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作品投下専用スレッド

1管理人★:2010/09/03(金) 20:33:01 ID:???0
作品を投下するためのスレッドです。トリップを忘れずに。

2 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:45:06 ID:9WDSnWBU0
一番手。クールに投下します。

3ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:45:46 ID:9WDSnWBU0
「おいおい、何だよこの殺し合いってやつは」

深い深い森の中。そびえ立つ木々が陽の光を遮って、大地に光をあまり通さない。
お陰で昼だというのに辺りが少し暗い。そんな世界に異質の存在がいた。

(冗談ならいいんだけどね……)

ここにいるのは地面に座りこんでいる一人の少年。
金髪に中肉中背の体型。
黄色のブレザーの制服と紺のスラックスで身を包んだ春原陽平。
彼はついさっきまでいつも通りの日常を過ごし、そして部屋で就寝したはずであった。
そう。“はず”だったのだ。

(いつのまにかに変なところに連れ去られて殺し合いをしろって? 挙句の果てに女の子の首が飛んで……
 そして扉を開けたらこんなとこにいた、と。奇想天外にもほどがある)

昨日はベッドの上で自分は寝ていた。間違いなくぐっすりと。
それにどうやってさっきまでいた部屋まで運んだ? これは誘拐というものではないだろうか。
だとしたら警察に連絡するべきなのか。
わからない、こんな状況でどうすればいいのか。
というか普通は混乱して当たり前だ、と陽平は自問自答する。

「……もういいや。こういう頭使うのって僕向きじゃないんだよ」

ため息を吐き、よっこらせと呟きながら重い腰をあげる。
陽平は頭をそれなりに使って疲れたのか表情は冴えない。

(ああ、もうイライラするなぁ。訳わかんないんだよ、あの野郎……)

4ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:46:43 ID:9WDSnWBU0
頭を掻きむしりながら陽平はデイバッグに入っている支給品の確認を行う。
まず最初に名簿をパラパラとめくる。自分の名前はあるのか、と探しているうちにとある名前を見つけた。

「岡崎……!? それに芽衣まで……」

他にもないかと確かめたところ、自分の知り合いがほとんどいた。
陽平にとってこの場に知り合いがいるということは嬉しさ半分悲しさ半分だ。

「みんな揃ってこんな馬鹿らしい催しに巻き込まれているのかよ、畜生」

嬉しさはこの会場に知り合いがいて、一人ではないということ。
悲しさは自分以外にも命がなくなるという危険が常に伴っていること。
陽平としては特に妹である芽衣のことを考えると頭がいたい。
口ではぞんざいに扱ってはいるものの大切な妹なのだ。
兄として心配しないはずがない。

(心配してもしょうがないか…………あいつは僕より人づきあいその他諸々がうまい。きっと生き残ってくれるさ……)

ひとまずは妹についての思考を打ち切って残りの支給品を確かめるためにデイバックを漁る。
そして出てきたのは。

「ヒッ……!? これって……」

黒色の物体。拳銃だ。
陽平は知る由もないが、この拳銃はベレッタM92といい、
撃つときの反動も少なく軽量なうえ、排莢不良も起こりにくいいわば当たりの拳銃なのだ。
当然ごとく拳銃が支給品ということだけで充分当たりなのだが。

「本物なんだよな……この重さ。御丁寧に説明書までついてる。そこまで殺し合いをさせたいのかよ」

考えれば考えるほど手詰まりな気がする。それにやることは山積みだ。

「はぁ、めんどくさい」

思わず悪態をついてしまうほどめんどくさい。
それに陽平は。

(まだ僕は、この自体を現実と捉えきれていない。その証拠に今も冷静だ)

いつも通りの思考。いつも通りの表情。
そう全てが“いつも通り”だ。



――――ホントウニソウナノ――――



嘘と欺瞞に塗り固まれたこの島で狂わないということはおかしいのではないか。
そうだ。現に。



――――モウスノハラヨウヘイはクルッテイル―――――



ここに存在するのは“春原陽平”の残りカス。だってそうだろう?
春原陽平はこんなに冷静であっただろうか。もっとわめき散らしてヘタレるのが本当なのではないか。
いつもどおりの三枚目な脇役が春原陽平の役目であろうに。

5ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:47:08 ID:9WDSnWBU0


「僕は……まだ正常だ、冷静でいられることの何が悪い」

何かの歯車が狂い始めている。現実と夢の境界線に立っているかのように今の自分は半端者だ。
殺し合いを止めようと息巻いているわけでもなく、乗ろうと決意するでもない。

(僕は――)

思考カット。今、そんなことを考えるよりも重要なことが陽平にはできた。

「誰だ!」

陽平の耳に入ったのは誰かが枯れ木を踏みしめる音。誰かが後ろにいる。
身体は自分の想像よりも早く動いた。
腰にぶら下げていたベレッタM92を素早く抜き放ち、音のした方向へ構える。

「驚かしてすいません。こちらに敵意はないのでどうかその拳銃を下ろしてはいただけないでしょうか」

そう言って一人の少女が姿を現した。
長い金色の髪を右左の両サイドでしばっている、いわゆるツインテールというものだ。
着ているのは一般的なセーラー服であり特に目立つ部分は存在しない。

「そんな言葉だけで信用できると思うかい、悪いけど後ろからグッサリなんていやだからね」
「そうでしょうね、ですのでここは信頼の証明として服でも脱ぎます」
「へ?」

遊佐が無表情で服に手をかける。
セーラー服のタイをとり上着を脱ぎ、そしてスカートを下ろし、タイツも――

「待って!!! もうわかったから!!!! もういい、もういいよ!!!」
「え? ですが不安でしょうし……」

そんな問答をしているうちに遊佐はタイツも脱いでしまった。
今の遊佐の姿は下着を着けているのみ。足が汚れないように靴を履いているのだがまたそれもいい。
実に素晴らしいと陽平は心のなかで歓喜をあげる。だが、今はそんな場合じゃないと頭を切りかえる。

「十分です!! ホントにもう十分だからぁ!!!!」
「ですが、私の裸を見たところで別に興奮するわけでもないですし」

いいえ、興奮します。下の息子が大きくなりはじめました、とは言えない。
もし気づかれでもしたら軽蔑ものだ。

「お願いします、もう信用するから……」
「そうですか、感謝します。申し遅れました、遊佐といいます。これから情報の交換をしたいのですがよろしいですか」

陽平はうなだれながら拳銃を下ろす。それを見て遊佐が陽平の元へ歩いてきた。

(普段なら可愛い子と一緒だ、半裸姿も見れてイヤッッホォォォオオォオウ! とかなるんだけどなぁ。今の僕じゃ無理か。
 それになんか気が抜けちゃった。……でもこれでいいんだ、僕は信じてみようこの女の子を。とりあえず今の最優先事項は――)



「服を着てくれ!!!」



 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:D-03】

 春原陽平
 【持ち物:ベレッタM92(16/15+1)、予備弾倉×3、水・食料一日分】
 【状況:健康、冷静?】

 遊佐
 【持ち物:??、水・食料一日分】
 【状況:半裸、健康】

6ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 02:47:40 ID:9WDSnWBU0
クールに投下終了を宣言します

7 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:48:37 ID:9WDSnWBU0
オレのターンはまだ終わってない。
またクールに投下します

8少女が見ている 〜 Pure Eyes ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:49:11 ID:9WDSnWBU0
「ああっ!? 何だ、この状況……」

俺、藤巻はなぜか殺し合いに巻き込まれていた。
……おーけー、何を言ってるんだか俺もわからない。これは夢なんじゃねえかとかまだ思ってる。
でも仕方ねえだろ? あんな女の子の首が破裂するのを見せられたら嫌でもこれが現実だって認識しちまう。
しかしほんと意味わかんねえだけど! 殺し合い? 知らねーよ、つーか知りたくもない。

「やっぱり夢ではないよな……はぁ」

あの最初の場所にあったブラウン管のテレビに映ったいけ好かないイケメン野郎。
銀髪プラス羽とかどこの厨二病天使様だ、馬鹿野郎。俺らが知っている天使よりも天使らしいわ!

「第一、あいつ何者なんだ……? “神様”……なのか……」

こんな大掛かりな舞台といい、誘拐の手際といいただの常人とは思えない。
“神様”。こんなキーワードが浮かんだがすぐ廃棄。んなこと考えてる余裕はない。
それにしてもだ。最初の演説らしきものが本当だとするならば、俺以外にも此処に連れてこられている奴等がいるらしい。
そういや名簿が配られてたな。そいつでも見て確かめてみるとするか。

「おい……死んだ世界戦線の主要メンバー全員いるじゃねえか!!!」

やっぱりというかなんというか。予想できる範囲の事だったけど。

「畜生……」

腹がたつ。あのイケメン天使野郎の掌で踊らなくちゃいけないことが。
無論、俺は殺し合いに乗るつもりはない。
だけど、俺ら主要メンバー全員がなんだかわからないうちに此処に呼ばれている時点で俺らは一回負けているようなもんだ。
攫われる時に無防備を晒してたってことなんだからよ。
そんな俺らが反抗したところでどうにかなるものなのか?

「関係ねえよ、仲間殺して生き残るとかふざけんじゃねえ。そこまでして生きたいとか思わねえよ」

それに何か感じるのだ。
いつも行っているミッションとは今回は“何か”が違う気がする。

「わかんねえけど、“何か”、違う」

とりあえずは軽々しい行動は避けるべきだ。無闇に死ぬような行為も今回はよそう。
的確な判断力と一握りの幸運がこの場では必要だ。
まずは幸運。武器が入ってるとか言ってやがったな、あのイケメン天使野郎。
あたりを引けるか……。、
最高は突撃銃。次に拳銃、それか愛用のドスとか日本刀のような刃物。
せめて何か身を守れるようなものがいい。

9少女が見ている 〜 Pure Eyes ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:49:57 ID:9WDSnWBU0


「いいのが入っててくれよ!」

鞄の中を手で探って出てきたのは――

「…………は?」

おいおいおいおいおい。ちょっと待て。これはおかしいだろ。

「防弾性割烹着……頭巾付き……」

つ、使えるのか? これはないだろう。いやマジで。
第一こんなんで防げるのかよ。それに説明文がまた胡散臭い。

『俺はこれをつけていたお陰で最後まで生き残れました! それに恋人もできて毎日が幸せです! HAHAHA!』

……ねーよ。これで生き残れるとか、ねーよ。しかも何でこれで恋人出来るんだ。
うんまあこの説明はともかく、付けないよりはましだよな。一応防弾性とか書いてあるし。
……とりあえず一回着てみるか。

「やっぱりねーよ」

セットで入っていた鏡で自分の姿を見てみたが……似合わねえ。完膚なきまでに似合わねえ。ああ、目が釣り上がる。
あまりにもの自分の似合わなさにもう釣り上がる。

しかし余談なんだが今の俺は相当怖かったんだろうと思う。
俺はヤクザ顔だ。お世辞にも柔和な顔ではない。大山みたいなほのぼのとした顔だったらまだよかったんだが。
目付きは最悪と言っていいぐらい悪いと自覚している。
それに割烹着。これがまたミスマッチだった。俺が割烹着着てるとこを想像してみろ? ゲテモノ扱いだ。

「あ……」

さて問題だ。
そんなところを幼女に見られたらどうしましょう?

「ふぇ……」

青のブレザーにチェックのミニスカートにハイソックス。両サイドにちょこんとのびた髪の毛がかわいらしい。
当然の如く童顔。ああ、幼女は癒しだなあって何言ってんだ、俺。

「ふぇええええええええええええええええええええええええええん!!!!!」

答え。
泣いてしまいました。

「待つんだ、まだ慌てる時じゃない。そう、落ち着け藤巻。心は澄んだ水のような明鏡止水……」
「ぇええええええええええええええええええええええええええん!! 怖いよおおおおおおおおおお!」
「ええい!! 落ち着けええええ!!!」

今回の教訓。
周囲の状況の把握はしっかりしましょう。



 【時間:1日目午後12時30分ごろ】
 【場所:E-08】

 藤巻
 【持ち物:防弾性割烹着頭巾付き、手鏡、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 菜々子
 【持ち物:??、水・食料一日分】
 【状況:号泣】

10少女が見ている 〜 Pure Eyes ◆5ddd1Yaifw:2010/09/04(土) 03:50:44 ID:9WDSnWBU0
再びクールに投下終了を宣言します

11 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:29:53 ID:vuZA0Xnc0
 顔面を蒼白にし、奇妙に口元を引き攣らせたまま、森の中を小柄が走り続ける。
 能美クドリャフカはつい先程目撃してしまった光景が嘘だと信じたかった。
 自分の通う学校の寮長が、殺された。
 あまりにもあっけなく、無残で、残酷に。
 殺し合いという言葉の実感は湧かないのに、目の前で人が殺された恐怖が強く残っている。
 本能的な忌避に駆られ、クドリャフカは小部屋を飛び出してからわき目も振らずここまで走ってきたのだった。

「あうっ!」

 森の中は大小の植物が生い茂っており、縦横無尽に木の根も張っている。
 疲れて足がもつれたところに引っ掛けていた。
 素早く動き回ることには多少の自信があったが、受け身も取れず顔から地面に突っ込んでしまう。あまりにも余裕がなかった。
 いや、そんなものがあるはずがない。殺される。ぐずぐずしていたら殺されるのだ。
 誰に? どうやって? どうして? 自分でもわけのわからない質問の羅列が駆け巡り、
 最後に、もういやだ、という感想を結んだ瞬間、両目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
 夢ではない。この痛さは現実だった。寮長の死は、現実だった。
 転んで膝が汚れているのにも、お気に入りの白いマントに泥がついたこともどうでもよかった。

 怖い。怖い。誰か助けて。

 声に出すことも出来ず、小さな嗚咽のみが森に響く。
 たった一人で寂しい、つらいという感覚。誰かに見つかれば、殺されるかもしれないという感覚。
 恐怖と孤独のシーソーの中で、クドリャフカは揺られ続けるしかなかった。
 せめて。せめて、自分の隣に友達がいてくれたら。
 ぐすぐすと俯き加減に鼻をすするクドリャフカの前に、綺麗で色艶のある、新品の筆のようなプラチナブロンドの長髪がはらりと落ちる。

 クドリャフカは純粋な日本人ではない。ロシアの血を四分の一受け継ぐクォーターだ。
 容姿はロシア系の血筋がよく出ていて、銀髪に西洋人種特有のブルーの瞳。真珠のように白い肌という特徴を備えている。
 その一方で日本人特有の童顔もあり、身長の低さも相まって、見た目としては外国人の子供と表現するのがもっともらしい姿だった。
 しかも名前や見た目の割に、外国語は苦手であり、逆に日本語は堪能であるということから、クドリャフカは好奇の視線に晒され続けるのが常だった。
 日本語が得意なのは、単に日本びいきの祖父の下で育ったからに過ぎないし、クォーターというのが珍しいだけでこのくらいの容姿ならロシアにいくらでもいる。
 けれども、差別とまではいかないまでも『普通ではない』クドリャフカに友達ができることは少なかった。
 自身にも日本語が堪能過ぎる反面外国語が苦手であることはコンプレックスであり、『外国人』として見られることが嫌いだったのもあった。
 どうして自分に『外国人』を求めようとするのか、分からなかった。
 自分は自分。生まれや育ちがどうであろうとも、それを受け入れて欲しかったのに……

12 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:30:30 ID:vuZA0Xnc0
 結局、友達はできなかった。友達と遊ぶための時間を勉学に費やした。
 結果として飛び級で進学していた。クドリャフカ自身も既に将来の進路は決めていたため、勉学に励むことに異存はなかった。
 ただ、これからも寂しいのだろうと思っていた。『日本人』でも『外国人』でもない自分には居場所はない。
 クドリャフカがこれまでの人生で思い知った事実だった。
 マントや帽子で身を隠すように自分の姿を覆ったのは、そのためかもしれなかった。
 ならば、自分を世界から隠してしまえばいい。そうすれば孤独を感じずに済む。そう断じて。

 だがそんな価値観をくだらないと切り捨ててくれたのが、今の仲間だった。
 切欠は今でも覚えている。一年生のとき。声をかけてくれたあの人がいなければ、既存の価値観に囚われたままだったのだろう。
 直枝理樹。自分を引っ張り上げ、リトルバスターズという仲間を紹介してくれたのはその人だった。
 あれ以来、色々と遊ぶようになった。
 友達と出かけるようになったし、他愛もない話で盛り上がるようにもなった。
 テストの点数で競い合う。つまらない授業への愚痴。趣味の話題に花を咲かせる。
 どうせ手に入らないと思っていたものがあっけなく手に入った。拍子抜けするほどに。
 リトルバスターズの面々が大らかで、自分を珍しがりはしても『外国人』を求めなかったというのはある。
 しかしそれ以上に対話をする機会が多かった。自分を知ってもらい、また他人を知る機会。
 どんな人間なのか、どんなことが好きなのか。何が嫌いで、何をしていきたいのか――
 続けていくうちに、珍しささえ消えた。『日本人』でも『外国人』でもないけれど、『友達』になれたのだった。
 クドリャフカは初めて知った。自分は今まで、対話することさえ怠っていただけなのだった、と。
 ようやく友達ができた。欲しくて欲しくてたまらなかったものが手に入った。
 それなのに、今、どうして……

「……直枝さん」

 友達の中で一番信用している人の名前を呟く。
 物静かではあるけれど、少し押しが弱いと思っているけれど、優しい人だ。
 自分を自分として見てくれた人。初めての友達に、痛烈に会いたいと思った。
 どうすればいいのか分からない。何をしたらいいのかも分からなかった。
 それでも理樹と会えれば、この孤独と不安に苛まれる気持ちも少しは落ち着くかもしれないと、そう思ったからだった。
 無論会えたらいいと思うのは理樹だけではない。
 リトルバスターズのみんな。全員、クドリャフカの大切な友達だった。
 みんなと会いたい……その思いを刻み込んで目を上げようとしたクドリャフカの前に、ころころと帽子が転がってきた。
 大きなボタンがついたベレー帽。自分のものだ。転んだ拍子に落としてしまったのだろうか。
 拾い上げる。どうして戻ってきたのだろうと、不思議に思っていると――すぐにその理由は分かった。

「み、見つけた……あは、あはは」

 分かりたくもない現実と一緒に。

13 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:31:03 ID:vuZA0Xnc0
「こ、このあたしが、くいーんが、こんなこんなところでくたばるわけにはいかないのよ」

 短髪で活発そうな女だった。
 異様なのはその目の色で、どこか焦点の合わない視線をクドリャフカに向けている。
 ギリギリと食いしばった歯は硬く、まるで力仕事でもしているかのようだ。
 そして一番異常だったのが……手に持っていた、拳銃だった。
 引き金に手がかかり、銃口がこちらを捉えている。当たり前のように向けられた銃口に、クドリャフカは呆然とするしかなかった。
 どうして? 引かれれば間違いなく命を奪うそれに対して、声に出せずに問いかける。
 正確には認めたくなかったのかもしれなかった。死ぬかもしれないという、事実に。

「そうよ、こんなところで殺されるほうがわるいのよ、ね、ね、そうでしょ?」

 焦点が合わないまま、女は早口にまくしたてる。答えはクドリャフカに求めているのではなかった。
 これから行おうとしている殺人への禁忌を誤魔化すために、自分に正当性を求めているのに過ぎなかった。
 クドリャフカは答えられない。答えたところで意味がなかったし、それ以上に、ただ怖かった。
 暗い森の中でさえ異様な存在感を放ち、自分を死の暗闇に引きずり込む銃口に恐怖していた。
 思わず、尻餅をついたままであるのに後退してしまうくらいに。
 それを答えと受け取った女が安心したように笑った。
 これで自分は助かる。そう確信した笑いだった。

「逃げちゃだめよ。それに逃げるってことはこわいのよね、ころしてもいいのよね! だって逃げるんだもん!」

 全く繋がらない理屈を並べながら、女はクドリャフカに銃口をより近づけた。
 その中身でさえ見えるくらいの距離だった。螺旋状に回るライフリングの存在が、僅かに残された、玩具である、という希望さえ失わせる。
 ぐっと堅く、銃に吸い付くような手は、すぐにでも自分を殺すだろう。
 力を入れすぎているのか、骨の形や血管まで見えそうな女の手のひらを見ながら、クドリャフカは殺されることを実感して涙を流した。
 先程のような、寂しさゆえの涙ではない。純粋な恐怖から来る涙だった。
 それを見た女が一瞬ぎょっとした表情になったが、すぐに目の色を攻撃意志に戻し、荒く息を吐き出した。

「な、泣いたって通じないわよ……あたしあんな風に死ぬなんてイヤなんだから! 死んだらこみパだって行けなくなるの! したぼくにも会えないのよ!」

 鬼のような形相で女が吼える。何を言っているのかは分からなかったが、激しい生への渇望が見て取れた。
 ああでもしなければ、人は殺せないのだろう。血が上っているのか、それとも感情ゆえか、女の顔は真っ赤だった。
 顔も手足も震えているのに。殺さなければならないとは、そういうことだった。
 理解した瞬間、もう理樹や他の友達には会えないということが実感となり、クドリャフカは今度こそ絶望に呑まれた。
 イヤだ。友達にも会えないまま、死にたくなんてない!

「だ、誰か……助けて、助けてくださいっ!」

14 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:31:31 ID:vuZA0Xnc0
 助けて、助けて!
 大声で叫び始めたクドリャフカに女がたじろいだが、それもすぐのことで、抵抗と見た女は逆上したようだった。
 今度はこめかみに銃を突きつけ、「うるさい! 黙りなさいよ!」と金切り声で叫ぶ。
 それでもクドリャフカは声を止めなかった。死ぬのが嫌だった。友達に会いたかった。ただそれだけの気持ちだった。

「こ、この……! この詠美ちゃん様に逆らおうなんて……ころす! あんたころすっ!」

 詠美。初めて聞いた女の声に感慨を感じる暇はなかった。
 全てを吹っ切った詠美が引き金に力を込めたからだった。
 クドリャフカは目を閉じて絶叫した。何と叫んだのかも分からないくらいの大声だった。

 殺される! 殺される! 殺される! 死にたく――

 そこまで思考したとき、クドリャフカは自分のこめかみから銃口が外されているのに気がついた。
 それだけではない。撃たれてもいなかった。どこも痛くない。苦しくもない。生きている。
 空白の間に生じた、なぜ殺されていないという疑問は、聞こえてきたすすり泣く嗚咽によって霧散した。
 恐る恐る目を開ける。嗚咽の正体は、すぐ目の前にあった。
 カタカタと震えたまま、銃を握ったままの体勢で、未だに銃を突きつけているのには変わらないままだったが、
 泣いていた。詠美は、泣いていた。
 鬼のような形相はそのままに、赤ん坊のような無力さを含ませた顔だった。

「だめ、だめ……」

 うわ言のように呟きながら、詠美がよろよろと後退する。それは先程まで自分を殺そうとしていた人間の姿ではなかった。
 自分と同じ。どこにでもいる、普通の女の子だった。
 下がっていることにも気付いていない詠美は、木に体をぶつけて、それでようやく止まっていた。

「ひとは、ひと、殺しちゃ、駄目、だめなの、だめ、あたし……」

 絶叫が彼女を正気に戻らせたのかもしれない。
 力なく呟いて、ひたすら駄目と呟き続ける彼女は、悲しいほどに正しい人間の姿だった。
 そうして、しかし、銃も下ろせない彼女は、クドリャフカと同様に死にたくない人間の姿でもあった。
 死と狂気の間で、クドリャフカは怖気を感じていた。
 人が人を殺すということ。あまりにも怖く、恐ろしい。そんな行為をこれからも続けていかなければならない自分達。
 殺人に手を染めて、果たして正気でいられるのか? 否。この島は、正気を、許さない。
 ここは、人間が人間でいられなくなる場所――
 それを理解してしまったクドリャフカの目の前で、今度は泣きはらしていた詠美の体が跳ねた。

15 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:31:53 ID:vuZA0Xnc0
「え」

 呆然と詠美が言葉を発する。
 体に穴が開いていた。正確には腹部から血が広がっていたのだ。
 クドリャフカにも何が起こったのか分からなかった。いや、認識する間さえ与えられなかった。
 ぱん、ぱん。
 乾いた音が木霊するたびに詠美の体が二度、三度と跳ねる。
 不自然に体を回転させながら、詠美は「どうして」と言っていた。

 殺してないのに。自分は、殺してないのに。

 色をなくした瞳を見た瞬間、取り返しのつかないことをしてしまったとクドリャフカは顔を青褪めさせた。
 銃を下ろさせれば良かった。対話をすればよかった。
 殺さなくてもいいと、一言言えばよかったのに。
 自分達は、人間でいなくてはならなかったはずなのに……
 地面に崩れ落ちた詠美の顔と、目が合った。

 どうして。

 助けてくれなかったクドリャフカに。
 自分を見捨てたクドリャフカに。

 どうして。

 理不尽な死をクドリャフカに突きつけて。
 詠美と名乗った女は、死んだ。
 自分が、殺したのだ。
 その感慨が浮かび上がった。
 どうしよう、どうしよう。
 殺してしまった。自分が、人を――
 友達の姿が遠のく。そこまであった日常が崩れ去る。
 瓦礫の中。日常の廃墟の中で、クドリャフカは野太い男の声を聞いた。

16 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:32:21 ID:vuZA0Xnc0
「大丈夫かっ!?」

 振り向く。そこには自分とは比べ物にならない体格の、ごつい男がいた。
 拳銃を片手に、大柄な体格に似合わず俊敏な動作でこちらに駆け寄ってくる。
 大丈夫か。その言葉は、つまり。
 誤解したのだ。今まさに、自分が詠美に襲われ、殺されようとしていると……
 立てない自分の側までやってきた男は「悲鳴が聞こえたもんでな」と理由を重ねる。

 ほら、やっぱり。

 怪我はないかと問いかける男の向こうで、詠美の虚ろな目がクドリャフカを嗤っていた。
 実感した。
 自分は、人殺しなのだと。
 悲鳴を上げてしまったから、詠美は殺されたのだと。

 能美クドリャフカは、日本人でも、外国人でも、友達でもなくなった。

 人殺しだった。


 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:C-2】

 能美クドリャフカ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。精神に重大なダメージ】

 松下
 【持ち物:CZ75(15/12)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
 【状況:健康】 

 大庭詠美
 【持ち物:スプリングフィールドXDサービス(15/15)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
 【状況:死亡】 

17 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 04:33:12 ID:vuZA0Xnc0
投下終了です。
タイトルは『パンドラ・といぼっくす』です

18 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:28:57 ID:vuZA0Xnc0
 僕達は、兄弟だった。

 どこの誰とも知れない腹から産み落とされ、捨てられた。
 二人一緒に捨てられた。双子の捨て子だった。
 僕達は拾われた。代わりに、集団で生きるために必要な作法を学ばされた。
 身を守るための武芸を身につけなければならなかった。秩序の在り処を教えられた。

 僕達は体が小さかった。生まれつきだったのか、捨て子であったからなのか、それはよく分からない。
 事実だったのは、僕達が男である割に体が貧相であることだった。
 だから何をするにも二人一緒だった。飯も、武術も、学術も、生活の全てが二人で一組。
 そうすることで効率よく学べたのもあったし、お互いを励ます意味合いもあった。
 僕達はよく似た双子だった。姿かたちもそっくりだし、頭の良さも武芸の上達振りも殆ど一緒。
 二人でようやく一人前だったのが、一人で一人前になった。それも同時に。
 僕達は一緒に若様に認められた。立派な戦士だと言ってもらうことができた。
 同じような、嬉しい顔をしていたと思う。でも気持ち悪いとは思わなかった。
 一心同体だったから。生死でさえ分かち合い、人生さえ分かち合ったのがあいつだった。

 僕達は兄弟であり、一つの命であり、精神まで繋がった双子だった。
 一度若様について、どちらが敬愛しているか競ったことがある。
 くだらないケンカだったと後で僕達は思ったものだったけど、とにかく負けたくなかったケンカだった。
 若様のいいところをひとつひとつ並べていったのだけど、同時にネタが尽きた。
 なら武芸の勝負と若様の御前で模擬試合をしたのだけど、同時に力尽きた。
 僕達は呆れた。あまりに同じで、呆れた。それから、一緒に笑ってにぎり飯を食った。
 僕達は確かに双子ではあったのかもしれない。けれど、その実際は双子なんかじゃなかった。

 僕達は、兄弟だった。

 なのに。
 どうして、今。
 あいつは僕に剣を近づけているのだろう。

「どういうことだよ……ドリィ」

 僕達が遭遇するのは早かった。
 ここから出てすぐ、僕達は再会した。
 そうなるものだとあっさり納得することができた。だって、二人で一つだったから。
 僕は先を歩いていたドリィに声をかけた。僕の声だと分かって、すぐに振り向いてこっちに来てくれた。
 取り合えずお互いの無事を確認し合った。するまでもないことだとは分かっていても、やらずにはいられなかった。
 箱の中で誰かが殺されていたからだった。

19 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:29:27 ID:vuZA0Xnc0
 あれがどんなものなのか、所詮は寺子屋知識の僕には分からない。僕が分からないのだから、ドリィだって分からない。
 けれどもあの音と、雨のように吹き散らした血の風は本物だった。戦場に出て殺したことのある僕は知っていた。
 血は、喉をかき切られるとああいう風に飛び出すのだと。
 あの女の子は殺された。僕達は、望まぬ戦に駆り出されたのだ。120人の戦に。
 白い翼の男はウルトリィ様の知り合いだったのだろうか。あの女の子は見た事のない耳をしていたが、どこの民族の子だったのだろう。
 一通り話し合ってみたが、僕が分からないのにドリィが分かるわけがなかった。僕達の知識は、全く同じだった。
 程なくして話題は若様のことへと移った。当然のことだった。あの子は確かにかわいそうだったけど、僕達には守るべき人がいた。
 若様とは、オボロ様のことである。捨て子だった僕達を拾い上げ、全うに生きられるように教育してくださり、生きるための力を教えて下さった方だ。
 それでいてまるで本物の兄弟のように接して下さった。認められてからはお側付きとなり、寝食も共にするようになった。
 若様は本物の家族だった。その恩義に対して一生をかけてつくすのが僕達の役割だった。
 若様が聖上、ハクオロ様に仕えるようになってからも、僕達の処遇は変わらなかった。
 立場は弓指南役や弓隊の隊長格を任せられるようになったけれども、あくまで若様の指揮下という立場だった。
 そのように取り計らってくれて、僕達はお互いにハクオロ様を称え合ったものだった。

 とにかく、まずは若様に合流することが先決だと僕は提案した。
 戦であることは間違いない。だがそれにしてもこの事態は異常に過ぎた。
 ここはどこなのか。戦の指揮者であろう、あの白羽根はどこにいるのか。僕達以外にいる人はどう保護するか。
 若様だけではない、エルルゥ様、侍大将……白羽根が言っていた袋の中には、確かに僕達の知っている人の名前もあった。
 特にエルルゥ様やユズハ様などは戦場に立たせてはならなかった。安全な場所の確保。それも命題であった。
 ドリィも既にその考えに至っていると思っていた。一通り提案して、後は行動に移すだけだった。
 さあ行こうとドリィの肩に手をかけようとしたところ、振り払われた。
 同時、抜き身の刀が僕の喉に突きつけられていたのだ。空白の一瞬。何が起こったのか、僕は分からなかった。
 目の前の男が本当にドリィなのかと疑いさえした。
 僕達は、寸分違わぬ考え方を持つ兄弟であるはずなのに。
 無言、無表情で刃物を向けるドリィに、僕は言った。「どういうことだ」と。

「グラァ、本当にそれでいいと思ってるの?」

 声は間違いなく聞きなれたドリィのもの。けれども、首筋に当たる刃の感触は本当だとは思えなかった。
 それでいいって? 若様を守るなんて、当たり前じゃないか。
 裏切れるわけがない。そんな僕の声を、ドリィは聞き取る。言わずとも、伝わっていた。

「若様を裏切れるわけないじゃないか。問題なのはそうじゃない」

 ドリィの思考は、少し靄がかかっていて読み取れなかった。
 若様を守る。尽くす。そこは疑いもなく同じであると分かるのに、もっと根本的な部分、根っこが見えなかった。
 僕は直感した。ひょっとして、僕はドリィの奥底まで見えていなかったのではないか、と。
 あまりに似ている部分が多過ぎて、全部同じと決め付けていたのではないかと。
 ドリィは、ようやく分かったかというように笑って、刃を下ろした。

20 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:29:58 ID:vuZA0Xnc0
「僕達がすべきことは、尽くすことだ。だから、守る必要なんてないんだよ。若様以外は」

 ああ、と僕は嘆息した。聞きたくなかったのかもしれない。だから、考えなかったのかもしれない。
 ドリィは僕よりも少しだけ攻撃的なのだと。僕の方が守りを優先するのだと。
 僕は、僕達が同じであることを、あまりにも望み過ぎていた。

「だから殺す。若様以外、全員ね。分かるだろ、グラァなら。これは戦なんだ」

 分かっている。これが戦で、戦の勝者はたったの一人しかいない。ドリィは、いや僕も、若様を勝たせることが目的だった。
 でも、と反論する。聖上や、他の皆も殺すのか? これは戦だと割り切って、敬愛していた者全部を?

「僕達が尽くすのは、若様一人だ。辛いけど……でも、戦だ」

 そう。
 戦で殺してきた兵の数は数多い。
 この手で殺した実感が、弓矢が兵の胸を打ち貫く瞬間を、僕ははっきりと覚えている。
 殺すのは簡単にできる。たとえそれが聖上でも、他の仲間でも。
 若様の、ためなら。

「でも、若様なら……絶対皆を守るよ……僕は、それに……殉じたい」

 はっきりと、しっかりとドリィの目を見つめて、僕は言った。
 若様の理想は、きっとそうだった。
 誰一人欠けることなく、全員を守り通す。
 村のために立ち上がったとき、聖上と國をうち立てたとき、僕達を拾って下さったとき。
 若様はいつだって下を見ていた。
 だから僕達だって……やらなくちゃいけないはずなんだ。

 僕達は、兄弟だった。

 いつまでも同じはずが、なかったんだ。

「……そうか」

 少し落胆した表情だった。
 僕達は、僕達でなくなった瞬間だった。
 ドリィが刃を振るった。
 けれども、それは、僕を裂くことはなく、空を切った。

21 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:30:25 ID:vuZA0Xnc0
「今は、まだ僕には殺せない」

 僕もだった。これから凶行に走ると分かりきっているはずなのに、殺してでも止められる意志が湧かなかった。
 下手に近づけば、僕の中の気持ちが、ドリィに染まってしまいそうだったからだ。

「でも次に会ったときは殺す。僕は若様を守らなくちゃいけないんだ。これは、戦なんだから」

 呟いて、ドリィは身を翻した。
 戦。つまりドリィは、ここには敵しかいないと思っている。
 考えてみれば、そうだった。僕達をさらい、聖上をさらい、殺し合いをさせる。
 僕達以上に凶悪な人物だっているかもしれなかったのだ。
 それでも、僕は嘘をつけない。若様の理想を守りたかった。
 ドリィの姿は、すぐに森に消えて見えなくなった。ああ、人を殺しに行くのだな、と思った。

 僕達は、兄弟だった。




 【時間:1日目午後12時30分ごろ】
 【場所:C-7】

 グラァ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。若様をお守りする。ドリィは……】

 ドリィ
 【持ち物:イーグルナイフ、水・食料一日分】
 【状況:健康。若様のために殺す。グラァは……】 

22 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/04(土) 18:30:57 ID:vuZA0Xnc0
投下は以上となります。
タイトルは『流星の双子』です。

23 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:41:46 ID:/Ts.4DpI0
岡崎、天使ちゃん投下します。

24 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:42:21 ID:/Ts.4DpI0
「……殺し合い、か」

殺し合い。
もう一度口の中で呟いて見るもののやはりその言葉に現実感は無い。
名簿の中には、俺の知り合いの殆どが記されていて、その中には親父の名前もあった。
岡崎直幸。
俺の父親にして、俺がバスケを失ってしまった原因。
正直殺してやりたいと思ったことは何度もある。
殺し合い、というきっかけを与えられて、人を殺すための武器を与えられ、はたして俺は殺すのか?
荷物の中に入っていたこの日本刀を、ほとんど他人になってしまった親父に突き刺すのか?
きっと殺せない、……殺さない。
こんな島に集められて、武器を渡されて、殺し合いをしろと言われて。はい分かりました、とあっさりと人を殺せる人間がどれだけいるんだ?
そんなやつは、ほとんど居ない。
どんなに人を憎んでも、人はそう簡単に人を殺せない。
手にした日本刀の重みを感じながら、そんな風にある種楽観的に考えてきた俺の期待は次の瞬間あっさりと裏切られた。

「───ッ!?」

いつの間に近づいて来ていたのか、銀髪の少女が突然斬りかかってきた。
防げたのは完全に偶然。
少し喉が渇いたので水でも飲もう、そう思って右肩に掲げた鞄に目線をやった瞬間、こちらに斬りかかって来る少女の姿が目に映ったので咄嗟に日本刀の鞘を掲げて防いだ。
もし気づかなければあっさり殺されていたこと、そして何の躊躇も無く人に斬りかかって来る眼前の少女に恐怖を覚えながらも必死に叫ぶ。

25 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:43:04 ID:/Ts.4DpI0
「おいあんた!何考えてんだ!こんなこ───」

銀髪の少女はこちらの呼びかけに一切答える様子も無く、ただ口元を少し歪めるのみでそのまま斬りかかって来る。
こちらも必死に日本刀で応戦するが、相手の動きが早すぎて殆ど何も出来ずに切り刻まれていく。
古傷さえ無ければ、そんな事が気にならないほどに敵は強い。
何故、俺はまだ殺されていないんだ?そんな疑問すら湧いてくる。
あるいは俺をいたぶって楽しんでいるのかもしれない。

そんな攻防とも言えない様な一方的な嬲りは永遠には続かない。
体力の限界に達したのか、傷の所為で力が入らないのか、あるいは古傷が再発したのか。
とうとう右手に力が入らなくなり刀を取り落としてしまう。
そして、その隙を少女が逃すはずも無く死を覚悟したその時───俺の前に天使が舞い降りた。
正確には、天使と見間違うような少女、だが今の俺には本当に天使に見えた。
銀髪の少女の刃が俺に迫る直前、その少女と瓜二つのもう1人の少女がその刃を弾き返す。
緊張と混乱で呆然とし、力が抜け倒れこむように尻餅をつく俺を尻目に少女2人は斬り合いを続ける。
やはり先ほどまでは本気を出していなかったのだろうか、俺に斬りかかって来た時の速さ以上の速度で斬り合う二人の速度はもはや俺の理解できる範疇を超えていた。
ぼんやりと、二人の銀髪の少女が織り成す幻想的な風景に見とれていると鏡写しのようにそっくりだと思っていた少女達の唯一の相違点に気づく。
それは瞳。
俺を殺そうとしている方の瞳は血の様に赤い。
一体何が起こっているのか、正直これは夢なんじゃないか?
そんな事を考えている間に、いつの間にか戦闘は終わっていた。
完全に互角の相手を前にこれ以上続けても無意味と判断したのか、最初に俺に襲い掛かって来た方の少女が引いた。
俺を助けてくれた方の少女もいまだに立てないでいる俺を気遣ってくれているのか無理に追いかけようとはしない。

「ありがとう、助かったよ。ところで、さっきのアレはなんだったんだ?あの、あんたそっくりの……」
「分からない。でも心当たりなら」

26 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:43:42 ID:/Ts.4DpI0
■■■■

「つまり、何故かは分からないけどあんたの能力が暴走してるって事か?」

こくり、と無表情に頷いている少女によると以前にも似たような事が合ったらしい。
その時はプログラムを修復してくれた人が居て問題は解決した筈だが、何故かその時と同じ解決法が使えなくなっていると。
もしかしたら、あの羽の生えた男が意図的に暴走させているのかも?との事だ。
正直何を言っているのかさっぱり分からないが、実際に剣を出したり消したりする所も見せてもらったしそう言うものなのか、と納得するしかない。

「それで、これからあんたはどうするんだ?」
「Angel Playerを探す」

Angel Player。確かこいつの力の源……だったか?

「そいつを見つければあいつを何とかできるのか?」

多分、と少女は頷く。
プログラムがどうのこうのと言っていたが相変わらず詳細は良く分からない。
とりあえず、以前解決した時と同じようにすれば多分何とかなる、ということらしい。

「そっか。なら俺もついてってやるよ。助けてもらった恩もあるしな」
「?」

そう言って見た所思いっきり首を傾げられた。お前が付いて来て何の役に立つんだ、といわれたようで少し傷つく。
確かに戦闘じゃ役に立てそうも無いが、あんたの分身に襲われた人が居た時俺が居た方が楽だろう、と説明すると納得がいったのかこくりと頷いてくれた。
なんか無表情&無口のこいつを相手にしているとことみを相手にしているようで少し調子が狂う。

27 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:44:18 ID:/Ts.4DpI0
「んじゃ、そろそろ行くか」

そう言って立ち上がろうとするもののいまだに右手に力が入らずにうまく立ち上がれない。
痛む体に鞭打って立ち上がろうと悪戦苦闘している俺に彼女の手が差し出された。

「よっと。ありがとな。えっと……あんたの名前は?」
「奏。立花奏」

かなで、かひらがなみっつでかなでちゃんってわけでも無いだろうが、やっぱ何と無くことみのやつを思い出すな。
ことみ以外にもこの島にはたくさんの知り合いが居る。
あいつらは大丈夫だろうか、そんなことをスタスタと歩いていく奏の背中を見ながら考える。
───ん?背中?

「っておい!俺を置いていこうとするな!」



【時間:1日目午後12時30分ごろ】
【場所:E-08】

岡崎朋也
【持ち物:日本刀、水・食料一日分】
【状況:負傷(切り傷・治療済)】

立花奏
【持ち物:不明、水・食料一日分】
【状況:健康】

28 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:44:35 ID:/Ts.4DpI0
立花奏のharmonicsという能力で生み出された彼女は次の獲物を求めて駆ける。
本来のharmonicsであれば立花奏での人格が反映され、例え凶暴になっても生徒のため、という方針は存在する。
しかし今現在この島に存在するharmonicsの方針はそんな優しいものではない。
その方針は、殺し合いの助長。
だからこそ、本来はすぐに殺せるはずの岡崎朋也をあえて無駄に痛めつけ恐怖感を煽った。
今回はオリジナルの介入により失敗したが問題ない。
何故ならharmonics達が招く災厄は全てオリジナルの招いたものと見做されるのだから。
遠からずオリジナルは自らの与り知らぬところで生まれた復讐の芽によって葬られるだろう。
その為にももっと多くの災厄を。
次の獲物を求めharmonicsは駆けていく。

【時間:1日目午後12時30分ごろ】
【場所:F-08】

立花奏(harmonics1)
【持ち物:無し】
【状況:健康】

※立花奏の能力の一つであるharmonicsが暴走させられています。
タイトルの通り101人居るとは限りませんがこのharmonics以外にも存在するかもしれません。

29 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/04(土) 22:46:04 ID:/Ts.4DpI0
投下終了です。
いきなり危険球かも。
とりあえずタイトルは『101匹天使ちゃん?』です。

30DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:43:49 ID:hGXBmDyk0
 
高く青い空を、一羽の鳶が舞っている。
長閑に響くその鳴き声に小さく欠伸を返しながら、男が一人、立っていた。
偉丈夫である。
容貌魁偉、巌を彫り上げたような体躯には簡素な布服と赤い外套を纏い、両の肩には大きな鉄製の肩当。
何より人目を惹くのは、その左眼に走る刀傷である。
古戦場から抜け出してきたような、男であった。

「……で? まだやるかよ」

男が、静かに口を開く。
視線は足元。
無骨な革製の編み上げ靴の下に、何かが転がっていた。
薄汚れたズタ袋のような、何か。

「……っけんな……」

否。
呻くように声を出したそれは、人である。
泥に塗れ、俯せのまま男に踏みつけられているのは、少年であった。

「……ざけんな……! 俺はまだ負けてねえ……!」

言葉を搾り出し、起き上がろうと動かす手は、しかし空を掻く。
体幹の中心を、男の足が正確に踏みつけている。
動くに動けずもがく様は、まるで羽をもがれた虫の蠢くようでもあった。

「ったく……丸腰の相手にさんざのされて、よくもまあンな口が叩けるな。せっかくの得物が泣いてるぜ」

呆れたように首を振った男が、傍らに突き立つ棒のような物をひと撫でして息をつく。
大刀であった。
男の巨躯の前には些か丈が短くも見えるが、飾り気の無い白木の柄から伸びる刃はそれでも二尺を超えている。
側に転がる白鞘はそれを収めていたものか。
陽光を集めて煌く刃には、しかし刃こぼれも血糊の跡もない。

31DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:44:07 ID:hGXBmDyk0
「うるせえ……! 殺るならひと思いに殺りやがれ……!」

突き立つ白刃に手を伸ばそうとして届かず、なおも男の体重から逃れようともがきながら少年が声を張り上げる。
見下ろした男が、大仰に肩をすくめてみせた。

「ぎゃあぎゃあとまあ……ハネっかえんじゃねぇよ餓鬼が。若い身空で死にたがりもねえだろう」
「死ぬのが怖くて『戦線』の前を張れっかよ……!」
「……」

間髪を入れず返ってきた答えに、男が表情を変える。

「ああ、そうかい……」

片眉だけを上げたその顔は、笑っているようにも、どこか悲しげにも見え、

「ひとつ、教えてやるよ」

そして何より隠しようもなく、怒りの色を浮かべていた。

「死んじまっちゃあ……何もかんも、おしまいだぜ……っと!」

ぐぶ、と奇妙な音がした。
音は、少年の喉から響いていた。
僅かに重心の位置を変えた男の爪先が、俯せに倒れた少年の胸骨の隙間から、肺腑を抉っていた。

「……次の喧嘩ァ、相手見てふっかけるんだな」

言いながら足を引いた男が、くるりと踵を返す。
枷から解き放たれたはずの少年は、しかし動かない。
否、動けない。

「さて、まずは大将や連中を捜さねえと……面倒くせえなあ、おい」

男の言葉に耳を貸す余裕など、なかった。
競り上がってくる胃液と、そして悲鳴が口から漏れるのを耐えるのに、精一杯だった。

32DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:44:24 ID:hGXBmDyk0
「ま、気長に行くか……何せ俺たちゃ、うったわれるぅ〜、ものぉ〜、っとくらぁ」

男の足音と鼻歌じみた節回しが、遠ざかっていく。
それでも少年は動けない。
やがてそれらの音が消え、更にしばらくの時が過ぎても、少年は蹲ったまま、動かない。
動かない少年の上を、風が吹き抜けていく。
梢が、ざわめいた。

「……じまったら……」

微かな、声だった。
ざわめく梢に紛れるように、消え入るように。

「……死んじまったら、おしまいだ?」

少年が、声を漏らす。
その声が合図ででもあったかのように。

「わかってんだよ、んなこたぁ……」

少年が動き出す。
震える拳を握って、引き剥がすように、顔を上げた。

「俺たちゃもう―――」

泥に塗れたその顔が、光に照らされて歪む。
置き去りにされた刀の、陽光を反射した光だった。

「もう、終わってんだよ……!」

突き立つ刃のすぐ側を、小さな蟻が、這っていた。
叩き潰したのは、拳である。
鳶の舞う高く青い空から遠く離れて、震える拳で虫を潰し、独り地に伏す少年の名を、野田という。

死を越えて在る、それは存在の、筈だった。

33DISTANCE ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:44:51 ID:hGXBmDyk0

【時間:一日目 午後1時ごろ】
【場所:F-4】

クロウ
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:健康】

野田
 【持ち物:白鞘の大刀、水・食料一日分】
 【状況:軽傷・恥辱】

34 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/05(日) 00:45:08 ID:hGXBmDyk0
投下終了ですー

35 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:42:34 ID:ZnjJuVzM0
(私は……何をやっているんだろう……)

 ふらふらとおぼつかない足取りで一人の男がアスファルトで舗装された道を歩いている。
 すっかりヨレヨレになったワイシャツとろくにアイロンもかかっていないスラックスを穿いた中年の男だった。
 まだ同年代の人間が働き盛りの真っ只中だというのに彼の頭はすっかり白髪に覆われてしまい、今となっては黒髪のほうがすっかり少なくなってしまっている。
 そして顔に刻み込まれた深い皺。
 彼の容姿は老人を思わせるほど、老け込んだ姿をしていた。

 彼の名は岡崎直幸という。

 画面の向こうの少女の死も。これから殺しあえという命令も全てが空虚で現実味がない。
 どうでもいい。何もかもがどうでもよかった。

 あの日から――
 ただ一人の息子の将来を奪ってしまったあの日から。
 彼は全てを失い空っぽになった。

 彼は若くして結婚し、一人息子をもうけた。
 周囲の反対を押し切っての結婚。家族を養うためただがむしゃらに働いた。
 毎日の残業に疲れ果てて帰ってきても愛する妻と赤ん坊である息子の顔を見れば疲れはすぐに吹き飛ぶ。
 決して裕福でないものの、幸せな生活が続くと思っていた。
 だが彼の妻はまだ赤子の息子を残して逝った。

 それでも彼は辛い現実に目を背けずにひたすらに耐えた。
 妻の忘れ形見の息子がいる限り、どんなに辛いことにも頑張れた。
 父子家庭であるゆえ国からの補助は母子家庭に比べると僅か。
 彼はたった一人の家族を養うため、一層仕事に励んだ。

36 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:43:33 ID:ZnjJuVzM0
 
 そして息子も成長してゆく。
 いつごろからだったのだろう。
 徐々に息子とのすれ違いが起き始めていたのは。
 毎日仕事で遅くなる彼、いつごろからか話す回数が減ってきた。
 息子と触れ合う回数が減ってきているとの自覚があっても、仕事に没頭し続けた。

 気がついたら息子は中学生になっていた。
 少年特有の思春期における父親への反抗心から彼とぶつかり合うこともあった。
 それでも彼は息子がしっかりと育っていってることが嬉しかった。
 やがて息子は高校へバスケットボールの特待生として入学することが決まった。

 そしてあの日が訪れた。

 原因はなんでもない、ちょっとした口喧嘩だったのだろう。
 本当によくありふれた親子の喧嘩。
 そこでたまたま彼は息子を突き飛ばし、息子は柱に右肩をぶつけた。
 本当に軽く肩をぶつけただけだと思っていた。

 医者から息子の右肩は二度と上がらないと告げられるまでは――

 その日から彼は空っぽだった。
 息子は口を聞いてくれなくなった。
 息子の未来を奪ってしまった罪悪感から彼はまるで他人のようにしか息子と接することが出来なかった。
 今の彼は最低限の生活費を稼ぐためしか働いていなかった。
 暇があれば一日中テレビを眺め、酒と煙草に浸り、少し金に余裕があればパチンコに通う毎日だった。
 毎朝、学校に登校する息子の白い視線が突き刺さる。
 それでも息子を置いて一人どこかに消えなかったのは、子を持つ父親としての最後の矜持があったのかもしれない。

37 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:44:46 ID:ZnjJuVzM0
 
 
 磨耗し枯れ果てた心。いっそのこと誰か自分を殺して欲しい。
 このまま妻の下へ逝けたら。
 そんなはずがあるものか。息子を残して死んだところで妻と同じところに逝けるはずがない。


 彼は無意識に担いだデイバッグの中身に手を伸ばす。
 ころりとデイバッグがら何かが転がり落ちる。
 それは軽くバウンドしたあと道をころころと転がり、やがて止まった。

「……私に対する嫌がらせかね」

 何の変哲もないただのバスケットボール。
 息子がそれを持ってコートを駆ける姿。
 ディフェンスを掻い潜りシュートする姿。
 それらを台無しにしたのはお前だとボールが語りかけているようだった。

 ふと、目の前に大きな建物が目に入った。
 鉄筋コンクリート製の建造物、そして頑丈な鉄の門。
 小学校か中学校か、はたまた高校か。どこにでもある学校だった。

「……………………」

 直幸はバスケットボールを小脇に抱え何かに誘われるように校門を潜り抜ける。
 無意識に足がこちらに向いた。
 そして彼は体育館にやってきた。
 初めて見る場所なのにひどく懐かしい場所。
 正面に舞台があって。
 舞台の端には黒塗りのピアノがあって。
 体育館の隅には跳び箱とマットが形を揃えて置かれている。
 遥か昔に過ぎ去った学生時代の残滓がそこに今もなお残されていた。

38 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:45:48 ID:ZnjJuVzM0
 
「あの子もここでバスケットをするはずだったんだな……」

 体育館の入口側と舞台側には天井から伸びる可変式のバスケットゴールがある。
 それが今は降ろされて、一つのバスケットコートを形作っていた。
 直幸は舞台側のゴールに近づくと、フリースローラインの所で立ち止まった。

「それっ……!」

 なぜそうしたのか彼自身でもわからない。
 直幸は抱えたボールをゴールに目掛けてシュートした。
 最後にこんなことをしたのは何十年前のことだろう。とても綺麗とは言えないフォーム、息子が見たら笑われそうだ。
 彼の放ったシュートはゴールに跳ね返って床に落ちる。

 ダンッダンッタン……タタタタン、タン……

 静かな体育館に一際大きく響くボールの音。
 直幸はボールを拾い上げるともう一度シュートした。
 弧を描いて飛ぶボール、今回はゴールに届かなかった。
 もう一度。
 今度はシュートの勢いが強すぎたため、ゴールに当たった後、大きく跳ね返り直幸の後方に転がっていく。

「おっと……」

 ボールを追おうとした直幸の視線の先に、人影が立っていた。

「!?」

 いつの間にかに立っていた人物は赤みがかかった茶髪の男だった。
 男は足元に転がったボールを拾い上げると直幸に向って言った。

39 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:46:29 ID:ZnjJuVzM0

「駄目だ駄目だそんなフォームじゃ、入るモンも入らねえぜ」

 少し粗野な印象を受ける男の声。
 彼はボールを抱えてフリースローラインまでやって来ると、ゴールに目掛けてシュートを放った。
 直幸とは比べ物にならないほど綺麗な形。
 重心のブレがまったくないフォームで放たれたボールは綺麗な曲線を描いてゴールに落ちた。

「どうだオッサン! 俺様の華麗なるシュート完璧じゃね!?」

 男は親指を立てると白い歯を除かせてにっと笑った。



 ■



 直幸は男がまるでガキ大将がそのまま大人になったかのような印象を受けた。
 ともすれば躁病と疑いたくなるぐらい彼は感情の起伏が激しい。だが直幸に危害を加えるつもりはないらしい。
 年の頃は見たところ直幸とそう変らなさそうに見える、だが彼のほうが直幸より何倍もの若々しく生命力に溢れていた。
 20歳年が離れていても通用するぐらい、直幸と男の老け込み具合は違っていた。

「あんた……苦労してんだな……」

 
 同じ数十年を生きてきたがゆえの匂いを彼は感じ取ったのだろうか。
 男はぽつりとそう言った。

40 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:47:57 ID:ZnjJuVzM0
 
「そう……ですね、苦労してきました」
「家族はいるのか?」
「結婚してすぐに妻に先立たれてしまいましてね……男手一人で息子を育ててきましたが……気がつくと高校生です。この前までこんなに小さかったやつが今や私より背が高いんですよ」
「すまねえ、野暮なこと聞いて。俺は幸いにも嫁と娘に恵まれたよ。娘は少し身体が弱いがな」
「娘さんはいくつで?」
「奇遇なことにあんたんところと同じ高校生だ。嫁に似て今じゃすっかり女らしく育ってよーたまに目のやり場に困る時があるぜ、はっはっは。――ホント子の成長は早いモンだぜ」

 彼の反応から、親子の仲はすこぶる良いようだ。
 言動は子どもじみていても彼は良い父親でいるようだ。彼が羨ましかった。

「あんたは……どうだ?」

 彼の問いに直幸は無言で首を振る。

「私は駄目でした。良い父親になれませんでした。息子の将来を駄目にした私は父親として失格でした」

 直幸の言葉に男は言葉を返せなかった。
 幸せな家庭を運よく手に入れられた彼は何を言っても直幸の励ましにならないと思ったからだ。

「ところでさ、あんたどこで見たことがあるんだが……見たことがあるというより俺の知ってる奴によく似てるんだ」
「えっ……?」
「最近娘に友達が出来てよ、ちょくちょくウチに飯食いに来るんだ。目つき悪くて口が悪くて生意気な小僧だけどよ、嫌いじゃねえ。あんたに雰囲気がよく似てる
 ああ、すまねえ俺は古河秋生っていうんだ。古河ベーカリーっつーパン屋やってるぜ」
「古河……」

 そういえばそんな名前のパン屋が町にあった気がする。
 一度も行ったことがないのでどんな人間が経営してるのかも知らなかった。

41 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:48:52 ID:ZnjJuVzM0
 
「岡崎……直幸です」
「ああ――やっぱそうだろうと思った。あんた朋也……岡崎朋也の親父さんだろ?」
「息子をご存知なんですね……」
「まあな、娘が世話になってる」
「……あなたが、私の代わりにあの子の父親であればどれほど良かったか」
「馬鹿言うな、俺はあいつの父親じゃねえ。あいつの父親はあんたただ一人……そうだろ? 岡崎さん」

 彼は穢れ無き真っ直ぐな視線でそう答えた。
 なぜこうも迷い無く言い切れるのだろう。

「駄目……ですよ。あの子は私を許すことはないでしょう……全ては遅すぎた」

 親子の絆はとうの昔に切れてしまっている。
 今さら絆を取り戻すことなんてできるはずがない。
 直幸が勇気を出して歩み寄ったところで息子は拒絶するだろう。
 こんなにも空は青いというのに直幸の心には冷たい雨が降りしきっていた。
 
「うっしゃ! 岡崎さん! 俺に良い考えがある!」
「は……?」
「バスケ、やろうぜ!」

 何を言っているんだこの男は。と直幸は思った。

「汗でもかいてさっぱりしようぜ! ほらよ!」
「な……古河さん……」

 秋生は座り込んでいる直幸の手を引いて強引に立ち上がらせる。
 そして秋生は抱えていたバスケットボールを直幸に手渡した。

「1on1で三本先取。ボールを三回奪われたら攻守交替だ。まずはあんたから攻めな」
「あ、あの……」
「男だったらグダグダ言わずにかかってきな!」

 こうなったらバスケをやるまで秋生は黙らないだろう。
 しぶしぶ直幸はフリースローラインまで歩く。

42 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:49:40 ID:ZnjJuVzM0
 
「いつでもいいぜ!」

 秋生はゴールを背に直幸から2mほど離れた場所で仁王立ちになる。
 ここからシュートを狙うか?
 駄目だ。自分の腕ではまともにゴールに入れられないことぐらい直幸自身もわかっている。
 こうなったら出来る限りゴールに近づくしかない。
 直幸はまともに左手でドリブルなんて出来ない。攻めるコースは右からのみ。
 そしてダッシュ。

「抜かせるかよッ!」

 即座にディフェンスに入り猛烈なプレッシャーをかけてくる秋生。
 いくらドリブルをしても軽快なサイドステップでぴったりと張り付いてくる。

「ほらどうした。いつまでもドリブルしても点なんか入らないぜ!」
「く……!」

 ゴール下の線で区切られた台形の中に全く入れない。
 こうなったら少し遠いが無理矢理シュートを決めるしかない。
 立ち止まりシュートの構えに入り、強引にシュートを放つ。
 だが――

「そらよ!」

 直幸がシュートを放つと同時に秋生は飛び上がる。
 まるで巨大な壁が迫るかのようにシュートコースが塞がれボールは秋生の手に弾かれ奪われた。

「あっ……!」
「残念だったな。次は俺が攻める番だ」

 そう言って今度は秋生がフリースローラインに立つ。
 直幸はすでに息が上がって肩をしていた。
 たった五分にも満たぬ時間なのにもう息が切れ、汗が噴き出してくる。
 いつの間にか自分はここまで衰えたのだろうか、目の前の男は息すら上がっていないというのに。
 直幸はぎっと歯を食いしばる。

43 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:50:28 ID:ZnjJuVzM0
 
「おいおい、もう息切れか?」
「ぐっ……まだまだ……!」

 なんで自分は必死になっているんだろうと直幸は思う。
 この数年間感情を揺り動かしたことなんてないのに。
 ただ空っぽの毎日を過ごしていたというのに。

「じゃあ……行くぜ!」

 秋生はとてつもない速さで右側から一気に切り込んでいく。
 まったくもってドリブルの速さにについていけない。
 一瞬で直幸のディフェンスは抜かれ、秋生は華麗なレイアップを右手で決めた。

「はあっ……! はぁ……はあっ……!」

 攻撃時とは比べ物にならない体力の消耗。
 ドリブルに付いて行こうとしてるのに足が言うことを聞いてくれない。

「次も俺の攻撃だ。ほらよ!」

 まだ息も整いきれていないのに秋生は攻撃を開始する。
 再び右からのカットイン。そう何度も同じように――!
 必死にドリブルに食らいつく直幸。
 今度はいける――

「甘いな」
「え……?」

 直幸の必死なディフェンスを嘲笑うかのように秋生はドリブルをする左足を軸にくるりと後ろ向きにターンした。
 まるで手に吸い付くかのようにボールは右手から左手に移動する。
 直幸は完全に虚を付かれていた。秋生が右から攻めるとばかり思い込んでいた。
 しかし秋生はターンをすると即座に向って左側に切り返す。
 ディフェンスの行うための身体の重心は完全に直幸自身の左側。つまり秋生から見て右側に重心が移動してしまっている。
 あっさりと直幸は抜かれてしまい、秋生は今度は左手でレイアップを決めた。

44 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:51:09 ID:ZnjJuVzM0
 
「がっ……はっ……! あ、ぐっ……!」

 声が出ない、膝がもう笑っている。
 息をしようにも肺がうまく空気を吸い込んでくれない。

「これでラストだ。今度は俺様のとっておきの技を見せてやるぜ」

 もうまともに守れない。しかし足は止まらない。
 秋生はドリブルをしながらゴールとは逆方向、スリーポイントラインを超えてセンターライン近くまで移動していた。
 まさかこの距離からシュートを?
 直幸は笑った足に鞭を打ってシュートを撃たせまいと秋生に近づく。

「うおおおおりゃあああああああああああ!!」

 それはまるでロケットの如く加速。
 それまでのドリブルとは比べ物にならない速さ。
 一瞬のうちに最高速まで達した秋生は直幸を抜き去ると猛然とダッシュする。
 そして彼の足がフリースローラインまで達したとき。

 秋生は飛んだ。
 跳んだではなく『飛んだ』しか比喩しようがない。
 まるで秋生は宙を歩くかのごとく舞い、手に持ったボールをゴールに叩き付けた。

 直幸は呆然と秋生のダンクシュートを見つめていた。
 否、完全に秋生の美技に魅了されていたのだ。

(そうか――これが朋也が目指していたもの――)

 足元がふら付いてもう立っていられない。
 直幸はそのまま仰向けに大の字に倒れこんだ。

45 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:52:18 ID:ZnjJuVzM0
 

 ■


「よう、立てるか」
「すみません……もうしばらく」

 勝負は圧倒的な力の差で秋生の勝利に終わった。
 直幸はふらふらでまだ仰向けに寝転がっている。
 汗はびっしょりで、一生分の運動をしたような気分だった。
 でも気分は不思議と晴れやかだった。長年降り続いた雨が上がったような気分だった。

「どうだ。少しは汗かいてすっきりしたろ?」
「かも……しれませんね……」
「なあ、もう一度向き合ってみろよ。朋也……いや、あんたの息子と。諦めたらそこでゲームオーバーだ」
「私に……できるでしょうか」
「さあ、な。それはあんた次第だが……できるさ、朋也のただ一人の家族で、ただ一人の親父なんだろ?」
「……………………」
「こんなクソったれなイベントに連れてこられてあいつブルって泣いてるかもしれねえんだぞ? 守れるのはあんたしかいないんだ」
「……………………」
「俺は守り抜く、何としてでも俺の家族を守ってやる。それでてめえがおっ死ぬことになってしまってもだ。
 嫁と娘を守って死ぬなら男として、父親として本懐じゃねえか」

 なんて純粋で真っ直ぐな言葉だろうか。
 一筋の涙が流れ空っぽだった心が満たされるのを感じる。
 もう一度、もう一度頑張ってみよう。それでもだめならもう一度。
 家族の絆を取り戻すためなら何度でも頑張ってみよう。
 直幸は立ち上がる。まだ膝が笑っているが、しっかりと大地を踏みしめて立ち上がる。
 そう、何度でも――


「そう……だな。まだ俺はやるべきことが残っていた。古河さん、俺は息子に――朋也に会いにいく」
「おう、その心意気だぜ!」

46 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:52:55 ID:ZnjJuVzM0
 

 かつて失った物を取り戻すために。
 やがて訪れる家族の未来を守るために。
 父親達は決意する。




 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:E-6 学校】

 岡崎直幸
 【持ち物:バスケットボール、水・食料一日分】
 【状況:疲労】

 古河秋生
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

47 ◆ApriVFJs6M:2010/09/05(日) 14:54:00 ID:ZnjJuVzM0
投下終了しました。
タイトルは『Fathers Rock'n'Roll』です。

48 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:27:41 ID:K4OafaUs0
 吉岡チエはキャンプ場の一角にある、小さなログハウスの片隅で縮こまっていた。
 精一杯箱に閉じ込めるように、体を力の限り抱えて。
 それで完全に隠れられるとは思っていなかったが、やらずにはいられなかった。

 人が殺されたときはまだ、現実感が湧かなかった。
 趣味の悪いスプラッター映画を見せられていたのだと、言い聞かせることができた。
 だが一歩スタート地点から出た瞬間、そんな甘い考えすらも吹き飛んだ。
 太陽の下に広がるのは見たこともない風景。森と山が広がり、点々と木作りの家が立ち並んでいるのが見えた。
 キャンプ場だと分かったのは、地図を見たときだった。一瞬にして自分の居場所が分かった安心感がある一方で、
 ここが目立つ場所であることもまたチエの不安をかき立てたのだった。
 サッと辺りを見回しても人の気配はないのが却って恐ろしく感じる。
 あの家の影に、誰かが潜んではいないだろうか。
 あの丘陵の向こうから、拳銃を持った見知らぬ男が現れたりしないだろうか。
 後ろから、いきなり刃物を刺されたりは?
 キャンプ場は山の頂上付近よりも下の、中腹くらいの場所にあったが見晴らしは良かった。
 いつ、誰に見つけられてもおかしくはない。
 一人でいることが恐怖をかき立て、チエは大声で友達の名前を呼ぼうとしたが、すんでのところでその愚かさに気付いてやめる。
 荒涼としたキャンプ場に風が吹き、チエの肌を撫でた。
 結局どうしようもなく、かといってうろうろ歩き回ることも躊躇われ、チエは手近にあったログハウスに身を潜めることにしたのだった。
 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。
 膝にうずめていた顔を上げ、ログハウス内にあった壁時計を眺めてみたが、たったの数十分しか経っていなかった。
 退屈な学校の授業よりも長く、暇を持て余した一日よりもこの数十分は長かった。

「ちゃる……このみぃ……」

 耐え切れず、チエは友達の名前を呼んだ。
 地図と同時に見た名簿にもその名前があった。彼女らも、参加させられている。
 しかしそれがチエを安心させる材料にはならなかった。彼女達とも殺しあわなければならないのだから。
 それでも呼ばずにはいられなかった。
 どうしたらいいのかも分からず、ただうずくまっているしかないだけの自分を元気付けて欲しかった。
 大丈夫、きっと助かる。根拠がまるでなかったとしても、その言葉が欲しかったのだ。
 ぎゅっ、とさらに体を抱える。自らの大きな胸が圧迫され、息苦しかったが文句を言うだけの余裕もなかった。

 怖い。寂しい。誰か、助けて……

 顔を不安で歪めたチエがさらに顔を引き攣らせたのは、次の瞬間だった。
 ぎぃ、とログハウスの扉が開かれ、中腰の体勢のまま一人の女性が侵入してきたのだ。
 ひ、とチエは悲鳴を上げそうになった。
 自分と同じショートヘアに、ベレー帽を深く被っている。大きめのコートを羽織り、きょろきょろと不安そうな目つきで室内を見回していた。
 姿格好からして、女子大生だろうか。すっきりとした美人の顔立ちでありながらも、落ち着きなく辺りを見回すその姿は、寧ろ自分と同い年のように思えた。
 部屋が薄暗いせいか、まだ自分の姿は見つかっていない。隠れられるかもしれないと腰を浮かしかけたとき、不意にこちらを向いた女性と目が合った。

「ひいっ!」

 今度こそ悲鳴を上げた。浮かしかけていた腰が落ち、すとんと尻餅をついてしまう。
 驚いていたのは女性の方で、目をしばたかせて口元に手を当てていた。大声に驚いたのだろう。

「あ、あの……大丈夫?」
「大丈夫に見えるんスか……」

49 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:28:15 ID:K4OafaUs0
 あまりにも間抜けな質問に、強張った表情のままそう返してしまう。
 女性はひとつ咳払いをした。失言だと自分でも分かったのだろう。

「ああ、ええと……私はあなたを襲うつもりはないわ。安心して」

 怖がっていた表情から変わって、女性は柔和な笑みを浮かべながらチエへと近づいてきた。
 本当なのか、と思ったものの、ログハウスに入ってきた瞬間の表情や、現在の柔らかな雰囲気、そして何より同性であることが大丈夫だとチエを説得していた。

「その、私も怖かったのよ。誰もいないし、不気味だし……」
「それでここに隠れようと?」
「ええ……」

 なんだ、とチエはどこかしら安心した気持ちを覚えていた。
 自分だけではない。年上に思えるこの女性でさえも怖かったのだ。
 全員が全員殺人鬼であるはずなどなかったのだ。
 手が差し出される。しかしチエは「ああ、別にお気遣いなくっ」と言って自分で立ち上がった。
 同じように考えている人間がいることが、僅かなりともチエに活力を取り戻させたのだった。

「いや、ちょっと安心したっス」
「安心?」

 曖昧に笑っている女性に、チエは少し口ごもりながらも、先程の安心感が背中を押す形で言葉を続けていた。

「おねーさんのような人でもここは怖いんだな、って……その、なんというか、同じ者同士の感覚っていうか」
「へえ、そんなこと思ってたんだ」

 意地悪く笑われる。ひょっとしたら失言だったかもしれないと思ったチエは慌てて「いやその、悪気は別に」と言葉を重ねた。
 口がいつものように軽くなってしまっているのは、安心感のせいなのだろうか。
 あははは、と誤魔化すように笑い、チエは話題を逸らすようにして「そ、そうだ!」と大きな声で言った。

「おねーさん、これからどうするんスか?」
「私? 私は……」

 クス、と笑って。
 ひゅっ、と手が振られた。
 へっ? そんな声を出そうとして、しかし喉からはひゅうひゅうという乾いた音しか出なかった。
 違う。切られたのだ。喉を、刃物のようなもので。
 目前で吹き出している赤いものは自分の血なのだろう。呆然とそんなことを考え、チエはかくんと膝を折って崩れ落ちた。

「あら。まだ息してる。意外と切れ味悪いのね。お姉さん失敗☆」

 ペロリと舌を出して、ウインクして、彼女は言っていた。
 まるで些細なドジでも踏んだかのような軽い口ぶりだった。
 朦朧とする意識の中で、チエは、どうして、と呻いていた。
 一緒だったはずなのに。この状況が怖くて仕方のない、仲間だったはずなのに……

「ああ、うん、そうね。もう一つ失敗、あるんだ」

50 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:28:38 ID:K4OafaUs0
 床に転がるチエに、よいしょ、と腰を下ろして語りかける女性。
 その顔は無表情で、最初に出会ったときの印象など欠片も残ってはいなかった。
 冷え冷えとしたその表情は、自分とは違う、大人の世界を生きてきた人間の顔。
 辛酸を舐め、世の中の暗部を知り、泥を吸い尽くした人間の顔だった。

「私はあんたとは違うのよ」

 ギリ、と。
 眉根を顰め、敵意をむき出しにしながらも、その目は笑っていた。
 この女は、いくつもの側面を持っていた。
 女であり、小悪魔のような無邪気さがあり、大人であり、そして憎悪に身をやつした人間だった。
 同類なんかじゃない。この女は、心底自分を見下している。

「人、殺せるかって思ったけど……なんだ、簡単にできるのね。うん、だったら、いざってときでも大丈夫」

 既に女はチエなど見てはいなかった。
 手に持っていた小型の果物ナイフをコートに仕舞いこんでいる。
 恐らく、隠し持っていたあれで切り裂いたのに違いなかった。
 そして自分は、その実験台だったのだ。

「でもでも、ちょっと殺傷力に難があったわね。ま、こんなところにあるようなのだし、仕方ないか」

 ああ、とチエは理解した。
 自分と同じく、隠れる場所を探していたのではない。
 武器を探すため。人を殺すために、ここにやってきた。それだけのことだったのだ。
 やはり、ここは、殺人鬼、だらけ、だった――

「……この力で私が守ってあげる。私が必要で、私だけに跪いてくれる誰か。私は、それさえあればいい」


 最後に見た、吉岡チエが名前を知る由もなかった女、麻生明日菜は。

 弱さを絶対の悪と認め、弱さに敵意を向け続ける女、麻生明日菜は。

 自らを満足させる男を捜していた、女だった。

51 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:29:00 ID:K4OafaUs0



 【時間:1日目午後13時00分ごろ】
 【場所:D-5 キャンプ場】

 麻生明日菜
 【持ち物:果物ナイフ、不明支給品、チエの支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。守ってあげたい誰かを探す。必要のない人間は殺す】

 吉岡チエ
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡】 

52 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/05(日) 15:29:56 ID:K4OafaUs0
投下終了です。
タイトルは『天使の消えた島』です

53陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 15:58:46 ID:JvmEy7Q.0
「………………」

太陽が燦々と輝く空の下。
物陰で自分の存在をかき消そうとするように、彼女――長谷部彩はひっそりと佇んでいた。
蒼い蒼い空だけを儚げに見つめ続けながら、今までの事を思い出している。

よく解らなかった。
いきなり、変な場所に自分が居て。
漫画みたいな天使みたいな男の人が居て。
でも、天使みたいな人は実は悪魔のようで、容赦無く同じ年齢のような女の子を殺した。
今でもシャワーの様に紅い紅い血が降り注いだ映像が、頭の中からこびり付いて離れない。
それでも、嘘みたいな夢の様なあの光景は、やはり嘘と思いたくなる現実だった。
首がなくなった胴体から滴りたる血が、これが現実だという事を自分に見せ付けていたから。


「…………どうして」

どうして、こうなってしまったのだろう。
輝きを失わない太陽を見ながら、彼女はずるずると寄りかかったものからずり落ちていく。
影に隠れるように、身を静かに寄せ、膝を抱え込むように座り込んでしまう。
そのまま、顔を膝に押し付け、目を閉じる。
眩しかった光はあっという間に無くなり、何も無い闇のような無が広がっている。

死んでしまったら、このような無になってしまうのだろうか。
何も感じない世界の中で一人きりになってしまうのだろうか。
それとも、死後の世界というものがあって、其処にずっと前に死んでしまった父親もいるのだろうか。
でも、それはやっぱり死んでみないと解らない事で。
ただ、死がとても近い事が、とてもとても怖かった。

終わって、しまうのだろうか。
そう思った瞬間被っていた白い帽子を強く握りしめてしまう。

思い起こすのは、この島に連れてこられる前の事で。
ただ、漫画を描いていて。
それをこみパで売って。
全く売れはしなかったけれども、それでも楽しかったはずだ。
最近は何故か色んな人と出会う事もできた。
何故だか、ワクワクした。

これからだったはずだったのに。
始まりは見えていたのに。
でも、始まる事すらせず、終わってしまうのだろう。
自分に人殺しなど出来る訳も無く、また戦う力なんてある訳がなかった。
だから、このまま、ここで死んでしまうのだろう。
それも、仕方ないのかなとも思ってしまう。
自分はこんなにも目立たなくて地味なのだから。
このまま誰にも気付かれずひっそりと死ぬ方がいいのかもしれない。
それが、自分の生き方のようにも思えたのが、とても哀しかった。
でも、自分の末路として似合うかもしれなかった。
長谷部彩の終わりとして、相応しいのかもしれない。

54陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 15:59:06 ID:JvmEy7Q.0
でも


「…………死にたく……ない」


やっぱり死にたくなかった。
自分の家に帰りたかった。
まだ、沢山漫画を描きたい。
また、あのこみパに行きたい。

未練ばっかりが沢山有って。
死を受け容れる事なんて、できようもなかった。
ただ、生きたくて、生きたくて。
気が付いたら涙がぼろぼろと流れている。

光が当たらぬ、陰の中で、ひっそりと泣いていた。




「……!?」

そんな時だった。
かつかつと靴音が彩の耳にも聞こえてきたのだ。
びくっと体を震わせ、纏っていた白いショールを抑える。

ああ、終わってしまう。
そう思って、自分の身をぎゅっと抱きしめる。
せめて、最後だけは楽にいけるように。
それだけを願いながら目をぎゅっと閉じる。
直ぐに訪れるだろう終焉に震えながら。


だけど、その終焉は何時までもやって来なくて。
おずおずと恐る恐る目を開けてみる。
其処に居たのは恐らく自分より少し年上の黒髪の青年で。
甲冑か着物かよく解らないものを纏い、手には剣が握られていた

青年は彩を見つめながら、ずっと動かないままだった。
彩は目をぱちくりとさせ、そのまま固まったように座り込んでいる。
長いか短いか良く解らない時間が暫く流れ、見つめ合って。

そして。

「……返事が送れて申し訳ありません。ベナウィといいます」

青年が柔らかい声色で自分の名を名乗った。
そして静かに手を差し伸べる。
彩はきょとんとし、その手を取った。

そのてのひらは何処か、何故か温かくて。

優しく感じられて。


また、彩はぼろぼろと涙を流した。

それが、生きているという実感だった。

55陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 15:59:47 ID:JvmEy7Q.0
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





その後、泣き出した彩をベナウィは何とか宥める事が出来た。
余り慣れた事ではなかったので随分と時間がかかってしまったが。
そして、ベナウィは自分の身の上や現状などを話し始めた。

彩は聞き慣れない国名や何処か時代錯誤した話に戸惑ってしまった。
けど、元来極めて無口で大人しい性格なので、戸惑いや疑問を彼に話す事ができない。
だから、そういうものなのだろうと無理矢理自分自身を納得させる。
解らない事は後でまたゆっくり聞けばいいと思いながら。

そしてベナウィは今は自分の主君や仲間を探している旨を彼女に告げる。
ベナウィは彼女に仲間の所在を尋ねた。
しかし、今までベナウィの話にコクコクと頷いていた彼女はその時ばかりはフルフルと首を横に振って否定をする。
その事にベナウィは特に気を落とす事は無かった。
この殺し合いも始まったばかりなので、会っていない可能性の方が高いと思っていたからである。
ベナウィ自身も彼女がこの島で出会った始めたの人でもあったからだ。

「そうですか……では、すいませんが私は仲間を探さねばなりません」

そして、ベナウィは立ち上がり、この場を去ろうとする。
とても薄情な事をしていると自覚している。
けど、今はそれをしなければならい。
何故ならば…………


「…………」

でも、ベナウィは立ち去る事ができなかった。
彩が、何もいわずに自分の袖をちょこんと持って、そしてクイクイと引っ張り、引き止めていたから。
その表情は、何処か切なそうにベナウィを見つめている。

ただ、離れたくなかった。
一人きりではとても不安だったから。
死にたくなんて無かったから。
だから、今は彼と居たかった。

彩は捨てられそうな子犬のような視線をずっとベナウィに向けていて。
ただ、捨てられたくないといいたい様に見つめていた。


「…………そうですね。解りました。一緒に行きましょう」

その様子にベナウィはふっと息を吐き、そして一緒に行くことを決めた。
何時の間にこんなに甘くなったのだろうか。
それともこの少女のせいだろうか。
それは、ベナウィ自身にも解らなかった。
優しげな笑みをベナウィは浮かべ、またその少女に手を差し伸べる。

彩は儚く笑いながら、コクコクと頷き手を取った。
そして、できるだけ優しく、彼に言葉を告げる。


「……………………ありがとうございます」


その笑顔は、陰にも光が差し、まるで日向のような、とても柔らかい笑顔だった。

優しく、可憐な笑顔の花が、彩っていた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

56陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 16:00:09 ID:JvmEy7Q.0





……全く……私は何をしているんでしょうね。
自分自身の事なのに、自分が行った事に驚きを隠せないでいる。
最初にこの少女に出会った時、私は殺そうか迷った。
自分が忠誠を誓ったあの主君の為に。
彼を生かす為に全員を殺す事を選び取るのは、当然かとも思えたからだ。

なのに、殺せなかった。
あの顔を見ていたら、殺せなかった。
それはきっと人の触れあいの温かさを、家族とも言える空間を知っていたからであろうか。
手を血に染めれば、あの空間に戻る事ができない。
そう思ってしまったらふがいもなく迷ってしまって。
結局、殺せなかった。

だから、これ以上自分のペースを崩させない為にも離れようと思った。

あの笑顔は、毒だと思った。

自分の牙を奪ってしまう。
儚げで柔らかい笑顔は、どうしても、あの国の、家族の温かさを思い出させてしまう。
あの食事の温かさを思い出してしまうと、忠誠の為に罪無き人を殺す……など出来なくなってしまう。

まだ自分の中でも定まっていないのだ。
だから、あの笑顔を見続けていたら、いけないと思った。
だから武士としての誇りを捨て、薄情のまま、立ち去ろうとしたのに。


あの瞳が、また自分を見つめていた。
最初に殺そうとした時のように見つめられて。
立ち去ろうとした自分を縛ってしまう。
離れようとした自分を引きとめようとして。

そして、また私は残ってしまった。


こんな自分自身に本当に驚いてしまう。
とても無様とも思う。
けど、それでいいと思う自分自身も居た。

本当に訳が解らない。

彼女はまだ陰のある、けれども日向のような笑みを自分に向けている。
柔らかで優しげな温かい笑みだった。


ああ、その笑みは


私を縛り、苦しめ


だが、


私を引きとめ、安らげてくれる。


そんな


陰日向の笑みだった。

57陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 16:00:28 ID:JvmEy7Q.0
【時間:一日目 午後1時ごろ】
【場所:E-1 北部】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】

58陰日向に咲く ◆auiI.USnCE:2010/09/05(日) 16:01:03 ID:JvmEy7Q.0
投下終了しました。
何か矛盾や疑問点ありましたら指摘をお願いします

59 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:04:42 ID:rUlQSJ7s0
「はぁ……っ……はぁ……っ!」

 木漏れ日が射し込む森の中を息を切らせながら柚原このみは走っていた。
 とにかく前へ。
 とにかく前へ。
 とにかくあの男から逃げないと。

 彼女の制服のブラウスははだけ、可愛らしい花柄のブラジャーが丸見えになっているがそんなことも気にも留めずただひたすら逃げる。
 捕まったら殺される。あの男はそういう人種だ。
 普通の人間の倫理観が欠落した狂人――否、人ですらない。
 あれは本能めいた闘争心と征服欲に凝り固まった獣だ。

 嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。

 捕まったら確実に殺される。
 いや、殺される前に死ぬよりも辛い辱めを受けることになるだろう。
 そんなものはニュースや物語の中の出来事で実際に起きていることじゃない。
 だがそれが現実に起ころうとしている。
 想像を超えた恐怖心が必死にこのみの身体を突き動かす。

「あっはっはっは! どこへ行こうというのかね。そっか、お兄さんと鬼ごっこかな? 
 いいだろうお兄さんが鬼だ。捕まらないよう必死に逃げるんだよ。捕まったら――どうなるかわかってんだろうなァッ!」

 背後から声がする。吐き気を催す邪悪な声。
 こんなに必死に逃げてるというのに男との距離が一向に離れない。
 それどころか男は走ってすらいない。それなのに男はこのみと一定の距離を保ちつつ移動している。
 完全に遊ばれている。
 男はその気になればいつでも追いつけるはずなのにあえてこのみを追い回しているのだ。
 まるで獰猛な肉食獣の狩場に迷い込んでしまった哀れな草食動物だった。

「助けて……お母さん……お母さん……タカくん……!」

60 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:05:38 ID:rUlQSJ7s0



 ■



 時間は数十分前に巻き戻る。
 わけのわからないまま連れてこられ、目の前で人が殺された。
 羽根の生えた怪人による生き残りを賭けたサバイバル・ゲーム。
 気がつくと森の中に一人残されていた。
 持ち物はデイバッグとその中に入っていた拳銃。
 こんなものどうやって使えというのだろうか。

「やだよぉ……このみに人なんて殺せないよぉ……怖い……怖いよタカくん」

 風が吹いて木々がざわめくたびにこのみはビクンと身体を震わせる。
 一面の緑と頭上の空の青。
 こんなに爽やかな天気とだというのに森はじっとりとした視線をこのみに浴びせ続けていた。

 ずっと、誰かが見てる――

 白いうなじ。
 まだ発展途上の小ぶりな胸。
 決して肉付きが良いとはいえない赤い制服のスカートから伸びる太腿。
 まるでこのみの全身を余すことなく嘗め回すような視線が浴びせられていた。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

 早くこの森を抜けたい。
 早くこの視線から逃れたい。
 早くみんなと会いたい。

61 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:06:46 ID:rUlQSJ7s0
 
 なのに視線はこのみが一歩歩くととそれに付いてくるかのように一歩近づく。
 そして、背後の茂みからがさりと音がした。

「ひぃ!?」

 誰かが側にいる――
 恐怖で腰が抜けて地面にへたり込む。
 ややあって茂みの向こうから一人の男が姿を現した。

「驚かせてしまってすまない。僕は決して怪しい者じゃ……と言っても信じてもらえないかな……」

 両手を上げて茂みから姿を現したのは長身の青年だった。
 引き締まった精悍な肉体はまるで山猫のような美しさを誇っている。
 青年は白い歯を見せて微笑むと言った。

「ほら、僕はなにもしない。だから、怖がらずに、ね?」

 優しげな笑みをこのみに向ける青年。
 彼はこのみを怖がらせないようにそれ以上近づくようなことはしなかった。
 まるで警戒する小動物を逃げ出させないための行動だった。

「僕は岸田洋一、フリーのカメラマンさ。僕もわけもわからずこんな所に連れて来られて途方に暮れていたんだ……
 一体何なんだあの怪人は……僕らに殺し合いをさせようだなんて馬鹿げているとしか思えない」

 彼は悲しい瞳で言った。
 きっとこの人も同じなんだ――
 このみの警戒の色が薄まる。

「ほら、立てるかい?」

 このみを怖がらせないように近づいた岸田は手を差し伸べる。
 このみは少しの間躊躇ったが、彼の手をとって立ち上がった。

「あ、ありがとうございます……わ、わたし、柚原このみといいます」
「このみちゃんか、いい名前だね。君は……中学生かな?」
「高校生です……」
「おっとこれはレディーに失礼なことを。ごめんね」
「いえ、別に……」

62 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:08:02 ID:rUlQSJ7s0
 
 岸田は恥ずかしそうに頭を掻いてこのみに謝った。
 どうやら気さくな人柄のようだがどこか仕草が大げさで芝居がかったようにわざとらしいように感じた。

(ううん……駄目だよそんな人を疑ったら)

 そんな浮かび上がる疑念を打ち消す。
 きっとそういう人なのだろうと自分を納得させるこのみだった。




「そっか……君のお母さんや友達までここに連れてこられてるんだ……早く会えるといいね」
「はい……岸田さんは?」
「僕は……天涯孤独な身だったからね。ここに友達がいないのが幸いであって心細かったかな……」

 このみと岸田は二人森の中を歩く。
 二人して身の上の会話に花開かせる。

「あっでも今はこのみちゃんがいるから寂しくないかな? あははっ」
「いえ……わたしでよければ」
「ところでさっき君の友達の中で出てきた『タカくん』はこのみちゃんの彼氏かい?」

 あっけらかんとした表情でウインクしてさらりと岸田はそんなことを言う。
 このみは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。

「や、あのっタカくんはこのみの幼馴染みでっ、そんなっ」
「ははっ、でも好きなことは確かなんだろう? 話し方でわかるよ彼のことを話すとき、すごく楽しそうだよ」
「う〜……岸田さんは意地悪だよ……」

 ぷーっと頬を膨らませるこのみ。
 二人は他愛のない世間話をしながら歩く。
 しばらく森を歩き進めた所で岸田は足を止めて、前を歩くこのみに言った。

63 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:08:56 ID:rUlQSJ7s0
 
「ねえ、このみちゃん。べとべとさんって知ってるかい?」
「はい……?」
「昔話に出てくる妖怪の一種でね。くら〜い夜道を歩いていると後ろから足音が聞こえてくるんだ。ぺた、ぺた、ぺたと」
「岸田さん……こんな時に怖い話しなくても」
「まあまあ、ちょっと聞いてくれないかな。でもこの妖怪は人に危害を加えることはないんだ。
 足音が怖くなったら『べとべとさん、お先にお越し』と唱えれば離れていく」
「はあ……変な妖怪ですね」
「でもね、地方によっては怖さで万が一転んでしまったら人を襲うタイプもいるんだ。この場合別の名前の妖怪して出てくるんだけど」

 一体何を言ってるんだろうとこのみは首を傾げる。
 そして――このみを見つめる岸田の目が猛禽類のような鋭さを見せ――






「ったく鈍いガキだなぁ……人間にもいるだろうがよおォッ『送り狼』って妖怪がなあぁぁッ!!」






 岸田がそう言った瞬間、このみの着ている制服のブラウスが引き裂かれ、可愛らしい下着が露になる。

「いっ、いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
「お前……いくらなんでもお人よしすぎんじゃねえか? 誰もいない森で男女が二人きりで何も起こらないと思ってんのかよォォォォ!
 それともあれか、わざとやってんのか? ああ? 俺を誘ってやがったのか?」

 それまで好青年を演じていた岸田は表情を一変させ怒声をこのみに浴びせる。
 信頼していた人間の突然の豹変にこのみは頭の中がぐちゃぐちゃになる。

64 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:09:52 ID:rUlQSJ7s0
 
「ちょっと成長が足りんなぁ、女はもっと肉付きが良くないと男は寄ってこねえぜ? ま、たまにはこんなメスガキを犯すのも悪くねえ」
「ひ……」

 犯す?

 犯す?
 何を言っているんだこの人は。
 犯すというのはレイプであって強姦であって嫌がる女性を無理矢理に――

「っ……嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 無意識に身体が飛び跳ねて足が動く。
 目前に迫った陵辱の恐怖に脳が一斉に逃走の命令を下す。
 脱兎の如く岸田から逃げ出すこのみ。

「――いい判断じゃねえか、大抵なら腰抜かしてションベン漏らすところだが……面白ぇッ狩りはやっぱこうじゃなくてはなぁああぁァァァッ!!」



 ■



 そして今に至る。
 木々を掻き分けてひたすら逃げるこのみ。
 枝が、葉が服に引っ掛かって所々が破れてしまっていた。

65 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:10:54 ID:rUlQSJ7s0
 
「おいおい……枝に引っ掛けてそのコスプレ衣装みたいなピンクの制服がボロボロだぞ? 
 スカートもあちこち破れてそそるじゃねえか。お前マジ男誘う才能あるぜぇっ」
「嫌ぁッ! 来ないで! 来ないでよぉぉっ!」
「ほらほら逃げろ逃げろよぉッ! 逃げないと鬼に捕まってしまうぞっハッハッハァッ!!」

 高笑いを上げてじわりじわりと距離を詰めていく岸田。
 息も切れ切れで足もだんだん重くなる。

「あっ……!」

 地面から飛び出していた木の根っこに足を引っ掛けてこのみはついに転んでしまう。
 そして背後に迫る岸田の影。

「残念だったなぁ……もう少しで森を抜けられるところだったのによぉ。お前の負けだ。転んだら送り狼に襲われるんだぜぇぇぇ!」

 岸田はこのみを仰向けに組み伏せると無造作にブラジャーを引きちぎる。
 まだ未発達の控えめな乳房が曝け出される。

「いやあ!! やあああ!! やだやだやだぁぁ!! 助けてタカくん! タカくん! タカくぅぅぅんッ!!」
「オラッちったあ黙れやクソガキィッ!」
「がっぁぁ……」

 岸田はこのみの顔面を容赦なく殴りつける。
 口の中が切れて赤い血がこぼれる。

「俺はなあ、気が短い男でなあ……わざわざ濡れるのを待つ甲斐性なんてないからなァ! 直にブチ込まさせてもらうぜェッ!」

 岸田は卑しい笑いを浮かべると、このみのスカートに隠れた下着に手を掛けて――

「ほらッご開帳だぜっハッハーッ!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! タカくん! 助けてタカくんーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

66 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:12:30 ID:rUlQSJ7s0
 




「てんめぇぇぇぇぇぇぇッ!!! このみに何しやがったあぁぁぁぁぁぁァァァ!!!」
「あ?」





 一陣の黒い風が猛スピードでこのみに跨る岸田に突っ込んでくる。
 完全に虚を突かれた岸田はまともにタックルを喰らい一緒になって転がる。

「クソガキが調子に乗ってんじゃねえええええええ!」
「がああああああッ!!」

 岸田の回し蹴りがまともに入り吹き飛ぶ影。
 木の幹に叩きつけられた人物の顔をようやくこのみは認識する。

「タ……ユ、ユウくん!」
「よ、よう……このみ、助けに来たぜ……!」

 フラフラと立ち上がったのはこのみの幼馴染みの一人である向坂雄二だった。
 彼は痛みに耐えながらも気丈な表情で岸田を睨みつける。

「あん? ユウくんだって……? ハハハハハッ残念だったなあッお前の大好きで大好きなタカくんじゃなくてよぉぉぉッ」
「少しは黙れよ、口から臭せぇ屁をこくじゃねえよ」
「ガキが……吹くじゃねえか」
「殺してやる。てめえは殺してやる。ぜってーにな」

 そう言うと雄二は大振りのサバイバルナイフを構える。
 その姿を見た岸田は歓喜に打ち震えた表情で言った。

67 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:14:13 ID:rUlQSJ7s0
 
「抜いたなお前? ナイフ抜いたな? お前それどういう意味かわかってんだろうな? ああ?」
「ああ、てめーをブチ殺すためだ」
「殺す? お前が、この俺を? ハッハハハハハ!!! 俺と命のやり取りするってか!? 面白ぇ……面白ぇじゃねええかぁぁぁぁッ!!」
「うおおおおおおおおおおッ!!!」

 雄二はサイバイバルナイフを腰溜めに構えると一気に突進した。
 だが岸田は雄二に臆することなくニヤリと笑い。

「そらよっ」
「がぁッ……」

 簡単に雄二の突進をいなすとそのままナイフを持つ右手を捻り上げた。

「お前……もしかして知らなかったのか?」
「クソがッ……離しやがれぇぇ!」
「嘘だろ……本当に知らないのか? じゃあ教えてやるよ。あのな、素人はなナイフ持つと攻撃の軌道がものすごーく単調になるんだ。
 さっきのお前はどうだ? ただ闇雲に突っ込んできただけだったろ? な?
 お前――そんなことも知らずにナイフ抜きやがったのかよ。そっかそっか……ふざけてんのかクソガキャァァ!!
 そんなザマで俺のタマ取ろうとしてたのかよぉぉぉぉぉぉ!!」

 ゴキリと嫌な音が響いて雄二の右手首があらぬ方向に折れ曲がる。

「がっああああああああああッ!!!」
「いやあっーーユウくぅぅん!!」

 凄まじい激痛が全身を襲い、立つことすらままらない。
 右手を押さえ地面に蹲る雄二を何度も蹴り上げる岸田。

「素人がな、軽々しく殺すなんて言ってんじゃねえええええ!!」
「っあああ……がああああァッ!!」
「プロはなあ……『殺した』しか言わねえんだよぉぉッ」

68 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:15:18 ID:rUlQSJ7s0
 
 このままでは雄二が死んでしまう。
 何か、何か手は――
 そしてこのみの先に映るデイバッグ。
 転んだ拍子で中身が飛び散って散乱している。
 その中にそれはあった。
 黒光りする拳銃。
 あれだ、あれさえあれば岸田を――
 手を伸ばすこのみ、あと数センチで手が届く――

「おっとすまねえ、足が滑っちまったぜ」
「あっ……かは……」

 このみの手を無常にも踏みしめる岸田の足。
 激痛が走る。今の一撃で指の骨が確実に何本か折れた。

「駄目じゃないか、子どもがこんなおもちゃ持ってたら。危ないからお兄さんが預かっておくね」
「あっぁぁぁぁ……」

 最後の望みも潰えた。
 岸田は勝ち誇った笑みを浮かべると、倒れ伏す雄二の髪を掴みあげて言った。

「少年、良く頑張った。俺は感動した! お前のその根性買ってやる。だからプレゼントやるよ」
「なに……がだよ……」
「幸いにもあのメスガキはまだ俺が手を付けてない新品だ。だからさ少年。一番風呂の権利てめえにやるよ」
「は……? 何を……言ってやがる……」
「おいおいオボコ気取ってんじゃねえよ。てめえどうせ童貞だろ? あいつの処女を奪う権利をやるってことだよ。俺が見といてやるから」
「ふざ……けるな、よ……」
「おいおい正直になれよ少年。ヤりたい盛りの青少年だろう? 目の前に半裸の女が転がってたら犯したくなるだろ?」

 雄二の目の前に顔を近づけて囁く岸田。
 だが雄二は血まみれの唾を岸田に飛ばす。

69 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:16:25 ID:rUlQSJ7s0
 
「これが答えだ、クソが……」
「……つまんね。お前つまらんよ、全然つまんねえ。もういいや。てめえの出番は終わりだ。――じゃあな」

 岸田はこのみから奪った拳銃を雄二の頭部に向けて放つ。
 ぱんっと乾いた音をして雄二の身体がビクンと痙攣して、動かなくなった。

「う……そ……? ユ、ウくん……?」

 フラフラと立ち上がり動かなくなった雄二に近づくこのみ。
 もう雄二はピクリとも動かなくなっていた。

「ユウくん死んじゃったよ。残念だったねこのみちゃん」

 白い歯を見せて岸田はにっこりと嗤う。
 まったく邪気のない笑顔だった。

「あぁぁぁぁ……ユウくん……? 嫌、嫌だよ…いやあぁぁぁぁ……」

 力なく崩れ、まだ体温の温もりが残る雄二の亡骸に覆いかぶさり泣きじゃくるこのみ。
 こんなことが――こんなことがあってもいいのだろうか?
 この狂った現実を目の当たりにしたこのみはただ泣き続けるだけだった。

「おい、って聞いてねえか。まあいいや、ユウくんの根性に免じてお前に選択肢をやるよ」

 そう言って岸田はポケットから10円玉を取り出した。

「表が出たら、お前を犯す。だが命までは取らねえ。裏が出たら犯しはしないがお前を殺す。この選択を拒否したら犯した上で殺す。OK?」
「えぐっ……うぐっ……ユウくん……」
「って聞いちゃいねえ、じゃあ俺が投げるぜー? いいのかーい? このみちゃーん?」

 岸田はこのみに問いかけるが彼女にもはや岸田のことは目に映っていなかった。

「ったく、しょうがねえ。俺が投げてやるよ。そらよっ」

70 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:17:22 ID:rUlQSJ7s0
 
 岸田は指で10円玉を弾く。
 高く舞い上がった10円玉は陽光を反射してキラキラと輝いていた。
 そして岸田を硬貨をキャッチした。

「さて……結果だが……裏だ。まあそのほうがお前にとっちゃあ幸せかもしれねえ。ユウくんと一緒に逝ってやりな」

 岸田は雄二にしがみ付いて泣き続けるこのみの後頭部に銃を突きつける。

「余裕があればあんたの大好きなタカくんとやらも送っておいてやるよ。――アディオス」

 そして引き金が引かれ、このみもまた雄二に覆いかぶさるように崩れ落ちた。
 岸田は雄二の持っていたサバイバルナイフとこのみに支給されていた拳銃の弾倉を回収した。



「あー……微妙に欲求不満だ。まだ温けーだろうが俺に死姦の趣味はねーからなあ……ま、次の獲物に期待するか」



 知恵をもった獣が今解き放たれた。
 解き放たれた獣は獲物を求め彷徨い歩く。

 少女と少年の無念を残して――





 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:D-3】

 岸田洋一
 【持ち物:サバイバルナイフ、グロック19(13/15)、予備マガジン×6、不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康 殺戮と陵辱を楽しむ】

 柚原このみ
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡】

 向坂雄二
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡】

71 ◆ApriVFJs6M:2010/09/06(月) 08:18:54 ID:rUlQSJ7s0
投下終了しました。
タイトルは『Number Of The Beast』です。

72crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:18:45 ID:X6py3QEQ0
 
死んだら、死ねるのかな。

冷たい川のせせらぎに足を浸しながら、そんなことを考える。
さわさわと揺れる木々の音と、木漏れ日の暖かさ。
ぱちゃぱちゃと足を動かせば白い泡ができて、流れていく。

たとえば、あの『学校』を地獄と呼ぶ人たちがいた。
彼らにとって、あそこはそういう場所だったのだろう。
あたしにとっては……どうだったのかな。

Gldemo―――Girls Dead Monsterに入って、岩沢先輩やしおりんや、ひさ子先輩の後ろでドラム叩いて。
そんな毎日がなんとなく楽しくて、それでよかった。
地獄だと思ったことは、なかった気がする。
だけど、


丸い石に腰掛けていたら、お尻が少し痛くなってきた。
隣の平らな石に移動。
ついでに冷えてきた裸足を今まで座っていた石の上に。
じんわり温かくて、幸せ。

73crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:19:03 ID:X6py3QEQ0
そう。
幸せだ。
幸せを感じたら、満ち足りたら、消えてしまうのだと、誰かが言っていた。
だから、あそこは『地獄』なのだと。
抗わなければならないと、神様の決めたことに逆らわなければならないと。
そうでなければならないと誰かが、誰もが言っていて、だけど、どうして「そうでなければならない」のか、
誰も教えてくれなかった。
たぶん、誰も知らなかったのだと思う。

理不尽だった人生を認めることになるから。
そんなことを言う人もいた。
だけど、認めなければそれがなかったことになるわけじゃ、ない。
それは、その傷や、理不尽や、認めたくないものは、あたしたちの誰にでもあって、
だからあたしたちはあそこにいて、それで認めようと認めまいと、確かにあり続けるんだ。
あたしたちの中に。
あたしの中に。
目を逸らしたって。蓋をしたって。鍵をかけたって。
あたしたちはどうしようもなく、救われないまま、死んだんだから。

本当に消えたくないと思っていた人なんて、きっと数えるほどしかいなかったと、あたしは思う。
あたしたちは、「そうでなければならない」なんて理由にならない理由に衝き動かされていたわけじゃなくて、
ただなんとなく楽しそうだから、他にやることもないから神様への抵抗ごっこを、


熱が、冷める。

74crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:19:24 ID:X6py3QEQ0
 
ふと見上げれば、燦々と輝いていたはずのお日様に雲がかかっていた。
ほんの一瞬、川面から、梢から、大気から、きらきらとしたものが、消えていく。
小さな雲はすぐに風に押し流されて、お日様の光が戻ってくる。
ぽかぽか暖かくて、きらきら綺麗で、なんとなく幸せな空間が、戻ってくる。

だけど、その瞬間。
お日様の陰ったその瞬間の、冷たさを、あたしは忘れない。
忘れられない。

楽しいことだけ考えて。
優しい人たちと、バンドを組んで。
音の中で、ドラムを叩いてリズムを刻んで。

そこからほんの少しでも視線を外したら。
そこには、暗くて冷たいものがある。

そうだ。
他愛のないごっこ遊びの中で、あたしたちは、必死に昨日から、逃げていた。
あたしたちが本当に満たされるには、幸せだと思えるには、どうしたって思い出さなければいけないから。
暗いものを。冷たいものを。いつだってすぐ側にある、見たくないものを。
だから抵抗ごっこは、本当はこれ以上傷つかないための、二度寝みたいに気持ちのいい逃避で、

だけど、岩沢先輩は、消えてしまった。

75crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:19:48 ID:X6py3QEQ0
強い人だったのだろうと、思う。
たぶん、あたしたちが考えていたより、ずっと。

 ―――いつまでこんなところに居る?

岩沢先輩の、それは詞だ。
こんなところって、どこだろう。
あたしはずっと、あの『地獄』のことだと、思っていた。
だけど。

 ―――いつまでだってここに居るよ。

そう歌った先輩は、行ってしまった。
抵抗ごっこをやめて。
逃げるのをやめて。
自分を見つめて。
傷を見据えて。

先輩の歌う「ここ」は、だからあたしたちのいた場所じゃ、ない。
Gldemoじゃない。二度寝の布団の中じゃない。
だけど、それは。
強い人だけが唄える、歌だ。
残されたGldemoには、あたしたちには、辿り着けない歌だった。

そこに道があると示されて。
それは敗北なんじゃなくて。
何かとても綺麗なものだと、目の前で見せてもらったって。
あたしたちには、選べない。

選べなかった。
きっと、間違っている。
笑われるか、怒られるか、呆れられるか。
それでも。

 ―――うるさいことだけ言うのなら 漆黒の羽にさらわれて消えてくれ

それでも、あたしたちに続けられるのは。
ごっこ遊びの日常だけだったんだ。

76crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:20:41 ID:X6py3QEQ0
 
ぱしゃんと、水が跳ねる。
気がつけば、真白だったお日様はほんの少し色づいて、傾き始めていた。
濡れていた足はすっかり乾いて、濡れていた石もすっかり乾いて、
もう、水の跡も残ってない。

死んだら、死ねるのかな、と。
初めに戻って、考える。

ここはたぶん『地獄』じゃない。
ここで死んだら、だからあたしたちは、死ぬのかもしれない。
もう一度。
今度こそ、本当に。

死ぬことに、本当と嘘があるのかどうかなんて、知らないけど。
だけど、それはひどく、魅力的な想像だった。

あたしは、あたしたちは、昨日を、傷を、暗くて冷たいものを、
見つめることなく、終われるのだ。

それは、強い人だけが歩ける、険しくて綺麗な道じゃなくて。
緩やかで、なだらかで、底のない、下り坂かもしれないけど。


手の中の小瓶を、お日様に翳してみる。
透き通る液体に、色はない。
味も匂いも、たぶんない。
それは透明で、だらだらと続いてきた何かを静かに終わらせるための、

歌えないあたしたちの、それは、

光の歌だ。

.

77crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/06(月) 11:20:59 ID:X6py3QEQ0

 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:D-6】

入江
 【持ち物:毒薬、水・食料一日分】
 【状況:沈思】

78 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:03:00 ID:Y7hHc7GA0
 まずは何から記すべきか。
 最初はこの文章を書いているものが何者かであることから始めねばなるまい。
 私の名前は関根である。みんなからはしおりんと呼ばれて親しまれて……いや、影は薄い。
 ガールズデッドモンスター、略してガルデモというバンドに私は所属している。
 ベースである。ゆえに目立たない。
 バンドの花形はギターである。それは認めよう。まあ別にそれは良かったのだ。楽しかったし。
 ところが、だ。岩沢さんという我がガルデモのギタリストでありボーカリストである音楽キチさんが突如として失踪してしまったのだ。
 正確には消えたというのが正しいのであるが。死んだ世界戦線の司令官ことゆりさんが言うには、成仏してしまったらしい。
 岩沢さんは満足してしまったのだ。俄かには、私は信じられなかった。
 音楽キチだったのに。どれだけバンドやってても満足しなかったっぽい岩沢さんが、ふっといなくなったのが。
 ガルデモに私が入ったのは「かわいいから」というわけのわからん理由である。ひさ子先輩に連れ込まれた。
 やったこともないベースを握らされ、散々練習させられた。そんな感じだった。
 でもなんか楽しかった。それまで私の友達といえば、本くらいのものだったから。
 昔は暗い女の子だったと思う。教室の片隅でぼんやりと文庫本読んでるような、誰の記憶にも留まらない人間。
 様々な物語を空想する程度の力はあったけど、文章力はてんでなかった。だから本はただ読むだけだったし、憧れるだけだった。
 ヘンな人達と一緒におもしろおかしく日常を過ごし、笑う、そんな生活に。
 もっとも、それが手に入ったのが死後というのも笑えない話ではあるのだが。

 まあいい。そんな私語りはそろそろここまでにしよう。
 ここからは私の不満を聞いてもらいたい。
 いやね、満足はしてるんですよ。楽しいんですよ。ガルデモ最高ー! とか言いつつ真冬の海にソウルダイブするくらいには。
 でもね、でもね……

 新 ギ タ ー 役 と キ ャ ラ が 被 っ て る っ て ど う い う こ と な の ! ?

 ガルデモの構成員を説明しよう。
 まずはドラムのみゆきちこと入江。大人しくてかあいい私の相棒である。
 次にリードギターのひさ子先輩。麻雀が得意だ。こないだ麻雀教えてもらって早速対局したけどハコにされました。ひどい。
 んで私。死んでからというもの、ガルデモでキャラを立てるためにですね、「大人しくて清楚」なみゆきち、「サバサバしてて頼りがいのある姉御」なひさ子先輩、
 そして「お茶目で悪戯好き」という私という見事なキャラ分けがなされていたわけなんですよ!
 あ、岩沢さんは満場一致で「音楽キチ」でした。
 ガルデモはバランスの取れたメンバーだったんです……そう、あのユイにゃんが来るまでは!
 ユイにゃんは新しく加わったガルデモのギターちゃんである。岩沢さんに憧れてギター始めたらしい。
 熱意はあったし、めきめき上手くなってったんですよ。それだけならよかった。が!
 が! が! が! ここからが大問題なんですよ! 聞いてくださるかしら奥さん!

 ……取り乱してしまった。続けよう。
 ユイにゃんのキャラクターが大問題だった。そう、それは私と同じどころかさらに上をいく高スペックだった。
 小悪魔系の可愛い容姿にマシンガントーク。男であろうとも積極的にケンカを吹っかけ卍固めで返されるというオチのレベルの高さ。
 トラブルを引き起こしてはアホ呼ばわりされるくせにアホ言い返すアホっぷり。
 要は「お茶目」で「トラブルメーカー」がダダ被りしている上に向こうの方がレベル高いのである。

79 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:03:29 ID:Y7hHc7GA0
 最悪だった。私の立場が消えた。
 ガルデモのライブ映像を見直した。私が映ってなかった。泣いた。みゆきちが慰めてくれた。みゆきちはしっかり映っていた。また泣いた。
 憂さ晴らしにガルデモ日誌にあらぬことを書いた。ひさ子先輩は実はイカサマ麻雀師だとか、みゆきちは実は腹黒だったとか、ユイにゃんは結婚願望があるとか。
 殴られた。主にひさ子先輩に。痛かった。私は泣いた。罰ゲームとしてもっとガルデモ日誌を書かされることになった。
 そういうわけで、私のキャラはどんどん薄くなっていったのである。

「そうして復讐の念に駆られたしおりんはユイにゃんをここで殺すことを決意するのであった」
「ヘンなこと言わんといてください。いくら私でもそこまでしませんよ……」
「あはっ☆ ごめんね、傷ついた? いやでもそういうしおりん好きだなー」

 つんつんと膨れた頬を突かれる。
 このやけに明るい女の子は芳賀玲子さんというらしい。
 見た目はどこぞの応援団長を思わせるようなスタイルに鉢巻である。男装趣味かと疑ったが、ただのコスプレだったらしい。
 だがそれが逆に良かった。
 インドア派だった昔の私はアニメ漫画知識はそれなりにあった。
 ガルデモメンバーズはそういうのに疎かったからあんまり話すこともできなかったので、芳賀さんに釣られてちょいと話し込んでしまった。
 某魔砲少女アニメの主役の子はいつまで少女なのだろうとか、某浮気アニメの主人公はクズだったとか、某戦国陸上ゲームがついにアニメになったとか、
 そんなことを出会い頭に小一時間は話していたと思う。
 気がつけば私達は友達になっていた。変人バンドの次はオタクと、奇々怪々だったが、話は盛り上がった。

 ――ここが殺し合いの場だなんて、忘れるくらいに。
 私は既に死んでいる。だったらこれ以上死ぬなんて有り得ない話なのだが、芳賀さんの姿は生きている人間そのもので、私と同じとは思えなかった。
 私は、生きているのか、死んでいるのか。
 さっぱり分からなかったが、とにかくこれだけは、と思った。
 キャラの路線変更を! ユイにゃんに虐げられる時代は終わったのだ!
 私は悪戯系キャラは捨てるぞ、ジョジョーッ!
 ということでオタク系可愛い女の子路線に変更することにしました。一応突っ込み担当で。
 だって芳賀さん喋りまくるんだもん。ボケられない。元インドアの私にはつらい。

「でもさ、意外だな」
「何がです?」
「しおりんが暗かったなんて信じられない。今だって、すごく明るいし」
「そうですかね」

 曖昧に笑う。死んで以降、私も少しははっちゃけるようになったからだろうか。
 とはいうもののせっかく身につけていたはずの悪戯っ娘属性をユイにゃんにぶち壊されて自信喪失なのだが。おのれユイにゃん。

「別にキャラなんて作らなくってもさ、大丈夫だと思うよ! うん、この玲子ちゃんが保証するっ!」

80 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:03:59 ID:Y7hHc7GA0
 がしっと肩を掴んだまま、芳賀さんは笑った。にゃはは笑いだった。アホだと思った。
 出会って一時間しか経ってないのに。でも不思議と元気付けられた気がした。まあ、いいか。急激に路線変更しなくても。

 私は私、か……

 昔の私が嫌いだったのだろうか。だからキャラにこだわったりしていたのだろうか。
 よく分からない。考えてこなかったせいかもしれなかった。
 とにかく、今言えるのは、芳賀さんと一緒で良かったということだけだ。
 みゆきちやひさ子先輩、ユイにゃんは心配だけど、きっとこんな人に出会えていると信じたかった。

「そーだっ。しおりん中々素養あるし、カワイイし、今度こみパに一緒に……」
「誰かいるのかっ! 声は聞こえてるぞ!」

 鋭い男の人の声が聞こえた。
 私達は思わず草むらに身を隠していた。しまった。大声で喋り過ぎたか。
 つい楽しくて気を疎かにしていたけど、やばいやばいやばい! どうしよう!?

「……せめて姿だけでも見せてくれ。探してる人がいるんだ。それだけ確認したい。情報交換だ」

 冷たい汗が走る。
 少なくとも、私にこの声は覚えはない。言い返せばどこかに行ってくれるだろうか。
 いや場所を悟られてしまう。どうしよう。ここを穏便に済ませる方法は……

「ねえ、しおりん」

 芳賀さんが神妙な声で言う。まさか、早くもアイデアを思いついたとでもいうのか。
 明るいだけのコスプレンジャーじゃなかったのね! さっすが! 頼りになる!
 期待の視線を向けた私に応じるように、芳賀さんは頷いた。

「あの声、ギアスのルルに似てる」

 ぶぶーっ!

 盛大に吹き出した。
 アホだった!
 いや確かに似てるけど!

「そこか!?」

81 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:04:25 ID:Y7hHc7GA0
 バレた!
 誰の責任だ!
 私の責任だしーっ!
 本格的にヤバいと思った私は芳賀さんの手を引いて逃げようとする。
 だが既に声の主は回りこんでいた。
 しかし まわりこまれてしまった!
 おお せきね よ。しんて゛しまうとは なさけない!

「待って! 待ってくれっ! 本当に探してるだけなんだ! 友達と幼馴染みを!」
「妹じゃなくて?」

 デッドエンド――なんてことはなかった。
 おい芳賀さん。私の手を振り切ってまでやることがそれですかっ!
 力は芳賀さんの方が上だった。追いかけようとしていた男の人と話し始めている。
 っていうか妹て。車椅子で盲目の妹ですか。
 男の人は手には拳銃もナイフも持っていなかった。探しているらしい友達と幼馴染みを本当に探しているらしく、手には地図しかなかった。
 ……もしかして、芳賀さんは既に見抜いていたのではなかろうか。ひとり慌てる私を尻目に、冷静に行動していたのか。

「は? 妹? いないけど……」
「ちいっ! あ、じゃあやけに身体能力の高い友達のほうは!?」
「タマ姉……いやいや、聞きたいのはこっちの方なんだけど」

 前言撤回。芳賀さんはアホだ。
 とはいえ、取り越し苦労をしていたのは私だけだった。
 へたりこむ私に気付いた芳賀さんが寄ってきて手を差し出してくれる。
 苦笑しながら、私はその手を取るしかなかった。

     *     *     *

「やっぱり知らないか……ごめん、俺も必死だったから」

 私達は男の人――河野貴明さんの質問を受けていた。
 友達の名前と特徴を列記され、知らないか尋ねられていたのだが、死んでいる私は当然として芳賀さんも知らないようだった。
 まあ、開始早々にそんなに多くの人間を見かけられるわけもないんだけど。
 こちらを威嚇してきたことについては、私も芳賀さんも「いいよいいよ」で済ませた。
 正確には芳賀さんが一方的に言っていたのだが。私の出る幕はない。これでいいんだろうか。

「えーっと、河野クンだっけ」

 落胆する河野さんに、芳賀さんが言葉をかけた。

82 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:04:53 ID:Y7hHc7GA0
「良かったらさ、あたし達と来ない?」

 おいおいおい! いきなり勧誘っすか! いや私のときもそうだったけど!
 とはいえ、あーなんかこうなるんだろうなーとは思っていた。
 芳賀さん、アホだし。
 そんなアホに元気付けられ、心強いと思っている私もアホなのかもしれないが。

「正直ね、女のコ二人じゃーちょっと頼りないからさ。男のコがいてくれると助かるんだ」

 前言撤回。芳賀さんそういうことちゃんと考えてたんだ……
 そういや、コスプレと言動から全然分かんなかったんだけど、私より年上なのかなあ。
 だったらこの行動や言葉も分かる。どうなんだろう?

「俺は……」

 河野さんが口ごもる。妙に目を逸らしている。なんだろう、後ろめたいことでも……

「ははあ。さては女のコ苦手ね?」

 いやいや。そんなアニメみたいな設定あるわけないでしょははっ。

「えっ!? どうして……」

 ぶぶーっ!
 私、再度吹き出す。なんで当たってるの!

「やっぱりねー。あたしには分かる。うん」

 ドヤ顔の芳賀さん。悔しい。なんで分かるの。

「ルルも女のコ苦手だしねー」

 ぶぶーっ!
 三度目の正直だった。いつまでやってんですか芳賀さん!

「は? ルル……?」
「あーいやなんでもないんだよ河野クン。それよりさ、ちょっと言って欲しい台詞あるんだけど」

 おい。

83 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:05:13 ID:Y7hHc7GA0
「『撃っていいのは、撃たれていい覚悟のある奴だけだ!』って言って。ドス利かした感じで」
「は? は?」

 河野さんは展開の速さについていけてない。当たり前だ。なんでギアスの物真似させる。
 っていうか芳賀さん絶対これが目的だったでしょ! やっぱりアホだこの人!
 河野さんは戸惑うばかり。それもそうだろう。目を輝かせた芳賀さんががっしと肩をつかんでいるのだから。
 ああ、もうどうにでもなれ。

「さあ、早く! さあ!」

 芳賀さんは止まらない。
 河野さんは私に助けを求めたが、黙って首を振った。ごめん、私無理。
 しかもちょっと聞いてみたいなーとすら思っていた。オタクは救いようがない。

「わ、分かりましたよ。ドス……コホン……う、撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!」

 イィヤッホー! と芳賀さんがガッツポーズしていた。
 ごめん河野くん。私ときめいた。似てる。ルルに。ゼロもやって欲しい。

「完璧! 最高! もう絶対ルルのコス似合うよ河野クン! うん、間違いないっ!」
「あの芳賀さん、手を離して……関根さん、うんうん頷いてないで助けてよ……」

 はっ。
 私も芳賀ワールドに飲み込まれていたらしい。
 慌てて仲裁? に入ろうとしたが、逆に手を掴まれた。支配権は芳賀さんだった。

「よーしっ、チーム一喝のニューメンバー出陣だ!」

 ハイテンションとルルと私。
 ああ、どうなってしまうのだろう。
 少なくとも、多分、主導権はいつまでも芳賀さんにあるんだろうなあ、と私はぼんやりと思ったのだった。
 ちなみにこれはフィクションではない。
 現実です。紛れもない現実なんです……
 でもそんな現実と芳賀さんに、奇妙なことに、私は救われていたのだった。

84 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:05:35 ID:Y7hHc7GA0
 【時間:1日目午後1時30分ごろ】 
 【場所:D-3】 

 関根
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】 


 芳賀玲子
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】 


 河野貴明
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】

85 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/06(月) 23:06:24 ID:Y7hHc7GA0
投下終了です。
タイトルは『私が本編で出番の少なかった理由』です。

86信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:15:55 ID:U31Zi0eI0
太陽の光があまり届かぬ昼の森。大地は深緑に塗れており、ところどころ茶色の土が顔を出している。
この森の中を二人の参加者が疾走していた。

「はぁ……はぁ……」

前を走っているのは女の子。
黒の長髪に赤いリボンを付け、身に付けるは赤のロングドレス。
くっきりとした目に気の強そうな顔立ちが特徴だ。

「はぁ……っ!……くぅ……」

断続的に吐かれる息は辛そうで足は度々もつれそうである。
最初は整っていたであろう黒の長髪は乱れてボサボサだ。

「くそっ……どうしてこんなことになったのよ……!」

少女の名は綾之部可憐。由緒正しき家柄である綾之部家の長女だ。
その可憐が走っている。恥も外聞もなく必死に走っている。
髪の毛の乱れも流れ落ちる汗も気にせずに。

「あの獣耳女、いつまで追いかけてくる気……!? しつこい!」

可憐の後ろにいる女。紫の長い髪を後ろで縛った――いわゆるポニーテール。
顔は凛々しく、青の瞳には強い意志を感じさせる。
和風の服の上に黄色のロングコートを羽織り、手には木刀が握られていた。
しかし何よりも目立つのは獣耳。あの耳が女が常人でないという証だ。
名はトウカ。誇り高きエヴェンクルガ族の女剣士である。

「そもそもあの女いきなり斬りかかってきて……」

事の発端は数分前。最初の会場に繋がる扉を開けてすぐ、鞄に何が入ってるか確認しようとした時のことである。
たまたま何の気なしに振り向いてみるとトウカが木刀を自分に振り下ろそうとしたのだ。
木刀による一撃を奇跡的に躱すことができた可憐は全速力で逃走するが、トウカは息を切らさずに可憐の後を追ってきた。そして今に至る。

「何で、いきなり、ころ、されるとか。冗談じゃ、ないっっ!!!」

87信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:16:28 ID:U31Zi0eI0
二人の“鬼ごっこ”は続く。
だがこれは最初から出来レースのようなものだ。
元々の高い身体力に加えて日頃から鍛えているトウカとただの女学生である可憐。
どっちが先にバテるかは一目瞭然だ。

「――――もうだめ……」

ついに可憐は体力の限界が来たのか地面に転がり込むように倒れてしまう。

「これで気が済んだか? 大人しくしていろ」

次いでトウカが悠々と追いつき、倒れている可憐の前に立った。
その様は命を刈り取る死神のようだ。

「気が、す、むわけ、ないで、しょ。まだしね、ない」
「それでも某は貴方を殺らねばならない。恨んでくれてもいい、幾らでもその口で罵ってくれてもいい」
「ふざけないで、やだ、」
「せめて痛みを感じさせずに死なせてやる」

木刀が可憐の頭に降りてくる。回避は不可能。今の可憐に動く気力は一ミリもない。
ただ死を待つだけの哀れな生贄。

(死にたくない! 死にたくない!! 死にたくない!!! こんな形で死ぬなんて嫌だ!
 もっと生きていたい、誰か――)

世界が止まる。風が吹く。木の葉が揺れる。雲が動く。



「助けてえええええええぇぇえええええええぇぇぇえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」



――――その願い、確かに聞き届けたぞ。

88信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:17:04 ID:U31Zi0eI0
烈風一刃。
トウカは刃の触れる数瞬前に後ろに跳躍したことで回避できた。

「っ……この太刀筋は」

前に逆立った茶色の髪。上着にはぴっちりとした茶色のラバースーツのようなもの、
下はゆったりとした焦げ茶色のズボンと腰に巻かれた模様の入った白い布。
右手には刀を。左手には鞘を。

「何をやっている、トウカ」

トゥスクル侍大将オボロ此処に在り。

「何をとは、見てわからないか?」
「ああ、か弱き女性に暴力をふるおうとしていたな。何故だ? このようなこと兄者が見たら烈火の如く怒るぞ」
「これも聖上の為だ。障害は全て斬るのみ」
「巫山戯るなよ、トウカ!!! この女子のどこが障害だ。気でもおかしくなったのか!」

オボロは激昂する。おかしい、自分の知っている清廉潔白なトウカとは違う。
トウカのような真っ直ぐな性根ならこの殺し合いにも最後まで抗うとオボロは思っていたためだ。

「最初にあの天使が言ってたな、この催しは最後の一人になるまでの殺し合いだと」
「ああ、そうだ……トウカ、まさかあの野郎の言葉を信じるとでもいうのか」
「例えあの言葉が嘘であろうとも真実であろうとも聖上を最後の一人として生き残らせて忠義を果たすのみ。某の義に反する不意打ちだろうと裏切りだろうとやってみせる。ただ、それだけだ」
「この馬鹿野郎が……!」
「馬鹿野郎? それは某の言葉だ、オボロ。お前の方こそなぜ乗らない?」

オボロはあっけにとられたかのように止まる。そしてすぐに顔を怒りの形相に変えた。

「俺がこの殺し合いに乗るだって? 冗談も休み休み言え! ユズハや兄者、ドリィ、グラァがいるのに俺が乗るはずないだろう!」
「……妹を生き残らせる為に殺し合いに乗ろうとは考えなかったのか」
「考えたさ、だがなユズハはそんなことをして喜ぶわけがないと気づいたんだ。ユズハは人の屍を無理やり踏み越えて笑う下衆ではない!」

オボロは確かに考えた。この殺し合いに乗ってユズハを生き残らせるという選択肢も。

89信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:18:06 ID:U31Zi0eI0
だができなかった。そもそも自分が殺し合いに乗ったらユズハが悲しむだろう、そして涙を流してやめてくれと言の葉を紡ぐだろう、
そう思ったのだ。自惚れでもない、これは確信。大切な人のために人を殺しまわるなどただのエゴ。
その上、この島には妹の他にも大切な仲間がたくさんいる。
こんな自分を若様と慕ってくれる二人の兄弟。
心から使えたいと思った主君。

「それに、俺は仲間を殺したくなんてない。お前も例外じゃないぞ、トウカ」

共に戦場を駆け抜けた仲間達。平気で殺せるわけ無いだろう。

「この刃は弱者を護るための刃だ。俺は決めたんだ、この島でそう生きていこうって」

主君、ハクオロに仕えた日からそれまでの盗賊紛いの自分は変わった。
義のために生きる武士に生まれ変わったのだ。

「トウカ! お前はそれでいいのか? そのような狼藉をして兄者が喜ぶとでも思うのか! 俺らが兄者に誓った理想は今違うはずだ!!!!」
「知っているさ……だが某はそれでも聖上に生きていて欲しい! それに国をまとめる者がいなくなったらどうなる!? 滅ぶぞ、トゥスクルは」
「なら聖上共々みんなで協力してここから逃げ出せばいいじゃないか!」
「くどいぞ、オボロ。某を見てみろ、このようなか弱き女子を襲っていて平気な面を構えているじゃないか。この意志に後戻りの文字は存在しない」
「嘘だっっっ!!!! なら――――なぜ、お前は涙を流している」

トウカの頬を伝う一滴の涙。それがトウカが本意で殺し合いに乗ると決めていない現れ。

「黙れっ!!! もう、某は決めたんだ……話は終わりだ」

そう言ってトウカは木刀を腰だめに構えて臨戦態勢をとる。
涙はもうない。あるのは鋭い殺気のみ。

「結局は“これ”かっ!!」

対するオボロも左手の鞘は水平にし、右手の刀は前に押し出すように。
もう説得は不可能と悟ってしまった。なら力づくで止めるのみ。
ヒュウと風が吹く。静寂、音が消える。

90信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:18:34 ID:U31Zi0eI0
「トゥスクル侍大将、オボロ――」 「トゥスクルお傍付、トウカ――」



「「――推して参る!!!!!!!!!」」



◆ ◆ ◆



私は助かったのだろう……それにしても森の中を全力疾走したせいか気持ち悪い。
頭はガンガンするし、口の中はカラカラ。
そういえばどうなったんだろう、あの二人は。
少し起き上がって前を見る。

「ぁ……すごい……」

思わずそんな言葉が出てしまった。だって本当にすごいんだもの、しかたないわよね。
私は剣道とか習ってないからあんまり専門的なことを言えないのだけど。
二人の攻防には隙がない。まるで演舞を見ているみたい。
あの女が居合いの剣撃を振るい、男の人がそれを的確にいなす。
両手に持つ刀と鞘をくるくると回しながらの剣技は軽業師みたいだ。

「――!!!」
「――――」

二人が何か言い合っている。でも今の私の耳には届かない。疲れで朦朧とする頭には何も聞こえなかった。

「なさけな……私」

私は、無力だ。あの女から逃げ出すこともできなかった。それ以前に相手は遊んでいたようなもの、最初から勝負にすらなっていない。
そして助けられるがままになって。何もできなかった自分にすごく苛立つし悔しく思う。
も、もちろん男の人に助けてもらったことは嬉しかったし、颯爽と現れた姿は白馬の王子様にも見えてかっこよかった。
でもそれとこれとは話は別よ。

91信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:19:01 ID:U31Zi0eI0
綾之部家の長女たる綾之部可憐がこんな無様でいいのだろうか。否、断じて否!
殺し合いに乗るとか乗らないとかそんなの今は考えない、いやもう私の中では決まっているんだろう。
力のかぎり反抗しようって。

「動かないと……」

とりあえずゆっくりと身体を起こす。倒れたままじゃあ何も出来ない。

「何か、私に出来ることは……」

あの人の助けになれるような、借りを返せるようなこと。
そうだ、私は支給されたものを全く見ていない。それに天使の男は武器が入ってるとか言っていた。
武器を使えば援護できるかもしれない。
ガサゴソと鞄の中を漁る。武器、それも拳銃なら遠いところから攻撃できるからこの中に入っていて欲しい。
私の手にした物は――



◆ ◆ ◆



「はあっ!」
「……と、危ねぇなあ!」

戦況は膠着状態だった。トウカが斬り進み、オボロが受け流して後退する。それの繰り返し。

「斬る……」
「っ……」

そして初めに戻る。トウカは強く地面を蹴って、真っ直ぐに加速。左手に持った木刀は腰の位置に置き、射程範囲に入ったら抜き放つ。
トウカの戦闘スタイルは高速の居合いで敵を斬るものであり、オボロのような身のこなしを生かした手数の戦法ではない。
オボロはそれを刀を左斜めに寝かせて鎬地の部分に上手く当てて力いっぱい押し返し、斬撃をそらす。
無論、同じ部分で何度もそれをやってしまったら刀が折れてしまうので、当てる部分は色々と変えている。
鈍い音が響くのと同時にトウカの舌打ちとオボロの苦々しいため息が音に加わる。

92信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:19:28 ID:U31Zi0eI0

「そのような防戦一方で某に勝てるとでも? 侍大将の名が泣いているぞ」
「せいぜいいきがっていろよ、油断してると足元かっさらうぜ!」

舌での接戦も二人は欠かさない。刃を交えるたびに挑発、軽口を口から出す。

「チッ……埒があかない」

オボロは後ろに大きく跳躍。腰布がふわっと浮き上がる。
再びトウカが距離を詰めることで初めに戻るのかと思いきや今回は違った。

「ぬっ……」

攻めが逆になったのだ。オボロが後退し、刹那で体制を整えて前に大きく踏み出す。
滑るように、身体を低くして跳躍。空気を切り裂く音を纏いてトウカに迫る。
常人にはとても出せそうにないこの速度。
まさしく流星の如し、速さが売りなのは伊達ではない。

「来るか……! どんな攻めをするにしろ関係ない、この木刀で斬り捨てるのみ」

トウカは身体の重心を下げる。右足は前に大きく踏み出し、左足は少し後ろに置き、木刀は左腰に添える。
手は居合の構え。鞘がない故にいまいち締りがないがないものは仕方がない、右手は空を握るのみ。左手は柄を軽く握る程度。
強く握ったところですっぽ抜けるのが関の山だ。
静の構え。動きは毛程もなく、それは生きた彫刻を見てるかのようだ。
ただこの身は今迫り来る外敵を倒すことのみに捧げられている。

「一刀――――」

動く。静から動へ。左手が動く。足で地面を踏み込み疾風の如く走る。
相手には何もさせない。何かをする前に斬るのだから問題などない、一足一刀の間合いに入った。
今だ。さあ、とくと見よ、閃光の太刀筋を。

「両断」

瞬。半月の模様が横に広がる。茶色の月がオボロを飲み込もうと、

「――跳ぶ」

93信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:19:46 ID:U31Zi0eI0

しない。木刀は大気を切り裂いたのみ。オボロは何処へ? 答えは直ぐに出た。

「零距離、とったぞ」

背後からの鋭い剣気。振り返るまでもない、後ろにいる。
オボロは跳んだのだ。真っ直ぐの疾走の途中、力いっぱい地面を蹴り上げて、強引に身体を上に持ち上げる。
ちょうどトウカの頭をぎりぎり超えるぐらいの高さの跳躍。そして着地。

「終いだ」

前に向いていた身体のベクトルを勢いよく回転させる。溜めた姿勢から両手にある刀と鞘は上段から大きく袈裟に振り下ろす。
風を捩じ切りながらトウカに喰いつこうとする二つの脅威が放たれた。

「む――」

防御はする前にやられる。トウカの頭に浮かぶ敗北の二文字。
敗北だけは許せない。ここで負けたら自分は――惨めに朽ちていく。
この身は此処に朽ちず、忠義を果たすまで。
防げないのなら全力で、このエヴェンクルガ族の身体能力を信じて。
潜り抜けるのみ。

「っああああぁぁああああぁああぁぁああぁあぁあああああ!!!」

左斜め横に滑るように跳ぶ。もはや勘で躱すようなものだ。
戦場でも数多の経験を元に、太刀筋を読んで。

「っ……!」
「……!?」

ギリギリのところで躱せた。振り向きざまに一閃。だが遅い。既にオボロは射程から離脱している。
二人の距離は離れ、また最初の位置に戻る。

「ふっ……」
「ははっ……」

94信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:20:09 ID:U31Zi0eI0
二人の口から笑い声がでる。やがて、それは。

「はははははははははははははははははっっっっ!!!!」
「くくくくくくくくくくくくくくくくくっっっっ!!!!」

盛大に大きな声となり、森に響き渡る。

「楽しいなぁ、オボロっ!! 血が沸騰しそうなほどに!」
「ああ、トウカ!! お前との本気の戦い、燃えるじゃねえかっ!」
「少し身体が重いのが気になるが、そんなことどうだっていい!」

勝手知ったる仲間との本気の戦い。武人として胸が踊らないはずがない。



「オボロ――――」「トウカ――――」



同時に二人が構える。



「――――最後は某が勝つ」「――――最後は俺が勝つ」



同時に地を蹴る。同時に得物を振り上げる。



「上等だ――負け犬」「上等だ――うっかり侍」 



戦いは終わらない。

95信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:20:44 ID:U31Zi0eI0

「某に一度負けた癖に口だけは大きいな!」
「はっ、過去のことをグチグチ言ってんじゃねえよ!」
「この聖上への“忠義”の刃に負けはない、潔く地に堕ちろ」
「お前がなっ! そんなのただの自己満足の刃に過ぎない! 何度でも言うが本当に兄者のことを考えているならば弱者を護るために力を使うはずだ!」
「それができないと言ったろう、生き残るのは一人だけっ! ならせめて聖上だけでも……!」
「だからなぜあの天使の言うことを信じる! 嘘を言ってるのかもしれないのだぞ!」
「信じるしかないだろう、こんな首輪まで付けられているんだ!」
「このっ!」

三つの刃が交差する。二人の動きが止まった。

「ふん、ここまでだ」
「なんだと……まだ勝負の決着はついてないぞ」
「長引きそうなんで一度引かせてもらう、得物も痛んできたしな」
「逃げるのか?」
「何とでも言え、まだ某は死ねないんだ。それに後ろの女子もどうやら某を狙っているらしい」

ふとオボロが後ろを見ると、可憐が立ち上がっていた。手にはクロスボウを持ち、照準はトウカに向けている。

「早く、立ち去りなさいよ……!」
「言われずとも去るさ……今度はその生命、貰い受けるぞ。オボロ、互いに生きてたら決着をつけよう」
「俺がお前を逃がすとでも?」
「その後ろの女子がいるのにか?」
「ちっ……」
「ではな。できる事なら再び決着を」

そう言ってトウカは去っていった。数秒過ぎた後、ドサっと何かが倒れる音がした。

「お、おいどうした!」
「だい、じょうぶよ。ちょっとフラっとしただけだから」

可憐が地面に倒れたのだ。元々の疲労とトウカの殺気に当てられてのものだと見られる。

「そんなに顔色が悪いのに大丈夫な訳無いだろう!」

オボロが刀を急いで腰に差して、可憐に近づく。

96信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:21:10 ID:U31Zi0eI0
「ちょっ、何すんのよ!」
「いいからじっとしてろ」

そして、腰をおろして、可憐の膝をゆっくりと曲げて、そこに手を突っ込んで持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこだ。

「な、なななななななにを、」
「何って。どっか休めそうな所までお前を運ぶ。気にすんな、俺がお前を護るから。安心して体を委ねていろ。よし、行くぞ」

可憐の顔がリンゴのように真っ赤に染まるが、前だけを向いているオボロは気づかない。
そうしてつい先ほどまで戦場だった場所には誰もいなくなった。


【時間:1日目午後1時30分ごろ】
 【場所:E-5】

 オボロ
 【持ち物:打刀、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(中)】


 綾之部可憐
 【持ち物:クロスボウ、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(極大)】


 トウカ
 【持ち物:木刀、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(中)】

97 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/07(火) 03:22:29 ID:U31Zi0eI0
おっと、投下終了です。

98 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:44:28 ID:dEm4FnzY0
「うう、なんかこわい……」

 棗鈴は廃墟の街をひたひたと歩いていた。しきりにきょろきょろしつつ周囲を窺う。
 普段の鈴ならこんな顔にはならない。事態が異常過ぎた。
 寮長が、殺された。
 鈴自身はさほど接点があったわけではない。しかしよく世話にはなっていたので顔は覚えている。
 軽くウェーブのかかった長髪がはためき、喉から血を迸らせる寮長――

「……うぅ」

 思い出すのも嫌だった。気持ち悪いという感触。
 絵の具のような鮮やかな赤ではなく、腐りかけの林檎のような黒ずんだ赤が。
 失礼だという認識はあったものの、イメージを拭い去りきることができなかった。
 やめよう。鈴はぶんぶんと頭を振った。嫌なことは考えないようにするのが一番だ。
 ちりんちりん、とポニーテールと一緒に鈴が揺れた。
 髪留めに使っている紐につけている鈴だった。兄が小さなころプレゼントしてくれたものだった。
 バカだけど、頭も要領もよく、ピンチのときは決まって兄が助けに来てくれた。
 バカというのが気に入らなかったので冷たい態度を取ってきてしまったが、根底にある兄への尊敬は変わらなかった。
 兄もそんな自分の機微を察してくれているらしく、少し肩を竦めるくらいだった。
 それがまた気障ったらしくて、気に入らなかったのだけれど。

「きょーすけぇ……」

 気に入らなかったけど、無性に恋しかった。
 廃墟の街は昭和時代の街並みといった風情で、瓦葺きの家が立ち並び、切れた電線が木製の電柱から垂れ下がっている。
 少し歩けば商店街も見えてきたが、ところどころさび付いた街灯に割れてしまったネオンの看板、
 ガタガタと不気味に揺れるシャッターが並ぶばかりで、入れそうなところは少なかった。
 恐る恐る、鈴はアーケードを歩いてゆく。どこにも電気がついてない商店街は寂しいというより怖さが先立ち、
 幽霊でも出てくるのではないかという予感すら覚える。いやそれならまだいい。

 ころしあい。未だ実感を伴わないその言葉を反芻する。
 寮長を殺されたように、今も誰かが死んでいるのだろうか。
 悲鳴どころか人気すらない商店街を見ていると、これは悪い夢なのかと思いたくもなる。
 夢であってほしい。こんなのが現実なんてまっぴらだ。
 こまりちゃんが苛められるのも、はるかやクドが痛いと言っているのも、くるがやがみおが苦しんでるのも、みんな嫌だ。
 恭介なら。なんだってやってきて、どんな奇跡だって起こしてみせた無敵の兄貴なら。
 驚いたな! すげぇだろ今回のドッキリは! と言ってくれるはずなのに。
 ガシャン!

「ひっ!」

99 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:44:51 ID:dEm4FnzY0
 沈思しかけた思考は、ガラスが割れる音で引き戻された。
 誰かがやってきたのかと思い、わたわたしながら逃げ出そうとしたが、足音は聞こえなかった。
 戦々恐々としながら振り向くと、割れたガラスのビンがころころと転がっていた。
 何かの拍子に倒れ、割れてしまったのだろう。
 いつもなら「驚かせるな、ばーか」と言えるはずだったのに、そんな強がりを言う余裕すら今の鈴にはなかった。
 しかも一度マックスにまで達してしまった緊張の糸が解けた反動で、鈴の目からは涙が出てしまっていた。
 それを切欠にして、次々と弱音が飛び出してくる。
 もうやだ。こんなところから帰りたい。
 誰か迎えに来て欲しい。普段生意気にしてたからいけなかったのか。
 だったら少しは大人しくする。文句も抑えられるよう努力するし、兄もバカになんてしない。
 弱音が形を成し、嗚咽を作った。
 へたりこそしなかったが、ぐすぐすと鼻をすすりながら歩く鈴の姿は、さながら迷子になった子供だった。
 寂しいのに。反省してるのに。
 結局、誰も来てはくれなかった。
 怒る気力さえ持てなかった。元々鈴は孤独に強いほうではない。
 一人でいることが多いものの、それは単に人見知りの裏返しでしかなかったし、好きなわけではなかった。
 口下手なだけで、お喋りすることも好きだった。
 本当に人付き合いが下手なだけで、棗鈴は至って普通の女の子でしかなかった。

「……んぅ?」

 鼻をすすり、目頭をごしごしと擦っていると、商店街の一角に一軒だけシャッターの開いた店があった。
 寄ってみると、それは駄菓子屋だった。並ぶプラスチックの箱の中には無数のお菓子があり、
 軒先には今ではとても見られないような、裸のままのソースせんべいや裂きイカなどがあった。
 こまりちゃんが喜びそうだ、などと思いながら、鈴は色とりどりのお菓子を眺めていた。
 そういえば、小さなころは兄に連れられ、井ノ原真人や宮沢謙吾、直枝理樹と一緒によく来ていたものだった。
 手に各々百円玉を持ち、何を買うか悩んでいた。
 兄は大抵くじやおまけのついたお菓子を、真人はとにかく量のあるお菓子を、謙吾は主にせんべいなどの和風。理樹は比較的色々と買っていた。
 自分は。自分はどうだっただろうか。
 店先に並ぶお菓子を見回しながら、鈴は記憶の桶をかき回す。
 よく思い出せない。みんなでどこに行っていたのかは思い出せても、その中で自分がなにをしていたのかは、曖昧だった。
 兄に連れられて行動するばかりで、主体性がなかったのかもしれなかった。
 何がしたいというのは二の次で、とにかくみんなに置いていかれるのが嫌でついていっただけだった。

「あたし、何もやってこなかったんだ……」

100 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:45:13 ID:dEm4FnzY0
 ぽつりと漏らした。
 思い出の中でも、そして今でも、自分は何もできずにいる。
 兄が駆けつけてくれるのを待つばかりで、一人じゃ何一つできていない自分。
 文句を言いながら、不平を漏らしながら、不満だけを抱えていた自分。
 日常のぬるま湯の中で気付けなかったことに、鈴は今更ながらに気付いたのだった。
 悲しい、と思うより、悔しかった。
 こんな誰でも分かるような当たり前のことにさえ気付けなかった己に腹を立てていた。
 自分からゆりかごに留まっていたくせに、居心地が悪いと不平を重ねる、棗鈴はそういう女だった。
 何よりも恥ずかしかったのは……そんな自分を、友達に見られていたことだった。

「やだな、それ」

 恥を恥と認められたのは、初めてだったかもしれない。
 カッコ悪い。素直にそう思った。
 なにかやらなくちゃ。次に考えたことはそれだったが、思いつくことがなかった。
 兄を探しに行く。友達を探しに行く。そんなのは誰もが考えることで、自分を助けるための行為でしかなかった。
 そうじゃない。逃げるんじゃない。立ち向かわなくちゃ。
 何に? という疑問はあったが、はっきりとした言葉にすることが出来ずに、鈴はもやもやとした気持ちを抱えるだけだった。

「……とりあえず、これ持っていこ」

 駄菓子をデイパックに詰めようとして、鈴はひとつの事実に気付いた。

「しまった……あたしお金持ってない」

 ポケットを漁ってみるが、百円玉しか出てこなかった。手には余るほどの駄菓子。
 残念だが、諦めるしかなかった。こんなときでも盗みはよくないと思っていたからだった。

「すまん、ゆるせ」

 いくつか戻し、百円分のお菓子を持っていこうとしたところで、鈴はふと新しい気配が現れているのに気付いた。
 今度は気のせいなんかじゃない。はっきりとした、人の気配だった。
 店の立て看板の陰に、誰かが隠れている。本人は完璧に姿を隠したつもりなのかもしれなかったが、ぴょこぴょこと尻尾らしきものが左右に揺れている。
 ついでに、ふさふさの毛がついた耳らしきものも。
 かわいい。ついそんなことを思ってしまった鈴だったが、すぐに気を引き締め直す。
 隠れられているということは、警戒されているということだった。無闇に敵対心を持たれるといいことがない……というのは、
 鈴が猫を手懐けるときに覚えた教訓だった。
 もっとも、相手は人間……のようなものか? 微妙に自信がない。
 人間に動物の耳がついているという話は流石の鈴でも聞いたことがなかった。
 むむ、と僅かに唸った挙句、どうにでもなれ、という半ばヤケクソな気持ちで接することにした。行き当たりばったりだ。

「おい、そこのおまえ」

101 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:45:33 ID:dEm4FnzY0
 ビクッ、と耳が逆立った。やばい。怖がられている。言葉を選ぶべきだった。
 頭の中で言葉を組み立て直し、鈴はなるたけ丁寧に呼びかけてみることにした。

「そこのおまえ! 出てきてくださいませ!」

 ビシッ、と看板を指差す。言ってしまった直後、間違えたかもしれないと鈴は思っていた。
 お出になってくださいましまし……だったか?
 こんなことならもっと真面目に現代国語の授業を受けておくんだったと思いつつも、既に賽は投げられた。後は、どんな反応が返ってくるか。

「……」

 そろそろ、といった調子で看板から顔が現れた。まだ警戒しているのか、眉根を寄せ、じーっと鈴の方を窺っている。
 本当に猫みたいだ。そんな感想を抱く。年のころは鈴よりもずっと年下で、小学生くらいの幼い顔立ちだ。柔らかそうなほっぺたが少し羨ましい。
 自分には最近ぷにぷに感が欠けてきたから……などと、詮無いことを思いつつ、鈴は少し余裕を取り戻していることに気付いた。
 猫のようなものが相手だからだろうか。うん、大丈夫だと自分に言い聞かせて、鈴は手招きしてみる。

「おいで」

 少し笑う。これくらいの感情の方が、寄ってきてくれるものだと経験上で分かっていた。……猫の話だったが。
 とはいえ警戒心を抱かせたくないのは人でも猫でも同じだ。自分の気持ちが伝わるかが大事なことなのだ。
 栗色の瞳と、左右に分けたお下げが揺れる。どうも迷っているようだった。興味はあるようだが、決め手に欠ける、といったところか。
 鈴はもう一度「おいで」と言った。今度は幾分微笑みを深めて。

「甘いもの、あるぞ」
「……甘いもの?」
「そうだぞ、お菓子だ」

 先程買ったお菓子を手のひらで弄ぶ。選んだのはなるべく長持ちする飴玉だった。
 色鮮やかな包装を剥がし、薄い赤色の飴玉を取り出す。多分苺味だろう。
 綺麗な色に興味を惹かれたらしい相手が、飴玉に目を釘付けにしていた。

「美味しいぞ、お菓子」
「……おかし、欲しい」

 決め手になったようだった。とてとてと、小走りににじり寄ってきた。
 民族風……というのだろうか? 複雑な模様のついた着物に、革の足袋らしきものを履いている。
 何より目を引くのはまるで動物そのものの耳や尻尾だ。隠れていたときにも見えていたが、人間の胴体にくっついているのを見ると不思議な気分にさせられる。
 動き方からして本物の耳と尻尾に違いなかったが、どういう原理なのかさっぱり分からなかった。
 分かったのは、彼女は人の言葉を話し、理解もできるということだった。
 鈴も身長は低い方だったが、やってきた彼女はさらに低い。クドよりも低いんじゃないかとある意味クドに対して失礼な感想を抱きつつ、
 ほれ、と飴玉を渡してやる。いいの? と首を傾げたが、どうせ手慰みに買ったものだ。あげてしまうほうが寧ろすっきりするというものだ。

102 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:45:59 ID:dEm4FnzY0
「やる。ほら、食べろ。美味しいぞ」

 手に飴玉を握らせた。しばらく飴玉の感触を確かめた彼女は、最後に確認するようにくんくんと匂いを嗅ぎ、安全と判断したらしくぽいっと口に放り込む。
 飴だというのは食感ですぐに分かったようで、ころころと口の中で転がすのが見て取れた。

「美味いか?」
「おいしい」

 それほど表情は変わっていなかったが、甘いものが好きなようだ。僅かに目を細め、味を堪能している。
 その姿が、昔の自分と重なる。兄に連れられ、仲間と一緒に、駄菓子屋で買ったお菓子は何だったか。

 思い出した。いっぱいの飴玉だったんだ。

 色鮮やかな飴玉はビー玉やおはじきみたいで、無性に憧れていたのだった。
 その上美味しい。いいことずくめだと思いながら、口の中で転がしていた。
 ちゃんと覚えていたんじゃないか。手のひらにまだある、飴玉の群れを眺めながら、鈴は苦笑していた。

 忘れたわけじゃない。あたしは、ちゃんとここにいたんだ。

 やるべきことの姿が少しずつ見えてきていた。昔は、いや今までは、兄が自分を守っていてくれた。
 自分もそれに甘えてきていた。保護する兄と、される妹。
 でも、いつまでもそういうわけにはいかない。人はいつか旅立つ。卒業する。
 守るものを自分で決め、守っていかなければならなかった。
 己という存在を自覚し、己が己でいるために。

「な、おまえ」
「ん?」
「どこか、行きたいところあるか? あたしが連れてってやるぞ」
「ん……」

 少女が少し考える素振りを見せた。
 飴玉をくれた鈴を信じるかどうか、まだ少しだけ迷っていたようだった。
 けれども優しく微笑む鈴を大丈夫だと思ってくれたようで、少女は小さく口にしていた。

「……おとーさんのとこ」
「おとーさん? お父さんか」

103 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:46:18 ID:dEm4FnzY0
 口に出して、自分には縁遠いものだ、という感慨を抱く。
 祖父に育てられてきた鈴には、父母の思い出というものがない。
 でも、だからこそ、そういう存在を持っているこの少女とその親とを合わせてやりたかった。

「よし、任せろ! あたしが絶対連れてってやるからな!」

 胸を張って、鈴は宣言した。
 そう、今度は。
 あたしが守る番だ。

「……」

 少しの信頼が、そこにあった。

「りん。あたしの名前だ」
「りんおねーちゃん」
「よし。じゃ次だ。おまえの名前は?」
「アルルゥ」
「アルルゥ? よし、覚えたぞ、アルルゥだな」
「うん」

 守られる妹は。

 守る姉へと、変わった。

 小さな手を引いて、少女は、歩き出す。

104 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:46:37 ID:dEm4FnzY0
 【時間:1日目午後1時00分ごろ】 
 【場所:B-4 廃村】 

 棗鈴
 【持ち物:飴玉数個、不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】 


 アルルゥ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】 
 【状況:健康】 

105 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/07(火) 23:47:10 ID:dEm4FnzY0
投下終了です。
タイトルは『甘さの記憶』です

106 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:35:05 ID:izOjBRqA0
 
 ようやく――探し求めていた存在が姿を現した。
 灰色のジャングルが林立する市街地で仲村ゆりはうっすらと口元を歪め笑みを浮かべていた。

 無念の死を遂げた者達が集う世界で彼女は神の痕跡を探し続けていた。
 神への復讐、それこそを彼女は死後の世界での生きる意義として世界に抗い続けている。
 理不尽な人生を強いた神に一矢報いるため。
 彼女は妹を、弟を死に至らしめた運命という名の神への反逆者だった。

 彼女がいた場所はこの世に未練を残した者がたどり着く世界。
 そこで死者は真に天国へ昇る時を待つための場。
 天国でも地獄でもない場所――煉獄。
 彼女はその煉獄に留まり続け神の出現を待っていた。

 だが神は現れなかった。
 長きに渡り、神の尖兵である天使と思い幾度となく刃を交えた少女は天使でもなんでもなく、ただの人間でゆりと何ら変わる事の無い少女だった。
 煉獄に留まり続ける死者を昇天させる天使なんて最初からいなかった。

 この世界に神なんてモノは初めから存在しない――

 ある程度は予測はしていた最悪の事態。
 ならそれまでのSSSの活動は全くの無駄なことで、
 同じ煉獄に留まり続ける立花奏を神への反逆の名の下に一方的に傷つけていたこと他ならない。
 なんて茶番。
 居もしない神を相手に戦争ごっこを続けていただけ。
 他の団員に気取られぬよう、大義の喪失によるやるせなさを内に秘めていたゆりだった。

 だが神は現れた。
 神は神らしく人の運命を弄ぶ。
 神の描いた新たな筋書きは『最後の一人となるまで殺しあえ』

 くだらない――
 神はまったくもってくだらない遊戯に興じるものだ。
 ここは煉獄で存在するのはとうの昔に死んだ人間達のみ。
 例え殺しあったところで次の日には全員が生き返る。
 無限に殺し、殺されそして蘇る。
 さしずめ彼女達は戦乙女によって天界へ導かれた戦奴だろうか。
 神は哀れな人間を黄金宮に招き無限に殺し合うのを眺めながら美酒を呷る。
 なんとも悪趣味であろうか。
 否、人の運命を簡単に弄ぶ神には丁度良い遊びだ。そのほうが挑みがいがある。

107 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:36:54 ID:izOjBRqA0
 
 ゆりに与えられた武器は一振りの長剣。
 重量のあるそれはシンプルながらもしっかりとした作りになっていた。
 愛用のベレッタM92Fとナイフでないのが残念であるが、こればかりはどうしようもない。
 神が初めから個人の愛用の武器を渡すはずなんてないのだから。

 ゆりは手に持った長剣を空に掲げた。太陽の光を反射して刀身がきらりと煌いた。
 この剣を神の喉元に突き立てるまで何度でも戦ってやる。
 七度斃れようとも七度蘇り神へ抗い続ける。
 三流脚本家の神を舞台から引き摺り下ろしてやる。



「いいわ――この物語(せかい)が神様(アンタ)の作った奇跡〔システム〕のとおりに動いてるってんなら―――まずはその幻想をぶち殺す!!」



 ゆりは高らかに宣言する。
 理不尽な運命を課した神への反逆の狼煙。
 その言葉を近くで聞いていた者が一人いた。



「だけど――神、空に知ろしめす。全て世は事も無し。あんたの決意も神様にとっちゃあ取るに足らぬ出来事かもしれないぞぉ〜。そうは思わないかなそこのハ○ヒ似のお人。
 人がいくら足掻こうと定められた運命は変えようがない。なら、あるがままを受け入れよ。おおっ? あたしったらすごく哲学者チック?」



 ピンク色の妙な色合いのセーラー服を着た小柄な少女が物陰から姿を現した。
 彼女の手には双剣が握られている。殺気はないが得体のしれない雰囲気を持った少女の出現にゆりの剣を持つ手が強く握り締められる。

「あんた……誰よ」
「チミチミぃ〜、人に名を尋ねる時は自分から名乗りたまえっ!」
「……ゆり、仲村ゆりよ」
「あたしのことはまーりゃんと呼ぶのだ! えっと、ゆり……ゆり……ゆりっぺ!」

 異常なまでのハイテンションなまーりゃんこと朝霧麻亜子にゆりは警戒を強める。
 彼女は自分と同じ死者かそれともNPCなのか……いや、十中八九人間だろう。NPCにしては個性が強すぎる。

108 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:38:35 ID:izOjBRqA0
 
「いやあ〜、ゆりっぺは素晴らしいねぇ……その若さでそんな決意できるなんて立派だのー。、
 あたしは駄目だねえ、ささやかな日常を守ることしか考えられない小市民ってわけよ。神様の作った奇跡に踊らされる側かにゃー?」
「何が言いたいわけ?」

 剣を握り締める手にさらに力が入る。
 こいつはおそらく――

「だ・か・らぁ〜、あたしの大好きな人達のためにぃ、あんたのお命頂戴ってわけだよん!」

 言葉を言い終わるやいなや麻亜子は双剣を構えるとゆりに切り掛かった。
 だがゆりも麻亜子の襲撃を予測しており、装備した剣で彼女の初太刀を受け止める。
 金属同士がぶつかり合い、甲高い音を辺りに響かせ火花が舞い散る。

「ほほう……あたしの一撃を受け止めるとはなかなかの手練れの者――!」
「あんたこそいい筋してるじゃない――! SSSに入る気ないかしら?」

 さらにぶつかり合う剣戟。
 双剣であるがゆえに麻亜子は手数に優れるが、両手で剣を構えるゆりの一撃は重く受け止めるごとに手が痺れていくのを感じる。

「あんたはまだ死んだばかりで状況をうまく把握できてないと思うけど、殺し合いなんてするだけ無駄よ。死んだところで三日もすれば生き返るわ」
「はっはっは、何を言ってるか意味がわからんなぁ! あたしが死んだ? 冗談きついぜベイベー」
「みんなそう言うのよねぇ。まああんたもロクな死に方しなかったから自身の死を受け入れられないのも無理はないけど……ねっ」
「はぁっ? じゃあ、ここに来てるさーりゃんやたかりゃんも実はとっくに死んでるって言いたいの?」
「その二人が誰だか知らないけど、そうよ。あたしもあんたもとっくに死んだ人間……よッ!」
「ちィ……!」

 ゆりの上段からの斬撃を受け止める麻亜子。
 間髪入れずに下段、中段。流れるような三連撃をかろうじて受け止める。
 ゆりの動きはその見た目よりも遥かに機敏で洗練されたものだった。
 一方麻亜子もトリッキーな動きでゆりを翻弄し、有効な一撃を出させない。
 さらに一合、二合、三合、四合。お互い一歩も引かず打ち合う二人。

(まっずいなぁ……これ以上はあたしの不利か……しかしゆりっぺ真顔で自分達は死人だなんて頭大丈夫かね)

 だが小柄な体格の分、麻亜子に疲労の色が見え始める。
 そしてゆりの放つ言葉が麻亜子の反応を鈍らせる。
 そんな時、道の向こうから意外な人物が手を振りながら駆け寄ってきた。

109 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:39:51 ID:izOjBRqA0
 
「ゆりっぺーーーー!! 僕だよ僕ーっ!!」
「なっ……! 大山くん!? あのバカッこんな時にっ」

 初めてゆりの顔に動揺の色に染まる。
 現れた三人目はどうやらゆりの知り合いのようである。
 少し童顔な少年はゆりと麻亜子が何をしているのか気にも留めず近寄ってくる。

「チャ〜〜〜ンス! とぅ!」
「しまっ――」

 麻亜子が放つ双剣を使った二方向からの斬撃。しかしゆりはかろうじて回避する。
 だがこれは陽動、麻亜子の真の狙いは――

「フリーズ! ヘイユー! ホールドアップ!」
「えっえっえっ?」

 麻亜子は素早く大山と呼ばれた少年を羽交い絞めすると彼の喉元に剣をあてがう。

「ふははははは! ゆりっぺこいつの命が惜しければ武器を捨てるのだっ! そしてあたしの逃走を手を振って見逃すのだっ」
「ゆ、ゆ、ゆりっぺ? 一体どうなってるの。ていうか助けてぇ〜〜!」

 見事に人質に取られてしまった大山の情けない姿に頭を抱えるゆりだった。

「まーりゃんったら悪役ぅ〜! さあ5秒以内に返事を聞かせてもらおうか。5・4・3・2……」
「ゆりっぺぇ〜」
「1・ゼロ……タイムアーップ! さあ決断の時だゆりっぺ!」
「はぁ……しょうがないわねえ……大山くん」
「は、はい!」
「とりあえず死んで」
「え〜〜っ!? やっぱりぃ〜っ?」
「なん……だと……?」

 ゆりの予想外の返答に狼狽する麻亜子。
 あっさりと人質を見捨てるゆり。
 そして死ぬことを大して気に留めてないような大山の言動。

110 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:41:18 ID:izOjBRqA0
 
「どうせ生き返るんだからいいでしょ」
「で、でもいくら生き返ると言っても痛いことには変りは――」
「いいから、死んどけ。あたしの命令に逆らうっての?」
「うう……わかったよ」
「というわけで、まーりゃんとやら。こいつ好きにしていいわよ」
「できるだけ痛くしないで欲しいなあ……」

 何を言っているんだこいつらは――
 麻亜子の双剣を持つ手が震える。
 本当にここは死後の世界なのか?
 本当に自分はすでに死んだ人間なのか?
 まさか――そんなはずはと思いつつ一度頭に浮かんだ疑念は離れない。

「そ、そんなブラフであたしが騙されるとも。ほ、ほんとだぞー! あたしは本気だからなーっ!」
「だから、殺りなさいっての」
「くっそー、少年! 恨むならそこのゆりっぺを恨めぇぇぇぇぇッ! 南無三――ッ」

 大山の喉にあてがわれた剣を引く麻亜子。
 すうっと赤い筋が喉に真一文字に引かれた刹那、ぱっくりと喉が裂けて赤い血液が噴水の如く迸る。

「かっ……は……ゆり……ぺ」

 口をパクパクと金魚のように開けてどさりと崩れ落ちる大山。
 彼は二度三度大きく痙攣すると動かなくなった。

「さて……あんたはどうする? しばらく大山くんみたいに死んで頭でも冷やしてみる?」

 目の前で知り合いが真っ赤な血を噴き出して死んだいうにも関わらず平然とするゆり。
 麻亜子はぎりりと歯軋りをして持っていた双剣を手放して大の字に寝転がって言った。


「負け負け! あたしの負け! こんなマジキチを最初に狙おうとしたあたしの負け! もう煮るなり焼くなりしろーーー!!」
「ちょっとお……気違いとは失礼ねえ。彼、しばらくすれば生き返るから。それとあんた気に入ったわ! あたし達の仲間になりなさい!」
「はぁ?」
「あんたみたいな腕の立つ人間を捜し求めていたのよっ! あのふざけた神を倒すために!」

 駄目だ……この女、本物の気違いだ。
 麻亜子は頭を抱えて悩む。

111 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:42:47 ID:izOjBRqA0
 
「さーりゃん……たかりゃん……すまぬ……あたしはこの女の毒電波にやられてしまったようだ……SAN値が下がりまくりだぜ……もうどうにでもなーれ」
「よし決まりね! まーりゃん行くわよ!」
「うーい……で、彼どうすんの?」
「ああ、そのうち生き返るから放っておきなさい。大山くんの荷物も置いておきましょ。目が覚めて何もないというのはさすがに困るだろうし」
「はーい……」


 こうして仲村ゆり率いる死んだ世界戦線(SSS)はまーりゃんという新たな仲間を得て、神への反逆を企てるのであった。


「ところでゆりっぺの剣……焼肉みたいな臭いするのはあたしの気のせいかのう……」
「えっ? そうかしら?」
 


 【時間:1日目午後1時00分ごろ】
 【場所:F-2】

 仲村ゆり
 【持ち物:岸田さんの長剣、水・食料一日分】
 


 朝霧麻亜子
 【持ち物:オボロの刀、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 大山
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

112 ◆ApriVFJs6M:2010/09/09(木) 01:43:55 ID:izOjBRqA0
投下終了しました。
タイトルは『God's in his heaven,all's right with the world』です

113想いの契約 ◆auiI.USnCE:2010/09/09(木) 04:30:01 ID:3u91BxjY0
何故こんな事になっているのだろうと私――藤林椋は思う。
だけど、それは凄惨な殺し合いに巻き込まれて思ったわけではなくて。
今、目の前で行われている事が意味不明なだけだ。

「しかし、本当に美味しいですわね。この料理」

何故、何故、自分は見知らぬ人とおせちをつついているのだろう。
しかも、その人は少し人という容姿から、かけ離れていた。
獣みたいな耳と尻尾をしている……有体にいえば獣人と言えばいいのかな。
そんな人が私の目の前で、お酒を飲みながら料理に舌鼓を打っている。

「え……は、はい」

私は少しどもりながらも、同じくおせちに入っていた蒲鉾を口に入れた。
けど、正直頭の中が混乱していて味は全くと言っていいほど解らなかった。
目の前の女の獣人――カルラさんはそんな私をみてにっこりと笑った。
私はそれに少しどきっとしながらも、次のおかずに箸を付ける。


……私がカルラさんと出会ったのはほんの少し前のことだった。
殺し合いとか怖くて堪らなかった私は独りで怯えていた。
震える手で名簿を見た時、其処にはお姉ちゃんや勝平さん、岡崎くん達の名前が。
皆も巻き込まれてると知ったら、何故か安心した自分がいて。
そんな自分に直ぐ自己嫌悪してしまう自分もいた。

そして、自己嫌悪に陥りながらも、私が次に取り出したのは何故かおせちだった。
何段にも重なっていて、とても美味しそうな匂いがしていた。
おまけにお酒も付いている。
これが自分の支給品と気付くのに、大分時間がかかってしまった。
気付いた時に、大分落胆してしまったけれども。

その後、どうしようかと戸惑っている時に、カルラさんはやってきた。
いきなり、獣みたいな格好をした女の人が現れて戸惑って混乱しかけたが、カルラさんは私を宥めてくれたのだ。
そして、おせちを見て

――美味しそうですわね。それ

と、指をさしていい、なんやかんやで食べ始める事に。
全くを持って程の目まぐるしい展開に驚き、今も混乱している。

けど、いつの間にか不安や恐怖が無くなっていたのに気付いたのはおせちを大分食べていた頃だった。
きっと、カルラさんが気を使ってくれたのだと気付くのに、時間はかかる訳が無かった。

114想いの契約 ◆auiI.USnCE:2010/09/09(木) 04:30:32 ID:3u91BxjY0

「ねえ、貴方本当に知らなくて?」
「えっ、えっ何の事ですか?」

少し前の事を思い出していた私にカルラさんが話しかけてくる。
私は急に話しかけられたことに驚きながら、カルラさんのほうを向く。
カルラさんは先程と同じように優しい笑みを浮かべている。

「ほら、最初に聞いた……」
「ああ、とぅすくる……でしたっけ……すいません……やっぱりよく解らないです」
「そう……」

出会った時に聞かれた事、その事を私はよく解らなかった。
トゥスクルという国の事やカルラさんが語る世界の常識は、私にとってまるで御伽話の様なものしか思えなくて。
私は首を振って、理解できないと答えた。
カルラさんは少し、怪訝な表情を浮かべながらも、また表情を戻して

「ねえ、貴方。好きな殿方はいらっしゃる?」
「え……?」
「愛してる殿方ですわ」

唐突に言われた質問。
好きな人、愛している人。
思い浮かんだ人の顔は笑っていて。
私はその事を思うと少し恥ずかしくなってしまう。
顔が熱くなるのを感じながら、私はこくんと頷き

「……はい」

カルラさんに答えを返す。
きっと顔は真っ赤だろう。
カルラさんは上品そうに笑って

「そう……なら貴方は……」

けど、表情は何処か寂しそうに。
何処か哀しそうに

「その殿方の為に何かしようと思う気持ちは……持っていて?」

私に、そう尋ねた。
その質問に私は少し迷いながらも。
好きな人の事を思い浮かべて。
私なら、その人の為に

「ええ、ちょっとでも……あの人の役に立ちたいと……思います」

何か役に立てるなら。
きっと、私は何かするだろう。
そう思ったから。
私は顔を熱くしながらも笑顔で返事を返した。

「そう……そうですわね。それが当然ですもの……」

カルラさんは自問するように呟き。
目を閉じて。

115想いの契約 ◆auiI.USnCE:2010/09/09(木) 04:31:13 ID:3u91BxjY0


「だから…………」


強く、手を握り締めて。
目を開けて。
その目は意志の篭った目で。
でも、何処か哀しそうで。


「――わたくしは貴方を殺しますわ。主様の為に」


私に、その拳を向けた。
驚くと同時にカルラさんの殺気に体を動かす事が全く出来ない。
恐怖がいきなり、表れて。
私は怯えるように呟く。

「どうして……?」
「………………ウィツアルミネティアの契約ってご存知かしら?」

カルラさんはそれでも、淡々と喋る。
私はその問いに、首を横に振って答えた。
恐怖で言葉が出なかったから。

「わたくしは誓ったのですわ。わたくしは主様の奴隷。髪の毛一本から血の一滴に至るまで。魂さえも主様の物と契約した」
「……えっ」
「だから、その誓約通り、わたくしは主様の為に、殺しますわ。主様に生きてもらう為に」

そう告げたカルラさんに。
私は、

「……そんなの……哀しすぎるじゃないですか」

ただ、哀しいと思った。
とても、とても。
酷い誓いだと思った。

「大好きな想いを、そんな誓いで縛って……その為に殺すんですか?」
「……ええ」
「カルラさんの意志は……あるんですか?」
「……ええ」

頷くカルラさんは強い目をしていた。
でも、やっぱり何処か哀しそうに見える。

私はその誓いの為に殺さなければならないカルラさんが。
大好きな人の為に、殺さないといけないカルラさんが。

「やっぱり……哀しいですよ……カルラさんの本当の気持ちは……何処ですか?」
「……黙りなさい。貴方に何がわかると言うのかしら」

カルラさんは少し怒って。
そして、


「御免なさい。さよなら……大好きな人に会わせることが出来なくて……悪かったですわ」


私に拳を打ち込んだ。
何もかもが砕ける音がして。
でも、私は最後に微笑んでいたと思う。


「―――、だいすきです」



私は、最後は、大好きな人へ想いを伝えた。

カルラさんの悲しそうな顔と。
頭に浮かんだ大好きな人の笑顔。


それが、私が最後に見たモノだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

116想いの契約 ◆auiI.USnCE:2010/09/09(木) 04:31:36 ID:3u91BxjY0




カルラは椋を殺した後そのまま、何処かへ歩き出す
拳で心臓を一突きにして、椋を殺した。
一瞬で逝けたはずだ。

「……ふう」

すこし、決心が鈍ってしまった。
最初に彼女に出会ったとき殺すつもりだったのに。
おどおどしていた姿が、自分の仲間の女の子を思い出して。
つい助けてしまった。

そして、椋の言葉で改めて自分を奮い立たせ、彼女を殺した。
迷いはもう、無いはずだ。
だって、自分の想いは本物なのだから。
カルラにとってあの契約は本当に大事なものなのだから。

哀しいものなんて、有り得ない。
嬉しいものなのだから。

だから、殺した。
無実なか弱い少女を。

でも、その事に後悔は無い。

これが、カルラの生きる道なのだから。

手を血に染めて、そして、主を生かす。

それがカルラの生きる意味なのだから。


だから、これから、もっともっと殺す。


全ては愛する主の為に。



「けど……酒が無いとやってられないですわね」


そう呟いた彼女は、何処か憂鬱そうな顔を浮かべながら、

酒を一杯飲み干したのだった。


【時間:1日目午後1時00分ごろ】
 【場所:F-7】

 朝霧麻亜子
 【持ち物:不明支給品、酒、水・食料二日分】
 【状況:健康】


 藤林椋
 【持ち物:無し】
 【状況:死亡】


※F−7椋の死体付近におせちセットが放置されています

117想いの契約 ◆auiI.USnCE:2010/09/09(木) 04:32:13 ID:3u91BxjY0
投下終了しました。
少し時間をオーバーしてしまい申し訳ありませんでした

118想いの契約 ◆auiI.USnCE:2010/09/09(木) 04:34:19 ID:3u91BxjY0
と、早速ミスがorz
状態表の朝霧麻亜子→カルラに修正します。

119 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/09(木) 08:25:13 ID:pyDz75b20
「……よぉ」
「……奇遇ですね」

 砂浜で、二人は出会った。
 声をかけたのは偶然だった。
 井ノ原真人は、海岸沿いに高松が走っているのが見えたから、声をかけた。
 高松も同様だった。真人が走っていたから、声をかけた。
 二人は知り合いでも何でもなかったが、妙な親近感を感じていた。
 何故かというと。

「いい筋肉してるじゃねえか」
「ふっ、奇遇ですね。わたしもですよ」

 二人とも、上半身が裸だった。
 そしてこれでもかといわんばかりに盛り上がる上腕二等筋と割れた腹筋と、厚い胸板を見せ付けていたからだった。
 二人は既に友人だった、いや筋肉友人、略して筋友だった。
 何故二人とも脱いでいるのかは言及しないで頂きたい。
 一つ言えるのは、砂浜で走る筋肉男は凄まじく暑苦しいということである。
 だが、筋友とはただお互いの筋肉を褒めあうだけではない。
 その存在を確認しあってこその筋友なのだ。

「ふっ! ふっ! ふっ!」

 突如真人がポージングを取り始める。
 具体的にはこんな感じである。

120 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/09(木) 08:25:41 ID:pyDz75b20










                   _
                  / jjjj      _
                / タ       {!!! _ ヽ、
               ,/  ノ        ~ `、  \        _
               `、  `ヽ.  ∧_∧ , ‐'`  ノ      /  `j
     ∧_∧_      \  `ヽ( ´∀` )" .ノ/    /  /`ー'
    ( ´∀`)  ̄"⌒ヽ   `、ヽ.  ``Y"   r '      〈  `ヽ
   / ) ヽ' /    、 `、   i. 、   ¥   ノ       `、  ヽ∧_∧
  γ  --‐ '      λ. ;    `、.` -‐´;`ー イ         〉    ´∀)    ,-、、
  f   、   ヾ    /   ) →  i 彡 i ミ/    →    / ノ    ̄⌒ヽ   「  〉
  !  ノヽ、._, '`"/  _,. '"     }    {         ノ  ' L     `ヽ./  /
  | &nbsp; ̄`ー-`ヽ&nbsp;〈 &nbsp;<&nbsp;_ ヽ.   &nbsp;/     `\      / ,&nbsp;'   &nbsp;ノ\  ´  /
  &nbsp;!、__,,,  l ,\_,ソ ノ  &nbsp;/   /ヽ、  ヽ.    &nbsp;(    &nbsp;∠_   ヽ、_,&nbsp;'
       〈'_,/&nbsp;/   /  &nbsp;/  ノ   &nbsp;ヽ.  &nbsp;)     i &nbsp;、     &nbsp;ヽ
  &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;| |  イ-、__  \ &nbsp;`ヽ   &nbsp;{  &nbsp;f  _,, ┘ &nbsp;「`ー-ァ  &nbsp;j
        l.__|  &nbsp;}_  l   &nbsp;\ \  &nbsp;|  i &nbsp;f"     ノ   {  /
        _.| &nbsp;.〔 l &nbsp;l    ノ  _> &nbsp;j  キ |  i⌒" ̄   &nbsp;/ &nbsp;/_
       &nbsp;〔___!&nbsp;'--'&nbsp; &nbsp; &nbsp;<.,,_/~  〈  &nbsp;`、ヾ,,_」       i___,,」

 この間、約一分である。
 筋肉アピール、通称筋アピである。
 高松はふむ、と頷いた。
 これは挑戦状だった。
 迸る汗。グッと堅くなった筋肉。引き締まった足腰。全てが完璧な筋肉スタイルだった。
 高松は高揚感を感じていた。
 今まで己の筋肉を認めてくれる相手もいなければ、それを競い合う相手もいなかったからだった。

「ふん! ふん! ふぅん!」

121 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/09(木) 08:26:03 ID:pyDz75b20
 高松はこれでもかと己の筋肉を見せつけた。
 真人が目を見張る。
 世の中にはまだこんな筋肉があったのか、と。
 筋肉の分厚さに関しては真人の方が勝っていた。だから負けるはずがなかった。
 だがこの高松はどうだ。引き締まった筋肉がまるで美術品のような美しさではないか。
 顔は知的なメガネであるだけに、尚更それが引き立つ。
 いやそれだけではない。脂肪率数パーセントと予測される彼の肉体は、実に健康的で無理なく育っている。
 言わば筋肉のエリート。真人のように野生の逞しさはないものの、計算されつくした肉体だった。
 真人が究極の筋肉だとすれば、高松は至高の筋肉だった。
 そして彼らの織り成す筋アピ劇は、まさしく筋肉の粋を集めた筋肉小宇宙(コスモ)。
 彼らは既に感覚を共有しあう新筋肉人(ニュータイプ)だった。

「ふっ」
「ふっ」

 彼らは笑った。
 そして抱き合った。
 お互いの筋肉を称え合い、そして負けてはならないと闘志を燃やしていた。

「やるじゃねえか……」
「あなたもですよ……」

 ひとしきり筋肉を満喫した彼らは、いそいそと服を着始めた。
 彼らは断じて変態ではない。
 筋肉を愛し、筋肉を嗜み、筋肉に生きる筋肉紳士だった。

「行くか」
「ええ」

 自己紹介は必要なかった。
 いや、既に紹介を終えていた。
 お互いの個性を、二人ともに知り尽くしていた。
 波打つ海岸を背に、肩を並べて歩く彼らは、
 まさしく勇者の顔であった。


 数十分後、やっぱり不便に思って名前を紹介し合った彼らの個性を、別名バカという。

122 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/09(木) 08:27:24 ID:pyDz75b20
 【時間:1日目午後1時00分ごろ】&nbsp;
 【場所:H-4 砂浜】&nbsp;


 井ノ原真人
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;


 高松&nbsp;
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;

123 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/09(木) 08:29:02 ID:pyDz75b20
投下終了です。
タイトルは『本格的 ガチムチ筋肉ショウ』です

124みなぎれエルルゥさん ◆Sick/MS5Jw:2010/09/09(木) 13:30:01 ID:ifEsk0.c0
 
エルルゥは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の神のハラワタをフォークで除かなければならぬと決意した。
エルルゥには事情がわからぬ。エルルゥは、村の薬師である。草を摺り、花を摘んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

(ああハクオロさんと離ればなれに……この隙にカルラさんやウルトリィ様があんな淫らな手や
 こんないけないやり口で迫っていたらどうしましょう早く見つけなきゃああそうではなく)

それでもってわりと嫉妬深いようだった。

(いけないわエルルゥ今はそんな場合じゃないのハクオロさんを見つけるのはそういうことじゃなくて
 みんなで一緒にこの状況を何とかしなきゃいけないのよ、ああでもハクオロさんと一緒に何とかって、
 違うの違うのアルルゥのことも心配だしユズハちゃんだって身体が弱いのにどうしましょうどうしましょう、
 ああそういえばユズハちゃんも二人っきりになったらああ違うのこれは心配しているのよイライライライラ、
 わたしったらこんなに気の短い方だったかしら、いいえきっと疲れているんだわ色々あったし、
 きっとそうに違いないわアラこんなところに変な獣が、刺し甲斐のありそうなお尻、じゃなくて
 何だか尻尾も尖っているしきっと危ないケモノに違いないと長い森歩きの経験が告げているわ先手必勝えいっ)

えいっ、と突き出した右手には小さな銀色。
三叉の鋭いフォークは彼女への支給品である。

ぷす。
何だかすごくいい音と共に、フォークが目標の尻へと突き刺さる。
その尻から伸びた、黒く、長く、先端の尖った尾がびくりと跳ねた、次の瞬間。

「ぎゃあああああああああああっ!!」

125みなぎれエルルゥさん ◆Sick/MS5Jw:2010/09/09(木) 13:30:18 ID:ifEsk0.c0
絶叫と、広がる桃色。
血、ではない。
ぶわりと波打つ、長い髪だった。

「なななな何すんじゃいきなりー!!」
「……え、あら、」

山猿もかくやという勢いで飛び上がったのは、少女である。

「撃たれたいんか! そんなに撃たれたいんかオノレはー!?」
「……あの、その、」

片手には短機関銃、尻にはぶらぶらと揺れるフォークを刺した桃色の髪の少女。
向き合うのは獣の耳を持った、状況についていけずに目を白黒させている森の薬師。

ユイとエルルゥの、これが出会いであった。

126みなぎれエルルゥさん ◆Sick/MS5Jw:2010/09/09(木) 13:30:43 ID:ifEsk0.c0

 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:】

エルルゥ
 【持ち物:銀のフォーク、水・食料一日分】
 【状況:健康】

ユイ
 【持ち物:UZI、予備マガジン*5、水・食料一日分】
 【状況:尻にフォーク】

127みなぎれエルルゥさん ◆Sick/MS5Jw:2010/09/09(木) 13:34:36 ID:ifEsk0.c0
>>126訂正。
 【場所:G-5】

失礼しました。

128 ◆ApriVFJs6M:2010/09/10(金) 05:19:35 ID:6TBk0ky.0
 
「はぁ……はぁ……」

 僕の隣を歩いている女の子が苦しそうに息をしている。
 無理もないさっきからずっと深い森の中を歩き詰めなのだ。
 綺麗に舗装された道路と違って獣道すらない茂みを掻き分けるように歩いている。
 体力の低い女の子にとってそれは過酷な行軍だ。
 僕――直枝理樹は前を歩いている『彼』に声を掛けた。

「早間君、少し休憩しよう」
「馬鹿かお前! こんなところでじっとしてたら襲ってくれと言ってるモンだろうがっ!」
「だけど小牧さんがかなり苦しそうだよ……」
「じゃあお前達だけここに残れよ! 武器も持ってないお前達なんて俺がいなきゃすぐ死ぬぞっ。そうだ……俺がお前達を守ってやってんだ……ははは!」

 彼は周囲をキョロキョロと見渡して怒鳴りつける。相当精神的に追い込まれ苛立っているのが目に見える。
 彼は僕らの中で唯一『武器』を持っているのだ。
 彼の両手に握られた銃は拳銃なんかよりもはるかに威力のあるショットガンだった。

「大丈夫……あたしは平気だから」
「小牧さん……」
「ほら小牧も大丈夫って言ってんだろ。ただお前が休みたいだけなんだろ!」
「く……っ」
「んだよ……その目は……! だれのおかげで今生きていられるのかわかってんのかよォッ」

 早間は病的な目で僕を睨みつけ黒光りするショットガンの銃口を突きつける。

「俺だろ! 俺のおかげだろ! 俺がコイツを持ってるからみんな無事なんだろうが! そうだ……これさえあれば俺に怖いモンなんてねえ……!」

 くっくと笑いながら自らの持つ銃を優しく撫でる早間。
 こうも人間とは手に入れた力で、極限状況化で変ってしまうのだろうか。

 あの羽の男からルールを告げられたあと僕はほどなくして小牧さんと出会った。
 彼女は相当怯えていたがどうにか立ち直り行動を共にした。
 僕達に与えられたのは全く武器としては使えそうにないもの。
 僕は食べられるだけマシとも言える七色のパン。だれがこんな奇妙なパンを作ったのか理解に苦しむ。
 小牧さんはその辺でスーパーやコンビニで売ってる普通の缶詰。幸いにも缶切りも一緒に入っておりしばらくは食料に困ることはなさそうだった。

129 ◆ApriVFJs6M:2010/09/10(金) 05:20:42 ID:6TBk0ky.0
 
 やがて――僕達は彼……早間友則と出会った。
 彼は異常に周囲を警戒しており、僕らは最初襲撃者と間違えられそうになり危うくショットガンで撃たれかけた。
 その後、僕らが食料を持ってると知ると態度を変えて僕達と行動するようになった。
 デイバックに初めから入っている食料では一日分しかない。それ以降は自力で調達するしかない。
 だがこの島に食料を調達する当てがあるかは未知数なのだ。
 初めは誰もが殺し合いなんてできなくても、食料が尽きてくれば僅かなそれを巡って殺しあうようになる。
 そういう算段もいれての食料の少なさなのだろう。

 そして僕と小牧さんは身を守るための武器を何も持っていない。
 唯一、襲撃者に対抗できるのが彼の持っているショットガンだけだった。
 至近距離で放てば木製の扉程度なら簡単に木っ端微塵にしてしまうほどの威力。
 そんな物を人体に放ってしまえばどうなるか、想像もしたくない。
 人を容易く殺す絶対的な力を手に入れてしまったがゆえに、早間は僕達三人の中で王として君臨していた。
 ショットガンは彼にとっての王権の象徴だった。

 ドンッと腹に響く大きな音。
 見ると近くの木の幹が木屑を巻き上げてへし折れている。
 早間がショットガンを撃ったみたいだ。
 彼の銃には通常の散弾ではなく威力の高いスラッグ弾が込められていたようだ。
 彼はその力を誇示するかのように自信たっぷりな表情だった。

「ははっ……どうだこの威力! 人間なんぞ一発でミンチだ!」
「早間君……そんな闇雲に撃ったらだめだよ」
「っせーなぁ! さっきから何なんだよ直枝ッ!」

 彼は明らか僕を疎ましく思っている。
 彼を諌めようとする僕を。
 彼は危険だ。いつ理性のタガが外れてしまってもおかしくない。

「撃ったら余計に僕らの居場所を教えて――」
「だから! 俺に指図してんじゃねえぇぇよッ!」

 ガッと頭に強い衝撃が走り僕は地面に倒れ込む。
 早間はショットガンで僕の頭を殴りつけようだった。
 あまりの衝撃で思わず意識を手放しそうになる。

130 ◆ApriVFJs6M:2010/09/10(金) 05:22:41 ID:6TBk0ky.0
 
「あ……ぐっ……ぅ……」
「いやあっ直枝君! 早間君もうやめてっ!」
「俺に指図するから悪いんだよ。そうだろ小牧?」
「っ……」
「……なあ小牧」
「は、はい……」
「お前って意外とスタイルいいよな、へへっ」

 彼は下卑た視線で小牧さんを嘗め回す。
 そう……僕は彼の最後の理性の一欠けら。
 僕の存在が彼をまだこちら側に繋ぎとめている。
 もし僕が倒れるようなことがあれば小牧さんは彼に――
 僕は意識を手放しそうになるのを堪え、吐き気を我慢しながら立ち上がる。
 殴られた箇所を手で触るとぬるりとした感触が伝わってきた。

「ごめん、僕が悪かったよ」
「分かればいいんだよ分かれば」
「大丈夫直枝君……? なにか包帯のような物があればいいんだけど……!」
「大丈夫だよ小牧さん……こんなの唾つけておけば平気さ」
「チッ……二人ともえらく仲良さそうじゃねえか……」



 彼は不機嫌そうな声色で先を進む。
 僕は小牧さんの手を引いてやりたいが、そんなことをすればさらに彼の不評を買うだろう。
 せめて彼女だけでも彼の支配する監獄から解放してあげたい。
 僕の抱えている持病の発作が起こる前に――



 【時間:1日目午後2時00分ごろ】
 【場所:E-7】

 直枝理樹
 【持ち物:レインボーパン詰め合わせ、水・食料一日分】
 【状況:頭部打撲】


 小牧愛佳
 【持ち物:缶詰詰め合わせ、缶切り、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 早間友則
 【持ち物:レミントンM1100(4/5)、スラッグ弾×50、水・食料一日分】
 【状況:健康】

131 ◆ApriVFJs6M:2010/09/10(金) 05:24:00 ID:6TBk0ky.0
投下終了しました。
タイトルは『Prison』です。

132 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/10(金) 17:30:36 ID:LNKLM50Y0
 なぜ自分がここにいるのか、片桐恵は分からなかった。
 覚えているのは、バジリスク号で岸田洋一に犯され、気を失ったところまでだ。
 未だに股間の、自らの大切な箇所がじんじんと痛む。あの男に征服され、汚された場所が疼きを上げている。

 征服。その単語を思い浮かべた恵の頭が、もう一つの記憶を呼び起こす。
 犯されたのは二回。一度目は、船員の死体が横たわるブリッジで血まみれになりながら犯された。
 死の恐怖を間近に突きつけられ、漂う臓物の匂いに忌避感も抵抗心もなくなり、自ら望んで犯された。

 片桐恵は自尊心と、誇りを失った。

 命の危険を前に、みっともなく痴態を晒す恥知らずの人間になった。
 二度目はバジリスク号客室にて、寝ているところを犯された。正確には、そうするよう指示された。

 片桐恵は、征服者に従う奴隷となった。

 だが、それだけならまだ良かった。犯されるだけなら、辱められるだけなら、まだ被害者の顔をしていることができた。
 自分はかわいそうな人間なんだと言うことさえできた。
 もう一つの記憶。それは犯されたことではない。
 自らも殺人に加担し、人殺しとなってしまったことだった。
 犯された直後、岸田によって機関室へと連れて行かれ、レバーを握らされた。
 押せ、と命じられた。レバーの先の、クランクの中から、人の呻き声が聞こえた。
 このままクランクを回せば、中の人間は容赦なく押し潰されることは分かりきっていた。
 がん、がん、と叩く音が聞こえる。必死に中から出ようとしているのが、分かった。
 助けてあげたかった。あんな狭いところに押し込められて、苦しいだろう。
 けれども思うだけで、行動には移せなかった。岸田がすぐ近くにいて、丸太のような腕を肩にかけていたから。
 抵抗の意志を見せれば、万力のような力でねじ伏せられるだろう。
 岸田は囁いた。クランクならまだ空きがある、と。
 それは動かない自分に対しての最後通告だった。殺さなければ、殺す。
 一度犯されたときの恐怖が蘇っていた。なす術もなく岸田の剛直を押し付けられ、純潔を汚された瞬間を。
 躊躇なく踏みにじってみせたこの男なら。簡単に自分の命を奪ってしまうだろう。
 けらけらと哄笑を浴びせながら、玩具で遊ぶような気持ちで、クランクのレバーを押すのだ。
 想像は容易かった。殺さなければ、殺される。

 死にたくない。もはや道徳も倫理観も、守るべき価値のなくなったものだった。
 死にたくない。それだけの思いに突き動かされて。
 死にたくない。片桐恵は、レバーを押した。

 根源的な恐怖。命を失うという真実の恐怖を目の前にしては、それまで恵が培ってきたものなど何の役にも立ちはしなかった。

133 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/10(金) 17:31:04 ID:LNKLM50Y0
 助けて。
 神様。

 声は、クランクの中から聞こえた。
 祈るべき神の存在を無くしたのは、恵のほうだった。

 おめでとう!
 おめでとう!
 これでお前も同じだ! この俺と同じだ!

 喜色満面の笑みで自分を祝福してくれたのは、征服者だった。
 恵は実感した。
 最後の最後、この男は人間としての存在すら奪ったのだと。

「……そうよ、だから」

 恵は呟く。犯されたことも、自分がここにいることも、既にどうでもよかった。
 あの男はまだここにいる。岸田洋一という、征服者がここにいる。
 岸田は飽くなき征服を続けるだろう。自らの欲のために、快楽のために。
 じきこの島にいる人間は岸田の手にかかるだろう。そうなってしまったら最後、落ちるところまで落ち、人間としての価値すら失った人形が出来上がる。
 生きているのか死んでいるのかも分からない、ただ恐怖にのみによって突き動かされ、自分の命を守るためならどこまでも貶める存在になる。
 そうなる前に、岸田洋一は殺さなくてはならなかった。裁いてみせなければならなかった。
 全てを支配しようと目論む男を、絶対に殺し尽くさなければならなかった。
 自分自身も信じられなくなり、生きていることさえ罪悪と感じてしまう人間になる前に。
 自分も許せず、他人を呪い、こうなってしまったのは仕方がなかったんだと運命に言い訳をする人間を作ってしまう前に。
 岸田洋一が、恐怖で恐怖を支配する世界を作ってしまう前に。

134 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/10(金) 17:31:25 ID:LNKLM50Y0
 どうせ自分は、ここで死ぬ。
 岸田洋一は絶望の肴に、自分のあることないことを情報としてバラ撒くに違いない。
 片桐恵は殺人鬼だ。船員をクランクに押し込めて殺した殺人鬼だ。ほら、ここにビデオもある。あいつが殺したんだ。
 善人を装いながら、無害な他人の振りをしながら、無責任に悪意をバラ撒く。
 そうして岸田の悪意に当てられた人間もまた、無責任に自分を詰るのだろう。
 脅されたから? 仕方ない? そんなものが理由になるか。人殺しはいけないんだ。
 責任を問い、崖に追い詰め、そして突き落とすのだろう。
 だから諦めは持てた。岸田一人を殺しきってやろうという気概も湧いた。
 あれだけ死ぬことを怖れていたのに、今は別にどうでもいいとさえ思っている。
 逃げ道が、生きるための道が完全に閉ざされてしまったからなのだろう。人間として、女の子としてまともに生きる道を。
 岸田の恐怖に支配された人間も、そうでない人間も、もう恵の味方ではないのだから。
 ここは全て、恵の敵だった。

 だから利用する。
 人間を利用し、武器を利用し、状況を利用し、罠を張り、策を巡らせて、岸田を殺す。
 あらゆる犠牲を払ってでも、見殺しにしても、時には自分が手を下してでも。
 殺人鬼は、殺人鬼が殺すのだ。
 こんな自分は、狂っているのだろうか。
 自分も、周りも、全てを信じられず、結局は恐怖で支配することで苦しみから逃れようとしている自分は。
 恭介。親近感を抱いていた相手。自分を任せていたかもしれない人間の名前を最後に呟いて、片桐恵は復讐の一人旅を始めた。
 その手には、隠匿に便利なデリンジャーを握って。
 このちっぽけな銃が、人間の命を奪う凶器が、恵の唯一の希望の在り処だった。




 【時間:1日目午後12時30分ごろ】&nbsp;
 【場所:F-1】&nbsp;

 片桐恵&nbsp;
 【持ち物:デリンジャー、予備弾丸×10、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;

135 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/10(金) 17:32:03 ID:LNKLM50Y0
投下終了です。
タイトルは『夜の扉』です

136残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:10:54 ID:z0hsuFZA0




――――壊れたモノは、結局どんな処でも、壊れたままだ。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

137残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:11:32 ID:z0hsuFZA0




「ふむ……」

ざあざあと流れる波の音が延々と響いている。
灼熱の太陽に照らされている眼前の海は何処までも蒼かった。
強く吹き付ける潮風が肌に感じて、妙に心地よい。
水平線は何処までも続いているように感じて、何か癪だった。
水平線の彼方にあるモノは何だろうかと、ふと思う。
何となく手を伸ばして、そして無駄な事と直ぐに気付いて興味を失う。
暫く、深い蒼を見続け、やがて


「飽きた」

彼女はふわあと大きな欠伸を上げる。
大きく腕を伸ばして伸びをするが、バランスを崩しそうになってしまう。
すこし、慌てながら、改めて彼女は座りなおす。
自分が座っている場所、灯台の天辺のてすりの上の危うさにようやく気付くが、でも、それもどうでもよかった。
このまま、落ちるのもある意味面白いかとくくっと笑う。

扉を開けてみたら、其処がこの場所であった。
島を一望できそうな高さもある灯台の展望台が、彼女の始まりだった。
とはいえ、だからと言って彼女が特別に何かをすると言う訳でもない。
何となく、そのまま手すりに腰掛けて、広がる海を眺め始めただけ。

でも、それも、もう飽きた。
ただ、ひたすらに退屈だった。

「ふむ……やっぱり私は人形でしかないのだな」

そして、感慨も無しに彼女はぽつりと呟いた。
自身の欠陥を再確認して、自嘲するような笑みを作る。
所詮コワレモノだったなと思いながら、視線を雲が流れる空を見た。

先程見知った顔の首が飛んだ。
でも、それに何か動く事がなかった。
そんな自分はやはり人形でしかないと思う。
ああ、死んだんだなと当たり前の事しか考えなかった。
そして、自分の欠陥を改めて感じ、それで終わった。

彼女には感情を認識する事が無い。
無機質な人形のように、プログラムで動く機械のように、心が無かった。
嬉しいと思う感情も、怒りという感情も、哀しいと感じる事も、楽しいと思った事も、一度も無い。
感情の表現の仕方が、さっぱりわからなかった。
ああ、こんなものだろうなと思うのを演じるだけで。
実感と言うものはありはしない。

138残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:12:28 ID:z0hsuFZA0

そんな、自分はきっと壊れているのだろう。

彼女は、そう思い、だからと言って何か変える訳も無かった。

「……まあ、もうどうでもいいか」

そして、またつまらなそうに。
くだらないと思った思考を打ち切って、次を考える。

終わってしまった夢を。

「……しかし、此処に居るという実感があるというのはそういう事なんだろうな」

あの二人を成長させる夢は、唐突に終わった。
殺し合いという現実によって。
どうしてこうなったという仕組みや理屈は気になるが、まあそういうものなんだろうなと解釈する。

だから、今此処で動くのは彼女の意志だ。
自分自身はどうしたらいいのかと考えて

「………………どっちにしろつまらんな」

乗るか反るか。
彼女が出した結論は結局どっちもつまらないという事だけで。
退屈そうに、彼女は欠伸をする。

支給されたモノは恐らく大当たりだろう。
これがあれば色々有利になれることは間違いはない。
間違いは無いが、対して面白いものも出ない。
好奇心を満たしてくれるものだったらよかったのにと一人愚痴る。

「ここが面白い場所だったら良かったのに」

例えば、沢山の遊具が溢れる遊園地とか。
未知の技術に溢れた場所とか。
世界的にも貴重な建造物、例えば大聖堂とか。
そんな場所であったら、暇潰しにはなっただろう。

「もしくは面白い人間でもいいぞ。理樹君みたいな」

やったら熱い女の子でもいい。
純朴そうな少年でもいい。

若しくは自分と同じ欠陥を持ってるようなヒトとかでもいい。
そんな人間と行動したら実に面白そうだ。

「最も……そんな人間が居たら、色々大変な事になりそうだが」


また一人で彼女は笑い、馬鹿な事だなと思う。
そんな事が起きないから今、とてもつまらない事になっているというのに。
一頻り、自分ひとりで何が可笑しいか解らないのに笑って。
笑って、笑い続けて。

139残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:13:33 ID:z0hsuFZA0


「まぁ、いい加減、決めるか」


取り出したのは一枚のコイン。
表だったら乗る。
裏だったら乗らない。
とてもシンプルかつ簡単に自分の生きる道を運命に任せる。

どうでもよかった。

自分が進む、何もかもが。


だから、運命に身を委ね、コインをトスする。



コインはクルクルと舞い、太陽の光に反射して。

一瞬、空と海の蒼に解けて。

そして、彼女の手元に落ちてくる。


コインが示した、彼女の未来は――――


「――――なあんだ。結局それか。つまらんな」


退屈そうに、その結果を受け止め、つまらなそうに笑う。


そして、彼女は、何も変わらない海と空を眺めて。

手すりから、くるりと宙返りをしながら、飛び降りて、出口に向かう。


壊れた人形が、とても面白くなさそうに、ゆっくりと、歩き出した。

140残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:14:33 ID:z0hsuFZA0




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





その壊れたモノの名は、来ヶ谷唯湖といった。

141残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:15:11 ID:z0hsuFZA0



 【時間:1日目午後1時00分ごろ】
 【場所:H-8 灯台 展望台】

  来ヶ谷唯湖
 【持ち物:FN F2000(30/30)、予備弾×150、水・食料一日分】
 【状況:健康】

142残酷なアリアを歌え、壊れモノよ ◆auiI.USnCE:2010/09/11(土) 01:15:26 ID:z0hsuFZA0
投下終了しました。

143「あさはかなり……」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/11(土) 01:45:52 ID:SHxoPiXI0
 突然だが、十波由真の今日を振り返ってみたいと思う。

 朝、いやそれが本当に朝だったのかどうかは定かではないし、日の高さを見るにたぶん昼なのだろうが、とにかく朝。
 目覚めると、天使の羽を生やしたオッサンがいた。ああいや、オッサンと称すのは失礼かもしれない。
 しかしあの渋い声は若者に出せるものではない、という意味ではオッサンだ。顔は美青年なのだが、ボイスイメージはオッサンだ。
 もちろんそのオッサンとは由真の父親でもなければやたらガタイのいいおじいちゃんでもなく、幼い頃夢に描いた王子様とも違う。
 そもそも天使の羽ってどうなのよ。コスプレってやつ? なんか、イタイっていうか、コワイっていうか、へんじんっ。

 初見一発で、由真はそのオッサンに恐怖を抱いた。この恐怖の度合いは、最初は小さくかわいいものだったのだ。
 そう、たとえば学校から家に帰ってとりあえずテレビをつけ、ちょうど放送していた通り魔のニュースを見て「世の中ぶっそーだなー」と思うくらいの恐怖だった。
 それが一転して、「げっ! これうちの近所じゃん!」というくらいにまで跳ね上がったのは、オッサンの口から『殺し合い』という単語が出た瞬間。
 オッサンはその渋い声で淡々と遊戯の説明を語っていったりするものだから、あーこれはドッキリとかじゃないんだな、と本能で自覚できてしまった。
 だって、あの人ルール説明のときまったくつっかえなかった。読み上げソフトみたいにスラスラだった。記者会見に臨む政治家に見習わせたいくらい。
 それでもって実際になんか人がぱーんってなってどばーってなったときにはもうなんかああこれはマジなんだなと、そして由真は腹をくくった。

 十波由真。ちなみに、本名は長瀬由真。「十波」は祖母の苗字で、「あいつ」に名乗ったのはこちらだった。ほんの小話。

 将来の夢はかわいいお嫁さん。本当のところは模索中。ダニエルになりたかった。今はどうなんだろう? やりたいことが見つかりません。
 自分でも宙ぶらりんだとは思っているし、だからといってまだまだ恋愛も青春も謳歌したい年頃。花の女子高生様だ。
 こんな自分がこんなワケのわからない状況で死んでいいはずなんてない。これは自惚れとかではない、世界と運命への主張。

 ただ……いつもみたいに『流されるがまま』じゃダメだ。絶対にダメだ。痛い目を見る。

 それだけはわかった。それだけはわかったから、がんばってみよう。指針も方針も掴めず、由真はそれだけを徹底することにした。
 誰かがああしなさいって言ったからああするんじゃなく、自分がこうしようって思ったからこうする。うん。それだ。
 若いうちの苦労は買ってでもしろというが、そんなものは即刻返品だ。生き残ってやる。生き残ってやるぞ。

 以上、そんなことつらつら脳内で考えながら、十波由真は山奥、一軒の古びた山小屋へと足を踏み入れていった――


 ◇ ◇ ◇


「お近づきの印にどうぞ。ヒトデです」

 なにか役に立つものがあるんじゃないか、もしくは隠れ家にでもできるんじゃないだろうか。そう思って足を踏み入れたのだ、この山小屋には。
 しかし、山小屋の中には先客がいた。見た目自分よりも幼い感じの、女の子が。由真はドキリとした。「生き残ってやるぞ!」がいきなり「しぬ!」になった。
 本当に、それくらいびっくりした。でも今は落ち着いた。一言二言交わして、女の子は自分に危害を加えるような人間ではないと悟ったからだ。

「……なに、これ。星?」

 座布団みたいな気の利いたものは置いていなかったので、木張りの床に正座して向かい合う。山小屋の中は酷く狭い。小屋というより物置だ。
 由真は女の子から手渡された五角形のそれ――木を彫刻刀かなにかで削って星型にしたもの、としか形容できないものを、しげしげと眺める。

「なにを言ってるんですか。どこからどう見てもヒトデです。それもとってもかわいいヒトデです」
「でも、ほら……ヒトデって、海にいるやつでしょ? これ、木じゃん。全然ナマっぽくないし」
「人を見た目で判断するのはよくないと、偉い人は言いました。ヒトデを見た目で判断するのもよくないと、風子は思います」

144「あさはかなり……」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/11(土) 01:46:40 ID:SHxoPiXI0
 じゃああんたは見た目以外のどこでこれを「とってもかわいいヒトデ」と判断したんだ。
 そんな疑問を瞳に塗りたくって、視線として放つ。ジト目で睨んでいるとも言う。
 ちなみに、今日の由真は眼鏡をつけていない。が、コンタクトはきちんと装着している。あれがないと活動できない。

「えっと……風子ちゃん、だっけ? 小学何年生?」
「風子もう高校生です。小学生なんかじゃありません」
「うそっ!? え!? あなた高校生だったの!?」
「そうです。近所でも極めて高校生らしい高校生だと評判です」

 その風評はいかがなものだろう。なにはともあれこの女の子、名前は伊吹風子。見た目は小学生のように幼いが、歳は由真とそう変わらないらしい。
 確かに、言われてみれば彼女の着ている制服は小学校のものとは思えないデザインだし、脚を覆う黒のストッキングは大人ぶった女子高生の象徴とも言える。
 では、いったいどこに小学生疑惑を生み出す要因があったのか……由真が思うに、ポイントは三つ。
 長い髪を結うのに使われているバカみたいにでかいリボンと、サイズが合っていないのか余りまくっている袖口、それになんといっても容姿だ。

「とりあえず、高校生にもなってそのリボンはないと思う」
「初対面の人にいきなりファッションセンスを貶されました! 最悪です!」

 自分でも失礼な言動だったとは思うが、口からぽろっとこぼれてしまったのだから仕様がない。由真は謝らなかった。
 謝るどころか、さらに眼光を鋭くして相手を威圧する。流されてはいけない。心がけるようにして、由真は言った。

「っていうか、なんでヒトデ……? こんな状況なのに……もしかして、ふざけてるの?」
「さっき言いました。これはお近づきの印です。風子、あなたとは仲良くしておくべきだとビビッと感じました」

 電波でも受信しているのか、この子は。

「あなたも聞いてたでしょ? なんか……殺せってさ。遊んでる場合じゃ、ないじゃん」
「そ、そそそ、それはもしかして、遠回しな風子殺害予告でしょうか……? 早まらないでください。檻の中のごはんはとても冷たいと聞きます」
「あたしなんか捕まってる!?」
「でも安心してください。あなたがきちんと自分の罪を認め、刑務をまっとうするというのであれば、月一くらいで面会に行くのもやぶさかじゃありません」
「あれ? あなたが被害者なんだから、面会もなにもないんじゃないの?」
「やっぱり風子を殺すつもりですか!?」
「違うって言ってんでしょーが!」

 思わず怒鳴ってしまった由真だったが、すぐにハッと我に返る。
 流されてはダメだ。今は切羽詰った状況。殺せとか殺されろとか言われている状況なんだ。
 そっと首元をなでる。冷たい首輪の感触がした。これ一発で、すぐ現実に引き戻された。これは、バーチャルじゃなくリアルなんだと。
 状況も境遇も、同じ。十波由真と伊吹風子は、対等。そのはずなのに……なのに、目の前の彼女は変わっている。逆境をマイペースで突き進むタイプの変人だ。

「まったく、おかしなことを言わないでほしいものです。風子には全部まるっとお見通しなんですからね」
「……あんたにあたしのなにがわかるっていうのよ」
「わかります。あなたも、このヒトデの魅力にいざなわれた一人なのでしょう?」

 風子はビシッ!と両手に持った木彫りのヒトデを突き出してくる。木彫りのヒトデ。うん、木彫りのヒトデだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 だから由真は、正直に答えた。

「いや全然」
「最悪です!」

 目が「><」こんな感じになって、風子は大きくのけぞった。なんなんだろうこの子。とりあえずこの子の辞書に「緊張感」の三文字はない。
 そこでふと、由真は風子の発言にある引っ掛かりを覚えた。

145「あさはかなり……」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/11(土) 01:47:17 ID:SHxoPiXI0
「……うん? ちょっと待って。あなた『も』って、どういうこと?」
「あなたで二人目です。風子、ここに九人集まるまで待とうかと思ってます」

 後半の部分はスルーして、前半の部分に着目してみる。
 あなたで二人目。つまり由真が二人目。二人目ということはつまり、一人目もいるということ。
 そしてその一人目というのは、文脈を辿るに決して風子自身のことを指しているわけではないのだろう。となると。

「一人目って、どこ」
「そこにいるじゃありませんか」

 風子は、山小屋の隅を指さして言った。
 陽の光が当たらず、影になっているそこには、注意深く目を凝らしてみると確かに人影らしきものがある。
 人影――ではない。人だ。完璧なまでに人だ。どうして今まで気づかなかったのだろう。女の子だ。女の子が腕を組んで立っている。
 由真が見ていることに気づくと、その腕組みをする女の子は微かに唇を動かし言った。


「あさはかなり……」


 カーン! とどこからともなく効果音のようなものが聞こえてきたが、おそらく幻聴だろうと由真は深くは考えなかった。
 それよりも、今は目の前の彼女だ。風子ではなく、「あさはかなり」と呟いたほうの彼女。由真よりも先にここを訪れたらしい一人目。
 髪は長く、しかし風子のようにバカでかいリボンなどつけていない。容姿は大人びていて、風子のような子供っぽさは微塵も感じられない。
 身につけている衣服は学生服だが、装飾品がまた独特で、手には手甲、足には足甲、首からは長すぎるマフラー……いや襟巻が、足元まで伸びている。
 おかげで首輪が隠れてしまっていて、由真はちょっとだけ「いいな」と思ってしまった。だって、この首輪はあまり人の目に触れさせたいものではなかったから。
 
「……忍者?」

 ぽつりと、由真は口に出していた。少女に対する第一印象。忍者のような装飾品を身につけ、傲岸不遜に腕組みし、「あさはかなり」と口にする少女。
 これはもう、忍者だろう。女性の忍者だからくノ一か。あまりそういうのには詳しくないが、まあ、そういうコスプレなんだろうな、と由真は解釈した。
 よく見てみると、彼女の履くスカートにはスリットが入っていた。結構深い。ふとももがチラチラ。忍者っぽい装飾品だけでなく、着衣自体も改造制服のようだ。
 すごい。徹底してる。ほへー、と感嘆の声をこぼして、由真はそこでようやく自我を取り戻した。

「って、そうじゃなくてぇ! ねえ、アナタ。なんかおかしな格好してるけど、いったい何者よ!?」

 仮装少女と仮想少女。この緊迫した状況下に対して二種類の変人。どう考えても普通じゃない。
 この二人、ひょっとしたら結託して自分を謀るつもりじゃないだろうか。由真は警戒心たっぷりに身を強ばらせるが、


「あさはかなり……!」


 カーン! とまたしてもどこかから効果音のようなものが聞こえてきた。
 それにしても、「あさはかなり」。まるで由真の考えを否定するかのような言葉ではないだろうか。
 上手く説明することはできないが、なんというか、彼女の言葉には表現しがたい凄みがある。
 由真が知らず知らずのうちにたじろいでいると、風子のほうから紹介が入った。

「彼女は椎名さんというそうです。風子のヒトデを快く受け取ってくれました。とてもいい人です」

 椎名。それが上の名前か下の名前かはわからなかったが、案外普通だった。
 いや、名前などどうでもいい。問題は、この椎名という少女がどこまで本気なのか、だ。
 彼女には風子のようなある種のバカっぽさがない。だから安心できないし、警戒心も生まれる。要するに、怖いのだ。

146「あさはかなり……」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/11(土) 01:47:47 ID:SHxoPiXI0
「いい人かどうかは、あたしが決める……っ」

 警戒心には敵意が付随するものだ。語気強く放たれた由真の言葉に、椎名はヒュっ、と軽く腕を振った。
 椎名の胸のあたりからなにか小さなものが飛び出し、放物線を描いてトンっ、由真の目の前に落ちた。
 なんだろう、と覗いてみると……それは、星型の刃物だった。星型の刃物が、木の床に突き刺さっている。
 椎名の忍者みたいな格好。そしてこの特徴的な形の刃物。連想するものは一つしかなく、もはや言葉にするまでもない。
 風子にもそれはわかっているのか、「フッフッフ」と意味深な笑いを発し、そして自信満々に言う。

「ヒトデですね」
「手裏剣じゃん!」

 こんな見るからに鉄っぽいヒトデは初めて見た。いやヒトデではない。手裏剣だ。星型の手裏剣。五方手裏剣というやつだ。
 しかし風子にはそれが理解できないのかそれとも納得できないのかどっちかはわからないが、とにかく不満げな表情を浮かべている。
 床に刺さった五方手裏剣をひょいっと拾い、愛でるように手でなでる。しかもすげーいい笑顔で。

「変なことを言わないでください。こんなにかわいいヒトデなのに」
「か、かわいいって……あたし、あんたの美的センスが理解できない」
「それはかわいそうです。これはヒトデの中でもなかなかの……いたっ!? チクってしました! このヒトデ、風子の指を噛みました!」
「噛んだんじゃなくて刺さったんでしょーが!」
「あさはかなり……」

 人差し指を咥え、口を窄ませる風子。手裏剣は椎名に返された。なにがしたかったんだこの子は。
 由真が頭を抱えていると、風子はまたもや不敵に笑む。そうして取り出したのは、またもや木彫りのヒトデだ。

「鞄の中には、全部で九つのヒトデが入っていました。十波さん、これがどういう意味かわかりますか?」
「お子さまはそれで遊んでなさいってことじゃないの?」
「酷いぶじょくを受けました! 風子、子供じゃありません!」

 ぷんすかぷんすかと怒る風子を、由真ははいはいと宥めた。
 仕切りなおし。風子は大いにもったいぶった態度でヒトデを示し――語る。


「風子に齎された九つのヒトデ……これはつまり、九人の仲間を集めて野球チームを作れという神様のお告げです!」


 ……はあ。由真はそんな返ししかできなかった。興奮も一気に冷める。ツッコミ疲れたわけではない。

「なんで野球……? ひょっとして、野球好きなの?」
「いえ、特には。ただ風子知ってます。九人集まってやるスポーツといえば、野球です。サッカーは十一人必要です」
「そりゃそうでしょうね」
「考えてもみてください。各人がヒトデを持った九人の野球チームと、十一人のサッカーチーム。十波さんだったらどっちの仲間になりたいですか?」
「別にどっちの仲間にも入りたくないけど!」
「それは一番ダメな回答です! 選んだ時点で十波さんの運命は決まってしまったようなものです! とても残念な結果が訪れました!」

 スポーツが嫌いというわけではなかったが、だからといって好きというわけでもないし、そもそもチームに入る意味がわからない。
 いや、意味がわからないのは風子の言動そのものだ。彼女の言うことの八割が意味不明だ。野球チームという発想はどこから生まれたのか、まずそこからお聞きしたい。

「十波さんの言うとおり、風子たちは殺し合いをしろと言われました。でも、風子は毎日が冷たいごはんなんて嫌です」
「殺される心配より刑務所に入る心配かっ」
「ですので、もっと平和的な解決方法を考えてみようと思いまして。鞄の中に入っていたヒトデを見て、ピンときました」
「あ、なんかわかったような気がする」
「野球です……! チームを作って、野球で決着をつけるんです。これなら死傷者は出ません。爽やかに汗をかいてゲームセットです!」
「わかりたくなかった……」

147「あさはかなり……」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/11(土) 01:48:30 ID:SHxoPiXI0
 由真は頭を抱えた。とりあえず、悪い子ではないのだろう。いや、悪いといえば悪い。悪いというか緩い。主に上のほうが。
 まだ状況が掴みきれていない由真でさえ、彼女の思想は危ないと断言できる。「その気」な人間に出会えば、一発でアウトだ。
 生き残ってやる。数十分前の決意を思えばこんなことに手間をかけている場合ではないが、それでも危険は危険、放っておけない。
 せめて馬鹿げたことはやめるよう説得だけでもしておこうと、由真は風子の語るプランに常識という名の反論を持って立ち向かった。

 十波由真と伊吹風子。お互い、山小屋の中で正座。いたって真面目な正面問答。あーだこーだ。

 ……と、すっかり風子のペースに流され、自分らしい行動というものを忘れてしまっている由真だった。
 あんなに流されるがままでいるのはやめようと心がけたのに。タイミングを見計らうように、そこでカーン!と効果音が鳴った。


「あさはかなり……!」



【時間:1日目午後1時00分ごろ】
【場所:C-6 古びた山小屋】


十波由真
【持ち物:不明支給品、木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】


伊吹風子
【持ち物:木彫りのヒトデ(7個)、水・食料一日分】
【状況:健康】


椎名
【持ち物:五方手裏剣、木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】

148 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/11(土) 01:49:04 ID:SHxoPiXI0
投下終了しました。

149お姉ちゃんの3乗〜殺×殺×殺〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/11(土) 02:20:26 ID:/6aEj7Rg0
ビルが立ち並ぶオフィス街にビュウと風が一陣吹いた。めくれるピンク色のスカート。たなびく燃えるような赤の長髪。

「殺しあいねぇ……」

そのつぶやきは風の吹く音によってかき消される。
向坂環は簡単に言えば迷っていた。

(私はどう動くべきなのかしらね? 大事な幼なじみと弟を護るためにこの殺し合いに乗るべき?
 それとも抗うべき?)

自分の大切な人達を一人だけでも確実に生き残らせる為に進んで殺し回る闇の道。
全員一緒に協力して笑って元の日常に帰れるよう頑張る光の道。
環の行動方針は大切な人達を護るためだけにあり、後はどうでもいい、勝手に殺し合っていればいい。

(最も、どっちにしろみんなに害意を持つ存在は私が排除するけどね)

環は殺しを否定しない。大切な人達を護るためなら殺しを許容してもいいと思うほどだ。
別にこれは環が非道な人物というわけではない。ただ、大切なものへ掛ける比重が他の人に比べて重いだけ。
それに加えて自分は幼なじみの中では年長者だという自負もある。
私が頑張って皆に対する危険を取り除かないと。その意志が環をこのような考えに導いた。

「さてと、どうしましょう」

思考が最初に戻る。どちらを選択するか。どれほど考えようとも答えははっきりとしない。
ぐるぐる迷路をさまようような、小骨が喉に引っかかっているようなもどかしさが環を悩ませる。


「“これ”で決めましょうか」

環がポケットから出したのは何の変哲もない一枚の十円玉。
つまるところ、コイントスでどちらの方針にするか決めようと思ったのだ。

150お姉ちゃんの3乗〜殺×殺×殺〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/11(土) 02:20:50 ID:/6aEj7Rg0

「表が出たらこのゲームに乗る、裏が出たら抗う……」

人差し指にコインを乗せる。弾いて数瞬後、地面に落ち、キンと甲高い金属音が鳴り響いた。

「……私の選ぶ道は――」



◆ ◆ ◆



視点が変わる。環と同じオフィス街に一人の女性がいた。
女性は白のローブを身に纏い、清楚な空気を醸し出してはいるが、どことは言わないが出ているところはしっかりと出ており女性としての色気はある。
しかし何よりも目立つのは背中の天使のような白い羽。
女性――ウルトリィはこの人道から外れたゲームからの脱出を考えていた。

「ハクオロ皇……どうかご無事で」

頭の中で思い浮かべるのは、このような非常事態の時でも諦めずに人の為に最善の行動を行うであろう一人の男。
今も一人でも多くの者を救おうと動いているはずだ、と推測する。

「私も動かないと。少しでも助けになってあの人を支えないと」

だが悲しい、現実は――

「あっ……」

――尊き思いなど平気で踏み潰される。
腹部が紅く染まる。流れ落ちる生命の元である血。

「な……に……が」

151お姉ちゃんの3乗〜殺×殺×殺〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/11(土) 02:21:17 ID:/6aEj7Rg0

ウルトリィは何をされたかすらわからなかった。周りには誰もいない、腹に矢が刺さった痕もない。
認識が不可能な攻撃? だめだ、理解不能。

「あ、が、」

ドサっと大きな音を立てながら仰向けに身体が倒れていった。ああ、地面と擦れて痛い、と人事のように呟く。
だがその言の葉の続きはもう紡がれない。死んでしまったのだから。死人に口なし。
オンカミヤムカイの第1皇女、ウルトリィはあっさりと死に堕ちた。



◆ ◆ ◆



「少し狙いが外れたけど上々か、うん、使い心地はそんなに悪くない」

ウルトリィからそれなりの距離が離れたビルの屋上で。
手には狙撃銃を持ち、向坂環は冷たく呟いた。

「命って軽いわね、こんな普通の女子高校生でも殺せる」

ただ銃を構え、スコープで狙撃対象を覗いて。

「撃てばそれまで、か」

トリガーを引いただけ。この僅かな動作だけで人はあっさりと死んだ。

「人を殺した、私が人を……」

嗚呼、何ということか。これで立派な人殺しだ。
だけど不思議と後悔はない。大切な人達を護れることに満足感すら覚える。

「さてとあの女のところにでもいって何か漁りましょうか、役に立つものが入っているかもしれないしね。
 タカ坊、雄二、このみ……お姉ちゃんが護ってあげるからね……!」

コイントスの結果、向坂環の選んだ道は――先が見えない闇の道だった。



【時間:1日目午後1時30分ごろ】
【場所:G-1】


向坂環
【持ち物:USSR ドラグノフ (9/10)、予備弾倉×3、水・食料一日分】
【状況:健康】


ウルトリィ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:死亡】

152 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/11(土) 02:22:00 ID:/6aEj7Rg0
投下終了です。コイントスがかぶったのは偶然なのです。

153彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:27:10 ID:W.R/AMNc0
 
それは、この殺戮の島には不似合いな、朗らかで和やかな空間だった。
市街地の一角にある児童公園。
うららかな午後の日差しに包まれたベンチに腰掛ける影は二つ。
普段なら子連れの主婦が噂話に花を咲かせていそうなベンチで談笑するのは、どちらも少女であった。

「―――なら、あんたもお仲間捜しとるっちゅうわけやね」
「ああ。早いとこGldemoの連中集めて安心させてやんないとな。ま、この際『戦線』の男連中でも
 猫の手よりは役に立つだろうし」
「わかるわ。ウチらもこみパ仲間で守ったらなアカン子ら、おるしな。……子猿みたいなんも混じっとるけど」

うんうん、と頷く関西弁の少女は猪名川由宇。
子猿か、と相槌を打って笑った少女を、ひさ子という。
少年のような口調の似合う、さっぱりとした印象の少女であった。


「……にしてもなー。どないせえっちゅうねん、これ」

ひとしきり談笑を終えた頃。
由宇が苦笑混じりに懐から出したものを見て、ひさ子が眉を寄せる。

「……何かの、薬?」

幾重にも折り畳まれた、白い油紙。
中に何かを包んでいるようなそれは、確かに薬局での処方を連想させる。

「せや。何や聞いたことないけど、漢方みたいなん。スリテン……何やらいう解毒薬やって」

ひさ子の印象を肯定するように、由宇が頷いてみせる。

154彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:27:27 ID:W.R/AMNc0
「万能らしいで、説明書によったら」
「へえ、すごいじゃないか」

感心したようなひさ子に、由宇が薬包をひらひらと振る。
しかし次の瞬間には、けどなー、と大袈裟に溜息をついていた。

「そんなんなー、毒飲んだー死ぬーいうとき、悠長にこんなん開けてられるかいな。
 水ー水どこやー言うてるうちにくたばってまうわホンマ。何の役に立つねん」
「……そうかもしれないな」

身振り手振りを交えた由宇の言葉に、今度はひさ子が苦笑する番だった。

「もう少しわかりやすい、ドンパチやれるもんやったら助かっててんけどな。
 それに比べて……」

薬包を持ったままお手上げ、のポーズをしてみせた由宇が、視線を落とす。

「あんたのそれは何や、ゴッツいなあ……」

目線の先にあるのは、ひどく禍々しい印象を見る者に与える代物だった。
それは、木製のバットである。
否、かつてバットであったと称するべきだろうか。
それが元来持つ、打撃力を追求した機能的なフォルムを嘲弄するように突き立った、無数の金属片。
規則的という言葉に唾するような、幅も、向きも、長さも太さもバラバラの、それは釘である。
あるものは折れ曲がり、あるものは捻くれたそれらには、しかし金槌で打ち付けるための頭が存在しない。
或いは打ち付けた後に頭だけを削り落としたものであろうか、突き出したその先端はどれも鋭く尖っている。
ひどく適当で、えらく手軽であるように見せかけた、悪意の塊。
人の肉を穿ち抉り、癒えぬ傷を与えるためだけに存在する、凶器。
釘バットという、それがひさ子に与えられた、支給品である。

155彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:28:08 ID:W.R/AMNc0
「これな……」

自らの手に持った凶器を軽く握ると、ひさ子が重い溜息をつく。

「見た目より重いし、そのくせバッグに穴が空いちまうから仕舞うに仕舞えないし……。
 結構扱いに困ってんだよ、あたしも」
「頼むで、そいつでツッコミなんか入れんといてや」

苦笑したひさ子に、由宇が軽口を叩く。

「そんなんですぱーんといかれたら、いっくら有馬の銀狐と呼ばれるウチでもひとたまりもないからなあ」
「ははは……」
「いや、はははーやのうて」
「……へ?」
「……今の、ツッコむところやで。ガルデモの血塗られたピック伝説はん」
「……」
「……」

沈黙が降りる。
そのまま、一秒、二秒。
三秒が過ぎる頃、ひさ子がぽんと膝を叩いて、

「―――って誰が血塗られとるねん!」

ぶうん、と。
『それ』を、振るった。

156彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:28:29 ID:W.R/AMNc0
 
 
そこに、悪意はない。
無論、殺意もなかった。
ただ、彼女の日常には凶器が身近に過ぎ、
そしてまた、彼女の日常には、死に至らぬ致命傷が、多すぎた。

だから、それは。
彼女を、ひさ子を取り巻く日常が、再現された。
それはただ、それだけのことである。
 
 
.

157彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:29:20 ID:W.R/AMNc0
軽い音がした。
軽い衝撃だった。
放物線を描いた眼鏡が地面に落ちて、歪んだフレームからレンズの欠片が砕けて散らばった。

「どつくでホンマ……ってもうどついてるけどね! あはは」

こめかみから上の皮膚と肉と髪と頭蓋と脳とをざっくりと喪失し、ゆっくりと傾いだ猪名川由宇の骸が
ベンチから崩れ落ちてべしゃりと濡れたような音を立てても、ひさ子は笑っている。
笑って立ち上がり、血糊と脂肪のまとわりついたバットを勢い良く振るって飛沫を散らし、
そうしてベンチに座りなおして空を見上げている。

「……」

緩やかに流れる雲を眺めるのに飽きて、支給されたバッグの中身を漁り、ペットボトルのキャップを開けて
水を一口ふくみ、口の中をゆすいだ水を、何となくそのまま吐き出して、ひさ子が隣をぼんやりと見やる。
倒れた由宇は、動かない。
ぴくりとも、動かない。

158彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:29:39 ID:W.R/AMNc0
「おかしいな……」

時間は、過ぎていく。
過ぎていく時間は、傷を癒していく。
否。『なかったことにしてくれる』。
そうである、はずだった。
そうであらねばならぬ、はずだった。
それが、ひさ子を取り巻く日常であった、はずだった。

「お、おかしい、な……」

きっと。たぶん。でも。そんな。まさか。
そんな、断片的な単語が、浮かぶともなしに浮かんでは、消えていく。

159彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:29:55 ID:W.R/AMNc0
ひさ子という人間は、つまるところ、何も理解していなかった。
世界は既に彼女を取り巻いていたものではなくなっているということを。
殺し合いをしろという、言葉の意味を。
彼女にとっての不幸は、その言葉の意味するところが、彼女の日常に、
形だけは似通っていたという、そのことだった。

「あれ、ちょっと、だって」

そうしてそれは、同時に猪名川由宇という少女の不幸でもあった。
じわりと、いつの間にか地面に拡がっていた赤いものが、ひさ子のスニーカーを濡らしていた。
由宇から流れ出た粘つく血の色が、じわり、じわりと、染みるように、ひさ子を蝕んでいるようだった。


.

160彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:30:25 ID:W.R/AMNc0
 
 
そしてまた、一人。
伝染する不幸に、罹患するように。
少女が、がたがたと震えながら蹲っている。

公園の、すぐ外である。
茂みの裏の金網にしがみつくようにへたり込んだ少女は、目に涙をいっぱいに溜めながら、
両手で口を押さえて必死に悲鳴をこらえていた。

(あ、あ、あ、あの人……し、し、死んで……)

少女は、目撃していた。

(こ、殺した……今まで、楽しそうに話をしてた人を……)

猪名川由宇の死に至る、一部始終を。

(おかしいよ……ぜ、絶対、頭、おかしいよ……!)

何一つとして真相を理解することなく。

(あ、あの人の仲間……『死んだ世界戦線』って……! あんなのが、いっぱい、いるの……?)

表層だけをなぞるように。

(助けて……助けて、しーちゃん……!)

合わぬ歯の根の奥で親友の名を呼んだ少女を、栗原透子という。

161彼女たちの日常 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:30:52 ID:W.R/AMNc0
 
 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:G-2】

ひさ子
 【持ち物:血塗れの釘バット、水・食料一日分】
 【状況:健康?】

猪名川由宇
 【持ち物:スリテンユシリ(解毒薬)、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

栗原透子
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:恐慌】

162 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 02:31:47 ID:W.R/AMNc0
投下終了です。

163それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:40:28 ID:W.R/AMNc0
 
「―――それじゃあ、駄目だよ」

ごぉん、ごぉん、と。
重く、低い音の中で、少女は骸を見下ろしている。

ひどく悲しい顔をして、ひどく清々しげな口調で、手には血に濡れた凶器を下げて。
少女は骸に、笑っている。



◆◆◆

164それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:40:58 ID:W.R/AMNc0
 
 
ごぉん、ごぉん、と。
重く低い音が、どこかから響いていた。

空調の音だろうか。
それとも他に、何かの機械が動いているのだろうか。
誰もいない工場の中で、律儀にネジやボルトや板金を生産し続けるベルトコンベアを、私は想像する。
ごぉん、ごぉん、と。
それは点検する人もなく、受け皿が山盛りになって溢れても、ただひたすらにネジをばらまき続けるのだ。
まるで、それだけが自分の生まれてきた意味だと、無言で主張するように。
機械油に塗れて、それはただ自らを律しながら、そこに在る。
在って、止め処なくネジを吐き出しながら、ごぉん、ごぉん、と音を立てているのだ。
それはどこか、とても気高いもののように思えた。

「……でね、お兄ぃってばさ、サイアクなんだよ!」

夢想を破るような、甲高い声が私を現実に引戻していた。
もっとも現実の光景も、空想とあまり変わらない。
高い天井と、無闇に広い面積。
明かり取りの小さな窓から漏れる光だけが照らす、薄暗く埃っぽい空間。
港に面した倉庫街の内のひとつ、コンテナのうず高く並べられた倉庫の中に、私たちはいた。

165それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:41:24 ID:W.R/AMNc0
「ね、聞いてる?」
「うん。サイアクなんでしょう?」

目の前でふてくされたような顔をしているのは、木田恵美梨。
当てもなく港をふらついていた私をこの倉庫に引っ張り込んだ女の子だった。
先程から何が楽しいのか、同じようにこの殺し合いに巻き込まれたという兄のことを悪し様に語り続けている。
いや、そうではない。楽しいわけもない。
彼女はただ不安を紛らわそうとしているだけなのだろう。
小刻みに動く膝や、視線や、指先が、内心の緊張を顕著に示していた。
私の頷きに勢いを得たのか、恵美梨の言葉は堰を切ったように続く。

「そうなんだよ! 変態だし。スケベだし。ちはやちゃんのお兄ちゃんとは大違い」
「うちのお兄ちゃんもエッチですよ」

ちはや。
呼ばれたのは、私の名前だ。
香月ちはや。
香月恭介の妹であるという証。
大切で、いとおしい、私の枷。

「だけどね、アタシのお兄ぃはそういうんじゃないの! ホントにバカでヘンタイなの!」
「ふぅん」

適当に相槌を打ちながら、私はずっと考えていた。
あの船でのこと、この殺し合いのこと。
ひどく現実的という言葉から遠い二つのこと。

166それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:41:56 ID:W.R/AMNc0
ごぉん、ごぉん、と音がする。
繰り返し打ち寄せる波のような、パイプから響くエンジン音のような、重く低い音。
薄暗い空間に響く音は、まだバシリスク号に乗っているような、そんな錯覚を引き起こす。
悪夢が続いていることに、違いはなかった。

今にして思えば、志乃さんがあんなことになったのは、前兆だったのかもしれない。
お前たちにはこんな殺し合いが待っているぞ、と。
すぐに始まるぞ、心構えをしておけよ、と。
親切な誰かの、とびきり悪質なお節介。

「いっつもウジウジして頼りにならないし。
 こんなときこそ役に立ってもらわなきゃならないのにさ」

あるいは、スタートのピストルが鳴る前の、アナウンス。
オン・ユア・マーク。位置について。

「アタシがこうやって隠れてるんだから、さっさと捜しにこいっつーの!
 グズグズしてんだから、いつもいつも!」

立ち上がって、ほんの二歩。
からんと乾いた、軽い音。
うん、これなら私でも、大丈夫。

「でも……でもさ。もしも……もしもだけど、ホントに今すぐ助けに来てくれたら。
 ちょっと、カッコいいとか……思っちゃうかもね」

ゲット・レディ。

「あ、ちょっとだけだよ! ほんのちょっと! 所詮お兄ぃだし! キホンカッコ悪いし!」

用意、

「え……?」

どん。

167それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:42:17 ID:W.R/AMNc0
ごり、という音がした。
木田恵美梨の右の足首が、私の振り下ろした鉄パイプの下で、砕けて潰れる音だった。
手首が痺れるような、衝撃。

ぽかんとした顔が、目の前にあった。
何が起こったのか、分かっていないようだった。
教えてあげなければ、ずっとそのまま固まっていそうな、顔。
あなたの足首、折れましたよ。とっても、痛いですよ。
だけど、そんな心配はなかった。

ぶわりと、恵美梨の額とこめかみとに、汗が浮かんだ。
そうして、まるでそれが合図だったみたいに、顔色が、変わった。
一瞬遅れて、表情が。それから、搾り出すみたいな、声が出た。

「ぁ……ぇ、ぁ、」

感覚のバケツリレー。
その終わりにようやく痛みを認識して、
悲鳴が、上がった。

168それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:42:47 ID:W.R/AMNc0
ねえ、と。
私は祈るように、懇願するように恵美梨を見つめる。

戦って。
意思を見せて。
あなたの大好きなお兄さんのために。
お兄さんを大好きなあなたのために。

戦って。
爪と牙とを、私に見せて。

そうしたら。
逃げないなら。
戦うなら。
一緒にいてあげる。

今のことを謝って、大切な人を一緒に捜そうって。
どっちかの大切な人が見つかって、どうしたって殺し合わなきゃいけないそれまでは、
助け合って、生き抜こうって。
そういう風に、言えるから。

立ち上がってみせてよ。
ほら。

169それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:43:15 ID:W.R/AMNc0
「ぁ……ゃあ……」

だけど。

「ぃや……いやああ……」

やっぱり。

「……たす、たすけて……」

そうやって、泣いて逃げるだけなんだね。
ずるずると、潰れた足を引きずって。
四つん這いのまま、私の方を見ることすらなく。

「たす、け……おニぃ……、セン、パ……」

―――ああ。
ああ、なるほど、と口に出して呟いて、私は手の中の凶器を握り直す。

この子は、駄目だ。
ただ路傍に佇んで、哀れを誘って誰かの恵みを乞うだけの、誰かの足をひっぱるだけの、代物だ。
怯えて。逃げて。醜く。愚かに。
だから。

「ぁ……」

何の躊躇いもなく、私は凶器を振り下ろす。
軽い衝撃と、ほんの少しの血と、崩れる身体と、小さな声。
これじゃ、死なない。
全然、死なない。
だから、何度も何度も、振り下ろす。
手が痺れて、息が上がって、ひと休みして、もう一度。

それを、三回も続ける頃には。
恵美梨はもう、動かなくなっていた。

170それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:43:31 ID:W.R/AMNc0
「……それじゃあ、駄目だよ」

ごぉん、ごぉん、という音の他には何も聞こえなくなった薄暗がりの中で、
すっかり拡がった血溜まりに足を踏み入れて、私は恵美梨に語りかける。
それは、答え合わせみたいなものだった。
間違えた命の、答え合わせ。

「最後に縋るものが、いくつもあるなんて」

気づくのが遅いんだ。
こんな、日常の外側にいて。

「それじゃ、戦えないよ」

戦えない。
たったひとつを、選ばなきゃ。

到底、戦えない。
私たちの敵は、世界の、全部なんだから。

171それは獅子の名を持たず、虎の貌を持たず ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:43:55 ID:W.R/AMNc0
 
 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:G-7 港湾倉庫】

香月ちはや
 【持ち物:鉄パイプ、水・食料一日分】
 【状況:健康】

木田恵美梨
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

172 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/11(土) 18:45:12 ID:W.R/AMNc0
投下終了です。

173 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:22:42 ID:U47JNwpM0
「くそ、悪夢のクルージングから今度は絶海の孤島か……」

 香月恭介は毒づきながら、学校にある理科室に篭って作業をしていた。
 目的は勿論身を守るための武器の作成であり、恐らく自分達と一緒にここに連れてこられているであろう、
 殺人鬼に対抗するための手立てを増やすためでもあった。

 ブリッジの船員を殺し尽くした人間。岸田洋一がもっとも疑わしい、と恭介は睨んでいた。
 断言できないのは証拠が不十分であり、かつ自身の記憶が曖昧であるためだった。
 いつ連れてこられたのか? 周囲には船影もなかったのに、どのようにして連れ去ってきたのか?
 潜んでいた誰かの仕業なのか? 殺人鬼とは共謀していたのか? だとしたらどうやって全員を眠らせた? 疑問は尽きなかったが、ひとつの事実がある。
 ここに連れてきたのは、人に殺人をさせて楽しむようなクズ野郎だということだ。
 とにかく友達を……バジリスク号に乗船していた人間達を救出する必要があった。

 折原明乃。片桐恵。早間友則。綾之部姉妹。自身の妹であるちはや。
 以上が合流すべき人間のリストだ。
 折原志乃を除いたのは、既に志乃ならば同じ行動を取っているであろうと想像できたし、心配する必要はないだろうと思ったからだった。
 岸田洋一を省いたのは……疑いをかけているからだった。
 確実に、奴がブリッジの船員を殺したと決まったわけではない。全ては恭介自身の憶測に過ぎない。
 ただ、まるで図っていたかのようにバジリスク号に救助された岸田と、
 大学の研究員をしているにしては乗っていた船の設備が研究用とは思えなかったこと、
 そして何より、長髪に隠された瞳の奥の、獰猛な肉食獣のような色が忘れられないせいもあった。
 綾之部珠美も本能的に忌避をしていた。馬鹿で珍発明ばかりしている珠美だが、そのセンスと勘は確かだ。
 彼女が嫌な予感を覚えていたことも事実だった。

 そうして恭介はまず、学校へと足を運んだ。闇雲に島を走り回っても見つけられるはずがない。
 地図に縮尺はなく、一マスあたりの広ささえ分からないのだ。この島は大きいのか、小さいのか。
 まずはそこを調べないことには話にならない。
 季候は温暖で、日本に良く似ていたが、それだけで日本近海とは限らない。
 この島がどこにあるのかということも調べておきたかった。
 そこでまず、手近にあり、かつ様々な情報がありそうな学校に潜入することにしたのだ。
 廃校ではないらしく、つい先日までそこに人がいたかのような風景だった。
 人が一人としていないことを除いては。
 誰もいないだけでこうも物寂しい風景になるのかと感想を抱きながら、恭介は学校の受付に入った。
 そこで地図を漁ったり、電話帳を調べようとしてみたのだが、どちらも見つからず仕舞い。
 入校管理の書類であるとか、島内にある施設への連絡先は見つかったものの、島の外となると一切の情報がなくなっていたのだ。
 あの翼の男の仕業だろうか、と恭介は思った。電話は当然使えないか試してみたのだが、当然の如くつながらない。
 部屋の電気はついていることから、電波を送れないようにしているか、或いは回線を切られていると見て間違いない。
 当然だった。外に関する情報を持たれれば、俄然脱出の可能性は高くなるからだ。
 地図も同様なのだろう。結局のところ、情報は手持ちの地図に頼るしかない。
 そこで今度は武器の作成に奔走することにしたのだ。
 備えあれば憂いなし。この島に、バジリスク号にいた殺人鬼がいることは間違いない。
 それに対抗するためには、武器はいくらあっても足りないのだ。
 奪われてしまえばそれまで。それに殺人鬼は船員を多数殺害してのける実力者だ。
 人に凶器を向けられるのかという不安はあったが、不安に押されるがまま、手ぶらでいるほど恭介は愚かではなかった。

174 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:23:06 ID:U47JNwpM0
(……それに、手持ちがこれじゃあな)

 恭介の支給品はハリセンだった。パーティグッズで見られるような代物。しかも鼻眼鏡つきだった。
 捨ててしまおうかとも思ったが、やめた。単に勿体無いからだと思ったからだった。
 貧乏性なのかなと自嘲もしたが、紙製のハリセンはいざとなったら燃やせるだろうし、ものは使いようだ。
 そう無理矢理納得させ、恭介は理科室――今現在恭介がいる場所――へとやってきたのだった。

(これをこうして……よし)

 作成したのは火炎瓶。
 正確には火炎ビーカーとも呼ぶべき代物だった。
 構造は至って簡単。実験用のアルコールをビーカーに入れ、さらに燃えやすい天然繊維の布を差し入れ、着火点とする。
 後はコルクを詰めて蓋をするだけ。火をつけて投げればあら不思議。ぶわっと燃える火炎瓶だ。
 効果のほどは定かではないが、牽制球くらいにはなる。本当なら爆発物級のものを作成したかったのだが、素材が足りないのだ。
 ガソリンや軽油があれば光明は見えたが、見つかるはずもなく。
 とりあえずはこれで済ますことにしたのだった。
 さらにお守りとして硫酸の詰まったビンを持ってゆく。
 ご存知、硫酸はその強力な酸性で人の皮膚くらいなら焼け爛れさせることができる。
 当てられるとは思えなかったが、何かしらの発射装置でもあれば期待が持てる。
 そう、水鉄砲でも何でもいい。ホース状のものでもいいのだ。
 随分危険な発想をしているな、と苦笑しながら、最後にマッチをポケットに。
 ライターが理想だったが、生憎持っていなかったのだ。まあそれは後で補充すればいいだろう。

 武器の調達はここまでだった。火炎瓶を三本。硫酸ビンを二本。詰めたのを確認して理科室から出る。
 まずは友達と合流しなければならなかった。
 男手は欲しい。少々恩着せがましいのが玉に瑕であるが、友則は必要だろう。
 何かと察しがよく、気が利く恵とも早期に会っておきたいところだ。
 いや、心配という意味だと明乃やちはやも優先度は高い。特に明乃はトロいから心配だった。
 跳ね返りの強い可憐も別の意味で心配である。珠美も珠美で無鉄砲な部分があるから……

「あーもう、結局全員なんじゃねえか」

 頭を掻く。優先順位などつけられようはずもなかった。
 全員無事に助けたい。それが恭介の願いだった。
 損な性分だな、と思ったものの、それでいいと思う自分もいた。
 優先順位をつけるような人間は、冷たい人間でしかないだろうから。
 階段まで移動し、いざ降りようと思ったところで、ふと恭介は風が吹き込んでいることに気付いた。
 来たときには感じなかったものだった。見上げる。屋上への扉が、開いていた。
 キィキィと小さな音を立てながら、少し錆び付いた扉が小さく開閉していたのだった。

175 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:23:45 ID:U47JNwpM0
 誰かがいる。確信した恭介の喉がゴクリと鳴った。
 けれども迂闊に飛び出すのは躊躇われた。そこにいるのは普通の人間ではないかもしれない。
 見ず知らずの誰かならまだマシだ。あの殺人鬼かもしれないし、或いは、考えたくもないが、このゲームに『乗ってしまった』人間かもしれない。
 出て行って、刺されでもしたらどうするのか。自分が死んでしまったら、誰が友人達を守るのか。
 疑念が恭介の中を支配する。これは罠なのではないか。明らかな人の気配は、そういうことではないのか。
 そうだ。本当に身を隠すならこんな無防備なことはしない。ならば狙いがある。気付いた人間を釣り上げるための餌なのではないのか。
 武器を持たなくてはならない。殺されるわけにはいかない。ここで死んでしまったら、誰が――
 火炎瓶を取り出そうとして、ふと恭介は自分が悪意でしか物事を見ていないことに気付いた。
 洋上の殺人鬼という存在が、隔離された孤島という存在が、視野を狭めてしまっていた。
 自分達以外は悪党。何か怪しいこと、不自然なことをしていれば、絶対に襲ってくるに違いない。そう決め付けて。
 確かに、慎重にならなくてはならない。けれどもそれ以上に疑ってはならない。
 不安は不安を呼び、疑念は疑念を招く。そうして伝播した疑心が自分のように視野を圧搾し、人を殺すのだ。
 他人には冷たいけど、心を許した相手にとっては誰よりも頼りになる。
 妹のちはやがかつて自分を評して言った言葉だった。
 今の自分はしかし、冷たい目でしか物事を見ていない人間でしかなかった。
 結局のところ、それは自分が嫌っていたような冷たい人間でしかない。
 そうなってはならない。線引きははっきりとしてはいても、見捨ててはならない。
 アンクル・パピィはどだい無理な話だが、それでも、今、存在が見えている人間から目を逸らしてはならない。

 俺は、お前とは違う。お前なんかに支配されてたまるか。

 自分を支配しかけていた、正体も分からない洋上の殺人鬼の姿を振り払い、恭介はメロディを口ずさみながら階段を上がった。
 甲板で恵に聞かせた曲だった。歌詞も分からなければ、どこで聞いたのかすら覚えていない、拙いメロディ。
 儚くて消え入りそうな存在。それでも大切に覚えている。
 慈しみ、愛でるように、手のひらに包むように。
 この気持ちを忘れないと誓うように、恭介は口ずさむ声を強くしながら、屋上の扉を開けた。

 風が吹き込む。まだ日は高く、頭上で輝く太陽の光が恭介の目を灼いた。
 眩しさに目を細める。今まで薄暗いところで作業をしていたからなのだろう。
 腕をかざして日光を防ぎながら周囲を見回すと、人影はすぐに見つかった。
 否、既にこちらを発見し、じっと視線を注いでいたのだった。
 クリーム色の長袖ベストに、白いリボンのついたスカート。学校の制服だろう。
 人影は女の子だった。長い黒髪を結い、所謂ツーテールにしている。ともすればぶりっ子とも見られがちな髪形であったのだが、
 目の前の彼女は不思議とそんな気にはさせられなかった。逆に不安感を覚えさせるくらい、ゆらゆらと、たゆたうように、
 彼女の背後でツーテールが風に吹かれて揺らめいていた。
 注がれる視線は茫漠としていて、どこか覇気が感じられない。いや、生気がないと言った方が正しいのか。
 今すぐにでもここから消えてしまいそうな、儚く、曖昧な存在感が彼女にはあった。

176 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:24:12 ID:U47JNwpM0
「……どなた?」

 第一声は彼女の方からだった。見とれてしまっていたのか「あ、いや」と恭介は返す言葉を失ってしまっていた。
 印象の方が先立っていたが、容姿も美人の部類に入る。細い顔立ちとスレンダーな体のバランスが均整で、美しく見えるのだ。
 小首を傾げる彼女にたっぷり数秒考えこんでから、恭介は「屋上の扉が開いてた」と当たり障りのない返答をした。

「そう。閉め忘れたのね」

 淡白に言葉を返す。まるでそれが些細なことであるかのように、彼女は言った。
 風は強く吹いている。屋上だからなのか、この島の気候なのか。
 とにかく、強風にでも煽られたりしては危ない。恭介自身はともかく、彼女は手すり付近にいるから尚更だった。

「でも、歌が聞こえた」

 声をかけようとしたところに、彼女が重ねた。歌。先程のあのメロディだろう。聞こえていても何も不思議ではない。
 風が吹き荒ぶ中で聞き取っていたのなら大したものだが。

「どんな曲なの?」
「いや、俺も詳しくは知らない。ただ体が覚えていただけで」
「そうなんだ……残念ね」

 今度は本当に残念そうに、顔が俯いた。初めて感情を見せた瞬間だった。
 音楽が好きなのだろうか。そんなことを考える。

「本当に綺麗なものに出会えたと思ったのに」

 くるりと反転して、彼女の目が手すりの向こう側に向く。
 大抵の学校には自殺防止用のネットが張られているものだが、ここにはそれがなかった。
 単に設計の不備なのか、それともこれも翼の男の仕業なのか。
 どちらにしてもいいものではないと考えた恭介に、女の子が言葉を続けた。

「綺麗な世界で、死ねると思ったのに」

 思考が、止まった。
 今、彼女は、何と言ったのだろう?
 当たり前のように、何気ない挨拶を交わすように紡がれた言葉は何だったのだろう?
 死ねる。確かにそう聞こえた。つまり、彼女は。

177 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:24:34 ID:U47JNwpM0
「……自殺する気か」
「否定はしないわ」

 即答だった。その気にさえなれれば、いつだって彼女はここから飛び降りるだろう。
 不完全なメロディーが彼女を留まらせた一方、不完全だからこそ自殺にまで至らなかった。

 なんて、危うい存在なんだ。

 儚いという印象は、脆いという印象に変わった。
 茫漠としたあの視線は、この世に留まることを躊躇わない人間の目。
 世界に絶望し、いつだって見捨てられる意識を持った人間の目だった。
 近づいてはならない。瞬間的に怖気を感じた体が警告を発したが、だがここで背中を向ければ彼女はどうなる?
 死に場所を探していたらしい彼女。綺麗な世界で死ねると語った彼女。
 たまたま自分の歌が不完全だったから思い留まっただけで、きっかけ一つあれば何の躊躇もなく死へと踏み出すだろう。
 幸いにして、ここには死が溢れているのだから。
 なら放っておけばいいじゃないか、と線引きをはっきりさせてきた自分が言っていた。
 自殺志願者なら、そのままにしておけばいい。死にたがっているのなら好きにさせておけばいい。
 守るべき相手は他にいるじゃないか。そうだろ香月恭介。
 そうなのかもしれない。所詮偶然で出会ったのに過ぎない、赤の他人だ。
 多少の良心が痛むくらいで、別に何とも思わない。ああ、彼女は死んだのだな、そう思うくらいなのだろう。

「こんな島に、綺麗な場所なんてない」

 冗談じゃない。
 無責任になろうとしている自分に向かって、恭介は毒づいた。
 死を追い求める彼女を嫌悪するばかりで、何もせず、怖気づいてしまっている自分が気に入らなかった。
 救ってやろう、というわけではない。そんなおこがましい気分にはなれない。
 ただ、面白半分に他者をあげつらい、その一方で都合の悪いことから目を逸らす人間になりたくなかった。
 世界がそんな人間で溢れ、それが当たり前なのだと教えられたとしても、受け入れたくない。
 それはあらゆることを鵜呑みにしてこなかった、自分の性分がそうさせているのか。
 何でもいい。とにかく『分かったつもり』になっていい気になりたくもないだけだった。

「いや、こんな世界に綺麗な場所なんてない」

 これこそ勝手な言い分を、恭介は彼女に突きつけた。
 ケンカと言ってもいいかもしれない。自分を押し通そうとしている。
 それでもこうでもしなければ、自分に収まりがつきそうもなかった。
 曖昧な言葉で場を濁せるほど、今の恭介は冷静ではなかった。
 洋上の殺人鬼に対して。世の中に無責任に対して。自分に対して。反発するには冷静ではいられなかった。
 らしくもないと分かってはいても、間違えかけていた自分への不甲斐なさが熱情となっていたのだった。
 恭介の機微を敏感に読み取ったらしい彼女が、こちらを向き、不快そうに眉根をひそめた。
 そうだ、それでいい。俺に反発してみろ。
 受け入れるなんて、クソ食らえだ。

178 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:25:00 ID:U47JNwpM0
「俺達の生きてるところは、そういうところだ」
「……まるで分かってるような口ぶりね」

 今度は微かな怒りさえ含んだ口調だった。
 だが言い切った後、彼女はばつが悪そうに視線を逸らした。
 しまった、とでもいうように。
 それは何に対してなのか。
 恭介が考える必要はなかった。考えるのは彼女でいい。
 今なすべきことは、手すりから引き剥がすことだ。
 死へと続く片道切符の売り場から。

「そう思うか」
「……そう思うわ」

 ここまで来てしまったら引くに引けないのだろう。
 小声で、無駄だと分かりきっていながらもそう発していた。

「なら、俺と賭けをしないか」
「賭け?」
「お前の言う、綺麗な世界を見つけられたら俺の負け。そうじゃなかったらお前の勝ち。簡単なゲームさ」
「……」
「勝負の判定は、そうだな。分かるまで俺と一緒にいればいい」

 挑戦的に、言葉を投げつける。
 まさに仕上げの一言。
 負けたわ、と彼女が溜息を吐き出した。
 しばらくは死ねそうにもない。そう観念した顔だった。
 けれども、僅かな微笑をも浮かべていた。なんて口の上手い男、と感心しているようだった。

 なんだ、人間なんじゃないか。

 その表情を眺めて、恭介はひとつ安堵の息をついていた。
 危うい存在ではあったが、彼女は化け物や怪物などではない。
 どこにでもいる、普通の女の子だった。

「分かったわ。あなたと一緒にいるようにする」

179 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:25:14 ID:U47JNwpM0
 もう彼女からは、消え入りそうな雰囲気は感じられなかった。
 それとも一時的にしろ、死を諦めてしまったからなのか。
 どちらが彼女の本質なのだろう。ふとそんなことを思った。

「香月恭介。俺の名前だ」
「須磨寺雪緒。わたしの名前よ」

 須磨寺雪緒と名乗った彼女は、既に手すりから手を離してこちらに握手を求めていた。
 挨拶に握手を求めるなんて珍しい人間だ、と苦笑しながら、恭介はそれに応じた。
 純粋なのかもしれない。そんな感慨を結んでいた。

「早速だけど移動させてもらうぞ。大丈夫か、須磨寺」
「待って。荷物があるから」

 そういえば雪緒はデイパックを持っていない。
 どこに置いていたのだろうと思っていると、
 小走りに駆けて行った彼女が恭介の入ってきた扉の裏側にある手すりの付近からデイパックを持ってきていた。
 なるほど、一応持ってきたというわけね。

「なにか可笑しい?」
「別に」
「……さっさと行きましょう、香月くん」

 無表情に返したつもりだろうが、少しだけ機嫌を悪くした雰囲気があった。
 頬も少々膨れていたかもしれない。流石にこれは気のせいだろうが。
 くくっ、と忍び笑いを漏らしながら、恭介は雪緒に続いて屋上の扉をくぐった。
 綺麗な世界との、別れだった。

180 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:25:33 ID:U47JNwpM0
 【時間:1日目午後2時ごろ】&nbsp;
 【場所:E-6&nbsp;学校屋上】&nbsp;


 香月恭介
 【持ち物:ハリセン+鼻メガネ、火炎瓶×3、硫酸ビン×2、マッチ、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;


 須磨寺雪緒
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;

181 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/11(土) 19:26:07 ID:U47JNwpM0
投下終了です。
タイトルは『無口な歌声』です

182 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:04:18 ID:rDEKXBk60
 
 さんさんと輝く太陽と澄み渡る青空の下、舗装された道路できぃきぃと金属が軋む音が響いている。
 それは一台の車椅子に乗った少女が手で車輪を回す音だった。
 彼女の名は小牧郁乃。
 郁乃は幼い頃より身体が弱く幾度と無く入退院を繰り返していた。
 生活のほとんどを病院のベッドの上で過ごしていたため、足腰は弱り車椅子が無ければ満足に移動すらできなかった。
 そんな彼女の境遇なんていざ知らず。生と死を賭けたサバイバルゲームは容赦なく郁乃を巻き込んでいた。

「ばっかみたい……わざわざ車椅子を用意してまであたしを呼ぶ意味なんて……」

 郁乃は初めから車椅子に乗った状態でこの島に連れてこられていた。
 持たされたデイバッグには物騒なアサルトライフルの他に二日分のインスリンの注射器。
 殺し合いを円滑に進めるための翼の男なりの配慮なのだろうか。

「わざわざこんな五体不満足な人間なんか呼ぶなっての」

 そして服装は姉と同じ学校の制服。
 病状が落ち着いたらいずれ通うはずの制服。
 家に置いたままでまだ一度も袖を通したことのない制服。
 生きて戻れれば着る事になるかもしれない制服。

「あたしにもう未来がないと分かっててこんな服装させるとは良い趣味してるじゃない……何の嫌がらせよ」

 車椅子に乗らないとまとも動くことすらできない彼女にとって、この世界はあまりにも過酷すぎる。
 未来はとっくに閉ざされて袋小路の末路にしかならないことを郁乃は覚悟していた。
 否、諦めていた。

「あーあ、やってらんない」

 車輪を回す手を止め空を仰ぎ見る郁乃。
 透き通った青が視界一杯に広がっている。
 彼女の心にあるのは死への諦観。それだけだ。
 今から一時間後か、明日か――
 よしんばうまく生き延びられたとしても二日目にはインスリンが底を付く。
 どうせ死からは逃れられない
 誰かお人好しな人間が保護してくれるかもしれない。
 でも駄目だ。殺し合いに乗った者に遭遇したら自分を見捨てるに決まっている。
 誰が好き好んで命を賭けて見ず知らずの病人を助けるというのだ。

183 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:05:01 ID:rDEKXBk60
 
「もうどうでもいいや」

 死に対してひどく冷めた感情の郁乃。
 いや、生に対しても冷め切っていた。

 彼女の病はすぐに死に至らしめる物ではない。
 毎日欠かさずインスリンの投与を続けておけば生きてはいられる。
 人によっては普通の人と同じ生活もできる。
 だがそのために入退院を繰り返し、満足に学校も行けずに友達と呼べる人間もいなかった。
 郁乃が認識できる世界は家族だけ。
 世界から隔離された彼女はいつしか世の中を冷め切った視点で見るようになっていた。
 もう何かもがどうでもいい。ここでじっと死ぬのを待とう。
 そう思った視界の端に一人の少年の影が映りこんでいた。

「こんな車椅子の子まで――」
「何? あたしに同情すんの? 同情なんてウザイだけからやめてよね」

 長身の道着を着た少年。きっと何かの武術の経験があるのだろう。
 彼は悲しそうな瞳で郁乃を見つめていた。

「すまん、そんなつもりは……」
「別にいいわよ、馴れてるから。で、あたしに何のよう?」
「知り合いを探している。身長のわりに童顔で女顔のやつなんだが――」
「知らない。他を当たれば? で、あんた誰よ」
「宮沢謙吾」
「小牧郁乃よ。まあ覚える必要なんてない名前だと思うけど」

 こんな車椅子の病人の名を聞くなんて物好きな男だと郁乃は思った。
 もっとも――彼が豹変して郁乃を押し倒し、男の欲望の限りをぶつけても郁乃は抵抗の一つできないし、するつもりもなかった。
 ただひたすらどうでもよかった。

「少し……散歩でもするか?」
「何よそれ、ナンパのつもり? ダサっ」
「ダサいか……それもそうかもな」
「なんならあたしを車椅子から引きずり下ろして、押し倒してみる? あたしは抵抗しないからマグロだけど」
「馬鹿、そんなこと言うもんじゃない」

 謙吾は郁乃の車椅子を押して歩く。
 きぃきぃと小さく車輪が軋む音。
 二人は無言で誰もいない街を歩く。

184 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:06:56 ID:rDEKXBk60
 
「お前も知り合いがここに……?」
「まああたしが知ってるのはお姉ちゃんしかいないけど」
「俺もこの島にかけがえのない仲間が……親友が連れて来られたよ」
「そう、それはご愁傷さまでした」

 再び黙りこくる二人。
 ぽかぽかとした陽気が気持ち良かった。
 そしてほんのりと香る潮風。
 やがて二人は海岸にやってきていた。
 寄せては返す波の音しか聞こえない。まるで波の音以外は時が止まったような静けさ。
 無限に続く水平線。
 世界には郁乃と謙吾の二人しかいない。そんな感覚。

「きれいな景色だね」
「ああ」
「謙吾といったっけ……もう――いいでしょ? それとも今さら怖気づいた?」


 最期の光景がこの景色なら悪くない。郁乃は前に立つ謙吾の背中に向けて言った。


「……気付いていたのか」
「まあね。あたし人を見る目は確かだと思うんだ。あんたがそうまでして守り抜きたいやつって男? 女?」
「男だ……大切な親友でな……理樹って名前だ」
「何よ、そこは愛する女と言いなさいよ。あんたってホモなの?」
「ははっ、そいつは手厳しい」
「で、あたしを一発であの世に送れる武器ぐらい用意してあるんでしょうね?」
「ああ――多分痛みは感じない」

 謙吾がデイバックから取り出したのは一挺の散弾銃だった。

「十分ね。ていうかオーバーキルすぎだわ」
「すまん、これしかなかったんだ」
「謝ってどうすんのよ。あたしをこれから殺す人間が」
「そうだな……」

 何でこんな優しい男が悲壮な決意を固めなければいけないのだろうか。
 でも郁乃は少し意地悪してやろうと思った。それぐらい許される行為。

185 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:08:06 ID:rDEKXBk60
 
「謙吾、最終的にあんたとその親友の二人だけになったらどうするの?」
「決まってるさ。俺は自害する」
「大した献身ね。途中でその彼が死ぬ可能性もあるのに」
「それでも――俺はやらなければいけない」
「あっそ、んじゃその彼が他の人と一緒に行動してたらどうすんの? もちろんそいつを彼が見ている前で殺すんだよね?」
「それは――」
「彼哀しむわ、親友が血を染めるのを見せつけられんだから」
「……っ」
「何? もう動揺してんの? ダメねぜんっぜんダメ。その程度で心を揺り動かされているようじゃあんたの決意はそんなものよ。
 どうせ志半ばで野垂れ死ぬのが関の山ね。仲間を集めてあの羽男を倒す作戦でも考えたほうが建設的よ」
「それは……無理だ。あの男には勝てない……俺は少しでも望みのあるほうに賭ける」
「そう、せいぜい頑張りなさい。どうせあたしが死んだ後だもの、あたしには関係ないし」

 そして郁乃はにやりと笑う。
 この優しい男に最大限の傷を刻み込んでやろう。
 自分の命と姉の命をくれてやる代償を。

「でもね、あたしとあたしのお姉ちゃんの命をあげる代わりに一つだけ約束して」
「なんの約束だ?」
「先に約束すると頷かないと教えてあげない。ていうか、こんな約束守れない男が親友を守ることなんて絶対に無理だから」
「ああ……約束する」
「じゃあ指きり」

 郁乃は小指を差し出す。
 謙吾も小指を絡め指きりを交わす。

「嘘吐いたら地獄落ちーっと、ってどちらにせよあんたは地獄落ち決定だけど。それだけのことをするんだから」
「まあな……」
「じゃあ発表するね。簡単だよ」


 楽しそうに、歌を歌うように。
 郁乃は謙吾に呪いの言葉を紡ぐ。

186 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:09:31 ID:rDEKXBk60
 

「――あんたはその銃であたしの顔が木っ端微塵になるのをその目に焼き付けること。あははっ超簡単じゃん」
「――ッ!」
「さっきまでお喋りしてた女の子の顔がボンって。グロいね。超グロいね。
 あたしの顔が、目玉とか脳味噌とかぐっちゃぐちゃになって辺りに飛び散るの。できるでしょ?
 できないとは言わせないよ。それすらできない半端物に彼を守る資格なんてないから。はい、お喋り終わり。さ、早くして」
「くっ……」

 謙吾は震える手で散弾銃を郁乃の眉間に突きつける。
 手の震えが止まらない。
 なぜ?
 なぜ?
 理樹のために地獄に落ちる決意をしたというのに。
 理樹のためにこの島の全ての人間を殺しつくす決意をしたのに。
 手の震えが止まらない。

「手、震えてるよ。怖いんだ」
「っ……これは武者震いだ」
「じゃあ早く撃てば?」

 引き金に指をかける。
 引いてしまえば全てが終わる。――否、全てが始まる。
 それなのに指が金縛りになったかのように強張り動かない。

「撃ちなさいよ臆病者――その程度の決意で彼を守るなんて笑わせるんじゃないわ」
「あ、ぐっ――っうぉぉおおおぉああぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ■

187 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:11:18 ID:rDEKXBk60
 バシャっとまるでスイカを高所から落としたような音がして郁乃の顔が爆ぜた。
 さっきまで話していた郁乃の可愛らしい顔が弾ける。

 ピンポン球ぐらいの大きさの眼球。
 ピンク色がかった灰色の脳漿
 栗色の髪が絡みついた骨の破片。
 郁乃の顔を構成していた全ての物が辺りに撒き散らされ謙吾に降り注ぐ。
 下顎から上を喪失した郁乃の身体は力を失い車椅子からどさりと崩れ落ちる。
 頭部の大部分を失ったというのに痙攣を続ける郁乃の身体。


 そして――地面に崩れ落ち下顎にへばりつくように残る舌をだらしなく垂らした郁乃と謙吾の眼が合った


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああああああアアああああああああああああああああ
 あああああああああああああああアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああ
 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああアアアアアア!!!!!」

 叫ぶ。
 叫ぶ。
 叫ぶ。
 謙吾はあらん限りの声を上げて叫ぶ。

「うっ……ぐぇ……うぇぇ」

 胃の内容物を全てぶちまける。
 吐く物が無くなってしまってもひたすら吐き続ける。
 胃の中を裏返しにされて擦り上げられる。
 それでも吐き気は収まらない。
 郁乃の呪いが謙吾の全身を汚染してゆく。

「はぁ……はぁ……があぁぁっ……これが代償か……! お前の命の……ッ!」

 理樹を守り抜くまで謙吾の全てを蝕む呪い。
 理樹を守るため他者を殺めるごとに蓄積されていく呪い。
 解く方法は理性を失い発狂するか、死のみ。

188 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:12:52 ID:rDEKXBk60
 

 ――せいぜい頑張りなさい。どこまで耐えられるか見ててあげる。

 
 地面に転がり虚空を見つめる郁乃の白い眼球がそう言っているような気がした。




 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:H-2 海岸】


 宮沢謙吾
 【持ち物:ベネリM4 スーパー90(6/7)、散弾×50、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 小牧郁乃
 【持ち物:AK-47(30/30)、予備弾倉×5、インスリン二日分、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

189 ◆ApriVFJs6M:2010/09/12(日) 00:13:45 ID:rDEKXBk60
投下終了しました
タイトルは『Promise&Curse』です

190もう一度君に会いたい ◆auiI.USnCE:2010/09/12(日) 02:08:18 ID:T1U2qhSo0

大好きになった人が居た。
少しおどおどしていた子で。
最初に出会った時はとても弱弱しくて好きになると思わなかった。
自分の好みでは全くは無かったと思う。

けど、一緒に居て。
色々沢山話して。

少しずつ、少しずつ。
ゆっくりと、ゆっくりと。

好きになっていた。
いつの間にか心を奪われていた。

弱さの中に強さを持った子で。
私はそんな彼と何時でも居たいと思った。


だけど、あの子は急に居なくなって。
私は、とても哀しくなった。

まともに別れも出来なかった。
まだ、色んな言葉をあの子にかけたかった。

でも、それも出来なくて。


あの子は、もう居ない。


けど、私はずっとずっと待っている。
今も、あの場所で。

ずっとずっと、あの子を……待っている。


そう、できるならもう一度――――





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

191もう一度君に会いたい ◆auiI.USnCE:2010/09/12(日) 02:08:46 ID:T1U2qhSo0




「は?」

扉を開けたら、目の前に居たのは、先程まで目の前で喋っているあの天使みたいな格好の人が居た。
何を言っているか自分でも解らないが、何故か殺し合いを主催している男が、目の前にいる。
既に混乱しかけてるのに、更に大混乱しそうになる。

「な、なんであんたが……」
「汝に用があるからだ、相良美佐枝」
「は、はぁ?」

私は尚更首を傾げてしまう。
色々この男と接点を考えて。
結局、むさ苦しい男共を束ねる寮母をしてる自分が、この一見優男と何か関係あるかと言われるとある訳ない。

「悩む必要は無い。汝をたまたま選ばれただけだ」
「たまたまぁ?……はあ?」
「まずは我が名を名乗っておこう。我が名はディー」

ディーと名乗った、優男はそっと微笑んだ。
だけど、私はその微笑が温かいものではなく、とても冷たいものにしか感じられない。
むしろ、体が恐怖と生理的な嫌悪感に襲われてしまう。
私は身体を震わせながら、それでも、言葉を続ける。

「たまたまといっても……理由が解らないんだけど」
「……ふむ、納得はいかまいか」
「当たり前よ」
「ならば、語るしかあるまい。この残り120ものの中で、まず、ある理由で選別された」
「ある理由?」
「強い願いを持つ者だ」

願いという言葉に身体がはねた。
ハッとするような表情を浮かべていたと思う。
私は心の底にある願いを見透かされた様な気がして、気持ちが悪い。
若干嫌悪感を示しながら、ディーの話を聞き続ける。

「その中で、更に私の誘いに乗る者を選別した結果、汝が選ばれただけだ」
「……誘いですって?」
「そう、契約を交わし、我が手駒となれ、相楽美佐枝」

…………はぁ?
意味が解らない。
何故、私なんかにこの男は提案する?


「何それ? よく解らないんだけど」
「殺し合いを促進し、進めたまえ。その為の支給品も良いものを渡そう。まずはそれだけでまずは充分だ」
「……私に殺しをしろって? ふざけるのも……」
「代償に願いを必ず叶えよう」
「っ……!?」

殺し合いを進めるよう促すディーに対して否定の言葉をかけようとして。
私は彼が示した代償に動きが止まる。
根源的な、私の願いを。

192もう一度君に会いたい ◆auiI.USnCE:2010/09/12(日) 02:09:05 ID:T1U2qhSo0
「叶える……?」
「そうだ」
「信じられる訳が……」
「……汝はもう、その願いを叶える事に縋っている様にも見えるが?」
「…………っ」

私の願い。
私はあの子に……もう一度。
無理だと思ってたその願いが。
……叶えられる?

「信じるも信じないも自由だ。ここで契約を蹴っても構わないが……この千載一遇の機会をすてるのかね?」

チャンスと彼は言う。
騙されるな、これはきっと甘言に過ぎない。
そう思っているのに、何故かとても魅力的な誘いに感じる。
私は……私は……

「さあ、我と契約を結ぶか? 我に全てを捧げると誓えるか。髪の毛一本から血の一滴に至るまで。魂までも我に捧げると」


契約を結ぶかと問いかけてくる。
私は、その誘いが魅力的と同時に怖くも感じる。
この誘いに乗るともう二度と戻れなくなる感じがして。
乗らない事もできる。

私は、どうする?
どうしたい?


その時、突然、思い浮かんだ顔が、あって。



「私は――――」





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

193もう一度君に会いたい ◆auiI.USnCE:2010/09/12(日) 02:09:25 ID:T1U2qhSo0





ただ、ただ、それだけだった。

でも、私にとっては、とても大切な想いだった。



私はもう一度あの子に。


もう一度、君に逢いたかった。





 【時間:1日目午後1時00分ごろ】
 【場所:B-5】

  相楽美佐枝
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康 ディーと契約?】

194もう一度君に会いたい ◆auiI.USnCE:2010/09/12(日) 02:10:45 ID:T1U2qhSo0
投下終了しました。
契約者関連で少々無茶した所があるので、何かあったら意見をお願いします

195 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/12(日) 17:36:42 ID:9Dvu7HkU0
 町の裏路地を、蒼白な顔をして駆け抜ける少女の姿があった。
 軽くウェーブのかかった黒髪を靡かせ、荒く息を吐き出す少女の名前を、仁科りえという。
 無造作に置かれてあった植木鉢に躓きかける。すんでのところで転倒は免れたが、汚れなかったと安堵している余裕はなかった。
 追跡者は、すぐ、そこまで迫っている。
 乳酸のたまりきった体を、再び動かす。銃弾が擦過した脇腹が痛んだが、構っている時間すら惜しい。
 出会い頭……というより、突如物陰から現れた追跡者は、全く警告もなく銃を発砲してきたのだ。
 狙いが浅かったらしく、即死することはなかったが、気がつけば仁科は全速力で路地に逃げ込んでいた。
 僅かな痛みが恐怖を呼び起こし、殺されると知覚したからだった。
 そうして逃走劇を続けて、数十分が経過していた。追跡者は、姿を見せていなかった。
 まるでじわじわと、追い詰めるように、気配だけを覗かせながら仁科から逃げ道を奪ってゆく。
 じゃり、と砂かガラスかを踏む音が聞こえた。
 そちらへと逃げようとしていた仁科は慌てて方向を変える。
 術中に嵌っているという感覚はあったのに、殺されるという恐怖の前にはどうしようもなかった。

「あ……!」

 袋小路に、追い詰められる。声を出してしまった瞬間、背後に人影が現れた。
 仁科が怯えた視線を向けた。追跡者の正体を、るーこ・きれいなそらという。
 西洋の人間と言って差し支えない白磁のような肌と、薄い髪の色は一見して天使のようでありながら、その実冷徹さを秘めていた。
 触れれば冷たく、何物をも凍らせてしまう、温もりを持たない肌。
 すっとるーこが拳銃、ブロウニング・ハイパワーを向ける。たおやかに、華麗に、モデルのような仕草で。
 無駄のないその動作こそが、仁科を恐怖に導いた根源だった。
 同時に向けられる、冷めた視線に仁科が震え上がる。壁まで逃げ、背中を押し付けたけれども、そこまでだった。
 へたり込む。もう逃げられず、抵抗するだけの体力も残っていなかった。

「どうした。立て。戦え。武器はまだあるはずだ、うー」

 抵抗することを望むように、るーこは銃を揺らした。
 ふるふると、仁科は首を振った。デイパックから取り出したのは、ただのペン。
 正確には漫画などでよく使われているGペンだった。

「なんだ、刺せるじゃないか。それでるーを刺せるだろう。やってみろ。チャンスは与えてやる」

 言いつつも、るーこの顔は無表情だった。本当に立ち上がったとしても、その瞬間撃つのではないかというくらいの冷めた顔だった。
 仁科りえに、闘争心は湧かなかった。代わりに差し出したのは、降伏の白旗だった。
 コロコロとGペンを転がす。武器を放り出し、震える目でるーこを見ていた。

196 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/12(日) 17:37:11 ID:9Dvu7HkU0
「そうか、一つ教えてやる」

 目もくれなかった。ひっ、と小さく悲鳴を漏らした仁科に向かって、るーこは死刑の宣告を行った。


「戦わなければ、生き残れない」


「そこまでだ、白人少女よ!」

 声はるーこの後ろから木霊した。
 ギザギザしたメガネにスーツ姿。
 両の腕を組み、仁王立ちして現れた男の名は、九品仏大志だった。
 だがるーこは目もくれず、あっさりと引き金を引いた。
 仁科は悲鳴も上げなかった。男の登場で注意が引かれると思っていたからなのかもしれなかった。
 眉間を撃ち抜かれ、ずるりと体を地面に横たわらせた仁科を見届けてから、るーこは大志へと向き直った。

「それで、どうしたって?」
「くっ、貴様……我輩に動じぬとは……」
「うぬぼれるな、うー。貴様の存在など最初から筒抜けだ。愚かだな、存在を誇示すれば驚くとでも思ったか」

 るーこは大志の存在を悟っていた。その上で、仕掛けてこないと判断し、まずは仁科を処分することから行ったのだった。
 読みを誤り、策を看破された大志が歯噛みする。むざむざ標的にされるために出てきたようなものだった。
 そう、これこそがるーこの狙いだった。仁科は釣り餌。自分を尾行していた何者かを炙り出すのが真の目的だった。
 すぐさまブロウニングHPを向ける。大志にとっては絶体絶命の状況。しかし、大志はそれくらいで諦めるほど浅い男ではなかった。

「キサマ、なぜ殺し合いに乗っている」
「愚問だな、うー。これは戦いだ。戦わなければ生き残れないのは当然だ。るーは戦士だ。誇り高い戦士だからだ」
「フン、時代錯誤もいいところだ……それではこれからの時代、生き延びられんぞ。そう、オタクの時代にはな!」
「そうか。ならその前に死ね」
「いいのか?」

 余裕綽々と、大志が笑った。
 顎を持ち上げ、るーこを見下ろしている。
 不快さに顔をしかめたるーこは、しかし警戒心を抱いた。
 そういえばこの男、武器をどこに持っている?

「気付いたか」

 一度根付いてしまった警戒の心は取り去ることが難しい。
 それを見越した大志の笑いだった。
 るーこは表情を変えず、探るために大志に問いかける。

197 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/12(日) 17:37:32 ID:9Dvu7HkU0
「貴様は戦わないのか」
「戦うさ。我輩が、このオタク界をいずれ制覇する男、九品仏大志が撤退するのか!? いや、ないっ!
 我輩はその頂点に立つまで、折れるわけにはいかないのだよ、少女よ!」
「その割には、あのうーを助けようとしていたようだが?」

 くい、と顎で仁科の死体を指した。
 それこそ愚問だ、と大志はメガネの端を持ち上げた。

「単に勝つだけでは面白くないだろう。このゲームにも、勝ち方というものがあるのだよ」
「全員助けてハッピーエンドか? おめでたい頭だな。やはりうーは愚かだ」
「違うな。キサマは大きな勘違いをしている。我輩は他の連中の命に拘りなどない。我輩は我輩のためだけに生きているのだよ。まあ、同志が絡めば別だがな!」

 指がスーツにかかり、その中身を開示した。
 るーこは絶句した。
 そこにはいつの間に火をつけたのか、シュウウウウと音を立て、導火線ギリギリにまで達していたロケット花火の群れがあった。
 その数、実に100本以上! あれが一斉に発射されればどうなるか。慌ててるーこはデイパックで顔面を防御する。

「もう一つ教えてやろう! 我輩はな、決まりきったシナリオというものが大嫌いなのだよ!」

 ロケット花火の群れが発射され、るーこへと殺到した。
 俊敏な動きで直撃を回避してゆくるーこだったが、反撃の暇などあろうはずがなかった。
 フハハハハハハ! という大志の笑い声が木霊する。

「さらばだ白人少女よ! 縁があればまた会おう!」

 大志の気配が消えてゆくのをるーこは感じていた。
 恐らくはあれで目くらましをして助ける腹積もりだったのだろうと、仁科の死体を横目にしながら考えていた。
 ならば、結果的にはどうあれるーこの勝ちだった。
 九品仏大志には、局地戦で敗北したに過ぎない。
 だが、敗北は敗北だった。いずれこの屈辱を注がねばならない。
 いいだろう。どうせ全員が敵だ。再び会うときまで戦い抜いてやろう。

 それがるーの戦士の、矜持なのだから。

 戦い続けることを選んだ少女は、勝利の証としてGペンを拾い上げ、ポケットに仕舞いこむと次の標的を探して歩き始めた。
 彼女の、狩りが再び始まる。
 ロケット花火の煙が消えきった路地に残されたのは、目を見開いたままの、人間の死体だけだった。

198 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/12(日) 17:37:50 ID:9Dvu7HkU0



 【時間:1日目午後2時ごろ】&nbsp;
 【場所:F-1】&nbsp;


九品仏大志
 【持ち物:水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;

ルーシー・マリア・ミソラ
 【持ち物:FN ブロウニング・ハイパワー(14/15)、予備マガジン×8、伝説のGペン、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】

仁科りえ
 【持ち物:水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:死亡】

199 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/12(日) 17:38:36 ID:9Dvu7HkU0
投下終了です。
タイトルは『Predator』です

200 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/13(月) 00:55:09 ID:vidrS03w0
「…………」

どうすんだよ、これ。
少しの間呆然と見つめて見るが反応は無い。
一応まばたきはしているので死んでるわけではなさそうだが、これを生きていると言っても良いのだろうか?
この……体中を精液で汚されてシャンデリアに吊るされている女を。
顔や体つきを見るに、良い女なのかもしれないが全身に施された精液の化粧と表情がそれを台無しにしている。

「…………」

こうして呆然としていても何も変わらないって分かっちゃいるもの、何もする気が起きない。
ってかなんで殺し合いなのに犯して放置してんだよ。
犯る気はあっても殺る気は無いのか。

「…………」

殺し合いなんてめんどくさいものに乗る気も無く、ブラブラと歩いてたまたま見つけた船に乗り込んだらいきなりこれだ。
船ならこの島から脱出できるんじゃね?なんて単純に考えるんじゃなかった。
良く考えたらまだ近くに犯人が居る可能性もあるな。
まさか最初からこの状態ってことも無いだろうし。

「…………とりあえずどっか行くか」

女に背を向け歩き出す。

「良く考えたら俺に船なんて運転できないし、そもそも首輪も解決してないしな」

と、少し大きめに独り言を呟いてみる。
チラッと背後を見てみるものの特に変化は……いや、少しこっちを睨んでるような?

「…………」

一度振り返ってみるものの特に変化は見られない。
気のせい、か?

「…………」

いや、やはり視線を感じるような。

201 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/13(月) 00:55:58 ID:vidrS03w0

「…………」
「…………ちっ」

このまま無視して船を出よう、と思ったがこのまま放置していくのも何と無く後味が悪い。

「めんどくせえ……」

放置しておくのが後味悪いのなら何とかするしかない、が。

(……正直他人の精液なんざ触りたくねえ)

女の口を塞いでいるボールギャグ?に手を伸ばして外そうとする直前で躊躇する。
犯されて間もないのか、乾く様子も無く滴り落ちる精液を前に立ち尽くす。

(ほんと帰りてえ……)

萎える心を何とか奮い立たせて女へとてを伸ばす。
ねとり、と纏わりつく感覚があまりにも不快でいったん手を離す。

「……………」

心を無にしにて再度手を───

「あ、あなた!一体何をやってるんですか!?」

伸ばそうとしたところで、やかましいガキの声で遮られた。
どうやら気づかないうちに船に乗り込んでいたらしい。

「あ?」

先程の不快な感触の所為で、俺の機嫌は最悪。
自然に目つきは鋭く、声は低くなる。
ガキは、少しびびったみたいだが、気丈にもこちらを睨みつけながら威嚇してくる。

202 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/13(月) 00:56:37 ID:vidrS03w0
「そ、そこのあなた!今すぐその人から手を離してださい!」

どうも俺がこの女を吊るした犯人だと勘違いしてるらしい。
正直言って気分のいいものでは無いが、まあこの女を押し付ける相手が出来たと思えば我慢できる範囲だ。

「ちっ。別に俺だって好き好んでこんな女の面倒見てるわけじゃねえよ。んじゃ、あとはお前が───」

俺の代わりにこいつの面倒を見ろよ、と言おうとした直後、

「つ、次は私を───」

と、呟いた後何か喚き散らして去っていった。
なんかしらんが、助けてお兄ちゃん。とか言ってたような気がする。
どっかのエミ公と違って可愛げのある妹でよかったな、お兄ちゃん。
なんて現実逃避してもなんともならない。
結局俺がこの女の面倒を見るはめになんのか?
いや…………そもそもこの状況、不味くね?
あのガキがあること無いこと言いふらせば、俺はレイプ魔扱い。
こんな状況じゃ最悪、正義感の強い誰かに殺されることもありうる。

「くそっ」

とりあえず、あのガキを追いかけて誤解を解く。
そしてあの女の面倒を見させる!

「悪いな!ちょっと待ってろ!」

聞こえているのかは分からないが一応吊るされた女にも声をかけておく。
そして一目散に外へ───

「あっ」
「えっ」

とりあえずこの階を出て行こうとしたところで逆に入ってこようとした誰かにぶつかった。
当たり所が悪かったのか、腰を打ちつけ座り込んでいる。
見た感じ頭は良さそうではないが、悪いやつでもなさそうだ。
とりあえずこの女に、あの女の事を任せるか。

「悪いが急いでるんだ。あの女の──」
「いじめる?」

事は任せた、と言い切る前に涙目で俺に問い詰めてきた女の目はばっちりシャンデリアに吊るされている女の体を捉えていた。
…………ほんともう勘弁してくれ。

203 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/13(月) 00:57:06 ID:vidrS03w0
【G−7 船内】
木田時紀
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:精神的疲労】

一ノ瀬ことみ
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:木田時紀に恐怖】

折原志乃
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:犯された後シャンデリアに吊るされてる】

【G−7 港】
春原芽衣
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:混乱】

※G−7に鎖の舞台となった船が止まっています。実際に動くかどうかは不明です。

204 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/13(月) 00:57:47 ID:vidrS03w0
投下終了です。
タイトルは『放置する?犯す?いじめる?』でお願いします。

205さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:10:06 ID:RuzAxSkY0
 
「こども銀行、って……」

そう呟いて僕、坂上鷹文は盛大に溜息を漏らしてしまう。
がらんとしたビルの一室だった。
呟きは広い室内に反響して妙なエコーがかかる。
溜息をつくと幸せが逃げる、なんていうけど、逃げていった幸せも反響して戻ってきたりはしないだろうか。
もっとも逃げていくだけの幸福が僕に残されてるかどうかは大いに疑問だけど。
そんな益体もないことを考えながら、もう一度、手の中のそれをまじまじと眺める。

「やっぱり、変わらないよなあ……」

何かの見間違いだと思いたかったけど、そうはいかないみたいだった。
そこには数枚の紙幣と、じゃらじゃらとかさばる金色のコイン。
高そうな革の財布から出したそれは、ただし日本円ではない。
そこには燦然と輝く「こども銀行券」の文字が(可愛らしく丸みを帯びた文体で!)記されている。
コインに至っては、金色にメッキされただけのプラスチックだ。
それは要するに、小さな子どもがおままごとに使う玩具のお金だった。
せめて普通のお金だったらなあ、と一瞬だけ考えて、自分の間抜けさ加減に苦笑いする。

「どこで使うんだよ、そんなの」

そう。
僕たちは強制された殺し合いの真っ最中だ(実感はわかないけど)。
凶器を持って襲いかかってくる連中相手に、財布を出して命乞いでもしてみる?
バカバカしい。カツアゲされてるんじゃないんだから。
それともそこら辺に武器屋や道具屋があって、剣や鎧や薬草を売ってくれるとか?
そういう無意味な現実逃避をゲーム脳っていうんだよね。脳波がどうこうじゃなくて。

206さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:10:33 ID:RuzAxSkY0
「はあ……」

もう一度溜息をついて、僕は周りを見回す。
元はオフィスビルだったんだろうか、大きな窓にはボロけたブラインドがかかっていて中は薄暗い。
デスクや機器の類は一切合切持ち出されていて、ユニット式の毛足の短いカーペットにだけ空しく埃が積もっていた。
市街地に放り出されて、とりあえず駆け込んだのがここだった。
いや、だって道の真ん中に立ってるのって怖いじゃない。
どこから襲われるか分かんないし。
そんなわけで手近なビルに入って、階段をいくつか登ってこのフロアに陣取った。
誰もいない、と、思う。
ねぇちゃんと違って僕にはサバイバルの知識も、修羅場を潜った経験もない。
だからとりあえず耳を澄ませて、何も聞こえなければそれで誰もいないと判断するしかない。
巧妙に隠れた何者かがいきなり襲ってきたら……とりあえず逃げてみて、それでダメならまあ、
そのときはそのときで、仕方ないかなあ。

「ああいや、弱気禁止」

パン、と両手で頬を叩いて、気合を入れる。
こんな僕でも無駄に可能性を捨てていいわけじゃないよね。
それじゃねぇちゃんに申し訳が立たない。
けど、まあそれにしたってこども銀行はないでしょ。
紙幣を革の財布に戻し、コインはポケットに突っ込みながら、僕は肩をすくめる。
この財布だけ無駄にブランド物なのが、また余計に腹がたつんだよなあ。
用意したやつの神経質な底意地の悪さが透けて見えるよ、まったく。
いや、まあ実際に武器なんか渡されたって使えないけどさ。
銃やナイフでばったばったと悪人どもをなぎ倒す?
そういうのはねぇちゃんの役目だ。僕はハリウッドスターじゃない。
けど、それにしたってこう、もっとインテリジェンスというか、アーバンシティライフ的というか。
そういうものを引き当てていたら、自分の役回りだって思えるんだけど。
具体的にはネットに繋がったノートPCとか。

207さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:10:50 ID:RuzAxSkY0
「そんなの、あるわけないか」

当たり前だった。
ネット接続なんて外部に助けを呼べるようなツール、常識的に考えて用意するわけがない。
まあ、あの羽の生えた男に常識が通用するかどうかはともかく。
だけどこれだけバカバカしいことをこれだけ見事にやってのける(名簿によれば同時に百人以上の誘拐と拉致監禁だ!)、
その行動力と偏執狂的な神経質さだけは間違いなく本物だった。

「……待てよ」

いくらなんでも、こども銀行はないだろう。
そんな風に考えていたけど、逆かもしれない。
これを僕に配った相手はどうしようもないパラノイアで、人の神経を逆撫でするのが大好きで、
だったらあまりにも無意味に思えるものにこそ、何かの意味を持たせているかもしれない。
僕が自分の持ち物を見て絶望するのをどこかから覗いて楽しんで、無意味だとそれを投げ捨てるのを
なんて勿体無いことを、と指さして爆笑しているかもしれない。
うん、分かってる。
これ、ただの願望。というか妄想ね。
可能性の欠片みたいなものがあると思わなきゃやってられない、それだけのこと。
何の意味もないと分かったら、そのときは海に向かって泣こう。

「……とにかく、出ようか」

尻のポケットに入れた財布をぽんと叩いて、立ち上がる。
これの意味を確かめるためにも、情報収集のためにも。
街から離れて山に入ろう、なんていう気は起こらないし、周辺の位置関係も掴んでおきたい。
実際、重い荷物背負って山林を歩くのってキツいんだよね。
僕、こう見えて都会っ子だから。
ごめんなさい嘘をつきました。うちは結構田舎です。


◆◆◆

208さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:11:31 ID:RuzAxSkY0
 
ビルの入り口、正確にはその陰に立って大きく深呼吸。
ここから先は戦場だ。
どこから敵が襲ってくるかも分からない。
気配を感じろ、慎重に行動しろ、迂闊に物音を立てるなんてもってのほかだ。
さあ、覚悟を決めて第一歩を―――

ガンガンガン!

すごい音がした。

「えええー」

思わず声を漏らしてしまう。
慌てて口を噤んだけど、聞こえてきたのはそんな僕の声を問題にしないくらいの音だった。
何かの金属を思いきり叩くような、おそろしく響く音。
発生源はビルの外。それも、すぐ近くのようだった。
戦闘か。早速この殺し合いを楽しんでいる人間がいるのか。
思い出したように早鐘の如く鳴り始めた鼓動を感じながら、そっと外の様子を窺おうとする。
なるべく外から見えないように壁面にぴったりと張り付いて、視線だけで辺りを見回すと、そこには。

「ああもうっ!! どうして出てこないんですの! お金はちゃんと入れたでしょう!」

大声で喚く女の子が、いた。
両手で思いきり何かを叩いている。
自販機のようだった。

「えええー」

209さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:11:59 ID:RuzAxSkY0
思わずもう一度声を漏らしてしまう。
豊かで長い髪を後ろで二つに結わえた女の子が、物音一つしないゴーストタウンのど真ん中で、
思いっきり大音量をまき散らしている。
ものすごい考えなしなのか、それとも逆におそろしく余裕があるのか。
たぶん前者だと思うけど、見た目で判断してはいけない。
僕にはねぇちゃんというサンプルがあった。

「どうしてもわたくしに甘いものを飲ませない気ですのね……!
 ええい、こうなったら……!」

と、女の子は何かを決意したように言うと、しなやかな足を振り上げて……あ、スカートの裾から見える太股が
ちょっと色っぽい……じゃなくて。
そのまま躊躇なく自販機に蹴りを入れた!

「〜〜〜〜っ!!」

そしてめちゃくちゃ痛がってる!
間違いない、あの子は単なる考えなしだ!
近づいちゃいけない、と本能が告げていた。
ああいうタイプの子も、僕は一応知っている。
関わったが最後、嵐のようなトラブルだけが待っているに違いない。
退避のベルが頭の中を鳴り響く中、僕はじりじりと後ずさる。
が。

「……あ」

そんな僕をじっと見る視線が、あった。
ちょっと吊り上がった、大きな瞳。
女の子と、ばっちり目が合ってしまっていた。

210さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:12:45 ID:RuzAxSkY0
「……」
「……」

行き交う人もいない街並みの、本来の静けさが痛い。
状況を整理しよう。
僕はビルの中、へっぴり腰で後ずさり。
尻のポケットには(玩具のお札でいっぱいの!)高そうな財布。
そして目の前には、

「―――飢えた獣」
「誰がケモノですって!?」

しまった、思わず口に出していた!
ぶわ、と女の子の背中から炎が上がるのが見えた気がした。
かつかつかつ、と逃げる間もなく目の前まで迫られる。

「わたくしをケモノ呼ばわりとはいい度胸ですわね!」
「あ、いやその」
「わたくしにはきちんとした名前がありますのよ! よくお聞きなさい!」
「はい」

え、この状況で名前って、こだわるのそこ? ……と思いながらも素直に頷いてしまう。
すごい迫力だった。
肉食系だこの子。

「わたくしの名前は!」
「うん」

ためるなあ。
こういう性格なんだろうなあ。
わりとあっさり現実逃避を始めた僕のゲーム脳がぼんやりとそんなことを考えている前で、
彼女は胸を張って、うわ、両腕を腰に当ててるよ。
そんな、ものすごく偉そうなポーズで、すう、と息を吸って。

「―――さざぜ、がっ、ざざっ!」

沈黙が、降りた。

211さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:13:06 ID:RuzAxSkY0
「……」
「……」

ほんの一瞬だけ目を逸らして、見上げたコンクリートの天井に小さな欠けがあるなあ、と思って、
目の前の女の子の顔がぷるぷると震えながら赤く染まっていくのに視線を戻して、

「えーと……」
「……」
「個性的な、名前……だね?」

そう口にするのが、精一杯だった。
うん、墓穴を掘っていることは充分わかってるつもり。
すっかり真っ赤になった女の子が、震える手で僕の襟首をがっしり掴んだ。
掴んで、口を開こうとする。

「し、し……」
「し?」

ああ、怒りのゲージがMAXを超えるのが見える気がする……。
だけど先を促さずにはいられない、この悲しい習性。

「―――舌を噛んだだけですわっ!!」

こうして、びりびりとガラスの震えるような怒号が、閑静なビル街と
僕の鼓膜の奥に響き渡ってしまった、のだった。

212さみしげなさざなみ ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:13:49 ID:RuzAxSkY0

 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:G-3】

坂上鷹文
 【持ち物:こども銀行券の入った財布&プラスチックのコイン、水・食料一日分】
 【状況:健康】

笹瀬川佐々美
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

213 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/13(月) 15:27:07 ID:RuzAxSkY0
投下終了です。
智代アフター準拠とCLANNAD本編準拠で鷹文の時系列がアレなことになるのですが、
「時間軸的にはCLANNAD本編共通ルート中だけど何やかやで鷹文は全快してるよ世界」と
そんな感じで流してもらえると嬉しいなあ、っていう。
問題あれば御指摘下さい。

214 ◆Z1g6RDehVQ:2010/09/13(月) 23:57:37 ID:AXWLGku.0
『放置する?犯す?いじめる?』の時間は両グループとも【時間:1日目午後1時ごろ】でおねがいします。

215ハッピーエンドを目指して ◆5ddd1Yaifw:2010/09/14(火) 01:31:48 ID:qPrGgjW60
深緑の森に一人の少年が存在する。オレンジ色の髪に、ブレザーの制服とスラックス。
少年、音無結弦はぼーっとただその場に立っていた。

「今度は何だよ? 殺し合い? どうして?」

自分が現在進行形で巻き込まれている事態に頭が適応しない。

「巻き込まれる覚えなんてないぞ……」

それに、どうやって連れてこられたなど知る由もない。ただ夢ではないということは音無は理解はできた。

(これもまたゆりのミッション絡み……リアリティ重視のやつか?)

ついさっきみた名簿には死んだ世界戦線の主要メンバーがほぼ揃っていた。
ならこれはいつものミッションと同じなのではないか?
あの解説の天使の男と最初に死んだ女の子はゆりが用意したNPCであろう。
音無はひとまずそう仮の判断をした。

(だけど最後に残るのは一人だけか……いくら生き返るとはいえ感じが悪いな。仲間を殺すなんて……)

このミッションのクリア条件は最後のひとりになること唯一つ。
イコール、此処に呼ばれている他のメンバーとも争わないといけないわけだ。
それ以外にも名簿にはたくさんの名前があった。死んだ世界戦線はここまで大規模だっただろうか?
加えて、自分達のリーダーであるゆりがこんな仲間割れしそうなことをするのか? 
メリットよりデメリットの方が多いと音無は感じた。
そこに一握りの疑問が残る。だが、考えてもわからないのは仕方がない。一旦その思考を止めた。

「幸いのことに俺にはちゃんとした武器が配られたようだな……さすがに悪ふざけでハリセンとかだったら困る」

216ハッピーエンドを目指して ◆5ddd1Yaifw:2010/09/14(火) 01:32:40 ID:qPrGgjW60
音無が手に持つのはずっしりとした重さを感じさせる黒光りのする金属の物体。
コルトパイソンというリボルバーだ。

(コルトパイソンか……欲を言えばアサルトライフルとかサブマシンガンの方が良かったんだが。まあ仕方が無いか)

はぁとため息を吐きながら付属で付いてきたホルダーを腰につけてコルトパイソンをそこに差す。
いつまでも此処にとどまってはいられない、何にしろ人を探さないと始まらない、そう思い森の中を音無は歩き始めた。

(誰もいないな、120っていう大人数なんだからそろそろ人とあってもおかしくはないと思うんだが)

歩いても歩いても人が見つからない。あるのは頭上から照る太陽の光と延々とそびえ立つ木々のみ。
これはやっぱり夢なんじゃないのかと再び考えはしたが、地面を踏みしめる感触も草木の匂いも本物だ。
頬をつねってみても普通に痛い。頭の思考もクリアだ。

「本当にこれは現実……なんだよな……」

いくらたっても何も起こらない現状に疑問を覚える。周りを見ても人の影は見られず、辺りは静寂を保っている。

(もうしばらく歩いてみるか……)

そして歩いて数分後、音無はやっと人を見つけた。

「っ……やっぱり夢じゃねえのか」

人は人でも死人であったのだが。音無が見たのは黄色のセーラー服の少女――藤林椋が生を終えていた姿だった。
仰向けに倒れているその様からは顔など見れないが、ポッカリと真ん中に空いた傷から即死と判斷。

217ハッピーエンドを目指して ◆5ddd1Yaifw:2010/09/14(火) 01:33:08 ID:qPrGgjW60
胸から流れ出していた血は固まっているが、血のむせ返るような鉄臭い匂いはまだこの辺りに残っていた。
周りにあるおせちは血飛沫が飛び散っていてとてもじゃないが食べる気が起きない。

「最も、死人の近くで食欲なんてわかないけどな」

直に復活すると音無は思い、そのままにしておこうと――

「おい……ちょっと待てよ……!」

足を止めた。
おかしい。何かがおかしい。引っかかることが音無にはあった。

(血が固まっているってことはそれなりに時間が過ぎたって事だよな? そしたらもう復活してもおかしくないはずだ)

そして音無は確認として椋の身体を触ることでますますその疑問を深くする。

(死後硬直が始まっている、嘘だろ……こいつ本当に“死んでる”じゃねえか!)

生気が感じられない顔、傷口の痕の部分の変色、血の乾き、死後硬直、死後の世界で見たことがない制服、名簿の人の多さ。
頭の中でピースが組み合わさっていく。

(これは……ミッションじゃない!? この子は“生きていた”?)

音無は先程のこの殺し合いがミッションだという仮説を破棄し、これが本当の殺し合いだという仮説に変更する。

(じゃあ俺らはどうなる? もしかして!?)

この子が“生きていた”とするなら自分達も“生きている”。まだ仮説ではあるが信じる価値は十分ある。

218ハッピーエンドを目指して ◆5ddd1Yaifw:2010/09/14(火) 01:33:43 ID:qPrGgjW60
音無は思わず顔が綻んでしまう。もう一度やり直せるかもしれないという希望を考えてしまったから。

(だけどそのためには――)

ここに居る自分以外の人間を皆殺しにしなければならない。それも“生きた”人間を殺すのだ。

「出来るわけねえだろうがっ!!」

自分の根幹たる意志が許さない。無論、生きて帰りたいとは音無は思った。それでも駄目だったのだ。
妹である初音の死をきっかけにこの身体は他人のためにと誓いを立てたから。
どうしても破れなかった。

――――あの■■い■■での■のように――――

それは一種の“呪い”としてこびりついている。
自分の幸せのために他人を犠牲にするな。お前に幸せになる権利はない。
ある種の強迫観念じみたものだ。だけど、空っぽだった音無がやっと見つけた生きるための“呪い”――人を救うこと。
今更この“呪い”を消すことなんてできない。

「俺は、救わないと。一人でも多くの参加者を」

人を救う過程では当然この殺し合いに乗った人物との戦闘もある。
音無はもう殺し合いを楽観視していない。
乗る参加者の方が多いこともあると最悪の仮定はしている。

「だけど人を救うためには殺すのも覚悟しないといけない、か。矛盾しているな、人を救うために人を殺すなんて」

そして音無は歩き始めた。ここからは行動有るのみ、振り返る必要はない。ただ前を向いて走るだけ。

219ハッピーエンドを目指して ◆5ddd1Yaifw:2010/09/14(火) 01:34:55 ID:qPrGgjW60

「俺の一回だけの命……この使い方でいいんだ」

目指すは多くの人がここから生きて脱出をするハッピーエンド。
そこにあるのは多くの笑顔。
しかしそのヴィジョンに――

「例え、最後は孤独の中で死んだとしても」


――音無の姿はない。


【時間:1日目午後3時00分ごろ】
 【場所:F-7】

 音無結弦
 【持ち物:コルトパイソン(6/6)、予備弾90、水・食料一日分】
 【状況:健康】

220 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/14(火) 01:35:33 ID:qPrGgjW60
投下終了です。

221「All right let's go!」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/14(火) 02:04:36 ID:ieErrbK.0
 天上学園――そこは、生徒総数二千人を超える全寮制の学校である。
 そしてその学園は楽園であるがゆえに、死後の世界でもあった。

 『死んだ世界戦線』と呼ばれる少年少女たちがいた。
 彼らたちは皆、現世で未練ある死を体験し、天上学園に送られた者たちである。
 曰く――その学園で未練を晴らせ、青春を謳歌し速やかに成仏しろ、と。
 それはいるかどうかもわからない神の意思であり、少年少女たちの意向を無視した暴虐でもあった。

 少年少女たちは抗った。ふざけんな。そんな簡単に成仏なんてしてやるもんか。
 いつまでも死にきらず、天上学園に居座り続ける少年少女たちに対し、神は天使を遣わした。
 天使は少年少女たちを襲い、半ば強制的にその存在を成仏――つまり、消去していく。
 ますますふざけんな。そんな運命には従わない。死んでたまるか!

 ――そうして集まったのが『死んだ世界戦線』なのである。

「Rebels against the god」

 ここに一人、死んだ世界戦線のメンバーたる男がいる。
 名前をTK。偽名か、それともイニシャルか、どちらにせよ本名は誰も知らない。
 赤いバンダナを額に巻き、目元まで隠した特徴的な容貌。金髪は染めているのか地毛なのか、そもそも国籍すら不明。
 ブレザータイプの学生服を上着として羽織っているが、その下はネクタイつきのワイシャツではなく普通のTシャツ。
 耳にはピアス。首からはシルバーのつもりなのか、なぜか一組の手錠を提げていたりと、見た目からして不可解な点が多い。
 ストリートファッションに身を包んだ外国かぶれのヤンキー、といえば多少は聞こえはいいかもしれないが、彼は戦線メンバーの中でも極めて謎な存在だ。

 そんなTKが、この殺し合いという状況下でどう動くか――
 それは戦線のリーダーであるゆり、戦線の中で特に彼と親しい松下、その他の誰にも予測することは不可能だろう。
 極めてFreedom。極めてMysterious。極めてDifferent。それが戦線におけるTKの立ち位置であり役割だ。

 ただ一点、共通する信念があるとすれば――それは「死んでたまるか!」という絶対の意思。
 既に死んだ身の上であるTKにとって、死とは昼休みに流れるSoundのごとく安いものである。
 しかし、これが命をかけたSurvival gameであるというのであれば、やはり死んでやるわけにはいかない。
 想いは他の戦線メンバーとて同じだろう。ならば起こすべき行動のカタチは決まっている。


「All right let's go!」


 TKにとって、戦線メンバー以外の人間はNPC(ノンプレイヤーキャラ)であり、狙い撃つべきTargetでしかない。
 ゲームを企てた者があんな、白い羽を生やした天使の親玉――神みたいな存在であるのなら、なおのこと。
 戦線メンバー以外の人間は人間ではなく、天使。あの生徒会長と同等に討つべきenemy。
 彼はTKとして動き、死んだ世界戦線のTKとして行動を起こす。
 自らを犠牲にギルドへの道を切り開いたあのときのように、TeamとFriendsのため障害を葬る牙となるのだ。


 ◇ ◇ ◇


 鬱蒼とした山中の森を、間の抜けた悲鳴と共に駆け抜ける一人の少女がいた。
 半べそをかきながら、必死に、追いすがる謎の人物との距離を開けるためひた走る。

「ひ、ひえ〜」

 傍目から見れば緊張感に欠けるが、本人にとってはれっきとした恐怖の表れである涙声。
 木々が生い茂る山の中を、懸命に突き進む。彼女の名前は、神北小毬という。
 学校指定のブラウスの上からやや大きめなセーターを着ており、腰元からはチェックのスカートが覗く。
 髪型はショートボブ。左右を二本の赤いリボンで結っており、走るたびにそれが揺れた。
 顔は汗だくで、両の瞳は混乱と動揺のあまりぐるぐる回っている。ドタバタという音が聞こえてきそうな走り方だった。

222「All right let's go!」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/14(火) 02:05:16 ID:ieErrbK.0
「Ah〜…………Ah〜…………Ahaaaaaaaaaa〜…………」

 走る小毬の後方から、甲高い声が響いてくる。
 それを耳で捉えるや、小毬の身はビクっと震え、駆ける速度をさらに速めた。
 とはいえ、彼女はそれほど足が速いわけではない。体力だって自慢にはできないくらい弱っちい。
 追いすがる者が何者か、それを考えれば、訪れる結末を予想することもまた容易かった。

「Fooooooooooooooahahheaaaaaaaaaaaaaaa――」

 生い茂る木々の群集を、縫うように『飛んで』来る後方の何者か。彼の足は地についてはおらず、彼の身は宙を支配している。
 されど翼があるわけではない。彼の手は一本の蔦を握っていた。木から伸びる蔦、ときに枝を、彼は取っかえ引っかえ掴み移る。
 まるでジャングルの王者ターザンを思わせる、野生児的な咆哮だった。小毬はもうなにがなんだかわからなくて、ただ逃げるだけしかできなかった。

「――aaaaaahahheaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 咆哮がやみ、彼の握る蔦が大きく揺れた。しなる樹の枝、前を譲る大樹。走る小毬の前方に、空から男が飛来する。
 学生だった。一目でそうとわかるブレザーの制服を着ていた。そしてバンダナだ。大きなバンダナで目元を隠している。
 そう――この『彼』こそが、戦線メンバーの中で最もFreedomで最もMysteriousで最もDifferentな男。自称TKである。
 TKは小毬の行く手を塞ぎ、手首を軽やかにスナップさせてから彼女への言葉を放った。

「Hey,yo! Don't stop dancing!」
「ふえ〜!?」

 いきなり英語で喋られた。いや、これくらいの英語ならなにを言っているかはわかるが、肝心の意味がまったく理解できない。
 踊りをやめるなと言われても、小毬は別に踊っていたつもりもないわけで、なんだかTKの身体が小刻みに揺れているのが気になる。

「あ、リズムを取っているんですね」

 唐突に閃いて、突然理解した。きっと彼はファンキーな人なんだ。そうなんだ。
 TKは確かにファンキーな人物であった。対して、小毬はどちらかというとファンシーな女の子だった。
 Characterこそ正反対な二人だったが、小毬はノリがいい女の子でもある。TKの取る軽快なリズムに、自然と同調し始めていた。

「Your destiny is exhausted here」
「よーちぇけらっちょー?」
「Will invite you to the heaven……」
「しゃかしゃかへい?」
「Determine it!」
「おーいえー♪」
「Wonderful!」
「わんだほー♪」

 ビシィ!
 関節が奏でる音。TKの右腕は天を、左腕は地を、右足は空、左足は彼方を向き、Performanceは終わった。楽しかった。
 ……あ。風で木の葉が揺れる音が聞こえる。小鳥のさえずりのようなものも。そういえば、この森って猛獣とか出ないかな。小毬は心配になった。

「Do not joke! ナンデヤネン!」
「ふえっ!? ご、ごめんなさはぁい……」

 不意に怒鳴られて、小毬はまた涙目になる。
 そうだ、自分は追われていたのだった。この目的不明のバンダナ男に。
 そして今、TKの目的――小毬を追い回していた理由が明らかになる。彼が、武器を取り出したのだ。
 右手に装着し、枝木の隙間から漏れる陽光に照らされてキラリと光るその武器は、ヤンキー御用達、似合いすぎている鋼鉄のメリケンサックだ。
 ナイフや銃に比べたら全然平和的な道具。なのに小毬はそれがどうしようもなく怖いものに思えて、ぺたん、とその場に尻餅をついてしまう。

223「All right let's go!」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/14(火) 02:05:56 ID:ieErrbK.0
「You are my enemy……」

 エネミー。敵という意。さっきはリズムが軽快で全然そんな感じはしなかったが、TKの発言は終始物騒なものだった。
 おまえの運命はここで尽きる。天国にいざなってやろう。覚悟はいいか。ラップ調で問い詰める。小毬はもちろん頷かない。
 今はただ、TKから放たれるむき出しの敵意に怯え、身を竦ませている。どうしよう。そんな呟きを落とす現場に、


「突然すまない。これはいったいどういう状況なんだ」


 第三の人物が現れた。
 ちょうど小毬とTKの間、どちら側ともつかない位置に、いつの間にか一人の少女が立っている。
 風になびく長い髪。それをまとめるヘアバンド。スラリと伸びる綺麗な脚。見惚れるような姿勢。清楚な顔立ち。
 歳は小毬やTKと同じくらいだろう。彼女も学生服を着ていて、そのデザインはやはり小毬やTKとも微妙に違っている。
 きれい……それでいてかっこいい。小毬は感嘆のあまり、「ほへ〜」と場違いに間の抜けた声を出してしまった。

「Oh! New challenger! 飛んで火に入る夏の虫……Coming at chance!」

 小毬がなんの説明もできないでいるうちに、TKのほうが食ってかかっていった。
 言動は相変わらずの意味不明さだが、独自のRhythmに合わせて相手を挑発する様は、第三者である彼女の顔を顰めさせるのに十分だった。

 小毬とTKの声に誘われてやって来た彼女の名前は、坂上智代。

 開始一時間ほどで凶悪な事件に巻き込まれたのだと察し、気持の整理をつけ、そして第一に遭遇した現場がここだった。
 自身の首元に手を触れる。冷たく、無骨な感触。この首に嵌められた輪はすぐにでも外したいが、おとなしく飼い主に尾を降るつもりもない。
 ならば、今は深くは考えない。自分のポリシーを貫き通すまで。智代にとっては、怯える少女と怪しげな男、どちらに味方するかという単純な話なのだった。

「……なるほど。事情はよくわからないが、加害者がそちらなのは確かなようだな。なら、私も正当防衛させてもらおう」

 智代は小毬の身を隠すように立ち、TKと向かい合う。もちろん武器などない。鞄を一つ抱えただけの、素手だった。

「Oh……It Crazy……」

 TKが口笛を一回、続けて口元だけで笑み、智代に殴りかかっていった。
 彼の脳内では戦意を高揚させるためのBGMでも鳴り響いているのか、独特なステップを踏んで智代との距離を詰めていく。
 風貌はStreetで幅を利かせるチンピラのようでもあるが、この動きは侮れるものではない。智代の顔が微か、強張った。

「Foooooooooooo――」

 そして、お互いがお互いの間合いに入る。
 TKは空に寄りかかるような姿勢のまま、身を翻しての裏拳を見舞おうとしている。
 智代は腰を少しだけ落として、TKの目を見ていた。バンダナに隠された双眸――彼は目隠しで戦っているのか。
 まさかそれが単なる格好付けであるとは思えない。彼は視覚に頼らない戦い方ができるのだろうか。考えている暇はない。脚が出た。

「――はァ!」

 蹴り上げる。
 智代の左脚が天を突き上げるように放たれ、TKの顎を砕いた。
 裏拳の体勢は崩れ、宙を浮く――重力のままに落下する、その間隙。智代の追撃が入った。

224「All right let's go!」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/14(火) 02:06:36 ID:ieErrbK.0
「はああああああああああああああ!」

 浮き上がったTKの胴体、その至る箇所に連続の上段蹴りを浴びせる。機関銃のごときキックの一斉掃射。
 Hit! Hit!! Hit!!!――Combo! Combo!! Combo!!! 無限Combo!

 そして――Finish!!!!!

 ラストに放った後ろ回し蹴りに、TKの身体が吹き飛んだ。
 落下という形で地面に激突し、そのまま山の斜面を転がり落ちていく。
 あの勢いでは木にでもぶつからない限り、麓までまっさかさまだろう。それでも死ぬことはないと思うが。

「ふぅ……なんだったんだ、いったい?」
「あ、あの」

 未だ状況を把握しきれないでいる智代に、上擦った声がかかる。
 振り向くと、小毬は地べたに座ったまま智代を見上げていた。
 そんな彼女に、智代は優しく微笑みかけ、手を差し伸べる。

「立てるか?」
「は、はい」

 少し緊張した面持ちで、智代の手を取る小毬。
 交わされた手と手の感触は温かく、無条件で安心できる類のものだった。

「私は坂上智代。よければ話がしたいのだが……」
「智代ちゃん……じゃあ、トモちゃんですね」
「と、トモちゃん!?」

 にっこり。小毬の表情から完全に怯えが消えていく。
 そしたらなんだか揺れ始めた。
 全身、小刻みに。リズムを取っているようにも見える。

「私は、神北小毬です。助けてくれて、どうもありがと〜。それとよろしくですね、トモちゃん♪」

 いえー! とやけに楽しそうにバンザイする小毬ちゃん。
 智代は唖然とする。
 TKのノリがウツっていた。



【時間:1日目午後1時30分ごろ】
【場所:D-2 山中】


TK
【持ち物:メリケンサック、水・食料一日分】
【状況:転がり落ちるほどDamage、致命的なまでにBlunder】


神北小毬
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】


坂上智代
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

225 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/14(火) 02:07:21 ID:ieErrbK.0
投下終了です。

226 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:47:28 ID:DoUbS4KE0
「待ってろ姉ちゃん、今すぐあたしが駆けつけてやるからな!」

 勇んだ掛け声と共に、森の中を疾駆するのは綾之部珠美である。
 彼女の服装は二の腕が完全に露出している夏用のワンピースにサンダルだ。
 はっきり言って、大胆に行動するのには向いていない格好だった。
 斜面を走ればサンダルが脱げるし、踏ん張りも利かない。
 珠美は何度かこけた。小さな体が土に塗れた。
 それだけではなく、髪も土くれがついた。
 ショートヘアの珠美は髪の汚れなど気にするような性質ではなかったが、こりゃ姉ちゃんは大変だなと想像していた。

 姉の可憐は義理の姉だ。どこか遠い親戚から貰われ、育てられてきた。
 その出自が関係して、可憐は必要以上に良家の淑女としてふるまうことが多かった。
 本当はやりたいことがたくさんあって、自由を欲しがる年頃であるはずなのに。
 だからせめて自分が理解者であり、いい妹でいてあげたいと思っていた。
 姉のピンチにすぐ駆けつけられる妹でありたいと思っていた。
 あたしが守る。守って、少しでも負担を軽くしてやるんだ。
 女の子がいつまでも肩肘張れるわけなんてないんだから。
 それが珠美の決意であった。
 が、決意に行動がついてこなかった。
 走れども走れども森を抜けられず、同じような場所をうろうろと回るばかり。
 決して方向音痴ではないことは自覚しているはずなのに、全然抜けられないのだ。

「お、おっかしいぞこの森! なんじゃこれは! 迷いの森か、森なのか!?」

 ひとり突っ込んでみるも、反応はなかった。
 そこでふと珠美は思い出した。地図とコンパスの存在を。
 後になって思い出すのは珠美の悪い癖だった。行動が先走り過ぎているともいう。
 とりあえず方角を確認した。地図を見た。が、結局自分がどこにいるのか分からなかった。適当に走っていたせいだった。
 後悔先に立たず。

「むむ」
「むむむぅ」
「なるようになれっ!」

 乱暴に地図とコンパスをしまって、また珠美は走り始めた。
 ヤケクソだった。それがまた悪い癖であることに気付いたのは、息切れしてへたり込んだ後のことである。

     *     *     *

227 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:48:10 ID:DoUbS4KE0
「ぜー、ぜー……くっそう、なんじゃいこの森はぁ」

 ふらふらと珠美は歩く。走り過ぎて乳酸がたまりきり、足が重かった。
 元よりスタミナのある方ではない。それは体の小ささが証明している。
 小学生高学年から中学生ほどの身長でしかない珠美は、瞬発力こそあるものの持続性はないに等しかった。
 そういうことに後々になってから気付くのも、子供っぽいと言われる所以だった。
 一応、香月ちはやと同学年であり、香月恭介とはひとつ違いでしかないのだが。

「あー、姉ちゃん。あたしごめん、休むわ」

 あっさり姉の捜索を諦める。
 どうにもこうにも疲れきっていたのだ。
 まあスキルはそれなりに高いはずなので、しばらくは無事だろうと勝手に解釈し、
 木の幹に腰掛けて水でも飲もうかとデイパックを下ろしたとき、それは落ちてきた。

「ぬわーーーーーっ!」
「うわーーーーっ!?」

 人が。
 何やらマントのようなものを抱えて。

「グレイズっ!」

 避けていた。直後、顔から人が突っ込んだ。顔が土に埋もれていた。
 真っ先に思ったのは、犬神家だ、ということだった。

「おーーい……」

 ピクリとも動かない物体に、恐る恐る声をかける。
 身長が高いのだろう。突き出た手足は長い。羨ましいが、アホだった。
 反応はなかった。数秒待って、珠美は結論を下した。

「死んだか……なんまんだぶなんまんだぶ」
「死んでねーよっ!」
「うひゃああああっ!」

 顔がガバッと飛び出してきた。怖かった。スケキヨより。
 だがよく見れば、それは男だった。顔が土まみれだったが、そこそこイケメンの男である。
 恭介とどっちがカッコいいかな、そんなことを少し考えていると、フッ、と男が笑った。

228 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:48:45 ID:DoUbS4KE0
「すまねえな、みっともないところを見せちまった」
「いや、今気取ってもアンタアホだぞ」
「うるさいやいっ! 忍者になりたかったんだよ!」
「うわ真性のアホがいるよ。かわいそうに、頭をやられたんだ……」
「酸素欠乏症でも強くも打ってねーよ! これを見ろ!」

 男が布を差し出す。紺色の、大体2m弱四方の正方形だった。
 風呂敷だろうか。何の変哲もない風呂敷。
 ああ、そうかと珠美は手を打った。

「かわいそうに、幻覚を見てるんだ……」
「何の幻覚だよっ! 見て分からないのか、これは男のロマン、忍者セットだ!」
「はあ」
「あからさまに興味のない顔をするな……ほら、これだ」

 ばらばらと、男がクナイやら小刀やら変な塗り薬っぽいものを取り出した。
 触ってみると、いずれも本物である。
 薬は傷薬らしかった。塗ればたちまち回復するというが、うそ臭い。媚薬と言われたほうがまだ信用できる。

「そしてこいつが、空飛ぶマントってわけだ」

 自信満々に布を突き出される。
 そういえば漫画で見たことがある。布の端を手足で持って、ふわふわ空を飛ぶアレである。

「バカなのかお前?」
「ロマンがあると言え。忍者セットだって言われてこれ渡されたら挑みたくなるだろ?」
「いや全然。つかできるはずない」
「幽雅に大空を舞い、鳥と一緒に空中の旅路。辿り着くは悪代官の根城」
「聞いてねー。真性のドアホだよこの人」
「ロ・マ・ンだ!」
「んなことできてたまるかアホンカス!」
「こいつ……チビっ子の癖して生意気な。お前くらいの年頃の少女はセーラームーンに憧れるだろ? そういうもんだ」
「たとえが古いなぁ……」
「俺だってそうさ。そうして俺は喜び勇んで木に登り、マントを持って大空をフライしたのさ」
「そんで?」
「……落ちた」
「あはははははははははは! ばーかばーか!」
「うるせえ! 風が吹かなかったんだ! 失敗くらい誰だってする! 失敗は成功の母だ!」
「いやあ、あたし久々に本物のバカに会った。うん、記念に写真撮りたいぞ。ほら笑えアホ」
「くっ、こんな年幅もいかぬ少女に慰められるとは……俺も地に落ちたもんだな……」
「地面に埋まってたもんな、うしし」
「くそ……」

229 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:49:08 ID:DoUbS4KE0
 本当に悔しそうにしている。
 顔は格好いいし、口調も青年のものだ。
 けれども、アホだった。致命的なアホな、少年の心の持ち主だった。

「っていうかさ、あたしんな年下じゃないんだけど」
「は? 小学生じゃないのか?」
「殺すぞ」

 鳩尾を蹴っ飛ばした。

「ぐはっ! も、もうちょっと猶予があるだろっ!」
「あーごめんねぇ。ちょっとこのロリコンがあたしのことを小学生とかほざくもんでさ」
「ロリ……違う。断じて違うぞ、中学生しょうじぐほぉっ!」

 鳩尾を蹴っ飛ばした。

「てんめぇ! なめとんのか!」
「い、言う前に蹴らないで欲しいんだが……」
「避けられるじゃん」
「ごもっとも……」

 悶絶する男に、ふんと鼻息荒く珠美は見下した。
 先程の疲れはどこへやらである。元気付けられたのか、小中学生扱いされたことがムカついたのか。
 多分どっちもだろう。

「ってことはあれか、高校生か?」
「じゃなかったらなに? まさか幼稚園児とでもいうつもりなのかに? なのかに?」
「すんません十分高校生様です、はい」
「全く……これだからロリコンはいけねぇ」
「ロリコンじゃない。棗恭介だ」
「きょーすけ?」
「おう。きょーすけだ」

 不思議なこともあるもんだと珠美は思った。
 偶然か否か、香月恭介と同じ名前だった。
 あっちはシスコンだが、こっちはロリコンか。

230 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:49:31 ID:DoUbS4KE0
「今失礼なこと考えたろ」
「……別にぃ?」

 勘も鋭いらしい。

「そっちも名乗れよ。でなきゃヤマザルって呼ぶぞ」
「なぜに」
「俺をかわしたときといい、さっきの蹴りといい、サルみたいに素早かったからな」
「あっちのきょーすけと同レベルかぁ……」
「なんだって?」
「なんでもない。珠美。綾之部珠美だよ」
「綾小路?」
「っとにきょーすけと同レベルだなお前は……っ!」

 鳩尾を蹴っ飛ばした。
 が、ひょいとかわされた。

「何度も同じ手を食うか、バーカ」
「ちっ」
「で、誰だそのきょーすけってのは」
「友達だよ。よく映画とか見に行くの」
「なるほどな」

 しれっとして、うんうんと頷く恭介。学習能力はアホな言動にも関わらず高いほうだ。
 あっちの恭介と張り合わせたらどうなるんだろうと想像して、少し楽しくなった。

「でだ、珠美。お前はそんな泥んこになって何してたんだ?」
「姉ちゃん探してたんだよ」

 顔が土まみれなのはお前もじゃないか、と内心で突っ込みつつ言う。
 可憐という姉を探していると伝えたが、芳しい反応ではない。
 それもそうかと思った。忍者セットで遊んで……いや、忍者を実践しようとしていたのだから。

「そうか。人探しは俺と同じだな」
「遊んでたんじゃないのかに?」
「空から探そうと思ったんだよ。考えなしにやってたわけじゃない」

 なるほど、もっともな意見だった。
 確かにそのほうが探しやすいかもしれない。
 ……発想と方法がバカそのものなのだが。

231 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:49:50 ID:DoUbS4KE0
「きょーすけ、頭は悪くないんだね」
「当たり前だ。俺はいつだって本気さ」

 ニカッと笑う。何の含みもない、少年の笑いだった。
 そういえば、ここまでだって名前以外殆ど情報を明かしてない。
 下手に漏らさないところを考えるに、それなりの警戒心も持っているようだ。
 ひょっとするとこの男、意外と頼りになるのかもしれない。
 同じ恭介という名前であることも、それを信じるのに一役買っていた。

「友達探して、どうしようとしてたの?」

 だから、もうひとつだけ確かめるために珠美は聞いた。
 もしも自分の考えていた通りの答えが返ってくるとしたら。
 この男についてってみようと考えたからだった。

「決まってるさ。こんな馬鹿げた殺し合いから脱出する。友達犠牲にして生きてられるかよ」

 思った通りの、答えだった。
 だが、言葉には続きもあった。

「ま、正直なところ、本当は殺し合いに乗るって考えもあったんだよ」
「……」
「警戒するなよ。最初の話だ。でもな、生き残れるのは一人だって言うじゃないか。……だからさ、ダメだったんだよ」

 一人は、選べなかった。最後に付け足した恭介の言葉尻には、冷酷になりきれない人間らしさがあった。
 甘い部分を残している。しかし、それは言うべきではないなと珠美は思った。
 言ってしまえば、可憐を一人にしてしまいそうな気がしてしまいそうだったからだ。
 だから冗談交じりの言葉を珠美は返したのだった。

「二人生き残れるって言ってたら、乗ってたのかに?」
「そうかもな。はは、アダムとイヴ、どっちもなきゃ俺にはダメみたいなんだよ」
「我侭だにー」
「大切に思ってるって言ってくれよ」

 苦笑する恭介。
 だが、そのアダムとイヴの名は明かしてくれなかった。
 それくらい大切なのだろうと珠美は確信する。
 だからこそ、この男は信用していい、と。
 珠美の勘が言っていたのだった。

232 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:50:06 ID:DoUbS4KE0


 【時間:1日目午後2時ごろ】&nbsp;
 【場所:E-3】&nbsp;



 棗恭介&nbsp;
 【持ち物:忍者セット(マント、クナイ、小刀、傷薬)、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;



 綾之部珠美
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;

233 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/14(火) 18:50:48 ID:DoUbS4KE0
投下終了です。
タイトルは『ロリバカバスターズ!』です

234 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:17:37 ID:UikRAO5w0

「君っ……! まだ走れるか……!」
「走りには自身があるから大丈夫よ!」
「それは重畳、とにかく走るぞ……うおっ! 今横を何かが掠めたぞ!」
「当たらなくてラッキーねっ! 当たったら一発でお陀仏よっ」

 廃墟の街を二人組みの男女が走っている。
 地面のアスファルトはひび割れて、隙間から無造作に雑草が多い茂る道路。
 昔ながらの塀のある民家も朽ち果て塀の一部が道路にまで崩れており、走りにくいことこの上ない。
 何十年も放置され、朽ちた街はまるで迷路の様に当たり一面に広がっている。
 そんな廃墟の街を駆け抜ける学生服の少女と仮面を付けた怪しげな男。

 少女の名は藤林杏。
 仮面の男の名はハクオロと言った。
 彼女達は執拗に追いかけてくる追跡者から必死に逃れようとしている。
 複雑に入り組んだ道や路地が助けになっているというものの一向に追跡者から逃れられず、徐々に追い詰められかけていた。
 やがて――

「ウソ……行き止まり……?」
「万事休すか、ならば私が囮になってその間に――」
「馬鹿っ! そんな分かりやすい死亡フラグ立てないでよッ! 何か……何か――!」

 そして杏は道端に打ち捨てられ古びたそれを見つけた。
 幸いにも鍵は刺さったまま。
 後はそれが動くかどうか――

「鉄の――ウマ……?」
「ハクオロさん! 後ろ乗って!」
「あ、ああ……!」

 ハクオロは杏が跨るそれの後ろに乗る。
 そして杏はそれの鍵に手に添えて祈った。

「お願い……! 動いてぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!」

235 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:18:57 ID:UikRAO5w0
 


 ■
 


 訳の分からないままこの島に放り出された杏。
 気がついたら変な部屋に押し込まれ、天使のようなコスプレをした男に殺し合いを命じられた。
 デイバッグと一緒に支給された名簿には知り合いの名が記されている。
 その中には双子の妹である椋の名も載っていた。

 まずは妹と知り合いを探そう。
 杏は廃墟となった街を一人歩いていた。
 仮に他の人と出会ったところで相手も自分と同じ立場のはず。
 いきなり拉致され殺し合えと命じられて、それに簡単に従うとは思えない。
 出合ったそばからこちらに危害を加えるようとする人間なんてまずいない、そう踏んでいた。
 だから支給された武器――回転式弾倉を持ったグレネードランチャーは殺傷能力の無い閃光弾を装填しておいた。
 弾薬は閃光弾の他に榴弾と焼夷弾。閃光弾以外はどれも人を殺すのに十分すぎる兵器だった。

 コレを使う機会が来ませんように――

 杏はそう願いながら歩く。
 すると無人の街の電信柱の向こうからこちらを伺う人影があった。

(うわっ……どうしよう……)

 引き返したい。
 でも相手が凶悪な人間だったら背中を見せたらズドンと撃たれるかもしれない。
 とは言えこちらも物騒な武器を手に持っている。相手を警戒させてしまうのも無理はない。

 だが……電信柱からこちらを伺う影はどうみても怪しさ満点だった。
 影の正体は少々風変わりな和服をを着た男。
 まるで時代劇の世界から抜け出してきたような古めかしい衣装を纏い、
 そしてなによりも怪しさを引き立ててるのがその男の顔の鼻から上を覆う鬼のような仮面だった。

(どう見ても変質者丸出しじゃない……)

 いくら相手が変質者とはいえ、いきなり榴弾を撃ち込むのは躊躇われるし、それ以前に殺人犯になりたくない。
 どうしようかと相手の出方を伺っていた杏だったが、意外にも相手からこちらにコンタクトを取ってきた。

236 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:20:42 ID:UikRAO5w0
 
「あー……すまない君を驚かせてしまったようだ。私は決して君に危害を加えるつもりじゃない。だからそれを降ろしてくれるとありがたいのだが」
「そんな変な仮面付けてる人に『危害を加えるつもりはない』と言われても信じられると思う?」
「くっ……確かに私は見た目は怪しいが決して怪しい者ではない!」
「日本語になってないわよそれ」

 低めの声が渋さをかもし出している仮面の男は少しむっとしたような声色だった。
 どうやら見た目の怪しさは本人も自覚しているようらしい。

「……はいはいわかったわ。その代わり腕を上げて頭の後ろに回してこっちに来て。変なコトしたら承知しないわよ」
「わかった。これでいいだろうか?」

 そう言うと仮面の男は手を頭の後ろに手を回して近づいてくる。

「……どうやら本当に、怪しい人間じゃないようね」
「だから怪しい者ではないと言っているだろう」
「まあ、それもそうだけど。あなたその気になればいつでもあたしをどうとでもできるでしょ? でもそうしないと言うことはそれなりに信用できる人のようね」

 所詮まともに銃を握ったことのないただの女子高生である杏。
 それに比べ目の前の男は素人目からでも相当な修羅場を潜っていることが伺える。
 例え向こうが丸腰であっても杏を無力化するのは造作もないことだろう。

「あたしは杏。藤林杏よ。杏と呼んでくれて結構よ」
「……それなりと言うのが気になるがまあいいだろう。私はハクオロ、トゥスクルの皇(ウォルォ) だ」
「えーと、ごめん。あなたが何言ってるのかわかんないんだけど……」
「聞こえなかったのか? 私の名前はハクオロだ」
「いや、その後」
「だからトゥスクルの皇(ウォルォ) だ」

 聞いたこともない単語に混乱する杏。
 トゥスクルのウォルォ?
 日本語でOK?
 いや、きっと細かいことは気にしないほうがいいのだろう。
 わざわざ下手に勘ぐってハクオロの機嫌を損ねなくてもいいだろう。

「……まあいっか。よろしくねハクオロさん」
「ああ、よろしく頼む杏」

 二人はお互いこれまでの経緯を説明し合う。
 だがハクオロもまた、突然知り合いとともにこの島に連れて来られただけだというのだ。
 ちなみにハクオロの説明によりトゥスクルのウォルォという単語がトゥスクルという国の国王を意味することを杏は知ることになった。

237 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:22:34 ID:UikRAO5w0
 
「へー……国王ねえ……とてもそうは見えないんだけど」
「よく言われる」
「あはっ、やっぱりその格好気にしてるんだ」
「悪かったな」
「ところで……なんであたし達。言葉が通じているんだろ」
「「…………」」

 二人して黙りこくる。
 見たことも聞いたことのないような国の人間が日本語を話している。
 どう考えても不可解な出来事だった。



「――あの、そこの方々。少しよろしいでしょうか」



 二人の沈黙を破ったのは妙な耳飾りを付けた穏やかそうな女性だった。

(なっ……この女……!)

 ハクオロは突然現れた女に警戒心を無意識に抱いた。
 年の頃はエルルゥとそう変らないように見える少女。
 どことなく雰囲気も似てるかもしれない。
 だがハクオロが警戒心を抱かせたもの――それは彼女の気配だった。

 気配が全くしない。
 動物であれ人間であれ生きている者には必ず気配が付きまとう。
 熟練した暗殺者等ならある程度自らの気配を断つ者がいてもおかしくないが、それでも完全に、この少女にように気配が全くしないというのはありえない。
 いや、気配という以前に彼女からは生気を全く感じさせない。
 見た目は普通の人間と変らないのに―そう、まるで人形を相手しているような。

238 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:24:05 ID:UikRAO5w0
 
(杏……!)

 ハクオロは小声で杏に囁く。
 杏もまたかなりの警戒をしていた。
 彼女はまるで鉄の塊みたいな長大な銃を右手にぶら下げている。
 とても非力な普通の女性では片手で持てそうにない物。
 そしてさらに異様だったのは彼女の肩から腰に巻きつけられたそれ。
 まるでどこかのベトナム帰りのワンマンアーミーのように給弾ベルトをたすき掛けにしている。
 もちろんそのベルトの先は右手の銃と繋がっていた。
 銃を知らないハクオロとて、彼女の異様さは肌で感じ取れていた。

「あの……姫百合珊瑚と姫百合瑠璃という方をご存知ないでしょうか?」
「ご、ごめんなさい。あたしは知らないの。ね? ハクオロさん」
「あ、ああ……私達も今初めて会ったばかりなんだ。その二人のことはし、知らん」
「そうですか……」

 少女は少し寂びしそうな表情を見せていた。
 そして哀しそうな笑顔を浮かべ――


「申し訳ございません。本来なら人間を傷つけることはあってはならない事ですが……私は……! 私がお仕えする主のために――」


 彼女は銃口を二人に向けて――

「ハクオロさん! 目を閉じてぇぇぇーーッ!」
「杏……!? ……うぉぉぉぉぉぉっ!」
「な……きゃああああああああッ!!」

 あたり一面が白い閃光に包まれる。
 まるで全てを焼き尽くすような白光が周辺を包むも熱も爆風も押し寄せてこない。
 杏は咄嗟の判断で少女が引き金を引く前に閃光弾を放っていた。

「ハクオロさんっ走ってっ!」
「あ、ああっ……!」

 少し目が眩むもののハクオロはしっかりとした足取りで杏ともに走る。
 後ろに目をやると閃光弾にまともに目を焼かれた少女が悶え苦しんでいる。
 あれではしばらくまともに動くことすらできないだろう。
 この隙に――

239 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:25:45 ID:UikRAO5w0
 
「ウソっ……もう動けるなんて……っ!」
「なんなんだあの女――」

 確かに相手はまともに閃光弾を受けたというのにもう起き上がり、こちらを追いかけて来ている。
 とても人間とは思えない行動を見せる少女だった。



 ■



「くっ……光学センサーが……! ――視界を一時的に赤外線センサーに変更……!」

 真っ白に染まった視界が急に青や緑で彩られた風景に切り替わる。
 彼女のカメラアイに映し出された景色の中、遠ざかる赤い影。
 先ほどの二人組が遠ざかっていく。

「瑠璃様、珊瑚様……申し訳ありません。だけど私はどんな謗りを受けようともあなた方を――我が主をお守り致します。
 その為にはこの銃把を握り、我が主の盾に……いや剣となる覚悟……!」

 こんなことになるなら心など持って生まれてこなければよかった。
 人に危害を加えてはならない。ロボットとして最低限の原則。彼女はそれを破ろうとしている。
 そう命令された訳でもなく。
 そうプログラムされた訳でもなく。
 愛する主を生き残らせるために自らの意志をもって禁を犯す。

 なぜ我が主は自分に自由意志という名の知恵の実を授けてしまったのだろうか。
 初めから殺人機械として作られていればどれほど幸せだっただろうかとHMX-17a――イルファは苦悩する。

 だが容赦はしない。
 これから殺そうとする相手に憐憫の情を持ってはいけない。
 そうしてしまえば何のために剣となる覚悟を決めた意味がない。
 故に無慈悲に彼らに鉄の火を浴びせよう。
 それこそが彼らに対する唯一の手向けだと――

 ロボットであるゆえに彼女は普通の人間を凌駕した動きで二人を――杏とハクオロを追い詰めてゆく。
 複雑に入り組んだ地形が追跡を拒もうとも、イルファに搭載された赤外線センサーが二人の体温の残滓を探し当てる。

 カメラアイが二人の姿を捉える。
 視界に丸い照準が現れ二人をロックした。
 そして銃を放つ。
 高速で飛来する鉄の礫はハクオロ掠めてコンクリートの塀を砕き白煙を上げる。

240 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:28:10 ID:UikRAO5w0
 
「……風向き、相対速度、移動における腕部マニピュレーターのブレ、銃の反動を考慮に入れて再計算後照準修正――次は当てる!」

 次は確実に当てる。
 イルファの赤外線センサーの視界には二人の移動の足跡がはっきりと映し出されている。
 二つ目の角を右に曲っていた。
 これで決着を付ける――そう思ったイルファの音響センサーが見慣れぬ音を感知した。
 甲高い爆音。
 それはこちらに向けて近づいてくる。

「車……? 違うこれは――!」

 狼狽するイルファの前――交差点から一台のミニバイクが猛スピードで飛び出してくる。
 
「どいたどいたぁぁぁぁぁぁぁ!!! 轢き殺されなかったら道を空けなさいーーーーーー!!」
「うおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 ミニバイクに跨る杏と彼女に必死にしがみ付くハクオロ。
 鉄の馬は風のように呆然とするイルファの横をすり抜け走り去って行った。



 ■



「あっはっはっ! どうよこれに追いつけるモンなら追いついて見なさいっての!」

 杏は高笑いを浮かべてミニバイクを運転する。
 いくら相手が化物めいた身体能力を持っていたとしても最大時速60km/hで巡航するミニバイクに追いつけるはずがない。

「しかし……乗り心地はなんとかならんか……ウマ以下だぞ」
「しょうがないでしょー原付は二人乗りするように出来てないの!」

 杏は広い道をひたすら走る。
 とにかくあの追跡者が追ってこれないような場所まで。

「なあ杏……変な音聞こえないか」
「えっ何聞こえないーっ?」

 ハクオロの耳は確かに背後から徐々に近づく爆音を感じ取っていた。
 まさかあの女が――そんなはずはないと振り返ったハクオロの目はとんでもないものを目撃する。

241 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:29:39 ID:UikRAO5w0
 
 杏が駆るミニバイクとは比べ物にならない重量感と大きさを誇る鋼鉄の馬。
 雷鳴のような唸り声を上げるエキゾースト音を轟かせて二人に迫る鉄塊。
 
 国内最大の排気量は下手な車並みの1600cc以上を誇り、出力は200馬力に達する化物バイク。
 その暴力的な加速は200km/hをゆうに超える。
 その名はV-MAX。
 そんな暴れ馬を手懐け上に跨る少女――イルファの姿あった。

「マ、マジ……で……」

 サイドミラーに映るそれを見た杏は血の気が引いた。
 あんな物がまさかこの島に置いているなんてあの羽の男は何を考えているんだ――

「杏! 追いつかれるぞ! もっと速度でないのか!」
「無理よ無理無理無理!! 50ccしかない原付なんてどんだけ回したところで60キロが限界よッ!」
「う、撃ってきたぞ! 右、右に避けろ!」

 ハンドルを即座に切って右に移動する。
 さっきまで走っていた場所に銃弾の暴風が通り過ぎる。

「ひ、左だ左に避けろぉぉっ!!」
「こぉぉぉんちくしょぉぉぉぉぉぉ!!」 

 辛うじて回避するもイルファのV-MAXはどんどん差を詰めてくる。

「ハ、ハクオロさん! あたしの! あたしの銃を使って! 弾を普通のやつと入れ替えて!」
「どうやって使うんだ……!?」
「何でそんなことも知らないのよぉ……! 狙いを付けて引き金引くだけよっ!」

 ハクオロは振り落とされないように杏の荷物からグレネードランチャーを取り出す。

「こ、ここを引けばいいんだな!」
「その中は閃光弾だから効果ないわ! 荷物の中に他の弾があるからそれで!」
「どれだ……どれがそれなんだ……! ええい、君に決めたっ!」

 ハクオロはぎこちない手つきで弾倉の中の弾丸を別の物に入れ替える。
 そして銃口を背後から迫るイルファに向ける。

242 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:31:25 ID:UikRAO5w0
 
「景気よく五発全部撃つのよーーーーーーーーー!!!!」
「わ、わかった……! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 向けられた銃口から飛び出す榴弾。
 着弾と同時に爆発が広がってゆく。
 続けざまに放たれる榴弾の嵐。
 そのうちの一発が運よくイルファのバイクに着弾した。

「なっ――きゃあああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーー!!」
「いよっしゃああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーー!!!」

 ガソリンに引火し爆発炎上し炎に包まれるV-MAX。
 燃え盛るバイクは地面を転がり完全に大破した。
 バイクはなおも火の勢いを弱めず黒煙を噴き出している。
 あれだけの爆発だ。おそらく乗っていた少女の命は――

「でも……いくらあたし達を狙ってたとはいえ後味悪いわね……」
「何、君が気に病むことは無い。手を下したのは私だ」
「うん……」

 背後に大破したV-MAXを残して走りさる杏のミニバイク。
 あれだけの爆発があったのだ。音を聞きつけて人が寄ってくる可能性がある。
 できる限り遠くへ離れたいのだが――

「あちゃー……もうすぐガス欠じゃない」

 燃料タンクの残量は限りなくEに近い値を示していた。
 ガソリンが無くなるのも時間の問題だろう。

「つまりどういうことだ?」
「もうすぐ走れなくなるってわけよ……しょうがないわ、これで行けるところまで行きましょ」
「そうだな……」

 杏とハクオロが乗るミニバイクはガソリンが尽きるまで街道を西に向って進むのだった。

243 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:31:58 ID:UikRAO5w0
 



 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:B-2】

 藤林杏
 【持ち物:ミニバイク(ガソリン極僅か)、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 ハクオロ
 【持ち物:エクスカリバーMk2(0/5)、榴弾×15 焼夷弾×20 閃光弾×19 不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】



 ■



 杏とハクオロが遠く去ってしまってもなお赤い炎が燃え盛っている。
 ゴムのタイヤが焼ける嫌な臭いが辺り一面に漂いバイクの残骸は炎と黒煙に飲み込まれている。
 誰が見ても酷い事故の現場、このバイクに乗っていた者は確実に生きてはいないだろう。
 そう、普通の人間ならば――

244 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:33:33 ID:UikRAO5w0
  
 ザッと砂利を踏みしめる音が炎の中から響く。
 赤く揺らめく業火の中に佇む黒い影。
 その炎の中に炎の赤とは違う機械的な赤い光が灯っていた。

 そして炎の中から少女が――少女の姿をした機械人形が現れた。 

「くぅ……システム損傷チェック――各センサーに異常なし。駆動系及びメインフレームに軽微の損傷が見られるも活動に支障は無し。
 行動に支障がないのは幸いでしたが――」

 奇跡的に軽微の損傷で事無きを得たイルファだった。
 念のためもう一度駆動部のチェックを行う。
 右手の手の平を二度三度、握り締める。動きにぎこちなさは全く見られない。
 だが右手を動かす度にキュィィンと機械的な駆動音が鳴り響く。
 イルファの右腕と右足の人工皮膚と人工筋肉の大半が焼け落ち、内部の銀白色の機械部分が露出してしまっていた。
 歩くごとに普段は聞こえない駆動音が音響センサーに響く。
 否応なしに自分が機械であることを自覚させられる。

「その代わり人工皮膚の三割を喪失ですか……」

 バイクから折れて飛んでいったサイドミラーの残骸を覗き込むと気が滅入る。
 イルファのその美しい顔の右半分は無残に炎で焼け爛れ、人の頭蓋骨を思わせる機械的な装甲が露になっていた。
 右目があった場所に赤く灯る剥き出しのカメラアイ。
 ほぼ無傷の顔の左側と相まって異様さを際立たせていた。

 酷い姿だ――まるで映画に出てくる未来から来た殺人機械のような姿だ。
 人の心を持っていながらこのような異形の姿を晒さなければならないのが苦痛だった。

(いや……禁を犯した私に相応しい姿ですね)

 イルファは辺りに飛び散った自分の荷物を拾い上げる。
 銃も特に異常はない。弾薬も豊富に残っている。戦闘に何ら支障を及ぼすことはない
 イルファは空を仰ぐ、光学センサーに切り替えたカメラアイに綺麗な空の青が映しだされている。

 彼女は祈る。
 大切な主の無事を祈って。
 大切な家族の無事を祈って
 魂の無い自分に祈るという行為が許されているかわからない。
 もし魂があれば望んで地獄に堕ちよう。
 その覚悟は出来ている。




「神様――魂のない私があなたに祈る資格はあるんでしょうか――」





 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:B-3 東部】

 イルファ
 【持ち物:、M240機関銃 弾丸×432 水・食料一日分】
 【状況:軽症】

245 ◆ApriVFJs6M:2010/09/14(火) 20:35:12 ID:UikRAO5w0
投下終了しました。
タイトルは『Machine Heart』です

246小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:08:33 ID:7d8Brjsg0



―――白鳥はかなしからずや 空の青海のあをにも染まずただよふ


照りつける太陽の光を白い日傘で遮りながら、彼女は歩く。
呟くのは、いつもの変わらない短歌。
彼女自身とも居える、大切な大切な歌を。
たった独りで歩きながら、彼女は歌う。

琥珀色した瞳は、ただ虚空を見つめ。
空の「あを」だけを見つめながら、彼女は歩いた。

行くあてなど無かった。
ただ気の向くままに歩いて。
その先にあるものなんて、彼女は考えもしないで。
何も無かったとしても、それはそれでよかった。
だって、彼女は空白を望んでいるのだから。


だから、たった独りで歩いていた。



彼女――――西園美魚は孤独を望んでいた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

247小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:09:24 ID:7d8Brjsg0








「くそっ……何でこんな事に」

ひとひとりもいない街角で、一つの苛立ち声が響く。
その声の持ち主である青年が苦渋の表情をして、髪をかきむしった。
頭に思い浮かぶのは先程の惨劇。
一人の女の人が無残に死んでいった。
そして、殺し合いをしろと告げられた。
瞬く間にそれらが行われて、正直頭が混乱している。

「………………落ち着け。落ち着くんだ」

青年――千堂和樹は深く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとする。
けれども、心臓の鼓動は未だ早いままで、息も荒かった。
目の前で人が死んだ事がこんなにもショックだと思わなかったから。
けどそれと同時に、死んだのが知り合いでは無くてよかったと安堵する自分もいる。

(最悪だ……くそっ)

そんな自分がどこか嫌で自己嫌悪してしまう。
名簿をざっと見た所、和樹の知り合いは粗方呼ばれているらしいのだ。
いつも傍に居る高瀬瑞希。悪友の九品仏大志。頼れる人の牧村南。その他沢山。
今、この瞬間にも誰か和樹の知り合いが死んでいるかもしれない。

「…………そんな事考えてどうするんだよ!」

頭によぎった最悪の結末を和樹は即座に否定する。
そんな事あってはならない。起きてはならない。
自分達が死んでいい場所はこんな所では無い。

「帰るんだ……皆で」

そう、帰るべき場所がある。
こみっくパーティー。通称こみパ。
あの楽しい同人誌の即売会に。
皆で、誰一人欠けずに。
もう一度、漫画を描く為に。

「帰ろう!」

千堂和樹は皆で帰る事を選択する。
例えそれが無謀な事でも。
例えそれが現実逃避と言われようとも。
迷い無く、和樹はその道を歩む。
そう、誓ったのだ。

248小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:09:53 ID:7d8Brjsg0


「……支給品は…………長いし重いな……」

不屈の意志を持ち、勢いよく取り出したものは長く重いものだった。
男の和樹でも、振るに少しの慣れが必要なほどもので。
長時間使うのは無理かと和樹は少し残念にも思う。
銘がサンライトハートと書いてあったが何のことか和樹にはさっぱりだった。

「よし……まずは皆を探そう…………うん?」

ぶんぶんと槍を振り回して感触を確かめた後、和樹は歩き出そうとする。
まずは知り合いを探そうと心に決めて、ふと耳を澄ますと声が聞こえてくる。
街角から用心深く顔だけ出すと、塀の上に座っている小さい女の子が居た。
聞こえてる声からするに、塀の上から降りられないようだった。
和樹は少女を一瞥しながら苦渋の表情を浮かべる。

(助けたいけど……今は皆が……)

今は、一刻も早く仲間と合流したい。
あんな所で少女を助けたら目立つ可能性だってあるし、時間のロスだ。
ただこみパの仲間を助けたいなら構っている暇は無いはず。
無いはずなのだが……

「おい、大丈夫か!?」

和樹は感情のまま、飛び出していた。
結局の所、千堂和樹は困ってる少女を見捨てる事は出来ない。

それだけの事だった。

それが、和樹の優しさだった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

249小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:10:20 ID:7d8Brjsg0







「なー……なんでこんなことになってんのや……瑠璃ちゃん……どこやぁ……」

半べそになりながら、髪を団子に結ってる少女が呟く。
彼女が真下に広がる道路を見ながら、憂鬱そうだった。
彼女が居る塀は高さ二メートル以上はありそうで。
少女のとても小柄な体格では飛び降りる事は出来そうも無かった。

だから、彼女――――姫百合珊瑚は双子の半身である瑠璃の名前を呼ぶしかない。
そもそも、よく解らなかった。扉を開けたら其処が塀だった。
凄い嫌な予感がしたが、結局出るしかなかったので、塀に降り立った。
案の定、塀から降りれなくなった。
其処からもう一時間以上立っている気がする。

「あーあかん……トイレいきとうなってきた……」

しかも、尿意まで感じてきた気がする。
正直洒落にならないほど危険かもしれない。
というか大ピンチだった。

「あーうー」

もう言葉になってなかった。
色々としなければならない事は沢山あるのに。
瑠璃や家族である、イルファ達と合流しないといけないのに。
目の前の塀と尿意に思いっきり敗北しそうだった。
何かとても屈辱だった。
ついでに人としての尊厳も無くしそうだった。

「……なー」

ぶっちゃけ、そろそろ限界になってきたかもしれない。
もう思いっきり涙目だった。
どうしようか……と思っていたその時

「おい、大丈夫か!」

自分の真下から、声がかけられたのは。
振り向くと自分より少し年上の青年が手を広げて自分を見ている。
心配そうな表情を浮かべ、珊瑚を見つめている。
珊瑚にとって正しく天の助けだった。
青年が救い主に見えて、泣き声を上げながら、助けを求める。

「降りられへんのや……」
「降りられないのか……といっても、この高さだと昇れそうもないし……参ったな」

青年は辺りを見回すも、自分が登るような段差や場所は無かった。
少し困った風に首をかしげながら、珊瑚を見る。
珊瑚は心配しそうな表情を青年に向けていてた。
青年は直ぐに胸をはり、その胸を叩いて返事をする。

「大丈夫だ。助けるから」
「……おおきにな……ええと」
「和樹、千堂和樹だ」
「和樹、おおきに。うちは珊瑚。姫百合珊瑚や」
「ああ、といってもお礼は助けてからな……」

笑顔を浮かべる青年、和樹がやっぱり珊瑚にとって頼もしく見える。
少し不安が解けて、和樹が自分を助ける方法を考え出すのを待つことにして

「……これしかないか……珊瑚ちゃん!」
「なんや?」
「受け止めるから、飛び降りてくれ!」
「……飛び降りるんか?」
「ああ、信じてくれ」

珊瑚は心配そうに和樹を見る。
和樹の目は自信に満ちていた。
自分を信じろと語りかけるみたいに。
そんな、和樹を見て珊瑚は覚悟を決める。
このままでは埒が明かない。
何より、ちょっと自分も色々やばかった。

「……ええい、ままよ……や!」

なにかよくわからない掛け声で珊瑚は目を瞑って意を決して飛び降りる。
少しの浮遊感とともに、真っ逆さまに下に落ちていく。
ぎゅっと身を縮こまらせ、和樹が受け止めるのを待ち、そして、

250小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:10:46 ID:7d8Brjsg0

「ぐっ!?」
「きゃぁ!?」

和樹は思いのほか勢いがついた珊瑚を受け止めた瞬間、バランスを崩してしまう。
それでも、珊瑚を落とさないように抱きしめて、自分はそのまま後ろに倒れてしまった。

「いてて……珊瑚ちゃん……大丈夫か?」
「うちは大丈夫や〜」

和樹は衝撃に目をチカチカさせながら、珊瑚の無事を確認する。
珊瑚から無事の声が聞こえたので、和樹は安堵する。

「和樹……本当におおきにな」
「これくらいは別に……っ?!」

珊瑚の心の篭った感謝の言葉に和樹は返事を返そうとして、目の前の光景に気付く。
視界を真っ白に覆うもの。
抽象的にには綿の布。
有体に言えば白い下着だった。
和樹は珊瑚のスカートの中に頭を突っ込んでいるようだった。
つまり、何らかの弾みで、珊瑚の下半身が和樹の上半身に、珊瑚の上半身が和樹の下半身といった様に逆転していたのである。
瞬間的に和樹は目を反らそうとするが珊瑚が重みになって上手くできない。

「珊瑚ちゃんちょっとどい……」
「……何や和……ふあぁ……息が……」

珊瑚はパンツにかかる息に思わず身じろぎしてしまう。
元々尿意を催していたのだ。
生暖かい息が、微妙にやばかった。

「か、かずき……」
「だからさんごちゃ……」
「ふやぁあ!?」

珊瑚は何か凄い色っぽい声を出してしまう。
かかる息でちょっと駄目になってきた。
和樹は思いっきりそれに困惑しながら、場は膠着するかと思われたその時、

251小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:11:35 ID:7d8Brjsg0


「…………………………変態ですか?」

蔑むような声が響いてくる。
ついでに蔑むような視線も感じた。

「ち、違うんだ!」
「あぅあ?!」
「…………どうみても変質者にしか見えませんが」
「事情が……!」
「んあぅ……あかん……」
「どういう事情があるですか……というか、無実を晴らすならどいてやってください」

弁明をしようとした和樹をその声の持ち主は抑え、和樹をどかそうとする。
珊瑚は何処かとろんとした表情と甘い声をだしながらも、和樹の上からどいた。
何か凄い顔が真っ赤になって、身もだえもしている。
和樹は和樹で凄い気まずい顔を浮かべ、その声の持ち主へ視線を向ける。

声の持ち主は済ました表情をしながら琥珀色の目で蔑みの視線を和樹に向けていた。
彼女を覆う白い傘がとても、特徴的な少女だった。

「違う……珊瑚ちゃんを助けようとしただけで」
「………………」

じっとその女の子は和樹を見ていて。
和樹は何故か悪い事をした気分に陥っていく。

「本当だ…………本当なんだ」
「………………ふっ……ふふふふっ……」
「……え?」
「大丈夫ですよ。最初から見てましたから」

突然笑い出した少女に和樹はきょとんしてしまう。
少女は笑いながら、和樹に答える。
実の所、その少女は事の一部始終を見ていたのだ。

「すいません……余りにも貴方が可笑しかったものですから」

余りにも和樹が可笑しくてついからかってしまったと言いながら少女は笑う。
和樹は肩を落としながら

「……まあそれならいいんだけど……えっと名前は?」
「西園美魚、です」
「美魚ちゃんね。多分もう知ってると思うけど千堂和樹だ」
「珊瑚や〜」
「はい、承知しています」

少女――美魚は小さく微笑みながら、挨拶する。
和樹と珊瑚は笑いながら、挨拶をした

「よろしく」
「よろしくね」
「ええ、よろしくお願いします……ところで和樹さん」
「うん?」
「中身は……」
「し…………はっ!?」

和樹が言いかけた所で、美魚は蔑みの視線をまた向けて

「……やっぱり、変態さんでしたか」

そして、美魚の返答に、珊瑚はよくわからずにほんわかとした小さな笑みを浮かべて

「和樹変態なん?」

和樹に向けて無邪気に言った。
和樹は真っ青になりながら


「だから、それは違う!!!」



それが、三人の出逢いだった。

252小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:11:56 ID:7d8Brjsg0







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







何故、接触したのだろうと美魚は思う。
孤独を望んでいるはずだったのに。
たまたま見かけただけで、見過ごそうと思ったのに。

そして、独りになって。
あの子を待とうと思ったはずだったのに。

なのに、ふれあいを持ってしまった。
そのふれあいが自分にとって楽しいものと思い始めていたのだろうかと自問する。
この殺し合いに同じく巻き込まれているリトルバスターズのメンバーのせいで。

それは美魚にも解らなかった。
それでも、美魚はふれあいをもってしまった。

少しずつ変わっているのだろうかと美魚は思う。
でも、それは有り得ないと否定した。

だって、それでも、私は孤独だ。
だって、自分には、消せない罪があるのだから。

だから、今回はたまたまだだろう。

一生懸命頑張る和樹が、たまたま彼と被っただけかもしれない。

たったそれだけだ。


それでも、それが、美魚にも解らない、変化だった。


歯車が狂い、何かが変わろうとする……その、瞬間だった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

253小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:13:07 ID:7d8Brjsg0






「ふぅ〜やっと落ち着いたわ〜」

あの後三人は近くの民家にはいっていった。
珊瑚は直ぐにトイレに直行していき、先程戻ってきたのだ。
珊瑚の顔は何処か晴れやかで嬉しそうだった。

「えっと珊瑚ちゃんは家族と双子の妹を探している……って事でいいんだよな?」
「せや。大切な人たちやから」
「…………双子ですか」
「美魚は妹かなにかおるん?」
「……え? ええと……」
「美魚ちゃんはリトルバスターズというチームの面々を……?」
「いえ、知り合いなだけです」
「そ、そうか」

そして、三人は軽い自己紹介と知り合いなどの情報を交換していた。
珊瑚はぽけぽけと答え美魚は物静かに答えていて、和樹は対照的だなと思い笑う。

「和樹さんは?」
「こみパの仲間を探そうと思っているよ」
「漫画を描いてるというなら……や……」
「うん?」
「い、いえ、なんでもないです」

美魚が何かを呟こうとして、慌てて否定する。
顔を朱に染め何処か恥ずかしそうだったが、和樹は気にせず続けた。

「えっと……君達はどうする?」
「うちは和樹に着いて行くで。首輪も何とかせなあかんし」
「そうか、珊瑚ちゃんいいんだな?」
「ええよ。だって和樹の事信頼してるからや……さっきおおきにな」
「どういたしまして……よろしくな瑠璃ちゃん」

254小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:14:39 ID:7d8Brjsg0

珊瑚は柔らかい笑みを浮かびながら、和樹についていくことを決める。
もう、塀の一軒で和樹の事を信頼していたのだ。
だから、和樹と一緒に行く、そう決めた。

「美魚ちゃんは?」

和樹はそして視線を美魚に向ける。
美魚は口ごもりどうしようかと思って

「……いや、ついて来なよ美魚ちゃん」

和樹が、右手を美魚に差し伸べる。
その顔には笑顔で。
孤独な自分を連れ出そうとする手で。

美魚は、何も言わず、

儚げに微笑んで


何故か、何故か解らないけど


「……はい」


皆と居る事を選択した。


其処には小さな笑みが溢れていて。


無数の小さな輝きが沢山存在していた。



――――これが、三人のスタートだった。

255小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:14:56 ID:7d8Brjsg0
【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:H-5】


千堂和樹
 【持ち物:槍(サンライトハート)水・食料一日分】
 【状況:健康】

姫百合珊瑚
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

西園美魚
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

256小さなブリリアント ◆auiI.USnCE:2010/09/14(火) 23:15:40 ID:7d8Brjsg0
投下終了しました

257かつて、光の中にいた ◆Sick/MS5Jw:2010/09/15(水) 13:20:55 ID:W8IOlqP20
 
暗い洞窟だった。
湿った岩肌を垂れ落ちる雫が時折小さな水音を立てる他には音もなく、
這い回る小虫の気配だけが微かに揺らぐ澱んだ空気が、闇に溶けている。

「―――好きな人がいるんです」
「そうか」

闇の中から、声がした。
声は二つ、少女と男。

「ずっと、一緒にいたんです」
「そうか」

静かな声だった。
薄明かりもない暗がりに沈んでいくような、声。

「楽しそうに笑う人なんです」
「そうか」

静謐の中にあってなお幽かな少女の言葉に、応える男の声もまた、
どこまでも沈み込むように、重い。

「いつも、みんなの真ん中にいるんです」
「そうか」

それは、明けぬ夜に温もりを思うように、遠く。
降る雪の、差し出した掌に溶けるように、儚い。

258かつて、光の中にいた ◆Sick/MS5Jw:2010/09/15(水) 13:21:37 ID:W8IOlqP20
「たくさんのことを教えてくれるんです」
「そうか」

少女の声に、闇が降る。
男の応えに、降り積もる。

「だけど、くだらない嘘も、よくつくんです」
「そうか」

含まれたのは、小さな笑み。
投げられた小石に水面のさざめくように、闇に波紋が拡がって、

「いつも、助けてくれたんです」
「そうか」

そうしてすぐに、沈んで消えた。
あとには何も、残らない。

「優しい、人なんです」
「そうか」

無尽の漠野に、積み上げた石の、崩れるように。

「大好きな、人です」
「そうか」

響いた声の、澱みに溶けて、消えるように。

「ずっと、一緒にいたいです」
「そうか」

闇に命の、潰えるように。

「ずっと、ずっと」
「……」

何も、何も、残らない。

259かつて、光の中にいた ◆Sick/MS5Jw:2010/09/15(水) 13:21:57 ID:W8IOlqP20
「そいつの、名前は」
「恭ちゃ……香月、恭介」

ただ一つの、名前を除いて。

「覚えておく」
「……」

ただ一つの、想いを遺して。

「……すぐに、終わる」
「……、……っ!」

声が、震えた。
静謐が、崩れた。
限界だった。
圧し潰した恐怖が、ねじ伏せた怯懦が、少女の奥底から迫り上がり、
その全身を冒していた。
瘧のように震える身体を掻き抱いた少女の、爪が腕に食い込んで、
痛みが口を開かせて、

「さよなら、恭ちゃ……、」

その名を、呼ぶと同時。
銃弾が、少女の生を終わらせた。


◆◆◆

260かつて、光の中にいた ◆Sick/MS5Jw:2010/09/15(水) 13:22:19 ID:W8IOlqP20
 
響いた銃声が、洞窟の中に反響して消えるまで、暫くの時間を要した。
やがて、それが完全に消える頃、闇に小さな光が灯った。
男の点けた懐中電灯だった。

片手に銃を下げたままの男が、懐中電灯で照らされた小さな光の輪の中で何かを探している。
少女の骸の傍らに置かれた荷物のようだった。
足先で乱暴にそれを蹴倒し、中身をまさぐる。
ペットボトルや、携帯食料や、コンパスや筆記用具が散らばり出てくる中で、硬い音がした。
男が、光の輪を向ける。
少女に支給された、それは道具のようだった。
プラスチック製の薄く四角い何かが、光を反射して煌めいていた。
一枚のCDケースだった。
赤と黒を基調にした毒々しいイラストと文字に彩られた、市販の音楽CD。
闇の中、ピンスポットのような小さな光の輪の中に浮かび上がったそのジャケットに
刻まれたアーティストの名は、

 ―――Yusuke Yoshino

瞬間、光が消え、同時に銃声が響いていた。
続けてもう一発、二発。

「……バカにしやがる」

取り落とした懐中電灯がかろうじて照らす、砕け散ったCDの欠片を踏み躙って、
男が小さく声を漏らす。

「本当に、バカにして……っ!」

漏らした声は、いつしか激昂に変わっていた。
手で顔を覆い、瞳を覆って闇に包まれながら、芳野祐介は自らの過去を踏み砕いている。

261かつて、光の中にいた ◆Sick/MS5Jw:2010/09/15(水) 13:22:55 ID:W8IOlqP20
 
 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:D-7 鍾乳洞】

芳野祐介
 【持ち物:ベレッタM92(残弾11/15) 水・食料一日分】
 【状況:健康】

折原明乃
 【状況:死亡】

262 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 22:52:17 ID:KinZ1kCQ0
えーと、ここでいいのかな?
立川郁美、カミュ、ゲンジマル投下しますー。

263 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 22:53:09 ID:KinZ1kCQ0

青い空。
どこまでも続いていく、青い青い空。
何にも遮られる事の無い、無限に続く空。

その空の中に、ひとつだけ、違う色。
一箇所だけ、どこまでも青い中の、ただ一点。
小さな、小さな、黒い色。
僅かに揺らぎながら飛んでいく、黒い影。
懸命に、大きな黒い翼をはためかせた、黒い鳥。

どこへ向かうのか、飛んでいく。
さえぎる物のない、空を。
どこまでも、どこまでも。
ただ、自由に。

私も、あんな風に空を飛んでみたいと思った事があったと思う。
誰だって、一度は空を飛ぶことに憧れる。
空を飛ぶことは、何よりも自由に見えるから。

もちろん鳥だって、自由とは程遠い。
雨が降れば、飛び続ける事は出来なくなる。
風の気まぐれで、成す術も無く地に墜ちる事もある。
永遠に空を飛び続ける事なんて出来なくて、力尽きれば地面におりなくてはいけない。

それでも鳥は、地を行く人には何よりも自由に感じられる。
人には、空を飛ぶ自由なんてないから。 無いものに、人は憧れる。
そう、だから私は、自由に憧れた。
新緑の草原を
打ち寄せる青い波を
赤く染まった葉の絨毯を
全てを白く染める、雪の上を
私は、自由に動き回りたかった。

私には、気がつけば自由は無かった。
あったのは、白い壁と白い布団、そして、窓枠に四角く区切られた空。
そこが、私の世界。

病気という檻に閉じ込められ、自由に舞うことの出来ない、鳥籠。
籠の外に出されれば、生きては行けない籠の鳥。
別に、枠の無い空を見ることくらいなら、できた。
でも、見れても、心はいつもあの場所に、白い白い、鳥かごの中。

そう、だから私は、あの人に憧れた。

鳥籠の中の鳥は、籠の外に出されてても、生きていく事なんて出来ない。
だから、自由に飛ぶことの出来る鳥には、どこまでも飛んで欲しかった。
飛ぶことの出来ない私の代わりに、自由に飛んで欲しかった。
どこまでもどこまでも、ただ、自由に。

鳥が、向かう方向を変えた。
私に、気づくこともなく、ただ、気まぐれに、
どこまでも、自由に。

ああ……

私も、本当は、あんな……

264 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 22:54:01 ID:KinZ1kCQ0



町外れの草原に立ち尽くすのは、一人の男。
完全に白く染まった頭髪と髭は、彼が既に老境にある事を示している。
だが、直立の状態で保たれる姿勢、衣服の隙間から覗く強靭な肉体が、彼から老人という印象を完全に奪い去っている。
朽ちゆく老兵ではなく、長き時を経て鍛え上げられた歴戦の兵、誰もがそういう印象を持つだろう。
耳の位置に生えている、鳥類の羽のような器官と、片目を覆う眼帯という大きな特徴よりも、まず武人、という感触を感じさせる。
そう、感じざるを得ないほどの、存在感を持つ男。

男の名はゲンジマル。
義に生きる部族、エヴィンクルガ族において伝説に称される戦士。
そして、シャクコポル族のクンネカムン国建国の立役者にして、唯一の他部族の人間。

だが、今はどちらでもない。

「許せ、とは言わぬ」

遠目には、眠っているようにも見えたかもしれない。
桃色の髪を紫の布で両側に纏めた少女。
薄い黄色の、見たことのない様式の服装をした、あどけない少女。
恐らくは、彼の娘と同程度、主君の少し上程度だろうか。

たった今、ゲンジマルが殺した、少女。

何の力も無い、病弱な少女。
武器すら構えていない、無力な少女。
敵意などあるはずもない、ただの少女。

それを、殺した。
殺意など欠片もなく。
枝を払う程度の容易さで。

ただ、殺した。

義など、何処にもない。
本来ならば、守られてしかるべき、少女を。
己がために、手に掛けた。
出来るかぎり、苦痛を与えないように心がけたことなど、何の言い訳にもならない。

殺すしか、無かった。
殺し合い、という理に従うしかない。
首にある輪など関係無く、そうするしかなかった。
「彼」の望みがそこにあるというなら、そうするより他にない。

命など惜しくはない。
だだ、命に勝る約束の為に。
主君との、クンネカムン先王との約束。
国を、王であるクーヤを守るために。

殺し合いの果て、その先に、守る事はできる。
娘の、サクヤすらも含めた屍の先に。
それが、良いことなのかどうかはわからない。
もしかすれば、他の方法もあるのかもしれない。
そう、彼の王を。
仮面を付けた、もう一人の「彼」ならば。

265 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 22:54:52 ID:KinZ1kCQ0
だが、
だが、いずれにせよ。
このような病弱な少女など、不要なのだ。
必要ならば、娘すらも道具のように扱わなければならない時すらある。
そこに、道具になるかもわからぬ重荷を、背負い込むことなど出来はしない。

無言で、娘の持つ背嚢を手に取る。
その拍子にか、あるいはもっと前からか。
空を向けられた、既に光を失った瞳を、そっと閉ざした。





「あれ?」

少し向こうのほうで、何かが光を反射した。
刀か、あるいは矢じりか。
そんな何かのような光。

「う……」

何だかよくわからない、もしかしたら、見間違えかもしれない。
でも、そんなものでも今は怖い。

「お姉さま…おじさま…アルちゃんに、ユズハちゃん……みんな…」

早く、誰かに会いたい。
そう思って、飛ぶ方向を変えた。


それだけの、偶然。
お互い何の関係もなく、ただ、鳥籠に反射した陽光が、一羽の鳥の向かう方向を変えただけ。
もしかすれば生まれたかもしれない流れが、起きなかった。
それだけの、こと。


【立川郁美@こみっくパーティー:死亡】



 【時間:1日目 昼】
 【場所:E-7】

ゲンジマル
 【持ち物:ショーテル、水・食料一日分、立川郁美の支給品(まだ未確認)】
 【状況:健康】

【場所:D-5上空】

カミュ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:尻にフォーク】

266 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 22:56:18 ID:KinZ1kCQ0
投下完了しましたー。
誤字脱字展開におかしな点などございましたら指摘お願いします。

ギリギリになってしまい大変申し訳ありませんでした。

267 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 23:15:36 ID:KinZ1kCQ0
と、失礼しました、タイトルは「翔る鳥」でお願いしますー。

268 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/17(金) 23:33:36 ID:KinZ1kCQ0
何度もすいません、カミュの状態表はミスです。
 【状況:健康】
になります

269私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE:2010/09/17(金) 23:49:44 ID:XarM5eHM0
殺し合いの舞台にぽつんと用意された一つの学校。
その学校の中で、かつんかつんと規則正しい足音がリノリウムの廊下に響き渡っている。
足音は時折響かなくなるも、直ぐにまた規則正しいリズムで鳴り響き始めていた。
普段ならば活気溢れる場所なのに、今は全くと言っていいほど物音一つしない。
その事に足音の持ち主は眉も顰めるも、歩みをとめる事はしなかった。

やがて、キュッと音を立てながら、ある一室で歩みを止める。
足音の持ち主は凛とした表情を浮かべ、教室の名が示されているプレートを見つめていた。


『寮生会室』


一瞬の逡巡し、その足音の持ち主は悲しそうな表情を浮かべ。
そして突然部屋の中から響いた声に――――







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

270私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE:2010/09/17(金) 23:50:34 ID:XarM5eHM0




「くっくっ」

教室の中で不気味な声だけが、ただ響いていた。
机に腰をかけ、何が可笑しいのか、口元が緩みっぱなしである。
その者は学生帽を被った中性的な少年で、真面目そうな雰囲気を纏っていた。

「くっくっくっ……」

だが、その不気味な笑い声が彼の持つ雰囲気を台無しにしていた。
彼の手には、彼に支給されたものが握られていて。
その支給品故に、彼は笑っていた。

「まさかこんなものがあるなんて……ついてるな」

一言で言うと『当たり』だった。
付属していた説明書によると自身のポテンシャルを最大限に上げるものらしい。
つまりはこれがあると殺し合いに優位に立てることは間違いないだろう。
そう思うと、少年は笑みを隠しきれる事はできない。

「つまり僕は――――」

そして、少年は立ち上がり。
腕を伸ばし、両手を天にかがけ。
力強く、宣言しようと。


「神に――――!」


少年――――直井文人は声を上げようとして。




「――――頭が腐ってるの?」
「――ガッ!?」



頭に大辞林をめり込ませ、地に伏せた。


地に伏せた直井を冷ややかな目で見る少女こそが、大辞林を直井の頭に向けて投擲した張本人。
黒い制服に『風紀』と書かれた紅いワッペンをつけ。
紅く長い髪をピンクの髪留めで纏めた少女――――二木佳奈多だった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

271私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE:2010/09/17(金) 23:51:31 ID:XarM5eHM0






「き、貴様っ! 神たる僕に何を!?」
「貴方こそ、気が狂ってるんじゃない? 何を馬鹿な事いってるの」
「それにしても、いきなり辞書を投げる事をするな!」

未だ辞書を頭にめり込ませながらも、目の前の佳奈多に直井は反論する。
全く意識を向けてなかったのは直井の不覚だったが、見ず知らずの少女に辞書を投げられる謂れは全く無い。
激昂気味に佳奈多に詰め寄るが、佳奈多は苛立たそうに

「御免なさいね。貴方が良く解らない事を言ってるから、つい」
「つい……じゃない!」
「ついでに、此処はそれなりに縁がある場所なのよ。そんな場所で騒がないでくれる?」
「……ふん。僕が何処で騒ごうが勝手だ。貴様には関係ないだろう?」
「勝手だけどね。それで誰かに見つかって殺されても知らないけど」
「……なっ。そもそもまず貴様が仕掛けてきたのだろう!」
「あら、そうだっけ?」
「貴様……」

売り言葉に買い言葉。
直井と佳奈多はもはや、ただ言い争ってるだけになっていた。
佳奈多としては、先程死んだ寮長の縁があるこの場所で、騒いでいる人間が気に食わなかっただけで。
直井としては、そんな事情を知らずとりあえず辞書を投げられた事を理不尽に感じて、佳奈多に突っかかっている。


暫くの間、余りにも不毛な言い争いが続いていたが。
とてもとても見苦しいので。
その部分はカットして。



それから、数十分後――――



「はぁはぁ……貴様の名前は?」
「はぁ……それで? 貴方こそ誰?」


やっと名乗りあってない事に気付いた二人だった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

272私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE:2010/09/17(金) 23:54:30 ID:XarM5eHM0




「二木佳奈多か……ふん」
「直井文人ね……ふん」

第一印象最悪な二人だったが、何とか自己紹介をまた言い争いを混みで終わらす事ができた。
とりあえず互いに殺し合いにはまだ乗っていない事。
直井は音無を、佳奈多は妹と知り合いを探している事を互いに知る事が出来た。
そして、互いに一緒に居る義理は無いが、一人で行動する事の危険性も理解できていたので、どちらかが離れる事も無く、この場に居座っていた。
正しく呉越同舟の如く、互いに不機嫌そうに顔を顰めながらも細かい情報交換を行っていた。

「それで……音無って」
「僕の崇拝する人だ」
「崇拝……ねえ」
「……何か文句あるのか?」
「別に」
「貴様は妹を……?」
「ええ……」

互いが真っ先に探している人物の詳細を聞きながらもやはり、不機嫌そうにしている。
兎に角第一印象が最悪すぎたのかもしれないと互いに思いつつ。
しかし、どちらかが先に謝るというのも癪だったので、そのまま微妙な距離を保っていた。

(最も……あの子は……私を殺そう……とか思っているかもなんだけどね)

佳奈多は直井に見せないように、とても儚げに微笑んで。
哀しいボタンの掛け違いのように、仲が拗れてしまった妹の事を思う。
きっと妹は自分に対する憎しみに溢れているだろう。
今、この時も。
そう、思うと溜息が出そうで。
でも、佳奈多は溜息をつくこともせず、話題は変えることにした。

「それで……貴方……神……とか言ってたけど何で騒いでたのよ」
「ああ、これを見ろ」

直井が出したのは支給されたモノ。
彼が当たりと称した、モノ。

「当たりだ。正しく神たる僕にふさわしい……」


珍妙な東南アジア、若しくはアフリカ系の仮面を佳奈多に向かって突きつける。



それは、正しくマスク・ザ・斉藤の仮面だった。



佳奈多は、げんなりして。


「…………………………やっぱり頭膿んでるんじゃないの?」
「…………なんだと貴様!? 神に向かって」
「こんなの何処が当たりに見えるのよ!? こんなもの信じるなんて……とんだ似非神ね」
「ふん、貴様みたいな頭でっかちにはわかるまい」
「……何ですって?」



そして、


また暫くの間、見苦しいも醜い言い争いが始まってしまった。

273私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE:2010/09/17(金) 23:54:55 ID:XarM5eHM0





 【時間:1日目午後1時半ごろ】
 【場所:E-6 学校】

 二木佳奈多
 【持ち物:大辞林、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 直井文人
 【持ち物:マスク・ザ・斉藤の仮面、水・食料一日分】
 【状況:健康】

274私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE:2010/09/17(金) 23:55:17 ID:XarM5eHM0
投下終了しました。
少し時間オーバーしてしまい申し訳ありません

275「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:30:14 ID:SUHlMk1A0
 地下水の侵食により平皿のように窪んだ石灰岩は、鍾乳洞を訪れた者に宛てられた天然の椅子のようでもあった。
 地面に固定され動かすことはかなわないが、鍾乳洞の入口にはちょうど三人分の、椅子となる石灰岩が置かれていた。
 そのうちの一つに腰かける少女。クリーム色を基調として赤のラインが入った長袖の制服姿で、中にはセーターも着込んでいる。
 スカートが皺にならないよう気をつけて座り、対面にいる二人の男女と目を合わせた。

「ようこそ、ミステリ研究会に! 私がミステリ研の創始者にして初代会長の笹森花梨だよ!」

 少女とは対照的な、ピンク色を基調としたセーラー服の女の子。スカートの色は赤で、胸元のリボンは大きめ。
 かわいいけど、ちょっと派手だなと少女は思った。自分なんかが着てもきっと似合わないだろうな、とも思った。
 髪は左右で二つにまとめている。あの髪留めはなんだろう。丸い目にギザギザの口を持つ、マスコットっぽいデザインだ。
 この人が、笹森花梨さん。

「で、こっちはついさっきミステリ研に入ってくれた竹山くん」

 こちらです、という風に手で指し示すのが、花梨の横に座っているやはり制服姿の男子。
 背は低く、少女や花梨と比べてみてもあまり変わらない。おかっぱ頭で、どこか知的な感じがする眼鏡をかけていた。

「クライストとお呼びください」

 この人が、竹山さん。
 眼鏡を中指でくいっと上げ、幼いながらも鋭い視線を向けてくる。見た目からして、頭がいいんだろうなという感じがした。
 花梨と竹山の紹介が終わると、次の矛先は当然、少女に向けられてくる。

「で、あなたのお名前は?」
「ふ、古河渚ですっ」

 花梨に訊かれて、少女――古河渚はどうにか即答できた。が、緊張のせいかやや声が上擦ってしまった。
 恥ずかしい、と思う渚には構わず、花梨はにんまりと微笑んで話を進める。

「そう。んじゃ、渚ちゃん! いきなりなんだけどね……私たちと一緒に、このゲームに乗ってみない?」

 初対面の人をいきなりちゃんづけで呼ぶ。なんとなく嬉しかった。自分にはとてもできない、と渚は思う。
 名前を呼ばれたのは嬉しかったが、後半の部分は意味がよくわからない。

「あの、乗るっていうのはどういう意味でしょう? なにか乗り物があるんでしょうか?」
「あー、そっちの乗るじゃないんよ。要は、チームを組みませんかってこと」
「チーム……ですか。でも、チームを組んでいったいなにをするんですか?」

 要領を得ない質問に、渚は首をかしげた。
 花梨は自信満々な風に受け答えしてくれるので、ひょっとしたら自分の理解度が貧弱なんじゃないかと不安になった。
 竹山がくいっと眼鏡を上げる。渚は意識せず唾を飲み込んだ。意味もなく膝のあたりを摩っていると、目の前の花梨が言った。


「えー、そりゃもちろん! 私と渚ちゃんと竹山くんの三人で他のみんなを殺して回るんよ!」


 鍾乳洞の奥のほうから、ぴちょん、という水音が聞こえてきたような気がした。
 天上や壁から、でこぼことした突起が生えている。鍾乳洞という名の洞窟。理科の教科書で見たことがある。自分たちは今、その入口にいる。
 ちょっと探検してみたいな、という好奇心が湧かないでもなかった。でも迷子になってしまったらどうしよう。考えると、足踏みしてしまう。
 思考と視線を一旦、あさってのほうに置いておくと……渚はそこでようやく、花梨の言葉の意味を読み取れた。

276「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:30:55 ID:SUHlMk1A0
「そ、そんなのいけません! 殺し合いだなんて……わ、私っ! やれって言われてもやれません!」

 花梨と竹山、それに渚の三人の首には、皆同一のデザインの首輪が嵌められている。
 チョーカーではなく、首輪。ファッションアイテムではなく、拘束具。もっと言ってしまえば、爆弾。
 これは、渚たちに殺し合いを強要させるためつけられたものだ。そうだった。自分たちは殺し合いをさせられているのだ。
 だからといって、すぐにはいわかりましたと言えるほど、渚はお利口さんではない。
 そんな、人をぶつだなんて、とてもじゃないができる気がしない。
 人にぶたれるのも、怖い。

「そりゃそうだよねー。私も最初はそう思ったし。でも問題ないみたいなんよ。ね、竹山くん?」
「はい。それと、僕のことはクライストとお呼びください」

 花梨が目配せし、竹山が頷く。どういうことだろう、と渚は思った。
 その不安を拭い去るように、花梨は補足する。


「率直に説明するとね。殺し合いもなにも……私たちって、もうとっくのとうに死んじゃってるみたいなんよ」


 えっ。
 渚の口から声が漏れた。自然な反応だった。

「竹山くん、説明してあげて」
「クライストです」

 竹山が一回咳払いをし、解説を始める。
 渚は身を強ばらせ、心して聞いた。

「まずあなたには、僕たちがいた死後の世界と、その世界に置かれていた一つの学校についてお話しましょう――」

 現世で理不尽な死に方をした若者は、天上学園と呼ばれる学校のある世界へいざなわれる。これが、死後の世界だ。
 しかしこの世界にいざなわれた若者たちは、死んではいても成仏はしていない。霊体に等しい身を借り、学園で暮らす猶予が与えられるのだ。
 いわばその世界は悲惨な死を遂げた若者への救済処置で、新たに転生するまでの間、学園を舞台に再び青春時代を謳歌することができるのだという。
 悔いなく次の人生を歩めるように……その学園を創立した者の優しさが窺える、素敵なお伽話だった。少なくとも、渚はそう思った。

 そんな境遇にふざけんなと異を唱えた者たちがいる。竹山が所属していたという組織、『死んだ世界戦線』である。
 ゆりという少女をリーダーとして活動する彼らは、言われるがままに青春時代を謳歌し、満足して成仏することをよしとせず、学園に居座り続けた。
 学園は成仏しない限りは永遠だ。肉体は既に死んでいるのだから、時が経っても老いることはなく、怪我をしてもすぐに治るのだという。

 成仏しないためには、なによりも満足しないことが大切だった。だから彼らは学生らしい青春時代を送ることもなく、反抗的な生徒の体を取り続けた。
 制服を改造し、授業をサボり、教師に反抗し、校長室を乗っ取り、無断でライブを開き、校則を違反しまくり、さらには銃器を製造して手に取った。
 岩沢という人物のケースを考えるに、満ち足りてしまえばそこで終わり――彼らは死後の学園から消え、新たな生を得てしまうのだそうだ。

「どうして成仏することをよしとしないんですか?」
「生前の理不尽な人生を強いたのは、他ならぬ神です。そして、僕たちを学園にいざなったのもまた神なわけです」
「神様……ですか」
「ええ。そんな自分勝手で傲慢な神の言いなりになんてなるもんか、絶対に死に切ってなんかやらない――それが、僕たちのリーダーの考えです」

 そんな戦線の存在を厄介に思ったのだろう。神は学園に天使を遣わした。天使という名の生徒会長だ。
 天使は学園の秩序を重んじ、反模範的な行動を繰り返す戦線メンバー等と抗争を続けてきた。
 天使は武力でもって戦線メンバーを圧倒し、そして屈服させることで、清く正しい学園生活を送らせようとしたのだ。
 そしてそれは、天使の上に立つ神の意思でもある。この神についてだが、姿を見た者は戦線の中には誰もいない。

277「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:31:31 ID:SUHlMk1A0
「ですが、僕が予想するに……先ほど遊戯の開幕を宣言した彼こそが、神なのではないでしょうか」

 渚は思い出す。白い羽。天使の羽。荘厳な存在感。圧倒的な迫力。神。イメージは、合致する。
 仮に彼が本当に神なのだとすれば、その目的はいったいなんなのか。竹山はこう考えた。

「神は舞台と手段を変え、強制的に僕たちを消すつもりなのでしょう」

 ここが竹山の知るあの学園と同一の世界であるならば、死んだとしてもすぐによみがえる。
 だがそれでは殺し合いが成り立たない。あの神は殺し合いをしろと言ったのだ。導き出される答えは別にある。
 おそらく、と前置きをし、竹山は告げる。

「殺し合いというのはあくまでも、制裁の形でしかない。これは、いつまでも学園に居座り続ける僕たちに与えられた神罰です」

 罰。それが真に導き出されるべき結論だった。
 神は抗い続ける戦線メンバーたちに業を煮やし、強制的に成仏、つまり消すことに決めた。
 それならパッとやってしまえばいいものを、神は反抗への制裁を加えるべく、わざわざこんな悪趣味な催しを開いたのだ。
 理不尽な死を遂げた若者たちに、死後になってもまだ理不尽な死を与える。極めて陰湿な神の所業。
 ただ消すだけでは教訓にはならないから、教訓にしてから消す。
 ここでの『死』は、つまり『成仏』に該当するのだ。

「そんな……それじゃあ、私もお父さんもお母さんも、岡崎さんも……みんな知らない間に死んじゃってたんですか」
「音無さんのように、生前の記憶が判然としないケースは今までにもありました。状況も特殊なようですし、珍しいことではありません」
「でも、ここには私の知っている人がたくさんいます! その人たちみんな、みんなみんなみんな、死んじゃったっていうんですか!?」
「はい。死にました」

 竹山は言い切る。渚は愕然とした。
 同級生。下級生。先生。家族。みんな、既に死んでしまったいるだなんて……とても信じられるようなことではない。
 しかし、竹山の論は作り話としてはできすぎている。顔も嘘をついているようには見えない。本当、なのだろうか。

「笹森さんは信じるんですか?」
「うん、信じるよ」

 渚が鍾乳洞を訪れるよりも先に竹山の話を聞いていたらしい花梨は、淀みない表情で頷いてみせた。

「だって、世の中はたくさんの不思議であふれているんだもん。これくらいの不思議、珍しくもなんともないよ」

 そう語る花梨の顔は、とても晴れやかだった。死んだ人間が浮かべる表情とは、とても思えない。

「……私はその学校のことを知りませんし、そもそも大人の人だっています。それでも、なんですか?」
「否定したい気持ちはわかりますが、事実です」
「そんな……」
「あの世界は学園という性質上、子供ばかりでしたが、神の管轄下には死んだ大人たちを集めた世界もあったのかもしれません」

 渚に反論する力は残されていなかった。衝撃が頭の中を埋め尽くしてしまって、考えが浮かばない。

「……まとめましょうか」

 催しの参加者は既に全員が死者であり、神への反逆者でもある。
 神は自らの意思に背く者たちを集め、そして殺し合いをさせようとしている。
 集められた者たちの中には、自分が死んだと自覚できていない者たちもいる。
 ここでの死は成仏に該当し、死んだら新たに転生するか――それとも、神の膝下に置かれるか。
 最後の一人、優勝者となった者はどうなるのか――これはさすがに、現段階では考察材料が足りない。

278「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:32:08 ID:SUHlMk1A0
「それでも、戦線のみなさんは神様に抗ったんですよね。それじゃあ、今回みたいな場合はどうするんですか……?」
「一部のメンバーやリーダーは、反抗を続けるかもしれませんが……無意味でしょうね」
「どうしてですか?」
「これです」

 竹山は自身の首に嵌められている輪を指した。
 首輪。
 反抗的な態度を取ると爆破する、と神に脅されたやつだ。

「これを嵌められてしまった時点で、僕たちの負けは決まったも同然です。これでは為すすべもありません。ですから」

 竹山は眼鏡を持ち上げ、渚を見据える。

「死んだ世界戦線は終わりです。悔しいですが、神の指示するとおり……この殺し合いに乗ろうと思います」

 首輪があるということは、神はいつでもこれを爆破することができる。死者百二十人、いつでもすぐに消せるのだ。
 これでは学園の頃のように居座り続けることなどできない。将棋で言えば詰みの状態。退路もなかった。
 しかし納得できない渚は精一杯、声を振り絞る。

「そんな……! どうしようもないのはわかりましけど……だからって、他のみなさんを殺すことはないと思います」
「んー、それはどうかな?」

 言う花梨は、状況を理解していないのではないかと思えるくらいあっけらかんとしていた。

「渚ちゃん、覚えてるかな? あの神様は、この殺し合いのことを遊戯、つまりはゲームって呼んでたんよ」
「ゲーム……ですか」
「そそ。これってさあ、つまりは人生最後のお楽しみタイムってことだと思うんよ。神様のお情けだね」

 悲壮感なんてものは、ない。明日は、普通にやってくる。楽観的な態度。だけど憎めはしなかった。
 手の平が知らず知らずのうちに汗ばんでいた。唇を軽く噛んでいる自分がいる。花梨の言葉を緊張して待つ。

「だってさ。なにもできないまま終わるよりは、みんなで楽しく遊んで終わりたいじゃん?」

 花梨はしあわせをおすそ分けするように、渚に向かって微笑んだ。
 閉じていた唇が、勝手に開いた。無意識のうちに、花梨の言葉を反芻する。

「みんなで、楽しく……」
「そ。だから渚ちゃんを花梨ちゃんチームにスカウトしちゃう! 人材は早めに確保しておくんが吉なんよ!」
「事前に説明されたルールを鑑みれば、単独で動くことほど無謀なことはありません。ここは共同戦線を張るべきでしょう」

 考える……どうしよう、と。
 竹山の言うことが嘘だとは思えないが、自分が死んでしまっただなんて信じられない。
 お母さんやお父さん、それに数少ない友達まで死んでしまったというのは、もっと信じられない。
 でも、否定したからといってどうにかなる話ではないのだ。これは殺し合いなのだから、結局のところ、殺すか殺されるか。
 いや、渚の場合はただ殺されるだけだろう。いや、殺されるのではない。成仏するのだ。なにがなんだかわからなくなってきた。

 ただ、花梨の瞳を見ていると……不思議なことに、本当に不思議なことに、不安な気がしない。

 これは殺し合いと説明されたが、それはゲームのルールでしかないんだ。
 バトルロワイアルというよりは、サバイバルゲーム。水鉄砲やエアガンを持ち寄って男の子がするような、あんな感じ。
 殺し合いと思ってやれば悲劇だが、果てに待つのが新たな人生への扉なのだとすれば、これはいっそ喜劇なんじゃないだろうか。

279「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:32:34 ID:SUHlMk1A0
「ここで死んじゃったとしても……誰かが誰かを殺したとしても……それは生まれ変わるってことなんですね」

 自分に言い聞かせるように、渚は呟いた。
 そして、うん、と頷く。
 花梨と竹山の目を交互に見て、意思を固めた。

「わかりました。私、笹森さんのチームに入ります。がんばって他のみなさんをやっつけます!」
「やったー! ふふふ、これで竹山くんに続いて二人目ゲット〜」
「僕のことはクライストとお呼びください」

 そして、古河渚は笹森花梨と竹山の仲間となり、この殺し合いのゲームに率先して参加する決意をした。
 他にも、こんな風にチームを組んでいる人たちがいるかもしれない。その人たちとは対戦になるだろう。
 逆に、このことに気づけていない人たちもいるかもしれない。そういう人には事情を説明しよう。
 事情を説明して、それから殺そう。そうすれば安心して成仏することができるから。
 お父さんやお母さん、それに岡崎さんと会えたら……一緒のチームになりたいな、と渚は思う。

「おっけー。んじゃ、仲良くやろうね! 渚ちゃんに竹山くん!」
「クライストです」
「はい! よろしくお願いします、笹森さん。それに、クライストさんも」
「だから僕のことはクライストと……!?」

 渚と花梨が勢い良く立ち上がったところで、竹山だけが出遅れた。
 なにやら驚愕に見開かれた目で、渚の顔をじっと見ている。
 渚はつぶらな瞳で返した。

「どうしたんですか、クライストさん?」
「い、いえ……すいません、もう一度呼んでみてもらえませんか?」
「え? クライストさん……ですよね。あ、あのっ。さんづけは馴れ馴れしかったでしょうか?」
「そ、そんなことはありません。そうです。僕のことはクライストと……そうお呼びください」
「はい! がんばりましょうね、クライストさん!」
「は、はひぃ……」

 なんだろう。竹山は微かに頬を赤らめ、渚から視線を逸らした。
 もしかして、無意識のうちに不快になるようなことを言ってしまったのではないだろうか。
 渚は不安になるが、竹山は答えてくれない。花梨は意気揚々と告げる。

「んじゃ、そろそろ出発しよっか。こんな僻地じゃ、もうこれ以上人は来なさそうだしね」

 北の方角に海がある、ということは、ここは島の中でも最北のエリアに位置する鍾乳洞なのだろう。
 人――それが敵味方に限らず――を探すのなら、とりあえずは島の中心部に向けて南下したほうがいいと花梨は判断した。
 先頭を行こうとする花梨に、渚が続く。その後ろから竹山がついていき、か細い声で言った。

「あの、古河……い、いえ……な、なぎっ、渚、さん」
「はい?」
「あ……あーっ、と……な、なんでもありません」

 呼ばれたので反応してみたが、竹山はまたすぐに視線を逸らしてしまった。顔はさっきよりも赤い。
 ひょっとして熱でもあるんだろうか? 既に死んでいるんだし、それはないか。渚は首をかしげた。
 そんな二人の様子を、花梨はにやにやしながら見ていた。竹山のそばに近寄り、耳打ちするように言う。

280「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:33:25 ID:SUHlMk1A0
「むふふ〜? ちょっとちょっと竹山くん。私のことも花梨ちゃんって呼んでいいんよ?」
「……僕のことはクライストとお呼びください、笹森さん」
「ぶーぶー。なんか態度がちがーう」

 花梨がおどけると、竹山は元の調子に戻って眼鏡を上げた。
 渚がクスリと笑う。なんだか楽しくなりそうな幕開けだった。



【時間:1日目午後2時30分ごろ】
【場所:A-2 鍾乳洞】


古河渚
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】


竹山
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】


笹森花梨
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

281 ◆LxH6hCs9JU:2010/09/18(土) 00:33:59 ID:SUHlMk1A0
投下終了しました。

282やったねすばるちゃん!!声が届いたよ! ◆5ddd1Yaifw:2010/09/18(土) 01:36:08 ID:RUYOSdx.0
緑の木々が無数に立ち、草はぼうぼうと茂っている。
此処に一人の少女が悠然と立っていた。

「殺し合いなんて横暴なんですの!」

少女の名は御影すばる。正義を愛するすばるの手にはとある物が握られていた。

「こうなったら……」

手に持ったものを口元に寄せて、

『ぱぎゅうー、マイクのテスト中ですの!!!!』

大きな声をそれ――拡声器に吹き込んだ。

『これで大丈夫ですの! みなさん、あたしは御影すばるといいますの! こんな殺し合い、断固として認めてはなりませんの!
 絶対ッッッッッ、阻止ですの!!!』

すばるの大きな声が拡声器を通して辺りに広がっていく。音量は最大、できるだけ遠くにまで聞こえるようにと思ったためだ。

『残念ながら、あたしにはこの首輪を外す手段は全く分かりませんの! ですが、多くの人が集まったらきっとなんとかなりますの!
 人と人とのつながりの力があればきっと首輪だって解除できますの!』

思いを乗せた声が木の葉を揺らす。一人でも多くこの声が届きますように、とすばるは念じる。

『この声が聞こえた人は今直ぐここまで来るんですの! 誰でも歡迎なんですの!
 一緒に仲間を集めて頑張ろうですの!!』

最後に大きく息を吸って。

『みなさあああぁぁぁああああぁあああん!!!!!! 
 正義は必ずかあああああぁぁあぁあああぁぁぁぁああああつ、悪は必ず滅びるんですのおおおぉぉおおおぉぉおおおお!!!!
 だから――ふぁいとなのですのおおおおおぉおおぉぉおおおおお!!!!』

力を振り絞って、すばるは声を振るった。

283やったねすばるちゃん!!声が届いたよ! ◆5ddd1Yaifw:2010/09/18(土) 01:37:24 ID:RUYOSdx.0



◆ ◆ ◆



そしてこの呼びかけを聞いた少年が一人。

「っと……! びっくりしたなぁ……」

少年の名は日向秀樹。すばるのいる場所から幾分か離れた所に日向はいた。

「おいおいおい、あの女の子危機感なさすぎだろ。あれじゃあ危険な奴まで呼び寄せちまうじゃねえか」

確かに拡声器は離れた場所にいる人にも呼びかけを行うことが出来る。
だが、ここにいる参加者が全員が善人とは限らない。参加者を殺しまわっている者もいるはずだ。
そのような者がいるのに安易に呼びかけをするなど愚の骨頂である。
あの女の子の元へ行く必要はない。行ったら危険人物とも遭遇するぞ。
日向の頭はそう告げていた。

「はぁ……なんつうか……危険な奴が来る前に女の子抱えてトンズラこく……それで十分だよな」

それなのになぜだか足が勝手に声の震源地まで走り始めていた。何をやっているんだ、と自分に問いかけるが返答は一つ。
ほっとけない。何となくのことだが、この思いは確かだ。

「俺が行くまで変なのに捕まんなよ……!」

結局、日向は女の子を見捨てられない芯からの甘いお人好しだったのだ。



◆ ◆ ◆



「わざわざ自分のいる場所を教えてくれるなんてあほなんちゃうんか?」

日向の考え通り、この声は危険人物にも届いた。

「あほらし……何が正義や。この島でそんなん通用せえへんわ」

紫の髪を団子に束ねている少女――姫百合瑠璃はぼそっと呟いた。
目はいつもの愛らしさがどこにもなく、ギラギラと血走っている。

「さんちゃんを護れるんはウチだけや……信用せえへんで……! 」

手に持つ拳銃を強く握り締める。頭の片隅にあるのは一人の少女。
瑠璃がどんなモノよりも大切に思い、この身を煉獄に投げ出してでも護りたい、そんな少女。
少女――姫百合珊瑚を護るために瑠璃はとある決意をした。
そう、珊瑚を最後に一人にするよう血塗れの道を歩くこと。
幸いのことに支給品は当たりだった、これで大事なさんちゃんの力になれる、と瑠璃はニタリと哂う。

「決めたんや……ウチは……!」

瑠璃はしっかりとした足取りで歩き始めた。当然、目指すはあの声の元だ。ただの殺害対象、怯えることはない。
ただこの拳銃のトリガーを引けば殺せる。誰にでもできる簡単なことだ。

「みんな殺してやるって!」

この身は大切な者の為だけに。姫百合瑠璃は――ただ眼前の敵を殺すだけだ。


【時間:1日目午後14時00分ごろ】
【場所: F-5】


御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:健康】


日向秀樹
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】


姫百合瑠璃
【持ち物:コルト S.A.A(6/6)、予備弾90、水・食料一日分】
【状況:健康】

284 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/18(土) 01:37:53 ID:RUYOSdx.0
投下終了です

285アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:40:27 ID:dUtFzNTk0



――――彼女は優しい人だ。それ故に――――








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

286アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:41:10 ID:dUtFzNTk0







さんさんと輝く太陽の下で、アイリスの花が無数に咲き誇っていた。
沢山の紫の花と、ほんの少し白い花が当たり一面に広がっている。
紫と白が彩るこの花畑の中心に、一人の女性が佇んでいた。

当たり前のように青い青い空と。
当たり前のように白い白い雲を。

そんな永久に変わらない風景を独りで眺めながら。
ゆっくりと祈るように、目を閉じて。
そして、手を広げ、優しい風を全身で受けて。


アイリスの花が舞い散る場所で。


彼女は、想いを巡らしている。



やがて、何か決意したように、静かに目を開ける。


そして、とても儚げな笑顔の花がゆっくりと咲き誇った。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

287アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:42:05 ID:dUtFzNTk0






「ふむ」

アイリスの花が咲き誇る花畑に。
還暦を超えたであろう老人が、眠たそうに立っている。
少し曲がった腰に手を当て、何かを考えているように遠くを見つめていてた。

その老人の名前は幸村俊夫という。
彼は教師で、長い間生徒の成長を見つめ、そして送り出していった。
骨の髄まで、彼は教師だった。

そして、

「幸村先生」

アイリスの花畑を掻き分けるように歩いてきた女性も、昔、教師であった。
その女性は昔、幸村の同僚であった人でもあった。
幸村は優しげに眉を動かして。

「伊吹先生か」
「……はい」

彼女の名前を、伊吹公子の名前を呼んだ。
公子はそよ風を受けながら、優しそうに笑った。
公子は幸村の隣に佇んで、暫く二人で空を見上げる。

「幸村先生は、どうしますか?」
「わしは教師じゃ。年を取りすぎたが……それでも教師じゃ」
「ええ」

それは、公子が何よりも知っている。
彼が駆け抜けた人生は正しく、生徒の為に尽した一生である事を。
公子は知っている。だから、幸村がだす答えも聞かずとも、理解できていた。

「故に……わしは若いもんたちの行く末を見守り、助けるよ。それが『わしら』の役目じゃろ?」
「ええ、そうです……ね」

それこそが、幸村俊夫の生き方、教師の矜持なのだから。
公子は少しだけ、切なそうに幸村の頷く。
幸村は満足したように、眉だけ動かして、静かに歩き出す。


そして、背後で立ちすくんでいる公子に向かって、振り返らずに


「じゃが」



――――銃を向けられているという事だけを背に感じながら

288アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:43:12 ID:dUtFzNTk0




「伊吹先生がどう生きようかは……また貴方の選択次第じゃよ」



びくりと解りやすいぐらいに公子は身体を震わせ。

それにあわせるように強い強い風が吹く。

アイリスの花びらが幾つか舞い散った。


「わ、私は……」
「『教師』として生きるか……しかし貴方は『女』として、『姉』として生きたいのじゃろう?」

駄目だ、叶わない。
公子は直感的に、そう悟る。
心の底、全て見透かされている様な気がする。
目の前の語る老人が、とても、怖い。
今すぐ撃ちたかった。
けれど、そんな事、出来る訳が無かった。


「わしは行くよ。これは選別じゃ……」

幸村は花畑に沢山の弾倉を置いた。
そして、公子に対して隙を見せる事に躊躇いもせず、ただ公子の正面を歩き続ける。

撃たれる事に恐怖を感じないように。
いや、ここで撃たれるのもいい。
そう、公子に見せ付けるように。

幸村俊夫は悠々と花畑の中を歩き続ける。


公子は強い追い風を感じながら。
妙に重たい拳銃を幸村の背に標準を合わせ、向け続ける。


けれども、何時までたっても引き金を引く事ができずに。


優しい風を全身に感じながら。


アイリスの花畑の中を立ち尽くしながら。


儚い笑みを浮かべながら。


幸村俊夫をただ見送った。


銃の重さが、手から、離れなかった。

289アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:43:47 ID:dUtFzNTk0




【時間:1日目午後2時半ごろ】
 【場所:E-3 アイリスの花畑】

 幸村俊夫
 【持ち物:各銃弾セット×500(うち9mm×200は譲渡済み)、水・食料一日分】
 【状況:健康】









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

290アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:44:29 ID:dUtFzNTk0








柔らかな風が吹いている。
空は先程と変わらず青かった。
雲は先程と変わらず白かった。

伊吹公子はそのまま風を感じながら、崩れるように花畑に腰を下ろす。
視界が、紫と白に染まった。

「あぁ……あぁあ……」

涙がいつのまにか滲んでいた。
雫が一つ二つ零れていた。

「祐くん……ふぅちゃん……」

呻くように愛しい人の名前を呼ぶ。
大切な恋人、大切な妹。
その人の為に殺さないといけないのに。
そう、覚悟したのに。

結局、殺せやしない。

何故なら、彼女は優しすぎるから。


公子は思う。

殺さなければならない理由。
もう、奪われたくなかった。もう二度と失いたくなかった。
大切なモノを。大切な人たちを。
奪われたからこそ、解る哀しみがあるから。
もう二度と、そんな事を経験したくないから。

殺せなかった理由。
もう、知らぬ誰かに大奪われるという気持ちを与えたくなかった、消失を与えたくなかった。
大切なモノを。大切な人たちを。
奪われたからこそ、解る哀しみがあるから。
そんな哀しい経験を、誰かに与えたくなかった。


奪われたくないから、誰かの大切なモノを奪う。
だけど、奪われると言う気持ちを、誰かに与えたくない。


矛盾するような想いが公子の中で巡る。

291アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:44:52 ID:dUtFzNTk0


殺さなきゃいけないのに。
大切な人を護りたいのに。


だけど、彼女の優しさが、彼女を縛る。



それほどまでに、彼女は優しいから。




優しい、柔らかな風が静かに吹く。
アイリスの花びらが空に舞った。

紫と白の無数のアイリスの花が彼女を囲むように咲き誇っている。
永遠に変わらない空に向かって、咲いていた。


公子は、もう一度、アイリスの花のように、儚げに、笑った。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

292アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:45:16 ID:dUtFzNTk0









アイリスの花が、咲いていた。


アイリスの花言葉は


――――優しい心と言った。





【時間:1日目午後2時半ごろ】
 【場所:F-3 アイリスの花畑】

 伊吹公子
 【持ち物:シグザウアー P226(16/15+1)、予備マガジン×4、9mmパラペラム弾×200、水・食料一日分】
 【状況:健康】

293アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE:2010/09/18(土) 02:45:39 ID:dUtFzNTk0
投下終了しました

294 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:06:37 ID:e.bX5NKY0
 廃村の外れ。
 朽ちかけた家屋が多いその場所でも、一際古さびた、廃墟と言ってもいいその場所に、ユズハはいた。
 車輪のなくなった自転車が倒れ、罅が入りところどころ崩れている塀は危なっかしく、ガラスが割れ、地面に散乱している。
 まるで針山の頂上のような危ない場所だったが、ユズハはそこに留まったまま動こうとしない。

 いや、動けなかった。
 彼女は、目が見えないから。
 生来体が弱く、盲目であるユズハは外出の機会も少なければ、行動できる自信もなかった。
 出歩くときには大抵誰かがついていてくれたし、見知った場所であるから頭が地図を組み立ててくれる。
 けれども今は違う。見知らぬ場所にたった一人で放り込まれ、誰の助けもなく、無音の世界に取り残されている。
 恐怖心はなかった。目が見えない生を過ごしてきたために、精神的には強くなっていた自覚はあった。
 どう行動していいのかが分からなかった。未開の土地、見知らぬ土地で、経験の乏しいユズハは選択肢すら浮かばせることができなかった。

 大抵こういうときには兄のオボロが側についていてくれたものだが、今はその兄もいない。
 そのように仕組まれたのだろう。あの声も言っていた。
 男性か女性か、なかなか判断できない中性的な声。近くから聞こえていたはずなのに、気配すら感じられなかった声。
 まるで亡者のような声の主に抱いたのは嫌悪感ばかりで、ユズハは荷物も持たずにここまで歩いて、それからずっとこのままだった。
 そもそも殺し合いなどできるはずがないのだ。肉体的にも、精神的にも。
 出自もあり、ユズハは保護される立場であり、慈しまれる立場だった。世の中の醜い争いはあることは知っていても、蚊帳の外だった。
 だから他者に対する明確な敵対心はなかったのだ。嫌悪感を抱いた声の主にでさえ、傷つけようという発想はなかった。
 傷つけたくない、傷つけられないではなく、傷つける方法さえ、ユズハは知らなかった。
 それを当たり前にしてきた彼女には不思議と思う気持ちはなく、困ったような表情を浮かべるばかりだった。

 ともかく、ユズハは動けない。
 空気の匂い、風の通りから判断して室外であり比較的開けた場所にいることは分かるのだが、どうなっているのかが判断できない。
 確かめようにも声をかける人もいなかった。故にこうしてじっとしているしかない。
 無闇に動こうとしなかったユズハの判断は正しかった。地面には割れたガラスが散らばり、他にも抜け落ちた釘、尖ったコンクリート片があり、
 盲目の人間が歩けば間違いなく怪我をしてしまうような状況である。
 目は見えなくとも聡いのがユズハだった。なんとなく、という程度ではあるけれども、危機を察知していた。
 だから誰かがやってくるのを待つことにしたのだった。
 殺し合い。言葉が本当なら、やってきた誰かがユズハを殺すことになる。だがそればかりではない可能性もある。
 戦のようなものだ。敵ならば殺され、味方ならまだ助かる余地はあると見ていた。
 もっとも、その味方は少ない。トゥスクルの人達が全員いるとは限らないし、ここの広さがどれだけなのか検討もつかない以上探し出してくれる確率も低い。
 分の悪い選択だったが、これ以外にやれることもなかったのだから仕方がなかった。

295 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:07:04 ID:e.bX5NKY0
 いや、とユズハは自分の存外に冷めた思考を見直した。
 どちらでもいいのかもしれない、と思っていた。敵でも、味方でも。それが自らの運命で、仕方がなかったことなのだと。
 ユズハの生は受け入れることを常としてきていた。どんな理不尽、どんな苦痛でも、自らそれに対処する術がなかったのだから。
 誰かの助けを借りなければ何をすることも叶わない生。生きているようで、その実生きているのかも分からない生。
 他者から見れば、ユズハだって立派に生きているように見えるのだろう。人間らしく生きてきたという自覚もあった。
 ただ、結局のところ、そこに自分があるのかは怪しかった。その時々で自分の知識に照らし合わせ、正しいとされることに合わせてきただけだった。
 与えられたものを疑問もなく使うばかりで、本当に選んできたのかも分からない行為の積み重ねしかしてこなかったのがユズハだった。
 そんな自分の行為もまた、受け入れるしかなかった。そうすることしか、できなかったから。
 ハクオロがユズハの思考を眺めていればそうではない、そんなことはないと声を大にしていたのかもしれない。
 そうしてくれるのだろうという確信があった。トゥスクルの皇は、時々人の心を見透かしたような言葉を投げかけてくる。
 そういうとき、ユズハは僅かに残った自覚を意識する。本当に、と問いかける自分が生まれるのを感じていた。
 答えそのものまでは見つからなかったが、もう少しで分かりそうな気がしていた。そう、もう少し、時間さえあれば……

「ハクオロさま……」

 我知らず、ユズハは口にしてしまっていた。
 開かない視界を開かせてくれる男の存在を、あと少しだけでいいから手繰り寄せたかった。
 会いたかった。ハクオロに。
 動悸を帯び始めてきた胸をそっと、ユズハの青白く細い腕が撫でた。
 心なしか落ち着きなくなっていた。冷静になっていたはずだったのに。
 これはどういうことなのでしょうと思い始めたとき、砂利を踏み鳴らす音が聞こえた。

 ピク、と耳が逆立つ。盲目である分、ユズハの聴力は並以上の感知能力がある。
 足音ひとつでどのくらいの体格の人間であるかは大体予測できる。この感覚は、女性だろうか。
 ゆったりとした足音は、慎重になっているというよりものんびりとした様子だった。
 誰だろうとユズハは考える。足音からトゥスクルの人間でないことくらいは分かるのだが。
 首をかしげていると、足音が止まった。気配が向く。気付かれたのだ、と分かった。
 僅かに体が強張る。冷静になりきれていない体が緊張の汗を帯び始める。
 受け入れることしかできないと分かり切っていながら、こうも落ち着かないのはなぜだろうと疑問にさえ思った。

 ともかく、味方以外の人間――即ち、敵はすぐ近くにいた。
 一歩一歩近づいてくる。音が大きくなっているから、分かった。
 気配までが敏感に感じられるようになる。
 明確な悪意こそないものの、特に好意も感じられない。つまり、どうするか判断に迷っているようだった。
 どういうつもりなのだろうと思っていると、遠慮がちに、間延びした声が届けられた。

「……あの〜、そこ、危ないですよ?」

 ユズハ自身は全く認識できていなかったが、素っ頓狂な表情になっていた。
 声をかけた主の名を、古河早苗という。
 彼女の地元では有名な、のんびり屋の一児の母だった。

     *     *     *

296 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:07:29 ID:e.bX5NKY0
「ふふ、なるほど、そんなお兄さんがいらっしゃるんですね」
「ええ。とても優しくて、いい兄だと思ってます。ちょっと早とちりなところがありますけど……」
「男の人はそれくらい元気があった方がいいですよ。秋生さんなんて、毎日子供達と野球してますから。店番を放り出すのはいただけないんですけど」
「ヤキュウ……?」
「玉遊びのようなものですよ」
「……すみません、よく分からなくて」
「あ……」

 沈黙が落ちた。ユズハは目が見えない。まして異文化の人間ともなれば想像は難しいだろう。
 それ以上フォローの言葉が見つからず、早苗は言葉を濁すしかなかった。
 ユズハがいた場所から、少し離れた公園。正しくは公園跡というべきで、
 錆び付いて塗装が殆ど取れてしまったジャングルジムに、手すりのなくなった滑り台、そしてチェーンの片方が切れたブランコが残るのみだった。
 噴水からは水も出ない。砂場には壊れた玩具が転がっている。そこは人の思い出すら残さない、寂しい場所だった。
 それでもベンチは比較的きれいな状態であったため、早苗はとりあえずそこに連れてきて座らせ、談笑を重ねていたのだが、
 今の一言で途切れてしまった。
 空気が悪くなったのはユズハも察知したらしく、困ったように笑顔を浮かべる。
 早苗は気を取り直すようにして「ええと、とにかく、秋生さんはいい人なんですよっ」と続けた。

「はい、分かります」
「いい加減な人なんですけど、でも一番にわたし達のことを考えてくれて」
「何かあったら、まるで漫画のヒーローみたいにすぐ駆けつけてくれて」
「でもちょっと向こう見ずで、時々怪我して帰ってきて」
「それで、わたしと、娘が、苦笑いしながら救急箱を持ってきて」
「仕方ない、って、みんなで、笑うんです」
「はい、分かります。……とっても、いい家族ですね」

 ユズハは笑った。含みのない、柔らかい笑顔だった。
 その表情が、声が、どうしようもなく……渚に、似ていた。
 重なる。精一杯の笑顔で頑張る姿に。病弱でも高校生活を満喫しようと変わり始めた姿に。
 臆病で、弱気でも、やれることをやろうとしていた娘の姿に。
 だから、だから、わたしは。

「……もう、いいですよ」
「もう、いいんです」

 はっきりと、ひとつの諦めと、ひとつの決意が早苗に届けられた。
 言葉の内容が分かっていながら、早苗は「どうして」と言っていた。
 早苗の手には、ナイフが握られていた。
 刃先は突きつけていない。いや、向けてすらいなかった。殺すという気配すらなかったのに。
 それだけではない。全てを受け入れるような笑みを、どうして浮かべていられるのか。
 これらの意味を含んだ「どうして」に、ユズハは「分かります」の一言で応じた。

297 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:07:50 ID:e.bX5NKY0
「迷っていたのは、そういうことですよね」

 最初から、気付かれていた。
 目が見えないのは、ナイフに気付いていないことから分かりきっていた。
 だからすぐに殺せると思った。
 夫のため、娘のため。やらなくてはならない。自分が守らなくてはならない。
 人が死ぬのは大嫌いだけど、大切な家族が死ぬのはもっと嫌だから。
 天秤にかけ、これでいいと洗脳するように何度も何度も繰り返し、
 ナイフの刃を見つめながら思考を麻痺させ、やれると思ってやろうとしたはずなのに、
 光のない無垢な瞳が、娘に瓜二つな声が、殺意を鈍磨させた。
 だが頭の中ではやれ、やれ、やれ、やれ、と、耳障りな、車のクラクションのようなノイズがあった。
 片隅にこびりついた思考が、もうやめにしようという発想を許さなかった。
 殺したくない。でもやらなければならない。殺せ。殺せない。やれ。やれない。
 早苗は逃げた。ユズハとの会話に興じることで、目を逸らした。
 けれども逸らしきれなかった。一度抱いた決意は覆せない。そうしなければ、優しい娘は、夫は、守れない。
 家族がゆえに、早苗は他の誰よりも家族のことを分かりきっていた。

 だから。今度こそお別れにしようと思った。
 口に出して、言い訳を並べ立てることで、正当化しようと思った。
 免罪符を作ろうと思った。無理矢理にでもそうしなければならなかった。
 そうして取り出したナイフの刃を、ユズハは見ていた。見えない目で。
 見て、殺されると分かりながら、ユズハは赦した。
 赦したのだ。

「私は、いいんです。それで……誰かの強さの、ひとしずくになれるのなら」

 生きる意味を見つけ出した女の声だった。
 赦して、なお、この女は赦さなかった。
 全てを受け入れる一方で、忘れることを、目を逸らすことを拒む女の決意だった。
 光を失った目が、早苗の顔を覗き込んだ。
 よせ。やめてくれ。逃げることを赦さない、その目を。

「でも、でも、お兄さんがいますよね。ハクオロさんって人にも、会いたいんですよね。だったら、だったら」
「仕方ないんです」

298 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:08:12 ID:e.bX5NKY0
 私には、受け入れることしかできないから。そう付け加えたユズハは、ただ盲目で病弱なだけの少女ではなかった。
 受け入れることしか知らない人間でありながら、受け入れることによって生きようと必死な少女だったのだ。
 兄に会うより、ハクオロという男に会うよりも、
 生きた証を、残したいのだ。
 いや違う。自分の存在を残せる候補として、彼らの存在があったに過ぎない。
 先に見つかったから、こちらを選んだ。それだけのことだった。
 無垢で、無垢が故に、少女は残酷だった。
 その実感が早苗の体を重くする。それでも、逃げる選択肢はなかった。
 そうしなければ守れない。
 そうしなければこの少女も本当の意味で死ぬ。
 古河早苗は、やらなければ守れないと言い聞かせた瞬間から、逃げることは許されなかった。
 人間が人間を殺すという現実から、逃げることを許されなかった。

「サナエさん」

 ユズハが手を握った。静かな声の主の手は、暖かかった。
 生きている。生きているのに。
 早苗は涙を流した。人間を殺す代償に、涙を流すというのなら、
 わたしは、どれだけの涙を流せばいいのだろう。

「娘さんや、旦那さまに、会えるといいですね」


 お願い……

 わたしに。

 人を。

 殺させないで。


 我侭な願いは、届くことはなかった。
 それでもやめるという発想はなかった。
 自分達は、殺し合いをしなければならなかった。
 ここから無事に逃げられると甘い考えを持てる、子供ではなかった。
 大人だった。大人だったから、逃げることは許されなかった。現実に対処しなければならなかった。
 大人は、少女ではいられない。

299 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:08:43 ID:e.bX5NKY0
「ごめんなさい」

 刺した。

「ごめんなさい」

 二度、三度。
 体に穴が開き、血が手のひらを濡らす。

「ごめんなさい」

 それで何が変わるわけではなかった。
 罪が薄まるはずはなかった。
 それでも、言葉にしなければならなかった。

「ごめんなさい」

 事切れた。
 ユズハの手から力が抜けた。
 支える力も失った少女は、仰向けに倒れ、穏やかな笑顔を浮かべていた。
 誰かの役に立てる喜びを知った、幸せな人間の顔だった。




 【時間:1日目午後3時ごろ】&nbsp;
 【場所:C-4 公園】&nbsp;


 古河早苗
 【持ち物:NRS&nbsp;ナイフ型消音拳銃、予備弾×10、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;


 ユズハ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:死亡】&nbsp;

300 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/18(土) 19:09:30 ID:e.bX5NKY0
投下終了です。
タイトルは『生きる、ということ』です

301 ◆ApriVFJs6M:2010/09/18(土) 23:20:31 ID:G/I36oFw0
 
「いいぞベイべー! 逃げる奴はベトコンだ!! 逃げない奴はよく訓練されたベトコンだ!! ホント 戦場は地獄だぜ! フゥハハハーハァー」

 道路の上で一人の少女が何やら叫びながら銃を乱射していた。
 タタタタタと突撃銃から銃弾が放たれ街路樹に命中し、小さな木片を飛び散らせている。
 そんな彼女――三枝葉留佳は支給された本物の銃を使ってのごっこ遊びに夢中になっていた。
 もちろん撃っているのは本物なので、ゲームのように弾倉の中に無限に弾が装填された銃ではない。
 当然ながらあっという間に撃ち尽くしカチカチと引き金を鳴らす音を響かせて銃は沈黙する。

「アパム! アパム! 弾! 弾持ってこい! アパーーーーム!!」

 葉留佳は後ろを振り返り誰もいない所に向かって必死に呼びかける。
 が、この周囲にいるのは葉留佳だけ。当然新しい弾薬を持って来てくれる人なんていない。
 給弾役がいないことを確認した葉留佳は銃を投げ捨てるとこれまた誰もいない方向を指差して言った。

「来いよベネット、銃なんか捨ててかかってこい! わたしのカンフーのサビしてくれるぜ〜! あちょっあちょっほわたぁ〜っ!」

 シュッシュとボクシングのポーズで素早くジャブを繰り出す葉留佳。
 もちろん葉留佳以外に人の影はいない。

「ふははっ! キックの間合いが掴めまい! わたしの縞々ニーソックスが目の錯覚を引き起こし実際のリーチよりも短くお前の目には見えてしまっているのだぁ〜!」

 高らかに笑い自慢の変幻自在の格闘術の説明を行うが聞く者は誰もいない。
 だんだんとツッコミを入れる人間がいないことに寂しさと苛立ちとやるせなさが募る。
 そんな観客のいない一人芝居を続けていた葉留佳であるが……

「あーんもぅっ! 誰かツッコんでよおーーーーーー! わたし一人で身体張るの空しくなるじゃんかぁーーーっ!」

 ついに一人芝居に限界が生じ現実という名のツッコミが彼女を襲う。
 さすがに恥ずかしくなった葉留佳は銃を拾い上げて溜息をついた。

「理樹くんがいたら鋭いツッコミが飛んでくるのにー、ぶーぶーっ――って、あれぇ?」

 ツッコミ不在の如何ともしがたい状況を打破したくとも打破できなかった葉留佳であったが背後から妙な視線を感じるのだった。

「ゴゴゴゴゴゴゴ……この気配――ドドドドドド……新手のツッコミ使いかッ!? って誰もいねぇぇぇぇっ!」

 新たなるツッコミ役がいたと思い、笑顔で振り向くがそこには誰もいない。
 その代わり道路の上にぽつんと不審な段ボール箱が置かれていた。
 さっきまでこんな箱はなかったのに――
 葉留佳は好奇心と恐れを抱いてダンボール箱に近づく。

302 ◆ApriVFJs6M:2010/09/18(土) 23:22:06 ID:G/I36oFw0

「ドドドドド……ゴゴゴゴゴゴゴ……気をつけろ葉留佳……うかつにあの箱に触れるんじゃあない……! ドドドドドドド……!」




 愛媛みかん




 段ボール箱はそう印字されていた。
 なんの変哲のないシンプルな段ボール箱。

「じぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「…………………………………」
「じぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「…………………………………」
「ドドドドドドドドドドド……」

 じぃっと見つめるも段ボール箱に反応は訪れない。
 葉留佳はそれに背中を向けて歩き出した。

 すたすたすた。
 カサカサカサ。
 すたすたすた。
 カサカサカサ。
 すたすたすたすたすた。
 カサカサカサカサカサ。
 すたすたすたすたすたすたすたッ!
 カサカサカサカサカサカサカサッ!

 段ボール箱は葉留佳に付いてくる。

「じぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「………………………………………………」
「スネーク! 応答しろスネーク!」
「………………………………………」

303 ◆ApriVFJs6M:2010/09/18(土) 23:23:32 ID:G/I36oFw0
 
 葉留佳はもう一度ダンボール箱に背を向け歩き出す。
 葉留佳はダンボール箱が動いているのを見ると即座に振り返り、右手で顔を覆いつつ左手で段ボール箱を指差し言った。

「スネーク! 貴様見ているなッ!」
「ぴぎっ!」
「かかったなアホがぁっ!」

 葉留佳は満面の笑みを浮かべて飛び跳ねたダンボールに近寄る。
 彼女は手をわきわきと動かしながらそのダンボール箱を持ち上げた。

「はわわわっ……! その箱返すのれす〜〜〜っ!」
「わおっ! なんとびゅーちほーなお嬢さんが段ボールの中に!」

 ダンボール箱の中には妙な耳飾りを付けた金髪の少女が隠れていた。
 少女は小動物のような瞳で葉留佳を一瞥すると、再び葉留佳の手から段ボール箱を強引に奪い取ってその中に隠れてしまう。

「ふしゃー!」

 威嚇のつもりのような声が箱の中から聞こえてくる。
 葉留佳は困ったような表情で箱の中の少女に話しかけた。

「もしもしそこのどこかのアーサー王似のお嬢さんや」
「……わたしはそんな人に似てないのれす。それにアーサー王は男性なのれす」
「そりゃそうだよねー! あははははははは!! ねえねえっわたし何にもしないから箱から出てきてよーーー!」
「らめなのれす。シルファは箱を被らないと人間と話せないのれす」
「えーっそんなぁ! そんな可愛い女の子が箱を被ったままなんてもったいないよー?」

 さっ! 葉留佳は箱をどかす
 さっ! 少女は箱を被る。
 ささっ! 葉留佳は箱をどかす。
 ささっ! 少女は箱を被る。

 そんなやり取りを数十回繰り返すうちに段ボールはすっかりボロボロになってしまい少女は箱に隠れなくなってしまった。

「ああーっ! わたしの箱がボロボロなのれす……」
「ふふーん、わたしの勝ちぃー! わたし葉留佳、三枝葉留佳だよ。はるちんと呼んでね。キラッ☆」

 にっこりと笑って変な決めポーズを葉留佳は取る。

304 ◆ApriVFJs6M:2010/09/18(土) 23:25:17 ID:G/I36oFw0
 
「……シルファなのれす。HMX-17cシルファ。わたしの名前なのれす」
「日本語でおk」
「だ・か・ら! シルファなのれす! メイドロボットのシルファなのれす!」

 舌足らずな口調で自分のことを説明する少女――シルファ。

「ほうほうメイドロボのシルシルですかぁー。……なっ、なんだってー!!ΩΩΩ」
「ぴっ!?」
「まさか……世の男子諸君が追い求める浪漫オブ浪漫! その名もメイドロボ! それがシルシルだってーー!? はははそんなご冗談を」
「ほんとなのれす! シルファはメイドロボなのれす!」
「ほんとに?」
「ほんとれす」
「…………触っていい?」
「らめれす。わたしを触っていいのはご主人様だけなのれす」
「えーっ減るもんじゃないから別にいいじゃーーーーん、それ!」

 つんつんとシルファの頬に触れてみる。
 人間とほぼ変らない質感。

「や、やめるのれす……」
「よいではないかよいではないか。お次はここを――」

 むにむに、むにむにとシルファの服の上から胸をまさぐる葉留佳。
 特別大きくはないもののしっかりとした弾力と柔らかさを誇っている。
 とても機械とは思えない限りなく人に近い感触。

「おおっーー! これはすごい……! まるで人そのものではないか……! くそっー大きさ負けたぁ……」
「あんっ……はるはるっ……らめ、れす……そんなこと……していいいのはご主人様だけなのれす……っ」

 胸を揉みしだく葉留佳の手つきにシルファは声をあげて身を捩る。
 まさに人間のようなその仕草に葉留佳は感涙極まる。

305 ◆ApriVFJs6M:2010/09/18(土) 23:26:15 ID:G/I36oFw0
 
「ぐああぁっ……すごい事実だ……! 参ったぁぁ! わたしは参ったぁぁぁ! 
 なぜなら本当にメイドロボにこんな機能を付けるやつがいたからだぁ!
 いいのか!?  本当にいいのか、開発者はぁぁっっ!?
 こんな機能付けたらご主人様はシルシルに何をするのかわかってるのか!?
 こんな機能を世の青少年が黙って見てると思ってるのか!?
 法を恐れぬチャレンジャーか? 児ポ法が黙って見てないぞ?
 ぐああぁぁっっ無理だぁ!! 青少年がそんな欲望を抑えこめると思えない。自制などきかない!」


 感涙極まりすぎてまるで変な薬が決まったかのようにハイテンションで叫び続ける葉留佳だった。



 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:G-6】

 三枝葉留佳
 【持ち物:89式5.56mm小銃(0/20)、予備弾倉×7、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 シルファ
 【持ち物:不明支給品、ボロボロの段ボール箱、水・食料一日分】
 【状況:健康】

306 ◆ApriVFJs6M:2010/09/18(土) 23:27:39 ID:G/I36oFw0
投下終了しました。
タイトルは『Noisy Girl/Machine Maiden』です。

307 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:55:34 ID:zoU3NZc60
「はぁ……これからどうしよう」

 腰までかかりそうな、長い黒髪を揺らしながら歩くのは、草壁優季だった。
 殺し合い、と言われても実感が未だに湧かないのは、自分がこの場において数少ないタイプの参加者だからなのだろうと感じていた。
 そう、名簿の中に友人は殆どいない。殆ど、と言ったのは、一応例外もあったからだ。
 河野貴明。その名前を浮かべて、草壁はすぐに首を振った。
 このただ広い島の中で出会える確率は低いだろうし、逢瀬した回数も少ない。
 あまり認めたくはないが、優先順位は低いのだろう。その程度の関係でしかなかった。
 友達である、いやそれ以上の関係にはなりたいというくらいには思っているのだが、向こうはどうか分からない。
 言葉を重ねた回数は少ない。そもそも昔の、幼馴染みだったことも覚えているかどうかも確かめていない。
 こんなことならもっと親密になっておくのだった。先程の溜息の理由は、それだった。

 けれども、少し期待はしてしまう。一度目は偶然、二度目は必然というではないか。
 ひょっとしたらこんな場所でも出会える可能性は、あるのかもしれない。
 異常な状況ということを少しは冷静に受け止めてはいても、夢想を混じらせてしまうのは草壁の――いや、女の子の性とも言うべきものだった。
 実際に出会いでもしたら、どんなことになるかまでは分からなかったが、考えないようにしようと草壁は思った。
 あれこれ悪い想像で埋め尽くすより、少しでもいいことを考えるようにしていればまだまともでいられる。
 或いは、それは現実逃避の一種なのかもしれなかった。
 自覚はある。昔から、嫌なことがあると夢想の世界に逃げ込んできた。
 物語の世界ではどんなことだって可能にする。都合のいいときに白馬の王子様は現れるし、最後には必ず勝つ。
 そうして助けられたヒロインは、幸せに後生を過ごす。それに、自分を重ねていた。
 内向的であり、何かと本を読むことで時間を潰してきた草壁が身につけた処世術だった。
 子供のころはそれで良かった。逃げてさえいれば、嫌なことは自然と薄まった。
 今は違う。そもそも逃げ場なんて、どこにもないらしいのだから。

「……ふう」

 言っている側から考え過ぎたと思い、草壁は一度腰を落ち着けることにした。
 近くにちょうど人が座れる程度の大きさの切り株があったので、そこで休憩することにする。
 スカートの裾を直し、ちょこんと筆で点を添えるように、静かに腰掛けた。
 閑静な森の中で、自然の空気を感じながら切り株で座って時間を過ごす。
 やってみたいと思っていたことではあった。こんな形で望みが叶うとは思っていなかったのだけれども。
 森の中を駆け抜ける風は涼しく、木の葉の影からきらめく陽光は綺麗に散りばめられたダイヤモンドの輝きだった。
 こういう環境なら、小人か何かが潜んでいそうなものだが……
 いつもの想像を働かせたとき、後頭部に硬いものが突きつけられた感触があった。

「Freeze! 分かる? 動くなって意味よ」

308 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:55:56 ID:zoU3NZc60
 いきなりだった。
 すぐには言葉の意味を理解できず、草壁は数秒間反応することすらできなかった。
 やがてじわじわと今の自分が置かれている状況を理解し、吐き気に襲われそうになった。恐らく、顔も青褪めているのだろう。
 銃を突きつけられている。殺されようと、している。
 カチカチと歯が鳴り、視線の焦点が合わなくなる。冷静に、なれなかった。
 扉を開けた瞬間奈落の底に突き落とされたような、そんな感覚だった。

「反応ないわね……まあいいわ。どうしてこんなことになったのか説明してあげるわ」

 ふふん、とまるで三流悪役のように前置きしてから、少女と思しき声の主は続けた。

「ひとつ。目立つところに居すぎ。こんな分かりやすいポイント、誰かが待ち伏せしてないかとか思わなかった? 甘い」
「ふたつ。鼻歌を歌わない。上手かったけど、こんな音の聞こえやすいところでやることじゃないわね」

 そんなことをしていたのか、と草壁は今更ながらに思っていた。
 確かに、少し気分が良くなっていた自覚はあったのだが……こんな結果を招くなんて想像もしなかった。
 いつもの習い性がそうさせたというのならば、呆れるほど自分は夢想家だったということか。
 実感してみると、怖がっていたのが急に馬鹿馬鹿しい気分になった。諦めがついた、ともいう。

「……言うのは結構ですけど、そろそろやめにしたほうがいいんじゃないですか」
「どういうことよ」
「三流悪役の台詞とお決まりですよ、それ」
「あらら」

 気付かなかった、という風に存外可愛らしい声が出ていたが、それで状況が変わるとは思えなかった。
 どだい、変な動きを見せた時点で撃たれるに決まっている。
 誰かが駆けつけてくれれば話は別だが、そんなことはないと我が身を以って証明したばかりだった。

「だったら、三流悪役を引き立てるために犠牲が必要ね」

 言われるまでもない。それは、自分だ。
 決して物語の主人公などではない、自分だ。
 せめて。せめて、相手を睨み付けられれば良かったのに。
 最後に抵抗だけでも、と思ったが、もう遅そうだった。
 一秒と経たないうちに引き金が引かれて、血が――

「なんてね。そんなことしないわよ」

309 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:56:18 ID:zoU3NZc60
 ――出る代わりに、銃口が下げられた。
 意図を理解できず、草壁は思わず反射的に振り向いてしまった。
 決して見ることはないだろうと思っていた少女は、凛々しい姿だった。
 自分と同じく、肩までかかるような長さの亜麻色の髪を後ろで縛っている。
 髪を縛るための白いリボンは羽根のようで、鷲を思わせる切れ長の瞳と相まって、鳥のような印象を抱かせた。
 誰にも、何にも囚われない、孤高のクールビューティ。そんな言葉がしっくりくる少女だ。
 くるくると拳銃を弄ぶ彼女に、草壁は「どういうつもりなんですか?」と聞いていた。
 率直な疑問だった。殺し合いをしろと言われているのに、逆らう意味が分からない。自分が絶好の獲物だとしたら尚更だった。
 別に悪意はない。理由が見えなかったからだった。

「三流悪役扱いのままじゃ嫌だから」

 しれっと答えられる。ならばともう少し質問を重ねる。

「一流悪役にでも憧れてるんですか」
「バッカねえ。一流だろうが三流だろうが最後はヒーローに倒されるのがオチなのにんなことしないわよ」
「……はい?」

 自分が言えるようなことでもないと思いながらも、素っ頓狂な声を出してしまっていた。
 真面目な顔で、ヒーローだのなんだの言っていたから尚のことだった。

「何よ。違うっての? 世の中はダークヒーローに満ち溢れてるっての? あー私そういうのダメってか嫌い」

 何も言ってないのに。
 唖然としたままの草壁を差し置いて、少女は世の中への不満をぶつくさと漏らし続ける。

「だいたい最近の世の中は王道から外れすぎてるのよ。
 ちょーっと設定を変にいじくれば面白い中身がなくてもいいとか思ってるのバカじゃないのんなもん私はいらんっ!
 そう、盛り上がりに盛りあがって、みーんな幸せに楽しく、最終的にそんなエンディングになる物語が必要なのよ、分かる!?」
「はあ」

 分かったのは、この人は変人だということだった。
 間違いなく自分の同類ではあるのだが……
 いや、行動力がある分、自分とは違った。
 この人は、行動しようとしている。目的こそ見えないが、今を変えようとしている。
 引き換え、自分は、何もせずただ漫然と過ごしていただけなのに。
 拳を振り上げ、雄弁に語りまくる少女に、草壁はそんな感慨を抱いていた。
 とはいえ、変人の目で見ていたことには変わりなく、それに気付いた少女は慌てて取り繕った。

「コホン。まあそういうわけなのよ」

 なにがそういうわけなのか全然分からなかったが、とにかくそういうことみたいだった。

「ま、ぶっちゃけ誰かの手の平で動かされてるってのが気に入らないだけよ」

310 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:56:41 ID:zoU3NZc60
 らしい。
 クールに言っていた少女は、しかし嫌悪感を露にしていた。
 思うところがあるのかもしれない。
 対人経験が少ない草壁はそこまで読むのが精一杯で、その先は推し量ることもできなかった。

「まあそういうことで。あなた、中々見所あるみたいだし、私についてこない? 朱鷺戸沙耶って言うんだけど」
「ときどさや……?」

 どこかで聞き覚えのある名前だと思ったが、よく考えればありきたりの名前であることに気付く。名字はともかく。
 それより、見所があると言われたことの方が気になった。先程のやりとりのどこにそんな要素があったというのか。
 尋ねてみると、冗談でもなさそうな風に沙耶は言った。

「普通ガタガタ震えてるだけなのに、毅然と言い返してたから。度胸はあるんじゃないかと思ってね」
「別にそんなことは……」
「あ、そだ。名前教えてよ」
「……草壁優季です」

 聞いていない。もう連れて行く気満々らしい。
 草壁さんね、と反芻して、沙耶は名前を覚えたようだった。
 これでいいのか。そんな思いはあったが、現状他にすることもなければ別れる理由もない。
 期待には応えられないだろうが、この少女についてゆけば自分の中にある、
 夢想に逃げ出そうとする自分を変えられるかもしれないと思う気持ちもあった。

「まあ安心しなさい。私はその筋じゃ有名なスパイなのよ。あの那須宗一と……まあタメは張れないけど」
「え、スパイなんですか?」
「そうよ。だから銃の扱いもお手の物よ。他にも色々出来るわ」

 見た目には自分と変わらない年頃だというのに。
 世の中とは分からないものだと思う一方、沙耶に感じた差はここから生まれているのかもしれないと感じていた。

「見てなさい。ほら、そこに木があるでしょ? あそこの幹に当ててやるわ」

311 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:57:02 ID:zoU3NZc60
 一発でね、と付け加えた沙耶はウインクし、不敵に笑っていた。
 沙耶の指した木の幹までの距離は約20mくらいだろうか。
 それなりに遠く、自分ならどんなに性能のいい銃でも当てられはしない。
 沙耶は片手で銃を構え、狙いをつける。やってのけてしまうのだろう、と思った。
 あの自信は虚勢なんかじゃない。場数を踏んだ、経験を積んだ人間の言葉だった。
 ゆっくりと、引き金に手がかかった。


 ぱちんっ。
 ぽとっ。
 ころころ……


「……」
「……」

 何かが地面に転がっていった。
 安っぽいチープな球体は、銀玉だろうか。小さかったのでよく分からなかったが、少なくとも銃弾ではない。
 というか、あんな音はしない。
 沈黙が二人の間に流れる。沙耶は硬直している。表情も変えない彼女は石像だった。
 気まずかった。そんな空気を打破するべく、草壁は勇気を振り絞って声を出してみた。

「あ、あの」
「……えばいいじゃない」
「え?」
「人様にあーだこーだ言っておいて、
 しかも自分スーパースゴイスパイですとか言っておいて本物の銃も見分けられなかったのよ!?
 惨めよね、滑稽よね、私アホの極みよね! 名人様(笑)よね!
 ほら笑いなさい、笑えばいいじゃない、笑ってみなさいよあーっはっはっは!」

 早口でまくしたて、一人自虐する沙耶。
 銃が使える、というのは嘘ではない。嘘ではなさそうだったが、
 致命的なまでにおっちょこちょいなのかもしれなかった。

「って笑いなさいよ!」
「ええっ」

 涙目の沙耶は、多分アホの子だった。

312 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:57:32 ID:zoU3NZc60



 【時間:1日目午後1時ごろ】&nbsp;
 【場所:B-6】&nbsp;


 草壁優季
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:健康】&nbsp;


 朱鷺戸沙耶
 【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】&nbsp;
 【状況:あーっはっはっは!】&nbsp;

313 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/19(日) 17:58:25 ID:zoU3NZc60
投下終了です。
タイトルは『ボケまくりの完全無敵少女』です

314ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:16:34 ID:o6/6hITM0
 
「いや、だから服をね……」
「何故ですか。今はそれより情報交換を優先すべきだと考えますが」

あらぬ方向に視線を泳がせる金髪の少年、春原陽平の言葉を、下着姿の少女が言下に切り捨てる。
少女の目は冷静を通り越して、どこか冷ややかなものを湛えているように見えた。
常識を説いたつもりが、どうしてだか責められているような気になって、春原は慌てて言い募る。

「こんなの、誰かに見られたら誤解されるだろっ」
「誤解とは何でしょう。あなたがわたしに銃を突きつけて脱衣を強制したことですか」
「それ完全な濡れ衣ですからねえっ!」
「ならばその先まで要求しますか。鬼畜ですね」
「するかよっ!」

噛み合わない会話に苛立ちを覚えた春原が拳銃をポケットにねじ込み、代わりに少女のセーラー服を拾い上げる。

「とにかく早く着ろよ! 僕の経験上、こういうときは必ずひどい誤解を受けることに……」

言いかけた、そのときだった。

「あ、あ、あなた……! 何してるの……!」
「え……?」

315ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:17:04 ID:o6/6hITM0
ぽかんとした顔で振り向いた春原の目に映ったのは、一人の女だった。
長い髪をリボンで束ねた、白いジャケット姿。
見る者に活動的な印象を与えるその女は茂みの向こうに立って、驚愕と困惑とを混合したような顔で
春原と少女を交互に見やっている。

「あ、あの、これは……」
「……」

下着姿の少女。その制服を手にして少女に迫ろうとしていた春原。
視線が往復するたび、女の顔から困惑が消えていく。
代わりに浮き上がってきたのは、明確な怒り。
女が、懐に手を差し入れる。

「その、僕の話も……」

嫌な予感に春原が力なく弁明を重ねようとするが、それよりも早く。

「……動かないで!」

誤解という言葉が服を着て、拳銃を抜き放っていた。

316ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:17:38 ID:o6/6hITM0
「やっぱりこうなるんですねえっ!」
「その子から離れなさい! 今すぐ!」

木漏れ日にもなお薄暗い森の空気が、どろりと重い。
女の声の、肌を刺すように張り詰めた雰囲気と、自らの方を向いて微かに震える銃口の威圧感が、
この状況が仲間内で行われる漫才のように冗談で終わるものではないと、春原に教えていた。

「服を放して! 手を上げて、一歩づつ下がりなさい!」
「な、なあ……」
「早く!」

女の目に、一切の妥協の余地はなかった。
じっとりと嫌な汗を滲ませたまま固まった指を無理矢理に開いて、春原が制服を捨てる。
そのまま両手を上げると、引き攣った表情のまま一歩を下がった。
二歩目を下がると、視界の端に半裸の少女が映る。

「そ、そうだ、おまえ……!」

誤解だと言ってくれ。あの女は本気だ。このままじゃ殺されちまう!
声に出せないまま、横目で必死に訴えかける春原の願いが通じたか。
少女が、微かに頷いた。
そうだ、そうだと必死に顎の先だけで頷きを返す春原の眼前で、少女が口を開く。
鼓動を抑えるように、すう、と大きく息を吸い込んで。

「―――助けて!」

と。
そう叫んだ少女の言葉の意味を、春原は一瞬、理解できなかった。
ようやく自体を認識したときには、すべてが遅かった。

317ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:18:03 ID:o6/6hITM0
「助けて! 助けて!」
「はぁ!? ちょ、おまえ、何を……」
「この……!」

叫びながら胸を隠し、肌を隠してしゃがみ込んだ少女に駆け寄ろうとした春原が、
怒りに満ちた女の声にぎくりと足を止める。
首から上だけをそちらに向ければ、女の表情は、いまや義憤の一色に染まっていた。
ぎり、と歯を噛み締めた女が、指に力を入れるのが見えた。
見えた瞬間、春原の靴の数センチ脇に、土埃が舞い上がった。
破裂するような音は、後から聞こえてきたように思えた。
限界だった。

「ひっ、う……、う、うわああああああ!!」
「ま……待ちなさい!」

踵を返して走り出した春原を、女の声が追う。
銃弾は、追ってこなかった。
口から漏れるものが悲鳴だか涎だかもわからないまま、春原は走っていた。

「……! ……! …………!」

暗い森の、湿った落ち葉や張り出した木の根や滑りやすい泥に何度も転んで、
手や足や顔に幾つもの擦り傷を作りながら、それでも足を止めずに、無我夢中で走る。
振り返ることは、できなかった。
振り返ってしまえば、ずっと追いかけてきた何かが背中に張り付いていて、にやにや笑いながら
黒光りする銃口を無理矢理に口にねじ込んでくるような気が、していた。

318ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:18:29 ID:o6/6hITM0
「……っ、……っ!」

走って、走って、何度目かに転倒した先で堅い木の根に思いきり腕をぶつけて、
痛みに立ち上がることもできず、ようやく止まった。

「くそっ……、くそっ……!」

泥の上でごろごろとのたうち回って、じんじんと痛む腕を抱えながら、春原が吐き捨てるように呟く。
痛む腕の先の指がひどく痺れていてうまく動かない。
骨にヒビが入っているか、悪ければ折れているかもしれなかった。
痛みと悔しさに涙が滲んでくる。
拭おうとして、かぎ裂きになった制服の袖と擦り傷だらけの手が見えて、春原は固く目を閉じる。
悪い夢だと思いたかった。
目を開けば寮のベッドの上だと信じたかった。
こんな殺し合いに巻き込まれたことも、最初に会ったのがいきなり服を脱ぐような女だったことも、
一方的な誤解で撃たれそうになったことも、全部が何かの間違いで、目を開けば、そこは、
暗い森の、泥の上だった。

「僕が……っ」

口を開けば、荒い息と共に、絶望が漏れた。

「僕が、何したってのさ……!」
「生きていただけよ」

返ってくるはずのない、応えがあった。

「―――え?」

目を向ければ、そこには黒。
黒の一色が、その手に銀色を閃かせた、それが春原陽平の最期に見た光景だった。



◆◆◆

319ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:18:58 ID:o6/6hITM0
 
 
そこには黒が立っている。
闇を纏ったような少女だった。

薄日も届かぬ森の中、濃紺の制服は黒に等しい。
暗灰色のスカートと黒のストッキング。
ぼう、と胸元で炎のように浮かぶリボンの真紅をかき消すような長い黒髪は、
湿った大気を吸い込んだようにじっとりと重い。

何より最も深い黒を湛えていたのは、その瞳である。
夜の滲むような少女の瞳が、黒とは光を囚えて逃さぬ色だと如実に示していた。

「そう、あなたは生きていただけ。自分に、忠実に」

少女が、眼下の骸を見下ろして静かに口を開く。
喉に鎌を突き立てられ、ぱっくりと断面を覗かせた気管から時折ぽこりと血の泡が上り弾ける骸は、
泥に塗れて薄汚い。
ところどころが破れた制服のポケットからは銃の台尻が見えている。
力をもって女を意のままにしようとした、それは唾棄すべき醜悪の、末路だった。

320ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:19:23 ID:o6/6hITM0
 
「……こんなモノが、いるから」

こんなモノがいるから、世界は汚れていく。
こんなモノがいるから、綺麗だったものは穢れていく。
こんなモノがいるから、美しかった何もかもが、手垢に塗れて黒ずんで、その価値を無くしていく。

「息をすれば肺が汚れ、道を歩けば足が穢れ」

誰も彼もが醜くて、たまらない。
息を止めても笑い声は肌から滲みる。
歩みを止めれば奇異の視線が骨身を穿つ。

「だから、だから私は……!」

そうして醜い世界に染め上げられて、誰の腐臭より、彼の死臭よりも穢らわしい臭いを放つのは、
少女自身に、他ならない。
胎内から湧き上がる衝動が叫び声に変わる前に、少女の革靴が眼下の骸を蹴っていた。
ぐしゅりと濡れた音がして、ごとりと重い音がして、潰れた肉の間から拳銃が落ちていた。
血溜まりからそれを拾い上げ、ぽたぽたと粘ついた汁の垂れ落ちるのも構わずに、
少女が引き金を引く。
乾いた音が湿った空気を震わせて、骸がひとつ、ぱくりと爆ぜた。

321ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:19:58 ID:o6/6hITM0
「……」

爆ぜて散った人の残滓が、少女を汚す。
長い髪から肉の欠片がぼとりと落ちて、ぼんやりそれを見下ろせば、頬に飛んだ返り血が、
涙のようにたらりと垂れた。
冷たく粘るその返り血を指で拭って、拭った指をじっと見る。
暗く湿った森の中、白い指にこびりついた血に真紅の鮮烈はない。
それは、ただ黒く、泥のように、煤のように、肌の白を蝕んでいた。

「―――」

その黒を、そっと口に含む。
舌先の苦味が、一瞬の間を置いて鉄の臭いに変わる。
口腔から鼻腔。気道から肺へ。異臭は肺で血に溶けて、全身へと拡散していく。
青空を冒す黒煙のように毛細血管を染め上げた黒が、静脈を通って心臓へと到達する。
とくりと鳴った心臓が、どろりと粘る血を呑んで、別のものに変じていく。
黒く変じた心臓の、どろりどろりと流す血が、罪過を誘い導くように。

「透子」

穢れの中に身を浸す、心地良い妄想に耽りながら、少女がその名を呼ぶ。
栗原透子。
弱いもの。哀れなもの。愚かなもの。
怯えるもの。逃げ惑うもの。
ただ涙に暮れるもの。
けがれないもの。けがれるもの。
護られるべきもの。
そうでなければ、ならないもの。

「……透子……」

その名を呼ぶときの恍惚を、少女は舌の上で転がしている。
その声に含まれる嘲弄を、少女の指は弄んでいる。
その声に満ちる愛情と軽侮と愉悦を、少女はその身で撫で摩る。
母性に抱かれ、庇護を孕み支配を産んで、少女は独り佇んでいる。

榊しのぶという、それが少女であった。



◆◆◆

322ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:20:17 ID:o6/6hITM0
 
 
「……大丈夫? 痛いところはない?」
「はい、ありがとうございます高瀬さん」
「瑞希でいいよ、遊佐ちゃん」

元通りに制服を着込んだ少女、遊佐が小さく頭を下げるのを見て、白いジャケット姿の女、高瀬瑞希は
ようやく心配気な顔を崩し、小さく息をついた。

「それにしてもあいつ……絶対、許せない! 逃がしちゃったけど、今度見つけたら……」
「いえ、わたしならまだ何もされていませんでしたから……瑞希、さんのおかげです」
「ううん、あたしがもっと早く来てたら怖い思いさせずに済んだんだし……」
「それに……もう、遭いたく、ありません……」
「あ……」

俯きながら零した遊佐の言葉に、瑞希が表情を変える。

「そっか……そうだよね、無神経なこと言って、ごめん……」
「いえ……」

身体の中から涌き出す怖気を抑えるように、遊佐は自らの肩を抱いている。
痛ましげに視線を逸らした瑞希は、

「―――あれよりは、扱いやすそうですね」

だから遊佐の漏らした小さな呟きを、聞き逃していた。

323ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:20:45 ID:o6/6hITM0
「……え、なに? 今、何か言った?」
「何でもありません」

顔を上げた遊佐の表情は、ぎこちなく怯えた様子で、それでも無理に笑ってみせようとしている、
どこから見ても、襲われた恐怖を克服しようとする可憐で気丈な少女、そのものだった。

「……もう、大丈夫だからね」
「あ……」

たまらず少女を抱きしめた、瑞希の胸の中。
遊佐の瞳は、しかし温度を下げていく。

(まずは、ゆりっぺさんと合流すること。何もかもそれからの話ですね)

誰の目にもとまらぬその小さな闇の中で、少女の偽装が解けていた。
つい一瞬前までうっすらと涙すら浮かべていたその瞳は、冷徹とすら呼べる色で虚空を見つめている。

(私の仕事は観測、分析、報告―――そのための手駒は、少しでも有用な方がありがたい)

少女の名は遊佐。
『死んだ世界戦線』の専任オペレーター。
下の名前は、誰も知らない。

(『次』が見つかるまで、役に立ってくださいね―――瑞希さん)

324ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw:2010/09/22(水) 03:21:52 ID:o6/6hITM0
 
 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:D-3】

遊佐
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

高瀬瑞希
 【持ち物:SIG SAUER P220(残弾14/15)、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:D-4】

榊しのぶ
 【持ち物:草刈鎌、ベレッタM92(残弾15/16)、水・食料一日分】
 【状況:健康】

春原陽平
 【状況:死亡】

325名無しさんだよもん:2010/09/24(金) 01:28:17 ID:JKajsEWY0
tesu

326Come with Me!! ◆auiI.USnCE:2010/09/24(金) 01:52:43 ID:JKajsEWY0
「むう……」

草原にひとり、困った様に表情を曇らせる少女が居た。
その顔立ちは整っていて、また立ち振る舞いは堂々としている。

「……それで、此処はどこだ?」

少女は支給された地図を見ながら、頭を捻っていた。
現在位置を確認しようとしたが、自分の居る所が草原で、他に目印になるようなものが全く無い。
それに、放送局など少女にはよく理解できない単語が地図には書かれていた。
単語の意味を考えようとして、全く思いつかなかったので結局後回しに。

誰もが、知っているような場所を知らない彼女。
彼女が知らない理由は、とても簡単で。

「……しっかりと気を持たねば。余は皇(オゥロ)だ」

彼女が所謂異世界からきた者であるからだった。
そう、少女の名はアムルリネウルカ・クーヤ。
まだ、少女と呼ばれる歳にして、シャクコポル族が統治する國、クンネカムンの皇としても君臨している。
クーヤはぱちんと自分の頬を叩き、気を引き締める。
不安げな様子はもう無く、前を強く見据えている。

「よし……行こう。まずはサクヤ、ゲンジマルを見つけねばな。それと……ハクオロを」

ぴょこぴょことウサギのような形をした耳が揺れる。
この耳と非力さゆえに、シャクコポル族は弱者として扱われてしまった。
今は、強大な剣であり、堅固な鎧であるアブ・カムゥは存在しない。
それ故に、今のクーヤは戦闘では役に立たないだろう。
クーヤは正直な所、その事で不安な面もあった。
だが、それでも、心を強く出来るものがある。

クーヤに支給された鉄扇の本来の持ち主。
そして、クーヤに色々な事を教えてくれた、ハクオロだった。
彼なら、この殺し合いでも、皇として志を捨てずに希望を持っているはず。
ならば、自分が弱気になってどうする。
そうクーヤは思い、自らを奮い立たせる。
まずは、その一歩と歩き出そうとした瞬間。

「あ、君。ちょっといいかな?」
「え、きゃ!?」

いきなり、背後から声が響く。
クーヤは、驚いて、うさぎのようにその場で跳ねてしまった。
振り返ると、金髪の一見女性にしか見えないような中性的な少年が立っていた。

「あ、驚かしちゃったかな?」
「お、驚いてなんかないぞ! 其方が突然出てくるからはっとしただけだ!」
「それを驚いていると言うんじゃないかな……?」

少年は、そんなクーヤを見て苦笑いをこぼしてしまう。

クーヤが一人前の皇になるにはまだ先の事であった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

327Come with Me!! ◆auiI.USnCE:2010/09/24(金) 01:54:54 ID:JKajsEWY0







「ふむ、残念だが余も今し方動き始めたばかりで、会ったのも其方が始めてだ」
「そっか。色々知っていたらラッキーだったんだけどな……ありがとう、クーヤちゃん」

金髪の少年――柊勝平はニコニコと笑いながら、返事する。
二人は、簡単な自己紹介な後、現状を把握しようと色々と互いに情報交換をする。
だが、お互いに始まったばかりで、大した収穫など無かった。
勝平は口では残念そうにも言うも、ある意味予想していた事なので、実際は其処までショックではなかった。

「クーヤ……ちゃん?」
「うん? 何か問題あったかな?」
「余をちゃん付けで呼ぶのか?」
「可笑しいかな? 女の子にちゃん付けで呼ぶのは普通だと思うけど」
「む、むう……まあそれもそうだが」
「だから、クーヤちゃん」
「むぅ……もうよい」

何故か頬を朱に染めたクーヤに何の疑問も持たず、勝平は普通にクーヤの名前を呼ぶ。
女の子の名前を呼ぶのに極めて一般的な呼称であるため、勝平はその呼称を連呼した。
クーヤは困ったような表情を浮かべるも、満更でもなかったのか、それを受け容れる。
其の時、ぴょこぴょことウサギのような耳が勝平の前で揺れた。

「ねえ、クーヤちゃん」
「何だ?」
「その耳、可愛いね」
「なっ!?」

勝平はそれを見て、思ったままの感想を言う。
そんな勝平にクーヤは驚愕し、唖然とした。

「これを……可愛いと?」

自分の耳を見て、可愛いと言う人間が居るとは思わなかった。
何故なら、これはシャコポル族の弱者としての象徴であり。
蔑む材料にしかならない、忌むべき形でもあった。
その象徴を、彼は純粋に可愛いといった。
ただの、普通の少年にしか、見えない彼がそういったのは、ただ驚くだけで。

「うん、可愛いと思うけど……変なこといったかな?」
「い、いや別に」

先程と変わらずにアカルティックスマイルを浮かべる勝平。
そんな勝平を見て、顔を真っ赤に染めて、そっぽを向く。
ハクオロみたいな変な者と勝手に自分の中で結論付けて、歩き出そうとして

328Come with Me!! ◆auiI.USnCE:2010/09/24(金) 01:55:30 ID:JKajsEWY0
「では行くと……………………其方、どういう事だ?」
「御免……クーヤちゃん」

背後の勝平に何かを向けられていることに気付く。
自分に凶器と殺気を向ける勝平に信じられないように見つめる。
手に持っているモノはクーヤには何か解らなかったが、人を殺せるモノである事は直ぐに理解できた。
勝平から笑顔は消え失せ、冷たい表情で、自分を見つめている。

「殺し合いに乗っていたのか?」
「………………うん」

勝平はゆっくりと、確実に頷く。
その表情は、まだ若干迷いを持っているようだった。
クーヤは表情を冷静に保つように努力して、言葉をかける。

「何故だ?」
「仕方ない……仕方ないじゃないか!」

勝平は頭を振って、自分自身するを肯定ように言い訳をする。
仕方ないで、殺し合いに乗った理由を誤魔化しながら。

「あの男は言ったんだ。殺し合いをしろって。そうじゃないと……生きれない……ボクも…………も」
「だからと言って従うのか?」

主催者たる男の言葉。
殺さないと生き残れない。
それが、絶対のルール。
従うしかない。

それなのに、クーヤは疑問を持つように勝平に声をかける。


「其方は、何もせずに、膝を屈するのか? 簡単に諦めてあの男に負けるのか? 素直に言われた事に従うのか?」
「だって……仕方ないだろ。ボク達は、もう負けているんだよ! こんな所に連れて来られてる時点で!」


何もせずに、押し付けられた事に納得して膝を屈する。
無理だと思い諦め、敗北する事を受け入れる。
そして、素直に殺し合いに乗る。

もう、既に負けていると言い聞かして。
自分はあの男に叶わぬ弱者と思い込んで。

それでは。
そんな姿では。


「諦めたら、膝を屈し今の境遇を受け容れたら、其処で終わりだ。未来などありはしないぞ。カッペー」
「……っ!」

昔のシャコポル族そのものではないか。
強大なエヴェンクルガ族に虐げられて、諦めていたあの頃と。
自分の父親はそれを是とせず、戦った。
絶望的な状況でも、諦めず、戦い、そして一族を救ったのだ。

クーヤは鉄扇を開き、自分の顔を隠して言葉を紡ぐ。

329Come with Me!! ◆auiI.USnCE:2010/09/24(金) 01:57:25 ID:JKajsEWY0

「そんなのでは、何もできやしない」
「じゃあ……じゃあ、どうすれば、いいんだよ!」

声を荒げ、クーヤに反論する勝平。
クーヤは扇子を閉じ、空に向け、強い表情で。


「余は諦めない。皆とともにこの殺し合いを打破したい……そう考えている」
「無理だ……!」
「無理だと思うから……無理になるのだ。だから、余は宣言する」

この殺し合いの場で。
クーヤは強く、強く宣言をする。


「余はアムルリネウルカ・クーヤは、皇として、そして余自身の考えで、殺し合いを壊してみせる。未だ膝を折るわけには行かない」


殺し合いの打破を。
自分の父のようになるように。
少女は、強く、彼女の意志で立っている。


「だから、カッペー。其方も、諦めるな。余と共に来てくれ。道は余が示すように、余は努力をする」


勝平の問いかけ。
クーヤは皇として、強い視線を向けて勝平は見つめる。
勝平はクーヤを驚くように向けて。
全く勝算などありはしないのに。
強く宣言をするクーヤが頼もしく見えて。


「解ったよ……」


銃が、手から滑りが落ちた。

だけど、勝平が浮かべてのは、安堵の表情で。
彼らしい、朗らかな笑みだった。



【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:G-3】

 柊勝平
 【持ち物:MAC M11 イングラム(30/30)予備マガジン×5、水・食料一日分】
 【状況:健康】









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

330Come with Me!! ◆auiI.USnCE:2010/09/24(金) 01:57:58 ID:JKajsEWY0







(これでよかったのだな……ハクオロ)

勝平を見ながら、クーヤは思う。
強く、宣言はしてみたが、身体の震えが止まらない。
顔を隠す扇が合ってよかった。
もしかしたら今自分の表情は恐怖に染まってかもしれない。

怖かった。
殺されそうになって、まだ死にたくないと思った。
そしたら、言葉が出ていた。
これは自分の言葉であるという実感はある。
でも、これでよかったかなと思う自分も居た。
どうしようか迷った時、思い浮かんだハクオロの顔。

彼ならばきっとこう言っただろう。
強く強く、皇として。

だから、自分も彼のような言葉を言ってみた。
そしたら、自分もハクオロのようになった気がした。
気がしただけだったが。

これからは、クーヤ次第なのだ。
もうハクオロに頼る事はできない。

クーヤはまだ、少女だ。
普通の女の子でもあるのだ。


だけど、彼女は皇だ。


そう、これが


彼女が皇として、


踏み出した、大きな一歩だった。





【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:G-3】

 クーヤ
 【持ち物:ハクオロの鉄扇、水・食料一日分】
 【状況:健康】

331Come with Me!! ◆auiI.USnCE:2010/09/24(金) 01:58:14 ID:JKajsEWY0
投下終了しました。
このたびは遅れて申し訳ありません

332M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:27:54 ID:Q8cGE0qE0
 
それは、ひと抱えほどもある鉄の塊である。

錆止めの深緑に塗装された、無骨な直方体。
コンテナに近い、函であった。
金属製のバンドで厳重に施錠されたそれは、どこか棺桶にも似た禍々しさを放っている。

ひょう、と吹き抜けた風が、ひとひらの花弁を函の上に残していく。
遥かに見下ろせばそこには色とりどりの花が咲き乱れ、訪れる者の目を我が身に惹きつけんとするように
艶を競っている。

だが今、花々の美しさに眼を向ける者はいない。
いるのはただ、互いの挙動と、その間に置かれた鉄の函だけを注視する、二人の女である。

女たちは、動かない。
動かないまま息を詰めて、函を手にする機会を窺っている。

再び吹いた風が、今度は花弁を空へと舞い上げた。
女たちは動かない。
ただ互いの間合いと、函に刻まれた封印の銘を、張り詰めた空気の中で推し量っている。
女たちの心を魅入る、その封印の名は―――『M134』。

「……この辺に、しましょうか」

女の一人がそう言って、薄く笑った。


◆◆◆

333M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:28:19 ID:Q8cGE0qE0
 
その瀟洒な洋館は町外れ、小高い丘の上に立っていた。
周囲を見回して無人を確認すると、久寿川ささらは膝に手をついて乱れた呼吸を整える。
この島に放り出されてから約一時間以上。
張り詰めた精神で歩くには長すぎる時間だった。

「ようやく、着いた……」

呟いて見上げれば、目の前には金属製の重々しい柵と年季の入った門柱。
柵の向こうには花の咲き乱れる美しい庭が見える。
その奥には、家というよりは邸宅、屋敷と呼ぶ方が相応しい、壮大で豪奢な洋館が聳えていた。

かつては地元の名士の住まいででもあったものだろうか。
振り返ればどこまでもなだらかに続く坂道とその先に広がる街並みまで視界を遮るものもなく、
南側に視線を向ければ、穏やかな海と海岸線の景観が一望できた。
誰はばかることのない、一等地である。

「……」

身を起こしたささらが、ひとつ大きく深呼吸して、小さく頷く。
たおやかな指で緑青の浮いた門の引き手を握って思いきり引くと、ささらの背丈の倍はありそうな門は、
意外にもあっさりと、音もなく開いた。
それがまるで、肉食獣が舌なめずりして顎を開くようだと感じて、ささらはほんの一瞬、躊躇う。
しかしすぐに首を振ると、門の向こうへ踏み出した。
後ろ手に閉めた門が、がしゃりと硬い音を立てたのに眉をしかめて、しかし振り返らずに進む。

334M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:28:41 ID:Q8cGE0qE0
門から玄関までは石畳が続いている。
その左右に広がる花壇には、赤や白や黄色や紫や、無数の花々が気ままに咲き誇っている。
色にも品種にも、花の高さや広がりにも統一感のないその花壇は、長い間、剪定もされずに
放置されているようだった。
風に吹かれてざわざわと手招きするように揺れる花々の間を歩いて、玄関の前に立つ。

見上げるような木製の両開きの扉には、シンプルでありながらしっかりと自己を主張するように装飾が施されている。
その前に立って、ささらは真鍮の引き手に手をかけるでもなく、スカートのポケットの中から何かを取りだした。
一枚の紙片だった。
折り畳まれているのを広げれば、新聞紙の一面ほどの大判。
ぱたぱたと端が風に揺れるそこに記されているのは、小さな囲みの地図と、びっしりと紙面を埋めるような
文字の群れだった。

「地図は、ここで間違いない……」

口にしたささらが、ポケットの中に残る硬い感触を確かめるように、そっと手をやる。
小さな一本の鍵が、そこにはあった。
紙片と鍵。
正にそれこそが、久寿川ささらに与えられた、専用の道具である。
そこに記された情報に縋るようにして、ささらはこの洋館にたどり着いていた。
緊張で汗ばむ片手に紙片を握りながら、もう片方の手で引き手を掴む。
そっと回して引くと、今度はぎぃ、と重い音を立てて、扉が薄く開いた。
屋内から微かに流れだした空気が、ささらの足元をくすぐる。
そこに何か、闇の奥に棲んでけたけたと笑う蟲のようなものが混じっているように感じられて、
ささらが僅かに後ずさり、しかし扉にかけた手を、離すことはなかった。
紙片に記された文字へもう一度目をやって、一瞬だけ瞼を閉じ、息を吐いて目を開くと、
ささらは扉の向こうへと踏み込む。

335M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:29:01 ID:Q8cGE0qE0
「……」

闇は、なかった。
そこには光が灯っていた。
淡く黄色がかった、上品な間接照明の色。
広い、吹き抜けのホールだった。
木製を基調にした、調和の取れた空間。
それが、ささらの第一印象である。
しんと静まり返ったホールの左右には飾り棚や小さな調度品が並んでいる。
正面には、二階へと続く大階段が二本。
左右に分かれて弧を描き、合わせてちょうど円になるように配置されていた。
出迎えに来る使用人の姿がないのが不思議なくらいの、この殺戮の只中には不似合いな空間に
ささらはひどく胸がざわつくのを感じる。
大きく息を吸えば、ほんの微かに焚き染められた香の薫りが鼻腔を柔らかく包んだ。
首を振って、ささらは手にした紙に目を通す。

「情報通りなら、右の階段……」

呟いて、歩き出す。
紙片に記された無数の情報には、この館に入ってからの行動も指定されていた。

曰く、『決して左の階段を登ってはならない』。
曰く、『手摺りに触れてはならない』。
曰く、『飾り棚に近寄ってはならない』。

336M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:29:26 ID:Q8cGE0qE0
逆らえばどうなるのか、試してみるほどささらは愚かではなかった。
かつり、かつりと音を立てて大階段を登りながら、ささらは考える。
この馬鹿馬鹿しくも壮大な企画の主催者は、どこまで本気なのだろう。
どこまでが悪質な嫌がらせで、どこまでが悪辣な冗談なのだろう。
幾つもの禁止事項を遵守して歩きながら、ささらはその先にあるはずの物を思う。
本当に、あんなものがあるのだろうか。
ここまでお膳立てをしておいて、辿り着いてみれば『はずれ』と書いた紙一枚が待っているのではないか。
落胆する自分をどこかから眺めて笑うための、無意味な仕掛けではないだろうか。
いや、そんなことはない。記されている通りの代物は、実際にあるのだろう。
何故ならそれこそが、そんなものを与えられることこそが、何よりも悪質な嫌がらせに他ならないのだから。

だが自分は明確にそれを欲していると、ささらは自覚している。
何よりも恐ろしく、何よりもおぞましくそれは存在していて、そうしてそれを、おぞましい自分は必要としている。
自問するまでもない、それは紙片に記された情報に目を通した瞬間に得た、ただ一つの回答であった。

「……左に曲がって三番目。他の扉を開けてはいけない」

口に出して文字を読みながら、ささらはその扉の前で立ち止まる。
ひとつ隣の扉にはいかにも仰々しい、パスワードナンバーを入力するためのプレートがついている。
ささらの前の小さな扉には何もない。鍵穴すら、なかった。
隣のプレートの脇にはカードスロットまで用意されているのを横目で見ながら、
ささらは納戸のような無地の扉を開く。
外と違って薄暗い、狭苦しい部屋の中には家具の一つもない。
代わりに申し訳程度の照明と、奇妙に勾配の急な階段だけが据え付けられていた。
階段の先を見やれば、そこにはやはり装飾もない、小さな扉。
人ひとりがどうにか潜れるほどの扉を、ささらはじっと見つめる。

その向こうが、目的地のはずだった。
そこにあるもの。あるはずのもの。

―――ゼネラル・エレクトリック、M134ミニガン。

337M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:29:47 ID:Q8cGE0qE0
有効射程は実に一キロメートル。
毎分二千発以上、一秒に五十発もの銃弾の雨を降らせる、地上最悪の牙。
人間など一瞬で文字通り跡形もなく消し飛ばす、Painless―――無痛の死を運ぶもの。
壁一枚向こうにあるはずのそれを、迷いなく死と殺戮をもたらす他に使い道のないそれを得るために、
ささらは扉を押す。

一瞬、目がくらんだ。
薄暗い部屋の外には、燦々と陽光が照りつけていた。
バルコニー、否、それはテラスである。
豪奢な洋館の屋根の上に据え付けられた、コンクリート敷のちょっとした広場。
扉の外に広がるのは、そんな空間であった。

その中心に、何かが置いてある。
だんだんと光に慣れてきたささらの目が捉えたそれは、深緑色に塗られた鉄の函。
それこそが、求めるもののはずだった。
思わず駆け寄ろうとしたささらが、

「―――遅かったわね」

びくりと硬直する。
横合いからかけられた声。
目線だけを動かせば、そこには確かに、何かがいた。
人間。
女。

「待ちくたびれちゃったわよ……って、あら、その制服……?」

コンクリートの床に据え付けられた、鉄の三脚。
そこに寄りかかる、女。
片方の指先に、小さな鍵を弄び。
もう片方の手には、ひらひらと風に揺れる紙片が握られていた。

まるで、ささらとまったく同じものを、与えられたかのように。


◆◆◆

338M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:30:10 ID:Q8cGE0qE0
 
「……この辺に、しましょうか」

そう言うと、女――柚原春夏は、力を抜いたように笑った。
唐突な変化に一層表情を硬くするささらに、春夏が肩をすくめてみせる。

「そんな怖い顔しても、だーめ。タカくんの友達と命のやりとり、する気ないわよ」
「……」

それでも緊張を緩めないささらの様子に、仕方ないわねえと笑って春夏が続ける。

「状況を整理しましょうか」
「……」
「あなたは大切な知り合い……タカくんや、その友達の他はみんな死ねばいいと思ってる。
 ううん、殺さなきゃいけないと、思ってる」
「……」
「私も……まあ、ご同様」

ぺろりと悪戯っぽく舌を出した春夏の告げる言葉の意味は、しかし声の調子とは裏腹に、重い。
軽い世間話のようなそれは、明確な殺人意思の肯定である。

339M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:30:31 ID:Q8cGE0qE0
「このみ……もしかしたら知ってるかしら、私の娘」
「……」
「このみやタカくん、まあタマちゃんたちもね、それだけが生き残れば、私はそれでいいの。
 他は、うん、私がやる。そうするしかないみたいだからね」
「……」
「その後のことは……私たちだけが生き残ってから、考えればいいわ」

小さく息をついた春夏が、天を仰いだ。

「だけど残念。春夏さん、やる気はあっても武器がない」
「……」
「私がやるって言っても、そうね、お肉を捌くみたいには、ちょっとねえ」
「……だけどあなたには、これがある」

それまで黙って春夏の話を聞いていたささらが、初めて口を開いた。
ほんの一瞬だけ春夏から視線を外して見やったその先には、鉄の函。

「そうね、鍵かかってるけどね」

苦笑した春夏が、指先で鍵をくるくると回す。
鉄の函を指させば、そこに開いた鍵穴は二つ。

340M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:31:26 ID:Q8cGE0qE0
「どうなのかしらね、これ」
「……」
「こんな、誰が信用できるかもわからない殺し合いの真っ只中で、仲良く協力しろってことかしら。
 あるいはやっぱりこの場で殺し合って、勝った方の総取り? ね、あなたはどう思う?」

そこで言葉を切った春夏の表情は、軽い。
茶菓子をつまむような調子で突きつける問いの意味を、しかしささらは理解している。
分水嶺だった。
この問いに対する答えに、やり直しはない。
これは自分や目の前の女や、河野貴明や悪戯好きな先輩や、その他の多くの人間の運命を左右する、問いだ。

「……」
「……あなたにも」

迷いは、なかった。
選ぶべき道は、一つだった。
ほんの刹那の間だけを置いて、ささらは口を開く。

「あなたにも、私と同じものが与えられているなら……読んだはずです」
「……?」

首を傾げた春夏が、ささらの視線の向きで理解する。

「ああ、これ?」

ひらひらと振るのは、紙片だった。

「……私、説明書とか苦手なのよね」
「……」

341M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:31:43 ID:Q8cGE0qE0
一瞬、ささらが絶句する。
よくここまで辿り着けましたね、と言いたくなるのを堪えて、続けた。

「……要点だけを述べるなら、この火器は、一人で扱うには限界がある……ということです」
「えーと……二人じゃないと使いものにならない、ってこと?」
「はい」

頷いたささらが、紙片に記載されていた火器の運用方法と、幾つかの注意点を春夏に伝える。
二、三の質疑応答を経て、鉄の函と据付の三脚とを見た春夏が、両手を広げてささらの方を向いた。

「じゃ、私はガンナー。あなたは給弾手兼観測手。それでオーケー?」
「……」

あまりにも軽い調子に、ささらがしばし沈黙する。

「……本当に、いいんですか」
「何言ってんの。お互いこんな条件のいい相棒、スカウトしようったって見つかんないわよ?」
「……」
「それとも、募集してみる? あなたの知らない誰かのために皆を殺して回りませんか、って」
「……皮肉、好きなんですか」

やあねえ、と手を振った春夏が、鉄の函に歩み寄る。

「ね、あなたも」
「……」
「鍵、二ついるんだってば」
「……」
「決まり、でしょ」

言って屈託なく笑う春夏に、ささらが大きく溜息をついて、ポケットの鍵を取り出した。

342M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:32:23 ID:Q8cGE0qE0
「じゃ、いーい? せーので行くわよ」
「……」

並んで座り込んだ二人が、それぞれの鍵を鍵穴に差し込む。

「いきなり爆発したりして」
「……早くしましょう」
「もう、せっかちなんだから……」
「……」

答えないささらに小さく肩をすくめて、春夏が指先に力を入れる。

「せー、のっ!」
「……!」

同時に鍵を回す。
ちゃり、と小さな音がして、金属製のバンドが、函から外れた。

「爆発、しなかったわね」
「……」
「ところでこの蓋、とっても重いんだけど……手伝ってくれない?」
「……はい」

二人がかりで持ち上げると、ぎぃと軋んだ函がようやくその中身を晒していく。
最初に目に入ったのは、銃身である。
長い鉄の管を束ねたような、独特のフォルム。
秒間数十発の弾を吐き出す管の数は合わせて六本。
その尻に屋外用の発電機を思わせる機構が続き、最後にハンドルレバー状のトリガーがついている。

343M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:32:44 ID:Q8cGE0qE0
「迫力あるわねえ……」
「……」
「どうかした?」

しげしげと銃を眺めていた春夏が声をかけると、ささらが眉根を寄せたまま答える。

「弾が……ありません」
「あら」
「説明書きによれば、この銃は大量の弾を消費するはずです。
 そもそもこの中に入るような量では、ありません」

淡々と告げるささらに、春夏が首を捻る。

「そうねえ。もしかして、私たち一杯食わされ……あら、これ何かしら」
「……?」

何かに気付いたように春夏が指さしたのは、函の隅である。
名刺大の、白いカードが一枚。
つまみ上げれば、ひらりと何かが落ちた。

「―――『弾薬庫の鍵。決してナンバーキーに触れてはならない』……」

落ちた紙片に書かれた文字を読み上げて、ささらが春夏と顔を見合わせる。

「それ、下にあったドアのこと……?」
「たぶん。カードスロットも、ついていたように思います」
「……ほんと、この仕掛け作った連中ってパラノイアよねえ」

はあ、と溜息をついた春夏が凝りをほぐすように腕を回して、ささらの肩をポンと叩く。

344M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:34:10 ID:Q8cGE0qE0
「じゃ、まずはこの子をあの三脚に取り付けて……その後は張り切って弾を運びましょうか」
「肉体労働ですね」
「楽して人殺しなんて、できないわよ」

言って、皮肉げに笑う。

「……そうですね」

その顔に微笑み返して立ち上がると、ささらはスカートの埃を払いながら辺りを見回す。
花咲き乱れる前庭の向こうには、なだらかな丘。
その先を臨めば街並みから続く海岸沿いの開けた道。
高台は三百六十度、遮蔽物もない絶好のロケーションだった。
晴れ渡った空には、いずれ銃弾の雨が降る。
その光景を想像して、ささらの心にはしかし、曇りはない。
選んだ道に、後悔はなかった。

かくして万魔殿は、二人の女主人を迎えたのである。

345M134(ムイミなシ) ◆Sick/MS5Jw:2010/09/25(土) 13:34:32 ID:Q8cGE0qE0
 
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:H-6 洋館内】

久寿川ささら
 【持ち物:M134ミニガン&大量の弾薬、水・食料一日分】
 【状況:健康】

柚原春夏
 【持ち物:M134ミニガン&大量の弾薬、水・食料一日分】
 【状況:健康】

※M134は固定式です。携帯してダンジョン探索はできません!

346 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/25(土) 23:37:37 ID:BX4MnzcQ0
さて、塚本千沙、サクヤ投下しますー。

347 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/25(土) 23:38:30 ID:BX4MnzcQ0
『枯れ尾花、正体見えねば幽霊か』



「ち、ちょっと待ってくださ〜い!」
「ヲフ! ヲフ!」

昼なお薄暗い遺跡の内部に、二つの声が響く。
片方はまだ若い女性の声であり、もう片方は明らかに人で無い生き物の声。
前者は切羽詰った響きを帯びていて、後者は勇ましさを感じさせる。

ところどころ朽ち、苔に覆われてはいるものの、未だにその外観の大部分を留めている遺跡。
僅かに欠けた屋根から陽光が差し込んではいるものの、それでも一人と一匹の細かい外見まではわからない。
ただ、僅かに見える少女の影は小さく、まだ少女の領域にあると感じさせ、それと対象的に獣の身体は猪を連想させるほど大きい。
だが、少女は別に獣に追われているという訳ではないようだ。
むしろぼんやりと見えるところでは、むしろ少女が獣を追っているかのようにすら見える。
いや、追っているというよりは、引っ張られているというべきか。
それともより正確に、引きずられているというべきか。
猪というよりは、むしろ牛か馬かというほどの勢いで走っているのは、おそらくは犬。
長い毛と、垂れ下がった耳が特徴的な大型犬が、首に巻かれた散歩紐を握る少女を引きずっている。
散歩したりない犬が、飼い主にせがんでいる、という表現であらわすには、激しすぎる状況であろうか。

引っ張られている少女、両耳の上に巻かれたピンクのリボンが特徴的な、短い茶の髪の少女。
彼女の名は塚本千紗、発育が遅い事と、実家が困窮気味であることが悩みな、見た目通り何の変哲も無い少女である。
このような殺し合いになど何のかかわりも無い、本当に普通の少女である。
その彼女は何の因果か一方的に殺し合いという事象を告げられ、しかも最初に現れたのが薄暗い遺跡の中である。
何処をどう通るどころか、足元すらおぼつかない空間で二回ほど転倒し、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれた。
そんな彼女が、転んだ拍子に存在を思い出したディパックを開けようとしたのは必然的な流れであろう。
そしてその中から明らかに入りきらない大きさの犬が出てきたという事実に気づくことなく、一見頼もしそうな子に歓声を上げたのもつかの間。
実家の印刷屋の手伝いで鍛えていようと少女は少女、大型犬の圧倒的な力に抗える筈もなく。
むしろ、ここまで手を離していない彼女の握力を褒めるべきだろう。

だが、そんな少女の苦行にも終わりが近づいてきたようだ。
少女の眼前に見えるのは暖かな光。
お迎え的な意味ではなく、遮られることのない陽光である。
何時止まるのかも判らぬ暴走列車の旅、千紗はどうなってしまうのでしょう〜という旅もこれで終わりである。
そう、そして栄光の光に、もうゴールしたよ、という所。

「ひっ、ひぇ!?」

響いたのはファンファーレではなく女性の悲鳴であった。

一瞬、時が止まる。
さて、冷静に状況を整理してみよう。
山間の森の中に築かれ、入り口付近しかまでしか全景の見渡せない遺跡。
その、入り口付近すらほとんど見ることの出来ない暗い空間から、突如現れた大きな獣。
先ほどから犬の鳴き声と千紗の悲鳴とが混じり合い反響し合い、まるで魔物のうなり声のように響いており、
さらに不幸なことに、その状況に鉢合わせた女性は犬という動物を知らなかった。

さて、時が止まったのは一瞬。

状況がほとんど掴めないものの、目の前には見たことの無い獣。
大型の獣を相手に出来るとうな戦闘能力などない女性は一歩退き、二歩退き、
それに興味を引かれた犬が僅かに女性に近寄り、
逃げるのが先か追いかけるのが先か、最早どちらも止まることは出来ず。

「ヲヲーーーン!!」
「にゃあ〜!?」
「な、何々〜〜〜!?」

こうして、よくわからない鬼ごっこが開始された。


【時間:1日目午後1時ごろ】
【場所:E-5 遺跡付近】

塚本千紗
 【持ち物:ゲンジマル、水・食料一日分】
 【状況:健康、服だけ割りとボロボロ】

サクヤ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

348 ◆nRUoz4HsLY:2010/09/25(土) 23:39:28 ID:BX4MnzcQ0
以上です。
誤字脱字おかしな点などございましたら指摘お願いしますー。

349少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:00:44 ID:RrwUeQSs0
桜井あさひが感じたのは恐怖だった。いきなりどこかもわからない所への拉致。
蛍光灯一本の明かりしかなかった狭く薄暗い部屋。その部屋にあった唯一の物――テレビに現れた若い銀髪の男。
衣服が和風ぽくて、背中に羽が生えていたのは何かのコスプレなのだろうか、とあさひは思ったが特に注目すべきことではないので余り考えない。
問題はその次。男の発した内容だった。



――諸君には、殺し合いをしてもらう――



あさひは最初、理解することができなかった。殺し合い。別に理解ができない単語というわけではない。
ただ現実として、理解ができなかっただけだ。
淡々と説明を行う男には恐怖を感じた。あの男は何も感じないのだろうか? このようなことを平気で出来る気が知れない。
ルール自体は簡単、ただ殺し合って最後の一人になればいい。それだけ。
だが、ただ“それだけ”のことがあさひにはとてつもなく重い。
そして説明の最中に聞き捨てならないことを男は言った。



――不運にも友人や家族、兄弟と分かたれてしまうこともある――



時が止まった。頭が停止するとはこういうことなのか、とあさひはふと考える。
友人――真っ先に思いついたのは自分が好きな同人作家で何回か話したこともある千堂和樹。他にも幾らか即売会で知り合った人達。
その人達も巻き込まれている、そんなこと、信じたくない。
そしてその友人でさえこの場では信用できないのが怖い。
思考の間にも時は過ぎていく。

350少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:01:13 ID:JjhhhKm60

「ひっ……!」

ボンっと軽い破裂音。テレビをふと見るとそこには首のない女の子が地に伏していた。
首からは止めどなく血が流れ出し、床を赤で染める。

「い、や……」

テレビから目をそらす。これ以上見ていられない。喉元まで出かかった胃液を無理やり押し戻して、深呼吸。
幸いのことに現場はテレビの向こう側。血の匂いがないだけまだましだった。
いや、そのようなことなど関係ない。人の首が破裂して死んだ。これだけで十分にショッキングな出来事だ。

どれだけ時間がたったのだろうか。一秒、一分、十分、一時間、
扉が開く。地獄への門が静かに。

「行かないと……いけないの……?」

あさひはふと横を見ると鞄が側にあった。この中に生き抜くための武器が入っている。
でも。

「使いたくないよ、あたしには」

口下手で極度の上がり症な自分がこれから生きのこれるのだろうか、とあさひは自嘲する。
答えはノー。無理だ。できっこない。あさひの頭の中が負の感情で埋め尽くされる。

「でも、死ぬのは嫌っ……!」

これを使わなければ生き残れない。ずっと此処で蹲っていたい。何も考えたくない。しかし、このままこの部屋にいれる訳がない。
あの天使の男はそれを認めないだろう。テレビの向こうで死んだあの少女と同じ目にあってしまう。それだけは嫌だった。あんな死に方御免だ。

「ナイフ……」

ともかくあさひは中に何が入っているか確かめるため、鞄の中に手を突っ込む。
ガサゴソと中を漁る。そして見つけたのはそれなりな大きさのナイフであった。御丁寧にホルダーもついている。

351少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:01:59 ID:RrwUeQSs0
おっかなびっくり、それを腰につける。付けたくない、でも襲われたらこれで対処するしかない。

「生きるためには、これを使って……殺さないといけない……」

このゲームで生き残れるのはただ一人。では誰も信用できない? みんな敵?

「嫌だ、まだあたしは歌いたい、声優をやっていたい……! でも……」

あさひは殺す踏ん切りがどうしてもつかない。手が震える。とてもじゃないがこんな様で人を殺すなんて無理だ。

「……このままいたらあの人に殺されちゃう」

ひとまずは思考を打ち切って鞄を掴み、のろのろと動き出す。扉の先には何があるのだろうか。願わくば、安全なるところを。
あさひはそう思いながら扉を潜った。

光の先にあったのは――廊下だった。
一般的な学校の廊下。窓から入ってくる光があさひを照らす。

「ぁ……」

音のない静かな世界。そこにぽつんと存在している自分。
しばらくあさひは何も考えずにただ立っていた。
だがその世界の終焉は早かった。

「ひっ」

トトトと断続的な足音。それが徐々にあさひの方に近づいてくる。

(どうしよう、まだどうしようか何も考えてないのに……隠れないと。落ち着かないと)

途切れ途切れの思考をまとめてどこか隠れ場所がないか探す。
そしてあさひの目についた文字があった。

352少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:02:30 ID:RrwUeQSs0

「資料室……」

ここなら物がいっぱいあって隠れることが容易かもしれない。
そう思って足音の主がここにやってくる前に急いでドアを開けて中へ入った。

「これで、大丈夫かな」

足音が遠ざかる。あさひがいたことには足音の主は全く気づかなかったようだ。
はぁ、とため息をつく。取り敢えずは落ち着くまで此処にずっと隠れていよう、それが一番だ。
そんな逃げの思考をあさひはしていた。

「そうだよ、落ち着くまでずっとここの隅に隠れていれば「あの……」……ぇ……?」

あさひが振り返った先にはバツの悪そうな顔をした一人の少女が立っていた。

「いらっしゃいませ」
「え、あ、あ」

ここには誰もいないという予想が粉々に砕け散ってあさひは思考停止、動き停止。

(人? 同じ参加者? じゃあ敵? 殺す? あ、あたしは)
「えっと、大丈夫ですか?」

少女が人懐っこい笑みを浮かべ近づいてくる。
見る者を落ち着かせるような、太陽のような微笑み。
しかし今のあさひにはそうは見えない。

「こ、来ないでっ!」

あさひは腰につけていたナイフを勢いよく引き抜き、前にへっぴり腰になりながらも構える。

353少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:02:53 ID:RrwUeQSs0

(あの笑みは人を騙す笑みだ。そうだ、ああやってあたしを落ち着かせるようなことをしてから後ろから不意打ちで殺すんだ……!
 そうだ、きっとそうだ!信用なんてできない!!!)
「えっと、大丈夫ですよ。私はこんな殺し合いをする気はありませんから」

引き抜かれたナイフを前にしても少女は変わらず微笑みを絶やさない。
あさひは少女が怖かった。なぜ怖がらない? これは殺し合い、他人の寝首をかくことが当然のヴァーリトゥード。
他人と接触することなんて恐怖以外の何物でもないはずだ。

「自己紹介がまだでしたね、私は宮沢有紀寧といいます。貴方の名前は?」

それでも少女――宮沢有紀寧は依然と笑みを見せる。

「……」
「名前ぐらいは教えて欲しいんですけど……ほら! 名前がわからないと呼びにくいじゃないですか」

あさひは有紀寧の言葉に返答せずにただ黙るのみ。相手のペースに乗せられてはだめだ、そうだ優しくして騙そうだなんて。
疑心暗鬼は加速する。

「ね、だから」
「五月蝿い!!! そうやって騙そうとするんでしょう、そうはいきません! あたしは、まだ生きたいんです!
 声優の仕事だってまだやりたい!」

涙を流しながらあさひはナイフを握る。握る力が強すぎて掌から血が滲み出すくらいに強く。

「声優、素敵なお仕事だと思います。貴方は大切なものを持っているんですね……羨ましいです」
「……!」
「こんな殺し合いに乗っては駄目です。一緒に協力して何か脱出できる方法でも考えましょう。あの天使の人の思惑に負けないでください」

有紀寧が一歩ずつ近づき、あさひが一歩ずつ下がる。

354少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:03:19 ID:RrwUeQSs0

「や、あっ……!」
「怖がらないで下さい、私は――」
「あ、あああああぁああああああ!」

二人の距離がゼロとなる時、それは起こった。



――ズブリ――



“何か”にナイフが刺さった。

「え……!」
「かっ……はっ」

その“何か”、宮沢有紀寧がゆっくりと仰向けに倒れていく。
あさひには本気で有紀寧を指すつもりなどなかった。ただ威嚇のためにナイフの刃先を前に向けて突き出した、ただそれだけのはずだ。

「あたし……人を、殺しちゃった……!」

力が抜けたのかぺたんとあさひはその場にへたり込む。
有紀寧の腹から流れだす血が辺りを染めていく。

「うっ……」
「ひゃっ……!」

そのまま数分が過ぎ、場に変化がおこった。
倒れたきりに動かなかった有紀寧の体がぴくりと動きを見せ、そのままふらつきながらも上体を起こす。

「ごほっ……あっ……」

ブルブルと震える手で腹に刺さったナイフを少しずつ、ほんの少しずつ引き抜いていく。

355少女綺想曲〜そして全てはゼロになる〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:03:41 ID:RrwUeQSs0
抜ききったナイフがカランと音を立てて床に転がった。

「っお……がはっ……!」

有紀寧がゆっくりとあさひの元へ這って進む。そして――

「――――え?」

有紀寧はあさひを力強く抱きしめた。
何が起こったのだろうか、理解ができない。

「だい、じょう、ぶです、こわが、らな、いでくだ、さい。ね?」
「ああ、あ、」
「わた、しのぶ……ごほっごほっ……んま、で、あ、なたは、生きて」
「ま、待って!あたし、貴方にまだ!」
「いい、んです。あや、まらなくても。あな、たは、な、にも、わる、くない。ただ、こわ、がって、いただ、け」

最後に淡く、儚く笑って。宮沢有紀寧は死んだ。死ぬ寸前であったというのに、顔は変わらず笑みを浮かべている。
静寂。生きているのは血塗れの桜井あさひただ一人。数分前まで生きていた有紀寧はもういない。死んでしまったのだから。

「有紀寧さん、あたし――」

抑揚のない声が血濡れの資料室に響く。

「やっぱり、生きるの無理です」

あさひは床に落ちていたナイフを拾い。

「生きてって言われたけどもう無理です、疲れちゃいました。それにこんな人殺しじゃ、ファンのみんなを笑顔になんてできっこない」

刃の先を胸に向けて。



「ごめんなさい」



突き刺した。




 【時間:1日目午後12時30分ごろ】
 【場所:E-6 学校 資料室】

 桜井あさひ
 【持ち物:ボウイナイフ、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

 宮沢有紀寧
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

356 ◆5ddd1Yaifw:2010/09/26(日) 04:04:38 ID:RrwUeQSs0
投下終了です。

357 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 17:58:41 ID:DbvC0eS20
「――つまり、ここは死後の世界なの」

 改めて説明された仲村ゆりの語る『世界』に、朝霧麻亜子は夢見心地というか、夢の中にいるような気分にさせられる。
 大山、というゆりの仲間を『一時的に』殺してから、一時間と少し。
 互いの理解を深めよう……というよりは、ゆりが理解させてやろうとでもいうように一方的にまくしたてているのに近い状況だった。

「あたし達は死んで、次の場所……生まれ変わるまでの猶予を与えられている状態なのよ」
「するってとなにか? ここは天国なの? ユートピアなの? 理想郷なの? アヴァロンなの? ばかなの? しぬの?」
「まあそうでしょうね」

 わざと嫌味ったらしく言ってみた麻亜子の言葉も風と受け流し、ゆりは硬い表情のまま続ける。

「生前できなかったことも、死後の世界では好きなだけできる。楽しめなかった青春を謳歌することができる。
 怪我もなければ病気もない世界で、部活も勉強も、恋愛だって自由。
 それどころか、お金とかも勝手に支給されるから実質使いたい放題。まさに夢の世界」

 言葉とは裏腹に、ゆりには暗い憎悪の色が見えた。
 さしもの麻亜子も少しだけ怖気を覚えた。
 こんなにも人を殺しそうな色を見たことがなかったからだ。
 生半可な経験などでは生まれない、真実の感情。
 自分のような、至って普通の学生としての生活を送ってきた人間には到底辿り着けない、
 例えるなら、海の底にへばりつく泥のような粘着質なものがあった。

「けど、それは普通に暮らしていればの話。あたしは違う」

 吐き捨てる声だった。
 底堅い瞳で虚空を見据えるゆりは、人間だった。

「あたしは奪われ、見捨てられ、ここにやってきた」
「悔いのないように過ごせ? だったらどうして生きてるときに与えてくれなかったの?」
「好き勝手奪っておいて、死んだら死んだで勝手に与える側に回る」
「そんなのを納得して、受け入れて、満足しろって?」
「――あたしは、そんなの絶対に認めない」

 だからここにいる。神に復讐するために、ここにいる。
 麻亜子の方を向き、そう伝えたゆりには、手前勝手に自分の人生を弄んだ神に対する純然たる怒りがあった。
 気の触れた人間ではないな、と麻亜子は納得した。
 自分達と同じように、当たり前の感情を持つ、当たり前の人間だった。

「その管理者が目の前に現れた。それまで姿も現さなかったのに、何を企んでいるかは分からないけど……いや、検討はついてるわ」
「殺し合いの目的?」
「ええ。これはさしずめ……選定、ってところでしょうね」

358 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 17:58:59 ID:DbvC0eS20
 選定、という言葉に、麻亜子は不意に反発心めいたものを感じていた。
 選ばれている。どこの誰とも知れない輩に。
 そう考えると、最後の一人になったところで、より弄ばれる運命が待ち構えているのではないかという想像があった。

「何か神の方で不都合でもあったんでしょう。早急に人材が必要になったのよ。自分の手駒が」
「……どゆこと?」
「システムには管理する者が必要。そしてそれには相応の人材でなければならない。もう分かるわよね」
「いや分からんがな」
「頭悪いわねえ。あんたも典型的な脳筋なの?」
「てめぇの説明が悪いんだドアホー!」
「はぁ、どうしてあたしの仲間はこう理解度が低いのかしら……困るわね」
「おいこら話聞けよ」
「まあいいわ。あなたのために丁寧に説明するからよく聞きなさい」

 なんて高慢ちきな女だ、と麻亜子は思った。
 神に反抗するためのメンバーのリーダーだというが、威厳と傲岸不遜を履き違えてないだろうか。
 もっとも、そういう麻亜子自身も人の話はあまり聞かない性質であったので口に出すことはしなかった。
 ゆりと話してみてようやく自覚できたのが悲しい話だったが。

「要するに、今までの神側じゃ立ち行かなくなってきたのよ」
「はぁ、でもゆりっぺの世界って何はともあれ正常に回ってたんでしょ?」
「話は最後まで聞きなさい」

 それはお前もだ、と言い返したくなった麻亜子だったが、いかんせん向こうの知識は欠けている。
 いつ死んだのか、そもそも死んだ記憶すらないのだが、死んだ人間にはこういうのが大半らしいと聞いては反論もできない。
 全部嘘っぱちだと否定できる材料もなければ、当たり前のように死んでみせた大山の存在もあったからだ。
 それに……無闇に否定を重ねれば、この女は何の躊躇もなく仲間にならない自分を切り捨てるだろうという確信があった。
 仲間に対してはそれなりに寛容ではあるが、一旦敵と認めるや容赦はしない。
 そのうえで、味方であろうがこき下ろす一面すら持っている。
 麻亜子はまだ、大山のようになりきれる覚悟はなかった。

「世界はあたし達のところひとつだけじゃない。他にもあると考えていい」
「……死後の世界はいくつもあるってこと?」
「そういうこと。それで、無数にある世界のうち、新たに管理者を選ぶ必要が出てきた。
 ただしそれには神に従順なものでなければならない。命令とあれば、120人もの人間を即座に殺してみせるくらいの人間をね」

359 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 17:59:21 ID:DbvC0eS20
 背筋の寒くなるような話だった。
 生き残った人間は、神の手駒として扱われ、操り人形としての立場を余儀なくされる。
 そこに自由はなく、安寧もなく、ただ神の仕事をこなすだけの人間として……

「じゃ、あたしはそれに加担しようとしてたのか……」

 同時、自分の愚かさ、考えのなさに失望していた。
 生き残ったひとがその後どんな扱いを受けるかなど考えもせず、ただ生きていればいいとさえ判じて。
 そんなものは、ただ自分を慰めるためだけの行動だった。自己満足の塊でしかなかった。
 何が大切な友達だ。一方的に思いを押し付けるばかりで、その実思いやってさえいない。
 自分がバカだバカだとは前々から思っていたが、ここまで思考放棄していると呆れるしかなかった。

「ま、知らなかったんだから仕方ないわ。忘れなさい」

 その代償として大山が死んだのであるが、ゆりは一向に気にする様子はなかった。
 さも当然、こうなることは想定済みだと言わんばかりの顔に、麻亜子は複雑な気分だった。
 ゆりの過ごしている場所はそういう世界なのだと半分は理解できたが、半分は納得したくなかった。
 生き返るらしいとはいえ、痛いし苦しいのだ。それを平然と受け流せる神経が分からない。

 あたしだって……

 友達への気持ち、友達のためと己を誤魔化し、正義を作らなければ、こんなことはできなかった。
 罪悪感を道化の言葉で塗り固め、喜劇と受け流さなければ、人は殺せない。
 いや、人を殺すにはそうするか、狂うしかないのだ。
 だとするなら、やはり、この女も狂っている。
 それは生理的な嫌悪感の形となり、一つの塊となって麻亜子の腹に落ちた。
 これから先、一時的にしろ殺すかもしれなくても、せめて手にかけるという実感は持つようにしよう。
 何も感じず、目的を先行させるだけの無神経さは持ちたくなかった。

「なによ」

 いつの間にか睨んでしまっていたらしい。眉をひそめたゆりに「別に」と麻亜子は視線を逸らした。
 嫌ってはいるが、今は仲間だ。それに神に対抗する手がかりも持っているようではあるし、何より行動力がある。
 多少の個人的な感情には目をつぶろうと決めて、「それよりさ」と話を変えた。

「どこ行くのさね? 言っとくけど生半可なデートじゃオレ様満足しないぞっ」
「決まってるでしょ、飛び道具の調達よ」
「……できるの?」

360 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 17:59:44 ID:DbvC0eS20
 飛び道具、と言われるとボウガンや拳銃のようなものが思い浮かぶが、そんなものが都合よく落ちているとは思えない。
 だがゆりは小馬鹿にしたような口調で「できるわよ」と言ってのけた。
 一体この自信はどこから生まれてくるのか。ハッタリには定評のある麻亜子だったが、
 ハッタリが通用するのは『もしかしたら』という可能性あってのものだ。
 ここにはそんな可能性すらないように思えるのだが……

「ギルドに似たようなところがあるはずよ」
「は? ネトゲ?」
「あんた大丈夫?」

 無性に殴りかかりたい衝動に駆られた。
 どうしてこの女は一々すっ飛ばした言動しかしないのか。
 そりゃあ言葉から連想できるような意味なのかもしれないけど……
 一応内心で言ってみるが、確証がないものを口に出す気にはなれなかった。
 仕方なく「どーせあたしは頭悪いですよ説明くださいコンチクショウ社長を呼べ特急で!」と可能な限りの鬱憤を詰め込んで言ってみた。
 ゆりはというと、こめかみに指を当て、これまたいつも通りの溜息を交え、それでも説明してくれた。

「武器を精製できる場所があるのよ。あたし達の世界でもあったんだけど」
「はあ」
「何よ、真面目に聞きなさいよ」

 言いたいことは分かる。
 が、こんなゲームまがいの話をいきなりされると頭がついてゆけないのもまた事実だった。

「恐らく、ここにもギルドがあるはず。だって人数は120人。弾薬は消費されるもの。補給できると考えたほうが自然でしょ?」
「……どこかにギルドってのがあって、そこで精製補給できるってことでおーけー?」
「よろしい」

 現実的かどうかはもう気にしないことにした。
 どうにも調子が狂ってしまう。異文化コミュニケーションしている気分だった。
 ああ、たかりゃんさーりゃん助けてくれたまへ。

「多分条件つきではあると思うけどね。無限に補給できたらそれこそ殺し合いが成り立たなくなるもの」
「……まーね。無条件なら補給ポイントにいれば事実上弾が無限なわけだし」
「だから、ある程度殺し合いをこなしてないと補給は無理だと思うわ。でもあたし達ならいけるはず」
「なんでよ」
「だって、大山君殺してるもの」
「……だから?」
「察しが悪いわねぇ。補給を受けるには、殺し合いに乗ってることが必要だと推測できる。それを証明するには、殺すのが一番でしょ?」

 いつギルドがあるのが確定的になって、どうしてゆりの考えは正しいことになっているのかは問わない方がいいのだろう。
 どだい、否定したところで意味がない。無知はこの世界では罪なのである。
 情報は重要なものなのだと、麻亜子はこのとき初めて学んだのだった。

361 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 18:00:05 ID:DbvC0eS20
「ま、大山君には悪いけど、彼のお陰であたし達は戦力増強できるんだから犠牲は無意味なものじゃないわね」

 全然そうは思っていなさそうな口調だった。
 ただ、確かに長期戦になると弾薬は足りなくなる。そうなったときどうするかという問題に対してのひとつの答えではある。
 あまりにゲーム的な考え方だったので頭が拒否してはいたが。

「で、そのギルドっつーのはどこにあるんでござんすか」
「さしあたって、ここが怪しいわね」

 ゆりが地図を取り出し、とある一点を指す。
 廃坑、と銘打たれた場所。
 麻亜子の頭は、ギルドって工房なんだから街中にあるものでは、と言っていたが、もうどうでもよかった。
 もう疲れたよパトラッシュな気分だったのだ。ゆりと会話するのは、果てしなく体力を消費することだった。

「一応聞くよ。理由は」
「あたし達のギルドも地下の奥深くにあったの」

 なるほど。廃坑はダンジョンというわけか。
 その瞬間、何か嫌な予感がしたので口を開こうとしたが、先にゆりが言ってしまっていた。

「まあたくさんのトラップがあるんだけどね」
「おい待てコラ」

 冗談ではなかった。予想通り過ぎた。
 つまりあれか。あたしらはトラップで殺される危険を冒して武器奪取しにいくのか。
 アホか。間抜けか。伝説の勇者か。

「なによ」
「あのさ、だったら武器持ってる仲間揃えたほうが早いんじゃ」

 なんでこんな建設的意見を出す羽目になるのか。
 普段ならこういうのはたかりゃんの役目だろとボヤきつつ言ってみる。
 却下されるんだろうなあという予感を持ちつつの言葉だったが、案外ゆりは素直な反応だった。

「……それも一理あるわね」

362 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 18:00:20 ID:DbvC0eS20
 なんでそれに気付かないのか。
 そう続けたくなったが、ケンカするつもりも気力もなかった。
 根本がぶっ飛び過ぎていて、いつものペースにならないのだ。
 ほとほと己の不運を嘆くしかない一方、ゆりのお陰で友達を真に思いやることに気付けたのだから、
 複雑を通り越して匙を投げたくなる気分だった。

「よし、予定変更よ。まずは街に出るわ。SSSの皆もあたしを探してるだろうし、まずは雁首そろえるわよ」
「あーい……」

 ふと、このゆりの仲間が揃ったら発狂してしまうくらい異常な空間が形成されてしまうのではないかという危惧が浮かんだが、
 逃げる術はなかった。頼もしい仲間は、厄介な仲間でもあった。




 【時間:1日目午後2時30分ごろ】
 【場所:F-2】

 仲村ゆり
 【持ち物:岸田さんの長剣、水・食料一日分】
 【状況:SSSメンバーを探しに街へ。健康】

 朝霧麻亜子
 【持ち物:オボロの刀、水・食料一日分】
 【状況:健康】&nbsp;

363 ◆Ok1sMSayUQ:2010/09/28(火) 18:00:57 ID:DbvC0eS20
投下終了です。
タイトルは『ブッこわし賛歌』です

364ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:16:55 ID:ZNZJOH/k0
 
 偶然迷い込んだ一風変った船。
 見た目は何らかの調査船のようにも見える外観だが、内部は思いのほか居住性を重視した作りになっていた。
 甲板に据えつけられたプール。ビリヤード台やダーツ盤が並べられた遊戯室。広い浴場とまるでホテルのような船だった。
 芽衣はとくに行く当てもなく広大な船を彷徨い歩く。
 そして吹き抜けとなったロビーでとんでもないモノを見つけてしまう。

 船の上部から一階にまで貫く大階段。その中心に位置するシャンデリアに全裸の女性が吊るされていたのだ。
 彼女の全身からは白みがかかった粘性の液体が滴り落ちていた。それが何であるか中学生にもなればそういう知識は嫌でも耳に入る。
 そんな芽衣の瞳に映りこんだ陵辱の痕は、同じ女であるゆえ死体を発見することよりも衝撃的な光景だった。

 そして全裸の女性の側の男の姿。
 きっとこの男が彼女を――恐怖よりも先に怒りがこみ上げ思わず叫んでしまう。

「そ、そこのあなた! 今すぐその人から手を離してださい!」

 言って後悔する芽衣。男は芽衣をギロリと睨み付けた。
 まるで蛇のような眼。まずい――あの男の次はきっと私を――
 目の前の女性を陵辱した男への義憤も、男の圧倒的な暴力の前ではひとたまりもない。
 自分もああなると思った瞬間、足が動き一目散に逃げ出していた。
 そして気がつくと芽衣は息を切らせながら港で立ち尽くしていた。

「最低だ……わたし……」

 我が身可愛さに女性を見捨てて逃げ出してしまったことに自己嫌悪に陥る。
 いくら義憤で恐怖を乗り越えて立ち向かったことで男と女の体格差、ましてや芽衣はまだ中学生なのだ。
 あの男を何とかして彼女を助けるなんて出来るはずがない。
 そんな鬱屈した感情に支配された芽衣の脳裏にある記憶がリフレインされた。

 まだ幼い日々の出来事、芽衣はいつも近所の子供達にいじめられていた。
 でもそんな時兄はいつも芽衣を助けに来てケンカをしては生傷をこしらえてきた。
 年上の相手でも物怖じせずに助けに来てくれた兄、その時の兄の気持ち。
 同じ感情をあの女性のために抱けるか?
 誰かを守りたいという気持ちと、悪を憎む正しき怒りを持てるのか?

「ううん、できるできないかじゃない……! やるかやらないかだよ……!」

 芽生えた小さな勇気と不屈の心。
 だが彼女の小さな身体を動かすには十分な物だった。
 芽衣はデイバックに入っていた鉄の塊のようなリボルバー式の拳銃を取り出す。
 それは拳銃というにはあまりにも大きく重量のあるもの――まさに鉄塊。
 先ほどは突然の出来事のため、銃を抜くこともできなかった。
 なぜならそれはとても片手で持てるような重さではない、まるで米がぎっしりと詰まった米袋のような重さ。
 両手で持つのがやっとで撃つ人間の事を全く考えていない代物だ。
 芽衣が扱うにはあまりにも難しい、まともに狙いをつけることすらできないだろう。
 それでもあの男を追い払うことぐらいなら――
 芽衣は両手にずっしりとした重みの感触を確かめながら再び船内に戻っていった。

365ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:17:55 ID:ZNZJOH/k0
 


 ■



「いじめる? いじめる?」

 尻餅をついた少女は目に涙を浮かべ、困惑する時紀に向って捨てられた仔犬のような視線を送っている。
 背後にはシャンデリアに吊るされた精液塗れの全裸の女、正面には床に座り込む涙目の少女。
 まさに前門の虎、後門の狼。

(どうすればいいんだ……)

 第三者から見ればどうみても時紀はレイプ魔です。本当にありがとうございましたとしか呼べない状況。
 後ろの女に陵辱の限りを尽くし、今まさに目の前の少女を毒牙に掛けんとするところと思われるだろう。
 どう考えてても苛められてるのは俺だろうと叫びたい時紀だった。

「私もあの人みたいにいじめられる?」

 より一層怯えた表情で少女は時紀を見据える。
 頼むから大声を出さないでくれと懇願する時紀は咄嗟に少女に対して言葉が出た。

「いや、いじめられてるのは俺だ」
「?」
「と、とにかくそうなんだよ、何もわからずこの船を歩いていたら目の前にアレがぶら下がっていていたんだ。
 まだ生きてるけどあのまま放置するのはさすがに寝覚めが悪いだろ? だからせめてシャンデリアから降ろしてやろうとしてたんだよ。
 ああ気持ちわりぃ……なんで他人の精液なんぞ触んなきゃならねえんだと思ってたら変なガキに完全にレイプ魔扱いされてよ
 追いかけて誤解を解こうとしてたらあんたにぶつかって、あんたも俺のことをレイプ魔扱いだ。な? いじめられてるのは完全に俺だろ?」

 こうなりゃヤケだと言わんばかりに時紀はまくし立てる。

「いじめない?」
「ああ、いじめない」
「あなた……誰? あなたいじめる? それとも私、いじめられる? ハナテン中古車センタ〜〜」
「は?」
「なんでやねん」
「…………」
「なんでやねん」

366ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:18:48 ID:ZNZJOH/k0
 
 ぺしっと頭をチョップされた。
 何を言っているんだこの女は……この状況と関西ローカルCMが何の繋がりがあるのか?
 しかも表情を察するに突っ込みを入れて欲しそうな雰囲気だ。頭が痛くなってきた。

「おまえがいま感じている感情は精神疾患の一種だ。しずめる方法は俺も知らない。俺に任せるな」
「?」

 何となく少女に対抗して変な事を言ってみた。
 自分でも何の事を言っているのかよくわからない。深淵からの毒電波を受信したとしか思えない言葉。
 だが少女は小首を傾げきょとんとしている。

「くそっ……ガン無視かよ……っ」
「いじめる? ……――?」

 何かに気付いたかのように少女はポンと手を打つ。

「私とあなたでダブルボケユニットを作るじゃあ〜りませんか。目指せM-1グランプリ優勝なの」

 WARNING! WARNING!
 電波が強すぎる! 総員退避ーっ退避ーっ!

 そんな警報が時紀の頭の中で鳴り響く。
 見た目こそなかなかの美少女だが思考があまりにもぶっとびすぎている。
 正直ついていけない。涙目になりたいのはこちらの気分だった。
 少女は時紀の険しい表情を悟って再び怯えたような表情になる。

「いじめる?」
「だあーっ! いじめないっつーの! 誰か何とかしてくれ……」
「――ひらがなみっつでことみ。呼ぶときはことみちゃん」
「はい?」
「私の、名前」

 自己紹介?のつもりなのだろうかことみと名乗った少女は仔犬のような目線で時紀に言った。

「……木田時紀」
「元巨人、メジャー移籍を経て現日本ハム所属の木田くん?」
「その木田じゃねーよ!」
「いじめる?」
「いじめねえよ……お前はボケといじめるしか言えねーのかよ」
「同じボケは三度まで……ぷーっくすくす」

 何が可笑しいのかことみは突然含み笑いを浮かべる。
 もう付いていけない頭を抱える時紀の耳に、甲高い少女の叫び声が入ってきた。

367ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:20:38 ID:ZNZJOH/k0
 
「こ、この変態……! そ、その人から離れなさいッ!」
「て、てめ……さっきの……!」
「?」

 ことみの背後数メートル先の廊下にさっき逃げて行った少女が立っていた。
 声を荒げた少女は明らか時紀に敵意を剥き出しにしており、あまつさえその両手にはその小柄な体格に不釣合いなほど巨大な拳銃が握り締められている。

「ほ、本物の銃だからね! おもちゃじゃないんだよ!」

 そんなもの見ればわかる。それがおもちゃだったら世のモデルガン愛好家は涙を流して喜ぶだろう。
 なんとしてでも誤解を解いて落ち着かせないと。


「Pfeifer Zeliska……オーストリアPfeifer Waffen社が開発した超大型拳銃。一般的に日本ではとある小説の影響から『フェイファー・ツェリザカ』と
 発音されるけど厳密には誤りで正確な発音は『パイファー・ツェリスカ』なの。6kgと言う重さゆえとても普通の体勢で撃てない欠陥銃なの。
 まして、女子供が撃ったら反動で手首の骨を折るか肩を脱臼するかのどちらかと思うから撃たないほうが賢明だと思うの――芽衣ちゃん」
「お前……」

 電波ゆんゆん少女と思いきや少女の持つ銃の解説を始めることみ。
 そしてことみは解説の最後に少女の名を芽衣と呼んだ。

「この前の野球は楽しかったの。またみんなでしたいの」
「えっあっ? ことみ……さん? じゃあこの人は……? あれっあれ?」
「今度一緒にM-1グランプリに出場することになった木田くんなの」
「ねーよ! つまり俺はたまたま現場に居合わせた善良な一市民であって、悪逆非道なレイプ魔じゃねーんだ。わかったかこの野郎」
「えっ……じゃあこの人はことみさんを襲うつもりじゃなかったんだ……」
「だから、それは誤解だ。俺はあの女をシャンデリアから降ろしてやるつもりだったんだよ」
「そう……そうなんだ……ははは……わたしったら何やってたんだろ……」

 芽衣の手から拳銃がこぼれ落ち床を転がる。過度の緊張から解放された芽衣は床に崩れるように座り込む。
 どうやら誤解は解けたようだった。

「ご、ごめんなさい木田さん! わたしったら早とちりしてしまって……」
「まあいいけどな。この状況で冷静になれというのが無茶なわけだし……まあことみのおかげで誤解は解けたわけで」
「褒められたの嬉しいの」
「……二人は知り合いなんだな」
「前にわたし達草野球をしたことがあって、その時に知り合いになったんです」
「そう、いずれメジャーを目指すの。というのは冗談で芽衣ちゃんのお兄さんの友達が私の友達なの」
「なんか微妙にややこしい関係だな……」

 誤解も解けて一見落着。だが何かを忘れているような気がする。
 そんな時紀の脇腹をことみはつんつんと指で突いていた。

「なんだよくすぐったいな」
「いい加減あの人降ろしてあげるべきなの。いつまでも吊るされていたらかわいそうなの」

 少し顔を赤らめながらシャンデリアに吊るされたままの女性を指差した。

368ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:23:09 ID:ZNZJOH/k0
 


 ■



「気持ちわるいよぉ……変な臭いでベタベタするし……」
「俺だって気持ち悪ぃんだよ! 何が楽しくて他の男がぶっかけたモンに触らなきゃなんねぇんだと思うけどほっとくわけにはいかんだろ」

 時紀達三人は改めてシャンデリアに吊るされた女性を救出することにした。
 未だ乾ききっていない精液に汚された身体。芽衣は手に伝わるぬらりとした感触に総毛立つ。

(むっ……こういうシチュも悪くないな……今度透子にやらせてみるか……? って何を考えてるんだ俺は)

 まだ年端もいかない少女が精液まみれの全裸の女性に嫌悪感を露にして手を触れる。
 背徳的な光景に時紀は若干の興奮を覚えた。

「ううっ……男の人ってこんなモノを……」
「カマトトぶってんじゃねーよ。お前だって思春期の年頃の女ならこういうのに興味はあんだろ」
「全く無いと言ったら嘘かもしれないけどこんなの見たら恐怖症になりそうだよぉ」
「まあ、な。お子様にはちょっと刺激が強すぎるよな……」
「精液――英語やドイツ語ではザーメン。イタリア語やフランス語ではスペルマとも呼ばれ、雄の生殖器官から分泌される精子を含む液体。
 主に精巣にて作られた精子と前立腺からの分泌物と精嚢からの分泌物から構成されており、独特の臭気を――」
「ことみさん! そんな解説しなくていいから!」
「がっくり」

 顔を赤くして抗議する芽衣だった。

「よっこらせと……こんな状況でもなきゃ全裸の女を抱えるなんてシチュなんてお目にかかれないのに全く興奮しねえ……後で風呂入って替えの服探そう……」
「さっきお風呂場を見つけたの。入るといいの」
「そうだな……」

 時紀は女性をいわゆる『お姫様抱っこ』の姿勢で抱え階段を下りる。
 肌を伝う粘液が手や服にまとわり付き最高に気持ちが悪い。
 とりあえず一階に運び終えると壁に彼女をもたれ掛けさせた。

「芽衣、客室にシーツがあったはずだ。まずは掛けてやれいつまでも全裸はさすがに俺の目の毒だ」
「は、はい!」
「とりあえず話を聞いてから風呂に入れさせてやればいいけど……まともに話ができるかどうかわからんぞ……」

 女性は焦点の合わない虚ろな瞳で床を見つめている。
 口に填められたホールギャグは取り外してはいるものの一言も喋ろうとはしない。
 芽衣は白いシーツを持ってくると彼女に掛けてあげた。

369ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:24:41 ID:ZNZJOH/k0
 
(ま、当然か……この分だと相当ハードなプレイを強要させられたんだろうな)

 さて、どうやって話を聞こうかと思う時紀。
 ふと横に立っていることみの手に小ぶりのガラス瓶が握られていた。

「ん、なんだそのビン?」
「医務室からもって来たの。気付け薬になるの」

 ことみはガラス瓶の蓋を開けた。独特の刺激臭が時紀の鼻を突く。

「うー何それ……凄く臭いよ……」
「うわっくせッ! それアンモニアか?」
「アンモニア水なの、これを彼女に嗅がせてあげるの」

 そう言ってことみは蓋を開けたガラス瓶を女性の鼻元に近づける。
 こんな刺激臭を鼻のすぐ近くに持ってこられたら――
 鼻に近づけて数秒後、彼女の眼に光戻り始める。どうやら我に返ったようだ。
 そしてアンモニアの強烈な刺激臭に彼女は大きく咳き込んだ。

「――!? がはっ……! げほっごほっ……何この臭い……げほっ――!」
「気がついたようなの。もしもし自分の名前わかりますか?」
「ごほっ……私は――折原……志乃……」
「どうやら何とか話はできそうだな。あんた大丈夫――とは言えないか。ほら、立てるか――」
「あっ、木田くんダメ……!」

 ことみが静止させるより早く時紀は折原志乃と名乗った女性の手に触れた。
 その瞬間――

「いっ……いやアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「なっ――!」

 突然女性は絶叫を上げた。

「いやいやあ……! これ以上酷いことしないで……! やああああ! アアアアアアアッ!!」
「落ち着くの志乃さん……! ここにはあなたに酷いことする人はもういないの……!」
「ああ……っ! あああああ……」

 ことみは暴れる志乃を必死に抱き止める。
 髪を引っ張られ何本か髪が抜け落ちる。顔を爪で引っかかれもした。
 それでもことみは決して志乃から離れず、赤子を抱く母親のような優しい笑顔で志乃を抱き続ける。

370ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:26:06 ID:ZNZJOH/k0
 
「大丈夫……大丈夫なの……もう大丈夫なの……」
「あああ……ああ……」

 暴れる志乃の動きがゆっくりと治まってゆく。
 志乃が落ち着くまでことみはずっと彼女を抱き続けていた。



 ■



「ごめんなさい……あなたの顔を傷つけてしまって……」

 ことみの綺麗な頬にはまるで猫に引っかかれたように四本の赤い筋が走っている。
 落ち着きを取り戻した志乃はことみに謝罪の言葉を口にしていた。

「気にしなくていいの。こんな傷唾付けておけば治るの、悪いのは木田くんなの。木田くんは空気が読めないの」
「はあ? なんで俺が悪いことになってんだよ!」
「志乃さんが何をされたのか知ってるのに志乃さんに触れたのが悪いの。こうなる可能性があったから注意しようと思ってたのに……」
「つまり……どういうことだってばよ。芽衣」
「あの……わたしに振られても困るんですけど……」
「私は専門家じゃないから治療法なんてわからないけどいわゆる心的外傷――トラウマなの。今でこそ志乃さんは落ち着きを取り戻してるいるけど、心に深い傷を負ってしまっているの。
 男の人に触れられれば意識せずともその時の記憶がフラッシュバックして苦痛を追体験するということなの。乱暴された最悪の記憶が――」
「そうか……すまねえ、俺の不注意でまた嫌な事を思い出させて……」
「ううん、あなたが謝る事はないわ」
「治る可能性はあるんですか……?」

 芽衣はことみに尋ねる。
 だがことみは無言で首を振った。

「わからない、としかいい様がないの。一生このままかもしれないし、もしかしたら何かのきっかけでトラウマを克服できるかもしれないの。少なくとも今日明日で治るとは到底思えないなの」
「そんな……」
「だから木田くんは志乃さんに触っちゃだめなの」
「ああ……肝に命じておくよ。――それよりも、志乃さん」
「何……かしら?」
「風呂、入ってカラダ綺麗にしなよ。少しは気分晴れるだろ。ことみと芽衣もな」
「私をシャンデリアから降ろすときに汚れたのね……ごめんなさい」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないぜ。悪いのは志乃さんをこんなにした糞レイプ魔だ……同じ男として反吐がでるぜ……! こんなの妄想やエロビデオだけで十分だ」
「ありがとう……木田くん」

 シーツに包まった志乃は時紀にぺこりと頭を下げた。

371ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:28:11 ID:ZNZJOH/k0
 
「そういうことで私達はお風呂に入るの。木田くんは見張りを頼むの」
「ああ……」
「志乃さんの着替えはどうしよう……?」
「それなら私の部屋に着替えがあるはずだから大丈夫よ」

 こうして女性三名は浴場へと向うのだった。



 ■



 流れるシャワーの音が浴室内に木霊する。
 ことみ、芽衣、志乃の三人は無言でシャワーを浴びていた。
 正確には無言というよりも志乃にかける言葉が見つからなかった。
 凄惨な陵辱を身に受けた人間に何と声をかければいいのだろうか? 下手な励ましなど無意味なことはことみも芽衣も理解はしてる。
 どんな苦痛を味合わされたのか二人には想像もつかない。掛ける言葉が見つからない二人を察したのか志乃は穏やかな笑みを浮かべて言った。

「私に気を遣わないで、ね? 私は大丈夫――とは言えないけど、どうすることも出来ない事なんだし。そのせいであなた達が気に病んでは私も心配だわ」
「…………」

 芽衣は無言で頷いた。

「あの、志乃さん……いえ、やっぱりいいです」
「どうしたの芽衣ちゃん?」
「凄く嫌なこと聞いちゃいます……あの……妊娠の危険性は……」

 不謹慎な質問だと理解しながらも質問せざるを得なかった。
 陵辱された結果、好きでもない男の子を孕ませられることなど芽衣にとってあまりにもおぞましい出来事で、それを身に受けた志乃の身体を心配したものであった。

「多分、大丈夫よ。危険日は外れてると思うから」
「一応、緊急避妊薬を飲んだほうがいいと思うの」
「そうね……」
「? 緊急避妊薬ってなんですか?」
「言ってしまえば意図的にホルモンバランスを崩して強制的に生理状態を引き起こす薬なの。だけど大量のホルモンを摂取するから身体への負担も大きいので
 普通の経口避妊薬の感覚での使い方は避けたほうがいいの。あくまで緊急時のみ摂取がいいの」
「そういうこと。芽衣ちゃんの場合、もう少し大人になって好きな男の人が出来てからの話ね」
「は、はい……」
 
 辛い目にあったはずのに気丈に振舞う志乃の姿を見て芽衣は目頭が熱くなる。
 何としてでも彼女の力になりたいと思う芽衣だった。

372ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:30:04 ID:ZNZJOH/k0
 


「はあ……やはり女の風呂って長いよな……ちゃっちゃと洗えないもんかねえ」

 脱衣所の前の廊下で時紀は壁に背を預けてぶつぶつと呟いていた。
 そして脱衣所の扉が開かれ女性陣が現れた。

「おまたせ、木田くん」
「うおっ! って志乃さんかよ……」

 脱衣所から現れた志乃の服装は胸元が大きく開いたブラウスに黒のタイトなミニスカートの上に白衣を纏う微妙に露出度の高い服だった。
 というか、自らのスタイルの良さを前面に押し出す服装で、若干目の毒な服装だった。

「…………」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないっす。んじゃ俺も風呂入るぜ」

 この人無意識に男を誘っているんだろうか――なんて口が裂けても言えない時紀だった。



 ■



「うぃーす、上がったぜー」
「木田さん早っ、もう上がったの? ちゃんと身体洗った?」
「俺はお前らと違って洗うところは洗ってさっさと上がる性質なんだよ」

 この春原芽衣という少女。会って数時間しか経っていないがかなり口うるさい所があった。
 恵美梨とはまた違ったベクトルのウザさを抱えている。
 こんな妹を抱えている兄は大変だなと、まだ見ぬ彼女の兄を心配する時紀だった。

 時紀達四人は場所を船内の図書室に移して今後のことに話し合うことにした。
 特にシャンデリアに吊るされていた志乃は何が起きているかいまいち把握できてないようなので時紀達は志乃に現在自分達が措かれている状況を説明した。

「……というわけで俺達は妙なパーティーに招待されてしまったみたいなんだ」
「そう……そんなことが起きていたなんて……」
「この島に連れて来られた人間全てがすぐに殺し合いに乗るとは思えないけど……確実に一人は危ない人がいるの」
「誰……なんですか?」
「――志乃さんを酷い目に遭わせた人。状況的にこの島にいる可能性は高いと思うの。そしてこの船にまだ潜んでる可能性も――」

 ごくりと誰かが唾を飲み込む。
 姿無き陵辱者の存在。ある意味彼女達にとって殺人鬼よりも恐るべき存在。

「嫌なこと思い出させるようだけど、志乃さんはそいつの顔を覚えてないのか?」

 時紀は質問するも志乃は首を振って答える。

「ごめんなさい……私は何も覚えてないの……ここでことみちゃんにアンモニアを嗅がされる前の記憶は――」
「そっか……」

 志乃の脳は忌まわしき陵辱の記憶による心の崩壊を防ぐため、それの記憶を無意識の海の底に封印した。
 ゆえに寸でのところで志乃の精神は平衡を保つことができたものの、刻み込まれた心の傷は心的外傷となって彼女を蝕む。
 誰であろうと男に触れられると途端に錯乱するトラウマを植えつけられている。
 志乃には漠然と陵辱されたという結果の記憶だけが意識の表層に残っているだけだった。

373ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:31:19 ID:ZNZJOH/k0
 
「でもここでじっとしてても何もならないわ。まずはこの船の――バジリスク号のブリッジに行きましょう」
「ブリッジ? そこに何かあるってのか?」
「この船が動くかどうか確かめるのよ」
「えっ……こんな大きな船をわたし達だけで動かすなんてできるんですか?」
「機関部に損傷がなければ大丈夫。この船は高度に自動化されたコンピューター制御で船を動かすための人員は最低限で済むのよ」
「すげえ船だな……ってあんたは何でそんなこと知っているんだ?」
「だってこの船の試験航海するに当たっての航行責任者は私だったのよ。自分の船の動かし方ぐらい知ってて当然よ?」

 まるで悪戯好きな少女のような笑みを浮かべていた。
 こうして四人はブリッジに向かうことにしたのだった。

 四人はブリッジに続く廊下を歩いている。
 先頭を志乃、次に時紀が歩きその後ろを芽衣とことみが付いて来る。

「なあ志乃さん……」
「何かしら木田くん」
「あんま無理すんなよ……男の俺ではあんたが受けた仕打ちがどれほどの苦痛で屈辱的だったか想像もつかねえ」
「ありがと、私がもっと若ければあなたの言葉に胸がキュンとしてたかもしれないわ。うふふ」
(というかこの人俺らぐらいの娘がいるんだってな……一体何歳なんだこの人は?)

 一方、ことみは自らのデイバッグから一本の棒らしきものを取り出していた。

「芽衣ちゃん、これあげる」
「な、なんですかこのおもちゃ……」

 芽衣が手渡されたのは1mほどの魔法少女が使いそうなおもちゃのステッキだった。
 先端部には赤い水晶玉みたいの物が填め込まれており、おもちゃにしては手の込んだ作りで色合いこそ白とピンクと黄色を基調としたいかにも少女趣味的な色合いだが、
 全体的なフォルムは魔法少女物に有りがちなデザインでなく、どこか無骨で機械的な印象を受ける奇妙な杖だった。

「説明書にはDX星杖おしゃべりRHと書いてあるの。持って振ると英語音声で喋ってくれるの。これで英語の勉強がはかどるの。やったね芽衣ちゃん」
「なんでわたしに渡すんですか……」
「なんとなく私が持つより芽衣ちゃんのほうが似合いそうなの」
「……返します」
「ううっ……芽衣ちゃんがいじめるの」
「いじめてません!」
「じゃあこうするの。ちょっと芽衣ちゃんの荷物貸してね」
「はあ……」

 ことみは芽衣の荷物から鉄塊のような銃を取り出すと、杖の先端部に紐で括りつけしっかりと固定した。

「何やってるんですかことみさん……」
「名づけてDX星杖おしゃべりRHフェイファー・ツェリザカ。まともに撃てない銃は鈍器として再利用するの。なんと欠陥品の銃が護身用の武器に生まれ変わったではあ〜りませんか」

 先端に括りつけられた銃が黒光りする異形の杖。
 重さ6kgの銃を取り付けられた杖は銃単体より持ちやすくなり鈍器として十分すぎる威力を発揮できそうだった。
 芽衣は頭が痛くなった。

374ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:32:25 ID:ZNZJOH/k0
 



 【時間:1日目午後3時ごろ】
 【場所:G-7 船内】


 木田時紀
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 一ノ瀬ことみ
 【持ち物:アンモニア水入りガラス瓶、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 春原芽衣
 【持ち物:DX星杖おしゃべりRHフェイファー・ツェリザカ、予備弾×50、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 折原志乃
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:精神に深い傷】

375 ◆ApriVFJs6M:2010/09/30(木) 22:33:08 ID:ZNZJOH/k0
投下終了しました

376神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:35:43 ID:0g675DlM0
延々と輝く太陽が山を進む少年――霜村功を照らしていた。
額の汗を乱暴に手で拭って忌々しそうに木の隙間から見える太陽を睨む。
功は苛々しながら、地に落ちている葉を蹴散らした。

何なのだ、これはと憤りが止まらない。
自分は付き合ってる彼女、葉月真帆と学園生活を楽しくやってたはずだ。
それなのに、これは何だというのだろう。
いきなり殺し合いをしろとか言われて。
その中には友人や知り合い、そして彼女すら居たのだ。
当然の事ながら、功は自分の彼女である真帆の事を殺せやしない。
それは言われなくても自分自身で理解している。
大切な彼女なのだから。

だが、他人はどうだろう。

見知らぬ誰か。
あったことも無い人間。
そんな功にとって縁も何も無い人間は。

殺す事ができるのだろうか。

いや、殺さなければならない。

大切な彼女が居るのだ。
そんな彼女を護りたいという気持ちが功にはある。
護らなければならない。
だから、見知らぬ誰かを殺さないといけない。
それが、この島でのルールなのだから。
そう功は自分自身に言い聞かせるように、強く思う。
殺せるのだろうかという疑問は無理矢理、封殺した。
封殺しなければならない。
そうでなければ殺せない。

殺すのが、この島での摂理。
神が定めた摂理なのだから。

リボルバーを握り締めた手にはいつの間にか汗が付いていた。
強く握りしめていたせいか、手のひらが赤くなっていた。
暫くの間、その手のひらを眺めて、功は歩き出す。
今、自分が山に居るのはわかるが、正確な位置は全く理解できていない。
とりあえず山から出ようと考えるも、何処を進めばいいかわからなかった。
山から出る手段はコンパスたった一つだけ。
心許なさが溢れ、思わず近くに茂っていた樹を思いっきり蹴り飛ばす。
しかし、それで何かが変わるわけでもなく、ただ樹を蹴った足が痛くなっただけだった。
更に、苛々が増した時、隣の茂みから、がさがさと茂みを掻き分ける音が聞こえてくる。
何者だろうかと不安と恐怖が心の中で溢れていたその時、

「わっ、ビックリしました! 男の人です!」

小学生のような容姿の少女が飛び出してきた。
ビックリしたのはこっちの方だった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

377神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:36:15 ID:0g675DlM0






「そうですか……十波さん……野球もサッカーもバスケもバレーもアメフトも駄目なんですか……」
「ついでに言うとカーリングもアイスホッケーもクリケットもハンドボールもカバディもラクロスも駄目だからね!」

延々と流され続けて早一時間以上。
風子が続々と語るチームスポーツを否定し続けていた由真は肩で息をする。
もはや、最初の論旨から何処か遠すぎる所まで話が飛躍してしまっているが、それに由真が気付く訳がなかった。
風子は困った風に首を傾げながら、由真を見つめ。
そして、まるでピコーンと頭上の電球が灯ったように表情を明るくして

「あ、風子、今、凄い事思いつきました」

無邪気に由真に向かってそう言った。
由真はうんざりした顔で、

「何……しょうもない事じゃないでしょうね?」
「はい。ラグビーでも水球でもポロでもキックボールでもない、画期的なものです」
「いい加減スポーツから離れなさいよ……」
「じゃあ、言いますね。心して聞くといいです」

風子はすぅと息を吸って、そしてゆっくりと吐く。
緊張した面持ちに、由真も何だか緊張してきた。
風子が口を開け、紡いだ言葉は


「ソフトボールをやればいいんです!」


一周して最初の発案に限りなく戻ってきた。
詳しい所を見ると大分違うのだが、基本野球と似たようなのものである。

「そう、9つのヒトデで、人を集めソフトボールチームを作ればいいんです! 万事OKです!」
「…………」

目を爛々と輝かせる風子に由真はじと目で返すが、風子は勿論気付かない。
由真はゲンナリとして、そしてぐったりとして。
服が埃で汚れるのも気にしないで、大の字に寝転がって

「あーもうそれでいいわ……」

ほぼ、投げやりになって風子の答えを返す。
自分は何をやってるんだとふと思うも今更であった。
とりあえず、何だか酷く疲れた。
別に全速力で走って逃げた訳でも無いのに、だるかった。
まあ、十中八九目の前のちっこい少女のせいではあるのだが。

「さあ、十波さん! 風子と一緒に青春の汗をしっぽりと流しましょう!! 目指せ甲子園!」

そもそも、ソフトは甲子園なのだろうかと言う突っ込みも最早返す気がしなかった。
ついでに妙に風子の表現が嫌だった。

そしてタイミングを見計らったように

「あさはかなり……!」

カーン!という効果音ともに場を引き締める言葉を言う、忍者系少女。
相変わらずその忍者っぽい少女――椎名は無表情に腕を組んでいた。
正体不明も相変わらずである。
由真は結局風子の相手をしているだけで大分時間を取られてしまっていた。
それ故に彼女の事を知るチャンスなどなかった。
そもそも、

「椎名って……結局名前は何だろ?」

378神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:36:35 ID:0g675DlM0

彼女のフルネームすら由真は解らない。
普通に考えれば椎名は苗字なのだが、名前の可能性も捨てきれないのだ。
椎名本人は壊れた人形のように、同じ言葉しか連呼しない状況である。
ちなみに名簿にも椎名としかかれていなかった。

「……さて、どんなのでしょう?」
「って、知らないのか……」
「風子は勿論知りません!」
「…………知らない事を堂々と言えるのはどうかと思う」

大して無い胸を張る風子。
何が彼女をこんなに自信に満ち溢れさせたのだろうかと由真は溜息をつく。
しかも妙に自慢げだった。

「で、椎名さん。下の名前は何でしょう?」

その自信のまま、風子は本人に率直に聞いた。
思わずずっこけそうなりアクションを取ろうとするが、そもそも由真は寝ていてた事に気付く。
むくりと起き上がった由真は背中の汚れを手で叩き落として、胡坐を組む形で椎名の答えを待つ。
行儀は少し悪いが、女の子しか居ない。故に見られてもOKである。
椎名は腕を組んだまま、

「あさはかなり……!」

カーンと言う音がまたなった。
返事はいつもの定型句。
こたえる気が無いのかなと由真が思った時

「ふむ、風子わかりました!」

何を理解したのか解らないが風子は満足そうに頷く。
何となく解ってきた事だが、こういう時の風子は決まって碌な事を言わない。
嫌な予感がしたが、黙って聞くことにする。

「つまり、こういうことだったんですよ!」

妙なためを作って風子が言う事、それは


「椎名さんの名前は、あさはかなりという名前だったんですよ! 椎名アサハカナーリ!」


何だってーといえば盛り上がったのだろうかと由真はふと思う。
まあどうでもいい事かと由真は思って嫌な予感通りだったとゲンナリした。

「いや、それはないから」
「もしくは、欧米風に アサハカナーリ=シイナですか!」
「それもないない」
「……あさはかなり!」

カーン!という音が三度なった気がする。
椎名は相変わらず同じ言葉を発していたが、無表情が崩れかかっていた。
流石に名前をそんな言葉にされると色々アレだった。
一応ちゃんとした名前は勿論ある。
このまま勘違いされると巷で言われるDQNネームすぎるのを連呼されかれない。
そう思って、椎名は風子の元に歩き出し、風子に向けて手を差し伸ばそうとして

「あ、今向こうに人発見です!」
「え、いたかな?」
「居ました! 四人目のソフトボールメンバー確保です!」
「あ、ちょっと…………行っちゃった」

その時、風子が窓から見つけたのか、小動物の様に駆け去っていく。
椎名が伸ばした手は宙に残ったままで、どこか寂しそうで。

「…………うん、どうしたの?」
「……あさはかなり」

もしかして、名前を本当に勘違いされたままだろうかと壮絶に嫌な予感がした。
そして、カーンと言う音が哀しく響いた気がした。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

379神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:36:56 ID:0g675DlM0






(気、気まずい……)

そして、取り残されるのは由真と椎名の二名だった。
だが今、由真は相当な気まずさを味わっている。
その理由は単純で正体不明の椎名と一緒にいるからだ。
椎名は先程と同じように黙って腕を組んで隅にいる。
相変わらず何を考えているか、さっぱり解らない。

「……あー何かもう」

そして冷静に考えれば凄い流されまくってる気がする。
風子との実の無い会話を一時間以上も続けてるのかそうだ。
切り上げる機会はいつでもあったはず。
なのになんか無駄に意地を張ってしまった。
だけど、くだらない会話で安心したのもある。
それも含めて凄い複雑な気分だった。
乙女の心は複雑なのである。

「でも……死ねない。死にたくない……あたしはまだ……生きてる!」

でも、由真は死にたくない。
まだ生きていたいのだから。
このまま、流されているままだったら、何時か死んでしまう。
そう思ってぱちんと軽く頬を叩く。
気を引き締めなければと改めて思った所に

「…………『死にたくない』?…………『生きてる』?」

初めて、椎名がいつもの定型句以外の言葉を口に出していた。
無表情から驚きの表情に変えて。
奇異な存在を見るように、由真を見つめている。

「……当たり前でしょ。あたしは『生きている』……『死んだらおしまい』なんだからね」

ありえないものをみるように見る椎名に若干ムッとしながら由真は当然の様に言葉を返す。
そう、由真にとって当然なのだ。
今生きていて、死んだら終わり。
それがこの世の定理とそう当たり前のように考えている。

「…………」

椎名はその言葉を受けて、また無表情に戻り目を閉じる。
だけど、内心はまだ驚きを隠せなくて。
由真が語る定理は、椎名にとって終わってしまった世界の定理なのだから。
自分も昔そのように考えていた。
けど、今はそれを考える事ができない所に居て。
でも、由真は極めて普通にその定理を言っている。
ならば、それはきっと…………

「……銃声っ!?」
「……っ!?」

思考を打ち消すように、一発の銃声が響く。
かなり近くから、響いていた。
二人が思いつくのは先程出ていた少女の事だ。
それ故に

「あっ……ちょっと待って椎名!」

椎名が凄い速さで扉から飛び出ていった。
由真もあたふたと椎名の後を付いていく。
何となくだが、凄い嫌な予感がしたから。

そして、先程まで騒がしかった山小屋はとても静かになっていた。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

380神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:37:30 ID:0g675DlM0





「だから、風子と一緒にやりましょう!」

騒がしい女の子だと功は思う。
そして、随分能天気だとも思った。
こんな殺し合いの場でスポーツをやろうなんていうとは思わなかった。
つい、渡された星の木彫りのものも受け取ってしまっている。
殺そうと思っているのに、何故か流されている。

「そしたら、きっと楽しいです、霜村さん!」

何が楽しいのだろう。
こんな殺し合いの場所で。
何れ殺されて死ぬのだ。
生き残るのは一人しかいないのというのに。
神に逆らう事なんて出来ない。
神が定めた摂理にただ従うだけだ。

それしか、残されて無いのだから。
だから、だから。
リボルバーを静かに構えて。
引き金に指をかける。
それだけの行為がとても億劫に感じた。
持っているリボルバーがとても重く感じられた。

「……霜村さん?」
「……っ!?」

少女の無垢な瞳が功を射抜く。
その純粋な瞳に標準がぶれ、風子の顔の横を銃弾が通り過ぎていく。
風子は驚きながら功を見つめ、

「わ!……風子を殺すんですか?」

そう、聞いてくる。
功はその瞳に堪らなくなって。


「だって、しょうがないじゃねえかよ! 殺さなきゃいけないだろうが! それがルールだろうが!」


思わず叫んでしまう。
それが定められたルールだというように。
神の摂理には逆らえないと言うように。
自己弁護のように言葉を紡いで。

もう一度、リボルバーを風子に向けて。
撃ち込もうとした、その瞬間


「――――あさはかなり!」


怒号と共に、功の頬を切り裂きながら、何かが飛来してくる。
功は驚きながら痛む頬を押さえて、地面に刺さったもの、手裏剣を見て更に驚き振り返る。
其処に居たのは


厳しい表情をして、腕を組みながら、木の枝に立っていた椎名が居たのだった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

381神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:37:53 ID:0g675DlM0





椎名枝里。
彼女はとっくの昔に死んでいた。
死ぬの前の過去の事は此処では語らない。
だが、死んだ時思ったのだ。
まだ、死にきれない、死にたくないと。

その時、辿り着いた世界があった。
死後の世界にも等しいその世界で。
その世界は、未練を晴らす為にあった世界だった。
未練を晴らした後は、成仏をしろと。

それが神の定めたルールだった。
それが神が定めた摂理だった。

だけど、納得がいかなかった。
そんな押し付けられた摂理に従いたくなどなかった。
死んで堪るかと思った。

だから、椎名は抗った。
沢山の仲間と共に。
死んだ世界戦線の中で抗った。

下らない摂理を定めた神に。


そして、その中で。
椎名はこの島に連れてこられた。
あの羽を持った男は正しく神と言っても可笑しくないような存在だった。
その神みたいな者は殺し合いをしろと。

正直、困惑した。

そもそも、自分は死んでいる。
その未練を晴らす為の世界だったのではないか。
あの神が定めた世界は。
それなのに、今度は殺し合いをしろと言った。

ふざけるのもいい加減にしろと思った。
そんなのに従ってたまるかとさえ。
その時、風子に出会った。
よく解らないまま、風子につき従った。
自分自身でもよくわかっていなかったのだから。
そして、由真が現れて。
風子と由真の会話が直ぐに始まった。
彼女達を観察して思う。

色々変わっていく話題に、楽しく話す彼女達はNPCではないと。
だから、自分達と同じ存在だろうと思いかけた。

けど、その後由真が語った言葉を信じるならば。
彼女達は本当の意味で『生きている』
正直、意味が解らないぐらい混乱しそうだった。

自分は『死んでいる』はず。
なのに、目の前の少女は『生きている』と言う。

何が正しくて、何が可笑しいのか解らない。

382神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:38:19 ID:0g675DlM0

それでも、彼女達は『生きている』のだろう。
ならば、何故『死んでしまった』自分はこんな所にいるのだろう。
自分の存在が解らなくなっていく。
混乱していく中で、一発の銃声が聞こえた。

そした向かった先にいたのは銃を向けた少年。
恐らく『生きている』のだろう。
そして、しょうがないと。
ルールに従うしかないと彼は言った。

その瞬間椎名は心の底から思った。


あさはかなりと。


下らぬ神の摂理にただ従う男があさはかにしか思えない。
そんなのに従って殺すというのがとても許せなかった。

だから、椎名は決意を固める。

『死んでしまった』自分の存在意義には今なお悩んでいる。
だけど、今はやるべきことがあるのだ。


下らぬ神の摂理に従う浅はかな者達を倒す。


それが死んでたまるかと神に抗い続けた自分の存在意義の一つにも思えたから。
だから、この殺し合いの島でもやる事は変わらない。


「――――あさはかなり!」

手裏剣を投げ込む。
驚く少年を見つめる。
少年は怒ったように言葉を紡ぐ。

「なんだよ! しょうがねえじゃねえかよ! 従うしかないんだ!」

何がしょうがないのだろう。
殺す事がしょうがないと言うならそれは


「――――あさはかなり!」


あはかなる事だ。
だから、椎名は宣言をする。


「わたし達は……ずっと抗っていたぞ! 前から…………そして今もだ! 神に―――抗っている!」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

383神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:38:49 ID:0g675DlM0





「はぁはぁ……やっと追いついた」

息を切らせながら由真が椎名に追いついた。
肩で息をしながら、椎名のほうを向くと銃を持つ少年と対峙している。
椎名は武器が手元になくて動こうにも動けない状況だった。

「……あたしは……どうする?」

ずっと流されている。
今、自分はどうすればいい。
考えながらデイバックをまさぐる。
中から、一振りの刀が出てきた。

自分は死にたくない。

でも、

「椎名、これを受け取れ!」

知り合った人達が死ぬのも御免だった。
だから、今やるべき事は、仲間を助ける事だろうと由真は思う。

そしてデイバックから出てきた刀を椎名に向かって投げる。
椎名はそれを受け取って、抜刀し切っ先を少年に向けた。

「まだ逆らうか?」

すっかり尻込みした少年はその刃を見て。
怖くなってしまって

「う、うわぁああああ!!!」

脇目もふらず、少年は山の中に消えていく。
一目散に去っていく様に、椎名は追わずただ一言。

「あさはかなり……」

結局の所、椎名は。
こうやって抗っていくのしかないのだ。

何故『死んでいる』のに『生きている』少女がいるのか。
『死んでいる』自分が彼女達と居る事に迷いながらも。
『死んでしまった』自分の存在意義に迷いながらも。

彼女は抗うしかない。
くだらない神の摂理に。

これからも、抗っていく。


だから、今は


「助けてくれてありがとうございます アサハカナーリ=シイナさん!」



この少女の誤解を全力で解かなければいけない。

384神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:39:07 ID:0g675DlM0






【時間:1日目午後2時40分ごろ】
【場所:C-6 古びた山小屋】


十波由真
【持ち物:木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】


伊吹風子
【持ち物:木彫りのヒトデ(個)、水・食料一日分】
【状況:健康】


椎名枝里
【持ち物:トウカの刀、五方手裏剣、木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

385神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:39:41 ID:0g675DlM0







逃げる。
霜村功は逃げ去っている。
無様を晒しながら、ただ逃げている。

あさはかなることなのだろうか。
殺し合いに乗るのは。
大切な彼女を護りたいだけなのに。
その為に神の摂理に従い殺しを行う事はあさはかなる事なのだろうか。

解らない。
解らないから自分は逃げた。
怖くなって。
殺す事も出来なくて。
ただ、ただ逃げた。

何が正しいのか。
何が悪いのか。

解らなくて。

ただ、解らなくて。


霜村功は左手にヒトデの木彫りと。
右手にリボルバーを持って。


何もかも解らなくなって。


ただ、逃げていた。







【時間:1日目午後2時50分ごろ】
【場所:D-6 】


霜村功
【持ち物:木彫りのヒトデ(1個)、スタームルガー スーパーレッドホーク(6/6) .454Casull予備弾×48 水・食料一日分】
【状況: 頬に切り傷】

386神の摂理に挑む者達 ◆auiI.USnCE:2010/10/01(金) 01:40:11 ID:0g675DlM0
投下終了しました。
このたびはぎりぎりになってしまい申し訳ありませんでした

387 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:57:29 ID:mlZZDrts0
「ふんふん。そうかえ、マホちゃんはええ男おるんだねぇ」
「ええ、まあ……でも、ちょっと、その、なんていうか……」
「あー、わかるわぁ。男ってこう、どうしようもなくあちきらの事分かってくれんときがあるからねぇ」
「そうなんですよ! ちょっとはこう、雰囲気というかムードというか……あんまり分かってくれなくて!」
「うんうん、あちきも全然振り向いてくれんのえ……果てしなく鈍いというか、女心を砕いてくれるというか」
「カムチャタールさん、苦労してるんですね……」
「そっちもそっちで何かと悩みは尽きないんだねぇ。男女の仲に悩むのはどこの乙女も同じなんやねぇ……」

 うんうんと頷くカムチャタールは、葉月真帆がこの島で出会った初めての参加者であり、また理解者であった。
 姿こそ中華風の衣装に化粧を施し、髪を団子に結って妖艶に仕立てた大人の女であったが、
 その中身は殆ど自分と変わらない、恋路に悩む女性のものだった。
 だから話はすぐに合った。最近関係が上手くいっていない霜村功とのことを気軽に話せたのも、殆ど同じである一方、
 人生の場数を踏み、それなりの経験を持った言葉をカムチャタールが返してくれるからでもあった。
 有り体に言ってしまえば、頼れるお姉さんという存在だったのだ。

「ま、でも、しょうがないねぇ。惚れちゃったんだから、さ」
「……そうですね」

 だから、口元を苦笑の形にして言った『惚れた』という言葉にも素直に同意することができた。
 功に抱く感情は、そんな額面通りの一言で表すことはできない。
 しかしカムチャタールの言葉には、真帆が抱くものを内包し、言葉の裏で表してくれている感覚があった。
 その上で惚れたと表現するのなら、そうなのだろう。

「それで、そのシモムラって男と、会いたいかえ?」

 雰囲気はそのままに、カムチャタールは自然に踏み込んできた。
 ここに放り出されて少し。今まで答えを保留にしてきたその問いは、ひどく簡単なものになっていた。

「はい。なんだかんだ言っても……あたしの彼氏なんで」

 男としての視点。自分を『葉月真帆』ではなく『女』としてでしか見ていない。
 そんな疑いを持ったまま会っていいのかという迷いは、既に払拭されていた。
 この人がいれば、どんな問題に直面しても親身になって考えてくれるだろうという確信があったからだった。
 虫がいいといえば、そうなのかもしれない。
 だが恋愛も、男女での見解の相違に悩むのも初めてだった真帆には、一人で対処できる自信もなかった。
 そんな真帆にとって、カムチャタールの存在はありがたかったのだ。

「マホちゃん、羨ましいわあ」
「へっ?」

388 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:57:48 ID:mlZZDrts0
 唐突に発された言葉。穏やかな視線とは裏腹に、意気地なさげに自らの体を抱きかかえたカムチャタールは自虐的に見えた。
 悩みを持っていることのどこが羨ましいのだろう。
 真意を図りかね、口を詰まらせたままに真帆に、「あちきは、まだどうしても会いたいと考えられんのぇ」と続けられたカムチャタールの声で、
 ようやく意味を理解することができた。
 そこまで会いたいわけじゃないし、確率的に低いことも知っている。でも、だからこそ望みを持っていいと思っただけのことだった。
 こんなところじゃ、不安を持たないようにするだけで精一杯なのだから。

「あちきは正直怖い。『守っておくれ』とバカ正直に言えん頭になってしまってね」

 数々の経験を積んできた一方で、世の中の芥を知り、人の言葉の裏を読むことに慣れてしまった人間の顔だった。
 心を伝えたところで、相手からも同様の台詞が返ってくるとは限らない。
 曖昧に濁し、綺麗な言葉で飾り立てて、真実の言葉を伝えようとしない。
 それは薄々、真帆が功に対して感じていることでもあった。

「そんなことないですよ」

 だから、真帆は励ますことに決めた。無知で、まだ何も知らないからこそ言える言葉だってあるかもしれないと考えたからだった。
 まだ大人になりきれない自分だからこそ、今のうちにやらなければならないことだった。
 だって、心がすれ違ったままでいいなんて、あっていいはずがないのだから……

「カムチャタールさん、美人だし、スタイルいいし、お洒落じゃないですか。振り向いてくれないはずないですって」
「そ、そうかえ?」
「そうですよ! っていうかカムチャタールさんフるような男なんてぶっ飛ばしちゃえばいいんですよ!」

 こう、すぱーんって! そう付け加え、ラクロスのラケットを振る仕草をした真帆に、うるうるとカムチャタールが目頭を熱くしていた。
 想像外の反応だと驚く前に、ガバッと抱きつかれた。
 仄かに漂う香水の匂いに、あ、大人だなあと変な感想を抱きつつ、涙ぐんだままの声が真帆の耳元で囁かれた。

「うっうっ……マホちゃんはええ子やぇ……あーんもう可愛ええわあ。妹にしたいわあ」
「そ、そこまで感動しなくても……」

 どうしたものかと半分困った気持ちでいると、不意に草木を踏み鳴らす音が聞こえた。
 人の気配だった。いつの間に近づかれたのか、それとも偶然なのか。
 きょろきょろするだけの真帆に先んじて、既に意識を切り替えたカムチャタールが「誰ですえ」と発していた。
 先程の涙の気配もない、凛とした声。まるで王様みたいだと感想を結ぶ間に、体は離れていた。
 既に手にはチェーンを握り、ぶら下げている。
 それは真帆に支給された、公園でブランコを吊り下げるのによく使われる鎖だった。
 いつの間にと思う真帆に、「堪忍しておくれ。ちょっと借りますえ」とカムチャタールが笑っていた。
 手触りを確かめ、ひゅんひゅんと鎖を回し続ける姿は、場数を踏んだ大人だった。

「おやおや、そんなに警戒されては……困ります」

389 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:58:06 ID:mlZZDrts0
 木の陰からにこやかな笑顔と共に姿を現したのは長身の体躯を持つ男だった。
 黄色人種の肌色ではあるものの、西洋の人間といっても差し支えないほど身長は高い。
 そのお陰でひょろ長い印象があったものの、シャツから覗かせる二の腕の太さは尋常のものではない。
 鍛え上げ、洗練され尽くした、丸太のような腕である。
 スポーツ選手といっても過言ではなさそうな男は、切れ長の瞳をこちらへと向ける。
 その瞬間、カムチャタールが露骨に眉をひそめた。一体何を見たというのだろうか。
 確かに、一見して警戒心は抱いたものの、それも僅かな間だけだった。
 口元を緩めてさえいる男の様子に不審なところはないというのに。
 一方、多少なりとも理解しているからこそ、カムチャタールの行為を無下に扱うわけにもいかなかった。
 何かを感じているのは確からしいことなのだから。

「あんた、あちきらをつけ回して、なんの用かえ? こそこそした男は好かんのえ」
「失敬。ですが、様子を窺うという行為自体は正しいものでしょう。この島においてはね」

 身振り手振りを交え、いきなり接触しなかったのは危険人物か確かめたかったこと、
 安全だと考えたからこそ気配を見せたこと、そして敵意がないことを伝えてくる。
 流暢で分かりやすい説明は真帆でも容易に理解でき、落ち着いた大人だという印象を与えたものの、
 カムチャタールにとっては逆効果のようだった。

「やけに落ち着いてますなあ。今まで、たった一人でしたのに」

 冷静すぎる、という指摘だった。
 慎重になるのはよくあることだが、それにしても考えられた行動すぎやしないか。
 それが彼女の反論だった。言われてみればという思いで、真帆も口を真一文字に結んでいる男を見やる。
 あんまりにもなカムチャタールの警戒ぶりに腹を立てている、というようには見えた。

「失礼ながら、私は独り身でしてね。そのうえ世界中を研究のために巡っているものだから……」
「あーもう、回りくどいのは好かん! はっきり言いやす、あんた、獣の匂いがする」
「……」
「あちしはそれなりに男を見てきたかいなぁ、その筋の悪い男ってのは分かりやす。
 悪い男いうのは、いつもあんたのようなギラついた目ぇしてるのや。気付かんのかえ。
 獲物を見つけて、笑いが収まらん、そんな顔ですえ」

 そうして、真帆の前に立つように進み出た。
 カムチャタールの言ったことは、本当なのか?
 問い質せる空気ではなく、男の言葉を待つしかなかったが――沈黙は、すぐに破られた。

「……勘のいい女は嫌いだよ」

390 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:58:26 ID:mlZZDrts0
 唸り声のような、一際トーンを下げた声色だった。
 ゾクリ、とした怖気を感じた瞬間、ばね仕掛けのような素早さで男が駆け出していた。

「っ!」

 予想外の行動の早さだったのだろう。咄嗟にチェーンを振り回したカムチャタールだったが、盾のように掲げられたデイパックによって阻まれてしまう。
 マホちゃん、逃げ! 鋭い声が突き抜けたと同時、ナイフを構えていた男が斬りかかってくる。
 チェーンを真っ直ぐに伸ばし、鎖で受け止める。火花が散り、カチカチと金属音のハーモニーを奏でる。
 見た目に違わず、男は豪腕だった。苦しそうに歯を食いしばるカムチャタールに対して、男は喜色さえ浮かべていた。
 獣と表現するに相応しい、凶暴な笑顔だった。
 慌てて距離をとった真帆をちらりと見てから、遠慮する必要のなくなったカムチャタールが男を蹴り飛ばす。
 腹部を蹴り飛ばされ、数歩後退したはずの男は、しかしケロリとした表情だった。

「準備運動は万全かな?」
「女だからって、甘く見たらあかんですえ?」
「結構。では殺し合いといこうか!」

 男が再び仕掛ける。
 でかい体躯に似合わない素早い動きは、まるで豹かチーターである。
 腰を落とし、チェーンに当たりにくい姿勢で迫る男は戦い慣れている。
 しかしカムチャタールも手馴れたものだった。
 チェーンをなるたけ長く持ち、鞭のようにしならせ、横薙ぎに振るう。
 遠心力によって力を得た鉄の塊が男に迫る。
 流石にナイフなどで受け止めるのは無理だと判断したらしく、跳躍して薙ぎ払われたチェーンを回避する。
 すさかず追撃にかかる。一歩踏み込み、一回転してダンスを舞うようにしながら再度チェーンを振るう。

「うおっ!」

 今度は余裕綽々の回避とはいかず、上体を反らしての回避だった。
 バランスを崩したところに、回転による力を得た回し蹴りが顔面に炸裂した。

「ちいっ!」

 そう叫んだのはお互いにだった。浅く入った蹴りは決定打とはならず、しかし男にとってはダメージであるがゆえの両者の舌打ちだった。
 だが間髪をおかず、カムチャタールが仕掛ける。一度掴んだ勢いを手放さまいとする雰囲気だった。
 チェーンをしならせ、1mとない至近距離から首筋目掛けて打ち据える。
 バックステップされ、回避される。だがそれこそが狙いだった。
 ふっと不敵に笑う。勢いを掴んだと確信している。
 一度後手に回ってしまえば、防戦一方になると知り抜いた女の顔だった。
 そう、戦力が互角なら、勢いを味方につけたほうが勝つ。
 次々と鎖の鞭を殺到させるカムチャタールに対して、男は反撃どころか近づくことすらできない。
 一歩、また一歩。徐々に後ろに追い立てられてゆく。

391 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:58:48 ID:mlZZDrts0
 強い。内面だけでなく、肉体も。
 あの獣そのもののような男を相手に、互角以上に戦っている。
 武器の差はあるのかもしれない。傍目にも扱いなれているように見える鞭と、リーチの短いナイフ。
 しかしそれを差し引いても的確に状況に対応してみせる柔軟さと、機を見る敏さは真帆にも分かる。
 真帆自身ラクロスというスポーツをやっているから分かる。この人は、一流だ。
 勝てる――そう確信した真帆の視線の先では、男がいよいよ木の幹を背にする形で追い詰められていた。
 そのうえカムチャタールはあくまで自分有利の距離を保ち、反撃のチャンスさえ匂わせていない。
 もう反抗する術は残っていない。自分達を殺そうとしていた男は、思わぬ反撃によって敗北する――
 そのシナリオ通りにチェーンを振るったカムチャタールの一撃を、

「確かに、お前は強いようだ」

 苦し紛れの防御。腕で受け止めようとするが、止められるはずはない。
 高速の鉄の鎖は、腕一本などでは止められない。
 止められない、はずだった。

「――だが、相手を見誤ったな」

 苦悶の表情を浮かべたのは一瞬。腕に当たった鎖にひるむどころか、男は、それを掴んでみせたのだ。
 全くの予測不能の行動にカムチャタールの動きが止まってしまう。それが、致命的だった。
 チェーンを掴んだ手で、強引に引っ張り上げる。恐らくは万力のような力だったのだろう。
 踏ん張る間もなく引き寄せられ……同時、ぎらりと輝くナイフの刃が、カムチャタールの胸を刺し貫いた。
 かはっ、と口を開き、空気の全てを搾り出した彼女は、そのまま力を失って倒れる。
 あまりにも簡単過ぎる逆転劇を未だに信じ切れていない顔だった。
 それは駆けつける間もなかった真帆にしても同じことだった。いや、そもそも無理だった。
 男が後ろに下がり続けていたせいで、知らぬ間に真帆とカムチャタールの距離が空いてしまっていたからだった。

「一度勢いを掴むと」

 地面に転がり、草の味をかみ締めているであろうカムチャタールを見下しながら、男が語り始める。

「周囲のことが見えなくなりがちになるものだ。味方の存在さえ忘れるほどに」

 そう言いきった男が、真帆の方を見てニヤと笑った。
 狙っていた。最初から、この状況を。
 敵を分断させ、各個撃破をできる隙を窺っていたのだ。

392 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:59:08 ID:mlZZDrts0
「実に単純だったよ。まんまとおびき寄せられるお前は、例えるならバカ正直に獲物を追うキツネだ」
「っ……く……」
「カムチャタールさん!」

 思わず、真帆は叫んでいた。
 息も絶え絶えに呻き声を発する彼女の声が聞こえたからだった。
 生きていたのは、男にとっても意外だったらしい。
 ほう、と感心する表情を見せつつ、男はカムチャタールを足蹴にし、仰向けにさせる。
 ゲホッと咳き込み、血の霧を吹いた彼女の胸からは、今もおびただしい量の血液が流れている。
 あまりの血の多さに、真帆の全身が総毛立つ。あれでは、死んでしまう――!

「そうだ、自己紹介をしよう」

 腹部を踏みつけながら、男が世間話でもするように、思い出したとでもいうように、のんびりと言っていた。

「俺は岸田洋一。知っての通り、人を躊躇なく殺せる人間さ」

 口調は穏やかなまま。だが、反論を、口を利くことを許さない雰囲気があった。
 男は、岸田は、既に状況を支配している。

「助けたいだろ? この女はまだ息をしている。どうだ? 見捨てるのか? 庇ってくれたのに?」

 急いで治療を施せば、まだ助かるかもしれんぞ。
 自分のことを棚に上げ、つらつらと並べ立てる岸田だったが、ヒステリーに叫んだところでカムチャタールが開放されるわけではない。
 自分の判断ひとつで、この先の状況が決まる。真帆は口元をきゅっと結んで、岸田を睨んだ。
 躊躇なく殺してみせると宣言した男。カムチャタールをこんな目に遭わせた男。
 怖い。何をされるか、分からない。
 だが真帆を庇い、戦ってくれた、やさしい女性のためにも退くわけにはいかなかった。

「……どうすればいいんです」
「物分りが良くて助かるよ。そうだな。まずは武器を捨てろ。ああそうだ、携帯は持ってるか。あるならそれも寄越せ」

 武器はともかく、携帯はよく分からない注文だった。持ってはいるが、当然使えるわけがない。
 持ってないと言い張ることもできたが、万が一もあった。大人しく、ポケットから取り出し、岸田に投げ渡す。
 弧を描いて飛んでいったそれを器用にキャッチしてみせた岸田が続けて武器を要求する。

「持ってないです。カムチャタールさんに渡したから」
「ではこの女の武器は」
「デイパックの、中かと」
「嘘つきは嫌いだぞ?」

393 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:59:28 ID:mlZZDrts0
 岸田の目が凶暴な色を宿し、ナイフの刃先をちらつかせたが、事実である以上他に言いようがなかった。
 微動だにしない真帆に追求を諦めた岸田は、そうか、と一言告げた。



「――覚悟はできてるんだな?」



 その瞬間、臓腑を揺さぶるような岸田の声が響き渡る。
 ひっ、と小さく上げた悲鳴は、蛇のように伸びてきていた腕に掴まれた瞬間、霧散した。
 同時、腕に突き立てられたナイフが、グリグリと肉を抉る。
 神経を直接攪拌される感覚。痛みをこねてミキサーでかき回される感覚に、真帆は今度こそ本物の悲鳴を上げた。

「ぎっ、あああああぁぁぁぁぁっ!」
「覚悟はあるんだよな?」

 制服の袖が、じんわりと赤く染まっていく。
 どんなに暴れても、腕を掴む岸田は離れず、それどころか強く握ってきて、折れてしまうかのような圧力がかかっていた。
 血を多量に流し続けるカムチャタールの姿が過ぎる。だが思ったのは早く助けなきゃという思いではなく、
 自分がああなってしまうことへの恐怖だった。
 殺される。この男は、本気で自分を殺そうとしている。
 予感が実感となり、実感が根源的な恐怖と絶望へと形を変えてゆく。

「こいつの代わりに、自分が殺されてもいいんだよな」
「い、いやっ、いやああぁぁぁっ!」
「違うのか? 死にたくないとでも?」
「しにたっ、しにたくないしにたくないいぃぃっ!」

 肉の奥深く。骨まで達するのではないかと思われるほどに突き立っていたナイフから、力が緩められる。
 多少なりとも収まった痛みに安堵する気持ちが芽生えた。
 殺されずに済んだ。その感覚だけがあった。

「そうか。死にたくないか。じゃあお前はどうすれば助かる?」

394 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 01:59:53 ID:mlZZDrts0
 ぐいと引き寄せられ、首に手を回される。
 その後体ごとカムチャタールの方に向かされた。
 その先では、今も短く呼吸を続けるカムチャタールが、脂汗を浮かせ、虚ろな顔で真帆を凝視していた。
 最早死に体の人間の体。もっとナイフを突き立てられれば、じきにああなる。
 それまで抱いていた親しみの感情もなにもなく、真帆はふるふると首を振った。
 視界のすぐ横でちらちらと揺れる、死神の鎌の存在が、生存本能のみを呼び覚ましていた。

「お前が死ぬか、あの女が死ぬか。好きな方を選べ」

 生き残れるのはどちらかだけ。
 明らかにおかしい二つの選択を、おかしいと思う頭は持てなかった。
 殺さなければ殺される。その感覚のみがあった。
 死ぬ。死んでしまう。あんな風に。無残に。ちょっと前に首から上がなくなっていた、あの女の子のように。
 ひっ、ひっ、と短く嗚咽を漏らした後、真帆は搾り出すように「死にたくない……」と言ってしまっていた。
 どうしようもなかった。命がなくなるかもしれないと実感した瞬間、途轍もなく、怖いものへと変貌していた。
 なくなってしまう。誰とも会えなくなってしまう。誰とも、繋がれなくなる。
 それが、怖かった。

「分かった。じゃあやれ」

 ポイ、と岸田がナイフを投げ捨てた。真帆とカムチャタールの血液が付着しているそれは、
 まるで意志を持っているかのようにてらてらと輝いていた。

「お前があの女を殺せ。そうすれば助けてやる」

 そんな。
 思わず岸田を見返すと、慈愛さえ感じられるような深い笑みが返ってきた。
 一方で、手には新たに拳銃が握られていた。抵抗しても無駄だぞという笑みであり、
 所詮先程の戦いなどお遊戯に過ぎなかったのだと嘲笑うものだった。
 結局、全てはこの男の掌の上だった。顔を青褪めさせた真帆はよろよろとナイフに辿り着くと、緩慢な動作でそれを持ち上げる。
 思ったよりずしりとした感触は、命を吸ったがゆえか。
 これが、この道具が、人を殺す。
 もう声も出せないカムチャタールを見る。もう誰がナイフを握っているのかも分かっていないのではないか。
 自分がこれからやろうとしていることを、分かっているのか。
 言葉を発して欲しかった。なんでもいい。何か言ってくれ。
 だが、いくら待っても言葉はない。ただ虚ろで、しかし僅かに生気を宿した目だけが無言を語りかけていた。

「どうした? やれよ。やれないのか?」

395 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 02:00:11 ID:mlZZDrts0
 撃鉄を上げる音が聞こえた。
 もう猶予はなかった。
 ビクリと震えた真帆は、ナイフを強烈に握り締め、刃をカムチャタールの上にまで持ってくる。
 後は振り下ろすだけ。それだけで、死ぬ。
 だが、できない。カタカタと震え、目から絶望の涙を流すだけで、振り下ろせなかった。
 殺すのも、殺されるのも嫌だった。なぜ。どうして。
 こんなことになってしまったことに対する疑問だけがぐるぐると回り続けていた。

「仕方ないよな」

 不意に、穏やかな声色が発した。
 岸田のものだと分かるまで、数秒を要した。

「脅されてるんだから。殺さなきゃ殺すって言われてるんだから」

 言葉はとても甘美。
 そう。仕方ない。
 この状況は、仕方のないものだった。

「君は悪くない。君が殺すわけじゃない。殺人を強要させてる、俺が殺すも同然だ」

 真帆の心臓が、どくんと脈打った。
 それは、真帆が一番欲していた言葉だった。
 免罪符を差し出したのは、罪を強要した岸田洋一だった。
 だが、その矛盾を矛盾と捉えるだけの余力も、思考力もなかった。
 殺さなければ殺される。その現実が背中合わせだったから。

「それに、ほら。見てみるんだ。あんなにも苦しそうだ。たくさん血を流して、苦しんでる」

 岸田の言葉は、正しかった。
 死と生の狭間を漂うばかりのカムチャタールは、苦しんでいた。

「君が楽にしてあげられるんだ。君が救ってあげられるんだ。何も悪いことはない」

396 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 02:00:29 ID:mlZZDrts0
 殺人への禁忌が、薄れてゆく。
 これでいいんだ。
 その言葉が実体化して、真帆の中に流れ込んでゆく。

「世間じゃ、当たり前に行われていることさ」

 これでいいんだ。

「助かる見込みのない患者を安楽死させる。戦場で助からない傷を負った仲間を薬で、苦しませずに逝かせる」

 これでいいんだ。
 これでいいんだ。

「君には触れる機会が少なかった。だから、ちょっと驚いているだけさ」

 これでいいんだ。
 これでいいんだ。
 これで、いいんだ。

「触れる機会の少なかった――君が、不幸だっただけの話だ」

 真帆が、ナイフを振り上げた。
 自分は悪くない。自分が殺すんじゃない。
 そうだ。そもそも殺すのでもない。
 楽にしてあげられるんだ。せめて、知り合いの自分が――

「……マホ、ちゃ……ん」

 声が、聞こえた。
 生きたいと願う声。
 こんなことをして欲しくないと願う声。
 こんな状況なのに。
 気遣ってくれるカムチャタールの声が、あまりにもやさしくて。
 葉月真帆の、罪悪感を刺激した。
 自分が悪人にされてしまった、そんな感覚が支配した。

「あ、あああああああぁぁぁぁあぁぁぁあああっ!」

397 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 02:00:51 ID:mlZZDrts0
 刺した。
 刺した。何度も刺した。
 違う。違う。悪いことなんて何もしていない。
 否定をするには、黙らせるしかなかった。
 刺すたびにビクリと跳ねるカムチャタールが死んだと気付くまでに、十回以上も刺していた。
 死んだ。もう、何も喋ることはない。
 どこかしらホッとしていた真帆の後ろで、笑う声が聞こえた。
 振り向く。岸田だった。
 愉悦を抑え切れない、心底可笑しそうな様子だった。

「くくっ、くくく、やった、ついにやった、やりやがった!」
「……え」
「放っておけば死んだものを、殺しやがった!」
「ちが、ころ、殺させたのは、あな、あなた……」
「おめでとう!」

 ぱちぱち。
 ぱちぱち。
 場違いな拍手喝采が真帆に浴びせられた。

「おめでとう! これでお前も同じだ。俺と同じだ。同じ人殺しだ!」
「そんな、違う、こ、殺してなんか」
「ん? 何が違うんだ? お前は自らの意志でナイフを握り、メッタ刺しにしたんだ。嫌ならやらない、そうだろ?」
「だって、だって! それは、あなたが! あなたがあたしに殺させた!」
「お前が、何と言おうと、お前が殺したんだ。それが事実だ」

 岸田が、真帆の携帯を取り出した。
 ちっぽけな画面の中では、真帆が奇声を上げながら、人を殺していた。
 呆れるくらいにしつこく、返り血が飛ぶのも構わずに、刺し続けていた。

「惨いことをする。これを見た奴は、どう思うだろうな。お前の友達は、軽蔑するだろうな」

398 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 02:01:11 ID:mlZZDrts0
 友達。その単語を聞いた瞬間、学校の友人達の姿が浮かび上がり、見下ろす姿が想像できた。
 なんでこんなことを。恐ろしい。お前は殺人鬼だ。
 脅されていた。仕方がなかった。そんなことは、理由になんてならない。
 人を殺した。その事実だけで、人は人を見捨てるのだ。
 真帆は思い知った。これで、真実の孤独になってしまったのだと。
 呆然と腰を落とし、言い争う気力もなくした真帆に、しかし岸田は優しく声をかけていた。

「黙っておいてやってもいいぞ。俺が言わなければ、お前は人殺しじゃない。そう、隠してしまえば済むことだ」

 人殺しじゃない。
 罠だと分かっていても、その言葉はあまりにも甘美だった。
 自分は悪くないという事実があればよかった。

「どうすれば、いいんですか」

 真帆は救いを求めた。
 殺人を強要させた支配者は、正しかった。
 彼女の、救世主だった。

「俺の言うことに従っていればいい」

 俺が命じたことは全てやれ。躊躇なくだ。
 一秒の間もおかずに、真帆は頷いていた。
 岸田洋一は、正しかった。絶対的なまでに。

 支配者が笑う。満足した、笑いだった。




 【時間:1日目午後3時ごろ】
 【場所:E-4】

 岸田洋一
 【持ち物:サバイバルナイフ、グロック19(13/15)、予備マガジン×6、真帆の携帯(録画した殺人動画入り)、不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康 殺戮と陵辱を楽しむ】

 葉月真帆
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:岸田の支配下に。左腕刺傷】

 カムチャタール
 【持ち物:チェーン、水・食料一日分】
 【状況:死亡】&nbsp;

399 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/02(土) 02:02:33 ID:mlZZDrts0
投下終了です。
タイトルは『The&nbsp;first&nbsp;malformation&nbsp;of&nbsp;"T"』です

400少女偽装曲〜事実から目を逸らして〜 ◆5ddd1Yaifw:2010/10/03(日) 02:08:12 ID:0UTb6NE20
延々と続く灰色のアスファルトが目の前には広がっている。

「っ……ぁ……」

時たま足がもつれそうになるが、そんなのに気を取られるほど今のあたしには余裕がない。
必死に、必死に陽の光に照らされた街中を走る。疲れたら少し立ち止まって。そして調子が戻ったらまた走る。
そのルーチンワークを延々と繰り返しているだけ。

「はぁ……ぉ……」

この世界は何かがおかしい。今までの“日常”と百八十度違う。
日常が日常でない恐怖が此処にある。

「どうして生き返らないんだよ……!」

さっきあたしが釘バットでどついた猪名川。頭から脳髄をまき散らして無様に死んだ。
周りには脳みそが飛び散り、どさりと体は崩れ落ちた。
だけど死は一時的。少ししたら復活する。そして平然と笑って何するんじゃーワレー! とか軽口言ってさ。
それがあたしの“日常”なんだ。
疑う余地などない、そのはずだった。

「おかしいじゃんか!」

だって、だって!

「此処は死後の世界でこの殺し合いもいつものミッションの延長線みたいなものだろ!? 蘇るはずなんだ、死んでも、死んでも、死んでも! なのに何で蘇らない!」

もう何もかもわからない。どうすればいい? いつもみたいにギターを弾けばいいのか?
馬鹿、今のあたしの手にあるのはギターじゃなくて釘バット、猪名川の頭を潰した凶器。
はは、“日常”を演じることすらできない。

「きっと蘇るって誰か言ってくれよぉ……」

あの血濡れの公園にいた時のことをあたしはふと思い出す。
いくら時間が経っても動かない猪名川の身体。血がべっとりとついたあたしの靴。その場に充満する鉄臭い匂い。
駄目だった。耐えられなかった、公園でずっと座っているのに。待っても待っても蘇らない猪名川の身体を見ているのに。
そしてあたしは自分のと猪名川の荷物を持って逃げ出した。

「何が正しいんだ、この世界では」

投げ出したかったんだ、全てを。目を閉じたらいつものあの“日常”が待っている。
あたしはそう信じたかった。だけど実際は違う。いくら苦しんでも、悩んでもこの地獄は続く。

「会いたい……」

今、ガルデモのみんな、いつも一緒に麻雀をやってる戦線メンバーの奴等――藤巻、TK、松下五段に無性に会いたい。
ユイ、関根、入江ならこんなの悪い夢だとかひさ子さん何寝ぼけてるんですかーとか言ってあたしの悩みを吹き飛ばしてくれるはずだ。
藤巻はばっかじゃねえのとかあたしをからかうようなこと言うけど何だかんだで慰めてくれて、TKは意味不明な言葉をしゃべりながら踊って、松下五段は豪快に笑い飛ばしてくれて。

「助けてよ――」

結局の所、あたしはただ。

「いつものあの場所に帰りたいよ……」

それだけを願うんだ。


 【時間:1日目16時ごろ】
 【場所:G-4】

ひさ子
 【持ち物:血塗れの釘バット、スリテンユシリ(解毒薬)、水・食料二日分】
 【状況:健康?】

401 ◆5ddd1Yaifw:2010/10/03(日) 02:08:48 ID:0UTb6NE20
投下終了です。

402 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:33:18 ID:rSz3DNBw0
 まずは私の話を聞いてくれ。
 私の名前は坂上智代だ。とある高校の二年生だ。至って普通の女の子だ。
 学校では行儀良くしてるし、ちょっと生徒会長なんかもしている。友達だっている。普通だろう?
 強いて私の特徴を挙げるとするなら、そうだな。ほんの少し正義感が強いことくらいだ。
 だからターザンのような声を聞いたときは我が耳を疑ったな。
 しかも女の子が襲われ……襲われ……いや、まあ、いい。そういうことにしておく。
 最終的にはあの変な英語男が仕掛けてきたんだからな。
 ここで私は奴の攻撃を待ってから反撃に転じた。正当防衛だ。
 そのまま奴は逃げていった。というか、転がり落ちていった。……死んではない、よな?
 殺し合いをしろだなんて言われたが、無論私はそういうつもりなど金輪際ない。
 これは女の子がどうとかは関係ない。当たり前の話だ。人間が簡単に人を殺しちゃいけない。そういうことだ。

 さてここまではいい。問題はここからだ。
 今ここには、襲われていた女の子がいる。神北小毬というそうだ。
 怯え、戸惑い、逃げていたのを見たから、さぞ怖がってるだろうと思ったんだが……意外なことに、もうにこにこしている。
 なんて順応力の高い、とぽかんとしてる間に、神北は私を友達認定してきた。
 まるで屈託のない、太陽のような笑顔と一緒に「トモちゃん」と呼んでくれたのだ。
 その、なんだ。私はそういう経験がなかったから、正直嬉しい。ちょっと照れた。
 いえー、と、さっきまで自分を襲っていたはずの男の真似をしているのはよく分からなかったが、まあ彼女なりの紛らわせ方……紛らわせ方なんだろう。
 何も問題はないって? いや、その……ええと……

「だーかーらー、苗字にさん付けじゃなくって、もっとこう、ふりーだむにっ。よぅちぇき!」
「い、いや、だから……ど、どう呼べば……?」
「それは」
「それは?」
「トモちゃんの〜」
「……私の?」
「そうるに聞くのです!」

 万事がこの調子である。
 どうにもこの子は他人行儀なのを嫌うようだった。
 心が広いというか、呑気というか……独特だった。
 しかも期待の視線で見てくるものだから、始末に終えない。
 いや嬉しいんだ。だけど、なんというか……そう、20段の跳び箱を飛べと言われているような気分だ。
 私は筋肉番付に出た覚えはないのだが。

「ソウルって……」
「いいですかトモちゃん」
「は、はい」

403 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:33:37 ID:rSz3DNBw0
 キリッとした表情になるものだから、私はつい居住まいを正してしまった。
 妙に間延びした声なのに、どことなく迫力があった。

「わたしの友達はわたしをこう呼びました。『コマリマックス』と」
「どんな友達だ」
「わたしはこう呼び返しました。『ゆいちゃん』と」
「普通だ……」
「大勝利!」
「何が!?」
「みなぎる友情が!」
「ええーっ!」
「まああれです。みんなで野球しよ〜、ってお誘いに乗ってもらったのです、えへへ」
「あ、なんだ」

 説明がぶっ飛んでるだけで、至って普通だった。
 いいことだ。みんなで野球。実に青春した響きじゃないか。
 そういや私たちも野球やってたな……まあ、もうあんまりホームランは打ちたくないが。

「ということで、わたし達もみなぎる友情! おーけー?」
「お、おーけー……」

 感慨に耽っている暇はなかった。ずいとにこにこ笑顔が近かった。
 しかし考えてみれば、親近感を深めようと『トモちゃん』と言ってくれてるのに、私はなんて体たらくだ。
 変に遠慮して、他人行儀な呼び方をすればそれこそ失礼というものだろう。
 恥ずかしい。急にその気持ちが湧き上がってきて、私はだから精一杯やってみようと思った。
 今の私は、荒れていた昔の私じゃない。何も怖がる必要なんてないんだ。

「じゃあ……小毬」
「おおう。おっけ〜♪」

 嬉しそうにリズムを取る小毬。
 それだけで、なにか私も嬉しくなるのだった。

「ではトモちゃんにお聞きしますっ」
「え? あ、ああ」
「――なんで、わたしを助けてくれたのかな?」

404 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:33:57 ID:rSz3DNBw0
 それは想像とは違う、真面目で真摯な質問だった。
 引き結んだ口元と、揺れない視線は、それが本気であることを語っている。
 ドキリとしつつも、私は、これが彼女か、と思っていた。
 互いの心理を計り、そのときに必要な言葉、予定された会話を交わすのではなく、本当の意味で近づくための会話。
 この子は欲しがっている。ここで行動を共にできるだけの理由を。
 それが簡単に分かったから、私は素直に応じることができた。

「殺し合いなんて、したくなかったから」

 誰かと、誰かが争いあい、いがみあい、憎しみ合うなんて真っ平だ。
 本当の意味としての殺し合い、というのは、実感していないのかもしれない。
 私はまだ認識できていないのかもしれない。それでも。
 それでも、何も信じられなくなり、最後にはお互い心を逸らしあったまま、空虚に傷つけあってゆく様を見てきた私は、
 確かに「もうこんなのはこりごりだ」と思う気持ちを持っていた。

「うん。分かりました。ごめんね、変なこと言って」

 思ったより深刻な表情になっていたらしい。
 小毬は苦笑していた。もうリズムはとっていなかった。
 まだ、怖いのかもしれない。どうしていいか分からないまま襲われ、助けられ、何を信じればいいのか迷っている。
 だからいつもの自分を保ち、恐怖を押し隠し、精一杯に確かめようとしたのかもしれない。
 どうやら私もまだまだ人を見る目ができていないようだ。
 気にするな、と頭を振って、私は改めて握手を求めた。

「安心してくれ。私は小毬を裏切らない」

 差し出した瞬間こそ、氷のように固まった小毬だったが、すぐに、躊躇いがちだけど、手を伸ばしてきた。
 思っていたより小さく、ふくよかで柔らかい手だった。

「こっちこそ……よろしくです」

 本当の意味で、私達は友達になった。

     *     *     *

405 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:34:22 ID:rSz3DNBw0
「で、ですね。これ何だと思う〜? トモちゃん」
「エンジェル……プレイヤー?」
「ゲームかなぁ?」
「さぁ……弟がよくやってるが、こんなのは見たことも……」

 そうして、私達は荷物の確認をしていた。
 私の武器はデザート・イーグルというらしい。やたらでかい拳銃だ。
 映画か何かで見たことがあった。本物らしく、ずしりとした重さがあった。
 その重さに却って恐怖を覚えたが、小毬が持つように言ったので持っておくことにした。
 曰く、拳銃というのはそれだけで抑止力が働くものだから、ということだ。
 喋り方こそ独特でのんびりとしてはいるが、小毬は意外と知識が深い。
 知識だけだよ〜、とは本人の弁であるが。
 そして小毬のデイパックから出てきたのが、これだ。
 今流行の……アイパッド? だっけか? のような形状をしており、触って操作できるタイプのインターフェイスだった。
 中身はよく分からない、何やら複雑なデータが並んでおり、一朝一夕に理解できるようなものでは……

「なるほど〜。これプログラミングソフトなんですね〜」
「わかるのかっ!?」
「って説明書に書いてありました」

 ずるっ!
 コケそうになった。なんだそんなのがあるんじゃないか……
 当然と言えば当然だったが、それに気付かない私はアホなんじゃないか……?

「で、どう使うんだ」
「ええと、まずはここで……」

 小毬は軽快にタッチパネルを動かし、画面を操作している。
 適応力が本当に高い。ついさっきまで首をかしげていたかと思えば、もう自分のものにしている。
 私は機械にあんまり詳しくないから、見ているしかできないのだが、凄いと思う。
 小毬が知識に深い理由が分かった気がした。

「で、このスタートアップ画面で、こう、生体認識をして……」

 小毬がパネルに手のひらを乗せる。
 ピー!
 と、生体認識とやらが終わったようだった。
 しかしプログラミングにそんなものが必要なのか……?
 よく分からない。小毬は既に次の画面を動かしている。

406 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:34:42 ID:rSz3DNBw0
「わーお」
「どうした」
「すごいですよっ」
「だから何が」
「こう、ぶーんって、そう、ジェダイの騎士!」
「はあ」

 小毬はイメージ先行で喋る癖があることも分かった。
 要領を得ない私に「ちょっとやってみますね〜」と、小毬が数歩とてとてと離れる。
 何をするのだろう。エンジェルプレイヤーだから、天使にでもなるのか?
 思ってみて、馬鹿馬鹿しい発想だと思った。
 そんなファンタジーやメルヘンみたいなことがあるわけないじゃないか。

「いきますよ〜……! ごー! はんどそにっく!」

 ヒュン! と、小毬の腕から光る剣のようなものが飛び出した。
 ぶーーーーーーーっ!
 私は盛大に吹き出した。ファンタジーやメルヘンだっ!

「待て待て待て待て! なんだそれは!」
「えーと、ハンドソニック」
「ハンドソニックぅ?」
「エンジェルプレイヤーに内臓されてる武器みたいです」
「武器……」

 信じられない。小毬の手の甲に沿うようにして伸びている真っ白な剣は、本物なのか?
 っていうか、プログラミングソフトはどうした。

「えーっと、カスタマイズできるみたいで。記述を変えれば形状や長さを多少弄れるみたいです〜」

 なるほど。そういうことか。
 今のところ刀身は30cmほど。両刃の西洋の剣といった風情だ。
 カスタマイズということは、日本刀風やナイフ状にもできるのだろうか。

「ちょっと試してみるっ」

 言って、小毬がキリッとした表情で木の枝に狙いを定めた。

407 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:35:04 ID:rSz3DNBw0
「てりゃ〜」

 どう聞いてもやる気の失せるようなのんびりとした声だったが、本人的には裂帛の気合い……なのだろう。
 頭上から振り下ろされた《ハンドソニック》が淡い燐光を散らしつつ、木の枝を切り裂く。
 ほぼ真っ二つ。まるで包丁で野菜でも切るかのように、綺麗にスパッと枝が切り落とされていた。
 切れ味は十分すぎるくらいのようだ。ぽとりと落ちた木の枝を見つつ、小毬が言っていた。

「かたじけのうござるっ」

 決め台詞のようだった。
 そして小毬の決め台詞に合わせた様に、手の甲から《ハンドソニック》が消えた。
 まるでアニメの世界だ……そんなことを思いつつ、すごいな、と感想を言う。

「ありがと〜。それにこれ、自由に出し入れできるんだって」
「だから消えたのか?」
「うん。それっぽいこと念じたら消えるの。呼び出すときは声にしなきゃいけないんだけど」
「微妙だな……」

 ということは、使うときは声にしなければならない。
 宣言の必要がある分ラグができるし、武器の存在を気取られないようにするのも難しい。

「他に何かあるのか?」

 確かに強いが、《ハンドソニック》だけならさして脅威ではない。
 ならば他にも穴を埋め合わせるなにかがあると見るべきだった。
 果たして私の予想通り「ありますよ〜」と小毬が応じてくれる。

「ああ待て。使わなくていいから説明だけ頼む」
「あいあいさ〜」

 びしっ、という仕草とは裏腹に、これまた気の抜けるような掛け声だった。

「えっと、今あるのは《ディストーション》と《ハーモニクス》です。
 《ディストーション》はバリアっ! って感じで、《ハーモニクス》は分身の術っ! って感じ」
「分かったような分からんような……」

408 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:35:27 ID:rSz3DNBw0
 にんにん、と忍者らしい仕草をする小毬。早くも《ハーモニクス》を使いたいらしい。
 こんな説明で大丈夫か?
 一番いい解説を頼む。
 頭が痛くなってきた私は補足を頼んだ。

「おっけーです。えーっと、《ディストーション》は見えないバリアみたいなのを張るんだって。
 銃弾も防いでくれる優れもの……なのです。でも爆発は防げないか〜。がっくり」
「……要するに防げる攻撃と防げない攻撃があって、広範囲系の攻撃はダメ?」
「いえすっ! トモちゃん頭いい!」
「どうもありがとう……」
「こっちは一回使うと1時間使えないみたい。1時間チャージ、1分キープ」

 どこかで聞いたことのあるようなフレーズだった。
 強力な防御である分、使用制限も大きいようだ。

「で、《ハーモニクス》は?」
「分身の術みたいに、自分の分身を出させるの。分身も行動できるけど、攻撃はできないみたい」
「つまり身代わりか」
「いえすいえす。トモちゃんといると会話が膨らむね〜」
「どうもありがとう……」
「これは2時間チャージ、1分キープ」

 分身は撹乱に使える上、行動させることもできるのだ。
 当然の制限だといってよかったが、これでは使いどころを考えないとあっという間にエンジェルプレイヤーは使えなくなってしまいそうだった。
 特に《ディストーション》《ハーモニクス》の効果は大きい。本当に命の危険があるときに使うのが一番だろう。
 そんな目に遭うことなど想像もしたくはなかったが。

「待てよ? 生体認証ってことは……もう使えないのか、それ」

 私は小毬の抱えているタッチパネル・インターフェイスを指差した。
 パソコンのソフトでも、一本につき一台、というのは珍しくない。
 ましてや支給品だ。何人にも使えるとは思えなかった。

「みたいですね」

 ピッピッと弄っているが、あまり芳しくはなさそうだ。

「あ、でもアンインストールすれば再インストールはできるんだって。もしくは……生体認証が確認できなくなったとき……」

 つまり、エンジェルプレイヤーの持ち主が死亡したとき、か。
 口に出さなかった小毬の意図を察して、私は「いや、いいんだ」と言った。

409 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:35:48 ID:rSz3DNBw0
「もう威嚇に使える武器はあるからな」
「トモちゃん、ジェダイの騎士にはなりたくない?」
「そういう意味じゃない……」
「おっけーなのですよ。でもじょぶちぇ〜んじしたくなったら言ってね。代わってあげる〜」
「RPGじゃないんだぞ……」

 ああ、でも剣を振り回して勇敢に戦う剣士か……ふむ……
 いやいや、私は普通の女の子だ。魔法使いか僧侶がいいな。
 あ、あくまで、やるとしたらの話だ。別にやりたいわけじゃない。

「じゃあ、今はわたしが持ってますね〜」

 言いつつ、タッチパネル・インターフェイスを仕舞う。
 結構大事に抱えていたから、暇があれば弄ってるかもしれない。
 多少カスタマイズできるとも言っていたし、何かしらの改善も見込めそうだった。
 私だったらこうはいかない。

「さて、荷物の確認は済んだし、友達を探しに行こうか。どこから行く?」
「うーん」

 街中、という答えが返ってくるかと思えば、案外小毬は長考していた。
 何か考えがあるのかと思い、「どうした」と重ねてみる。

「みんな、まずなにやってるのかなぁって」
「そりゃ……私達と同じじゃないのか?」
「でも、ひとりの子もいるかもしれないよ? 怖がってるかも」

 わたしがそうだったし、と苦笑気味に付け加えた小毬に、ハッとさせられる。
 そう、誰しも冷静な行動ができているとは考えにくい。
 まだここに来てから数時間も経過していない。混乱し、右も左もわからないならいい。
 恐慌をきたし、あらぬ方向に迷走していることが危険だった。
 無意味な体力の消耗は狙われやすくなる。
 実際、既に敵は存在しているのだから。

「思うに」

 地図を取り出した小毬が島の中央を指差す。遺跡、キャンプ場、と地図には記されている。

「逃げ場が多い方を選ぶんじゃないかな。端っこは逃げられないし」

410 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:36:02 ID:rSz3DNBw0
 一方で、町は島の隅に位置している。逃げ場少なく、追い込まれやすい。
 複数人で行動するという安心感がなければ、確かに最初にここに来るとは考えにくい。
 小毬の聡さは本物だ。言葉が突飛なのを除けば。

「なるほど、それも一理ある。ではまず中央を目指してみるか」
「いいの? 結構当てずっぽうなんですが〜」
「それなりの根拠は示してくれたさ」

 のんびり屋でおっとりとしているが、客観的に物事を見るセンスというのは私よりも上だった。
 気が利く、というのだろうか。私が気が利いてないみたいだが、多少そうであるという自覚があるから、何とも言えない。
 とにかく、これから先小毬に相談する機会は増えそうだった。

「いい意見だと思う。こういう風に言ってくれると私も助かる」
「……」

 しばらくぽかんとした表情になる。
 頼りにされる、というのが小毬にとっては珍しいのかもしれなかった。
 が、それもすぐのことで、にへら〜、という傍目にも分かるくらい頬を緩めていた。

「えへへ、褒められちゃいました」

 花が咲いているのが分かる。
 喜怒哀楽の分かりやすい子だな、と私は感想を結んだ。
 そういう部分に不安を感じないではなかったが。
 多分、いいパートナーになってくれるだろうという予感が芽生え始めていた。

411 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:36:16 ID:rSz3DNBw0



【時間:1日目午後2時00分ごろ】
【場所:D-2 山中】



神北小毬
【持ち物:エンジェルプレイヤー、水・食料一日分】
【状況:健康】
【エンジェルプレイヤーについて:
 ハンドソニック:使用可能
 ディストーション:使用可能
 ハーモニクス:使用可能】


坂上智代
【持ち物:デザートイーグル.50AE(7+1/7)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
【状況:健康】&nbsp;

412 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/08(金) 00:36:44 ID:rSz3DNBw0
投下終了です。
タイトルは『ぼうけんのはじまり』です

413 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:35:04 ID:4B3a6Hmw0
かつんかつんと歩く音が街中に響く。
あれだけ輝いていた太陽が水平線に沈もうとしている。
空は段々と茜色に変わっていく。
もう直ぐ夜になってしまうと思って、歩いていた少女――向坂環は溜息をつく。
羽のついた女を狙撃して殺せたのはいいが、其処から先は余りついてなかった。

殺した女に支給されたものは外れといって等しいもので。
確かに武器ではあった。
だが、それは無骨すぎて、大きすぎて、そして重たかった。
何十人居ても、持ち上げるのに苦労しそうな大剣だったのである。
当然環が持ち上げる事も出来る訳が無い。
仕方ないので、水と食料だけ回収する事にした。

その後、誰か他の獲物が来ないか待ち伏せをしていたが、現れる気配など無く。
環は結局その場を離れる事を選択した。
街中で、もっと待っていれば人はいづれ訪れたかもしれない。
けれど、日が落ちてから狙撃に慣れてない自分が狙撃を成功できるかは怪しくて。
何よりも、環の心には焦燥感が現れていた。

もしのんびりと待っている間に貴明達が危険な目に遭っていたら。
もしのんびりと待っている間に貴明達が殺されてしまったら。

そう、思ったら居ても立ってもいられなくなった。
得策じゃないと思いつつも、歩き始めていた。
早く誰かを見つけて、そして殺さなければ。

貴明が、このみが、雄二が死んでしまう。

血が滲みそうなくらい唇を強く噛む。
それだけは避けなければならない。
何の為に奈落への道へと進んだのか解らなくなってしまうから。

「……だけど」

親指の爪を噛みながら、考える。
ただ殺していくだけじゃ、駄目だ。
自分ひとりで殺していくには限界がある。
いづれ力尽きてしまうのは目に見えている。
それに、早く終わらなさければ。
ゆっくりしていたら貴明達が死んでしまう。
どうすればいい。
効率よく、殺していくには。
貴明達の為に。

「…………そうするしかないか」

そして、思いついた考え。
危険でもあるが、効果も充分あるだろう考え。
それが一番いいだろうと環は思い、前を向く。

「……多分乗っているのだろうけど」

少しに先に広がる惨状と、其処に佇む男を見ながら。

環は、選んだ考えのままの計画を実行に移す事にする。


更なる奈落に落ちる覚悟を纏って。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

414 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:36:16 ID:4B3a6Hmw0






「……っ」


未だに気持ち悪い。
まるで、金縛りにあったように身体が動かなかった。
宮沢謙吾は、自分が殺した少女の前で這い蹲っている。

身体が震えていた。
殺した小牧都乃の呪いが全身を蝕んでいっている。
このままではいけないのに。理樹を護りにいかないといけないのに。
充満する血の臭いが踏み出す気力を奪っていく。

「……こんなのじゃ……駄目だ」

けど、それでも、歩き出さなければ。
でなければ、殺した意味が無い。
でなければ、大切な者は護れない。

だから、殺さなければ。
殺して、殺して呪いを受けながらも。
理樹を生かさなければならない。
それこそが謙吾が選び取った道なのだから。


「……凄い惨状。貴方、むごい殺し方をしたものね」


そんな謙吾の前に現れる赤髪の少女。
狙撃銃を抱え、謙吾を睨んでいた。
注意力が散漫となっていたと謙吾は心の中で自省しながらも、散弾銃を彼女を向ける。
何故か彼女は自分を殺そうとしない。
彼女の持つ銃ならもっと遠くから自分を殺す事ができたはず。
しかも自分は先ほどまで隙をさらしていた。とても簡単に殺す事ができたはずだ。
それなのに彼女は殺さず、自分に話しかけている。

「……何の用だ。何か目的があるのだろう」

其処には恐らく彼女が意図する目的があるのだろう。
そう踏まえて、謙吾は少女に話しかける。
少女は若干驚きながら

「……へぇ。中々聡いのね。私は向坂環。貴方は」
「宮沢謙吾だ」

上品な様子で、名前を名乗る。
環といった少女は余裕を見せながら謙吾に対して振舞う。
先ほどまで余裕を失っていた自分自身とは正反対だった。

「貴方、見た所……この少女を殺したわよね」
「…………そうだ」

重々しく頷く謙吾。
簡単に肯定はしたものの、殺すのに大分かかってしまったが。
それだけ、殺すと言う行為は重いものだと感じながら。
だが、そんな謙吾の思いとは真逆のように環は簡単に言う。

「私も一人殺したの。殺しあいに乗ったから」

少し楽しそうに彼女は笑いながら、殺したと宣言した。
そんな楽しそうに肯定した環が、謙吾には信じられなかった。
謙吾の驚きを環は気にせず、言葉を紡ぐ。

415 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:36:59 ID:4B3a6Hmw0

「大切な人を守る為……貴方はどうなの?」
「……同じ理由だ」
「そう」

環は何の感情を示さず、頷く。
謙吾は彼女の意図が全く解らずにいた。
彼女が何をしたいのか解らず、ただ戸惑うだけで。
早く話を切り上げたい謙吾は環に言葉をかける。

「それで、お前はどうしたいんだ?」
「そうね。用件をいいましょう。手を組まない?」
「はっ?」

間抜けをさらす様に謙吾は口をぽかんと開ける。
あまりに唐突な彼女の誘いに対応しきれずにいた。
その謙吾の様子に、彼女は口元を手で隠し、言葉を紡ぐ。

「単純よ。この島にはまだ沢山の人が居るでしょう。効率よく殺していくには、協力して殺していく方が楽……違うかしら?」
「いや……そうだろうな」
「でしょう? そして丁度、目の前に殺し合いに乗った人が居る。誘うのも当然じゃない?」
「そうだな……だが、俺がお前を信頼できるかは別問題だ……組むなら、信頼できる方がいい」
「それもそうね」

彼女は笑いながら理由を述べる。
協力して殺していくメリットは確かに多い。
組むのに問題は信頼しきれるかどうかの一点に集中される。
だから、謙吾は彼女にまず問う。

「お前、どのように覚悟したんだ?」

殺し合いに乗る、その覚悟を。
向坂環は、どのように思い考え、そして最初の殺しをしたのだろうか。
自分は迷い、苦しみ、そして殺した。
結果として呪いと共に覚悟する事ができた。
彼女はどうなのだろうかと謙吾は少し期待して、彼女の答えを待つ。

「コインで。乗る方が出たから乗って。そして殺しただけよ。迷いも苦しみも無かったわ」

だけど、環の答えは謙吾とは正反対のもので。
迷いも苦しみも無い、運に任せた軽い考え方だった。
謙吾は少し唖然としながら、

416 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:38:29 ID:4B3a6Hmw0

「……なんだそれは。お前は殺した人間の事を……」
「どうでもいいじゃない。考える事も偲ぶ事もないでしょ? 所詮踏み台なんだから。大切な人達のね」
「貴様っ……!」
「……貴方は違うのかしら?」
「俺は……命を奪ってしまったんだ。大切な人の為に。だから俺は……その殺した者を、その呪いを受け止めて更に殺していく……そう決めた」
「それは私とどう違うのかしら? 同じに聞こえるけど」
「違う! お前とは断じて違う!」


向坂環は殺した人間の事を偲ばず思わない。
だって、所詮ただの踏み台なのだから。
殺す事に苦悩は無く、淡々と殺していくのみ。
全ては大切な人の為に。
その為に、向坂環は殺して殺して、殺す。
殺した者には何の感傷もなく、あくまで大切な人を生かす為の踏み台しかないのだから。
だから、向坂環は逡巡もなく殺す。

それが、向坂環の殺していく上での考え。


宮沢謙吾は殺した人間の事を思い受け止めていく。
だって、大切な人の為に命を奪うのだから。
殺す事に苦悩しながらも、葛藤の末殺していく。
全ては大切な人の為に。
その為に、宮沢謙吾は殺して殺して、殺す。
殺した者の呪いを受け続けて、その呪いが全身を駆け巡ったとしても、それは大切な人の生かす為の呪いでものあるのだから。
だから、宮沢謙吾は煩悶しながらも殺す。

それが、宮沢謙吾の殺していく上での考え。



共通点は大切な人の為のみ。
だから、宮沢謙吾は向坂環とは違うと叫ぶ。
それでも、向坂環は宮沢謙吾を同類と呼ぶ。


互いに交わる事が無い線だと思われたが、

417 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:40:04 ID:4B3a6Hmw0
「お前……もし大切な人が死んだらどうするんだ?」
「自ら命を絶つわ。当然でしょ。大切な人が死んでしまったら私は殺していった意味が無くなってしまう」
「……それは」
「何の為に踏み台にしたのか。何の為に殺していったのか。何の為に殺した者を思わず考えなかったのか……全ての意味が消失してしまう」
「……」
「きっと私はその重さに耐えられない。だから私は死を選ぶわ」

向坂環はあっけからんと言う。
もし自分がやってきた事が水泡に帰すというのならば。
迷うことなく死を選ぶと。
何故ならそれは、全ての意味が消失してしまうから。
向坂環が殺した理由が、存在意義がなくなってしまう。
その事の大きさにきっと耐えられなくなってしまうだろう。
だから、彼女はその時死を選ぶ。
それを、向坂環は哀しげに笑いながら、言った。

謙吾はその様子を見て、少し唖然とする。
自らも環と同じく自殺するつもりであった。
理樹の為に戦い、そして殺すのだから。

だけど彼女の言葉は、彼女の様子は。
何処か未だに心に残るあの少女と重なって。
生きる意味を消失したあの少女と――――


「……俺は」


だから、宮沢謙吾は


「……俺は、お前が嫌いだ」


向坂環の考え方を否定する。
覚悟も、その思いも。
受け容れる事などできなかった。

「あら、奇遇ね。私も貴方みたいな考え、大嫌いよ」

向坂環もどこか解ったように笑う。
そして、謙吾と同じように相手の考えを否定する。
だが、謙吾はその言葉に続いて

「だから、今は組んでやる」
「……あら、いいの?」
「ああ」

418 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:41:32 ID:4B3a6Hmw0
「そして、全て終わった後……殺してやる」

終焉の時には、必ず殺すと。
強く、告げる。
向坂環は、妖艶に、嬉しそうに笑って。


「ええ、その時は全力で――――殺しあいましょう」


宮沢謙吾に同調した。



そして、茜空の下、哀しい、奈落の道しかない同盟が組まれたのだった。

419 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:42:34 ID:4B3a6Hmw0




 【時間:1日目午後4時ごろ】
 【場所:H-2 海岸】


  宮沢謙吾
 【持ち物:ベネリM4 スーパー90(6/7)、散弾×50、AK-47(30/30)、予備弾倉×5、水・食料二日分、インスリン二日分】
 【状況:健康】


  向坂環
 【持ち物:USSR ドラグノフ (9/10)、予備弾倉×3、水・食料二日分】
 【状況:健康】

※G-1、ウルトリィの死体の近くにカルラの大剣が放置されています。

420 ◆auiI.USnCE:2010/10/09(土) 23:43:54 ID:4B3a6Hmw0
投下終了です。
ぎりぎりになってしまい申し訳ありません。
タイトルは『表は裏に、裏は表に』です。

421ハイテンションガール! ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:20:32 ID:kIiWifzk0


とある寂れた診療所。

その一室にあるベッドの上にて、がばっと豪快な音を立てながら布団を跳ね除ける。
そんな彼女の第一声がこれだった。

「う゛ぁああぁあぁあぁあぁぁあぁあぁーーっ! 嫌な夢見たぁぁあぁぁあっ!!」

今、ベッドの上で上体を起こし、薄暗い周囲を見回す少女。
彼女の名は河南子。

河南子について簡単に説明すれば、坂上智代の弟の元彼女であり、更に言えば坂上智代の彼氏の家の居候だ。
現在は絶賛家出中の身。
好物はアイス。
ついでに公式戦ならば最強と自負する。
そんな感じに普通(?)の少女である。

さて、そんな河南子は叫び声を上げた妙な姿勢のまま、暫くあたりを観察し続けていた。
見えるものを一つ一つ検分していく。
天井、白いが薄汚れていて清潔感皆無。
床、やはり埃が溜まっていて汚い。
机、何やらよく分らない医療器具が散乱しているがとにかく汚い。
全体的印象、とにかくボロい。

やはり違った。
この場所は河南子にとっての居場所とは似ても似つかない。
彼女がよく知る、簡素で狭くて、けれど暖かな場所とはまるで違う。
ここはあのアパートの一室ではありえない。
その事実をゆっくりと飲み込んでから、河南子はつまらなそうに、
ほんとうにつまらなそうに一言だけ呟いた。


「ちっ……やっぱ夢じゃねーのかよ」


殺しあい。
信じられない話ではあった。
けれど信じるしかない話でもあった。
画面の向こうの出来事とは言えども、河南子にも分るほどにリアルな死を見た。
殺しあえ、という言葉。あれは嘘でも冗談でもない。
そのくらいは彼女にも伝わってきた。

「なんだそれ。うあー……だる……」

そう言って、起こした上体を再びベッドに倒す。
再び河南子の視界は汚れた天井に満たされる。
ここに至るまでのことを思い返す。
最初のスタート地点たる個室を出て暫く歩いくと診療所があったので、とりあえず入った。
そしてちょうどいい感じにベッドがあったので、寝転んだ。
以上、回想終わり。

「……だるい」

その台詞は最初に寝転ぶ際に発した言葉とまったく同じだった。

「とりあえず、よっこいっせっと」

422ハイテンションガール! ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:21:23 ID:kIiWifzk0
気だるい動作でありながらも、手だけがベッドの下に伸ばされてそこあるデイパックの口を開ける。
そして手探りでパンと水、最後に名簿を取り出した。

「ひとまずは飯が先だ。あたしはね、日々の活力とは食事から得るものだと心得ているのですよ」

仰向けの体勢のままパンをちぎり口へと運びながら名簿を開く。
記された名の羅列を追いながらパンをちぎっては食べちぎっては食べ。
しかし不意に目線が固定され、口に運ぶ手も静止した。

「んー……ま……そんな気はしてたけどさ……」

最後の一欠けらを口に放り込む。

「岡崎朋也……先輩……それに……鷹文まで……」

その三人、特に最後の一人の名を呼ぶとき。
彼女の声はらしくない真剣味に震えていた。

「あの子が連れてこられてないのは不幸中の幸い……か。
 でも、あの子以外みんなここにいるんじゃあ、今頃あの子は……とも、は」

拳が硬く握られる。
奥歯が強く噛み合わされる。
ぎりぎりと音が鳴るほどに。

“最後の一人になるまで殺しあえ”

「……ふざけんなよ……こんちくしょー」

ゆっくりとベッドから起き上がる。
しかし一度目よりも確かな意志の篭る動作で身体を起こした。

「やっぱりおちおち寝てもいられませんな」

予想できていたとはいえ、その名前達が彼女に与える破壊力は思っていたよりも大きかったらしい。
それほどに大事なものだったらしい。

「それに……こんなの……あたしらしくないしねぇー」

だが、出発してすぐに寝てしまったことといい、現にこうしてのんびりしていられることといい。
妙に冷静すぎるし、楽観すぎる。けれど同時にどこか身体が重い。
簡単に言えば何もしたくない気分なのだ。現実を受け止めて、行動したくない。
そんなふうになんだか調子が崩れているなと彼女は思っていた。
いやそれとも、この状況でいつもの調子を続けられる方がおかしいのか。

「ふむ、いよーし。これは使いすぎるとアホになるが、やむをえん」

だが彼女はまず、普段の自分に戻る事を優先とする。
もやもやとした意識をすぱっり断ち切りことによって心をリセットする。
そのためにすぅっと息を吸い込んで、思いっきり、大声と一緒に吐き出した。

「ひぃっさつ!!スゥーパァーハイテンショーン!!
 あーっははははははははははははははははははははっ!!!!」

少しの間、馬鹿笑いが部屋いっぱいに響き渡った。
彼女一人の笑いが満ちて、やがてはしぼんでいく。

423ハイテンションガール! ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:22:20 ID:kIiWifzk0
「ははは…………」

再び部屋が静寂に満たされるまで、そう時間は掛からなかった。

「つっこめよ」

呟く。

「…………つっこめよ」

つまらなそうに、寂しそうに呟く。
自分以外に誰もいない部屋の中、河南子は誰にともなく呟いた。
なに馬鹿なことやってんだと、いつものように。
誰かにツッコミを入れて欲しいと言うように。

「……まいいや、叫んだらなんか微妙に楽んなったし。それよりもっ……と」

けれど静かな声色は一瞬のこと。
河南子は僅かに明るくなった顔色で、水を飲みながら考えを次に進めた。

「これからどーすんのか……決めよっか」

これから自分がどうなっていくのか、いまいち河南子には想像が出来ない。
殺されるという恐怖がないのはきっと、まだこれが現実であるという実感が湧かないからだろう、と彼女は考えていた。
自分が死んだり殺されたりするシーンがちょっと想像できない。
しかし少々麻痺したような心境でも危機感はある。
なにかしなければならないという思いがある。
だからこれから何をしていくか、それを決めようと考えた。

まずは想像する。
殺されるということ。
方法はともかく殺されて、そこで自分の人生が終わるということ。

「……うわ、マジかんべん」

次に想像する。
殺すということ。
方法はともかく殺して、そこで他人の人生を終わらせるということ。

「……うーむ。よくわからんけど……多分願い下げだな……」

河南子とて殺されるのはいやだった。
そりゃなんだかんだで自分はまだまだ生きていたいと思う。
とはいえ殺すのも出来ることなら避けたい。気味が悪いという感情が先行する。
こんな事を考えているようでは、やっぱりまだまだ状況の実感が伴っていないのだろうと彼女は思いなおして。

「とりあえずは鷹文達でも探すか」

気楽に立ち上がった。
殺し殺されはひとまず置いて、今は自分のしたいことをしようと。
めんどくさい考え事はとにかく置いて、最優先で自分にとっての宝物を探しにいこうと決めた。
自分はやっぱり、あの居場所が気に入っている。だから手放せない、失いたくない。
こんなときでも河南子はそれを第一に思うのだ。
その為にはきっと自分を含めて誰が死んでも駄目なのだろう。
岡崎朋也、坂上智代、鷹文、とも。
皆がいるあの場所が好きだから、誰にも死なれては困るのだ。全員揃っていないと意味が無い。
だから早く見つけなければならない、と。突き動かされるように歩き出す。

「全員見つけて、それから考えよう」

もしくは、単に一人でいることに堪えられなくなっただけかもしれない。
こんな時こそ誰かと関わり合いたい、そんな欲求に駆られたのかもしれない。
ただ彼女は居場所を失う事を何より恐れていた。
けれどそんな哀愁は微塵も見せずに、河南子はベッドから飛び降りてディパックを拾い上げる。

「ほんじゃ、出発」

こうして彼女は自分の居場所だった人たちを探しだす、
というひとまずの目標だけを掲げて歩く。

あくまで表面上は気楽に、マイペースに、ハイテンションに、
河南子のバトルロワイアルは始まった。

424ハイテンションガール! ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:23:18 ID:kIiWifzk0








が、その前に。

「おっととと、忘れるところだったぜ」

河南子は改めてディパックを開いていた。

「ここに支給品があるとかなんとか、そういう話だったっけ」

ディパックの中に手を突っ込みごそごそと目的の物を探り出す。
色々考えているうちに、ここに来た理由を忘れかけていた。
ランダムに配られた武器の支給、その確認である。
出発するならばとうぜん見ておく必要があるだろう。

「しょ、と。ふむ……」

パックから取り出したもの、それは一枚の紙切れ。
短いメモと、診療所の場所が書いてある。
簡潔に言えばお前の支給品は診療所にあるぞ、という内容だ。

「しっかし解せんねー。
 わざわざ別の場所に置いとくにしてはやけに近い場所に置くよな、面白みの無い。
 あたしなら絶対に遠くまで走らせるね」

武器は一人一人別の物がランダムに配られると聞いている。
が、河南子はどうやらその中でも特別らしい。
ディパックの中に入れずにわざわざ別の場所に安置するほどの物。
つまりディパックに入らないほどの大きさということだろう。

「ここ……か」

そして、いま河南子はその部屋の前に立っている。

「ふむふむメモによると、この扉の向こうにブツはある……とな」

少しの期待と不安が混じる。
あの画面の向こうの男が言うにはゲームバランスをとるための支給品らしいが。
はたして、河南子に支給された品はいかなる物か。

「じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか……」

自分で効果音を演出しながらドアノブを握った。
ふざけているようであったが、実際に河南子の心中は高まっていた。
これから先、自分の運命を左右するかもしれない分岐点がこの支給品にあるかもしれないのだから。

「じゃん!」

そして捻り、勢いよく開け放つ。

はたして支給品はそこにあった。

「…………これは……」

425ハイテンションガール! ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:23:40 ID:kIiWifzk0

扉のむこう。
あまり広くもない古びた個室の中央に机があり、うっすらと照明が当てられている。
その上にある物、現れたのはライトアップされて黒光りする巨大な銃器。
しかして、これは通常の火器とは一線を画する代物だ。
拳銃、短機関銃、自動小銃、散弾銃、軽機関銃。
どれとも違う。
その規格外の大きさ、存在感に圧倒される。

「…………ガトリング……ガン……」

その呼び名の知名度は高いだろう。
正しく分類すれば重機関銃というカテゴリーに分けられる。
独特の真っ黒い巨大なボディ。見るものに強烈な印象を刻み付ける六門の砲。機械音と共に動作する回転式多銃身。
だがなにより他の銃器と違う点は射撃動作に電力を使用していることだ。
および、それがもたらす人が直接引き金を引く武器としては最大最速の発射速度と破壊力である。
中でもゼネラル・エレクトリック社製ガトリングガンM134――通称”ミニガン”は特に広く知られているものだ。
しかし、いま河南子の目の前に現れた物はそれとは違う。

それはかつて発案され、頓挫した一つの企画の遺物。
通常は携帯運搬が不可能とされる火力の重火器を、個人で運搬使用することを目的として試作されたもの。
使用には二人以上の人員が必要とはいえどもミニガンよりも軽量化されており、外部電力ではなくバッテリーでの駆動を可能としている。
連射力もやはり十二分な威力を備えて、生み出す破壊力は見事に健在だった。
しかしそれでも重量の問題を完全には克服しきれず、他にも様々な欠陥が重なり製作は打ち切られる。
最終的に携帯運用は不可能と言う結論が出てしまったのだ。
よって、あくまでこの銃は試作品のまま、永劫に実用化することはなかった。



という経緯を持つ、言わば幻の銃。



――XM214、通称”マイクロガン”



っぽい杏仁豆腐が、河南子の目の前にはあった。


「…………って、杏仁豆腐かよっ!!うわひっでーなー最強にハズレですよこれぇっ!!」


珍しく彼女がつっこみに回る程の異常性だった。
見た目だけは完璧にXM214なのである。ガトリングガンなのである。
いかなる技術を結集させて製作したのか。
黒いし、でかいし、少なくとも遠目から見れば360度本物に見える。
それほどまでの再現率だ。

しかし同時に、杏仁豆腐なのだ。食べることが出来るのだ。
持ち上げればすぐに違和感に気づくだろう。
まずあまりに軽すぎる。いくらなんでも軽量すぎる。
例えそもそもが軽量化されたタイプであろうとも重火器はやはり重火器。
本物ならばその重さは莫大であり、個人で動かせる物ではありえない。
少なくとも少女の腕で軽々と持ち上げられるものではない。
しかしこれは軽すぎた。河南子にも振り回せるくらい軽かった。
当たり前である。杏仁豆腐で出来ているのだから。

426ハイテンションガール! ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:25:13 ID:kIiWifzk0

「ていうか……いったいなんなんですかねこれは……無駄に技術力高すぎんだろ」

杏仁豆腐でXM214を再現するという謎の所業が河南子の目の前にある。
これは嫌がらせか。嫌がらせなのだろうか。
ああ間違いなく嫌がらせだろうと河南子は思う。
まさに上げて落とす。期待させてこの仕打ちだ。
つまらない上にやたら手の込んだおふざけである。

「誰だよこんな意味不明なことを考えた奴は……ぜってー根性曲がってんな」

呆れたようにボヤキながら河南子は杏仁豆腐製の重火器と、弾薬ベルト(これも杏仁豆腐)を持ち上げた。
ご丁寧に予備弾薬(これも当然の如く杏仁豆腐)まで置いてあったので回収する。

「うあぁー幸先悪いなぁー、でもこんなもんでも無いよりかはマシか」

とにかく支給品は大ハズレ。
正直厳しいがポジティブポジティブと自分に言い聞かせるようにして、河南子はXM214っぽい杏仁豆腐を装備する。
事情を知っていればシュールな光景だったが、格好だけ見ればどこぞのター○ネーターの如き様相であった。
あくまで格好だけなのだが。ようはこけおどしなのである。

「そんじゃ、ちょっとテンション下がった感は否めないけど…………今度こそ行きますか」

自分の置かれた状況を理解していないわけでも無いだろう。
本当は、恐怖がまったくないなんて事は無いはずだ。
しかし彼女は最後まで泣き言一つ零さないままに、扉を開けて診療所の外へと飛び出した。

殺し合いの渦中へと。

「わざわざ行って……やるんだから……さ……」

だから勝手に死ぬんじゃねーぞ、と。

静かに、胸の内で願いながら踏み込んだ。


【時間:1日目午後3時ごろ】

【場所:F-6 診療所付近】

河南子
 【持ち物:XM214”マイクロガン”っぽい杏仁豆腐、予備弾丸っぽい杏仁豆腐x大量、水・食料二日分】
 【状況:健康】

427 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/12(火) 22:26:46 ID:kIiWifzk0
投下終了です

428少年と狐のポルカ ◆auiI.USnCE:2010/10/16(土) 00:58:10 ID:aey8EqDE0
僕は今、独りだった。
いつも傍に居たあいつはもう、いない。
ずっと一緒だった考えも、初めて相反した。
ドリィはこれを戦といい、若様を守る為に皆殺しを選んだ。
僕は若様の理想を信じ、そして護り殉じたかった。
ドリィの考えも理解できる。
だって、僕達は兄弟だから。

けれども、僕はあいつと決別した。
それが、初めての別れだった。
それが、永遠の別れだろう。

でも、僕はそのまま、あいつと別の道を歩いていた。
たった独りで歩く事ができた。

支給された鉤槍を片手に僕は森を進んでいる。
じっくりと見た事が無いから自信は無いが、これは侍大将のものだろう。
本来の獲物ではないが、それはドリィも同じ事だ。
恐らくドリィも、苦戦しているだろう。
少し心配になったが、直ぐに気持ちを切り替える。
何故ならば、もう僕は独りなのだから。
独りで考えて、独りで行動しなければならない。
若様を護る為に。
若様の理想を護る為に。
僕はただ、進んでいく。




だから、僕は今、独りだった。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

429少年と狐のポルカ ◆auiI.USnCE:2010/10/16(土) 00:59:01 ID:aey8EqDE0







困った事になった。
それがちゃると呼ばれる少女、山田ミチルがまず考えた事だった。
狐みたいな少女は特に表情も変えないまま、森の中で困っている。
いつの間にか殺し合いに巻き込まれていた。
それも、彼女の親友達まで巻き込んだ上で。
正直、まだ死にたくはない。
けれど、殺すのも何だかとても嫌だった。
知らない人でも殺す事なんてできないだろうし、友人なら尚更だろう。

支給された拳銃をまじまじ見て、改めて使いたくないなとミチルは思う。
使い方はよく知ってはいるけど。その理由はいろいろだ。
じゃあ、殺さないならどうしようと思った所で困ってしまう。
何もしないという選択はとりたくない気がする。
でも、何をすればいいのかは答えはでない。
とりあえず、死なないようにしようとか思ったが、何かまぬけだ。

そんな事を色々考えながら、とりあえずミチルは歩き出した。
鬱蒼とした森をおっかなびっくりだ。
少し暑いせいか、汗が滲んできた。
ふうと一息をついてミチルは思う。

何となくだが、独りでいるのは好ましくない。
妙に不安になってくるし、自分ひとりだけだと襲われるとひとたまりも無い。
だから、無意識のうちに歩く速度が速まってくる。

そして、速く歩いたせいか、途中で疲れてしまった。
肩で息をしながら、何をやってるんだろうと思ってしまう。
はあと大きな溜息をついたとき、ふと森の先に人影が見えた。

ミチルはその人影に恐怖と期待を持ってしまう。

その人影が殺し合いに乗っている可能性がある。
もし、会ったら殺されるかもしれない恐怖。
でも、殺し合いに乗っていなかったら。
それを考えると期待せずにはいられなかった。

どうしようかと迷ってる最中にも人影は近づいてくる。
その人影は、可愛らしい少女のような面立ちで。
でも、何処か切羽詰った表情でただ、前を向いていた。
また何処か哀しそうで、切なそうで。

そう思った瞬間


「あの……」


ミチルは何故かはしらないけど、声をかけていた。

それが、二人の出会いだった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

430少年と狐のポルカ ◆auiI.USnCE:2010/10/16(土) 00:59:37 ID:aey8EqDE0







余程、僕は余裕が無かったらしい。
何でもない少女の存在に話しかけられるまで気づく事が出来なかった。
これでは若様やあいつに怒られるかなと思って、つい苦笑いを浮かべてしまう。

「……うん?……どうした……?」

その、僕を見つけた少女ーーミチルが表情を変えずに首だけ傾げて僕の方を向く。
僕は苦笑いのまま何でもないよと首を振りながら答える。
そうと彼女は頷いて、納得したようだ。

何処か狐の印象を持つ少女と少し話した結果、どうやら彼女は友人を探すようだった。
僕も若様を探している旨を彼女に話した。
そして、ミチルは一緒に行動したいみたいだったので、共に探す事に。
一緒に行く事を提案をした時、無表情ながらも何処かほっとした様子だった。
独りが不安だったのだろうか。
確かに独りは色々考えてしまう。
僕にも余裕がなかったのが証拠かもしれない。
それに、僕は二人で居る事が多かったから尚更かもしれない。
彼女も仲の良い友人とよく一緒に居るみたいだから、同じなのだろうか。

「もう大丈夫かな?」

こくと頷くミチル。
少し歩きつかれていたようなので休憩をとる事にしていた。
その間は身の回りの事を少し話したり。
とはいっても、彼女は殆ど喋らなかったし、僕もあまり喋らなかった。
どうも、余り話が噛み合わなかったのが原因かもしれない。
お互い話す世界が違う……そんな感じがしたからだ。
後は僕が男だといったら、無表情を崩したのがちょっとだけ面白かった。

「じゃあ……行こうか?」
「うん……」

あいつの事は……話さなかった。
彼女を警戒している訳じゃない。
悪い子じゃないだろうと僕も思う。
だけど、あいつの事は何故だか話せなかった。
それは僕があいつに何か負い目を感じてるだろうか。
それとも、あいつの事を変に思われたくないからだろうか。
可笑しいなと思う。
もう、あいつとは交わらないのに。
決別したはずなのに。

いや、だからこそ僕が止めないといけないのだろう。
あいつを僕自身の手で。
僕達は兄弟なのだから。
最悪、あいつを……………………

431少年と狐のポルカ ◆auiI.USnCE:2010/10/16(土) 01:00:14 ID:aey8EqDE0


「グラァ……」

その時、僕の冷たい手を掴む温かい手が。
少し驚いて隣を見ると、やっぱり表情を変えない彼女が隣に居た。

「怖い顔をしていた……」
「え?」
「何かあった……?」

また、僕は表情が出ていたのだろうか。
不安そうに見つめる彼女に僕は少し笑って

「いや、大丈夫だよ、大丈夫」

僕自身に言い聞かせるように言葉を発した。
そう、大丈夫だ。
大丈夫なはずだ。
僕は、もう独りなんだから。
自分の事は自分でしなければならない。
自分の事は自分で考えなければならない。

もう、あいつは居ないのだから。

「……………………」

それなのに、彼女は手を離さなかった。
人の温かさが伝わってくる。
それが何処かこそばゆくて。
何か恥ずかしくなって。

「ははっ」

自然と笑みが溢れた。
もしかしたら少しだけ顔が赤くなってかもしれない。
でも、これが人の温かさだった。

「落ち着いた……?」

ミチルは今度は柔らかい笑みを少しだけ浮かべて聞いてくる。
だから、僕は本心から。

「うん、もう大丈夫だよ」

そう、言葉を伝えた。
そして、頷きあって歩き始めた。
暫く、僕の手には温かさが残っていた。


あいつは独りなのだろうか。
ずっとずっと独りで戦い続けるのだろうか。
それはなんて…………事なのだろうか。

そう一瞬だけ、あいつの事を想って。

僕は、いや僕達は再び進み始める。
大切な人たちを護る為に。
大切な人たちを見つける為に。
心に温かさを感じながら。
僕達は進んでいく。



だから、僕達は今、二人だった。

432少年と狐のポルカ ◆auiI.USnCE:2010/10/16(土) 01:00:32 ID:aey8EqDE0




 【時間:1日目午後2時30分ごろ】
 【場所:C-6】

 グラァ
 【持ち物:ベナウィの鉤槍、水・食料一日分】
 【状況:健康。若様をお守りする。ドリィは……】

 山田ミチル
 【持ち物:コルト ガバメント(9+1/9)、.38Super弾×54、水・食料一日分】
 【状況:健康。グラァについていく】

433少年と狐のポルカ ◆auiI.USnCE:2010/10/16(土) 01:00:51 ID:aey8EqDE0
投下終了しました。
此度は少し遅れてしまい申し訳ありません

434 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:01:59 ID:UGiNMaAA0
 二木佳奈多は、世間一般からは優等生と呼ばれる存在だった。
 品行方正にして剛健質実。さらに良家の子女という立場であり、それに相応しい作法や知識を身につけていた。
 学業では常に上位の成績。運動能力も男子にも劣らず、模範の上を行く学生として君臨していた。

 しかし、佳奈多は負け犬だった。
 良家の子女としての矜持が自身を高めたのではなく、恐怖と暴力が常に佳奈多を動かしていた。
 失敗すれば、殴られた。意にそぐわぬ行動を取れば、叩かれた。
 身体的暴力に留まらず、精神的な暴力も受けた。
 『お家』の名にふさわしくないこと。少しでもその名を汚すと判断されたことは、徹底的に糾弾された。
 能無し。クズ。とんだ恥さらし。その程度ならまだいい方で、ひどいときにはそれこそ『お家』の存在を疑うような言葉さえ飛んできた。
 そこに愛情はなかった。地位と名誉にしがみつき、体面のみを重んじる人間のエゴだけがあった。
 それには、慣れた。いや慣れなければならなかった。そうしなければ潰されていた。恐怖に屈した。
 現状に抗うよりも、現状に従う方を選んだ。幼かった佳奈多にとって、殴られることも、認めてくれないことも苦痛に過ぎた。
 だから必死になった。自己保身のため、ヤクタタズなんかと呼ばれないために、努力を繰り返した。
 『お家』の犬に成り下がったのだった。人間であることを捨て、従順に振る舞う哀れな犬だった。

 負け犬はまず手始めに妹を切り捨てた。常に妹と対比して上を行く行動を取り、相対的に妹の価値を下げ続けた。
 これ見よがしに妹との差を突きつけたこともあった。少なくとも、自分の方がマシだ。その事実を認識させるためだけに、家族との絆を切り捨てたのだ。
 反吐が出るほど自らに虫唾が走った。恐怖から逃れたい一心で、犬は家族にさえ噛み付いた。噛み殺そうとした。
 飼い主の『お家』はそんな見世物を見て笑い、満足し、犬を優等種だと認めるようになった。妹は、クズだと言われるようになった。
 犬はその事実に安心し、安堵し、嫌気が差した。自らの分の暴力を受け続ける妹を見て、誰かがなじってくれないかと願った。
 誰でもいい。このねじれ曲がった現実を否定して欲しかった。家族同士でこんなことをするのは間違っていると言って欲しかった。
 その言葉さえあれば、立ち上がる気になったかもしれなかったのに。
 けれどもそれは受け身の、自分から行動を起こす気もない、負け犬の言葉だった。自分自身に嫌気が差しながらも、暴力の恐怖に怯えるだけだった。
 そしてそんな自分を眺めて、ああ、哀れだな、と自己陶酔さえしていた。最後に、こう思うのだ。
 でもあそこで苛められている妹よりはマシよね、と。
 最低の、クズだった。

435 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:02:22 ID:UGiNMaAA0
 妹はやがて、理不尽な暴力に対する恨みつらみを自分に向けてくるようになった。
 やたらと反抗するようになり、食って掛かるようにもなってきた。優等種と認められていた自分には対応は容易いことだった。
 適当にあしらい、その度にクズだという事実を押し付けてやった。
 妹に、或いは暴力が溢れる世界に、或いは自分自身に。
 恨みは深くなった。佳奈多だけではなく、『お家』にも反抗することが多くなった。
 これ見よがしに嫌味を言ったり、隠しもせず皮肉を言い連ねたりした。
 ただの開き直りに過ぎなかった。どうせ暴力を振るわれるなら、少しでも恨みを発散させたいとでも考えたのだろう。
 いかにも劣等種らしい行動、馬鹿げた行いだったが、それは佳奈多の憧れたものだった。
 事実を糾弾し、臆面もなく間違っていると言い張り、恐怖を恐怖で支配することを当たり前としてきた世界を壊そうとしている。
 たとえそれが開き直り、逃避の末に生じた行動だとしても、佳奈多には、負け犬には想像すらできないことだった。
 羨ましかった。同時に、惨めになった。そしてそれでいいと思い始めた。
 本来こうされるべきだった。正しい主張をした人間が救われ、人を貶める行動に加担した自分は罰されるべきなのだ。
 無論、妹の行動は上手くいくはずもない。あまりに反抗し過ぎたため、妹は別の家に預けられることになった。
 事実上の隔離だった。捨てられたのだった。けれども、そこに、優越感を感じることはなかった。
 羨ましかった。自由を手にすることのできた妹が。
 反抗すらしなかった自分は、良家という監獄の中で、地位と名誉という餌を貰って生き延びるだけの飼い犬だった。
 そんな飼い犬を外から見て、もっと罵倒して欲しかった。哀れで、無様で、いい気味だと笑ってもらいたかった。
 それが佳奈多の希望となった。反抗し、本当の自由を手に入れた妹は、ありえたかもしれない未来だった。
 妹は、正しい存在だった。
 姉は、悪い存在だった。
 だから、自分は妹を守らなくてはならない。

 そこに愛情はなく、思いやりはなく、自己犠牲の精神もなく。
 自罰の意識と責任感によってのみ動かされる人生が、始まったのだった。

     *     *     *

「……ふん、いい加減お前との言い争いにも疲れてきた」
「あら、もうへばったの? 根性ないわね」
「無駄な体力を使いたくないだけだ」

 そう言うと、直井文人は帽子を目深に被り直し、寮生会室にある、一際大きなリクライニング式の椅子に腰掛ける。
 足を組み、ふんぞり返るようにして座る姿は傲慢さよりも意地っ張りな子供という印象を佳奈多に抱かせた。

「僕の命は音無さんのためにある」
「何それ、気持ち悪いくらい信頼してるのね」
「お前の言葉と一緒にするな」

436 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:02:40 ID:UGiNMaAA0
 不意に覗かせた鋭い牙に、一瞬気圧される。
 立ち入ることも許さない静謐に踏み込んでしまったことを自覚して、佳奈多は黙って壁に体を預けた。
 信頼という言葉では飽き足らない、もっと深い関係。それこそただの人間関係を越えた、
 魂まで繋がるなにかの存在を感知して、これ以上の挑発は危険だと考えたからだった。

「それに」

 続きがあった。

「誰かのために命を尽くすことは、そんなに考えられないことか」

 見定める視線と一緒に投げかけられた言葉に、佳奈多はふと親近感のようなものを抱いていた。
 理由はどうあれ、この男は自らを犠牲にして、自ら以外のなにかに尽くす人生を選んでいる。
 それで自分の魂が慰められ、救済されるのであれば、我が身を犠牲にすることも是とする人間の心がそこにあった。
 他者などには分かろうはずもない、刻苦が報われる瞬間。自分だけが感じ得る、願いが実現する瞬間を追い求める。
 形こそ違えど、それは佳奈多と同質のものだった。直井はそれを敏感に察知し、見込み通りの女かどうか確かめようとしている。
 ならば取り繕ったり、誤魔化している暇はないだろうと考えた佳奈多は静かに首を振った。
 何よりも、勘定されるのが気に入らなかったのもあった。

「ならいい。僕は、そういうことだ」

 直井はそれで、これから先をどうするつもりか伝えたようだった。
 男にありがちな、格好をつけた、感じ取ってもらうことを前提にした言葉だった。
 ただ、佳奈多には言いたいことの詳細までが分かってしまっていた。
 この男は音無という人物以外に対してまるで拘りがない――つまり、死のうが殺されようがどうでもいいと言っていた。
 必要ないと思えば全てを切り捨てられる、冷酷にして合理的な考え方が見て取れる。
 この言い様と態度は直井の言っていた『音無』に関係するのかと思ったが、こちらを見るのもやめている直井に踏み込める隙間はなさそうだった。
 どだい、知ったところで理解する気も起きないし、するつもりもない。
 直井同様、二木佳奈多という人間も他者のために突き動かされる人生を送っているのだから。
 だから、他人のことを知ったところで、意味などなかった。

「音無って人、探すの?」
「いや、さしあたってやることは決まっている」
「殺すのね」
「分かっているなら聞くな」
「確認よ」

437 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:03:00 ID:UGiNMaAA0
 嫌味ったらしい女だ、と付け加えた直井にそれはこちらもだと返したくなった佳奈多だったが、口論をしている暇はない。
 壁から体を離し、直井の腰掛けている椅子に近づきながら、佳奈多はある提案を持ちかけた。

「なら、共闘してみない? 私は妹のために、あなたは音無って人のために」
「冗談だろう。僕がお前如きと組むとでも思ったのか」
「じゃあ聞くわ。この島で人間を殺すにあたって、必要なものは?」
「……支配力だ」

 悪くない答えではあった。そう、同じ人間が集まって争うとして、決定打となるのは支配力だ。
 武器の強さ、身体的強さ、精神的強さ、頭脳の良さ。その頂点に立っていれば勝つのは必然である。

「でもそれだけじゃ勝てない。支配力のうち、一番強いのは数よ」
「数の暴力か」

 せせら笑った直井は、しかし馬鹿にしているようでもなさそうだ。
 有用なのは認めているが、それが一番に優れた支配力だと認めてはいなさそうだった。
 一握りの有用な人間さえいれば、場を制圧するのには足りる、と歪んだ口元が言っていた。

「馴れ合うって意味じゃない。必要なのは、信頼」

 また信頼か、と呆れとも非難ともつかぬ溜息が返ってくる。
 本当にこの男は他者を見下している。気に入らない。
 だがもっと気に入らないのは、そんな男を説得しようとしている我が身の姿だった。
 苛立ちが増してくるのを水面下で隠しつつ、佳奈多は直井の言葉を待った。

「説明してみろ」

 食いついてきた。
 ここまで話しているのだ。今更気にならない、で話を終わらせる気はないのだろう。
 ここぞとばかりに、佳奈多は小馬鹿にする口ぶりで話し始める。

「サルでも理解できるように懇切丁寧に説明するから、よく聞くのね」
「……口の減らない女だ」
「どうも。それで、どうして信頼が必要か、って話だけど、考えてみなさい。まず一人だとできることは限られる」
「例えば」
「睡眠が一番大きいわね。いつどこで襲われるか分からない、って状況であなた寝られる?」
「……」

438 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:03:22 ID:UGiNMaAA0
 即座に直井は反論の口を開きかけたが、すぐに閉じた。何か思うところがあるのだろうか。
 しきりに首輪をさすっては感触を確かめている。

「普通は寝られないね。それで」
「その点、二人いれば交代で見張って寝られる。荷物を入手したときでも負担は半分」
「寝込みをそいつが襲ったら」
「だから、そうさせないために信用が必要なの。一人減らすより、味方に加えるほうがメリットは大きいのよ」
「有用性がいまいち理解できないね」
「そう、じゃあ理解させてあげる。そうね、例えば、パーティを組んでいる連中に遭遇したとしましょう。
 武器は拳銃一丁。弾数はそれほど多くない。対する敵はそれぞれに武器を持っている。さあどう勝つ?」
「何かしら罠に引っ掛けないと勝算は薄いな」
「ではその罠を作るための時間は? 手間は? どうするの?」
「……そういう意味の仲間か」
「やっと分かった? 裏切るより、味方につけた方が得なのよ」
「ふん、少しは考えているようだな。能無しではなさそうだ」

 1対119を考えるより、2対118の方が僅かながら勝算は高い。
 それだけではない。他者と遭遇するときでも、一人でいるより二人でいる方が警戒心は薄らぐ。
 なぜなら、誰かと一緒にいるということは、少なくともその連れに対する敵対心はない、
 つまり味方にできるかもしれないという打算を生まれさせるからだ。
 警戒心、敵対心はこちら側にとってはマイナスしか生まない。いかにそれを少なくできるかが鍵なのだ。

「ではその味方はどうする。まさか、もっと加えるなんて言うんじゃないだろうな」
「まさか。加えても、後一人が限界ね」
「一人?」
「三すくみ、ってやつよ。互いが互いを監視することで、裏切りを発生させにくくするの」
「はっ、結局のところ裏切りを視野に入れてるんじゃないか」
「リスクを低く抑えることと、リスクを考えないということは違うのよ」

 信頼、とは無条件に相手を野放しにすることではない。
 互いを知り、自らに有用な部分だけを押さえて使うためのものだ。
 馴れ合いにさせないことで、程よい緊張感を生まれさせるという副次作用もある。

「随分と慎重なんだな」
「そうね。私の勝利が確定するまでは、死ねないわ」

 直井はやけに突っかかってくるが、一言言及するのみでそれ以上の挑発も追い討ちもしてこなかった。
 というより、何かを確かめたがっているようにも思えた。
 勘違いであることを承知の上で、佳奈多は尋ねてみることにした。
 隠し事があるというのが気に入らないのがひとつ。情報を得たいというのがひとつだった。
 まだ右も左も分からない状況では、僅かな知識の差が明暗を分けることもある。

439 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:03:41 ID:UGiNMaAA0
「さっきからやけに私を臆病者呼ばわりしてるけど?」
「いや……一つ聞くぞ。お前、死んだことはあるか」
「は?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまっていたが、深く被った帽子の奥から見える、視線の真剣さはふざけているものではなかった。
 確かに、死んでいると言えば死んでいる。二木佳奈多という人間は、負け犬の体を成した死人だ。
 恐怖と暴力に従って生きるだけの、醜い屍……だが、そんなことをこの男が知っているはずがない。
 動揺は見せず、ありのままを佳奈多は答えることにした。「死んでるわけがないじゃない」と。

「……そうか。まあ、そういうことになる、か」
「何? 何なの?」
「教える義理はないね」

 直井はそう言うと、椅子から立ち上がって荷物を手に取った。
 この男は、自分の知らない何かを知っている。そして先ほどの質問を通して一先ずの答えを見つけ、納得を得た。
 その正体は不明のままだったが、まあいいと佳奈多は疑問を仕舞いこんだ。
 今現在重要なのは、この男が組んでくれるかどうか、だ。
 呼び止めようとしたところで、見計らったように直井が振り向いていた。

「さっさと行くぞ。ここに引き篭もってる意味はないんだ」
「……命令しないで欲しいわね」
「神の言うことだ。従っていればいい」

 取り敢えずは話を飲んでくれたようだったが、高圧的な態度は相変わらずだった。
 意地がそうさせているのか、それともこれは下に見られないための演技なのか。
 恐らく、両方なのだろうと結論して、佳奈多は直井の後に続いた。

「言っておくが」

 寮生会室の扉の取っ手を掴むと同時、直井が声を発していた。

「僕はお前が嫌いだよ。いかにも高慢ちきで、気位の高い奴だ」
「あら奇遇ね。全く同じ感想よ、私も」
「だが、その頭の良さは信用してやる。それに……何やら一物抱え込んでいるようだしな」

440 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:04:00 ID:UGiNMaAA0
 その瞬間、ニヤと笑った表情を佳奈多は見逃さなかった。
 勘付いている。正確とまではいかなくとも、二木という名前が持つ重圧の影を。
 言葉の端々から、態度から、表情から。
 佳奈多自身が直井の性格をすぐに理解したように、この男もまた、理解している。
 類稀な洞察力にゾクリとしたものを感じながらも、佳奈多は直井を見返した。

「どうだか」

 表情は変えなかった。つもりだった。
 それでも、無意識に体に力を入れてしまっていた。
 暴力の象徴。己が身に持つ、虐待の傷跡を、隠すように。

「安心しろ。僕も、そういうのは分かるさ」

 本当か嘘か、どちらともつかぬ声色を残して、直井は外へ出ていた。

「僕は一度、家のせいで死んでるからな」
「え?」
「喋り過ぎた。この話題は気に入らない。行くぞ」
「……」

 呟きに含まれた、死んだ、という言葉の中身。
 不明瞭なままの言葉に、気味の悪さと居心地の悪さを感じながら、佳奈多も寮生会室の扉をくぐった。




 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:E-6&nbsp;学校】

 二木佳奈多
 【持ち物:大辞林、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 直井文人
 【持ち物:マスク・ザ・斉藤の仮面、水・食料一日分】
 【状況:健康】&nbsp;

441 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 20:04:28 ID:UGiNMaAA0
投下終了です。
タイトルは『アンダードッグ』です

442 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:19:25 ID:UGiNMaAA0
感想スレ>>86にて指摘がありましたので修正版を投下します

443 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:19:36 ID:UGiNMaAA0
 二木佳奈多は、世間一般からは優等生と呼ばれる存在だった。
 品行方正にして剛健質実。さらに良家の子女という立場であり、それに相応しい作法や知識を身につけていた。
 学業では常に上位の成績。運動能力も男子にも劣らず、模範の上を行く学生として君臨していた。

 しかし、佳奈多は負け犬だった。
 良家の子女としての矜持が自身を高めたのではなく、恐怖と暴力が常に佳奈多を動かしていた。
 失敗すれば、殴られた。意にそぐわぬ行動を取れば、叩かれた。
 身体的暴力に留まらず、精神的な暴力も受けた。
 『お家』の名にふさわしくないこと。少しでもその名を汚すと判断されたことは、徹底的に糾弾された。
 能無し。クズ。とんだ恥さらし。その程度ならまだいい方で、ひどいときにはそれこそ『お家』の存在を疑うような言葉さえ飛んできた。
 そこに愛情はなかった。地位と名誉にしがみつき、体面のみを重んじる人間のエゴだけがあった。
 それには、慣れた。いや慣れなければならなかった。そうしなければ潰されていた。恐怖に屈した。
 現状に抗うよりも、現状に従う方を選んだ。幼かった佳奈多にとって、殴られることも、認めてくれないことも苦痛に過ぎた。
 だから必死になった。自己保身のため、ヤクタタズなんかと呼ばれないために、努力を繰り返した。
 『お家』の犬に成り下がったのだった。人間であることを捨て、従順に振る舞う哀れな犬だった。

 負け犬はまず手始めに妹を切り捨てた。常に妹と対比して上を行く行動を取り、相対的に妹の価値を下げ続けた。
 これ見よがしに妹との差を突きつけたこともあった。少なくとも、自分の方がマシだ。その事実を認識させるためだけに、家族との絆を切り捨てたのだ。
 反吐が出るほど自らに虫唾が走った。恐怖から逃れたい一心で、犬は家族にさえ噛み付いた。噛み殺そうとした。
 飼い主の『お家』はそんな見世物を見て笑い、満足し、犬を優等種だと認めるようになった。妹は、クズだと言われるようになった。
 犬はその事実に安心し、安堵し、嫌気が差した。自らの分の暴力を受け続ける妹を見て、誰かがなじってくれないかと願った。
 誰でもいい。このねじれ曲がった現実を否定して欲しかった。家族同士でこんなことをするのは間違っていると言って欲しかった。
 その言葉さえあれば、立ち上がる気になったかもしれなかったのに。
 けれどもそれは受け身の、自分から行動を起こす気もない、負け犬の言葉だった。自分自身に嫌気が差しながらも、暴力の恐怖に怯えるだけだった。
 そしてそんな自分を眺めて、ああ、哀れだな、と自己陶酔さえしていた。最後に、こう思うのだ。
 でもあそこで苛められている妹よりはマシよね、と。
 最低の、クズだった。

444 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:19:54 ID:UGiNMaAA0
 妹はやがて、理不尽な暴力に対する恨みつらみを自分に向けてくるようになった。
 やたらと反抗するようになり、食って掛かるようにもなってきた。優等種と認められていた自分には対応は容易いことだった。
 適当にあしらい、その度にクズだという事実を押し付けてやった。
 妹に、或いは暴力が溢れる世界に、或いは自分自身に。
 恨みは深くなった。佳奈多だけではなく、『お家』にも反抗することが多くなった。
 これ見よがしに嫌味を言ったり、隠しもせず皮肉を言い連ねたりした。
 ただの開き直りに過ぎなかった。どうせ暴力を振るわれるなら、少しでも恨みを発散させたいとでも考えたのだろう。
 いかにも劣等種らしい行動、馬鹿げた行いだったが、それは佳奈多の憧れたものだった。
 事実を糾弾し、臆面もなく間違っていると言い張り、恐怖を恐怖で支配することを当たり前としてきた世界を壊そうとしている。
 たとえそれが開き直り、逃避の末に生じた行動だとしても、佳奈多には、負け犬には想像すらできないことだった。
 羨ましかった。同時に、惨めになった。そしてそれでいいと思い始めた。
 本来こうされるべきだった。正しい主張をした人間が救われ、人を貶める行動に加担した自分は罰されるべきなのだ。
 無論、妹の行動は上手くいくはずもない。あまりに反抗し過ぎたため、妹は別の家に預けられることになった。
 事実上の隔離だった。捨てられたのだった。けれども、そこに、優越感を感じることはなかった。
 羨ましかった。自由を手にすることのできた妹が。
 反抗すらしなかった自分は、良家という監獄の中で、地位と名誉という餌を貰って生き延びるだけの飼い犬だった。
 そんな飼い犬を外から見て、もっと罵倒して欲しかった。哀れで、無様で、いい気味だと笑ってもらいたかった。
 それが佳奈多の希望となった。反抗し、本当の自由を手に入れた妹は、ありえたかもしれない未来だった。
 妹は、正しい存在だった。
 姉は、悪い存在だった。
 だから、自分は妹を守らなくてはならない。

 そこに愛情はなく、思いやりはなく、自己犠牲の精神もなく。
 自罰の意識と責任感によってのみ動かされる人生が、始まったのだった。

     *     *     *

「……ふん、いい加減お前との言い争いにも疲れてきた」
「あら、もうへばったの? 根性ないわね」
「無駄な体力を使いたくないだけだ」

 そう言うと、直井文人は帽子を目深に被り直し、寮生会室にある、一際大きなリクライニング式の椅子に腰掛ける。
 足を組み、ふんぞり返るようにして座る姿は傲慢さよりも意地っ張りな子供という印象を佳奈多に抱かせた。

「僕の命は音無さんのためにある」
「何それ、気持ち悪いくらい信頼してるのね」
「お前の言葉と一緒にするな」

445 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:20:14 ID:UGiNMaAA0
 不意に覗かせた鋭い牙に、一瞬気圧される。
 立ち入ることも許さない静謐に踏み込んでしまったことを自覚して、佳奈多は黙って壁に体を預けた。
 信頼という言葉では飽き足らない、もっと深い関係。それこそただの人間関係を越えた、
 魂まで繋がるなにかの存在を感知して、これ以上の挑発は危険だと考えたからだった。

「それに」

 続きがあった。

「誰かのために命を尽くすことは、そんなに考えられないことか」

 見定める視線と一緒に投げかけられた言葉に、佳奈多はふと親近感のようなものを抱いていた。
 理由はどうあれ、この男は自らを犠牲にして、自ら以外のなにかに尽くす人生を選んでいる。
 それで自分の魂が慰められ、救済されるのであれば、我が身を犠牲にすることも是とする人間の心がそこにあった。
 他者などには分かろうはずもない、刻苦が報われる瞬間。自分だけが感じ得る、願いが実現する瞬間を追い求める。
 形こそ違えど、それは佳奈多と同質のものだった。直井はそれを敏感に察知し、見込み通りの女かどうか確かめようとしている。
 ならば取り繕ったり、誤魔化している暇はないだろうと考えた佳奈多は静かに首を振った。
 何よりも、勘定されるのが気に入らなかったのもあった。

「ならいい。僕は、そういうことだ」

 直井はそれで、これから先をどうするつもりか伝えたようだった。
 男にありがちな、格好をつけた、感じ取ってもらうことを前提にした言葉だった。
 ただ、佳奈多には言いたいことの詳細までが分かってしまっていた。
 この男は音無という人物以外に対してまるで拘りがない――つまり、死のうが殺されようがどうでもいいと言っていた。
 必要ないと思えば全てを切り捨てられる、冷酷にして合理的な考え方が見て取れる。
 この言い様と態度は直井の言っていた『音無』に関係するのかと思ったが、こちらを見るのもやめている直井に踏み込める隙間はなさそうだった。
 どだい、知ったところで理解する気も起きないし、するつもりもない。
 直井同様、二木佳奈多という人間も他者のために突き動かされる人生を送っているのだから。
 だから、他人のことを知ったところで、意味などなかった。

「音無って人、探すの?」
「まあ、様子見だ」
「いつまでもここにいる気はない、と」
「分かっているなら聞くな」
「確認よ」

446 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:20:44 ID:UGiNMaAA0
 嫌味ったらしい女だ、と付け加えた直井にそれはこちらもだと返したくなった佳奈多だったが、口論をしている暇はない。
 壁から体を離し、直井の腰掛けている椅子に近づきながら、佳奈多はある提案を持ちかけた。

「なら、共闘してみない? 私は妹のために、あなたは音無って人のために。二人で探すの」
「冗談だろう。僕がお前如きと組むとでも思ったのか」
「じゃあ聞くわ。この島で行動するにあたって、必要なものは?」
「……支配力だ」

 悪くない答えではあった。そう、同じ人間が集まって争うとして、決定打となるのは支配力だ。
 武器の強さ、身体的強さ、精神的強さ、頭脳の良さ。その頂点に立っていれば勝つのは必然である。
 ここから先どうするにしろ、支配権を握っていればこれほど有利なこともない。

「でもそれだけじゃ勝てない。一番強いのは数よ」
「数の暴力か」

 せせら笑った直井は、しかし馬鹿にしているようでもなさそうだ。
 有用なのは認めているが、それが一番に優れた支配力だと認めてはいなさそうだった。
 一握りの有用な人間さえいれば、場を制圧するのには足りる、と歪んだ口元が言っていた。

「馴れ合うって意味じゃない。必要なのは、信頼」

 また信頼か、と呆れとも非難ともつかぬ溜息が返ってくる。
 本当にこの男は他者を見下している。気に入らない。
 だがもっと気に入らないのは、そんな男を説得しようとしている我が身の姿だった。
 苛立ちが増してくるのを水面下で隠しつつ、佳奈多は直井の言葉を待った。

「説明してみろ」

 食いついてきた。
 ここまで話しているのだ。今更気にならない、で話を終わらせる気はないのだろう。
 ここぞとばかりに、佳奈多は小馬鹿にする口ぶりで話し始める。

「サルでも理解できるように懇切丁寧に説明するから、よく聞くのね」
「……口の減らない女だ」
「どうも。それで、どうして信頼が必要か、って話だけど、考えてみなさい。まず一人だとできることは限られる」
「例えば」
「睡眠が一番大きいわね。いつどこで襲われるか分からない、って状況であなた寝られる?」
「……」

447 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:21:04 ID:UGiNMaAA0
 即座に直井は反論の口を開きかけたが、すぐに閉じた。何か思うところがあるのだろうか。
 しきりに首輪をさすっては感触を確かめている。

「普通は寝られないね。それで」
「その点、二人いれば交代で見張って寝られる。荷物を入手したときでも負担は半分」
「寝込みをそいつが襲ったら」
「だから、そうさせないために信用が必要なの。味方に加えるほうがメリットは大きいのよ」
「有用性がいまいち理解できないね」
「そう、じゃあ理解させてあげる。そうね、例えば、パーティを組んでいる連中に遭遇したとしましょう。
 奴らは襲ってきた。武器は拳銃一丁。弾数はそれほど多くない。対する敵はそれぞれに武器を持っている。さあどう勝つ?」
「何かしら罠に引っ掛けないと勝算は薄いな」
「ではその罠を作るための時間は? 手間は? どうするの?」
「……そういう意味の仲間か」
「やっと分かった? 単独でいるより、味方につけた方が得なのよ」
「ふん、少しは考えているようだな。能無しではなさそうだ」

 1対多数を考えるより、2対多数の方が僅かながら勝算は高い。
 それだけではない。他者と遭遇するときでも、一人でいるより二人でいる方が警戒心は薄らぐ。
 なぜなら、誰かと一緒にいるということは、少なくともその連れに対する敵対心はない、
 つまり味方にできるかもしれないという打算を生まれさせるからだ。
 警戒心、敵対心はこちら側にとってはマイナスしか生まない。いかにそれを少なくできるかが鍵なのだ。

「ではその味方はどうする。まさか、もっと加えるなんて言うんじゃないだろうな」
「まさか。加えても、後一人が限界ね」
「一人?」
「三すくみ、ってやつよ。互いが互いを監視することで、裏切りを発生させにくくするの」
「はっ、結局のところ裏切りを視野に入れてるんじゃないか」
「リスクを低く抑えることと、リスクを考えないということは違うのよ」

 信頼、とは無条件に相手を野放しにすることではない。
 互いを知り、自らに有用な部分だけを押さえて使うためのものだ。
 馴れ合いにさせないことで、程よい緊張感を生まれさせるという副次作用もある。

「随分と慎重なんだな」
「そうね。私の勝利が確定するまでは、死ねないわ」

448 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:21:31 ID:UGiNMaAA0
 直井はやけに突っかかってくるが、一言言及するのみでそれ以上の挑発も追い討ちもしてこなかった。
 というより、何かを確かめたがっているようにも思えた。
 勘違いであることを承知の上で、佳奈多は尋ねてみることにした。
 隠し事があるというのが気に入らないのがひとつ。情報を得たいというのがひとつだった。
 まだ右も左も分からない状況では、僅かな知識の差が明暗を分けることもある。

「さっきからやけに私を臆病者呼ばわりしてるけど?」
「いや……一つ聞くぞ。お前、死んだことはあるか」
「は?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまっていたが、深く被った帽子の奥から見える、視線の真剣さはふざけているものではなかった。
 確かに、死んでいると言えば死んでいる。二木佳奈多という人間は、負け犬の体を成した死人だ。
 恐怖と暴力に従って生きるだけの、醜い屍……だが、そんなことをこの男が知っているはずがない。
 動揺は見せず、ありのままを佳奈多は答えることにした。「死んでるわけがないじゃない」と。

「……そうか。まあ、そういうことになる、か」
「何? 何なの?」
「教える義理はないね」

 直井はそう言うと、椅子から立ち上がって荷物を手に取った。
 この男は、自分の知らない何かを知っている。そして先ほどの質問を通して一先ずの答えを見つけ、納得を得た。
 その正体は不明のままだったが、まあいいと佳奈多は疑問を仕舞いこんだ。
 今現在重要なのは、この男が組んでくれるかどうか、だ。
 呼び止めようとしたところで、見計らったように直井が振り向いていた。

「さっさと行くぞ。ここに引き篭もってる意味はないんだ」
「……命令しないで欲しいわね」
「神の言うことだ。従っていればいい」

 取り敢えずは話を飲んでくれたようだったが、高圧的な態度は相変わらずだった。
 意地がそうさせているのか、それともこれは下に見られないための演技なのか。
 恐らく、両方なのだろうと結論して、佳奈多は直井の後に続いた。

「言っておくが」

449 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/17(日) 22:21:46 ID:UGiNMaAA0
 寮生会室の扉の取っ手を掴むと同時、直井が声を発していた。

「僕はお前が嫌いだよ。いかにも高慢ちきで、気位の高い奴だ」
「あら奇遇ね。全く同じ感想よ、私も」
「だが、その頭の良さは信用してやる。それに……何やら一物抱え込んでいるようだしな」

 その瞬間、ニヤと笑った表情を佳奈多は見逃さなかった。
 勘付いている。正確とまではいかなくとも、二木という名前が持つ重圧の影を。
 言葉の端々から、態度から、表情から。
 佳奈多自身が直井の性格をすぐに理解したように、この男もまた、理解している。
 類稀な洞察力にゾクリとしたものを感じながらも、佳奈多は直井を見返した。

「どうだか」

 表情は変えなかった。つもりだった。
 それでも、無意識に体に力を入れてしまっていた。
 暴力の象徴。己が身に持つ、虐待の傷跡を、隠すように。

「安心しろ。僕も、そういうのは分かるさ」

 本当か嘘か、どちらともつかぬ声色を残して、直井は外へ出ていた。

「僕は一度、家のせいで死んでるからな」
「え?」
「喋り過ぎた。この話題は気に入らない。行くぞ」
「……」

 呟きに含まれた、死んだ、という言葉の中身。
 不明瞭なままの言葉に、気味の悪さと居心地の悪さを感じながら、佳奈多も寮生会室の扉をくぐった。




 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:E-6&nbsp;学校】

 二木佳奈多
 【持ち物:大辞林、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 直井文人
 【持ち物:マスク・ザ・斉藤の仮面、水・食料一日分】
 【状況:健康】&nbsp;

450 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/18(月) 23:55:23 ID:41GUGTuY0
「なんじゃオノレはー! ケンカ売っとんのかああー!? あたしの尻に三点バーストブチかました感想はぁ!?」

 ずい、と機関銃を鼻先に押し付けるユイ。
 強行インタヴューのような映像だったが、突きつけているのはマイクではなく銃である。
 とっても危ない光景だったが、銃の存在など知識の中にないエルルゥはひたすら困惑するばかりだった。

「あー、えーと」

 というより、どうしてこうなっているのか分かっていなかった。
 とにかく落ち着かせなければならない。そう考えた犯人エルルゥはにこやかに笑顔を浮かべた。

「ま、まあまあ。少し落ち着いて」
「落ち着けだー!? 乙女の尻にグサリと元気一発やらかしといて落ち着いていられるかー!」
「診てあげましょうか? わたしこう見えても薬師なんです」

 刺すまでの記憶がないエルルゥは自らのやったことについてとことん自覚がなかった。

「医者で済めば警察はいらんわぁ!」

 エルルゥは困り果てた顔をした。
 全くもって落ち着きのない患者である。
 ぐるるる、と殺気だった目を向けるユイ。
 悪魔のしっぽもピンピン動いている。
 エルルゥは閃いた。

「ほーらほらほら、こわくないよー」
「あたしゃケモノか何かかー! つーかあんたの方がケダモノだー!」
「な、な! わたしのどこがケダモノなんですか!」
「その耳と尻尾に決まってんだろうがぁ!」
「普通です!」
「普通じゃねー!」

 キー! とヤマザルもかくやの奇声をあげてユイが飛び掛っていた。
 悲鳴をあげるも遅く、わしゃわしゃと耳と尻尾をなでなでさわさわされる。

451 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/18(月) 23:55:40 ID:41GUGTuY0
「あ、やだ、ちょ、ひゃんっ!」
「ほら、ええのんか? ここがえーのんかー?」
「ふぁぁ、く、くすぐった……やっ」

 一昔前のエロ親父を彷彿とさせる仕草でテクニカルに攻め立てるテクニシャンユイ。
 耳をぱたぱたと動かし、逃れようと尻尾を振るも執拗に撫で回すユイの指テクから逃れられない。
 顔を紅潮させ、腰を艶美にくねらせるエルルゥの姿は世の中の男性諸君を総立ちにさせること請け合いの光景であった。

「お前、何やってる!」

 そんなサービスシーンは突如閉幕と相成った。
 ユイとエルルゥの後ろ。森の切れ目、道となっている場所に、三人の男女が並んでいる。
 水戸黄門を彷彿とさせる彼らの正体は、千堂和樹と姫百合瑠璃と西園美魚である。
 道を歩いていた彼らの耳に嬌声が聞こえていたのだ。
 女性二名はあらぬ光景を想像し赤面し、男性一名は生唾を飲み込みつつ現場に向かった。
 すると、何やら小悪魔を思わせる風情の女子が銃を片手に女性を襲っているではないか。
 不埒な想像を吹き飛ばし、和樹は正義の鉄槌である槍を掲げたのである。
 呆然としたのは、ユイとエルルゥの二人である。
 顔を見合わせ、なんでこんなことをしていたのか視線で会話する。

 アンタぁ、なんでセクハラしとんねん。
 ノリと勢いや。

 そんなことが説明できるはずがなかった。
 とにもかくにも思ったのは、ユイが悪者扱いされているという事実である。
 エルルゥはこの窮地を救わねばならないと思った。
 何が悪かったのかは全く持って不明だが、とにかくなんとかしなければ。

「あわわわわどどどどどうしようお姉さんあたしヴィラン大悪党になってる!」
「落ち着いて。同じ人の子です。まずはわたしから離れて、状況の説明を」
「やばいやばいあーあたしの人生オワター! 真っ逆さまー! ごめんよばっちゃんー!」
「あの、少し黙っ……」
「ああさようなら人生こんにちは天国いやもうあたしゃ人生にサヨウナラしてるけどさぁ」

 混乱のあまりか、銃をぶんぶんと突きつけるユイだったが、エルルゥは眉間を険しくしていた。
 意味が分からない。そしてうるさい。
 黙らせるしかないと判断したエルルゥは再び伝家の宝刀を手に持った。

452 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/18(月) 23:55:58 ID:41GUGTuY0
「えいっ」

 ぷすっ。

「みぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 悲鳴が森を震わせた。
 三叉の鋭いフォークがユイの尻をストライク。
 ビビったのは三人の方である。

「なななななな何すんじゃゴラァーーーーーーッ!!!」
「うるさい」
「はい」

 ドスの利かせた声で一喝してやると、ユイは涙目で頷いた。
 なんでこんなことになってるんだろうという疑問がユイの中を駆け巡っていた。

「コホン。それで、ええと」

 三人の方に向き直るエルルゥ。
 だが、三人は警戒の度合いを強めていた。
 それもそうだろう。銃を突きつけていたかと思えば今度はフォークで尻を刺されたのである。
 その上ワケの分からない会話の応酬である。
 ひょっとしたら、恐怖のあまり気がおかしくなってしまった二人組ではないかという疑いさえ抱いていたのだ。
 最初のころの和樹ならともかく、今は守るべき二人がいた。加えての銃の存在。それが警戒心を煽り立て、敵対心へと変えたのだった。
 ユイとエルルゥにしてみればノリ会話と突っ込みに過ぎなかったのだが、そんな心情を理解できる者などいないだろう。
 そして一度抱いた敵対心は、消えることはない。

「来るな……」

 そういうわけで、和樹は女性二人を庇いつつ槍の先をエルルゥに向けていた。
 ギラリと光る金属の刃が危険なきらめきを放っている。
 エルルゥはとっても困った。というか、なんで誤解されているのかすら分からなかった。
 一歩近づく。三人が下がる。もう一歩。下がられる。
 にこっと笑った。ひっと女性陣が悲鳴を上げた。

453 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/18(月) 23:56:18 ID:41GUGTuY0
「なんでー!?」
「っ、このっ、近づかんといて!」

 お団子頭の女の子、珊瑚が懐から何かを取り出して投げた。
 それは衝撃によって作動する発煙筒である。
 一瞬のうちにモクモクと煙が立ち上り、エルルゥの目を刺激した。

「あっ!? うっ、ゴホッ!」

 煙が沁み、目を開けていられなくなる。
 若干の催涙成分を含んだ煙に、動物的な敏感さを誇るエルルゥは耐えられなかった。
 たまらず、その場に崩れ落ちる。

「ゲホゲホ! ちょ、アンタ、しっかりしろー!」

 同じように咳き込みつつも、ユイが駆け寄ってエルルゥを引っ張り上げ、煙の外へと誘導する。
 和樹ら三人は既に逃げ去っていたようだった。
 何が、どうして、こうなってしまったのか。

「うぅ……ど、どうして……」
「……ごめん、あたしがセクハラしたから」
「ああ、いえ、わたしがぷすっとやっちゃったから……」

 そして、二人は思った。
 ノリと勢いで行動するのはやめよう、と。
 ようやく冷静になり、教訓を得るのに払った犠牲は、誤解という火種だった。




 【時間:1日目午後2時30分ごろ】
 【場所:G-5】

エルルゥ
 【持ち物:銀のフォーク、水・食料一日分】
 【状況:健康】

ユイ
 【持ち物:UZI、予備マガジン*5、水・食料一日分】
 【状況:尻にフォーク】&nbsp;

千堂和樹
 【持ち物:槍(サンライトハート)水・食料一日分】
 【状況:健康】

姫百合珊瑚
 【持ち物:発炎筒×2、水・食料一日分】
 【状況:健康】

西園美魚
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】&nbsp;

454 ◆Ok1sMSayUQ:2010/10/18(月) 23:56:42 ID:41GUGTuY0
投下終了。
タイトルは『がんばれエルルゥさん』です

455 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:12:36 ID:o9Ms0M/60

森の中、野田は空を見上げていた。

「……くそ……」

泥だらけ傷だらけの様相で歩みながら、ひたすら熱だけを送りつける太陽にむかって悪態をつく。
敗北の二文字は野田の内側へとまるで重石のように沈み込み、全身の痛みが彼に事実を突き付けた。
勝てなかった。及ばなかった。力が足りなかった。己はあの男に負けたのだと。

「…………くそがッ!」

心の内は滾り狂う激情によって支配されている。
腕が振るい、握る拳を木の幹に叩きつける。
拳の裏で潰れていた虫を、更に潰した。

「情けない……不甲斐ない……なんというザマだ……!」

彼は悔しがるよりも恥じていた。
戦線のメンバーとして、許されない醜態を晒してしまったと。
自分自身を責めている。

「すまん、ゆりっぺ」

野田は懐から一枚の写真を取り出し、沈痛な面持ちで見つめた。
そこには赤い髪にカチューシャが特徴的な女の子が写っている。
仲村ゆり、このバトルロワアイルにおける参加者の一人だ。
野田が愛用していたハルバードは没収されてしまったようだが、この写真は無事だったらしい。

「俺は負けた……しかも、あんなわけのわからん奴に」

野田が敗北を喫した人物。何から何まで珍妙な男だった。
着衣を始めに、獣のような耳、動き、そして何よりあの言動。
まるで生きた人間のような台詞、そしてあの強さ、危険な者であると断じる。
そう、断じて、仲村ゆりに近付ける訳にはいかない。
戦線の力を示さねばなるまい。
にも拘らずここで倒れている自分はなんと無様なことか。

「死ねば終わり……だと? 何を今更なことを……俺たちはもうとっくに終わっている……死んでいるだろうが」

死んだ人間の世界、新たな世界。
生ある者達にとってはただの空想、空論、夢物語でしかありえないそれは確かに存在する。
生前に未練を残した者がたどり着く場所。未練を晴らして来世に踏み出すための楽園。天上の学校。
野田もまた、死後そんな不可思議世界に流れ着いた死人の一人だった。
そして同時に、彼は次の生に歩む事を拒絶した者でもあった。

野田は仲村ゆりが死後の世界で結成した集団――死んだ世界戦線、通称SSSのメンバーである。
神が今更のように振りかざした救いをふざけんなと跳ね除ける。
とってつけたような施しを舐めんなと唾棄する。
そんなゆりの言葉のもとに集まった。神に抗う者達の戦線。
その一員であった野田にとって、いま己がやるべきことは決まりきっている。

「すぐに行くぞ……ゆりっぺ……」

456 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:13:02 ID:o9Ms0M/60

写真にむかって告げる。
リーダーたるゆりを見つけ出して彼女の力になることを第一に、その過程でゆりの敵になりそうなものは容赦なく叩き潰す。
これが野田の担うべき勤めだ。だからこんな所で止まるわけにはいかない。
あの男を追わなければならないのだ。

おかしなことになったとは思う。
こんな事態は死後の世界ですら今までありえなかった事なのだ。
バトルロワイアル。死人の世界で殺しあえとはこれいかに。
これも神の意志なのか、はたまた別の何かなのか。
分らないがSSS発足以来の大事件であることは間違いないだろう。
しかし野田はそれに関して深く考える事もなかった。そも考える必要性を感じなかった。

SSSは個性的な人物がごっちゃに集まっている。とは言え役割分担は存在するのだ。
陽動はガルデモのバンドメンバーが勤めているし、諜報ならば遊佐、隠密ならば椎名というふうに。
そして作戦立案や情報考察などの小難しい作業はリーダーたるゆり、参謀の高松、ハッカーの竹山、あと野田は認めたくないが音無あたりがこなすべきポジションだ。
野田が請け負う仕事ではない。彼や藤巻、松下は作戦実行班である。
名の通り、死んだ世界戦線――通称SSSの作戦を実行に移して実現する。これが野田の役割だ。

「…………づっ……」

そうして男を追うために、痛みを黙殺しながらヨロヨロと歩き続けていたのだが。
肺腑への一撃は思ったよりもダメージが大きかったのか、先ほどから思うように進めていない。

「くそ……これしきで……」

声が耳に届いたのはそんな時だった。

「……あ、あの……大丈夫ですか?」

咄嗟に、野田は握っていた写真を懐に突っ込む。
刀を地面から抜き取って、声のした方向に突きつけた。

「……誰だ!?」

そこに、木陰から姿を現したのは二十代後半くらいの女性だった。
穏やかな印象を与える顔にかけられた眼鏡は少しずれており、肩にかかるくらいの長さの髪は後ろで一つに纏められている。
見た目から察する年齢のわりに、綺麗というよりはかわいいといった部類の美人である。

「貴様は……?」
「私は牧村南と申します……。それより、あなたその怪我……」

純粋に野田の怪我を気遣っているのか、丁寧に名乗った女性は一歩踏み込んだ。

「待て、近寄るな」

だが野田は警戒を隠さず表し、
無遠慮に牧村南と名乗った人物を凝視する。

「…………」

普通の女。一見する限りはその様にしか思えない。
先ほど戦った偉丈夫とは真逆の存在だ。
SSSにとっての脅威には到底なりえないだろう。
その時点で野田は牧村に対する興味を半ば失っていた。

457 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:14:38 ID:o9Ms0M/60

攻撃する意味は見出せない。害意も敵意も力も無い、そんな相手に力を振るう価値は無い。
放っておいてかまわないだろう。
念のため数減らしのために殺したところでどうせ生き返る、そんなものは労力の無駄だ。
今は構っている時間が勿体無い。
そうと決めれば野田はさっさと女性から視線を切り、もう一度刀をつっかえ棒にして歩き出した。

「ちょと……どこに行くんですか……!?」
「貴様には関係ない、俺は行く」
「でも、そんな怪我で……ちゃんと手当てしないと駄目ですよ!」

心配そうに追いすがる声を無視して進む。
しかし牧村の声は止まなかった。

「……もしかして、喧嘩した人のところに行くつもりですか?」
「関係ないと……ッ……ぐ……」
「そんなの無茶です! あなたボロボロじゃないですか……」
「やかましい、こんなものは放っておいても治る!俺は行かねばならん!」

ゆり以外の者からの指図は受けない。
そんな意地もあり、野田は牧村を振り切ろうとしたのだが、彼女はしつこく追ってくる。
いっそ黙らせるか。という思考すら芽生え始めた。
いずれ生き返るとは言えども、とりあえず殺せばしばらくは黙るだろう。
少なくともこのわずらわしさは改善される。悪くない考えだ。刀を握る手に力が篭る。

「……っ!?」

などと考えていたとき、ふとその体が動きを止める、否、止められた。
野田の肩を掴む女性の手によって。軽い力によって。
今の自分はそれだけで動けなくなるほどの力しか出せないのだと思い知らされた。
急激に脳へと上る血流。つっかえ棒にしていた刀を地面から引き抜く。
野田は振り返り、牧村の顔を睨みつけようとして、

「……ぁ?」

頬がぷにゅっと押される感触に意表を突かれた。
肩に置かれた牧村の手、その人差し指が上げられて、振り返った野田の頬肉を押している。
なんとも古典的な悪戯だった。

「落ち着いた?」

ぐにぐに頬を突っつかれる。
あくまで野田は牧村を睨もうとしていたが、頬を押し込まれた表情では滑稽さが際立つだけだ。
当然、牧村もそんな彼にはほんわかとした表情しか返さない。

「き、きひゃま……」

崩れた表情のままで首を動かし、あくまでも睨む。
逆から振り返ればいいのにそれをしないのは野田がアホであることの表れか。
ともあれそんなアホに牧村は微笑みながら言葉をかけ続けた。

458 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:15:42 ID:o9Ms0M/60

「今から追いかけたって、どうせその人は見つかりませんよ。
 それより、ここでちゃんと手当てして、休憩をとった方が良いと思います。
 今なら私が手伝いますから……」

笑顔だった。

「ね?」

実に笑顔だった。

「ね?」

有無を言わせぬ笑顔だった。

「…………」

頭の熱が冷めていく。今から追ったところでもう遅い。
牧村の言葉はどうしようもない正論である。
やり場の無い悔しさと苛立ちだけが渦を巻き、しかしそれも牧村のゆったりとした声の調子に薄まってしまう。
残ったのは疲労感だけ。
全身の力が奪われていく。支えていた気力が萎えてしまう。
刀が、手の平から滑り落ちた。

「ほら、とりあえず座ってください。立ったままでは怪我も見れませんし」

「………………くそっ…………不愉快だ」

最後に一言だけ悪態をつく。
そしてようやく野田は力尽きるようにして座り込むのであった。


ーーー ーーーーー    ーーー

459 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:16:16 ID:o9Ms0M/60

静かだった。
風が木々を揺らす音と湿布をぺたりと貼る音だけがここにある。
座り込んだ少年と背後から軽い治療を施す女性。
会話は無い。二人ともずっと無言だった。

牧村南の支給品は救急セットだった。
身を守るにはいまいち使えない物だけれど、
銃を握ったりするよりはよほど気が楽だと彼女は思う。

南は少年を手当てする手を動かしながら、ここに至るまでのことを思い返していた。
彼女は元来、こみっくパーティーという年に数度に渡って開催される同人誌即売会のスタッフであった。
辛い事や困ったことも絶えない職務だが、同時に素晴らしい出会いがたくさんある。
そも漫画好きということや、誰かを助ける仕事を好んでいたこともあり、彼女はそこで働く日々を楽しんでいた。
けれどそんなあたりまえで素敵な日常は一瞬にして一変してしまった。バトルロワイアル、殺し合い、殺人、暴力、死。
それこそ漫画の中だけのワードであったことが、津波のように一気に押し寄せてきたのだ。
昨日までは凄く遠い場所にあったそれらが、気が付けばすぐ隣にあるという不条理に直面している。

しかも、それは南一人だけではなかったのだ。
親しくしていたサークルの人、時たま事務所を訪れてくれる人。
一緒にこみパを盛り上げてきた友人達が自分と同じように巻き込まれている。
それに関して南は、『自分一人じゃない』というプラス思考よりも、『どうして彼らまで』といったマイナス思考の方が大きく感じていた。
自分が一番年長者であるということはもちろん、自分が元々彼らをサポートする立場であったという事もある。
どうにかしなければならない。
それは分っているのだが、いかんせん事態のスケールが大きすぎて処理しきれないというのが今の本音だ。
行動する取っ掛かりが何一つ掴めない。
そんな中、出会ったのが目の前の少年だった。

「はぁ……困ったことに……なっちゃいましたね……」

心配で疲れきったような呟きは独白に近いものだった。
返事は期待していない。
だが意外にも、少年は応えてくれた。

「ふん……まあ確かに、多少厄介な事態ではあるだろう」

南は沈ませていた顔を上げる。
少年は振り返らない。しかし会話をするつもりはあるようだ。
今はそんな些細なことがとても嬉しく思える心地だった。

「あなたは、これからどうするつもりですか?」
「そうだな」

先ほどまでは冷静さを失っていた少年。
けれど今は逆に南以上に落ち着いた佇まいを見せている。
気性の激しい性格は冷却するのも早いのもしれない。

「俺は俺の仲間を探す。俺や仲間にとっての障害は叩き潰す。それだけだ」

叩き潰すとは物騒な言葉であったが今は聞き流す事にした。
刺激したくなどなかったし、転じて言えば南はまだその障害の勘定に入れられていないという事なのだから。
それに潰すという意はあるが殺すとは言っていない。
だから大丈夫、この時の南はそんなふうに単純に考えていた。

460 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:16:53 ID:o9Ms0M/60

「あなたも、知り合いがここに連れてこられているんですか?」
「ああ、仲村ゆりという人物を見なかったか……?」
「ごめんなさい。私がここに着てから出会った人は、まだあなたで一人目ですから……」
「そうか」

そう言って少年は水を飲み始め、会話が途切れる。
再び沈黙が降りたものの、空気の色合いは最初に比べて少し違っていた。
一度会話が成立したからか、どこか居心地の悪い感覚が消え、悪くない静寂に満ちている。
南が動かす手も、少し軽くなった心地だ。だから同時に口も軽くなる。

「その仲村ゆりって人は、あなたの恋人?」
「ぐほォァ!!」

少年は盛大にむせこんだ。

「あら、違いましたか?」
「げほっ……げほっ……断じて違うッ!」
「そうでしたか。随分と思いつめた顔で女性の写真を見つめていましたから、もしかしたらと思ったのですけど……」
「なっ!? き、貴様それをいつから見ていた!?」
「ええっと、具体的には……『すぐに行くぞ……ゆりっぺ……』の辺りからですけど……ってあのっ……そんなに悶えられると泥が傷口に……」
「だあああああああ!!忘れろ、いいか、今すぐに忘れろ、いいな!?」

地面を転げまわっていた少年は急に起き上がると、南の肩をがっしりつかんできた。
ひとまず、これでは手当てが終わらないので承諾する。

「はい、了解しました」
「よし」

満足そうに頷いた再び少年が背をむけて目を閉じた。
作業再開である。

「そうですか、片思いなんですか」
「だああああああああああ!」

そうして勢いよく振り返った少年に、南は自分でも気づかないうちに、少し儚げな微笑を返していた。

「ほんとに、見つかるといいですね。お友達」

その言葉と表情に少年は毒気を抜かれたように、黙り込み。

「そうだな」

とだけ言って腰を下ろした。

見かけほど悪い子じゃない。普通の子だ。南は彼に対する認識をそんなふうに捉えていた。
最初、南は少年と関わるかどうか躊躇してしまっていた。
少年が傷だらけだったのもある、思いつめた様子だったのもある。
彼が握っている刀が怖かったというのも、もちろんあった。殺されるかもしれないという恐怖があった。
下手に関わらずに、その場を離れようかとも考えた。
なんだかんだで声を掛けてからも南が安心していたはずがない。
刺されるのではないか、危害を加えられるのではないか、そんな不安を抱えたまま接していた。
彼女もまた、疑心暗鬼に陥っていたのだ。

461 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:18:43 ID:o9Ms0M/60

けれど少年と少し話をして、関わって、幾つか分った事がある。
まず少年は仲間を大切に思っている。そして仲間の為に行動を起こそうとしている。
それだけで、十分だった。南の中から少年に対する恐怖が消えた要因など。
目の前の少年の姿は凶暴な男から仲間思いの青年に変わっていた。
人の認識とは極限状態ではこうまで偏ってしまうのだなと思い知る一方で、同時に少年に関わってよかったと思う。
あのまま誰とも関わらないまま彷徨っていれば、疑心を抱えたままでいれば、南とていつまでまともな神経を保っていられたか分らない。
ここでこうして、人間と接することが出来たのは紛れもない幸運だったのだ。

(ありがとう、いてくれて)

そんな感情は言葉に出さずに、
南はただ少年へと、丁寧を心がけた治療を施し続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はい、これで全部終わりましたよ」

手当てが完了したときには十分ほどの時間が経っていた。

「………………世話になったな」

少年は南を振り返らなかったものの、前を見据えたまま固い口調で礼を言った。

「いえいえ、お粗末さまです。どこかおかしな所はないですか? 違和感とか、きついとか」
「大丈夫だ。というかそもそも放っておけば治るのだから、最低限傷口を適当に塞げていればそれでいいだろうに。丁寧すぎるくらいだ。
 貴様、こういうのは慣れているのか? 随分と上手いが」
「私はこみパのスタッフをしていますから、お客様がトラブルにあわれた時に対応しなくちゃいけませんし……。
 …………放っておけば治る?」
「こみパ?」

「…………」
「…………」

両者の認識の違いが衝突したのは、ここが初めてのことだった。

「えと……はい、あのこみパですよ。同人誌即売会の」

少年が答えないので、南が先に答える事にした。
対して少年はまったくピンと来ていない様子である。

「……すまん。ちょっと俺には分らん」
「そうですか、まあ全然マンガに興味がない人もいますしね……それはしょうがないですけど。
 でも機会が有れば一度きてみてください、楽しいところですよ。
 最初はちょっと戸惑うかもしれませんけど……って、ごめんなさい。そんな場合でもないのに……」
「いや、いい。こみパ、か。憶えておく」

すぐに忘れると思うが、と語尾に付きそうな表情だった。

462 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:19:34 ID:o9Ms0M/60

「それで、貴様はどうする?」
「私ですか?」
「ああ、俺はこれからゆりっぺを探す為に行動する予定だが」

これからやること。
南はもう一度だけ考えてみる。
けれどその前に、

「ちなみに、むかう方角とかはどうやって決めるつもりなんですか?」
「勘だ」

その回答までは一秒も掛からなかった。
南にも、この子は大丈夫だろうかという意識が沸き起こってくる。
一度だけ軽いため息をついて。
やっぱりそうしよう、と南は決めた。

「私も知り合いを探す事にします」

友人達を放ってはおくことはできない。
彼らもまた、南にとっては今日まで一緒にこみパを作り上げてきた大切な仲間なのだ。
年長者として助けたいと思う。
こみパスタッフとして、これからも共にいたいと思う。

「そうか。見つかるといいな、貴様の知り合いも」
「はい、一緒に頑張りましょう」
「ああ……それじゃあ達者で……いやちょっとまて、一緒に?」
「ええあなたと一緒に行くんですよ?」
「おい貴様……知り合いを探すんじゃなかったのか?」
「それはもちろん」

しかし、と南は続けた。

「探そうにも、私には当てなんかどこにもありません。
 だからあなたについて行くのも、一人で行くのも一緒です。
 闇雲に探すよりも、他に目的のある人と行動した方が上手く行くかもしれませんし」

それに。と南は続ける。

「私は頑張っている人のお手伝いをすることが好きですし、むいているんです。
 ずっと、そうやってきましたから。得意なんですよ。
 だから私はここでも誰かをサポートする役目を担いたい」

いいですよね?
と、その言葉で南は締めた。
そして言葉には出さなかったが、この少年はどこか放っておけない感じがする、とも南は考えていた。
危なっかしいというか、見ていられないというか。心配させるというか。
それをアホだからの一言で片付けるには少々、牧村南は優しすぎたのだ。

「…………ふむ。入団希望か」

少年は再び南を値踏みするような視線でしばし眺めた。

「まあ確かに、我らがSSSは戦力を募集している」

いきなり南にとっての新出単語が飛び出した。
どこか話が飛んでいる気がする。
しかし説明はなく、尋ねる間も無く少年の言葉は続いていく。

463 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:20:01 ID:o9Ms0M/60

「だがそこで貴様が戦力になるかと言えば……微妙だな……」

なんだがよく分らないが、役にたたなそうだと言われている事は伝わった。
少しへこむ。

「貴様、武器は持っているのか?」

南は首を振った。

「銃を撃ったこともないか?」
「……はい」

撃った事も握った事もない。

「正直言って……現時点で貴様は戦力として役に立たない、と俺は考える」
「…………」

シビアな意見だが間違ってはいない。
南は人を殺した事もなければ、殺そうと思ったこともない素人。
戦う力など、何一つありはしない弱者だ。
だからこそ少年は南になんら危害を加えなかったのである。

「SSSに入れるというのは、俺は反対だな」

少年は刀を拾い上げ、南に背をむける。
それはつまり、仲間には出来ない、という意なのだろう。
合理的な判断だったが、南はやはり寂しい心地だった。

「そう……ですか……」
「まあな、だがそれを決めるのは俺じゃない」
「えっ?」
「決定権はゆりっぺにある」
「それって、つまり」
「だからまあ、ゆりっぺの所までついてきたいと言うのなら、お前の好きにしろ。
 ただし、俺に守ってもらえるなどとは思わんことだ。貴様は現時点では仲間でもなんでもないのだからな。
 あてにされては困る」

少年は最後まで振り返らぬままにそう告げて、抜き身の刀を片手にぶら下げて歩き始めた。
意を解するのは少々間が空いたものの、要するに同行の許可が下りたということである。

464 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:23:56 ID:o9Ms0M/60



「ええ。分かっています」

少年の背を追いながら、南はもう一度思う。
やっぱり、ぶっきらぼうだけど悪い子じゃない。

「でしたらこの、鞘は……」
「それは貴様が持っておけ。俺にはこっちの方が手に馴染む。ハルバードがあればそれが最高なのだがな……貴様持っていないか?」
「ハルバード……いえ……あの斧と槍が合体したような武器のことですよね?」
「詳しいな」
「以前、こみパで貰った同人誌に書いてありましたから……」
「ほう、よくわからんが。……ああそれと、野田だ」
「はい?」

そこでようやく、少年――野田は背後の牧村南をチラリと振り返った。

「いつまでもあなたあなたと呼ばれ続けるのは落ち着かんからな……」

今度はすぐに意図を理解できた。
少年との距離がまた少しだけ縮まったような気がして、南は暖かな気持ちで呼び返す。

「はい、よろしくお願いしますね。野田くん」

これは第一歩なのだと南は思っていた。
暗闇しか広がっていない状況における確かな前進。

けれど彼女は未だ知らない。

死者と生者。

自分と目の前の少年との、そのあまりに乖離した認識の違いを。



【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:F-4】


野田
【持ち物:抜き身の大刀、水・食料一日分】
【状況:軽傷】

牧村南
【持ち物:救急セット、太刀の鞘、水・食料一日分】
【状況:健康】

465 ◆g4HD7T2Nls:2010/10/21(木) 07:26:41 ID:o9Ms0M/60
投下終了です
遅れて申し訳ありません
タイトルは『森の出会い』です

466この身の全ては亡き友のために ◆5ddd1Yaifw:2010/10/24(日) 21:18:48 ID:OTwPp07E0
俺、河野貴明含む、チーム一喝(芳賀さん命名)は森の中をてくてくと歩く。
それにしても警戒心? 何それ、おいしいの? と言えるぐらい今の俺達は無防備だと思う。
なぜかって?それはさ。

「いやー河野クンは本当にいいねっ! お姉さん年甲斐もなくはしゃいじゃったよー」
「はぁ……私はもっと聞きたかったなあ……」

この二人があまりにも楽観的すぎるからです。
結局あの後も声真似をいろいろとやらされてしまった。
例えば『突き破れ! オレの武装錬金!!』とか。
これって何のセリフですかって聞いたらアニメだと笑顔で答えてくれた。
ちなみに最初にやったルルもアニメのキャラらしい。
俺にやって欲しかった訳を聞いたらその主人公と声が似ているからだとか。うん、何を言ってるだかわからない。
第一そこまで似ていたのかと二人に聞いたところ。

「ホントによかったよ河野さん、似ていたしねー」
「あ〜、もうホント至福のひとときだったわよ。またさ、あたしが聞きたくなったらお願いね!」

二人によるとそっくりで本人のようだったらしい。
しかし、またやらされるのか、いや、無理矢理にでもやらされるんだろうなあ。別にいいんだけどさ、減るもんじゃないし。
ただなんというか、俺はこの二人のテンションについていけてない。
女の子が苦手だって言うのも要因の一つに挙げられるだろうけど。

「さーてと、誰か人と会わないかねー」

一番前をドシドシと歩くのが芳賀玲子さん。
ショートカットの薄い青色の髪に黒の学生服とズボンを見に纏っている。
学生服は全開にして開けていて、中に着ているタンクトップが……その薄くて小さくて。
なんというかへそが、見えてる、見えてる!
目に毒だよ、はぁ……。
女の子が苦手とは言ってるけど全く興味がないわけではないし。その、性的な興味がない訳ではないんだしなぁ……。

「できればガルデモのみんなと会いたいです、私は。特にみゆきちとか今頃欝ってそうで心配で心配で」

芳賀さんの後ろをおずおずと歩くのは関根さん。
腰まで届くかってくらいの外はねの金髪のロングヘアーでチャームポイントは頭のてっぺんにあるアホ毛(本人力説!)らしい。
この人は芳賀さんと違ってセーラー服にハイソックスと普通の服だ。

「はぁ……大丈夫かな」

そして俺は最後尾を歩く。万が一、後ろから襲われた時の対処をお願いされたからだ。
発案者は関根さん。まあ、頼られるのは悪い気がしない。
それはともかくとして俺は芳賀さんに聞かなければいけないことがある。

467この身の全ては亡き友のために ◆5ddd1Yaifw:2010/10/24(日) 21:19:24 ID:OTwPp07E0

「芳賀さん少し聞きたいことがあるんですが」
「ん? 何かあった? それともまた声真似が突然したくなる病にでもかかった?」
「そんな訳ないじゃないですか。ていうかどんな病気ですかそれ。
 ……俺ら、何処を目指しているんですか? まさか目的地がないって訳ではないでしょうね」

そう、目的地だ。闇雲に歩いても何もならない。きちんとした目的地を作っていたほうがいいに決まっている。
そしてこの短時間でわかったことだが芳賀さんは絶対ノリと勢いで生きてるタイプだと思う、うん。
ノリでこっちに行こうあっちに行こうとか考えているんだろうなあ。

「ん〜、一応は目的地というか目指している場所はあるよ」
「本当ですか?」
「街道を目指してるよ。森の中だと見通しは悪いし、足元はおぼつかないし。
 やっぱ、ちゃんと整備されている道のほうが歩きやすいよねっ。
 河野クン、お姉さんを信用しなさいっ!」

芳賀さんのさあ皆の者進軍じゃーという何ともわからない掛け声を聞いてははは……と俺は苦笑いをするほかない。
本当にこの人についていって大丈夫か?
大丈夫じゃない、問題だ。

「まあまあ、ともかく街道を目指すということで今は前進あるのみですよ。
 そういえば移動についたらその先はどうするんですか?」
「それは全く考えてなかったなっ。あっはははははは!」

駄目だこの人、早く何とかしないと……!
俺が何とかしてこの人達をまとめないと、きっとやばい。いろいろとめんどくさいことになる予感がする。
芳賀さんは相変わらずのゴーイングマイウェイだし、関根さんもそれにつられて乗ってきているし。

「にゃはは。河野クンももう少し気楽になりなよ。気張っててもどっかでぷつんと途切れちゃうよ」
「そうですけど、でもこんな状況なんです。気楽になんてなれませんよ」
「困ったさんだな〜。もう……」

芳賀さんには悪いけど俺は一刻も早く知り合いと合流したい。特にこのみ……。
このみは怖がりだからいまごろどこかで小さく縮こまって震えているに違いない。
こんな時にこそタマ姉か雄二がいてくれたらと強く思う。
俺らの仲間内じゃ一番年上で何かと頼りになってくれるタマ姉。
お調子者だけど場の雰囲気はちゃんと読んでくれて、ムードメーカーの役割を果たしてくれる長年の腐れ縁の親友である雄二。
二人がいてくれたら、俺は何でもできる気がする。俺はそう断言できるくらいに信頼している。
なのに。

468この身の全ては亡き友のために ◆5ddd1Yaifw:2010/10/24(日) 21:20:00 ID:OTwPp07E0

「何でお前ら死んでるんだよ……」

俺の目の前にあったのは二つの事切れた人間――生を終えたただの肉の塊だった。

「雄二……このみ……っ!」
「ちょっ、河野さんっ!」

関根さんの制止をふりきって俺は二人の前まで走る。
とりあえず雄二に乗っかっていたこのみの身体を抱き起こす。冷たい。固い。この感触が嫌でも二人が死んだってことを俺に突きつけてくる。
信じたくない、こんな現実受け入れたくない。
だけど俺の中にある冷静さが事実を受け入れてしまっている。

向坂雄二は。
柚原このみは。



死 ん で し ま っ た ん だ 。



これは覆りようもない真理。もう、俺とこのみと雄二とタマ姉で笑いあった日々は永遠に戻らない。大切な、大切な日常は音を立てて跡形もなく崩れ去った。

「うぁ、ああぁァあァああああァぁ嗚呼あああああああああああ!」

思わず見上げた空は青かった。何処までも、何処までも青かった。
そして。
俺の親友は空とは対照的に紅かった。

「雄二……」

顔を見たらわかるよ、お前はこのみを一生懸命護ろうとしたんだろう。
悔しかっただろう、護れなくて。
辛かっただろう、最後まで一人で頑張って。

「このみ……」

ひどい有様だった。制服ははだけて、スカートは所々破れている。側には引きちぎられたブラジャーにずり落ちているパンツ。
ああ、これだけの証拠があればそういうのに疎い俺でもわかるさ。
このみは犯された。徹底的に嬲られて、嬲られて。そこに本人の意思など微塵も存在しない。
その陵辱の惨劇の果てに殺されたんだ。怖かっただろう、苦しかっただろう。女としての尊厳すら奪われたんだ、それだけじゃ飽きたらず命まで。
二人の死に様を考えるだけで激情が脳内を浸透する。いや、それだけじゃ収まらない、外へ漏れ出してくる程に――憎い。ああ、憎い。このみ達を殺した奴が、憎い!

469この身の全ては亡き友のために ◆5ddd1Yaifw:2010/10/24(日) 21:20:36 ID:OTwPp07E0

「護れなくてごめん、間に合わなくてごめんっ!! 俺が、もっと早くお前らの所に着いていればっ!!!」

だけど俺が獣の如き慟哭をあげている一方で冷静な心を持つ俺もいる。
ようし、考えろ河野貴明。拙い頭で必死に考えろ。
俺のこれからやるべきことを。

「……河野クン」

――――――――――――――――――――。

「河野さん……」

――――――――――――――――――――よし。

「すいません、ご心配おかけしました」
「いや、いいよ別に……その、大丈夫? ……ああ、ごめん、大丈夫な訳ないよね」
「もう大丈夫です、芳賀さん。吐き出すものは全部吐き出しました」

嘘だ。まだ全然吐き出し足りない。できる事なら一日中二人の前で泣いていたいぐらいだ。

「河野さん、これからどうするんですか?」
「今まで通りだよ、二人を護るさ。このみと雄二はもう死んだ。死んだ人は戻ってこないって何とか割り切ったから。
 だからまだ生きている二人を護ろうと思う」

嘘だ。割り切れるわけないだろう。今も二人の死に様が頭の中にこびりついている。
二人を殺した奴は絶対に殺す。泣いても殺す。命乞いしても殺す。生きていることを後悔するぐらい無残に殺す。
俺の大切な日常を奪ったんだ、それに対する礼はたっぷりとしてやる。

「芳賀さんと関根さんがいてくれるお陰で俺はまだ狂わないで此処に踏みとどまっていられるんです。二人を仲間だと信じてますから」

最後に。これも“嘘”だ。俺は“さっき”までは仲間だと思っていたかもしれない。
でも“今”は仲間だと思ってないし信用もしていない。
考えたんだ。俺と出会う前、二人がこのみ達を殺したって可能性も十分にあるってことに。
それじゃあ犯されたってのはどうなる? 普通は男が犯すんじゃないんのか?
いいや発想の逆転だ、この二人はこのみみたいな弱い女の子を襲うどうしようもないクズだって可能性だ。ははっ、自分でも太鼓判を押せるぐらい完璧な理論だ。
加えてまだ出会って数時間だ、猫をかぶってるということもあるかもしれない。
だからこれからは見極める時だ。今は一緒に行動して何か不審な点はないか確かめる。少しでもあったらクロだ、その時は俺の全力全開で殺してやる。
これから出会う奴等も同じだ。クロっぽい奴は全員殺す、ただそれだけだ。
此処で別れて敵を捜すというのもいいけど一人で行動するよりも三人の方がいいし、この二人への疑いが完全になくなった訳ではないし。
なにより一緒にいることで弾除けにもなる。俺は敵を討つまでは絶対に死ねない、二人には精々“盾”として頑張ってもらう。
結論は今の段階で確実に二人を殺していないと信頼できるのはタマ姉とおばさんだけ。
他の知り合いは、わからない。もしかすると二人を殺したって可能性もあるかもしれない。
やっぱり心から信用は今の俺にはできない。

470この身の全ては亡き友のために ◆5ddd1Yaifw:2010/10/24(日) 21:21:01 ID:OTwPp07E0

「行きましょう、もう此処にはいたくないんです」

二人に向けて嘘の仮面――いつもと同じ顔を作る。これで今の所はごまかしておこう。

「行ってくるよ、このみ、雄二」

ここでこのみ達を埋葬したいが道具もないし不可能、だから手を合わせるだけにしておく。
そっちに逝くまで見守っててくれ。敵は必ず殺すから。
そして復讐を果たすための武器ならある。制服に隠している金属の物体――拳銃。
幸いのことに荷物確認はまだしていなかったから二人には気づかれてはいない。
さあ、もう迷いなんて捨てた。
ただ今は復讐を為すために――絶対に生き残ってやる。



【時間:1日目午後2時30分ごろ】
 【場所:D-3】

 関根
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 芳賀玲子
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 河野貴明
 【持ち物:コルト ポケット(8+1/8)、予備弾倉×8、水・食料一日分】
 【状況:健康】

471 ◆5ddd1Yaifw:2010/10/24(日) 21:21:35 ID:OTwPp07E0
投下終了です。

472死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:46:16 ID:0nZ.GQvQ0

森林を駆け出て、少し開けた草原に辿り着いたオボロと可憐。
極度の疲れで動けずに居た可憐を少しでも安全な所に運ぼうとしたからだ。
オボロ単独で言えば、視界が暗く、隠れる場所も多い森林の方が安全ともいえる。
しかし、ただの女子の可憐がいるのならば、隠れる場所が少なくても、視界が開けた草原の方がいい。
不意打ちされる可能性も減るからだ。
その配慮ゆえに、オボロは彼女を此処まで運んだのだ。

「あ、ありがと」

椅子になるような石に腰掛けた可憐の顔は依然真っ赤なままだった。
此処まで所謂お姫様抱っこのような形で運ばれたのだ。
殆どそんな経験などない可憐にとってはオボロの行動は恥ずかしくてたまらない。
真っ直ぐオボロを見れないままでいると

「む? どうした? 顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」

ぴとと額に当てられる冷たいもの。
それが、目の前の男の手だと可憐が認識するにたっぷり五秒かかって。
そして、相手の顔がとても近いのに、気付いて。

「っ?! っ〜〜〜〜〜〜!?!?」

林檎みたいに真っ赤だった頬を更に真っ赤にさせて、目をぱちくりさせる。
そして、可憐はそのまま後ろに思いっきり後ろに飛び去った。
驚きと羞恥で心臓の鼓動が早くなっているのを感じながら目をぱちくりさせてオボロを見る。
頭から湯気が出てくるくらいに真っ赤になった後、

「ちょ、ちょっと何やってるのよ! 熱なんてないわよっ!」

びしっと指をさしてヒステリックに叫ぶ可憐。
兎に角何が何でも恥ずかしかった。
いきなりこんな事やってくるとは想わなかったからだ。
だから、とりあえずこの恥ずかしい気持ちを発散したい。

「そ、そうか。ならよかったが…………それと名前は」
「……綾之部可憐よ」
「俺はオボロだ」

オボロは少しきょとんとしながらも名前を名乗る。
そういえば名乗ってなかったなと可憐も名乗り、オボロの名前を聞いてから疑問に思った事を口にする。

「あの女……トウカでしたっけ? 仲間だったの?」

先程、オボロと死闘を繰り広げていた者、トウカ。
オボロとトウカの会話は断片的にしか聞こえてこなかったが、知り合いだったらしい事は何となく感じ取れた。
気軽に話しかけていたことから恐らく仲間か何かなのだろうと可憐は踏んでいた。

「ああ……そうだ。信頼する仲間だった」

その予想通り、苦虫を噛み潰したように表情を歪めせるオボロ。
やはり、仲間と戦う事は辛いのだろうかと可憐は思う。
だけど、嬉しそうな表情も戦闘時は見せていた。
複雑な関係なのだろうかとも思っているときに、オボロは言葉を続ける。

473死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:46:46 ID:0nZ.GQvQ0

その予想通り、苦虫を噛み潰したように表情を歪めせるオボロ。
やはり、仲間と戦う事は辛いのだろうかと可憐は思う。
だけど、嬉しそうな表情も戦闘時は見せていた。
複雑な関係なのだろうかとも思っているときに、オボロは言葉を続ける。

「しかし、あいつは兄者を生かすために殺し合いに乗った……あいつにとってそれが最善だったのだろう」

それは、解っている。
現に可憐は襲われているのだから。

「だが、あいつは迷ってもいる」

それも、何となく解っている。
流した一筋の涙を見たから。
でも、許せるものではないけれども。

「だから、俺はあいつを止めなければならない。弱者の命を奪おうとするあいつを。己の真意に逆らって殺そうとするあいつを」

そう語ったオボロの瞳はとても強く見えて。
確固たる意志を持って。
揺るがぬ信念を糧に。

「……最悪、殺さないといけない事になっても」

そして、悲壮とも思える決意を胸に。
オボロはその理想を可憐に語る。
そんなオボロを可憐はただ、強いと思った。
純粋な強さだからこそ、最後の決意が何処か哀しく響いた。
強くなければ、そんな決意はしなかったのだろうか。

「勿論、お前のような弱者を守りながらな」

そう付け加えられた言葉に可憐は不意をつかれて、また直ぐに顔を真っ赤にさせながら、

「な、何を言ってるのよ! 貴方!」
「何をって、弱い者を守るのが俺たちの使命だ」
「そ、それはありがたいけど……もうちょっと言葉を選びなさいよ……」
「……?」

どうして、こう直接恥ずかしくなりそうな言葉とかを向けてくるのだろう。
きょとんとしているオボロはきっと意味など解っていないだろう。
顔を未だに紅くしながら、解っていないオボロに向けて何かを言おうとした時、


『ぱぎゅうー、マイクのテスト中ですの!!!!』


大きな声が、二人の耳に入ってくる。
それは、正義を宣言する強い言葉。
猪突猛進すぎる少女の言葉だった。


『みなさあああぁぁぁああああぁあああん!!!!!! 
 正義は必ずかあああああぁぁあぁあああぁぁぁぁああああつ、悪は必ず滅びるんですのおおおぉぉおおおぉぉおおおお!!!!
 だから――ふぁいとなのですのおおおおおぉおおぉぉおおおおお!!!!』

最後に彼女の絶叫とも言える決意が響いて、言葉は止まった。
その瞬間、頭を抱える二人。
思いついたのは『馬鹿だろう、この女』とだけ。
可憐はあたまをかかえながら、オボロに問う。

「……どうするの?」
「当然だろう。弱い者かもしれない。殺し合いに乗ってるものもくるかもしれん。だから――――助けに行く」

やっぱり。
可憐は内心そう思いながら。
自身も危険地帯に突っ込むことに覚悟して。
それでも、苦笑いをしながら頷いた。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

474死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:47:01 ID:0nZ.GQvQ0






「ぱぎゅー! 危ないですの!」

な、なんであたらへんのや。
ウチ――瑠璃――は目の前で、奇声を上げながら銃弾をかわす女にただ驚いておる。

あの、アホらしい宣言を聞いて走って女のまえに。
先手必勝で銃弾を撃ち込んだんけど、避けよった。
何発も撃ってるのにあたらへん。

「な、なんであたらへんのよ」
「見え見えですの! そんなのであたしを倒せると思ったら大間違いですのー!」

なんや知らんけど気配で解るみたいや。
それを証拠にウチが銃を向けた瞬間には、もう回避行動に移っている。
……なんやのん。この化物は。
殺しようが……ないやん……


……いや、せやけど。
せやけど、殺せないじゃ困るんや。
さんちゃんを守らんと。
うちが、さんちゃんを絶対にまもらんといけんのや。
せやから、
せやから、

「ウチが守らんと……だから、死んでや!」

その言葉と共に銃弾を放つ。
けど、目の前の女はその前に横に飛んで簡単に避ける。

「人を殺して守る事に意味なんてありませんの……そんなの正義じゃないですの!」

そんな言葉をウチに言い放って。
何が正義や。
さんちゃんが生きなきゃ意味がないんや。

「貴方が殺人者になって……その人が喜ぶと思うんですの!?」

さんちゃんが喜ばない……?


……せやけど、うちは……


うちは……!



「おっと、加勢だぜ。すばるといったな? 手助けしてやんよ」



そして、突然、目前に現れる青い一人の男。
どうやら、あの宣言に釣られてこの女を助けに来たようだ。
快活そうに笑ったその少年はウチに敵意をむけとった。


こいつも敵や。
何も考えへん。
さんちゃん以外の人間全部全部敵やねんから。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

475死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:47:18 ID:0nZ.GQvQ0






俺――日向が駆けつけた頃には既に戦闘が始まっていた。
正直間に合わなかったかと思った。
……が、予想とは裏腹に、どうやら放送をおこなった少女の方がかなりの優勢なようだった
動きを見てもとても洗練されている。
というより、襲っている少女の方が全然駄目だった。
気持ちが先走って、まともにうごけてねえ。
このままでも、放送をおこなった少女……すばるだっけ?
兎も角スバルが負けるなんてことはねえだろう。

……あれ、俺必要なくね?
…………かっこよく来たけど、意味なくね?

……いやいや、そんなことはない。
すばるが有利なのは確かだが、銃を警戒して接近できてはいない。
負けはしないものの、攻めあぐねている状況って感じか。
こりゃあ、援護が必要だろ。

手持ちの武装は釘打ち機。
無駄にでかい釘が飛び出るニードルガンのようなもんだ。
これで援護してもいいが、此方の存在に気付いていない少女の邪魔になる可能性も高い。
さてはて……どうしようか?
不意に突っ込んで殺されても、嫌だし。

……いや、待て。
俺は、既に『死んでいる』
それも、あんまり死にたくはねぇが。
でも、死んでもリスクはまぁ低い。

この殺し合いの場が、あの場所と一緒ならばの話……なんだけどな。

正直よくわかんねぇと言うのが俺の意見だ。
死んでいるのは確かだ。
けど、目の前の少女が『死んでいる』かはどうだろう?
……わかんね。
俺たちの常識かんがえればそーなんだけどな。
でも、この殺し合いが行われてる事がある意味非常識なんだし。


じゃあ俺は……どうしようか?
まあ結局でも……やる事はとっくの昔に決まってんだけどな。

例え死んでいても、死ぬ姿は見るのは日常的とはいえ、あんまいいもんじゃねえし。
だから、死んでもいいけど、なるべく死なないようにする。
襲ってきたものには容赦しない。
そんな風に俺は動こう。

で、今はどうする?
まあ、ちょっと命を張る場面だろ。これは。
だから、俺は少女達の間に割り込んで。

「おっと、加勢だぜ。すばるといったな? 手助けしてやんよ」

あの生意気な少女の訛りを真似て、俺は加勢する。
すばるはきょとんとしたが、直ぐに俺に向けて言葉を発する。

「助かりますの! 一緒に正義を……」
「んまぁ、正義かなんか知らんが助けてやるよ」

そして、銃を持った少女の方向を向く。
銃を向けて、俺を睨んでいる。
だから、俺はそのまま、彼女に向かって『走り出す』

「なっ!? 撃つよ!」

いや、そんな事言わないでいいから撃てよ。
距離がドンドン縮まっていくぞ。
10m近くの距離があっという間に5mだ。

476死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:47:32 ID:0nZ.GQvQ0

「く、なめんなや……!」

そして、彼女はやっと引き金に手を。
だけど、もう遅かった。

「ゲームセットだっ」

俺はその言葉と共に、彼女のリボルバーの弾層を右手で抑える。
その直後に彼女はトリガーを引くが、当然発射される事はない。
そりゃあ、そうだ。リボルバーは回転式の弾層を抑えれば発射なんてできないんだからな。

「なんで、向かってきたんや……」

彼女が漏らした言葉。
確かに、彼女に引き金を引かれれば、真っ直ぐ向かってきた俺は撃たれるだろう。
ある意味ただ向かうだけなら、馬鹿だ。
でも俺はそれをやった。
そりゃあ、単純。
死んでもいいからだ。
痛いけど、それでもこの状況を打破するきっかけになっただろう。
すばるがその後、この少女撃破するだろうしな。

「殺す覚悟も無い奴が戦うんじゃねえよ」

俺は冷たく言って。
釘打ち機を彼女に向ける。

「いやや……死にたくない」

彼女が漏らした言葉。
俺はその言葉に対して。


「――死ぬ覚悟もねぇ奴が戦うんじゃねえよ」

冷たいだろうか。
でも俺達はいつもそうやって抗ってきた。
例え、蘇るとしても命を張ってきた。
死ぬ覚悟を持って皆戦っていたんだから。

だから、彼女が漏らした言葉は結局、俺にとって甘い言葉にしか聞こえなかった。

そして、引き金を引こうとして。


「ぱぎゅーー! 殺す事無いんですの!」


その言葉と共に、俺は宙を舞った。
すばるに投げられた気付いた時にはもう、地に伏せていた。
……っておい、いくらなんでも止める為に俺を投げるなよ!

……猪突猛進すぎるだろ。



……………………はぁ。



……なーんか……貧乏くじひいてねぇか……俺?




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

477死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:47:48 ID:0nZ.GQvQ0
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




死にたくなかった。
まだ、さんちゃんを守りたかったんや。
でも、覚悟がないと切り捨てられおった。

結局だれも、殺せないままなんやろうか。

「今は寝てくださいですの。考え直してください。貴方の行動は正しくないですの」

そういって、打ち込まれる拳。
意識が遠のく中で、思うこと。


――――正しい事ってなんや?


殺し合いに乗らないのが正しいんか?

それを決める人は誰なんや?

誰もおらへんやろ。

なら、殺し合いが乗ることだって正しいかもしれないやないか。


せやから……正しい事ってなんや?


答えは、うちにもわからんかった。


うちは、どうすればええんやろうか。


大好きな、さんちゃんの為に。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

478死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:48:07 ID:0nZ.GQvQ0




「手助け、感謝しますの。日向さん」
「別にいいよ……つーかサッサと逃げるぞ」

感謝の言葉を述べるすばるを尻目に俺は襲ってきた少女の武装を奪って、縛り上げた。
この少女には悪いが置いていくつもりだった。
ぶっちゃけ、面倒見きれねえ。
今、この場に居るのは不味い。
だからさっさと逃げた方がいい。
この少女を抱えて逃げる事は、ちょっと無理そうだったからだ。
まぁ、最悪死んでも蘇るだろうしな。
でも……

「でも、何で殺さなかったんだ?」

当然の疑問を投げかける俺。
殺した方が当面は安全だろうに。

「殺す訳無いですの。確かにこの少女は襲ってきましたの。でも、だからといって、殺す理由にはなりませんし」

なによりと彼女が恥ずかしそうに笑って。
頬をかきながら、それでも気丈に行った。


「誰かが死ぬところなんて……あたしはもう見たくないんですの」


ああ……そりゃあそうか。
そうだよな、俺もそう思ってたし。
……殺せば死ぬ所見ちまうし。
……何やろうとしてたんだ俺。
俺が居た状況は普通に考えれば、『異端』なんだから。
殺せば、蘇るとしても『死ぬ』
その遺体を見なければならない。
それは何よりも色濃い『死』なんだろうから。
きっとすばるはそれが嫌なんだろう。

彼女は気恥ずかしそうに、可憐に笑う。

「…………そりゃあ、そうだな」

……ああ、同感だよ。
俺も、見たくねえや。

結局の所、御影すばるという少女は、強くて。

そして自分を失わない、正義の心を持っている。


そういう事なんだろうと思う。


何か気恥ずかしくなって俺は笑ってしまう。
そしたら、釣られて彼女も笑った。
更に笑いそうになったその時、俺の目には、こちらに向かってくる人影が見えた。
もしかしたらすばるの放送を聴いて、襲い掛かってくる者かも知れない。
だから、俺は急いで

「ほら、さっさとずらかるぞ!」
「ぱ、ぱぎゅ! ちょ、ちょっと待つですの!」

すばるの手を持って駆け出す。
そして、今さっき決めた事を告げる。
彼女の考えに同感したからかもしれない。

「お前の正義ごっこ、手伝ってやるよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございますの!」


……なーんか碌な事になりそうもないのはなんでだろうな。


……まぁ、それもいいか。


……お人好しだなぁ。俺って


【時間:1日目午後14時30分ごろ】
【場所: F-5】


御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:健康】


日向秀樹
【持ち物:コルト S.A.A(1/6)、予備弾90、釘打ち機(20/20)、釘ストック×100水・食料一日分】
【状況:健康】





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

479死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:48:27 ID:0nZ.GQvQ0






「それで、この状況どういう事なのよ?」

可憐は縛られて気絶している少女を見ながら問う。
この少女が放送を行った者かは、いまいちよく解らなかった。
だから、オボロに意見を求めたのだった。

「俺は此処に向かっている最中、去っていく人が見えた気がしたが、可憐は?」
「……うーん、よく解らなかったわ」

首を振る可憐を見ながら、オボロは考える。
目の前には縛られ、支給品も奪われた少女。
そして、オボロの存在に気付いたか去っていった人達。
考えられるのは

「まず1つ。この少女が放送を行って、襲われて、気絶させられた」
「……ころされなかったのは何故?」
「俺達に気付いて、殺す暇が無かったかもしれん」

一つは、この少女が乗ってない形。
放送によって集まった人に襲われて、気絶した形になる。
最もこれは殺されなかった理由が解らないのではあるのだが。
ただし、オボロ達の存在に気付いていれば、殺す暇が無かったかもしれない。

「そして二つ目は、この少女が放送を聴いて、放送の主を襲って、逆に気絶させれた」
「……この場合。オボロが見たという人達が逃げた理由は?」
「これも、俺たちが殺し合いに乗っていると勘違いして逃げたのかもしれん」

二つ目は、この少女が乗っている形。
放送で集まって返り討ちになったのだろう。
そして、オボロが見た人達はオボロを殺し合いに乗っていると警戒して、逃げたのかもしれない。

しかし、どれも

「全く確証がないわね」
「仕方ないだろう。今の段階では想像しかできまい」

あくまで、状況から想像した事だ。
現状では、確証を持てる証拠など一つも無いのだから。
だから、オボロ達は

「じゃあ、どうするの?」
「この少女から話を聞くしかないだろう」
「それもそうね。じゃあ起きるの……待ってみましょうか?」
「ああ、そうだな」

その言葉と共に、オボロ達は腰を下ろし休憩しながら、目の前の少女がおきるのを待つ事にした。


そして、三人が出逢った先にあるモノは――――?




【時間:1日目午後14時40分ごろ】
【場所: F-5】

 姫百合瑠璃
 【持ち物:水・食料一日分】
 【状況:健康】

 オボロ
 【持ち物:打刀、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(小)】


 綾之部可憐
 【持ち物:クロスボウ、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(大)】

480死というものは ◆auiI.USnCE:2010/10/31(日) 06:48:58 ID:0nZ.GQvQ0
投下終了しました。
此度は遅れてしまい申し訳ありません

481卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:06:03 ID:pGlhRfU20
「オラッ、遅えぞ!」

早間の怒号が、前方から響いてくる。
疲れてる小牧さんを気遣うを様子もなく、ズンズンと進んでいっている。
僕――直枝理樹はそれに憤りを感じるも、それを表に出す事はできなかった。
出した所で、余計に辛くなるのは小牧さんなんだから。
だから、僕は息をきらしながら、必死に歩いている愛佳さんを気遣いながら並列して歩いていた。

結局、僕達は市街地を目指してひたすら、南下していた。
何故、目指しているか聞く事はできなかったけど、でもこればかりは早間の判断に間違いはないだろう。
やがて、日が暮れてしまう。当然辺りは真っ暗になってしまうだろう。
その上で、視界が悪くなる森林にいるよりは、市街地にいる方がよっぽどいいのは当然だった。

だから、僕達は黙って彼に付き従っている。
最も、僕らも彼から逃げられはしない。
彼が持つ武器が僕達を縛っている。
早間は恐らくだけど、小牧さんの事を……。
だから、僕達が逃げ出すなんて見せると、逆上して襲い掛かるに決まっている。
そして、襲いかかれて僕達は抵抗できるのだろうか。
きっとどうにもならないだろう。何故なら。僕達は武器も無い。

それに、僕にはナルコレプシーという爆弾を抱えている。
二人きりで逃げて、その最中で、その爆弾が爆発してしまったら。
寝ている間に襲撃されたら。
小牧さんが殺されてしまったら。
それもとても耐え難い恐怖だった。

だから、結局の所、早間から逃れる事はできないのだろう。
早間という監獄から、僕達は逃れる事は出来ない。

こんな八方塞がりな状況の中で、僕は居る。
頭を抱えたくなるけど、抱えて悩んでしまったら小牧さんが心配してしまうだろう。
だから、僕は強くなければならない。

でもと思う。
こんな時、恭介ならどうするだろうと。
あの頼れるリーダーなら、こんな状況でも打ち破ってくれるのだろうか。
誰にも思いつかないアイデアを出して、打ち破ってくれると思う。
そんな凄い人だ。

今、恭介はどうしているのだろう。
恭介が居るのなら、こんな状況を直ぐに打ち破ってくれるのに。
恭介が居るのなら……きっと……

482卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:07:20 ID:pGlhRfU20

「……大丈夫、直枝君?……何かぼっとしてたみたいだけど……」
「うん、いや、大丈夫だよ。気にしないで」

そんな考えをしているうちに随分とぼっとしていたらしい。
心配する小牧さんに対して僕は気丈に笑ってみせる。
どうにもならないこの状況で、僕は笑ってみせた。
笑うしかなかった。


「……ひぃいいいいいいいいいいい!?!?!?」


その時だった。
早間の叫び声が前方が聞こえてきたのは。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






其処に居たのは、いや、あったのは。

「し、死んでいる……」

胸の辺りを紅く染めていて、目を閉じられた少女。
いや、少女であったモノ。
眠っているようで、それは全然違う。
醒めない眠り……もう、死んでいたのだから。
車椅子に横たわりながら、彼女は独りで逝っていた。


桃色の髪を紫の布で両側に纏めた少女は、光を浴びながら、死んでいた。


…………あ、何だろうこれ。
……死んでいる……んだよね?
そうだ、死んでいる……

むせ返るような、血の臭い。
鉄のような臭いが鼻をつく。

もう、目を覚ますことは無いんだよね。

………………怖いな。
ただ、怖い。

483卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:08:15 ID:pGlhRfU20

これが、鈴だったら。
これが、小毬さんだったら。
これが、来ヶ谷さんだったら。
これが、クドだったら。
これが、西園さんだったら。
これが、葉留佳さんだったら。


「…………うぇぇ」

僕は、ただ気持ち悪くなってきた。
胃の中になんて何も無いはずなのに、吐き気が止まらない。
其処に当たり前のようにある死が。
そして、誰か大切な仲間の死を想像しただけで。
僕は堪らなくそれが怖くて、思わず自分の肩を抱いてしまう。

「直枝君……」

小牧さんの呟きが聞こえるが、僕は自分の肩を抱いたままだった。
身体の震えが止まらない。
本能的に目の前の死がただ怖くて。
僕はただ、震えていた。

「……くっそ、くっそ! こんなん平気だ。怖くねぇ!」

早間が恐怖を隠しきれない声で自分を鼓舞する。
苛々しながら、ただ吼えて。

「びびらせやがって、この!」

怒りに任せながら、車椅子を思いっきり蹴っ飛ばす。
車椅子はがしゃんと音をたてて、少女ごと横に倒れた。
そして少女の遺体は、車椅子から身を投げ出して草原に置かれた。
その拍子に閉じられていた目を開かれる。
色の無い瞳が、何故か攻め立てるように僕を見つめている感じがした。

「くっそ……怖くねぇ……怖くねぇぞ……おら、行くぞ!」

早間が、此処から離れるように言う。
僕達がこれに反抗する必要はない。
無いのだけど……

僕を見つめる少女の瞳が。

置いて行かないでと訴えるような感じがしてならなくて。

僕は思う。
もし、これが僕の知っている人ならば。
僕はどうするのだろうか。
僕は、きっと……うん。

だから、

「ねぇ…………この子、埋葬してからにしようよ」

せめて、彼女をともらいたかった。
このまま、野晒しにする事が、どうしても嫌だった。
このまま、『死』と言うものに慣れたくなかった。
せめて人間らしい事をしないと、いつかどこかで狂ってしまいそうで。
この死をやすらかにしないと自分が可笑しくなってしまいそうだった。

だから、僕は彼女の為ではなく、本当は自分の為に彼女を埋葬したかった。

484卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:10:31 ID:pGlhRfU20


「はぁ!? ふざけんじゃねえぞ! 何言ってんだよてめえ。そんな時間かかる事できるかよ!」


早間の反論はもっともだった。
時間のかかる行為である事は確かなのだ。
その間に襲撃者に見つかった場合の事を考えるとリスクが高すぎる。
それでも、僕はやりたくて、食いつく。

「簡単にでいいんだ……だから」
「ああん!? なめんじゃねえぞ! てめぇ!」

早間は怒りかられ、僕を殴ろうとして。

「やめて!」

小牧さんが僕と早間の間に割って入って制止する。
それは、僕を庇ったという事で。

「小牧……てめぇもかよ!」

怒りの矛先が小牧さんに向いてしまう事にもなる。
ああ、それは避けなければならないのに。
僕は、何をやってるいんだろう……
思わず自己嫌悪になりかけた時。
早間が悪知恵を働かせて、何かを思いついたようだ。
いやらしそうに顔を歪めて。

「いいぜ、埋葬してもいい……その代わり」

前置きをたっぷりして。
いやらしそうに小牧さんの胸を見て。

「小牧……」
「な、何……?」
「服脱げよ」

欲望を丸出しにした、余りにも下品な言葉。
僕は焦って

「な、何でそんな事を言うんだよ!」
「だって、待ってる間危険だろ? その間せめての楽しみをなぁ……お前も見るか? お前も見たいんだろ?」

当然の様に早間は言って。
そして、僕にまで同意を求めてくる。
なんで、こんな下劣な事を言ってくるんだろう。
胸の中に早間への怒りが増していくのがわかる。
だけど、抑えなくちゃ……守らないといけないから。

485卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:10:57 ID:pGlhRfU20

「な、直枝君……」

小牧さんは哀願するように、僕を見つめる。
当然だ。服を脱がされて何をされるかわからない。
そして、彼は僕達を容赦なく殺せる武器もある。
それに抗える訳が無い。
だから僕は搾り出すように声を上げる。

「解ったよ、埋葬はしない。これでいいよね?」
「…………ちっ……あぁ……まぁいいだろ。しかたねえ」

僕が譲歩する事にした。
正直、早間が受け容れないかとヒヤヒヤしたが、それも無かった。
その事に少し安堵しながら、小牧さんの方を向く。
彼女も安心したようで、僕も少し嬉しくなってくる。

「……ちっ……だったら早く行くぞっ!」

早間が苛々しながら、そう呟いて歩き出す。
僕はその後姿に向かって聞こえないに呟く。

「……卑怯者め」

その言葉に、小牧さんは切なそうに僕を見たが理由は解らなかった。
僕は埋葬でき無い代わりに、せめてと思って、少女の目を閉じさせる。

……いつか、この監獄から解き放たれる時ができたら埋葬したい。

そう思いながら、僕らはまた歩き出した。


草原に、独りぼっちになった彼女を残して。



 【時間:1日目午後2時30分ごろ】
 【場所:E-7】

 直枝理樹
 【持ち物:レインボーパン詰め合わせ、水・食料一日分】
 【状況:頭部打撲】

 早間友則
 【持ち物:レミントンM1100(4/5)、スラッグ弾×50、水・食料一日分】
 【状況:健康】





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

486卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:11:45 ID:pGlhRfU20





卑怯者はあたしの方だった。
だって、あたしは直枝君の事を利用したんだから。
あの遺体を見て、真っ先に思い出したのは妹の事。
車椅子で死んでいた少女をみたら病弱なあの子を思いだせずには居られなかった。

そしたら、あたしは怖くなった。
あの子が、もう死んでいるんじゃないかって。
あの子が、恐怖で怯えているんじゃないかって。

そう思ったら、怖くて怖くて仕方なかった。

だから正直、死んでいる少女の事なんて、気にしてられなかった。

あたしは、早く妹を見つけたかったのだ。


けど、直枝君は遺体を埋葬したいと言った。
それはある意味人として当然の行為だろう。
この場所でも狂わず善人で居た直枝君は凄いと思う。

でも、あたしは、それが無駄な時間を食う行為だと思った。

だから、あたしは直枝君をを利用しながら、彼の行動を邪魔をした。

直枝君を庇えば、早間はあたしに対して、何か要求するだろう。
それを直枝君が受け容れる訳がない。
だから、あたしは彼を庇った。
結果として彼は諦めた。

そして、時間を食うことは無かった。

でも、彼は怯えるあたしを守ったと思っているだろう。
本当はただ、時間が惜しかっただけなのに。

487卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:13:06 ID:pGlhRfU20


ああ、なんてあたしは卑怯なんだろう。
彼の気持ちを利用して、彼に人間らしい行為をやらせなかった。


最悪な卑怯者だった。

早間の事を卑怯者だと彼は言った。

でも、そのじつ、あたしも卑怯者だった。


御免ね、直枝君。
あたしを守ってくれたのに。
ずっとずっと今まであたしを守ってくれている。
例え自分が傷ついても。
その事があたしは心の底から嬉しかった。
だから、直枝君の事を信頼して、感謝もしている。

けど、それでも。

あたしは直枝君に感謝の気持ちを持ちながらも。、
あたしは自分の為に直枝君を利用したんだ。

さいあく……


ごめん……本当に御免なさい。


でも、あたしは妹も大切なの。


ごめん、ごめんね……直枝君。


 【時間:1日目午後2時00分ごろ】
 【場所:E-7】

 小牧愛佳
 【持ち物:缶詰詰め合わせ、缶切り、水・食料一日分】
 【状況:健康】

488卑怯者はだあれ? ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 00:13:33 ID:pGlhRfU20
投下終了しました。
此度は遅れてしまい申し訳ありません

489 ◆auiI.USnCE:2010/11/07(日) 01:18:18 ID:pGlhRfU20
すいません、ミスを発見しました。
 【時間:1日目午後2時00分ごろ】を
 【時間:1日目午後2時30分ごろ】に変更してください

490血塗れて、ただ、貴方達を想う ◆auiI.USnCE:2010/11/10(水) 01:15:53 ID:KZCBLmJA0
目の前で、少女が死んでいた。
幸せそうな笑みを浮かべて。
だけれども、わたしはその笑みを見るのが辛かった。

何故ならば、わたしがその少女の命を奪ったからだ。

彼女にも大切な人が居たのに。
それなのに、わたしは彼女の命を奪ってしまった。
娘にも似た少女を。

この手で、明確の意思を持って何度も、刺した。

沢山溢れた謝罪の言葉。
それで、許される訳ないのに。
わたしは、謝るしかなかった。

彼女は、大切な人を想って逝ったのだろうか。
大好きな人。
大好きな兄。
大好きな友達。

解らない。
わたしは彼女ではないから。
でも、我侭ではあったけどそうであって欲しいと願い続けている。
そうでなければ、救われないから。

この子と……そして私が。

なんて、くだらないエゴなんだろう。
ならば、殺さなきゃいいのに。
でも、殺してしまった。


わたしはこの子の未来を奪ってしまった。


例え病弱だったとしても。
例え長く生きれないものだとしても。
未来を奪った事には変わらないのだから。

ああ、わたしはこれからも、誰かの未来を奪わないといけないのだろうか。
だって、それが殺すという事なのだから。
わたしは、娘のような幼い子の未来を奪い続けないといけないだろうか。
これが教師だったわたしがする事なのだろうか。

違うだろうと思う。
でも、わたしはそれでも大切な人達に生きて欲しい。
だから、手を血に染めていくのだろう。

491血塗れて、ただ、貴方達を想う ◆auiI.USnCE:2010/11/10(水) 01:16:18 ID:KZCBLmJA0



――――ああ、でも、とても、怖い。


わたしは、とても怖い疑問があるのだ。


こんな血塗れになったわたしのてのひらを。

秋生さんは。
渚は。

握ってくれるのだろうか?
それとも、拒絶してしまうのだろうか?


『妻』である事を、『母』である事を。


愛する夫と娘は、わたしをそう、認めてくれるのだろうか?


こんなにも、血に濡れたわたしを、抱きしめてくれるのだろうか?



その事が、堪らなく怖くて。



もし、『妻』と『母』で居られなくなった時。


わたしは、「わたし」で居られるのだろうか?


そう、考えた時。

わたしは震えが止まらなくなって。


血に濡れた、手のひらをじっと見ながら。

私は独りで泣いていた。



 【時間:1日目午後2時半ごろ】
 【場所:C-4 公園】


 古河早苗
 【持ち物:NRS ナイフ型消音拳銃、予備弾×10、不明支給品、水・食料2日分】
 【状況:健康】

492血塗れて、ただ、貴方達を想う ◆auiI.USnCE:2010/11/10(水) 01:16:30 ID:KZCBLmJA0
投下終了しました

493 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:39:34 ID:8yC98TwE0
 岡崎朋也と立華奏の間には、沈黙の時間が漂っていた。
 お互いに何を話すでもなく歩き続けているだけである。
 奏には最初からその気がないのか、まるで朋也のことなどいないかのように振る舞っている。
 事実、軽く息が切れるくらいの駆け足で奏は進んでいる。
 本人は平気そうだったが、ここ数年怠惰な学生生活にどっぷりと漬かってきた朋也にはそういうわけにはいかなかった。
 乳酸が溜まり始めた足の筋肉が悲鳴を……とまではいかなくとも、痛みを訴えだしていたし、心臓の鼓動も二倍速にはなっている。
 たかが数年、されど数年の重みを感じさせられた瞬間だった。まだ体感として十分少々しか動いていないのに。
 当たり前だと納得する一方で、悔しいと感じてしまっている自分も発見して、朋也は深い溜息を吐き出し、渋面を作った。

 あんなことにさえならなければ。

 それが現在を変えられるわけがないと分かっていながら、朋也は己の過去を思い出さずにはいられなかった。
 些細なことから起こったいつものケンカ。仕事仕事で全く自分を省みず、
 一度として部活の試合も見に来てくれなかった父親に対する不満の爆発だった。
 朋也が部活動を、バスケットボールを始めたのは、父親に振り向いて欲しいという気持ちがあったからだった。
 家は父子家庭で、経済的に苦しいことは分かっていた。だから父親に暇がないことも理屈では分かっていた。
 それでも、理屈は理屈でしかない。たった二人の親子の情を、絆を確かめたかった。
 少しでもいい、見てさえくれれば。自分だって頑張っていると、認めてさえくれれば。
 よくやったな。頑張ってるじゃないか。その一言があれば、家族だとまた思えるようになるだろうから。
 練習に没頭した。バスケそのものが楽しかったのもあるし、上手くなれば目立つ。目立てば、父親の目にも留まる。
 次第に朋也はエースとまで呼ばれる存在になり、大会でも上々の成績を残し、スポーツ特待生として進路を決めるまでに至った。
 だが、父親からは何の反応もなかった。試合に勝ったときも、推薦を取ったときでさえ、仕事で家にはいなかった。
 何も見てやしない。あの男は、最初から自分など見てもいない。
 いや、こんな奴さえ生まれてこなければとすら思っているのかもしれない。
 だってそうだろう。
 自分が生まれたことが原因で、母は体調を崩し、世を去ったらしかったのだから。
 それはただの想像に過ぎなかった。だが、想像は恐怖へと変貌した。
 自分は、父親にすら存在を望まれていないのではないかという恐怖だった。
 誰にも必要とされない。それはずっと一人だった朋也には重たすぎる事柄で、不満という形でしか爆発させることができなかった。
 ケンカは争いに発展した。エスカレートした挙句、体を強く打ち付けた。
 やがてそれは非常に深い傷だと分かり――右腕が上がらなくなって、バスケができなくなった。
 ずっと放置した挙句に、父親がくれたものは朋也の三年間を台無しにするというものだった。
 慰める言葉もなく、怪我に対する謝罪の言葉もなく、代わりに寄越したのは、他人同然の父親の姿だった。
 朋也くん、とまるで友人かなにかのように扱い、同じ家にいてでさえ余所余所しい態度しか示さない。
 常にこちらの機嫌を伺い、申し訳なさそうに生活費を渡してくる父親の姿に、朋也は逃げたのだと感想を結んだ。

 そうして、全てがバカバカしくなった。
 今までをなかったことにしようとしている父親も、必死にやってきた挙句に全てを失った自分も。
 頑張ったって、報われない。誰も自分を見てくれない。世の中は……他人に無関心だ。
 世の中に見切りをつけ、適当に、流すように、朋也は人生を過ごすようになった。
 進路のことで何度呼び出されようが、気にかけることもしなかった。
 所詮自分の人生など。
 やり直せるはずも、作ってゆけるわけもないと考えている朋也にとって、教師の言葉など煩わしいものでしかなかった。
 適当に友達と時間を潰し、駄弁っているだけで良かった。
 捨てられた人生。どう使おうが、自分の勝手だ。
 そうして高校三年の節目を迎えたこの時期に、今度は殺し合いというわけだった。

494 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:40:01 ID:8yC98TwE0
「なぁ、おい」

 疲労感は、茫洋と現在も漂っている自分の姿と合わせて、やがて行き所のない怒りとなった。
 ひたすらに先を急ごうとする奏も苛立ちの対象になっていた。
 奏は振り向かない。そのことが、さらに朋也を苛立たせた。

「おい!」

 怒りに任せて詰め寄り、肩を掴んで振り向かせる。
 ……が、力が強すぎた。
 奏の体格が小さかったのが災いした。ぐいと強引に引き寄せられる形となってしまい、奏の体が朋也へと倒れこんでくる。
 当然そんなことを予想できるはずもなく、傾いた体を受け止めきることができず、奏共々地面を転がる羽目になった。
 仰向けになった朋也に対し、覆い被さるようにする奏。
 体が密着してしまい、想像外の柔らかさを味わうことになった朋也は一気に毒気を抜かれてしまった。
 残ったものは、女の子と密着しているという羞恥心である。

「……」
「……悪い」

 それを言うのが精一杯だった。
 しかも奏は意識しているのかしてないのか、胸を押し付けている。
 幸いにして大きさはそれほどでもなかったため、男の本能が目を覚ますことはなかったものの、
 何やらばつの悪くなる気分であるのは変わらなかった。

「ごめんなさい」
「は?」

 唐突に繰り出された謝罪に、朋也は裏返った声を出してしまう。
 謝られる理由が分からず目をしばたかせていると「気付かなかった」と奏の手が朋也の胸に添えられた。
 疲れているということを察してくれたのだろう。……もっとも、今はただ疲れているだけではなかったのだが。
 悟られないように無表情を装いつつ、「あ、ああ」と返した。
 完全に怒りは消えうせてしまっていた。こうなってしまうとどうして怒っていたのだろうとすら考える始末であり、
 朋也は自らの短気さに恥ずかしさを覚える。無論別種の恥ずかしさもそこに含まれている。

「と、とりあえずどいてくれ」

 あ、と口を開けた奏は初めて気付いたといった様子だった。
 変化は些細なもので、密着していなければ気付かなかったであろうが、それでもこの姿は朋也に新鮮な印象を抱かせた。
 ただ無表情で他人のことなど考えもしていないと思っていただけの少女も、実は普通の少女ではないかという印象だった。
 変化には乏しいが、何も自分達と変わらない普通の人間――
 そんなことを考えている間に、奏は朋也から離れ、手を差し出してくれていた。

「悪い」
「気にしないで」

 手を取る。多少気まずい気持ちもあったが、奏は気にしていないようだった。
 いかに無表情とはいえ、セクハラまがいの事態になって少々怒っていると思ったのだが……
 まあ、もういいことだろうと朋也は思った。気にしたところで仕方がない。
 立ち上がり、改めて奏と向き合う。奏は息一つ乱さず、相変わらずの姿だった。

495 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:40:30 ID:8yC98TwE0
「ああ、その、なんだ」

 仕切り直しはしたものの、感情に任せて呼び止めたに過ぎない朋也は会話を続ける要素がなかった。
 さりとて、なんでもなかった、などと言うわけにもいかず、答えを探す時間がしばらく続く。
 奏はそれを不審がることもなく、朋也が答えを出すまで待ってくれるようだった。
 時折、周囲に誰かいないかと視線を動かしているようだったが、この心の広さがありがたかった。

「……お前さ、探してる奴とかいないのか」

 だが、結局口から出てきたのはありきたりの言葉だった。
 自らを怠惰な人生の中にうずめ、関わりあうことを遠ざけてきた……
 いや、生きることを諦めてきた朋也にとって、対話は苦痛であり、糧になるようなものではなかったからだ。

「探す?」
「いや、その……友達とかさ」

 すると、奏はうつむき、やがてゆっくりと首を振った。

「分からない」

 友達がいないのか、と思った朋也の考えは意外な返答によって打ち消された。
 いないではなく、分からない。無表情の奥にある琥珀色の瞳には、少しの困惑が含まれていた。

「分からない?」
「そうとしか、言えない」

 それは隠し事をしているというより、どう言葉にしていいのか分かっていないという風だった。
 見た目通りの口下手だとするなら、単に言葉にしづらいだけなのか。
 それともあの不可思議な能力と彼女の人間関係には何か関わりでもあるのか。
 詮索する権利も資格もない朋也には推し量るのが精一杯だった。
 ただ、彼女もやはり普通の人間だという感慨が朋也の中にはあった。
 そして、どこか孤独な存在だということも。
 けれども決定的な違いがあった。

「だからまずAngel&nbsp;Playerを探す。そして、わたしを止める」
「……そうか」

 やれることからやる。目的がはっきりと決まっている奏に対して、自分はどうなのだろう。
 特にこれといった目的もなく、ただ父親を嫌悪するばかりで、漂うことしかしてこなかった自分は。
 今だって、友人である春原陽平や他の知り合いを探すこともなく、漫然とついていっているだけだ。
 同じ人間でも、こうも違う。
 怠惰に生きている人間と、何かを成し遂げようとする人間。
 一体どうして、こうなってしまったのか。
 もしあのとき間違っていなければ……こうして斜に構えた生き方をしなくても良かったのだろうか。
 いや、と朋也は思った。結局過去のことしか考えず、父親を憎んでいる時点で別の道に進めようはずがない。
 所詮はその程度の人間だということだ。いつもの感想を結んで、朋也は溜息を吐き出した。

「あなたは?」
「あ?」
「あなたは、わたしについて来てていいの?」
「それは……」

496 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:40:51 ID:8yC98TwE0
 友達を探さないのは、自分の怠惰さだけではない。
 現実と直面するのも怖かったし、それで何になるという諦めが潜んでいたからだ。

「いいだろ、そんなの。俺の勝手だ」
「そう」

 そんな自分に苛立った挙句、ぶつける形で言葉を返した朋也に、奏は涼しい表情で応じた。
 何か見抜かれてしまっているような気分になり、ばつの悪い表情を浮かべるしかなかった。
 本当に、自分は何をしているのか。
 考えることを遠ざけてきた頭には、今の状況は苦痛に過ぎた。

「不思議な人」
「は?」
「わたしと一緒に来たいなんて」

 そんなんじゃない。言おうとした朋也は、しかし理由を言い出せる自信もなく、無言を返事にするしかなかった。
 だが奏はそんな心境を分かっているのかいないのか、僅かな微笑を寄越し、くるりと翻った。
 もう先に進むつもりのようだった。長髪を靡かせ、ふわりと揺らすその姿は、天使を朋也に想起させる。
 天使。ふと思いついたその単語は、ひどく彼女に似合っているように思えた。
 人と同じ姿をしながら、どこか人と隔離された存在――
 ぐーっ。

「……」
「……」

 奏の足が止まる。朋也の足も、止まった。
 明らかに自分のものではなかった。音は、奏から聞こえていた。

「……」
「腹、減ったのか」
「……」

 こくり。
 ややあって頷いた奏の姿を見た瞬間、先程までのイメージは消失した。
 もしかすると、どこか先を急いでいたのも空腹が絡んでいたからではないだろうか。
 そう考えると置き去りにされていたような気分が霧散し、代わって笑いが飛び出す始末だった。
 とんだ道化だった。勝手に奏に苛立ち、勝手に浮き沈みして……
 巻き起こった笑いに、奏が眉間に皺を寄せて振り向いた。
 違う。自分に対する失笑なのだが、やはり説明できるものではなく、すまんと言うしかなかった。
 バカバカしい。こうまで冷静にいられないバカさ加減に笑うしかなかったのだ。
 頭を冷やす時間が、必要だった。

「メシ、食いに行こうぜ」

     *     *     *

497 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:41:17 ID:8yC98TwE0
 そうして、とりあえず食料を調達することにしたのだった。
 一応持ち物の中には支給品としてパンが含まれていたのだが、見た目にも非常食といった質素なパンだったし、
 美味しそうにも感じられなかったので別の場所でもう少しマシなものを食べよう、という結論に達していた。
 どだい、奏の探し物は全く手がかりがない状態だった。無理に捜索を続けるよりも一度仕切り直したほうが良い。
 腹が減っては戦はできぬ。
 とはいっても、流石に材料から揃えて調理を行うほどの手間暇をかける時間はなかったのでインスタント食品を調達することにする。
 奏はどうか分からないが、朋也は料理ができなかったからだ。
 そのことを奏に尋ねてみると、ふるふると首を振られた。どうやら彼女もできないらしい。
 女性は料理ができるもの、とどこか無条件に考えていた朋也は珍しく感じたが、すぐに偏見だと思い直す。
 料理ができない人間なんて無数にいる。自分が狭い見識の中で生きてきただけだった。
 ここに来てからというもの、自らの小ささを思い知らされるばかりだと内心嘆息しながら、
 手近にあったコンビニを見つけて入ることにしたのだった。

 自動ドアが開いたことから、電気は通っているらしかった。店内には明かりが点いていなかったが、スイッチを押せば点くだろう。
 だが昼とはいえ、明かりを点ければ発見されやすくなる恐れがある。
 いの一番に襲われた経験がある朋也は他者との接触に慎重になっている気持ちがあったし、奏もその気はないようだった。
 というより、空腹感が先立っているのかもしれない。傍目にも分かる早い足取りで食品棚へと突き進んでゆく。
 無表情・無口なくせに行動は分かりやすいのはことみと比べてありがたいことかもしれない。
 ことみは行動も不可解な部分があったからだ。
 失礼なことを考えているなと思いながら、朋也も奏の後に続く。
 朋也は特に空腹というわけではなかったのだが、小腹は空いている状況だった。
 軽く菓子パンか惣菜パンでもつまもうかとして、奏がとある棚の前に体を止めていることに気付いた。
 前進しようとしている体勢のまま、顔だけが棚に釘付けになっている。
 通り過ぎるつもりが予想外のものを発見して硬直していると表現するのが相応しかった。
 一体何があるのかと気になった朋也は、一旦目当ての棚に行くのをやめにして奏の横から覗き込む。

「……麻婆豆腐?」

 奏の視線の先にあったものは、どこにでもありそうなインスタント麻婆豆腐である。
 レンジで三分。簡単お手軽! の文字がでかでかと躍っている。ご飯に盛り付ければさぞ美味しいだろう。
 再び奏の顔を窺う。相変わらず目は釘付けである。
 全く揺らいでいないその様は、ショーケースの中にある玩具を見る子供の目だった。

「食べたいのか」

 こくり。
 即答だった。

「食べればいいじゃん」
「……分からない」
「なにが」
「作り方」
「はぁ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう朋也。
 それもそうだった。朋也でさえインスタント食品くらいの作り方は知っている。
 目の前の立華奏なる少女はそれさえ分からないのだという。
 どこのお嬢様だ。ある意味ことみ以上の逸材だと寧ろ感心した気持ちすら覚えた。

498 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:41:41 ID:8yC98TwE0
「読めば分かるって」
「そうなの?」
「そうなんだよ」

 パッケージを取り、裏を奏に見せる。
 おぉ、と物珍しそうな顔と驚きを滲ませた表情になっていた。
 こいつは食べ物を調理された形でしか見てないのか。どんなお嬢様だ。深遠の令嬢か。
 舐めるようにパッケージを見回す奏の瞳は輝いている。
 まるで子供だ。こうなるとあの余所余所しさもただの人見知りのようにしか思えなくなり、
 朋也は奏という少女をどう思ったらいいものか判断に迷った。
 本当に、箱庭の世界で暮らしていたとしか思えない。
 こんな人間と出会った試しもなければ人付き合いだって疎かにしてきた我が身にとって、これは重大な問題だった。
 頭を悩ませていると、くいくいと袖を引っ張られた。

「食べていい?」
「食べりゃいいんじゃないか……」

 何故許可を求めるのか。好きにすればいいだろうに。
 たたた、とコンビニのレジの奥にある調理場……の、レンジ目掛けて突進する奏の姿を眺めながら、
 朋也は何度目かも分からぬ溜息を吐き出した。
 いそいそとパッケージから本体を取り出し、うきうきとした仕草……かどうかは分からないが、体を揺らしながらレンジに突っ込む奏。
 どうやらレンジの使い方まで分からない、なんて事態にはなりそうにはない。
 妙なもんだな、と朋也はふと違和感のようなものを抱いた。
 インスタント食品でさえ作れないくせにレンジは手馴れた手つきで扱っていたり、コンビニの内部構造を把握していたりする。
 まるで特定の知識だけが欠け落ちているような、そんな感覚がある。

「……まさかな」

 箱庭の世界の住人、という言葉が現実味を帯びてきたような気がして、振り払うために声を出した。
 しかもその内容は、不思議な能力を使って敵と戦い続ける戦士などといったものだから飛躍にも程がある。
 世間知らずのお嬢様の方がまだ納得がいく。だから朋也は、奏はお嬢様なのだと思うことにした。
 それよりこちらも食料を確保しておこうと思考を切り替え、朋也はパン棚へと向かう。
 ちらと見てみれば、レンジの中身をじーっと眺めている奏の姿がある。

「好きなのか」
「……」
「麻婆豆腐」

 こくり。
 らしかった。

「そうみたい」
「みたい?」
「教えてくれた人がいた」
「何だよそりゃ」
「わたし、それまで麻婆豆腐が好きだなんて、気付かなかった」
「はぁ」
「鈍いのかも」
「そりゃあな……」
「今まで、やるべきことしかやってこなかったから……」

 最後の言葉は、意外な重みを伴って朋也の胸に落ちた。
 今まで。だとするなら過去の彼女は、一辺倒な思考しか持ち得ない、偏屈な人間だったのだろうか。
 何かに身を捧げるあまり、周り全てが見えなくなってしまっていた人間だったのだろうか。
 何かに身を捧げる。浮かんだ言葉は、そのまま朋也へと返ってきた。
 そうして、未来も家族も失った。全てが無駄になったという今だけを残して……

499 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:42:04 ID:8yC98TwE0
「今はどうなんだよ」

 自分でもわけのわからない質問だと思いながらも、内奥から湧き出る不可思議な熱情を抑えきれず、
 ありのままに言葉を続けてしまっていた。

「今は、もっと他に好きなものがあるのか」
「……多分」

 少し俯き加減に、躊躇うように。しかしはっきりと、奏は言葉にしていた。

「まだ本当にそうなのか、分からないけど。でも、麻婆豆腐は好き。とっても。これだけは確か」
「だろうな」

 それは見ていれば分かる。
 だから、答えはもう出ているも同然だった。
 今は変えられる。少なくとも、彼女は変えている。
 だったら、自分の今は? 自問してみて、答えはすぐには出なかった。
 出るわけがなかった。諦めに浸ってきたそれまでの自分がいたからだ。
 ただ、と朋也は思う。この少女と一緒にいれば、多少なりとも答えは見えてくるのではないだろうか。
 茫漠と漂っているよりは、きっと。

 ちんっ、と甲高い音が鳴り、麻婆豆腐の完成を奏に伝えた。
 聞くやいなやレンジから麻婆豆腐のパックを取り出す。が、熱かったのか、掴んだ瞬間ぶんぶんと手を振っていた。
 なんとも微笑ましい光景だと思いながら、朋也も焼きそばパンを一つ手に取る。
 そういえばこれは無銭飲食になるのだろうかとふと思った朋也だったが、緊急事態ゆえ見逃してくれるだろう。たぶん。
 最後の晩餐にだけはならないようにしよう、と念じてから奏の方に向かうと、
 麻婆豆腐のパックをつまんだまま立ち往生する奏がいた。

「何やってんだ」
「……盛り付けられない」

 器がないとのことだった。
 ちょいちょい、とおでん用の器を示してやる。
 奏は頷いた。

「……」

 そして、朋也をじっと見ていた。

「何だよっ」
「手」
「塞がってるから俺に取れと」

 こくり。
 お前どんだけ麻婆豆腐手放したくないんだと突っ込みたくなった朋也だったが、
 純真無垢な表情かつ期待の視線を含ませた奏に見られては抵抗という選択肢は即座に消え失せた。

「ったく……」

500 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:42:28 ID:8yC98TwE0
 仕方ないな、と付け加えてから、おでん用の器を取り、台の上に置いてやる。
 待ちかねていたようにパックが破られ、ほかほかとした湯気を上げながら麻婆豆腐が注がれてゆく。
 肉と葱と豆腐が程よく混ざったとろりとした液体は美味しそうだ。
 特有の香辛料の匂いもそれに拍車をかけている。

「米はいいのか」

 こくり。
 既にプラスチックのスプーンを用意している奏。
 もはや準備万端といった様子である。

「……」
「……」

 そのまま微動だにしない。

「いや食べていいから」
「そう?」
「そうなんだよ」
「いただきます」
「いただきます」

 何とも妙な間だったと思いながら、それぞれの食事が始まった。
 朋也の焼きそばパンは、流石にコンビニの量産品だからか味としては可もなく不可もなく、といったところで、
 味付けは購買で買うものよりも濃いものだった。
 一方の奏はというと、静かに、しかしとても美味しそうに麻婆豆腐を頬張っている。
 スプーンが口に運ばれるたびに無表情が少しだけ綻んでいる。市販品でこれだけ幸せになれるのは余程のマーボーマニアなのか、
 それとも貧相な食生活でも送ってきたのか。
 多分前者だろうと思いながら、朋也は幸せそうな奏の表情を眺めていた。

「どうしたの」

 じっと見られていることに気付いたらしい奏が尋ねてくる。

「いや、随分美味しそうに食べるなと思って」
「そう?」
「そうなんだよ」
「でも、美味しい」
「だろうよ」
「あなたはそうじゃない?」
「なんで」
「あんまり美味しくなさそうな顔」

 確かにその通りだったが、それを奏に見抜かれると思わなかった朋也は意外な気分になった。
 多分、困惑した表情でも浮かべていたのだろう。奏は反応しない朋也に首を傾げ、ややあってからスプーンを差し出した。
 スプーンの上には、麻婆豆腐が一口分。

501 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:42:49 ID:8yC98TwE0
「美味しい」

 くれる、ということだった。
 不憫にでも思ったのか。なんとなく抵抗感を覚えた朋也は好きなものでも持ってこようかと考えた。
 が、思いつかない。自分の好物が何であるのか。
 荒んだ生活を送ってきた朋也には、好き嫌いを持てるだけの時間さえなかった。

「美味しい」

 ずい、と差し出される。猛烈なプッシュである。
 別に麻婆豆腐が嫌いなわけではない、が、施しを与えられているようで抵抗感があった。

「間接キスになるぞ」
「?」
「いや首を傾げられても」
「いらない?」
「……いただきます」

 諦めるしかないと思った朋也は、素直に従うことにした。
 ぱくりと一口。レンジによって十分暖められていた麻婆豆腐は微妙な甘辛さと相まって舌を潤す。
 市販品侮りがたし。焼きそばパンよりはまともな味だった。

「美味しい?」
「……おう」

 だから、つい同意してしまっていた。

「うん」

 同意が得られたことが嬉しかったのか、奏が口元を緩ませていた。
 それは、今まで朋也が見た中では一番の笑顔のように思われて、ドキリとさせられてしまう。
 こんな表情もできるのかと驚きを感じる一方で、可愛いと受け止めている自分がいることにも気付いた朋也は、慌てて目を逸らした。
 朋也の内心の照れに気付いているのか、いないのか、再び麻婆豆腐を咀嚼する奏は、やっぱり幸せそうだった。

502 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:43:07 ID:8yC98TwE0



【時間:1日目午後14時30分ごろ】
【場所:F-08】

岡崎朋也
【持ち物:日本刀、水・食料一日分】
【状況:負傷(切り傷・治療済)】

立華奏
【持ち物:不明、水・食料一日分】
【状況:幸せ……】&nbsp;

503 ◆Ok1sMSayUQ:2010/11/22(月) 23:43:39 ID:8yC98TwE0
投下終了です。
タイトルは『街、時の流れ、人』です

504CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:09:08 ID:EC2pdn.A0

「そうか、アルルゥのおとーさんはおうさまなのか。なんかすごいな」

背中から射すうららかな陽に照らされて、ふたつの影が行く手を指し示すように並んでいる。
廃屋もまばらになってきた道をてくてくと歩きながら、棗鈴は傍らの少女に話しかけていた。

「なら、アルルゥはお姫さまだな」
「おひめさま?」
「お姫さまだ。耳とかしっぽとかついてるけどな」
「みんなそう」
「あたしにはないぞ。けどかわいいからいいな。もふもふだ」
「ひゃあ」

ふさふさと毛の生えた耳を撫でられて、少女が妙な声と共に飛び上がる。
慌ててごめんと謝った鈴が、それでもおずおずと手を伸ばすのへ少女が頭を差し出して、
細い髪をそっと梳く鈴の指に目を細めた。

「トリミングだ」
「とりみんぐ?」

静かな道のりだった。
涸れた水田と手入れのされていない竹林に挟まれた長閑な道には、猫の子一匹いない。
村の中ではそこら中から聞こえていた、トタンの風に吹かれてカタカタと鳴る音も、次第に小さくなっている。
代わりにどこからか、水のせせらぎの音が聞こえてきていた。
近くに川があるようだった。
しばらく歩くと、果たして橋が見えてくる。
小川にかかる、小さな木製の橋だった。
下を見ればきらきらと輝く水面は浅く、膝丈ほどもないようで、ほんの少しだけ、足を浸したら
気持ち良さそうだと考えかけて、鈴はすぐに首を振る。

505CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:09:31 ID:EC2pdn.A0

―――だめだ、だめだ。遊んでる場合じゃない。アルルゥをおとーさんのところに連れていかなきゃいけないんだ。

そんな風に考えて澄んだ水の流れから目を引き剥がした鈴が歩き出そうとする。
と、動く影はひとつ。
いつの間にか、傍らにいたはずの少女の影がなくなっている。
振り返って二歩、そこにある襟首を掴んで止めた。

「こら、どこいく」
「川、ある」

襟首を掴まれたまま、少女が器用に振り向いて鈴に告げる。
小さな丸い指が、小川のせせらぎを指している。

「ああ、あるな」
「さらさら」
「それは、気持ちよさそうだけどな」
「りんおねーちゃん、あそぼ」

やっぱり子供だな、と笑った鈴が、ことさらに渋い顔を作って少女に告げる。

「だめだぞ。おとーさんをさがすんだろ」
「うー」
「めっ」

小さく叱ると、少女がしゅんとした顔をする。

「わかったら、いくぞ」
「うー……」
「こら」

なおも不満そうに川を見ている少女に、鈴が少し強い調子で言いかけたときだった。

「―――あらあら、いいお姉さんね」

橋の先、行く手の方から声がした。
大人の女の、声だった。

506CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:09:51 ID:EC2pdn.A0
「……!」
「か、かくれろ!」

目の前の少女がびくりと肩を震わせるのを見た鈴が、その小さな体を引きずるようにして背後に寄せる。
いつからそこにいたのか。
声の主は鈴たちの立つ橋から伸びる道、すぐ目と鼻の先に立っていた。

「ふーっ!」
「……そんな、怖がらないでよ」

少女を背中に庇いながら威嚇するように息を吐いた鈴に、女が苦笑する。
長い髪を後ろでまとめた、活発な印象を与える女だった。

「なんだおまえ、やるのかっ」
「やるって、何をよ……」

困ったように眉根を寄せた女が、しかしすぐに人懐っこい笑みを浮かべて言う。

「ねえあなたたち、いま時間ある?」
「……」

世間話でもするような、軽い口調だった。
肩透かしを受けて、鈴が僅かに脱力する。

507CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:10:07 ID:EC2pdn.A0
「よかったら、ちょっとだけ手伝ってくれないかしら」
「手伝う……?」

敵意のない言葉が淀みなく続く。
警戒と緊張の矛先をどこへやっていいか分からずに戸惑う鈴が鸚鵡返しに聞き返すと、
女の顔がぱあ、と明るくなった。

「そう! あなたたちに手伝ってほしいのよ」

意思の疎通ができた喜びか、満面の笑みを浮かべた女が言葉を継ぐ。
今にも鈴の手をとって、ぶんぶんと振り回しそうな勢いだった。

「あたしたちに……?」
「そうよ、あなたたちに!」

太陽のように笑う女だった。
どこまでも明るく、暖かく、燦々と晴れやかで、いつの間にか手の届くような距離にまで近づいているのに、
それを不審に思うことは、鈴にはできなかった。

「実はね、あっちの方に、」

と、女が切り出す。
指さしたのは、だらだらと続く畦道の、涸れた田とは反対側。
土手状になった竹林の、茂みの向こう側だった。

「ちょっと大事な荷物があるんだけど、あたしひとりじゃ運べなくて……」
「それを、手伝うのか」
「そう、お願いできないかしら」

両手を合わせて頼み込む女に、鈴が首を傾げて難しい顔をする。

「うーん……」

しばらくの黙考の後、

「やっぱり、だめだ」

口を開いた鈴の返答は、明快だった。

508CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:10:28 ID:EC2pdn.A0

「……どうしてかって、聞いてもいい?」
「アルルゥはおとーさんのところに行くんだ。だから、そんな暇ない」

肩越しに自分の目線より低い少女の頭を見やって、鈴が腕組みをしながら答える。

「お礼もするわよ」
「いらない」

きっぱりとした否定。

「荷物の中にはおいしいご飯もあるのよ。パンと水だけなんて、味気ないし」
「お腹空いてない」
「今はよくても、すぐに食べたくなるでしょう」
「ならない」

埒もない返答に、女がなおも何かを言いかけたとき。
ぐぅ、と音がした。

「……」
「……」
「……お腹すいた」

鈴の背後、少女の方から、音は聞こえた。

509CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:10:57 ID:EC2pdn.A0
「さっき飴あげただろ!」
「もうない」
「食べるの、早いな……」

呆れたように呟いた鈴に、女が小さく笑うように口元に手を当てながら言う。

「ほら、その子だって言ってるじゃない」
「……」
「お腹空かせたままじゃ、可哀想よ」
「う……」
「お菓子やジュースもあるのよ、私はいらないから、全部あげてもいい」
「うぅ……」

眉尻を下げて言葉を失う鈴に代わるように、少女が脇から顔を出して口を挟む。

「……あまいの、ある?」
「あるわよ、沢山あるわ。どれでも好きなのを食べていいのよ。だから、ね?」
「いく」
「こら!」

ひょい、と歩き出そうとする少女を、鈴が慌てて押しとどめる。

510CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:11:25 ID:EC2pdn.A0
「知らない人についてっちゃだめだ!」
「あまいの、たべたい」
「だめだ!」

隙を見て手を振り解こうとする少女と揉みあうように、鈴が女に背を向ける。
背を向けていた鈴は、だから、

「どうしても、駄目?」
「だめだったら、だめだ!」
「……そう」

すう、と。
女の声が冷たくなったのに、気づけなかった。

「人目につきそうな場所では、やりたくなかったんだけど……」
「―――!」

ぼそりと呟かれた、女の言葉を理解するより早く。
視界が、ぐるりと横倒しに、揺れた。

「……!?」

突き飛ばされたのだと悟ったのは、反射的に立ち上がった後だった。
そしてそのときには、すべてが遅かった。
目に映る光景は、一瞬前とはひどく様変わりをしていた。

511CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:11:53 ID:EC2pdn.A0

「……ッ!」

恐ろしい形相で舌打ちをする女。
何かを持った手。光るもの。赤いもの。

「―――」

倒れている小さな体。
うつ伏せの身体の下から広がる、染み。

「お、おまえ……」

搾り出す声は、どこか他人のもののようだった。
弾かれたように顔を上げた女が、鈴を睨む。
目を合わせた瞬間、女が鈴の方へ駆け出していた。
ぎらりと光る刃が、その手に握られていた。

「ひとごろしか……!」

敏捷が自慢だったはずの全身は凍りついたように動かない。
それはただ、事態の推移に追いつかない脳の、極めて短絡的に状況をまとめた
何の役にも立たない認識が、言葉として口から零れ出ただけだった。
しかし、その一言が、硬直したまま刃を突き立てられる運命だった鈴を、救った。

512CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:12:03 ID:EC2pdn.A0
「―――!」

ひとごろし、と。
それが鈴の口から発された瞬間、ぎくりと、女の動きが止まった。
夜叉のような形相が、見る見るうちに強張っていく。
小さな刃を握って振り上げた手が、ぶるぶると震え出す。

「わ……私、は……」

小さく首を振った女が、じり、と後ずさる。
その足が、何かに当たった。
倒れ伏す、少女の体だった。

「……ッ!」

悲鳴のような声が、女の口から漏れた。
あとは言葉にならなかった。
両手で大気を掻き分けるように、見えない何かに追われるように、女は何事かを叫びながら走り去り、
鈴が恐る恐る辺りを見渡した頃にはもう、その姿はどこにもなかった。


***

513CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:12:29 ID:EC2pdn.A0

何故逃げた。
何故逃げている。

相楽美佐枝は自問する。
答えは出ない。

覚悟はしていたはずだ。
決意はしていたはずだ。

相楽美佐枝は自責する。
弁解は、ない。


肺は焼けつくように熱い。
目尻から溢れる涙がぬるぬると冷たくて、拭おうとした手に握ったナイフには
真っ赤な血がこびりついていて、

―――ひとごろし!

少女の声が耳元に谺して、もう酸素なんか残ってないはずの肺から、
喘鳴みたいな悲鳴が湧き上がる。

514CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:12:45 ID:EC2pdn.A0

冷静になれと命じる声を、全身の筋肉と神経とが、拒絶する。
契約は結ばれている。履行の義務を果たせ。
そんな理性を乗せた血が体の隅々を駆け巡って、それでもなお皮膚という皮膚を掻き毟りたくなるような
衝動は収まらない。
火がついたように熱い肌と滲み出すぬるぬるした汗とが下着に貼りついて気持ち悪い。

こんなことじゃ。
こんなことじゃいけない。

足が、止まる。
呼吸が苦しくて、目が霞んで、遠くなっていく願いに、消えていきそうな思い出の中の笑顔に
必死に手を伸ばすように、胸元にしまい込んだ『それ』を、服の上から握りしめる。

神を名乗る男。
天使のような姿をした、悪夢みたいな瞳の、あの男から契約の証に授けられた、
ナイフとは別の、特別な『支給品』。

こんなことじゃあ。
こんな風に、一人を殺しただけで、怯えているようじゃあ、『これ』だって、使えない。

「……やるんだ。それでも。私は」

縋るように握り、嗄れた声で何度も呟く。
服の上からでも分かるその冷たさが荒い呼吸の隙間を埋めて、やがてもう一度歩き出せるようになるまで、
相楽美佐枝はずっと、そうしていた。


***

515CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:13:23 ID:EC2pdn.A0

「お……おい、おまえ……」

次第に傾きつつある西陽に伸びる影は、ひとつきりだった。
棗鈴が震える声で呼びかけても、伏した少女はぴくりとも動かない。

「あ、ぅ……」

じわじわと広がる血が草を伝って川に落ち、さらさらと赤く流れていく。
早く。早く。そんな言葉だけが、鈴の中をぐるぐると巡る。
早くしなければ。何を?
早く助けなければ。どうやって?
早く、早く、早く!

一歩も、動けなかった。
遠巻きに声をかけて、それだけだった。
駆け寄ることができなかった。
抱き起こすこともできなかった。
手を伸ばすことさえ、怖かった。

流れ出す血が怖かった。
さらさらと流れる赤い川が怖かった。
動かない少女の、小さな体が怖かった。
見るのが怖い。近づくのが怖い。触るのが怖い。
終わりを確かめるのが、怖い。

516CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:13:43 ID:EC2pdn.A0

見なければ、終わらない。
そんな訳がない。
抱き起こさなければ、少女はずっとこのままで、
確かめなければ、きっとずっと、生きている。
そんな訳がない。
わかっていた。

それでも、ただ、怖かった。
守らなくちゃいけないと、思っていた。
思っていた、だけだった。
それがどういうことなのか、何もわかっていなかった。

自分を庇って刃に倒れたのは、少女のほうだ。
守られていたのは、鈴だった。

棗鈴は守られていて、棗鈴はか弱く無力で、棗鈴は、だから少女の命にも向き合えず、
終わりゆくそれを確かめて、死を背負うのに耐えきれなくて、

ひくり、と。
それは、ほんの微かな、震えるような、動きだった。

517CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:14:14 ID:EC2pdn.A0

「……! アル、ルゥ……?」

それはひどく微かなもので、しかし鈴の目には、確かにそれを映した。
広がっていく血溜まりの、その粘つく赤色に浸っていた、小さな丸い指が、ほんの少しだけ、
しかし確実に、揺れた。
思わず駆け出そうとして手を伸ばし、しかし少女の姿は、近づかない。

「……!」

足が、動かなかった。
大地から伸びる見えない鎖が、足に、膝に、腿にがっちりと絡み付いているようで、
鈴に一歩を踏み出すことを許さない。
その透き通る鎖の名を、怯懦という。

動け、と命じて動かない。
走れ、と念じて走れない。
心から伸びる鎖は堅く鈴を縛って、透き通るそれは結び目さえ見せない。
解けない鎖に声も出せず、ぽろぽろと涙だけがこぼれて、果てしなく遠い数歩の距離を、
しかし、風が、繋いだ。

届いたのは、声だ。
ほんの微かな、震えるような、消え入りそうな、小さな声。
それは、

「……おねー……、ちゃん」

それは、少女の声。
それは、少女の願い。
それは、見えない鎖を砕く、鉄槌の一撃だった。

518CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:14:54 ID:EC2pdn.A0

棗鈴の、足が動いた。
一歩を踏み出しながら決意する。

―――立ち向かおう。

灯ったのは、小さな火だ。
僅かな熱と僅かな光で鈴の心にゆらゆら揺れる、まだほんの火種だ。
しかしその火はやがて怯懦を焼き尽くし、無力を灰にして煌々と燃え盛る炎となる。

血が流れている。怖い。
それがなんだ。

動かない。怖い。
それがなんだ。

目の前で、守ると決めたその命が終わってしまいそうで、
だから、背負うんだ。

立ち向かおう。
視界をぐしゃぐしゃに歪める涙を拭って。
勝手に震える手を、しゃくり上げる呼吸を抑えて。

「―――わああっっ!!」

ひとつ叫んで、頬を叩いて。

立ち向かおう。
何に? 目の前の、嫌なことの全部にだ!

519CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:15:12 ID:EC2pdn.A0
流れる血が嫌だ。
下がっていく体温が嫌だ。
だらりと力の抜けた肉の感触が嫌だ。
たいせつな友達に迫る、死の気配の何もかもが嫌だ。
その全部が嫌で、だから、立ち向かうんだ!

駆け寄って、抱き起こして、ぬるぬる滑る血を拭いて、ざっくり切れた傷に脱いだ制服を
ぐるぐる巻いて、きつく縛って。担ぎ上げよう。歩き出そう。

「死ぬな、アルルゥ……! あたしが助けてやるからな……!」

重くても、つらくても。
この子を治せる、誰かのところまで!

520CHILDHOOD'S END ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:15:31 ID:EC2pdn.A0


 【時間:1日目15:00ごろ】
 【場所:C-4 廃村・外れ】

 棗鈴
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 アルルゥ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:重症(左胸部創傷)】


 【場所:C-5】

  相楽美佐枝
 【持ち物:ナイフ、特殊支給品(詳細不明)、水・食料一日分】
 【状況:健康 ディーと契約】

521 ◆Sick/MS5Jw:2010/11/25(木) 14:18:06 ID:EC2pdn.A0
以上で投下終了です。
特殊支給品(しかも丸投げ)というムチャぶりについては、ご懸念があれば削除いたします。

522 ◆Sick/MS5Jw:2010/11/26(金) 03:33:48 ID:r7QRRyI60
>>514を、以下のように修正致します。
連絡が遅れまして申し訳ありません。



冷静になれと命じる声を、全身の筋肉と神経とが、拒絶する。
契約は結ばれている。履行の義務を果たせ。
そんな理性を乗せた血が体の隅々を駆け巡って、それでもなお皮膚という皮膚を掻き毟りたくなるような
衝動は収まらない。
火がついたように熱い肌と滲み出すぬるぬるした汗とが下着に貼りついて気持ち悪い。

こんなことじゃ。
こんなことじゃいけない。

足が、止まる。
呼吸が苦しくて、目が霞んで、遠くなっていく願いに、消えていきそうな思い出の中の笑顔に
必死に手を伸ばすように、荷物の中にしまい込んだ『それ』を、バッグごと掻き抱く。

神を名乗る男。
天使のような姿をした、悪夢みたいな瞳の、あの男から契約の証に授けられた、
ナイフとは別の、特別な『支給品』。

こんなことじゃあ。
こんな風に、一人を殺しただけで、怯えているようじゃあ、『これ』だって、使えない。

「……やるんだ。それでも。私は」

縋るように拳を握り、嗄れた声で何度も呟く。
荒い呼吸が静まって、やがてもう一度歩き出せるようになるまで、
相楽美佐枝はずっと、そうしていた。


***

523 ◆Sick/MS5Jw:2010/11/26(金) 03:35:29 ID:r7QRRyI60
以上で修正を終わります。
スレ汚し、失礼致しました。

524からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:04:01 ID:jgIV3ybk0

大丈夫かと、その熊のような大男は問うている。
怪我はないか。何もされなかったか。
矢継ぎ早の問いに、能美クドリャフカはただぼんやりと頷いていた。
何を聞かれているのか、わからなかった。
視界の端には大きな樹に縋りつくように斃れた少女の骸が映っている。
その命を終わらせたのは男の放った銃弾で、殺したのは能美クドリャフカだった。
大丈夫かという問いは目に映る現実からあまりにも遠くて、だからクドリャフカは、
求められるままに頷くしかなかった。
それをどう捉えたか、男が安心したように口の端を上げて、言う。

「ふむ、見ない顔だが……ようこそ我々の世界へ、というところかな」

何事かを納得したように一人で首肯する大男。

「おっと、そういえば自己紹介が遅れたな。松下だ。五段だのと大仰に言ってくれる仲間もいるが、
 まあ好きに呼んでくれ。よろしく」

そう言って、松下と名乗った男が、クドリャフカに向けて右手を差し出す。
握手のつもりらしかった。
その左手に、いまだ銃口から湯気すら上げている凶器を下げたままの、友好の申し出。
悪い冗談のような光景だった。

525からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:04:37 ID:jgIV3ybk0
「……しかし、まあ、なんだ」

いつまでも握手に応じないクドリャフカの様子に、ばつが悪そうに手を引いた松下が、
誤魔化すようにひとつ咳払いをしてから口を開く。

「仲間同士での殺し合いとはまったく、新人歓迎にしては悪趣味な催しだな。
 ゆりっぺに言わせれば、これも神とやらの仕業ということなんだろうが」

殺し合い、と。
松下はあっけらかんとその単語を口にする。
何の感慨も、衝撃もないように。
たった今、終わらせた命のことを、目の前に倒れ伏す骸のことを、まるで忘れてしまったように。

「どう、して……」

知らず、声が出た。
松下の言葉は、あまりにも軽かった。
それはつまり松下という男にとっての命の価値の重さで、それが信じられずに、クドリャフカは言葉を発していた。

「どうして、あの、あの人を……」
「ん……?」
「こ、ころし、殺したん、ですか……!」
「ああ」

詰問するようなクドリャフカの口調にも動じた風を見せず、松下があっさりと頭を下げて答える。

「そうだな、すまん。新人にはあまり気分のいいものではないよな」
「……!?」

526からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:05:04 ID:jgIV3ybk0
一瞬、息が止まる。
男が何を言っているのか、クドリャフカには理解できなかった。
あまり、気分のいいものでは、ない。

「―――!」

おかしいと、喉が切れるくらいに大声を上げたかった。
あるいは、耳を塞いで地面に蹲りたかった。
正しいとか、間違っているとか、そういう次元の問題ではなかった。
能美クドリャフカの世界に、男の回答は存在しない。
そういう答えが返ってきてはいけない。
そういう答えを返すものが存在しては、いけない。
それは明確な、異物だ。
だが松下という男は、そんなクドリャフカの、形にならない憤りを無視するように、更に言葉を続ける。

「何せ俺たちはすっかり慣れちまってるからな、どうもその辺りが麻痺していかん」

そう言って、もう一度頭を下げる。
謝罪のつもりだろうか。
だが、この男は一体何を謝っているのだろう。
何のことについて、誰に、どうして謝っている。
謝る事項が違う。謝る相手が違う。謝る理由が違う。
何もかもがおかしいのだと証明するような、それは仕草だった。
そして男はこうも言う。

「慣れ、て……?」

慣れている。殺人に。
人の命が終わることに。
人の命を終わらせることに。
感覚が、麻痺するほどに。

527からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:05:27 ID:jgIV3ybk0
「ずっと戦っているからな。
 ……まあ、この子も格好からしてNPCではないようだし、すぐに生き返るさ」

ああ、この松下という男は、と。
クドリャフカは思わず乾いた笑いを漏らしそうになりながら思う。
まるで悪意の皮に悪い冗談をつめて膨らませた風船のようだ。
つついて噴き出す言葉のことごとくが、どうしようもなく、違う。

「い、い、生き返、る……って、なに、何を、言ってるんですか……」
「……?」

しかし、震えるクドリャフカの言葉に、松下は怪訝な表情を浮かべる。

「……死んだ記憶がないのか?」
「……」

死んだ記憶。
死んだ、記憶。
理解の外。
認識の向こう側。
常識の内側に、日常の範疇に存在してはいけない、言葉。
否定する気力すら、湧き上がらない。

「安心しろ、君は少し混乱しているだけだ。そういうことはよくあるんだ」

黙り込んだクドリャフカの様子をどう解釈したのか、松下が眉根を寄せながら頷く。
聞き返す気にならないだけだった。
問い質す気になれないだけだった。
拒絶だけが、クドリャフカの回答だった。

528からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:05:56 ID:jgIV3ybk0
「しかし、そうか、彼女もそうだとすると、後できちんと説明しなければならないな」

言って、松下が少女の骸を見やる。
後で。説明。
拒絶。

「困った、俺はあまり口の達者な方ではないからな……すぐに分かってもらえるかどうか」

腕組みをしながら頭を捻る松下が、少女の骸とクドリャフカを交互に見て、やがてクドリャフカに目を留めた。

「なあ、君」
「……」
「君は既に死んでいる。ここは死後の世界だ。だから俺たちは何度でも生き返れる。
 俺たちはそうやって神に挑んでいる。……どう思う?」
「……どうか、してます」

率直にそれだけを答えた。
普段ならとても口にできないような刺々しい言葉ばかりが飛び出してくるのは、
きっと自分がもう人殺しの範疇にいるからだと、クドリャフカはぼんやりと思う。

「信じてはもらえない、か」
「信じる……?」

そう言った自分がどんな表情を浮かべているのか、クドリャフカには分からなかった。
ただ、それを目にした松下の、一瞬ひどく傷ついたような顔を見たとき、クドリャフカの中で
何かがざわりと蠢いて、もしかして自分は何か、おそろしい過ちを犯しているのではないかと、
そんな思考が脳裏をよぎりかけた、そのとき。

「……分かった。仕方ないな、こういうことはあまりしたくないんだが……」

すぐに表情を険しくした松下が、クドリャフカに向かって、その大きく分厚い手を伸ばしていた。

529からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:06:37 ID:jgIV3ybk0
「何を―――」

抵抗する間も余裕も、与えられなかった。
無骨な松下の手が、クドリャフカの手を掴んで引き寄せていた。
一息に骨ごと握り潰されてしまいそうなその力に目を白黒させるクドリャフカを半ば抱き寄せるようにした松下が、
掴んだその手に、そっと何かを握らせる。

「え……?」

重く、冷たい感触。
鉄の、塊。

「これが一番、手っ取り早い」

クドリャフカの手が握らされていたのは、拳銃だった。
少女を撃ち抜いて、その命を終わらせた凶器。
それが、クドリャフカの手の中にあった。

530からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:06:51 ID:jgIV3ybk0
「や……!」

思わず振り払おうとして、できない。
松下の、ごつごつと分厚くて熱っぽい掌が、クドリャフカの手を上から押さえていた。
苦痛を与えぬように慎重な、しかし抵抗の一切を許さない無情の力が、クドリャフカの指をトリガーへと導いていく。

「自殺はゆりっぺが嫌うからな。少し辛いだろうが手伝ってほしい」

言って跪いた松下の視線は、ちょうどクドリャフカの正面にあった。
クドリャフカを至近に映すその瞳には、冗談の色も、何もない。
真剣で、真摯で、それでいてどこか空っぽな、目。

「終わったらしばらくここで待っていてくれ。
 ……俺が生き返ったら、じっくり話を聞いてもらうぞ」

自らの額に銃口を押し当てさせた松下の顔は、クドリャフカを飲み込むように、微かに笑んでいた。
ただ真っ直ぐに間違っているその表情からクドリャフカは目を逸らせないまま、

「やめ―――」

指の上から、静かに力がかかり、引き金が、引かれた。

531からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:07:13 ID:jgIV3ybk0

ぱあん、と。
軽くて大きな、耳を劈くような破裂音。
薄い煙。
嫌な臭い。
小さな穴。
ほんの少しの、血。
大きな、大きな身体が、ゆっくりと傾いで。
それから、ずうん、と音を立てて、倒れた。


それを、能美クドリャフカは、最後まで、目に焼き付けていた。
焼き付けて、しまっていた。

532からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:07:26 ID:jgIV3ybk0

深い森の中で、冗談のような悪夢が終わる。
悪夢が終わって、悪夢のような現実が、戻ってくる。
そこに幻想はない。
湿った落ち葉の上に倒れる、骸は二つ。

いくら時計の針が回っても、いくら骸を揺すっても、死んだ人間が生き返ったりは、しない。
能美クドリャフカの前に、死体が、二つ。
そうして白いマントを泥で汚した殺人者のクドリャフカは、森の中に、独りだった。

533からっぽのはこ ◆Sick/MS5Jw:2010/11/29(月) 15:07:41 ID:jgIV3ybk0

 【時間:1日目15:00ごろ】
 【場所:C-2】

 能美クドリャフカ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。精神に極めて重大なダメージ】

 松下
 【持ち物:CZ75(11/15)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
 【状況:死亡】

534ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:11:31 ID:l0vW92y20
「ふぇぇぇ…………怖いよぉ…………」
「あー……くっそ……どうすればいいんだ……」
「ふぇぇ……」
「だっー! 俺見て泣くなー!」

目の前の幼女は泣き果て、声がからから。
俺――藤巻は精も魂も尽き果てていた。

何故そんな疲れたかというと、色んな意味で幼女に誤解されたのを解く為だった。
明らかに誤解されそうな格好をしていた俺も悪いんだが。

「ご、御免なさい藤巻のお兄ちゃん」


それでも俺自身の誤解は何とか解けた。
…………解けたのか凄く微妙な所だが。
泣きつかれただけかもしれん。
未だにびびってるし……まぁ顔のせいかもしれないが。
けれども、とりあえず名前だけを教える事はできた。
代わりに幼女は名前を教えてくれた。
奈々子というそうだ。

「気にすんな」
「うん……ぐずっ……ふぇ」

それでも、奈々子は未だに怖がっている。
そりゃまぁ理由は簡単だった。
あんなイケメン天使野郎に殺し合いをしろとか言われて。
そして、一人の首が飛んだんだ。
俺自身は好ましくないが平気ではあった。
けれどなぁ…………小学生だぞ?
小学生にそんなもん見せたらトラウマになるに決まってるだろ。
くそっ……なんか妙に腹立たしい。
苛々してむしゃくしゃするけど、此処でそれを見せちまったら奈々子が怯える。


………………ただ、今あっただけのガキなのにな。
なのに、妙に気になる。
ガキだからかもしれない。
これが同い年ぐらいだったら別に気を使う必要はなかったかもしれねぇ。
けど、こんなガキだ。
少なくとも、こんな殺し合いには似合わない。
だから

「心配すんな」

少し気恥ずかしい想いをしながら、ぽんと奈々子の小さい頭に手を置く。
そしてくしゃくしゃと撫でる。
整っていた髪が少しくちゃくちゃになったが気にしない。

535ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:11:56 ID:l0vW92y20

「ふ、ふぇ……」

少し落ち着いたのか、俺と同じように気恥ずかしいのか。
頬を少しだけ紅く染めて、俺を見つめる。
けど、それでも、不安そうな瞳は変わらなかった。

「よし、何かほしいものはあるか?」

だから、俺はもう少しだけ奈々子を励ます為に何かを上げようかと思った。
我ながらこんな場所で、何を馬鹿な事言ってるんだろな。
奈々子は驚きながら俺を見て。
そして、ちょっと考えて。

「四つ葉のクローバー」
「あの四つ葉のクローバー?」
「うん、あの」
「そう、あのか」

何があのなのか知らん。
けれども、何か厄介なもの頼んできたな。
と言うかここにクローバーが生えてねえぞ。
やっぱ無理……

「……無理?」

……………………あぁ、もう!
泣きそうな顔で見るな!
くっそ、くっそ。
そんな顔を見せられたら。


「大丈夫だっ! 直ぐ見つけてくる。ちょっと待っていろ!」

そうやって、もう一度乱暴に頭を撫で回して、奈々子をおいて俺は駆け出す。
探し物、四つ葉のクローバー。
目的、奈々子の笑顔を見るため。
さあ、走れ!







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

536ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:12:13 ID:l0vW92y20







結局の所、俺は何時もの通り、馬鹿だったんだろう。
そして、この事に俺は悩み続けるのだろう。
この島に、俺が存在している限り。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

537ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:13:57 ID:l0vW92y20







「えへへ」

奈々子は乱暴に撫でられた髪の毛を優しく触る。
思ったよりも悪い人じゃないかもしれない。
こんなにも優しくしてくれたのだから。

つい、言葉にした四つ葉のクローバー。
本心じゃなかったというと嘘になるけど、其処までほしいものじゃない。
でも、あんなにも必死になってくれる事が奈々子には嬉しかった。
だから、つい笑みが零れていた。

ずっと怖かったけど。
ずっと帰りたかったけど。
あの男の人と一緒に居れば安全かもしれない。
そう思うと奈々子は嬉しくて。
つい、くすりと笑ってしまう。

だから、


「信じて……いいのかな?」

彼を信じていいのだろうか。
自分の為に必死になってくれた彼を。
信じて、一緒にいてもいいのかもしれない。
いや、居た方がいいんだ。
そう思ったら、何か幸せだった。
笑みが零れた。

人との触れあいがこんなにも奈々子を恐怖から救ってくれた。



――――嬉しかった。

538ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:14:14 ID:l0vW92y20



そして、ガサリという物音が背後からする。


「藤巻のお兄ちゃ――」


けれども、振り返った先にいたのは怖い顔だけど優しい少年じゃなくて。
何処か、闇を背負った暗い顔をした、男の人。


そして――――


パンと乾いた音が一つだけ。


たった一つだけ響いた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

539ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:15:13 ID:l0vW92y20







歩いている。
男はただ歩いている。
何もかも忘れるように。
何もかも振り切るように。

草を踏みつけながら歩いている。
暗い世界を一人で。
光から逃げるように。

また、殺した。
今度は小学生にも満たない子だった。
殺した事に後悔はあるのだろうか。
解らないが、それでも容赦無く殺した。

その時、脳裏に浮かんだのは。
大切な人の妹と。
そして、あの施設の子供達。

本来、守らないといけない者達。
彼女達が未来を切り開いていくのを応援しなければならない立場なのに。

それでも、男はそれすらも、振り払って。


ただ、大切な人の為に、歩いていた。


その頬に涙が流れていてかは、知りようもない。

知りようも無いのだ。


男は、芳野祐介は歩いている。

深い奈落の底を這うように。

ただ、歩き続けていた。



――――幸運の四つ葉のクローバーすらも踏み躙って。

540ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:15:31 ID:l0vW92y20
 【時間:1日目午後3時00分ごろ】
 【場所:E-08】

芳野祐介
 【持ち物:ベレッタM92(残弾10/15)、不明支給品、 水・食料2日分】
 【状況:健康】







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

541ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:16:11 ID:l0vW92y20







「………………あ?」

呆然と立ち尽くしていた。
やっとの事で見つけた四つ葉のクローバーが手から零れ落ちそうになる。
何故、奈々子は倒れているのだろう。
腹を紅く染めて、倒れているのだろう。

藤巻は信じられないように奈々子を見つめる。
油断があったのかもしれない。
注意をしなければと思いながら。
でも、死んでも蘇るという意識が消えなかったのだろう。
だから、奈々子を置いて離れてしまった。
連れて行けばよかったのに。


「おにい……ちゃ……ごほっ」

奈々子が口から紅い血をを吐き出す。
藤巻は慌てて、彼女に近寄った。
奈々子は淡い笑みを浮かべて、藤巻を見つめる。

「おにいちゃ……ご、御免な」
「誰に、だれにやられた!」
「……四つ葉のクローバーは?」

焦点が合っていない瞳を藤巻に向けて。
ほしがったものをねだる。

「ここに、ある」
「あ、本当だ……」

震える手で渡された四つ葉のクローバーをぎゅっと握って。

「ありがとう……信じて……よかった」

少年に向かって満面の笑みをあげる。
少年は悲痛な顔を浮かべて泣きそうになるのが、少女にとって切なかった。

「これ、あげるね……藤巻のお兄ちゃん……今度はおにい……ちゃんに……幸運……を」

そして、もう一度少年の手に戻されて。
奈々子は笑って。

「ありが……信じ………………よかっ…………た」


最後にそれだけを伝えて。
ゆっくりと目を閉じた。

542ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:16:37 ID:l0vW92y20
信じてよかった。
本当によかった。
最後に幸せに感じたのだから。
だから、自然に恐怖は無くて。
今度は藤巻のお兄ちゃんが幸せになればいいななんて。
ちっぽけだけど大切な想いを抱いて。


奈々子は、あまりに呆気なく、短い生涯を終えた。

543ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:17:07 ID:l0vW92y20
「はは…………何、いってるんだよ……ど、どうせ蘇る」

藤巻は震える手を押さえながら。
必死に言い聞かせるように。
言葉を紡ぐ。

そうだ、どうせ蘇る。
いつものように。
死なない。

そうだ、そうに決まってる。

そう、思わないと。


駄目だ、駄目なんだ。



「おい……まだ蘇らねえのかよ……」


少し時がたって。
彼は泣きそうになりながら懇願する。
早く笑顔が見たかった。
死に際の笑顔を見たくてやったんじゃなかった。
だから、早く自分の為に蘇ってほしい。



「………………たのむから…………蘇ってくれよ」


また、時がたって。
それでも少女は蘇らない。
眠ったように死んでいる。
全身が震えていた。
もう、事実を認めようとする自分が居た。
けれど、絶対に認めたくなかった。
そんなの、辛すぎた。






そして、更に時がたって。

544ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:17:38 ID:l0vW92y20


「…………………………本当に……死んだのか……?」


少年は、遂に現実を見つめる。
奈々子の、『死』を。
ありえなかった『死』を。
彼は、見つめていた。


けれど、けれど。


「よみがえって……くれ」


最後の懇願。
本当に笑顔が見たかった。
彼女に幸せになってほしかった。



けれど、



「あぁ……死んでいる」



奈々子は死んでいた。
完膚なきままに。


手が震えてやまない。
吐き気もする。
久々の死の感触が怖かった。


そして。

545ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:17:56 ID:l0vW92y20


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああ
 ああああぁあああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああ
 あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



咆哮は絶叫に。



少年は、笑顔が見たかった少女の死を受け容れた。


その手には、幸せの四つ葉のクローバーがずっとずっと。


――――握り締められていた。






 【時間:1日目午後4時30分ごろ】
 【場所:E-08】

 藤巻
 【持ち物:防弾性割烹着頭巾付き、手鏡、水・食料一日分】
 【状況:不明】

 菜々子
 【持ち物:無し】
 【状況:死亡】

546ただ、幸せな、笑顔 ◆auiI.USnCE:2010/11/30(火) 01:18:51 ID:l0vW92y20
投下終了しました。
此度は遅れてしまい申し訳ありません

547 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:17:09 ID:mi.frjBM0

 西に傾いた太陽の光が灰色の街並みを赤く染め上げる。
 夕焼けの赤い光は街も道路も空も、この島に存在する全ての物を赤く燃やしている。
 そんな黄昏時の街を二人の男女が会話もなく歩いていた。

 宮沢謙吾と向坂環。時が時ならこの美男美女の二人にとって夕焼けの光景はロマンチックな雰囲気を醸し出せるものなのだろう。
 だが二人にとってはこの赤い光景はそんなものではなく、自らが殺めた者達の血で染められているように感じていた。
 
「きれいな夕焼けね。……といいたいところだけどあの色は今は好きじゃないわ。大嫌い」
「同感だな。俺もあの赤い色は大嫌いだ」
「でも、私達にはお似合いの血の赤ね」

 謙吾は答えなかった。だが無言が環の言葉を肯定していた。
 今もなお瞼の裏に焼きつく少女の死。
 目を閉じれば瞼を透き通り視界を満たす夕日の赤い光があの光景を否応無きに思い出させる。

「なに黙りこくっているのよ……私達にそんな感傷に浸れる資格があると思って?」
「俺は、お前とは違う」
「同類のくせに何を言うんだか……ま、『親友のために殺人を犯し、苦悩する俺カッコイイ』なんていう自己陶酔に浸る余裕はあるみたいだけど」
「向坂ぁッ!」

 謙吾は大声を上げて環の胸倉を掴み上げる。掴まれた服の襟首が環の首をきつく絞める。
 それでも環は謙吾から視線を逸らすことなく鋭い眼差しで彼を睨みつけていた。

「あら、図星を突いちゃったかしら?」
「くっ……」
「宮沢君、貴方って見かけによらずキレやすいタイプね」

 謙吾は掴んでいた服を放す。環は乱れた服を直すと口元を歪めて言った。

「別に降りてもいいのよ? 宮沢君がそう望むなら」
「なんだと……」
「だから、ここで私と別れるの。本当なら後々の障害となる貴方をここで殺さないといけないけど、まあ少しでも行動を供にした仲よ。見逃してあげるわ」

548 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:18:41 ID:mi.frjBM0

 それだけはできない。謙吾にとってそれだけは決して受け入れられる物ではなかった。
 それをやってしまえば完全に終わってしまう。自らの決意も、郁乃の死も全て無駄となる。
 残るのはただの卑怯者。それは死よりも唾棄すべき行為だった。

「それだけは……できない……! それをするぐらいなら死んだほうがマシだ……!」
「でしょうね。貴方はは絶対にできないでしょうね。なら、下手な感傷に浸らずやるべきことをやることね」
「くっ……」

 謙吾は拳を爪が食い込むほど強く握り締める。
 環の言葉がひどく図星を突いていて、なのに一言も言い返せなかった。
 そんな謙吾の苦悩をよそに環は謙吾に背を向け、周囲の様子を伺うような仕草を見せていた。

「どうした向坂」
「シッ! 静かにして、誰か近くにいるわ」
「誰か、か……」
「そう、そして私達の獲物」
「…………」

 環と謙吾は様子を伺うため狭い路地の間に駆け込む。
 人一人がやっと通れるほどの狭い隙間に密着するように二人は身を潜めていた。
 外の様子を伺う環の背後に謙吾は立つ。
 血と硝煙の臭いに混じって環の綺麗な髪の仄かな甘い匂いが謙吾の鼻腔をくすぐる。

「宮沢君……変な気起こすと殺すわよ」
「俺をバカにしてるのか向坂。なぜお前に欲情せねばならんのだ」
「何よそれ、まるで私が女として魅力が無いみたいな言い草じゃない」

 変な気を起こすなと言っておいてそんな気を起こすわけがないと答えたら逆に不満な顔をされた。
 鈴もそうだったが女は考えてることがいまいちよく分からないと謙吾は思う。
 その気まぐれさ――目の前に立つ環の佇まいはどことなく猫を彷彿させる。
 さしずめ鈴が野生的な山猫とすれば、彼女は気品と力強さに満ちたシャム猫だろうか

549 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:20:01 ID:mi.frjBM0
 
「いや、向坂は誰が見ても魅力的だと思うぞ」

 そっけなく謙吾は答える。
 単純なスタイルでは来ヶ谷唯湖に勝るとも劣らない。
 だがあまりにそっけなく乾いた返事が環にあらぬ誤解を生じさせた

「……もしかして宮沢君ってホモ?」
「くっ……クラスの女子にそんな疑いの目を何度も向けられたことはあるが、なんで初対面のお前や小牧までも俺をそんな目で……」
「やっぱり自覚はあるんだ。だって雰囲気がそれっぽいもの」
「…………」
「まあ今の私としてはそっち系の人であってくれたほうがありがたいけどね。こんな状態で貴方が変な気起こされたら私はどうしようもないから」

 くすりと小悪魔的な笑みを浮かべる環。
 謙吾は思う、きっとこれが環の本来の面なのだろう。目的のためには手段を選ばず非情に徹しようとする彼女の内面は年相応の物であった。
 とは言え、彼女の死者に対する考えは謙吾自身のものとはまるで正反対で素直に受け入れられる物ではないのだが。
 そうこうしてるうちに通りから人の話し声が近づいてくる。声の調子から男の声のようである。
 環は再び狭い路地から顔だけをそっと覗かせ――絶句した。

「なんなのあの二人……気持ち悪い……」

 大通りには二人の少年が立っていた。
 どちらも環とそう変わらない年頃の少年。
 頭にバンダナを巻いた大柄の少年と、眼鏡を掛けた理知的な少年。
 だが二人ともどういわけか上半身裸である。
 そして一糸纏わぬその上半身は見事なまでに鍛え上げられた筋肉が備わっている。
 そんな彼らは筋骨隆々の身体をボディービルダーのようなポーズを繰り返し取っていた。

 割れた腹筋。
 ポージングを取るたびにぴくぴくと蠢く背中の僧帽筋と三角筋。
 そして洗練された筋肉の象徴とも呼べる上腕二頭筋の力こぶ。
 まるで沈みかけの太陽に見せ付けるかの如く彼らは己の肉体美を競い合っていた。

550 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:21:04 ID:mi.frjBM0
 
「どうした? 何が見えるんだ向坂」

 謙吾の位置からは二人の様子が伺えないため、なぜ環が呆然とした表情で立ち尽くしているか分からない。
 彼もまた身を乗り出すように覗き込むと、二人の少年の片割れ――大柄な少年を見て声を失った。

「そんな――真人……」

 愕然とする謙吾。
 まさかこんなに早く親友の一人と再会してしまうとは思わなかった。
 そして最も忌むべき再会を果たさなければならない現実が彼に突きつけられようとしている。

「ふうん……彼、貴方の知り合い?」
「ああ……大切な仲間の一人だ」
「それで彼が貴方の守るべき人ってわけ?」
「…………」

 謙吾は無言で首を振った。
 その仕草を見て環はくすりと嗤う。

「そう、なら私達のやるべきことは一つ。OKかしら?」
「…………」
「黙っていたらわからないわよ。友達を前にして決意が鈍った? どうせ私達は目的の人以外の知り合いを殺さないといけないのよ。遅かれ早かれね」
「それは――わかってる……」
「貴方が吹っ切れるちょうどいい機会じゃない。彼を殺して貴方の目的を最期までやり遂げるか、それとも彼と感動の再会を果たすか。もっとも後者の場合、私は全力で貴方達を殺しにかかるけど」
「くっ……」


 撃ちなさいよ臆病者――その程度の決意で彼を守るなんて笑わせるんじゃないわ

551 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:22:37 ID:mi.frjBM0
 

 揺れる謙吾の心に小牧郁乃の最期の声が響く。
 ここで信念を曲げてしまえばなんのために罪無き少女を殺めたのだろうか。
 郁乃の嘲り笑う声が耳元で木霊する。

「元より戻る道は無い――俺は……俺は理樹を……理樹を守るため真人を殺す」
「そ、じゃあ私はあっちのメガネ君をやるわ。バンダナ君は貴方がケリを付けなさい。まずが私が前に出てメガネ君を始末するから。ああ、それと宮沢君」
「何だ」
「貴方もう一挺銃を持っていたでしょ。それ貸してくれない? 私の狙撃銃じゃあ近距離で扱いにくすぎるの」
「ああ……」

 謙吾は郁乃から手に入れたAK-47とその予備弾倉を環に渡す。
 環は謙吾にウインクすると赤い髪を翻して大通りに躍り出る。
 彼女にとってはごく簡単なこと、奇襲を仕掛けてAK-47の掃射を浴びせる。至近距離では絶対に回避のしようのない攻撃。ただそれだけ。
 




 ■




「ふぅ……さすが俺達だぜまさか天は至高の筋肉との出会いを与えてくれたのだからな」
「ええ、まったくその通りですよ。井ノ原さん。わたしもあなたのような究極の筋肉に出会えた事を天に感謝しなければ」
「よせやい照れるぜ。お前の計算され尽くした筋肉美には俺のトレーニングもまだまだ足りないことを実感させられたんだからよぉ」
「ご謙遜を。わたしも自分の筋肉を黄金率の筋肉との自負がありましたが、あなたの出会いによってその自信を粉砕されましたよ。あなたの天性の筋肉美、それは決して理論ではたどり着けぬモノ」

 すっかり意気投合した真人と高松はお互いの筋肉の健闘を称え合う。
 筋肉美の方向性は違えど頂点を目指す道は同じ。彼らはお互いのトレーニング方法について情報交換をし合っていた。

552 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:23:58 ID:mi.frjBM0
 
「くおお……こんなトレーニングがあったとは……目からゴボウだぜ……!」
「ははは、それを言うなら目からウロコですよ。わたしもこのような方法があるとは思いもよりませんでした。さっそく実践しなければ」

 二人とも自分のトレーニング方法が最も優れたものだと自負があった。
 だがこうしてお互いのトレーニング方法を確かめ合うと無駄な部分が多く出てくるのだ。

「高松。お前のこの筋トレはこの辺に無駄な部分があると思うぜ」
「なるほど……脂肪の燃焼効率ばかり重視しすぎたせいで肝心の筋繊維の増大を疎かにしてしまうとは……」

 頂点を目指す者だからこそ、変なプライドにこだわらずお互いのトレーニング方法の欠点を見直し、お互いの良いところを取り入れることができるのだ。
 そしてまた一歩、完成された筋肉に近づくことができる。

「ふぅ……もう夕方だぜ……筋肉フェスティバルinマッスルアイランド昼の部も終わりを迎えようとしているな」
「だがこれからは夜の部、大いなる太陽神に代わって無垢なる月の女神がわたし達の筋肉を祝福してくれるでしょう」
「よし、ならば高松。アレをやるか」
「ええ、いいでしょう……!」
「いくぜっ! 筋肉フェスティバルinマッスルアイランド夜の部は朝まで12時間耐久腕立て伏せだぁぁぁぁぁ! 燃えるぜぇぇぇぇぇ!」
「ふふふ……負けませんよ……」

 上半身裸の真人と高松は夕日に向って腕立て伏せを始め出す。
 迸る汗がキラキラと夕日に反射して輝いていた。

「ふん! ふん! ふん!」
「ふん! ふん! ふん!」

 お互い全く同じペースで腕立て伏せを繰り返す二人。
 それは息切れすることもなく、会話も出来るほどの余裕を夕日に見せ付けていた。

553 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:26:18 ID:mi.frjBM0

「ふん! ふん! ……なあ高松。死後の世界でも筋トレはできるんだな」
「ええ……こればかりは神に感謝せざるを得ませんね。ふん! ふん!」

 真人は高松からこの世界が死後の世界であると教えられた。
 最初は半信半疑だった真人であったが、今はもう彼の言葉を信じる気になっていた。
 こんな筋肉を持っている人間が嘘を吐くはずがない。
 そして真人自身もおぼろげながら自分の死因を思い出していた。

 修学旅行中崖に転落し大破したバス。
 重傷を負ったクラスメイトのうめき声で満たされたバスの中。
 真人は事故の瞬間、咄嗟に理樹と鈴に覆いかぶさり二人を事故の衝撃から庇ったのだ。
 結果自身は重傷を負ったものの、理樹と鈴は奇跡的に無傷で済んだ。
 あとは二人が目を覚ましてくれれば――
 痛みで意識を手放しそうになる真人の鼻を突く異臭。バスから漏れたガソリンの臭い。
 これが引火してしまえば全員の命は助からない。

(理樹……早く目を覚ましてくれ……! バスが爆発する前に……!)

 それが真人の最後の記憶だった。

「(そっか……結局バスが爆発しちまったんだな。理樹……鈴……すまねえ) ふん! ふん!」
「ふん! ふん! どうしました? 浮かない顔をして」
「何でもねえよ……ふん! ふん!」
「わたしには分かりますよ。だってわたしには聞こえます。あなたの筋肉が泣いてる声を……ふん! ふん!」
「ははっ、やっぱ筋肉はお見通しってわけか。ちょっと……死んだ瞬間のことを思い出してな。ふん! ふん!」
「ふん! ふん! 深い理由は聞かないでおきます。ここにいる時点で、無念の想いを残して亡くなったことは想像できますから……」
「ありがとよ。でもまあここに理樹も鈴も謙吾も恭介も来てるんだから、ここでも仲良くしていくぜ。ふん! ふん!」

 真人は感傷を振り払うかのように腕立て伏せに没頭する。

「死んだ人間にまで殺し合いをさせようだなんてあのコスプレ男も何考えてるかわかんねえぜ……ふん! ふん!」
「神ゆえの気まぐれなのでしょう。どうせ死んだところでわたし達は時間が経てば生き返りますからね。ただ、生き返ると言っても痛みがあるのがネックですがそのうち慣れますよ。ふん! ふん!」
「どうせ生き返るのならみんなで筋トレすれば平和に解決にできるってのによ。マッスル&ピースは世界を救うんだぜ。ふん! ふん!」

554 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:27:41 ID:mi.frjBM0
 
 わざわざ殺し合いに参加せず。この高松と一緒に筋肉の頂点を目指し、理樹達と今までの通りの暮らしが出来ればそれだけ十分だった。
 そんな想いを胸に腕立て伏せを続ける真人の背後から声がした。


「ねえ……その話……もっと詳しく聞かせてくれないかしら?」




 ■




 何を馬鹿なことを聞いているんだろうと環は後悔した。
 無防備に腕立て伏せをしている二人にそのまま銃を撃ち込めばそれで済むはずだったのに、
 死者が蘇るという彼らの会話がどうしても気になって話しかけてしまった。

「き、聞いたか高松っ! 俺達の筋肉に魅せられた同志がやってきたぞ! すまねえ……12時間耐久腕立て伏せは一旦中止だぜ!」
「構いませんよ。わたし達にとっては同志の出現こそが最も喜ばしいこと……それも女性の参加者とは……」

 立ち上がった二人は環に向って筋肉アピールをする。
 白い歯を覗かせてポージングを取る二人。厚い胸板の大胸筋がぴくぴくと震える。

「むん! どうだ俺達の肉体美! ビビデバビデ像なんて目もねえ!」
「それを言うならダビデ像ですよ。むん!」
「いくぜ新たなる同志よ! 筋肉リミッター解除、コード筋肉ッ、極める! でぃゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 新たな同志の出現に歓喜に打ち震える筋肉達。
 だが環はそんな彼らに非情の言葉を投げかけた。

555 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:29:01 ID:mi.frjBM0
 

「早く服着なさいよ……気持ち悪い」


「ぐはぁっ!」
「井ノ原さんしっかり!」

 環の言葉をまともに浴びた真人は地面に崩れ落ちる。

「くっ……やはりわたし達の活動はまだまだ世間に受け入れられないんですね……だがわたしはあきらめません!」
「けっ、筋肉に興味ないならさっさとどっかいきな。俺達は筋肉フェスティバルの真っ最中なんだ」
「貴方バカでしょ」
「てめえ! バカと言ったなバカと! はん、どうせ俺はバカですよーダビデ像をビビデバビデ像というぐらい馬鹿ですよーだ」
「お、落ち着くのです井ノ原さん……!」

 ふて腐れる真人をなだめる高松に環は話しかけた。
 どちらも馬鹿であるがこちらの眼鏡の少年は多少はマシだろう。

「私が興味があるのはそんな気持ち悪い筋肉話じゃなくてその後……ここが死後の世界という話よ」
「筋肉トークが気持ち悪いという発言は頂けませんが、その様子だとあなたも死んだばかりの人間というわけですね」

 高松の眼鏡がきらりと光る。高松は眼鏡を指で押し上げると言葉を続けた。

「ここは現世で無念の死を遂げた人間が集まる場。神によって理不尽な死を押し付けられた人間の集う煉獄ですよ」
「はぁ……? 貴方頭大丈夫?」
「ここに着たばかり人はみんなそういうんですよ。死の瞬間の記憶の混濁により自らの死を認められなくてですね」

 完全に頭のおかしい人間のようだ。
 ここが死後の世界で自分はとっくに死んでいるのだと。
 わざわざ話しかけてみた自分が馬鹿みたいだと環は思った。

556 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:30:49 ID:mi.frjBM0
 
「もしかするとあなたは――生前、似たようなイベントに巻き込まれて命を落としたのではないでしょうか? あくまでわたしの想像ですが」
「なに……よ……それ」
「いやはや神は残酷だ。生前に殺し合いを強要され、死んでまで殺し合いをさせられるとは全くもって許しがたい存在ですよ。神というものは」

 頷く高松に合わせるように真人が口を開く。

「俺も最初は到底信じられなくてよ……こいつのことひょっとして俺より馬鹿なんじゃねえかと思ったけど、俺も思い出したんだよ。自分が死んだ時のこと」
「なんですって……!」
「俺の場合はバスの事故だ。修学旅行中に乗ってたバスが崖に落ちて死んじまったらしくてな。結局俺の親友も一緒にここに来る破目にだ。理樹に鈴に恭介、それに謙吾……」
「なっ……」

 真人の口から飛び出した言葉はあまりに衝撃的だった。
 彼の言葉を信じるなら謙吾もすでに死亡してここに連れて来られたということになる。
 そしてそれが真実なら――環自身もすでに死者であることの証明だった。

「だからわたし達はSSSという組織を結成して神への反逆を企てようとしているのですよ。生きているときに理不尽な運命を課せ、死してなおも理不尽な運命を課す神を討つために」
「………」
「さあ! あなたもわたし達とともにゆりっぺさん、いえ同志仲村ゆりの元へ参りましょう!」

 狂信者のように演説をして環に手を差し伸べる高松。
 彼は全く悪意無く純粋な気持ちで神への反逆の正当性を説く。

「……こんな話をまともに聞こうとした私がバカだったわ。もういい、消えなさい」

 あきれきった表情の環は手に持っていたAK-47を高松に向けると躊躇無く引き金を引いた。
 至近距離で放たれた無数の礫が高松の至高の筋肉に深々と突き刺さる。
 あまりに突然の環の凶行に高松は成すすべがないのだった。

「ぁ……が、ふっ……!」
「高松ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 崩れ落ちる高松の身体。それを抱きとめる真人。
 環が放った礫の群れは高松の筋肉を手の施しようのないぐらい破壊し尽されていた。

557 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:32:10 ID:mi.frjBM0
 
「ぁ……井、ノ原さん……」
「喋るな今手当てを……!」
「す、すみま、せん……この傷は、致命……傷です……心配、しないでください……その内生き返りますから」
「強がってるんじゃねえ! 生き返ると言っても痛みはあるんだろうがっ!」
「はは、馴れてますか、ら」
「高松ぅ……」

 ゆっくりと高松の身体から力が抜けてゆく。
 真人はその光景を成すすべもなく見守っていた。

「悔しい……です。わたしの……筋肉が、銃に負けるのは……」

 その言葉を最後に高松は息絶えた。
 環は肩で息をしながら残された真人と対峙する。

「タカ坊も雄二もこのみがとっくに死んでいる? 寝言は寝てから言いなさい。あ、死んだら寝言も言えないか」
「てめぇ……よくも高松を……! この落とし前はきっちりつけさせてもらうぜぇ……」
「…………」

 AK-47は弾切れを起こしてしまっている。
 予備の弾倉はあるが再装填する余裕なんてない。

「殺しはしねえよ……少しばかりおねんねしてもらうぜ……」
「(ちっ……宮沢君早く着なさいよ……ッ)」

 拳を鳴らす真人の巨体。
 格闘で環が真人に勝つのは不可能である。
 いや、銃に弾が装填されていたとしてここまでの距離で真人を無力化するのは難しい。
 頼みの綱は謙吾だけだった。

「――そこまでだ真人」

 今にも環に飛び掛らんとする真人の背中に冷たい金属の感触が伝わる。
 かつての真人の親友は低く感情の無い声で真人に散弾銃の銃口を向けていた。

558 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:33:28 ID:mi.frjBM0
 
「宮沢君遅いのよ……てっきり逃げたと思ってたわ。でも、その様子だと覚悟はできたようね」
「……覚悟なんてとっくにできているさ」
「てめぇ……どういうつもりだ……謙吾ォォォォッ!」
「見ての通りだ真人、お前の怒りも哀しみも憎しみも俺が全て背負ってやる。だから理樹のことは任せろ」

 親友が自分に銃を突きつけている姿が真人は信じられなかった。いや、信じたくなかった。
 だが謙吾の「理樹は任せろ」という言葉の意味はよく理解できていた。

「おい謙吾ぉ……お前たまに俺よりバカになる時があるのは知っていたがここまでバカだとは思わなかったぜ。答えろ謙吾ォッ!」
「ぬかせ、お前にバカ呼ばわり筋合いはない」
「ンなこたわかってんだよっ! そんなことして理樹や鈴が喜ぶと思ってんのかよ!」
「もちろん哀しむだろうな。だがお前のような馬鹿でも恭介のように器用でもない俺はこうするしかない。理樹を生き残らせるためにはお前や恭介……そして鈴も殺す」
「このバカヤロウが……!」
「ああ、お前の言うとおり俺は馬鹿者だ」
「そこまで分かってるなら銃を降ろせよ謙吾ぉぉぉッ」
「……それはできない。俺はすでに人を殺している。それも全く無抵抗の少女をな」

 哀しみを称えた瞳で謙吾は己の犯した罪を淡々と告白する。
 まるで自らに対する罰を与えるかのように。

「あの子に言われたよ。自分一人まともに殺せない人間が理樹を守り抜くことなんてできないって。俺の決意はそんなものなのかと」

 郁乃が遺した呪いは謙吾を蝕み、親友すらも飲み込もうとしている。
 それが郁乃の命を奪った謙吾の代償。止められぬ哀しみの連鎖。

「分かっただろ……ここで俺が揺らげば彼女の死が全て無駄に終わる」
「一人でカッコつけてんじゃねえよ……! 良いこと教えてやるよ……ここは死後の世界で、俺達はとっくに死んでいて、ここで死んでも後で生き返るってな」
「なんだと……?」

 真人が口にした思いがけない言葉。
 死後の世界。
 死者の復活。
 どれも信じられない言葉である。

559 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:35:08 ID:mi.frjBM0
 
「俺も高松からその話を聞いたときは信じられなかったけどよ、思い出したんだよ……俺達が死んだ原因を」
「な、に……?」
「忘れてるなら教えてやるよ――修学旅行の日、俺達が乗ったバスが崖の下に落っこちたことをなぁっ!」
「!?」
「落ちた時はまだみんな生きてたよ。だけどみんな骨が折れたりしてまともに身動き取れねえ、救助が来れば全員助かるはずだった」
「真人、黙れ」
「ははっ、その様子だと知ってるようだな。だけど俺達は全員死んじまった……バスから漏れたガソリンに火がついてみんな木っ端微塵だ!」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 『まだ』バスは爆発していない! 時はあの時で止まったままだッ! 俺もお前も理樹もまだ生きている……! 奇跡はまだ続いているんだ!」

 奇跡はまだ起き続けている。
 だが奇跡はいつまでも続くはずがない、だからその為の準備をあの世界で謙吾達は長い時を繰り返し続けている。
 いつか迎える奇跡の終焉の時、残された理樹と鈴が強く生きていくための準備を。
 知っているのは謙吾と恭介のみ、残りの皆は作られた幻想世界で真実を知らぬまま日常を送っている。
 真実を知らない真人の言葉が本当ならば奇跡がすでに終わっていること他ならない。
 それは謙吾の決意を根底から覆してしまう事実。絶対に認めるわけにはいかなかった。

「それに死んだ人間が生き返るだと? ふざけるな真人ッ! あの子が……あの子が生き返るものか……割れた西瓜のように弾け跳んだあの子の顔が元通りになるわけないだろォォォォ!」
「謙吾……」

 涙を流し咆哮を上げる謙吾を真人は見つめ続けていた。
 少し立場が違えば真人もまた謙吾と同じ行動を取っていたかもしれない。
 真人は謙吾に向き直るとあぐらの姿勢で道路に座り込んだ。

「けっ……わかったよ謙吾。俺の命、てめえにくれてやるよ。でもな謙吾……俺や恭介はともかくお前は鈴を撃てるのか?」
「……っ」
「ほら迷ってるじゃねえか、なるほど……てめぇが殺した女の子の気持ちが今ならわかる気がするぜ……」
「真人……」
「まだ――間に合うぞ。今ならてめえの顔面一発ぶん殴ってチャラにしてやるよ」
「すまない、真人……」
「……ほんと不器用なやつだな謙吾は。俺ぐらいバカならここまで苦しまなかったのによ。そこまで言うなら死んでも理樹を守りぬけよ。あいつを途中で死なせたら絶対化けて出てやるからな」
「ああ……理樹は絶対守ってやる」
「はん、できればそこは理樹と鈴にして欲しかったけどな」

 謙吾は真人の鍛え上げられた胸板に照準を合わせる。
 せめて顔だけは綺麗なままで。
 真人は目を閉じ仄かな笑みを謙吾に向けて最期の言葉を紡いだ。


「じゃあな――謙吾。理樹を頼む」

560 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:36:29 ID:mi.frjBM0




 ■




 空は赤く染まり灰色の街並みも空と同じ色に染まっていた。
 まるで世界が燃え落ちるような色。真人の亡骸は仰向けに大の字に寝そべるように横たわっている。
 その顔はどこか満足そうな笑みを浮かべ眠っているように見えた。
 全てが終わった後、謙吾と真人を見守っていた環が初めて言葉を発した。

「ほんと男の友情って暑苦しいわね……タカ坊と雄二もあんなのかしら」
「どうした向坂。死者に対する感傷は持たないんじゃなかったのか?」
「別に……そんなつもりじゃないわよ。ただ私にもいずれこうなる時が来たらどうしようかって。私の場合守りたい人が複数人いるから」
「……誰を最終的に生き残らされるか決めているのか?」
「いいえ、まだよ」
「決めるなら早めに決めておくことだな」
「命の優先順位か……嫌な言葉」
「何を言うか、俺もお前も地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
「あら、私の事を嫌いだと言ったばかりなのに」
「ふん……」

 環は謙吾の前に回りこむと小首を傾げ、上目遣いで謙吾を見て言った。

「それと、私のことは環でいいわよ? 私も貴方のこと謙吾って呼ぶから。ふふっ、地獄まで付き合ってもらうって言われたんですもの。他人行儀な呼び方なんてつれないわ」
「……勝手にしろ」

 そして二人は道路に横たわる二体の亡骸を一瞥した後、歩き出した。

「ねえ謙吾」
「何だ……?」
「彼――井ノ原君が言っていたバスの事故って本当なのかしら」
「……さあな。どうせ奴の妄言だ。気にすることはない」
「嘘。あの時の貴方どう見ても動揺してたわよ」
「…………」

 謙吾は環の問いに一言も答えなかった。

561 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:37:41 ID:mi.frjBM0
 
「あら、だんまりかしら。まあ別に私も深く詮索しないけど」

 口ではそう言いつつも胸の奥底に残る小さなしこり。
 高松の言っていた死後の世界と死者の復活。どれも正気の沙汰でなく信じられるものではない。
 だが真人の言っていたバスの転落事故。これは謙吾の反応から間違いなく事実で謙吾もその事故に巻き込まれていることは伺える。
 だが謙吾は『まだ』バスは爆発していないと答えていた。
 もしバスの爆発が本当なら謙吾も真人も高松は死者であり、環自身も蘇った死者であることを認めざるを得ない。

「蘇る死者か……」

 生ける死者が持ち込んだ死者蘇生の理。
 それはゆっくりであるが他の生者に広がりをみせつつあった。
 まるでウイルスの如く感染してゆく復活幻想。
 この島に蔓延る殺戮遊戯とは異なる狂気が人から人へと伝播する。

562 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:38:23 ID:mi.frjBM0
 




 【時間:1日目午後5時30分ごろ】
 【場所:G-3】


 宮沢謙吾
 【持ち物:ベネリM4 スーパー90(5/7)、散弾×50、水・食料二日分、不明支給品(真人)、インスリン二日分】
 【状況:健康】


 向坂環
 【持ち物:AK-47(0/30)、予備弾倉×5、USSR ドラグノフ (9/10)、不明支給品(高松)、予備弾倉×3、水・食料二日分】
 【状況:健康】


 高松
 【持ち物:無し】
 【状況:死亡】


 井ノ原真人
 【持ち物:無し】
 【状況:死亡】

563 ◆ApriVFJs6M:2010/12/01(水) 00:39:09 ID:mi.frjBM0
投下終了しました。
タイトルは『Rebirth Syndrome』です。

564意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:48:31 ID:/L8RnJR.0
深緑の森の中を二人の異様なコンビが進む。
先導するはクンネカムンの皇として君臨するクーヤ。
大股でドシドシと歩く様は威厳を持とうとする表れであろうか。
といっても、可愛らしい顔つきに加えて横に伸びた兎のような耳が威厳をどうしても半減させる。
背伸びしたがりの子供、見るものが見たらそう評されるだろう。

「カッペー、向こうに見えていた道に出なくていいのか? あっちの方が舗装されていて歩きやすいのではないか?」
「確かにあっちは歩きやすいと思うけど、あんな開けた場所で襲われたら元も子もないからさ。
 だったら身を隠す木とかがあるこっちのほうがいいかなって思ったわけ」

後方を歩くのは柊勝平。
華奢な体つきに道行く人が見れば美少女と見間違えるような顔立ち。
そして、クーヤの後ろをおずおずと歩く様が見ていて小動物を想起させ、微笑ましい雰囲気を醸し出している。

「ふむ、カッペーは賢いなっ! それに比べて余は情けない……」
「そんなことないよ、殺し合いに乗ろうとしていたボクを止めたのはクーヤちゃんじゃないか、それだけでもすごいよ」

それに本当に情けないのはボクの方だ、と心の中で付け加えた。
草のさわやかな匂いが風に乗ってやってくる。匂いは鼻に入り、晴れ晴れとした大自然の中にいるような、そんな気分にさせる。
それでも、勝平の気は晴れず鬱屈としていた。

(確固たる意志を持っているクーヤちゃんと違ってただ流されているだけ。年下の少女に導かれるままだ、今のボクは)

最初は殺し合いに乗ろうと思ったが、結局は無理だった。銃の引き金に手をかける所までは行けた、だがそれから先には到達できない。
勝平にはクーヤを殺すことができなかった。何故か? 

(まぶしすぎるんだよ、クーヤちゃん……ボクみたいな日陰者と違って)

この殺し合いでも揺らがない鉄の如き意志に押されてしまった。クーヤに比べて自分は薄っぺらく、見るに耐えないと自嘲する。
暗い暗い闇の底に落ちて行くような、そんな錯覚さえも感じるほどに勝平は落ち込んでいた。
表情こそ明るい風を装っているが中身は真っ暗でドロドロとした感情が常に生まれている。

565意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:48:56 ID:/L8RnJR.0

(ただ生き残りたかっただけ、人間の本能に従っただけなボクと違ってキミは他の人の事も考えていた……勝てるはずがない)

醜くとも、浅ましかろうとも関係ない。生きたかった、こんな人と人が血で血を洗うようなキリング・フィールドな島で死にたくなかったのだ。
あの最初の部屋で見た惨劇のヴィジョンを見てそう思った。
首が破砕し飛び散った脳みそ。ボトリと糸の切れた操り人形のように倒れる人であったモノ。流れだす赤の液体。それらの匂いがないことが唯一の救いであった。
もしあったら、今頃自分は発狂していることだろう。
結論、こうなりたくないから乗った。ただそれだけのつまらない理由。
現在は年下の少女に諭されて乗らない――実に滑稽。ただ流されているだけの行動方針だ。

(どっちつかずのコウモリみたいなんだよ、ボクは)

武器がないという言い訳も通用しない。現段階の装備で殺し合いに乗ることだって出来る。
背に背負っているデイバッグの中にある銃――MAC M11 イングラム。所謂大当たりの支給品というやつだ。
この凶器を使えば、簡単に人を血溜まりの池に沈めることが出来る。
されど、今の勝平には銃を使う勇気がなかった。人を殺すことが怖い、考えるだけで身体が震え出す。

(何をやろうとしていたんだ、ボクは……人を殺すことはこんなにも怖いっ……!)

もう嫌だ、逃げ出したい。人を殺すのも怖い、ただこうやって流されているのも怖い。
勝平はこの島の何もかもが怖かった。かといって自殺する勇気なんてありはしない。八方塞がりだ。

(それでも……ボクは生きたいんだ! まだ死にたくない、死にたくないっ……)

勝平が延々と負のスパイラルに陥っていたその時。

566意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:49:23 ID:/L8RnJR.0

「少し宜しいかな」

野太いバス声が二人の耳に入ってきた。声からは格式ある気高さを感じさせる。
ともかく、勝平は思考を一時停止して、声のした方向へ目を向ける。そこにいたのは執事服を身に纏い、眼鏡をかけた壮年の男。
振る舞いは悠然としていて、怯えが全く見られない。

「きゃっっ! いきなり出てくるでない!」
「おっと、驚かして申し訳ない。わしの配慮が足りなかったようだ」
「い、いや驚いてなんかいないぞ! ただな、いきなり声をかけられてうおってなっただけだ!」
「だからそれが驚いてることなんじゃ……いやそんな睨まれても。……はいはい、クーヤちゃんは驚いていませんよー」
「カッペー! 馬鹿にするでない、大体、余は……」
「その話はさっき聞いたよ。もう、どうして素直になれないのかな?」
「余は素直だ!」
「ええー」
「なんだ、その不満そうな表情は!」
「イイエボクハチットモフマンジャナイデスヨ。クーヤチャンハマッタクオドロイテイマセン!」
「棒読みだろう!」
「きゃっって悲鳴を上げたのにまだ否定するの?」
「おい……」
「だーっ!!! 余は皇だ! そんな可愛らしい悲鳴など上げておらん!」
「強情だなあ……別に皇が可愛らしい悲鳴をあげたっていいと思うけどねー」
「おい……!」
「それはならん、皇とは常に冷静であるものであってだな……」
「わかったわかった、そういう事にしておくから。本当に素直じゃないんだから……」
「また蒸し返すか!」
「貴様らああああああああああああああ!  いつまでストロベリってんじゃああああああああああああああああ!」

大きな大きな怒声が広範囲に響き渡った。そして数秒間の静寂。
気まずい空気が辺りに漂っている。ともかく、このままではいけない、二人はそう思い、体をビクっと震わせて恐る恐る男の方へ向く。
うわあ。思わずそんな声が勝平の口から漏れてしまった。何故なら。

567意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:49:48 ID:/L8RnJR.0

(この人、かなり怒っている……)

顔には血管が浮き出し、地面に足がめり込むほど力をいれている。
どう見てもマジギレ状態です、本当にありがとうございました。

「す、すまぬ。周りが見えてなくて……」

この空気のままにしておくのはいけないと思ったのかクーヤがおずおずと謝った。それに続いて勝平も小さな声で謝罪の言葉を口にする。
さすがにこの調子でずっといる訳にはいかないと二人は思ったためだ。

「むぅ、こちらこそ悪かった。わしも大人気なかったしな。ともかく自己紹介がまだだったな、わしは長瀬源蔵だ」
「余はアムルリネウルカ・クーヤ、クンネカムンの皇をやっている」
「ボクは柊勝平、職業は旅人……かな?」
「皇と旅人とはまた面妖な組み合わせよのう……まあそんなことはいい。
 君達に声をかけた理由はな、とある女の子を見たか聞きたかったのだ、十波由真という女の子なんだが」

二人の謝罪に対して源蔵も自分の非を謝罪した。そして、二人に声をかけた本来の目的――人探しについて伝えた。
探し人である十波由真の特徴をつらつらと上げていく。髪型や背丈など見分けるのに必須な点について二人に伝えたが。

「すまない、余はそのような少女を見ておらん」
「ボクもだね。力になれなくてすいません」
「そうか……」

源蔵はしょんぼりと肩を落として顔を伏せる。最初にあった悠然さは何処にもなく、身体が小さく見えるほどだ。
二人は気づくことはなかったが、よくみると服は薄汚れていて、顔には汗が垂れた跡が見える。
表情からは伺うことはできないが、この森の中を必死に動きまわっただろう。

568意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:50:39 ID:/L8RnJR.0

「由真はな、大切な、命にも代えがたい、大切な孫娘だ。あの子には幸せな将来を送って欲しかった」

突然、源蔵が顔を上げて小さな声でしゃべりだした。二人ははぁと生返事をするのみ。
それもそうだ、いきなり孫娘語りされて困惑しない訳がない。
どうしたんですかと聞きたい、だけど、この語りを遮ってはいけない気がする、と二人はなぜか思ってしまった。

「そう思って心を鬼にして厳しいことも言った。それも全部由真のため」

昔語りは続く。懐かしむように由真のことをポツポツと語る源蔵の顔は優しさで満ち溢れていた。
聞いている二人も気持ちが暖かくなる、そんな微笑ましい話だった。

「わしは、孫娘を護る。たとえどんな苦難がこの先あろうとも。だから――」

源蔵の顔つきが変わる。孫を心配する一人の老人から――

「お主らには此処で消えてもらうぞ」

殺し合いに乗った一人の修羅へと。
目には強い炎が点いたようにも見える。
その言葉が言い終わるのを待たずに、源蔵は跳躍。ドンと地面を強く踏みしめる音が鳴った。拳を強く握りしめて、前にいるクーヤに迫る。
二人の距離は少々遠かったがあっという間に縮まっていく。
だが、彼女に拳が届くよりも早く勝平が動いた。驚いて何も行動出来ていない彼女の手を強く後ろに引っぱった。
うわっと間の抜けた声を出しながらクーヤは後方に下がる。

「動かないでください」

源蔵に接近される前に、勝平は勝負に出た。
デイバッグの中に入っていたイングラムを取り出して、両手でしっかりと持ち、銃口を真っ直ぐに向けて威嚇する。
これを見て源蔵は動きを止めざるを得なかった。

569意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:51:18 ID:/L8RnJR.0

「カッ、カッペー!?」
「ふむ、まさかそのようなものを隠し持っていたとはな。いやはや、油断したわい」
「クーヤちゃんは黙ってて……主導権はこっちにあります、大人しくしてください」

勝平はクーヤの前に護るように立つ。
銃独特の感触に思わず眉をひそめた。だがそれも一瞬。いつでも撃てるようにトリガーに指を絡めてキッと前を向く。

(こんなにも早くこれを持つことになるなんてね)

持ちたくなかった、持たなかったら殺されていた。二律背反の感情が頭の中をグルグルと回っている。普段だったら吐いてもおかしくないぐらいに気分が悪い。
だけどこの緊張の中にいるからこそまだ耐えることが出来ている。それに、現在はそんな弱音を吐いてられる状況ではない。
この状況を乗り切ることが最優先目標だ、と己の心に強く戒める。

「チェックメイトです、源蔵さん」
「ふん、殺さないのか? 殺るんならさっさと殺れ」
「…………」
「ふむ、お主――人を殺すことを躊躇っておるな」
「……っ!」
「図星じゃな」

その言葉に勝平は無言を貫くが、身体はそうはいかなかった。ビクっと震え、汗はだらだらと額から流れ落ちている。
誰がどう見ても無言の肯定としかとれない。クーヤから見ても一目瞭然で肯定だとわかるのだ、源蔵がわからないはずがない。

「そうと分かれば、怖くはない」

源蔵が瞬時に跳び、拳の間合いに勝平を捉える。一方、イングラムからは弾丸は発射されない。依然とトリガーは引かれず、指はただ絡めているだけ。
力強いストレートが腹に突き刺さる。勝平は小さく呻き声をあげながら仰向けに倒れていく。
それを呆然と見ていたクーヤが現実に戻る。

570意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:51:49 ID:/L8RnJR.0

「ゲンゾー、貴様! カッペーから離れろぉぉおおおっ!」

懐に仕舞っていた鉄扇を取り出し勢いよく地面を踏みしめて源蔵に接近しようとするが。

「温い」

この一言と同時に放たれた蹴りを腹にくらい、勢いよく吹っ飛んだ。
その間に勝平は起き上がろうとするが、顎に掌底を受け、再び崩れ落ちる。
圧倒的である、戦いにすらなっていない。
そして、地面に落ちたイングラムを拾いあげて、勝平の頭に向ける。

「さっき言われた言葉をそのまま返すぞ、チェックメイトじゃ」
「うぐっ……」
「カッ……ぺー……」
「逃げるんだ、クーヤちゃん……! 早く!」

原と顎に受けた強打による痛みに苦悶の表情を押さえて、とぎれとぎれに言葉を放つ。
勝平の中にあるのは、もう自分は死ぬといった諦観の感情だった。この近距離でイングラムの掃射を躱すことは不可能。
加えて、イングラムの担い手は源蔵。彼の中に油断の二文字はない。
完全な終わりだ。だが、まだ遠くに転がっている彼女は逃げれるかもしれない。それなら少しでも時間を稼ごう。文字通り肉の盾となってでも。
よろよろとクーヤは立ち上がる。二人は彼女が逃げると思ったが、実際は違った。あろうことかそのまま鉄扇を構えて源蔵を睨みつける。

「何で……」
「わしも疑問に思う。お主、なぜ逃げぬのだ。こいつが命を懸けて創った活路じゃぞ? まあ、どっちにしろ逃がさんが」
「逃げ……る? ハハハハハッッ! 笑止! 何故逃げる!? 余はカッペーを見捨てない!」

その言葉は勝平の胸を大きく揺さぶった。こんな中途半端な自分を見捨てない、それがどんなに苦しいことか。
だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、嬉しさで心臓が高揚していく。

(クーヤちゃんは立ち上がった。圧倒的な武装の差なのにボクを見捨てないで源蔵さんに立ち向かおうとしている。
 それに比べてボクは何だ? グチグチと悩んでばかりで行動しようとしない、直ぐ諦めてばっかりだ)

571意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:52:26 ID:/L8RnJR.0

足はふらふらで片手は蹴られた腹を抑えている。満身創痍と言っても過言じゃない。
それでもクーヤは両足を地につけて立っている。まだ終りじゃない、諦めたくない、その思いが彼女の力となっていた。

「逃げ……るものかっ……! 皇が、見捨てることなど、できるかぁぁぁああぁああぁぁああぁあ!!!!」

その声を聞いた時、勝平の何かがぷつんと切れた。
このまま寝そべっている場合じゃない、立ち上がれ、そして意地を見せろ。
“皇”が命を懸けて立ち向かうというのに“部下”がこの有様、嗚呼情けない。

(ボクは――――)

まだゲームオーバーには早過ぎる。クーヤと自分、いや、出来る限りの参加者を助けながら脱出。その栄光をつかむんだ。
先程までのただ他人の考えに流されていた自分はもうやめだ。
ここにいるのは確固たる意志を持つ自分。
思考はクリア。今、何をすべきか? 当然――。

(抗おう。誰の借り物の意志でもない、僕自身の意志で。クーヤちゃんの理想を支えるんだ!)

572意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:52:43 ID:/L8RnJR.0



さあ。



柊勝平を始めよう。

573意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:53:09 ID:/L8RnJR.0
「ならお主から黄泉の国へ送ってやろう」

銃口と視線が勝平からクーヤに変わる。チャンス。今の自分は一瞬だが完全にフリー。
この好機を活かさずしてどうするのか。

「う、おぉぉおぉおおおおぉおおおぉぉぉおおおおお!」
「ぬ……!」

勢いをつけて体を起こしそのまま源蔵におもいっきり体当たり。例えみっともなくとも、浅ましくとも。もう絶対に諦めないと決めたから。
だから、戦う。彼女と並んで歩けるような、肩を貸されながらでも、二人一緒に歩きたい。
そう思ったから……!

「いい目になったな小童め、だがわしにも譲れぬモノがあるんじゃ! 優勝して由真を元の日常に帰してみせる!
 そのためにはおぬしらが邪魔だ――――っ!!!!」

源蔵という壁は余りにも大きかった。腹部に蹴撃一閃。勝平はクーヤの元へごろごろところがっていく。
イングラムの銃口が二人をロックオンする、これで本当にチェックメイト。
二人は最後の最後、諦めたくない一心で死ぬ寸前まで生きようと足掻く。
だが、無常にもトリガーは引かれ――

「ストップだ、じいさん」

パンと甲高い銃声と共に救世主は現れた。銃弾は源蔵の手に正確に当たり、ほとばしる激痛によって持っていたイングラムを思わず落としてしまう。
銃声の元にいるのは青髪の爽やかな風貌の少年、日向秀樹。手に持つリボルバーからは硝煙がふんわりと出ている。
そしてもう一人の救世主。源蔵に向かって疾走する少女、御影すばる。眼前の“悪”、殺し合いに乗った悪漢を倒すべく走る、奔る、趨る!
この身を風と同化して疾風の如く駆け抜ける。敵への接近は充分だ、いまさら両手でガード? 遅い、あまりにもスロウリィ。
ここまできたら、ただ。

574意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:53:29 ID:/L8RnJR.0

「大影流裏奥義――」

この正義の拳で、

「蓮華双龍掌!」

撃ち貫くのみ。

「ぐっ、が、ぁ」

ドゴンと大きく、そして重い音が響いた。源蔵の大きな体が宙を舞う。そのままの勢いで木にぶつかり倒れこむ。
だが。

「ぬ、おぉぉおおおォォおォォおおおおおおお!」

立ち上がる。負けられない、ここで自分が地に伏せたら誰が大切な孫娘を護るというのだ。その譲れない思いがこの体を突き動かす。
頭からは血が流れ出し、肋骨は何本か折れているだろう。
口の中は鉄の味――血が充満して、苦い。
だがそれがどうした、それぐらいの些細なこと、知ったことじゃない。
襲い掛かる激痛に耐え切れず、瞳からは涙が出る。体からは痛みによる汗がドバドバと放出される。
そんな狂いそうなくらいの痛みを抑えて。

「わしは、まだ――立っているぞ」

カッカッカッと笑う。白い歯を見せて不適に立ち振る舞ってみせる。
口から流れ出る血交じりの唾をペッと捨てて、再びファイティングポーズをとった。
まだ戦える、その意思表示として。

「調子に乗るなよ、餓鬼共」

四人に緊張が走る。あれほどの打撃を受けてまだ起きていられることに加えて啖呵を切れるその胆力に。
数では圧倒的に有利なのに不安が拭いきれない。

575意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:53:58 ID:/L8RnJR.0

「へっ、正面場だな」
「油断してはだめなんですの」
「其方達がいったい……?」
「そうだな、正義の味方って所だな」
「そうですの、悪を成敗する正義の味方! ですの」
だからといってあきらめるということは四人の中に存在しない。例えどんな強敵でも立ち向かってみせる。
日向はデイバッグから釘打ち機を取り出し、すばるは拳闘の構えをする。
クーヤは鉄扇を広げ、勝平はイングラムを拾う。
そして、刹那。



「何をやっているのだ、貴様達」



一人の少年の声が場に乱入した。

「き、さ、ま……っ」

何かが貫かれる音。ごぼごぼとくぐもった息が吐かれる音。

「さっさと殺せばいいものを、何をもたついている」

じゅぼっと何かが引き抜かれる音。どさっと人が崩れ落ちる音。
音の四重奏が場に呆然の念をもたらす。

「ふん、他愛もない」

そこにいたのは、大きな血濡れの太刀を持った一人の少年、野田。
その後ろでは唖然としている女性、牧村南。

「………………ゆ…………ま……ぁ…………」

最後に力を振り絞った口から出てきたのは最愛の孫娘の名前。
その断末魔を最後に長瀬源蔵はこの世から去っていった。

576意志を貫け-Braveheart- ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:54:16 ID:/L8RnJR.0



 【時間:1日目午後3時30分ごろ】
 【場所:G-4】

柊勝平
 【持ち物:MAC M11 イングラム(30/30)予備マガジン×5、水・食料一日分】
 【状況:軽傷、呆然】

クーヤ
 【持ち物:ハクオロの鉄扇、水・食料一日分】
 【状況:軽傷、呆然】

御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:呆然】

日向秀樹
【持ち物:コルト S.A.A(0/6)、予備弾90、釘打ち機(20/20)、釘ストック×100、水・食料一日分】
【状況:呆然】

野田
【持ち物:抜き身の大刀、水・食料一日分】
【状況:軽傷】

牧村南
【持ち物:救急セット、太刀の鞘、水・食料一日分】
【状況:呆然】

長瀬源蔵
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:死亡】

577 ◆5ddd1Yaifw:2010/12/03(金) 02:54:38 ID:/L8RnJR.0
投下終了です。

578 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:33:05 ID:M65N6blg0
投下します。タイトルは「Dead of Alive?」です。

579 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:33:51 ID:M65N6blg0
「ぎゃああああああああっ、いやあああああああああ!!!!」
「ぎゃああああっ、きゃああああああああ、なのれすぅ!!!」

お気楽極楽騒がし乙女、三枝葉留佳。
来栖川重工によるメイドロボ、HMX-17cシルファ。

姦しい二人の乙女は、現在奇声を発しながらも北へ爆走中であった。

というのも、事の起こりは少し過去へ遡る。

580 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:34:23 ID:M65N6blg0
     ※


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

葉留佳は、荒い息を吐きながら大の字になって道路に寝転がっていた。

「はぁっ、はぁっ、このはるちんとしたことが、自分の限界を見誤るたぁっ。先が思いやられ

るぜ…っ、はぁっ、しんどっ」

メイドロボなどとい奇跡の技術の産物であるシルファと出会ってしまった葉留佳。
ひとりが淋しかったのもあるが、こんなユメのカタマリと出会ってしまっては、はるちんハー

トがオーバーマンしてしまうのも仕方のないことなのである。

(「アグ○ス!ア○ネス来いよ!神をも恐れぬ者がここに居るぞぉおおお!!」)
(「なんだこのおっぱいはぁああ!ワタシのものを超えているだと、しかもこの柔らかさはな

んだぁあああ…!!」)
(「一家に一台、一家に一台シルシルをぉおお!なんでウチにないのこれぇ!!」)

と、しばらく奇声を発し続けていたが、慣れない地、慣れない状況、そして銃を乱射した疲れ

もあり、ついにはるちんマックスパワーも限界を迎えたのである。

そして、

「うっ、うっ、うぅ…。もうお嫁にいけないのれすぅうう…っ」

件のメイドはすすり泣いていた。
よほど揉みくちゃにされたのだろう。服が少しはだけ、ブラの肩ひもが少し見えていた。

「でもちょっと気持ちよかったでしょ」
「Σっ、ななななななにをいってるれすかぁああっ!!」

ちょっと図星らしかった。

「はぁっ、いひひひひ」

シルファの隣で笑う葉留佳は未だに息を切らしている。
しかも年頃の女子が野外でスカートを履いて大の字になって寝転んでいた。
乱れまくったスカートからはパンツが丸見えだった。
ちなみにストライプである。

「ぅううううう、はるはるはいぢわるなのれす…」
「ひひひ、ごめんねぇ!」

謝りながらも口調は快活で、悪いとは到底思ってなさそうな感じだった。
しかし、汗まみれになりながらも笑う葉留佳の顔はとても楽しそうで…。
それが心を解すキッカケだったのだろうか。

本来人見知りなはずの、
それが転じて、矯正まですることになった気弱な女の子だったはずの、
シルファの心には、もう既に葉留佳を疑ったり怖がったりする気持ちは、とっくに無くなって

いた。

「ひひひ」(←手をワキワキさせている)

嘘でした。
セクハラを怖がる必要は、まだあった。

581 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:36:00 ID:M65N6blg0

「ねぇ、シルシルはこれからどうすんの?」
「え…?」

葉留佳の方を見れば、やっと息が落ち着いたのか、上体を起こして埃を払っていた。

「わたし…れすか?」
「そう。わたしはさ、友だちやお姉ちゃんがいっしょに連れて来られちゃったみたいなんだ。
だから、みんなを探しに行こうと思ってる。シルシルはどう?知ってる人いない?」

いる。
大事な姉と、ご主人様が。
今頃どうしているのだろう。自分は葉留佳に会えたからいいが、怖い人に襲われたりはしてい

ないだろうか…?

そう考えると、凄く怖く思えてきた。

「そっか、いるんだ…」

コク、コクと頷きを返すシルファ。
葉留佳にもこの頃には、落ち着きを取り戻していた。
シルファを守ってあげたいと思うくらいには、珍しく思考もシリアスになっていた。

「ならさ、わたしといっしょに行こうよ!
 ほら、ふたりでいれば寂しくないじゃん!」

「………め、迷惑じゃないれすか…?」
「へ、なんで?」
「れ、れってわたし、こわがりらし、なんにもれきないし…!」

「いやその理屈はおかしい」
「へ、な、なんれ」

「全男子のロマンたるメイドロボが何言っとるかぁあああああ!!!!
 存在そのものが至高!究極!理想!
 そんなありとあらゆるユメが詰まった存在が迷惑?ちゃんちゃらおかしいわああああ!!!」

葉留佳は、目がマジだった。

「ひぃっ!」

シルファは、本気でビビった。

「わたしはシルシルが居てくれるだけでうれしいよ!
 だから、そんな心配しなくていいの!そうと決まれば行くですヨ!荷物荷物!」
「は、はいなのれす!」

そう言って、葉留佳は89式などの荷物を拾い始めた。

(ありがとうございますなのれす、はるはる…)

そうしてシルファも荷物をまとめ始めるのだが、

(あ、箱…)

そう、シルファが葉留佳と出会った時に被っていたダンボール箱が無かった。

シルファは対人恐怖症である。
そのため、引きこもり先としてのダンボールは彼女にとって必需品なのである。

(箱、箱…。あれがないのらめなのれす…、あ…)

少し辺りを見渡すと、ダンボールは少し離れたところに転がっていた。
葉留佳との邂逅イベントのせいで動きまわったため位置が離れ、
その上に相当イタズラされたためにもう既にボコボコになっていた。

(いくらはるはるとはいえ、ちょっとこれはひろいのれす…)

と頭の中でボヤきつつも、大事な大事なダンボールのために歩き出すシルファ。

しかし、

(え、だれれすか?)

シルファのダンボールを新たな人物が拾い上げた。
長い銀髪に赤い瞳、ブレザー・スカートという女学生らしい出で立ちだ。

もう一度言う。現時点で、ダンボールはシルファに取って必需品である。
しかし、現状唯一のダンボールは、自分の苦手な見知らぬ人に拾われてしまった。

(あ、あれがないとわたしはらめなのれすっ!!)

ダンボール。見知らぬ人。葛藤。

(箱…、で、でも…っ!)

見知らぬ人。ダンボール。やはり葛藤。

(知らない人なのれす、でも箱…っ!)

そして。

「そ、その箱はわたしのなのれす、返してくらさい!」

582 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:36:31 ID:M65N6blg0
ここで確認しておこう。
今現在、この島ではバトルロワイアルが行われている。
シルファも、三枝葉留佳も、当の見知らぬ人物も参加者であり、
実感こそ無いものの、シルファも葉留佳もそのことは弁えているつもりだった。

何故、見知らぬ信用できない人物に。
何故、他ならぬ人見知りのシルファが声をかけてしまったのか。

この事態の結末として、シルファとダンボールを拾った人物の目が合った。

そして、闖入者がぼそりと呟くのをシルファは見、聞いた。


「ガードスキル。ハンドソニック」


シルファの箱は、真っ二つになった。
シルファはそれを見た瞬間。悲鳴を上げた。
葉留佳は荷造りを終え、それを聞いた。
シルファが反転し、闖入者も同時に駆け出した。
葉留佳は二人の姿を確認し、やはり悲鳴を上げた。
シルファと葉留佳は逃げ出した。
闖入者はそれを追いかけた。

闖入者の名を、立華奏と言った。
葉留佳とシルファは彼女がHarmonicsという能力による分身であることを、
今はまだ知らない。


――そして時は動き出す――

583 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:37:08 ID:M65N6blg0



――よく、考えてみよう――

音無結弦は、思考の海に沈んでいた。

まず、今までの経験からして俺や戦線のメンバーが死者であることは確実だ。
ほぼ全員に自分の死んだ時の記憶があるし、自分が世界にとどまっている理由――
未練がなんであるかを理解している者も多い。

すなわち、少なくとも俺や、巻き込まれているSSSの連中は「死者」だ。


次に、先ほどの少女のことを考えてみよう。

結論から言って、あの少女は確実に死んでいた。
死後硬直も確認したし、既に血も乾ききっていた。
そう、あんなに大量の血が完全に乾いていた。

俺たち死後の世界の人間は、死んでもしばらくすると生き返る。
死んだ時の身体の損壊度や程度差はあるが、だいたい数十分程度で身体に関しては完治する。
少なくとも、あんなに大量の血が乾くまで生き返らないということはない。

つまり、俺たちの基準で考えてみれば、あの状態はありえない。
そして同時に、あの少女が再び息を吹き返す可能性は、ほぼ無い。

ここまでは先ほども考えた通りだ。


あの天使のような男は俺たち120人に「最後の一人になるまで殺し合いをさせる」と言った。
なら当然、俺たちのような死後の世界の人間も死ねば生き返ることはないのだろう。
これはゲームなのだ。なら、キャラクターの「ステータス」はある程度統一させるはず。
仮に、死後の世界のように「蘇生」がアリなら、あの少女もとっくに蘇ってるはずなのだ。

ここで疑問が生じる。
俺たち死後の世界の住人が、今この場でだけ真に「死に直せる」のはいいとしよう。
だがそうして「死に直した」場合、何処に行くことになるのか。
まさか、そのまま元の死後の世界に行くことはないだろう。
しかし、今度こそ消滅する、というのも素直には頷けない。
死後の世界では、もう死んでるためにこれ以上死に様がないから蘇生するのである。

また逆に、死後の世界の住人が優勝した場合、何処に帰ることになるのだろうか。
元の死後の世界の帰るのか。説得力はあるが、仮定を信じるなら俺は今「生きて」いる。
それで優勝して死後の世界に戻るのなら、それこそ「死に直し」ではないか。
それともまさか、現実で死ぬ前に戻るというのか?それこそナンセンスだろう。

584 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:37:28 ID:M65N6blg0
やはり、この場所について正しく知る必要がある。
死者が住むから「死後の世界」であって、生きている者が住むから「生前の世界」だ。
規格は合わせる必要がある。
ここが「死後の世界」なら、蘇生ができないように「設定」されている。
ここが「生前の世界」なら、俺たちは一時的に生き返らされている。
現時点では後者の線が濃厚だが、前者の可能性もある。


それに、気がかりなこともある。
俺の仲間、つまり死んだ世界戦線のメンバーは、この「蘇生不可」について気付いているのだ

ろうか。
俺は運が良かった。たまたま死後ある程度経過した遺体を見つけることが出来のだから。
さらに、俺自身が生前の経験からそれなりの医学知識があるのも幸いした。

だが、全員がそうは行かないだろう。恐らく、多くの仲間はこのことに気づいていない。
根は良いヤツらなのだから、基本的には大人しくしているだろう。
しかし、「どうせ死んでも生き返る」と思い込み、誰かを殺している者がいるかもしれない。
最悪なのは、「死後の世界」を証明するために自殺するパターンだ。始末が悪すぎる。
「蘇生」情報を元々生きていた人間に吹聴するのもマズい。異常な状況だ、信じてもおかしく

ない。

ただ、この「蘇生不可」は、このゲーム限定だということも考えられる。
元々生きていた人間がこれほどいること、わざわざこんな舞台を用意してること、
手間がかかり過ぎていることを考えると、「蘇生不可」が一時的なものとは思えない。
だが、可能性の一端としてあり得るなら、こう考えるヤツもいるかもしれない。

とにかく、軽弾みな行動はあらゆる意味で危険だ。誰よりも命が軽い俺たちだからこそ。


まずは、なるべく多くの仲間を見つけ、蘇生が不可能なことを伝えなければならない。
特にゆりだ。俺たちの中で最も神を憎悪している彼女が蘇生が不可能なことを知らなければ、
それを保険にかなり無茶なことをしかねない。

次に、このゲームに関する真実を見つけなければならない。
ここは生前の世界なのか。死後の世界なのか。それとももっと別の場所なのか。
今俺たちは生き返っているのか。それ以外の人間は死んだことになっているのか。
死んだことになっているなら、何故死後の世界のように蘇生ができなくなっているのか。
ゲームに優勝したら、本当に帰れるのか。
俺たちのような死後の世界の住人が優勝した場合、「帰る場所」は何処なのか。

より多くの参加者を帰すためにも、正しい情報と信用できる仲間が必要だ。

585 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:38:04 ID:M65N6blg0
こうして思考をまとめ、締めくくろうとした、その時だった。

「ぎゃああああああああっ、いやあああああああああ!!!!」
「ぎゃああああっ、きゃああああああああ、なのれすぅ!!!」

耳を劈くような叫び声が聞こえた。

(悲鳴?女の子が追われてる!?)

即座に音無は意識を現実に戻し、悲鳴の方向を確認する。
見ると予想通り、女の子二人がまた別の女性に追いかけられていた。
しかも…

(追っている方…あれは奏!?いや、目が赤い…ハーモニクスか!!)

SSSのメンバーでこそないが、同じ死後の世界の住人である天使・立華奏。
彼女には「Angel Player」というPCソフトを用いて「ガードスキル」という、
魔法にも似た特殊技能を使うことができた。

その中のひとつ、「ハーモニクス」。
これは使用者である奏と瓜二つの分身を作り出すことのできる能力だが、実用化には至らない

未調整のスキルである。
特殊状況下で発動すると、本人にも制御不能な暴走状態の分身体が発生する。

(でも何で…。ハーモニクスは十秒経つと自動でアブソーブが発動するはず…)

「ハーモニクス」と対になるガードスキルが「アブソーブ」である。
「アブソーブ」には「ハーモニクス」で発生した分身を吸収・消滅させる効果がある。
しかしこちらも未調整で、「ハーモニクス」発動の10秒後に自動で発動するようになっている

はずなのだ。
しかし、今もあのハーモニクスは動き続けている。オリジナルの奏の姿も見えない。

(奏に何かがあったのか?いや、それよりも…!)

かなり長い距離を走ってきたのか、既に追われている二人には疲れが見えていた。
特に、先導の少し後ろを走る金髪の少女。
こちらは足元も覚束無くなっているようで、今にも転びそうだ。


助けに行かなくてはならない。

過去に。
自分に。
そう、誓った。

(よし、行くぞ。いつかのようには行かないぜ、分身!!)

586 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:38:25 ID:M65N6blg0



「ぎゃああああああああ、はぁ、はぁ、はぁっ!!」

なんだろう、今日はよく息を切らせる日だ。
やっぱり本当なんだ、バトルロワイアルって。
こんなことならさっきあんなにはっちゃけなければ良かったかも。
いや、でもアレは浪漫の塊…これで騒がないとは漢じゃねぇっ!!
…ともかく。

わたしたちは追われていた。

「きゃあああああ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、もう、らめなのれすぅっ!」

シルファにも限界が近付いているようだった。
いくらロボだとは言っても、こんな子が体力がありそうには思えない。
運動慣れしてる自分に付いてくるのはやっぱり辛いだろう。

それにしても。
そう思いながらもシルファの手を引き、ちらりと後ろを振り返る。

「………」

無表情。
恐ろしいほどの無表情だった。
猛スピードでこちらを追っているにも関わらず、汗ひとつかいていない。
追っ手は人形らしい整った顔立ちの女の子で、まるで天使みたいに可愛かった。
しかし、この状況と、彼女の袖から覗かせる剣は、彼女を死神に見せるのに充分だった。

隣を見る。

「はぁっ、はぁっ、はあっ!!」

シルファはもう息も絶え絶えという感じだった。
限界は、近い。

(あっちゃー…。
 これは逃げ出しちゃったのがまずかったんデスかね?
 うわぁああああ、あの子全く止まる気無いよぉおおおおお)

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

シルファはもうじき限界だ。
かく言う自分も、長くはもたない。

(フフン、こういう時こそだね!
 はるちぃぃぃぃぃん、マァァアアアアックスパゥワァアアアア!!)

「シルシル!」
「はぁっ、はいなのれす!」
「わたしが合図するから、1、2の、3で止まるよ!」
「えぇっ!本気れすかっ!?」
「いや、はるちんとしたことが…。コレがあるのを忘れてマシタよ!」

そうして目配せしたところには、89式5.56mm小銃。
日本の豊和工業が開発し、陸上自衛隊なので採用されているアサルトライフルである。
先ほどハイテンションで乱射しまくっていたが、かなり強力な部類に入る火器である。

587 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:38:51 ID:M65N6blg0
「なるほろ…。えっ、れも、撃つんれすか!?」
「大丈夫大丈夫!さっきいっぱい撃ったし、当たらないようにはするって!」

つまりは威嚇射撃である。
合図と同時に停止と反転。
その際に、後ろの少女に向かって威嚇射撃することで停止を促す。

未だシルファは不安そうな顔をしているが、自分も彼女ももう余裕なんて無い。
目配せをしてやると、ようやくシルファも覚悟を固めたようで、頷いてくれた。

「それじゃ、行きマスヨ!1!」
「2!」

「「3!!」」

合図と同時に全力で慣性に逆らい、真後ろの少女に相対する。
葉留佳は持ち前の運動神経を用いて、重い89式をなんとか構えようとしていた。
が、
しかし。

ガッ!

という鈍い音と共によぎる嫌な予感。
それを振り切るようにシルファがいるはずの隣を見る。
何故か、頭の位置が低い。
それもそのはずである。
だって。

今まさに、シルファは躓いて地面に激突しようとしていた!!!!

「シルシルーーーーーーーーーっ!!!?」
「いやーーーーっ、はるはるーーーっ!!」

そして葉留佳が気を取られた一瞬。

「ガードスキル。ディレイ」

襲撃者は再びぼそりと呪文を呟いた。

「あいらっ!!」

ゴチンとシルファが地面とキスしたのと同時。

「…えっ!?」

襲撃者の姿は消え。

「!?はるはるっ!!」

シルファが倒れている場所とは反対側。
葉留佳の斜め後ろへと潜り込んでいた。

588 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:39:31 ID:M65N6blg0





この分身の奏も、実のところは相当疲れていた。
死後の世界での歴戦の強者、立華奏の写し身だけあって運動のスペックは高かったが、
同時に奏の分身である以上、生物的な限界は存在したのだ。

それでもしつこく二人を追い続けていたのは、二人が逃げ切るのを諦めるのを待ち、
止まる、もしくは振り返ったところをガードスキル「ディレイ」で追い詰めるためだった。
もちろん殺すつもりはない。あくまで分身の目的は殺し合いを助長することにある。
だからこそ、この一瞬のために追いかけっこを続けてきたのだ。

まあ、片方がコケるとは思わなかったが…。
おかげで思ったよりも距離を詰めることができた。
これでこのまま、この女の腕の一本は頂戴しよう―――。

そう思い、ハンドソニックの右腕を振り上げた時だった。

パァン!!!

一発の銃声と共に、右肩に走る痛み。
撃たれたのだと気付く。
続く攻撃があるだろうと予想し、未だ効果を発揮している「ディレイ」を使って退避する。

そうして先ほどの撃たれた角度を考えて乱入者の姿を確認すると…

「っ、――よう」

そこには、自分の見知った顔があった。

589 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:40:26 ID:M65N6blg0





間に合った――!

音無は息を切らしながら、汗ばむ手でコルトパイソンを握り締めていた。

(今回ばかりはSSS様様、だな)

死後の世界で天使と戦い続ける毎日が無ければ、
最低限の動きで、素速く移動する対象に弾を当てることはできなかっただろう。

さらに言えば、音無は奏が習得しているガードスキルはほとんど把握している。
この状況で、ハーモニクスが「ディレイ」を使用することは簡単に予想できた。

「ディレイ」は高速移動のガードスキルである。
発動すると一定時間、短い距離を目にも止まらない速度で移動することができる。
一見戦闘において万能に見えるスキルだが、弱点がある。
それは、点から点への移動しかできないことだ。
いくら高速で動けても、地点Aから地点B、地点Bから地点Cへの断続的な移動である。
スキルが効果を発揮している間この「高速移動」はいくらでも使うことが出来る。
しかし、点から点への断続的なものである以上、移動と移動の間に必ず停止する一瞬が発生す

るのだ。

音無はハーモニクスの「ディレイ」発動を予測し、次にハーモニクスがどこに移動するかを予測したのだ。
少し離れた場所にいる音無には3人の状態が手に取るように見える。
葉留佳の反転、シルファの転倒もしっかりと見届けた。
この状況で狙うとすれば何処か。
普通に考えれば、転んで無力化しているシルファは後回しである。
ならば。
ハーモニクスが「ディレイ」で現れる場所は、シルファの対称になる場所。
葉留佳の斜め後ろしかない。


「っ、――よう」
「………、音無、結弦…」

銃撃から、ディレイで退避したハーモニクスに向け、再び音無がコルトパイソンを構える。

590 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:41:04 ID:M65N6blg0

「俺のことがわかるのか。まあいいや、お前分身だろ?」

ハーモニクスが頷く。

「奏はどうした?なんでアブソーブが発動してない」
「……あの子の今は知らない。
 あの時あなたたちが設定したアブソーブの自動発動ならとっくに解除してるわ」
「…そうかよ…、おいっ!」

音無はハーモニクスとの会話を打ち切り、葉留佳へ声を投げかける。

「ええっ、わたしデスカっ!?」
「ああ!早く撃てる準備をしてくれ!俺よりあんたの89式の方が強い!!それと!」

言われた葉留佳は、慌てて89式をハーモニクスに向かって構え直す。
そう言い、今度は再びハーモニクスに言をかける。

「ディレイは使うんじゃないぞ?
 今お前が誰のところに移動しても、それ以外の誰かが即座にお前を撃てる!」
「…わたしが死ぬのを怖がると思う?」
「思わない!でも!」

そう、暴走したハーモニクスは奏の攻撃性を抽出した存在。しかし。

「お前さっき俺に撃たれた時逃げたよな?
 例え死ぬのが怖くなくたって、自分の身を守る気があるってことだろ!!」
「………」
「もっと言ってやろうか!
 今、お前自身はハーモニクスのスキルが使えない!
 使えればこんな膠着状態を許すはずがないし、お前一人であの二人を追いかけるなんてこと

もしない!」

事実だった。分身のスキルの状態は、常時オリジナルのスキルの状態とシンクロする。
オリジナルの奏がハーモニクスのスキルを使えないことからも当然のことだった。

「さあ、どうするハーモニクス。ここは退いた方がいいんじゃないか?
 味方を増やせない以上、ここで無理に戦っても良いことは無いと思うぞ?」
「…そうね、わかったわ」

591 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:41:40 ID:M65N6blg0
遂に出た退却宣言。音無は、安心しつつも緊張の糸を解かずに銃口を向け続ける。
ハーモニクスはハンドソニックを解除し、少しずつ後退していく。しかし、

「ところで、」

赤い瞳で音無を睨みながら、ハーモニクスは口を開いた。


「わたしがこうしている理由、あなたに見当は付かないかしら?」


「な…にっ!?」
「ガードスキル。ディレイ」

その一言を最後に、ディレイを使ってハーモニクスは姿を消した。
警戒はしたが、本当にハーモニクスはこの場から去ったようだ。

592 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:42:04 ID:M65N6blg0
(ハーモニクスが暴走してる理由だって……?)

ガードスキル「ハーモニクス」は元々未調整のスキルである。
川釣りでの一件から少しは進展したはずだが、あの時の暴走の理由は未調整に加え、

(奏が…攻撃的になっていた。なら今度は…
 奏が…、奏が、殺し合いに乗っている!!?)

まさか、とは思う。
それに、あの時の暴走は奏が自分たちを守ろうとして起こったものだ。
その程度の攻撃性で暴走してしまうのがスキル「ハーモニクス」なのだ。
だがしかし、あの分身は言ったではないか。

(「あの子の"今"は知らない」)

当然だ、あれは立華奏が作り出したハーモニクスなのだ。
オリジナルの奏のことを知らないはずがない。

(ここに来る前には会ってたのか…!!)

ハーモニクスは平気で人を殺す。ここで逃がしたのもマズいとは思ったが、
これは思ったより、マズい相手を逃がしてしまったかもしれない。

「はあっ…」

音無はその場に座り込んだ。頭を抱えたい気分だった。
そこで、葉留佳から声がかかった。

「あ、あのー…」
「ああ、さっきは助かったよ。ありがとう」
「い、イヤイヤ、助かったのはわたしたちの方デスヨ!!」
「いや、あんたの89式が無きゃあそこまで上手く止まってくれなかったかもしれない。
 それよりあんた、土壇場に強いんだな。感心したよ」
「えー、マジですかー、ぶっちゃけ何にも出来てなかったような気がする…
 それに、あの瞬間移動はホントチビリそうになりマシタヨー…」
「ああ…あれか、ディレイだな。………ん?」

そう言えば、さっきまでいっぱいいっぱいだったので気付かなかったが。

(なんで…ここでガードスキルが使えるんだ?)

ガードスキルは死後の世界において、奏がゆりたちの銃火器に対抗するために創ったものであ

る。
つまり、名前の通り自衛の技能なのだ。
しかしゆりたちの銃と同じく、その精製は死後の世界の仕組みを用いて行われたものである。
ガードスキルは、死後の世界でしか使えないもののはずなのだ。

(ここは…死後の世界なのか?)

わからない。それに。

(なんで、あいつは自分自身がハーモニクスを使えなかったんだ?)

分身のスキル状態はオリジナルと同期する。
つまり、分身がハーモニクスを使えないなら奏もハーモニクスを使えないということだが、
それならば、どうやって奏は分身を作ったのか。

(これも、調べる必要がある…!)

課題が増えた。奏に会い、ガードスキル使用の謎を解かなければならない。
それに、奏がゲームに乗っているなら止めなければ。

こうして、音無が決意に溢れている時。



「うぅうううううう………」

「いいかげん、こっちも気にしてくらさいよぉ………」

おでこと鼻が赤くなったメイドロボが涙目になっていた。



 【時間:1日目午後4時30分ごろ】
 【場所:F-6】


 音無結弦
 【持ち物:コルトパイソン(5/6)、予備弾90、水・食料一日分】
 【状況:疲労小】
 【目的:SSSメンバー・奏を探す、ゲームの謎を探る、多くの人を脱出させる】


 三枝葉留佳
 【持ち物:89式5.56mm小銃(20/20)、予備弾倉×6、水・食料一日分】
 【状況:疲労大】
 【目的:佳奈多を探す】

 シルファ
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:疲労大、額に軽度のケガ(?)】
 【目的:貴明、イルファ、はるみを探す】

 harmonics1
 【持ち物:なし】
 【状況:右肩に銃創、出血】

593 ◆bTE2Jc1YQA:2010/12/05(日) 13:42:20 ID:M65N6blg0
投下終了です。

594 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:03:24 ID:nOro0Two0
 それは奇妙な『鬼ごっこ』だった。
 迫り来る巨大な犬らしき生物と、その主人と思しき少女。
 正確には犬が一方的に追い回し、少女は御しきれずに引っ張られているだけという風であったが、当の本人、
 サクヤには関係のない話だった。
 怖いと思うより困惑の方が強かった。なぜいきなり追いかけられる羽目になっているのか。
 特に犬に好かれるような性質を持っているわけではないし、そんな匂いも出してはいない……はずだった。
 一旦落ち着かせようにも主人は引っ張り回されていることから相当の力だと窺い知れる。
 つまり、このまま圧し掛かられると腕力に自信のない自分は怪我をしかねない。
 しかしどうする術も持てず、とりあえず逃げ続けているのが今のサクヤだった。

「ヲフ! ヲフヲフ!」
「だ、だからぁ〜! 私のどこがいいのよぉ〜!」
「わーっごめんなさいごめんなさい許してください〜!」

 三者三様、交わることのない言葉を飛ばしながら続く追走劇。
 こんなことをしている場合ではないのに。我が身の至らなさを嘆きながら、サクヤは主である、アムネリネウルカ・クーヤのことを思い出していた。
 若年にしてクンネカムンの皇を務める一方、年相応の少女らしい可憐さを持ち、侍女にしか過ぎないサクヤにも快く接してくれる皇。
 幼いころからの付き合いであるとはいえ、仮にも皇と侍女という立場なのだからと諌めても逆に叱られる始末で、それが悩みの種であり、また嬉しいことだった。
 立場が変わり、年をとってもなお友人であり続けてくれる彼女は、一生を賭してでも仕える意味のある皇だだった。
 身分の垣根を越えて接してくれる彼女であるなら、民族の壁さえ越えてくれるのではないか。
 シャクコポル族の歴史をも塗り替える、新しい時代を切り拓いてくれるのではないか――
 そんな世界を見てみたかった。だから、生きて帰るためにも一刻も早くクーヤと合流しなければならなかったのだが。

「ヲフヲフー!」

 ……目の前の脅威をどうにかする必要があった。
 せめて、エヴェンクルガ族の猛者であるゲンジマルが、自分の祖父さえいてくれれば。
 稀代の英雄と呼ばれ、数々の敵を打ち倒してきた祖父ならば……

「ヲフー!」

595 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:03:51 ID:nOro0Two0
 あんまり呼びたくなかった。
 というより、その孫であるはずの自身がどうにもできないことに情けなさを感じるばかりだった。
 こんなことなら侍女としての仕事だけではなく体力づくりにも励んでおけばよかったと軽く後悔しかけていると、ふらりと木々の陰から一人の人物が姿を現した。
 膝下までかかる長い着物を身に纏い、長髪を頭の上で結い、すっきりとまとめ上げた髪型が印象的な人物だった。
 何よりも目に付いたのは……祖父と同じ、エヴェンクルガ族特有である、鳥の羽を思わせるしなやかな形状の長耳である。
 エヴェンクルガ族が押し並べて戦闘能力が高いとされるのは、この長い耳によって広く空間の音を拾い、的確に相手の位置を掴むからだと言われている。
 加えて民族の特徴である体格の良さと、常に努力を惜しまない向上心が強さを決定付けている。
 要するに、民族的な気質からして真面目であり、武人向きなのだ。
 サクヤ自身が勤勉だという自負があるのも、このエヴェンクルガ族の気質を受け継いでいるからだと思っている。
 もっとも、身体的な部分に関しては血が薄くなってしまっているのか、比べるべくもなかったのだが。
 とにかくこれでこの硬直状態をなんとかすることができそうだと考えたサクヤは、「あ、あの!」と助けを求めた。
 迷いもなく声をかけられたというのは追いかけられていて深く考える暇がなかったということがあったのがひとつ。
 同じエヴェンクルガの血を持つ者として、奥底で安心感を抱いていたというのがひとつだった。
 サクヤの存在に気付いた相手は、一目見て状況を把握したのか、任せろというように向き直る。
 腰に差している木刀の柄に手をかける。恐らくあれで一時的に犬を気絶させるのだろう。
 少々かわいそうだったが、状況が状況だった。
 それをどうにもできない自分に心底情けない気分になりながら、交代しようとして――

「御免」

 小さく、その一言が呟かれた。
 同時、喉に衝撃が走る。エヴェンクルガ族の血は伊達ではないらしく、驚異的な速度と重さを伴った一撃がサクヤの喉を押し潰す。
 攻撃されたのだと分かったのは、悲鳴も上げられずよろりと前のめりに倒れかけたときだった。
 いや、声が出なかったのは声帯が潰されたからに他ならない。どうしよう、これでは主の世話に支障を来してしまうではないか。
 声が出なくなってしまっては、友達としてのお喋りだって……

 場違いな思考を浮かべる間に、今度は背後から。後頭部目掛けて木刀が振り下ろされた。正確には、感じていた。
 頭が揺れ、割られる衝撃だった。痛みは一瞬だけで、その後に見えたのは何もない空白だった。
 そして、そのまま……考えることも、できなくなった。

     *     *     *

「……へ」

 ようやく動きを止めた犬の近くで塚本千紗が感じたのは安心感でも怒りでもなく情けなさでもなく、混乱だった。
 突如として目の前に現れた長身の、さながら武士のようないでたちをした人物が、木刀で殴り殺したのだ。
 人を。先程まで目の前を走っていた人を。まだ名前さえ知らなかった人を。
 なんで? いきなりどうして?
 状況が理解できない。いや、理解したくなかった。
 だって、だって、自分は、ただ……
 ただ? 続きを思い浮かべようとして、それが言い訳であることに気付いたのはすぐだった。
 止めきれてさえいれば。まだ名前も知らなかったあの女性は。変な耳が特徴だったあの女性は死ななかった。
 あまりにも遅過ぎる後悔だった。ごめんなさい、では済まされない、もう取り返しのつかないことをしてしまった。
 殺した。殺した。殺した。いつものようにドジを踏んで、人として最低のことを……

596 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:04:18 ID:nOro0Two0
「ふむ」

 近くにあったデイパックを拾い上げ、女性を殺した、またしてもおかしな耳が特徴的な長身の人物が千紗の方を向く。
 質素なロングコート風の着物と、紐で長髪を結っただけのシンプルな格好。飾らない人だという印象を抱いたのは一瞬で、
 千紗を睨む、その目を見ただけで恐怖に射竦められてしまった。
 間違いなく、肉食動物が獲物に狙いを定めたときの目だった。
 直感する。このままでは、自分も殺されると。あの女性のように、殺されると。
 木刀を持つ殺人者のすぐ傍で頭から血を流して倒れている『遺体』を見た瞬間、それまで抱いていた罪悪感は消し飛んだ。

「あ、あ、あ」

 殺される。あんな風に。入れ替わりに抱いた感情は恐怖で、命がなくなってしまうことに対する恐怖だった。
 それ以外何も考えられなかった。体が震え、立っていることもできなくなり、ぺたんと尻餅をついてしまう。
 足に力が入らない。いや全身に力が入らない。何も、することができない。

「い、いやです、こ、ころ、ころさないで」

 一歩ずつ詰め寄ってくる殺人者に対して、千紗が行った行動は命乞いだった。
 恥も外聞もなく、自分が人を間接的に殺したという罪悪感も押し退けて、命を優先させた。
 道徳や論理など関係なかった。死ぬことは、怖い。ただそれだけの事実を前に、千紗の常識など何の意味もなかった。
 突然、家の中に侵入していた強盗と出くわした気分に近いものがあった。
 なぜ。どうして。そんなことは関係なく、死を喉に突きつけられる。
 日常の中で考えることさえせず、頭の隅に押しやっていた、しかしどこかであるはずの現実を突きつけられる。
 けれどもどうする術も持てず、けれども怖さから逃れたいあまりの命乞いだった。
 本能的に生き延びようとする体が必死に地面を掴み、殺人者から離れようと後退を始める。
 爪が剥がれそうなくらい力を込めて、ずるずると尻を引きずりながら逃げる。

「そうだな」

 それを見ていた殺人者は、千紗から目を逸らし……いや、別の方向を見据え、呼びかけていた。

「後は貴殿に任せる。なあ、クロウ殿」

 えっ、と千紗は思わず釣られて、振り向いてしまっていた。
 すぐ近くにあった木々の間を縫うようにしてやってくるのは大柄の男。
 分厚い鎧を着込み、いかにも筋骨隆々の、短髪の男だった。
 挟まれたと思う以前に、最初からこういうことだったのかという事実が千紗を突き抜けた。
 あの女性の死は突発的なことではない。恐らく、騒ぎを聞きつけたこの二人組は二手に分かれ、挟み撃ちにして殺す準備をしていたのだ。
 既に殺し合いは始まっている。手を組み、効率的に殺そうとする人間がいてもおかしくなかった。
 殺そうとしている。誰も彼も。自分達はたまたま出遅れていたというだけで、だから標的になった。
 それだけのことであり――そして、絶望だった。

597 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:04:43 ID:nOro0Two0
「あ、あ……や、いやあぁぁぁぁっ!」

 今度こそ、恐怖に抗えなかった。涙を流し、髪を振り乱して男を声で拒絶する。

「な、おい……待て、どういうことだ手前ぇ!」
「任せると言ったまでだ。では、某は勤めに戻らねばならぬのでな。失礼する」
「待ちやがれ! っ、クソッ!」

 第一の殺人者の気配は遠ざかったものの、それで危機を脱したわけではなかった。
 今も目の前には自分を殺そうとする、第二の殺人者がいる。
 逃げなきゃ。逃げなきゃ、逃げなきゃ。
 しかし体が動かない。あの太い二の腕は木刀よりも恐ろしいもののように見えていた。
 あの腕で首を掴まれ、絞め殺されたら……少し想像しただけでも怖気が走る。

「あ、あのな、お前さん――」
「ヲフッ! ヲヲー!」

 ずい、と殺そうと踏み込んできた男に立ちはだかるように、先程まで千紗を引っ張りまわしていたはずの犬が飛び込む。
 壁のようになった巨体はそのまま男に倒れ掛かる。突然の攻撃に面食らったのか、対応する間も持てずに男は押し倒される。

「な、おい、コラ!」

 押し退けようとするも想像以上の重さであるらしく容易に動かすことさえできていない。
 その様子を呆然と眺めていた千紗を叱咤するように、犬が振り向き、吼えた。

「え、あ……」

 逃げろ。そう言っているように、千紗には思えた。
 こんな危機を招いてしまった責任を取るように。これ以上犠牲者を出させまいとするように。
 大きく、伸びるような、狼を想起させる野太い鳴き声が森に木霊し、木々を震わせた。

「あ、あ……ああああああっ!」

 そしてそれは、千紗の動かなくなっていた体も動かした。
 ばね仕掛けの玩具のように立ち上がり、一目散に、わき目も振らずに逃げ出す。
 逃げろ、逃げろ! ただそれだけを念じながら、千紗は山の斜面を駆け下りてゆく。
 心のどこかで、あの犬が犠牲になっているであろうことを、予感しながら……
 それでも、死にたくなかった。殺人鬼だらけのこの島で、死にたくなかった。
 走り抜ける千紗の頭に浮かんだのは、実家の塚本印刷の家屋であり、そこで一緒に暮らす家族の姿だった。
 死にたくない。帰りたい。
 殺し合いは、始まっている。
 だったら。ならば、誰も彼もが他人を殺そうとしているこの場所で。
 既に他者を犠牲にしてしまった自分がすることは。
 自分ができる、正しいことは。

 『生きて帰る』

 それだけだった。

     *     *     *

598 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:05:03 ID:nOro0Two0
「……」

 ようやく、自らを下敷きにしていた巨大な犬をどかし、クロウは立ち上がることができた。
 しかし、既に誰の姿もない。不気味に蠢く木々と、シャクコポル族と思われる女性の遺体と、疲れ果てた犬がいるだけである。

「クソッ」

 誤解を解くには、遅過ぎる時間が経過していた。
 どかっと地面にあぐらをかき、座る。その横では犬がハヒー、ハヒーと荒い呼吸を繰り返していた。
 妙に満足そうなのは主人を逃がしきったからなのだろうか。
 クロウとしては腹いせに殺そうなどとは微塵も思わなかったものの、何となく腹が立った。
 何にしろ、この犬のせいで殺人鬼と思われたのだから。

「ったく、責任取れよこの」

 うりうりと乱暴に頭を撫で回してやると、犬は不思議そうに頭を傾けた。
 それはそうだ。クロウ自身は、悲鳴を聞いて駆けつけたに過ぎなかった。
 既に人が殺され、加えてあのトウカがその加害者になっていることは想定外にも程があったが。
 いやそれだけではない。まるで置き土産でも残してゆくように、誤解の種まで撒いていった。
 ただのうっかり者の剣士だと思っていたが、こんな策も弄せるとは思わなかった。
 案外頭が切れるのかもしれないとトウカへの評価を改めながら、さてどうするとクロウは考えた。

 現状、選択肢は三つ。
 ハクオロ皇や上司であるベナウィを探し続けるか。
 トウカに事の真意を聞くために追うか。
 あの少女の誤解をとくか。
 どれも重要なことであるのは間違いのないことだった。
 やれやれと溜息を吐き出しながら、クロウはふと目に付いた女性の死体を見やった。
 運が悪かったとしか言いようのない、シャクコポル族と思わしき女性。
 普段なら、哀れの一言で片付けることもできたのだが――

「……身内の恥は、身内が濯ぐのが筋ってもんだな」

 トウカが殺したこの女性を、放置しておくわけにはいかなかった。
 立ち上がり、幾分早足で遺体の元へと向かう。
 とりあえず、まずクロウがやるべきことは、丁重な埋葬を行うことだった。

599 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:05:23 ID:nOro0Two0



【時間:1日目午後3時ごろ】
【場所:E-5】&nbsp;

クロウ
【持ち物:不明、ゲンジマル、水・食料一日分】
【状況:健康】&nbsp;

塚本千紗
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康、服だけ割りとボロボロ】

サクヤ
【持ち物:なし】
【状況:死亡】&nbsp;

トウカ
【持ち物:木刀、サクヤの支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

600 ◆Ok1sMSayUQ:2010/12/08(水) 15:06:07 ID:nOro0Two0
投下終了です。
タイトルは『イキカエル』です

601ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:13:42 ID:Ab4HfgF60

「……これは、駄目かも知れないわね」

豪奢な家具の並ぶ空間に、折原志乃の落胆したような声が響く。

「真っ暗なの……」
「この先は電気が来てねえってことか?」

呼応するように天井を見上げた一ノ瀬ことみが不安気に呟くのへ、木田時紀の声が重なる。
一行が視線を向ける先には、ぽっかりと闇が口を開けていた。

「故障、なのかな……」
「それならまだいいのだけれど……」

春原芽衣が不安気に漏らした言葉に、志乃が眉根を顰める。
4F、図書室。吹き抜けとなっている船首階段を登り切ると、そこは階下からの明かりと
眼前の闇が混じり合う、奇妙に薄暗い空間だった。
図書室といっても本棚の林立するようなものではない。
剥製やきらびやかな小物の並んだ壁際に二竿、三竿の飾り棚が据え付けられ、その硝子張りの中に
優美な装丁の洋書が並べられている程度のものだった。
吹き抜けの最上部である空間は天井こそ高くないものの間取りは広く取られ、瀟洒なテーブルやソファー、
細やかな装飾の施された椅子が数組置いてある、それは一種のサロンとでも呼ぶべき空間である。
志乃の話では図書室の向こうにラウンジが、そしてブリッジのある5Fへと続く階段があるという。
しかしその道に蓋をするように横たわる闇は一行にひどく不吉なものを予感させ、足を止めさせていた。

602ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:14:05 ID:Ab4HfgF60
「……どうするの?」
「ま、まあ、たとえ船が動いたって、こいつがある限りここから逃げられるわけじゃねーし……」

ことみの問いに、時紀が困ったように自らの首に巻かれた枷を撫でる。
その様子を見た芽衣が、じっとりとした視線を時紀に向けてぼそりと呟く。

「怖いんだ」
「うるせえ! そんなわけねえだろ!」
「夫婦漫才なの」
「誰がこんなちんちくりんと夫婦だ!?」
「むー! なんですかその言い方ー!」
「……まあ、冗談はともかくとして」

時紀たちの騒がしいやり取りに苦笑しながら、志乃がしかし、何かを考えるように真剣な眼差しで
眼前の闇を見つめる。

「たとえ照明設備が故障していたとしても、ブリッジの電装系は別の回路を使っているわ。
 様子を見に行く必要はある……だけど、」
「―――誰かが意図的に電気系統を操作、あるいは破壊したのだとしたら」

自らの思考に沈むような、静かな志乃の言葉を引き取ったのは、聞き覚えのない声だった。

603ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:14:42 ID:Ab4HfgF60
「……ッ!?」

一斉に振り返った、四対の視線を一身に受けて立っていたのは、少女である。
長い黒髪に切れ長の瞳。
纏う制服はこの島で最初に見せられた映像の中で殺された、あの少女の着ていたものと同じだと時紀は思う。
そして片手に下げていたのは、

「銃!?」
「やあ、こんにちは」

拳銃とは明らかに一線を画す、物々しいフォルム。
咄嗟に身構えた時紀の前で、少女の上げた手は突撃銃と呼ばれるそれを下げた方とは逆。
挨拶でもするように、空の手を挙げて、小さく振ってみせている。
実際、それは挨拶のつもりらしかった。
毒気を抜かれて沈黙した一行を前に、少女は笑みすら浮かべながら言う。

「君たちも操舵室の様子を見に来たのかね。それはまた奇遇だな」

少女の口から出てきたのは奇妙に時代がかった男言葉だったが、その凛と整った容姿には
その違和感を強い個性と思わせるだけの何かがあった。

「……何だ、あんた」

薄暗い空間にそぐわない朗らかな笑顔を浮かべた少女を前に、時紀はいまだ身構えながら訊ねる。
その刺々しい物言いに、しかし少女は顔色を変えることなく一つ頷くと、口を開く。

「人に名を訊くときは以下略というやつだよ、少年。礼儀というのはいつだって大切だ。
 特にこういった、互いの信頼関係を醸成することが困難な状況下では」

604ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:15:17 ID:Ab4HfgF60
その大仰な言い回しを耳にして、時紀が露骨に舌打ちをしてみせる。

「チッ……嫌味な喋り方だな」
「おや、気に入らないかね」
「先公を思い出すんだよ」

言ってそっぽを向いた時紀の様子を見て、少女の笑みに苦笑が混じる。

「教師は嫌いかね。まあ年功序列を否定するのも若者の特権かな。……あー、」

あからさまに言葉の接ぎ穂を探して自分を見やる少女の視線に、仕方なく時紀が答える。

「ふん……木田だ。木田と、」
「ああ、もういい。木田時紀君だろう」
「な……!?」

名乗りを遮られ、あまつさえフルネームを先に言われた時紀が絶句するのへ、
少女が何でもない顔をして答えてみせる。

「名簿くらいは頭に入っているさ。その中に木田姓は二人。
 君は恵美梨くんという顔ではなからな、ならば時紀君だろうと考えたまでだ」
「……名簿って、百人以上いるんだぞ……?」

出立直後にちらりと見ただけの名簿を思い出しながら呟く時紀を無視して、少女が視線を動かす。

「で、そちらは?」
「……春原、芽衣です」
「芽衣くんか、いい名前だ」

おずおずと答える芽衣に、笑みを明るくして少女がうんうんと頷く。

605ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:15:57 ID:Ab4HfgF60
「おい、そいつにはもういいとか言わねえのか」
「さて、ではそちらの君は?」
「スルーかよ!」
「ひらがなみっつでことみ。呼ぶときはことみちゃん」
「お前も平然と答えるな!」
「一ノ瀬ことみくん、だな。ふむ」
「もういい……」

悄然とする時紀をよそに、少女が最後に志乃へと目を向ける。
だが志乃はどこか怯えたように視線を逸らし、すぐには口を開かない。

「……志乃さん?」
「志乃。……折原志乃女史、で宜しかったかな?」
「……ええ」

心配気に覗き込む芽衣の言葉を拾い上げて訊ねる少女の問いに、志乃が小さく頷く。

「となると、折原明乃さんはご家族か何かかな」
「……」
「どうしたんだよ、志乃さん」
「嫌われてしまったかな」

それきり沈黙する志乃に、少女が一瞬、苦笑する。
しかしすぐに明るい表情を作ると胸を張り、薄暗い空間に染み渡るような声で言葉を紡いだ。

「申し遅れたな。私は来ヶ谷唯湖という。皆、よろしく頼むよ」

唯湖と名乗った少女が、ふむ、よろしく頼む、ともう一度言って、はっはっは、と鷹揚に笑う。
全員に握手すら求めそうな風情だった。

606ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:16:33 ID:Ab4HfgF60

「ときに、あれだな」

警戒も緊張もどこかに放り投げたような声で、唯湖が切り出す。

「自己紹介も済んだところで、すぐにこんなことを言うのも何なのだが、」

楽しそうな笑みを浮かべて、弛緩しきった和やかな空気を醸し出しながら、
その表情に一片の曇りすら滲ませないままに、

「―――君たち、少し危機感に欠けてやしないかね」

手にした突撃銃を、すう、と。
時紀たちに、向けていた。

誰も、何も、反応できなかった。
あまりにも、自然で。
あまりにも、あっさりと。
少女は引き金を、引いていた。

607ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:16:53 ID:Ab4HfgF60

「―――」

木田時紀の世界から一瞬だけ音が消えた。
色も消えた。
そうしてすぐに何もかもが、いっぺんに戻ってきた。

目の前に少女がいた。
手にした小銃からは陽炎が立っていた。
薄暗い空間があった。
鹿の頭の剥製が見えた。
ぱらぱらと埃が降っていた。
弾丸が天井に穴を空けたようだった。

何もかもが戻ってきて、戻ってきたはずで、しかし時紀は、違和感を覚える。
何かが足りない。何が足りない。
考えたら、すぐに分かった。
そうだ。すぐ隣に、存在していたはずのモノが、ない。
存在していたはずのモノ。それって、何だ。
それはひどく唐突で、時紀は、だから、そこに何があったのか思い出せずに、
―――違う。

じわじわと、何かが脳髄の表面を這い回るように、言葉が浮かんでくる。

何が、ではない。
誰が、だ。

あった、ではない。
いた、だ。

そこにいた、誰かは、モノでは、ない。
それは、ヒトだ。

「あ……」

すぐ左隣の、少し動けば肩だってぶつかりそうな距離にいたはずの、
一ノ瀬ことみが、そこにはもう、いなかった。

壁と、床と、時紀の頬に、ぱしゃりと飛んだ何かが、垂れ落ちた。
生温かい、鮮血だった。

「いちの、せ……?」

振り返りたくはなかった。
それでも、不安と想像とが、時紀を振り返らせていた。
そこに、現実があった。

608ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:17:24 ID:Ab4HfgF60

そこに顔はない。
手を伸ばす。
そこに腕はない。
手で触れる。
そこには片足も、腹も胸も、ない。
ぐにゃりと歪む。
そこにあるのは、血と、肉だった。
べちゃりと、手が汚れた。

「……ふむ、これだけの反動があるのか。横薙ぎのつもりが縦一文字だ。
 フルオートで弾切れまではおおよそ二秒。実践はなかなか難しいものだな」

固く冷たい何かに手が触れたとき、背後から落ち着き払った声がした。
それは、一ノ瀬ことみの左半身を、ヒトの残骸に変えた女の、声だった。

「てめ、ぇ……」

振り向けば、少女はにやにやと、ひどく嫌らしい笑みを浮かべて、そこに立っている。
その表情も、纏う空気も、先刻から何一つとして変わっていない。
この笑みを前に、なぜ油断した。なぜ弛緩した。なぜ、そんなことを、自分に許した。
自戒と自責とが、一瞬にして時紀の中に噴き出してくる。
それほどに、唯湖と名乗る少女の目には悪意が満ちていた。
少なくとも、木田時紀には、そう見えた。

609ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:17:50 ID:Ab4HfgF60
「どうした少年。……見ての通り、私の銃は弾切れだ。かかってくるなら今だぞ」

くい、と空いた手で呼び寄せるような仕草。
これ以上ないほどに露骨な挑発に、時紀の中で何かが弾けた。
血を見た興奮の捌け口と、死を見た恐怖からの逃げ道が、そこにあった。

「ざっ、けんな……!」

ぎり、と折れるほどに奥歯を噛みしめると同時、拳を固めて駆け出す。
否、駆け出そうと、した。
耳を劈くような悲鳴が背後で上がったのは、その瞬間だった。

「ぃ……ぃ、いやぁぁぁああああああああぁぁぁぁっっっ!!」
「志乃さん!?」

それは悲鳴というよりは、絶叫に近い。
理性を吹き飛ばし感情を蹂躙して迸る、動物的な咆哮。
人としての箍を明らかに外した叫びに、踏み出そうとした時紀が思わず振り返る。
そこには、果たして人間の尊厳を放棄した、女の姿があった。

「あ、あ、ああああ、ああああっッッ! ああああっ!」
「志乃さん! 志乃さん!? きゃあっ!」

駆け寄った芽衣を、志乃が全身で弾き飛ばす。
喉も裂けよと絶叫しながら、四つ足でずるずると血に濡れた床を這いずる志乃の顔には、
学者の理知も、船長の威厳も、母としての強さも何もない。
涙と涎と鼻水と、切れた唇と噛んだ舌から滲む血と、獣のような吐息だけが溢れ出している。
その瞳は明らかに眼前の光景を映してはいない。
自らの味わった、名状しがたい恐怖の記憶だけを繰り返し網膜に再現しているようだった。

610ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:18:32 ID:Ab4HfgF60
「……こんなときに!」

緊縛され、男の欲望に塗れていた志乃の姿を思い浮かべてなお、時紀はそう口走る。
そう言えてしまうのが男という性の無理解だと気づけぬまま舌打ちした時紀に答えるように、
来ヶ谷唯湖の声がした。

「その通り。目の前の敵に猶予を与えてはいけないぞ」

はっとした時紀の眼前で、呆れたように肩をすくめた唯湖が一動作で空のマガジンを落とし、
袖口から滑り出させた予備弾倉を、流れるように叩き込む。
息を飲むような手捌きに、時紀が気づいたときにはもう、銃口がぴたりと向けられていた。

「現実感が持てないのは昨今の若者の特徴らしいが……この場ではあまり得策とは言えんな。
 ……こうして、何もできないまま死ぬことになる」

その言い方が気に入らなかった。
その視線が気に入らなかった。
耳障りな志乃の絶叫が気に入らなかった。
必死に宥めているらしい芽衣の涙声が気に入らなかった。
背後の暗闇と階下の明かりのコントラストが気に入らなかった。
銃口と、その向こうの弾丸は目に入らなかった。
苛立ちと興奮と混乱とが、恐怖を凌駕した。

「―――クソッタレがっ!!」

志乃の絶叫を塗り潰すように吠えると同時、手にしていたものを投げる。
それが何であるのか、何故そんなものを握っていたのか、時紀自身にも分からない。
分からないから意識もせず、意識しないから牽制もなく躊躇もなく予備動作もなく、
ただ、全力で、それを投げた。

611ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:19:08 ID:Ab4HfgF60

「……ッ!?」

瞬間、来ヶ谷唯湖の顔から笑みが消え、瞳に鋭い光が宿る。
引き金を引く間もなく飛来するそれを、手にした小銃の銃底で本能的に叩き落とそうとするのが
時紀には見えた。
軽く小さく、硬い音がした。
硝子の割れる音だった。
同時に、おそろしいほどの異臭が、辺りを包み込んでいた。

「ぐっ……!?」
「なに、これ……アンモニア!?」

鼻の奥に突き刺すような痛みが走り、目を開けていられないほどの臭気が、
時紀の投げたものから、解き放たれていた。
それは、小さな瓶だった。
一ノ瀬ことみの持っていたはずの、アンモニア水の入った、硝子瓶。
生温かい肉の中で触れた、固い手触り。
時紀の無意識に握っていた、手札だった。

「……! ……ッ! ……ッッ!!」

涙に霞む視界の向こうで、頭からアンモニア水を浴びたらしい来ヶ谷唯湖が床にのたうつのが見えた。
怒りのままに駆け寄ろうとして、滅茶苦茶に暴れる銃口が四方へと向けられるのを目にした時紀が
芽衣の方へと叫ぶ。

「今だ! 逃げるぞ!」

慌てて頷く芽衣に首肯を返すと、いまだに絶叫を上げる志乃を無理矢理に抱えるようにして、
時紀が大階段へと走り出す。

「おいッ! 暴れんな!」
「志乃さん! 落ち着いて!」

何度も転がり落ちそうになりながら階段を駆け下りる時紀たちの頭上から、ひどく嗄れた声が響く。

「……やってくれたな! だがすぐに追いつくぞ! 次があるとは思わんことだ、少年!」

咳き込みながら紡がれる呪詛の声音に追い立てられるように、時紀たちは吹き抜けの大階段を降りていく。


***

612ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:19:34 ID:Ab4HfgF60

「クソ……ッ! なんなんだ、あいつは!」
「いや……やあああ! ああああ! あああああ!」
「いい加減にしろよ!」
「木田さん! そういう言い方って!」
「じゃあどうしろってんだ!」

大階段を降りきった、2F船首ロビー。
狭い廊下へと走り出そうとしたところで、志乃が再び暴れ出していた。
両手両足、爪に歯、全体重を使って抵抗する志乃に、思わず時紀が手を離す。
途端、弱々しい悲鳴を漏らしながら志乃がずるずるとカーペットの上を這いずっていく。

「チッ……! こう大声出されてちゃ隠れるにも逃げるにも……!」

その様子を忌々しげに見やって、一度だけ頭上を見上げると時紀が唾を吐き棄てる。

「木田さん……!」
「だってそうだろ!? いっそ、こいつの方が撃たれてりゃ……!」
「……っ!」

ぺちん、と。
小さな音がして、時紀の頬に熱い感触が走った。
春原芽衣の平手が、時紀の言葉を遮っていた。

「てめえ、何しやが―――」

反射的に怒鳴り返そうとして、言葉に詰まる。
目の前にあるのは、ひどく小さな、顔だった。
瞳に涙をいっぱいにためて、それでも嗚咽を漏らすことなく、ただ喉の奥で必死に何かを堪えるような、
そういう、泣き顔だった。

613ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:19:58 ID:Ab4HfgF60
「……」

そんな顔を、ずっと昔に、見たような気がした。
ずっと昔から、すぐ近くで、見ていたような、気がした。

「……だから、ガキは嫌なんだ」

ぼそりと漏れた声を補うように、大きく息を吸って、もう一度吐き出す。
深い、溜息だった。
小さく首を振って、まだ熱い頬を撫でる。

「……おい、ちんちくりん」
「……」

芽衣は答えない。
ふるふると、今にも溢れそうな涙を堪えるように時紀を見上げている。
構わずに、続ける。

「いつまでもむくれてんじゃねえ。……おまえ、ご大層な銃持ってたろ、それ寄越せ」
「え……?」
「こいつだよ、ほら」
「ちょ、ちょっと……」

芽衣が呆気にとられている内に、手にした玩具の杖を取り上げる。
先端には、実弾の込められた拳銃が括りつけられている。

614ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:20:32 ID:Ab4HfgF60
「いいか、乗船口はこの先だ、とにかく走れ」
「木田、さん……?」
「これ以上のお守りはゴメンだ、って言ってんだ。……志乃さんはお前に任せたぜ」

そう言って玩具の杖から紐を解き始める時紀を驚いたように見つめる芽衣が、
ようやくその言葉の意味を理解して大きな声を上げる。

「どうして!? 木田さんは一緒に行かないんですか!?」
「アホか」

紐の結び目に苦労しながら、時紀が素っ気無く返す。

「ガキにはわかんねーかも知れねえが、相手はあんなゴツいもん持ってんだぞ。
 船から出たところで後ろから狙われたらまとめてお陀仏だ。……っと、これでよし」
「だけど、木田さん!」
「こいつはどうする? 持ってくか、何せお似合いだしな」

言い募ろうとする芽衣を茶化すように玩具の杖を押し付けながら、時紀が悪戯っぽく笑う。

「こんなの……!」
「ウダウダ言ってる時間はねえみたいだぜ」

気がつけば、周囲が静かになっていた。
聴こえるのはロビーの隅で弱々しく何事かを呟く志乃の声だけだった。
頭上からの呻き声が、やんでいた。

「立ち直りやがったみたいだな」
「……! なら、木田さんも……」
「何度も言わせんな、早く行け!」

怒鳴った直後、頭上に何かの気配がした。
咄嗟に時紀が芽衣の小さな身体を突き飛ばす。

615ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:20:59 ID:Ab4HfgF60
「……!」

同時に時紀自身も飛び退いたその瞬間、今まで立っていた場所に何かが落ちて、砕けた。
轟音が響き、精緻な装飾が、一瞬にして無数の木片と化した。
落ちてきたのは、図書室にあった椅子のようだった。

「宣戦布告ってか……!? 黙って狙い撃ちすりゃいいものを、余裕こいてんじゃねえぞ……!」
「木田さん……」

呟いた芽衣が、しかしさすがに事態を理解し、身を低くしながら志乃の方へと駆け寄っていく。
芽衣一人であることを察したのか、今度は志乃も暴れることもないようだった。
のろのろと立ち上がると、ゆっくりと芽衣に手を引かれて歩いて行く。

「心配しなくても、すぐに追いついてやるよ」
「……待ってますから!」

最後にそれだけを言い残して廊下へと消えていく二人の後ろ姿を見ながら、時紀が苦笑する。

「……待ち合わせの場所も時間も決めてねえじゃねえかよ」

呟いた途端、ぱん、と頭上から小さな発砲音。
音は単発。セミオートに切り替えたようだった。

「ああクソ、実際ガラじゃねえ……!」

悪態をつきながら、身を起こす。
苦々しげなその顔は、しかしどこか、晴れ晴れとしているようでも、あった。

616ALIEN(異邦の人) ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:21:13 ID:Ab4HfgF60

 【時間:1日目16:00ごろ】
 【場所:G-7 バジリスク号船内】

 木田時紀
 【持ち物:フェイファー・ツェリザカ(5/5)、予備弾×50、不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 春原芽衣
 【持ち物:DX星杖おしゃべりRH、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 折原志乃
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:錯乱、精神に極めて深い傷】

  来ヶ谷唯湖
 【持ち物:FN F2000(29/30)、予備弾×120、水・食料一日分】
 【状況:強烈なアンモニア臭、被害不明】

 一ノ瀬ことみ
 【持ち物:なし】
 【状況:死亡】

617 ◆Sick/MS5Jw:2010/12/11(土) 13:22:30 ID:Ab4HfgF60
>>609の、以下の一行を訂正します。
申し訳ありません。

>学者の理知も、船長の威厳も、母としての強さも何もない。

学者の理知も、年長者の威厳も、母としての強さも何もない。

618死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:02:28 ID:RE2KuwyU0
「えっ……?」

その呟きは誰のものだろうか。
深い森の中で、六人もの人間が呆然と立ちすくんでいた。
そして、彼らの真ん中にある『モノ』。
胸を刀で貫かれ、絶命している老人の遺体が、其処に存在していた。

「死んだ……?」

からからに乾いた喉から、やっとその言葉が出てくる。
その言葉を発したのは中性的な少年、柊勝平。
先程まで老人と戦っていた一人が、ただ呆然と遺体を見つめている。
老人――長瀬源蔵は完膚無きまで死んでいる。
それが何故か不思議に思えて、そして信じられなかった。
老人と思えない動きをした男はもう冷たくなって動かない。
この先生き延びるには、倒さなければならない障害だった。
だけど、その男が死んだ瞬間、醒めたように頭が真っ白になっている。

「な、何故、殺したんですの……?」

顔を青くしながら、御影すばるは問いかける。
始めた見た死体に恐怖を感じながら。
それでも、精一杯、虚勢を張りながらも殺した人間を睨む。

「何故……? 襲われているのに、貴様らが殺さないからだろう」

睨むスバルに向かって殺した人間――野田は憮然と言葉を返す。
それが当たり前の事のように。

「な、何も殺す事無かったんじゃ……」

すばるの反論に野田は不思議そうに首を傾げ、


「何を言っている。どうせ、『蘇る』だろう? 此処では死んだ人間は『蘇る』」


そして、禁断の言葉を継げる。
彼の世界の当然の摂理を。
当たり前のように享受してる摂理を。

619死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:04:24 ID:RE2KuwyU0
「…………はっ?」
「…………え?」
「なんですの……?」
「…………」
「…………えっ?」

その言葉を聞いた瞬間。
正しく、その場に居た人間が動きを止める。
柊勝平、クーヤ、御影すばる、牧村南の四名は唖然と驚愕と戸惑いに表情を歪めている。
ただ、日向秀樹だけは目を閉じたまま、無表情だった。

「それは……だから何なのだ? お前はくるって居るのか」

混乱する頭の中でクーヤは必死に言葉を紡ぐ。
彼の言葉を理解する為に。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
この時は、ただ頭が混乱していた。

「貴様こそ狂ってんじゃないのか? だから、蘇る。何を言って……」
「…………いい、野田。俺が話す。ついでに情報交換や、自己紹介もしたいしな」

続けて同じ事を言おうとした野田を制し、日向が説明を始めようとする。



彼らが生きている『死後の世界』を。


それは正しく『今』を生きている世界の人間のとって。

パンドラの箱を開けるに等しい事であることを知らずに。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「ふむ……正直よく判らないが何となく解った気がしないでもない」
「どっちなんだよクーヤちゃん……」
「五月蝿い。カッペーこそ解ったのか?」
「…………うぐっ」
「図星ではないか」

「牧村さんお久し振り……って言ってる場合じゃないですの……」
「……ええ、そうですね」
「死んでるって……ぱぎゅー」
「…………」


日向と野田が居た世界。
それは、死後であり、死んだものが来る世界であるという。
そして、此処の世界も同じであると。
また、その世界では殺した人間は蘇るらしい。

620死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:05:21 ID:RE2KuwyU0

掻い摘んで話した言葉をクーヤ達は理解しようとするが、正直な所、さっぱりだった。
そもそも、自分達が死んでいるなんて信じられないのだから当然なのかもしれない。
けれど、彼らが嘘をついてるようにも見えないのも事実。
結局の所、未だに彼らは半信半疑と言ったのが関の山であった。

「まぁ、そういう事だ。納得してもらえるか?」

野田はそう言いながら死んだ源蔵を救急セットであったテープで縛り上げる。
気休めでしかないが、蘇った時暴れてもらっても困るだからだ。

「ふむ……」

クーヤはそんな野田を真っ直ぐ見て。


「やはり、お前は狂っている」


静かに、その言葉を継げる。
明らかな決別の言葉を。
嫌悪感すら、滲ませながら。

「なんだと!?」
「もし、此処が死後の世界だとしよう。余は信じられんがな」

激昂しかけた野田を制し、クーヤは言葉を続ける。

「死んでも蘇るのだな?」
「……ああ」
「……だから、殺していい? そんな理論があっていいのか?」
「……っ」

クーヤは侮蔑の視線を野田に向けながら、言葉を紡ぐ。
例え、死後の世界だとしても。
生きている人間を殺すという事を、許容していいのだろうか。

「確かに源蔵に非があった。戦いの場では殺し殺されは当たり前だ」

今回の場合、源蔵に非があったのは事実だろう。
源蔵が明確な殺意を持って自分達を殺そうとしたのだから。

それに、クーヤも戦乱の世を生きている者だ。
戦いの場において、殺人はいけないなど綺麗事を吐く気はしない。
けれども、

「何の意志もたず殺す事を許容する……そんなモノは可笑しい」

戦場で戦う者達は、皆、意志を持って戦っている。
国の為に、家族の為に、生きる為に。
例え一兵士でも意志を持って、殺している。

それなのに、

「蘇るから、殺していい? 殺しという痛みを与えるのに。それを当たり前のようにお前は他者に与えるというのか? 意志も信念もなく」

621死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:06:01 ID:RE2KuwyU0

彼らの世界は指揮官すら、蘇るから死んでいいと思っている。
それ故に兵士を見殺しにもすると言う。
彼らは、殺す事に何の躊躇いもなく受け容れ、そして蘇るからいいと思う。
意志も信念も無くだ。

そんな考え、そんな世界。


「『蘇るから、死んでいい。殺していい』そんなものをを当たり前に受け容れているのは、例え死後の世界だとしても……狂っている」


狂っている。
クーヤはそうとしか思えない。
彼らが彼らなりの戦いをしていたとしてもだ。
命を粗末する戦いなんて、認めたくなかった。


「………………ふざけんな。てめえに何が解る。『死んじまった』俺たちの事が、何が解るんだよ!」

クーヤの言葉に、野田は殺意すら露にする。
自分達の世界、自分達の考えを完全に否定された上で、侮辱すらされたのだ。
怒りが沸かない訳がない。

「そうだな。余は解りたくもないし、解りたくない。余は『まだ生きている』のだから」

クーヤは扇で自分の表情を隠し、野田に言い捨てる。
そして、自分の荷物を持って、歩き出し始めた。

「何処に行く!」
「解りあえる事も無い……けれども、争う必要も無い。これ以上話す事も無い。余は余の道を行く。それとも、力ずくで止めるか?」
「……ちっ」
「……ではな、日向、すばるといったな。助けてもらって感謝する」

最後に、日向達への感謝の言葉を継げて、クーヤは立ち去っていく。
その背を、勝平は慌てて追いかけていって。

「ちょっと、クーヤちゃん。かっこつけて、ボク置いていかないでよ!」
「…………あ」
「忘れたとかいわな……」
「言わないぞ!」

最後だけ少し慌しくしながらも、彼らは去っていった。
唖然としている四人だけを残しながら。


そして、暫しの沈黙の後に。

622死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:06:27 ID:RE2KuwyU0


「あたしは……やっぱり、甘いと言われもても、誰が死ぬ姿はみたくありませんの。例え、それが蘇ったとしてもですの」

御影すばるが何かを覚悟したように口を開く。
優しげな表情を浮かべながらも毅然としていた。

「正直死んでいる……とか実感ありませんの。あたしはしっかり生きているんですの。それに、もし例え、死んでいたとしても」


最後に笑顔を浮かべ。


「あたしは、あたしの正義を信じるですの!」


強く御影すばるは宣言をする。
それが、すばるだと誇示するように。

「だから、御免なさい。野田さんと日向さんが言っていることは……よくわかりませんの」

そして、彼女も彼女の信じる道を歩み始める。
南に一礼だけして、走っていこうとする。

「待て、一人にすると危なっかしいしついていく。そういう約束だろ?」
「日向さん……」
「野田……すまん」
「ふん、お前のお節介は知っている」
「ああ、助かる」
「ふん」

そして、日向もすばるについていく事を決めて、野田の元から去っていく。
野田も日向のお節介な所を知っているからこそ、そのまま行かせたのだ。

そして、其処には老人の遺体と、二人の人間しか残らなかった。


 【時間:1日目午後4時00分ごろ】
 【場所:G-4】


御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:健康】

日向秀樹
【持ち物:コルト S.A.A(0/6)、予備弾90、釘打ち機(20/20)、釘ストック×100、水・食料一日分】
【状況:健康】










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

623死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:06:59 ID:RE2KuwyU0







「狂っている…………か」

野田のぽつんとした呟きだけが、森の中に響く。
そんな、野田の背中が南にとって何故か寂しそうに見えて。
ただ、釘付けになったように、見つめている。


「…………貴様は行かないのか?」

その野田の問いかけは南に対してだ。
あれだけ、揃っていた人はもう、南一人しかいない。
皆、野田の下から去っていた。

野田の考えを否定しながら。

正直な所を言うと南も、死後の世界の事は理解できていない。
死んだら蘇るというのも、信じられない。
だから、彼の話も正直混乱するだけのものでしかない。


けれども。


「行きませんよ」


牧村南は、去ろうとしない。
例え理解できない考えでも。
例え理解できない世界だとしても。


「野田くんは、いい子ですから」


野田という少年は、いい子なのだろう。
狂った世界にいようとも、野田という人間の本質は。
きっと狂ってはいやしない。
短い触れ合いだったけれども。
南にはそれが理解できていたから。
だから。


「私は、貴方をサポートすると決めたんです」


牧村南は、野田と共に行く事を選択する。



その答えに野田は振り返らず歩き出して。


「ふん……勝手にしろ」
「はい、勝手にします」


気恥ずかしそうに、返した返事に、南は満面の笑みで応える。


その眼差しは、本当に柔らかで、優しいものだった。


 【時間:1日目午後4時00分ごろ】
 【場所:G-4】


野田
【持ち物:抜き身の大刀、水・食料一日分】
【状況:軽傷】

牧村南
【持ち物:救急セット、太刀の鞘、水・食料一日分】
【状況:呆然】










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

624死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:08:05 ID:RE2KuwyU0







クーヤちゃんは、のしのしと変わらず歩いている。
野田という少年の考えを完膚なきまでに否定しながらも、彼女は歩いている。
けれども、ボクは彼女自身も迷っていると思う。
何故なら、ボクに一度も表情をみせようとしないからだ。
扇で表情をずっと隠して。

暫く歩いて、彼女は言葉を発する。


「余は……間違っていたか?」

彼女は不安なのだろう。
でもボクは、

「……解んないな。間違ってたかもしれない」
「……っ」

あえて彼女の求めている答えを口にしない。
でも、

「だけど、ボクは間違っていたとしても、君についていくよ。ボクは君を信じたから」

たとえ、間違ったとしても、ボクはクーヤちゃんについていく。
クーヤちゃんを信じているから。
そう決めたのだから。


「ふ、ふん……カッペーのくせに生意気な」
「……喜んでいるでしょ?」

ボクの応えに、図星だったのか。
クーヤちゃんは声を荒げて。

「う、五月蝿い! 喜んでないからな!」
「あははは、そういう事にしておくよ」
「全く」


うん、これでいい。
これが、ボクの選んだ、ボク自身の道だ。


ボクは、この道を歩いていく。


 【時間:1日目午後4時30分ごろ】
 【場所:G-4】

柊勝平
 【持ち物:MAC M11 イングラム(30/30)予備マガジン×5、水・食料一日分】
 【状況:軽傷】

クーヤ
 【持ち物:ハクオロの鉄扇、水・食料一日分】
 【状況:軽傷】











     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

625死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:08:25 ID:RE2KuwyU0








ただ、一人。
誰も居なくなった事を確認して。
彼女は、姿を現す。
ずっと隠れて、話を聞いていた彼女。

復讐者であり、殺人者である片桐恵が、姿を現した。

彼女は老人の死体を一瞥して、空を見る。
思い出すのは先程少年達が話していた会話。

死後の世界。
死んでも蘇る。
狂っている人間。

リフレインする言葉。


死後の世界なのだろうか。
此処は、自分は死んでしまったのだろうか。
いや、死んでいない。
何も為さないまま、死んだわけが無い。
せめてあの人間だけは殺さないと、死にきれない。

だから、信じない。

ここでの殺人が無意味とか、信じない。
岸田洋一が蘇るなど信じない。
絶対に殺す。
蘇る間もなく、殺す。

それが、片桐恵の生きる理由。


そして。

片桐恵は狂っている。
意志無き殺人が何が悪い。

生きたいから、殺した。
死にたくない、殺した。
為すがままに、殺した。


ただ、殺した。


殺した段階で、もう、狂っているのだから。

626死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:09:05 ID:RE2KuwyU0


片桐恵は元の世界には、戻れないのだから。
死後の世界なんて、関係ない。
彼女が望んだ世界には、戻れないのだから。



そして、目を閉じ、もう一度、意志を固める。


岸田洋一を殺すと。



ゆっくりと、目を開け考える。
あの三方に去っていた三組。
追って隠れ蓑代わりに利用してやろうか。
それとも、あんな考えをする連中だから、利用するのを止め、一人で行くか。
選択肢は沢山、ある。

片桐恵は一拍置いて、息を吐いて、選択する。


そして、その選択通りに歩き出そうとして、ある物を見つけた。
それは老人のデイバックで。
何か利用できるものはないかと思ってジッパーをあけた瞬間。


「にゃー」


独りの猫が飛び出してきた。
恵は驚き、猫を見つめるも猫は人懐っこそうに恵の周りを回る。
恵は少しだけ考えて、

「君も独り?」
「にゃー」
「じゃあ、一緒に行く?」
「にゃー」

猫は返事をして、恵の肩に乗る。
少し重たかったが、それほど気にはならなかった。
すこしだけ、猫をあやして、彼女はまた歩き出す。


だけど、彼女は気付かない。


そのときの彼女は、とても、儚く、そして、優しい笑みを浮かべていた事に。



彼女は気づく訳も無かった。




 【時間:1日目午後4時00分ごろ】
 【場所:G-4】


 片桐恵
 【持ち物:デリンジャー、予備弾丸×10、レノン(猫)、水・食料二日分】
 【状況:健康】

627死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE:2010/12/14(火) 04:10:58 ID:RE2KuwyU0
投下終了しました。
この度はオーバーしてしまい申し訳ありません。
今後起きないように気をつけます。

恵のパート大幅移動と大幅に時間進めてしましたが、ご懸念があるようならば、意見を

628侍大将は儚き少女の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 02:58:25 ID:jlPl6Um60
私の視界に広がる光景は驚きの連続だった。山を降りて目に写ったのは我が國では見当たらない建物。
建物の材質は何で出来ているか、どうやって建てられたか。私には見当もつかない。
それでも、私の知っている建物よりも遥かに高度だということは理解できる。
しかし、隣にいるアヤはあまり驚いていなかった様子。ふむ、これはいったい……?


「貴方はこの建物に驚嘆の念は感じませんか」
「……? いいえ、特には……」

返答はいいえ。小さな声だけど確かに耳に入った。しかし、この子は小動物みたいですね。
ふるふると横に首を振る姿はガチャタラを思い出させる。まあ、戯言ですが。
ともかく、この地は私の常識は通用しないということ。それを肝に銘じておきましょう。
ですが……。

「アヤ、もう一度聞きます、トゥスクルを知らないんですか?」
「……はい。初めて聞く名前です。私の知識が足りないだけかもしれませんが」

トゥスクルを知らないという事は見過ごすことはできませんね。
自慢ではないですがトゥスクルはそれなりに有名な國家だと自負していたはずなんですが。
私の身の上話にも首を傾げるばかりでした。
おかしい、何かが咬み合わない気がします。先程の建物の件といい、この子の耳がハクオロ皇と一緒だということ。
これらが何か手がかりになると思うのですが。

「……どうかしました?」

アヤが嘘を言ってる様子は見受けられませんし……悩みどころです。どこか遠い異国出身だと一応は仮定しますが。
けれど、所詮は仮定。確信にいたるまでのものではありません。
悩ましい、頭が痛くなるほどに……はぁ。



◆ ◆ ◆



……その悩みも吹き飛ぶくらいの衝撃――先程見た高度な建物の集合群。
改めて思いますが此処の技術は凄まじいですね。
これがトゥスクルに導入されたら……きっと多大な恩恵を受けることが出来るでしょう。
思わずゴクリと唾を飲む。私としたことが少し興奮をしていたようですね。

「……?」

ああ、アヤが怪訝な顔で見ている。心配いりませんと伝えておく。
そしてくいくいっと引かれる私の服の裾。……なかなかはなしてくれませんね。

「その、私の服の裾をいつまで握っているんですか。いやいや、どこにも行きませんよ、逃げたりしませんから」
「……!」
「……そんな泣きそうな顔しないでください。周りに人がいる気配もありませんし落ち着いても大丈夫です。
 いざとなればその入れ物に入っている刀を使って自分の身を護って……」
「む、むっむりです! 私にはこんな……」

あわあわしてるアヤの手にそっと自分の手を重ねてゆっくりと包み込む。取り敢えずは落ち着かせるのが先決だと判斷。
結果は上々。ひとまずは小康状態にはなった。

「使い方さえ誤らなければその刀はきっと貴方を護ります、だから怖がらないでください」
「でも、私……」

アヤの顔が困惑の表情に染まる。無理もないのかもしれない。
自分みたいな武人ならともかくこんな武器を触ったこともない少女がこれを持つことは。

「……すいません、気がききませんでしたね。忘れてください」
「……」
「さてと、行きましょうか。地図ではこの辺りに大きな建物――ビョウインがあるそうです」

…………失態ですね、配慮にかけていました。……私の服の裾をまだ掴んでいるのは不問としましょうか。
彼女はあくまで一般の民。殺し合いをしろいきなり宣誓されて、目の前で少女の首がはじけ飛ぶ様まで見せられた。
そんな状態で平静を保てなど難題……ふむ、どうしたものでしょうか。

629侍大将は儚き少女の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 02:59:44 ID:jlPl6Um60



◆ ◆ ◆



止めどもない思考をしている内に、私達はビョウイン(アヤがこの建物だと教えてくれた)へと到着、アヤが言うには医薬品が大量にあるとのこと。
この殺し合いの場ではそれらの存在はきっと重要になると思います。此処である程度の量を確保しておくのも悪くはありませんね。

「…………!」
「どうか、しましたか?」

扉が……扉が自動で開いた……すごい、なんという技術でしょうか、ただ目の前に立っただけで勝手に開くドア。
あまりにもの衝撃に思わず目が見開くほどに。自分の常識がガラガラと音を崩れていく。その崩れ落ちた場所に構築される今目の前にある現実。
それを受け入れてしまっている自分がいる。

「いえ、だ、大丈夫です。心配はいりません」

表面は取り繕ったが実際のところ大丈夫で済む範囲は通り越している。未知の技術に恐れおののきそうなくらいだ。最も、表情には出しませんがね。
ともかく、この建物の中を調査してみましょう。このような未知の技術があるはず……! それがなにか脱出への手がかりとなればいいのですが。

「っ……ぁ!」

おっと、後ろを歩くアヤが転びそうになるのを反射的に受け止める。危ない、危ない。ケガでもしたら行動に差し支えます。
安全第一、これからの脱出への道のりは長いのですから。こんな序盤での行動の遅延はあまり許されない。

「大丈夫ですか。足元はちゃんと見るんですよ」
「あの、そ、その」
「あ、すいません」

アヤの身体を受け止めたままでした、これはいけませんね。そっと離して、ちゃんと立たせ、さてと再度出発。
建物の中身は割と広い、全てを見てまわるのに時間はそれなりにかかるでしょう。
それでも、未知の技術を知れるという喜びは私の心を踊らせる。
ふう、私としたことが、年甲斐もない。

「行きましょう、アヤ」
「は、はいっ!」



◆ ◆ ◆



と、意気込んだはいいが、階段を登りそれぞれの階にある部屋を探索、そこまでは順調でした。

「……何が何だかわかりません」

目に映るのは自分にとって未知の代物ばかり。
これでも相応の知識を持っている私でもこれはどういう用途に使うのか? これは何を示すものなのか? これはこれはこれは……きりがないですね。
ここまで未知だと頭の中はグチャグチャになる、嘆かわしい。

「あ、あの……」

ああ、どうしよう。このままだと此処に来た意味がない。なにかしらの手がかりの一つでも手に入れないと割に合わない。
無駄にアヤを連れ回したのですから尚更のこと。
この島で時間は重要なものですしこのままでは終われません、時は金なりとも言いますし。

「……あの」

さあ、改めてこれから取るべき方法について考えよう。何かこの建物にてがかりとなる書物でも探す?
この広大な建物の中すべてを? いささか現実的な考えではありませんね。

「あ、あの!」
「……すいません、思考の迷路にはまっていたようです。どうかしたんですか?」
「いえ、何か悩んでいらしたので……私でよければ聞きます、よ?」
「では、実はですね……」

630侍大将は儚き少女の為に ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 03:00:13 ID:jlPl6Um60



◆ ◆ ◆



「助かりました、アヤ」
「い、いえ。そんなこんなことぐらいで……」

アヤがこの施設を知っていたお陰で医薬品、施設の用途など収穫がありました。
私一人ではどうすることもできずただ立ち往生する他なかったでしょう。
これには感謝するほかありませんね。

「いいえ、この島では情報はとても重要なものとなります。“そんな”ことではありませんよ。
 アヤ、貴方はもう少し自己評価を高めるべきです」
「でも……」

はぁ……この子は。自分に自信がないのでしょうか、さすがに卑屈すぎる傾向が見受けられますね。
これからの脱出への道程は長い。その過程でこの傾向が裏目に出てしまうこともあるかもしれません。
なら。

「アヤ」
「はい?」

ここで少し、アヤのその傾向を正しておくのもいいのかもしれません。運がいいのか悪いのかは知りませんが、私たちは未だに他の参加者と出会っていない。
なら今のうちに言えることは言っておいたほうがいい。

「貴方は思っている以上に優秀な人です、どうか悲観なさらないでください」
「でも、私は、戦うのも怖くて、あの刀を触ることもできなくて……ただの足手まといです……」
「それは断じて違いますよ。戦いは前に立つだけではありません。後方支援――情報提供なんかも立派な戦いです。
 それに前に出るのは私がすればいいこと、適材適所というものです」
「……」
「今すぐに考えを変えることは難しいでしょう、ですが――貴方を必要としている人が此処にいる、それだけは覚えておいてください」

この地獄のような島で自信をつけることはおかしいとは思いますが。アヤが少しでも自信をつけてくれることを願いながら。
私は薄く笑った。少しでもアヤが前を向けるように。



【時間:一日目 午後3時ごろ】
【場所:E-1 病院】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:藤巻のドス、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】

631 ◆5ddd1Yaifw:2010/12/16(木) 03:00:32 ID:jlPl6Um60
投下終了です

632Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:47:15 ID:UbljiqsQ0
かつかつと、日が沈みかけた空に規則正しい足音が響く。
紅に染まり始めた空を、足音の持ち主は物憂げに、見つめて。
何かを口ずさみながら、異端ともいえる薄い桜色の長い髪をなびかせながら。
異端者であり、少女である、ルーシー・マリア・ミソラは誰もいない道を一人で歩いていた。

彼女は戦士であり、狩猟者だった。
生き残る為に戦い、そして命を狩っていくだけの狩猟者。
それが、彼女の誇りであり矜持でもあるのだから。
故に、少女は獲物を狩る為だけに、歩き続けている。

少女がひとまずの目標と定めたのは、天文台だった。
今から向かえばきっと夜になる。
そうすれば、星が見えるだろう。
何となくだが、そう思い至ったら自然に足が其方の方に向かっていた。
ただ、だからといって、戦う事に手を抜いていてる訳ではない。
今もなお、何時襲われていいように、臨戦状態でいる。
戦いに遅れを取れば、敗北し、死に果てるのは目に見えているからだ。
戦士である少女にそんな無様は許されない。
それが彼女の矜持だから。

そして、勇敢にも正々堂々と自分に戦おうとする者が現われるのならば。
少女は全力を尽して、その戦士と戦うだろう。
それこそが勇敢な戦士への礼儀なのだから。
少女は強くそう心に思って、地面を強く踏みしめて歩き続ける。
まるで自分は此処に居ると誇示するように。

なのに、不意を襲う者も、正々堂々と自分に戦う者も現れない。
わざわざ目立つ為に、地図に記された大通りを進んでいるというのに。
けれども、人影など見えるわけがなく、物音すら聞こえない。
聞こえるのは風の音と、自分の足音だけだ。
退屈だなと憮然とした表情をしながら、歩く。
心なしか、歩幅も大きくなってるような気がした。
それでも気にせずひたすら道なりに、長い桜色の髪をなびかせながら歩いて。


そして、ついに、少女は人に遇った。

633Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:47:46 ID:UbljiqsQ0




「oh…………」


全身に深刻なDamageを追っている、funkyな少年に。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






最高に強烈なKickを喰らい、崖に落ちながらもTKはまだ生きていた。
限りなくPinchなのに代わりはないのだが。
それでも、彼は戦い続ける事を選び続けた。
ただ、enemyをHuntするだけでいい。
全てはTeamとFriendsの為なのだ。

だから、TKはfighterであり続けなければならない。

そう思い、仲間を思うと、額に滴る血も痛みももはや、No problem

俄然とBraveがわいてきた彼は歩き続けて。


そして、GirlとEencountする。


「なんだ……?」


それは正しく


Strange encounter だった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

634Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:48:31 ID:UbljiqsQ0





紅いバンダナを巻いた金髪の少年に少女は若干戸惑う。
明らかに傷をあちこち追っているのに、戦意が凄まじかったからだ。
重傷と呼べる傷はないだろうが、それでもこれだけこっぴどくやられれば少しぐらい折れるだろうに。
だが、この男はそんな事を気にせず戦う姿勢を、自分に見せている。

「うーは何者だ」

堪らず、少女は彼に話しかける。
しかし、少年は闘志を燃やしたまま、


「woo!」


何故か自分の言葉にオウム返しをした。
思いもよらぬ行動に少女は驚き


「うー!」


何故か、彼女も言葉を返す。


「woo!」

そして、少年もまた同じ言葉を返した。


「うー!」
「woo!」
「うー!」
「woo!」
「うー!」
「woo!」
「うー!」
「woo!」


暫く、無意味とも意味不明とも言える応酬が続いて。
ハッとするように少女が気付いて。

「……るーは何をしていたのだ。るーは戦わなければならない」

少女はこほんと一息ついて、戦闘態勢に入る。
その姿に、少年も態勢を整え、拳を少女に向ける。

「うーはその傷でも戦うと言うのか?」
「I'm fighting!」

635Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:48:53 ID:UbljiqsQ0

少女の問いにも、少年はかわらない。
たとえ絶望的な戦いでも戦わなければならないのだ。
少年はもう、理解している。
武装と怪我の状態を見て、少女に勝てるわけがないと。
それでも、戦わなければならないのだ。
仲間と友と自分の誇りのために。

少年の変わらない闘志に、少女は思う。
今、この場で殺す事は可能だろう。
だが、傷ついてる誇り高き戦士を嬲り殺すのは忍びない。
そしてこれほどの誇り高き戦士を此処で失うのはどうだろうかと。
出来る事ならば、傷がいえた正々堂々と戦いたいのだ。
自分の、戦士の血がそう告げていた。

また、彼も同じく生きる為に、命を狩る狩猟者だ。
自分との目的も一致する。
此処に居る人数もまた多い。
共に、誇りと矜持を持って戦える戦士がいるならば、それはまたいい事であろう。
ならば、

「うー、着いてこないか? 共に矜持を持って戦おう」

ここは共に戦う事を選択するのもいいのではないかと思う。
そして、全てが終わった後に、正々堂々戦いあおうと思ったのだ。

「…………」

少年は少し考え。
自分の数多い傷と武装の貧弱さ。
そして、少女の闘志と誇りと矜持。
全てを見据え、考え、そして

「OK! All right!」

少女に握手を求めたのだ。
それは共闘の証ともいえるもので。
少女はそれに応え、握手する。

これをもって、少年と少女は共に戦う事を誓ったのだ。


「ならば、うー。天文台に行くぞ。戦う為に」
「All right let's go!」


そして、奇妙な出会いをした二人は歩き出す。
共に誇りと矜持を持ちながら。

636Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:49:20 ID:UbljiqsQ0





そして、少年と少女は知っていたのだろうか? それとも知らなかったのだろうか?


「woo」


と言う言葉には


求愛という意味がある事を。



真相は闇の中にあり、

少女と少年が歩み続けたその先にあるのかもしれない。



 【時間:1日目午後4時ごろ】
 【場所:E-3 北部道路上】

ルーシー・マリア・ミソラ
 【持ち物:FN ブロウニング・ハイパワー(14/15)、予備マガジン×8、伝説のGペン、水・食料一日分】
 【状況:健康】



TK
【持ち物:メリケンサック、水・食料一日分】
【状況:転がり落ちるほどDamage、致命的なまでにBlunder】

637Strange encounter ◆auiI.USnCE:2010/12/23(木) 02:49:56 ID:UbljiqsQ0
投下終了しました。
この度は少し遅れてしてしまい申し訳ありません。

638Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:08:13 ID:s2RcJ57E0

障害の排除。

守るべき者がいるのですから、私のやるべき事は決まっています。
その為に相対する対象がなんであろうと、取るべき手段は一つでした。

本来は小さくない迷いがこの胸にあり、大きな罪悪感が全身を苛んでいます。
けれど、それらはここで重要な意味を持ちません。

悲壮を訴える感情は鎖で縛って。
どこにあるかも分らない私の心の、牢屋の中に閉じ込めましょう。

重要なのは、存在意義。
私がここにいる理由。

使命があるから。
守りたいという決意があるから。
だからもう、引き返せない。
引き返さない。


私は、そう決めたのですから。

639Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:09:36 ID:s2RcJ57E0
ー ー ー ー ー ー ー ー

棗鈴はアルルゥを背負い、ひたすらに前へと進んでいた。

沢山の木々が生い茂り、重なり合う枝葉が日光を遮る薄暗い森の中。
足場の悪い山道を進み続けていた。
少々ではない疲労によって、無意識に視界が下がっている。
今はもう、ふらつく足もとしか見ていない。

それでも進む。
背中にずっしりとくる人一人分の体重も、
手や服にベッタリとこびり付く血糊も、
早くも根を上げ始めた自分の身体なんかにも、一切かまってやるものか。

「おねー……ちゃん……」

耳元に聞こえる。
この小さくて、だけど確かな声がある限り。
何があろうと止まりはしない。

「ああ大丈夫だ! あたしはここにいるっ! 
 あたしが……おねえちゃんが絶対に助けてやるからな……っ!」

身体を軋ませる疲労感よりも。
服を真っ赤に汚す血糊なんかよりも。
背中の声が止んでしまうこと、それが鈴にとっては何よりも恐ろしい。


鈴は重傷のアルルゥへと、思いつく限りの処置をした。
血を拭いて、傷口を制服で縛って。
だけどそれだけではまだ足りない。
アルルゥの顔色は依然として土気色に染まる一方だ。
救うためには、救うことが出来る誰かに頼るしかない。
だからこそ今、彼女を背に抱えて歩いている。

「たすける、絶対にだ……!」

しかし、どこに行けばいい?
どこに彼女を連れて行けば助けられる?
鈴にはそれが分らない。
分らないから、彷徨うしかない。
当てもなく進むしかなかった。

「ぉ……ねぇ……ちゃ……」

背中の声が、少しずつ小さくなっていくような気がしていた。
呼吸も弱々しくなっていくように感じられた。
消えていく命を肌で感じているような気がして、鈴は身震いする。

「し、死ぬな……絶対に助けるんだ……だから……死ぬな……死ぬなアルルゥ……!」

近づいてくる少女の死に恐怖する。
同時に怒りがこみ上げ、自分自身に檄する。
怖がるな。もう二度と泣くな。
本当に泣きたいのは、背中の少女であるはずなのだから。

そうやって、もつれかける足を叱咤しながら鈴は進み続けた。
だけど、誰もいない。誰にも会えない。
そんな状態がずっと続いていた。

640Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:10:45 ID:s2RcJ57E0

「なんで……!」

どうして誰もいないんだ。と叫ぶ余力も鈴には残されておらず。
遂に立ち止まりかける。
誰もいない森の中で、途方にくれてしまいそうになる。
そんな時に、背中からこれまでにないハッキリとした声が発せられた。

「鈴おねーちゃん」

うわごとのような声ではない、意志を持った強い声。
依然弱いけれど、確かにまだ少女が生きていることを告げている。

「……どうした?」

鈴の表情に少しだけ安堵が浮かぶ。
けれど続けて搾り出された言葉は、鈴の表情を一瞬にして凍りつかせた。

「もう……いい……よ……」
「――ッ!」

もういい。
頑張らなくてもいいのだと。
そう告げる声が、砕かれそうになっていた心に再び火を灯す。

聞こえないフリをする。
足を動かす。
もういい、そんなわけがない。

「誰か……! 誰かいないのかっ!! 誰でもいい、何でもいいからっ!」

この子を助けて欲しい。
助けさせて欲しい。
どうか救いをもたらしてください。

そんな真摯で、どこまでも真っ直ぐな願いを、
はたして神はどう受け取ったのだろう。

「…………あ」

俯いていた鈴の視界が、遂に捉えた。
自分達以外の人間の姿。
正確には、その足もとを。

「…………あぁ……!」

探し求めた希望だった。唯一の光だった。
だから鈴は笑顔など到底浮かべられず。
涙をいっぱいに溜めた瞳で、ゆっくりと視線を上げながら言った。

「たすけてくれ。 助けて、やってくれ。お願いだから……たのむから……アルルゥを……」

懇願を重ねながら、鈴はその人物の顔を見上げる。
目の前に立っていた少女の姿。
深い蒼の髪、白い耳飾。
穏やかな風貌。

641Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:11:13 ID:s2RcJ57E0


けれどそれは“顔の左半分だけ”に限定した特徴の話だった。
少女の顔面右半分には最も強烈な印象を残すであろう、一つの異様がある。
焼け爛れ落ちた皮膚。
そして、その内側から顔を出していたものは肉ではなく、薄茶色に煤けた金属だった。
僅かに残る銀の光沢。カメラの目。機械の身体。
鈴はそれらを見ても、声を上げる事もできなかった。

機械の少女が握る機関銃。
鈴へと真っ直ぐに向けられた銃口。
絞られていく引き金。
これらを前に凍りついたように、何も言えず、何も出来ない。

やっと出会えたと思った希望が絶望に変わる衝撃。
それに心を囚われ、足が地面に縫い止められたかのように硬直していた。


目を見開く鈴に、機械の少女は――イルファは答えず。

「…………」

静かに首を振り、

「ごめんなさい」

ただ小さく詫びて――


振り切るように、機関銃のトリガーを引き絞った。

642Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:11:49 ID:s2RcJ57E0


ー ー ー ー ー ー ー ー





例えばの話。
「あなたにとって、一番大切な物はなんですか?」って、聞かれたとすればどうだろう?

あたしには即答できる。その自信がある。
大切な物、大切な者なんて決まってる。この世に一人しかいない。
他の誰でもない、彼。何よりも彼が大切。

けれど、例えばの話。
「ではその大切な者のために、あなたは今から何をしますか?」って聞かれたとすれば?

うーん。
あたしはちょっと考える。
いつもなら考える前に行動しているところなんだけど。
これはとても重要な問題で、このあたしをしても頭を使わずにはいられない。

でも、いくら考えたって答えは出ないから。
だからやっぱり、まずは行動して、触れてみることにする。
手で触って感触を確かめて、そうやって答えを出そう。


うん。


そう決めた。

643Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:12:45 ID:s2RcJ57E0




ー ー ー ー ー ー ー


結局のところ、鈴は最後まで見ている事しか出来なかった。

頬にあたる一陣の風。
目の前で散る火花。
炸裂する金属音。

「え?」

こちらに向けられていた銃口が大きく逸れる。
遅れて轟く銃声。
機関銃から吐き出された鉛球が見当違いの方向に飛び、木々を抉る。
それらを見送ってから、ようやく鈴は場に割り込んだ乱入者を認識した。

「あ…………」

鈴に向けられていた機関銃へと、似たような大きさの銃器を叩きつけて、銃口の軌道を鈴の額から逸らしたピンク色の影。
立ち並ぶ木々の間から飛び出してきた人物。
自分とイルファ、その間に立つ一人の少女の姿。

「ほらほらぼーっとしないで、早く逃げちゃいなよ。せっかく助けてあげたんだからさ」

しっしっとこちらに向かって振られる手の平。
鈴に背中を向けたまま、振り返らずに話す彼女の容姿は非常に明るい色合いだった。
肩辺りまで伸びた、鮮やかなピンク色の外はね髪。
これまたピンク柄の学生服。
声もはつらつとしていて、顔を見るまでも無く活発な印象を与えてくる。
それらを順に見て聞いてから、鈴はようやく自分が助けられたのだという認識を得た。

「あ……あ……あり……がとう……」

ぎこちない礼を述べた後。
今の状況と、危機感認識が遅れて鈴に襲い掛かり。
硬直していた足に力が戻ってくる。
彼女の言葉に突き動かせるように、鈴はこの場から逃げようとして。

「お、おまえ……名前は……」

どもりながらも、どうしても、これだけは聞かなければいけないような気がした。

「あたし?」

少女はやはり振り返らず。
最後までこちらを見ないままで。

「あたしは……」

一瞬だけ考えた後に、

「あたしは“はるみ”――河野はるみ、だよ」

天真爛漫な声で、そう答えた。

644Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:15:05 ID:s2RcJ57E0


【時間:1日目15:30ごろ】
【場所:C-4 山道】


棗鈴
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】


アルルゥ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:重症(左胸部創傷)】

645Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:15:26 ID:s2RcJ57E0



ー ー ー ー ー ー ー



音は彼女のもとにも届いていた。


「……いまのって……銃声……よね……?」

銃声、人が人を殺す為の音。
素人にも分る炸裂の旋律に、古河早苗の意識は後方に引き寄せられる。
少し前に公園から離れ、天文台へと進めていた歩を止めて、背後の山道を振り返った。

冷たい空気を引き裂くようにして去来した銃声は即ち、
ここからそう遠くない場所で殺し合いが始まった事を意味している。

「どう……しよう……」

どうするのかを考えなければならない。
感傷に浸っていられる時間もう終わっている。
まだ迷いはある、揺らぎはある、されどここは殺し合いの舞台。

自分の大切な物に思いを馳せる、恐怖に震えている。
心の痛みを搾り出すように涙を流す。
そんな僅かな時間すら、十分に与えてはくれないのだ。

赴くか、逆に離れるか。

彼女の中に巣くった恐怖。
無視できない疑問の解を見つけることすら出来ないままで。

状況は動き出した。


古河早苗は、血に濡れた手の平を、今は硬く握り締める。


【時間:1日目15:30ごろ】
【場所:C-4 山道】

古河早苗
【持ち物:NRS ナイフ型消音拳銃、予備弾×10、不明支給品、水・食料2日分】
【状況:健康】

646Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:16:40 ID:s2RcJ57E0

ー ー ー ー ー ー ー


鈴とアルルゥがその場から去った後も、暫く二人は言葉も無く対峙し続けていた。

機械の少女イルファと、
はるみと名乗った少女。

「ミルファちゃん……」

先に言葉を発したのはイルファだった。
しかし彼女は目の前の少女をはるみとは呼ばない。

「……お姉ちゃん」

はるみと名乗り、ミルファと呼ばれた少女はそれに否定も意義も唱えずに、受け入れるように呼び返した。
姉と呼ばれたイルファもまた否定しない。

つまり互いが肯定を表していた。
二人が間違いなくイルファとミルファであり。
そして、互いがメイドロボと呼ばれる存在であること。
分りきった前提確認の後で、二人はようやく会話を始める。

「そっか、お姉ちゃんはもう……決めちゃったんだね……」
「ええ」

はるみの言葉に咎めるような色は無い。
あっさりとしていた。
そしてイルファの肯定に淀みは無い。
毅然としていた。

「仕える主をお守りする。主人の為に殺す。それが今の私の使命であり、ただ一つの役割です」

だから殺す。この道に間違いなど無い。
罪悪感や迷いなど関係ない。
ただ己の使命だから、役割だから、実行すると言い切った。

「ミルファちゃんは……どうなんです?」

そして聞き返す。
自分と同じ在り方をしている筈の少女へと。

「あなたにも……守りたい人、守るべき人がいるんでしょう?」
「……うん。確かに私はダーリンが好き。守りたいと思ってる……けど……」
「だったら、どうして邪魔をしたんですか?」
「好きだし守りたいけど、だけど……私は……」
「何を迷っているのですか? そのために取れる手段は一つだけでしょう?」

毅然としたイルファとは対照的に、はるみの言葉は揺れていた。

647Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:17:21 ID:s2RcJ57E0
「本当に……そうなのかな……?」
「どういう意味ですか?」
「それしか、方法は無いのかな?」

そして迷いを表面に現すはるみと対照的に、イルファはあくまでも強靭だった。

「あたしも考えたんだよ。ずっと考えた。でも分らなかった」
「…………」
「ダーリンを守る為に出来ること、それは殺すこと。本当に、それだけなのかな? 
 本当にそれで正しいのかな? ダーリンは……それで笑ってくれるのかな……?」
「…………」
「私も最初はダーリンのために殺すのが正解なのかなって思ったの。
 でも、お姉ちゃんが人を殺そうとしてるの見て。
 それで、本当にこれで正しいのかなって、思っちゃって……それで、やっぱり上手く言えないんだけど……」
「――馬鹿馬鹿しい」

歯に物がつっかえたような言葉を発するはるみへと、
イルファは斬って捨てるような言葉を返した。

「つまり、ミルファちゃんは結論も出ない内から行動して、私の邪魔をしたということですか?」
「…………」
「その感情に何の意味があるのですか?」
「私はただ……」
「状況を見なさいッ!」

ぴしゃりとした怒号が上がる。

「正しいわけがないでしょう! こんなことが、許されるわけがありません……!」

身を竦めるはるみに、イルファは擦り切れたような声を上げた。

「でも、こんな状況なんですよッ!? 殺すことは転じて守ること、だから私達は仕えるご主人様の為に殺すしかない!
 そうでしょう!? それが他と両立できない使命であり役割なのですから!」

自分に言い聞かせるような声が、はるみの胸にも反響する。

「だけど私は……役割とかじゃなくて……私はただダーリンの……!」
「では、何か他に方法がありますか!?」
「う……」

言葉に詰まる。
そしてそれ以上つながれる事は無い。
この時点で論争は、はるみの負けだった。

「うん、そうなんだよね……分ってた。そうするしかないって、分ってはいたんだよ」
「だったら……これからすることも分るでしょう」

はるみは兎も角として、既にイルファの中では結論が出ていた。
諦めるように、振り切るように、イルファは一度だけ首を振って。
そして銃を持ち上げる。
妹を、殺すために。

648Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:17:43 ID:s2RcJ57E0

「うん、分ってる。でもやっぱり、まだしっくりこないな……」
「まだそんなことを……」
「――だからさ」

妥協するように、吹っ切るように、ミルファは動じずに。
そして銃を持ち上げた。
姉を、殺すために。

「実際に行動して、確かめてみることにする。本当にこれでいいのかどうか。
 私はダーリンのために殺して、その感触を知ってから。
 全部、決めるよ」

互いに向ける二つの銃口
互いに向けられる二つの銃口。

「……そう。あなた最初からそのつもりで……。
 こんな事になってしまって、ごめんなさいね。ミルファちゃん」

「謝らないでよ。お姉ちゃんのせいじゃないんだし、一応あたしだって望んでやる事なんだからさ」

トリガーに掛ける指は互いに重く、やるせなく、切ない。
どうしてこんな事になったのか、こんなこと本当はしたく無いのだ。
ただ今だけは、守るべき人、守りたい人のために、やるしか無いのだから。

「「…………!!」」

だから同時に引かれるトリガーと、再度鳴り響く銃声を皮切りにして。
二人は殺し合いを開始した。

649Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:18:25 ID:s2RcJ57E0



ー ー ー ー ー ー ー



轟音が山を駆け上がる。

絡み合う射線、交差する数多の銃弾、煌くマズルフラッシュ。
喰らい合うように撃ち合いながら。
二つの影が山道を登っていく。

影の正体は二人の少女。
飛び交う無数の鉛玉は二人の間に点在する木々を貫き、斜面の土をえぐり飛ばし、二人の身体を傷つける。
それでも二人は止めようとしない。
これはどちらかが倒れる間で続くデスマッチだ。
途中で降りることはできない。

イルファは血を吐くような思いでトリガーを引いていた。
常人を遥かに超える脚力で山道を走り抜けながら。
視界を流れ飛び行く風景、木々の向こうに捉える妹の姿へと、両手に抱えるM240機関銃を撃ち続ける。
痛む心中とは裏腹に無骨な銃器は実に精巧だった。
黙々と、破壊と殺意を振りまいていく。

どうしてこんなことをしているのだろう。
何故妹に銃を向けなくてはならないのか。
身を斬るような苦しみは尽きなくて。
でも他に道はなくて。
そして立ち止まる気も今はない。

敵は殺す。何であろうと。誰であろうと。
故に心を殺す。
ただ守るべき主の為に血を被り、罪を犯そう。


――だからこんな、苦しいだなんて、人間らしい感情は全て消してしまえたらいいのに。

弾雨の中で、イルファはそんな事を思っていた。

650Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:19:52 ID:s2RcJ57E0

◇ ◇ ◇


初めて撃った銃はタイプライターのような、独特の銃声を奏でていた。

「あはは……お姉ちゃんったら、ほんとに容赦無いや」

段差や木々をかわしつつ走りながら、
はるみは側面から飛来する弾丸へと自らもまけじと銃撃を返す。

彼女はいま不思議な感傷に囚われていた。
やるべきことだけは分っている。
目の前の敵を倒す。それしかない。

けれどこの胸の疼きはなんだろう。
全身の震えはなんだろう。
今すぐに逃げ出したいと言う感情はどういうことなのだろう。

よく分らない。
分らないけれど。
思い当たることはあった。

「もしかして、これが本当の意味で哀しいってことなのかな?」

この身体ではそう長く生活していないけれど。
感情の起伏と言うものにはそれなりに慣れたつもりだった。
しかし未だかつて体験していない悲哀がここにある。

こんな時に、こんな場合で、新しい感情に触れることが出来た。
それがなんだかはるみにはとても可笑しく思えて。

そして、何よりもやるせなかった。

651Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:21:08 ID:s2RcJ57E0

◇ ◇ ◇


たどり着く山の最上部。
勝負は言葉通りの頂上決戦となった。

登るにつれて縮まる二人の距離は一刻も早く勝負を決めるため。
こんな辛い時間は早く終わらせてしまいたい。
そういう二人の意志を示すように、双方が必殺の間合いへと近づいていく。

イルファは最後まで機関銃を腰元で構えて撃つ姿勢を崩さなかった。
対照的にはるみは接近した瞬間に戦法を切り替えた。

はるみは弾幕を耐え切る。
木々と自分の銃を盾に、そして機械の肉体を鎧にして、ひたすら距離を詰めながら。
銃撃から、打撃へと切り替える。
戦いの最初に、イルファの目の前に割って入った時のスタイルへと。
トリガーから手を離し、銃身を掴み取って鈍器へと用途を変える。

「はああっ!」

今は銃と言う役割を捨てているただの鉄塊を担ぎ上げ、イルファへと一気に肉薄した。
リロードの隙を突いて飛び出し、全体重を乗せ脳天めがけて振り下ろす。
銃が壊れるのでは、という懸念を一切無視した乱暴な扱い。
それは下手な手加減はこちらの命取りだという、敵への警戒とある種の信頼の裏返しでもある。
もちろん決して過信ではなく事実だ。

「ふっ!」

イルファは、はるみの振るった全力の一撃を片腕を盾にして凌いでいた。
普通の人間ならば頭がかち割られていたであろう重さの鉄槌を、鉄を剥き出しにした左腕で掴み取る。

「でもパワーなら、私の方が……ッ!」

力ずくで押し切ろうとするはるみ。

「…………」

しかし、イルファはそれを許さない。
腕の力を抜きながら、身体を横にズラす。

「あ、らっ?」

間の抜けたような、はるみの声が零れ落ちた。
直後に鉄が地面を打つ音が響く。
はるみの一撃は綺麗に空ぶり、はるみ自身は躓いたように体勢を崩していた。
イルファにはそれだけの時間があれば十分だった。

「ミルファちゃんは動きが大雑把すぎるんです」

伸ばされたイルファの手がはるみに触れた瞬間だった。
がくんと、はるみの全身が弛緩した。

652Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:21:24 ID:s2RcJ57E0


「うそ……力が……抜けて……」
「それに経験も浅い。メイドロボのツボを突きました」

一気に動きが鈍くなったはるみにむかって、イルファは片足を後方に振り上げる。
そして渾身の力を込めて、蹴り上げを放った。
元はサッカー選手用に作られていたメイドロボ。その規格外の脚力全てが込められた一撃。
例え相手が同じメイドロボであろうとも、ただで済むはずが無い。

「がっ……は……!?」

吸い込まれるように、はるみのわき腹へとイルファの足が直撃した。
内部から何かが砕ける音が漏れてくる。
続いて二発三発と蹴りが叩き込まれ、はるみの体が何度も跳ねた。
ダメージの量は考えるべくも無い。

「ぐっ……ぅ……」

嫌な音が数度重なった後、はるみは遂に根を上げたように膝を折る。
蹴られたわき腹に手を添えて、地面に蹲った。
容赦なくその脇腹へと、機関銃の銃口が突きつけられる。

ただでさえ内部が損傷しているであろう部位に、至近距離から機関銃の一点射撃を叩き込めばどうなるか。
はるみもイルファも分らないはずが無かった。
けれど一方は止めないし、一方は止められない。
勝敗は完全に決していた。

蹲ったはるみと、立ち尽くしたイルファの視線がしばし交錯する。

「お姉……ちゃん……あたしを殺すの?」

その言葉にイルファは何を思ったのだろう。
そう呼ばれることに何を感じ取ったのだろう。
何も答えられない。
なんの感情も返さないままで彼女はただ、

「ごめん……なさい……!」

かける言葉は最後まで、謝罪しか見あたらず。

イルファは顔を背けて――



山の頂上、最後の銃声が轟いた。

653Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:22:26 ID:s2RcJ57E0

ー ー ー ー ー ー ー


ゆっくりと目を開いていく。
機関銃に装填されていた弾丸全てを撃ちきり、硝煙の香りが当たり一面に立ち込めていた。
期間にして数秒も掛からない。
イルファは全てを終わらせてから、たった今犯した一つの罪を見つめようとして。

「……!?」

その異変に直面する事となった。

「なぜ……?」

いない。
先ほどまで蹲っていたはずのミルファの姿が無い。
たったいま機関銃で完膚なきまでに破壊したはずの彼女がいないのだ。
目の前には銃撃によって大きく抉られた地面と、大量に転がる薬莢と、
ミルファの制服の切れ端と人工皮膚の欠片だけが散っている。
そこにあるはずの死体はどこにも見当たらない。

「いったいどこに!?」

叫びつつ数歩踏み出して、ようやくイルファは気づく。
先ほどまでミルファが蹲っていた場所の真後ろ、そこは山道の外れのさらに外れた場所。
急激な斜面になっていた。
下方を覗き込んでみれば、人一人が転がり落ちたような形跡が残されている。

ここまでくればもう確定だった。
ミルファは銃弾を受けながらもなんとか力を振り絞り、後ろに向かって転がったのだろう。
そして山の斜面を滑り降りて、この場から離脱したのだ。

「逃げられた……」

一瞬のことだった。
しかし、一瞬目を逸らさなければ見逃さなかったミスだ。
まだ甘かった。
せめて妹を殺す瞬間は見たくない。
そんな甘えがあったから、失敗した。

「…………ッ!!」

唇をきつく噛み締める。
こんな失態は二度と許されない。
並ではない傷をミルファに与えた、その確信がある。
だからこそ中途半端に逃した事が罪深い。

こんな事は二度と無い。
もう、後戻りは出来ないのだから。
イルファは妹すら壊してしまう事を是とした。
ならばこれ以上中途半端な迷いや振る舞いは許されない。
でなければ自分が守りたい者にも、そのために犠牲にする者にも失礼だろう。

「私はもう、引き返せないのですから」

繰り返し、言い聞かせる。
人の心を持った機械は心まで機械でありたいと願う。
そんな矛盾を抱えていた。

654Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:22:47 ID:s2RcJ57E0



【時間:1日目16:00ごろ】
【場所:C-6】

イルファ
【持ち物:、M240機関銃 弾丸×298 水・食料一日分】
【状況:軽傷】

655Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:24:00 ID:s2RcJ57E0


ー ー ー ー ー ー ー



どれくらいの時間が経ったのだろう。
目を開けば、暮れようとする太陽が浮かんでいた。
燃える赤を掴み取るように、掬い取るように、はるみは空に手を翳す。

手の平から零れ落ちた陽光がやけに輝いて見えて。
ふっと、頬に笑みが浮かんでいた。
まだ生きている、この世界を感じられる。
ここにいられる。
それが何よりも嬉しく感じたから。

「……お姉ちゃん」

だからこんなにも辛いのか。
大切な人との離別が恐ろしく感じるのだろうか。

「あたしには、まだわかんないよ……」

あの言葉は我ながらズルイ台詞だなと思ったけれど、おかげで壊されずに済んだらしい。
イルファの一瞬の隙をついて背後にあった山の斜面から転がり落ち続け、そこから暫く走り続けた後。
はるみは森の下部の岩場に倒れこんでいた。
ここなら例えイルファが追撃を仕掛けてきていても、すぐには追いつかないはずだ。

もう一度目を閉じようとして、ふと音を聞いた。
こちらに近づいてくる小さな足音。
反応するために身体を動かそうとして、異変に気づく。

「あちゃー」

右のわき腹から軋みが上がった。
電気的な、明らかなる異音。
重度の内部損傷の警告を示すそれに、はるみの表情が引きつる。
視線を下げて見てみれば、わき腹の金属部が一部だけ剥き出しになっていた。

「痛いなぁ、これ……」

傷ではなく心が痛い。

胸の疼きを感じながら首だけを傾けて、
いつの間にか隣に来ていた足音の主を見る。

「……っ」

息を呑むような声が聞こえた。
その人物は夕焼けを背に立っていた。
小さい影がはるみの上に長く伸びいる。
背は小さい。
小柄な体格と中性的な顔つきから少年なのか少女なのか区別はつかなけれど、
声からしておそらく少年だろうか。
少年の手にはナイフが握られている。
切っ先は真っ直ぐにはるみへと向けられている。

656Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:25:40 ID:s2RcJ57E0

「ねえ、君は……」

はるみは少年の耳を見つめていた。
変わっているねと言おうとして、お互い様かと思いなおす。
少年の顔は逆光でよく見えないけれど、
どうやらはるみのわき腹、露出した金属部に視線を向けているようだった。
暫く待ってみても、刃は未だに振るわれない。

「君は……迷っているの?」

はるみの言葉に、少年はびくりと分りやすい反応を返した。
はるみに向けて振り下ろそうとしていたナイフをいっそう強く握り締めて。
少年はそのまま動かない。それとも動けないのか。
驚いた表情ではるみの言葉を聞いていた。

「ははっ……じゃあ、あたしと一緒だね」

何故だか確信を持ってしまい、はるみは笑みを浮かべてみせる。
少年は視線を逸らして、ゆっくりとナイフを下ろす。
悔しそうに、もどかしいように、肩を震わせながら言う。

「でも、仕方ないんだ。だってこれは戦だから、僕は殺さなくちゃいけない」
「うん。方法は一つしかない、だから難しいんだよね」

はるみは身体を起こしていく。
身体はまだ動くようだ。
はるみに戦意が無いと分かっているからか。
その間、少年は攻撃を加えてはこなかった。

「じゃあさ」

勝手に動くような舌に任せて、マイペースに呟きながら。
時間をかけて立ち上がる。
痛む傷を黙殺して、二本足で身体を支える。

「あたしと、一緒に行かない?」

そうして少年へと、手を差し伸べた。

657Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:26:06 ID:s2RcJ57E0

「どうして……?」
「なんとなく、かな」

本心だった。
ただなんとなく、どうせなら同じような思いを抱えている人と一緒にいたいと思っただけだ。
そしてこの思いを共有できたことが嬉しかったから。
気のせいや錯覚かもしれないけれど、それでも悪くない気分だったから。
つい、思ったことを口にしたのだ。

「…………」

少年は答えない。
見るからに戸惑っていた。
視線がはるみの手と、自らが握るナイフの間を往復し続けている。

「ほら、行こっ」
「あっ」

じれったいくなったはるみは、少年のナイフを持っていない方の手を掴み取っていた。

「あの……ちょっと……!」

戸惑う少年の手を引いて走り出す。
これからどこに行くのだろうと、自問する。
殺しに行くのだろうか、それとも他の何かか?
分らないけれど、分らないなら悩んでる時間は勿体無い。
まずは何か行動を起こしてみよう。
それこそがはるみにとっては一番の近道。
そしてきっと。自分の好きな自分であり――

「ほら、はやく行こっ! 
 早くここを離れないと、怖ーいお姉さんに見つかっちゃうかもしれないし」

猪突猛進、有言実行、支離滅裂、言語道断。
彼の為ってだけじゃなくて、彼が好きだから、好きである限りどこまでも突き進む。
それが、河野はるみ、なのだから。

「あたしは“はるみ”。河野はるみだよっ!」

だから彼女は高らかに、胸を張って、その名を名乗っていた。



「ねえ、君の名前は?」





【時間:1日目16:30ごろ】
【場所:D-6】

河野はるみ
【持ち物:トンプソンM1928A1(故障の可能性あり)、予備弾倉x3、水・食料一日分】
【状況:右腹部中破】

ドリィ
【持ち物:イーグルナイフ、水・食料一日分】
【状況:健康。若様のために殺す。グラァは……】

658 ◆g4HD7T2Nls:2010/12/26(日) 22:27:19 ID:s2RcJ57E0
投下終了です

659糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:07:57 ID:87ksLycA0
コツ、コツ、コツ……
コツ、コツ、コツ……

島の北部に位置する廃村に、乾いた足音がふたつ響いていた。

「ふむ、なかなか目当てのものは見つからないな」
「いやしょうがないんじゃない?地図にも廃村って書いてあるし」

仮面の皇・ハクオロ。
女子高生・藤林杏。

ふたりは、青髪の少女の襲撃を振り切った後、進路を変えてこの廃村まで

やってきていた。

660糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:11:46 ID:87ksLycA0
数時間前――

杏の操るミニバイクから、エンジン音が遂に消え去った。
ガソリンが完全に切れたのである。

「あっちゃーガソリンゼロかー。もうちょっと行けると思ったんだけどな」

「これがさっき言っていた「ガスケツ」というやつか」

「そう。まさか引っ張って行くわけにもいくまいし、これはここで乗り捨てね」

「それなんだが、杏。私にこの「バイク」のことを、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「え?それはいいけど…、大丈夫なの?こんなところで」

「ああ。もう追っ手は撒いたようだし、
 君もさっきから休み無しでここまで来て疲れただろう。
 休憩ついでに君の知っていることを聞かせて欲しい」

こういう進言もあり、ミニバイクを街道脇の岩陰に寄せ、二人は一息つくのであった。

ハクオロの関心は、自分と杏が明らかに違う世界の住人であったことだった。
杏は皇の中でもとりわけ有名なハクオロのことを知らなかったし、
ハクオロは当然のように普及しているはずの機械の数々を知らなかった。
先ほどイルファを退けたエクスカリバーMk2も杏の世界に準ずる機械であった。
ならば、杏の世界について詳しく知ることは必ず利になると考えたのだ。

元々賢皇として名高いハクオロのことである。杏の語る科学技術に並々ならぬ興味を持ち、
さらにそれらをあっという間に理解してしまうのだった。

そして、主に銃と乗り物のことについて聞き出したハクオロはこう提案した。

「一度、引き返してみないか?」

「な、何言ってんのよ!またあの青紙の女がいるかもしれないじゃない!」

「いや、それはないだろう。彼女は明らかに誰かを探しているようだった。
 情報を聞き出した私たちを見失った以上、
 追い続けることもその場に留まることも彼女の益にはならないはずだ」

「そ、それもそうかもしれないけど!でも、わざわざ引き返すこともないじゃない!!」

「地図を見てくれ。ここに廃村があるだろう」

「それがどうしたのよ」

「廃村なら昔は人が居たということだろう?なら、残っている物資がまだあるかもしれない。
 最高なのは、「ガソリン」が残っていることだ。
 私たちが巻き込まれたこの戦いにおいて、速い足があることはこの上ない優位になる」

つまり、ハクオロの目的は廃村を探索し、武器などの役立ちそうな物資、
あわよくばガソリンを見つけてここに戻り、ミニバイクという足を復活させることだった。

「どうだろうか?状況が不明瞭な以上、悪くはない提案だと思うのだが?」

「……う〜〜〜、わかったわよ!乗った!!」

というわけでこの数分の後、二人は街道を引き返し、廃村に向かったのだった。

661糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:12:10 ID:87ksLycA0
結果を言えば、探索はあまり芳しくなかったことになる。

廃村は畑や林が点在する中にちらほらと住宅地があるようなところで、
隣の家がかなり離れている所も珍しくはなかった。
食料品は皆無。廃棄された村なわけだから当然である。
家の中にはちょっとした薬などの医療品や日用品が僅かに残されているだけで、
武器になりそうなものも鍬などの農具がせいぜい、というところだった。

そんな村に、肝心のガソリンスタンドなんてものはあるはずも無かったのだった。

「収穫はあるにはあったが…」

「しょぼいわね…」

探索して集まったものは、救急箱や文房具、包丁1本など、あると無いとでは雲泥の差があるが、
それでもパッとしないものばかりだった。

ちなみにガソリンスタンドは無いが、
実は駐在所と村役場には少量だが中身の入ったガソリンタンクがあったのだが、
短時間の探索でそれを見つけることはできなかった。
これには、ハクオロが現代の知識に疎かったことも影響している。

「バイクは諦めるしか無いか……」

「まあこんなものでしょ。薬とかがあったんだし、これで良しとしましょうよ!」

「ふむ、それはそうかもしれないな。」

「ええ」

こうして、二人は改めて所持品の整理を始めるのだった。

収集したものをデイパックに詰めていく二人。しかし、ふと杏の横顔に不安がよぎった。

「どうした?杏」

「しかし、椋はどこにいるのかしら…」

「椋…君の妹君だったか」

「うん…」

二人は、廃村までの道中にお互いのあらかたの身の内を話し合っていた。
ハクオロの家族と家臣のことも、杏の双子の妹と友人たちのことも、既に二人は把握していた。

その上で、基本的な方針を知人の捜索、及びゲームに乗っていない人間との交流としていた。
あまりゲームの破壊に積極的でないところは、状況が不明瞭なことと足元の脆さ、
それに戦闘に慣れていない杏にハクオロが配慮して提案した結果だ。

しかし、皇としての責務以上に、
家族であるエルルゥやアルルゥが何よりも心配、というのも本音であった。

(そうだ…、早くエルルゥたち、それに杏の知人を見つけなければならない…。
 しかし名簿によると参加者は120。
 広さもわからないこの島で、果たして早々に特定人物を見つけることができるのか…)

だがやらなければならないのだ。
少しでもこの少女に安寧を与えるためには。


こうしているうちに、荷物の整理が終わった。

ハクオロの支給品からは黒塗りの剣が見つかり、
武芸の心得があるハクオロはこれを腰に差した。
代わりに、エクスカリバーMk2は杏が持つことになった。
元々現代の物である銃器はハクオロには向かないのだ。

「ハクオロさん、次はどこに行くつもり?」
「そうだな、山越えになるが、天文台に向かってみよう」

地図に書いてある施設ならば人が幾分集まりやすいだろうし、
天文台ならば街の方を観察できるかもしれない。

「わかったわ、それじゃあ行きましょ…」

杏が言い切る前に。パララララッと小気味の良い音がして。

気がつけば、杏の足から一筋の血が流れていた。

それを目にした瞬間に、ハクオロは杏の手を取り、

「…っ!逃げるぞ、杏!!」

駆け出していた。

662糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:13:17 ID:87ksLycA0
「あー、外しちゃったか。まあ初めてなら仕方ないよね」

そう呟き、逃げ出した仮面の男と菫色の髪の少女を追いかけるのは笹森花梨だった。

鍾乳洞で竹山、渚とチームを結成した後、竹山の提案で三人は廃村に向かうことになった。
とにかく鍾乳洞から移動して標的を探すことと、
どこかに行くのなら地図に名前が書いてある施設の方が良い、という判断からだった。

かくして、判断は功を奏した。

廃村に到着してまもなく男と少女の二人組の影を見つけることができ、
そのまま鍾乳洞でのある程度の打ち合わせ通り、まずは花梨が二人を襲撃したのだ。

「でもやっぱり見た目ほど簡単じゃないなあ、銃って。…かっこいーけど!」

パララララッ!

走り、たまに前方に向かって弾をばらまき、二人を追い立てながら呟く花梨。
実際、花梨が足を傷つける程度で攻撃をやめたのは、銃に不慣れだったからだ。
戦いの世界の出身である竹山にある程度のレクチャーは受けたが、
それでも実銃に触れるのは初めてなのだ。

(しかしあのお兄さん、速いなあ)

花梨が追う男は逃げるだけで、一切振り向かずに走り続ける。
しかし、足を傷つけた人間を連れ、銃を持って追いかける人間に距離を保ち続けている。

(何かやってる人なのかな?)

顔はよく見えなかったが、着物にどこか様になった走り方は、
「何かある」と思わせるに充分な要素だった。

しかし、負傷者を連れた二人組より、
武器を持った個人の方に部があるのは当然でもあった。

パララララッ

「きゃぁっ!」
「ぐっ…!」

「〜♪ちょっとずつ慣れて来たね」

今度は当たった。
少女の方には脇腹に。男の方には腕にそれぞれ掠った。

男の方はともかく、もう既に少女の方にはかなりのダメージが溜まっていた。
後ろを走る花梨から見ても、少女の方の足は覚束無くなってきており、
段々と自分と二人組の距離も縮まってきていた。

もうすぐ、追いつく。

(でもちょっと疲れてきたよね)

二人組ほどではなかったが、花梨も余裕を見せているようで、
はぁはぁと息が荒くなってきていた。

(ふぅ…、ん?)

気がつくと、逃げる二人は道の先にあった角に曲がり、見えなくなっていた。

そして、急速に前方から聞こえていた足音が止まる。

(ということは…そっか、なんだかんだ言って流石だね)

そう心の中で呟き、自分も角を曲がる。

するとそこには、当然のように先ほど自分が追っていた二人と。
その先には。

銃を構えて二人に向きあう、古河渚が立っていた。

663糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:13:35 ID:87ksLycA0
「う、動かないでください!!」

曲がり角の先に待ち構えていた少女が叫ぶ。

(…くそっ)

要するに誘導と挟み撃ちである。

まずは先ほど自分たちを襲ってきた少女が銃を用いて危機感を煽り、追い立て。
行き先を誘導した先には仲間を配置し、挟み撃ちにする。

誘導が失敗すれば無駄になる策だし、杜撰と言う他ないが、
実際に成功すればあちらの勝利は揺るがなくなる。
それに今回は杏が足にケガをしたのもあり、余計に余裕がなくなり、
あっさりと誘導を許す結果になってしまった。

「さあ、もう観念した方がいいよ?」

先ほどの少女が追いついて言う。

こちらにも一応は、廃村探索時に弾を詰め直したエクスカリバーがあるものの、
先ほどの逃走で、あの銃が連射性に優れた物だということはわかっている。
前方に行き場を塞がれては、アレで穴だらけになって終いだろう。

それでもと、今エクスカリバーを持っている杏に囁きかける。

(杏、その銃を…杏?)

今初めて、ハクオロは杏が顔を蒼白に染めていることに気が付いた。

「杏、どうした杏?」
「…………………っ!」

呆然とする杏の視線は、自分たちに行く手を塞いだ少女に注がれていた。

(彼女がどう…、…っ、杏と同じ服!?)

それに、自分たちに銃を構えているその少女も視線は杏の方に向いており、
その上で杏と同じように顔を青くし、目には涙が溜まっていた。

「き、杏ちゃん…?」

敵として現れた少女の唇が動く。
それに呼応して、杏の唇も。

「なんでよ…。
 なんであんたがそんなもの構えてるのよ、渚っ!!!」

664糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:14:14 ID:87ksLycA0
「ちょっと渚ちゃん…、その子と知り合いなの!?」

身体を震わせ、わからないほどに小さく頷く渚。
しかし、それでも未だに銃口は杏とハクオロへと向けられている。

「渚は私の友達よ…!
 それよりあんた!なんで渚がこんなことをしてるのよ!!
 あなたのせいでしょう!?」

「なっ、これは私たちみんなで決めたことだよ!」

「嘘を吐くなぁっ!!渚が、渚がこんなことする子なわけないでしょう!
 あんた、渚に何言ったの!!?」

疲労と絶望の表情を貼りつけたまま、さらに憎悪を迸らせて花梨を睨む杏。
杏にとって、渚はこのようなこととは最も無縁な存在だった。

許せなかった。
信じたくなかった。

渚だけは、渚だけは銃を握ってはいけなかったのだ。

「君…渚と言ったか」

杏が花梨に叫ぶ一方、渚に向かいハクオロは語りかける。

「私はハクオロと言う。
 まだ出会って間もないが、ここにいる杏と行動を共にしている」

少しずつ、言葉を区切りながらゆっくりを言葉を投げかける。

「君は杏と友人同士のようだな。
 こんな形で無ければ私もこの出会いを喜びたかったのだが…。
 とりあえず、聞いてみるよ。
 どうして、このようなことを?」

「わ、私は……!」


「杏を、殺すのか?」


「そっ、そんな、私は…!!」

「渚ちゃん!!」

ハクオロの問いに対してはここまで静観していた花梨が口を割り込ませる。
渚は竹山の話を忘れている。
死後の世界と転生の話を。
早々に友人に銃を向けてしまった立場としては仕方ないかもしれないが…

「竹山くんの話、忘れたの!?」

「あっ…、そうです!ここはもう死後の世界なんです!
 私たちはもう死んでて…、誰かがここで死んでも、
 それは次の世界に生まれ変わるってことなんです…!!」

665糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:15:54 ID:87ksLycA0
こうして、渚は竹山から聞いた話をぶちまけた。

それは、それなりに杏とハクオロを驚かせるには充分な独白だった。

(は…、死後の世界?そんな馬鹿なことがあるっていうの?)

杏は、主だっては呆れの感想を抱いた。表情にも出てしまっている。
呆れと一緒に、そんな話で渚が「こう」なったという絶望感も。

(竹山…?やはりまだ仲間が居るのか。それより…)

「だから、杏を殺しても大丈夫なのか?」

「そうです!だから、私はみんなを生まれ変わらせるんです!」

「渚、そういうことじゃないだろう。
 君と杏は、友人なんだろう?
 杏は君のためにここまで怒れるほどの、大切な友人なんだろう?」

「そうです!だから、私がやるんです!このことを知ってる私が!」

「違う。
 例えここで君が杏を殺しても生まれ変わるという話が真実だとしてもだ」

「君が」
「その手で」


「友人を殺すということを良しとできるのか?」


そんなにも、その手を震わせているというのに。
杏が、ここまで怒るほど優しい少女だというのに。

「私は…、例えそれが正しいことで免罪符があったとしても、
 親しい者たちをこの手にかけるなんてことを許せそうもない…。
 君はどうだ?それでも杏を撃つことができるか?」

本当に親友を殺すなんて外道になれるのか…?

「でも…でも私は…!」

(彼女には…少し時間が必要か?)

彼女…渚は、本来は本当に心優しい人間なのだろう。
それこそ、虫一匹殺せないような。

だからこそ、彼女をこちらに帰すことができるのではないかとハクオロは考えた。
それに杏の友人に、殺しなどという真似をさせるわけにもいかない。

それに「死後の世界」。彼女を狂わせたキーワードを得ることもできた。

そして、更なる説得のために背後を振り返る。

「君の名は何と言う?」

「……笹森花梨」

「では、花梨。君もその生まれ変わりとやらを信じているのか?」

「そりゃ信じてるよ。だってこんな状況ありえないでしょ」

竹山の語る「死後の世界」とバトルロワイアル。
二つの異常な場所は結びつけるのに充分な話だろう。

「だが、その竹山とやらもこのゲームの参加者なのだろう?」

「…うん、そうだよ。首輪もある」

「しかし、そもそもここが「死後の世界」ではないかもしれない。
 それに、その「死後の世界」でも転生などないかもしれない。
 どちらも確かめようのないことなんだよ花梨。
 そんな不確かなもののために、人殺しという愚を犯すつもりなのか?」

竹山は「死後の世界」から連れてこられただけで、ここはまた別の世界かもしれない。
ハクオロ自身、自分の常識が通じない場所に連れてこられているのだ。
竹山の持つ「死後の世界」の常識が通じない可能性は充分にある。

それに、生まれ変わりなど、
実際に生まれ変わった人間を探し出して話を聞かなければ確認しようがないのだ。
この話は竹山の常識なのかもしれないが、真実かどうかはわからない。

「そ、それは…」

正論を突かれ、どもる花梨。

666糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:16:13 ID:87ksLycA0
本音を言えば、この時点でもう花梨は二人を襲う気を無くしていた。
ハクオロの言う事は尤もだし、杏の視線は怖い。
それに、青ざめて震える渚を、もう見ていられないのだ。

まだ、ゲームに乗る気はある。
気の良い仲間に強力な火器。戦力はそれなりにあるし、
生まれ変わりのことが無くてもこれはバトルロワイアル。
生き残るには最後の一人になるしかないのだ。戦いは避けられない。

その、戦いたい自分が、退却を邪魔していた。

(うう…分が悪い…悪いけど…
 こっちの方が強いのに…!!)

そう、花梨が葛藤している時だった。

「動かないで!」

ハクオロ、渚、花梨、杏。
この場にいる四人の誰とも違う声が響き渡る。

ここで確認しておくと、ハクオロ、渚、杏の三人は、全員花梨に注目していた。
つまり、渚側に気を払う物は誰もいなかったのである。

その隙に。

「妙な真似をすると、彼女の頭に穴が空くわよ」

金髪の少女、朱鷺戸沙耶が古河渚の頭に拳銃を突きつけていた。

667糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:16:40 ID:87ksLycA0
(ふぅ…とりあえずは成功ね…)

カッコいい人質宣言を放った直後、沙耶は密かに息をついていた。

優季と共に山を降り、廃村を探索していると、
銃を持った二人に挟まれている男女を発見したのである。
いわゆる修羅場だ。

主催打倒を目標にする沙耶としては、武器も仲間も欲しい。
腰に黒塗りの剣を差している男は仮面をして怪しいが精悍な男だし、
少女のほうは尋常な様子じゃないものの、肩からグレネードランチャーを下げている。

今のところ戦況は膠着状態のようだし、
ここで自分が乱入すれば二人を助けられるかもしれない。

もちろん常識人かつ戦闘慣れしてない優季は反対だった。

「でも無茶ですよ!あんな凄そうな銃相手に!」

「見たところ、あのアホ毛の女の子がファイブセブン、
 奥のお下げの子がP90ね。いいもの持ってるじゃないちくしょう」

「解説も毒も要らないです!」

「でもあなたもあの二人助けたいんじゃない?」

「それは…そうですけど…」

「大丈夫よ。さっきは失敗しちゃったけど、
 今度こそ私がスパイたる証拠、見せてあげるわ!
 というわけで、あなたはここで待っててね」

「え、ちょっと!朱鷺戸さぁああああん!!」

668糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:17:04 ID:87ksLycA0
という流れで花梨の動揺を突き、渚を人質に取ったわけである。

(ふふふ驚いてる驚いてる…)

沙耶の考えとしては、渚を盾に花梨を引かせ、その後で渚を花梨に返すつもりだった。
花梨がゲームに乗っていてもチームな以上、仲間を失いたくはないだろう


「き、君は一体何だ…?」

あまりにいきなりの出来事にハクオロがどもりながら言う。

「さあね。今私が望むのはひとつだけよ。そこのあなた!」

「わ、私!?」

「そう、そのP90のあなたよ。彼女を撃たれたくなければ、ここを離れなさい」

「渚ちゃんはどうするつもり?」

「そうね、あなたが充分離れたところで銃をもらって解放って感じかしらね。
 あなたのそのP90は強力。今ここにいる全員を一瞬で全滅できるわ。
 でも、銃一丁と仲間一人。どちらかひとつなら決まったもんでしょう?」

渚と杏が友人同士であったこと。
ハクオロによる「生まれ変わり」論破。
そして沙耶の乱入。

あくまで花梨も渚もチームとして行動している。
最早事態は、花梨ひとりの手に負えるものでは無くなっていた。

(引くしかないの?でも竹山くんのこともあるしなあ…。
 どうすればいいのよ…!)

「で、どうするの?」

急かす沙耶。

「ま、ちょ、ちょっと待ってよ!!」

焦る花梨。

渚は今度は自分の生命の危機に顔を青くし、ハクオロと杏は静観に徹していた。
ハクオロとしてはここで渚を説得したいところだったが、沙耶も銃を持っている。
さらに言えば、沙耶には渚や杏、花梨に見られる「動きの澱み」が無かったのだ。

(彼女は、銃に慣れている――!!)

ともなれば、今は行先を見守るしか無かった。

「ほらほら、早く決めなさいよ!」

「だ、だから今考えてるから!」

ただでさえ状況に翻弄されている花梨。
沙耶は、その狼狽から花梨がこの手の交渉に慣れていないことに気づいていた。
だからこその

「私としては彼女を返せればいいのよね。
 うーんどこか撃っちゃおっかな。手とか足とか…」

強気な挑発だった。

しかし、四人――特に本人――にとっては笑いどころではない。
発砲宣言に渚は身体を震わせ、
花梨はさらに思考の渦から抜け出せなくなった。

さらに、ハクオロの働きかけによって静かにはしているが、
友人を傷つける発言に、杏は沙耶に怒りの目を向けていた。
……沙耶は全く気付いていないが。

そして。

「さあ、そろそろ本当に聞かせてもらうわよ!どうす…」

こつん…

「誰っ!!?」

いきなりの物音にすかさず反応。道の角にP90を向ける花梨。
そこには、先ほど沙耶が別れたはずの草壁優季がいた。

「く、草壁さん!?」

思わず叫び動揺する沙耶。
それに合わせ、つい銃を追う花梨の方へ向けてしまう。

669糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:17:32 ID:87ksLycA0
ここで、この場所に関わる残り二つの事実を開示する。

一つ目は、初めて自分の名前を求め通りに呼んでくれた少女を助けるため、
ずっと気を潜めて隙を伺っていた者がいたこと。

そして二つ目は、沙耶の持っている銃のことである。
沙耶が渚を人質に取るために使った銃は、
あの、
グロック26だった。

花梨へ銃口を向けた沙耶だったが、自分の銃が銀玉鉄砲であることを思い出す。
そしてそこへ、竹山が飛び込んでくる。

竹山は、最初に花梨がハクオロ達をこの道へ追い込んだ時から、石垣の後ろで隠れていたのだ。
さらに言えば、挟み撃ち作戦を考え、この場所を陣取ったのも竹山だ。

竹山の支給品はノートパソコンだった。
彼のノートパソコンは、基本的なパソコンに付属してある最初の機能しかなく、
環境も整っていないために現状ではほとんど使い道が無い代物だが、
1つ、特殊な機能が備わっていた。
それが「エリアサーチ」で、パソコンを中心に周囲の首輪を探知するものだ。
竹山はこれを使い、ハクオロたちの現在位置を確認し、
渚と花梨で追い込みと挟み撃ちをする作戦を組み立てたのだった。
ハクオロが杜撰だと感じ取った部分は、この機能によって埋められていたのだ。

「渚さん!」
「く、クライストさん!?」

しかし、突っ込んできた竹山は渚を諦めた沙耶に阻まれる。
竹山とて死んだ世界戦線の一員であるが、その技術は頭脳労働に偏りがちだ。
対し、沙耶は現役のスパイ。身体を使った力、技術では竹山の及ぶ所ではない。
武器として持っていた尖った石――鍾乳洞で見つけた――を叩き落され、急所に肘を入れられ無力化する。

沙耶が竹山に対応している頃には、優季も同時に沙耶と渚の元へ駆け込んでいた。
実銃の前に飛び出すのは優季にとっては賭けでしか無かった。
しかし、そこをクリアして渚の方へ向かえば、
渚に当たる可能性が発生して容易に銃を撃てなくなる。

かくして天は優季に味方し、P90の前を通過することに成功した。
あとは、沙耶に合流するだけ。

そして、最後にひとり、渚の元へ向かう者がいた。
藤林杏である。

杏もまた、沙耶に生まれた隙を見逃さなかった。

――いつ渚が撃たれるかわからない――

ハクオロに言われて耐えてきたが、今を逃す手はない。
沙耶が誰のために渚を人質にしているのかはわかっているつもりだ。
ここで自分たちを助けること以外に、彼女の行動に益は無い。
しかし、彼女が殺そうと銃を向けている人は、大切な人なのだ。

(あの女を、止める!!)

沙耶を抑えこむべく、杏は渚の元へ向かっていく。

それぞれの想いを胸に、
竹山が、
沙耶が、
優季が、
杏が、
花梨が、
駆ける。

しかし、思い出して欲しい。
今この場所で、最も強い恐怖を抱いていた者は誰か。

持ち前の優しさを捨ててまで決めた道を踏み潰され。
友人を殺してしまうかもしれない恐怖に苛まれ。
つい先ほどまで生命の危機にさらされていたのは、誰か。

ここにいる全員が、もっとそれぞれについて考えていれば、
こんな「まさか」という結末にはならなかったかもしれない。


渚が沙耶から解放された瞬間に見た物は、

悪鬼の如き表情をして突進してくる親友の姿だった。

心が様々な恐怖でごちゃ混ぜになり、
自分が殺してしまいそうになったその人を見た時。

(いやです…こわい、こわい、こわい!!)

渚は、握ったままだったファイブセブンを持ち上げた。

一瞬。
杏の顔に恐怖と戸惑いが浮かび、

「危ない杏っ!!!!」

タァンと乾いた音が鳴った。

670糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:18:42 ID:87ksLycA0
一番初めに状況に気が付いたのは優季だった。

「な、何ですか…っ!?」

杏の前には、ハクオロが立っていた。
胸を真っ赤に染めている。
そしてそのまま、その場に崩れ落ちた。

沙耶の元に駆け出していた優季は、進路を変更し、ハクオロ達の方へと向けた。

「朱鷺戸さん!朱鷺戸さん!!彼がっ!!」

優季が沙耶に呼びかける頃には、全員が状況を確認していた。

渚が杏に向かって撃ち、それをハクオロが庇ったのだ。

「え…わたし…なんで…?」

そう呟き、未だ硝煙が立ち上るファイブセブンを握ったまま、
渚は茫然自失とした状態でその場にへたり混んだ。

「ハクオロ…さん?うっ…、ハクオロさん!?ハクオロさん!!」

尻餅を付いていた杏も崩れ落ちるハクオロを見てそばに寄ろうとするが、
腹部に激痛が走る。

FNファイブセブン。
FN社の開発したこの拳銃は、花梨の持つFN P90と使用弾薬を共通する。
これは高い初速を得、離れた距離の防火扉を穿つ高い貫通力を有するのである。
渚のファイブセブンから放たれた弾丸はハクオロの胸を貫き、
さらに後ろにいた杏の腹部をも貫通して地面に跡を残していたのである。

杏の腹からは先ほどの傷とは比較にもならないほどの血が出ているが、
それでもそれに頓着しようとせず、ひたすらハクオロの安否を心配する。




花梨は倒された竹山の元へ駆け寄り、助け起こして手を引き、走りだす。

「な、何をするんですか笹森さん!まだあそこには渚さんが…!!」

「わかってるよそんなこと!!
 でもこの状況で渚ちゃんを連れて逃げられると思うの!?
 それともあそこであの人たちと一緒に居れると思う!?
 無理に決まってんじゃん!!」

「で、でもそれでは…!!」

「悔しいけどここは逃げよう。
 あの杏って子も居るし、渚ちゃんが何かされることはないよ。
 それで、次は渚ちゃんを連れ戻すよ!!」

「…わかりましたよ…、くそ!!」

こうして、花梨と竹山はその場を後にした。
しかし、竹山にとっては、自分をクライストと呼んでくれた女の子の、
あの光を失った瞳がいつまでも頭から離れなかった。


【時間:1日目午後17時30分ごろ】
【場所:B-4 廃村】

竹山
【持ち物:ノートパソコン、水・食料一日分】
【状況:健康】

※ノートパソコンについて
ノートパソコンには、一定時間おきに機能が追加されます。
現在の機能は以下の通りです。
・「エリアサーチ」…使ってる間、ノートパソコンのあるエリア内に存在する機能している首輪がレーダーのように
表示されます。
今後、どのような機能が追加されるかなど細部は後続の書き手さんにお任せします。


笹森花梨
【持ち物:FN P90(20/50)、予備弾150、水・食料一日分】
【状況:疲労】

671糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:21:35 ID:87ksLycA0
花梨たちが場を去り、沙耶と優季もハクオロと杏の元へと走る。

「草壁さんはあの渚って子のことお願い!」

「え、朱鷺戸さんは!?」

「私はあの二人を看るわ!!そっちはお願い!!」

「わかりました!!」



「ハクオロさん!ハクオロさん!動いてよ!!」

杏はハクオロの身体を揺すり、叫び続けていた。
そこへ沙耶が飛び込んでくる。

「動かしちゃ駄目っ!!あなたも動いちゃ駄目!!」

「な、何よあんた…。私はいいでしょ…!?」

「気付いてないの…?あなた、お腹が凄いことになってるわよ」

「え…?そんな、何、これ…!?」

杏はそこで初めて自分のケガに気付いたようだった。
とても自分の物とは思えないような量の血が出ている。

「ええ、だから動いちゃ駄目。死ぬわよ」

杏に釘を刺す沙耶。
そしてハクオロの様子を看てみるが、その様子に息を呑んだ。

(これは…酷い。これじゃあ、もう……)

「き、君か…」

「っ、あなた、意識が…!?」

先程まで意識を失っていたハクオロが声を出した。

「は、ハクオロさん!?」

「杏…もいる、のか…。はぁ……
 なあ、そこの君…名前は…」

「沙耶。朱鷺戸沙耶よ」

「沙耶…、私の命は、やはりもうすぐか…?」

672糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:21:53 ID:87ksLycA0
「え!?」

反応したのは杏だった。そして、重苦しく沙耶が口を開く。

「ええ。即死しなかったのが幸運よ。それくらいに危険な場所を傷つけてる」

「そうか…。ありがとう」

そう呟き、ハクオロは安らかなような、覚悟を決めたような顔で、ため息を吐いた。

「杏…」

「…何、ハクオロさん?」

「私は、渚に撃たれたことを憎んではいない…。
 だがもし私のせいで君が彼女に負の感情を抱くなら…、やめて欲しい。
 私は君たちが元通りの友人に戻れることを願っているよ…ぐふっ…」

「ハクオロさん!?」

「………っ」

杏は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。
沙耶は、何も言わなかった。ハクオロが最期まで何か伝えられるようにと。

「それから…沙耶。
 できれば、ここから先は杏たちを助けてやってくれないか?頼む」

「……わかったわ。
 だから…安心して。ハクオロさん」

「ああ…ありがとう…」

もう既に、アスファルトの上は血溜まりになっていた。

「それに、できれば私の知人を探して欲しい…
 私の名簿に、知人には印を付けておいた…
 特に…エルルゥにアルルゥという姉妹…。
 彼女らは、私の最も大切な家族なのだ…」

これには、杏が答えた。

「ええ、もちろんよ!!きっと、ハクオロさんの家族を見つけてみせるわ!」

「ああ、やはり君はそうやって元気にしてるのが一番だ」

「…っ、なに、言ってるのよ、自分が、そんななのに」

「はは…、それもそうだ…
 ありがとう、短い間だったが、君と会えて、私は幸運だった…」

そう言ったきり、もうハクオロは動くことはなかった。

しばらく、付近には杏の嗚咽が響き渡った。


賢皇ハクオロの物語はここで終わった。
ある意味ではあるが、
こんなところで終わってしまったのが彼の不幸なら、
ここで逝ったのが彼の幸運でもあったのであろう。

ここには不運と同時に存在する幸運が数多くあった。逆もまた然り。

善も悪も。
愛も憎しみも。
禍も福も。

隣合わせに、そこにあった。

673糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:22:17 ID:87ksLycA0
【時間:1日目午後17時40分ごろ】
【場所:B-4 廃村】


藤林杏
【持ち物:エクスカリバーMk2(5/5)、榴弾×13 焼夷弾×20 閃光弾×16、黒塗りの剣水・食料一日分】
【状況:疲労、足・脇腹に軽傷、腹に重傷(処置すればなんとかなる)】
※黒塗りの剣は、鎖に登場した岸田さんの剣と対になるものです。
※エクスカリバーには閃光弾と榴弾が入れ替わりに装填してあります。

朱鷺戸沙耶
【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】
【状況:健康、罪悪感と責任感】

草壁優季
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

古河渚
【持ち物:FNファイブセブン(19/20)、予備弾50、水・食料一日分】
【状況:健康、自失】

ハクオロ
【状況:死亡】

674糾える縄 ◆BnSvfzqr5c:2011/01/06(木) 06:23:00 ID:87ksLycA0
投下終了です。期限切れ騒動については本当に申し訳ありませんでした。

675白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:12:19 ID:diC3r2UM0
「ふう……疲れたー」

腕を回しながら、少女――藤林杏は真っ直ぐ伸びた道を進んでいる。
長い藤色の髪を揺らしながら、大きく伸びをした。
殺し合いも始まって早々壮絶な追いかけっこをしたのだ、流石に杏もくたびれていた。
出来れば、少し休みたい気もしていたのだが、

「おい、杏……あの鉄の馬は放置していていいのか?」
「うんー? ああいいのよ、もう動かないし」
「そ、そうか……ううむ、よく解らないものだな。あれは」

杏の一歩後ろで歩いている怪しい仮面の男が、まだ暫く移動を続けるよう提案したのだ。
襲ってきた敵を撃退したとはいえ、あれだけでの物音を出したのだから他の人間に気付かれている可能性が高い事。
それと、杏達の足でもあったバイクの燃料が尽きた事も含めてだった。
それ故になるべく現場から離れるようにハクオロ達は大通りを只管直進している。

「けれど、ハクオロさん。これからどうするの?」
「知り合いを探すんじゃないのか?」
「それは当然だけど、でも知り合いを見つけるだけじゃ殺し合いは……」
「終わらないな。それは当然の事だ」

杏が思っていた疑問。
ただ殺し合いに乗らない、知り合いを探そう。
それだけでは殺し合いは終わらない。
至極当然の事で、ハクオロも杏の言葉を継いで言う。

「なら、どうすればいいの?」

だから、杏はその答えをハクオロに望む。
未だに半信半疑だが、彼は国を束ねる王らしい。
実際怪しさも半分あるが、風格も杏から見てそれにあったのだ。
そんなハクオロなら、もしかしてという期待。
ただの一般女子高生でしかない杏じゃ辿り着けない答えを持っている。
そう、願ったいたのだが。

「そうだな、首輪を何とか外してあの男を打倒する……そんな言葉が欲しいのか? 杏は?」
「えっ?」

彼は何かを諭すように、杏に言葉を返す。
確かに首輪を外す事は大切ではあるのだろう。
もしかしたら、そんな綺麗な言葉が欲しかったかもしれない。
虚をつかれて、戸惑っている杏にハクオロは言葉を重ねる。

「杏。必要なのはお前がどうしたいのかだ。誰かに縋って得た考えではいけない」
「私がどうしたい……?」
「そう。お前がこの殺し合いの中で、どう考えどう行動していくか……自分の意志で決めて動くのだ。その行動にこそ、意味がある」

ハクオロが杏に伝えたい事。
それは、杏がどうしたいか、自分の意志で考えて進む事。
その行動にこそ、意味があるのだ。

「私は……妹を、好きな人を守りたい」

そして、杏がポツリと呟いた言葉。
大切な妹を、好きな人を守りたい。
本心から出た、意志のこもった言葉だった。

676白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:13:00 ID:diC3r2UM0
「ならば、それを行えばいい」

その言葉にハクオロはやっと笑みを浮かべ。
杏の頭を軽く撫で、デイバックから何かを取り出した。

「お前は私に武器を与えたからな。今はお前には武器は無いだろう。かわりに使え。守るために」

一丁の自動拳銃と弾倉。
それが杏の手に渡される。
杏は驚き、ハクオロを見る。

「これを使えって……?」
「別に、そうではない。守るため……その心構えみたいなものだ」
「心構え……?」

心構えを、ハクオロは杏に伝えようとして。
その時だった。


「杏、危ないっ!」

わき道から、三人の集団が襲い掛かってきたのは。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「居ますね」
「居るね」
「居ます」

三人の人間が同時に同じ言葉を紡ぐ。
視線の先には、二人の人間がいた。
幸い三人には気付いている。

「幸先がいいですね」

そういったのは、眼鏡をかけた少年竹山。
この集団のリーダーである者だった。
竹山の言葉に、二人の少女が頷く。
黄色の髪の少女が笹森花梨。
茶色の髪の少女が古河渚だった。

「さて、前述の通り、僕達は彼らを殺します。いいですね?」

この集団は殺し合いに乗っている。
成仏させて、新たな人生を開く為に。
竹山の言葉に、花梨は頷いて。

「うん、了解なんよ。私も準備できてる」

花梨は少し楽しそうに、スコープ付きの短機関銃を持ち出す。
視線はもう、これから自分が殺す相手に。

「な、渚ちゃんは……?」
「私は……」

677白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:14:33 ID:diC3r2UM0

渚は一丁のリボルバーを取り出して考える。
視線の先にいるのは、渚と同じ制服を着た少女。
言うまでもない、渚の知り合いである藤林杏だ。
杏はいい人で、こんな自分の面倒を見てくれている。
とても優しい人だ。
それなのに、その人を殺す。
殺そうとしている。

いいのか。
それでいいのか。

迷い、戸惑う。
でも、自分達はもう死んでいる。
だから、だから。
いい人である杏は、ちゃんと成仏しなきゃダメだ。

「はい、大丈夫です」

だから、渚はコクンと頷く。
はんば、自分を納得させるように。
竹山はその渚の葛藤を知らずに

「じゃあ、行きましょう。相手は二人ですし虚をつけばうまく行くと思います」
「私が先陣を切ればいいんよね?」
「はい、笹森さんの短機関銃が有れば問題ないと思います……本当は僕に渡してくれればいいんですが」
「これは私が支給されたもんなんよ。手放す気はないんよ」
「はあ……そうですか」

竹山はやれやれといったように頭を振って、自分の支給された刀を取り出す。
そして

「じゃあ、いきましょう!」

その合図とともに、三人は駆け出す。
殺す標的の二人が、駆け出した三人に気付き、応戦しようとする。
そして、花梨が短機関銃を撃とうとした瞬間、


「え? きゃあああああああああああああ!?!?」


道に溢れ出る、眩いばかりの閃光。
その白光は花梨はおろか、竹山や渚の視界すら奪いつくす。



竹山の作戦は、愚策ではない。
しかし、唯一の誤算といえば、グレネードランチャーの閃光弾という強力すぎる武器を相手が持っていると気付かなかった事だ。


そして、戦いは混戦と相成っていく。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

678白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:15:19 ID:diC3r2UM0





「くっ、まさか」

竹山は苦々しい声を出して、刀を杖に立ち上がる。
未だに光でちかちかする視界で辺りを見回す。
花梨や渚は光に驚いて、随分と自分から離れるように散らばっているようだ。
この状況を不味いと竹山は考える。
離散してしまったら、集団で襲う意味が無い。
各個撃破されてしまうのが落ちだ。

「早く、合流しなければ……」
「悪いがその時間は与える訳には行かない。 お前が頭か」
「なっ!?」
「集団は頭を叩くのが鉄則だ。まずお前からだ」

竹山の前に立つ男。
ハクオロが睨むように竹山を見る。
竹山が刀で応戦しようとするが、

「遅い……悪いがしばらく眠ってもらうぞ」

瞬く間に避けられ、そして手刀が首筋に落とされる。
それだけの事。
それだけの事で、竹山の意識は闇に落ちていった。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





あー! また襲撃!?
ハクオロさんが閃光弾使ったのはいいけど、私まで見えないじゃない!
どうしようどうしよう!?

手に持った拳銃。
人を殺せる武器。

これを使うの?
私が?

ハクオロさんが渡してくれた拳銃。
その拳銃がとても重たく感じる。
これで、私はどうする?
どうしたい?

私は……。
私は……。

撃てない。
これは人を殺す武器だ。
最初のアンドロイドじゃない、今度は人間だ。
だからきっと、私は撃てない。
撃ちたくない。

679白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:15:50 ID:diC3r2UM0


そして、視界が戻ってくる。
眼前にいるのは拳銃を持った二人の少女。
え?
殺される? 私は?
あの二人が拳銃を撃てば、私は死ぬ。

嫌だ。
いや。
そんなのいや。

死にたくない。
まだ死にたくない。
朋也にも会ってない。
椋にだって会っていない。
二人に会いたい。

まだ死ねない。
死にたくない。


そう思った瞬間。

手に持っていた拳銃がとても軽く感じて

銃の引き金を二回引いた。

とても、軽く感じた。


パンパンと軽い音が響いて。
視界も更に鮮明になってきて。


「え…………?」

撃った一人の姿が明らかになる。
あれは、知り合い。
古河渚、私の友達だった。

私は……友達を撃ったの?

拳銃が重たくなっていく。
身体の震え止まらなくなっていく。
血の気が引いて、たっていられない。

心が折れそうだ。

そう、だ……私は撃ったんだ。


撃ってしまったんだ……


大切な、友達を


撃った。


そんな……


私は……


「いやぁああああああああああああああ!!」






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

680白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:17:21 ID:diC3r2UM0






「いやぁああ!? 目が!」
「笹森さん、落ち着いて……落ち着いてください」

突然の光で私達は混乱していました。
私は直接見なかったからよかったものの、笹森さんはじかに見てしまって目が殆ど見れなくなっている状況になってしまている。
笹森さんを落ち着かせようと思って、声をかけるも効果が無い。
私はどうしようか戸惑ってしまって、その場でおろおろするばかり。
その時、

「ひぐっ!?」
「え……?」

二つの乾いた音。
それが銃声と気付くのに大分かかって。
私の頬が軽く切れていたことに気付いて。
頬に血がしたった時、私は顔が蒼ざめて。
そして、

「痛いよぉ……」

花梨さんの制服が血に染まってるのを見ました。
そして、鉄の臭いが鼻をついて。


私は思ってしまう。

ああ、これが死だと。
生きていて、そして訪れる死。
今自分が、藤林さん達に与えようとした死。
それが余りにも自分が身近に感じて。


……あ。
もしかして、自分も死んでしまう?
いえ、でも自分はもう死んでいる。



……………………違う。

この頬の痛みと。
この血の臭いは。
この死の空気は。


現実に、あるモノだ。


つまり……私は死んでしまう……の……だろうか。


いや。

いや。

……嫌。


「嫌ぁああああああ」

漏れる絶望の声。
私はこの場に居たくなくて逃げ出そうとする。

「待って渚ちゃん! 置いていかないで! 私を置いていかないで!」

引き止める声。
それすらも、私は振り切って私は闇雲に走り去る。

怖かった、死が。
嫌だった、死が。

だから、私は逃げさっていく。


私は何処に行くのだろう?



藤林さんを殺そうとした私は



一体何処に行く事ができるのだろう?



でも、ただ、私は


死がとても嫌だった。

681白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:17:54 ID:diC3r2UM0


 【時間:1日目午後3時半ごろ】
 【場所:B-2】

古河渚
【持ち物:S&W M36 "チーフス スペシャル"(5/5)、.38Spl弾×30、水・食料一日分】
【状況:頬にかすり傷、恐慌状態】







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ちっ……杏!?」

竹山を気絶させ、その武装を奪ったハクオロが次に聞いたのは、乾いた音と杏の悲鳴。
そして、地に伏せている少女一人と逃げ去っていった少女一人が見えて。
ハクオロは走って、杏のもとへ向かう。

「杏、大丈夫か!」
「は、ハクオロさん……わ、わた……わたし……う、撃っちゃ……た」
「おい、しっかりしろ!」
「わ、わた……し」

杏の瞳は虚ろで。
ただ目の前の事実が信じられないようにうわ言を呟いている。
ハクオロは舌打ちをしながら、杏の状況を感じ取り、

(くっ……撤退するしかないか)

眼鏡の少年や地に伏せているの事も気になるのは事実だ。
しかし、これ以上戦場の臭いが色濃いこの場所に杏を置いておく訳がいかない。
そう判断したハクオロは、苦虫を噛み潰すように

「杏、逃げるぞ!」
「わた……」
「ちっ、抱きかかえるが、文句は言うなよ!」

未だに虚ろな目を浮かべる杏を抱え、そのまま逃げ去っていく。


だから、ハクオロは気付かない。

地に伏せていた少女が怨嗟の声をあげていた事に。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

682白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:18:49 ID:diC3r2UM0






痛い。
痛くてたまらない。

それなのに。

逃げた。
逃げられた。

あの女に。

私が怪我を負ったのに。
彼女は逃げたんだ。
自分の命可愛さに。

私だってまだ生きているのに。
あの女は、逃げちゃった。

私だって、怖い。
痛いのは嫌だ。

そんなん、皆一緒なのに。


古河渚は、一人で逃げ出した。


撃たれた肩がじくじくと痛む。
血が止まらない。
涙が溢れてくる。

それなのに、頭は沸騰するくらい熱かった。
それなのに、心は真っ黒く染まっていくのを感じる。

683白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:19:20 ID:diC3r2UM0


「……せない」


この感情は何だろう。


「……許せない」


怒り。
怨み。
そんなのだろうか。


「絶対に、許さない」


一人で逃げ出したあの子が。
私を置いていったあの子が。


「絶対に……絶対に……」



古河渚が



「絶対、殺してやる」




殺したくなるほど、憎い。



 【時間:1日目午後4時ごろ】
 【場所:B-2】



笹森花梨
【持ち物:ステアーTMP スコープサプレッサー付き(32/32)、予備弾層(9mm)×7、水・食料一日分】
【状況:左肩軽傷、古河渚への憎しみ】


竹山
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:気絶】







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

684白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:19:54 ID:diC3r2UM0





「ほら、水だ……落ち着いたか?」
「……ありがとう、ハクオロさん」

戦場から大分離れた民家に、ハクオロと杏は居た。
ハクオロの懸命な語りかけの結果、杏は大分落ち着きを取り戻してきている。
しかし、友人に向かって撃ってしまった。
その事実が杏を苦しめている。

「私……渚に向かって撃っちゃった……そんなつもり無かったのに」

杏の手が震えている。
当たり前かもしれない。友達を撃ってしまったのだから。
殺すつもりはなかったなんて言葉は免罪符にすらなりえない。
延々と杏を苦しめるだろう。
銃を不用意に渡してしまったハクオロにも非はある。
それをハクオロ自身が理解している。
理解しているからこそ、彼女に言葉をかけなければならない。
あの時、伝えられなかった心構えを。

「杏。人は余りにも呆気なく死ぬ。私とて例外ではない」

人は簡単に死んでしまう。
どんな人であれ、致命傷を負えば死んでしまう。
意志を持っていても、それすらも捻じ伏せて。

「そして、人を簡単に殺してしまうのは、その武器でもあろう」

例えば刀、例えば斧。例えば弓矢。
そして杏が持っている拳銃もそうだ。
刀ならば、切れば死ぬ。
拳銃ならば、撃てば死ぬ。

「武器は余りにもあっさり殺してしまう事ができる」
「……じゃあ、なんでそんなモノを私に渡したのよ……」

杏の若干怨みも篭った声。
そんなモノを自分に何故私渡すのかと。

「しかし、武器を使うのもまた人だ」

ハクオロは語る。
武器を使うのもまた人だ。

「それをどう使うのかを決めるのも、また人でしかない。杏」
「どう使うって殺すしか……」
「意志の問題だよ。武器を護る為に使うのか。それとも殺すために使うのか」
「言葉を変えただけじゃない」
「そうかもしれないな。けれど、それでも自分が持てる意志は違うぞ?」

人は意志を持つ事ができる。
武器を護る為に使うのか、それとも殺す為に使うのか。
他にも使い道があるのかもしれない。
それでも、それを決めるのはまた人だ。

だから、

「武器に使われる事は決していけない。杏」

685白光の中の叫び ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:20:24 ID:diC3r2UM0


武器に、使われてはならない。
それでは、何の意志も無く人の命を奪ってしまう。

「君が友達を撃ってしまったのは変わらない事だ。だが」

変わらない罪。
けれども

「それを受け止める事は辛いが……けれども、君はそれ受けて、どう生きていく? どうしたい?」


撃ってしまった事実。
それを受けて、藤林杏はどう生きていくのか?
ハクオロの視線は慈愛に満ちていて。

杏は、その言葉を受け止め考える。
撃ってしまった友達。
悔いても悔いても悔やみきれない。
だけど、そのことは変わらないのだ。
泣いても泣いても、変わらない。

なら、

「謝りたい……撃ってしまった事……渚に謝りたいよ……」


その撃ってしまった事を友達に謝りたい。
それが、杏に今出来る事。
杏が今したいことだった。

ボロボロに泣きながら、それでも決めた、杏が今したいことだった。


「なら、それをすればいい」


ハクオロは笑う。
そして。


「お前がそれをしたいのならば、私はお前が為すべき事に全力で手を貸そう」


力強く放たれたその宣言は。
杏から見ても、正しく王たるものの言葉だった。




 【時間:1日目午後4時ごろ】
 【場所:B-3 民家】

 藤林杏
 【持ち物:H&K P2000(15/16)予備弾倉(9mm)×6、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 ハクオロ
 【持ち物:ゲンジマルの刀、エクスカリバーMk2(0/5)、榴弾×15 焼夷弾×20 閃光弾×18 水・食料一日分】
 【状況:健康】

※ミニバイクはb-2の近くに放置されています

686 ◆auiI.USnCE:2011/01/15(土) 04:21:32 ID:diC3r2UM0
投下終了しました。
この度は大変オーバーしてしまい申し訳ありません。

687Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:46:38 ID:sNXtQluY0
 
 機械の瞳に映し出されていたのは夕焼けに覆われた山林ではなく、一面緑色のグラデーションで覆われた世界だった。
 人の眼では決して見ることのできない光を用いてイルファは逃した獲物を再び追跡をしていた。
 彼女は土が剥き出しの山道に僅かに残された暖色系の色――獲物の体温の残り香を追う。

 思わぬ乱入者によって逃してしまったが今度こそ。
 手負いの人間を背負った少女ではそう遠く移動してはいないだろう。
 イルファは元来た道を引き返して逃げた少女を追っていた。

「ミルファちゃん……」

 イルファはぽつりと妹の名を呟いた。
 道を違えた妹。否、元より同じ道を歩んでほしいという望みは無かった。
 人に尽くすメイドロボが殺戮機械になるのはイルファ自身だけでよかったのだ。
 しかし、彼女達は出会ってしまった。
 ミルファはきっとまたイルファを止めに現れるだろう。
 イルファもまたミルファを全力で破壊しなくてはならないだろう。
 
 姉妹が殺しあう。
 自らが招いた悲劇であっても、彼女は修羅の道を突き進むしかなかった。

 姉は愛する主と創造主を守るため。
 妹は殺戮機械と化そうとする姉を止めるため。
 両者も機械としてのプログラムではなく持って生まれた心と感情がそれをさせる。

「珊瑚様……今、この一瞬だけあなたを恨みます。なぜあなたは私達に心という名の知恵の実を授けたのでしょうか?」

 そう言ってイルファはくすりと自嘲の笑みを浮かべた。
 その『恨み』という感情こそ彼女の創造主が与えた知恵の実の一部なのに。

 壊れてもなお、身体のパーツを取り替えれば半永久的に生きながらえることができて、自らの自我すらも0と1の羅列でバックアップを保存できる。
 そんな機械の身体という生命の実を初めから与えられているのに、善悪を知る知恵の実すらも与えられた。

「マルチお義姉様……あなたは心を与えられて幸せだったでしょうか……」

 イルファはかつて存在した一体のメイドロボの名をそっと呟いた

688Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:47:49 ID:sNXtQluY0
 


 来栖川の研究所の一室に一体のメイドロボが静かに安置されている。
 HMX-12のナンバリングを与えられたそれはイルファが生まれる数年前に心を持ったロボットとしてのテスト運用が行われていた。
 メイドロボのくせにドジで与えられた仕事は失敗が多かったが、ロボットとは思えないその健気でひたむきな性格は誰からも愛されていた。
 人に使役される機械ではなく、人と供に歩むパートナーとしての彼女。
 実験は成功に終わると誰しもが思っていたが、結局そうはならなかった。
 不完全に与えられた心がメイドロボとしての使命と、とある少年への恋心の狭間でソフト・ハード両面で多大な負荷を与えることとなってしまい彼女は凍結された。
 結局の所、機械に心を持たせることの困難さを再確認させるだけとなってしまったのだ。
 だがそのたった数年後、姫百合珊瑚という天才が完全なる心を持ったロボットを誕生させたというのは当時の関係者にとっては皮肉としか言いようが無い。

 今後開発されるメイドロボに姫百合珊瑚が構築したシステム――DIAを搭載すれば心を持ったロボットはいくらでも誕生させられるだろう。
 しかし彼女は――HMX-12は旧式のシステムの上に心が成り立っている。
 故にDIAでは再現不可能なのだ。仮に再現したとしても彼女の人格を模した紛い物でしかない。
 いつか旧式のシステムで目覚める日のため彼女は今もなお研究所の一画で長い眠りについている。

 いつの日かかつて恋した少年と再びめぐり合う日を夢見ながら――

「…………」

 少し感傷的になりすぎたようだ。イルファはそう思い鋼鉄の手で銃を握り締める。
 例え人と同じ心を持っていたとしても、その身体の薄皮一枚めくれば人にあらざる異形の姿。
 所詮は人の振りをしている機械人形に過ぎないのだ。



 ■



 背後でかすかに響き渡った銃声。
 それも一発だけでなく複数の発砲音。
 誰かが誰かを襲い、襲われている音。

689Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:48:54 ID:sNXtQluY0
 
 自分以外にも殺し合いに乗ってしまった人がいる。
 銃声の主は何を思って銃を放っていたのであろうか。
 殺人への快楽?
 自己の生存のため?
 それとも――守るべき誰かのため?

 未だ手の平に残る殺人の残滓。『彼女』を何度も刺したこの手。
 愛する夫と娘のために無垢な少女を殺した。
 背負った咎はあまりに重かった。
 誰かのためという大義名分があれば人はここまで残酷になれるのかということを早苗は自らの手で実証してしまったのだ。
 なぜ何度も彼女を刺してしまったのか。せめて心臓を一突きにしてしまえば彼女は苦しまなくて済んだかもしれない。

 馬鹿なことを考えると早苗は嗤う。
 苦しまずに殺せばそれで自分の罪が軽くなるとでもいうのか。
 もう後には引けない。引けないと分かってはいるのに、犯した罪を夫と娘から拒絶されるのがたまらなく怖かった。


 午後の青い空はいつの間にかに茜色に染まりつつあった。
 銃声を聞いてどれくらいの時間が経っただろうか。十分程度か、それとも一時間以上が経過したのだろうか。
 異常な精神状態は時間の感覚を失わせる。早苗は銃声から離れることもなく、近づくこともなくその場で立ち尽くしていた。
 まるで自らの迷いがそのまま現れたかのように。

「……!?」

 がさがさと薄暗い森の茂みの奥から音が聞こえたような気がして早苗は身じろいだ。
 静まり返った山道から聞こえる異質の音。
 高鳴る胸の鼓動。緊張で口の中がカラカラに乾いている。
 銃声の主がこちらにやって来てしまったのだろうか。もしそうならなぜ早くにこの場所から立ち去らなかったのか早苗は後悔する。

 だがもう遅い――異音は早苗のすぐ側にまで近づいて、茂みを掻き分けて黒い影が飛び出した。

690Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:50:50 ID:sNXtQluY0
 
「あっ……!?」
「―――!!」

 影は飛び跳ねるような動きで早苗の前で立ち止まる。
 黒を基調としたブレザーを纏った小柄な少女。年は娘である渚よりも少し下だろうか。
 そして彼女の背中に背負われた幼い少女、どこか怪我をしているのかぐったりとした表情で目を閉じている。
 彼女はまるで雨に濡れて行く当てのない子猫のように憔悴し怯えきった表情で早苗を見つめていた。

「あ……あ……たす、けて……」

 震える声で少女は声を絞り出す。必死に茂みを掻き分け森を走り回ったのだろうか彼女の姿はぼろぼろだった。

「おねがいだ……アルルゥをたすけて……」

 涙で顔をくしゃくしゃに歪めて少女は哀願する。
 早苗は何も答えない。否、答えられなかった。答えられるはずがなかった。
 藁を掴む思いで助けを求めてきた少女を殺すなんて言えるはずもなかった。

「ごめん……なさい……っ」

 そうとしか言えなかった。
 早苗は隠し持っていたナイフを少女に突きつける。
 早苗の行動の意味を解した少女の瞳がみるみるうちに絶望の色に染まる。

「そ、んな……おねーさんまで……」
「ごめんなさい……っ!」
「なんで! どうして……! そんなにみんな殺しあいがしたいのかっ! おまえもあの女といっしょなのかっ」
「く……っ」

 少女の言葉が胸を突き刺す。
 後に引けないはずなのに。もう一人を殺してしまって戻る道は無いはずなのに。
 振り上げたナイフを持つ手が震える。
 彼女は背負っていた少女を地面に寝かせると、両手と両膝をを地に着いて懇願した。

「おねがいだ……あたしを殺すなら殺してもいい……っ! でもアルルゥだけはたすけてくれ……! たのむ……たのむ……」

 アルルゥと呼ばれた少女は胸を赤く染めてぐったりとしている。
 拙い止血の痕。何の医療技術も持たない彼女が必死になって処置をしたのだろう。だがこのままでは少女の命が危ぶまれるのは一目瞭然だった。

691Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:52:08 ID:sNXtQluY0
 
「っ……」

 その姿が早苗の脳裏に過去の出来事をフラッシュバックさせる。
 もう何年も昔、まだ渚が幼かった日のことだった。
 雪が降り続くある日、渚は熱を出して寝込んでいた。しかし早苗も秋生もどうしても外せない仕事のため寝込む渚を置いて家を出た。
 家で大人しく眠っていればすぐに治る――そう思っていた二人は最悪の事態を迎えてしまう。
 家に帰って来た二人が見たものは、家の外で半ば雪に埋もれいる状態で倒れている渚の姿だった。

「鈴……おねーちゃん……」

 うっすらと目を開けたアルルゥが少女――鈴の名を弱弱しい声で呟く。

「だいじょうぶだ……! アルルゥはおねーちゃんがたすけてやる……! だからもう少しだけがんばってくれ……!」

 鈴はアルルゥの手を握り必死に励ましを続ける。
 アルルゥは虚ろな目で視線を移す。その瞳の先に映るのは早苗の姿。
 朦朧としたアルルゥは早苗の姿を見つけると、無意識に呟いた。

「おかあ……さん……?」
「ああ――――――――」
 
 その言葉が早苗に生じた迷いへのとどめだった。
 大きく息を吐き出した早苗の手からナイフがぽろりと転がり落ちる。
 できなかった。早苗に彼女達を殺すことはできなかった。
 早苗は崩れ落ち嗚咽の声を上げる。

「おねーさん……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 鈴はすすり泣いて謝罪の声を上げる早苗の姿を呆然と見つめていた。
 その謝罪は鈴とアルルゥに対するものなのか、それとも自らの身勝手な大義のために殺めた少女への謝罪だったのか。
 それは早苗自身すらも分からなかった。

692Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:53:33 ID:sNXtQluY0
 


 ■



「わかってはいたんです……わたしにそんな大それたことなんてできないって」

 結局、早苗が冷酷な殺人者になりきることはできなかった。
 渚と秋生のために母と妻を封印してまで一人の少女を殺したというのに。

「でも、もう後には引けなかったんです。もうわたしの手のひらは血に染まってしまって、ここで引いたらなんのためにあの子を殺したんだって」

 早苗は鈴の前で己の犯した罪を告白した。
 それはさながら告解室で懺悔をする敬虔な信徒ような姿だった。
 鈴は何も言わず早苗の言葉に聞き入っていた。

「だから……迷いながらもあなたたちを殺すつもりでした。アルちゃんの声を聞くまでは――」

 朦朧とした意識の中に見た早苗の姿。
 まだ幼いアルルゥが年上の女性に母親の影を見たのはごく自然なことだった。
 だがその声のおかげで早苗は寸でのところで踏みとどまれたのだった。

「くすっ……身勝手ですねわたしは。もう一人殺してしまっているのに何を言ってるんだか」

 溜息混じりの自嘲の笑み。早苗の背負った罪はあまりに重い。
 今までずっと黙ったままの鈴であったが、口を開き言った。

「ううっ……あたしは何を言えばいいかわからない……ごめんなさい」
「いいのよ鈴ちゃん。ただ誰かに聞いてもらいたかっただけだから」
「でも……もう早苗さんがもうひとごろしをしないなら、あたしが何かいうべきことじゃないんだと思う。うう……やっぱり何を言えばいいかわからない」
「鈴ちゃん……」

 その言葉が早苗を幾分か楽にさせ、己の罪を苛ませる。

693Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:55:41 ID:sNXtQluY0
「よいしょっ……アルちゃんの手当てはとりあえずはこれで……」

 早苗はアルルゥの傷口を水で洗い流し、綺麗な布で再度傷を覆う。

「ア、アルルゥは大丈夫なのかっ!?」
「出血のわりに傷口は深くないけど……傷口の化膿が心配ね」
「なんとかならないのかっ!」
「せめて綺麗な包帯と消毒薬があれば何とかなると思うけど……」
「そんなのものあたし持ってないぞ……」
「わたしも……ごめんなさい」

 アルルゥの傷は決して浅くはないがすぐに適切な処置を施せば一命を取り留めるものだった。
 だが鈴はもちろんのこと早苗も素人に毛が生えた程度の医療知識しか持ち合わせていなかった。

「もしかしたら病院に行けばあるかもしれないわ」
「そ、そうなのかっ!? なら行こう! アルルゥ……もう少しのがまんだ絶対にあたしと早苗さんが助けるから……!」

 早苗は眠っているアルルゥを抱き起こし背負う。
 小柄なアルルゥの身体はひどく軽かった。



 ■



「早苗さん……疲れてないか? あたしが代わるぞ」
「大丈夫よ。鈴ちゃんこそアルちゃんをずっと背負って疲れてるんでしょう? わたしに任せて」
「うん……」

 赤く染まった空の下、早苗と鈴は山道を歩く。
 早苗に寄り添う鈴、早苗に背負われるアルルゥの姿は本当の親子のような姿だった。

「ううっ……あいつらに出会ったらどうしよう……」
「あいつら?」
「アルルゥを刺した女と、その後であたしたちを襲ったバケモノ女」

694Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:57:09 ID:sNXtQluY0
 
 バケモノ女。鈴の妙な表現に早苗は喉の奥に小骨が引っ掛かったような違和感を覚えた。

「鈴ちゃん、そのバケモノ女ってどんな姿?」
「思い出すのこわいけど……顔の半分と腕の皮が剥がれてた。それで機関銃を持ってた。やっぱり思い出すのこわい」
「それって……火傷の痕かしら……。それで鈴ちゃんはどうなったの?」
「はるみが助けてくれた。へんなピンク色の制服着てたやつがあたし達を助けてくれた」

 鈴の前に現れた少女。彼女は河野はるみと名乗っていた。
 鈴はその後すぐにその場から逃げ出したため、彼女がどうなったかまでは把握できていなかった。

「はるみ……」

 鈴は一言助けてくれた少女の名を呟いた。そして無言で歩く。
 二人とも話をするタイミングが見つからない。重たい空気が二人の間を流れていた。
 しばらくそうしたまま歩いていると、早苗の背中で眠っていたアルルゥが声を発した。

「ん……おかあ……さん……?」
「アルルゥ!? 目が覚めたのかっ、まだ傷は痛むかっ」

 アルルゥの顔色は芳しくない。だがアルルゥは目をこすりながら鈴に言った。

「いたいけど……がまんできる。鈴おねーちゃん……このひとだれ」
「早苗さんだぞ! アルルゥの傷を手当してくれたんだ。ちゃんとお礼をいうんだぞ」
「ん……おかーさんじゃない……でも、おかーさんのにおいがする。……ありがとう」

 アルルゥは顔を早苗の背中に埋めて言った。その仕草は本当の親子の光景に見えた。

「アルちゃんの本当のお母さんは……?」

 アルルゥはふるふると首を振った。

「でもお父さんとお姉ちゃんがいてるからだいじょうぶ」
「心配するなアルルゥ、あたしと早苗さんがお前のお父さんとお姉ちゃんを探してやるからなっ」
「うん……」
「他に……アルルゥの知ってる人はいないのか? 友達とか」
「……ユズっちとカミュちー」
「そうか! その二人もちゃんと探してやる! な、早苗さん」

695Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:58:20 ID:sNXtQluY0
 
 笑顔で早苗の顔を見る鈴。
 だがその早苗の顔は真っ青でその肩は小刻みに震えていた。

「早苗……さん? どうした……?」
「なんでも……ないですよ……鈴ちゃん。ねえアルちゃん、ユズっちってどんな友達?」
「んー……身体よわくて、目が見えなくて、ちゃんと寝てないといけないのにそれでもいっしょに遊んでくれる友だち」

 その言葉は早苗にとって頭をハンマーで殴られたに等しい衝撃だった。
 自ら手にかけた盲目の少女は確かにそんな名前を名乗っていた。
 結局――いくら取り繕うとも犯した罪からは逃れられない。
 だけど逃げない。逃げてはいけない。犯した罪から真正面に向き合わなくては――

「ごめんなさい……アルちゃん……」
「さなえさん……?」
「あなたの友達は――わたしが殺しました」

 震える声で、喉の奥から搾り取るように声を出す。
 いくら謝っても、許してもらえないと分かっていても秘密になんてできない。
 鈴とアルルゥにどれだけ軽蔑されようとも罪の重さから楽になりたかった。

「早苗さん……そんな……」
「ごめんなさい鈴ちゃん……わたしはやっぱり人殺しです」

 項垂れる早苗。鈴も何を言えばいいのか言葉が見つからない。
 そんな中、早苗の告白を静かに聞いていたアルルゥが口を開いた。

「さなえさん……おろして」
「……はい」

 言われるがままに早苗はアルルゥを背中から降ろす。
 苦痛に顔を歪めるとアルルゥは痛みで足元がふらつくもしっかりと踏みとどまると、真っ直ぐな澄んだ瞳で早苗に向って言った。

696Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 21:59:50 ID:sNXtQluY0
 
「……しゃがんで、さなえさん」
「…………」

 無言で早苗はしゃがみ込み、アルルゥと視線を合わす。
 その表情は怒っているのか哀しんでいるのか、表情からは感情は読み取れない。
 ただ、その穢れ無き瞳だけが早苗の罪を射抜いていた。
 そしてアルルゥは早苗にむかって手を伸ばして。


 なでなで、なでなで。


 早苗の頭をやさしく撫でた。

「アルちゃん……?」
「でもさなえさんはアルルゥをたすけてくれた。そしてちゃんとアルルゥとユズっちにあやまった。たぶんユズっちはそれだけで十分」
「ごめん、なさ……い。ぐすっ……ぁぁ……」
「うん、さなえさんはいいこ、いいこ」
「ああっ……うあぁぁ……」

 初めて己の罪を赦されたような気がする。
 幼い少女がまるで聖母のような優しい笑みを浮かべて早苗の頭を撫でている。
 早苗はアルルゥの小さな身体を力いっぱい抱き締めようと腕を伸ばし。
 


 静かな森に乾いた音が数発鳴り響いた。



「アルちゃん……?」
「アルルゥ……?」

 早苗も鈴も何が起こったのか理解できなかった。理解したくもなかった。
 早苗が腕を伸ばそうとした瞬間、乾いた音とともにアルルゥの小さな身体が飛び跳ねるように吹き飛び地面に叩きつけられた。

697Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 22:01:17 ID:sNXtQluY0
 
「あ、あぁぁ……アルルゥゥぅぅぅ!」

 絶叫とともに鈴はアルルゥの元へ駆け寄る。
 結局――奇跡は起こらなかった。地面に広がる赤い染み。
 アルルゥは胸と頭を撃ち抜かれ即死だった。

「そ、んな……アルちゃん……どうして――あぐっ!」

 さらに乾いた音が響き早苗の肩に焼け付くような激痛が走る。

「さ、早苗さんっ!」

 撃たれた早苗の元へ駆け寄ろうと顔を上げる鈴。
 だが足が硬直してしまい動けない。それもそのはずだった。
 蹲る早苗の向こうに佇む人影。西日を浴びて真っ赤に燃え上がった異形の姿は忘れようにも忘れることのできないもの。

 少し風変わりなメイド服に身を包み、変わった耳飾りを付けた青い髪の少女。
 10人が見れば10人が間違いなく美少女と称する美貌。
 だがそれは顔の左半分のみで、右半分は焼け爛れた皮膚の間から煤にまみれた金属質の骨格が露出している。
 その顔は宝石のような赤紫色の左眼とは対照的に無機質な機械の右眼が禍々しい赤い光を放っていた。
 そして間接部のモーターの駆動音を鳴り響かせる機械の右腕は、鉄塊のような銃を握り締めていた。

「ああっ……どうしてバケモノ女が……お前っはるみはどうしたんだ!」

 恐怖を押し殺して鈴は鋼鉄の少女に問う。

「バケモノですか……否定はしませんよ。今の私に相応しい表現ですね。ああ……ミルファちゃんですか? 彼女ならもういませんよ」
「なっ……そん、な」

 淡々とした口調で少女は鈴の問いに答える。

「あ、あなたは――き、機械――!?」
「ええ、私はただの機械ですよ。どれだけヒトに似せようとしてもほら、薄皮の下はこんなおぞましい姿」

698Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 22:03:15 ID:sNXtQluY0
 
 まるで人間のような感情を込めて機械少女は早苗に向けて言葉を発する。
 彼女の言うとおり剥き出しの機械部分を除けばその仕草、口調は人となんら変わる事が無い。
 故に彼女の人間らしさがより一層、その異形さを引き立たせていた。

「ああ……でも勘違いしないで下さいね。私はロボットですが別にそう命令されているわけでも、そうプログラムされているわけでもありませんよ。
私は私の純然たる自由意志でもって私の大切な人のためにあなた達を害しようとしているだけですから」

 早苗は思う。同じだ――彼女は自分と同じ動悸で殺人に臨んでいる。
 愛する誰かのために地獄に堕ちる決意をしたのだと。

「可笑しいと思いませんか? ただの機械人形である私がそんな人間のような感情を見せるなんて」

 少女は銃を構える。
 その銃口の先は――真っ直ぐ鈴を向いている。

「鈴ちゃん! 逃げてぇぇぇぇぇぇっ!」
「なっ……!」

 早苗は無我夢中で叫び機械の少女――イルファに飛び掛り彼女を押し倒す。
 予想外の反撃にイルファは思わず手から銃が零れ落ちる。

「こ、この……! ――!? あぐっッ……がァッ!」

 地面に落ちた銃を拾おうとしたイルファの顔面に衝撃が伝わる。
 早苗は馬乗りの姿勢のまま、イルファの赤い光を放つ機械の瞳にナイフを突き入れた。
 右眼の破壊によりイルファの視界一面に故障箇所が表示され、警告音が鳴り響く。

「鈴ちゃん! 早く……! 今のうちにッ!」
「あ……あああ……でもそんなことしたら早苗さんが……っ」
「わたしは大丈夫だから……! 後で必ず追いつくから……早く――かはっ」
「早苗さんッ!」

 イルファの鋼鉄の腕が馬乗りになった早苗の首を掴む。
 ぎしぎしと骨が軋む音。首を絞めるどころかそのまま首の骨を砕かんとイルファの腕は早苗の首を絞める。

「おね……がい、アル、ちゃんのためにも……逃げ、かふ」
「約束だぞ! ぜったいにそんな女ぶっとばしてあたしに追いつくんだぞ! 約束だぞ!」

 涙で顔をくしゃくしゃにして鈴は叫ぶ。
 首を絞められ声もろくに出せない早苗は笑みを浮かべると静かに親指を立てた。

699Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 22:06:06 ID:sNXtQluY0
 
「強く、生きて……鈴ちゃん」
「ぐすっ……さなえ、さん。アルルゥ……さようなら……ああぁ、うぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 鈴は山猫のように駆け出した。
 生きるために。想いを託された者のために。




 イルファは早苗の首を掴んだまま立ち上がる。
 早苗はイルファの右腕一本で宙に吊るされた状態だった。
 鉄の指が早苗の喉に深く食い込み呼吸すらままならない。
 イルファは首の拘束を若干緩めると早苗に向って問いかけた。

「……どうして、そこまでしてあの子のために命を投げ出せるんですか。あなたと彼女はこの島で出会ったばかりでしょうに」
「わた……しは教、師でし……たから。子どもたちを守るのは当然……でしょう?」
「…………」
「そして……何より――わたしは母親ですから……それ以上の理由、なんて……ないですよ」
「母親……ですか。私はなりたくても決してなれないモノですね」
「ふふふ……本当にあなたって人間みたい。とても、ロボットには……見えませんよ」
「よく、言われます。でも人の心を持ってしまったがゆえにあなたを殺そうとしている。本当にヒトは業の深い存在ですよ」
「そ、うです……ね」

 早苗は寂しげに笑う。
 どうして人は大切な人のために罪を重ねることができるのだろう。
 イルファはもう息をしていないアルルゥを一瞥すると言った。

「……彼女とあなたの命に免じて今はあの子を追うのはやめておきます」
「そう……ありがとう……あなたのお名前は?」
「……イルファ」
「良い……名前ですね」
「……さようなら」

 短い別れの挨拶を交わしイルファは右手に力を込めた。

 ごきりと何かが砕けるような音がして早苗の身体が大きく一回跳ねる。早苗は手足をぶらりと垂れ下がったまま、もう二度と動くことは無かった。
 イルファは力を込めた手を緩めると無造作に早苗の亡骸を投げ捨てた。

 赤く燃える空の下、幼い子どもと女性の亡骸が転がる森。
 そこに佇む一体の機械人形。彼女は二人の亡骸を凝視すると思わず笑みがこぼれ落ちた。

「くく……くくく……これが人の心を持ったがゆえの結末ですか……」

 何も抵抗できない子どもと子どもたちを守ろうとした母を殺した。
 誰に命令されたわけでもなく誰にプログラムされたわけでもなく、自らの意思で二人を殺した。
 ついに一線を越えてしまった。後はひたすら畜生道を転がり落ちるだけだった。

700Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 22:07:36 ID:sNXtQluY0




【時間:1日目17:30ごろ】
【場所:C-4】

イルファ
【持ち物:、M240機関銃 弾丸×295 水・食料一日分】
【状況:右眼損傷】
 
アルルゥ
【状況:死亡】

古河早苗
【状況:死亡】



 ■



 走る。
 走る。
 山を。
 森を。
 転がり落ちるように鈴はひたすら走る。
 いつしか山を下っていた鈴は寂れた街を走っていた。
 視界に見覚えのある景色が飛び込む。
 シャッターが閉まった商店街。その中に一軒だけシャッターが開いた店。
 最初にアルルゥと出会った場所だった。

701Hariti ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 22:08:19 ID:sNXtQluY0
 
「アルルゥ……ぐすっ……」

 アルルゥとの思い出をそこに置いていくかのように鈴は込み上げる涙を拭いながら鈴は商店街を走り抜ける。
 さらに走る。
 走る。
 足が棒になりそうになってもう走れなくなった鈴は朽ち果てた神社に訪れていた。
 雑草が覆い茂る神社の境内はもう何年も人の手が入っていないのだろう。
 鈴はふらふらとした足取りで古びた賽銭箱に背を預けた。

「うう……早苗さん……アルルゥ……はるみ……あたしは……あたしは……」

 膝を抱えすすり泣く鈴。
 これからどうしていいか何もわからない。ただ孤独のみが彼女を苛む。夕闇の中ひとりぼっちの彼女。
 そんな彼女の脳裏にリフレインする早苗の最期の言葉。

 強く、生きて――

 その言葉だけが折れそうになった鈴の心を唯一繋ぎ止めていた。



【時間:1日目17:30ごろ】
【場所:B-3 神社】


棗鈴
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】

702 ◆ApriVFJs6M:2011/01/17(月) 22:08:56 ID:sNXtQluY0
投下終了しました

703 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:43:58 ID:jIOr/mMs0
 ちゃぷ、と水音が立てられる。
 靴と、靴下を脱いで、まっしろになった足を水につけては浮かす。
 その繰り返しだった。他愛もない、ただ水を掻いて遊んでいるだけの行為だ。
 足を上げるたび、透き通った水が肌を流れ、元の鞘へと戻ってゆく。
 僅かに残った水分でさえも流れ落ちて、乾いて、なくなってゆく。
 それが惜しくて、入江はまた足を水の中に入れる。
 ちゃぷ、と音を立てて、泡沫が生まれるが、すぐに消える。
 当たり前の現象。当たり前の帰結。泡がいつまでも残るはずがないし、水は常にどこかへと移ろうとする。

 あたしは、あたしたちは、それに逆らおうとしてきた。

 『いやだ』という気持ちひとつだけで、自然の摂理に抗おうとしてきた。
 けれども、そんなものは子供の我が侭で、分かっているのに、それでもと言い続けてきた。
 意地を張っているだけの幼稚な行為だと分かっていながら、やらなければならなかった。
 そうしなければ、自分が自分でなくなってしまうから。
 理不尽を認めてしまうことになってしまうから。
 やめてしまうことは、自分を許してしまうことだと知っていたからだ。
 そうだ、と入江は思った。自分は、自分が許せないのだ。
 ちゃぷ、とまた水に足をつける。水は、好きだ。好きだけど、嫌いだ。

704 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:44:20 ID:jIOr/mMs0
 入江、の名前が示す通り、入江の人生の半分は水と一緒にあった。
 泳ぐことが、いや水に浸かっていることが好きだった。
 アクアマリンの色と、僅かな陽光が差し込むスポットライトに演出された静寂の世界。
 人間には一分かそこらしかいられない、どこか寂しく、儚い世界が入江は好きだった。
 もっと水の中にいたい。そう思って、入江は水泳部に入った。
 飽きずに年中泳いでいたので、いつの間にか入江はインターハイを期待される選手になっていた。
 自分にしてみればそれはただの結果でしかなかったのだが、もっと水の中にいられることが嬉しかった。
 水の中にいることを、誰かが認めてくれる。それだけで何かが報われたような気がしていた。
 だからもっと頑張ってみようという気になった。それまで受け身の人生で、
 流されることが多かった入江が、初めて自分で決めたことだった。
 だが、終焉は唐突に訪れた。なんでもなかった普通の日。
 ただいつものように泳ぎ始める毎日を始めようとしていただけなのに、一度目の死が入江を飲み込んだ。
 事故だったのか、なんだったのか、今となっては覚えてすらいない。だがその日、確かに入江という人間は死んだ。
 そして……ひどく、水の中にいることが嫌いになった。正確には自分に対してどうしようもなく嫌悪を抱くのだ。
 なぜ不快感を覚えるのかは分からない。だが自分を許せないという気持ちは確かにあった。
 泳いでさえこなければ。こんな人生を過ごさなければ。強烈な後悔の塊と、ありったけの憎悪を詰め込んだ袋が落ちてくる。
 しかし自分の抱く感情に対して、入江はどうすればいいのか対処する術を持てなかった。
 いくら嫌ったところで、水泳に身を捧げる人生を送ってきたのは事実で、それ以外のなにひとつとして持ち合わせていなかったからだ。
 何も取り得のない、何も持たないからっぽの自分。それがさらに入江の自己嫌悪を強くした。
 だから《死んだ世界戦線》に入ったのかもしれなかった。
 嫌いな自分を認めたくないから、そんな自分に対して復讐を始めるために、
 水泳とは何も関係のないバンドにだって参加したのかもしれない。
 死ぬ前の自分の、全てが嫌いだったのだ。
 それは今も、この瞬間も変わらない。
 ……けれど。
 嫌いだと言い続けたまま、ただ明後日の方向だけを見て、なにも変わっていない自分。
 間違ったことを、さらに間違ったことで埋め合わせるだけの時間を過ごしてきた自分。
 憎んだまま、あの日から変わらず、変えようともせず、無駄に無駄を積み重ねてきただけの自分。
 復讐を始めると言いながら、その実始めようとさえしてこなかった、入江という女は。
 やはり何も持たない、からっぽの女だった。

705 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:44:40 ID:jIOr/mMs0
「……」

 手のひらで転がす、小瓶の中でたゆたう液体を眺める。
 これで終わらせることができる。
 必死に昨日から逃げて、逃げて、逃げるだけで、何も実のないごっこ遊びだけを続けてきた、大嫌いな自分に終止符を打てる。


 ―――いつまでこんなところに居る?


 岩沢先輩の、その詩が聞こえる。
 あの人にとっては希望を指し示す、その詞は、しかしあたしにとっては、強すぎる光だ。
 あたしは、どうしようもなく、弱い。
 弱いから逃げ続けている。
 過去から。
 そして、現在からも。
 死ぬなら、さっさと死んでしまえば、終わらせてしまえばいいのに、あたしはそうしないでいる。
 なんでだろう? そんなの分かってる。
 死ぬのだって、怖いんだ。
 『その先』がどうなるか、全然分からないから――

 入江は再び水面に視線を落とす。
 そこにあるのは透明な境界だった。自分達の世界とは異なる、ただ流れて、どこかへと静かに消えてゆくだけの世界だ。
 強烈に、逃げ込みたいという衝動を感じた。
 あの中に。煩わしい雑音を全て遮る、甘美を溶かしてゆるゆると混ぜた世界に没入したかった。
 だが水は嫌いだった。そうすることは、できなかった。
 結局、何も選べないのだ。入江は自虐的に笑い、そのまま水面を見ていることも苦痛に感じて、視線を空へと逃がした。
 すると。

「……?」

706 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:44:56 ID:jIOr/mMs0
 歪んでいただけの口元が、ぽかんとした間抜けな形に開かれる。
 一瞬、我が目を疑う。
 空を、誰かが飛んでいる。
 それは、鳥だった。人の形を成した、しかし一対の大きな翼を抱えた、翼ある人だった。
 大きな黒い羽をはためかせ、何にも縛られることなく、優雅に飛んでいる。
 黒い羽。それは即座にカラスを連想させ、岩沢のあの詩をも思い起こさせた。
 思わず、水から足を引き上げ、入江は立ち上がっていた。
 自分でもどうしてそうなったのかは分からない、衝動的な行為だった。
 そのまま黙って見つめていれば良かったものを、入江は行動を起こしてしまっていた。

「ん?」

 ばしゃ、という音。勢い良く足を引き上げたときの音が、空を飛んでいた『人』に聞こえ、入江へと目を向かせていた。
 目が合う。空中で静止し、ふわふわと浮いている彼女と、視線が交差する。
 子供のような大きな瞳が印象的だった。きっちり揃えられたショートの髪形とも相まって、
 雰囲気だけ見れば自分よりも年下であるように入江は感じていた。
 もっとも、ぴっちりとした導師風の衣装の下に隠された、ふくよかで豊かな体のラインを見れば、
 相応の年齢であろうことは分かってはいたのだが。

「あっ……」

 お互いに存在を感知して、困ったように少女が身を引く。
 入江にしても誰かとの遭遇は初めてであったので、咄嗟の言葉が出なかった。
 少しの間時間を費やした挙句。入江の貧弱な語彙が取り出したものは、ありきたりの言葉だった。

「こ、こんにちは」

 ぎこちなく手も振っていた。
 今は昼。間違ってはいなかったが、どこかが間違っていた。

「あ、ああ、え、えーと、こんにちわ?」

 少し言葉を詰まらせて、「ご、ごてーねーにどうもっ」と付け加えられる。
 まるで、学年が変わって、新しいクラスの子と挨拶するようだった。
 そしてこういう場合、お互いに喋る言葉をなくしてしまうのがよくある結末なのだが、まさにその道を辿ることになった。

707 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:45:17 ID:jIOr/mMs0
「……」
「……」

 お互いに苦笑するだけで、気まずい雰囲気が流れる。
 入江の勢いは一分と持たなかった。代わりに流れ込んでくるのはいつもの自己嫌悪である。
 何で、こんなことをしてしまったんだろう。ふとしたことで死んでしまう状況なのに。
 しかしさようならと言ってしまうのもそれこそ不自然な気がして、何も言い出せなくなってしまう。

「あー、えーっと、さ」

 あはははは、と妙にテンションの高い笑いを交えながら、向こう側から話を振ってきた。

「何やってるんだろ?」

 が、向こうもよく分かっていない様子だった。
 本当に、自分達は、死ねるという状況なのだろうか。
 日常の中にあるような気まずい雰囲気が、入江を惑わせる。
 なので、よく分からなくなって、入江は空気の読めてない言葉で返してしまっていた。

「こ、殺し合い……なんじゃないかなあ」
「あーうんそっか、殺し合い……コロシアイ?」

 今度は空気が凍りついた。ピシリ、という音が聞こえた気がする。
 そのまま流れるは数十秒の沈黙。
 まずいと入江は思った。何がまずいのかと聞かれれば、全てがまずかった。

「……キミは、さ」

 本気で逃げ出したほうがいいんじゃないかと入江が思い始めた時点で、またしても均衡を破ったのは少女である。

「そういうこと、したいの?」
「……分からないです。でも、そうなるんだろうなあ、って、それだけで」

 殺し合いは、緩やかに続くだろう。いつものように、だらだらとした、実のない時間が折り重なってゆく。
 そうして自分達は逃げ続けるだけなのだろう。何の自覚も持たないまま。

「分からないんです。本当に、何も」

708 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:45:40 ID:jIOr/mMs0
 入江は弱かった。
 弱かったから、一生懸命に分かるだけの気概を持てなかった。
 緩やかな『いつも』に身を委ねるしか能のない、無力な女だ。

「だったらさ……一緒に行く?」

 脈絡のない言葉と、差し出された手があった。
 いつの間にか地上に降り立っていた少女は、影一つ分の距離を置いて入江の傍にいた。

「いいじゃない、別に、分からなくてもさ。そんなことより、一人でここにいる方がよくないよ」
「よく、ない?」
「あー、なんていうかさ……カミュね、あまり頭良くないから上手く言えないんだけど」

 カミュ。それが、彼女の名前なのだろうか。
 せわしく揺れる黒い羽から、羽根が落ちる。
 ここではいけないと、入江に伝える。

「一人だと、気が詰まっちゃうよ」
「そうかな」
「そうだと、思うよ」


 ―――いつまでこんなところに居る?


 岩沢先輩の詞だ。
 カミュって子の、黒い、カラスみたいな羽は、あの人の詩を奏でる。


 ―――いつまでだってここに居るよ。


 そうして、あたしを導こうとする。
 先に行ってしまった先輩は、しかしそれでも、待ってくれていた。
 来るかどうかも分からない、弱いあたし達をずっと待っている。
 それは岩沢先輩の強さじゃなくて、やさしさだ。
 だから。
 だから、あたしは……

709 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:45:58 ID:jIOr/mMs0
「……入江です」
「イリエ?」
「あたしの、名前」

 ぱっ、と、カミュさんの顔が華やいだ。
 まだやさしさに縋っただけのあたしに、そんな笑顔を向けてくれる。
 強くなれるかなんて分からない。岩沢先輩みたいに、なれるわけなんてない。
 でも、岩沢先輩は、あたしの尊敬する人だから……

「そっか! じゃあね……」
「カミュ」
「へっ?」
「言ってましたよ、自分で」
「え? あー、あー……あはははは」

 誤魔化すように笑うカミュさんに釣られて、あたしも少し笑う。
 どんな気持ちから、一緒に来るって言ったのかは分からないけど。
 ただ寂しかっただけなのかもしれないし、何か感じたものがあるのかもしれない。
 だけど、多分、何かを確かに感じている。あたしのように。
 感じたから、人は一緒にいようとする。

「じゃ、じゃあ、いこっか?」
「どこに?」
「……えーと」

 ぐい、と手が引っ張られた。
 よろけながら、あたしは、あたし達は走り出す。


 進め 弾け どのみち混むでしょ
 find&nbsp;a&nbsp;way&nbsp;ここから
 found&nbsp;out&nbsp;見つける
 rockを奏でろ
 遠くを見据えろ
 息継ぎさえできない街の中


「これから決めるっ!」

 詩は、奏でられる。

710 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:46:12 ID:jIOr/mMs0


【時間:1日目午後3時ごろ】
【場所:D-6】&nbsp;

入江
【持ち物:毒薬、水・食料一日分】
【状況:健康】&nbsp;

カミュ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】&nbsp;

711 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/23(日) 18:47:04 ID:jIOr/mMs0
投下終了です。
タイトルは『find&nbsp;a&nbsp;way』です

712弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:05:59 ID:Iu2Uelxc0





――ずっと昔に決めたことがある。

私はかつて、馬鹿な子供だった。
弱い人間だった。
いつも奪われる側だった。

だから強くなろうって決めたのだ。
強くなって、今度は私が奪う側の人間になろう、と。
欲しがるだけじゃ得られない。
手を伸ばさないと何も変わらない。

そう思って、走り抜けてきた自信がある。
積み上げてきた今がある。
私は『いま』に生きている。

だけど私が欲しがったものは、得たいと願ったものは、いつもこの手から零れ落ちた。
まだ何も得ていない。まだ諦めるつもりもない。
私はまだ、こんな所で死ぬ気も無いから。

探し続ける。
奪い続ける。
手を伸ばし続ける。


手に入れるまでは、生きてやろうと思っている。



◇ ◇ ◇

713弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:07:38 ID:Iu2Uelxc0


チカチカと反射される銀の光沢に、麻生明日菜は目を細めた。
薄暗いログハウスの中、閉じられたカーテンの隙間から僅かな光が洩れている。
細く差し込む日光は、ベッドに腰掛けた明日菜の手元にまで伸びて、そこにある凶器を照らしていた。

ステンレスシルバーの小型拳銃。
ひんやりとした感触が指先に伝わってくる。
明日菜は銃に詳しくなどなかったが、
膝の上で広げた紙切れには、やたら詳しい説明が長々と書いてあった。

『S&W M49』

それがこの銃の名前らしい。
小さくて、曲線的で、銀色の、リボルバー。

「思ったより、ずっと重いのね」

はたから見れば玩具とそう変わらない見た目でも、ずっしりとした重みが本物だと示していた。
使えば十二分に人の命を奪えてしまえるだろう。
なのに、この銃の愛称は“ボディガード”というらしい。
身を守る殺人道具。
明日菜には凄く皮肉めいているように思えた。

「貰っていくわよ」

目の前で横たわる本来の持ち主に断りを入れて。
ナイフと拳銃をコートの内側に仕舞い込む。
そして今まで座っていたベッドからシーツを引き剥がした。

「……こんなものでいいかしら?」

一応聞いてみたけれど、返事は返ってこなかった。
当たり前だろう。なぜなら、その人物は既に死んでいる。
けれど黙秘は肯定なのだと勝手に見なして、明日菜は目の前の物体にシーツを被せていく。
広げられた純白のベールが、床に倒れ伏す真っ赤な死体を覆い隠していった。

死んだのは少女だった。
殺したのは明日菜だった。
理由は単純にして明快、殺せるかどうかを確かめる実験、というもの。
首の動脈を切り裂かれた少女にしてみれば、理不尽この上ない所業である。
しかし明日菜にとっては十分に価値のある行為だった。
なぜならこれで、自分が人を殺せる人間だと知れたのだ。
世界中の人を、『殺せる人間』と『殺せない人間』に分けたとして、明日菜は殺せる側だった。
それは少なくとも、この世界では重要なことだろう。

「それじゃあ、私はもう行くわ」

714弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:08:57 ID:Iu2Uelxc0


明日菜は空いたディパックに適当な家具を詰めていく。
死体の少女は黙して語らない。そして二度と言葉を発さない。
いましばらくはここに倒れたまま鮮血を零し続け、周囲を赤く赤く染めていくのだろう。
やがて吐き出せる赤を全て吐き出したとき、彼女の行なえる全ての動作が終わる。
明日菜はそれに少しだけ思いを馳せて。やがては興味を失い、歩き始めた。

「バイバイ……えっと……」

別れの言葉の後に彼女の名前を呼ぼうとしたけれど、思い出せなかった。
考えてみれば、そもそも彼女の名前すら聞いていなかったのだから当然のこと。
だから明日菜はもうそれ以上は物言わぬ死体に何も告げず、扉を開いてログハウスを出ていった。


「さてと、これからどこに行こうかな」

昼の日差しを浴びながら、明日菜は草むらを踏みしめ歩き続ける。
ログハウスの暗さと死体の齎す陰鬱な空気から解放され、
少しだけ心が軽くなったような気がした。
山の空気は澄んでいるし、午後の日差しは優しく降り注いでいる。

「…………?」

けどなぜか、明日菜は自身にも形容しがたい思いに引かれて足を止めていた。
くるりと後ろを振り返ると、少し離れたところにはまだログハウスが見える。
そこから赤い血が点々と明日菜の足元まで続いているような。
そんな、奇妙な幻を見た気がした。

「…………は」

一笑に付して、再び踵を返す。

明日菜はもう一度だけ、心の中で別れを告げた。

――さようなら。
名前も知らない弱い人。


◇ ◇ ◇

715弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:10:33 ID:Iu2Uelxc0


泣きながら少女、塚本千紗は走っていた。
草木を掻き分けて懸命に走っていた。
ぜえぜえと息を切らして。
流す涙も拭わずに。
何度も何度も転んで、泥だらけになろうと立ち上って、
ただひたすらに走り続けた。

きっと、彼女はいま自分が何から逃げているのかもよく分かっていない。
誰に追われるわけでもなく。
ただ感じる怖気に突き動かされるがままに足を動かしている。

湧き上がる寒気が千紗の全感覚を支配していた。
どれだけ走っても恐怖からは逃げられない。
常に心臓を鷲掴みにされているような気分だった。

思うことは一つ。
生きなければならない、ということ。
犠牲にした。死なせてしまった。きっと自分のせいだ。
だから、生きなければ。
帰らなければならない。


――そうじゃないと何のために、私の代わりにあの子が死んだ?


「うわぁああああああああああああああああぁッ!!!!」

自分がいつの間にか絶叫していたことに、千紗はようやく気がついた。
今更危険を自覚して、止めなければと思っても声の止め方が分らない。
全身の恐怖を喉から搾り出すように、叫びが口から洩れ続ける。

「ぁ……!?」

叫びが途切れ、涙で滲む世界が突如落下する。
がくんと大きく身体が傾き、次の瞬間にはうつ伏せに倒れこんでいた。
地面の凹凸で身体が擦れ、衣服や皮膚が削られていく。
ピリリとした痛みが全身に迸った。

「うう……」

転んだのはこれで何度目だろうか。
正確に数えてなどいなかったけれど、
二桁に届きそうなくらい身体を打った記憶がある。

「う、うっ……うぇぇ……」

716弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:12:30 ID:Iu2Uelxc0

土の絨毯に倒れたまま、押しつぶしたような声で少女は泣いた。
声を殺すまでもなく、叫びはもう出てこない。
立ち上がろうにも、身体がまったく動かない。
どちらを行なおうにも既に体力が尽き果てていた。
継続する動作は無力に涙を零すことだけ。

「うっ……ぐすっ……」
「ねえ、あなた……」

そんな時に、真上から声が降ってきた。

「大丈夫……? じゃあないわよね、ごめんなさい。ええっとこういう場合は……」
「……あ」

千紗は瞬きしながら、ぼやけた視界でその人物を認識する。
厚着にコート姿、ベレー帽を深く被った冬服の女性が心配そうに千紗を見下ろしている。
女性は少し考えた後、ほがらかな笑顔を浮かべて言った。

「立てる?」

こちらにむかって、女性の手が差し伸べられている。
それはまさしく千紗にとって救いの手に見えた。
呆然としながらも、腕を伸ばして掴み取る。
すると女性は優しい笑顔のままで、ゆっくりと引っ張り上げてくれた。

「こんなに泥だらけになって……とても怖い目にあったのね……」

立ち上がった千紗の様相を見回して、女性は少し表情を歪めつつ、

「怪我は無い?」

と、聞いた。
けれどその質問に、千紗は答えることが出来なかった。

「……っ!」
「おっとと!」

女性が驚いた声を上げながら、しがみついた千紗を支える。
その顔すら見ずに、千紗は衝動に駆られるまま言葉を発していた。

「ひ、人が、女の子がし、死んで……殺されてっ!」
「…………」

ようやく千紗ははっきりと思い出す。
自分がここまで逃げてきたわけを。
恐怖の根源と、罪の意識。
そう、本当は追ってくる殺人鬼から逃げていたわけじゃなくて。
きっと、残してきた犠牲者から、目を背けようとしていたんじゃないか、と。

「わ、わたし、な、何も、なにも出来なくてっ……!」
「……そっか」

717弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:14:35 ID:Iu2Uelxc0

ぐちゃぐちゃになった感情を、目の前の見ず知らずの女性にぶつけていた。
ガタガタと震えながら、必死にしがみつきながら、罪を告白した。
思いを吐き出せば、少しでも心が救われるのだと信じるように。

「だから逃げ……逃げたんです……! わたしは……わたしは見捨てて、逃げ……逃げないと……!」
「もういいわ」

サク、という軽い音が聞こえた。

「…………え?」


それは女性が一歩を踏み出した音。
そして引き寄せられた千紗が、一歩を踏み出す音だった。

キョトンとした表情で、千紗はその感触に包まれる。
柔らかくて、暖かい。
気がつけば、千紗は目の前の女性に抱きしめられていた。
女性は千紗の衣服の汚れなど気にせず、泥だらけの背中へと両腕を回している。

「もう大丈夫。おねーさんがついてるから」

衣服と人肌の温もりが千紗の心を落ち着かせていく。
優しくかけられた言葉が、思いの吐露を止めさせていた。

「うっ……ううっ……」

後に残ったのは小さな嗚咽の声。
違う。これは違う。きっと目の前の女性は分っていない。
自分に与えられるべきは優しさなんかじゃないはずだ。
千紗はそう思いつつも、送られる温もりを振り払うことなど出来なかった。

「よしよし」

頭を撫でてくれる手を、ただ感じる。
身体を支えてくる腕にひたすら縋る。
涙を受け止めてくれる胸元に、顔をうずめる。
全ての温もりに甘えてしまえるほど、今の塚本千紗は子供だった。

「落ち着くまで、そうしていなさい。落ち着いたら、事情を聞かせてね?」

千紗は胸に顔を埋めたまま、こくりと頷いた。

「そう、良かった」

だからこのとき、
女性がどんな表情をしていたかなど、千紗は知ることもなかった。


◇ ◇ ◇

718弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:16:16 ID:Iu2Uelxc0

林の道を進みながら、麻生明日菜は隣の少女に声をかける。

「つまり、あなたの話を整理すると。
 そのクロウって男と長髪の女が二人組みで人を殺して回ってる、って事になるのかしら」
「…………」
「千紗ちゃん?」
「……あ、はい、そう思うです……」

自信のある返事、には聞こえなかった。
そもそも明日菜の話をちゃんと聞いていたかも怪しい。
少女は思いつめた表情を隠すように俯いている。
歩き始めてからずっとこの調子だった。

少女、塚本千紗と出会ってからしばらくして、明日菜はひとまずここを離れる事を提案した。
殺人鬼がうろついているような場所からは早く離れてしまいたい。
これには千紗も小さく同意していた。
そして歩きながら簡単な自己紹介を交わし、彼女の身に起こった一連の出来事を聞いて。
現在に至る。

「まだ、怖い?」
「……怖いです」
「私のことも?」
「あ、いえ、えと……ちょっとだけ……怖いです」
「ふふっ、素直ね」

怯え続ける彼女の反応は無理もないと、明日菜は思っていた。
殺人の現場を見たというのなら、おそらくこれが普通の反応なのだろう。
特に煩わしいとは思わない。話の正確さに関してはあんまり期待できないが。
けれど、とりあえずは『変わった耳の人物は警戒するべし』という情報を得られただけでも十分な収穫といえた。

「あの……明日菜さん?」
「なあに?」

先ほど教えた名前を呼ばれたので、笑顔を作って視線を動かす。
千紗は俯いた顔を上げて、揺れる瞳でこちらを見ていた。
少女らしい、かわいい顔だ。聞いた年齢以上に幼い印象の童顔。
耳の上で結ばれたリボンは彼女の好みだろうか。それとも両親のセンスだろうか。
どちらにせよ、よく似合っている。

「もしかして明日菜さんは……人が殺されるところを、見たことがあるですか?」
「いいえ、一度も無いわ」

第三者が第三者を殺すシーンを、
という意味なら嘘は付いていない。

719弱者選別 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:17:14 ID:Iu2Uelxc0

「私はまだ、人殺しには出会ってないもの」
「でも、それにしたって明日菜さんはわたしなんかよりも、ずっと落ち着いてるですよ……こんな状況なのに……」
「……そうでもないわ。おねーさんだって、精一杯強く見せてるだけよ」
「う……で、ですよね……ごめんなさいです。わたし……自分のことばっかりで……」

失言したと思ったのか、千紗は更に暗い表情で肩を落とす。
そんな彼女を見つめながら、明日菜は思う。

可愛らしい。
この子は見た目どおりの子供なのだ。
単純で、純粋で、無垢な少女。
下手な賢しさなんて、まだまだ身につけていない。
それはきっと、儚いからこその愛らしさ。

「ううん、気にしないで」

だから彼女にも到底、合格点などあげられない。

「あなたに会えて良かった。私も一人ぼっちじゃ辛かったの」
「明日菜……おねーさん……」
「一緒に頑張りましょ。おねーさんが守ってあげるから」

けれど、もう実験は終わっている。
そして千紗は明日菜を求めてくれた。
なら今度は、少しくらい応えてあげてもいいかもしれない。

今だけは。
求める物が見つかるまでは。
彼女と共に進んでみよう。

進む足のりは軽く無いが、重くも無い。
頬に儚い笑みを絶やさずに、明日菜は何となくコートの内側へと手を入れた。
すると硬くて重い、二つの銀に指が触れて。
その冷め切った感触に、彼女はふと12月の肌寒さを想起していた。



【時間:1日目午後15時30分ごろ】
【場所:D-5 】


麻生明日菜
【持ち物:果物ナイフ、S&W M49、予備弾丸、適当な家具、水・食料一日分】
【状況:健康。守ってあげたい誰かを探す。必要のない人間は殺す】


塚本千紗
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康、服がボロボロ、泥だらけ】

720 ◆g4HD7T2Nls:2011/01/23(日) 19:22:32 ID:Iu2Uelxc0
投下終了です。

721 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:20:05 ID:nO1KUkaA0
 世の中には、想定外というものがいくらでもある。
 単純な計算や数式などでは、ある程度の範疇には対応できても、それ以外に対しては無力を露呈する。
 だからこそ、世の中は面白くできているのだと来ヶ谷唯湖は思っていた。
 正確には、世界は本来面白いものであると教えてもらったと言うべきだった。
 教えてくれた集団の名前を、リトルバスターズという。

「……ふむ、早くも過去に思いを馳せるとはな。私も案外人間かな」

 アンモニアのむせ返る刺激臭は、今も唯湖の周囲を漂い、さながら歩く汚物といった様相を呈していた。
 神北小毬あたりならば涙目になりながらシャワーを浴びたいとせがむだろうし、
 西園美魚あたりなら失神しているかもしれない。
 想像し、くすりと笑う唯湖は、この状況を楽しんでいた。
 アンモニアによる攻撃は全くの想像外であり、一挙殲滅できるかと思えば一人しか殺せていない。
 人間は、人間の死に直面してしまえば頭の処理が追いつかず、しばらく呆然としているものだと思っていたのだが。
 頭の中で想像するだけでは生み出せない世界が、ここにはある。
 ただ緩やかな死を迎えてゆくだけだと思っていた人生に、このような機会が訪れている。
 殺し合いで優勝すれば、生きて帰れる。唯湖はそれについてはさほどの興味を持たなかった。
 新しい想像外を、識ることができる。識ることを楽しむことこそが、唯湖にとっての目的になっていた。
 今はこうして殺し合いに加担しているが、脱出を楽しんでもよかった。……いや、どちらでも良かった。
 そもそも自分という人間には、倫理観というものが欠けている。だから自分の価値観というものも殆どない。
 木田時紀や、春原芽衣の視線。なんで殺した、そう問う目を、しかし唯湖こそなぜと問い返したかった。
 なぜ悪い。なぜいけない?
 よくある子供の反発心などではなく、純粋に、人間が人間を殺すことが悪と定義されている理由が、分からなかった。
 それも、識りたいことのひとつだった。

「さて、木田君は答えてくれるかな」

 図書室から階下を見下ろせば、既に木田の姿はない。
 アサルトライフルと拳銃である。単純な攻撃力で考えるなら圧倒的に唯湖の方が上。
 一時退却し、機を窺うというのは理に沿った行動ではある。
 このまま逃げ出している可能性もないではなかった。春原芽衣や折原志乃は木田にとっては無関係の人間である。
 死のうが、殺されようが赤の他人。見捨てて逃げるという選択肢は当然存在する。
 元から友人、だというのならば話は別かもしれない。友情はときとして家族関係にも近い結びつきを生む。
 とはいえ、自らの生命がかかった状況で、見えもしない情というものに殉じるかと言われれば、ノーという人間も多いだろう。
 さてこの場合、どちらを信じるか。
 二つの選択。今度ばかりは、コイントスという運任せの選択をするわけにはいかない。
 ここからはひとつ間違えば人生のゲームオーバーという可能性が待ち構えている。
 楽しくないことは、できることなら回避しておきたい。

「まあ、とりあえずは」

722 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:20:28 ID:nO1KUkaA0
 無難な選択。こちらも索敵に入ることにすることを唯湖は決めた。
 拙速よりも巧遅である。このまま逃げられてしまうかもしれなかったが、それならそれでいい。
 キルマーク一つはまずまずの成績ではあるのだから。
 唯湖は階段を降り、若干慎重に三階へと足を運ぶ。
 この船から脱出するには四階から甲板に出る必要があり、そこは今まさに唯湖がいた場所である。
 木田の視点になってみよう。仮に木田が引き付け、その隙に志乃と芽衣を逃がす算段なら、自分を四階から引き離す必要がある。
 ならば必然、四階から下に移動しているはずなのだ。三階に潜伏している可能性は薄い。
 待ち伏せをするという方法もないではなかったが、殺し合いをしているのは唯湖を含めた四人ではない。百二十人だ。
 甲板から侵入してきた第三者に狙い撃ちされるかもしれない可能性がある以上、待つというのは得策ではない。

 三階に到着した唯湖は、ちらと廊下側を眺めてから二階へと続く階段を下りる。
 船室のある三階は廊下が狭い。こんな場所で銃撃を食らえば間違いなく死の一途を辿るだろう。
 相手もそれを考えないほどバカではないはず。船室に隠れている、ということは考えにくかった。
 そして二階。またもや狭い廊下に、大浴場や調理場へと続く入り口が僅かに見えている。
 ここから、唯湖は捜索を開始することにした。
 一歩一歩、慎重に足を進める。なるべく足音を立てず、大きな隙を出さないようにする。
 同じ人間。急所に撃ち込まれれば、即、死へと繋がる。
 脱衣所を覗き込む。清掃は行き届いているらしく、籠はきっちりと整頓され床には水滴ひとつない。
 一見、人の気配はない。この奥には浴場がある。無論そこは行き止まりで、他に脱出できるような場所はない。
 ここに隠れるのは自殺行為といってもいい。木田はここにはいない。
 踵を返し、次は調理場へと向かう。
 それまでの暖色系、明るめの色彩が中心だった船の風景が一気に寒色系へと変わる。
 ステンレス製のキッチンや様々な調理器具が唯湖を出迎える。
 仄かに、生臭い匂いが漂ってくる。ここは少し前まで稼動していたようだ。
 一通り見回してみて、構造を把握した唯湖は、次に『そこにあるべきもの』を探すことにした。

723 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:20:48 ID:nO1KUkaA0
 正面に構えていたF2000を下ろし、棚やキッチン下などを漁る。
 すると、すぐ目的のものは見つかった。想像を的中させた唯湖の唇が不敵に歪んだ。
 それは、剣だった。まだ新品で使われていないのか、ぴかぴかのままだ。
 剣といっても、それは本物ではない。ステーキを焼くときなどに見世物で使ったりするものだ。
 海外にいた経験もある唯湖にとって、初めて見るものでもない。
 バーベキューなどで、大の男の握り拳ほどもある肉を持ってきて、その場で切ったりする光景を何度も見た。
 切れ味自体は包丁と変わらないレベルだが、重要なのは刃渡りの長さ、だ。
 剣の全長は一メートル近くあり、たかだか数十センチ程度しかない包丁とはリーチが違う。
 加えて唯湖自身の身長は170程度あり、その分も加味すれば、射程でそうそう遅れを取ることはないはずだった。
 流石にF2000と剣を同時に持つと重たい。どちらを装備するか、ということだったが、少し考え、剣へと持ち替えた。
 理由は二つ。まず接近戦に対応できること。懐に入り込まれて肉弾戦ということになってしまうと、
 格闘技能があるとはいえ所詮は女性でしかない唯湖は若干不利であるからだ。
 そしてもう一つは、剣の存在が相手の想定外であるということだ。
 一ノ瀬ことみを目前で撃ち殺された木田にとって、銃の印象は非常に大きいものであるはずだった。
 そうであるからこそ迂闊に出ず隠れているのだし、隙を窺っている。
 つまりは接近戦にしようと目論んでいる。ならばそこに対応してみせれば、木田は狼狽するに違いない。
 F2000をデイパックの中に入れ、唯湖は調理室を『飛び出した』。
 そしてそのまま一気に、二階へと降りてきた側とは反対側の階段へと向かって駆け出した。
 廊下に鳴り響く駆け足の音。それは茂みに隠れた狐を追い立てる、威嚇である。
 こればかりは理屈もなにもない、当てずっぽうである。
 そろそろ出てくるかもしれないという完全な勘に任せての行動だった。
 だが、しかし。唯湖の勘は見事に的中した。

「んなっ!? いきなり……!」
「遅いぞ、少年」

 一階へと続く階段に潜んでいた、木田が突然のダッシュに慌てる。
 その合間に唯湖は剣を構え、一気に木田へと跳躍した。
 拳銃を構える暇さえ与えず、上空から一閃。だがすんでのところで拳銃のバレル部分でガードされる。
 とはいえ勢いまで跳ね返すことはできず、そのまま階段下へと木田が転がり落ちてゆく。
 受け身はとっていたようで、すぐさま起き上がった木田はあらかじめ開けておいたのであろう水密扉の奥へと逃げる。

「機関室、か?」

 追って階段を下りた唯湖は、水密扉の奥に見えるパイプの森を見て呟いた。
 隠れる場所は多い。なるほど不意打ちを仕掛けるにはもってこいの場所である。
 しかしこちらには剣がある。そうそう不利になることもあるまい。そう判断した唯湖も水密扉を潜る。
 機関は今は稼動していないようで、普段ならばエンジンの稼動音が唸りを上げているのであろう機関室は静寂そのものだった。
 一歩踏み出すと、カツンと足音が響いた。ふむ、とそれを確認した唯湖は、再び猛烈な勢いで走り出した。
 今度は拙速である。足音で現在位置を感知される恐れがあるのならば、速さを優先してもいいと考えたからだった。
 カンカンカン、と鉄の床を蹴りながら通路を駆け抜ける。耳に神経を少し傾けてみたが、他に足音はない。
 面白い。逃げずに立ち向かってくるか。どこで一撃を仕掛けてくるかに思考を切り替えた唯湖は、すぐに結論を見出す。

724 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:21:05 ID:nO1KUkaA0
「仕掛けてくるなら……ここだな! 少年!」

 次の扉。電気室へと続く扉を開けた瞬間に、唯湖は剣を振り下ろした。
 空振り。だが、その僅か数十センチ先に木田の姿があった。
 タイミングが早かったか。僅かに眉根を険しくした唯湖に、木田が罵声で応じる。

「なんで分かんだよ! クソッタレ!」
「勘には自信があるのだよ、少年」

 続いて剣で一突き。既にリーチの差を知り抜いている木田はバックステップし、射程から逃れてくる。
 唯湖は慌てず、更に間合いを詰める。銃を構えさせる隙は与えない。このまま畳み掛ける。
 長身と剣自身の長さから生まれるリーチに、木田は全く対応出来ていなかった。
 ひたすら後ろに下がるばかりで、一向に反撃してくる兆しを見せない。
 当たらないようにしながら、今度は倉庫へと続く扉に逃げる。

「どこまで逃げるつもりかな」

 続いて振った剣の一撃が、積み上げられていた小さな木箱を壊す。
 倉庫に収まりきっていなかったものらしく、乱雑に積み上げられていた。
 ガラガラと崩れる木箱と、舞い散る木屑に目をしかめながら木田が「お前を倒すまでだ!」と言い返してくる。

「出来るか? この戦力差だぞ」
「出来るさ!」

 倉庫へ踏み込もうとしたとき、木田が人差し指を銃のトリガーにかけていることを唯湖は目撃した。
 先程までは、トリガーに指をかけずグリップを握っているだけだった。
 反撃の兆しがある。そして「反撃できる」という発言。強がりなどではない。
 この状況での反撃手はひとつ――

「くっ!」

 全身のバネを総動員させ、剣を後ろに振り抜く。
 ギィン、と甲高い音が電気室に響き渡る。

「う……!」

725 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:21:26 ID:nO1KUkaA0
 衝撃に顔を歪めたのは、鉄パイプを持った見知らぬ少女である。
 全くの想像外の援軍。いつの間に、と思う一方で、どうして木田に味方しているという疑問の方が強かった。

「香月! 下がれ!」

 木田の怒声。撃たれると感じたときには、既に銃弾が衣服を擦過していた。
 当たりこそしなかったものの、ヒヤリとした感覚が走った。これは、死を恐れるという感覚なのだろうか?

「うわっ!」

 漠然とした感覚の間に、木田は尻餅をついて倒れていた。
 銃の反動に耐えられなかったのだろうか。
 ちらと横を見ると、片手をぶらりと下げながらも再び鉄パイプを持った少女が唯湖へと向かってきていた。
 慌てて剣で受け止めるも、すぐに連打される。小柄だというのに振り抜かれる鉄パイプの速度は速く勢いもあった。

「ぐ……! 君のような可憐な子がそういうことをするのは、感心しないな!」
「だって、戦わなきゃ」
「なに……」
「戦わなきゃ、生き残れないよ」

 手の痺れが取れたのか、今度は両手で鉄パイプを振ってくる。
 剣でいなしたものの、この迫力は尋常のものではない。
 木田も体勢を整え直しつつある。このままでは挟み撃ちに遭う。

「……なるほど。感心はしないが、好きだよ、私は。そういうのはね」

 剣で鉄パイプを払い、体当たりを仕掛ける。
 勢いがあっても体格の差はどうにもならない。
 まともに当たり、吹き飛ばされた少女は壁に体を打ちつけて悶絶の声を上げた。

「香月!」
「ここは撤退だな。木田少年。今回は君の勝ちということにしておこう」
「待てよ! 逃げんのかよ!」
「おねーさんは疲れた」
「っざけんな!」
「忠告しておく。その覚悟、なくさぬ方が身のためになるぞ」

726 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:21:45 ID:nO1KUkaA0
 そのまま電気室を後にする。
 銃声はなかった。何しろあの反動だ。逃げる相手を狙い撃つのは難しいのだろう。
 機関室を駆け抜けながら、唯湖は先の感覚を思い出していた。
 なにかに恐怖する感覚。不可知のものに触れたような、言葉にできない感覚だった。
 銃弾が擦過し、破れた部分を指でなぞる。
 また少しだけ、とくんと何かが動く。
 そうしたものを感じられるくらいには、まだ人間の感覚が残っているらしかった。

「……面白いな」

 楽しい、と感じていた。

     *     *     *

 これは、一種の賭けだった。
 木田が陽動している間に隠れて来ヶ谷をやり過ごし、その間に船を脱出する。
 作戦はシンプル。だが隠れる場所は、来ヶ谷とは皮一枚隔てたものにしか過ぎなかった。
 三階、船室の一部屋。そこに芽衣と志乃は隠れていたのだった。
 これは志乃の指示。隠れるなら、『あえて見つかりやすい』場所に隠れろという指示だった。
 芽衣は訊いた。どうして、と。
 志乃の返事は至ってシンプルだった。「奴が頭がいいから」と。
 言葉巧みに自分達を騙し、ことみを一撃で撃ち殺してみせた来ヶ谷が頭が悪いはずがない。
 こんな分かりやすい場所に隠れるはずはない、と考えるだろう。
 そして結果はその通りだった。来ヶ谷は船室すら通り過ぎず、二階へと向かったのだ。
 その隙に、芽衣は志乃の手を引いて飛び出した。一目散に階段を駆け上がり、四階から甲板に出て、脱出した。
 陸へと続く鉄の階段を駆け下りながら、芽衣は一度だけ船の方向を振り返っていた。
 あそこで、木田は戦っている。たった一人で。人殺しを相手に。
 粗暴な物言いで、どこかすれたような仕草で、けれど常識的な普通の人間だった木田が――
 戻りたい、と芽衣は思ってしまっていた。
 何ができるか分からないし、何もできないかもしれないけれど、戻りたい、と思ってしまったのだ。
 ひとりでなんて、あんまりにも水臭いじゃないか。
 そう考えていた芽衣の意志を感じ取ったかのように、不意に志乃の握る力が強くなった。
 無言で、どこか怯えた目つきで、しかし確かな意識を持った志乃が、行くなと伝えていた。
 だから、芽衣はそれ以上船を見ていることができなくなってしまった。
 自分が行ってしまったら、この人はどうなる? その疑問が浮かんできたからだった。
 行ってしまえば、今度はこの人がひとりになってしまう。以前よりも暗くて怖い、一人に。
 できるわけがなかった。結局、芽衣は自分よりも目の前の他者を優先させた。
 自己を満足させる量よりも、良心が痛む量の方が多いと分かってしまったからでもあった。
 普段から誰かを気遣うことの多かった芽衣は、その選択しか取れなかったのだ。
 だが、そうしたところで、木田を置いていってしまった事実が変わるわけではなかった。
 ひょっとしたら、自分はひとを見捨ててしまったのではないか。
 心の底、ほんの小さな闇から這い上がってきたその言葉に、芽衣は歯軋りした。
 苦しかった。重たかったのだった。

727 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:22:05 ID:nO1KUkaA0
「おにいちゃん……助けてよ……」

 志乃という、大人の手を引く少女は。
 春原芽衣という名前の、少女は。
 まだ子供でしかなかった。

     *     *     *

「クソッ……なんだってんだよ、あの女」

 木田は悪態をつきながら、電気室の床に座り込んだ。
 冷たい床の感触が、ツェリスカの反動で痺れた体を冷やしてゆく。
 無我夢中だった。やらなきゃやられる。その思いだけに突き動かされて、戦った。
 覚悟もなにもない。今をそうしなければいけないから、引き金を引いただけのことだった。
 いつものことだ。無性に煙草を吸いたくなった木田だったが、漁ってみても手持ちの荷物にはなかった。
 没収されてしまったらしい。ちっと舌打ちして、身を起こしていた香月ちはやの姿を見やる。
 髪を短く左右で結ったツーテールと、女の子らしいヒラヒラと模様がついた夏物のワンピースが特徴的な、イマドキの女という風情だ。
 しかし異様なのは決して手放そうとしない、僅かに歪んだ鉄パイプだった。
 どこかザラついた輝きを宿す鉄パイプは、色鮮やかな彼女の服装とは対照的で、気味の悪さしか木田に抱かせない。
 だがそのちはやこそが木田の窮地を救った人物であった。船内を逃げ回っている最中、いつの間にかやってきていたらしいちはやは、
 木田の様子を一目見て「どうしたんですか」と尋ねてきた。尋常ではなかった、自分の様子を悟っていたようだった。
 ダメ元で協力を申し出た。助けたい人がいる。だから今は力を貸してくれ、と。
 勢いに任せた言葉だった。自分でも澱みなく言えたのが不思議なくらいだった。
 なぜ、と思う。性分でもない、勝つ自信があったわけでもない。
 なぜ、と思う。見知らぬ人間のために、必死になれたのか。
 分からないまま、ただ必要に迫られて言葉を吐き出しただけの自分を眺めて、しかしちはやは頷いてくれた。
 いいよ、と。「戦えるなら、一緒に戦ってあげる」と言ってくれた。
 その華奢な姿からは想像もできないような、落ち着き払った声が、しかし鼓舞するような声が、木田に一握りの勇気を持たせた。
 そして木田たちは作戦に出た。作戦といっても、来ヶ谷を一階に誘い込んで挟み撃ちにするだけという単純極まりない計画だったのだが。
 ともかく一応は成功を収め、来ヶ谷を追い払うことには成功した。芽衣たちも今頃は無事逃げおおせているだろう。
 慣れないことをした疲れ、味わったことのない緊張感、命が助かったことへの安堵が渾然一体となり、溜息と共に吐き出される。

「なぁ」

 自分から相手に物事を尋ねるのは珍しいことだった。無言で振り向いたちはやは、僅かに微笑を浮かべていた。

「手際が良かったけど、よくあんなタイミングでアイツに接触できたな」
「この船、知ってたから」
「知ってた?」
「この船に、乗ってたんですよ、わたし」
「……なんだって?」

728 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:22:23 ID:nO1KUkaA0
 ちはやは首を動かし、ぐるりと一周見渡してから「信じられなかったけど」と重ねる。

「わたしたちが乗ってきた船と、同じだったんです」
「志乃さんと同じか……」
「知ってるの?」

 今度はちはやが驚いた顔を見せた。来ヶ谷に飛び掛ったときでさえさほどの表情を変えなかった彼女が初めて見せる表情。
 凍てついた氷のイメージは文字通り氷解した。目を丸くする彼女は、妹の恵美梨と変わらない、年相応の女だった。

「さっきまで一緒だったんだよ」
「入れ違いだったんだ……惜しいことしたなあ。それで、あの女の人のせいで?」
「……ああ。一人殺された」

 だから、か、と。小さくちはやは呟いた。
 来ヶ谷の様子のことを言っているのだろう。確かに顔色一つ変えず人を殺したあの女は尋常ではない。

「狂ってる。なんだってあんなことが平気で出来るんだよ……」
「……そんなことより」

 そのときのちはやの声が、僅かに低く感じられたのは、気のせいだっただろうか。
 少しだけ、体に力が入ってしまっていた。来ヶ谷を見たとき同様、敵と相対したときの力の入り方だった。
 どうしてそうなってしまうのか理解できなかった。ちはやは味方なのに。
 きっと、疲れている。煙草が欲しい。……落ち着きたい。
 木田の逡巡には気付かぬ素振りで、ちはやは「志乃さんのことなんですけど」と話題を別にした。

「お兄ちゃんのこととか、知ってました?」
「お兄ちゃん?」
「……香月恭介。わたしの兄です」

 言われて、ようやく木田は合点がいった。
 志乃と同様、この船に乗り込んでいた乗船者。
 ちはやは探しに来ていたのだ。離れ離れになってしまった仲間と会うために。
 木田に向けられる視線には、僅かに期待が含まれている。
 だが見ていられず、木田は目を自ら逸らした。期待されるということ自体が億劫だった。

「知らなかったな。……そもそも、あんな状態で」
「あんな?」
「知らないのか」
「……志乃さんに、何かあったんです?」

729 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:22:42 ID:nO1KUkaA0
 女性を相手に、あの話をするのは気が進まなかったが、木田は事実を言うことにした。
 ある程度はオブラートに包んで言ってはみたのだが、志乃が強姦されたという事実はどうしようもなく、
 ちはやの目に激しい敵愾心が宿ってゆくのが分かった。
 自分たちにはどうしようもなかったことだったとはいえ、どこかばつが悪くなった気分だった。

「許せない……やっぱり、こんなところじゃ……」
「……」
「それで? 別れる前の志乃さんは?」
「一応は落ち着いてた。それに付いてる奴もいるし、何とかなるとは思う」
「じゃ、今は大丈夫なんですね」
「多分、な」

 保障はない。曖昧に言うしかなかった木田を、ちはやはしばらく無言で見つめていた。
 カラン、と鉄パイプが音を立てた。持ち直していたときに床に当たっただけだったが、その音の不気味さに息を飲む。
 ちはやの挙動におかしなところはない。それなのに、どうして恐れているのだろう。
 少し歪んだ鉄パイプは、鈍く輝いている。

「どこで落ち合うかとか、決めました?」
「いや……そんな時間なかった」
「そう」

 少し、声が曇った。
 考えてみれば、知り合いと再会できる可能性だったのだ。
 落胆の色が混じるのも当然といえば当然だ。

「じゃあ、どうするんです」
「……わかんねーよ。決めてもいなかった」

 無我夢中で、この場面を乗り切った先なんて、考えていなかった。
 自分はこれからどうしたいのだろう。
 今まで考えてさえこなかった人生。適当に流すだけだった人生。
 夢も希望も感じていなかった世の中で。死んでもそれはそれで、とさえ思っていた。
 ただ、実際殺人に直面してみれば、何とかしなければならないという意識が働いただけで……
 目的もなにもない。こうして離れてしまえば、芽衣や志乃のことも他人事だった。
 いつもの自分。希薄でしかない木田時紀という人間が、そこにあった。

730 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:23:01 ID:nO1KUkaA0
「あの女の人は?」
「……知らねーよ。逃げてったのを追っても仕方ないだろ」
「殺そうとしたのに?」
「さっきから質問ばっかだな……うぜぇ」

 つい、口に出してしまっていた。
 ちはやの眉間に皺が寄っているのを見て、まずいと思ったが謝ろうという意識はなかった。
 気まずい沈黙が流れる。普段なら放置しておいても良かったのだが、ちはやは全く動こうとしなかった。
 気まずさに耐えられなかったのは、木田の方だった。

「お前はどうなんだよ。お前こそ、何かすることあんのか」
「お兄ちゃんを探します」
「ならそうすりゃいいだろ。どっか行けよ」
「ついてきてくれないんですね」
「はぁ?」

 なんでそんなことを、そう重ねようとした木田に、ちはやが近寄っていた。
 まだ少女のものでしかない、女未満の香り。香水の匂いさえしない。
 ただ――その視線は、確かに女のものだった。か弱さを秘めた『女の子』などではない。
 生意気さしかなかった芽衣とは違う、独立した強さがあった。
 しっかり者なんだな、という感想を抱いた。恵美梨にも見習わせたいと思うくらいに。

「一人では、困るんです。誰かが必要なんです。今は」
「……俺じゃなくってもいいだろ」

 強さが見えたから、木田はそう言っていた。
 自分なんて必要ないように思ったからだった。
 所詮、自分はどこにでもいる男の一人にしか過ぎないのだ。
 ちはやが求める理由が分からなかった。

「わたしはまだ、一人じゃ戦えない」
「戦う、って……」
「だから力がいる。強くなるために、生きてお兄ちゃんに会うために、強くなる」

 ちはやの腕が、木田の肩を掴んだ。
 華奢なように見えて、力強い手だった。
 それだけの強さがあるのに、その腕は、木田を求めていた。
 自分は、必要とされている。そう認識した瞬間、頭がくらりとしていた。
 酩酊感に近い。別れ際の芽衣が寄越した視線を感じたときと同じ、だった。

731 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:23:24 ID:nO1KUkaA0
「……兄貴に、会いたいんだな」

 尋ねる。ちはやは一度だけ、しかししっかりと頷いていた。

「頼りになる兄貴なんだろうな。俺は、そうじゃない。妹からも軽蔑されてる」

 恵美梨の姿を思い出した。
 汚いものを見る目で、いつも自分を見下していた妹。
 それほど出来は良くない。妹だってそこまで優秀というほどでもない。
 だがそんな妹よりも劣っている。興味は何に対しても薄く、何にも飽きる。
 それなりに生きるということに対してだけ、最低限の努力を重ねるだけの人間。
 ちはやの兄は、きっとそんな人間ではないのだろう。

「俺でいいのか」
「……はい」

 するりと、指を下ろし、手を握ったちはやに、酩酊感が強くなった。

「必要ですから」

 微笑んだちはやに、木田は断る術を持てなかった。
 必要と言われて、断れる理由がなかった。
 断れないほどには……木田は、飢えていたのだった。

「行きましょう」
「どこに」
「実は、もう何人か知り合いがいまして」
「そう……なのか?」
「って言っても、そこで落ち合おうってメモを残しただけなんですが。実際にはまだ会ってません」

 できれば志乃さん、連れていきたかったんですけどね、と苦笑いを交える。
 手は握ったまま。片方の手には、鉄パイプ。
 放せ、とは言えなかった。単に、その機会を逃しただけだから。
 船内には来ヶ谷はいなかった。既に逃げ出して、別の相手を探しているのか。
 気にはなったが、もはや他人事であり、木田は特に気にすることもなかった。
 芽衣たちのことも同様で、まずちはやに付いてゆこうという意識の方が強かった。
 捜索は、後でもできるだろう――そんな感覚でしかなかった。

732 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:23:45 ID:nO1KUkaA0
 船を下りた後、道なりに進んでゆくと、小高い丘の上に、洋館が見えた。
 周囲の景色……コンクリートばかりの灰色の景色から浮き立つように、白と緑に彩られた洋館は、
 自然の中に佇む富豪の屋敷であるという感覚を木田に抱かせた。
 なるほど。集合場所にするには、確かに向いている。拠点とするにも向いているかもしれない。
 否が応でも、目が吸い寄せられる。きれいな、場所だった。
 近づいてゆく。一歩一歩。傾斜を少しずつ登って。
 門前へと、至る。そこには青銅の、大きな扉がある。
 左右を取り囲む塀は高く、柵は容易に乗り越えられそうになかった。
 どこか要塞然とすらしている。元の住人は閉鎖的だったのだろうか。
 そう思いながら、門扉をゆっくりと引く。ぎぃ、という音とともに、ゆっくりと外側へと開いた。
 中に見えたのは、豪奢なフラワーガーデンだった。
 どこから集めてきたのだろう、様々な花が、風に吹かれてそよいでいる。
 ちはやが見れば、思わず声を上げるのではないだろうか。そう考え、ちはやの方を振り向くと――



 ――手を、振っていた。


 ――ばいばい、と。

 思考が停止した。離れた場所から振られるちはやの手。それは。
 声をかける間は、与えられなかった。たたた、と、金属を軽く叩くような音がして、木田は跳ね飛ばされた。
 門の内に入ることも叶わず、文字通りの門前払いだった。
 全身に、銃弾の穴を残すというおまけつきで。
 即死ではなかった。だが、致命傷だった。体が動かず、息さえおぼつかない自分の体から判断した結果だった。
 騙されたのだ。浮かび上がってきた事実に、木田は口を「なぜ」の形に動かした。
 自分を、必要、だったのでは、ないのか。
 仰向けに倒れ、血の花を咲かせる木田を見下ろしたのは、ちはやである。

「ダメなんだよ、それじゃ」
「戦わなきゃ」
「いつも、戦ってなきゃ、ダメなんだよ」
「わたしたちには」
「敵しか、いないんだよ」

733 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:24:08 ID:nO1KUkaA0
 失望した声だった。見下した声だった。
 期待はずれなものを、見る目だった。

「戦える人だと、思ったのにな。あなたの妹さんとは違って」

 恵美梨?
 唐突に出てきた妹の名前に、木田の目が見開いた。
 どういう意味だ、それは。
 手を伸ばす。いや、既に予感していた。
 恵美梨は、もう……
 伸ばす手は、家族を殺された怒りか。それとも、ただ最低限に生きようとした結果なのか。
 分からない。分かるだけの頭を、持っていなかった。……悔しい、と思った。

「だから、わたしはあなたを食べる。食べて、生き延びる。生きて戦う。……お兄ちゃんに、会うために」

 ああ、と木田は理解した。
 最低限に生きるだけでは、ここでは生きられないのだ。
 酔ってはいけなかった。誰かといることに、酔ってはいけなかった。
 希薄に生きながらも、誰かを求めていただけの、『最低限の生』だけだった自分は、食われる側だったのだ。
 だったら。この女は。香月ちはやは――

「ケモノ、め……」

 伸ばした手は、どこにも触れることはなく。
 ちはやの鉄パイプによって、叩き潰された。

     *     *     *

「ふむ、結果は上々みたいね。どう久寿川さん、感想は」
「意外と簡単で、驚いています」

 澱みなく会話をする二人、柚原春夏と久寿川ささらは、フラワーガーデンを歩いている。
 風に乗ってやってくるのは、花の穏やかな香りと、命の残滓である。

「……正直、武器がこれで良かったと思ってます」
「どうして?」
「殺した感触が、少なかったから……」
「そうね。わたしも、そう。テレビの向こうの殺人事件だったわ」

 門扉の先では、にこやかに笑う香月ちはやが待ち構えていた。

734 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:24:29 ID:nO1KUkaA0
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 M134のセッティングが終わったころ、彼女は唐突にやってきた。
 館の中に侵入し、目ざとく自分達を見つけたちはやは、今と同じく笑っていた。
 学校に行く道端で、知り合いを見つけたかのような笑いだった。
 そうして、警戒する自分達を見たちはやは、こう言っていた。

『戦えますよね』

 その口ぶりは、獣だった。品定めをする猛獣。
 手に持った、少し歪んだ鉄パイプは振られる気配はなかった。
 ささらと目を見合わせて、まずは春夏が会話した。
 人殺しの準備をしている、と。

『良かった』
『なにが良かったのかしら』
『戦える人が、欲しいんです』
『意図が見えないわ』
『……ここには、怪物がいるんです。わたしはそれと戦わなきゃいけない』
『怪物……ね』
『それは人の形をしている。だから、人が殺せなきゃ、戦えなきゃダメなんです』
『協力しろって?』
『危ないですよ、そいつは。油断してなくても、食い殺される』

 だから力が必要だ。怪物さえ食い殺す怪物にならなくてはならない。
 淡々と語ったちはやは、どこか怯えているようでもあり、だからこそ恐怖を克服できる怪物になろうと、仲間を求めていた。
 化け物が怖いあまりに、化け物になろうとしている人間。それがちはやだった。
 家族や、大切な人間を守るために修羅であることを望んでいる自分達とは違った。
 だが、やろうとしていることは同じだった。ちはやも春夏たちも、潰し合うつもりはなかった。
 ちはやは化け物を、春夏たちは敵の排除が目的だったのだから。

『ところで』
『何ですか?』
『どうして私達が、戦える人間だと?』

 尋ねたのはささらだった。

『あいつと、少しだけ似てるから』
『あいつ?』
『……岸田洋一。多分、あいつは、化け物だ』

735 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:24:48 ID:nO1KUkaA0
 それ以上は、ちはやは何も語らなかった。
 肩を竦めたささらに合わせるようにして、春夏も首を振ったのだった。
 化け物が怖いが、その恐怖は信じる。なんとも皮肉なものだった。

『化け物呼ばわりされちゃったわね』
『心外です』
『あら奇遇。結構、波長合うかもね』
『……』

 それこそ心外だ、という風に表情を険しくしたささらにやれやれと溜息をつきつつ、春夏はちはやと交渉を始めた。
 M134を持っている関係上、あまり動きたくはないこと。そしてちはやはまだ完全に信じれる状況ではないこと。
 ならば標的を連れてきてみせようというのがちはやの意見だった。
 人数が減るのは春夏たちにしても問題はなかったし、ちはやにしてみても連れてくるのは『論外』の人間のようだった。
 こっちは待っているだけでいいのだし、撃つだけでいい。明らかに春夏たちに有利なものだったが、ちはやは応じた。
 それほど、化け物が怖いらしい。M134があっても一筋縄ではいかなさそうだと、春夏は思った。

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「あの子、よくもまあやれるわね」
「鉄パイプで殴り殺したことですか」
「気持ち悪くないのかしら、ねえ」
「……そういうあなたこそ」

 アレを見ても、平気そうじゃないですか。
 少年の死体を指差し、嘲笑したささらに、「そう?」と春夏はとぼけてみせた。
 あなたこそ、笑えるくらいには平気そうだけど。その言葉は、飲み込む。
 平気なのは、どうしてだろう。平然と人を殺せたのは、どうしてなのだろう。
 やれるとは言った。やってみせた。最初に言った通り。
 けれども、こうも淡々とやれるとは。
 殺した実感が薄いからなのか。
 現実感が、ないからなのか。
 それとも、本質的に自分が、化け物であるからなのか。
 何も言えないから、春夏はとぼけたのだった。
 もっともささらには、それは不服そうだったのだが。

「……どうです? 少しは、わたしと戦ってくれる気になりました?」

 ちはやの元まで辿りつくと、早速彼女がそう切り出す。

「そうね。少しは」

736 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:25:04 ID:nO1KUkaA0
 春夏はそう言い、腕組みをしていたささらの脇腹をつついた。
 鬱陶しげに手で振り払われる。嫌われているらしかった。
 春夏にしてみれば、ささらの無表情ぶりは気に入らなかったからという話なのではあるが。

「いいんじゃないですか」
「気に入ってなさそうですね……」
「ちはやちゃんはお気に召しているようで」
「鮮やかでしたから」

 銃撃のことを言っているのだろう。
 まるで容赦なく、瞬時に撃って見せた『戦いぶり』はお眼鏡に適ったらしい。
 そばに転がる、先程まで会話だってしていたはずの少年のことなど気にも留めていない。
 それも当然か、と春夏は感想を結んだ。食料に感慨を抱くわけもない。
 ちはやは、化け物を目指しているのだから。

「ま、80点ってところね。私は」
「厳しいですね」
「一人だったからねー。久寿川さんの点数はもっと低そうだけど」
「……心外です。柚原さんと同じくらいですよ」
「あら。やっぱり波長合うんじゃない?」
「……」

 連れないわねぇ、と軽口を叩こうとしたところで、不意に空から、声が聞こえた。

「いいや。今回は50点だな」
「は……!?」

 ちはやが、驚愕の表情を露に塀の上を見ていた。
 見てみると、そこには不敵な笑みを浮かべた、学生服姿の女が腰掛けていた。
 手にはライフル。傍らに下ろしたデイパックには、剣らしきものが突き出ている。

「あら、こんにちは」
「……いつから」

737 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:25:19 ID:nO1KUkaA0
 普通に挨拶をしたのは春夏だけで、ささらは不快そうな表情を、ちはやは無言で唇を噛んでいた。
 あの狼狽振りからすると、知り合いであるらしい。
 女学生は腰までかかる長い黒髪を優雅に揺らしながら「尾行させてもらったよ」と事も無げに話す。

「私は尾行が得意でね。特に可愛らしい少女が相手ならば、な」
「……く」

 バカにされたと思ったらしく、ちはやは怒りの視線を含ませた。
 風と受け流しながら、「別に遊んでいたわけではないよ」と笑う。

「なに、面白そうだと思ったまでだ。君らが密会しているのを見て、な」
「……どこから聞いてたんです?」

 尋ねるのは、無愛想なままの表情のささらである。
 春夏もそれは気になった。気配にも気付かなかった。射撃したテラスからも見えなかった。
 相当の、手練れだ。

「君らが合流したところから、だな。そのまま撃ち殺しても良かったが、中々姦しい会話を繰り広げていたようなのでね」

 くるくると、ライフルを弄ぶ。
 ますますバカにされたと思ったらしいちはやは悪態をつく。
 ささらは『どうして撃ち殺さなかったのか』に興味が移っているらしく、再び無表情に。
 春夏は、快楽主義的人間だと解釈をした。面白そうだという、その理由だけで、殺すのをやめた。
 厄介極まりない人間である。なるほど、確かにちはやは『50点』だ。

「連携プレーの相談と見たが……ふむ、おねーさんも、混ぜてはくれまいかな?」

 くっくと、笑い、ライフルを弄ぶ少女に、春夏はさてどうするかと頭を悩ませた。

738 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:26:11 ID:nO1KUkaA0
【時間:1日目午後5時30分ごろ】
【場所:H-6 洋館】

久寿川ささら
【持ち物:M134ミニガン&大量の弾薬、水・食料一日分】
【状況:健康】

柚原春夏
【持ち物:M134ミニガン&大量の弾薬、水・食料一日分】
【状況:健康】

※M134は固定式です。携帯してダンジョン探索はできません!&nbsp;

香月ちはや
【持ち物:鉄パイプ、水・食料一日分】
【状況:健康】&nbsp;

来ヶ谷唯湖
【持ち物:FN&nbsp;F2000(29/30)、予備弾×120、バーベキュー用剣(新品)、水・食料一日分】
【状況:アンモニア臭】&nbsp;

木田時紀
【持ち物:フェイファー・ツェリザカ(4/5)、予備弾×50、不明支給品、水・食料一日分】
【状況:死亡】


【時間:1日目午後5時30分ごろ】
【場所:G-7】

春原芽衣
【持ち物:DX星杖おしゃべりRH、水・食料一日分】
【状況:健康】

折原志乃
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:錯乱、精神に極めて深い傷】

739 ◆Ok1sMSayUQ:2011/01/30(日) 19:26:40 ID:nO1KUkaA0
投下終了です。
タイトルは『隣人は静かに笑う』です

740天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:01:11 ID:GSOi4XgE0





――――その涙を、私も流す事ができるのだろうか。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

741天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:01:31 ID:GSOi4XgE0





「ふぅ……こんな所でしょうか」

日が落ち始めた時間に、ベナウィは広い病院のロビーにて腰を落ち着かせていた。
六階建てにも及ぶこの病院は二人で探索するには、大分時間がかかってしまった。
誰か自分達以外にも訪れてる人が居る事を少しは期待をしていたのが、その期待も外れてしまっている。
思わず溜息が出てしまうが、ベナウィにとって収穫は無い訳ではなかった。
一つ目は此処まで発展した医療施設がこの島にある事。
二つ目はトゥスクルには存在しないような道具を沢山見つけられた事。
そして、三つ目は……


「あ、あの………………ベナウィさん」

くいくいっと着物の裾を引っ張る短い間に慣れた感触。
聞き取るのも大変な程の小さな声。
振り返って確認するまでもない陰日向のような少女、長谷部彩だった。
3つ目の収穫と言えば、この同行する少女が少しぐらい自分に慣れた事ぐらいだろうか。

「ああ、纏め終わりましたか」

頼りげ無さそうに微笑む彩の手に、一つの手提げ袋がある。
其処には絆創膏や消毒液、包帯などなどの救急セットが入っていた。
ベナウィの知識では解らないので、彩に纏めて貰ったのだ。
ベナウィは彩が集め終わった医療具を一度確認し、

「なら、行きましょ……」

出発を促そうとし、彩の表情を見て言葉を止める。
ひたいには汗が浮かんでいて、疲労の色が残っていた。
よくよく考えれば、一階から六階まで休憩無しに一通り歩いて回ったのだ。
軍人であるベナウィなら兎も角、彩はただの少女でしかない。
付け加えるなら運動とか普段する事が無さそう雰囲気すらだしている。
疲れるのも当然かもしれない。
気が回らなかったと思いながら、

「いえ、一度ここで休みましょうか」

ベナウィは彩に言葉をかける。
彩は少しびくっとして、ベナウィの顔をうかがうように、

「い、いえ……大丈夫です」

ふるふると首を横に振った。
彩にしてみれば、無理に言わせたような感じがして、何処か申し訳そうな顔をする。
ベナウィは溜息をつきながら、あえて厳しく言う。

「いえ、疲れてるのを隠される方が迷惑です。大事な時に、下手な間違いをしかねない」
「……あ……う……」

彩の表情が、どんどん青くなっていき泣きそうな顔になっていく。
そんな様子にベナウィは微笑みながら、出来るだけ優しい声色で喋る。

「だから、休みましょう? アヤも」
「…………はい」

彩はこくんと嬉しそうに笑いながら頷いて、お茶いれてきますねと小さく告げてぱたぱたと歩き出していく。
まるで小動物のようだとベナウィは思いながら、小さく微笑んだ。

やはり、あの笑顔はやすらげるものになっていると思いながら、
そして、同時に自分を縛っているという事は、あえて、隠した。

隠したかった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

742天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:01:48 ID:GSOi4XgE0





両手には温かい緑茶が入った湯のみがある。
これはアヤが入れてくれたものだ。
それを私は一口のみながら、アヤの方を見る。
アヤとの距離は何故か妙に離れている。
私は長椅子(ソファーと言うそうだ)の右端に座っていたのだが、アヤはお茶を渡すと何故か左端に座った。
そして、暫く無言のまま、二人してお茶を飲んでいた。
これが、今の妙な距離感だろうか。
まあ、そうなのでしょうね。
実際、私は弱いアヤの庇護者程度しかないかもしれない。
私自身も最初見捨てようとしたのだし。

「…………………………の」

そして、これからもそうなのかもしれない。
まあそんなものでしょう。

「………………あの」

そう思って、私はお茶を啜った。
お茶のいい香りが、随分と私をやすらげてくれた。

「あの!」
「おっと……なんでしょうか?」

どうやら、アヤに呼ばれていたらしい。
全然気付かなかった。
いけない事ですね。
元々小さい声なのですから。
ちゃんと拾ってあげなければなりません。

「……あの、ベナウィさんの国の事聞きたいです」

勇気を振り絞るように尋ねられた事はとても些細な事だった。
そういえば、彼女はトゥスクルの事は知らないのでしたか。

「そうですね……」


それから、私は私が仕える国の事を話した。
ハクオロ皇の事。
彼に統治された国はとても素晴らしい国になっている事。
そして、住んでいる民達は笑顔である事。
それは、とても幸せの象徴のような事である事。
些細な事でも、私はそれを言葉にした。
私自身が国について、話す事は滅多にないのかもしれない。
だから、少し饒舌になってしまった。
けれど、アヤはとても興味深そうに聞いてくれた。
そして、少しずつアヤが此方に近づいていた。
アヤは楽しそうに笑っていた。

「……そうですか。とても素晴らしい国なんですね」
「ええ、私も国を護る為に戦っています。それが武士の私の務めなのですから」
「……戦う?」
「ええ」

そのまま、私は国が成り立った理由を話した。
一揆がおき、戦いが起きた事。
そして、自分達も戦い守るべきものの為に戦った。
それだけではない。
国を護る為に、戦わなければならなかった事。
その為に、自分自身も戦い続けた事。
それを私は誇るように、話した。

けれども。


「……………………アヤ?」

743天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:02:08 ID:GSOi4XgE0


彼女は泣いていた。
彼女の頬には、一筋の涙の跡が流れていた。
何かを耐えるように。
彼女は涙を流していた。

「…………哀しいです」
「…………哀しい?」

何が哀しいのだろうか。
私は国を護る為に戦った事を話しただけなのに。
それこそ、武士の誇りだというのに。
何が哀しいと言うの…………

「沢山の人が――――死んだのですね」



――――ああ。

この子は、ただ、純粋に。

人の死に、涙を流している。

戦って死んだ兵士。
戦火を受けて死んだ民。
沢山の人に純粋に涙を流している。


「ええ……沢山死んでしまいました」
「……そうなのですか」

そして、彼女は、目を閉じ手を組んだ。
祈りを捧げているのだろうか。
気が着けば、彼女との距離も大分近くなっている。

散っていくもの仲間達。
沢山の人の死に、私が涙を流さなくなったのは何時の頃だっただろうか。
それすらも忘れてしまった。
あまりにも、当然のように、沢山の命が散っていく。
私は、いつの間にか涙を流す事を、忘れてしまったのだろうか。
ふと、思ってしまう。

私は家族のように過ごした仲間達。
彼らの死に泣けるのだろうか。
答えは見つかるわけがなかった。

そして、彼女は、アヤは。
とても、平和な国で育ったのだろう。
人の死がとても、とても遠い信じられないような国に。

けれど、それだけではなく。
彼女の心はとても、純粋で白いのだろう。
誰かの、誰かも解らない死に涙を流して、哀しむことが出来る。
それが同情というものでも。
純粋すぎるその想いは、とても輝いて、貴重に思える。
眩しいぐらいの、白さだった。


「ベナウィさん……」

744天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:02:24 ID:GSOi4XgE0

いつの間にか、目を開けて、私の手に自分の手を重ねている。
その手の温かさがとても、心にささっている。

「ベナウィさんも……殺したのですか?」
「………………ええ」

私は静かに頷いた。
頷くしかなかった。

彼女は笑いもせず、けれども哀しみもせず、私だけを見て

「それは…………」

何か言葉を言おうとして、そこで途切れた。
何を伝えたかったのだろうか。
哀しいと伝えたかったのだろうか。
私には解る訳など無かった。

私が誰かを殺す事に何も感じなくなったのは何時だろうか?
涙を流さなくなったのは何時だろう。
哀しまなくなったのは、苦しまなくなったのは何時だろう。
もう、思い出すことができない。

それぐらい、殺すという事が、身近であった。

だから、私は救われないだろう。
でもそれが、忠義なのだから。
それが、武士なのだから。


私は、彼女の瞳を見た。

何処までも、澄んだ、儚く優しい、瞳だった。


それが、救いを与える目にも、苦しみを与える目にも、見えた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

745天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:02:44 ID:GSOi4XgE0





ベナウィさんの顔が、とても近く感じた。
沢山の人を殺したといったベナウィさんの顔が、何故かとても切なく感じられた。
私には、人を殺した事なんか勿論無い。
だから、その苦しみや哀しみなんて、解らない。

けれど、私は彼がとても、弱く感じられてしまう。
何故だか、解らない。
けれども、そう思えて仕方がない。

人の死は、哀しい。
それは、あの日、父を失ったあの時から、変わらない。
苦しくて、切なくて、心が壊れそうになってしまう。
涙が溢れて仕方ない。
きっと、もしこの島で亡くなった人現れてしまうのなら……私は泣いてしまうだろう。
知らない人でも、泣いてしまうかもしれない。
知ってる人達……和樹さん達ならきっと尚更だろう。
涙が止まらなくなってしまうかもしれない。

彼は、もう、涙を流さないだろうか?

人の死に。
殺した事に。

そう思ったら、何故かとても、哀しく感じた。


……ベナウィさんの瞳を見て思う。


彼は、貴方を必要としている人が此処にいると言った。


だから、私、思うんです。

そんな哀しい瞳をした貴方を。

私なりの方法で。


私は……



――――貴方を護る事が出来ますか?




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

746天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:03:04 ID:GSOi4XgE0





それから、私達は黙っていた。
アヤは私の隣で、静かにしていた。
これ以上、語る言葉など思いつかなかった。

私は、何か良く解らない想いが巡っている。
アヤの瞳が心に残っている。
とても、白くて、純粋な心が、その瞳が私を射抜いていた。

私は、何故、こんなに迷っているのだろう。
今更ではないか。
とっくの昔に心は決めている。
そして、骨の髄からもう、武士なのだ。
武士として生きる、それが、私の矜持。

なのに、どうしてあの瞳は私を射抜く。
あの微笑が、私を苦しめる。

私は、救われていいわけ…………


「…………ふう、何か考えているのでしょうね、私は」

そこで、変な方向に行こうとした私の思考を打ち切る。
考えては仕方ない事だ。
そう、仕方が無い事だ。

アヤ、貴方は、何を考えてその瞳を向けたのだろう?
私には解らない。
だから、

「アヤ……」

彼女に聞こうとして、気付く。


「すぅ……すぅ……」

アヤは私の肩にもたれかかる様に眠っていた。
道理で静かな訳だった。
緊張感があったのだろう。
疲れがまとめて来たのかも知れない。
私はふぅと溜息をついて外を見る。
もう、日が完全に落ちている。
そろそろ、放送が行われる時間だろう。
だから、その時間までこのまま、眠らせておこうと思った。

私は、そう思って、もう一度、彼女の横顔を見る。



――――哀しいです。


彼女の純粋すぎる白い心が発した、あの言葉。


それが、何故か、頭の中で反芻を繰り返していた。

747天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:03:22 ID:GSOi4XgE0



【時間:一日目 午後5時50分ごろ】
【場所:E-1 病院】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:藤巻のドス、救急セット、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】

748天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE:2011/02/04(金) 02:04:10 ID:GSOi4XgE0
投下終了しました。
この度は延長してしまい申し訳ありません。

749 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:48:06 ID:l52Wmwao0
 アムルリネウルカ・クーヤは、黙々と言葉も発さないまま歩き続けている。
 その背中を追って歩いている自分もまた、黙ってついていっている。
 柊勝平は幾度目かも分からないため息をついていた。
 先程の緊迫し、一触即発だった状況から開放され心が緩んだからというのがひとつ。
 クーヤについてゆくと明言はしたものの、今の自分を整理しきれていないからというのがひとつだった。
 自分達は、既に死んでいる。
 日向なる男の発した『死後の世界』とやらが、今になって確かな言葉となり、勝平の中に溶け、染み込んでいた。

 『ここ』はある意味で、全てが終わってしまった場所である。
 『ここ』は心の整理をつけ、思い残すことがなくなるよう好き勝手ができる場所である。
 『ここ』に留まっているのは、未練を恨みとして残し、理不尽な人生を与えてきた神への報復を目論む連中である。

 日向の言葉を要約するとそんなところだった。
 どこにいるかも分からない神様を探し、復讐を行うためだけに日々を死に続けている。
 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てたくなるような日向達の主張だったが、理不尽と、報復という言葉が勝平の心に反響していた。
 真実がどうあれ、日向という男も、野田という男も決して幸福とは言えない人生を送ってきたのだろう。
 そうでなければ「何が分かる」と激情を撒き散らした野田の様子はありえなかったし、
 野田の行いに眉ひとつ動かさなかった日向の尋常ならざる姿も頷けはする。
 勝平もそんな人生を送ってきた。
 全国区を目指せるほどの陸上選手でありながら、骨肉種という病に阻まれ、夢の全てを断ち切られてきた人生。
 まだ惨めだったこれまでを見返すこともできないまま、終わってしまうだけだった人生。
 勝平は色白な肌に生まれ、容姿も中性さを残しながら育った。
 子供のころから、どちらかというと女に近かった容姿だったと覚えている。
 だから、虐められた経験もないではなかった。
 男女。そんな言葉を始めとして、スカートがお似合いだの、お人形遊びでもしていろ、などとからかわれるのは日常茶飯事だった。
 同年代の女の子は同情の視線を寄越してくれたものだったが、そんな自分が気に入らなかった。
 男なのに。男子からはからかわれ、女子からは同情の眼差しを送られている。
 弱虫と見做され、誰からも下に見られている気がして、勝平は男女と揶揄される自身を嫌い、スポーツに没頭するようになった。
 スポーツで男達をリードしていれば、バカにされることはない。子供心にそう考え、周囲をリードして回るようになった。
 そうして、周囲を見返す日々が始まった。勝負事には常に勝つように務め、ケンカだってすることもあった。
 誰かに負けてしまうことが、下に見られることが許せなかった。
 一度敗北者になってしまえば、また惨めな気分になる。昔に戻るのは嫌だった。

750 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:48:28 ID:l52Wmwao0
 しかし全ての競技に勝ち続けることができたのは小学生までだった。
 中学校ともなれば様々な分野に、様々なアスリートがいた。
 野球。テニス。バスケ。水泳。どれもこれもに勝てないことを知った。知ってしまった。
 悔しかったが、それが一人の人間の限界だった。しかし同時に、一つの競技には一つの奥深さが潜んでいることも分かった。
 その競技を本気でやっている人間にしか分からない喜びや達成感がある。
 部活動に熱中している他人を見て、勝平はそれを感じ取っていた。
 その他大勢の視線なんて関係ない、同じ種目で戦う好敵手との中だけにある理解や共感があることを。
 見下しも見下されもしない、喜びのための勝利を追い求めることに、勝平は惹かれた。
 この世界の中にいれば、惨めな自分を感じずに済むのではないかという希望があった。
 性別や見た目で物事を判断しない、容姿にコンプレックスを抱かなくともいい人生を始められるのではないかという予感があった。
 予感に従って、勝平は陸上という道を選ぶことに決めた。
 理由は簡単なもので、走るのが一番得意だったからという理由に過ぎない。
 それでも、勝平の感じた通り、アスリートの中の世界は自分を『陸上選手の柊勝平』と認めてくれる人がたくさんいた。
 誰よりも早ければ尊敬もされる。感情を共有し、仲間と練習に明け暮れるのも悪くはないと思った。
 自分は、自分でいられる。そのことが何よりも嬉しかった。
 男女であった、惨めな自分なんて感じなくても良かった。
 もう見下すだけの人生を送る必要もなかった。見返すためだけの努力をすることもしなくてよかった。
 走り続けてさえいれば、自分は惨めな何者かではなかった。
 だが、理不尽にも、神様とやらが勝平の全てを奪っていった。
 病気。それも性質の悪い病気で、勝平は陸上選手としての生命を絶たれた。走れなくなったのだ。
 冗談かと思ったものだった。新しく始まった人生を、ようやく楽しいと思い始めた人生を、唐突に奪われたのだ。
 なぜ。どうして。病室で思ったのはそんなことで、次第に、昔感じていた悔しさが湧き上がってくるのを感じた。
 陸上をやっていたときに感じる悔しさではなく、再び惨めな人生に落ちてしまったことへの、憎悪とも呼ぶべき感情だ。
 おまけに、自分の余命は残り少ないらしかった。救いといえば救いではあった。
 周囲に哀れまれる人生は送らずに済むらしいのだから。
 とはいえ、それで陸上を失った勝平の心が満たされるものではなかった。壊れた人生の器を直せるものなどどこにもない。
 僅かに残った部分に、絶望という名前の液体が注がれているだけの状態に過ぎなかった。
 残った人生を、馬鹿にされ続けるだけの人生をどう使うかくらいしか、勝平に考えられることはなかった。
 勝平は病院を抜け出した。哀れむ視線を送られるだけなら、いっそ自由になってしまえばいい。
 誰の目もなくていい。かわいそうだと言われ、見下される余生だけは送りたくなかった。

751 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:48:45 ID:l52Wmwao0
 そして、今はここにいる。
 死んでしまったのかは分からないし、生きているのかどうかも分からない。
 勝平は動かし続けている足を見た。
 痛みもなければ、これといった異常も感じられない。むしろこのまま、どこにだって走り出せそうなくらい調子は良さそうだった。
 好き勝手ができる場所。日向の言葉をもう一度思い出した頭が、魅力的じゃないかと言っていた。
 そう。日向の言葉を聞いた瞬間、ここならまた、昔の自分に戻れるんじゃないかと思ってしまっていたのだ。
 陸上をやっていたころの、誰もが自分を認めていてくれていたころの自分に。
 柊勝平という男を男として認識してくれた、あの時代に。
 抱きかけた妄想を、しかし「くだらない」と一蹴してくれた少女がいた。
 それは目の前を歩き続ける、クーヤだ。
 困惑し、澱み、都合のいい夢物語に身を浸そうとした自分ごと、狂っていると言い捨てた。
 正論ではあった。反論しようもないことではあったのは、確かだ。
 けれども正しいことがいつでもまかり通り、説き伏せることができるわけではない。
 正しいなと思い、夢から醒めた気分になった一方で、じゃあ正しさが何になるんだという反発心も生まれていた。
 それが自分を救ってくれるのか。惨めでなくしてくれるのか。
 生まれた瞬間から見下され、馬鹿にされることを強いられてきた自分とは違い、クーヤは生まれも育ちも高貴な貴族の出だ。
 何不自由なく育ち、苦労さえしてこなかったであろう彼女に、一体何が分かるのか。
 分かるもんかと反論しようとした矢先、「何が分かるんだよ!」と先に言ったのは野田だった。
 ある意味で勝平自身の代弁。同じく理不尽という泥を啜ってきた人間の怒りを、しかしクーヤは風と受け流す。
 分かりたくもない。まだ生きている自分には分かってたまるかと。
 言葉だけ見れば、それは世間知らずのお姫様の言葉でしかなかった。
 だが勝平には――いや、彼女を少しでも知悉している者なら、間違いなく分かるであろう、別の意図が見えていた。
 死んでいることを否定したわけではない。別種の生き物だと見る目でもない。
 思考の停止を、考えることさえやめてしまうのを心底嫌った言葉だった。
 一度でも泥に身を浸していなければ分からない、苦渋を味わった人間の叫びだった。
 無理だと思うから、無理になってみせる。クーヤはあの時と同じ目をしていた。
 今度こそ、勝平は本当に夢から醒めた気分になった。冷たい水を容赦なく浴びせられたような感覚。

 分かっていないのは、自分の方だったのではないか。
 クーヤという少女のことを、自分は何も知らない。
 どんな生まれで、どんな育ち方をしてきたのか、自分は何も知らない。
 それなのにクーヤという人を否定できる権利を……どうして持ち合わせていると言えるのだろう。
 何も知らないことだらけじゃないか。
 当たり前だ。知ってもいない、知られてもいない人間が理解できるわけがない。
 理解してくれるはずもない。自分達はまだ努力さえしていない。
 勝平は忘れていたことを思い出した。
 惨めなことから逃れようとしたとき。嫌なことを追い払うためにいつも真っ先にやってきたことは、努力じゃないか、と。
 だから勝平は去りゆくクーヤの背を追っていた。陸上を始め、まだ早かった先輩選手の後を追うように。

752 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:49:05 ID:l52Wmwao0
 勘違いであったとしても、ボクは知りたい。
 あの子の送ってきた人生がどんなものであったのかを、知ってみたい。
 ボクは、ボク達のような人間は、本当に惨めでしかないのかを、確かめてみたいから……!

 そう決意し、一通りの会話を交わしてはみたものの、まだクーヤの背中は遠くに感じていた。
 知ってみたいとは考えたものの、どんな風にして聞き出せばいいのか分からないし、
 自分のことを話したとしても今は同情しか返ってこないように感じていた。
 目的は定まっているのに、その過程が見えてこないもどかしさ。
 ゴールは分かっているのに、どのコースを走ればいいのかも分からない歯がゆさといったところだ。
 今の自分を整理しきれていないとは、伝える術を持っていないということだった。
 案外人間は自らを言葉にできないものだと毒にも薬にもならない教訓を覚えながら、勝平はクーヤの背中を目で追う。
 せめて人間観察でもしてみようかと思ったのだった。
 今まで気にもしていなかったが、クーヤの背筋はいつでもぴしっと伸びており、
 歩き方はモデルを想起させるような、軸のぶれない歩き方だ。教え込まれたのだと分かる。
 陸上のフォームにしろ、美しい立ち振る舞いは自然体では不可能だ。
 常に意識して、体に染み込ませていなければ出来ようはずがない。
 それだけでも、クーヤが形だけでしかない貴族出の人間ではないことは見て取れる。
 作法や格式を学び、実践してきた本物の良家の人間なのだろう。
 衣装にしてもそうだ。所々に飾られた金箔入りの白コートはどこか軍人然としていて、
 彼女の言う『戦国時代』を象徴しているかのようにも感じられる。
 だから服装と立ち振る舞いとが相まって、体だけを見れば威風堂々とした大将であるのだが、
 肝心の顔つきはどこにでもいるような可愛らしい少女のものであるので、いささか威厳に欠ける。
 背伸びしているだけとも感じられなくもない。しかも言葉遣いはやたらと尊大であるのに喜怒哀楽はコロコロ変わるものだから、
 尚更子供の背伸びという感覚を強く受けてしまうのだ。
 もっとも、クーヤの年齢さえ知らない勝平は本当に年下なのかも分からなかったが……

(それにしても全然喋らないし、なんかピリピリしてるな……仕方のないことなのかな)

753 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:49:20 ID:l52Wmwao0
 喋っていたときこそ冷静沈着で、水を打つような声だったクーヤだが、内心穏やかではないのかもしれない。
 ここには百二十人もの人間がいる。野田のように考える人間はまだいて、殺し合いを続けているのかもしれない。
 現実さえ分かっていない人間。現実を見ようともしない人間に、彼女の心は苛立っているのだろうか。
 声をかけるべきだろうかと思い、勝平はかけるべき言葉を探し始めようとした、その時だった。
 ぐーっ。
 いや、正確にはきゅううう、というような音だったかもしれない。
 とにもかくにも、それは可愛らしい音だった。
 そして音源は、勝平の目の前の……

「腹が減ったとは思わんか」

 くるり、と。
 唐突にクーヤが振り向いて言っていた。

「そうか。そうであろう。やはり腹が減っては戦は出来ぬというからな。
 だがここで無闇に手持ちの兵糧を浪費してはならん。戦場においても兵站の確保や十分な食料の輸送は重要であるからして……」
「クーヤちゃん、お腹空いたの?」

 ピキッ、と。
 もっともらしいことを並べ立てていたクーヤの表情が固まる。

「余は問題はない。なに戦場では悪天候で数日、いやひどい時には数ヶ月も輸送が滞ることもある。多少の絶食など余は慣れて」

 ぐーーーーーっ。

 再び場が凍りつく。
 特にクーヤの顔は瞬間冷凍保存されていた。
 得意げな顔が眩しい。

「……」
「……」

754 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:49:39 ID:l52Wmwao0
 ああ、と勝平は納得していた。

「もしかして、さっきまで黙ってたのってお腹が空いてたのを我慢」
「やかましい!」

 勝平の顔にデイパックが投げつけられた。
 へぶっ、と情けない声を上げて顔面でデイパックを受け止めたため、勝平の推理は遮断された。
 つまりは当たっていたということだった。
 デイパックを引き剥がすと、クーヤはひどく赤面していた。
 キッ、と悔しそうに勝平の目を睨んでいる。
 あーかわいいなーなんて感想が口から零れそうになったが、
 言ってしまうともっとクーヤが怒り出す気がしたのでギリギリのところで理性が歯止めを利かせた。
 代わりに、もっともらしい言葉で応じる。

「い、いや、別にお腹が空くのは人間として当たり前だしさ、別に恥でもなんでもないよ」
「う……そ、それは、そうなのだが」
「旅の恥は掻き捨てって言うし、気にしなくっていいよ。ボクは気にしない」

 さっきと言っていることが矛盾しているような気がした勝平だったが、「そ、そうか?」とクーヤは納得しかけているので、
 このまま話を通すことにした。

「いやボクもさ、実はお腹が空いてたんだよね。うんそうだ、どこかで取り合えず食欲を満たそう。
 色々さ、考えなくっちゃいけないこともあるけど……でも、こういうことも大事だって思うんだよね」

 後半は、半ば自分に言っているような気がしていた。
 そうだ。いきなり大切なことを知るのは、双方にとって重いだけだ。
 だったら少しずつ知っていけばいい。今であれば、好きな食べ物は何なのか。
 どんな食生活だったのか。それ以外にも食事の中で訊けることはいくらだってある。

755 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:50:06 ID:l52Wmwao0
「この先に街もあるし、そこでなんか食べよう。ボクさ、実は色々なところを放浪してて美味しいものとかも知ってるんだ。
 任せてよ。えーっと……おぅるお? だっけ? の期待は裏切らないからさ」
「……ふむ。任せて、いいのだな?」

 話を進める間に、クーヤはいつもの微笑を取り戻していた。
 照れたり怒ったりする顔も可愛いが、ささやかな花のような笑顔もいい。
 そんなことを考えている自分は女好きの素質があるのかもしれないと冗談のように思いながら、
 勝平は「ご命令を」と恭しく頭を下げた。

「では、アムルリネウルカ・クーヤが命じる。そなたに兵糧調達を任せよう。よしなに」

 どこか穏やかな響き。少しは信頼されているのかもしれない、と勝平は思った。
 そして……任せる、という言葉が期待されているようで、嬉しかった。
 はっ、と、割と本気の殊勝な返礼をして、勝平は街路の先にある町を見据えたのだった。




【時間:1日目午後5時00分ごろ】
【場所:G-4】

柊勝平
【持ち物:MAC&nbsp;M11&nbsp;イングラム(30/30)予備マガジン×5、水・食料一日分】
【状況:軽傷】

クーヤ
【持ち物:ハクオロの鉄扇、水・食料一日分】
【状況:軽傷】&nbsp;

756 ◆Ok1sMSayUQ:2011/02/14(月) 20:51:04 ID:l52Wmwao0
投下終了です。
タイトルは『I&nbsp;know&nbsp;it』です

757 ◆g4HD7T2Nls:2011/02/15(火) 04:36:51 ID:mNJwbvjg0


登りきった太陽が落ちはじめる時間である。
島の影が伸び始める兆しが見え始める。
そんな中で、とある一軒家の中からは男女の話し声が小さく聞こえていた。

「ふむ、栗原女史の話はイマイチ要領を得んが……。
 その死んだ世界戦線とやらが悪であると言いたいわけか?」
「そ、それはわかりません……けど……」
「分らないけど?」
「あ、あの人、絶対にマトモじゃないぃ!」
「それはもう何度も聞いたのだが……」

民家の中で、九品仏大志は机に腰掛けた姿勢のまま、すっぱりとした口調で言った。
対して、外に繋がる扉付近に立っている栗原透子はギクリとした調子で口を噤む。

少しでも目の前の男にとって都合の悪いことをすれば殺される。
あの少女のように、理不尽に突然に容赦なく。
そんな圧迫感。
被害妄想だと分っていながら、先ほどの光景がリアルである以上は否定できない恐怖感。

目の前の男が、先ほど透子の目の前で人を殺した少女と同類で無い保証など無い。
そう思うと今すぐにでも逃げ出したい。
けれどまた一人きりになるかと思うと、そうすることも出来ない。
つかず、離れず、距離を置いて、だけど離れない。
そんな都合のいい、失礼な態度をありありと出して、けれど透子には対面を気にする余裕すらなかった。
だからせめて、常に謝って、機嫌を損ねないようにしよう。
そんな事を、透子は考えている。

「ご、ごめんなさぃ……」

大志は特に苛立ちなど滲ませていないし、平然とした体を保っている。
しかし透子は怯えていた。
大志の一挙一動に震え上がり、身体を強張らせる。
玄関に立ちっぱなしであるのも、大志がそうしろと言ったわけではなく。
すぐに逃げられるように、ということだ。
会話する相手にしてみれば失礼かつ面倒極まりない態度であったことだろう。
幸い大志は態度に表さないがその胸中は分らない。
透子は自分のそういう面をよく自覚している。だが自覚したところで改善には結びつかない。
むしろ失敗したという意識がより一層、透子を縮み上がらせる。

「ごめんなさいぃぃ……」

欠点を自覚している故に欠点がより浮き彫りになる。
それは一種の、負の連鎖と言える。
もちろん先ほど透子が見た光景が、この態度の要因になっていることは間違い無い。
とは言え結局、オドオドとした装いの大本は透子自身の性格に起因する。

「まあいい、栗原女史よ。我輩が聞きたいのはどうやって殺したか、ではない。
 知りたいのは殺す前だ。殺した少女は殺す前、栗原女史にどう見えていた?
 殺気を漲らせて殺したか? 冷徹に殺したか? 我輩はそれが知りたいのだよ」

「ふつう、でしたよぉ……。普通すぎて、だから私ビックリして……。
 でも、そ、それになんの意味が……あ、ひぃっ……ご、ごめんなさ……」

余計なことを聞いてしまったと、透子は目に涙を溜めながら数歩下がる。
聞かれた事だけに素直に答えればよかったのだと。
特に大志が怒気を発したわけでも無いのに、一人で勝手に怯えていた。

758 ◆g4HD7T2Nls:2011/02/15(火) 04:38:19 ID:mNJwbvjg0

「ふっふっふ……!」
「……っ!」

しかし突然、大志は怪しげな笑みを浮かべる。
透子は肩をビクつかせながら、背後のドアを盗み見た。

「よくぞ、聞いてくれたな!」

しかし透子の懸念とは逆に、大志のテンションは少し上がっていた。

「つまりだ、それを知れば事の真理がわかる」
「真理?」

首を傾げる透子に、しかし大志は眼鏡を少し触りながらニヤリと笑ったきりで、説明する気は無いようだった。
聞かれたことを喜んだわりに、簡素な対応である。

「普通に殺した、か。まあ少々意外な答えではあるが……ふむ。
 ともすればその集団は……ふむ。
 そこそこ有益な情報に感謝するぞ」

ふむふむ、と一人で納得しながら、大志は机から腰を離す。
そのまま透子を素通りして、民家の外へと踏み出した。

「ど、どこいくんですかっ!?」

慌てて追う透子に、大志は一つ振り返り、言った。

「我輩の行くべき所に、だよ」

そう言って、大志は離れていく。
民家の入り口に立つ透子を残し、すたすたと歩いていく。
はっと忘我から帰った透子は、すぐさま必死の形相で喉を震わせていた。

「ま、待ってっ! 待って待って待ってぇぇっ!!」

先ほどまで大志へと向けていた怯えなど忘却したように、
透子は大志の背にむかって走った。
避け続けていた攻撃圏内に自ら躊躇なく飛び込んだ。

「ん? どうした?」
「私もついて行くッ!」

一人にされる。ここでまた一人にされる。
異常者だらけのこの島で一人にされる。
透子の心境からしてみれば、己の死を告げられるに等しかった。

「我輩にか?」

掛けている眼鏡が飛んで行きそうになるくらい激しく、透子は何度も何度も頷く。

「我輩はいっこうに構わんが……」

大志は少しの間、考え込むような姿勢を取っていた。
指が顎に当てられ、ギザギザ眼鏡のオレンジ色のレンズが景観を映しだし、瞳を隠す。
透子にはその内面を捕らえることなど出来ない。
何を考えているのか、何も考えていないのか。
それすらも知れない。

「ふむ」

より一層、読めない表情を垣間見せた大志であったが、
その口元だけは分りやすい笑みを浮かべていた。

759 ◆g4HD7T2Nls:2011/02/15(火) 04:39:39 ID:mNJwbvjg0

「だが、覚悟はあるのか?」
「……ふぇ?」

まるで透子の反応に喜んでいるかのように、
口元を吊り上げている。

「覚悟?」
「そう、覚悟だ。我輩の隣を歩くということは即ち、我輩の野望の礎になるということ。
 栗原女史にその覚悟があるのか?」

正直なところ、透子には大志が何を言っているのか分らなかった。
覚悟だの野望だの言っていることは支離滅裂で、普段なら絶対に関りたくないと人物だと断言できる。
しかし、今の透子にとっては、返せる言葉など決まりきっていた。

「ある! ありますッ! 覚悟でも何でもあるからぁ……!」

だから置いていかないで。
そう言うことしか出来ないのだ。
反射的に返された、心の篭らない返答に大志は薄く笑い。

「そうか」

再び歩き始めた。
もう大志は何も言わなかった。
透子も何も知る必要は無かった。
けれど好奇心とは毒である。
透子は隣を歩きながら、おっかなびっくり、思い出したように聞いてしまった。

「あの……それで……野望って……なんなんですか?」

大志は足を止めぬまま。

「ふっ」

今度こそ、嬉しそうに笑い。

「ふははっ! よくぞ聞いてくれた!」

本当に嬉しそうに、笑いながら。
ギラギラした光を、野心に満ちた情熱を、眼鏡の奥に滾らせながら。
活力に満ち溢れた声で。


「 世 界 征 服 だ !」


己の野望を、はっきりと断言した。


「……そ……そう……ですか……」


としか、透子には言うことができなかった。



 【時間:1日目午後4時ごろ】
 【場所:F-2】



九品仏大志
 【持ち物:水・食料一日分】
 【状況:健康】

栗原透子
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:軽い恐慌】

760 ◆g4HD7T2Nls:2011/02/15(火) 04:40:33 ID:mNJwbvjg0
投下終了です。
タイトルは『be ambitious』です。

761名無しさんだよもん:2011/02/15(火) 13:56:48 ID:/yg.bKhQ0
すいませんが誤字の指摘です。
Come with Me!!の「強大なエヴェンクルガ族に虐げられて、諦めていたあの頃と。」の箇所について
原作ではエヴェンクルガ族ではなくギリヤギナ族が虐げていたと思うのですが…ページの修正お願いします。
あと、うたわれるもの2の発売が決定したそうです。

762 ◆auiI.USnCE:2011/02/18(金) 23:57:34 ID:STdJ7ieY0
ミスですね、修正しときます。
それではトウカします

763 ◆auiI.USnCE:2011/02/18(金) 23:58:00 ID:STdJ7ieY0






――――わたしは、きみが、すき










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






これは一体何なのだろう?

私は夢をみていたのに。
泡沫の夢を。
私が望んだ夢を。
楽しい、楽しい、私が作った夢を。
私は、私の理想の姿を借りて、
好きなように、楽しんだ。

幻想を歌い、幻想の中で精一杯楽しんで。
その中で、大好きな人にも出逢えた。出逢えたんだよ。
たった一度きりの、最初で最初の私の恋。
初恋が最後の恋になるんだろうけど。
それでも、私は思いっきり楽しんだ。

私が謳った幻想と夢という舞台の中で。
其処で出逢った幻想ではないたった一人の大好きな人と生きていた。
その時間がとても、楽しかった。
楽しかったはずなのに。

けれども、楽しい夢は、私にとってのイレギュラー、世界にとっての創造主にとって破壊された。
それは、私にとって敗北だったのかもしれない。
いや、所詮借り物の世界で、手のひらの上で踊っていただけなのかもしれない。

でも、私はそれでよかった。
大好きな人の為に、大好きな人との願いを叶えられるなら。
例え、彼が私の想いを忘れていたとしても。
繰り返される世界で、何度も何度も死んだとしても私はそれでいい。

だから、私は立ち向かった。
願った、私の思いが届けって。


そして、そんな中。

私はこの島に呼ばれたのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

764インモラリスト ◆auiI.USnCE:2011/02/18(金) 23:58:51 ID:STdJ7ieY0




私は草壁優季を連れて南下していた。
とりあえず市街へ。
それに彼女も乗ってくれて、私達は黙って進み続けている。
何か、話してもいいのだけれども、正直混乱していた。

(どういう事……?)

正直、訳が解らない。
私はもう終わっていたはず。
泡沫の夢を見ていただけなのに。
そして、最後の願いの為に抗い続けていたはず。

なのに、この殺し合いというのは、余りに唐突すぎる。
今、一緒に居る彼女だってそうだ。
彼女は普通で、今までの世界に出てくるようなキャラでもない。
生身の人間が私の目の前に居た。
驚いた、ビックリするくらい。
そして、思いっきり自爆した。
…………ああ、そうよ!
自爆したのよっ!……うぅ。

それも、この訳解らない世界のせいだ。
この世界の創造主も、私がいた夢と別物みたいだ。
もしかして、これは本当に現実の世界なのかな?
私は事故に巻き込まれなくて……なんて。
そんな幻想を抱いて、してしまう。

……でも、それは幻想。
所詮夢。

けれど、もし、この世界が夢なんかではなく。
ただの殺し合いの舞台で。
本当に、一人しか生きれないというなら。

その確証が取れたのなら。
取れたなら。

765インモラリスト ◆auiI.USnCE:2011/02/18(金) 23:59:06 ID:STdJ7ieY0



私は、君を生かす為に、闘いたいよ。理樹君。


だって、私は所詮もう終わった命。
そして、私は理樹君が好き。
理樹君にずっとずっと生きて欲しい。
私が終わった分まで、ずっと楽しんで欲しい。
出逢ってくれてありがとう。
君が居たから、楽しかったし強くなれた。

だから、私はきみのため、戦いたい。

例え人を殺す事が不道徳な事でも、構わない。
神の手に踊らされていても、それでも。
私は理樹君の為に戦って、生きて欲しい。
それが、君と出逢って導き出した答え。
止まるつもりなんて無い。

それが、私が「朱鷺戸沙耶」として、理樹君に好かれた人間として。
「あや」という人生を半端に楽しまなかった少女じゃない。
理樹君に愛された少女として。
精一杯、戦う。

何れ消える宿命でも、私は止める理由にはならない。


ねえ、理樹君。


私は君の為なら人殺しになれる。
なってみせる。
哀しみや苦しみ、憎しみにだって耐えられる。
だから、君の為に殺すんだよ。


だって、わたしは、君が好きだから。



――――私、まだ、頑張れるよ。 何度でも、何度でも、頑張ってみせる。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

766インモラリスト ◆auiI.USnCE:2011/02/18(金) 23:59:29 ID:STdJ7ieY0




「そろそろ休憩にしません?」
「そうね、そうしようか」

大分南下した後、草壁優季の提案に乗って私達は休憩する事にした。
彼女には悪いけど……暫く利用させてもらう。
何れ乗るかもしれないけど、一緒に居た方が情報交換などする時にも便利だし。
最悪盾にだってできるし。
……それに私今まともな武器ないし。

とりあえず銃かな。

私はそう思って水を口に含み、名簿にもう一度目を通す。
知り合いなんていないけど、とりあえずざっと誰か居るか把握したい。
そう思って、目を動かした瞬間。

「ぶっごふぁ!?!?」
「わ、水噴いて、どうしたんですか?!」

彼女が心配するけど、気にしない。
だって有り得ない。
どうして、どうして。
私は『朱鷺戸沙耶』であるはずなのに。

なのに。なのに。なのに。


だから、この殺し合いでも、『朱鷺戸沙耶』であるはずなのに。



どうして、どうして、どうして。


私は震える指で、その名前をなぞる。


『長谷部彩』


――――なんで、私の本名があるの!?

767インモラリスト ◆auiI.USnCE:2011/02/18(金) 23:59:45 ID:STdJ7ieY0


おかしい。おかし過ぎる。
ちゃんと『朱鷺戸沙耶』もある。
うん、ちゃんと書いてある。
なら、これが私だ。
私であるはず。
今のは見間違い。
OKOK。
息を吐いて、もう一度。
ほら……な……っ……あった。


『長谷部彩』


『あや』
それが私の本当の名前。
人生も録に楽しめずに。
恋もせずに、終わるはずの少女の名前。
なんで、そんな名前が、あるの?
私は『沙耶』

理樹君が愛してくれた『朱鷺戸沙耶』だよ。
今更、『あや』に。理樹君が愛してない『長谷部彩』に戻れない。
戻らない。戻りたくないっ。
これが、今度私に与えた試練というのか。
想像主が与えた罰か試練だというのか。

知らない。
知りたくもないっ。


私は『長谷部彩』に戻らない。


理樹君に愛してもらった『朱鷺戸沙耶』のままで。


闘って、闘って。


そして、死にたいよ。



そう、だから。



――――私は『朱鷺戸沙耶』だ。

768インモラリスト ◆auiI.USnCE:2011/02/19(土) 00:00:08 ID:0TavFFdc0




 【時間:1日目午後3時30分ごろ】
 【場所:D-6】


 草壁優季
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 朱鷺戸沙耶
 【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】
 【状況:……今更、戻れない】

769インモラリスト ◆auiI.USnCE:2011/02/19(土) 00:00:39 ID:0TavFFdc0
投下終了しました。

770ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:05:30 ID:HgiVeuOw0

「……ノーリアクションはつまらないな」

丘を睥睨するように聳えた洋館の屋根の上でくるくるとアサルトライフルを弄り回しながら、
来ヶ谷唯湖は三人を見下ろしている。

「怯え惑われても興醒めだが、無視されるのも好きではないんだ。
 あまり退屈だと欠伸の拍子にうっかりトリガーを引いてしまうかもしれんぞ」

笑みを浮かべながら露骨な恫喝を口にする唯湖に、しかし見下ろされる三人は
それぞれ違う表情を浮かべながら互いに視線を交わし合っている。
久寿川ささらの顔にありありと浮かぶ困惑を受け流すように肩をすくめる柚原春夏。
最初に口を開いたのは、そんな二人を横目に小さく首を振った香月ちはやである。

「先程はどうも、失礼しました」
「これはこれは、ご丁寧に」

ぺこりと頭を下げてみせるちはやに、屋根に据え付けられた出窓の桟に腰掛けたまま、
唯湖が上半身だけで大仰な礼を返す。

「あのとき退いたのは、やはり不利を悟ったからではなかったのですね」
「それはまあ、そうだろう」

涼しい顔で頷いた唯湖が、手にした自動小銃を誇示するようにしながら言う。

「鉄パイプと拳銃を相手に、どうして私が不利だと思う」
「二人がかりの不意打ちでしたから」
「二人が三人でも、同じことさ」

語る間に銃を手に取るでもない三人を見下ろして、唯湖が小さく笑う。

「なら、どうして」
「……それはまあ、ちはやちゃんの目的を確かめたかったんじゃないかしらねえ」

緊張を感じさせない声は、それまで黙っていた柚原春夏である。
指先ひとつで少年を肉塊に変えながら、銃口を前に怯えるでもなく泰然と構える女を
ちらりと見やって、唯湖が頷く。

「まあ、そんなところだ」
「……」
「彼らがブリッジに上がろうとしたとき、君の姿は見当たらなかった」
「木田さんたちのことですね」

言ってちはやの視線が向いた先、兵器本来の射程からすれば至近に等しい館の門側には
赤黒い血溜まりが放射状に広がっている。
感慨もなく目を戻せば、唯湖が首肯しながら言葉を続けている。

771ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:05:51 ID:HgiVeuOw0
「ああ。ならば、君は彼らの一味ではないのだろう。それがほんの僅かのうちに
 共闘の態勢を整えている。何か思惑があると思うのが、普通ではないかね」
「危険な殺人犯のことを聞いて、義憤にかられる人だっているかも知れませんよ」
「……」

冗談めいたちはやの返答は、冷笑と共に受け流された。

「最初からの知り合いで、別行動をとっていた可能性だってあるでしょう」
「まさか、本気で言っているわけではないだろう?」
「……」

一笑に付した唯湖が、射線でちはやの顔を囲うように、くるくると銃口を回す。

「あの連中に混ざっていられるような人間が、そんな目をしているはずがないさ」
「……」
「そら、その目だ」

茜色に染まる夕暮れの下に、一瞬の沈黙が落ちる。
高台を吹き抜ける風が、ほんの僅か、温度を下げた。

「……まあ、そう怒らないでくれたまえ。同病相哀れむというやつだよ」
「……」

漂う沈黙の残滓を振り払うように、唯湖が続けた。

「ともあれ……そんな君が、彼を助けるんだ。何か理由があると思うのが自然だろう?」
「根拠も何も、ありませんけど」
「だが正解だった」
「……」
「君たちは哀れな少年を毒牙にかけ……私はこうして、君たちの生殺与奪を握っている」

確かにね、と吹き出す春夏の声は、ひどく空々しく響いた。
気にした風もなく、唯湖を見上げて春夏が言う。

772ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:06:15 ID:HgiVeuOw0
「それにしても、よくそんなところまで上がれたわねえ」
「ふむ……やはり中にはトラップでも仕掛けてあったのかね?」
「塀や壁にもたくさんあるはずなんだけど」
「どうだったかな。奇跡的に避けられたのかもしれないな」

事もなげに言ってのける唯湖に、春夏が肩をすくめる。

「まあ、これに懲りたらせっかく築いた陣地からのこのこと出歩いたりはしないことだ。
 君たちに次があればの話だが」
「肝に銘じておくわ。次があれば」

軽い調子で言い返した春夏が横を見やれば、ちはやはまだ険しい顔で唯湖を睨み上げている。

「……そういえば、ちはやちゃんは最初にどうやってあそこまで?
 中、上がってきたのよね」
「さあ。奇跡でも起きたんじゃないですか」
「奇跡、ねえ」

にべもない返答に苦笑した春夏が、今度はささらの方へと声をかける。

「ねえ、あの紙、注意事項っていくつ書いてあった?」
「……十や二十では、とてもきかない程度に」

唐突に話題を振られたささらが困惑の表情を浮かべながら、それでも律儀に答える。

「……だって」

呆れたように唯湖とちはやを見たのは春夏である。

「なら……私はまだ死ぬ運命じゃないんですよ。きっと」

視線を唯湖から外さぬまま、ちはやが口の端だけで薄く笑う。

「だから、この場でも死にません」
「あら、それを言うなら私だってそうよ。大丈夫に決まってるわ」
「はっはっは。随分と呑気だな」

奇妙に歪んだ問答を見下ろしながら、唯湖が声音だけで笑う。
表情は、ひどく冷たい。

「三センチ。私の指が三センチほど引かれれば、君たちは仲良く天に召されるのだが」

自動小銃の銃口は、並んだ三人をきっちりと照準に納めている。

773ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:06:30 ID:HgiVeuOw0
「それとも根拠があってそう泰然自若としているのかね。
 何か切り札でも用意しているというなら、そろそろ出しておいた方がいいと忠告しておこう」
「切り札? ……まさか」

一瞬、何のことだか分からないという顔をした春夏が、それを受け流す。

「では何故、生を確信する」
「ああ、それは違うわねえ」

何気ない調子で、春夏が小さく笑って、唯湖の言葉を否定する。
小さく、小さく息をつきながら、春夏は唯湖を見上げて、言う。

「生きることなんて、どうだっていいのよ。どうだって」

表情は、変わらない。
どこまでも細く、静かな、笑みに乗せた、しかし、

「私は、死を、認めないだけよ」

それはひどく、冷えきった、声音だった。

「私には、死ねない理由がある。だから、死なない。それはただ、それだけのことだわ」

一語一語を区切るように放たれる、それは詠うような、呪詛と呼ばれるものに程近い、
耳から人を侵し臓腑を掻き混ぜるような音の羅列。
空と風と、辺りに満ちる花の香りを腐らせるような、澱みを招く言の葉。
そういうものが、柚原春夏の口からは漏れ出していた。

「―――」

音という音、色という色が失われたのは、一瞬だった。

「……それにね」

沈黙を打ち消すように、春夏が笑顔を作る。
いつもの明るく、茶目っ気のある笑みだった。
澱みはもう、どこにも見当たらない。

「あなた、楽しそうだから殺さない、って言ったじゃない?
 だから楽しそうにしてれば大丈夫かなあ、って春夏さん思ったの」
「……」
「……だめ?」
「……はっはっは。―――はっはっは」

乾いた、笑いだった。
眼光も、向けた銃口もそのままに、声だけで笑ってみせた来ヶ谷唯湖が、しかし、

「確かに、君たちは面白いな」

言って、銃口を下げた。


***

774ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:06:52 ID:HgiVeuOw0

「なるほど。君たちにはそれぞれ、保護したい人物がいると」

幾つかの言葉を交わした後、得心したように頷いたのは来ヶ谷唯湖である。

「そういうこと。だから、お互いの目的の邪魔にならない限りは手を組んでおきましょう、ってわけ。
 紳士協定ならぬ、淑女協定ってところかしら?」
「淑女かね」
「淑女よ?」

胸を張る春夏に、唯湖が小さく溜息をつく。

「……まあ、いい」
「何かひっかかるわねえ。いいけど。……で、物は相談なのだけれど、えーと、」
「来ヶ谷だ。来ヶ谷唯湖」
「なら、唯湖ちゃん」
「……その呼び方はやめてくれ」
「じゃあ、来ヶ谷ちゃん?」
「……」

緊張感の緩みきったやり取りに、しかし割り込むように声を上げた人物がいる。

「春夏さん」

久寿川ささらであった。
思い詰めたように黙り込んでいたささらが、意を決して口を開いていた。

「この人は危険すぎます。私は反対です」
「あらあら」
「……」

ささらの言葉に、春夏と唯湖が目を見合わせる。

「春夏さん……といったかな。あなたの連れはどうも状況判断が苦手なようだ」
「そうねえ。いい子なんだけど、そういうところ、あるわねえ」
「春夏さん!」

775ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:07:11 ID:HgiVeuOw0
茶化すような二人に、ささらがトーンを上げる。
尚も何かを言い募ろうとしたささらを止めたのは、春夏の眼光である。
笑顔の奥に潜む、何か怖気の立つようなものが、一瞬にしてささらを飲み込んでいた。

「ささらちゃん。真面目な話、私たちいま、絶体絶命」
「……」
「こうして話を聞いてもらってるだけで、大ラッキーなのね」
「……っ」

その言葉に、ささらが唇を噛んで俯く。
確かに自動小銃の銃口は下がっていた。
しかし来ヶ谷唯湖がその気になれば、徒手空拳の三人は一秒を待たず全滅するだろう。
理解していたはずの危機感は、流転する状況の中でいつの間にか薄れつつあった。
それを改めて突きつけられたささらは、顔を上げられずにいる。
そんなささらの肩に手をかけると、春夏がぐっと握り拳を作って続ける。

「……でもね、このまま春夏さんのトークで丸め込めれば、形成大逆転。
 淑女協定も一気に戦力倍増よ!」
「聞こえるように言うものではないと思うが」
「大丈夫、それも計算のうちだから」

唯湖が苦笑するのへ、春夏がウインクを飛ばす。

「……まあ、いいさ。では早速、丸め込まれるとしようか」
「え?」
「そろそろ退屈してきたところだ。話を先に進めよう」
「あら、悪いわねえ」

まるで悪びれた様子もなく呟く春夏。

「こう見えて、私にも友人と呼べる存在くらいはいてね」
「本当にサクサク話を進めるのね」
「……続けていいかな」
「どうぞどうぞ」
「……私はこれから、彼らを捜してここへ連れてくる」
「ここって、そこ?」

意味のない問いに唯湖は頷くと、腰掛けた屋根を銃底で小突く。

「君たちは彼ら……そして彼女らを、この館で匿ってくれたまえ」
「そんな、都合のいい……!」
「やめなさいってば」

またも声を上げようとしたささらを、春夏が身振りで制する。

「いいわ。十人でも二十人でも、この春夏さんにどーんと任せなさい!」
「……私はそれほど友人の多い方ではないよ」

唯湖の苦笑と共に、協定は締結された。


***

776ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:07:34 ID:HgiVeuOw0

「……ところで、君」
「何ですか」

さやさやと音をたてる梢の下、来ヶ谷唯湖が少し離れて歩く香月ちはやに声をかける。
闇が忍び寄りつつある林道である。
陽射しは既に傾いて、二人の正面に沈もうとしていた。
足を止めたちはやが、唯湖の方へと向き直る。

「そんなもの、君に扱えるのかね?」
「さあ。ないよりは選択肢が増えるでしょう」

答えたちはやの腰には、可憐なワンピースにはひどく不釣合いなものが括りつけられている。
無骨な革のベルトに差し込まれているのは、黒光りする大振りな拳銃であった。
フェイファー・ツェリザカ。
洋館の門の側に転がった、木田時紀であった肉塊から拾い上げた代物である。

「ロジカルな返答だ。花丸をやろう」
「どうも」

少女らしからぬ凶器を身につけたちはやが、やはり少女らしからぬ無表情で短く答える。
会話を続ける気のない気配がありありと浮かぶ声音だった。

「しかし、あの御仁……柚原春夏といったか。なかなかに食えないな」
「……」

千早の様子などどこ吹く風と、唯湖は楽しそうに言葉を継ぐ。

「一方的な従属に信頼は生まれない。そこのところをよく分かっている」
「……」
「大人は怖いね。女だから尚更だ」
「……連れてきたいご友人って、どなたですか」

放っておけばどこまでも続けそうな唯湖の言葉に耐えかねたように、ちはやが口を開く。
刺のある言葉は、しかし核心を突くように鋭い。

「はっはっは」

声だけで笑った唯湖が、目を細める。

777ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:07:52 ID:HgiVeuOw0
「まあ……誰を連れて戻ろうと、仲良く蜂の巣だろうからね」

当然のように唯湖は協定の無視を口にする。
憤りを覚えた様子もなく、ごく自然な成り行きを告げる口調だった。

「今、丘を下っている最中に撃たれなかったのは、君がいたからだ」
「……」
「君にもそのくらい分かっているだろう。だから親切にそういうことを聞く」
「……厄介払いをしたいだけです」
「やはり優しいね、君は」
「……」

ざあ、と夜を含んで吹く風が、梢を鳴らす。

「余裕、あるんですね」
「人生は楽しむものだよ」
「……言うわりに、楽しんではいなさそうですけど」
「はっはっは」

唯湖が、笑う。
今度の笑い声には、色がついていた。
微かな愉悦の、色。

「なかなかの慧眼だ。お姉さんは少し感心したぞ」

ぽんぽんと、親しげにちはやの肩を叩くと、嫌そうに顔をしかめるその脇を抜けて、
林道の先へと歩を進める。
ややあって足を止めた唯湖が、振り向かないまま、告げる。

「……楽しくはない。楽しくなどないさ。生きることは」

778ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:08:05 ID:HgiVeuOw0
見つめる先には、沈みゆく太陽がある。
その背は黄昏に向かって歩むように、見えた。

「本当に守りたいものなど、どこにもない」

逆光の中の影は、ゆらゆらと揺れているようだった。
夕暮れの茜色と、宵闇の群青と、混じり合った空に溶けるような、曖昧な影。

「きっと私は、殺すだろう。知り合いも、友人も。誰も、彼も」

ゆらゆらと揺れる影が、ゆらゆらと揺れる言葉を紡ぎ出す。
それはひどく虚ろな声で、だからちはやは吐き出しかけた言葉を呑んで、ただ、影を見ていた。

「戯れさ。戯れだよ、この殺し合いも」

それを最後に、黄昏の声が、ふつりと途切れるように、消えた。

「―――さて、見送りはこの辺りで充分だ」

振り返ってそう言った、唯湖の表情はよく見えない。
声音からは、虚ろな響きは消えていた。
きっとまた色のない笑みを浮かべているのだろうと、ちはやは思う。

「さすがにもう射程の外だし、向こうからも見えないだろう」
「……残念です」

何が、とは言わなかった。
唯湖が聞き返すことも、なかった。
代わりに小さく首を振って、唯湖は口を開く。

「壊れ物が寄せ集まっても、きっとろくなことにはならないさ」
「……」

ちはやは、答えなかった。

「まあ、よろしく伝えておいてくれたまえ」

それだけを告げて、軽く片手を上げた唯湖の影が遠ざかっていく。
振り返らず歩むその背を、闇が溶かして消えるまで、ちはやはじっと見守っていた。


***

779ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:08:18 ID:HgiVeuOw0

「戻ってこないでしょうねえ」
「……え?」

夕暮れを望むテラスの上で、あっけらかんと告げた春夏に、ささらが思わず聞き返す。

「たぶん戻ってこないって言ったのよ。あの来ヶ谷って子」
「……」
「下のこと、聞いていかなかったもの。
 ……それにしても、まだちょっと臭うわねえ。ご飯が美味しくないわ」
「アンモニア臭、でしょうか。……下?」
「トラップ」

支給品のパンを小さくちぎって口に運びながら、春夏が階下を指さして見せる。

「紙がある、ってわざわざささらちゃんに言ったのよ、私」
「……確かに」
「あの子がそれ、聞き逃すわけないわ。だけど……」
「そこを突いてこなかった。つまり、誰かを連れて戻ってくるつもりなどない、と」
「そういうこと。ま、そんな傍証なんてなくたって、あの態度見てればわかるわよ、誰でも」
「……誰でも、ですか」
「そんなんじゃ、将来つまんない男に引っかかって泣くわよ?」
「……でも、それなら後ろから撃ってしまえばよかったのに」

からかうような春夏の仕草に眉根を寄せながら、ささらが言い返す。

「ちはやちゃんが側にいたでしょ。そんなに精密な狙いなんてつけられないわ。それに……」
「それに?」

たっぷりと間を空けて焦らした春夏が、悪戯っぽく笑んで、舌を出す。

「その方が、楽しそうじゃない」
「……悪い病気でも、うつされたんですか」

呆れたように言ったささらが、付き合っていられないとばかりに首を振る。

「どうかしらね」

言った春夏が、くすりと、笑った。

780ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェクの地平 ◆Sick/MS5Jw:2011/02/19(土) 02:08:58 ID:HgiVeuOw0

【時間:1日目午後6時前ごろ】
【場所:H-6 洋館】

柚原春夏
【持ち物:M134ミニガン&大量の弾薬、水・食料一日分】
【状況:健康】

久寿川ささら
【持ち物:M134ミニガン&大量の弾薬、水・食料一日分】
【状況:健康】

※M134は固定式です。携帯してダンジョン探索はできません!


【場所:H-5】

香月ちはや
【持ち物:鉄パイプ、フェイファー・ツェリザカ(4/5)、予備弾×50、水・食料一日分】
【状況:健康】

来ヶ谷唯湖
【持ち物:FN F2000(29/30)、予備弾×120、バーベキュー用剣(新品)、水・食料一日分】
【状況:アンモニア臭】

781管理人★:2011/02/19(土) 12:51:38 ID:???0
容量が肥大化してきたので新スレ立てました。
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