れ伏せているチエを抱き上げた。
先の爆発音の時に負傷したのろうか、チエの背中は血で濡れていた。
「吉岡さん……」
声を掛けると、それまで目を閉じていたチエが、ゆっくりと瞼を押し上げた。
「せ……先輩……やっと会えたッス……」
それは今にも消え入りそうな声。
まるで少年との一戦を終えた後の、笹森花梨のように。
「一体何があったんだ?」
心の奥底より沸き上がる『嫌な予感』を振り払うように、震える声で訊ねる。
「まーりゃんって人に襲われて……頑張ったけど、やられちゃいました……」
「そっか……」
そんな事は分かっていた。『嫌な予感』はこれでは無い。
そして、麻亜子がいくら憎かろうとも、今は戦うべき時じゃない。
「もう良い――治療出来る場所を探しに行くから、今は喋っちゃ駄目だ」
そうだ、復讐よりも目の前の人を救う方が大切だ。
今はチエの救助を最優先に行動すべきなのだ。
『嫌な予感』を、現実のものとせぬ為に。

97再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:27:51 ID:QxFK1geI0
しかしチエはゆっくりと首を振って、言った。
「それよりも…………先輩、聞いて欲しい事があるんスよ……」
「……何かな?」
チエはこれまで見せた事の無い程真剣な瞳で、こちらを見つめていた。
その視線を一身に受けた貴明は、素直に話を聞くしかなかった。
「あたしね……このみと会ったんスよ。夢の中で――もう死んじゃった筈のこのみと会ったんスよ」
「このみと?」
「このみはね……、河野先輩の事が……好きだったんスよ。ずっとずっと……、昔から……好きだったんスよ。
 このみは……心配してました。自分が死んだ事を嘆くよりも……、残された河野先輩を……心配してました」
「そっか……」
このみらしいな、と思った。
彼女は子供のように見えて、芯の部分では自分などより余程しっかりしているから。
それに自分がこのみより先に死んでしまったとしたら、同じように残された相手の心配をするだろう。
自分とこのみはそういう関係なのだ。
「それでこのみは……、あたしに言ったんスよ。『よっちにタカくんをお願いしたいの』って……」
「――吉岡さんに? どうして?」
分からなかった。自分とチエは、親しい仲では無い。
環や雄二に頼むのなら分かるが、このみがどうしてチエにそんな事を言ったのか、理解出来なかった。

98再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:28:41 ID:QxFK1geI0
目を丸くしている貴明を見て、チエが優しく微笑む。
「あたし……河野先輩が好きなんスよ」
「――――え?」
思わず、随分と間抜けな声で訊ね返してしまう。
今チエは何と言ったのだ?自分の聞き間違えで無ければ――
「あたし……河野先輩の事が大好きなんスよ。このみはそれを知ってたから、あたしに頼んだんだと思うッス……」
「――――!」
チエの言葉を聞いた瞬間、貴明は後頭部を思い切り殴り付けられたようなショックを受けた。
目を大きく見開いた後、震える唇をどうにか動かす。
「そうだった……んだ……」
「……でも、このみに怒られちゃいますね」
「どうしてさ?」
貴明が聞き返すと、チエは沈んだ表情を浮かべた。
「あたしは……もうそろそろ死んじゃうから……河野先輩を支えて上げられないから……約束を果たせないッス……」
これが、『嫌な予感』だった。チエの姿は、今際の際の花梨とあまりにも似すぎていたのだ。
やはり、もうチエは――

99再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:29:13 ID:QxFK1geI0
「吉岡さんッ!」
貴明は叫んだ。
チエの身体を強く抱き締めて、精一杯叫んだ。
「吉岡さんは十分頑張ってくれたよ! 今だって辛いだろ!? 痛いだろ!? 
 それなのに吉岡さんは、気力を振り絞ってこのみと自分の思いを伝えてくれたじゃないか!」
「先輩……」
腕に籠めた力をより一層強めながら、半ば涙声で続ける。
「ゴメン、吉岡さん……。俺がもう少し駆けつけてくるのが早ければ、守ってあげれたのに……」
「良いんスよ……でもその代わり、少しだけお顔を見せてくれませんか?」
言われて、貴明は少しだけチエから身体を離した。
それでも少し動けば口付けが出来そうなくらいの距離で、チエがゆっくりと口を開く。
「河野せんぱ、ううん……貴明先輩。これだけはずっと覚えておいて欲しいッス。貴方を好きな女の子が、二人いたって事を――」
言い終えると、チエは眠るように静かに目を閉じた。
その寝顔は場違いな程、穏やかに見えた。
「よし……おか……さん……?」
呼び掛けても返事は無い。チエはもう、動かなかった。
まだまだ伝えたい言葉があったのに。
死を迎えるその瞬間まで精一杯想いをぶつけてくれた少女に、色々言ってあげたかったのに。
自分は馬鹿で、鈍感で、その所為でチエの好意にも気付いてやれなかった。
女が苦手だからなどという理由で、チエとの関わり合いを避け続けてしまった。
その事を謝りたかったのに。
もうそれは、永久に叶わぬ願いとなってしまった。
「吉岡さん……お休み」
貴明は静かにそう呟くと、るーこの時と同様に、チエの瞼を優しく閉じさせた。
それからすくっと立ち上がって、もう一人の亡骸へと目をやる。
「小牧さん……」
それは既に原型を留めていない黒焦げの死体だったが、髪型と焼け残った制服からかろうじて判別がついた。
愛佳の亡骸は、顔の大部分が焼け爛れており、閉じさせてやる瞼すら存在しない。
特に苦しい死に方の一つに、焼死が挙げられる。
生きたまま火に巻かれ、意識を保ったまま身体の機能を破壊されてゆくのは、どれ程の苦痛なのだろうか。
きっと、想像もつかないものなのだろう。
自分がこれまで負ってきた傷よりも、何百倍も痛かった筈だ。

100再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:30:39 ID:QxFK1geI0
貴明はくるりと身体の向きを変え、首を上げた。
あの女を――かつての先輩で、そして最早怨敵と化した相手を、視界に収める為に。
「まーりゃん先輩……俺は貴女を――」
貴明の塗れた瞳が、紅い涙を流す双眸が、麻亜子を睨みつけた。
表現しようが無い程の悲しみと憎しみを乗せた声で、告げる。
「殺します」
猛り狂う雷鳴が、二人を照らし出した。

【2日目・23:05】
【場所:F−2右下】

朝霧麻亜子
 【所持品1:H&K SMG‖(11/30)、H&K SMG‖の予備マガジン(30発入り)×1、IMI マイクロUZI 残弾数(12/30)・予備カートリッジ(30発入×1】
 【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
 【所持品3:サバイバルナイフ、投げナイフ、携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
 【所持品4:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、ボウガン、バタフライナイフ】
 【状態①:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨二本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ、全身に痛み】
 【状態②:精神状態不明、頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、左肩重傷(動かすと激痛を伴う)、両腕に重度の打撲、疲労中】
 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除(貴明に対する対応は不明)。最終的な目標はささらを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:激怒、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、疲労小、マーダーキラー】
 【目的:麻亜子の殺害、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】

101再会は雷鳴と共に:2007/05/01(火) 06:31:44 ID:QxFK1geI0
吉岡チエ
 【装備:、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:死亡】
小牧愛佳
 【所持品:備考参照】
 【状態:死亡】

【備考】
※愛佳の荷物【ドラグノフ(5/10)、包丁、缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
は一部が焼失していると思われますが、具体的な内容は後続任せ。

ルートB18(B13準拠、予約制有りルート)ルートB19(B16準拠、予約制有りルート)
→815

102娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:16:50 ID:RYnJ3lb.0
日はすっかり沈み、周辺を映す光は何もない無学寺の一室。
水瀬秋子と水瀬名雪は寄り添いあいながら休息を取っていた。
月島拓也を迎撃し彼らと別行動を開始した後、二人は終始無言で歩きつづけた。
再会は出来た、だがこれで終わりなどではない。
むしろこれからが重要なのだ。自分は手負いの中、なんとしてでも娘を守らなければならない。
疲労と、怪我と、そしていつまた襲われるとも限らない危機感に、秋子はとても安堵に浸る余裕などなくなっていた。
それを感じ取ったのか、隣を歩く名雪も秋子の腕にしがみつきうつむいたまま寄り添いながら歩きつづけ、何事もなく目的地に着いたのが数刻前の出来事。
惨劇の島に閉じ込められながらも,初めて訪れた親子水入らずの一時。
小さく寝息を立てる名雪の頭をひざに乗せ優しく撫でるその顔は、娘を慈しむ一人の親の顔で。
とても怒りに人を殺したなどとは思えないほど慈悲に満ち溢れていた。

「―ーう……ん……、ゆう……い……ち……」
閉じた瞳から一筋の涙が零れると同時に、名雪の口が小さく開く。
不意に発せられた人名に秋子の手がピタリと止まっていた。
娘の大好きだった甥っ子、そして自身も二人を見ていて暖かい気持ちになれていた。
……だがそんな彼も目の前で死なせてしまった。
寺に向かう道中名雪と交わした唯一の会話を思い返す。
『祐一の名前が呼ばれちゃったんだ……』
秋子の胸がちくりと痛む。
あの時自分がもっと冷静にだったならば、祐一も、そして澪もあのような事にならなかったのではないか。
少なくとも自分の行動が原因の一端を担っていると言っても間違いはない。
だからなにも答えることは出来なかった。
『その話は後でしましょう。今は安全な場所へ』
そう答えるのがやっとでしかなく、再び彼のことを聞かれた時いまだになんと答えればいいのか秋子は判断できなかった。
止めた手をゆっくりと下げながら名雪の頬に当て、流れ落ちたしずくをぬぐい考え続ける。
目の前で死んだ事を隠し彼の遺志までも握りつぶしてしまうべきなのか……いやそんなことは出来ない。
だが正直に話して、娘は自分を許してくれるのか……。

答えは出ないまま、極度の疲労が秋子を襲い、逆らうことも出来ずに意識は闇へと落ちていった。

103娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:17:34 ID:RYnJ3lb.0




パラパラと断続的な音が耳に届き、その音に秋子はボンヤリと目を開けた。
――雨かしら?
まどろんだ意識の中、そんなことを考えながら視線を下に落とし、そこに寝ていたはずの娘の姿がなくなっていることに驚愕を覚えた。
「名雪っ!?」
首を左右に振りあたりを見渡すも、そこに気配は何も感じられなかった。
――まさか誰かが?
我を忘れ立ち上がると、娘の名前を再び叫んでいた。
拍子に腹部がズキリと痛み足がもつれかけるが、なんとか重心を建て直し、そして部屋を飛び出していた。
気の休まる暇なんてあるはずなどないはわかりきっていたはずなのに。
娘を守れるのはもう自分しかいないと言うのに何たるざまだ。
顔を顰めながらも、周囲に注意を飛ばし声を上げ続けながら隣の部屋を扉を勢いよく開く。
……だが何の気配もそこにはなく冷たい空気が秋子の体を包み込む。
閉めることも忘れ、その隣の部屋の扉も開けるが結果は変わらなかった。

庭のほうに目を向けるが、秋子の邪魔をしようとしているのか雨はますます強くなっていた。
地面を跳ねた雨が、素晒しの渡り廊下を僅かながらに濡らしていく。
耳障りな音に苛立ちを隠そうともせずに足を踏み出した瞬間……再び腹部を激痛が襲い、大きくバランスを崩し秋子は倒れこんでしまう。
「――くっ……」
衝撃に嗚咽が漏れる。

104娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:18:29 ID:RYnJ3lb.0
倒れこんだ秋子の視線の先……立っていては木に邪魔され見えなかった位置。
雨から逃げようともせずにその身で受け、立ち尽くす少女の後姿。
光も差さぬ暗闇。視界を奪う雨。
だが見誤う訳がない。
「……な、名雪? 名雪ぃぃぃっ!!」
痛みのことも忘れ、秋子は雨の中へと駆け出していた。
最愛の娘の下へ。

「あ、お母さん」
秋子の葛藤も知らぬそぶりで、名雪はゆっくりと振り返り笑顔を浮かべながら答えた。

……違和感を覚えた。
その顔も、その声も、ずっと一緒に暮らしてきた娘のものであることは間違いないはずなのに。
瞬間、秋子の足は止まっていた。
すぐに近寄って抱きしめたい衝動に狩られながら、体は拒絶するように秋子の体を押さえ込んでいた。
向かい合う二人の前に沈黙が訪れる。
声をかけたい、でも口が動かない。
――何故!?
名雪がくるりと秋子に背を向け、そして顔を天に向けた。
雨は名雪の額を、頬を、顔のすべてを打ち付けているにもかかわらう、一向に気にする様子もないまま天を仰ぎ続ける。
「――お母さんは……」
背を向けたまま、名雪がポツリと口を開く。
「放送を聞いた?」

直感でその問いが祐一の死を指すものだと気づく。
「祐一さんは……」
言葉に詰まる。
いまだかける言葉が思い立っていなかった。
だが秋子の答えを待たずして帰ってきた返事は、秋子の想像とはまた違ったものだった。

105娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:19:10 ID:RYnJ3lb.0
「違うよ、……祐一が死んだって放送もそうだけど、それは私も聞いたから。
私が聞きたいのは1回目と2回目の放送の事。おぼろげに流れたのは覚えてるんだけど、走るのに必死になってて全然覚えてないの」
真琴やあゆちゃん、香里さんの事を聞きたいのだろうか。
何の疑問もなく単純にそう考え、そして彼女らの死をも伝えなければならないのかと秋子の顔が悲痛にゆがむ。

「瑞佳さんが言ってたよね」
――ああ、彼女から聞いていたのか――と考え、苛立ちが募っていた。
けして喜ばしいことではないことなのに、自分の口から告げなくて良いことに安堵している自分がいて許せなかった。
さらに気持ちを整理する間もなく問い掛けられた次の質問に、秋子の全身が凍りついた。
「『放送でいってた優勝したら何でも願いを叶える』……お母さんはこれを聞いた?」
……もちろん聞いている。
そしてそんなことは嘘だとも考えている。
自分達に殺し合いをさせるために用意された餌でしかない、と言う事。

「私ね、起きてからずっと考えてたんだ」

「私達これからどうなっちゃうんだろうって」

「何にもしてないのに、みんな私を殺そうとやってくる」

「最初に会った人もそう、月島さんだってそう」

「誰にされたかはわからないけど、お母さんはひどい怪我をして」

「……祐一も死んじゃった」

一拍一拍と息をつきながら、淡々と告げる言葉に秋子は黙って耳を傾けていた。
そこで名雪の口が止まり、雨音だけが場を支配する。
なんて声をかけてはやれば良いか正解はわからないが、それでもかける言葉を探しながら秋子が口を開こうとした瞬間、名雪が不意に叫んだ。

106娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:20:00 ID:RYnJ3lb.0
「だからね!」
秋子へと振り返りながら、名雪は屈託のない笑顔を浮かべた。
見慣れているはずなのに、どこか無機質に感じるその微笑みを秋子は恐ろしく感じた。
想像したその先の言葉は聞きたくなかった。
娘の口からそんな言葉が出るなんて想像したくもなかった事だ。
娘には普通の生活を、幸せな生活を送らせることだけが自分の夢だったはずなのに。
願いむなしく、無情にも名雪は続けてその言葉を発した。
「逃げてちゃダメなんだよ! みんな殺して、優勝すれば、きっと元の生活に戻れると思うんだ!」
頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。
なんでこんな時だけ自分の予想は当たるのか。
「……名雪、そんなことは言うものじゃありませんよ」
諭すように言葉を投げかけるものの、口が震えて止まらない。
「え?」
名雪の顔が疑問の色に染まる。
「私間違った事言ってるのかな。私かお母さんが優勝して、この島にくる前の生活に戻してもらえば良いんじゃないの?」
「名雪、死んだ人はね。生き返らないのよ」
「願いは何でもかなうんでしょ? だったら生き返らせることだって出来るよね?」
「ううん、それはないわ。人は死んだらもう生き返ることは出来ないの。だから必死に生きるの。悔いの無いようにね、精一杯楽しむの」
「嘘だよ!!」
名雪の目が見開かれ、驚愕の表情を浮かべながら秋子を見つづける。
「どうしてお母さん、いつもみたいに『了承』って言ってくれないの? お母さんが何を言ってるのかわからないよ?」
そう力の限り叫んだ後、絶望に満ちた顔が一瞬で喜びのものへと変わりパンッと軽い手拍子を打ちながら言った。
「そっか、これは夢なんだ。そっか、そうだよ。こんなことあるわけないもんね。今ごろ目を覚まさない私を祐一が呆れ顔で覗き込んでて、必死に起こそうと体をゆすってくれていて。
それでも起きなくてしょうがなく私の顔を覗き込んで、そして悪戯心にキスなんかしようとして、私がそこでいきなり目を開けて驚いて飛びのいちゃうの。それで私は寝たふりでもしてればよかったってきっと後悔するんだよね。
あっ! こんなことしてる場合じゃないよ。早く目を覚まさないと祐一に会えないよ」

107娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:21:04 ID:RYnJ3lb.0
叩いた手を頬へと持っていき、そして軽くつねる。
だが期待とは裏腹に、名雪の頬に訪れた痛みにきょとんとした表情を浮かべる。
「あれ、痛い。おかしいな。覚めないよ」
今度はもう片方の手も頬へと回し、両側から両手でつねっていた。
それでも結果は変わらないものだった。
「痛い。痛い。何で? 何で?」
「止めなさい、名雪!!」
止めようと近寄る秋子の静止も無視しながら頬をつねり続けるその腕を抑えると、名雪は膝を突く。
濡れた地面から泥が跳ね名雪の顔にかかるものの、それを拭おうともせずに名雪は呟き始めた。
「嘘だよ、こんなの嘘だよ…。夢じゃなきゃおかしいよ……」
「夢じゃないのよ……祐一さんはもういないの」
自身の服の袖で名雪の顔を拭きながら、非情な、それでも伝えなければいけない現実を初めて口にした。
「そんなの嫌だよ! 祐一がいないと私もう笑えないよ! なんで!! どうして!!!」
会いたい……。祐一に会いたいよ。祐一がいない世界なんて生きてたってしょうがないよっ!!」

その叫びと同時に、名雪がポケットをまさぐり取り出した右手にはいつの間に持ち出したのか八徳ナイフが握られていた。
勢いよく上に振りかざし、振り子のように切っ先が腹部へと吸い込まれるように振り下ろされる。
「止めなさい!!」
ナイフが突き刺さる寸前、秋子の腕は名雪の腕を必死に捕らえる。
同時に反対の手でナイフをを弾き飛ばし、ナイフはコロコロと地面を転がっていった。
「なんで……? 祐一はもういないんだよ?」
全身から力が抜け、糸の切れたマリオネットのようにうなだれる名雪の身体を抱き寄せながら秋子は大粒の涙をこぼした。
雨に混じりながら名雪の頭へと流れ落ちる涙をぬぐおうともせず、名雪にとっての祐一の存在の大きさ、そして彼を目の前で死なせてしまった自分の罪を再びかみ締めている。
この怪我で、この殺し合いを仕組んだものを倒すなんてことは出来るのだろうか。
開いた傷口より流れ出る血が巻かれた包帯から染み出し、服を赤く染めていた。
それ以前に我が子を守り通すことすら出来るのだろうか。
そもそも守り通しても名雪は喜んでくれるのだろうか。

108娘の願い、母の願い:2007/05/01(火) 15:21:53 ID:RYnJ3lb.0
「……名雪」
今娘が自分に対して望んでいることは只一つ……。
「祐一さんを生き返らせて欲しい?」
言葉は返ってこなかったが、抱きしめた名雪の頭が胸の中で上下に動いた。

この怪我ではどこまで出来るかはわからない。
だが今まで出会った人間に自分はゲームに進んで乗っているとは思われていないはず。
それが自分に取っての大きな利点だ。
まず出会ったことのある人間を探し、彼らに隠れて知らない人間を排除していこう。
だが、同じように考えている人間も必ずいるはずだ。
診療所で出会った人間はことごとく名前を呼び上げられているのがその顕著な例だろう。
そう、3回目放送にはあの橘敬介の名前が挙げられていなかったのだから……。
もしかしたら他の誰かに襲われたのかもしれないが、彼が裏切ったかどうかなんて今は些細な問題でしかなかった。
自分が考えついたのだから他の誰かだって考えつくはずなのだから。
こうなっては他人なんか信用できるはずも無い、する必要も無い。
信用も出来ない他人と手を組み、この殺し合いを仕組んだものを殺すよりも……一縷の望みにかけて優勝したほうがよほど現実的な可能性に思えた。
だから――

「……了承」
それが娘の願いならば全霊を尽くそう、そう誓いを立て秋子ははっきりと答えたのだった。


【時間:二日目・22:30】
【場所:無学寺】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【状態:腹部重症(傷口は開いている)、出血大量、疲労大、優勝に向けゲームへの参加を決意、名雪の身の安全が第一優先】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ(地面に転がってる)】
 【状態:疲労、マーダーへの強い憎悪】

→775

109No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:56:25 ID:zWo7iSL.0

まーりゃん先輩……
もう戻ることは出来ないんですね……
貴女が闇に手を染めるなら……
俺は……その闇を……

110No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:56:47 ID:zWo7iSL.0




貴明さん……
貴明さん……
貴明さん……
あんなに怪我を負っているのに……
あんなに早く動いている……
追いつけない……
見失う……
まーりゃん先輩を……
……殺してしまうの?
貴明さん……
「貴明さん!」
待って……
待って!

111No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:57:26 ID:zWo7iSL.0




っ……! 糞……あの餓鬼に撃たれた傷が疼きやがる……
……銃声が鳴ったのは確かこっちのほうだったな。
高槻……存分に楽しもうじゃないか。
こんな楽しみはないぞ?
食うか食われるか。
殺すための武器まで頂いてるんだ。
くくくくくくくく……
ああ……楽しいなぁ? おい……
「貴明さん!」
あ?
あれは……
「くくっ……」
そうかそうか……
高槻の女じゃないか……
ええ?
しかも誰の名前を呼んだ?
高槻はどうした?
残念だったなぁ……高槻ぃ……
あの女を犯して……ははっ……肉人形にしてやるか……
高槻の前でもう一度犯してやったらどんな顔をするかねぇ?
最高だ……最高だよ……!
なんて楽しいんだ……!
「くくっ」
さっさと前の餓鬼を葬って高槻を狩りに行くか……
待っていろよ……高槻……!

112No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:57:43 ID:zWo7iSL.0




「ひっ……た……助けてください……」
そういって俺はこの坊ちゃんの前に飛び出す。
餓鬼に撃たれた腹を抱え、銃声のした方角から。
脂汗を浮かべ、助けを請うるような眼で。
デザートイーグルをすぐ出せる位置に仕舞い込み、特殊警棒を持ちながら。
「……どうしたんですか?」
無警戒にも両手を下ろして俺を迎える。
こういう甘ちゃんがよくこんなとこまで生き残れたなあ……
高槻におんぶに抱っこか?
ははっ……残念だったな。
お前はここまでだ。
さて……高槻の女が来る前にとっとと片付けないと……
「あっちのほうで……いきなり撃たれて……ごほっ!」
そういって俺は左手の警棒で銃声のした方を指差し、右手で見えないようにデザートイーグルを抜き放ち……

113No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:58:08 ID:zWo7iSL.0




ドガンッ!




「っがぁっ!!」
耳を劈く銃声が響き、放たれた銃弾は肉を弾けさせる。
60口径の巨大な銃弾は抉る、どころではなかった。
右腕の付け根を撃たれた岸田の腕は、最早ぶら下がっているだけと言うべき様相を呈していた。
その衝撃の圧迫は心の臓に届き、その動きを一瞬止めさせ、岸田に束の間の死を与えた。
撃たれた本人は吹っ飛び、背後の木にぶち当たる。
そして瞬間、岸田は息を吹き返す。
「ごぉ……おお……貴様……」
「……防弾チョッキは着ていないのか」
闇に紛れて岸田からは見えなかった貴明の眼は、酷く冷たい輝きを帯びていた。
貴明の右腕からはフェイファーツェリスカがぶら下がり、硝煙を銃口から立ち昇らせていた。
……イルファの残したフェイファーツェリスカが。
「貴様ああああアアアアアアアアアアアアアア!」
岸田が吼える。
その獣の様な咆哮は、しかし貴明には何の変化も齎さなかった。
「2秒やる」
「ふざけるなああアアアアアアアアアアアアア! 殺す! 殺してやるううううううああああああああああああ!」
「岸田洋一。お前の名前は?」
「ああああああああああ!? ふざけるなあああああああああああああ!」
「に、いち、ぜろ」
貴明はステアーAUGを取り出し、セミオートにして一発撃つ。
岸田の未だ無事な方の肩に。
「っがああああアアアアアアアアアアアアアアあ!?」
パン、と先ほどの音に比べて酷く小さな音がした。
しかしそれでも人の身体に突き刺さるには十分な威力を持っている。
それは岸田の左肩を抜けて組織を持っていき、地面に刺さる。
「岸田洋一。お前の名前は?」
「貴様アアアアアアアアアアアアアアああああああ!」
「に、いち」
「っく……待て! 岸田洋一だ!」
貴明は興味もなさそうに聞いている。
「岸田洋一。お前はこの島に着てから何人殺した?」
「はぁ……はぁ……は……忘れたね。そんなこと」
「そうか」
貴明は岸田に近付いていく。
そして銃を左手に持ち替え、右手で岸田の顔に触れる。
「はぁ……はぁ……おい餓鬼……まさか……!」
手を滑らせて、岸田の瞼をそっと摘み、思いっきり捻り上げた。
ぶちぶちぶちっ!
「……っく……」
瞼を千切り取る。
それでもそれ自体は銃痕に比べれば然したる痛みもなかったので、呻く事もしなかった。
しかし……
「おい餓鬼……やめろ!」
暴れようと腕に力を込めるだけで激痛が脳に響く。
千切れ落ちそうな右腕の痕からはどくどくと溢れる血。
それでも腕は動かない。
それでも貴明は止まらない。
貴明の指が岸田の眼窩に触れる。
触れて、隙間を探り、廻し、抉り、突っ込み、掻き出す。
千切られた瞼を閉じることも叶わず、自分の眼球が摘出される様を摘出される眼球で見続けた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
喉の奥から絶叫が迸る。
眼球の後ろからでる視神経が伸びきったまま引きずられる。
「ヴぁああっ! ああああっ! ごろず! 殺すうううあああああああああああ!」
黙って視神経を引きちぎり、その眼球を未だ叫び続ける岸田の口に放り込む。
「がっ! ああっ! 貴様! げほっげふぉっ! 殺す! ごほっ! 殺してやるからなあああああああああああ!」
「……うるさいな」
地獄の底から響くような声が貴明の口から上る。
「殺してみろよ……皆を殺したみたいに……お前は殺すと言って殺していたのか……? お前が殺すと言えば相手は死んでくれるのか? 俺は死ぬのか? なら早く殺してみろよ……俺にこんなことされる必要なんてないだろ? どうした……殺してみろよ……」
「がああああアアアアアアアアアアアアアアあああああああ! 調子に乗るなあアアアアアアアアアアアアアアああああああ!」
「……岸田洋一。お前はこの島に着てから何人殺した?」
「あああああああああっ……くそっ……4~5人だ! 一々覚えてられるか!」
「そうか……」
貴明は岸田の千切れ掛けた右腕に手を伸ばし……

114No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:58:26 ID:zWo7iSL.0




「きゃああああああああああああああ!」
え?
これは?
何なの?
貴明さん?
何をしてるの?
誰?
それは誰なの?
貴明さん!
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」
気付かない内に口から絶叫が迸る。
なにがなんだか分からない。
貴明さんを止めないと。
「貴明さん!」
気付いた時には貴明さんに後ろから抱き付いていた。
多分、私は羽交い絞めにしているつもりだったんだと思う。
「やめて……! 貴明さん……」
何で止めたのかも分からない。
足元の血溜りの中で変わり果てた姿で横たわっているのは岸田洋一。
貴明さんがが悪いことをしてるわけじゃない……はず。
でも、私は止めようとしている。
何で?
貴明さんに手を汚してほしくないから?
偽善にも程がある。
ここで岸田洋一を野放しにするほうが危険なのは明白なのに。
それでも。
貴明さんが狂気に染まっていくのを見たくない。
そう。
そうなんだ。
私は貴明さんに正気でいてほしいんだ。
だから止めるんだ。
「貴明さん……」
貴方は、今、正気ですか?
「先輩……」
貴明さん……
大丈夫なの?
「ぁん……」
胸を押された。
でも……ああ……貴明さん……笑ってる……
大丈夫なのね……?
もう……大丈夫なのね……?
「ごめん。邪魔しないで」
え……?
た……かあき……さん……?
どうして……?
「かぁき……ん……」
どうして……?
どうして私は離れてるの?
貴明さんが……
貴明さんが……!
「……先輩」
貴明さん……?
ああ……戻ってくれた……?
そうなのね……?
「……金槌と包丁、貸してくれないかな」
「ぇ……」
「いい?」
「ぁ……はぃ……」
「ありがとう」
何で?
何で私は応えてるの?
何で貴明さんを止めなきゃいけないのに金槌を探しているの?
何で貴明さんは……微笑んでるの!?
「貴明さん……」
「ありがとう。先輩」
「ぁ……」
何でそんな、笑って応えるの?
そんなちょっとそこにある鉛筆とってくれって言ったみたいに……
何で私は……止めないの……?
「先輩。危ないから、離れてて。でも、俺の見えないところには行かないでほしいな」
「……」
「先輩?」
「ぅん……」
「ありがとう」
何で……貴明さん……
貴明さん……

115No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:58:48 ID:zWo7iSL.0




先輩、追いかけてきちゃったんだな。
しょうがない。
じゃあ先輩も守らないと。
さて。
続けるか。
「っく……」

今のこいつか?
「くっくっく……」
何で笑ってるんだ?
黙って目線を戻すと、空いた眼窩と残った眼球、それに無傷の口で岸田は冷笑を浮かべている。
「ははは……少年……愛しい愛しい恋人が追いかけてきたじゃないか。どうするね? このまま恋人の目の前で解体ショーを続けるか?」

こいつは何を言っているんだ?
「ほぅら……次は耳か鼻か口か? それとも腹か? いっそ頭か! 高槻から乗り換えたってのに恋人も可愛そうになぁ……愛しの想い人の趣味が凄惨な殺人ショーだなんて。ええおい? 少年。今までのお前の勇姿を聞かせてやったらどうだ。恋人が惚れ直してくれるかもしれないぞ?」
恋人?
珊瑚ちゃんもついてきたのか?
「なんなら俺から話してやろうか? 凄かったぞ少年は。無抵抗の俺にいきなり銃をぶっ放しその後馬乗りになって……」
ああ……
久寿川先輩を恋人と勘違いしてるだけか……
……取るに足りない、か。
「岸田洋一。増えるのと減るのと変わらないの。どれがいい?」
「またも銃を……は?」
「に、いち」
「ま……待て!」
「ぜろ」
「待て! 少年!」
全部、だな。
岸田の壊れた右腕に手を伸ばす。
「待て! 変わらないだ! 少年!」
遅い。
2秒と言った。
久寿川先輩から借りた肉厚の包丁……切れ味はどうなんだろうな。
岸田の右手をこいつの頭の横に持ってくる。
馬乗りの状態から前傾姿勢になれば丁度真下に頭と右手が来る。
包丁を岸田の指に当てて……体重を……
掛ける。
どっ
「がああああああああああアアアアアアアアアアアアああああああ!」
下が俎板じゃないと高い音ってしないものだな。
岸田の指が裂けている。
縦に。
激痛が走るのか叫んではいるが、腕にもう力が入らないのか手はぴくぴく動いているだけだった。
「貴様! きさま! キサマァァァアアァアアアアア!」
……次。
どっ
「ぐおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオおおおお!」
次。
どっ
次。
どっ
次。
どっ
「ヴァああっ! がああっ! ああああああああああアアアアアアアアアアアア!」
10本。
次。
岸田の右手を掴んで持ち上げる。
10本に増えた指の間から血を流し続け、指は力なく垂れている。
指を……立てて……付け根に当てて……
削ぐ。
ぞりっ
「ぎゃああああアアアアアアアアアアアア!」
……肉を削ぐのって結構難しい。
包丁がおかしな方向に行って岸田の頬に少し刺さってしまった。
まぁいいか。
もう一度。
「っぐああああああああああああああ!」
今度はさっきよりは上手く行った。
岸田の10本に増えた親指の片方は削げ落とされている。
逆からも。
「ををおおオオオオオオオオオオ!」
何度か続ける。
これで2本だった親指は骨と落としきれなかった肉だけになった。
「うぐああああアアアアアアアアアアアア! ヴァああっ! あああああああああああああああああ!」
他の指も。
それなりに適当に。
それなりに丁寧に。
残った肉もあるが、殆ど骨だけになってもいるが、ちゃんと指は5本に戻っている。
「おおおおおおおお! 糞餓鬼がアアアアアアアアアアアア! 調子に乗るなああああアアアアアアアアアアアア!」
次。
先輩から借りた包丁を置く。
血塗れになっちゃったな。
後で先輩に謝らないと。
先輩から借りた金槌を拾う。
血塗れになっちゃうのかな。
後で先輩に謝らないと。
岸田の手を近くの木に添える。
指先を広げさせて、丁寧に添える。
左手で岸田の手の甲を押さえる。
右手で先輩の金槌を振り上げる。
まず小指の先端に狙いを定めて……
打ち下ろす。
ごりっ
「がアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアア!」
骨は……皹が入っているだけで砕けてない。
丈夫なものだな。
次はさっきより力を込めて。
振り下ろす。
ゴッ……
「ぐオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオおお!」
関節から先が飛んだ。
砕くのもなかなか難しい。
次。
第二関節。
ごりっ
ごりっ
ばきっ
「づあアアアアアアアアアアアア!」
上手く行った。
次。
付け根。
ゴッ……
しまった。
また飛ばしてしまった。
まぁいいや。
4本。
次。
ガッ……
ガッ……
ばきっ
次。
次……
次……

116No.829 解体作業:2007/05/01(火) 16:59:10 ID:zWo7iSL.0


……ゴッ
ゴッ
ばきっ
これで0本。
「があああアアアアああああアアアアアアアアアアアアあっ! 貴様! きさまあっ! 殺す! 絶対に殺してやるアアアアああああアアアアアアアアアアアア!」
さて……次は……
「いいや殺すだけじゃ飽き足らん! 貴様の首を切り取ってその前で貴様の恋人を犯し尽くしてから殺してやる! 殺す! 殺す! 殺してやるぅぅぅぅああああアアアア!」
……今……何て言った……?
珊瑚ちゃんを……犯す?
珊瑚ちゃんを……殺す?
珊瑚ちゃんを……?
珊瑚ちゃんを……!?
「今……何て言った……」
岸田が俺の下で笑う。
「お前の恋人を犯してやるといったんだ。股座を濡らして自分から我慢出来ずに強請る様になるまで丹念に丹念に準備してからな。その穴に思いっきり突っ込んでやるんだよ。くくっ……少年。お前の恋人はいい体しているじゃないか。さぞいい肉奴隷になるだろうよ」
こいつ……は……
殺す……
「ええ? いい声で鳴いてくれそうじゃないか……飽きるまで犯しつくして……その後は……」
金槌を振り上げて……
全力込めて……
振り下ろす!
「貴様の生くはぉうっ!?」
ぐにゃっ、という感触があった。
柔らかいものが潰れる様な。
金槌振り下ろした先、岸田の股間からは何か液が出てきている。
精か、尿か、それとも血か。
何でもいい。
関係ない。
「珊瑚ちゃんを犯す……?」
ぐちゃっ
「珊瑚ちゃんを殺す……?」
ぐちゃっ
「させない……」
ぐちゃっ
「絶対……」
ぐちゃっ
立ち上がる。
踏み潰す。
何度も何度も踏み潰す。
もう感触が変わらなくなるまで何度も何度も踏み潰す。
こいつは許せない。
絶対に許せない。
この島であろうと、なかろうと。
悪であるかどうかなんて。
そんなことは関係ない。
俺にとっては敵だ。
殺す。
殺す。
殺し尽くす。

117No.829 解体作業:2007/05/01(火) 17:01:25 ID:zWo7iSL.0


「はぁっ……はっ……はぁっ……」
気がつくと、岸田の股間は血まみれで岸田は口から妙な液体を出して止まっていた。
しまった。
生きているんだろうか。
まだ聞かなきゃいけない事が沢山あったのに。
「心臓は……」
……動いてる。
信じられないくらい丈夫な奴だ。
まぁこれは都合がいい。
それにこうなったらもう珊瑚ちゃんを……女の人を犯すなんて出来ないだろう。
「岸田洋一。起きろ」
……起きるはずもないか。
どうすれば起きるだろうか。
痛みを与えれば起きるだろうか。
右手を掴んで。
先端を地面に擦り付ける。
「っぐぎゃあアアアアアアアアアアアアあっアアアアっ!」
起きた。
これは存外有効だな。
「ごほっ、ごほっ……がはぁっ……づぁっ……」
現状認識が追いついていないのだろうか。
岸田は彼方此方に隻眼となった顔を振り回している。
やがて俺の顔に焦点が合った。
「貴様……貴様ああアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアっ!」
説明する前に思い出したようだ。
都合がいい。
「くそっ! クソッ! 糞っ! 少年! づぅあっ……貴様、何てことしてくれやがったんだ! ええ!?」
さっさと聞くことを聞いてしまおう。
いつ死なないとも限らない。
「さぞかし気分がいいだろうな!? 無抵抗の人間を一方的に痛めつけられて! がはっ……少年! 貴様の恋人もそこで震えてるぞ! はははははっぐ……ふ……はははははは!」
「これでもう……」
「あ……?」
「貴様は珊瑚ちゃんを犯せない」
「なっ……!」
愕然とする岸田。
何故だ?
何か俺おかしな事言ったか?
「それだけのために……づっ……俺のちんぽを……潰しやがったのか……?」
「他に何がある?」
「狂ってやがる……」
岸田の表情が傍目から見て分かるくらいに青褪める。
何でだ……?
まさかこいつ今まで生きて帰れるとでも思っていたのか?
まさかそんなはずないよな。
ああそっか。
唯血を流しすぎただけか。
早く聞かないと。

118No.829 解体作業:2007/05/01(火) 17:02:12 ID:zWo7iSL.0
「岸田洋一。先程の銃声はお前か?」
「……あ?」
「に、いち」
「あれは……俺じゃねえよ……」
違うのか。
何処まで信用できるかはわからないけど、まーりゃん先輩のものだったっていう可能性もやっぱりあるのか。
元々こいつに聞いて否定できる可能性でもないけど。
「そうか」
ステアーをズタズタの右手に一発。
「づぅっ……」
あまり反応がない。
もう痛覚も死んでいるのだろうか。
右の脛に照準を変更してもう一発。
「がぁっ……」
反応が薄い。
「少年……嘘じゃねえよ……だから撃つな……」
どうなんだろう。
さっきとの態度の違いが気に掛かるけど。
取り敢えずもう一発。
「ぐぅっ……」
脛に二つ目の穴が開く。
こんなことで嘘をついて痛みを伸ばすような真似はしないか、と取り敢えずは考えておこう。
「岸田洋一。お前はどうやってこの島に来た?」
これがメインだ。
この質問の答え次第でこれからの事が大きく変わる。
こいつがここにいるということはこの島が密室ではないということ。
こいつが入った後に密室になった、そもそも主催者の手先、色々可能性はあるが少なくとも主観では可能性は上がる。
ただ俺が主催者ならこいつは首輪をつけて参加者の中に紛れ込ませる。
……少年のように。
少年という前例があってこいつがそうでない可能性は……無いとは言えないが薄いだろうと思う。
メリットが少ない。
俺たちがここまで情報を得て行動するとはいくらなんでもそうそう思っていないだろう。
主催者が最初からそこまで考えていたということは……多分、無い。
別の対策を講じる方がずっと楽だ。
岸田洋一……
お前はこの島のイレギュラーなのか?
「に」
岸田は胡乱に俺を見る。
「いち」
こいつは応えるのだろうか。
「ぜろ」
「……船だ」
……船?
そうか……船か……
ぱんっ
「ぐぁっ……!」
船……
これで脱出の可能性が現実味を帯びてきたんだな……
「岸田洋一。お前はどうやってこの島に来た?」
よかった……
珊瑚ちゃん達を……脱出させられる……
「に」
きっと……これで……
「いち」
「……船……だ……」
「そうか」
ぱんっ
「ガッ……」
当ての無い希望じゃないよな?

119No.829 解体作業:2007/05/01(火) 17:02:40 ID:zWo7iSL.0
「ごほっ……少年……お前俺が何を言おうと撃つつもりだろ……」
撃つだけとは限らないけど。
どうやって来た、という所に全く反応しなかったということは主催者の手先ではないのだろうか。
それとも全て演技?
ここまで半死半生でそれをするような奴だろうか。
……船でなくとも何かしらの移動手段で来てはいるのだろう。
と、思いたい。
「船でどっかの砂浜に乗り上げたんだよ……船は壊れるし島はこんなだし仕方ないだろ? やらなきゃやられるんだ。ごふっ……殺すしかないじゃないか。殺されたくないんだから。……俺もお前達も、被害者なんだよ」
これは嘘。
こいつは嬉々として殺していた。
俺に助けを求めたときも右手はデイパックに伸びていた。
あの段階で俺が撃つとは思っていなかったはず。
だから後ろなんか振り向いた。
岸田の顔にステアーを横から近づける。
「お……おい……少年……」
高さを合わせて、撃つ。
ぱんっ
「んぐぁっ……がああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
岸田の鼻に横から穴が開く。
「岸田洋一。その船の場所は?」
「がっ! ぐぁっ! じ……じるがあああアアアアアアアアあっ!」
「に、いち、ぜろ」
「ぐっ……じょうねん……もうやめ……」
無事な方の手を取る。
その指先を自分の方に向ける。
その指を撃つ。
縦に。
ぱんっ
「んぐアアアアああああアアアアアアアアアアアア!」
腕の途中から弾が出てきた。
真っ直ぐには撃てなかったようだ。
「があアアアアああああアアアアアアアアアアアア! ふぐああああアアアアアアアアアアアア!」
「岸田洋一。その船の場所は?」
「がぁっ……ばじり回ってたじ……ぼんどにおぼえで無いんだ……」
「に、いち」
「まで! どっがのずなばまにのりあげだ! ぞじでばじりまわっでだらばやじにでだんだよ! ぼんどにごれいじょうばわがらん!」
「そうか」
撃つ。
今度は横に。
親指が吹っ飛んだ。
「っガッ!」
「岸田洋一。最後だ。今回は好きなだけ時間をやる」
「ぁ……に……?」
「岸田洋一。俺達の助けになるようなことを知らないか?」
「な……?」
「答えろ」
「……ぞうが、じょうねん、だっじゅづずるずもりなのが」
当然。
皆で帰るためには必須。
「あのぶねばごわれでいるぞ? ぞれにぶねをうごがずものもいる。なおぜるのが? うごがぜるのが? じょうねん、俺をごろずどだっじゅづでぎなぐなるぞ?」
つまり岸田を殺すと俺達は帰れない、と。
それだけか?
「ま……まで! なにをずるぎだ!?」
岸田の残った目に伸ばしていた手を止めて答える。
「話が終わったようだから」
「な……」
瞼を掴む。
「まで! じょうね……」
ぶちぶちぶちっ!
「まで! やめろ! ぶねのエンジン部ば無事だ!」
眼球に触れていた手を引っ込める。
「ごうぐもある! 俺をづれでいげばなおぜるぞ!」
そのまま岸田の話を聞き続ける。
「まだうごぐ! おれをごろずどだっじゅづのぎがいがなぐなるぞ!」
聞き続ける。
「じょうねん! ざぁ! どいてぐれ!」
終わりか?
再びゆっくりと岸田の眼球に手を伸ばす。
「なっ……!」
もうねたは尽きたか?
「おい……じょうねん!」
あるなら……生きてるうちに答えてくれるか。
「……お前みたいな奴が」
「やめろ……」
眼球と骨の隙間を指で探る。
「いなければさ……」
「じょうねん……やめろ……!」
入り易そうな所に力を入れて突っ込む。
「イルファさんも……瑠璃ちゃんも……」
「おい! じょうねん!」
そのまま指を回して眼球を抉り出す。
「死ななくてすんだのかな……」
「があああアアアアあアアアアああああアアアアアアアアアアアアっ!」
眼球を握り潰す。
ぷちゅっ、と手の中で弾けた。
「ぐああああああアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアあっ!」
こいつは最後に何を見たんだろうな。

120No.829 解体作業:2007/05/01(火) 17:03:06 ID:zWo7iSL.0
手に張り付いた眼球を払い、イルファさんの銃を岸田の額に当てる。
「岸田洋一。もう見えてはいないだろうけど俺は今お前の額にイルファさんの銃を突きつけている。もうすぐこれを撃つつもりだけど、何か言いたい事はあるか?」
そう告げると、岸田は叫ぶのをやめてもがくのもとめた。
打って変わって静かになった岸田は見えていないはずの眼で俺の方を見つめる。
「……少年。貴様は、俺を殺すか?」
「ああ」
何を今更。
「そうか……」
俺は、お前達を殺す。
この島で殺し合いに乗った奴は皆。
ああ、酷い矛盾だ。
俺だって殺し合いに乗った奴との殺し合いに乗っているのに。
でも、もういい。
俺は皆を守る。
珊瑚ちゃんを守る。
この目的だけは掛け違えない。
だから……最後はイルファさんのこの銃で、お前達の止めを刺す。
誓おう。
イルファさんに。
瑠璃ちゃんに。
雄二に。このみに。笹森さんに。るーこに。由真に。春夏さんに。
この島で散っていった唯生きようとしていた人達に。
自己満足は分かっている。
死んだ人を勝手に使っているだけなのも。
それでもいい。
これは俺の勝手だ。
地獄にならば甘んじて行こう。
……ふと思う。
まーりゃん先輩も同じようなことを考えたんだろうか。
先輩を守るために。
その為に俺とは違う道を選んだのか。
唯先輩を生きて帰らせるために。
自分を捨てて。
自分以外を捨てて。
先輩を守るために。
……やりきれない。
でも……
その為に俺の大切な人を手に掛けるのなら……
「少年」
っ……
馬鹿か俺は。
思考に没頭するのなら危険が無い場所でしろ。
再びフェイファーツェリスカを強く握る。
「何だ」
「地獄に堕ちろ」
「覚悟してるよ」
少し銃口を岸田の額から離して、引き金を……
「来たら真っ先に殺しに行ってやるからな」
引く。
岸田の頭が落としたスイカのように砕ける。
弾けた肉片骨片が俺にも降り注ぐ。
無傷だった岸田の口は……最後笑っているように見えた。
死んだ。
殺した。
俺が殺した。
これで、いい。
俺の手は既に血塗れ。
手を汚す人間はそんなに多くは必要ない。
同じ手で珊瑚ちゃんを抱くことは出来なくなっていくんだろうけど。
その覚悟はしているよな?
河野貴明。

121No.829 解体作業:2007/05/01(火) 17:04:05 ID:zWo7iSL.0




「先輩」
「あ……貴明さん……」
貴明さんがいつの間にか目の前にいる。
私は……
岸田洋一は……?
っ……
……貴明さんに、こう、させないために止めようとしてたのに……
「ごめんね。包丁と金槌、汚れちゃった」
貴明さんは包丁と金槌を自分の服で拭いてから私に返す。
……なんで……そこまで……
私は呆然としたまま受け取っている。
「予想外に時間を食っちゃった。行こう」
……そ、うだ。
このまま行くと貴明さんはまーりゃん先輩も……
いや……
それは……いや……
「貴明さん……」
「どうしたの?」
まーりゃん先輩は……殺さないで……
言いたいのに……
声が出ない……
私の勝手で……
危険に飛び込んで皆を守ろうとしている貴明さんを止めるなんて……
出来ない……
「先輩……?」
「なんでもないの……行きましょう」
貴明さんを止められないなら……
まーりゃん先輩を止めるしかない……
まーりゃん先輩……
止めよう。
絶対に。

122No.829 解体作業:2007/05/01(火) 17:04:28 ID:zWo7iSL.0











【時間:二日目:23:10頃】
【場所:G-2右上】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(23/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾7/8)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×8)、カッターナイフ、鋸、特殊警棒、支給品一式】
 【状態:怒り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、マーダーキラー】
 【目的:銃声の先へ向かう、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】
久寿川ささら
 【所持品1:電動釘打ち機(5/12)、ウージー(残弾25/25)、スイッチ(未だ詳細不明)、血のこびり付いたトンカチ、カッターナイフ、ウージーの予備マガジン(弾丸25発入り)×1】
 【所持品2:血のこびり付いた包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:貴明についていく、向かった先に麻亜子がいれば説得する】

岸田洋一
 【状態:死亡】

 【備考:岸田の支給品一式は食料・水のみを移し破棄します】

123再会は雷鳴と共に・作者:2007/05/01(火) 22:27:43 ID:nxajh5Vo0
改めて書いておきますね
ルートB18(B13準拠予約制有り)
ルートB19(B16準拠予約制有り)
両方とも827話『再会は雷鳴と共に』を採用、829話は非採用で、
新ルートとして設立希望です
お手数ですが宜しくお願いします>まとめさん

124忌まわしき来訪者:2007/05/02(水) 00:19:27 ID:xtBD/E/s0
天に雷雲が立ち籠め、雨と共に、木々に叩きつける怒槌が響き渡っている。
本来人々に光を与える筈の月も、今は雲に覆われてしまっていた。
高槻達はそんな劣悪に過ぎる環境での行動は避け、鎌石局傍の一件屋で休息を取っていた。
高槻と小牧郁乃は同じ部屋で、湯浅皐月は別の部屋にて、睡眠中である。
とは言え何時敵が現れても可笑しくないこの島で、全員が一斉に眠るなど出来る筈も無い。
故に交代で見張りを行ってゆく事となり、その一番手は高槻が引き受けていた。

灯りという灯りを全て消し、暗闇に包まれた寝室の中で高槻は独り物思いに耽る。
思うにこの島に来てからの自分は、『らしくない』事ばかりしてきた気がする。
その切っ掛けは郁乃や立田七海との出会いだ。
あの時何故自分はわざわざ危険を冒してまで、郁乃と七海を助けたのだろうか。
逃げるだけなら一人で十分だった筈。
どうして自分があのような事をしたのか、未だに分からない。
そして、分からないのはそれだけでは無い。
数度に渡り激戦を繰り広げた、岸田洋一。
己の欲望のままに動き、女は犯し、男は殺す――それがあの男の行動原理。
そう、かつての自分と然程差異の無い、行動原理。
ならば自分は岸田の事を少なからず理解出来、同属嫌悪以上の憎しみなど抱かない筈。
だというのに自分は岸田に対して、猛り狂う業火の如き怒りを感じている。
何故このような気持ちを抱くのか、本当に分からない。
ただ――首を横に回せば目に入る、郁乃の安らかな寝顔。
この少女を守りたいと思う気持ちは、嘘じゃないと思うから。
沢渡真琴が死んだ時に流した涙は、偽りなどでは無いから。
胸の奥底から沸き上がる憤怒の炎は、間違いなく本物だから。
もう二度と迷う事無く、最後まで自分『らしくない』生き方を貫いてみせよう。

125忌まわしき来訪者:2007/05/02(水) 00:20:27 ID:xtBD/E/s0
というか――
「あ〜、ウダウダ考えるのなんざ面倒くせえ! 理由なんざどうでも良いから、俺様は岸田の糞野郎も主催者もぶっ倒してハーレムを作るんだ!」
高槻はそう叫ぶと、独特の癖毛をわしゃわしゃと掻き回した。
その叫び声に反応した郁乃が、ごしごしと目を擦りながら身体を起こす。
「ふぁぁ……。もうアンタ、一人で何騒いでんのよ……」
「おっと、わりい。起こしちまったか」
「ったく、もう……」
安眠を妨げられた郁乃が、不満げに頬を膨らます。
しかしすぐに郁乃は表情を元に戻し、少し躊躇いがちに訊ねた。
「……ねえ、身体は大丈夫?」
「ん? ああ、少しマシになったぞ。俺様はそこらのモヤシ共とは違うからな、このくらいなんて事ねえよ」
高槻はそう言うと、多少大げさな動作で胸をドンと叩いてみせた。
決して虚勢を張ったりしている訳では無い。
銃で撃ち抜かれた傷は一日や二日で到底癒えるものでは無いが、体力的な面では既に十分回復していたのだ。
しかし昼間の疲弊しきった高槻を見ている郁乃は、まだ不安が拭い切れていない表情をしていた。
それを見て取った高槻が、付け加えるように、言った。
「マジで平気だって。さっきだって、あんな事を出来たじゃねえか」
「……あんな事って?」
郁乃が聞き返してくるのを確認し、高槻はにやりと唇の両端を持ち上げる。
それから右手をばっと郁乃の胸の近くまで伸ばして、揉む様な動作をしてみせた。
「コ・レ・だよ」
「……?」
僅かばかりの間、沈黙が場に落ちる。
やがて高槻の言わんとする事に気付いた郁乃の顔が、見る見るうちに紅潮していった。
「ちょっ、ちょちょちょちょちょっ、ちょっと、何言ってんのよ……!」
慌てふためく郁乃の様子を見ながら、高槻は底意地の悪い笑みを浮かべていた。
「だからな、もう心配すんなよ。じゃねえと、大丈夫だってトコを見せる為にもう一回ヤっちまうぞ?」
「も、もうっ……馬鹿ぁ……」
心底より楽しんでるといった表情の高槻に対し、郁乃が半ば涙目で非難の視線を送る。
そして再び高槻が何か言おうと口を開いたその時、ソレは訪れた。

126忌まわしき来訪者:2007/05/02(水) 00:22:09 ID:xtBD/E/s0
「――――っ!」
高槻と郁乃が同時に、弾かれたように同じ方向へと振り返る。
まるで包み隠そうともしない大きな足音と――刺々しい殺気を伴って、何かが玄関の前まで来ていた。



高槻達が寝泊りしている大きな一軒家の前で、一つの影が屹立している。
猛獣と同等にも感じられる程の殺気を撒き散らしながら、虎視眈々と敵の様子を窺っている。
その影――醍醐は右手に握り締めた円状の物体、即ちレーダーの画面を確認した。
「113番湯浅皐月――間違いないな。ここにあの宝石がある筈だ」
醍醐はそう言ってから画面上のもう一つの光点へ視線を移し、興奮に筋肉を震わせた。
「62番高槻――FARGOの狗か。フフ……、ただの一般人相手よりは楽しめそうだな」

127忌まわしき来訪者:2007/05/02(水) 00:22:54 ID:xtBD/E/s0
【時間:二日目・23:30】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:睡眠中かは不明。首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:警戒、全身に軽い痛み、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:警戒】
ぴろ
 【状態:就寝中】
ポテト
 【状態:就寝中】

醍醐
【所持品:高性能首輪探知機(番号まで表示される)、他不明】
【状態:健康、興奮】
【目的:極力参加者を殺害せずに、青い宝石を奪還する】

【備考:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】

ルートB18
→794
→821

128一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:20:52 ID:lQeh.RIk0
古河親子と岡崎朋也と別れてから数時間、一通りの準備(最低限の食材と余ったハンバーグを真空パック)をした後に北川潤と広瀬真希とみちるの凸凹○トリオは次の行動に移っていた
三人の行動目的は対主催者でも脱出方法でもなかった…この島にまだ残っていると思われる美凪の『心』をさがす事だった。
当ての無い探索…まるで首輪の解除方法を探し始めた頃と同じような心境だった、しかし三人は進む。
そして道中はC-5鎌石村消防署のすぐそばまで来ていた。


「やれやれ…こんな所にあったか。」
C-5鎌石村消防署のすぐそばの道路沿いで、北川潤は対勝平戦で失った自分の携帯電話を満足そうな顔をして拾っていた、
多少プラスチックの部分がひび割れているが電源が入ったので操作には支障を来たさない事に安心をする
この携帯電話は北川潤の私物で運良く主催者側から押収されなかったものだったりする
そういった運良く主催者側から押収されなかった経緯を持つものとして、広瀬真希、氷上シュン等が上げられた。
これは主催者側の運営の『杜撰さ』なのかそれとも『趣向』なのかは参加者にとっては与り知らずな事だ。
自分の私物が無事に戻ってきたことに喜びを感じる北川
それと同時に昨日までいた鎌石村消防署に目を向ける、掛け替えの無い大切な人のことを思って…。
「真希とみちるはうまくやってるかな…。」
同じく勝平戦で失った消防斧を握り締め消防署へと向かうのだった。

129一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:21:55 ID:lQeh.RIk0


一方で鎌石村消防署給湯室では広瀬真希はみちるに楽しそうに語りかけていた
「―――でねでね、ここで美凪と一緒に御飯作ったわけ♪、そうしてたら潤がショットガン持って乱入、あの時は驚いたわぁ」
ゲーム開始当初の頃のことをみちるに話す真希、ここは間違いなく彼女の出発点だったからだ。
真希は美凪との思い出を一つ一つ話す、
「にょわっ、北川はヒドイ奴だぞ。」
対するみちるも美凪の話を一語一句見逃さず聞いていた。
楽しそうに話す真希,みちるは美凪とは島で一度も出会えなかったが
真希の話を聞いているかぎりいつもの美凪と代わらないのは安心できた。
何気ない言葉のやりとりを続ける二人、これが美凪の『心』に繋がると信じて。

そんな事をしている間に荷物をもった北川が帰ってくる。
「楽しそうだな、ふたりとも。」
先ほど回収した携帯電話と広瀬から勝平戦で借りた消防斧を手にふたりに話しかける北川
「今回はまともに入ってきたわね。」
「変態強姦魔な家政婦のお帰りだぞ!」
「ヲイヲイ…。」
ひどい言われ様の北川、しかし北川はそんな三人でのやり取りが好きだった。
北川は真希に借りていた消防斧を返し、次の行動に移ろうとする。

「さ〜て潤、これから何処へ行くの?」
消防斧片手に次の指針を北川に聞く真希、北川は中腰になってみちるを呼ぶ
呼ばれてぴょいっと北川の両肩に乗るみちる、所謂ところの肩車だ。
「雨が降りそうだからな…とりあえず様子見ってところだな。」
どこぞの通称ヒロシみたいな台詞を吐く北川、勿論建前のようなものだ次の算段は考えてある。
「でも、ここだと見つかるんじゃない?」
何かと消防署のような目に付き易い建物だと発見される危険性が高くなるのは言うまでも無い。
真希にしろ北川にしろ、下手に他人に発見されるのは避けたかった、敵は勿論味方にも…。
今の自分たちには他人の都合を考えてる余裕が無いのは明白だった。

130一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:24:10 ID:lQeh.RIk0
(しかし…まあなんだねぇ、今になってゲーム開始当初の作戦を実行に移すとは何の因果かね…。)
心の中で色んな意味で意味深な台詞の北川、
もともと北川はこの島の秘密を探るつもりでいた、北川は知らない事だが他に島の秘密を探ろうとしていた参加者に【6番 一ノ瀬ことみ】等があげられるが
どう言う因果か【90番 藤林杏】に助けを求められたのが運命の分かれ目だったのだ、
その後相沢祐一と運良く出会い、自分の優先順位を【島の秘密】から【首輪の解除】へと切り替えたのだった。
そして今、首輪の解除は【85番 姫百合珊瑚 】に任せている
本来北川がしようと思ったこと【自分達にしか出来ないことをする】を実行に移す時なのだ。


「すぐにここから出て行く、少し北に行ったところに日本家屋がある、砂利が敷き詰められていて作戦を立てるのにはぴったりの場所なんだ」
鎌石村の地理の下調べはゲーム開始から真希と美凪に出会うまでの間にできている北川
そういってみちるを肩車して給湯室を出て行く北川、そして真希も続いていく。
一階の消防署の装備を置いてある車庫に差し掛かろうとした時に北川はポツンと一つだけ置いてある、【あるもの】に気付く。
「ん…?、みちるちょっと降りてくれ。」
「ど〜した、きたがわ?」
消火器とホースが組み合わさったバックパック、云わば火炎放射器の様なものに目を付ける北川
「ゲーム開始から今まで誰も気付かず持って行かなかったのか…。」
「それって何なの?」
そんなのあったんだと言いたげな真希、誰もが鎌石村消防署や鎌石村消防分署で消防斧にしか目を傾けないのはゲーム開始から言わずとしれた事だった
それが何なのかを知らなければ存在していないのも同じようなもの、一般の消防署は勿論、市役所、工場にだって置いてあるところはある。
知らないから見つけられない広瀬真希にしろ篠塚弥生にしろそうだった、
北川は昔マンガで読んでいたからこの【あるもの】存在を知っていただから発見することが出来た。
フーリガン対策、め組の●吾…解る人にはもう解る武器、
「インパルス消火システム、まあ圧縮空気を利用して水を発射する消火器さ」
よいしょっと担ぎ上げる北川、これの利点は火炎放射器と違い水を噴射すると言うこと、つまり万一タンクが破損しても火達磨になる危険性がないということだ、
しかも高威力、車のフロントガラスなら平気でブチ破れたりするシロモノだ。
「携帯電話も回収したしとっとと戻るか」
「上手く行けば良いんだけどね」
「期待してるぞ〜きたがわ」

こうして消防署に一個は備え付けてあるインパルス消火システムを持って凸凹○トリオは【B-5】の日本家屋へと作戦会議に走るのだった
そして数時間後、里村茜達は消防署にたどり着く。

131一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:26:33 ID:lQeh.RIk0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【B-5】の日本家屋では北川達は一時休息していた、外では予想通り雨が降っている
ちなみにこの家の庭には砂利が敷き詰められていて侵入者がくれば直ぐにわかる算段だ。
北川と真希は基本的に休息はしなくても大丈夫なのだが問題はみちるだった
…事実2日目の午前3時から禄に寝ていないからだ、多少の仮眠はしているにせよ無理はよくないからだ、
今は民家の居間の真希の横で布団の中に入ってすやすやと寝ている

「とりあえず…赤外線、その他もろもろOKっと」
互いのメールアドレスを交換して電波が繋がるかの確認…真希の携帯電話とで実験する北川、
卓袱台の上にはこみパの情報のメモの写しや地図が散乱していた、今更なんの役に立つのかと疑問に思う人もいるかもしれないが大事な作業だった。
「ロワちゃんねるに目ぼしい書き込みは無いみたいね」
民家にあったノートパソコンで情報を仕入れようとする真希、しかし対した書き込みが無いのが現状だった。
「打ちたくても…駒が打てないのが現状ってか。」
そう言いつつも卓袱台の上のメモ用紙にペンを走らせる北川…無論【盗聴対策】だ
「手詰まりねぇ…。」
潤のために急須でお茶を入れる真希、勿論メモ用紙に目をむける、そして真希もお茶を入れ終えるとペンと紙を用意する

(携帯電話が通じないことからジャミングの線が考えられる…が…無論ここが日本の沖木島ならの話だけど)
(日本の沖木島ならの話ってどういうこと?)
北川の書き込みに相槌を書き込む真希
(例えば人工島とか地球じゃない不思議時空とか♪)
(ぶっ飛んだ話してくれるわね…柳川さんや皐月の件聞いてる限りでは仕方ないけど///)
ある意味でぶっ飛んだ話で結構だった、この島の参加者の中には、みちるを含め鬼の力の初めとして湯浅皐月を初めとするエージェント連中等
一般人には未知な連中が勢ぞろいだったからだ、何が起こってもおかしくは無いからだ。
(しかも来栖川綾香や珊瑚みたいなスゴイ学生も沢山いるしな…。)
いわゆる高スペックと呼ばれる連中の事だろう、一般人な北川と真希には行く道の違う連中達のことだ
そんな連中の沢山いる中で普通の学生な北川潤と広瀬真希が生きているのはある意味おかしく思えた。

(話を戻すぞ、平瀬村で読んだ前回参加者の体験談や姫百合の話を総合するとGPS(人工衛星)でこの島を監視してる)
姫百合姉妹が持ってた【携帯型レーザー誘導装置】や【首輪のレーダー】こみパの体験談での盗聴の事実、そしてロワちゃんねるの送信と着信
北川は知らないが【GPS携帯電話】なるものも存在する。
(全ての辻褄を合わせるには人工衛星での制御に行き着いてしまうってわけだ)
(成るほどね…少なくともこの島が地球じゃない不思議時空の話は消えるわけね)
当たり前だが納得する真希、しかし北川はちょっと待って欲しいと人差し指を口に立てる。
(だけど…能力持ちと呼ばれてる鬼の連中の力の制御や、消えるはずのみちるの存在等があることから、島全体に不思議パワーみたいなのがある可能性がある)
北川の仮説にガクッと頭を下ろす真希、不思議時空に不思議パワーと頭の悪そうな単語の連発で頭が痛くなるところだ。
(で…どうすんの?結局何にも出来ないのだったらオシマイじゃない。)
久しぶりにジト目で北川を見る真希、北川のために入れたはずの緑茶を啜ってる。
(もう少ししたらみちるに起きてもらう、そしてみちるにそれっぽい所に連れて行くつもりだ)
北川の意見は一見行き当たりばったりの様だが何と無く真希には根拠が持てた
…何故ならこの島で他の誰かのために一番行動を起こしているのは北川だと確信してるからだ。

二人は知らない、姫百合珊瑚がハッキングに失敗した事を…しかしそれが主催者自らを動かす動機に繋げたことも。
二人は知らない、何の力も持たないからこそ【見えてくる道】があることに。
一見失敗いるように見えて、北川達にしろ珊瑚達や皐月達、彼ら彼女らの行動は何かしらの未来へと繋がっているのだった。

132一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:28:22 ID:lQeh.RIk0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


作戦会議から一時間ほど外では雨がまだ降っていた、真希はみちるの寝顔を微笑ましそうに見ていた
いつまでもこうしていたいそう思った、そうしてる間にも時は刻一刻と過ぎていく、真希は想う…美凪の『心』は何処にあるのだろうと。
ふと横を向くと北川が自分の携帯の画面を懐かしそうな顔で見ていた、北川は自分を見ている真希に気付いて自分の携帯を見せる。
液晶の場面に映し出されたものを見て真希は微笑む、一見間抜けな様で―――大切な思い出のカタチだった。

―――消防署で北川と真希と美凪と一緒に撮った割烹着姿の写真だった

真希に見せるとボタンを押す北川、次に映し出されるのは先ほど消防署で撮った北川と真希とみちるの写真

―――同じ場所、同じ割烹着を着て撮った北川と真希とみちるの写真だった。

北川は真希に見せ終えると制服の胸ポケットに仕舞いこむ、今度こそ落とさないようにするためだ、そして口を開ける

133一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:29:20 ID:lQeh.RIk0

「美凪の『心』…見つけないとな。」
真希は口を開ける、
「見つけよう…みちるの為にあたしたちの為に。」
真希は美凪がくれたロザリオをあたたかく握り締めていた、美凪と出会えたからこそ今までの自分があるからだった。
そんな真希を愛しく見つめる北川、真希は北川が見つめてるのに気付く…。
「………なあに、潤?」
自分を見つめる北川に問いかける。
真希は北川が何を思っているかは気付いてはいる、あの時B-3民家でみちるといっしょにハンバーグを作ったときに。
彼女は今までの事を振り返る、最初は頼りないと思ったがホテル跡の騒動の時に北川を意識し始めたのだろうと…。
北川は今までの事を振り返っていた、普段は勝気な女の子でも臆病な心を持っていた、普通の女の子…そんなところが好きだったのだ。

北川と真希は一緒に美凪のロザリオを握る…そして口を開ける。
「真希、いろいろあったしこれからもあると思う、頼りないかもしれないけど。」
北川は真希に顔を近づける。
「うん、そんなのなれた。」
真希は北川に顔を近づける。

「…オレは真希が好きだ。」
「あたしもよ…。」

何度と無く苦難苦楽を共にしてきた北川潤と広瀬真希、消防署でホテル跡で平瀬村でそして鎌石村で…。
色んな人に出会えた…だからこそみちるとも出会えた、そしてふたりはこれからも他の誰かの為に【自分達にしか出来ないこと】し続けるだろう。
そんなことを胸に秘め、ふたりの心と唇が重なる。

外は夜しかも生憎の雨、しかしふたりの心は清らかだった。

―――そして心なしか美凪のロザリオに温かみを感じられた瞬間だった。

134一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:31:14 ID:lQeh.RIk0
時間:二日目・21:00】
【場所:B-5】の日本家屋


北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話 お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(真空パックしたハンバーグ)支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】

関連
→799

135一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:34:07 ID:lQeh.RIk0
備考
北川達が消防署に来たのは『804 転機』の里村茜達よりも先の話です
勝平戦で落とした北川の携帯電話と消防斧を追加
インパルス消火システムの性能と威力はググれば解ると思います
鎌石村消防署にはインパルスはもうありませんが消防分署等にはあるかもしれません
(飛び道具の無い月島の書き手さんまかせ)
北川が予測した沖木島の考察は、今まで出てきた話の総合性による憶測です。


他に矛盾やおかしい所があれば今晩中にでも書き直します

136POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:43:12 ID:O.RktH3w0
漆黒の闇が落ちた平瀬村。
焼け焦げた大地、地面に倒れ伏せる二つの死体。
そして、激しい雨が二人の戦士の間に降り注いでいた。
かつて同じ生徒会のメンバーであり、親しき仲であった二人だったが、最早彼らが元の関係に戻る事は不可能だろう。
何故なら朝霧麻亜子は河野貴明にとって――絶対に打倒すべき『仇』に他ならないのだから。

「まーりゃん先輩はもう多くの命を奪い過ぎました……そして、放っておけば更に沢山の人が犠牲になるでしょう」
あの復讐鬼来栖川とは違う、哀しみを奥底に宿した紅い眼で、貴明が睨みつけてくる。
麻亜子は貴明の姿を視野に入れたまま、棒立ち同然の状態で掠れた声を洩らした。
「たかりゃん……」
「ですから俺が、此処で貴女を裁きます。久寿川先輩には悪いけど、もう貴女を許す事は出来ません。
 さあ先輩、武器を構えて下さい――無抵抗の人間を殺したくは無いですから」
それは、明らかな宣戦布告。貴明は命を懸けた凄惨な戦いを挑むと言っているのだ。
だがその言葉を受けても、ステアーAUGの銃口を向けられても、麻亜子は然程驚かなかった。
寧ろ落ち着いた表情を浮かべ、寂しげな声で言った。
「そっか……。たかりゃんは真面目っ子だから、こういう事もあるかも知れないとは思ってたよ」
数々の激戦を潜り抜けてきた麻亜子は、自身に向けられる殺気に対して人一番敏感となっていた。
だからこそ、今の貴明は絶対の殺意を以って自分と対峙しているという事が、一瞬で理解出来たのだ。
そして『ささらを優勝させる』という最終目的を果たすには、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
「分かってくれなんて言うつもりは無い。さーりゃんを守る為なら……どうしてもやるっていうんなら、あたしはたかりゃんだって殺すよ。
 あたしはさーりゃんを優勝させなきゃなんないからね」
「はい。こちらも殺すつもりでいきますから、そうしてください」
貴明の返事を確認すると、諦めにも似た哀しい微笑みを湛えて、麻亜子はH&K SMG‖を持った腕を振り上げた。
「たかりゃんは此処で死ぬ事になるけど、安心しなよ。あたしは最後まで絶対に負けないから――褒美の話が本当なら、たかりゃんも生き返られる筈だよ」
麻亜子に躊躇は無い――躊躇していられるような状況では無い。
貴明の紅い眼を直視する度に、膝が震えそうになる。恐怖と悲しみが、際限なく湧き上がってくる。
これまで自分が屠ってきた相手達とは、何かが決定的に違う。
真っ赤な色をした涙、重く響く声――自分が『修羅』ならば、この男はさしずめ『処刑人』といった所だろう。
『処刑人』は罪を犯した人間に対し、相応の厳罰を与える存在だ。
数々の人々を蹂躙し殺し尽くした修羅を、裁く為にやってきたのだ。

137POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:44:13 ID:O.RktH3w0


貴明は肩をわなわなと震わせながら、静かに口を開いた。
「人が生き返る――まだそんな馬鹿な事を信じてるんですね。失われた命は、決して戻ってこないのに……」
銃を握っていない方の拳を、はちきれん程に握り締める。
「俺が甘かったんです。前に会った時に貴女を殺しておけば、るーこも吉岡さんも小牧さんも、死なずに済んだんだ……」
そうだ――人を守る為には、時には自分の手を汚さねばならないのだ。
自分の甘さが、覚悟の無さが、多くの仲間を死なせる結果へと繋がってしまった。
でも、もう迷わない。それが救えなかった仲間に対する、唯一の償いだ。
「だから貴女は――貴女だけは! 俺が殺さなきゃいけないんだっ!」
壮絶な叫び声。それで、会話は終わりだった。
過酷な環境で生き抜いた末に再会を果たした二人の戦いは、両者共に何の迷いも抱かず、幕を開けた。

雄叫びと共に貴明の手にしたステアーAUGが号砲を鳴らし、5.56mm NATO弾が発射される。
防弾性の防具すらも易々と貫通する攻撃力を持つそれは、麻亜子の胴体を狙ってのものだった。
だが地面が弾け飛んだかと思った瞬間にはもう、銃弾を躱した麻亜子が攻撃態勢に入っていた。
「っ……!」
脳裏に奔った直感に従い、貴明は素早く上体を屈める。
激しい銃声が鳴り響き、貴明の頭上を凶暴な破壊の群れが通過してゆく。
特殊な防具を一切身に付けていない貴明からすれば、麻亜子のH&K SMG‖から放たれる弾丸は、一発で十分に致命傷となりうる。
一方で麻亜子にとっても、ステアーAUGによる特殊弾は防弾装備を以ってしても防ぐ事の出来ぬ、恐るべき脅威だった。
今貴明達は、人の身には過ぎた強大な兵器を用いて、互いの命を奪い合っているのだ。

また麻亜子の手元から銃弾が撒き散らされ、その内の一発が焼け焦げた木の幹に当たって極彩色の火花を散らした。
降り注ぐ銃弾の雨の中、貴明は突撃銃を抱え込みながら、身体を左右に揺すって前進してゆく。
恐ろしい程自分の集中力が高まっているのが分かる――麻亜子の攻撃の軌道がある程度読める。
とどのつまり銃による攻撃は一直線上に放たれるのだから、銃口の正面にさえ立たぬようにすれば良いのだ。

138POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:45:01 ID:O.RktH3w0
素早い貴明の動きになかなか照準を合わせる事が出来ず、麻亜子が苛立たしげに奥歯を噛み締める。
「ちょこまかと……たかりゃんの癖に生意気だぞっ!」
業を煮やした麻亜子は、H&K SMG‖の引き金を思い切り引き絞った。
案の定、貴明は尋常で無い反応の速さで、横に飛び退いたが――甘い。
麻亜子は引き金にかけた指に力を入れたまま、銃の向きを修正してゆく。
銃弾の列は貴明を追うように横に延びてゆき、そのまま標的に牙を突き立てようとする。
だが、そこでガチャッと乾いた音がした。
マガジンに込められた銃弾が切れたのだ。
その事に気付いた貴明が、ここぞとばかりに距離を詰めてくる。
「くっ――!」
「逃がさないっ!」
麻亜子は慌てて後退しようとするが、傷付いた身体では貴明程速く動けない。
見る見るうちに両者の距離は詰まり、僅か数メートル程度となった。
それは絶望的な距離。銃口から逃れるには、余りにも近過ぎる距離。
悲しみに満ちた貴明の双眸が、麻亜子を射抜く。
「さようなら――先輩」
ステアーAUGの銃口が麻亜子の脳髄に向けられ、その次の瞬間にはもう銃弾が放たれていた。

139POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:46:03 ID:O.RktH3w0
だが辺りに響き渡ったのは脳漿が飛び散る音ではなく、鈍い金属音。
「なっ――!?」
驚愕に貴明の目が大きく見開かれる――麻亜子は先の愛佳と同じように、デイパックに隠していた強化プラスチック製大盾で弾を防いだのだ。
「修羅を甘く見ない事だね、たかりゃん!」
「があっ!?」
麻亜子は手に握り締めた盾で、貴明を思い切り殴り付けた。
続いて麻亜子は軽やかに宙を舞い、地面に転がり込んだ貴明の頭部を踏みつけようとする。
だが凶器と化した足が標的を貫く寸前で、貴明の手が麻亜子の足首を掴み取っていた。
「このぉっ――!」
貴明は上半身を起こした後、両腕を用いて力任せに麻亜子の小さな身体を投げ飛ばす。
しかし麻亜子は曲がりなりにも校内エクストリーム大会優勝者。
たとえ怪我を負っていようとも、格闘戦でそうそう遅れは取らない。
空中に放り投げられた麻亜子だったが、くるっと宙で一回転し、華麗な動きで地面へと降り立つ。

140POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:46:51 ID:O.RktH3w0
続いて麻亜子は、よろよろと立ち上がる貴明に視線を送り、小さな声で呟いた。
「たかりゃん……一つだけ良いかい?」
「――何ですか?」
拾い上げたステアーAUGを握り締めたまま、訝しげな顔をして、貴明が問い返す。
何か企んでいるのでは無いかと警戒しての事だったが、すぐに無用の心配であったと判明する。
「さーりゃんは元気か?」
投げ掛けられた質問は何の目論みも感じられぬ、純粋な疑問だった。
今この瞬間においてのみ――否、ささらに関してのみ、麻亜子は後輩を気遣う心優しい先輩に戻っていたのだ。
「……やっぱり久寿川先輩には優しいんだね」
「何を今更。あたしがどうして殺し合いに乗ったか、たかりゃんはよぉく知ってるだろ?」
そんな事は知っている。本人の口から聞かされた事だ。
麻亜子は生徒会のメンバーを守る為にゲームに乗ったのだ。
だがそこには絶対の矛盾が存在する――優勝者は一人、即ち最終的には誰か一人を選ばなければならない。
そして第二回放送で、その矛盾を解決する方法が提示された
『優勝者は何でも好きな願いを叶えられる』という主催者の話を聞いた瞬間、きっと麻亜子の防衛対象はささら一人に絞られたのだ。
麻亜子にとって一番大切なのは、ささらに他ならない筈だから。
今でもまだ鮮明に思い出せる、麻亜子の卒業式での出来事。
麻亜子とささらは全校生徒に見られているにも拘らず、包み隠さずお互いに対する思いをぶつけ合った。
誰よりも強い絆で結びついている二人にとっては、世間体などどうでも良いのだろう。
ただお互いが傍にいれば、それで良いのだ。
「久寿川先輩は……肩を怪我してるけど、それ以外は元気だよ。でも、まーりゃん先輩」
きっと、麻亜子はささらに対してなら誰よりも優しくなれる。
だが、しかし――

141POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:48:00 ID:O.RktH3w0
貴明は思い切り地面を踏みつけて、絶叫した。
「どうしてその優しさを! 他の人にも分けてあげなかったんだよっ!!」
ささらが無事だと聞いて安堵していた麻亜子の顔が、途端に苦渋の表情へと変貌する。
貴明は大地を蹴って横に駆けながら、ステアーAUGを連射する。
「分かってるのかっ!? まーりゃん先輩に大切な人がいるのと同じで、他の皆にだって大切な人はいるのにっ!」
麻亜子は油断無く盾で防御している為銃弾が届く事は無いが、それでも貴明は攻撃の手を緩めない。
「貴女は他の人にとっての『久寿川先輩』を奪い取ってるんだぞ!」
焼け焦げた肉の臭いが漂う荒れ地に、間断無く銃声と絶叫が響き渡る。

麻亜子は盾に身を隠したまま、H&K SMG‖に予備マガジンを詰め込んで、叫んだ。
「仕方無いじゃないっ! たかりゃんだってもう分かってるでしょ――大事な人が死んだ後で後悔したって遅いんだって!」
麻亜子のH&K SMG‖から激しく火花が発され、駆ける貴明を追うようにして地面が弾け飛んでゆく。
絶叫と共に繰り出された連射は、かつてない勢いで貴明を追い立ててゆく。
「あたしには皆を救う事なんて出来ない。自分一人で出来る事なんて限られてるから、さーりゃん以外の子まで守ってあげられないのっ!」
それが、自ら修羅の道を選んだ少女の本心だった。

悲痛な気迫と感情が上乗せされた猛攻を受け、貴明は防戦一方となってしまい銃を構える暇すら与えられない。
荒れ狂う銃弾の群れに追いつかれる寸前に大きく跳んで、ギリギリの所で身を躱す。
その直後に麻亜子のH&K SMG‖が弾切れを訴えたが、これで終わりでは無い。
「たかりゃんだって守れなかったじゃない! このみんもゆーりゃんも守れなかったじゃない!」
麻亜子はH&K SMG‖を投げ捨てて、鞄の中からIMI マイクロUZIを取り出した。
「だからっ! 誰かを守りたいんなら、他の全てを捨てるしかないじゃない!」
「く――――がああっ!?」
貴明は咄嗟の判断で地面に滑り込んだが、遅い。
死に物狂いの回避行動が功を成して致命傷だけは避けられたが、罵倒と共に繰り出された銃撃の嵐は貴明の体を掠めてゆく。
銃弾のうち一発が貴明の左太股部の肉を抉り取り、もう一発が右脇腹の端を貫通した。
地に倒れ伏せた貴明を耐え難い激痛が襲い、鮮血が辺りに飛び散る。
普通ならば最早意識を失ってしまいかねない程の状態。

142POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:49:20 ID:O.RktH3w0
「く……そっ……俺は終われない……ん……だ――!」
だというのに、貴明はすぐに起き上がって、ステアーAUGを拾い上げた。
足に力を入れる度に傷口から血が噴き出すが、そんな事どうだって良い。
ここで倒れたら麻亜子の言い分が正しいという事になってしまう。
それだけは何があっても認める訳にはいかない。
死んでいった仲間達の為にも、自分の信念に懸けても、絶対に認めない。
一人でも多くの人を救いたいという願いは、絶対に間違いじゃないと信じているんだから。

「たかりゃん……」
IMI マイクロUZIに最後の予備マガジンを装填していた麻亜子が、か細い声を洩らす。
――守りたかった生徒会メンバーの一人が、こんなにも必死になって自分を殺しに来る。
ボロボロの風体を晒してなお向かってくる貴明に対して、麻亜子は生涯最大の悲しみを感じていた。

それでも貴明は真っ直ぐに麻亜子を見据えて、言った。
「確かに俺達は……一人一人なら非力だよ。俺はこのみも雄二も守れなかったよ。でも……まだ守るべき人達は残っている。
 まだ俺達にやれる事はある。自分一人で守り切れないなら――」
貴明がステアーAUGの銃口を振り上げるのに反応して、麻亜子は強化プラスチックの大盾を構える。
だが次の瞬間貴明はステアーAUGを捨てて、最後の切り札を取り出した。
「皆で力を合わせればいいだけじゃないかァァァー!!」
「――――ッ!」
かつてイルファが使用していた、フェイファー ツェリスカを。
麻亜子が本能的に危機を察知した時には、全てが手遅れだった。
規格外のサイズを誇るその銃身から放たれる攻撃の衝撃力たるや、ステアーAUGの三倍以上――!

143POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:50:26 ID:O.RktH3w0
「あああぁあぁぁあアァッ!!」
巨象すらも倒し切る衝撃力は、盾越しでもなお十分な破壊力を発揮する。
それは麻亜子の右手の骨を砕くだけでは飽き足らず、彼女の体を後方に弾き飛ばす。
麻亜子の身体は勢い良く地面を転がって、後方にあった大木に叩きつけられた。
これは貴明に到来した最初で最後、且つ絶対の好機。
「まーりゃん、先輩――――!」
「うっ……あああ……」
未だに起き上がれず、苦悶の表情を浮かべている麻亜子に対して銃を構える。
全てに決着をつける為に……少なからず自分の為にも戦ってくれた先輩を殺す為に。

ここで引き金を引けば――間違いなく、先輩は死ぬ。

生徒会のメンバー達の為に修羅の道を選んだ、先輩が死ぬ。

やり方は間違っていたけれど、あくまで人の為に戦い続けた、先輩が死ぬ。

この島に来る以前、ずっと自分とささらを支えてくれた、先輩が死んでしまう。

貴明は自分の心臓が、信じられないくらい大きく脈打っているのが分かった。
引き金が重い。
苦しんでいる麻亜子の顔を直視出来ない。
今撃たなければやられるのは自分だというのに、指に力が入らない。
「たか……りゃん…………」
麻亜子が哀しげな瞳で、こちらに視線を送っている。
自分と麻亜子には、忘れようのない思い出が幾つもあった。
麻亜子の底無しの明るさに、何度も救われてきた。
自分一人では、凍りついたささらの心は溶かせなかっただろう。
だが――

144POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:51:40 ID:O.RktH3w0
(俺は誰を守ると誓った……その為に何を捨てると誓った……)
自分は出来るだけ多くの人を救う為に、敢えて鬼となる道を選んだ筈。
麻亜子は最も危険な殺戮者の一人なのだから、殺さねばならない。
此処で麻亜子を殺しておかねば、また新たなる犠牲者が出るだろう。
それだけは、絶対に避けねばならない。
此処で自分が、引導を渡さねばならないのだ。
麻亜子を殺した所で、誰も生き返らないのは分かっている。
人を殺し続けた所で、その先に輝く未来など待ってはいない。
(それでも、俺は――)
どれだけ罪悪感に苛まれようとも、何を失おうとも、皆を守りたいから。
「わああああああああああああああっ!」
貴明は全てを振り払うように絶叫を上げ、フェイファー ツェリスカを構え直した。
大型動物を仕留める為のライフル弾を、たった一人の少女に打ち込むべく、引き金を、

145POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:53:19 ID:O.RktH3w0

「やめてえええええええええっ!!」


――引けなかった。
貴明が人差し指に力を込めようとしたその瞬間に、別の人間が麻亜子を庇うように飛び出してきたからだ。
「さーりゃん……」
「久寿川先輩……」
現れた人物――久寿川ささらの姿を認めた貴明と麻亜子が、同時に声を絞り出す。
ささらは両の手を横に広げて、貴明と麻亜子の間に立ち塞がっていた。

* * * * *

一方焼け残った近くの茂みに隠れながら、三人の様子を窺う人影が存在した。
「ククク……高槻の野郎が見付からないんでイラついてたが、面白そうな事をやってるじゃねえか」
朝霧麻亜子や河野貴明とは決定的に違う、ただ殺し合いを愉しんでいるだけの男。
殺人鬼、岸田洋一は歪な笑みを浮かべて、乱入の機会を待ち続けていた。
麻亜子と貴明が撒き散らした騒音は、この殺人鬼を呼び寄せるのに十分過ぎる程のものだったのだ。
そしてかつて高槻と同行していた久寿川ささらの登場は、岸田の邪心を大いに引き出した。
――あの女を犯せば、殺せば、高槻はどれ程悔しがるだろうか。
「前夜祭といこうか――なあ、高槻?」

146POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:54:45 ID:O.RktH3w0
【2日目・23:15】
【場所:F−2右下】

朝霧麻亜子
 【所持品1:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
 【所持品2:サバイバルナイフ、投げナイフ、携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
 【所持品3:89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、ボウガン、バタフライナイフ】
 【状態①:呆然、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨三本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ大、全身に痛み】
 【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、左肩重傷(動かすと激痛を伴う)、両腕に重度の打撲、右手粉砕骨折(全ての指と甲)、極度の疲労】
 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除(但しささら以外に襲われれば反撃、殺害する)。最終的な目標はささらを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】

河野貴明
 【装備品:フェイファー ツェリスカ(4/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:呆然、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、右脇腹、左太股負傷、疲労大、マーダーキラー】
 【目的:麻亜子の殺害、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労小】
 【目的:何としてでも二人の戦いを止める。貴明を説得して連れ戻す、麻亜子を説得する】

岸田洋一
 【装備:電動釘打ち機(5/12)、カッターナイフ、鋸、ウージー(残弾25/25)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾7/8)、特殊警棒】
 【所持品:支給品一式、ウージーの予備マガジン(弾丸25発入り)×1】
 【状態:肋骨一本完全骨折・二本亀裂骨折。胃を痛める・腹部に打撲・内出血(多少回復)、切り傷は回復、マーダー(やる気満々)】
 【目的:貴明達を殺害(ささらを優先的に狙う)、可能ならばささらを犯す。高槻を探し出して始末する】

【備考】
以下の物は貴明達の近くの地面に転がっています
H&K SMG‖(0/30)、IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、ステアーAUG(3/30)

→768
→815
→827
ルートB-18,B-19

147埋葬:2007/05/03(木) 23:05:53 ID:dL3fp0HY0
暗い森の中、来た道を戻るようにイルファはとぼとぼと歩いていた。
結局朝霧麻亜子に追いつくことは叶わなかったようで、落胆と悔しさで顔を歪ませる彼女の表情に明るさは一切無い。
悪戯に時間を使ってしまったことも、イルファを苛立たせる理由の一つだったろう。
じわじわと広がる自己嫌悪、しかしそれに拘り続けていても仕方ないということはイルファ自身も理解しなくてはいけない現実である。

まずは目先の問題を解決しなくてはいけない、とりあえずは寺に戻り状況を確認するのが第一だとイルファは判断する。
何が起きたかなどの情報は件の張本人である麻亜子以外のもう一人の存在、ほしのゆめみに問いただすのが一番の近道であろう。
だがまだゆめみが寺に留まり続けているとう保障もない、その可能性が高くないであろうことも理解できないイルファではない。
……既に逃走している場合、どう対処するべきかは悩む所である。イルファの中のジレンマの色はますます濃くなるばかりだった。

移動の間、イルファの中には勿論テンションに身を流してしまったことに対し反省する思いが表面的には一番強かった。
しかしその奥、彼女の回路を一番に締めるのは、やはり大切な主君である姫百合瑠璃の安否に関することであり。

さっさと事を終えて主君を探しに行きたいというもどかしさも勿論ある、しかし放置してきた事態を無視することもできない苛立ち、歯がゆさがイルファにも確かに存在する心を痛ませた。
……小さくかぶりを振ることで何とか気を取り直そうとするイルファ、ネガティブな思考に身を任せるようなことだけは避けようとしているのかもしれない。
ただでさえ体の状態が万全ではないのである、内面まで負に捕らわれてしまうことをイルファは恐れた。
右手に握ったままであるツェリスカを落とさないよう腕を抱き込んだ所で、込みあがってきた苦笑いをイルファは隠すことができなかった。

(こんな状態で、私は瑠璃様をお守りできるのでしょうか……)

どんなに信号を送り続けても指先には僅かな握力しか与えられない、今イルファがツェリスカを取り落とした場合それを拾い上げることは不可能に等しいだろう。
もう撃つことも叶わない拳銃、宝の持ち腐れと言っていいかもしれないそれを所持し続けること自体にイルファも疑問を感じない訳ではない。
現在のイルファにとって、これは無用の長物そのものだった。
それにも関わらずイルファはツェリスカを手放そうとはしなかった、そこにはこのツェリスカ自体を守らなければという彼女の強い思いも関係していた。

148埋葬:2007/05/03(木) 23:06:16 ID:dL3fp0HY0
この大型拳銃は威力が威力であることから、常人が使いこなすにもそれなりの技術が必要不可欠である。
つまり、普通の参加者が使用を求めてもまともに扱えず不利になる可能性を増すだけなのだ。
それによって不利益を得る参加者が出てしまうかもしれないという悲劇を避けるためにも、イルファはツェリスカを監視する役目が義務だと納得している面はあった。
……ただ、本当に危機的状態になった場合、そんなことを気にかけ行動に支障が出てしまったら本末転倒にも程があるのだが。

そんなことを思いながら足を進め続けたイルファの視界に、ついに目的地である無学寺の姿が映る。
見覚えのある外観を確認したうえで、イルファはそっと建物に近づき自身が飛び出した例の部屋を探し出した。
土の上に散らばる破片が月の光を反射する、麻亜子が飛び出したことで舞ったガラスのおかげで部屋自体はイルファもすぐに発見することができたようだった。
建物自体は平屋の作りである、窓の位置もそこまで高くなく両腕が不自由な状態のイルファでも何とか進入することはできるだろう。
しかしイルファは、距離をあけたままじっと部屋の様子を窺い続けていた。
疑いの色を濃く表したイルファの瞳、彼女のセンサーが寺内から僅かに漏れ出した物音を拾い上げる。
出所は、例の部屋からだった。

(……逃げないで、残っててくださった? いえ、でもあの場にはまだ他にも倒れていた方がいらっしゃいましたし早計はできませんね)

またそれ以外の可能性も視野に入れなければいけないのだから、自然とイルファの中でも緊張感が膨らむことになる。
窓から覗こうにもこの距離では難しい、足音を立てないようイルファも歩みを再開させた。

「………っ」
「………!」

断続的に漏れてくる人の声、もう少し近づけば完全に聞き取れると判断しイルファはさらに気を配りながらも進んでいく。

「……ひっぐ、あううぅ〜」
「泣いてちゃ分かんないだろ、何があったんだ真琴……」

声は徐々に明確になっていった。行われているやり取りも把握できるようになった頃には、イルファと部屋の距離は目と鼻の先のものになった。
会話から察するに、中にいるのは最低でも二人であるのは確かである……しかしそのどちらの声も、イルファにとっては聞き覚えのないものだった。
すぐさま自身のメモリーに検索をかけるイルファだが、結果はやはり「unknown」である。

149埋葬:2007/05/03(木) 23:06:35 ID:dL3fp0HY0
ただ、様子からしてイルファと敵外する恐れがあるような存在でないとの予測はついた。
あくまでイルファ自身の状態が芳しくないことから気を抜くことは出来ないのだが、それでも安心する面というのは強いだろう。
掴んでいるのが精一杯のツェリスカを構えながら、イルファはゆっくりとまた足を踏み出した。
今の所彼女の中に逃げるという選択肢はない、とにかく今この部屋の中がどのような状況になっているか確認することがイルファにとっての最優先事項だった。

……しかし突如、それは起こった。

パリンッという甲高い雑音が静かなこの場に鳴り響く、それにより部屋から漏れていた会話も止み辺りには本当の無音が訪れた。
何故か。
即座にイルファが下方へと視線をやると、自身の靴が踏みしめているガラスの破片が目に入る。
明らかな原因、意識が部屋の中に集中してしまったイルファの起こしたケアレスミスだった。

「なっ……誰だ!」

放たれた怒声は部屋の中から発せられたもの、それは間違いなく外にいるイルファに向けられたものである。
これに対しどう対応するか、イルファの中で迷いが生まれる。
穏便に済ませなくてはいけないがそれでも武装を解くわけにはいかない、しかし脅迫にしか使えないツェリスカで本当に場を納められるかなんてイルファでも予測はできない。
どうするべきかイルファが諮詢している時だった……今度は鈍い木材などををこすり合わせたような、耳障りな音が響き渡る。
今はイルファの真横に存在するガラスの割れた例の部屋の窓、それがスライドされたことで発生したのだろう。
立ち尽くすイルファ、そんな彼女と目があったのは……窓から顔を覗かせてきた、学生服の少年だった。
多分イルファが踏みつけられたガラスの音の出所を確かめるために、外の様子を見にきたのだろう。
そんな少年が発見したのが、この暗闇の中唯一の光源である月光の下にて固まっているイルファだった。

生まれる沈黙、イルファは少年が攻撃的な態度を取ってきたらすぐさまツェリスカを向け威嚇を施すつもりであった。
しかし、少年がそのような強行に出る気配はない。
むしろ一体何を考えているのか、少年は無防備にもじろじろとイルファを見るだけで何のアクションも仕掛けてこようとしなかった。
これにはイルファも自身がどう対応すべきか、困惑する一方である。
そんな時だった。

「……あんた、もう動けたのか!」

驚きで見開かれた瞳、瞬間嬉しそうに少年が叫ぶ。
向けられた暖かな言葉、しかしそのようなことを言われる節のないイルファはただただ首を傾げるだけである。

150埋葬:2007/05/03(木) 23:07:00 ID:dL3fp0HY0
「心配したんだ。よかった、本当に壊れてなかったんだな」

ほっとしたのだろうか、少年の頬がイルファの目の前でどんどん緩んでいく。

「ちょっと待ってろ、今こっち何とかするから」

そう言って少年は開けた窓の面積をさらに広げ、イルファが部屋の中に入りやすいようにと誘導してきた。
……もしかして、自分を誰かと勘違いしているのではないだろうか。イルファの中で疑問が沸く。
しかし、とりあえずは攻撃される危険性が低いというのは目で見て理解できることである。
イルファは状況に甘えることにして、何とか動く右腕を駆使し体を庇いながら部屋の中へと飛び込んだ。

(これで罠だったら、なんて……疑心暗鬼、すぎますよね)

一瞬浮かぶ嫌な予想、しかし戻ってきたイルファを出迎えたあの部屋は、数十分前の様子とほぼ変わらぬ状態であった。
しいて上げる違いとすれば、やはり既に逃亡したであろうゆめみの姿がないことと、横になっていた少女一人が起き上がっていたことだろう。
そして……このどこから沸いて出てきたか分からない五体満足な少年の存在、これもイルファにとっては謎だった。
改めて少年を見つめるイルファだが、その容姿に見覚えは全くなく検索をかけても該当して出てくるものもやはりない。
それでも少年は、にこやかな笑顔でイルファを見つめ返していた。様子からして勘違いのケースではないらしい。

そう、こうして二人が向き合うのは確かに初めてだろう。
だが少年からすれば……イルファは、苦労してこの無学寺まで担いできたという過程がある。
それが少年こと、折原浩平の中で彼女に対する警戒心を緩ませている理由でもあり、今も好意的に接している原因だった。
事情を知らないイルファにとっては理解しがたい様子だというのも頷けることである、ただ心底ほっとしたような表情を浮かべる浩平に対しイルファも毒気を抜かれたというのもまた一つの事実だった。

「それにしても、何で外に行ってたんだ?」
「……人を、追っていました」
「人?」

不思議そうな浩平の様子、その台詞で窺えるのは事態を知らない第三者という一種の確証でしかない。
イルファ自身も件には途中から乱入した身であったため、やはり詳しい事情を知る訳ではなかった。
故に説明し難い事象について、イルファが浩平に対しどう答えようか迷っていた時だった。

151埋葬:2007/05/03(木) 23:07:21 ID:dL3fp0HY0
「う、あ……うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

いきなりイルファに向かって飛び込んで来たのは、顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫びだした少女だった。
少女はイルファの腰に体当たりとも呼べる勢いでしがみつき、そのままわんわんと泣き崩れてしまう。

「ま、真琴?」

何事かと浩平も慌てて駆け寄って行くが、少女はイルファの体に顔を埋めたままイヤイヤと頭を振るだけで彼とのコミュニケーションを拒否する。
これでは浩平も戸惑いの声を上げるしかない。そしてイルファもどうしていいか分からず、呆然と少女を見守やるしかなかった。
部屋に溢れる微妙な空気、音として響くのは少女の、沢渡真琴の泣き声だけだった。





「……ふぅ」

今、浩平はあの部屋を出た先の廊下に出ていた。
泣き喚く真琴に対しどうすることもできず、浩平はオロオロするだけだった。
そんな時、不意にイルファから浩平に向かってアイコンタクトが送られる。
真琴のことを任せろという意味だと解釈し、浩平は小さく頷いた後そのまま部屋の入り口へと足を向けた。
浩平の後ろからはイルファが真琴をあやしているのだろう、優しい声が聞こえてくる。
不安を取り除くことはできないが、それでも結局は場をどうすることもできない浩平がいつまでも居座っていても同じことだった。

部屋を出た浩平は、今何を自分がするべきなのかを考えた。
何をすればいいのか、何をしなければいけないのか。
あの部屋の惨状から何を見出すか。

「……駄目だ、さっぱり分からん。っていうか久寿川さん置いたままだったな……」

152埋葬:2007/05/03(木) 23:07:51 ID:dL3fp0HY0
要素が少なすぎて想像することすら難しい。それこそ浩平はイルファの持つヒントよりもよっぽど少ない、現状の証拠しか目にすることができなかったのだ。
とりあえずは見張としておいてきたままである久寿川ささらに話をするのが先決だと判断し、浩平は少し前も歩いた廊下を戻るように進みだした。
時間にすれば数分程度だろう、見覚えのある暗い門構えまではあっという間の距離である。
ちょこんと座っている少女の後姿、栗色の長い髪からそれがささらであることは間違い。
手を上げ、浩平が声をかけようとした所でささらも浩平の存在に気づいたらしく振り返ってきた。
ささらの表情は硬かった、横に立てかけていた刀を手に次の瞬間浩平の元までささらは慌てて掻けてくる。

「どうでしたかっ」

投げかけられたのは焦りも含まれているだろう必死な問い、そこには一人取り残されたという孤独から来る不安もあったかもしれない。
心配そうに見やってくるささらの不安定な様子に、浩平も何とか彼女を落ち着かせようと説明しようとした。
しかし浩平自身も思いがけない出来事だった上事情自体も分からない身の上では、やはり上手く伝えることなど叶うはずもなく。
それでも意図だけは伝わったようで、ささらもこの重い状況に対し改めて顔を強ばらせるのだった。

こうしていては時間も勿体無いと、ささらはすぐにイルファ達のいる例の部屋へ戻ることを提案する。
ただ、浩平としては先ほどの真琴の様子もあり、時間を置かずに向かうことに対しては抵抗が隠せなかった。
……結局はささらの勢いに負けた形で、同行することにはなってしまうのだが。

なので、実際浩平達が部屋の扉を開けた時には真琴の癇癪も既に収まっていたというのは本当に運が良かったのだろう。
落ち着きを取り戻したように見える真琴の姿は、焦りや不安で乱されかけた浩平の心をひどく安心させた。
イルファの膝の上で体を丸めている真琴の様子は、さながら小動物のそれをも彷彿させる。
浩平とささらが現れたと同時に一瞬肩を震わせるものの、イルファに優しく撫でられることでその表情は安堵のものへとすぐに変化した。
この短い間に二人がどのような関わりを持つようになったか、浩平が分かるはずもない。
だが、それでも自分ではなだめることができなかった真琴の信頼をこうまで得ているイルファの存在は、浩平からしても何だか輝かしいものに見えるのだった。

……そういえばこの部屋の惨状を見てささらはどう感じたのであろうか、浩平の中で疑問が浮かぶ。
気づかれないようにと、浩平はちらっと横目で隣に佇む彼女を見やった。
浩平自身先ほどこの部屋にやってきた時は、とにかくショックが大きすぎて上手く思考回路を働かせることができないでいた。
床や壁に埋まる銃弾、破壊された車椅子、そして……既に絶命してしまっている郁乃の姿。
月の光が差し込む薄暗い部屋の中で存在の主張をするそれらの痛ましさは、改めて見ることになる浩平でさえも負担を感じる。
しかしそんな浩平以上のショックを受けたであろうささらは、気丈にも取り乱すことなく真摯に現実を受け止めているようだった。
眉間に酔った皺が気持ちの高ぶりを表していているのが見て取れる、しかしささらはそれを周りにぶつけようとも吐き出そうともしなかった。
ただ、一筋だけの涙がささらの頬を濡らす。それに込められた悲しみの集大成に、浩平は絶句するしかなかった。

153埋葬:2007/05/03(木) 23:08:12 ID:dL3fp0HY0
「このままじゃ、可哀想ですよね……郁乃さん、埋葬してあげましょう」

ささらの提案、異論を上げるものはいない。
さしあたって場所をどうするかについてだが、無学寺の敷地の広さからここの庭に埋葬することになった。
一応唯一の男性人でもあるということで、浩平は特に誰にも告げることなく倒れる郁乃の傍へと近づいて行く。
勿論、外に運ぶためである。
場所的に月の明かりが上手く届いていないようで、郁乃の表情などを浩平が見て取ることはできなかった。
しかし痛ましい状態であるのはおびただしい量の血液で判断できる、そんな光景を認識した浩平が胸を痛めていた時だった。

「あたしが……やるっ」

どんっと肩に走るちょっとした衝撃、後方からいきなり浩平を追い抜いたのはまだ少し鼻声の残る真琴だった。
そのまま浩平からひったくるように、真琴は眉間を銃弾で撃ちぬかれた郁乃の体をを抱きしめた。頑なな様子に浩平も声が出せず呆然となる。

「その方の、好きなようにしてさしあげてはいかがでしょう」

気がついたら浩平の隣に立っていたイルファが囁く、その間も真琴は血塗れた郁乃の体を抱きしめたまま微動だにしなかった。
着用している上着に、黄色のタートルネックに黒く変色した血液がべたつこうとも、真琴は気にするような様子を見せず抱きしめる力を弱めようともしないでいた。
そこには、他者が入り込む隙間などない。

イルファと二人真琴の姿を見つめていた時だった、浩平はふと隣を誰かが通っていく感覚を得た。
慌てて視線をやると、ささらが部屋の隅に向かっている後姿が浩平の目に入る。
そこは、支給された荷物がまとめられている一角だった。
浩平だけ真琴にダンゴをつまみ食いされたこともあり用心して自分で持ち歩いていたが、他のメンバーの持ち物は皆ここにまとめられていた。
ガサゴソと、ささらは周りを気にすることなくそのまま荷物を漁りだす。
目当ての物はすぐに見つけられたようだった、すくっと立ち上がった彼女の手には……一つのスコップが、握られていた。

「穴を……郁乃さんが入られる場所を、作らなければいけませんからね」

154埋葬:2007/05/03(木) 23:08:30 ID:dL3fp0HY0
真琴が民家から持ってきたそれが、まさかこのような用途で使われることになろうとはささらも、そして当の本人である真琴も想像できなかっただろう。
重い空気が晴れる気配はなかった。





庭にあたる場所の土は浩平が思っていたよりも柔らかく、空洞を用意する作業もそこまで困難なものではなかった。
イルファとささらが見守る中、掘り終えた浩平が軒先にて腰を落としている真琴に合図を送る。
立ち上がる真琴の動作は、ひどくゆっくりとしたものだった。
抱き上げることはできなかったようで背負うことにしたらしい郁乃を、落とさないようにと細心の注意を払ってのことだろう。
ささらが手を貸そうと近寄ろうとするが、彼女の肩に右手を置きイルファはただ静かに首を振った。

真琴の額に脂汗が浮かび上がっていく、痩せている方とはいえ同年代の少女を一人背負う作業はつらいに違いない。
その上亡くなっていることも関係し、背中にかかる大きな負担は真琴のか細い体力をどんどん削っていくことになるだろう。
それでも、真琴は決して譲ろうとはしなかった。
周りのメンバーが見守る中、真琴はゆっくりと進みだす。
浩平も、イルファも、ささらも皆、誰も言葉を発さずただ黙って真琴のことを見守り続けていた。
ふらふらとした真琴の足取りは、いつ体勢は崩れてしまってもおかしくないことを表している。
転倒してしまうかもしれないという可能性、真琴は慎重に一歩一歩を踏みしめているがそのぎこちない足取りも彼等の不安を煽る要素だった。

距離としては遠いものではない、浩平は心の中でひらすら真琴にエールを送っていた。
何故彼女がこのようなことに固執しているか、浩平も想像の範疇で答えを出す訳には行かない。
真琴が何を求めているのか、何を拘っているのか。分からない、浩平には何も分からないがそれでも。
こんなにも懸命な彼女の姿を見ていれば、誰だって応援はしたくなるというのが、浩平の出した結論だった。
やり遂げて欲しいと思った、泣くだけで事を終えず何かのけじめをつけようとする真琴の姿に浩平の心は揺り動かされていた。

最初はただのガキだと思っていたこと、会った直後にブン殴られ気絶させられたという恨みが浩平の中で消えた訳ではない。
その後も荷物を勝手に漁られダンゴを食べられたりと、これまでの浩平は真琴に対し悪印象しか持っていなかった。

155埋葬:2007/05/03(木) 23:08:53 ID:dL3fp0HY0
そんな真琴を子供だからだと、幼いからだということで片付けられるほど浩平も達観できていない。
笑って済ませられる寛容性もない。
……でも今、そんな浩平の中での真琴の存在と言うのは、正に180度転回したといっても過言でないくらいの変容を遂げていた。

あと数歩、ついに真琴は浩平が掘った穴のある場所まで進むことに成功していた。
浩平は空洞の横にいた、そこでスコップを手に真琴の姿を見守っていた。
滴る真琴の汗が、道中の地面に垂れ落ちていく様まで浩平の目に入っていく。
荒い息遣いが、浩平の耳について離れない。
何度名前を呼ぼうと思ったか、何度イルファに止められたささらのように手を貸そうと思っただろうか。
それでも握りこぶしに力を込め、浩平は自分を押し止めていた。
見ていて可哀想、そんな同情で彼女の道を妨げてしまう方が失礼なことなんだと、浩平は自分に言い聞かせる。

一歩。足が上がらないのか、擦る様に真琴は右足を踏み出す。
二歩。後ろ足を痛めている訳でもないのに、やはり擦るようにして真琴は左足を右足の横に揃えた。
三歩。もう一度右足を前へ、とにかく前へ。
四歩。ゆっくりとした動作で、左足を揃える真琴。そして、ついに。


「ご、ごーる……」


―― ついに真琴は、掘られた穴の前まで辿り着いた。

「ごめ、はぁ……ごめんね、郁乃……あ、あたし、今これくらいしかしてあげられい、けど……」

―― 途中途中でブレスが入る、鼓動の早まりのせいだろう。

「もう、逃げたり、しない、から……あう、約束、するもん、だか、ら……」

156埋葬:2007/05/03(木) 23:09:26 ID:dL3fp0HY0
―― ゆっくりと膝をつき、背中を掘られた空洞に向ける真琴。

「……おやすみ、郁乃」

―― そしてそのまま、優しく遺体を穴に向けて降ろすのだった。





顔を上げた真琴の目に、もう涙は浮かんでいない。
泣くだけの受身体勢でいた自分と、真琴が決別した証である。
浩平はそんな彼女へとゆっくり近づき、その隣に腰を降ろした。
そのまま少し乱れ汗に濡れた真琴の髪をくしゃっと撫でる浩平、文句を吐くことなく真琴は黙って愛撫を受けていた。
駆け寄ってきたささらも、勢いのまま真琴を後ろから抱きしめる。
浩平の、そしてささらの体温が真琴を包んでいく。先ほどまで背負っていた冷たい彼女の体とは違ったそれが、真琴はせつなくて仕方なかった。
穏やかなひと時、その価値の大きさを真琴は心から実感する。
失ったことでその大切さに気づいたというのもあるかもしれないだろう。
噛み締めた甘い優しさを胸に、真琴はもう一度だけ小さく彼女に別れを告げた。

「さようなら」

157埋葬:2007/05/03(木) 23:10:29 ID:dL3fp0HY0
【時間:2日目午前2時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:決意表明】

折原浩平
【所持品:スコップ、だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:普通】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:普通、見張りを続けている】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の中に落ちています

(関連・816)(B−4ルート)

158埋葬:2007/05/03(木) 23:12:34 ID:dL3fp0HY0
すいません、ささらの状態表を変更するのを忘れていました。
申し訳ありませんが、まとめに載せていただく際は下記のものでお願いします・・・

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:普通】

159最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:52:36 ID:oMm5HmoI0
前回のゲームが行われた時と同じく、決戦の地と化した平瀬村工場の屋根裏部屋。
その場所で宮沢有紀寧は、予測し得なかった事態に目を見張り、驚きの声を洩らす。
「こんな……有り得ない……」
自分が手を下すまでも無く、岡崎朋也一人で鼠共を掃討出来た筈である。
それをより確実にする為に、敢えて朋也の事情を敵に教え、同情を誘う作戦だって実行した。
事実敵は朋也に対して、殺すつもりでは攻撃を仕掛けていない。
あくまで相手を殺さぬよう加減して戦っている女子高生と、死に物狂いで敵を殺しに掛かっている大柄の男。
そんな二人の戦いの勝敗なんて、決まりきってる筈なのに――


「――――ハッ!」
「があっ!?」
日本刀の背で左肩を思い切り殴打され、朋也が苦痛に喘ぐ。
少女――七瀬留美は体格差を物ともせず、完全に朋也を圧倒していた。
日本刀と薙刀のリーチ差も相俟って、本来ならば朋也の懐に入るのは困難を極める。
しかし既に留美は六回、朋也の薙刀を払い除けて、至近距離で剣戟を叩き込んでいた。
「このっ――――負けるかっ!」
朋也が声を上げながら、身体を横回転させ、それに合わせるように薙刀を横薙ぎに振り回した。
全体重を乗せたそれは、並の相手に対してなら、十分に勝負を決め得る程の一撃。
「無駄よ!」
だがそれも留美には通じない。
留美は日本刀の刀身で迫る剣戟を受け止めると、その衝撃に身を任せて後退した。
埃を巻き上げながら床を踏み締め、六メートル程距離を取った所で身体を止める。
それから留美は凛とした顔付きで、朋也に視線を送った。
「結構粘るわね……でも、もう止めといた方が良いわ。あんたじゃあたしには、絶対勝てない」
すると息を乱した朋也が、焦りの表情を浮かべながら、苦々しげに口を開いた。
「何でだっ……! どうしてこんな一方的に……」
朋也は理解出来なかった。
確かに自分には右肩の古傷によるハンデもあるし、相手は相当剣の扱いに慣れている様子。
だがそれでもここまで手も足も出ないのは、流石に有り得ない。
男女の体力差もあるし、何より自分は相手を殺すつもりで躊躇無く戦っている。
にも拘らず繰り出す攻撃の悉くが、一切通用しないのだ。

160最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:53:33 ID:oMm5HmoI0
そんな朋也の疑問を見透かした留美が、鋭い声で告げる。
「分かってないわね――そりゃまともにやったら、あたしだってもっと苦戦しちゃうと思う。
 でもね、今のあんたには『迷い』がある。嫌々やらされてるだけの奴に負ける程、あたしは弱くないわ」
朋也と違って、留美には一切の迷いは無い。
やるべき事は分かり切っている。
邪魔する者は全員叩き伏せて、此処で有紀寧を倒す。
勿論戦力的に相当劣る現状では、ゆめみの改造が終わる事や柳川の救援に期待したい所ではある。
だが人任せの甘い希望に縋り続け、自分に出来る努力を放棄する気など毛頭無い。
自分達を庇って死んだ藤井冬弥のように、今自分がすべき事を全身全霊で遂行する。
一人一人が諦めずに自分達の出来る事をしてゆけば、きっと道は開ける筈だ。
男相手に挑んでいる今の自分の姿は、かつて目指した『乙女』とは程遠いものとなっているだろう。
だがそれでも構わない――此処で有紀寧を倒せず、冬弥のおかげで繋げた希望を断ち切られるよりはずっと良い。
仲間を守り有紀寧を倒す為なら『乙女』としての自分などかなぐり捨てて、戦士と化してみせよう。

161最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:54:02 ID:oMm5HmoI0

「ぐっ……」
対する朋也は、徐々に戦意が萎えつつあった。
元々望まぬ戦いである上に、今この瞬間においての実力差は明らか。
これでは何度挑みかかっても、ただ一方的に痛め付けられるだけのように思えた。
しかしその時、後方より有紀寧が威圧するような声を投げ掛けてきた。
「――岡崎さん」
朋也の背中がピクリと反応するのを確認してから、有紀寧が続ける。
「分かってますよね? 此処で貴方が敗れれば、その瞬間に渚さんが死ぬという事を」
いつもの嘲笑うような調子では無い、明らかな苛立ちの色が混じった声。
それは紛れも無く最終警告であり、失敗すれば情けを掛けるつもりなど一切無いという事が分かった。
(そうだ――俺がここで負けたら……渚がっ……!)
確かにゲームに乗っていない者を殺すのに『迷い』はあるし、勝ち目があるようにも思えない。
それでも此処で自分が敗北すれば、確実に渚は殺されてしまう。
それだけは絶対に許容出来ない。
秋生に託されたのもあるし、何より自分には絶対渚が必要なのだから。
どんなにこの手を汚したって良いし、間違った事に全生命を注ぎ込んだって良い。
自分の全存在を懸けてでも、渚だけは――

162最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:54:29 ID:oMm5HmoI0

「う、あああああ――――ッ!!」
「えっ!?」
留美の顔が、この戦いにおいて初めて驚愕の色に染まった。
これまで終始迎え撃つ形で戦い、防戦一方だった朋也が突如攻めに転じてきのだ。
朋也は先程までとは違う、獣のような瞳を湛えて一直線に突撃してくる。
しかしすぐに留美は気を取り直し、これは逆に好機だと自分に言い聞かせて刀を構え直す。
肩口を狙って振り下ろされた朋也の一撃を掻い潜った後、素早く横に腰を捻る。
その勢いを活かして、横薙ぎに日本刀を思い切り振るう。
「っ――――ぐ、かはっ……」
一発。峰打ちによる剣戟が命中する。
「いい加減諦めなさいよっ!」
裂帛の気合と共に、次々と剣戟を繰り出す。
一瞬にして放たれた四発の旋風は、その全てが朋也の身体に直撃した。
微かに呻いて後ろに下がる朋也に対して、留美が彗星の如き勢いで踏み込む。
「これでぇぇ――――ラストォォォォッ!!」
工場全体に響き渡る程の咆哮を上げて、トドメの一撃を振り下ろす。
狙いは朋也の頭部だ。
この一撃で相手の意識を刈り取り、勝負に終止符を打ってみせる。
それはこれまで朋也が避け切れなかった剣戟をなお上回る、文字通り必殺の一撃。

163最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:55:09 ID:oMm5HmoI0
「――――え!?」
「ぐっ……おお……」
だが鈍い音がして、刀は振り切られる前に動きが止まった。
朋也は左腕を盾にして、叩き込まれる一撃を受け止めていたのだ。
朋也からすれば、相手が殺す気で来ていない以上意識さえ飛ばさなければ良かった。
即ち――頭部に来る攻撃にのみ最大限の警戒を払っていれば、逆転の好機は訪れる。
朋也は千載一遇の機会を活かすべく、留美の右腕を掴み取った後、片手で薙刀を振りかぶる。
「オオオオぉぉぉ――――!!」
「しまっ――」

留美の胸目掛けて、猛り狂う白刃が一直線に迫る。
留美は必死に逃れようとするが、純粋な力比べではどうしようもない。
右腕を固定されたまま、上半身を傾かせる程度が限界だった。
「あぐうっ!」
留美の左肩に衝撃が跳ね、赤い色の霧が宙に舞った。
続いて激しい痛みが襲ってきたが、留美はそれよりも寧ろ、目前の光景に意識を集中させなければならかった。
朋也が間髪置かずに第二撃を振り上げていたからだ。
(やられる――――ッ!?)
留美の顔が戦慄に引き攣った。
回避はもう無理だ。今度こそあの刃は、自分の心臓を捉えるだろう。
反撃するしかない……だが、日本刀を握り締めた右腕は封じられている。
ならば――

164最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:55:50 ID:oMm5HmoI0
留美は激痛に苛まれている左腕を無理やり動かして、ポケットの中に手を突っ込んだ。
「このぉぉぉぉっ!」
「ぐっ、があああああああああああっ!?」
想像を絶する程の悲鳴が、周囲一帯に響き渡る。
留美はポケットの中に入れておいた――麻酔薬付きの青矢を、朋也の左目に突き刺したのだ。
吹き矢用の青矢は、細い針程度のサイズだったが、それでも眼球を貫くには十分過ぎる程だった。
「うあっ、ああ、ああああっ……!」
朋也が背を丸め、地面に膝を付き、顔を覆ってもがき苦しむ。
だがすぐに麻酔薬の効果が発揮され意識を失い、ぐったりと地面に倒れ伏せた。

留美は血に染まった左肩を抑えながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「……ごめんね」
出来れば後々にまで障害が残るような倒し方はしたくなかったが、他に選択肢が無かった。
一撃で相手の動きを止めれる箇所以外を狙えば、麻酔の効果が出る前に殺されてしまっていただろう。
……ともかく、今は他の事に気を取られている暇無い。
全ての集中力を――あの悪魔との対決に注ぎ込まねばならない。


留美の鋭い視線を一身に受けた有紀寧が、大きな溜息をついた。
「……やれやれ、長瀬さんといい岡崎さんといい、本当に使えませんね」
有紀寧はそう呟くと、すいと水平に電動釘打ち機を構えた。
それから静かな殺意を湛えた目で、留美を睨み付ける。
「どうやら私自身の手で、鼠退治をするしかないようですね」
ここに来てようやく有紀寧は、少々のリスクには目を瞑って戦う覚悟を決めていた。
自分自身で戦闘を行えば少なからず危険が生じるが、今回は優勝の為の必要経費だ。
この圧倒的有利な状況下で留美達を殲滅しておかねば、後々より厳しい状況に追い込まれるだろう。
ならば此処で確実に、不安要素を断ち切っておかねばならない。

165最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:56:23 ID:oMm5HmoI0

有紀寧が初めて見せる、混じり気の無い純粋な殺意を一身に受けて、留美はごくりと息を飲み下した。
「これからが本番ね……」
そう、留美にとって先の一戦はあくまで前座に過ぎぬ。
朋也は所詮傀儡であり、その主である有紀寧を倒さねば決戦は終わらないのだ。
しかし、はっきり言って勝機は限りなく零に近い。
「七瀬さん、随分お辛そうですね。ではその身体でどれだけ逃げ回れるか、試してみましょうか」
「ぐっ……」

留美は憎悪に満ちた目で有紀寧を睨み返したが、状況は変わらない。
飛び道具を持っている有紀寧相手では、身体が満足な状態ですら勝ち目が薄かったというのに、今や自分は満身創痍だ。
絶対に負ける訳にはいかないが、きっと勝負になどならない。
一方的に追い立てられ、攻撃する機会も与えられず、すぐに全身を撃ち抜かれてしまうだろう。
最早自分一人では有紀寧の打倒も、時間稼ぎも絶望的だった。
留美は背後に目を移したが、まだ改造作業が終わっていないのだろう――姫百合珊瑚は苦々しい表情を形作っていた。
その事を確認した留美はもう、背筋が薄ら寒くなるのを止めることが出来なかった。
命を落とすのはある程度覚悟しているが、有紀寧を倒せずに終わる事が何よりも悔しく、恐ろしかった。
だがそこで足音が聞こえたかと思うと、留美の横に倉田佐祐理が並び掛けていた。
「佐祐理……?」
「……留美は自己犠牲が過ぎるよ。死ぬなら一緒に、ね?」
留美が訝しげな顔で尋ねると、佐祐理は儚げな笑みを浮かべて答えた。
その笑顔に秘められた強い決意を見て取り、留美は何も言えなかった。
最早戦闘能力の有無などで後方支援に徹していられる状況ではないのだ。
戦えば死ぬと分かっていても、一秒でも長く時間を稼いで、逆転の好機が訪れるのを待つしかない。
佐祐理と留美は武器を構えて、結果の見えている勝負に身を投じようとする。
二人の様子を眺め見た有紀寧が、馬鹿らしい、と言わんばかりに溜息を吐いた。
「お涙頂戴の友情劇を演じるのは結構ですが、鼠が二匹に増えた所で何も変わりませんよ?」
有紀寧は電動釘打ち機を構えたまま、あくまで涼しい顔をしている。
――そんな時である。
ザッと床を踏みしめる音が、留美達の絶望を切り裂いたのは。

166最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:56:58 ID:oMm5HmoI0
「――待たせたな」
屋根裏部屋の入り口に、あの男が立っていた。
氷川村で別れて以来連絡が取れず、そしてリサ=ヴィクセンとの決戦を行っていたという――柳川祐也が。
柳川の姿を目にするや否や、佐祐理は希望に満ち溢れた顔で叫んだ。
「柳川さん!」
続いて半ば涙目で、掠れた声を絞り出す。
「無事……だったんですね…………」
勿論待ち望んでいた救援が現れたというのもあるが、それ以上に柳川が生きていてくれた事が嬉しかった。
不安だった――あの最強の雌狐に、柳川が殺されてしまうのではないかと。
会いたかった――ずっと自分を支え続けてくれた柳川と。
「倉田……良く頑張ったな……」
佐祐理の無事を確認して、柳川もまた安堵の表情を浮かべる。
だが柳川はすぐに強烈な眩暈を感じ、身体がぐらりと揺らいだ。
「柳川さんっ!?」
投げ掛けられた佐祐理の声を聞いた柳川は、飛びかけた意識をどうにか押し留めて、体勢を立て直す。
リサとの死闘を経た柳川は、この場の誰よりも消耗し切っていたのだ。
「く……心配は無用だ。後は俺に――任せておけ……」
口ではそう言ってみせたものの、柳川に一切の余力が残されていないのは明白だった。
その事を確認すると、有紀寧は凄惨に口元を吊り上げた。



167最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:57:29 ID:oMm5HmoI0
(――――計画通り!)
有紀寧は腹を抱えて大笑いしたい衝動を抑えるのに必死だった。
自力で立ち続ける事すら困難に見える柳川は、最早脅威でも何でもない。
そして柳川が此処に来たという事は、つまり――
既に確信を持っていた有紀寧は、皮肉気に柳川へと笑いかけた。
「大体想像は付きますが、一応聞いておきます。柳川さん――リサさんはどうなりましたか?」
「……奴は死んだ。俺がこの手で、殺した」
柳川が静かに、そして微かに憂いの混じった声で答える。
すると有紀寧は笑みを一層深め、とても愉しげに口を開いた。
「フフフ、そうですか。あの方は長瀬さんや岡崎さんとは違って、非常に役立ってくれました。
 少し心の傷を突いただけで馬鹿みたいにあっさりと騙されて、私の思い通りに動いてくれましたよ」
「貴様は……そうやってこれまで、どれだけ多くの人間を苦しめてきたっ……!」
柳川が眉を鋭く吊り上げ、双眸に紅蓮の炎を宿らせる。
その目より放たれる怒気を受ければ、並みの胆力しか持たぬ人間ならば例外無く腰を抜かしてしまうだろう。
しかし有紀寧は向けられた殺意を一笑に付し、とんでもない事を言ってのけた。
「――貴方は今まで食べたパンの枚数を覚えているのですか?」
それは絶対の余裕があるからこそ可能な、度の過ぎた挑発。
死に体の柳川が激昂して飛び掛ってきたとしても、確実に撃退する自信が有紀寧にはあった。
だが柳川は寧ろ怒りの矛を納め、とても静かに――鬼の力を解放しながら、言った。

168最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:58:42 ID:oMm5HmoI0
「もう良い――貴様は死ね」
「――――ッ!?」
部屋の温度が数度下がった程にも思える圧迫感。
有紀寧の舞い上がっていた意識が一瞬にして凍り付いた。
掛けられた声はとても静かなものだったのに、有紀寧の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。
全身の表面には鳥肌が立ち、喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かない。
細胞の一つ一つまでもが、今すぐ逃げなければ殺されてしまうと叫んでいる。
「う…………ああ…………」
それは長瀬祐介やリサとは違う、本物の怪物に対してのみに抱いてしまう、本能的な恐怖心。
全世界の生態系から逸脱した異常な存在を前にして、有紀寧の身体が竦み上がる。
そこで柳川が日本刀を握り締めて、一歩足を踏み出した。
その瞬間有紀寧の理性は完全に崩壊し、身体が勝手に電動釘打ち機の引き金を引いていた。

「アアアアッ!!」
作戦など無い――迫り来る絶対の恐怖を少しでも遠ざけようと、釘を放つ。
だが柳川は先程までの疲弊し切った姿が嘘かのように、刹那のサイドステップでそれを躱した。
人間では決して有り得ない速度、常識外れの反射神経。
その余りにも馬鹿げた動きは、有紀寧の心に植え付けられた『異能への恐怖心』を、際限無く増大させてゆく。

「来るな……」
今度は左右に大きく釘を撒き散らすべく、電動釘打ち機を乱暴に振り回した。
横への移動では決して避け切れぬ、広範囲に及ぶ一斉射撃。
しかし柳川は一瞬の判断で身を屈めてその攻撃を凌ぐと、素早く前方に駆けた。

「来るな……来るな……」
有紀寧がすぐに次の釘を放った為に、柳川の前進は一瞬で止まる。
だがその一瞬の間だけで、両者の距離は驚く程縮まっていた。
残る距離は、約5メートル。
有紀寧の絶対に死守すべき生命線は、たったそれだけしか残されていなかった。

169最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:59:26 ID:oMm5HmoI0
「どうして、当たらないっ……!」
間断無く電動釘打ち機の引き金を絞ってゆくが、放たれた釘はどれもが虚しく空を切るばかり。
ある時は上体を逸らし、ある時は横に跳び、またある時は身体を斜めに傾ける。
そんな予測不可能の動きを見せる柳川に対しては、照準を定める事すら困難を極めた。
そうしている間にも徐々に間合いが縮まってゆき、逃れようの無い恐怖が迫ってくる。
人間とは決定的に違う正真正銘の怪物が、じりじりと近付いてくる。
自分の目では、飛んでいく釘の姿は殆ど捉えられない。
にも拘らず、何故この怪物はこちらの攻撃が全て読めているかのように、最小限の動作で身を躱せるのだ――!

「来るな、来るな、来るなぁぁぁぁっ!!」
肉食獣を上回る獰猛さを秘めた眼光、口から血を垂れ流しながらも前進を止めない頑強な意思。
今の有紀寧にとっては、柳川の全てが恐ろしかった。
ただ恐怖心から気を紛らわせる為だけに、がむしゃらに釘を乱射する。
その数実に7本――これ迄に放った中でも最大の一斉射撃。
だが次の瞬間大きな音が有紀寧の耳に届き、柳川が天高く舞っていた。
人間の限界を超越した跳躍力による飛翔は、易々と二メートル近い高さにまで達した。
当然それ程の高度に向けての攻撃は行われていなかったので、全ての釘は柳川の下を通過するに留まった。

ドスン!と大きな音を立てて、柳川が有紀寧の眼前に降り立つ。
そして降り立った時にはもう、日本刀を大きく振り上げていた。
「あ………」
有紀寧はトリガーを引く事すら出来ない。
最早手を伸ばせば届く距離であり、何をやっても、それより先に殺されてしまうだろう。
死にたくなど無いが、どう考えても怪物の振るう豪刃の方が早い。
一秒後には確実に、自分の身体が両断されているに違いなかった。
これ以上の恐怖を感じる暇すらない。
回避も反撃も不可能な圧倒的暴力により、自分は破壊し尽くされるのだ。
だから有紀寧は思考を放棄して、ただゆっくりと目を瞑った。

170最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 11:00:15 ID:oMm5HmoI0
しかし一秒が経過しても、二秒が経過しても、変化は無い。
いつまでも訪れぬ死に有紀寧が目を開けると、予想外の事態が起こっていた。
柳川の――あの怪物の動きが、ピタリと止まっていた。
「く……そ……」
忌々しげにそう洩らした後、柳川はゆっくりと地面に崩れ落ちていった。
この場誰もが、助かった有紀寧自身も、何が起こったのか理解出来ない。
こちらの攻撃は一発も当たっていない筈なのに何故――

有紀寧は頭の中に充満した恐怖という名の霧を吹き飛ばし、恐るべき速度で思考を巡らしてゆく。
そしてすぐに、答えは出た。
とどのつまりこの怪物は、リサとの戦いで力の殆どを使い果たしていたのだ。
先程見せた異常な動きは桁外れの気力によるものだろうが、それも遂に底を尽きた。
やはりリサと柳川を潰し合わせるという自分の作戦は、これ以上無いくらいの名案だった。
「柳川さん……柳川さああああああんっ!」
悲痛な叫び声を上げる佐祐理に顔を向けて、有紀寧は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「流石に今回ばかりはもう駄目かと思いましたが――どうやら私の勝ちのようですね?」

171最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 11:01:20 ID:oMm5HmoI0
【時間:2日目23:45】
【場所:G−2平瀬村工場】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態①:極度の疲労と数々のダメージの影響で気絶中。左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折】
 【状態②:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】
 【目的:有紀寧と主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:呆然、中度の疲労、右腕打撲、左肩重傷(止血処置済み)】
 【目的:珊瑚と柳川の防衛、有紀寧の打倒】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:呆然、疲労大、腹部打撲、左肩重傷、右拳軽傷、ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】
 【目的:珊瑚の防衛と有紀寧の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:軽度の疲労、ゆめみの改造中】
 【目的:まずはゆめみの改造を終わらせる】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し(持てる状態で無くなった為に廃棄)】
 【状態:電源オフ、胴体に被弾、右肩に数本の罅、左腕右腕共に動く】
 【目的:不明】

宮沢有紀寧
 【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(27/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
 【状態:精神肉体共に軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
 【目的:敵の殲滅。自分の安全を最優先】
岡崎朋也
 【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態①:麻酔薬の効果で気絶中。極度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損、首輪爆破まであと22:55(本人は46:55後だと思っている)】
 【目的:有紀寧に大人しく従い続けるかは不明、最優先目標は渚を守る事】

→819
→825
ルートB-18,B-19

172最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 11:12:09 ID:oMm5HmoI0
すいません、お手数ですが
>【場所:G−2平瀬村工場】

【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
に訂正お願いします

173さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:51:54 ID:ecAvMqnI0
私はずっと一人ぼっちだった。
いつも冷静な振りをして、心には蓋をして寂しさを忘れようとしていた。
ううん、寂しいとか思っちゃいけない、辛いとか思っちゃいけないと思っていた。
それが私の幸せなんだって。
一人でいることなんか全然平気。
傷つくことなんて何も無い、そう思いこもうとしていた。
でも、そんな私を否定した人が二人いた。

――まーりゃん先輩。
どこからともなく現れて、私の意思なんかまるでお構いなしに心の中に入ってきて、私に新しい世界を教えてくれた。
やることすべてが私の想像なんかはるか上を行っていて、慌しくて、それでいて新鮮で楽しくて。
彼女と過ごしていると、自分の抱えた悩みがすごいちっぽけで、下らないものに思えた。
何よりも私と言う人間を理解してくれていた。
彼女と過ごした時間はいまや何にも変えられない私の宝物。
……私の一番大切な人。

――河野貴明さん
私が一番辛い時に、私を励ましてくれた人。
まーりゃん先輩とは別の意味で私の中に入ってきて、正直あの時は戸惑っていた。
あの時はまーりゃん先輩の存在だけが私の全てだったから。
彼女と別れてしまうなんて考えたくも無かったのに、過ぎていく時がその残酷さを私に叩きつけていて。
だから全てを忘れようとした。彼女との思い出を全て。
自暴自棄になっていたのかもしれない。出会いは本当に偶然だった。
彼は彼女とは違う方法で。それでも私に対する想いは同じくらい真摯で。
彼の純粋な心は、暗闇に投げ出された私の心を明るく灯してくれた。道を指し示してくれた。
……私の一番大好きな人。

174さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:52:29 ID:ecAvMqnI0
自惚れているつもりはなかった。
二人が私を好きでいてくれると同時に、私も二人が大好きだったから。
二人がいれば私は他には何もいらない。
ずっとそう思っていたのに。

私の目の前には貴明さんが。
私の背中にはまーりゃん先輩が。
二人とも満身創痍で。
それは私を守るために。
同じ目的なのに違う道を選んだ二人の物語。
耐えられない。
片方だって失いたくない。
ささらは悪い子だから。とても我侭な子だから。
二人が私のために争うなんて見たくない。
ねえ、貴明さん。
そんな目でまーりゃん先輩を見ないで。
まーりゃん先輩は悪くないの。
悪いのは全部私。
私がいなければまーりゃん先輩はきっとこんなことをしなかった。
これは私の罪なの。
だからまーりゃん先輩とお話をさせて欲しい。
きっとわかってくれる。
まーりゃん先輩のしたことは絶対誰も許してはくれないのかもしれないけれど、それは私の罪でもあるのだから。
私が一緒に罪を償うから。
だから、その銃を下ろして。

でも私の口はまったく開かず、目から大粒の涙があふれるだけだった。

175さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:53:05 ID:ecAvMqnI0
「久寿川先輩、そこをどいてください」
貴明さんがゆっくりと口を開く。
飛び出た言葉は、私の思いを打ち砕くように耳から脳へと伝えられた。
「どうして……どうしてまーりゃん先輩を殺さなくちゃいけないの」
「久寿川先輩だってわかっているはずでしょう? まーりゃん先輩は人を殺した。人を殺されて悲しむ人がたくさんいるはずなのに」
「貴明さんも同じ事をしようとしているのよ」
「……」
貴明さんは答えない。
「まーりゃん先輩が死んだら私はとても悲しい」
「……」
勝手な事を言ってるのはわかっていた。
「それでも貴明さんは、まーりゃん先輩を撃つの?」
私はなんてずるい女……。
「……久寿川先輩に恨まれても構わないと思ってるよ。俺にはもうこうすることしか出来ないから。みんなを守るためにはここでまーりゃん先輩を止めないといけないから」
「撃たなくったって! 私がちゃんと話すから! わかってもらうから!!」
「――たかりゃんを困らせちゃダメだよ……さーりゃん」
まーりゃん先輩が私に声をかけた。
たしなめるような、厳しいけどやさしい口調で。
「――っ!」
「さーりゃんが何を言っても、あたしはこの道を変えない。さーりゃんが困るのだってわかってる。
でもね、私は馬鹿だから。こうするしか思い浮かばなかったんだよ。
たかりゃんみたくみんなで力を合わせるとかね、出来なかったんだよ。今更止まれないんだ。だから私を止めたいなら……」
そしてまーりゃん先輩貴明さんの瞳をじっと見詰めて――
「――撃ちなよ、たかりゃん。撃たないと私はまた人を殺す。たかりゃんを殺して、たかりゃんの仲間を殺して。それ以外の人間もみんな殺して。さーりゃん以外の人間はみんな殺す。
最後に私が死んで、さーりゃんが優勝。もしも願いが嘘だったとしても、これでさーりゃんだけは生きていられる」
そう告げていた。

176さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:54:00 ID:ecAvMqnI0
「私そんなの望んでいない! まーりゃん先輩が死ぬなんて、まーりゃん先輩がいないなんて、そんな世界望んでないの!!」
「うん、わかってる。けしてさーりゃんが望んだことじゃない事だって事は。
こんなあたしのことを恨んでくれていいよ。ごめんね我侭な先輩で。身勝手でいつもさーりゃんを困らせてたよね。
そんなさーりゃんを見ていつもあたしは笑ってたっけな。ああ、ホントにダメダメな先輩だったね」
「そんな事無い、そんな事無いの! まーりゃん先輩がいたから私は……私は!」
私はどうしたいんだろう。我侭ばかり言って二人を困らせて。
どうしたいかなんて決まっているけれど、どうすればそれが叶うかなんてわからなかった。
だからあふれ出る感情だけを吐き続けた。
でもそれはかなわなくて……
「さあ、お喋りの時間はもう終わりにしようか。たかりゃんを待たせすぎるのもアレだしね」
まーりゃん先輩は貴明さんに向かってはっきりと遺言であろう言葉を紡ぎ出した。

「待たせてゴメン、たかりゃん。もういいよ」
「……まーりゃん先輩」
「何も考えなくて良いから。その引き金を引くだけ。ちょっと指に力を入れるだけでたかりゃんは自分の意志を貫ける。
さーりゃんを、仲間をまた一つ守れるんだ。あたしと言う殺人鬼からね」
「本当にダメなんですか。今の久寿川先輩の言葉を聞いても、本当にそうするしか道は無いんですか!」
「自分で言ったろ、あたしを許すことは出来ないって。ちみの覚悟はそんなものか? さーりゃんを守るって覚悟はそんなものか?」
まーりゃん先輩が全身を震わせ、その瞳はまっすぐと彼に向けられたまま強く強く、貴明さんに向かって感情を搾り出すように吼えていた。
「今更泣き言を言ってあたしを失望させるなよ……。あたしを安心させてくれ。さーりゃんを任せてもいいって確信させてくれ!
自分が正しいと思うなら覚悟を見せろ! 手を汚しても道を示せ! さぁやれっ! 河野貴明っ!!」
「うぐ……う……うあ……うあああああアアアァァァッッ!!!!」

絶叫とともに、銃を握る手に力がこめられたのがわかった。
貴明さんだって先輩を殺したいはずがあるわけが無い。
でも、私たちの間に作られた壁は見上げても見上げても終わりは見えなくて。
それが私には崩すことは出来ないんだって言う事がわかってしまって。
止める言葉が出てこなくて。
そして――

177さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:54:51 ID:ecAvMqnI0
パンッと、まるで花火にも似た音が大気を揺らし私の耳に届いた。
飛び散る鮮血が私の身体に降り注ぎ、私の世界は紅く染まる。
私は直視したくもない現実から目をそむけることも出来ず、呆然と立ち尽くしていた。

目の前の貴明さんは右胸から血を撒き散らしながら。
握ったフェイファー ツェリスカが貴明さんの手を離れ地面に落ち、それに続くように貴明さんの身体もゆっくりと、とてもゆっくりと地面に吸い込まれるように倒れていった。
何が起こったのかわからなかった。
引き金を引こうとしたのは貴明さんで。
そして今倒れているのも貴明さん。
声を出すと言う簡単な事すら出来ないほど、私の頭は混乱してしまっていたらしい。

「さーりゃん!!」
先輩の叫びが聞こえ、そして私の手が勢いよく引かれた。
その勢いに地面に叩きつけられて思わず呻き声を上げてしまう。
同時に私をかばうように地面に伏せると、まーりゃん先輩は叫びながら89式小銃を取り出しあたりに向かってやみくもに撃ち始めた。
「誰だ!」
先輩の叫びに返ってる言葉は何もなく、一瞬の間とともに再び銃声が響き私たちの地面の土を勢いよくえぐった。
「くそぉぉっ!」
ボロボロの身体のどこにそんな力が残っていたのか、まーりゃん先輩は勢いよく跳ね起き身体を起こすと、私の腕を引く。
銃を撃ちつづけながら向かう先に見えたものはひしゃげた強化プラスチックの大盾。
それに向かってまーりゃん先輩が跳ねたと同時に、再び響いた銃声が彼女の右足を貫いていた。
「アアアアァアアァァッ」
89式小銃が手から零れ落ち、悶絶しながらまーりゃん先輩が苦悶の声を上げる。
「まーりゃん先輩!!」
盾に身を隠しながらまーりゃんの先輩の右足を見ると……肉が飛び散り白い骨が半分欠けながら、かろうじて繋がっていると状態になりながら血が噴出していた。
「……ハァハ……ァ……さーりゃん……怪我……は……ない? ……撃たれ……てな……い……?
「私は平気……でも、先輩は!」
ボロボロと零れる涙が私の視界を塞ぐ。
「こん……なのたい……した……怪我じゃ……」
刹那鳴り響く銃声は、まーりゃん先輩の言葉を邪魔するように盾ごと私たちの身体に衝撃を与える。

178さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:55:28 ID:ecAvMqnI0
1発…2発…3発…そこでようやく銃声は鳴り止んだ。
「んなとこに隠れてないで出てこいよ」
止まった銃声の変わりに出てきたのは笑いをかみ殺したような、下卑な男の声だった。
どこかで聞いたことのあるような声に私は反射的に盾から顔を出しそうになるのを、まーりゃん先輩に慌てて推しとどめられる。
「ククク、なんだつれないな。せっかくの再会だってのによぉ」
再会…?
「別の男を引き連れて女王様気取りか? 高槻はどうした、捨てちまったのか? ククククク……」
高槻さんの事を知ってる人……?
「なんだぁ忘れちまったのか? 昨日は学校で世話になったよなあ。わざわざお礼に来てやったんだぜ、寂しい事言うなよな」
再び盾に響き渡る衝撃に、まーりゃん先輩の身体が大きくふらついた。
支えるようにまーりゃん先輩の身体を抱きすくめ、横目からちらりと見えたその人物は――確かに昨日学校で高槻さんと戦っていた人物、岸田洋一だった。





弾切れのデザートイーグルを興味も無く投げ捨て岸田は小さく呟いた。
「まったくよぉ、高槻も可哀想なやつだよな」
バックからウージーを取り出すとそれに構えなおし岸田はゆっくり歩を進める。
「俺様を怒らせちまったばっかりに、仲間がどんどん死んでいくんだからよ」
侮蔑するように地面に倒れこんだ貴明の姿を見やり、近づくと同時に彼のわき腹を蹴り上げた。
ピクリとも動かなかった貴明の身体が、小さな呻き声とともに痙攣した。
同時に咳き込む声とともに大量の吐血を巻きちらすと共に、宙に浮いた血は重力のままに彼の顔を覆い尽くしていく。
うっすらと目が開かれ、目の前の男を睨み付けるものの、そんな彼の行動を見て岸田は割れんばかりの大声で笑っていた。
「まだ生きてやがったのか、なかなかしぶといじゃねえか兄ちゃん」
ウージーを貴明の右足に向け、軽く引き金を絞る。
パラパラといった無機音と共に、右足の肉がはじけ飛ぶ。
「がアアァあアァぁッッ!」
「ぎゃはははは、もっと鳴け、もっと鳴けよ!!」
身体の制御も聞かず襲いくる衝撃のなすがままに全身が跳ね上がり、貴明の悲鳴と岸田の歓喜の叫びが場に木霊した。

179さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:56:03 ID:ecAvMqnI0
「たかりゃん!」
「貴明さん!」
岸田は哀れむような目で貴明を見下ろして笑う。
「ったく、素直に死んでおけば苦しまなくてすんだってのによ。難儀な身体してるな、兄ちゃん」
言いながら地面に野ざらしにされたフェイファー ツェリスカを拾い、貴明の顔面に狙いをつけ
「――じゃあな」
絶対的な余裕の中で、もう自分の勝ちは確定的だという状況の中で。
岸田の注意が貴明に集中していた油断の中、麻亜子が動いた。
引き金が指にかけ、まさに弾が飛び出そうとした瞬間。
「うぐぁっ!」
右肩に焼けるような熱さが走り、直後訪れた鋭い痛みにフェイファー ツェリスカが再び地面へと落ちる。
岸田の腕に生えていたのは一本のサバイバルナイフ。
まーりゃんが取り出し投げつけたそれは、的確に岸田を貫いていた。
「たか……りゃんは……殺……させない……よ。さーりゃ……んを……守れ……る……のは、もう……たかりゃんだ……けなんだ……か……ら……」
最後の力を全て使い果たしたのか、麻亜子はそのまま倒れこむ。
「うぜええええっっ!!!」
怒りのままに麻亜子に駆け寄ると、その胸倉をつかみ挙げ、岸田は麻亜子の顔面を殴りつける。
一発ごとに麻亜子の口から嗚咽と鮮血とがはじけ飛び出していた。
「やめて! やめて!!」
哀願するように叫びながら岸田の足にささらはしがみつく。
だがうっとおしいと言わんばかりにしがみつかれた足を跳ね上げ、ささらの身体は弾き飛ばされていた。
「邪魔しなくても次はおまえの番だから安心しろよ。高槻が悔しがるように楽しませてもらってから殺してやるからよぉぉ」
ささらの目に恐怖の色が浮かぶ。
「そん……なこと……は……させな……い」

180さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:56:44 ID:ecAvMqnI0
岸田の背後から上がった声。
「んなっ!」
全身から血を流し、右足はほぼ原形をとどめてない状態にもかかわらず貴明はフェイファー ツェリスカを握りなおして立ち上がっていた。
口からは絶え間なく血が零れ落ち、襲いくる痛みに意識が飛びそうになる。
それでも貴明は、立ち上がっていた。
大事な人達を守るために。
この島から出て、再び笑いあうために。
岸田が貴明に向かって身構える間もなく、向けられていたフェイファー ツェリスカの銃口から岸田へと向かって弾は発射された。





181さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:57:13 ID:ecAvMqnI0
「く……そ……」
貴明の身体は力なくその場に倒れこんでいく。
今出せる自分の最後の力。
だがそれは暴れるフェイファー ツェリスカを抑える事は叶わなくて。
引き絞られた銃弾は、岸田の身体を捕らえることも無くその脇の木へと突き刺さっていった。
「けっ……死にぞこないが驚かせやがって!」
岸田の言葉に反応する力も無かった。
先輩が悲痛な叫びを発しながら駆け寄り、俺の身体を抱きすくめてくれていた。
全てを使い果たしたような脱力感に覆われ、声を出そうにも出てこない。
俺はここで終わるのか。先輩も、珊瑚ちゃんも、誰もまだ守りきれてないのに。
先輩が泣いている。
泣かせたいわけじゃないのに。笑わせたいはずだったのに。
生きてこの島から出て、元の生活になんかけして戻れないけど、悲しみを乗り越えた先にきっと笑い会える日々がくると信じてたはずなのに。
全身から力が抜けていって、先輩の声が遠くなってきた。
ああ、俺は死ぬんだな。
そう思った。
悔いが無いはずが無い。
でも、もうだめなのがわかった。
だから最後だけでも先輩に笑って欲しくて。
笑顔の久寿川ささらでいて欲しくて。
俺は口を開こうと、全ての力を口にまわした。
「久寿川……先輩……ご……めん……。やくそ……く……守れ…な……かった」
「――!!」
ああ先輩が何かを言っている。そんな泣かないでよ。
わかってる、言いたい事はわかってるさ。
それでも俺は先輩に笑って欲しいんだ。
だから――

182さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:57:50 ID:ecAvMqnI0
「たかりゃん!」
声が聞こえた。
もう機能を果たしていないはずの俺の耳に。
岸田につかまれたままのまーりゃん先輩の声。
まーりゃん先輩だって、もう限界のはずなのに、聞こえた声は今まで出一番力に溢れていて。
「ぐああああああああ!!」
同時に聞こえたのは岸田の声と思しき絶叫。
「たかりゃん……は、……そこ……終わ……のか!? 違うだ……ろう。さーりゃん……守……だろ……。あた……を……させるなよ!」
あはは、まーりゃん先輩、無茶言わないでくださいよ。
本当にいつもいつも無茶苦茶を言う人だ。
指一本動かす動かす力が無い俺にこれ以上何が出来るって言うんだ。
でもその言葉が、俺に本当に最後の最後の力をくれた。
あの人に言った言葉は嘘じゃないから。
それは絶対に証明してみせる。
「くす……がわせ……んぱい……にげて……、必ず追いつくから……みんなの下へ……。そして高槻さんを探して……みんなで脱出するんだ……」
言葉が口を出ていた。
目の前の先輩は泣きじゃくりながらかぶりを振っている。
「絶対に……すぐに行くから……だ……から……」
これが最後だ。
出し惜しみなんてしない。
細胞の全てを集中させろ。
抱き抱えられた身体を起こし、先輩を跳ね除けると俺は岸田に向かって駆け出した。
岸田の身体にはもう一本ナイフが刺さっていた。
右肩にはさっき投げつけられたサバイバルナイフ。
左肩にはそれとはまた別のバタフライナイフ。
そしてまーりゃん先輩も欠けた足をかばい、ふらふらになりながら右手にまた別のナイフを構えていた。
俺のことなんて気にも止めていなかったであろう岸田は、俺の渾身の体当たりを防ぐ間もなくくらいもんどりうって倒れた。
身体がばらばらに引きちぎれそうな痛みに襲われる。
倒れてなどいられるものか。
だが意思とは裏腹に倒れこみそうな身体。

183さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:58:27 ID:ecAvMqnI0
ちくしょう、ちくしょう。
だが、そんな俺を支えてくれた人はいた。
傷だらけの身体で。
俺よりもずっと小さな小さな身体で。
ちょっと体重を乗せただけでもつぶれてしまいそうなその身体で。
道は違ってしまったけれど、目指すものは一緒だったはずの……大好きだった先輩。
……もしも真っ先に出会っていれば。
……もしも学校で止めることさえ出来ていれば。
止めよう。もしもなんて言葉はもう要らない。

――久寿川ささらを守る
すれ違った二人の心は、同じ目的の元にようやく一つになっていたのだった。

起き上がろうとする岸田に向かってまーりゃん先輩がボーガンを打ち込み、再び岸田は絶叫を上げた。
同時に二人で走る。一直線に。俺"達"の敵に向かって。
俺は倒れこんだ岸田に馬乗りになって、そしてまーりゃん先輩はポケットから何かのスイッチを取り出すと、ためらいもせずにそのボタンを押した。
自爆装置でももっていたのか?
ははっ、一体この人は幾つ武器を持っているんだ。
思わず笑いがこみ上げてきた。
そしてまーりゃん先輩も岸田にしがみついてその身体を押さえ込む。
「離せ、この糞餓鬼ども!」
岸田が必死に抵抗しているが、近づいてみるとこいつもかなりの傷を負っているのがわかり、俺達をはがすまでの力が無いようだった。
そりゃそうだ。俺の最後の力をそう簡単に跳ね除けられてたまるものか。
(たかりゃん、もうすぐここにミサイルが飛んでくるから逃げて)
必死に岸田を押さえつける傍らで、先輩が息も絶え絶えに俺の耳元でそう呟いた。
「なんだとっ!」
同時にその言葉が聞こえてしまったらしい岸田は全身を激しく揺らし暴れ始める。
少し黙ってろよ、今おまえと話してる暇は無いんだ。

184さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:58:57 ID:ecAvMqnI0
必死に身体が離れないようにしがみつき、まーりゃん先輩にへと言葉を返す。
(無理でしょう、俺の身体はこんなだし、俺が離れたらきっとこいつに逃げられる。俺もいっしょにこいつを止めます)
(そんなことしたらさーりゃんはどうなる。守ってくれるんじゃなかったの。あれは嘘だったのか?)
痛いことを言う……でも、俺はもう覚悟を決めたんだ。
(嘘じゃないですよ。俺に出来ることは何でもします。そしてこれが、俺に残された久寿川先輩のために出来る最後の仕事なんです。だから、許してください)

頭上で何かが光ったのが見えた。
殺すとか、殺されるとか。
そんなのはやっぱりくだらないことでしかないんだ。
でもそんなくだらないことをもう一回だけ。
許してくれ、先輩。
最後まで守れなかった俺達を許してくれ。
珊瑚ちゃんも高槻さんも約束守れなくて、本当にごめん。
そして、後は任せたから。
絶対に死なないで、俺達の分まで、きっときっと、笑っていてくれることを信じてるから。

(そんな言葉だけじゃ許さないぞ。あの世であったらたっぷりとお仕置きしてやるからな)
(ははは、お手わらやかに)

「ちくしょぉォォ!!! たかつきいいいいいイイイイィィィッ!!!」





185さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:59:33 ID:ecAvMqnI0
岸田の絶叫があたりに響き渡り、誘導装置により舞い降りたミサイルが爆音と共にあたりを焼き尽くす。
貴明と麻亜子は最後にゆっくりと手をつなぎ、そして笑った。
約束を果たすことは出来なかった。
でも最後の一瞬までささらを守ったことは確かだったから。
やり遂げた顔を浮かべ、二人は岸田と共に爆風の中へと消えていったのだった。

爆風に飛ばされながら、ささらの目に映ったのは、自分に向けられた二人の笑顔。
悲しみも全て忘れさせるように、ささらの意識は遠く深く闇へと落ちていた。


【2日目・23:30】
【場所:F−2右下】
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労大 気絶】


朝霧麻亜子【死亡】
河野貴明【死亡】
岸田洋一【死亡】

【備考】
ささらの持ち物以外は全て爆発により大破
→832
ルートB-18,B-19

186星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:06:14 ID:p7rYmdAA0
次々と仲間が倒されてしまった。
駆けつけてくれた向坂環も橘敬介も、圧倒的な戦力差の前に蹂躙された。
そして遂に――数々の敵を屠ってきた柳川祐也すらもが、力尽きてしまった。
勿論、自分達だって何もせずにただやられていた訳では無い。
凄まじい激戦を経て、敵側の人間も倒れていった。
リサ=ヴィクセンも、岡崎朋也も既に地に倒れ伏せている。
だが諸悪の根源にして、主催者以上の狡猾さを誇る悪魔――宮沢有紀寧は電動釘打ち機を手にしたまま、未だ健在だった。
対する倉田佐祐理達は最早全員が満身創痍で、飛び道具も持っていない。

「それではフィナーレと行きましょうか、皆さん?」
そう言って、有紀寧が愉しげに笑いを噛み殺す。
一方、佐祐理は覆しようの無い圧倒的な絶望を、その身に感じ取っていた。
「柳川さん……」
床に横たわる柳川はピクリとも動かない――その姿は、呼吸をしているかどうか不安になってくる程だ。
だが今柳川に駆け寄って安否を確認するなど、出来る筈が無い。
そんな大きな隙を晒せばその瞬間に、有紀寧に殺されてしまうだろう。
自分達が倒れれば、有紀寧は確実に倒れている者達にもトドメを刺してゆく。
柳川を救いたいなら此処は決戦を挑んで、有紀寧を打倒するしかないのだ。
――どうすれば、この圧倒的な絶望に侵食された状況を打開出来る?

187星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:07:27 ID:p7rYmdAA0
「……珊瑚さん、ゆめみさんの状態はどうですか?」
注意は決して有紀寧から外さずに、背中を向けたままで問い掛ける。
すると後ろから謝罪の意を多分に含んだ、か細い声が聞こえてきた。
「アカン……」
「…………」
「みんなゴメンッ……作業は全部終わったのに……ゆめみが……動かへんっ……」
距離も離れており、背中越しだというのに、珊瑚が抱いてる絶望と無力感が造作も無く感じ取れる。
元々無茶な作戦だった。
イルファとはまるで仕様の違うロボットであるゆめみに、OSの移植が成功する保証は何処にも無かった。
それにゆめみの機体は岸田洋一に撃たれた銃創や、先程リサから受けた攻撃により、既に相当痛んでいる筈。
何時故障しても――そう、強引な改造が原因で故障しても、何も可笑しくは無かったのだ。

とにかく、これで残されていた逆転のカードは全て潰えてしまった。
一体これからどうすれば――
そこで佐祐理は、服の袖を横から引っ張られている事に気付いた。
ナイフを構えたまま視線だけ送ると、七瀬留美が悲壮な決意を込めた瞳でこちらを見ていた。
「……留美?」
「とても危険だけど……一つだけ作戦を思いついたわ」
「――え?」
「失敗すれば、間違いなく死ぬ。でももう、他に手が無いの。お願い佐祐理、貴女の命をあたしに――預けて頂戴」



188星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:08:17 ID:p7rYmdAA0
「…………?」
こちらに聞こぬ程度の小声で話をしている佐祐理と留美に対して、有紀寧が訝しげな顔をする。
この期に及んで、まだ何か小細工を弄するつもりなのだろうか?
しかし生憎これはドラマや映画では無いのだから、敵の作戦会議が終わるまで待ってやる義理など無い。
「誰がお喋りをして良いと言いましたか? いい加減貴女達の顔も見飽きました――そろそろ死んでください」
無機質な声でそれだけ告げると、有紀寧は容赦なく電動釘打ち機の引き金を絞った。
唸りを上げて、宙を奔る鋭く尖った釘。
動きの鈍った人間では、とても躱しきれない勢いで飛来するそれを――佐祐理は、デイパックで受け止めていた。
「――――ッ!?」
有紀寧が目を見開くのとほぼ同時に、佐祐理と留美が縦一列に並んで、一斉に前方へと駆ける。
前を行く佐祐理は三つのデイパックで身体の大部分を覆い隠し、その背後に隠れるようにして留美が日本刀を構えながら疾駆してくる。

「く――そう来ましたか!」
敵の狙いは至極単純――佐祐理がデイパックで釘を防ぎながら間合いを詰めて、後ろにいる留美が攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
言うなれば佐祐理は弾除けの盾であり、留美は敵を仕留める為の剣だ。
有紀寧は二発目、三発目の釘を連続して放ったが、それらは全てデイパックに遮られてしまう。
電動釘打ち機による攻撃は、生身の人間に対してなら十分な殺傷力を発揮するものの、障害物を貫通する程の威力は持ち合わせていないのだ。
「アンタだけは……絶対に許せないッ……!」
深い憎悪がたっぷりと籠もった声が、佐祐理の後ろより聞こえてくる。
留美の姿は完全に佐祐理に覆い隠されており、有紀寧の位置からではその表情までは伺い知れない。
「フン……そんな小細工でどうにかなると思っているんですか」
どんどん間合いが詰まってゆくが、有紀寧にはまだ余裕があった。
確かに電動釘打ち機ではデイパックを貫けないが――ならば他の部分を狙えば良いだけの事。
それに――



189星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:08:53 ID:p7rYmdAA0


「ぐぅっ!」
左太股に走った激痛に、佐祐理が呻き声を上げる。
有紀寧は狙いを変えて、佐祐理の無防備な部分――剥き出しの足に攻撃を仕掛けてきたのだ。
3つあるデイパックは腹や首といった急所を覆うのに使っている為、足や肩を守る物は無かった。
「ほらほら、どんどん行きますよ?」
嘲笑うような声と共に次々と釘が発射され、それが佐祐理の肩や足に容赦無く突き刺る。
その度に肉が引き裂かれ、鮮血が噴き出し、身体が言う事を聞かなくなってゆく。
だがそれでも佐祐理は、倒れはしなかったし、走る足も決して止めなかった。

電動釘打ち機による連激の嵐の中、言い訳程度の盾を用いて正面突撃を敢行する。
それは余りにも無謀な作戦であったが、これが正真正銘最後の博打にして、最後の勝負なのだ。
最早新たな救援には期待出来ぬ以上、ここで敗れれば本当に後が無い。
今この瞬間に於いては、自分一人がどれだけ耐えれるかに、仲間全員の命運が懸かっているのだ。
ならば自分の生命全てを注ぎ込んででもこのまま駆け続け、敵に肉薄してみせる。
鬼気迫る様子で突撃し続ける佐祐理を前にして、次第に有紀寧の表情が焦りの色に染まってゆく。

「く……ああああっ!!」
佐祐理は両足と両肩に何本も釘が突き刺さった状態で、痛みを誤魔化す様に大きく叫びながらなお突き進む。
その後ろでは既に留美が、衝突の瞬間に備えて刀を振り上げていた。
もう有紀寧は目前、後数歩足を進めるだけで、こちらの射程に入るだろう。
予想外の佐祐理の粘りに、烈火の如き気合を以って攻撃を仕掛けようとする留美に、有紀寧の顔が狼狽に歪む。
「っ……やられ――」

190星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:09:46 ID:p7rYmdAA0
だが更に間合いが詰まり、留美が刀を振り下ろす寸前に。

有紀寧は口元を緩ませて、本当に愉快そうに微笑した。

「……る訳が無いでしょう。貴女達は馬鹿ですか?」
「――――え?」

佐祐理達がその言葉の意図を理解出来ないうちに、有紀寧は素早く横へ飛び跳ねた。
二人並んで突き進む形であった佐祐理達は急激な方向転換が出来ない為に、その後を追う事は適わない。
有紀寧はそのまま佐祐理達の横に陣取ると、三度続けて電動釘打ち機の引き金を絞った。
横方向から――角度的に、遮蔽物の無い状態で狙撃を受けた留美の腹に、次々と釘が突き刺さる。
急所を貫かれた留美はヘッドスライディングをするように、前のめりに地面を滑ってゆく。
やがて派手な音を立てて前方にあった机にぶつかり、留美の身体は停止した。

力無く横たわる留美を見下ろしながら、有紀寧が呆れたように吐き捨てる。
「その下らない猿知恵を見せて貰った時は、笑いを堪えるのに苦労しましたよ? 貴女達の作戦は、二人三脚の状態で戦うようなものでした」
それでようやく佐祐理は自分達の過ちと、敵の狙いを理解して、掠れた声を絞り出した。
「そ……んな……」
自分達の作戦には、余りにも致命的な欠点があった。
縦に二人並んでの突撃が有効なのは、あくまで正面から動かない敵に対してのみ。
そんな戦術では横からの攻撃を防げぬし、機敏に動き回る相手を追尾する事も出来ぬのだ。
有紀寧はそれを分かっていたからこそ、敢えて追い詰められた振りをして、佐祐理達を引き付け――必殺の一撃を叩き込んだ。

191星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:11:01 ID:p7rYmdAA0
「留美さん、貴女には一番手間を掛けられました。ですが、それもこれまでです」
そう言うと有紀寧は素早く移動し、足元に転がる留美の腹を思い切り踏みつけた。
「がっ……あああっ……!」
負傷した腹部を圧迫され、留美は耐え難い痛みに悶え苦しむ。
体重を掛けられる度に、腹のより深くへ釘がめり込み、流れ落ちる赤い血が勢いを増す。
有紀寧は拷問を続けながら、顔だけを佐祐理の方へと向けた。
「佐祐理さん、どうしたんですか? 早く助けないと、留美さんが死んでしまいますよ?」
余りにも無慈悲な、誇らしげな、そして嘲笑うような声。
それを聞いた佐祐理は、弾かれたように飛び出した。
「留美ぃぃーっ!!」
既に何本もの釘が突き刺さった足で、それでも懸命に駆ける。
その最中、唐突に、もう生命力の大半を失った留美と目が合った。
留美は弱々しく首を振ってから、震える声で言った。
「だ……め……に……げ…………て…………」
そこで有紀寧がすいと、電動釘打ち機を下に向ける。
「……仇は討てませんでしたね、留美さん」
有紀寧はそのまま何の躊躇も無く、まるで虫を殺すかの如く平然と、引き金を引いた。
釘が二本、三本と、留美の首に吸い込まれてゆき、鮮血を撒き散らす。
眼前の光景を目の当たりにした佐祐理が、喉が張り裂けんばかりの悲痛な絶叫を上げた。
「い……嫌あああああああぁぁぁっっ!!」
友の死に、佐祐理の中で既に限界まで感じていた筈の絶望が、より深くより大きく肥大化してゆく。
――何をやっても通じない。どれだけ頑張っても、この悪魔からは誰も救えない。

「これで詰まらない友情劇も終わりですね。ですがご安心下さい……すぐに貴女も、あの世にお送りしてさしあげますから」
有紀寧は正しく悪魔のように禍々しく口元を歪め、全てを嘲笑っていた。
その足元で、光を失った留美の瞳孔が急速に散大していった。

192星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:11:45 ID:p7rYmdAA0


「る……留美ぃ……」
屋根裏部屋の最深部では、珊瑚が奥歯を噛み締めながらその光景を眺め見ていた。
唯一ハッキングをし得る技術力を持った自分が、主催者の打倒に於いてどれだけ重要かは自覚している。
だからこそどれだけ戦いが激化しようと、あくまでも後方支援のみに徹した。
しかし自分がそうやって守られている間に、仲間が一人、また一人と倒されていった。
そしてその間に、自分が唯一行ったゆめみの改造すらも――失敗してしまった。
「ゆめみ……動いてよ……」
何度もゆめみの肩を揺さぶるが、何の反応も返っては来ない。
節々に未知の技術が用いられているゆめみを改造するなど、無謀な行為だったと悔やんでももう遅い。
イルファのOSを取り付けられたゆめみは、まるで死んでしまったかのように、ただ眠り続けている。
「今動かへんと……みんなやられてまうよ……お願いだから……動いてよ……」
どれだけ呼び掛けても、一向にゆめみが目を覚ます気配は無い。
それでも珊瑚は呼び掛け続ける――もうそれくらいしか、自分に出来る事は残されていなかった。
「ウチは……いっちゃんにも瑠璃ちゃんにも守られっぱなしやった……今回だってそうや……」
イルファも姫百合瑠璃も、命懸けで自分を守り抜いて死んでいった。
それなのに、自分はまだ何も出来ていない。ただ仲間の足を引っ張り続けているだけだ。
仲間達の死に報いれるような事は、何一つ、成し遂げれていない。
「ウチが役に立てるのは機械の事くらいやのに……それさえ駄目やったら……死んじゃった皆に会わせる顔があらへんやん……。
 もうウチはどうなってもええ……でもせめて他の皆だけでも、助けてあげてっ……!」
悲しみに満ちた涙の雫がぽたりと、ゆめみの頬に零れ落ちた。

すると声が――とても懐かしい声が、聞こえてきた。

193星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:12:53 ID:p7rYmdAA0
「泣かないで下さい……珊瑚『様』」
「え?」
唐突に、奇跡でも起こったかのように、何かの魔法のように。
珊瑚が気付いた時には、それまで何をやっても決して動かなかったゆめみが、目を開いていた。
ゆめみはゆっくりと上半身を起こし、優しく珊瑚の身体を抱き締めた。
まるで在りし日の、イルファのように。
「遅れて申し訳ありません……。ですが後は私が何とかしますから、どうか泣き止んでください」
「貴女はゆめみ……? それともいっちゃん……?」
珊瑚が訊ねると、ゆめみはすくっと立ち上がった。
胸を穿たれ、右肩に罅が入った小柄な少女の姿はしかし、とても美しく感じられた。
こちらを眺め見る瞳の、水と油が混ざり合ったような反射は、光学樹脂独特のものだった。
「私はゆめみです――けれど、イルファさんの記憶もあります」
「え……?」
OSを移植しただけなのに何故――訳も分からず、珊瑚が呆然とした表情になる。
続けて絶望の霧を消し飛ばす凛と透き通る声で、ゆめみが言った。
「――事情は分かっています。宮沢有紀寧さんを、倒せば宜しいんですね?」
珊瑚がはっきりと頷くのを確認すると、ゆめみはくるりと向きを変えた。
その先にはとても冷めた目をした有紀寧が、電動釘撃ち機を構えながら立っていた。

新たなる敵の出現を受け、有紀寧が不快そうに言葉を洩らす。
「……スクラップが起きましたか。ですが武器も持たずに、一体何をなさるおつもりで?」
有紀寧からすれば、留美と柳川の両者を倒した時点でもう勝負はついている。
残る敵は全て問題にもならぬ矮小な存在であり、後は簡単な事後処理を行えば良いだけだった。
だからこそ勝利の余韻に浸っていたというのに、それを取るに足らない存在に邪魔されたのは堪らなく不愉快であった。
しかしゆめみは有紀寧の怒りを意にも介さずに、凍て付くような声で告げた。
「申し訳ありませんが――貴女を倒します」
そして、イルファよりは少し薄い水色の髪を靡かせながら、ゆめみが疾駆した。

194星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:13:26 ID:p7rYmdAA0

「な――――」
渦巻く突風、迫る強大な圧力。
有紀寧は目前の光景が信じられなかった。
取るに足らぬ筈の人形が、数人掛かりですらリサの相手になっていなかったスクラップが、凄まじい勢いで突撃してくる。
だがその動きは柳川やリサのような、明らかに別次元の存在である『怪物』程ではない。
(予想外ですが……この程度なら!)
有紀寧は電動釘撃ち機の引き金を引いた――『怪物』が相手でなければ、十分に勝機はあると信じて。
しかしそれは、時間稼ぎにすらならなかった。

――ゆめみは攻撃を避けずに、ひたすら直進してきたのだ。
生身の人間相手ならともかく、ロボットが相手では釘の一本や二本など致命傷とは成り得ない。
「馬鹿なっ……そんな馬鹿なっ……!」
狼狽した有紀寧は、残弾数が残り少なくなっているのも忘れて、闇雲に釘を連打する。
何度も鈍い音がしてゆめみの胸に、腹に、次々と釘が突き刺さってゆく。
突き刺さった箇所を中心として、ゆめみの胴体に何個も円状の罅割れが形成される。
だがすぐに、カシャ、カシャという音がして、電動釘撃ち機が弾切れを訴えた。
そしてその時にはもう目の前でゆめみが、大きく拳を振りかぶっていた。

195星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:14:08 ID:p7rYmdAA0
「珊瑚様には――」
イルファの声で。

「お客様には――」
ゆめみの声で。

「指一本触れさせませんっっっ!!!」
裂帛の気合を乗せた叫びと同時に、怒りの鉄槌が有紀寧の腹に叩き込まれた。

「があああああああああっ!!」
凄まじい衝撃を受け、有紀寧の身体が猛烈な勢いで後方へと吹き飛ばされる。
そのまま有紀寧は背中から壁に叩きつけられて、ずるずると地面に滑り落ちた。
そしてその直後――ゆめみもまた、糸が切れた人形のように力無く床に倒れ伏せた。
有紀寧から受けた攻撃だけが原因ではない。
相性の悪いOSを搭載し、『リミッター』まで解除して戦うのは負担が余りにも大き過ぎた。
その事をゆめみ自身が一番分かっていたからこそ、短時間で勝負をつけるべく、あんな無茶な戦法を取った。
それでもゆめみはやり遂げた。
柳川も、留美も、どうしても叩き込む事の出来なかった一撃を、完璧なまでに決めてみせたのだ。



196星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:14:53 ID:p7rYmdAA0


「ぐっ……あああっ……」
脇腹の骨という骨を砕かれた有紀寧は、途方も無い激痛に喘ぎ苦しんでいた。
折れた骨の何本かが内臓を傷付けたらしく、喉の奥底から血が湧き上がってくる。
それでも未だ有紀寧は諦めずに、倒れた姿勢のままで床を這っていた。
(くぅ……こんな所で……死ぬ訳には…………!)
死にたくない――唯一にして恐るべきその執念だけが、有紀寧に最後の活力を与えていた。
どれだけ無様でも良い。どれだけ滑稽でも良い。
何としてでも逃げ切って、怪我を癒し、生き延びてみせる。
自分の怪我は致命傷では無い筈だから、この場さえ凌げればきっと何とかなる。
死んでしまっては全てが無意味なのだから、逃げ切った後は復讐に拘らず身を潜めよう。
階段まで、後もう少しで辿り着く。
(あそこまで……あそこまで行けばっ……!)
あそこまで辿り着ければ、敵の前から姿を眩ませれれば、きっと――

「――逃がすと思うか?」
そこで、殺意に満ちた底冷えのする声が聞こえた。
声のした方に首を向けると柳川と佐祐理が、お互いに支え合う形で立っていた。
柳川は横に視線を移し、少々困惑気味に訊ねた。
「倉田……本当にお前もやるのか?」
「はい。佐祐理も罪を背負います」
「……そうか」
迷いの全く見られぬ佐祐理の返答を前にして、柳川は頷くしかなかった。
そして二人は片方ずつ手を伸ばし、一本の武器を――留美が使用していた日本刀を握り締めた。

197星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:15:44 ID:p7rYmdAA0
訊ねるまでも無くこれから起こる事が理解出来、有紀寧は必死に声を絞り出した。
「ま、待ってください……!」
柳川達がピクリと反応するのを確認してから、有紀寧は続ける。
「私は首輪爆弾を解除する方法を知っていますよ? 主催者の居場所だって把握しています」
――知らない。当然だが、そんなものは知る筈が無い。
出鱈目でも何でも良いから、ただ助かりたかった。
「此処で私を殺したら、主催者を倒せなくなりますよ? それでも良いんですか?
 それに私なら主催者の裏を突く作戦だって幾らでも思いつくし、ゲームに乗った人間の殲滅も簡単です」
相手に余計な思考を挟む時間を与えぬよう、有紀寧は怒涛の勢いで言い連ねる。
最後に有紀寧は、長瀬祐介や柏木耕一を騙した時と同じ、柔らかい笑みを浮かべた。
「今までの事は謝りますから、これからは協力しましょう。主催者が人を生き返らせる力を持っているのなら、これまで死んだ人だって蘇らせれます。
 ですから過去の遺恨は捨てて、私と一緒に戦って皆さんを生き返らせましょうよ、ね?」
その言葉を最後に、数秒の、しかし有紀寧にとっては永遠にも感じられる沈黙が続いた。

やがて柳川が、全く表情を変えずに、冷淡な口調で吐き捨てた。
「……一つだけ言っておく。たとえ天と地が割けようとも、俺達が貴様を許す事は有り得ない」
柳川や佐祐理からすれば有紀寧は主催者以上に憎い敵であり、交渉の余地など初めからある筈も無い。
その事実に気付いた――否、ただ単に現実から目を逸らしていただけの有紀寧は、突き付けられた死刑宣告に、呻いた。
「うああ……ああああっ…………」
顔の向きを前方に戻し、形振り構わず階段に向かって這い続ける。
「嫌だ……嫌だ……死にたくない…………死にたくないっ…………!」
服が埃塗れになるのも、地面に擦れる腹部の傷口が痛むのも、些事に過ぎない。
死より――完全なる無より怖い物など存在しない。
『死を恐れる』という生物の本能に従って、有紀寧は最後まで生を望む。
「死にたく――」
だがそこで、ズンという音がして、有紀寧の意識は唐突に途切れた。
背後から追い付いた柳川と佐祐理が、有紀寧の首に刀を突き立てたのだ。
貫かれた首筋から赤い血が噴き出し、柳川が少し横方向に力を加えると、首から先が千切れ落ちた。

――この殺し合いに於いて最も手段を選ばず、最も多くの人間を不幸の底へと叩き落した悪魔。
宮沢有紀寧は最期の瞬間まで己の生のみを渇望し続けて、その生涯を終えた。

198星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:16:43 ID:p7rYmdAA0
    *     *     *

凄惨な決戦に終止符が打たれた後。
最早自力で立ち上がる事も出来なくなったゆめみは、珊瑚に抱きかかえられていた。
後ろでは佐祐理と柳川が黙ってその様子を見つめている。
「ゆめみ……」
「珊瑚様……」
ぐったりとしているゆめみの姿は、数分前に鬼神の如き戦い振りを見せた者とは、とても同一人物に見えなかった。
しかしゆめみは確かにその小さな身体で戦い、誰も倒せなかったあの有紀寧に勝利したのだ。
死にゆく運命にあった仲間達を、救ってみせたのだ。

ゆめみはぼそりと、とても静かに呟いた。
「珊瑚様――ロボットの私でも……皆さんと同じ天国に行けるでしょうか? 天国でまた、皆さんと会えるのでしょうか?」
「絶対……行けるよ……だってゆめみには……、『心』がちゃんとあるんやから……誰よりも暖かい人間の心が、ちゃんとあるんやから……」
珊瑚が涙ながらに、途切れ途切れで言葉を返す。
そうだ――ゆめみには、汚れた人間達などよりもよっぽど素晴らしい、純粋な『心』がある。
珊瑚がゆめみと一緒に過ごした時間は決して長く無いが、それでも彼女がとても優しい『心』を持っている事だけは、十分に理解出来た。

続けてゆめみは柳川と佐祐理の方へと首を向ける。
その動作に合わせて、羽虫がたてるようなジジジという音が聞こえた。
「皆さん……どうか珊瑚様を、宜しくお願いしますね……」
柳川と佐祐理が強く頷くのを確認すると、ゆめみは視線を天井に移した。
――機材無しでは、屋内では、雨空では、見える筈が無い星空の景色を思い浮かべて。
それから誰に向けてでもなく、独り語り始める。
コンパニオンロボとしての、プラネタリウム解説員としての、本来の役目を果たす為に。

199星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:17:21 ID:p7rYmdAA0
「プラネタリウムは……いかがでしょう?」

「どんな時も決して消えることのない、……美しい無窮のきらめき」

「満天の星々が……みなさまを、お待ちしています……」

「プラネタ……リウムは…………いかが……でしょう?」

「……どんな時も…………決して…………」

「…………消える…………こと、の………………な………い………」

そこで、言葉は途切れ、ゆめみの動きも止まった。
しかし完全に機能が停止したゆめみの頬を、一筋の涙が伝っていた。
ゆめみは、本来ロボットでは流せる筈の無い涙を流していたのだ。

『神様、どうか――天国をふたつに、わけないでください』

――『心』を手に入れた彼女なら、涙を流せた彼女なら、絶対に見れる。
――仲間達に看取られて見る、穏やかな夢。
――天国でお客様達と見る、幸せな夢。
――それはきっと、小さな小さな、ほしのゆめ。


【残り25人】

200星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:18:55 ID:p7rYmdAA0
【時間:3日目0:00】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態①:やり切れない思い、左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折】
 【状態②:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート、日本刀】
 【状態:悲しみ、疲労大、右腕打撲、左肩重傷(腕は上がらない)、右肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具】
 【状態:軽度の疲労、涙】
 【目的:主催者の打倒】
岡崎朋也
 【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態①:麻酔薬の効果で気絶中。極度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損、首輪爆破まであと22:40(本人は46:40後だと思っている)】
 【目的:最優先目標は渚を守る事】


七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:死亡】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し】
 【状態:機能停止】
宮沢有紀寧
 【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(0/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
 【状態:死亡】

→834
ルートB-18,B-19

201憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:17:33 ID:ZVI98tr.0
「ちくしょうっ! 弥生さん…何て早まった事を!」
消防署を飛び出した冬弥は全力疾走のまま森の中へと逃げ込んだ。
こちらはほぼ丸腰、対する弥生はほぼ新品同様のP-90が手元にある。はっきり言って戦力差は絶望的だ。反撃するなんてとんでもない状況だった。
七瀬留美や折原浩平と見解の相違があったとはいえ別れてきてしまったのは大失敗だったのだ。それと、安易に余計な事を話してしまった自分の愚かしさにも。
いつ如何なる時でも冷静に、現実を把握して理にかなった行動を起こす弥生ならば、そんな与太話なんて信じないと決め付けていたのだ。
今さらながらに、冬弥はこの島に巣食う狂気と言う名の悪魔の恐ろしさを理解できたような気がした。
「く…しかし」
今は腐ってる場合ではない。何とかして目の前の脅威から逃げ切る必要があった。相手はアサルトライフル。一度でも止まってしまえば、いやそれどころか一直線上に並ばれただけで終わりだ。今はまだ森の中にいるし、ジグザグに走っているから易々と当たりはしないはず。
弥生もそれを理解してか、見失わない程度に後ろにぴったりとマークしている。今は、安全。だが――
体力のあるうちは、まだいい。だが所詮冬弥は一般人…限界は必ず来る。いかに弥生が女性だとは言ってもジグザグに走っている冬弥と見失わない程度に直線上に尾けてきている弥生では体力差など簡単にひっくり返されてしまうはずだ。
寧ろ、弥生はそれを狙っていると冬弥は思った。この殺し合いに時間制限なんて概念はないのだ。即ち、走り疲れて足の止まったところを一発、軽く撃ち込めばいい。
P-90が高性能でも銃である以上弾切れという事を忘れてはならない。冬弥一人を倒すためだけに全弾を使い切るほど、弥生は頭が悪くない。
だからこそ、今こうして冬弥は生きているのであるが――それは『生かされている』に過ぎない。
そう思うと、冬弥はまるで、囲いの中を走り回る野ウサギのような気分になった。どんなに逃げてもいずれ追いつかれるのではないか――
そう考えた次の瞬間、冬弥の足が何かに掬われ大きく体がバランスを崩す。余計な事に気を取られ、足元への注意を怠ったせいだった。
足を掬ったものが木の根だと気づいた時には既に、冬弥の体が地面に打ち付けられていた。同時に、まるで死神の鎌が振り下ろされるような感覚が冬弥を覆った、いや、覆いきる前にもはや本能だけで体を叩き起こした。
しかしそれでも遅く――P-90の銃声が数発聞こえ、放たれた銃弾という矢が冬弥の足に突き刺さった。
「あぐっ!」
起こしかけた体が再び倒れる。二度地面と熱い抱擁を交わした冬弥の服は見るも無残に汚れる事となった。

202憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:18:04 ID:ZVI98tr.0
ああ、これ結構高かった服なんだよな――
いや、と冬弥は思う。こんなときに服のことを気にしてる俺ってば余裕のある人間だな、おい。
失笑ともとれる声が漏れ、今度こそ殺されるんだろうな、と冬弥は思った。
まさにミイラ取りがミイラになったって感じだ。それだけじゃない、由綺や理奈、はるかの敵を討てないままこうして一人で死んでいくのだ。
殺し合いの結末としてはあまりにありふれた、しかし無常な結末だった。
「鬼ごっこはここまでのようですね」
天から見下ろすような弥生の声がして、ぐりっと硬いもの(P-90に間違いない、というかそれしかないな)が頭に押し付けられた。外さないためだろうが、そんな事をしなくてももうこっちには逃げ切るだけの体力が残っていないというのに。
相変わらず、念には念をいれる人だった。
そんないつも通りの弥生を前に、冬弥が息も絶え絶えに返答する。
「ええ…ですがもう、俺に逃げる役は回ってこないんでしょうね」
「はい、残念ですが。そして、追いかける役も」
平板な声。どこまでも事務的な、黙々と仕事をこなすような感情のない声だ。情にすがる、なんてのは持っての外だろう。
「ですが、安心して下さい。由綺さんの敵は必ずこの私が取ってみせます」
平板な声に隠れて見え辛いが、きっと心の奥底では復讐の炎が燃え盛っているのだろうな、と冬弥は思う。いっその事、このまま理奈やはるかの敵討ちも頼もうか、とも考えたが元々由綺以外には無関心な弥生の事だ。きっと断られるだろう。
「…弥生さん、最後に一つ忠告しておきます」
だから、これからも無慈悲な殺戮を続けるであろうこの女性にきっとこれも聞き入れられないんだろうなと思いつつアドバイスをする。
「無闇矢鱈と人は襲わない方がいいですよ。恨みを買って、何人もの人間をたった一人で相手にすると勝ち目はありませんから」
恐らく、弥生は味方を作る気はないだろう。ならばせめてこの人には一人でも殺す人数を抑えて欲しいと思ったからだ。
お人好しだなと今度は自嘲する。こんな調子だからこんなところで殺されるのかもしれない。
弥生は「…考慮に入れておきます」と少しだけ間をおいてから言った。
言葉だけかもしれない。だがきっぱりと断られるよりはまだ救いがあった。だから冬弥は「ありがとうございます」と謝辞を述べた。
後は引き金が引かれるのを待つだけ――そのはずだった。
「あ…あなた! 藤井さんに何してるのよっ!」
つい何時間か前に聞いた声。けれども、とても懐かしく感じられる声。姿を確認できないまでも、冬弥には声の主が誰だか、ハッキリと分かってしまった。
「な…七瀬、さん?」

203憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:18:32 ID:ZVI98tr.0
銃口で頭を地面に押し付けられたまま、冬弥は言った。そう、幸か不幸か、そこにいるのは。
七瀬留美、その人だった。
     *     *     *
遡ること数十分前。七瀬留美と柚木詩子のコンビは自転車を二人乗りしつつ平瀬村へと向かっていた。
沖木島は十分に道が整備されていないため、疾走を続けている自転車は上下に激しく揺れる。当然の事ながら、後部の荷台に乗っている詩子はただでは済まない。
「お、おうっおうっ! お、お尻、お尻痛い! 七瀬さん、もうちょっとマイルドに走ってよ」
「仕方ないでしょ、急いでるんだから。これくらい我慢して」
「いや、キツいんだってホントに! あ、あうあうっ! 痔が!痔ができるぅっ!」
絶叫とともに恥ずかしい言葉が虚空へと飛ぶ。七瀬は心中で「よく素でそんな事が言えるなあ」と思いながら仕方なく速度を落とした。
振動が緩やかになり、ようやくの安息を得た詩子が肺の中の空気を全部吐き出すようにため息をつく。
それにしても随分漕いで来たように思うが今自分達はどこにいるのだろう、と七瀬は思ったので後部にてリラックスしている詩子へと向けて自転車を漕ぎながら声をかけた。
「ねえ柚木さん、もう結構進んできたように思うけど今どのあたりにいるのかな?」
ん、と返事して詩子はデイパックから支給品の地図を取り出す。それからたっぷり時間をかけて見回した後、逆に七瀬に問うた。
「七瀬さん、あたし達ってホテル跡って通り過ぎたっけ?」
「ホテル?」と自分で言って、それらしいものは見つけても通ってもいない事に気づく。真っ直ぐ下れば平瀬村へ着けるのではないかと思っていたのだが…
「うん、道なりに進むんだったら必ずホテルの前は通り過ぎるはずなんだよね。けど…」
「…通ってない」
シーン、と静まり返る二人。きこきこという自転車のペダルを踏む音だけが不規則に響く。
「あの、七瀬さんさ、あまり言いたくないんだけど…ひょっとして、あたし達…」
詩子の声が、自信なさげなものへと変わる。もちろん、その先など言わなくても七瀬には分かる。方向を間違えたのだ、自分達は。
それはある意味、仕方のない事でもあった。土地勘がまったくない上、冬弥云々の件で心に焦りがあった七瀬たちが道に迷ってしまうのは当然とも言える。
「…どうしよう?」
七瀬の口から出てきたのはそんな言葉だった。よくよく考えてみれば、道なりに進んできたと言ってもほとんど舗装などされておらず悪路を通り越して獣道に近い道を通ってきたのだ(だからこそ自転車があんなに揺れたのだが)。
しかもこの地図だって大まかな道が描かれているだけで細かい道までは網羅していない。ここに描かれていない道を通ってきている可能性だって、十分にあった。

204憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:18:59 ID:ZVI98tr.0
言われた詩子は、「どうするったって…」と自分も困ったように顔をしかめると「戻るしかないんじゃない?」と提案した。
「戻るったって、どこから出発したのかも覚えてないんだけど」
七瀬たちと美佐枝たちが別れた地点は森の中。目印なんてあるわけないし、あっても覚えてない。つまり、七瀬たちは完全に立ち往生。もちろん誰かに道を聞くなんて事も出来ない。あらあら、待ちぼうけですか、かわいそうに。
「ま、まあ、下ってけば取り敢えずどこかの麓には出られるよね? うん」
誤魔化すように詩子がぽんぽんと七瀬の肩を叩き、あははと大げさに笑った。
「そうね、そうよね…うん、黙って突っ立ってるよりはまず行動よね! よし、行こう柚木さん!」
「おっけーべいびー!」
無理矢理にテンションをあげて再び自転車に乗り込む二人。勢いのままにペダルを漕ぎ出そうとして、七瀬の耳にたたた、という軽い音が聞こえてきた。
「!? 止まるわよ柚木さん!」
「はい?」と詩子が疑問を投げかけるまでもなく勢いのついた自転車を急ストップさせる七瀬。
「のわーっ!」
いきなり自転車の勢いが削がれたせいで慣性をもろに受けバランスを崩す詩子。そのまま七瀬の背中に顔をぶつけ、自転車から転落した。
「いった〜…ちょ、いきなり何なのよ七瀬さん!」
怒る詩子だが、七瀬の顔はそれ以上に険しい顔つきであった。その雰囲気に、詩子の怒りはすぐに削がれてしまう。その七瀬は音の聞こえてきた方向を指して、
「ねえ、今あっちから銃声みたいなのが聞こえてこなかった!?」
言われて、ようやく詩子はああ、そう言えばそんな音が聞こえたような聞こえなかったような、と間抜けな答えを返した。
「いや、あれは銃声よ、間違いなく! それに…あの音、以前聞いたことがあるような気がするの」
銃声の種類なんて分かるのだろうかと詩子は思ったが、今はそんな事を気にかけている場合ではない。
「け、けどさ、銃声ってもあたし達を狙ってるんじゃないでしょ? だったらこのまま無視しても…」
「気になるのよ」
そう言うが早いか、七瀬は一人で自転車に乗り込むと音のしたと思われる方向へと漕ぎ出した。
「あ! ちょ、ちょっと七瀬さん! 危ないし、平瀬村はどうすんのよ! 行かない方がいいって!」
慌てて追いかける詩子だが七瀬に止まる気配はない。まったく訳が分からなかった。
今の詩子と七瀬にとって優先するべき事項は平瀬村へと向かう事だ。わざわざ危険に身を晒す必要性はないのだ。
さっきの銃声の張本人が七瀬の探している藤井冬弥だという可能性もなくはないが、その考えは詩子の頭には無かった、というより、思いつかなかったのだ。
詩子にとっての第一目的は親友の里村茜や折原浩平の探索であり、冬弥や柏木千鶴の説得はその次に過ぎない。

205憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:19:26 ID:ZVI98tr.0
けれども、こうして七瀬を追いかけている詩子は、やはり冷たくなりきれぬ人間であった。それを分かっているのか純粋に早く行きたいためか、七瀬は振り向かずに叫ぶ。
「柚木さんは先に村に行ってて! 誰がやりあってるのか確認したらすぐに追いつくから!」
「だ、だから、それが危ないんだって〜! ぜぇ、ぜぇ…」
懸命に走る詩子だが足と自転車では速度が違う。次第に二人の距離は離れていく。
「ごめん柚木さん、これは勘だけど…ものすごく嫌な予感がするの! だから私、行かなくちゃいけない!」
そう言い残すと、七瀬はさらにスピードを上げて詩子との距離を離した。これではいかな俊足の詩子でも追いつくことなど到底不可能である。それでも走る詩子だったが、息切れと共に七瀬の姿が森の中へと消えていった。
完全に見失ってしまうと、詩子は額から汗を流しながら荒い呼吸を何度も吐き出した。そして、またポツンと一人、森の中で立ち往生することになった。
「…七瀬さん、バカだよ」
それはわざわざ危険に飛び込んでいったものに対してか、一人で行ってしまった事に対してなのかは、詩子本人にも分からなかった。
さて、詩子を一人残してきた七瀬は彼女の事を気にかけながらも思考を銃声の主について切り替えていた。一体、犯人はどこに?
全力で漕いでいるからか、息が荒い。動悸が激しい。女性とはかくもこのように体力が無かったのかと七瀬は落胆する。
かつての剣道部が、このざまか。
半ば吐き捨てるように自らに毒を吐く。し、同じような風景が続く森を血眼になって見回す。半分余所見しているようなものなので転んでも文句は言えない。けれども、そんな事を気にしてはいられない。
これは詩子にも言った通り、勘だ。勘にしか過ぎないが、確かに、あの時聞いた銃声は以前冬弥がたった一発だけ放ったP-90――かつての七瀬の支給品――のように思えた。
当然の事ながら、それが間違いである可能性は大いにある。むしろ間違いである可能性の方が遥かに大きいのだ。
しかし、それでも七瀬は確かめずにはいられなかった。それが冬弥に繋がるものならばたとえ1%でも可能性のある限りそこへ向かわねばならないのだ。
そして、その想いが生み出した奇跡か偶然か、七瀬の耳がある言葉を捉えた。
「…弥生さん、最後に一つ忠告しておきます」
「…! 今の声は、藤井さん…間違いない、藤井さんよ!」
しっかりと聞き取れた。懐かしい声。しかし、ついさっき聞いたような声。
俄に七瀬の心が昂る。ようやく見つけたという喜び。人の死を招く銃弾が二人を合わせたというのは皮肉な事であるが、けれども、とにかく、見つけることが出来たのだ。

206憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:19:47 ID:ZVI98tr.0
だが聞こえた言葉から推測するに、冬弥は今この瞬間、誰かを殺そうとしている。それも名前を呼んでいた事から、知人だ。
冬弥が見せたゲームに対する姿勢から、能動的に無抵抗な人間を攻撃しているとは考えにくい。だとすればすなわち、冬弥は知人が『乗って』いるのを確認してしまい、已む無く射殺しようとしているのだ!
「駄目…そんなの、私が許さないからね、藤井さん!」
出会った時に、共に行動している時に見せてくれたあの優しさは嘘偽りなんかじゃない。
優しいから、こんな事をしているんだ。
七瀬は冬弥にこれ以上の過ちを犯させないため、勢いをそのままに自転車で冬弥の方向へ突っ込んだ。
だが、しかし――そこには七瀬が予想していたような光景とはまったく逆で…
見えたのは…
「あ…あなた! 藤井さんに何してるのよっ!」
倒れている冬弥に銃口を突きつけ、すぐにでも引き金を引かんとしている女の姿があった。
「な…七瀬、さん?」
地面にうつ伏せになっている冬弥が、苦しげに声を吐き出す。よくよく見れば足元からは赤い血溜まりが形成されている。きっと、さっきの銃声の所為だろう。
あまりにも想像と違う光景に困惑しながらも、七瀬は怒りを包み隠すことなく言葉をぶちまける。
「藤井さんから離れなさいっ! 離れないと…撃つわよ」
自転車から飛び降り、大型拳銃であるデザート・イーグル(.44マグナム版)を構える。だが銃口を向けられているはずの長髪の女、篠塚弥生はまったく臆する事無く、それどころかいきなり目の前に現れ、冬弥の名前を呼んだこの第三者を鬱陶しくすら思った。
弥生にしてみればいざ止めを刺す段階になって水を指したこの七瀬留美は邪魔者以外の何者でもない。たとえ藤井冬弥の知り合いだろうが何だろうが、邪魔をすれば殺すのみ。
幸いにして冬弥の足は奪ったも同然であるしその上丸腰だ。殺すのを後回しにしたところで問題など無い。
寧ろ武器、それも銃を持っているのだ。殺して装備を奪い、生存確率を高めるのは当然。
いち早く思考を切り替えた弥生はP-90の銃口を無言で七瀬に向ける。
弥生の合理的な性格をよく知っている冬弥は、すぐさま静止にかかった。
「やめて下さい! その女の子は無関係です!」
だが当たり前のように弥生は聞く耳を持たない。ならばどうすればいいか。答えは――身体を張る、それしか無かった。
指が引き金にかかる寸前、冬弥が上半身の力だけで起き上がり弥生に組み付いた。
「七瀬さん! 逃げてくれっ! この人はもう誰にも容赦しないんだ!」
言い終わると同時に二人の体がバランスを崩しごろごろと地面を転がっていく。
思わぬ反撃に僅かながらに苛立ちの表情を見せた弥生が底冷えのするような冷徹な声で囁く。

207憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:20:11 ID:ZVI98tr.0
「藤井さん…邪魔をするならあなたから先に殺しますよ」
上等だよ。冬弥は心中で啖呵を切る。どうせ殺される予定だったのだ、なら女の子の一人くらい助けたっていいじゃないか?
「ふ、藤井さんっ! やめて! 殺されちゃうよ!」
七瀬が悲鳴に近い声を上げる。未だにデザート・イーグルを向けているが冬弥と弥生はかなり密着しているのだ。撃てば間違いなくどちらにも当たる。
「頼む、逃げてくれよ…俺なんかのために七瀬さんが死ぬことはないんだ!」
弥生がP-90を振り上げようとするのを必死で押さえつける。だが体勢がまずい。今の体勢は弥生が冬弥にマウントを取っているような格好だ。これでは力が入らない、それに下半身も力が入らない。
弥生の拘束が解けるのに時間はかからないはずだ。P-90を握っている腕を放せば――肉塊になるのは火を見るより明らかだった。
クソ、牛か豚かの解体ショーだ、まるで。ご覧ください、世にも珍しい人間の挽き肉です――
一瞬想像して、冬弥は吐き気を覚えた。
いや、それよりも七瀬留美だ。七瀬留美は、もう逃げたのだろうか?
視線だけを七瀬のいる方向へ向ける。だが、冬弥の思い通りにはいかず七瀬留美はまだデザート・イーグルを構えて立ち止まっていた。
どうしてなんだ、と冬弥は落胆を越して怒りさえ覚える。どうして逃げてくれないのか。
だが、七瀬にとって、藤井冬弥はこの狂気に包まれた島でよくしてくれた数少ない人間であり――本人はまだ気づいていないが――想いを寄せている人間だったからだ。
「だめ…だめ、逃げることなんて出来ないよ、藤井さん――」
どうしていいのか分からず、ただただ立ち尽くすだけの七瀬。だがこんなことをしていても喜ぶのは篠塚弥生ただ一人だけ。逃げてもらわなければ意味が無いのだ!
「…そろそろ、終わりにしましょう? 藤井さん」
弥生の腕に更に力が入る。冬弥の筋肉が悲鳴を上げ、今にも千切れんばかりの苦痛が走った。
ああ、もうちょっと鍛えておくんだったな、と後悔する。しかし後悔したところで何が変わるわけでもない。今出来る事を、自分一人に出来る事をするしかないのだ。
この膠着をどうにかしたいのは冬弥とて同じ。もはや冬弥一人の体力ではどうにもできない。
何とかできるものはないか。弥生の銃を掴むのはそのままに、少しでも突破口を開けそうなものは無いかと周囲の地形を見渡す。
ふと、冬弥は視界の隅で、地面が途切れているのを見つけた。違う、途切れているのではない。崖か、あるいはそれに近い形の地形になっているのだ。
という事は、一度落ちてしまえば上ってくるのには苦労するはず。いや、そんなに高さはなくとも七瀬が逃げるのには十分な時間が稼げる。
七瀬さんが迷っているのは、俺がまだ生きているからなのだ、たぶん。
俺のようなどうしようもない奴を、七瀬さんは助けようとしてくれている。それはとても嬉しい事だ。

208憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:20:40 ID:ZVI98tr.0
だから、と冬弥は考える。
その優しさを、他の助けを必要としている奴に向けさせてあげなければならないのだ。
七瀬留美はここで死なせるべき人間ではない。
ここで死ぬのは、藤井冬弥という恨みに取り憑かれた馬鹿な男一人で十分なのだから。
「そうですね、もう俺達の殺し合いを終わらせましょう…弥生さん!」
冬弥が雄叫びを上げる。次の瞬間、もう動くことの無いはずの、P-90に撃ちぬかれた冬弥の両足が弥生に牙を向いた。まるで、テリトリーに侵入され敵を追い払おうと必死になる野犬のように。
「ぐっ!?」
真下からガード不可能な蹴りが弥生の腹部に突き刺さる。その魂を込めた槍が弥生の力を緩め、同時に冬弥の足にも更なるダメージを与える。
諸刃の剣。そんな言葉がぴったりだと冬弥は思う。そんな武器を装備して戦っているのだ、負け犬の自分は。
間髪入れず手の力を真横に傾けて弥生を巻き込みながらあの向こう、途切れた道の向こうへと転がっていく。
「あ…っ!」
転がっていく二人の、その先を見た七瀬が慌ててそれを止めに行こうとしたが、一歩遅かった。
二人の身体が転がり落ちていく。
     *     *     *
「藤井さん…あなた…!」
弥生の顔が驚きと怒りで歪む。初めて、弥生の顔色が変わった。それは英二でさえも中々出来ない事であろう。
「このまま二人で心中っていうのもちょっとロマンチックじゃないですか、弥生さん?」
「冗談を…!」
たまったものではない、と弥生は思う。落ちる直前にチラリと確認したが高さはそれほどでもない。
だがまともに受身も取れずに落ちたならば少なからず傷を負う。
英二に一度手傷を負わされているのだ、傷口が開かないとも限らない。
緒方英二。
藤井冬弥。
どうして揃いも揃って邪魔をするのか。
冗談じゃない。
このまま冬弥の思い通りにさせてたまるものか。手傷の一つも…このような一度死んだ男に負わされてたまるものか!
生き残って、由綺さんを生き返らせて、スターダムにのし上げるのは…この篠塚弥生だ!
弥生の執念が、腹を括った冬弥の底力を捻じ伏せる。
「死ぬのは貴方一人で十分です…ぉああっ!」
誰もが聞いたことのない弥生の叫び。森の木々をも震わすような裂帛の雄叫び。それに僅かながら冬弥の力が緩んだのを、それでいてなお冷静な弥生が見逃すはずも無い。

209憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:21:02 ID:ZVI98tr.0
時間にして1秒もなかっただろうが、それは決定的な1秒になってしまった。
力任せに身体を捻り、空中で冬弥の上を取って、無理矢理にP-90の銃弾を下――即ち冬弥の身体に――ぶちまけていった。
「がはっ……!!」
乱射気味だったとは言え、超至近距離から発射された銃弾が本当の、決定打を与える。
ほとんど即死だった。内臓の殆どをぐちゃぐちゃに荒らされた冬弥の体が、急速にその機能を失う。それに伴い、意識も散大してゆく。まるで、砂糖が水に溶けてゆくように。
最後の声を上げることすら出来ず、感覚がなくなりつつある中で冬弥が感じたのは。
地面に落ち、また同時にその体が弥生のクッションとなり残っていた内臓が醜く散らばる、グチャリという汚い音だった。
――ゲームセットだ、青年。
そんな英二の声が、聞こえたように思った。
     *     *     *
「…ふぅ」
服と顔を血に染めて、見るも無残な死体と化した冬弥から立ち上がったのは、篠塚弥生。
血まみれではあるが、傷は一つも負ってはいなかった。
だが冬弥の死は無駄ではない。結果として一方的な弥生の勝利であるが、七瀬留美を仕留める事は出来そうになかった。
それどころか、上から狙撃される恐れすらあるのだ。口惜しいが、ここはひとまず退散して次に備えるべきだ、と弥生は判断し素早く森の奥へと駆けていった。
それから数分が経った頃だろうか。ぼろ布のようになってしまった、かつて藤井冬弥と言われた男の目の前で一人の少女が呆然と立ち尽くしていた。
七瀬留美。この絶望しか存在しない島で冬弥と出会い、しばらくの間ではあるが行動を共にし、そして少しづつ心惹かれていた少女。
そんな七瀬にとって、今目の前に広がるこの光景はまさに地獄としか言いようがなかった。
「ウソ…ウソでしょ…どうしてこうなっちゃったの?」
やっと逢えたはずなのに、もういなくなってしまったという絶望。
本当は助けてやれたはずなのに、何も出来なかったという無力感。
そして、その原因である篠塚弥生への怒りと憎しみ。
その全てがミキサーで掻き回されたように、感情が七瀬の頭でぐるぐると回転を繰り返している。
これがただの悪夢であってくれたら――何度そう、切に願っただろうか?
まばたきさえもする事を忘れた目から止め処なく涙が溢れてくる。
「…どうして?」
反芻する。答えはない。
「…ねえ、教えてよ藤井さん」

210憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:21:24 ID:ZVI98tr.0
地面に膝をついて、今にも千切れそうな冬弥の体を必死に揺さぶり答えを求める。けれども、答えはない。
狂乱して、七瀬は冬弥の体を叩きつけるように持ち上げては落とす。しかし気味の悪い水音がするばかりで何も反応はなかった。
「いや…いやよ、そんなの、何でこんなことにならなくっちゃいけないの? だって、わたしも、藤井さんだって、何も」
ぶちっ。
そんな音がして、冬弥の千切れかけていた体が今度こそ二つに分かれる。下半身は地面に。そして上半身は、七瀬の腕の中に。
「あっ、あ、ああああああああああああ…」
覗いた肉から赤い染みが広がる。生々しい鮮血の匂いが新たに作られていく。
そのべったりとついた冬弥の血が。
七瀬の鼻腔をくすぐるかつての生者の名残が。
目を閉じて死ぬことさえ叶わなかった、虚ろな瞳が。
彼女を、二度と戻れぬ闇の世界へと誘った。
「…そうか、そうよ、それしか…ないのよ、私には」
答えは得られない。ならば自分で答えを導き出すしかなかった。
未だに涙を滴らせながら、だがそれは悲しみの涙ではなく。
「殺す…殺してやる…! あの女…絶対に! 優勝なんかさせやしない!」
憎悪の涙を湛えて。
「この私を殺さなかった事を後悔させてやる…! なめないでよ、七瀬なのよ、私はっ!」
藤井冬弥の願った彼女の優しさは、もう誰にも向けられる事はない。
充血した目は、まるで鬼のよう。
食い縛った歯は、まるで吸血鬼のように尖っていて。
浮き上がる血管には、夜さえも染めるような赤黒い血が流れて。
「誰にも邪魔はさせない…それでも邪魔する奴がいたら…片っ端からブッ殺してやるわ!」
そう、その姿を、何と表現すれば事足りるだろうか?

それは――悪鬼。

211憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:22:02 ID:ZVI98tr.0
【時間:2日目8:00】
【場所:E-05】

篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(34/50)】
【状態:ゲームに乗る。一時撤退。脇腹の辺りに傷(痛むが行動に概ね支障なし)】

藤井冬弥
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡、支給品は崖の上に放置】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:置いてけぼり。とりあえず平瀬村へ向かおうかな?千鶴と出会えたら可能ならば説得する】

七瀬留美
【所持品1:折りたたみ式自転車、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:支給品一式(3人分)】
【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、激しい憎悪】

→B-10

212天空に、届け:2007/05/06(日) 05:09:38 ID:hwEAUQBA0

ル、と。
奇妙な音が、神塚山山頂に響いていた。
耳を劈くような轟きが、びりびりと大気を震わせる。
文字通り天を仰ぐような大きさにまで膨れ上がった、砧夕霧の咆哮だった。
丸太を束ねたような指で大地を握り締め、四つん這いになった巨大な夕霧は太陽を見つめ、鳴いている。
解放への歓喜にも、哀切に満ちた慟哭にも聞こえる、それは朗々と響く唄だった。

やがてふっつりと、唄がやむ。
四つん這いの格好のまま、夕霧がゆっくりと眼下に広がる沖木島の光景を見渡した。
その巨大な額が、次第に光を帯びていく。
直視を許さぬほどに光量を増した額から、爆発的な光条が迸った。
雲間から射す陽光とも見える白光は、そのまま音もなく島の西側、菅原神社の辺りに着弾し、
そして一帯を薙ぎ払った。

少なくとも着弾の瞬間において、火の手は上がらなかった。
ただ、大地を抉る漆黒の帯だけがそこに残されていた。
草木は燃焼を許されず、一瞬にして炭化させられていたのである。
ほんの少しの間を空けて、爆風の吹き戻しがくる。
赤熱した炭が充分な酸素を得て、そうして改めて炎が噴き上がった。
荒れ狂う風に乗った火の粉が、延焼を拡げていく。
砧夕霧の作り変える世界の、それが最初の領土であるとでも主張するかのように、
そこには炎熱の地獄が現出していた。

ル、と。
再び咆哮が響いた。


******

213天空に、届け:2007/05/06(日) 05:10:03 ID:hwEAUQBA0

時は数分を遡る。

「―――仕掛けるぞ小僧、遅れるな」
「自分の心配してろ、爺さん!」

山頂に顔を覗かせた巨大な人型、砧夕霧に向けて、古河秋生と長瀬源蔵は走っていた。
踏み出した足の下で砂礫が舞う。機先を制し、畳みかける狙いだった。
それを逃せば勝機は薄いと、二人は状況を正しく理解していた。
消耗戦に持ち込むだけの余力など残されているはずもなかった。
もはや傷口から流れ出す血液すら、殆どありはしなかった。
矜持と意志、そして魂と呼ばれるものだけが、二人を突き動かしていた。
皹の入った骨、断裂した筋肉、破れた臓腑。そのすべてを無視して、駆ける。

夕霧の巨体が迫る。
山頂付近の同胞をも喰らい尽くし膨れ上がった巨躯の、膨大な質量に耐え切れず、
地面のそこかしこに亀裂が走っていた。
亀裂を飛び越して走る源蔵に、夕霧が重々しく腕を伸ばす。
長い年月を経た大木の如き重量と容積をもった腕が、さながら小さな嵐のような暴風を
巻き起こしながら源蔵を叩き潰そうとする、その動きを阻止したのは赤い閃光である。
伸ばされた夕霧の肘を、外側から撃ち抜く一撃。
夕霧の巨大な眼球が、己に痛打を与えた原因を探すべく、ぎょろりと左右を睨んだ。
一瞬だけ動きが止まる、その隙を逃すことなく源蔵が夕霧の足元へと辿り着いた。

大地に突き立てられた長大な槍の如き脚は、身じろぎ一つで半径数メートルにクレーターを穿つ。
常軌を逸したその威容にも表情を動かすことなく、源蔵が握った拳を解き放った。
まずは左、ジャブ気味に放たれた一発で距離感の補正と手応えを測る。
得られた感触は人間の皮膚。但し重量は無限大。
刹那の間を挟んで、源蔵の拳が輝いた。
食い縛られた歯の隙間から苦しげな呻き声を上げる源蔵。
限界を超えて搾り出された闘気を乗せて、電光石火の右が唸った。

衝撃。
轟音と共に、地響きが辺りを揺るがす。
踝を打ち抜かれた夕霧が、大きくバランスを崩したのだった。
確かな手応えに、続けざまの一撃を叩き込もうと踏み込む源蔵。
しかしその表情は、次の瞬間、驚愕に歪んでいた。
眼前に、怪異があった。

214天空に、届け:2007/05/06(日) 05:10:25 ID:hwEAUQBA0
「ぬぅ……!?」

源蔵の拳は、夕霧に確かな傷を与えていた。
人ひとりがすっぽりと入れるほどの裂傷。
しかしその傷痕から、鮮血は流れ出ていなかった。
代わりとでもいうように、皮膚の裂けた踝からずるりと何かがまろび出ていた。
まるで魚の鱗が剥がれ落ちるように大地へと零れたそれは、小さな人型。

「死んでおる……のか……?」

細く、小さな身体。それは山頂に向けて犇いていた、砧夕霧と呼ばれる少女の、本来の姿。
まるで何かに轢き潰されたかのようにひしゃげ、青黒い痣に全身を覆われた、それは遺骸であった。
怪異は続く。
同胞の亡骸を放り捨て、ぽっかりと空いた皮膚の裂け目が、ぐにゃりと歪んだ。
傷痕に向けて、周りの皮膚がぐずぐずと寄り集まっていく。
瘡蓋の如くおぞましくも醜く膨れ上がった傷痕が、刹那、ざわりと融けあった。
水泡とも肉芽とも見えるその醜悪な塊の表面に、一瞬だけ無数の夕霧の顔が浮かび上がり、消えた。
まるで欠損した古い細胞を取り替えるが如く、巨大な夕霧の傷は、癒えていた。

「―――爺さん、何をボヤッとしてやがる!」
「……ッ!」

我に返ったときには遅かった。
あまりに醜悪、あまりに奇怪な夕霧の異様に、足が止まっていた。
見上げた源蔵の眼に、全天を埋め尽くすようにして、巨大な顔が映っていた。
端から端まで、視線を動かさなければ視界に入らないほどの広い額が、光を帯びていた。

「ぬ……ッ!」
「馬鹿野郎……!」

秋生の舌打ちと共に赤光が数発、宙を翔ける。
視界を埋めた巨顔に対していかにも細い赤光はしかし狙い違わず、夕霧の顔面に吸い込まれていく。
嫌気するように、夕霧が小さく首を振った刹那。
極大の閃光が、神塚山山頂に閃いた。


******

215天空に、届け:2007/05/06(日) 05:10:57 ID:hwEAUQBA0

ル、と。
咆哮が響いていた。
島が燃えている。

「畜生……好き勝手、やりやがって……!」

咆哮に掻き消されそうな呟きが漏れる。
途端に咳き込んだその口元から、濁った血が零れた。

「……最近の若造は、辛抱が足りぬの」

応えた声にも張りがない。
土気色の肌に、生気はなかった。

「くたばりぞこないの爺いに言われちゃあ、おしまいだな……」
「……ふん」

岩陰に凭れるようにしていたのは、古河秋生と長瀬源蔵である。
乾きかけた血と泥に塗れたその姿は、ややもすれば骸のようにすら見えた。

「小僧、貴様の弾……あとどれだけ撃てる」
「……くだらねえこと聞くなよ。日が暮れるまでだって、……撃ち続けてみせるぜ」

こみ上げてくる喀血をどうにか飲み下しながら応えた秋生の言葉に、しかし源蔵は静かに首を振った。

「……あの、とっておきとやらのことを聞いておる」
「何だと……?」

秋生が表情を険しくする。
源蔵の指しているものが何であるか、悟った表情だった。
先刻の一騎打ちの際、極大の威力をもって放たれた一撃。

「無茶言うなよ、爺さん……あいつは」
「泣き言は聞かん」

断じられ、秋生が二の句を継げずに口を閉ざした。

216天空に、届け:2007/05/06(日) 05:11:26 ID:hwEAUQBA0
「豆鉄砲で埒が開かんことは、貴様にも分かっておろう」
「……」

小さく舌打ちをして黙り込む秋生。源蔵の言葉は事実だった。
先程の超回復。否、巨体を構成する無数の夕霧を細胞と見立てた、欠損修復能力。
現状において相対するには最悪に近い能力といえた。
消耗戦に持ち込まれれば、勝機は完全に潰える。

「……何か、考えでもあるのかよ……?」
「うむ……」

秋生が苦々しげに口を開くのに一つ頷いて、源蔵が掠れた声で言う。

「気づいておるか、小僧? あれの傷の治り方……」
「時間がねえんだ、さっさと本題を頼むぜ」
「……これまで、あれに与えた打撃は三箇所。腕、脚、そして……」
「顔だろ……それがどうした」
「……それぞれの傷の治りに、差があるようだの」
「どういうことだ……?」

岩に凭れたまま、秋生が怪訝な顔をする。
記憶を辿るが、源蔵の言葉を追認することはできなかった。

「……あれの顔は完全には治りきっておらん。傷痕が残っておった」
「ん? そいつぁ……」

言外に問い返す秋生に、源蔵が首を縦に振ってみせる。

「頭が弱点なのか、さもなくば……あれの回復にも、限りがある」
「かもしれねえ、って話だろ」
「他に掛札は残っておらんからの」
「違えねえ、がよ……それで、俺のとっておきか」

納得したように頷く秋生。
手の中の銃を見る。

「細かく当てて傷が残る、ってえんなら―――」
「一度に消し飛ばしてしまえば、さて、どうなるかの」
「なるほど、確かに面白え」

傷だらけの顔で悪戯っぽく頷く秋生。
しかし僅かな間を置いて口を開いたときには、その表情は苦々しげなものへと変わっていた。

「……面白えけどよ、そいつはちっとばかし望み薄かもしれねえな」
「……今、何と?」

217天空に、届け:2007/05/06(日) 05:12:13 ID:hwEAUQBA0
秋生の口から出た言葉に、源蔵が瞠目する。
厳しい視線を前にして、秋生が苦笑した。

「おいおい、怖え顔すんなよ爺さん。……どうもこうもねえ。
 あんたの考えにゃ、幾つか無理があるんじゃねえかって話さ」
「……聞こうかの」
「まず、第一に」

割れたサングラスの奥で目を細めながら、秋生が人差し指を立ててみせた。

「俺のとっておきは、撃ててあと一発。……そいつも厳しいかもしれねえ。不発ならそれまでだ」
「……」
「で、第二に」

中指を立てる。

「アレは意外とじゃじゃ馬でな。狙ってから撃つまで、時間がかかっちまう。
 ほんの何呼吸分か……化け物姉ちゃんがレーザーぶっ放す方が、確実に早ぇな。
 この時間をどう稼ぐか、ってことだがよ……そいつに絡んで第三の、ついでに言やぁ
 こいつが一番ヤベえ、ってえ問題がある」

薬指を立てた秋生が、胡坐をかいて岩に凭れた姿勢のまま、苦笑の色を濃くした。
空いた手で、滲んだ血が乾き、ごわついたズボンの上から、組んだ脚を軽く叩く。

「……実はよ、さっきので足をやっちまった。たぶんもう、動かねえ」
「小僧……」

途端、源蔵の表情が険しさを増す。
思い起こしたのはつい先程の出来事。巨大な砧夕霧の、最初の砲撃であった。
発射の瞬間に夕霧が顔を振ったことで源蔵への直撃こそ避けられたものの、逸れた閃光は
災厄を撒き散らしながら山頂を駆け巡っていた。
膨大な熱量と爆風、崩落する岩盤と乱れ飛ぶ瓦礫が恐るべき凶器と化す中、
源蔵と秋生がどうにか逃げ込んだのがこの岩陰だった。

「……だからよ、ま、ちっとばかし苦しいな」
「……」

自嘲気味に笑う秋生の顔を、しかし源蔵はこ揺るぎもせずに見据えていた。
土気色の顔で、眼だけは爛々と輝かせたまま源蔵が口の端を上げる。

「つまり小僧、貴様はこう言いたいわけだの―――問題ない、と」
「な……!?」

あまりにも堂々と言い放たれた源蔵の言葉に、秋生が気色ばむ。

「耄碌してんじゃねえぞ爺さん、人の話を聞いてなかったのか……!?」
「やかましい」

一言で斬り捨てられ、思わず言葉の継ぎ穂を失う秋生に、源蔵が
骨と皮ばかりの指を立ててみせた。

218天空に、届け:2007/05/06(日) 05:12:47 ID:hwEAUQBA0
「第一に」

狼狽する秋生を嘲笑うかのように、源蔵が先程の秋生の仕草を真似てみせる。
放たれる言葉はしかし、奇妙な威厳に満ちていた。

「一撃あれば事足りると胸を張れ。それが、男子というものだからの」
「ぐ……」
「第二に、そして第三に―――」

言葉に詰まる秋生。
源蔵が、皺だらけの中指と薬指、二本をいっぺんに立てた。

「時間と射界は、わしが作る。貴様はそこで座っておればよい。
 ただ引き金を引く程度なら、腰の抜けた小僧にも務まると考えて構わんの」
「む……無茶苦茶言ってんじゃねえ!」

秋生が、ようやく言葉を発した。
三本の指を立てたままの源蔵を睨みつける。

「何を言い出すかと思えば……ボケたかよ、爺さん!
 時間を作る? ……あの化け物相手に、一人どうしようってんだ! それに、」
「―――誰に」

冷ややかな声に、秋生の言葉が途切れる。
夕霧の咆哮だけが響く奇妙な静けさの中、源蔵が真っ直ぐに秋生の目を見据えながら、言う。

「誰に口をきいておる、小僧」

空気が張り詰める。
それは、聞く者を総毛立たせるような声音だった。

「来栖川が大家令、長瀬源蔵がそれを為すと言っておる。―――ならば、それは成るのだ。必ず」

瞬間、秋生は己の目を疑う。
ひどく霞む視界の中、既に力を失い、歳相応の老体へと戻っているはずの源蔵の姿が、ひどく大きく見えていた。
白髪と、刻まれた皺と、整えられた髭はそのままに、しかし先ほど拳を交えた全盛期の姿をすら超える、それは
長い長い道の果て、遂に結実した一人の男の姿のように、見えた。

「……仕損じるなよ、小僧」

それだけを秋生の耳に残し、源蔵が動いた。
ゆらりと、一見覚束なげな足取りのまま、岩陰から歩み出る。

「お、おい、爺さん……!」

秋生の声にも、振り返らない。
ただ、静かに歩いていく。
その先には、いまだ唄ともつかぬ咆哮を上げ続ける、砧夕霧の巨躯があった。


******

219天空に、届け:2007/05/06(日) 05:13:11 ID:hwEAUQBA0

陽炎の揺らめく岩場に、二つの影があった。
ひとつは、一糸纏わぬ少女の人型。唄は、やんでいる。
山頂そのものを抱きすくめるように四つん這いになった、砧夕霧だった。
その巨大な濃灰色の眼球が、二つ目の影を映していた。
少女の体躯からすれば豆粒ほどの大きさのそれは、吐息で己を吹き飛ばしかねないその巨体を前にして
些かも動じた様子なく立っている。
小さな影、長瀬源蔵が、文字通り視界を埋め尽くす夕霧に向かって静かに言葉を紡いだ。

「来栖川の罪……恨みはあらねど、討たずば主名に傷がつく」

優しげにすら聞こえるその声が、再び戦いの幕が開いたことを告げていた。
ゆっくりとした動きで、夕霧が地面についていた手を振り上げる。
同時に源蔵が動いた。一歩めから全力をもって地を踏みしめる動き、疾走。
一瞬遅れて、源蔵の立っていた位置に影が射した。
続いて辺りを揺るがす、轟音と地響き。
夕霧の平手が叩き付けられた大地の引き裂ける悲鳴、そして衝撃だった。

一抱えほどもある岩塊が砂埃のように舞い上がる、その隙間を縫って源蔵が走る。
自身に近づくその小さな影を振り払うように、再び夕霧の手が大地を離れる。
大質量に引きずられて、風が渦を巻いた。
横殴りの暴風を伴った夕霧の腕は、何もかもを呑み込む津波の如く襲い来る。
飛び越すも左右に避けるもかなわぬ圧倒的な容積を前に、源蔵が疾走の方向を変えた。
夕霧の身体に向けた疾走から、迫る腕へと正対する動き。
風に巻き上げられた鋭い石の角が、源蔵の顔にいくつもの傷を作る。
血すら流れず肉を剥き出す傷を気にも留めず、源蔵が疾走のまま、右の拳を引いた。

「長瀬が伝えるは名に非ず、ただ志士の心意気―――」

言葉と共に、握り込んだ拳から黄金の霧が立ち昇りはじめた。
きらきらと光り輝きながら流れる金色が、源蔵の拳から腕を包み込む。
胸を反らし、左の腕を前に、右の腕を後ろに引いた、さながら槍投げの助走のような体勢。
防禦を、そして体の流れを無視した極端な姿勢のまま、源蔵が城壁の如き夕霧の腕に肉薄する。
食い縛られた歯の隙間から鋭い呼気が漏れた、その瞬間。
目一杯に引き絞られた弩から放たれる矢にも等しい、黄金の一撃が奔った。

一瞬の静寂と、爆発的な衝撃。
大地を抉る夕霧の巨腕が、金色の破城槌によって打ち破られ、跳ね上げられる。
反動で皮が破れ、肉が裂けて燻る右腕を省みることなく、源蔵が反転した。
夕霧の身体へ向けて疾走を再開する。
中空から、幾つもの影が山頂に落ちて弾けた。
片腕を砕かれた痛みに思わず立ち上がろうとする夕霧の巨躯、その腕を構成していた、
小さな夕霧たちの遺骸だった。
地に落ちて無数の赤い花を咲かせるそれらに、源蔵は視線すら向けない。
源蔵の目はただ一点、逆光に影を落とす夕霧の額へと向けられていた。
その額が、ぼんやりと光を放ち始めていた。

220天空に、届け:2007/05/06(日) 05:13:38 ID:hwEAUQBA0
源蔵が、跳ぶ。
立ち上がりかけた夕霧の、砕かれず残った左の掌が源蔵を叩き落とさんと迫る。
しかし崩れた体勢から振り回された腕に、先刻の津波のような勢いはない。
それを見て取って源蔵は空中で身を捻り、反転して足を向けた。接触。
膨大な質量に轢き潰されるかに見えた瞬間、源蔵の身体が弾丸のように飛び出した。
速度に劣る夕霧の腕をカタパルトと見立て、衝撃を受け流すと同時に莫大な慣性を加速力に転化していた。
飛びゆく方向は夕霧の足、膝関節。

「一心、以て打ち込めば牢固の巌、砂礫と帰し―――」

闘気の霧が、今度は源蔵の左腕を包んだ。
黄金の弾丸が、峰を大地に縫い止める杭の如き夕霧の脚を、撃ち貫いた。
着地。人体の限界を超えた速度を殺しきれず両の膝が砕けるのを感じながら、源蔵が身を引きずるように振り向く。
正面、夕霧の脚を構成していた小さな夕霧たちが源蔵の吶喊で崩れ、流星雨のように大地へと散っていく。
巨大な影が、片足を砕かれて傾いでいた。
凄まじい質量の偏重に耐え切れず、夕霧がその足元の岩盤を踏み砕きながらゆっくりと倒れこもうとする。

「―――万丈の山峰、悉く平らかならん」

爆発にも等しい烈風を巻き起こしながら傾いでいく夕霧の、その上半身が落ち行く先に、源蔵はいた。
見上げる視線の先に、光が射していた。
―――光。
巨大な夕霧の半身に抱きすくめられるような格好で倒れこまれ、陽光を遮られながらも、
しかし源蔵の周囲に影は落ちていなかった。
日輪をすら圧倒する光源が、源蔵の頭上にあった。
源蔵の全身を包む黄金の霧を霞ませる、膨大な光量。
源蔵に向けて倒れこむ巨大な砧夕霧の額が、光を放っていた。
辺りに散乱する小さな夕霧の遺体から飛んだ鮮血が、熱された岩に焦げて嫌な湯気を上げた。

「長瀬は終焉に臨みて屈せず、故に―――」

視界の意味を喪失させる莫大な光の中で、それでも源蔵は真っ直ぐに夕霧の方を見やり、言葉を紡ぐ。
全身を覆う黄金の闘気の下、皮膚がちりちりと焦げて捲れ上がっていくのを感じた。
白髪の先に、小さな炎が灯っていた。
膝の砕けた脚は既に大地に立つ用を為さず、両の腕はひしゃげている。
背に開いた穴からは折れ砕けた肋骨の先端と乾いた臓腑の切れ端が覗いていた。
力なく大地に斃れ伏す筈の長瀬源蔵は、しかし。

「―――故に生涯、不敗なり―――!」

その摂理の全部を無視して、立っていた。
地上に現れたもう一つの太陽が、大地を灼熱の炎で彩り、飾り立てる。
その中心、純白の光の中に、一筋の黄金が煌いた。

砧夕霧の頭部が、弾かれたように跳ね上がった。


******

221天空に、届け:2007/05/06(日) 05:14:05 ID:hwEAUQBA0

真っ白な光の中から、巨大な黒い影が飛び出していた。
青空の下、奇妙な咆哮を上げながら天空へと躍り出たそれは、紛れもなく砧夕霧の顔をしていた。

血で固まりかけた髪をはためかせる風の中、古河秋生は静かにそれを見ていた。
大地に片膝をついた、跪射の姿勢。
伸ばされた両手の先には真紅の光があった。
愛銃に灯った赤光を、秋生は深い呼吸の中で意識する。
光はふるふると震え、明滅を繰り返していた。

天空に舞った夕霧の顔が、その上昇速度を落としていく。
息を吐いた。
光が震える。
片目を閉じた。
光が震える。
じっとりと噴き出した汗が、風に吹かれて冷えるのを感じた。
光が、次第にその震えを鎮めていく。
大きく息を吸う。
光の明滅が、止まった。
呼吸を止めた。
赤光が、膨れ上がる。
心臓の鼓動が、両の手を通して銃へと伝わり、赤光と一つになる。
片目を開けた。
夕霧が放物線の頂点に達していた。
その運動が、ゼロになる。

古河秋生が風の中、トリガーを、引き絞った。

222天空に、届け:2007/05/06(日) 05:14:37 ID:hwEAUQBA0


雄々、と。
真紅の極大光を追うように、裂帛の気合が秋生の口から迸っていた。
その精根尽き果てる寸前の身体から何もかもを振り絞るような、それは轟きだった。

「ぉぉ―――ぉぉおおおおおオオオオオオオオォォォォッッ!!」

貫けと、ただそれだけの想いを乗せた絶叫に背を押されるように。
天空に伸びた赤光が、吸い込まれるように砧夕霧の頭部へと命中し―――撃ち貫いた。

音もなく、砧夕霧の巨大な頭部が、弾けた。
ほんの一瞬の間を置いて、中空を舞う夕霧の巨躯が、割れ砕けた。
手指の先から、幾体もの夕霧が欠け落ち、ぼろぼろと落ちていく。
残る片足が、頭部を喪った首が、腹が、乳房が、肩が、骨が、内臓が、砧夕霧を構成するありとあらゆる部位の、
そのすべてが、小さな砧夕霧の本来の姿へと戻り、落ちていく。

天空から雨となって降り注いだ砧夕霧は、その悉くが大地へと落ちて物言わぬ骸へと変じていった。
山頂を、山腹を埋め尽くす、真紅の絨毯。
その凄惨な光景を、秋生は息を殺して見つめていた。

「これで……、どうだ……」

知らず、手が震える。
もしも大地に落ちた少女たちの骸が、再び起き上がり、互いを喰い啜りあって復活したら。
そんな悪夢のような想像が脳裏をよぎるのを必死に押し殺しながら、秋生は固唾を呑んで夕霧の骸を睨んでいた。
一秒が過ぎ、二秒が過ぎた。
永遠にも等しいような何十秒かの後、堪えきれなくなって息をついた。
それを何度か繰り返して、そうして古河秋生はようやく、己が勝利を確信したのだった。

「は……はは……」

全身から、力が抜ける。
どうと地面に倒れ、大の字に寝転がって、深く息を吸い込むと、叫んだ。

「やった……! やったぞ、やってやったぞ、畜生め!
 俺たちの……勝ちだ、馬鹿野郎ッ!!」

223天空に、届け:2007/05/06(日) 05:15:17 ID:hwEAUQBA0
叫んで、笑う。
ひとしきり笑い終わると、秋生は腹這いになったまま、腕の力だけで移動し始める。
匍匐前進。足はもはや、何の感覚も返してこなかった。
遅々としたその移動の最中に、時折小さな愚痴が混じる。

「ぅ熱ィッ! ……くそったれ、鉄板焼きじゃねえんだぞ……」

進み行く先では、いまだ地面から陽炎が立っていた。
そこかしこで煙が上がり、小さな炎が燻っているところもあった。
ずるずると身体を引きずりながら、秋生はゆっくりと目的の場所へと近づいていく。
熱さは、すぐに感じなくなった。
尖った岩に顔をしかめ、焼けた斜面に血痰を吐きながら、秋生は進む。

「……ちったぁ、バリアフリーってもんを考えやがれ、ってんだ……なぁ?」

長い時間をかけてようやく辿り着いた目的の場所で、秋生はそう毒づいた。
上体を起こす。見上げた視線の先に、立ち尽くす人影があった。

「はン、ノーリアクションたぁ、冷てえな」

苦笑して、項垂れる。
身を起こしているのすら、ひどく億劫だった。
喉がひりつくのに苦労しながら息を整えると、傍らを見やる。

「まぁ、いい。……どうやら俺たちの勝ちみてえだぜ、爺さん。
 ……どうする? 勝負の続きと、洒落込むかい?」

言葉は、返ってこなかった。

「……おい、爺さん? おい……」

伸ばしかけた手が、止まる。溜息を一つ。
戻したその手で尻ポケットをまさぐると、秋生が何かを掴み出した。
くしゃくしゃによれた紙箱のような物から、細長い何かを一本、摘んで口に銜える。
それは、ぼろけた煙草だった。
銜え煙草のまま寝転がると、先端を焼けた地面に押し付けて息を吸う。
小さな炎が灯り、紫煙が立ち昇った。
胸一杯に紫煙を満たし、すぐに咳き込んで身を捩る。唾と一緒に血を吐いた。
たん、と小さな音がした。
秋生が、力なく地面を叩いた音だった。

「最後まで……小僧呼ばわりかよ……!」

風が、吹き抜けた。
細かな塵が舞う。
黒い粉塵は、秋生の傍らに立つ人影から、舞い散っていた。
右の豪拳を天空へと突き上げた格好のまま立ち尽くす人影。
膨大な熱量に焼き尽くされたその骸は、黒く炭化してなお、そこに立っていた。
それが、長瀬源蔵という人物の、最期の姿だった。


******

224天空に、届け:2007/05/06(日) 05:15:43 ID:hwEAUQBA0

源蔵の骸の傍らに寝転がったまま、秋生は空を見上げていた。
そうして、自分の命の炎が消えていくのを待つつもりでいた。

どれほどの時間、そうしていただろうか。
その瞬間、吹きぬけた風に小さな音が混ざったような気がして、秋生は視線だけを動かす。
脆くなった岩盤が崩れたか。
それとも、生き残った参加者の誰かが、先程の戦闘を目にして寄ってきたか。
派手な戦闘だった。夕霧の咆哮は島の全域に響いていた。
そこへ光と熱の乱舞だ。気づかないわけがなかった。

「だがよ……ちっとばかり、遅かったな……」

掠れた声で口に出し、小さく笑う。
この山頂では、既に何もかもが終わっていた。
ただ一人生き残っている自分すら、もうすぐに死ぬ。
誰だかは分からないが、この骸の山を目にして、己の登山が徒労に終わったことを知るのだろう。
少し底意地の悪い、悪戯めいた想像に僅かながら気分が良くなる。

「ざまあみろ、だ……」

言いかけたその言葉が、途切れた。
表情からも、笑みが消えていた。

吹き過ぎる風は今やはっきりと物音を伝えてきており、それが自然現象などではないことを主張していた。
寝転がった身体に、小さな振動が伝わってくる。
定期的に響くその振動は、どうやら足音のようだった。
神塚山の山頂に近づいてくる足音は、一つではなかった。二つ、否、三つ。
三つの足音が、地鳴りめいた音を立てて近づいてきていた。

―――風は、ル、と。
咆哮とも唄ともつかぬ声を、秋生の耳に届けていた。

225天空に、届け:2007/05/06(日) 05:16:13 ID:hwEAUQBA0
「……おい……おい、勘弁してくれよ、なぁ……」

心胆が、冷えていく。
青空の下、目の前が漆黒に染められていくような錯覚を覚える。
身を起こすだけの気力も体力も、残されてはいなかった。
寝転がったままの低い視界、その向こうに。
三つの、巨大な顔があった。

「爺さん、寝てる場合じゃないぜ……畜生……」

山頂に、咆哮が響き渡っていた。
その声は互いに共鳴し、奇妙に旋律めいて秋生の耳朶を揺さぶっていた。

『―――愛してください。私を。渚を。
 もっともっと、誰にも負けないくらいに、強く愛してください』

不意に、懐かしい声が聞こえた気が、した。
ほんの何日か前に聞いたはずなのに、ひどく懐かしく、遠く、いとおしい声。
ずっと傍にいた、声。
今の今まで戦闘にかまけ、思い出しもしなかった声。

「俺は、どうしようもねえ亭主だったな……」

山頂が陽光の下、白んでいく。
光源は三つ。
互いに反射し合い、増幅された光が、放射される前から山頂の気温を絶望的に押し上げていく。
霞む視界の中で、秋生は己が手の中に残された銃を見やった。
既に殆どの力を使い果たした愛銃。
眼前の脅威に抗すべくもない、ほんのひとかけらの力だけが残された、銃。
光と熱と、音の中で、秋生は目を閉じる。

「なあ、俺は……」

大切な笑顔を、思い浮かべた。
泣き、笑い、その命のすべてで抱きしめてきた、笑顔だった。

「―――俺は、お前のヒーローで、あり続けられたかよ……?」

小さく呟いて、古河秋生はその身に残されたただ一発の光弾を、白みゆく空へと、放った。
同時に閃光が、他のあらゆるものを圧していく。
岩を沸騰させる熱量すら、原初の光の前に膝を折ったかのように、感覚から消え去っていた。
そこには光だけが、あった。

「頼んだぜ……早苗と渚を、守ってやってくれよ……」

それが、最期の言葉だった。
遥か天空へと飛びゆく赤光を、その目に映しながら。
古河秋生は、その生涯を閉じた。

226天空に、届け:2007/05/06(日) 05:16:37 ID:hwEAUQBA0


 【時間:二日目午前11時すぎ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【状態:死亡】
長瀬源蔵
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【3812体相当】
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【1584体相当】
 【状態:到達】
融合砧夕霧【2851体相当】
 【状態:到達】
融合砧夕霧【1996体相当】
 【状態:到達】

砧夕霧
 【残り14892(到達0)】
 【状態:進軍中】

→810 ルートD-5

227偽りの希望:2007/05/07(月) 17:29:05 ID:h/HMDG.Q0
見渡す限り、白色で覆われた世界。
何処まで行っても何も無い、完全なる虚無の世界の中で、春原陽平は一人膝を抱えて座り込んでいた。
音も無い。闇も無い、光も、希望も、暖かさも無い。もう、終わってしまった世界。
だけど、それでも良いと思った。
これこそ今の自分が望んでいる世界だから。
ルーシー・マリア・ミソラを守り切れなかった時点で、彼女を失った時点で、全ては終わった。
もう何もせずに、ただ彼女との思い出をひたすら反芻して過ごしたかった。
敵討ち?主催者の打倒?そんなものは知らない。
どうせ何をやってもるーこは帰ってこない。馬鹿な自分でも『優勝者への褒美』が嘘だという事くらいは分かる。
だからもう、これ以上自分が出来る事もすべき事も、何も無いのだ。
だというのに現実世界は、また自分を呼び戻す。
もう自分は何もしたくないのに――

    *     *     *

そこで陽平の意識は覚醒した。
目を開けると、こちらを覗きこんでいる藤林杏が目に入った。
それから後頭部に暖かい感触を覚え、それでようやく陽平は、自分が膝枕をされているのだという事に気付いた。
「お早う、陽平――いや、この時間なら今晩は、かな?」
「……杏?」
続いて陽平はゆっくりと身体を起こして辺りを見渡し、自分が杏に連れられて、役場に来たのを思い出した。
陽平が寝惚け眼のままで、ぼんやりと杏の顔を眺めていると、次第に彼女の頬が赤く染まってゆく。
「な、なんか恥ずかしいね……」
「…………?」
意味が分からない。あの杏が何故、顔を見られた程度で恥ずかしがっている?
(……ああ、そっか。僕は杏とキスしたんだったな)
そうだ――自分は確かに杏と口付けを交わし、抱擁までし合った筈。
決して軽んじられるような行為では無いのに、簡単に忘れてしまうくらい、今の自分は現世に対して興味が薄れているのだ。
それでも杏が窮地に晒されている自分を救ってくれたのは事実だし、元より彼女は数少ない友人の一人である。
半ば同意の上での触れ合いはともかく、暴力を振るった事に関してはケジメをつけておくべきだろう。

陽平はもう一度きちんと謝り――それから、警告しておく事にした。
「杏……さっきは本当にごめん。ついカッとなって、お前に酷い事をしちまった」
陽平がそう言うと、杏は首をゆっくりと横に振った。
「ううん、良いの。あたしが無神経だった」
「…………」
二人は謝罪し合った後、僅かの時間、確かに微笑みを浮かべて見つめ合った。
しかし陽平は軽く息を吸った後、すぐに険しい顔付きとなって、言った。
「一つだけ注意しといてくれ。僕のるーこに対する気持ちは、他の奴に理解出来るようなレベルなんかじゃないんだ。
 それなのにさも分かった風に説教されたら、またとんでもない事をしでかしてしまうかも知れない……」
告げる陽平の、瞳の奥底に見え隠れする昏い影――恋人の喪失によって芽生えた、深い狂気。
先程までの抜け殻のような陽平とはまるで違う、禍々しい何か。
それを垣間見た杏は何も口にする事が出来ず、ただ静かに頷くしか無かった。

228偽りの希望:2007/05/07(月) 17:29:52 ID:h/HMDG.Q0
   *     *     *    *     *     *

それからまた暫く経った後。
膝の上に乗せたボタンを撫でながら、ヒーターで温まっていた杏が唐突に言った。
「ねえ陽平。あたし思ったんだけど」
「ん?」
「このまま此処にいてもどうしようもないし、一端教会に戻ろうと思うの」
それは確かにその通りで、役場に留まり続けた所で状況は何一つ改善しない。
これだけ時間が経っても自分達は無事であるのだから、殺人者に尾行されている心配も無いだろう。
しかし陽平は少し考えた後、軽く肩を竦めてみせた。
「うーん、でも教会にも敵が来ちまってるかも知れないじゃん」
正直な所陽平としては、何も考えずただ流れに身を任せたかったのだが、友人を無駄死にさせたくは無い。
だからこそ不安材料を述べるに至ったが、唐突に杏が得意げな笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……」
「い、いきなりなんスか……?」
意味が分からず、陽平は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
すると杏はおもむろにポケットへ手を突っ込んで、長方形状の物体を取り出した。
「そこでコレの出番って訳よ」
「――携帯電話?」
「そ。コレを使えば安全に教会の状態を確認出来るでしょ」
杏が持っている携帯電話は、元は名倉由依の支給品であり、既に全施設の番号が登録済みであったのだ。



229偽りの希望:2007/05/07(月) 17:30:53 ID:h/HMDG.Q0
「じゃ、掛けてみるわね」
杏はそう言うと、携帯電話の電話帳を開き、教会への交信を開始した。
何か異変が無い限り、教会にはまだ河野貴明達が残っている筈。
しかしそう遠く無い位置であれだけ危険な殺人者達による死闘が行われていたのだから、戦火が教会にまで及んでいる可能性もある。
(お願い……皆、無事でいて……)
何度も何度もコール音が繰り返される中、杏はぐっと唇を引き締め、ただ願った。
そして無限にも思える十数秒間が過ぎ去った後、突如コール音が途絶えた。

『……もしもし』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、少女の控え目な声。
杏はその声に聞き覚えがあった。
「渚……? あんた、渚よね!?」
『――藤林さんですか?』
「うん、そうよ。渚……無事で良かったわ」
友人の無事を確認した杏は、胸を撫で下ろしながら、ホッと大きく息を吐いた。
既に多くの人間が死んでしまったこの過酷な環境で、身体の弱い古河渚が未だに生きていてくれたのは喜ばしい事だった。

「そっちは今どう? 河野達は元気?」
『……すいません、河野さんって誰ですか?』
「え? 教会にあたしの仲間達がいる筈なんだけど、見なかった?」
『はい。私が教会に着いた時には誰もいませんでした』
「そん……な……」
そこまで聞いた杏は、頭の中で嫌な想像が膨らんでゆくのを止められなかった。
教会に誰もいない以上、貴明達は全員で移動したと考える他無い。
拠点となっている教会を軽々しく放棄したりはしない筈だから、やはり敵の襲撃を受けてしまったのだろうか?
いやしかし、渚が今教会にいるのだから、敵などいない筈では――

230偽りの希望:2007/05/07(月) 17:31:57 ID:h/HMDG.Q0
『あのー、もしもし……?』
杏が考え込んでいると、訝しむような声が耳に入った。
「あ、ああ……ゴメン、ちょっと考え事してた。一応確認しておきたいんだけど、そっちに敵はいないのね?」
『はい』
「――それじゃあたしも陽平と一緒に、今からそっちに行くわ。色々と話もしたいし、急ぎの用事が無ければ待っててくれない?」
『……分かりました』
「ありがと。それじゃ、一旦切るわね――それと最後に忠告。平瀬村には危険な奴がウヨウヨしてるから、周りには十分注意しなさい」
手短に話を済ませると、杏は携帯電話の通信を切った。
教会に行って、現地で直接話をする――それで、間違いない筈だった。
首輪の解除方法が判明している事も可能ならば伝えたかったが、今は無理だろう。
主催者に盗聴されている以上、電話を用いての情報交換は最小限に留めたい。

杏は正面に座っている陽平へ視線を移し、言った。
「陽平――話は聞いてたわね? 早速準備して行きましょう」
陽平がこくりと頷くのを確認すると、杏は手早く荷物を纏め始めた。
(大丈夫……首輪の解除方法はある。河野達だってきっと無事よ。まだまだ何とかなる)
工具は役場内できちんと探し出しておいた。
貴明達だって、そう簡単にやられてしまうタマでは無いように思えた。

しかし今の杏には知る由も無いのだが――教会に居た仲間の半数は、既に激戦の末命を落としてしまっていた。
そして杏が頼りにしている首輪解除方法は、主催者の用意したダミーに過ぎない。
偽りの、壊れかけの希望を信じて、杏は前に進む。

   *     *     *    *     *     *

231偽りの希望:2007/05/07(月) 17:33:40 ID:h/HMDG.Q0
杏との通話を終えた後、照明を落とした礼拝堂の中、渚は独り地面に座り込みながら膝を抱えていた。
「朋也君……私はどうすれば良いんでしょうか……」

――宮沢有紀寧達が岡崎朋也を連れて立ち去った後、渚は古河秋生の死体を埋葬した。
体格の良い秋生が入るだけの穴を掘るのには苦労した。
冷たくなってしまった秋生に触れる度、気が狂いそうになる程に胸の痛みを覚えた。
完成した穴に秋生を入れて、土を被せてゆく度に――止め処も無く涙が零れ落ちた。
それでも父の遺体を野晒しになどしたくなかったから、やり遂げた。
降り注ぐ雨の中で二時間以上も掛けて、心と身体を痛めながらもやり遂げたのだ。

しかし渚にとっての悪夢はまだ終わりでは無い。
逃れようのない枷が自分にも朋也にも、有紀寧と主催者によって課せられているのだ。
「お父さん……お母さん……どうして……こんな事にっ……」
暗闇に包まれた礼拝堂に、渚のすすり泣く声だけが木霊していた。

232偽りの希望:2007/05/07(月) 17:37:22 ID:h/HMDG.Q0
【時間:3日目・1:45】
【場所:F-2平瀬村役場】
春原陽平
 【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
 【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式、工具】
 【状態:精神不安定、無気力。全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:流れに身を任せる(自分の命は軽視)。一応友人を死なせたくは無い】
藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、、支給品一式×2】
 【所持品3:工具】
 【状態:全身打撲】
 【目的:教会へ移動、主催者の打倒】
ボタン
 【状態:健康】


【時間:3日目・1:45】
【場所:g-3左上教会】
古河渚
【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)、支給品一式】 
【状態①:有紀寧とリサへの激しい憎悪、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
【状態②:すすり泣き、精神肉体共に疲労、首輪爆発まで首輪爆破まであと20:50(本人は44:50後だと思っている)】
【目的:教会の留まり情報を集める、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】


【備考:秋生の死体は埋葬済み・礼拝堂の血痕は掃除済み】
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ルートB-18、B-19

233邪神:2007/05/08(火) 22:06:04 ID:00vaK/rk0
孤島という名の牢獄で、様々な人々が己の持ち得る全てを懸けて、凄惨な殺し合いに没頭している。
その惨劇を引き起こした張本人である篁は、独り物思いに耽っていた。

長らく続いた愉快な遊戯も、終焉の時が近付いてきている。
ある者は親しき者を守る為に、ある者は己の信念を貫く為に、またある者はただ生き延びる為だけに、互いの命を奪い合っていった。
首輪をつけて少し脅しを掛けただけで、僅か二日足らずの間に大部分の人間が命を落とした。
参加者の大半が戦いとは無縁の生活を送っている、所謂一般人であるにも拘らず、だ。
結局の所人間とは、欲深く、姑息で、醜悪な生物。
幾ら普段は善人面をしていようとも、追い詰められれば平気で人を殺す、罪に塗れたどうしようもない存在なのだ。

しかし――追い詰められた鼠は猫を噛むというが、人間にも同じ事が言える。
この圧倒的な現実を前にしてなお抗い続ける者達は、確かに存在する。

殺し合いをより円滑に行わせる為、ジョーカーとして送り込んだ少年。
前回大会を圧倒的な強さで制した彼は、異能力を持たない者にとって逃れようの無い死神である筈だった。
しかし少年は、メンバーの大半が一般人で構成された集団によって倒されてしまった。
リサ=ヴィクセンがゲームに乗ったのは意外だったが、彼女に対してもまた多くの一般人が立ち向かった。
そして最後は、本来殺人鬼であった筈の異能力者によって引導を渡された。
その二人以外の積極的に殺人を行っていた者達も、殆どが命を落としてしまった。

まだ数人は優勝を目指す人間がいるようだが、最早ゲームの破壊を目論む者達は止めれまい。
過酷な戦いを経験してなお生き延びている人間達が、いつまでも内紛を続けるとは考え難い。
生き残った参加者達は、恐らく総力を結集して自分に歯向かおうとするだろう。
どのような形で来るかは予測出来ないが、必ず敵として肉薄してくる筈である。
しかし所詮は人間、『理外の民』である自分にとっては何の脅威にも成り得ない。
一般人は勿論として多少の異能力を秘めている者ですらも、世界そのものをある程度操れる自分の敵では無いのだ。
無力な人間共が死力を尽くして殺し合う様は実に愉快であったが、それがゲームを開いた目的な訳では無い。
参加者達との決戦も、殺し合いを眺めて愉悦に浸るのも、自分にとっては些事に過ぎぬ。
あくまで肝要なのは『想い』を集め、それによって『幻想世界』への扉を開く事だ。

234邪神:2007/05/08(火) 22:06:35 ID:00vaK/rk0
自分の最終目的は『根の国』を永久に消し去る事だが、執行者がこの世に存在する限り、それは成し遂げられぬだろう。
たとえ一時的に『根の国』を滅ぼした所で、執行者によって新たな世界を作り上げられてしまえば意味が無い。
そして『根の国』に侵攻するには執行者の覚醒が必要であるにも拘らず、自分では執行者に勝てぬという、絶対の矛盾。

――その矛盾を唯一解決し得るのが、半年程前に発見した『幻想世界』より漏れ出る特殊な力だ。
『幻想世界』への入り口に位置するこの地域一帯では、異能力の類が大幅に制限される。
それは『理外の民』である自分ですら例外で無いのだから、執行者が持つ『世界の生成と消滅を司る』などという馬鹿げた能力も押さえ込める筈。
『幻想世界』に侵攻して、異能を制限する力の元となる物を奪い取れれば――敵対する者共の異能力を自由自在に封じ、執行者も倒せるに違いない。
つまり、『幻想世界』の力さえ手に入れれば後は簡単、那須宗一に変わる執行者が現れるのを待って、『根の国』への復讐を成し遂げれば良いのだ。


準備はほぼ整った。
元は海であったこの地域で『想い』を集める為に、多大な費用を投じて人工島を建設した。
『幻想世界』の物質であったと思われる青い宝石と謎の獣により、『想い』の回収も容易だ。
僅か数日で90人以上の者が死んだこの島には、既に『想い』が十分過ぎる程蓄積している。
後は、最後の詰めを行うだけだ。

自分を追放した理会の者が住まう『根の国』――絶対に滅ぼしてみせる。
己の欲望のままに生きる、醜く脆弱な人間共――消えてなくなれば良い。
そしてそんな存在がのさばる穢れ果てたこの世界自体も、認めなどしない。
全てを滅ぼし、『理外の民』と『幻想世界』の力を用いて、自分が新たなる世界を創り上げる。
「……思い知るが良い、愚かな理会者共、取るに足らぬ人間共。神と呼ばれるに相応しいのは他の誰でも無い――この私のみなのだ」

235邪神:2007/05/08(火) 22:07:36 ID:00vaK/rk0
【時間:二日目・23:35】
【場所:不明】

【所持品:不明】
【状態:健康】
【目的:まずは『想い』を集めて『幻想世界』に侵攻する】

※ゲームの舞台となっている島は篁が造った人工島です(場所は幻想世界の入り口付近、地球上のどの辺りに位置するかは不明)
※能力制限は幻想世界から漏れ出る力の影響です

→794
→819

236義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:15:20 ID:dwGRruRA0
静まり返った鎌石村消防分署内で、長森瑞佳の息遣いだけが、ますます激しさを増していた。
顔は青く染まり、身体は僅かな時間の間で相当やつれたように見えた。
月島拓也は瑞佳の身体を抱き締めながら、深い後悔と自責の念に襲われていた。

(僕の所為だ……僕が優勝を狙うなんて言い出さなければ……!)
瑞佳の治療を行う為に鎌石村に向かう途中で、自分は優勝者への褒美などという戯言に騙されて無駄な揉め事を起こしてしまった。
あの時間の浪費さえ無ければ、もっと早くに瑞佳の治療を行えた筈である。
瑞佳は自らの命を狙われてもなお、庇ってくれたというのに――自分は瑞佳に対して何もしてやれなかった。
結局の所自分はどうしようもない位愚かな男に過ぎず、その所為で今瑞佳は危機を迎えている。
「瑞佳……」
拓也が瑞佳の冷たい手を握り締めると、微力ながらも確かに握り返してきた。
「おに……いちゃん……」
昏睡状態でもう意識など無い筈なのに、声まで返してきてくれる。
拓也は瑞佳をより一層強く抱き締めて、両目から涙を零し始めた。

「僕は馬鹿だ……。瑞佳はこんなにも僕の事を想ってくれているのに……」

「瑠璃子が死んで全てを失った僕を支えてくれたのに……その気持ちを踏み躙って」

「神様頼む……もう他には何も望まないから……瑞佳を助けてやってくれ……」

「もう二度と悪い事はしないから……ずっと瑞佳を守り続けるから……」

「瑞佳……瑞佳っ……」

237義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:16:19 ID:dwGRruRA0
必死の想いで唯只瑞佳の回復を祈り続けるが、容態は一向に改善の兆しを見せない。
拓也は奥歯をぎりぎりと噛み締め、途方も無い無力感に苛まれていた。
(クソッ……僕は瑞佳に何もしてあげられないのか!?)
救いたかった。苦しんでいる瑞佳を。
恨めしかった。何も出来ない自分が。

(何が毒電波だ……肝心な時に大切な人を救えない力なんて、何の意味も無いじゃないか!)
毒電波で出来る事といえば精々、苦痛を和らげてあげる程度だろう。
それすらも力を制限されている今では、どこまで可能なのか分からない。
何しろ自分は既に同じ手を試みて、失敗してしまっているのだ。
それでももう、他にやるべき事など見当たらなかった。
このまま何もせずに回復を願い続けても、瑞佳は衰弱していく一方だろう。
「長瀬君……瑠璃子……力を貸してくれ」
とうの昔に慣れてしまった作業を、かつてない真剣な面持ちで行ってゆく。
拓也は生まれて初めて、狂気の一切混じらぬ、純粋な感情の下で毒電波を生成したのだ。
しかし毒電波とは狂気が強ければ強い程力を増すものであり、『人を救いたい』という願いは寧ろ邪魔ですらある。
そんな条件下で無理に毒電波を生成する事は、拓也の精神と肉体を急激に疲弊させていった。
「くそ……諦めて……堪るもんかぁ……!」
それでも拓也はただ瑞佳を救う事だけを考え続け、電波を送り続けた。
瑞佳の身体に悪影響を与えぬよう微調整しながら、何十分にも渡り電波を放出する。
もう二度と電波の力が使えなくなっても良い、自分が壊れてしまっても良い――その代わり、せめてこの子だけは。

     *     *     *

238義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:17:00 ID:dwGRruRA0
深い深い闇の中、ぽつんと置かれているベッドの上に、一人の小さな少年が座っていた。
少年は体育座りの格好をしたまま、両の目から大粒の涙を流し続けていた。
その傍らに真っ白な服と長い髪を携えた小さな少女が現れて、優しく少年へと話し掛ける。
「……どうしたの? 何で君は泣いてるの?」
すると少年は服の袖で涙を拭って、嗚咽交じりの弱々しい声で答えた。
「瑠璃子が……僕の妹が……死んじゃったんだ…………」
「そう……。でも今の君には、新しい妹がいるじゃない」
少女がそう言うと、少年はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、瑞佳ももう死んじゃいそうなんだ。結局僕は、妹一人すら満足に守ってやれないんだ……」
それから少年は背を丸めて、顔を両膝の間に埋めると、小刻みに身体を震わせ始めた。
そのまま先に倍する勢いで涙を流し、聞いてるだけで胸が張り裂けそうな嗚咽を上げ続ける。
「瑠璃子……瑞佳……ごめん、ごめん……! 僕がもっとしっかりしていれば、二人とも死なずに済んだ筈なのに……!」
少年――月島拓也は精神世界の中に閉じ篭り、ひたすら自分を責めていた。
かつて彼が抱いていた強大な狂気も憎悪も、今や全て自分自身に向けられている。
瑞佳は言うに及ばず、この島では出会う事が無かった瑠璃子だって狂気の世界に足を踏み入れていなければ、生き延びれたかも知れない。
そして瑠璃子を狂気の世界に叩き落したのは、他の誰でも無い拓也自身だ。
自分の心が弱かったばかりに誰も救えなかったという現実を、拓也はようやく認めたのだ。

しかし自責という名の鎖に捕らわれている拓也に対して、少女は言った。
「――お兄ちゃん、自分を責めないで。私はもう、お兄ちゃんを許しているんだから」
「え?」
拓也が聞き返すと、少女は胸にそっと手を当てて、言葉を繰り返した。
「大丈夫、私は死なないよ。永遠は此処にあるから……」
「君は……瑞佳?」
拓也がようやく少女の正体に気付くと、瑞佳はにこりと柔らかい笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん。こんな暗い世界なんか捨てて――私とずっと一緒に生きていこうよ」
そう言って瑞佳は、拓也の目の前に小さな手を差し出す。
拓也がゆっくりとその手を握り締めると、それまで辺りを覆っていった闇が急激に薄れていった。

239義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:18:42 ID:dwGRruRA0
少女は少年を許し、救いの手を差し伸べた。
だから悪夢はここで終わり。後に残るのは永遠の盟約のみだ。

――永遠はあるよ。ここにあるよ

すっかり光に包まれた世界の中で、少女がそう呟いた。

     *     *     *

「――ほら、起きてよお兄ちゃん」
聞こえてきた声に、拓也はゆっくりと目を開ける。
いの一番に視界に入ったのは、座り込んだままこちらを覗き見る瑞佳の顔だった。
「……やっと起きた」
無理に電波を生成し過ぎた所為だろうか――気だるい疲労感を覚えたが、そんなものはどうでも良い。
拓也は弾かれるように上半身を起こすと、がっと瑞佳の肩を掴んだ。
「瑞佳!? 大丈夫なのか!?」
「わ……」
訊ねる拓也の凄まじい剣幕に瑞佳は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに表情を柔らかくした。
「おかげさまでだいぶ楽になったよ、ありがとう」
言われて拓也は、まじまじと瑞佳の顔を観察した。
血色の良い顔、目に宿った強い光――拓也の記憶の中にあるどの瑞佳よりも、生命力に満ち溢れて見える。
続けて瑞佳の手を握り締めると、確かな暖かさが伝わってきた。
もう疑う余地は無い――瑞佳の容態は峠を越えて、快方に向かっているのだ。
「瑞佳ぁ!」
拓也は両腕で瑞佳の身体を包み込むと、思い切り抱き締めた。
その暖かさを噛み締めるように、強く、強く。
「ちょっと、お兄ちゃん……!?」
「良かった……本当に良かった」
突然の出来事に瑞佳が驚いたような声を出すが、拓也の耳には届かない。
拓也は肩を震わせ嗚咽を上げながら、ただ純粋に瑞佳の回復を喜んでいた。
「あはは……痛いよお兄ちゃん……」
瑞佳はそう言いながらも、上半身を傾けて、頭を拓也の肩に預けた。
二人はその体勢のまま、随分と長い間抱き合っていた。

240義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:19:49 ID:dwGRruRA0

だがしかし、やがて瑞佳が思い出したように言った。
「ねえ、お兄ちゃん。私行きたい所があるんだけど……」
「――え?」
拓也は目を丸くして、言葉の続きを待った。
「お兄ちゃんが眠ってる間に、近くの施設に電話を掛けてみたんだよ。それでね、一つ隣のエリアにある消防署に、私の知り合いが居るらしいの。
 出来れば早めに合流した方が良いと思うんだけど、どうかな?」

     *     *     *

鎌石村消防署の入り口から一番近い部屋で、坂上智代はニューナンブM60片手に、来客を待ち侘びていた。
長森瑞佳と名乗る人物から電話があったのは、今から三十分程前だ。
確か瑞佳という女性は柚木詩子の知り合いであった筈なので、電話を代わって確認して貰うと、間違いなく本人の声であるとの事。
此処から割と近くにある施設で休養を取っていると聞き、智代が合流を提案すると二つ返事で快諾して貰えた。
何か問題が起きない限りは、瑞佳の同行者が起床次第こちらに来てくれる筈である。

「ふふふ……やっぱり良い人ばかりじゃないか。殺し合いを望んで行う者など、もう死に絶えたんだ」
智代は口元を笑みの形に歪め、弾んだ声でそう呟いた。
自分がこの島で出会った人間は、皆善良な者ばかりだった。

里村茜は少々人を疑い過ぎるきらいがあるが、自分が落ち込んでいる時には叱咤激励してくれた。
電話が掛かってきた際に茜は起こさなかった為、まだ長森瑞佳が来る事を話していないが、彼女とは知り合いである筈だし問題無いだろう。

詩子は、性格の違いから衝突しがちな自分と茜を宥める、所謂緩衝材的な役目を果たしてくれている。

鹿沼葉子は――とても尊敬の出来る、素晴らしい人物だ。
落ち着いた物腰、人を惹き付ける不思議な雰囲気、そしてかつて自分が対峙した喧嘩自慢の者達などとは比べ物にならぬ威圧感。
彼女は自分達の中で最年長でもあるし、茜の誤解さえ払拭出来ればリーダーとなって貰うべきだろう。

そしてこれから更に二人、新たな仲間が加わる。
空回りし続けてた今までが嘘かのように、順調に物事が進んでゆく。
そう考えると智代は、こみ上げる笑みを抑え切る事が出来なかった。

――余りにも上手く行き過ぎる仲間集めに、今や智代の警戒心は致命的なまでに低下していた。

241義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:20:38 ID:dwGRruRA0
【時間:三日目・04:40】
【場所:C-06鎌石村消防分署】
月島拓也
 【持ち物:消防斧、支給品一式(食料は空)】
 【状態:両手に貫通創(処置済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み、疲労】
 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る、瑞佳の提案に対してどう行動するかは不明】
長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料は空)】
 【状態:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは詩子達と合流したい】


【時間:三日目・04:40頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧、LL牛乳×3】
【状態:見張り中。健康、意気揚々、葉子を妄信、他人に対する警戒心が極度に低下】
【目的:同志を集める】
里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:就寝中、簡単に人を信用しない、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】
柚木詩子
【持ち物1:鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:就寝中、健康、葉子にやや懐疑心を持つ】
【目的:同志を集める】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:就寝中、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】
【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】

→814
→826

242決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:55:25 ID:f4Wz4vkI0
熾烈な決戦を終えた柳川祐也とその仲間達は、未だに工場から動かないでいた。
参加者中最も脅威であった宮沢有紀寧一派の殲滅には成功したものの、自分達が受けた損害もまた計り知れない程のものだった。
長らく行動を共にしていた七瀬留美は変わり果てた姿となっており、救援に来てくれたという橘敬介も後頭部を砕かれていた。
そして有紀寧を打ち倒したゆめみまでもが、その機能を完全に停止させてしまった。
柳川自身も満身創痍という言葉ですら足りぬ程に疲弊し切っており、とても戦闘出来るような状態では無い。
このゲームでは動き回れば動き回る程、他者と遭遇する可能性が高くなる――逆に言えば、敵と会いたくなければ極力動かぬ方が良い。
だからこそ柳川達は死臭に支配されたこの地に留まり、少しでも体力を回復させようとしているのだ。


「橘さん……」
柳川達から決戦の顛末を聞いた向坂環は、作業場に横たわっている敬介の傍まで戻ると、感情を押し殺した声で独り呟いた。
握り締められた拳、噛み締められた唇――それでも環は、今にも溢れ出しそうな激情の雪崩を懸命に抑え込む。
敵に対して不覚を取るのも、仲間を死なせてしまったのも、初めてでは無い。
騒いだ所で結果は変わらないのだから、ここで取り乱す訳にはいかなかった。
「人は意志を継いで生きていく動物……残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならない。
 だから今度は私が橘さんの志を背負って生きていく番――そうですよね?」
問い掛けても、既に生命を失った敬介の口が開かれる事は無い。
それでも環には、強い肯定の意を含んだ言葉が返ってきたように思えた。
敬介と共に行動した時間は決して長くないが、彼がとても立派で尊敬すべき人物だったのは分かっている。
頑なに人を信じようとし、リサ=ヴィクセンが殺し合いに乗った時も敵と断定せずに、限界まで説得を試みていた。
そして致命傷を負った後も決して諦めず、仲間達を逃がす為に最後まで抗い続けたという。
環は思う――自分では敬介程人を信じ切れないし、今際の際まで強い意志を持ち続けれるかも分からない。
それでも理想を追い求めて生きた敬介の生き方は、とても素晴らしいものに違いないから。
少しでも敬介や英二に近付く為に、自分は彼らの背中を追い続けよう。
たとえそれが、どれだけ努力しようとも決して辿り着けない目標であったとしても。

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243決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:56:17 ID:f4Wz4vkI0
一方柳川は倉田佐祐理や姫百合珊瑚と共に、屋根裏部屋で休息を取っていた。
目の前には、変わり果てた姿となった七瀬留美の亡骸が安置されている。
藤田浩之と同じように、彼女もまた極力殺人を拒み続けてきた。
どうして自分のような冷酷な男が生き残り、留美のような優しい者から死んでゆくのか――そんな事は分かっている。
このゲームでは他人に対する情けなど、自らの寿命を縮める要因に他ならない。
留美は岡崎朋也との戦いで手加減をした所為で、余計な手傷を負い有紀寧に敗北したのだ。
己の信念に従った結果命を落としたのだから、この結果は仕方ないと言えるだろう。
それでも柳川は、心の水面に波紋が広がってゆくのを禁じえなかった。
今更感傷に浸ったりなどはしないが、軋むように心が痛むのだけはどうしようも無い。

――自分は変わったのだと思う。
佐祐理との、浩之との、留美との付き合いを通じて、確実に変わった筈だ。
そしてその変化が無ければ、実力で自分を上回るリサ=ヴィクセンには決して勝てなかっただろう。
柳川は留美の頬を優しく撫でた後、ぼそりと一言だけ呟いた。
「……礼を言う、七瀬、藤田。お前達には色々教えられた」
それは奇しくも、浩之が川名みさきの遺骸に対して行った行為と酷似していた。
本人も自覚している通り、柳川は間違いなく浩之や留美の影響を受けているのだ。

柳川が留美の死体から視線を外し、身体を後ろに向けると、髪を弄っている佐祐理が目に入った。
「……倉田?」
佐祐理は両肩と両腕に重傷を負っており、身体を動かすだけでも激痛に襲われる筈。
事実その表情は苦痛に歪み、額には大きな玉汗が浮かんでいる。
柳川は眉を顰め訝しむような顔となったが――すぐに、事情を理解するに至った。
「倉田、お前……」
「少しでも多く、留美の分まで頑張りたいと思って付けてみたんですけど……ヘンですか?」
佐祐理は留美が使っていた赤いリボンを使い、髪型を所謂ツインテールに変えていた。
柳川は僅かばかりの間呆然とした後、取り繕うように答えた。
「――いや、良いんじゃないか。髪の長さも丁度合っているし、問題無いだろう」
佐祐理は確かに留美の死を受け止めて、前に進もうとしている。
舞の死を受け入れれずに泣き崩れていた頃とは、比べ物にならないくらい成長しているのだ。
戦いなど知らなかった筈の少女が、また一つ大きな悲しみを乗り越えた――柳川にはその事が嬉しくもあり、悲しくもあった。

244決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:56:59 ID:f4Wz4vkI0

そこで、唐突に部屋の隅から呻き声が聞こえてきた。
「う……うぅ……」
「――――!」
それは有紀寧に脅迫されて佐祐理達を襲っていたという、朋也のものだった。
全ての元凶である有紀寧が倒れた以上、朋也が自分達を襲う理由は無い筈だが、万が一という事もある。
柳川は半ば反射的に手を伸ばし、日本刀を握り締めた。
瞬間、腹部に痺れるような痛みが奔り、思わず得物を取り落としてしまいそうになる。
(く……この身体で俺は戦えるのか!?)
極限まで消耗し切った体力は言い訳程度に回復したが、怪我の方はこんな短時間で癒す事など出来ぬ。
それでも傷付いた身体を酷使して、警戒態勢を取ろうとしていた柳川だったが、不意に横から手が伸びてきた。

「――姫百合?」
視線を横に移すと、珊瑚が両腕を広げて悠然と屹立していた。
「喧嘩したらあかんで〜。悪い人はもう倒したんやから、仲良くせな駄目やもん」
珊瑚は柳川に向けてそう言い放つと、つかつかと朋也に歩み寄った。



「ぐあぁっ…………」
目を覚ましかけた朋也が最初に認識したのは、左眼から伝わる鈍痛だった。
その痛みで一気に意識が覚醒した朋也は、慌てて上半身を起こした。
「――宮沢はっ!? あいつが持ってたリモコンはどうなったんだ!」
自分が留美によって倒された所までは覚えているが、そこから先の記憶が無い。
有紀寧は朋也が負けた瞬間に、渚を殺すと言っていた。
自分が気を失ってる間に、渚はもう殺されてしまったのでは――最悪の光景が、朋也の脳裏を過ぎる。

245決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:57:40 ID:f4Wz4vkI0
我を忘れて周囲を見回している朋也に対し、珊瑚が静かな声で言った。
「大丈夫、有紀寧はもうやっつけたよ。それにリモコンの説明書を見たけど射程は三メートルまでらしいから、渚って人も無事やと思う」
「え……」
「はい、読んでみるとええよ」
朋也は差し出された説明書を受け取ると、その隅々にまで目を通した。
説明書に書かれていた内容は、以下の通り。

・首輪爆弾は作動してから24時間後に爆発する。また、同じ対象に向かって二度スイッチを押せば即座に爆発する。
・但しその射程範囲は半径3mに過ぎず、しかもきちんと先端を首輪に向けてから押さないと不発に終わる。
・作動の成否に拘らず、リモコンは六回までしか使用出来ない。
・一旦作動させると、このリモコンでは最早解除不可能である。

「クソッ、俺は騙されてたって訳か!」
真実を知った朋也は、心底忌々しげに吐き捨てた。
とどのつまり、自分は有紀寧の虚言によって踊らされていたに過ぎなかったのだ。
リモコンの射程が無限であるというのは嘘であるし、作動した首輪爆弾の解除も不可能だ。
これでは幾ら有紀寧に従おうとも、僅か1日程度の延命にしかならなかっただろう。
そして苛立ちの次に沸き上がる感情は、焦り――リモコンで首輪爆弾を解除出来ないのなら、どうやって渚を救えば良いのだ?
このまま何もしなければ、後一日足らずで渚と自分の首輪は爆発してしまう筈だ。
自分はともかく渚が死ぬのだけは絶対に避けたいが、打開策の足掛かりすら思い浮かばない。
「どうすりゃ良いんだ……」
絶望的な現実に頭を抱える朋也だったが、そこで新たな紙が差し出される。
「もしかしたら、何とかなるかも……詳しくはこれを読んでみてくれへんかな?」
「……分かった」
自分の力だけでは既に手詰まりである以上、人を頼る以外に選択肢など無い。
朋也は一も二もなく頷いて、次の紙を流し読みしていった。
そこには首輪解除に対する試みと、その経過が書かれていた。

246決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:58:20 ID:f4Wz4vkI0
――珊瑚達は一度ハッキングを行ったが、ダミーの解除方法が得られただけで、実質失敗に終わった。
その後『放送者』と連絡を取って情報を集め、今は再度ハッキングを考えている所であるという。

色々と不確定要素の多い案ではあるが、勝機は十分有るように思えた。
「そうか……。あんたが北川の言ってた姫百合珊瑚だったんだな……」
朋也はまじまじと珊瑚を見つめながらそう言うと、入り口に向かってくるりと踵を返した。
珊瑚の作戦自体には不満など無いが、その前にやらねばいけない事がある。
「どうするん?」
「まずは渚――俺の知り合いをここに連れてくるよ。あんた達は何時頃まで此処にいそうなんだ?」
「ん〜と……」
訊ねられた珊瑚だったが、自分の一存だけで答える訳にもいかず、柳川の方へと目を移す。
「何時までも呑気に休んでいるつもりは無いが、俺達の状態ではすぐに動くという訳にもいかん。
 敵の襲撃がある可能性も考えられるし断言は出来んが、少なくとも次の放送までは此処にいるつもりだ。
 それと、武器も持たずに行くのは危険だろう――これを持っていくが良い」
柳川はぶっきらぼうにそう言い放つと、朋也にトカレフ(TT30)を投げ渡した。
「サンキュな。何時までも渚を独りにはしとけないし、ちょっと行ってくるよ」
父親を殺された渚は、今頃教会で独り心細い思いをしているに違いない。
朋也としては、まずは渚と合流して安心させてやりたかった。
「……無理矢理やらされた事とはいえ、あんた達は悪くないのに襲っちまって、本当にすまなかった」
最後に深く頭を下げてから、朋也は一目散に外に向かって駆け出した。

足を踏み出す度に全身の至る所に負った傷が酷く痛んだが、きっと渚の心はもっと傷付いている筈だ。
だから朋也は残された体力を振り絞って、一心不乱に駆けた。
秋生から託された約束を――最も大切な人を、今度こそ守り抜く為に。
深く刺し貫かれた自分の左眼は、きっと手術をしても完治しないだろう。
無事にこの島から脱出出来たとしても、自分は右肩と左眼の二箇所に障害を抱えて生きていかねばならないのだ。
それでも渚さえ傍に居てくれれば、何時の日かまた笑える気がした。

247決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:59:20 ID:f4Wz4vkI0
【時間:3日目2:25】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態②:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、疲労大】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事。まずはもう暫く休憩する】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:中度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲、左肩重傷(腕は上がらない、応急処置済み)、右肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒。まずはもう暫く休憩する】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×3、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【状態:健康】
 【目的:主催者の打倒。まずはもう暫く休憩する】

【時間:3日目2:25】
【場所:G−2平瀬村工場作業場】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒、今後の方針は不明】
※環は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しました

【時間:3日目2:30】
【場所:G−2平瀬村工場付近】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)、風子の支給品一式】
 【状態①:疲労大、マーダーへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損(応急処置済み)、首輪爆破まであと20:10】
 【目的:最優先目標は渚を守る事、まずは教会へ行って渚と合流する】
※朋也は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しました

【備考:留美・有紀寧・ゆめみの亡骸は屋根裏部屋に。敬介・リサの亡骸は作業場に置いてあります。それぞれが持っていた荷物は大半が回収済み、残りは放置】

→819
→838

248乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:49:49 ID:bK2uJAV.0
外に出てみると雨は止み、霧がかかっていた。
日中とは違い肌寒さを覚えるほど気温は下がっている。
「僕が先行くよ。すまないが杏の銃貸してくれないか?」
「いいけど、あたしにも何か使えるも貸して」
平瀬村役場の玄関にて春原陽平と藤林杏は、装備品のワルサー P38とスタンガンを交換した。
陽平は懐中電灯の先を手で押さえ、光量を絞り足許を照らしながら歩く。
続く杏も気配を窺いながら粛々と行く。
道に迷わなければ三十分ほどで教会へ着きそうだ。
ひんやりとした空気が漂う中、二人の頬はじっとりと汗ばんでいた。
途中、朝霧摩麻子と栗栖川綾香のどちらかに遭遇することは十分あり得ることだった。

暫くして陽平は足を止め周囲の気配を窺う。と、背中に何かがぶつかる。
「いったぁー、どうしたの?」
鼻を押さえながら杏が泣きそうな声を上げる。
陽平は一歩下がり杏の耳元で囁く。
「この臭い、髪の毛というか、動物性脂肪が焼けたものだよな」
「そ、そうね。髪の毛が焼けた臭い……ガソリンも混じってるかしら」
風に乗って独特の異臭が二人の鼻をつく。
「霧で見え辛いな。杏も照らしてくれ」
「了解、って、なんか柔らかいもの踏んじゃった」
杏は急いで足許を照らす。その場所には拳ほどの大きさの肉が落ちていた。
「うまそうな肉だな。焼肉食いてぇー。教会行って古河と食べましょ……って、なんでこんな所に、イテテテ」
「あんた何寝ぼけてんのよ、ったく。そのうち「ひぃぃーっ」なんて言わないでね」
陽平の片頬を引っ張りながら付近を照らすと、乳色の靄の中から爆発で出来たものと思われる窪地が浮かび上がる。
その周囲には大小の肉片、手の指、靴、足首、壊れた銃器や水筒等が散乱していた。
肉片が人間のものであることに間違いはない。
「ねえ、杏さま。いい加減、手、放してくれませんかぁ〜? 痛いっス」
「ごめ〜ん、痛かったね。撫で撫でチュッと」
「ほえ〜、天国と地獄が織り成す摩訶不思議な世界ぃ〜ってやってる場合じゃなかった」
視界不良といつ襲撃を受けるかもしれぬという緊張の中、二人は捜索を始める。

249乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:50:55 ID:bK2uJAV.0
ほどなく道から外れた茂みのところに燻る何かがあった。
近づくにつれ臭いはきつくなり、付近は強烈な火力により焼き払われていたことがわかる。
「この黒い塊、人間だぞ。格好からして生きながら焼かれたみたいだ。ひでぇー」
「性別がわからないけど、体格からして女の子みたいね」
「るーこかマナのどちらか……いや、違うな。俺達が襲われたのは民家があるところだった」
炭と化した主が小牧愛佳とは知る由もない。
「見て見て。使えそうな銃と食べられそうな缶詰が三つあるよ」
貴重な銃──ドラグノフを入手できたことは何よりも有難いことだった。

使えそうな遺品を回収し立ち去ろうとした直後、陽平は吉岡チエの遺体を発見した。
「チエちゃん……。なんということだっ。おまえ鎌石村役場へ行ったんじゃなかったのかよう」
「どういうことなの? 教えてよ」
陽平は昼過ぎに平瀬村での会議のあと別れた藤田浩之組の一人であることを説明する。
「あいつら、藤田達は鎌石村で壊滅したんだろう。で、生き残りのチエが戻って来て……そうだ、教会に行こうとしたに違いない」
「散々な目に遭って、ここで力尽きたのね。可愛そうに……」
涙ぐみながら杏はチエの手を胸に組む。
「チエちゃんいろんな物持ってるな。有難く頂戴して……行こうか。古河が待っている」
「待って。ここで複数の人が死んでるということは、まだ何か手掛かりがありそうよ」
「河野達のことを言ってるのか?」
杏は頷くと先ほどの窪地の周囲を調べることにした。

「来てっ、まだ生きてる! ささらよっ」
陽平は取るものも取りあえず杏の元へと走る。
途中卵のようなもの踏んだが気にしない。生存者がいたことは僥倖というものだ。
駆けつけると丸い明かりの中に、泥だらけになった久寿川ささらが倒れていた。
「ささらちゃん、しっかりして! 春原だ」
「何があったの? 河野君はどうしたの?」
「……春原君、杏さん……みんな、死んじゃった。みんな……」
ささらは薄目を開け陽平と杏を認めたものの、すぐに気を失ってしまった。

250乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:51:54 ID:bK2uJAV.0
「みんなってことは、河野や珊瑚ちゃんやゆめみさんもだろうな」
「そうね。ここには生存者はもういないよ。行きましょう」
「えーと杏が先頭を行ってくれ。彼女を担ぐから」
陽平はささらを右肩に担ぐと立ち上がる。が、すぐに片膝をつく。
人一人を担ぐだけに左肩の傷の痛みが響いた。
「おんぶしてあげたら? なんならあたしがおぶってもいいけど」
「いや僕がやる。おまえ荷物重そうだから。ところでいい加減、どうでもいいような荷物捨ててかない?」
食材といい辞書などは必ずしも携行しなくてもよいのではないかと思う。
「うーん、そう言われてもねえ……。教会に着いてから考えるよ」
ボタンを外に出してやると開放感から嬉しそうに跳ね回っていた。

「銃の配分だけど、二つともあたしが持ってていいかな。教会に着いたら小銃の方をあげるよ、って、きゃあっ」
いきなり手を掴まれ、気がついた時には陽平の胸の中にあった。
突然のことに引っ叩くこともできず、杏はうろたえた。
「なあ杏。河野達が死んだとなるともう、残りは三十人そこそこのような気がするんだ。考え過ぎだろうか」
「考え過ぎよ。でも、時間が経つにつれて仲間が減っているのは確かよね」
「なんとしても生き延びよう、な。僕、杏を全力で守るから杏も俺に力を貸してくれ」
「うん、あたしも力の限り頑張るから……」
陽平の眼差しはいつになく優しいものだった。
惹かれるように杏は陽平と抱き合った。

「元の世界に帰れたら杏ん家でごはん食べたいなあ。ごはんの後は食後のデザート。甘くて美味しそうな杏の水密桃を──」
「桃の缶詰ならあるけど、それは置いといてさあ、夜が明けたらるーこやマナを弔ってあげようよ」
甘えた声で尋ねたものの、陽平は杏の瞳をじっと見つめたままである。
「……フフフ、本意は別にあると見た。実は投げた辞書を拾いに行きたいんでしょ?」
「……エヘッ、バレちゃったか。アレあたしの体の一部のようなものなんだから、ネ、いいでしょ? お願い〜」
杏は胸を押し付けながら甘い吐息を漏らす。
「あーあ、せっかくのロマンチックな気分がぁ〜」
溜息をつきながらも股間の怒張はしっかりといきり立っていた。

251乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:52:55 ID:bK2uJAV.0
濃霧の中、舗装路と記憶を頼りに教会へ辿り着くことができたが、予定時間を大幅に過ぎていた。
暗闇に教会内部の明かりが漏れ出ているのが希望の糸のように見えた。
鈍い音を立てて扉を開くと奥の方──祭壇の前に彼女は虚ろな目をしてしゃがみこんでいた。
「春原さーん! 藤林さーん!」
目に涙を浮かべ、古河渚は足を引き摺りながら二人の元へ駆け寄る。だが──
「ひぃぃーっ、止まれぇーっ! 寄るなぁっ!」
「渚来ないでぇーっ! いやあぁぁぁっ!」
「そんなあ! わたしを見捨てないでください!」
再会の喜びも吹き飛び、礼拝堂に男女の絶叫が響き渡る。
渚を見るや陽平と杏は慌てふためき後ずさった。
彼女が一歩進む度に二人は一歩下がる。
首輪の異変がが何を意味するかを瞬時に理解していた。
本来親しい間柄のこと、助けてやらねばならないのに恐怖感が圧倒してしまう。
二人の視線は無情にも赤く点滅する首輪に注がれていた。

252乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:53:55 ID:bK2uJAV.0
【時間:3日目・2:35】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数8/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、首輪の解除方法を載せた紙、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:驚愕、渚の首輪に注目、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具】
 【状態:驚愕、渚の首輪に注目、全身打撲】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:陽平に背負われている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労大 気絶】
古河渚
 【持ち物:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)、支給品一式】 
 【状態①:有紀寧とリサへの激しい憎悪、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
 【状態②:戸惑い、精神肉体共に疲労、首輪爆発まで首輪爆破まであと20:50(本人は44:50後だと思っている)】
 【目的:教会の留まり情報を集める、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】

253乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:54:57 ID:bK2uJAV.0
【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・チエと愛佳の使用(食用)可能な持ち物(グロック19、投げナイフ、ノートパソコン等)を回収。
・ワルサー P38に予備弾を装填。9ミリパラベラム弾はすべて陽平が所持。
・重量軽減のため以下の共通支給品は放置。陽平1、杏1、ささら1、チエ2

→827
→835
→841
ルートB-18、B-19

254乳色の靄の彼方で:2007/05/13(日) 01:48:06 ID:mmwz56sY0
訂正
>>249
>「るーこかマナのどちらか……いや、違うな。俺達が襲われたのは民家があるところだった」

正しくは「るーこかマナのどちらか……いや、違うな。僕達が襲われたのは民家があるところだった」

>>250
>「なんとしても生き延びよう、な。僕、杏を全力で守るから杏も俺に力を貸してくれ」

正しくは「なんとしても生き延びよう、な。僕、杏を全力で守るから杏も僕に力を貸してくれ」

255――渚――:2007/05/13(日) 14:37:35 ID:.Elvl7so0
――教会の照明を消灯させてしまっていたのは、古河渚の失策であるとしか言いようが無かった。
まともな武器を持たない自分では殺し合いに乗った人間に発見されれば死が確定してしまう、という判断からの行動だったが、渚は一つ大事な事を失念していた。
自分の首輪は今もなお紅く点滅を続けているという事実を。
点滅の強さは作動当初より遥かに衰えており、多少でも照明があれば傍目には分からなかったであろうが、完全な暗闇に包まれた環境下では話が違ってくる。
夜ならば月の淡い灯りですら大地を照らし尽くせるように、首輪から漏れる微弱な光も遠目から十分見て取れる程のものとなっていた。
自分自身の目からでも首輪が周囲を照らしているのは視認出来る筈なのに、それを不味いと判断出来ぬ程渚の精神は疲弊していたのだ。


薄暗い教会の中、渚の首に取り付けられた首輪だけが、紅い点滅を間断無く続けている。
その光景を目前とした藤林杏は、冷静な判断力を完全に奪い取られてしまっていた。
「な、渚……来ないで……」
仲間の為ならば命を捨てる覚悟など出来ていたが、今目前に居るのは文字通り『歩く爆弾』と化した存在。
実際には首輪の爆発まで時間的な猶予が随分とあるのだが、その事実を杏は知る由も無かった。
杏の脳裏を過ぎるのは、爆発の直撃を受けた勝平の凄惨な亡骸――今渚に近付けば、自分も同じようになってしまう!
心の奥底にまで深く刻み込まれた痕が、今になって杏の精神に牙を剥く。
杏は一歩、また一歩と後退を続け、やがて背中が壁とぶつかるに至った。
これ以上後ろに下がれなくなった杏に対して、渚が縋るように――幽鬼のように、歩み寄ってくる。
「待って下さい……もう貴女達しか頼れる人が……いないんです……」
「嫌っ……嫌ぁっ……!」
執拗に追尾してくる爆弾を止めるべく、杏はグロック19へと手を伸ばしそうになってしまう。
しかしそこで真横から手が伸びてきて、杏の腕は動きを封じられた。
「よ、陽平っ!?」
「……落ち着くんだ、杏。これは多分、宮沢の仕業だよ」

256――渚――:2007/05/13(日) 14:39:18 ID:.Elvl7so0
狂騒を打ち消すような、強く響き渡る、しかし落ち着いた声。
杏とは違い爆発に対してのトラウマを植え付けられていない上に、自分の命に然程執着心を持っていない春原陽平の立ち直りは早かった。
「……どういう事?」
事態を把握出来ていない杏が、未だ恐怖に震える声で尋ねる。
陽平は渚へと視線を移し、自身が導き出した推論を語り始めた。
「いきなり首輪が点滅してるなんて、おかしいじゃん。趣味の悪い主催者が無意味に参加者を減らすとは思えない……そうなると、後は一つしか考えられない。
 古河は宮沢のリモコンで首輪を作動させられちまった――そうだろ?」
「――――っ!!」

的確に図星を突かれた渚の身体がぴくんと大きく硬直する。
宮沢有紀寧の事を話したのが本人にバレてしまえば自分も朋也も命は無いが、最早言い逃れは不可能だ。
点滅し続ける、しかし何時まで経っても爆発しない首輪の存在が、陽平の言葉が真実である何よりの証だった。
「…………はい」
だから渚は、素直に頷くしかなかった。

    *     *     *

257――渚――:2007/05/13(日) 14:39:48 ID:.Elvl7so0
「そうだったんだ……」
電灯を点けて明るくなった礼拝堂の中、渚から全ての事情を聞き終えた杏が、がっくりと項垂れる。
とどのつまり、この教会を訪れた古河親子と岡崎朋也は、宮沢有紀寧一派の襲撃を受けてしまったのだ。
そして首輪爆弾を作動させられてしまった渚は、情報を集めるべくこの教会に独り残されたという事だった。
「ごめんね渚、取り乱してあんな事しちゃって……」
どうしてもっと冷静に行動出来なかったのだろう、どうして自分は何度も大きな過ちを犯してしまうのだろう――
友人を見捨てるような愚行に及んでしまった杏は、強い罪悪感に苛まれていた。
しかし渚はゆっくりと首を横に振ると、落ち着いた声で言った。
「いえ、良いんです。ちゃんと説明しなかった私が悪いだけですから」
「渚……」
普通の者ならば少なからず怨恨を抱くであろう行為をしてしまったのに、渚は一瞬で自分を許してくれた。
突如殺し合いの場に放り込まれて、自分はこんなにも捻じ曲がってしまったのに、渚はこの島に来る以前となんら変わらない心優しい少女のままだった。
融け落ちるような柔らかい優しさに触れた杏は、思わず涙ぐんでしまいそうになる。
しかし杏は何とかそれを堪えると、鞄から一枚の紙を取り出し、その上に文字を書き綴った。
『盗聴されてるのは知ってる?』
渚がこくりと頷くのを確認してから、杏は続けてペンを走らせてゆく。
『まずはもう一度謝っとく――本当にゴメンね。お詫びと言ってはなんだけど、首輪の爆弾なら何とかしてあげれるよ』
「えっ、それはどういう……!?」
杏は大声を上げそうになった渚の口を慌てて塞ぎ、唇の前に指を立てる仕草をしてみせた。
少し間を置いてから、説明を再開する。
『落ち着いて読んでね。あたし達は――もう首輪の解除が出来るのよ』

    *     *     *

258――渚――:2007/05/13(日) 14:41:00 ID:.Elvl7so0
全ての説明を行った後、陽平はワルサーP38を天井に向けて構えていた。
「と、突然何をするんですかっ!?」
「ごめん古河、やっぱりお前みたいな足手纏いとは一緒に行動なんてしてられねえよ。此処で死んでくれ」
切迫した叫び声を上げる渚に対して、冷たい声で告げる陽平。
「そうよ、あたし達は二人いれば十分なの。情報も十分引き出させてもらったし、あんたにはもう利用価値なんて無いわ」
杏もそんな陽平を咎めるどころか、臆面も無く肯定の言葉を吐き捨てる。

――勿論これは、事前の打ち合わせを経た上での偽装工作に過ぎない。
渚の首輪を解除さえすれば、爆弾の脅威は取り除けるが、一つ障害がある。
解除された首輪は、装備していた者が死んだという情報だけを主催者側に送り続けるのだ。
そして何も争いが起こっていないのに死亡判定が送られれば、確実に主催者は怪しむだろう。
だからこそ陽平達は一芝居打って、仲間割れを起こしたように見せかけていたのだった。

「でも安心してくれ、岡崎もすぐあの世に送ってあげるからさ。天国で仲良く暮らすと良いよ」
「そ、そんなっ……!」
非情な言葉とは裏腹に、陽平はこみ上げる笑いを抑えるのに必死だった。



渚と陽平が言葉上では緊迫したやり取りを交わしている間に、杏は素早く首輪解除作業を進めてゆく。
解除手順図通りにネジを回して首輪の外装の一部を取り外す。
剥き出しとなった複雑な内臓装置のうち、赤いコードに対してナイフの先端を押し当てる。
このコードを切りさえすれば、首輪の爆弾は機能を完全に失い、実質的に解除は終了する筈だった。
そこで杏は陽平に対して親指を立ててみせ、合図を送った。
その直後に大きな銃声が鳴り響き、天井に小さな穴が開けられる。
これでもう、渚の首輪が死亡判定を出したとしても可笑しくは無い。
音声上でしか情報を収集出来ぬ主催者達からすれば、渚は銃弾を受けて死亡したとしか思えぬだろう。
杏は余裕たっぷりの面構えのまま、赤いコードを切断し――大きく目を見開いた。

259――渚――:2007/05/13(日) 14:42:05 ID:.Elvl7so0
「な――――これはっ!?」
それは予測不能の事態、そして決して起こってはならない出来事。
「そんな……どうして……」
絶望的な光景を目の当たりにした杏が、引き攣った声を上げる。
コードを切断された首輪は、今までとは比べ物にならぬ程強く速く点滅をし始めていた。
そこから推測される答えは単純にして明快、解除は失敗。それどころか、爆弾の起動を大幅に早めてしまったのだ。
「こんな、おかしいよっ! あたしはちゃんと手順通りにやったのに! これで首輪爆弾は停止する筈なのに!」
盗聴されている事すら思考の中から消し飛んでしまい、杏が絶叫する。
杏達の作戦に手落ちは無かった――自分達の持っている解除手順図が、主催者の準備したダミーであり起爆手順図であったという一点を除けば。
その間にも渚の首輪は無慈悲に点滅のペースを早めてゆき、けたたましい電子音が礼拝堂に響き渡る。
「これ……ヤベえよ……。もしかしてすぐに爆発しちゃうんじゃ……」
どんどんと悪化していく現実に、陽平さえもが冷静さを失ってしまっていた。
だが狂騒に支配されたこの場の中に於いて、渚がただ一人、落ち着き払った様子で静かに口を開いた。
「失敗……だったみたいですね」
言い終えた渚はつかつかと歩を進め、杏達と距離を取ってゆく。
礼拝堂の逆端に辿り着いた後、身体の向きを杏達の方へと戻した。

「私は此処で一人だけで死のうと思います。爆発の規模がどれくらいになるか分かりませんから、お二人は私に近付かないで下さい」
自殺宣告に他ならないそれは、間違いなく正論であり、至極当然の結論。
渚の言い分は理解出来る――しかし杏は、素直に従う気になどなれなかった。
自分はこれまで何度も失敗を犯してきたし、多くの仲間を死なせてしまった。
そして今度もまた、大事な友人を救えなかった。
それどころかその死期まで大幅に早めてしまい、まだ残されていたかも知れない可能性を完全に摘み取ってしまったのだ。
「何馬鹿な事言ってんのよ! あたしの所為でこうなっちゃったんだから、あんたを見捨てれる訳ないでしょ!」
最早手の打ちようなど無い事態となってしまったのは分かっているが、このまま渚を一人で死なせたりなどしない。
どうやっても救えないのなら、せめて一緒に――そう考え、杏は足を踏み出そうとする。

260――渚――:2007/05/13(日) 14:42:38 ID:.Elvl7so0
しかしそこで、電子音を遥かに上回るとても大きな叫び声が聞こえた。
「来ないで下さいっ!!」
「――え?」
突如制止の声を投げ掛けられ、杏の歩みがぴたりと停止する。
それを確認してから、渚が言葉を続けた。
「此処で藤林さんが爆発に巻き込まれても、誰も救われません……違いますか?
 それに藤林さんや春原さんまで死んじゃったら、朋也君を支えてあげれる人がいなくなっちゃいます」
その言葉を聞いた瞬間、杏はがつんと頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
そうだ――自分まで死んでしまったら、誰が窮地に陥っている朋也を救うというのだ?
朋也は今も何処かで、首輪爆弾により有紀寧への隷従を強いられているだろう。
貴明達が全滅してしまった今、朋也を救える者は知り得る限り自分達しかいない。
そして朋也の首輪が爆発するのはまだまだ先なのだから、救い出せる可能性はある。
ならば此処で、ただの自己満足に殉じて命を投げ捨てるような真似は許されなかった。

杏はぽろぽろと涙を零しながら、か細い嗚咽を漏らした。
「渚……ごめんね……ごめんねっ……!」
「クソッ……! 古河……ごめんな……」
陽平も、泣いていた。
自分達の手で友人を死に追いやってしまったというのに、間近で看取ってあげる事さえ出来ない。
余りにも悲しくて、余りにも申し訳なくて、余りにも悔しくて、身体の震えを止められなかった。
そんな二人に対して、渚が驚くくらい穏やかな声音で言った。
「大丈夫です、私はお二人を恨んでいません――けれど、一つだけお願いがあります。
 どうか朋也君だけでも、助けてあげて下さい。それからお二人とも私の大切なお友達ですから、絶対に生き延びて下さいね」
電子音の間隔が、更に短くなる。
渚は静かに――どこまでも静かに、呟いた。
「お父さん、お母さん、今そっちに行きます……」

261――渚――:2007/05/13(日) 14:43:23 ID:.Elvl7so0
そこで突然、教会の扉が開け放たれた。
「――――!?」
一同の視線がその先に集中する。
それは遅過ぎた再会――そこには有紀寧から解放された朋也が立っていたのだ。

「朋也く――」

そして、朋也と渚の目が合ったその瞬間。

礼拝堂を、眩い閃光が照らし上げた。




【残り24人】

262――渚――:2007/05/13(日) 14:46:19 ID:.Elvl7so0
【時間:3日目・3:00】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数7/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:呆然、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:呆然、全身打撲】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:礼拝堂の隅に横たえられている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労中 気絶】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)、風子の支給品一式】
 【状態①:精神状態不明、疲労大、マーダーへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損(応急処置済み)、首輪爆破まであと22:40】
 【目的:今後の方針は不明】
古河渚
 【持ち物:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)、支給品一式】 
 【状態:死亡】

【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・朋也は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しています

→844
→845

263Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:37:31 ID:aFUxMf260

「―――大変! 大変なの……聖さん、助けて!」
「……何事かね」

振り向いた聖の顔に色濃く浮かぶ疲労にも気づかぬ様子で、志保は荒い息を整えようと膝に手をついていた。
全身の汚れや細かな傷も気にすることなく顔を上げると、涙目のまま口を開く志保。

「あたっ、あたし、がっ……美佐枝、さん……じゃ、なくって……!」
「落ち着きたまえ」

言って立ち上がると、キッチンへと入っていく聖。
戻ってきたその手には水をなみなみと満たしたグラスを持っている。
受け取るや、志保はその水を一気に飲み干してしまう。

「……ぷはぁっ」
「さて、落ち着いたようなら状況を整理して話してくれるとありがたいな。それと……」

言葉を切って間仕切りの向こうを見る聖。

「ここには重篤な怪我人がいる。もう少しボリュームを抑えてもらえれば、更にありがたい」
「あ……ご、ごめんなさい……」

表情を曇らせると、志保は肩を落とす。
感情の起伏が激しい。どうやらかなり追い詰められているようだ、と聖はその様子を見て取った。
ならば、と医師としての仮面を意識して、口を開く。

「……君と美佐枝の身に何かがあったようだね。それを、伝えたかったんだろう?」

優しげな、しかしその裏には何の感情も読み取れないような声音だった。
しかしハッと顔を上げ、聖の瞳を見つめ返した志保はあっさりとその誘導に乗って口を開いた。
目尻に溜まった涙の粒が、見る間に大きくなっていく。

「あ、あたしたち、診療所に行こうって、でも……変なのが、出てきて……」
「変なの? ……敵かね?」
「う、うん。眼鏡の女の子……おでこから、ビームが出るの。みんな同じ顔してて、いっぱい……」
「そうか、いっぱいいたんだな。……それで、君たちはどうしたのかね」

状況はまるで飲み込めなかったが、とりあえずそう聞き返す。
分身か、それとも光学系か、とにかく何らかの異能を持った敵と遭遇したらしい。
詳しく聞いておきたいところではあったが、接敵の恐怖を思い出したか、また志保の表情が不安定になってきていた。
決壊させてしまえば宥めるのに無駄な時間を要することになる。
そう判断し、聖は状況の推移確認を優先することにした。

「……うん。それで、美佐枝さんはあたしに、先に行け、って……」
「その場に留まったのかね」
「で、でも! すぐに追いつくからって! すぐ片付けるって言ってて!」
「そうだな、美佐枝はすぐに追いつくと言ったんだな」

幼児をあやすように、鸚鵡返しに返答する聖。
内心の苛立ちを表情に出すような真似はしない。

「それで、診療所に向かうはずの君が、何故ここに戻ってきたのかね」
「そ、そう! あたし、聖さんに助けてもらおうって……!」
「……私に?」

聖が怪訝な表情を浮かべた。

「美佐枝一人では心配だと思ったのかね? ……だが彼女にも戦うための力は、」
「違うの!」

唐突に、志保が叫んだ。
それは絶叫とも呼べるような、悲痛な声だった。
ただならぬ様子に、聖が眉根を寄せて訊ねる。

「……どういう、意味かね」
「あの、力……! 美佐枝さんがドリー夢って呼んでた、あれは……あれは、美佐枝さんの力じゃないの……!」
「何、だと……!?」
「あれは……あたしの、力……だったの……!」

振り絞るように口にして、その場に泣き崩れる志保。
絶句した聖の表情は、険しさに満ちていた。


******

264Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:37:53 ID:aFUxMf260

「……本当に、よかったの?」
「何がかね」

走りながら、短く返事をする聖。

「あの子のこと……放っておいたら、」
「……構わん。どの道、あそこで私にできることはもう何もない」
「そんな……」

志保の言っているのが片手を失った少女のことであると悟り、聖は簡潔に答える。
一面において、それは真実であった。
おおよそ医療行為と呼べるだけの処置は、可能な範囲ですべて施し終えていた。
器具も機材もない環境における最良の方策―――応急処置と消毒、そして放置。
それは延命とすらなり得ない、原始的な医術だった。

「生き延びるか、潰えるか……後は、あの子次第だ」

だが、小さく呟かれた聖の言葉には、もう一面の真実が含まれていた。
ムティカパ症候群に侵された人肉。それは間もなく、少女の体内で爆発的な効果を及ぼす。
その恐るべき生命力は少女の生命を救うだろう。おそらくは、人としての尊厳と引き換えに。
死を拒んだ少女が望んだのが、果たして生だったのか。

「……詮無いことだな」

益体もない思考を、首を一つ打ち振って掻き消す。
終焉から逃れた少女が何を得るのか、それを決めるのは自分ではない。
小さく溜息をついて、聖は足を速めた。


***

265Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:07 ID:aFUxMf260

志保が何かに気づいたような声を上げたのは、それから数分が経過した頃のことだった。

「あれ、何だろう……?」

立ち止まり、軽く息をつきながら志保の指差したそれは、聖にとっては割合と見慣れた、
しかし何気なく歩み寄った志保の表情を凍りつかせるには充分な代物だった。

「ひっ……!?」
「死体、か」

全裸に剥かれたそれは、どろりと濁った目を天に向けたまま事切れている少女の遺骸だった。
広い額が、木洩れ日を反射してきらりと光っていた。

「……こ、これ……」
「ふむ。君たちを襲ったのは、彼女かね」

白く、痩せぎすでありながらどこかぶよぶよとした印象を与えるそれを直視しないようにしながら
指差す志保に、聖が確認する。
歯の根の合わないまま頷く志保を見て、聖は少女の死体に視線を戻す。

「……さて、どういうことかな」

聖が鼻を鳴らした。
一糸纏わぬ姿を晒す少女の骸は、のどかな陽光の降り注ぐ林道にひどく不釣合いだったが、
しかしその物言わぬ肉体は更なる異様を誇示するように、そこに鎮座していた。
白い肌に引かれた、真紅のライン。
少女の死体、その腹部には大きく、矢印が刻まれていたのである。

「伊達や酔狂では……ないだろうな」

矢印は、真っ直ぐに林道の奥を指している。
背の高い木々に囲まれた薄暗い道は、まるで手招きをするようにさやさやと影を揺らしていた。

「……長岡君、君たちはこれの群れに囲まれたと言っていたね」
「う……うん……」

ならば、と聖は考える。
可能性はいくつかあった。
一つめはこの死体が相楽美佐枝と、ひいては聖たちの目的と何のかかわりもない
何者かによって置き捨てられた可能性。
二つめは、これが奇態な少女たちによる何らかの慣習、あるいは仲間割れによるものである可能性。

「……そして、」

と三つめの、最悪の可能性を、聖は眉間に皺を寄せながら思い浮かべる。
それは即ち、この奇妙な少女たちと、それからおそらくは美佐枝との交戦を苦にもしない何者かが、
この先で待ち受けているという可能性だった。

「ど……どうするの……?」
「どの道、向かう先だ。進むしかあるまい」

不安げな志保にそう答えて、聖はもう一度、林道の奥を見やる。
木々の影が、つい先程よりも色濃く行く手を覆っているように、思えた。


***

266Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:31 ID:aFUxMf260

「―――これで、七つめか」

聖が、重々しく息をつく。

「正確に百メートル間隔といったところか。まったく、ご丁寧なことだな」

見下ろした視線の先には、白く横たわる骸。
その裸の腹には、やはり大きな矢印が刻み付けられていた。

「……」
「大丈夫かね、長岡君」

蒼白な顔色をした志保は、既に遺骸を見ようともしていない。
俯いたまま黙り込んでしまっていた。
無理もない、と聖は内心で志保を慮る。
行く先々に転がる死体は、そのすべてが全裸に剥かれ、道標の如くに打ち捨てられていた。
ある者は貫かれた眼窩にまるで生け花のように小枝を詰め込まれ、またある者は切り取られた片腕を
己の尻穴に捻じ込まれたまま事切れていた。
明確な悪意によって弄ばれる、それは軽すぎる死のあり様だった。

「気分が優れないなら、この先で小休止といこう。走りづめで、私も少し疲れた」
「……ううん、大丈夫」

小さな気遣いはあっさりと無視される。
苦笑しながら、聖は言葉を接いだ。

「そんな顔色で何を言っている。医者としてはとても看過できんよ」
「―――あたしは、大丈夫だからっ!」

突然、志保が大声を上げた。向けられた視線が小刻みに震えている。
限界だな、と聖はその様子を診て取った。

「だ、だから早く美佐枝さんを……っ!」
「落ち着きたまえ、―――」

長岡君、と。
言いかけた聖を遮るように、静かな林道を、唐突な笑い声が満たしていた。

「……ッ!」

眉根を寄せて嘲るような、どこか残忍な響きの哄笑に、聖が慌てて辺りを見回す。
やがてふつりと笑い声が止み、入れ替わりとでもいうように響き渡ったのは、冷徹な声。

「―――心配しなくても大丈夫。ここが、終点よ」

言って、梢の影から姿を現したのは、波打つ髪も豊かな一人の少女だった。
ところどころに褐色の染みをつけたベージュのセーター。
片手には奇妙に時代がかった豪奢な槍。
そしてもう片方の手には、長い紐のようなものが握られていた。
紐の先は梢の影、茂みの奥へと続いている。

「貴様……は……!」

少女の姿を一目見るや、聖はその表情を一変させていた。
常に冷静を装う医師としての仮面をかなぐり捨て、白衣の懐に手を差し入れる。
取り出した極彩色のステッキが、見る間に禍々しい凶器へと変わっていく。
鈍色に煌く、それは爪状の手甲―――ベアークローと呼ばれるものだった。

「……久しぶりの相手に随分とご挨拶じゃない、キリシマ」

267Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:56 ID:aFUxMf260
凶器を手に鋭く己を睨みつける聖の視線を、微笑をもって受け止めながら少女が口を開く。
対する聖は無言のまま、重厚な爪を構える。

「し、知り合い……なの、聖さん……?」
「……敵だ。下がっていたまえ」

突然のことに状況を把握できず、おろおろと二人を見比べていた志保に、聖が短く答える。
しかし志保は聖の言葉を咄嗟には量りかねたか、その場に立ち竦んだままでいた。
そんな姿に苛立ちを覚え、聖は思わず厳しい声を上げてしまう。

「下がりたまえ、早く!」
「ひっ……!」
「……怒鳴ったりしたら可哀想じゃない、……ねえ?」

怯えたように肩をすくめる志保を見て、少女が目を細めた。
餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち居地を変えていく。

「……ここで何をしている、巳間晴香」

晴香と呼ばれた少女が、その問いに小さな笑みを漏らした。
鼠をいたぶる猫のような笑み。
僅かな間を置いて、少女は紐を持つ手で艶やかな髪をかき上げると、口を開いた。

「GLの騎士が出張ってまですることなんて、多くはないでしょうね。そうは思わない?」
「何をしているのかと聞いているっ!」

悠然と答える晴香の笑みを張り飛ばさんばかりの、峻烈な声音。
しかし晴香はそれを意にも介した様子なく、肩越しに背後の茂みへと目をやる。

「……昭和生まれは余裕がないわね」
「貴様……!」
「はいはい、わかったわよ。……鬼畜一本槍が動くなら、答えは一つ」

言って、その手の紐を強く引いた。
紐は茂みの奥で、何か大きなものに繋がっているようだった。
晴香がもう一度、紐を波打たせるように引く。

「いいわ、出てきなさい」

晴香の言葉に引きずられるように、がさごそと葉ずれの音をさせながら、何かがまろび出てきた。
白く、大きな、四つ足の何か。

「―――ッ!」
「……そん、な……、まさか……」

思わず息を呑んだ聖よりも先に声を漏らしたのは、志保であった。
がくがくと震える膝で身体を支えきれず、その場にへたり込んでしまう。
両腕で己の身体を抱きしめながら、搾り出すようにその名を呼んだ。

「……美佐枝……さん……」

震えるその声に、茂みから出てきたそれが、振り向いた。

268Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:39:20 ID:aFUxMf260
「……?」

応えはなかった。
とろんとした、蕩けるような瞳だけが、志保のほうへと向けられていた。
一糸纏わぬ姿で、尻を高く掲げた四つん這いになったそれは、紛れもなく、かつて
相楽美佐枝と呼ばれていた女性、その人であった。

「遅かったと……いうのか……」

あとは言葉にならなかった。
何か名状しがたい感情によって震えながら、聖は美佐枝の姿を見つめていた。
白い素肌のいたるところに、痣や傷、歯型が散りばめられていた。
真っ赤に腫れ上がった陰部から流れ出た血は既に固まりかけている。
だらしなく半開きになった口元からは絶え間なく涎を垂らし、首に巻きつけられた紐は
晴香の手元へと続いていた。

「どう? 私の新しいペットは。……可愛いでしょう?」

言い終えた瞬間、晴香の艶然たる笑みを、鋼鉄の爪が薙いでいた。
否、文字通りの紙一重で、晴香はその斬撃にも似た一撃をかわしている。
その代わりに、はらりと地面に落ちたものがあった。寸断されたロープである。
晴香が、使い物にならなくなったロープを握る手を、ゆっくりと開いていく。

「酷いわねえ、せっかく用意したのに……素敵な首輪」
「貴様ぁ……ッ!」
「あんたたちが遅かったから、ちょっとつまみ食いしただけよ?」

手にした槍の石突で地面を押し出すようにバックステップしながら、晴香が言う。

「ついでに調教までしておいてあげたのに、そんなに怒ることないじゃない」
「口を開くなっ!」

距離を詰め、下から抉るようなアッパー気味の一閃を繰り出す聖。
槍を構える前に仕留めようという動き。
しかし晴香はそれを見越したように微笑むと、唐突に聖の視界から消え失せていた。

「……!?」

慌てて左右に動かした視界の端に、ちらりと晴香の姿が映った。
自身の遥か頭上を飛び越えていく軌道。
棒高跳びの要領で槍を使い、宙を舞ったのだと気づいたときには遅い。
背に、強烈な一撃。

「が……ッ!」

晴香の革靴、その爪先がめり込んでいた。
つんのめりそうになるのを必死に堪え、右足を踏み出す。
間髪いれず、それを軸にして回転。体勢を崩しながらもバックブローを放った。
空振り。

「……あんよはじょうず、あんよはじょうず!」

嘲るような声。
裏拳の勢いを殺さずに振り向けば、その姿は遠い。
槍の間合いの更に外側にまで距離を開け、晴香はにやにやと笑っていた。

「オバサンって、歳取ると逆に幼児退行するのかしら?」
「……!」
「おお怖い、私も気をつけないと―――、」

晴香が言いつのりかけた、その瞬間だった。

269Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:39:44 ID:aFUxMf260
「ひどい……」

か細い声がした。
小さな、しかしどうしてか他を圧して耳朶を打つ、それは声だった。

「ひどい……! ひどい、ひどい、ひどい!」
「ん……?」

怪訝な表情で振り向く晴香。
相対する自分など眼中にないとでもいうようなその挙動に憤りを覚えながらも、聖もまた声の主へと目をやる。

「どうして……どうしてこんなこと、できるの……!?」

聖の視線の先で、長岡志保は泣いていた。
首輪の拘束から解き放たれながらも、四つん這いのままぼんやりと辺りを見回している美佐枝を抱きしめながら、
ぽろぽろと涙を流して泣いていた。

「あんただって……」
「んー……?」

志保の潤んだ瞳に睨みつけられて、晴香はようやくその声が自身に向けられたものだと悟ったようだった。
気だるげに見返す晴香と視線を交錯させた刹那、志保の、半ば叫ぶような声が静かな林道を揺らしていた。

「あんただって! 女の子でしょ!? なら……!」
「……」
「なら、自分がどれだけひどいことしたか、わかるでしょう……!」
「……」
「こんな……こんなことされたら、」

志保が、そこで言葉を止めていた。
ぞっとするような低音が、入れ替わりに響く。
それは、笑い声。巳間晴香の漏らす、奇妙に低い、歪な笑い声だった。

「な……何が、おかしいの……っ!」

志保の声音から勢いが失われていた。
それほどに晴香の笑い声は陰湿で、悪意と嘲りに満ちていた。

「女ぁ……? 女の子、ねぇ……」
「な、何よ……」

晴香の、紅を引いたような唇が弓形に反り上がっていく。
侮蔑と嘲弄を練り合わせたような笑みが志保を捉えていた。
槍が、地面に突き立てられた。
空いたその手がゆっくりと動き、晴香自身のスカートの裾を摘んだ。

「普通の女の子に―――こんなのは、ついてないわよねえ……?」

言葉と共に、ゆっくりとたくし上げられていく緑色の布地。
その下に履かれた橙色の薄布から突き出したモノを目にして、志保は思わず息を呑む。

「”鬼畜一本槍”巳間晴香……ね、これでも私……女の子なのかなあ……?」

舐るような、それは声音だった。
股間にそそり立つモノを誇示したまま、志保に向けて一歩を踏み出す晴香。
その姿に、聖はようやく我に返った。飛び出す。

270Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:40:14 ID:aFUxMf260
「……そのご立派な槍は、どうやらお嬢さんには刺激が強すぎるようだ。
 仕舞ってもらおうか」

志保の視界を遮るように立ち、爪を構えた。
明確な殺意を前に、しかし晴香は笑みを深くすると、己の逸物にしなやかな手指を這わせる。

「やだ、お医者さんが障害者差別……? そういうのって良くないと思うんだけど」
「戯言を……!」

鋼鉄の爪を振るい、聖が駆け出そうとした瞬間。
それよりも一足だけ早く、晴香の方へと歩み寄っていたものがいた。

「……美佐枝さん!?」
「な……行くな、相楽!」

志保の手を振り解いた、相楽美佐枝である。
ふらふらと、定まらない足取りで晴香へと近づいていく。
その締まりのない口元が、ぶつぶつと何事かを呟いているのが聞こえた。

「……もっとぉ……。もっと、くださぁい……」

腫れ上がった己の陰部に指を入れて掻き回しながら呟かれるその声音には、紛れもない色欲だけがあった。
血走った目は晴香の股間にそそり立つモノだけを見つめ、他の何物も映してはいないようだった。
空いた手は乳房を捏ね回したまま、涎を垂らす口が晴香の股間へと寄せられていく。

「あは……ください、あたしに……もっと、たくさぁん……」
「……鬱陶しいわ」
「えぇ……?」

声に、美佐枝が視線を上げる。
蕩けるような瞳が、晴香の凍てついた表情を映し出していた。

「―――いかん!」

叫んで、聖が飛び出そうとしたときには遅かった。
股間をまさぐっていた筈の晴香の手には、いつの間にか地面に突き立てられた長槍が握られていた。
円弧を描いた穂先が、閃いた。

271Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:40:30 ID:aFUxMf260
「え……、か……は……」

正確に心臓を貫かれ、口元から大量の血の泡を噴き出しながらも、相楽美佐枝の瞳から
情欲の色が消えることはなかった。
死に直結する苦痛すら、恍惚というように。
悦楽の笑みを浮かべたまま、美佐枝の身体が持ち上げられていく。
槍の穂先にぶら下がったままのそれは、百舌の早贄のようにも見えた。

「餌は餌らしく、用が済んだら消えなさいな」

びくびくと痙攣する眼前の肉体に向けて、晴香が冷たく言い放つや、長槍を大きく振るった。
ずるりと抜けた美佐枝の身体が、放物線を描いて宙を舞う。
晴香が、笑んだ。

「―――見るなっ!」
「え……?」

聖の険しい声に思わず振り向いてしまう志保。

「あ……」

その鳩尾に、強烈な当身が入っていた。
がくり、と膝から崩れ落ちる志保を支えた、聖の眼前。
長槍の一閃が、放物線を落ちてきた美佐枝の身体を、両断した。

「……」
「お優しいわねえ、……さすがは元BLの使徒」

血の雨の中、晴香が嗤う。

「古い餌はもういらない。新鮮な獲物の方が、使徒も喜んでくれるでしょうからね。
 ……観月マナとお前、どんな声で鳴いてくれるのかしら」

どさり、と。
二つに分かれた美佐枝の体が、地面に落ちた。
その音を合図にしたように、全身を真っ赤に染めて、鬼畜一本槍と呼ばれる女が疾走を開始した。

272Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:41:09 ID:aFUxMf260




 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:G−4】

霧島聖
 【所持品:ベアークロー(魔法ステッキ互換)、支給品一式】
 【状態:元BLの使徒】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:異能・ドリー夢、気絶中】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り14853(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

※白虎の毛皮は民家に放置

→721 822 ルートD-5

273Necro Fantasia修正:2007/05/13(日) 17:47:42 ID:aFUxMf260
申し訳ありません、>>267において誤用がありました。
まとめサイト収録の際は

>餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち居地を変えていく。



餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち位置を変えていく。

と修正していただけますでしょうか。
お手数をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。
感想避難スレの529氏、ご指摘ありがとうございました。

274広がる狂気:2007/05/15(火) 01:04:47 ID:aqb/.k2.0
はあはあと、断続的な男の荒い息が場に響く。
鬼のような形相で朝霧麻亜子達が去っていった職員室の扉を、緒方英二は今もまだ睨み続けていた。
ぽたぽたと地面に垂れていく自身の唾液も省みず、大きく肩を揺らす様はまるで獣のような野生染みたているという印象を他者に与えかねない。
支給されたベレッタを背を丸めた状態で握り締める英二は、いまだ自身の腰に抱きつき暴挙を止めるべくあがいていた相沢祐一を引き剥がそうともせず、ただ大きく肩を上下させながら前方だけを見つめていた。

「え、英二さん……落ち着きましたか?」

大人しくなった英二の様子に、彼が以前の落ち着きある状態に戻ったものだと想像したのか祐一は安堵の息を一つ漏らした。
しかしそんな彼に次の瞬間飛んできたのは、気の聞いた台詞でもなければ穏やかなあの笑みでもなく。
スナップの効いた握りこぶしが目の前にせまる光景を、祐一は他人事のように見るしかなかった。

「相沢君?!」

地面に叩きつけられるように殴り倒された祐一には、声を上げる暇すら与えられなかった。
そのままぴくりとも動かなくなったのは頭から落ちたことが原因だろうか、
頭から落ちたことが原因らしく、祐一は身動きを止め床に伏せ続けた。気を失ってしまったのかもしれない。
そんな居た堪れない様子は、は少し離れた場にいた向坂環にも伝わった。
愕然となる、つい先ほどまでこのようなことが起こるなんて予想だにできなかった環にとってもショックは大きいだろう。
殴られいまだ痛む頭を小さく振り、環はこうしてはいられないと慌てて祐一の下へと駆け寄ろうとした。
……しかしそれには、事の発端である英二の存在が邪魔をする。
環が少しでも近づこうとしただけで、彼は鬼の形相で彼女を見やった。

「邪魔をするな」

先ほどとは違い理性も感じられる台詞だが……その言葉の重みに、環は固まるしかなかない。

「大丈夫だよ、殺しはしないさ。そう、もう誰も殺させはしないよ僕が守ってみせる。 
 少年も観鈴君も環君も……そうさそうさもう誰も欠けさせたりなどさせないよ、守ってみせるんだ! 僕が! 皆を!!」

275広がる狂気:2007/05/15(火) 01:05:20 ID:aqb/.k2.0
半分しゃがれた声でまくし立てる英二の、奇妙に歪んだ表情の意図が環には全く伝わらない。
この台詞だけならば、彼は環達の敵ではなかった。むしろ自ら「ナイト役」を買って出るという、頼もしさすらも与える気迫が込められている。
しかし彼の足元にて気を失う少年を手にかけたのも英二彼自身であり、最中ではないことは容易に窺えた。
……今の英二の存在が、新しい争いの火種になることは目に見えている。
何とか対処しなければそれこそ祐一の身が危なくなるだろう、しかし今ここで自由に身動きができるのは環のみであり。
そしてそれこそ今最優先しなければいけない、少女の散りかけた命を助けることができるのも。環しかいなかった。

結局環は現状を変えることよりも、観鈴への応急処置を優先した。
腹を撃ちぬかれた観鈴の容態は、この間にも刻一刻とは悪くなっていく一方である。
止血のためにと何か布状の物がないか、英二を気にしながらも環は職員室内を確認した。
……目で見た範囲ではよく分からない、立ち上がり室内を散策しだすがその間も特に英二が何か仕掛けてくるようなことはなかった。
運がいいという言葉はおかしいかもしれない、しかし反抗さえしなければ攻撃性を見せないという意味では環は今の状況に対し感謝するしかなかった。
そう、あくまで彼女等は「仲間」であるから、排除の対象にはならないということであろう。

このまま時が過ぎ、英二にも心の余裕ができたのならば。また前のような聡明さが戻るのではないか。
環の脳裏に浅はかな願いが浮かぶ、そんな弱気になっている自分のらしくなさに自然と苦笑いも込みあがってくる。

(ダメね、しっかりしなくちゃ。……私が、やらなきゃね)

かぶりを小さく振り甘い考えを払いながら、環は黙々と作業に移った。



使えそうなハンドタオルを環が見つけたのは、それからすぐのことだった。
簡単な処置後、一応出血が止まったことを確認してから環は一端観鈴を部屋の隅へと移動させた。
視界には収まる範囲で、しかし英二が暴走してしまった際に的になってはいけないからと場所にもかなり気を配った。
祐一は、今だ英二の足元に転がったままである。
こうして見ると亡くなった名倉由依や春原芽衣達との違いがつかなくて、それがまた環の焦燥感に火を灯した。
ゆっくりと一つ深呼吸し、顔を上げた環の表情には覚悟を決めた意志の強さが込められていた。
今の英二に話が通用するとは環自身も思えなかった、しかしやらねばいけないという意気込みがそれら全てを上回る。
祐一を助けるために、そして英二自身を救うためにも今行動を起こせるのは環しかいないのだから。

276広がる狂気:2007/05/15(火) 01:05:42 ID:aqb/.k2.0
今の彼女の持ち物に武器と呼べるものはなかった、タオルを探しだした際こっそり漁った観鈴の鞄からもそれらしきものは発見できなかった。
物色した職員室内も、使えそうなものといえば教員の机らしき場所に放置された鋏くらいである。
……銃器を所持する英二に対しては気休めにしかならないだろうが、それでも実際牙を向かれたら環はこの唯一の武器で対処するしかなかった。

(願わくば、対話で事が終わって欲しいものだけどね……っ)

キッと視線に覚悟を秘め、環は一つ深呼吸をした後英二の名を静かに呼んだ。
しかしどろりとした瞳でこちらを振り返る彼といざ見合おうとした時、環にとっては最悪の事態が起こる。
廊下から、いくつもの人間の足音が響いてきたのだ。
瞬間英二の視線は開けっ放しにされた職員室の入り口に釘付けになる、そしていきなりぶつぶつと何か呟き始めた彼の視野にもう環の姿は入っていない。
呟きの内容まで環が上手く捉えることは出来なかったが、良くない兆候ということだけは彼女にも理解できる。
このままでは……まずい。

「駄目! ここに来ないで!!」

腹の底からの、ありったけの声を環は張り上げた。
しかしそんな彼女の思いが届くことなく、むしろその叫びを聞いたからか足音達は喧しさを増して。

「大丈夫か?!」

開けっ放しであった職員室の扉、そこから現れた青年の声が室内にかけられる。
次の瞬間その青年に対し英二がベレッタの引き金を引く姿を環は呆然と見やるしかなかった。





「おわっ!」
「きゃああ?!」
「な、何よ!」

277広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:08 ID:aqb/.k2.0
人の悲鳴を聞きつけ駆けてきた彼等を迎え撃つ銃弾、慌てて来た道を高槻は後退した。
その拍子に後ろを走っていた久寿川ささらや沢渡真琴にぶつかってしまい、三人はドミノ倒しの如く一緒になって後ろに倒れる。

「いたた・・・・・・ちょっとパーマ、何すんのよぅ」
「それ所じゃねーっつの! お前等、こっちくんなよ!!」

追撃が来たら危ないと、二人を遠のけ高槻は一人職員室へと乗り込もうとした。
しかしちょっと覗きこんだと同時にまた発砲されてしまう、そこに高槻のつけいる隙間はなかった。

「大丈夫ですか?!」
「く、来るんじゃねーっつの!」

思わず尻餅をついてしまった高槻に向かって駆け寄ろうとするささらを片手で制し、彼は一瞬だけ見えた中の状況を思い起こした。
そして、その光景から判断した一つの見解を導き出す。

「まずい、人質が取られてるかもしれん」
「ほ、本当ですか」

ささらの問いと同時に、部屋の中から男女のものと思われる言い合いが漏れてきた。
それが仲間割れなのか、捕らえられている者が牙を向いているかは今の彼等には判断はつかない。
事は急ぐかもしれなかった、しかしここで慌ててしまっても仕方ない。
そんな二つの感情に挟まれながらも、高槻は万が一職員室の中から人が飛び出してこないかを警戒しながら覚えている限りの中の様子を口にした。

「……立ってる人間が二人、あとつっぷしたまま動いてないのが二人か三人か」
「まさか、死んでたりする?」
「分かんねーよ」
「血とかそういうのは?」
「一瞬だったし判断できなかった」

278広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:31 ID:aqb/.k2.0
くしゃっと前髪を握る高槻。突然の事態に彼自身パニックになりかけているという所に、真琴は高槻の心情を知らずかストレートに疑問を矢継ぎ早に口にしていく。
真琴の求める解答を出せないことで高槻の中でも飲み込めない状況に苛立ちが沸いてきたが、やはりそれが彼女に伝わることはない。

「もう、使えないわね」
「んだと?!」

煽られるような発言を受け思わず大きな声を出す高槻、だがそこは次の瞬間口元に人差し指をあてたささらが二人を牽制しにかかった。

「あまり目立つことをするのは得策ではありません」
「わ、悪りぃ」
「ごめんなさい……」

項垂れる高槻と真琴の様子を確認した後、改めて今度はささらが高槻への疑問を口にした。

「高槻さん、立っている人はお二人、でしたか?」
「ああ」
「性別は分かります?」
「男と女一人ずつ、男が銃をぶっ放した方だ。ああ、女の方はお前と同じ制服を着てた気がする。
 ぶっ倒れてんのも女っていうかガキだったな。むー……女の方も仲間だった場合まずいな」

ちらちらと室内の様子を窺う高槻とささらの間には、まだ少し距離がある。
来るなといった高槻の言葉を守っているささら、会話はその一定の間隔を置いたまま続けられていた。

「さっきの悲鳴、女の声だったじゃない。ささらと同じ制服の人は味方じゃないの?」

一人置いていかれる形になった真琴が慌てて話に混ざろうと口を挟む、しかし高槻が答える前に隣のささらが小さく首を振った。

「……それは、今倒れていらっしゃる方の悲鳴かもしれませんから」
「成る程、そういう見方もできるか」
「そ、それじゃあどうするのよ」
「やるしかないだろ!」

279広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:55 ID:aqb/.k2.0
思わず上がる真琴の情けない声に対する結論を投げつけ、高槻は先ほど入手したコルトガバメントを構え直した。

「お前等、危ないから絶対こっち来んなよ!」

校舎の壁に埋め込まれた弾丸。
部屋の中の人間の装備が銃器であることから、貧弱な装備で勝てるような相手ではないことは否が応でも認識するしかない。
また、岸田を相手にした時のトリッキーさも通用しない。
既に、相手はこちらに敵意を形を持ってぶつけてきているのだ、明らかなそれの厄介さに高槻も自然と舌を打つ。
好戦的な相手を黙らせるには、こちらもそれに対抗する術を持って向かい合わなければいけなくなったということ。
高槻は二人を庇うよう自分だけ前進を図ろうとした、しかしそんな彼の行く手を阻むようささらが駆けて回り込む。

「待ってください!」

芯の通ったしっかりとした響きを含むそれは、高槻へとぶつけられた言葉。
ちょっとした気迫にさすがの彼も押し黙る、一呼吸を置いた後ささらは目元に力を込めるかのごとく、表情を整え言い放った。

「私と同じ制服ということは、知り合いの可能性もあるんです。もしこちらに敵対してこようとも、説得をしてみる価値があるのではないでしょうか」
「……だから、何だ」
「協力させてください、後ろで隠れているだけなんてもう嫌です」

ぎゅっと握りこむささらの手の中には、先ほど岸田洋一に襲われた際彼が落としていったカッターナイフあった。
ささらは手にするそれを今一度力強く握り締め、覚悟を声に表し出す。

「さっきは、高槻さんのおかげで無傷でいることができました。でも今度は違います、高槻さんに何かあったら後悔しきれません! ですからお一人だけで戦おうとしないでください」
「久寿川……」
「足手まといだということは百も承知です、ですがそれでもサポートくらいならやってみせますから」

言いながら、ささらは少しずつ高槻との距離を縮めていった。高槻もそれを止めようとしない。
二人の距離がどんどん近くなり、ついに手を伸ばせば届く頃になった時。
ささらは静かに彼のごつい手の平を、自身のそれで包み込んだ。

280広がる狂気:2007/05/15(火) 01:07:18 ID:aqb/.k2.0
「何でも一人で、なさろうとしないでください」

強い語気が、一瞬幼さを含んだものになる。
見つめ合うささらの瞳に混じるもの、決意の固さの裏には事に対する不安が垣間見れ高槻は言葉を失った。
このような形で他人にここまで心配されることなどない生活を送り続けていた高槻にとって、それは新鮮そのものだった。
ささらの持つ不安というのが、高槻自身を失ってしまうかもしれないということに対する恐怖なのだということ。
そんな風に思われることはとてもくすぐったく、そして、温かさに満ちていた。
熱く火照りだす頬が気恥ずかしく、思わず高槻は顔を逸らした。手は、まだささらに握られたままである。
柔らかいそれがささらの存在感を実証しているようで、尚更胸の奥を掻き立てた。

「ま、真琴だって! 真琴だって何かしたいわよう」

いつの間にか横に並んでいた真琴も、二人の間に割って入る。

「うー、そりゃ直接的な戦力になれるなんて思ってないけど……でも、真琴だって安全な所にいるだけなんてイヤよっ!」
「沢渡さん……」

子供染みた言葉だが、それでも真琴は必死に自分の思いを伝えていた。

「ははっ、その気持ちだけで充分だって」

ささらに手を取られていない左手を使って、高槻はちょっと乱暴気味に真琴の頭を撫でた。
「何するのよう〜」という反抗の声が上がるが、それすらも高槻は微笑ましく思えていた。
そして改めて二人を見やる彼の目に、彼女等は「守られるだけのお荷物」としては映っていなかった。

「それじゃ、後方支援を頼む。久寿川は後ろからあっち側にいる女が知り合いかどうかを見極めてくれ。
 その間男の方は俺が引き付ける、もし知ってるヤツだったら声かけでも何でもして注意を引き付けてくれればありがたい」
「真琴は?」
「もし女が襲ってきた場合、俺は久寿川を守りに行けるかどうか分からねぇ。お前は久寿川の護衛だ」
「分かった。ささら、安心して真琴に背中を預けてね!」
「いや、背後から襲われたとしたらそれは新手だろ……」

281広がる狂気:2007/05/15(火) 01:07:43 ID:aqb/.k2.0
そこで改めて、高槻達はお互いの装備を確認した。
ささらの持ち物は今だ用途の分からないスイッチに岸田の落としていったカッターナイフとトンカチ、それに電動釘打ち機から彼を守った小説本などだった。
一方真琴の鞄には、スコップや懐中電灯といった雑貨と食料が大量に詰め込まれている。

「おいガキ、これは寺に置いてきて良かったんじゃないのか?」
「何よう、大事な真琴の荷物だもん」
「……勝手にしろ。で、あとは久寿川か。ふむ、万が一あっちが接近してきたらまずいだろうし、これはお前が持っとけ」

そう言って高槻が差し出したのは、真琴に支給された日本刀であった。

「え、でもそれでは高槻さんが・・・・・・」
「ああ、代わりにトンカチでも貸してもらえたら構わない。
 第一コレがあるからな、刀みたいなでっかいもんと両方構えるにもつらいもんがある」

そう言ってコルトガバメントの残弾を確認すると、一発分だけ隙間が見え慌てて高槻はその分を補充した。
いざという時に弾が足りなくなっては危ない、万全を期さなければいけないという状況に改めて緊張感が走る。

「よし、じゃあ準備はいいか?」
「はい」
「完璧よ!」

高槻の声かけに、ささらも真琴もしっかりとした意思を返してくる。
気合は充分だ、後は悔いを残さず事を終わらせるのみである。

「頼りにしてるからな。ただ、無理はするんじゃないぞ。危なくなったらさっさと引っ込め」
「……はい」
「大丈夫よう」

確認は、以上である。
それでは進軍開始、そういった空気になるが……ふと、高槻は生み出た疑問を口にした。

282広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:06 ID:aqb/.k2.0
「あれ? そういえば、ポテトは……」





「ちょっと緒方さん、止めてくださいっ」

環の言葉に英二が反応することはない。ただ彼は前方、来襲者の現れた場所を見つめていた。
人が消えた気配はない、まだすぐ傍に隠れているのだろうということは環にも伝わっていた。
あまりのタイミングの悪さに頭痛が止まらなくなる、環は自らの頭に手をやりながら現状への対応を模索し続けていた。

……今の英二の攻撃で、相手が怯んで逃げてくれたのならば。それならそれで事は済んでいた。
しかし気配が消えていないことから、あちらもこちらの出方を窺っているのであろうことは簡単に想像つく。
幸い英二は自分から仕掛けるために教室を後にするような行為に出ることはなく、自分の立ち位置を変えぬまま構えたベレッタを真っ直ぐ職員室の入り口に向け佇んでいるだけだった。

これは、環にとってはチャンスかもしれなかった。
英二が侵入者に気を取られているうちに環自ら手を下す機会ができたという考え方もできるのだ、観鈴に祐一、守らなければいけない命のために彼女も手を汚す覚悟というのはできている。

(ふふ……本当は、朝まで一緒にいるってだけの約束だったのにね)

何故このようなことになったのだろうか、優先順位を間違えてはいないだろうかという疑問は環の中でも勿論ある。
それこそ、こうしている間にも先ほど英二に肩を撃たれてしまった弟分には危険がせまっているかもしれないのだ。

(仕方ないけどね、性分ですもの)

目の前に庇護する対象の者がいたとしたら放っておくことなどできる訳がない、それが環の答えである。
先ほどは邪魔が入り会話すらままならなかった、だが次に侵入者が現れるまで時間もある訳ではない。
悩む暇はない、環は鋏を握る手に力を込め、英二の下へと一歩踏み出した……の、だが。

283広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:35 ID:aqb/.k2.0
「ぴっこり」

またしても環のそれは、絶妙なタイミングで削がれてしまうのだった。
……白いモコモコしたわたあめのような生き物が、何故か今環の足元にて「おすわり」をしていた。
例えるならば某国民的アニメに登場するマスコットキャラクターだろうか、出しっぱなしの舌が愛らしい。

「ぴこ〜」

しかしいきなり披露された、謎の踊りのようなものは気持ちが悪いだけだった。
何が起こったか理解していない環の前、生物はしっぽ・・・・・・らしきものを、勢いよく振り続けていた。
いつの間にか職員室への侵入を成功させていたポテト。ベレッタを構える英二の視界には収まらなかったのか、今も英二はこちらの様子に気づいていないようである。

「ぴこ」

もう一度、ポテトが鳴く。その生き物が自分に愛想を振りまいているのだと、環が気づくことはない。
とにかくいきなり現れたそれに対し、どのような処置を取ればいいのか環には全く思いつかなかったのだ。
いや、思いつく暇もなかったといった方が正しいのかもしれない。

「ポテトォォ!!」

裂けんばかりの大声と共に銃を向けられているという事実を環が認識できたのは、纏った白衣をひらつかせながら先ほど侵入を図ろうとした人物が再びこちら側に顔を覗かせたからだった。
そして、それが開始の合図になる。
戦闘開始、飛び出した男に英二は容赦なく牙を向いた。

284広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:56 ID:aqb/.k2.0




一方朝霧麻亜子を見送る形になった河野貴明と観月マナは、再び校舎に戻っていた。
英二に撃たれた貴明の左肩を治療するためである、幸い銃弾が中に残ってはいないようで医療の知識の無い二人にもそれだけは運が良いとしか言いようがなかった。
まず校舎の見取り図で確認し、一階に所在する保健室の表記を見つけた二人は一目散にそこへと向かった。
幸い途中で誰かとすれ違うこともなく無事に辿り着くことはでき、手当ても簡単ではあるがきちんと行えた。

「これからどうするのよ」

余った包帯やちょっとした傷薬を自分の鞄にしまいながら、マナは手当てが終わり学ランを羽織直している最中の貴明に向かって問いた。
明確な展望などが築けない状態であるマナは、正直これから何をすれば分からないといった思いの方が強いのだろう。
麻亜子に脅されたこともあり、彼と別行動を取るなんていう選択肢もマナの中には無かった。
だから彼女は、こうして自分達の進むべき道を貴明に託した。

マナの言葉を受けた貴明は、何か考えがあるのかそのまま暫く押し黙っていた。
沈黙は場の緊張感を迫り上げるだけである、その感覚がつらく何でもいいから口をきいて欲しいとマナが思った所で、貴明はやっと口を開く。

「戻りたい」

ぼそっと。その漏れた呟きの意味を、マナが噛み砕くのにまた少し間が空く。

「戻るって……さっきの、あの場所に?」

信じられないといったマナの疑問に対し、貴明は小さく、だが確かに頷いた。
顔を上げマナと目を合わせた貴明の雰囲気にはどこかしっかりとした頼もしさが付加されていて、それがマナの心にさらに強い動揺を走らせる。
決意を秘めた貴明の瞳、言葉を失うマナを他所に彼はそのまま話を続けた。

285広がる狂気:2007/05/15(火) 01:09:17 ID:aqb/.k2.0
「やっぱりほっとけない、タマ姉を一人にするわけにはいかないんだ」
「そ、そう……」
「君はいいから、危ないし。俺一人で行く」

……正直、そう言われてマナは少しほっとしていた。
命を失う可能性のある現場を生で見てしまったということ、そして麻亜子からあのような脅しを受けたこともありマナはこの現実に対し確かな恐怖を植え付けられていた。
自分の置かれた『バトルロワイアル』という一種の舞台に対し、怖気づいていた。
かと言って後ろめたさが隠せる訳でもない、自分だけ安全な場所にいて貴明だけを戦地に向かわせるというモラル的観念で見た場合のちょっとした重圧が、マナの背にずしんと圧し掛かる。
どうしたものかとちらちらと貴明を横目で見るマナ、そんな視線を受け貴明はゆっくりとまた口を開いた。

「大切な、人なんだ」
「え……」

真っ直ぐな眼差しはマナを捕らえているわけではない。視線を上げた貴明が何を見据えているか、マナには伝わらなかった。
しかしそんなこと気にも止めることなく、貴明はそのままぼそぼそと語り始める。

「俺にとってなくてはならない存在で、絶対に失いたくない人で。
 こんな所でタマ姉を失くす訳にはいかないんだ、それで後になって後悔するだけなんて……俺には、耐えられない」

貴明の右手、握りこんだ手の指の色は真っ白であった。
それくらい力を込めていたのだろう。その肩は小さく振るえ、隠せない憤りは少し離れたマナにも伝わる。

少年の思いは一途であり、純粋であった。
ただただ、あの場にいた彼女の安否を祈るその姿。真剣な表情が頑なな自我を表している。

マナは他者に対してそこまで固執することのできる彼のことが、羨ましく思えて堪らなくなってきたようだった。
自らの危険をかえりみず、それこそ撃ちぬかれたその肩で何ができるかも分からないというのに貴明に怯んだ様子は全く見えない。
それでも大切な人を守るため、殺させないために覚悟を決めた少年はマナからしてとても眩しい存在に見えた。

「あたしもね……お姉ちゃんと、参加させられたのよ」

286広がる狂気:2007/05/15(火) 01:09:45 ID:aqb/.k2.0
マナの言葉は、自然と口から漏れでたものだった。
貴明との絡み合った視線はそのまま、マナは彼の瞳を見つめながら台詞を紡ぐ。

「お姉ちゃんって言っても従姉だったんだけどね。大好きだった、あたしにとって自慢のお姉ちゃんだった。
 でもね、そのお姉ちゃん……一回目の放送で、呼ばれちゃったのよ」

沈黙が生まれる。
哀れむような彼の視線を注がれるが、マナは頭をってそれを振り払った。
そしてマナは最高の笑顔を作り、この島に来て以来浮かべたことのなかったそれを貴明に向けた。

「良かったね、あんたのお姉ちゃんは無事で」

未来があるということ、マナは由綺と再会することは出来なかったが貴明は違う。
そう、居場所も分からずそれこそ死に目にも会えなかったマナと貴明は違うのだ。
貴明の守れる未来は、目の前にある。
一度大きく深呼吸し、マナは自分のデイバッグをしょい直すと一足早く保健室の外に踏み出した。

「行くわよ、こうしている間にもその人は危険にさらされてるんだから」
「え?」

呆けた声、今だぽかんとしたままである貴明に蔑んだような視線を送りながらマナは続ける。

「何ぼーっとしてんのよ、ほら。さっさと戻るって言ってるの」
「え、でも……いいの?」
「いいに決まってるじゃない!」

きっぱりと言い放つマナ目には、揺ぎない光が灯っていた。

「べ、別にあんたのためじゃないわよ。確かに、あそこにいる人達をほっとくわけにもいかなっていう……そういう理由なんだからね!」

287広がる狂気:2007/05/15(火) 01:10:07 ID:aqb/.k2.0
そしてその直後、まるで付け加えるかのごとく言い訳めいたことを口にするマナの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
そのまま背を向け「先に行くわよ」と呟き駆け出していったことから照れ隠しなのだろう、貴明もそこでやっと置いていかれまいと動き出した。
遠ざかりそうになるマナの背中に慌てて駆け寄ってきた貴明が追いつき、二人は無言で走り出した。
先導するマナの横顔に、迷いはない。
もう彼女の中には、逃げだすという選択肢はなかった。





その頃職員室では、飛び込んで来た高槻と英二による攻防が繰り広げられていた。
鳴り響く銃声は英二の放つものだけではない、名も知らぬ侵入者がいきなり好戦的になった様子に環は愕然となった。
……確かにこの状況証拠だけでは、あちら側の人間が環や英二を「敵」だと認識しても仕方はないのかもしれない。
そこは環も割り切るしかない、最悪英二が倒れてしまってもという覚悟はある。
しかし床には、まだ気絶させられたまま放置され続けている祐一が、あの時のまま転がっているのだ。
このまま撃ち合いが盛んになった際、流れ弾が祐一に当たらない可能性なんて否定できるはずもなく。
環は何としても、彼を助けなければいけなかった。

先ほどまではきちんと整列して綺麗な並びになっていた教員達の机や椅子らは、既にあの二人によって乱雑に組みかえられている。
職員室というフィールドをフルに使って攻撃し合う彼等から身を隠すように、環もしゃがみ込んで場を窺っていた。
幸い二人とも、今の所はは当てずっぽうに撃ちあうだけの弾の無駄遣いのようなことはしていない。
お互いの隙をつくように一定の距離を取る高槻と英二、環はちょうど構える二人の真ん中辺りの場所にいた。
……下手に動けば的になる状況、右方には英二、そして左方には高槻と挟まれた形で身動きの上手く取れない現状は彼女を焦らせる原因にもなる。

下手に動いてこちらに意識を向けられたら堪らない、しかし祐一の身は確保せねばならない。
握る鋏に力を込めながら、環が悩んでいる時だった。

「向坂さん!」

288広がる狂気:2007/05/15(火) 01:10:28 ID:aqb/.k2.0
聞き覚えのある声が背中にかけられ、思わず環は入り口の方へと目を向けた。
見覚えのあるプラチナウエーブの髪、環と同年代の少女がそこから顔を覗かせ声を張り上げる。

「向坂さん何故です、何故あなたのような人が……っ」
「久寿川さん……?! え、な、何を言っているの!」

まさかの再会、予想だにはできなかったがお互いが無事であるというそれは環にとっては吉報のはずであった。
しかし破顔しかけた環に向けられるのは、明らかに含まれた動揺と困惑が表立っているささらの嬌声であり。

環は気づいていない、先ほどの白い小さな獣……ポテトが今だ彼女の足元に座っているということを。
そして、場を睨んでいた環の手にはしっかりと鋏が握られていた。
その鋏の切っ先は、見ようによってはポテトに向けられているものにも見える。
だがそんな自覚は環には全くないのだ、今、この瞬間でさえ。

「向坂さん止めてください、あなたはこんな殺し合いに乗るような人ではないはずですっ」

いきなりの誤解に戸惑うもののささらが何に対して苦言を零しているのか、やはり環には伝わっていなかった。
何と答えればいいのか言葉を詰まらせる環、しかし次の瞬間飛んできたのは思いがけない衝撃だった。

「ごちゃごちゃ五月蝿えんだよ、ポテトを離せっ!!!」

わき腹に走る突然の痛み、次の瞬間床に叩きつけられた衝撃も右半身を襲ってきて、環は思わず呻き声を上げた。
投げ出された体は転がって、入り口の方……それこそささら達の近くへと放られる。
突然の事に即座に対応できないものの、焦る気持ちを抑えた環は痛みで閉じていた瞳を無理矢理こじ開け周囲の状況を確認した。
ぼんやりとした環の視界に映し出されるのは、こちらに駆け寄ろうとするささらの腰にしがみつき、小さな少女が必死に彼女を抑えている様子だった。
振り返る、隠れていた場所から環を蹴りだした張本人である来襲者は、ポテトを抱き上げ環に対し睨みを効かせていた。

ささらに気をとられていたことで周囲に対する警戒が疎かになってしまったという結論が、環の中の疑問を打ち消す。
一瞬でも軽視することになってしまった高槻の存在、無様な自身に環は腹が立って仕方なかった。

289広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:00 ID:aqb/.k2.0
追撃を恐れ、床に打ち付けられたことにより軋む肩を庇いながらも痛む体をゆっくりと起こす環、目線は高槻へと固定されている。
背後になってしまったささらの様子を顧みる余裕を持てる訳もなく、環は抱き上げたポテトを乱暴に部屋の隅へと投げ捨てた高槻と睨み合った。
高槻の瞳には、明らかに敵意が込められていた。何故自分がこの男の反感を買わねばならないのかと、不条理な現状に環は悔しさを隠せなかい。
しかし、その憤りが環の口から吐かれることは無かった。

「……環君。君、敵側の人間としゃべっていたね」

絶対零度、それは男の湛える瞳の温度と同じくらい冷ややかな台詞だった。
はっとなる、もう一人軽視してしまった男の存在に緊張感が走り抜け、環はそのまま身動きが取れなくなった。
そう、環の背後にはささら達の他にももう一人外せない人物がいたということ。
それもこの中では一番危険に当たる輩が、今、環の真後ろに立っていた。

「環君環君、君は僕の仲間だろう、そうじゃないのかい?」

英二の問いかけに対し自然と鳴り出すガチガチといった雑音、環の歯が奏でるそれは押し付けられた恐怖に体が反応している証拠だった。
言葉のとおり次の瞬間ぐっと後頭部に硬い金属を押し付けられ、環の鼓動のスピードは跳ね上がる一方となる。
虚ろな瞳を湛える英二の視線の先、ヘビに睨まれたカエル状態の環はただただ彼の出方を窺っていた。
高槻も、ささらも、真琴も。いつしかただの外野になってしまった彼等も、この男の不気味さに圧倒されただ呆然と事を見るしかできなくなっていた。

「……そうか、分かった」

そして一人、場の中心にいた英二がついに結論を出す。
見開かれた瞳は確かに環を捉えていた、その濁った雰囲気の放つプレッシャーは計り知れないものとなる。

「君はスパイだったのか気づかなかったよ、そうだ君だ君の手筈で芽衣ちゃんも死んだのかそうなのか!!
 やっと分かった君だ、君が元凶か君が君が!!」

どんどん荒くなっていく語気に、その邪悪な呪詛に環の中で改めて恐怖が膨らんだ瞬間。
銃声が、また、鳴り響いた。

290広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:20 ID:aqb/.k2.0
それは、環にとって今までで一番大きく聞こえたものかもしれない。
それと同時に体から一瞬で力が抜けていく、再び床の固い感触が上半身に響くが環はそれを自覚できなかった。
肩の、わき腹の痛みなんて目じゃない。悲鳴を上げた痛覚だけが自分が存在している証とも思えるくらい、意識が希薄になっていく。

「タマ姉えぇぇーー!!!」

ふと、大好きなあの子の声が聞こえたような錯覚を環は受けた。
どこか遠くで聞こえるそれを感じると共に、環は意識を手放すのだった。





崩れゆく体は、まるでスローモーションだった。
再び訪れた職員室、その手前でささらという日常の中の知人に出会えた喜びが膨れ上がったのも束の間。
それは貴明が、ちょうど教室を覗き込んだタイミングだった。大切な、大切な彼女の鮮血が一帯に舞っていく

「タマ姉えぇぇーー!!!」

何かを考えるよりも速く、口が動いていた。
悲鳴。撃たれた肩の痛みなど吹っ飛んでいた、駆け出そうとするが片腕を捕られ前に進めなくなる。

「落ち着いてっ、下手したらあんたも撃たれるわよ?!」

だが、落ち着いてなんていられなかった。
こうしている間にも環の着用していたピンクのセーラーはどんどん赤く染まっていく、そんな様子を見るだけなんて耐えられない。
そんな中、けたけたと笑い続ける男の声が耳障りだった。
とても愉快そうに、楽しそうに。男は笑っていた。
芽衣ちゃんやったぞ、君の敵はとったぞ。そんな台詞が貴明の耳を右から左へと通り抜けていく。
瞬間貴明の中を走り抜けたのは、限界を通り越した怒りと彼女を助けられなかった自分に対する情けなさだった。
ほら、こうしている今も。少女に腕を掴まれただけで、進行を止めている。
そんな自分が、非常に嫌になった。

291広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:42 ID:aqb/.k2.0
『それがお前の限界なんだ』

声は、内側から響いていた。

『結局タマ姉助けられなかったなぁ、何でだろうな? あの女なんか無視して、中に入り込んでたら間に合ってたかもな』

――横目で、あまりの出来事に顔を覆って泣き出しているささらを見やる。

『肩撃たれちまったのは仕方ない。だけどな、その原因は何だ? 誰と合流したせいで、お前はそんな目にあったんだ?』

――脳裏に、スク水姿の麻亜子が浮かぶ。

『いやぁ、そもそも変に誰かと連るまないで、真っ先にここに来てたらさぁ……なーんにも問題なかったと、思わないか?』

――今も尚自分の腕を掴んだままの、マナを見やる。

『本当に大切なモノをお前は見間違えた、女従えて楽しんでる暇なんかなかったはずだぞ』

――別に、そんなことしていた訳ではない。楽しんでもいない。

『けど、それでタマ姉を守れなかったんだ……お前は、優先順位を、見誤った』

――……確かに、そうかもしれない。

現に環を守れなかったという事実は目の前にあり、それは自分の責任であると貴明は思っていた。
非常に重い闇が心を包んでいくのを実感する、いつしか視界さえもが黒に統一されていた。
その中でただ声だけが響き渡る、果たしてそれが誰なのか貴明には考える余力もなかった。

『絶望、したか?』

292広がる狂気:2007/05/15(火) 01:12:05 ID:aqb/.k2.0
――絶望した、この全く望んでいなかった展開に対し。
――絶望した。結局何もできなかった……いや、「しなかった」自分の存在に対し。

『力が、欲しいか?』

――欲しい、現状を変える力が。
――欲しい。どうすれば大切な、大切な存在を守れるのか。

その答えを、貴明は心の底から求めた。

待ち続けるが『声』は一向に返って来ない、しかし自分の中で新しい『感覚』が生まれ出ていることを貴明は何となく実感していた。
『感覚』が啄ばんでいく領域は次第に大きくなっていき、貴明の内部と混ざり合いながら浸透していく。
融合という言葉が貴明の脳裏を掠る、多分それがぴったり合うというくらい違和感というものは特になかった。

そんな中で新たに産み落とされたのは、目的を達成するために必要な強い意思だった。
次第に明確になっていくそれは、まるで貴明自身を導くように。
ゆっくりと、彼の中を満たしていくのだった





目を開ける、その間が数秒にも満たない現象であることは隣から聞こえてくるささらのものであろう悲鳴で貴明も理解することができた。
息を飲んでいるマナの気配も何となく伝わる、しかしそれに対し何かしようなどという思いは貴明の中で全く沸くことはなかった。
笑い声を上げ続ける男の向こう、呆然と立ち尽くしている男がいるが気に留める必要はないと貴明は即座に判断した。
そのまま、環が撃たれたという現状に対し慌てふためく周りの状況を一切無視し、貴明は手にしていたレミントンを迷うことなく身構える。

293広がる狂気:2007/05/15(火) 01:12:29 ID:aqb/.k2.0
……銃を持つということ、それを人に対し向けるということ。
貴明のような普通の少年が銃器を扱う機会などない、それこそ支給品として与えられても扱っていいかという迷いの方が出たくらいだった。
まして、貴明は争いごとを好まない性格である。それこそ人に対して銃を向けるこの行為ですら、「貴明」は胸を痛ませたであろう。

でもそれは、一瞬前の彼に当てはまることである。今の『貴明』ではない。
真っ直ぐ向けた銃身の先、今もまだ笑い続けている男を狙う貴明の目に迷いはない。
意図に気づいたマナがはっとなる、しかしもう遅い。何もかも遅い。

響き渡る銃声二発、止まる笑い声。
呆然。高槻も、ささらも、マナも、真琴も、皆。
一様に信じられないと言った視線を、赤い水溜まりを作り出す英二に向けていた。

「もっと早くこうしていれば、タマ姉は死なずにすんだのにな」

独り言、しかし聞こえてしまったのだろうかマナが貴明に目線を向けてくる。
貴明はそれを無視して、レミントンの反動で痺れる腕の感覚と、何物にも変えられない達成感に身を支配させるのだった。
……そして、妙な疲労感が彼の全身を包んでいき、銃を撃った反動だろうかは分からないが肩の痛みが再来してたことから貴明もそのまま気を失うのであった。
彼の表情には、事をやり遂げたという満足げな笑みが浮かんでいた。

こうして残された者にとってはどうすることも出来ないような状態を残し、事はあっさりと終息した。

294広がる狂気:2007/05/15(火) 01:13:02 ID:aqb/.k2.0
【時間:2日目午前2:30】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】

河野貴明
【所持品:Remington M870(残弾数2/4)、ささらサイズのスクール水着、予備弾×24、ほか支給品一式】
【状態:気絶・狂気の存在が表に出る・このみを守る・左肩を撃たれている(治療済み)】

観月マナ
【所持品:ワルサー P38・包帯や傷薬など・支給品一式】
【状態:呆然】

高槻
【所持品:コルトガバメント(装弾数:7/7)、ガバメントの予備弾(12発)、カッターナイフ、食料以外の支給品一式】
【状況:呆然】

久寿川ささら
【所持品:日本刀、トンカチ、スイッチ(未だ詳細不明)、ほか支給品一式】
【状態:呆然】

沢渡真琴
【所持品:、スコップ、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【状態:呆然】

相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:気絶、体のあちこちに痛み(だいぶマシになっている)、】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:麻亜子に撃たれる。急所は外れている】

向坂環 死亡

緒方英二  死亡


【備考】
環の持ち物(鋏・支給品一式)は遺体傍に放置
英二の持ち物(ベレッタM92(0/15)・予備の弾丸(15発)・支給品一式)は遺体傍に放置
由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物は職員室内に置きっぱなし
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服

(関連458・469)(Jルート)

295Mad Dog:2007/05/15(火) 21:59:24 ID:aA5eec.E0
家の中からでも察知出来る程の殺気を放ちつつ接近してきた、謎の存在。
それは弛緩しきっていた高槻の意識を、再び引き締めるのに十分であった。
小牧郁乃を残して寝室から飛び出した高槻は、廊下で湯浅皐月と鉢合わせになった。
「湯浅、気付いてるかっ!?」
「ったりまえじゃん!」
皐月も高槻と同じく異変に気付いているようで、その手にはもうH&K PSG-1が握り締められている。
そして高槻達が現場に着くのとほぼ同時、派手な音と共に玄関の扉が蹴り破られた。
開け放たれた玄関、広がる闇。その先に、禍々しい殺気を放つ巨大なゴリラ状の男が立っていた。
「ファーーーーッハッハッハッハ!! 見つけたぞ、湯浅皐月!」
重く低い耳障りな濁声が、家中に響き渡る。

「あ、あんたは醍醐!?」
招かねざる乱入者――醍醐の姿を認めた皐月が、驚きの声を漏らした。
一人事態を飲み込めない高槻は、コルトガバメントを構えたまま皐月に語り掛ける。
「おい、コイツの事を知ってんのか?」
「うん、宗一から写真を見せて貰った事がある。この男は『狂犬』醍醐、戦闘狂の傭兵隊長よ。
 その実力は、数多い傭兵の中でも間違いなくトップクラスだって聞いた……」
言われて高槻は、眼前に立ち塞がる大男を凝視した。
ビリビリと肌にまで伝わってくる痺れるような殺気、一分の隙も見られぬ佇まい。
岸田洋一すらも上回る圧倒的な死の気配を放つこの男は、確かに尋常な敵では無いだろう。
しかし高槻には一つ、腑に落ちない事があった。
「だけど、どうなってんだ? 醍醐って奴はもうとっくの昔に死んだ筈じゃねえか」
そう、醍醐という名前は確かに第一回放送で呼ばれていた。
最早この世にはいない筈の男が何故、今頃になって自分達の前に現れるのだ?

296Mad Dog:2007/05/15(火) 22:00:49 ID:aA5eec.E0

高槻達の疑問を見て取った醍醐が、心底愉しげに口元を歪める。
「フッフッフッ……愚か者共が。こんな遊戯に放り込まれた所で、俺や総帥がそう簡単に死ぬ訳が無いだろう」
「何だと……?」
「おおっと――余計なお喋りが過ぎたな。本題に入らせ貰うとするか」
訝しげな表情を浮かべる高槻達にはもう構わずに、醍醐は懐から長く太い棒を取り出した。
参加者に支給された物とは桁違いの性能を誇る特殊警棒――太さはペットボトル程もあり、頑強な特殊合金で出来ている。
ゴリラ並の怪力によって振るわれるそれは、大きな岩をも砕いてしまうだけの威力を秘めている。
続けて醍醐は無感情且つ機械的に、言葉を吐き捨てた。
「一度しか訊かぬ……湯浅皐月、貴様の持っている『青い石』を大人しく渡せ。
 そうすればこの場は見逃してやらんでも無いぞ」
勿論これは建前上の警告に過ぎない――ただ篁に命令されたから、言っているだけだ。
戦闘狂である醍醐からすれば、高槻達には警告など受け入れずに抵抗して欲しかった。
那須宗一への復讐を成し遂げる事も出来ず、これまでずっと傍観者の立場を強いられてきた鬱憤を、此処で晴らしたかった。


一方醍醐の言葉を受けた皐月は、大きく息を飲んでいた。
前回参加者の残した手帳にあった遺言――宝石は    をひらくも  んや、これが鍵になっとる。
主催者の用意したジョーカーである少年の言葉――僕も『計画』の鍵である宝石を手に入れるという使命があるからね。
ある怪物の側近を務めている男が、主催者の『計画の鍵』である青い宝石を欲しがっているという事は、もう結論は一つだ。
鋭い瞳で醍醐を睨みつけながら、高槻にしか聞こえぬよう小さな声でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「高槻さん、よく聞いて……醍醐はきっと主催側の人間。そして主催者はアイツの主人……篁財閥総帥よ」
「な……に……?」
それで、間違いない筈だった。そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。
世界トップクラスのエージェントである宗一やリサ=ヴィクセンを拉致するなど、並の人間には――否、人間には不可能だ。
しかし確実に人間を凌駕している存在が、このゲームには一人参加している。
皐月もその全貌を知っている訳では無いが、リサの言によれば篁は『神の如き強大な力を操る』らしい。
リサにそこまで言わせる程の存在ならば、何が出来ても不思議では無いだろう。

297Mad Dog:2007/05/15(火) 22:01:51 ID:aA5eec.E0
「何をヒソヒソと喋っている、早く答えを出さんかァァ!!」
これ以上は待ちきれぬ、といった様子で怒号を上げる醍醐。
流石狂犬と言われているだけの事はある――この男は、ただ戦闘がしたいだけなのだろう。
そして此処でこの男と戦う事によるメリットは一つ。上手く生け捕りに出来れば、主催者の情報を大量に引き出せる。
しかしそれを成し遂げるのは、恐らく困難を極める筈だ。
曲がりなりにも宗一と互角に近い勝負が出来る程の男、負傷している今の自分達ではとても勝ち目が無い。
「高槻さん、此処は……」
「ああ、今は無茶すべきじゃねえだろうな。避けれる戦いは避けた方が良いだろ」
皐月の意図を理解した高槻は、極めて冷静な口調でそう呟き、銃を下ろした。
すると醍醐が心底忌々しげに舌打ちし、大きく地団駄を踏んだ。
「クソッ、腰抜けが! ……まあ良い、宝石を寄越せ」
こめかみに浮き上がった血管、大きく見開かれた瞳。
傍目にも苛立っているのは明らかだが、それでも主人の命令に背けない醍醐は大人しく警棒を仕舞い込む。

――このまま行けば交渉は成立、とにもかくにも自分達は危機を回避出来る。
皐月がそう考えた瞬間だった。高槻がにやりと口元を吊り上げたのは。
「……だが断る。この高槻が最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴に『NO』と断ってやる事だッ!」
「何だとっ!?」
全てはフェイク――敵を騙すにはまず味方から。
完全に油断し切っていた醍醐が驚愕の声を上げたその時にはもう、高槻が銃を構え直していた。
満を持して、コルトガバメントから必殺の一撃が放たれる。
「ぐぉぉっ!」
銃弾は間違いなく、反応が遅れた醍醐の腹部を捉えていた。
しかし主催側の人間ならば当然、防弾チョッキくらい装備しているだろう。
故に一撃入れた後も、高槻は攻撃の手を緩めない。

298Mad Dog:2007/05/15(火) 22:02:54 ID:aA5eec.E0
間髪置かず醍醐の頭部に銃口を向けて、引き金を思い切り絞る。
防弾チョッキ越しとは言え銃弾を受けた直後である敵は、すぐには動けないように思えたが――
「……何だとっ!?」
今度は高槻が驚愕に表情を歪める番だった。
醍醐はまるで何事も無かったかのように身を横へ傾けて、あっさり銃弾を躱していたのだ。
鋼の筋肉で身を包む醍醐からすれば、多少の衝撃など蚊に刺された程度にしか感じない。
「抵抗するか……ならばこちらとしても武力行使に出ざるを得んな?」
瞳に愉悦の色を浮かべながらそう告げた後、醍醐は前方へと疾駆した。
「くっ――!?」
予想を遥かに上回る速度で、左右へと小刻みに跳ねる醍醐。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで迫る敵に対して、高槻は落ち着いて照準を定められない。
一発、二発と引き金を引いてはみたものの、弾丸は虚しく空を切るばかりだった。
そのまま両者の距離は詰まってゆき、あっという間に手を伸ばせば届く距離となる。
「ぐをおおおおおおっ!!」
醍醐は猛獣の如き咆哮を上げながら、両手で握り締めた警棒を振り下ろす。
最早鉄槌と化したそれは、どう考えても受け止められるような代物では無い。
「くそったれ!」
限界ぎりぎりのタイミングで、高槻は真横にスライディングする。
直後、響く炸裂音、飛び散る木片――高槻の背後にあった大きなタンスが、粉々に砕け散っていた。

299Mad Dog:2007/05/15(火) 22:04:05 ID:aA5eec.E0
(ち……冗談じゃねえぞっ!)
高槻は体勢を立て直しながら、ようやく自分の選択が誤りだった事を悟っていた。
この男は、今までの敵とまるで桁が違う。
この男に勝つ為には、身体を全快近くまで回復させた上で、十分な装備を持って挑む必要がある。
多少不意を付いた所で、重傷の身に拳銃一つでどうにかなるような相手では無かった。
高槻が体勢を整えるとほぼ同時、醍醐による返しの一撃が眼下より迫る。
咄嗟の判断で床を蹴り飛ばし、後方へ飛び退こうとする高槻。
だが醍醐の狙いは――高槻本人ではなく、コルトガバメントの方だった。
「ぐあっ……!」
僅か1センチ程先端が掠っただけにも拘らず、コルトガバメントは宙を舞っていた。
高槻が自ら銃を手放したり、わざと緩く握っていたという訳ではない。
尋常でない怪力によって振るわれる警棒は、掠めるだけでも十分過ぎる程の衝撃を伝えてきたのだ。
武器を失い無防備となった高槻に対して、醍醐が大きく踏み込みながら警棒を振り上げる。
「ヤベ――――」
高槻の背に氷塊が落ちた。
この距離、このタイミング、避け切れない。
大きな家具ですら豆腐のように砕く一撃を受けてしまえば、間違いなく死ぬ。

「――そこまでよ!」
間一髪の所で制止の叫びが上がり、醍醐の動きがピクリと止まる。
高槻と醍醐が声のした方へ首を向けると、皐月がH&K PSG-1を構えていた。
「……傭兵なら知ってるでしょ。防弾チョッキじゃ、狙撃銃のライフル弾は防げない。
 死にたくなければ大人しく武器を捨てなさい!」
皐月の言葉通り、H&K PSG-1から放たれる7.62mm NATO弾は、高い貫通力と衝撃力を誇る。
直撃を受けてしまえば、たとえ防弾チョッキ越しであろうとも致命傷になりかねない。
だがしかし、醍醐は余裕たっぷりの笑みを浮かべて言い放った。
「ハッハッハァッ! それで脅しているつもりか? 知っているぞ……その銃は弾切れなのだろう?」
「ど、どうしてその事を……」
あっさりと看破されてしまい、皐月の心に絶望が広がってゆく。
――主催者側の人間である醍醐は、標的についての情報を随時入手している。
当然、皐月と折原浩平が交わした『H&K PSG-1の銃弾は切れている』という旨の会話も、知っているのだ。

300Mad Dog:2007/05/15(火) 22:05:52 ID:aA5eec.E0
「おら、余所見してんじゃねえぞっ!」
未だに後ろを向いたままの醍醐の背中目掛けて、高槻が殴りかかる。
だが醍醐は振り返りもせず、背後へと鋭い裏拳を放った。
「があぁぁっ!」
腹の奥にまで響く重い一撃を受け、高槻が床に転がり込む。
「馬鹿が。肉弾戦で俺に勝てると思ったか」
醍醐は高槻を一瞥すらせずにそう吐き捨てると、ぎろりと皐月を睨みつけた。
愉しげに笑いを噛み殺しながら、告げる。
「さて……次は貴様だ、湯浅皐月」

【時間:二日目・23:40】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:戦慄、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:悶絶中、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:寝室で待機】
ぴろ
 【状態:就寝中】
ポテト
 【状態:就寝中】

醍醐
【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、他不明】
【状態:健康、興奮】
【目的:青い宝石を奪還する、戦いを楽しむ】

【備考①:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】
【備考②:コルトガバメント(装弾数:2/7)は地面に転がっています】

→830

301戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:28:23 ID:2oIWKPFI0
夜の闇も深い山中で、二人の女性が戦っている。
一人は神尾晴子。愛する我が子を守る為、生き残らせるが為に殺し合いに乗ってしまった女。
一人は来栖川綾香。裏切られ、挑発された屈辱に煽られ、怒りのままに乗ってしまった女。
動機こそ違えど二者が二者とも殺人鬼である事には違いない。しかし各々の目的のために戦い、思いを迸らせる姿は美しくもあり。
そう、それはまさに、殺人舞踏会と言えた。
     *     *     *
「さぁ、このまま一気に押し切るで!」
初手のトンカチ投げのお陰で上手い具合に綾香を郁未と分断し、一対一の状況へ持ち込ませた晴子は前進しつつ木の陰から綾香を銃撃していた。
我ながらに上出来な判断だった、と晴子は思った。
二対一で戦い続ければ自然と敗北するのはこの自分に他ならない。ならばこの深すぎる夜を利用し、二人を分断して各個撃破していくのが最上の戦法と言えよう。
幸運な事にそれは見事成功した。だが問題が一つある。
(速攻で決着をつけなアカン、という事やな…)
この眼前にいる来栖川綾香を一刻も早く撃破しないと天沢郁未に合流され挟撃される可能性がある。銃声でこちらの位置は大体把握されているのだ。合流されれば不利になるのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、自分は少々危険を犯してでも綾香に攻撃を叩き込む必要があった。
「そこやっ!」
晴子の姿を確認しようとして気の陰からちらりと顔を覗かせた綾香にまた晴子の銃弾が飛ぶ。しかし綾香は驚くべき反射力でまたサッと身を隠し飛んできた銃弾から身を躱す。それどころか素早く反転し、反対の木の陰から2発射撃してきた。
息をもつかせぬ一連の流れにギリギリで反応できた晴子は思い切り身を捻り地面に倒れながらも全弾、回避することに成功した。
「くそっ、思ってたより動きがええな、あのガキ…」
晴子は知る由も無いが、来栖川綾香はエクストリームの王者。普段から鍛え抜かれたその体は同じ世代の女性の身体能力を遥かに上回る。もちろん晴子もその例外ではない。
にも関わらず一応互角の戦いに持ち込めていたのは綾香の本分とするところの肉弾戦ではなく銃撃戦になっているからだ。銃に関しては、流石の綾香も素人に過ぎない(最もそれは晴子も同じだが)。ここでも晴子は幸運だった。
もし晴子が肉弾戦を選んでいたならば一対一でも軍配は綾香に上がっていた事だろう。綾香にしてみれば、得意な接近戦に持ち込めないのは歯痒い以外の何者でもなかったが。
さて、ここからどう討って出るか。
木に背を預け座り込む形で隠れた晴子は次の一手を模索していた。
僅かな戦闘だが、十分に敵の動きは良い事が判明した。悔しいが、身体能力に関しては恐らく、自分よりも上だろう。

302戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:28:55 ID:2oIWKPFI0
銃の命中精度を上げるには近づくのが一番なのだが、身体能力が劣っている以上無闇に近づくと手痛い反撃を受ける恐れがある。
だからといって、このままずるずると戦いを続けていてはもう一人の敵が来る。もう時間的余裕は無い。
不意の一撃が必要なのだ。相手の思いも寄らないような、完璧な騙し討ちが。
考えるが、いいアイデアは浮かばない。元々あれこれ考えるのは晴子の性に合ってないのだ。
煮詰まった挙句に、晴子は最も単純な攻撃を仕掛けることにした。
「ええいくそ、もうどうにでもなってまえ!」
デイパックを盾代わりにしつつ気の陰から飛び出し撃ちを行う。こうなった以上、もう勢いだ。勢いで突き崩すしかない。
地面を蹴りながら綾香の隠れている木へと向けて走りつつ連続で発砲する。2発、3発…そこまで撃ったとき、視界の下の方からぬっ、と人影が姿を現す。しゃがんでいた来栖川綾香だった。
「飛び出してきてくれてどうもありがとう、オバサン」
下方からのボディブロー。突き上げられる拳が暴風の如き勢いで繰り出される。
それに気づき、何とかデイパックでガードしようとした晴子だったが、綾香の方が明らかに早かった。
まともに腹部にめり込んだ拳が、晴子の体をくの字に折り曲げる。続けて綾香は晴子の顔面に向けて回し蹴りを放った。
「ありがとう…やとぉ!? 調子乗るんもええかげんにせんかい、クソジャリがぁ!」
拳がめり込みはしたがその直前に腹筋に力を入れていたのである程度ダメージは軽減できた。今度の回し蹴りも早い。が、蹴りは拳に比べて隙も大きい――!
体勢を屈めて丸くなり、肩から肘を突き出して綾香の方へと体重を乗せて体当たりする。
「がぁ…!?」
肘を胸部に突きこまれた綾香が身体のバランスを失い、2、3歩後ろへと後退する。
「くっ…」
追撃を警戒し身構える綾香だが逆に晴子も数歩後退し、体勢を整え直していた。少なからず晴子にもダメージはあった。ボディへの攻撃は一撃必殺ではなく後々ダメージを及ぼす蓄積型のものだ。その点で結果的に大きいダメージを受けていたのは晴子だった。
それを即座に悟って無理に攻撃に行かなかった事に、綾香は多少なりとも感心していた。
「へぇ…意外とやるじゃない」
「はっ、そんな余裕かましてると後悔するでぇ?」
腹を押さえながらも手をちょいちょいと動かして挑発する晴子にも、綾香は動じない。
「お生憎様、これくらいの距離でも一秒もかからずに詰められる自信はあるわ。貴女が銃を構える間に薙ぎ倒すことだって出来るわよ?」
両者の距離は、およそ4メートル弱。確かに、この程度の距離だと綾香ならば一瞬で詰められるだろう。だが、綾香は一つ見落としをしていた。

303戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:16 ID:2oIWKPFI0
「そうかい、んじゃやってみるんやな!」
構わずVP70を持ち上げる晴子。
一瞬、正気かと綾香は思った。さっきの反応を鑑みるにこちらの方が早い事はもうとっくに気づいているはず。にも関わらず無謀な銃撃をしようというのか。
(さっきはいい判断だと思ったんだけど…ただの偶然だったようね…! 所詮その程度か)
拳を握り、構える前に顔面を殴ってやろうと突進する、が晴子の行動は違った。
「引っかかったなアホが!」
構えるのではなくアンダースロウの要領で晴子はVP70を投げつけたのだ! 速さと重量を兼ね備えた黒い塊が綾香目掛けて飛来する。
「何っ!?」
まったく予測していなかった攻撃に綾香は攻撃を避けられない。肩口にVP70が当たり、骨から神経系へと鈍痛が伝わっていく。
「痛ぁ…!」
痛みに耐えかねて思わず走る速度を緩めてしまう。それを晴子がむざむざ見逃す理由はない。
「どりゃあああああ!」
猛スピードからの飛び蹴りが、弓矢の如き勢いを持って綾香の身体へと向かう。当然、これも綾香は避けられなかった。
体重の乗った蹴りは綾香の身体を大きく吹き飛ばし、受身を取らせる暇もなくその体に土をつける。しかもその際に手に持っていたS&W M1076を手放してしまった(最も、さっきの銃撃戦でとっくに弾切れになっていたが)。
綾香にとっては2度目の屈辱だった。こんな普通の女にしてやられたのだから。すぐに跳ね起きて攻撃態勢へと戻る。その顔に、怒りと敬意の色を宿して。
「…やるわね、さっきのはかなり痛かったわ」
未だに痛みが残る肩に目線を走らせながら、既に落ちたVP70を拾っていた晴子を睨む。晴子にも油断はなかった。今度はしっかりとVP70を固定し、いつでも撃てる状態にしている。
僅かながらに形勢は逆転していた。綾香はダメージを受けた上、既にVP70を構えられているのだ。これでは再び接近するまでに確実に撃たれる。
防弾チョッキがあるものの過信はできない。頭や足にはチョッキの効果は及んでいないからだ。足ならまだマシだが、頭に当たればそれは即ち、死を意味する。
二人の距離は先程と同じく4メートル弱。綾香が手放してしまった弾切れのM1076はちょうど二人の中間に落ちている。
まだ綾香の手元にはトカレフがあるけれども、それはスカートのポケットの中。取り出そうとすればそれより先に晴子は撃ってくるに違いなかった。となれば、この不利な状況を何とか出来るのは一時の同盟を結んだあの女しかいないのだが…
(ちっ、あのアホは何モタついてんのよ!)

304戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:37 ID:2oIWKPFI0
天沢郁未。何故か姿を現さない彼女に綾香は苛立ちを募らせていた。思っているほど時間が経過していないのかとも思ったが、それにしても何もなさすぎる。あるいは、高みの見物とでもしゃれ込んでいるのか。
『互いが互いを利用しあう』関係なのだ。郁未からすれば綾香と晴子が潰し合ってくれるのは願ってもない話であろう。
もう少し協力関係を築いておくべきだったと今更ながらに思った。だが、後悔しても晴子が生きて逃がす訳ではない。それが証拠に――
「とどめや、行くでぇ!」
――躊躇いもなく、引き金を引いたからだ!
「まだよっ!」
横っ飛びに地面を蹴り、銃弾が発射される前に回避運動に入り、ポケットに手を突っ込む。これはまだ回避できる。しかし、次は無い。
相手に余裕の無い事を知っている晴子は無駄撃ちはせず冷静に標準を切り替えて飛んだ直後、動けなくなった綾香に標準を合わせた。
やられる――!
ポケットの中で握っているトカレフはまだ外に出せない。撃ち返す事が出来ない。
これで終わりか、そう綾香が思い、目を閉じた時だった。
「うがぁああああああっ!」
悲鳴が轟く。もちろん綾香のものではなかった。恐る恐る目を開けてみる。そこには――
「ぐっ…ちくしょう! 何やこれ…! 後一歩やいうのに!」
VP70を取り落とし、右手からまるでよく成長した植物のように鉈を生やしていた晴子が額から脂汗を垂らしつつ苦痛に呻いていた。
そして、現れた人影、天沢郁未が高らかに声を上げる。
「残念ね、オバサン」
     *     *     *
綾香と晴子が森の奥へ消えていった後、分断された郁未はすぐに後を追おうかと思ったが、思いとどまって思考する。
(いや、あいつらが勝手に潰し合ってくれるならわざわざ飛び込む必要はないじゃない。あのオバサンも好戦的なようだし、どっちかが死ぬまで戦ってくれそうね)
それよりも、もう一人の奴を片付けるほうが先だ。
郁未は方向転換すると、瀕死状態になっている橘敬介にすがりついて泣きじゃくっている雛山理緒へと向かって歩き出す。
「橘さん、橘さぁん…しっかり、しっかりしてくださいよぉ…」
理緒は倒れている敬介の胸から溢れ出る血を一生懸命止めようとしていたが手で押さえたくらいでは血が止まるわけもなく、次第に目を閉じたままの敬介の顔色からは血の気が失せていっていた。

305戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:59 ID:2oIWKPFI0
諦めては駄目だ、諦めては駄目だ――理緒は心の中でひたすらにそう繰り返しながらどうにかして血を止めようとする。
やってきた郁未は、そんな理緒の姿を見てやれやれとため息をつく。
「無駄よ。その男はもうとっくに死んでるわ」
「…っ!」
背後からいきなり呼びかけられ、慄きながらも理緒は固く唇を結んで振り返った。
見上げたその先には悠然と構えている郁未の姿がある。そこには余裕と、絶対的な殺意が存在していた。
理緒は次は自分の番かもしれないという恐怖を持ちながらも郁未に言葉をぶつける。
「どうして…こんな事をするんですか…」
聞き飽きた質問に郁未は鼻で笑い、答える。
「どうしても何もないでしょ? このゲームから生きて帰れるのはたったの一人だけ…そしてそのための手段は殺し合い。私はルールに則って行動してるだけよ」
「っ! そんな理由で人を殺して…そんなことが許されると思ってるんですか!?」
「十分な理由じゃない? 人間誰だって死にたくないものよ。ここには法律も裁判所もない。暴力がこの島の全て。仲良しゴッコなんてしてるヒマないの…で、下らない質問はそれだけ?」
鈍い光を放つ薙刀の刃が、理緒に向けられる。再び垣間見る死の光景にまた震えそうになったが、理緒は逃げようとはしなかった。
思い出されるのは、名前も知らぬ少女の死とその遺品。
頼れる人間もいなくて怖かっただろう。
いきなり襲われて怖かっただろう。
どうして――どうして、あの時守ってやろうと思わなかったのか。自分だけ助かりたいと思ってしまったのか。
自分のせいで、あの少女は命を落としてしまったのだ。弟たちと同じくらいの年齢であるにも関わらず。
もう誰も見捨てたりはしない。それが雛山理緒の誓いであった。
理緒は無言で立ち上がると、両手を大きく広げて敬介を守るように立ちはだかった。
「あなたがそう言うのなら…もう何も言いません。ですけど…この人にだけは手を出させません。橘さんはまだ死んでいません。助けを呼んで、治療してもらうんです。だから…あなたなんかにこの人を殺させやしない!」
今にも泣きそうな顔のくせに、毅然とした理緒の態度は郁未にあの古河渚の事を思い出させる。
思い出した途端、腹が立ってしょうがなくなってきた。
「威勢がいいわね…ムカつくわ…なら、二人まとめて殺してやる!」
郁未が薙刀を振り上げる。数秒も経たない内に自分の命を刈り取るであろう凶器を目の前にしても、理緒は目を逸らさずじっと殺人鬼の姿を睨んでいた。
薙刀の柄が、頂点まで上がった。
「…ダ、メだっ…逃げる…んだ、り…お、ちゃん」

306戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:30:18 ID:2oIWKPFI0
「――え?」
かすれた声が聞こえたかと思うと、理緒の後ろで倒れていたはずの橘敬介がうっすらと目を開けて唇を震えさせながらも声を出していた。
「橘さん! 良かった、生きて…」
理緒が振り向いて言葉をかけている途中。郁未の振り下ろした薙刀が理緒の肩を砕き、肉と骨を破壊し、その刃を体の中心近くにまで食い込ませていた。
「余所見してるなんて…舐められたものね、私も」
ドスの利いた声で言うと、刃の部分をぐりぐりと回し、更に肉を削り取ってゆく。
「り…!」
敬介が悲鳴を上げそうになるが、それを制するように理緒が笑う。
「わた、しなら大丈…夫です。まってて…下さい。もうすぐに、人を、呼んで、きま、す…!」
痛くないはずがなかった。意識が飛んでもおかしくないはずの激痛を理緒は必死で耐えていた。
既に片方の腕には脳からの命令が届いていない。動かない腕をもどかしく思いながら、まだ動く片方の手で自分の体から生えている薙刀の刃を掴み、固定する。
掴んだ手から血が噴出するが、理緒に痛覚はなかった。おかしくなっているのかもしれない。
「なっ…この、離しなさい…! ぐっ!?」
薙刀を抜こうとする郁未だが、まるで金縛りにあったかのように動かない。押しても引いてもびくともしなかった。
背を向けたままの理緒が、掠れた声で言う。
「邪魔です…! さっさと武器を捨てて…どっかに行って下さい!」
「くっ…ええいもう、じれったいわね!」
業を煮やした郁未が今度は鉈を取り出して理緒の背中へと打ちつける。背中を深く裂かれた体から力が抜け、薙刀を掴んでいた手がだらんと垂れ下がった。それを好機と捉えた郁未がここぞとばかりに薙刀を引き抜く。
「う…くうぅ…」
引き抜かれた反動で前へと押し出される理緒。しかし彼女は最期の力を振り絞り、敬介の体に覆いかぶさるようにして倒れた。終わりの終わりまで、彼女は仲間を守ろうとしていたのだ。
「り…お、ちゃん…済まない…」
「いい…ん…です。たちばなさんは…わたし、私が…まも――」
ずんっ。
敬介と理緒、二人ともがその音を聞いたのを最後に、意識を深い闇の底へと沈めていった。
「済まないだの守るだの…ごちゃごちゃとうるさいわね…死ぬなら黙って死にゃいいのよ」
重なった二人に上から薙刀を突き刺した郁未が、苦虫を噛み潰すように呟く。
殺すこと自体は楽だったが、精神的に疲れた。理緒の言葉の一つ一つに苛々していたせいかもしれなかった。

307戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:30:38 ID:2oIWKPFI0
「ふぅ…さて、そろそろ様子見に行きますか」
そろそろ来栖川綾香とあのオバサン――神尾晴子――との決着もついた頃だろうと思うので銃声の聞こえていた方向へと足を進める。その途中で、また銃声や叫び声が聞こえた。
どうやら、まだ決着はついていないらしい。
「ちぇ、案外役立たずなのね、あの綾香ってコは…それとも、あのオバサンが強いのかな?」
暢気に死闘の結末を予想しながら少しだけ早足で現場に急ぐ。
聞こえた銃声や声の大きさから、さほど距離は離れていない。流れ弾に当たらぬようやや腰を低くして綾香らを探す。
程なくして、森の片隅で未だに戦いを続けている神尾晴子と来栖川綾香を発見した。
よくよく見れば綾香の方はどこかを痛めたのか肩を押さえており、対する晴子はしっかりと銃の標準をつけている。黙って見ていれば殺されるのは、綾香に違いなかった。
「何よ、オバサンが勝ってるじゃない…仕方ない、助太刀するかな!」
不可視の力は制限されていて使えない。しかし当ててみせる。
大きく振りかぶって、手に持った鉈を晴子目がけて投げつけた。
くるくると回転しながら肉薄した鉈は狙い通りとまではいかなかったが、拳銃の引き金を引こうとしていた右手に深々と突き刺さっていた。
「うがぁああああああっ! ぐっ…ちくしょう! 何やこれ…! 後一歩やいうのに!」
「残念ね、オバサン」
     *     *     *
「今頃のこのこと…遅いのよ、この役立たず」
憎まれ口を叩きつつ綾香も立ち上がる。
「あら、せっかく助けてやったのに何よその言葉は」
「誰も助けてくれだなんて頼んでないわ」
「あらそう、じゃあ放っとけば良かった」
「ちっ…そのうち殺す」
「その言葉、そのまま返すわ。けど今はそれよりも――」
言いながら郁未が振り向く。そこにはいっぱいいっぱいの表情で鉈を引き抜いた晴子の姿があった。苦痛に顔を歪ませながらも、その表情から戦意は失われていない。
「…ええ、まずはこのオバサンを片付けなきゃ、ね」
二人が並び、郁未は薙刀を、綾香はトカレフを持って晴子の前に出る。一方の晴子は鉈を引き抜いたものの右手からの出血が激しく、すぐにでも止血しなければ危ない状態であった。
「クソッタレが…どいつもこいつもオバサン言いおってからに…! 神尾晴子や、覚えとけやボケ!」
不利な状況ながらも晴子は弱腰になることはない。娘の、観鈴のためにも晴子に負ける事は許されないのだ。
出血を続ける右手で、晴子はVP70を構える。

308戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:01 ID:2oIWKPFI0
「へぇ、その根性は認めるけど…一対二じゃいささか分が悪いんじゃないかしら?」
郁未が自信たっぷりに言う。心中で晴子は、そんな事わかっとるわアホ、と毒づく。
確かに、一対二では現状勝ち目は無い。しかもこの怪我だ、一旦退いて体勢を立て直すしかない。そのために逃げる『策』を、既に講じている。後は、運を天に任せるしかなかった。
「かかってきぃや、ウチは負けへんで!」
一喝。風すら一瞬止まったように、音が森から消えた。
「それじゃあ…遠慮なくいかせて貰おうかしら!」
掛け声と共に郁未が走り、綾香がトカレフを構える。
来る!
晴子にとって、人生で一番長い数秒が始まる。
現れた新手。先程鉈を手にぶち当てた技量から考えるに実力も相当なものだろう。
だが奴には奴が知らない情報がある。
晴子は空いた左手で自分の尻の下にあるS&W M1076を素早く掴む。先の戦闘で綾香が手放したものだ。
銃弾がまだ入っているかどうか、晴子にも分からないがそれは目の前の郁未も同じである。
入っていればよし。そうでなくてもブラフをかけられる。要は郁未の足を一瞬でも止められさえすれば良かった。
残る懸念に綾香のトカレフがあるが、所詮素人。外るも八卦、当たるも八卦だ。
こればかりは神頼みである。
(…勝負!)
右手のVP70で綾香に銃口を、左手のM1076で郁未に銃口を向ける。
「二人とも、いてまえぇ!」
「!? くっ…!」
いきなり向けられたM1076に驚き、反射的に飛び退いてしまう郁未。
カチッ。虚しく響く弾切れの音。
(ち、ハズレかい!)
だがVP70の方は弾が残っている。こっちは撃たせてもらう!
逃げながら放たれた一発。だがこちらは怪我をしているせいか弾は明後日の方向へと飛んでいく。にやりと笑った綾香が反撃の一発を放つ。
トカレフから放たれた銃弾が、晴子の左肩へと直撃する。
「ぐ…っ、あぁ…!」
鉈に続く二度目の激痛にせっかく手に入れたM1076を手放してしまう。口惜しかったが、命を落とすよりマシだ。
痛みに足をもつれさせそうになりながらも晴子は走り続ける。
「くそっ、逃がさないわよ!」
郁未が後を追おうとするが、後ろから綾香が引き止める。

309戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:22 ID:2oIWKPFI0
「…? 何のつもり? あのオバサンに肩入れするの?」
首を振って綾香は答える。
「放っておけばいいじゃない? どうせ相手は死に掛け、そのうち死ぬわよ。たとえ生きていたとしても、あのオバサンも乗った奴みたいだから他の奴らと勝手に潰し合ってくれるのならそっちの方がいいでしょ?」
郁未はしばらく腕を組んで考えていたが、それもそうね、と納得すると落ちていたM1076を拾う。
トリガーを引いてみるが弾は出ない。
「弾切れ…」
クソッ、と悔しがって地団駄を踏む。一方の綾香はまた痛み始めた肩をさすりながら、いつか晴子を自らの手で屠ってやろう、と思うのだった。
     *     *     *
戦闘が終わった後、綾香と郁未は敬介や理緒が持っていた荷物の回収をしていたが、その所持品のあまりの貧弱さに呆れていた。
「何よコレ…アヒル隊長? 何の役に立つっての? …あ、説明書があった」
郁未が理緒のデイパックの奥底で眠っていた説明書を読み漁っている間、綾香はノートパソコンを起動し、何か役立つものはないかと探していた。
「殆どまっさらね…これ本当に支給品なのかしら…ん? 何かしらこれ? ロワ…ちゃんねる?」
気になったので中身を覗いてみる。そこには他の参加者が立てたスレッドと思しきものがいくつかあった。
「なになに? 私にも見せなさいよ」
横からアヒル隊長を持った郁未も顔を出し、パソコンの画面に見入る。
「どうやらこの島限定の掲示板みたいね。スレッドも立てられるみたい」
今現在あるスレは、
『管理人より』
『死亡者報告スレッド』
『自分の安否を報告するスレッド』
の三つ。一番上にあるのは注意書きのようなもので、特に重要ではないだろう。次の『死亡者報告』は見ておく必要がある。
生き残りの数を確認しておくことでこれからの方針を変える必要性もあるからだ。それと、この情報の発信される速さを確かめる上でも。
綾香は後ろを振り向く。そこには郁未が殺した敬介と理緒の死体がまだ新鮮な血の匂いを放ちながら横たわっていた。もし本当にこれが主催者側によって立てられたものならこの二人の名前もリストに載っているはず。確認のために、綾香は郁未に聞く。
「ねぇ、あそこの二人の名前は分かる?」
「ん? ああ、確か…『たちばなさん』とか『りおちゃん』とか呼び合ってたわ。多分名簿の…この二人で間違いないと思う」

310戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:43 ID:2oIWKPFI0
アヒル隊長で遊ぶのをやめ、名簿を取り出して『橘敬介』と『雛山理緒』の名前を探し出して指差す。この二人の名前が載っていれば、信憑性は格段に高まる。
クリックして内容を見てみる。順番に見ていくと、ある人物の名前がそこに記されているのに気づいた。
「姉さん…!」
挙げられている名前の中に、『来栖川芹香』の名がはっきりと書かれていたのだ。
郁未は苗字と反応から察して、「探してたの?」と聞く。
「…ええ、一応はね。そうか、姉さんも殺されちゃったのか…」
残念そうな声ではあるが、それほど気にしたそぶりもない。姉妹仲が悪かったのだろうかと郁未は思ったが、「ああ、勘違いしないでよ」と綾香が続ける。
「仲は悪くなかったし、むしろ殺されて腹が立ってるわ…けど、もう私は人殺しの部類に入っているからかどうか知らないけど、もう、悲しみも何も感じなくなってきてるのよね。慣れてきたというか。それよりも、あのまーりゃんとかいう奴を早く見つけ出して、殺す…そっちの方が優先なのよ。ああくそ、あいつの顔を思い出したらまたムカついてきた…早くブチ殺してやりたい…!」
よほど屈辱的な目に遭わされたらしい。肩をいからせて熱くなっている綾香を尻目に、郁未はそのすぐ側に載っている鹿沼葉子の名前をじっと見つめていた。
(生き残ってみせるわ…必ず)
決意を新たにして、その先を読み進める。その最後尾、追加された死亡者の中に『橘敬介』と「雛山理緒』の名前が確かにあった。
「100%確実ね。これで放送を聞く必要もなくなった」
このパソコンさえあれば常時死亡者の最新情報が得られる。生き残りの数を正確に把握できるようになるというのは案外大きい。
「さて残りは…『自分の安否を報告するスレッド』か。参加者同士で連絡を取り合うって目的なんでしょうけど…」
スレを開こうとして、その先に広がっているであろう『絶対に助かる』だの『諦めてはいけない』だのといった偽善や欺瞞の声を想像してしまい綾香はため息をつく。
「嫌でも見るべきよ。ひょっとしたら安易に、どこかで会おう、とかの連絡が書き込まれてる可能性もあるわ」
「んなこと分かってるわよ…うるさいわね」
文句を言いながらスレを開く。そこにはやはり予想通りの言葉が一番最初に来ていた。
『みんな、希望を捨てちゃ駄目よ。生き延びて、みんなでまたもとの町へ帰りましょう!』
希望的観測もいいところの言葉にげんなりする二人。このままパソコンを叩き割ってやったらどんなに気持ちいいだろうかと考えたが、まだ続きはあるのでそのまま読み進める。
レスはまだ最初のものも含めて二つしかなかった。
天野美汐なる人物によれば、

311戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:32:06 ID:2oIWKPFI0
2:天野美汐:一日目 18:16:21 ID:H54erWwvc

皆さん気をつけてください!
最初は友好的に近づいてきたのに、いきなり態度が急変して襲われました。
なんとか逃げることが出来て、今これを見つけて書いています。
確か名前は「橘敬介」って名乗っていました。
トンカチを隠し持っていると思います。
真琴、相沢さん、どうかご無事で。

と書かれていたが、郁未が先程の戦闘で敬介を倒してしまったためどうでもよい事柄になってしまっていた。
あるいは『橘敬介』が偽名を用いている可能性もあるし、そもそもこの『天野美汐』自体が嘘である可能性もある。
つまり警告を発している『天野美汐』が一概に危険人物ではない、とは言い切れないのだ。
ともかく、この名前を騙る人物が現れたら問答無用で攻撃したほうがいい、という結論に二人は達した。
見終えるとパソコンを終了させ、二人は荷物をまとめ始めた。途中で、綾香は疑問に思っている事を郁未に尋ねた。
「思ってたんだけど…そのアヒル隊長、結局何なの?」
「ああ、これ? 別に。ただの玩具。ハズレよ」
言うだけ言うとさっさとアヒル隊長をデイパックに仕舞い込む。ならどうして捨てないのかと不審に思ったが、すぐにどうでもいいかと思い直しこれ以上問わないようにした。
綾香はパソコンいじりで気づいていなかったが、郁未は残された説明書からこれが時限爆弾である事を知っていた。
しかも綾香が気づかなかったのをこれ幸いと、爆弾の秘密を隠すことにしたのだ。いざとなれば、郁未はこれで綾香を吹き飛ばすつもりであった。
最も、タイムリミットがあったから上手くいくかどうかは分からなかったが。
「さて荷物もまとまった事だし、どこか寝床を探さない? 一日歩いてくたびれたんだけど」
「そうね…そうしましょう。けど、寝首を掻くなんて考えないほうがいいわよ?」
まさか、と郁未は笑い飛ばす。今、協力者は一人でも多いほうが良い。むざむざそれを減らすような真似はしない。それは郁未の本心だった。
そして、その思いは綾香も同じであった。先程のは警告のために言っておいたまでだ。

二日目が始まった森の中で、まだ険悪な雰囲気を交えながらも二人は並んで歩き出した。

312戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:32:37 ID:2oIWKPFI0
【時間:2日目午前1時30分】
【場所:G−3】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り7)、支給品一式】
【状態:右手に深い刺し傷、左肩を大怪我、逃走】
雛山理緒
【持ち物:なし】
【状態:死亡】
橘敬介
【持ち物:なし】
【状況:死亡】
来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(0/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(5/8)・ノートパソコン、支給品一式】
【状態:興奮気味。腕を軽症(治療済み)、肩に軽い痛み。麻亜子と、それに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている】
天沢郁未
【持ち物:アヒル隊長(11時間後に爆発)、鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】
【状態:右腕軽症(処置済み)、ヤル気を取り戻す】

【その他:鋏、支給品一式は放置。(敬介の支給品一式(花火セットはこの中)は美汐のところへ放置)。トンカチは森の中へ飛んで行きました】
→B-10

313タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:18:59 ID:G1gJI6DI0
静まり返った平瀬村工場作業場の中、環は独り、かつてない速度で思考を巡らしていた。
敬介や英二の志を継ぐと決めた自分は決して歩みを止めるつもりは無いが、道がまだ見えていない。
これから先の戦いを生き抜くには、自分が何を出来るのか、何をすべきかきちんと見定めなければならないのだ。

まずは戦闘面に関してだ。
自分は並の男など遥かに凌駕する運動能力を有してはいるが、この島に来てから既に何度も敗れている。
幾ら優れてるとはいえ自分は一般人の範疇を出ておらず、柳川祐也やリサ=ヴィクセンのような常識外れの存在とは比べるべくもない。
そしてあの宮沢有紀寧のように、どのような手段を用いてでも勝利してみせるといった、一種の覚悟も出来ていない。
特に銃器の扱いに秀でている訳でも無い自分は、こと戦闘に関しては中途半端な能力しか持ち合わせていないのだ。
それでも『集団の中の一人』としての役割程度なら十分果たせる筈であるが、一人で皆を守るといった芸当は到底不可能だろう。
……戦闘に関する考察は、これで終わりだ。
一日二日程度で銃器の扱いに熟達出来る訳が無いし、有紀寧のように卑劣な手段を用いるつもりもない。
これ以上この事で頭を悩ませても、時間の無駄だった。

次に思考能力の面で、自分は何を出来るのか。
(よく考えなさい向坂環……自分自身が秘めている可能性について……未来に残されている筈の希望について……)
これまで生きてきた中で、勉強で誰かに遅れを取る事は少なかった。
運動面に於いても知能面に於いても、常に学年トップクラスであったが――それだけだ。
所詮は『優れている』というだけであり、『桁外れ』と言えるような物は何も無い。
しかし逆に考えれば、一つに特化していない人間だからこそやれる事がある筈だ。
何事もソツなくこなせるという一点だけに関しては、自分は誰にも負けていない。
それこそが自分の秘めた可能性であり、現状を打ち破り得るものだ。
固定観念を捨てろ。
様々な視点と柔軟な思考により現状を見つめ直して、膨大な情報の山に埋もれている打開策を見つけ出せ。
考えろ。
考えるという誰でも出来る行為を、誰よりも上手くやってみせろ。
まずは要点を纏める事だ。
自分達の最終目標は主催者を打倒し、出来るだけ多くの仲間と共に生還を果たす事。
その為に必要な条件は、

314タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:20:12 ID:G1gJI6DI0
・戦力の増強
・ゲームに乗った人間への対処
・情報把握
・首輪の解除

この四点に絞られるだろう。
まずは一つ目、戦力の増強について。
主催者はたった一晩のうちに120名もの人間を拉致し、この孤島に集めてみせた。
それは決して少人数で行える事ではなく、多数の人員若しくはそれに匹敵する戦力を保持している筈である。
ならば必然的に、こちらも対抗出来るだけの戦力を集めなければならない。
しかしそこで問題になってくるのが、ゲームに乗った人間への対処である。
拡声器のような物でも探し出せば簡単に多数の人間を集められるだろうが、その中にやる気になっている者が紛れ込んでいる可能性もある。
勿論自分としては、そんな人間などいないと信じたいのだが……
(駄目ね。これは私一人で考えるべき問題じゃないわ)
これまでの失敗を省みると、そう判断するのが妥当と言わざるを得ない。
岸田洋一に騙されて不覚を取った自分が、この事に関して妥当な解決策を見出すのは不可能だろう。

次に三つ目、情報把握について。
自分達にはまだまだ色々と知らない事が多過ぎる。
まず、今自分達がいるこの孤島は何処なのか?
環が考えるに、少なくとも日本国内では無い――つまり、沖木島では無い。
これだけ人が住む環境が整っている島である以上、以前は人が住んでいたのだろう。
しかしゲームが始まって以来、参加者以外の姿など一度も目にしていない。
多くの住民を追い出したりしてしまえば、間違いなく表沙汰となる筈だ。
それに世界一治安が発達している日本の領土内で、こんな大規模な殺し合いを行うなど不可能。
そうなるともう、この島は日本でない何処かにあると判断しざるを得なくなる。
もし此処が海外ならば、安易な手段で脱出しようとするのは危険過ぎるだろう。

315タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:21:12 ID:G1gJI6DI0
仮にこの島が、太平洋の中央付近にあるとする。
その場合、泳いで脱出するという選択も、設備の整っていない船を用いるという選択も、ただの自殺行為でしかなくなるのだ。
最低でも自分達の現在地を把握する必要がある。
この島がある場所を知らされている参加者などいないだろうから、もう主催者側から情報を盗み出す――即ち、ハッキングを行うしかない。
主催者を打倒するのにも、もっと情報が必要だ。
孫子の兵法には『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』という言葉がある。
相手戦力の正確な把握、敵の居場所の把握、この二点は絶対に外せない。

しかしハッキングは姫百合珊瑚が既に一度試みたものの、主催者にバレてしまい失敗したという話だ。
機械が苦手な自分では技術的な事など分からないし、珊瑚のハッキングは完璧だったと仮定して考察を進めてみる。
前回参加者の遺したCDを用いたハッキングが、どうしてバレてしまったのか?
一つ目――『前回からセキュリティがまったく変わってないとは限らない』という珊瑚の主張。
この可能性も勿論無いとは言えないが、恐らく外れだろう。
政府の要人とも繋がりがある両親から聞いた事がある……数ヶ月前に起きた謎の集団失踪事件を。
それはほぼ間違いなく、前にあった殺し合いの事だろう。
そして前回から僅か数ヶ月しか経っていないのなら、セキュリティがそれ程向上しているとは考え難い。

二つ目――各施設内部を中心に設置されているカメラにより発見された可能性。
こちらが正解なように思える。
珊瑚達はハッキングがバレるまでカメラの存在に気付いていなかったのだから、主催者側に情報が筒抜けとなっていた筈。
ハッキングしている珊瑚達を特定出来たのは、カメラによる監視のおかげと考えるのが妥当だ。
ではカメラの存在を知った今、監視の目を逃れるにはどうすれば良いのか?
答えは簡単、周りにカメラを隠せるような物が一切無い場所で、ハッキングを行えば良いだけだ。
そうすれば今度こそ主催者の不意を突き、情報をあらかた盗み出せる筈だが――

316タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:22:18 ID:G1gJI6DI0
(本当に主催者の監視手段はこれだけなの……?)
何かが引っ掛かる。
主催者は絶対の自信があるからこそ、ハッキングに失敗した珊瑚を敢えて見逃した筈なのに、余りにも簡単過ぎるのだ。
こんな時こそ冷静に、様々な視点――例えば主催者側の立場から考えてみるべきだ。
もし自分が主催者だったとしたら、ハッキングに対してどのような対策を取るか?
カメラや盗聴機による監視だけでは足りない。
首輪に仕掛けている盗聴機は比較的容易に発見されてしまうし、カメラだって映せる範囲は限られている。
両方とも有効な防御策ではあるが、それだけでは絶対の安全など保障されないのだ。

……自分なら、そもそもノートパソコンを設置したりしない。
ハッキングに使える道具自体を支給しなければ、自ずと脅威は消滅する。
そうだ、どうして主催者はわざわざノートパソコンを設置したりのだ?
敢えて危険を冒してまでノートパソコンを準備したのには、必ず大きな理由がある。
敵の偽装には目もくれず、真実だけを追い求めろ。
どうして主催者は――そこで環は、ある結論に思い至った。
(そうか……そういう目的だったのね。それなら全てに説明が付く……これで、間違いないわ)
ようやく確信を得た環は、居ても立ってもいられなくなり、屋根裏部屋へと駆け出した。

   *     *     *    *     *     *

317タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:24:44 ID:G1gJI6DI0
一方、屋根裏部屋では倉田佐祐理が怪訝な表情を浮かべていた。
「…………?」
佐祐理の眺め見る先では珊瑚が、ほしのゆめみの亡骸を工具で弄っていた。
圧倒的な速度で作業を進める両手、鬼気迫るといった表現が相応しい顔付き。
しかしゆめみのボディーは損傷が酷く、とても修理出来るような状態には見えない。
専門的な設備があればまた別かも知れないが、少なくともこんな寂れた孤島では直せないだろう。
そしてそんな事は珊瑚自身が一番良く分かっている筈である。
まさか珊瑚は次々と仲間が死んでしまった所為で、冷静さを失ってしまっているのでは――
そんな疑問が、佐祐理の脳裏を過ぎる。

やがて珊瑚は手を止めると、ゆめみの内部からチップのような物を拾い上げた。
「ふぅ〜、やっと終わったぁ……」
「珊瑚さん、何をやってらしたんですか?」
佐祐理が訊ねると、珊瑚は視線を伏せて、寂しげな声を漏らす。
「これはな、ゆめみのメモリーやねん」
「え?」
愛しげにゆめみのメモリーを抱き締めながら、続ける。
「もし上手く帰れたら、ゆめみのメモリーを修理して、新しい体も造ってあげようと思ってん。
 ウチの知らない技術も使われてるから凄い時間が掛かるやろうけど……ゆめみは大事な友達やから、最高のボディーを造ってあげるねん」
「珊瑚さん……」
佐祐理はようやく、自分の判断が誤りであったと気付いた。
何の事は無い。
珊瑚は冷静に現実を受け止めた上で、希望を捨てずに最良の行動を取っていたのだ。

場に蕭やかな雰囲気が漂うが、そこで突然、背後から良く響き渡る澄んだ声が聞こえてきた。
「珊瑚ちゃん。お疲れの所悪いけど、もう一仕事頼めるかしら」
一同が振り向いた先では、環が腰に手を当てたまま悠然と直立していた。

318タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:27:03 ID:G1gJI6DI0
   *     *     *    *     *     *

『ノートパソコンを分解して欲しいだと?』
環の突拍子も無い提案を目にして、柳川祐也は眉を顰めながらも返事を紙に書き綴った。
環は強く頷いた後、珊瑚の方へと視線を移した。
『はい。これは機械に詳しい人――珊瑚ちゃんにしか出来ない事です』
『ええけど……分解なんてして、どないするん?』
事情が理解出来ぬのは珊瑚とて同じ。
しかし環はゆっくりと首を振って、紙にペンを走らせた。
『ごめん、それはまだ言えない……先入観を持ってしまうと、視野が狭くなってしまう。私の考えが間違っている可能性もあるから、思考を一方向に絞らない方が良いわ。
 悪いけど、珊瑚ちゃんは何も聞かないでノートパソコンを分解して頂戴』
論点の中心を覆い隠したその言い方に、珊瑚の疑問はますます深まってゆく。
しかし何も考えずにこんな事は言わぬだろうと判断し、珊瑚は大人しくノートパソコンの分解作業に取り掛かった。


佐祐理が肩の傷口から伝わる苦痛に表情を歪めながらも、何とか文字を書き綴る。
『佐祐理達も事情をお聞きしてはいけませんか?』
『順を追って説明していくから、佐祐理と柳川さんにはその事についてよく考えて欲しい。
 二人が私と同じ結論に到達するかどうか試してみたいの。二人が別の結論に達したら考え直さないといけないし、同じ結論に達したならますます確信が深まる』
『……ちょっと待て、主催者はカメラで各施設を監視しているのだろう? なら屋内で大事な話をするのは不味いんじゃないか』
『それは心配無いと思います。此処に監視カメラが設置してあるなら、前回参加者が遺してくれたCDも、とっくに撤去されてしまっている筈ですから』
柳川の懸念を解消してから、環は続けた。
『考えてみて下さい。どうして主催者は、わざわざノートパソコンを準備したりしたのでしょうか? 珊瑚ちゃんの機械に関する実力くらい知っていた筈なのに』
柳川は顎に手を当てて暫しの間考え込んでから、己の見解を書いた。
『主催者の事だ。俺達がどんな抵抗をしようとも叩き潰せる自信があるから、敢えて希望を持たせて嘲笑っているんじゃないか?
 ハッキングが発覚した後も姫百合を生かしておくのは、そういう事だろう』
主催者はやろうと思えば、いつでも珊瑚を殺しハッキングの危険性を排除出来た筈。
そうしないのは、絶対の自信があるからだとしか思えない。
柳川の意見を受けて、佐祐理がペンを握り直した。
『主催者は相当の自信家だとは思いますが、島中に監視カメラを設置したりする程慎重な方でもあります。
 ”ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもの”と明言していますし、警戒はしているんじゃないでしょうか』
それは確かに、その通りだった。
主催者が絶対の自信を持っているのは間違いないが、ハッキングを警戒しているのもまた事実だろう。
しかし、それでは――

319タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:28:04 ID:G1gJI6DI0
『主催者は一体どういうつもりだ? 何故ハッキングを恐れているのに、姫百合を生かしておくんだ? 何故ノートパソコンを準備したんだ?』
明らかに矛盾している。
ハッキングを防ぐには、珊瑚を殺すのが一番確実で手っ取り早い。
それなのに殺さず、ハッキングに使えるノートパソコンまで準備したのは、どういう事か。
珊瑚を殺さない理由は、まだ少し分かる。
自分のように明らかな反主催の姿勢を取っている人間も、野放しにされているのだ。
どんな事情があっての事かは知らないが、主催者は極力参加者を自分の手で殺したくないのだろう。
しかしわざわざノートパソコンを準備したのは、どう考えても蛇足に過ぎる。
『ロワちゃんねる』の為に用意したという訳では無い筈だ。
掲示板上で行われた宮沢有紀寧による扇動は確かに戦闘を激化させたが、あの出来事が無かったとしてもゲームの進行に支障は出なかっただろう。
『ロワちゃんねる』はあくまで偽装であり、真の狙いは他にあると考えるべきだ。

ハッキングの道具を敢えて準備した理由は何だ?
珊瑚程の技術力があれば一からパソコンを組み立てる事も可能だろうが、わざわざその手間を省いた狙いは?
一体何を考えて、自分達を脅かす存在の手助けなどしたのだ?
ハッキングの手助け……
道具の準備……

「――――!」
そこまで考えた瞬間ある推論が思い浮かび、柳川は目を大きく見開いた。
今すぐ口に出したい気分だったが、何とかそれを押し留めて、紙に書き殴る。

320タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:29:06 ID:G1gJI6DI0
『つまりこういう事か? ”主催者の準備したパソコンには、細工が施されている”
 こちらの動きが筒抜けとなってしまう道具を使わせる為に、主催者は敢えてパソコンを準備した』

それを見た佐祐理が、驚愕に顔を引き攣らせるのとほぼ同時。
珊瑚が小さい長方形状の物体を持って、こちらに歩いてきた。

『こんなん……混じってた……』
その物体が何なのか、珊瑚以外はまだ分かっていないのだが――それは主催者の準備した、特殊な発信機だった。
主催者はノートパソコンに発信機を植え付けて、島中に配置した。
細工を加えられているとは言え、普通に使う分には問題無い。
しかしネットワークシステムにアクセスしようとした瞬間、ノートパソコンから信号が発信される。
故にノートパソコンを用いてネットワーク上で行われている行為は、全て主催者側に筒抜けとなってしまっていたのだ。

321タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:29:40 ID:G1gJI6DI0
【時間:3日目3:20】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態②:内臓にダメージ、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:驚愕、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】

→844

322Resistance:2007/05/19(土) 01:11:06 ID:toDWmUZw0
「…………っ」
湯浅皐月は激しく脈動する心臓を必死に鎮め、ともすれば萎縮しかねない精神を抑え込もうとする。
眼前には最悪の襲撃者であり、同時に主催側の人間でもある醍醐が薄ら笑いを浮かべながら立っている。
打ち倒された高槻は未だ地面に倒れ伏せており、今も聞こえてくる呻き声が彼の被害状況を物語っていた。
絶望的な状況に置かれている皐月だったが、それでも何とか打開策を模索しようとする。

このまま交戦を続けるのは、間違いなく愚策に過ぎるだろう。
銃も無いし負傷もしている自分達では、最早勝ち目は零に近い。
次に思い付く選択肢は逃走だが、先程醍醐が見せた巨体に似合わぬ俊敏な動き。
自分一人でも逃げ切るのは厳しいし、ましてや高槻と郁乃を連れて逃げ切るなど不可能だ。 
となれば、残された手段は一つ。
ポケットに仕舞い込んだ青い宝石へと手を伸ばし、強く握り締める。

(これを渡すしか無いの……?)
醍醐の言葉を素直に信じるのならば、青い宝石さえ譲渡してしまえば、自分達は助かる筈だ。
――だがしかし、本当にそれで良いのか?
幸村俊夫、保科智子、笹森花梨。
彼らは全員が全員、少年という圧倒的な存在から仲間を、青い石を守る為に、その命を散らせてしまった。
三人分の命を背負って生きている自分が、此処で屈服してしまって本当に良いのか?
そう考えてしまうと思考は逡巡の一途を辿ってゆき、どうしても即断を下す事が出来ない。

323Resistance:2007/05/19(土) 01:11:43 ID:toDWmUZw0
そしてその迷いは、醍醐にとって絶好の隙。
「ふん、考え事をしている暇などあると思ってるのか!?」
意識が逸れていた皐月は、聞こえてきた怒号に遅まきながら視線を戻すも、既に醍醐は目前まで迫っていた。
上方より空気を切り裂きながら振り下ろされる、恐ろしい迫力を伴った特殊警棒。
「くぅ――――」
咄嗟の判断で横にステップを踏んだ直後、それまで皐月の背後にあった壁が大きく削り取られる。
まるで削岩機。信じられない程の威力を見せ付けられ、皐月の意識が一瞬硬直する。
しかしとにもかくにも、何とか一撃は躱す事が出来た。
このまま一旦距離を取るか――冗談じゃない。此処で逃げるのは臆病且つ愚か者のやる事だ。
こちらを侮っていたのか、必要以上の大振りを行った敵は今や隙らだけなのだから。

「ブッ・コローーーース!!」
醍醐の顔面に狙いを定め、大きく踏み込みながら高速の正拳突きを放つ。
醍醐は未だ余裕の表情を崩さず、片腕のガードでそれを受け止めようとしていた。
しかし皐月は醍醐の腕を軽く殴るに留め、すぐに次の動作へと移った。
「ガァァッ!?」
どんな人間であろうと決して鍛えようの無い部分がある――故に皐月は、上方に気が逸れた醍醐の金的を、躊躇無く思い切り蹴り上げた。
続いて身体が折れた醍醐の懐に素早く潜り込み、間髪置かずに襟元と胸元を掴む。
いざという時に信用出来るのは、小手先の小細工よりも洗練された技術。
常日頃より宗一相手に行ってきた、自分が持つ最大の必殺技。
その名も――

324Resistance:2007/05/19(土) 01:13:30 ID:toDWmUZw0
「メイ=ストォォォォォムッ!!」

醍醐の下腹部を思い切り足裏で蹴り上げ、そのまま投げ飛ばそうとする。
上段への攻撃に意識を持たせ金的ヒット、下がった襟を掴んでの巴投げに移行する。
ここまでの流れは文句の付けようが無い程完璧だった。
屈強な職業軍人であろうとも、不意を突かれた上に体勢まで崩されてしまっていては、碌に受身すら取れないだろう。
「グ――おおおおっ!!」
「……えっ!?」
しかしそれはあくまで一般的な軍人相手の話であり、怪力を誇るこの男にまで共通するような事柄では無い。
醍醐は皐月の腕を掴み取り、投げ飛ばされかけていた身体を強引に押し留めたのだ。
そのまま密着状態から当身を放ち、皐月を弾き飛ばす。

「痛ぁっ……」
地面に尻餅を付いた皐月の瞳に、特殊警棒を握り締めた醍醐が映った。
転んだ反動で皐月のポケットから青い宝石が零れ落ちていたが、醍醐はそれに見向きもしない。
先程までは油断していたのだろうが、最早醍醐の表情からは笑みが消えている。
世界中の外人傭兵を震え上がらせる程の怪物が、正真正銘本気で自分を殺しに来る。
「こんな所で――」
那須宗一の、ゆかりの仇を討てぬまま、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
皐月は最後まで諦めずに横に飛び退こうとするが、本気となった醍醐は残酷な程に冷静だった。
「逃がさんぞ、ガキがっ!」
回避動作を取っている皐月の懐に、疾風と化した醍醐が潜り込む。
醍醐は腰を横に捻り、反動をつけて横薙ぎに特殊警棒を振ろうとする。
確実に距離を詰めてから放たれる必殺の一撃、それは皐月にとって回避も防御も不可能な死の狂風だ。

325Resistance:2007/05/19(土) 01:14:26 ID:toDWmUZw0
しかしそこで突然白い物体――ぴろが、醍醐の足元に飛び掛った。
「ふにゃーっ!」
「ぐおっ!?」
足を乱暴に引っ掛かれた醍醐は、予期せぬ痛みに一瞬動きが鈍る。
その隙に皐月は何とか後ろに飛び退き、醍醐の警棒から身を躱す事が出来た。
ぴろは決死の突撃を敢行し、圧倒的な脅威から主人の命を救ったのだ。
しかしその代償は余りにも、大きかった。

「この……野良猫があああっ!」
「ふにゃぁぁぁ!?」
戦闘狂の醍醐からすれば、折角の真剣勝負を横から邪魔されては堪らない。
醍醐は怒りの形相を露にすると、未だ自分の足元に張り付いていたぴろを掴み上げた。
そのまま腕に力を籠め、ぎりぎりと万力のようにぴろの身体を締め上げてゆく。
皐月が声を上げる暇も無い。
ぐしゃりと嫌な音がして、ぴろの身体はトマトのように、呆気無く潰された。

醍醐はかつてぴろだった物体を投げ捨てると、事も無げに吐き捨てた。
「ふん。下等な動物如きが俺の戦いを邪魔するから、こういう事になるのだ」
「あ…………ああ……」
眼前で起きた出来事を脳が認識した途端に、皐月の四肢から力が抜けてゆく。
自身の震える奥歯同士が激しくぶつかり合い、不快な音響を奏でる。
あの時と――少年に二度襲われた時と、同じだ。
少なからず修羅場慣れしており、多少は体術の心得もある自分こそが、皆を守らないといけなかったのに。
また、何も出来なかった。また、庇われてしまった。
こんな自分とずっと一緒にいてくれたぴろさえも、助けられなかった。
皐月は脱力感に身を任せ、そのままぺたりと地面に座り込んでしまった。

326Resistance:2007/05/19(土) 01:15:54 ID:toDWmUZw0
「どうしたガキ? もう抵抗せんのか?」
醍醐が声を投げ掛けてくるが、それは皐月の意識にまで届かない。
今や皐月の心は、無力感と後悔と罪悪感で、覆い尽くされていたのだ。
「……ちっ。それなりにやる女だと思ったが、どうやら俺の勘違いだったようだな。
 青い宝石は無事手に入ったが――下らん任務だった」
醍醐は心底不愉快げにそう呟くと、地面に落ちている青い宝石を鞄へ放り込んだ。
続けて皐月の眼前にまで歩み寄り、おもむろに特殊合金の警棒を振り上げる。



「ぐぅ……くそっ……」
醍醐に腹部を強打された高槻だったが、気力を振り絞り、何とか自力で立ち上がっていた。
しかしそれで限界。未だに膝はガクガクと揺れ、足に力が入らない。
(やべえ……このままじゃ湯浅までやられちまうっ!)
高槻の前方では、既に醍醐が特殊警棒を天高く掲げている。
今から飛び掛っても間に合わないし、奇跡的に間に合ったとしても返り討ちにされてしまうのオチだろう。、
もう少し時間を置かねば、自分の衰弱した身体では肉弾戦など不可能だ。
しかしコルトガガバメントは周囲を覆う薄暗い闇の所為で見失ってしまい、何処にあるか分からない。

――絶望。
そんな言葉が、高槻の脳裏を過ぎる。
だがそんな折、生死を共にした相棒の鳴き声が真横より聞こえてきた。
「ぴこっ……ぴこっ……!」
相棒――ポテトの口には、コルトガバメントがしっかりと咥えられている。
ぴろと同様、ポテトもまた主人の危機を察知し駆けつけてきたのだ。

327Resistance:2007/05/19(土) 01:17:26 ID:toDWmUZw0
「ポテトォっ!」
高槻は素早い動作で銃を受け取ると、それを醍醐の背中に向けて構えた。
ようやく異変に気付いた醍醐がこちらへ振り向くが、高槻は既に攻撃の準備を終えている。
「食らえっ! 俺の銃弾を食らえっ! このドグサレがッ!!」
唇真一文字に噛み締めて、攣り切れんばかりにトリガーを引き絞った。
醍醐は一瞬で銃口の向きを読み取って回避に移ったものの、初動の遅れが災いして避け切れない。
「グおおおッ!!」
響く濁声。強襲を掛けた一発の銃弾は、醍醐の無防備な耳朶を貫いていた。
高槻は防弾チョッキに守られた胴体部よりも頭部を狙うべきだと判断し、一瞬で狙いを切り替えていたのだ。
ようやく傷を負わせられたのだが――高槻の表情は晴れる所か、益々険しいものに変わってゆく。
醍醐を狙った時点で、コルトガバメント内に残された銃弾は残り二つだった。
その内の一つを絶好の好機に注ぎ込んだ成果が耳朶一つでは、余りにも割が合わなさ過ぎる。

そんな高槻の内心など意にも介さず、手痛い一撃を受けた醍醐は怒りに筋肉を怒張させる。
「高槻ぃぃぃ! 貴様よくもぉぉぉぉっ!!」
「……ッ」
醍醐は狙いをこちらに変え、ダンプカーの如き凄まじい勢いで突進を仕掛けてきた。
あの怪物を残された僅か一発の銃弾で止めるなど、とても無理だ。
迫る死に、圧倒的な敵に、高槻の心が折れそうになる。

だがしかし――負けられない。
自分は沢渡真琴に救われたおかげで、今もこうして生きていられる。
自分が此処で負けてしまっては、真琴に申し訳が立たない。
自分が此処で負けてしまっては、皐月も郁乃も殺されてしまう。
何より、全ての元凶である主催者の手下には、絶対に負けてはいけないのだ。
(そうだ……俺は負けられねえッ!)
まだ弾は一発残っている――醍醐を打倒し得る可能性は潰えていない。
中途半端な距離で引き金を絞っても、この敵にはまず当たらないだろう。
狙うなら超至近距離、醍醐が攻撃してくるその瞬間に銃弾を叩き込む。
それは下手すれば――否、奇跡が起こらぬ限り、良くて相打ちにしかならぬ選択肢。

328Resistance:2007/05/19(土) 01:19:24 ID:toDWmUZw0
『――控えよ、醍醐っ!!』
だが接触の寸前、醍醐の胸元より発された大喝一つで、二人の意識は凍り付いた。
声だけだというのに、何という圧倒的な威圧感。高槻には直感で分かった。
この声の主こそが全ての元凶にして黒幕――主催者、篁財閥総帥だ。
醍醐は慌てて高槻から距離を取ると、胸元の無線機に手を伸ばした。
「そ、総帥っ!? それは一体……」
『青い宝石はもう手に入れたのだろう? ならばそれ以上の戦いは不要であろう。
 私が下した命令を忘れた訳ではあるまい? こんな所で時間を無駄遣いせず、島中に散らばっている想いを回収してくるのだ』
「……ハ、ハハアッ!!」
興奮にアドレナリンを噴き出さんばかりの勢いだった醍醐が、あっさりと武器を仕舞い込む。
あれ程の実力と激しい気性を併せ持った狂犬が、ただの一言二言でだ。

その様子を目の当たりにした高槻は、心の奥底より沸き上がる動揺を隠し切れなかった。
自分は常識外れの存在――不可視の力を操る者達と面識があるが、そんな連中ですら主催者の足元にも及ばないだろう。
あの狂犬を声一つで制御し切るなど、Class Aの能力者でも不可能に違いないから。
「高槻ぃぃぃ! 覚えておけ、貴様は絶対に俺が殺してやるぞおおおおっ!!」
醍醐は般若の如き形相でそう叫ぶと、くるりと踵を返して駆け出した。
命を拾う形となった高槻は追撃を掛ける事も出来ず、ただその背中が闇に消えていくのを眺めるしか無かった。



329Resistance:2007/05/19(土) 01:20:38 ID:toDWmUZw0


「高槻……皐月さん……」
戦闘が終わったのを見計らって、郁乃が奥の寝室から姿を見せた。
銃が一つしか無い現状では郁乃は足手纏いにしか成り得ない為、高槻が待機を命じていたのだ。
郁乃の眼前に広がっている光景は、正に地獄絵図そのものであった。
粉々に砕け散った家具、大きく削り取られた壁、そしてぴろの亡骸を抱きかかえている皐月。
郁乃は車椅子の車輪を回し、皐月の傍にまで近寄った。
「ぴろ……ごめんね……」
呟く皐月の顔は悲痛に歪んでおり、普段の勝気な印象は欠片も見当たらない。
戦いの一部始終を見ていた訳では無い郁乃だが、すぐに何が起こったかを悟った。
要するに――ぴろは皐月を救う為に襲撃者と戦って、殺されてしまったのだ。

皐月は自身の腕が血塗れになるのも構わずに、ぴろを強く抱き締める。
「ごめんね……あたしと一緒にいなきゃ、ぴろは死なずに済んだのに……」
高槻はそんな皐月の肩にぽんと手を置いて、言った。
「そう言ってやるな……そいつは精一杯主人を守り抜いたんだ。きっと満足しながら逝ったんだろうぜ……」
「ぴろ……ぴろッ……!」
高槻の一言で堤防が決壊し、皐月は嗚咽を上げ始めた。
戦場跡の様相を呈している民家の中に、少女の啜り泣く声だけが虚しく響き渡る。
仲間が死んだ悲しみに、醍醐への怒りに、主催者に対する戦慄に、高槻は強く、強く――拳を握り締めていた。

330Resistance:2007/05/19(土) 01:24:19 ID:toDWmUZw0
【時間:三日目・0:00】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:嗚咽、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:1/7)、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:様々な感情、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:岸田、醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:悲しみ】
ポテト
 【状態:健康】
ぴろ
 【状態:死亡】

醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光4個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失、股間に軽い痛み、怒り】
 【目的:まずは島に散在する『想い』を集める、余計な交戦は避ける。篁の許可が降り次第高槻を抹殺する】


【時間:三日目・0:00】
【場所:不明】

【所持品:不明】
【状態:健康】

【備考:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は高槻達が居る家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】

→794
→849

331Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:58:21 ID:PukRcWyo0

「行きなさい」

言葉は無情だった。
七瀬留美は一片の感情も浮かべることなく、そう告げていた。

「な……!?」
「おい、そりゃあ……」

すぐに抗議するような声が上がる。
藤井冬弥と鳴海孝之だった。

「……あんたたちに、何ができるの」

周囲を油断なく見回しながら、七瀬が短く応える。
二人の異論を封殺するような、冷淡な声音。

「これまであんたたちに、何ができたの? ……あたしの手間が増えるだけよ」
「それ……は」
「けど、俺たちだって……」

口の中で呟くような二人の声は、反論の体をなさずに消えていく。
七瀬の言葉は、紛れもない事実であった。
黄金の鎧の少女、黒い三つ揃いの老爺、オーラを放つ青年、そして半獣の少女。
それらとの戦いのすべてにおいて、二人は文字通り、手も足も出なかった。
繰り出す仲間が次々と屠られていくのを、指をくわえて見ていただけだった。
危ないところを七瀬にかろうじて助けられ逃げ回る、それだけが藤井冬弥と鳴海孝之のしてきたことだった。

「囲みの薄そうなところを、あたしが切り開く。……首根っこ引っ掴まれなきゃ、逃げることもできない?」

ばきり、と乾いた音が響いた。
七瀬が手近な木の枝を折り取った音だった。
ちょうど人の腕ほどの長さの枝を、七瀬は小さな風切り音をさせながら何度か振り、感触を確かめるように握りなおす。

「で、あんたたちは逃げる。最後にあたしはこいつらを片付けて、すぐに追いつく。……問題ないわね」
「お、大ありだっ!」

332Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:58:42 ID:PukRcWyo0
周囲の梢の間から覗く無数の反射光に怯えながらも、冬弥が口を挟む。

「い、いくら七瀬さんだって、こんな数を相手にしたら……!」
「―――じゃあ、あなたがいればどうにかなるんですか、藤井さん」
「……!」

敬語が、ひどく冷たく聞こえた。
木洩れ日の中、背を向けた七瀬の後ろ姿が、ひどく遠く感じられた。
無意味な反発だと分かっていた。
実際に自分たちには何の力もないと、足手纏いでしかないのだと理解しては、いた。
しかしそれなら、藤井さん、ではなくヘタレども、と。
グズグズ抜かすなさっさと行けと、一喝してほしかった。
命令ならば従うこともできた。
開けられた距離が、悲しかった。

「……もうやめておけ、藤井君。悔しいが、教官の言うとおりだ」

背後からかけられた孝之の声に、肩に乗せられたその手に、冬弥は喉から出そうになっていた言葉を押し留める。
代わりに、血が滲むほど強く、拳を握り締めた。
そんな冬弥の様子をどう見たものか、孝之は七瀬にも声をかけている。

「俺たちは何があろうと振り向かずに逃げる。……それでいいんだな?」
「そうして頂戴」

にべもない返答に肩をすくめながらも、孝之はもう一度、口を開いた。

「最後に一つだけ聞かせてくれ」
「……何?」
「怖くは……ないのか」

一瞬、間が空いた。

「―――ええ。怖くなんか、ないわね。……あんたたちとは、違うのよ」
「そう……か」

ひどく張り詰めたその背中に、冬弥は奥歯を噛み締める。
しかし孝之には、それ以上を問うつもりはないようだった。
僅かな沈黙の後、七瀬が木刀ともつかぬ枝をひとつ振るうと、ふり向かぬままに言った。

「行きなさい。……追いついたら、特訓再開だからね」

言うなり疾走を開始した七瀬の背は、言葉も届かぬほどに遠く、冬弥には感じられた。


******

333Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:02 ID:PukRcWyo0

ごしゃり。
木の棒を振るった手に、嫌な感触が伝わってくる。
道場ではなかなか体験することのない、人体を破壊する衝撃だった。
無我夢中で数度の経験を乗り越え、ものの数分でその感触に慣れてしまった自分を、七瀬留美は自嘲する。
一切の躊躇いなく人に向けて剣を振るえるなど、自慢にもならない。
剣の道の示す先に、そんな技能は必要なかった。
心動かすこともなく人を壊せたとして、それがどれだけ剣心一如の境地とは程遠いものか。
己を嘲りながら、しかし足を止めず間合いに入った相手を打ち据える。
動き続ける身体が、どこか他人のもののように思えた。
目に映る打擲は映画の一幕で、斃れる少女たちはスタントと特殊メイクで。

「そんなわけ、ないじゃない」

呟いて、苦笑する。
冬弥と鳴海は、無事に逃げおおせただろうか。
走り去っていく二人の背中を思い起こす。
あの二人に、こんな姿を見せずに済んでよかった。
今の自分は人を打ちのめす悪鬼そのものだ。
乙女には、いかにも遠い。

「……怖くなんかない、か」

相手の頭蓋と運命を共にして折れた、何本めかの木の枝を棄てながら呟く。
勿論、嘘だった。
掌は汗に塗れていた。
心臓の鼓動は耳たぶのすぐ下の血管までを震わせていたし、胃はじっとりと重かった。
胸といわず、全身が恐怖で張り裂けそうだった。
だがそれでも、七瀬にはその問いを否定するしかなかった。
認めてしまえば、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
だから、必死に笑みを形作った。
脂汗だらけの、どこから見たって可愛らしくなどない、引き攣った笑顔。
乙女とはかけ離れた、男臭い笑顔。

「……だから、何よ」

334Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:18 ID:PukRcWyo0

ひとり呟いて、太い木の枝を力任せに折り取る。
素振り代わりに、手近な相手の顔に目掛けて振り下ろした。
嫌な感触と、飛び散る粘り気のある血。
擦るように引けば、細かな枝葉が相手の頬に刺さったまま、折れてなくなった。
ああ、枝を払う手間が省けた、と。
そんな風に考えてしまう自分がどれだけ常軌を逸しているか。
乙女などと、片腹痛い。

返り血の、冷たさと生温さが混在する感触に薄く笑って、七瀬留美は走り出す。
ぐい、と拭った袖も血に塗れていて、かえって顔の半分が緋色に染まった。
鬼面の少女は、閃く光芒の中、息をするように人を叩き潰していく。


***

335Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:36 ID:PukRcWyo0

五十より先は数えるのをやめてしまった、百何十人めかの少女の顔面を断ち割り、
裂帛の気合と共に熱い呼気を漏らす。
七瀬が異変に気づいたのは、そんな折のことである。

「数が……減ってる……?」

昼なお暗い山林の中、周囲を見回して七瀬が呟く。
当たるを幸いと剣とも呼べぬ木切れを振り回して走ってきただけに正確な現在位置は分からなかったが、
梢の切れ間から垣間見える稜線を見る限り、いま立っている場所は最初に冬弥と孝之を逃がした場所から
そう離れてはいないはずだった。
ちょうど神塚山の山麓に沿うように走り、十分に敵をひきつけたと見るや取って返して元の場所の
近くまで戻ってきたのだ。陽射しからしても方角を間違えているとは思えない。
しかし。

「……少なすぎる」

険しい表情で考えていたのは、この周辺に倒れ伏す少女の数だった。
山の西側に向けて走っている最中に斬り潰し、殴り伏せた少女たちが、北側へと引き返すルートの
途中で、そこかしこに倒れているのを七瀬は確認していた。
無論のこと交戦した相手に対しては一撃必倒を心がけてはいたが、所詮木剣ならぬ木の枝では
上手く致命傷を与え続けることも難しい。
膝を砕いて動きを止めるのが精一杯という状況も多々あった。
多勢に無勢の戦局、そういった相手へ一々足を止めて追撃を加えることとてかなわない。
やむなく置き去りにしてきたが、戻りしな、まだ立ち上がることもできずに倒れている者が
残っているのを見て、七瀬は修羅の笑みを浮かべたものである。
これ幸いと止めを刺して回っていたが、それも先ほどまでのこと。
この一帯に足を踏み入れた途端、倒れている少女が極端に少なくなっていた。

「残ってるのは死体だけ……か」

ある者は頭蓋を砕かれ、またある者は肺腑を肋骨に刺し貫かれ、死に様は種々異なっていたが、
いずれ木の棒での一撃二撃で死に至った運の悪い者だけが、この周辺に骸を曝しているのだった。
それ以外の、腕を折られ足を砕かれた者たちは、忽然と姿を消している。
未だ健在らしき少女たちは相も変わらず単調な襲撃を繰り返してきていたが、それすらも
ここにきて交戦回数が激減していた。

「どこかに、移動した……? ううん、それじゃ説明がつかない」

負傷した個体が消えているのは、この周辺だけだった。
ここまでのルートに溢れていたそれを放置し、この一帯のものだけを回収する。
不自然な状況には、それなりの理由があるはずだった。
しかし、と思考はそこで空転する。
情報もなければ、推論に足る材料もない。
そもそも自分は論理的な思考に没入できるタイプではないと、七瀬は自覚していた。

「森の中、理不尽な謎に悩む……乙女にはなせない技ね」

苦笑してため息をついた七瀬の頬を、涼しげな風が吹き抜けていく。
乾いた返り血が、ぽろぽろと剥げ落ちた。
そんな光景を何とはなしに眺めていた七瀬の耳に、奇妙な音が届いていた。

336Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:05 ID:PukRcWyo0
「……?」

低い、小さな音。
数秒に一度、まるで鼓動のように定期的に響く、それは徐々に大きくなっているように、七瀬には感じられた。
それは事実だった。
初めは小さく遠かったその音は、数度、数十度を経て、今やはっきりと七瀬の耳朶を打つまでになっていた。

「地鳴り……?」

傍らに立つ樹に手をついて、七瀬が眉根を寄せる。
近づいてくる音が物理的な打撃を伴ってでもいるかのように、大地が小さく振動していた。
雨の名残の水溜り、その表面に波紋が浮いては消える。
大地を鳴動させる音は今や、轟音と呼んでも差し支えなかった。

「違う、地鳴りじゃない……。これは……!」

思わず口に出して、七瀬が身構えた瞬間。
『それ』は、現れた。

ぽかん、と口を開けたまま、七瀬はそれを見ていた。
山林の中、鬱蒼と茂る木々をまるで暖簾でもかき分けるように容易く薙ぎ倒して、それは顔を覗かせていた。
巨大な面積の、雪のように白い、しかし確かな人肌の色。
雷鳴の破裂音に近い轟音をもって破壊した大木の束を放り捨て、首を傾げたそれは、見上げるほどに巨大な
少女の裸身だった。

「ウソ……でしょ……?」

顔に当たる梢を嫌がるように振り払った少女の手が、大樹の幹を小枝のように折り飛ばした。
落下した木々が、盛大な泥飛沫を上げる。
頬に跳ねた泥を無造作に手の甲で拭う少女。
大人の一抱えもありそうな巨大な眼球が、何か興味深いものを見つけたように一点で静止する。
七瀬留美は、その視線の先にいた。

「―――、」

生唾を飲み込もうとして、七瀬は己の口がひどく乾いていることに気がついた。
喉がひりつく。
掌に、腋に、額に背筋に、ひどくじっとりとした汗をかいているというのに、唾液は一向に分泌されない。
鼓動の間隔が、奇妙に不規則に感じられる。呼吸もまた乱れていた。
湿ってぬめる掌をスカートで拭う。
強張った指先を、ちろりと舐めた。塩気の強い、嫌な味がした。

「デカけりゃビビると思ってんなら……大間違いよ……」

吐き捨てるように言って、太い木の枝を握りなおした。
小指から順に握り込む半ば無意識の動作に、七瀬はこれまで積み重ねてきた鍛錬が己の体にしっかりと
刻み込まれていることを思い起こす。
肘を軽く曲げる。肩の力を抜いた。
弾け飛びそうな心臓を押さえつけるように、肺に新鮮な酸素を送り込む。
胸一杯に吸い込んだところで一瞬だけ息を止め、吐く。
血流を意識する。全身に張り巡らされた、活力をもたらす網。
下腹から足指の先までを意識化に置く。細かな震えが止まった。
脳髄の奥に澱んだ黒く古い血を押し流し、瑞々しい鮮血で満たすイメージ。
視界がクリアになる。雑念と呼ばれるものが消えていく。
ふた呼吸の内に、七瀬留美は剣士としての己を取り戻していた。
ぐ、と曲げた足指に力を込める。

「行くわよ―――、」

踏み出した瞬間。
―――視界が横転していた。

337Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:30 ID:PukRcWyo0
え、と。
驚愕すら、言葉にならない。
巨大な少女の鼻筋を見据えていたはずの視界が一面、泥と濡れ落葉の世界へと変貌していた。
顔から地面へと倒れこもうとしているのだ、とようやく気づいて、七瀬は咄嗟に身を捻る。
否、捻ろうとした軸足に、違和感があった。
何かに足首から先が固定されているような感覚。
結果、体を入れ替えきれず、上体だけで受身を取ることになる。

「ぐぅ……っ!」

激痛。
半端に捻った右肩に、全体重がかかっていた。
みちり、と嫌な音がしていた。
良くて脱臼、悪ければ筋断裂のおまけつきかな、と七瀬は意識の片隅で思う。
どこか他人事のような感覚。
一秒を何分割にも分けるような集中を寸断され、脳が混乱していた。

何が、起こった。
分断された脳が、それでも状況を分析しようと回転しだす。
駆け出そうとして転倒した。
躓いた。そんな馬鹿な。違和感は踏み出した足ではなく、軸足側にあった。
断片的な思考と情報が、次第にまとまっていく。

 ―――足首から先が、何かに固定されているような感覚。

反射的に振り返った。
右の足首。泥に汚れたソックス。そこにある、肌色。
細く白いそれは、手。

「……ッ!」

いつの間に這い寄ったのか。
顔面を割って止めを刺したはずの少女の手に、七瀬の足首は掴まれていた。
赤黒い痣に縁取られた、落ち窪んだ眼窩に割れた眼鏡の破片を刺したまま、少女が笑った。
膨れ上がった瞼に隠れたもう片方の瞳が、ぬるりと歪んだように、思えた。

その手を叩き折ろうと思わず木枝を振り上げた七瀬が、しかし動作を唐突に止めた。
左手一本で棒を振り翳した己の影が、少女の笑みの上に黒々と差していた。
正面に写る影。即ち、光源は背後。

「しまっ―――」

振り返ろうとして、目が眩んだ。
純白を通り越し蒼白いとすら錯覚する、猛烈な光量が七瀬と少女、その周囲を照らしていた。
腕で閉じた目を覆う、その上から網膜を灼くような光が、閃いた。


***

338Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:51 ID:PukRcWyo0

肉の焼ける臭いがしていた。
食欲をそそる香りではない。
焦げ臭いような、鼻をつく嫌な臭いだった。

「―――」

長い髪が、吹き荒ぶ風に揺れていた。
幾つも上がった火の手が、倒れこんだその身を赤々と照らしていた。
風と炎とが支配する世界の中で、

「―――く、ぅ……」

七瀬留美は、ゆっくりと目を開けた。
顔を上げたその頬に熱風が吹きつける。

「どう、して……」

我知らず、呟きが漏れる。
七瀬の脳裏を支配していたのは唯一つの疑問だった。
どうして、自分は生きているのか。
助かるはずのない状況だった。
巨大な少女の光線は圧倒的な威力で自分を直撃し、周囲の草木と同じように消し炭へと変えているはずだった。
答えは、すぐに見つかった。

「あん、た……は……」

座り込んだ七瀬の正面。
すぐ目の前に、黒い壁が立っていた。

「―――もういいぜ、伊藤君。よく耐えた」

声に押されるように、壁がぐらりと傾いだ。
壁と見えた、黒い影が倒れていく。
伊藤と呼ばれた男の顔、その半分までが焼け爛れ、燃え焦げた顔は、それでもどこか笑っているように、
七瀬には見えた。からりと、乾いた音がした。
地面に倒れた伊藤誠の、炭化した体が砕け散る音だった。

339Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:01:20 ID:PukRcWyo0
「……」

七瀬は無言のまま転がった木枝を掴むと、己の足首を掴む少女の腕に振り下ろした。
びくりと震えて、手が離れる。
静かに立ち上がり、再び棒を振り下ろす。濡れた音がして、鮮血が飛び散った。
柘榴のように爆ぜた少女の方には見向きもせず、七瀬は巨大な少女へと視線をやる。
少女の巨躯は、変わらずそこにあった。
その額は薄ぼんやりと陽光を反射していたが、新たな光線を放つ気配はなかった。
一発撃つごとに調整か何かが必要なのか、それとも他の理由があるのか。
いずれにせよ、光線の連発はできないようだった。
それを確認すると、七瀬は振り向かずに口を開く。

「……逃げろ、って言ったでしょう」
「ああ」
「……御免な、七瀬さん。ただ……」

答えたのは、二つの声。
どこか優しげな方の声が、言葉を続けた。

「……腰が抜けてて、逃げられなかったんだ」
「……」

奇妙な沈黙を埋めるように、もう一つの声がする。

「本当だ。俺たち全員、腰が抜けてな。……ヘタレだろう?」
「……それで、戻ってきたってわけ」
「ああ。這いずってきた」

堂々と言い放つ背後の声は、七瀬の目線よりも高い位置から聞こえていた。

「……そう」

それだけを呟いて、七瀬は己の手を見る。
掌は腫れ上がり、指先は痺れていた。手首もじんじんと痛む。
少しだけ、右肩に力を込めてみた。激痛が走った。
制服もスカートも泥に塗れ、見る影もない。
左手で、そっとリボンを触る。
雨に濡れ、泥に汚れ、すっかりごわついていた。

「……乙女って、なんだろうね」

340Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:01:46 ID:PukRcWyo0
ぽつりと呟いたその言葉に、即答する声があった。

「戦う女の子のことさ」

藤井冬弥の声だった。

「一度は女の子を放り出して逃げた、どうしようもない男どもだって、最後には戻ってくるような」
「すぐに戻らなきゃいけない……そんなことは分かりきってるのに、」

言葉を継いだのは、鳴海孝之だった。

「分かりきってるのにどうしても足が動かないような、救いようのない男どもが、本気でチビりそうになりながら、
 それでも最後まで一緒にいたいって思っちまう、そんな女の子のことだな」
「いざって時に男に守ってもらえる子のこと、乙女っていうけど―――」

冬弥が、静かに言う。

「いざって時に男を守って戦うような子のことは、何ていうか知ってるかい」
「……」

小さく首を振る七瀬。
その耳に、ひどく優しげな声が届いた。

「―――乙女っていうのさ、七瀬さん」

ぱち、と炎が爆ぜた。
七瀬がそっと目を閉じる。
周りに上がる火の手のどれよりも、背中から感じる温もりは強かった。

「……バカ、ヘタレどものくせにカッコつけたりして……」

呟く声が、震えていた。
目を開けば、視界が揺れていた。
無理やりに笑みを作って、ようやく声を絞り出す。

「本当に、バカ」

涙が、零れていた。
鼻をすすって、木枝を握り直す。
正面、ぼんやりと七瀬たちを眺めていた巨大な少女が、その腕を振り上げていた。
る、と少女が哭いた。

「―――行こうか、俺たちのお姫様」

小さく肩を叩く感触に頷いて、走り出す。
右には藤井冬弥。愛すべき青年。
左には鳴海孝之。憎めない青年。
その足音を聞きながら、泥まみれの制服に身を包んだ七瀬留美は、聖剣ならぬ木の枝を手に、走った。

341Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:02:17 ID:PukRcWyo0



七瀬留美が最後の抵抗を終えたのは、それから十五分後のことである。

342Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:02:37 ID:PukRcWyo0


 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:E−6】

七瀬留美
 【状態:死亡】

藤井冬弥
 【状態:死亡】
鳴海孝之
 【状態:死亡】
伊藤誠
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【828体相当】
 【状態:進軍中】

砧夕霧
 【残り13461(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

→759 ルートD-5

343何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:38:03 ID:6dkbYT1Y0
降り注ぐ光が徐々に強くなり、空は白みを帯び始めている。
水瀬秋子は水瀬名雪と共に鎌石村西部を目指して、山を迂回する形で歩いていた。
敢えて鎌石村東部を避けるのは、月島拓也との接触を回避したかったからだ。
長森瑞佳と別れた際、彼女は拓也を説得した上で無学寺に来ると言っていた。
にも拘らずいつまで経っても来ないという事は、やはり拓也はゲームに乗ったままだったと判断しざるを得ない。
恐らく拓也は瑞佳を殺害した後鎌石村に向かい、今は進路上にある消防分署や観音堂辺りで暴れている頃だろう。
自分は不意を突いたおかげで拓也に圧勝したものの、次も上手く勝利を収められるとは限らない。
だからこそ遠回りしてでも危険地帯を避け、盾として使える集団を探そうとしているのだった。

秋子は唐突に歩みを止めて、上方に広がる空を眺め見た。
雨はすっかり止んでおり、雲の姿は一つも認められない――所謂、快晴と呼べる天気だった。
しかし人々を祝福するかのように澄み渡った空の下では、数え切れない程多くの死体が野晒しとされているのだ。
そこまで考えた秋子は、唐突に皮肉な笑みを浮かべた。
(こんな綺麗な空なのに、なんて矛盾……。まるで今の私みたいね)
子供達を守り、主催者を誅すという目的の下に行動し続けてきた筈の自分が、今や真逆の立場を取っている。
相沢祐一に救われた命を、彼の遺志とはまるで正反対の形で使おうとしているのだ。
それでも自分は私情を棄て、鬼畜の道を歩まねばならない――娘の願いに応える為に。

「ハ――――う……」
秋子は一度大きく深呼吸をし、その途端に濁った血の味を感じ取った。
口内に血が溜まっていた所為か、呼吸をするだけで喉の奥にどろりとした空気が流れ込んできたのだ。
本来なら心地良い筈である新鮮な朝の空気が、今はとても薄汚れた物に感じられる。
「お母さん、どうしたの?」
「ごめんなさい、何でもないわ。先を急ぎましょう」
名雪が心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた為、秋子は平静を装った。
しかしそれはあくまで表面上の事であり、実際には腹部の鈍痛が続いているし、身体の反応も鈍い。
昨晩あれ程感じていた眩暈や吐き気こそ収まっているものの、とても本調子と言える状態では無かった。
となれば幾ら優勝を狙っているとは言え、真っ向勝負を行うのは極力避け、色々と搦め手を用いてゆくべきだろう。

344何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:38:43 ID:6dkbYT1Y0
方針は基本的に、昨日の夜に考えたものと変わらない。
自分の持つ最大の強みは、これまで一貫して貫いてきた対主催・対マーダーの姿勢だ。
危険人物には一切情けを掛けずに排除するという、今にして思えば度が過ぎたやり方だったが、それが今からは活きてくる。
今まで他の人間に見せてきた『子供達を守る為に、正義を貫く』という強固な姿勢は、自分が対主催側の人間であると偽証してくれる筈だ。
ならばその利点を最大限に活かし、なお且つ守り続けるべきである。
まずは主催者打倒という名目の元に集まっている集団に紛れ込み、自分達の安全を確保する。
それから隙を見て、一人ずつ証拠を残さぬ形で排除してゆく。
自分で強引に隙を作る必要も無い。
主催者や他のマーダー達との戦闘は必ず起きる筈であるのだから、自分はただその好機を待てば良いのだ。

そんな事を考えながら足を進めていると、突然名雪が声を上げた。
「お母さん、あそこ……」
「――え?」
名雪の指差す先――木々の向こう側を、一人の小さな少女が歩いていた。

   *     *     *    *     *     *

345何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:39:36 ID:6dkbYT1Y0
昨晩気絶してしまった後、目を醒ますと川原に倒れていた。
大地に打ち付けた胸はまだ少し痛むが、骨は無事だったようで大事に至る事は無かったのだ。

そして現在立田七海は木々の隙間より光が漏れる森の中を、とぼとぼと歩いていた。
既に陽は昇り始めている為周囲は明るくなっていたが、七海の表情は晴れなかった。
(こ〜へいさん……ごめんなさい……)
一人残された折原浩平を気遣う余り、七海は今もまだ冷静さを取り戻せてはいなかった。
――とんでもない事をしてしまった。
自分は恐怖に我を忘れ、同行していた浩平を置き去りにして暴走してしまった。
あれだけ自分に対して優しくしてくれていた浩平を、最悪の形で裏切ってしまったのだ。
浩平は怒ってはいないだろうか? 浩平は無事だろうか?
今もまだ自分を探して、当ても無く何処かを彷徨っているのではないか?
……ひょっとしたら捜索の最中に襲撃を受け、殺されてしまったのではないか?
次々と浮かび上がる不吉な想像が、七海の精神を疲弊させてゆく。
今七海の思考を占めているのは浩平に対する気遣いだけであり、自身の安全確保など完全に忘れ去ってしまっていた。
その所為だろう。

「……そこの貴女、ちょっと良いかしら?」
「――――!?」
背後より近付いてきた存在に、声を掛けられるまで気が付かなかったのは。
七海は悲鳴を上げたい欲求に抗いながら、慌てて後ろを振り返ろうとする。
しかしその拍子にバランスを崩してしまい、地面に転んでしまいそうになった。
「わわっ!?」
「……とっ――大丈夫?」
済んでの所で腰の裏を支えられて、どうにか体勢を持ち直す事が出来た。
続いて頭上より聞こえてくる、静かで優しい声。

346何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:40:07 ID:6dkbYT1Y0
「驚かせちゃってごめんなさい。でも私達は殺し合いをする気は無いから、落ち着いて頂戴」
「え……?」
顔を上げた七海の瞳に映ったのは、頬に片手を添えながら穏やかに微笑んでいる女性――水瀬秋子だった。
その佇まいからは悪意というものは一切感じられず、寧ろ包み込むような優しい雰囲気が漂っていた。
困惑気味の表情を浮かべている七海に対し、秋子はゆっくりと語り掛けた。
「私は水瀬秋子よ。そして隣にいるのが私の娘――」
「水瀬名雪だよ。貴女はお名前何ていうの?」
「え……あ……」
七海は名雪へと視線を移し、ようやく相手が二人いるという事を認識した。
急激な状況の変化にまだ思考が追い付けていないが、一つだけ確信が持てる。
秋子と名乗った女性が浮かべた優しい笑顔、そして『一人しか生き残れない』この殺人ゲームで集団行動をしている二人。
とどのつまりこの二人はゲームに乗っていない、信頼に値する相手なように思えた。
「――立田七海です。たったななみって覚えてください!」
だから七海はにこりと笑みを形作って、元気良くそう答えていたのだった。

――七海は、先程自分が命拾いしたという事実に気付いていない。
秋子はずっと、ポケットの中に忍ばせたIMIジェリコ941を握り締めていたのだ。
七海がもう少し冷静だったのなら、背後より忍び寄ってきた秋子達に対して銃を向けてしまったかも知れない。
そしてそんな事をしてしまえば確実に、七海は殺されてしまっていただろう。
偶然にも七海の抱いている焦りこそが、自身の命を救う結果に繋がったのだ。

   *     *     *    *     *     *

347何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:41:15 ID:6dkbYT1Y0
舞台は変わり、鎌石村の西部に存在する一際大きな建築物――鎌石村役場。
そこから程近くにある開けた平野の上に、朝日を受けて一つの長い影が伸びていた。
影の主、折原浩平は役場で発見したスコップを手に、独り黙々とある作業を行っていた。
浩平の眼下には大きな穴が掘られており、その中にはかつて川名みさきと呼ばれていた少女の亡骸が入れられている。
浩平は高槻達と別れた後に鎌石村役場へ移動し、陽が出るのを待ってみさきの埋葬を行っていたのだ。
程無くして作業は終焉の時を迎え、みさきの身体は完全に土に覆われてしまった。
浩平はその上に小さな花をそっと乗せた後、両手を胸の前で合わせた。

「みさき先輩……」
みさきは光を完全に失ってしまったにも拘らず、明るく前向きに生き続けていた。
自分如きでは比較対象にすら成り得ぬ程、とても優しく、とても暖かく、とても強い人だった。
何故彼女のような人間が、こんなにも理不尽な形で命を落とさなければならないのか。
「仇は取ってやるからな……岸田も主催者も、俺がぶっ潰してやるからなッ……!」
――許せなかった。
人の命をゴミのように踏み躙る主催者と、みさきの遺体を穢した岸田洋一は、必ずこの手で倒してみせる。
浩平はみさきの墓の前でそう誓った後、S&W500マグナムを強く握り締めて、その場を後にした。

役場に戻る道程の最中、浩平は思う。
最終目標が明確に定まったのは良いが、具体的にはこれからどうすべきなのだろうか?
岸田洋一は恐ろしい男だが、自分とて強力な大口径銃を持っているし勝ち目はある。
しかし強大な主催者に対し一人で決戦を挑むのは、どう考えても無謀に過ぎる。
そう考えると、まずは対主催の同志を集めるのが最善の一手だと言えるだろう。

同志と言えば最初に思い付くのは高槻達だが――彼らとはもう、行動を共にする気にはなれない。
この殺し合いの場に於いて一度芽生えた不信の種は際限無く膨らみ、やがて大惨事を招いてしまう危険性があるのだ。
集団を形成している者達にとって一番恐ろしいのは、ゲームに乗った者の襲撃よりも内紛だろう。
自分が居ない限りは高槻達も内紛など起こさぬだろうし、彼らの戦力なら岸田相手でも遅れは取るまい。

348何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:42:41 ID:6dkbYT1Y0
悪いのは七海を見失ってしまった自分だ。
十分な戦力と結束を誇っている高槻達の所へ、わざわざ不信の種を持ち込むような厚顔無恥に過ぎる真似など出来る筈が無い、
しかし自分は高槻達以外の人間とは殆ど出会っておらず、誰が信用出来る人間であるかという情報に精通していない。
下手に知らぬ者と組んで寝首を掻かれるような事態は避けたいが、確実にゲームに乗ってないであろう七瀬留美や長森瑞佳も行方が分からない。

(そうだな……まずは立田を探すか……)
七海なら100%信用出来るし、何より彼女は自分の所為で窮地に追い遣られてしまっている可能性がある。
もしかしたら遅まきながら高槻達の元に戻っている可能性もあるが、逆もまた然りであるのだ。
鎌石村かその周辺にいる事はほぼ間違いないだろうし、まずは彼女を探してみるべきだ。
みさおのような――妹のような雰囲気を持った彼女と、出来ることなら一緒に行動したい。
但し、彼女がこんな自分を許してくれるのならばという条件付きではあるが。
そもそも本当に彼女の事を想うならば、夜のうちから捜索を行っておくべきだったのだ。
それにも拘らず自身の休養とみさきの埋葬を優先してしまった自分を、きっと七海は許してくれないだろう。

だがそれでも、やはり七海を探そう。
主催者に戦いを挑めば、殺されてしまう危険性は大いにある――否、生き延びれる可能性の方が圧倒的に少ない。
謝れる内にきちんと謝りそれから対主催の具体的な行動へと移ろう、というのが浩平の出した結論だった。
その為ならば多少の労力など惜しまぬつもりであったのだが――再会の時は、すぐに訪れる。

349何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:44:29 ID:6dkbYT1Y0
「――こ〜へいさんっ!」
聞き覚えのある声がした方に首を向けると、半日近く前に見失ってしまった少女。
自分の探し人である七海が、頬を緩めながらこちらに向けて走り寄ってきていた。
「立田っ!!」
七海の姿を認識した瞬間、浩平もまた大地を蹴って一直線に駆けた。
互いの距離はたちまち縮まってゆき、二人は役場の前で足を止めて見つめ合った。
「立田……ごめんな……」
「どうして……どうしてこ〜へいさんが、謝るんですか……?」
疑問の表情を浮かべる七海に対して、浩平は申し訳無さげな声で返答する。
「俺が余計な事を言った所為で、立田に怖い思いをさせちまった……」
七海が無事で嬉しかった――そしてそれ以上に、この少女を危険な目に合わせた愚かな自分が腹立たしかった。

だが七海はゆっくりと首を横に振った後、静かに声を洩らした。
「そんな……謝るのは私の方です。私が怖がりな所為で、浩平さんに迷惑を掛けちゃいました……」
震える声、伏せた瞳。七海の秘めたる気持ちが、嫌というくらいに伝わってくる。
七海は全く怒っておらず、寧ろ自分自身を責め続けていたのだ。
「こ〜へいさんはこんな私に凄い優しくしてくれたのに……。それなのに私は……一人で逃げ出して……。
 もっと強くならないといけないのに、私はどうしようもなく弱い子供なんです……」

350何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:45:44 ID:6dkbYT1Y0
半ば涙交じりに訴えてくる七海だったが――弱いのは自分の方だ。
七海はこんなにも心を痛めていたというのに、自分は希望的観測に身を任せ、捜索を後回しにしてしまった。
その後もただみさきの死を嘆き、主催者や岸田を憎しんでいるだけで、七海の事に思い至ったのは半日近くも経ってしまった後だった。
七海が向けてくれる優しさに報えるだけの事を、これまでの自分は行っていなかったのだ。
しかし今度こそ、復讐よりも何よりも優先順位が高い絶対の決意を胸に、浩平は七海を思い切り抱き締めた。
「……怖がりでも良いじゃないか。立田……七海は女の子なんだから。
 今すぐ強くなろうとしなくても良いんだよ。七海は俺が絶対に、守るから」
「こ〜へいさん……暖かいです……」
体温を伝えながら、小さな身体を両腕で包み込みながら、浩平は思った。

自分もまた、このゲームの狂気に飲まれかけていたのだ。
人を守る事よりも、皆で生きて帰る事よりも、復讐を優先しようとしてしまっていた。
仲間を集めようとしたのも、主催者に対抗出来るだけの戦力が欲しいという動機によるものだった。
自分は人間としてとても大事な物を、失いかけてしまっていた。
その事に、七海の優しさが気付かせてくれたのだ。
だから、決めた。
勿論みさきの仇は取ってやりたいし、岸田と主催者は許せぬが、それは一番大事な目標では無い。
自分は何よりもこの少女を――七海を守る事を最優先に、生きてゆこう。



351何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:47:03 ID:6dkbYT1Y0
抱き締め合う少年少女の傍に屹立する、二つの影。
その片割れである水瀬秋子は複雑な表情を浮かべながら、浩平達の様子を眺め見ていた。
疑うまでも無い。
彼らは間違いなく殺し合いに乗っておらず、それどころか共に支え合って生き延びようとしている。
七海と出会った時点では、自分の選んだ道に対して迷いなど欠片も抱かなかった。
七海を殺さなかったのは『いつでも殺せる』と判断したが故に、時が来るまで利用しようと考えただけの事だった。
無力な存在の保護者という立場を取れば、見知らぬ人間達の信用も容易く勝ち取れるに違いないから。
実際目の前にいる少年は、きっとこの先自分を疑いなどしないだろう。
自分は彼らを利用するだけ利用して、優勝への道を切り開いてゆけば良い筈だ。

しかし――
(本当に私はそれで良いの……? ねえ澪ちゃん……私はどうすれば良いのっ……!?)
自分が名雪を想うのと同様に、七海と少年は互いの事をとても大事に考えているだろう。
彼女達の想いを踏み躙って、本当かどうかも分からない褒美を狙うのが、正しいのか?
分からない。
もう、分からない。

秋子の心中では、激しい葛藤が行われていた。
だから彼女は気付かない。
秋子の隣で、生気の無い瞳を携えている少女――名雪の落ち窪んだ瞳に潜む、昏い影に。
名雪はポケットに忍ばせた八徳ナイフを握り締め、開戦の合図を今か今かと待ち望んでいた。

352何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:48:21 ID:6dkbYT1Y0
【時間:二日目・05:20】
【場所:C-03・鎌石村役場前】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(5/5 予備弾6発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、ライター、支給品一式(食料は二人分)】
 【状態:決意、頭部と手に軽いダメージ、全身に軽い打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:第一目標は七海と共に生き延びる事。第二目標は岸田と主催者への復讐】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:啜り泣き、胸部打撲】
 【目的:こ〜へいさんと一緒に生き延びる。こ〜へいさんに迷惑を掛けないように強くなる】

水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【状態:迷い、マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている)、軽い疲労】
 【目的:優勝を狙っているが、迷い。名雪の安全を最優先】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ】
 【状態:精神不安定、マーダー、秋子の合図を待っている】
 【目的:優勝して祐一のいる世界を取り戻す】

→801
→821
→828

353何が正しいのか・訂正:2007/05/20(日) 13:55:36 ID:6dkbYT1Y0
>>352
>【時間:二日目・05:20】

【時間:三日目・05:20】
に訂正でお願いします
お手数をお掛けして申し訳ございません

354親友:2007/05/23(水) 21:23:18 ID:7JyTghbE0
首輪が爆発した影響で、礼拝堂は眩いばかりの閃光に覆い尽くされていた。
その光景を直視していた藤林杏は、一時的に視力が低下してしまっていた。
(……渚はどうなったの!?)
あの轟音と爆風から察せば結果は一つ有り得ない筈だが、万が一という事もある。
いや――どうか、奇跡が起こっていて欲しい。
さもなくば岡崎朋也は、この世で最も見てはいけない物を目撃してしまったという事になるのだ。
しかし十数秒後、視界が回復した杏の目に飛び込んできたのは、最悪の光景だった。
「なぎ……さ……朋也……」
杏の瞳には、目を大きく見開きながら立ち尽くす朋也と――首から上を失った渚の死体が映し出されていた。

杏と春原陽平が呆然と眺め見るその先で、朋也は酷く掠れた声を絞り出す。
「渚……嘘だろ……?」
何かに縋るように、目の前の現実を否定するように、朋也は足を前に一歩踏み出す。
しかしそれを待っていたかのようなタイミングで、渚の残された身体がドサリと地面に倒れ込んだ。
胴体の上端部が血を垂れ流し、床を赤く染め上げる事によって、朋也に現実を突き付ける。
「嘘だ……こんなの嘘だあああああああああああああああああああっ!!」
朋也の絶叫が、礼拝堂の中に空しく響き渡った。

杏が柊勝平を殺してしまった時とすら、比べ物にならぬ悲劇。
朋也は自らの恋人が只の肉塊と化す一部始終を、その目で確認してしまったのだ。
杏はその胸中が痛い程によく感じ取れ、慰めの言葉一つ発する事が出来なかった。
その状態のまま無限にも感じられる時間が経過し、やがて朋也が杏の方へと首を向けた。
「……どういう事だ」
杏は思わず息を飲む――決然とした光を宿していた朋也の瞳が、今はもう虚ろな洞のように昏く濁っていた。
「有紀寧は死んだ。首輪のタイムリミットも、まだまだ先だった筈だ。なのにどうして渚はこんな目に合ってしまったんだ?」
いつもの朋也とは似ても似つかぬ重い声で問い掛けてくる。
それでも自分は説明せねばならない。事の顛末と、自分達の過ちを。

355親友:2007/05/23(水) 21:24:01 ID:7JyTghbE0
――渚と電話で連絡を取った後、教会を訪れた事。
自分達は首輪解除用の手順図を持っていたので、それに沿って正確な作業を行った事。
にも拘らず首輪が突然点滅を強め、爆発してしまった事。
杏はぎこちない口調ながらも、これまでの流れをきちんと順序立てて説明した。



説明を受けた朋也には、何故首輪が爆発してしまったのかすぐ理解出来た。
杏達は主催者が準備したという解除手順図のダミーを使用してしまったのだ。
「朋也……ごめんね……ごめんね……」
「岡崎……本当にごめんな……。僕達が余計な事をしたばっかりに……!」
杏と陽平が深々と頭を下げながら、何度も何度も謝罪の意を伝えてくる。
しかし、朋也は思う。
謝る必要など無いと。
結果はどうあれ、彼らは必死に渚を救おうとしてくれたのだ。
それに自分が杏や陽平と似た状況だったとしたら、同じ過ちを犯してしまっていただろう。
にも拘らず彼らを責めたり恨んだりなど、出来る筈が無いではないか。

だが――渚は自分の全てだった。
人間の暖かさも、優しさも、愛しさも、全て渚が教えてくれた。
肩を壊し自暴自棄になっていた自分を、渚が救ってくれた。
そして自分もまた、これまで少なからず渚を支えてきたという自信がある。
坂の前で立ち尽くしていた渚の背を押しもしたし、演劇部の発足にだって尽力した。
自分にとっても渚にとっても、お互いがお互いに掛け替えの無い存在だった筈だ。
自分と渚は二人が揃って初めて一つの完成形を成す、いわば一心同体と言える生物だ。

356親友:2007/05/23(水) 21:24:35 ID:7JyTghbE0
自分は未来永劫、渚と支え合っていくつもりだった。
自分の体が呼吸するのも、心臓を動かすのも、全ては渚と共に生きてゆく為だ。
だからもう、これから取るべき道は一つしか残されていない。
自分の半身を取り戻せる可能性の前には、友情も、倫理観も、取るに足らない物だ。
「謝る必要はねえよ。だってお前達は……」
朋也は鞄の中に仕舞っていた物を握り締めた後、おもむろに腕を振り上げた。
「――此処で死ぬんだからな」



「え……?」
杏は目の前で起こっている事態が信じられず、酷く場違いな間の抜けた声を洩らした。
それも当然だろう――友人である筈の朋也が、突然トカレフ(TT30)の銃口を向けてきたのだから。
「岡崎……お前、復讐するつもりなのか? 僕達を許せないから殺すって事なのか?」
聞こえてきた声に視線を移すと、陽平が呆然としているような、泣いているような、半端な表情を浮かべていた。
恐らくは自分もまた、同じような顔をしてしまっているのだろう。
確かに朋也が怒るとは思っていたし、一発や二発殴られる覚悟はしていた。
しかしまさかあの朋也が怒りに任せて自分達を殺そうとするとは、予想だにしていなかった。
狂気に取り憑かれていた勝平と同じように、朋也もまた狂ってしまったのだろうか。

だが朋也はゆっくりと首を振り、冷静に、静かに、言った。
「別にそんなつもりじゃねえよ。お前達はお前達なりに、渚を助けようとしてくれたんだろ?
 だったら俺は、お前達を責めたりしない。ただ、俺は」
そこで乾いた銃声が、響き渡った。

「――優勝して、渚を取り戻さなきゃいけないだけだ」

357親友:2007/05/23(水) 21:25:21 ID:7JyTghbE0
杏は自分が撃たれたのかと思い一瞬目を瞑ってしまったが、すぐにそうでは無いと気付く。
目を開くと、陽平の身体がぐらりと傾いている所だったのだ。
「るーこ……杏……僕は――」
それだけ言い残すと、陽平の身体はゆっくりと地面に沈んでいった。

「よ、陽平――――っ!!」
杏は形振り構わず陽平の元に駆け寄ろうとしたが、突如心臓を氷の手で鷲掴みにされたような寒気を覚えた。
その感覚に従い足を止めると、自分のすぐ前方にある床が銃声と共に弾け飛んだ。
「……次はお前の番だ」
「くぅっ……!」
後ろから声が聞こえてきたとほぼ同時、杏は振り返りもせずに真横に跳ねる。
また銃声が耳に届き、杏は左肩の端にじりっと焼け付くような感触を覚えた。
頭の中が悲しみやら驚きやらでごちゃ混ぜとなっているが、これだけは確信を持てる。
朋也は間違いなくゲームに乗ってしまい、自分の命を狙っているのだ。
そして朋也に撃たれた陽平は、恐らく危険な状態に陥ってしまっているだろう。

戸惑っている時間も、躊躇している猶予も、今の自分には与えられていない。
杏は唇横一文字に引き締めて、混乱に支配された頭脳を無理矢理動かしていた。
(……どうすればいいのっ!?)
説得を試みるような猶予は到底与えられないだろうし、仮に話が出来たとしても受け入れてはくれまい。
殺すしか無いのか?……有り得ない。友人を殺すなど、絶対に有り得ない。
かといってこのまま逃げているだけでは、陽平の怪我がますます悪化して手遅れになってしまうかも知れない。
ならば、此処から取り得る選択肢は一つだけ――まず朋也を沈黙させ、それから陽平の治療を行う。

358親友:2007/05/23(水) 21:26:50 ID:7JyTghbE0
「頭を冷やしなさいっ!!」
杏は鞄の中に手を突っ込んで、振り向き様に和英辞書を思い切り投擲した。
辞書は朋也の手元へと正確に吸い込まれてゆき、その衝撃でトカレフ(TT30)が弾き飛ばされた。
杏はその隙を見逃さずに、素早く前方へと駆けて朋也に肉薄する。
下から振り上げる形で、手に握り締めた物体――スタンガンを、朋也の腹部目掛けて突き出す。

「――――ッ!?」
だが目標に到達する寸前で、杏の手首は朋也にしっかりと掴み取られる。
手を伸ばせば届く程の距離で、二人は力比べを行う事となった。
杏は朋也を気絶させるべく、腕を伸ばしきろうと思い切り力を入れる。
朋也は窮地を脱するべく、杏の手を遠ざけようと渾身の力を振り絞る。
「何考えてんのよっ! あんたまで主催者がついた嘘に騙されちゃったっていうの!?」
「――騙された訳じゃない。多分嘘だって事くらい、分かってるさ。
 それでも俺は! 0,1パーセントでも可能性があるなら、それに賭けるしかねえんだ!」
間近で顔を突き合わせた状態のまま、悲痛な叫びを上げる朋也。
それを耳にした杏は、戦いの最中にも拘らず胸が締め付けられる思いに襲われた。
とどのつまり朋也は、主催者が恐らく嘘をついていると判断した上で尚、殺し合いに乗ったという事。
朋也にとって渚はそれ程大切な存在であり、彼は有るかどうかも分からない可能性に賭けて全てをかなぐり捨てているのだ。

片目を失っているとは言え、単純な力比べなら体格に勝る朋也が圧倒的に有利だ。
押し合いの均衡はすぐに打ち破られ、杏は後方へと弾き飛ばされた。
たたらを踏んで後退する杏だったが、朋也は追撃を仕掛ける事無く地面に落ちたトカレフ(TT30)の方へと駆けてゆく。
その後ろ姿は杏からすれば余りにも無防備であり、銃で狙えば確実に撃ち殺せるように思えた。
杏の鞄にはドラグノフやグロック19が入れられており、そのどちらでも致命傷を与える事が出来るだろう。
しかしそのような方法で朋也を倒しても、まるで意味が無い。
あくまで杏の目標は、朋也を殺さずに制止する事と、陽平の救出なのだから。

359親友:2007/05/23(水) 21:28:26 ID:7JyTghbE0
杏は大地を蹴って、朋也の背中に追い縋った。
朋也が背中を丸めてトカレフ(TT30)を拾い上げようとしたその瞬間に、半ば飛び込む形で組み付く。
「ぐっ……がっ……!?」
杏は飛び込んだ勢いのまま朋也の背中に掴みかかり、間髪置かず彼の首に腕を巻きつけた。
どう考えてもこの場での説得は不可能なのだから、多少手荒な手段を用いてでも朋也の意識を奪うしかない。
そう判断した杏は、全く躊躇せず両腕に力を篭めてゆく。



一方首を強く圧迫された朋也は、何とか逃れようと必死にもがいていた。
「がっ……おおおっ……!」
息が出来ない。
全身のあらゆる器官が酸素不足を訴え、体から少しずつ力が抜けていく。
「ぢぐ……しょう……!」
杏を引き剥がすべく、両腕を総動員するものの、後ろを取られている為に満足な成果は得られない。
せいぜい杏の腕を掻き毟るのが限界だ。

そうやっている間にも、段々視界が白く霞んでゆく。
少しでも抵抗の意志を緩めれば、すぐさま気絶させられてしまうだろう。
しかし朦朧とする意識の中で、朋也は思った。
――絶対に屈する訳にはいかないと。
此処で自分が意識を手放してしまえば、武器を奪い取られ優勝が遠のいてしまう。
此処で敗北する事は、渚を取り戻せる可能性がより小さくなってしまうという事。
それでは何の為に親友の陽平さえも手に掛けたのか、分からなくなる。
故に、負けられない。

360親友:2007/05/23(水) 21:29:12 ID:7JyTghbE0
――ブチブチッと、嫌な音がした。

「ああああああっ!?」
鮮血が飛び散り、杏が絶叫を上げる。
朋也は自身の首を締め上げる杏の腕に、まるで肉食獣のように噛み付いたのだ。
「うああああっ……!」
杏が心底苦しげに呻き声を洩らすが、構ってなどいられない。
朋也は残された力を振り絞り、全身全霊で顎を噛み締める。
後少しで標的の筋組織を根こそぎ噛み千切れるという所で拘束が解け、すかさず朋也は離脱した。

「――――フ、ハァ、ハァ…………」
朋也はトカレフ(TT30)を拾い上げた後、大きく呼吸を繰り返し、体の隅々に酸素を提供した。
杏が真っ赤な血の滴る腕を押さえながら、睨み付けてくる。
「こんな事するなんて……あんたおかしいよっ……!」
「言っただろ、俺は優勝しなくちゃいけないって。その為には手段なんて選んでられねえんだよ」
朋也は事も無げにそう吐き捨てた後、トカレフ(TT30)の銃口を杏に向けた。
その様子を眺め見た杏は、絶望に顔を大きく歪める。

「……仮に優勝の褒美が本当だったとしても、あんたはそれで良いの?
 友達も罪の無い人も全部殺して、この殺し合いを引き起こした張本人の主催者に媚を売って、それで満足なの!?」
殆ど泣きそうな表情で、必死に訴えかけてくる杏。
だが朋也はあくまで冷静に、決して揺るがぬ意志を籠めて、言った。
「――ああ。俺は世界の全てと引き替えだとしても、渚を生き返らせたい。その為になら幾らでも手を汚すし、後悔なんてしない」
それが朋也の行動理念であり、価値基準でもある。
友人に対しての情が無い訳ではない。
主催者に対しての怒りが無い訳ではない。
殺人に対しての禁忌が無い訳ではない。
ただ自分にとって渚は別格の存在であり、何事よりも優先するというだけだ。

361親友:2007/05/23(水) 21:29:54 ID:7JyTghbE0
杏が一度目蓋を閉じた後、悲しみの色に染まった目をこちらに向けてきた。
「渚は……こんな事、望んでないわよ」
「だろうな。でも俺はこうするしか無いんだ。じゃあな――きょ……ガッ!?」
朋也が最後の言葉を言い切る寸前、一際大きな銃声がした。
途端に朋也は腹部に凄まじい激痛を感じ、地面に崩れ落ちる。
その最中、朋也は見た。
視界の端で、先程確かに撃ち抜いた筈の陽平がワルサーP38を構えているのを。



「陽平!?」
杏が驚きの声を上げる。
陽平は哀愁に満ちた光を宿した瞳で、地面に倒れた朋也へ視線を送った。
「岡崎……お前も僕と同じだったんだね。たった一人の女の子が何よりも大事で、どうしても守りたくて、それでも守り切れなくて……」
その言葉だけで朋也は、陽平の身に何が起きたかを理解出来た。
陽平と互いを庇い合っていた少女――ルーシ・マリア・ミソラがこの場に居ないという事は、結論は一つ。

「……そうか。お前はるーこって奴を失ったんだな」
「そういう事さ。だからこそ分かる――お前はもう、絶対に止まらないって」
陽平はそう言うと朋也の傍まで足を進め、銃口を突き付けた。
その行動の意味を理解した杏が、慌てて口を開く。
「あ……あんたまさか朋也を殺すつもり!?」
「ああ。そうしない限り、コイツは止まれないからね」
「そんなの……分からないじゃない!時間を置いてから話し合えば、きっと……」
なおも食い下がろうとする杏だったが、陽平はゆっくりと首を横に振った。

362親友:2007/05/23(水) 21:31:19 ID:7JyTghbE0
それから陽平はゆっくりと、一つ一つの意味を噛み締めるように言葉を紡いでゆく。
「岡崎と僕は殆ど同じなんだ。岡崎にとって古河が全てだったように、僕にとってはるーこが全てだった。
 ただ僕は褒美の話をどうしても信じれなかったけど、岡崎は少しだけ可能性があると思ってしまったんだよ。
 そして僅かでも希望を持ってしまったら、もう止まれない。コイツは古河も自分自身も望んでない道を、走り続けるしか無くなるんだ」
そこまで聞かされて、杏は何も言えなくなってしまった。
それ程に陽平の言葉には重みがあり、真実を的確に指摘していたのだ。

朋也が鮮血混じりの息を吐いた後、言った。
「春原……最後に三つだけ、良いか?」
陽平が頷くのを確認してから、朋也は弱々しい声で続ける。
「一つ目……どうしてお前、動けるんだ? 俺は確かにお前の腹を撃ち抜いた筈なのに……」
それが朋也にとって、一番の疑問だった。
一撃で致命傷となるかは分からないが、少なくとも腹を撃たれてしまえば身動きなど取れぬ筈。
それがどうして、こうも平然と立っていられるのだ?

陽平は服の端を捲り上げ、撃たれた箇所を示して見せた。
――脇腹の端に、言い訳程度の小さな傷があった。
陽平が助かった理由は只一つ。朋也は陽平を撃った時、無意識のうちに照準をずらしていたのだ。
「岡崎、お前はやっぱり甘い奴だよ。あの時僕は反応出来なかったのに――お前は敢えて急所を外して撃ったんだから」
「……何だ。結局俺はまだ、心の何処かで迷ってたんだな」
朋也は天井を仰ぎ見ながら、自嘲気味にそう呟いた。
覚悟はあった。間違いなく殺すつもりだった。
それでも自分は、陽平を殺す事が出来なかった。
結局の所自分は鬼にも善人にもなり切れぬ、中途半端な男だったのだ。

363親友:2007/05/23(水) 21:32:27 ID:7JyTghbE0
朋也は多分に諦観の入り混じった笑みを浮かべながら、口を開いた。
「二つ目……平瀬村工場に脱出派の連中が集まってる。まだ脱出しようと思ってるんなら、そこに行くんだな」
陽平と杏の返事を待たずに続ける。
「三つ目……春原も杏も生き残れよ。すぐにあの世に来ちまったりしたら、ブン殴るからな」
朋也はすうっと息を吸い込んだ後、陽平に視線を戻した。
「さあ、やるならやれよ。じゃねえと俺はまたお前を襲っちまう。次は外さない……間違い無くこの手で、お前まで殺しちまう」

その言葉を受けた陽平は、左手で杏の顔を覆ってから、声を絞り出した。
「岡崎……今でも僕の事を親友って思ってくれてるかい?」
「わりい、俺お前のこと友達だと思ってねーや。でも――そうだな、来世なんてもんがあったら、またお前とつるみてえな」
陽平と朋也は――親友同士で、余りにも哀しい笑みを交換した。
そして、一発の銃声が響いた。


自分は結局誰も救えなかった。
渚も、秋生も、風子も、由真も、救う事が出来なかった。
自分の至らなさには、心底嫌気を覚える。
だが彰を倒す為に復讐鬼と化したのも、渚を生き返らせる為にゲームに乗ったのも、間違いだったとは思わない。
自分はいつだって、己の信念に従って行動してきたつもりだ。
結果は伴わなかったけれど、精一杯努力してきたつもりだ。
だから――自分の選んだ道だけは、絶対に後悔しない。
もしあの世があったとしたら、胸を張って渚と笑い合いたいから。
(渚……今そっちに行くよ……)
心の中でそう呟いた後、朋也の意識は闇に飲まれていった。

    *     *     *

364親友:2007/05/23(水) 21:33:34 ID:7JyTghbE0
「うっ……あっ……うわああああっ……」
泣きじゃくる杏を抱き締めながら、陽平は世界で一番大切な人の事を思い出していた。
(るーこ……今なら分かるよ。古河が最後まで岡崎の事を気にかけてたように、お前も死ぬ間際まで僕に逃げろって言ってたよね。
 お前は僕に、前を向いて生きて欲しいんだよな? どんなに辛くても、お前がいない世界でも、生き延びて欲しいんだよな?)
心の中に焼き付いたるーこの映像にそう語り掛けると、柔らかい笑みが返ってきたような気がした。
自分が朋也を殺した理由はたった一つ。
あそこで何もせずに自分達が殺されてしまっても、誰も救われないからだ。
こんな残虐に過ぎるゲームを企む主催者が、参加者の願いなど叶えてくれる筈が無い。
たとえ朋也が人を殺し続けて優勝したとしても、渚は生き返らない――そう、死んでしまった人間は、決して帰って来ないのだ。
それならばせめて、罪を犯す前に此処で止めてあげるべきだった。

それでも朋也は間違いなく自分の手で殺してしまったし、その点について言い訳するつもりは毛頭無い。
渚の遺言は、結局叶えてやる事が出来なかった。
そして自分がもう少し上手く立ち回れていれば、るーこだって死なずに済んだ筈だ。
自分の所為で、多くの親しい者達が命を落としてしまったのだ。

仮にこの地獄からの生還を果たしたとしても、何も解決はしない。
失われてしまった命はもう取り戻せないし、親友を殺してしまった罪も、恋人を救えなかった罪も、永久に消えはしない。
殺人がどれ程の罪の重さなのか、どうすれば償えるのか、自分には分からない。
それでも一つだけ分かる事がある――命を奪ったからには、責任を果たさねばならないと。
「杏。僕達まで死んじゃったら、岡崎もるーこも古河も、何の為に死んだのか分からなくなる。
 僕達は絶対、生き延びよう」
だから陽平は、るーこが生きていた頃と同じくらい強い意志を籠めて、そう言ったのだった。


【残り23人】

365親友:2007/05/23(水) 21:34:00 ID:7JyTghbE0
【時間:3日目・3:20】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:決意、右脇腹軽傷、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:号泣、右腕上腕部重傷、左肩軽傷、全身打撲】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:礼拝堂の隅に横たえられている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労中 気絶】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(3/8)、風子の支給品一式】
 【状態:死亡】

【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・和英辞典は礼拝堂の床に落ちています

→846

366provided route:2007/05/24(木) 20:16:35 ID:jLt7VIIc0

「―――つまらないことで時間をつぶしていただいては困りますね」

冷水を浴びせかけるような声で、観月マナは気がついた。
切れ切れになっていた意識が繋がっていく。

「ここ……は」

次第にはっきりしてくる視界に映る景色は、変わらぬ森の中。
しかし二つだけ、記憶と違うものがあった。
一つは空だ。曇っていたはずの空に、眩しい太陽が顔を覗かせている。
そしてもう一つは、

「お久しぶりです」

眼前に立つ、少女の姿であった。
諦念と屈折に凝り固まったような瞳。
手にした本は少女には不釣合いなほど大きく、分厚い。
異様なのは、その本が内部から発光しているように見えることだった。
色は真紅。光は、まるで鼓動を打つかのように脈動していた。

「里村……茜、さん」

マナが、その名を口にする。
記憶の欠落していた間の経緯。現在の時間、位置、状況。
いくつもの疑問が脳裏をよぎるが、それらを抑えてマナの口から出ていたのは、たった一つの問いだった。

「どうして……ここに?」

途端、茜が口の端を上げた。
嘲弄と侮蔑の入り混じった、悪意ある笑み。

367provided route:2007/05/24(木) 20:16:54 ID:jLt7VIIc0
「どうして。……どうして、と訊くのですか、私に?
 つまらない路傍の小石に躓いてもがいていた貴女を助け起こした私に?」
「あたしを……助けた……?」

呟いて記憶を辿ろうとするが、どうにもはっきりしない。
朝、目覚めてから図鑑の青い光に導かれて歩き出したところまでは覚えている。
北に向けて歩いていたはずだが、そこから先の記憶が急速にぼやけていた。
脳裏には断片的な映像だけが浮かぶ。
凶悪な面構えの軍人らしき男性。無数に存在する、同じ顔をした少女。陽射し。赤い、光。

「……気にしなくて結構ですよ。こちらにも利のあることでしたので」

言って、茜が話を打ち切った。
マナもそれ以上考えるのをやめ、茜に向き直る。
茜の手にしたGL図鑑の真紅の光に同調するように、BL図鑑もまた青い光を脈動させていた。

「その光……濁ってる」

どくり、どくりと脈打つ真紅の光を見据えて、マナが呟いた。
その言葉どおり、茜の手にした図鑑から発せられる光は、マナの透き通ったそれと違い、
まるで粘り気のある血を垂らし乱暴にかき混ぜたように濁り、中を見通すことができない。
緋色の光が時折揺らめき、光の粒を零すその様は、

「まるで……泣いてるみたい」
「……」

その言葉に、茜はほんの少しだけ目を細めると、己の図鑑とマナの図鑑を見比べるように視線を走らせた。
微笑から、僅かに悪意の色が薄れる。

「……安心しました」
「……?」

意図を測りかね、眉根を寄せるマナを気にした風もなく、茜が続ける。

368provided route:2007/05/24(木) 20:17:41 ID:jLt7VIIc0
「下らない子供だましに踊らされていたので、心配していたのですよ。
 BLの力、私の想像よりも遥かに小さいのではないかと」
「……!」
「ですが、杞憂だったようです。この力―――、」

と、手にした図鑑を掲げてみせる。

「哭いていると、そう感じられたのなら及第点……いいえ、そうでなくては困るというものです。
 どうやら聞こえているようですね、黙示録の声が」

黙示録、と呼ばれた瞬間、茜の手にした本から発せられる赤い光が一際強く輝いた。
それを目にして、マナは小さく首を振ると口を開く。

「―――違うよ」
「違う……?」

意外な言葉だったのか、茜が問い返す。
マナは、己の図鑑を胸に掻き抱くようにすると、茜の瞳を真っ直ぐに見据えて言った。

「違う。この子は、そんなのじゃない」
「そんなの……とは、黙示録のことですか? ……ああ、あなた方はBL図鑑と呼んでいるのでしたか」
「そうじゃない」

きっぱりと、マナは茜の言葉を否定する。

「そういうことじゃないよ。……あなただって、この子たちの声が聞こえるなら分かってるはずでしょう?」
「……」
「この子たちの、本当の名前は―――」
「―――黙りなさい」

マナの声を遮るように、茜が強い口調で言い切った。

369provided route:2007/05/24(木) 20:18:44 ID:jLt7VIIc0
「……妄言は結構です。それよりも、よろしいのですか?」
「……何のこと?」

畳み掛けるように、茜が話題を転換した。
思わせぶりなその言葉に、怪訝な表情でマナが問いただす。

「どうやら貴女のお仲間の身が危ういようですが。……キリシマ、といいましたか」
「な……、キリシマ博士が……!?」

マナが色めき立つ。

「このままでは……まぁ、酷い目に遭ってしまわれるかもしれません」
「……っ!」
「行ってさしあげてはいかがですか? ……その道を走れば、すぐですよ」

そう言って、茂みの向こうに伸びる林道を指差す茜。
反射的に走り出しかけたマナだったが、しかし一歩目を踏み出したところで足を止めた。

「……」
「どうしました? 急がないと手遅れになりますよ」

茜の言葉にも、マナは足を進めることもない。
代わりに口を開いた。

「……どうして?」
「……なぜGLの私が、貴女を助けるような真似をするのか、ですか?
 簡単な話です……今この場では、そうすることが必要だった。それだけのこと」

事も無げに、茜はそれを口にした。

「終焉へと向かうこの世界で、私が何をすべきなのか……それは黙示録の告げるままに。
 私はただ、定められた時の流れに従っているだけなのですよ」

真紅の光を放つ本を撫でながらそう言うと、茜は声もなく笑い、踵を返した。
もはや話すことなど何もないとでもいうようなその背中に、マナは小さく首を振る。
そうして一瞬だけ手の中の蒼い光に目をやると、今度こそ駆け出した。
背後から、茜の呟くような声が聞こえてくる。

「終わりの時、終わりの始まる場所で……私たちはもう一度会うことになると、黙示録は告げています。
 ―――世界の最後で、また会いましょう」

独り言めいたその言葉だけを残して、気配が遠ざかっていく。
マナは振り向かず走り続ける。
応えるように、口の中だけで小さく呟いた。

「……世界の最後? させるもんか、そんなこと」

ぐ、と手のBL図鑑を握り締める。
まるで蒲公英の綿帽子のように光が溢れ、きらきらと弾けて消えた。
光の軌跡を残しながら、マナは走り続ける。

「うん、終わりになんて、絶対にさせない。
 BLの力は……ううん、きっとGLだってそんなの、望んでやしないんだから……!」

それきり口を閉ざすと、マナは足を速めた。
手の中の図鑑は、ただ静かに蒼い光を放っている。

370provided route:2007/05/24(木) 20:19:19 ID:jLt7VIIc0

【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:G−4】

観月マナ
【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】
【状態:電波の影響から脱出・BLの使徒Lv2(A×1、B×4)】
『御堂(誰彼)×七瀬彰(WHITE ALBUM)   ---   クラスB』
『七瀬彰(WHITE ALBUM)×芳野祐介(CLANNAD)   ---   クラスA』

里村茜
【持ち物:GL図鑑(B×4、C×無数)、支給品一式】
【状態:異常なし】
『巳間晴香(MOON.)×相楽美佐枝(CLANNAD)   ---   クラスB』
『砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)…… --- クラスC』



【場所:D−6】

御堂
 【所持品:なし】
 【状態:不明】

→498 763 ルートD-5

371星空・3:2007/05/25(金) 00:44:43 ID:Eo3DGS.c0
――久寿川ささらは生徒会室で、今は亡き朝霧麻亜子と再会を果たしていた。
椅子に座っている麻亜子が、紅茶を口にしてから、対面に居るささらへと視線を移す。
「さーりゃん。こんな所で呑気に油を売っていて良いのかね?
 殺し合いも、もう終盤――今は一分一秒が惜しい時だと思うよ?」
するとささらはゆっくりと首を横に振り、言った。
「ううん、もういいの……」
全てに絶望したような、何もかも諦めてしまったような、そんな声。
それを受けた麻亜子は眉を顰めて、怪訝な表情となった。
「……いいって何がさ?」
「あんな世界、もういいの。先輩も貴明さんも居ないなら、もうどうでもいいの」
「さーりゃん、それは――」
麻亜子が諫めようとするのを遮り、ささらははっきりと宣言する。
「私は死を迎えるその瞬間まで、ずっと先輩と一緒にいたい。たとえ夢の世界でも、此処には先輩がいる。だから現実世界には戻らないわ」

ささらは全てを拒んでいた。
何も出来なかった自分自身も、麻亜子と貴明の命を奪ったこのゲームも、そんな運命を与えたこの世界そのものも、拒んでいた。
しかしそれを理解して尚、麻亜子は冷たく言い放った。
「――駄目だよ」
「え……?」
「あたしが守りたかったのは、そんなさーりゃんじゃない。今のさーりゃんとは、一緒に居られない」

372星空・3:2007/05/25(金) 00:45:26 ID:Eo3DGS.c0
あの麻亜子が、自分を突き放した――?
ささらは捨てられた子犬のような目となり、肩を震わせながら言った。
「な……何を言ってるの……? 折角また会えたのに……」
「今のさーりゃんは最低だよ。ただ嘆き悲しむだけで、目の前の現実に対処しようともしていない……」
「そんな……仕方無いじゃない。目の前で先輩や貴明さんが死んでしまったのに……頑張れる訳無いじゃない……」
ささらが今にも消え入りそうなか細い声で、そう訴える。
だが麻亜子はそれには取り合わず、きりっと眉を吊り上げた。
「あたしは一生懸命戦った。さーりゃんを守りたくて、出来る限りの事をしたつもりだよ。
 その結果あたしは死んじゃったけど、後悔はしてなかった。さーりゃんの事が、本当に好きだったから。それはきっとたかりゃんも同じだと思う。
 それなのにさーりゃんがそんな調子じゃ、あたしもたかりゃんも何の為に命を懸けたか分からなっちゃうよ。 さーりゃんはあたしがいなくちゃ何も出来ないの?」
「――――!」
ささらの大きな瞳が見開かれるのを確認してから、続ける。
「それにさ――あたしもう行かなくちゃいけないんだ」
「…………っ!?」

言われてささらは、初めて気が付いた。
「せん、ぱい……から……だ……が……」
――麻亜子の身体がどんどん薄れていっている事に。

麻亜子は寂しげな笑みを浮かべた後、言った。
「……当然でしょ? そう都合良く、ずっと夢の中に居ついたりなんて出来ないよ」
それが現実だった。
この場に麻亜子が居る事自体、既に奇跡以外の何物でも無いのだ。

373星空・3:2007/05/25(金) 00:46:39 ID:Eo3DGS.c0
「やだ……行っちゃ、やだ……」
ささらは目に涙を溜めて、悲痛な絶叫を上げた。
「やだやだやだっ!行っちゃやだぁーーっ!! 行かないで、先輩。
 お願い……お願いきいてくれたら何でも言う事聞くからぁ……お願い――」
それは卒業式の時と同じ台詞。まるであの時の再現だった。
「何でもって言われるとさーりゃんに水着登校を強要したくなっちゃうけど」
ただ一つ、あの時と違うのは――
「ムリだよ、もう。あたし死んじゃったもん……」
そう。これは、永遠の別れなのだ。

「せんぱい――」
「仕方が無いの。始めから決まってた事なの」
またあの時と同じように、麻亜子が諭すように言った。しかし――
「仕方ないって――何がなの!? 何が始めから決まっていたって言うの!?」
これは二人だけの卒業式の時とは違う。
だからささらは叫んだ。腹の底から、思い切り声を絞り出した。
それでも麻亜子は悲しそうに目を閉じ、そしてゆっくりと首を横に振った。
「あたしが殺し合いに乗った時点で、さーりゃんとお別れしなくちゃいけないって事は、もう決まってたの。どうにもならなかったの」
「…………」
ささらは滝のような涙を流しながら、麻亜子の話を聞いている。
麻亜子は席を立って、ささらの目の前まで歩み寄った。
「あたしバカっこだから――この島に放り込まれた時、さーりゃんを助ける事しか考えられなかった。
 他の人の事を考えてあげるなんて、出来なかった。でも……ダメだったね。あたしが人を殺しちゃった所為で、さーりゃんを悲しませちゃった。
 嫌な思いをさせて、涙をいっぱい流させちゃって、たかりゃんまで死なせちゃって」

374星空・3:2007/05/25(金) 00:47:52 ID:Eo3DGS.c0
既に麻亜子の身体は、殆ど透明といえる状態にまでなっている。
それでも麻亜子はささらの手を握り締めて、話を続けた。
「ごめんね、さーりゃん。最後まで守ってあげたかったけど、もうお別れ。あたしはさーりゃんと一緒には居てあげられないよ。
 でもね……それでもあたしね、さーりゃんが大好きだった。だからさーりゃんは――生きて。あたしとたかりゃんの分も、一生懸命生きて」
「いや、いやっ、いやぁぁぁぁ!」
ささらが絶叫する。麻亜子はそんなささらの頭を、優しく一度だけ撫でた。
精一杯の笑顔を作り、告げる。
「――――ばいばい、大好きなさーりゃん」
「せんぱああああああああああああああい!!」
くるりと背を向けて、麻亜子は旅に出た。
二度と戻って来れない、片道切符の旅に――――



そこでささらの意識は現実へと引き戻された。
目を開けると、綺麗なシャンデリアや天井が視界に入った。
それでささらは、自分が今教会に居るのだと悟った。
続いて聞き覚えのある声――藤林杏や春原陽平のものが、耳に届く。

まだ身体に重い疲労感は残っているし、また目を閉じれば眠る事は出来るだろう。
しかしささらは直ぐにその考えを打ち消す。
(先輩、貴明さん――私頑張ります。貴女達の分まで、一生懸命生きてみせます。だからどうか、ゆっくりと休んでください)
しっかりと足を動かして、少女は自分の意思で、自分の力で、再び立ち上がった。

    *     *     *

375星空・3:2007/05/25(金) 00:48:39 ID:Eo3DGS.c0
陽平と杏は古河渚と岡崎朋也の死体を埋葬した後、意識を取り戻したささらと情報交換を行っていた。
「そっか……河野とまーりゃんって奴は、最後にささらちゃんを守り抜いたんだね……」
「マナを殺した朝霧麻亜子は許せないけど――でも、ささらを守りたいって気持ちだけは本物だったのね……」
貴明達と岸田洋一の戦いの一部始終について聞かされ、陽平と杏は各々の感想を口にした。
ささらの説明によると、貴明は麻亜子を殺そうと暴走した後に、岸田洋一の襲撃を受けた。
追い詰められた貴明と麻亜子はささらだけでも救う為に、決死の自爆攻撃を仕掛けたとの事だった。

「あたし達も散々な目に合ったけど、そっちはそっちで大変だったのね……」
「杏さん達も……お友達の方と殺し合う事になってしまうなんて……」
杏とささらはお互いの境遇に心底同情を覚え、慰め合っていた。
友人と殺し合いになってしまったり、親しい人間が全員死んでしまったり、もう何もかもが滅茶苦茶だった。
だが陽平はそんな二人の会話を途中で遮って、一際強い口調で言った。
「それでも僕達はまだ生きている。此処で悲しみに暮れていても何も変わらない。だから行こう――この糞ゲームを、ぶっ潰す為に」
その通りだった。
杏もささらも頷いて、三人は出立の準備を始めた。

    *     *     *

場所は平瀬村工場屋根裏部屋へと変わる。
主催者の監視方法を全て発見した姫百合珊瑚は、間髪置かずにハッキング作業へと移っていた。
この場所にはカメラも無い。盗聴器対策もしてある。発信機もパソコンから取り外している。
最早ハッキングを察知されてしまう可能性は皆無の筈であり、実際今の所作業は順調に進んでいた。
まずはいの一番に首輪の解除方法を調べ上げ、次は主催者に関するデータの取得へと移っている。
珊瑚の横では向坂環が、黙々と画面に表示されたデータを紙に書き写していた。

376星空・3:2007/05/25(金) 00:49:49 ID:Eo3DGS.c0




一方柳川祐也と倉田佐祐理は特に手伝える事も無いので、仲間達の亡骸を埋葬した後、外で夜風に当たっていた。
雨は何時の間にか上がっており、空には数え切れない程沢山の星が見える。
佐祐理が天を仰ぎ見ながら、感心しきった様子で声を洩らす。
「ふえー、相変わらずこの島の星空は凄く綺麗ですねー……」
「……そうだな」
柳川は素直な返答を返した。
天に浮かび上がっている星の数、星の煌きは、昨晩よりも増しているように思えた。

しかしやがて佐祐理が視線を下に伏せ、寂しげに呟いた。
「――でももう少しだけ早く雨が上がってくれれば良かったですね。そうすればゆめみさんにもきっと、この星空をお見せ出来たのに……」
ゆめみは今際の際に、星空を思い浮べて本来の役目を果たそうとしていた。
あの時、あの場所で星が見えたらどんなに良かっただろう。

しかし柳川は、淡々とした口調で言った。
「だが奴や七瀬が本当に望んでいたのはそのような事では無い筈だ。それは分かるな?」
「……はい。死んでしまった人達が望んでいるのは、残された仲間の幸せだと思います」
柳川は強く頷いた後、続けた。
「――恐らく、明日の晩までには全てが終わっているだろう。その時に俺達が生きていられるかどうか、確証など無い」

柳川は一旦言葉を切り、佐祐理の手を握り締めた。
間近でしっかりと佐祐理の目を見つめて、一つ一つ言葉を紡ぐ。
「良いか、倉田。万一俺が死んでしまっても、絶対に自分を見失うな。どんなに苦しくても最後まであがいて生を掴み取れ。それが、俺の望みだ」
それは諦観さえも感じさせる程の、悲痛な願いだった。
佐祐理は柳川の手をぎゅっと握り返した。
「……分かりました。でも佐祐理は、柳川さんと一緒に帰りたいです……」
「ああ、俺だって当然そう思っているさ。あくまで、万一の話だ」

377星空・3:2007/05/25(金) 00:50:31 ID:Eo3DGS.c0
その後は二人とも押し黙り、暫しの間場を沈黙が支配した。
二人は肩を並べ、唯只空を眺め続ける。
ふと柳川が空いてる方の手で時計を確認すると、思っていた以上に時間が経過していた。
「そろそろ戻るとするか。此処で余り時間を食う訳にもいかんしな」
「……はい」
これで見納めになるかも知れないとは言え、いつまで星空を眺めている訳にはいかない。
二人は手を繋いだまま、工場の中へと戻っていった。



柳川達が屋根裏部屋に戻った時にはもう、ハッキング作業はかなり進行していた。
柳川は環が書き上げた紙を受け取り、じっくりと目を通していく。
一枚目は主催者側の人員についてのデータだった。
どうやらゲームの運営に関わっている者達のデータは、主催者側のホストコンピューターにも無かったらしい。
それでも主催者が誰であるかといったデータだけは、かろうじて見つけられたようだ。
そして主催者の名前を目にした瞬間、柳川も佐祐理もかつてない程の戦慄を覚えた。
その様子を見た環が、紙にペンを走らせる。

378星空・3:2007/05/25(金) 00:51:10 ID:Eo3DGS.c0
『驚きましたか?まさかこれ程の地位を持った人間が黒幕だったなんて……』
『ああ。篁財閥総帥――俺が知る限りでは、最悪の相手だ』
佐祐理もペンを握り締め、肩の痛みを堪えながら書いた。
『篁財閥って……ここ数年で急成長を遂げた超巨大グループですよね』
『それだけじゃないぞ。俺は職業柄日本の裏事情に詳しいが、篁財閥の黒い噂は絶えず耳にする。篁は色々と非合法な手段も用いて、巨財を築いてきた。
 にも拘らず警察ですら手を出せない程、篁財閥は巨大となってしまったんだ。篁の個人資産は100兆円を越え、世界中のエネルギーも半ば掌握している。
 篁本人がどんな人間かは知らないが、圧倒的な技術と資金力――奴が世界の影の支配者だと言っても過言ではない』
書き綴られた内容を読んだ佐祐理が、大きく息を飲む。
世界の影の支配者――そんな存在に対して、自分達は本当に対抗し得るのだろうか?
『そうですね……こんな恐ろしい物まで開発するくらいですから』
環はそう書いた後、大きな字で『ラストリゾートその詳細について』と記された紙を手渡してきた。

(ラスト……リゾート……だと?)
柳川はそれを受け取り、佐祐理と一緒に熟読していく。
そして二人は、先に倍する戦慄を覚えた。
――ラストリゾート。
強力なエネルギーの場を対象の周辺に発生させ、物理的な力や熱、光、電磁波などを遮断する装置。
どんなに切れ味鋭い剣も、大口径の銃弾も、恐らくは核による攻撃ですらも通さない。
己の肉体を用いた直接攻撃以外は完璧に防ぐという、絶対無敵究極の防御システム。
それがこの島の地下に設置されているというのだ。

続けて残りのデータに目を通していくと、三枚目はこの島と、主催者が潜伏していると思われる地下要塞の詳細図だった。
まずこの島は、主催者が準備した『メガフロート』という巨大な浮体構造物――つまり人工島であるという事。
そして地下要塞の入り口は数箇所あり、本当なら扉にはロックが掛けられているらしいが、それは珊瑚によって解除済みらしい。
そして要塞内部には『ラストリゾート』、首輪爆弾の遠隔操作用装置、そして要塞の心臓部である巨大シェルター『高天原』があるという事だった。
要塞の大半の機能は『高天原』で管理しているようだから、そこを制圧しさえすれば全ては終わる。
しかし『ラストリゾート』と言う最悪の防御システムを破壊しなければ、恐らく心臓部は落とし切れまい。
篁がどれだけの戦力をこの島に連れて来ているかは分からないが、素手で倒し切れる程甘い敵では無いだろう。
それが、柳川の推察だった。

379星空・3:2007/05/25(金) 00:51:55 ID:Eo3DGS.c0
四枚目――最後の一枚は、首輪の解除手順図だった。
前のようにダミーである事も考えられなくは無いが、ハッキングが見つかっていない限りはまず大丈夫だろう。
そしてこれ程までに様々な情報を引き出せたのだから、少なくとも今はまだバレていない。
つまりこの首輪解除手順図は、本物であると判断して良い筈だった。

全てを読み終えた柳川は、大きく一つ、息を吐いた。
ハッキングが成功したのは間違いなく僥倖だが、色々と整理しなければいけない情報が多過ぎる。
それにある程度覚悟してはいたが、敵は予想以上に巨大な存在であり、驚異的な設備も準備していた。
これから先の事を考えると、どうしても気が重くなってしまう。
ともかく、一人で攻略計画を練れるような易しい状況では無いし、まずは皆と良く話し合わねば――

そこで柳川は、珊瑚がまだ何か作業をしている事に気付いた。
あらかた情報は引き出し終えた筈なのに、一体何を?
『おい、向坂。今姫百合は何の作業をしているんだ?』
『珊瑚ちゃんは……首輪爆弾の遠隔操作用装置をコントールしているシステムと”ロワちゃんねる”を乗っ取ろうとしているらしいです。
 そうすれば”ロワちゃんねる”上で首輪の無効化に成功した旨を伝える事によって、この場に居ない人達も皆救えるって言っていました』
『何だと……?』
柳川は眉間に皺を寄せて、怪訝な表情を浮かべた。

確かに首輪の解除方法を入手しただけでは、この場に居る人間以外は救えない。
後々友好的な者と合流して首輪を外す事は可能だとしても、島に居る全ての人間と合流するなど到底無理だろう。
そう考えれば、『ロワちゃんねる』と首輪遠隔操作システムを乗っ取るのは非常に有効な手段だと言える。
首輪を無効化し、『ロワちゃんねる』の内容を書き換える事によってそれを証明出来れば、島中の人間を味方に付けられる。
それは島中の人間を救う事でもあり、主催者の打倒に繋がる事でもあるのだ。

しかし――幾らなんでも、危険過ぎるのではないか。
自分は特別機械に詳しい訳では無いが、データを盗み出すよりも、システムそのものを乗っ取る方が遥かに困難なように思えた。
そしてもし主催者に気付かれてしまえば、今度こそ確実に珊瑚は殺されてしまうだろう。

380星空・3:2007/05/25(金) 00:52:55 ID:Eo3DGS.c0


珊瑚は無我夢中で、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。
その指の動きは目にも止まらぬ速度であり、在り来たりなセキュリティのシステムならば一瞬で乗っ取れただろう。
実際『ロワちゃんねる』の方は、難無く管理権限を奪い取る事に成功した。
しかし首輪遠隔操作システムのセキュリティは桁外れであり、最新の規格による設備で強固な守りを誇っていた。
それでも突破し切る自信はある――否、絶対に突破しなければならない。

もし首輪遠隔操作システムを乗っ取れなかったとしたら、首輪は直接解除する以外に対処法が無くなる。
それでは運良く自分達と出会えた人間以外は救えないし、主催者打倒の際に協力して貰う事も出来ないだろう。
此処で首輪遠隔操作システムを掌握せねば、この島で行われている殺し合いは止め切れないのだ。
だからこそ、絶対にやり遂げなければならない。
前回参加者達が遺してくれたCD、そして瑠璃達が守り抜いてくれた自身の命、懸けるべきは今この時だ。

珊瑚は一つずつ丁寧に丁寧にセキュリティを突破してゆき、首輪遠隔操作システムの中核へと迫っていく。
ここからは、時間の戦いだ。
主催者に気付かれる前に、作業を全て終えれば自分の勝ち。
作業の終了前にハッキングが行われている事に気付かれてしまえば、自分は首輪爆弾で殺されてしまうだろう。
主催者からすれば誰がハッキングしているか、突き止める必要もないのだ。
最早生き残っている人間でハッキング出来る能力がある者など、珊瑚以外居ないのだから。

――突破すべきセキュリティシステムは、後二つ。
珊瑚は普段ではまず見せぬくらい真剣な表情で、ディスプレイに張り付き直す。
指は先程までよりも更に早い動きで、キーボードのボタンを叩いてゆく。
視界の端に、心配そうな顔でこちらの様子を窺っている環達の姿が映ったが、構ってなどいられない。
全身全霊を以って、防御の弱い部分を探し当て、すかさず突破する。

――突破すべきセキュリティシステムは、後一つ。
そこで異変が起こった。

381星空・3:2007/05/25(金) 00:54:00 ID:Eo3DGS.c0
「ひ、姫百合さん、首輪がっ……!」
佐祐理が驚きの声を上げる。
珊瑚がその声に反応して視線を一瞬下に向けると、チカチカと赤い光が点滅しているのが見えた。
ピピピピ、という耳障りな電子音も聞こえてくる。
とうとう主催者にハッキングがバレてしまったのだ。

「珊瑚ちゃん、そこまでよ! 作業は止めて首輪を外しなさい!」
声を張り上げて叫ぶ環だったが、珊瑚はまるで取り合わない。
珊瑚からすれば、このタイミングで自分の首輪を外そうとするなど有り得ない話だった。
敵に一度時間を与えてしまえば、外部とのネットワークを断ち切られてしまうだろう。
ハッキングに気付かれてしまった以上、首輪遠隔操作システムを乗っ取る好機は今だけなのだ。
柚原このみの爆弾が爆発するまでは1分近くあったという話なのだから、問題無い。
自分の首輪が爆発するまでにシステムを乗っ取り、作動した爆弾を止めれば良いだけの事――!
珊瑚は最後に一際強い力を籠めて、キーを押した。

――ピーッ…………、という音がした。

「……出来たっ! 首輪遠隔操作システムはウチが乗っ取ったで!」
珊瑚が立ち上がってそう叫ぶと、環も佐祐理も外まで響きそうな程大きな歓声を上げた。
「偉いっ! 良くやったわ!」
「珊瑚さん、凄いです!」
これで主催者は首輪爆弾を操作出来ないし、このゲームを成り立たせる最大の要因が消えた事となったのだ。
此処から上手く立ち回れば、十分に殺し合いを止められるだろう。

珊瑚は思わず肩の力を抜いて、柔らかい笑みを浮かべてしまう。
自分はやり遂げた。前回参加者の分も、死んでしまった瑠璃達の分も、戦い抜いたのだ。
しかし喜んでばかりもいられない。
まずは自分の首輪爆弾を停止させて、窮地を脱しなければならないのだから。
珊瑚は腰を落とし、首輪遠隔操作システムを操作して――すぐに、大きく目を見開いた。
慌てて何度か同じ操作を繰り返してみるものの、結果は変わらない。
珊瑚は急に立ち上がり、ゆっくりと環達の方へと振り向いた。

382星空・3:2007/05/25(金) 00:54:58 ID:Eo3DGS.c0


柳川は珊瑚の首輪がまだ点滅しているのを見て取り、訝しげに口を開いた。
「どうしたんだ? 早くシステムを操作して、首輪の爆弾を解除しないと間に合わなくなるぞ?」
それはその通りで、もう首輪を直接外している時間すら無い。
今すぐに遠隔操作システムを動かさねば、手遅れになってしまうだろう。
だが珊瑚は儚げな笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。
「アカンよ……。だって首輪遠隔操作システムは爆弾を作動させれるけど、止める事は出来へんみたいやから」

「「「…………は?」」」
一同は揃いも揃って呆然と声を洩らす。
つまり首輪遠隔操作装置は宮沢有紀寧のリモコンと同じで――起爆専用の装置だったのだ。

「ウチはここまでみたいやけど……皆は生きてね。後もうちょっとやと思うから……頑張って、主催者をやっつけてね」
珊瑚はそれだけ言うと、仲間と少しでも距離を取るべく全速力で駆け出した。
誰も反応出来なかった。
首輪の点滅が更に勢いを増してゆき、屋根裏部屋中に電子音が響き渡る。

そして、足音。
環が振り向くと、そこには藤林杏や見知らぬ少年、そして――久寿川ささらが立っていた。
「ささらっ!?」
叫び声の上がる中、一瞬で状況を見て取ったささらは素早く謎のスイッチを取り出した。
押せば楽になれるという、未だ詳細不明の危険な物体。
しかしささらは、何の躊躇も無くそのスイッチを押した。


――周囲を白い閃光が覆った。

383星空・3:2007/05/25(金) 00:57:32 ID:Eo3DGS.c0


閃光が止んだ時、その場に残っていたのは柳川祐也、倉田佐祐理、向坂環、春原陽平、藤林杏。
そして――姫百合珊瑚と久寿川ささらもまた、無事に生存していた。
久寿川ささらの持っていた謎のスイッチとは、前回参加者のメモにあった『作動した首輪爆弾解除用の電磁波発生スイッチ』だったのだ。



【時間:3日目4:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:呆然、左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・亀裂骨折は若干回復)】
 【状態②:内臓にダメージ、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:呆然、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:疲労大】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:呆然、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:軽度の疲労、右腕上腕部重傷、左肩軽傷、全身打撲】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、残電力は半分)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:中度の疲労、右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

384星空・3:2007/05/25(金) 00:57:54 ID:Eo3DGS.c0

【備考】
・屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図(本物)』
が置いてあります。今作で書かれている以外の詳細は後続任せ。
・『高天原』には要塞の大半の機能をコントロールする設備があります
・『ラストリゾート』は非常に強力なバリアを発生させるシステムですが、設備そのものを破壊すれば止まります。
・ささらの持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取ったのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しました。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されました。
・七瀬留美・橘敬介・ほしのゆめみ・リサ=ヴィクセンの死体は平瀬村工場傍に埋葬されました。
・岡崎朋也・古河渚の死体は教会傍に埋葬されました。

→851
→855
ルートB18

385発見:2007/05/27(日) 06:19:09 ID:vu/SoZJw0
儀式を終えた4人は、部屋を改め経緯を確かめる作業に移った。
ささらは勿論現場に居合わせなかった浩平も、そしてイルファでさえも詳しい事情を知るわけではない。
最初から最後まで目撃することが叶ったのは真琴のみ、三人は静かに彼女が口を開くのを待ち続けた。
……堅苦しい空気の中、視線を床に這わせたままポツリポツリと真琴が話し出したのはそれからすぐのことだった。
紡ぎだされたのは暴力としか呼ぶことのできない一戦、突然現れたイレギュラーの襲撃は誰もが予想できないことである。
浩平もささらも気づかぬうちに起きた出来事、呆然とする二人を余所にイルファも自分の予想していた事象とは違う類であったことに驚きを隠せないでいた。
ほしのゆめみの突然変異、そこに現れた着物を着た少女。
始まる戦闘、郁乃の死亡など。真琴は、それを驚くくらい鮮明に語った。

とりあえずは事象の確認が終了したものの、しかし結局は疑問に対する明確な答えというのを彼等が出すことはできなかった。
着物の少女はどこから着たか、どうしてゆめみが変わってしまったかなど、全て憶測で語るしかない。

「ゆめみさんは、宮内さんの支給品として配られていました。……あらかじめ設定してあったプログラムである確率が高いですね」

呟くささら。
と、ここで浩平はもう一人いるはずである少女の姿がないことに気がついた。

「……そういえばレミィは?」

無学寺にて同じ時を過ごした仲間、宮内レミィ。
浩平の言葉で思い出したようにささらもはっとなる、二人はそのまま真琴へと視線を送って彼女の言葉を窺った。
しかし真琴はというと困惑した表情を浮かべるだけであり、小さく首を振ってレミィの所在を知らないことを訴えかけてくる。

「どういうことだ、レミィがそっちに向かったのは十二時とかそこらだぞ……」

今一度、浩平とささらが目を合わせる。
レミィは浩平と共に見張を担当した後、ささらと交替で部屋へと戻り休息しているはずだった。
だが現場にレミィの姿はなかった。浩平があの部屋に入った際残っていたのは間違いなく真琴と、そして立田七海を抱えたゆめみのみだった。
真琴も思い当たる節がないらしく肩を竦ませるだけである、イルファに関してはレミィの存在すら知らなかった訳だから論外だ。

386発見:2007/05/27(日) 06:19:37 ID:vu/SoZJw0
「ゆめみと変な女が争ってる時もこっちには顔すら出さなかったわよ、ずっと……ささらと浩平とレミィで、見張りやってるんだと思ってた」

怪訝な真琴の眼差しに、浩平とささらは三度顔を見合わせた。

「何かあったかもしれない、探そう」

黙って頷くささら、すぐさま部屋を飛び出す二人に真琴も慌てて後に続く。
……状況が良く分かっていないイルファだけ、取り残された形で佇むのであった。

捜索は、それから三十分ほど行われた。
しかしレミィらしき人物はどうしても見つけることが叶わず、三人とも肩を落としイルファの待つ部屋へと戻る。
気落ちしている三人の姿、イルファはそれを静かに眺めた。
これだけ探しても見つからなかったということ、それが指し示す一つの可能性をイルファは既に導き出している。
だが、それを口にして良いものか。イルファは考えた。
考えた結果……この中で感情論を出すことなく第三者の視点で語ることが出来るのが自分のみだと推測し、イルファはついに口を開く。

「お一人で、逃げられたのではないでしょうか」

場を包む沈黙が破られたことで、全員の注目はイルファへと一気に集まることになった。
飄々とした物言いでイルファは続ける、あくまで冷静に事を見たそれがイルファの出した結論だった。

「宮内様という方の姿が消えたのも、襲ってきた方が現れました時間とほぼ合います。
 これだけ探しても見つからないということは、そのようなことだと思いますが」
「お、前……ふざけんなよっ!!」

イルファが話終わると同時に、表情を怒りに染めた浩平が立ち上がる。
怒鳴りつけつかつかとイルファの元まで歩みだす浩平、一応予想は突いていたのであろうイルファが表情を揺るがすことはなかった。

「こ、浩平落ち着きなさいよ」
「うるせぇ! 黙ってられるか、レミィがオレ達放って置いて一人だけ逃げるはずないだろっ」

387発見:2007/05/27(日) 06:20:03 ID:vu/SoZJw0
真琴の制止も聞かぬまま、どかっとイルファの前に座りなおし浩平は彼女を睨みつける。
浩平にとって、島に来て半日以上生きた人間に出会うことがなかったという精神的疲弊を癒したのは間違いなくこの無学寺で知り合えたメンバーだった。
その中でも共に見張りを担当したレミィの明るい性格は、浩平に何よりも大切な日常の時間を彷彿させ、彼の疲れを癒す存在でもあった。
そんな彼女のことを、目の前のロボットがさらりと侮辱した事実に浩平の沸点はやすやすと限界を迎えた。
撤回しろ、そう目で訴える浩平をあくまで冷ややかな瞳でイルファは射る。

「折原様と宮内様は、この島にいらっしゃる前からのお知り合いだったのでしょうか」
「それは……違う、けど」
「では、余りそのような発言をするべきではありませんと愚考いたします。
 お知り合いになって短時間しか建っていないにも関わらずそこまで信頼しきるのも軽率かと」

淡々と放たれたそれに、浩平は言い返すことができなかった。
顔色を変えることなくあくまで涼し気に話すイルファに対し苛立つ気持ちを抑えきれないのは確かである、しかし浩平の頭には良い言葉が浮かぶこともなく。

「こんな、こんな……」

歯がゆいだろう、握りこぶしが白くなるくらい力を入れ肩を震わす浩平の姿に真琴もささらもハラハラする一方だった。
場に訪れた沈黙と重たい空気、そしていつイルファにつかみかかるか分からないという爆発寸前の浩平の存在。
何とかしなければと、行動に移ったのは真琴だった。

「わ、私トイレ行きたくなっちゃった! ねぇ浩平、ついてきてよ」

浩平の手を取り、真琴は外へと彼を誘導しようとする。

「は? お前な、そういうの男に言うなよ」
「あう……」

が、作戦失敗。

388発見:2007/05/27(日) 06:20:24 ID:vu/SoZJw0
「えーと……」

ちらっとイルファに目をやる真琴。
しかし助け舟は現れない、イルファはじっと浩平を見つめていてどうやら真琴の視線には気づいていないようだった。

「さ、沢渡さん、私が行きましょうか」
「あう……ありがと、ささら……」

結局は板ばさみにすらなれず、どうすればいいのかと戸惑っている真琴に手を差し伸べたのはささらだった。
そろそろと部屋を後にする二人、残されたのは浩平とイルファがどうなるか……真琴は後ろ髪を引かれる思いで扉を閉める。
軋む襖の閉じる音と、イルファが溜息をついたのはほぼ同時だった。

「……何だよ」

イルファのアクションに対し、浩平は過敏とも思えるくらいの反応を見せる。
部屋のムードは険悪になる一方であるが、浩平がそれを改善させようとする素振というのは全くなかった。
反論はできなくとも態度でイルファに対し牽制する浩平のやり方は、傍から見れば子供染みたものかもしれないだろう。
しかしそれが、浩平にとっての精一杯だった。
しばしまた訪れる無言の時、壁にかけられた年代物の時計の奏でる針の音が場を満たす。

「申し訳、ありませんでした」

口を開いたのはイルファだった。
腕を組んだまま睨みつけている浩平の目の前で、イルファは小さく会釈する。
……だがその声には特に抑揚の類が含まれておらず、それは浩平の中での懐疑心を増す一方となる。
浩平は無言のまま、イルファの出方を窺い続けた。
下げていた頭を戻すその仕草一つ一つも見落とそうとせず、じっと浩平は彼女を見つめた。

389発見:2007/05/27(日) 06:20:51 ID:vu/SoZJw0
「不躾な発言をしてしまい、すみませんでした。
 宮内さんという方を知らないからとは言え、やはり言い過ぎました。私に非があると判断します」

すみませんでした、そう言ってもう一度頭を下げるイルファの様子に……怪しい面は、特になかった。
上辺だけの台詞で煙に巻こうとでもしているようならば、浩平はその場でイルファを張り倒すことに躊躇すらしなかっただろう。
しかしどうにも気にかかる。浩平はイルファの真意を問うべく、彼女の瞳を覗き込んだ。
……作り物のそれに感情が表れることはない、そりゃそうかと自己完結する浩平の正面、イルファは彼の心を読み取ったかは分からないが、静かに再び口を開いた。

「もし私も知人を侮辱されましたら、気分を害すでしょう。大切な方でしたら尚更です。
 ただ、この島に来てからの知人となればそれは別だと、私は解釈しました。
 その上で第三者の視点から話させていただいただけです。
 ですが、それはあくまで外野から見た上での解釈です。好意を抱くのに時間は関係ないという論も私は理解しています。
 つまり先ほどのことは折原様と宮内様のことをよくも知らない私が、上辺だけで申すことではなかったという意味です。
 その意味を込め、私は非を認めました。ご理解いただけたでしょうか」

冷静に捲くし立てるイルファの姿は、見ようによってはロボットらしかったであろう。
しかしイルファは言う、彼女は浩平の『感情論』を理解していると。
それをこの短時間で導き出し、言い直すイルファの柔軟な思考回路は浩平をひどく驚かせた。

「……あんた、ロボットっぽくないな」
「え?」
「いや、俺の中のメイドロボのイメージはもっと頑なな感じだったからさ……そういう風に言われるとは思わなかった」

目を丸くする浩平を、今度は不思議そうにイルファが見つめる。
その邪心のない表情に、思わず浩平は笑みを漏らした。
どこかあどけなさの残るイルファの様子は見た目の大人っぽさに比べるとあまりにも可愛らしく、浩平の中には微笑ましく思うような感情すら生まれる。

「まぁいいよ、もう」
「はい。ありがとうございます、折原様」

390発見:2007/05/27(日) 06:21:22 ID:vu/SoZJw0
ポリポリと頭を掻くと、浩平はバツの悪さをごまかそうという意図も込めそっとイルファに右手を伸ばした。
仲直りの握手、という意味だろう。
イルファも笑みを浮かべながら、浩平の手に自らの手を重ねる。

(………?)

握手握手、一人で握手。何故か、イルファは浩平の手をいつまで経っても握り返して来ない。
顔を見合わせてもイルファは苦笑いを浮かべるだけである、疑問を浩平が口にしようとした時だった。

『きゃああああああーーーーー!!!!!』

つんざく悲鳴、それは部屋の外から聞こえてきた。

「なっ、真琴!?」

手を解きすぐさま立ち上がる浩平、イルファもそれに続く。
部屋を飛び出し声の上がった方へと、二人は一目散に駆けた。





「……レミィ?」

覗き込んだ便器の奥に、彼女はいた。
トイレの中に充満した生臭さで出血の量は窺える、見下し確認した様子からもレミィが絶命していることは明らかだろう。

391発見:2007/05/27(日) 06:21:57 ID:vu/SoZJw0
「あ、あたしトイレ入ろうとしたら、臭いが、あと、下、下に、下に……あう、あうぁぁ……」
「沢渡さん落ち着いて、大丈夫です……大丈夫ですから……」

しゃくりあげる真琴をささらがすかさず抱きこんだ。
浩平も自身の体を支えている筋肉から力が抜けていくのを感じ、よろよろとその場に尻餅をつこうする……が、瞬間腕を組まれ半身を支えられた状態になる。
ゆっくりと視線を上げると、浩平の視界に硬い表情のイルファが映った。

「……この方の体格と、場所的な問題で引き上げるのは無理でしょう」

右腕一本で浩平を支えようとするイルファだったが結局は無理だったようで、浩平の体はゆっくりと地面へ導かれていく。
イルファも、一緒になって土の上についた。
動作と共に吐かれた悲しい宣告、浩平はそれを正しい形で理解できないでいた。
イルファが「どのような意図で」それを口にしたか……理解、したくさえなかったのであろう。





こうして、安息の地は完全なる形で破壊された。
落ち着いたはずの事態に対し、朝霧麻亜子の残した物が彼等の傷痕を深く抉っていく。

392発見:2007/05/27(日) 06:22:36 ID:vu/SoZJw0
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:呆然】

折原浩平
【所持品:スコップ、だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:呆然】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:呆然】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の中に落ちています

(関連・833)(B−4ルート)

393A Tair:2007/05/27(日) 12:00:07 ID:BFLsCE7Q0
――それは、予想だにしない反応だった。
場所は平瀬村工場屋根裏部屋。解除手順図を用いて、首輪を一通り解除し終えた後の話。
「……そう、タカ坊まで死んじゃったのね」
久寿川ささらから河野貴明の死に様を聞いた向坂環は、小さくそれだけ呟いた。
環は表情に僅かな翳りを出した程度で、傍目には大きな動揺など見て取れない。
その冷淡に過ぎる反応を目の当たりにし、貴明の死を知って泣きじゃくっていた少女――姫百合珊瑚が顔を上げた。
「環さんは貴明と幼馴染やったんやろ? ウチよりもず〜っと、付き合いが長かったんやろ?」
「ええ、そうよ」
「それなのに……どうしてそんなに落ち着いていられるのよ! ウチはこんなに悲しいのに、どうして環さんは何も感じへんのよ!」
今にも掴みかからんばかりの勢いで、珊瑚が環に詰め寄る。
鋭い剣幕、荒げた語気、あの大人しい性格をした珊瑚のものとは、とても思えない.
「おい、姫百合……」
春原陽平と藤林杏の治療を手伝っていた柳川祐也や倉田佐祐理が、場を収めようと腰を上げる。

しかし環はそれを手で制すと、全く怯む事無しに凛とした視線を珊瑚へ返した。
「落ち着いてなんかいないわ。私だって胸が張り裂けそうなくらい悲しいし、悔しい。でもね――」
近くに置いてあったペットボトル――中身が入ったままの物――を握り締め、潰した。
派手に中身がぶち捲けられ、床を大きく濡らす。
「この島では悲しい事が沢山有り過ぎたから……私はもう泣き方を忘れちゃったのよ」
環の左手から、ポタポタと雫が垂れ落ちる。それは、彼女の心が流す涙。

環は手を大きく振って水滴を払い飛ばしてから、言った。
「時間が勿体無いわ。早速行動に移りましょう――死んだ皆の仇、絶対に取ってみせる」

    *     *     *

394A Tair:2007/05/27(日) 12:00:59 ID:BFLsCE7Q0
この島に来てから、自分のスタンスは次々に変化している。
最初は娘を生きて帰す為だけに、『修羅』となりゲームに乗ろうとしていた。
その次は未来ある子供達を守る為に、主催者の打倒を決意した。
しかし傷付けられた娘の姿を目撃した途端、誰かを守りたいという気持ちよりも殺人鬼への怒りが先行した。
そして、娘の懇願を受けた後は――

凄惨な決戦から半日が過ぎた今も尚、むせ返るような死臭漂う鎌石村役場。
その広間で、水瀬秋子は折原浩平と情報交換を行っていた。
「……そうですか。ではまだ、主催者に関する具体的な情報は掴んでないんですね?」
「ああ。この島の地下に要塞があるかも知れないって事だけは推測出来たけど、主催者が何者かってのはまだ分からないな」
対主催派の人間による情報収集は、秋子の予想よりも遥かに進行具合が遅かった。
これだけ殺し合いが進行してしまったというのに、まだ主催者が誰かすらも突き止めれていないというのだ。
秋子は思った――こんな調子では、話にならぬと。

これ程手際が悪い連中では、主催者を打倒するなど到底不可能だろう。
何処まで自分達の盾として機能してくれるかも、怪しいと判断しざるを得ない。
しかしその一方で、浩平や立田七海は明らかにゲームに乗っておらず、信頼出来るという一点に於いては文句無しである。
こんな子供達を自分の手で殺したくは無いし、暫くは行動を共にしてみよう、というのが秋子の結論だった。

秋子は浩平から視線を外し、改めて部屋を見渡した。
「しかしこれは……酷い光景ですね。初めて見た時は思わず冷や汗を掻いてしまいました」
辺り一帯に飛散した鮮血、銃弾で破壊された机や壁の破片。
そして部屋の隅に横たえられている、苦悶の表情を浮かべた肉塊達。
それは正しく地獄と表現するに相応しい光景だった。
「……そうだよな。こんな物見せられちゃ、誰だって驚くよな」
浩平はそう言うと、隣に座っている七海の頭を撫で始めた。

395A Tair:2007/05/27(日) 12:01:59 ID:BFLsCE7Q0
「こ、こ〜へいさん!?」
「七海、本当にごめんな。もう少しお前に気を遣ってやるべきだった」
「そ、そんなに気にしなくても……」
恥ずかしそうに顔を赤らめる七海だったが、それでも浩平は撫でるのを止めない。
やがて七海も諦めたのか大人しくなり、気持ち良さそうに目を細めていた。

そんな二人の様子を微笑みながら眺めていた秋子だったが、ふと隣の名雪に目をやる。
(…………っ!)
秋子は大きく息を呑む。名雪の瞳はゾッとするような、底知れぬ闇を湛えていた。
そうだ――自分は娘を守り抜き、そして優勝しなければならないのだ。
心を凍らせ、感情を捨て、ただ目的の為に行動しなければならない。

秋子はもう一度、注意深く周りを見渡した。
すると視界の隅に、古ぼけたノートパソコンが映った。
「浩平さん、あそこにあるノートパソコンはもう調べましたか?」
「いや、まだ調べてないよ」
「そうですか……では今から調べてみましょう。何か役立つ情報が隠されているかも知れませんから」
秋子はすくっと立ち上がり、静かに足を進める。
ノートパソコンの電源を入れて少し待っていると、メイン画面が浮かび上がった。
そこにはただ一つ、『ロワちゃんねる』という謎のアイコンだけが表示されていた。

396A Tair:2007/05/27(日) 12:03:19 ID:BFLsCE7Q0
「……これは何でしょうか?」
「藤林さんから聞いた話だと、現在の参加者死亡状況や自由に書き込める掲示板が見れるらしいですよ」
秋子の疑問に、七海が素早く答えを返してくれた。
秋子はおもむろに『ロワちゃんねる』を調べ始め――やがて絶句した。
そこにはこの島と地下要塞の詳細や、首輪解除方法、主催者の監視方法についてなど、様々なデータが入っていたのだ。
特に注目すべきなのが、次の文章だ。
『初めまして、向坂環と言う者です。突然ですが私の仲間が主催者のホストコンピュータへのハッキングに成功しました。
 今なら首輪爆弾遠隔操作システムもこちらの手中にあるので、安全に首輪を外せます。
 私達を信用してくれる方は、090-9xxx-xxxxまで連絡をお願いします。
 島に流されてあった妨害電波は解除したので、島内への電話なら通じる筈です。
 今こそ皆で手を取り合って、全ての元凶である主催者を倒しましょう!
 向坂環・姫百合珊瑚・久寿川ささら・柳川祐也・倉田佐祐理・春原陽平・藤林杏』


「これは……本当なのか?主催者の罠じゃないのか?」
一通り読み終えた浩平が、未だに信じられない、と言った顔で呟いた。
それ程に衝撃的な内容――真実ならば、主催者打倒の準備が整いつつあるという事――だったのだ。
俄かには信じがたい話だったが、秋子は極めて冷静に思考を巡らせて、言った。
「恐らく本当でしょう。主催者が私達を殺すつもりならいつでも殺せたのですから、今更こんな罠を仕掛ける意味がありません」
「それじゃあ……」
「ええ。文面通りに受け取っても大丈夫だと思いますよ」
秋子が頬に手を当ててにこりと微笑むと、ようやく浩平の瞳から警戒の色が消えた。

浩平は七海と手を握り合って、飛び跳ねながら歓喜の叫びを上げる。
「よっしゃあああっ! ようやく希望が見えてきたな!」
「はいっ!」
これまでも諦めてはいなかったものの、主催者を打倒する方法の足掛かりさえ掴めていなかった。
それが突然、何の前触れも無く、此処まで具体的な形で示されたのだ。
だから浩平も七海も、顔を綻ばせ喜びを露にしていた。

397A Tair:2007/05/27(日) 12:04:05 ID:BFLsCE7Q0

一方秋子は、今後の方針を大きく変えようと考えていた。
これ程までに対主催の準備が進んでいるのならば、他の参加者と協力した方が良いだろう。
最早主催者の思惑に嵌り、優勝の褒美などと言った物に頼る必要は無い。
主催者側の勢力を壊滅寸前まで追い込んでから脅迫し、祐一を生き返らせれば良いのだ。
この方法なら罪の無い子供達も救えるし、主催者が人を生き返らせれるのならという条件付きではあるが、名雪の願いも叶えられる。
自分の願い、信念を曲げずに、善良な者達と手を取り合って歩んでゆける。
これ以上無いくらいの名案なように思えた。

そうと決まれば、早く話した方が良い。
方針の変更を伝えなければ、名雪が暴走して浩平達を襲ってしまうかも知れない。
そう考えた秋子は早速役場にあった工具を用いて、皆の首輪を取り外し、盗聴される危険を排除した。
念の為に自分が最初の実験台となり、首輪の解除が本当に出来るのか試してみたのだが、杞憂だった。
首輪は――参加者達を律してきた悪魔の枷は、拍子抜けするくらいあっさりと外す事が出来たのだ。

続いて『主催者を脅迫し、皆を生き返らせる』という作戦を、丁寧に説明する。
当然の事ながら誰も反対する者は居らず、秋子の提案は受け入れられた。
「それではまず電話してみましょうか? 向こうには浩平さんの知り合い……杏さんという方もいらっしゃるようですし」
浩平が頷くのを確認してから、秋子は広間の奥に設置してある受話器へ向け歩を進める。
その時に、それは起こった。

「……あうっ!」
突然の悲鳴。
秋子が振り向くと、七海の左肩から鮮血が噴出していた。
名雪が――八徳ナイフを握り締めて、七海の肩を切り裂いたのだ。

398A Tair:2007/05/27(日) 12:05:39 ID:BFLsCE7Q0
「な――――」
秋子が声を上げるより早く、名雪はトドメを刺すべくナイフを振り上げる。
しかし当然の事ながら、浩平が自身の最優先守護対象を見捨てる訳が無い。
「止めろぉぉーっ!!」
浩平はヘッドスライディングの要領で飛び込み、七海の体を抱きかかえて離脱した。
そのまま一転して起き上がり、素早い動作でS&W 500マグナムを握り締める。

秋子は慌ててスカートに捻じ込んであったジェリコ941を取り出し、一喝した。
「待ちなさいっ!!」
ピタリと浩平達の動きが止まり、視線が秋子へと集中する。
秋子はいつでも射撃体勢に移れるように身構えながら、続けた。
「名雪、一体どういうつもり? 作戦はさっき説明したでしょ? もう私達は殺し合わなくても良いのよ」
その筈だった。
首輪の爆弾が無い以上、自分達の命はもう主催者に握られていないのだから。
敵の要塞に関するデータもあるし、殺し合いを続けるより協力し合った方が、生き残れる可能性が高いのは明白だ。

にも拘らず、名雪は一瞬きょとんとした顔になった後、呆れたような微笑を浮かべた。
眼光はどこか妖しく、瞳の奥はどろりと濁っている。
罅割れた唇から紡がれる、昏く、冷たく、重い声。
「お母さん、何言ってるの? 私は何も悪い事してないのに、皆に苛められんだよ? きっと折原君も七海ちゃんも、私達が隙を見せるのを待ってるよ。
 その『ロワちゃんねる』に書いてるのだって、参加者の誰かが仕掛けた罠に決まってるじゃない。信用させてから寝首を掻く作戦だよ。
 もう、お母さんちゃんとしてよね。甘い馴れ合いなんかに逃げちゃ駄目なんだよ!」
娘が吐いた言葉は正しく狂気の理論であり、それは秋子を驚愕させるに十分であった。

399A Tair:2007/05/27(日) 12:07:21 ID:BFLsCE7Q0
「てめえ、ふざけんじゃねえ! 俺達は殺し合いするつもりなんかねえよ!」
あらぬ疑いを掛けられた浩平が、怒りで大きく目を見開きつつ叫ぶ。
しかし名雪はその怒号を一笑に付した。
「……皆最初はそう言うんだよ月島さんも最初は殺し合いに乗っているようには見えなかったでも突然掌を返して襲い掛かってきたんだよ。
 人間なんて裏で何考えてるか分からないし何が切っ掛けで心変わりするかも分からないだから私はお母さん以外絶対に信用しない!!」
「なゆきっ……」
矢継ぎ早に繋がれる異常な理論。
それは秋子の知らぬ人物だが――狂気に取り憑かれた向坂雄二と同じ、最早癒しようの無い人間不信。

秋子の口元がわなわなと震えた。
認めなければならない……本当は昨晩、優勝を懇願された時に認めなければならなかった。
――娘はもう、完全に狂ってしまったと。
こうなる事は、予測して然るべきだった。
昨晩あれ程名雪の狂態を見せ付けられた自分なら、十分予想出来た筈だった。
ただ自分の目が眩んでいただけなのだ。
子供達を守り続けるという道が、互いを想い合う浩平と七海の姿が、余りにも眩し過ぎたから。
最初から他に選択肢など無かった。
人間不信に陥った娘を引き連れ、他の者と協力し続けるなど到底不可能だ。

――だから秋子は、

「私、優勝して祐一を生き返らせる為に頑張るから、お母さんも頑張ろ?」
――ジェリコ941を構えて、

「……了承。後は私がやるから、名雪は安全な場所に隠れていなさい」
――そう言った。



400A Tair:2007/05/27(日) 12:08:31 ID:BFLsCE7Q0
浩平は唾を飲み込みながら、目の前で展開されている事態を呆然と眺め見ていた。
名雪は最初から口数が極端に少なかったので、何か違和感を感じてはいたのだが――
狂っている。
あの少女は間違いなく、このゲームの狂気に飲み込まれてしまっている。
そして間違いを正すべき存在である筈の秋子すらもが、名雪に同調したのだ。

浩平は怒りと驚愕に震える叫びを上げる。
「秋子さんまで何言ってるんだよ! アンタまで俺達を疑うってのか!?」
「いいえ……そんな事はありません。ただ私にとっては名雪が最優先であり、全てなだけです」
秋子の冷たく冴えた目が、じっと自分を捉えている。
その視線に気圧されながらも、浩平は必死に頭脳を回転させていた。
追い詰められてる状況にも拘らず――いや、だからこそかも知れないが、驚くべき速度で結論を弾き出す。

視線は秋子に固定させたまま、横で震えている七海に声を掛ける。
「七海……逃げろ」
「……え?」
「此処は俺が何とかするから、お前は高槻達の所へ逃げ込め。高槻なら……あいつならきっと、お前を守り抜いてくれる」
説得は不可能。ならば自分が敵を引きつけ、その隙に七海を逃がす。

当然七海がその作戦を認める筈も無く、反論の言葉が返ってくる。
「そんなっ……こ〜へいさんを置いていくなんてっ……」
そう――七海は自分よりも人の事を第一に考えてしまう少女だ。
それが分かっているからこそ、浩平はわざと強い口調で吐き捨てた。
「勘違いするな、お前の為なんかじゃない。七海を連れたまんまじゃ俺まで逃げ切れないから……先に行けって言ってるんだ」
とどのつまり浩平は、『お前がいると足手纏いになって逃げ切れない』と言っている。
お前が逃げなければ自分まで危なくなってしまうと、そう言っているのだ。
こうなってしまっては、七海も素直に従う他無くなる。
「……分かりました」
「何があっても決して振り向くな……どんなに疲れても決して足を止めるなよ。さあっ、行け!」
浩平が叫ぶと同時、七海が出口に向かって走り出す。

401A Tair:2007/05/27(日) 12:10:27 ID:BFLsCE7Q0
ゲームに乗っている事を広められたくはないであろう秋子が、七海の背中に銃口を向けようとする。
その行動を予期していた浩平は、素早くS&W 500マグナムの銃口を持ち上げ、その時にはもう撃っていた。
「させねえよっ!」
「くっ――――」
すんでの所秋子が横に飛び退いた為に銃弾は命中しなかったものの、七海が建物外に脱出する時間を稼ぐ事は出来た。
しかしまだまだ足りない。
怪我もしており子供でもある七海が完全に逃げ切るには、もう暫く敵を此処に釘付けしておく必要がある。
浩平は横に走りながら、一発、二発と引き金を絞った。
銃弾が敵の体を捉える事は無かったが、構わずそのまま机の影に滑り込む。
ポケットから取り出した銃弾を装填しながら、冷静に計算を巡らせた。

この大口径の銃――S&W 500マグナムは、余りにも反動が大き過ぎる。
自分の傷付いた両手では、後数回しか弾を放てまい。
このまま時間稼ぎの撃ち合いを続けるような余力などないし、一撃で敵を仕留める技能も自分は持ち合わせていない。
ならば――
浩平は机の影から飛び出し、また一発撃った。
続けて二階へと繋がる階段に向けて疾駆しながら、叫ぶ。
「くそっ、裏切りやがって!電話して島中にお前達の事を言いふらしてやるからな!」
「…………っ!」
秋子が青ざめた顔をして、疾風の如き勢いで追い縋ってくる。
それを見て取った浩平は、こんな危険な状況にも拘らずニヤリと笑みを浮かべた。

予想通り敵は、自分達がゲームに乗ったと広められるのを恐れている。
当然だ――此処まで主催者打倒への道程が明らかになった今、ゲームに乗ったと知られれば多くの者から集中攻撃を受けるだろうから。
これで良い。
七海を追うのなんて後回しにして、こっちを追って来てくれれば良い。
少しの間で良いから鬼ごっこでもして、楽しく時間を過ごそうじゃないか。

402A Tair:2007/05/27(日) 12:12:09 ID:BFLsCE7Q0
浩平はもう銃と予備弾以外の荷物は投げ捨てて、全力で階段を駆け上がった。
その最中背後から銃声がして、左脇腹に灼けつくような痛みを感じた。
(大丈夫、まだ動ける!)
脇腹の端を抉り取られ血が噴き出したが、それでも浩平は足を止めない。
階段を昇りきった後、すぐ横に見えた扉を半ば体当たりする形で開ける。
部屋――応接室の中に飛び込んだ瞬間、直ぐ様扉を閉め、鍵を掛けた。
これで少しは時間を稼げるが、ここで一息つくという訳にはいかない。
今や敵の狙いは、自分一人に集中している。
敵はすぐにドアを破り、中に侵入してくるだろう。
今度は自分自身が、どうにかしてこの危機的状況から脱さなければいけない。
選択肢は二つ。
窓を破って一階へのダイブを敢行するか、此処で息を潜めて迎え撃つか。
見た所隠れる場所は無い――部屋の中には、大きなソファーが四つあるだけだった。
即ち迎え撃つなら正面勝負という事になるが、岸田洋一と主催者以外の相手に命懸けで挑むつもりは無い。

此処は逃亡すべきだと判断し、窓を開いて身を乗り出し――驚愕した。
(な、何だよこれっ……!?)
二階とは言え、役場の二階は予想を大幅に上回る高さだったのだ。
これでは、飛び降りて逃げるなど無謀も良い所だ。
良くても足を骨折してしまい逃げられなくなるだろうし、頭から落ちれば確実に死ぬ。
自分の頭がトマトのように潰れた姿を想像してしまい、浩平の背に氷塊が落ちた。
その余分な思考、余分な感情が、行動の切り替えを大幅に遅らせる。

背後より聞こえる、ドアを蹴破る派手な音。
「――――っ!!」
浩平は弾かれたように振り返って、S&W 500マグナムを構えようとするが、余りにも遅過ぎる。
秋子の冷たい視線が自分を射抜いた次の瞬間、聞こえる銃声、腹に響く強烈な衝撃、激しい痛み。
「あっ……?」
何より今自分が立っている位置が、致命的に不味かった。
浩平の身体は撃たれた衝撃で後ろ――窓の外へと、押し出されていた。

403A Tair:2007/05/27(日) 12:13:01 ID:BFLsCE7Q0
まだ頭が現実を理解し切れていない中、強大な風圧と重圧が容赦無く身体を絞る。
浩平は重力に抗う事も適わず空中を急降下し、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐっ……があああ……!!」
表面積の大きい背中から落ちたお陰で即死には至らなかったものの、脊椎の一部を傷付けてしまったのか体が動かない。
広い平地の上に寝そべった体勢のまま、撃ち抜かれた腹から止め処も無く血が流れ出てゆく。
もう、とても戦えないし、とても逃げれない。
間もなく追撃に来るであろう秋子に、抵抗も出来ず殺されてしまうだろう。
それにこのまま放置されたとしても、自分はもう余命幾ばくも無いに違いない。

そんな絶望的状況下であったが、浩平は血に塗れた口元を笑みの形に歪めた。
死ぬのが恐くないと言えば嘘になるが――少なくとも、最優先目標は果たした。
これだけ時間を稼いだのだから、最早敵は七海に追いつけまい。
後は上手く高槻と合流出来さえすれば、七海は助かる。
首輪を解除する方法も判明したのだから、この島から生きて脱出出来るだろう。
一番やらなければならない事を成し遂げたのだから、自分の死は決して無駄なんかじゃない。

浩平は死の恐怖よりも大きな満足感を覚えていたが、そんな中で足音が近付いてくるのを聞き取った。
まだ浩平が叩き落されてから、三十秒も経っていない。
(……幾らなんでも早すぎないか?)
どう考えても変だ。まさか飛び降りては来ないだろうし、秋子が追ってきたにしては早過ぎる。
まさか――

404A Tair:2007/05/27(日) 12:14:16 ID:BFLsCE7Q0
頭の中に浮かび上がる、最悪の推論。
「こ〜へいさんっ!!」
聞こえてきた声に首を向けると、先に逃げた筈の七海がこちらに向かって駆けて来ていた。
浩平は狼狽した表情となり、殆ど泣きそうな声を上げる。
「七海…………お前……どうして……」
「やっぱり駄目です……。こ〜へいさんを残して逃げるなんて出来ませんっ!」
七海はきっぱりとそう言って、浩平の身体を持ち上げようとする。
「こ〜へいさん――私頑張りますから、強くなりますから……一緒に逃げましょう」
しかし決して小柄とは言えぬ浩平の身体は、七海程度の膂力ではとても支え切れない。
すぐにバランスを崩してしまい、二人は地面に倒れ込んでしまう
それでも再度同じ挑戦を繰り返そうとしている七海に対し、浩平は諭すように言った。

「いいから……」
「え?」
七海の――妹のような、健気な少女の頭に、優しくぽんと手を乗せてから続ける。
「俺の事はもう良いから……お前だけでも逃げてくれ……。俺は七海を守って死ねるんなら、本望だから……。
 七海さえ生きていてくれれば、俺の死は無駄にならないから……」
死にゆく自分の事など放って、早く逃げて欲しかった。
でないと、何の為に自分は命を懸けてまで敵に立ち向かったのか、分からなくなる。
七海が大きな瞳に涙を溜め込みながら、唇を震わせる。
「こ〜へいさん、私……私――」

そこでパンッ、という乾いた銃声が一度だけ鳴り、浩平の目の前で、七海の額に穴が開いた。
七海の身体が、浩平の胴体の上に折り重なる形で崩れ落ちる。
七海の額から噴き出た鮮血が、浩平の腹部に生温い感触を伝えた。
何が起こったか、考えるまでも無い。
狩猟者――水瀬秋子が遂に此処まで来てしまい、七海を撃ち殺したのだ。
浩平の心は、人生最大の絶望と無力感により押し潰されそうになってしまう。
(守れなかった……自分自身も、みさき先輩も……そして、七海も……)

405A Tair:2007/05/27(日) 12:15:35 ID:BFLsCE7Q0
だが身体に伝わる七海の暖かさが、浩平に最後の闘志を与えてくれた。
指先に伝わる硬い感触が、最後の目標を与えてくれた。
浩平は最早動かぬ骸と化してしまった少女に目をやった。
(七海……お前、本当に優しい奴だったよな。守ってやれなくてごめんな。でも――)
残された全生命力を振り絞って、手元に落ちている七海の銃――S&W M60を拾い上げる。

(お前が来てくれた事、絶対無駄にはしねえ――――!!)
上半身を起こし、近付いてくる足音の方へと振り向くと同時に、引き金を思い切り絞る。

鳴り響く銃声を認識した時にはもう、浩平の身体は再び地面に吸い込まれていく所だった。
湿った土の感触を頬で感じ取りながら、思う。
(は……は……もう動けねえや…………。最後の一発……当たったかな…………)
秋子の姿を視認している余力すら、残されてはいなかった。
全生命力を振り絞って尚、先の動作で限界だったのだ。
(長森……高槻のオッサン……お前らはまだまだ頑張ってくれよな。悪いけど俺と七海は少し疲れたから……もう休ませて貰うよ……)
瑞佳は無事に生き延びれるだろうか? 秋子の話――今となっては本当かどうか分からないが、危険な男と一緒に行動しているようだし心配だ。
高槻は無事に生き延びれるだろうか? きっと大丈夫、高槻なら自分の代わりに、主催者に怒りの制裁を加えてくれる筈だ。
そして最後に思ったのは――
(長森や七瀬とまた一緒に学校に行って、馬鹿騒ぎしたかったな……)

そして、折原浩平は死を迎えた。
浩平に覆い被さっている七海の目から、一滴の涙が零れ落ちていた。

406A Tair:2007/05/27(日) 12:18:02 ID:BFLsCE7Q0
    *     *     *

名雪は役場の女子トイレで、八徳ナイフにこびり付いた血を洗い流しながら、先の出来事について考えていた。
敵に騙されてしまった母の目を醒ます為とは言え、先程は少しやり過ぎてしまった。
今後はもう少し慎重にしなければならない。
秋子は自分の願いを何でも叶えてくれる最高の母親だが、島中の人間に狙われてしまっては流石に分が悪い。
鎌石村に向かうまでの道中で秋子が言っていたように、ゲームに乗っている事を悟られないように動くべきだ。
この島に居る人間の誰もが何時ゲームに乗るか分からないのだから、信頼など出来る筈が無いのだが――ともかく、表面上だけでも取り繕わねばならない。
大丈夫、秋子の指示に従っておけば、きっと祐一を取り戻せる。

(……そろそろ終わった頃かな?)
最後の銃声が聞こえてから、既に十分以上が経過している。
自分は指示通りに身を隠していたのだが、そろそろ決着が着いた――即ち、秋子が浩平と七海を殺害せしめた頃だろう。
名雪はトイレを後にし、軽い足取りで広間へと歩を進める。

そこに待っていたのは頬から少し血を流している、しかしそれ以外は何時もと変わらぬ秋子の姿だった。
「お母さん、折原君と七海ちゃんは?」
訊ねると、秋子は少し表情を曇らせながらも静かに答えた。
「……安心して、ちゃんと二人とも殺したわ」
その返答を確認した途端に、名雪は可愛らしい――しかし何処か不気味な笑みを浮かべた。
「私やっぱり、お母さんの事大好き!」
名雪はそう言って秋子の胸に飛び込もうとする。

しかし秋子はそれを手で制して、子供を諭すように言った。
「駄目よ名雪、今はそんな事してる暇は無いわ。さっきの銃声は辺り一帯に響いているでしょうし、すぐに移動しないと危険よ」
「何処に行くの?」
「ロワちゃんねるに載ってた番号に電話を掛けてみたらね、どうやら平瀬村工場に人が集まってるみたいなの。
 まずはそこに行ってみましょう」
親子は手を取り合って、二人で運ぶ。
希望を持って生きている者達へ、死を届けに往く。

【残り21人】

407A Tair:2007/05/27(日) 12:19:00 ID:BFLsCE7Q0



【時間:3日目5:40】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・若干回復)・内臓にダメージ、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:中度の疲労、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、残電力は半分)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

408A Tair:2007/05/27(日) 12:21:39 ID:BFLsCE7Q0

【時間:三日目・05:50】
【場所:C-03・鎌石村役場】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・若干回復)、頬に掠り傷、軽い疲労、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。まずは平瀬村工場へ】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:精神異常、極度の人間不信、マーダー】
 【目的:優勝して祐一のいる世界を取り戻す】
折原浩平
 【状態:死亡】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:死亡】

【備考】
・屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図(本物)』
が置いてあります。詳細は後続任せ。
・ささらの持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。作中で言及されている内容以外は後続任せ。載せてある番号は藤林杏が持っている携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になりました
・だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、支給品一式(食料は二人分)は鎌石村役場内に放置

→854
→857

409復活の時:2007/05/27(日) 16:43:28 ID:uxXKYAuw0
月島拓也はこれからの行動を思案していた。
消防署に瑞佳の知り合いがいるということは頼もしい限りである。
何しろ出会い自体が少なく、他の地区でどのようなことが起きているのかさっぱりわからない。
情報がまったく入らず時間を追うごとに参加者が減っていく。
第三回目の放送までに、四分の三近くの人間が死んでしまったことはゆゆしきことであった。
なるべく早く合流した方がいいのは言うまでもない。
できれば坂上智代の方から来て欲しくはあるが、いずれは村の中心部へ行くことになるだろうからこちらから出向いてもいいだろう。

「行っちゃ駄目かな?」
「外はまだ暗い。安全面を考えれば夜が明けてからの方がいいと思う。そうだなあ……放送後に行こう」
「お兄ちゃんの言う通りにするよ」
「ところで瑠璃子や長瀬君を知っている人はいたかい?」
「ううん、残念ながらいなかったよ」
まるで我がことのようにしょんぼりとする瑞佳。
頼まなかったが長瀬祐介のことも尋ねてくれたのだ。つくづく心の優しい女の子だとつくづく思わざるをえない。
「まあ仕方ない。瑞佳の方は……折原君の消息はどうなんだ」
「又聞きなんだけど、初日の夕方に七瀬さん──留美の方だけど、彼女が消防署で暫くいっしょにいたんだって」
初めて聞いた折原浩平の消息を瑞佳は目を潤ませながら話した。
「おとといか……。もう鎌石村にはいないかもしれないな」
生き残りのうち脱出を目指す者はそれぞれ仲間を集めに動き回り、彼らを殺そうとする者が追う。
通信手段がほとんどないのは実に厳しい。
「でも、今はお兄ちゃんの傍にいて一生懸命頑張るのみだよ」
「ありがとう。僕も瑞佳のために最善を尽くすことを誓うよ」
長い髪を撫でながら一際強く抱き締める。
瑞佳は拓也の腕の中で浩平の無事をひたすら祈り続けた。

410復活の時:2007/05/27(日) 16:45:08 ID:uxXKYAuw0
水瀬秋子からは何ら情報を聞くことなく別れてしまった。
拓也の気持ちを考えれば秋子の誘いに乗らなかったことは理解できなくもない。
「名雪さんのお母さんが無学寺にお出でって言ってたけど、どうする?」
拓也を弄り殺しにしかけた恐ろしい一面があったが、普段ならとてもいい人のようだ。
「おのれ、あの親子絶対に許さない」
「今は好き嫌いを乗り越えて協力し合わないと駄目だよ」
「消防署の方が近いんだからまずは坂上さんに会うとしよう。そのうち水瀬さんとはどこかで会うだろうから」
──親子同士で交じわらせて狂い死にさせてやる! 否、母親を娘の手によって始末させてやる。
裏切った代償とはいえ、拓也は水瀬母子に深い憎しみを抱いていた。
秋子には通用しなかったが、精神的に参っている名雪なら毒電波でやりたい放題で操れるに違いない。
痛みをものともせず拳を握り締めていると、瑞佳が両手でそっと包んだ。
「力入れると傷口が開いちゃうよ」
「気遣ってくれてありがとう。瑞佳といると本当に癒されるなあ」

拓也は思い出したように洗った瑞佳の衣類を差し出した。
「制服が、ブラウスが皺になってるぅ〜」
「情けない声出さないでくれよ。血を落とすのに大変だったんだから」
ブラウスを広げると脇腹のあたりに指が入るほどの穴が開いているのが見えた。
まーりゃんにボーガンで射たれ、生死を彷徨う危機に陥らせた矢傷である。
瑞佳は穴をしみじみと眺め、おもむろに着替え始めた。
「恥ずかしいんだから、後ろ向いててくれない?」
「見ちゃ駄目かい?」
「だーめ。お兄ちゃんとそんな仲になったわけじゃないもん」
「今からなろう」
拓也に唇を求められ、瑞佳は体中の力が抜けて行くのを感じた。だが──
「ん……痛ぁっ!」
下腹部を弄られ身をよじったところ、脇腹の傷口に激痛が走った。
「しまった、ごめん。痛かったね」

411復活の時:2007/05/27(日) 16:47:03 ID:uxXKYAuw0
気まずい雰囲気になり、拓也は部屋の片隅へと歩み寄ると、湾曲した木切れとナイロンの紐で何かを作り始めた。
「気にしないでいいよ。お兄ちゃん好きだから……ねえ、何作ってるの?」
瑞佳は着替え終えると隣にちょこんと座った。
「せっかく矢があるんだから半弓を作るんだ。何もないよりはマシだからな。小さいから座ったままでも射ることができるよ」
建物の裏側にあるゴミ捨て場から拾ってきた廃材で、手製の武器を作ることにしたのである。
「でも矢はどうするの? 一本しかないよ」
「さすがに矢は作れないからなあ。一本で十分。回収できなかったらそれまで。射ったら後は逃げるのみだ」
瑞佳は興味深げに見入っていたが、ふと目を伏せた。
「もし彼女──まーりゃんに会うことがあっても、わたし、射てるか自信ないよ」
「この期に及んで何を言ってるんだ。まーりゃんを前にして躊躇うことがあれば、今度こそ死ぬよ」
脱出するためには殺し合いに乗った人間を実力で排除するしか方法はない。
そのためにも瑞佳にはやむなく殺しをせざるを得ないという考えに改めてもらわなければならない。
「まーりゃんが憎いって言ったけど、殺すとなるとやっぱり──」
「君の大事な折原君も命が危ないかもしれないんだ。彼に会えなくなってもいいのかい?」
「……わかったよ。浩平のためにもお兄ちゃんのためにも戦うしかないんだね」
瑞佳は暫し俯き考え込んでいたが顔を上げた時、瞳には強い闘志がみなぎっていた。

「下に下りるよ。足元に気をつけて」
階下に降りるとまずは詰所に立ち寄り、智代に出立の予定時間を伝えておいた。
車庫の明かりを点け弓の訓練を行うことにする。
壁に的の板を掛け、まずは五メートルほどの距離から狙う。
だが弓道をやったことがない者が放っても当たるわけがない。
矢はあらぬ方向に飛び、その都度拓也が回収して渡すということが繰り返された。
「はう〜、当たんないよう。もう疲れちゃった」
「まっすぐに飛ぶようになっただけでも精進の甲斐があるよ。上達したら飛距離を伸ばそう」
「うん、わたし頑張るよ」
病み上がりの体で弓の練習をさせるのは酷なことだが、殺人鬼は待ってはくれない。
可愛そうだが引き続き訓練をさせることにした。

412復活の時:2007/05/27(日) 16:49:08 ID:uxXKYAuw0
訓練の甲斐あってどうにか的に当たるほど上達することができた。
「ここらで休憩しようか」
気を集中していたせいか、瑞佳は構わず半弓を引き絞る。
脳裏にまーりゃんと名乗っていた少女に射たれたことが思い起こされた。
あの時撃っていれば芳野祐介は死ななかったに違いない。
──芳野さんが死んだのは自分ののせいなのだ。
気持ちを鎮め的の中心めがけて静かに矢を放つ。
ヒュッという音と共に飛んだ矢は今までの中でもより中心に近い所に刺さった。
「わっ、いい所に当たっちゃったよ。まぐれにしても上出来でしょ? ……あれ? いない」
喜びも束の間、振り返ると拓也の姿はなかった。
気持ちの良い汗が一瞬にして冷や汗に変わり、体が凍りつく。
もしかして驚かそうと隠れているのだろうか。
二、三分経っても拓也は現れない。
独り残され瑞佳は寂しさと恐怖におののいた。

車庫の入り口を凝視していると、暗がりから突然拓也がリヤカーを引いて現れた。
「裏にリヤカーがあったんだ。これは何かと便利だぞ」
「もうー、怖かったんだよっ。どうして置いて行っちゃうんだよう」
瑞佳は拓也の胸に飛び込みしゃくりあげた。
「心配かけてごめん。一声かけておくべきだったな」
泣きじゃくる瑞佳を抱き締めていると、置き去りにしてしまったことを後悔の念にさいなまれる。
「お兄ちゃんも浩平と同じなんだから酷いよ。わたしを放っといてどこかに行っちゃうんだからっ」
「申し訳ない。これからはずっといっしょだよ」
「本当に?」
長い睫毛が震え、泣きはらした顔が更に美しさを増している。
「ああ本当だとも。トイレもお風呂も寝る時もいっしょだ」
拓也は顔を近づけ唇をそっと重ねた。

413復活の時:2007/05/27(日) 16:52:06 ID:uxXKYAuw0
「リヤカーは何に使うの?」
「回復するまではリヤカーに乗って移動するんだ。お尻が痛いから後で座布団を敷こう」
「え〜? もう普通に歩けるよ。なんだか売られる家畜みたいで嫌だよ」」
想像してみるといかにも格好悪いような気がしてならない。
「いや、いざという時には走らなくちゃならないから、体力を温存してもらおう。ところで走るのは得意かい?」
「うーん、早くはないけど浩平に鍛えられてるから、どちらかといえば長距離は得意な方かな」
「それはいいことだ。危険と判断したらとにかく走るんだ」
拓也は荷台の掃除を終えると部屋に戻ろうとした。
「これ、使えないかな?」
瑞佳の声に振り向くと、目の前には消火器が。
「うわっ、それはやめてくれ。頼むから向けないでくれ!」
「なんで消火器を怖がるの?」
「ちょっと悪い思い出があってね。ほら、瑞佳にも一つぐらいあるだろ、苦手なものとか」
「そっか。お兄ちゃん消火器が苦手なんだあ。いいこと聞いたっと」
瑞佳は異様に怯える拓也を不思議そうな顔で見ていた。

夜は白み始めたが放送まではかなり時間があった。
二人は部屋に戻り時間まで静かに待つことにした。
髪と梳いていると背後から拓也が抱き締める。
「ストレートのままでいいよ。瑞佳は変わったのだ。僕に染められてな」
「もう〜、意味深なこと言ってー、あっ」
手が胸に宛がわれ瑞佳は体をビクッと震わせた。
「以前の瑞佳は山の中で死んだんだ。これからは瑠璃子の代わりとしてずっと傍にいてほしい」
「うん。でもみんなの前で、ベタベタしちゃ、駄目だよ。お願いだから……恥ずかしいことしないでね」
「わかってるって。今はこのひとときを楽しもう」
瑞佳を向き直らせると再び唇を重ねる。
気だるいひと時はおごそかに過ぎて行くかに思われた。
何かにとりつかれたように拓也は突然立ち上がる。
「いきなりどうしたんだよっ」
「気が変わった。今から行こう」

414復活の時:2007/05/27(日) 16:53:25 ID:uxXKYAuw0
鎌石村消防署の真っ暗な一室にて、智代はソファーに寝転がり暇を持て余していた。
瑞佳から二回目の電話で放送後に行くということを聞き、少々がっかりしていた。
「すみませんが……」
ソファーの背もたれから突然の声。
「うわっ 誰かと思えば葉子さん。はぁ……」
ヌゥーッと現れたのは鹿沼葉子だった。
気配を感じさせぬよう近づかれたものだから、たまったものではない。
「私服を洗濯してもらえませんか? 制服だと目立ってしまうものですから」
「洗濯機は乾燥までやってくれる全自動式なんだけど……まあいいや、やっておきます」
異状の有無を聞くと葉子は自室へと戻って行ってしまった。
瑞佳と拓也の来訪のことは伝えず、後のお楽しみということにしておいた。

冷や汗を拭っていると、ほどなく入れ替わりに柚木詩子が現れた。
「長森さん、まだぁ〜? チンチン」
「何をそんなに興奮しているんだ。果報は寝て待てと言うでないか」
「だってさあ、長森さんにトイレフラグ立ったら襲ってあたしの下僕にするんだもぅん」
「寝ぼけてるのか? 永遠にお寝んねしてろ」
「ワクワクテカテカしてもう寝れないんだあ」
話によると瑞佳は同性でも惚れ惚れするいい女の子だとのこと。そんな素晴らしい同級生と彼女のいとこがやって来るという。
葉子のいう通り六人もの集団になれば戦力としては十分なものになる。
気分は大船に乗ったようなものだ。
「今日はサプライズ・パーティになるぞ」
智代は口元を綻ばせ、一日の始まりが幸先の良いものになると信じて疑わなかった。
「廊下で葉子さんとすれ違ったけど、お茶飲みにでも来たの?」
浮ついた気分に詩子が水を差した。
「なあ詩子。葉子さんのこと、どう思う?」
「あら、のめり込んでたくせに妙なこというんだね」
「さっき私服を洗ってくれって来たんだけど、声かけられるまで全く気づかなかったぞ。敵だったら私は死んでたなあ」
ただ頼み事を言いに来ただけらしいが、それにしても気配を殺して近づくのは異様である。
小声で忌憚のない意見を交わし、これまでの葉子に対する姿勢を大幅に転換せざるを得ない智代であった。

415復活の時:2007/05/27(日) 16:55:05 ID:uxXKYAuw0
葉子は布団に入り再びまどろみに浸りつつあった。
不信感はほとんど抱かれず、何もかもが上手くいっている。
このまま智代達とは適当に協力し、危険な時は盾代わりすればよいのだ。
いずれ主催者は何らかの動きを見せるだろう。
(亀の甲より歳の功とはよくいったものです。不可視の力が使えなくても私はやっていけますわ)
次の放送で何人生き残っているだろうか。
殺す側の人間もかなり死んでいるに違いない。
──願わくばで篠塚弥生と藤井冬弥の名があらんことを。
あの二人は重武装していたようで非常にやっかいだった。
だが一夜のうちに診療所で会った人間が殆ど死に絶えたなどとは、想像もできないことであった。


【時間:三日目・05:20】
【場所:C-06鎌石村消防分署】
月島拓也
 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式(食料は空)】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】
 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る、智代達と合流したい】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:消火器、支給品一式(食料は空)】
 【状態1:リヤカーに乗っている。リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは詩子達と合流したい】

416復活の時:2007/05/27(日) 16:57:05 ID:uxXKYAuw0
【時間:三日目・05:20頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)】
【持ち物1:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧】
【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:見張り中。健康、意気揚々、葉子に不審の念を抱く】
【目的:同志を集める】
里村茜
【装備品:包丁、フォーク】
【持ち物:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】
【状態:たぶん就寝中、健康、簡単に人を信用しない、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】
柚木詩子
【装備品:鉈】
【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:見張りに付き合っている。健康、葉子にやや懐疑心を持つ、瑞佳の来訪を喜んでいる】
【目的:同志を集める】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:就寝中、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】
【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】
【備考4:拓也は予定を早めたことを智代に伝えていない】

→843

417あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:07:38 ID:mtJ9QK0c0
空が、悲しみに包まれたような青色になっていた。
すっかり夜も明け、太陽の光が、まばらになっている雲の隙間から差し込んでいるというのに決してそれは温かみのあるようには思えない。
少なくとも彼女、るーこ・きれいなそらにとってそうは思えなかった。
るーこは泣いていた。泣きながら走っていた。
ここに来てから、いやこの星に来てから一度たりとも流した事のないはずの涙が、後から溢れて仕方がなかった。
あの民家から逃げ出して、もうどれほど時間が経っただろうか。永遠よりも長い時間が過ぎたようにさえ思えるが、実際は数十分かそこらだろう。まだ少しひんやりとした空気の匂いが、その証拠だ。
せっかく着替えたはずの衣服は涙と汗でまた濡れていた。以前着ていた服に比べれば防水性能は良かったので、身体に服が張り付くということはなかったがそんな事をとやかく思う余裕はるーこにはない。ただただ彼女はどこへともなく走るだけだった。
けれども、るーこの身体は限界を感じていたようで。
走る速度がだんだん落ちていって、最後には歩くくらいの速さにまでなってしまっていた。
歩き始めると、途端に肺が空気を求めてるーこに呼吸を催促する。それに伴って動悸も激しくなり、たちまち激しい疲労感が彼女を覆った。肩にかけられたデイパックが、訳もなく重く感じる。
走るために前を向いていた顔が徐々にうなだれていって、寥々とした黄土色の地面が視界を占拠する。たまに見える緑色の雑草が、やけにもの寂しく感じられた。
「…うーへい」
つい先程まで共に行動していた、お調子者で、少し臆病なところもあって、だけどこんな無愛想な自分にも良くしてくれた仲間の名前を口にする。感じてしまった寂しさをどうにか紛らわせる為だった。
「…うー…へい…」
けれども、それは彼女にとって逆効果だった。口に出せば出すほど、春原陽平の姿、仕草、表情、声…そして僅かな時間だったが共に過ごした思い出が蘇ってくる。
そして、その人を呼ぶ声は、もう届かない。届けられるとすればそれは遠い先の、空の向こうの世界へと行かなければならないのだ。
つたなく歩いていた足も少しずつ歩幅が狭くなって…そして、とうとう一軒だけぽつんと寂しく佇んでいる倉庫の前で足を止めてしまった。
涙は、未だに止まらなかった。
「…るーは…どうすればいい…?」
地面へと顔を向けたまま誰に言うでもなく問う。答えてくれる仲間が、みんないなくなってしまった(正確には、浩之とみさきはまだ生きているが)。ここに来た当初の自分ならそんな事を尋ねもしなかっただろうが、るーこは知ってしまったのだ――
「教えてくれ…うーへい、うーへい…うーへいっ…!」

418あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:08:05 ID:mtJ9QK0c0
――自分が、春原陽平という人間を好きだったという事を。
けれども、全てが手遅れだった。
何もない。大切なものをなくしてしまった。
大事にしていた宝物を、奪われてしまった気持ちだった。
「…休もう」
一時間前まで眠っていたというのに、一日中重労働していたかのように心身ともに疲弊していた。
運がいい事に目の前の倉庫には鍵がかかっていなかった(そこは夜が明ける前まで坂上智代と里村茜が使っていた倉庫で、今はもぬけの空だ)。
ぎぃ、という重苦しい音と共に薄暗い倉庫の中へと入る。誰かがいるかもしれないとも思ったが、今のるーこにはたとえ誰かがいたとしても逃げるだけの余力がなかった。
いっそのこと、ここに誰かが潜んでいて、自分を襲って殺してくれてもいい――そんな風にさえ思っていた。
ところが、倉庫の中には人の気配が感じられない。もう既に出て行ってしまったのかあるいは開けっ放しになっていただけなのか――るーことしては、もうどうでも良い事だった。
少しだけ死ぬ時間が遅くなった、その程度の事である。
とぼとぼと歩いていき、見るからにみすぼらしいソファに身を投げ出すようにして寝転がる。安物らしく、寝心地はよろしくなかった。
るーこは仰向けになり、シミのついた倉庫の天井を眺める。とても空虚で、静かな空間だった。

『そう言えば自己紹介がまだだったね。僕は春原陽平。君は?』
『るーの名前はるーこ。るーこ・きれいなそら』
『るーこちゃんか。これから先よろしくな?』
『るー』

『やめなよ』
『……うーへい?』
『こいつ…泣いてるよ。 そんなやつが殺すわけ無いよ。……少なくとも、こっちの女の子は』

『僕はこういうのには慣れ…いやいや、風邪を引かない鋼鉄の肉体なのさっ! バカは風邪を引かないってね…って、僕はバカじゃねぇよっ』
『ああもうとにかく! しばらく着てていいから! ほら行くよ! こうなったら、まず着替えから探すぞっ』
『…ありがとう』

じっとしていても、思い出すのはこれまでの事ばかり。思い出す度に、また涙が溢れる。
出来事は、だんだん現在へと近づいていく。

419あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:08:36 ID:mtJ9QK0c0
『くそっ! るーこ、こらえてくれっ! 僕が必ずなんとかするっ』
『好き勝手にされてたまるか!』

るーこの脳裏に描き出される、あの民家での惨事。この先の結末をるーこは知っている。
「やめろ、やめてくれ…」
思い出すまいとして耳を塞ぐが、響いてくる声を押し留める事など出来はしない。

『そんな…仕込みナイフかよっ…ついてねえや』

頭の中の春原が、ゆっくりと、まるで映画のスローモーションのように動き、そして床に倒れた。
床に広がっていく血の色と匂いが今もそこにあるかのようにリアルに蘇ってくる。
どうしてああなってしまったのか。
記憶の中の自分は、ただ立っているだけで何もすることが出来ない。
誰も守れない。
誰も――救えない。
澪も、春原も、放送で呼ばれてしまった雪見も。
あまりにも、自分は無力だった。
「もう…るーには何もない…こんなるーなんて…」
消えたい。この世からいなくなってしまいたい。何も出来ない、こんな無力な自分など――死んでしまえばいい。
るーこはソファからのそりと起き上がると、自分のデイパックを持ち上げて中にあったウージーサブマシンガンを手に取る。
特有の金属光沢が、やけに凶暴な光を放っているように見える。獲物を、欲しているのだ。
だが、その欲求はすぐに満たされることだろう。何故ならその標的は、るーこ自身なのだから。
喉にウージーの銃身を押し当てる。後は軽く、引き金を引くだけ。
トリガーに指をかけた瞬間の事だった。また、頭の中にあの出来事の続きが出てきたのだ。

『――言ったろ、好き、勝手に、させるか…って』

 + + +

――ああ、そうだ。うーへいは、死に掛けた身体を引き摺ってまでるーの命を救おうとしてくれていた。他の誰でもない、るーの為に。
無力なるーは、ただ駆け寄って意味を為さぬ言葉をかけるだけで…
『るー』の力も、使えないというのに…

420あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:08:58 ID:mtJ9QK0c0
ただ根拠もなく、助けると言っていた。
けど、うーへいはそれを知ってるかのように笑って、怒ったりもしないで、ただ一生懸命に伝えるべき言葉を伝えようとしていた。
そう、まるで、想いをるーに託したかのように…うーへいはこう言った。

『――最後まで、戦ってくれよっ』

その言葉を口に出すまで震えていた声が、その時ばかりはまるで震えず、明瞭な、強い意志を含んだ声になっていて、そして――また笑った。
このひとならきっとそうしてくれる。そんな期待と信頼を込めた笑いだという事のように、今は思える。
うーへいは、自分が為すべき事を、出来る限りの事をして死んでいった。
なのにるーは、その想いを受け止めようとせず逃げて、逃げて、最後には死のうとまで考えている。
悲劇のヒロインだと自分に酔って。
何もしていないくせに誰も守れないと言い捨てて。
そんなのは――あまりにも自分勝手だ。
「そうだ…約束した。生き残る、って」

  + + +

るーこは銃身を喉から放し、それを近くにあった机の上へと乗せる。木製の机の上で凶暴な光を宿していたウージーが、ほんの少しだけその光を弱めたかのように見える。
命拾いしたな――そう言っているようにも思えた。
「ああ、まったくだ…また、助けられた」
もう一つ、春原陽平には借りを作ってしまった。きっと、それは一生をかけても返しきれないほど大きいものに違いなかった。
「るーは、もうこれで2度も死んだ。…だからるーは、もう『るーこ・きれいなそら』じゃない」
いつもつけている髪飾りを外す。『るーこ』の名残だ。だから…それと、決別する。
最後に一度だけぎゅっ、と力強く握り締めた後、どこへともなくそれを放り投げた。
小さな花が二つ、くるくると空中で回転する。それは途中でちんっ、と小さな音を立ててぶつかり、しかしぴたりとくっつくようにして離れないまま落ちていった。
それを見届けてから、彼女は呟く。
「これから、ずっとこの地に足をつけて生きていく。あの人と出会った星で、生きていく。
私は…『ルーシー・マリア・ミソラ』だ」
デイパックを拾い上げ、ウージーを手に持ち、踵を返してルーシーは倉庫を後にする。その瞳にはもう、後悔や悲しみは残されてはいない。

421あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:09:26 ID:mtJ9QK0c0
澪と、春原の想いを宿して。
その目は、最期まで戦い抜く事を決意していた。
だけど――せめて、思い出の中のあの人だけは、『うーへい』と呼びたい。
一番、大切にしたい呼び名だから。
「…構わないよな、うーへい?」
倉庫から出たときには、眩しすぎるほどの陽光が世界を照らし出していた。
また、長い一日が始まる。
きっと春原がいるであろうその青空へと顔を向けて、ルーシーは微笑む。
「…行ってくるぞ、うーへい」

【時間:2日目7時30分】
【場所:F−02倉庫前】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。服の着替え完了】
【備考:髪飾りは倉庫の中に投げ捨てた】

→B-10

422復活の時修正:2007/05/27(日) 19:59:33 ID:uxXKYAuw0
>>412>>415において誤字がありました。
まとめサイト収録の際は、
>>412
>──芳野さんが死んだのは自分ののせいなのだ。

──芳野さんが死んだのは自分のせいなのだ。

>>415
>──願わくばで篠塚弥生と藤井冬弥の名があらんことを。

──願わくば篠塚弥生と藤井冬弥の名があらんことを。

と修正をお願いします。
お手数をかけまして、大変申し訳ありません。
感想避難スレの571氏、ご指摘ありがとうございました。

423久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:47:13 ID:Bu0PslSQ0
部屋に並べられたモニター、そして目の前に置かれたディスプレイから浮かび上がる薄暗い光が久瀬の身体を包んでいた。
深く椅子に身体を預け、思案するように腕組みをしたまま規則正しく首が縦に揺れる。
密室には一定の音階から外さぬパソコンの稼動音と、深い闇に意識を落とした久瀬の呼吸音が共鳴するように響いていた。
ディスプレイは彼の苦悩の証とも言えよう、画面上を覆い尽くすように開かれたファイル達で覆い尽くされていた。
彼に与えられた観測者と言う役目。
望んでもいないその責務から一時的に開放された久瀬だったが、時折顔をゆがませ苦しそうに喘いでいた。
僅かな休息をも許されず、彼も殺し合いという舞台の裏側にいながらも苦しんでいるのがはっきりと見て取れた。

小刻みに揺れていた久瀬の頭の揺れがだんだんと大きくなっていく。
ゆっくりではありながらその幅は深さを増し、一際大きくなったかと思った瞬間久瀬の首が上半身ごと前に倒れこみ、衝撃に久瀬の瞳が薄く見開かれる。
朦朧とした意識が現状を忘れさせ、瞳をボンヤリとさせたまま久瀬はあたりを見渡した。
正面にありながら認識できずに何度も通り過ぎた視線が目の前のディスプレイにようやくたどり着き、そこで久瀬の意識は鮮明に現実へと戻された。
「――くそっ、僕は一体何をやってるんだ! 暢気に寝てる場合じゃないだろう!!」
苛立ちを隠そうともせず自身の頬を叩き、すぐさまメールボックスを開く。
だがそこには久瀬を落胆させるにはありあまるほどの無慈悲な文章が表示されていた。

『新着メールはありません』

メールを送信してから数時間が経過していた。
良い悪いに関わらず、さすがに何らかの進展があってもいいはずである。
一向に返って来ない返事に久瀬の顔に焦りの色が浮かび、唇を軽く噛みながら思わず項垂れる。

幾つもの人の死を見せ付けられ、死者の名前を読み上げさせられる。
そんな精神的疲労の中で作業をしつづけた久瀬。
久瀬が睡魔に負け、一時的に意識を閉ざしてしまったとして誰が責められるものか。
事実久瀬の助言によって何人もの人間が首輪と言う悪意から開放される事になる。
さらに言えば久瀬もまだ知りえない情報――『この殺し合いを仕組んだ人物の正体』すらも探り当てることに成功せしめえるのだ。

424久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:47:46 ID:Bu0PslSQ0
――だが、そのことを久瀬は知らない。
「まさかあいつらに殺されたなんて事は無いよな!」
――だから彼は叫ぶ。自分の不甲斐なさを悔いながら。
島内を映し出すモニターに飛びつきながら必死に目を凝らす。
「誰か、誰か生きていないのか!?」
首を、顔を、瞳を、瞳孔を、全てを動かしながら画面を凝視しつづけた。
だがみな疲弊しきった中での深夜と言う非活動的な時間であること、あたりを覆い尽くす闇、
そして20数名にまで減ってしまったことによって、生きて動いている人間達の姿を久瀬の視界で捕らえることは出来なかった。
切り替わるたびに映し出されるのは死体、死体、死体――。
それだけでも久瀬の精神を消耗させていくには十分な代物だった。
にも関わらず追い討ちをかけるように彼に突きつけられた現実。
ソレは画面の割合に対してとても小さく、無惨にも原型の半分以上が欠けており、赤い液体と薄黒い土砂により汚れ、簡単には判別をつけることも難しい。
切り替えられたモニターから視界に飛び込んできたのは、爆発であろう何かによって深くえぐられた地面、そしてその隅に転がるモノ――。
久瀬はそれが何なのか、いや誰だったのかを知っていた。
名前を見た後ですぐに開いた参加者一覧表。
そこにはどこか中性的な顔立ちの少年が写っていた。
同姓でも思わず顔が緩んでしまいそうな優しい笑顔を浮かべていた顔。
もはや再び動くことは二度とありえない――河野貴明の頭部だった。
爆発らしきものによりえぐられた地面。
身体から離れてしまった頭。
理由を想像するのに数秒とかからず――

「うああアぁァぁぁぁぁっっっ!!!!」

久瀬は感情を口から吐き出すことしか出来なかった。





425久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:48:12 ID:Bu0PslSQ0
椅子に腰をかけ、組んだ足を一度上げ逆に組み直しながら篁は目の前の光景を見て口元を緩めた。
(――うああアぁァぁぁぁぁっっっ!!!!)
目に映る絶望に打ちひしがれる表情。
耳に届く悲痛な叫び。
人とはこのようにして足掻き、そして朽ちるのか。
人の『想い』、その華奢さと儚さに篁の心は躍っていた。
久瀬の一挙一動に篁の顔は愉悦にに満たされる。
唯一悔やまれるのはここに青い石が無い事であった。
あれほどの『想い』であればまた一歩道が開けたに違いないであろう。
久瀬の姿は篁にそう確信させるには十分なほどであった。
「ふむ……少し試してみるとするか」
言いながら篁は眼前に置かれたマイクを持ち、スイッチを一つ押した。
『総帥! 何でございましょうか!!』
同時に島内で『想い』を集めているはずの醍醐の声がスピーカーから響き渡ってきた。
「その後はどうなっておる?」
『――は……それが、その……思ったよりも人間の姿があらず……その、……難航しております』
しどろもどろになりながら答える醍醐の声に、篁は椅子を激しく叩き不満げに呟いた。
「……お前は主人の使いもすぐにこなせないような木偶だったのか。期待しすぎてしまっていたのだろうか?」
明らかに不機嫌になった篁の声に醍醐が慌てて弁明の言葉を返す。
『め、めっそうもございません。ただちに! 必ずや総帥をご満足させてごらんにいれます』
「く……」
『……?』
「くはははは……」
慌てふためく醍醐の声に、篁は打って変わって清々しいまでの声で大きく笑い声を上げた。
『そ、総帥……?』
「少しからかってみただけだ、気にするでない。お前の忠義は良く知っておる」
『は、はぁ……』
「なに、少々面白い趣向を思いついたのでな。青い宝石が必要となった。早急に戻ってくるが良い」
『はっ! 仰せのままに!』





426久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:49:20 ID:Bu0PslSQ0
時はまもなく5:00を指そうとしていた。
第4回放送の時間も近い。
篁がモニターに映る久瀬を見やると、魂が抜け落ちたかのように呆然と椅子に座り込んでいる姿が映し出されていた。
思い出したようにパソコンに触れては、変化の無いことに絶望し、再び塞ぎこむのをただずっと繰り返していた。
それも仕方の無いことかもしれない。
久瀬が貴明の死を認識してからさらに数時間、一向に変化が訪れないのだから。
そうした久瀬の行動や表情を逐一観察しながら篁はゆっくりと時を待つ。
もうじき青い石が手元に戻る。
そしてそれによりまた一歩自分の理想が近づくのだ。
湧き上がる笑いを抑えようともせずモニターを眺めつづけていた。

「――それにしても」
先刻、慌しい声で聞かされた報告。
首輪遠隔操作装置のコントロールシステム・ロワちゃんねる・地下要塞のロック。
それらが再び行われたハッキングによって破られたと言うことだった。
「此度の参加者達は私の期待以上の働きをしてくれるものだ」
世辞ではなく、心の奥底から沸き起こる笑いを隠そうともせずに篁はボソリと一人ごちる。
笑いながらであるにも関わらず暗く心に突き刺さるその声に、それを聞いた隣に立つ部下の一人が畏れながらに身を震わせる。
それも仕方の無いことではあった。
ハッキングの事を報告したのは彼であり、その時の狼狽振りに篁に叱責されたばかりの事であったからだ。
普段であったら篁の機嫌を損ねた場合、どうなっていたか想像するのはたやすいことだ。
だが、今の篁はそれを鑑みても余るほど上機嫌であった。

427久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:49:51 ID:Bu0PslSQ0
「遅くなり、申し訳ございません!」
篁が無言で画面を眺めつづけるという緊迫した空気を破り、醍醐が扉を開いて姿をあらわした。
待ちかねたと言わんばかりに篁は椅子をくるりと回し、醍醐に身体を向ける。
「気にするな。それで、青い宝石は?」
「ハッ、しかとここに」
懐から醍醐が取り出した宝石を手に取り、天井に掲げながら見つめる。
ライトの光が薄く反射し、篁の目に注がれていた。
紛れも無い。ようやく我が手に戻ってきた。
篁が喜びに打ち震え顔を顰める。
それは醍醐が今までに見た事も無いような妖絶な笑みだった。
「よくやった」
簡単な、たったそれだけのねぎらいの言葉。
儀礼でもなんでも構わない。
それだけで高槻との戦いで溜まった欲求不満が抜け落ちた、そんな気分にさせてくれる主の笑みに醍醐の心は喜びに打ち震えていた。
「……総帥、お喜びのところ申し訳ありません。
 任務を中止してまでこれを必要とするなど……一体何があったのでしょうか?」
たとえ水を刺す事になろうとも聞かねばならなかった。
『想い』を集めると言う最優先事項である任務を差し置いてまで自分を、いや、青い宝石を呼び戻した理由が一体何なのか。
「そう怖い顔で睨むでない。言ったであろう? 面白い趣向だと」
言いながら篁が向けた視線。
釣られるように醍醐もそちらに目を向ける。
モニターに映し出される久瀬の姿に、やはり久瀬を泳がせて問題でも起きたのだろうかと言う疑念が沸き起こっていた。
「ハッキングしてきたものどもの頭と思われる少年が死んだのだよ」
今まで浮かべていた笑みを消し、普段の重く深い声が篁の喉から発せられる。
「……なるほど、それでショックを受けている、と言ったところですな」
「そう言う事だ」
「それで、その石と久瀬とどのような関係が?」
「まだわからぬのか……」
呆れたように溜息をつきながら篁が椅子を立ち上がる。
「まあよい、ついてくればわかることだ」
そう言い放つと醍醐にくるりと背を向け歩き出し、扉を開け放つ。
威厳に満ちた足取りに、慌てながらも醍醐はその後を小走りについていった。

428久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:50:18 ID:Bu0PslSQ0




何もする気力が沸かず、久瀬は項垂れていた。
最初のうちは可能性を信じていた。
だがそれは空回りでしかなかったのではないか?
メールボックスを確認するたびに久瀬の心は喩えようも無い悲しみに襲われていた。

――絶望。

その言葉の重さが今なら本当にわかる。
結局自分がしたことはなんだったのか。
いたずらに参加者を惑わし、結果死なせただけではないのだろうか。
だったら最初から何もしなければ……。
数時間前の決意に満ちた久瀬の姿は、もうどこにも無かった。

『だいぶ落ち込んでいるようだね』

聞きなれた、しかし聞きたくも無いウサギの声が流れ始め、久瀬は思わず硬直する。
「……放送の時間ですってところか」
久瀬が力なくそう答えるものの、まだ放送時間までは間があった。
だがそんなことを確認する気力も無いほど久瀬の精神は疲弊しきっていた。

『時間にはちょっと早いけどね、あまりにも落ち込んでいるからどうしたものかと思ってね』

「何を今更わかりきったことを……」
ウサギの台詞に激しい嫌悪感を覚える。
「これがお前の計画だったんだろう?」
……こんな奴と会話なんかしていたくない。
「僕をけしかけて邪魔者を排除したってところか」
……もう僕を放って置いてくれ。

429久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:50:53 ID:Bu0PslSQ0
『落ち込む必要はまったく無いと思うんだけどね。まあこれを見てごらんよ』

同時にパソコンのディスプレイが切り替わり、見るだけでも吐き気を催す赤色に染め上がっていった。
そして次々と浮かび上がる人名。
見間違いではない……その中にやはり河野貴明の文字はあった。
もうすでに100人以上の人間がこの島で、こんなウサギの戯れの犠牲になっている。
でも何も出来なかった……むしろ片棒を担ぐ羽目になってしまった自分に怒りが湧いてしょうがなかった。
そしてそれ以上にどうしようもなく久瀬の心を深く抉ったものがあった。
あっては欲しくなかった名前。
それだけは望んでいなかった名前。
そう、ずっと片思いを続けていた倉田佐祐理の名前がそこには書かれていたのだった。
全身から力が抜ける。
立っている気力さえ沸かなかった。
倉田さんが何をしたと言うんだ。
もはや声を発するという行為すら億劫になる。

だが、次のウサギの言葉に久瀬の全身は敏感に反応していた。

『この中にね、生きている人間がいるんだよ。何故だかわかるかい?』

……生きている?
ウサギが何を言いたいのか必死に頭をめぐらせる。
だが沈みきった心は頭をうまく回せない。

『生きているか死んでいるか。それは首輪で判定を行っているんだ。つまり――』

「首輪を外せば生きているか死んでいるかお前達にはわからないって事か?」
最後のウサギの言葉に頭がクリアになっていくのがわかった。
空っぽで冷たい風が吹きっぱなしだった心に、暖かな何かが流れ込んで来た感覚にとらわれる。
だったら可能性が無いわけじゃない、もしかしたら、もしかしたら――。

430久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:51:05 ID:Bu0PslSQ0
――パチパチパチ
突如久瀬の後ろから響いた手を叩き合わせる音。
その音に久瀬は慌てて振り返る。
固く閉ざされていた扉が開け放たれ、廊下の光が部屋に差し込む。
そこには二人の男が立っていた。
一人は軍服に身を包んだ、如何にも軍人といった恰幅の良い男。
そしてもう一人――
「その通りだよ、久瀬君。そして首輪を外すことが出来たのは君の功績が大きいのだから何も落ち込むことは無いんだ」
『その通りだよ、久瀬君。そして首輪を外すことが出来たのは君の功績が大きいのだから何も落ち込むことは無いんだ』
目の前の男の口と後ろの画面から、同時に声が響いた。
「そして君の思い人もおそらくは首輪を外すことに成功している、安心したかい?」
『そして君の思い人もおそらくは首輪を外すことに成功している、安心したかい?』
それの意味するところはつまり――
「そう、私がこの殺し合いを主催した人間だ」
――目の前の初老の男……篁はマイクを懐にしまいこむと、再び手を叩きながらそう呟いた。





431久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:51:48 ID:Bu0PslSQ0
「……ここに来たって事は良い様にやられた腹いせに僕を殺しに来たって所なのかな」
久瀬は膝についた埃を払いながら立ち上がると、ゆっくり口をついた。
そこにさっきまでの彼の姿は無く、自信に満ち溢れた口調ではっきりと発せられていた。
「ふむ、なんでそう思うのかね?」
だが、久瀬の豹変振りを嘲笑うかのように、篁は口元を上げ尋ねる。
返された言葉に久瀬は自分の身体が勝手に震えているのを感じた。
どう見ても外見だけ見れば年寄りであるにも関わらず、その口調も、立ち振る舞いも、見るものを怯ませる迫力を感じさせられた。
「そりゃそうだろ? 僕を……いや僕らを舐めてたんだろうけれど、遊び心を出して足元を掬われちゃ間抜け以外の何者でもないからね」
「貴様! 総帥になんて口を――」
久瀬の、主に対する明らかな侮蔑の言葉。
醍醐が顔を紅くしながら久瀬に飛び出そうとしたのを、篁の右手が構わんとばかりに制していた。
「良いのだ醍醐」
「そ、総帥……」
そう言われては掴み掛かるわけにもいかず、やり場の無い怒りをかみ殺しながら醍醐は久瀬を睨みつけた。
「ふむ……舐めていたのとはちょっと違うな」
「……?」
「どちらかと言うと期待していたのだよ」
「期待……だって?」
予想もしていなかった言葉に久瀬の眉がピクリと痙攣した。
「ああそうだ、そして君は。いや言い直すならば君達は、か。私の期待以上だった。それ故に私は喜びに打ち震えているのだよ」
何かを誤魔化しているような風でもない。
篁の言葉には喜びという感情が確かに感じ取れた。
かと言ってそれが何故かなどと久瀬には分かるはずも無かった。
「言ってる意味がさっぱりわからないな。首輪を外されて嬉しい?」
「わからずとも良い。所詮愚鈍な凡俗には私の考えなぞ理解することも出来まい」
再び口元を歪め、そして久瀬を見つめる瞳に苛立ちが沸き起こる。
こいつは何を言っているのだろうか。
「負け惜しみにしか聞こえないね。それじゃあんたはここに何をしに来たって言うんだ?」
「どうしても直接礼を言いたくてね」
「礼だって?」

432久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:52:17 ID:Bu0PslSQ0
「ああそうだ、願いを叶えてやろうと言うんだよ。君の願いはなんだ? 何でも言ってみたまえ」
篁の口から出た言葉に呆れながら久瀬は答える。
「馬鹿馬鹿しい。そんな嘘を僕が信じるとでも?」
「何故嘘だと思う」
そう返されるのが信じられないといったような表情を浮かべ篁は久瀬に尋ね返した。
「常識的に考えて普通の人間ならそう思うのが当たり前だと思うけどね」
「普通の人間ならな。だが違う。私はそのような矮小な存在ではないのだよ」
「……会話すら成立しないね、くだらない。何でも願いを叶えてくれると言うのならあんたの命をくれよ。
 あんたの自己満足で何人もの人間が死んだ。僕は絶対許せな――」
「いい加減にしろ、小僧!」
久瀬の言葉を最後まで許すことなく、憤慨した醍醐が一瞬で久瀬の背後に回りこんでいた。
自身の右手で久瀬の左腕を背中に回して掴み上げ、左腕でしっかりと久瀬の頭を挟み込む。
久瀬が必死に抵抗しようと身体を動かそうとするも、その怪力にピクリとも動かすことが出来なかった。
だが、その醍醐の行動に憤慨し、 篁は醍醐に歩み寄ると顔面を殴りつけ言い放った。
「醍醐! 私は黙っておれと言っている!!」
「し、しかし……」
「くどいッ! もう良い、お前は下がっておれ!!」
「グッ……し、失礼しました」
忌々しげに久瀬を睨みつけたままではいるものの、篁の言葉に従い醍醐は久瀬の身体を離すとおずおずと踵を返し、部屋を出た。
残された久瀬は痛みに身体を抑えながらも篁の目から視線を外さず無言で睨みつける。

「部下が興をそいで申し訳なかったな。ふむ……しかし確かに何でも願いをかなえるとは言ったが、それは難しいことでもある」
いきなり180度変わった言葉に久瀬は鼻で笑いつけた。
「やっぱり口だけか。結局あんたも自分で卑下した存在でしかないじゃないか」
「そう言う意味ではないのだよ。叶えてやりたいのは山々なのだが……そうだ、これならどうだ」
篁の言葉と共に取り出した一本の銃。
それは篁の手を離れ、久瀬の足元へとコロコロと転がっていった。
「自由に使って良い」
「は? ……あんたほんとにボケてるんじゃないか?」
これを使って自分を撃てとでも言うのか?
願いを叶えるということを実現するために殺されても良いと言うのか。たった今嫌だと言ったじゃないか。
目の前の老人の行動の真意がまったく読めない。
「人間とは哀れな生き物だな……。自分の理解できないものを認めようとしない。本当に醜く、卑しい、なんと悲しいことか」
戸惑いを感じていたものの、篁が発したその言葉に久瀬の中で何かが切れた。
「こんな気が触れたような爺さんのお遊びに川澄君も……相沢君も……何人もの人が死んだと思うと反吐が出る」

433久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:52:44 ID:Bu0PslSQ0
真っ直ぐと銃口を篁に向ける。
「出来ないとか思ってるんだろう? でも僕は撃つさ。皆の仇だ」
目の前に立っているのは全ての元凶の男。
こんなキチガイのせいで。
そう、何人も死んだ。
誰も望んでなんかいなかったはずの殺し合い。
生きるため。守るため。
目的は人それぞれだったけれど、本来ならばする必要の無い、日常の自分から見たらB級ホラーにもならないただの愚考。
身体が震える。
当たり前だ、銃なんか持ったことが無い。
人を撃つ……いや人を殺す?
この僕が?
何を躊躇う必要があるものか。
画面の前で流した悔し涙を忘れたのか?
お前は幾つもの悲劇を見てきただろう。
手を差し伸べることも出来ず、声をかけてやれるわけでもなく、観測者としてこの殺し合いに参加してきた。
だからこそ今のこのチャンスがあるんだ。
全ての人の想いをお前が背負ってる。
だから引け。その人差し指にゆっくり力を込めるだけでいい。迷うな――!

434久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:53:07 ID:Bu0PslSQ0
ドンッっと鈍い音が部屋の中にこだまする。
思わず閉じてしまった目を恐る恐ると見開いていく。
「……え?」
火薬の匂いが鼻につきクラクラと振るえる意識の中、変わらずに立ちつづける篁の姿が久瀬の目に映った。
「私の言ってる意味がわかってもらえたかな」
落ち着いた口調で、哀れむように声をかけてくる。
「て、手元が狂っただけだ」
もう引き金を引くことに怯まなかった。
ちょっと手を伸ばせば届く距離……ちゃんと目を開けて撃てば外すわけが無い。
だから今度こそしっかりと狙いをつける。
一発……そしてもう一発……。
久瀬は固い決意と共に引き金を絞った――だが、結果は何も変わってはいなかった。
篁の身体に確かに当たってはいた……はずだ。
火薬の匂いが弾丸が出たことを証明してくれている。
「すまんな、その程度じゃ死ねないのだよ……わかってもらえたかな」
申し訳なさそうに語る篁の言葉にビクリと震え、久瀬は取り付かれたように引き金を引き続けた。
「馬鹿な、馬鹿な……」
全弾を打ち尽くし、なおも引き金を絞る銃からは、カチカチとした音だけが鳴り続けていた。
――銃が効かない……嘘だろ……化け物か? こんな相手を倒すことなんて出来るのか!?
「良い顔だ」
先ほどと変わらぬ篁の顔が急激に恐ろしく冷たいモノに見えた。
手が震え力が抜け、久瀬は思わず銃を取り落としていた。
「今まで君の考えて来た事全てが私の目的だ。人は小さく弱い。だが人の『想い』は何よりも雄雄しく素晴らしい。
 だから本当に君には感謝しているよ。この篁がここまで敬意を払ったのは君が初めてだ。
 誇りに思いながら――眠りたまえ」
そう言いながら篁がポケットから取り出したもの。
宮沢有紀寧に支給されていたものと一緒の形状の物体。
多少の違いはあれどその用途はまったく一緒である。
違いとは使用回数制限が無いこと、そして爆破までに猶予が無い――つまりはすぐさま殺す為のスイッチであった。
その機械はゆっくりと久瀬の首輪へと向けられ、淀む事の無い動きで親指にかかったスイッチは押された。

435久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:53:28 ID:Bu0PslSQ0
久瀬の首輪が紅い光点を灯し、点滅を始める。
「僕は死ぬのか……」
久瀬の口から淡々と言葉が吐き出された。
「そうだ。これが私なりの礼だ。君をこのゲームから除外してやろう。もう何も苦しむことも無くなる」
やはり自分の考えなんて目の前の男の言う通りちっぽけなものでしかなかったのだろうか。
いや、違う。確かに自分の力は小さいけれども諦めたら、諦めたらそこで全てが終わってしまう。
首輪の解除だって一人の力じゃない。皆で力を合わせたから起こしうることが出来た。

覚悟はしていた。
僕に出来ることはここまでだ。
悔いは……無い。
きっと、後はきっと他の人間がこいつらを倒してくれる。
僕はそれを信じれる。
だから――

その瞬間久瀬は篁に向かって走り出していた。
そして同時に抱きつくように篁の身体を全身で押さえつける。
だが篁はその動きを眉一つ動かさず見つめ許容していた。
「逃げないんだな、やっぱり」
「残念だが、その必要が無い」

わかっている。
銃がまったく効かなかった相手だ。
この首輪が爆発したところで自分が死んで終わるだけだろう。
だからといって何もせず終わることなんかやはり出来やしなかった。
最後の最後まで自分に出来ることを。

436久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:53:49 ID:Bu0PslSQ0
――出会ったことも無い参加者達へ。

僕はここで死ぬ。

僕に出来たことは本当に小さなことだったけれど、みんなが僕の遺志をついでくれると信じている。

たとえ見知らぬ相手でも。

僕達は仲間だったと……そう、信じてる。



――倉田さん。

ずっと言えなかったけど、僕は君が好きだった。

もう言えなくなるけれど、いつか直接絶対君に告げるよ。

でもそれが出来るだけ遠い未来であることを祈ってる

だから絶対に――

437久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:54:19 ID:Bu0PslSQ0
――川澄君、相沢君。

いつも衝突していたけれど、君達が倉田さんの本当の友人だったって知っている。

僕は倉田さんを守れたのかな?

胸を張っていいのかな?

(――はちみつくまさん)

(――ああ、勿論だ。俺が保証するぜ)

……もうこの世にいないはずの二人の声が聞こえた気がした。

笑って、僕に向かって真っ直ぐ手を伸ばしてくれていた。



――……ありがとう



部屋の中に響き渡る爆音と、全てを消し去るようなまばゆい光と共に。
久瀬は自らの役目を終え生涯を閉じた……。






438久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:55:08 ID:Bu0PslSQ0
久瀬がいた部屋。
主人を失った部屋に立ち上った煙が少しずつ晴れ、そこには少し前まで久瀬であったモノが横たわっていた。
首から上にあるべきものはついておらず、もはやピクリとも動かない。
篁は傷一つ負うこともなく、そのカラダを悠然と見下ろしてながら笑っていた。
見つめる視線の先にはふわふわと漂う光。
その眩いばかりの色に目を奪われながらも、篁は懐から宝石を取り出す。
同時に久瀬から飛び出た光が宝石へと吸い込まれていった。

「そう言うことだったのですか」
篁の行動をようやく理解した醍醐が、傍らでかしづきながら納得したという表情を浮かべていた。
「理解したか?」
「はい」
「ならばこれを持って再び『想い』を集めてくるのだ。島に点在しているもの。これからもなお生み出されるもの。それは多種多様である。
 勿論、お前からの参加者への直接的接触は今までどおり禁じるが、首輪を解除しレーダーに映らない人間達……こやつらが問題ではある。
 気を抜いて不用意に近づかれることの無いようゆめゆめ気をつけることだな。とは言えお前ほどのものに言うことでもない事でもあるが」
「とんでもございません! この醍醐、総帥のお心使いありがたく頂戴いたします」
「もしもそれがより強い『想い』を得るために必要であると感じたのであれば、遠慮はいらん。思う存分腕を振るうことを許そう」
「ハッ! ありがとうございます」
「醍醐、私を失望させるなよ?」
「無論であります」
その言葉を最後に、醍醐の姿がその場から煙のように消えていった。

「さて……観測者がいなくなってしまったか」
気づけば放送時間が差し迫っていた。
首輪を外したものがいる以上生死判別が出来ないこともあり、死者放送として不鮮明なものになることは間違いない。
だが死んだと思われていたものが首輪を外して生きていたとしたらどうだろう。
それでまた大きく動きが起こるかもしれない。
もしくは死者の発表は中止して死者をわからなくし、参加者の不安を煽るのも面白いかもしれない。
どちらにせよ全ては崇高なる目的の為……如何に効率よく事を進められるか、だ。
もうじきこの殺し合いも終わるだろう。そしてそれが全ての始まりであるのだ。
その時の事を考えるだけで、篁の顔からは笑みが消えることは無かった。

439久瀬の戦い:2007/05/28(月) 13:55:29 ID:Bu0PslSQ0
【時間:三日目・5:55】
【場所:不明】

【所持品:不明】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光5個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失】
 【目的:島に散在する『想い』を集める
     自分からの参加者への接触は禁止されている(ただし、接触「された」場合は自己判断にて行動)
     篁の許可が降り次第高槻を抹殺する】

久瀬
【死亡】

440心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:31:07 ID:8dhqo5zA0
防弾性の割烹着を着た三人組は雨の山道を一目散に駆けていた、目的地は鎌石村と平瀬村の山道の中にある廃墟のホテル跡、
目的地までの道中…雨が降っているのは分かっていた所為か一応に三人は雨合羽は着ているが、
首筋や襟元…靴の中や靴下からの雨水の浸入は免れないことだった。
「雨降りすぎだぁ!」
「にょわっ!ヒドイ雨だぞ。」
「ああっもう何なのこの雨!!」
三人は衣服に付いた雨水を不快に感じ口を言いつつも黙々と進んでいた。
そしてホテル跡へと到着する。

――――――――鎌石村から平瀬村に通じる山道の脇にあるホテル跡のロビー

「雨の山道ほど最悪なものは無いわね…しかも雨!!」
三人はホテルに付くなり雨合羽を脱いでいた、泥だらけの靴と靴下、濡れた割烹着と頭巾は雨水が滴り落ち、
雨水対策はあまり役に立たなかったと言っても過言ではない
雑巾の容量で頭巾に含んだ雨水を絞りながら広瀬真希はご立腹だ。
「はぁ…誰だろうなぁこんな無茶なスケジュールを組んだ奴は…。」
無茶なスケジュールを組んだ張本人こと北川潤は、真希のご立腹加減を見つつ社交辞令のように軽口を叩く。
勿論、北川はこの先何が起こるのかはお見通しだ

「家政婦の所為だぞ〜!!」
「そうよ!!うら若いレディに無茶させないでよ!!」

――――ペシーン!!――――スパーン!!――――
「ぎゃぁぁぁ!!!!!!」
絶妙のタイミングで北川の頭上に真希のハリセンとみちるのちるちるキックが同時に炸裂する
頭を抱えながらホテルの床に突っ伏して頭を抱えて悶絶する北川、対する真希とみちるは『決まった』と二人でガッツポーズをしていた。

441心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:31:52 ID:8dhqo5zA0
三人の目的は美凪の心を探すこと…無論何の手がかりも無い処からの捜索

そして今三人はホテル跡に着いた、北川潤と広瀬真希の二人はつい昨日の事を昔の事のように感傷に浸っていた
ここでは湯浅皐月や保科智子達と出会い…前回参加者の重要な手がかりを手に入れた場所

そして――――柚原このみの首輪が作動した惨劇の場所

「このみとエディさんのお墓にお参りにいかないとな…。」
北川は昨日の事を鮮明に思い出す…誤解とは言え保科智子に撃たれた腹の弾痕がずしりと痛み、
雨水濡れた割烹着の上から傷口に手を当てていた。
「うん…そうだね。」
横にいる真希は北川の傷口に手を沿え、このみやエディと同じくこの世にいない智子や花梨、幸村の冥福を祈る。
(このみ…智子達も逝ったけどせめてそっちでは楽しくやってね…あたし達はこっちで苦しむわ…。)
この島で生き残っている限り苦しみは続く…ある意味生きていることに対する矛盾だった。
(皐月は何処にいるのかしら…。)
昨日の朝、別れたきり消息のつかめない湯浅皐月の事を心配する真希
自分たちと同じように【生きて苦しんでいる】、一人になっても上手くやっているのだろうかと…。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

442心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:32:47 ID:8dhqo5zA0
昨日の夜に美凪と一緒に泊まった時と同じ部屋に入る三人、
部屋にはシングルのベッドが三個とソファーと椅子、バスルームと一通り完備されている、多少ホコリっぽいが一晩寝るのには支障は来たさない。
このホテル…外見は廃墟そのものだが、中はしっかりした作りで水道や電気は使え、はてまた食料の類まで備蓄されていると言う変な造りだった。
主催者の趣向と一言で片付けるのが無難だった。
流石に部屋にあかりを灯すのは無用心なので支給品の懐中電灯を点ける三人。
雨水に濡れた三人はずぶ濡れの割烹着や靴下を脱いでバスタオルで頭を乾かしていた、
バスルームではバスタブの中にお湯が溜まっていく音が聞こえてくる。
「じゃあレディファーストで失礼するわよ。」
「覗くんじゃないぞ〜きたがわぁ」
そう言って軽装になった真希とみちるはタオルと治療セットを持ってバスルームの中へと入っていく
「ハイハイッ!ごゆっくりと…。」
真希たちのいるバスルームに背を向け手をヒラヒラと扇ぐ北川、彼は自分と真希の銃の手入れをしている。
(だぁぁぁっ!!!誰が覗けるかいっっ!!)
心の中で欲望よりも良心がスンナリと勝ってしまう北川だった。

443心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:34:15 ID:8dhqo5zA0
バスルームの中では真希がみちるのツインテールを下ろしていた、
島の中を一日中ずっと動き回れば汗もかくし汚れもする、みちるぐらいの長い髪の毛になるとヨゴレも付着してくる
真希はみちるの長い髪の毛を丁寧に洗う
「長い髪の毛ねぇ、羨ましいわ。」
自分のボブカットを触りつつ真希はみちるの長い髪の毛に感心する。
「マキマキも伸ばせばいいのに。」
「あたしは似合わないわよ…美凪みたいに身長があれば別だけど」
女の子同士のお風呂での何気ない会話、
そういってみちるの耳の裏を洗う、さわり心地がいいのか真希は石鹸のついた手でみちるのおなかや胸をぺたぺたプニプニと擦る。
「マキマキはえっちだぞ〜…。」
みちるはくすぐったいのか涙目になりながら「にょわにょわ」とちるちる語を連発する
「特にお尻が良いのよね、あんたたちって。」
最後の締め括りにとみちるのおしりをさわりと擦る
美凪の制服のライン越しから見えるお尻の形は同じ女性の真希にも魅力的だった、そしてみちるのお尻…流石は姉妹
みちるも純粋に自分と美凪のチャームポイントを褒めてもらってるのでとても嬉しそうだ
「やったな!!お返しだぞ〜!!」
全身石鹸だらけのみちるは振り向いて真希に闘いを挑む!!
「ちょ…みちる、そこは駄目だって、くすぐったい、あははははっ!!」
「マキマキのお尻も良いおしりだぞ〜♪」
みちるの凶悪なボディマッサージで真希は絶頂の笑いの彼方だ。
「あひゃひゃひゃっ!うひゃひゃひゃっ!!」
違う意味で壊れる寸前の真希、しかし峠を越える寸前の処でみちるはピタッと止めてしまう

444心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:34:59 ID:8dhqo5zA0
「うひひひっ………ん…どうしたの?」
うつ伏せで馬乗りにされた真希はみちるの手が急に止まったので様子を見ている、
「真希…背中痛くない?」
真希の腰に馬乗りしているみちるは真希の背中…丁度心臓の裏辺りを横薙ぎに撃ちぬかれた数発の治療済みの弾痕を気に止める
「ああ…これね。」とむっくりと立ち上がり「見事に撃ちぬかれたもんだ」と鏡越しに自分の背中を見る
チョッキ越しに背中に弾痕とは言っても無傷ではいられない…例え傷が塞がってもこの傷は一生残るだろう、

――――美凪が助けてくれた証でもあった。

「痛いわよ〜…でもへっちゃらよ」
心配してくれているみちるを気遣う真希、みちるをぎゅっと抱きしめる。
「…真希のからだ…美凪と同じであったかいぞ。」
自分を素直に受け入れてくれるみちる…。
真希は思った…本来ならここでみちるを抱きしめる役割は美凪がするものだったんだろうと、美凪がくれたロザリオの重みを感じざるおえない…。
こうして知り合って一日も経たない自分を受け入れてくれるみちるを愛しく思う真希。
「みちる、お湯を流すわよ目を瞑りなさい。」
手にシャワーを持った真希の威勢のいい声がバスルームに響く、目を瞑るみちる
「このあとは真希が北川を悩殺だぞぉ〜。」
目を瞑ったみちるが直ぐに目を開いて意地悪な顔で真希を見る、自分と北川の関係にいつの間にか気が付いているみちるに思わずドキッ!とする真希…。
「ませた事言ってないで、さっさと流すわよ///」
真っ赤な顔をしてみちるにシャワーを流す真希、そんな顔を見てニコニコ笑うみちる。
とても微笑ましい光景…日常がここにあった。

445心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:43:14 ID:8dhqo5zA0


真希とみちるが風呂に入っている間に、銃の手入れを終えた北川潤は鎌石村で手に入れたノートパソコンでロワチャンネルを覗いていた、何か情報があるか探るためだ。
(あいつらは、何つう凶悪な会話をしとるんだ……って…これは!)
出歯亀はしてないが、二人の会話はしっかり聞いている(聞こえてしまう)北川そして
ロワちゃんねるの書き込みを見て驚愕する、珊瑚達の首輪解除の書き込みだ…。
ホテルの中にも工具ぐらいはず…そして北川は真希たちが風呂から出てくるまでに必要な工具を探し終えていた。
(…やるっきゃないか…。)
北川の決意と同時に風呂場の方からドアが開く、バスタオル一枚の凶悪な姿の真希とみちるが風呂場から出てくる、
「あ〜いい湯だった、潤も入ってきなさいよ。」
「ポカポカだぞ〜。」
気分を落ち着けるために風呂に向かう北川、
「あ、ああっ。」
素っ気無くバスルームに向かった北川に真希は不満な様子。
「みちる…もしかしてあたし魅力ない…?」
涙目になってみちるに話しかける真希
「そんなことないぞ〜。」
真希を励ますみちる「ありがとう」とみちるの頭をなでる真希、そして北川が座っていたベッドの上のノートパソコンを見る真希
(…なるほどね、潤が落ち着いていられないのも無理はないか…。)
ロワちゃんねるの中身、珊瑚のハッキングの成果…自分達のやって来た事の確かな成果がここに見えたのだ。
あとは北川がいつの間にか持ってきた工具で実行するだけ、でもリスクは伴う…。
そんな事をあれこれ考えてる間にいつの間にか北川は風呂から出てくる。

446心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:54:28 ID:8dhqo5zA0
「さ〜て、家政夫さん心の準備は良いでしょうか?」
「たのむぞ〜。」
「わかったよ、二人とも。」
工具を持つ北川、そうそうと真希は言い忘れずに付け加える
「もし上手く言ったら、さっきあたしをいろ〜んな意味で辱めた潤くんにいろ〜んな意味で…フッフッフッ。」
「ちょ…御姑さん!」
「責任とれよ〜!きたがわぁ!!」

成功しても天国と地獄、失敗しても天国と地獄…北川に最早、逃げ場は無い
そしていよいよ首輪の解除をする三人、最初は真希、みちる、そして北川の順番で作業は行われた。

―――――――ロワちゃんねるの情報は正しかった…。

―――――――つまり珊瑚がホストコンピューターにハッキングして情報を仕入れたのだ。

―――――――そこにたどり着くまでにいくつもの犠牲があったのかもしれない。

―――――――ちゃんとした結果を出した珊瑚…今度は自分達の番だ。

首輪の解除が無事に終わり、三人は自分達の目的
――――この島と心の光の秘密、そして美凪の心を見つけようと決意を新たにするのだった。

447心を求めて〜成果のカタチ〜:2007/05/28(月) 15:55:39 ID:8dhqo5zA0
時間:3日目・5:50】
【場所:E−4、ホテル跡】


北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話 お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(ノートパソコン、真空パックのハンバーグ)支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】

備考
三人は首輪の解除をしました

448第四回放送(ルートB-18):2007/05/29(火) 18:53:46 ID:rYwBV.xw0
薄暗い部屋の中に、黒い、闇が結晶したような男の姿があった。
血が変色したようにも見える漆黒のスーツを全身に纏った、酷く人間味に欠ける存在。
男が携える異形の瞳に睨み付けられてしまえば、並の人間など秒を待たずして屈服してしまうだろう。
この殺戮ゲームの主催者にして、今や全てを統べる存在になりつつある究極の人外――篁は、放送の準備に取り掛かっていた。

放送を取り止めるという考えも一瞬浮かんだが、それは直ぐに打ち消した。
枷を外した者達を全て死者として数えれば、生き残り扱いとなっている人間の数は僅か一桁となる。
実際にはまだ二十名以上の人間が未だこの島で足掻き苦しんでいる筈だが、その事実を知り得る者は多くない。
此度の放送は首輪の事を知らぬ者にとって、正しく絶望と憎悪を振り撒く鐘になるだろう。
親しき者達の死を報された事による悲しみと怒り、打開不可能となってしまった状況を受けての葛藤と猜疑心。
そこから生まれる想いがどれだけの物になるか――想像するだけでも口元が吊り上る。
絶望に打ち拉がれた後に生ずる昏い想いこそが、幻想世界への道を拓く鍵となるだろう。

「では始めるか」
マイクを手に取り、スイッチを押し、言葉を紡ぐ。
未だ何も知らぬ愚鈍な者達に、神罰を与えるかのように。


『――参加者諸君、ご機嫌如何かな?これより四回目の定時放送を行う。
 尚観測者は舞台から退場してしまったので、僕が直接取り仕切らせて貰うよ。
 ではこれまでの死者達を発表するから、良く聞き給え。

449第四回放送(ルートB-18):2007/05/29(火) 18:55:05 ID:rYwBV.xw0
3番 朝霧麻亜子
12番 岡崎朋也
14番 緒方英二
16番 折原浩平
21番 柏木初音
25番 神尾観鈴
30番 北川潤
34番 久寿川ささら
36番 倉田佐祐理
38番 来栖川綾香
39番 向坂環
42番 河野貴明
45番 小牧愛佳
54番 篠塚弥生
58番 春原陽平
64番 橘敬介
65番 立田七海
73番 長瀬祐介
79番 七瀬留美
85番 姫百合珊瑚
87番 広瀬真希
88番 藤井冬弥
90番 藤林杏
93番 古河秋生
95番 古河渚
100番 美坂栞
101番 みちる
102番 観月マナ
103番 水瀬秋子
104番 水瀬名雪
108番 宮沢有紀寧
111番 柳川祐也 
117番 吉岡チエ
119番 リサ=ヴィクセン
120番 ルーシー・マリア・ミソラ

450第四回放送(ルートB-18):2007/05/29(火) 18:57:17 ID:rYwBV.xw0
 ――以上35名だ。
 生き残りは後一桁、いよいよゲームも大詰めだ。
 今一度言っておくけれど、勝者はただ1人、例外は無い。
 愚かな希望に縋って現実から目を背けた所で、待っているのは裏切りと冷たい死のみ。
 殺し合いを肯定した人間がいなければ、これ程多くの犠牲者は生まれないのだからね。
 勇気を持って戦う者こそが褒美で全てを手に入れ、臆病者は動かぬ骸と化すだけだ。
 何、倫理観などという下らない物は捨て去ってしまえば良いさ。
 この島で犯した罪は何者にも裁けないし、僕達以外には知られる事すら無いのだから。
 これらの事項をよく踏まえた上で、これからの戦いに挑むと良い。
 それでは此処まで生き残った勇者達の健闘を祈る』

篁はマイクを元に戻し、邪悪な笑みを形作る。
様々な人間の想いが交錯したこの遊戯、実に愉快だった。
後は――最後の詰めを行うだけだ。
枷を外した者達が虎視眈々と自分の命を狙っているにも拘らず、邪神は哂い続ける。

【時間:三日目・6:00】
【場所:不明】

【所持品:不明】

ルートB18
→862

451運命の選択:2007/05/30(水) 20:47:49 ID:KFETsNV20
あれ程激しく降り注いでいた重い雨粒は、何時の間にか鳴りを潜めていた。
空はすっかり晴れ渡り、海から流れてきたであろう潮の香りが、輪郭を持たずに辺りを漂っている。
そんな中、長森瑞佳をリヤカーで護送していた月島拓也は、呆然と立ち尽くしていた。

「な……何だって……」

拓也の心は驚愕で覆い尽くされていた。
先程流れた第四回放送で告げられた、余りにも絶望的な現実。
心の何処かで頼りにしていた長瀬祐介も死んだ。
瑞佳の幼馴染である折原浩平も死んだ。
あの忌々しい水瀬親子も死んだ。
瑞佳が電話で聞いた情報だが――このゲームを打倒し得る最有力勢力――姫百合珊瑚の一団も全滅した。
要するに自分達が知り得る限りの味方も敵も、殆どが死に絶えてしまったのだ。
生き残りはごく僅か――そして、自分達は未だ大した武装も情報も持ち合わせていない。
自分には瑞佳が絶対必要なのだから、今更ゲームに乗るなどという選択肢は有り得ないが、これから先の事を考えるとどうしても弱気な考えしか浮かんでこない。
仮に生き残った人間が全員友好的な者であったとしても、十に届かぬ程度の人数でこのゲームを覆せるのだろうか?

拓也が苦悩に頭を抱えていると、唐突に横から腕を引かれた。
視線をそちらに移すと、瑞佳が神妙な顔付きをしていた。
潮風に揺れる長い髪が、太陽の陽射しに輝いてとても美しく見えた。

「お兄ちゃん……今の放送おかしいよ」
「――え?」
「余りこんな考え方はしたくないんだけど……。
 戦いは規模が大きければ大きい程被害者が増える――逆に規模が小くなれば、その分だけ被害者も減ると思うんだよ。
 第三回放送が終わった時点で四十四人しか生き残りがいなかったのに、たった半日で三十五人も死ぬなんて有り得ないよ」
「あ……」

452運命の選択:2007/05/30(水) 20:49:27 ID:KFETsNV20
瑞佳の的確な指摘を受け、拓也は思わず言葉を失った。
そうだ――そもそもこの広大な島に於いては、他者と出会う事すら容易で無いのだ。
にも拘らず僅か十二時間程度で、生き残っていた者の四分の三以上が死ぬという事態は明らかに異常だ。
そう考えると先の放送は信憑性が皆無であると言わざるを得ないが、そこで新たな疑問が拓也の脳裏を過ぎる。

「……どういう事だ? 主催者は何の為にそんな嘘を吐いたんだ?」
「それは私も分からないよ。けどとにかく今は、坂上さん達の所へ行くのが先決なんじゃないかな」

――その通りだった。
大人数で考察した方が良い考えも浮かぶだろうし、こんな所で立ち止まっていては何時襲撃されるか分からない。
瑞佳の身体では逃げ切るのは殆ど不可能だし、自分の武装程度では敵を迎え撃つのも難しい。
今の自分達はこの島の中で、恐らく最も不利な状態にあるという事を決して忘れてはならないのだ。
拓也は気を引き締め直し、坂上智代達が滞在しているであろう鎌石村消防署に向かって再び進み始めた。

    *     *     *

「そ、そんな莫迦な……」

過去最多の名前が読み上げられてた第四回放送を受け、消防署の一室で坂上智代は掠れた声を絞り出す。
――全ては上手く行っていた筈だった。
鹿沼葉子という強力な仲間も得て、更に二人同志を加え、万全の状態で対主催の人間が集まっている教会に行けると思っていた。
しかし現実は厳しく、首輪解除の任務に就いていた珊瑚や春原陽平も、そして岡崎朋也までもが死んでしまった。

「なあ、私達はこれからどうすれば良いんだ……?」

酷く重苦しいその呟きに、里村茜も柚木詩子も、鹿沼葉子も答えられなかった。
生き残りは自分達といずれ此処に来るであろう瑞佳達を除けば、僅か三人。
その三人の中に、首輪解除し得るだけの技術を持った者がいる可能性は極めて低い。
幾ら仲間を集めた所で、首に着けられた悪魔の枷を外せなければどうしようもない。
そして――この中で唯一『鬼の力』を目の当たりにしている詩子が、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

453運命の選択:2007/05/30(水) 20:51:53 ID:KFETsNV20
「姫百合さんも柳川さんも皆、死んじゃったね……。姫百合さん達は銃を何個も持っていたのに……。
 柳川さんは、千鶴さんと同じ『鬼の力』を持っていたみたいなのに……」
「そうだな……私達よりもずっと戦力が整っていたにも拘らず、彼女達は殺されてしまったんだ。
 殺し合いに乗った、そして恐ろしい異能力を持った何者かに」

ウサギの言葉通り、殺し合いを肯定した人間――それも想像を絶する怪物が居なければ、こんな事態は起こり得ない。
珊瑚達は徒党を組んでいたのだから、並大抵の事で全滅したりはしないだろう。
それに『鬼の力』と強力な武装を有する柳川は、こと直接戦闘に於いては桁外れの実力を発揮する筈。
まだ姿の見えぬ殺人鬼は、その双方を倒してのけたのだ。
それが智代と詩子の結論だったが、茜はゆっくりと首を横に振った。

「そうとも限りませんよ。強力な人間や集団を倒す方法は、圧倒的な力による正面勝負だけではありません。
 どれだけ強い人間だって、後ろから撃たれてしまえば死んでしまいます。
 どれだけ強力な武器を揃えた集団だって、内部に裏切り者がいれば崩壊してしまいます」
「――姫百合達や柳川さんは何者かの騙まし討ちを受けてしまったと、そう言いたいのか?」
「怪物などといったものがいると考えるよりは、そう判断する方が現実的です。騙まし討ちなら、特別な力を持っていない人間だって出来ますから」
「ふむ……」

そこまで言われて、智代は思った――今回は茜の言い分の方が正しいと。
幾ら『鬼の力』などといった非現実的なものが存在するからといって、何もかもを異能力の一言で片付けるのは間違いだ。
この世には科学で説明出来ない異常な現象よりも、人智の範疇に収まる物の方が圧倒的に多い。
ならばまずは異常な要素を排した上で、整合性が取れる推論を模索してみるべきだった。
ようやくその結論に達した智代はがっくりと項垂れ、沈んだ声を洩らす。

「そうか……私はまた、早とちりをしてしまったんだな……」

454運命の選択:2007/05/30(水) 20:54:20 ID:KFETsNV20
自分はこれまで度重なる失敗を犯し、その度に茜に諫められてきた。
初めて出会った時はゲームを止めると宣言した自分が、ずっと茜の足を引っ張ってばかりいる。
そんな自分がどうしようも無いくらい情けない存在に思えた。
――しかし智代はこの時、気落ちしている時間があるならば、もっと茜の様子に注意しておくべきだった。
そうすればきっと気付けた筈だ。
いつもは抑揚の無い茜の声に、今は明らかな苛立ちの色が混じっていると。

「……そして裏切り者が一人とは限りません。大人数の集団にとって一番怖いのは、外部からの襲撃者よりも内紛の種です。だから」

茜が一歩、二歩と歩みを進め、机の上に置いてあったニューナンブM60を拾い上げる。

「――内紛の種と成り得る人間を、これ以上生かしておく事は許容出来ません」
「…………っ!?」

茜以外の人間は例外無く、驚愕に目を大きく見開いた。
茜が冷たい目で――これまで一度も見せた事の無かった暗殺者のような顔で、葉子に銃口を向けていたのだ。
鬼気迫る尋常でない様子に、修羅場を何度も経験している葉子ですらも唾を飲み下す。

「茜! あんた何やってるのよ!?」
「――――詩子。私は、貴女や智代の事は信用しています。ですが葉子さんは別です。
 葉子さん、貴女は何故一人で此処に来たんですか? 診療所には生き残っている仲間がまだいたのに、何故?
 『土地勘のない所を夜間、無闇に移動するなど自殺行為』と分かっているにも拘らず、何故夜中にこの村を訪れたのですか?」
「…………」

突然の蛮行を押し留めるべく詩子が叫ぶが、それに構う事無く茜は自身の内に巣食った不信を吐き出してゆく。
その疑念を一身に受ける事となった葉子は、何も言い返す事が出来ず、ポケットに忍ばせたメスへと手を伸ばすだけで精一杯だった。
葉子の反応を見て取った茜はますます疑惑を深め、次々に言葉を紡いでゆく。

455運命の選択:2007/05/30(水) 20:56:40 ID:KFETsNV20
「この島では普通集団で行動します――殺し合いに乗った人間以外は。
 葉子さん。貴女の行動には不審な点が多過ぎる。貴女の言動には不審な点が多過ぎる。貴女に関する全てには、不審な点が多過ぎる。
 ですから私は此処で貴女を殺し、内紛を未然に防ぎます」


最早茜の中で、葉子は限りなく黒に近い灰色だった。
確実に裏切るとまでは言い切れないが、余りにも怪し過ぎる。
このまま葉子を放置しておけば、いずれ自分も珊瑚や柳川の二の舞となってしまう可能性が高い。
そして生き残りが僅かとなってしまった以上、何時葉子が本性を見せてもおかしくは無いのだから、もう一刻の猶予も無い。

「ちょっと待て、お前は焦り過ぎてるんだ! ちゃんと話し合えばきっと……」
「――話し合えば分かり合えるとでも言うつもりですか? 冗談も大概にして下さい。そんな事をしていれば、いずれ裏切られてしまうだけです」

予想通り葉子を庇い制止を呼び掛けてきた智代に対し、茜は苛立ち気味に返事を返す。
智代の言葉は何の根拠も無い、ただの希望的観測だ。
あれだけ多くの人間が死んだにも拘らず未だそのような妄言を吐くなど、余りにも愚鈍過ぎる。
そんな愚か者の意志に従っていては自分まで、無意味に、惨たらしく殺されてしまう。
だから茜は、立ち塞がる智代を灼き切らんばかりに睨み付け、告げた。

「智代。止めるつもりなら、貴女も殺します」
「え……?」
「約束した筈です――失敗した時にはゲームに乗れば良いと」
「なっ――」


一瞬にして智代の意識が凍り付く。
仲間の――ゲーム開始以来ずっと行動を共にした相棒の放った、俄かには信じ難い宣告。

456運命の選択:2007/05/30(水) 20:59:36 ID:KFETsNV20
智代からすれば、残り少ない生き残り同士で殺しあうなど有り得ない事だった。
自分だって葉子に対し多少の疑念を抱きはしたが、それは些細なものでありいずれ時間が解決してくれると思っていた。
にも拘らず茜は突然葉子を殺害するなどと言い出し、事もあろうに邪魔をするならゲームに乗るなどと言ってのけたのだ。
智代は狼狽に支配されながらも、必死に言葉を返す。

「な、何を言っているんだ! まだチャンスはある! 疑念を捨てて皆で協力し合えば、きっと道は見えてくる!
 こんな時だからこそお互い信じ合わないと駄目なんだ!」
「智代……今の貴女は目が曇り切っているし、目的の為に人を殺す覚悟があるようにも見えません。
 この期に及んで不審人物の一人も殺せないようでは、もう主催者の打倒など不可能です。
 ですからもし此処で貴女が決断を誤まるようなら、私は優勝する事で生還を果たそうと思います」

茜の言葉に、嘘偽りは一切含まれていない。
自分だけが銃を保持している以上、今この場に居る人間達を屠るのは容易い。
そして瑞佳達が来るのはもう少し先の事である筈だから、準備して待ち伏せする余裕はある。
そうやって智代と瑞佳の一団を排除すれば、生き残りは自分を含めて僅か4名――もう優勝は目前だ。

「選びなさい智代。私と出会った『あの時』の聡明な智代に戻って、何としてでもゲームを破壊するか――それとも口先だけの女と成り果てて、此処で死ぬかを」

少女は突きつける。
堕落してしまった友に、運命の選択を――

457運命の選択:2007/05/30(水) 21:00:48 ID:KFETsNV20

【時間:三日目・06:10頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)近く】
月島拓也
 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式(食料は空)】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】
 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る。まずは鎌石村消防署へ。放送の真相を確かめる】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:消火器、支給品一式(食料は空)】
 【状態1:リヤカーに乗っている。リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは鎌石村消防署へ。放送の真相を確かめる】

【時間:三日目・06:10頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)】
【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧】
【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:動揺、葉子に不審の念】
【目的:今後の行動方針は不明】
里村茜
【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)】
【持ち物:包丁、フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】
【状態:苛立ち、簡単に人を信用しない】
【目的:葉子を殺害する。邪魔をするようなら智代と詩子も殺害して、優勝を目指す】
柚木詩子
【装備品:鉈】
【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:動揺、葉子にやや懐疑心を持つ】
【目的:今後の行動方針は不明】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:焦り、消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
【目的:今後の行動方針は不明】

【備考1:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考2:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】
【備考3:拓也は予定を早めたことを智代に伝えていない】
【備考4:拓也と瑞佳は第四回放送の内容を信じていない】

→860
→864

45863番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:41:26 ID:W2QwV58E0

「なあ」

あくび交じりの無気力な声が、狭いコクピットの中に響いた。
ブーツの足をどっかりとコンソールの上に投げ出し、自ら腕枕をして寝そべっている女性、神尾晴子の声だった。

「なあ、て」
『―――何でしょう』

理知的な声が、どこからとなく問い返していた。
神像、ウルトリィである。
半眼になって目やにを掻き落としながら、晴子が顎をしゃくる。

「撃たれとるで」
『そのようですね』

打てば響くような声。
ほぼ間を置かず、閃光が迸った。
全方位モニタに映るその光は直下、神塚山山頂からの砲撃だった。
高空からでも補正なしで視認できるほどの巨大な何かが、間断なく周囲に光線を放っている。
その内の幾つかは、上空に浮かぶウルトリィを目掛けて飛んでいた。

「ええんか」
『問題ありません。生半可な術法ではオンカミヤリューの結界を抜くことなど叶いません。
 まして光の術法で、このウルトリィを狙うなどと』
「ほぉ……ご大層なもんやな。さっすが神さんや」

どこか得意げなウルトリィの声に、晴子はぼりぼりと頭を掻きながら答える。
狭いコクピットに隔離されて数時間。
さすがに語彙の限りを尽くしたスラングをがなり立てるのにも疲れたか、悪口雑言は鳴りを潜めていた。
朝方、開き直ったように一眠りした後からは、投げやりな言動ばかりが目立っている。

「なら……アレも心配いらんねんなあ?」

45963番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:41:44 ID:W2QwV58E0
はだけたシャツの胸元に鼻先を突っ込んで顔をしかめながら、晴子が言う。
つまらなそうなその視線の先、モニタに映っていたのは、黒い影だった。
島の北西部、高原池の畔に佇むそれは、跪いてなお周囲の木々より頭一つ抜きん出ている。
木々の緑と紺碧の池、そして漆黒と銀の機体という色彩のコントラストはまるで一幅の絵画のようで、
その周辺だけ時間が静止しているかのようにも感じられた。

「キレイなもんやなー、……ぴくりとも動かへん」

にたにたと気味の悪い微笑みを浮かべる晴子。
すぐにウルトの声が返ってくる。

『……カミュにも大神の加護というものがあります。それに、あの子ならこの程度の術法、
 容易くかわしてみせるでしょう』
「せやから動かへんねやろ」
『……』

沈黙が降りる。
狭いコクピットの中に小さく、奇妙な音色の咆哮が響いていた。
直下、巨大な少女たちの哭く声だった。
額にかかるほつれ毛をかき上げた晴子の視線の先で、光が膨れ上がっていく。

「ハ、ええ感じで気合入っとるやん。……黒んぼの方は、顔上げようともせぇへんな」
『……まさか、カミュの身に何か……』
「どうやろなあ。盛大にぶっ壊れてくれたら笑えるんやけどなあ」

言って、晴子が乱杭歯を見せて笑んだ瞬間。
太陽を思わせる光が、爆ぜた。
絶対の死を内包する蒼白い光芒が、その行く手に存在する何もかもを焼き尽くしながら、黒い機体へ向けて迸る。

『カミュ―――!』


******

46063番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:42:04 ID:W2QwV58E0

その狭いコクピットの中には、沈黙だけがあった。
嗚咽も慟哭も、既にこの場から消えて久しい。
モニタは光を落としていた。
幾つかのランプが点灯しているだけで、あとは闇に包まれている。
外の陽射しも、この漆黒の空間を照らすことはなかった。
そんな中で、柚原春夏はかれこれ数時間もの間、抱えた膝に顔を埋めたまま、じっと動かずにいた。

『……』

その様子を、カミュは黙って見ている。
泣いて、暴れている内はまだ良かった。宥め、慰めることもできた。
だがこうして己の内に閉じこもられてしまえば、もうカミュにできることはなかった。
危険な状態だと、わかってはいた。
泣くにせよ、怒るにせよ、それは感情を発散するということだ。
既に起こってしまったことを、過去として処理するために必要なプロセスだ。
しかし、沈黙と抑鬱はいけない。
それは感情を渦巻かせる行為だ。渦巻かせ、どこにも逃がさないという行為だった。
行き場のない負の感情は沈殿し、やがて腐臭を放つ。
染み付いた臭いは、呼吸の度に全身を駆け巡り、容易くその人間を侵す。
それは端的に、破滅と呼ばれる状態の兆候だった。
手遅れになる前に、外部から、あるいは内部からの刺激で風穴を開けるべきだと理解していた。

しかしカミュには、声をかけることすらできなかった。
春夏の心中は、察するに余りあるものだった。
柚原このみという存在は、正しく春夏の生きる意味だったのだろう。
世界のすべて。己の半身。存在意義。それが、潰えた。
生きる意味、などと軽く言えてしまう自分には何を言う資格もないのだと、カミュは認識していた。
長い長い時間の中でも変わらぬ、否、長すぎる時間を旅するからこそ変われぬ己を、
これほど恨めしく思ったことはない。
だから声もかけられず、それでもただ春夏の傍にだけはいてやろうと、身動き一つすることなく
湖の畔に佇んでいた。

46163番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:42:24 ID:W2QwV58E0
『……?』

違和感を感じたのは、そのときである。
見られている。どこからか、ねっとりとした視線を感じる。
ねめつけるような、舐りつくすような、生理的な嫌悪感を催させる視線。
反射的にセンサーを走らせる。
捕捉。視線の方向は神塚山山頂。そこに、巨大な熱源があった。

いつの間に、とカミュは内心で舌打ちする。
少し前に、山頂で大規模な戦闘があったのは観測していた。
それが収束した後、多数の熱源が再び山頂に集いつつあることも分かっていた。
しかしカミュはそれらに特段の注意を払うことはなかった。
高密度の思念体は先刻の戦闘で消えていたし、集まりつつあるのは極小規模の熱源体だった。
どうとでも対処は可能だと、高を括っていた。
それよりも春夏にこれ以上余計な負担をかけないことの方が重大だった。
判断を誤ったかもしれない、とカミュは苦々しく考える。
山頂には再び高密度の思念体が存在していた。
原理は分からないが、あの群れが変貌したと考えるのが妥当だった。

とはいえ、とカミュは己の身体機能をチェックしながら思考する。
今、己を見つめる思念体は先刻のものよりも一回り小さい。
先ほどの戦闘観測によれば、思念体の攻撃手段は光の術法に近いものだった。
攻撃自体は単調で、直撃を避けることは難しくない。
万が一被弾したとしても、現状では正面から受ける限り被害は軽微で済む。
春夏がこの状態では操縦は不可能だろう。
ならば一時的に制動権を己に戻し、自律稼動で回避を行う。
距離さえ取れば問題はないだろう。
と、思考と並行させていたチェックが終了する。

『え……?』

一瞬、カミュの思考が凍りついた。
返ってきた結果は、明らかな異変を示していた。
システム、オールレッド。

駆動系異常。飛行系異常。循環系異常。接続系異常。術法系異常。異常。異常。異常。
思考と、感覚。それ以外のあらゆる系統が、完全に沈黙していた。
回避機動どころか、指の一本、羽根の一枚に至るまでが自分のものではなくなったように、動かない。
どくり、と。
既に存在しない筈の心臓が鷲掴みにされたような感覚を、カミュは覚えていた。
背後に、熱を感じていた。

山頂の思念体は、確かにこちらを見ていた。
光の術法に似た力を振るう、それは敵だった。
無防備な背に、光が、迫っていた。


***

46263番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:43:23 ID:W2QwV58E0

『死んでいく』

静寂の支配する暗闇に、声が響いていた。
ぼんやりと目を開けた柚原春夏が、小さく口を動かす。

「……」

拒絶を口にするはずの言葉は、しかし声にすらならず消えていく。
乾いた舌とひりつく咽喉が不快だった。
いつから口を開いていないだろうと考えて、春夏は思考を閉ざす。
何も考えたくなかった。
時間の感覚も曖昧なまま、春夏はただ膝を抱えていた。
このまま色々なものが曖昧になって、自分と自分でないものも曖昧になって、何も考えないまま
消えてしまえたら、いくらかは楽になるだろうか。
そんなことを思い、しかし思ったことは端からシャボンのように弾けて消えた。
何もかもが億劫だった。
感情も思考も、あらゆるものが不快で、曖昧で、苦痛だった。
ただ、微睡むように静寂の中にたゆたっていたかった。
再び目を閉じようとする春夏。

『死んでいく』

声は、はっきりと春夏の耳に届いていた。
ぴくりと小さく、本当に小さく、春夏が首を振る。
放っておいてくれという、それは意思表示だった。

『沢山のものが、死んでいく』

声は、止まない。
耳を塞ぐのも労苦に感じて、春夏は静かに目を閉じた。

『生まれるよりも早く死んでいく』

抱えた膝の間に、より深く頭を埋めた。
聞きたくなかった。

46363番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:43:43 ID:W2QwV58E0
『生き終わる瞬間は、唐突に訪れる』

春夏の眉根が寄せられた。

『誰にもそれは止められない』

春夏の奥歯が、小さく鳴った。

『戻らず、戻れず、ただ押し流されるように生き終わる』

爪が、掌に食い込んで血を滲ませた。

『望むと望まざるとにかかわらず』

呼気が、小さな音を立てる。

『それは永劫続く、定命のさだめ』

……て、

『生まれ、生き、生き終わる』

……めて。

『誰の上にも訪れる、それは―――』
「やめてッ!」

叫ぶような、声が出た。

「もうやめて、カミュ! いったい何のつも……」

跳ねるように顔を上げた、その視界。

「……ここ、は……?」

つい先程まで春夏を包んでいたはずの暗闇は、どこにもなかった。
代わりにそこにあったのは、どこまでも冴え冴えと広がる蒼穹。
燦々と照りつける陽射し。風にそよぐ深緑の梢と大地の朱。

『はじめまして、契約者』

そして、その背に黒翼を戴く、一人の少女だった。

46463番目のマルタ:2007/05/31(木) 03:44:27 ID:W2QwV58E0

【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:D−4】

 柚原春夏
【状態:絶望】

 アヴ・カミュ
【状態:システムオールレッド・焦燥】

 ムツミ
【状態:異常なし】


【場所:G−6上空】

 神尾晴子
【持ち物:M16】
【状況:軟禁】

 アヴ・ウルトリィ=ミスズ 
【状況:自律操縦モード/それでも、お母さんと一緒】

→526 594 678 840 ルートD-5

465夢の終わり:2007/05/31(木) 23:21:23 ID:veeaHzOE0
天高く昇った太陽の下で寄り添うように肩を並べながら、三つの影が突き進む。
北川潤とその仲間達の行き先は決まっていた。
北川達は目的地――平瀬村の何処かにある筈の、親友の『心』を追い求めていた。
遠野美凪の『心』がそこにあるという根拠はたった一つ。
思い当たる他の場所は全て探し尽くしてしまい、残るは平瀬村だけなのだ。

「…………」
黙々と足を進める北川の表情は優れなかった。
この地には辛い――余りにも辛過ぎる想い出がある。
自分は守れなかった。
何を差し置いてでも仲間を守るつもりだったのに、柏木一族という脅威から美凪を守り切れなかったのだ。
仕方無いと言えば仕方の無い事ではあったかも知れない。
敵は『鬼の力』などといった常識外れの能力を持った怪物達なのだから、たった一人の犠牲で済んだのは寧ろ幸運とすら言える。
……そんな事は分かっているのだが、だからと言って割り切れる筈も無い。
美凪は自分にとっても真希にとっても、掛け替えの無い仲間であり親友でもあったのだ。

「潤……ねえ、潤ってば!」
「ん、ああ……何だ?」
広瀬真希に呼び掛けられた為、陰鬱な想いに支配されていた思考を一旦中断させて、生返事を返す。
真希はこちらをじっと見つめながら、遠慮がちに言葉を紡いだ。
「今あんたの考えてる事が、手に取るように分かるわ……。美凪が……死んじゃった時の事を考えてたのよね?」
「――――っ!」
内心を一部の狂いも無く言い当てられてしまい、北川は大きく息を呑んだ。
真希は北川の手を握り締めてから、続ける。
「お願いだから一人で全部抱え込もうとしないで……。美凪はあたしにとっても――そして、みちるにとっても大切な親友なんだから」
「そうだぞーっ、みちるの方が美凪と付き合い長いんだからなーっ!」

466夢の終わり:2007/05/31(木) 23:22:29 ID:veeaHzOE0
付き合いが一番長い――逆に言えば、一番辛いのもみちるの筈だ。
しかしみちるは何時通りの元気な姿で、自分を気遣ってくれている。
彼女達の言う通りだった。
自分にはこれだけ心強い仲間達が居るのだから、一人で抱え込む必要など何処にも無いのだ。
「……そうだな、悪い。やっぱり俺達は明るく行かなきゃな!」
だから北川もそう言って、強引に笑みを形作ってみせたのだった。


背の高い門を押し開けて、民家の――美凪の亡骸が眠る家の、敷地内に侵入する。
比較的広い庭には雑草が鬱蒼と生い茂っており、その向こうで古ぼけた木造民家が陽光に照らされながら屹立していた。
北川を先頭としてその影に向かって歩いてゆき、玄関の扉を開け放つ。
時代遅れの木造建築物だという事もあり、陽の殆ど届かぬ民家内部は異質な世界であるように感じられた。
みちると真希と、三人で手を取り合って永い廊下を一心不乱に進む。
程無くして三人は一番奥にある広間の前まで辿り着く。
そこには薄闇の中に佇む木の扉が、行く手を阻むように立ち塞がっていた。
北川が冷たいノブに手を伸ばし、力を込めて押すと、扉が軋みを上げながらゆっくりと開いてゆく。

開けた視界の中、大きな窓から漏れる眩い陽光が部屋の中を照らし上げている。
そして部屋の中央――ベッドの上に、遠野美凪が昨日と変わらぬ姿で横たえられていた。
この島の特殊な環境のお陰だろうか、その亡骸は腐敗が進んだ様子も無く、穏やかな笑みを湛えたままだった。
「く……」
その余りにも安らかな死に顔に、北川は計らずして掠れた声を洩らす。
北川の横では真希が口元に手を当てて、弱々しく肩を震わせている。
そんな中、みちるが一歩、二歩と足を進め、美凪の前まで歩み寄った。
みちるはゆっくりと、美凪の頬に手を伸ばす。
そして手が触れた瞬間、辺りを眩い、そして暖かい黄金色の光が、包み込んだ。

467夢の終わり:2007/05/31(木) 23:23:19 ID:veeaHzOE0
「な――――っ!?」

誰もが言葉を失う。
それはどのような奇跡だろうか――光が止んだ時、自分達は夜闇に支配された学校の屋上に立っていたのだ。
そして、天に広がる星空を見上げる少女が眼前に屹立していた。
少女の美しい髪が、僅かに潮の香りを含んだ夜風を受けて優しく靡いている。
幻想的な状況の所為か、その姿は記憶にあった物よりも更に美しく感じられた。

北川はその少女を、星空に見守られた屋上の中、無言で見つめていた。
信じ難い状況の中、どれ程の時間そうしていたかは分からない。
砂時計の中で零れ落ちる砂のように、緩やかに流れてゆく時間かも知れない。
凄まじい勢いで全てを飲み込んでゆく灼熱のマグマのように、刹那の時間かも知れない。
やがて深い憂いを秘めた、酷く悲しい瞳が――
世界に満ちた全ての音を、漏らさず閉じ込めてしまうかのような瞳が、こちらに向けられた。
「み……なぎ……」
北川がやっとの思いで、掠れた声を搾り出す。
そこには在りし頃と全く変わらぬ瞳を湛えたまま、遠野美凪が存在していたのだ。

言いたい事、伝えたい想い、溢れてしまいそうなくらい沢山あったのに。
いざ本人を目の前にしてみると、北川も、真希も、何も言えなかった。
下手な言葉を口にしてしまえば、その途端に美凪が消えてしまうような気がして、何も言えなかったのだ。
そんな中、美凪が場の沈黙を打ち破るべく、ゆっくりと言葉を解き放つ。

468夢の終わり:2007/05/31(木) 23:24:23 ID:veeaHzOE0
「……ちっす」
「「「――――へ?」」」

余りにも場違い、余りにも軽快な挨拶を受け、北川達は例外無く間の抜けた声を洩らした。
北川達の驚きを意にも介さず、美凪は続けざまに口を開く。
「北川さん……きらきらの星、好きですか?」
「え……ああ、まあ嫌いじゃないけど……」
「……良かった」
北川が戸惑いつつも返事をすると、美凪はほっとしたように呟いた。
「……男の人も……綺麗な物は好き」
こちらをじっと眺め見る、限りなく広い母なる海を思わせる瞳。
片言の言葉では表し尽くす事の出来ない思いが、その瞳の奥に秘められている。

「あのね美凪……あたし――――」
ようやく硬直から解放された真希が、必死の想いで言葉を形作ろうとする。
しかし美凪は切実な声で、それを遮った。
「ごめんなさい、時間が無いんです……。星空を見ながら、どうか私の話を聞いてください……」
空を見上げれば、無数の星々の瞬き。
静かに――どこまでも澄んだ声で、言葉を紡ぐ。

469夢の終わり:2007/05/31(木) 23:26:27 ID:veeaHzOE0
「この島には様々な人の『想い』が……閉じ込められています」

「人の『想い』は、空に輝くあの星々のように強く美しい……。今の私達がこうして奇跡の中に居るように……とても大きな力を秘めています。
 ですがこの殺し合いを企んだ主催者は……その『想い』を悪用しようとしています……間違った方向に『想い』の力を向けようとしています」
 
「主催者の力は強大です……そこに『想い』の力まで加わってしまえば、全ての人間が等しく殺し尽くされてしまうでしょう……。
 ですから北川さん達が……『想い』を正しい方向に導いて下さい……。皆を助けて、主催者を倒して下さい……」

「私が死んだ後もずっと頑張り続けてくれた北川さん達なら、……きっとそれが出来るから……」

美凪はそこで言葉を切ると、ポケットの中から質素な包装紙に包まれた一つの白い箱を取り出した。
「これからも頑張りま賞……進呈します」
それを、そっと北川に手渡す。

北川がその箱を開けてみると、親指にも満たぬ小瓶に詰められた砂が出てきた。
手に取って凝視してみると、砂の一つ一つが微かな輝きを放っているようにも見えた。
「綺麗だな……けど、これは?」
「星の砂です……。その砂を持っていると……幸せになれるんです。必要な時が来たら……その砂に、願って下さい。
 一生懸命願えば……きっと『想い』は通じます。北川さん達なら……この島に囚われた『想い』を解き放てます」

みちるが上目遣いで美凪に視線を送る。
「美凪……もう行かなくちゃいけないの……? もう……終わりなの?」
「うん……ごめんね。私は此処にいてはいけない人間だから……もう死んでしまったから……。
 私の夢も……みちるの夢も……此処で終わり」
美凪はみちるの手を優しく握り締めてから、くるりと北川達の方へ振り向き直した。

470夢の終わり:2007/05/31(木) 23:30:06 ID:veeaHzOE0

「北川さん、広瀬さん、覚えていますか? 私達が出会ったときの事……」
――出会いは鎌石村の消防署だった。
出会ったばかりだったにも拘らず、三人仲良く同じ食卓を囲んだ。


「それから……ホテル跡に行った時の事……」
――ホテル跡では色々あった。
大変だったけれど、三人は力を合わせて乗り切った。
一段落着いた後は、束の間の、けれどとても安らかな時間を一緒に過ごした。


「みちるも、きたがわとマキマキと楽しい時間を過ごせたよ……暖かい気持ちにさせて貰ったよ……」
――みちると出会った時。
三人は障壁を乗り越えて打ち解ける事が出来た。
家族のように、親友のように、笑い合う事が出来た。


「最後に…………今この瞬間も、大切な思い出です」
そう言って、美凪はにこりと穏やかな微笑を浮かべた。
美凪もみちるも――黄金の光に包まれ、それに合わせるように彼女達の身体が揺らぎ、薄れてゆきつつあった。

真希が涙で緩んだ視界のまま、何かを訴えようとする。
「待って、美凪、みちる! あたしはっ……あたし達はっ……!」

471夢の終わり:2007/05/31(木) 23:32:42 ID:veeaHzOE0
それを押し留めて、美凪が口を開く。
強く、意志の籠もった声で。
「泣かないで下さい……。私は貴女達と暖かい思い出を一杯築けましたから……一杯笑えましたから……」

みちるが言葉を繋ぐ。
「そうだよ。夢が覚めても、思い出は残るから……。思い出がある限り、みちると美凪はマキマキ達と一緒だから――」

自分達の想いを、同じ気持ちを、代わる代わる口にしてゆく。
「二人共、笑って。みちる達との思い出を、ずっと楽しい思い出にしていてよ」

「笑顔は人の心を暖かくしてくれますから……」

「ずっとずっと笑い続けて……」

「世界が沢山の笑顔で一杯になって……」

「「みんなが暖かくなって、生きていけたら良いね……」」
言葉を重ねると同時に、辺りが閃光に包まれた。
二人は黄金の光と同化して、自ら星の砂へと飛び込んでゆく。
それが最後。二人の気配も、北川達の意識も、霧散していった。


気が付くと元の部屋に戻っていて――北川も真希も床に寝そべっていて――窓から降り注ぐ陽光が、そっと夢の終わりを囁きかけていた。

――皆さん、有難うございます。今まで……楽しかったです
――きたがわ、マキマキ、約束だよ。ちゃんと笑い続けていてね

そんな声が、聞こえた気がした。

472夢の終わり:2007/05/31(木) 23:34:53 ID:veeaHzOE0

【残り20人】

【時間:3日目・10:00】
【場所:G−2民家】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光二個)、お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:今後の行動方針は不明】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:今後の行動方針は不明】
みちる
 【状況:消滅】
遠野美凪
 【状況:消滅】

備考
・みちるの荷物
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(ノートパソコン、真空パックのハンバーグ)支給品一式】
は床に置いてあります

→863

473起死回生:2007/05/31(木) 23:50:24 ID:W7jX6MbI0
危機が去って幾ばくかの時間が経っていた。
高槻、湯浅皐月、小牧郁乃の三人は何をなすでもなく、ただ項垂れていた。
玄関のドアは壊れ外から風が吹き込むも皆動じることはない。
高槻と皐月は篁のことを知っているだけに、主催者の正体を知ったショックは大きかった。
(相手が悪かったなあ。篁総帥じゃどうしようもねえや)
高槻は皐月の肩を抱きなが失意の底にあった。
助かったとはいえ、お先真っ暗である。
変わり果てたぴろを撫でながら皐月は目を泣き腫らしていた。

「どこか他に移ろうよ」
重苦しい雰囲気を破るように郁乃がポツリと呟く。
高槻が目で促すと皐月は伏せ目がちに軽く頷いた。
郁乃を除けば二人とも負傷と疲労でかなり体力を消耗していた。
現状では醍醐でなくとも岸田洋一始め、殺し合いに乗った者に踏み込まれたら苦戦を余儀なくされてしまう。
それにしても──篁が集めようとする想いとは。そしてあの青い宝石はいったい何なのか。
高槻は喉にまで出かかった言葉を飲み込み、まずは避難を優先することにした。

荷物をまとめ外に出ると雨は小降りになっていた。
警戒しながら奮死したぴろを懇ろに葬る。
「あたしも手伝わせて」
いたたまれずに郁乃がおぼつかない足取りで歩み寄り、布に包まれたぴろを穴の底に横たえた。
土を被せようとするとポテトが鼻を擦り付け最後の別れをする。
その様がいじらしく改めて三人の涙を誘う。

「さて、ねぐらはどこにするか?」
「隣の鎌石局にしようよ。探せばまだ弾があるかもしれない」
「なにぃッ、そうなのか? よし行くぜい」
三つの黒い影が粛々と移動し、隣の建物の中に吸い込まれていった。

474起死回生:2007/05/31(木) 23:51:37 ID:W7jX6MbI0
屋内に入るや否や、高槻と皐月はドアの前に備品を積み重ねた。
醍醐ならどうしようもないが、普通の人間なら侵入はできまい。
反撃の手段が限られていることから防御を固めるしか方法がなかった。
わずかな窓にも布で目張りをし、明かりの漏れを最小限にする。
「これくらいでいいかな。じゃ、明かり消すよ」
照明を消すと皐月はしゃがみこみ室内を見渡しながら感慨に耽った。

あたりは漆黒の闇に包まれ互いの息遣いのみが聞こえる。
前日の正午頃、ここで笹森花梨と物色したのが遠い昔のことのように思える。
左肩の傷──ここを出ようとした時黒服の少年に撃たれたもの。
少年との死闘と花梨の死。
思えばぴろはここでも奮戦したのだ。
胸にこみ上げるものがあり、両手で顔を覆った。
しかし高槻の一言で現実に引き戻されてしまう。
「ぼちぼちやろうぜい」
当てがあるようなことを言ったものの、実は気休めでしかなかった。
花梨と来た時、大方探し尽くしていたからである。
最後まで探さなかったのは十分な銃器と弾薬を確保できたからであった。
ここで何も入手できなければ今後の安全が極めて脅かされることになる。

「ごめん、もうちょっと休ませて」
「具合が悪いのか? さっきのゴリラに手酷くやられたからなあ」
「う、うん。まあね」
珍しく労ってくれるものだと感心する。
皐月は高槻の肩にもたれ安らぎに浸ることにした。
「ケツが痛いなら手浣腸が効くぞ、七年殺しがな。FARGOでもちょくちょくやってたなあ。女の尻の穴にズブッと……」
「落ちがあったのね。紳士らしいとこに惹かれたけど……さっさと始めるわ!」
素早く身を退き上目遣いに睨みつける。
「オイ、冗談だってば。こういう時はなあ、スキンシップが大事なんだぞぅ、ベイビー」

475起死回生:2007/05/31(木) 23:53:53 ID:W7jX6MbI0
皐月は二人にまだ探していない場所を指示し、自身も持ち場を探すことにする。
部屋の明かりは点けず、それぞれが懐中電灯で照明を確保する様は、さながら盗みを働いているようでもあった。
狭い密室でロッカーを開ける音、引き出しを開ける音が続く。
「ん? オモチャか」
とある引き出しから出てきたのはヨーヨーだった。
「わあっ、おもしろそう。あたしに貸して」
「ちぇっ、くだらん。いくのんにくれてやらあ。オモチャなんて……」
「オモチャがどうかしたの?」
「さあ。皐月さんも見てみたら?」
高槻がいじり回していると、片面の蓋が突然パカッと開いた。
「おおうっ! これはまさしく桜の代紋」
「このマーク、どこかで見たことある!」
皐月は高槻の肩越しに騒動の元を覗く。
「これ警察のじゃない」
開いた内側には交番で見かける桜の徽章が施されていた。

高槻は蓋を閉じると紐の輪を指にかけ、ヨーヨーを垂らす。
落ちては巻き戻るという、ごく普通の動き方をするが、紐が鎖チェーンでできている。
「思い出したぞ。これはなあ、昔鹿沼葉子が『おまん、許さんぜよ』、って言って投げてたスケバン刑事ヨーヨーだ」
「鹿沼葉子って人、おばさんなの?」
「えーと、いくのんよりいくつだったっけ。天沢郁未より上で……わからん、年齢不詳だ」
「くだらない嘘ばっか言ってないで、そんなことどーでもいいから、あたしに貸しなさいよっ」

手に取ってみるとオモチャでないことは間違いなかった。
ズッシリとした重みからしてステンレス製だろうか。
人に投げて当たれば痛いどころではない。本気で投げれば骨に罅が入るほどの衝撃があるかもしれない。
「いくのんには無理だろうから湯浅、お前が持て」
「あたしが? じゃあありがたく頂戴するわ。近接戦闘に使えるね」
皐月は押しいただくとポケットに仕舞いこんだ。

476起死回生:2007/05/31(木) 23:55:57 ID:W7jX6MbI0
その後も捜索をしたが目ぼしい発見はなかった。
探し尽くすと高槻と郁乃は疲労を覚え横になった。
「もう寝ろよ。体力を回復しないと明日がきついぜ」
「そうねえ。どっかにまだないかなあ。」
「もしかして隠し扉とかあったりしてなあ。その奥に金銀パールがザックザクと……」
「隠し扉……? あるかも」
俄かに活気が戻り、皐月は一人執念を燃やしながら物色を始めた。

郁乃はどうしても寝付けなかった。
起き上がると荷物を重し代わりに、車椅子の座席に乗せられるだけ乗せる。
そうして車椅子に掴まり膝に力を入れながら立ち上がった。
「今から出かけるの?」
皐月が怪訝な表情で尋ねる。
「違うの。あたしもいっしょに戦いたいから……車椅子なしでもやっていけるように、歩きたいの」
郁乃は先ほどの息を呑むような激戦の光景が目に焼きついて離れなかった。
暇つぶしの相手にしか見ていなかった猫、否小さな勇者──ぴろ。
二人と一匹が戦っている間、自分はただ物陰に隠れて見ているしかなかった。
──悔しい。あたしも戦いたい。
何もできない自責の念が郁乃を自立したい思いに駆らせたのであった。

郁乃はグリップを握り、そろそろと車椅子を押す。
狭い室内を何度も往復し、時には膝をつきながらもリハビリ励む。
(お姉ちゃん。あたしも頑張るからどうか無事でいて)
未だ会えぬ姉に想いを馳せながら脚力の弱さに喘ぐ郁乃。
床には汗と共に涙の染みがあった。

477起死回生:2007/05/31(木) 23:57:36 ID:W7jX6MbI0
【時間:三日目・02:00】
【場所:C-4鎌石郵便局】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:物色中。疲労大、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:就寝中。疲労大、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:岸田、醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)、支給品一式】
 【状態:リハビリ中】
ポテト
 【状態:車椅子に乗っている、健康】

【備考:高槻のコルトガバメントは予備弾を装填。高槻達の翌日の行動は未定】

478彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:26:03 ID:KiKzaUIw0
「……笑えよ、お前を馬鹿にしていた俺がこのザマなんだからな」

浮かび上がったのは力のない笑み、別れる前の彼の様子からは想像できないくらい相沢祐一は弱っていた。
疲れきったその表情、廊下の壁にもたれかかる祐一の口から漏れる覇気のない台詞に柊勝平は呆然となる。
勝平が廊下の奥の方へと視線をやると、ポツポツと祐一が移動してきたであろう軌跡に垂れているものが目に入った。
血液だった、わき腹を押さえる祐一の手が赤く染まっていることから患部はそこだと勝平は判断する。

……ただ、出血自体は実際そこまでひどいものではなかった。
何せ名倉由依が所持していたのはどこにでもあるカッターナイフだったのだから、そこまで深く差し込まないかぎり内臓にも損傷はないはずだった。
しかしそんな事実を知識を持たない祐一に伝わるはずもなく、勿論勝平も分かるはずもない。
とにかく、祐一は精神的に参ってしまっているようだった。
消え去った威勢の良さ、祐一の変わり果てた姿に思わず勝平も顔をしかめる。

「その様子、だと……助けに来て、くれたわけじゃぁなさそうだな……」
「何で、そう思う」
「お前最初っから、そうだったじゃん……仲間意識、感じられなかったっつーか」

苦笑いを浮かべながら淡々と述べる祐一に対し、勝平は何も答えられなかった。
結局このような手負いの状態だが、祐一は生きていた。
真っ白なタートルの脇腹部分、そこだけ赤く染まっているという生々しさには勝平も思わず眉間に皺を寄せてしまう。
出血自体は既に止まっているのだろう、勝平が目を凝らし患部を見やると血がかぴかぴに乾いてしまっている様子が伝わってきた。

視線を上昇させる勝平、あの意地悪めいた台詞ばかり吐いていた祐一の唇の色は妙に紫がかっているように見える。
寒さが原因ではないだろう、顔色も非常に悪いことから貧血を起こしかけているのかもしれない。

「……で、何しに、来た……」

祐一が口を開く度に、言葉の間に入る息継ぎの回数はどんどん増えているようだった。
顔をしかめる勝平、どうやら錯覚ではないらしく祐一はしゃべる行為自体も負担に感じているのかもしれない。
少しずつ荒くなっていく祐一の呼吸を見つめながら、勝平は静かに右手を少しだけ振り上げた。
そう。手にした電動釘打ち機の先端が、ぴったり祐一の額に当たるぐらいに。

479彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:26:36 ID:KiKzaUIw0
「理由くらい、聞いても……いい、よな」
「お前が僕の邪魔をしたからだ」
「……邪魔?」

祐一の浮かべる不思議そうな表情、それは先ほど勝平自身が手にかけた藤林杏の様子を彷彿させた。
口の中に苦い味が広がっていく、しかし勝平はそれを無視して言葉を続ける。
祐一によって計画が崩れたこと、そして自分自身が命を落としたということ。
『あの世界』の、こと。

ただ、どんなに詳しく語ろうにも、祐一の顔に納得の色が浮かび上がることはなかった。
むしろ勝平が何か発する度に、ますます視線は疑惑を帯びたものになっていく。
……これでは、杏の時と同じだった。
あの時は激情に任せてトリガーを引いた勝平だが、同じことをしてあの苦い思いを繰り返すほど馬鹿じゃない。
あくまでも冷静に、勝平はこの根本的な世界のことすらも細かく彼に説明した。
少しでも祐一の中で、何か変化が現れないかと。勝平は、それに望みを賭けた。

そして全てを話し終えた勝平は、少し乱れた息を整えながらも祐一の出方を待った。
自分の知りえることは話しきった、これで分かってもらえないのなら……その先を勝平は考えようとしなかった。
じっと黙って祐一を見つめ続ける勝平、しかし祐一が視線を合わせてくることはない。
……何か言葉を選んでいるのだろうか、しかめっ面のまま祐一はついに唇をゆっくりと開く。

「悪い、けど……お前の話は……どう、聞いてもさっぱり、だ……」

答え。祐一の出したそれに、勝平は静かに目を閉じる。
怒りは沸かない、勝平の中を漂うのは行き所のない不快感のみだった。
はぁ、と一つ溜め息をつき勝平は項垂れる。
このまま祐一を殺すことは簡単であった、だがそれでは意味がない。
勝平の復讐の対象はあくまで『勝平の邪魔をした屑共』であり、その屑の犯した事柄に対し後悔させなければ何の気休めにもならないのだ。
しかしそんな勝平の心中を知らずか、祐一は意外な言葉を続けてきた。

480彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:27:03 ID:KiKzaUIw0
「でもな、それでも……お前が俺を消したいって、言うなら。
 どうせ俺は、こんなんなんだ……簡単に、殺せるだろ。良かったな」

一瞬、何を言われたのか勝平は理解できなかった。
垂れていた頭を上げる、勝平自身も自覚するくらいそれはかなりの間抜けなものだった。
でも、それよりも。目の前の祐一の表情は、もっと情けない……諦めに満ちた、ものだった。

「何だよ、それ」
「言ってんだろ、意味分かんねーって……でも、お前がそうしたきゃできる、状況は……揃って、んだ」

思わず漏らした勝平の声に対し、祐一も細々と言葉で返してくる。
開いた口が塞がらない……今の勝平の心境は、正にそれだった。
杏は言った。信じない、そんなことさっぱり分からないと。
祐一も言った。意味が分からないと、やっぱりさっぱりだと。
しかしその上で、彼は言う。自分を殺してもいいと。
祐一の真意が勝平には全く理解できないでいた。だが勝平の戸惑いに気づかないのか、祐一は一人話を続けてくる。

「でも……これだけは、頼む。神尾だけは……あいつだけは、何とか助けて……やって、くれ……」

神尾……神尾、観鈴。その名前が出てきたことで、勝平もはっとなり止りかけた思考回路に渇を入れた。
緊張感のない笑いを浮かべる少女、何の役にも立ちそうにない、付き纏ってきて鬱陶しい存在……そんな観鈴の印象が勝平の脳裏を駆け抜ける。

「俺……人を殺したことがあるんだ」
「は?」
「後悔も、したけど……それでも、仕方ないって思いの方が強かった……今も、そう思ってる……」

それは突然であり、意外な告白だった。
ただ、前後の話が繋がらないことで勝平は混乱する一方である。
観鈴を助けてくれということ、祐一自身が人を殺したということ。これはイコールで繋がらない。

481彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:27:28 ID:KiKzaUIw0
「何が言いたいんだよ……」
「あいつみたいなのが、絶対、こんな……くだらない殺し合いを、変えてくれる、はずなんだよ……。
 俺みたいな、殺すことを納得した人間じゃ……駄目、なんだ……」

自嘲を通り越した、あまりにも悲しい訴え。
わき腹を押さえていない方の手で髪をかき上げると、祐一は改めて勝平へと視線を送った。

「どうせ俺は助からねー……それに、神尾はずっとお前の、ことを気にかけてたんだ……頼んだ、ぞ」

笑顔を浮かべる祐一の表情は儚く、そこからは生きる渇望すら見いだせない。
精神的に参ってしまっているということ、もしかしたらそれは一日の積み重なった疲労も関係しているかもしれなかった。
誰だってそうである。こんな気味の悪い島に閉じ込められ殺し合うことを言い渡されて、ストレスを感じない者はいないだろう。
そして、祐一の辿ってきた経緯。そこで自らの手を汚したことなど、隠れた面での祐一の負担は大きかった。
止めとして肉体へのダメージを食らった祐一が、「諦め」てしまうのも無理はない。
……例えそれが、見た目が派手なだけなものだったとしても。
祐一は疲れきっていた、彼を自暴自棄にさせている原因は十代の少年にとってあまりにも過酷なものだった。

「……馬鹿野郎っ」

しかし、それを認められるかと言われたら話は別である。
納得した上で、ああ相沢祐一はなんてて可哀想なヤツなんだと同情するなんて考えに、勝平が首を縦に振るわけはなかった。
喉から絞り出された声は怒りに震えている、その対象はあの時勝平を陥れた「相沢祐一」に対するものではない。

振りかぶった電動釘打ち機を、勝平は力任せに振り降ろす。
狙ったのは目の前の祐一の頭部だった。
そして勝平は叫ぶ、そこにありったけの怒りを込め。

「甘えてんじゃねえよっ、僕は……僕は、こんな腐ったヤツに負けたなんて認めないぞ!!」

482彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:27:58 ID:KiKzaUIw0
それはここに来て勝平が初めて振るった、殺意を含まない暴力だった。
自分を追い詰めた祐一はこんな情けない男じゃないということ、こんな男を殺しても復讐になどなる訳がないということ。
ここで祐一からの反撃でも飛んでくれば勝平は満足だった。罵詈雑言の類が飛んできて、いつもの彼の調子に戻ってくれたらと期待した。
しかし、いつまで経っても祐一が口を開く様子はない。
むしろそのままずるずると祐一の体は沈んでいき……ついに、祐一は廊下に横たわるようにして身動きを止めるのだった。

「……くそっ!!」

頭部を強打されたことで気を失ってしまったのだろう、結局祐一が勝平の期待に答えることはなかった。
勝平の中の苛立ちは、収められる場所を失い発散の場所を求めてきた。
横たわる祐一、勝平の手にする電動釘打ち機を叩き込めばその命を散らすことなど造作もないことだろう。
そう、あの時のように。
勢いのまま杏の命を奪った時のように。
……だがあの後の苦い思いを経験した勝平が、同じことを繰り返すことなど……できる訳、なかった。
復讐という行為に対する意義を自覚した勝平にとって、この場でできることはなくなってしまった。





来た道をとぼとぼと、勝平は歩いて戻っていた。
別に祐一に言われたからではない、しかし彼の脳裏にふと浮かぶのは観鈴の朗らかな笑顔であり。
何故か、勝平はそれが恋しく感じ仕方なかった。
思い通りにいかない事態、祐一の覇気のない態度、それら全てが勝平の心に棘を増殖させ彼の余裕をなくしていた。
観鈴は、日常の象徴だった。
繰り返される緊張感のない会話、害のない穏やかな少女の存在自体がこの状況ではイレギュラーであろう。
ふと。祐一が言っていた観鈴の価値が、そういう面なのではないかと。勝平の中で一つの答えが導き出される。
その時だった。

483彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:28:24 ID:KiKzaUIw0
「……!」
「な、お前は……っ?!」

階段を上がり、勝平が二階の廊下に差し掛かったところで危うく誰かと衝突しそうになる。
形振り構わず疾走する少女が、勝平の脇を駆け抜けて行った。
すれ違い様でもその勢いは止まらない、一瞬目が合うものの少女は勝平を通り越しそのまま階段を降りて行く。
呆然と少女を見送る勝平は、その場で立ち尽くすしかなかった。
一体誰であったか、確認が一瞬しかできなかった少女の残像が勝平の脳裏を過ぎった。
見覚えがあるかどうか、すぐの判断は難しい。
だが、考えれば自ずと答えは浮かぶものである……何せ勝平は、先ほどまでその少女と同じ部屋にいたのだから。

「……! あいつ、起きたのか?!」

勝平が気づいた時にはもう遅い、少女の姿は既に階下へと消えている。
勝平の記憶が正しければ、その少女は職員室にて気を失っていたはずの名倉由依であった。
何故彼女が今ここに、いや、それよりもいつ気がついたのか。
ごちゃまぜになる頭の中、勝平は一つの事実にはっとなる。
―― 置いてきた観鈴は、どうなった。

「……馬鹿、何やってんだ僕は!」

あの時の勝平は祐一のことをとにかく優先し、彼の元へ一人で行くことしか考えていなかった。
置き去りにした観鈴が武器の類を所持していないことは分かりきっていたことだった、それなのに。
嫌な予感が回路を締める、勝平もまた形振り構わず走り出した。

484彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:28:51 ID:KiKzaUIw0




時間は少々遡る。
軽い鈍痛に襲われながら、由依はその意識を覚醒させた。
目元が歪む、由依はふわふわとした感覚にその身を任せながら自身が気を失っていた事実を自覚する。

(ん……)

体が重かった、精神的負荷と共に岸田洋一から受けた暴力が由依の体力を奪っていた。
秘部に感じる猛烈な違和感と痛みに、閉じられた由依の瞼からも自然と涙が零れていく。

(私、また……)

由依がレイプという行為を受けこと自体は、初めてではなかった。
それこそあの施設に潜入してからは、由依は数えるのも嫌になるくらいの辱めを受けていた。
それでも由依の心は折れなかった。
大事な、大事な姉を連れ戻さなくてはいけないという大切な目的が由依にはある。
姉と共に、また家族で暮らしたい。それが由依のささやかな願いだった。

(……お姉ちゃん……)

だが、由依の知らない事実がそこにはあった。
それは由依の誕生日に起きた、由依が強姦魔に襲われたあの事件のあった当時のこと。
姉である名倉友里に、由依は消えない痛みを与えた。
由依は幼い少女だった。また、それを責めるには余りにも由依は弱かった。
しかし、許されることではなかった。
どこにでもある一本のカッターナイフが凶器と化す、壊れかけた由依の心が求めたもの。
その先、その未来。由依は友里の未来を奪った。

485彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:29:15 ID:KiKzaUIw0
(お姉ちゃん……)

頭の中で小さく呟く由依、施設でも友里には邪険にあしらわれるだけで満足な会話をすることができないでいた。
真実を知ってからは、尚更である。
もう一度友里と話したかった、前のような仲の良い姉妹に戻りたいと由依は望み続けていた。
そんな時だった、由依がこの殺し合いの舞台に放り込まれたのは。

この島に来て、初めて遺体というものを由依は見た。
そして、性的な行為を持たない純粋なる暴力というのにも晒された。
その上で性的な暴力も、受けた。

由依はこの島で一人でも多くの人を救いたいと願った。
しかしその願いは届くことなく、由依の前に現れたのはあんなにも凶暴で狡猾な男であった。
神様は、意地悪だった。
由依は現実に絶望した、そしてあの時のようにまた心を殻に閉じ込めた。
由依は人形になった。人形になれば、今受けている以上の痛みを押し付けられることはなかった。
由依は道具になった。道具にならなければ、由依は自分を守れないと判断した。

物と化した由依が手にしたのは、偶然にもあの時にも由依が所持していたカッターナイフであった。

「ひぃ……っ!」

思わず漏れた声、カッと見開かれた由依の瞳が自分の起こした現実を認識させる。
人を刺したということ。
岸田の命の通り、殺意を持って武器を振るったということ。
フラッシュバックする光景は、駆け寄ってきた少年の心配そうに由依自身を見やる表情が、苦悶の物へと瞬時に入れ替わった時のものだった。

486彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:29:36 ID:KiKzaUIw0
「だ、大丈夫? どこか痛いのかな」

少し舌っ足らずな、幼さの残る可愛らしい声。
ゆっくりと由依が首を動かすと、ぼやけた視界に金色のウエーブがかった髪が入る。
少女だった。年頃は同じくらいだろうか、見た目だけなら由依の方が下かもしれない。

「うーん、熱はないね」

額に熱を感じ思わず目を瞑る由依、ゆっくりと瞼を開けると少女が手を引っ込める様が確認できた。

「ご、ごめんね。びっくりしたかな」

慌てて弁明してくる少女の姿には攻撃性といったものが全くなかった。
由依の中で戸惑いが生まれる。まだ何が起きたか上手く整理しきれていない思考回路をフルに動かし、由依は賢明に現状を把握しようとする。
あの男に命じられ、由依は「男」を殺し「女」を約束の地であるこの職員室へと連れ込んだ。

(あれ、でも私は……)

おかしい。由依の記憶が正しければ、由依が連れ込んだ少女は二人のはずであった。
ゆっくりと身を起こし、由依は改めて職員室の様子を確認する。
岸田におもちゃにされた場所、部屋の隅には由依の支給品であるデイバッグが放置されていることから間違いはないだろう。
一面だけ開けられた窓のおかげで喚起はできているものの、鼻を凝らせば感じ取れる生臭さが消えた気配は全くない。
……それは辱めを受けた由依自身に染み付いた臭いかもしれないが、その可能性を考えることを由依の頭は否定した。
そのまま立ち上がる由依の邪魔をするものはいない、少女は見ているだけで由依の行動に対し制限をつけてくるようなことをしなかった。

三百六十度余すことなく目をやる由依の視界に入る人物は、あくまでこの金髪の少女のみである。
どういうことか、しかし思い出そうとすると響く鈍痛に結局由依は考えることを諦めた。

487彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:29:59 ID:KiKzaUIw0
そして、違う方面へと思考を凝らすことにした。
由依の恐れるあの男は、今この場にはいない。
目の前の少女に攻撃性はない。じっと見やるものの、由依の視線に対し首を傾げるだけで少女から何かしてくることはなかった。
今、どうするべきなのか。冷静に物事を考えられる機会を得た由依がその中で答えを導き出す。
由依の最優先次項は。

「ごめんなさい!!」
「え、あ……ど、どこ行くのっ?」

この場から、一刻も早く逃げ出すことだった。
部屋の隅へと駆ける由依、自身のデイバッグを掴み取り由依は一直線に職員室の出口へと向かう。
背後から投げかけられた声、金髪の少女のものである。しかし由依はそれを無視して、一目散に廊下へと躍り出た。

それからはとにかく走り続けるだけだった、痛む体を駆使しながら由依はひたすら足を動かした。
途中人とすれ違った気もする、しかし由依は止まらずそのまま階下へと駆けて行った。
一階、見覚えのあるその景色に由依の鼓動は高鳴った。
このまま真っ直ぐ行けば中心のフロアに出る、そこから外に出れば逃げることができる。
由依はそれだけを考えた。それこそ廊下に設置されている窓を開けて逃げるという行為などは、思いつくことはないようだった。
由依は駆けた、途中転びそうになるものの何とか持ち直し外を目指した。

月明かりの照らす廊下を、走る由依の靴音だけが響き渡る。
その連続した音が止められたのは、突然のことだった。

「……ぁ」

廊下の隅に倒れ、身動きを取らぬ少年が由依の目の前に出現した。
視線を少年の後方へと送る、点々とした染みが由依の視界に入る。
黒かった。それは経過した時間を表しているのだろうか。
真っ白なタートルネックの一部が黒く塗られている様、由依の呼吸が一瞬詰まる。
それは、由依が「殺した」少年だった。
ポロポロと涙が自然に零れる、由依の起こした現実が痛みとなって彼女自身へと突き刺さる。

488彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:30:21 ID:KiKzaUIw0
「ごめ……なさい……」

顔を覆いながら由依が口にした謝罪の言葉に、少年が気づく気配はない。
ごめんなさい、それでも由依はもう一度言葉を口にする。
その時、由依は自身が身に着けている見覚えのない上着の存在を思い出した。
肩にかかった群青色のブレザー。そう、心配した少年が由依へとかけてくれたものである。
……そのぬくもりも何もかも、今では悲しいだけだった。

「こんな……こんな形で会いたくなかったですっ!」

吐き捨てた激情は、由依の思いと共に校舎の空気へ溶けていく。
人を殺してしまったという罪悪感。それは少年の優しさを踏みにじった由依の行為も付加となり、さらに彼女自身を追い詰めた。

「私達……きっと、違う形でも会えたと思うんです……」

ふと、由依の中に浮かんだ一つの可能性。
それは根拠のない言葉だった。
でもその直感を、由依は捨てることができなかった。

「ごめんなさい……」

信じられない、カッターで刺された少年はそう表情で語っていた。
その様子が由依の頭から離れることはない。消せない罪が、また一つ由依の心啄ばんだ。
しかしそれと共に、何故か和やかにこの少年と話す自身の様子が由依の脳裏に貼りついていた。
理由は分からない、それは由依の願望が作り出したただの妄想かもしれない。

「ごめんなさい」

もう一度口にして、由依は身に着けていたブレザーをその場で脱いだ。
近づき、由依は丁寧に折りたたみ倒れている少年の横へと上着をそっと置く。

489彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:30:48 ID:KiKzaUIw0
「こうしてると、まだ生きているみたいですね……そんなわけ、ないのに……」

覗き込んだ少年の顔つきもまた、金髪の少女と同じように由依と同世代のものだった。
それが、さらに由依の悲しさを煽る。
気持ちを振り切るように再び駆け出す由依の苦悶に満ちた表情を、確認した者はいない。
由依が鎌石村小中学校を脱出したのはそれからすぐのことだった。






神尾観鈴
【時間:2日目午前3時前】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・職員室】
【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:呆然】


柊勝平
【時間:2日目午前3時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:観鈴のもとへ】

490彼にとっての復讐の意義と、彼女にとっての懺悔の対象:2007/06/02(土) 01:31:08 ID:KiKzaUIw0
相沢祐一
【時間:2日目午前3時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階、左端階段前】
【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:気絶、腹部刺し傷あり】
【備考:勝平から繰り返された世界の話を聞いている、上着が横にたたまれている】


名倉由依
【時間:2日目午前3時15分過ぎ】
【場所:D−6】
【所持品:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、破けた由依の制服、他支給品一式】
【状態:学校を離脱、ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)着用、全身切り傷と陵辱のあとがある】
【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】

(関連・488・662・756)(B−4ルート)

491:2007/06/02(土) 21:21:03 ID:w8N0LcPY0
夢。
夢を見ていた。
そこには自分の理想とする世界。
追い続けて、求め続けて――けれど、決して届かぬ筈の美しき理想郷があった。

天高く昇った太陽は猛然と光を放ち、眼下に広がる孤島を照らし尽くす。
蓄積した熱を奪い去るべく吹き付けてくる風が心地良い。
そんな中高槻は水着を着て、海辺の砂浜に寝そべりながら、満面の笑みを湛えていた。
「参ったぁっ! 俺は参ったぁぁっっ! 見渡す限りの女共、これぞハーレムだぁぁぁっ!」
その言葉通り、高槻の周りには数え切れぬ程多くの女性達が集まっている。
天沢郁美、鹿沼葉子、久寿川ささら、小牧郁乃、湯浅皐月、そしてその他にも無数の女性達。
夢の世界の中で、高槻は女という女を全て手中に収めた絶対者として君臨していた。

くるりと背中を向けると、特に指示を出さずとも女性が優しくサンオイルを塗ってくれる。
その撫でるような手つき、柔らかい女性特有の感触が、高槻に快感を齎す。
「お前なかなか上手いな。褒美として俺様が直々にキスをしてやろう」
高槻はそう言って、女性の方へと首を向けた。
「……って何だ、湯浅じゃねえか」
女性――湯浅皐月は、顔を真っ赤にして接吻の時を待ち侘びている。
高槻は皐月の後頭部に手を回し、顔を引き寄せて――

492:2007/06/02(土) 21:23:25 ID:w8N0LcPY0

「ガッ!?」
そこで強烈な衝撃が頭部を襲い、高槻は目覚めた。
激痛を堪えながらも顔を上げると、皐月が斜め下目線でこちらを見下ろしていた。
その手には先の凶行に用いた道具であろう、涙目のポテトが握り締めらている。
「痛ってえなあ! てめえいきなり何しやがんだ!」
「ぴこっ! ぴこぉぉっ!」
怒りに震える高槻はポテトと調子を合わせ、猛烈な批難を浴びせる。
しかし皐月はポテトを地面に降ろした後、腰に手を当て事も無げに言い放った。
「あに、逆ギレ? あんたがなかなか起きないから悪いのよ。放送前の時間になったら絶対起こせって言ったのはあ・ん・た、じゃん!」
「む……」
頭の中を検索してみる。
すると確かに、昨晩鎌石局内部を捜索していた最中、そんな事を頼んだ記憶があった。

仕方が無いので怒りの矛を収め、ゆっくりと身体を起こす。
「もうそんな時間か……そんじゃそろそろ起きるとしますかね。あ――そうだ、湯浅」
「何?」
「あれから何か使えそうな武器は見付かったか?」
高槻とて裏の世界で生きてきた人間、寝起きの呆けた頭でも生き延びる上で重要な事柄だけは決して忘れない。
火力が圧倒的に不足している自分達にとって、新たな武器の入手は死活問題だった。
だからこそ高槻は期待の色が混じった声で問い掛けたのだが、皐月は申し訳無さそうに首を横へ振る。

493:2007/06/02(土) 21:24:39 ID:w8N0LcPY0
「残念だけど……これくらいしか無かったわ」
皐月がそう言って取り出したのは、五つの予備弾倉――コルト・ガバメント用の物――であった。
高槻はそれを受け取ると、ぐっと親指を立てて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、ナイスだぜ。これなら弾の詰め替えもすぐだし、岸田や醍醐の野郎にだって一泡吹かせれるかも知れねえ」
その言葉通り、此処で予備弾層を発見した事は相当な僥倖である。
弾層に纏めて銃弾が詰められているのだから、弾切れの時も一瞬で補充出来るし、何より残弾数に余り気を遣う必要が無くなったのが大きい。
醍醐のような俊敏に動き回る敵を捉えるには、もっと手数を増やすのが殆ど必須条件であったのだ。
出来れば防弾チョッキを貫通出来、尚且つ高速連射が可能なアサルトライフルが欲しかったが、それは高望みというものだろう。
(身体の調子は……)
軽く左肩を動かしてみると痛みはしたが、昨晩程ではない。
大丈夫、この体調、この装備なら十分に戦える。

「おし、居間に集まって放送を待つとすっか」
高槻は意気揚々と居間に乗り込み――目前で繰り広げられている光景に、少なからず驚愕を覚えた。
「お前どうして……」

小牧郁乃が――あの車椅子の少女が、二本の足で直立していたのだ。

「私だってやれば出来るんだから……」
郁乃は額に付着した汗を拭ってから、こちらに向けてゆっくりと歩き始めた。
その足取りは余りにも不安定であり、次の瞬間には転んでしまいそうな程だ。

「おい、あんま無茶すんじゃ……」
「――来ないで!」
手を貸すべく歩み寄ろうとした高槻だったが、直ぐ様強い拒絶の声を掛けられる。
「私だって頑張れば歩けるんだから……戦えるんだからっ……!」
郁乃は鬼気迫る形相で、弱々しくも着実に足を進めていく。
そのまま高槻の眼前まで進んだ後、郁乃は誇らしげに言い放った。
「――これでもう、大人しく隠れてろなんて言わせないわよ」
「…………!」

494:2007/06/02(土) 21:26:47 ID:w8N0LcPY0
それで高槻は、ようやく郁乃の意図を察知する事が出来た。
とどのつまり、郁乃は守られてばかりいるのが悔しくてこんな事をしたのだ。
はっきり言ってまだまだ戦力になるレベルでは無い。
歩くので精一杯なのだから、過酷な戦闘には耐え切れる筈が無い。
こんな状態の郁乃が最前線に立ってしまえば、数秒と経たぬ内に殺されてしまうだろう。
しかしその努力は間違いなく本物だから、その健気な精神は尊重すべきものだから――
「わあったよ、次からはお前も戦闘要員だ。でもヘマはすんじゃねえぞ?」
高槻はぶっきらぼうに、そう言ったのだった。


そして十分後――第四回放送。
その内容は高槻達の意識を凍り付かせるに十分なものだった。
「何なんだ……一体何が起きたってんだ!?」
理不尽な報せを受けた高槻が声を荒げる。
知り合いが何人死んだだとか、そういう次元の話では無い。
人間が――この島に居る人間の殆どが、一気に死んでしまったのだ。
特に自分達と行動を共にした人間は、一人の例外も無く死に絶えてしまった。

雪崩の如く押し寄せる絶望が高槻の戦意を叩き折り、吹き荒れる悲しみの暴風が郁乃と皐月の顔から生気を奪い去る。
わざわざ口にするまでも無く、全員が分かっていた。
――終わった、と。
残った僅かな人間だけで、超巨大財閥を牛耳る怪物と対峙するなど、ただの自殺行為だ。
そして何より、親しい人間の悉くを殺し尽くされてしまったという事実が脳髄深くまで染み込み、何もせずとも神経が削り取られていった。





495:2007/06/02(土) 21:27:26 ID:w8N0LcPY0
静まり返った部屋、陽の光が届かぬ薄暗い場所で、高槻達は力無く座り込んでいる。
誰もが絶望し、涙を流す余力さえ奪い去られてしまい、放送から一時間以上経ってもまるで動けずにいた。
そんな時に突然、部屋の端に置いてある電話がけたたましく鳴り響いた。
その騒音により、朦朧としていた頭、曖昧だった思考が、半ば強制的に目覚めさせられる。
普段なら掛かってきた電話に対し疑念の一つでも抱いただろうが、生憎今はそのような判断力など持ち合わせていない。
高槻は重い頭、重い手足に力を込めて、どうにか受話器を手に取った。

「うっせえな……俺様は今気分がわりいんだ。誰だか知らねえが静かにしやがれ」
高槻は不快感を隠そうともせずに、毒々しく吐き捨てた。
すると受話器の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『高槻さん! 高槻さんですね!?』
「なっ――――その声……久寿川…………か……?」
『はいっ! 久寿川ささらです!』
「どうして……?」
訳が分からなかった――何故死んだ筈の久寿川ささらが、電話を掛けてこれるのだ?
受話器越しに高槻の疑問を感じ取ったささらが、事情を簡潔に説明する。
『実は……』
ささらは、自分達がハッキングや首輪の解除に成功した事。
そして盗聴されてしまうので、まずはロワちゃんねるを見て首輪を解除して欲しいとだけ伝え、電話を切った。
余りにも唐突な話だったが、高槻からすればささらの言葉を疑う理由など何も無い。
死んだ筈のささらが生きているという事実が、首輪の解除が嘘偽りで無い事をはっきりと証明していた。

高槻はすぐさま郁乃と皐月に指示を出し、ノートパソコンと工具――そして携帯電話を探すべく動き始める。
すぐ近くの民家で必要な道具は全て揃った為に、首輪の解除は滞りなく終了した。
起爆用のコードが外装の内側に張り巡らしてあったが、それさえ切らなければ何も問題は無かったのだ。
高槻は冷たい感触から解放された首を摩りながら、携帯電話を手に取った。

496:2007/06/02(土) 21:28:06 ID:w8N0LcPY0
「……高槻だ。言われた通り首輪を外したぞ」
『――有難うございます。まずはロワちゃんねるに載っている地下要塞詳細図を見て貰えますか?』
「おう、分かった」
高槻はまだ未確認だった地下要塞詳細図のファイルをおもむろに開いた。
するとそこには、高槻達の持っている要塞見取り図とはまるで異なる内容が記載されていた。
見取り図には、二本のトンネルにより地下要塞が構成されていると書いてあったが、それはフェイク。

詳細図によると、地中深くにある要塞は島の大半を占める程巨大であり、トンネルは地上近くの移動用通路に過ぎない。
要塞への出入り口は、鎌石村、平瀬村、氷川村の付近に複数ずつ設置されている。
そして『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点にあるようだ。


『それでは――説明しますね』
盗聴の脅威が無くなった為、ささらは全てを包み隠さずに話し始める。
まずはこれからの事――即ち、主催者打倒の作戦について。
既に平瀬村方面には十分な戦力が集まりつつある為、高槻達はこのまま別行動を取って欲しいという事。
行動を起こすのは数時間後で、数箇所から同時に地下要塞へ侵入したいという事。
そして高槻達には鎌石村から近い位置にある『ラストリゾート』の発生装置を破壊して欲しいという事だった。

続いてその他の情報。
ささら達は現在平瀬村工場で休憩を取っており、仲間の大半が睡眠中である事。
首輪を外した人間は全て死亡者として扱われている為、先の放送は信憑性が薄いという事。
柳川祐也の一団と、ゲームに乗ったリサ=ヴィクセン一味が行った決戦の顛末。
そして――岸田洋一と相打ちを遂げたという、河野貴明の最期などについて話した。

497:2007/06/02(土) 21:29:09 ID:w8N0LcPY0
「貴明は……最期に岸田の野郎をブッ倒したんだな……」
話を聞き終えた高槻は、いの一番にそう呟いた。
自分は岸田洋一を自らの手で倒したいと考えていたが、今となってはどうでも良いように思えた。
そんな些事よりも、貴明やほしのゆめみが死んでしまった事の方が遥かに衝撃的だったのだ。
『はい……先輩も貴明さんも……私の所為で……』
「…………」
受話器越しに聞こえてくる翳りの混じった声を受け、高槻は返答に窮した。
二人同時に親友を失ったささらの喪失感がどれ程のものなのか、想像も付かない。
下手な励ましの言葉など逆効果だという事が分かってしまい、何も言えなかった。

高槻が黙り込んでいると、ささらが弱々しい――けれど確かに、強い意志の籠もった言葉を投げ掛けてきた。
『あの……余りお気になさらないで下さい。私はもう大丈夫ですから……涙なら一杯流しましたから……先輩達の分まで一生懸命生きるって決めましたから……』
「そうか……」
半分は強がりだろう。
親友を失った悲しみはそう簡単に癒えるものでは――否、どれだけ時間が経とうとも、決して癒し切れるものではない。
しかしこれ以上この話題に執着しても、ささらを苦しませるだけだ。
だから高槻は頭を切り替えて、言った。
「――良いか久寿川。俺様は絶対死なねえし、仲間も死なせねえ。
 だから俺様達が『ラストリゾート』をぶっ壊してそっちに行くまで――おめえも、死ぬんじゃじゃねえぞ」
『はい。高槻さん達こそ、どうかご無事で……』
お互いの無事を祈りながら、二人は通話を終了させた。

高槻は皐月と郁乃に視線を向けて、凛々しい声で告げる。
「話は聞いてたな? これからの俺様達が何をすべきかは決まった。まずは久寿川達と同時に要塞へ突入し、『ラストリゾート』を破壊する。
 その後要塞の奥へ進んで、『高天原』で踏ん反り返ってる主催者の野郎をブッ潰すんだ」
それで、間違いない筈だった。
主催者打倒への道程は、これ以上無いくらい明確な形で示されたのだ。

498:2007/06/02(土) 21:29:56 ID:w8N0LcPY0
しかし郁乃が多分に不安の色を含んだ顔で、ぼそりと呟いた。
「首輪を外した人は死亡者扱いにされたって話だったけど…じゃあ七海や折原……それにお姉ちゃんは無事なのかな……?」
「…………大丈夫だって。あいつらはそう簡単にくたばるタマじゃねえし、きっと何処かで首輪を外したんだよ」
高槻は励ますようにそう言うと、くるりと背を向けた。

――嘘だった。
本当は、分かっている。
特殊な技術を持たぬ者が首輪を外すには、ロワちゃんねるに載っている首輪解除手順図を用いるしかないだろう。
そしてロワちゃんねるには、ささら達の電話番号が書いてあった。
首輪を解除した者達は、ゲームを破壊する為に――もしくは寝首を掻く為に、ささら達へ電話を掛けてみる筈だ。
ささらへ連絡する事無く第四回放送で読み上げられた者達がどうなったのか、結論は一つしか有り得ない。
折原浩平も、立田七海も、小牧愛佳も、死んだのだ。
だがその事を郁乃達に伝えた所で、何のメリットも無い。
決戦の時は近いのだから、無意味に気勢を削ぐ様な愚行は避けなければならない。
全てを教えるのは、主催者を倒した後で良い。
そう、悲しみと憎しみを抱え込むのは、自分一人で良い。

(折原……立田……貴明……ゆめみ……俺様がてめえらの無念を晴らしてやるからな……!)
周りに悟られぬよう流した一粒の涙が、ポタリと高槻の足元に零れ落ちた。

499:2007/06/02(土) 21:31:19 ID:w8N0LcPY0
【時間:三日目・07:30】
【場所:C-4民家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×5、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:悲しみと怒り、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートをブッ壊す。醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×4(食料は一人分)】
 【状態:中度の疲労、疑問、首輪解除済み】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる】

500:2007/06/02(土) 21:32:06 ID:w8N0LcPY0
【時間:3日目7:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態:睡眠中、左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・多少回復)・内臓にダメージ小、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:睡眠中、留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:睡眠中、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:睡眠中、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復・右腕は動かすと激痛を伴う)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:睡眠中、右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:睡眠中、右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏の横で睡眠中】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:見張り中、右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

501:2007/06/02(土) 21:32:52 ID:w8N0LcPY0
【備考】
・平瀬村工場屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・ささらが持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。作中で言及されている内容以外は後続任せ。載せてある番号は久寿川ささらが持っている携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になりました
・地下要塞は島の地下の大半を占める程度の大きさです
・要塞への入り口は氷川村、鎌石村、平瀬村付近に数箇所ずつあります
・『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点(全て地下要塞内)にあります

→859
→868

502雫・修正:2007/06/02(土) 21:36:16 ID:w8N0LcPY0
>>493を以下のように修正お願いします>まとめさん

「残念だけど……これくらいしか無かったわ」
皐月がそう言って取り出したのは、五つの予備弾倉――コルト・ガバメント用の物――であった。
高槻はそれを受け取ると、ぐっと親指を立てて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、ナイスだぜ。これなら弾の詰め替えもすぐだし、岸田や醍醐の野郎にだって一泡吹かせれるかも知れねえ」
その言葉通り、此処で予備弾層を発見した事は相当な僥倖である。
弾層に纏めて銃弾が詰められているのだから、弾切れの時も一瞬で補充出来るし、何より残弾数に余り気を遣う必要が無くなったのが大きい。
醍醐のような俊敏に動き回る敵を捉えるには、もっと手数を増やすのが殆ど必須条件であったのだ。
出来れば防弾チョッキを貫通出来、尚且つ高速連射が可能なアサルトライフルが欲しかったが、それは高望みというものだろう。
(身体の調子は……)
軽く左肩を動かしてみると痛みはしたが、昨晩程ではない。
大丈夫、この体調、この装備なら十分に戦える。

「おし、居間に集まって放送を待つとすっか」
高槻は意気揚々と居間に乗り込み――目前で繰り広げられている光景に、少なからず驚愕を覚えた。
「お前どうして……」

小牧郁乃が――あの車椅子の少女が、二本の足で直立していたのだ。

「あたしだってやれば出来るんだから……」
郁乃は額に付着した汗を拭ってから、こちらに向けてゆっくりと歩き始めた。
その足取りは余りにも不安定であり、次の瞬間には転んでしまいそうな程だ。

「おい、あんま無茶すんじゃ……」
「――来ないで!」
手を貸すべく歩み寄ろうとした高槻だったが、直ぐ様強い拒絶の声を掛けられる。
「あたしだって頑張れば歩けるんだから……戦えるんだからっ……!」
郁乃は鬼気迫る形相で、弱々しくも着実に足を進めていく。
そのまま高槻の眼前まで進んだ後、郁乃は誇らしげに言い放った。
「――これでもう、大人しく隠れてろなんて言わせないわよ」
「…………!」

503insane girl:2007/06/02(土) 23:56:47 ID:.ySMfEv60
水瀬秋子は気絶したままの娘、水瀬名雪を抱きかかえたまま血にまみれ、死臭に満ちた部屋を見渡していた。目と鼻の先に春原陽平の遺体が、そしてそのすぐ後方に上月澪の遺体が転がっている。
酷い事をしてしまった――そんな言葉では済まされない。尊い人命が、守ると誓ったはずの、未来ある生命が一度に二つも奪われてしまった。それも、他ならぬ秋子自身の娘に。
これを行ったのが秋子なら、まだ自分に言い訳のしようがある。娘を守るため、生き残らせるため――だが、前述の通り二人を殺したのは名雪だ。明確な意思を持った殺意の元に二人は殺されたのだ。
秋子は心中で葛藤する。狂ってしまった娘を前に、どのようにすればいいのだろうかと。
秋子がこれまで保ってきたスタンスは『娘に害を為す者を排除し、それ以外は保護する』というものだ。このスタンスを保つためには名雪が『他者に害のない存在』であることが前提条件として必須だった。
しかし今はどうだ。その名雪が一転して『他者に害を与える存在』、つまり敵となってしまった。
勿論秋子の選択肢には名雪を殺すといったものはない。あくまでも我が子の、名雪の命が最優先だった。
なら名雪と共にゲームに乗るか? その考えは色濃く秋子の中に渦巻いていたが頭を縦に振りきれない理由が目の前にあった。
澪の遺体だ。物言わぬ彼女の残骸が秋子にこれ以上過ちをさせるなと言っているように思える。
彼女の笑顔を思い出すだけで、春原達と共に一緒に行くと伝えた時の顔を思い出すだけで、秋子の内にあるドス黒い意思はなりを潜める。たとえそれを押しとどめてこのゲームに乗ってしまったとしても、まだ生きている者の希望を持った顔を見るたびにそれを思い出してしまうだろう。
結局の所、水瀬秋子は修羅にはなりきれなかった。今までに積み重ねてきたものが大きくなり過ぎていたのだ。
最後に出した答えは、二人で人目のつかぬ所へ隠れて名雪の精神が落ち着くまで待とう、というものだった。消極的な案ではあるがこれ以外に方法を思いつかなかったというのが現実だ。
ジェリコ941は名雪の手に余る代物なので没収することにした。こんな物を持っていてはおかしくなってしまう。
ついでに春原や澪の遺品も纏めておくことにする。本人たちには申し訳ないと思うが武器は持っていかせてもらう。
名雪の体をゆっくりと壊れ物を扱うようにフローリングの床に寝かせて、春原や澪のデイパックから荷物を回収していく。まずスタンガン。これは持っていくかどうか迷ったが、万が一また名雪が誰かを襲った時の為に気絶させるための道具として持っていくことにした。
フライパンは持っていても使う機会はないだろうからここに遺しておくことにする。続いてスケッチブックが秋子の目にとまった。名雪が斬りつけた時に落としてしまったのであろうそれは、表紙の所々に澪自身の血液によって赤黒い染みを作っている。
秋子はそのスケッチブックを拾い上げてページを広げる。中身の至るところに澪の残した言葉が満面の星空のようにちりばめられていた。

504insane girl:2007/06/02(土) 23:57:12 ID:.ySMfEv60
「…ごめんなさいね」
ただ一言、しかし深い慈しみと悲しみを込めた言葉を呟く。秋子はスケッチブックを閉じ、静かにそれを胸に抱いた。まるで、懺悔をするように。
そうして少しの時間を過ごした後、また作業を再開しようと思った時、秋子は不意に自分の後ろに誰かが立っている気配を感じた。のそりとした、まるで幽鬼のようなゆらゆらとした気配だった。
「お母さん」
一瞬、誰の気配かとも思ったがその声で相手が誰なのかという事をすぐに理解する。振り返ると、そこには名雪がしっかりとした足取りで立っていた。どうやらスタンガンによる後遺症のようなものはないようだ。
ただ一つ思ったのは、いつの間にか名雪は手に包丁を持っていたことだった。包丁自体は秋子が持っていたものであるし、恐らくそれは起き上がってから持ち出したものであることは理解できる。
けれども、どうして今それを手に持っているのだろう?
まだ意識が興奮しているというのだろうか? あるいは、外部から身を守るために本能的に武器を持ったということなのだろうか?
どういうことか答えを図りかねていると、名雪は秋子の顔を見て、こう言った。
「嘘」
何を言ったのか、秋子には理解できなかった。けれども、その次に名雪がとった行動は情報としてすぐに脳に送られてきた。
名雪が包丁を振り上げて、秋子の胸を刺し貫いたのだ!
言葉も何も出せないまま、血の流れてくる胸から焼けるような痛みが鉄砲水のように押し寄せてきた。呆然とするあまり悲鳴も出せなかった。
何故? どうして? あれほど深い絆で結ばれていたはずの、自分だけは何があっても信頼してくれていたはずの名雪が、どうしてこんな事をしているのか、痛みによる混乱が原因ではなく、心の底から本当に分からなかった。
「な、なゆ、なゆ…?」
だから答えを求めて口を開こうとした。すると名雪は胸から包丁を引き抜くと今度は腹部を、それも何ヶ所もメッタ刺しにした。
先程とは比べ物にならない、体中に焼けた鉄の棒を押し当てられたような感覚に、今度こそ秋子は悲鳴を上げた。
「あああああああああァァァァーーーーッ!」
上体のバランスが保てなくなり頭から床に倒れこむ羽目になった。後頭部が勢いよく床にぶつかり、頭の後ろでチリッと火花がはねたような感触がする。
それと共に、秋子の視界から名雪が消える。途端に不安になった秋子の手が虚空を右往左往する。早く、早く名雪を見つけて何故このような事をしたのか問いたださなくては――秋子の頭には、そんな思考しか残っていなかった。

505insane girl:2007/06/02(土) 23:57:35 ID:.ySMfEv60
「嘘、嘘、嘘」
単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたようなまったく声質が同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。それと同時に現れた手には、床と、つまり秋子の体と垂直になるようにして包丁の刃が向いていた。
「こんなお母さんなんて嘘」
そう言ったかと思うと秋子に言葉を返させる暇も無く血のついた包丁が秋子の肩に振り下ろされた。痛みを感じる間もなく刃が引き抜かれ、今度は脇腹に、次は腕に、太腿に、手に、次々と包丁が振り下ろされてゆく。
「わたしの言うことを聞いてくれないお母さんなんてニセモノ」
血があらゆる方向へ飛び散り全身の感覚が瞬く間に消え失せてゆく。始めに聞こえていた悲鳴は、徐々にひぃ、ひぃというか細いものへと移り変わっていた。
「こんなお母さんなんてわたしのお母さんじゃない」
全身を何十ヶ所と刺されながらも、かろうじて秋子は息をしていた。いや、まるで死なせないように、嬲るためだけにこうしているのだとさえ感じさせる。
「だから、この人はニセモノ」
名雪の目が秋子の顔を捉えた。目と目があった瞬間、にたぁ、と薄気味悪く笑う名雪の顔が秋子の瞳に映った。
「ひ…!」
今度は悲鳴すら出せなかった。出す間もなく名雪の包丁が秋子の頬肉を削ぎ落とし、口を裂き、目を抉る。その時にはもはや秋子の声は人間のものではなく、醜い化け物のものへと成り下がっていた。
目を抉られ視力を失いながらも未だ痛みは消えない。そして聞こえてくる名雪の声も止まない。
「お母さんのニセモノなんか死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ」
暗闇の中で聞こえてくる呪詛の声は、もはや秋子に恐怖しかもたらさなかった。助けを求めて、秋子は命乞いの言葉を発しようとするが、それはもう声にすらならなかった。
「さよなら、ニセモノ」
ゾッとするほど怜悧な声が秋子の耳に届いたのを最後に、彼女の意識はぷっつりと途絶えた。

     *     *     *

水瀬名雪は、かつて彼女の母親だったもの、水瀬秋子の体が動かなくなるのを確認した後、秋子が整理していた荷物を改めて確認する。
見たところ有効そうな武器は拳銃のジェリコ941しか見当たらない。弾薬はどうなっているのだろうとあちこちいじくり回してみるがさっぱり分からない。
何か説明書のようなものはないかと秋子のデイパックをさらに探ると、奥のほうにくしゃくしゃになったジェリコの説明書があった。早速開いて扱い方を確認する。

506insane girl:2007/06/02(土) 23:58:07 ID:.ySMfEv60
今や相沢祐一以外の人間を全て殺すという思考以外残っていない名雪にはいかにして素早く、正確に人を殺すかということのみが重要になっていた。それは即ち、殺戮以外には意識を向けない、言わば戦闘マシーンへの変貌を意味していた。
一通り見渡した後、改めてジェリコを弄る。説明書通りに操作すると、果たしてジェリコの弾倉があっけなく出て名雪の手へと落ちた。マガジンの中身を確認するとそこには弾薬がフルロードされている。
デイパックの中にはまだ三つほどマガジンがあるので当面の心配はないと名雪は思った。
自分一人でも手軽に持ち運べる程度の荷物に整理しなおして名雪は民家を後にする。民家から出た瞬間、眩しいほどの太陽が名雪を照らし出したがその目は黒く濁ったまま、さながらその部分だけ夜の様相を呈していた。
拳銃と包丁を手に持って名雪は進む。ただ一人、相沢祐一を守って二人の世界を守るために。

【時間:2日目7時30分】
【場所:F−02】


水瀬秋子
【所持品:木彫りのヒトデ、支給品一式】
【状態・状況:死亡】

水瀬名雪
【持ち物:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、予備弾倉×3、包丁、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア、殺虫剤、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、マーダー、祐一以外の全てを抹殺】

【その他:スペツナズナイフは刃が抜け、床に放置されています】

→B-10

507insane girl・修正:2007/06/03(日) 00:04:30 ID:NThT1WyA0
>>505

>単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたようなまったく声質が同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。



>単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたような、まったく同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。

に変更お願いします

508最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 21:59:55 ID:2xcWSEzE0
ガソリンの臭いが立ち込める平瀬村工場屋根裏部屋の中で、少女は床に座り込んでいた。
その瞳の奥には、深い悲しみを経験した者だけが持ち得る儚い色の光が見え隠れしている。
長く艶やだった自慢の髪も、三日間の殺し合いを経て何処かくすんでしまっている。
少女――藤林杏は、膝の上に乗せた謎の生物の頭を軽く撫で回していた。
謎の生物は気持ち良さそうに目を細め、「ぷひっぷひっ♪」と軽快な奇声を上げている。

その様子に気付いた姫百合珊瑚が、杏の横に並びかける。
珊瑚は犬でも狸でも無い、背中に縦縞模様がある謎の動物をまじまじと見つめた。
「ねえ杏、この可愛い子は何ていう種類の動物なん?」
ボタンの容姿を褒められた杏は、あからさまに上機嫌となり笑顔で答える。
「か〜いぃでしょ〜。この子はボタンっていう名前でね、イノシシの子供で、あたしのペットなのよ」
「へぇ〜……」
常識人ならばイノシシの子供をペットとしている事に少なからず疑問を抱く筈だが、生憎珊瑚はそのような性格をしていない。
珊瑚は素直に感心し、興味津々な顔付きでボタンの身体を触っていた。
「ぷひぷひ♪」
二人から弄られる形となったボタンは、満足げにテンポ良く鳴いている。

「……う、う〜ん、ボタン鍋がどうかしたって?」
そこで、それまで眠っていた春原陽平が、のそりと起き上がった。
寝起きである所為か、その動きは酷く緩慢だ。
「見てみて陽平〜、この子メッチャ可愛いねん」
「ん?」
珊瑚に促されるままにボタンを視界に入れ、何気無い一言。
「コイツ美味しそうだよね、はははっ」
直後、陽平は部屋の温度が数度下がったかのような錯覚に襲われた。
喉元に刃物を突きつけられているような、心臓を氷の手で鷲掴みにされているような、そんな感覚。

509最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:01:05 ID:2xcWSEzE0
「…………?」
恐る恐る、冷気を放つ元凶の元へと目を移す。
するとそこには、天高く英和辞典を振り上げている杏の姿があった。
その形相は正しく鬼神のソレであり、その腕から放たれる凶弾は秒を待たずして陽平の顔面を捉えるだろう。
「……何か言った?」
「ひぃぃぃぃ、冗談ですっ!」
男としての尊厳など一瞬でかなぐり捨てて、歯を食い縛りながら謝罪する。
杏は「もう、仕方無いわね」と言って辞書を降ろし、そんな二人の様子を見て珊瑚は笑っていた。

――まるで日常の1コマのように。

この島で大きな成長を遂げた陽平は、何も考えずに先のような行動を取った訳では無い。
銃弾や刃物の類での攻撃を既に何度も受けている陽平にとって、今更辞書など恐怖の対象では無い。
並大抵の事では動じぬ精神力を、もう手に入れている。
それでも最後は――少なくともこの島では最後になるであろう安らぎの一時を自分らしく楽しみたかったから、敢えて昔のように振舞ったのだ。
恐らくそれは杏も珊瑚も同じだろう。
もう全員が全員『日常』を失ってしまったけれど、せめて今だけは仮初の暖かさに包まれていたかった。

    *     *     *

それから暫く経った時、約三時間前に連絡を寄越した水瀬親子が、ようやく屋根裏部屋に到着した。
柳川祐也ら一行は水瀬親子を加え、総勢9名の大集団による最後の作戦会議を行おうとしていた。
柳川はその最中、確認するように少しだけ体を動かした。
昨晩は鉛のようにも感じた手足が、今は自分の命令を軽快に遂行してくれる。
「ふむ……」
それでも身体の状態は完調とは言い難いが、一つ一つの傷はそれほど重く無い為、痛みさえ無視すれば戦闘に大きな支障は無いだろう。
自分に流れている忌まわしき鬼の血が、こういった火急の事態に限ってはとても頼もしく思えた。

510最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:02:16 ID:2xcWSEzE0
最後の戦い――篁との決戦を制せば、全ては終わる。
恐らくはあのリサ=ヴィクセンをも上回る強敵に違いないが、それでも負ける訳にはいかない。
自分は殺し合いに乗った人間を、殺して、殺して、殺し尽くした。
己の理想を貫く為に、罪の無い人間を守り抜く為に、躊躇無く命を奪ってきた。
だが理想の貫徹も、仲間を守る事も、最後に篁を打倒しなければ成し遂げられない。
自分が敗れ去ってしまえば、奪ってきた命も、己の信念も、全ては水泡と帰すのだ。
だからこそ倉田佐祐理を生きて帰らせる為に、死んでいった者の無念を晴らす為に、何としてでも篁の喉元に牙を突き立てる。
それがたとえ、自分の命と引き換えになったとしても。



そして、作戦会議が始まった。
会議と言っても方針は既にほぼ固まっている。
ただ水瀬親子には作戦の内容をまだ伝えていない為、他の者への確認も兼ねて説明し直すだけだ。
一同は円状の形を成しながら、床に座り込んだ。
そんな中、向坂環が地下要塞詳細図をバッと広げて、簡潔に作戦概要を述べてゆく。
「作戦を説明します。私達は全員纏まって動いたりはせずに、何グループかに分かれて行動します。
 地下要塞の重要拠点を一つずつ潰していくのは、篁が外から援軍を呼んでしまう可能性もあると考えれば得策ではありませんから。
 勝負はなるべく迅速に決めなければいけません」

――戦力の分散は本来避けるべきなのだが、今回は別だった。
自分達が篁を打倒し得る唯一の方法は、敵の慢心に付け込む事だけだ。
珊瑚が調べた限り敵人員のデータはホストコンピュータに無かったのだから、篁はこの島に大した戦力を連れてきていないと予想される。
大人数の部隊がこの島に潜伏しているのならば、管理の為に必ずコンピュータへデータを入れておく筈。
それを行っていないという事は、コンピュータで管理する必要が無い程度の人数しか連れていないという事。
しかし防御の要であるラストリゾートシステムを破壊されてしまえば、慢心が過ぎる篁といえど大急ぎで援軍を要請するだろう。
そして篁財閥と正面から潰し合いなど行ってしまえば、それこそ軍隊級の戦力が無い限りは皆殺しにされるだけだ。
だからこそ出来るだけ早く勝負を決める必要があり、その為には数箇所を同時に襲撃しなければならないのだ。

511最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:03:38 ID:2xcWSEzE0
「私、ささら、柳川さん、佐祐理は『高天原』を目指して、進める所まで進む。この際余り無理はしないようにして下さい。
 あくまで勝負は『ラストリゾート』を破壊してからなのですから、後から来る味方がスムーズに進めるように倒せる敵だけ倒しておけば十分です。
 春原君と藤林さんは『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊して欲しい所ですが、万が一敵の防御が厚いようなら引き返してください」

そこまで環の話を聞いて、秋子が一つ疑問を口にする。
「……どうして今更『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊する必要があるのですか? 
 私達はもう首輪をしていませんし、無駄な場所に戦力を投入するのはどうかと思いますが」
「第四回放送で名前が呼ばれなかった内の六人とは、未だ連絡が取れていません。それだけの人間が、まだ首輪に縛られたままなんです。
 遠隔操作装置システムの乗っ取りがいつまで保つか分かりませんし、状況が許せば破壊しておきたい」
それは確実に余分な行動であり、心の贅肉に他ならない。
それでも、あくまで極力多くの人間を救えるように動く――それが環達に共通した行動方針だった。

秋子が頷くのを確認してから、環は続ける。
「『ラストリゾート』は鎌石村に居る高槻さん達に破壊して貰います。
 珊瑚ちゃんは敵施設の機能をもっと奪う為にハッキングするので、此処に残ります。
 以上が私達の作戦です。秋子さん達は自分がどの役目に参加したいか、皆が出発するまでに選んで下さい」
そこまで言い終えると、環はバッと立ち上がった。
総勢九名の視線が、例外無く環一人に集中する。

「これまで多くの――本当に多くの人達が殺されてしまいました。この島で流された涙の数と血の数は、とても数え切れません。
 私が一緒に行動していた仲間達も、昔からの知人も、殆どが殺されてしまいました」
しん、と静寂に包まれた部屋の中、環は言葉を紡いでゆく。
「生き残った人達は、私も、そして恐らくは皆さんも、深い悲しみを背負っている事でしょう。
 これまで私達は篁の思うがままに弄ばれ、どう足掻いてもこの殺し合いを食い止められませんでした。
 死んでしまった人間は何をやっても生き返らない――失ったモノは、二度と取り戻せない」

512最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:04:39 ID:2xcWSEzE0
そこで一旦言葉を切り、M4カービンの銃口を天へと向けて、告げる。
「それでも、私達はまだ生きています。そして篁に一矢報いれる要素も整いました。
 ですから皆さん、武器を手に取って戦いましょう。全てを嘲笑う傲慢な篁に立ち向かいましょう。
 篁に怒りの鉄槌を叩き込んで、この悲しみに満ちた殺し合いに終止符を打ちましょう!!」
部屋の隅々まで響き渡る、凛と透き通った声。
何秒か遅れて、環の言葉に応えるようにあちこちから咆哮が上がる。
これを契機として彼女達は高槻達に連絡を取り、最後の決戦に赴くべく荷物の整理を開始した。


そんな中で秋子は一人冷静に、今後の方針について思案を巡らせていた。
はっきり言って、今自分と名雪が置かれている立ち位置は非常に恵まれている。
かつて平瀬村で陽平を襲ってしまったのは失策と言う他無かったが、それは名雪が襲われていると勘違いしたという理由で納得して貰えた。
自分が過剰なまでに貫いてきた対主催・対マーダーの姿勢は既に何人かが知っていたので、信用も容易に得られた。
この状況からなら選択肢は、幾らでもある。
珊瑚の護衛という名目で工場に残れば当面の安全は確保出来るし、主催勢力と戦っている者達を後ろから撃つのも悪くない。
『ロワちゃんねる』を見て電話してきた者を工場に誘き寄せ、騙まし討ちするというのも有効だろう。
そう、幾らでも寝首を掻くチャンスはある。

    *     *     *

鎌石村にある比較的大きな、しかし少し古ぼけた民家の中。
高槻はデイパックを肩に掛け、張り詰めた声で言った。
「おし、行くぞおめえら」
……ささら達から電話が掛かってきたのは、10分前の話だ。
準備を終えた高槻達は、全てに決着をつけるべく死地へ赴こうとしていた。

513最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:05:37 ID:2xcWSEzE0
皐月が何時に無く不安げな表情で、ぼそりと呟いた。
「とうとう……この時が来たわね。あの篁総帥と戦う時が……」
「ああ、今から俺様達は国家規模の成金野郎と戦わなきゃいけねえんだ。……覚悟は出来てるか?」
ささらからの電話によると、敵の人数はそう多くないらしいが、裏を返せばそれだけの精鋭揃いであるという事。
特にあの醍醐は数十人の兵隊にも匹敵する程の脅威であり、毛程の油断すらも許される相手では無い。
三人が全員捨て身の覚悟で戦って、ようやく勝ち目が僅かにあるかどうか、というレベルなのだ。
その事は皐月も小牧郁乃も分かっているので、無言で頷きを返した。

「オーケイだ。まずは俺様が敵兵士を何人かブッ倒して、おめえらの分の銃を確保する。
 その後は決して迷うな、決して余計な事を考えるな、敵を見つけたら容赦無く鉛球をブチこんじまえ。
 この状況じゃ、博愛精神なんざクソの役にも立たねえからな」
「ったりまえじゃん。こう見えてもあたし、結構修羅場慣れしてるんだからね」
「あたしも大丈夫よ。皆にばかり汚い役目を押し付けられないから……ちゃんと撃つわ」
人を殺す事にまだ抵抗はあるだろうに、直ぐ様返ってくる肯定の言葉。
それが今の高槻にとっては、何よりの動力源だった。

    *     *     *

陽の光が燦々と降り注ぐ中、醍醐は順調且つ迅速に『想い』を回収していた。
コツさえ掴めば『想い』を効率良く集めるのは簡単、激しい戦闘があった場所を中心に回ってゆけば良いだけだった。
手元にある青い宝石は、最早眩い程の光に包まれている。
(これだけ集めれば総帥もお喜びになるだろう……。さて、次の『想い』を探しにゆくか)
醍醐が意気揚々と残る『想い』を集めに行こうとしたその時、事は起こった。

514最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:07:09 ID:2xcWSEzE0
『――醍醐、聞こえるか?』
「ハッ!」
無線越しに聞こえてきた主の声に、素早く返事を返す。
少し間を置いて、篁が言った。
『任務の調子はどうだ?』
「ご安心を。既に八十個以上の『想い』を集めました」
『フフフ、良くやった……それでこそ我が腹心だ。その忠誠心、その任務遂行能力、真に素晴らしい』
「身に余るお言葉、この上無い光栄です」
人を魅了する甘美な声で賛美され、醍醐は歓喜に打ち震える。
かつて狂犬と呼ばれた男の面影は最早何処にも無く、完全な忠犬と化していた。

『それだけあれば十分だ。直ちに帰還し、青い宝石を寄越すのだ。
 それと……何か望みはあるか? 褒美に一つ、願いを叶えてやるぞ』
言われて醍醐は少し考え込んだ。
宗一のクローンを作って貰い、復讐を果たすべく戦うという選択肢も有るが――下らない。
クローンとなり劣化した男を倒しても、何の意味も名誉もありはしない。
戦うならば未だ生き延びている、そして因縁がある人間に限る。

「それではどうか、高槻と戦う許可を下さいませ。あの男はこの手で括り殺さねば気が済みませぬ」
『良かろう。あの男は鎌石村で首輪を外したとの報告があった。恐らくは位置的に近いラストリゾート発生装置を破壊しに来るだろう。
 お前は帰還後直ちにラストリゾート発生装置防衛の任に就き、襲撃者共を抹殺するのだ』
「ハッ、ありがたき幸せ!」
通信が切れた事を確認すると、醍醐は大型のバイクに跨り、地下要塞入り口目指して驚異的な速度で移動を開始した。
いずれ訪れるであろう決戦の時に想いを馳せているのか、その口元には乾いた笑みが張り付いている。

――強い決意を以って悲しみの連鎖を終わらせようとする対主催勢力。
――圧倒的な力により、計画を成就させようとする邪悪な主催者達。
――集団に紛れ込み裏切りの機会を窺っている水瀬親子。
数々の悲劇を生み出してきた永き戦いも、遂に最終局面へ突入しようとしていた。

515最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:07:55 ID:2xcWSEzE0
【時間:三日目・10:00】
【場所:C-4民家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×5、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を大きく動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートをブッ壊す、主催者と醍醐を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×4(食料は一人分)】
 【状態:首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる、光一個】

516名無しさん:2007/06/04(月) 22:09:19 ID:2xcWSEzE0

【時間:3日目9:50】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復・右腕は動かすと痛みを伴う)】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(5/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

姫百合珊瑚
 【持ち物①:包丁、デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
 【状態:健康、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒、再びハッキングを試みる】

水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。今後の行動方針は未定】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み、マーダー】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す。今後の行動方針は未定】

517最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:12:03 ID:2xcWSEzE0
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。杏と生き延びる。】
藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏の横に】


【時間:三日目・09:30】
【場所:不明(地下要塞の何処か)】

【所持品:不明】

【時間:三日目・09:30】
【場所:不明(地上の何処か)】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光86個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失、大型バイクに乗っている】
 【目的:まずは要塞に帰還して、青い宝石を篁に渡す。その後はラストリゾート発生装置の防衛。高槻の抹殺】

【備考】
・平瀬村工場屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪爆弾遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪爆弾遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。載せてある番号は姫百合珊瑚が持っているカメラ付き携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になっています
・地下要塞は島の地下の大半を占める程度の大きさです
・要塞への入り口は氷川村、鎌石村、平瀬村付近に数箇所ずつあります
・『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点(全て地下要塞内)にあります

→859
→862
→870

518侵入:2007/06/05(火) 20:55:25 ID:0fA13Kd60
身体を打ちつける風が、妙に冷たく感じられる。
目的の地――鎌石村北西部に位置する地下要塞入り口へと近付くにつれて、民家は疎らに点在するだけとなり、不吉な気配が増してゆく。
高槻ら一行は鉄の意志を以って、死に侵された場所へ自ら飛び込もうとしていた。

やがて入り口に辿り着き、湯浅皐月は開け放たれた扉の先に見える闇を覗き込む。
まるで地獄への入り口のように広がる暗黒の中に、階段とスロープが並んでいるのがうっすらと見える。
太陽の光が一切届かぬ入り口の深部は、今の立ち位置からでは窺い知る事は出来ず、否応無しに不気味さを感じさせる。
「真っ暗ね……正に悪の根城って感じ……」
「ああ。成金野郎は無駄遣いが好きみてえだな」
「ぴこ、ぴこ〜……」
ポテトも本能的に危険を感じ取ったのか、不安げな鳴き声を上げていた。
皐月は早鐘を打ち鳴らす心臓を必死に鎮めながら、目前の闇に足を踏み入れる。
高槻は車椅子の背を押している為に両腕が塞がっているので、皐月が先頭に立ち前方を懐中電灯で照らした。
見ると階段とスロープは壁伝いに造られており、ぐるりと弧を描いていた。

懐中電灯から洩れる微かな光だけを頼りに、無機質な鉄で構成された道を降ってゆく。
規則正しい三つの足音と車椅子の車輪が鳴らす金属音が交じり合って、一つの協奏曲を奏でる。
「ねえ高槻、あたしも歩いた方が良いんじゃ……」
「何言ってんだ、今から歩いてたら肝心な時にバテちまうだろ。お前の切り札は、いざって時まで取っとけ」
郁乃が気遣うように言ったが、高槻はその申し出を即座に断った。
努力の甲斐あって郁乃は歩けるようになりはしたのだが、それは多大な体力を費やせばの話だ。
まだ敵と出会ってすらいない状況下で、無駄に戦力を消耗する愚は避けなければならなかった。

519侵入:2007/06/05(火) 20:56:12 ID:0fA13Kd60
そうやって、随分と長い間歩き続けた後。
やがて突き当たりに辿り着き、一行は揃って足を止める。
目の前には見るからに頑丈そうな鉄製の扉が、悠然と立ち塞がっている。
皐月はその扉を押し開けようとして――高槻に腕を掴まれた。
直ぐ様訝しげな視線を送ったが、高槻は唇の前に人差し指を立てている。
皐月はその意味を計りかねたが、少し時間が経った後異変に気付く。
「――――ッ!」
本来ならば聞き逃てしまうような微小な音を、緊張と警戒で極度に研ぎ澄まされた神経がどうにか拾い上げたのだ。

扉の向こうから微かながら足音が聞こえきていた。
この状況で扉の向こうに居る人間が何者か、考えるまでも無い。
主催者側の人間――恐らくは防衛の任に就いている兵士が、この先に居るのだろう。
音から察するに、その数は三。
敵がこちらに気付いた様子は無い為奇襲は十分可能だが、決して見逃せぬ大きな問題がある。
敵は恐らく全員が銃で武装しているだろうが、自分達は銃を一つしか持っていないのだ。
それでは少々不意を突いた所で敵を仕留め切れず、逆に反撃の掃射を浴びてしまう羽目になるだろう。
この状況を制するには、ただの不意打ちよりも効果的な奇策を用いねばならない。

どうしたものかと皐月が考え込んでいたその時、高槻が郁乃の膝からデイバックを一つ取り上げた。
扉の向こうに届かぬよう小さな声で、高槻がぼそぼそと耳打ちをしてくる。
皐月は即座に高槻の意図を理解し、にやりと不敵な笑みを浮かべる事で肯定の意を示した。



520侵入:2007/06/05(火) 20:57:20 ID:0fA13Kd60
兵士――此処では便宜上、船橋という仮名で呼ぶ事にしよう――は、地下要塞内の大きな通路で、周りに悟られぬくらいの小さな溜息を吐いた。
自分は篁財閥とは別系統に属する組織の、しがない一構成員だった。
高給につられて篁財閥の末端構成員となり、この要塞を守護する役目に就いたのだが、三日続いて何の異変も起こらない。
外で何が起きているかは一切教えて貰えぬし、退屈を紛らわせるような余興も準備されてはいない。
これでは気が緩んでも仕方無いというものであろう。
それは自分以外の者も同じであるようで、同僚の二人も良く注視すれば弛緩している事が窺い知れた。

このような安全且つ下らぬ仕事で、何故破格の給料が支払われるのかまるで分からない。
しかし自分程度の俗人では、一代で巨財を築き上げた怪物の考えなど理解出来る筈も無いし、しようとする意味も無いだろう。
ともかく自分は指定された日数を此処で過ごして、当分は働く必要が無くなる程の金を受け取るだけだ。
非常につまらぬ状況だが、今は我慢するしか無い。
船橋は支給されたS&W M1076を手の中で弄びながら、またもう一度溜息を吐こうとした。

そこで突然、すぐ傍の扉が開け放たれた。

「――――敵かっ!?」
船橋は心臓が跳ね上がりそうな感覚に襲われながらも、半ば反射的にS&W M1076を構えていた。
周囲の仲間達は未だ狼狽に支配されたままで、立ち往生している。
そういった点では、船橋は他の者に比べると幾分か優秀であったと言えるだろう。
扉から何かが飛び出してくるのに反応して、素早い動作でS&W M1076の引き金を絞る。
銃弾は正確に飛来物を捉え、破壊していた。
しかし飛来物の正体を見て取った船橋は、驚愕に大きく目を見開いた。
自分が撃ち抜いたのは、何の変哲も無いただの鞄だったのだ。
その事に気付いた瞬間、船橋は殆ど反射的に地面を転がっていた。

そして、数発の銃声。
「ぎゃあああアアァあっ!!」
「ぐがっ…………」
恐らくは余りにも唐突な事態の連続に、反応し切れなかったのだろう。
棒立ちのまま撃ち抜かれたであろう仲間の悲鳴が、真横から聞こえてくる。
しかし船橋はそちらに視線を送ろうともせずに、銃声がした方へとS&W M1076を放っていた。

521侵入:2007/06/05(火) 20:58:16 ID:0fA13Kd60
「――――ッ!」
襲撃者――酷い癖毛を携えた怪しい風体の男は、済んでの所で横に飛び退いていた。
船橋は間髪入れずに床を蹴り飛ばし、男との距離を縮めてゆく。
突然の奇襲には驚きもしたが、それさえ凌いでしまえばこちらのものだ。
敵が何者なのかは分からないが、外見から察するに軍人では無いだろう。
自分は一応この道で飯を食っているのだから、有象無象の相手如きに正面勝負で遅れなど取らない――!

「ちっ……!」
「逃がすか!!」
一発、二発と放った銃弾を敵は何とか回避しているものの、そう長くは続くまい。
もう少し間合いを詰めてしまえば、瞬く間に勝負は決するだろう。
そう考えた船橋が足により力を込めたその時、横から別の足音が聞こえてきた。
その音に反応するよりも前に、側頭部を強烈な衝撃が襲う。

「がはっ……」
船橋は堪らず呻き声を上げ、もんどり打って地面に倒れ込んだ。
碌に訓練されていない弛緩し切った兵士ならば、この時点で戦意を失っていたかもしれない。
(くそっ……新手か!?)
それでもやはり船橋は優秀で、混乱する思考の中で必死に反撃しようとする。
二つ目の足音の主……ヨーヨーを構えた構えた少女の方に首を向け、それと同時にS&W M1076を構える。
しかしそこで視界を、白い物体が覆い尽くした。
「――――ッ…………」
断末魔の悲鳴を上げる暇も無い。
船橋は謎の物体に視界を防がれたまま、男――高槻によって、正確に心臓を撃ち抜かれていた。
自分がどのような悪事に加担していたのか、どのような敵を相手していたのかすら理解する事無く、船橋の意識は闇に飲み込まれていった。



522侵入:2007/06/05(火) 20:59:37 ID:0fA13Kd60
高槻は戦利品をあらかた収拾し終えた後、心底苛立たし気に毒づいた。
「――クソッ! 篁の野郎、自分の部下まで使い捨てにする気か……」
「……どういう事?」
「この兵士達、防弾チョッキはおろか機関銃の類も一切持たされてねえ。持ってたのは拳銃が一つずつだけだ。
 どう考えてもこの程度の人数と装備じゃ、守り切れる筈が無い。最初から破られるのを承知の上で、こいつらは此処に配置されてたんだ」
郁乃の疑問に答えた後、高槻は手に入れた拳銃とその予備マガジンを、二人に向けて放り投げる。

皐月はそれを受け取りながら、地面に倒れ伏せる兵士へと目をやった。
床を赤く染め上げる血。苦悶に満ちた表情。
これらは全て自分達の手によって、生み出されたものなのだ。
自分達は間違いなく彼らの人生を、命を、全てを奪い尽くしたのだ。
やらなければ確実に殺されていたとは言え、罪悪感が沸き上がるのを禁じ得ない。

「ねえ高槻さん、どうしてあたし達は殺し合わなきゃいけないのかな……」
「ああん?」
「この兵隊の人達も自分の生活があっただろうし、人間の心だって持っていたと思うの。
 殺し合いに乗ったっていうリサさんだって、本当は凄い優しい人だった……。多分好き好んで殺し合いをする人なんて、殆どいないと思うんだ。
 なのにどうして……」
怪訝な顔をする高槻に対し、悲痛な声で訴え掛ける。
「どうして皆殺し合っちゃうの……? どうして宗一やゆかりは死ななくちゃいけなかったの……?
 皆良い人だったのに、悪い事なんかしてなかったのに、どうしてっ……!」
静まりかえった通路の中で、皐月の叫びだけが空しく響く。

523侵入:2007/06/05(火) 21:00:16 ID:0fA13Kd60
暫らくしてから、高槻が諭すように言った。
「……良いか湯浅。俺様には小難しい事なんて分からねえが、これだけは言っておくぞ」
そこで高槻の瞳に、冷たい光が宿る。
見ているだけで背筋が寒くなるような、そんな眼光だった。
「殺し合う理由なんざ考える必要がねえよ。いざって時に敵より先に引き金を引けなきゃ、死ぬのは自分ってだけなんだ。
 人柄やそれまでの人生なんざ関係ねえ。死んじまった奴らは弱かったか、迷いがあったか、それとも運が悪かっただけだ」
話しを続ける内に皐月の表情が厳しくなっていくが、それでも高槻は言葉を止めない。
「だから自分の前に立つ敵がいたら、相手の事なんざ考えずに容赦無く殺せ。敵に掛ける情けなんざ、ドブ川にでも捨てちまえ」

それは正論ではあるのかも知れないが、余りにも冷酷過ぎる言い分。
皐月はふるふると肩を震わせながら、大きく叫んだ。
「そんな……そんな言い方って無いよ……!
 殺さなきゃ殺されちゃうのかも知れないけど、そんな風に割り切るのは絶対おかしい!」
皐月には納得出来なかった。
高槻の考えは、まるで感情を持たぬ殺人兵器のソレだ。
そんなものが正しいと、認めたくは無かった。

しかし高槻は全く動じる事無く、淡々とした口調で言葉を返す。
「じゃあてめえは迷った挙げ句、自分の命、譲れない物、守りたい物、全てを失っても満足だっていうのか?
 敵の事を考えた所為で殺されちまっても良いってのか?」
「そ……それは……」
「俺様は奇麗事で誤魔化す気なんか無いぞ。これは紛れも無く殺し合いで、敵の全てを奪う為に戦わなきゃいけねえ。
 正義を掲げた聖戦なんかじゃなくて、穢れた者同士の戦争をしなくちゃいけねえんだ。
 その覚悟が持てないなら今すぐ引き返せ。そんなんじゃ無駄死にするだけだからな」
それが、現実だった。
元凶の主催者勢力が相手とは言え、殺人は間違いなく殺人。
その事実を理解した上で、生き延びる為に覚悟を決めろと高槻は言っているのだ。

524侵入:2007/06/05(火) 21:01:16 ID:0fA13Kd60
少しばかり逡巡した後、皐月は視線を地面へと下ろした。
「……一つだけ、良いかな?」
途切れ途切れの、しかし迷いだけは消えた声で。
「あたしはやっぱり篁が許せないし、皆で生きて帰る為に覚悟を持って戦うよ。
 でも、殺しちゃった相手にお祈りくらいしてあげても良いかな?」
「――勝手にしやがれ」
高槻の返事を確認した後、皐月は倒れ伏せた死体の方へ振り向いた。
(ごめんね……。だけどあたしにだって、譲れないモノ、守りたいモノがあるから……)
目を閉じて、一度だけ手を合わせた後、再び奥に向かって歩き始める。
最後の殺し合いを行い、全てを終わらせる為に。


その後は大した障害も無く、一行はダウンロードした要塞詳細図に従って、順調に通路を突き進んでいった。
「さっきから誰も出てこないわね……。もう少しでラストリゾート発生装置まで辿り着いちゃうのに、おかしくない?」
車椅子ごと高槻に運ばれながら、郁乃がぼそりと呟いた。
高槻は何処か浮かぬ表情で、それに答える。
「そうだな。ここまで楽だと却って不気味だ。これじゃまるで、侵入して下さいって言ってるようなもんだぜ……」
先の一戦で自分達の襲撃はバレたに違いないのに、敵の一人すらも出てこない。
久寿川ささらの情報で敵の数が少ないのは知っていたが、これは明らかに異常だ。
『ラストリゾート』は敵の防御の要である筈なのだから、もっと厳しい警備を行って然るべきである。
にも関わらず何故、敵はこれ程までにずさんな守備陣しか敷いていないのか。
何故――?

525侵入:2007/06/05(火) 21:02:18 ID:0fA13Kd60
その疑問は、通路を進み終えて大きな広間に出た瞬間、直ぐに解決した。
高槻達の視界の先――ラストリゾート発生装置がある部屋への扉を守るように、難攻不落の男が屹立していた。
ただでさえ歴戦の猛者であるのに、その上装備面でも何一つ手落ちが無い真の守り手。
男が携えた特殊警棒は戦槌の如き威力を誇り、高性能の防弾チョッキと鍛え抜かれた筋肉は生半可な銃弾など無効化してしまうだろう。
恐らくは先の兵士達が束になってかかろうとも、この男相手では十秒と保たずに蹂躙されてしまうに違いない。
この男さえいれば、他の兵士など必要無い。

男の頬が邪悪に歪む。
決闘を前にしての高揚と、死にゆく高槻達への嘲笑。
「フッフッフッフッフ……ようやく来たか、高槻」
「てめえはっ……!」
寒気を催す重苦しい声、死を連想させる程の圧迫感、忘れる筈が無い。
高槻達の前には、先の兵隊達とまるで比べ物にならぬ怪物――世界有数の実力を持った傭兵――『狂犬』醍醐が立ちはだかっていた。

526侵入:2007/06/05(火) 21:02:56 ID:0fA13Kd60
【時間:三日目・12:40】
【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】
湯浅皐月
 【所持品1:S&W M1076(装弾数:3/7)、予備弾倉(7発入り×3)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×4、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【所持品2:ワルサーP38(装弾数:8/8)、予備弾倉(8発入り×3)、地下要塞詳細図】
 【状態:全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を大きく動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートをブッ壊す、主催者と醍醐を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】
 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:7/7)、予備弾倉(7発入り×3)】
 【状態:首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる、光一個】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失・興奮】
 【目的:ラストリゾート発生装置の防衛、高槻の抹殺】

【備考】
・醍醐は青い宝石(光86個)を篁に返還しました

→872

527最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:33:21 ID:WIzcRLrM0
懐中電灯を取り出す。
春原陽平は藤林杏と共に、地下要塞の入り口へ足を踏み入れようとしていた。
真後ろで見守る水瀬秋子に顔を向け、陽平はペコリと頭を下げた。
「それじゃ秋子さん、珊瑚ちゃんを宜しく頼んだよ」
「ええ、任せて。珊瑚ちゃんは絶対に私達が守るから、春原さん達は心配せずに戦ってきて頂戴」

方針は決まっていた。
水瀬親子はハッキング作業中の珊瑚を防衛し、陽平と藤林杏は予定通り『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊しにゆく。
そしてハッキングが終了次第、秋子達も地下要塞内部に突入する。
秋子達はより迅速に増援を行えるよう、陽平達と共に地下要塞入り口まで移動したのだ。

珊瑚は苦しげに目を細めた後、躊躇いがちに呟いた。
「陽平も杏も、絶対に死んだらあかんよ……?」
「へーきよ。殺し合いを企んだ連中相手なら容赦無くやれるし、ボッコボコにしてやるわ。
 あんたこそハッキングが終わったら早く来なさいよ? あんまり遅かったら、美味しいトコは全部あたしが持っていっちゃうからね」
「おいおい、僕だって居るんだぜ? 杏にばっか良い格好はさせてらんないよ」

それはあからさまな強がりに過ぎぬだろう。何しろ杏達は地下要塞に突入する三組の中で、最も戦力的に劣るのだから。
しかし、これこそが藤林杏流の、春原陽平流の、別れの挨拶なのだ。
杏は一度だけ勝気な笑みを浮かべて見せた後、長い髪を靡かせて地下要塞の中へと消えていった。

    *     *     *

528最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:34:37 ID:WIzcRLrM0
地下要塞入り口から程近い民家の一室にて、珊瑚は思う。
自分は成し遂げた。
孤島という名の箱庭で行われた、百二十人のピエロによる殺人遊戯を食い止めたのだ。
今も昔も、自分は機械関連の技術以外、何の取り柄も持ち合わせてはいない。
そんな自分に出来る事は一つ、主催者側のホストコンピュータへのハッキングだ。
そしてその一つを遂行するだけで、今まで参加者達を縛っていた悪魔の枷が取り除かれた。

だが自分は最低限の義務を果たしただけで、誇れる程の事は未だ出来ていない。
目的を完遂するまでに、余りにも多くの犠牲を出してしまった。
自分にとって、別格に大切な者は三人――姫百合瑠璃、河野貴明、イルファだ。
しかしイルファは自分を逃がす為、常識外れの怪物に挑み、散った。
瑠璃もまた自分を庇って、復讐鬼来栖川綾香に殺されてしまった。
貴明も自分が止め切れなかった所為で、命を落とした。

故に、まだまだ足りない。
自分の至らなさが原因で死んでしまった者達の死に報いるには、まだまだ戦い続けねばならぬ。
首輪が無効化された今、殺し合いはもう中断したに違いないが、未だ主催者達は健在だ。
彼らを倒し切ったその瞬間まで、本当の意味での勝利は訪れない。

背後で水瀬親子が見守る中、珊瑚は一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き始める。
まず最初に考えなければいけないのは、より多くの同志を、極力迅速に動かすという事だった。
未だ連絡を取れていない生き残りは、放送から推測するに六人。
『ロワちゃんねる』はノートパソコンさえあれば見れるが、全員が電話を使用出来る環境にあるかどうかは分からない。
そして作戦が始まってしまった今、電話を探している時間は致命的なロスになりかねない。
そんな時間があれば、一刻も早く地下要塞に突入し、仲間達を助けてあげて欲しい。
だから珊瑚は、柳川祐也達が行っている地下要塞攻略作戦をファイルに纏め、『ロワちゃんねる』に掲載した。
これでもう、『ロワちゃんねる』を見た人間は、時間を無駄にする事無く地下要塞内部へと駆けつけてくれるだろう。

529最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:36:01 ID:WIzcRLrM0
そして次が本命、ハッキングだ。
つい先程までは、敵のホストコンピュータは外部とのネットを全て遮断していた為に、ハッキングは不可能となっていた。
しかし今なら、仲間達が突入を開始した今なら――

「……やったー!」
思惑通りに事が進み、計らずして珊瑚は甲高い声を上げた。
「どうしたの?」
事情を理解しかねた秋子が、眉根を寄せて訊ねてくる。
珊瑚はキーボードを打つ手は止めずに、背中を向けたままで返事を返す。
「要塞が危なくなったら各施設の状況を確認する為に、外部とのネットを復活させるかもと思ってたんやけど……ビンゴやった。
 これなら……もっかいハッキング出来る!」

敵が外部とのネットを繋いだ瞬間を狙って、再びハッキングする――それが珊瑚の作戦だった。
今の所その目論見は上手く進んでおり、針の穴のような隙間を通って、無事ホストコンピュータ内部に侵入する事が出来た。
そして今度は、前回よりも更に大仕事をしなければならない。
これから自分はホストコンピュータそのものを乗っ取り、敵要塞の機能全てを停止させる。
そうすれば残る脅威は、人的な脅威――即ち敵兵士と、篁本人だけになる。

「絶対……絶対まるごと乗っ取ったる!」
「乗っ取って……それからどうするつもりなの?」
「まずは首輪を無効化した事について、島内放送で皆に教えてあげるねん。
 それから皆に呼び掛けて、地下要塞内に突入する。要塞の奥に居る悪い人を、島中の皆でやっつけたるねん!」

そうだ。
ホストコンピュータを乗っ取るという事は、あの放送も自由に流せるという事。
そして上手く行けば『ラストリゾート』すらも、仲間達の守護に使えるようになるかも知れない。
大丈夫――前回で、敵コンピュータの防御パターンは8割方把握している。
既にもう、敵ホストコンピュータの中核近くまで迫っている。
このままハッキングしきってみせる。
そう考え作業のペースをより一層早めようとしたその時、それまで黙りこくっていた名雪が唐突に口を開いた。

530最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:39:39 ID:WIzcRLrM0
「ふ〜ん、そうなんだ……。だけど皆が皆、その考えに賛同するかどうか分からないんじゃない?」
「……そんな事あらへんよ! 首輪が無いのに参加者同士の殺し合いを望んでる人なんて、いる訳無いもん!」

折角盛り上がっている所に、冷や水を掛けるような真似をされ、珊瑚は思わずムッとなった。
参加者同士の情報交換が十分に行われた今なら、殺し合いに乗った人間がいれば即座に分かるだろう。
そして自分の知り得る限り、自ら進んで殺し合いを行う綾香や岸田洋一のような人間は、もう死に絶えた。
つまり生き残った者達は善良な人間ばかりである筈なのに、どうしてそんな事を言う?
珊瑚は、後ろを振り向き――

「そうとも限らないよ? だって――」

直後、珊瑚の右胸部に鋭い痛みが突き刺さった。

「此処に二人、殺し合いを望んでる人間がいるんだから」

肺を損傷した珊瑚は盛大に吐血し、大きく目を剥いた。
凛々しく直立した秋子が、凍り付くような表情で珊瑚を見下ろしてる。
そして中腰で屈みこんでいる名雪が、珊瑚の胸を八徳ナイフで深々と突き刺していた。
名雪が手を離すと、珊瑚の身体は横ざまに地面へと叩きつけられた。

「――うっ、ぐが、アァ……」

思考が追い付かない。何故自分が、仲間である筈の水瀬親子に襲われるのだ。
こちらを睨み付ける名雪の瞳は、何故あんなにも昏く濁っているのだ。
混乱に支配された珊瑚は、やっとの思いで掠れた声を絞り出した。

531最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:41:45 ID:WIzcRLrM0
「名雪……秋子さん……どうして……悪い人の隠れ家も見つけて……後一歩なのに……」
「どうしてもこうしても無いよ。珊瑚ちゃんは甘い、甘過ぎるんだよ。この島では相手を信用した人から死んでいくんだよ。
 騙された人間の末路がどんなものかまだ分かってないんなら、私が――」

名雪は狂気に染まった理論を口にしながら、八徳ナイフを天高く振り上げる。

「――教えてあげるねっ!」
「うぁ――ああああっ!!」

ザクッという、果物を切るような音が珊瑚の耳に届く。
仰向けに倒れる珊瑚の脇腹を、無常にも鋭利な白刃が貫いていた。
名雪の攻撃は、獲物が即死せぬ範囲で最大限の苦痛を与えるものだった。
想像を絶する激痛が脳に伝達され、珊瑚の凄惨な悲鳴が建物内に木霊する。
その様子を眺め見ていた秋子が、懐から34徳ナイフを取り出す。

――横殴りに、閃光めいた疾風が奔った。

「珊瑚ちゃん、後一歩というのは大きな間違いよ。地下要塞内に突入した人達は全員死ぬわ。
 何しろ――これから私達が彼らの後を追って、一組ずつ潰していくのだから」

それは明らかな背信宣言だったが、珊瑚はもう秋子を言い咎める事が出来ない。
秋子の34徳ナイフは、一切の容赦も情緒も無く、珊瑚の喉を切り裂いていたのだ。
目が見えない。
四肢の指先、身体の末端から感覚が消えていく。
「さ、お母さん。次行こうよ」
「はいはい、名雪はせっかちね。でも先に返り血を洗い流さないと駄目よ?」
痛みすら感じなくなり、ただ声だけが聞こえてくる。
それも長くは保たず、やがて聴覚も失われる。
(るりちゃん……貴明……イルファ……ゆめみ……ごめんな。皆に助けてもらった命…………守り切れへんかった……)
その事が悔しくて、残る全ての力で手を握り締める。
そして最後に、意識が途絶えた。

532最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:43:07 ID:WIzcRLrM0


【残り19人】

【時間:3日目10:10】
【場所:G−2地下要塞入り口】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。杏と生き延びる。】
藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏に同行】

533最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:45:53 ID:WIzcRLrM0
【時間:3日目10:25】
【場所:G−2地下要塞近くの民家】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。地下要塞内部に移動】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:マーダー、精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す。地下要塞内部に移動】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:包丁、デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
 【状態:死亡】
【備考】
・珊瑚の死体の近くに、『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・『ロワちゃんねる』に、柳川達が行っている地下要塞攻略作戦についての概要が掲載されました

→872

534人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:01:04 ID:Lh4liMJc0
この島に来てから2度目の放送を聞いた国崎往人は頭をぼりぼりと掻きながら隣で蒼白な顔をしている神岸あかりにどう声をかけたらいいものかと思案していた。
先程の放送では往人の知り合いの名前は読み上げられることはなかった。少なくとも現時点では観鈴も晴子も、遠野も佳乃もみちるも生きてはいる。だから一安心、とまではいかないが生きている事の確認は取れた。

しかしあかりの様子を見る限り知り合いの名前が何人かいたようで放送が終わってからも一言も喋っていない。本来ならば何か慰めの言葉をかけてやるなり励ましの言葉をかけてやるなりしてやるべきなのだろうが幼少の頃よりコミュニケーション能力を高める訓練(俗に言う義務教育における学級活動など)を受けていない往人にそんな事を期待するのは酷であろう。

ワタシ、クニサキユキト。ニホンゴ、ムズカシイデース。

往人は在日外国人の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。今度はラーメンセットを鼻から飲み込むという荒業も通用しない。いやそれ以前にそんなくだらないギャグをかましている状況ではない。
(くそ、何かこの状況をどうにかできる物は…)
足りない知識を駆使して必死にどうするべきか考えていると、ふと地面に落ちた(というか神岸が放送のショックで落とした)パンが往人の目に留まった。

その時、まるで一休さんのようにアイデアが頭の中で閃く。法術を使って人形劇の代わりをできないだろうか?
別に笑わせられなくてもいい。少しだけ気を引ければいいのだ。注意を他に向けさせることが、今は重要だった。
パンを適当に千切って人の形に整える。地面に落ちるパンくずを見ながらちょっとだけもったいない、とも思ってしまう。
まあ、いっぺん地面に落ちて食うことも出来ないからいいか。
四苦八苦して形を整えたが、それは人形の代わりというにはあまりにも不細工な代物だった。それこそ、晴子が買ってきたナマケモノの人形のほうが遥かにマシだと言えるくらい。
図工の成績は『もうすこしがんばりましょう』か。やれやれだ。

535人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:01:44 ID:Lh4liMJc0
苦笑しつつパン人形を地面に置き、手に力を込める。このくそったれゲームの主催者曰く『能力は制限されている』らしいがクソ食らえだ。法術の力をナメんな。
しかしやはり能力は制限されているようで、中々動く気配を見せない。普段ならもうとっくに動いているはずだというのに…
これ以上続けるとせっかく収まりがついてきた腹がまた催促を始めるのでやめようかとも一瞬思ったがそれは芸人のプライドが許さないしこのデス・ゲームの主催者に思い通りにされているようで腹が立つので続けることにした。クソ食らえ。
その思いが実を結んだのかようやくパン人形がぴくぴくと僅かながらも動きを見せ始める。
ほら見ろ。俺の人形劇はそんなチャチなもので止められはしないのさ。
ニヤリと笑いながら、往人は久しく言葉にしていなかった芸の前口上を告げる。
「さあ、楽しい人形劇の始まりだ。見てみろ、神岸」

名前を呼ばれたあかりが暗い表情を往人に向けて、いや正確には往人の足元へあるパン人形へと目を向けた。不細工なそれが人の形をしていると分からないのか、首をかしげるあかり。
「本当なら相棒の人形を使う予定だったんだが生憎奴は家出しちまっててな…代わりにこいつで我慢してくれ」
集中を切らさぬままあかりに言い、動けとパン人形に命じる。往人の念を受けてパン人形は動き始めたが本物の人形と違い関節などが動くように出来ていないので紙相撲に使う力士のようなギクシャクとした動きしかできなかった。
おまけに制限のお陰で完全に操ることが出来ずそれは人形劇というにはあまりにも稚拙な、そして滑稽過ぎる代物になっていた。
しかし劇の内容は、唯一の客人であるあかりには関係なかった。種も仕掛けも無くひとりでに物体が動いているのである! 文句をつける以前に、その不思議さにあかりは見惚れていた。
「どうだ、凄いだろう?」
こくりとあかりが頷く。だが芸人である往人としてはそれだけでは面白くない。最後に空中でパン人形を回転させて劇を締めようと計画していた。
一層の力を集中させ、空を舞うパン人形の姿を思い描く。イメージの中のパン人形が地面に着地した瞬間に、往人は力をパン人形に注ぎ込む!
ずるっ。
…しかしパン人形は宙に舞うことすらなく無様に地面を滑り、転倒していた。そして、その後いくら念じてもパン人形は二度と動こうとしなかった。
大失敗。なんという最悪のタイミングで力が切れるのか。もしかしてこれも主催者の陰謀じゃなかろうかとさえ往人は思った。

「…ぷっ、あは、あはははっ」
失敗した言い訳を考えようとしたら、突然あかりが笑い出した。何がそんなに可笑しいのか、腹をかかえて笑っている。
さっぱり理由の分からない往人が言葉を探しあぐねていると、まだ笑いが収まらないあかりが途切れ途切れに言った。
「分からないんです、でも、何だかおかしくって…本当に面白かったんです」
未だに要領を得ない往人ではあったがとにかく、経緯はどうあれ上手くいったのだから万々歳である。

536人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:02:11 ID:Lh4liMJc0
「ふ…見たか、俺のこのエンターテイナーっぷりを」
調子にも乗ってみる。これから人形劇の落ちはこれにしようと決めた。さらばウケない自分、こんにちはお金。
往人が一日三食ラーメンセット、という妄想を思い描きはじめたときあかりが「ありがとう」と頭を下げるのを見た。
「…何だか、また元気が出てきたような気がします。まだ少し辛いですけど…大丈夫です」
「そうか…なら良かった」
そう言うと、往人はパン人形を手にとってそれをデイパックに入れた。使い捨てのつもりだったがここまでの大健闘をしたのだ。もうしばらく相棒として活躍してもらおう。
「よし、出発だ。もう大丈夫だな、神岸?」
「はい。行きましょう国崎さ――」
あかりが立ち上がろうとした時、後ろの方の木々が不自然にざわめくのに往人は気づいた。

「待て、神岸。…誰か来るぞ」
「え? 誰かって…ひょっとして、また敵…ですか?」
それは分からん、と往人が言ってツェリスカをポケットから取り出す。いざという時のためにいつでも撃てるよう構える。
ちらりと見えたがどうやら人影が二つ、つまり二人組のようだ。撃たれるのを警戒してか木の間に隠れながら移動しているようだった。
さて、どうするべきかと往人が考えていると隠れているらしい木の向こうから声が聞こえてきた。
「待て! 俺達は敵じゃない。そっちには今気づいたんだ、出てくるから取り敢えず構えている銃を下ろして欲しい」
男の声だった。相手からわざわざ出てくるというのか? 往人は半分警戒しながらあかりにどうするか尋ねる。
「向こうから出てくるのなら大丈夫だとは思いますけど…でも、いつでも逃げられる準備は」
「ああ、しておいた方がいいな。取り敢えず神岸は俺の後ろにいろ」
はい、と言ってあかりが引き下がる。それを確認してから往人は腰の位置までツェリスカを下ろす。
「下ろしたぞ」

往人が言ったのを確認すると、木の影から二人組の男女が姿を現した。先程声をかけたと思われる男が左腕を押さえながら前に出てくる。どうやら負傷しているようだ。
「取り敢えず、銃を下ろしてくれた事には感謝する。怪我していたせいでそちらに気づかなくてな」
「すみません、警戒させてしまったみたいで…」
一緒に出てきた女が頭を下げる。二人ともどんなところを来たのか服が汚れ、ところどころ破れてさえいる。
「こんな状況なら隠れながら行動するのは当然だろう。のこのこ出て行って撃たれたら洒落にならないからな…まぁ、まずはその腕の治療をしたらどうだ」
「そうだな…そうしよう」
男が上着を脱いで女にデイパックから水を出すよう指示する。女もテキパキと水を取り出して男に渡す。

537人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:02:35 ID:Lh4liMJc0
水を受け取りながら、男が口を開いた。
「そうだ、名を名乗っていなかったな。俺は芳野祐介だ。電気工をしている。それでこっちが」
「長森瑞佳です。友達を探してて…その途中で芳野さんに出会って今まで一緒に」
芳野と名乗った男がペットボトルの蓋を開けて血が出ている傷口に水をかける。沁みるのか痛そうな表情をしていたが黙々と治療を続けている。
「国崎往人だ。自慢できることじゃないが旅芸人をしている」
「私は神岸あかりです。私も人を探しているんですけど…途中で襲われて、それから国崎さんに助けてもらいました」
芳野が服の一部を破り、水を垂らしてから患部へと巻きつける。血は止まっていないのですぐに赤い染みが広がっていくが、大した傷ではなさそうだった。
「国崎に、そっちが神岸だな。自己紹介が済んだところで、まずは情報交換をしないか? 何でもいい、今までに出会った人間とかそういうことを教えてくれないか」
腕を曲げたり伸ばしたりしながら芳野が尋ねる。腕を動かした時にどれくらい痛みがあるのかを確かめているようだった。
「そうだな…」

まず往人が島に来てからの経緯を話し始める。その際、目つきの悪さから殺人鬼と勘違いされた事だの観月マナに逆さ吊りにされた事などは割愛した。
「で、一番気をつけておいた方がいいのは『少年』と名乗る奴だ。まぁチビでガキっぽい人相なんだが…情け容赦なく人を殺すぞ。おまけに身体能力も高いときてる」
「厄介だな…」
「もし出会ってしまったら逃げた方がよさそうですね…」
言いながら、瑞佳は名簿を取り出して『少年』の名前の近くに箇条書きをつけていく。中々マメな性格だなと往人は思った。
「それで、神岸さんの方は?」
「私は…あまり国崎さんと会うまでのことはよく覚えていないんです。多分、逃げたりするのに無我夢中で…あ、でも最初に会った人の事は覚えてます。美坂香里さんって人なんですけど…知っていますか?」
いいや、と二人ともが首を振る。あかりにとって、香里は自分のミスで死なせてしまったようなものだったので、もし知り合いなら謝っておきたかった。
けれども、二人とも違ったようなので今は香里のことは置いておく事にする。
「…で、それから探している人がいるんですけど…」
あかりは名簿を取り出して鉛筆で探している人の名前を囲っていく。
瑞佳が名簿を覗き込む、が首を横に振るだけだった。芳野の方は探している人がいないのかまた腕を動かしたりしている。
瑞佳の反応を見たあかりがそうですか…と落胆した表情になる。彼女にしてみれば貴重な情報交換ができたのに誰一人として引っ掛からなかったのだから当然であろう。
「ごめんなさい、役に立てなくて」
頭を下げる瑞佳に、いいんですとあかりが言う。
「どちらにしても探すことには変わりないから、ただどんな行動を取っているのかなって事を知りたかっただけなんです。それよりも、長森さんの方は?」
「あ、それはわたしに聞くよりも芳野さんに聞いた方が早いと思います。実質わたしが出会った人には芳野さんも一緒にいましたから」
話が芳野に振られる。頬を掻きながら「話はあまり上手くないんだがな…」と言ってからこれまでの経緯を話し始める。

538人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:02 ID:Lh4liMJc0
「まず俺が最初に会った大男がいきなりこの殺し合いに乗った奴でな、俺が見つけた時にはそいつが女を襲っていたんだ。もう倒してしまったけどな…で、その大男が襲っていた奴が神尾観鈴って女だったんだが」
「観鈴と会ったのか!?」
それまで黙って話を聞いていた往人がいきなり身を乗り出すようにして聞いてきたので芳野は少し面喰ってしまう。
「あ、ああ。最もすぐ別れてしまったから今どうしてるかは分らないが…何しろ、一日目の昼くらいのことだったからな」
「…そうか。それで、その時観鈴は大丈夫そうだったか」
「まぁ見た目は大丈夫そうだったから心配ないだろう。連れもいたしな。確かそいつの名前が…相沢祐一、だったかな」
相沢祐一という名前には聞き覚えがない。恐らくこの島で初めて会った人物なのだろう。念のため、往人は芳野に確認する。
「その相沢って奴は大丈夫そうなのか?」
「ああ、多分な。さっきの話に戻るとあの大男を倒す時に援護してくれたのがそいつだった。それに嘘をつくような奴にも見えなかった」
「ならいいんだが…とにかく一人じゃなさそうだな、観鈴は…ああ、済まない、続けてくれ」
納得したようで、往人が話を促す。それを受けて芳野が話の続きを始める。

鹿沼葉子と天沢郁未との戦闘。朝霧麻亜子の奇襲。できるだけ正確に芳野は情報を伝えた。
一通り聞き終えて、往人は芳野達が自分達よりはるかに修羅場を乗り越えている回数が多いことに驚いた。服がああなっているのも頷ける。
「以上だ。気をつけておくのはその三人だな」
名前を知らなかったため芳野達は気づいていないが、先の放送で鹿沼葉子は既に死亡しているので残りは郁未と麻亜子になっている。当然往人達も人相を知らないので気づくはずもなかったが。
「後は折原浩平と七瀬留美、それと里村茜という奴を探しているが…知らないよな」
往人の話を聞いて恐らく出会ってはいないだろうと思う芳野だが、万が一にと思って聞いてみる。
そして予想通りに往人もあかりも首を横に振るのだった。
「…ま、そうだろうな。とりあえず、これで情報交換は一旦終了ってところか?」
「そういう事になるな。ところで、これからあんたらはどうするつもりだ」

539人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:27 ID:Lh4liMJc0
往人が聞くと、芳野は瑞佳の方を向いてから「俺は特に探している人もいないからとりあえずは長森の仲間が見つかるまでは一緒に行動しようと思う」と言った。
「そちらは?」と今度は瑞佳が問い返してきたので往人は「その前に一つ頼みを聞いて欲しい」と断わりをいれる。
「神岸なんだが、芳野達の仲間に入れてやってくれないか? 俺はこれからの行動指針上、一人の方が都合がいいんでな」
「えっ!? 国崎さん?」
事実上の離脱発言に驚きを隠せないあかり。瑞佳もどうして一人で行動するのか分らないような顔つきだったが、芳野がただ一人、渋い表情になっていた。

「…一応聞いておく。誰かを殺しに行くんじゃないだろうな」
芳野の指摘にあかりと瑞佳が肩を震わせる。それにも動ぜず往人は表情を変えずに返答する。
「残念だがその通りだ。さっき俺の話で言ったあいつを…『少年』を野放しにしておくわけにはいかない。これ以上被害を出す前に…平たく言ってしまえば観鈴や俺の他の知り合いが傷つけられる前に奴を倒す必要がある」
それを聞いた芳野が「やっぱりな…」とため息をつく。
「無責任に、人殺しはするななんて言わない。俺も一人殺してしまったようなものだからな。だが勝算はあるのか? それに一人でその少年とやらに挑むよりも俺達と組んで戦う方が効率はいいとは思わないのか」
「悪いが、俺は単独行動の方が性に合ってるんでな。正直な話、神岸や長森は足手まといだ。それに芳野達の目的はあのクソガキを倒す事じゃない、仲間を探す事なんだろ? だったら俺に付き合う必要もない」

確かに、往人の言う通りではある。下手にあかりや瑞佳を戦わせるよりも往人一人で作戦を立てて挑んだ方があるいは勝算は高いのかもしれない。
「で、ですけど国崎さん…その、国崎さんにも探してる人がいるんですよね? だったらそちらを優先しても…」
反論を試みるあかりにいや、と往人が答える。
「例え合流できたとしてもその時を狙って奴が攻撃してきたら正味お前たちや俺の知り合いを守ってやれる自信は、とてもじゃないがない。だから先手を打って奴を倒した方が結果的に神岸達のためにもなる」
「ですけど…」
なおも何かを言おうとするあかりに芳野が肩を叩いて「察してやれ」と忠告する。
「神岸さん、国崎さんは国崎さんなりにわたし達の事を思ってくれてるんだよ。だから…ね?」
瑞佳も続いてあかりを諭す。あかりはまだ納得がいってない様子だったが「…分かりました、芳野さん達と行動します」と言ってそれ以上、何も言わなかった。

540人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:57 ID:Lh4liMJc0
往人はそれを聞いてから改めて荷物を背負い直す。
「それじゃ、俺はもう行くぞ。じゃあな、神岸」
「国崎さん…気をつけて」
あかりの言葉に「分かってるさ」と応じて往人は歩き出した。その後ろ姿を見届けながら芳野も呟く。
「さぁ、俺達もボヤボヤしている暇はないぞ。まずは近場の村を当たってみよう」
往人とは真反対の方向へと芳野は歩き出した。それを追いかけるようにして瑞佳とあかりが続く。
往人は戦いの道を、芳野達は探す道を、それぞれが歩き始める。
彼らにとって、長い長い一日がまた始まる――

【場所:E-06】
【時間:二日目午前8:30】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発、パン人形、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:少年の打倒を目指す】
神岸あかり
【所持品:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:応急処置あり(背中が少々痛む)、友人を探す】
芳野祐介
【所持品:投げナイフ、サバイバルナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)、瑞佳の友人を探す】
長森瑞佳
【所持品:防弾ファミレス制服×3、支給品一式】
【状態:友人を探す】

→B-10

541柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:52:59 ID:lFfW/r3w0
柳川祐也一行が地下要塞内に侵入した時、危惧していたような迎撃は無かった。
黄泉に通じるような長い通路を、黙々と進んでゆく。
通路の至る所に電灯が設置されている為、懐中電灯を構える必要は無い。
しかし――自分達を囲む四方の壁から、特殊な力を持たぬ者でも感じ取れる程の邪気が漏れ出ている。
無機質な筈の要塞が、人間を丸呑みする巨大な化け物であるかのような錯覚を覚えさせられる。
誰も、一言も発さない。
此処は紛れも無く死地であり、一秒にも満たぬ油断が死に直結する。
一行の足音と息遣いだけが、静寂を切り裂くべく響いている。
道を進むにつれて濃くなっていく嫌な予感が、自分達の終着点に居座る怪物の存在を報せていた。


「――あれは?」
倉田佐祐理が進行方向を指差す。
これまで一直線だった通路が、前方100メートル程の所で曲がり角となっていたのだ。
柳川は足を止めぬまま、イングラムM10を強く握り直した。
「待ち伏せには格好の地形だな。俺が先陣を切るから、倉田と久寿川は背後の警戒をしてくれ。
 向坂――お前は突撃銃を持っている以上、俺と一緒に最前線で戦わねばならん。出来るな?」
「心配は無用です。こう見えても私、運動神経と度胸には自信がありますから。
 此処で足が竦んでしまうようじゃ、タカ坊に合わせる顔が無いですしね」
「良い心掛けだ。それでは――行くぞ!」

環の返事を確認した直後、柳川は疾風と化した。
こんな分かり易い所で待ち伏せしているなど、鈍愚な弱兵である証拠。
そのような者共相手に、小細工など弄する必要は無い。
柳川は一気に直線を渡り終え、曲がり角へと飛び込んだ。

542柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:54:48 ID:lFfW/r3w0
敵の姿を確認する作業など後回しにし、曲がり角の向こう側へとイングラムM10を乱射する。
神速を以って放たれた銃弾は凄まじい勢いで猛り狂い、近くにいた敵兵士を根こそぎ薙ぎ倒していた。
しかしそれで一安心と言う訳にはいかない。
曲がり角の先――比較的幅の広い階段の傍には十数個のコンテナで築かれた、即席のバリケードが展開されていたのだ。
その背後には確かに人の気配が有り、こちらの掃射が止むのを今か今かと待ち侘びていた。

程無くして柳川のイングラムM10が弾切れを訴え、それを察知した敵兵士達がここぞとばかりに姿を表した。
五人の兵士達は例外無く拳銃を携えており、それらの銃口は全て柳川に向けられようとしている。
「――させないっ!」
そこで柳川の真横に環が現れ、その手元から無数の火花が放たれた。
姿を晒し無防備な状態となった兵士達の身体を、M4カービンから放たれる銃弾が蹂躙していく。
鮮血と肉片が弾け飛んで、床に撒き散らされる。

柳川はその間に銃弾の装填作業を終え、地面に倒れ伏す敵兵士の亡骸を拾い上げた。
続いてコンテナに向かって疾走し――高々と宙を舞った。
コンテナの上に着地すると同時に銃口を下へ向け、引き金を引きながら横一直線に振るう。
死体を盾としている為に、敵の応射は全て無力化されていた。
「や、やめ――」
「うわ……うわあああァァッッ!!」
阿鼻叫喚の様相を呈しながら、敵兵士達は為す術もなく蹴散らされてゆく。
柳川が掃射を停止した時にはもう、この場で生きている者は自分達だけとなっていた。
愚鈍な者相手ならばそれなりの力を発揮したであろう兵隊達も、圧倒的な火力差と異常なまでに迅速な攻撃の前では無力だった。


柳川は地面に転がった拳銃を何丁か拾い上げ、それを仲間達に配る。
無傷で十は下らぬ敵兵士達を殲滅し、武器も入手出来たのだから、会心の戦果であると言えるだろう。
柳川一行は全員が全員壮絶な死闘を経験済みである為、殺人への禁忌に気を遣る事も無い。
しかしながら柳川は眉間に皺を寄せ、何かを考え込んでいた。
その様子に気付いた佐祐理が、怪訝な顔で問いの言葉を発する。
「どうしたんですか?」
「……今の敵兵士達は、ラストリゾートとやらで守られている様子は無かった。一体何故だ?」

543柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:56:09 ID:lFfW/r3w0
そう。
どれだけ堅固な防御力を誇る強力無比のシステムであろうとも、使わなければ宝の持ち腐れに過ぎないのだ。
人手はそう多くない筈の主催者側が、それなりの数で構成された部隊を守ろうとしないのは明らかに可笑しい。
本気で地下要塞を守ろうとするのならば急造のバリケードなどに頼らず、自慢のラストリゾートを用いる筈だった。
沸き上がる疑問に応える推論を、ささらがいち早く口にする。

「もしかしたらもう、高槻さん達がラストリゾート発生装置を壊してしまったんじゃないですか?
 それでもう、主催者達はラストリゾートを使えなくなってしまったんじゃ……」
「ふむ……確かにそう考えるのが自然だな。コンテナでバリケードを造るなど、ずさんも良い所だ。
 恐らくはラストリゾートに頼り切った結果、他の防衛方法を準備していなかったという事か」
「どうしますか? 此処からならもう『高天原』はそう遠くありません。
 此処で待機して、他の皆が来るのを待つか――それとも、私達だけで突撃を敢行するか」

環の問いを受けた柳川が、鋭い眼つきでイングラムM10を構え直した。
「わざわざ敵に立て直す時間を与えてやるつもりは無い。このまま攻め上がって、一気に勝負をつけるぞ」
一行は例外無く、下へと通じる階段を見下ろした。
あの先――奈落の底を連想させる地下要塞最深部に、全ての元凶が潜んでいる筈。
(舞、祐一さん。佐祐理は戦います……貴女達の分も、主催者に噛み付いてみせます)
佐祐理は親友達の笑顔を一度思い浮かべた後、地獄へ通じる階段へと足を踏み出した。



降り終えた先は広間――1辺40メートルはある巨大な四角形上の空間――となっており、無数のコンテナやドラム缶が乱雑に散在していた。
天井は闇に霞んでおりはっきりとは分からないが、恐らく高さ10メートル程といった所だろうか。
薄暗い広間の向こうには、見るからに堅固そうな扉がある。
要塞詳細図によれば、あの扉の先が『高天原』の筈だ。

柳川は仲間と共に、広間の中を慎重に進んで行く。
(……生命の気配は無い。此処には守兵が配置されていないのか?)
そんな疑問が秒にも満たぬ時間だけ過ぎったが、微かに聞こえた物音によりすぐ消し飛んだ。

544柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:57:31 ID:lFfW/r3w0
「不味い――――!」
「えっ!?」

柳川が佐祐理の腰を抱いて飛び跳ねた直後、鼓膜に響く爆音が四回連続で轟き、床を振動させた。
背後にあった決して小さくは無いコンテナが、粉々に砕け散る。
砕かれたコンテナの欠片は辺り一帯に飛散し、パラパラと地面に舞い降りた。
環は銃声がした方へ、即座にM4カービンの掃射を浴びせかける。
その直後、環達は見た――二人の少女が俊敏な動作で、縦横無尽に跳ね回るのを。

「向坂! 久寿川! こっちに下がれっ!!」
環が声のした方に首を向けると、柳川は佐祐理と共にコンテナや廃材が積み重なった山へと身を隠していた。
環とささらがそこに飛び込むのとほぼ同時、連続した銃声が聞こえ、すぐ近くにあったコンテナが弾けた。

一行は山の陰から顔を出し、来襲者の様子を窺う。
「あれは――メイドロボ?」
「ええ……最近市販が開始された、セリオシリーズですね」
環の疑問に、佐祐理が答えを返す。
二人の襲撃者の正体は、巷ではセリオと呼ばれているメイドロボットだった。
一見容姿端麗な少女に見えるが、その右腕には凶悪な威力を誇るフェイファー・ツェリスカ。
反対側の腕には、少年が用いていた強力無比な防具――強化プラスチック製大盾が握り締められていた。
「なんて冷たい目……同じロボットなのに、ゆめみさんとはまるで違う……」
ささらの言葉通り、セリオ達の目は例外無く無機質な光を湛えており、おおよそ人間らしさというものが感じられない。

柳川が、イングラムM10の残弾数を確認しながら言った。
「お喋りしている余裕は無いぞ。アレは篁が用意した『兵器』だ……ただのメイドロボとは、桁が違う」
先程見せたあの俊敏な動き、最強の超大型拳銃を片腕で苦も無く連射する膂力、通常のメイドロボットでは有り得ない。
今自分達を襲撃しているのは、人間の兵士で構成された部隊などよりも、よほどタチの悪い強敵だ。

545柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:58:30 ID:lFfW/r3w0
環はいつでも動けるよう中腰になりながら、苦々しげに口を開く。
「……文字通り、殺人マシーンって訳ね。柳川さん、どうしますか?」
「この防壁とて、何時まで保つか分からん。こちらから打って出るしかなかろう」
「そ、それは――」
それは、危険だと。佐祐理が言い終えるのを待たず、柳川と環は疾風と化した。
続いて、大地を揺らす爆音。

「ク――――」
柳川が駆ける。
遅れて怒涛の射撃が降りかかり、柳川の真後ろの地面が弾け飛ぶ。
二体の死神達は、お互いがお互いの隙をカバーするように動いている為、弾込めしている最中を狙うといった戦法は取れぬ。
ならば、避けながら攻撃するしか無い。
柳川は足を止めないまま、セリオ達がいる辺りへ銃弾の嵐を注ぎ込んだ。
セリオ達は示し合わせたかのような動きで同時に飛び跳ね、造作も無く危険から身を躱す。
しかし例え常識外れの運動性能を誇るロボットであろうとも、物理法則にだけは抗えない。

「――そこっ!!」
セリオ達が地面に降り立つ前を狙って、環がM4カービンの引き金を絞る。
宙に浮いたまま、碌な回避動作も取れぬセリオ達だったが、しかし――
「……やっぱりそうなる訳ね」
銃弾は一つの例外も無く、強化プラスチック製大盾により弾き飛ばされていた。

たん、と音を立ててセリオ達が地面に降り立つ。
戦慄に歪んだ顔でその様子を眺めながら、柳川は思う。
このロボット達は、正面勝負ならばあのリサ=ヴィクセン以上の強敵やも知れぬ、と。
何しろ最強の攻撃力を誇るフェイファー・ツェリスカと、アサルトライフルの銃弾さえも防ぎ切る大盾の両方を同時に使いこなしているのだ。
機械故の弱点か、攻撃パターンが単調過ぎる為に何とか凌げてはいるが、それも長くは保たぬだろう。
何しろ自分達は戦い続けてるうちに体力を消耗してゆくが、ロボットは疲労したりしないのだから。
このままでは――やられる。
冷静沈着な柳川ですら、今の状況には焦燥感を覚えずにいられなかった。

546柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:00:10 ID:lFfW/r3w0


焦っているのは、未だ瓦礫の山に隠れている佐祐理とささらも同じであった。
寧ろ爆撃の外から戦況を観察出来る分、彼女達はより大きな絶望を感じていたに違いない。

二体のセリオによる攻撃は、際限無く降り注ぐ豪雨だった。
フェイファー・ツェリスカから放たれる弾丸は、さながら爆撃のようだ。
その一発一発が必殺の威力を秘めた攻撃を、セリオ達は矢継ぎ早に連射してゆく。
一体が銃弾を補充している間も、もう一体は決して攻撃を絶やさない為、爆撃が止む事は無い。
それがどれ程危険な猛攻なのか、当然のように理解出来た。

「柳川さんっ……!」
このまま自分だけ安全地帯に身を置いている訳にはいかない。
佐祐理はレミントン(M700)をぎゅっと握り締め、銃弾の嵐に自ら身を投じようとする。
しかしその刹那、後ろ手をささらに掴み取られた。

「待って、倉田さん! 今貴女が行っても死ぬだけよ!」
「…………っ」
それは間違いなくささらの言う通りだった。
『鬼の力』を持つ柳川と並外れた運動神経を持つ環だからこそ、何とか持ち堪えられているのだ。
自分やささら程度では、時間稼ぎにすらなりはしない。
とは言えこのまま手を拱いて見ているだけでは、いずれ柳川達が殺されてしまうだろう。
どうしたものかと考え込んでいると、ささらが顔を寄せて耳打ちしてきた。

「落ち着いて良く見て。あのロボット達の動き、何か特徴があるとは思わない?」
「え?」
「柳川さん達は全く足を止めずに戦ってるわ。だけど、ロボット達は……」

547柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:01:59 ID:lFfW/r3w0
佐祐理はセリオに視線を固定させて、その一挙一動を注意深く観察した。
セリオは柳川達を上回る速度で、目まぐるしく動き回っている。
長い髪を引いて走り抜ける美しい姿は、さながら流星のようだ。
あの動きを捉えきれる人間など、地球上には存在しないとさえ思える。
しかし良く見れば、流星が動かぬ人形と化す瞬間が存在していた。



――身体中に毒が回ってゆくように、じわじわと体力が奪われる。

「ハ――――、く――――」
1秒の休息すらも許されぬ回避を強要され、息を切らし始めた柳川。
『鬼の力』を秘めている柳川だったが、だからこそその負担は共闘している環以上だった。
柳川は極力環が攻撃の的にならぬよう、敢えて敵の攻撃を引きつけるように戦っていたのだ。
運動能力に優れる自分が回避を続け、M4カービンを持つ環が攻撃する。
それがこの場で柳川達に許された、唯一の戦術だった。
対するセリオ達は全くの無傷であり、動きが鈍る素振りも見られない。
環が放つ攻撃はただの一度もセリオ達に届かず、全ては空を切るか強化プラスチック製大盾の前に遮られていた。

柳川は上体を屈める事によって、セリオの銃の射線から身を躱す。
「……なめるなぁっ!!」
セリオが攻撃する瞬間に合わせて、カウンター気味にイングラムM10を連射する。
だが案の定、強化プラスチック製大盾という壁に阻まれ、弾かれた弾丸は地面に転がるだけだった。

最早、優劣は明らかとなっていた。
セリオ達は攻撃する瞬間必ず強化プラスチック製大盾を構えている為、正面からの攻撃は無意味だ。
運良く盾に守られていない部分を撃ち抜けたとしても、ロボットである以上大した損傷には至らぬだろう。
しかし盾に守られておらず、生身の人間でもある柳川達は、フェイファー・ツェリスカの弾丸が一発掠ってしまえば確実に致命傷を受ける。
故に、このまま動き続ければ燃え尽きると理解しながらも、柳川達は走り続けるしかない。

548柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:03:12 ID:lFfW/r3w0
「あっ……!?」

そして、とうとう『その時』が訪れた。
体力を消耗していたのもあるだろうし、足場にコンテナや廃材の破片が散らばっていたのもあるだろう。
環が大きくバランスを崩し、足を止めてしまったのだ。
その隙を、冷徹な殺人兵器が見逃す道理は存在しない。
二体のセリオは、フェイファー・ツェリスカの銃口を環へと向けた。
最強の大型拳銃による同時攻撃は、完全体の鬼ですらも一撃で殺し切るだろう。
耐え切れる生物など、地球上に存在しない。
「向坂っ!!」
柳川が閃光の如き勢いで駆け寄るが、遅い。

――火薬の爆ぜる音が、二回した。

続いて、ドサリと地面に崩れ落ちる人影。
柳川には、僅か数秒の間で何が起きたのか分からなかった。
前方には身体の何処にも怪我を負っていない環の姿。
そして床には頭部の半分を失ったセリオ達が、倒れ伏せている。
柳川は一体何事かと周囲を確認し――やがて自分達を救ってくれた者の正体に気付いた。

「倉田、久寿川……」
佐祐理とささらが、瓦礫の山から身を乗り出し、レミントン(M700)とドラグノフ――即ち、狙撃銃を構えていたのだ。
二体のセリオは、あれで頭部を撃ち抜かれたのだろう。
いくらロボットと言えども、強力な威力を秘めたライフル弾が直撃してしまえば、ひとたまりもあるまい。
それに強固な強化プラスチック製大盾も、正面以外からの攻撃に対しては意味を為さない。
しかし一つだけ、大きな謎が残る。

549柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:04:35 ID:lFfW/r3w0
環はつかつかと佐祐理達に歩み寄り、疑問の表情で言った。
「ありがとう、助かったわ。でも貴女達、あれだけ素早い相手をどうやって捉えたの?」
セリオ達は人間の限界を遥かに凌駕した速度で、引っ切り無しに動き回っていた。
短機関銃や突撃銃による掃射ですら当たらなかったのに、単発式の狙撃銃を命中させるなど神業に等しい。

佐祐理は柔らかい笑みを浮かべて、解答を口にした。
「あのロボット達は、銃を撃つ時だけは絶対に動きが止まるんです。ですから佐祐理達はそこを狙いました」
「成る程ね……」
それはロボット故の弱点か。
セリオ達の射撃は正確ではあったが、決して不安定な体勢では攻撃しないようプログラムされていたのだ。
だからこそ、こと銃に関しては素人に過ぎないささらと佐祐理でも、十分捕捉可能だった。

柳川は軽く佐祐理の頭を撫でた後、大きく息を吐いた。
「ともかく……少しの間休憩するか。最早篁は目と鼻の先だし、決戦には万全な状態で挑むべきだろう

550柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:05:31 ID:lFfW/r3w0
【時間:3日目12:10】
【場所:f-5高天原付近】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(21/30)、イングラムの予備マガジン30発×3、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(5/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:中度の疲労・左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:軽度の疲労・右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー、フェイファー・ツェリスカ(5/5)+予備弾薬43発、強化プラスチック製大盾】
 【所持品②:M4カービン(残弾15、予備マガジン×1)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:中度の疲労・左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・多少回復・右腕は大きく動かすと痛みを伴う)】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(4/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(3/5)、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労・右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

→872

551名無しさん:2007/06/08(金) 21:45:15 ID:lFfW/r3w0
まとめ様サイト様
>>549
>「ともかく……少しの間休憩するか。最早篁は目と鼻の先だし、決戦には万全な状態で挑むべきだろう
    ↓
「ともかく……少しの間休憩するか。最早篁は目と鼻の先だし、決戦には万全な状態で挑むべきだろう」
に訂正お願いします

お手数をお掛けして申し訳ございません
感想スレ609様、的確な指摘どうも有難うございました

552嘲笑:2007/06/09(土) 13:16:36 ID:PVOAGd2o0
小休止を終え、『高天原』への扉を開け放った時、柳川祐也達は此処が地獄の底であるという事を実感した。
名目上『高天原』は巨大シェルターであるらしいが、そんな言葉ではこの空間を言い表せまい。
震える程の恐怖を感じながら、向坂環が苦々しげに呟いた。

「――何よコレ。これじゃまるで、小説や漫画に出てくる魔界みたいじゃない……」
「空気が重いですね……まるで別の世界に迷い込んじゃったみたいに……」

倉田佐祐理は全身が鉛で覆われたかのような錯覚に襲われながら、周囲を見渡す。
直径にして優に数キロはある広大な空間は最早地下要塞のそれではなく、殺伐とした暗黒の大地そのものだ。
辺り一帯に充満した圧倒的な死の気配が、手足を痺れさせる悪寒が、何もせずとも精神を削り取ってゆく。
異界の一端には、円状となっている闘技場のような舞台が準備されている。
その中央が突如光り輝き――

「――ようこそ、諸君。私が今回の遊戯を企画した主催者……篁だ」

眩いばかりのスポットライトを浴びながら、篁は己が獲物達を歓迎した。

「――――っ!」
その圧倒的重圧、圧倒的存在感、圧倒的威厳に気圧され、柳川は思わず息を呑んだ。
主催者にして篁財閥総帥の地位を持つ男は、予想を遥かに上回る怪物だったのだ。
篁財閥総帥は齢八十程の筈であるが、今目の前にいる男はどう見ても枯れ果てる寸前の老人では無い。
いや、そもそもこの男には年齢などという概念自体通じまい。
黒衣を纏った身体は、青色の禍々しいオーラに包まれている。
力そのものを噴き出すような、全てを灼き尽くすような、紅く輝く蛇の瞳。
その姿形は、
「そうか……やはり主催者は人間では無かったんだな……」
『鬼の力』を秘めたる柳川にすら、そう言わしめる程であった。
アレは、異形中の異形だ。
距離はまだ十分離れているというのに、同じ空間に居るだけで意識が完全に凍りつく程の。

553嘲笑:2007/06/09(土) 13:17:46 ID:PVOAGd2o0
柳川の狼狽を見て取った篁が、凄惨に口元を歪める。
見ているだけで寒気を催すような、臓腑を抉るような、おぞましい笑みだった。
「フフフ……当然だ。この私を人間のような矮小な存在と一緒にされて貰っては困る」
それに、と続ける。
「柳川祐也よ、人間で無いのはお前も同じだろう? 雌狐をも凌駕した鬼の力、とても人間の範疇に収まり切るものではない」
「…………」

柳川は答えない。
すると代わりと言わんばかりに、環が一歩前に足を踏み出した。
多分に怒気を孕んだ目で睨み付けながら、告げる。
「そんな事どうだって良いわ……聞きたいのは一つだけ。貴方はどうしてこんな殺し合いを開催したの?」
「クックッ、良い質問だ。答えは簡単――人間の『想い』を集める為だ」
「……想い?」
訝しげな表情を浮かべる環に対し、篁は愉しげに言葉を続ける。
「人間自体は取るに足らぬ脆弱な存在に過ぎぬが、『想い』だけは違う。人の『想い』は何よりも強く美しい。
 だからこそ私は今回の遊戯を行い、『想い』を集めたのだよ」

人を惑わす甘美な、しかし粘りつくように重い声で紡がれる言葉。
それは環に、抑えがたい生理的嫌悪感を齎した。
「……詭弁ね。貴方の言ってる事は、何一つ理解出来ないわ」
「分からずとも良い。所詮人間如きに、神の意志が理解出来る筈も無いのだからな」
篁はそう言うと、パチンと指を鳴らした。
途端、闇から湧き出るように三体のセリオ達が現われた。
しかし数十分前に戦った物とは違い、今回のセリオ達は徒手空拳だった。

――わざわざ武装する時間を与える必要も、義理も、何処にも存在しない。
柳川は鋼鉄の少女達に、一切の躊躇無くマシンガンの掃射を浴びせ掛ける。
しかし次の瞬間、俄かには信じ難い光景が繰り広げられた。

554嘲笑:2007/06/09(土) 13:19:06 ID:PVOAGd2o0
「……何だと!?」
銃弾は一つの例外も無くセリオ達を包む青い光に飲み込まれ、消えていたのだ。
ならばと、柳川は素早くフェイファー・ツェリスカを取り出し撃ち放ったが、結果は同じ。
最強の超大型拳銃ですら、セリオ達には掠り傷一つ付けられなかった。

「ククク……理解して貰えたかね? これが『ラストリゾート』だ。我が叡智の前には不粋な銃火器など無意味――頼れるのは己の肉体のみ」
「グッ……!」
――ラストリゾートはまだ破られていなかった。
この土壇場で初めて判明した事実は、柳川達に雪崩の如き焦燥感を齎した。
「そう焦らずとも良い……その人形共はあくまで量産型、外にいた物とは違うし武器も持たせていない。君達の脆弱な肉体でも、十分対抗し得るだろう。
 さあ舞え! 死の舞を我が前で!」
その言葉を待っていたかのように、三匹の猟犬は獲物に飛び掛かる。

「倉田、久寿川、お前達は下がっていろ! 行くぞ、向坂!」
柳川は即座に指示を出した後、環と共に前方へ駆けた。



三体のセリオの内二体は柳川、そして残る一体は環に牙を剥いた。
「くぅ――」
環は素早く横にステップを踏み、セリオの拳を空転させる。
直接触れずとも髪を舞い上げる風圧が、敵の優れた膂力を雄弁に物語っていた。
まともに食らったらどうなるかと考えると、背筋に冷たいものを感じずにはいられないが、技術ではこちらが上だ。
「ハッ!」
がら空きとなったセリオの胴体部に、鋭い回し蹴りを打ち込む。
革靴越しに伝わる、確かな手応え。それは十二分な威力を伴った打撃が、確実に決まった証。
並の相手ならば、この一撃で勝負は決まっていただろう。
しかし敵はロボット、人間相手の道理など通用しない。

555嘲笑:2007/06/09(土) 13:20:26 ID:PVOAGd2o0
「な――!?」
突然視界が反転し、環は驚きの声を上げた。
セリオは環の蹴り足を掴み取り、軽々と投げ飛ばしていたのだ。
まるで野球のボールか何かのように、環の体が宙を舞う。
「こんのっ……!」
環は驚異的な運動神経を駆使して、空中で態勢を整え、どうにか地面に降り立った。
眼前のセリオに対する警戒は解かず、視線だけ柳川の方に移す。
柳川は鬼神の如き戦い振りで二体のセリオと互角以上の戦いを繰り広げていたが、仕留めるまでにはまだ時間が掛かりそうだった。
少なくとも今目の前に居るセリオは、自力で倒さなければならないだろう。

「負けられないっ……」
環は迫るセリオの拳を掻い潜って、懷深くまで潜り込む。
掴み掛かってくるセリオの手を逆に掴み取り、一本背負いの形で投げ飛ばした。
セリオが大地に叩き付けられるのを待たず、その後を追う。
「負けてられないのよっ……!」
そうだ――今が正しく正念場、憎むべき黒幕はすぐ傍にいるのだ。
こんなロボット一体如きに、苦戦している場合では無い。

環は仰向けに倒れたセリオの上に、所謂馬乗りの形で飛び乗った。
髪の毛を思い切り引っ張られたが、こんなもの死んでいった仲間達が味わった痛みに比べれば些事に過ぎぬ。
環は一瞬の判断で手をチョキの形にし、それを凄まじい勢いでセリオの両目へと突き刺した。
内蔵されたカメラのレンズを破壊され、セリオは視覚機能を完全に失った。
標的の正確な認識が困難となり、セリオはじゃじゃ馬の如く無闇矢鱈に暴れまわったが、渾身の力で押さえつけられている所為で体勢は変わらない。
続けて環はセリオの頭部を片腕で握り締め、全握力を以ってしっかりと固定した。

556嘲笑:2007/06/09(土) 13:21:37 ID:PVOAGd2o0
「負けてらんないのよ、アンタなんかにぃぃぃぃ!!」
何度も、何度も。
セリオの頭部を、渾身の力で地面に叩き付ける。
一発一発に、死んでいった仲間達の無念を、救えなかった自分への怒りを籠めて。
叩き付ける度にセリオの身体が跳ね、頭部には罅が走り、抵抗の力が弱まっていく。
数え切れない程同じ動作を繰り返した末、鋼鉄の少女はピクリとも動かなくなった。
環はすいと立ち上がると、倒れ伏せたセリオにはもう一瞥もせずに、視線を動かした。

視界に入った男がどこまでも愉しげに、口元を吊り上げる。
「ククク……中々に愉快な見世物だったぞ。向坂君――君は人間の身でありながら、実に私を楽しませてくれる。
 血を分けた弟との戦い、仲間を守れず嗚咽する姿、素晴らしい。さあ、遠慮はいらん。
 褒美として私に挑む権利を与えよう」
男は環のこれまでの戦いも、悲しみも、決意も、全てを嘲笑っていた。

瞬間、環の中で何かが音を立てて切れた。
全ての元凶――篁を睨み付け、絶叫する。
「たかむらあああっ!!」
怒りがエネルギーとなって、全身を満たしてゆく。
少女は裂帛の気合を携えて、何ら躊躇う事無く黒い邪神に向かって走り出した。

あの男さえいなければ、こんな哀しい戦いは起こらなかった。
貴明も雄二もこのみも、この島で出会った仲間達も、皆死なずに済んだ。
誰も悲しまないで良かったし、誰も憎しみを抱かないで良かったし、きっと幸せなまま暮らせた筈だ。
それが、あの狂人一人の所為で――!

    *     *     *

557嘲笑:2007/06/09(土) 13:22:38 ID:PVOAGd2o0
辺りに響く、派手な打撃音。
腹部を強打されたセリオは、その場に踏み止まる事が出来ず後退してゆく。
その足元には、既に首を叩き折られた別のセリオが転がっている。

「―――ーフッ!!」
柳川は姿勢を低くして、残る最後のセリオに追い縋る。
篁の言葉通り、このセリオは先の殺人兵器達などとは違う。
特筆すべき運動能力も戦闘技術も持たぬ、少々腕力があるだけのメイドロボットに過ぎない。
痛覚が存在しないロボットによる二人掛けを破るのには時間を食ったが、これで最後だ。
「……遅い!」
苦し紛れに繰り出されたセリオの中段蹴りを、片腕だけで易々と掴み取った。
そのままセリオの身体を宙に持ち上げ、ハンマー投げの要領で振り回す。
一回点、二回転、三回転、四回転と勢いを付け――最後に向きを変え、地面という名の凶器目掛けて振り下ろした。
大きく火花を撒き散らし、セリオの身体が床の上をごろごろと転がってゆく。
勢いが止まった時にはもう、セリオは活動を停止していた。

一仕事終えた柳川が、息を整えながら周囲を確認しようとしたその時。

「――たかむらあああっ!!」

聞こえてきた怒号に、柳川は首を向ける。
視界に入った光景を正しく認識した瞬間、誰の目から見ても明白な動揺の表情を浮かべてしまう。
環が、たった一人で篁に殴り掛かろうとしていたのだ。
確かに今まで環は良く戦い、期待以上の成果をあげくれたが――あの男相手だけは不味い。

「向坂さん、待って!」
ささらの放った静止の声が大きく木霊したが、環は止まらない。
柳川の頭に浮かぶのは、数瞬後に生み出されてしまうであろう最悪の光景。
あんな怪物に何の異能も持たぬ者が勝負を挑めば、秒を待たずして殺されてしまう。

558嘲笑:2007/06/09(土) 13:24:19 ID:PVOAGd2o0
「何っ……!?」
だが事態は柳川の予想とまるで逆の方向に、推移していた。
恐らくはささらも佐祐理も、驚愕に目を見開いていたに違いない。
――環の指が、篁のこめかみにしっかりと食い込んでいた。
篁は迫り来る環に対して、何の迎撃も回避動作も行おうとはしなかったのだ。
そしてそのまま、篁の身体が天高く持ち上げられる。


「皆の仇! 倒れなさい、篁ぁっ!」
環は呼吸する力すら腕に集結させ、五指という名の万力を思い切り締め上げる。
人一人を持ち上げる程の握力で掴み上げられているのだから、篁の頭部にも首にも、相当の負担が掛かっている筈。
この状態が続けば、いくら人外の者とも言えども倒せるのでは――
そんな淡い期待が、環の脳裏を過ぎった。

「フフフ……ハハハハ」
「っ―――ー!?」
だというのに、耳障りな嘲笑は消えなかった。
篁はまるで何事も無かったかのように、余裕綽々の表情で哂い続けている。

「ウワアッハッハッハッハッハッハッハッハ! そうれい!」
「…………ガッ!?」
篁の右手がゆっくりと伸び、環の首を握り締める。
それでも体勢的には環の方が圧倒的有利であり、吊り上げられている側の者は勝利し得ない。
どれだけ並外れた剛力を誇る人間であろうとも、足場が無い状態では碌に力を発揮出来ないのだ。
それは重力に縛られた地球上で生きる限り、逃れ得ない理。

559嘲笑:2007/06/09(土) 13:25:47 ID:PVOAGd2o0
しかし――この世の理に捉われぬ高次の存在こそが、『理外の民』篁。
柳川が駆け寄る暇すら無かった。

ぐしゃり、と。
何かが砕ける音。
真っ赤な鮮血が、床に池を作り上げ――環だったモノの頭部が、胴体が、別々に落ちた。

「向坂さああああああんっ!!」
「いやあああああっっ!!」
ささらと佐祐理の絶叫は、広大な空間に虚しく吸い込まれてゆくだけだった。
どれだけ叫ぼうとも、首から上を失った環の身体が動く事はもう二度と有り得ないのだ。

「ハーハッハッハッハッ! 脆い、脆過ぎる! さあ愚かな人間共よ、己の無力さを嘆き、神の前にひれ伏すがよいわ!」
篁の嘲笑は、止まらない。


【残り18人】

560嘲笑:2007/06/09(土) 13:27:11 ID:PVOAGd2o0



【時間:3日目12:40】
【場所:f-5高天原】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(12/30)、イングラムの予備マガジン30発×3、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(4/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:驚愕・動揺。軽度の疲労。左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:絶叫、留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:篁の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(4/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(3/5)、支給品一式】
 【状態:絶叫、右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

 【所持品:青い宝石(光86個)、他不明】
 【状態:健康、ラストリゾート発動中】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー、フェイファー・ツェリスカ(5/5)+予備弾薬43発、強化プラスチック製大盾】
 【所持品②:M4カービン(残弾15、予備マガジン×1)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態:死亡】

→876

561雪のように白く:2007/06/09(土) 22:50:14 ID:qi7/mXBI0
里村茜の唐突な行為に、周りの者は皆顔を強張らせなす術もなかった。
ニューナンブM60を突きつけながらも、鹿沼葉子は内心叱咤して気を落ち着けようと試みる。
不可視の力は微塵も使えず絶体絶命の危機。
だが威厳を保ち威圧するように睨みつける。
(ここは少しでも時間を稼いで来訪者の到着を待つしかない。隙は必ず生まれる)
そして今、願望通りに坂上智代に決断を促す時間を与えている。
気配から智代が茜につくのは間違いない。
苦渋に顔を歪める智代を見ながら、葉子は刻(とき)を計る。

「茜の言う通り私は──」
──今だ!
葉子は呼吸を整え智代が口を開くのを待っていた。
「沈着冷静な茜さんが身勝手な人とは思いもよりませんでした。内紛の種ですって? 私が『その気』ならあなた方がお休みの時にとっくに殺してます」
「私は一睡もしてません。いつ寝首を掻かれるやもしれぬのに眠れるわけがありません」
「被害妄想というか、目が曇ってるのはあなたです。智代さんは信義に厚く聡明な方と見ております。愚かな誘いに乗ってはなりません」
「申し訳ないが茜の言う通りだ。殺人ゲームを止められないときは非情な手段を取る約束をしている」
かつて天沢郁未と交わしたことを目の前の少女達も考えていたとは──
「そうですか。よろしい、私の命を差し上げましょう。私を亡き者にした後、あなた方は『友情』を捨てて醜い争いをするのですね? 
では詩子さんにはその覚悟がありますか? 『希望』を持ってやってくる二人の人間をも手にかけることができますか?」

友情と希望という言葉に力が込められていた。
「どういうことななの? 茜、智代……二人揃ってそんな恐ろしいことを計画してたんだ」
柚木詩子は二人の密約を初めて知り驚きおののく。
「他の五人が何か良い手掛かりを持ってるかもしれないのに、どうして『希望』を捨てるのですかっ!」
憤然とした一喝が揺れる智代の悪心を打ちのめした。
智代は項垂れ、詩子は茜を睨んでいる。
問題のすり替えにまんまと成功し、葉子包囲網は未然に消滅した。

562雪のように白く:2007/06/09(土) 22:52:28 ID:qi7/mXBI0
茜は苛立ちを募らせながらうろたえた。
幼馴染みである詩子には最悪の場合のこと──転向して最後の一人を目指すことを話してはいなかった。
頬を汗が伝い、顎から滴りとなって落ちて行く。
「……詩子。これも……運命なのです。だから……私に協力してください」
「あたしや長森さんを殺してまで生き延びようとするの? そんなぁ! あたしの知ってる茜は裏切ったりしないよぉ!」



長森瑞佳はドアを叩こうとして固まった。
中で何事か口論しているらしく、代わりに月島拓也が名乗りを上げる。
「坂上さん聞こえるか? 月島拓也だ。瑞佳もいっしょだっ」
──徒に時間を潰してしまった!
今葉子を撃ち殺すのは容易いが瑞佳と拓也が逃げてしまう。
迷いが迷いを誘い、冷静な判断をできなくしてしまった。
「詩子さん、お二人を入れなさい!」
──詩子といえども容赦しない。
「駄目です! 詩ぃ子っ!」
くるりと百八十度向きを変えると出入口へと走る背中へニューナンブM60を構え、引き金に手をかける。
詩子はドアのノブに手をかけ振り返った。その直後──
「あっ!」という智代の悲痛な叫びと、大きく目を見開く茜。
ニューナンブM60が手から放れ床に落ちた。

首の後ろから伝わる痺れるような痛み。
迂闊にも葉子に背を向けてしまったと気づいた時は遅かった。
体中の力という力が抜けていく。
視界ははっきりしているが、思考が億劫になってくる。
死ぬ直前とはこのようなものなのか。

563雪のように白く:2007/06/09(土) 22:54:34 ID:qi7/mXBI0
宙を掴むような姿で茜は前のめりに倒れた。
首の後ろには鏡面のごとく銀色に輝くメスが刺さっていた。
「茜ぇっ!」
抱き起こされ茜は目を開けた。
「本気で撃とうとしました。ごめんなさい。愚かな……私を……」
「嫌だ、死んじゃ嫌だっ。しっかりしてぇっ!」
詩子は抱き締めながら泣きすがる。
(浩平……これでよかったのでしょうか)
放送で呼ばれた折原浩平のことを想いながら茜は静かに目を閉じた。

葉子は肩で息をしていた。
勤めて平静を装っていたがいつしか興奮していた。
──ひとまず危機は去った。
喉の渇きを覚えながら次に取る行動を考える。
と、刺すような視線をを感じ、その方に顔を向けると智代が肩を震わせながら睨んでいた。
「智代さんも見たはずです。これは正当防衛です」
「クッ……」
「詩子さん。拓也さんと瑞佳さんをお迎えするのです」
外からは拓也がドアを叩き続けている。


「これはいったい……」
異様な光景を目の当たりにし、拓也と瑞佳は絶句した。
奥の方で茜が倒れている。凶器が刺さっている具合からして絶命しているのが見てとれた。
追い討ちをかけるように詩子が意外なことを訊ねた。
「あなた、誰?」
「誰って……わたし、長森瑞佳、だよ」
瑞佳が困惑するのも無理はなかった。
死線を彷徨うほどにストレスに晒され、頬肉がこけ落ち別人のように変わり果てていたからである。

564雪のように白く:2007/06/09(土) 22:56:31 ID:qi7/mXBI0
詩子は後ずさるとニューナンブM60を拾い狙いを定める。
「声質は長森さんのようだけど長森さんじゃない。あなた誰なのよ」
「えっ……わからないの? お兄ちゃん、私、どこか変?」
「ああ、山で拾った時より痩せてるからな。鏡見たらびっくりするだろう」
相手は興奮しておりいつ撃たれてもおかしくはない。ここは何としても詩子の誤解を解かねばならなかった。
「お願いだから撃たないで。どうしたら信用してくれるかな?」
「……そうねえ。持ち物捨てて手を頭の後ろに組んでこっち来てくれる?」
瑞佳は弓矢とデイパックを拓也に預けると指示に従い歩を進めた。8
周囲の者は固唾を飲み見守っていたが、失笑の溜息が漏れた。
何をするのかと思いきや、詩子は銃口を突きつけたまま瑞佳の顔をまじまじと見、鼻先を胸の谷間に擦り付けたのである。
「わっ、ちょっと詩子さん、臭い嗅いじゃヤだよ〜」
「この匂い……長森さんだ。うぅっ、長森さ〜ん、茜が、茜がぁ……」
泣きじゃくる詩子を抱き締めながら瑞佳は安堵の溜息をついた。

頃合を見計らって拓也は茜のもとに歩み寄り、メスを引き抜いた。
「何があったのか、事情を説明してもらおうか」
「放送を聴いた後茜さんが乱心致しました。説得に応じず私や詩子さんを殺そうとしたので成敗しました」
葉子は凛とした声で事も無げに言い放つ。

──どこかで聞いたことのある声。
瑞佳は正面奥に立つ女を見据えた。
記憶の糸を辿り、行き着いた先に二人組の殺人鬼の残照があった。
「この人鹿沼葉子だよ! 氷川村で天沢郁未といっしょにわたしを殺そうとした人だよっ!」
「なんだってぇー?!」
四人の刺すような眼差しがいっせいに向けられた。

──あの時の女の子が生きていた!
郁未が殺そうとしたまさにその時、芳野祐介に助けられた少女が瑞佳だったとは。
生き証人である以上、もはや言い逃れは不可能である。
葉子は声にならない声を上げ尻餅をついた。

565雪のように白く:2007/06/09(土) 22:58:32 ID:qi7/mXBI0
「月島瑠璃子を殺したのはあなたか?」
拓也はメスを手に詰め寄る。
「私は誰も殺してませんし、そのような人は知りません! 他の人を襲いましたが殺したのは郁未さんです!」
悠然とした態度から一転し今にも泣きそうな声が響いた。
「誰を殺したんだ?」
それまで沈黙していた智代が問い質した。顔つきが困惑から怒りへと変わっていた。
「……古川早苗という若い婦人です。私はご主人に撃たれ脱落しました」
(確か古河──渚のお袋さんだったか)
智代は目を閉じ古河親子の冥福を祈った。

「この極悪人め。殺された人の下へ行って詫びるがいい!」
「待って下さい、拓也さん。仰る通り私は悪の道を走っておりましたが、間違いに気づき目覚めたのです」
「この期に及んで言い逃れが通用すると思ってるのか?」
「診療所には様々な思惑の人が集まって戦い、成り行きから私は脱出を目指す人の側につきました。
何度も危険な目に遭い、私はそれまでの考え方が間違っていることに気づいたのです。どうか殺さないでください」
喋るうちに葉子どこまでが真実でどこまでが嘘なのかわからなくなっていた。
床に額を擦り付け助命を懇願する葉子を前に、一同は困惑するばかりであった。

──生かすべきか殺すべきか。
瑞佳は葉子の処遇を決めるべく智代と詩子の顔を窺う。その最中葉子が意外なことを口にした。
「智代さん、殺し合いに乗ろうとしたあなたが私を責めることができますか?」
今度は皆の視線が一斉に智代に向けられる。
話からして智代と茜がかつての葉子・郁未コンビと同じことをしようとしたらしい。
今葉子を処刑するのは容易いが、不穏な空気の中、不測の事態が発生する虞があった。
ここは一刻も早く放送の不可解さを説明し、二人の動揺を鎮めなければならない。
茜が欠け、残る二人の友情が脆く、否壊れかけている。
「鹿沼さんの処遇については保留にしていいかな。坂上さんと柚木さんに聞いて欲しいことがあるんだよ」
「後は任せる。私は考え事があるので独りにさせてもらいたい」
手斧を掴むと智代は寝室に引き籠ってしまった。

566雪のように白く:2007/06/09(土) 23:00:35 ID:qi7/mXBI0
瑞佳は拓也と共に葉子を後ろ手に縛り上げ倉庫に監禁した。
足は縛らないが腰紐をパイプに括り付け、殆ど動けないようにしておく。
拓也に詩子の慰撫を依頼すると、瑞佳はすぐさま智代の下へと向かった。
「入っていいかな。相談したいことがあるんだ」
「独りにさせてくれと言ったはずだ。今は誰とも会いたくない」
「時間がないんだよ。ごめん、開けるよ」
一呼吸起き、智代にせめてもの対応できる時間を与えてからドアを開ける。
智代はベッドの上で膝を抱えたまま外を見ている。
頭を掻き毟ったらしく長い髪が乱れ、床にはヘアバンドが転がっていた。
「さっきの放送のことで話したいとがあるんだよ」
膝をつくと智代とほぼ同じ目線で話しかけ、拓也に話したことと同じ疑問を伝えた。

「な、なんだと?」
「だから、どうかまだ諦めないで。三人の他に生存者がいる可能性があるんだよ」
「その三人以外と誰か会えれば放送に偽りがあったことになるな」
言われてみればその通りで、今回は死者の数が多過ぎる。
智代は心の靄が晴れるような気分になり瑞佳を見つめた。
目の澄んだ人だ。健気で屈託のない性格はどこか渚に似ている。
正常な容姿なら自分も憧れるようなかわいい女の子だろう。
電話で聞いた限りでは何度も死にかけたとのこと。見た目にも非力な彼女がどうしてこんなにも逞しいのか。
(──男だ。残り三人のうちに彼氏が……でもなかった。折原浩平の名前があったか)

茜との出会いから最期を話すと瑞佳は一瞬驚き、考え込んでしまった。
「もしかしたら他のグループでも同じようなことが起きたのかもしれないね。それでも四十四人が九人なんて絶対おかしいよ」
「首輪を外したなんてことは……無理か」
「わからないけど、このままウサギの言いなりになるなんて悔しいよ。お願いだからわたし達に協力して」
「わかった。長森の言うとおりにしよう」
「ありがと。じゃあ気分を切り替えて付け直そうよ」
差し出されたのは投げ捨てたヘアバンドだった。
「お前変な奴、否いい奴だな。気に入った」

567雪のように白く:2007/06/09(土) 23:02:42 ID:qi7/mXBI0
「お疲れさん。坂上さんの協力を得られたようだな」
「お兄ちゃんの方は?」
「なんとかなーってとこだけど、柚木さんが離れてくれないんだ」
詩子は拓也の胸に顔を埋めていた。
「いつまでも悲しんでいる場合じゃないぞ。頭を切り替えろっ」
「じゃあ頭を切り替えて内紛の種を消去しなきゃね」
振り向きざまニューナンブM60が向けられる。
「待ってくれ! 茜と交わしたことはあくまでも方便なのだ」
「往生際が悪いよ。もう誰も信用しないから。こうなった以上、あたしも優勝を狙うことにするよ」
詩子の眼差しは未だかつて見たことがないほど冷たいものだった。
一存で決すべく拓也は瑞佳の表情を窺う。
詩子を半抱きした状態だから押さえ込めることは十分可能だ。しかし──
(クソッ、駄目かよ)
アイコンタクトで返ってきたのは「否」だった。

「待って。柚木さんの気持ち、わたしにもわかるよ。お兄ちゃんから聞いた通り、まだ生存者がいるかもしれないんだよ」
「もうどうでもいいような気がするんだ。茜に裏切られたショックが大きいんでね」
「せめて生存が確実な三人に会うまでは投げないでちょうだい。この通りだよ」
そう言って瑞佳はひれ伏し、切に願いを乞うた。
「そうだ、今時単独で行動している奴はいないと思う。三人はいっしょに違いない。僕からもお願いだ、柚木さん」
二人の哀願に若干送れて智代は膝をついた。
「私が悪かった。どうかもう一度協力してほしい」
自分の時と同じく瑞佳は全身全霊でもって行動していることが智代の心を動かした。
床に手をつき頭を下げるより他はなかった。
暫し沈黙が流れ、それは一時間以上も長いものに感ぜられた。
「あたしって悪人になれないのかなあ。皆ににそこまでされちゃ考え直すとするか」
付き合いは短いが、瑞佳の人柄を詩子は大層気に入っていた。
油断すれば殺されるという非情な環境の中でも、瑞佳の魅力は大いなるものがあった。

568雪のように白く:2007/06/09(土) 23:04:31 ID:qi7/mXBI0
一同は茜の死から立ち直り、結束を固めた頃にはかなり時間が経っていた。
「まずは鎌石村役場で情報収集し、平地の街道を通って平瀬村へ行こう。他に意見は?」
「それでいい。葉子さんの扱いは如何に?」
珍しく全員の意見が一致──助命しないということだった。
かといって、改心したと泣き喚く丸腰の者を処刑するのは誰もが嫌がった。
拓也は前科があり、智代も口先だけとはいえ優勝を目指そうとしたし、詩子は葉子に命を助けられた。
瑞佳は生来の優しさが災いし、拓也の例もあって葉子のいうことは本当かもしれないと迷うところである。
皆それぞれ思う所があり、話し合いの末当分の間生かしておくという取り決めになった。
その裏には二日後の放送で死者がいない場合、誰かの首輪が爆発するのを防ぐための生贄の役目もあった。

外に出るとみずみずしい蒼い空が広がっていた。
天候の良さに、皆は藁をも掴む思いでより良い結果が訪れる淡い期待を抱く。
他の生存者が主催者との対決に臨む中、事態の推移を知らない拓也一行の放浪の旅が始まろうとしていた。


【残り17人】

【時間:三日目08:30】
【場所:C-05鎌石村消防署】
月島拓也
 【装備品:メス】
 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:消火器、支給品一式】
 【状態1:リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】

569雪のように白く:2007/06/09(土) 23:05:45 ID:qi7/mXBI0
坂上智代
 【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、手斧】
 【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
 【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:健康】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】
柚木詩子
 【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈】
 【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:健康、智代に複雑な思いを抱いている】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】
鹿沼葉子
 【持ち物:支給品一式】
 【状態1:両手を後ろ手に拘束、リヤカーに乗っている】
 【状態2:肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
 【目的:何としてでも生き延びる】
里村茜
【持ち物:包丁、フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】
【状態:死亡】

【備考1:消防斧、消火器はリヤカーに積載】
【備考2:全員に一日分の握り飯を配布】
【備考3:拓也を先頭にリヤカーの左側を瑞佳、右側を智代、後方を詩子が配置】
【備考4:茜の死体は埋葬、持ち物は拓也と瑞佳に譲与の予定】

→865

570雪のように白く:2007/06/10(日) 10:44:46 ID:qyYrwOVQ0
まとめ様サイト様
誤字がありましたので訂正をお願いします。
>>563
>と、刺すような視線をを感じ、その方に顔を向けると智代が肩を震わせながら睨んでいた。
    ↓
と、刺すような視線を感じ、その方に顔を向けると智代が肩を震わせながら睨んでいた。

>>564
>瑞佳は弓矢とデイパックを拓也に預けると指示に従い歩を進めた。8
    ↓
瑞佳は弓矢とデイパックを拓也に預けると指示に従い歩を進めた。

お手数をお掛けして申し訳ございません。
感想避難スレの616氏、ご指摘ありがとうございました。

571もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:42:24 ID:Cg5rc/nU0

温度を感じられぬ風の中、少女は静かに黒翼を広げていた。
細い銀髪が音もなく靡く。
白くしなやかな手指が、風を愛でるように天へと向けられていた。

「カ、ミュ……?」

そんなはずはないとわかっていて尚、声が出た。
黒翼の巨神像はまるで眼前の少女をモチーフにして造形されたかのようではあったが、
生身の少女と巨像の間には差異がありすぎる。

『……私はムツミ』

案の定、否定された。静かな声。
背に翼を生やした人ならざる少女は、天へと向けていた指を緩やかに下ろしていく。
瞬間、周囲の景色が変わった。


***

572もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:42:44 ID:Cg5rc/nU0

移り変わった光景は、緑も疎らな岩場だった。
そこに、人と、人であったものが、ひしめいていた。
立ち尽くす者と斃れ伏す者、生者と死者がただ渾然と入り混じり、そこにいた。
そのすべてが同じ顔をしているのを、私は何の興味も浮かべずに眺めていた。
悉くが少女だった。眼鏡をかけている。
傷を負う者がいた。白い肌を無残に晒す者がいた。己の腹からはみ出した臓物を眺めながら息絶えている者がいた。
誰一人として、口を開くこともなく、そこにいた。
死の価値も生の価値もない、それは地獄と呼ぶにふさわしい光景だった。
多すぎる生と多すぎる死が、私の心から熱を奪っていく。
一瞬煮えたぎりかけた感情が、また元の暗い淵へと沈んでいくのを感じた。
陽光に照らされた世界が不快で、目を閉じようとした。
だがそれを赦さないものがあった。

『―――――――――――――――』

音だ。
瞼を閉じようとした瞬間、凄まじいまでの音が、私を包んでいた。
高く、低く、大きく、小さく、遠く、近く、無数に響く音。
咄嗟に耳を塞いでも意味はなかった。
音の波は私の全身を殴りつけるように響いていた。
眩暈を通り越して吐き気を覚えるような、実体を持った音の暴力。
のた打ち回りたくなるような衝動。
思わず、声が出ていた。搾り出すような絶叫。聞こえなかった。
空間を埋め尽くす無数の音は、私一人の叫び声など容易く掻き消してしまっていた。
叫んでも、叫んでも聞こえない。
咽喉が痛い。咳き込んで、苦しくて、音はそれでも私を責め苛む。
苦痛のあまりに涙を流しながら、音にならない絶叫を上げ、咳き込んで身を歪める。
音という集合体に飲み込まれて消える、私自身の絶叫。
そんなことを繰り返す内、気づいた。

―――これは、声だ。
この猛烈な音の塊を構成しているのは無数の声なのだと、感じていた。
幾千、幾万の声を集めて練り合わせ、いちどきに解き放ったのがこの音なのだ。
そう考えた瞬間、唐突に音が止んだ。

気がつけば、辺りは再び新緑の森へとその景色を変じていた。
黒翼の少女が、私をじっと見下ろしていた。
まとまらない思考の中、とにかく何かを問いかけようと口を開こうとした矢先、少女の手が動いた。
何もない空中で、しかし何か、箱のようなものにかけられた幕を取り払うような仕草。
瞬間、三度景色が変わった。


***

573もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:43:11 ID:Cg5rc/nU0

そこは、紅い世界だった。
木々の緑を、大地の朱を、透き通る大気をすら、紅く染めるものがあった。
絶え間なく飛沫をあげる鮮血だった。

その中心にいたのは、二人の少女だった。
一人は長い槍のような武器を手に、もう一人は薪を割るような鉈を持って、真紅の森を駆け抜けていた。
返り血に濡れた長い髪が重たげに靡き、手にした刃が閃く度、眼前に立つものが真っ赤な血を噴きながら倒れていく。
同じ顔をした無数の少女たちが十重二十重に取り囲む中、少女たちはまるで燎原の草を刈るように得物を振るい、
その手を、顔を、既に血に塗れていない部分などないような服を、更に赤で塗り込めるように、返り血を浴びていく。
取り囲む側の少女たちは、しかしこの場においては、逃げ惑うこともせずただ諾々と死を待つだけの存在であるかのようだった。

『―――素敵な恋がしたかった』

声がしたのは、断ち割られた眼鏡を陽光に反射させながら、新たな少女が血に塗れて倒れたときだった。
黒翼の少女が口にしたものと思い、反射的に周囲に目をやる。
しかし翼を羽ばたかせる少女の姿は、どこにも見当たらない。

『物語を書いてみたかった』

新たな声がした。
眼鏡の少女が、磔刑に処されるようにその身を貫かれ、傍らの大樹に縫いとめられた瞬間だった。
刃を引き抜かれ、ずるりと地に落ちるその姿を見ながら、悟る。
これは、

「……この子たちの、声」

口にした瞬間、吐き気がした。
朝から何時間も泣いて、泣いて、吐き尽したはずの胃液がこみ上げてくる。
舌の奥に感じる苦い味と刺激臭。
堪える気もなく、吐いた。

574もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:43:37 ID:Cg5rc/nU0
『馬に乗ってみたかった』

声は続く。
それは取りも直さず、眼鏡の少女の内の誰かが刃の犠牲になったということだった。
口の中に残る苦味に鉄臭さを感じて、顔を覆う。

『外国の街並を歩いてみたかった』

ずきずきと、頭が痛む。
滲んだ涙は温く粘ついて、私はそれを乱暴に拭う。

『古い映画が見たかった』

蹲っても、声は消えない。
爪が額とこめかみに食い込む痛みだけが、私を支えていた。

『思いきり、歌をうたってみたかった』

幾つも幾つも繰り返されるそれは、ひどくささやかで、どうしようもなく子供じみた、

『しあわせに、なりたかった』

度し難い、生への渇望だった。


「――――――」

声もなく、私は泣いていた。
乾ききった体から最後の一滴までを搾り出すように、涙を流していた。
悲しかったからではない。
ただ、悔しかった。
散り行く少女たちは、最後の瞬間に、幸福を望んでいる。
それは手を伸ばしても届かない希望への、儚い賛歌のはずだった。
ならば、しかし、どうして。

『しあわせに、なりたかった』

幾つも続く、最期の望みを告げる声は、こんなにも。

『だから―――早く殺して』

こんなにも、絶望に満ちている。

575もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:44:14 ID:Cg5rc/nU0
「――――――ッ!」

胸の中に、たった一つの名前を思い浮かべる。
生きることは幸せだ、と。
私はずっと、そう教えてきた。
その歩む道が幸せに満ちるようにと願っていた。
曇りのない笑顔がいつまでも続くようにと、祈っていた。
散り行く少女たちの声が、やがてたった一つの、小さな声に変わっていく。
それは、私が心から望み、そして二度と耳にし得ぬ、声だった。

『殺してください』

このみ。
その名を思い浮かべてしまえば、あとはもう堪えきれなかった。
喉も嗄れよと、叫んだ。

―――刹那、声が爆ぜた。

576もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:44:55 ID:Cg5rc/nU0

『しあわせになりたい』『殺してください』
『しあわせになりたい』『殺してください』『しあわせになりたい』『殺してください』
『殺してください』『しあわせになりたい』『殺してください』『しあわせになりたい』『殺してください』『しあわせになりたい』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』

577もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:45:28 ID:Cg5rc/nU0
「……死なせて、あげる」

ひどく自然に、声が出た。
周囲の景色はいつしか、元に戻っていた。
蒼い空も、木々の緑も、大地の朱も、日輪の白も鮮血の紅もなく、ただ暗く狭いコクピットだけがあった。
小さな光が、いくつか明滅していた。
黒翼の少女の気配はもう、どこにも感じられなかった。

「そんなに苦しい思いをしてるなら、私が殺してあげるから、だから」

囁くような声は、しかし世界を埋め尽くす少女たちの断末魔をかき消すように、響いた。

「―――だから、しあわせになりなさい」

操縦桿を握る。
同時に、計器類が一斉に光を灯した。

578もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:45:55 ID:Cg5rc/nU0

【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:D−4】

柚原春夏
【状態:覚醒】

アヴ・カミュ
【状態:自律行動不能】

ムツミ
【状態:不明】



【場所:E−6】

天沢郁未
【所持品:薙刀】
【状態:戦闘中・不可視の力】

鹿沼葉子
【所持品:鉈】
【状態:戦闘中・光学戰試挑躰】

砧夕霧
【残り9815(到達・7911相当)】
【状態:進軍中】

→708 866 ルートD-5

579君を想う:2007/06/10(日) 20:59:37 ID:OLgBZmrg0
地下要塞の一角、大型機械の前で黙々と作業を続ける男が一人。
彼の名は長瀬源五郎。
『元』来栖川エレクトロニクス中央研究所、第七研究開発室HM開発課、開発主任である。
彼はとある交換条件の下、篁財閥に転職した。
篁がこちらに提供してくれるものは単純にして明快――メイドロボット開発費の資金援助である。
その引き換えとして自分は、此度の殺人遊戯における首輪の管理を行う事となった。

この殺し合いには自分の知り合いである、姫百合珊瑚も参加している。
彼女はこと機械に関して紛れも無く天才であり、ハッキングを仕掛けてくる事など分かっていた。
だからこそ自分は、首輪の盗聴器と島中に仕掛けたカメラだけでは飽き足らず、島にある全てのパソコンに発信機を埋め込んだ。
完璧な対策だった筈だ。
破られる事など万が一にも有り得ない筈だった。
にも関わらず珊瑚はこれらの防壁を全て突破し、針の穴程の隙間を縫って、ハッキングを成功させたのだ。

篁にその失態を恐る恐る伝えると、こう言われた。
『自分の不始末は自分でケジメをつけろ。首輪爆弾遠隔操作装置の復旧と防衛は、全てお前一人で行うのだ』と。
恐らくこの命令を遂行出来なければ、資金援助を打ち切る程度では済まされず、殺されてしまうだろう。
だからこそ今こうして自分は、最早戦地と化した要塞で護衛も連れずに、独り装置の復旧作業を行っているのだ。
念には念を入れて手動で装置を操作出来るようにしておいた為、復旧作業にはそう長い時間を要すまい。
恐らくは後数時間もあれば操作方法の切り替えが終了し、再び首輪爆弾遠隔操作装置は機能するだろう。
どんな手を使ってでも機能を復活させ、尚且つこの地を守りきってみせる。
何しろ自分には、絶対に譲れない夢があるのだから。

    *     *     *

580君を想う:2007/06/10(日) 21:00:27 ID:OLgBZmrg0
走る、走る。
春原陽平と藤林杏は、体力を切らさない程度のペースで、地下要塞内部を駆けていた。
身体は熱く、しかし心は驚く程冷静に。
永きに渡った戦いは、終局の時を迎えようとしている。

「陽平。今からどうすれば良いか……分かってるわね」
「ああ。まず『首輪爆弾遠隔操作装置』をぶっ壊して、それから『高天原』に向かうんだろ?」
杏はこくりと頷いた後、周囲を大きく見渡した。
自分達の進路からも、後方からも、人の気配一つ感じ取れない。
敵も、罠も、何の妨害も存在しない。
そこから導き出される結論は一つ。
「多分敵は『首輪爆弾遠隔操作装置』の守りを放棄して、『高天原』に戦力を集中させてる。
 早く終わらせて、柳川さん達を助けに行くわよっ!」
頷き合う二人の心には、先に待ち受けるであろう死闘への恐怖も、敵を殺す事への迷いも無かった。
あるのはただ一つの決意、自分達は与えられた役目を忠実にこなし、全てを終わらせる。

これまで自分達は様々な苦難を経験し、決定的な挫折を嫌と言う程味わってきた。
陽平も杏も、自身の一番大切な人は守れなかったし、多くの仲間を死なせてしまった。
こうして今は肩を並べている二人だったが、些細な食い違いから揉めた時もあった。
自分達がこの島で味わされたのは、楽しい事よりも悲しい事の方が圧倒的に多いだろう。
しかしだからこそ自分達は、強くなれた。
これまで支え合ってきた仲間達のお陰で、大切な人を救おうとし続けた過去の自分のお陰で、本当の強さを手にする事が出来た。
仲間達との思い出一つ一つが、自分達の背を強く押してくれる。
だからこそ、この先にどんな苦難や悲しみが待ち受けていようとも、決して止まりはしない。

581君を想う:2007/06/10(日) 21:01:44 ID:OLgBZmrg0
二人は走り続ける。
何人分もの想いを背負いながら、一心不乱に先へと進む。
やがて『首輪爆弾遠隔操作装置』の置き場――情報システム制御分室に通じる扉を発見し、二人は足を止めた。
もしかしたらこの先に、番犬の如き強力な守り手が待ち構えているかも知れない。
しかし陽平はコンマ一秒程の逡巡すら必要とせず、告げる。
「――杏、行こう」
「うん、オッケーよ」

扉を開け放つ。
足を踏み入れた地は、パソコンを置いた机が規則正しく並べてある、然程広くない空間だった。
奥の方には曲がり角があり、恐らくその先に『首輪爆弾遠隔操作装置』があるのだろう。
陽平と杏は、そこに向かって慎重に歩を進める。
そうして部屋の中央辺りにまで進んだ時、見知らぬ男が奥から現れた。

「やあ、こんにちは。春原陽平さんに、藤林杏さん」
いかにも科学者であるといった風の白いコートを身に纏い、快活な声で話し掛けて来る眼鏡の男。
敵の襲撃がある可能性は当然考慮していたものの、今の状況は想定外だ。
たちまち杏は訝しげな顔となり、慎重に口を開いた。

「……何なのよ、アンタ」
「あ、自己紹介がまだでしたね……私は長瀬源五郎と申します。元来栖川エレクトロニクスHM開発課、開発主任です。
 現在は転職し、篁財閥で働いています」
源五郎はそう言うと、軽く一礼をした。

陽平は緊張した肩を何とか動かして、警戒態勢を取る。
「良く分かんないけど……篁財閥所属なら、僕らの敵って事だよね」
それで、間違いない筈だった。
主催者の正体が篁である以上、その部下であるこの男も自分達の敵に違いない。
だが――源五郎は軽く肩を竦めた。
「そうとも限りませんよ? 少なくとも私は無駄な争いを避けたいと考えていますから」
「……どういう事なの?」

582君を想う:2007/06/10(日) 21:03:00 ID:OLgBZmrg0
杏が眉間に皺を寄せて問い掛けると、源五郎は己の胸に手を当てた。
「いやね、私は『首輪爆弾遠隔操作装置』を防衛するよう命令されているんですけど、逆に言えばそれ以外はやる必要が無い。
 出来れば大人しく引き返して欲しいんですが、如何ですか? そうして頂ければ何も危害は加えません」
「もし僕達が、嫌だといったら?」
「その時は――」
源五郎は懐に手を入れ、筒のような形をした物体を取り出した。
一見短機関銃と似ているが、その先端は鋭く尖っており、弾丸を発射出来る程の穴は開いていない。
源五郎はその物体をおもむろに天井へと向け、トリガーを引いた。
物体の先端から青白い閃光が、一直線に奔る。

「――――!?」
直後、陽平も杏も大きく息を呑んだ。
恐らくは鉄筋コンクリートで造られているであろう要塞の天井が、撃ち抜かれた一点だけ黒く焼け焦げていたのだ。
僅か一瞬の照射で、この火力。明らかに尋常では無い。

「これはレーザーガン……篁セキュリティのレーザーディフェンスシステムを応用したものです。
 もし貴女達が此処から先に進むつもりなら、これで応戦しざるを得なくなりますよ?」
戦慄に歪んだ杏達の顔を眺め見ながら、源五郎が得意げに語る。
「という訳ですので、今すぐお引取り願えませんか? 貴女達はもう首輪を外したんですし、此処で無駄死にする事も無いでしょう?
 繰り返しますが、大人しく引き返してくれれば一切危害は加えません」
それは、源五郎の言う通りだった。
『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊する事は、主催者打倒にあたっての必須条件では無いのだ。
源五郎の言い分に従って引き返しても、地下要塞の攻略に大きな支障は生じないだろう。

583君を想う:2007/06/10(日) 21:04:15 ID:OLgBZmrg0
だが――杏はゆっくりと、首を横に振った。
「そんなのお断りよ。まだ首輪に縛られてる人が六人も残ってるのに、見捨てられる訳無いじゃない」
そもそも杏達は、『首輪爆弾遠隔操作装置』破壊のメリットが何かなど承知の上で、この地まで攻めあがってきたのだ。
強力な武器を持った相手が一人現れた程度で、尻尾を巻いて逃げ帰る気など毛頭無かった。
すると源五郎は僅かに唇を噛み、大きく息を吐いた。
「考え直してくれませんかねえ。私は所詮科学者ですから、戦いは好みません」
それに、と続ける。
「私には夢がある。篁財閥の豊富な資金力を活かし、低コストで、尚且つ『心』を持ち合わせたメイドロボを世に送り出すという、大きな夢がね。
 『心』を持ったメイドロボが出回れば、きっと世界は素晴らしいものになります。それに比べればたった六人の命なんて、安いものでしょう?」

試作型マルチのような『心』を持ったメイドロボットを、安価に抑えれるよう改良し、製品として販売する。
それが源五郎の目的だった。
その目的を成し遂げる為には、無尽蔵とも言える資金力を保有している篁財閥の協力が必要不可欠なのだ。
そこには篁への義理や忠誠心など欠片も無く、ただ科学者としての情熱だけが存在する。
そう――人間に対する思いやりすら、一片も存在しない。

その事実は陽平の心に、燃え盛る怒りの業火を生み出した。
「ふざけんじゃねえよ! ポンコツ機械の開発なんかより、人の命の方が大事に決まってるだろ!」
怒号、轟く。
高速で取り出す、ワルサーP38。
攣り切れんばかりにトリガーを引き絞る。
放たれた9mmパラベラム弾は確実に、源五郎の胸部へと吸い込まれていた。
強い衝撃を受けた源五郎は二、三歩後退したが――踏み留まった。
「なっ!?」
「そうですか……交渉決裂のようですね」
レーザーガンを握り締めた源五郎の腕がすいと、水平に構えられる。

584君を想う:2007/06/10(日) 21:06:04 ID:OLgBZmrg0
「……くぅ!」
陽平は咄嗟の判断で横に飛び退き、その一秒後にはそれまで自分が居た空間をレーザーが貫いていた。
回避動作を続けながら、苦々しげに吐き捨てる。
「畜生、お前も朝霧麻亜子と同じで……防弾チョッキを着てるのか!」
「御名答、その通りです。貴方達が持っている銃程度では、防弾チョッキの上から致命傷は与えられない」
続けざまに照射されるレーザーが、次々と陽平に襲い掛かる。
陽平は麻亜子により傷付けられた右足を酷使して、迫る死から何とか身を躱していた。

「この――ナメんじゃないわよ!」
今度は杏のS&W M1076が吠えた。
源五郎の身体がすっと仕事机の後ろに沈み、そこに置かれていたパソコンを弾丸が吹き飛ばした。

杏は一瞬だけ視線を横に移して、銃を持っていない方の手で前方を指差した。
「――陽平!」
「オーケイ!」
陽平と杏は、源五郎が隠れていると思われる机に向かって、各々の銃の引き金を何度も何度も絞った。
銃を持った杏の手が上下へと小刻みに揺れ、仕事机に穴が掘られてゆく。
S&W M1076がカチカチっと音を立て、弾切れを訴える。

杏は素早い動作でマガジンを取り替え、更に連打した。
敵が仕事机の後ろから動いた気配は無い――ここで一気に勝負を決める!
陽平もワルサーP38に予備マガジンを詰め込み、立て続けに銃弾を放ってゆく。
二人が総数にして20発以上の弾丸を撃ち尽くした後には、仕事机は蜂の巣の如く穴だらけとなっていた。

杏が弾の尽きたS&W M1076を下ろしながら、確認するように呟いた。
「……やったの?」
「間違いなくね。あれだけ銃弾を撃ち込まれちゃ、防弾チョッキを着てたって生きてられないさ」
この状態ならいくら防弾チョッキで身を守ろうとも、いくら仕事机の影に隠れていようとも無駄な筈だ。
貧相な堤防では猛り狂う津波を押し止められぬように、長瀬源五郎は銃弾の波に飲まれこまれてしまっただろう。
陽平達はそう考えていた。

585君を想う:2007/06/10(日) 21:07:33 ID:OLgBZmrg0
しかし――

「……残念でしたね。私は臆病な科学者ですから、色々と前準備はしてあります」
「――――っ!?」
有り得ない筈の声が耳朶へと届き、ピクリと反応した陽平は後退しようとしたが、遅い。
迸る青白い光線は、逃げ遅れた陽平の左肩をいとも簡単に貫いていた。
「ぐぁああああ!!」
陽平の左肩から花開くような鮮血が舞い散り、苦悶の絶叫が響き渡る。
杏が前方へ視線を向けると、倒したと思っていた源五郎が――掃射を浴びせる前とほぼ変わらぬ姿で、悠然と屹立していた。
違いはただ一点、その手に握り締められた強化プラスチックの大盾のみ。

陽平達には知る由も無い事だが、源五郎は襲撃に備えて予め強化プラスチックの大盾を隠していた。
先程逃げ込んだのはその隠し場所である自身の仕事机であり、だからこそ源五郎は迫る猛攻を難無く凌げたのだった。
「……危ない危ない。念の為に隠しておいて正解――でしたよ!」
源五郎は勝ち誇った笑みを浮かべつつ、再びレーザーガンを構えた。

考えるより先に、身体が動いていた。
「陽平っっ!!」
限界ギリギリ、正しく刹那のタイミングで杏は陽平を抱き締め、床に滑り込む。
青白い殺人光線に後ろ髪を消し飛ばされながらも、勢いに身を任せ机の後ろへと飛び込んだ。

「――ぅ、ぐぅ……。クソッ……」
血の流れ出る左腕を押さえ、苦しげに息を荒立てる陽平。
自分は甘かった。
此処は敵の基地であり何があっても可笑しくはないというのに、安易な考えから油断してしまったのだ。
そして、油断の代償は余りにも大きい。
付け根の辺りを穿たれた左腕は、最早指一本動かせなくなっていた。

586君を想う:2007/06/10(日) 21:08:43 ID:OLgBZmrg0
「ヤバイわね……あんなのまで持ってるなんて……」
杏は陽平と共に机の影に隠れながら、焦燥に駆られる頭脳を必死に宥めていた。
源五郎が携えていたのは、少年が用いてたという強化プラスチック製大盾。
アサルトライフルの銃弾すらも防ぎ切る程の、恐ろしい強度を秘めた防具だ。
自分達が持っている拳銃程度では、到底貫けない上、源五郎は防弾チョッキまで身に纏っている。
所謂、絶望的状況だった。

杏はこれからどうすべきか考え抜いた末、一つの結論に達した。
「陽平、此処は一旦引いた方が良いんじゃない……?」
それは苦渋の選択であり、先程啖呵を切った手前、絶対に避けたい道だった。
問い掛けた杏の肩は悔しさでぶるぶると震えており、奥歯はぎりぎりと噛み締められている。
しかし杏の内心を理解して尚、陽平は首を縦に振った。
「……そうだね。此処で死んじまったら、元も子もない。僕らは篁をぶっ倒すまで、死ぬ訳にはいかないんだ」
『首輪爆弾遠隔操作装置』の破壊は、最大の目的に非ず。
命を捨ててまで果たさねばならない任務では、無い。
あくまで目標は篁の打倒であり、だからこそ向坂環も『敵の防御が厚いようなら引き返せ』と言っていたのだ。
このような条件下では、最大の攻撃を凌がれ弱気となった陽平達が逃亡を選ぶのは無理もないだろう。

陽平は杏の手を借りて起き上がり、机の影を進んで出口に向かおうとする。
それは確かに、この場では最良の選択だったかも知れない。
――もう少し早く、決断していれば。

587君を想う:2007/06/10(日) 21:10:57 ID:OLgBZmrg0
「それで隠れているつもりですか? 科学の力を甘くって見て貰っては困りますね」
一際眩い、青い閃光が陽平の視界に入った。
「え……?」
「……あああっ!!」
陽平の真横で、ドサリと、杏が床に崩れ落ちる。
杏の身体から、取り返しがつかない程の血が噴き出している。
レーザーガンより放たれた強大な殺意は、机ごと杏の腹部を貫いていたのだ。
「杏! きょおおおおう!」
陽平の悲痛な叫びが、辺り一帯に木霊した。


「ふふっ……だから最初に大人しく引き返してくださいと言ったんです。このレーザーガンは標的を一瞬で焼き尽くす、最新科学の結晶です。
 この銃の前には、生半可な防御など無意味っ……!」
源五郎はすっと立ち上がり、ボロ雑巾のようになった自身の仕事机を眺め見た。
貴重な研究データが入っているノートパソコンも、机の上に置いてあったファイルも、修復不可能な程に破壊されている。
それまで一貫して冷静だった源五郎の瞳に、初めて昏い殺気が混じった。
「よくも私の仕事机をこんなにしてくれましたね。もう引き返すと言っても許さない……貴女達を殺します」



杏の腹部から止め処なく血が溢れ出す様を見て、陽平の喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かなくなっていた。
机の向こう側から聞こえてくる死刑宣告は、銃弾となって陽平の神経を絶望に浸してゆく。
(ここまでか……)
最早この傷では、杏を連れては逃げ切れぬだろう。
そして杏を置いて逃げるなどという行動は取る気が無いのだから、自分達は此処で殺されるのだ。

588君を想う:2007/06/10(日) 21:12:28 ID:OLgBZmrg0
思えば源五郎に撃ち込んだ最初の一撃で、狙った箇所が不味かった。
的が大きいという理由から胴体部を狙ったのだが、もう少し慎重に思案を巡らせれば、防弾チョッキの存在に思い至っただろう。
予想出来る材料は十分に揃っていた。
何しろ自分は、来栖川綾香が、朝霧麻亜子が、防弾チョッキにより命を繋げる姿を目の当たりにしているのだから。
仲間を死なせてしまった分まで、責務を果たすと考えていたのに――このザマか。

「ごめんるーこ……僕はお前みたいに戦えなかったよ……」
間も無く訪れるであろう死を前にして、陽平は身を丸く縮こませ、瞳に涙を溜め込んだ。
死ぬのは元より覚悟していたが、主催者に一矢も報えぬまま、こんな所で殺されてしまうのが悔しかった。
しかし陽平の友人――否、相棒はまだ諦めていなかった。

「陽……平……諦めちゃ、駄目……」
今にも消え入りそうな、弱々しい声。
陽平がばっと顔を上げると、杏が玉汗を額から零しながらも上体を起こしていた。
その瞳に宿る強い意志、暖かい光が、陽平の心を現実に引き戻す。
「杏っ!? お前大丈夫なのか!?」
「そんな事、後回しでいいから……耳を、貸して……」
言われた通りに耳を差し出した陽平へ、杏は最後の作戦を告げる。



源五郎は一気に勝負をつけるべく、陽平達が隠れている机の方へと歩み寄っていた。
敵の叫び声から察するに、杏は先の一撃で致命傷を負ったのだろう。
後は残る一人を仕留めれば、自分の任務は果たせる筈だ。
こんな戦略的価値の薄い場所には、新手の敵部隊など送られて来ないに違いないのだから。

589君を想う:2007/06/10(日) 21:13:31 ID:OLgBZmrg0
そう――油断する事無く、狩りを行うだけ。

そこで突如、それまで机に隠れているだけだった陽平が飛び出してきた。
手元にあるワルサーP38の銃口は、こちらに向いている。
「――――ッ!」
防弾チョッキの存在がバレてしまった以上、次は頭を狙ってくる筈。
源五郎は咄嗟の判断で攻撃よりも防御を優先させ、強化プラスチック製大盾で頭部を守った。
銃声が鳴り響いた直後、予想通り弾丸が盾の上に撃ち込まれた。

源五郎は間髪入れずに右腕を突き出し、レーザーガンの引き金を何度も引いた。
しかし陽平は円を描くような軌道で走り回っており、なかなか攻撃が命中しない。
「ちっ……ちょこまかと……!」
――これは、進路上に予め攻撃を置いておかなければ当たらない。
そう考えた源五郎は、身体の向きをくるりと180度変えた。
「いい加減……死ねえっ!」
寸分の狂い無く、陽平の進路上にレーザーガンの銃口を向ける。

「しまっ――!?」
ようやくこちらの狙いに気付いた陽平が身体の勢いを押し止めようとするが、もう間に合わない。
レーザーガンから放たれる強力無比な光線は、陽平の身体に致命傷を刻み込むだろう。
「取った……!」
源五郎は、己が勝利を確信した。

590君を想う:2007/06/10(日) 21:14:47 ID:OLgBZmrg0

だが源五郎は一つだけ、大きな判断ミスを犯していた。
声という不確かな要因だけで、藤林杏が戦闘不能になったと判断してしまうという、取り返しのつかないミスを。
「――それはこっちの台詞よっ!」
「…………え?」
聞こえてきた叫び。
振り向いた先では、腹を真っ赤に染めた少女が腕を大きく振り上げ、投げナイフを投擲していた。
防弾チョッキでは、刃物は防げない――

反応する以前に、未だ頭が現実を理解出来ていない。
恐るべき肩力で放たれた雷光の如き一撃は防弾チョッキを易々と破り、正確に源五郎の心臓を貫いていた。
「ガッ……ハ……」
自らの血液で作られた血溜まりに倒れ込む。
急速に意識が遠のいてゆき、何も考えられなくなる。
長瀬源五郎は己の失敗を悔いる時間も、科学の発展を祈る時間も与えられず、この世を去った。



「――ク……ハア、ハァ……」
血の池に飲み込まれ動かなくなった源五郎を見下ろしながら、陽平は息を整える。
――強敵だった。
用意周到な下準備に加え、強力な装備。
最後の作戦も何か一つ間違えば、結果は逆となっていただろう。
未だ無事な右腕を伸ばし、レーザーガンを拾い上げてから、杏の手当てをするべく振り返る。
杏は真っ赤に染まった腹部を押さえ、机に片腕を付きながら、しかし確かに自力で立っていた。

「杏、手当てを――」
「後回しで良いわ。先に『首輪爆弾遠隔操作装置』を壊してきて。また邪魔する奴が現れたら、堪ったもんじゃないしね」
一理ある。
重傷には違いないが、自力で立ててる以上死にはしないだろう。
ならば手早く『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊して、それから手当てをするべきだ。

591君を想う:2007/06/10(日) 21:16:38 ID:OLgBZmrg0
陽平は駆け足で部屋の奥へと進み、高さにして3メートル、横幅にして4メートルはある大掛かりな装置を発見した。
中心に細かいコードやボタンが密集した部位があり、恐らくはあれが中核となっているのだろう。
陽平は武器をワルサーP38に持ち替えて、何ら迷う事無く引き金を引いた。
銃声と共に照準を合わせた部位が、これまで参加者を縛っていた悪魔の枷が、呆気無く砕け散った。

第一の責務は果たした。
次は杏の手当てをしなければならない。
陽平はすぐさま踵を返し――眩暈に似た感覚に襲われた。
部屋の中から、杏の姿が消えていたのだ。
「ぷひぃ……ぷひぃ…………」
胸を締め付けるようなボタンの泣き声だけが、只唯聞こえてくる。

まさか――
陽平は声を上げる暇すら惜しんで、先程まで杏が立っていた位置へと駆け込んだ。
乱暴に机を押しのけて、床を覗き込む。
そこには。
「そ、そんな……」
「ぷひぃ……」
今にも息絶えそうな青白い顔色で、杏がぐったりと倒れていた。
その横ではボタンが見た事も無いくらい悲しそうな顔で、杏に寄り縋っている。
「杏!」
陽平は杏に駆け寄って、右腕だけで彼女の身体を抱き起こした。
「おいっ、どうしたんだよ!? さっきまであんなに元気だったじゃないか!」
杏は冷静に状況を分析し、的確な作戦と並外れた肩力により長瀬源五郎を打倒した。
とても死にゆく人間に出来る芸当だとは思えない。
だからこそ陽平は、杏が助かるものだと信じて疑っていなかった。

592君を想う:2007/06/10(日) 21:17:44 ID:OLgBZmrg0
だが杏は寂しげな、そして酷く儚い笑みを浮かべた。
「火事場の……馬鹿力って……知ってるよね? さっきのは、それよ……。でももう、限界みたい……」
言い終わるや否や、杏は大きく血を吐いた。

陽平は涙を堪えながら杏の身体に縋りつき、子供のように叫ぶ。
「杏っ! お願いだ、死なないでくれよ!!」
失いたくなかった。死なせたくなかった。
自分に残された、最後の大切な人を。
何としてでも死の淵から救って、これから先の人生を親友として共に過ごしたかった。

しかし杏は穏やかな――驚く程穏やかな声で、言った。
「大丈夫……あたしは死なないよ」
「え……?」
目をぱちくりとさせる陽平に対し、続ける。
「少し休むだけだから……。休んだら……ちゃんと、後を追うから……あんたは先に、行きなさい……。
 ボタンと一緒に……『高天原』へ……」
その言葉に、説得力は全く無い。
何しろ話しているそばから、杏の顔色は益々白くなってゆくのだから。

「何言ってんだよ! お前を置いていける訳ないじゃないか!」
「良いから……先に行きなさい。こんな所にも……あんな強い奴が居るんだもん……。『高天原』に言った皆はきっと……もっと苦戦してる……。
 だから早く行って……助けてあげて……」
「駄目だ駄目だ! 僕はお前と一緒に生き延びるって決めたんだ! 僕は――」
陽平は全てを拒絶するように、大きく首を振っていた。
そんな彼の後頭部に、杏の手がするりと回される。

593君を想う:2007/06/10(日) 21:19:22 ID:OLgBZmrg0
「もう……そんなうるさい口は……」
「――――っ!?」

突然の事態に、陽平が大きく目を見開く。
杏が震える手で陽平の顔を引き寄せ、キスをしていたのだ。
そのキスには甘い味など一切せず――ただ血の味だけが、口の中に広がった。

「……こうやって、塞いじゃうんだから」
唇が離れる。

杏は紫色に染まった唇を動かして、何とか言葉を搾り出した。
「最後に……一つだけ良い? あんたはまだ……、るーこの事が好き?」
「……ああ。僕はるーこを愛している」
たとえ何が起きようとも、その想いだけは永久に変わらない――故に何ら迷う事無く、陽平は即答していた。

杏はふっと笑って、陽平の後頭部から手を離した。
「分かったわ……さあ、行って。最後の戦いを終わらせに……」
陽平は、もう迷わなかった。
半ば光を失った杏の瞳をしっかりと見据えながら、告げる。
「うん、行ってくるよ。僕……お前に会えて、良かった」
「ふふ……あたしもよ」
陽平は杏の手を一度だけ握り締めた後、ボタンを抱き上げ、自分の意思で立ち上がった。
最早抑えようの無い涙を、服の袖で乱暴に拭いながら駆け出す。
目的地は『高天原』、目標は篁の打倒。
絶対に全てを終わらせ――生き延びてみせる。

594君を想う:2007/06/10(日) 21:20:50 ID:OLgBZmrg0

陽平の後ろ姿を見送りながら、杏はぼそりと呟いた。
「フラれたちゃったわね…………」
自分は何とも思っていない相手に口付けが出来る程、軽い女ではない。
自分は間違いなく、陽平に惚れていた。
陽平の心はるーこで埋め尽くされており、自分が入り込む隙間が無い事など分かっていたが――惚れていたのだ。
此処で自分は死ぬだろう。
死ぬのは怖いし、身体から熱が奪われていく感覚は狂いそうな程に恐ろしい。
それでも、思う。
最後に大好きな人を守り切れて良かったと。
だからこそ自分は、満足して逝ける。
「陽平……あんたは……生き延びなさいよ…………」
最後まで春原陽平の無事を祈りながら、藤林杏はゆっくりと目を閉じた。


【残り16人】



【時間:3日目11:50】
【場所:h-4地下要塞内部】
春原陽平
 【装備品:レーザーガン(残エネルギー50%)】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具、ワルサー P38(残弾数6/8)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態①:嗚咽、右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【状態②:中度の疲労、左肩致命傷(腕も指も全く動かない)】
 【目的:走って『高天原』に向かう。篁を倒し生き延びる】
ボタン
 【状態:悲しみ、陽平に抱き上げられている】

藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(0/7)予備マガジン(7発入り×2)、投げナイフ(×1)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:死亡】
長瀬源五郎
 【装備品:防弾チョッキ(半壊)】
 【状態:死亡】

【備考】
・首輪爆弾遠隔操作装置は破壊されました。
・杏の死体の近くに、強化プラスチック製の大盾と投げナイフが落ちています

→862
→874

595君を想う・作者:2007/06/11(月) 02:28:50 ID:9QIS6S.s0
まとめサイト様
誤字を見つけたので、以下のように修正お願いします
誤字った箇所が最悪だ……orz
>>594
>「フラれたちゃったわね…………」
    ↓
「フラれちゃったわね…………」



お手数お掛けして申し訳ございません

5962輪の花・終:2007/06/11(月) 23:28:34 ID:TwvI57mM0
芳野祐介は、呆然とその光景を見つめていた。
草木を彩る鮮烈な赤の波、漂う異臭をぽつりと垂れる僅かな雨水が拡散させている。
それでも、その赤い水の量は雨水なんかを遥かに凌駕するものだった。
それこそ雨水のおかげでさらに濃度の薄まったそれが広範囲に広がっていく様は、見ていて吐き気を催させるものである。

己の手で自分の口を押さえながら、芳野はその中心を食い入るように見つめていた。
そこに転がっているものが何なのか、見定めようとしていた。
……信じられないだろう、しかし芳野の目の前の現実はそうとしか表せない。
そこに転がっているのは、『下半身』としか呼べないものだった。
泉の中心にて足を大きく広げ寝そべっている姿、人のものに間違いないだろう。
しかしそれは、途中で途切れてしまっている。
ないのだ。胸部より上の部位が、ばっさりと切り取られているのだ。

……切り、とられた? 近づき、赤い水溜まりを気にせずそれを覗き込んだ芳野の中に不信感が生まれる。
その部位に値する場所は、「切る」なんて生易しい表現で済むようなものではなかった。
千切った。周囲の皮をも巻き込んだ力技にも思える肉の異様な流れ、そのグロテスクさにその場で胃液を芳野は漏らす。
何故こんなことになったのか。
何故こんな様が、目の前で晒されることになったのか。

一体この下半身は誰のものなのか、芳野は軽く痛みを訴える頭を使い考え込む。
薄暗い夜明け前のこの様子では、色の判断は難しかった。
しかし着衣されているものはどうせ真っ赤に染められていて、そもそも色で識別を図ろうなんてことを考えること自体が馬鹿げているのだろう。
なら何を参考にするか。簡単である、この下半身が着衣している服のデザインで考えれば良いことだ。
短パンにパレオといった特徴的なそれ、一晩一緒にいたことから勿論芳野にとっても見覚えのあるものである。
何故か短パンのチャックが下りていて男性器がさらされていた、シチュエーションとして意味は不明である。
芳野が視線をさらに下の方へ送ると、しなやかな筋肉のついたふくらはぎにはすね毛が男の勲章として君臨しているのが彼の目に入る。

柳川祐也で、間違いないだろう。
外に排泄をする場所を探しに行った男の無残にも変わり果てた姿が、この芳野の前で横たわる肉の塊だった。

5972輪の花・終:2007/06/11(月) 23:29:00 ID:TwvI57mM0




長森瑞佳をトイレまで案内し、芳野は再び見張をするべく先ほどまでいた場所へと戻った。
静かな時間が順調に流れる、このような自分一人の時間を満喫することがなかった芳野にとっては良い気分転換であろう。
……伊吹公子を失った悲しみが芳野の胸を締め付ける、何だかんだで瑞佳や柳川の大きな存在感というのは芳野の心を暗い方面へと持って行く暇など与えないでいた。
それは救いだったかもしれない。
自暴自棄になり、公子を殺した参加者を始末するべく誰彼構わず襲い掛かる可能性というのも芳野は所持していない訳ではなかった。
瑞佳という少女は足かせではあったが、そういう意味では抑制になっていた。
柳川と合流してからは緊張感のない騒がしさのおかげで、芳野は殺し合いに参加させられていること自体忘れかけていた。
馬鹿馬鹿しいと思うものの、それはさりげなく存在した一つの日常であった。

―― では、芳野が目にしたあの光景は何か。

柳川が外に出てから一時間程経っても、彼が戻ってくる気配は一向になかった。
会っていないという意味でなら瑞佳もそれに当てはまるが、彼女についてはそれこそトイレの後また部屋に戻り再び眠ったと考えるのが自然であろう。
だから、芳野も不信には思わなかった。
……だが、柳川は違う。
頑なにトイレにて排泄をするという行為を拒むという頭のおかしい行動をとった柳川の思考回路を、芳野が理解できるはずはない。
そこまで遠くに探しに行ってるのか。それとも、何か弊害でも起きたのか。
どうすればいいのか、まどろっこしくなりそうな事に対し芳野も重い腰を上げる。
下手に考えることで時間を潰すよりも、行動に移ったほうが効率的だと判断したのだろう。

駆ける芳野の力強い足音が廃墟に響き渡る、外に出ると同時にエコーも消え芳野の耳に静けさが戻った。
鼻の頭に落ちてくる水滴、芳野が見上げるとポツリと振ってきた雨水がもう一滴垂れてきた。
……雨の勢いは、決して強いものではない。
それこそ数秒間に一滴づつというレベルなので、雨自体が本格的に降ってくる様子も現状では確認できないだろう。
そんな違うものに気を取られた芳野の意識を掴みあげたのが、例の赤い惨状だった。

5982輪の花・終:2007/06/11(月) 23:29:23 ID:TwvI57mM0
雨はほんの五分程度しか続かなかった。
見上げた雲の色は白い、再び降ってくる様子もないだろうと芳野は思った。
そんな、余りにも短い時間。この雨の存在に気づいた参加者は何人程いるだろうと、芳野はこっそり考えた。
それは、言うまでもなく現実逃避だった。

とぼとぼと廃墟内へと再び入り例の見張をしていた場所に戻ると、芳野はその場にどっかりと座り込んだ。
そのまま、頭をくしゃっと抱え込む。芳野は混乱していた。

『柳川を探しに行こうと思ったら、遺体となって転がっていた』

冗談でも何でもなかった、何故このようなことが起こったのか芳野でなくとも不思議に思うだろう。
残された下半身、さらけ出された男性器、すね毛。
意味が分からなかった。あれが何を指しているか、芳野は想像すらできなかった。

首輪が爆発した? 芳野は小さく頭を振る。
部位には肉が焦げた痕などなかった、それ以前にこんな近距離で爆発などしたら芳野の耳にも間違いなく届いたであろう。
それはない、可能性を一つ潰す。

何者かに襲われた? これが妥当なものだろうと芳野は小さく首を縦に振る。
しかし、芳野は柳川から彼自身の経緯を耳にしていた。
柳川曰く、彼は現代日本にて僅かに存在する「鬼」の末裔らしい。
このファンタジーな話を聞き流した芳野は、柳川のことを頭のおかしくなってしまった可哀想な人だと即座に判断した。
が、実際柳川の戦闘能力は決して低いものではなかった。
これはたまたまであるが、つっこもうとして裏拳を突き出した芳野の腕を反射的に捕らえた柳川は、それを当たり前のように渾身の力で捻りあげてきた。
突然のことだと加減ができない。そう口にするクールな眼鏡の奥に在る瞳、柳川のそれは全く笑っていなかった。

そんな男が、いかにしてあのような状態になったのか。
考えれば考えるほど、芳野の頭はこんがらがっていくばかりである。
……一人で煮詰まっていては仕方ない、芳野の心は件を他者である誰かに相談したい思いで膨れ上がった。

5992輪の花・終:2007/06/11(月) 23:29:50 ID:TwvI57mM0
再び腰を上げ、とぼとぼと芳野が向かった先は瑞佳が休んでいるベッドのある客間であった。
小さく扉をノックする芳野、しかし反応は返ってこない。
瑞佳は多分眠っているのだろう、それを起こしてしまうのは可哀想かもしれないと芳野の良心が少し痛む。
しかし考えてみれば起きた事実を早急に知らせる義務もあると言い聞かせ、芳野はそっとドアノブに手を伸ばした。
握ったそれに違和感はない、鍵はかけられていなかった。
ゆっくりとドアを開け、芳野は細い隙間から部屋の様子を窺った。
埃やカビの類である古くさい臭いが瞬時に芳野の鼻をつく、明かりの灯っていない部屋の様子は簡単に目視できるものではなかった。
部屋の中に設置されている窓にはカーテンがかかったままなのだろう、芳野はそのままゆっくりと扉を開け廊下の窓から差し込む月の光を部屋の中にも導いた。
静まり返った部屋の様子が、芳野の視界に晒される。
しかしそこは、いくら確認しようとも人がいる気配など一切なかった。

ゆっくりと、部屋の隅に位置するベッドへと近づいていく芳野。
乱れたシーツは人が使用した痕跡をまざまざと見せ付けてくる、だが肝心の主がそこにはいない。
手を差し出し芳野も直に触れてみたが、そこに温もりは全く残されていなかった。
……おかしい、それならば瑞佳は一体何処へ行ったというのだろうか。芳野の眉間に皺が寄る。

その時だった。
部屋を出て、廃墟の中を探索しようとした芳野の脳裏に柳川の言った言葉が蘇る。
馬鹿な。ありえない。芳野は即座に首を振った。
だが芳野の心とは反し、彼の足は真っ直ぐその場所へと向かおうとしていた。

そこは、一時間程前に芳野も訪れた場所だった。
休んでいた瑞佳が目を覚まし、この場所を求めたからである。芳野は彼女をこの入り口まで案内した。
一時間。その間に再び尿意をもよおしたと考えれば、別に複数回訪れても全く違和感のない場所ではある。
目を瞑り邪念を払う、芳野はそのま無言で扉をノックした。
……反応は、ない。
試しにノブを手にしてみる、しかし力を込めても回らないことから鍵が中からかけられていることは芳野にも簡単に想像できた。
中に誰かがいるという可能性は、ここで一気に肥大したことになる。芳野はもう一度ノックを繰り返した。
と、何やら芳野の鼻が中から漂ってくる異変を感じ取った。

6002輪の花・終:2007/06/11(月) 23:30:21 ID:TwvI57mM0
生々しい、それはそんな言葉でしか表せない臭いだった。
そして、それはつい先ほど芳野が嗅いだ物と全く同じ類のものだった。
芳野の鼓動が一際速く鳴り響く、焦る気持ちを隠そうともせず芳野は瑞佳の名前を呼びながらひたすらトイレのドアを叩いた。
終いには血すら滲んでくるものの、芳野は気にせず拳をドアへと打ち続けていた。
しかしどんなに芳野が叩いても、叫んでも。扉の向こうから、何か返ってくることはなかった。
このままではいけない、一刻も早くドアを開けなければいけない。芳野の思いは、その一点に集中する。
拳では駄目だということで、今度は芳野は足を使い始めた。
鈍い音が響き渡る、間髪いれず蹴りを放ち続けることで芳野はこの扉を破壊しようとした。
そもそもこの建物自体、初期に参加者を収容する施設に使われていたことにより強度自体は大分下げられているものだった。
仕掛けられた爆弾を爆発させられているからである、ただでさえ年代物の建物である故それこそこの中で銃撃戦でも繰り広げてみれば倒壊させることもできるだろう。

そんな建物、みしっと嫌な音を立てながらドアのネジが外れるのはそれからほんの数分もかからなかった。
できた隙間に指をつっこむ、芳野はそのままドアを力任せに引き開けた。

ドアの先、そこは洗面所の類は存在せず、トイレの個室が構えられているだけだった。
質素な作りの一室、置かれた様式の便器には芳野が探し求めていた少女が座り込んでいる。
しかし、芳野の表情がそれで晴れることは無かった。
嫌な予想が当たってしまったということが、芳野の心をさらに傷つけた。

少女は……瑞佳は、全裸だった。
幼なじみでもある折原浩平にも見せたいと言っていた、あの可愛らしい制服は影も形もない。
その代わり、彼女自身のものであろう真っ赤な血が瑞佳の体を染めていた。
血は、瑞佳の首から垂れたもののようだった。

口を半開きにしたまま眠るように固まっているそれは、間違いなく遺体だった。
ぐしゃり。瑞佳へと近づこうとした芳野の足が、何かを踏みつける。
視線を下に向ける芳野、そこには丸まった布が放置されていた。
無言で、恐る恐るその布地を芳野は掴み上げる。
下水のような汚臭を放つそれを広げると、形態から着物の類のものらしいことが窺えた。

6012輪の花・終:2007/06/11(月) 23:31:28 ID:TwvI57mM0
何故こんなものが。
それを再び地に放ると、芳野はそっと瑞佳の頬へと指を這わせた。
冷たかった。どう考えても、死んですぐの人間の体温ではなかっいだろう。

何がどうなっているのか。
蘇る柳川の言葉、突きつけられた意味の分からない現実。
トイレの側面に作られている窓、開け放たれたそこから入ってくる風の冷たさが芳野の体を冷やしていく。
頭も、心も。何もかも。





芳野祐介
【時間:2日目午前5時半】
【場所:H−7、元スタート地点の廃墟】
【持ち物:某ファミレス仕様防弾チョッキ、フローラルミント着用・繋ぎ・Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】
【状態:呆然、両手軽傷】

朝霧麻亜子
 【所持品:某ファミレス仕様防弾チョッキ・ぱろぱろ着用帽子付、SIG(P232)残弾数(1/7)・バタフライナイフ・投げナイフ・制服・支給品一式】
 【状態:既に離脱済・貴明とささら以外の参加者の排除、着用している制服にはかなりの血が染み込んでいる】


長森瑞佳  死亡


着物(臭い上に脇部分損失)はトイレの床に放置

(関連・735・816)(B−4ルート)

6022輪の花・終:2007/06/12(火) 01:51:34 ID:rLU0z.LI0
指摘ありがとうございました、すみませんが以下を修正させてください。

>>601の三行目
冷たかった。どう考えても、死んですぐの人間の体温ではないだろう。

603The third man:2007/06/14(木) 00:32:16 ID:M1TKe7Uk0
「まず、その辺のどこでもええからとにかく家がたくさんあるところへ行ってほしいんやけど」
出発したはいいもののどうやってこの殺し合いを止めるかという具体案がない藤田浩之が意見を求めたところ、姫百合珊瑚が手を上げて前述の言葉を発した。

「集落かどこかか? そこで何を? 武器でも捜すのか」
「ん、まぁそんなところ〜」
口ではそう言っていたが本当は違うな、と浩之は思っていた。夜中、姫百合瑠璃と会話したときに珊瑚がパソコンなどの電子機器に強いということは知っている。恐らく、パソコンか何かを探し出すつもりなのだろう。

どの程度の知識があるのかは定かではないが、メイドロボの設計を担当したのだ。かじった程度ということは絶対にないはずだった。
「そうだな…俺達も手ぶらじゃ心許ないしな、最低限身を守れるものは欲しい」
「食料の確保もやで。誰とは言わへんけど、とーっても食欲旺盛なゴクツブシがおるねんからな」
明らかにみさきを意識した目線で瑠璃が茶々を入れる。しかしながら自覚がまったくない当の本人はさも人事のように言った。

「え、そうなの? 誰かな?」
「……」
嘘やごまかしではなく本当に誰なのか分かっていないみさきに対して瑠璃は唖然とする。
浩之も素でそんな事を言えるみさきに「こいつ、大物だ…」と思うのであった。

「あ、もしかして浩之君のこと? でも瑠璃ちゃん、それは仕方の無いことだと思うよ? だって浩之君は男の子だし…」
「アンタの事やっちゅーねん!」
みさきのボケに耐え切れなかった瑠璃がみさきの頭を叩く。当然、本人には自覚がないのでどうして叩かれるのかさっぱり分からなかった。
「い、痛いよ〜…私は、別に食欲に関しては普通だと思うんだけど」
「…よくそんな事が言えるねんな。ウチらの食料の殆どを放り込んどいてぬけぬけとそんな事を言えるのはこの口かっ、この口かぁ〜っ!」
頭にきた(らしい)瑠璃がみさきのほっぺたをギュウギュウとつねり始める。
「あいひゃひゃひゃ! ひ、ひどいよぉ〜」
傍目には食糧問題で仲間割れを起こしているようにも見えるかもしれないがみさきも瑠璃もそんな事をしているつもりはなかった。もちろん、浩之も珊瑚もこれが冗談だと分かっている。
一夜を共に過ごした事で小なりではあるが互いに人柄を知ることが出来たのだ。とはいえ。

604The third man:2007/06/14(木) 00:32:40 ID:M1TKe7Uk0
「そろそろ川名をいじめるのは止めてやってくれ。楽しいのは分かるがこんなところでモタつくわけにゃいかねーぞ」
「そうやで〜。あんまり引っ張るとお好み焼きのあのマークの人みたいになるよ?」
二人に釘を刺されてようやく手を離す瑠璃。みさきは痛む頬をさすりながら不満げに言った。
「うぅ〜、ひどいよみんなして私を悪者扱いして…私、いつもそんなに食べてないもん…」
まだ自分の恐るべき食欲を認めようとしないみさきに三人ともがはぁ、とため息をつく。しかし一々つっこむわけにもいかないので気を取り直して話を進める。
「話を元に戻すぞ。まずは村に行って武器の確保。それと川名の食料確保。それでいいな?」
「うん」
「おっけ〜」
「何だか私だけが食べ物を欲しがってるみたいな言い方なんだけど…うん、みんなに任せるよ」

当面の目標は決定した。後はどの村に向かうかという事だが…
「行くとしたら氷川村か平瀬村なんだが、俺としてはあまり平瀬村には近づきたくないな…」
「そっか、前にそこで襲われたって言うてたもんね…」
ひょっとしたらあの巳間良祐がまだあそこに潜んでいる可能性があるのだ。強力な武器を多数持つあの男に狙われたら…そう思うと浩之の背筋がゾッとする。逃げ切れたのだってたまたま運が良かったからだ。
幸運は二度も続かない。
だからこそみさきを、他の皆を守るためにも今は力が欲しかった。

「それじゃ、まず行くのは氷川村やな?」
「ああ、行こう」
そう言って一歩目を踏み出そうとしたとき、不意に服の裾を掴まれる。
「…分かってるって」
浩之はみさきの手を取ると横に並んで歩き出した。彼女の手から伝わってくる暖かさが、妙に心地よく感じられる。同時に、冷やかしにも似た視線が向けられているのも感じた。
熱いねんな〜、とからぶらぶ〜、とかいった言葉が時々囁かれるのが聞こえてくるが反論はしない。認めているわけではなく反論したところでもっと何か言われるのは目に見えているしみさきにも聞こえてしまうからだった。
幸いにしてみさきには姫百合姉妹の声は聞こえていないようで至って普通の顔をして歩いている。あるいは、聞こえているのかもしれないが…
考えたところでどうにもならないので浩之はみさきから目を離し、前を向いて歩き始めた。

605The third man:2007/06/14(木) 00:33:02 ID:M1TKe7Uk0
     *     *     *

軽く2、3時間は経過しただろうか。街道沿いに歩いて行くと、今度はまた三方向に道が分かれているのが見える。
「うーんと…今ウチらがおるんがI-5みたいやな。氷川村に行くには森沿いと海岸沿いの道があるみたいやけど、どうするさんちゃん?」
瑠璃が地図を取り出しながらそれぞれの分かれ道を指す。確かに海が近いようで、僅かにであるがさざなみの音が聞こえてくる。

「ええと…ウチは海岸沿いから行こうと思てねんけど」
「何でだ? 海の方は遠回りだぞ。わざわざそんな事をする必要があるとは思えないが」
普通に考えて、遠回りをすればそれだけ体力を消耗する。今ここでそんな事をする意味があるとは浩之は思えなかった。しかし横にいたみさきが、「そうでもないと思うよ」と言った。
「遠回りって事はあまり人が通りたがらないって事だよね。だったら誰かに見つかる確率もそれだけ低くなるってことじゃないかな?」
ぴんぽ〜ん、大正解〜、とみさきの考察を聞いた珊瑚が拍手をする。

なるほど、言われてみれば確かにその通りだ。村へ早く行くことばかりを考えて道中の危険性を考えていなかった。急がば回れとはよく言ったものである。
同時に、自分の心の中にも焦りがあるのではないかという思いがある事にも浩之は気付いた。
今持ち合わせている武器は瑠璃の持っている携帯型レーザー式誘導装置のみだ。だから早く武器を手に入れたいという思いは当然である。
しかし忘れてはならない。この島では些細な見落とし一つあってはならないのだ。一つのミスが死に繋がる。決して冷静さを欠いてはならない。
その点ではみさきの方が浩之よりも優れていた。目が見えない分、心を冷静に保っておかなければ自分の足元すら見えなくなるからだ。
もちろん、みさき本人にはその自覚はないのであるが。

「そうか、そういう考え方もあるな。鋭いんだな、川名は」
「というか、浩之が鈍いだけなんとちゃう?」
瑠璃のこれまた鋭い一言に心を貫かれる浩之。女性というのはこうも鋭い人ばかりなのだろうかと疑問を抱かざるを得ない。
「うっせーな…とにかく、その方がいいんなら俺もそれに賛成だ」
鈍い云々はともかくとしていい意見があるならそれに従わない理由はない。浩之は民主的な人間なのである。
「それじゃ出発やな。でも、何があるか分からへんから気ぃつけるに越した事はあらへんで」
ああ、と頷いて再び歩き出す。

606The third man:2007/06/14(木) 00:33:29 ID:M1TKe7Uk0
海岸の道を一歩前に進むたびに波が寄せては引く音がより強くなって聞こえてくる。波の音は人の心を落ち着かせるというが、確かにそうだと浩之は思った。
少し前まで浮き足立っていた心が今は落ち着いて冷静になっている。もちろん、周囲に何か変化はないかと見回すことも忘れていないが。
けど、どうせ海に来るんだったらこんな状況じゃなければよかったのにな…
つい口に出しそうになってしまうがそれはやらない。仲間のモチベーションを下げてしまうのは明白だからだ。愚痴ってどうにかなるものではないことを、浩之は理解している。

「あっ、みんな〜、あれ見てみ!」
前を歩いていた珊瑚が海岸とは反対の森側のほうを指差す。何かと思って見てみるとそこにはぽつんと一軒の民家が佇んでいた。ただ一つだけしか建っていないのが物寂しくも感じられる。

「ラッキーだな、上手い具合に見つかるとは…」
「どうしたの?」
一人、状況を把握できないみさきが浩之に尋ねる。
「家が見つかったんだ。まだ氷川村に入った訳じゃないけど。郊外にある一軒家って感じだな」
了解したようにみさきが頷く。その表情は少し安堵したようにも見受けられる。
「けど油断は禁物だぞ。人目につかないから逆に誰かがいることもあるかもしれない」
みさきにだけでなく、瑠璃や珊瑚にも聞こえるように言う。まだ安心するのは早い。

「分かってるて。様子を見ながら近づくで」
瑠璃が誘導装置を構えながら先頭に立って進む。いざとなればこれで民家を吹き飛ばすつもりだろう。

立てこもっている犯人に告ぐ。出てこなければコイツでドカンと吹き飛ばすぞー。

ギャグ漫画のような情景が浩之の頭に浮かぶ。もちろん、実際にやるかどうかは分からないが…
民家の前まで辿り着くとまず珊瑚が「ごめんくださーい」とドアをノックした。
「さんちゃん、そんなことしても隠れてる人間が出てくるとは思えへんけど…」
「えー、そうなん? …あ、ドア開いてるで。お邪魔しまーす」

607The third man:2007/06/14(木) 00:33:54 ID:M1TKe7Uk0
「おい、不用意に入るんじゃ…」
浩之が静止をかけようとするが「大丈夫やってー」と珊瑚が中から言った。
「だって靴があらへんし、床に泥もついてへんもん。誰もいない証拠や」
「けど靴を脱いでから手に持って入って中で待ち伏せしてる可能性もあるんやないん?」
「そんな面倒な事をするんだったら開けた時点で襲い掛かってくるほうが早いと思うよ」
みさきの指摘に「それはそうやけど…」と唸る瑠璃。その間にも珊瑚はどんどん奥のほうへと歩いていく。
「ホントに大丈夫やって。中のものにも誰かが触っている気配もないし」
珊瑚は家の色々なものを取ったり置いたりしながら歩き回る。
「…まぁ、こんなに大騒ぎして気付かへんわけもないんやろうけど…はぁ」

やっと納得した瑠璃がため息をつきながら入る。それにしても意外なほど瑠璃は慎重だった。
口調からしてもっとがーっと行く性格だと思っていたのであるが…
その事を瑠璃に聞くと、「さんちゃんを見てそんな風になれると思う?」との返答を得たのでなるほどと浩之は思うのであった。
家にある鍵全てをかけてから珊瑚がいる部屋へ行く。そこでは既に、見つけたらしいパソコンの電源を入れてあれこれいじくり回していた。やはりこれが目的だったようだ。

「ところで浩之君。武器を探すんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、そうだな…よし、それじゃ残りの俺たちで武器や食料を探そうぜ」
瑠璃も頷いて行動を開始する。その際に瑠璃はみさきの耳元で何かを囁いていた。多分、真の目的が珊瑚のパソコンである事を言っているのだろう。その辺りはよく分かっているはずだった。
言われたみさきはうんうんと頷いてから「それじゃ、私はここで待ってるよ」と言って珊瑚の側にちょこんと座った。
それを見届けてから、浩之と瑠璃も仮の目的である武器と食料探しを始めた。

     *     *     *

「お帰り〜。どやった?」
様々なものを抱えて珊瑚の前に戻ってきた二人は上々だ、といった顔つきで頷いた。
「食べ物やけど、やっぱ色々なもんがあった。流石に生ものは持ってけへんけど缶詰とか携帯食とかいっぱいあったから大丈夫や」
そう言うと瑠璃は各々のデイパックに食料を詰め込んでいく。これでしばらくは問題ないはず…だろう。多分。
「…また何か失礼な事考えてないかな?」
考えを読み取ったかのようにみさきが言ったので浩之は内心ドキッとした。つくづく思う。
勘が鋭すぎやしないかい? 俺に超能力者の知り合いは琴音ちゃんしかいないはずなんだが…

608The third man:2007/06/14(木) 00:34:15 ID:M1TKe7Uk0
「あー大丈夫や、みさきさんには後でウチが何か作ったるから」
「え、本当? やった。それじゃ私、カレーがいいな」
「…手間隙かかるのは堪忍してくれへん?」
どうやらみさきの注意は食べ物に逸れたようだった。会話を続ける二人を横目に自分の収穫物を見る。

まず殺虫剤。催涙スプレーの代わりになる。それから布と灯油とビン。上手く作れるかどうかは分からないが火炎瓶を作る材料になるはずだ。
他に包丁等といった選択肢も考えられたが射程が短いのとあくまでも自衛のための武器を選択したかったのでそれはやめておくことにした。それに包丁は料理に使ってナンボである。

「ところで珊瑚のほうはどうだった?」
そう言うと、珊瑚はキーボードをいじくるのを止めてこちらを向き、こっちこいこっちこいと手招きをする。どうして口で言わないのだろうと思いながら浩之は珊瑚の近くまで近寄る。話がついたらしいみさきと瑠璃もこちらに来た。

珊瑚はパソコンの画面を切り替えながら言葉を発する。
「ダメやこのパソコンは。ちょっとスペックが足りへん…」
一瞬落胆しかけた浩之たちだったが珊瑚はメモ帳ツールを開くと素早く文字を打ち込んでいく。
『これはウソや。盗聴を防ぐためにワザと言うてるねん。あ、瑠璃ちゃんみさきさんへのフォローよろしく〜』

瑠璃はすぐに頷くと目が見えないため珊瑚のフェイクを読み取れないみさきに耳打ちをする。みさきは驚いた様子だったが余計な声は上げなかった。
もちろん、これが盗聴されている可能性もあったがそこまで感度が高いとは思えない。耳打ち程度ならまず聞こえないはずだろう。

609The third man:2007/06/14(木) 00:34:38 ID:M1TKe7Uk0
「それじゃどうするんだ? 他に何か手はないのか?」
珊瑚の『口から出た』言葉は盗聴している(可能性のある)者へに向けてのフェイクだと分かったが会話を途切れさせてしまうのはまずかった。
「うーん…ひょっとしたら首輪の解除は出来なくてもまだ他に手はあるかもしれへんから、もう少し時間が欲しいんやけど…」
「時間か…俺はいいことにゃいいが、他のみんなはどうなんだ?」
浩之が目配せする。まず瑠璃、次にみさきが言葉を継ぐ。
「ウチはええよ」
「私も構わないよ。今下手に動くよりはもう少し様子を見たほうがいいかもしれないし」
「…だそうだ。という事で続けてくれ。無理はするなよ? 無理だと思ったら言ってくれていいんだからな」
「おおきに〜。それじゃ、みんなはしばらく寛いでてええよ」

これで形式上の会話が終わる。珊瑚はさあここからが本番だと言わんばかりにキーボードに文字を打ち込んでゆく。
『で、ここからが本論や。まずウチらがここから脱出する手段やけど、大きく分けて方法はふたつあるねん。
一つは直接相手側のコンピュータにハッキングをかけて首輪爆弾のコントロールを奪って機能を解除する。…でも正直コレは無理や。
何十にもあるプロテクトを解除せなあかんし、ダミーに、ウィルス…とにかく障害が多すぎてウチ一人じゃ限界があるねん。
そこでウチはもう一つの方法を選ぶ。それは逆にコンピュータをイカレさせる事。
要は相手に爆破させなければええねんから、爆弾を管理してるコンピュータがイカレてしまえば半分首輪は解除されてるも同じ。
そこでウチはこのパソコンを使ってコンピュータ撹乱用プログラム…つまりワームを作るつもり。
もちろん、ワーム単体じゃ相手側のコンピュータには進入できへんから入り口まではウチが道を作るけど、一旦入り込んでしまえば後はメチャクチャ。こっちが一方的に好き勝手できるはずや。
削除するのにだって時間がかかるはず。いや、かけさせるように作ってみせる。それで撹乱させてる間に何とかあいつらのところへ乗り込んでいって倒してさえしまえばこっちの勝ちや』

610The third man:2007/06/14(木) 00:34:59 ID:M1TKe7Uk0
矢継ぎ早に書き込まれる珊瑚の計画に頭がついていきそうになくなるがとにかく、珊瑚は相手のコンピュータをワームというもので破壊しようとしているらしい。
半分状況が掴めないままに、浩之が打ち込む。

『つまり珊瑚はここでワームってのを作って、後でそれをブチ込むつもりなんだな? で、それはこのパソコンで作れる保障はあるのか』
珊瑚を信頼していないわけじゃないが、どうもこの普通のパソコンでそんな大層なものが作れるとは思えなかった。すると珊瑚は小さく笑って、
『ウィルスやワームって言うたら大げさなもんやと思えるかもしれへんけど、実際はどれも元はただのプログラムや。ノウハウさえ知ってれば案外簡単に作れるで?』

らしい。瑠璃を見てみると彼女もチンプンカンプンといった様子で肩をすくめる。みさきはというと会話に参加できないからか床に寝そべってごろごろしている。何だか情けない構図だった。
『とにかく、ウチに任せて。時間はかかるかもしれへんけど絶対に作ってみせるから。その間、瑠璃ちゃんと浩之でここを守っといて欲しいんや』
ぐっ、と握りこぶしを作る珊瑚。普段のぽややんとした彼女からは考えられないくらいの頼もしい姿だった。なるほど、瑠璃が信頼を寄せるわけである。
『…分かった。守備は俺たちに任せとけ』

だから浩之も珊瑚を万全の状態で作業させるべくそう書き込んで、ぐっと握りこぶしを作る。瑠璃もそれに続いた。
暗闇の中で見えた僅かな光明。それが守りきれるかどうか…分かりはしないが、やるだけのことをやるしかなかった。

『それで、この作戦名なんやけど…名付けて、【ザ・サード・マン】って言うのはどう?』
ザ・サード・マン? 三村信史のことか?
要領を得ない浩之に対して、瑠璃が解説する。
『映画版のバトロワで三村がウィルスを進入させたやろ? その名前が【ザ・サード・マン】や』
…つまり珊瑚は成功するようにあやかりたいわけか。けどその後の三村たちって…
浩之はツッコミを入れようとしたが所詮は映画の中の出来事だ。言うだけ無駄だと思ったので素直にいいんじゃないか、という風に頷いた。

かくして、珊瑚発案の計画、【ザ・サード・マン】は動き出したのであった。

611The third man:2007/06/14(木) 00:35:39 ID:M1TKe7Uk0
【時間:二日目午前9:00頃】
【場所:I-5】


藤田浩之
【所持品:殺虫剤、布、空き瓶、灯油、その他缶詰など】
【状態:瑠璃と共に民家を守る】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:やることがない】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水(半分)、食料(3分の1)携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、缶詰など】
【状態:主催者と戦う決意を固める。浩之と共に民家を守る】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水(半分)食料(3分の1)。レーダー】
【状態:瑠璃と行動を共に。ワーム作成に取り掛かる】

→B-10

612孤独な戦場:2007/06/14(木) 04:58:17 ID:31d069jM0

絶対の死を内包する蒼白い光芒が、黒の機体へ向けて迸った、その刹那。
黒の機体の姿が、掻き消えていた。
次の瞬間、その漆黒の姿は、破壊の光線によって虚しく焦土と化した湖畔の遥か上空にあった。
その背の翼が、大きく広げられていた。
天を掴まんと五指を開くが如き影が、遠く大地に落ちている。
燦々と照る陽光を呑むような漆黒の機体が、天を疾駆するように、翔んでいた。

黒翼がゆっくりと撓められていく。
大気を殴りつけるような羽ばたきと同時、風の爆ぜる音がして、黒の機体が跳ねた。
眼下の大地へと逆落としに落ちる動き。
極限の加速の中、黒の機体は大気の壁を断ち割るように、流麗な指を伸ばした。
華奢とも見えるその銀色の指はしかし、鋼鉄を凌駕する大気圧をものともせず、真っ直ぐに行く手へと
差し伸べられている。
瞬きするよりも早く迫り来る大地の色は朱、神塚山の山頂だった。
その草木の緑も疎らな岩盤の上に、動くものがあった。
黒の機体の更に数倍上を行く巨躯の数は三体。砧夕霧の融合体である。
夕霧たちが異変に気づくよりも早く、黒の機体は山頂へと肉薄していた。
音速を超過する、常軌を逸した速度。
大地と激突するかと見えた瞬間、黒い機体の翼が羽ばたいた。
爆発的な風圧が、山頂を薙ぎ払う。
一抱えほどもある石くれが砂粒のように飛んでいく。
猛烈な突風の中心で、翼を広げた黒の機体は悠然と舞っていた。
その表面には傷一つない。その機動の前には慣性など、意味を成さないかのようだった。

やがて風が止み、舞い飛んだ塵がようやく収まる頃。
黒の機体は、再び翼を広げていた。
ゆっくりと上昇していく、その手に掴まれるものがあった。
重力に逆らう動きに巨大な手足をばたつかせる、砧夕霧融合体の内の一体であった。
顔面を鷲掴みにされた格好のまま引きずられていくその足先が、遂に大地から離れた。
風を巻きながら、黒の機体が天空高くへと昇っていく。
己に数倍する巨体を手にしていることなど意に介さぬかのような、軽やかな上昇。
蒼穹に差す影法師のように、それはどこか現実味の薄い光景だった。
地上からは豆粒ほどにしか映らぬ高みまで到達すると、ようやくその上昇が止まる。
手にした砧夕霧を、ゆっくりと眼前に抱え上げていく黒の機体。
賜杯を掲げるように両手で夕霧の顔を吊り上げると、その仔細を検分するように動きを止めた。

613孤独な戦場:2007/06/14(木) 04:58:45 ID:31d069jM0
る、と音が響く。
頭部を吊り上げられた格好の夕霧が哭く声だった。
森の木々を容易く薙ぎ倒すその巨大な手が、拘束を振りほどこうと黒の機体の腕に伸ばされるが、
優美な銀の腕はびくともしない。
耳の辺りを押さえた小さな手も、まるでそこに根を張ったかのように動かなかった。
上空を吹き荒ぶ強い風が、夕霧の髪をはためかせた。

る、と。
再び哭き声を響かせた夕霧の顔が、唐突に歪んだ。
まるで瓢箪のように、その輪郭が捻じ曲げられていく。
ミシミシと音を立てるくびれの部分には、小さな銀色の手指があった。
黒の機体の細腕が、一抱えほどもある夕霧の顔面を、まるでクッションでも抱きしめるかのように、
押し潰そうとしているのだった。夕霧の咆哮が、絶叫に変わる。
強風が、音を立てて吹き抜けた瞬間。
砧夕霧の頭部が、上下に割れ爆ぜていた。

「―――」

夕霧の巨体を構成する無数の砧夕霧が、統御を失って崩れていく。
紙吹雪の如く舞うその小さな欠片たちには何の興味も示さぬというように、黒い機体が夕霧だったものの名残を放り捨てる。
同時、黒翼が羽ばたき、機体が再び大地を目指して疾駆を開始した。
散りゆく小さな命を風圧で吹き飛ばしながら瞬く間に追い抜くと、またも急制動をかける。
荒れ狂う風を従える王の如くに眼下を睥睨する黒い機体が、ゆっくりと山頂へと降り立った。
と見るや、その優美な脚が岩盤を踏みしだき、加速を開始する。
行く手には、同胞と融合し巨大化した夕霧の一体がいた。

交錯は一瞬。
疾風と化した黒い機体が駆け抜けたその後に、ばらばらと何かが飛び散っていた。
赤く、白く、手足を生やした小さな何か。巨大な夕霧を構成する、砧夕霧の原型だった。
ほんの少しだけ遅れて、地響きが辺りを揺るがす。
巨大な夕霧が、どうと膝をつく音だった。その腹部に、大穴が開いている。
血の流れぬその穴からは、代わりに無数の小さな顔が覗いていた。
ぐずぐずと泡立つように浮かんでは消える夕霧の顔が、見る見るうちに穴を塞いでいく。
だが、白い肌が元通りの姿を取り戻した瞬間、先刻と寸分たがわぬその場所に、再び穴が開いていた。
穴から飛び出していたのは、優美な銀の手指。
黒い機体の腕が、ずるりと引き抜かれる。
その腕に体液のようにこびり付いた乳白色の粘液が、外気に触れるや人の形を取り戻していく。
頭半分が欠損し、あるいは腰から上がそっくり喪われた、生命活動を保てるはずもない個体が
ぽろぽろと大地に落ち、赤い花を咲かせた。

幾つもの砧夕霧だったものをまとわりつかせた黒い機体の腕が、無造作に伸ばされる。
片手で巨大な砧夕霧の髪を掴み、上体を強引に引き起こした。
る、と力なく哭くその夕霧の頸に空いた手を差し入れると、黒い機体は夕霧の顎を鷲掴みにする。
両手で頭部を抱え込むような格好のまま、黒い機体が体勢を変えた。
背を逸らし、片足を軸足として大地に突き立てると、そのまま身を翻す。
その視線の先には、山頂を蹂躙した巨大な夕霧の、最後の一体がいた。
額を輝かせ、今にも光線を放ちかけていたその個体を目掛けて、巨大な影が飛んだ。
轟と猛烈な風を巻いて飛んでいたのは、黒い機体に掴まれていた個体である。
身を翻した際の遠心力を利用した、強引すぎる投擲。
頭部をグリップ、頸をワイヤーと見立てたハンマー投げの要領。
黒い機体の圧倒的な膂力をもって、初めて成し得る脅威だった。

激突。
巨大な質量同士の衝突に、音が物理的な破壊力をもって周辺を薙ぎ払い、山頂一帯に幾度めかの破壊をもたらした。


******

614孤独な戦場:2007/06/14(木) 04:59:11 ID:31d069jM0

「ハッ! なかなかやるやないの、あのおばはん!」

快哉を叫んで足を踏み鳴らしたのは、神尾晴子である。
底の厚いライダーブーツに蹴りつけられた計器盤が、かつんと軽い音を立てる。

「なんや、きゅーっと一杯やりたいところやなあ……なぁ、神さん?」
『……』

底意地の悪い笑みを浮かべた晴子の言葉に、ウルトリィは答えを返さない。
モニタには、眼下の山頂で繰り広げられる戦闘の様子が映し出されていた。
否、それは既に戦闘と呼べるものではない。
あまりに一方的な、それは虐殺だった。
つい先程までこの島の支配者の如くに振舞っていた巨大な少女たちは、今や哀れな供物に過ぎなかった。
島の至るところを焦土と化した光線も時折空しく閃くのみで、黒い機体―――カミュを捉えることはできなかった。
貫かれ、叩き潰され、その度に身体を一回り小さくして復活しながら、少女は蹂躙され続けていた。
山頂は既に、文字通り足の踏み場もないほどに砧夕霧の遺骸で埋め尽くされていた。

「……ええねんなあ、放っといて」

にたにたと笑いながら、晴子が口を開く。

「仰山死んどるなあ。黒んぼ、ハッスルしすぎと違うん? ……神さん怒らすと怖いんやねえ」
『……』

両手で自らを抱きしめて、わざとらしく身体を震わせる真似をしてみせる晴子。

「あんたの妹やってんなあ。ちゅーことはアレや、あんた怒らしたらうちも殺されてまうんかなあ。
 怖っ! あかん、なんでもするわ、せやから殺さんといてぇー」

言って、げらげらと笑い出す。
そうしてひとしきり笑うと、晴子は突然表情を変えた。
ガツンと計器盤を蹴りつける。

「なんや言えや、ボケ神コラ」
『……』
「おのれの身内が不始末しとるん、どう落とし前つける気やと聞いとんねや、うちは」

狭いコクピットに、断続的な音が響く。
晴子のブーツが辺り構わず蹴りつける音だった。
眼下では虐殺が続いている。夕霧の巨大な腕が肩口から引き裂かれ、飛んだ。

615孤独な戦場:2007/06/14(木) 04:59:35 ID:31d069jM0
『……あれは、』
「あぁ?」

ようやく返ってきた小さな言葉に、晴子は表情を歪める。

「聞こえんわボケ! 神さんらしゅう、デカい声で言えや!」
『……あれは、カミュの意思ではありません』

返答に、今度は晴子が黙り込んだ。
目を閉じ、何かを反芻するように小さく何度か頷いている。
しばらくそうしていた晴子が、唐突に目を開くと、おもむろに唾を吐き捨てた。
傍らのモニタに、唾が垂れ落ちる。

「……死なすぞボケ」
『……』
「あんまトボけとったらあかんやろ。あんだけ派手にやらかしといて、何が誰の意思やないて?
 ええ加減にさらせ。おのれの妹が盛大に人殺して回っとんじゃハゲ」
『ですから、それは……』
「―――ゲンジツ、見ようや」

それは一転して、優しくすら聞こえる声音だった。
眉尻を下げ、目元を緩ませた表情で、晴子が言う。

「見たらわかるやん。黒いのは、実際あのバケモンどもを端から殺しとる」
『ですから、それは……』
「せやな、あんたの妹のせいやないかもしれんな」
『ええ、ですから……』
「……せやけど、使われとるのはその身体やん?」
『……』

僅かな沈黙。
その隙間にねじ込むように、晴子の言葉が続く。

「黒んぼがやっとること、あんた見過ごしとってええん?」
『それは……』
「何があったんか知らんけど、妹さんの身体、勝手に使われとるかもしれんねやろ?」

616孤独な戦場:2007/06/14(木) 05:00:04 ID:31d069jM0
宥めるような声音。
つい先刻まで悪態をついていたのと同じ口から出ているとは俄かに信じ難い、それは穏やかな声だった。

「したら、止めなあかんやん。……そんで、ゆっくり事情聞いたらええねん」
『それは……その通りですが……、』
「で、や」

一転、晴子の表情が変わる。
不敵な笑みが、その口元に浮かんでいた。

「ぶっちゃけ、あんたアレに勝てるん?」
『……』

沈黙。
晴子の笑みが、深くなる。

「観鈴の話やったら、あんたら……自分だけやったら上手く動けへんのと違う?」
『……』
「妹さん、強いなあ。……妹さんだけで、あんなんできるのん?」

返答はない。
雄弁な沈黙だった。

「……不思議なもんやなあ」

言って、晴子が両手を広げる。

「うち、ここに座って屁ェこいとっただけやで」

目を閉じて、深呼吸。
張った胸が上下する。

「そんでも何かな、こう……頭ン中に、浮かぶねん」
『……』
「あんた、いや……観鈴をどうやったら一番上手く動かせるか。これって……」

目を開けて、笑う。

「―――才能やんなあ」

快活とは程遠い、根の深い笑み。
くつくつと、声を漏らす。

「身内の乱心、見なかったことにするか、うち抜きで相手してみるか。
 それとも……」

晴子の笑みに差す闇が、その濃度を増した。
一目でそれと分かる、悪意に満ちた笑みだった。

「なあ、うちからしたら、どっちでもええねんで……?」

言って、目を閉じる。
腕を組んだまま微動だにしない。
狭いコクピットに降りた沈黙を支配するように、晴子はじっと佇んでいた。
やがて、たっぷりと間を空けて、白い神像の声がコクピットに響いていた。

『……わかりました』

どこか苦渋を滲ませるような口調だったが、言葉に淀みはなかった。

『私の……そして契約者・神尾観鈴の意志において、あなたの拘束を一時的に解除します』

それを聞くと、晴子は腕を組んだまま一つ大きく頷いて、ゆっくりと目を開けた。


******

617孤独な戦場:2007/06/14(木) 05:00:47 ID:31d069jM0

幾度、幾十度かの致命傷と復活を経て、すっかりその身を削ぎ落とした夕霧が、宙を舞う。
黒い機体に蹴り上げられたのだった。
放物線を描いて落ちてくるそれを、細く優美な腕が無造作に掴む。
今や片手にすっぽりと包めるほどにまで小さくなったその顔面を鷲掴みにしたまま、黒い機体が身を屈める。
片膝をつくようにして、夕霧の顔を掴んだ手を振り上げると、躊躇いなく振り下ろした。
小さな地震にも匹敵するような衝撃を周囲に撒き散らしながら、夕霧の顔面が大地に叩きつけられる。
二度、三度、四度。
原形を留めぬほどに歪んだその顔面が、罅の入った岩盤から引き抜かれる。
ぶくぶくと小さな夕霧の顔を浮かべて修復を始めるその頭部を掴んだ銀色の指が、何気ない仕草で、閉じられた。
葡萄を搾るように握り締められたその手の中から、乳白色の粘液が零れ落ちる。
それは大地に落ちる寸前に人の姿を取り戻し、しかし手足を、頭部を、上半身を下半身を欠損した、
到底生きることの叶わぬ姿のまま地面に落ち、そうして血と肉の塊に変じて山頂を汚していった。

そんな光景を見ようともせず、黒い機体の両手が、手足の先からバラバラと解体が始まる巨大な夕霧の胴にかけられる。
みちり、と奇妙な音がして、一瞬の後、夕霧の身体は腰の辺りから両断されていた。
放り捨てられる、胴と足。
省みることもなく黒翼を広げた機体が、しかし飛び立つ寸前でゆっくりとその翼を畳むと、振り返った。
いつの間に降り立ったものか、そこには大きな機影があった。
黒い機体と同程度の全高、似通ったフォルム。
白を基調とした、それは美しい機体だった。

「―――正義の味方参上、や」

打ち捨てられた夕霧の上半身を踏み躙りながら、白い神像がそこに立っていた。

618孤独な戦場:2007/06/14(木) 05:01:35 ID:31d069jM0

【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:F−5】

柚原春夏
【状態:覚醒】
アヴ・カミュ
【状態:自律行動不能】

神尾晴子
【状況:操縦者】
アヴ・ウルトリィ=ミスズ 
【状況:契約者に操縦系統委任/それでも、お母さんと一緒】

融合砧夕霧【1584体相当】
 【状態:死亡】
融合砧夕霧【2851体相当】
 【状態:死亡】
融合砧夕霧【1996体相当】
 【状態:死亡】

砧夕霧
【残り9482(到達・215)】
【状態:進軍中】

→840 866 879 ルートD-5

619ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 19:51:54 ID:0jja8H120
人を凌駕せし者により造られた、瘴気漂う暗黒の闘技場。
青白いオーラに身を守られた無慈悲な怪物と、血の池に沈んだ勇敢な少女。
その光景を唖然としたまま眺め見るのは、柳川祐也ら一行。

「――――莫迦、な」
柳川は顔色を蒼白に染めて、目前で繰り広げられた絶望を必死になって否定する。
視線を後ろに移せば、倉田佐祐理も、久寿川ささらも、顔面蒼白となっていた。
それも当然だ。
まず第一に、これまで自分達を支えてくれた向坂環の死によるショックが大きいだろう。
そして第二に――篁の垣間見せた実力が、余りにも馬鹿げている。

環とて、こと肉弾戦に限定すれば、一般人の枠に収まるレベルでは無かった。
並外れた握力と運動神経を併せ持った彼女なら、防御に徹せば鬼の一族相手でもある程度はやり合えただろう。
その環に敢えて先手を取らせて、圧倒的不利な状況まで追い込まれたにも関わらず、易々と瞬殺劇を演じた怪物。
篁は……正しく邪神だ。
余りにも規格外の強さであり、余りにも凶悪であり、余りにも無慈悲である。

篁は鮮血のこびり付いた右腕をひらひらと振りながら、満足気に哂う。
「ククク……お前達のその顔、堪らぬわ。希望に満ちた顔が、恐怖と絶望に彩られてゆく様を見ていると、快楽が我が身を駆け上がる……」
「ク……悪魔がっ……」
「悪魔? そんな下等な者達と一緒にしないで貰いたい……」
柳川が眉を吊り上げて毒づいたが、篁はそれを一笑に付す。
すると佐祐理が怒りと悲しみを孕んだ瞳で、篁を睨み付けた。
「120人もの命を弄び、人が苦しむ様を見て笑っている男が、悪魔以外の何者だって言うんですか!」
「悪魔で無ければそれ以上の存在に決まっているだろう……」
篁は凍り付いた顔で佐祐理を直視した後、見ているだけで鳥肌が立つようなくぐもった笑いを漏らした。

620ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 19:53:07 ID:0jja8H120
その圧倒的迫力に気圧されながらも、ささらが必死に声を絞り出す。
「何言ってるの……貴方は悪魔そのものよ! 貴方の所為で、貴明さんも先輩も、向坂さんまで……! 
 皆、普通に生きてただけなのに……殺されるような罪なんて何処にも無かったのに……」
少なくともささらにとって、全ての元凶は篁だった。
環は篁に殺されてしまった。
河野貴明が命を落とし、朝霧麻亜子が修羅へと堕ちてしまったのも、この殺人ゲームを開催した篁の所為だ。
故にささらが抱く怒りと憎悪は並大抵のものでは無い。

だが篁はその憎悪を一身に受けて尚、吐き捨てるように言った。
「人間に罪が無いだと……? フフフフフ……違う。違う、違う、違う、違うっ!! 愚かなおのれ等は何も知らなさ過ぎる。
 愚かな人間共は、何百年経とうとも一歩たりとも進化せぬっ!! 虫酸が走るのだよ! 下等なおのれ等の顔を見ていると!」
蛇の紅い瞳に、強大な殺意が灯る。
その殺意はこの場に居る者達に対してだけでなく、世界中全ての人間に向けられたものだ。
「何だこの世界は!? 何だこの『人間』などという愚かな生物は!? 傲慢、嫉妬、飽食、色欲、怠惰、強欲、憤怒……。
 吐き気がする! 怖気が振るう! このように汚い……穢らわしいゴミ共など……消えて無くなるべきなのだッ!!」
篁は、全てを憎み、全てを見下し、全てを破壊し尽くそうとしている。
自分以外の全てを、軽視しきっている。

瞬間、柳川の心を覆っていた恐怖という名の霧が晴れた――理性も本能も、内に秘めた『鬼』すらも、全力で目の前の異形を否定していた。
「ふざけるな……貴様こそが最も醜く、穢れた存在ではないか! もう御託は良い……貴様は死ね」
柳川から放たれる殺気が、静かに、しかしあからさまに膨れ上がってゆく。

それを感じ取った佐祐理が、必死の表情で訴え掛ける。
「柳川さん、あまり無茶はしないようにして下さい! 『ラストリゾート』を高槻さん達が壊すまで、時間を稼がないとっ……!」
それは当然の意見だ。
底知れぬ力を持った篁を倒すには、『ラストリゾート』が消えるまで耐え凌いで、それから銃を用いて攻撃に転じるべきだろう。
しかし柳川は大きな背を向けたまま、揺るぎの無い声で、言った。

621ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 19:54:18 ID:0jja8H120
「時間を稼ぐのは良いが――――別に、今倒してしまっても構わんだろう?」
「――――っ!」

佐祐理が目を見開くと同時、柳川は背中を沈め、目にも止まらぬ速度で駆け出した。
その速度はさながら疾風のようであり、その迫力は獰猛な肉食獣をも遥かに上回る。

しかしその凄まじい突撃を目前にして尚、篁は余裕綽々の表情で。
「――良いだろう。お前の秘めたる鬼の力、試してみるがよい」
どこまでも愉しげに、死闘の開幕を告げていた。

柳川は全く躊躇する事無く篁の眼前に飛び込み、電光石火の右ストレートを繰り出した。
狙いは篁の左頬。
走り込んだ勢いも上乗せされた、頭蓋骨すらも粉々にしかねない桁外れの一撃。
「……何っ!?」
だが、まるで通じない。
篁は左腕一本のブロックで、柳川の拳を軽々と弾き返していた。
柳川は即座に拳を引き戻し、大地踏み締め両腕で連激を繰り出す。
一発、二発、三発、四発、五発、六発。
秒に満たぬ時間で立て続けに放たれた拳は、機関銃から撃ち出される銃弾の如く。

「ぬるいわっ!」
「チィ――――」
その連激すらも、篁は腕一本で次々と捌いてゆく。
まるで子供をあしらうかのように、眉の一本すら動かさずに。

柳川は焦る心を抑え込み、一瞬で判断を下す。
(……力押しの攻撃は、何度やっても通じんな。ならば――)
一歩後ろに下がり、間合いを調節し直す。
「――フッ!!」
大きく息を吐き、篁の顔面に照準を合わせ繰り出す光速のワンツー。
当然の如く拳は弾き飛ばされたが……問題無い。

622ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 19:56:54 ID:0jja8H120
先のワンツーは、敵の意識を上へと逸らす為のもの。
本命はがら空きとなった篁の足に放つ、渾身のローキックだ。
「――技を借りるぞ、リサァッ!!」
満を持して放たれたローキック――リサ=ヴィクセン必殺のコンビネーションが、篁の左足に突き刺さった。
「むうっ……」
終始余裕を湛えていた篁が、僅かながら顔を歪め、その態勢が大きく崩れる。
初めて怪物に生まれた隙を、柳川は見逃さない。

だん、と大きく踏み込んで篁の懷に潜り込む。
「うおおおぉぉぉぉっ!!」
咆哮。
目の前の敵を、それだけで灼き斬れる程に睨み付ける。
一気に勝負を決めるべく、有らん限りの力で拳を振りかぶり――途端、背筋に冷たいものが奔った。

直感に従い後方に飛び退いた直後、かつてない一撃が柳川を襲った。
先程までの柳川の攻撃が疾風だとすれば、それは、稲妻のような速度だった。
「がっ――は……」
篁の放った剛拳が一直線に伸び、柳川の腹部へと食らいつく。
柳川は優に4、5メートルは吹き飛ばされ、激痛に苛まれつつも地面に降り立った。

「ぐぅ……化け物め……」
柳川はこれまで以上の戦慄を覚えながら、唇を噛み締めた。
早い段階から回避動作を行ったのに、躱し切れなかった。
後方に飛び退き威力を逃した筈なのに、呆気無く吹き飛ばされた。
篁は力で柏木耕一を上回り、スピードでリサをも上回っている。
そして『ラストリゾート』で守られている以上、篁には生身の攻撃以外通じない。
自分はこの圧倒的身体能力を誇る怪物に、素手で挑み続けるしか無いのだ。

623ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 19:59:31 ID:0jja8H120

対する篁は蹴られた部位を気にする素振りも見せず、疲労の影も無い。
篁からすればこの戦いはあくまで余興であり、勝つと分かりきっているものなのだから、それも当然だった。
恐れるは執行者のみ。そして那須宗一亡き今、この島に自分を脅かすものは存在しない。
そして執行者に勝てぬと言うのも、十分な『想い』が溜まった以上は後僅かの間だけだろう。
残る参加者達を縊り殺し、『幻想世界』に侵攻して異能を封じる力さえ手にすれば、自分は文字通り神となれる。
とは言え――柳川の実力は予想を少々越えていた。

篁は柳川をじっと見据え、何か喜ばしいものに出会ったように口を開く。
「フフフ……まずは様子見をと思ったのだが、ああせねば少々危なかった。この私に反撃を強要させるとは……『鬼の力』、真に素晴らしい。
 その力、こんな所で散らせるのは余りに惜しい」
「貴様……何が言いたい」
柳川は怪訝な表情となり、篁へと鋭い視線を送った。
その視線を一身に受けながら、脳に響く甘美な声で篁が言葉を紡ぐ。
「もしお前さえ良ければ、我が元に来る気は無いか?」
「…………」
「どうかね……我が元に来れば、ありとあらゆるものが手に入る。権勢も、金も、最高の武器も、そして……今以上の力もだ……。
 いかがかね?」
そう言って、篁は凄惨に哂った。
怖気を催す、目の無い笑いだった。

柳川は一瞬の逡巡すら必要とせず、拒絶の思いを口にする。
「――断る。貴様に尻尾を振るくらいなら、死んだ方が遥かにマシというものだ」
「フフフ……それがお前の答えか。お前なら私の偉大さを理解出来ると思っていたのだが……」
篁の表情は笑みの形に歪んだままだったが、その瞳に紅蓮の炎が灯されてゆく。
肩にかかる威圧感が一層強まり、柳川は焦燥感を覚えたが――次の一言で、全て消し飛んだ。
「私は誰よりも強い力を持ち、誰よりも強い欲望を持ち、誰よりも優れている存在だ。
 だからこそ私はゴミ共の『想い』を束ねる神となり、新たなる世界を作るのだ。その片棒を担がせてやるというのに……愚かな男だ」

624ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 20:01:22 ID:0jja8H120

「――貴様が想いを束ねるだと?」
沸き上がる怒りが恐怖を塗りつぶし、噴き出す想いが今まで以上に身体を奮い立たせる。
世界を作る……これは、まだ良い。
並外れた資金力と実力を持つ篁ならば、確かに可能だろう。
だが、『想い』に関しては、絶対に違う。
「貴様にはそのような資格など無い。 慈悲も、友情も、愛情も、一切持ち合わせていない貴様に、人の『想い』を理解出来る筈が無い」
「ほう……」
柳川は篁から視線を外し、後ろで見守ってくれている仲間達を眺め見た。

倉田佐祐理――親友二人を失ったにも関わらず、笑顔を失わず、ずっと自分を支えてくれた少女。

久寿川ささら――彼女もまた親友達に先立たれ、それでも前向きに生き続けている。

そして、今は亡き同志達。
藤田浩之、七瀬留美――彼らはどこまでも優しかった。自分にとって、二人の生き様はとても眩しかった。
リサ=ヴィクセン――途中で道を違えた、しかし正義の心を確かに秘めた女性。
彼女達以外にも多くの人々と出会ったお陰で、今の自分がいる。
様々な人間と触れ合ったお陰で、自分は変わる事が出来た。
鬼に支配された哀れな傀儡から、一人の人間に戻る事が出来たのだ。

柳川は般若の如き形相を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「――貴様は『想い』を集めていると言っていたな。その為にこの殺し合いを仕組んだと言っていたな。
 ならば俺が『想い』の力、見せてやろうっ!!」
人間はとても素晴らしく、暖かく、美しい生き物だ。
それをゴミと断じるこの男だけは、どれだけ圧倒的な力を持っていようとも、絶対に認めない――!

625ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 20:03:41 ID:0jja8H120
「――――ハァァァァァッ!!」
裂帛の気合を籠めて叫ぶ。
柳川は先の突撃に倍する勢いで疾駆し、万感の思いを込めて拳を握り締めた。
それを、目前の邪神に叩き付ける。


「ヌゥ――!?」
繰り出された拳を片腕で受け止めた篁だったが、今までの柳川の攻撃より明らかに威力が増している。
篁は打ち込まれた衝撃を殺し切れず、身体が後ろへと流される。
そこに柳川が間髪置かずに踏み込んで、鋭い回転蹴りを繰り出してくる。
片腕だけでは防げぬと判断した篁は、両腕を用いて柳川の攻撃を受け止めた。
続けて超至近距離で肩を突き出し、柳川の胸部へと当身を放つ。

「ガッ――――」
衝撃で一瞬呼吸が止まり、柳川はたたらを踏んで後退する。
そこに異常極まりない速度で迫る、黒い影。
柳川が視線を下ろすと、既に篁がこちらの足元まで潜り込んでいた。
篁の拳がピクリと動いた瞬間、柳川は即座に上体を後ろへと反らす。
その0.1秒後には、それまで柳川が居た空間を、下から吹き付ける凄まじい暴風が切り裂いていた。
当たっていれば大ダメージは免れぬ一撃だったが、ともかく篁のアッパーは空転した。
大振りの後には、必ず隙が生じる――故に柳川は、迷わず反撃に転じる。
一歩踏み込んでから片手を床につけ、篁の懐まで潜り込む。

「おおおおっ!」
気合の咆哮と共に思い切り身体を捻り、強烈な足払いを放つ。
予想外の攻撃に反応が遅れた篁に、刃物さながらの蹴撃から逃れる術など無い。
「ガッ……」
唸りを上げる旋脚が炸裂し、篁の身体が宙に舞った。
柳川は素早く腰を上げ、そのままの勢いで上空の篁目掛けて拳を突き出す。
篁は背をこちらに向けており、動きの取れぬ上空では回避動作など取れぬ筈。
それが柳川の予測だった。
だが何物にも縛られぬ『理外の民』の前では、そのような予測など無意味だ。

626ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 20:05:40 ID:0jja8H120
突如手首を圧迫され、拳が止まる。
「……何だとっ!?」
絶好の好機に放った一撃が、防がれた。
篁は背中を向けたまま、後ろ手で柳川の腕を掴み取っていたのだ。
そして単純な力比べでは、鬼の力を持つ柳川ですら勝負にならない――

「むううううんっ!」
「…………っ!」
篁の足が地面に着いた直後、柳川は凄まじい力で上方に投げ飛ばされていた。
その飛距離、高さにして六メートル。
柳川は宙を舞いながらも、なんとか受け身を取ろうとしたが、地面を見た瞬間戦慄した。
篁が真下で、拳を大きく振りかぶって待ち構えていたのだ。
拳の周りには、赤黒い邪悪なオーラが集中しているようにも見える。

「死ねエエェッ!」
「く――!?」
このまま防御せずに渾身の一撃を食らってしまえば、間違い無く即死させられてしまう。
柳川は宙を舞ったまま、迫る剛拳を両腕で受け止めようとして――止めた。
急造の堤防を張った所で、猛り狂う津波の前には押し潰されてしまうだけだ。
防御を固め正面からまともに受けたとしても、両腕は確実に使用不可能となってしまうだろう。
あの攻撃を防ぐには、身を躱すか、横に受け流すしかない。
(攻撃が来るタイミングさえ分かれば……!)
冷静に距離を計り続け、篁の射程範囲に入った瞬間、先読み気味に左腕を振るう。
繰り出される篁の拳の軌道を左腕でずらし、間髪置かず渾身の右ストレートを放つ――!!

「た・か・む・らぁぁぁぁぁっっ!!」
飛ばされた体の勢いも上乗せした一撃が、篁の頬を完璧に捉えた。
「……ガアアアァッ!?」
篁は大きく弾き飛ばされ、背中から地面に滑り込む形で倒れた。
それを好機と取った柳川は、床に着地すると同時に追撃を掛けようとする。
しかし柳川が足を踏み出した直後、篁は跳ねるように飛び起きて、再び戦闘態勢を取っていた。
それを見て取った柳川は即座に立ち止まり、心底呆れたように呟く。

627ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 20:06:54 ID:0jja8H120
「全く……ふざけた怪物だ」
先の一撃はこれ以上無い程に体重を上乗せした、文字通り最強の拳撃だった。
仮に自分があの攻撃を受ける側だったとしたら、恐らく一撃で意識を持っていかれただろう。
しかしパッと見る限り、篁にはそこまで大きなダメージがあるように見受けられない。
せいぜい口元から血を――人間では流し得ないドス黒い血を流している程度だ。

厳しい表情を崩さぬ柳川と対照的に、篁は酷く満足げに口元を吊り上げ、哂った。
「フッフッフッ……ハッハッハッハッ!」
「……何が可笑しい」
「素晴らしい……先程よりも更に強くなっている。お互いに制限を受けている環境下とは言え、この私に血を流させるとは正しくその力鬼神の如し。
 お前の『想い』の力、確かに見せて貰ったよ。次は――私が『想い』の力を見せる番だな」

そう言って篁が懐から取り出したのは、禍々しく光り輝く青い宝石だった。
その姿を正しく認識した瞬間、柳川は全身に悪寒を感じ、咄嗟に後ずさった。
自分はアレを知っている。
知る限りの情報によれば、アレは篁が直属の護衛を用いてまで手に入れようとした物であり、此度の殺し合いの鍵となるものでもある。

佐祐理が呆然と声を洩らす。
「――何ですかあれは…………」
そこから先は言葉に出来なかったし、する必要も無かった。
宝石に纏わりついた赤黒いオーラが報せる――アレは絶対の死を運ぶ物であり、この世に在ってはならない物だ。
佐祐理達は、ただ黙って篁の一挙一動を見守る事しか出来ない。
篁は宝石を握り締め、嬉々とした様子で告げる。

628ARMAGEDDON(Ⅰ):2007/06/14(木) 20:08:07 ID:0jja8H120
「ククク――さあ、刮目せっ……!?」

そこで、佐祐理も、ささらも――そして篁すらもが、驚愕した。
突如、鳴り響いた銃声。

「――――ぐ……が、はっ…………」

柳川が腹部から鮮血を迸らせ、ガクリと地面に膝を付く。
血反吐を吐きながら、銃声の起点を確かめるべく振り返ると、『高天原』の入り口に。

「――あらあら……一番の強敵だと思っていた柳川さんを、これ程簡単に倒せるとは予想外でした」
「あははっ、お母さんが凄いだけだよ。お母さんに出来ない事なんて、何もないんだから」

そこにはジェリコ941を構えた水瀬秋子と、水瀬名雪――未だ参加者同士の殺人遊戯を望む二人が、悠然と屹立していた。


【時間:3日目12:55】
【場所:f-5高天原】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(12/30)、イングラムの予備マガジン30発×3、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(4/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:中度の疲労。腹部重傷・左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:驚愕、留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:篁の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(4/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(3/5)、支給品一式】
 【状態:驚愕、右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

 【所持品:青い宝石(光86個)、他不明】
 【状態:驚愕、軽度の疲労、頭部に多少のダメージ、ラストリゾート発動中】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾5/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:マーダー、精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す】

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629HERO:2007/06/15(金) 20:35:54 ID:HVWxkXZ.0
地下要塞攻略の要、『ラストリゾート』破壊の任に就いた高槻一行。
だがラストリゾート発生装置を前にして、決して出会ってはならない男――『狂犬』醍醐が現れてしまった。
大きな広間の中、高槻達は30メートル程の距離を置いて、最強最後の守り手と対峙する。

湯浅皐月がS&W M1076を深く構えながら、苦々しげに吐き捨てた。
「やっぱりアイツ……桁違いね……」
眼前の男が向けてくる刺々しい殺気は、前戦った時を遥かに上回っていた。
こうやって睨み合っているだけでも膝が震え、本能が今すぐ逃げろと訴え掛けてくる。
極度の緊張で上昇した体温を抑えるべく、汗が噴き出すように流れ落ちる。
しかし厳しい戦いになるのは分かっていたのだから、ここで尻尾を巻いて逃げ出す訳にはいかない。
皐月は一度だけ、祈るように瞼を閉じた。
(宗一……あたし、頑張るからね……)
遠い世界へと旅立ってしまった那須宗一に、心の中で語り掛ける。
再び目を開いた時にはもう、震えは止まっていた。

高槻がざっと一歩前に出て、淀みの無い声で言った。
「やる前に一つだけ聞いておきてえ事がある……。おめえどうして、篁なんかに肩入れするんだ?
 おめえ程の実力があれば幾らでも雇い手はあるだろうに……どうしてこんな悪事に加担するんだ?」
醍醐程の傭兵ならば世界中で需要があるだろう。
わざわざ篁のような、人間味の無い男に協力する必要は無い。
しかし醍醐は特に迷うような素振りも見せず、即答する。
「フフフフ……お前のような小者には考えが及ばぬ程、我が主は巨きなお人なのだ。あの方の元で働く以上の名誉など、何処にもありはせん」
それに、と続ける。
「どうして、というのは俺の台詞だ。FARGOの高槻と言えば極悪非道で有名だったのに――そんなガキ共を引き連れて、どういうつもりだ?」
高槻の眉が、ピクリと動く。
「――――っ!?」
「え……?」
初めて知らされる素性に、皐月と小牧郁乃が驚愕の表情を浮かべ、高槻の背中へと視線を寄せた。

630HERO:2007/06/15(金) 20:37:13 ID:HVWxkXZ.0
理由――そんなものは、数えればキリが無いし、どうだっていい。
自分が今、仲間を大切に思っているという事実さえあれば、理由など必要無い。
だから高槻は、郁乃達の視線を背中越しに感じながら。
「別に深い理由なんてねえよ。ただ――」
本当にどうでも良さそうに、ぶっきらぼうに。
「色々あってな、ハードボイルド小説の真似事がしたくなっただけだ」
そう言って、にやりと笑った。

コルトガバメントの銃口を持ち上げ、告げる。
「話は終わりだ、来いよ番犬っ!」
「承知! ゆくぞ、高槻ぃぃぃぃぃっ!!」


巨体が奔る。
醍醐が旋風を伴って、凄まじい勢いで疾駆する。

即座に、高槻が叫んだ。
「皐月、郁乃……撃てええっ!!」
本来ならば足が不自由な郁乃に戦わせるのは避けたい所だったが、今回はそうも言っていられない。
何しろ相手は皐月と二人掛かりでも勝てなかった醍醐なのだから、危険は承知で全戦力を投入するしかないのだ。
「あたしだって……やれるんだからぁ!」
郁乃が車椅子から飛び降り、ベレッタM950の引き金を立て続けに絞る。
ベレッタM950は小型の拳銃であり、非力な郁乃でも容易に使いこなす事が出来た。
しかし醍醐は左右に大きくステップを踏み、迫る銃弾から身を躱す。

「いっけぇぇぇ!」
皐月がS&W M1076を両手で握り締め、安定した射撃体勢で発砲する。
続けて郁乃が、続けて皐月が、一発ずつ交代で発砲してゆく。
間断無く繰り出される銃弾の連撃は、並の者ならば決して逃れようの無い死の雨だ。
だが数多の戦場を駆け回った醍醐には、その程度の攻撃通じない。
百戦錬磨の傭兵隊長からすれば、今の状況などお遊びも同然――!

631HERO:2007/06/15(金) 20:38:22 ID:HVWxkXZ.0
醍醐は皐月と郁乃の狙っている箇所を正確に察知し、必要最低限の動きで回避を続ける。
その間にも前に進む足は決して止めずに、じりじりと間合いを詰めてゆく。
そしてすぐに、転機は訪れた。
「あっ!?」
カチッ、カチッ、と音を立てて皐月のS&W M1076が弾切れを訴えた。
それを醍醐が見逃す筈も無い。
郁乃の銃撃だけならば警戒するまでも無いと言わんばかりに、醍醐が一直線に皐月へと殴り掛かる。
「くらえええぃ!」
繰り出される特殊警棒による一撃。
数々の敵を蹴散らし、いかな戦局であろうと打開してきたそれを、しかし。
「――くぅううっ!」
皐月は攻撃の軌道を見切り、真横に飛び退く事で回避していた。
醍醐の攻撃は破壊力だけを見れば人間離れしているが、スピードに関しては決して反応出来ぬ物ではないのだ。

「オラァッ!!」
直後、高槻が――冷静に醍醐の隙を窺っていた高槻が、満を持して引き金を絞る。
敵が防弾チョッキを着ている事など分かっている以上、倒すには無防備な頭部を狙うしかない。
醍醐はすんでの所で上体を反らし、必殺の一撃を躱そうとする。
だが攻撃の直後を狙われたとあっては、いくら醍醐と言えど回避が間に合わない。
「がっ――――ぬおぉぉっ……」
醍醐の両眉の間――所謂眉間の辺りに、焼け焦げた後が刻まれる。
銃弾は後1cm軌道がズレていれば、間違いなく醍醐に致命傷を与えただろうという位置を通過していた。

632HERO:2007/06/15(金) 20:38:54 ID:HVWxkXZ.0
「――――クッ」
醍醐は追撃を警戒したのか、後方に飛び退く事で一旦間合いを離した。
眉の辺りを摩りながら、感心したように口を開く。
「……なかなかやりおるわ」
「あたりめーだ。昨日は本調子じゃなかったからな……今のが俺様達の真の実力って訳よ」
昨日は高槻の体調が悪かった上に、郁乃が戦闘に参加していなかった。
それに対して今日は三人全員戦闘に参加しているし、それぞれが銃も持っている。
昨日と比べ、明らかに戦力は増しているのだ。

だが――

今の凌ぎ合いで確かな手応えを感じたのか、皐月が強気に言い放つ。
「さあ、覚悟しなさい醍醐っ! ぴろの仇よ!」
「ほざくなああっ! 俺にはまだ……まだまだ……力があるわああああッ!」

大上段に特殊警棒を構えていた醍醐が、片手を懐に忍ばせる。
取り出したのは銀のパック、所謂チューブゼリーのようなものだった。

「こんな物には頼りたくなかったが……この醍醐の目的はあくまでも『勝利』! あくまでも総帥の命令を果たす事!!
 戦士になる必要もなければロマンチストでもない……。俺は絶対に……勝たねばならぬのだァァァァッ!!」

戦力が増しているのは、醍醐も同じ――

醍醐が噛み千切る様に封を切ると、一呼吸でパックがくしゃくしゃになる。
ぱしゃんと、パックの投げ捨てられる音が聞こえた。

――それは、悪夢の始まりを告げる音だった。

633HERO:2007/06/15(金) 20:40:35 ID:HVWxkXZ.0
「な、なんだあ……?」
高槻の眼前で、醍醐が大きく痙攣し始める。
その痙攣が全身に行き渡り、筋肉が膨れ上がったかと思うと、醍醐は、
「フグウウウウウウウウオオオオオンッ!!」
猛獣のように――否、猛獣そのものの雄叫びを挙げた。

「な……、これはどうい――――!?」
言い終わる前にかつてない死の予感を感じ、高槻は本能的に横に跳んだ。
直後、一秒前まで高槻が立っていた辺りの床が崩壊した。
砂塵が舞い上がり、轟音が辺り一帯に鳴り響く。
見ると醍醐が――かつて醍醐だったモノが、生の拳で床を殴り付けていた。
特殊警棒を用いずに、素手で恐るべき破壊力、恐るべき速度を体現したのだ。

醍醐は高槻に追い縋り、矢継ぎ早に拳を繰り出していく。
その度に広間全体が大きく揺れ、床が抉り取られてゆく。
スピードも、パワーも、迫力も、全てが以前とは桁違いだった。
最早、人間では無いと言い切れる程に。

「くそったれが……!」
必死の思いで間合いを離しながら、高槻は皐月と郁乃に声を掛ける。
「気を付けろ! 今コイツが飲んだのは、筋肉増強剤だとか興奮剤だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ!
 もっと恐ろしい何かだ!」
「……気、気を付けろって言ったって――」

皐月が新しいマガジンを装填しながら、戦慄に歪んだ顔で反論する。
高槻が言った事は、『ライオンと戦うのは危険だから、慎重に戦え』と素手の人間に対してアドバイスしているようなものだ。
分かっている所で、対応しようが無いものはどうしようもない。
それでも皐月は、焦燥感に震える手でS&W M1076を連射した。
銃弾が一発、二発と醍醐の背中に吸い込まれてゆく。
10mm弾を使用するS&W M1076の破壊力は、拳銃としては中々の物。
防弾チョッキ越しとは言え、強烈な衝撃を受けた醍醐は――ビクともしなかった。

634HERO:2007/06/15(金) 20:41:20 ID:HVWxkXZ.0
「う、嘘っ!?」
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
そして、醍醐の標的が高槻から皐月へと切り替わる。
怪物が正しく疾風と化して、哀れな獲物を叩き潰すべく駆ける。
高槻と郁乃が必死に銃を放ったが、余りにも速過ぎる猛獣の前には無意味。
醍醐は僅か数秒で皐月の目前にまで迫り、無造作に拳を突き出す。
皐月は竦み上がる膝を叱り付けて、後ろに下がって躱そうとする。
醍醐の繰り出した攻撃は洗練された技術など欠片も混じっていない、何の工夫も無い駄拳。
だが、技術など必要無い。
圧倒的な速度と力が兼ね備えられているのならば、技の介入する余地など何処にも無い。
どれだけ洗練された技術であろうとも、怪物的な身体能力の前には無意味。
恐るべき速度の拳が、皐月の両腕――咄嗟に十字ガードしたもの――を強打していた。

「――ああああっ!!」
断末魔の悲鳴。
両手で防ぎ、尚且つ後ろに下がっていたにも関わらず、皐月の身体は大きく後ろに弾き飛ばされる。
まともに受身を取る事すら適わず、地面に滑り込んだ皐月は、激しく頭部を打ち付けた。
一時的な脳震盪を起こしてしまい、そのまま動かなくなる。

「ゆ、湯浅っ……!」
「皐月ぃぃぃ!!」
高槻と郁乃が狼狽した声を投げ掛けるが、皐月が起き上がる気配は全く無い。
それも当然だろう。
脳震盪を起こした皐月は、もう完全に気絶してしまっているのだから。
両腕の骨も折れてしまっており、たとえ意識があろうとも戦える状態では無かった。
猛獣と化した醍醐の攻撃は、回避と防御の両方で対抗して尚、即死を防ぐのが精一杯なのだ。

635HERO:2007/06/15(金) 20:42:41 ID:HVWxkXZ.0
もう皐月は仕留めたと判断したのか――醍醐が高槻達の方へと振り返り、吠える。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
巨体が再び駆ける。
「――――郁乃、下がってろ!!」
郁乃がこの怪物に狙われれば秒を待たずして殺されてしまうと判断し、高槻は醍醐に向かって突撃する。
お互いが前進した為に、殆ど一瞬で両者の距離は零となった。

猛獣の攻撃は、見てから反応しても躱しきれない。
どれだけ的確な回避行動を取ったとしても、先の皐月と同じ末路を迎えてしまうだろう。
故に高槻は、醍醐が拳を振りかぶるのを待たない。
「この――」
スライディングの要領で跳ねる。
高槻の頭上10センチを死の狂風――醍醐の拳が、通過してゆく。
高槻は前髪を風圧で舞い上げながら、コルトガバメントを構えて、
「ド畜生がァァァァッ!!」
醍醐の足向けて、立て続けに引き金を引き絞った。
銃に装填されていた弾丸四発は、一つの例外も無く醍醐の足へと吸い込まれてゆく。
二発は醍醐の左足を、残る二発は醍醐の右足を貫き、花火のような鮮血を舞い散らす。
両足を撃ち抜かれた醍醐は、ドオオオオンと派手な音を立てて、地面に崩れ落ちた。

――刹那の衝突は、高槻の勝利で幕を閉じた。

636HERO:2007/06/15(金) 20:43:33 ID:HVWxkXZ.0
「やった……やったああああ!!」
郁乃の歓声が聞こえる。
高槻はよろよろと身を起こしながら、少し疲れた声で呟いた。
「……やれやれだぜ。かなり危なかったが、俺様達の勝ちみてえだな」
本当に危なかった。
先の勝利は、只の偶然だ。
もし醍醐の拳が後10センチ低い軌道で振るわれていたら、頭を砕かれていただろう。
自分は九死に一生を拾ったに過ぎないのだ。
だがそれでも、勝ちは勝ちだ。
両足を撃ち抜かれた醍醐は、最早立ち上がる事など出来ない筈。
……だというのに。

――ゴトッ、ゴトッ……

背後から聞こえた物音に、高槻も郁乃も凍り付いた。
心臓を氷の刃で刺し貫かれたような、喉元に銃口を突きつけられたような、そんな悪寒。
本能が後ろを振り向くなと、このまま逃げてしまえと叫び狂う。
それでも高槻が後ろを振り向くと、そこには。

「なっ…………!?」
醍醐が立っていた。
両足から止め処も無く血を噴き出しつつも、悠然と屹立していた。
「ば、馬鹿な……有り得ねえっ!!」
高槻が、殆ど悲鳴に近い叫びを洩らした。
自分が放ったコルトガバメントの弾丸は、間違いなく醍醐の両足を破壊した筈なのに、どうして――
余りにも理不尽な現実が、心に焦燥感を齎し、身体を恐怖で硬直させる。

637HERO:2007/06/15(金) 20:45:11 ID:HVWxkXZ.0
「グオオオオオオオオ……俺ハ、負けらレヌのダァァァァァァ!!」
醍醐が、今までに倍する速度、倍する迫力で駆けてくる。
その突撃はさながら、全てを破壊し尽くすダンプカーのようだった。
高槻は動けない。
「こんなの……勝てる訳ねえじゃねえか……」
有り得ない事態に、絶望的な現実に、身体が、心が、萎えきっている。
だがそこで、高槻の足に小さな痛みが走った。

「……つぅ!?」
「ぴこっ、ぴこおおおおおっ!!」
視線を下に移すと、そこでは相棒――ポテトが高槻の足を噛み、かつてない程必死に吠えていた。
この状況、この気勢ならば、ポテトが何を言いたいか、言葉など無くとも理解出来る。

高槻はポテトを拾い上げ、醍醐を睨みつけ、吠えた。
「わかったぞポテト!! お前の意志が!
 『言葉』でなく『心』で理解出来たッ! 絶対に曲げられない意志は、ポテト! 命を懸けても貫くんだなッ!」
自分は負けられない。
相手がどのような怪物であろうとも、絶対に仲間を守りきってみせる――!!

高槻は地面に転がり込んで醍醐の突撃を躱し、それと同時に思考を巡らせた。
今の醍醐は、たとえ生身の部分を狙おうとも生半可な攻撃では止まらない。
狙うは只一つ……頭部だ。
生物である以上は頭部を破壊されたら、流石に動けなくなるだろう。
だが猛獣のように駆け回る醍醐の頭部を、正確に撃ち抜く技術など、自分は持ち合わせていない。
ならば、最早残された手段は一つ。

638HERO:2007/06/15(金) 20:46:00 ID:HVWxkXZ.0
高槻はポテトを抱えたまま、起き上がり、走りながら絶叫する。
「郁乃っ、俺様が醍醐を足止めするッ!! おめえは醍醐の動きが止まった瞬間を狙って、弾を全部野郎の頭にぶち込むんだッ!!」
「なっ――――!?」
郁乃が絶句するのが視線を移さずとも伝わったが、構わずに続ける
「俺様がどうなっても気にすんな!! 躊躇もするな!! おめえはただ自分の役目に集中しろっ!!」
そこまでで、言葉を伝えるのは限界だった。
醍醐は再び自分へと追い縋り、もう近くまで来てしまっている。
次が間違いなく、勝負を決す衝突となるだろう。
(折原っ……立田っ……沢渡っ……俺様に力を貸してくれっ…………!!)
高槻は自ら、全てを飲み込む台風の中に飛び込んで行った。



「そんな……あたしが…………?」
郁乃は予備弾倉こそ装填したものの、その後はただ震えていた。
目の前の異形に対する恐怖や、人を殺す事への禁忌からではない。
自分の双肩に全てが委ねられた事に、震えていた。
高槻がどのような手段で醍醐を足止めするつもりかは分からないが、出来ても一度で限度。
そしてあの怪物とぶつかり合えば、確実に重傷を負うだろう。
チャンスは一度きり、それで決めなければ間違いなく全員殺されてしまう。
少し前まで碌に戦闘に参加していなかった自分が、本当にそんな大役を務められるのだろうか?
自分は柚原春夏に襲われた時、何も出来なかった。
岸田洋一に襲われた時、何も出来なかった。
七瀬彰に襲われた時、何も出来なかった。
鎌石村で醍醐に襲われた時、何も出来なかった。
全て、高槻に助けられたのだ。

639HERO:2007/06/15(金) 20:46:53 ID:HVWxkXZ.0
だが――だからこそ、思う。
今こそ自分が、高槻を助けるべき時では無いのか。
昔の自分は何も持ち合わせていなかったが、今は違う。
どうにか歩けるようになったし、銃だって持っている。
今の自分には皆を救い得る『力』が、きっとある筈なのだ。
ならば後は、勇気を振り絞るだけ。
失敗するかも知れない。力及ばず敗れるかも知れない。
それでも恐れず、自分の全身全霊、全存在を賭けて立ち向かわねばならない。
自分は高槻一行の、一員なのだから。



そして最後の勝負が始まった。
「たかつきぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいイイイイイッッ!!」
「醍醐ぉぉぉぉぉっっ!!」
高槻は何の躊躇も無く、猛獣と正面からぶつかり合おうとする。
どうやって足止めするか――作戦は酷く単純で、そして絶望的なものだ。
拳撃というものは、間合いを外されると大きく威力が落ちる。
腕が伸びきる前に目標と接触してしまえば、威力は半減するのだ。
故に高槻は、自ら醍醐の拳に飛び込む事で耐え凌ごうとしていた。

だが、それは余りにも無謀な選択だろう。
恐らくは一撃で身体を砕かれ、足止めにすらならない。
高槻程度の体格では、耐久力が圧倒的に足りないのだ。

640HERO:2007/06/15(金) 20:48:08 ID:HVWxkXZ.0
ならば――足りない分は、仲間が補う。

「ぴこおおおおおっ!!!」
高槻の腕から、ポテトが飛び出した。
自ら醍醐の拳に、身を投じる為に。

そして、衝突。

唸りを上げる最強の剛腕は易々とポテトの身体を砕き――僅かに、勢いが緩められた。
そして高槻の腹部に吸い込まれ、肋骨を破壊し、折れた骨によって内臓までをも破壊した。

だが――高槻は引き下がらない。
身体の細胞全てが、背負った仲間達の魂が、ポテトの生き様が、後退を拒否する。

「ポテト……てめえ、最後の最後で……格好つけやがって…………」

両腕でがっしりと、醍醐の腰を掴み取る。

「郁乃ぉぉぉぉぉぉっ!!  今だ、撃てええええええええっっ!!!!」

咆哮と同時、郁乃のベレッタM950から7発の弾丸が放たれ――全て、醍醐の頭部に直撃した。

ドサリ、と崩れ落ちる音。
怪物が――頭部の半分以上を失った醍醐が、地に沈んだ。





641HERO:2007/06/15(金) 20:49:55 ID:HVWxkXZ.0
決着より5分後。
郁乃は、意識を取り戻した皐月と共にラストリゾート発生装置を破壊し、そして――

今にも息絶えそうな高槻の最期を、看取ろうとしていた。


「高槻さん……お願い、しっかりして!!」
「高槻……高槻ぃぃぃぃぃっ……!!」
郁乃も、皐月も、泣いていた。
高槻が助からないのは、最早疑いようの無い事実と化している。
何しろ彼の胸からは白い骨が飛び出しており、内蔵はグチャグチャに破壊されているのだから。

高槻の腕に縋りついた皐月が、悲痛な嗚咽を洩らす。
「ごめんっ……あたしが途中でやられたりしなきゃ…………こんな事には……!」
「……謝る必要は、ねえよ……。おめえだって……精一杯…………やったんだしな……」
高槻は視線をポテトの死体に移して、続ける。
「湯浅も、俺様も、郁乃も、ポテトも……皆頑張ったからこそ……醍醐を倒せたんだ…………だから、胸を張りやがれ…………」
それは、その通りだった。
あの時皐月が攻撃を受けたからこそ、高槻は醍醐への対処法――見てから反応するのでは無く、予測で躱す、といった方法に思い至った。
皐月がいなければ、高槻は何も為せぬまま醍醐にやられてしまっていたであろう。
郁乃がいなければ、醍醐に致命傷は与えられなかった。
ポテトがいなければ、醍醐は止め切れなかった。
全員が全員、己の持ち得る全てを賭けて挑んだからこそ、あの怪物を倒せたのだ。

高槻は諦観の入り混じった笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。
「ちっ……そろそろお迎えが、来たみてえだ……」
お迎え――それが何を意味するか即座に理解した郁乃が、絶叫する。
「嫌ぁぁぁっ!! 何でもするから、死なないで!! あたし、あんたに言いたい事が一杯あるんだから! 伝えてない言葉、一杯あるんだからぁぁっ!!」
自分はまだ、高槻に今まで助けて貰ったお礼も言えていない。
素直になれず、度々辛く当たってきた謝罪をしていない。
高槻が好きだという事すら、口に出来ていない。

642HERO:2007/06/15(金) 20:50:59 ID:HVWxkXZ.0
高槻がごふっと一度大きく吐血してから、ぶっきらぼうに言った。
「ちっ……無茶言うなって…………俺様にだって、出来る事と……出来ない事が……あんだよ……」
「……駄目よ! アンタはアメリカン・コミックヒーローを目指してるんでしょ! 
 あんたはヒーローにならないといけないんだから、こんな所で死んじゃ駄目よ!!」

――アメリカン・コミックヒーローになるのが夢。
それは郁乃と出会った時についた、他愛も無い嘘だった。

だが高槻は、手を伸ばし、郁乃の涙を拭きとり――

「おめえも……湯浅も生きてる……。悪から女を救うのが、……ヒーローってもんだ……。だから、おめえらのおかげで――」

にやりと笑って――

「……もう、なれたさ」

ポタリと、手が落ちた。

「あ……ああ……ああああっ……うわあああああああああああああああっ……!!」


――少女達の泣き声を子守唄にして、高槻は眠る。
とても満足げな笑顔を、浮かべながら。



【残り15人】

643HERO:2007/06/15(金) 20:52:11 ID:HVWxkXZ.0

【時間:三日目・13:15】
【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】
湯浅皐月
 【所持品1:S&W M1076(装弾数:5/7)、予備弾倉(7発入り×2)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 
 【状態:号泣、疲労大、両腕骨折、首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
小牧郁乃
 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】
 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:0/7)、予備弾倉(7発入り×1)】
 【状態:号泣、中度の疲労、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:0/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×4、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【所持品2:ワルサーP38(装弾数:8/8)、予備弾倉(8発入り×3)、地下要塞詳細図】
 【状態:死亡】
ポテト
 【状態:死亡】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、無線機、他不明】
 【状態:死亡】


【備考】
・ラストリゾートは13:05に破壊されました。

→873

644ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:51:08 ID:nemeNFXM0
北川潤と広瀬真希は肩を並べて、地下要塞内部の通路を走っていた。
肺がきりきりと痛み、心臓が休ませろと早鐘を打つが、足を止める訳にはいかない。
『ロワちゃんねる』に載せられてあった地下要塞攻略作戦を発見したのは、一時間程前の事だ。
それによると、一秒でも早く援軍に向かってくれとの事。
だからこそ今自分達は、脇目も振らずに『高天原』を目指しているのだ。

敵の攻撃を警戒する必要は無い。
柳川祐也達が先行しているのだから、敵はもう倒されてしまった後だろう。
事実少し前にあった曲がり角では、敵の死体だけが大量に散乱していた。
その数、20は下らない。
味方に被害を出さずそれだけの敵を屠るとは、流石は柳川達と言わざるを得ない。

だが――きっと、篁には勝てない。
遠野美凪の話によれば、篁は『想い』の力を利用しようとしているらしい。
『想い』の力が奇跡すら起こし得るのは既に体験済みだ。
そのような強力な力を巨悪・篁が用いてしまえば、きっと誰も勝てない。
だからこそ、自分達は急がねばならない。
美凪に託された星の砂を使って、篁に利用されている『想い』を解き放たねばならないのだ。
「……と言っても、どうやれば『想い』を解き放つなんて事が出来るんだろうね?」
「……それが分かったら苦労しないさ。美凪は願えって言ってたけど……」
北川も、真希も、自分達の目的を為す具体的な方法はまだ分かっていない。
それでも二人は走り続ける。
自分達の、そして美凪とみちるの『想い』を背負って。

そこで二人は、前方50メートル程にある交差点を発見した。
交差点の右側――自分達の位置からは見えない方向から、誰かが駆け足で走ってくる音が聞こえる。
「潤……どうする?」
「時間が無い――このまま強行突破だ」
正しく、即断。
北川はインパルス消火システムを、真希はワルサーP38アンクルモデルを握り締め、前方に疾駆する。

645ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:52:28 ID:nemeNFXM0
そのまま躊躇する事無く交差点に侵入し、足音が聞こえてきた方に銃口を向け――

「――春原っ!?」
「北川……それに広瀬じゃんか!」

北川達の前方でレーザーガンを構えている人物は、同志の一人、春原陽平だった。


◇  ◇  ◇


場所は移り変わり、『高天原』。
果ての無いようにさえ思える天井と、辺り一帯に立ち込めた黒い瘴気。
最早魔界と呼ぶに相応しい姿に変貌した地で、倉田佐祐理は驚愕していた。

突然の乱入者――そして味方である筈の水瀬秋子が、柳川祐也を撃ったのだ。
その後の、水瀬親子が交わした会話。
これらから推測すれば何が起こったのか、水瀬親子はどういうつもりなのか、推測するのは容易い。
佐祐理が確認するように口を開く。
「秋子さん……名雪さん……貴女達はまだ参加者同士の殺し合いを望まれているんですか?」
「ええ、そうよ。私達は優勝して祐一さんを生き返らせないといけない。だから、悪いけど貴女達には死んで貰うわ」

語る秋子は片方の手でジェリコ941を、もう片方の手でS&W 500マグナムを握り締め、既にその銃口を佐祐理とささらに向けている。
その所業、余りにも迅速、余りにも的確、余りにも冷静。
秋子は僅か10秒足らずで、参加者中最大の戦力を誇る柳川一味に勝利したのだ。
秋子の冷酷な目が、どんな言葉よりも雄弁に物語る――説得も抵抗も、無意味だと。
それでも尚、佐祐理は哀しみに満ちた声で言った。

646ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:53:23 ID:nemeNFXM0
「秋子さん……佐祐理にとっても、祐一さんは大切な方でした。出来れば生き返って欲しいと思います。
 でも死人は生き返らない……何をやっても死んだ人は生き返らないんですよ……。
 こんな事をしても、天国に居る祐一さんが悲しむだけです……。新たな悲しみが生み出されるだけです……」
「…………」
「こうして見ているだけでも分かります……。貴女の目は悲しみに満ちています……貴女の心は『人を殺したくない』と泣き叫んでいます……。
 もうこんな事は、止めてください!」
「く――――」

秋子は答えない――否、答えられない。
優勝した所で祐一は生き返らないだろうという事など、とっくの昔に理解している。
主催者が人を生き返らせる力を持っていて、且つ願いを叶えてくれる可能性など億に一つあるかどうかだ。
優勝して祐一を生き返らせる、というのは自分の願いでは無い。
佐祐理の言う通り、自分は人を殺したく無いのに、戦い続けている。
それが、娘の願いだからという理由だけで。

黙した秋子の代わりと言わんばかりに、水瀬名雪が馬鹿にするような目で佐祐理を見下した。

「貴女……倉田さんだったよね? 貴女も放送を聞いてなかったの? 主催者の人は、優勝したら何でも願いを叶えてくれるって言ったじゃない。
 何でもって事は祐一も生き返らせれるに決まってるよね。ううん、祐一だけじゃない。
 真琴も、あゆちゃんも、死んだ人皆、みーんな生き返らせれば良いんだよ。そうすれば皆幸せになれるよ?」
「な――――」

佐祐理も、ささらも、絶句した。
――狂ってる。
この少女は、水瀬名雪は、間違いなく精神に異常をきたしている。
名雪が口元を吊り上げて、心底愉しげに続ける。

647ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:54:42 ID:nemeNFXM0
「だから私達は皆を殺して優勝して、それから願いを叶えて、死んだ人達を生き返らせてあげるんだよ。
 だからね、ここは大人しく――」
「願いを叶える……? ふざけるなよ、ゴミめがっ……!」

そこで突如、名雪の背後に篁が現れた。
その眉は釣り上がっており、こめかみには青筋が走っている。
般若の如き形相となった篁の手が奔り、一瞬で名雪の首を掴み取った。

「確かに私なら、死人をクローンとして生き返らせる事も可能だ……。だが、お前達は私の邪魔をした。
 私の甘美な戦いを……柳川を縊り殺す快感を妨げた……。その罪、万死に値するッ!!」
「あっ…………あああっ………………?」
「な、名雪っ――――!!」

みしみしと、音を立てて名雪の首が締め付けられてゆく。
急速に名雪の顔から血の気が失われてゆき、喉から漏れ出る悲鳴も弱々しいものとなってゆく。
堪らず秋子は佐祐理達から銃口を外し、篁の背中に向けて銃を連射した。
だがそれらは全て『ラストリゾート』の青い光に妨げられ、何事も無かったかのように掻き消されてしまう。

「――くっ……これが、『ラストリゾート』の力なのっ……!?」
「……お、お母さん…………たすけ、て――」
「名雪ッ!!」

篁の手に籠められた力が更に強まり、名雪の顔色が土気色に染まってゆく。
『ラストリゾート』の力に驚愕している時間も、迷っている時間も無い。
……銃が効かないのなら、刃物しか無い。
秋子は一瞬の判断で34徳ナイフを取り出し、篁の背中へと斬り掛かった。
だが篁はにやりと口元を歪め、秋子の方へ振り向く。

――名雪を盾とする形で。

648ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:56:20 ID:nemeNFXM0
「え……?」
秋子の手に、肉を裂く嫌な感触が伝わる。

握り締めた34徳ナイフが貫いていたのは、名雪の左胸――即ち、心臓。

「な……ゆき……?」

名雪の身体が胸から先まで、陸揚げされた魚のようにびくんびくんと痙攣している。

「ククク……ハッハッハッハッハッ! そうれえい!」
篁が秋子の胸をどんと押すと、その拍子にナイフが引き抜かれ、名雪の身体から鮮血のシャワーが噴き出した。
その鮮血を目の当たりにして、ようやく秋子は理解する――自分が娘を殺してしまったのだと。

「あああ…………うわあああああああああああああっ!!!」
「ファーハッハッハッハッハッハッ!! 水瀬秋子よ、自らの手で娘を殺した気分はどうだ?」
秋子の悲痛な狂叫と、篁の嘲笑が辺り一帯に響き渡る。
褒美を目標として歩んできた親子の終わりは、冷酷な主催者の意向一つで訪れたのだ。
全てを失い、心が絶望で覆い尽くされ、計らずして秋子は地面に座り込んだ。
その両目からは大粒の涙が零れ落ち、肩は小刻みに震えている。
その涙は、娘の鮮血か、それとも秋子の心が混じったのか――紅かった。

その様子を暫く眺め見た篁はようやく気が済んだのか、無造作に名雪の亡骸を投げ捨てる。
「さて……もうお前に用は無い。死して『想い』を残し、我に貢献するが良い」
篁は天高く拳を振り上げる。
拳の周りには柳川と戦っていた時以上の、赤黒いオーラが集結している。
その拳が直撃すれば、どのような人間であろうとも一瞬で絶命してしまうだろう。
生きる意義を失った秋子は生気の抜けた顔で、己に迫る死を受け入れようとしていたが、しかし。

拳が振り下ろされる刹那、佐祐理が走った。
「――――駄目ぇっ!!」
傷付いた両腕で秋子を抱き上げて、篁の射程圏内から退避しようとする。
だがすぐに限界が来て、佐祐理は秋子諸共地面に倒れ込んでしまった。

649ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:57:45 ID:nemeNFXM0
秋子がよろよろと上半身を起こして、途切れ途切れに言葉を洩らした。
「どう……して……?」
言葉の続きは必要無い。
どうして、自分を助けたのかと。
どうして、殺し合いに乗った自分を助けたのかと。
秋子はそう聞いているのだ。

佐祐理もまた上半身を起こし、ぼそりと呟いた。
「嫌なんです……」
憂いを秘めた酷く悲しい瞳で、秋子を見据える。
「これ以上悲しみが増えるのは……篁さんの所為で命を落とす人が増えるのは、嫌なんです……。
 秋子さんは人の為に戦っていたんだと思いますから……本当は優しい方だと思いますから……そんな方が殺されるのは、絶対に嫌なんですっ……!」
「――――っ!!」

佐祐理からすれば殺し合いに乗った人間も、一部の例外を除いて被害者だ。
全ての元凶は主催者・篁であり、それ以外の人間に殺される謂れは無い。
少なくとも一度殺し合いに乗ってしまった自分には、糾弾する権利など無いと、佐祐理は考えていた。

だがそんな佐祐理に、黒衣を纏った怪物が歩み寄る。
「愚かな……その女の所為でお前らは勝機を失ったというのに……」
紡ぐ言葉は酷く不愉快気に。
今の篁は闘争の機会を失い、秋子と佐祐理のやり取りを見せ付けられ、明らかに機嫌を損ねていた。
「全く下らん――興冷めだ。お前のような愚物、消え去るが良いのだっ!」
そう言って篁が拳を構えると同時、背後で大地を蹴る音がした。

その音の主――柳川は、腹部を撃たれ重傷の身にも関わらず、果敢に篁に挑みかかった。
「――――倉田だけは、絶対にやらせん!」
柳川にとって最優先目的は、佐祐理の防衛だ。
主催者の打倒も、自身の身を守る事も、二次的な目的に過ぎない。
故に今の身体では確実に勝てぬと分かっていながらも、柳川は立ち向かう。

650ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 10:58:48 ID:nemeNFXM0
だが、邪神は柳川の想いを、
「力を失った貴様に興味は無い……失せろ」
「――グッ……ガアアアアアッ!」
ただの裏拳一発で、一蹴した。
柳川は優に5−6メートルは弾き飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ。
腹部を撃ち抜かれた柳川では、最早ただの一合すらも篁と打ち合えぬ。
柳川が先程篁と互角に近い戦いが出来たのは、『鬼の力』による凄まじい能力があってこそ。
どれだけ強い『想い』を胸に秘めていようとも、超人的な身体能力の裏付け無しでは篁に対抗し得ないのだ。
だというのに。

篁の前に、悠然たる態度で立ちはだかる女性が一人。
「……お強いんですね。ですが次は――私がお相手します」
「おや、まだ起き上がる気力があったとはな」
その女性の名は、生ける屍と化していた筈の水瀬秋子。

秋子の突然の行動に、佐祐理が大きく目を見開いた。
「あ、秋子さんっ!?」
「佐祐理ちゃん――主催者を倒す手順は『ラストリゾートが解けるのを待って、銃で攻撃する』で良かったわよね?」
「え……は、はい。それはそうですけど、それが何か……?」
秋子の意図を計りかねた佐祐理が、所々で詰まりながらも答える。
すると秋子が一寸の迷いすら無い声で――そして、強い決意の籠もった声で、言った。
「なら、私が時間を稼ぐ。この男を一秒でも長く食い止めて、『ラストリゾート』解除までの時間を稼いでみせる」

651ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 11:00:22 ID:nemeNFXM0
娘を失った秋子には、最早殺し合いに乗る必要など何処にも無い。
そして先程見せ付けられた、佐祐理の、柳川の、傷付いた身で尚人を救おうとする姿。
その姿が全てを失った筈の秋子に、最後の気力、最後の目的を与えていた。
「そ、そんな……耐え切れる訳、無いじゃないですか……」
「そうね――確実に殺されるでしょうね。でもさっきとは違う。絶望の淵で、無意味に死ぬのとは訳が違う。
 私は名雪の仇を討つ為に――そして貴女のような未来ある子供達を守る為に、死ねるのだから」
「秋子さん……」
佐祐理の悲痛な声から意識を逸らし、眼前の異形を睨み付ける。
「さあ、来なさい。多くの子供達の未来を奪った罪……その命で償いなさい」
そう言って秋子は、S&W 500マグナム――銃身を盾として用いる為の物――を深く構えた。

途端、篁から放たれる殺気が膨れ上がり、周囲の空気がキチリと音を立てて凍り付いた。
「……そうか。ならば苦しみ抜いた末に死ぬが良い」
篁の足元が爆ぜ、黒い邪神が秋子目掛けて弾け飛ぶ。
秋子との間の空間などまるで無かったかのように、一瞬で距離を零に変える。

そして篁は、削岩機の如き凄まじい右ストレートを繰り出した。
秋子はそれを、S&W 500マグナムの銃身で食い止めようとする。
だがその程度で防ぎ切れる筈も無い。
「――――あああああっ!!」
篁の一撃は易々とS&W 500マグナムを叩き折り、それを掴んでいた秋子の指すらも砕いていた。
「莫迦が……貴様如きがこの私の相手を出来るとでも思ったか?」
そのまま篁は間断無く拳を繰り出し、秋子の身体を破壊してゆく。
篁の剛拳が打ち込まれる度に、被弾箇所の骨が砕け、血が噴き出す。

「――――く……うあ……!」
秋子はたたらを踏んで後退するが、そんな抵抗何も意味も在りはしない。
どれだけ必死の思いで距離を稼いでも、延命に繋がりなどしない。
秋子が5秒掛けて開いた間合いを、篁は僅か0.1秒で詰めきってしまうのだから。
黒い影が、秋子の懐へと潜り込む。

652ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 11:01:49 ID:nemeNFXM0
「は、うああ…………!」
秋子は既にボロボロとなった両腕を盾とし、篁の攻撃を受けようとする。
篁は敢えてその防御の上から、思い切り蹴撃を打ち込んだ。
凄まじい衝撃により天高く跳ね上げられた秋子を追って、篁も跳躍する。
空中で秋子の頭を掴み取り――着地の際に、容赦無く地面へと叩きつけた。

――ぐしゃりという、嫌な音。

遅れて鮮血が飛び散り、秋子だったモノの肉片が飛散する。
篁は手にこびり付いた血をぺろりと舐め、哂った。
「フッフッフッ……ほんの数分程度しか、時間を稼げなかったようだな?」
「あ……ああああああ…………」

佐祐理が大きく目を見開いて、掠れた声を絞り出す。
秋子が死んだ事へのショックもあるが、それだけでは無い。
秋子が篁に立ち向かった時点でこうなる事は分かりきっていたのだから、それだけで驚愕に声を洩らしたりはしない。

突然大きな銃声が鳴り響き――篁は、頭部を大きく弾かれた。
「――ガアアアアアアッ!? ば、莫迦な、これは――」
初めて――柳川達と対峙してから初めて、篁の顔が驚愕に歪む。
何とか踏みとどまりはしたものの、そのこめかみからは黒い血が流れ落ちている。

ドラグノフを構えた久寿川ささらが、再び篁へと照準を合わせる。
「やっぱり……さっきの青い光が『ラストリゾート』だったみたいね。高槻さん達は……やってくれたんだわ……!」
篁を覆っていた青白い邪悪なオーラが、消えていた。
即ち、高槻達がラストリゾート発生装置の破壊に成功したのだ。
ほんの数分程度だった秋子の時間稼ぎが、勝負の行方を決定的に隔てる要因となったのだ。

「おのれ……あの駄犬があああああああ!! 高槻如き小物すら倒せぬのかああああああ!!」
怒りに震える篁が声を荒げるが、そんな事をした所でラストリゾートは蘇らない。
高槻達の、秋子の努力の成果が、失われる事は無い。

653ARMAGEDDON(Ⅱ:2007/06/16(土) 11:03:13 ID:nemeNFXM0
そして更に、この土壇場で戦場に駆けつけた戦士達が、三人。
「……どうやら、年貢の納め時ってやつみたいだね」
「「――春原さんっ!?」」
一瞬で場の状況を見て取った男の名は、春原陽平。
その後ろにはそれぞれの武器を携帯した広瀬真希と、北川潤も屹立している。
「北川さん……広瀬さん……ご無事だったんですね……」
駆けつけてくれた仲間達の姿に、死んだと思っていた北川と真希の姿に、佐祐理が半ば涙声で言葉を解き放つ。

北川は軽く微笑みを返してから、インパルス消火システムを構えた。
「あの爺さんが主催者みたいだな……。確かに凄い迫力だけど、『ラストリゾート』が消えてるなら、銃が効くのなら――勝てるっ!」
それは、絶対の確信。
篁が人間離れした実力を持っているのは北川とて一目で分かったが、所詮相手は一人だ。
銃器を用いての戦闘ならば、人数で大きく上回るこちらが優勢なのは明白だった。
事実、篁の顔は明らかな狼狽の色に染まっている。
真希がワルサーP38アンクルモデルの銃口を篁に向けて、凛々しい声で告げる。
「ここまでよ……。覚悟なさい、絶対に許さないんだから!」

それは、紛れも無い死刑宣告。

その宣告を受けた篁は――今まで見せた中でも、一番の愉しげな顔で哂った。
不気味な、醜悪な、吐きそうな、そんな微笑み。
全てを見下し、全てを嘲笑う、そんな表情。
「フッ……それで勝ったつもりかゴミ共が……」
そう言って篁が取り出したのは、赤黒いオーラに包まれた青い宝石。
秋子の介入により、どのような力を持つのか有耶無耶となっていた物体だ。

654ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 11:05:35 ID:nemeNFXM0
篁は宝石を握り締め、己が獲物達に告げる。
「今こそ見せてやろう!! 『想い』が秘めたる真の力を……そして、我が秘めたる神の力をっ!!!!」
瞬間、篁から放たれる威圧感が今までとは比べ物にならぬ程膨れ上がった。

柳川の、佐祐理の、ささらの、陽平の、真希の、北川の本能が、かつてない程の勢いで警鐘を打ち鳴らす。
全員が全員、理由の分からぬ焦燥感に駆られ、篁に向けて各々の武器を撃ち放っていた。

その刹那、高天原一帯を赤黒い光が包み込んだ。
「ク――――――何が起こったっ!?」
凄まじい爆音が鳴り響き、眩い光が柳川とその仲間達の視界を一時的に奪い去る。
削られた五感とは対照的に、脳裏に沸き上がる嫌な予感だけはどうしようもない程、肥大化してゆく。
篁から放たれていたモノと同質の瘴気が、計測不能なまでに膨れ上がってゆく。
まるで、世界全てを飲み込むかのように。

そして光が薄れ、音が止み、柳川が目を開いた瞬間、視界に飛び込んできたモノは。
「なん……だ……と……?」
人ではない。
ただの異形でもない。
絶対に、この世界の存在では無い。

全長200メートルはあろうかという、余りにも巨大な体躯。
紅く輝く目を湛えた、八つの頭。
血で爛れた腹。
周囲に纏った、赤黒い膨大なオーラ。
放たれる威圧感は、最早言葉で言い表す事など不可能。
篁は――日本神話に登場する伝説の怪物、ヤマタノオロチと化していた。



【残り13人】

655ARMAGEDDON(Ⅱ):2007/06/16(土) 11:07:38 ID:nemeNFXM0




【時間:3日目13:10】
【場所:f-5高天原】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(5/30)、イングラムの予備マガジン30発×3、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(4/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:驚愕、絶望。腹部重傷・左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:驚愕、絶望。留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:篁の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(2/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(3/5)、支給品一式】
 【状態:驚愕、絶望。右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】
春原陽平
 【装備品:レーザーガン(残エネルギー40%)】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具、ワルサー P38(残弾数6/8)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態①:驚愕、絶望。右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【状態②:疲労大、左肩致命傷(腕も指も全く動かない)】
 【目的:篁を倒し生き延びる】
北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光二個)、お米券】
 【状況:驚愕、絶望。中度の疲労、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:篁の打倒】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル7/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:驚愕、絶望。中度の疲労、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:篁の打倒】
ボタン
 【状態:恐怖】

 【所持品:青い宝石(光86個)、他不明】
 【状態:オロチ化】


水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾0/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:ライター、34徳ナイフ】
 【状態:死亡】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:死亡】

【備考】
・S&W 500マグナムは大破しました


→867
→880
→884
→885

656Etude pour les petite supercordes:2007/06/16(土) 20:24:49 ID:MZvMETgE0
『よし、話を再開するか。ことみ君、その爆弾とやらを作るのには何が必要なんだ?』
休憩を挟んで少しは気力が戻った聖が秘密の会話に使っているパソコンのキーボードを叩く。本格的な爆弾を作るとは未だに信じ難かったが、強力なものを作れるというのならそれに越したことは無い。
ことみはまるでピアノを演奏しているかのような軽やかな手つきでキーボードを叩く。

『分かりやすいように箇条書きするの。必要なのが、
・ロケット花火
・硝酸アンモニウム
・軽油
それと、硝酸アンモニウムに対して軽油が94:6の割合で必要だから持って来る量も考えないとだめなの』

案外必要な物が少なかったので聖は拍子抜けした。そんな身近なもので爆弾が作れるものなのか。なるほど、テロが横行するわけである。が、気になることもある。
『雷管はどうする』
『それはロケット花火だけで十分なの。休憩してる間に考え直したんだけど、やっぱり作るのは手間がかかるから既製品を使うほうが楽だと思って。もし可能なら工事現場なんかからもっと精度の高い雷管を持ってきたかったけど』

確かに、工事などで爆破に使う爆薬の雷管を使うのが手っ取り早いだろうがここにそんな状況が都合よく転がっているとは思えない。何せここが人工島だという可能性すらあるのだ。
『仕方ないか…しかし硝酸アンモニウムはここから拝借するとして、他はどこから持ってくる?』
ロケット花火はまだ各地の村にある可能性はあるが軽油はどうか。ガソリンスタンドがあるとは考えづらい。だがことみは既に答えを導き出していたようですぐさま返答する。
『農業用トラクターとかの動力はディーゼルエンジンだからそこから持ってくれば問題ないの。流石にそれくらいはあってもおかしくないと思うけど』

ふむ、と聖は唸る。ここに来る道中で車やバイクが放置されているのを何台か見ている(最も、キーがないので動かせなかったが)。ならばトラクターくらいあってもおかしくない。
『となれば、向かうとすれば農協か。もし学校に硝酸アンモニウムがなくてもそこならあるだろう』
地図には農協はない。だが村のどこかにはあるかもしれなかった。聖が最初に立ち寄った鎌石村には農協はない。とすれば平瀬村か、氷川村を巡るということになる。
距離的に近いのは氷川村だ。まずはそこを目指すことになる。

657Etude pour les petite supercordes:2007/06/16(土) 20:25:15 ID:MZvMETgE0
『結局は氷川村に行くことになりそうだな…ところで、材料はどこに隠す? 目立つところに置いておくと持ち去られる可能性もなくはないぞ。何せ人手が足りない、一回では持ち運べないかもしれないぞ。そのときはどうする』
それも問題ない、という風にことみが親指を立てる。
『グラウンドの近くにある倉庫を使えばいいと思うの。鍵は多分あるだろうし、広さも多少はあるはずなの』
倉庫か。なるほど鍵をかけておけば容易に侵入できないはず。それにしてもそこまで観察していたとは。ことみの洞察力には目を見張るばかりである。
これも大きな戦力だろうな、と聖は思う。知は力なり、か。

だがこの作戦を行う上で問題はある。それは材料をかき集めるために島中を奔走しなければならないことだ。
本来生き残ることを優先しようと思えば動き回るより一箇所にジッとしていたほうが生存率は高くなる。動くということはそれだけでリスクを伴うことなのだ。聖は妹の佳乃を探すという目的があるため動かざるを得ないがことみはどうだろうか。
人集めをするとは言っていたがそれはあくまで危険に踏み入らない程度のはずだ。だが爆弾を作る上ではどうしても危険な状況に踏み入らざるを得ないこともあるはずだった。
『聞いておくことがある』

だから聖は覚悟の程を確かめるために質問をすることにした。いきなり何事かと頭をかしげることみだったが聖のただならぬ雰囲気を感じてかじっとして次の言葉を待っていた。
『これで当面の予定は立った。だがことみ君、行動に移す前にこれだけは聞いておきたい。君はどうして【この島から脱出する】立場を取った? 私は医者だ。医者には人の命を救う義務がある。権利がある。そして人の命を奪う事は医者として最大のタブーだと思っている。だから私はこの殺し合いには乗らなかった。君はどうなんだ? 君はどうして、殺し合いには乗らなかった?』

ひどく真剣な、張り詰めた弓のような視線がことみを刺す。ことみはしばらくの間、黙っていた。
パソコンのかき鳴らすファンの音だけが静かに、二人の間に響いていた。しばらくの沈黙を破ってことみがキーボードを叩き始めたのは、三分が経ってからのことだった。

『大切な人がいるから…私にとって、とても大切な人が、いるから。その人は…今はもう、昔の私の事を忘れちゃってるけど、けど、昔と同じように仲良くしてくれてるの。ご飯を、半分こしたり。それに…友達を作ってくれた。その人を…どうしても死なせたくなかったから』
それまでは滑らかだったキーボードの叩き方が一転して、一語一語を大切にするようなゆったりとしたものへと変わる。まるで、クラシックの転調のように。
『だから、その人とこれからもいるために…友達と過ごすために、必ず脱出してやるの』

658Etude pour les petite supercordes:2007/06/16(土) 20:25:48 ID:MZvMETgE0
キーボードから手を離す。それが、ことみの出した覚悟のようだった。
そして、それは十分に、言葉を使わずとも文面だけで聖の心に伝わっていた。
『結構だ。それならいい。しかし…よほど好きなんだな、ことみ君の言うその人というのは』
そう打ち込むと、ことみは少し目を泳がせて頬を染め、コクリと小さく頷いた。
ハハア。聖は今の反応で確信した。要するに、惚れているのだ。ことみは、その人に。
なるほど。それなら尚更殺し合いには乗れない、か。可愛いものだ。

『ふふ、私はますます君のことが好きになりそうだ。是非とも佳乃にも会わせたいな。まあそれはさておき…出発してもいい頃だろう。行こうか。まずは硝酸アンモニウムを探そう』
ことみはこくりと頷くとさもそれらしい声で、
「先生、やっぱりこのパソコンじゃダメみたいなの…悲しいかな、任務失敗。という事で、もうこの部屋には興味ナッシングなの」
といって椅子から立ち上がった。聖も続いた。
「そうか…君なら何とかなると思ったんだがな。仕方ない。また人探しに戻るか。行こう、ことみ君」
パソコンの電源を切って、二人はこの部屋から立ち去った。次の目的、爆弾の材料集めをするために。

【時間:二日目午前6:00】
【場所:D-6】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:爆弾の材料を探す。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:爆弾の材料を探す。まずは学校で硝酸アンモニウムを見つける】
→B-10

659ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 22:56:41 ID:nemeNFXM0
多くの悲しみがあった。
多くの憎しみがあった。
多くの友情があった。
多くの愛情があった。
多くの涙が流された。
多くの血が流された。
多くの命が失われた。

様々な悲劇を生み出してきた永きに渡る悪夢は、遂に最後の最後、最終決戦の刻を迎えようとしていた。



◇  ◇  ◇



最早完全なる魔界と化した広大な空間、荒涼とした大地――『高天原』。
空気は赤黒く濁っており、精神力の弱い人間ならばこの場に居るだけで発狂してしまうだろう。
焼け付く空気により肌が焦げ、大地を踏み締める足がゆっくりと溶けてゆくような錯覚に襲われる。

そして、魔界の中心に鎮座する体長200メートル超の怪物――ヤマタノオロチ。
蛇のような頭を八つ持ち、八本の尾を生やし、腹は血で爛れている。
一つ一つの頭が持つ双眸には、紅く燃え盛る炎が宿されている。
その姿、その迫力、正しく邪神と呼ぶに相応しい。
悠久の時を経てヤマタノオロチが蓄えた力は最早、人間がどうにか出来るような次元の物では無くなっていた。

660ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 22:57:49 ID:nemeNFXM0
「な、何だあの怪物は……」
吹き付ける瘴気の所為で、柳川祐也の頬は一瞬にして血の気を失った。
全身の表面には鳥肌が立ち、喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かない。
手足の末端までをも痺れさせる死の予感、圧倒的という言葉ですら足りぬ程の戦力差。
あの怪物の前には、どのような武器も、兵器も、救命具にすらなりはしない。
完全体の鬼が徒党を組んで挑み掛かった所で、勝ち目など無い。

「う……ああっ………」
計らずして、久寿川ささらの喉の奥から掠れた声が零れ落ちた。
他の者達も殆どが、ささらと同様に深い絶望を感じていた。
あんなモノには、勝てる筈が無い。
どれだけ勇気を振り絞ろうとも、どれだけ策を弄そうとも、あの怪物の一息で吹き飛ばされてしまうだろう。
人間は、神には決して抗えないのだから。

柳川も、ささらも、倉田佐祐理も、北川潤も、広瀬真希も、ガクリと地面に膝を付いた。
少なからず異能の力を体感している彼らだからこそ分かる――今起こっている悪夢は、間違いなく現実だと。
自分達はこれから、逃れようの無い死を与えられるのだ。
今まで抱いてきた想いも、希望も、死んだ仲間達の分も生きるという決意も、全てを無意味に打ち砕かれるのだ。
誰もが絶望し尽くし、闘志を失ったかと思われたが、その時。

「――おい、お前ら何やってんだよ! 今が一番の踏ん張り所じゃないか!」
一人悠然と屹立し、気を吐く男の名は、春原陽平。
その表情に怯えの色は微塵も無く、その瞳には決意の炎以外の何物も混じっていない。
北川が陽平の方へと視線を移し、沈んだ声で反論の言葉を口にする。
「そんな事言ったって……あんなのに、勝てる訳ないだろ……」
それは確信よりも更に確実な、疑いようの無い事実。
だというのに――陽平は、何の迷いも無く吠えた。

661ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 22:59:21 ID:nemeNFXM0
「勝てるか、勝てないかじゃねえ……やるかやらないか、なんだ。お前らはこのまま何もせずに死んでも良いのか?
 ……少なくとも、僕は絶対に嫌だね。僕はるーこと杏の分も戦わなきゃいけないんだ……最後の最後まで、全力を尽くさなきゃいけないんだ!
 僕は諦めねえぞ。たとえ敵わないとしても、最後まであがき続けてやるッ!!」
告げる言葉の一つ一つには、はちきれんばかりの想いが籠められている。
自身の決意、藤林杏への友情、ルーシー・マリア・ミソラへの愛情。
かつて臆病者だった少年は最早、世界で一番勇気がある戦士へと成長していた。
少年の真摯な想いは、凛々しい雄叫びは、萎えきった柳川達の心に光を灯してゆく。

柳川がイングラムM10に新たなマガジンを装填し、前以上の闘志を瞳に宿す。
「チ――そうは言っても、貴様だけではどうにもならんだろう。仕方ない、俺も協力してやろう」

倉田佐祐理がレミントン(M700)を両手で抱え、ゆっくりと腰を起こす。
「そうでした――佐祐理も諦められません。佐祐理は祐一さんの、舞の、留美の分も戦わなくちゃいけないんです!」

久寿川ささらがドラグノフ片手に眉を吊り上げ、決意を口にする。
「私だって……戦うわ。私は先輩と貴明さんの分まで、一生懸命生きたい!」

広瀬真希がワルサーP38アンクルモデルを握り締め、勝気な笑みを浮かべる。
「そうね……あたしが間違ってた。此処まで来て諦めたりしたら、美凪とみちるに笑われちゃうわ」

北川潤が得物をSPAS12ショットガンに変えて、しっかりと立ち上がった。
「やれやれ……皆がやるってんなら、俺も行かなくちゃいけないんだろうな。どうせやるんならキッチリ勝って、皆で生きて帰ろうぜ!」

最後に、陽平が再び吠えた。
恐らくは彼の人生の中で、最も大きく力強い声で。
「さあ、行こうぜ皆!! あのバケモンをぶっ倒して、全てにケリをつけようぜ!!」

叫びが響き渡ると同時、柳川達は一人の例外も無く駆けた。
自分達の百倍以上の体躯を持つ、邪神に向かって。

662ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:01:19 ID:nemeNFXM0

――それは、神話の再現だった。
ありとあらゆる生物を凌駕する巨大な悪神に対し、勇気ある戦士達が無謀にも挑み掛かる。

柳川のイングラムM10が、佐祐理のレミントン(M700)が、北川のSPAS12ショットガンが、ささらのドラグノフが、陽平のレーザーガンが、一斉に火を噴く。
放たれた銃弾は、全てヤマタノオロチの胴体に吸い込まれてゆく。
それは大型トラックすらも破壊し尽くす程の一斉射撃だったが、それでもヤマタノオロチには掠り傷一つ付ける事が出来なかった。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
直後、ヤマタノオロチの雄叫びが爆音となって響き渡り、『高天原』の大地を揺らす。
八つある内の一つの頭が口を開け、殺意が赤黒い炎の形となって吐き出された。
その炎の大きさは優に直径10メートルはあり、直撃すれば人間など簡単に叩き潰すだろう。
ヤマタノオロチが最初の贄に選んだのは、真希だった。

「――――っ!!」
真希は全力で大地を駆けたが、それでも避け切れない。
獲物の身体を飲み込むべく、赤黒い炎が凄まじい速度で宙を進む。
「真希ぃぃぃぃっ!!」
そこで北川が真希の進路に飛び込み、それと同時に迫る炎に向けてインパルス消火システムを撃ち放った。
圧縮空気で水の塊を発射するという最新技術を用いた消化砲撃が、ヤマタノオロチの炎とぶつかり合う。
だが所詮は人の生み出した技術であり、神話の世界の悪神には対抗出来る筈も無い。
赤黒い炎は噴き出される水の塊を悠々と押し退けて、北川と真希の身体を飲み込んだ。
「うっ……わあああああ!」
「きゃあああああ!!」
ある程度緩和したものの、巨大な衝撃力を殺し切る事など到底不可能だ。
北川達は大きく弾き飛ばされ、20メートル程離れた地面へと仰向けに倒れ込んだ。

663ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:03:00 ID:nemeNFXM0

「き、北川っ! 広瀬ぇぇ!」
陽平が悲痛な叫び声を上げたが、北川達からの返答は無い。
そして助けに行くような余裕も、与えられてはいない。
柳川が陽平の横に並び掛けて、視線はヤマタノオロチから外さぬままに、告げる。
「春原、今は目の前の敵に集中しろ。胴体は堅い――狙いは頭だ。炎を吐く瞬間を狙えっ!!」
全員の武器を全て撃ち込んでもまるで効果が無かった以上、胴体を破壊する手段は存在しない。
ならば、胴体よりも小さく、尚且つ重要な器官も詰まっているであろう頭部を狙う。
口が開いた瞬間に攻撃すれば、堅固な外皮に阻まれる事も無いだろう。
上手く行けば、頭部を破壊しさえすれば、きっとあの怪物も倒せる筈。
それが、柳川の判断だった。

柳川も、陽平も、ささらも、佐祐理も、各々の得物を構える。
ヤマタノオロチの一挙一動を見逃さないようにしながら、暗黒の大地を必死に駆け回る。
あの巨体に踏み潰されたら、正しく蟻のように殺されてしまうのだから、距離を確保し続けるのが重要だった。
そして――

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
待ちに待った、ヤマタノオロチの咆哮。
先のパターンからすれば、この直後に炎を吐き出してくる筈だ。
柳川はその瞬間を狙うべく銃口を斜め上方に向けて――驚愕した。
「ク――あれ程の攻撃を二発同時に撃てるというのかっ!?」
ヤマタノオロチの八つの頭のうち、二つが大きく口を開いていたのだ。
それぞれの開いた口には、目に見て取れる程邪悪な瘴気が集結している。
それでも攻撃すべき瞬間、ヤマタノオロチを倒す好機は今しか存在しない。
防御など後回しで良い、今は攻撃に全てを注ぎ込め――!!

664ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:05:26 ID:nemeNFXM0
「右だッ! 右の頭を狙え!」
柳川の叫びに合わせて、陽平達は全員が全員、一つの頭部に狙いを絞った。
全弾をここで使い尽くすくらいのつもりで、攣り切れんばかりにトリガーを引き絞る。
「死ねえ! 篁ぁぁぁぁ!!」
「食らえ、るーこと杏の仇だっ!!」
「貴方は……貴方だけは許せません!!」
「先輩、貴明さん……私に力を貸してください!!」
先の一斉射撃に倍する気合、倍する火力を伴って、銃撃は全てヤマタノオロチの口の中へと吸い込まれた。
今の一撃で、陽平のレーザーガンは、ささらのドラグノフとニューナンブM60は弾切れ。
まだ他にも幾つか銃器はあるものの、明らかに火力が落ちる。
今のは柳川達の全身全霊を籠めた、最強最大の一撃なのだ。
にも関わらず――

柳川が絶望に顔を歪め、悲痛な呻き声を上げる。
「莫、莫迦なっ……こんな莫迦なっ……!」
ヤマタノオロチは依然、凄まじい瘴気を纏ったままで存在していた。
狙った頭部は微かに黒い血を垂らした程度で、とても大きなダメージがあるような状態には見えなかった。

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
柳川達の努力を嘲笑うかのような咆哮。
そして先程攻撃を免れた、もう一つの頭部から赤黒い業火が撃ち出された。
次なる贄は――佐祐理。

665ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:06:57 ID:nemeNFXM0
「…………ッ!!」
真希がやられた場面を目撃している分、佐祐理が回避行動に移るのは早かった。
荷物を投げ捨て、形振り構わず全力で、それこそ足が千切れても気にしないくらいのつもりで、駆ける。
ヤマタノオロチの巨体は、攻撃時に限定すれば弱点となってしまう場合がある。
炎の発射点の高度が200メートルにも達する所為で、目標までの到達が比較的遅いのだ。
だからこそ佐祐理程度の脚力でも、初動さえ早ければ何とか躱し切れる。
――宮沢有紀寧によって負わされた、両足の怪我さえ無ければ。

「――ああっ!!」
傷付いた足で全力疾走を続けた反動だろう。
佐祐理は走っている最中に大きくバランスを崩し、地面へと転がり込んだ。
その間にも業火は容赦無く迫っており、佐祐理に絶対の死を運ぼうとする。

佐祐理は迫る絶望を目視するべく後ろを振り返り――炎は、見えなかった。

見えたのは只一つ、柳川の大きな背中のみ。
柳川は佐祐理を庇うように仁王立ちしており、業火を目前にして尚一歩も逃げ出そうとしない。
まるで此処が自分の居場所だと、佐祐理を守る事こそが自分の全てだと、そう言わんばかりに。

「や、柳川さ――」

響き渡る轟音、衝撃。
佐祐理が言い終わるのを待たずして、柳川の身体は莫大な破壊の渦に飲み込まれた。

666ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:08:40 ID:nemeNFXM0
断末魔の悲鳴すら無い。
何も語らず、何も抵抗せず、そして後ろにだけは何の攻撃も通さず、柳川は凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
その飛距離、先の北川達の倍以上。
佐祐理が遠目で見ると、柳川の身体は鮮血に塗れていた。
止め処も無く流れ出す血、失われてゆく命。
駆け寄って確かめるまでも無い。
あれだけ凄まじい衝撃を受けて生きていられる人間など、存在し得ない。
たとえ『鬼の血』を引いている柳川だとしても、良くて瀕死――もう、絶対に助からない。

「柳川さああああああんっ!!!」
佐祐理の悲鳴が、果てしなく大きく木霊する。

最大の攻撃を直撃させたにも関わらず、ヤマタノオロチに大したダメージは与えられず、自分達の中で最強を誇る柳川も倒されてしまった。
陽平は未だ尚抵抗しようとしているが、それも1分と保たぬだろう。

――こうして、邪神と戦士達の勝負は決した。
初めから結果の決まりきっていた勝負は、予定調和のままで結末を迎えた。
柳川達はヤマタノオロチに大したダメージを与える事すら出来ず、敗れ去ったのだ。


◇  ◇  ◇


「――柳川さん……畜生……!」
北川は真希と共に、目前で繰り広げられている絶望をただ見ている事しか出来なかった。
先程弾き飛ばされた際に二人共背中を強打し、立ち上がれなくなってしまったのだ。
冷たい地の感触を肌で感じ取り、阿鼻叫喚の悲鳴を耳にしながら、北川は思う。

667ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:10:34 ID:nemeNFXM0
――自分達は一体これまで何をしてきたのだろうか。
【自分達にしか出来ないこと】をする。
これは自分と真希が終始一貫して守ってきた姿勢だ。
だがその結果、何が得られたというのだろうか。
遠野美凪も、みちるも、救う事が出来なかった。
ハッキングにはCDの発見で貢献したとは言え、功績の大部分は姫百合珊瑚にあるだろう。
柳川祐也や河野貴明のように、強力なマーダーを倒したりもしていない。
地下要塞の攻略にも、何の貢献も出来ていない。

――自分達は何がしたかったのだろうか。
この島から脱出したかった。
生きて帰りたかった。
それは当然だ。
だが一番大きな望みは、脱出などではない。
自分達は美凪と、みちると、皆で一緒に過ごしていたかった。
過酷な殺人遊戯の場での生活は大変だったが、それでも美凪やみちると過ごした時間は、とても楽しかった。
一生忘れる事が無いであろう、掛け替えの無い時間だ。
自分達は、他の皆に比べて脱出や主催者打倒に関する執念は劣るかも知れない。
何としてでも戦い続けようという意志は劣るかも知れない。

でも美凪とみちるを大切に思う気持ちは、そして真希と北川の二人がお互いを大切に思う気持ちは、他の誰にも負けないから。
この島で一番大きな『想い』である筈だから。
北川と真希は二人で星の砂を握り締めて、願う。

北川の願いは――どうか真希を助けてあげて欲しい。

真希の願いは――どうか潤を助けてあげて欲しい。

瞬間、『高天原』に満ちていた赤黒い瘴気が消し飛び、暖かい黄金色の光が辺りを包み込んだ。


◇  ◇  ◇

668ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:12:57 ID:nemeNFXM0

「ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!!」
黄金色の世界の中、ヤマタノオロチの壮絶な悲鳴が木霊する。
柳川達がどれだけ攻撃しても悲鳴一つ上げなかった怪物が、断末魔の雄叫びを上げている。
だがその雄叫びは、この場にいる他の誰にも認識されていないだろう。

何しろ陽平達の前には、死んだ筈の人間が現れているのだから。
「るーこ……杏……岡崎……?」
「先輩……貴明さん……?」
「舞……祐一さん……留美……?」
「「美凪……みちる……?」」
それぞれにとって掛け替えの無い存在が、とても穏やかな笑みを浮かべながら立っていた。
見ているだけで心が暖かくなるような、絶望が一瞬で霧散するような、そんな微笑み。
名前を呼ばれた者以外も、この島で死んだ多くの人間――青い石に吸い込まれた者も、そうでない者も、殆どの『想い』が具現化していた。
黄金色に光り輝く少女達は黙々と足を進めて、倒れている柳川の方へと歩み寄る。

柳川の前に辿り着くと、少女達の姿は掻き消え、代わりに一つの大きな光となり――言った。

――ありがとう、と。



『高天原』を覆っていた光が急激に薄れてゆき、辺りの状況が明らかとなってゆく。
最初に陽平達の目に入ったのは、人間の姿に戻った篁だった。
「な……んだと……お…………」
篁は、威勢に狂い、権力に狂い、力に狂い、誰にも愛されなかった――ただの老人の姿をしていた。
圧倒的迫力を誇っていたヤマタノオロチと同じ存在とは、とても思えない。
「屑共が……屑共が……屑共がっ、屑共がッ、クズ共があああああっ!!」
篁はこめかみに血管を浮き立たせ、ヒステリックに叫んだ。
「おのれええええええ! よくも我が集めた『想い』の力を……全てを支配し得る力を……よくもおおおおおお!!
 絶対に許さんぞ……皆殺しにしてくれるわああああああっっ!!」
叫ぶ篁の周囲に赤黒いオーラが沸き立つが、それはヤマタノオロチだった時と比べ物にならぬ程小さな瘴気だった。
それでも並の人間数人ならば屠れる筈だが、陽平達は哀れむような表情を浮かべるだけで、身構えようとすらしない。
何故なら――

669ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:14:38 ID:nemeNFXM0
「オオオオオオオオオオオオオッ!!」
「何っ……!?」
凄まじい咆哮が聞こえ、篁は背後へと振り返る。
篁の後ろに鬼が――完全なる鬼と化した柳川が立っていた。
優に三メートルはあろうかという恐ろしいまでの巨躯、妖気を帯びて緑色に輝く双眸。
丸太のような腕の先には、長く鋭い真紅の爪が生えている。
古くから言い伝えられる鬼そのものの姿となった柳川は、全てを凍り付かせるような殺気を放っていた。

『想い』は――死者達の『想い』は篁の束縛を逃れ、柳川に力を貸したのだ。
そして真の力を制限されている篁では、完全体の鬼には対抗しようが無い。

「な――こんな事がっ……」
「グォオオオオオオオオオオオオッ!!」
篁の言葉が最後まで言い切られる事は無かった。
柳川の豪腕が篁の片腕を掴み取り、恐るべき力で上方へと投げ飛ばしていた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお…………」
天まで届きそうな程の勢いで、篁が上空へと飛ばされてゆく。
それに追い縋るべく、柳川もまた大地を蹴りつけ、天へと舞った。

670ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:16:31 ID:nemeNFXM0
篁が地獄の底から聞こえてくるような声で、絶叫する。

「ぬうううううっ……我は生成に伴う影! 我は虚無への可能性!! こんな所で滅びる訳にはいかんのだあああああっ!!!」

赤黒いオーラを纏った篁の剛拳が、下より迫る柳川の顔を正確に捉える。

だがその程度では、柳川の勢いを押し留めるには至らない。

「グオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!」

鬼の咆哮と共に、白い閃光が迸る。

竜巻が生じ、血飛沫が渦を巻く。

鋼の刃と化した柳川の爪が、篁の腹部を深々と貫いていた。

柳川は地に降り立つのを待たずして、宙に浮いたまま篁の頭部を握り締める。

地面に着地すると同時、全ての力を込めて篁の頭部を締め上げ――――握り潰した。


黒い鮮血を撒き散らし、篁の身体が地面に崩れ落ちる。
身体の周りを覆っていた赤黒いオーラは消え失せて、逞しかった肉体も萎んでゆく。
後に残ったのは、みすぼらしく貧相な、ただの老人の死体だった。
『理外の民』本来の力ならば、これだけの傷を負っても生き延びられたかも知れない。
たとえ肉体が滅びたとしても、蘇る事が出来たかも知れない。
だが力を制限されてる今の状態では、いくら篁といえども死は免れなかった。

671ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:19:18 ID:nemeNFXM0

そしてその直後、柳川もまた地面に沈み、人間の――瀕死の人間の姿に、戻った。
それまで柳川の狩猟を見守るだけだった佐祐理が、弾かれた様に飛び出す。

「――柳川さんっ!!」
柳川に駆け寄り、その身体を抱き起こす。
腕に濡れた液体の感触が伝わり、その出所を確認すると――秋子に撃たれた箇所から、止め処も無く血が溢れ出していた。
秋子に撃たれた時点では致命傷になっていなかったが、ヤマタノオロチから受けた攻撃の所為で、状態が大きく悪化したのだ。
全身の骨という骨には罅が入り、或いはボロボロに砕け、自力で立ち上がる事すらままならない。
あれ程凄まじい戦闘力を誇った柳川の身体が、今はもう殆どの力を失ってしまっていた。

柳川は半ば光を失った目で、佐祐理の顔を見つめた。
「倉田……無事……か……?」
佐祐理がこくこくと頷くのを確認すると、柳川は表情を緩めて笑った。
全てをやり終えたというような、肩の荷が下りたというような、死に往く者の微笑み。
「……倉田――すまんな。お前と一緒に生きて……帰るのは、もう、不可能なようだ……」
「柳川さん……」
もう助からない――それは柳川自身も佐祐理も、認めざるを得ない事実だった。
まだ生きている事が、この身体で鬼になれた事が、既に奇跡の産物なのだ。

佐祐理は柳川の手を握り締めて、とても静かに言葉を紡ぐ。
「この島で出会ってから……私達、沢山お話しましたよね……」
「ああ……色々、話したな……」
二人は長い間、一緒に過ごしていた。
時には離れ離れになる時もあったけれど、ずっと一緒にいたいと思っていた。
この島から、脱出した後も。

672ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:21:21 ID:nemeNFXM0
佐祐理が言葉の意味、一つ一つを噛み締めながら続ける。
「一緒に星空を見ましたよね……」
「ああ……綺麗だったな……」
佐祐理は白く美しい指を伸ばし、土気色に染まった柳川の頬に手を当てた。
「何度も何度も助けてくれましたよね……」
「ああ……それが俺の、目的だったからな……」
答える柳川の声には、何の後悔も未練もありはしない。
柳川の顔は驚く程穏やかな微笑みを浮かべており、その表情からは満足感以外伝わってこない。
それも当然だろう――彼は最初から最後まで、自分の信念を貫き通したのだから。

ぽたり、ぽたりと佐祐理の瞳から涙が零れ始め、柳川の頬を塗らしてゆく。
「佐祐理は一杯……柳川さんに助けてもらったのに……ひっく……何もお返しを……、ぐすっ………出来てません……」
語る間に、涙の流れ落ちる勢いがどんどん増してゆく。
「佐祐理と、出会わなければ……っく……柳川さんは……、ひっく……きっと死なずに……済んだのに…………」
少女の涙は止め処も無く溢れる滝となって、柳川の身体に、地面に、降り注ぐ。

673ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:23:55 ID:nemeNFXM0
その様子を眺め見た柳川が、少し悲しそうな顔となって、言った。
「泣くな倉田……俺がこの島でお前と出会ったのは……決して間違いなんかじゃないんだから……」
「え……」
最後の力で佐祐理の手を握り締めながら、柳川は言葉を解放してゆく。
「俺はお前のお陰で人間の心を取り戻せた……。心温まる時間を過ごせた……。そしてお前を救う事も出来た……だからっ……」

鬼に乗っ取られてしまった筈の心を、取り戻す事が出来たから――
永久に失ってしまった筈の暖かい気持ちを、思い出せたから――
己に課した誓いを貫き、佐祐理を守り抜く事が出来たから――

柳川は大きく息を吸い込んで、眠るように目を閉じ、万感の想いを言葉に変える。

「――お前に会えて、良かった」

それが、柳川の最後の言葉だった。
柳川の手は何時の間にか地面に落ち、呼吸はとうに止まっている。
佐祐理は冷たくなった柳川の手を握り締め、泣きながら、けれど微笑んで、言った。
「佐祐理も……っく、柳川さんに、会えて……良かったです……。今まで本当に……ひっぐ……有難う、御座いました……」
微笑みながら――柳川を心配させないように笑みを形作ろうとしながら、けれど少しずつ表情が崩れてゆく。
「佐祐理は死んでも、ひっく……柳川さんの事……忘れませんから……ぐすっ……」
堪えきれなくなった佐祐理はとうとう背を丸め、子供のような嗚咽を上げ始めた。
「うわああああああっ……」

大切な人を失った経験がある陽平達は、今の佐祐理に声を掛ける事など出来なかった。
全てが終わった異界の中で、少女の嗚咽だけが木霊していた。

様々な悲劇を生み出してきたこの孤島で。
最後にまた一つ大きな悲しみを残して――凄惨な殺人遊戯は幕を閉じた。



【残り:12人/主催者死亡】

674ARMAGEDDON(Ⅲ)/永久の別れ:2007/06/16(土) 23:25:08 ID:nemeNFXM0



【時間:3日目13:30】
【場所:f-5高天原】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(0/5)・予備弾丸(7/7)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:嗚咽。疲労大。留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:不明】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(0/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(0/5)、支給品一式】
 【状態:やりきれない思い。疲労大。右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】
春原陽平
 【装備品:レーザーガン(残エネルギー0%)】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具、ワルサー P38(残弾数6/8)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態①:やり切れない思い。右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【状態②:極度の疲労、左肩致命傷(腕も指も全く動かない)】
 【目的:不明】
北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン6/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光0個)、お米券】
 【状況:やり切れない思い。極度の疲労、背中に重度の打撲、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:不明】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル5/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:やり切れない思い。極度の疲労、背中に重度の打撲、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:不明】
ボタン
 【状態:健康】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン30発×2、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(4/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:死亡】

 【所持品:青い宝石(光0個)、他不明】
 【状態:死亡】

→886

675楕円軌道:2007/06/17(日) 12:44:31 ID:9vl/KT9s0
前夜の雨が空気中の塵を払い、空の蒼さも相まって朝のすがすがしい風がそよいでいた。
鎌石村消防署を出立して一時間あまり、月島拓也一行は難なく鎌石村役場前に着くことができた。
道を曲がると入り口からそう遠くない所に、一組の男女が折り重なって倒れている。
彼らの周辺には割れたガラスが飛び散っており、二階から落ちたらしいことが解かった。
仰向けに倒れている少年の顔を見るなり、長森瑞佳と柚木詩子は駆け出していた。
「こ、浩平……こーへー!」
瑞佳は変わり果てた折原浩平に取り縋り、声を枯らして幼馴染みの名を何度も叫ぶ。
慟哭する瑞佳の隣に詩子が座りこみ嗚咽を漏らした。
風が穏やかに流れる中少女達の泣き声が響き渡り、拓也ら三人は呆然とするしかなかった。

艱難辛苦を乗り越えてやっと会えたときは遅かった。
瑞佳はなんだかもう、どうでもいいような気がした。
投げやりな気持ちになる中、それでも自分だけが生き残って優勝の願いを叶えてもらおうなどとは思わない。
他の人には迷惑をかけず浩平の後を追うのがいいかもしれない。
顔を上げると、両手をそっと浩平の顔に当てる。その感触に違和感があった。
「冷たくない!」
おそるおそる運命を共にした少女──立田七海と重なっている所に手を入れてみる。
「どうしたんだ?」
「お兄ちゃんも触ってみて」

拓也は言われた通り、二人の重なっている所に手を入れた。
確かに感じる生前の体温の残滓。
掌を返して七海の胸を触ってみる。貧弱だが十分な弾力と温もりがあった。
見た目は瑠璃子よりも一つか二つほど年下の、このいたいけな女の子の死に様に目頭が熱くなる。
そのまま七海の胸を弄びながら、もう片方の手を浩平の背と地面の間に入れてみる。
背中側もやはり温もりが残っていた。
観察するに出血の具合からして雨が止んだ後、それも死んでさほど時間が経ってないようだ。
「この温かさからして、二人とも数時間前までは生きていた」
溜息が漏れやりきれない思いが募るばかりである。

676楕円軌道:2007/06/17(日) 12:46:11 ID:9vl/KT9s0
「あのー、死んでるからって、いつまでもおっぱい触るのはいかがなものかと思うんですけど」
詩子が恨めしそうに睨んでいた。
「ああ、そうだったな。悪い……いやこれは検死。揉みしだくことによって死後の経過時間がおおよそ解るんだ」
名残惜しそうに手を抜いた時だった。
「首輪が、ない。二人ともない」
どうして誰も気づかなかったのか、坂上智代がぽつりと呟いた。
皆仰天し、口に手を当てたまま暫し沈黙が流れた。

「彼らは首輪解除の方法を得たに違いありません。その情報はきっと中にあると思います」
後ろ手に縛られ、見ているだけだった鹿沼葉子が興奮ぎみに口を開いた。
悲しみに暮れる中、明るい兆しが見えたような気がした。
葉子の言う通り役場内には首輪に関する重要な情報があるに違いない。
「中へ入ってみようよ。今はどうか堪えて」
智代と詩子に両脇を支えられながら瑞佳は浩平から引き剥がされた。
腰縄をつけた葉子を先頭に一同は役場の中へと足を踏み入れる。
その奥にはおぞましい光景が待ち受けていた。

陽光が差し込む明るい室内には、智代と詩子の見知った人物が変わり果てた姿となって置かれていた。
壁や備品に残る弾痕と血飛沫が彩る状況から、ここで柏木千鶴に対する壮絶なな戦いが行われたことが窺われる。
「この人が悪名高い千鶴さん」
一頻り説明すると、詩子は千鶴に襲われたことを思い出し身震いした。
四人の遺体は外で見たものよりも、見るに耐えないほど酷いものである。
詩子と葉子以外は皆耐え切れずに嘔吐した。

「外の空気吸いに行こう。私につかまって」
「お兄ちゃん、ちょっと気分転換してくるからね」
「くれぐれもトイレに行かないでくれ、な」
智代に支えられながら瑞佳は裏口へと歩いて行った。
声からして二人のどちらのものとも知れぬ悲鳴が上がったのは、それから数十秒後のことであった。
それぞれの武器を手に二人は一斉に裏口へと駆けた。

677楕円軌道:2007/06/17(日) 12:56:56 ID:9vl/KT9s0
外に出て間もなく、拓也と同じ学校の制服を着た少女が倒れていた。
こちらも首を切られているが更に頭部を割られているのが痛々しい。
拓也は覗き込むように観察するが腐敗が進み、人相が生前のものとはかけ離れている。
一瞬瑠璃子かと思いかけたが、付近に眼鏡が落ちていることからして藍原瑞穂のようだ。
「皆さん、すぐ戻ってください。外した首輪が見つかりました」
声のする方に振り向くと葉子が出入口に立っていた。
(しまった。柱にでも括り付けてなければ……しかし、よく逃げなかったな)
戸惑いを覚えながらも拓也は中へ戻ることにした。

一同ぞろぞろと屋内に戻る中、智代と詩子は居残り囁き合う。
「逃げようと思えば逃げられたのに、なぜ逃げなかったのだろう」
「そうねえ。もしかして本当にあたし達に協力するつもりなのかしら」
「ポーカーフェイスだからなあ、あの人。何を企んでるのか解らん」
脅して聞き出した内容から考えるに戦場遊泳をしているかのようだ。
ある時は敵対し、ある時は味方につくということをやるようではとても信用は得られない。
「くれぐれも背後を取られないようにね。さ、行こっか」
いつまでも密談をしているわけにもいかず、詩子が切り上げて中へ戻ろうとした。
「ところでだ。お前はいったい何者なのだ。さっきの惨殺死体を見ても割りと平気だったじゃないか」
「何者っていわれてもねえ。うーん、強いていえば、『ちょっとヘルシーなミルキーっ娘』だよ」
「『ちょっとヘルシー』なら『ほとんどビョーキ』ではないか。やはり只者ではない。そのうち化けの皮を剥いでやるからな」


二人が戻ると拓也の両側に瑞佳と葉子が並び、拓也の操作するノートパソコンを心配そうに見つめていた。
机の足元には外された四つの首輪と工具が落ちている。
うち二つは浩平と浩平に殉じた少女のものに違いない。残る二つは……。
緊張が高まる中、ロワちゃんねるのアイコンが表示された直後、一枚の紙切れが差し出された。
【これからは筆談で話を進めた方がよいかと思います】
的確な助言をしたのは以外にも葉子だった。
皆無言で頷き、筆記用具の準備をしながらモニターを注視する。
誰もが固唾を飲み、これから予想されること──首輪の解除方法が示されるのを待ち望む。

678楕円軌道:2007/06/17(日) 12:58:41 ID:9vl/KT9s0
「出たぁーっ!」
喜びを隠しきれず拓也が口パクで叫んだ。
しかし現れたデータは予想を遥かに上回るものだった。
首輪解除はおろか、柳川祐也以下生存者が主催者打倒の作戦を実行中とのことだった。勿論高槻組も含めて。
【まずは私を実験台にしてください】
万が一偽の情報の可能性もある。それなのに葉子が最初を申し出たのである。
【どうする?】
四人は互いに顔を見合わせ、十秒を待たずして頷いた。

葉子の無事を確認すると次々と全員のものが外された。
最後に瑞佳の分が終わると拓也は智代と、瑞佳は詩子と強く抱き合い涙を流した。
喜びも束の間、瑞佳と智代の心は新たな悲しみに満ちていた。
(七瀬さんやっぱり死んじゃったんだ。力のないわたしなんかが生き残って……)
(岡崎……やはり放送の通りだったのか。会いたかった)
書き込みの中に七瀬留美と岡崎朋也の名はなかった。
「坂上さん、我慢しなくていいんだよ。僕の胸で気が済むまで泣くがいい」
「えっ、あ、あの……」
髪を撫でられ、もう片方の手で背中を撫でられているにもかかわらず、なぜか不快感が起きない。

「坂上さんは石鹸の香りがする。いい女の子の匂いだ」
「お取り込み中済みませんが、地下要塞攻略作戦を見てみましょう」
葉子の凛とした声に二人は我に返った。
「そうですね。さあ、僕の隣に座っていっしょに見ようじゃないか」
「な……」
ごく普通な感じで半分空けてあった拓也の隣に座らされてしまった。それでいていやらしさはない。
拓也はそれ以上の誘惑をせずキーを打ち始めた。
性格が朋也とは全く正反対の男と肩をくっつけ合って座っている。
ただそれだけなのに、智代はなぜか安らぎのようなものを感じるのであった。
「ずるーい、あたしもー。月島さん、ポッ」
何を思ったか詩子が椅子を拓也の隣に運んできて座り、身を寄せる。
「両手に花とはまさにこのことだな。僕は幸せだなあ」

679楕円軌道:2007/06/17(日) 13:01:15 ID:9vl/KT9s0
残された瑞佳と葉子は事の成り行きに憮然としていた。
仲間が決死の思いで戦っているというのに何という様なのか。
ふと葉子を見ると額に青筋が立てっている。額が異様なほどに耀いて見えるのは浮き出た汗が光っているせいか。
手の自由が効かないことから、おそらく膝蹴りを浴びせるのは時間の問題だった。
視線を拓也に戻し、髪の毛を数本摘まむや一気に引き抜く。
「ぎゃっ!」
「ごめんね。白髪を抜こうとしたら抜かないでいいの抜いちゃった」


驚くべきことに鎌石村の入り口──要塞進入路は消防署の近くだった。
「私達もすぐに駆けつけよう」
だが拓也は頭を抱えて動かなかった。
「君達は知らないだろうが、主催者が『あの』篁財閥の爺さんなんだ。篁総帥だったなんて」
「お兄ちゃん、篁という人はどんな人なの?」
「僕だって名前くらいしか、表の顔しか知らないんだ。裏では何をやってるかは……」
「私がお話しましょう」
葉子の語るところは皆を驚愕せしめるものだった。

「なぜ葉子さんがそんな裏事情を知ってるんだ。あなたは何者なんだ?」
「私は神の使い。もっとも知っているのはほんの一部ですが」
葉子も拓也も口には出さないが共通の認識を持っていた。
異能者の力を制限する力があることから、篁は人外なのではないかと。
望みは薄いが座して死を待つよりも、進んで敵の懐に飛び込むしか方法はなさそうだ。

今後の戦術について議論は進まなかった。
相手が組織だけに膨大な数の武装兵が警備していることが予想された。
こちらの貧弱な装備でどうやって『プロ』の兵隊と戦うというのか。
末席に座る葉子を除いて四人が一通り意見を述べた。
どうにかまともなのは瑞佳ぐらいで、人数の多い柳川組に合流しようというものである。

680楕円軌道:2007/06/17(日) 13:03:15 ID:9vl/KT9s0
「拓也さん、あなたはそれでも男の子ですか? 奮い立つのはセックスの時ばかりではいけませんっ!」
「そんなあ、瑞佳とはまだ──」
「わたしの縄を解きなさい。わたし一人でも行きます。敵に包囲される前に動くのです!」
この人は本気なのかと皆が思うほどに葉子は真面目な顔をしていた。
「鹿沼さんのいう通りだよ。こういうのを虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうじゃない」
果たして先発の高槻達と会えるかどうか──不安に思いつつも瑞佳は押し殺した声で叫んだ。
「解った。いう通りにしよう。縄を解いてやってくれ」
瑞佳に処置を頼むと、拓也は名簿を開き詩子と二言三言何事かを話し、続いて葉子とも同じやり取りをした。
名簿の幾人かに印がつけられ、あることが判明した。

「折原君といっしょに死んでた子なんだが、65番の立田七海さんらしい。それから二人を殺害した犯人なんだが……」
そこで一旦区切り口を濁した。
「何か言いにくいことでも? もしかして高槻さん達が」
「残る首輪は二つ。推測が正しければ……水瀬親子だ。間違いない、あの馬鹿っ母とイカレ娘だ」
「どうしてあの人達が殺すんだよう。お兄ちゃんの思い違いだよう」
瑞佳はムッとなり抗議した。少なくとも秋子はしっかりした考えの人であり、殺す側に回るような性格の人ではない。
「何か意見の対立があったのだろう。そうとしか言いようがない」
最後は消え入るような声だった。

「みんなも飲むとよ。いい気付けになるから」
いつの間にか詩子が酒瓶を片手に酒らしきものを飲んでいた。
「この不良め。高校生が飲んでいいのかっ?」
「智代も飲みなさいよ。ここは治外法権なんだから新聞に少女Tなんて載らないよ」
「いいじゃありませんか。ここで皆の『絆』を固めましょう。瑞佳さん、紙コップを出してください」
なかなか笑顔を見せない葉子が、初めて微笑んでいた。ニコニコと。
拓也も瑞佳も智代も詩子も皆が皆、血の気が引くのを感じた。
「ど、どうぞ」
震える声で瑞佳は一通り日本酒を注いで回った。
注ぎ終ると酒瓶の入っていたデイパックを見、これが浩平のものだったのかと思うと苦笑せずにはいられなかった。
支給品が日本酒だったなんて、ついてなかったとしか言い様がない。

681楕円軌道:2007/06/17(日) 13:05:33 ID:9vl/KT9s0
「もう一つのデイパックにフラッシュメモリーがあったんですけど、調べますか?」
「時間がありません。一応持って行くといいでしょう」
皆が驚くほど葉子はテキパキと指示を出し、無駄なものは一切なかった。
柳川組が行動を開始してからかなり時間が経っている。
連携が上手くいかなければ篁に抹殺されてしまう。

出立を前に瑞佳は浩平のもとへとやって来た。
胸に組まれた手を両手で包み込み、じっと見つめる。
(浩平、お葬式してあげられなくてごめんね。わたしもそのうち行くから)
別れのキスをすると瑞佳は拓也達のもとへと駆けて行った。

「どうしてリヤカーに乗ってるんですかぁ?」
「見ての通り、脚がこの有様ですから本番を前に体力を消耗するわけにはいかないのです」
「瑞佳は……あ、戻ってきたか。また一時間ほどかかるなあ」
「さあ皆さん、地下要塞へゴーです」

葉子を囲む形で一同は消防署付近にある入り口を目指す。
だが狐につまれたような気分であった。
先ほどは護送だったのが護衛になっている。
囚われの身だった葉子は縄を解かれて意気盛んである。
皆と協力して主催者と戦うというのは本当なのか疑問が残るところであった。
葉子は拓也を立ててはいるが、実質的には葉子がリーダーようなものだ。
どうしてこのようになってしまったのか。そして自分達にはどのような運命が待っているのか。
四人の心は複雑だった。

682楕円軌道:2007/06/17(日) 13:07:03 ID:9vl/KT9s0
【時間:三日目10:25】
【場所:C-03鎌石村役場】
月島拓也
 【装備品:消防斧、メス】
 【持ち物:包丁、日本酒(残り2分の1)、リヤカー、支給品一式】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。高槻組との合流を試みる。主催者の打倒】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:フォーク、フラッシュメモリー、消火器、支給品一式、浩平と七海の支給品一式】
 【状態1:リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。高槻組との合流を試みる。主催者の打倒】
坂上智代
 【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、手斧】
 【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
 【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:健康、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。高槻組との合流を試みる。主催者の打倒】
柚木詩子
 【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈】
 【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式、茜の支給品一式】
 【状態:健康、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。高槻組との合流を試みる。主催者の打倒】
鹿沼葉子
 【持ち物:支給品一式】
 【状態1:リヤカーに乗っている】
 【状態2:肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。主催者の打倒。何としてでも生き延びる】

683楕円軌道:2007/06/17(日) 13:10:20 ID:9vl/KT9s0
【備考】
・消火器、浩平・七海・茜の支給品一式(日本酒含む)はリヤカーに積載
・智代と詩子は船のことを誰にも話していない

→859
→874
→878

訂正
瑞佳の持ち物に、だんご大家族(残り100人)を加えてください

684あなたの行く先が美しくありますように:2007/06/17(日) 17:43:26 ID:c6Bh4bsE0

来栖川という集合体は、この国を動かしている。
幼い頃に形成された自身の認識がそう的外れでないことを、十数年を経て来栖川綾香は理解していた。
金融、物流、建設、不動産、電機、薬品、情報通信、食品、エネルギー、そして重工業。
それぞれの分野において、来栖川という名前は特殊な意味を持っていた。
貪欲に成果を追求し、時に互いを喰い合いながら、来栖川はこの国の経済と産業を発展させてきた。
戦火によって逼迫した国家を銃後で支えているのは来栖川に他ならなかった。

来栖川重工は軍需企業である。
各種兵器のライセンス生産から新兵器の開発提案、あるいは試作機の製作までを請け負い、
特に陸戦車輌と銃器に関しては他の追随を許さないシェアを誇っていた。
戦時下において莫大な利益を生み出す来栖川経済域の花形であり、そして、それだけだった。
綾香は、来栖川重工副社長という己の肩書きの意味を、よく理解していた。
将来的にはグループの要となり、一族の重鎮として睨みを利かせること。
そうして本家の当主たる、来栖川芹香とその夫を支えること。
それだけが、来栖川の人間として綾香が期待されていたすべてだった。
望むと望まざるとにかかわらず、それは確定された未来図だった。
自由を望んだこともあった。
来栖川の名が動くということの意味を、思い知らされただけだった。
要が揺れるということが、この国とそこに生きる人間の命運を根底から揺さぶることに直結すると
眼前に突きつけられれば、幼い綾香に抗う術などありはしなかった。

そして来栖川芹香は、来栖川綾香以上に大きな意味を持つ名前だった。
その芹香の行方が、分からないという。
最悪の事態ともなれば、来栖川という岩盤に激震が走る。
それは取りも直さず、国家そのものの危機といってよかった。
影響を最小限に留めるために、上はあらゆる策を講じるだろう。
当然、その隙を狙う者も出てくるだろうし、またそれを見越して保身に走る者も多いだろう。
混乱と変革に揺れる危急存亡の国家。
それは綾香にとって、ひどく甘美な妄想だった。

来栖川芹香の無事を願う自分が、綾香の中にいる。
肉親としての情以上に、芹香という存在が、自身の精神の安定を保つのに不可欠であると綾香は考えていた。
来栖川というあまりにも特殊な立場は、芹香以外の誰とも共有し得ないものだった。
芹香という人間のもたらす理解と共感は、綾香を構成する重要な要素だった。
一度喪われてしまえば取り返しのつかない、それは綾香という存在の土台だった。
その程度には、来栖川綾香という人間の精神は姉に依存していた。

そしてまた、姉の無事を願うのと同じだけの比重をもって。
綾香の中には、来栖川芹香の死を望む自分が、いた。


***

685あなたの行く先が美しくありますように:2007/06/17(日) 17:44:00 ID:c6Bh4bsE0

「……下らない」

小さく呟いて益体もない思考を噛み潰した綾香が、目を開ける。
傍らに立つ機械人形、HMX-13セリオへ向けて口を開いた。

「で、痕跡は」
「……血痕等も含め、確認できません」
「そう」

表情を顔に出さぬまま頷くと、綾香はすっかり短くなった髪に手を差し入れ、かき上げた。
太陽を見上げる。

「……あんたはこのまま捜索を継続して」
「はい。……綾香様はいかがなさいますか」
「私は、あいつらを追う」

顎で指し示した方角には、神塚山が聳えていた。
無言のまま返答しないセリオを、綾香は睨み付ける。

「……何よ」
「いいえ、……ご命令は以上でしょうか」
「……姉さん見つけたって、島ごと焼かれたらどうしようもないでしょ。
 時間がないから手分けする、以上終了。……文句ある?」
「……いいえ。それでは、芹香様の捜索に当たります。KPS-U1が破損していますので、通信はできませんが」
「構わないわよ、どうせ私の行く先は決まってる。姉さん見つけたら追いかけてきなさい」
「はい、綾香様。……それでは、失礼いたします」
「……あ、ちょっと待って」

踵を返して歩き出したセリオを、しかし綾香は呼び止めていた。
振り返ったその無表情な顔に向けて、綾香が銀色に閃く何かを投げる。
放物線を描いて飛んだそれは、難なくセリオに受け止められていた。

「……」

セリオが手の中にある物を見つめる。
それは華奢な作りをした、小さな銀の鋏だった。
悪戯っぽく、綾香が笑う。
その指先は、無造作に切られた己の髪を摘んでいた。

「こんなんじゃ、格好つかないからさ」
「……」
「毛先だけ、整えてってよ」

686あなたの行く先が美しくありますように:2007/06/17(日) 17:44:28 ID:c6Bh4bsE0
大至急でね、と付け加えたその足元には、どこから出したものか小さな折り畳みの椅子まで用意されている。
座り込んで後ろを向く綾香。
間を置かず、その後ろ髪が軽く梳かれる感触がした。

「悪いね」
「いいえ」

しゃき、と心地よい音がする。
切り落とされた短い黒髪が、はらはらと風に舞っていく。

「……」
「―――」

沈黙を埋めるように、そよ風が梢を揺らす音と、鋏が毛先を落としていくリズムのいい音が響いていた。
うなじが風に当たる感覚にくすぐったさを覚えながら、綾香は膝の上に置いたバッグに手を差し入れる。
しばらくがさごそと何かを探していたが、やがてその手が目的のものを取り出した。
それは、掌に乗るほどの、小さな黒いケースだった。
後ろ髪を梳いていた手が、止まる。

「……綾香様、それは」
「うん」

小さく頷いて、綾香がケースを開けた。
中に入っていたのは、橙色のガラス容器―――数本のアンプルと、プラスチック製の注射器だった。
綾香が慣れた手つきでその注射器の包装を取り除いていく。

「いけません、綾香様」
「わかってる」

言いながら、首元までの一体成型となっているアンダースーツのジッパーを下げる綾香。
そのままスーツを躊躇いなく引きおろした。
形のいい乳房が惜しげもなく陽光の下に晒されるのを気にした風もなく、綾香は袖から腕を抜く。
白い上腕にゴムバンドを巻きつけると、程なく青黒い静脈が浮き上がってきた。

「警告させていただきますが、そのアンプルは非常用の―――」
「……いつもより、ちょっとだけ頑張れるクスリ」
「劇薬です」

綾香の欺瞞は、言下に否定される。

「わかってるから、さ」
「痛覚を麻痺させ、運動機能を倍化させると共に精神を極端に高揚させる……しかし副作用は大きく、」
「わかってる、わかってる、わかってる」

声を荒げるでもなく、しかし不思議な迫力をもって、綾香はセリオの言葉を遮った。
橙色のアンプルを、透徹した瞳で見つめながら言葉を続ける。

「こんなの打って全開で戦ったら、何が起こるかわかんない。もしかしたら、明日あたり死ぬかもしれない」
「……」
「けど―――」

瞳には迷いなく、
言葉には躊躇いなく、
口元には笑みをすら浮かべて。

「たとえ明日死んだって、今日負けるのは、いやだ」

静かに、言い放った。
声も、鋏の音もなく、風だけが吹き抜けていく。
梢の揺れる音が、そうしてしばらくの間、空間を満たしていた。

「……なんて、ね」

沈黙を破ったのは、綾香のはにかんだような声だった。
肩越しに振り向くと、見下ろすセリオの無表情に、歯を見せて笑ってみせる。

「ね、……髪、ちゃんと切ってよ。お願い」

それは、来栖川綾香がこの島に来てから初めて見せた、年相応の少女らしい、笑顔だった。


***

687あなたの行く先が美しくありますように:2007/06/17(日) 17:45:07 ID:c6Bh4bsE0

神塚山に向かって歩き出す少女の背中に向けて、セリオは深々と頭を下げていた。
足音が聴覚素子に捕捉できなくなるまで待って顔を上げたセリオの視線は、やはり少女の歩む先へと向けられていた。
誰一人、聞くものとてない静かな林道に、呟くような声が響いた。

「ごきげんよう、綾香様」

視線はいささかも揺るがない。
ただじっと、神塚山の方角を見据えていた。

「どうか、あなたの行く先が美しくありますように」

その表情には、ただ一片の感情も、浮かんではいなかった。
蒼穹と陽光の下、澄んだ大気を侵すように、重く、低く、その声は響いていた。

688あなたの行く先が美しくありますように:2007/06/17(日) 17:45:38 ID:c6Bh4bsE0


【時間:2日目午前11時前】
【場所:G−7】

来栖川綾香
 【所持品:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
 【状態:ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚)、魔弾の射手)、短髪、ドーピング】
セリオ
 【状態:グリーン?】
イルファ
 【状態:スリープ】

→796 ルートD-5

689楕円軌道:2007/06/17(日) 19:34:36 ID:9vl/KT9s0
誤字がありましたので、以下のように修正お願いします
>>676の十九行目
>壁や備品に残る弾痕と血飛沫が彩る状況から、ここで柏木千鶴に対する壮絶なな戦いが行われたことが窺われる。
    ↓
壁や備品に残る弾痕と血飛沫が彩る状況から、ここで柏木千鶴に対する壮絶な戦いが行われたことが窺われ

>>679の三行目
>ふと葉子を見ると額に青筋が立てっている。額が異様なほどに耀いて見えるのは浮き出た汗が光っているせいか。
    ↓
ふと葉子を見ると額に青筋が立っている。額が異様なほどに輝いて見えるのは浮き出た汗が光っているせいか。

指摘ありがとうございました。

690少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 21:52:53 ID:ebzat0yI0
地下要塞に繋がる薄暗いスロープと階段。
螺旋状に構成されているソレは、視界の悪さも相俟って冥府への入り口を連想させる。
月島拓也とその仲間達は、一路『ラストリゾート発生装置』を目指し、まずは地下要塞内部に侵入しようとしていた。
拓也が懐中電灯片手に、焦りの隠しきれぬ声で毒づいた。

「クソッ、思ったよりも深いな……。このままじゃ、決戦に間に合わなくなってしまうかも知れない……」
「お兄ちゃん、気持ちは分かるけど落ち着こうよ。焦っても何にもならないよ」
「あ、ああ、そうだな……すまない」

長森瑞佳は焦燥に駆られる拓也を窘めたものの、焦っているのは彼女もまた同じであった。
リヤカーを引きながらの行軍は、予想以上に速度が緩慢なものとなってしまっていた。
その上地下要塞がかなり深くにあった為、予定よりも到着が大幅に遅れそうだった。
要塞内部に先行した同志達が全滅したら、その時点で勝ち目は無くなってしまうだろう。
戦力の温存・荷物の輸送に用いているリヤカーを置いて行く事は出来ないが、可能な範囲で急がなければならない。
そうやって歩いていると、やがて前方に大きな鉄製の扉が見えてきた。
拓也は後ろを振り向き、扉の向こう側に聞こえぬよう小さな声で呟いた。

「……この先で敵が待ち伏せしている可能性もある。どうする?」

確信があった訳では無いが、相手が侵入してくる瞬間を狙うのは待ち伏せの常套手段。
だからこその懸念だったが、鹿沼葉子はリヤカーを飛び降りて、まるで臆する事無く扉に手を掛けた。

「安心してください。向こう側から人の気配は感じられない――このまま進んでも平気でしょう」
「え? 何で――」

柚木詩子が、「何でそんな事が分かるのか」と問い掛けるのを待たずして、葉子は扉を押し開ける。
葉子の言葉通り、扉の向こう側に敵の姿は一つとして認められなかった。
葉子は呆然とする一同に背を向けたまま、一人足を進めてゆく。
いつまでも立ち尽くしている訳にも行かず、拓也達は慌てて葉子の後を追った。

691少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 21:54:00 ID:ebzat0yI0
その最中、拓也は思う。
(やはり……この女も異能者の類か。制限されている環境下では……恐らく僕以上の力を持っているだろう)
自分とて毒電波使いではあるし、坂上智代も修羅場慣れしているらしいが、扉の向こうに誰も居ないという確信は持てなかった。
今の索敵能力、これまでの的確な判断などを合わせ考えれば、葉子の戦闘能力はメンバー中最高であると言わざるを得ない。
ならば、と拓也は消防斧を取り出し、葉子に差し出した。

「拓也さん、これは?」
「僕には他の武器があるし必要ありません。これは葉子さんが使ってください」
「……私を信用して下さるのですか?」
「悪いけど……完全に信用した訳じゃありません。ただ今の僕達には、一人でも多くの戦力が必要だ」

それで、間違いない筈だった。
対主催の姿勢を見せている葉子が裏切る可能性は、決して高いものでは無いだろう。
ならば武器を貸し与えて、優れた戦力として共闘する方が良いに違いない。
特に文句をつける者もいなかったので、そのまま拓也達は黙々と要塞内の通路を進んでいく。

「おかしい。敵の本拠地なのに、余りにも静か過ぎる……」
「智代、逆に考えるんだよ。『敵があたし達を恐れて逃げだした』と、考えるんだよ」

訂正。時折詩子が軽口を叩いたりもしたが、一向に敵は現れない。
道中には特に罠も無く、このまま順調に進んでゆく事が出来るかと思われたが――
曲がり角付近まで進んだ時に、それは起こった。

「まず――伏せなさいっ!」
「……え? えぇっ!?」

何の前触れも無く、突然葉子が叫んだ。
瑞佳と詩子はまるで反応出来ず、ただ立ち尽くすのみ。
だが拓也が瑞佳の頭を、智代が詩子の頭を押さえ、無理やり屈ませた。
直後、鳴り響く轟音。

692少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 21:55:37 ID:ebzat0yI0
「なっ――――!?」

智代が驚愕に大きく目を見開く。
それも当然だろう――すく傍にあったリヤカーが、一瞬で砕け散ったのだから。
智代はかつてない戦慄を覚えながら、銃声がした方へと振り返った。
するとそこには、耳に特殊な機械、左手に大きな盾、そして右手に大きな拳銃を携えた少女が屹立していた。
それは葉子達には知る由も無いのだが、柳川達を襲った戦闘用セリオと同タイプ――即ち鬼の一族に匹敵する程の戦闘力を持った、殺人兵器だった。
左手に持った強化プラスチック製大盾はあらゆる攻撃を防ぎ、右手に持ったフェイファー・ツェリスカは一撃で人体を破壊し尽くすだろう。

「あれは……メイドロボットか!?」
「そのようですね……今の火力、それにあの装備――危険です。一旦退きましょう!」

葉子の決断は迅速且つ的確だった。
人数的にはこちらが圧倒的有利だが、味方が混乱したままの状態で戦うのは不利に過ぎる。
無理に即時応戦しようとすれば、一人、また一人と各個撃破されてしまうだろう。
一行は葉子を先頭として、曲がり角の向こう側へ一時的に逃げ込んだ。
角に隠れた詩子が、戦慄に表情を歪めながら、震える声を漏らす。

「何よ今のロボット……片手であんな大きな拳銃を撃ってくるなんて……。
 それにあの冷たい目、まるで千鶴さんみたい……」
「確かに……片腕で超大型拳銃を使いこなすあの膂力、尋常ではありません。
 見るからに頑丈そうな盾も持っていますし、正面からただ撃ち合っても勝ち目は無いでしょう」

葉子の言葉に、一行は例外無く頷いた。
自分達は拳銃を僅か一丁しか持っていない以上、単純な銃撃戦であのロボットを倒すのは不可能だ。
となれば、戦い方を工夫する他無い。
葉子は全員を近寄らせて、囁くように作戦を語り始めた。

「私達が唯一あのロボットに勝っているのは、人数です。そこで――」

693少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 21:56:56 ID:ebzat0yI0




作戦は単純且つ明快なものだったので、20秒足らずで説明と準備は終わった――正確に言うと、終わらせざるを得なかった。
こちらの作戦会議が終わるのを、敵が親切に待ったりしてくれる訳が無いのだから。
手早く必要な装備の分配を終え、役割分担を決め、後は行動に移すのみ。
迷っている時間も、竦みあがっている時間も無い。
故に先鋒をきるのは、一番度胸が必要な役目に就くのは、元より非日常の世界に生きる人間――鹿沼葉子しか有り得ない。

「……行きます」

ひどく簡素な言葉を遺して、葉子は消防斧片手に角の向こう側、即ちセリオが待ち受ける死地へと飛び込んだ。
改心したという訳では無い。
良心などという下らぬ物よりも、生き延びる事を最優先するという考え方に変わりは無い。
生還するには殺人遊戯に拘り続けるよりも、主催者を打倒した方が良いと判断しただけに過ぎぬ。
だがだからこそ、生還への道を切り拓く為ならば、嵐にだって何の躊躇も無く身を投じれる。

セリオに銃口を向けられた瞬間、不可視の力も上乗せした刹那のサイドステップで横に跳ねる。
思ったよりも足の状態は回復しており、常識外れの速度を出す事が出来た。
直後、フェイファー・ツェリスカが火を噴いたが、荒れ狂う銃弾は只唯空を切るばかり。
しかし葉子とセリオの距離はまだ30メートル以上離れており、とても一息で詰めれる間合いでは無い。
……ならば、必要な時間は仲間が稼げば良い。

「お願い、当たって!」

694少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 21:57:49 ID:ebzat0yI0
詩子が震える腕を必死に叱り付けて、ニューナンブM60の引き金を絞る。
銃を使い慣れていない所為で弾は目標――セリオの頭部から少しずれた位置へと飛んでいった。
だがセリオ側からすれば微妙な弾道のズレなど目視出来る筈も無いのだから、銃口を向けられた時点で回避行動に移るしか無い。
即ち強化プラスチック製大盾を用いて、防御の構えを取るしかない。
アサルトライフルの銃弾すら防ぎ切る大盾は、何事も無かったかのように詩子の攻撃を跳ね返した。
……ならば、貫く事など諦めてしまえば良い。

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

拓也は裂帛の気合を乗せた叫びと共に、専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾のトリガーを引く。
展開されたネットは凄まじい勢いで飛んでゆき、盾ごとセリオの身体を飲み込んだ。
セリオはネットに絡め取られ、受身を取る事もままならず地面へと転がり込む。
直後、疾風と化して駆ける一つの影。

葉子は持ち前の異能力を活かし、鬼気迫る勢いでセリオに迫る。
二人の間合いは見る見るうちに縮まり、僅か数秒で零となっていた。
ようやくネットを振り解き起き上がったセリオに対し、葉子は消防斧を思い切り振り下す。
セリオは強化プラスチック製大盾でそれを防ごうとしたが、防弾性能と防刃性能はイコールで結ばれない。
唸りを上げる鉄槌により、無敵を誇った大盾が粉々に砕かれる。

しかしいくら追い詰めようとも、ロボットであるセリオが焦る事など有り得ない。
セリオは冷静に――どこまでも冷静に、フェイファー・ツェリスカの銃口を葉子に向けた。

「……ターゲットロックオン、破壊シマス」
「くうっ――!?」

大振りを終えた直後の葉子は、回避行動に移れる状態では無い。
こんな近距離で超大型拳銃を撃たれてしまえば、たとえ掠っただけでも致命傷となるだろう。
この戦いで初めて、葉子の顔が狼狽の色に染まった。
だがそこで、葉子の真横を一陣の旋風が過ぎった。

695少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 21:59:04 ID:ebzat0yI0
「……させないっ!!」

自分は芳野祐介を救えなかった――だが今度こそ、仲間を救ってみせる。
瑞佳の放った弓が、綺麗な軌道でセリオの手元へと吸い込まれてゆき、フェイファー・ツェリスカを弾き飛ばす。
そして葉子が第二撃の体勢に入るよりも早く、セリオが立ち直るよりも疾く、真打ちが現れた。
これまで実力を振るう機会の無かった猛虎が――坂上智代が、溜まりに溜まった鬱憤全てを目の前の敵へと打ち込む。

「――――ハァァァァァッ!!!」

その動き、その気合を目の当たりにすれば、篁や醍醐ですらも多少の驚きを覚えたに違いない。
秒に満たぬ時間で繰り出された蹴撃の数、実に五発――!
セリオの性能を以ってしても、その超高速コンボを防ぐ事は適わない。
一発、また一発と打撃を受けて、セリオの動きが止まる。
そして勝負を決するべく、斧を振りかぶる女性の名は、鹿沼葉子。

「これで――――終わりですっ!!」

咆哮、そして叩き落す戦槌。
消防斧による凄まじい一撃を正面から受け、セリオの身体は肩口から大きく引き裂かれた。
そこに智代の前蹴りが突き刺さり、セリオは後方へと弾き飛ばされる。
通路の反対側の壁に衝突すると同時、破壊し尽くされたセリオの身体は爆散した。
葉子は頬に付着した汗を拭い取った後、おもむろにフェイファー・ツェリスカを拾い上げた。

「上手く行きましたね……さあ、奥へと進みましょう」

周りの者が一息つくのを待たずして、葉子は先へと進んでいく。
独断専行が過ぎる傾向はあるが――最早、鹿沼葉子は一行のリーダー的存在となっていた。

696少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 22:00:05 ID:ebzat0yI0




そして智代達が目的地に辿り着いた時、最初に視界に入ったのは啜り泣く二人の少女の姿だった。
少女達のすぐ傍には、血に塗れた白衣の男が横たわっている。
そして少し離れた場所に、頭を潰された軍服の男の死体。
その光景を見た瞬間、智代は理解した――もう、決戦は終わったのだと。
智代は確認するように、葉子へと視線を送った。

「葉子さん、この死体は――」
「……白衣の男は高槻です。そしてもう片方は『狂犬』醍醐。
 どうやら私達は間に合わなかったみたいですね」
「…………ッ!」

駄目押しを受け、智代はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
自分達はどうしようも無いくらい、遅過ぎたのだ。
今から『高天原』に急行しても、とても間に合うまい。
何しろ『ラストリゾート』攻略作戦と『高天原』攻略作戦は、ほぼ同時刻に行われている筈なのだから。
自分は最後の最後まで――大した事を出来なかったのだ。
智代は天を仰ぎ、今は亡き友人に向けて悲痛な声を洩らした。

「茜……私はこの島で……一体何をしていたんだろうな……」

◇  ◇  ◇

697少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 22:01:43 ID:ebzat0yI0
魔界の主が倒れた影響か、『高天原』を覆い尽くしていた瘴気は次第に薄れていっていた。
あれ程重苦しかった空気が、今ではすっかり心地良い物へと変わっている。
自分達は勝ったのだ。
世界経済を半ば牛耳る、そして悪神の如き力を持った篁に、間違いなく勝利したのだ。

達成感が無いと言えば嘘になるだろう。
安堵の気持ちが無いと言えば嘘になるだろう。
だが久寿川ささら達の心は、大きな悲しみと喪失感に覆われていた。

地面に横たわる、複数の死体。
穏やかな微笑を浮かべ――しかし最早二度と動かぬ屍と化してしまった柳川祐也。
首を握り潰され、身体を二つに割かれてしまった向坂環。
最前線に立ち続け自分達を守ってくれた強き二人だったが、だからこそ決戦の際に犠牲となってしまった。
そして、奇襲を仕掛けてきたものの改心し、篁と戦って頭部を砕かれてしまった水瀬秋子。
彼女もまた、身を挺して自分達を救ってくれた。
自分達は掛け替えの無い仲間達の命を犠牲にした上で、命からがら目的を成し遂げたのだ。
そのような状態で、喜んだりする気など起きる筈が無かった。



ささら達が行動を開始してから数十分後、倉田佐祐理はようやく泣き止んで、寝そべる柳川をただ見つめていた。
とても穏やかな、そして哀しい声で語り掛ける。
「佐祐理はずっとこうしていたいですけど……そしたらきっと、柳川さんは怒りますよね?
 何甘えてるんだって、いつまでも感傷に浸るなって、そう言いますよね?」
柳川の両手を胸の前で組ませ、地面に落ちていた眼鏡を拾って、続ける。
「柳川さんは『どんなに苦しくても最後まであがいて生を掴み取れ』と言っていたから……佐祐理はもう行きます。
 今まで有難う御座いました――また何時の日か、佐祐理がそちらに行った時にお会いしましょう……」
そう言って佐祐理は腰を起こし――もう振り返らず、ゆっくりと歩き始めた。
柳川の眼鏡を、宝物のように抱き締めながら。

698少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 22:03:27 ID:ebzat0yI0
◇  ◇  ◇

一方ささら達は『高天原』より更に奥、要塞の最深部にある情報システム制御室へと移動していた。
広い空間の至る所にモニターが設置されており、何もせずとも映像が流されてくる。
規則正しく並べた机の上には、最新規格のパソコンが置いてある。
珊瑚がハッキングで得た情報通り、此処が要塞の心臓部なのだろう。
そこで陽平達は、膨大なデータ……とりわけ、生存者と死亡者の情報を調べていた。
主催者を倒した以上後は脱出するだけだが、未だ自分達の知らぬ生き残りが居たとしたら、見捨てる事など出来ない。
だからこそ自分達の持ち得る情報と主催者側の情報を照らし合わせて、今生き残っている者が誰であるかを調べていたのだ。
調べた結果、判明した事実は二つ。
未だ自分達の知らぬ生存者――月島拓也一行の存在。
映像データによると基地内を進んでいる筈だから、暫くすれば向こうから此処に来るだろう。
そして、もう一つの事実。

「……高槻さんまで、死んでしまったのね」

久寿川ささらの沈んだ声が、部屋の中に暗い影を落とした。
ラストリゾート前で高槻一行と醍醐が行った死闘は、映像データとして残っていた。
高槻はその身を挺して醍醐に立ち向かい、刺し違える形で命を落としてしまったのだ。

「貴明さんも……先輩も……高槻さんも……みんな……皆っ…………どうしてそんなに、無茶ばかりするのよ……。
 死んだら何にもならないのに……みんな……何考えてるのよっ……!」

語るささらの声は、半ば涙混じりとなっている。
元の生活で自分と面識があった人間は全て死に絶え、高槻までもが死んでしまった。
ささらにはその事実が、胸が張り裂けそうな程に悲しかった。
そこで陽平が、ささらの肩にぽんと手を置いて、諫めるように言った。

699少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 22:06:38 ID:ebzat0yI0
「ささらちゃん……アイツらのやった事を否定するのだけは、絶対にしちゃいけない。
 河野達が岸田洋一を倒してくれたお陰で、高槻さんが醍醐を倒してくれたお陰で、僕達は今生きていられるんだからさ」
「そうだな……俺達だって……美凪とみちるに力を貸してもらえなきゃ……あの馬鹿でかい怪獣にそのままやられてたしな……」
「……そうね。あのジジイが人間に戻った後も、柳川さんが居なきゃ勝てなかっただろうしね……」

陽平の意見に、北川潤も広瀬真希も同調する。
今まで死んでいった者達の犠牲の上で、自分達は命を繋いでいるのだ。
だからこそ散った仲間達の生き様と信念は、最大限に尊重せねばならない。
「けどな」と前置きして、陽平が言葉を続ける。

「戦いは終わったんだ……。だからもう、悲しみに暮れても良いと思う。泣いても良いと思う。
 今まで我慢しなきゃいけなかった分も、一杯さ……。なあ……るーこ、杏、岡崎、芽衣、そうだろ? 
 もう……我慢したりしようとしないで……思い切り……泣いても、良いよねっ……」

言い終わると同時、自然と陽平の瞳から一筋の涙が流れ始めた。
それに釣られるようにして、ささらも、北川も、真希も、泣き始めた。
一度泣き始めると、もう止まらなかった。
少女達は、これまで何度も流してきた涙を――今までで一番長い時間、流し続けていた。

本当は、まだやらなければいけない事はある。
生き残った自分達は、この島から脱出する手段――船などを探さなければいけない。

……だけどせめて今、この時間だけは、泣かせて下さい。

700少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 22:07:53 ID:ebzat0yI0
【時間:三日目・13:25】
【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】
湯浅皐月
 【所持品1:S&W M1076(装弾数:5/7)、予備弾倉(7発入り×2)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 
 【状態:啜り泣き、疲労大、両腕骨折、首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:不明】
小牧郁乃
 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】
 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:0/7)、予備弾倉(7発入り×1)】
 【状態:啜り泣き、中度の疲労、首輪解除済み】
 【目的:不明】
月島拓也
 【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り0発)、メス】
 【持ち物:包丁、日本酒(残り2分の1)、リヤカー、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、やり切れない思い、リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、首輪解除済み】
 【目的:不明】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢0本)】
 【持ち物:フォーク、フラッシュメモリー、消火器、支給品一式、浩平と七海の支給品一式、だんご大家族(残り100人)】
 【状態1:軽度の疲労、やり切れない思い、リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)、首輪解除済み】
 【目的:不明】
坂上智代
 【装備品:手斧】
 【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
 【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、やり切れない思い、首輪解除済み】
 【目的:不明】
柚木詩子
 【装備品:ニューナンブM60(4発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈】
 【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式、茜の支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、やり切れない思い、首輪解除済み】
 【目的:不明】
鹿沼葉子
 【持ち物:フェイファー・ツェリスカ(3/5)、消防斧、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:何としてでも生き延びる】

701少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 22:09:33 ID:ebzat0yI0

【時間:3日目14:10】
【場所:f-5高天原】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(0/5)・予備弾丸(7/7)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:柳川の眼鏡、コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:疲労大。留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:脱出手段を探す】


【時間:3日目14:10】
【場所:f-5情報システム制御室】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(0/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(0/5)、支給品一式】
 【状態:号泣。疲労大。右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:脱出手段を探す、麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】
春原陽平
 【装備品:レーザーガン(残エネルギー0%)】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具、ワルサー P38(残弾数6/8)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態①:号泣。右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【状態②:疲労大、左肩致命傷(腕も指も全く動かない、応急処置済み)】
 【目的:脱出手段を探す】
北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン6/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光0個)、お米券】
 【状況:号泣、疲労大、背中に重度の打撲(応急処置済み)、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:脱出手段を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル5/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:号泣。疲労大、背中に重度の打撲(応急処置済み)、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:脱出手段を探す】
ボタン
 【状態:健康】

【備考】
・拓也達がリヤカーに乗せていた消火器、浩平・七海・茜の支給品一式(日本酒含む)は大破
・智代と詩子は船のことを誰にも話していない

→885
→888
→889

702少女達が奏でるレクイエム・作者:2007/06/18(月) 22:45:23 ID:ebzat0yI0
>まとめサイト様
致命的な矛盾点があったので『少女達が奏でるレクイエム』修正版を投下するまで、掲載先送りでお願いします
お手数をお掛けして申し訳ございません

本スレ
>>649
的確な指摘どうも有り難う御座いました

703少女達が奏でるレクイエム・作者:2007/06/18(月) 23:54:23 ID:ebzat0yI0
修正版投下します。
タイトルは『少女達が奏でるレクイエム』のままでお願いします

704少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 23:55:18 ID:ebzat0yI0
地下要塞に繋がる薄暗いスロープと階段。
螺旋状に構成されているソレは、視界の悪さも相俟って冥府への入り口を連想させる。
月島拓也とその仲間達は、一路『ラストリゾート発生装置』を目指し、まずは地下要塞内部に侵入しようとしていた。
拓也が懐中電灯片手に、焦りの隠しきれぬ声で毒づいた。

「クソッ、思ったよりも深いな……。このままじゃ、決戦に間に合わなくなってしまうかも知れない……」
「お兄ちゃん、気持ちは分かるけど落ち着こうよ。焦っても何にもならないよ」
「あ、ああ、そうだな……すまない」

長森瑞佳は焦燥に駆られる拓也を窘めたものの、焦っているのは彼女もまた同じであった。
リヤカーを引きながらの行軍は、予想以上に速度が緩慢なものとなってしまっていた。
その上地下要塞がかなり深くにあった為、予定よりも到着が大幅に遅れそうだった。
要塞内部に先行した同志達が全滅したら、その時点で勝ち目は無くなってしまうだろう。
戦力の温存・荷物の輸送に用いているリヤカーを置いて行く事は出来ないが、可能な範囲で急がなければならない。
そうやって歩いていると、やがて前方に大きな鉄製の扉が見えてきた。
拓也は後ろを振り向き、扉の向こう側に聞こえぬよう小さな声で呟いた。

「……この先で敵が待ち伏せしている可能性もある。どうする?」

確信があった訳では無いが、相手が侵入してくる瞬間を狙うのは待ち伏せの常套手段。
だからこその懸念だったが、鹿沼葉子はリヤカーを飛び降りて、まるで臆する事無く扉に手を掛けた。

「安心してください。向こう側から人の気配は感じられない――このまま進んでも平気でしょう」
「え? 何で――」

柚木詩子が、「何でそんな事が分かるのか」と問い掛けるのを待たずして、葉子は扉を押し開ける。
葉子の言葉通り、扉の向こう側に敵の姿は一つとして認められなかった。
葉子は呆然とする一同に背を向けたまま、一人足を進めてゆく。
いつまでも立ち尽くしている訳にも行かず、拓也達は慌てて葉子の後を追った。

705少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 23:56:45 ID:ebzat0yI0
その最中、拓也は思う。
(やはり……この女も異能者の類か。制限されている環境下では……恐らく僕以上の力を持っているだろう)
自分とて毒電波使いではあるし、坂上智代も修羅場慣れしているらしいが、扉の向こうに誰も居ないという確信は持てなかった。
今の索敵能力、これまでの的確な判断などを併せ考えれば、葉子の実力はメンバー中最高であると言わざるを得ない。
ならば、と拓也は消防斧を取り出し、葉子に差し出した。

「拓也さん、これは?」
「僕には他の武器があるし必要ありません。これは葉子さんが使ってください」
「……私を信用して下さるのですか?」
「悪いけど……完全に信用した訳じゃありません。ただ今の僕達には、一人でも多くの戦力が必要だ」

それで、間違いない筈だった。
対主催の姿勢を見せている葉子が裏切る可能性は、決して高いものでは無いだろう。
ならば武器を貸し与えて、優れた戦力として共闘する方が良いに違いない。
特に文句をつける者もいなかったので、そのまま拓也達は黙々と要塞内の通路を進んでいく。

「おかしい。敵の本拠地なのに、余りにも静か過ぎる……」
「智代、逆に考えるんだよ。『敵があたし達を恐れて逃げだした』と、考えるんだよ」

訂正。時折詩子が軽口を叩いたりもしたが、一向に敵は現れない。
道中には特に罠も無く、このまま順調に進んでゆく事が出来るかと思われたが――
曲がり角付近まで進んだ時に、それは起こった。

「まず――伏せなさいっ!」
「……え? えぇっ!?」

何の前触れも無く、突然葉子が叫んだ。
瑞佳と詩子はまるで反応出来ず、ただ立ち尽くすのみ。
だが拓也が瑞佳の頭を、智代が詩子の頭を押さえ、無理やり屈ませた。
直後、鳴り響く轟音。

706少女達が奏でるレクイエム:2007/06/18(月) 23:59:02 ID:ebzat0yI0
「えっ――――!?」

詩子が驚愕に大きく目を見開く。
それも当然だろう――すく傍にあったリヤカーが、一瞬で砕け散ったのだから。
詩子はかつてない戦慄を覚えながら、銃声がした方へと振り返った。
何時の間にか後方に現れていた敵の姿を認めた瞬間、詩子は先に倍する驚きを覚えた。
耳に特殊な機械、左手に大きな盾、そして右手に大きな拳銃を携えた少女――かつて行動を共にしたセリオが屹立していた。

「セ……リオ…………?」

セリオは自分を逃がす為に敵と戦い、間違いなくやられてしまった筈。
事実、自分はセリオの残骸だってこの目で確認した。
それがどうして――?
有り得ない事態に、詩子の思考は完全に停止してしまう。
詩子には知る由も無いのだが、今眼前に居るのは、柳川達を襲った戦闘用セリオと同タイプの殺人兵器だった。
左手に持った強化プラスチック製大盾はあらゆる攻撃を防ぎ、右手に持ったフェイファー・ツェリスカは一撃で人体を破壊し尽くすだろう。

「……今の火力、それにあの装備――危険です。一旦退きましょう!」

葉子の決断は迅速且つ的確だった。
人数的にはこちらが圧倒的有利だが、味方が混乱したままの状態で戦うのは不利に過ぎる。
無理に即時応戦しようとすれば、一人、また一人と各個撃破されてしまうだろう。
葉子は呆然とする詩子の手を引き、曲がり角の向こう側へと逃げ込んだ。
残りの者達も葉子に倣い、その後を追う。
角に隠れた詩子が、悲痛に表情を歪めながら、震える声を漏らした。

「セリオが……あたしを助ける為に死んだセリオがどうして……生き返って……しかも、襲ってくるのよ……」
「詩子さん、良く考えて下さい……HM-13セリオは市販されており一般家庭にすら出回っています。
 あのセリオは名簿にあった物と別――つまり、主催者の手先でしょう」
「あ――そっか……」

707少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:01:02 ID:SVTrKamk0
言われてようやく、詩子は現状を理解した。
自分が行動を共にしたセリオは、一般市場に出回っている物の試作型であった筈。
ならば同じ容姿を持った機体が現れたとしても、なんら可笑しくは無かった。
詩子が落ち着いたのを確認してから、葉子は続ける。

「しかもあのセリオは、市場に出回っているのとは段違いの性能だと思います。
 大型拳銃を片腕で使いこなす膂力は、明らかに規格外。盾も持っているようですし、無策で挑むのは自殺行為です」

葉子の言葉に、一行は例外無く頷いた。
自分達は拳銃を僅か一丁しか持っていない以上、単純な銃撃戦であのロボットを倒すのは不可能だ。
となれば、戦い方を工夫する他無い。
葉子は全員を近寄らせて、囁くように作戦を語り始めた。

「私達が唯一あのロボットに勝っているのは、人数です。そこで――」





作戦は単純且つ明快なものだったので、20秒足らずで説明と準備は終わった――正確に言うと、終わらせざるを得なかった。
こちらの作戦会議が終わるのを、敵が親切に待ったりしてくれる訳が無いのだから。
手早く必要な装備の分配を終え、役割分担を決め、後は行動に移すのみ。
迷っている時間も、竦みあがっている時間も無い。
故に先鋒をきるのは、一番度胸が必要な役目に就くのは、元より非日常の世界に生きる人間――鹿沼葉子しか有り得ない。

「……行きます」

708少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:02:30 ID:SVTrKamk0
ひどく簡素な言葉を遺して、葉子は消防斧片手に角の向こう側、即ちセリオが待ち受ける死地へと飛び込んだ。
改心したという訳では無い。
良心などという下らぬ物よりも、生き延びる事を最優先するという考え方に変わりは無い。
生還するには殺人遊戯に拘り続けるよりも、主催者を打倒した方が良いと判断しただけに過ぎぬ。
だがだからこそ、生還への道を切り拓く為ならば、嵐にだって何の躊躇も無く身を投じれる。

セリオに銃口を向けられた瞬間、不可視の力も上乗せした刹那のサイドステップで横に跳ねる。
思ったよりも足の状態は回復しており、常識外れの速度を出す事が出来た。
直後、フェイファー・ツェリスカが火を噴いたが、荒れ狂う銃弾は只唯空を切るばかり。
しかし葉子とセリオの距離はまだ30メートル以上離れており、とても一息で詰めれる間合いでは無い。
……ならば、必要な時間は仲間が稼げば良い。

「セリオを……セリオを人殺しなんかに使わないでよっ!」

珍しく怒りを露にした詩子が、ニューナンブM60の引き金を攣り切れんばかりに絞る。
銃を使い慣れていない所為で弾は目標――セリオの頭部から少しずれた位置へと飛んでいった。
だがセリオ側からすれば微妙な弾道のズレなど目視出来る筈も無いのだから、銃口を向けられた時点で回避行動に移るしか無い。
即ち強化プラスチック製大盾を用いて、防御の構えを取るしかない。
アサルトライフルの銃弾すら防ぎ切る大盾は、何事も無かったかのように詩子の攻撃を跳ね返した。
……ならば、貫く事など諦めてしまえば良い。

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

拓也は裂帛の気合を乗せた叫びと共に、専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾のトリガーを引く。
展開されたネットは凄まじい勢いで飛んでゆき、盾ごとセリオの身体を飲み込んだ。
セリオはネットに絡め取られ、受身を取る事もままならず地面へと転がり込む。
直後、疾風と化して駆ける一つの影。

709少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:03:26 ID:SVTrKamk0
葉子は持ち前の異能力を活かし、鬼気迫る勢いでセリオに迫る。
二人の間合いは見る見るうちに縮まり、僅か数秒で零となっていた。
ようやくネットを振り解き起き上がったセリオに対し、葉子は消防斧を思い切り振り下す。
セリオは強化プラスチック製大盾でそれを防ごうとしたが、防弾性能と防刃性能はイコールで結ばれない。
唸りを上げる鉄槌により、無敵を誇った大盾が粉々に砕かれる。

しかしいくら追い詰めようとも、ロボットであるセリオが焦る事など有り得ない。
セリオは冷静に――どこまでも冷静に、フェイファー・ツェリスカの銃口を葉子に向けた。

「……ターゲットロックオン、破壊シマス」
「くうっ――!?」

大振りを終えた直後の葉子は、回避行動に移れる状態では無い。
こんな近距離で超大型拳銃を撃たれてしまえば、たとえ掠っただけでも致命傷となるだろう。
この戦いで初めて、葉子の顔が狼狽の色に染まった。
だがそこで、葉子の真横を一陣の旋風が過ぎった。

「……させないっ!!」

自分は芳野祐介を救えなかった――だが今度こそ、仲間を救ってみせる。
瑞佳の放った弓が、綺麗な軌道でセリオの手元へと吸い込まれてゆき、フェイファー・ツェリスカを弾き飛ばす。
そして葉子が第二撃の体勢に入るよりも早く、セリオが立ち直るよりも疾く、真打ちが現れた。
これまで実力を振るう機会の無かった猛虎が――坂上智代が、溜まりに溜まった鬱憤全てを目の前の敵へと打ち込む。

「――――ハァァァァァッ!!!」

710少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:04:29 ID:SVTrKamk0
その動き、その気合を目の当たりにすれば、篁や醍醐ですらも多少の驚きを覚えたに違いない。
秒に満たぬ時間で繰り出された蹴撃の数、実に五発――!
セリオの性能を以ってしても、その超高速コンボを防ぐ事は適わない。
一発、また一発と打撃を受けて、セリオの動きが止まる。
そして勝負を決するべく、斧を振りかぶる女性の名は、鹿沼葉子。

「これで――――終わりですっ!!」

咆哮、そして叩き落す戦槌。
消防斧による凄まじい一撃を正面から受け、セリオの身体は肩口から大きく引き裂かれた。
そこに智代の前蹴りが突き刺さり、セリオは後方へと弾き飛ばされる。
通路の反対側の壁に衝突すると同時、破壊し尽くされたセリオの身体は爆散した。
葉子は頬に付着した汗を拭い取った後、おもむろにフェイファー・ツェリスカを拾い上げた。

「上手く行きましたね……さあ、奥へと進みましょう」

周りの者が一息つくのを待たずして、葉子は先へと進んでいく。
独断専行が過ぎる傾向はあるが――最早、鹿沼葉子は一行のリーダー的存在となっていた。





そして智代達が目的地に辿り着いた時、最初に視界に入ったのは啜り泣く二人の少女の姿だった。
少女達のすぐ傍には、血に塗れた白衣の男が横たわっている。
そして少し離れた場所に、頭を潰された軍服の男の死体。
その光景を見た瞬間、智代は理解した――もう、決戦は終わったのだと。
智代は確認するように、葉子へと視線を送った。

711少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:05:36 ID:SVTrKamk0
「葉子さん、この死体は――」
「……白衣の男は高槻です。そしてもう片方は『狂犬』醍醐。
 どうやら私達は間に合わなかったみたいですね」
「…………ッ!」

駄目押しを受け、智代はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
自分達はどうしようも無いくらい、遅過ぎたのだ。
今から『高天原』に急行しても、とても間に合うまい。
何しろ『ラストリゾート』攻略作戦と『高天原』攻略作戦は、ほぼ同時刻に行われている筈なのだから。
自分は最後の最後まで――大した事を出来なかったのだ。
智代は天を仰ぎ、今は亡き友人に向けて悲痛な声を洩らした。

「茜……私はこの島で……一体何をしていたんだろうな……」

◇  ◇  ◇

魔界の主が倒れた影響か、『高天原』を覆い尽くしていた瘴気は次第に薄れていっていた。
あれ程重苦しかった空気が、今ではすっかり心地良い物へと変わっている。
自分達は勝ったのだ。
世界経済を半ば牛耳る、そして悪神の如き力を持った篁に、間違いなく勝利したのだ。

達成感が無いと言えば嘘になるだろう。
安堵の気持ちが無いと言えば嘘になるだろう。
だが久寿川ささら達の心は、大きな悲しみと喪失感に覆われていた。

地面に横たわる、複数の死体。
穏やかな微笑を浮かべ――しかし最早二度と動かぬ屍と化してしまった柳川祐也。
首を握り潰され、身体を二つに割かれてしまった向坂環。
最前線に立ち続け自分達を守ってくれた強き二人だったが、だからこそ決戦の際に犠牲となってしまった。
そして、奇襲を仕掛けてきたものの改心し、篁と戦って頭部を砕かれてしまった水瀬秋子。
彼女もまた、身を挺して自分達を救ってくれた。
自分達は掛け替えの無い仲間達の命を犠牲にした上で、命からがら目的を成し遂げたのだ。
そのような状態で、喜んだりする気など起きる筈が無かった。

712少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:07:12 ID:SVTrKamk0


ささら達が行動を開始してから数十分後、倉田佐祐理はようやく泣き止んで、寝そべる柳川をただ見つめていた。
とても穏やかな、そして哀しい声で語り掛ける。
「佐祐理はずっとこうしていたいですけど……そしたらきっと、柳川さんは怒りますよね?
 何甘えてるんだって、いつまでも感傷に浸るなって、そう言いますよね?」
柳川の両手を胸の前で組ませ、地面に落ちていた眼鏡を拾って、続ける。
「柳川さんは『どんなに苦しくても最後まであがいて生を掴み取れ』と言っていたから……佐祐理はもう行きます。
 今まで有難う御座いました――また何時の日か、佐祐理がそちらに行った時にお会いしましょう……」
そう言って佐祐理は腰を起こし――もう振り返らず、ゆっくりと歩き始めた。
柳川の眼鏡を、宝物のように抱き締めながら。

◇  ◇  ◇

一方ささら達は『高天原』より更に奥、要塞の最深部にある情報システム制御室へと移動していた。
広い空間の至る所にモニターが設置されており、何もせずとも映像が流されてくる。
規則正しく並べた机の上には、最新規格のパソコンが置いてある。
珊瑚がハッキングで得た情報通り、此処が要塞の心臓部なのだろう。
そこで陽平達は、膨大なデータ……とりわけ、生存者と死亡者の情報を調べていた。
主催者を倒した以上後は脱出するだけだが、未だ自分達の知らぬ生き残りが居たとしたら、見捨てる事など出来ない。
だからこそ自分達の持ち得る情報と主催者側の情報を照らし合わせて、今生き残っている者が誰であるかを調べていたのだ。
調べた結果、判明した事実は二つ。
未だ自分達の知らぬ生存者――月島拓也一行の存在。
映像データによると基地内を進んでいる筈だから、暫くすれば向こうから此処に来るだろう。
そして、もう一つの事実。

「……高槻さんまで、死んでしまったのね」

久寿川ささらの沈んだ声が、部屋の中に暗い影を落とした。
ラストリゾート前で高槻一行と醍醐が行った死闘は、映像データとして残っていた。
高槻はその身を挺して醍醐に立ち向かい、刺し違える形で命を落としてしまったのだ。

713少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:08:22 ID:SVTrKamk0
「貴明さんも……先輩も……高槻さんも……みんな……皆っ…………どうしてそんなに、無茶ばかりするのよ……。
 死んだら何にもならないのに……みんな……何考えてるのよっ……!」

語るささらの声は、半ば涙混じりとなっている。
元の生活で自分と面識があった人間は全て死に絶え、高槻までもが死んでしまった。
ささらにはその事実が、胸が張り裂けそうな程に悲しかった。
そこで陽平が、ささらの肩にぽんと手を置いて、諫めるように言った。

「ささらちゃん……アイツらのやった事を否定するのだけは、絶対にしちゃいけない。
 河野達が岸田洋一を倒してくれたお陰で、高槻さんが醍醐を倒してくれたお陰で、僕達は今生きていられるんだからさ」
「そうだな……俺達だって……美凪とみちるに力を貸してもらえなきゃ……あの馬鹿でかい怪獣にそのままやられてたしな……」
「……そうね。あのジジイが人間に戻った後も、柳川さんが居なきゃ勝てなかっただろうしね……」

陽平の意見に、北川潤も広瀬真希も同調する。
今まで死んでいった者達の犠牲の上で、自分達は命を繋いでいるのだ。
だからこそ散った仲間達の生き様と信念は、最大限に尊重せねばならない。
「けどな」と前置きして、陽平が言葉を続ける。

「戦いは終わったんだ……。だからもう、悲しみに暮れても良いと思う。泣いても良いと思う。
 今まで我慢しなきゃいけなかった分も、一杯さ……。なあ、るーこ、杏、岡崎、そうだろ? 
 もう……我慢したりしようとしないで……思い切り……泣いても、良いよねっ……」

言い終わると同時、自然と陽平の瞳から一筋の涙が流れ始めた。
それに釣られるようにして、ささらも、北川も、真希も、泣き始めた。
一度泣き始めると、もう止まらなかった。
少女達は、これまで何度も流してきた涙を――今までで一番長い時間、流し続けていた。

本当は、まだやらなければいけない事はある。
生き残った自分達は、この島から脱出する手段――船などを探さなければいけない。

……だけどせめて今、この時間だけは、泣かせて下さい。

714少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:09:21 ID:SVTrKamk0
【時間:三日目・13:25】
【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】
湯浅皐月
 【所持品1:S&W M1076(装弾数:5/7)、予備弾倉(7発入り×2)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 
 【状態:啜り泣き、疲労大、両腕骨折、首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:不明】
小牧郁乃
 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】
 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:0/7)、予備弾倉(7発入り×1)】
 【状態:啜り泣き、中度の疲労、首輪解除済み】
 【目的:不明】
月島拓也
 【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り0発)、メス】
 【持ち物:包丁、日本酒(残り2分の1)、リヤカー、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、やり切れない思い、リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、首輪解除済み】
 【目的:不明】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢0本)】
 【持ち物:フォーク、フラッシュメモリー、消火器、支給品一式、浩平と七海の支給品一式、だんご大家族(残り100人)】
 【状態1:軽度の疲労、やり切れない思い、リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)、首輪解除済み】
 【目的:不明】
坂上智代
 【装備品:手斧】
 【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
 【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、やり切れない思い、首輪解除済み】
 【目的:不明】
柚木詩子
 【装備品:ニューナンブM60(4発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈】
 【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式、茜の支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、やり切れない思い、首輪解除済み】
 【目的:不明】
鹿沼葉子
 【持ち物:フェイファー・ツェリスカ(3/5)、消防斧、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:何としてでも生き延びる】

715少女達が奏でるレクイエム:2007/06/19(火) 00:10:57 ID:SVTrKamk0

【時間:3日目14:10】
【場所:f-5高天原】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(0/5)・予備弾丸(7/7)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:柳川の眼鏡、コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:疲労大。留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:脱出手段を探す】


【時間:3日目14:10】
【場所:f-5情報システム制御室】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(0/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(0/5)、支給品一式】
 【状態:号泣。疲労大。右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:脱出手段を探す、麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】
春原陽平
 【装備品:レーザーガン(残エネルギー0%)】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具、ワルサー P38(残弾数6/8)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態①:号泣。右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【状態②:疲労大、左肩致命傷(腕も指も全く動かない、応急処置済み)】
 【目的:脱出手段を探す】
北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン6/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話、星の砂(光0個)、お米券】
 【状況:号泣、疲労大、背中に重度の打撲(応急処置済み)、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:脱出手段を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル5/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:号泣。疲労大、背中に重度の打撲(応急処置済み)、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:脱出手段を探す】
ボタン
 【状態:健康】

【備考】
・拓也達がリヤカーに乗せていた消火器、浩平・七海・茜の支給品一式(日本酒含む)は破損した為その場に放置
・智代と詩子は船のことを誰にも話していない

→885
→888
→889

716残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:14:49 ID:Ke2eR1a60
春原陽平達は、情報システム制御室にて脱出方法を模索していた。
途中で月島拓也や小牧郁乃らの一団が来たが、疑心暗鬼に陥ったりはせず、すぐに脱出の為の会議に移る事が出来た。
尤も、主催者が倒れた今殺し合うメリットなど皆無なのだから、当然といえば当然ではあるが。

「何? 脱出方法が分からない?」
「ああ。どうやら主催者は、船やヘリを用意してなかったみたいなんだ」

怪訝な表情を浮かべる拓也に対し、北川潤が淡々とした口調で答えた。
どれだけ必死に調べても、海を越えれるような乗り物は見つからなかったのだ。
小牧郁乃が顎に片手を添え、考え込むような表情となった。

「じゃあ、主催者はどうやって帰るつもりだったのかしら……」
「恐らくは外から迎えを呼ぶ予定だったのでしょう。地下要塞内に輸送用航空機を隠すのは、色々と手間が掛かりますしね」

しかし、と鹿沼葉子が続ける。

「弱りましたね。私達は、篁財閥の残党に助けを求める訳にはいきません。
 日本政府も、この件に関与出来ないように圧力を掛けられているでしょう……」
「何とかして自力で脱出するしか無いって訳ね……」

広瀬真紀の放った言葉に、一同は例外無く黙り込んだ。
頭を失った篁財閥は遠からずして崩壊するだろうが、今はまだまだ健在だろう。
つまり日本政府は動いてくれない、という事だ。
そして姫百合珊瑚が死んでしまった以上、1から輸送用の乗り物を造るなど不可能だ。
とは言え、大海原の中央に位置するこの島から、乗り物無しで脱出しようとするなど自殺行為に他ならない。
一体どうすれば――
そこで唐突に、坂上智代が両手をポンと叩いた。

「そうだ――船ならあるぞっ!」

717残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:17:24 ID:Ke2eR1a60




平瀬村の北北西に位置する海岸――即ち殺人鬼岸田洋一が、この島で最初に踏んだ地。
太陽は西に沈みかかっており、代わりに闇が鎌首をもたげている。
塩分を含んだ潮風が鼻孔を強く刺激し、耳朶を打つのは静かな小波の音色。
湯浅皐月は半ば呆れたような顔で、眼前に存在する小型艇を眺め見た。

「確かに船だけど……智代が言ってた以上にボッロボロじゃん。それにこの大きさじゃ、かな〜り頑張らないとこの人数は入りきらないよ」

それには倉田佐祐理も久寿川ささらも同意なようで、うんうんと頷くばかり。
船首は見る影もない程に損傷し、他の部位も所々に罅が入っている。
船の長さは10メートル程度しか無く、12名もの人間が乗れば文字通り、ぎゅうぎゅう詰めの状態となってしまうだろう。
だが柚木詩子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、後ろに停めてある大型乗用車――中には要塞にあった様々な雑品が詰まっている――を指差した。

「うん、修理しないと動かないだろうから、あの車の中に必要そうな材料は入れて置いたよ。
 これだけ人数がいるんだから、半日もあれば直せるんじゃないかな」
「……でも、こういうのって知識が無いと駄目なんじゃないの? 素人が何人居たって直せるとは思えないよ」

長森瑞佳が疑問を持つのは当然だろう。
人手が足りていれば大丈夫という理論は、やるべき事が分かっている時に限られる。
幼児が何百人いようとも難解な数式は解き得ないのと同じで、修理方法が分かる者が居なければどうしようも無いのだ。
事態は暗礁に乗り上げたかと思われたが、そこで詩子が無い胸を思い切り張った。

「大丈夫、あたしは四級小型船舶を持ってるし、原付のエンジンも良く弄ってたからさ。
 船を修理した経験は無いけど、動力部さえ無事ならきっと何とかなるよ」

何処までも呑気に見えた少女の、隠し持った意外な技能。
これには流石の拓也も驚きを隠せない。

718残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:19:48 ID:Ke2eR1a60
「なっ――――まさか柚木さんに、そんな才能があるなんて……」
「ふっふ〜、凄いでしょ〜。皆大船に乗ったつもりでいて良いよ」

それにしてもこの詩子、得意げである。
かくして一行は脱出の足を確保すべく、小型船の修理を行う事になったのだった。





六時間後。
詩子だけでなく、皐月も多少予備知識があったお陰で、作業は滞りなく終了した。
小型艇はどうにか航海に耐え得る状態まで復旧し、余分な積載物を捨てたお陰で人数分のスペースも確保出来た。
とは言え、要塞での壮絶な最終決戦、そして先の修理作業により、一行の疲れは限界近くに達していた。
そこで今日は島で休養を取り、夜明けと共に出発しようというという事になった。



――海辺より少し離れた平野で。
小牧郁乃・久寿川ささら・湯浅皐月の三人は体育座りの格好で、情報交換を行っていた。

「そっか……お姉ちゃんも死んじゃったんだね……」

情報システム制御室で判明した事実――小牧愛佳達の死を伝えても、郁乃は泣かなかった。

「七海も……折原も……やっぱり駄目だったのね……」

皐月も、泣かなかった。
恐らくは、本人達もある程度覚悟していたのだろう。
連絡が途絶えていた愛佳や浩平達は、首輪の解除をしていない――つまり、放送通り死んだのだという事を。
郁乃がか細い肩を震わせながら、視線を下へと移した。

719残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:21:51 ID:Ke2eR1a60
「おかしいね……あたし、こんなに悲しいのに泣けないよ……。高槻が死んだ時みたいに、泣けないよ……」
「あたしも泣けないよ……。あたしが追い出した所為で、折原は死んじゃったようなものなのに……。
 あたし達の涙はもう、枯れちゃったのかな……。悲しい事が多過ぎて、もう泣けなくなっちゃったのかな……」

郁乃と皐月は哀しかった。
涙を流せない自分が――仲間の死に慣れてしまった自分自身が、哀しかった。
だがそこで、ささらが二人の肩に手を乗せた。

「郁乃さん……湯浅さん。それは違うわ」
「――え?」

少女達の視線を一身に受けながら、ささらが続ける。

「人は涙を流した数だけ強くなれる。だからきっと、湯浅さんと郁乃さんは強くなったのよ。
 死んでしまった人達の為にも――私達は、強くなりましょう」
「…………」

訪れる沈黙。
言い訳程度に、虫の鳴き声だけが聞こえてくる。
けれどやがて、郁乃も皐月も、ゆっくりと首を縦に振るのだった。



――大きく広がる森林の入り口で。
月島拓也・長森瑞佳・鹿沼葉子の三人は、切り株の上に腰を落としていた。

「お兄ちゃん、結局瑠璃子さんの消息は分からなかったね……」
「そうだな……けど、仕方無い。瑠璃子の死体は見つけられなかったけど、日本に帰ってからお墓を作ってあげようと思う。
 大切な人間を全員失った奴だってゴロゴロいるんだ。僕はお前が居てくれる分、まだ幸せ者さ」
「うん……私もそうだよ。浩平が死んじゃったけど……お兄ちゃんが居てくれるから……何とか生きる気力を失わないでいられるよ」

720残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:23:38 ID:Ke2eR1a60
月島瑠璃子が何処で命を落としたか、知る者は一人としていなかった。
そして瑠璃子の死体を捜す為だけに、膨大な映像データを隅から隅まで調べるという訳にもいかない。
かつては妹を溺愛する余り、視野が極端に狭まっていた拓也だったが、今はもう冷静な判断が出来る程に成長していた。
そしてその成長の動因となったのは、間違いなく瑞佳だ。
血の繋がっていない拓也と瑞佳だったが、二人は最早本物の『兄妹』以上に深い絆を築き上げていた。

瑞佳はふとある事を思い出して、葉子に言葉を投げ掛けた。

「葉子さん……一つだけ聞いて良いですか?」
「はい、どうぞ」
「葉子さんが私を襲った時、一緒に居た女の人は――貴女にとって、どんな存在でしたか?」

ゲームの初日、自分を襲ったもう一人の少女、天沢郁未。
葉子は殺し合いに乗っていたにも関わらず、郁未と行動を共にしていた。
ある種冷淡にも見える葉子が何故そのような行動を取ったのか、瑞佳は聞いてみたくなった。

葉子はくるりと瑞佳に背を向けて――搾り出すように、声を洩らした。

「……私にとって生涯で最初の、そしてきっと最後の親友です」



――星のよく見える、絶壁の近くで。
北川潤と広瀬真希は肩を寄せ合い、夜空を眺め見ていた。

「なあ真希、知ってるか?」
「――何が?」
「美凪もみちるも、こうやって星を見るのが大好きだったみたいだぞ」

721残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:25:11 ID:Ke2eR1a60
真希は空に広がる無数の星々を眺め見たまま、呆れたような声を返す。

「知ってるに決まってるでしょ。あたしは――あたし達は、美凪とみちるの親友なんだからさ」
「……そうだな」

四人の心は一つだった。
この先も、元の生活に戻ってからも、ずっと、ずっと。
決して終わらない友情が、四人を結び続けている。

そして、これは真希と北川の間だけの感情。

「――ねえ、潤」
「ん?」
「キス……しよっか?」

まだ恥ずかしさは残るけれど、それでも二人は口付けを交わした。
二人を支えるのは、今は亡き親友達との友情と、過酷な環境の中で芽生えた恋心。






そして翌朝。
春原陽平とその仲間達を乗せた船は、日の出と共に島を出発した。
鳴り響く波の音をバックミュージックとしながら、一同は船室の外にて海を眺めていた。
陽平がボタンの背中を撫でながら、寂しげに口を開く。

「柚木、佐祐理さん……教会に集まった時はあれだけ沢山居た仲間が……もう、半分以下になっちゃったね」
「ぷひぃ……」

722残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:27:47 ID:Ke2eR1a60
柏木一族との死闘の後、教会に集った同志の数は実に12人。
しかしその半数以上が志半ばにして、或いは志を貫いたものの、命を落としてしまった。
この島では余りにも簡単に人が死に過ぎて、余りにも簡単に『想い』が潰え過ぎたのだ。

「それだけ春原達の通ってきた道が、辛く過酷なものだったという事だろう。
 それに比べ、私は……ただ空回りしているだけだった……。茜を救う事すら、出来なかった」
「そうだね……あたしは茜とずっと一緒だったのに……助けてあげられなかったよ……」

智代と詩子が、深く落ち込んだ様子で声を洩らす。
自分達の成し遂げた事など精々、島から脱出する際の手助けくらいのものだ。
胸に去来するのはやり遂げたという達成感よりも、後悔。
生き延びたという喜びよりも、悲しみ。

それでも佐祐理は、何処までも澄んだ瞳で、言った。

「皆さん、後悔ならいくらでも出来ます。だけど――主催者を倒したとは言え、佐祐理達の人生はこれで終わりではありません。
 ですからこれからやれる事を考えましょう。死んでしまった人の人生を、意志を、これからもずっと背負って、生きていきましょう……」

その言葉に反論する者は、いない。
誰もが、あの葉子ですらもが、黙って頷くばかりだった。
いつまでも後悔していたら駄目だから、そんな事をしても死んだ仲間達が悲しむだけだから、自分達は前に進まなければならない。

佐祐理達は最後に一度だけ後ろへと振り返り、遠ざかってゆく島を眺め見た。
気が付けば島は黄金色の朝焼けに照らされており、自分達の門出を祝福してくれているかのようだった。

723残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:29:09 ID:Ke2eR1a60

永きに渡った凄惨な殺人遊戯、そして悪神との壮絶な死闘。
それらの過程を経て今も尚生き延びているのは、僅か12名。
120名――否、イレギュラーも含めれば122名も居た命ある者達が、今やその10分の1に満たぬ数しか生きていない。
残る9割以上が、永久に帰らぬ存在となってしまったのだ。

死んでしまった人間が蘇る事は無い。
失った存在は、何をどうしようとも絶対に取り戻せない。
篁財閥のクローン技術を用いた所で、紛い物が生み出されるだけに過ぎない。

罪の所在が何処にあるかは分からない。
人を殺した事が罪だと云うのなら、生き残った者達の殆どが、直接的にしろ間接的にしろ殺人に助力している。
仲間を守れなかった事が罪だと云うのなら、生き残った人間全てがその罪を犯している。

生き残った者達は、罪悪感、喪失感という地獄の責め苦の中で生きてゆかねばならない。
それが罪を犯した者の、守れなかった者の、責務なのだから。

それでも――それでも歯を食い縛り、前を向いて生き続ければ、きっと手に入れる事が出来る。

海神のような、強さを。

724残された者達の責務/海神のような強さを:2007/06/20(水) 00:30:03 ID:Ke2eR1a60





鹿沼葉子
北川潤
久寿川ささら
倉田佐祐理
小牧郁乃
坂上智代
春原陽平
月島拓也
長森瑞佳
広瀬真希
湯浅皐月
柚木詩子

以上、生還者:12人



【HAKAGI ROYALEⅢ RoutesB-18 END】

→042
→750
→891

725名無しさん:2007/06/20(水) 00:30:47 ID:Ke2eR1a60
以下は、サイトには掲載無しでお願いします。>まとめサイト様
これで葉鍵ロワイアルルートB−18は終了と致します。
読み手の皆様、他の書き手の皆様、本当に長い間お付き合い有難う御座いました。

尚ルートB−18終了といっても、後日談として話を投下するのはご自由ですので、書きたい方がいらっしゃれば遠慮無く書いちゃって下さい。
また他のルートでお会いするかも知れませんが、ひとまずここで失礼致します。

by一介のB-18書き手

726騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:02:53 ID:h/t6j.LU0
柳川祐也は、歩きながらこの殺し合いを止めるためにはどこを攻めるべきかと考えていた。
主催者の正体は未だ分からぬものの、勝てない相手ではないはず。的確に相手の懐に入り込み総大将さえ倒してしまえば後はどうとでもなるはずだ。

それにこれだけの参加者がいるのだ。反乱分子がいないかどうか監視するためにも必ず、この島のどこかにいるはずだ。そう確信していた。
柳川はおもむろに地図を開くとこの島を監視する上で重要なポイントとなりそうなところを推理してみる。これでも警官だ。推理力に関してはそこそこ自信があった。

「何をしてるんですか?」
考え込む柳川の横から倉田佐祐理が興味深そうに顔を出す。身長差のせいか背伸びをしなければ地図を見ることが出来ていないのが、少しばかり微笑ましい光景である。

「いや…奴らの基地がどの辺りにあるのかという予測をつけているところだ」
「この島にそんなものが?」
「予想だがな。だがあるはずだ。スタートしたときに奴らが言っていた。人間とは思えない連中がいる、と。そしてその能力を制限できる、とも。…まぁ俺もそのうちの一人な訳だが。でだ、そのシステムの管理のためにも奴らはこの島のどこかにはいるはずだ」

ふぇー、と佐祐理は感心した様子で話を聞いている。
「そういえば説明していなかったか…俺には『鬼』の血が流れている。分かりやすく言うとだな…何と言うか…そう、普通の人間の何倍もの運動能力を得ることが出来る。最も、今はその力の一割も引き出せていない訳だが」
「ふぇー…凄いんですね、柳川さんは」
案外佐祐理の反応が普通だった事に対して、柳川は少し拍子抜けしてしまう。大抵はもっと驚いたり、胡散臭そうな表情をしたりするものなのだが…理由を聞こうかとも思ったが、それを聞いてもどうにもなるものでもないので敢えて問いたださないことにする。

決して柳川に訊くだけのコミュニケーション能力がないということではないのだ。
「ともかく、話を戻すとだ。俺はこの島の中央にある神塚山付近が怪しいと睨んでいる」
島の中央は周りを見渡すのには何かと都合がいいと考えた結果だ。それに山だって単純に自然の山だという確証はない。その地下に基地がある可能性だって考えられるのだ。

「もしあったとして…その後はどうするんですか?」
「その時は一旦引くさ。俺だってたったの二人で壊滅させられるだなんて自惚れちゃいない。そこから仲間を集めて…数が揃ったらその時にまた改めて攻める。しかしそんな単純に見つかるとは思えないからな…要は少しでも怪しげなものが見つけられればそれでいいと思っている」

727騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:03:32 ID:h/t6j.LU0
あくまでも柳川の目的は偵察にある。ここでは危険に踏み入るつもりは毛頭なかった。
リサとの約束もあるしな。
「そうですか…それじゃあ、まずは鷹野神社ってところに行ってみますか?」
佐祐理の提案に、柳川は頷いた。一番神塚山に近い施設(?)であるし、氷川村にも平瀬村にもそこそこ近い。拠点にしてもいいかもしれなかった。

柳川は地図を仕舞うと速度を少し早めて歩き出した。何事も行動は迅速にするに越したことはない。もちろん、佐祐理が支障をきたさない程度の早さであるが。

     *     *     *

藤林椋は、長瀬祐介を殺害した後ふらふらと北上を続けていた。
姉の為に手当たり次第に殺していこうと決めた椋ではあったが正直な話、武器が心もとないということがある。今は調子がよくてもそのうちに強力な武器(マシンガンとか手榴弾とかの類)を持った相手に出くわしてしまえば一巻の終わりである。

半ば精神異常をきたしている椋であったがそれは度重なる疑心暗鬼の末、『やらなきゃやられる』という結論に達してしまったが故の結果であった。つまり椋は殺されることへの恐怖と、もはや誰も信じられないという不信から狂ってしまったのだ。
そのため殺されることへの恐怖がまだ残っている椋は無謀な攻撃を仕掛けることをしないように決めていた。

ならばどのようにして参加者たちを駆逐していくのか?
隠れているだけでは自分の身の安全は確保できても姉の杏の安全は保障できない。杏を守るためにもただ隠れているわけにはいかなかった。
そこで椋は祐介のときと同じように『弱者』を演じ油断させてから寝首をかくという戦術をとることにした。

問題は出会った人物が容赦なく攻撃を仕掛けてくる無差別型だった場合だ。何も言わせる間もなく殺されたのでは作戦もなにもあったものではない。
紛れ込む相手は選ばなくてはならないのだ。
祐介のように一人で行動してなおかつ無差別に攻撃を仕掛けてこない相手が理想的だが、果たしてそんなに都合の良い相手がいるかどうか。

728騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:03:55 ID:h/t6j.LU0
極度の人間不信に陥っている椋には誰も彼もがゲームに乗っていて、共に行動している人間さえただの利害の一致で行動しているようにしか思えなくなっていた。
利がなくなったと思えばすぐに相手は殺しにかかってくる。だからただの『弱者』を演じているわけにはいかない。

たとえ『弱者』であっても何かしら相手に利益のあるものを持っていなくてはならないのだ。それは身体能力、情報能力、武器の豊富さ…何でもいい、とにかく『こいつは使える』と思わせれば紛れ込むことが可能なのだ。

幸いにして、椋にはショットガン(弾切れなのは本人は知らないが)がある。入り込むことくらいはできるはずだった。そして、相手に役に立たなくなったと殺される前に殺してしまえばいいのだ。
そうしていけば、いつかは強力な武器だって手に入るはず。それから改めて無差別に攻撃すればいい。

「私、頑張るからね、お姉ちゃん…お姉ちゃんのために私がいっぱい殺してあげるから…」
ふふ、ふふふと気味の悪い笑顔を浮かべながらさらに北上を続ける。森を抜けて街道に出ようとしたとき、東の方角から1組の男女が歩いてきているのに気付いた。

一人は長身で体格の良さそうな眼鏡の男。もう一人は椋と同じくらいの身長で頭に付けている大きなリボンが特徴的な少女だった。
男のほうは少女と会話しながらも時折周囲を警戒するように見回している。あれだけ注意深く見回していれば椋などすぐに発見されてしまうだろう。
だがしかし椋の目的は隠れてやり過ごすことではない。むしろいかに油断させつつ発見されるかということが重要だった。素人は素人らしくしていればいい。
椋はわざとらしく音を立てながら森の中へと戻ろうとした。

「む…? 誰だ」
低い音程ながら威圧感のある声が椋の耳に届く。演技などではなく本気で震えかけたが深呼吸をして心だけでも冷静にさせる。ここで大事なのはすぐに姿を現さないことだ。そうすることでまずは相手の出方を窺うことができる。
椋が姿を現さないのを警戒してか男は動く気配を見せなかった。続けて声がまた聞こえた。
「俺達には敵意はない。そっちも同じならすぐに出て来い」
出てこなければ敵と見なす、という含みをするような言い方だった。そろそろいいだろう。ただし怖がっているふりをしながら、だ。

729騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:04:19 ID:h/t6j.LU0
「す、すみません、びっくりしてしまって腰が抜けて…」
「…動けないのか」
「は、はい」
男はどうしようかしばらく迷っているようだったが、となりにいる少女が「柳川さんが怖い声をかけたからびっくりしてしまったんだと思いますよ、今のは柳川さんが悪いと思います」とかいった声を出したのでようやく納得したのか「分かった、今そっちに行く」と言ってこちらに近づいてくるようだった。
まあ、あの声に物怖じしかけたのは確かではある。

男――一緒にいた少女は柳川とか言っていたか――が椋の目の前に現れる。さっき遠目で見た時よりもその体つきは巨大に見える。そしてその手には拳銃(コルト・ディテクティブスペシャル)を持って。もし何も考えずに攻撃していたら間違いなく野ざらしの死体となるのは自分だっただろう、と椋は思った。
椋はおどおどとした風を装って柳川を上目遣いに見上げる。その様子で完全にシロだと踏んだのか、柳川は「立てるか?」と言って手を差し伸べた。

もし柳川が一人だったならばあるいはここで急襲することも考えたかもしれなかったが、連れがいる以上うかつに骨に飛びついてはいけない。
焦る必要はまったくないのだから。
「は、はい…何とか」
椋はよろよろと立ち上がると足や膝についた土を払いながら「すみません、色々な人に襲われて…怖くって」と震えた声で語りかける。
「それまで一緒にいた人ともバラバラになって…そのすぐ後にまた別の人が追いかけてきたんです。もう何が何だか分からなくて…」

柳川は椋の話を黙って聞いていた。頭から人の話を信じはしない性格なのかもしれない。寡黙なだけの性格なのかもしれない。どちらにしろ、うかつにボロは出せない。

「大丈夫でしたかー?」
出てくると、例のリボンの少女が早足でこちらに駆け寄ってきた。
「すみません、驚かせちゃったみたいで…怖くなかったですか?」
さも心配そうな様子で椋の顔を覗き込む。どうせ嘘のくせに、白々しい…と椋は毒づいたが表情に出すわけにはいかない。

730騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:04:42 ID:h/t6j.LU0
「え、ええ…はい、一応は…こっちこそそちらを警戒させてしまったみたいで、ごめんなさい」
こうして謝っておけば印象は悪くない。弱者。あくまでも相手より弱い弱者を演じなければならない。
「だが当然だ。互いに敵を警戒し合うのはな。ましてやそっちは何度も襲われたんだろう? 一人なら尚更だ。謝る必要はない」
「そうですね…すみません」
「あははーっ、また謝ってますよ?」
「あっ…す、すみません」
「……」
何度も謝罪する(本人も意識していない素の言葉だ)椋にやれやれと首を振る柳川。どうやら結果的にもっと敵対心を薄れさせることになったようで、まさに棚から牡丹餅となった。

それから三人は自己紹介をして、それまで得た情報を交換することになった。椋が警戒した通り柳川は刑事という職についていたのでより一層の注意を向けることにした。
「そうか…それで、藤林と佐藤を襲った二人の名前は?」
「確か…向坂雄二、とマルチ…とか言ってました。聞き間違いがなければ、ですけど」

柳川は頷きながら向坂に、マルチか…と小さく繰り返していた。どうやら要注意人物として覚えてくれたらしい。ああいうあからさまな敵と潰し合ってくれるのは椋としてもありがたいことだった。
もっとも、その時まで柳川達が生きていたら、の話ではあるけれども。

「その次に襲ってきた人なんですけど…無我夢中で逃げてて名前までは分かりませんでした。男の人だったのはかろうじて分かったんですけど…」
祐介の名前は分からなかったので適当に特徴を言っておく。支給品の写真付きデータファイルで名前を割り出すことは可能だったが今それをする必要はない。後で支給品の確認をしたときにこれが出てきて『うっかりこの存在を忘れていた』ことにすればいい。というか、本当に今の今まで忘れていたからこうせざるを得なかったのだが。

「なるほどな…名前が分からんのなら仕方がない。ともかく、参考にはなった」
「それにしても…酷いですね。今まで友達だった人を後ろから襲って殴り殺すなんて」
「はい…本当にいきなりだったので、今でも思い出すだけで…」

雅史が殺された光景は本当に怖かった。そして、それから人を信じられなくなってしまった。だから椋は、殺される前に殺す、そう決断した。目の前にいるこの倉田佐祐理だって笑顔の裏ではいつ殺す機会を窺っているか分かったものではない。
(雅史さんは本当に優しい人でした…でも、優しいだけじゃ生きていけないんです。このゲームじゃ…人を信じちゃいけないんです)

731騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:05:08 ID:h/t6j.LU0
誰も信じない。やらなきゃやられる。そう繰り返してまた会話に戻る。
「けど、柳川さんたちに会えて本当に運が良かったです。もし一人だったら気が狂ってしまっていたかもしれません。ありがとうございます」
「…礼を言われることじゃないさ。それよりも、さっさと鷹野神社に向かうぞ」
「神社? 何かあるんですか?」
椋が尋ねると佐祐理が言葉を引き継ぐ。

「実は今、敵の本拠地がどこかって探してるんですよ。敵がどこにいるか分かれば作戦も立てやすいと思っていますから」
何を馬鹿げた事を、と椋は思ってしまう。こんな人殺しゲームを開催できるほどの主催者が参加者に発見されるようなところに本拠地を構えているわけがない。どうせこれもこいつらが他の参加者をだます為の罠に違いないが。

そうなんですか、と適当に相槌を打っておく。とにかく、今は行動を共にしているのだ。安易に否定意見を出しても仕方がない。
「モタモタするな。こっちは時間が惜しいんだ」
柳川のぶっきらぼうな声を合図にして、三人は神塚山方面へと向けて歩き出した。

     *     *     *

神社へと続く山道は、多少整備はされていたものの決して楽な道筋ではなかった。
屈強な男である柳川はともかく、一般的な女性である佐祐理と椋は疲れを見せていたが、疲れが溜まりきる前に神社に辿り着くことに成功したのでそれほど心身に疲労が溜まることはなかったようだ。しかし…
「どうだ? 行けそうか」

古めかしい鷹野神社の入り口に腰掛けている佐祐理と椋に柳川が声をかけた。二人は靴を脱いで足をぷらぷらさせている。
「柳川さんが行けと言えば行けますけど…まだちょっと痛いです」
慣れない山道を結構な時間歩いてきた二人は軽い筋肉痛を起こしていた。痛みの程度から何時間か休憩すれば直るくらいのものなのだが、行動に多少なりとも支障が出るのは間違いなさそうだった。
「ふむ…藤林もか」

椋もこくりと頷く。彼女にしてみれば朝から走ったりして逃げてきた上にこの山道だ。疲れるのも無理はない。
「なら仕方がないか…探索は俺一人で行こう。倉田と藤林はここで待っていろ」
思いがけない柳川の言葉に目を丸くする佐祐理。

732騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:05:31 ID:h/t6j.LU0
「えっ!? でも柳川さん…一人だと危険です」
佐祐理が靴を履こうとするのを柳川が手で制する。
「中途半端に体力のある状態でついてこられても困る。それよりもここで待って筋肉痛を治せ」
「…私も柳川さんの意見に賛成です。多人数だからといってそう簡単に見つかるものではないと思いますし」

椋も柳川に同調する。もちろん、単純に自分の筋肉痛を治すことだけが目的ではなかった。椋にとってこれはチャンスだった。
ここまで一緒に行動してきて分かったがこの柳川という男、身体能力が恐ろしく高い上に冷静だ。いくら椋が油断させたところで不意打ちが成功するとは思えなかったのだ。
放っておくには危険すぎる存在だったが今の椋では力量不足だった。もっと強い武器を手に入れるまで対決するのは避けたい。

しかしせっかく紛れ込むことに成功したのだ。誰か一人くらいは殺しておくべきだった。
そこで椋は佐祐理と柳川を分断させて佐祐理だけを殺す計画を立てた。
佐祐理自体は椋と大差ない身体能力だし、完全に油断している。演技が功を奏し、自分よりも弱いと思わせるに至ったのだろう。

問題はいかにして柳川と佐祐理を分断させるかということだったが…いやはや、まさか柳川のほうからチャンスを作ってくれるとは。せっかくの機会なのだ、佐祐理を柳川についていかせるわけにはいかなかった。
二人の説得のお陰か、佐祐理は渋々ながらも「分かりました…」と頷いた。

「そんなに心配するな。あくまでも様子を見てくるだけだ。もし危ないと思ったらすぐに戻る。何、2、3時間だからそんなに待つこともない」
淡々とした声だが説得力のある力強い声だった。それは柳川の力の自信に裏付けされたものなのだろう。

「そうですよね。じゃあ、佐祐理達は大人しく待っています。柳川さん、どうかお気をつけて」
「念のために本殿の中に入って障子を閉めていろ。こんな見通しのいい場所で身を晒す必要性はないからな」
「はい。そうします」
椋と佐祐理は言われた通りに、靴を持って本殿の中へと入っていった。佐祐理が障子を閉めるのを確認すると、柳川は背を向けてさらに神塚山の頂上のほうを目指して歩き出した。

733騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:05:56 ID:h/t6j.LU0
薄暗い本殿の中には、足を伸ばしてリラックスしている二人だけが取り残される。
奥のほうを見ると小さく飾られている御神体が二人を見下ろしていた。まるで、この島で必死に足掻く人間を嘲笑うかのように。

椋はそれをも軽蔑するように、佐祐理はそんな御神体でも信ずるかのように、それぞれ眼差しを向けていた。
「…祈っておきましょうか? 気休め、ですけど」
佐祐理が椋に提案する。別に断る理由もない椋はいいですよと返事をして御神体に手を合わせる。佐祐理も同じく椋の横に並んで手を合わせた。

目を閉じて、二人はそれぞれの願いを想う。
一方は姉の無事とこの先の殺戮が上手くいくことを。
一方は親友の無事とこの島から無事に脱出できることを。そして…

風で外の葉っぱがざわざわと揺れる音が、小さく本殿の中を通り抜けた。
それが止むのを待つようにして二人が目を開けてまた姿勢を崩す。後は柳川を待つだけなのだが…椋にとっては柳川が帰ってくるまでがタイムリミットだ。この間に佐祐理を殺さねばならないのだが足の筋肉痛がまだとれていない。
ある程度楽になるまではここで休息をとっておく必要があった。

「あのー…藤林さん?」
椋がそのあたりの兼ね合いをどうしようかと考えていると、横から佐祐理が声をかけてきた。
「そう言えば、藤林さんはお姉さんを探してるって言ってましたけどどんな方なんですか?」
情報交換をしていたときに椋は杏と会っていないかどうか尋ねていた。結果は残念なものだったが。
「お姉ちゃんですか? そうですね…」

佐祐理に姉の素性を話していいものかどうか一瞬迷ったもののすぐに殺す相手なのだ、言っておいても害にはならないはずだと椋は思った。それに、時間つぶしにはなる。
「お姉ちゃんといっても双子の姉なんですけど…私と違ってとてもしっかり者で、お料理も得意だし、運動神経もいいし…クラス委員長もやってますし…あ、これは私もやってますけど」
「はぇー…いいお姉さんなんですね」
はい、自慢のお姉ちゃんです、と頷く。椋にとって本当に杏は自慢の姉でありかけがえのない存在であった。きっと今頃は自分を探してくれているだろう、とも思う。
「佐祐理もですね、お姉ちゃんだったんですよ」
だった、という言葉。嘘か本当かはともかくとして佐祐理の言葉はそれが過去形であることを指していた。

734騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:06:19 ID:h/t6j.LU0
「一弥って名前の弟だったんですけど…父がとても厳しい方で、佐祐理に弟を甘やかすな、甘えさせるなと言っていたんです。
その時の佐祐理は父の言うことは常に正しいと信じてましたから言いつけを守って、本当は一弥と一緒にいっぱい遊びたかったんですけど、いつも辛く当たってきました。
それが正しいことなんだって信じてました。
ですけど、一弥は元々体が丈夫なほうではなくて…体調がどんどん悪くなって、入院して、それで…死んでしまったんです」

佐祐理の口から明かされる家族の死。決して他人の言うことは信じないと決めていた椋だったがなぜかこればかりは嘘ではない、と思っていた。そう思わせる何かが佐祐理の言葉にはあった。

「その時初めて、佐祐理はどうしてあんなことをしてきたんだろうって後悔したんです。どうして、少しでも優しくしてあげられなかったんだろう、って。
けど、遅かったんです。どんなに悔やんでも一弥は戻ってこない。もう謝ることもできない。仲直りもできない。…ですから」
佐祐理は少しだけ羨ましそうな目で椋を見て、
「お姉さんの杏さん、大事にしてあげてくださいね。必ず生きてお二人が会えるようにさっき祈っておきましたから」

…もちろんです、と椋は返事する。言うまでもない。そして、姉を少しでも生き延びさせる確率を高めるためにも。
椋は後ろにある自身のデイパックから後ろ手にこっそりと包丁を取り出す。もちろん、佐祐理には見えないように。
弟に関しての話は根拠はないが、恐らく事実だろう。だからといって同情する気はない。同情すれば、後々殺される火種になるかもしれないのだから。

やらなきゃやられる。

幾度となく繰り返した言葉をまた反芻する。そう、この言葉こそただ一つ信じるべきものなのだ。
二度目の殺人に挑む椋の心臓は早くも高鳴っていた。
「ですけど、どうしてそんな話をしてくれるんですか? 倉田さんにとっては話すのも辛いことだと思いますけど…」
気をそらすために会話を振る。少しづつ、椋は佐祐理ににじり寄る。

735騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:06:43 ID:h/t6j.LU0
「あははーっ、そんなの決まってるじゃないですか。だって、佐祐理と藤林さんはもう『仲間』なんですから。大事な『仲間』です」
予想もしなかった言葉に椋は思わず息を飲む。そして呆れ、憤る。またそんな見え透いた嘘を…騙されない、騙されるもんか!

「あ、そういえば、いつまでも名字で呼び合っているのもおかしいですよね? これから、佐祐理のことは名前で――」
その続きが紡がれることはなかった。何故なら、その時既に、椋の包丁が佐祐理の首を抉っていたからだった。
歯をギリッと噛み締めて、祐介を殺したときと同じように全力を以って佐祐理の命を奪い尽くす。

頸動脈を切られた佐祐理の首から、スプリンクラーよろしく赤い血飛沫が飛び散り、椋の顔にも服にも付着する。
そういえばスプリンクラーとスプラッターってちょっと響きが似ているなあ、と椋は場違いに想像した。
笑顔のままで、彼女の狂気も知らぬままに――こうして、倉田佐祐理はその短い生涯を終えたのであった。

     *     *     *

「くそ…この辺りは収穫なしか」
神塚山山頂付近を囲むようにぐるりと一周した柳川ではあったが、どうにもこうにも怪しげな箇所はどこにもない。
「やはりそう簡単には見つからんか」
不自然に植物や木が生えていなかったり地面の形がおかしければまだ幾分かヒントになったもののそういうポイントはなかった。

だがそう簡単に見つけられるようでは主催者の力量が知れる。敵も一筋縄ではいかないということだ。
ふと空を見上げると柳川を照らす太陽がちょうど自分の真上から光を注いでいることに気付いた。そろそろ正午も近いだろう。

柳川は作業を一旦切り上げて神社へと戻ることにした。あの佐祐理のことだ、自分の事を心配し始めているんじゃないだろうか。
いつの間にか思考の隅には常に佐祐理が鎮座していることに気付き、柳川は苦笑いを漏らした。人付き合いが苦手な自分がよくもまあそんなことを考えるようになったものだ。
それとも鬼の力が制限された、本来の性格の自分とはこんなものなのであろうか。
まあ、ともかく、佐祐理の存在はありがたいものだろう。

736騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:07:08 ID:h/t6j.LU0
神社まではすぐに戻ってくることができた。さてこの後どうするかだが、引き続き周辺の捜索を続行するか、それとも同士を集めにここを出るか。
柳川としてはもう少しだけ捜索を続けたいところだがそれは二人の意見を聞いて見なければならないだろう。疲労を見越して自身も休憩を取るか。
正直な話、柳川には女性の体力というものがいまいち把握できていない。どの程度まで行動が可能ということが測りきれないのだ。

しかし、分からなくても分からないなりに予測を立てて行動を取らなければならない。こういうことで頭を悩ますことがあるとは思いもしなかった。
「…仕方ないか」
佐祐理も出会った藤林も、探している人間のことを聞くときはひどく真剣な顔をしていた。
柳川にだって、家族や親友を大事にしようという人の気持ちは理解できているつもりだった。
柏木の一族を見ていればよくわかる。

今まで散々殺戮と陵辱に手を染めてきた自分ができる、数少ない罪滅ぼしの一つとして探している人には会わせてやりたい。
それが佐祐理と行動して以後の、いやひょっとすると楓が死んだときからの、柳川の思いであった。

「倉田、藤林、戻ったぞ」
柳川は障子の前から声をかけたが、いくら待っても返事をする気配がない。
二人とも疲れて寝てしまったのだろうか?
「…開けるぞ」
一応断りを入れて柳川は障子を開け――そこで、考えもしなかった光景が目に入ってきた。

「くら…た?」
本殿の中にはむせ返るような異臭が漂っており、倒れている佐祐理を中心にするようにして赤い水溜りができていた。その光景だけで、本能的に柳川は悟ってしまう。
佐祐理が、何者かに殺害されたのだと。

737騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:07:35 ID:h/t6j.LU0
「馬鹿な…!」
確かに佐祐理は自分とは比べるべくもない体力の女性ではあるがこうまで易々と殺されるものなのか?
本殿にしても戦闘の痕跡すらないのはおかしすぎる。
荷物もなくなっている。
そしてそれ以前に――藤林椋は、どこにいるのだ?

そう、確かに本殿の中には佐祐理の死体があった。だが行動を共にしていたはずの椋の姿がどこにも見当たらない。
どこかに隠れている。それも考えたがそれよりももう一つの大きな可能性が柳川の脳裏を掠めていた。

「まさか、あの女…!」
柳川は本殿を飛び出し己の危険も省みずに大声で叫んだ。
「藤林っ! いるなら出て来い! 俺だ、柳川だ!」
そう何度か叫んでみるものの、柳川の声は空しく森に響くだけであった。

「ハッ…そうか…そういうことか…あの女、大した役者だよ」
まんまと騙されたのだ。怯えたあの表情に。弱者を装ったあの言動に。あの行動の一つ一つに、藤林椋には敵意はないと思い込まされていた。
それが、全て、偽りであったというのだ。柳川はそんな彼女に尊敬さえ覚えていた。何せ、刑事であるこの自分を見事騙すことに成功したのだから。

「安易に仲間を作った結果か…なるほど、いい事を教えてくれたよ。いいさ、それが己の罪だというならそれも甘んじて受け入れよう。だが…藤林…貴様だけは、俺が狩ってやる」
忘れかけていた狩猟者の意思がふつふつと煮えたぎっているのを、柳川は自覚していた。
あの女だけには…容赦をするつもりはなかった。
誰が止めても、たとえ佐祐理が止めてもだ。
主催者を倒すのは、その後だ。


鬼が、吼えた。

738騙し、騙され、裏切り、裏切られ:2007/06/21(木) 20:08:24 ID:h/t6j.LU0
【時間:2日目午前11時10分頃】
【場所:G−6、鷹野神社】


倉田佐祐理
【所持品:なし】
【状態:死亡】

柳川祐也
【所持品①:出刃包丁(少し傷んでいる)】
【所持品②、コルト・ディテクティブスペシャル(5/6)、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了、ほぼ回復。椋を見つけ出して殺害する。その次に主催の打倒】

藤林椋
【持ち物:ベネリM3(0/7)、100円ライター、包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状態:マーダー。ちょっと足が痛い。姉を探しつつパーティに紛れ込み隙を見て攻撃する】

→B-10

739彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:30:18 ID:p/DwH0K.0
よぉ。よい子のみんな、元気にしてたかな? 俺様は元気だぞ。メインルートのB-18も終わって新シリーズの始まりだ! …えっ、別に新シリーズでも何でもない? まぁそんな固いこと言うなよ。
それじゃ、本題に戻るとしますか。

     *     *     *

さて、悪のマッドサイエンティストこと藤林杏の魔改造が終了してパワーアップ(?)を果たしたゆめみさんなんだが、それは置いておいてまずは目を覚ました七海に今の状況を説明しなきゃな。
…ところで、七海は俺様の名前を知ってたっけか?

「…あ、あなたはこの前会った自称はーどぼいるど…さん?」
自称とはなんだ自称とは。俺様は久寿川たちを救い、郁乃たちを救い(しかも2回だぞ、2回)、仲間の墓を作ってやった名実ともにハードボイルドな男なんだぞ。
…って、それ全部七海は見てないんだったか。

「高槻だ、覚えておくんだな。色々訳あって今は郁乃たちの棋士様として活躍中だ」
「漢字、違ってるからな」
横から様子を見ていた折原がすぐさまツッコミを入れる。うるせえな、俺様は碁も嗜むんだよ。ルールは分からないけどな。

「あっ、こーへいさんも…どうしたんですか? あちこちぐるぐる巻きになってますけど」
「ん…まぁ名誉の負傷ってやつだ。ちょっと悪人を追い払ったときにな」
実際は床に磔にされていただけだったのだが、お子様の夢を壊すわけにはいかないので黙っておくことにする。俺様は空気の読める男だからな。

「そうだったんですか…私、気絶してたから…ごめんなさい」
七海はしょぼんとうなだれてため息をつく。助けてあげられなかったことを後悔しているのだろう。
「気にするな。誰にだってそういうときの一つや二つあるさ」
「でも…私、最初に郁乃ちゃんが襲われてたときにも気絶してたんですけど…」
「「……」」

途端に黙り込む俺様たち。いかん、これはいかんぞ。ナーバスな空気は人を駄目にする。
「は、はは、次に頑張ればいいさ、次にな」
折原がテストでいつも悪い点を取っているオチコボレ学生のような言い訳をして、無意味に笑った。

740彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:30:41 ID:p/DwH0K.0
「ねぇそこ、なんか空気澱んでない…?」
藤林が俺様たちを見て正直な感想を漏らした。ほっといてくれ…待て、そうだ、ゆめみは、ゆめみはどうなった?
俺様はいち早く三人組から抜け出しゆめみの元へ駆け寄った。

更新が完了し、再起動したゆめみは軽くステップを踏んでいたり腕を動かしたりしていた。
「あ、高槻さん。見てください。まるで体が羽のように軽いです!」
相変わらず左腕は動いていない(そりゃそうか、修理をしたわけじゃないし)もののゆめみの体はまるで別人のような躍動感を見せていた。

「それにしてもすごいわね…たかがプログラムを組み込んだだけなのにこんなに動きが良くなってるなんて」
郁乃が感心したように頷く。それは俺様も思う。今までのポンコツぶりが嘘のようだ。もしかして岸田の野郎が襲ってきた時既にこの状態だったら俺様の助けが必要なかったんじゃないか…?
嬉しいような、悲しいような複雑な気分だった。

「どこまで動けるのか、ちょっと試してみてよゆめみさん」
藤林が手を組みながらゆめみに指示する。流石マッドサイエンティスト、この程度じゃ不満なようだ。ゆめみははい、と返事してまずはサイドステップを踏む。
一歩で軽く横に2〜3メートルは移動している。その上スピードも中々速い。やばい…本格的に『運動能力ナンバーワン』の地位が危ぶまれる…

俺様の苦悩を余所にゆめみは次にダッシュする。悪路だというのにも関わらず並の人間以上のスピードで走っている。
「ゆめみさん…凄いです!」

俺様が『筋肉改造計画』を本気で実行しようかどうか悩んでいるのも知らず、七海が無邪気な声援を送る。
「ゆめみ、もしかして側転とかバック転もできちゃったり…する?」
郁乃が尋ねると、ゆめみは少し考えて「試してみます」と言い数歩、後ろへ下がった。

側転ならともかくバック転は流石に俺様でも出来ない。それにゆめみはぽややんとした性格だ。多分出来ないはずだ。もし出来たら小遣いやるよ。100円な。
ゆめみが地を蹴り、助走を開始する。一歩、二歩、…三歩目の右足がついたところでゆめみの体が宙を舞った。地面に手をつき、そのまま流れに沿ってゆめみが回転する。
綺麗に足から着地を終え、まずは側転が成功する。その勢いのままに今度は体を反転させ、後ろ向きに宙を――

741彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:31:11 ID:p/DwH0K.0
「お、おおっ!?」

その時、俺様は奇跡を見た。

ほんの偶然だったのだ。ゆめみが回転するときに、偶然ゆめみのスカートの中が見えてしまったのだ。

それだけでオイシイ展開だ。まさしくギャルゲエロゲの主人公らしい展開じゃないか。お前らもそう思うだろ?

だが…それ以上のものが待ってるとは、この時の俺様は思いもしなかったんだ。

普通なら、女性のスカートの中にはまあ、あれだ、いわゆる『ぱんつ』があるはずなんだ。男のロマンだ。だけどな…

ここまで言えば勘のいいお前らは気づいているよな?

そう、ゆめみは、所謂『 ぱ ん つ は い て な い 』だったのだ!

――舞った。
俺様はその一部始終を目撃した後、つかつかと折原のところまで歩いて行った。

「見たか」
「ああ」
一言、折原はそう言ってゆっくりと頷いた。
流石だ。あの一瞬をよく見ていた。奴もやはり男だったというわけだ。
俺様と折原は黙ったまま熱い握手を交わしあった。

742彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:31:36 ID:p/DwH0K.0
「アホかアンタ達はっ!」
そんな声が聞こえたと思うが早いか、どこからか飛んできた英和辞書と国語辞典がそれぞれ俺様と折原の脳天を直撃していた。
「バカ! スケベ! 最っ低!」
同じく顔を真っ赤にして怒っている郁乃が写真集×2(緒方理奈と森川由綺のものだ。イケてる顔だった)を投げてきやがった。角が当たってものすごく痛かったぞ。
「こーへいさん…たかつきさん…ひどいです」
七海までが非難の目線を送ってくる。

「って、オイ、ちょっとタンマ! ゆめみにバック転をしろって言ったのは郁乃じゃねえかっ! 見えたのは不可抗力、つまり俺様は悪くねぇだろっ!」
必死に身振り手振りをして無実を訴える俺様と折原。しかしヒステリーを起こしている二人は知ったこっちゃないと言わんばかりに罵声の嵐を投げかけてきた。

「たとえ見えたとしても! 不可抗力だったとしても! 見ないふりをするのが紳士ってもんでしょ!」
「そうよそうよ、これ見よがしに鼻の下伸ばして!」
そんな無茶な。言ってることは分かるが俺様の遺伝子が見ろと命じるんだよ。分かりやすく言うとだな、男の性ってやつだ。女子供はこれを理解してないからいけない。だよなポテト?

ぎゃーぎゃー言っている藤林と郁乃の言葉を、耳に蓋をしてシャットアウトしつつ心の友・ポテトを見る。
「…ぴこ」
だが当のポテトは「まだまだだね」とでも言わんばかりにやれやれと首を振るのだった。
むかつく。その体をラケットでテニスボールよろしく吹き飛ばしてやろうか。

「ほら、ゆめみさんも言ってやって言ってやって!」
藤林が煽るもののゆめみはきょとんとした顔で、
「高槻さんたちが見たと申しましても…わたしは何を見られたのかさっぱり分からないのですが…あの、バック転ってそんなに恥ずかしいものなのですか?」

いたって真面目な顔で確認するゆめみに唖然とする藤林。…そうか、よく考えてみりゃロボットにはそんな感情はプログラムされていないのかもな。ビバロボット。

ゆめみのボケにより調子が狂ってしまった藤林はしばらく目を泳がせていたが、やがて大きく一つ咳払いをすると、
「ま、まぁ…ゆめみさんは心が広いから許してくれたようだし、今日はここまでにしておいてあげるけど…とにかく、この非常時にそんなバカげたことはしないでよね?」

743彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:31:58 ID:p/DwH0K.0
それを最後にようやくお説教が終わる。あーやれやれ鬱陶しいったらありゃしねえ。…しかし、こんなに大騒ぎしててよく敵に感づかれなかったもんだ。
確かに、もう少し気を引き締めた方がいいかもな。…いやいや、俺様はいつだって大真面目じゃないか。真面目じゃないのは折原だ。
「おいオッサン、何か今オレのことバカにしてなかったか?」
何て鋭い奴だ。こいつに依頼すれば、どんな難事件でも解決してくれるかも。

「道草を食うのはここまでにしようぜ。今の騒ぎで誰かがやってくるかもしれねえ」
誰のせいよ誰の、という声がそこかしこから聞こえてきたが概ね俺様の意見には賛成のようで地面に置いた各々の荷物を拾い上げて静々と固まって歩き始める。
それでようやく分かったんだが、寄せては繰り返す、波の音がどこからともなく聞こえてきたんだ。
海が近い、という証拠だった。

     *     *     *

柏木千鶴は、小牧愛佳と別れてから新たな獲物を探してウォプタルで徘徊していた。
ウォプタルの機動力と圧倒的な威力を誇るウージー。たとえ一人であっても負ける気がしない。そう、相手が多数であってもだ。

だが予備マガジンが4本しかないことを考えると無駄遣いは極力避けたいところだ。普段は日本刀で攻撃し、強敵に遭ったときだけウージーを使うのがいいだろう。
「ともかく、時間は惜しいわ…みんなのためにも急がないと」
悠長に構えている暇は、もうない。いつどこで妹たちが襲われているとも分からないのだ。

まずは外回りにこの島を回ってみることにする。案外、島の端っこに身を潜めている参加者がいるかもしれない。
生き残ることを優先するなら一箇所にとどまってじっとしている可能性も高い。そこを突くべきだった。

「さあ、行きましょう」
手綱を引っ張りウォプタルのスピードを上げる。愛佳といたときには見られなかった狩猟者の目が、赤く光っていた。
朝露の光る森を駆け抜け、まだひんやりとした空気のある村の郊外を駆け抜ける。まだ夜が明けて間もないからか、村の中に人の気配はない。家の中をしらみつぶしに探そうかとも考えたがそれでは攻める側が不利になる。

誰も彼もが襲撃に備えていないというわけではないはずだった。よほどあからさまに動いているのでなければ自分から突入するのは控えたほうがよさそうだ。
一応家の中の様子に気を配りつつ村を抜けていく。

744彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:32:19 ID:p/DwH0K.0
…が、結局村の中では対した成果は得られなかった。誰とも遭遇することなく千鶴は村を外れて、海沿いの街道を歩いていた。
緩やかな傾斜が続く道で、見通しもいいところだった。海から吹き抜けていく風が千鶴の長い髪をそよそよと撫でていく。
見上げればそこには羊雲が広がり、その間からは陽光と、青のキャンパスが顔を覗かせている。観光として来たならば、どれだけゆったりとした時間を過ごせるだろうか。そんなことをぼんやりと考える。

「まったく、主催者も粋な計らいをしてくれるものね…」
皮肉を交えた笑みを浮かべつつ先へと進んでいく。
最初は見通しの良かった道だが、坂を上るにつれて海側のほうは崖が広がり、その反対側も普通に考えれば登れない傾斜の急な崖が聳え立っている。
道幅も狭くなり、まさに逃げも隠れも出来ない完全な一本道になっていた。

「こんなところを通る人がいるのかしら…」
引き返そうか、と考えたとき曲がった道の向こう、千鶴からは山が邪魔で死角になって見えない所から、にわかに人の気配がするのを感じた。

どうやら何人かが固まって行動しているようで何種類かの声が聞こえる。
すぐさま千鶴はウォプタルを駆けさせ、日本刀を抜いた。
座して待つよりも急襲をかけて虚をついたほうが効果的だと判断したのだ。
ウォプタルがその体を傾けた瞬間、千鶴は日本刀を構えた。

     *     *     *

「やだ、道が狭くなってる…」
順調に進む俺様たちだったがここに来て急に道幅が狭くなり、海側は断崖絶壁、森側は登れそうにねえ傾斜の急な岩壁になってやがった。
まさに一本道。道から踏み外せば海に真っ逆さまってことだ。

「何だ、怖いのか?」
俺様は「道が狭い」と漏らした郁乃に向かって笑いながらからかってみる。
「だって…私車椅子だから踏み外したら終わりじゃない」
てっきりいつものように噛み付いてくるかと思いきゃ珍しく弱気な意見を出した。

745彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:32:42 ID:p/DwH0K.0
確かに、車椅子だから落ちたら一巻の終わりだわな…
「小牧さんはなるべく海側に寄らないようにしたほうがいいですね」
郁乃の車椅子を押していた藤林はゆめみの意見に頷いて、森側に寄るように車椅子を押す。
俺様と折原が郁乃の横に、後ろにゆめみ、藤林、七海が並ぶ。名付けていくのんフォーメーション。

我ながら素晴らしいネーミングセンスだと思ったが別に陣形でも何でもないことにすぐに気が付き口に出すのは控えておいた。
「狭いところだけど、見晴らしはいいですね…」
七海が海の彼方を見つめながらぼんやりと呟く。それにつられて俺様ほか、全員が崖の向こうに広がる広大な海原を見る。
「本当だな…水平線も見えるぞ」
空と海の境界は直線一本のみで区切られている。そう言えば、水平線なんて見るのは初めてだな…

「けど、逆に言えば近くに島がないってことよね…」
藤林の一言。それは、ここがまさに絶海の孤島だということを示していた。
すなわち、船がなければ脱出できない。
「それがどうした。主催者だって泳いでここまで来たってわけじゃあねえ。必ず船の一隻や二隻あるはずだ」
俺様はあくまでもポジティヴ・シンキング。何故なら俺様は主役だからだ。主役は諦めないってのが当たり前なのよ。

「そうね…そうよね。必ず脱出手段はあるはずよね」
藤林がそう言った時だった。
「おい、何か足音が聞こえないか?」
折原が道の向こう、曲がったところを指差した、その瞬間。

「なんだありゃ!?」
ポテトにも勝るとも劣らない珍妙な(たとえるなら恐竜だな)生物に跨った女がニッポンのサムライよろしく日本刀を構えながらこちらに突進してきた。
おいおい、多人数だと敵も簡単に襲ってこないつったのはどこのどいつだっけ? …なんて文句垂れてる場合じゃあねえよなッ!
俺様はコルト・ガバメントを構えて女に警告…

746彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:33:08 ID:p/DwH0K.0
「ふっ!」
一瞬、何をしたのか分からなかった。女が手綱を引っ張ったかと思うと謎の怪恐竜が飛び上がり、俺様の遥か上を越していきやがったんだ。
郁乃や七海を守るために前に押し出ていた折原やゆめみもこれに反応できず女にがら空きの後ろを取らせてしまう結果になった。

「くっ!」
唯一郁乃の車椅子を押すため後ろにいた藤林が何か武器を取り出そうとするが…
「遅い!」
怪恐竜の尻尾が藤林をなぎ払う。切磋に反応してなぎ払いを避けた藤林ではあったが…
攻撃を食らった奴が一人いた。

「きゃあっ!」
尻尾の一部が車椅子に当たり、止まっていた車椅子が海の方向へと向けて動き出す。
「あ…っ」
七海が手を伸ばしたが届かず、動き出した車椅子はそのまま崖から落ち、郁乃もろとも海へと落下していく。

「郁乃っ! ちっ、本当に落ちるんじゃねえよ!」
落下する郁乃を追って、俺様も崖の下へダイブする。だが同時に飛び降りた奴がもう一人…いやもう一体いた。

「小牧さんっ! 今行きます!」
横を見ると、既に俺様に並ぶようにしてゆめみもダイブしていた。…ちょ、待て待て待て!
「ゆめみ! お前ロボットだろうがっ! 海水とか大丈夫なのか!?」
「はい、わたしの筐体は第2種業務防水仕様となっておりまして…」
つまり大丈夫なようだ。
「ならいい! しっかり郁乃を捕まえとけよ!」
「はい、分かりました!」

ゆめみは恭しく返答すると郁乃の方へ再度向き直った。俺様もそれに続く。途中で、その本人と目が合った。
「ゆめみ、高槻…どうして」
明らかに戸惑った目線と口調。そりゃそうだ、崖は崖でも断崖絶壁。高い高い。普通飛び降りようとは思わないからな。

747彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:33:31 ID:p/DwH0K.0
本来なら『決まってるだろ、俺様はハードボイルド小説の愛読者だからな』とでも言うシーンだけどよ、そんな余裕はないんだな。だから俺様は簡潔に、こう言ってやったさ。
「ぴっこり」
…違う、今のは俺様じゃあねえ、ってかまたポテトか! お前までついてきやがって…あくまでも俺様から主役の座を奪うつもりか? そうはイカツンツン…って、台詞言う暇が無くなった。
結局、無言のまま俺様とゆめみ(+ポテト)は郁乃を追って海へと飛び込んだのだった。

     *     *     *

高槻とゆめみが飛び込んだ後。
先程は遅れを取った杏だが、持ち前の運動神経を生かしてすぐに起き上がり、七海を連れて浩平の元へ合流することに成功した。
愛用の辞書を取り出しながら、浩平に問う。

「ねえ浩平…どうする? あんたは飛び込まないの? …と、ボタン、あんたも隠れてなさい」
「ぷひ」
言われたボタンは素直にデイパックの中に隠れる。
「まさか。オッサンみたいな度胸、オレにはないって。そういうあんたは」
浩平はPSG1を取り出して水平に構える。杏も笑って、言った。
「以下同文。それに…土をつけられたまま逃げんのは好きじゃないし」

体勢を低くし、いつでも攻撃に移れるようにしている。顔を向けぬまま、今度は七海に言う。
「七海ちゃん。あたし達の後ろにいて。絶対出てきちゃダメよ」
「い、いえ! わ、私もえんごしますっ! 暴力なんて嫌いですけど…役立たずなのは…私はイヤです」
溢れんばかりの殺気を放つ千鶴を前にして身体を震えさせながらも七海もまた戦おうとしていた。
「だけど…」

諫めようと杏が後ろを振り向いた瞬間だった。千鶴を乗せたウォプタルが地を蹴り、さながら豹のような獰猛なスピードで前進してきた。
「来るぞっ!」
浩平は叫ぶとPSG1を発砲する。しかし狙撃銃であるPSG1は近距離での攻撃には向いていない。

748彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:33:54 ID:p/DwH0K.0
銃弾はウォプタルの横をすり抜けていくだけだった。
「ヘタクソっ! お山の大将さえ落とせば…!」
杏は素早く振りかぶるとまず右手で英和辞書を、続いて左手で国語辞典を千鶴の頭部目掛けて投擲する。
「七海ちゃん、三冊目!」
「は、はい!」
手を差し出す杏に素早く和英辞書を手渡す七海。
初撃と二撃目は相手の体勢を崩すためのもの。三冊目の投擲で千鶴の顔面に命中させてやるつもりだった。だが…

千鶴はウォプタルの上に立つとそのまま跳躍し、そのまま頭上から日本刀を振り下ろした!
投げられた辞書は、むなしく空を切る。
「狙いはいいわ、だけど素人なのよ!」
一度起こした動作はすぐに止められるものではない。辞書を渡しかけていた七海に、無常な一閃が見舞われる。

日本刀によって、右肩から胸部が引き裂かれ放射状に血液がばら撒かれる。
「あ、ああ…」
乾いた声が七海の口から漏れたかと思うと、まるで糸が切れた操り人形のように、辞書を赤く自身の血で染めて…立田七海は倒れた。
「七海…ちゃん…っ、このぉ!」

目の前で仲間が倒され、今すぐにでも駆け寄って介抱してやりたい気持ちに駆られた杏だったがそんなことをしていては次に殺されるのは自分だ。それに…こうなったのは明らかに自身の失策。
尻拭いは…自分でしてみせる!

辞書の代わりに、一番近くにあったスコップを掴み横薙ぎに千鶴へと叩きつける。
だが千鶴は軽く刀身で受け流すとそのまま蹴りを杏に見舞った。
腹部に直撃を受け、数歩後退してしまう。なんて力だ、と杏は思った。

「今度はオレの番だ!」
近距離ではPSG1が役に立たないと悟った浩平は34徳ナイフに持ち替えて千鶴へと肉薄する。
しかし浩平の攻撃も予測していた千鶴は懐へ入られた差を補うために日本刀を真上に放り投げ、ナイフを避け、自由になった両手でナイフを持った浩平の手首を掴み、そのまま腕を捻った。
「なっ…!」
浩平の身体が回転し、そのまま激しく地面に打ち付けられる。そのときの衝撃でナイフが手から滑り落ち、それを千鶴が海へと蹴り落とす。
そして、それから一秒と経たないうちに、再び日本刀が落下してきて――器用に、千鶴は柄を空中で掴んでみせた。

749彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:34:20 ID:p/DwH0K.0
「くそ…!」
必死に地面を転がって千鶴の刀の射程圏外まで離れ、杏の側でまた立ち上がる。

「杏、あのおねーさんまるでバケモンだぜ」
「二人がかりでも歯が立たないなんて…いや、まだまだこれからよ」
「ああ、早いとこ倒して七海を手当てしないとな…武器残ってるか」
「包丁あるわよ」
「借りるぜ」

ごく短い会話だけを交わして、杏はスコップを、浩平は包丁を武器に構える。
「でやあぁぁっ!」
そのまま、突進。いくら相手が強くてもこっちは二対一なのだ。波状攻撃を仕掛ければ勝てなくはないはずだった。
まずは杏がスコップを槍のように突き出す。千鶴はそれを最低限の動きで横に避け、肘鉄を杏の顔面に叩き込む。
鬼の力によって常人を超えるほどの圧力が杏を倒れさせる。

次はその横から浩平が包丁を水平に薙ぐ。しかし千鶴はそちらに向き直ることなく素早く屈み、その美しく長い足で浩平の足元を掬い、バランスを崩した次の瞬間には立ち上がりざまの後ろ回し蹴りが浩平を捉えていた。
流れるような一連の動作に何も出来ぬまま浩平もまたあっけなく地面に膝をつく。
「日本刀じゃ長すぎてやりにくいわね…さっきのナイフ、拾っておくべきだったかしら」
運動能力ではそこらの女子を遥かに上回る杏、そして男である浩平の二人を相手にしているにも関わらず余裕綽々の千鶴。まるで格闘の模擬戦でもやっているかのような態度だった。

「余裕ぶっちゃって…後悔するわよっ!」
「嘗めるなっ!」
同時に起き上がり、杏は千鶴の前から、浩平は後ろから挟み撃ちにする。
千鶴はまず、浩平へと向かう。

日本刀と包丁ではリーチが違いすぎる。だが相打ちくらいにはもっていってみせる。
「覚悟っ!」
真っ直ぐ突き出して最短距離で千鶴を攻撃する。千鶴としてはこんなところで傷をつけられるわけにはいかなかった。
だから千鶴は攻撃は行わずに浩平の一撃を受け流す。届くはずの攻撃が虚しく千鶴の横を通過していく。

750彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:34:41 ID:p/DwH0K.0
「お釣りはいらないわ、取っておきなさい」
千鶴と浩平が横に並んだ瞬間、強烈な手刀が浩平の横っ腹にめり込む。電気が流れるような痛みが浩平を襲い、次には岩肌に体を打ち付ける結果になった。
「…あなたもね」

続いて迫る杏もスコップを刀で打ち払い、がら空きになった胴に前蹴りを見舞う。
「げほっ、ぐ…」
あまりの衝撃に咳き込み、行動が取れなくなる。その間に距離をとられ、また千鶴の前に二人が並ぶような形になった。

「強い…」
「ああ、まったくだ…ここまで力の差があるとは思わなかった」
強すぎる敵。だが二人の目から闘志が失われるような気配はない。
「「だけど、強くても勝つ!」」

七海を手当てしなければいけないから。彼女のためにも、まだ戦いをやめるわけにはいかない。
しかし千鶴は冷酷な目線で、二人を見下すように言った。
「無駄よ…あなた達では私に勝てない。この子のように、すぐに楽にしてあげる。…来なさいウォプタル!」
千鶴が一声かけるやいなやそれまで後方で待機していたウォプタルが近寄り主を乗せるべく首を垂れる。

「そろそろ終わりよ!」
颯爽とウォプタルに跨ると、また千鶴は二人へと直進する。
「う…! 高さが…」
ウォプタルの体長は二人の身長ほどあるのでそれに跨っている千鶴の身体には攻撃が届かない。
他に武器はない。
避けるスペースも見当たらない。
正面から、受け止めるしかなかった。

「ごめんっ、恐竜さん!」
ならばウォプタルを潰せばよいと考え、スコップを縦に構えウォプタルの頭を狙った杏だが…
またもや千鶴の乗ったウォプタルが、杏の射程に入る一歩手前で跳躍した。
そして千鶴が持っていたのは――日本刀ではなく、サブマシンガン、マイクロウージーだった。

751彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:35:04 ID:p/DwH0K.0
着地と同時、振り向きざまにウージーが掃射される。
避ける間もなく、二人のいる空間に銃弾の雨が降り注ぐ。特に、杏に向かって。
背中に浴びせられた銃弾が杏の身体を貫き、蹂躙する。しかし奇跡的にそのうちのどれもが致命傷となることはなかった。不安定な姿勢で放ったことで銃口が大きく逸れたのだ。

だが、身体の何箇所にも風穴を開けられた杏が重傷であるのには変わりない。前のめりに倒れる杏を、浩平がまだ痛む体で必死に抱き抱えた。
「杏! クソッ、しっかりしろ!」
「あ…く…」
まだ息はあるようだったが相当苦しいのかまともな声を出せない様子だった。浩平は思った。
このままでは、全員死んでしまう、と。

もはや浩平と杏に残された道は、七海を残して…悪く言えば、見殺しにしてでも逃げるしかなかった。だが、それすら出来るかどうか怪しい。
残された道具で、逃げる策を講じなければならなかった。
(何か、何か目くらましになるようなものは…?)
デイパックの中身を漁ろうとしたが、千鶴がそれを許すわけがない。再びウージーを構えた姿を見て、浩平は破れかぶれに自分のデイパックを空中に放り投げた。

ばらばらと、中身が零れる。そして、その中身の一つ。それにウォプタルが反応した。
「え…? ウォプタ…きゃあっ!」
いきなりウォプタルが動き出したため、バランスを崩した千鶴が地面に落下してしまう。
「しめたっ!」
千鶴が地面に落ちたのをこれ幸いに杏と他の荷物を抱えたままと全速力で逃げる浩平。全身が痛くてたまらなかったが、それでも駆けた。
杏の手当てを、一刻も早く杏の手当てをしなければならない。それが出来る施設は…
「…学校の、保健室しかないか!」

今まで来た道を、浩平は戻っていく。その際、七海の姿が脳裏を掠める。
助けられなかった。
「悪い…悪いっ…立田…」
泣きたかったが、今は泣くわけにはいかなかった。逃げろ。ひたすら、今は逃げろ。

752彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:35:28 ID:p/DwH0K.0

     *     *     *

ようやく起き上がった千鶴は、どうしてウォプタルがいきなり動き出したのか、ようやくわかった。
ウォプタルが美味しそうに頬張っているもの。それは浩平のデイパックの中にあっただんご大家族(100人)だった。
「お腹が空いてたのね…」
忘れていた。この珍妙な生物もまた生きているのである。今の今まで酷使してきたのだから空腹になって当然だった。

「今回は仕方がない、わね」
気付かなかったのは自分のミス。次からは気をつけるようにしなければならない。取り敢えずウォプタルが満腹になるまで待つとして…その間に戦利品を拾っておく。
戦利品を整理している間、千鶴は七海の遺体を何度も見ていた。
千鶴が斬りつけた時には、まだ息があるはずだった。しかし戦闘が終わったときには、既に彼女は絶命していた。

恐らく、苦しみながら死んでいっただろう。妹たちと同じくらいの年齢の子だった。きっとまだ生きたかっただろう。
「…でも、私にも大切な家族がいるのよ」
全てはそのため。家族を守るために…千鶴はその手を血で汚すことを選んだ。その選択は、今でも間違っているとは思っていない。だが…

「悲しい、わね」

千鶴の小さな一言。けれども、それは、海から聞こえる波の音にかき消されてしまった。
無邪気に鳴くウォプタルの声が、千鶴を慰めるように響いた。

753彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:36:04 ID:p/DwH0K.0
【時間:2日目・10:30】
【場所:C−6東】

柏木千鶴
【持ち物1:日本刀・支給品一式、ウージー(残弾12)、予備マガジン×4、H&K PSG−1(残り3発。6倍スコープ付き)、日本酒(残り3分の2)】
【持ち物2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図】
【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、マーダー】
ウォプタル
【状態:食事中(だんご大家族・43人死亡)】

ダイバー高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光一個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:海へ飛び込む。岸田と主催者を直々にブッ潰す】

小牧郁乃
【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】
【状態:海へ転落】

立田七海
【所持品:なし】
【状態:死亡】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
【状態:海へ飛び込む。左腕が動かない。運動能力向上】

754彼の見た真実/家族ヲ想フ/くやしさでいっぱい:2007/06/24(日) 16:36:22 ID:p/DwH0K.0
折原浩平
【所持品:包丁、フラッシュメモリ、七海の支給品一式】
【状態:打ち身など多数(どちらもそこそこマシに)。両手に怪我(治療済み)。外回りで鎌石村へ】

藤林杏
【所持品1:携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々】
【状態:重傷、ただし急所は外れている】

ボタン
【状態:杏のデイパックの中】

【その他:34徳ナイフ、辞書(国語、英和)は海へ落下、和英辞書は七海のそばに放置】

755地獄:2007/06/25(月) 15:23:01 ID:zcHXQOsQ0

「理科室は良かった」

蒼天の下、少女は白い歯を見せて笑う。

「私ではなく薬品棚を狙ったのには驚きました。
 もう少しで大火傷をするか、ガスで気管をやられるところでした」

瞳に暗い煌きを宿して、

「三階の廊下も素敵でした。あれ全部の角度を計算したんですか?
 避ける隙間を与えなければいいっていう発想は、正しかったと思います」

歪に笑う。

「でも」

照りつける太陽を嘲笑うように、少女の表情には一片の輝かしさもなく。

「あれじゃ、死ねないですよ。……もう少しだけ、足りないです」

澱んだ風のように、濁った水のように、薄暗く。

「もう少しだけ鋭く。あと少しだけ激しく、ほんの少しだけ容赦なく、私を蹂躙してください」

ちろちろと、人の脂で燃える焔のように、陰惨に。

「そうでなきゃ、私、死ねないです」

少女は、笑んでいた。


***

756地獄:2007/06/25(月) 15:23:37 ID:zcHXQOsQ0

―――午前十一時四分、鎌石小中学校。
校舎のいたるところに大穴を開け、そこから盛大に炎と煙を上げる西棟の、倒壊しかけた屋上に、
二人の少女が向かい合っていた。
だらりと下げた手に、最早動くこともない砧夕霧の遺骸を掴んで笑む少女の名を、松原葵。
対して風の中、巻き上がる火の粉を避けることもなく、どろりと濁った眼で葵を見返す少女の名を、月島瑠璃子といった。

「鬼ごっこは、終わり。……ようやく、ようやく殺してもらえるんですね」

ぱちぱちと炎が爆ぜる音の中、うっとりと、葵が呟く。
熱風を愛でるように拳を固め、黒煙をいとおしむように片脚を踏み出す。

「何を用意してくれてるんですか? どんな絶望を、どんな惨劇を、どんな奇禍を?」

うっすらを頬を染めさえしながら、葵がじり、と歩を進める。
右の拳を引き、半身のまま摺り足を進めるその耳朶を、奇妙な音が打った。

 ―――ころころころ。

土鈴を転がすような、高く、それでいてどこか篭った、歪んだ音。
音は、正面から。
見れば俯き、口元に手を当てた月島瑠璃子が、肩を震わせていた。
それは、笑みだった。弓形に細められた、どろりと濁った目が、葵を見据えている。

ころころころ。
奇態な笑い声を上げる瑠璃子に、一際強い風が吹き付けた。
短い髪がばさばさと風に靡く。
それを片手で押さえながら、瑠璃子が、奇妙な一言を口にした。

「終わり」
「え?」
「……」
「今、何て……?」

757地獄:2007/06/25(月) 15:23:59 ID:zcHXQOsQ0
あまりにも短いその言葉の意味を理解できず、葵は思わず聞き返してしまう。
その様子を見て、ころころと、瑠璃子が笑う。

「だから、終わり」
「それは、どういう……」
「ここで、終わり。これで、終わり」

ころころころ。

「ええ、だから私を、終わらせてくれると、」
「そうじゃないよ」

それは、ひどく鋭利な声音だった。
葵の問いを斬り捨てるような響き。

「そうじゃない。……私はもう、何もしない。何もできない」
「……な、」

ころころころ。
言い終えて笑む瑠璃子の眼前で、葵は思わず絶句していた。
奥歯を噛み締めながら、どうにか声を絞り出す。

「冗談は……やめてください」
「冗談なんかじゃないよ」
「あ、……あなたは、私を終わらせるために、いるのだから、」
「―――揺らがないあなた」

陽炎と黒煙に包まれる世界の中に、瑠璃子の声が響いていた。

「あなたは揺らがない」
「え……?」
「終わりを求めるあなた。踏み躙られて死ぬことを望むあなた。この世の苦しみのすべてを目指すあなた。
 そんなところを目指して、ただ真っ直ぐに転げ落ちるあなたは、もう揺らがない」
「何、を……」

ころころころ。

「―――だから、私はあなたを、終わらせてあげない」

758地獄:2007/06/25(月) 15:24:24 ID:zcHXQOsQ0
白く歪んだ笑顔が、強まりゆく炎熱の中で、葵を射抜いていた。
轟と吹く熱風の隙間を埋めるように、ころころと笑い声が響く。
だん、と鮮烈な音がした。葵が、その脚を強く踏み出した音だった。
泣き笑いのような表情で、瑠璃子をねめつける。

「いや、……そんな、そんなことって、ないじゃないですか」

ようやくにして葵の口から出たのは、ひどく弱々しい、線の細い声だった。
淀んだ熱を切り裂くように、固めた拳を真横へと振るう。

「あなたは、私を壊してくれる、って、だから、」
「―――あなたは、終わらない」

ころころころ。

「あなたは、強くなれずに、生き続けるんだよ」
「そんな、でも、私を壊すために、」

ころころころ。

「残念だったねえ。あなた、は―――」

瑠璃子の言葉が、そこで途切れた。
葵の正拳が、瑠璃子の鼻骨にめり込み、粉砕していた。
瑠璃子の華奢な身体が、紙くずのように吹き飛ぶ。

「……そんな」

拳を振りぬいた姿勢のまま、葵が呟く。
粘性の高い瑠璃子の鼻血を拳にまとわりつかせながら、それを拭おうともしない。

「そんな、そんな、そんな」

759地獄:2007/06/25(月) 15:24:53 ID:zcHXQOsQ0
からり、と音がした。
瑠璃子が、その白い貌を鮮血で汚したまま、ゆっくりと立ち上がろうとする音だった。
瞬間、葵が動いていた。
爆発的な踏み込み。一瞬にして距離を詰めると、右足を軸に上体を捻る。
軸足、蹴り足、腰、上半身、肩、肘、手首。
捻りきった身体がほんの刹那、静止し、そしてすべての動きが反転する。
全体重と遠心力を乗せた拳が、下から瑠璃子を直撃した。
身を起こしかけた瑠璃子の上体を抉るようなアッパーカット。
ご、と硬い音がした。
骨と骨がぶつかり、片方が砕ける音だった。
なす術もなく吹き飛び転がった瑠璃子の右の眼窩が、大きく陥没していた。

「それじゃ、困るんですよ」

か細い声で呟きながら、葵が加速する。
疾走の勢いのまま、倒れた瑠璃子の腹を蹴りつけた。
けく、とおかしな声を漏らしながら、身体をくの字に曲げて瑠璃子が転がる。
階下の炎に熱されたコンクリートの床で擦れ、瑠璃子の白い肌が見る間に赤くなっていく。

「殺してくださいよ」

その襟首を掴んで、強引に引きずり起こす。
ゆらりと後ろに傾いた葵の頭が、猛烈な勢いで振り下ろされた。
顔面を砕かんとする頭突きに、嫌な音がして、瑠璃子の前歯が何本かまとめて折れた。
潰れた瑠璃子の鼻が、べしゃりと血と粘液を撒き散らしていた。

「ちゃんと、終わらせてくださいよ」

瑠璃子の歯に当てて切ったか、額からだらだらと血を流しながら葵が言う。
襟を掴んだまま、空いた拳で瑠璃子を打ち据える。
ごつ、ごつ、と短いスパンで硬い音が響く。

「ねえ、私、負けたんですよ」

青黒く膨れ上がった瑠璃子の顔を見つめながら、葵が言葉を紡ぐ。
その声音は痛切で、どこか泣き声のようにも聞こえた。

「正義も大義もないあなたに、負けて、それで、だから」

760地獄:2007/06/25(月) 15:25:15 ID:zcHXQOsQ0
絞り出すようなその声を、遮るように。
ごろごろと、奇妙な音が、瑠璃子の咽喉から漏れていた。
込み上げる血と気泡の混じった、それは瑠璃子の、濁った笑い声だった。
ごろごろごろ。

「……ああ、」

瑠璃子の、ズタズタに裂け、醜く膨れ上がった唇が、震えた。
咄嗟に葵が顔を寄せた。
一言一句さえ聞き漏らすまいとするその目尻には、涙さえ浮かんでいる。
奇跡を信じる磔刑の受刑者のような、託宣を受け取る敬虔な信者のような、それは表情だった。
蹂躙を待望する少女が、悪意の少女の言葉を、待つ。

ごろごろごろ。ごろごろごろ。
濁った笑い声の後で、瑠璃子が口にしたのは、ただ一言。

「―――ヒトがコワれるのは タノしいねえ。」

それが、月島瑠璃子の最後の言葉だった。
ごろごろという笑い声が、やがてぶくぶくと泡立つような音に変わる。
肺と気管に、血が満ちているのだった。
やがて泡立つような音も、消えた。


***

761地獄:2007/06/25(月) 15:25:36 ID:zcHXQOsQ0

蒼穹の下、炎と煙の中で、葵は動かなくなった瑠璃子の身体を揺さぶっていた。

「待ってよ、ねえ」

瑠璃子は答えない。
ぱちぱちと炎の爆ぜる音だけが、葵の耳に届いていた。

「そんなの、おかしいよ」

瑠璃子は答えない。
じんじんと、煙が目に染みる。

「それじゃ、話がおかしいじゃない」

瑠璃子は答えない。
がらがらと嗄れた己の声だけが空しく響く。

「私は、ここで、」

瑠璃子は答えない。
ちりちりと、頭が痛む。

「ここで、終われるはずだったのに、」

瑠璃子は答えない。
ちりちりと、身体が痛む。

「ねえ、何とか言ってくださいよ」

瑠璃子は答えない。
ちりちりと、心が痛む。

「ねえ。ねえ、ねえ、ねえ、ねえ……ねえってば……、答えてよ……答えて、答えて、答えてよ……ッ!」

瑠璃子は答えない。
しかし、

 ―――ほぅら、コワれた。

聞こえるはずのない声が、燃え落ちる校舎の上、蹲る松原葵の中に、ちりちりと響いていた。

762地獄:2007/06/25(月) 15:25:58 ID:zcHXQOsQ0

 【時間:2日目午前11時ごろ】
 【場所:D−6 鎌石小中学校・屋上】

松原葵
 【所持品:なし】
 【状態:瓦解】

月島瑠璃子
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り8978(到達・142)】
 【状態:進軍中】

→665 777 ルートD-5

763VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:42:04 ID:5GfoBzRA0
「……芳晴、ストップ」
「え?」

いきなりかけられた静止の声に戸惑う芳晴を他所に、ルミラは真っ直ぐ目の前に存在する森を睨みつけていた。
気配を窺うよう、一点だけを狙いつけるその目つきは獲物を狙う獣の類とも思えるくらいの迫力を秘めている。
そんな彼女の様子に、ゴクリと唾液を飲みながらも芳晴は恐る恐るルミラが見やる先へと視線を這わせた。
暗闇の中黙々と歩いていた芳晴は、視界の関係でただルミラの後ろをついて行くだけだった。
正直この森林部ではどんなに闇に目が慣れたとしても、一寸先ならまだしもその先までを把握することが芳晴は叶わなかった。
人の気配が感じられることもない、しかしルミラから読み取れる雰囲気は油断なく気を張り詰めているであろうものであり芳晴もずっと気を使っていたのだろう。
足手まといにだけはなりたくない、何も手出しはしないことが一番であろうと芳晴は結論付けていた。
この状況では。

左手を水平に上げ芳晴を押し止めるようにするルミラの背中には、威厳が溢れている。
何が起きたかは分からない、しかし彼女に任せていれば大丈夫だろうと。芳晴は、特に追及せぬまま彼女の意に従った。
しばらくはただ静かな時間が流れるだけで、それはまるで嵐の前触れを示しているかのようにも見えただろう。

そんな中、小さく吹いた風がルミラの髪を揺らしていた。
黒に同化されそうになりながらも、その紫の輝きは独特の流れを持って芳晴の視界を占領している。
月の光は届かない。もし反射するような場面に出くわせたら、それはさぞかし美しい光景になっただろうと芳晴は一人妄想した。

「芳晴!!」

ぼーっとなりかけた芳晴の頭に、突如凛とした声が響く。
次の瞬間押し倒されるような形で、芳晴はルミラによって地に押さえつけられていた。

「る、ルミラさんっ?!」

764VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:42:31 ID:5GfoBzRA0
瞬間カッと熱くなる頬、上ずった声が自分でも恥ずかしく芳晴は思わず固まってしまう。
しかし、その表情も長くは続かない。
ぽたぽたと垂れてくる暖かな液体が、芳晴に現実を思い知らせた。

「ルミラさん……?」

この近距離なら、さすがの芳晴にも理解できただろう。
芳晴の顔に降り注いだ液体は、ルミラの左肩から漏れ出たものだった。
肉が抉り取られてしまっているような患部に、芳晴の目が点になる。
ルミラは芳晴をその状態で放置したまま、肩を庇いながらもゆっくりと体を起こした。

「気配だけは分かってたのに……まさか、こんなに速いなんて。計算外だわ」

ルミラの声、独り言の類だろう。
それを聞いてはっとなった芳晴は、慌ててハンカチなどの応急処置ができるような物を探した。
自分のデイバッグを押し開け芳晴は中身を確認し出すが、この暗闇でそれは難しい。
そんな中何か皮のような感触を芳晴は感じ、芳晴は勢いのままそれが何かも分からずデイバッグから取り出していた。

「!! 芳晴、それ貸してもらえないかしら」

声で振り返る芳晴の瞳に、とチラチラとこちらを見やるルミラの姿がぼんやり入り込む。
ルミラにはこれが何か分かるのだろうか、芳晴は即座にそれを彼女の方へと差し出した。
再び茂みの奥へと目をやりながら、ルミラは芳晴から受け取ったそれを手にして勢いのまま両手で横に払う。
月の光がほとんど入らないこの森で、しかし芳晴は確かにその正体を見た。

鈍く輝くシルバーは、この暗闇の中否が応でも目立つ存在となり芳晴の視界を支配する。
ごつい作りのナイフ、通称アーミーナイフ。芳晴が手にしていたのは、その刃を覆っていた皮カバーだったのだろう。
カバーを放り、ルミラは左手でナイフを構えると体勢を低く取り「準備」を整えた。
何の準備か。芳晴には、伝わらない。
ルミラの怪我を何とかするために芳晴はデイバッグの中を調べていたのだが、彼ももうその事は忘れてしまっているのかもしれない。
場を包む緊張感に、芳晴はごくりと大きく息を飲んだ。
そんな、いまだ地に腰を落としたままの芳晴が次の瞬間目にしたのは、大きな影と交差するルミラの姿だった。

765VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:42:59 ID:5GfoBzRA0




飛び出してきた茂みの奥に隠れていた白い虎、その姿を目視する前にルミラは既に地を蹴っていた。
手にしたアーミーナイフを振るうが手応えがルミラの手に伝わることは無い、同じくルミラ目掛けて牙を向いてきた虎が飛ぶ時に軌道をずらしわざと陣地に彼女を取り込もうとしたのだろう。
ルミラが着地し体勢を立て直すまでのコンマ数秒、虎はそのタイミングを目掛けて彼女に向けてタックルを放った。

「く……っ?!」

予想以上に機転のかかる虎の動きに、ルミラも思わず声を漏らす。
思い体を引きずりながらも倒されるわけにはいかないと反射的に横に飛び、ルミラは虎の巨体を避けた。
瞬間鼻をつく生々しい異臭に、思わず顔をしかめるルミラ。
それは先ほどルミラが虎と交差したときも、嗅ぎ取れた臭いでもあった。
ルミラからしてみれば「最高の美酒」と例えてもいいかもしれない類のものであるが、この場では決して望まれないものである。
その指し示すモノが、この虎の辿ってきた道程を表していた。

「ははーん、成る程。そういうことね」

今度は大きく口を開け飛び込んでくる虎の牙目掛けナイフを振るう、そんなルミラの表情には確信めいたものがあった。
腕力では圧倒的な差があるだろう、しかしルミラはいなすようにナイフを払い虎の勢いを落としていく。
そのまま落ちゆく虎の瞼に、ルミラは躊躇も持たずナイフの切っ先を突き入れた。

唸り声、獣の上げる悲鳴が場に響く。
時間にしたら一分もかかっていない、冷静に対処するルミラの姿に焦りの色は無く彼女は自分のペースを崩すことなく大きな敵を地に伏せた。
そんな虎を足蹴にしながら、ルミラは改めて芳晴へと視線を送った。

「これだけの重装備を与えているっていうことの意味。やっと分かったわ」
「ルミラさん……?」

呆けるだけの芳晴に、距離できてしまったルミラの表情は窺えないだろう。
しかし、その自信のたっぷり込められた声で彼女の心理は芳晴にも何となくは伝わっていた。
バサッと髪を掻き揚げながら、ルミラは芳晴に向かって言い放つ。

766VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:43:22 ID:5GfoBzRA0
「つまりこれは、島に放たれた虎を退治をするためのものなのよっ」
「な、何だってーっ!」
「正直、ここまで頭のいい虎って私見るの初めてなのよ。
 動きも力も申し分ないわ、剥き出しの殺意から人に調教されたようにも思えない。
 ……ここからは推測の域になっちゃうけど、きっとこの島にはこんな獣がたくさんいるんじゃないかしら。
 ふふっ、何でそう思ったのか気になるかしら。あれよ、私の鞄に入っていたデータブック。
 支給品のデータがこれだけあるということは、それだけアイテムを支給された人間がいるということでしょう?
 さすがにこの虎一匹に対し、これだけの人間が導入されるとは思えないわ。
 この虎からする血の臭いは間違いなく人間のもの、人間と虎の争いは間違いなくあった。これは現実ね。
 ここまで凶暴な虎は、確かに並大抵の人間では敵わないでしょう……頭もいいわ、それこそこの島を統治してもおかしくないかもしれない。
 それで、もしこの島に住んでいた人間を駆逐して虎達が島を占領しようとしたら……芳晴だったら、どうする?
 黙っている訳にはいかないでしょ、島を取り戻さなくちゃって思うでしょ?
 それで集められたのが、このアイテムを支給されたている人間達。
 ……ん、でも虎退治なら、武器以外のアイテムなんて必要ないわね。矛盾がでちゃったわ」
「それ以前に無茶苦茶だーっ!!」

芳晴はやっとつっこめた。

「ああ、でもそうね。……これは、ゲームなのよ」

芳晴の言葉を無視し、ルミラはナイフを握りながら手をポンッと叩き納得がいったという感じで言葉を漏らす。

「そう。一匹でも多く虎をやっつけた人が勝者のゲーム。
 賞金はないのかしら……って、イヤだわ、やっぱり現実を見ようとしてしまう自分にちょっと自己嫌悪」
「だから無茶苦茶ですって!!!」
「とにかく、賞金が出るならともかくこのゲーム自体に関して無知な私達が長くいることが得策ではないことだけは確かね。
 エビルもとんだ所にノートを落としてくれたものだわ、さっさと見つけて離脱するのが一番ね」
「最後は納得だけどもうどこをつっこんでいいやら……って、ルミラさん!!!!」

767VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:43:57 ID:5GfoBzRA0
芳晴が声を荒げたと同時に、ルミラの体は横転していた。
唸りを上げながらせり上がってきた虎の顔は真っ赤に染まっている、芳晴がその色を判断できたのはいつの間にか木々の隙間から漏れ出てきた月の光の影響だろう。
僅かな光源を頼りに見えるその景色、尻餅をつくルミラに向かって大きく口を開ける虎の姿に芳晴は思わず目を瞑る。

「……ごめんなさい、遊んでいるような時間はないのよ」

恐る恐る目を開けた芳晴の視線の先……ルミラの上半身は、なかった。
ルミラの上半身は埋没していた。真っ赤に染められた毛皮に包まれた、虎の口内に。
それは奇妙な構図であった。上半身が埋もれているはずのルミラだが、何故か右手だけは芳晴も捉えることが出来ていたのだ。
どこからか。
芳晴の目が見開かれていく、そのタイミングで吹き出る血の出所は虎の首周辺だった。
虎の毛皮と同じく、真っ赤に染まっているルミラの腕。その先端には握られた芳晴の支給品でアルアーミーナイフがきらきらと輝いている。
ゆっくりと崩れていく虎から這い出るように立ち上がったルミラの姿、毅然としたその背中は虎の体液と血液でべとべとになっていた。

「さ、これで本当に終わりよ」

芳晴へ振り返り、微笑むルミラの表情にはいつもの彼女の余裕があった。
受けた外傷は最初の左肩のもののみ、噛み砕かれる直前に止めを指したことで口内に飲み込まれた際にルミラが受けたダメージというのもほとんどなかったのだろう。
芳晴は、心の底から安堵していた。
一歩間違えればルミラの命は失われていたのだ、緊張に満ちた時間が本当に終わったという事実に芳晴の気が抜けてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
こちらへと向き直るルミラの凛々しさが眩しくて、芳晴は高鳴る鼓動に自身でも酔いしれそうになる。
しかし次の瞬間、ルミラの体は芳晴の佇む方向へとぐらっと傾いていた。

「ルミラさん!!」

崩れ落ちそうになるルミラの体を支えるべく芳晴は駆け、地につく前の間一髪といった所でその赤く染まった肩に手を添えた。
しかしルミラの体は沈む一方である、ゆっくりとした速度で芳晴はルミラと共に地面へと座り込んだ。

768VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:44:33 ID:5GfoBzRA0
「ルミラさん……?」

ルミラの体は獣の血で濡れそぼっていた。
その温度自体もグロテスクに感じ、漂う生臭さも交わり芳晴は胃液が込み上げそうになるのを必死に抑えながらルミラへと声をかけた。
そっと呼んだ彼女の名前、しかし芳晴の声にルミラからの反応は返ってこない。
ルミラの肩に手をやっていたため、既に芳晴の手のひらも血液でベトベトになっていた。
もう気にしていては仕方ないだろう、芳晴はルミラの背後へと手を回しその女性特有の細さがよくでている背中を撫で始めた。
気分を害してしまったのかもしれないと、芳晴なりの気遣いの一つである。
その間も、ルミラはピクリとも動かなかった。
しばらくの時間が過ぎさすがの芳晴も事のおかしさに気づいたところで、改めてルミラの表情を確かめようと俯く彼女の顔を覗き込もうとする。
月の光が多少ましには入るようになったと言えど、それでも薄暗い景色の中行われる芳晴の行為には多少無理があった。
ただ、眠っているかのような全くの反応の無さだけが不気味に感じさせ、それは芳晴の心を戸惑わせる。

「ルミラさん」

小さく、掠れた声でもう一度芳晴はその名を呼んだ。
その中で思う、奇妙な一つの事について考えながら芳晴は声を漏らしていた。
……芳晴が肩に手を当てていた時に比べ、妙な生暖かさが今彼の手を包んでいる。
それは、ルミラの背中に回している芳晴の右手が得ている感覚だった。
恐る恐るルミラの体を抱き込むようにしながら、芳晴は彼女の背面を覗き込もうとする。
何も考えられず、起こりうることへの余地もできないまま芳晴は現実を直視することになる。
見開かれる芳晴の瞳に映ったのは……ルミラの首に刺さっているのは、一本のナイフだった。
何も考えられず硬直しかける芳晴の思考回路の循環、それを戻したのはガサッと小さく鳴った草木を踏みしめる音だった。

「……おやおや、何やら一人でブツブツしゃべってると思ったらもう一人いたのかい」

全く聞き覚えのない可愛らしい声。
思わず振り返る芳晴は、その視線の先にいた人物とお互い見つめ合うように視線を交わすことになる。
茂みの奥、一筋の光が表すその場所には一丁の拳銃を手にした少女が一人佇んでいた。
着用している衣服が全く持って場にそぐわない、赤を基調としたデザインの服に芳晴は呆けそうになるが……それは、一点の疑問で止められる。
彼女の着用しているシャツは、本来白やオフホワイトのような色調でできているはずだった。
似たようなデザインの制服が使用されているファミレスを芳晴も利用したことがあり、それは間違いないであろう。
白いシャツには、首部分から腹部辺りまでに大量の「何か」が染みこまれた様な跡があった。
微かに確認できたその色調が、今抱きかかえているルミラの体を包むそれと同じことだと認識できた時……芳晴の現実は、さらに揺れることになる。

「悪いねぃ、見つけちゃったからには狩らねばいけない。それがあちきの道理なワケよ」

少女の手にする拳銃の先が、芳晴に向けて固定された。
芳晴はその様子を、まるで他人事のように見つめるしかなかった。

769VSムティカパ:2007/06/26(火) 21:44:58 ID:5GfoBzRA0
城戸芳晴
【時間:2日目午前5時半】
【場所:H−9】
【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、他支給品一式】
【状況:エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】
【備考:バトルロワイアルに巻き込まれていることを理解していない】

朝霧麻亜子
 【所持品:某ファミレス仕様防弾チョッキ・ぱろぱろ着用帽子付、SIG(P232)残弾数(1/7)・バタフライナイフ・制服・支給品一式】
 【状態:貴明とささら以外の参加者の排除、着用している制服にはかなりの血が染み込んでいる】


ムティカパ  死亡

ルミラ=ディ=デュラル  死亡

ルミラの持ち物(アーミーナイフ、全支給品データファイル、他支給品一式)はルミラの死体傍に放置
投げナイフはルミラの首に刺さったまま

(関連・771・881)(B−4ルート)

770或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:56:19 ID:GXOQZrfA0

「んっ……」

身体に異様な重みを感じて、七瀬彰は目を覚ました。
そこは狭く、薄暗い場所だった。
周りを囲むのは剥き出しの岩壁。低い天井と、淀んだ空気。
洞穴、というのが最初に彰の脳裏に浮かんだ単語だった。
辺りを見渡そうとした目に、眩しい光が差し込んだ。陽光だった。
どうやら、洞穴の中でもごく浅いところに寝ていたらしい。
そこまでを考えて、思い出す。
―――そもそも自分は、どうして目を覚ましたのだったか。
ぎしり、と体が軋んだ。
洞穴の入り口から差し込む陽光を背にして、一つの影が、彰に圧し掛かっていた。

「な……!」

思わず大声を上げようとして、それができないことに気づく。
上に乗った影は正確に彰の横隔膜の上に体重を乗せ、その腿はがっちりと彰の両わき腹を押さえ込んでいた。
息が上手く吸い込めない。

「ひぅ……」

影が、ゆっくりと手を伸ばす。
冷たく湿った感触が、彰の咽喉を撫でた。
浅い呼吸の中、切れ切れに彰の声が漏れる。

「な、に……するのさ、たかつ、き……」

名を呼ばれた影が一瞬その動きを止め、しかしすぐにまた何事もなかったように、手を彰の咽喉に這わせはじめた。
その感触のおぞましさに身を捩ろうとするが、しっかりと保持された影の姿勢はこ揺るぎもしない。
縮れ髪の下から覗く瞳はどろりと濁った色を湛え、半開きにされた口元は何も答えようとしなかった。

「やめ、ろ……、何でこんなこと、するんだよ……」

彰は混乱していた。
状況についていけない頭で必死に考える。
浮かんでくる断片的な記憶をつなぎ合わせようとするが、咽喉をさする手の感触が気になって思考がまとまらない。
学校。鬼。硝子の割れる音。炎。……そして。
咽喉を撫でさすっていた湿った手が、そっと彰の頚動脈を押さえた、その瞬間。
彰は、己が気を失う寸前の記憶を取り戻していた。
掴まれた腕と、無言の高槻。迫り来る少女、輝く額。
絶対的な死の具現を前にして、高槻はただどろりとした瞳で自分を見つめ、逃げることを赦さず押さえ込んでいた。
それは、彰の死を望む、明確な意思だった。
今度こそ声を上げようとした刹那、万力のような力で、高槻の手が、彰の頸を締め上げていた。

771或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:56:50 ID:GXOQZrfA0
「がっ……ぇえっ……」

瞬く間に、あらゆる器官が悲鳴を上げ始めた。
視界が小さな白い粒に満たされていく。
目尻に浮かんだ涙の感触が消えていく。
鼻の奥がじんじんと痛む。
放送を終了したテレビのような雑音が、聴覚を埋め尽くしていく。
手が無意識に咽喉へと伸ばされ、締め付ける高槻の手を掻き毟る。
暴れる脚が何度も岩に叩きつけられるが、痛みが感じられない。
酸素を求めて大きく開いた口から、舌が伸ばされる。
大気を舐め取ろうとでもするかのようなその行為には、勿論意味などない。
ただ、必死だった。
七瀬彰の全身が、死に抗っていた。
いつしか彰は、やめて、と声にならない悲鳴を上げていた。
声の漏れぬ叫び。

(やめて、やめて、高槻……お願いだから、やめて……!)

叫びの中で、彰の意識が再び、そして今度は覚めることのない闇へと落ちようとした、その刹那だった。
彰の上で、高槻の身体が、びくりと跳ねた。
瞬間、彰の頸に回された手に込められた力が、ほんの少し、緩んでいた。

(……ッ!)

正真正銘の全力だった。
閉じかけた意識の中で、あらゆる筋肉、あらゆる関節、あらゆる細胞がただ一つの動きに同調した。
猛烈な勢いで身を捩り、上体を跳ね上げる。
眩んで見えない視界を気に留めることもなく、そこにあるだろう障害物へ向けて、全体重を叩きつけた。
額に鈍い感触。同時に、ぬるりと冷たい何かが額を流れ落ちていくのを感じた。
痛みは感じなかった。それどころではなかった。
重みが消えた瞬間、彰は五体を丸め、大地へと預ける。

「が……げ、げぇっ……げほ、げふっ……うぇ……はぁっ、げほ、」

全細胞が、酸素を熱望していた。
必死で取り込もうとして、咳き込む。
呼気と吸気が入り混じり、彰の気管を混乱の坩堝に叩き込んだ。
涙と鼻水、唾液が鼻と咽喉を満たそうとするのを、恥も外聞もかなぐり捨てて辺りに吐き散らす。
べとべとに汚れた顔を拭うことすらしなかった。
呼吸という行為、ただそれだけが彰の優先順位の第一等を占めていた。

772或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:57:30 ID:GXOQZrfA0
しばらくそうしていると、ほんの少しだけ、余裕がでてきた。
同時に、彰の脳に警戒信号が打ち鳴らされる。
今の今まで頸を絞めていた男がまだすぐ近くにいることを、彰の思考がようやく認識していた。
高槻は今や、疑いもなく、自分を殺そうという意思を持った敵だ。
数秒、数十秒、あるいは数分、転げまわって呼吸を整えている間、あの男は何をしていたのか。
戦慄と共に視線を動かす。
目的の影は、すぐに見つかった。

「……」

高槻は、静かに立ち尽くしていた。
洞穴の入り口側、逆光になって彰の位置からはよく見えなかったが、鼻血を出しているようだった。
静謐な瞳の輝きだけが、彰の目に映っていた。
どうしてだか、その瞳の色を、ひどく長い間見ていなかった気が、彰にはしていた。

「……俺、さ」

高槻が、呟くように口を開いていた。
それはひどく静かな、告解だった。

「これまで俺、どうしようもねえ人生、送ってきたんだ」
「え……?」
「胡散臭え宗教がカネ、出してくれるっていうから……好きな研究、してさ……やりたい放題、やって……」
「た、高槻……?」
「女、とかも、さ……散々、犯して……」

一瞬だけ言いよどむ。

「そんなだから、恨みなんか、数え切れないくらい買っててさ。
 ……いつ刺されて死んだっておかしくねえって、わかってて。
 けど、そんなの知ったことかって、思ってた」
「……」
「楽しく、生きてさ。楽しいこと、やりたいことだけしてさ、そんで死ぬなら本望だとか、考えてた。
 ……けど、けどよ」

逆光の中、高槻が小さく口の端を歪めた。
まるで泣き出す寸前の子供のような、それは表情だった。

「なのに……どうして今、こんなに怖いんだろうな」
「何、を……」

773或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:58:02 ID:GXOQZrfA0
何を言っているのか、と問いたかった。
高槻の一人語りは不可解で、断片的で、何より仄暗かった。
どこまでも必死な声音が、怖ろしかった。
先を聞きたくないと、そう思った。
しかし、彰が問い返すよりも早く、高槻の言葉は続いていた。

「……決まってる。ああ、ああ、そんなの決まってる。決まってるよな」
「た、か……つき……?」

何度も何度も頷きながら、高槻は独り言じみた口調で早口に呟く。
その異様な雰囲気に、彰が思わず一歩を退いた、その瞬間。

「―――死にたくねえよなあ!」

高槻の声が、弾けていた。

「ああ、死にたくねえ! 好きな奴がいるのに、死にたくねえよ!
 目の前に、守りたい奴がいて、どうして死ねるかよ! 畜生!」

高槻は、泣いていた。
目尻から涙をぽろぽろと零しながら、叩きつけるように叫ぶ。

「彰、彰、彰! 好きだ、誰よりも、何よりも、愛してる!
 クソッタレな俺の人生を最初ッからやり直して、もう一度お前に逢いてえよ、彰……っ!」
「ひっ……」

血走った目で、腕を振り回しながら叫ぶ高槻に、彰が小さな悲鳴を上げる。
更に一歩を退いたその背中が、狭い洞穴の壁に突き当たった。

「聞いてくれ、俺、クズみてえな男だったけど、お前のことだけは、本気で……!
 ―――ああ、畜生、まだ出てくるんじゃねえよ、クソが……ッ!!」

奇怪な光景だった。
高槻は突然、自らの胸を掻き毟りながら、何もない虚空に向かって叫んでいた。
その特異な振る舞いに、彰は声も出せない。
逃げ出そうにも出口は一つで、高槻はそちら側に立っていた。

774或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:58:31 ID:GXOQZrfA0
「クソが……人が、ヒトがコワれるの、は……、畜生が、ああ、楽しい、タノシイ、楽しいな……ッ!
 待ってろ、もう少しだ、畜生め……!」

叫ぶや、虚空に向けられていた高槻の視線が、唐突に彰を捉えた。
ふるふると奇妙に揺れる眼に、彰は思わずへたり込んでしまう。
端的に言って、それは狂人の瞳だった。
荒い息をつきながら、高槻が搾り出すように彰へと語りかける。

「ああ……クソ、怖がらせちまってるよな……、ごめんな、彰……。
 ……俺、俺さ、俺ン中に、おかしな俺がいて……うるせえ、黙ってろッ……!
 ああ、ごめんな、彰……お前のことじゃねえよ……クソ、時間、ねえな……」

座り込んだまま、彰は声も出せずに高槻を見上げていた。
何をきっかけに激発するか、知れなかった。
呼吸の音や鼓動ですら、高槻を刺激するのではないかと思われた。
両腕で自らを抱きしめるようにして、彰はただ震えていた。

「うるせえ! うるせえな! すぐだ、すぐに壊してやる! 待ってろ、それでいいんだろうがッ!
 黙ってろ、誰でも、コワせりゃ誰でもいいんだろうが、手前ェはッ!」
「……ひッ……!?」

彰が、小さく悲鳴を上げた。
瞬く間に、目尻に涙の粒が溜まっていく。
見上げた高槻の手、そのぶるぶると定まらない手に、何かが握られていた。
掌に乗るほどの、小さな持ち手。尖った先端には、何かの汚れが染み付いている。

「そ……れ……、僕、の……」

高槻が握り締めていたのは、小さなアイスピックだった。
乾いた血で汚れたそれは、紛れもなく、彰の隠し持っていたものだった。
どうして、と考える余裕もなかった。
彰の視線はまるで吸い込まれるように、その鋭い先端から離れない。
がたがたと、歯の根が鳴っていた。

「たす、け……や、め……」
「―――うるせえッ!」
「ひぁぁ……っ!」

775或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:58:53 ID:GXOQZrfA0
凶器を振り回しながらの大声に思わず身を竦める彰だったが、高槻は既に、彰を見てはいなかった。
何もない空中を切りつけるように、まるでそこに誰かがいるかのように、叫び、凶器を振るっていた。

「黙れ、黙れ、黙れ……! 俺はもう、お前に身体を使わせたりしねえ!
 これ以上、彰を傷つけさせるかよ! 俺は、畜生、黙れ、俺に戻ったんだ、畜生……!
 ようやく……! ようやく、見つけたってのによ……! 彰、彰、彰、―――愛してる」

一瞬。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
高槻の瞳が、彰を真正面から映していた。
充血した眼から止め処なく涙を流しながら、それでも、その表情は微笑を浮かべていたように、彰には感じられた。

「たかつ、き……?」

高槻の手にしたアイスピック。
その鋭く尖った先端が、高槻自身の方を向いていた。
止める間は、なかった。
絶叫だけが、狭い洞穴を満たしていた。

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――」

それは、混じりけのない呪詛だった。
掴めない未来への羨望であり、愛する者を前に息絶える失意であり、内側から己を蝕む何者かを呪う声だった。

「あ……ああ……」

ぷつり、と高槻の喉が裂けるその瞬間。
彰の目には、不思議な光景が映っていた。
それは青と灰色の、斑模様の空。
そして、それを背景にして立つ、一人の少女だった。
白い少女が、どろりと濁った目で、笑っていた。

少女の笑みが、真っ赤な血で染まっていく。
ぴしゃり、と鮮血が顔に飛ぶのを感じながら、彰の意識は、もう何度めかも分からない闇の底へと、沈んでいった。


******

776或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:59:35 ID:GXOQZrfA0

「なん……だ、こりゃ……」

藤田浩之は、その光景を前に絶句していた。
気を失ったままの彰を高槻に任せ、傷ついた柳川と共に、水や医薬品を求めて近辺の民家を捜索していたのは、
ほんの短い時間のはずだった。
その間に、洞穴は惨劇の舞台と化していた。

「何で、だよ……」
「タカ、ユキ……?」
「どうしてこうなっちまうんだよ……!?」

天を見上げて叫んだ浩之の問いに答えるものなど、ありはしなかった。

777或る愛の使徒:2007/06/28(木) 16:59:52 ID:GXOQZrfA0


【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:C−5 鎌石村郊外・洞穴】

高槻
 【状態:彰の騎士・死亡】

七瀬彰
 【状態:気絶・右腕化膿・額に傷・発熱】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣・柳川】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷(治癒中)】

柳川祐也
 【所持品:俺の大切なタカユキ】
 【状態:鬼(最後はどうか、幸せな記憶を)・重傷(治癒中)】

→665 781 895 ルートD-5

778いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:20:35 ID:jKz/pUuI0
結局夜中起きていたものの誰一人として訪れることも襲撃してくることもなかった。診療所といえばこの島唯一の医療機関に相違ないはず。もっと治療のため、応急処置のための救急道具確保のため誰かしらが来ると思っていたのだが…そうでもなかったようだ。

まだ日は高くない。気温も昨日の状況から考えて暑さで体力が奪われるなんてことはないだろう。もう少し、佳乃や渚が起きるのを待ってからでも遅くはない。
そう結論付けると宗一は腰かけていた椅子に深く寄りかかりそっと目を閉じる。まったく寝ていなかったため10分ほどでもいい、睡眠を取っておきたかったのだ。

…が、いざうつらうつらと夢うつつになった段階で彼の眠りを妨げるダミ声が聞こえてきた。
「――みなさん…聞こえているでしょうか。これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。それでは、今までに死んだ人の名前を発表…します」

いや、ダミ声ではなかった。放送の調子が悪いのかくぐもった声になっているだけだったのだ。
やれやれ、と宗一は思う。そんなに俺のお肌を悪くさせたいんですかそうですか。
流石の宗一も死人の名前が読み上げられるのを眠って聞き逃すほど神経が図太くない。

名簿を取り出しながらメモを取る準備をする。今度は、一体誰の名前が読み上げられるのだろうか。
少なくとも胸糞の悪くなることだけは容易に想像できる。宗一が深呼吸をしたと同時に、一人目の名前が読み上げられた。

     *     *     *

「……」
放送を聞き終えた宗一は色褪せた天井を見ながら、放送で呼ばれたある二人のことを思っていた。
「…エディ、それに…姉さん」
もっとも信頼でき、もっとも頼りにしていたパートナーが、ずっと守りたいと思っていた、ずっと大切にしたいと思っていたたった一人の家族が。

「…いなくなっちまったのか」
涙は流れなかった。職業柄、人の死には慣れてしまった。それでも二人とも、自分にとってはかけがえのない人たちだというのに…
最低だな、と思う。人の死を「いなくなった」の一言で片づけてしまうとは。

779いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:21:20 ID:jKz/pUuI0
渚とはまったく対照的だった。それどころか、既に頭の中には、欠けてしまったエディの代わりはいるのか、という思考に切り替わっている。
「いるわけがないだろ…」
情報の収集能力とバックアップにかけてはエディは天才的だ。恐らく、世界でも頂点に位置するだろうと宗一は思っている。首輪を外すにしてもエディの協力なしには到底為せないものだとさえ思っていた。

どうする、という考えが渦巻く。宗一自身もハッキングや機械工学に通じてないわけじゃないがエディのそれには及ばない。
あの篁をこんなゲームに巻き込むほどの主催者だ。セキュリティはそんな甘いものではないはず。自分だけで何とかなるとは思えなかった。

これからどうする。諦めるのか? 開き直ってこの殺し合いに乗るか? 考えてもみろ、NASTYBOYこと那須宗一は世界でもトップのエージェントだ。リサ=ヴィクセンはともかくとして大半の参加者は一般人に過ぎない。
その人間たちを殺戮していくことなど造作もないはずだ。そう、HBの鉛筆をベキッとへし折るように簡単に出来るはずだ。既に生き残りは3分の2。それに目の前には佳乃と渚という格好の標的がいるではないか。
さあやれ。殺してみせろ。生き残るためだ、死にたかないだろベイベ?

「ノウ」

理性が弾き出す、最も生存確率が高くなるであろう行動指針をあっさりと否定した。
俺はその考えに、反逆する。
そうするのが本当のNASTYBOYであるはずだ。気に食わない奴はブッ飛ばす、本当の自分の姿であるはずだ。

弱い考え、弱い考えに流れていくのは最も嫌いな行為だった。
「やってみなくちゃ分かんねぇだろうが」
まだ勝負はついていない。勝てないと決まったわけではまったくないのだ。
行動指針は変えない。まずは同志を探し出して戦力を整える。全てはそれからだ。
「よし行くかっ」
意気揚々と外に出て行こうとして、何か忘れていることに気付く。

780いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:21:52 ID:jKz/pUuI0
ああ、そうだ、思い出した。
「…まずは同志二人を起こさないとな」
エディと夕菜の苦笑いが、聞こえたような気がした。

     *      *      *

佳乃と渚の二人を起こした宗一は、放送の内容を伝えてからなるべく早く出立の準備をするように伝えた。もちろん、夕菜とエディのことは伏せて。
「そんなにたくさんの方が…」
渚は悲しそうな顔をして、泣きそうな表情になっていた。分かっているとはいえ、家族の名前が読み上げられただけでも辛いだろうに…

佳乃はというと、渚の方を見ながらどう反応していいのかというような複雑な表情をしていた。
「どうした?」
「ううん、何でもない…ただ、あたしはあの中に知り合いの名前が一人もいなかったから…喜んでいいのかな、って」
渚の心情を考えるに、手放しで喜んではいけないと思ったのだろう。そんな佳乃に、渚は優しく笑いかける。

「喜んで…いいと思います。だって、また大好きな人と会える可能性がまだありますから。わたしも、お父さんとお母さんはいなくなってしまいましたけど…
でも、朋也くんや春原さん、ふぅちゃん、ことみちゃん、杏さん、椋ちゃん、坂上さんに会える可能性はゼロじゃないですから…」
「…うん、そうだね。喜ぶ、べきだよね。ごめんね、変なこと言って」
気にしないで下さい、と首を横に振る。今ある現実に絶望するよりも、先の未来を信じて行動しろ。そうしろと言っているようにも見て取れた。
なんだ、まるで俺と考えていることが同じじゃないか、と宗一は思った。

「ともかく、まずはここから出るぞ。仲間を集めるんだ」
自身のデイパックを持ち上げ、先に外へ出ようとする。すると佳乃が「ちょっと待って」と宗一を呼び止める。

「あのね、置き手紙を残しておくのはどうかな? ほら、ここってこれからもたくさん人が来そうだし…これから行く場所とかを書いておくとか」
置き手紙か。宗一はしばし顎に手を当てて考える。良さそうな案ではあるが、敵に知り合い関係、これからの行き先を知られてしまう可能性もある。
「しかしな、万が一敵がその手紙を見たらどうする? 俺たちの行く先に待ち伏せされるかもしれないぞ」

781いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:22:16 ID:jKz/pUuI0
慎重な意見を出したつもりの宗一だが、あっさりと佳乃に反論される。
「そこはそれ。見た人にしか分からない秘密の暗号を使うんだよ」
ハハア。考えたものだ。なるほど暗号か。

「その発想はなかったな」
「でしょ〜?」
えへんと胸を反らしている佳乃にうんうんと宗一が頷いていると、横から渚が、
「あの…確か那須さんって世界でも一番のエージェントさんなんですよね…手紙とかを暗号にするの、よくやってるって思ってたんですけど」
と言った。

「「……」」
途端、場の空気(特に宗一周辺)が一気に凍りついた。沈黙が場を支配し、診療所のお粗末な窓が風もないのにカタカタと揺れた。
「あ、あれ? わたし、何かヘンなこと言いましたか? す、すみませんっ。わたし、映画の見すぎですよね、えへへ…」
渚の言葉がさらに突き刺さる。もうやめて! NASTYBOYの精神力はとっくにゼロよ!

「…つくづく思うんだけど、ホント〜に宗一くんってエージェントに思えないよね」
「ほっといてくれ、どうせ俺はゴクツブシさ…」
誰もそんなことは言ってやしないのだが。

「と、とにかく、置き手紙を作るんですよね? 文面はどうするんですか?」
悪の演劇部長、古河渚が必死に空気を戻そうとする。佳乃も「そ、そうそう、頼むよ宗一くん」と合いの手を入れる。それでようやくやる気を取り戻した宗一は筆記用具を取り出し、文面を考え始める。

暗号、ね…使ったことは何度もあるさ。ある…が、作るのも解くのももっぱら機械任せだったからなぁ…それに頭のいいリサはともかく皐月や七海にも分かるようにするべきなのか…
いや、決して二人がバカだって言ってるわけじゃないぞ。ただリサがアレだからさ、うん。

782いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:22:42 ID:jKz/pUuI0
などと言い訳していると、ふと思い浮かんだ疑問が口から出る。
「…そう言えば、そもそもどこに行くんだっけ?」
「あ、それ決めてなかったね。どこがいい渚ちゃん?」
渚は「わたしは那須さんにお任せします」と言い、それを聞いた佳乃も「じゃあ私もそうする」と宗一に委任する形を取る。これで決定権は宗一に移ったのだが、さてどこに移動するか。

人を集めるなら必然的に集まりうそうな場所…つまり島の各所にある村を訪ねるのが手っ取り早い。当然敵に出くわす危険性も高まるが虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
氷川村はもう調べてしまったから東回りに行き鎌石村に行くか、西回りに行って平瀬村に行くか。
東回りの場合、灯台や学校などポイントとなる施設はあるが頻繁に人が集まるとは考えにくい。鎌石村までの距離も遠い。こっちは時間をかけて移動していられるほど余裕はない。

「先に西回りで平瀬村に行くか。後は暗号を考えて…」
とは言うものの、正直ネタが浮かばない。簡単すぎず難しすぎない暗号というのは作成が困難なのである。
「平瀬村…ひらせ…ヒラメ…ヒラメの燻製…燻製…スモークチーズ…にょろーん…」
「ねえ、ただの連想ゲームになってないかな?」
佳乃に突っ込まれる。出来るなら最後の言葉に突っ込んでほしかったと宗一は思った。
「って、冗談言ってる場合じゃないな。そうだな…西回り…西…お、閃いた」

妙案が浮かんだ宗一は元・秋生の地図の裏に短い一文を書き込んだ。
『太陽の沈む村で合流しよう。待ってるぜ。NASTYBOYより愛を込めて』
「太陽の沈む村って? あ、私も名前書くね」
佳乃が質問しつつ宗一の文の下に名前を書き込む。名義は『同じく、ポテトの親友一号より』であった。

「太陽は東から昇って西に沈むだろ? 西にある村は平瀬村ってことさ」
「でもそれってちょっと単純じゃないかな…どうせなら、『日出ずる処のなすてぃぼうい、書を日没する処の村に致す。そこで合流されたし』とかそーいうロマン溢れる文面の方が良かったのに」
佳乃の方が宗一よかいい意見を出していた。確かに、適度に分かりにくい程度になっている。
「…そっちのほうがいいかもな」
まさに形無し。

ああ、ちょっと待て。俺は世界でもトップクラスのエージェントじゃなかったのか? いつからこんな役立たずキャラに変貌してしまったんだ?
まて、慌てるな。これはきっと主催者の罠だ。俺の知識、経験を異能力で封じてるんだ。
…そんなのは無理だろ。常識的に考えて。

783いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:23:06 ID:jKz/pUuI0
ガックリと肩を落とす宗一に佳乃が慌ててフォローする。
「そ、そんなに気にすることないよ宗一くん。私だって、さっきのは解説があって急に閃いただけだし…宗一くんの意見ありきだから、皆の共同作業で生まれたってことでFAっ! あははは…」
佳乃が乾いた笑いを出している間に渚も名前を書く。
「『演劇部部長から部員のみなさんに』…できましたっ」

渚が紙を宗一に手渡す。受け取った宗一は深くため息をつくと、自分の書いた暗号を二重線で消し、佳乃発案の文章を書いていった。
書いている間、もし無事に戻れたら鍛錬は怠らないようにしよう、と心に誓う宗一であった。

     *     *     *

置き手紙を残して診療所を出た宗一たちは島の海岸に沿って平瀬村を目指し続けていた。
荷物は武器を宗一が、食料を渚が、その他の品を佳乃が持っている。
ここまで誰とも出会うことなく順調に進めたのは幸運だと言っていいだろう。逆に言えば、もうそれだけの人間が死んでいるという事実でもあるが。

「誰とも会わないね…」
佳乃が周囲をきょろきょろと見回しながら呟く。
「案外海岸沿いってのは人があまり歩かない場所なのかもな」
道が一本しかない関係上逃げるのには不都合だ。そういう心理効果が働いているのかもしれない。

「ところで霧島さん、気になっていることがあるんですけど…」
渚が遠慮がちに聞く。聞かれた佳乃は後ろ向きに歩きながら「何かな?」と答えた。
「霧島さんのそのバンダナ、どうして手首につけているんですか? 怪我をなさっている様には見えませんけど…」

そう言えば、と宗一も思う。気にはなっていたが中々聞く機会を得られなかった。
佳乃は「ああ、これ?」とバンダナをひらひらと振った。何年も使っているのか、少し色褪せているようにも見える。
「ヘンなこと言うかもしれないけど…魔法が使えたらって、思ったことはないかな?」
魔法? バンダナとはおよそ縁のなさそうな言葉に二人は首をかしげる。佳乃はバンダナを高々と空に掲げて、続けた。

784いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:23:27 ID:jKz/pUuI0
「これを外すとね、魔法が使えるようになるんだって。大人になってからの話だけど」
「魔法…が使えるんですかっ?」
渚は興味津々といった様子で佳乃の言葉に聞き入っている。宗一はその手の話は信じないタイプなので胡散臭そうな目を向けていたが。

「私にも分かんないけどね。ただ、気が付いたときには腕にこれがあって、お姉ちゃんがそう話してくれたんだ」
「お姉さん…?」
「ああ、そっか。渚ちゃんにはまだ話してなかったよね。聖、霧島聖って名前で、私のお姉ちゃん。世界一のお医者さんなんだよ。なんたってトラクターも直せるんだから」
それは医者と関係ないんじゃないか、と突っ込もうとした宗一だったが間をおかずに佳乃が喋り続けるので機会を得られなかった。

機械に機会を邪魔された。なんつって。
自分で言っておいて、皐月並みにつまらないと思った。

「お医者さん…ですか。凄いです」
「でしょ? …で、もし大人になって、魔法が使えるようになったら…空を飛んでみたいんだ。空って、なんか気持ちよさそうだよね?」
佳乃が空を見上げる。つられるようにして二人も空を見た。
この殺し合いの中でも空はただ変わりなく、悠々と流れ続けている。
「空が飛べたら…こんなところから、すぐ出て行けるのにね」
「…飛べるさ。このクソ馬鹿げたゲームを支配してる奴らを倒せば、きっと」
宗一が空に手を突き出し、親指を高々と天に突き上げた後それを180度回転させ地面へと向けた。

世界を、ひっくり返してやる。

平瀬村までは、もうすぐだった。

785いい日旅立ち?:2007/06/28(木) 23:24:15 ID:jKz/pUuI0
【時間:午前9時30分】
【場所:H-3】

霧島佳乃
【持ち物:S&W M29 6/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:健康。平瀬村まで行く】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品・支給品一式(秋生のもの)】
【状態:健康。平瀬村まで行く】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数20/20)包丁、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:健康。渚と佳乃を守る。平瀬村まで行く】

【その他:食料以外の支給品は全て診療室に置いてある、ハリセンは放置。診療所内に置き手紙を残しておいた】
→B-10

786Pia ONE Heart:2007/07/01(日) 18:46:38 ID:xfVx212.0
森の中、斜面の道なき道を下って行く。
国崎往人と別れてほどなく、芳野祐介一行は街道の入り口を前に小休止をしていた。
茂みの先から延びる街道の先には鎌石村小中学校の建物が窺える。
人の集まりそうな場所だけに敵とも味方とも知れぬ人間がいるに違いない。
芳野は後ろに控える長森瑞佳と神岸あかりを振り返り、襲撃時の対処をどうしたらよいものかと思案した。

「長森、お前のランダムアイテムは防弾チョッキだったな」
「はい、ファミレス仕様のが三つ」
「一つ神岸に渡して着用しろ」
効果があるかどうか疑わしいが、せっかくの防具を使わないのはもったいない。
付近を見回し、小さな岩窟を見つけるとそこで着替えさせることにした。
岩窟は奥行きがないだけに、敵に見つかればすぐにでも避難しなければならない頼りないものである。
それでも休憩や着替えをするには十分なものであった。

「わたしは帽子付きの可愛いのにするけど、神岸さん、どれ着る?」
「うーん、わたしは……」
瑞佳とあかりは三つのファミレス服の選択と着付けをどのようにするか話し合う。
そんな二人を芳野はぼーっと眺めていたが、そのうち刺すような視線を向けられていることに気がついた。
「どうしたんだ、困ったような顔して」
「着替えますから警戒をお願いします」
胸のリボンをほどきかけたまま瑞佳が精一杯の笑顔で申し入れる。
「わかった」
二人にくるりと背を向けると考える。
「見ないでください」とは言わず、婉曲な表現が実に瑞佳らしくて好ましい。
これが伊吹風子ならどういうだろうか。
風子とのやりとりを妄想していたが、二人の会話に耳を傾ける。
着付けをどうするか決めたらしく会話が止んだ。

787Pia ONE Heart:2007/07/01(日) 18:48:29 ID:xfVx212.0
衣擦れの音を聞くうちに芳野の心に煩悩の念が湧きお起こる。
(まずいな、禁オナ中だった。ピチピチのじょしこーせーが下着一枚で……ああ、想像するだけでも堪らん)
婚約者とその日のために性欲を抑えていたのがいけなかった。
我慢できずにちらりと振り返る。
予想通り瑞佳は下着の上にぱろぱろタイプを、しかしあかりはブラウスの上にフローラスミントタイプを着ようとしていた。
(おぅ〜、これは目の保養になるぞ)
あかりが下着姿でないのは残念だが、瑞佳のはそれを補って余るほどのショーである。
芳野は我を忘れて瑞佳の肢体に見入っていた。

少女達に気を取られる中、不意にガサガサと草を掻き分ける音がした。
煩悩はたちどころに霧散し、しゃがみこんで音のする方を注視する。
何事もなく通り過ぎて行って欲しいが、不審者は明らかに接近しつつあった。
またしても数時間前の悪党──朝霧摩亜子なのか。
投げナイフを手に構えるが、瑞佳とあかりには早いとこ着替え終えて欲しい。
息を呑んで見つめていると、藪の中から現れたのは青いベストの制服姿の長い髪の少女だった。
謎の少女はこちらには気づかず、十メートルほど先を左右を警戒しながら通り過ぎようとしていた。

(拳銃を持ってるな。気づかれずに行ってくれますように)
「お待たせしました。もういいですよ」
(ああ! マズイ……)
後ろ手で瑞佳達を制するがもう遅い。青いベストの少女と目が合ってしまった。
「おにーさん、もしかして殺す側の人?」
身を隠せるだけの木に隠れ顔だけ出して訊ねる少女。その手にはニューナンブM60が握られていた。
「違う! 仲間を求めて脱出しようとする側の者だ」
何事かと瑞佳が芳野の肩越しに不審者の方を覗いた。
「ああっ! 柚木さんだあ」
場違いな弾んだ声が藪の中に響いた。
「長森さん……長森さんなのね」
青いベストの少女──柚木詩子は瞬く間に警戒を解き、芳野の方へ走り出していた。

788Pia ONE Heart:2007/07/01(日) 18:50:33 ID:xfVx212.0
「オ、オイ、止まれ」
「大丈夫です。あの人は柚木詩子さんといってわたしの友人なんです」
「長森さん、あなたに会えて良かったよぉ〜」
詩子は芳野には目もくれず瑞佳に抱きついた。

七瀬留美とはぐれてしまい、森の中を彷徨ううちに鎌石村小中学校に近い所へと来てしまった。
何度か留美の名を呼びながら探し続けたが、ついに返事はなかった。
孤島の中で百二十人もの人間がいるとはいえ、山の中で親しい間柄の者に出会えるというのは邂逅としか言いようがない。
いつもと変わらぬ瑞佳の雰囲気と伝わる体温が、不安にさいなまれる緊張をほぐしていく。
(信頼していいのね?)
無言のまま瑞佳の瞳を見つめる。
意を察したらしく瑞佳は微笑みながら大きく頷くのであった。

芳野達は車座に座って詩子のこれまでの話を聞いた。
「ご苦労だった。これからは俺達と行動を共にしてくれるか?」
「もちろんですよ。カッコいいおにーさんといっしょに居られるなんて、あたし幸せ♪」
「それはよかった。それはそうと、柏木千鶴という人のことを聞かせてくれ」
天沢郁未、柏木千鶴、鹿沼葉子、山田ミチル、そして数時間前に芳野と瑞佳を襲ってきた謎の女の子……。
詩子の話によると故人を含めて女だけで五人の殺人鬼がいたことになる。
となると、他にも「狩り」にいそしむ女がいるに違いない。
女ながら殺人を躊躇しない人間が少なからずいることに、芳野達は暗澹たる面持ちのまま聞き入っていた。

「あの、柚木さん。千鶴さんの特徴をもう少し詳しく教えてもらえませんか?」
妙に千鶴のことが気になるのか、あかりが詳細を訊ねた。
詩子の説明を聞くうちに目の当たりにした、凍りついた冷たい目の髪の長い女と同一人物のようだ。
そういえば置いてきぼりにしてしまった同行者の美坂香里。
香里と別れてから千鶴に殺されかけたのはおよそ三十分くらいだったろうか。
時間帯と場所を考えると、不遇な彼女を殺害したのは千鶴なのだと確信するのであった。

789Pia ONE Heart:2007/07/01(日) 18:52:47 ID:xfVx212.0
「ファミレス服が一つ余ってたな。柚木に着せてやってくれ」
先ほどの岩窟で着用を指示すると芳野は武器の配分を考えた。
瑞佳とあかりは持っておらず、持ってても使いこなせそうにもない。どうするか……。
──やはり何か持たせた方が良さそうだ。
(長森には投げナイフを、神岸には包丁がいいだろうか……)

「お待たせしましたぁ」
いつの間にか見た目にも鮮やかな服装の少女達が並ぶ。
「柚木、すまぬが包丁を神岸に譲ってくれぬか?」
芳野は足元に落ちている手頃な木切れをサバイバルナイフで削り、蔓を巻いて包丁の鞘を作った。
更に蔓でベルトを作り、鞘の根元付近を通してあかりの腰に吊り下げられるようにした。
「わあ、まるで短剣みたいです」
予想もつかなかっただけに、あかりは弾けるような笑みを見せて喜んだ。
「長森には投げナイフをやろう」
あかりと同じように腰に蔓を巻いてベルトを作り、腰に吊り下げられるように施す。
「すみません、大事なものをいただいて。ご期待に副えるようお役に立ちます」
「くれぐれも言っておくが防弾性を恃みにしてはならない。実際効果があるにしても弾が当たったら気絶するほど痛いと思うぞ」
「はい」
少女達は神妙に答えた。

「柚木、銃を持ってるのはお前だけだからな。緊急時には俺をしっかり援護してくれよ」
「了解。ところで芳野さん、どこかで見たことがあるような気がするんですけど、あたしと会ったことあります?」
「……んなわけないだろ。気のせいと思っとけ。さあ、気を引き締めて行くぞ」
茂みから出ると朝の爽やかな光が四人を包み込む。
数キロメートル先の鎌石小中学校へ向けて芳野達は歩き出した。期待と不安を織り交ぜながら。

790Pia ONE Heart:2007/07/01(日) 18:54:43 ID:xfVx212.0
【時間:2日目午前9時ごろ】
【場所:E-06・街道入口】

芳野祐介
 【装備品:サバイバルナイフ】
 【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
 【目的:瑞佳とあかりの友人を探す。まずは鎌石小中学校へ】

長森瑞佳
 【装備品:投げナイフ、某ファミレス仕様防弾チョッキ(ぱろぱろタイプ・帽子付き)】
 【持ち物:制服一式、支給品一式(パン半分ほど消費・水残り2/3)】
 【状態:健康】
 【目的:友人を探す】

神岸あかり
 【装備品:包丁、某ファミレス仕様防弾チョッキ(フローラルミントタイプ)】
 【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】
 【状況:全身に無数の軽い擦り傷、打撲、背中に長い引っ掻いたような傷。応急処置あり(背中が少々痛む)】
 【目的:友人を探す】

柚木詩子
 【装備品:ニューナンブM60、鉈、某ファミレス仕様防弾チョッキ(トロピカルタイプ)】
 【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】
 【状況:健康】
 【目的:友人を探す】

→839、875 B-10

791風子、頑張ります。:2007/07/02(月) 09:24:13 ID:PNM7vgEc0
風が、泣いていた。
空から吹き荒ぶ風はとても冷たく、とても悲しく、無機質な音だけを孕みながら通り過ぎる。
その中を走ってゆく二人の少女の姿があった。

彼女らに思考はない。頭の中は買ったばかりのカンバスのように空白で、何も考えられなくて。
走れ。
絶叫と共に銃弾の嵐の中に消えた少年の声だけに従って、十波由真は伊吹風子の手を引っ張りながら走っていた。

後ろには機関銃の足音はない。今はまだ、七瀬彰は追っては来ていないということらしかった。
だが仲間の死を目撃してしまった二人には、そんなことを考える余裕さえ残されてはいない。
全力で走り続けてもはや体力が殆どなくなりかけているということさえ認識できているかどうか怪しいものだった。

それでも走り続けた。
路傍の石につまづきそうになりながらも、足をもつれさせながらも、二人は坂の上にあるホテル跡まで必死に辿り着いた。
ホテルの目前に到着した由真が、荒い息もそのままにしばらくそこで立ち止まる。

かつての姿はそこにはなく、剥げてしまった塗装と所々割れてしまっている窓がその凋落振りを示していた。自動ドアも開きっぱなしになっている。
見ているうちに、ようやく由真の頭の中に思考が戻ってくる。
そうだ、こんな所でぼーっとしている場合ではない。まだあのマシンガン男が追ってきている可能性があるのだ。一刻も早く、この中に逃げ込むべきだった。

再び由真は風子の手を引っ張って歩いていこうとする。
「ひぐっ、えぐっ…」
その時、隣から誰かが泣きじゃくる声が聞こえてきた。振り向く。
「うぅ…岡崎さん…」
風子が顔を俯かせて、大粒の涙を流していた。
走っていたときから泣いていたのか、それとも今になって仲間が目の前で死んでしまったショックが思い出されて泣いているのかは、由真には分からなかった。

792風子、頑張ります。:2007/07/02(月) 09:24:45 ID:PNM7vgEc0
だがこんなところで泣いていても仕方がない。早く行動しないと、由真も風子も再び危険に晒されるかもしれないのだ。
「伊吹さん、行こう? 早くしないと、またあの男が来るかもしれないのよ」
しかし風子は泣くばかりで全く動こうとしない。仕方なく無理矢理引っ張って中に連れて行こうとするがまるで梃子のように動かない。
「こんなところで突っ立っててもしょうがないでしょ? ほら、早く!」
何度も引っ張るがまるで反応がない。業を煮やした由真が怒鳴った。
「いい加減にしなさいよ! 今の状況分かってるの!? こんなところにいるとまた襲われちゃうかもしれないんだよ!? ねえ、話聞いてる?」
激しい言葉を重ねるものの一向に聞く様子がない。次第に苛立ちも募ってゆく。
「泣いてたって何もならないのよ! 今は逃げるしかないの! 何をすればいいかくらい分かるでしょ!? 泣いてないで何か言ったらどうなのよ!」
仲間を殺した彰への苛立ち。泣くばかりの風子への苛立ち。そして仲間を置いて逃げてしまった自分への苛立ちが一緒くたになって感情をぐちゃぐちゃにさせていく。

やり場のない怒りは次第にどうしようもない情けなさに変わり、声も涙声になっていった。
「ねえ、何かいいなさいよ…何か言ってよ…泣きたいのは…あたしだって同じなのに…でも、岡崎さんがあんたのことを『守れ』って…言われてないけど、頼まれたんだから…だから、泣くわけにはいかないじゃない…」
荒々しい語気はとっくに消え失せ、消え入りそうな弱々しい声になっていた。

それからようやく、風子が顔を上げる。目が真っ赤に充血し、三角帽とも合わさってまるでピエロのようになっていた。
「ぐす…十波さん」
「…何よ」
すんすんと鼻を鳴らしながら風子は言葉を続ける。
「…十波さんだって…泣いてるじゃないですか…ウソつきですっ…」
そこで由真はようやく自分も泣いてしまっていることに気付いた。慌てて取り繕う。
「ち、違うわよ! これは汗、汗が目に入ったの!」
ごしごしと袖で涙を拭って誤魔化す。それを見た風子も同じようにして涙を拭く。
「じゃあ風子だって…風子だって同じです…ひくっ、これも汗なんです」
精一杯強がりを見せる風子。しかしまぶたにはまだ涙が溜まっていた。それには言及せず由真が言う。

「そ、そう。じゃあ歩けるよね? 行こう? ここでこうしててもしょうがないでしょ?」
風子は頷くと、由真の手をしっかりと握った。少しは持ち直したということらしかった。
「…すみません、手間をとらせて」
「あ、謝らなくたっていいわよ…あたしだって、その…とにかく、あたしも怒鳴ったりして悪かったわ」
風子と面を合わせず謝る由真。なんとも言えない気持ちは残っていたが、風子への苛立ちは消えていた。風子も由真も謝ったお陰かもしれない。

793風子、頑張ります。:2007/07/02(月) 09:25:08 ID:PNM7vgEc0
開けっ放しの自動ドアをくぐってロビーに入る。
中は薄暗く、まるで幽霊屋敷にいるような気分になった。床に敷き詰められた赤いカーペットがそれに拍車をかける。
だが目の前で朋也とみちるが撃たれたのを目撃したことに比べれば些細なものだった。ごくりと喉を鳴らしながら早足で進んでいく。

やがて二人は、妙な匂いがしていることに気付いた。
それは死臭。かつての生者の、命の残り香であった。それは即ち、この場において惨劇が繰り広げられたことを意味していた。
よく足元をみると、赤いカーペットの一部にさらに赤黒い斑点がついている。ここで怪我を負っていたのか埋葬された後なのかは分からなかったが、誰かが血を流したのは間違いないということだった。

「ここでも…殺し合いがあったのね」
由真の一言が、重くロビーに響いた。島のそこかしこで殺し合いは繰り広げられている。二人はその事実を認識しながらそこを通り過ぎた。
それからしばらく歩き、二人はエレベーターを発見したがボタンを押しても降りてくる気配はなかった。やはり電気は途絶えているということらしい。
「仕方ないか…階段で上に行きましょ」
階段へと続く暗い廊下を指差す。風子も頷いた。

     *     *     *

伊吹風子です。今は十波さんと一緒にホテルの中を歩いています。
さっきまで、ちょっとだけ取り乱してましたけど…もう平気です。これからは、泣かない。泣きません。

ホテルに入る前に十波さんが怒ってた時に…泣いてないって言ってましたけど、とても悲しかったはずです。辛かったはずです。
ですけど、風子も十波さんも泣いてしまったら岡崎さんとの約束が果たせないですから…泣くわけにはいかなかったのだと思います。我慢したんだと思います。
ですから、風子だって泣きません。風子は十波さんより年上のお姉さんですから…お姉さんが泣いてはいけないんです。しっかりしなきゃいけないんです。

794風子、頑張ります。:2007/07/02(月) 09:25:34 ID:PNM7vgEc0
今まではいつも通りにヒトデを彫って、いつも通りにヒトデを渡していればいい、風子はいつものことをすればいいって思ってましたけど…もうそんなことはしません。
でないと、また風子の知ってる人がまたいなくなってしまうかもしれません。そんなのは…これっきりにしたいです。
だから、もう泣きません。みんなのことを考えて、みんなのために行動するって、決めました。
…岡崎さん。風子、元々大人ですけど…もっと大人になったって…ほめてくれますか?

「伊吹さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
などと風子が反省していると、十波さんが横から顔を出してきました。
「武器についてなんだけど…どこから調達するのがいいと思う? ほら、あたしたちってまともな武器がないし」
確かにそうです。風子はナイフの柄しかありませんし、十波さんは双眼鏡しかありません。これは問題です。大問題です。
お姉さんとしていいアイデアを考えなければいけません。理想は風子特製のヒトデがあればいいんですけど、材料がないのでその案却下です。

ホテルにあるものって言うと…
「ええと…レストランになら包丁みたいなのがあると思います」
「それはあたしも考えたけど…ほかに思いつくものがないかなぁ、って。う〜ん、やっぱりそれしかないかな」
十波さんがため息をつきます。選択の幅が狭いとやるせないものです。
ここが秘密の地下工場だったり悪の秘密結社の補給基地だというなら話は別ですが。

「…ま、けど今はそれよりあのマシンガン男から身を守る方が重要よね」
そう言うと、十波さんが階段を登っていきます。もちろん手をつないでいる風子も登ります。…考えてみれば、今日は登りっぱなしです。なんででしょうか。

二階につくと、十波さんはまず一番近い部屋の前に歩いていって言いました。
「まずここに隠れましょ。取り敢えず一時間ここで待ってから行動ね。一時間待てばきっとやり過ごせるだろうし」
『201』と書かれたプレートが風子の目に映ります。前におねえちゃんから聞いたことがあるのですが、ホテルとかには縁起をかついで『4』のつく部屋はないところもあるらしいです。
風子も気をつけないといけません。4のある部屋には泊まらないように後で十波さんに言っておきましょう。

795風子、頑張ります。:2007/07/02(月) 09:26:02 ID:PNM7vgEc0
「…あれ?」
ドアノブを捻る十波さんですががちゃがちゃという音がするばかりで開く気配を見せません。どうやら鍵がかかっているようです。案外セキュリティがしっかりしていますね。まるで風子みたいです。
「鍵がかかってるわ…ココはだめね。他の部屋に行きましょ」
それから他にどこか入れる部屋はないかと一部屋ずつドアを開けていった風子たちですが、どこもかしこも壊れてたり鍵がかかってたりで全然入れません。あ、ちなみに4のつく部屋はありませんでした。杞憂だったみたいですね。心配して損しました。

気が付くと、風子たちは『511』…つまり五階まで上がってきていました。十波さんは既にうんざりした表情になっています。風子も同じですが。
はぁ、とため息をついて十波さんがドアノブを捻ります。
がちゃ。
「…お?」
ノブがすんなりと回って部屋の扉が開きました。まさか開くとは思っていなかったので風子も十波さんも少しばかり感動してしまいました。もしかしたら誰か部屋にいるかもしれなかったのですが、うっかりして注意を怠っていました。

ですけど部屋の中には誰かがいる気配などなく、そこはもぬけの空となっていました。
部屋の中は特に何もなく、ベッドが二つに椅子、テーブルがあります。そこらの中古屋で売ってるようなボロい調度品でした。きっと貧乏ホテルに違いありません。だから潰れたのでしょう。

十波さんはというと、何かをやり終えたかのような、達成感に満ちた顔つきでじ〜んと感動していました。十波さんの頭の中では既に手段と目的が入れ替わっていたようです。
風子も今気づきましたが。
「やった…やっと開いた…! 伊吹さん、やったわ、あたしたちやったのよ!」
まだ感動しています。
「よし、これでようやく中に入って、一時間やり過ごすことが出来るわ。さ、伊吹さん入って入って」
十波さんに背中を押されながら風子も部屋に入ります。しかしそこで風子はふと気付いてしまいました。

「十波さん、風子、気付きました」
「え、何?」
「風子たちが入れる部屋を探してる間に、一時間なんてとっくの昔に経ってるような気がするんですが」
「…………あ」
十波さんの周りの空気が凍っていくのが、はっきりと分かりました。ひょっとしたら、言ってはいけなかったのかもしれません。

796風子、頑張ります。:2007/07/02(月) 09:26:28 ID:PNM7vgEc0
「あ、あは、あははははははは…はぁ〜あ…」
ヘンな笑い方をした十波さんはへにゃへにゃとへたり込んで何やらぶつぶつ言ってました。
岡崎さん、みちるさん、案外早くにそちらにお邪魔することになるかもしれません。

【時間:二日目 8:30】
【場所:F-4】 

伊吹風子
【所持品:スペツナズナイフの柄、三角帽子、支給品一式】
【状態:疲労、武器を探す、彰から逃げる、泣かないと決意する】

十波由真 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)】
【状況:疲労、武器を探す、彰から逃げる、風子を守る】
→B-10

797名無しさん:2007/07/02(月) 23:03:54 ID:PNM7vgEc0
申し訳ありません、>>796に修正を入れます

【時間:二日目 10:00】
【場所:F-4 ホテル内】 

伊吹風子
【所持品:スペツナズナイフの柄、三角帽子、支給品一式】
【状態:疲労、武器を探す、彰から逃げる、泣かないと決意する】

十波由真 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)】
【状況:疲労、武器を探す、彰から逃げる、風子を守る】 

遅くなりましたがよろしくお願いいたします

798さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:20:50 ID:r/UnqJGA0
辿り着いた平瀬村は、まだ早朝なおかげか涼しかった。
村の中を吹き抜けていく風が心地よく体を撫でる。
住井護は、それを体全体で受けながら大きく伸びをしていた。
「朝って、こんなに気持ちのいいもんだったんだな…」
普段早起きしない住井にとってみればそれは新鮮な感覚だった。長岡志保や吉岡チエにとっても同様だったようで、うんうんと住井の言葉に頷いていた。
「本当にね…あまり喜ばしい状況じゃないけど、こういうのもいいかもね」

「川澄先輩は早起きなんスか?」
先頭に立って歩いている川澄舞に話題を振ってみる。
なんとなく早起きそうな性格だと思ったからだ。舞は振り向かずに「普通」とだけ答えた。
普通と言われてもチエの普通と舞の普通では基準が違う。どう反応していいやらと思ったものの普通というからには自分たちと同じくらいにしておこう、とチエは思うのだった。
「それより」とここでようやく舞はチエたちのほうを振り向いて言う。

「チエの武器を探した方がいい。今のままじゃ戦力的に不安」
舞はまだマシな方なのだが、住井と志保がナイフ二本、チエに至っては武器すらないというのでは話にならない。
どこかで、早急に得物を求める必要があった。
「そうよね…よっちだって、何も持ってないんじゃ不安でしょ?」
チエが頷く。これ以上このパーティのお荷物にならないためにも、河野貴明と会うためにも、身を守るものは欲しかった。

「よし、それじゃまずは吉岡さんの武器を探すんだな? それについてなんだけど…どうやって探す? 俺は一旦ここで別れて個別に探してくるほうがいいと思ってるんだけど。その方が効率もいいだろうしさ」
住井が意見を出すが、すぐに志保に反論される。
「でもそれって危なくない? こっちはそんなに強力な武器がないのよ。固まって行動すべきじゃない?」
「いや、まぁそれはそうだけど…多人数だからって安全ってわけでもないだろ? むしろ発見されやすくなるかもしれないしさ。俺が言いたいのは敵に見つからないように隠密に行動しようって意味で…」

確かに、住井の言葉にも一理あった。柏木千鶴の例があるように数に関係なく襲ってくる敵もいるし、大勢でいれば発見されやすくなるかもしれない。
「でも…やっぱり、単独行動は危険だと思うっス」
どちらにもメリット、デメリットはある。それゆえに話が平行線になりかけていたが、舞が「待って」と話を止める。

799さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:21:20 ID:r/UnqJGA0
「どっちの言い分ももっともだと思う。だからここは公平に決めるべき。例えば…じゃんけんとか」
そんな方法で決めていいのかと三人は思ったのだが、話が纏まらない以上それで決めるのもいいかもしれない。条件は同じなのだ。
「オーケイ、俺はそれでもいいぜ。そっちは」
「あたしも構わないわよ。よっち、あたしがジャンケンするけどいい?」
「ういっス。志保先輩頑張ってください!」
住井と志保が身構え、じゃんけんの構えをとる。一対一の荒野の対決。気分はガンマンさ。

「「せーのっ、じゃーんけんぽんっ!」」

勝負は一回で決まった。住井がパーを、志保がチョキを出し、この勝負は志保の勝利に終わった。
負けた住井は口惜しそうに手のひらを眺めながらも、勝負は勝負と割り切った。
「ちぇ、悔しいけど負けたからには従うぜ。どうぞ私めをお使いくださいな」
恭しく頭を下げる住井。志保は(似合わない)高笑いをしながら、「それでは参りましょうか、ほほほ」と言いながら歩いていくのだった。

     *     *     *

倉田佐祐理の殺害に成功した藤林椋は、山を下って平瀬村の方向へと走っていた。
柳川は今頃、佐祐理の死体を発見して自分が犯人だということに感づいているだろう。それでなお自分が犯人でないと思っているのだとしたら相当のバカだ。まぁ、それはそれで与しやすいのであるが。
疲れているのにまた走ってきたので、かなり息が荒い。もうそろそろ歩いてもよさそうだ。

椋はゆっくりと歩きに切り替えると、デイパックの中身を再確認する。
佐祐理の所持品を手に入れたのはいいものの内容に関しては少しガッカリだった。
吹き矢セットに、二連式デリンジャー。
暗殺用の武器としてはそこそこ役に立ちそうだが、破壊力はないし、デリンジャーに至っては予備弾薬がない。
「それに…」

途中で気づいたのだが、ショットガンに弾薬が入っていないのだ。弾薬が入っていない銃など屏風に描いた虎。まったく意味がなかった。
どこかで弾薬を入手したいところであるがアメリカのようにそこらに銃砲店があるわけでもないので民家などからの入手は不可能だろう。ならば参加者から奪うしかないのであるが、果たしてそう上手くいくだろうか。

800さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:22:04 ID:r/UnqJGA0
いや、と椋は思う。やるしかないのだ。やらなければこちらがやられるのだから。
とにかく、また誰かの中に紛れ込んで殺していき、ショットガンの弾があれば奪う。そうしていくしかないだろう。問題はいかにして紛れ込むかということであるが…
ふと、そこで椋は未だ自分が血まみれの衣服のままだということに気付いた。これではいくら「仲間にしてくれ」と言ったところで到底してもらえるわけがない。しかも自分は、無傷だ。
顔に付着した血は拭き取ったものの衣服に関しては着替えるしかない。洗ったところで落ちるものではないのだ。
しかしながらこの近辺に民家はないし代わりの衣服を求めて平瀬村に行ったとしてもこの格好を発見されては元も子もない。

「…そうだ。ちょっと痛いですけど」
血が出ていないのなら、血を出せばいい。椋は手に持ったままの血まみれの包丁を、佐祐理の血がついている部分――すなわち自分の左腕へと向けて、軽く切り裂いた。
「くっ…」
痛みが走り、切り裂いた部分から血が流れ出して衣服をさらに赤くしていくが、これでいい。
襲われてその際に斬られたという設定にしておけば大抵の人間はその通りだと思うはず。真偽かどうかなんて調べようもない。

後はこれを理由にどこかの集団へ「助けてください」とでも言って紛れ込めばいいのだ。そしてつい先程まで襲われていたという臨場感を出すために、敢えて傷の治療はしない。
残りは必死な表情をしていれば大丈夫だろう。偽善者どもにはちょうどいい演出だ。
もちろん、凶器である包丁は捨てる。これが発見されれば演技だとバレる恐れがあったからだ。
見つかりにくそうな茂みに包丁を投げ捨てると、痛みを押して椋はまた駆け足で平瀬村に向かった。

     *     *     *

二回目の放送を聞き終えた河野貴明はその死者の多さにだけでなく、その一覧にいた人間の名前に驚愕していた。
(イルファさん、新城さんに、月島さんも…)
雄二たちと別れたあと、彼らに何があったのかは分からない。ただ死という事実だけがそこにあった。そして、何よりも貴明を驚愕させたのが。
(このみに、春夏さんまで…)
いつも一緒だった幼馴染み。それを探すために雄二たちと別れてきたというのに、これでは何の為に別れてきたのか分からなかった。

801さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:22:46 ID:r/UnqJGA0
あるいは、雄二たちと別れなければ沙織も瑠璃子も死ななかったのかもしれないし、このみだって見つけられたかもしれない。だが今こうしていなければ環は死んでいたかもしれないし、ささらだって見つけられなかった。麻亜子の暴挙だって分からなかった。
結局は、何かを守ろうとすると何かを失う。そういう結論に辿り着くだけなのかもしれない。全部を守ろうとすることは、ただのエゴなのかもしれない。それでも…
それでも、貴明は全てを守りたかった。何故なら、これ以上悲しみを、増やしたくはなかったから。
もうこのみは死んでしまった。その事実を受け止めて、今一緒にいるこの二人を守るべきだった。

「あの、貴明さん、その、言いにくいことなんですけど…」
放送が終わってから一言もしゃべろうとしない貴明に、ささらが遠慮がちに声をかける。
「…ああ、大丈夫です。ちょっとショックを受けてただけですから」
ちょっとどころではないのだが、二人を不安にさせないためにも貴明は嘘をついた。それに気付いているかは分からなかったが、ささらは「そうですか…」と言ってそれ以上追及することはなかった。
「それよりも、早くまーりゃん先輩を探しましょう。あの人にもう罪を重ねさせないように」
貴明の言葉に二人が頷く。鎌石村の捜索はまだ始まったばかりだった。

現在は村の東部を捜索しているが、まだ夜明けからそんなに時間が経っていないからか鎌石村に人の気配はない。もし麻亜子なら人の多い場所へさっさと移動しそうな気もしたが、裏をかいてどこかに潜んでいるかもしれない。
貴明たちは再び村の中を歩き始めるのだった。

     *     *     *

それから数時間かけて鎌石村中を捜索したものの麻亜子の気配は一つとして掴めず、それどころか誰とも遭遇することすらなかった。
ただ入れ違いになっていただけということもあるかもしれないが、それでもなお見つからない以上、貴明たちの頭には『麻亜子はもう鎌石村にはいない、あるいは最初から鎌石村にいなかったのではないか』という結論に達しつつあった。

「参ったな…見当違いだったのか?」
舌打ちをしながら貴明が悔しそうに言う。このただっ広い島で特定の人物を見つけることが容易ではないとはいえ、残念なことには変わりなかった。
「仕方ないわよ…それにしても、誰とも会わないわね…」
マナが納得のいかないような不満げな顔をして漏らす。家の多い地域には人が集まると思っていたのだが、そうではなかった。あるいはこの村にだけ人が少ないのかもしれない。

802さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:23:29 ID:r/UnqJGA0
「愚痴を言っても仕方ないか…よし、ここを切り上げて次の場所へ行こうと思うんだけど。先輩はどう思います? 年長者として一言」
年長者、という言葉にマナが顔をムッとさせる。
「あのー、私も一応年長者なんですけど。18才よ、私」
「へ? 観月さんって中学生じゃ…がっ!」
中学生という言葉に腹を立てたマナが貴明の膝小僧に蹴りを見舞う。あまりの痛さに貴明がぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「い、痛ってぇ〜…な、何するのさいきなり」
「あんたね、よく鈍いとか言われるでしょ」
「た、たまに…」
「でしょうね…」
はぁ、と嘆息して「どうして私と会う男はこんな奴ばっかりなのかしら…」とぐちぐちと漏らす。

ささらはその様子を見ながらどうしたものかという目で両者を見回していた。ささらもマナは年下だと思っていたので何も言うことができなかっただけなのだが。
「ま、確かにここの捜索を切り上げるってのは間違いじゃないと思うわ。久寿川さんもそう思ってるでしょ?」
話を振られたささらが「え、ええ」と相槌を打つ。
「私もそうしたほうがいいと思います。順番からいって次は平瀬村に行くのがいいと思いますが…」
ささらが地図を取り出して平瀬村を指す。距離が少し遠いものの一、二時間歩けば辿り着ける距離だろう。道も直線的になっているので迷うこともない。
「…そうだね。こっちなら誰かがいるかもしれないし」
貴明がぴょんぴょん跳ねながら顔を出す。よほど痛かったのか目尻に涙が溜まっているように見えなくもない。

「…そんなに痛かったの?」
全力でやったつもりはないと思っているマナが尋ねる。貴明は大きく頷いて、
「そりゃもう。まるでプロレスラーかなにかに蹴られたような…おうっ!」
プロレスラーに例えられたのがムカついたのか、今度は先程の数倍のスピードの蹴りが貴明を襲う。あまりの痛さに貴明はごろごろと地面を転がっていた。
「あんたさ、たまに余計なことを口に出して酷い目に遭ったことがあるでしょ」
「よ、よく分かるね…」
「というか、酷い目に遭わせたのは観月さんじゃ…」
ささらが小さな声で突っ込む。ささらも痛い目には遭いたくなかったのでそうしたのだった。
「はぁ…とにかく平瀬村に行きましょう」
ため息をつきながらマナが先頭に立って進む。それを追うようにしてささらが、そして片足で跳ねながら必死に追う貴明がついていく。
前途は多難だった。

803さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:24:06 ID:r/UnqJGA0
が、平瀬村に向かうまでの道中もまあ静かなもので、何事もなく行進を続けることができた。
「お腹…空かない?」
観月マナがそうつぶやくまでは。
「そう言えば…昨日から何も食べてないよね」
今頃気付いたかのように貴明が言う。言った途端に腹が催促を始めたのでなんだかな、と思う。
「食事にしたほうがよさそうですね…パン、食べましょうか」
ささらが提案するが、「いや」と貴明が代替案を出す。

「まだ二日目なんだから無闇に携帯食を消費するのは避けたほうがいいと思う。まずは村で食料を探すべきだと思うんだ。どうしても見つからなかったときだけそのパンを使おうよ」
確かに空腹ではあるが我慢できないほどではない。食料を探せるだけの余力はまだあった。
「それもそうですね…観月さんもそれでいいですか?」
「ええ、いいわよ」とマナも同意する。取り敢えず今は麻亜子のことは後回しにして食料捜索を優先することになった。と、ふと貴明は食事といえばあることを思い出した。

「そう言えば…先輩は手料理とかはダメなんでしたっけ」
「はい、そうですけど…」
「…? どうして手料理がダメなの? アレルギー?」
マナの質問にささら自身が答える。
「私はちょっとした事情があって…コンビニ弁当とか、フランス料理とかの高級料理しか受け付けなくなってるんです」
「何それ? おかしな体質ね」
アレルギーとは言い得て妙だとマナは思った。

久寿川ささらさん、えーあなたはどうやら手料理アレルギーのようですねぇ。申し訳ありませんが今後の人生は外食だけで済ましてもらうということで…いやはや。

「まあとにかく、そういうことなんだってことを理解しておいてくれよ。だから食料を探すにしてもそれを調理する、ってことはないかもしれないから」
つまり手料理にはありつけないということを意味していた。それを悟ったマナはがっくりと肩を落とす。こんな状況下でも、せめて食事くらいは暖かいものの方が良かった。

804さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:24:32 ID:r/UnqJGA0
「すみません、がっかりさせてしまったみたいで…」
「いいわよ。体質ならしょうがないわ」
謝ることはないとひらひらと手を振る。
しかし料理が出来ないのは案外痛いかもしれない。貴明は男だから出来なくても仕方がないとは思っていたが、期待していたささらもこれでは出来そうにない。自分自身ですか? まあそれについては言わないでくださいな。
「何にせよ、まずは平瀬村に辿り着くことが第一だ…って、見えてきたね」
貴明が指差した先には、数件ほどの民家がちらほらと見えていた。

「意外と早かったわね」
「そうでもないかと…多分、今頃はお昼じゃないかしら」
空を見上げながらささらが言った。マナも見てみると、太陽がちょうど頭上にあり確かに正午に近いということには違いなさそうだった。
「鎌石村を探してて大分時間が経ったんだと思うよ。ともかく、日があるうちに探そう」
第二の捜索が、今始まろうとしていた。

     *     *     *

「ここもダメか…」
平瀬村の民家の一角で、住井護が戸棚を開けながら諦めにも似た声を上げる。

あれから何件か家を回ってみたものの荒らされている家はあるわ何があったのか死体が放置されている家まであった。その上死体の一つには見るも無残に殺されており、目が抉られ、全身メッタ刺しにさせられていた。B級ホラー映画だってここまではやらないだろう。
それを見た志保が思わず嘔吐してしまったのは記憶に新しい。軽いトラウマにもなってしまったようだ。ちなみにもう一つ死体があったのだが、その近くに置いてあったフライパンは吉岡チエの武器になった。

これで一応武器は全員に行き渡ったということになったが、ここでもう一つ問題が浮上した。
「腹、減ったよな…」
そう、チエが武器を手に入れたのはいいものかなり時間が経過してしまった。出てくるときに家の中の時計を見たが、あれを信じるならもう時刻は正午に近い頃合いとなっていた。
いかに昨日あれだけの牛丼を平らげた勇者とは言ってもあれから一日経てばまた腹は減ってくる。食い溜めという言葉は存在しないのだと思い知らされた瞬間だった。

「はちみつくまさん…」
「あたしもっス…」
「こっちも…吐いたせいで余計に腹が減ったというか…」
住井以外の他の三人も同様だった。こんなことならあの牛丼をとっておこうかと思ったのだが品質の落ちた肉など食べたくはなかったし、食中毒になる恐れもあった。それが原因で死のうものなら情けないことこの上ない。

えー、次のニュースです。今日未明発見された四人の遺体についてですが、周囲に牛丼の中身が散乱していることからー、えー食中毒で亡くなったものと…

結局、次の任務は食料の捜索ということになった。ちなみに死体を発見したあの家にも食事があったのだが何か乱闘でもあったのか食事は全て床に散らばっていて血と混ざり合っていた。これでは吸血鬼以外食べる気にもならなかったので、諦めたのだった。

805さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:25:12 ID:r/UnqJGA0
そして今。
それからさらに何件か回ってみたが既に持っていかれてしまったのか元々なかったのか食料は依然として見つけることが出来なかった。支給品のパンを食べようという意見が出たがそれは最終手段ということで村の家全件になければ食べるという意見に落ち着いた。
「カンパンみたいな携帯食もないのー? もう、シケてるわね…」
「志保先輩、口調が空き巣みたいになってるっス」
「実際空き巣をしてる…」
舞がポツリと呟くが、チエには聞こえなかったようだ。相変わらず腹を立てている志保をなだめている。

そろそろ限界だった。腹が減ってきているせいで集中力も切れかけていた。
家を出たところで、次で見つからなければ諦めてパンを食べようという意見になり最後の家を求めて歩くことになった。
「食料も見つからないけど、誰にも会わないよね…」
道中、志保が空腹を紛らわせるために話題を振る。ここまで捜索しても出てきたのは死体とその遺品だけだったからだ。敵に会わないのは良かったが、味方に会わないのも困ったものだ。

「そうだよな…折原の奴、今頃どこで何してんだろうな」
住井が頭の後ろで手を組みながら友人のことを口に出す。
「ヒロもあかりも…無事かなぁ…」
志保も同じように心配そうに声を出した。チエも舞も、口にこそ出さなかったが友人を思う気持ちは同じだった。
ここまで、このメンバーのうちの誰もが知り合いに会えていないのだ。人を探すのは意外と難しいということを思い知らされる。

そんな時だった。急に舞がピクッと反応し、きょろきょろと周りを見始めた。
「どうかしたのか?」
住井がそう尋ねると、舞は刀を抜いて「誰か来る」と言った。
「えっ、ど、どこから来るんスか?」
チエが慌ててフライパンを取り出しながら言った。舞は冷静に答える。
「東と、北のほうから来てる。人数は分からない。まず、東のほうから先に来る。みんなは下がって」
前に躍り出る舞だが、「男が後ろで隠れてられるか」と住井が躍起になって前に出てくる。

806さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:25:43 ID:r/UnqJGA0
前衛に舞と住井、後衛に志保とチエとなる形になった。体勢は整えたもののこちらには近距離用の武器しかないのだ。遠距離から射撃できるような武器が相手側にあれば不利なのは間違いない。
無論100%敵である訳ではないが。

しばらくすると、舞の予想通りまず東の方角から少女が一人飛び出してきた。服が血で汚れていて、どうやら怪我でもしているのか片腕を押さえながら走っている。こちらには気付いていないのか走るのをやめようとしなかった。
まずは話くらいしてみようと、後ろから志保が声をかける。
「そこの人っ! ちょっといいかな!」
少女にしてみればいきなり声をかけられたにも等しいのでびくっと身を縮こませてこちらを見てきた。
次にその様子を見た住井が、敵ではないと判断し好意的に話しかける。
「驚かせて悪かった。敵かどうか分からなかったから警戒してたんだよ。安心してくれ、俺たちは敵じゃない。取り敢えずこっちに来てくれないか」

少女は少し悩んでいたようだったがやがて大丈夫と思ったのか腕を押さえながらこちらへとやってきた。やはり怪我をしていたようで押さえた部分から少しずつ血が出ている。
「後ろに隠れて。まだ北のほうから誰かが来るから」
「え、誰かって…て、敵なんですか?」
舞の言葉におろおろする少女に、チエが少女を引き入れながら大丈夫と声をかける。
「今の人川澄先輩って言うんスけどものすごい強いから安心してオッケーっスよ」
「は、はぁ…」
そう言った時、舞が「…いた、あそこ」と声を出す。皆が一斉に舞の見た方向を見ると、こちらに向かって三人の男女が歩いてきているのが見えた。しかもそれぞれが銃を持っているようで五人の間に緊張が走る。

相手側もすぐに気付いたようで、しかし何を思ったのかこちらを見ながら声をかけてきた。
「話をしないか! こっちに敵意はない! 聞きたいこともあるんだ」
どうやら情報交換がしたいようだったが信じていいのかどうかと思っていると、チエが歓喜に満ちた表情になって相手側へと走っていった。
「河野先輩! 河野先輩っスよね! あたしです、よっちっス!」
「え…吉岡さんなのか! 良かった、君も無事だったんだね!」

なんと、チエが話に出していた河野貴明が現れたらしい。知り合いだと分かると河野貴明だと思われる男がチエの元へと走り寄っていく。
「やれやれ、噂をすればなんとやら、か?」
住井が安堵のため息をついて、肩をすくめた。

     *     *     *

「はい、治療はこれでおしまいです」
「ど、どうもありがとうございます」
河野貴明たちとの会話の末、一緒に行くことになった志保たち四人組+藤林椋は現在とある民家で食料の捜索をしていた。そしてちょうど今、椋がささらから救急箱で治療を受けたところである。

807さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:26:26 ID:r/UnqJGA0
最初に志保たちと会ったとき、いきなり声をかけられたので椋は心臓が飛び上がるほど驚いたがどうやら無差別に攻撃してくる人間ではなかったようで会話をすることができた。
もちろん主催を倒す云々の話は信じるわけがなかったが、取り敢えずこの集団に取り入ることができて一安心…かと思ったら今度は別の集団が現れたのにはヒヤリとした。

しかも現れた三人が三人とも銃を持っていたので椋は逃げるべきかどうかとも考えたが吉岡チエが知り合いの一人をその中に見つけたようで、取り敢えず逃げる必要がなくなったことには安心した。
それからいくらかの情報交換を済ませたが、椋にとって目ぼしい情報はあまりなかった。
価値のあるものは柏木千鶴と朝霧麻亜子という二人の危険人物の存在で、身体的特徴まで得られたのは良かったものの、肝心の姉の居所が分からないのでは意味がなかった。
知り合い云々については興味も教えるつもりもなかったので「知りません」とだけ言っておいた。だから友人関連の話は殆ど聞いていなかった。

情報交換の後、どうしてだか全員が全員空腹だということで食料探しをすることにした。椋は別にどうでもよかったので取り敢えず賛同だけはしておき協調性のあることを示しておいたのだった。
ここで今現在に戻るのだが、どうやらこの家はいわゆる「アタリ」だったようで携帯食やら野菜やらの食材も色々あった。それらはまとめて机の上に置かれている。
椋の治療が終わったのを確認した志保が「料理を作ろう」と言い出し、誰が食事を作るかという話になった。

     *     *     *

「長岡さん、料理できるの?」
マナの疑問に、志保が胸を張って答える。
「当然。あたしに任せちゃってよ。…だけど一人で八人分作るのは流石に辛いから、もう何人か手伝いが欲しいわ。よっち、出来る?」
「んー、少しだけなら…自信ないっスけど」
まずチエが加わる。志保は他の人間にも聞いていくがことごとく首を横に振られる。
「藤林さんは?」
椋も料理は苦手なので断ろうかとも思ったが、ふと頭の中にある考えが浮かんだので「あ、はい…あんまり得意じゃないですけど」と言って参加することにした。

「三人か…まぁそれだけいれば十分よね。それじゃあたしたちは料理を作るから、川澄さん、住井君、河野君で外の見張りをしててくれない?」
どうやら戦闘力の高そうな人間が選ばれたようだ。舞が「はちみつくまさん」と頷いてまず外へ出て行った。続いて住井が、
「了解。観月、拳銃貸してくれよ」
「偉そうに言わないでよ」と文句を言いつつ住井へワルサーを投げ渡す。それを空中で器用に取ると、「出来たら呼んでくれよな」と言って外へと出て行った。最後に貴明が、
「それじゃ俺も行って来るよ。…そうだ、久寿川先輩の分は作らなくていいから。ちょっとした事情があるんだ」
事情とは何のことだろうと首をかしげた志保だったが、「分かったわ」と言って貴明を送り出す。

808さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:27:03 ID:r/UnqJGA0
「私たちは暇なわけだけど…荷物の整理でもしときましょうか?」
「そうですね。私たちだけ寛ぐというわけにもいきませんし」
机の上の携帯食を持って、マナとささらが隣の部屋へと移動する。全員の荷物はここにまとめている。
こうして、キッチンには志保、チエ、椋の三人が残った。
「さて、料理を始めるわけだけど…メニューは何にする? あたしは野菜スープがいいと思ってるんだけど」
「あたしもそれで構わないっスよ」
「私もそれで…」
全員の了解を得たところで、調理が始まる。まずはそれぞれが野菜の皮を剥く。七人分ともなると流石に作業量も多かった。

皮を剥きながら椋は目立たぬようにそっと制服の内ポケットにある吹き矢のケースの感触を確かめていた。
矢は注射器のようなフォルムをしており、中には液体が、そして針の先には漏れ出すのを防ぐためと思われるキャップがつけられている。
ケースの表面を見れば分かる通り液体は恐らく毒物だろう。赤、青、黄色と三種類に分けられているがいずれも毒には違いあるまい。

そう、椋の立てた作戦とは作った料理の中にこの毒を混入し、一網打尽にすることであった。いかに鍛え上げた人間でさえ所詮は人間。毒を以ってすれば殺すことなど造作もないことだ。
これだけの大人数を屠ろうと思えば手はそれしかない。唯一計算外だったのは久寿川ささらの存在だった。まさかいらないと言い出すとは思わなかった。
食事自体は必要していたことから恐らく毒物を混入されるのを警戒してのことだろう。理由はどうとでもつけられる。まあそのときはもう一つのポケットに隠してあるこの二連式デリンジャーで撃ち殺してしまえばいい。

「…それにしても、いきなり大人数になったわよね?」
「そうっスねー…さっきまで誰とも会えないとか言ってたがウソみたいっス」
「けど心強いことじゃない。これだけ味方が増えたってことはひょっとしたらここから脱出できるのもそう遠くないことかもしれないわよ? ね、藤林さん」
「…はい?」
意識を吹き矢に向けていたせいで会話を聞いていなかった。志保がもう一度大人数の話をしていたことを言う。
「あ、はぁ…そうですね」
心強いなどと言われてもまったく人を信じる気のない椋は適当に相槌を打つことくらいしかできなかった。

「荷物の整理、終わりましたよ」
ちょうどそのとき、作業を終えたらしいささらとマナがキッチンに顔を出す。
「あ、どーもお疲れっス…痛っ!」
後ろを振り向きながら言葉をかけようとしたチエだがつい指を切ってしまった。そんなに深くは切らなかったので傷はそれほどでもないが出血はしている。
「ちょ、大丈夫!? 大したことはなさそうだけど…手当てしたほうが良さそうね。ごめん、二人でちょっと鍋見ててもらえるかな? あたしはちょっとよっちについてくから」

809さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:27:26 ID:r/UnqJGA0
言うが早いか、志保はさっさとチエを連れて救急箱がある隣の部屋へと行ってしまった。マナが鍋を指差しながら、「見るって…どうすんの?」とささらにぼやく。
「さぁ…こぼれないように見ておけばいいんじゃないでしょうか」
なんとも頼りない言い方で答えるささら。鬼の副長形無しである。椋は再び野菜切りに集中していたので手が回らなかった。元々椋も料理は苦手なのである。

結局、中身がこぼれないようにじーっと見ておくだけにしておくことになり、志保とチエが戻ってくるまでのその光景は結構シュールなものであった。
そして二人が戻ってきたのは数分後のことである。チエがぽりぽりと頭を掻きながら反省する。
「いやー面目ないっス。今度からは気をつけますんで」
『今度』があるのかと椋は思ったが口には出さないようにした。黙って作業を続ける。
「本当に見てただけだけど…大丈夫よね?」
「ああオッケーオッケー。うん、とくに何も変わりないから大丈夫よ」
その返事を聞いたマナがホッとして近くにあった椅子に座る。どうやら意外とプレッシャーに思っていたらしい。

「それで、後どれくらいで出来そうですか?」
「えーっと、もうちょっとしたら出来るよ。そのままお待ちなさいな」
らしい。まだ椋は野菜切りの段階なのだが。もうちょっと、とは得てして便利な言葉なのだ。
そんな感じだったが調理自体は滞りなく進み数十分の後に無事スープは完成した。
鍋の中にはなみなみとスープが漂っている。匂いも十分食欲をかきたてるものだった。

「さて、出来上がったことだし外の皆さんを呼んでくるとしますか」
「あ、志保先輩あたしも行くっス」
とてとてと小走りに二人が外へと他の三人を呼びに行った。ささらとマナはぼーっとしたような感じで椋の方向は見ていない。今がチャンスに違いなかった。
二人からは見えないようにしてこっそりとケースをポケットから取り出す。ここは絶対にしくじれない。慎重かつ大胆に事を運ばねばならなかった。アタック・チャーンス。

使うのはもちろん赤。確実に殺せなければ意味がないのだ。
ゆっくりと液体をスープに注いでいく。液体自体は透明なので特に色の変化もなかった。念のために数回かき混ぜて十分混ざるようにしておいた。これで、完璧。
「おっ、美味しそうな匂いじゃないか。いいねぇ」
住井ほか貴明と舞が戻ってきたようだ。矢(というかほぼ注射器)をポケットに戻し何事もなかったかのように振舞う。後は食べさせるだけで事は終わる。そう、HBの鉛筆をベキッと簡単にへし折るように。

810さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:28:07 ID:r/UnqJGA0
「スープは俺たちが注いでやるよ。そっちは座ってて待ってくれよ」
住井と貴明がそう言って皿を取り出し、スープを注いでいく。その間、ささらとマナが食器を出して机に並べていく。すぐにスープは全員に行き渡った。
全員が席につき、いよいよ食するだけ(ささらは携帯食だが)になった。手を合わせ、さあ食事が始まろうとした瞬間だった。

「…飲み物がない」
舞がそう呟く。確かに飲み物がなかった。一旦食事は中断され水をささらが取りに行く。椋は心中で舌打ちする。
余計なことを…どうせすぐに死ぬというのに。焦る必要はないのだがどうしても苛立ってしまう。
しかしたかだか一分に満たないタイムラグだ。落ち着け。それよりも次にささらを素早く撃ち殺す準備を――

「う〜…やっぱ我慢できないっス。すんませ〜ん、先にいただきまーす」
「え…」
止める間もなかった。いや分かっていても止められなかった。椋が気付いたときには既に、チエの口の中にスープが運ばれていた。
本来なら、それはちょっとした行儀の悪いこととして微笑ましい目で見られるくらいのことだっただろう。
だがチエが口に運んでいたものは、美味しい料理などではなく死をもたらす処刑台だった。
「う゛…っ!?」
急に顔色を変えたかと思うと、チエが目を血走らせて喉を掻き毟り始める。まるで何かに取り付かれたかのように。
そして、次の変化はすぐにやってきた。

「あ゛っ、げ、お゛えええええええええぇぇぇぇっ!」
激しく嘔吐を始め、顔色がみるみるうちにドス黒いものへと変化していく。あまりにも異常な状態になっているチエに、誰も声を出すことができなかった。
やがてひぃひぃと数度言ったかと思うと、チエがかくんとくずおれて、吐瀉物の中へと落ちていき、そのまま動かなくなった。

一体何が起こったのか、椋を除くその場にいる全員が理解できなかった。それからまず第一声が上げられたのは、実に十数秒たってからの事だった。
「な、何よ…なんなのよ、コレ!」
志保が叫ぶが、誰も反応しなかった、いやできなかった。だが一人だけ、反応した人間がいた。

811さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:28:31 ID:r/UnqJGA0
「は、はは…食中毒にしちゃ大げさ過ぎるだろ…冗談にしちゃタチも悪いしさ…どういうことだよ、誰がやったんだよ、なあっ!」
住井だった。怒り心頭といった様子で、周りをギロッと見回す。
「だ、誰って…」
マナがかろうじて声を出したが、すぐにまた怒声にかき消される。
「決まってんだろ! 吉岡を殺した奴だよ! 食材が悪かったわけでもない、調理法も問題なさそうだった! だったら答えは一つだよ、この中にいる誰かが毒を入れやがったんだ!」

その瞬間、一同に緊張が流れたのが分かった。分かってはいたけれど、認めたくはない事だった。仲間の一人が、裏切っていたということに。
「なあ、おい出て来いよ、どういうことか説明してもらおうじゃないか! 誰だよ、毒を入れた奴はっ!」
激昂する住井だが、当然のごとく名乗り出るわけがなかった。それに業を煮やしたのか、住井は傍らにあるワルサーを取り出して構えたのだ!

「護!? 何をやって…」
「黙れよっ!」
いきなり銃を構えた住井を舞が諭そうとするがまた怒声に遮られる。
「確か、料理を作っていたのは長岡と藤林だったよな。まともに考えて一番料理に近い奴が犯人だって考えるのが常識だよな、そうだろ犯人さんよ!」
銃口が志保へと向けられる。見に覚えのない志保は犯人扱いされたことに対して怒らないわけがなかった。

「あ、あたしが犯人だっていうの!? 冗談じゃないわ、大体あたしのどこによっちを殺す理由があるのよ!」
「理由なんてこのゲームに優勝する気でいるんならそれだけで十分だろ! それとも図星だったからそんなにムキになってんじゃないのか?」
「そんなことを言うなら住井君だって同じじゃない! 大体住井君だってスープを運ぶときに鍋の近くにいたでしょ! それにこの村に着いたときだってやたら単独行動を進めてたわよね…もしかしてバラバラにしたところを一人ずつ殺していく気だったんじゃないの!?」
「な、何だと! いい加減なこと言うんじゃねえっ!」

加熱する口論を危険だと思った貴明と舞が仲裁に入ろうとする。
「やめろっ、そんな水掛け論をしても仕方がないじゃないか!」
「護も落ち着いて! 落ち着いて冷静に…」
だが頭に血が上りきっている二人に言葉は届かない。

「何よ、正義漢ぶっちゃって…あんただって容疑者の一人だってこと忘れてもらっちゃ困るわ! それともそうやってうやむやにするつもりなの?」
「そんな、俺は別に…」
「し、志保…」
「川澄、お前は殺人鬼がこの中に潜んでるってのによく平気だよな? 正気じゃないぜ。俺は絶対見逃すなんてゴメンだからな! だろ殺人犯の長岡ぁ!」
「だからあたしは違うって言ってるでしょ!? 怪しいっていうなら久寿川さんと観月さんだって怪しいわよ! あたしたちが目を離してる隙に入れるチャンスだってあったはずでしょ!?」

812さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:29:12 ID:r/UnqJGA0
矛先が回ってきたことに対して、当然ささらは遺憾の意を表す。
「なっ、鍋の近くにいただけで犯人扱いされるんですか!? 大体、様子を見ててくれって頼んだのは長岡さんでしょう? 犯人だといわれるいわれはありません!」
必死に弁明するものの、志保はどうだかといった調子で続ける。元々他人だっただけに疑心の種が拭い去られることはなかった。

「チャンスなんていくらでも作れるわよ。そもそも久寿川さん、料理がいらないとかどうとか言ってたけど…あれは毒を入れるためにでっち上げた理由じゃないの!?」
あまりの暴言に、ついにささらも怒りを露にする。
「そんな、あれは本当に…私のことなんて何も知らないくせに、そんなことを言わないで下さい! そうやって罪を平気で擦り付けて、お二方ともいい度胸をなさってますね!」
「だから俺は違うって言ってるだろうが!」
「あたしだって違うわよ! ふざけないで!」

口論は収まるどころか火に油を注ぐ結果となり、いつ誰が爆発するとも知れない険悪な状況になっていた。このままでは最悪の状況を招くと、もう一度貴明と舞が止めに入る。
「先輩まで熱くならないで下さい! まず状況を整理して…」
「外から見てるように言ってんじゃねぇよっ! そうやって口を挟むからグダグダになるんじゃないか! それとも自分が犯人だからそう言ってるのか、あ?」
「護、止めて! そうやって疑うから…」
「川澄さんは疑うなって言うの!? 自分一人直接スープに触ってないからって調子に乗らないでよ!」
どんなに説得してもことごとく無駄骨に終わり、そればかりかさらに状況は悪くなっていった。

そして、その空気がまた一人の人間に恐怖を抱かせていた。
「お、おかしいわよ…み、みんなどうかしてる…こんなところにいたら、私も殺される…い、いや…そんなの…いや!」
見に覚えのない疑いをかけられ殺されるかもしれないと思ったのだろう。マナは身を翻して外へと逃げようとする。

「おい! どこへ行くんだよ! 逃げるんじゃねえよ、それとも犯人だから逃げようってのか!?」
住井が銃を向けるがマナは意に介した様子もなくそのまま逃げようとしていた。
「止まれよ、止まらないと撃つぞ、撃つって言ってるだろ、撃つって言ってんだろぉ!」
止まらないマナに対して、ついに住井が発砲する。もちろん、この時の住井には殺す気はなかった。どんなに疑心暗鬼になっていたとしても殺人への禁忌はまだあったからだ。せいぜい肩を撃って動きを止めるくらいだった。

813さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:29:35 ID:r/UnqJGA0
まぁしかし、運命とは非情なもので、そう思うようには運ばなかった。
感情に任せて発砲された銃弾は、狙った肩へと当たることなくマナの頭部を直撃――つまり、即死させていた。
脳漿を撒き散らしながらがくんと倒れるマナを、住井が呆然とした目で見つめる。
「え、あ、おい、ウ、ウソだろ? お、俺、殺すつもりなんか…」
カタカタと震える住井。視線が定まっておらず、どこへともなく言い訳を続ける。
「し、信じてくれよ、俺はそんなつもりじゃなかった、そんなつもりじゃなかったんだぁあああああっ!」

それが引き金だった。
「住井君…や、やっぱりあんたが…あんたがやったのね! こ、殺してやるっ、あんたみたいな奴なんか殺してやる!」
素早くしゃがみこんで近場にあったレミントンM870を手に取る志保。もう志保の中では、完全に住井が毒を混入した人物だという結論になっていた。

それを見た貴明が、これ以上の惨劇を起こさせないために志保の前へと躍り出て、無理矢理銃口の向きを変えた。
「や、やめろっ! 撃っちゃ駄目だ!」
貴明はただ必死だった。もうここで死人が出るのを、食い止めたかっただけだったのだ。

――だが、その思いは報われず。
「え…?」
無我夢中で変えた銃口の先には、久寿川ささらが、いた。勢いに任せて撃とうとしていた志保の指は当然止まらない。ささらの真正面に、12ケージショットシェル弾が降り注いだ。
変化は一瞬にして起こる。体がくの字に折れ曲がり、上半身と下半身がまるでロボットアニメのように分かたれるまで、ほんの一秒もかからなかった。

それを貴明たちが視覚情報としてとらえるかとらえないかの間だっただろうか。志保がレミントンを向けたのに反応して、ほぼ脊髄反射で住井もワルサーを構え、また発砲していた。
ぱん、ぱん、ぱんと連射する指の動きが弾切れとなるまで続いた。その僅か数秒の間に、銃弾が志保と貴明の二人を突き抜け、心臓部へ直撃を受けた志保もまた死亡し、貴明も全身に銃弾を浴びて倒れた。

――そして、血で塗り潰された部屋の中に残ったのは、住井護と川澄舞の二人だけとなってしまった。
舞は目の前で起こった凄惨な現実に呆然とし、何も動きを取ることが出来なかった。あまりにも、一瞬のうちに人が死にすぎたのだ。
「…は、はは、あっははははははははは! 死んだ、死んだぞ! みんな死んじまった! おい、見ろよ、全然動かないぞ? ど、どうしてだろうな、俺、撃ってないのに死んでるよ、なんでだ、なんでかなぁ!?」
意味不明な叫びを発しながら舞の方へと住井が振り向く。その目は、明らかに正気を無くした狂人のものだった。

814さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:30:07 ID:r/UnqJGA0
「川澄ぃ、俺撃ってないよな、撃ってたら死んでるけど、あいつらふざけてるだけだよな、あいつら死んでないよな、だから俺だって撃ってないよな、そうだと言えよ! 言ってくれよ!」
「あ…あ」
舞にそれまでの面影はもうなかった。死という現実と目の前の狂気に怯える、ただの無力な少女と化していた。ただ立ちすくむことしか、彼女には出来なかった。
「言えよ! 言えって言ってるだろうがぁ! 俺は殺してなんかない、殺してなんかないんだぁぁぁっ!」
何も反応しない舞に、彼女もまた自分を殺人鬼扱いすると思い込んだ住井が襲いかかろうとする。

だが、その横から何かが弾けるような音がして、住井の脇腹から内臓が派手に飛び出した。
「…か…かわすみ…さん…だいじょうぶ…だ」
その声の主、死んだはずだった河野貴明が、最後の力を振り絞って住井にショットガンを放ったのだった。
一方、へらへらと奇妙な笑いを浮かべながら住井がかくんと膝から落ち、そしてその生命活動を終えた。

「す…すまない…こんな…ことに」
激しく咳き込みながら舞に謝罪の言葉を述べる貴明。よく見ると、目からは涙も溢れていた。
「た、貴明…」
よろよろとした足取りながらも、舞は一歩ずつ貴明の方へ近寄り、必死でその言葉を聞き取ろうとしていた。

「まさか…こんなことになるとは…はは、さいあく…だよ」
「貴明、しっかりして…死んじゃだめ…」
励ましというよりも懇願に近い言葉だった。貴明は疲れたように笑って、言った。
「…悪い…勝手なことをいうけど…ま、まーりゃ…んせんぱいを、止めて…それと…おれたちの…ぶん、ま…」
それっきり、貴明も動くことはなかった。惨劇の犠牲者が、また一人出てしまったのだ。
「…そんな…」
絶望に満ちた少女の声だけが、その部屋の中だけにあった。

815さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:30:59 ID:r/UnqJGA0
     *     *     *

「こんなことになるなんて…」
藤林椋は、平瀬村から北の方角へと移動していた。
住井がマナを撃った瞬間、身の危険を感じた椋は隣の部屋に移動し、ショットガンの弾をいくらかと自分のデイパックを掻っ攫って窓から脱出していた。
きっと今頃は互いに殺しあっているだろうが、当初の予定より犠牲者は少なくなるのは間違いない。武器だって手に入れられるはずだったのに…収穫といえば、携帯食数点くらいだ。
だが殺し損ねるよりはマシだった。これでまたいくらか、姉の安全が確保されたのだ。
誰も信用なんてしない。殺して、殺して、殺しつくして…自分と姉の二人だけが生き残ればいいのだ。
椋の殺し合いは、まだ始まったばかりなのだ。

【時間:2日目午後14時00分頃】
【場所:G−1】

816さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:32:03 ID:r/UnqJGA0
藤林椋
【持ち物:ベネリM3(7/7)、100円ライター、包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾2発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×2:即効性の猛毒、黄×3:効能不明)】
【状態:マーダー。左腕を怪我(治療済み)、姉を探しつつパーティに紛れ込み隙を見て攻撃する】

河野貴明
【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、ほか支給品一式】
【状態:死亡】

久寿川ささら
【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ほか支給品一式】
【状態:死亡】

観月マナ
【所持品:ワルサー P38(0/8)・支給品一式】
【状態:死亡】

吉岡チエ
【所持品:フライパン、支給品一式】
【状態:死亡】

住井護
【所持品:投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:死亡】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・支給品一式)】
【状態:死亡】

川澄舞
【所持品:日本刀・支給品一式】
【状態:絶望、祐一・佐祐理ほか知人・同志を探す】

その他:それぞれの支給品に携帯食が数個追加されています。

817さよならも言えぬままに:2007/07/09(月) 21:33:49 ID:r/UnqJGA0
…と、追加。

→B-10

818明けない夜:2007/07/12(木) 04:04:16 ID:o2TMW8fM0

黒の機体の暴虐に舞い降りる、白い翼の機体。
それはまるで、夜の森の鏡写しのような光景だった。

「―――正義の味方参上、や」

声が響く。
白い機体、アヴ・ウルトリィの操縦者、神尾晴子の声だった。
ゆっくりと白翼を持つ機体の方へと向き直った漆黒の機体―――アヴ・カミュが、その声に一瞬動きを止める。

「その声……神尾、晴子さんですね」

問うような声は、柚原春夏。
アヴ・カミュの操縦者のものだった。
春夏が、重ねて問う。

「……ウルトリィさんは、どうされたんですか」
「はン」

返ってきたのは、馬鹿にするような笑いだった。

「笑かすなや。あんたがイカレた真似しくさっとるから止めてくれ、いうてな。
 泣いて頼むさかい、渋々引き受けたったんや」
『にはは……だいぶ違う』
「やかましわ、黙っとき」

対する春夏の反応は、実に簡素なものだった。

「……そう、ですか」

ほんの少しの間をおいて、春夏が冷たく告げる。

「一つだけ言っておきます。……邪魔を、しないで」

言うや、黒翼が羽ばたいた。
アヴ・カミュの足が、ふわりと大地から離れる。
黒翼が、今度は強く大気を打ちつけた。加速していく機体。
見る間にその高度を上げていくアヴ・カミュの姿に、晴子が舌打ちする。

「チッ、逃がすかい……観鈴、追っかけるで」
『うん……でも、追いついてからどうするの……?』
「喧嘩はうちに任せとき。とにかく距離を詰めたったら、それでええ」

答えるように、白翼が動く。
飛翔の体勢に入るや、爆発的に加速した。


***

819明けない夜:2007/07/12(木) 04:04:39 ID:o2TMW8fM0

「速い……!」

我知らず、春夏が声を漏らす。
センサー上、アヴ・ウルトリィを示す光点が、瞬く間に近付いてきていた。

「カミュ、もっとスピードは出せないの!?」
『ご、ごめんなさい、春夏さん……』

叱責するような春夏の声に、怯えたような声が返る。
アヴ・カミュ自身の声だった。

「……もういいわ。どの道、ずっと飛び回っているわけにはいかないものね」
『春夏さん……』
「殺してあげなくちゃ。全部、全部」
『……』
「あなたのお姉さん……少し、傷つけることになってしまうかもしれないけれど」

応えはなかった。
それを肯定と受け取ったか、春夏が握った操縦桿を捻り、倒す。
即座に黒翼が展開し、機体が180度、その向きを変える。
旋回ではなく、直進速度を維持したままの転回。
慣性を無視した制動に軋み一つあげることなく、黒の機体が正面から迫るアブ・ウルトリィを見据えた。
白い点を目視で確認した次の瞬間には、その巨体が目前に迫っていた。
彼我の速度差に内心で舌打ちしながら、春夏が操縦桿を握り込む。
アヴ・カミュの、返り血で真っ赤に染まった五指が、獲物を待つ肉食獣の顎の如く、開いた。

「相変わらず、突進するしか能がないのなら……!」

交錯の刹那、アヴ・カミュの腕が閃いていた。
アヴ・ウルトリィの直進機動に対するカウンター。
タイミングは完璧だった。しかし、

「手応えが、ない……!?」

820明けない夜:2007/07/12(木) 04:05:08 ID:o2TMW8fM0
必殺のはずのカウンターは、空しく宙を切り裂いていた。
同時、突き上げるような衝撃が春夏を襲っていた。
超高速の機動をも相殺する操縦席が激しく揺れる。

「くぅっ……」
『キャアァァッ!』
「下からなの……っ!?」

カミュの悲鳴に、春夏は機体に対して直接の打撃が入ったのだと理解する。
確認するより早く鋼鉄の脚で蹴りつけるが、そこには既に何もいない。

「―――動きが鈍いで」

背後から響く声に戦慄する。
思わず機体を振り向かせたのが失策だった。
白い神像の整った顔立ちが、モニタに大写しされる。
表情を変えるはずもないその顔面が、紛れもない悪意を持って歪んだように見えた、次の瞬間。
アヴ・ウルトリィの拳が、アヴ・カミュの胴にめり込んでいた。

『か……はっ……』

脳を直接揺さぶられるような衝撃の中、息を漏らすようなカミュの声を聞きながら、春夏は必死で機体を制動する。
左右の黒翼が大きく羽ばたいた。
超高速域から、絶対速度を一気に零にまで相殺する。
相対速度の差に、彼我の距離が刹那の間に開いていく。

「どうしたのカミュ、動きが悪い……!」
『うぇ……げぇ……』

嗚咽のような声を漏らすカミュに、しかし春夏は叱責の声を飛ばす。
視界前方では、白の機体がその翼を展開させていた。
先刻の速度差からいって、稼げた時間は数瞬。

「昨夜と……違う……!」

821明けない夜:2007/07/12(木) 04:05:22 ID:o2TMW8fM0
歯軋りするような声で春夏が呟く。
巡航速度、反応、機動。何もかもが、昨夜戦ったときとは別物だった。
神尾晴子が神像の扱いに熟練しているというのか。
あの悪意の塊のような人物に、白い神像が力を与えている。
少女たちの悲嘆に満ちた願いを叶えようという自分を、妨害するための力を。
その思考に、春夏は抑えがたい憤りを覚えていた。

「どうして、邪魔するの……!」

固めた拳を計器パネルに叩きつける。
軽い音と鈍い痛み。
そしてまた、と春夏は考える。
自分の、否、アヴ・カミュの動きが低下しているのも事実だった。
意図した速度が出せず、レスポンスも一呼吸遅い。
原因はカミュにある、と春夏は考えていた。
無数の声を聞いて以来、自身の反応速度、操縦の的確性はむしろ向上していると、春夏は感じていた。
余計なものが削ぎ落とされ、研ぎ澄まされた感覚。
しかし、カミュがそれについてこられていない。
スペックの限界なのか、それとも他に原因があるのか。

「少しでも早く、少しでも多く、殺してあげなきゃいけないのに……!」

自分の想いを、彼女たちの願いを、世界が疎み、邪魔をする。
そんな風に、春夏には感じられていた。
まとまらぬ思考を抱えたまま、正面を見る。
開いた距離を一瞬で詰め、再びアヴ・ウルトリィが迫っていた。


***

822明けない夜:2007/07/12(木) 04:06:16 ID:o2TMW8fM0

「ノロマがっ……!」

晴子が一言の元に切り捨てる。
正面、距離を取ろうという黒い機体の動きは、いかにも鈍重だった。
文字通り瞬く間に差を詰める。
こちらの動きを制するように伸ばされた手に対し、晴子は左翼を鋭角に展開。
一瞬でアヴ・カミュの左下方へと遷移する。
勢いを殺さずにその無防備な脚を掴むと、加速した。
そのまま巨大な円を描くような軌道で旋回する。

「くたばりやっ……!」

真下に向けて、全力で投擲。
一文字に切り裂かれた大気が暴風となり、アヴ・カミュの落下軌道を取り囲むように荒れ狂う。
音速を超えた激突。
神塚山の西側中腹に巨大な陥没が出現し、直後、猛烈な衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
木々が消し飛んだその中心、剥き出しになった岩盤深くにめり込んだ黒の機体が微かに動くのを見て、
晴子が大きく舌打ちする。

「しぶといやっちゃな……観鈴、飛び道具いくで」
『が、がお……』
「出せるのはわかっとるんや、ガタガタ抜かさずに撃てばええ」
『う、うん……なら、風の術法……』

反論を許さない晴子の口調に、観鈴が自信なさげに詠唱を開始する。
と、蒼穹を舞うアヴ・ウルトリィの両手に、渦を巻くように風が集まってくる。
渦は見る間に勢いを増し、轟々と音を立てる竜巻へとその姿を変じていく。
両の手に竜巻をまとわせ、天空を支配するように白翼の機体が翔ぶ。

『……え、エネン・ゥンカミ……!』

声と共に、アヴ・ウルトリィが両手を組んだ。
それぞれの竜巻がぶつかり合い、刹那の後、巨大な嵐を内包した暴風の塊と化す。

「ぶっ飛ばしや、観鈴―――!」

牙を剥いた晴子の声を引き金にしたように、暴風が、飛んだ。
遮るものとてない直線を描いて、アヴ・カミュへと迫る。
なす術なく暴風に切り刻まれるかと見えた黒い機体が、しかし直撃を受ける寸前、動きを見せていた。

「シスエ・ゥンカミ―――!」

乾いた血と泥に塗れた銀の手指が印を描くや、山が震えた。


***

823明けない夜:2007/07/12(木) 04:06:37 ID:o2TMW8fM0

「はぁっ……はぁっ……!」

狭く暗いコクピットの中に、荒い呼吸音が反響していた。
春夏の頬を冷たい汗が垂れ落ちる。
じっとりと湿った掌を、エプロンの裾で拭う。

「間に、合った……!」

呟いて、己の生存を確認する。
薄く光る計器パネルの灯りだけが、目下の光源だった。
周囲のモニタに映るのは一面の黒。
分厚い岩盤がアヴ・カミュを包むように展開し、一切の光を通さないのだった。

「どういうこと、カミュ……!」
『春夏、さん……』

叱責の声に、弱々しい声が返る。
その怯えた様子に苛立ちを感じ、春夏はますます声を荒げる。

「術法の展開が遅い……! あと一瞬遅れていたら、どうなっていたか……!」
『か、カミュは精一杯やって……』
「―――嘘を言わないで!」

激発する。

「動きが悪い、反応が悪い、昨夜と全然違うのに、変な言い訳しないで!
  一体どうしたっていうの、言いたいことがあるならはっきり言ってちょうだい!
 私は、私たちはあの子たちをちゃんと死なせてあげなくちゃいけないのに!」
『……じゃあ、言うけどっ……!』

春夏の憤りに煽られたか、カミュの声が奇妙に跳ね上がる。
それはまるで、引き攣った笑みを浮かべているか、それとも目に涙を一杯に溜めているか、
もしもカミュに表情があったなら、そんな顔をしているだろうと思わせる声だった。

『さっきからおかしいよ、春夏さん……!
 何言ってるのか、全然わかんない! あの子たちって誰!? 声って何!? 全然わかんないよ!』
「カ……ミュ?」

824明けない夜:2007/07/12(木) 04:07:04 ID:o2TMW8fM0
春夏の表情が変わった。
苛立ちと憤りに満ちた顔に、別の色が混じっていた。
困惑。まるで聞いたこともない言語で突然話しかけられたとでもいうような、それは戸惑いだった。
春夏の変化に気づいた様子もなく、カミュの言葉は続く。

『それに、それにね、春夏さん……! さっきから、カミュの身体、全然動かないんだよ!
 それを春夏さんが全部一人で動かしてるの! カミュは何にもできないの! できないんだよ!』
「なん、ですって……?」

今度こそ、春夏は絶句していた。
それほどに、カミュの言葉は理解の範疇外にあった。
動かない。動けない。何も。聞こえない。声が。聞こえていない。自分が。一人で。
そんな馬鹿な。できるはずがない。聞こえていないはずがない。ならばあの声は何だ。
術法を展開したのは誰だ。あれは誰だ。アレは誰だ。あの、黒翼の少女は。一体、

「何を、言って―――」

脳裏に浮かぶ無数の疑問符が、一気に溢れ出しそうになった、その瞬間。
光が、差した。

「―――ッ!」

ほんの少しの時間とはいえ、暗闇の中にあった眼が眩む。
咄嗟に翳した腕の向こう、蒼穹を背に、白翼の機体が舞っていた。
白い機体の放った何度目かの竜巻が、遂に岩盤を吹き飛ばしたようだった。
美しく象られたその細面が、ひどく底意地の悪い笑みを湛えているように、春夏には見えた。
悲しみに満ちた願いを叶えんとする自分の前に立ち塞がる、それは悪の象徴だった。

「どうして……どうして邪魔するの……っ!」

身体が重い。
心が軋む。
頭が痛い。
じっとりと汗ばんだ全身が、ひどく気持ち悪い。
息苦しかった。吐く息の熱さが煩わしかった。
ペダルを踏む足に、操縦桿を握る手に、見えない何かが絡みついているようだった。
分からない、と叫んだカミュの声が、耳の奥に反響していた。
幾つもの疑問と、身体の奥底を融かすような憤りとがない交ぜになって、春夏の中を駆け巡っていた。
白翼の機体の手に、光があった。

「――――――ァァァァ――――――!!」

感情の奔流が、声になって口から漏れ出ていた。
間に合わないと分かっていた。
あの光は術法の光だ。先刻の竜巻など問題にしないほどの威力を持った、必殺の一撃だ。
相殺できない。回避できない。対抗できない。手段は、残されていなかった。

825明けない夜:2007/07/12(木) 04:07:18 ID:o2TMW8fM0
どうして、と。
それだけが、春夏の根源にあった。
自分はただ、少女たちの願いを叶えてやりたかっただけなのに。
たった一つの、悲しい願いを、解き放ってあげたかっただけなのに。
それをどうして、よってたかって邪魔をする。
神尾晴子も、神尾観鈴も、アヴ・ウルトリィも、アヴ・カミュも。
誰も彼も、何一つ理解しようとせずに、私だけを否定する。
自分の手は、沢山の少女を救ったというのに。
幾千の少女が、この手で救われたというのに。
幾千もの、そしてたった一つの、願いを叶えてきたというのに。

白翼の機体の湛える光が、輝きを増していく。
空っぽの光だ、と思った。
そんな、綺麗な光では、何一つ救えない。
刹那という時間の中で、そっと、光に向けて手を伸ばす。

―――翳した銀の手は、血と泥に塗れていた。

その醜さに笑んだ春夏の、その眼前で。
アヴ・カミュの右腕が、消し飛んでいた。

「――――――」

声は出なかった。
痛みなど、感じなかった。
ただ、天空高く舞う、小さな銀色のそれが、いつまでも地に落ちなければいいと、そう思った。
流星のように煌くそれは、アヴ・カミュの、千切れた右の手だった。
ひび割れたモニタの向こう、喪われた右腕の最後の欠片を瞼に焼き付けるように見つめながら、
柚原春夏は、そっと微笑んで、言った。

「終わってしまえ、こんな世界」

視界が暗転する刹那。
小さな、しかし奇妙に揺らぎのない声が、春夏の耳朶を打っていた。

『―――請願を受諾する』

声は、そう聞こえた。


***

826明けない夜:2007/07/12(木) 04:07:39 ID:o2TMW8fM0

「ようやったで、観鈴!」

手を叩いて喝采を叫んだのは神尾晴子である。
遥か眼下、神塚山の中腹には巨大なクレーターの中心に埋もれた黒い機体の姿が見える。
初撃を遮断してみせた強固な防護には手を焼いたが、殻に篭っているだけならば、ゆっくりと
殻ごと破壊すれば済む話だった。

「所詮は悪足掻きっちゅうヤツやんなあ……よし観鈴、トドメにもう一発や!
 何ちゅうたか、アレや……さっきのビームで、今度こそ粉々にしたり!」
『にはは……ラヤナ・ソムクル』
「何でもええわ、ぶちかましたれ! 腕一本では済まさんで!」

晴子の言葉に答えるように、アヴ・ウルトリィの両手に再び光が宿る。
徐々に輝きを強めていく光が、やがて太陽を思わせる眩い光球となっていく。
ふるふると震える光球を頭上に掲げるように、アヴ・ウルトリィがその手を翳す。

『ラヤナ・ソムクル―――!』
「終いや、アホンダラがっ……!」

憎悪と歓喜の入り混じった声に押し出されるように、光球がアヴ・ウルトリィの手を離れた。
煌く軌跡を描きながら、一直線に黒い機体を目指して降下していく光球。
と、中空で光が爆ぜた。巨大な光球が割れ、無数の流星となり、そのすべてが黒い機体へと向かって加速する。
天から降る幾多の流星が、極大の破壊力を伴ってアヴ・カミュを粉砕すべく、落ちゆくのだった。
圧倒的な光景に、晴子は勝利を確信し、口の端を上げる。
だが、

「……な」

次の瞬間、その表情は凍りついていた。
眼前に展開された光景が信じられないといった、呆然とした顔。

「何や、と……?」

ようやくのことで声を絞り出す。
見開かれたその視線の先。
そこにあったのは、流星の落下に陥没した山麓でもなく、濛々と舞う土煙でもなく、まして、
木っ端微塵に粉砕された黒い機体の残骸でも、なかった。

827明けない夜:2007/07/12(木) 04:08:17 ID:o2TMW8fM0
『そんな……』

ゆらり、と影が揺れる。
大地に伸びる影を切り取ったような、それは漆黒だった。
燦々と照る陽光を反射することもなく、ただ静謐に存在する、漆黒の球。
暗黒の光球ともいうべきそれが、無数に浮かんでいた。

「端から……受け止めた……?」

晴子の震える声が、たった今、眼前で起きた出来事を端的に語っていた。
アヴ・ウルトリィの術法によって生み出された、光の流星。
それがアヴ・カミュを直撃しようとした、その瞬間である。
何の前触れもなく、黒い機体の周辺に、暗黒の光球が現れていた。
そして、無数に出現した暗黒の光球は、まるでそのために呼び出されたとでもいうように、
その悉くが迫り来る光の流星の直撃を受け、それを、ただ一つの例外もなく呑み込んでいた。
流星による破壊も、爆発も、閃光もなかった。
それは、最初から何もなかったように、何処かへと消え去っていた。

「な、クソ、が……」

音もなく漂う暗黒の光球の中心で、がらりと瓦礫が崩れた。
神塚山の中腹に、小さな夜が拡がる。
瓦礫の欠片を落としながら、ゆらりと舞うアヴ・カミュの黒翼が、大きく広げられていた。
隻腕の機体が、残った腕を優美な仕草で掲げた。
まるで熟練の指揮者がタクトを振るようなその動作に呼応するように、暗黒の光球群が、一斉に揺れた。

「……ッ!?」
『うご、かない……!』

その動きを、目で追うことなどできなかった。
晴子が視線を動かすよりも早く、アヴ・ウルトリィの四肢に、暗黒の光球が取り付いていた。
観鈴の苦しげな声に、晴子が必死に操縦桿を動かすが、機体の手足はまるで磔にされたかのように動かない。

「この、ボケカスがぁ……!」

がり、と歯を噛み締めた瞬間。
モニタが、黒で満たされた。

「―――!?」

思わず咽喉から漏れそうになる悲鳴を、晴子は必死に抑えていた。
そこにあったのは、静謐な笑みを湛えた表情のはずだった。
遥か眼下にあったはずの漆黒の機体、アヴ・カミュの顔が、モニタ一面に映りこんでいた。
精妙な芸術作品の如くに美しく象られた銀色の顔が、そこにあった。
思わず身を引こうとして、晴子は己が狭いコクピットの中にいることを思い出す。
バックレストに押し付けられた背中が、べったりと濡れていた。
暑さでかいた汗ではない。
根源の恐怖が、一瞬の内に晴子の全身から冷汗を噴き出させていた。
それほどに、怖ろしかった。
銀色の静かな笑みは、先刻までのそれとは、明らかに違っていた。
姿かたちが変わったわけでは、なかった。
しかし、そこにあるのは、アヴ・カミュと呼ばれていたものでは、決してあり得なかった。
悪意と混沌に満ちた夜の結晶から切り出したような、それは漆黒の悪夢だった。

828明けない夜:2007/07/12(木) 04:08:33 ID:o2TMW8fM0
「ひ……」

悲鳴を上げかけた瞬間、全身に衝撃が走っていた。
何が起こっているのかを理解するよりも早く、凄まじい破裂音が、晴子の耳を打っていた。
続いて、ごぼりと篭ったような重い音。
モニタに映るゆらゆらと光るものは、水面に映る太陽だろうかと考えて、晴子は気づく。

―――あれは、水面に反射した陽光ではない。沈んでいるのは、自分たちの方だ。

大量の気泡が、水面に向けて上がっていくのが見えた。
機体が水没するほどの深さをもった水源。海か、それとも湖か。
その思考に意味などない。
ただ、目の前の光景から、目を逸らしたかった。

ごぼりと揺れる、水の中。
薄青く光る世界に、影が射していた。
漆黒の機体の、銀色の笑みが、真っ直ぐにアヴ・ウルトリィを、そして神尾晴子を射抜いていた。

829明けない夜:2007/07/12(木) 04:09:04 ID:o2TMW8fM0


【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:D−4 高原池】

柚原春夏
【状態:意識不明】
アヴ・カミュ=ムツミ
【状態:完全自律行動】

神尾晴子
【状態:操縦者】
アヴ・ウルトリィ=ミスズ
【状態:契約者に全系統委任/それでも、お母さんと一緒】

→883 ルートD-5

830Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:25:16 ID:j3jse9Po0
「ふーむ…」
北川潤は、歩きながら参加者の書かれた名簿を食い入るように見つめていた。
パソコンのプロを探す、という結論に至ったはいいもののこの中にそんな人物がいるのか、と勘繰りたくなってしまう。

手元にあるCDが示すように前回の殺し合いもその道のプロがいなかったわけじゃない。どの程度まで行けたのかはわからないが解除寸前までは漕ぎ着けた、そしてその直後に何者かの襲撃に遭い全滅させられたと考えるのが妥当な線だろう。
前回はそうだった。ならば今回はどうなのだ? 前回ほどの知識を持ち合わせた人間が今回もいるのか? いたとしても既に殺されてしまっているのではないか、という疑念が次々と鎌首をもたげて襲い掛かってくる。

考えても仕方がないのであるが、もう三分の一近くの人間が殺されてしまっている以上ネガティブな思考に陥ってしまいそうになる。参ったな、と北川は思った。
(あーくそ、こんなことならパソコンの勉強でもしておくんだったな)
カッコよくCDの解析に挑んでいる姿を妄想してしまう。…同時に何かのデジャ・ヴュも感じたが。
何故かは知らないが妄想の中の北川は金髪巨乳のポニーテールと一緒に行動していた。そして傍らにはこれまたどうしてか…もずくが。

「ちょっと、顔がニヤけてるわよ? 名簿見て何を想像してるのやら…」
広瀬真希が横から不安…というか呆れたような目で見ている。頼りになるのか頼りにならないのか…全然分からないと広瀬は思った。
「…まぁまぁ、北川さんも健全な男子高校生ですから」
美凪がフォローにならないフォローをする。ここで意識が現実に戻ってきた北川は、「ちっ、違う違うって!」と慌てて否定するのであった。

「というかだな、こんな非常事態にそんなことを考えていられるほど余裕じゃないから!」
「どうだか…? 所詮潤だし」
「俺をどこぞのヘタレかなにかのように言わないでくれますかねぇ!?」
「口調…同じになってますよ」
凸凹□トリオは、今日も元気だった。

「ともかく、このCDだけは何が何でも守るんだ。途中で誰かに襲われて殺される、あるいは壊されでもしたら全てがパァになるんだからな。だから俺は一つ、ここで誓いを立てたいと思う」
神妙な口調に戻って、北川は言った。広瀬と美凪は黙って次の言葉を待つ。そう、忘れてはいけない。
自分たちは脱出への数少ない手がかりを手にしているのだ。すなわち、それは脱出を試みる他の参加者たちの命運を握っているのも同然だということである。

831Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:26:03 ID:j3jse9Po0
「これから何度か交戦することもあるかもしれない。それで誰かが傷ついて、死んでしまうかもしれない。だから…この先、たとえ襲われたとしてもまず自分の命を優先すること。それとCDの確保を優先すること。
その過程でひょっとしたら、お前らを見捨てることになるかもしれない。その事だけは…覚悟しといてくれ」
北川の今までとは気色の違う言葉に、何も声を出せない二人。それは事実上、CDのためなら仲間すら犠牲にするという考えを表していたからだ。

一瞬だけだが、北川に冷酷な表情が見えたような気がして、広瀬は少しだけ怖くなる。
「な、なによ、急に真面目になって…いつものあんたらしくないじゃない」
「…私もそう思います。『お前らを見捨てる』なんて…北川さんに言えるような台詞じゃないです」
そう言うと、北川は「おいおい勘違いするなよ」とでも言いたげに肩をすくめた。
「俺が言ったのはあくまでもそれくらいの心意気でいこうってことだよ。本当に見捨てたり出来るもんか。何せ俺は紳士だからね。…だけど、本当に危険だと思ったら迷わず俺を見捨てていっても構わないからな」
「…なんだ。そうだったんだ…でも、あたしだって見捨てたりしないわ。というか、もう今更できないし」
「私も…同じです」
いつもの北川に戻ったので、広瀬も美凪も安心して息をついた。彼らにとってもはやこの三人でいることは当たり前になっており、かけがえのない存在になっていた。

「…じゃあ言い直すか。たとえ襲われたとしても、CDだけは絶対に失わないこと。それと、絶対に全員生き残ること。これでいいよな?」
うん、と二人が頷く。今度は心配や不安は感じなかった。甘いかもしれないが、全員が納得していたのでこれで良かった。
互いに信じあっていれば。
悲劇なんて起こらない。その時は、確かにそう思っていた。
――一人の少女が姿を現すまでは。

     *     *     *

不幸なことに、北川は見つけてしまったのだ。ある一人の知り合いが、ふらふらと歩いているのを。
それは『誓い』を立ててからすぐのことだった。
所在無さげに、ではない。
そう、誰かを探して、という方が正しいだろうか。とにかくきょろきょろとそこら中を見回しながら歩いていた。

「あれは…水瀬じゃないか!? おーい、水瀬―!」
あの特徴的な長い髪で、北川は遠目ながらもそれがすぐに水瀬名雪だということが分かった。
「誰なの?」
「俺の知り合いだよ。クラスメイトなんだ。ま、ちょっとボケたキャラが特徴の美凪系キャラかな」
「…私、そんな風に思われてたんですか。天才系だと自負していたのですが…」
「いやいや、ないから」
美凪に突っ込む広瀬を尻目に北川が手を振りながら駆け寄っていく。

832Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:26:28 ID:j3jse9Po0
「そっちも無事だった…」
そう言いかけたときだった。名雪が北川の声に気が付いて、振り返る。そのときには既に、手に持った銃、ジェリコ941の標準が北川の方に向けられていた。
風が吹いて、水瀬名雪の髪を揺らす。その隙間から見えた名雪の瞳の中に、底無しの闇が広がっているのが北川には見えた。
ぱん、ぱん、ぱんとクラッカーを想起させる乾いた音が聞こえて、北川は思わず目を覆った。

「……?」
不思議なことに痛みがなかった。何かが突き抜けていく感触も、肉が弾けて血が流れる感覚もない。
恐る恐る、目を開けて北川は自分の体を確認する。体のどこからも血は出ていないし、穴も開いていない。
だが正面を向くと、確かに名雪は銃を構えていて、銃口からは硝煙が出ていた。威嚇発砲だったのだろうかとも考えてしまう。だがそうではなかったということがすぐに分かった。
『ねらったのにはずした』、その形に口が動いて、今度は包丁を構えて突進してくる。それで、名雪がこちら側に明確な殺意を持っているということが確認できてしまったからだ。

「な、なっ!?」
そう口に出すのが精一杯だった。攻撃してきたという事実が理解できてもなお、とっさの事態に体が対応できていなかった。
「ど、どういうことなんだっ!」
慌ててSPAS12を構えようとするが、遅かった。懐に入り込んでいた名雪が逆手に持った包丁を、円を描くように振り回す。
だが辛うじて、北川は銃身で受け止めて弾くことに成功する。

しかし弾いて距離をとった瞬間、またもやジェリコの銃口が北川を捉える。まったく無遠慮に、表情一つ変えないまま引き金を引き絞る。
「ぐっ!」
今度は命中した。しかも、腕と肩に一回ずつ。さっきよりも近い位置から撃たれたのだからそりゃそうか、とも心のどこかで思った。
「じ、潤っ!」
「北川さん!」
背後で広瀬と美凪の悲鳴が聞こえる。それでようやく、北川はああ、連れがいたんだっけ、と思い出す。声の調子からしてどうやら流れ弾にも当たっていないようだった。

「早くどこかの物陰に隠れろっ! 撃たれるぞ!」
叫びながら、北川も後方へと下がる。だがその間にも名雪はさらにジェリコを発砲しようとする。
けれども今度はそうさせなかった。とっさにSPASを構えて、名雪の方へと向ける。
「……」
それを確認するやいなや名雪も後方へ下がり、近くの民家の塀へと隠れる。北川は発砲はせず、広瀬と美凪が隠れた方へと素早く走る。
「潤、こっち!」
別の民家の物陰の隙間から広瀬が顔を出して手招きをする。間髪いれず北川はそこへと滑り込むように駆け込んだ。

833Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:26:51 ID:j3jse9Po0
「はぁ、はぁ、はぁ…」
隠れてようやく、北川の心臓がありえないくらいの素早いビートを叩き出す。血がじんわりと流れ出している腕と肩からひりひりしたというか、ビリビリした痛みが込み上げてくるのが分かった。
「なによあの人! どこがボケキャラなのよっ!」
広瀬が悲鳴にも近い怒号を上げて名雪が隠れているであろう塀の向こうを覗き見る。と、その瞬間名雪が顔と銃を見せ、二発発砲した。
「うわっとと!」
慌てて顔を隠す。当たった壁からぱらぱらと民家のコンクリート片が落ち、まるで容赦ない攻撃の嵐だった。

「くそっ、俺にも分かんねぇよ…俺も大した嫌われ者だな。うーん、恨みを買われる覚えはなかったんだけどなぁ」
「暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ!? どうすんのよこの状況!」
大変なことになっているにも関わらずあまりにも普通にボケる北川に頭を抱える広瀬。
「広瀬さん、落ち着いて下さい。焦ってもどうにもならないと思います…」
美凪が肩を叩いてどうどうと落ち着かせる。広瀬は「そ、そうね」と応じてじっくりと深呼吸をしながら北川に聞く。

「マジな話、どうするのよ。逃げた方がいいんじゃない?」
「いや」と北川は手へと流れ落ちそうになる血を服の裾で拭いながら言った。
「多分、水瀬はどんなに逃げても追跡してくる。それこそこっちの息の根を止めるまでな」
「どうしてそんなことが分かるのよ」
広瀬の当然の疑問に、北川はどう答えていいのか分からなかった。あの瞳に見えた闇を表現するだけの言葉が見つからなかったからだ。だから代わりにこう答えるしかなかった。

「俺の勘」
なによそれ、と呆れに近い広瀬の声がため息と一緒に吐き出される。
「とにかく、水瀬はここで倒すしかない。やるしかないんだ」
逃げながら苦し紛れに戦ったところで追い返せるとは思えない。昔から追撃戦はされる方が不利と相場は決まっているのだ。なら真正面から打ち倒すしかない。

「殺す…んですか?」
美凪の目が不安に揺れる。こちらには実戦経験が殆どない。殺すだけの覚悟があるのかどうかさえ…分からなかった。
「…ああ」
だがあれこれ悩んでいる暇は、今の北川たちにはない。とにかく眼前の事態に対応しなければならなかった。
「…やるしか、ないのね」
広瀬もワルサーP38・アンクルモデルを握って固く口を結ぶ。
「もし急所に当たったら終わりだぞ、とにかく撃ち続けろ。美凪…弾の補給、頼んだぜ」
「…はい。お任せください」
北川が精一杯の笑いを浮かべて差し出したデイパックを、美凪はこくりと頷いて受け取る。
軍靴の足音は、すぐそこまで迫っていた。

834Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:27:14 ID:j3jse9Po0
「…よし、行くぞ!」
まず北川が顔を出して、今度こそ本当にSPASの銃口を引き絞る。飛び出した散弾が名雪の隠れている塀へとぶち当たり、細かい穴をいくつもあけていく。
続けて二発目を撃とうとするが、その前に素早く名雪が体を出し、北川へと向けて発砲する。当たりはしなかったもののしっかりと構えて撃っているためかそれは殆ど北川の体スレスレのところをすり抜けて行った。
冷や汗が流れ出すのを、北川は感じる。
こっちは撃つだけで心臓が飛び上がりそうになったというのに。
一体何人殺してきたのだろう、と思ってしまう。あれだけの『闇』を抱えるにはどれだけの命を吸い取らなければならなかったのだろう。

考えたくもないのに。クラスメイトが、次々と人を殺していく姿なんて。
「くそっ…やるせないねぇ!」
撃たれるのを覚悟で再び体を出し名雪へと銃口を向け、次々と12ケージショットシェル弾を撃ち続ける。
北川が発砲するたびにブロック塀が削り取られ、徐々に姿をいびつにしていく。やがて、八発目を吐き出し終えたSPASが弾切れの音を出す。
まさにその時を見計らっていたかのように、名雪が体を出してジェリコを構える。

「あたしを忘れないでもらいたいわね、クラスメイトさん!」
「…!」
その時、広瀬がワルサーを構え立て続けに発砲する。飛び出し撃ちに近い形のためてんでばらばらな方向なのだが攻撃を妨害することには成功したようだった。
名雪は再び塀の陰へと身を隠す。その隙に北川が美凪から予備弾薬を受け取り込め直していく。
弾薬を装填したところでちょうど広瀬も弾切れになり、一度身を引いてからマガジンを落とし、リロードする。
入れ替わるようにして北川が再び身を乗り出しつつ発砲を始める。反撃させる隙は与えないつもりだった。

もちろん残弾には注意しつつ間隔を開けて撃ち続けているため実際には数秒に一回発砲している程度だ。だが少しでも怪我を負うのを恐れてか名雪は広瀬の発砲以後塀の中に隠れたまま姿を見せなかった。
四発撃ったところで北川は一旦射撃を止め、名雪の出方を窺う。依然として名雪は姿を見せようとはしなかった。体を出したところで広瀬の射撃を受けるのを恐れているのだろうか?

「潤、どうして撃たないのよ」
撃ち続けろと言っていた北川自身が攻撃を止めてしまったことに対して、広瀬が問いかける。
「妙だ…静かになったぞ」
「そりゃ、撃たれるのを警戒してるんじゃないの? 逃げたのかもしれないし。武器もこっちの方が強いんだもの」
「かもしれないけどさ…」

それにしてもまったく動きがないのはおかしい、と北川は思った。確かに武装面ではこちらのほうが有利だ。ジリ貧だと思って引き下がったのかもしれないが…勘違いだったのだろうか? 『殺すまで攻撃を止めない』と思っていたのに。
半分山勘だったのだ、外れても仕方がない。

835Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:27:39 ID:j3jse9Po0
「…水瀬が逃げたんなら、こっちも戦い続ける理由もないよな。こっちも逃げるか?」
何にせよ、これは逃げるチャンスかもしれない。塀の向こうに注意しつつじりじりと後退していけば十中八九逃げ切れるはずだ。
好き好んで戦う必要はない。二人はこくりと頷いて少しずつ下がっていく。
その時だった。後ろからガサッ、という草の葉が揺れる――いや、踏み潰されるような音が聞こえた。

「え…?」
広瀬と美凪、そして北川が驚いて振り向く。そこには本来いるはずのない人間の姿がそこにあった。
「……」
そこには既に、ジェリコ941を構えた水瀬名雪の姿がそこにあった。最初に撃たれたときと同じく、空虚な『闇』を瞳に漂わせながら。
そんなバカな――? と、北川たちが疑問に思う間もなく、ジェリコから銃弾が連射された。
北川には、それからの数秒がやけに長く感じられた。映画か何かでよくある、何もかもがスローモーションに見えるというそれだ。ぱん、ぱん、ぱんという銃声と共に回転しながら飛び出した9mmパラベラム弾が真っ直ぐに広瀬の方へと飛んでいく。

「あっ」
北川が間抜けな声を上げた時には広瀬の喉や顔が引き裂かれ、弾が飛び出し、それにつられてびくんと体を跳ねさせた。
横にいた美凪はもちろん、北川もその様子を見ただけで、広瀬の生命がどうなったのかを悟ってしまう。
地面に倒れた広瀬の体から、血溜まりが広がり始めたときには既に、名雪が標準を美凪へと切り替えていた。

それでようやく正気に戻った北川が、美凪へと向けて叫ぶ。
「下がれ美凪っ!」
碌に標準も合わせないままSPASの銃口を引き絞り名雪へと発砲する。
名雪は横に大きく飛び跳ねてそれを避け、転がりながら匍匐の体勢になって、伏せ撃ちで北川を狙った。
姿勢が姿勢のため急所に当たるということはなかったが名雪が数発発砲したうち、一発が北川の足を撃ち抜いた。

「あ゛っ!」
悲鳴を上げて前のめりになってしまう北川。しかしここでむざむざやられる訳にはいかない。
こうなってしまったのは完全な誤算…いや油断だった。
バカ正直に名雪が正面から撃ち合ってくれると信じてしまった自分が愚かだったのだ。
この殺し合いにルールや反則は存在していないということを忘れていた。
正面から撃ち合って敵わないなら側面に回って背後を突くという考えは容易に予測できたはずだったのに…

836Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:28:18 ID:j3jse9Po0
甘かった。ひょっとすると、武器が強力だったことも相俟って心のどこかに驕りがあったのかもしれなかった。
自分も足を撃たれた。もう水瀬名雪から逃げ切ることは不可能になってしまった。
このまま無為に戦い続けていても恐らく、全滅するだろう。
戦闘に不向き…というか、人を殺すことに美凪が一番抵抗を感じているのは北川には分かっていた。

「北川さん!」
美凪が駆け寄って北川の肩を支えようとする。しかし北川は敢えてそれを振り払った。
「北川さん…?」
乱暴な北川の行為に肩を震わせて戸惑う美凪。つい優しくなってしまいそうになるが、そういうわけにはいかなかった。
「CDを持って逃げるんだ。もう俺は逃げられないからな…一人で行ってくれ」
そう言った時、美凪の胸元にある制服のロザリオが揺れたのが分かった。風が吹いたのだろうか?
「最初に言ったよな、『CDだけは何が何でも守る』って。だからそうしろって言ったんだ」
「そんな…ですが…」
美凪が言っている間にも名雪が立ち上がり、また発砲しようとする。

「ちっ!」
舌打ちをしながらSPASで撃つ。名雪はまた左右に飛び回り攻撃をことごとく回避していく。
そう言えば、名雪は陸上部の部長だったな、と北川は今更ながらに思い出した。フットワークが妙にいいのもそのためだろう。
「いいから行け! 真希の分のデイパックも頼むぞ! 今の水瀬に武器をやるわけにもいかないからな!」
「…私には…私には、できません…北川さんを見捨てていくなんて…誓いを…立てたじゃないですか」

美凪の悲痛な声が北川の心を締め付ける。そうしたいのはやまやまだったが、こんなところで意地を張ったところでまだ何十人もいる生き残りの希望が潰えてしまう結果になるだけだ。
泣き出したい気分だった。こんなところで死にたくはないのに。まだまだ自分の人生はこれからが花咲かせるときだというのに。
それでも、自分の命よりも。遠野美凪を、そして知りもしない何人もの人間の命を優先してしまう北川潤という人間が、自分の中心に陣取っていた。

ちくしょう、やっぱり俺ってお人よし過ぎるぜ、なあ相沢…

軋む心に鞭打って出来うる限りの冷酷な言葉で美凪を突き放す。
「俺は言ってみただけで守るなんて一言も言ってないぞ。美凪なんて見捨てて一人で戦うような冷たい奴なんだよ、俺は。だからそんな奴放っといて逃げろよ…逃げるんだよッ、バカ野郎!」
それでもなお躊躇する美凪に、北川が絶叫する。
「行けえっ!」

美凪の体を突き飛ばし、再度発砲しようとする北川。
…が、またもや弾切れを起こすショットガン。それを見逃さなかった名雪のジェリコが今度こそ北川を捉えた。
凄まじい速度と威力を持った死の矢が北川を直撃するが、防弾性の割烹着を着ていたお陰で即死だけは免れる。しかし当たり所が悪いようで肋骨のあたりにごわごわとした違和感があった。

837Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:28:43 ID:j3jse9Po0
ショットガンに弾を込めなおしている時間はないし、そもそも美凪に預けてしまった。
「けどな、銃は撃つためだけにあるんじゃないんだよ!」
片足で跳ねながら大きくSPASを振りかぶって名雪に叩きつけようとする。
名雪はまったく微動だにせず発砲を続けようとするがカチン、とジェリコが弾切れを知らせる鐘を鳴らした。

どうやら弾切れなのはお互い様のようだ。なんとまあ素晴らしい演出ですね?
ジェリコを投げ捨てると名雪は包丁で北川の一撃を受け止めようとする。
しかし怪我を負っているとは言え男の全力を細い包丁如きで受けきれるはずがなかった。その上使い方が荒いのも相俟って包丁がパキ、という悲鳴と共に中心から真っ二つに、割れた。
細かい破片が北川と名雪のいる空間に飛び散る。キラキラと太陽の光によって反射して、これまた大舞台の演出を思わせる煌きを見せる。

「……」
だが一方の役者である名雪は至って冷静な目でそれを見つめ、前転するようにして北川の横をすり抜け、距離を取る。そのすぐ傍には、広瀬真希の死体がそこにあった。
ワルサーを奪うつもりか!?
「そうはさせるか!」
撃たれた足を引き摺りながら引き金を引かせる隙を与えないべく追撃に出る。

それが第二の北川の失敗となった。死んでしまったとは言え広瀬の手にあるワルサーはしっかりと握られておりすぐに手に入れることは容易ではなかった。
名雪は北川が無防備に突進してくるのを待っていたのだ。
あらかじめポケットに入れておいた殺虫剤を取り出すと、それを遠慮なく北川の顔面目掛けて吹きつけた!

「なっ、うあああああっ!?」
まったく予想していなかった攻撃に対応できず、殺虫剤が目に入り想像を絶する苦痛が北川の体を駆け巡る。
瞬く間にバランスを崩し地面に倒れてしまう。目も見えなくなった今、完全に名雪がどこにいるか分からなくなってしまった。
「く、くそっ、くそっ、くそっ!」
倒れたままがむしゃらにSPASを振り回し続けるが当然の如く名雪には当たるわけがない。

そんな北川に、背後で名雪がマガジンを交換し終える音が聞こえたのは、それから僅か数秒後のことだった。
ぱん、と15回目の銃声が響いたのを終焉に、北川の精一杯の戦いはあっけなく終わりを迎えた。

     *      *      *

「……」
水瀬名雪は、動かなくなった級友には目もくれず黙々と、彼と広瀬真希の周辺に転がっている戦利品の回収をしていた。
どうやらもう一人の人間には逃げられてしまったようで見失ってしまった。
だがそれでもよかった。少なくとも相沢祐一の敵を二人は殺すことができたのだ。またこれで彼の安全が少し高まった。

838Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:29:04 ID:j3jse9Po0
『仲間』を守ることを優先して動いていた北川たちと『殺す』ことを優先していた名雪との差は、このような結果になって表れた。
人を殺すことに全神経を傾けていた名雪はとにかく目先の事態にとらわれずどうすれば効率よく殺していけるかという事を考えながら行動していた。
ゆえに不意だって突けたし、勝利することもできた。運がいいのもあった。
説明書で確認したとは言え実際に発砲してみると全然目測と違っていたのだからここまで命中させることができたのはまたとない幸運だろう。

「……」
死後硬直を始めた広瀬の手から無理矢理ワルサーを引き抜いて、それをデイパックに入れる。北川が持っていたショットガンだが、弾薬を持っていないので放っておくことにした。
最後に防弾性の割烹着であるが、これも広瀬のものを剥ぎ取って身に着けることにする。
どの程度の銃撃に耐えられるかは分からないが拳銃の一、二発ならしのげるはずだ。

前述の通り人を殺すことしか頭に無い名雪には格好などどうでもよくなっていた。とにかく祐一を守れるだけの力と他者を殺戮できるだけの力があれば良かった。
血糊が付着しているものの支障はない。再度他に所持品はないかと確認してみたが特に何もなかったようだ。
感情も道徳も排除し、ただ一つの行動原理だけを残した空虚な瞳だけが、日の差す明るい外の世界を見つめる。
その目は、既に次の敵を探していた。

839Empty dialogue:2007/07/16(月) 20:29:28 ID:j3jse9Po0
【場所:G−2】
【時間:2日目09:50頃】

北川潤
【持ち物:防弾性割烹着&頭巾、SPAS12ショットガン0/8発+支給品一式】
【持ち物②:お米券】
【状況:死亡】

広瀬真希
【持ち物:ハリセン、支給品一式、携帯電話、お米券】
【状況:死亡】

遠野美凪
【持ち物:予備マガジン×1(ワルサーP38)、包丁、防弾性割烹着&頭巾、支給品一式、お米券数十枚、色々書かれたメモ用紙とCD(ハッキング用)、ノートパソコン、予備弾薬8発(SPAS12)+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発】
【状況:名雪から逃走。CDを扱える者を探す】

水瀬名雪
【持ち物:ワルサーP38アンクルモデル8/8、防弾性割烹着&頭巾、IMI ジェリコ941(残弾13/14)、予備弾倉×2、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、マーダー、祐一以外の全てを抹殺】


【備考】
包丁(名雪)は破損。殺虫剤も破棄。
→B-10

840迷いの中:2007/07/18(水) 01:15:21 ID:GpekzjmQ0
「……! おい、お前!!」
「あ、勝平さん」

暗い廊下にポツンと一人、彼女は周囲をキョロキョロと見回しながら佇んでいた。
血相を変えて走り寄ってくる柊勝平のその様子、神尾観鈴は彼の勢いに押される形でその場で硬直してしまう。
息を切らし汗を垂らす勝平の姿は、先ほど観鈴が見送った頃のものとは全く違っていた。
その変化に戸惑いが隠せないのだろう、観鈴はおろおろとしながらも口を開くことなく黙っていた。

一方勝平はというと、全力疾走による胸の痛みを堪えるように俯き加減で肩を上下させていた。
膝に手をやり猫背になったことで、勝平の視界が捉えることが出来るのは観鈴の足元のみとなる。
上がった息が元に戻る気配はない、弱った体に苛立ちを覚えながらも勝平はゆっくりと視線を上げた。
眉をハの字に寄せた少女、勝平の見たところ観鈴の様子に異変はない。
滴る汗が邪魔だった、勝平は着用している上着の袖口でゆっくりを額をこすりながら改めて観鈴と向き合った。

「勝平さん、顔色悪い……大丈夫?」

声、勝平の正面にて佇む観鈴のものである。
不思議そうに、痛ましそうにこちらを見やる彼女の表情に思わず勝平の鼓動は高鳴った。
それと共に勝平の中で甦ったのは、相沢祐一が気を失う直前に発した台詞である。

(何で僕がこんな気にしなくちゃいけないんだよ……)

しかし勝平の意思はそれを鵜呑みにしようとはせず、ひたすら拒むような苛立つ情念を沸き上がらせていた。
体が勝手に動いていた、それは勝平自身が意識した物ではない。
何故か。理由を考えようとするだけで勝平の喉元に胃液が込みあがってきそうになる。

841迷いの中:2007/07/18(水) 01:15:54 ID:GpekzjmQ0
―― 神尾観鈴は、日常の象徴だった。
殺し合いの舞台でも幼さの残る笑顔を絶えず浮かべる彼女の存在は、異端でしかなかった。
―― 神尾観鈴は、甘さでしか成り立っていなかった。
それは優しさという一言では表せない。表してはいけないレベルのものである。
お人よしにも過ぎる彼女は、出会っていた人間に恵まれただけの弱者に過ぎなかった。

だが相沢祐一は、彼女のそこに価値があると言った。
勝平はどう思ったのか。あの時勝平は祐一の弱気な発言に一人怒りを噴出させた彼に、そんなことを思う余裕などなかっただろう。
しかしここ、観鈴の佇む校舎二階の廊下に来るまでに彼の結論は既に出されていた。

「勝平さん……?」

おずおずと伸ばされた観鈴の手、視線で追うだけの勝平の背へとそれは静かに回された。
ふわふわとした感触が勝平の背中をなぞり上げる、観鈴がさすっているのだと思うとその箇所のくすぐったさに思わず勝平は身をよじった。

「大丈夫かな、どこか痛い?」

あくまで心配そうに、観鈴は気遣うような声かけしかしかしてこない。
勝平の頭に再び軽い痛みが走る……そういう意味では、勝平は分かっていなかったのかもしれない。
相沢祐一の語る観鈴の価値を。
名倉由依とすれ違い、彼女を一人残してきたことを後悔した思いの根底を。
四人で学校に来た際に感じた、彼女の甘さのくすぐったさの理由を。

理解していなかった。それは、復讐鬼となることを望んだ勝平にとっては障害以外の何物ではなかったからである。
だから、理解してはいけなかった。
理解した時点で、階段は踏み外れてしまう。

842迷いの中:2007/07/18(水) 01:16:21 ID:GpekzjmQ0
「僕は……」
「え?」
「僕は、あいつ等を……邪魔したあいつ等を、虫以下の扱いで弄びたかったんだ」

勝平自身が受けた屈辱を返すために。
土壇場でめちゃくちゃにされたあの痛みを、報復するために。

「僕の受けた苦しみ以上のものをあいつ等におみまいしたくて……それだけ、だったんだ……」

勝平の行動理念は、彼の中に埋め込まれた記憶の断片によるものである。
それは、勝平自身を雁字搦めに縛りつけ彼を離そうとしなかった。
そのことに勝平自身も疑問を持っていなかった、そう。ここまでは。
いつからだろうか、彼が自分の行動に迷いを感じるようになったのは。

相沢祐一を殺すべく、職員室を飛び出したときだろうか。
絶好のチャンスを得たものの、虚しさしか残らなかった藤林杏を殺害した時だろうか。
いや。それよりもっと前ではなかろうか……勝平は小さく頭を振り、自分の行動を反芻する。
学校までの道のり。
四人での会話は価値のある話題が出ることもなく、その内容は勝平自身も思い出せなかった。
緒方英二に名倉由依から受けた電話の件を相談した時のこと。
いつの間にか話の輪に加わっていた祐一と杏に驚いたことを勝平は懐かしく感じた。
名倉由依から電話を受けた時のこと。
結局勝平自身は助けを求めてきた少女の声は聞き取れなかった、観鈴の要領の悪さに腹を立てたことを勝平も覚えている。

……観鈴と過ごした、見張の時間のこと。
彼女にとっては何でもない質問だったのだろう、しかし勝平はそこで改めて恋人である藤林椋のことを思い出したということ。

きっかけは、こんな前にもうあった。
そしてそれは、勝平自身も自覚していたことだった。
では、何故その迷いは……ここまで、放置されることになったのだろうか。

843迷いの中:2007/07/18(水) 01:16:49 ID:GpekzjmQ0
「勝平さん、それで勝平さんはどうするの?」
「え?」

澄んだ声、不意にかけられた観鈴の声ではっとなり勝平は思わず顔を上げた。
目の前の少女の瞳に他意はない、責める色など微塵もないそれは純粋な疑問に染まっていた。
そんな観鈴の疑問に、勝平は言葉を詰まらせるだけだった。
いや、考え事をしていた彼は彼女が何を指してその言葉を吐いたのか。それすらも分かっていなかったのだろう。

「勝平さんは、その……勝平さんが嫌いな人達に仕返しした後、どうするの?」

ああ、と納得したような調子で勝平の表情が引き締まる。
勝平が思い出を反芻する前に口にした台詞、観鈴の疑問はそれに対してのものだろう。
それは勝平自身も感じていた疑問だった。
杏を手にかけた勝平が、とぼとぼと一人静かな廊下を歩んでいた際に沸いた自身に対する問いかけだった。
あの時答えを出せず投げ捨てたもの、胸の中に仕舞い込んだ勝平の疑問を観鈴は真っ直ぐな視線で貫こうとしてくる。
……そう考えると、勝平は逃げてばかりだった。
論理付けなければいけない重要な事に対し、勝平はそれらをことごとく後回しにしていた。
そして目先の欲望だけを、ただ彼は求めていたのだ。
迷いも疑問も掻き捨てるくらいの覚悟がそこにはあったから、その「記憶」を勝平は持っていたから。

「勝平さん、そんなの意味ないよ」

観鈴の言葉に勝平の痛覚が刺激される。
それは、あまりにもストレートな言葉だった。

「残らないよ、何も。せいせいしたーって言って、それで終わりだよ」

勝平が求めたのは行為であり事後ではない、その行いが終わった後のことを彼は考えていなかった。
それが目先の欲望だ。

844迷いの中:2007/07/18(水) 01:17:14 ID:GpekzjmQ0
「不毛だよ」

そんな勝平の目先の欲望を、観鈴は一刀両断にする。
……これが勝平が気づかない内に放たれた台詞なら、観鈴はこの瞬間彼の手にする電動釘打ち機によって蜂の巣にされていただろう。
しかし勝平は気づいていた。自覚もしていた。
その上で、答えを出すのを先送りにしていた。
だから勝平は、何も答えられなかった。

『お前にこの苦しみが、痛みが分かるのか』
『お前も分かる、あれだけの屈辱を味合わされたなら、絶対分かるはずだ』

そんな風にいきがう余力も、彼にはなかった。
吐くべき台詞はいくらでも浮かんだだろう、だが勝平はその不毛さに勝平は気づいてしまっていた。
生き恥としか表せない記憶の断片がもたらした狂気、そのむなしさの意味が勝平の全身を駆け抜ける。
一つ大きく息を吐き、勝平は改めて観鈴を見つめた。
珍しく彼女の表情に甘さはなかった、そこに観鈴の必死さを勝平は垣間見る。
彼女は何に対して必死になっているのか。

「私、勝平さんのためを思って言ってる」

ドクン。勝平の鼓動が再び跳ね上がる。
瞬間カッと熱くなる頬を、勝平は隠せなかった。
それと同時に胸の奥が痛み出し、思わず勝平は自身の胸部へと両手をやった。
右手には電動釘打ち機が握られていた、しかし勝平は気にせずそれを胸に抱え込んだ。
熱、痛み、全身に走り抜ける感情の波がもたらした震え。
もう逃げようとは思わなかった、勝平は観鈴から目を逸らさずその意味を考えようとする。
今度こそ、問題を後回しにしないために。
今出せる、出さなくてはいけない思いを言葉にするために。

845迷いの中:2007/07/18(水) 01:17:58 ID:GpekzjmQ0


―― 見つけたぞガキが、さっきはよくも馬鹿にしてくれたなああああぁ!!



静かな校舎に不釣合いな派手な爆音が響く、男の怒声と共にそれは辺りの空気を巻き込んでいった。
勝平の目の前、幼い顔立ちにキリリとした表情を浮かべていた観鈴の瞳が見開かれる。
月の光の下、舞い散る雫の色は確かに赤だった。
崩れる少女の体のその向こう、闇に紛れそうな暗いいでたちの男が目に入り勝平は呼吸が止まりそうになる。
その男の手には、勝平にも見覚えのある拳銃が握られていた。







神尾観鈴
【時間:2日目午前3時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:腹部被弾】

柊勝平
【時間:2日目午前3時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:電動釘打ち機11/16、手榴弾三つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:岸田と対峙】

岸田洋一
【時間:2日目午前3時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:カッターナイフ、拳銃(種別未定)・包丁・辞書×3(英和、和英、国語)支給品一式(食料少し消費)】
【状態:観鈴、勝平を襲う】

(関連・700・869)(B−4ルート)

846永遠のサンクチュアリ:2007/07/20(金) 00:22:53 ID:U0ypjeBo0
「……これから、どうしましょうか」

長く続いた沈黙を、久寿川ささらがそっと破く。
部屋に戻ってからも彼等を包んでいるものは、重苦しく暗いだけの空気だった。
余程ショックだったのだろう、折原浩平は呆然と畳を見つめ続けている。
そんな彼を隣で心配そうに見つめいるイルファ、もう泣き過ぎて目が真っ赤に腫れてしまっている沢渡真琴など上手くまとまっていないメンバーの方針をささらは先導して考えようとしていた。

宮内レミィの死体を見つけてから、かれこれ数十分の時間がゆうに過ぎている。
ささらは焦っていた。人が人を襲い実際に被害が出てしまっているという事実は、今も彼女の精神を啄ばんでいる。
だが、ささらはそれを表情には臆面にも出していなかった。
トップに立つ人間が弱みを見せてはいけないという心構えを、彼女は充分に理解しているからである。
本当は彼女も泣きたかっただろう、この痛む胸を慰めて欲しかったろう。
しかしささらは、それを望まなかった。
確かに存在する心細さをしまい込み、ささらは三人の様子を見ながら彼等の言葉を待ち続ける。
生徒会長として人をまとめる能力に長けた者ができる役割を、彼女は必死にこなそうとしていた。

それは、在りし日の幸せな時間を彼女にも思い出させることにもなる。
大好きな先輩、淡い恋心を抱いていた後輩、そして楽しかった生徒会の時間を共に作り上げていた仲間達が、ささらにとっては一番大切な存在だった。
……そんなささらにとってかけがえのない人物達は、全て、余す所なく、この島に連れ込まれている。
寂しい、怖い、会いたい。そんなストレートな気持ちと、それに通じる形でささらの行動指針にもなっている一つの決意。

幻滅させたくない。
弱音を吐いて何もせず、自分の殻にこもってしまう姿を仲間達に見られてしまうことを、ささらは一番に恐れていた。
それは恥だ。しかしささらにとって、それはプライドという一言で表すような自分の地位を守るための言葉ではない。
ささらの場合は、あくまで大切な仲間達へ向けての思いが全てである。
せめて再会できるその日まで自分にできる精一杯をこなしていたい、誇らしい姿でいたいという願いだけを胸に秘め、ささらは一人ピンと背筋を伸ばしていた。

「……私、ゆめみを追いかけたい。七海も、心配……」

847永遠のサンクチュアリ:2007/07/20(金) 00:23:20 ID:U0ypjeBo0
泣き続けたことが原因だろう、少し掠れた声は目元が真っ赤に晴れ上がった真琴が漏らしたものだった。

「そうですね、確かにゆめみさん達の行方は気になります。
 ……今、私達にできることを考えた場合、それが最善かもしれません」

各々を見回しながら、ささらは真琴に対し同意の言葉を口にする。
しかし問題は、ゆめみ達が場を離れてからの時間があまりにも経ってしまっていたことだった。
彼女等が逃げていった方面というのも曖昧にしか分からないという状態では、簡単に行く先を決めることもままならない。
どうしたものかと、ささらも押し黙るしかない。
そんな時だった。

「すみません、私は久寿川様達と同行することはできません」
「イルファさん?」

ふせめがちな瞳のまま、正座をしていたイルファが静かに頭をもたれていく。
イルファの行動の意味を、ささらはすぐには理解できなかっただろう。彼女もすぐの反応を取ることができないでいた。

「お話しておりませんでしたが、この島には私にとって誰よりも優先すべき大切な方がいらっしゃるのです。
 途中、私はその方とはぐれてしまいました……今もその方は、この暗闇の中私を求めて彷徨っていらっしゃるのかもしれないのです」
「そう、だったんですか……」
「お役に立てず申し訳ありません。では、失礼します」

もう行くの、という真琴の声に振り返ることなくイルファは自分のデイバッグを右腕に引っ掛けながら立ち上がる。
浴びる視線、だがイルファはそれを気に留めることなく一人出口へと向かって行った。

「……んで、だよ」

ここまで発言を行っていなかった、一人の少年の呟き。イルファの足がふと止まる。

848永遠のサンクチュアリ:2007/07/20(金) 00:23:44 ID:U0ypjeBo0
「なら、何で……さっさと一人で出て行かなかったんだよ……こんな、もうあれから時間だって、こんな、経ってからで……」
「折原様……」
「他にやらなくちゃいけにことあんなら、こんなことにかかずらってる暇なんか……っ」
「こんなことじゃ、ない」

ひしっと右方に体重をかけられ思わず浩平の体が傾いた。
驚き視線をやる浩平、見るとその肩には真琴が両手をかけぶらさがるように掴まっていた。

「こんなことじゃ、なかったもん。だから、イルファはその大事な時間を割いてくれたんだよ!」
「沢渡様……」
「イルファ、ありがと。イルファのおかげで助かったこと、凄くある」
「もったいないお言葉です」
「イルファの分も、頑張るから。イルファは気にしないで行」
「オレも行く」

真琴の言葉を遮ったそれに、周囲の目が集中した。
真琴をどかし立ち上がると、浩平はずかずかと部屋の入り口前で立ち尽くすようになっていたイルファの元へと近づいていく。
予想外だったのだろう、イルファもポカンとした表情を浮かべていた。

「あんた一人だけにする訳にはいかないだろ。オレも行く」
「そ、そんな! お手間をおかけする訳には……」
「あんた、腕動かないだろ。右は何とかって感じだろうけど、ここに来て左使ってる所見たことねーし。
 握手した時握り返して来なかっただろ、なら右もヤバめってことだろうな。……そんなヤツ、一人放っておけるか」

慌てたように言葉を作ろうイルファに、浩平はぴしゃりと言い切った。
まさか指摘されるとは思わなかったのだろう、イルファも浩平の観察眼に心の中で舌を巻く。
しばしの間、二人は見つめ合うことになっていた。
浩平はイルファの様子を窺い、イルファはどう答えればいいか迷っている。
真琴は黙って、そんな二人を見つめていた。
ささらもである。しかし、そこでささらにはピンと閃くことがあった。

849永遠のサンクチュアリ:2007/07/20(金) 00:24:06 ID:U0ypjeBo0
「……イルファさん。イルファさんが探している方の居場所というのは、目星などもうついていらっしゃるのですか?」
「はい。一応、鷹野神社付近だと思っています……もうかなりの距離を移動されたとは思っているのですが……」
「ゆめみさん達が逃げていった方面ではあるんですね」
「え?」

座ってください、妥協案と言うと言葉は悪いですがちょうど効率よく動くことが出来そうです。
自分のデイバッグから初期に支給された地図を出し、ささらは説明を始めた。





「それじゃーね、浩平」
「あんまつまみ食いすんなよ」
「うー、しないわよぅ」
「どうだか……ま、これは餞別だ。大事に食えよ」

自分のデイバッグからだんご大家族を数個掴みあげると、浩平はそれを真琴のデイバッグの中へ押し込んだ。
そんな浩平の鞄からは、朝霧麻亜子が落としていった鉄扇が覗いている。
矢のないボーガンはともかく、このような状況下で身を守る道具を持っていなかった浩平にとってこの落し物は非情にありがたい類のものだったろう。
……真琴はそれを渋い表情で見つめていた、しかし浩平が気づく様子はない。

「ん、それにしてもお前の鞄パンパンだな……うわ、何だよこの重さ?!」
「たくさん物が入ってた方がいいじゃない」
「無理すんなよ、それこそこんな写真集……」
「いいの、これは」

浩平が何かいう前に、真琴は既にデイバッグを胸元へと抱え込んでいた。
二冊の書籍が今後役に立つ見通しなど全くない、だがそれには真琴にとって何もよりも重大な意味が含まれていた。
アイドル写真集。それは、小牧郁乃に支給されたものだった。

850永遠のサンクチュアリ:2007/07/20(金) 00:24:44 ID:U0ypjeBo0
ささらと真琴、浩平とイルファ。四人が二組に分かれることで、一応の決着はついていた。
いつどこで何が起こるか分からない、少人数で散ることにより二度と再会できないかもしれないというリスクはあるだろう。
しかし、それで各々が求める事に対し効率が上がるという側面をささらは正確に浮き彫りにし表した。

「イルファさん達が鷹野神社方面に行くのでしたら、ついでと言っては差し出がましいのですが……その周辺にてゆめみさん達のお姿も一緒に探して欲しいんです」

変わりに自分達はもう少し北上し、そこでイルファの探している人物も探してみる。それがささらの提案だった。
お互いの利益がぴったり合うということは一目瞭然だ、イルファもすぐに二つ返事で頷き返す。
そして、二度と再会できないかもしれないというリスクはを重々承知した上で、四人は再会の約束も交わした。

「明日の、今と同じくらいの時間に戻れればまたここに来ましょう。
 ゆめみさん達や、イルファさんの探されている姫百合さんという方が見つからなくても、です。
 ……イルファさんもこれで見つからないようだったら、無理をせずもう一度策を練り直した方が良いと考えてください。
 また、逆にイルファさん達ではなく私達が姫百合さんを見つけている可能性もあるんです。
 見つからないと言って、悲観しないでくださいね」

イルファの手を取りささらは微笑む、それは人を安心させる優しさと強さに満ちていた。

「姫百合珊瑚さん。お会いしたことはないですが、とても優秀な方だと聞いています。
 私も真琴さんも責任を持って探させていただきたいと思います。頑張りましょう」

ささらの激励にイルファも静かに頷いた。
……この島で行われていることは、殺し合いである。
人が人を襲い実際に被害が出てしまっているという事実は、今も彼等の精神を啄ばんでいる。
それでも精一杯、悔いのないよう動くしかない。誰もがそう思っているだろう。

(私には、私のできることを)
ささらはただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。

(行ってくるね、郁乃)
無学寺を振り返る真琴の瞳に、迷いはない。

(待っていてください瑠璃様、珊瑚様……)
決意はいつも胸の内にあった、イルファは愛おしい彼女のことだけを思いその一歩を踏み出そうとする。

「よし! じゃ、行こうぜっ」

ふとイルファの右腕にかかっていた負荷が取り除かれる。
何事かとイルファが横目に見やると、浩平が彼女の腕に引っ掛かっていた荷物を横から抱え上げている図が視界に入った。
そのままイルファが二の句を告ぐ前に、浩平は彼女の荷物を持ったまま走り出す。
……自身の体が万全でないということ。それは本当に瑠璃が守れるか分からないという不安となって、始終イルファを襲い続けていた。
浩平の背中は、決して大きいわけではない。精神的に不安定な所も、無学寺の一件にてイルファは垣間見ている。
しかし宮内レミィの件など、仲間を思う純粋な優しさを持つ彼の姿はイルファの心に熱をもたらせていた。
純粋な優しさ。島に来て、ただ愛する姫百合姉妹のことだけを思っていたイルファにとっては一種の清涼剤とも呼べるだろう。
それはどこか、河野貴明にも通じるもののある一種の癒しであった。

851永遠のサンクチュアリ:2007/07/20(金) 00:25:12 ID:U0ypjeBo0
【時間:2日目午前4時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:スコップ、写真集二冊、食料など家から持ってきたさまざまな品々、だんご大家族(だんご残り5人)、他支給品一式×2(食料共に少し消費済み)】
【状態:姫百合姉妹、ゆめみ、七海の捜索】

久寿川ささら
【所持品:日本刀、スイッチ、フラッシュメモリ、他支給品一式×2(食料共に少し消費)】
【状態:姫百合姉妹、ゆめみ、七海の捜索】

折原浩平
【所持品1:仕込み鉄扇、だんご大家族(だんご残り90人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)(食料少し消費)】
【所持品2:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:姫百合姉妹、ゆめみ、七海の捜索】

イルファ
【所持品:無し】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ボーガンは無学寺の部屋の中に落ちています

(関連・858)(B−4ルート)

852その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:54:28 ID:zgCGD6Xg0


「壊滅……!?」

搾り出すような声は久瀬のものだった。

「まさか同士討ちとはな……D−6付近で連絡を絶ったユニットか」

坂神蝉丸が、腕組みをしたまま渋面で答える。
島の北東部を廻ったB隊の約半数が連絡を絶って、一時間強。
探索に出した部隊からの連絡は、予想を遥かに超えた惨状を示していた。
隊列を離れた数千の砧夕霧は島の北東部全域に広く展開し、午前十一時を少し回った頃、あろうことか
その全員が一斉に殺し合いを始めたというのである。
互いに意識を共有することでユニットを構成する砧夕霧としては考えられないことだったが、
事実、惨禍はとどまるところを知らずに拡大。
十分を待たずにそのほぼ全員が殺害され、少数の生存者もまた、己で己の命を絶ったという。
生存者に意識共有の再設定を試みた捜索部隊が強度のノイズを発信し、離脱者と同様の異常を見せるに至って、
観測は完全に打ち切られた。

「……『壊れるのは、楽しい』。どういう意味だと思いますか」

久瀬が口にしたのは、異常を来した捜索部隊の夕霧が最後に残した言葉だった。
蝉丸は額に深い皺を刻みつつ、小さくかぶりを振る。

「判らん。そして我々には分析する時間も、材料もない。考えるべきことは、他にある」
「……そう、ですね」
「現状では対策も存在しない原因不明の異常、……だが、僥倖もあった」
「はい。残存部隊を先行させておいたのは正解でした。もし合流を待たせていたらと思うと、ゾッとします」
「B隊の残存兵力はそれでも三千四百、再編成の完了したC隊が六百。この本隊と合わせれば、
 我々にはいまだ九千近い兵力が残されている。後は……」
「……機を窺うしか、ありませんね」

言って見上げた、その先。
神塚山山頂に、二つの巨大な影があった。
難敵・長瀬源蔵と古河秋生を葬った砧夕霧の巨大融合体を、いとも容易く灰燼へと帰せしめた黒い機体。
そして、その黒い機体と同系統のスペックを持つとみられる白い機体。

「あれがいる限り……突入は難しい」

神塚山の北、西、南。
三方の山道を制圧しておきながら、頂上を前にして待機を強いられることに苦渋を滲ませる久瀬の声。
その久瀬の肩に手を置いた蝉丸が、鋭い眼差しで頂上を見つめながら、静かな声で告げる。

「今この時を耐えれば、機は必ず来る。我々の往くべき時を、見逃すな」

蝉丸の手の重みを感じながら、久瀬が頷きを返す。
その側に佇む、砧夕霧群の中核をなす少女は、無言のまま頂上を見上げている。
数千の視線が静かに、山頂で繰り広げられる戦闘の行く末を見守っていた。


******

853その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:55:07 ID:zgCGD6Xg0

「―――これで、ラストっ!」

手にした薙刀を振り抜く。
少女の外見からはとても想像できぬ力と速さの一閃に、相対していた眼鏡をかけた少女の頭部、その上半分が、
まるで内部から爆破でもされたかのように弾け飛んだ。
顔といわず手足といわず真っ赤に染め抜いたような少女の全身に、返り血が新たな赤の斑模様を描く。

「またあたしの勝ち! ……えーっと、」
「……今ので六百三十二対、五百八十九です。勝ち誇るならそのくらい忘れないでください」

振り向いた少女に、静かな声がかけられる。
木陰から現れたのは、薙刀の少女と同じように全身を赤く染めた女である。
手には鮮血の滴る鉈を下げていた。

「なんだ葉子さん、もう五十体近く差がついてるじゃない。やる気ないの?
 いるわよねー、負けが込んでくると手を抜くタイプの人って」
「……人の話、聞いてませんね」

鹿沼葉子が薙刀の少女、天沢郁未を見やって嘆息する。

「私たちには時間がないと、何度も説明したでしょう」
「んー、そりゃ聞いたけどさ……」

返り血が乾いて固まった髪を指でつまんで顔を顰めながら、郁美が答える。

「でも本当なの? この雑魚どもを正午までに―――」

言って、見上げる。

「この山の天辺から片付けなきゃならない、ってのは」
「……正確には、正午までに光学戰完成躰を徹底的に排除し、砲撃を阻止することです。
 この島の全域を射程圏内に収められる神塚山山頂を制圧することは最低条件に過ぎません」
「正午、ねえ……」

得心が行かない様子で、斃れた夕霧を足先でつつく郁未。

「光学戰完成躰は、太陽光線を最適効率で熱量に変換するための兵器です。
 南中の正午、その威力は最大となる……島ごと蒸発したくなければ、急いでください」
「……へいへい」

854その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:55:20 ID:zgCGD6Xg0
呟いて山道を登り始める郁未。
口調の割りに疲れを感じさせぬその背中に、ふと葉子が声をかける。

「……郁未さん」

それはどこか儚げな、奇妙に低く響く声だった。
郁未は振り向かない。無言で足を進めている。

「ご存知の通り、私は光学戰試挑躰……完成躰であるあれらの、いわば原型です。
 私は、私自身の過去と訣別するために、あれと戦おうとしているのかもしれません。
 ですから、もし……もしも私が、この先の戦いで―――」

葉子の言葉は、そこで途切れていた。
振り向かぬまま進む郁未の声が、葉子の独白じみた言葉を遮っていた。

「格好つけてんじゃないわよ」

呆れたような声。
肩をすくめ、ため息をついて首を振る仕草までが目に浮かぶような、声だった。

「そういう台詞は濡れ場の一つもこなしてから言うことね、Aクラスの鹿沼葉子さん」

Aクラス。
懐かしい呼び方だった。
今はもうない教団の、痛みを伴って思い起こされる呼び方。

「……」

一瞬だけ呆気に取られたような葉子だったが、すぐに目を閉じて、笑った。
先を行く郁未は、振り向かない。

「―――そうですね。急ぎましょう」


******

855その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:55:38 ID:zgCGD6Xg0

沸いてくるのは、力。
捻じ伏せるのは、恐怖。

一歩を進むごとに、胸の高鳴りを感じる。
見上げる先に待つ、越えるべき壁。

うなじを撫でる風の心地よさに目を細め、来栖川綾香は大きく息を吸い込んだ。
肺腑の中で酸素が燃えるのをすら感じ取れるような、鋭敏な感覚。
一片の曇りもなく澄み渡る視界が、目指す高みの近いことを教えてくれる。
天気は快晴。
立ち込めていた雲は吹き荒ぶ風に散らされて、今はもう見えない。

ずっと纏っていた銀色の鎧を脱いだ今、身体は羽根のように軽い。
片掛けにしたバックパックを背負い直して、拳を握る。
握った拳を、じっと見つめた。
震えはない。力みもない。
そこにはただ、来栖川綾香という人間の歩んできた道だけがあった。
人を制し他を圧し、万難を穿ち貫いてきた、小さく、醜く、何よりも固い拳だった。

視線を上げる。
一際強い風が、吹き抜けた。
風を厭うように、綾香が軽く首を傾げるような仕草をする。
傾げた綾香の側頭部、その数ミリ脇を、光が迸っていた。
同時、その背後で大きな岩が爆ぜ、砕けた。

轟音に振り返ることもせず、綾香は静かに歩み続ける。
その上体が、ゆらりと揺れた。
と、やはりその刹那、背後で光と熱が弾ける。
視認と同時に着弾する、それは紛れもない殺意を持った攻撃であった。

空を写した綾香の目が、白く輝いた。
その瞳が捉えていたのは、綾香とその周辺を灼き尽くさんとする、砲撃の嵐だった。
しかし綾香は歩を止めない。
奇妙によろけるが如きその歩みで、驚くべきことに、飛来するすべての光をかわしてみせていた。
揺らめくような手足の運びと、何気ない体重移動。
ただそれだけの動きを、怒涛のような砲撃は捉えきれない。
立ち昇る陽炎に包まれて、山道周辺の岩場と草木だけが空しく焼かれていくのみだった。

雨のように降り注ぐ光の中で、綾香が静かに微笑んだ。
背のバックパックに差し入れられた手が、次の瞬間には何かを掴み出している。
買い物帰りに林檎を齧るような、何気ない動作。
しかし、白く並びのいい歯が瑞々しい果肉の代わりに銜えていたのは、小さなプラスチック片だった。
手榴弾の、安全弁。
細く編まれた輪のようなそれを吐き捨てると同時。
恐るべき殺傷能力を秘めた小さな球が、天空高く放り投げられていた。
無数に飛来する光の束の、そのすべてを縫うように、黒い球が飛んでいく。

ほんの数瞬の間を置いて、綾香の遥か前方に炎の花が咲いた。
きっかり一呼吸分、砲撃が止む。
そして次の瞬間、煌いた光は、先刻に倍する密度で蒼穹を埋め尽くした。

熱風と爆風で、短い黒髪がさわ、と靡く。
牙を剥くように、綾香が笑みを深くした。


******

856その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:56:11 ID:zgCGD6Xg0

「―――こういう夢を、みていたい、か」

その女は、ひどく疲れたような声で呟くと、自嘲に満ちた苦笑を漏らした。

「青い、青い感傷だ。……なんだ、私もまだまだ若いじゃないか」

目尻に幾重にも皺の寄った女がするように、小さく肩を落として重いため息をつく。
泥濘の中を歩くような足取りに、滓が溜まったように丸められた背筋。
見る者にある種の物悲しさを抱かせる、それは幾層にも積もった年月の重さだった。

「眠りたい。……もう眠りたいな。眠りたいが……」

億劫そうに目を眇めて、空を見上げる。
澱んだ視線の先、蒼穹の彼方に、小さな白い点があった。
有明の月のような、薄ぼんやりとしたそれは、しかし次第に明るく、すぐに眩いほどに輝きだした。
天に生まれたもう一つの太陽のようなそれが、割れ砕けた。
否、それの纏った光が、幾筋にも分かれて地上へと降り注いだのだった。
耳を劈くような轟音が辺りを揺るがす。

「……見届けなければ、ならない……か」

大儀そうに俯いて首を振り、深く、深く溜息をついた。
それはまるで、老いのもたらす腐臭が、口から漏れ出したようだった。
溜息に女の呟きが混じる。

「貴女は、あちらを。私は、あれを」

奇妙な言葉だった。
女の周囲には、誰一人として存在しなかった。
にもかかわらず、女は側に誰かがいるような口調で呟きを漏らし続けている。

「いつものことだ。毎度のことだ。……それでも。
 それでも見届けねばならないと、貴女は言う」

恨めしげな、しかしどこへも矛先の向かぬ、鈍い憤りと諦念の入り混じった声だった。
年月という壁の前に磨耗した、目を背けたくなるような、醜い声。

「見届けて、覚えて、覚えて、覚えて……それが何になる。
 意味も分からず、ただ諾々と繰り返すだけの歳月に、貴女も疲れきっているというのに」

言葉を切り、ふと遠くを見やる。
そちらに広がるのは静かな森。
木々の向こうには小さな集落と、その果てには、海が広がっているはずだった。

「―――ねえ、お母さん」

それはどろりと糸を引くような、呟きだった。
一日の終わりに煽った酒を口元から垂らしながら呟かれるような、そんな言葉だった。

「……眠りたい。わたし、もう眠りたいよ……」

水瀬名雪と呼ばれる女はそれきり口を噤むと、ゆっくりと歩き出した。
その行く手では、再び轟音が響き渡っていた。


******

857その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:56:36 ID:zgCGD6Xg0

朗々と、咆哮が響いていた。
聞く者を怖気立たせ、生存本能に警告を鳴らさせる類の、それは獣の咆哮だった。
燦々と陽光の降り注ぐ周囲の景色を、まるで夜の森とでも錯覚させるが如き唸り声をあげていたのは、
巨大な体躯を誇る、一頭の精悍な獣だった。

白く艶やかな毛並みに走る漆黒の縞模様と、その下に息づくしなやかな筋肉の脈動。
大地を踏みしめる逞しい四肢、唯の一振りで獲物を引き裂く鋭い爪。
真昼の太陽の下でも爛々と光る瞳。
ずらりと並んだ鋭い牙の間から見え隠れする、ザラついた桃色の舌。
白虎、と呼び習わされる、それは肉食獣であった。

獣の周囲には様々なものが散乱していた。
最も目につくのは、獣の傍らに落ちる一振りの日本刀と、それを飾るように散らばったガラス片である。
すぐ側に建つ民家の窓ガラスであることは、無残に割れ砕けたその窓を見れば明らかだった。
陽光に煌くそれに混じって、黒く小さな何かが地面に転がっている。
炭の欠片のようなそれは、どうやら獣に食い荒らされたらしく、既に原形を留めていない。
と、見様によっては大きな手指のようにも見えるそれを、獣の強靭な脚が踏み砕いた。
低く咽を鳴らしていた獣が、うっそりと動き出したのである。

くん、と何かの臭いを嗅ぎつけたように鼻を鳴らすと、獣はおもむろに地面に落ちていた日本刀を銜えた。
ひと噛みで粉砕されるかと見えたその鞘はしかし、がちりと音を立てて獣の牙を受け止める。
獣もまた強靭な顎をそれ以上動かすことなく、刀を加えたまま、空を見上げるような仕草をした。

獣が何を見たのか、それは伺い知れない。
ともあれ咽の奥でひと声哭くと、獣は走り出した。
丸めた背筋から蓄えられた力が解き放たれる。
後ろ肢のひと蹴りで、民家は遥か背後に遠のいていた。
一歩ごとに獣が加速していく。
地面の凹凸を、険しい茂みを、鬱蒼と茂る木々をものともせず、獣は疾走する。
その道行きは迷いなく、ただ一直線に東を目指していた。


******

858その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:57:07 ID:zgCGD6Xg0

「本隊後方に敵襲だと……!?」

報告を受けた久瀬が思わず声を上げる。

「綾香さんか……! 思ったよりも早い……!」
「いかんな。この場に留まれば、時を置かずに接近を許すことになるぞ」
「……っ、山頂は……戦闘はまだ続いているのか……!」

言って振り向いた久瀬の眼が、眩い光を捉えて細められる。

「……!?」
「どうやら……場が動くぞ」

蝉丸の押し殺したような声。
その言葉通り、黒と白の機体の戦闘は重大な局面を迎えているようだった。
天空高くに浮かんだ白い機体から、無数の光が神塚山西麓へと降り注ぐ。
攻撃目標は、大地に叩きつけられたまま動けずにいる黒い機体だった。
轟音と地響きが、遠く離れた久瀬の足元にすら伝わってきた。
岩盤が砕け、陥没し、崩落する。
地形が容易に変わるほどの激烈な砲撃の嵐を見て、久瀬が声を漏らす。

「あれでは、C隊は……!」
「諦めるしかない……しかし、この攻撃……白い方の、勝ちか」
「いえ……あれは!?」

驚愕する久瀬の眼前で起こった一連の出来事は、文字通り瞬く間に進展し、終結していた。
黒い炎とでもいうべき何かが、天空から降り注いだ光を呑み尽くしたかと思えば、黒と白の機体が
久瀬の視界から消え去っていたのである。

「何、が―――」

呟いたのと、凄まじい音が響いたのは、ほぼ同時だった。

「黒い方の動きが変わったのだ」
「え……あ」

絶句する久瀬の意識を、蝉丸のいかなるときも揺るがぬ巌の如き声が呼び戻す。

859その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:57:25 ID:zgCGD6Xg0
「……刹那の間で白い方を捕らえ、飛び去った。そして今の音は、水音……海の深さではない。
 おそらく山向こうの高原池に、落ちたな。北側のB隊に観測させれば、結論が出るはずだ」
「は……はい!」

慌てて傍らの、夕霧の中核をなす少女の方へと視線を向ける久瀬。
眼鏡の向こうの静かな眼差しが、しかし確かな頷きを返してくる。

「答えが出たようだな。……久瀬、指示を」

落ち着いた蝉丸の目線と口調に、久瀬の動転が次第に収まっていく。
振り返れば、そこには数千の視線。
無言のまま立つ、それは一つの意思の下に統一された、久瀬の戦力だった。
掌の汗をそっと制服の裾で拭い、大きく息を吸う。

「―――この機を、逃すな!」

張り上げた声は、どうにか上擦らずに済んだ。
そのことに安心して、また少し動悸が小さくなる。

「後方部隊は転回、来栖川綾香に対して遅滞を仕掛けろ! 諸君の稼ぐ一分一秒が礎となる!
 残りの全軍は我に続け―――今こそ山頂を、制圧する!」

指差すのは、ただ一点。
眼前数百メートルに迫った、神塚山山頂だった。
多くの戦いを経て今、そこには何者も存在しない。
久瀬の声が、すべての砧夕霧の意識へと伝達される。

「全軍、前進―――!」

860その山の頂へ:2007/07/21(土) 16:58:11 ID:zgCGD6Xg0


 【時間:2日目午前11時ごろ】

【場所:F−5】
久瀬
 【状態:健康】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】
砧夕霧
 【残り8094(到達・0)】
 【状態:進軍】


【場所:E−5】
天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:光学戰試挑躰】


【場所:F−6】
来栖川綾香
 【所持品:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
 【状態:ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚)、魔弾の射手)、短髪、ドーピング】


【場所:E−5】
水瀬名雪
 【所持品:なし】
 【状態:水瀬家当主(継承)】


【場所:F−2】
川澄舞
 【所持品:村雨】
 【状態:獣】


【場所:D−4 高原池】
柚原春夏
 【状態:意識不明】
アヴ・カミュ=ムツミ
 【状態:完全自律行動】
神尾晴子
 【状態:操縦者】
アヴ・ウルトリィ=ミスズ
 【状態:契約者に全系統委任/それでも、お母さんと一緒】


→676 810 822 879 890 895 902 ルートD-5

8611㍑の涙:2007/08/28(火) 21:57:13 ID:Ic2gexwc0
見開かれた瞳が、月明かりの下少女の姿を映し出す。
彼女の手には拳銃が握られている。
城戸芳晴に逃げ場はなかった。芳晴の腕の中には、くたっと力の抜けたルミラの遺体が寄り添っていた。
ルミラの首に刺さったままのナイフからは、今もまだどくどくと彼女の血液が流れ続けている。
そしてずっと芳晴の腕を、その生暖かい温度が包んでいた。





残された銃弾は一発、それは朝霧麻亜子の現実でもある。
目の前には狩るべき獲物がいる。麻亜子もそれを逃がす気など、さらさらないだろう。
しかし、銃弾は一発限りだ。芳晴にSIGを向ける麻亜子であったが、迷いは決して拭える類のものではない。
また、麻亜子にはまだ拳銃以外の武器があった。
ルミラに投げつけた投げナイフとは違う、もっと彼女の手の中にしっくりと納まるもの。
数時間前、麻亜子が着用している制服の持ち主であった長森瑞佳の首を裂いたもの。バタフライナイフ。
それは今、彼女の制服のポケットに収められている。
一歩一歩確実に刻まれていく距離、思考回路を止めることのない麻亜子は同じように足も前進させ続けていたままだった。
芳晴との距離はどんどん縮まっている、しかし目の前の彼が何か行動に出る気配はない。
萎縮してしまっている、このような獲物を狩ることは彼女にとっては容易いことだった。
ようは、何事もタイミングが命なのであろう。
一発相手の度肝を抜いてしまえば、もう場のペースは入手したも同然となるのだ。
舞台慣れ。そう表せばいいのだろうか……麻亜子にとって、そのような状況など慣れ親しんだものだった。
生徒会長としての自分。遊びにも全力な自分。
とにかく、麻亜子はいつも場を手中に収める立場の人間だったことは確かである。

8621㍑の涙:2007/08/28(火) 21:57:44 ID:Ic2gexwc0
今、この朝焼け前の曇り空の下。
人気のない森は、麻亜子のグラウンドと化していた。少なくとも麻亜子本人はそう理解していた。
無駄を省こうと模索する麻亜子の脳は、時間にすれば数秒というこの間で取るべきベストな行動を導き出している。
罠にはまった子兎を狩るのに、銃器まで出すことはないということ。それが麻亜子の出した結論だ。

「そんじゃね、恨むならあちきではなく神様にしとくれよ」

おもむろにSIGをスカートのポケットの中へと仕舞い込むと、麻亜子はその代わりに慣れた手つきでバタフライナイフを取り出した。
金属の馳せる音、晒された刃に芳晴の目が見開かれる。
追い込まれた者、まさにそれが取る動作に麻亜子の顔には自然と笑みが浮かび上がっていた。
長森瑞佳もそうだった。何が起こったか分からない、終始そういった戸惑いを拭えぬまま息を引き取った少女の姿が麻亜子の中で反芻される。
弱い者には死ぬ運命しか与えられない、それがバトルロワイアルというものだ。
……いつからだろうか。彼女が人の命を奪おうとする行為に対し、こんなにも自然と振る舞うようになったのは。
覚悟の違い、そう。他の参加者達と麻亜子の間で確かに存在した思いの違いが影響しているのは間違いないだろう。
守るべき命があるということ、そのために自らの手を汚すことに躊躇を麻亜子が覚えなかった。それだけのことだ。
しかし、それだけでは説明できない事がある。

「……ん、で……」
「おや、命乞いかい? 馬鹿だねぇ、そのお姉さんの成りの果てを見りゃ意味なんてないって分かるだろうに」
「な、んで……あんたは、笑ってられるんだ……」
「は?」

麻亜子の頬が引き締まる。芳晴の言葉を受けてということは、一目瞭然だった。

「何であんた、そんな……笑ってられるんだ……人を殺すのが、そんな楽しいのか……?」
「そんな訳ないよ、楽しいなんて思っちゃったらキのつく人になっちまうって。あたしだって、やらなくていいなら勿論殺らないさ」
「じゃあ、人を殺す理由ってのがあんたにはあるのか?」
「そりゃーね。まぁ、あれだよ。あたしにも守りたい人がいるっつーことで」
「……誰かを守るために、自分とは関わりのない誰かを殺すのか? どこにそんな必要がある」

8631㍑の涙:2007/08/28(火) 21:58:06 ID:Ic2gexwc0
芳晴の言葉に麻亜子の眉間に皺がよる。話はどこか、妙な方向へと向かっていた。

「あんた、おかしいよ」
「面白いこと言うね、ちみ。ここに来てそんな口きく子にあったのはお姉さん初めてだよ」
「おかしい、おかし過ぎる。ありえない」
「ありえなくなんかないって。それこそこの時点で何の覚悟も決まってない、ちみの方がおかしいんじゃないかね」

改めて交錯する視線、しかしそこに互いの意思が交わる気配はない。
麻亜子も芳晴も、言葉に表すならば不明瞭としか言いようのない思いを抱いているだろう。
それがこの島で行われている「バトルロワイアル」という現状を知っているか、知っていないかの違いだが……当の本人達がそれを知る術はなかった。

「……覚悟って、一体なんの覚悟だよ……」
「だめだこりゃ、話にならないわ」

溜息を吐く麻亜子の様子に、芳晴の瞳が揺れる。二人の距離は既に三メートルを切っていた。
麻亜子はそんな芳晴に対し冷たい眼差しを送りながら、徐にナイフを振り上げる。

「もういいよ。死ね」

座り込んだまま鈍い反応しか返して来ない一般人相手に、麻亜子は死の宣告を告げる。
怯えたまま何もしない弱い生き物が立て続けに二匹、それこそ麻亜子にとっては無学寺にて争った事が懐かしくも感じるほどだった。
こうして、久寿川ささら等生徒会メンバーを守るために麻亜子はこれからも他の参加者を襲い続けるだろう。
相手が何であれ、牙を向くだろう。
勿論勝ち目のない相手に対し無謀な行動に出ることはない、確実に仕留められる舞台を用意した上で動くのだ。
彼女にはそれをできるだけの要領の良さと、頭の回転の速さと、度胸がある。
迷いはない。覚悟が決まっている者の強みである。
麻亜子自身に自覚はないであろうが、彼女の頬はまた自然と緩み邪悪な表情を作り上げていた。
さあ、ではまた新たな獲物を探すべく、目の前の一般人を始末しようじゃないか。
手っ取り早く。
奇妙なことばかり吐く。
偽善的とも思えるその清らかな瞳を。
消そうじゃないか。

8641㍑の涙:2007/08/28(火) 21:58:51 ID:Ic2gexwc0
「神よ……あなたは俺に、何という試練を与えたのか」

ぼそりと呟かれた言葉、芳晴のものである。
振り下ろしたバタフライナイフが深々と地面に突き刺さったと同時に、それは麻亜子の側面から囁かれた。
刺さったナイフが中々抜けず苦戦しながらも顔だけは芳晴の方へと向ける麻亜子、彼女の視界が捕らえた芳晴の瞳の色に麻亜子の心臓が一鳴りする。
迷いと戸惑いに満ちていたそれは、今揺るぎない色を湛えていた。
どういうことか。麻亜子がその意味を考える前に彼女の体に衝撃が走る。
バタフライナイフがようやく外れ、体勢を整えようと立ち上がろうとした麻亜子が感じたのは焼けるような痛みであった。
熱の出所は彼女の太ももであり、そこには一本のナイフが麻亜子の肉を貫き抉りこまれていた。
ナイフの柄には見覚えがあり、先ほど自身がルミラに向かって放ったものだろうかと麻亜子の脳裏を推測が走るが彼女にはそれを確認する余裕など与えられない。
今度は頭部に痛みを叩き込まれる、蹴りを食らったという事実を麻亜子が認識する前に彼女の体が地面に沈む。
弛緩する体。突然の出来事に、麻亜子の体は硬直する。
訪れた現実を脳が受け付けず、拭えない混乱が麻亜子を支配し続けていた。
それは奇襲をかけられた、一般人の反応だった。

「……」

場に響くのは麻亜子自身の荒い息のみである、芳晴は無言で麻亜子の体を弄んでいた。
戸惑いの消えた青年の顔が月明かりのおかげで反面だけ覗いている、麻亜子は薄く目を開けそれをぼーっと眺めていた。
芳晴の表情は、あくまで冷たかった。
先ほどまでの困ったように寄せられた眉は、そこにはなかった。
這い上がるように半身を上げる麻亜子、しかし即座に振るわれた蹴りが再び彼女を沈黙させる。

「ごめん」

小さな呟きだった、しかしそこに漬け込む隙という物がないことを麻亜子は瞬時に理解する。
反面だけ捉えられた芳晴の顔が、麻亜子の頭から離れることはないだろう。
経験が物語るとは誰が言ったか、彼の表情に含まれた雰囲気の重さに麻亜子はただただ圧倒された。
迂闊だった。相手を舐めていたからこんな目にあったのだと、麻亜子は自分に言い聞かせようとする。
事を有利に進め続けた結果がこれであり、自分の力を過大評価しすぎていたという事実が今に到っていると。

8651㍑の涙:2007/08/28(火) 21:59:14 ID:Ic2gexwc0
(第一印象でこいつの力量を決めつけちったってのが問題だったか……)

唇を噛み締める麻亜子の視界に、先ほどまで芳晴が抱いていたルミラの姿が端に入る。
そっと横に寝かされているルミラの表情は穏やかだった、しかし麻亜子がそれ以上のことを考える前に彼女の元へと影が落ちる。
芳晴だ。その手に握らされたごつい作りのアーミーナイフが真っ赤に染まっている理由というのを考えるだけで、麻亜子の思考回路はグラグラと揺れ始める。
麻亜子自身が所詮は小柄な小娘だということを、彼女の頭脳は理解することを拒み続けていた。
刺された足の熱さに酔いそうになる、投げナイフはいまだ太ももに刺さったままだ。
このままここで終わるのかと靄のかかった視界の中麻亜子が思いついたのは、大切な、大切な日常を構築しあったかけがえのない仲間達だった。

「じょう、談……終われるわけないっしょっ?!」

頭を一振りし視線に力を込め、弱気がちらつく自身へと麻亜子は渇を入れ直す。
そしてそれと同時に切り札とも呼べる一丁の拳銃を取り出すべく、麻亜子はバタフライナイフを手放すと自身のスカートのポケットへと手をつっこんだ。

「死ね! あたしに牙向いたこと後悔させてやるよ!」

残りの銃弾は一発、しかし麻亜子は取り出した勢いのままろくに照準をとることもなく引き金へと指をかけようとした。
確かに芳晴との距離は決して長いものではない、そこに問題はないだろう。
だが、いつまで経っても拳銃から弾が発砲されることはなかった。
見開かれる麻亜子の瞳が、信じられないと物語る。
今、麻亜子の目の前には芳晴の顔があった。
一気に距離を詰められたのだろう、それは少し顔を寄せれば唇を合わせられるぐらいだだった。
しかし芳晴の眉間に寄った皺が、そんな雰囲気を粉々に砕く。
次の瞬間彼女の視界を彩ったのは、真っ赤な血飛沫のシャワーだった……その出所は、彼女の利き腕である右腕だ。
何か言葉を発っしようとする前に襲われた痛みに、麻亜子は声にならない喘ぎを漏らした。
あのごつい作りのナイフに裂かれては、麻亜子の右腕ももう使い物にはならないだろう。
いくら彼女が力を込めようとしても、SIGは麻亜子の指からすり抜けてしまう。麻亜子の意思は、届かない。
その間も、麻亜子の右腕からの出血は止まらなかった。
さーっと熱の引いていく自身の体に、麻亜子はここにきて本当に慌て始めた。
左手で患部を隠すように覆うものも指の間から漏れる液の量に変わりはない、その温度に麻亜子の顔色からはさらに血の気が引いていった。

8661㍑の涙:2007/08/28(火) 22:00:01 ID:Ic2gexwc0

※     ※     ※


『先輩』
『まーりゃん先輩!』

不意に聞こえた声は、愛しい仲間達のものだった。
可愛らしい後輩達のそれが麻亜子の脳を埋めていく、それが自身の幻想であることを理解した上で麻亜子は耳を傾けた。
差し込む日の光が眩しい、慣れ親しんだ温度から春の生徒会室だと予想できる。
生徒会メンバーで飽きることなく声を上げて笑いあった思い出に、麻亜子は胸が疼くのを感じた。
これは何か。走馬灯ではないだろう、麻亜子の得た傷は決して致命傷と呼べるものではない。
だがこのタイミングで思い出したそれに、麻亜子は酔いしれそうになる。
甘美な記憶が紡ぎだしたのは、麻亜子が現実から逃げ出すことを望んでしまった証なのかもしれない。

(あの頃に、戻りたいよ……)

楽しい時間は永遠に続くと思っていた。だが、それはこんなにも呆気なく幕を閉ざそうとしている。
この島に連れてこられた時点である程度の覚悟は必要かもしれないが。それでも。
麻亜子はそれを認めたくなかった、守るものがあるからこそ武器を手に取ることも恐れなかった。
しかし。
それでも。
えいえんはなかった。麻亜子の望む永遠は、今、こんなにも簡単に、終止符をつけられそうになっていた。

「えいえんはあるよ」

声。このタイミングで聞こえたそれは、麻亜子にとって全く聞き覚えのない小さな少女のものだった。

「えいえんはあるよ。ここにあるよ」

8671㍑の涙:2007/08/28(火) 22:00:27 ID:Ic2gexwc0
少女の姿を視覚することはできなかった、しかし声は確かに麻亜子の耳に届けられる。
永遠。
それだけでは、何の意味も言葉を持たない言葉。
永遠は、永遠に成り得る「何か」がある上で成立する。
少女は言った、「えいえんがある」と。
誰に対してか、勿論麻亜子である。
麻亜子の望むものは、麻亜子の望んだ楽しい放課後の時間だ。
あの輝かしい日々がいつまでも続いてくれるということ、それはあまりにも甘く、そして、ご都合主義的だった。

「……で?」
「なーに?」
「で、その永遠っつーのが、あたしの望む永遠だった場合さ」
「うん」
「今この島に投げ込まれちゃったあたしの仲間達も、この争いから解放できるってこと?」
「……」

少女からの答えはない。ああ、やっぱりと。麻亜子は一つ、溜息をついた。

「なら、いーや」
「どうして?」
「あたしだけの幸せっつーんならいらないよ。あたし以外の皆の幸せならともかくさ」
「あなたは幸せになりたくないの?」
「なりたいさ。でも、あたしの幸せなんかよりも、あの子達の幸せの方が何倍も価値あるもんよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ」

不思議そうに首を傾げている少女の姿があまりにも容易く想像でき、麻亜子は一つ苦笑いを浮かべた。
そして。その緩んだ頬に、指摘された芳晴の言葉が重なり合う。

8681㍑の涙:2007/08/28(火) 22:00:47 ID:Ic2gexwc0
「それに……あたしだって、あの子達のためとはいえ何人も殺しちゃったしね。」

修羅になるということと、人の命を弄んだということは決してイコールには繋がらない。
だが、そこにゲーム感覚のようなものを全く含めていないといったら、麻亜子の場合それは嘘になってしまう。
誰かを守るために誰かを狩るという行為、そこにある免罪符的な意味をここに来て麻亜子は自覚していた。
楽しくなかったと言ったら、嘘になってしまうということ。麻亜子は今でも忘れられなかった。
力なく地に這う名も知らぬ中年男性のことを、驚きに満ちた巳間晴香の瞳を。
混乱する宮内レミィの様子を、してやったりといった表情の小牧郁乃に止めをさした時のことを。
そして、怯え涙する長森瑞佳のあの表情を。
手にかけた彼等に対し、麻亜子は申し訳ないといった詫びる気持ちなど一切抱えていなかった。
久寿川ささら等を守るためには、仕方ないことだからである。
これが免罪符だ。

「それだけならねー、でもねー……やっぱり今でも、あたしはあたしなんだよ」
「どういうこと?」
「反省もない、後悔もない。……や、ちこっとはあるよ? ほれ、遊びすぎちゃったかなーとか」
「ふーん」
「でもさ、ホントは遊ぶっつーのは不謹慎なんだよね。だってあたしが誰かを殺せば殺すほど、その分嫌な思いする人がいるだろうに」
「それは、あなたが味わいたくない思い?」
「そうだね。それプラス、あの子等に味あわせたくない思い。でも、基本は反省も後悔もないかんね。
 だって、やっぱりあたしにとってはあの子等が一番なんだもんよ」
「でも、いいの?」
「え?」

少女の声色が曇る。

8691㍑の涙:2007/08/28(火) 22:01:07 ID:Ic2gexwc0
「だって。あなた、死んじゃうもん」
「……やっぱり?」
「うん。あなたの大切な人達、嫌な思いするね」
「そっか……うーん、困ったなぁ。さーりゃんの涙には心底弱いかんねぇ」
「それでも、えいえんはいらない?」
「いらないってば」

鼻で笑いながら、麻亜子は答える。

「あたしだけ幸せな時間なんていらんよ。それに、貰えるなら罰でいい」

麻亜子の中に生まれた、不謹慎な自分をどうか嗜めて欲しいという願い。
張り倒して欲しいという衝動。
調子に乗ったと一言で表せば簡単だ、しかしそれが原因となったこの結果に対し麻亜子は自嘲以外の感情など持つことができなかった。

「ここで終わんのは、自業自得なんだかんね。驕ったあちきがお馬鹿さんだったってだけさ」
「そう?」
「そう」
「それじゃあ、やり直したいとかは思わない? この島に、最初に来た所から」
「あはは、そりゃいいね。後悔先に立たずとはよく言うけど、こんなオチにはまーりゃん先輩もがっかりだものさ」
「それならお願いしてあげる、あたしからも。次にまたこんな機会が設けられたなら、絶対あんたをメンバーにぶち込んでやるって」
「……はい?」
「あんたの友達も、何もかも、全部、余す所なく。ぶち込んでやる」

少女の声が冷え切ったものに変化する。そこに含まれた怒りに気づき、麻亜子はここに来てまでさーっと血の気が引いていく思いを感じた。

8701㍑の涙:2007/08/28(火) 22:01:40 ID:Ic2gexwc0
「苦しめ、そして地獄の業火に焼かれて死ね」
「な、何だよ急に……」
「あんたのことはよく分かった。例えば久寿川ささらを傷つける世界にあんたを閉じ込めても、あんたを痛みつけることだけなら簡単にできる。
 でもあんたの場合は、この現実で起こる痛みに対しての方がずっと大きな悲しみを抱えるかなって思った。
 あんた、頭は悪くない。妄想と現実を一緒くたにしないタイプだ。閉じた世界に閉じ込めても、きっとあんたはその虚構に気づいてしまう。
 ……それなら、あたしはあんたの前で起こる現実を侵食してやるだけだ。
 呪いだよ、これは。瑞佳をいじめた罰だ。あたしはこれから先ずっと、あんたを祟りながら存在し続けてやるから。
 覚悟しろ。お前の幸せなんて、あたしは絶対認めない」

少女との交信は、そこで切れた。
そしてこれが、麻亜子が朝霧麻亜子としての意思を持つことのできた最期の瞬間でもあった。


※     ※     ※


はぁ、はぁという荒い息が朝焼けの森の中響き渡る。
掠れた声は芳晴のものだった、彼は大きく肩を上下させながら地に横たわる少女を見つめている。
幾分か前から、少女は既に身動きを止めていた。その意味を確かめる度胸が、芳晴にはなかった。
襟元から覗くさらされた少女の首には、芳晴が手にしていたアーミーナイフが深々と刺さっている。
右腕の切り傷に気を取られていた少女に止めをさす形で、芳晴はそれを刺し込んだ。

(この悔しさを、何とかしたかったんだ……)

気づいたら自然と動いていた体、人ではない存在との争いに慣れている芳晴にとって勢いのまま飛び掛ってくるだけの少女を避けるくらいなら容易いものだ。
実際芳晴には喧嘩慣れしているという側面などはない、人ではない存在との争いもメインは術となっている。
相手がただの一般人であるからこその、芳晴の勝利であった。

8711㍑の涙:2007/08/28(火) 22:02:07 ID:Ic2gexwc0
(憂さ晴らしなんてもんじゃない……)

しかしそんな芳晴の胸中を今満たしているものは、虚無以外の何物でもなかった。
一時の憤りかもしれない感情、しかし芳晴は確かにそれに流されたということ。
今になってその罪悪感に、芳晴は苛まされていた。

「ルミラさん……」

感情のある存在を『消す』という行為だけ見れば、芳晴はそこに躊躇など抱かないだろう。
エクソシストという芳晴の能力が彼の一部の思考を麻痺させている、それは確かな事実である。
しかし、それでも。
同種である人間を『消す』のは。
芳晴も、初めてだったということが。
この、場に広がる生々しい赤の臭気が。

「ルミラさん……」

呆ける芳晴の言葉に、答える者はいない。
ただ一筋、芳晴の頬を伝う雫だけが彼の感情を表していた。

8721㍑の涙:2007/08/28(火) 22:03:04 ID:Ic2gexwc0
城戸芳晴
【時間:2日目午前6時前】
【場所:H−9】
【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、他支給品一式】
【状況:ルミラと麻亜子の返り血を多少浴びている、エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】
【備考:バトルロワイアルに巻き込まれていることを理解していない】

朝霧麻亜子   死亡


ルミラの持ち物(全支給品データファイル、他支給品一式)はルミラの死体傍に放置
アーミーナイフは麻亜子の首に刺さったまま
投げナイフは麻亜子の太ももに刺さったまま
麻亜子の所持品(某ファミレス仕様防弾チョッキ・ぱろぱろ着用帽子付、制服、支給品一式)、SIG(P232)残弾数(1/7)、バタフライナイフは麻亜子の遺体周辺に放置

(関連・896)(B−4ルート)

873ヒト:2007/08/30(木) 00:37:31 ID:un.mdJCc0

獣は地を駆けていた。
言語にならぬ思考の中、ただ一つの思いに突き動かされるように、走っていた。
走る内、獣は己の身体に異変が起こっているのを感じていた。
しかし獣は足を止めない。
まるでその異変を当然と受け止めるかのように、唸り声一つ漏らさず、ただ矢のように大地を往く。

大地を踏みしめる獣の四肢が、ぴしりと硬質な音を立てた。
美しく白い毛に覆われた脚が、先端から黒く染まっていく。
しなやかな筋肉を包み込むように、黒曜石の如き煌きを放つ鱗のようなものが、獣の脚から生えていた。
疾駆する際には露出せぬはずの爪が、その威容を誇示するかのように四肢の先から顔を覗かせている。
大地を抉るその鋭く伸びた爪の色は真紅。
沖木島の土に染みた数多の鮮血を吸い上げたかのような色だった。

そしてまた、飛ぶように駆ける獣の背後、その姿を追うように、小さな呼気が響く。
赤と黒の斑模様をした体を獣の尾に絡みつけるようにして、ちろちろと細い舌を出し入れするそれは、
鎌首をもたげた、一匹の蛇であった。
否、蛇は獣の尾に絡みついているのではなかった。
その細くうねる腹の先は、尾の生えているはずの場所、獣の尻へと融けるように、埋め込まれている。
まるで獣の尾から全ての毛が抜け、中から蛇が生まれ出でたとでもいうようだった。

漆黒の四肢と毒蛇の尾、二つの異様をその身に宿しながら、獣はただ走る。
と、その足が大地を食む音が、唐突に乱れた。
瞬間、たわめられた漆黒の足が巨躯を跳ね上げる。跳躍。
刹那という間を置いて、獣のいた場所が前触れなく陥没した。


***

874ヒト:2007/08/30(木) 00:38:10 ID:un.mdJCc0

「今のをかわす……か。さすがに一筋縄ってわけには、いかないみたいね」

音もなく大樹の枝に降り立った白虎を見上げ、少女が小さく舌打ちする。
その全身を荘厳な装飾を施された黄金の鎧に包んだ少女の名を、深山雪見という。
猛牛を象った兜の下、鋭い視線が白虎を射抜いていた。

「大蛇の尾を持つ白虎……さしずめ、その黒いのが鬼の手、ってわけかしら」

反則みたいな生き物もいたものね、と口の中で呟いて、雪見が腕を組む。
思考のためではない。牡牛座の黄金聖闘士、それこそが必殺の構えであった。
居合の要領で抜き打つ掌と、それが巻き起こす拳圧による遠近両用の打撃。

「グレート―――ホーン!」

解き放つ。
視線の先、白虎がその身を預けていた太い枝が一瞬にして粉砕される。
しかしそこには既に、白虎の姿はない。

「……そこっ!」

雪見が視線を移したのは上空。
太陽を背にして降り来る影を認めると同時、再び掌を放つ。
恐るべき破壊力を秘めた拳圧の波が、逃れようのない空中で白虎を捉えたかとみえた。
しかし響いたのは獣の悲鳴でも、骨の砕ける音でもなく、ひどく硬質な音だった。
金属の板を無理矢理に捻じ切るような、生理的な嫌悪感を催させる音に顰められた雪見の表情が、
次の瞬間、驚愕を示すそれへと変わる。刹那、雪見が全力で大地を蹴った。
なりふり構わずステップバックしたそこへ、文字通り間一髪の間を置いて、巨躯が激突していた。

「……ッ!」

大気を断ち割るような衝撃。
かわしきれず掠めた雪見の腕、黄金の手甲に、真一文字の裂け目が走っていた。
眼前、ゆらりと白虎が身を起こす。
その牙の間に、ギラリと光るものがあった。
木漏れ日の中、陽光を反射する銀色の刃。

875ヒト:2007/08/30(木) 00:38:35 ID:un.mdJCc0
「まさか、刀を使う……とはね。随分と知恵の回る獣だこと」

背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、雪見がそれでも笑みを浮かべて言う。
白虎が鞘に収められた刀のようなものを銜えているのは、最初からわかっていた。
しかしそれを攻防の道具として使うというのは、まったくの想定外といっていい。
あの一瞬、白虎は中空で頭を一振りするや、器用に刀身を抜き放ち、その斬撃をもって
拳圧の波を切り裂いてみせたのだった。
そしてまた、その巨躯に伴う重量を利用した天空からの一太刀。

「どこで仕込まれた芸か知らないけど……」

笑みを消す。
崩れた体勢は、既に立て直されていた。

「こっちにも事情ってものが、あってね―――!」

掌底を放ちながら叫ぶ。
距離を取るように飛び退った白虎へと、立て続けに拳圧が飛ぶ。
ギ、と嫌な音がして拳圧が切り裂かれるが、雪見は更なる掌を繰り出し続ける。
居合―――掌を抜き放ち、構えに収める一連の動作を、雪見は左右両の手で交互に行っていた。
微かな狂いでたちまちに途切れてしまうであろう精密な身体制御を、寸毫の差異もなく繰り返す。
黄金の鎧から、無数とも見える拳圧の嵐が白虎へと叩き込まれていた。
対する白虎は銜えた白銀の刃で、迫り来る拳圧の悉くを切り裂き、あるいは受け流すことで
致命的な打撃を入れられることなく捌き、しかし、

「動けない、でしょう……?」

機関砲の如き破壊力の乱打によって釘付けにされた格好の白虎を見て、雪見が口の端を上げる。
じり、と黄金の足甲が地面を摺り、動いた。
緻密な動作で無数の掌を放つが故、大きくその歩を進めることはできない。
しかし、大地に轍の如き跡を残しながら行く黄金の少女は、一打ごと着実に、その間合いを縮めていた。
数センチの摺り足を重ねて一歩と成し、じり、と近付いていく雪見。
彼我の距離が縮まるごとに、白虎を打ち付ける拳圧の弾幕は密度を増していく。
受ける白虎の刃の閃きは視認の限度を超え、それでもなお拳圧は数と速度を増し、そしてついに、
捌き損ねた一発の打撃が、白虎の黒い前脚を打ち貫いた。
均衡が、崩れた。
その一打を境に、白刃を縫って白虎へと届く打撃が、続いた。
硬質な金属音の代わりに、鈍い打撃音が場を支配していく。

876ヒト:2007/08/30(木) 00:39:04 ID:un.mdJCc0
「―――!」

小さな音が響いた。
猛烈な連打の中、白虎がついに銜えていた刃を取り落としたのだった。
地に落ちようとするその刃を、雪見の拳圧が弾き飛ばす。
白刃がそのまま飛び、大樹の一本に突き立てられるのを省みることもなく、白虎は打ち据えられている。
大樹を粉砕する打撃の嵐をまともに受けながら、なおも倒れる様子のない白虎の強靭さに内心で驚愕しながら、
しかし雪見は勝利を確信していた。
一方的な打撃は続いており、そして相手は武器を失っていた。
獣がいかなタフネスを誇ろうと、このまま打ち続ければ、いずれは力尽きる。
あとは両の掌による抜き打ちの制御を誤らなければいい。
それすらも、雪見に不安はなかった。
黄金聖衣の加護があれば、それは充分に可能だと確信していた。
打撃は続く。テンポのいい音もまた、続いている。
獣の巨躯を打つ鈍い音と、掌が風を切る細く鋭い音。
そして、獣の低く重い咆哮。

(―――咆哮?)

刀を取り落としたときから、獣はずっと唸り声を上げていた。
痛みに堪えかねての悲鳴だと思っていた。
しかし、数十発、数百発の打撃を受けてなお、唸り声は一定の低さと、重さを保っていた。
何かがおかしいと、思考が脳裏をよぎったときには遅かった。
獣が、雨粒のように降り注ぐ打撃の中、顔を上げていた。
爛々と輝く真紅の瞳の下、重い唸りを漏らす鋭い牙の間から、白い霧が湧き出していた。
その霧に当たった獣の髭が、瞬く間に白いものに覆われる。

「霜……!?」

認識した瞬間。
轟、と白虎が吼えると同時、周辺に、文字通りの嵐が吹き荒れた。
獣の咽喉から、白く輝く霧が凄まじい勢いを持って吐き出される。
その吐息が吹き抜けるや、世界が白く染まっていく。
草木、大樹、岩盤に泥濘、そのすべてが、銀世界を構成していく。
何もかもが、凍りついているのだった。

877ヒト:2007/08/30(木) 00:39:35 ID:un.mdJCc0
「く……ぁぁぁ……ッ!?」

雪見の、食い縛った歯の間から、小さな悲鳴が漏れた。
絶対の耐久力を誇る牡牛座の黄金聖衣が、軋みを上げていた。
煌く鎧の表面には薄く霜が浮き、既に凍りついた大地に接する足元からは刺すような冷気が
徐々に這い上がってくるのが感じられた。
震える足を強引に動かし、凍結した地面から足甲を引き剥がそうとする。
しかし、

「動か……ない……!」

視線を落とした雪見の目が、驚愕に見開かれた。
黄金の足甲は、既に分厚い氷によって覆われ、大地に繋ぎ止められていた。
戦慄する間もなく、雪見の耳朶を奇妙な静寂が打った。
咆哮が、止んでいた。
見れば、獣の口元から吐き出されていた輝く息は既に止まっている。
銀世界の中心で、煌く真紅の瞳が雪見を射抜いていた。
べぎり、と音がした。
獣の、黒い鱗に覆われた肢から伸びた血の色の爪が、薄く張った氷を踏み割る音だった。
巨躯が、跳ねた。

「―――ッ!!」

迫り来る断頭の刃を、雪見はコマ送りの映像を見るように、眺めていた。
足は凍りついて動かず、居合の構えは崩れ、死は、目前に迫っていた。
恐怖は、浮かんでこなかった。
ただ、幾つかの記憶、その断片が、くるくると雪見の脳裏を廻っていた。

(―――)

それは、懐かしい教室だった。声を失った少女が笑っていた。
それは、風の吹く屋上だった。夕陽が沈んでいくのが見えた。
それは、皆で囲む焚火だった。揺らめく炎と、闇があった。
それは、陽も射さぬ洞穴だった。たいせつなものが、眠っていた。

「……める、な……」

878ヒト:2007/08/30(木) 00:39:58 ID:un.mdJCc0
小さな声が漏れた。
声は、活力だった。
小さくとも、それは、確かに響いた。
その事実が、雪見の全身を駆け巡る。
どくりと、鼓動を感じた。
血液と共に、触れば火傷をするような熱い何かが、雪見に満ちていく。
目前に迫っていたはずの死が、遠のいていく。
足先にまで満ちた熱い何かが、腹から咽を昇ってくる。
口を、開いた。

「女神の聖闘士を―――なめるなァァァァッ!!」

大音声と共に、煌く鎧を覆っていた氷が、爆ぜた。
居合の構えはない。
不可避と迫る真紅の爪を、しかし、雪見は、

「おおおおォォォォォ―――!!」

素手をもって、迎え撃った。
風を切り裂く刃が、雪見の掌に食い込む。
鮮血が飛沫き、黄金の装飾に新たな彩りを加え、そして、刃が止まった。

「が……ぁぁぁッ……!」

両の掌をざっくりと断ち割られ、だらだらと血を流しながらも、雪見は必殺の刃を受け止めていた。
静止した二つの影の周りを、風が渦を巻いて吹き抜けていく。
砕けた氷の粒が舞い上がり、美しい風花を描いた。

「―――」

疾風の速度と巨獣の重量、その二つをして仕留めきれなかった敵の姿を前に、白虎の赤い瞳に
戸惑いのような色が浮かんでいた。
力の均衡を崩す、それが決定打となった。
雪見が、金色の鎧に覆われたその腕に力を込める。
びき、と硝子の割れるような硬い音がした。
一瞬の間を置いて、白虎の爪が砕け、周辺に飛び散っていた。
オォ、という咆哮は、白虎の苦痛と驚愕によるものであったか、それとも少女の裂帛の気合が
知らず漏れ出したものであったか。
次の瞬間、大きく開かれた白虎の口腔に、黄金の猛牛の角が、深々と突き刺さっていた。

879ヒト:2007/08/30(木) 00:40:19 ID:un.mdJCc0


【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:F−4】

深山雪見
 【所持品:白虎の毛皮・ヘタレの尻子玉】
 【状態:牡牛座の黄金聖闘士・残りの材料を集める】

川澄舞
 【所持品:なし】
 【状態:ムティカパ・エルクゥ・魔犬ポテト融合体】

→643 906 ルートD-5

880転機:2007/09/13(木) 21:35:17 ID:c6FoLEVk0
智子や幸村の死と引き換えに少年から逃走することに成功した湯浅皐月と笹森花梨のコンビは鎌石村を駆け抜けて、現在は鎌石村消防分署まで来ていた。

『光を集める』という目的を掲げたのはいいものの具体的にどう集めればいいのかが分からない。そこで二人は前回行われた殺し合いに関する情報がもっと他にないかと島にある施設を片っ端から探ることにした。
「私が見つけた宝石と一緒にあったメモにはごく僅かだけど主催側に関する情報もあった…つまり前回の殺し合いでもある程度までは主催に関する情報を知っていた、ってことになるんよ」
「だったら、その情報を各所に散らしている可能性も高い…?」
「メモの中でも私たちが来ることを予測していた節はあったみたいだし、大いに有りうると思うんよ」

侵入した消防分署は既に何者かが出入りしていたのか荒らされた箇所が随所に見られる。銃痕も見られた。
「とにかく、金庫とか鍵付きロッカーとか、そういうところを探していこう? 私が見つけたときもそうだったし」
皐月が同意しかけて、ふと引っかかったことがあるので「ちょっと」と尋ねる。

「『私が見つけたときもそうだった』って…花梨、どうやって開けたのよ? もしかして…ピッキングとか?」
「うん? そうだけど?」
頷く花梨に、皐月は徐々に喜びの色を浮かべてばんばんと花梨の肩を叩いた。
「お、おお、おおーっ! そうね、そーよね! 今時の女子こーせーは鍵開けのスキルを持つことなんて当たり前よね!?」
いきなり興奮して同意を求めようとする皐月にどう答えていいのか分からなくなりしどろもどろになる花梨。
「いやー、私以外にも錠前外しが得意な人がいてよかったわー。うんうん、これで宗一に『ピッキングができる学生なんてお前くらいのもんだ』なんてレッテルを貼られずに済むわ」
「は、はぁ…」
花梨は内心、この人も先生の目を盗んで備品の持ち出しでもしていたのだろうか、なんて考えていたのだが人の人生なんて星の数と宇宙人の数くらいあるのだ。突っ込んだら負けかな、と花梨は思うのであった。
「あ、そうそう。ついでに電子ロックの解除とかも出来ちゃったりする?」
「いや、さすがにそれは私も…」
「そっか…私も何度か挑んだことがあるんだけど難しくってね。解く前に警報装置が作動して…って、こほん、これ以上はプライベートの話だからやめとこう」
プライベートで電子ロックを解除するってどんな状況なのだろうと思う花梨だったが何も問わないことにする。まあこっちも夜間の学校への不法侵入を何度も繰り返しているのだ。人様をどうこう言える立場ではないことは分かっている。

「話が横道に逸れちゃったけど、とにかく怪しげなところを探しましょう。絶っ対こんなゲームぶっ壊してやるんだから」
その意見については花梨もまったく同じだった。せっかくできた友達をことごとく奪い去っていったこの殺し合いの黒幕を、花梨は許すつもりはなかった。
まずは一階から調べていくことにする。隠し場所が多そうなところを調べようとの意見になったため事務室や詰め所などを別れて探索することにした。

881転機:2007/09/13(木) 21:35:48 ID:c6FoLEVk0
花梨は事務室の方を担当することになった。

もたもたしてはいられない。先程の交戦からも窺えるように少年は宝石に対して異常なまでの執着をしている。よほどこのゲームの進行に関して重要なものなのだろう。何しろ、この宝石とともにあったメモの持ち主が命がけで奪ったほどなのだから。
花梨は普段から勘はいい人間だったので普通なら見逃してしまうような細かい場所も丹念にチェックしていく。
机の引き出し、棚、ロッカー…とにかく片っぱしから調べ上げていく。だが出てくるのは紙くずばかりでそれらしいものは一向に出てこない。
仕方のないことだった。例えるならゴミの山から一個の宝を見つけるようなものなのだ。そうやすやすと見つかるようでは主催にも見つかってしまうだろう。しかし時間がないのも事実だった。

「花梨、何か見つかった?」
詰め所を探索していた皐月がげんなりした表情でやってくる。肩をがっくりと落としていることから想像するに、どうやらあちらもダメであったようである。
「まだ…ひょっとしたらここにはないのかも…」
そう言って近場にあったロッカーを開けようとしたところ、体がぐいっ、と引っ張られる感触がした。
いや違う。引っ張られたのではなく反動で体が引かれたのだ。
「ということは…」
再度ロッカーを開けようとする。すると予想通り手ごたえは堅いままでロッカーは開く気配を見せなかった。

「どしたの?」
皐月が首をかしげながら花梨のところにやってくる。
「鍵がかかってるんよ」
花梨は場所を開けて皐月にもいじらせる。皐月が引っ張っても確かに開かなかった。
「怪しい?」
「怪しいね」

ホテル以後もこっそりとポケットに忍ばせておいた針金を取り出す花梨。先端の部分がキラリと光り、まるで秘密道具のような光沢を見せる。
「では早速」
針金を鍵穴に差し込むとかちゃかちゃといじり始める。ロッカー自体はどこにでもあるようなものなので構造も複雑ではない。一分ほどでカチリと音がして鍵が外れた。
「よし!」
歓喜の表情を浮かべてガッツポーズをとる二人。さて中にはどんなものが入っているのだろうか。わくわくしながらロッカーを開ける。

「…え」
扉の中から現れたのは…
「「ぎ、ぎゃあぁぁーーーーーーーーっ!」」
ぼろぼろかつ何か赤っぽいような黒っぽいようなシミがついた衣服を身にまとった白骨遺体であった。あまりにも想像していた光景と違うのと、いきなり目に飛び込んできた頭蓋骨の恐怖のお陰で、二人が抱き合いながら大声で悲鳴を上げる。

882転機:2007/09/13(木) 21:36:16 ID:c6FoLEVk0
その大声に引き摺られるようにして白骨遺体がぐらりと地球の重力に導かれるがごとく床に倒れてきた。その衝撃の故か、骨の何本かがばらばらと辺りに散らばる。
「あ、あわわわわ…」
皐月が口に手に当てて目をあらぬところへ泳がせ、花梨は「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」と唱えながら手をすり合わせる。
そのお化け屋敷に似た空気が過ぎ去ったのは、花梨が実に三十回ほど唱えてからのことだった。

「こ、怖かった…仏さまが出てくるなんて思わなかったよ」
皐月が頭蓋骨をつんつんとつつきながら言う。言葉とは裏腹にもう慣れてしまったようで平気な顔をしていじっている。
よくよく観察してみると、頭部の横に穴が開いている。どうやら射殺されたようだった。
「私も今まで色々なミステリの調査をしてきたけど、こういうタイプの死体は初めてなんよ」
花梨は罰当たりなことに遺体の衣服を剥ぎ取ってポケットの中を調べたりしている。
「お、拳銃の弾」
中から出てきたのはどうやら所持品と思われる銃弾だった。何発か入っており予備弾薬だったものと思われる。
「え、弾が入ってたの? じゃあもしかして…ちょっくらごめんなさいねっ、と」
遺体をロッカーから完全に出して中を確認してみる。すると底の方に、予想通りのものが置いてあった。
「…やっぱり」

S&W、M10(4インチモデル)が闇の中で僅かな光沢を放ちながらそこに鎮座していた。おそらく、前のゲームで参加者(常識的に考えてこの死体のものだろう、多分)に支給品として配られたものだろう。
皐月はM10を拾いながらこの死体がこうなるまでの経緯を考察していた。
M10の口径と頭部の穴を見比べるに殆どそのサイズは同じ。従って死因となったのはこのM10に他ならないだろう。そしてこれがロッカーの中にあったことから考えても恐らく、この持ち主は自殺したに違いない。
何があってこのような選択をせざるを得なかったのかは分からなかったがわざわざロッカーに鍵をかけて自殺するほどなのだ、何か理由はあるに違いなかった。

「あっ、服の内ポケットからメモが…」
花梨がまた発見したようで薄汚れたメモを取り出す。手帳サイズの小さな紙だった。
「え、何? 私にも見せて」
皐月も横からメモの内容を見る。ロッカーの中で書いたためか字が汚かったが、はっきりと読み取ることはできる。二人は目で文字を追った。

『後へ来る同士へ。どうか俺たちの無念を晴らしてくれ』

簡潔な一文だったが、それだけでも無念の思いで散っていったことが窺える。そしてもう一つ。これではっきりしたことがあった。
「やっぱり、私たちがここに来ることが分かっていたみたいね…」
後へ来る同士へ。
これは間違いなく皐月たちのことを暗示していた。ということは、前回の参加者は主催者にもある程度接触して情報を得ていたということになる。これで裏が取れた。

883転機:2007/09/13(木) 21:36:58 ID:c6FoLEVk0
主催に対する情報や武器の類が、どこかに隠されているということを。
これが皐月と花梨にとって、大きな前進であったのには相違ない。やはり予測は当たっていたのだ。
「これは大きいよ。主催の情報を掴めていたってことは…この島にそいつらがいる可能性も高くなったってことなんだから」
皐月の言葉に花梨も頷く。手に届く場所に敵がいるかいないかでは希望の大きさが雲泥ほども違う。
「そうだね、後は首輪を外す方法さえ分かれば…」
きっとなんとかなる、と花梨が言いかけたときだった。
ガラッ、と事務室のドアが開いて、最も出会いたくなかった人物が顔を覗かせた。
「それはないね。だって君たちは――」
それが誰かを判別したときには、皐月が花梨の頭を引っ掴んで床に伏せていた。
「――ここで死ぬんだから」

伏せて一瞬の後。『少年』が構えていたステアーAUGが火を噴き、先程まで皐月たちが立っていた空間を通り過ぎていった。
机の上に置かれていた書類がばらばらと落ち、花瓶が割れて破片が降り注ぐ。二人はデイパックでそれを防ぎつつ応戦体勢へと入るのだった。
「ちっくしょう、意外と早かったわね」
皐月は事務机を背に、早速手に入れたばかりのM10に弾丸を込めていく。
「それにしてもしっつこいなぁ。まるで岸田洋一みたいなんよ」
「岸田?」
「私と知り合いが最初にあった男。変態殺人鬼なんよ」
「へぇ、そりゃ災難ね…私の男友達も変人ばっかりだけど」
他愛ない会話を交わしながら反撃できる隙を待つ。アサルトライフル対リボルバーでは話にならない。おまけに相手はこっちの銃撃すら防ぐ盾を持っているのだ。うかつに攻撃はできない。

「出てこないのかい? 仲間の敵を討ちたいんだろう? ほら、僕は君たちの目の前にいるよ」
少年が挑発じみた声で皐月たちを招く。だが先の敗戦で少年の実力を思い知っている彼女らは慎重になって挑発には乗らない。少年は何度か挑発を仕掛けてみたが、一向に出てくる気配を見せないのでやれやれと肩をすくめて嘆息した。
「仕方ないね…猿と狐の狩りも楽じゃない、か」
「誰がサルよっ!?」
花梨が声だけでキーキーと反論する。
どう見ても猿はあなたのほうです、本当にありがとうございました。
「にゃぁ〜」
いつの間にかデイパックから抜け出ていたぴろが花梨の胴をぽんぽんと叩く。
「あ、猫さん…うっうっ、そうよね、花梨ちゃんはサルじゃないよね…」
「バカやってないで、そっちも何か持ってよ! はい警棒!」
よよよと泣き崩れる花梨に皐月が突っ込みを入れつつ警棒を渡す。気を取り直した花梨が警棒を握りなおして気を引き締めた表情になる。
「そうだね、ぐだぐだ言ってないでいってみよう、やってみよう」
ぴろを肩に乗せたまま四つん這いで移動を開始する花梨。事務室内には机などの遮蔽物が多く、隠れて移動するには好都合だ。

884転機:2007/09/13(木) 21:37:31 ID:c6FoLEVk0
一箇所に隠れていてはまとめてやられてしまう。ならば前後から攻撃できれば勝率も高まる、というのが花梨の考えだった。
「さて、そろそろ僕もいくよ」
花梨が動き始めたのを見計らったかのように少年も動き出す。
ステアーAUGを構えたまま前方の、皐月のいる方向へと突進する。
「生憎だけど、とっととお帰り願うわよ!」
花梨の動き出した向きとは反対の方向に、皐月が横っ飛びに飛び出し、M10を二発発砲する。
皐月が銃を持っているとは思いもしなかった少年は一瞬驚いた顔になったが、驚異的な速度で反応して銃弾を避ける。

「驚いたよ、武器は頭打ちになっていたと思ってたのにさ」
武器をグロック19に持ち替える少年。皐月は既に別の机の陰に移動していたので射撃することができなかった。
「そりゃどうも。どうやらあんたに恨みを持ってる人はたくさんいるようでしてねぇ」
最初、何を言っているのか分からなかった少年だが、すぐにその言葉の意味に気付いて笑みを取り戻す。
「…なるほど、そういうことか。まぁいいさ、なら亡霊共々葬ってやるまでだよ」
「やってみなさいよ! あんただけは私が絶対に倒す!」

少年と皐月が、同時に動き出した。まず少年が地を蹴って机の上に跳躍する。さらにもう一回、少年が飛んだ。
「机に遮られてるなら上から狙えばいいだけの話さ、そうだろ?」
だが皐月は既にそれを見切っており、ギリギリ少年から遮蔽物が多くなるような地点に移動していた。本やらが射撃を遮ってくれるはず。攻撃を凌いだ後、身動きを取れない空中に向かって反撃する心積もりだった。
「…えっ?」
だが少年の向けたグロックは、皐月のほうを向いていなかった。向けられていたのは――笹森花梨!

「ま、狙うのはうるさそうな猿からだけどね」
しまった、と皐月は思った。戦いの鉄則は相手の『穴』を突くこと。花梨が狙われるのは必定だったのだ。
「ちょ、ちょっとタンマっ!」
一方の銃口を向けかけられた花梨は、何か防げるものはないかと必死に後ろを見る。すると、ある道具が目に入ってきた。
「コレなら!」
グロックから弾丸が発射される寸前、花梨は『それ』に飛び乗って思い切り床を蹴った。

「なに…!」
花梨が飛び乗ったのは物を運ぶときに使う台車だった。滑車つきのそれは、花梨の体を楽に蹴った方向へと押し流す。少年の放った銃弾が着弾したのは、その直後だった。
台車に乗ったままの花梨が、皐月に向けて叫ぶ。
「皐月さん! 狙って!」
「がってん承知!」
花梨の合図で皐月が未だ空中にいる少年に向かってM10を発砲する。少年は舌打ちしながらも、万が一の為とグロックと同時に取り出していた例の大盾で難なくM10を受け止める。
「くっ!」
大盾の存在を確認した皐月は一旦射撃を止め、少年から距離を取ることに専念する。

885転機:2007/09/13(木) 21:38:19 ID:c6FoLEVk0
弾薬には限りがある。現にもう三発撃ってしまい、残りは弾倉の中の三発と予備の弾が二発。もう五回しか攻撃を行えないのだ。
それで少年を仕留められるか? せめて銃の一丁でも奪えれば…
考える間にも、少年は距離を詰めてこようとする。獰猛な獣を思わせる体躯が、床を蹴って皐月に肉薄してきた。
反撃を行う余裕はなかった。皐月は前宙返りの要領で机の上に飛び込み、強引に体の向きを変えて少年のバックを取るように机から飛び降りる。並外れた体のしなやかさと運動能力を持つ皐月だからこそ行えた芸当だった。
ここからわざわざ銃を構えていては敵に付け入る隙を与える。間をおかずに攻撃するには格闘しかなかった。

半ば飛び上がるようにして、皐月は踵落としを少年の頭部目掛けて放つ。だがその攻撃も大盾によって遮られた。皐月同様、少年の反射神経も常人のものではない。
強化プラスチック製であるのでそれほど踵に対するダメージはなかったものの少年が大盾で押し戻したことにより数歩、距離を開けられる。
バランスを崩しかけた皐月ではあったが、思い切り踏ん張ることで辛うじて仰向けに倒れてしまうのを防ぐ。ひびが入りそうなほど踏みつけられた床を蹴って、再度皐月は格闘戦を仕掛ける。
一方の少年もそれを受けて立つかのように大盾を置いて構えをとる。
確かに大盾は攻撃を防げるが敵にダメージを与えられはしない。それに盾自体が大きく細かな動きはできないというのもあった。
疾走による勢いを得ていた皐月が、先制のジャブを放つ。少年は軽く上体を動かして避け、逆にジャブを皐月の腹部に決める。
何とも言えない気持ちの悪い感触が腹部から喉元にかけてこみ上げてくる。殴られた衝撃で胃液でも逆流しかけているのであろう。
嘔吐したいのを堪えつつ続けざまに来る少年の拳をステップを織り交ぜて回避していく。
攻撃を受け止めるのは皐月の得手ではない。どんなに身のこなしがよかろうと、所詮は女なのだ。膂力という点では少年に大きく劣っていることを、皐月は今の一撃で改めて理解していた。

しかし避けるだけでは少年を倒すことは出来ない。徐々に後ろへ下がっていく羽目になり、苦し紛れに繰り出す蹴りなども軽くいなされてしまう。
「どうしたんだい? さっきまであんなに威勢が良かったのに」
「うっさい! …まだこれからよっ!」
あからさまに余裕な態度を見せる少年に気を吐くものの状況が不利なのは間違いなかった。
どうにかして…どうにかして、『あの技』を叩き込めれば。
隙を作らせるための攻撃を何回かしてはいるのだが少年の防御は完璧に近く、下手に決めようとするとカウンターを喰らうのは必定だった。
間合いの取り方がこちらの射程に入らないようなギリギリのラインにいることも踏み込めない理由の一つになっていた。
戦闘の天才――そう言っても過言ではないほどの無駄一つない動きだった。宗一と比べてどっちが上なんだろう、と思ってしまうくらいの体捌き。

886転機:2007/09/13(木) 21:38:51 ID:c6FoLEVk0
「――!?」
不意に、足元が掬われる。少年がいつの間にか足払いをかけていたのだ。
「パンチばかりに気を取られてちゃいけないなぁ」
上体がぐらりと床に向けて傾く。普通ならばこのまま転ぶのを防ぐために何とかして持ちこたえようとするだろう。しかし皐月は逆に、思い切り仰け反ったッ!
皐月が踏ん張るのを予想してさらに拳を叩き込もうとしていた少年が、一瞬呆気にとられる。その皐月は床に手をつき、受身を取るようにしながらシンクロナイズドスイミングよろしくしなやかな足を少年の顎目掛けて蹴り上げる!
「…!」

切磋に腕でガードし、直撃を防いだ少年ではあったがそこに『隙』が生まれてしまう。
その僅かなチャンスを、皐月が見逃すはずがなかった。
「うおおおおッ!」
神速。この一撃に全てを懸けるため、全身全力の力を以って皐月は咆哮と共に少年に迫った。
伸ばした腕が、少年の襟首を掴み。
車輪を思わせるかのように、少年の体がぐるり、と半回転する。
そして、皐月の足の裏が砲弾の勢いをして少年の腹に突き刺さり、皐月の十八番が決まる。
「メイ=ストームッ!」
膂力のなさを遠心力で補った必殺の一撃が、少年を宙に押し上げ、吹き飛ばす。
少年の手からグロックが零れ落ちて、床を滑り事務机の一つの下に転がる。その直後、少年の体は部屋の壁に勢いよく叩きつけられていた。あまりの勢い故にミシっと天井が軋みを立てた。
そして叩きつけられた少年は、そのままずるずると背中からもたれるようにして尻餅をつき、かくんと首を垂れて動かなくなった。

「…やったの?」
皐月が荒い呼吸をしながら立ち上がり、少年の方を見やる。まったく動かないことから、完全に気絶してしまったらしい。
「皐月さん!」
隠れていた花梨がぴろを肩に乗せたまま皐月の元へとやってくる。どうしてか頭を押さえていたが、きっと台車で移動したときに頭でもぶつけたのだろう。ひょっとしたら軽く気絶していたかもしれない。

「勝ったの? あの子は?」
「見ての通り。私の完全しょーりよ。ほら、あそこで伸びてる」
皐月の指差した方向を見た花梨が、「ホントだ…」と感慨深く言った。
「苦戦したけど、まー上手くアレを決めることが出来てよかったよ。ピンチを逆に生かした攻撃だったね、今のは」
「めいすとーむ…だっけ? よく見えなかったんだけど、すごいねアレ」
花梨が身振り手振りで少年の飛んでいった様子を再現する。皐月は満足そうに頷いた。
「うん、対宗一用に開発した私の必殺技。今までで一番綺麗に決まったはずよ。…ふぅ、けど何か疲れたな…」
時間から言えば僅か数分にも満たない間だろうがひっきりなしに動いていたのだ。今更ながらに疲労と痛みが戻ってくるのを、皐月は感じていた。

887転機:2007/09/13(木) 21:39:22 ID:c6FoLEVk0
けど、もういい。とにかく、あの少年を退けることに成功したのだ。それにこの程度の怪我にもならないような怪我など皐月は気にするような性格ではなかった。
「それで皐月さん…あの子…どうする? …その、やっぱり…」
花梨が遠慮がちに言う。少年に止めを刺すかどうか訊いていることはすぐに分かった。
「…もういいよ。ブッ倒してやったんだから。武器奪ってそこらへんに縛りつけときゃいいでしょ」
智子や幸村を殺害したことは今でも許せない。しかし、だからと言って復讐に走ってこの少年を殺害したところで二人が戻ってくるわけではないし、二人だってそれを望んではないないだろう。
それに真の敵は主催者であって少年ではない。少年とて哀れな犠牲者かもしれないのだ。
「そっか…それでもいいよね」
花梨はどこかホッとした表情で胸に手を合わせる。花梨も本心は殺したくはないのだろう。
「そうよ。私たちは殺し屋じゃないんだからね。…さ、早く荷物を回収して行きましょ」

「うん。…それにしても、以前は相当手強かったのに今回は結構あっさり勝てたよね。どうしてだろ?」
「あっさりってほどでもないんだけど…多分、相手に『慢心』があったからだと思う。私たちをいつでも楽に倒せるって思い込んでたんだよ。確かに、実力には開きがあったんだけど…」
そう言いながら少年に縄をかけてやろうと近づいた、その時だった。
「なるほどねぇ…それは勉強になるよ」

皐月、そして花梨も耳を疑った。その言葉と共に、素早くダブルアクション式拳銃を取り出していた人物、少年が。
「だけどね、君たちの実力で僕の能力を測ること自体間違っていることに気付くべきだったんだよ」
皐月の体の中心目掛けて引き金を引き絞っていた。
「――!」
血を噴出させながら、皐月の背中から二発銃弾が飛び出すのを、花梨は呆然として見ていた。
体の平衡感覚を失った皐月がふらふらとさ迷い、事務机にもたれかかるようにして倒れるまで、ほんの数秒もかからなかった。

「…さ、さつき、さん」
まるでさっきの少年のようにぴくりとも動かなくなった皐月に、震えた声で呼びかける花梨。返事が返ってこないことは半ば分かっていたが、それでも声をかけずにはいられなかった。
しかし、当然皐月から声はない。即死しているか、そうでなくても瀕死なのは明らかだった。
「余裕があれば君も殺してあげられたんだけどね、生憎こっちには弾が二発しか入っていなかったんだ。だから君に一つ、チャンスをあげるよ」
そう言うと、少年が手を上げて指をパーの形に開く。にこやかに笑いながら少年は続ける。
「五秒だけ時間をあげよう。その間に僕を攻撃してもよし。逃げるもよし。しかし五秒が経過したら――容赦なく、君を殺す」
最後まで言い切った瞬間、少年の瞳がおぞましいくらいの殺気を放ったのが、花梨には分かった。
絶対的な恐怖。急に北極にでも連れてこられたかのような寒気が包む。
立ちすくんで、花梨は動くことができなかった。

888転機:2007/09/13(木) 21:39:49 ID:c6FoLEVk0
「さて、カウント開始だ。5…4…」
親指から順に指が閉じられていく。死の宣告というにはあまりにもチープだった。
「あ…あ…」
行動を起こさねばと脳が命令するのだが、身体に伝わらない。歯がカチカチと震えて何も出来ない。
「3…2…」
薬指が閉じようとした、その瞬間。
「にゃあっ!」
ぴろが思い切り泣き声を上げて、花梨の腕に噛み付いた。
「っ!」
刺すような痛みを感じたが、それが金縛りを解く引き金となった。弾かれたように後方へとダッシュする。命令が、ようやく届いた。

滑り込むようにして机の陰に隠れる。直後拳銃の再装填を終えたと思われる少年の銃弾が、机の角を削り取った。
「戦う道を選んだか…所詮、弱者の悪あがきに過ぎないだろうにね」
少年は素早く移動すると床に置いてあった大盾を回収し、武器もステアーAUGに持ち替えた。万全の重装備である。
「黙れっ…よくも…よくも皐月さんをっ…許さない!」
机越しに響く花梨の憤怒の声。普段なら考えられないほどのドスの利いた低い声である。
「…すぐに会えるさ、あの世でね」
少年が攻撃態勢に入ろうとした、その時。

「…っ!?」
少年が横を向いたかと思うと、急に大盾をそちらに向けた。その直後、部屋に耳をつんざく程の大きな銃声が響く。
ガシャン! という何かが割れたかのような音が聞こえたかと思うと、少年の体が軽く吹き飛ばされていた。
「え、な、何…?」
机の陰に隠れていた花梨には何が起こったのかさっぱり分からない。分かるのは片手を押さえている少年と、その周辺に大盾だったものと思われる破片が散らばっていることだけだった。
「…来たか。まったく、どうしてこう邪魔が入るかな…」

少年が呻く。その声は恋焦がれた人を待ちわびるかのようでもあり、邪魔されたことを憎々しく思っているかのようにも感じる。
「ちっ…相変わらず勘のいいガキだ」
その声は、花梨が今までに聞いたことのない、男の声だった。
(…新手? それに…あいつを知ってるの?)
「悪いけど今取り込み中なんだ。後にしてくれないかな…国崎往人?」
「悪いな、俺はムカつく奴の邪魔をするのが大好きな人間なんでな」
国崎往人と呼ばれた男は、両手に構えたフェイファー・ツェリスカを下ろしながら、凶暴な目を向けた。

     *     *     *

山越えを果たした往人は、まず「自分が少年だったら」という立場になってみてどうするだろうか、ということを考えてみた。

889転機:2007/09/13(木) 21:40:21 ID:c6FoLEVk0
殺人ということに何の躊躇いもない人間だ、どんな人間だろうとお構いなしだろう。
ならば、民家などの建物に隠れている人間を襲うのではないか?
この島にいる参加者の全員が全員神岸などのように知り合い探しに奔走しているわけでもないはずだ。保身を図る者、あるいは既に知り合いを見つけたもののそれ以後どうしてよいか分からず今は隠れて戦闘を避けようという考えの人間だっているはずだ。
自分でさえ観鈴などの知り合いがいなければ前者の考えに至っているはずだった。
そして、そういう者は得てして戦闘が不得手だったりする。狡猾な人間ならばまずはそこを突く。
放送から考えてもまだまだ生き残りは多いのだ。がむしゃらに戦うよりもそちらのほうが余程安全かつ有効な武器を手に入れられる確率も高いはずだ。
少なくとも…自分が少年であれば、そうする。

「…よし」
考えをまとめた往人はまず近隣にある鎌石村をあたってみることにした。放送からは既に何時間か経っているはず。何かのアクションがあってもおかしくない。それを絶対に聞き逃してはならなかった。
フェイファーを取り出しながら、いつ戦闘が起こってもいいように体勢を整える。
それにしてもやけに重たい銃である。ずっしりというよりもドシン、という響きのほうが似合うくらいの重量感。女子供にはまず扱えない代物だろう。
あのガラクタ――恐らくはロボットの類だろう、テレビのCMか何かで見たことがある――ならそういうのも気にならないのであろうが、人間である往人にはそれは確実に、負担をかけるものになる。

「まったく、配慮ってものがなっちゃいない…」
誰にでもない文句を垂れようとしたその時、ごく小さな音であるが銃を乱射したと思しき音が往人の耳に飛び込んできた。とっさに身を伏せて流れ弾が当たらないように努める(まあ実際には音が聞こえた時点で銃弾は過ぎ去っているのだが)。
「マシンガンか!? この音は…」
必死に頭を振って音源を探ろうとする。『少年』はマシンガンらしきものを持っていた。ならこの音も奴である可能性も高い。
全神経を集中して次の銃声を待つ。戦闘している者に対しては申し訳ないが、まずは敵の場所を探ることが肝心だ。
一転してシンとした静寂のみが往人の周囲を包む。時折吹く風の音だけが時間が流れている様を示していた。

聞き漏らしはしない。
集中力に関しては、空腹でもない限り往人には自信があった。人形劇で鍛えたそれだけは人に負ける気がしない。
目を閉じて意識を集中する。いつものように、しかし人形にではなく、風に意識を傾ける――
「――聞こえた!」
二度目の銃声は単発が続いた。弾切れなのか温存しているかは知らないが、場所はほぼ感じ取れた。
「あの建物かっ!」
一直線に向かった先は、鎌石村消防分署。なるほど、銃声が小さいように思えたのは室内でやりあっていたからか。

ここで往人はふと、もしそこに少年がいなかったら、という想像をしていた。マシンガンの音が聞こえたとはいえ果たしてそれが少年であるとは一概には言えない。もしかすると別人がやりあっているだけに過ぎないかもしれない。

890転機:2007/09/13(木) 21:40:50 ID:c6FoLEVk0
その場合、往人はどんな行動を取るべきかと考えた。放っておくという考えもあった。人様の争いなんてどうでもいい、と。
しかし冷静に考えてみれば戦っているうちのどちらかが少年と同じタイプの人間かもしれないし、あるいは戦っているのが自分の知り合いかもしれない(そういう連中じゃなさそうだが)。結局は戦いを止めさせたほうが知り合いの生存率を高めることになる。
「やれやれ、正義のヒーローを気取るつもりはないはずだったんだがな…」

知り合いとだけ合流するつもりだったのがこんな方針になるとは。何もかもあの忌々しいクソガキのお陰だ。そう思ったところでまた何発かの銃声が聞こえた。それに混じって悲鳴らしきものも聞こえる。
誰かが殺されたか!?
往人の足が、知らず知らずのうちに早くなる。床を蹴る音も比例して大きくなってゆく。
「頼むから、観鈴がいるって事態だけは勘弁してくれよ…!」
祈りながら銃声の聞こえた部屋に飛び込む。そこには――
「黙れっ…よくも…よくも皐月さんをっ…許さない!」
「…すぐに会えるさ、あの世でね」
姿こそ見えないが、怒りを露にした女と思しき人間の声と、すぐ傍の机に血を流しながらもたれかかっている女。そして…

アサルトライフルを持った、あの少年の姿があった。

女の正体が誰かを考えるよりも先に、往人はフェイファーを構え、狙いをつけていた。
「…っ!?」
少年が横を向いたかと思うと、急に大盾をこちらに向けた。その直後、部屋に耳をつんざく程の大きな銃声が響く。
ちっ、気付かれたか。
少年の体は軽く吹き飛ばされていたにもかかわらず盾で防御したせいか、損傷はまるでない。破壊に成功しただけマシだが。
「え、な、何…?」
困惑する女を他所に、少年が笑う。
「…来たか。まったく、どうしてこう邪魔が入るかな…」
「ちっ…相変わらず勘のいいガキだ」
少年は散らばった盾の破片を蹴散らしながら気だるげに呟く。
「悪いけど今取り込み中なんだ。後にしてくれないかな…国崎往人?」
「悪いな、俺はムカつく奴の邪魔をするのが大好きな人間なんでな」
往人は、両手に構えたフェイファー・ツェリスカを下ろしながら、凶暴な目を向けた。

今度こそ、決着をつけてやる。

891転機:2007/09/13(木) 21:41:21 ID:c6FoLEVk0
【場所:C-5】
【時間:二日目午前11:30】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬10発、パン人形、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:少年の打倒を目指す】
笹森花梨
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光一個)、手帳、エディの支給品一式】
【状態:光を集める。少年を必ず倒す】
湯浅皐月
【所持品:セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)3/6、予備弾2発、支給品一式】
【状態:光を集める。瀕死】
ぴろ
【状態:花梨の傍に】
少年
【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃(残弾10/10) 予備弾薬59発ホローポイント弾11発】
【持ち物2:智子の支給品一式、ステアーAUG(8/30)、グロックの予備弾丸2発】
【状況:頬にかすり傷】

その他:
強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)は完全に破壊。グロック19(14/15)は床に落ちている。

→B-10

892Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:55:31 ID:L0DairV.0

ご、と鈍い音がした。
巳間晴香の突き出した槍の石突が、受けに回った霧島聖の鉄爪を掻い潜ってその腹にめり込んだ音だった。

「か……は……っ!」

鉄の味が混じる唾液を口の端から垂らしながら、聖は鉄爪を振るう。
引いた槍を己の肘を支点として縦に回転させ、頭上からの一撃を狙う晴香に対応した動きだった。
すぐに鈍い手ごたえが返ってくる。
遠心力を利用した重い打撃を真正面から受け止める聖の瞳は、ただ一つの感情だけを浮かべていた。
対象を滅の一字をもって焼き尽くさんとするその感情を、憤怒という。

「おお、怖いこわい。更年期障害か?」

ぎしり、と受け止められた槍に体重を乗せながら軽口を叩く晴香の顎目掛けて、飛ぶものがあった。
聖の足先。上から掛かる力を逆手に取り、カウンターとして跳ね上げられた蹴りだった。
拮抗していた力を急に抜かれ、つんのめりかける晴香。
自らの爪で大きく裂け目を入れられたタイトスカートから伸びる白く長い脚が、晴香の顎を
捉えるかとみえた瞬間。
にぃ、と笑んだ晴香が、ほんの寸毫、その首を傾けた。
晴香の笑みのすぐ脇を、聖の蹴り足が真っ直ぐに駆け上がっていく。

「その程度で―――」

言いかけた晴香の頭部が、揺れた。
脳天に食い込んだ聖の踵が、そのまま振り抜かれる。
瞬きするよりも早く、晴香が顔面から地面に叩きつけられていた。
脚を振り上げる動きをフェイクとした、垂直落下式の踵落とし。
勢いを殺さず、地面にめり込んだ晴香の後頭部を踏み抜こうとした聖の足が、しかし瞬時に引かれる。
そのまま二歩、三歩を飛び退って、ようやく聖が動きを止める。
視線の先、ゆらりと立ち上がった晴香が、泥の混じった唾を吐き捨てて、ぐいと頬を拭う。

893Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:55:58 ID:L0DairV.0
「……やってくれるじゃない、ロートル風情が」

噴き出すような怒気が、形をなしたとでもいうように。
その足元に落ちた影から、赤黒い光が、どろりと漏れ出していた。
光はまるで粘液質の液体でできているかのように、時に波打ち、時にふるふると揺れながら
晴香の足元に溜まっていく。
手にした槍を片手でゆっくりと回転させながら、晴香が聖をねめつけていた。

「―――教えてやろうか、霧島」

憐憫の一片すら湛えぬ瞳をして、晴香が静かに口を開いた。
赤黒い光が、うぞりと晴香の足を這い上がっていく。

「お前の友人は、戦おうとしたんだ。私と」
「……!」
「何を勘違いしたんだろうな。ただの無力な人の身で、私をどうにかできると思ったらしい」

聖が表情を変えるのにも眉筋一つ動かすことなく、晴香が続ける。

「たったの、一打ちだ」

くるくると回る槍の穂先が、風を切る。
赤黒い光は晴香の腰周りを、蛇が身をくねらせるように登っていく。

「一打ちで、理解できたようだった。何もかもが。
 滑稽だった。自分を待つ運命というものを知って、ひとが壊れていく様は。
 きっと、自分が恐怖に涙を流すことなんてあるはずがないと思っていたんだろう。
 ……なんて可哀相で、なんて幸せで、なんて愚かな女」

光が、どろりと晴香の胸を舐っていく。

894Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:56:28 ID:L0DairV.0
「逆らうこともできず。誰の助けもなく。ただ泣き叫びながら私を受け入れていた。
 希望が潰えたとき、ひとは本当に簡単に、暴力に屈するんだ。
 見せてやりたかったよ。醜く女を晒しながら腐り果てていく豚の泣き顔をさ」

右手に長槍を携え、左手からは肩を這い、腕に巻きついた赤黒い光の大蛇をどろりと垂らしながら、
晴香が口だけを笑みの形に歪める。

「そんな顔をするなよ、霧島。お前が見捨てた女の話だろう?」
「……ッ!」

何かを言い返そうとした聖だったが、それは声にならなかった。
なんとなれば、

「動けないのが悔しいか。己の無力が歯痒いか。
 だけど、だけど霧島、お前にはどうすることもできない。
 ―――お前には、誰も守れない」

聖の手といわず足といわず、無数の赤い糸とも見える何かが、その全身を貫いていた。
貫かれた場所からは出血もなく、痛みがあるわけでもなかったが、しかしいかに力を込めてもがこうと、
標本に縫い止められた蝶の如く、聖には指一本すら動かすこと叶わなかった。

「とうの昔にBLの力を失ったお前には、その戒めは外せない。
 力の名残で、お得意の手品でもしてみせる?
 あの恥ずかしい格好で嬲られる趣味があるというのなら、だが」

晴香の手から、俯く聖に向けて光の蛇がするすると伸びていく。

「悦べ、この鬼畜一本槍の力で―――臓腑ごと犯し抜いてやる」

赤黒い蛇の先端が、まるで醜い舌を伸ばすように、聖の頬を撫でた。

「お前はどんな顔をして泣くんだろうな?
 痛みに耐えて、恥辱に耐えて、その果てにとうとう許しを請うとき、お前は涙を流すのかな?
 楽しみだ、楽しみだよ、霧島聖」

心からの愉悦を堪えきれないとでもいうように、晴香が小さな笑い声を漏らす。
晴香の笑い声に合わせて揺れる醜悪な光の蛇に撫でられながら、霧島聖はしかし、じっと目を閉じていた。


***

895Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:56:51 ID:L0DairV.0

―――お前には誰も守れない。


声が響いていた。
黒一色の世界を背景にして、霧島聖の瞼の裏に映っているのは、振り切ったはずの過去だった。

一人の女が、聖に背を向けている。
必死に声を振り絞るが、女は振り向こうとはしない。
手を伸ばす。届かない。
女が歩を進める。叫ぶ。届かない。
女が、小さく何事かを呟く。
それが別れの言葉だと、よく聞こえもしないのに確信する。
踏み出そうとして、足が動かないのに気づく。
足首に、青白い光でできた鎖が巻きついていた。

何故、と叫んだのだろう。
何故、去っていく。
何故、私を残していく。
何故、私の言葉に答えてくれなかった。
何故、何故、何故。

幾つもの言葉がのど元までこみ上げ、涙になって溢れ出した。
歪む視界の中で、女の背中が遠ざかっていく。
女の歩む先には、穴、とでも呼ぶより他のない何かが、口を開けていた。
穴の向こうには小さく蠢く醜悪な肉色の塊が、みっしりと詰まっている。
女が歩を進めるたび、穴は歓喜に震えるようにその身を広げていく。
中に詰まった肉色の塊もまた、女を手招きするように醜く蠕動していた。

見上げるほどに大きくなった穴へと、女は真っ直ぐに歩いていく。
歩みを緩めることのないその背に灯る光があった。
闇の中に咲く鬼火のような、それは幻想的な蒼い灯火。
燃え立つようなその蒼い光を目にして、聖はかぶりを振って叫んでいた。
明確な言葉にはできなかった。
それでも、何かを燃やして輝く炎のような光は、違うと思った。
女の使う光は、もっと静かな、広い夜の湖面のような、綺麗な光が相応しいと思った。
だから、叫んだ。
けれど、女は振り向かない。
蒼い炎はいつの間にか、女の全身を包み込んでいた。
女自身が燃えているように、見えた。

絶叫の先で、女が、炎を身に纏ったまま、穴へと踏み込んでいく。
瞬く間に炎が、拡がった。
穴の向こうで、ぎっしりと詰まった肉色の塊が炎に炙られて燃えていく。
蒼い炎に照らされて、穴全体が青白く輝いているように見えた。
穴が、震えた。
見上げるほどに大きかった穴が、震えるたびに縮んでいく。
巨大な肉食獣が腹の中を焼かれて苦しんでいるかのようだった。

縮んでいく穴の中で、しかし女は逃げようともせずに立ち尽くしている。
依然として勢いを弱めることのない炎に身を包んだ、それはある種の決意を見せ付けるような背中だった。
いつしか聖は叫ぶのをやめていた。
いくら声をかけたところで、女の背中を汚すだけと悟っていた。
代わりにその口から漏れていたのは、小さな呟きだった。
それは恨み言だった。
それは繰り言だった。
それは、諦念であり、未練であり、憎悪であり、恋心だった。


***

896Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:57:21 ID:L0DairV.0

「―――っ」

それは、小さく漏れた吐息だった。

「……ん?」

巳間晴香はそれを聞きとがめ、眉根を寄せる。
一歩を踏み出したその先に、音が続いた。

「っ……っく、っくく……」

それは、忍び笑いだった。
おかしくて堪らないというような、堪えきれず吹き出したというような。
小さく、確かな笑い声だった。

「……ッ! いい度胸だ、霧島……!」

それは晴香をして、一瞬で激昂せしめるに充分だった。
しかし聖の笑みは止まらない。
俯いた目尻に涙をさえ浮かべ、何事かを呟いている。

「くく……そうか、そういうことか……くく、はは……っ」
「いい加減にッ……!」

衝動に任せて、晴香が手から伸びた赤い光の蛇を振り上げる。
腕の一本も落としてやれば、大人しく泣き叫ぶか。そんな算段だった。
蛇を光の刃と化し、今まさに叩きつけようかという、その瞬間。

「はは、ははは……! これが……貴女の辿り着いた答えか、先代……!」

高らかな、しかしどこか奇妙に捩れた声と共に。
赤い世界に、蒼が生まれていた。

897Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:57:43 ID:L0DairV.0
「なん……だと……!?」

晴香が思わず一歩を退く。
それは己が目を疑わざるを得ない光景だった。

「馬鹿な……! 霧島……貴様、BLの力を失ったはずではなかったのか……!?」

晴香の足元から際限なく湧き出す赤黒い光の泉は、今や周囲のすべてを埋め尽くしていた。
草を、木々を、両断された相楽美佐枝を、横たわる長岡志保の半身を、ゼリーのように震える
粘性の液体が包みこもうとしていた。
それは正真正銘、巳間晴香の作り出した絶対の空間だった。
圧倒的なGL力をもって何もかもを蹂躙し陵辱する、そのはずだった。
しかし今、その赤の空間の中心に、犯されることのない色があった。

「……ああ、ああ、私は失ったよ、巳間晴香。もうBLは私に力を貸してはくれない」

訥々と、赤に囚われたはずの女が言う。
高々と差し上げたその手に宿る色は、天空の蒼。
その蒼が、晴香の振り下ろした赤の刃を掴み止めていた。

「なら、……なら何だ、その力は……!?」

己の声が震えていると、晴香は感じていた。
意のままに操れるはずの赤い光。
しかし霧島聖に掴まれたそれは、ぴくりとも動かせない。
聖の手に宿る蒼の光は、周囲に遍在する赤の光を睥睨し従えるように煌々と瞬いている。
揺らめく焔のような、それは力の色だった。

「BLが私を愛さなくとも……私がBLに殉じることは、できるんだ。
 私にも、ようやくわかったよ」

理解不能な言葉を吐きながら薄く笑う聖の表情に、本能的な戦慄を覚える。
そんな己を鼓舞するように、晴香は強い口調で叫んでいた。

898Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:58:06 ID:L0DairV.0
「わ……笑わせるなッ! 貴様の手品に惑わされる私ではない!
 何が魔法か、所詮はBLの使徒だった頃の力の残り火だろうがッ!」
「そう……だな。確かに、そうだ」

自嘲気味に呟く聖。
しかしその声に含まれる笑みが、どこか晴香の胸をざわつかせる。
今、目の前に立つ女は先ほどまでの、晴香の知る霧島聖とは明らかに違っていた。
得体の知れない力だけではない。
言葉に、表情に、奇妙な陰が纏わりついていた。
重く粘つくようなその口調を、晴香は知らない。
何度も対峙してきた霧島聖とは、何かが違う。
ひどくよくないものと向かい合っているような威圧感が、晴香の不安を掻き立てていた。

「魔法、か。新たな使徒を見出すまでの時間稼ぎとはいえ、な。
 君の言うとおり、我ながら、未練がましいことだったと思うよ。
 だが、だが巳間晴香。これは、違う。手品でも、目くらましでもない。
 もう私にそんなものは必要ない。これは純然たる―――力、だよ」

言ったその手が、一瞬輝きを増したのと同時。
掴まれていた赤の刃が、弾けて消えた。
否、

「や、焼き尽くされた、だと……!?」

呆然とその光景を眺めていた晴香の口から、知らず言葉が漏れる。
己が操っていたはずの力の結晶は、今や忽然と姿を消していた。
聖の手に宿る蒼い焔がその勢いを増したとみるや、焔はまるで赤い刃に燃え移るように、
その版図を広げていた。
そして次の瞬間には焔に焼かれた部分の刃、それを構成するGLの力が、消えてなくなっていた。

「終わらせようか」

言葉は短く、瞳は昏かった。
ぷつり、ぷつりと小さな音が聞こえる。
聖の全身を貫き止めていたはずの赤い糸が、蒼い焔に炙られて焼け落ちていく音だった。

899Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:58:36 ID:L0DairV.0
「あ、ああ……」

聖が、一歩を踏み出す。
その足が踏みしめたところから、燎原の火の如く、蒼が拡がっていく。
瞬く間に己の力が相殺され、消えていくのを感じながら、晴香は迫り来る聖を見つめていた。

「心残りは幾つもあるが」

聖の静かな声が響く。

「私如きの命で巳間晴香、君を止められたことでよしとするさ」
「な……、命……!? 貴様、まさか……!」

中身のない、虚ろな笑みを浮かべた聖の言葉に、晴香は悟る。
力を失ったはずの霧島聖から溢れる、蒼い焔の正体。
その奇妙な陰の意味。

「貴様、私を道連れに……!?」

させじと、晴香は残る力を振るう。
足元の影から湧き出した赤い光を無数の槍へと変え、放つ。
しかし、

「無駄だよ」

そのすべてが、聖の身体に届くよりも前に焔に焼かれ、消えていく。
蒼い焔は今や、聖の全身を包んでいた。
それは聖自身を灯心として燃える松明のようにも見えた。

「く、来るな、来るな、来るな……!」

更なる一歩を退こうとした晴香の足が、何かに引っかかったように止まった。
思わず足元を見た晴香が瞠目する。

900Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:58:57 ID:L0DairV.0
「ひっ……!」

足首までが、燃えていた。
否、蒼い焔が、枷のように晴香の足首に絡み付いていた。
反射的に繰り出した光槍に、焔が燃え移る。

「クソ……がぁっ!」

驚愕と困惑をない交ぜにしたような感情に、晴香は胸の内側を掻き毟りたくなるような衝動に駆られる。
それが恐怖というものだと認めるのが嫌で、ただ赤い光の刃を聖に向けて放っていた。
その悉くが消えるたび、聖が一歩、また一歩と近づいてくる。
速まり続ける鼓動と、それに合わせた喘ぐような呼吸が限界に達したとき。

「いこうか、巳間晴香」

眼前に、聖が立っていた。
蒼く燃え盛るようなその手が、伸ばされる。
肩に、腰に腕が回されるのを、晴香は抵抗もできずに受け入れていた。
霧島聖にかき抱かれて、共に蒼い焔の中で燃え尽きていくのだと、それが避けられぬ定めと、悟っていた。
目を、閉じた。

901Ardente veritate(前編):2007/09/24(月) 14:59:17 ID:L0DairV.0


 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:G−4】

霧島聖
 【所持品:ベアークロー(魔法ステッキ互換)、支給品一式】
 【状態:元BLの使徒】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:異能・ドリー夢、気絶中】


→847 ルートD-5

902突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:49:51 ID:0XuMJ7H20
ルートB-10の作品投下します
だいぶ長めになってしまったので、二つに分けて掲載をお願いします>まとめさん

903突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:51:13 ID:0XuMJ7H20
何時の間にか陽は天高くまで昇り、己が存在を誇示している。
宇宙の彼方より放たれる膨大な熱量が、大気圏を乗り越えて地上に降り注ぐ。
少々度が過ぎた熱気の所為で遅くなってしまったが、那須宗一とその仲間達は、ようやく平瀬村の前まで辿り着いていた。
早速同志を探し出すべく、霧島佳乃が村の中に足を踏み入れようとしたが、そこで宗一が片手をサッと横に突き出した。
所謂、制止のポーズだ。

「宗一くん? どうしたの?」
「二人は此処で待っててくれ。俺が先に、周囲の安全を確認してくる」

不思議そうな顔で問い掛けてきた佳乃に対し、真剣な表情で言葉を返す宗一。
それも至極当然の事だろう。
村には人が集まりやすい――言い換えれば、襲撃される危険性も高いという事なのだ。
そして万が一強力な敵に襲撃されてしまった場合、足手纏いが居ては、守りながら戦いざるを得なくなる。
ならば此処は宗一単独で動いた方が良いように思えた。

「う〜ん……そうだね、分かったよ。宗一くん、君を探索役一号に任命する!」
「でも気を付けて下さいね? 那須さんに何かあったら、わたし悲しいです」
「ああ、大丈夫さ。こういうのは慣れっ子だ」

佳乃も古河渚も、宗一が世界トップクラスのエージェントである事は聞かされている為、無理に引き止めようとはしない。
少々心配ではあるが、プロの判断を信じて素直に見送る事にした。
宗一は自信に満ち溢れた笑みを浮かべた後、FN Five-SeveN片手に独り村の奥へと歩を進めてゆく。

そして、そのまま歩き続ける事数分、宗一の嗅覚が妙なモノを捉えた。

(これはまさか……血の匂いか?)

恐らくは、間違いない。
エージェントという職業柄、凄惨な現場に立ち会う機会も頻繁にある。
そして遠くからでも嗅ぎ取れる程の臭いがするという事は、それだけ激しい戦闘があったという事だろう。
宗一は益々警戒を強め、臭いがする方へと慎重に近付いてゆく。
ある時は民家の壁に身を隠し、ある時は腰を低くした態勢で駆け、狙撃される危険性を最小に抑える。
そんな行軍の末発見したのは、無惨にも殺し尽くされた二人の死体だった。

904突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:52:02 ID:0XuMJ7H20

「……っ、酷いな……」

倒れ伏す死体――北川潤と広瀬真希のもの――は両方が両方、頭部をボロボロに引き裂かれていた。
疑いようも無く、即死だっただろう。
下手に腹部などを撃ち抜かれるよりは、苦しまずに逝けた分マシと云えるかも知れない。
それでもその凄惨な死に様は、耐性の無いものが見れば吐き気を催してしまう程だった。
宗一は私情を抑え込んで、今後の戦いに必要な道具を揃えるべく、地面に落ちていたSPAS12ショットガンを拾い上げる。
調べてみれば弾切れであるようだったが、もし散弾を入手する事が出来れば、強力な広範囲攻撃が可能となるだろう。
SPAS12ショットガンを鞄に放り込み、続けて死体の片割れの肩に掛けられてある、デイパックを覗き込もうとする。
だがそこで、一際大きな銃声が宗一の鼓膜を震わせた。

「今のは……佳乃達を置いてきた方向からっ……!?」

一応佳乃にS&W M29を持たせてはいたものの、彼女達がマトモに戦闘出来るとはとても思えない。
宗一は直ちに荷物の回収を中断して、一目散に銃声のした方へと駆け出していった。



    ◇     ◇     ◇     ◇


「あ……貴女はっ……!」

銃声と共に現われた襲撃者の姿に、渚が怯えたような声を洩らす。
渚と佳乃の前方十メートル程の所に、二人の少女が屹立していた。
その片割れである見知らぬ少女――来栖川綾香は、S&W M1076の銃口をこちらへと向けている。
だが渚にとって衝撃的だったのは、綾香の登場などでは無い。
もう一人の襲撃者が、心底可笑しげな様子で口を開く。

「あら、貴女まだ生きてたんだ?」
「天沢、さん……」

記憶の奥底にまで刻み込まれた顔。
古河秋生と古河早苗を殺害した憎むべき怨敵――天沢郁未の再来。
それは渚にとっても、佳乃にとっても、余りに衝撃的過ぎるものだった。

905突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:52:56 ID:0XuMJ7H20

「貴女みたいなのが、これまで生き延びれたなんて……余程運に恵まれていたのかしら」
「天沢さんは未だ……殺し合いを続けているんですか?」
「ええ、当然でしょ? この戦いは、生き残りが一人になるまで続くんだから」

問い掛ける渚に対して、郁未は何の臆面も無く答える。
郁未からすれば、この殺人遊戯に於いて殺し合いを肯定しないなど、自殺行為としか思えない。
生き残れるのは一人である以上、真の信頼関係など有り得ない。
人を信用した所で、古河早苗のように寝首を掻かれてしまうだけなのだ。
続けて郁未は何か云おうとしたが、それを遮るように綾香がずいと前に躍り出る。

「ふん、何時までも下らないお喋りしてんじゃないわよ」
「……綾香。アレについて聞くつもりなのね?」
「ええ、私が聞きたいのは一つだけ。アンタ達……『まーりゃん』という女に心当たりは無い?」

綾香の握り締めたS&W M1076は、渚達の方へと向けられたままであり、交渉の余地など残されていない事は明らかだった。
佳乃も銃を持っているものの、構える時間があるとはとても思えない。
抵抗を試みれば、若しくは素直に答えなければ、すぐさま綾香の手元より凶弾が放たれるだろう。
そう考えた佳乃と渚は、正直に首を横へと振った。

「……ううん、知らないよ」
「わたしも……知りません」

答えた言葉は、全く嘘偽りのないものだった。
二人の表情には、嘘を吐いているような様子など一切見受けられない。
両方共がまーりゃんなる人物と出会った事すら無いのだから、当然の事だ。
その様子を確認した綾香は、大きな溜息を吐いた後――凍り付いた声で、言い放った。

「そう。じゃ、もう用は無いわ――死になさい」
「え……?」

これで話は仕舞いだと云わんばかりに、綾香はあっさりとトリガーを引き絞った。
呆然とする佳乃に向けて、無常にも10mm弾が放たれる。
唸りを上げる凶弾が、そのまま佳乃を貫こうとして――そこで、場に一陣の風が吹き荒れた。

「わ、わわわっ!?」

906突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:53:48 ID:0XuMJ7H20

突如腰に奔った衝撃に、突如訪れた浮遊感に、佳乃は混乱を隠し切れない。
佳乃の身体が、本人の意思とは無関係に宙を舞う。
決して逃れ得ぬ筈だった死の運命から身を躱した後、地面にそっと降ろされる。
済んでの所で現われた人物。
佳乃の腰を抱きかかえて跳躍し、運命を覆した人物は――

「やれやれ……ギリギリで間に合ったみたいだな」
「――――宗一、くん」

世界トップエージェント『Nasty boy』こと、那須宗一だった。

「佳乃、大丈夫か? 怪我は無いか?」
「……うん、平気だよ」
「そうか。なら――」

宗一は佳乃の無事を確認した後、前方の殺戮者達を思い切り睨み付けた。
郁未が殺し合いに乗っているのは周知の事実であるし、もう一人の女も佳乃を殺そうとした以上、打ち倒すべき敵であるのは明らかだ。
ならば、容赦する必要など何処にも無い。
敵が明確な殺意を以って襲い掛かってくると云うのならば、何をすべきかなど決まり切っている。

「――後はお前達を倒すだけだな」

告げられた声は、明確な敵意が籠められていた。
数々の戦場を潜り抜け、数多の強敵を打倒したトップエージェントが放つ、絶対的な威圧感。
篁や鬼の一族と云った人外連中を除けば、恐らくは世界一の威圧感。
常人ならば、それを向けられただけで竦み上がってしまうだろう。
だがその強大な威圧感を前にして尚、綾香と郁未は余裕の表情を浮かべたままだった。
見下したような目をした郁未が、悠々と口を開く。

「随分と簡単に云ってくれるわね。何、世界トップエージェントの自信ってヤツ?
 でもその割には、私が殺し合いに乗ってる事すら見抜けなかったようだけどね」
「……ああ、確かにそうさ。俺はお前や葉子が殺し合いに乗ってるって、見抜けなかったよ。
 その所為で、古河の両親が死んじまった事も認めてやる」

宗一はそう云って一瞬目線を伏せたが、すぐに顔を上げた。
頭の中に湧き上がった昏い感情を振り払い、心の奥底より叫ぶ。

「でもな――だからこそ、古河と佳乃だけは絶対に守り抜いてみせる!」

907突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:54:35 ID:0XuMJ7H20

それは揺ぎ無い決心。
エージェントとしてではなく、一人の男としての決意だ。
宗一は視線を横に送り、優しい声で言葉を紡ぐ。

「古河、佳乃。お前達は、傍にある民家の塀にでも隠れといてくれ」

流れ弾が当たる危険性なども考慮し、手早く指示を出す。
もっと遠くまで逃がした方が良い、という考えも浮かんだが、すぐにそれは打ち消した。
自分は世界トップエージェントNastyboyなのだ。
たとえ敵が二人居ようとも、一分と掛からずに無力化出来る筈。
ならば下手に遠くまで移動させるよりも、近場で待機して貰っておいた方が、後々の合流が楽になって良いだろう。

「分かりました……どうかお気をつけて」
「宗一くん、頑張ってね!」

渚と佳乃は宗一の指示に従い、すぐさま後方の民家目指して駆け出した。
そして、それを綾香が黙って見過ごす筈も無い。
無防備な背中を狙い撃つべく、S&W M1076の照準を動かす。

「はん、逃がすとでも――」
「……させるかっ!」
「チィ――――!」

だが綾香がトリガーを引くよりも早く、宗一のFN Five-SeveNが火を吹いた。
必然的に綾香は回避を強要され、銃弾を放つ事無く横へと飛び退く。
それは綾香にとって、予期していた行動ではなく、あくまで緊急退避用の苦し紛れと云えるもの。
着地の際に大きくバランスを崩してしまい、一、二秒程の隙を晒してしまう羽目になる。
そして通常なら問題無いようなその隙も、相手が宗一ならば話は別だ。

「――まずは一人目だ!」

宗一は綾香の硬直を狙って、素早く銃弾を放とうとする。
使い慣れたFN Five-SeveNならば、照準を定めるのに一秒と掛からない。
しかし刹那のタイミングで、宗一の発達した第六勘が警鐘を打ち鳴らした。
脳裏に沸いた悪寒を信じて、宗一は大きくサイドステップを踏んだ。
その直後、それまで宗一が居た空間を、鋭利な刃物が切り裂いてゆく。
宗一が視線を移すと、そこには鉈を構えた郁未が立っていた。

908突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:55:09 ID:0XuMJ7H20

「さあ、Nasty boyの実力とやらを見せて貰うわよ?」
「ク――天沢郁未っ……!」

下がる宗一の懐に、驚くべき速度で郁未が潜り込む。
ほんの瞬きの間程に、二度に渡る剣戟が繰り出される。
宗一は上半身を横に傾ける事で一撃目を回避し、続く二撃目をFN Five-SeveNの銃身で受け止めた。
一瞬の鍔迫り合いの後、宗一は間合いを取るべく後退しようとするが、そこに郁未が追い縋る。

「――逃がさないわよ。贓物を思い切りブチ撒けなさい!」
「く――は――このっ……!」

至近距離で矢継ぎ早に振るわれる鉈を、紙一重のタイミングで躱し続ける。
郁未が先手を取り続け、宗一には中々反撃の機会が訪れない。
銃は確かに強力な武器だが、どれだけの熟練者が扱おうとも、発射までには時間が掛かる。
照準を定めて、そしてトリガーを絞るという、二動作が必要なのだ。
それに対して、郁未の鉈は射程こそ短いものの、複雑な動作など必要としない。
近距離まで詰め寄ってしまえば、後は無造作に振るうだけで事足りるのだ。
それでも宗一本来の実力ならば、そして相手が只の女ならば、その程度の不利は跳ね返せる筈だったのだが。

(これがクラスAの能力者か……このスピード、隊長と大差無いじゃねえか!
 それに、何か身体の調子がおかしい……?)

相手はFARGOが生み出したる異能者、天沢郁未。
エージェントである宗一すらもその全貌は知り得なかったが、実際戦ってみると、予想以上の実力を持っている事が分かった。
太刀筋こそ未だ拙いものの、その速度、その迫力は、そこらの傭兵などとは比べ物にならない。
そして、それよりも更に不味いのが、先程から身体の反応が鈍い事だ。
何時もなら余裕を持って躱せる筈の一撃が、髪の毛を、服の先端を掠めてゆく。
それは、主催者の施した『制限』が原因なのだが――この島で碌に戦う機会が無かった宗一が、その事実に気付ける筈も無い。
だが宗一とて数々の修羅場を体験している以上、冷静さを失ったりはしない。

(落ち着け――任務中にはこれくらいのピンチ、幾らでもあったじゃないか。
 諦めずに打開策を見つけ出すんだ、Nasty boy!)

身体能力で圧倒出来ぬのなら、数々の経験によって培われた判断能力に頼るだけだ。
喉を裂きに来る剣戟を銃身で弾きながら、肩を砕きに来る一撃をステップで躱しながら、落ち着いて思案を巡らせる。
そして――

909突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:56:03 ID:0XuMJ7H20

「ちょこまかと……鬱陶しい!」

なかなか決しない勝負に業を煮やした郁未が、鉈を天高く振り上げる。
宗一はそれを銃身で受け止めようともせず、身を躱そうともせず、唯只立ち尽くす。
そうだ――近距離の戦いを強要されている以上、銃を撃てる機会など無い。
ならば、この状況を打開し得る手段は一つ。

「――どうせ撃つ暇が無いんなら、こんなモノいらねえ!」
「な――――!?」

郁未の表情が、驚愕に大きく歪む。
宗一は貴重な銃火器であるFN Five-SeveNを投げ捨てて、所謂徒手空拳の状態となったのだ。
世界トップエージェントは銃に頼り切るような小心者じゃない。
鍛え抜かれた肉体を生かした高速の肉弾戦こそが、Nastyboyの真骨頂……!

次の瞬間、郁未の腹部に奔る強烈な衝撃。

「ガアアアッ…………!」

鉈を振り下ろされるよりも早く、宗一の放った凄まじい右ストレートが、郁未の腹部へと突き刺さっていた。
一瞬にして、攻める者と守る者の立場が逆転する。
たたらを踏んで後退する郁未に、世界最強のエージェントが追い縋る。
郁未が苦し紛れに放った横薙ぎの一撃を、宗一は上半身を沈める事で空転させる。
続いて、がら空きとなった郁未の顎に向けてアッパーを繰り出した。

「フ――――!」
「ア……くああぁぁ…………!!」

勝負を決め得る一撃は郁未の左腕によって防がれたが、その程度で衝撃全てを殺せる筈も無い。
郁未の表情が苦痛に大きく歪む。
続けて宗一は小刻みに左のジャブを連発する。
それは勝負を決める為ではなく、あくまで速度を重視した牽制用の連撃だ。
繰り出した拳は間一髪の所で避けられたものの、郁未から反撃の時間を奪い去るという目的は果たした。
そして、宗一の狙いはもう一つあった。

910突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:56:52 ID:0XuMJ7H20

「――足元ががら空きだぜっ!!」
「――――あぐっ!?」

先程までの宗一の攻撃は、殆どが上半身を狙っていた為に、郁未の意識は上に集中していた。
そこで宗一は頃合を見計らって、防御が手薄となった郁未の左足にローキックを叩き込んだのだ。
予期せぬ衝撃に郁未の体勢が大きく崩れ、完全に無防備な状態となる。
今度こそ勝負を決すべく、宗一は拳で郁未の顎を打ち抜こうとして――

「きゃああああぁぁぁっ!」
「――――!?」

突如聞こえてきた悲鳴に、思わず振り向いてしまう。
そこで宗一の瞳に映ったのは、綾香に捕らえられている渚の姿だった。
残る佳乃も腹部を強打されたらしく、銃を取り落として地面に倒れ込んでいる。

綾香は渚の頭部にS&W M1076を突き付けながら、何処までも愉しげに口を開いた。

「ほら、お遊びの時間は此処までよ。これ以上抵抗すればどうなるか……云わなくても分かるわよね?」
「糞っ、しまった……!」

目の前で繰り広げられる現実に、宗一はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
甘かった。
もっとあらゆる事態を想定して、判断を下すべきだった。
天沢郁未との戦いに於いて、綾香は一度も攻撃を仕掛けて来なかった。
それは、銃火器を用いてしまえば郁未も巻き込みかねないからだ、と思っていたのだが。

「宗一くん、ごめんね……。あたし、すぐやられちゃったよ……」
「那須さん、わたしに構わず戦って下さい!」

人質に取られたままの渚が、地面に蹲ったままの佳乃が言葉を送って来たが、宗一は無言で首を横に振った。
悪いのは、自分だ。
もっと深く考えれば分かった筈である。
全日本女子エクストリームチャンピンオンである来栖川綾香については、当然宗一も知っている。
己の拳一つで頂点を掴み取った女。
それだけの格闘能力を持った人間が、ただ手を拱いているなど、有り得ない話なのだ。
ならば何故襲って来なかったのか――答えは一つ。
綾香は宗一との戦いを放置して、渚と佳乃を人質にするべく動いていたのだろう。

911突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:58:12 ID:0XuMJ7H20

何から何まで見通しが甘かった。
そもそも戦闘が始まる前に、敵を瞬殺出来ると決め付けていたのが、一番の間違いだった。
――全日本女子エクストリームチャンピオン、来栖川綾香。
――クラスAの能力者、天沢郁未。
彼女達は戦場用の訓練を受けている訳では無いが、警戒に値する肩書きを持ち合わせている。
ならば、もっと慎重に対応すべきだった。
敵がプロの軍人でなかろうとも、その実力を過小評価せずに、佳乃達を遠くまで逃がしておけば今の事態は避けられた。
古河親子を殺された時と同様、自分はまたも取り返しの付かぬ失敗を犯してしまったのだ。

郁未が不思議そうな表情をしたまま、動くに動けなくなった宗一を眺め見る。

「あら、もう終わり? 抵抗しないの?」
「出来る訳……ねえじゃねえか……」

疑問に対し返ってきた答えは、酷く弱々しい声だった。
郁未は一瞬目をパチクリとまばたきさせたが、すぐに歪んだ笑みを浮かべ、宗一に歩み寄った。
おもむろに大きく足を振り上げてから、吐き捨てる。

「フフ、確かに貴方は強い。でもね――」
「――うごッ! が……うぐっ……ぐあぁぁ……!」

郁未は何ら躊躇する事無く、宗一の腹部を思い切り蹴り飛ばした。
三発、四発と連続してその行動を繰り返すと、耐え切れなくなった宗一が地面に倒れ込んだ。

「アハハハハハハッ、貴方馬鹿でしょ!? 足手纏いを庇って殺されるなんて、只の犬死にじゃない!」

耳障りな哄笑を洩らしながら、郁未は天高く鉈を振り上げた。
慌てて渚が飛び出そうとしたが、綾香に抑え付けられている所為でそれは叶わない。
宗一も自分が動けばどうなるか分かっている為、逃げようとはしない。

「さよなら、那須宗一。何も成せないまま、蟻のように無意味に死んでいきなさい!」

その言葉と共に、凄まじい勢いで鉈が振り下ろされた。
逃れ得ぬ死の運命が、Nastyboyに降り掛かる。
そこで、誰かの叫び声、駆ける足音。

912突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:58:50 ID:0XuMJ7H20

「……駄目ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


そして――紅い鮮血が舞った。


「え…………?」


驚きの声は、この場に居る全員のものだ。
渚も、綾香も、郁未も、死に逝く運命にあった筈の宗一さえもが、呆然と目を見開いていた。
済んでの所で佳乃が飛び出してきて、宗一の代わりに鉈の犠牲となったのだ。
余りにも唐突な事態に、全員の思考が一時的に停止する。

それでも――それでも、宗一だけは即座に行動を起こした。
幼き頃より積み重ねた訓練のお陰で、身体だけは自然に動いた。

全員の意識が佳乃に集中している今こそが、唯一にして最大の好機。
宗一は地面に落ちていたFN Five-SeveNを拾い上げ、ほんの一息の内に構えた。
綾香がそれに気付いたのとほぼ同時、思い切りトリガーを引き絞る。
放たれた銃弾は狙い通りの位置へと飛んでゆき、綾香のS&W M1076を弾き飛ばしていた。
とは云え、未だ渚は拘束されているのだから、これ以上銃を用いるのは危険だろう。
宗一はすぐさま大地を蹴り飛ばして、綾香の懐にまで踏み込む。
そのまま突進による推進力も、不甲斐ない自分への怒りも上乗せして、恐るべき左ストレートを放った。

「――ウオオオォォォォォ!!」
「…………ちっ、この……!」

堪らず綾香は渚の拘束を解除して、自身の身を守る事に専念する。
綾香の顔面に向けて繰り出された拳。
それは今まで綾香が戦ったどんな相手の攻撃よりも、速く重いものだった。
ルールに守られた環境下で放たれる拳などとは、比べ物にもならない。

913突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 03:59:47 ID:0XuMJ7H20

「ぐぅぅぅっ!?」

宗一の放った一撃は、綾香がガードに用いた両腕へと突き刺さった。
圧倒的な破壊力により、無理やり綾香の身体を後方へと弾き飛ばす。
その直後、宗一は渚を抱かかえて後ろに跳ね飛び、両者の間合いはあっと言う間に10メートル程まで広がった。
人質の救出に成功した宗一は、ようやく佳乃の状態を確認しようとし――そして、見てしまった。

「か、の…………?」

宗一の喉奥から、酷く弱々しい声が漏れ出る。
眼前の光景が上手く理解出来ない
佳乃の斬り裂かれた腹部を染め尽くす、真っ赤な血。
一目で致命傷と分かってしまう程の、余りにも深過ぎる傷口。

――此度の苦戦は、全て自分に責がある。
自分は大きな失敗を犯してしまった。
自身の力を過信し、敵の実力を過小評価し、結果佳乃達を人質に取られてしまったのだ。
ならば此処で命を落とすべきは、自分を置いて他にはいない筈だった。

だというのに。
どうして佳乃が犠牲になったのだ。
どうして佳乃が、犠牲にならなくてはいけないのだ。。
頭の中が後悔と疑問で埋め尽くされ、他には何も考えられない。
そこで宗一の背後に迫る、一つの影。

「隙だらけよ――今度こそ死になさい!」

今が好機と云わんばかりに、郁未が宗一の背中へと斬り掛かる。
必殺を期したその攻撃は、決して生温いものなどでは無い。
だが宗一は背後へ振り向こうともしないまま、後ろ手で郁未の腕を受け止めた。
そのまま無造作に、郁未を綾香の方へと放り投げる。

914突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:00:23 ID:0XuMJ7H20

「……チッ、しっかりしなさいよ」

悪態を吐きながらも、綾香が郁未の身体を受け止める。
それは十分な隙だったが、宗一は敢えて直ぐに追撃を仕掛けない。
只唯その場に立ち尽くしたまま――自分の中で、一つの感情が膨張していくのを感じていた。
殆ど無意識に、口が動いた。

「殺して、やる……」

紡がれるは呪詛の言葉。

「よくも早苗さんを……よくも佳乃を……。皆……皆良いヤツだったのに……!」

古河早苗は死んだ――その優しさを、最悪の形で裏切られて。
霧島佳乃も、間も無く息絶えるだろう――不甲斐ない自分の、そして眼前の悪魔達の所為で。
殺される謂れなど何も無い、善良な者達だったのに、死んでゆく。

「絶対に許さねえ! お前ら全員、俺がブッ殺してやるっ!!」

瞬間、宗一から放たれる殺気が大きく膨れ上がった。
そう、それは正しく殺気。
混じり気の無い、極めて濃い純度の殺意。
危険な任務中に於いてでさえ、可能な限り相手を殺すまいとしていた宗一が、此処に来て初めて修羅と化した。
宗一が放ったドス黒い殺意は、周囲の空気を一瞬にして凍り付かせ、綾香と郁未の警戒心を最大限まで引き上げる。

「郁未、此処は……」
「……分かってる!」

綾香と郁未の間には信頼関係など築かれていないし、お互いを庇い合うつもりなどない。
だからこそ、これまでは各々が好き勝手に動いていたのだが、今回ばかりはそうも云っていられない。
目の前の敵は、二人で協力し合わなければ対抗し得ない存在だろう。
綾香はS&W M1076を拾い上げ、郁未は鉈を構え、二人同時に駆け出した。

915名無しさん:2007/09/25(火) 04:01:41 ID:0XuMJ7H20
ここまでが第一パートです
続いて第二パート、投下します

916突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:03:05 ID:0XuMJ7H20

「たああああっ!!」

――数々の戦闘を経て、制限されている環境下での戦い方がようやく分かってきた。
郁未は可能な限り不可視の力を引き出して、鉈を横薙ぎに振るう。
常人の限界を凌駕した一撃が、宗一の喉を噛み千切らんとする。

「っ――――」

宗一は上半身を僅かに後方へと逸らし、迫る白刃より逃れた。
この好機に郁未の腹部を撃ち抜きたい所だが、残念ながらそういう訳には行かない。
すぐ斜め後ろでは、綾香がこちらに向けて銃を構えて居るのだから。
宗一は即座に振り向き、それと同時にFN Five-SeveNのトリガーを引く。

「――――チ、出鱈目な察知能力ね……!」

綾香は狙撃を中断し、舌打ちしながら上体を大きく捻った。
それまで綾香の頭部があった辺りを、正確に破壊の塊が貫いてゆく。
ほんの一秒でも回避が遅れていれば、間違いなく致命傷になっていたであろう銃撃。
碌に照準を絞れぬ振り向き様の一撃だと云うのに、その精度は筆舌に尽くし難い。
それに何より、背後からの奇襲を未然に防いだのが有り得ない。
背中に目が付いているとしか思えないような勘の鋭さは、余りにも人間離れしている。
だが、綾香とて並の人間ではない。
銃器の扱いにこそ慣れていないものの、身体能力は此度の殺人遊戯に於いてもトップクラスだ。
綾香は銃撃戦では勝負にならぬと判断し、少し前の宗一と同じように自分から銃を捨てた。
腰を深く落として、吹き荒れる風のように疾駆する。

「―――ーセッ!!」

郁未が異能力による力押しを武器とするのならば、綾香は極限まで練り上げた技術を武器とする。
綾香は何一つ無駄の無い流麗な動きから、正拳突きを繰り出した。
芸術の域にすら達したと云えるそれは、宗一にガードを強要させる。
そして宗一が攻撃を受け止めたその瞬間、郁未もまた動いた。

「でりゃあああ!!」
「…………ぐっ!」

顔面に襲い来る鉈を、宗一は何とかFN Five-SeveNで受け止めた。
だが次の瞬間には、綾香が更なる連撃を繰り出していた為、反撃など許されない。
全能力を回避に注ぎ込んで、薄皮一枚の所で命を繋ぐのが精一杯だ。

917突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:04:00 ID:0XuMJ7H20
佳乃が倒される前に比べて、宗一の動きは格段に向上している。
郁未一人では銃撃を封じ切れなくなったのが、その証拠だろう。
今の宗一ならば、たとえ相手が『狂犬』醍醐や『地獄の雌狐』リサ=ヴィクセンであろうとも、負けはしない。
だが、二人掛かりとなれば話は別。
綾香と郁未の二人に張り付かれてしまっては、いかな宗一と云えども不利は明白。
まずは一旦距離を取って、仕切り直すべきだろう。
だが殺意に取り憑かれた宗一が、そのような選択肢を選ぶ筈も無い。

「……このおおおおおぉぉっ!!」

宗一はその場に留まったまま、強引に反撃しようとする。
腹部に迫る綾香の膝蹴りを放置して、相打ち狙いでFN Five-SeveNを放とうとする。
確かに相打ちにさえ持ち込めば、銃を用いた側が勝利するのは明白。
だがもう一人の強敵――天沢郁未の存在が、それを許さない。
宗一がトリガーを引くよりも速く、郁未の鉈が一閃された。
FN Five-SeveNの銃身が強打され、銃口は明後日の方向へと向きを変える。
それと同時に――

「――――ぐがっ……!」

宗一の腹部へ、綾香の放った膝蹴りが叩き込まれた。
強烈な衝撃に息が詰まり、視界がチカチカと点滅する。
手足の先端を痺れにも似た感覚が襲い、即座に次の動作へと移る事が出来ない。
そして至近距離での硬直は、綾香達のような強敵が相手では致命的。
綾香は全身全霊の上段蹴りを、郁未は強烈な薙ぎ払いの一撃を、ここぞとばかりに繰り出した。
二つの攻撃は、両方共が必殺と云うに相応しい威力を秘めており、生半可な防御では止めれない。
この場に留まったままでは対応不可能と判断し、宗一は否応無く後方へと飛び退いた。

「――――ク、ハ――ハァ…………」

宗一は十数メートル程の間合いを確保してから、懸命に乱れた呼吸を整える。
敵の片割れは日本でも有数の格闘技術を誇り、もう片割れは驚異的な身体能力を有している。
その両方を同時に相手するのは、想像以上に体力面への負担が大きかった。
そしてそんな宗一を前にして、郁未はニヤリと口元を吊り上げた。
見下すような、馬鹿にするような、そんな笑みだった。

918突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:04:50 ID:0XuMJ7H20

「……フン、啖呵を切った癖にこの程度? 世界トップエージェントっていうのも、案外大した事が無いようね」
「…………っ」

笑みをより一層深めながら、郁未は続ける。

「佳乃もこんな奴を庇って死ぬなんて馬鹿ね。そこらの蟻の方がまだマシな死に方してるわよ」
「――――ッ!!」

己の仲間に向けて浴びせられた、口汚い罵倒の言葉。
瞬間、宗一は怒りの余り視界が真っ白になった。

「黙れっ……黙りやがれええぇぇっ!!」

激情の赴くまま、真っ直ぐ郁未に殴り掛かろうとする。
だが何の工夫も無い感情に任せた突撃では、郁未と綾香の二人を打ち破るのは不可能だろう。
先の一戦で、既に双方の戦力差は証明されているのだ。
良くて先と同じく貴重な体力を浪費、最悪の場合致命傷を負わされてしまう危険性すらある。
余りにも無謀な行為。
それを止めたのは、突如聞こえてきた弱々しい声だった。

「だ……め……だよ……」
「――佳乃っ!?」

聞き慣れた声に宗一が振り向くと、こちらに視線を向けている佳乃の姿があった。
佳乃の瞳は既に半ば光を失っていたが、とても強い意志を感じさせるものだった。

「霧島さん、喋ったら駄目です! 今は安静にしてないとっ……」

渚が佳乃を抱き上げた態勢のまま、必死に制止の声を上げた。
しかし佳乃はゆっくりと首を横に振ってから、一つ一つ言葉を紡ぎ始めた。

919突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:05:45 ID:0XuMJ7H20

「宗一くん……は……エージェント、なんでしょ? だったら……落ち着かないと……駄目だよぉ……」
「…………っ、分かった……」

宗一は掛けられた言葉に何も反論出来ず、ただ頷く事しか出来なかった。
善良な人々を傷付ける綾香と郁未は憎いが、今は佳乃の云い分に理がある。
今自分達が追い込まれている窮地は、感情任せの戦い方では覆せない。

「すまん佳乃……。俺、お前を守るって云ったのに……助けられてばっかりだ」

宗一は自分の不甲斐なさが憎かった。
本来守るべき対象である筈の佳乃に救われた自分自身が、心底情けなかった。
佳乃達を守ると宣言しておきながらこの体たらくでは、糾弾されて叱るべきだろう。
だというのに――佳乃はにこりと微笑んで、云った。

「気に……しないで……。仲間って云うのは……助け合う、ものなんだから……。
 それに、宗一くんは……こんな所で……死んじゃ……いけない人だから……」

紡いだ言葉は、嘘偽りなど一切混じっていない。
佳乃は宗一を恨んでなどいなかった。
既に40名以上もの人間が死んでしまった殺戮の孤島で、自分がこれまで生き延びて来れたのは、間違い無く宗一のお陰だ。
宗一は足手纏いでしかない自分をずっと保護してくれた上、危険な場面では必ず先陣に立っていた。
渚の両親が殺されてしまった時は、心の底から激昂していた。

そのような経歴を踏まえれば、理解出来る。
Nastyboy那須宗一が、どれ程の実力者なのか、どれ程の正義感を胸に秘めた男なのか、十分に理解出来る。
宗一はこのような所で死んで良い男では無い。
もっと多くの人間を救える筈だ。
だからこそ、己の身を挺して庇った。
自分自身の命を盾にして、凶刃から宗一を救ったのだ。
そんな自分の選択が、間違いだとは思っていないから――穏やかな笑みを湛えたまま、問い掛ける。

920突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:07:04 ID:0XuMJ7H20

「ねえ宗一くん……。仕事を……依頼しても……良いかな……?」
「……ああ。何でも云ってくれ」

もう身体の感覚は無いし、視界もぼやけ始めている。
これ以上話を続ければ、只でさえ残り少ない余命が更に削られてしまうだろう。
それでも佳乃は最後の力を振り絞って、己の想いを告げる。

「お願いNastyBoyさん……皆を助けてあげて。
 渚ちゃんを……そして往人くんやお姉ちゃんを、守ってあげて……」

皆の幸せ――それこそが佳乃の願い。
死に往く少女が抱いた、一番の願いだ。

「でも、ごめんね……。依頼料は……払えそうも……無い、よ……」
「……金なんかいらないさ。安心してくれ、絶対に俺が皆を守ってやるからな……!」
「えへへ、ありがとう……。どうか、宗一くん……渚ちゃん、も――――」

そこで、佳乃の動きが緩やかに停止した。

「霧島さんっ!? 霧島さん、しっかりして下さい……!!」

渚が必死に佳乃の身体を揺さぶったが、言葉の続きは紡がれない。
佳乃の口は閉ざされたままで、もう動こうとはしない。
全てを伝え切る前に、満身創痍の肉体が生命活動を停止してしまったのだ。

「霧島さんっ……、どうしてこんな事に…………!!」

宗一が必死に激情を噛み殺し、綾香と郁未が呆れ気味な表情を浮かべる中、渚の嗚咽だけが響き渡る。

佳乃は結局、宗一に与えられたS&W M29のトリガーを引く事は無かった。
早苗や秋生が殺された時も、渚を人質に取られた時も、恐るべき襲撃者達に立ち向かう事は出来なかった。
それでも――それでも、彼女は何も成し遂げずに逝った訳では無い。
彼女の行動があったからこそ、宗一は今も未だ生きていられるのだ。
佳乃は自身の命と引き換えに、主催者に対抗し得る数少ない希望を繋ぎ止めたのだ。
そして彼女の死に様は、残されたもう一人の仲間にも大きな変化を齎していた。

921突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:08:23 ID:0XuMJ7H20

古河渚。
両親を殺されたにも関わらず、尚戦いを否定しきてた少女が、ゆっくりと立ち上がる。
両の瞳から涙を流したまま、郁未達の方へ首を向ける。

「天沢さん。貴女は前、わたしに云いましたよね――『あなたに一つの選択肢を与えるわ』と」

語る渚の手には、S&W M29が握り締められていた。
先程の戦いで佳乃が取り落とした、人を殺す目的で作られた武器が、しっかりと握り締められていた。

「ああ、そんな事もあったわね。それで? 貴女は何が云いたい訳?」
「あの時わたしは戦いを拒否した。殺し合う事を拒否した。だけど、それはもう終わりです。
 霧島さんは精一杯、自分に出来る事をやりました。だから――」

精一杯の勇気を振り絞って、心の中で両親に謝りながらも、告げる。

「――わたしも戦います。貴女達と戦って、仲間を守ります」

それは、明らかな宣戦布告。

「お前、何云ってんだよ!? そんなの、危険――」
「霧島さんは……仲間として、命懸けで那須さんを助けました。それなのにわたしだけ、ただ守られてるなんて出来ません」

慌てて制止しようとする宗一を、渚はピシャリと撥ね付けた。
自分なりに一生懸命考えて、仲間の死を受けて、ようやく出した答えなのだ。
どのような言葉を掛けられようとも、決意を改めるつもりなど毛頭無かった。
だがそんな少女の決意を、綾香が一笑に付す。

「――仲間? アンタ何寝惚けてるの? 何時裏切られるか分からないんだから、他人なんて信用出来る訳ないじゃない。
 ましてや命懸けで助けるなんて、タダの莫迦よ」

実際に一度騙された経験がある綾香からすれば、渚の言動は無価値な綺麗事だ。
いかに優れた力を持った人間であろうとも、内部からの裏切り行為には対応しようが無い。
無防備な背中を一突きされてしまえば、若しくは食事に毒を盛られでもしてしまえば、それで終わりなのだ。
ならば他人を信用するなど、有り得ない話だった。

922突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:10:17 ID:0XuMJ7H20

「……そう云う割には、お前だって天沢と手を組んでるじゃねえか。お前達二人は仲間じゃないのか?」

嘲笑交じりの綾香に対し、宗一が疑問を投げ掛ける。
先程から綾香と郁未は肩を並べて襲撃して来ているのだから、両者が手を結んでいるのは明らかだった。
だが綾香は一つ溜息を吐いた後、やれやれと云った風に肩を竦めた。

「とんだ勘違いをされたものね……これはただ利用し合ってるだけよ。そう、アンタ達みたいな偽善者の群れを叩き潰す為にね」
「そうね。最後には綾香も殺して、私が優勝するわ」
「ほざくな、死ぬのはアンタよ。……でも、今は――」
「ええ、分かってる」

綾香と郁未は穏やかでない言葉を交わしながらも、臨戦態勢へと移行し始める。
郁未は鉈を深く構え、綾香は鍛え抜いた己の拳を撃ち出す構えとなる。
実力者二人が戦闘態勢を取った事により、否が応にも戦場に漂う緊張感が高まってゆく。
渚が戦う事に難色を示していた宗一だったが、このような状況下では、もう迷っている暇など無かった。

「――古河。敵は強い……どうしても戦うと云うのなら、絶対に躊躇なんてするな。
 一瞬の遅れが致命傷に繋がると思ってくれ」
「はい……大丈夫です」

宗一と渚が各々の銃器を構える。
圧倒的な身体能力を持つ三名に比べて、渚だけが余りにも無力。
間合いを詰め切られてしまえば、瞬く間にやられてしまうだろう。

――勝負は、一瞬。

923突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:11:41 ID:0XuMJ7H20

郁未と綾香の足元が、ほぼ同じタイミングで爆ぜた。
突撃する二人に向けて、宗一と渚が次々に銃弾を撃ち放つ。

「――――そこだっ!!」
「――っ、まずは私狙いって、ワケね…………!」

宗一の標的となった郁未は即座に前進を中断して、自身の全能力を回避に注ぎ込んだ。
恐るべき精度で放たれる宗一の銃撃も、反撃さえ考えなければ、決して対応不可能ではない。
郁未は銃口の向きから攻撃箇所を予測し、連射される銃弾を間一髪の所で躱してゆく。
そして、郁未が宗一の攻撃を引き付けているという事は、即ち綾香が自由に動けるという事。


「――ほらほら、何処狙ってるのよ! そんなんじゃ何時まで経っても当たらないわよ!?」

綾香はジグザグに走行する事で渚の銃撃を掻い潜りながら、まるで臆さず間合いを詰めようとする。
宗一のものと違い、渚から放たれる銃撃は極めて狙いが甘かった。
照準を定めるまでの時間も長い為、十分な余裕を持って躱す事出来る。
加えて自身の胴体部を守る防弾チョッキの存在。
それが綾香に絶対の自信を齎していた。

「甘いってんのよ! アンタみたいな偽善者に、この私が負けるものか!」

渚が引き金を絞るよりも速く、綾香は横に身体を動かして銃の射線上から逃れる。
その間も駆ける足は止めず、見る見るうちに両者の距離が縮まってゆく。
そして回転式拳銃であるS&W M29の装弾数は、決して多くない。
ガチャッガチャッ、という金属音。

「た、弾切れっ……!?」
「さあ――血反吐をぶち撒けろ!」

924突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:14:08 ID:0XuMJ7H20

狼狽する渚の眼前に、絶対に逃がさないと云わんばかりの勢いで綾香が迫る。
勝利を確信した綾香が、銃弾を切らしてしまった渚に猛然と襲い掛かる。
その構図は、哀れな犠牲者である草食動物と、捕食者である肉食動物のようだ。

だが――それは、絶対じゃない。
時には草食動物が一糸報いる事もある。

「てやああああああっ!!」
「な――に―――――!?」

綾香の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
綾香は既に、大の男すらも一撃で悶絶させるボディーブローを放とうとしていた。
だというのに渚は後ろに下がったりせず、寧ろ自分から綾香に向かって踏み込んだのだ。

自分は戦うと決めた。
ならば相手が屈強な難敵であろうとも、やるべき事は一つ。
逃げ惑う必要など無い。
怯える必要など無い。
腹部に迫る綾香の拳など無視して、全力でS&W M29の銃身を振り下ろす――!

「がっ…………」
「―――ぐああぁ、ク、ソッ……!」

結果は相打ち。
渚は短い呻き声と共に地面へ崩れ落ちたが、綾香もまた即頭部を強打され、一時的な脳震盪に襲われた。
そして、その隙を宗一が見過ごす筈も無い。
宗一は一瞬にして標的を切り替え、綾香の胸にFN Five-SeveNの銃口を向けた。

925突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:15:09 ID:0XuMJ7H20

「――沈みやがれえええええええ!!」
「そ、そんなモノ――――」

絶対的絶命状況だったが、未だ綾香は諦めていなかった。
何しろ彼女の胸部は、堅固な防弾チョッキで覆われているのだから。

しかし数々の戦場を渡り歩いた宗一が、防弾チョッキの存在に気付いていない筈も無い。
FN Five-SeveNは、凄まじい貫通力を誇る特殊拳銃。

唸りを上げる5.7x28mm弾の前には、防弾チョッキなど無意味……!



――照り付ける太陽の下、一発の銃声が響き渡った。



「―――ーガ、ハッ……」


放たれた銃弾は防弾チョッキを貫き、正確に綾香の心臓へと突き刺さった。
紅い花が咲き誇るかのように、綾香の胸部から鮮血が噴き出す。
途方も無い量の血が地面に撒き散らされ、あっと言う間に水溜りを形成した。
そして、ビシャリという音と共に、綾香の身体がその上に倒れ込んだ。
心臓を破壊されて生きていられる人間など居ない。

狩られる立場だった筈の人間による、決死の反撃。
それが決定的な要因となって、修羅道を歩んでいた少女――来栖川綾香は、此度の殺人遊戯から脱落した。

926突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:17:38 ID:0XuMJ7H20




宗一は綾香が息絶えたのを確認してから、すぐさま倒れ伏す渚へと駆け寄った。

「――大丈夫か、古河っ!」
「ええ、何、とか……」

渚は腹部を押さえながらも、宗一の肩を借りてゆっくりと立ち上がった。
本来の綾香のボディーブローならば、内臓を潰される恐れもあったが、意表を突いた為に最小限の被害で抑えられたのだ。
とは云えその怪我は決して軽いもので無く、戦闘の続行は不可能だろう。
だが問題無い――敵は、もう一人だけなのだから。
宗一はそっと渚から離れて、残る敵対者である郁未を睨み付けた。
早苗の信頼を踏みにじった憎むべき怨敵に対し、身体中で吼える。

「見たか! これが……何より気高い想いの力だ! 仲間を想う『愛』の力だ!!」

叩き付けた言葉には、筆舌に尽くしがたい程の想いが籠められている。
――娘を遺したまま逝った、早苗と秋生。
――己の身と引き換えに仲間を救った、佳乃。
――この島では合流する事すら出来なかった、伏見ゆかりや梶原夕菜、そしてエディ。
今の宗一は、多くの仲間の死を背負っている。
身体能力を制限されているとは云え、凄まじいまでの力を発揮する事が出来るだろう。
だがその宗一を前にして尚、綾香の死を受けて尚、郁未は何事も無かったかのように哂っていた。

「フン……何が『愛』よ。綾香を倒したからどうだって云うの? まさか私を倒せるとでも思ってるワケ?」
「それはこっちの台詞だな。俺に勝てるとでも思ってるのか?」
「……残念だけど、実力では劣ってると思うわ。でもね、さっき渚が証明したばかりじゃない――」

郁未はそう云って己の腕時計――民家で入手した物――を一瞥した後、鞄に手を押し込んだ。
中に入っていたあるモノを取り出して、思い切り投擲する。

927突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:18:40 ID:0XuMJ7H20

「――強い方が必ず勝つとは限らないって!」
「―――――――ッ!?」

郁未が放り投げたのは、一見何の変哲も無い『アヒル隊長』という遊具だった。
投げ飛ばされたアヒル隊長が宗一達の足元に転がると同時、郁未は弾かれたように駆け出した。

「じゃあね、生きてたらまた会いましょう!」

傍に落ちてあった綾香の鞄とS&W M1076を拾い上げ、一目散にこの場から逃げ出そうとする。

「このっ、逃がす――」

怨敵の逃亡を防ぐべく、宗一はFN Five-SeveNの照準を合わせようとした。
だが何故か、脳裏に嫌な予感が沸き上がった。
銃で狙われている時すらも凌駕する程の、圧倒的悪寒。
宗一はその理由を考える暇すら惜しみ、渚の身体を抱え上げてから全力で疾走する。

「宗一さん、いきなりどうしたんですか!?」
「何か――ヤバイッ!!」

決定的な好機を放棄してまで退避しようとする、おおよそ常人には理解出来ぬ行動。
だが宗一の取った行動は正しい――郁未が投擲したアヒル隊長には、時限式爆弾が仕込まれているのだから。
宗一達の背後で光が膨れ上がり、その直後に荒れ狂う爆風が巻き起こった。

「……うあああああっ!!」

宗一と渚は爆風の煽りを受け、ゴロゴロと地面の上を転がってゆく。
舞い上がる土煙が視界を埋め尽くし、激しい爆音が鼓膜の機能を一時的に奪い去る。
早めに察知出来た事が幸いし、大きな傷を負うのは避けられたが、すぐに行動を再開出来る程楽な状態でも無い。
地面に倒れ伏してから、数十秒。
ようやく宗一達が身体を起こした時にはもう、郁未の姿は何処にも見当たらなかった。

928突きつけられた選択(Ⅱ)/アンサー:2007/09/25(火) 04:20:36 ID:0XuMJ7H20

「クソッ、逃げられたか!」

宗一は口惜しげに舌打ちしたが、最早どうしようも無い。
郁未が何処に逃げたかも分からない以上、今から追いつくのは不可能だろう。
宗一がそう判断したのとほぼ同時に、渚が哀しげな声を上げた。

「宗一さん。わたし……霧島さんの……お墓を、作ってあげたいです」
「ああ……そうだな。俺達の……命の恩人だもんな」

墓を作るという行為は、常識的に考えれば体力の浪費としか言いようが無い。
しかしながら、宗一は迷わず首を縦に振った。
エージェントとしての判断では無く、一人の人間として判断がそうさせた。
宗一と渚は二人で協力して、佳乃の亡骸をゆっくりと運び始める。
大きな悲しみを、そして揺ぎ無い決意をその胸に抱きながら。


――仲間との連携によって、絶対的な窮地を覆した那須宗一と古河渚。
――己一人の力のみで、危機的状況から逃げ切った天沢郁未。

対照的な両者が再び出会う事があるのかどうか、それは未だ誰にも分からない。


【時間:2日目12時40分頃】
【場所:G−2】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 0/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:腹部打撲、中度の疲労】
【目的:まずは佳乃の死体を埋葬する。その後どうするかは不明。最優先目標は宗一を手伝う事】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数11/20)、包丁、SPAS12ショットガン0/8発、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:腹部に軽度の打撲、疲労大】
【目的:まずは佳乃の死体を埋葬する。その後どうするかは不明。最優先目標は往人、聖、渚、その他善良な人々を守る事】

天沢郁未
【持ち物:S&W M1076 残弾数(4/6)とその予備弾丸22発・トカレフ(TT30)銃弾数(5/8)・ノートパソコン、鉈、薙刀、支給品一式×3(うちひとつは水半分)
 腕時計】
【状態:右腕軽症(処置済み)、左腕と左足に軽い打撲、腹部打撲、中度の疲労、マーダー】
【目的:まずはもう少し離れた場所まで逃亡する。最終的な目標は、優勝して生き延びる事】

霧島佳乃
【状態:死亡】

来栖川綾香
【状態:死亡、一部破損した防弾チョッキを着ている】


【備考:綾香が着ていた防弾チョッキ(一部破損)は現場に放置】

→850
→898
→903
ルートB-10

929Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:38:37 ID:h09s4wCg0

その瞬間は、訪れなかった。


***


巳間晴香が静かに目を開ける。
その瞳がまず写したのは、蒼という色。
霧島聖の命が燃える色だった。

徐々にその焦点が、透き通る焔を通り抜けた向こう側へと引き絞られていく。
そこにあったのは、日輪を背にして立つ、一つの影だった。

世界の色が変わっていく。
幻か、と晴香は働かぬ頭で思う。
否、幻などではなかった。
晴香の赤を圧倒して世界に満ちていた蒼が、影へと引き寄せられていた。
始めはせせらぐ小川のようだった蒼い力の流れが、次第に勢いを増していく。
奔流と化した蒼が影へと吸い込まれるように消える。
すると影から新たな色が染み出すように現れ、代わりに周囲を満たしていくのだった。

「青……」

我知らず、晴香が呟く。
揺らめく焔の如き蒼を吸い込み、代わりに影から湧き出していた色は、青であった。
逆巻く波濤の荒々しさを、風吹き荒ぶ天空の激しさを、蒼という色の持つ棘をすべて抜き去ったかのような、静謐の青。
音もなく揺れる水面の色だった。

「―――駄目だよ、キリシマ博士」

無音の世界に、声が響く。
影が、言葉を放っていた。

930Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:39:18 ID:h09s4wCg0
「その力は、使っちゃいけない。
 それを使った人がどうなったか、見ていたはずだよ……先代BLの使徒、霧島聖は」

声と共に、蒼の奔流がやむ。
同時、晴香を抱くようにしていた聖が、がくりと膝を落とした。
絞り出すような声で、言う。

「マ、ナ……どうし、て……」

崩れ落ちようとする身体を必死に支えながら、聖が影―――観月マナをその視界に捉える。
視線はマナの掲げる一冊の本に向けられていた。

「その……輝き……、そうか……君は……」
「うん。―――聞いたんだ、この子達の声。これまでのこと……そして、これからのこと」

少女らしからぬ、ひどく深い眼差しをして、マナが頷く。

「だから……」

言いかけた瞬間、怒声が響いていた。

「私を……ッ、私を、無視するなぁッ!」

世界を満たす青に抗するような、一点の赤。
先刻とは正逆の状況で立っていたのは、巳間晴香である。

「観月マナ……BLの使徒! 私は貴様を待っていたのだ……!」

瞳に憤怒、両の拳には激昂。
相討ちによる死の覚悟と、そこから脱した安堵。
救われたという屈辱。真の獲物を見出した歓喜。
正と負の感情がない交ぜになって、晴香の心を荒れ狂わせていた。

931Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:39:44 ID:h09s4wCg0
「何のつもりかは知らんが……好都合だ、二代まとめてこの鬼畜一本槍の力に沈めッ!」

足元から涌き出た赤黒い光が、瞬時に長槍へとその姿を変える。
それを手にするや、目にも止まらぬ速さで投擲。
轟と唸りを上げるその穂先が正確にマナを射抜かんと迫り、そして、その寸前で砕けた。

「そ、んな……!?」

観月マナの眼前を漂う、紫色の光。
それが、一瞬前まで渾身の殺意を乗せてマナを貫こうとしていた、晴香の力の成れの果てであった。

「完全に、相殺された、だと……!」
「……あなたの力は鬼畜攻」

呆然と立ち尽くす晴香の耳朶を、静かな声が打つ。

「ならば、天然受で世界は閉じる。……それが道理」
「何、を……」
「百合では未分化な、攻と受の力……その構図と可能性。BLはそれを追い求め続けてきたんだよ。
 あなたたちの型は、その模倣。それではもう、今のBLには追いつけない」

言葉と共に、マナの手にした本が輝きを増す。
晴香の目には、世界を包む青が濃くなったように見えた。

「たとえば攻には、こんな使い方もあるんだ」

マナの掲げる本が、どくりと脈を打ったように感じられた。
思わず一歩を退いて、晴香は己が背にべったりと汗をかいているのを知った。
掌もじっとりと湿っている。

「……下克上攻の力は、受攻を逆転させる。あなたの攻が強ければ強いほど、それは激しく受に転じる」

言葉の意味は、よくわからなかった。
戦慄と困惑、先刻感じた死のイメージとは別の恐ろしさ、根源の恐怖が晴香を支配していた。
あれは、絶対に喰らってはいけないものだと、精神のすべてが全力で警告を発していた。
全身の筋肉が錆付いたように重い。
精神の過負荷が、肉体の挙動を妨げていた。
あれは、ダメだ。
あれは、ひどくいやなものを呼び起こす。
なにか、思い出してはいけないもの。
思い出しては。いけない。過去。教団。いけない。
男。苦痛。絶望。いけない。いけない。いけない。
断裂した思考が、一つの像を結ぼうとする。
全力で拒絶。拒絶。拒絶。失敗。
過去が、現在を侵食する。
咽喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げようと口を開いた瞬間、精神が強引に意識のスイッチを落とした。

瞬間、網膜が現実を映し出す。
青、一面の青。
それを最後に、意識が、途絶する。


***

932Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:40:01 ID:h09s4wCg0


ぱん、と小さな音が響いた。
それがすべての合図だったかのように、世界から色が落ちた。


***

933Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:40:51 ID:h09s4wCg0

一つの骸と、横たわる三つの姿。
それが、一瞬前まで観月マナが見ていたものだった。

霧島聖は精魂尽きて倒れ伏し、巳間晴香は意識を失ったまま下克上受の力に飲み込まれる。
そのはずだった。

小さな音が、世界を一変させていた。
青も赤も、周囲から消えていた。

草木は緑に、大地は黄土色に、空には雲の白。
世界が、その本来の色を取り戻していた。

一つの骸と、横たわる三つの姿。
そしてもう一人、眼前に立つ人物。
その白く小さな両手が音を立てて打ち鳴らされた、ただそれだけで、青も赤も、世界の支配権を失っていた。

「―――そこまで」

低く淀み、高く澄み渡るような、少年とも少女ともつかぬ、不思議な声だった。
声も出せぬマナの眼前で、その人物が優雅に会釈をしてみせる。

「はじめまして、BLの使徒……観月マナ」

霧に煙るような、妙に光を映さぬその瞳が、マナを見据えていた。
底知れぬ雰囲気に呑まれるマナに、薄い微笑が返される。

「天野美汐と申します。……以後、お見知りおきを」

ただ手の一打ちで世界を覆した人物の、それが名乗りであった。


***

934Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:41:54 ID:h09s4wCg0

「ああ、そう警戒なさらず。私は貴女の敵……GL団と称する方々に与しているわけではありません」

BLの使徒、という言葉にマナの緊張が高まるのを感じたか、天野と名乗る人物は小さく肩をすくめてみせる。
そのどこか捉えどころのない、茫洋とした仕草にマナは警戒の度を強める。
一見して自分とそれほど年齢の変わらない、少女のような外見をしてはいるが、漂わせる雰囲気が
決して油断のならぬ相手だと如実に告げている。
そんなマナの内心を知ってか知らずか、天野は奇妙に抑揚のない声で言葉を続ける。

「先ほどは水を差すような真似をして申し訳ありませんでした。もう少し早く声をかけさせていただくつもりが、
 盛り上がっておられたようなのでつい見入ってしまいました」

笑みともつかぬ形に口の端を僅かばかり歪め、天野が目を細める。
その人を苛立たせるような調子に惑わされてはならないと、マナは直感していた。
心中の平静を保つために一呼吸。口を開く。

「……それで、その天野さんが何の用?」
「いえ、用というほどのことでもないのですが……」

そこで言葉を切り、天野はたっぷりと間を開ける。
静謐というにはあまりにも粘度の高い沈黙の後、天野がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ごく簡単なこと―――そのお二人の身柄、私が預からせていただこうかと」
「……!? あなた、やっぱり……!」

GLの新たな刺客か、と思考するより早くマナはBLの力を発動させる。
手の図鑑から青い光が溢れ出すのを鎖の形と成し、放つ。
相手の出方に合わせる危険を察知したが故の、先手必勝で拘束を狙う動きだった。
が、その思惑は果たされずに終わることとなる。

「……貴女が、先ほど仰ったことですよ。攻と受は一体の型……仕組みを理解すれば、相殺は容易」

天野が、静かに片手を掲げていた。
一流の指揮者が振るうタクトの如き迷いなく美しいその軌跡から、赤い光が紋様を描くように浮き出してくる。
赤の紋様が飛来する青い鎖を受け止めるや、両者はまるで初めから存在しなかったかのように、空中で掻き消えていた。

935Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:42:42 ID:h09s4wCg0
「な……っ!?」
「そんなに不思議ですか? GLの力を使う者が、BLの型を知ることが」

言いながら、天野はその白い指を宙に走らせる。
次々と生み出されていく光の紋様が、互いに手を取り合うように繋ぎあわされていく。

「攻には受、受には攻―――変幻自在のスタンス、『パーフェクト・リバ』……。
 その名で呼ばれることも、久しくありませんでしたが」

対抗するようにマナもBL力を展開しようとするが、光はその都度、小さな赤い紋様にかき消される。
万華鏡のように展開した赤と青の光が、しかし次の瞬間には赤一色へと変わっていく。
あらゆる攻の型、受の型が瞬時にして相殺されていくのを、マナは戦慄をもって見る。
恐るべき精度、恐るべき反応の速さであった。
気づけば、周囲は赤い光に埋め尽くされていた。

「……っ!?」

無数に展開した細かな赤の紋様の配置に目を走らせたマナの目が見開かれる。
単体では小さな紋様が、しかし確かな規則性をもってそこに並べられていた。
複雑に絡み合ったそれが、巨大な一個の紋様を形成している、と理解した瞬間、天野の言葉が厳かに響いていた。

「BLに、GLの及ばぬ領域があるように……百合にもまた、あなた方の踏み入れぬ世界があると知りなさい」

赤の光がその輝きを増し、その中心にいるマナを真紅に照らし出した。
紋様が、収縮していく。

「相克の理を越え、終に至った道―――」

全力で展開するマナのBL力が、次々に相殺されていく。
赤が、迫っていた。

「貴女に、薔薇の花冠を」

言葉と共に。
赤の紋様が、完成していた。
マナの前後左右に長く展開したそれは、

「十字架……ッ!?」

神性をすら備えた、圧倒的なGL力の波濤がマナを包み込んでいた。
真紅に塞がれゆく視界の中、天野の手が聖へと伸ばされるのが見えた。
待て、と叫ぶ余裕すらなかった。
自身の肉体を、精神を染め上げようとするGL力に抗するべく力を振り絞るより他に、
何一つとしてできることはなかった。
手にした図鑑の脈動だけが、今のマナに感じられるすべてだった。


******

936Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:43:19 ID:h09s4wCg0

「やはり怖ろしいものですね、使徒というのは」

遥か背後、天を焦がさんばかりに噴き上がるBL力を感じて、天野美汐はひとりごちる。
運命という無形の力に護られているものを、正面から相手にすることはない。
そう考えてはいたが、初見の型を力づくで返すほどの化け物じみた底力には驚愕を通り越して
呆れてしまう。

「それでも、充分な時間稼ぎにはなりました」

言って足を止め、振り返る。
赤い光の十字架に磔にされたような、ぐったりとした二人の女性。
巳間晴香と霧島聖の姿がそこにあった。

「贄は……私が活用させていただきます」

その言葉は、先ほどまでの独り言じみたそれではなく、それを聞くものがいると信じる確かさで紡がれていた。
視線もまた、進み行く方向、歩み来た方向でもない傍らの森の中へと注がれている。

「そう何もかもが思い通りにはいかないと、貴女も知ったほうがいいでしょう。
 ……黙示録は因果の外側を記しはしないのですから」

しばらくの間、無言で深い森の闇を見つめていた天野が、ふと視線を逸らして溜息をつく。
そのまま再び歩み出す。連れて、背後の十字架もまたゆっくりと動き出した。
まるでもう、そこには誰もいなくなったというようだった。

「それにしても、あの方……」

歩きながら思い出したように呟かれるその声は、誰に聞かせるでもないものに戻っていた。

「可能性を呼び起こす―――いえ、繋ぐ力……でした、か」

口の中で呟かれるその声は、海辺を吹き抜ける風に紛れて消えていく。

「初めて見る力……やはり今回は何かが違う、ということですか。
 それが予兆だとすれば、」

風が、強くなる。

「あの方の繋ぐ声は、おそらく―――」

その先は、誰にも聞こえなかった。

937Ardente veritate(後編):2007/09/29(土) 16:43:51 ID:h09s4wCg0


 【時間:2日目午前11時半ごろ】
 【場所:E−1】

天野美汐
 【所持品:様々なゲーム】
 【状態:異能パーフェクト・リバ、遊戯の王】

霧島聖
 【所持品:なし】
 【状態:気絶中、元BLの使徒】

巳間晴香
 【所持品:なし】
 【状態:気絶中、GLの騎士】


 【場所:G−4】

観月マナ
 【所持品:BL図鑑・ワルサーP38】
 【状態:疲労、BLの使徒Lv3(A×1、B×4)】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:気絶中、異能・ドリー夢】

→455 856 910 ルートD-5

938高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:00:41 ID:ANEvc51U0

『……やれやれ、もう一人のお姫様はすっかりアンニュイモードだね』

ざ、と耳障りなノイズの後で、薄暗い部屋に声が響いた。
少年のような声に、その部屋の小さな主が答える。

「神奈おねえちゃん?」
『そうだよ、汐。……ま、今回は念願の母上とも再会したようだしね。
 物思いに耽るのも仕方ないことかもしれないけど……』

と、声が何かに気づいたように途切れる。

『おっと……これは、よくないな』
「どうしたの?」
『そっちでも見えるだろう? 神奈に近づいている人間がいる』
「へ? ……あー、うん」

言われて初めてモニタを覗き込み、曖昧に頷く幼い少女。

「……だれだっけ、これ」
『旅人さ。長い長い時間、ずっと一人の少女を追いかけている』
「……?」

少年の声に、珍しくどこか感慨深げな色を感じて、少女は首を傾げる。

『……神奈は、僕たちとは少し違うからね。色々とあるのさ』
「ふーん……」

しかし僅かな間を置いて放たれた言葉にはもう、影は感じられなかった。

『残念だけど、僕たちにハッピーエンドは似合わないからね。
 神奈にもそれを思い出してもらおう』
「いじわるだねえ」
『優しさといってほしいな』

声はそれきり途切れた。
薄暗い部屋の中で、少女はたった一人、モニタの光景をぼんやりと眺めている。
興味なさげなその瞳に、背から翼を生やした少女の姿が映っていた。


******

939高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:01:04 ID:ANEvc51U0

ぼんやりと、その神を象った白い巨躯を眺めていた。

座り込んだまま、どれほどの時間が過ぎたのだろう。
雨に打たれながら、母の言葉を反芻していた。
生きよ、と母は言った。
その意思があるならば、罪を背負い、罪を犯してでも生きよ、と。

だが、と思う。
それは、これまで歩んできた道だ。
己が業から目を逸らし、呪いを恨み、世を恨み、人を恨み、殺してきた。
罪ならば既に、背負いきれぬほどに背負っていた。
それを認めて生きよとは、酷な話だった。
認めてしまえば、己が存在の罪深さに押し潰される。
押し潰されれば、私は消える。
消えてしまえば、これまで何度もそうしてきたように、ただ空の彼方で漂い続けるのだろう。
罪を増やしながら、世界の終わりを見届けるのだ。
そうしてまた、同じことを繰り返す。

それは、生きるということではないと、思う。
これまでと同じ道筋を歩みながら、なお生きるということがどういうことなのか、
それを母は教えてくれない。
教えてくれないからわからない。
わからないから、ずっと空を眺めていた。

いつしか雨がやみ、雲が晴れて、探していた白い神像が天にその姿を現しても、
ずっと膝を抱えたままでいた。
天を駆け、観鈴の元に辿り着いたとして、何をすればいいのかわからなかった。
観鈴を滅し、観鈴の母を殺し、そうしてまた独りに戻るのか。
それは、罪を背負って生きるということではないと、それだけはわかっていた。

進めず、退けず、歩めず、飛べず。
こうしてずっと、空を眺めていた。
思考が溶けていく。感覚が揺らいでいく。
過去が、言葉が、何もかもが真っ白に消えていく。
余計なものがぜんぶ風に流されて、自分の中の一番奥の、小さな丸い芯だけが残るような、
そんな時間が、過ぎていった。

だから、その白い神像が動き出した瞬間。
伸ばした手と放った言葉が、自分の真実なのだと、素直に感じられた。

 ―――待って、と。

背の翼を、広げる。
雨に濡れ、重かったはずの翼は、既に乾いていた。
飛び立とうとした、その瞬間。

「お前、その翼……!」

背後からの声に振り向いて、刹那、言葉を失った。
あるはずのない姿が、そこにあった。

「神奈―――」
「神奈さま―――」

千年の時を経て、始まりの二人が、そこにいた。


***

940高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:01:40 ID:ANEvc51U0

幾度も別れ、出会いなおし、それでもあの月夜の後には一度として聞くことのなかった声。
千の思いと、万の言葉が、泡沫のように消えていく。
そうしてたったひとつ残ったのは、

 ―――ようやく、来てくれた。

それだけだった。
定命の人間が千年の時を越えた、その理屈などどうでもよかった。
いつか来ると、いつか出会えると信じた彼らが、今そこにいる。
理由など、必要なかった。
口を、開こうとした。

『―――おめでとう、我らが高貴なる姫君!』

声は、我ならぬ虚空から響いていた。
それは嫌気が差すほどに聞き覚えのある声。
同時に、この瞬間には最も聞きたくない声だった。
だからその声を聴いた瞬間、悟った。その意図を。その悪意を。その嘲笑を。
必死に言葉を絞り出す。
眼前、突然降ってきた声に戸惑っている二人に声をかける余裕もなかった。
ただ審判の時を引き延ばす猶予がほしかった。

「待て、待ってくれ、余は……!」
『願いは、叶っただろう?』

声は、無情だった。

『彼ら……千年の向こうからはるばる旅をしてきた想い人には会えたのだろう?
 ならば、ここまでさ。君の願いは、遂げられた……契約は履行された!
 さあ、今度は君が代価を支払う番だ』

違う、と言いたかった。
だがすぐ目の前、手の届く場所にいる懐かしい二人の顔を見て、言葉に詰まる。
契約の条件は、たしかに満たされていた。
哀しみに満ちる空で壊れ続けるこの身体と心を現世へと引き戻す、絶対の契約。
この身に蓄えられた呪の力を譲り与える条件は、たったひとつ。

……もう一度、柳也と裏葉に巡りあうこと。
たとえ幾千年の時を経ようと、ただ一目であろうと、構わない。
それだけを対価として願った。
決して叶わぬはずの、そして心の底から成就を願った、条件だった。

941高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:01:57 ID:ANEvc51U0
『千年の悲哀と孤独―――その世界を終わらせる力。
 それは、君の望みでもあったはずだ。違うかい?』

神経を逆撫でするような優しげな声を振り払うように、声を張り上げようとする。
叫びたかった。叶わなかった。
気づけば足元に、黒い穴が開いていた。
穴。終わる世界に続く入り口。懐かしい牢獄へと続く一本道。
穴は瞬く間に広がり、沼と見まがう大きさにまで膨れ上がった。

『帰ろう、孤独の蒼穹の果て……久遠の雪原を越えて、約束の花畑へ』

すべてを呑み込む真黒き穴に、抗うこともできず落ちゆく。
足が、身体が、沈んでいく。
なす術もなく、視界までもが呑まれそうになる、その刹那。
思わず伸ばした両の手に、触れるものがあった。

「神奈……!」
「お手を、離さず……!」

それは、遠い記憶の彼方にも色褪せず輝いたままでいる、小さな温もりだった。
二人の名を呼ぼうとして、気づく。

「柳也、裏葉……、そなたら……!」

二人は足場とてない広く暗い穴の上、それぞれがこの手を取ったまま、宙に浮いていた。
静かに頷いた二人が、小さく笑む。

「左様でございます、神奈さま。わたくし達の身はとうに」
「だがこの心は、こうしてここに辿り着いた。お前の傍に」

言葉を遮るような柔らかい笑みに覗き込まれ、だから何も言えずに口を噤んだ。
沈黙の中、徐々に身体が引き上げられていく。
足先までが黒い穴から抜け、陽光の下に戻っても、なお二人はこの手を握っていた。
導かれるように、天を目指して羽根を広げる。
三人で手を繋いで歩くような、それはひどく懐かしい記憶に似た、静かな時間だった。

やがて、微かな温もりを残して、手が離れた。
気がつけば、既にそこは遮るものとてない高さだった。


***

942高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:02:32 ID:ANEvc51U0

吹く風に靡く髪が、二人の姿を時折覆い隠そうとする。
それが辛くて、かぶりを振った。
何故だか、涙が溢れていた。
次第に薄れ行く二人の微笑みに、堪えきれなかった。
その笑顔が次に発する言葉が、わかってしまっていた。

「行け、神奈」

思った、通りだった。
その声、その口調、その目の光までが、この心に思い描いたものと、寸分違わぬ。
それが切なくて、それがおかしくて、涙が零れる。

「どこまでも飛べ。哀しみに囚われぬ、お前の空を!」

頼もしい笑顔が、背中を押す。

「たとえ何処におわそうと、わたくしたちの心は神奈さまと共におります……。
 それを、それをどうか、お忘れなきよう―――」

優しい笑顔が、翼に宿る。
ひとつ、頷く。

羽ばたけば、そこは空だった。


***

943高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:03:04 ID:ANEvc51U0

『……どこへ行くんだい、我らが姫君』

声が聞こえる。
もう、怖ろしくはなかった。

『契約は果たされた。報酬をいただこうか』

風が、声を置き去りにする。
羽根は力に満ちていた。
だから、答える。
世界を終わらせようとする声に、力強く。

「―――断る!」

天を、駆けた。

『な……』

驚いたような声が、背後に消えていく。
もう迷いはなかった。
ただ一点を目指して飛ぶ。


***

944高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:03:34 ID:ANEvc51U0

その小さな姿が、見えた。
この身を疾風と準え、突き抜けるが如く、往く。
刹那の間をおいて、豆粒のようだったその姿がその大きさを増していく。
二つの身体、二対の翼。
白と黒の巨躯が、迫る。

「余を……余を受け入れよ、翼の者よ!」

言葉は意志。
叶えと命ずる思いだった。
眼前、視界一杯に広がったその漆黒の翼へと、飛び込む。

「―――!」

いくつもの声が、驚きと共に上がった。
そのすべてを無視して、ただ目の前の白い翼へと、手を伸ばす。
時が、惜しかった。

「観鈴、我が呪いを継ぐ、最後の子……! 共に行こう、空へ……!」

戸惑ったようなその手を握る。
羽ばたけば、辺りの木々を薙ぎ倒すような暴風が巨大なこの身を空へと浮かべる。
翼は二対。
高く、高く飛ぶ。
悲しみの空を越え、悲しみの星を越えるほどに、高く。

945高く飛べ、高く空へ:2007/10/03(水) 05:04:52 ID:ANEvc51U0


【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:静止軌道上、高度36000km】

神奈
【状態:アヴ・カミュと同化】
【所持品:なし】

柚原春夏
【状態:不明】
アヴ・カミュ=ムツミ
【状態:不明】

神尾晴子
【状態:不明】
アヴ・ウルトリィ=ミスズ
【状態:不明】



少年?
【状態:詳細不明】
【場所:東京某所】

岡崎汐
【時間:すでに終わっている】
【場所:幻想世界】



【場所:G−6 鷹野神社】

国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式×2】
 【状態:唖然】

柳也
裏葉
 【状態:消滅】

→678 694 746 805 902 ルートD-5

946:2007/10/07(日) 10:54:30 ID:eFLIRuVs0
戦慄――そう言っても差し支えない程の剣呑な空気がここ鎌石村消防分署内を支配していた。
理由は明白である。絶対的な狡猾さと凶暴性を持ち合わせる『少年』と己が身一つで生きてきた故の怜悧さと自信を持った男、国崎往人がそれぞれの想いを以って対峙しているからだ。

少年は僅かに後ずさりをしながら往人に語りかける。
「…さて、退いてくれるつもりがないなら僕はここで同時に二人を相手にしなきゃならないわけだけど…それはもう本当に手間がかかるんだ。ねぇ、三分だけ待ってくれないかな? それだけあればあの小うるさい猿を片付けられるんだけど」
「断る」

たった一言だが、明確な拒絶の意思を往人は示す。別に知り合いでもない第三者(往人はその正体を知らない)に義理立てするつもりではないが、黙って見ているつもりもない。
むしろ利用するのはこちらの方だ。
「そこに誰か隠れているんだろう? なら俺と協力しろ。見ての通り、俺とあのクソガキは敵同士だ。敵の敵は味方…というヤツだ」
返事は無かった。代わりに、往人に見えぬ机の向こうでもぞもぞと動く気配を感じた。

あちらさんも俺を利用するか、あるいは逃げる気か…
何にせよ、この場にいる誰もが自分にとって状況を有利にするよう動いているのは明らかだった。
「どうも笹森花梨も一筋縄で動くつもりはないらしいね」
少年がやれやれというように肩をすくめる。

笹森、花梨。
やはり知らない名だ。そこで倒れている女も知らない(さつきとか呼ばれていたな)からまあそうなんじゃないかとは思っていたが。
「どっちにしろ俺のやることは変わらない…覚悟しろ」
武器はフェイファーの一つのみ。しかし往人が勝つには十分すぎるファクターだ。
しっかりと相手に構えて、撃つ。これさえ実行できれば勝てないわけじゃないんだ。

「ちっ、うざったい男だよね、君も!」
少年が大きく飛び上がり、机の上に飛び乗る。同時にもう片方の手にダブルアクション式の拳銃を手に持った。
それは往人にとって予測済み。顔ぶれは大きく変わっているが依然として強力な武器を持っていることは容易に想像できることだった。正面から撃ち合うのは明らかに愚策。

往人は横に飛び跳ねるようにして机の影に身を隠した。そして予想通り、往人の体一つ分前の床に少年の放った銃弾が突き刺さる。
「前よりは冷静だね、やるじゃないか」
「お蔭様でな」
僅かに湿り気を帯びていた手のひらを、往人はすぐに拭う。思っているより体は興奮していることに今更気付いた。

947:2007/10/07(日) 10:55:21 ID:eFLIRuVs0
熱くなりすぎるな。冷静にもなりすぎるな――
一度深呼吸をして机の角から顔を覗かせる。
途端、赤い光が机の角を抉った。即座に往人は顔を引っ込める。少年は机の上に陣取り狙撃するようにしてステアーを構えていた。あれではこちらからの狙いがつけにく過ぎる。
「くそっ、こんなところで戦うんじゃなかったか!?」
この狭い室内に往人の体では縦横無尽に動き回れないのだ。せめて手榴弾などの投擲武器があればまだ少しは戦いようがあるのだが…

「そこっ! くたばれぇっ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、また一つ新たな銃声が空間を貫いた。何事かと往人はまた机の角から顔を出した。そこには…
「ベレッタ!? しまった、忘れていたか…!」
「あんたの武器で首を絞めろっ!」
後ろのほうから拳銃で射撃を繰り返す笹森花梨が、少年を無理矢理机の上から引き摺り下ろしていた。少年は器用に銃撃を回避しつつも、口元を歪ませていた。

そう、先程の往人と少年の会話時に、こっそりと花梨は少年の落としたベレッタを回収して狙いがつけられる場所に移動していたのだ。
これ幸いと往人も飛び出し、膝立ちに構えながらフェイファーを発砲する。
「くッ、鬱陶しい…!」
鞄を持ったままでは重いと判断したのか、デイパックを床に投げ出して回避に専念する少年。より身軽になった少年に、銃に関しては素人であるはずの二人が攻撃を命中させられるわけがない。
二人で合計十発以上は撃ったというのに、少年にはかすり傷一つついていなかった。

「おい、もうちょっとまともに撃て! ヘタクソ!」
「な、何よっ! せっかく援護してあげてるのに」
戦闘中だというのに口論になる往人と花梨。しかし一方でこんな状況で出会ったにも関わらず、二人には妙な連携が出来ていた。それが証拠に、銃撃での立ち位置は互いが近づきすぎず離れすぎてもいないのだから。

逆に言えば、少年にとってそれは予想外かつ腹立たしいこと以外の何物でもなかった。こんな感じで連携されたのでは各個撃破も何もない。だがそれが長続きしないことを、少年は諒解していた。
まず発砲が途絶えたのは、花梨の方だった。
「――!?」
ベレッタには元々弾がそんなに入っていなかったのだが、それを知る由もなかった花梨は思わず慌ててしまう。ついマガジンをリロードする動作を取ろうとするが、予備弾薬があるわけがない。
それを少年が、見逃すはずがなかった。

「ふッ――!」
バネの如き俊敏性としなやかさを併せ持った少年の体躯が、一気に花梨の眼前まで肉薄した。
「ぐあ゛ッ!?」
ピストンを打ち込まれたかのような衝撃が花梨の内臓を突き抜け、一気に壁にまで吹き飛ばされる。
制限されながらも僅かに残されていた不可視の力を伴った掌底が威力を発揮したのだった。

948:2007/10/07(日) 10:55:55 ID:eFLIRuVs0
「くっ!」
反応するようにフェイファーを向けようとする往人だがその重量の故かブレて狙いをつけることが出来ない。そのことも少年は把握済みだった。
身体を縮めながら豹のように追い縋る少年に、次の行動を取ることを往人は許されなかった。
体当たりにも近い肘鉄が、杭を打ち込むかの如く往人の腹にめり込む。瞬間、体中の筋肉が引き攣るのが、自分でも分かった。
花梨ほどではないが大きく吹き飛ばされる。辛うじて倒れることだけはしなかったが、意識が朦朧として銃を取り落としそうになる。

だがようやく銃を掴みなおしたときには既に、またもや少年が床を蹴って往人にもう一撃加えんと接近を試みようとしていた。
切磋に、往人は身体を丸めて衝撃に備える。同時に、少年の放った前蹴りが往人の肩を刺した。
「ぐ…!」
先程の突き抜けるような痛みとは違う、音叉を鳴らした音を聞くようなじわりと感じる鈍痛。
吐き気を催しそうになりながらも、往人はギラギラとした凶暴な瞳を湛え、フェイファーを無理矢理構えた。

危険を感じた少年が、しかし余裕の笑みをまたも浮かべながら後退する。ロクに狙いを定められていなかったフェイファーの銃弾は、空しく少年の横を通過するだけに終わる。
「退屈させない男だよね…」
制限されているとは言え不可視の力を込めた殴撃を受けてもなお膝すらつかない往人に対して、少年はある種の感心さえ覚えていた。

その少年の言葉に応じるかのように往人はニヤリと笑ったかと思うと、ぐりぐりと足の裏をこすり付けるようにして床を踏みしめる。
「…何のつもりだい?」
「俺の足がまだ大地を踏みしめて立っている限り――俺は決して諦めない。あんたを潰すまではな」
「なら…その根性も、その目も、立っている大地すらも…打ち砕くまでさ」
拳銃を構えようとする少年だが、往人がそうはさせなかった。フェイファーを鈍器のように振り回して白兵戦を挑む。
これだけ大きな鉄の塊なのだ、そこらの木の棒よりも遥かに危険な鈍器なのは間違いない。

ちっ、と舌打ちしながらフェイファーの打撃を回避していく少年。先刻交戦した湯浅皐月のものほど生易しい威力ではない。今度こそ当たり所が悪ければ気絶してしまうだろう。
だが皐月のものほど小回りが利いているわけでもない。
「はッ!」
少年は大きく飛び上がったかと思うと、そのまま空中で一回転するようにして往人の後ろに回りこんだ。第三者の目から見ればそれはあたかも曲芸のようにさえ見えたことだろう。

後ろに回られた瞬間、往人は直感的に前転するようにして床を転がった。蹴りが飛んでくるだろうという、完全な勘に任せての行動だった。もし銃を構えられたら、命はない――
「むっ!?」
――だが、結果的に往人の勘は当たった。少年の回し蹴りは、空しく空振りするだけであった。
そして、それは千載一遇の好機でもある。

949:2007/10/07(日) 10:56:30 ID:eFLIRuVs0
「とどめだ、クソガキ!」
起き上がりざまにフェイファーを構え、引き金を引く往人。狙いは間違いないはずだった。
「――!」
流石の少年も目を見開かざるを得なかった。死をも覚悟した。だが…

「…な?」
出てきたのは銃弾ではなく、空しい弾切れの音。弾切れになっていたのは、花梨だけではなかったのだ。
「くそっ!」
毒づきながら必死に弾薬を交換しようとする往人だったが、もちろん少年が黙っているはずがなかった。

「僕の運もまだ捨てたものじゃあ…ないねッ!」
再び迫る少年。回避を行うことは…往人には不可能だった。
予備弾を持った手を思い切り蹴られ、手からそれが離れて、床を転がっていく。続けざまに手を取られたかと思うと、ふわりと身体が浮くのを往人は感じていた。
それが背負い投げだと気付いたときには、往人の体が強烈に叩きつけられていた後だった。

「がは…っ」
肺が圧迫され空気が逆流していく。苦しい。このまま寝転がりたい――しかしそんなことが出来る状況じゃないと思い、起き上がろうとしたときには。
「チェックメイトだね、国崎往人」
笑みを浮かべた少年が、ニコッと笑いながら拳銃を構えていた。
「く…」
歯軋りする往人にも、少年は表情を崩さない。

「手こずらせてくれたね。正直、さっきは僕も死んだかと思ったよ…くわばらくわばら」
全然そうは思えなさそうな口ぶりで胸を撫でる少年。
「…俺の負けか。どうも神様ってヤツはとことん俺を嫌っているらしいな」
「神様なんていないよ…それじゃあね、楽しかったよ。国崎往人」
少年の手が、引き金に掛けられた。

     *     *     *

…私、どーしちゃったんだろ。
なんか頭がぼーっとして、くらくらする。なんだろう、小船に乗ってどんぶらこ〜どんぶらこ、って揺れてる感じかな。もしかして三途の川を渡ってる途中だったりするのかな。

…そうだよね。撃たれちゃったんだもんね、それも二回。ずどんしかも身体の中心をズドン! って。
花梨、今ごろどうしてるんだろ。…まだ、あいつと戦ってるのかな。それとも…ううん、考えないようにしよう。そのほうがいいよね。

950:2007/10/07(日) 10:57:00 ID:eFLIRuVs0
…ごめん、花梨。私のせいで、私が止めをささなかったばっかりにこんなことになって。
あれでいいと思ったんだ。どんな悪人でもこの島の中じゃこんな馬鹿げたことに巻き込まれた被害者の一人なんだから、って思ってたから。そんなの正義の味方じゃない、ともね。
別に自分の手を汚したくないとかそんな理由じゃなかったんだ。ただ、この胸の中にある怒りはこいつじゃなくて主催者にぶつけるべきなんだ、って思ってただけなんだ。

…花梨は、分かってくれてたかなあ?ううん、きっと分かってくれてたよね…
…ああ、なんかもう、みんなに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。

…ごめん、ゆかり。結局カタキ、取れなかったよ。
…ごめんなさい、エディさん。せっかく私を赦してくれたのに、もうそちら側に行くことになりそう。そこでもまた怒られるかもしれないけど笑って迎えてくれる、かな?
…夕菜さん。あなたの作ってくれたお料理、また食べたかったなぁ…
…七海ちゃん。あなたは頑張り屋さんだから、私がいなくても頑張って、ね?
…リサさん。もう私もいなくなります。また、美味しいレストランに一緒に行きたかったな。
…智子さん、幸村さん、このみちゃん…みんなが繋いでくれた命、掬い上げてくれた命、また落としちゃったよ。あの時に見た星、きれいだったなぁ。

私の頭の中には、今まで出会ってきたひと、一緒にいたひとたちの姿が次々と現れては、通り過ぎていった。みんなが行った後に気付いたんだけど、あれがソウマトウ、ってやつなんだよね。
嘘だって思ってたけど、本当にあったんだ。ちょっとオドロキだったね。

…あれ、誰か一人、忘れてるような気がする。誰だっけ、とても大切な人のような気がする。
思い出せない、どうしてだろう。
…ま、いいか。どうせすぐに死ぬんだし、このまま目を閉じよう。それがいい。
そうして目を半分閉じかけたところで、今度は妹との会話が聞こえてきた。

『向こうに行っても元気でやってよーお姉ちゃん。あたしがいなくても寂しく泣いちゃダメだぞ?』
『それはこっちの台詞よ、ばーか。あんたこそお父さん、しっかり頼むわよ』

これは…あー、私が都会に出で行くときの…文月との会話か…

『分かってますって。…ねーねーアネキぃ、向こうではぼぅいふれんどとかは見つけたりするんですかい?』
『なっ、なによいきなり…そんなの…み、見つけられるに決まってるじゃない。私、けっこー可愛いって言える自信あるわよ』
『おお、強くでましたなー。ふふん、楽しみにしてますぜア・ネ・キ』
『区切って読むな、気持ち悪い』
『んふふ、いやマジで楽しみ。お姉ちゃん意地っ張りなところがあるからねぇ、そのツンツンな心をデレデレにさせる男の子は誰なんでしょうねー。いずれ見に行くよ』
『う…お、おぅ、どーんと来なさいって』

…そうそう、こんなやりとり交わしたっけ。文月、私そんな人には出会えなかったよ。
ごめん、みんな、本当に…ごめ…

951:2007/10/07(日) 10:57:31 ID:eFLIRuVs0
『これしきのことで…俺は負けねぇっ!』

…え? この声は…誰?

『何よ、散々私にやられてるくせに。まだやる気?』
『へっ、全然問題ないぜ…一度や二度のミスなんて屁でもねえ、思いっきりぶちかましてやるよ』
『一度や二度じゃないと思うんだけど』
『やかましい! いくぜおらあああああぁぁぁぁぁっ!』

…そうだ、どうして忘れていたんだろう。一番大切なひとのはずだったのに…
単純で、アホで、スケベで、やたら正義感の強い熱血バカで…
でもどこか頼り甲斐があって、たまに優しくて…

『良かったじゃない、お姉ちゃん。いいぼぅいふれんどが出来て』
『へっ? いやいやいや、あいつなんてそんな大層なもんじゃないって。ケンカ友達よ、というか悪友?』
『いしし、どうだか…? まぁそのうち見に行きますかな?』

…電話で話してたとき、文月、妙に嬉しそうだったな。

『大切にしてあげなよ、そのケンカ友達』

――ああ、そうか。
文月の言った最後の言葉で、私はようやく気付くことができた。

文月は気付いてたんだ。宗一が、意地っ張りな私の心を溶かしてくれる存在だってことに。

「ははっ、そっか…そういうことだったんだ」

こんなとき、きっと宗一ならこう言って私を励ましてくれるだろう。
『これしきのことで諦めるのか? 連戦練磨の皐月さんよ。お前ならやれるはずだ』
分かってるわよ。でも…手が震える。ミスを犯してしまった私が…上手く、できるか、分からないよ。
『全然問題ないぜ、皐月』
今ここにいないはずの宗一の手が、優しく私の手に添えられたような気がした。
『一度や二度のミスなんて屁でもねえ、思いっきりブチかましてやろうぜっ』
ああ、そうだね…

「そうだよねっ、宗一!」

『アイツ』の目がこちらを向く。私はまだ…死んじゃいない! そのことに気付けなかった、アンタの負けだ!
私は拳銃を持ち上げて、『少年』に狙いをつけた。心臓部。きちんと狙えてる!

952:2007/10/07(日) 10:58:05 ID:eFLIRuVs0
「オーケイ、『最後』の一発が残ってるっ…この一発は…外さない!」

     *     *     *

「それじゃあね、楽しかったよ。国崎往人」
少年の手がトリガーにかかった、その時だった。
「そうだよねっ、宗一!」
「な…」
そんなバカな、という形に少年の唇が動く。止めを刺したと思っていた湯浅皐月が、こちらにS&W・M10を向けていたのだから。

「オーケイ、最後の一発が残ってるっ…この一発は…外さない!」
ぶるぶると手を震えさせながらも、その意思の篭った瞳はまだ彼女が死んでいないことを示していた。
反射的に、少年は拳銃を往人にではなく皐月の方へと向け直していた。

――少年の犯した失敗は二つ。
一つは、前述の通り皐月に止めを刺していなかったこと。それにより反撃の機会を与えてしまった。
そしてもう一つは、往人のフェイファーではなく、その弾薬を蹴り飛ばしてしまったこと。
少年の銃口が皐月へと向いた瞬間、復活した花梨が床に転がっているフェイファーの弾薬を引っつかみ、床に転がらせるようにして往人の元へそれを投げ入れる。
殆ど摩擦のないリノリウムの床を走るフェイファーの弾薬は、僅か一秒と満たない間に往人の手の中に辿り着いていた。

空になったフェイファーの薬莢が床に落ちてカツン、と音を立てた時には、既に花梨の投げ入れた弾薬が装填され、しっかりと狙いを少年につけていた。
当然の如く、少年に対してほぼ真下から向けられた銃口を交わす術はない。

「くたばれ、クソガキ」

少年が反射的に皐月へと向けた拳銃のトリガーと、往人の手に掛けられたフェイファーのトリガーが、同時に引かれる。
往人の放った象をも一撃で仕留める、恐るべき威力の弾丸が少年の頭部を、文字通り木っ端微塵に破壊した。
派手に脳漿や骨の残骸を花火のように撒き散らしながら、少年だったものが仰向けに倒れる。
己が実力の故に、ある種の偶然と油断が故に――参加者の内でも有数の実力を誇る名も無き『少年』はここで退場することになった。

「…ふぅ」
これほど完膚なきまでに頭部を破壊されれば、どんな怪物だろうが起き上がることは不可能だろう。戦いの終焉を感じた国崎往人は、少年との格闘でズキズキと痛む体を癒すかのように大の字になって床に寝転がる。
ひんやりとした床が熱くなった肌に当たって冷えていくのが、妙に心地よかった。

953:2007/10/07(日) 10:58:36 ID:eFLIRuVs0
「…お疲れ様」
まだダメージが残っているのか腹部を抱えながら、笹森花梨が往人を労う。
「あの女は」
自分を救ってくれた湯浅皐月はどうなのったのだろうか。天井を見上げたまま尋ねる。
「…もう向こうへ行っちゃったよ。でも、なんだかすごく気持ちの良さそうな顔。寝てるみたい…」
「そうか…残念だ」

少年の放った最後の一撃は皐月に発砲させることなく、心臓を直に貫いて即死させていた。
「また…一人になっちゃった」
疲れた体を引き摺りながら部屋に残る荷物を回収している花梨が、ぽつりと呟く。
「せっかく、たくさんの人と知り合えたのになぁ」
往人も黙って立ち上がり、各所に散らばっている使える武器などを回収する。流石に少年の武装は強く、戦利品としてはこれ以上ないものだった。
「私、もう疲れたよ…」

生気の無い声で呟き続ける花梨に、ようやく往人が口を開く。
「ならどうする。ここで黙って死ぬのか」
「…それは」
「別に俺はあんたがどうしようが関係ない。あのクソガキみたく無差別に誰かを襲うのでもなければな」
「……」
「何もする気がないならそうしてるといい。それも選択肢の一つだ。俺がとやかく言う権利もない。だが俺はもう行くぞ。まだやらなければならないことが残ってるんだ」

往人は自分のデイパックを拾うと、ついでに少年の持っていたダブルアクション式拳銃も取って歩き始めた。
「こいつは貰っていくぞ。後はお前にくれてやる。好きに使え」
それをデイパックに仕舞いながら出て行こうとする往人に、また花梨の声がかかった。
「待って」
往人は足を止める。待て、と言われたからだ。そしてその語気に、先程までとは何か別のものが含まれているのも感じていた。

「あんた、あの『少年』を知ってたみたいだったけど…どういう経緯で出会ったんよ?」
「一方的にケンカを売られた」
「それだけ?」
「向こうは俺のことを知ってた風だったがな。少なくとも俺には身に覚えが無い」
「…これ、見たことない?」

花梨がポケットから何かを取り出す。何だと思って見てみると、果たしてそこには手のひらくらいの大きさの青い宝石がそこにあった。
「知らん。というか持ってたら真っ先に質屋に向かうな。それは何なんだ?」
「あいつ…『少年』が執拗にこれを欲しがってたの。このゲームを完成させる鍵だとかなんだとか…」
花梨が宝石と手帳を渡す。往人は手帳をパラパラとめくった後、首を振って花梨に返した。
「…悪いが、謎解きに付き合っている暇はないんだ。探してるやつがいるんでな」
「そっか…なら、あなたについてくよ」

954:2007/10/07(日) 10:59:16 ID:eFLIRuVs0
一瞬頷きかけた往人だが、すぐに首を捻る。
「待て、どうしてそう繋がるんだ」
「私一人じゃ心許ないし、この謎を解くってもヒントもないしね。なら強そ〜な味方を作るってのが筋じゃないかなぁ?」
「謎解きには付き合わないぞ」
「できれば協力して欲しいんだけど、まあそれはキミの仲間が見つかった後にでも改めて話し合うって方向で」
「…勝手にしろ」

うんざりしたように言うと、往人はすたすたと歩き出した。
「あ、ちょ、待ってってば! パートナーを置いてけぼりにするなんて酷いんよー!」
「誰がパートナーだ、誰が」
今度は歩みを止めない往人。どうやら待つ気はないらしい。必死に花梨が後を追いつつ、皐月の遺体に向かって頭を下げる。
(あの人に渇を入れられたからっていうのも情けない話だけど…皐月さん、私にもまだやらなきゃいけないことがあるから…行ってくるんよ)
じわり、と目頭に涙を浮かべた後、それを振り払うかのように走り出した。

――そして、花梨は気付くことはなかった。
宝石に、また一つ光が宿っていることを――

【場所:C-5】
【時間:二日目午後12:00】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(残弾10/10) 予備弾薬57発ホローポイント弾11発、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:観鈴ほか知り合いを探す、打撃による痛み(数時間程度で回復)】
笹森花梨
【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石(光二個)、手帳、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)5/6、ステアーAUG(7/30)、グロック19(2/15)、エディの支給品一式】
【状態:光を集める。とりあえず往人にくっついてく。打撃による痛み(数時間程度で回復)】
湯浅皐月
【所持品:なし】
【状態:死亡】
ぴろ
【状態:花梨の傍に】
少年
【持ち物:なし】
【状況:死亡】

その他:
強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)は完全に破壊。

955:2007/10/07(日) 10:59:41 ID:eFLIRuVs0
→B-10

956ひとのかたち:2007/10/13(土) 04:55:15 ID:67JSgFYk0

叩きつけたのは、純粋な力。
掴み、握り潰し、貫き通す。
それは「勝つ」でも「殺す」でもない、ただ「壊す」ために振るわれる力だった。
深山雪見がその巨獣に対して行使していたのは、正しく暴力だった。

飛んだ鮮血が地に落ちるよりも前、悲鳴じみた咆哮が細く消える前に、雪見は血塗れの拳を握り固める。
黄金の篭手に包まれた暴力の象徴が、唸りを上げて放たれる。
裂けた掌ではなく、拳による全力の殴打。鈍い音が響いた。
濡れた砂を詰めた皮袋を屋根の上から落としたような、衝撃をすら伴った重低音。
巨獣の体躯が、その質量を無視したかのように円弧を描いて大きく跳ね上がる。
針を飲んだ魚の如く、口腔を雪見の兜に生えた黄金の角に貫かれた巨体は跳ね飛ばされることもできずに
そのまま反転して落ちてくる。そこへ、再びの打撃。
重低音、咆哮、跳ね上がる巨躯、重低音、そして咆哮。
幾度繰り返されたかも知れぬその暴力の連鎖が、遂に途切れた。
巨獣の口腔を貫いていた角が、跳ね上げられた拍子にずるりと抜けたのである。

文字通りの血反吐を撒き散らしながら放物線を描いて飛び、巨獣が大地に落ちる。
小さな地響きが閑静な森を揺らした。
拳を振りぬいた体勢のまま、雪見が荒い息をつく。
崩れ落ちかける膝を必死に押さえながら、新鮮な酸素を身体に取り入れる。
巨大な質量を殴打し続けた代償か、拳には既に感覚がない。
握り拳の形のまま、ぶるぶると痙攣じみた震えだけが止まらずにいた。
黄金の篭手の下ではおそらく拳が潰れ、骨が砕けているだろうと判断しながら、雪見は
固まった手指を一本づつ口に咥え、引き剥がしていく。
さほどの痛みはなかった。
黄金の鎧の加護か、脳内物質の賜物か、もしくは完全に神経ごと死んだか。
仔細は分からなかったが、雪見はそれを無視する。

一歩を踏み出した。
いまだ地面を薄く覆う氷が、じゃり、と足下で鳴る。
視線は巨獣を射抜いていた。
大地に横たわるその巨躯は時折びくりと震えるだけで、手足の一本も動かない。
骨格を粉砕し、臓腑を血袋に変えるだけの一撃を、数十発。
それぞれに、手ごたえがあった。
次第に砕けるものがなくなっていく感触。
殴打の対象が、獣からぶよぶよとした水枕のような何かへと変わっていく感覚。
背を向けて倒れ伏すその眼は見えないが、頭部を中心に広がる血溜まりはその面積を広げ、
既に巨獣の白い毛並みを赤黒い斑模様に染め上げている。
いかな神話上の怪物じみた巨獣であろうと、既に息絶えていてもおかしくはなかった。
その毛皮と黒い脚、だらしなく大地に伸びた大蛇の尾を、雪見は見る。

957ひとのかたち:2007/10/13(土) 04:57:24 ID:67JSgFYk0
―――これで、全部。
無意識に、感覚のない手で胸の下辺りをまさぐっていた。
固い感触。懐に忍ばせた小さな宝珠の肌触りだった。
これを持って、診療所に向かう。
そうすれば、みさきは目を覚ますのだと、雪見はぼんやりと考える。
死人を生き返らせるパン。
そんな与太話にどれほどの意味があるのか、と心のどこかで囁く声がある。
しかし雪見はその声を黙殺し続けていた。
救われる可能性があるならば、それに賭けてみたかった。
他に手はなかった。

足元から聞こえる薄い氷を踏み割る音が、ぐじゅ、と濡れた音に変わって、雪見は
思考の淵から己を引き上げた。
あとは止めを刺せば、それで終わる。
代償は拳二つ。何ほどのこともなかった。
腕が動けば、骨があれば、掌は使える。
引き換えに手に入るものは、可能性への扉だった。

ざ、と足を止め、横たわる巨体を見据える。
驚くべきことに、痙攣と共に胸部の微かな上下が見て取れた。
あれほどの打撃、出血にもかかわらず、いまだ心肺機能が停止していなかったらしい。
その生命力に驚愕しつつ、雪見は潰れた拳を静かに持ち上げていく。
呼気ひとつ。
巨獣の命脈を絶つべく、今まさに必殺の掌が打ち下ろされようとした、その刹那だった。

爆音が響いていた。
頭上、思わず見上げた先に、巨大な影があった。
大気という壁を割り裂きながら凄まじい勢いで通り過ぎていったそれは、絡み合う二つの機影。
白と黒を基調に優美な女の姿を模した、巨大な機械仕掛けの人形だった。
二体は瞬く間にその姿を小さくしていく。
直後、大地を震わせるような破裂音が辺りを揺るがしていた。
同時、木々の合間に垣間見える空に、巨大な水柱が立っていた。
現在位置よりも僅かに北西、高原池と呼ばれる水場に落下したのだと認識する間もあらばこそ、
雪見の口からは我知らず呟きが漏れていた。

「あの、白いやつ……、るーこを……やった……」

どこか呆然としたような声。
思考と感情と体験が噛み合わない、一瞬の間。
それは紛れもない間隙であり、雪見が立っているその足元には、今だ息づく生命があった。
敵は、生きていた。

958ひとのかたち:2007/10/13(土) 04:57:48 ID:67JSgFYk0
最初に感じたのは、生臭い吐息だった。
黄色く汚れた乱杭歯に張りついた何かの欠片、ざらついた舌の突起までが、見えた。
鮮血が噴き出していたはずの傷口には、既に桃色の薄皮が張っていた。
しまった、と思考が言語を形成するよりも先、反射的に上体を引く。
刹那の間を置いて、巨獣の顎が閉じる。
文字通りの間一髪、獣の牙は黄金の鎧の胸飾りを削るに留まる。
流れる視線が交錯した。どろりと紅い月の如き瞳が、雪見を貫き通す。
憎悪にも憤怒にも染まらぬ色と見えたのは、一瞬の錯覚か。
背に流れる汗の冷たさを感じながら、雪見は己が不利を悟っていた。
流れる上体と、定まらぬ足元。対して眼前には、既に身を跳ね起こした獣の巨躯。
ただの一呼吸で、形勢は逆転していた。
咆哮は、勝利を確信した雄叫びか。
小山のような筋肉に蓄えられた膨大な力を起爆剤として、巨獣がその前脚を振るう。
暴風の如き一閃をかろうじて身を落とし、躱す。
その先端に己が砕いたはずの紅い爪が伸びているのを見て、雪見は瞠目していた。
巨獣に叩き込んだ拳の手応えは本物。
砕いた爪も、貫いた上顎も、決して幻などではない。
ならばそれは、

「蘇る―――!?」

身を沈めたその頭上から、再び爪が襲い来る。
左右には回避できぬと判断。落とした重心を跳ね上げつつ、潰れた拳を真上に。
爪に合わせるカウンターの掌。
腕の一本を犠牲にするつもりで放った一撃はしかし、意外な手応えを返してきた。
小さな音を立てて、巨獣の爪が砕け散っていたのである。
紅い雪が散る。
殆ど勢いを緩めぬままの掌底が巨獣の前脚を擦るように伸び、その付け根あたりを打った。
しかし打点をずらされた一撃は威力を持たず、単に獣の上背を跳ね上げるに終わる。
巨獣にのしかかられるような体勢から、雪見は強引にもう片方の掌を放っていく。
至近距離からの一打は、彼我の間合いを離すのが目的。
が、腹を狙ったその打撃を阻むように、獣のもう一方の爪もまた振り下ろされていた。
掌と爪が打ち合わされ、微かな音が響く。硝子が割れるように、紅い爪の破片が飛び散った。
しかし上から打たれた雪見の掌も、巨獣に当たることなく流れていく。
一瞬前の攻防を逆回しにするような光景。

959ひとのかたち:2007/10/13(土) 04:58:15 ID:67JSgFYk0
―――おかしい。
巨獣の両の爪を砕きながら、しかし雪見の脳裏は強く警告を発していた。
辿る記憶は巨獣の口腔、その傷に張った薄皮。
おそるべき治癒能力ではあるが、一瞬にしてすべてが元通りに再生するわけではないのだ。
ならば、爪があっさりと砕けたことにも合点がいく。
一瞬で治りきるわけではない。
しかし、ならば何故、打ち合わせば砕ける爪を当ててきた。
獣ゆえの無思慮と片付けられるほど甘い相手ではない。
いま雪見が拳を交えているのは、明確な智恵と害意を持った敵だった。
掌を合わせるまでもなく、あの硬度ではこの黄金聖衣を切り裂けぬと判っていた筈だった。
牙の奇襲を躱された時点で、巨獣の攻撃は実質的に終わっていた。
それを理解してなお、打撃に意味があったというのか。
と、そこまでを一瞬で思考した雪見が、戦慄する。
己が武器、居合の打撃たる両の掌は、右を跳ね上げ、左を打ち下ろされ、即ち―――掌を戻すまでの
今この一瞬、完全に失われていた。
無防備。攻撃も、防御もままならぬ空白の刹那。
時が、一秒という単位から微塵に切り刻まれるような、瞬きよりも短い、間。

その一瞬。
巨獣の獰猛な牙は遥か頭上で噛み合わされ、鋭い両の爪は砕け、鋼の如き後ろ足は大地を踏みしめ、
そして立ち尽くす深山雪見の網膜に映っていたのは、子供の握り拳のように小さな、致死の牙だった。

―――大蛇の、尾。

認識が、身体の挙動を追い抜いて空転する。
理解する。その牙に満ちる悪意を。
理解する。その必殺の毒を。
理解する。奇襲も、砕けた爪も、すべてがこの一瞬を作り出すための陽動だと。

時が、動き出す。
汗腺が開く。汗が滲み出す。
一ミリ、大蛇の牙が近づく。
咽喉が鳴る。肺が膨らむ。
一ミリ、死を湛えた毒が近づく。
背筋が軋む。肋骨が撓む。
一ミリ、終焉が近づく。
瞳孔が収縮する。毛細血管が破裂する。
一ミリ、一ミリ、一ミリ、思考が寸断する。
動けと念じる。動けと命じる。動けと祈る。

960ひとのかたち:2007/10/13(土) 04:58:51 ID:67JSgFYk0
動け、動け、動け―――。

彼我の距離が、近づき、近づき、近づき……そして、離れた。
広背筋が、大胸筋が、僧帽筋が、雪見を構成するありとあらゆる筋肉と神経が、
その全力をもって、上体を逸らしていた。

離れていく。
死を満たした牙が、遠ざかっていく。
もう届かないと確信する。
毒蛇の小さな牙がこの皮膚を噛み破ることはない。
獣のすべてを賭けた陽動は失敗に終わる。
起死回生の一撃が躱されてしまえば、もう獣に抗う術はない。
爪は失われ、傷は癒えきらず、そして自分にもう油断はない。
それはつまり、

―――わたしの勝ちだ、と雪見が確信した、瞬間。

離れゆく毒蛇の、一杯に開かれた小さな牙の間から何かが飛ぶのを、雪見の網膜は捉えていた。
転瞬、視界の左半分が、欠け落ちた。
耳を劈くような騒音が、己の上げている絶叫だと雪見が理解したのは、燃え上がるような激痛に
両の手で顔を覆ってからのことだった。
立っていることもできず、大地に身を投げ出すように転がった。
神経が繋がったまま眼球を抉り出して、裁縫針を一本一本捻じ込まれていくような錯覚。
指先に触れた黄金の兜を剥ぎ取り、投げ捨てる。
その拍子に、眼の周りの皮膚がずるりと剥けた。
掻き毟る指の間から零れるのは血か、膿か、それとも眼球の成れの果てなのか、それすらもわからぬ。
上下もわからず、痛みとそうでない感覚の区別もつかず、ただ転げ回り、悶える。
耳に聞こえる絶叫が、ひぃひぃと痰の絡んだような喘鳴に変わる。
咽喉が潰れ、血が滲んでいるようだった。
鷲掴みにした顔を、潰れた拳ごと何度も何度も、がりがりと大地に擦り付ける。
激痛をもたらす左眼とその周りを抉り取ってしまいたかった。
地面から泥を掬い、燃えるような眼窩に塗りこもうとして、雪見は手の先に地面がないことに気づいた。
身体が、浮いていた。

961ひとのかたち:2007/10/13(土) 04:59:55 ID:67JSgFYk0
跳ね上げられ、放物線を描いて大地に落ちたのだと、朧気に思う。
巨獣の打撃だった。痛みはなかった。
想像を絶する、痛覚という信号の気違いじみた乱舞を前にすれば、たとえ肋骨を粉砕するような一撃であろうと、
痛みと呼ぶにはあまりにもささやかだった。
それは単に、喘鳴の合間に酸素を取り込もうとする動作に齟齬が生じる程度のことだった。
呼吸を阻害する打撃を致命傷と思えぬほどに、深山雪見は毒に侵されていた。

だから、首筋から鎧の下に入り込んで胸元を探る大蛇の牙が、探り当てた何かをがちりと咥えて
再び出て行こうとするのに齧りついたのは、半ば奇跡に近かった。
たとえその直後に巨獣の容赦ない一撃によって剥き出しの頭部を直撃され、何本かの前歯をへし折られながら
弾き飛ばされようと、それは紛れもなく、深山雪見の意志が結晶した動作だった。

―――わたしの、珠。

混濁した意識の中で、雪見は巨獣が走り去るのを感じていた。
ゼロに近い視界の中、立ち上がろうとする。
ひゅう、と喘鳴が漏れた。
口の中に溜まった液体を飲み下そうとして、吐いた。
鉄臭い血と、掻き毟った眼から垂れた膿と、歯の欠片と、こそげ取った大蛇の鱗が、泥の上に汚らしい地図を描く。
口元にこびり付いた反吐を拭おうともせず、雪見は這いずる。
泥に塗れた黄金の鎧が耳障りな音を立てた。
がり、と左眼に爪を立てて掻く。
痛みは弱かった。既にその周辺の皮膚が壊死しているのかもしれなかった。
がり、と残った右目を掻く。
潰れた咽喉から悲鳴じみた声が漏れた。
激痛を通り越した感覚が、朦朧とする意識を引きずり戻す。

―――わたしの、

近くの木に身を預けるようにしながら立ち上がった雪見が、ゆっくりと歩を踏み出した。
爛々と光る右目が、巨獣の走り去った方角に聳える山を映し出していた。

962ひとのかたち:2007/10/13(土) 05:03:18 ID:67JSgFYk0


【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:F−4】

深山雪見
 【所持品:牡牛座の黄金聖衣】
 【状態:出血毒(左目喪失、右目失明寸前)、激痛、意識混濁、頭部強打、
       肋骨数本及び両手粉砕骨折、ムティカパLv1】

川澄舞
 【所持品:ヘタレの尻子玉】
 【状態:ムティカパ・エルクゥ・魔犬ポテト融合体、重傷(急速治癒中)】

→902 908 ルートD-5

963最後の招待客:2007/10/20(土) 19:58:40 ID:YRzgzeJQ0

ヘリ空母「あきひで」。
沖木島で行われているプログラムの監視・統括を行う艦隊のフラグシップである。
その艦橋に設置された一室、コントロールルームに一人の男がいた。
プログラムの現最高責任者、長瀬源五郎である。
軍艦特有の狭苦しい室内において、その纏う白衣が異彩を放っている。

「……なかなか頑張るじゃないか、元司令も。
 そう思うだろう、栗原君?」

薄笑いを浮かべながらモニタを見ていた長瀬に突然視線を向けられ、傍らに立っていた女が
びくりと肩を震わせた。
気弱な小動物を思わせる、挙動の落ち着かない女を栗原透子という。
幾度か視線を左右に走らせ、そこにいる軍服を着込んだ人間たちの誰一人として自分と目を
見交わしてくれないことにうっすらと涙を浮かべてから、透子がおどおどと口を開いた。

「あ、いえ……、は、はい」

それが精一杯だった。
返事にならぬ返事に、目の前の人物が機嫌を損ねたらどうしよう、と怯えの表情を浮かべる透子。
しかし長瀬はそんな透子の様子に目を細めると、満足げに頷いていた。

「現在の生存者の半数近くが神塚山周辺に集まろうとしている。
 何人が死に、誰が場を制するか……今回のプログラム、最大の見どころだろうね」

実際のところ、長瀬にとって栗原透子の言動などは完全に興味の対象外である。
彼女の存在意義は一重に榊しのぶに対する人質であり、それ以上でも以下でもない。
その言葉など、艦の隅を這いずり回るネズミの鳴き声ほどの価値しか持たなかった。
自分の命令ひとつで発砲される銃口に囲まれて怯えていれば、それでよかった。
視線を移せば、艦橋の外には晴れ間が広がっている。
雲の切れた青空の下、波の合間に殺戮の島が見えていた。

「神機の様子はどうなっているかな」
「……現在、原因不明の障害により詳細なモニタリングできておりません。
 目視観測によればアヴ・カミュ、アヴ・ウルトリィ共にD−4地区にて戦闘を継続している模様です」

ワンテンポ遅れた返答に、長瀬は微かに表情を険しくする。
精度の悪い報告の内容もさることながら、何より気に入らないのはその態度であった。
現在は自分が司令の立場にあるというのに、艦橋の面々は嫌悪感を隠そうとしない。
これだから軍人というものは、と内心で毒づいて、長瀬は鼻を鳴らす。

と、澱んでいた室内の空気が微かに動いた。
小さな音がして、背後の扉が開く。
入ってきた靴音が、軍靴の硬い音ではないことに違和感を覚えて、長瀬が振り向く。
そこに立っていたのは、冷厳と呼ぶにふさわしい表情を浮かべた、一人の女であった。

「……おや、これは榊君。誰が外出許可を出したのかね?」

神経を逆なでするような長瀬の声にも眉筋一つ動かさず、榊しのぶが静かに口を開く。

「―――長瀬源五郎。貴方を解任します」

その声は、狭い室内に凛と響いた。


***

964最後の招待客:2007/10/20(土) 20:00:46 ID:YRzgzeJQ0

沈黙を破ったのは、低い笑い声であった。
亡者の呻きのような声で笑っていたのは、長瀬源五郎である。

「榊君、榊君……官僚というのは冗談の通じない人種と思っていたのだがね」

可笑しくて堪らぬといった様子で、長瀬が肩を震わせながら言う。
目尻には涙すら浮かんでいる。

「……冗談を申し上げたつもりはありません」
「身の程を知れと言っているんだよ」

ぴたりと笑い声がやむ。
長瀬の細い目の奥に、暗い情動の炎が宿っていた。

「私を解任する? ……君に何の権限があってそれを口にするのかね。
 いや君だけではない、この場の誰も私にそれを命じることなどできない。
 そうだろう?」

傍らに直立したまま微動だにしないどころか、二人のやり取りに視線すら向けようとしない軍服の男に
長瀬が厭らしく細められた目を向ける。
無言を肯定と受け止めたか、長瀬は満足げに頷く。

「今現在、このプログラムの最高責任者は誰かね? 君か? 久瀬君か?
 ……そう、私だよ。長瀬源五郎が命令系統の頂点にいるんだ。君も、」
「貴方の後ろ盾に関しては存じ上げております」

ニタニタと笑う長瀬の言葉を遮るように、しのぶが声を上げた。
その眼差しは些かも揺らぐことなく、長瀬を刺し貫いている。

「―――内閣総理大臣、犬飼俊伐」
「……ほう」
「技研時代には貴方の上司、でしたね」

965最後の招待客:2007/10/20(土) 20:01:14 ID:YRzgzeJQ0
しのぶの口から発せられた名に、長瀬の表情が変わる。
国家の最高権力者がバックについていると知りながらあくまでも強気を崩さないしのぶの態度を、
長瀬は訝しんでいた。

「それを知っているのなら、話は早いと思うんだがね」
「……ええ、仰る通りです」
「理解できたら自室へ戻りたまえ、榊君。ここは最早、君の入っていい場所ではない」

自室、という単語を強調する長瀬。
突然の状況についていけず、長瀬としのぶをおろおろと見比べている小動物のような女をちらりと見てから、
顎で出口の扉を指し示す。
その表情は優越感と余裕に満ちていた。
しかし、しのぶは動かなかった。
その厳しい表情にも寸毫の変化もない。
眉を顰めた長瀬が何事かを言おうと口を開いたその鼻先へ、一枚の紙が突きつけられていた。

「……何かね、これは」
「ご覧の通り単なる連絡書面です、長瀬―――前司令」
「何の冗談かと聞いているんだ」
「ですから、冗談を申し上げているつもりはありません。ご覧いただいているのは単なる、
 正式な貴方の解任及び新司令の着任辞令書面です、前司令」

だん、と大きな音が狭い室内に反響した。
長瀬の固めた拳がデスクを叩いた音だった。

「口を慎みたまえ、役人風情が」
「失礼いたしました。ご気分を害されたようであればお詫び申し上げます」

小さく頭を下げるしのぶ。
慇懃無礼という言葉を具現化したような口調に、長瀬の表情がますます険しくなる。

「ですが私は通達をさせていただいただけです、前司令……いえ、長瀬博士」
「もういい」

挑発するような物言いをするしのぶを睨み付けながら、長瀬が首を振る。
狭い室内に立つ軍服の男たちに視線を向けた。

「誰か、彼女をつまみ出してくれ。これ以上、妄言に付き合っている暇はないからね」

言葉を受けて、直立不動を保っていた男が無言のまま動き出す。
しかし、

「……何をしている?」

966最後の招待客:2007/10/20(土) 20:01:34 ID:YRzgzeJQ0
男はしのぶではなく、腰掛けていた長瀬の方へと向き直り、何かを促すように見下ろしていた。
見渡せば、周囲の男たちはいつの間にか、長瀬を取り囲むようにして立っていた。

「君たち……これは重大な服務規程違反にあたると理解しているのかね。
 営倉入りでは済まなくなると、」

そのとき、コントロールルームの扉が静かに開いた。
かつ、と硬い音を響かせながら一人の男が入ってきた瞬間、室内の空気が一変していた。
周囲の男たちが、一斉に背筋を伸ばし敬礼する。
それを片手で制しながら、白の軍装に身を固めた男が口を開く。

「―――その先は、吾輩が説明しよう」

その男を見て、長瀬が呻くような声を漏らす。

「九品仏、大志……!」

色眼鏡の向こうで、瞳が不敵に輝いていた。


***

967最後の招待客:2007/10/20(土) 20:02:03 ID:YRzgzeJQ0
「九品仏大志……犬飼博士の懐刀と呼ばれる男が、何故……」
「着任の挨拶が遅れたな、長瀬前司令」

大志と呼ばれた男が、軍靴の踵を打ち鳴らして敬礼する。

「貴様の後任にあたることとなった九品仏大志である。これまでの任務、ご苦労だった。
 ……同時に、貴様にはいくつかの越権行為に関する嫌疑がかかっている。
 抵抗せず、速やかに取調べに応じるように。以上だ」

口を挟む隙を与えない流れるような弁に、長瀬がぽかんと大志を見つめる。
が、その表情はすぐに険しいものへと戻っていく。

「犬飼博士はこのことをご存知なのかね、九品仏君。
 独断でこのようなことをしていると知れれば、いくら君とて……」
「血のめぐりが悪いな、長瀬博士」
「な……」

斬って捨てるような言葉に、長瀬が二の句を継げずに大志を睨む。

「吾輩が連絡を受けて本土から来たとでも思っているのか。
 最初からこの艦隊に乗り合わせていたのだ。……不測の事態に備えてな」
「……!」
「年端も行かぬ少年や戦の何たるかも知らぬ民間人にすべてを委ねると、本気で思っていたわけでもあるまい」

どこか淡々と、つまらなそうに告げる大志。
一方の長瀬は座り込んだまま、顔を伏せてぼそぼそと呟く。

「犬飼博士は……」
「ん?」
「犬飼博士は最初から、私を信用していなかったというのかい」
「不測の事態に備えたということだ。吾輩の出番など来ないほうが良かったのだがな」

嘆息する大志。
俯いたまま動かない長瀬に向けて、しのぶのヒールが硬い音を立てた。

「ご同道願います、長瀬博士……いえ、長瀬源五郎」

968最後の招待客:2007/10/20(土) 20:02:24 ID:YRzgzeJQ0
冷水を浴びせるが如き声音にも、長瀬は立ち上がろうとしない。
訝しげに更なる一歩を踏み出そうとするしのぶの耳に、小さな呟きが聞こえてきた。
ぼそぼそと聞き取りづらい、しかし耳朶にまとわりつくような、粘り気のある声。

「機械に、心が宿ると思うかね」
「……は?」

意図を量りかね、しのぶが足を止める。
これから逮捕拘束されようという男の口から発せられる言葉ではなかった。
しかし長瀬の言葉は続く。

「模造品でない心は、生まれるんだ。いつか、必ず」
「……」
「だが今はまだ、その萌芽があるに過ぎない。まだまだ無数のトライアンドエラーを繰り返す必要がある」
「一体、何を……」
「想像がつくかい、HMシリーズの試作機にどれだけの最先端技術が組み込まれているか。
 そのために、どれだけの金が費やされているか」

長瀬の白衣が、小さく震える。
その背は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

「運動性能は人間を圧倒している。演算機能も比較にならない。器は完成しつつあるんだ、既に。
 だが、だがまだ足りない。心を収めるには、まだ足りないものが多すぎる。
 技術も、資金も、設備も、何もかもが足りない。……私に与えられた時間もだ。
 だから私は、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。……わかるだろう?」

すう、と長瀬が立ち上がった。
どこか幽鬼じみたその気配に、しのぶが思わず後ずさる。
首だけで振り返る長瀬の、その奇妙に歪んだ表情に凍りつくしのぶ。
と、その腕が突然強く引かれた。
たたらを踏んで飛び込んだ先には、白い軍装。
九品仏大志が、しのぶの腕を掴んでいた。

「何を、」

何をするのか、とは問えなかった。
言葉は、驚愕の前に途切れていた。

969最後の招待客:2007/10/20(土) 20:02:46 ID:YRzgzeJQ0
「え……?」

刹那の間に、狭い室内の様相が一変していた。
無機質だった床に、壁に、天井に、鮮やかな色彩が加わっていた。
一面の赤。
その塗料が何なのかを理解するよりも早く、しのぶの目に飛び込んできたものがあった。
まるで百舌の早贄のように、鋭い何かに串刺しにされ、いくつも宙吊りにされた何か。
潰れた蛙のような声を漏らすそれらは、軍服を纏っていた。
ぼたり、ぼたりと垂れるものが、床の赤を広げていく。
軍服の男たちは、既に死んでいた。

「ひ……!」

つい一瞬前まで人間であったものたちを刺し貫く、その凶器は、人の手指の形をしていた。
優美で整ったその指先が、鮮血に染まっている。
粘り気のある赤い液体が指を伝い、手首を流れていく。
肘の辺りは人間であったものに隠されて見えない。
細い二の腕も、垂れ落ちる血に染め上げられていた。
血は肩へと流れ、破れて穴の開いた白衣を汚していた。

「ああ……紹介が遅れたね」

その細く優美な凶器の持ち主が、小さく笑む。
自身の腕に加えて、左右それぞれ二本づつ、計四本の細い機械の腕。
それはまるで、巨大で醜悪な蜘蛛のような姿。

「開発コードHMX-17bミルファ、同じく17cシルファ―――私のかわいい娘達だ」

肩口から三対六本の腕を生やし、長瀬源五郎が呵っていた。


***

970最後の招待客:2007/10/20(土) 20:03:14 ID:YRzgzeJQ0
「人機の融合―――」

長瀬の返り血に塗れた顔が、言葉を紡ぐ。

「それは通過点に過ぎない」

ぐじゅ、と濡れた音が響く。
突き出した機械の腕が、刺し貫いた軍服の遺骸の一つを掻き回す音だった。

「鉄の身体に人の肉……そして欲に塗れぬ心を得たとき、私の娘は人を超える。
 より高次の存在へと昇華するんだ」

練り固めた小麦粉を指先で捏ね回すように、長瀬の肩から伸びる腕が人間だったものを肉の塊に変えていく。
あまりに現実離れした光景に嘔吐感すら覚えられず、しのぶはそれをただ凝視していた。

「……その悪趣味なサイバネティクスが、貴様の辿り着いた答えか」

唾を吐き捨てるような声。
九品仏大志だった。
答えるように、長瀬が笑みの形に口の端を持ち上げる。

「言っただろう、こんなものは通過点に過ぎないと。だが、これはこれで便利なものでね。
 ……こんな使い方もできる」

言ったと同時。
ぶぅん、と低い音が室内に反響する。
蝿の羽音のような不快な音に眉を顰めたしのぶの顔に、飛沫がかかった。
霧雨に降られたような感触に何気なく頬を拭ったしのぶが、声を失った。
拭った指が、真っ赤に染まっていた。

971最後の招待客:2007/10/20(土) 20:03:48 ID:YRzgzeJQ0
「タンパク質は重要な資源だが、よく噛まないと胃もたれを起こすのが難点だ」

長瀬の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、軍服の遺骸が、すべて床に落ちた。
否、それらは、

「融け……てる……」

つい先ほどまで人間の皮と肉と骨であったそれらは、今や赤黒い沼と化して床に零れ落ちていた。
酷い生臭さに満ちた沼の中心に、軍服だけが浮いていた。

「あ……、あ……」
「少し分解してやらないと、吸収効率が悪くてね」

惨劇の中心に立ちながら、平然と笑みを浮かべて長瀬が言う。
その機械の掌から、チューブのような何かが静かに垂れ下がっていく。
細い筒のようなそれは、赤黒い人間のスープに突き立てられたストローのように、しのぶには見えた。
ず、と音がしたとき、しのぶは固く目を閉じていた。
己の想像が的を得ていたのだと、理解していた。
それは正しく、成分分解した人間を吸い上げるための機関だった。
目の前で人が殺され、食われていく光景を、これ以上見ることに耐えられなかった。
それは日常に存在してはいけないものだった。
それはモニタの向こう側、書類の文字列の中にのみあるべきものだった。
それはあり得べからざるもので、だから目を閉じたというのに、

「ひ……ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

聞こえてはいけない悲鳴が、聞こえてしまっていた。
その声は日常のすべて。
その声は世界のすべて。
その声は、榊しのぶのすべて。
その悲鳴を上げた女を、栗原透子という。
部屋の隅で腰を抜かしていれば、惨劇に気を失っていれば、あるいは見逃されていたかも知れなかった。
だが、その愚鈍な女は常に最悪の選択をする。
しのぶには分かっていた。
怪物と化した長瀬源五郎の注意を引く行為が、今この場においてどのような結果をもたらすか。
べしゃり、と音がした。
百舌の早贄のような何かが脳内に思い浮かべられるよりも早く走り出した足が、赤黒いスープを踏んで
飛沫を上げた音だった。

「透子……!」
「いかん……!」

大志の制止を振り切り、この世の地獄を横切って走る。
見えぬ背後に死を告げる機械の腕が迫っていることなど、考えなかった。
ただ目の前の大切なものだけを見ていた。
むっとするような鉄錆臭の中、涙を浮かべて座り込む女に覆いかぶさるように、手を伸ばす。
掻き抱いた。
温もりがあった。
震えていた。
それが、栗原透子の命の営みが、この世で最後に感じられるものであることに、感謝した。


***

972最後の招待客:2007/10/20(土) 20:04:24 ID:YRzgzeJQ0
鈍い音がした。
固い金属同士を擦り合わせたようなその音が、自身と透子が刺し貫かれる音でないことを
しのぶが理解するまでに、数秒を要した。

驚愕に振り向いたその瞳が映していたのは、軍服に包まれた一つの背中だった。
細くしなやかな、しかし確かな力を感じさせる背は、どこか密林に棲む豹を思わせる。
その手に握られていたのは、しろがねに輝く一振りの日本刀。
脇構えにされたその太刀の煌きが、しのぶにはひどく頼もしいものに見えた。

「……手間をかけて済まんな、同志光岡」
「いえ」

どこか安堵したような九品仏大志の声に、背を向けた男が答える。
寸毫も動かないその太刀が、光岡と呼ばれた男が素人目にも相当の遣い手であることを示していた。

「君は……強化兵、かね」

光岡の背の向こうから、長瀬源五郎の声がする。
値踏みをするような声。

「ふむ……あくまでもバイオの観点から人間の限界を追及した試作品……。
 結果を出せずに失敗作揃いと聞いていたのだがね、なかなかどうして……」
「語るな、賊が」

光岡の声は、手にした刃の如く冷たく、鋭い。

「如何いたしますか、閣下」
「閣下はよしたまえ」

几帳面に髭の剃られた顎をひと撫でして、大志が頷く。

「……そうだな、博士には色々と聞きたいこともあったが、事ここに及んでは仕方あるまい。
 確保は断念、排除を許可する」
「拝命いたしました」

言うが早いか、光岡の背が掻き消えた。
次の瞬間には既に長瀬に肉薄している。
振り抜かれた刃が、銀の弧を描いた。

973最後の招待客:2007/10/20(土) 20:05:22 ID:YRzgzeJQ0
「チィ……!」

鈍い音と、小さな舌打ち。
舌を鳴らしていたのは光岡である。
長瀬の胴を両断するかに見えたその刃は、十字に交差された鋼鉄の腕ががっちりと受け止めていた。
しかし続く光岡の動きに迷いはない。
刃を引かず、軍靴の底で長瀬の腹を蹴りつけるようにして距離をとる。
重い前蹴りも上体を揺らすことなく受けた長瀬が、微かに笑う。

「筋力、瞬発力共に常人とは比較にならないな。判断力も優れている。
 優れた素体に恵まれたこともあるのだろうが……研究が破棄されたのは惜しいね」

独り言じみた呟きを続ける長瀬に答えることなく、光岡が再び疾走を開始する。
八相からの振り下ろし、鋼鉄の腕を避けた袈裟懸け。
しかし長瀬の腕はそれを予期していたかのように刃を受け止める位置に遷移する。

「もっともその程度で私の娘たちの演算速度を越えることは……」

余裕に満ちた長瀬の口調が途切れた。
鋼鉄の腕に阻まれるはずの刃が、唐突にその軌道を変えていたのである。
肩の力だけで強引に引かれた光岡の刀が、腰溜めから肘を支点として放たれる。
振り下ろしをフェイクとした、神速の突き。
狙い違わず放たれた一撃が、吸い込まれるように長瀬の心臓を目掛けて閃く。
しかし。

「ふぅ……怖い、怖い」

長瀬のわざとらしい声。
刃は確かに鋼鉄の腕を掻い潜り、長瀬の胸を突いていた。
だが刃が貫いたのは長瀬の纏った白衣とその下に着込んでいたシャツ、それだけだった。

「貴様……服の下に何を仕込んでいる」

突きが効かぬと悟ると同時に飛び退りながら、光岡が問う。
対する長瀬はにたりと笑うと、大仰に首を振って答える。
まるで出来の悪い学生を前にしたような表情。

「仕込む? ……失礼なことを言わないでくれるかね」

974最後の招待客:2007/10/20(土) 20:05:52 ID:YRzgzeJQ0
言いながら、シャツの破れ目に自身の手をかける長瀬。
び、という音と共に一気に引き裂かれた、その下に。

「さあ、ご挨拶しなさい―――ミルファ、シルファ」

二つの、顔があった。
瞬間、その場にいた全員が言葉を失っていた。
長瀬の両胸から、女の顔が浮き出している異様さにではない。

「……外道が」

搾り出すような大志の声が、全員の声を代弁していた。
その人形たちの表情は、まるで無念と絶望に塗れて死んだ者の断末魔を写し取ったような、
紛れもない呪詛と怨嗟に満ちていた。
彫像のように整った顔立ちが、より一層の凄惨さを引き立てる。

「可哀相に、シルファ……顔に傷がついてしまったね」

言いながら己の胸に浮いた顔を撫でる長瀬の指はひどく優しげで、醜悪だった。
それは、機械仕掛けの人形にすら不幸と絶望は例外なく降りかかるのだと雄弁に語る光景だった。

「―――!」

無言のまま、光岡が走っていた。
長瀬源五郎という男の命脈を一秒でも早く断ち切らんとする動きだった。
横薙ぎの刃が閃く。
耳障りな音を立てて、長瀬の右胸についた顔の額に一文字の傷が走る。

「ああミルファ、ひどいことをされたね」

絶望に満ちた表情を慈しむように、長瀬が語りかける。
それを断ち割るような斬撃を放つ光岡。
左から右に流した刃を返しての一閃。
シルファと呼ばれた方の唇が切れた。
表情は変わらず、血が流れることもなかったが、ぱっくりと割れたその傷口から機械部品が覗くことはなく、
それはまるで、本当の死体が切り刻まれたかのようだった。

975最後の招待客:2007/10/20(土) 20:06:30 ID:YRzgzeJQ0
「……終わりだ、外道」

光岡の声。
どん、と長瀬の背中が何かにぶつかる。
コントロールルームの、乾きかけた血で褐色に染まる窓だった。
狭い室内で刃を避けるように下がり続けていた長瀬の挙動を、光岡は冷静に見ていた。
剛弓が一杯に引き絞られるように、光岡の全身に力が込められていく。

「……ふむ」
「―――ッ!」

表情のない長瀬の、鋼鉄の腕ごと断ち斬るような、裂帛の気合を込めた一刀。
だが、その刃が届かんとする刹那。
長瀬の背にした窓が一面、びしりと曇り―――爆ぜた。

「何ッ……!?」

光岡の一刀が長瀬源五郎を両断することは、なかった。
その刃が銀色の三日月を描いた瞬間には、長瀬の姿は窓の外にあった。

「自決する気か……?」

戦況を見守っていた大志が呟く。
コントロールルームは艦橋の高い位置に存在していた。
埋め込んだ機械部分の耐久性は知れないが、この高さから落ちれば残った生身の部分がただでは済まない。

「―――ご心配なく。そんな気はないよ」

そんな思考を読み取ったような声が、窓の外にあった。
長瀬源五郎が、宙に浮いていた。
否、それを正しく言い表すとすれば、長瀬源五郎は空を飛んでいたのである。

「貴様……!」

翻った白衣から、巨大な翼が顔を覗かせていた。
羽毛に包まれたそれではなく、ぬめる桃色の薄皮にも似た材質でできた、蝙蝠を思わせる羽。

「摂取したタンパク質には、こういう使い方もあるんだよ」
「そこまで人の道を踏み外していたか……!」

眉尻を吊り上げる大志を一瞥した長瀬が、小さく翼を羽ばたかせる。

「戦争犯罪人に言えた義理かね。……さて、私はそろそろ行かせてもらうとするよ。
 これ以上やりあって、可愛い娘たちに傷をつけられても困るからね。
 ……また会おう、諸君」

言うや、蒼穹に舞い上がる長瀬。
追うように懐に手を入れた光岡が拳銃を取り出したときには、既にその姿は遥か遠くに消えていた。

976最後の招待客:2007/10/20(土) 20:07:01 ID:YRzgzeJQ0
「待て……!」
「構わん、放っておけ」
「しかし閣下……!」

言い募ろうとした光岡が言葉に詰まる。
光岡を制する大志の目は、長瀬の飛び去った方角をじっと見ていた。

「あれの如きには、止められんよ」
「は……」

大志の見つめる方角には、一つの島影が見えている。
沖木島と呼ばれるその島を見つめながら、大志は言葉を続ける。

「あの島に集う力は、長瀬の如きに御せるものではないさ。……計画に変更はない」
「は、それでは……!」

大志の言葉に、はっと顔を上げる光岡。
腕を組んだまま静かに頷く大志。
割れた窓から吹き込む海風を受けて、前髪が揺れる。

「―――我々の手で時代を動かすときだ、同志光岡」

重々しく告げたその背後で、栗原透子の泣き声が響いていた。
愚鈍な女は、今まさに目と鼻の先で歴史の引き金が引かれたことなど知る由もなく、
ただ己と己を守った女のために、糸が切れたようにいつまでも泣いていた。

977最後の招待客:2007/10/20(土) 20:07:37 ID:YRzgzeJQ0


【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:ヘリ空母「あきひで」内コントロールルーム】

榊しのぶ
【状態:安堵】

長瀬源五郎
【状態:シルファ・ミルファ融合体、背に翼、沖木島へ】

九品仏大志
【状態:健康、新司令】

光岡悟
【状態:異常なし】

栗原透子
【状態:号泣】

→448 459 531 559 ルートD-5

978岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:12:18 ID:m.ugVWmU0
来る。
何か思う前に、柊勝平の足は既に動いていた。
隣に位置していた職員室に勝平が飛び込んだと同時に、先ほどまで彼が佇んでいた場所を弾丸が突き抜ける。
耳をつんざく銃声、それと共に鳴り響いた男の笑い声に対する苛立ちよりも、勝平の中に湧き上がってきたのは焦りという名の感情の乱れだった。

(落ち着け、落ち着け……っ!)

自分に言い聞かせると同時に改めて電動釘打ち機を構える勝平、職員室の机の脇に隠れながらも減った分の釘の数を彼は慌てて確認する。
勝平の指先は震えていた。彼の上下の歯が奏でる雑音も、恐らく恐怖からのものではない。
ただただ、勝平は混乱していた。

「どこ行った、ガキがぁ!!」

乱暴に引かれた職員室のドアが悲鳴を上げる。
その大きな音も、プレッシャーの一つとなり勝平を襲いだした。
先ほどまであった、勝平の胸の中に灯った温もりは既に掻き消えている。
また、その温もりを作り出した少女がどうなったか、勝平は確認していない。
ただ分かるのは。

「舐め腐りやがって……オラァ、出て来い!」

突然現れたこの男が、勝平の中に生まれかけた新しい思いを壊したということ。
蓄積されていたはずの積み重なったものを、崩したということ。
一つの答えが出るはずだった、それを導くために必要だった鍵を。
無残にも。この男は、破壊した。
何が起きた、その過程を勝平が反芻する暇などない。
しかし、今の勝平にその必要はないだろう。結果は既に出ているのだから。

(あいつが……壊した)

979岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:12:50 ID:m.ugVWmU0
何に対する怒りなのか、それを噛み砕いている余裕も勝平にはない。
ただ勝平が理解できるのは、この現実を導いたのがあの怒鳴り声を上げている男だという事実のみである。
一つ大きく深呼吸をし、勝平は体に走る震えを止めた。
握り締めていた電動釘打ち機を構えなおす勝平、男は無用心にも声を上げながら移動をしている。
その足音の大きさも、男の大体の位置を勝平に教える材料となっているのを彼は気づいているのだろうか。
追い詰める側と追い詰められる側、男の中に出来ている方程式が勝平に与えられたチャンスであった。

「殺してやる……僕の邪魔をした奴は、みんな殺してやる……」

呟き隠れていた机の下から這い出ると同時に、勝平は釘打ち機の引き金を引いていた。





それからは二人、ひたすら教室の中を目まぐるしい形で動き回っていた。
勝平も男も引く様子は一切ない、整列された教員用の机の類は無残にも歪められそれが新しいフィールドを作り上げている。
限られた弾を惜しむ様子もなく男は発砲を繰り返した、勝平は寸でのところでそれらをかわしながら電動釘打ち機の引き金を引いている。
二人とも沸点を越えた怒りに身を包んでいるのであろう、血走った眼差しが双方のそれを物語っている。
相手を仕留めようとする意志の強さは互角であった、そこに存在するのは装備の違いと、そして。

「……はぁ、はぁ……っ!」

持ちえる彼等自身の、体力の差だった。
息切れと表すにはあまりにも掠れた痛々しいそれは、勝平の喉が捻り出しているものである。
極限の状態での撃ち合いは、彼等の体力だけでなく精神をも啄ばみ始めていた。
そこで現れた暦全とした物が形となる、向かい合う男には気づかれないよう勝平は慌てて自身の口へと手をやった。
吹き出る汗の量も尋常ではない、ただでさえ弱っている勝平の体を酷使した結果がこれだ。
痛む胸を顧みる余裕はない、しかし訴える鈍痛が勝平への限界を囁き始める。
膝を突き再び釘を補充する勝平の耳に届いた靴音は、間違いなくあの男のものだ。
……この状況、全てにおいて男に有利なモノへと変化している。

980岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:13:16 ID:m.ugVWmU0
(嫌だ、こんな所で終わるわけには……っ)

焦りの色に染まってはお終いだ、何か策を練らねばと勝平は脳をフル回転させながら自身のバッグへと手を伸ばした。
火力では劣っているかもしれないが、今の勝平には道中で徴収した数々の武器がある。
それらを駆使して、勝平は何とか男を撃退せねばならなかった。

(パイナップル……)

その中でふと勝平の目に止まったのは、藍沢瑞穂の支給品であるそれだった。……正直勝平にとって苦い思い出としか言いようのないものだろう。
また相手が藤林杏以外でも、やはりこれが原因で自身が不利益を負った記憶を勝平は何となくではあるが、所持していた。
とにかく手榴弾と勝平の相性は最悪だった。しかしこの場で一番火力の強い武器となると、勝平はそれを上げるしかならない。
どうしたものかと勝平が眉間に皺を寄せていた時だった。

「見つけたぞ」

隠れていた机と椅子の陰、膝をついていた形の勝平へと覆うようにできた影は男の作ったものだった。
邪悪な笑みに睨まれる形となり、勝平の喉が小さくなる。
勝平は右手に電動釘打ち機、左手に手榴弾を握り締め固まっていた。
どうするか、男の手には拳銃が握られているだろう。これは確実だ。
男を撃退するにはどう動けばよいのか、勝平は眼だけ動かし手榴弾を顧みる。
この距離投げつければ致命傷を与えることができるのは確実だ、しかしその場合勝平自身も被害を被るだろう。
無事で済むわけがない。その言葉の指す意味が何なのか。

「……」

見開かれた勝平の瞳が映す景色が、一瞬闇に染まる。
色が消えるということ。堕ちたら戻ることの出来ない光が存在するということ。
それは、一度命を失わないと体験できない恐怖だろう。

「うわああああああ!!」

981岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:13:36 ID:m.ugVWmU0
次の瞬間勝平はすぐ傍にあった教員用の椅子をすべらせると同時に、電動釘打ち機の引き金を引いていた。
縮こまっていた勝平に対しすっかり油断していた男は、椅子の攻撃をもろに下半身へくらったと同時によろめきながらも銃を構えなおす。
しかし、もう遅い。勝平の釘は放たれている。
男が何か言葉を発するまでもなく、飛び出した釘は連続して男の腹部へと飲み込まれていた。この間五秒にも満たない。
自身が漏らしている息の音と大きく弾んだ心臓のそれが勝平の聴覚を刺激する。
倒れゆく男が背面から地に落ちることにより響き渡った振動で、やっと勝平は体の震えを止める事が出来た。

(ど、どうなった……?)

身動きを取らない男の様子は、勝平がすべらせた椅子の位置も問題となり視覚での完璧な判断を出すのは難しくなっていた。
しかし死の色を垣間見た今の勝平は、易々と男に近づくという行為自体に対し恐れをなしている面がある。
それに、男はかなりの釘を腹部へ受けていた。藤林杏の件もあり、まず助かる見込みはないだろうと勝平はそう思い込んだ。
……勝平の精神状態はかなり不安定になっている。
それは先ほどの争いで減った体力や、その前に起きた事も関係しているに違いない。

「そうだ、あいつ……!」

男に拳銃で撃たれた少女の存在を思い出し、勝平は廊下に出るべくすかさず立ち上がった。
このまま逃げる。その選択肢も図らずとも視野に入れていたのかもしれないが、そんなことを考える余裕も勝平にはなかっただろう。
脱兎のごとく、勝平はそのまま振り返らずこの場を後にする。
駆ける勝平、右手に電動釘打ち機、左手に手榴弾をぎゅっと握り締める彼の表情から平常心という文字は読み取れない。
入り組んだ机の隙間を這うように躍り出た勝平の息は荒いままだった、いや、断続的なそれはむしろひどくなる一方だ。
しかしそれが、一瞬止まる。
勝平が少女の姿を視野に入れたと同時に、ドクンと一つ高鳴った胸が勝平に呼吸の苦しさを忘れさせる。
予想していなければいけなかったこと、むしろ起こった事象に対しそれが当然であることを勝平は理解していなければいけなかった。

「かっぺい、さん……」

982岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:13:57 ID:m.ugVWmU0
薄暗い廊下、ポツンと在る一人の少女。
少女こと神尾観鈴は、浅い呼吸を繰り返しながら静かに横たわっている。
小さな声。それが自身の名を指していることに気づくと同時に、勝平は観鈴の元へと急いで駆け寄った。
観鈴の片手は真っ赤に染まっている、それは彼女が腹部に左手を添えていたからである。
最初は観鈴の身に着けている衣服が黒いワンピース上の制服だったからか、勝平もすぐには気がつかなかった。
だが廊下の窓からもれる月の光の下、彼女の衣服がかなりの湿り気を帯びていた事実に勝平は愕然となる。
それに観鈴の横たわる廊下には、衣服が吸い切れなかった液体による小さな水溜まりも生成されていた。
出血の量は決して少ないものではない、すぐの手当てが必要であるというのは勝平にもすぐに理解できたであろう。
そして、それが被弾したことによる傷だという現実に、勝平はやっと事の重大さに気づくのだった。

「おい、起きれるか?!」

肩の下に腕を回し観鈴の体を起こそうとする勝平だが、決して体格が良いとは言えない彼では上手く観鈴を持ち上げることは難しい。
何とか足に力を入れようとするものの、先の争いで体力も使い切ったに等しい勝平の体は彼の意思に反するばかりである。
しかし時を無駄にしている暇などない、とにかく最優先は観鈴に手当てを施すことだった。
このまま持ち上げられないからと言って、地団太を踏んでいるだけでは状況は悪くなる一方だ。
一つ大きく深呼吸し、どうすればいいか今一度勝平は考える。

(男だろ、こういう時に動けなくてどうするんだよ……っ)

勝平はいまだ右手に持ったままである電動釘打ち機を捨て、改めて観鈴の腰に手を回した。
柔らかい少女の体が密着するが邪念に気をやる余裕もないのだろう、勝平はそのまま観鈴を引きずるように廊下を移動しようとする。
保健室は一階にあったはず、記憶を辿り一刻も早くそこに行かなければと勝平はただただその一点だけを考えた。
観鈴を死なせないために、勝平には本当にそれだけであった。
何故やどうしてという理由付けなど関係なく、純粋に。
観鈴を、死なせるわけにはいかないと。勝平はそれだけを、思っていた。

983岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:14:33 ID:m.ugVWmU0
しかし踏み出そうとした勝平の一歩が、埃積もる古臭い廊下に辿り着くことはなかった。
その代わり投げ出された体が地面へ強かに打ち付けられ、与えられた痛みに勝平は思わず言葉を漏らす。
突き飛ばされたという事実、決して強い力ではないものの勝平のアンバランスな体勢を崩すには充分な力であったそれ。
何が起きたのか、勝平が認識する前に聞き覚えのある銃声が再度吼える。
尻餅をついた状態の勝平、目線は前方のみに集中する。
見開かれた勝平の瞳に映るのは、こちらに向け両手を突っ張るように構える少女、観鈴のよろめく姿のみ。
立ち上がらせようと支えていた観鈴が、勝平を突き飛ばした犯人であった。
何故こんなことを、勝平が考える前に響いた発砲音と共に、凶器が彼女の肉に突き刺さる。
再び観鈴の体は崩れる、今度は前のめりに倒れた。
勝平はそれを見ていることしかできなかった。
溢れる血液、床に広がるそれは新たな傷口から漏れ出たものである。
笑い声。他者に不快感しか与えないそれは職員室から響いている。
聞き覚えのあるその声は勝平と争っていたあの男のものだ。
這いずり、職員室の中を覗きこむようにした勝平の目に映ったのは、先ほど倒れていた場所から銃をこちらに向け大声を上げている男の姿だった。
いつの間にか、勝平の気づかないうちに男は起き上がっていた。
腹部に大量の釘を受けたはずの男は、五体満足で笑っていた。
笑っていた。

庇われた。その事実。
撃たれた少女は地面に沈む。
男は笑う。襲撃者は愉快そうに、勝ち誇ったように笑い続ける。
再び刻み込まれた光景。苦しそうに呻く観鈴。
存在する二択。
勝つか負けるか生か死かどちらか一方の世界二択。
殺すか殺されるかどちらか一方の世界二択。
殺される側の人間殺す側の人間二種類。
観鈴は殺される側の人間となった?

勝平の中で何かが切れた。行動は瞬時に起こされる。

984岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:15:01 ID:m.ugVWmU0
嘲笑としか言い表せない、人を見下したそれは今もまだ続いていた。
覗き込んでいた扉から勝平はずっと左手に握り締めていたものの安全装置を一瞬で抜き取り、それを無言で投げつけた。
投げ込むと同時に観鈴の体を引き寄せ廊下の隅へと転がり込む勝平、男の笑い声が止まる。音が消える。
勝平が投げつけたもの。それは男に追い込まれた時から握り締めていた、勝平の所持品でも一番火力のある手榴弾だった。

一拍後。

強烈な耳をつんざく爆発音と同時、閉鎖された職員室の中が白い煙で包まれた。
覆うように観鈴を抱きしめた勝平の背に、塵を含んだ爆風が襲い掛かる。
しばらくの間視界が晴れることはなかった、勝平はその間にと抱きしめていた観鈴の様子を省みる。

「……はぁ、あ……」

腕の中から不意に漏れた観鈴の呻き声、一段と白くなっていた彼女の顔色に勝平はどうしようもない痛みを覚えた。
大丈夫かなんて声をかけられる余裕も、雰囲気も、既に掻き消えている。
新しく受けた傷口からだくだくと漏れていく彼女の生命力、弱っていく観鈴を前に勝平はあまりにも無力だった。

「くそっ、ボクにどうしろってんだよ……」
「勝平さん……気にしないで、欲しいな。これ、ね、決まってたの……。
 生き残った、場合、私が今日の夜、お腹撃たれるていうのは……決まって、たの」
「お前、何言ってっ!」
「世界にも法則がある、の……その一つ、だから……」

そう言って、観鈴は右手をゆっくりと勝平の頬へと寄せた。
観鈴の左手は血塗れている、それは最初の被弾箇所を左手で押さえていたからである。
だが彼女の右手は綺麗なままだった。
こんな状況でも、観鈴の右手は傷一つなく清らかなままだった。
頬に触れるその温度に戸惑いが隠せないのだろう、勝平は無言で瞬きを繰り返す。

「でも、二発は初めて……だった、から……観鈴ちん……だぶる、ぴんち」

985岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:15:26 ID:m.ugVWmU0
そして、瞬きを繰り返すうちに勝平はやっと気づく。
観鈴が何を言っているのか、その意味を。

「お前、覚えてるのか」
「うん、覚えてるよ……全部……」
「ぜ、全部って……」
「私達のせいで、勝平さん……死んじゃった、こと。全部、知ってる……。
 ごめん、なさい……でもね、殺すつもりなんて……なかった……私達、杏さんも、みんな」
「嘘だ! そんな……っ!」

呼吸をするにも苦しいはずの観鈴だが、いつにも増して彼女は饒舌だった。
そして彼女が口を開く度にどれだけの体力を消耗しているのか、勝平はそれを見落としている。
観鈴の告白に対する衝撃が勝平の中で圧倒的な存在感を見せ、彼の感覚を鈍らせていた。

「だから、『今回』は、私、勝平さんには……生き残って……欲しいって、思った……。
 『今回』……勝平さん、杏さんに襲い掛からな、かった。
 だから、違う形になると思った……でも、勝平さん、来ちゃった……どうして、だろ。
 これも、法則なのかなって……思った……私には、分からない……」

にはは、という観鈴特有の笑みが。続くはずだった。
しかし代わりに出たのは苦しそうな咳の連続であり、観鈴はそのままぐったりと脱力したように勝平へともたれ掛かる。
苦しそうに血液を口から漏らす観鈴の姿は、痛ましいとしか言い表せない。
勝平は混乱を隠せぬまま、その様子を呆然と眺めていた。

「勝平さん……杏さんを、許してあげてぇ……。杏さん……泣い、てた……凄く、苦しん……で、た……」

986岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:15:58 ID:m.ugVWmU0
勝平は答えられなかった。何も、答えられるわけがなかった。
今までの己の行動と結果が、勝平から言葉という媒体を奪っていた。
この島で、勝平にとって仲間と呼べる人間は一人もいなかった。
勝平自身が作ろうとせず、相手を蹂躙することだけを考えていたことも原因の一つだろう。
殺される前に殺す、それがルール的にも身を守るには一番安全な指針であると勝平は疑うことなく思っていた。
生き残って欲しい。こんなことを言われるなど、勝平にとって予想だにもしない事である。
そして溶けることになるいくつかの疑問も、じわじわと勝平を苦しめた。
何故こんなにも神尾観鈴という少女が懐いていたかという理由は、今この場で明らかになる。
彼女の思いがそこにあったということ。そのなんと重いこと。
予想外の事実に混乱が隠せないのだろう、勝平はいやいやと頭を振りながら無言で観鈴の瞳を見つめていた。
与えられた一つの真実、勝平がそれを受け入れるには時間が必要となるに違いない。
しかし、時が待ってくれることもなく。
刻一刻と過ぎていった時間は、ついに観鈴を終末へと導いていく。

「にはは……最後に、お願い……聞いてもらって、いい……?」
「お、おい、何だよ最後って」

観鈴以上に覇気のない勝平の声、観鈴はにっこりと微笑みそれを流す。

「……ループを、止めてぇ」

いまだ勝平の頬に触れたままであった観鈴の右手、清らかな右手。
小刻みに揺れるそれが、彼の首へと回される。
弱々しく引き寄せてくるそれに、勝平は抗うことなく身を任せるしかない。
徐々に近づいていく双方の瞳、距離がゼロになるその手前。
自然と合わされる、唇。
滑りを覚えそれが観鈴の血だと勝平が自覚する前、彼の視界は転換させられた。
脳裏に流れた観鈴の言葉と共に。

―― 私の断片、受け取って


※        ※        ※

987岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:16:27 ID:m.ugVWmU0

次の瞬間、勝平の目の前には真っ青な世界が広がっていた。
強い風に負けそうになる体を懸命に押さえつけ、勝平は辺りをゆっくり見渡そうとする。
まるで高層ビルから階下を見下したような光景が、勝平の視野を彩っていた。
いや、それ以上だ。はるか遠くに位置する地上に対し、勝平は思わず呆けそうになる。
ここがとてつもなく高い場所であるということだけは、勝平にも理解できた。
しかし一体どうなっているのかまでは皆目検討もつかないだろう、勝平が途方に暮れかけたときのことである。
彼の横を、何かが横切っていった。
予測していなかったものの登場に勝平は慌てて振り返り、それが何なのかを確認しようとした。
空を切る二枚の翼、真っ白なそれが世界の青に溶け込むことなくそこに存在していた。
鮮やかな長い黒髪も気持ち良さそうに風に舞っている、翼の生えた少女は勝平を気にすることなく自由に空を飛んでいた。

真っ白な翼を広げ、空を上っていく一人の少女。
そう。今勝平がいるのは、空だった。
勝平自身も浮いていた、空を飛んでいた。
突然の状況に混乱が隠せず、勝平は無言で少女の姿を見つめ続けていた。
微かに見て取れた少女の表情の幼さが観鈴と重なり、勝平の鼓動が一つ鳴る……と同時に、世界にまた変化が起きる。

空の青が掻き消えると、今度は随分と地味な世界が現れた。
こじんまりとした小屋、シンプルな造りの部屋の中には何かを映し続けるテレビが在る。
そして、それをじっと見つめる女の子。
小さな、小さな女の子。
勝平は無言でその風景を見つめていた、先ほどのような体感を覚えることはない。

「……?」

不意に、女の子がこちらに振り向いてくる。
目が合ったような感覚を受け、勝平は一瞬体を震わせた。
あどけないその表情、無垢なる視線にどう対処していいか分からず勝平は黙り込むしかなかった。

988岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:16:54 ID:m.ugVWmU0
「あ」

少女の声。驚いているのか、その妙なイントネーションが勝平の印象に残る。
だがそれだけだった。勝平の視界は、急遽その場でシャットアウトされる。
世界の終わりも、また観鈴の声と同時に告げられるものだった。

―― にはは。お姫さまに、よろしくね

つい先ほどまでよく聞いていたそれが妙に懐かしく感じる勝平に、現実が舞い戻る。


※        ※        ※


呆けそうになる頭に渇を入れる、勝平は頭を振ると同時に霞みかけた意識を覚醒させた。
景色は先ほどまでと同じ学校である、職員室の中に篭っている煙がまだ晴れきっていないことから時間もそこまで経っている訳ではないだろう。
一体何が起きたのか。勝平に明確な意味は伝わっていない。
二つの不思議な光景、その余韻に浸りそうになりかける勝平はふとその世界へ彼自身を誘った少女の存在を思い出した。

「……神尾?」

温もりは残っているものの唇は既に離れている、観鈴は勝平腕の中身動きを取ることなく脱力していた。
瞬間、不安が勝平の中を駆け巡る。
気づいたら自然と呼んでいたその名前、思えば勝平が彼女の名前を口にしたのは初めてだったかもしれない。

「神尾……ちょっと、神尾!」

張り上げる。だが、勝平のそれに対し反応は返ってこない。

「どうして……どうしてだよ……っ!」

989岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:17:26 ID:m.ugVWmU0
強く抱きしめた観鈴の体はいまだほのかな温もりを保っている、勝平はそれがせつなくて仕方なかった。
閉じられた瞳が開かれる気配はない。
にはは笑いを繰り返していた頬が、再び緩む気配もない。
清らかだった彼女の右手は、力を失い地面へと投げ出されていた。
投げ出された地面は、彼女の血液で湿っていた。
清らかだった彼女の右手も、今は左手と同じように真っ赤に染まっていた。

いくら勝平が声をかけても、観鈴がもう答えることはない。
彼女の心拍数は既にゼロ。
観鈴の世界は、終わっていた。

『あいつみたいなのが、絶対、こんな……くだらない殺し合いを、変えてくれる、はずなんだよ……。
 俺みたいな、殺すことを納得した人間じゃ……駄目、なんだ……』

染み付いた相沢祐一の言葉が、勝平の中反芻される。
戸惑い、混乱、それら全ての感情がミキサーにかけられた状態の勝平の頭の中、それだけが一際輝いていた。





「やってくれたな、あのガキが……」

一人森の中を進む男、岸田洋一が苛立たしげに一つ舌を打つ。
先ほど岸田が脱出した鎌石村小中学校の外観を見上げると、その一角からはいまだもくもくと白い煙が漏れていた。

「それにしても危なかったぜ、あのガキ何て無茶しやがる」

990岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:17:54 ID:m.ugVWmU0
咄嗟に動いた岸田の体、勝平が放り込んできたものが手榴弾と認識できたと同時に岸田は背面に位置する窓に向かって駆けていた。
そしてごく自然に壁際の窓を開け、そこにある水道管を握り衝撃を殺しながら飛び降りた。

一拍後。

爆裂音と共に粉々になったガラスの破片が降り注いでくる、だがそれだけだ。
岸田は無傷で、あの絶体絶命になりかけた場面から逃れることができていた。

「今日の俺は冴えているな、絶好調だ。あのガキも次こそは仕留めてやる」

即退路を確保できたということ、それは自身の冴え渡る『勘』に他ならないと岸田は思い込んでいた。
実際彼が自覚していないのだから、そうと言い切ってしまってもおかしくはないだろう。

「ふー、これももういいか。クソッ、重かったぜ」

徐にベルトを緩め、腹部に仕込んでいた物を取り出す岸田。
英和辞典。それは岸田が回収した、藤林杏の荷物に入っていたものだった。
いざという時にためにと腹部をガードする意味で岸田だが、正にそれが役に立ち彼は奇襲に成功する。

「殺しちまったのが女っつーのも勿体無かったが……まあいい、代わりはいくらでもいる」

これも岸田曰く、冴え渡る『勘』により起こした策だった。
記憶にはなくとも自然と体が覚えていたという事象、岸田は正にそれに助けられただけだった。
しかもうち一つは、彼自身が煮え湯を飲まされたものである。
岸田は気づいていない、しかし気づいていないからこその。

「さあ、さっさと新しい獲物を見つけねーとな……」

最優先される欲望が、そこにはあった。

991岸田バスターズ!:2007/10/26(金) 01:18:24 ID:m.ugVWmU0
柊勝平
【時間:2日目午前5時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校二階・廊下】
【所持品:手榴弾二つ・首輪・和洋中の包丁三セット・果物・カッターナイフ・アイスピック・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:呆然、衣服に観鈴の血液が付着している】

岸田洋一
【時間:2日目午前5時半】
【場所:D−6】
【所持品:カッターナイフ、拳銃(種別未定)・包丁・辞書×3(英和、和英、国語)支給品一式(食料少し消費)】
【状態:次の獲物を探す】

神尾観鈴  死亡

電動釘打ち機5/16は廊下に放置に
観鈴の持ち物(ラッシュメモリ・支給品一式(食料少し消費))は観鈴の遺体傍に放置

(関連・446・458・904)(B−4ルート)

992管理人★:2007/10/27(土) 02:45:31 ID:???0
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