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( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
1
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:15 ID:EEhMu.9.0
( ^ν⊂)”「んあ」
頭の中がふわふわする。頭の外、手足、指先、顔のあたりがふわふわする。それは眠気を誘う安堵の香り。暖かな眠りの香り。
( ^ω^)「おはようお、ニュッくん」
( ^ν^)「おあよ」
目やにを払ってこじ開けた視界に現れる少しくたびれた白。鼻先をくすぐる慣れ親しんだ匂いと肌ざわり。柔らかな体を抱きしめて毛布の中に潜り込むと中から聞こえる話し声。
( ^ω^)「あったかいお、ツンもおはようお」
ξ゜⊿゜)ξ「なまたかーい」
( ^ω^)「ブーンもニュッくんにだっこしてもらいたいお!」
( ^ν^)「ブーンはちいせえから枕」
( ´ω`)「おーん……」
――ここは、ぬいぐるみと言葉を交わす少年の部屋。
( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
2
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:45 ID:EEhMu.9.0
ξ゜⊿゜)ξ「ブーン、みんなはもう起きた?」
( ^ω^)「おっ、相変わらずニュッくんが一番のねぼすけさんだお」
( ^ν^)「おまえらが張り切りすぎなんだよ……ビロ、飯ある?」
大きなサメのぬいぐるみを抱えた少年がごろりと寝返りを打ち、毛布の海を波打たせる。その向かい、フローリングの浜辺には小さな手足と端正な顔立ちのドールが笑みを浮かべておじぎをしました。
( ><)「ニュッくん、おはようなんです! さっきお母さんが朝ごはんを持ってきた音がしたんです!」
色白なフェイスパーツに植えられたシルバーの塩ビの髪、くり抜かれることのなかった瞼に丁寧に施された細やかな睫毛のペイント。40センチ程の身体に纏う精巧な衣装は潮風の似合うセーラー服。ふりふりと動く小さなシリコン製の指先が示す扉の向こうからは、かすかにパンの香ばしい香りが漂ってきました。
3
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:09 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……もうちょっとしたら食うかな」
少年は鮫のぬいぐるみを抱いたままずるずると毛布の中に飲み込まれていきます。それを食い止めようと毛布に巻き付きそのままころころと転がるのは、くたびれた記事に綿の偏った手足をくたくたと揺らすちいさなきつね。
爪'ー`)y-「こーら、折角ママが持ってきてくれた焼きたてだぞ? 見るだけ見たっていいじゃないか」
きつねは少年の丸まった背中をのたのたよじ登り、やがててっぺんにある少年の頭を滑り降りて肩に座ります。少年の頬をぽんぽんとつつくペレットの詰まったまあるい手は、しゃりしゃり鳴ってはご飯を促しているようです。
( ^ν^)「……わかった。ドク、ビロ、ドアあけて」
( ><)「はいなんです!」
('A`)「よーしきたー」
4
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:33 ID:EEhMu.9.0
セーラー服を纏った小さなこどもがぴい、と赤色の笛を鳴らすと、毛布の底から紫色のたこがするすると足をのばしてやってきました。たこはたちまちこどもを頭に乗せ、ドアのそばまで泳いでいきます。
('A`)「ビロード、届くか?」
( ><)「ん、も、ちょっと……ですっ!」
ちいさな革靴が背伸びをして、たこの手足がうんと伸び、やっとのことで二人はドアノブにかかったロープを掴む事が出来ました。たこは片手で精一杯ロープを引くこどもの背中を支えます。
('A`)「ツン! 俺の足思いっきり引っ張ってくれ!」
ξ゜⊿゜)ξ「任せなさい!」
毛布の海から飛び出したサメの女の子がたこの足を自慢の歯でがぶり、噛みつきながら引っぱります。大きな体を使って踏ん張るサメのおかげで少しずつドアノブが傾き始めます。
(;゜A゜)「いてぇええええ!! 今だビロード! 思いっきり引っ張れ!」
( ><)「はい、ですっ!」
少し苦しそうなたこの呼び声にロープを思い切り引くこども。しかし、あんまりたこが痛そうに震えるので肝心のふんばりがきかず、ロープをつかんだままつるりと落っこちてしまいました。
5
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:58 ID:EEhMu.9.0
(;'A`)「ビロード!」
かちゃり。
小さな音を立ててドアが開きます。向かいの窓から差し込む光を浴びながらロープから手を伸ばしたこどもはまっさかさまに――
Σ( ゜ω゜)「おうふ!」
(;><)「あわ、ブーンくんごめんなさいなんです」
……ドアの向こうのトレイを取るために立っていた、小さなマスコットの上におっこちてしまいました。
( ^ν^)「ぐっじょぶ」
6
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:42:31 ID:EEhMu.9.0
ξ゜⊿゜)ξ「あら、ビロード大丈夫?」
( ><)「しりもちついちゃったんです!」
(#)^ω^)「ちょっとはぼくの心配もしてほしいお」
('A`)「ドンマイ」
噛まれた足をすこし痛そうに引きずりながら紫のたこがドアの向こうに置かれたトレイを足で引っぱり、そのままの足で閉めます。開けるのにはこんなに苦労したのに、閉めてしまうのはあっという間。
( ^ω^)「……お?」
こどものおしりを受け止めた背中をさする小さな白いぬいぐるみは、トレイの隙間に挟まった小さな紙を見つけました。
花柄が印刷された小さなメモにはかわいらしい文字がひとつづり。
『お昼に少しお話しできる? ママ』
プロローグ:ものごとのはじまり。
7
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:42:58 ID:EEhMu.9.0
第一話:はじまりのおさそい。
8
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:43:21 ID:EEhMu.9.0
大好きなぬいぐるみたちと迎える朝、あったかい毛布。暖房も冷房もいらないくらいの一番心地いい温度。昨日は何も食べずに寝たからお腹は減っていたけど、焼きたてのパンの香りのせいでまだ食べるには早いような気がした。
でもフォックスが食べろって言うから、しぶしぶみんなにドアを開けてもらった。ビロードがドクオの上に乗っかって、みんながドアを開ける用の紐をつかんだらツンが引っ張る。落っこちたビロードが怪我しないように下に構えていたブーンにサムズアップを送ると、ドクオがトレイを持ってくる。そこで覗いた廊下が明るくて、俺は反射的に毛布の中に潜った。
ずるずる。トレイを引きずる音が近づいてくる。そっと毛布の隙間から顔を出すとドアはもう閉まっていて、かわりにこっちを覗いてくるブーンの顔があった。
( ^ω^)「ニュッくん、ママからお手紙だお!」
9
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:43:51 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……ママから?」
ブーンが手渡してきたのは小さなメモ用紙。確かにそこにはママを名乗る、ママの字があった。
ξ゜⊿゜)ξ「あれ? でも誕生日ってこの間だったわよね」
('A`)「確かカレンダーが……二枚前の頃」
( ^ν^)「……なんだろ。わかんない」
無意識に握りつぶしてしまったメモをトレイの中に置き、ちょっとだけ食べようとしたパンを向こうに押し返す。それからいつもみたいに毛布に潜り込むと、フォックスが頭の方からもぐりこんできた。
10
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:44:11 ID:EEhMu.9.0
爪'ー`)y-「ママさん、ニュッくんと話したいんだとさ」
( ^ν^)「うん」
爪'ー`)y-「寝るのか?」
( ^ν^)「……ううん」
爪'ー`)y-「ママさんはお昼に来るって。今は、11時16分」
毛布の中に頭をうずめ、自分の体を抱きかかえる。
「ママと話す」――それを、どうすればいいかわからなかった。小さいころから俺に小さな友達をくれて、いつもドアの前にご飯を置いて、俺の誕生日にだけ『おめでとう』のメモとケーキをくれる。それ以外俺に何にも言わないママが、俺と話したい事って何?
11
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:44:36 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……フォックスは、わかる?」
爪'ー`)y-「分かんないな。ニュッくんも分からないんだろ」
( ^ω^)「でもママさんはニュッくんのママさんだお、きっと怖いことなんかないお」
( ^ν^)「ん……」
真っ暗な毛布の中で頭にしがみついてくるブーンの体の柔らかさを感じながらフォックスのおなかに顔をうずめる。わかんない。わかんない。わかんないことが、今は全部怖い。
ノックの音も、廊下から聞こえる足音も、一階のドアが開く音も耳をすませば全部聞こえる、だから俺は毛布の中にうずくまって耳をふさぐことしかできない。
爪'ー`)y-「大丈夫だよ、俺たちもいるから」
( ^ω^)「おっ、怖くなったらブーンたちと手つなぐお!」
( ^ν^)「うん……うん、そう、だ」
12
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:45:02 ID:EEhMu.9.0
深く息を吸って二人をぎゅっと抱きしめる。毛布から頭だけを出すと、ツンやドクオ、ビロードが心配そうにこっちを見ていた。
( ><)「ニュッくん、だいじょうぶですか?」
身をかがめて毛布の中を覗き込むビロードの手を取る。小さな手、俺の、一番の親友。その手に引っ張られて何とか覚悟を決めて毛布を這い出ると、掛け時計の長針は徐々に正午へと差し迫っていた。
( ^ν^)「いざとなったらフォックスに話してもらうから大丈夫になった」
爪;'ー`)y-「お前なあ……ママさんはニュッ君と話すって言ってんだから」
( ^ν^)「いやあ頼りになるなあフォックスは」
爪#'ー`)y-「にゃろー」
ぽこぽこと膝を叩いてくるフォックスの手を右手で抑えながらツンに頭を預ける。
かち、かち、かち。秒針の音。ぬいぐるみたちのざわざわする話し声。冷めたトーストと階段を上がる足音。俺は床に広がった毛布を跳ねのけて立ち上がり、ドアの前にみんなと一緒に並んだ。
こん、こん。
控えめなノックの音は、ママのものだった。
13
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:45:34 ID:EEhMu.9.0
( 、 *川『――ニュッくん、ママだけど……今いいかな』
( ^ν^)「……うん」
( ー *川『ありがとう。ドア、無理しなくていいからね』
ドアに背中を付け、隙間から聞こえる声に耳を済ませる。腕の中で窮屈そうにもぞもぞするフォックスを肩に乗せると、ドアの向こうから確かな人の気配を感じた。
( 、 *川『お友達のみんなも、そこにいるのかな』
( ^ν^)「……いる、よ」
( 、 *川『コンちゃんもいる?』
( ^ν^)「コンちゃんじゃなくてフォックス」
( 、 *川『そっか、そうだったね』
ぎこちない会話と間延びした沈黙。
喉が動き方を忘れたみたいに重たくて声がひっかかる。手の震えが心臓の鼓動とくっついて全身が震えるから、怖くなってフォックスのしっぽをつかんだ。
爪'ー`)y-「……」
14
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:10 ID:EEhMu.9.0
爪'ー`)y-『——何か、彼に大事な話でもあるのかい』
( 、 *川『その声……コンちゃん?』
爪;'ー`)y-『コンちゃんはよしてよ、フォックス』
( ー *川『ふふ……ごめんなさいね、フォックスくん。そう、ママはニュッくんにお話ししたいんだ』
( ^ν^)「……うん」
( 、 *川『あのね、ニュッくん……』
( 、 *川『——ママ、病気になっちゃったみたいなんだ』
15
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:33 ID:EEhMu.9.0
( 、 *川『どうしてなんだろうね、お医者さんにはもう病院に居なくちゃダメだって何度も言われて——』
( ー *川『今のママはね、ぜんぜんへいちゃらなの。ただ、病院からはもう帰れないかもしれないんだって』
爪 - )y-『——嘘だ』
( ー *川『ううん、本当なんだ。だから……』
爪 - )y-『嘘だ、嘘だ。それってママが死ぬみたいじゃないか。もう会えなくなるみたいじゃないか。それじゃ——』
( ;ν;)「それじゃ、ビロードとおんなじじゃないか」
かつて泣いて、泣いて、すっかり枯れてしまった声が涙に濡れてまた震えた。
それなのに、ドアノブを引く勇気を出すにはもう遅すぎたんだ。
16
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:58 ID:EEhMu.9.0
ドアの向こうの震える声を聴いた時、ひどいかもしれないけど安心したの。まだニュッくんは私をママだって思ってくれている。いなくなったら悲しい存在って思ってくれている。それだけで、顔を見る事なんか忘れて涙が出てきちゃった。
( 、 *川『——ニュッくんのお世話はね、信頼できる人に頼んであるんだ。毎日のご飯だけお願いって、伝えてあるよ』
( ー *川『怖い人じゃないのはママが知ってるから、大丈夫』
17
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:47:22 ID:EEhMu.9.0
爪 - )y-
( ;ν;)
今はもう小さなしゃくり声を上げる背中の大きさも分からないけど、小さい頃と変わらない泣き声に胸がちくちくした。あの時は私が抱きしめてあげられたのに、今は私のことを見たら泣いちゃうかもしれないなんて考えるだけで目の奥がつんとする。
言えないなあ。「少しでいいから、ニュッくんのお顔を見たいなあ」なんて。
(;、;*川
声が震えないように少し力んで、大丈夫って言い聞かせた。扉の向こうに、私の心に。
18
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:49:01 ID:EEhMu.9.0
つづく。
https://postimg.cc/7CmqDc4R
19
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:54:05 ID:sKtUe.qk0
ニュッくんの指が4本なの外国のアニメ感があって良い
気になる、乙
20
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 22:11:18 ID:5p3K4Mpw0
おつ
21
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 22:41:45 ID:I.wksD8g0
乙乙
おわー!期待!
22
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 00:29:31 ID:YsLFfHf.0
ワクテカ
23
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:28:21 ID:EPbtCgoE0
キリ悪かったので1話の終わりまで投下
24
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:29:17 ID:EPbtCgoE0
階段を上がっていった彼女の背を見送ってまだほんの五分も経っていない。だのに何故何度も袖をめくっては壁掛け時計と腕時計を行ったり来たりする目は我ながら動揺の兆しを隠すつもりもないらしい。
( <●><●>)「……」
壁にかかった水彩画の模写も、すこし埃の被ったサンセベリアも、もう十何年も帰ることのなかった元妻と息子の住処は記憶の中のまま何も変わってはいなかった。
いつも休日に一斤買っていた食パンがキッチンの側のトースターに並ぶ姿も、何もかもが昔のまま。ただ、命あるものだけが変わり続けていた。
花柄のテーブルクロスの上に放られたままの年金通知書の宛名は、確かに彼女が名付けた名前——確かに血を分けた子供の名前だった。
25
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:29:41 ID:EPbtCgoE0
( <●><●>)「もう二十歳ですか、通りで私も老いている訳だ」
古びたマグネットと冷蔵庫の間に挟まった色褪せた青白い写真を手に取る。
[(*^ν^) ('ー`*川 ]
確か小学校に上がる前の息子が妻と車で少し行った所に海水浴に行ったのだったか。そうだ。車を出して数時間、私は泳ぎもせずシャツが潮風と汗でベタベタになるまでカメラで二人を追い回していたんだ。
( <-><->)「……」
込み上げた寂寥を払うように頭を振り、写真を元の場所に戻す。それからシャツの袖口が皺になるぐらいに腕時計を見て、やっと聞こえた足音に自然と足は玄関の方へと向かっていた。
('、`*川「おまたせ。……ごめんね、わがまま聞いてもらっちゃって」
26
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:30:20 ID:EPbtCgoE0
壁に手を付きながらよろめくような足取り。それなのに服装はまるでレジャーに行くような淡い色合いのワンピースで、その隙間から覗く手足の所々に残る青痣の色が痛ましかった。
ゆっくりと時間をかけて階段を降りる彼女の目がほんの少し赤いのがその身を蝕む病のせいなのか、それとも正体不明ですらある「私の息子」との別れの所為なのかすら私には分からないままだというのに。
( <●><●>)「……日に2回の食事、無理な干渉はしない、何かあったら連絡する……ですね」
('ー`*川「そう。ワカさんは頭いいからすぐ覚えたね」
ああ、どうしてそんな顔で笑うんですか。やがて尽きる命の炎の苛烈な揺めきがもたらす魅力、それだけで言い尽くせないその愛嬌とその奥に潜む悲劇を誰が知るものか!
今まで彼女にしてきた仕打ちを思えば隣でラバーサンダルに足を収める身体のふらつきを手で支えることすら私には許されないだろう。
それでも、私は彼女のためにあらゆる全てを背負いたかった。その身に宿した死の業以外の全てを背負うことで償わせてほしかった。
27
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:30:52 ID:EPbtCgoE0
('、`*川「それじゃあ……ニュッくんのこと、お願いね」
( <●><●>)「……まさかその足で病院まで行くつもりですか。途中で倒れますよ」
('ー`*川「やあね、タクシーくらい呼ぶわよ」
( <●><●>)「どうせ車で来たんですから送ります。……私としても、少し時間が欲しいので」
('、`*川「あら、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」
車のキーをポケットで握り、私はもう何年も触れることのなかった助手席のドアを引いた。
28
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:31:12 ID:EPbtCgoE0
やっぱり考え込んでるみたい。難しい顔でリビングをウロウロして、何度も何度も時間を見てる。折角アイロンがけしたシャツの袖がぐしゃぐしゃになるぐらい何度も袖を捲ってはため息をつく姿を、涙を止めながら階段の角から見ていた。
初めて出会った時は無口で、背が高くて賢い人。でも本当は誰よりも優しくて、ちょっぴりせっかちで何より親バカだった。
ニュッくんが生まれてからは大学生の頃に買ったカメラが擦り切れちゃうんじゃないかってぐらいにたくさんの写真を撮っては写真屋さんに通ってた。
ああ、ほら。冷蔵庫の写真はあなたが撮ったあなたの一番のお気に入りの写真。でも私は実はそんなに好きじゃないんだ。だってあなたが映ってないんだもの!
29
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:31:53 ID:EPbtCgoE0
座っていてもフローリングに埋まっちゃうみたいに体が重い。そろ、と足を出したつもりがふらふらしちゃって思いっきり壁にもたれかかって、その音で彼が一瞬で振り向いた。あわてて階段を降りるとそそくさと玄関に向かい、真っ先に車の助手席を開けてくれた。
だから、デートの時にいつもそうしてくれたみたいに今でもそうしてくれるのが嬉しくて、年甲斐もなく車に飛び乗った。
私はあんまり頭が良くないから、こんな時にあなたみたいに難しい顔はできないの。今から行くのが私の死ぬ病院だって分かっていてもね、大好きな人が一緒なら自然と笑顔になっちゃうの!
30
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:32:14 ID:EPbtCgoE0
('ー`*川「ねえ、それ」
助手席に乗り込んで真っ先に目に飛び込んできた、エンジンキーにぶら下がるように揺れる年季の入ったキーケース。結婚してから最初に迎えた彼の誕生日にプレゼントした黒いレザーはすっかり端がほつれていて、でもどのカギにもしっかりなじむ色になっている。まだ持ってたんだ、なんて言ったらあの人は短い後ろ髪をかりかりやってそっぽを向いちゃった。
( <●><●>)「……便利ですから」
('ー`*川「そっかぁ」
31
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:32:47 ID:EPbtCgoE0
引っ張ったのはいいけれど、うまく差し込めないシートベルトを私の手ごと押し込んでくれる大きな手。無口で無表情だけど、その手のあったかさであなたの優しさは伝わるの。
だから、お願い。私とあなたの宝物を、あなたに守ってほしいんだ。それが私の、人生最後のお願いなんだ。
32
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:33:14 ID:EPbtCgoE0
1話:はじまりとおさそい。
おしまい。
33
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:36:12 ID:q6zseNj20
otsu
34
:
名無しさん
:2023/05/10(水) 01:06:56 ID:vZt/R8rg0
乙
35
:
名無しさん
:2023/05/10(水) 06:20:46 ID:wvD/EQrs0
乙乙
これは辛い
36
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:11 ID:nVgq7yj60
2話:おさそいとこんにちは。
37
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:34 ID:nVgq7yj60
<●><●>)「————」
騒がしい受付を過ぎ、大学病院の上層階へとエレベーターはしゅうしゅうと駆け抜ける。
神経質なまでに清潔を保たれたリノリウムの奥の診察室に入ると、淡々と告げられたのは彼女の身は随分前から白血病に冒されていたということだった。
38
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:58 ID:nVgq7yj60
病状の進行具合としては即刻入院だという話だけは聞いていたものの、既に通院の過程で彼女が殆どの手続きを済ませていたようで入院の手続は思った以上にスピーディに終わった。
看護師たちの説明全てにはい、はいと二人で頷きあう。彼女のこれからの生活、病状の進行も治療の内容も、人工的な部屋の中で何もかもが波のように頭の中を通り過ぎていく。
聞けば、彼女の眠る部屋は無菌室に近い状態を維持するために荷物は最小限、今では着替えも予備を病院内で滅菌したものを提供されるために家族であっても出来る事は精々が面会をしに行くだけだという。彼女のまるで油断ばかりのレジャーに行くような手荷物がそれを物語っていた。
面会は、家族のみ。その言葉を聞いて私はついに「単なる付添人」であるという立場をはっきりと突き付けられてしまった。
( <●><●>)「私に出来る事は何も無いということですね」
('、`*川「んもう、ワカ君だって……ああ、でも」
もう随分前に書いちゃったもんね、離婚届。淋しそうに笑う横顔に胸の奥が締め付けられた。
39
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:49:27 ID:nVgq7yj60
今から五年前、上司からもう何度目かもわからない単身赴任の命令が出た。その頃には既に私と二人は別々に居を構えており、支部の社宅さえ手配できれば明日にでもスーツケースひとつで旅立てたはずだった。
そこに二の足を踏ませたのが、もう十年近い付き合いになる同期の言葉だった。
(,,゜Д゜)『ゴルァ、あんまり奥さん淋しくさせてると浮気されちまうぞ入速!』
( <●><●>)『浮気、ですか』
40
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:49:50 ID:nVgq7yj60
(,,゜Д゜)『あー、その……何だ、代わってやるよってコト、それ。お前全然休みも取らねぇしさ、その間に有給でも取って奥さんと子供と——』
( <●><●>)『……ああ』
そう言って親指を立てる同僚に笑い返して、私が向かったのは市役所だった。
契られたままに裏切られることを恐れていた私は、愛を残したままに口先だけの言い訳であの時彼女と夫婦の縁を切ったのだ。
41
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:10 ID:nVgq7yj60
廊下の待合椅子でぽつぽつと思い返す日々は、記憶の奥底に埋めてしまったはずなのに彼女の白魚のような手によってあっさりと掘り返されてしまった。
('、`*川「ワカ君、優しすぎるんだよ。私を自由にするなんて言ってハンコ押しちゃってさ、嫌われちゃったと思ったもん」
( <●><●>)「あの時は……まあ、養育費を払う為の口実とでも思ってください」
('ー`*川「そんなこと言って、その間に私の苗字が変わっちゃったら悲しくなっちゃうくせに」
初めて出会った時と変わらない純朴な笑顔。サンダル履きに少し年季の入った気に入りの帽子と控えめな花柄のワンピース姿。無機質な院内にまるでコラージュのように立つその体が、かつてよりも随分と細くなっていることに私は今ようやく気が付いた。
('、`*川「……本当は怖かったんだ、ニュッくんのことも、私のことももう面倒になっちゃったのかと思って」
42
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:31 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)「そんな事……!」
咄嗟に立ち上がったのは身体ばかりで、二の句を継ぐ口先は動きもしなかった。目を開いてぽかんと私を仰ぐ彼女の前ではあらゆるおためごかしなど無意味でしかなかった。
本当は分からなかったのだ、何もかも。自分がどうするべきなのか、あるいは彼女にどうするべきだったのかも。
握った拳を開き、もう一度柔らかなクッション地のベンチに腰を下ろす。
( <●><●>)「……そうだったのかも、しれないですね」
('ー`*川「……でも、嬉しいよ。最後まで私のわがままに付き合ってくれたんだもん」
( <●><●>)「なら、これが済んだら私の我儘も聞いてもらいましょうかね」
('ー`*川「もちろん」
43
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:55 ID:nVgq7yj60
彼女が所々に痣の浮いた足をパタパタと揺らすのを窘めると足に触った! と悪戯っぽく笑いだす姿にほんの少しだけ昔のような人心地を覚える。
しかし、そんな時間も長くは続かず、滅菌室からエアキャップを被った看護師数人が入院の用意が整ったと静かに告げ彼女を冷たい部屋へと連れて行った。
('ー`*川「それじゃあワカ君——」
('、`*川「……無理、しちゃだめだよ」
振り返ったほんの一瞬彼女の目に浮かんだ不安げな表情。誰よりも無理をしている体で、誰よりも心配そうな顔で——まるで、子供の独り立ちを見送るような目で、彼女は病室の奥に消えていった。
44
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:51:15 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)『お金のことは心配いりません。仕事は辞めましたがおかげで何もしなくても貴方の入院費用、貴方を待つ間の生活費を賄えるくらいに貯金は有り余っているので』
でもね、本当に心配だったのは、そうやって一人でも頑張りすぎちゃう彼の方だった。ニュッくんをお願い、なんて言ったら自分がダメになっちゃうまで何かをしようとしてしまう、そんな人だから何も言えなくなっちゃった。
泣きそうな顔で、でも精一杯背筋を伸ばして私から目が離れるのを嫌がっていた人。私の大好きな、かつての私の旦那さん。
45
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:51:38 ID:nVgq7yj60
('、`*川「んー……」
ビニールカーテンに覆われた何もかもが真っ白けな部屋。ここにあの人を立たせたらどんなに隠れててもすぐにわかっちゃうくらい何もかもが真っ白。
マスク姿のナースさんたちが部屋から出ちゃいけない事や荷物は消毒されたものだけ、と最初に聞いたことを口うるさく言ってくるから、なんだかぼーっとしてしんと動かないカーテンの一つだけ外れたレールを見てた。
('、`*川「ふう」
ベッドに横になり、検温を行う。もう長いこと下がらることのなかった微熱のせいか、少し歩いただけなのにずいぶん体がだるかった。
46
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:52:18 ID:nVgq7yj60
ただ、真っ白な天井を見上げながら考える。ここにかわいいぬいぐるみはないけど、電気を消したらニュッくんと同じ気持ちになれるのかな。仰向けになって何度も眠って、人の用意したご飯を食べる。あとはおしゃべりに付き合ってくれる人がいれば完璧だ。
ぴぴぴ、と着替えさせられた入院着の中から小さな電子音が鳴る。家で使うより一回り大きな体温計を看護婦さんに渡すと、だんだん眠たくなってきた。
明日から治療が始まります、って言ってたから今日はもう寝ちゃってもいいのかな?
('、`*川「ふあーぁ……」
今日は朝からワカくんとニュッくんとお話しできたから、楽しかったな。
今は幸せなことだけ覚えてよう。その方がきっといい夢を見るからね。
47
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:52:39 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)「……」
入院初日の支払いを済ませると、自分でも不思議なくらいに「こんなものか」という感情が沸いていた。
ただ一つ、隣に立つ人がいなくなってしまっただけでぽつねんとした寂寥感がひとつ。駐車券を受け取るのと逆の手でポケットの中で弄んでいたキーケースからはみ出た鍵の先端が指に触れた。もう何年も使っていない、まだ私と彼女の間に子供が生まれる前に住んでいた家の鍵。
私は無心で車を起こし、未だ慣れない「家」へとハンドルを回す。ステレオを付ける気分にはなれなかった。
48
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:53:03 ID:nVgq7yj60
2話:おさそいとこんにちは
おしまい。
49
:
名無しさん
:2023/05/13(土) 03:47:28 ID:zcpiEHEQ0
乙です
50
:
名無しさん
:2023/05/13(土) 21:30:00 ID:AvdmjeDY0
乙乙
読んでて苦しくなるよお
51
:
名無しさん
:2023/05/14(日) 00:20:57 ID:3iWC2WI20
おつおつ
52
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:50:24 ID:qwaduFqo0
3話:こんにちはとさようなら。
53
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:50:45 ID:qwaduFqo0
( ;ν;)
毛布の中の暗闇で頭を抱える。心臓がばくばくして痛いのに、背中が寒くて頭の中がじりじりする。喉の奥がけいれんして何度も吐きそうになって、でも立ち上がれなかった。泣き止みたいのにしゃくりあげるのが止まらなくて、息が全然上手にできない。
爪 - )y-
フォックスはなにも言わない。静かになった外がものすごくこわい。
泣いて泣いて泣いて、頭の中の水分が全部目から出ちゃって頭がずきずきしてくる。喉もひりひり痛くなって、しゃくりあげるたびに奥から何かを吐き出すみたいに動き出す。
54
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:51:09 ID:qwaduFqo0
( ;ν;)「うう、う、うえっ」
何も食べてない空っぽのお腹がそれでも気持ち悪くて吐こうとする。繰り返して止まらない空えづきに横になってることも出来なくて、体を起こすとみんなが心配そうにこっちを見ていた。
(:^ω^)「ニュッくん! 大丈夫かお、どうしたんだお!」
ξ;゜⊿゜)ξ「ねえフォックス、何があったの、ニュッくんどうしちゃったの」
爪 - )y-
ドアにぺったり背中を付けたまま動かないフォックスと、おろおろ、あわあわ周りを行ったり来たりするみんな。その中で、ドクオの足の上に座ったビロードだけがじっと俺を見ていた。
55
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:51:37 ID:qwaduFqo0
( ><)「ニュッくん」
( ∩ν;)「う゛、うっ」
ビロードは細い手足をかたかた動かして毛布の中に入ってくる。手で押さえても止まらない涙を時々髪に受けながら足をよじ登り、涙か鼻水かもわからないものでぐちゃぐちゃになった俺のシャツを掴んで訴えかけた。
( ><)「ニュッくんのママさん、もういなくなっちゃったんですか?」
(。つν⊂)「……わがっ、わかんない、けど、もう、あえっ、ないって、っ」
ξ;゜⊿゜)ξ「どうして……ねえっ、今からでも追いかけなきゃ!」
爪 - )y-「……さっき、家を出てく音がした。車も一緒だったよ」
(;^ω^)「フォックス、おねがいだお、さっきママさんが言ってたこと教えてほしいお」
爪 - )y-
爪;-;)y-「――ニュッくんのママさんは……病気で、もう病院から帰ってこれない。つまり、もう会えないんだ。永遠に」
56
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:52:00 ID:qwaduFqo0
きつねのぬいぐるみの一言に、泣き声ばかりだった部屋にざわめきが広がりました。
( ;ω;)
ξ;⊿;)ξ
泣き出すぬいぐるみもいれば、
爪 - )y-
( A )
ただ、静かに事の成り行きを聞いていたぬいぐるみもありました。
そこで、たった一人。小さな手足で少年を抱きしめたこどもがいました。
( ><)「ニュッくんは、こわくなっちゃったんですね」
( ;ν∩)「…………」
( ><)「ぼくが、ニュッくんをおいていなくなっちゃったこと、おもいだしちゃったんですね」
57
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:52:20 ID:qwaduFqo0
こどもは自分の背丈より大きなひっく、ひっくとしゃくりあげる背中をゆっくりとさすり、しずかで、だけどきれいな透きとおった声で続けます。
( ><)「でも、ニュッくんはぼくのこと、わすれなかったんです。だから、ママさんのこともわすれないでいれば、いっしょにいられるんです」
長い髪のあいだからこぼれた大粒の涙が、こどもの細い手足にぼたぼたと落ちてきます。その子が話している間、少年はそれでも泣き続けるものですから、銀色のきらきらした髪はあっというまにずぶ濡れになってしまいました。
( つν;)「ほん、と?」
( ´ω`)「おー……たしかにそうだお……?」
ξ゜⊿゜)ξ「……でも、ママさんがいなくなったら、ニュッくんは――」
58
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:52:43 ID:qwaduFqo0
爪 - )y-「――待て、何か聞こえる。静かにしろ」
きつねのぬいぐるみの一声で他のぬいぐるみもこどももみんながしんと息をひそめます。そうして耳を澄ませると、確かに遠くから車の音が聞こえます。
その車の音はだんだんと大きくなり――やがて、この家の前で止まりました。
(*^ω^)「……くるま、くるまの音だお! ニュッくん、ママさんが帰ってきたお!」
( ;ν;)「まま……? ほんとに、まま?」
爪'ー`)y-「おい、待――」
きつねのぬいぐるみが手を伸ばしても、ちいさな手はふわふわと宙をさまようだけ。その向こう、毛布を払いのけた少年がドアノブに手をかけ、音のもとに飛び出していきました。
59
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:53:08 ID:qwaduFqo0
( つν;)「ま、ま、っ……!」
目がぺちゃんこにつぶれてしまうくらいに泣いた少年の目は光でずきずき痛みましたが、それでもだいすきなお母さんにもう一度会いたくて飛び出した足はドアを開けて階段を一段とばしでかけ下ります。
どうかいなくならないで、もうどこにもいかないで。これ以上何も失いたくない。涙でめちゃくちゃの顔のまま心の中で祈る少年は、玄関を開けたシルエットに呆然と立ち尽くします。
( <●><●>)
( ;ν;)
そこにいたのは、真っ黒な服を着た、どこかで見かけたような男の人でした。
60
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:53:31 ID:qwaduFqo0
一日に食事は二回。日に一度なら手を付けてなくても心配いらないが、二度とも手を付けてなければ部屋から声が聞こえるか確かめる。もし聞こえなければノックをして、声を聞かせてもらう。
向こうが開けない限り絶対に無理にドアを開けないことと、最初は話しかけずに食事のトレイに手紙を添えて挨拶をする。それ以上の接触は不要。
彼女に口酸っぱく言いつけられた条件を頭の中で反芻すると、まるで見ない間に息子は毒虫にでも変わってしまったのかと勘ぐってしまう。まだ癒えずにいる心の傷を抱えたままの子供に、私はどう接すればいいのだろうか。
( <●><●>)「……買い物ぐらい、していきますか」
ふと目に入った懐かしいスーパーの看板に車を止める。殆ど急に入院したようなものだが、彼女のことだから買い置きをしているか、あるいはすべてを食べきった状態かのどちらかだろう。
車のキーを抜いて数年ぶりに立ち入るスーパーは、あの時から生鮮の陳列ひとつ変わっていなかった。
61
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:54:08 ID:qwaduFqo0
缶詰、パスタ、その場凌ぎのインスタント米。在庫が残っていた場合を考えて生鮮食品をなるべく避け、とりあえず日持ちのしそうなものを数点かごに入れて会計を済ませる。
( <●><●>)「……」
レジの列に並ぶ中、ふと目に着いたのは特売品の棚に並んだパイナップルの缶詰。そういえば彼女の好物だったと思い手を伸ばしかけたがやめた。何度も言うが、私が彼女に出来る事はもう何一つないのだ。
かつてはこの重たい缶を私が開けて、彼女が中身を食べ、中に残ったシロップに炭酸水を注いだものを息子が飲んでいた。缶切りが壊れた時にスプーンで無理やりこじ開けた時に気まぐれでもらった黄色いひと切れは歯がしびれるほど甘くて、私はその感覚が苦手でパイナップルが好きじゃなかった。
( <-><->)
レジスターのモニターに増えていく数字。未だにカードと現金だけの取扱のレジになけなしの現金を出し、普段の生活で買うよりは少し重たいレジ袋を腕に下げた。
62
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:54:33 ID:qwaduFqo0
緩やかな坂を下り、多少建物は変わったものの大規模な開発の手が入る様子は全く見えない閑静な住宅地。そこに昔の棲家はあった。
( <●><●>)「何も、変わっていないんですね」
彼女から預かった鍵をすこし古風な擦りガラスの戸に差し込み、木製のサッシに手をかけて深呼吸をする。
私は今日からもう一度、この家で暮らす。それだけなのに、と、と、と、と心臓の音が耳にも聞こえるほど緊張していた。
私の息子は怪物か否か。
意を決して開いた戸の向こうにいたのは――
( ∩ν⊂)"
顔を覆って立ち尽くす、一人の小さな子供でした。
63
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:54:56 ID:qwaduFqo0
誰。誰。誰。誰。誰だよあんた。何しに来たんだよ。おまえ、なんか――
( ;ν;)「――出ていけッ!!」
玄関に転がっていたスニーカーを思いっきりぶん投げると、ビニール袋片手にキャリーケースを引いた男の頭にぱこんと当たる。
( ;ν;)「誰だよ、でていけ、ママ以外、入るな……!」
男は真っ黒い目でこっちを見ている。男の腰の高さまである大きなキャリーケースは、ママがすっぽり入るぐらいに大きい。
だったら、こいつがママを——!
64
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:55:20 ID:qwaduFqo0
( <●><●>)「……」
( <●><●>)「卵、買ってなくてよかった」
あの細い手足からは想像もできないほどの力で思い切り突き飛ばされ、受け身も取れずに倒れる。確かに見知った表札の家のドアを確かな鍵で開けて、ドアの向こうの少年から靴を投げつけられ挙句キャリーケースを奪われる。あまりに突然の出来事が続くと、人間の脳というのは貧弱にもただしたたかに打ち付けた買い物袋の心配程度しかできなくなるものなのだ。
*
私のキャリーケースを豪快に階段へ打ち付けながら二階に走っていったのが私の息子だというなら、彼女が私と彼の接触に消極的だったことにも筋が通る。
スーツの裾を払い、手に下げた袋を持って改めて家に上がる。
( <●><●>)「……すみません、入速さん」
投げつけられたスニーカーと脱いだ靴を玄関に並べ、二階に上がり固く閉ざされたドアに軽くノックをする。推定実の息子を名字呼び、なんという情けないことか。自分の苗字で他人を呼ぶと頭がぐるぐるします。
65
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:55:42 ID:qwaduFqo0
『……』
人の気配はする。現に、散々地面を転がしてきたキャリーケースの車輪の痕跡が続いているのがこの部屋な以上、彼はここに居るのだろう。
強奪されたキャリーケースの中身は着替えや本程度で壊れるようなものは入っていないし、奪われても替えは効くが「あれ」ばかりはどうしようもなかった。
さて、折角彼女から何度も教わった手順を踏まずに彼と遭遇してしまったリカバリーをこれから私はどう行うべきか。
( <●><●>)「……」
ドアに耳を近づけて中の物音を伺う。衣擦れのような音は恐らくキャリーケースの中の衣服を取り出している音だろう。それからぼそぼそと辛うじて聞き取れないくらいの声量で何かを呟く様子が伺えた。
問題は彼が「あれ」を見つけるかどうかだ。
66
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:56:07 ID:qwaduFqo0
「それ」は、彼女から託された花柄のメモ帳だった。いつも彼女が彼とコミュニケーションをとるために使っているメモ帳。中には何回も書いては消したような跡があるものや、書き損じたイラストの傍に「お誕生日おめでとう」とメッセージが添えられたものも残っている。
いわば、これは私にとっての彼との唯一の意志疎通手段であり、同時にやがて彼女の遺品ともなるものだった。
( <●><●>)(どうせなら、何か書いておくべきでしたね)
67
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:56:30 ID:qwaduFqo0
廊下に腰を下ろしてもう一度だけ耳を澄ます。やがて部屋の奥の物音は静かになり、何かを話すような声は徐々にすすり泣く様な声に変わった。
68
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:56:50 ID:qwaduFqo0
爪;'ー`)y‐「大丈夫かニュッ……何だその鞄!」
('A`)「うぉっあぶn(#)×ω×)「ほぶぎゃ!」
ドアを開けてどたどた、裸足でドアを蹴っ飛ばして出て行った少年が今度はおおきな旅行かばんごと部屋に飛び込んできました。ごろごろとタイヤの転がる大きな音に床に寝ころぶぬいぐるみたちはびっくり起き上がり、そのままうっかりひかれたぬいぐるみもいました。
ξ゚⊿゚)ξ「ニュッくん!」
(#)^ω^)「だいじょうぶかお!」
爪'ー`)y‐「……さて、どうしたもんか」
少年は、ドアの向こうからぬいぐるみの顔を通って連れてきたタイヤの跡と一緒にどっかりとお布団の上に座ります。
69
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:57:12 ID:qwaduFqo0
( ^ν^)「……ママが、この中に入ってるよ」
その言葉にぬいぐるみたちはボタンや刺繍の目をまあるくしました。言われてみれば、毛布の上の大きなかばんは人一人ぐらいならすっぽりと入ってしまいそうなほど大きかったのです。
( ^ω^)「おっ! やっぱりママさん、帰ってきたんだお。くるまに乗ってきたんだお!」
サメとタコのぬいぐるみにぽふぽふ、まっしろな頭についた跡をはたいてもらったぬいぐるみはうきうきと少年のひざに乗ってかばんをのぞきます。
70
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:57:45 ID:qwaduFqo0
( ^ν^)「うん、だから今からおれが、助ける」
かちん、かちん。少年は大きなかばんの留め具を一つずつ外していきます。ぬいぐるみたちは綿でできた心臓をどきどきさせながら見守っています。
( ^ν^)「……ま、ま……?」
けれど、中に入っていたのは白と黒ばかりの少年が着るには少し大きい服と分厚い本が数冊。彼が探していた人の姿はどこにもありませんでした。
( ^ν^)「ママ、どこ? どこにいるの……」
爪'ー`)y‐「……ニュッくん、もうよせって。ただの荷物じゃないか」
きつねのぬいぐるみはあいかわらず壁にくたりと寄りかかったまま言いました。
ぬいぐるみと毛布、少しのゲーム機の置かれた部屋には、空っぽのキャリーケースと見知らぬ荷物が散らかるばかりでした。
71
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:58:48 ID:qwaduFqo0
(;^ω^)「うんしょ、うんしょだお」
ξ゚⊿゚)ξ「これって、おとなの人のお洋服じゃない」
床にちらかった本やシャツをえいえい、ぬいぐるみたちが拾いあつめます。
くしゃくしゃになったシャツをうんしょ、うんしょと折り畳むのは長い手足のたこのぬいぐるみ。転がったペンや手帳を拾い集めてくるのは白くてまあるい頭のぬいぐるみ。時々本のページをめくっては、むつかしい文字にあたまをひねっています。
72
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:59:17 ID:qwaduFqo0
('A`)「ん?」
ふと、ズボンをたたんでいたたこのぬいぐるみが首をかしげます。お洋服の間に、小さな四角いものが見つかったのです。
ξ゚⊿゚)ξ「これ……ママさんのメモ帳?」
お宝にめざといサメのぬいぐるみがヒレをぱたぱた、覗きにきます。
四角くのり付けされた残りももう少ない花柄のメモ帳は、たしかに朝食のトレイに残された書き置きに使われていたものと同じでした。
( ^ν^)「……ほんとだ」
ぱらぱら、指先でページをめくると時々書き損じたイラストやペンの試し書きが残っています。
それはくしゃくしゃに握りつぶした今朝のものと見比べるまでもなく、まぎれもないママの字でした。
73
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:00:03 ID:qwaduFqo0
ぬいぐるみ達はキャリーケースの中身を元どおりにする手を止め、少年がメモ帳をめくる手元を覗き込もうと大きな頭をぐいぐい寄せ合います。
すると、ドアの向こうの床板がきし、と小さく音を立てます。足音らしい足音はありませんでした。
少年はメモ帳を置き、ぬいぐるみ達を黙って抱きかかえます。ぬいぐるみたちも、息をひそめて身を寄せ合いました。
74
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:00:33 ID:qwaduFqo0
控えめなノックの音は、どこかぎこちなく。
「————」
落ち着いた声が響きます。
( ν )
声が響いてから数秒後。少年は大きく息をのんでメモ帳を握りしめ、もう一度ぽろぽろと涙をこぼします。
ドアの向こうは一つ、声を放ったきり静かなまま。
( ∩∩)
部屋の奥ではもう一人、プラスチックの関節をかたかた震わせた小さなこどもが顔を覆って静かにうずくまっています。
75
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:02:39 ID:qwaduFqo0
『——少し見てもらうだけでいいんだ。ずっと見なくて大丈夫だから……この上半分だけを見て、それが君のお友達かだけ教えてほしいんだ』
『……そうか、間違いないんだね。ありがとう、すこし休んでいてくれ』
けいじさんが手でかくしたしゃしん。写っているにはゴミ捨て場に捨てられた大きな青色のキャリーケース。
まんなかには、こっちを見ているけがをしたビロードのかお。
だけどぼくは、けいじさんの手がしゃしんの下からはなれた時に見たんだ。
それは、ビロードのからだがばらばらになってキャリーケースの中に入っているしゃしんだった。
76
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:03:04 ID:qwaduFqo0
:記憶がアンロックされました。閲覧しますか?:
:閲覧パスワード-memory-:
※閲覧注意※
https://dotup.org/uploda/dotup.org2987405.png.html
77
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:03:41 ID:qwaduFqo0
3話:こんにちはとさようなら。
おしまい。
78
:
名無しさん
:2023/05/16(火) 10:05:30 ID:4l2BRqTA0
乙
79
:
名無しさん
:2023/05/16(火) 20:50:13 ID:qQB9xLIY0
おつおつ
80
:
名無しさん
:2023/05/19(金) 18:09:27 ID:9JWPYBdI0
めちゃくちゃつらいけど続きが気になる
乙乙!
81
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:20:59 ID:NcnpzX5c0
第4話:さようならと、またあした。
82
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:21:21 ID:NcnpzX5c0
『——ニュッくん、おはようなんです!』
おれにはじめてできた友だち。
『——えへへ、ぼくもニュッくんがはじめてのおともだちなんです!』
かえり道も、20分やすみも、ほうかごもずっといっしょ。
『——それじゃ、またあしたなんです!』
大人になるまで、ずっとともだち。
『——————』
やくそく、だったのに。
83
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:21:41 ID:NcnpzX5c0
(*><)「それじゃ、いつもの場所で待ってるんです!」
小学校のうらがわの、今はだれも使ってないガレージ。そこが、おれたちのひみつきちだった。
ビロードは学校がおわってもいつも帰らないで、ランドセルのままでそこにいる。
(*^ν^)「ダッシュでランドセルおいてくる!」
おれはランドセルのまま遊びに行くとパパとママがおこるからちゃんと家に帰らなきゃいけなくて、いつもはしって帰ってた。ビロードはおこられなくていいな、って思ってた。
(*^ν^)「ただいま! 今からあそびにいっていい?」
いそいでくつをぬいで、ママにただいまを言う。ベッドの下にランドセルをおしこんで、おきにいりのぬいぐるみをいっこだけ持っていく。
84
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:22:05 ID:NcnpzX5c0
('ー`*川「おかえりニュッくん。またお友達と秘密基地?」
(*^ν^)「うん!」
('ー`*川「ふふ、ビロードくんと仲良くなってからすっかり楽しそうね。おやつ持って、いってらっしゃい!」
(*^ν^)ノシ「はーい!」
('ー`*川「ちゃんと4時には帰ってくるのよー!」
ママがくれたクッキーとぬいぐるみをバッグに入れて、いろんな工じょうのある通りに向かう。ひみつきちのばしょはママにもないしょ。きいろいテープを目じるしにすすんでいくと、大人やせんせいが「いっちゃいけません」っていうばしょにつく。そのさきが、おれたちのひみつきちだった。
85
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:22:30 ID:NcnpzX5c0
ビロードが言うには、ここにはあんまり人が来ないし天井があるからひみつきちにぴったりだって。きいろのテープのおかげで人が来ないから、何してあそんでもおこられないんだ。
(*^ν^)「ビロード、おまたせー!」
(*><)「あ、ニュッくん! みてみて、すごいんです!」
黄色いテープの向こう、いつもランドセルのうえにすわってるビロードがランドセルをしょったまま立っていた。ちょっとつぶれたおさがりらしい青いランドセルのよこについてるフックには、白くてちっちゃなキーホルダーがついてた。
(*^ν^)「それ、ブーンじゃん!」
(*><)「えへへ、ニュッくんとおそろいなんです!」
ビロードのキーホルダーのブーンはおれがバッグから出したぬいぐるみより小さいけど、おれよりせが低いビロードにはぴったりだと思った。
おそろいがうれしくて、おれとビロードはブーンみたいなポーズでぐるぐる走りまわる。
(*><)「あははは! ブーン!」
(*^ν^)「ブーーーン!」
86
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:23:52 ID:NcnpzX5c0
それから、ママがくれたおやつのクッキーを食べながらきのう見たアニメのはなしをする。ビロードのおうちにはテレビがないから、にちようびのテレビもかわりにおれが見ることにしてる。だから、げつようびはビロードとはなすことがいっぱいあってたのしかった。
こーん、こーん。
遠くのスピーカーから聞こえる4時のチャイム。まだまだ遊びたりないのに、これが聞こえたらもう帰らなくちゃ。
( ><)「あ……ニュッくん、もうかえるじかんですか?」
( ^ν^)「うん、帰んなきゃ……でもまた明日あそぼーぜ!」
(*><)「はいなんです! また、がっこうでもあそぶんです!」
87
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:24:14 ID:NcnpzX5c0
ぶんぶんと手をふるビロードにばいばいをしながらいそいで家に走る。ほんとはチャイムがなる前には家についてなくちゃいけないんだけど、ひみつきちには時計がないからいつもあわてて帰ることにしてる。
('ー`*川「おかえりなさーい、今日も楽しかった?」
(*^ν^)「うん!」
でもちょっとぐらいおそくなってもママは気にしてない。ママが言うには「もう少し日が長くなったら門限も伸ばしてあげるから」っていうことらしい。
早く日がながくなって、ビロードともっと遊べたらいいのに。
88
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:28:06 ID:NcnpzX5c0
ランドセルから今日のしゅくだいのプリントをひっぱりだして、ママがごはんを作るのを見ながら算数のドリルをすすめる。今日はかんたんだったからあしたの分の少し先もやって、ママにできたって見せる。
(*^ν^)「ちょっとさきもやった!」
('ー`*川「おーっ、えらいじゃん! ママなんか昔は宿題全然しなかったのに……パパに似たのかな?」
(*^ν^)「おれ、あたまいい? パパぐらい?」
('ー`*川「そのうちパパより頭良くなっちゃうかもよ〜」
ママはおなべを混ぜてた手を止めておれのあたまをなでてくる。ちょっとはずかしいけどうれしくて、甘えんぼって言われるかもしれないけどぎゅーってした。
カレーのいい匂いと、ママの匂いがした。
89
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:28:28 ID:NcnpzX5c0
しゅくだいを片付けてテレビを見てると、まどの向こうから雨の音がした。ママはげんかんにあるパパの黒くて大きいカサを見るとあちゃー、と言って洗面所からタオルを持ってきた。
ちょうどそのタイミングでがちゃり、パパが帰ってくる。毎日いいにおいのスプレーをつけてるかみのけがびしょびしょになってた。
( <●><●>)「ああ、まったく……急に降られました、夏が近いんですね」
('、`*川「あらら、結構降られちゃったね。はいタオル……先、シャワーにする?」
( <●><●>)「いえ、少し遅くなったので先に夕飯にしましょう……カレーですか?」
('、`*川「ぴんぽーん。……あ、もしかしてお昼カレーだった?」
( <●><●>)「いえ、カレーにするか迷って選びませんでした。正解でしたね」
90
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:29:26 ID:NcnpzX5c0
おおきなジャケットをぬいでカバンを下ろしたパパの頭をママが背伸びして必死にふいてる。おれはいちまい余ったタオルでパパのおもたいかばんをふきふき。
(*^ν^)「パパ、おかえりー」
( <●><●>)「はい、ただいま……ニュッくんは降られませんでしたか? 雨」
(*^ν^)「ちゃんともんげんどおりに帰ってきたからへーき!」
( <●><●>)「よかったよかった。パパはびしょびしょです」
('、`;川「あー、ワカさん頭上げないでっ!」
(;<●><●>)「あ、すみません……えっと、自分で拭きますから……」
('、`*川「いーのいーの。ニュッくん、お風呂のボタン押してくれるー?」
(*^ν^)「はーい」
おふろのボタンを押して、テーブルにすわる。テレビを付けて、ごはんのじゅんび!
91
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:30:13 ID:NcnpzX5c0
常夜灯だけに絞ったリビングの中、からんとグラスの氷が細い音を立てた。
特売のおかきをぽりぽりつまみながら文庫本片手に夜更かしの晩酌をするワカさんは、かっこいいとおじさんっぽーいの半分くらい。せめてパジャマじゃなくてスーツだったらかっこいいのに。
小皿に乗ったおかきをこっそり横取りしながら彼の横顔を見ていると、一瞬だけ目が合った。
( <●><●>)「……そういえば、そろそろニュッの誕生日ですね」
('、`*川「おっ、流石ワカさん。愛息子のお誕生日をお忘れではないと」
(;<-><->)「当たり前でしょうが……」
ため息と一緒に挟みこまれた栞。むーんと顎に手を当てながら考えるポーズはいいけど、指先にお塩がついてますよっと。
92
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:31:08 ID:NcnpzX5c0
<●><●>)「プレゼント、何にしましょうか」
('、`*川「そうねぇ……。去年もその前と同じでぬいぐるみだったけど、いい加減
ゲームとか買ってあげた方がいいのかしら」
( <●><●>)「さほどあの子はゲームに興味は持っていないようですが」
('、`*川「うちにあるのがドリキャスとPCエンジンだけだからゲームに興味を持ってないだけかも。新しいの、どーんと買っちゃう?」
( <●><●>)「……ジェットセットラジオ、面白いと思うんですけどね」
('、`*川「Dの食卓や邪聖剣ネクロマンサーとかを抜いたらそれしか残らないっていうのもどうかなーって思うな」
(;<●><●>)「う……」
93
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:31:43 ID:NcnpzX5c0
<●><●>)「プレゼント、何にしましょうか」
('、`*川「そうねぇ……。去年もその前と同じでぬいぐるみだったけど、いい加減
ゲームとか買ってあげた方がいいのかしら」
( <●><●>)「さほどあの子はゲームに興味は持っていないようですが」
('、`*川「うちにあるのがドリキャスとPCエンジンだけだからゲームに興味を持ってないだけかも。新しいの、どーんと買っちゃう?」
( <●><●>)「……ジェットセットラジオ、面白いと思うんですけどね」
('、`*川「Dの食卓や邪聖剣ネクロマンサーとかを抜いたらそれしか残らないっていうのもどうかなーって思うな」
(;<●><●>)「う……」
94
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:32:37 ID:NcnpzX5c0
ゲーム、ゲーム。私の小さいときはファミコンを近所の男の子が持ってたっけ。今の子がやるゲームがすごいらしい、っていうのはテレビで見ると何となく感じるけど、ニュッくんはあんまり反応しないんだ。
だから、今も家にあるのはワカさんが学生の頃に買ったちょっと変なゲーム。何本かあったソフトの中からちょっと早そうなのだけを抜いてニュッくんのお部屋に置いたけど、やっぱり古くて面白くなかったのか、最初に何度か遊んだっきりやってる様子はなかった。
そこでふと、ニュッくんの話を思い出した。
('、`*川「あ、そういえばね……最近ニュッくんに仲のいいお友達が出来たんだって。ビロードくんっていうらしいの」
('、`*川「どんな子か知りたいし、一回お家に呼んで聞いてみよっかな。最近の子はどんなゲームするのー? って」
( <●><●>)「ほう、名案ですね」
('、`*川「いつまでも昔のゲーム機でばっかり遊んでるより、ちょっとぐらい新しいテレビゲームで遊んでる方が私はいいと思いまーす」
( <●><●>)「……それも、そうですかね」
('ー`*川「ふふ」
95
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:32:58 ID:NcnpzX5c0
次の日も、がっこうがおわったらすぐにランドセルをおきに帰った。いそいでひみつきちに行こうとしたら、ママがねえねえ、ってきいてきた。
('、`*川「ねね、ニュッくん。今度ビロードくんをお家に呼んでもいい?」
(*^ν^)「いいの!? やったー!」
('ー`*川「いつもニュッくんと遊んでくれてありがとう、ってママもビロードくんにご挨拶したいんだ。もし向こうのおうちがいいよって言ってくれたらの話だけど……」
(*^ν^)「うん、あとできいてみる!」
さっそく、おれはおやつのクッキーとビロードとおそろいのブーンのぬいぐるみをもってひみつきちに走った。
もしもビロードとうちであそべたら、いっしょにぬいぐるみであそんだり、アニメを見たりできる。このあいだ見ておもしろかったテレビのろくがもいっしょに見れる。おれはうれしくて、いつもよりたくさん走ってひみつきちに向かった。
96
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:37:26 ID:NcnpzX5c0
(*><)「え? ニュッくんのおうち、上がっていいんですか?」
(*^ν^)「うん、ママがビロードにありがとうって言いたいって。ちゃんとおうちのひとがいいって言ったら……って」
( ><)、「……あ、それはだいじょうぶなんです。うちのおや、出かけてるならなにもいわないんです」
(*^ν^)「じゃああした! あしたあそぼうぜ、おれんち!」
(*><)「はいなんです!」
その日は、おれんちにあるゲームとか、ぬいぐるみとかのはなしをした。ビロードはぜんぜんゲームのこと知らなかったけど、いっしょにやるのがすごく楽しみだった!
(*^ν^)「じゃ、明日はがっこうおわったらいっしょにいえまでかえろーぜ! ビロードんち、ランドセルそのままでもいいんだろー」
(*><)「えへへ、そうするんです!」
97
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:37:50 ID:NcnpzX5c0
なのに。
98
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:38:41 ID:NcnpzX5c0
( ^ν^)「あれ、ビロード?」
がっこうについたのに、いつもおれより早くクラスについてるはずのビロードがいなかった。せっかく今日のことはなしたかったのに。
先生が出せきをとる時間になっても、ビロードはこない。
(゜、゜トソン「稚菜ビロードさん……あれ、誰かビロードさんの連絡帳預かってませんか?」
( ^ν^)「……ビロード、きてない?」
(,,゜Д゜)「せんせー! ビロードなんでいないんですかー!」
(゜、゜トソン「ふむ……あとでお家の方に連絡してみますね」
20分やすみがおわっても、給食のじかんになっても、5時間目のじゅぎょうがおわっても、ビロードはがっこうにこなかった。
先生にきいても、わからないって。
(゜、゜トソン「……ビロードくんの方に電話しても繋がりませんでした。後で先生がお話ししに行きますから、入速くんはお家に帰りましょうか」
99
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:39:44 ID:NcnpzX5c0
( ^ν^)「……いっしょにあそぶって、やくそくしたじゃん」
ママがおうちに呼んでいいって、いっしょにあそべるって言われて、うれしかったのに。またあしたって、言ったのに。
( ;ν;)
一人でかえりたくなくて、でも先生がいくって言ってたビロードのいえもわかんない。下を向いて、泣きそうになるのをこらえながら歩いてたら、いつもの所にきてた。
黄色いテープでくくられたここは、おれとビロードのひみつきち。ひとりで来ると、なんだか暗くていやな所だった。
それでも前にすすむ。でも、どこを見てもビロードはいなかった。
いつも座ってたずっとここにあるじてんしゃ。そのままかごにランドセルをのっけて、ペダルをうしろにこぐ。
きりきりきりきり。きりきりきりきりきり。だれもいない。
100
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:40:58 ID:NcnpzX5c0
せもたれのこわれたイスや、ハンドルのないじてんしゃ。かたっぽだけのよごれたサンダル。目をこらしてもずっとずっと向こうまでつづく灰色のみち。
その向こうには、おっきくて青いキャリーケースが捨ててあった。
101
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:41:21 ID:NcnpzX5c0
またあした。それだけが、きぼうだったんです。
102
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:41:42 ID:NcnpzX5c0
( ><)(あんまり、おいしくないんです)
やけどをするとめんどくさいから、おふろ以外のおゆは使っちゃだめなんです。
あらいものをするのもたいへんだから、しょっきは使っちゃだめなんです。
おかねは、おかあさんがくれた分で足りるようにおかいものしなきゃだめなんです。
シャワーのおゆを入れてぐにゃぐにゃになったカップラーメンをたべながら、ぼくはがっこうであったことをおもいだしていました。
103
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:43:00 ID:NcnpzX5c0
( ><)「あっ」
えんぴつをおとしておってしまったんです。
一ねんせいのときから使っているえんぴつは、もうたったの2ほんしかのこっていないんです。
もう1ぽんのえんぴつはちいさくて、ゆっくりしかもじがかけないからノートをとるのがむずかしいんです。
そのとき、うしろからせなかをたたかれたんです。
(*^ν^)「つかう?」
ともだちのニュッくんが、ながくてきれいなえんぴつをかしてくれました。
(*><)「ありがとなんです」
ちいさいこえでおれいを言って、あわててノートのつづきをかいたんです。
みどりいろのきれいなえんぴつはかきやすくて、いつもはまにあわないノートのかきとりもじょうずにできたんです。
104
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:43:25 ID:NcnpzX5c0
(*><)「ニュッくん、えんぴつありがとなんです」
じゅぎょうがおわって、かえりの会のおはなしをれんらくちょうにかいたら、うしろのせきのニュッくんにえんぴつをかえしたんです。そしたら、ニュッくんは「あげるよ」って言って、うけとってくれませんでした。
(*^ν^)「ビロード、えんぴつ小っちゃくなったのしか持ってないじゃん」
( ><)「えっ? で、でもだめなんです。ニュッくんのだいじなえんぴつなんです、もらったらおこられちゃうんです」
(*^ν^)「えー、わかったー」
それに、あんまりきれいなものをもってると、おかあさんがドロボウしたっておこるんです。まえに、がっこうでかりたえんぴつをそのままもってかえったらおかあさんにものすごくおこられたんです。
ばつとして、あさ一ばんにえんぴつをがっこうにかえせっていわれて、その日ぼくはあさになってがっこうがあくのをおうちの外でまっていました。
わるいことをしたのはおまえなんだから、ぜったいにだまっていなさいっていわれました。だから、このはなしはないしょなんです。
105
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:47:49 ID:NcnpzX5c0
がっこうがおわっても、よるになるまでおうちにかえれません。おかあさんはちゃんと外でくらくなるまであそんでからにしなさいっていうんです。
だから、おかあさんのおしごとがはじまるじかんになるまであそびます。
でも、こうえんであそぶのはだめです。こうえんは、たくさんおとなが見ていてあぶないから、人のいないところであそびなさいって。だから、ぼくはがっこうのうらの「ごみすてどおり」にひみつきちをつくりました。
(*><)「それじゃ、いつものばしょで、まってるんです!」
(*^ν^)「ダッシュでランドセルおいてくる!」
さいしょはひとりであそんでたけど、ニュッくんとなかよくなってからはニュッくんもいっしょにあそんでくます。
ニュッくんはすぐにかえっちゃうけど、それでもずっと一人でいるよりはたのしいんです!
はしっていくニュッくんに手をふって、ぼくはこっそりひみつきちにむかいます。
106
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:48:20 ID:NcnpzX5c0
三⊂二( *><)二⊃「うーっ、ぶーーん!」
じてんしゃ、いす、ぼろぼろになったいろんなものがあつまる中、ちょっとまえまでくるまがおいてあったところがぼくのひみつきちです。
ぼくはニュッくんがもってるぬいぐるみのブーンのまねをして、ニュッくんがくるのをまっていました。こうしていると、じかんがすぎるのが早くかんじるからです。
ブーンごっこをしていたらランドセルがじゃまになったので、どこかにおこうとおもってぼくはとまりました。
( ゜д゜)「……いいね、それ。もっとやってよ」
(*><)「えっ……?」
いつのまにか、ひみつきちの向こうがわ、ゴミがいっぱいすててあるあたりにおじさんが立っていました。
107
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:49:21 ID:NcnpzX5c0
こえをかけてきたおじさんは、ぼくがランドセルをおろそうとすると、おろさないで、そのままつづけて。といいました。
三⊂二( ><)二⊃「……ぶーん、ぶーーん!」
ぼくはひみつきちのなかでぐるぐるまわります。うでをひろげて、ランドセルのおもさでどんどんまわっていきます。
ぐるぐる、ぐるぐる。ぶーん、ぶーん。つかれたのですわろうとしたら、もうできない? ときかれたんです。ぼくはくたくたなのでうん、とうなづいたら、おじさんはとなりにすわってきました。
( ゜д゜)「かわいいね、靴下」
( ><)「えっ? ふつうなんです、ぼろぼろだし……」
( ゜д゜)「ううん、かわいいよ。いくつ?」
( ><)「えっと、10さいなんです」
( ゜д゜)「お名前は?」
( ><)「ビロード、です」
( ゜д゜)「そっか。……ビロードくん、ブーン好きなんだ」
おじさんがぼくのひざをさわります。なまあたたかい半ズボンとくつしたのあいだを行ったりきたりする手がくすぐったくて、ちょっと足をうごかしました。
108
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:49:56 ID:NcnpzX5c0
( ゜д゜)「これ、あげようか」
おじさんはポケットの中からマスコットをとりだして、ぼくに見せました。
(*><)「わぁ……!」
おじさんの手にぶらさがっていたのは、ちいさなブーンのぬいぐるみでした。
( ><)「……で、でも、ひとのものをもらうと、おかあさんにどろぼうって……」
( ゜д゜)「大丈夫だよ。小さいから学校に行くとき以外は外してポケットに隠しておけるし……ね」
そう言っておじさんはぼくのランドセルにブーンのマスコットを付けて、そのまま「ごみすてどおり」の向こうにあるいていってしまいました。
( ><)「……うーん」
(*><)「……えへへ!」
109
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:50:21 ID:NcnpzX5c0
( ゜д゜)「これ、あげようか」
おじさんはポケットの中からマスコットをとりだして、ぼくに見せました。
(*><)「わぁ……!」
おじさんの手にぶらさがっていたのは、ちいさなブーンのぬいぐるみでした。
( ><)「……で、でも、ひとのものをもらうと、おかあさんにどろぼうって……」
( ゜д゜)「大丈夫だよ。小さいから学校に行くとき以外は外してポケットに隠しておけるし……ね」
そう言っておじさんはぼくのランドセルにブーンのマスコットを付けて、そのまま「ごみすてどおり」の向こうにあるいていってしまいました。
( ><)「……うーん」
(*><)「……えへへ!」
110
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:50:57 ID:NcnpzX5c0
おじさんがいなくなってほんのちょっとすると、ぱたぱたと走るおとがきこえてきました。
(*^ν^)「ビロード、おまたせー!」
かたにかばんを下げて、手をふりながらニュッくんがやってきたんです。
(*><)「あ、ニュッくん! みてみて、すごいんです!」
ぼくはランドセルをしょって、もらったばっかりのブーンのマスコットをニュッくんに見せました。
(*^ν^)「それ、ブーンじゃん!」
(*><)「えへへ、ニュッくんとおそろいなんです!」
またおかあさんにみつかってすてられるかもしれないけど、ぼくはだいすきなニュッくんとおそろいのブーンをもらえてうれしかったんです!
⊂二(><*)二⊃三 「ぶーん、ぶーーん!」
三⊂二(*^ν^)二⊃ 「あはは、ぶーーん!」
111
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:51:19 ID:NcnpzX5c0
でも、たのしいとじかんはあっというまなんです。
(*^ν^)ノシ「じゃーな、またあした!」
(*><)ノシ「ばいばいなんです!」
きーんこーん。がっこうの方からきこえるチャイムがなると、ニュッくんはおうちにかえっちゃいます。そのせなかをみおくると、ぼくはまた一人になってしまいました。
でも、「またあした」ならまたあそべるんです!
だから、ぜんぜんさみしくないんです。
(*><)「えへへ」
ランドセルにぶら下がったブーンはつっつくとゆらゆらゆれる。ブーンがいるなら、ぼくはひとりぼっちじゃないんです!
112
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:52:18 ID:NcnpzX5c0
|゜д゜)
113
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:53:54 ID:NcnpzX5c0
つぎのひも、ぼくはひみつきちでニュッくんをまっていました。ランドセルのブーンといっしょにぐるぐるまわっていると、ニュッくんがいつもよりうれしそうなかおではしってきました。
(*^ν^)「なーなービロード、こんどおれんちであそぼうよ! ママがあそんでいいって!」
(*><)「えっ? おうちであそんでもいいんですか?」
(*^ν^)「うん! いっしょにテレビ見て、アニメ見よ! ゲームもあるし!」
ぼくのいえではテレビもゲームも、おかあさんがきらいなものはどんどんすてられちゃいます。
(*^ν^)「じゃああした! あしたあそぼうぜ、おれんち!」
(*><)「はいなんです!」
114
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:56:27 ID:NcnpzX5c0
その日は、ニュッくんにおうちであそぼうっていわれて、それであたまがいっぱいだったんです。
o川# ー )o「ねえ、何これ。どこで盗んできたの」
(;><)「えっと、これは……」
だから、ついうっかりしてランドセルにつけたブーンのマスコットをはずしわすれてかえったら、そのランドセルがおかあさんに見つかってしまったんです。
o川#゜Д゜)o「どうせまた盗んできたんだろ! この泥棒!」
ぱちん。
おかあさんにたたかれると、いつもちからが入らなくなっちゃうんです。あたまのおくが冷たくなって、そのままげんかんまでおいつめられます。
ごめんなさい。ごめんなさい。あやまっても、おかあさんはとめてくれません。
o川*゜-゜)o「ママ、泥棒きらい。おうちのもの盗まれたくないよ。はやく出てって」
( ;;)「ごべっ、ごべんなざいです、どろぼう、っじで、ごべんなざいぃ」
o川*゜-゜)o「出て行け、泥棒。返してくるまで家に入れない」
なげつけられたランドセルをもって、ぼくはおうちをとびだしました。
そとはまっくらで、さむかったです。
115
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:57:26 ID:NcnpzX5c0
( ;;)
おうちをでて、おとなの人に見つからないようにひみつきちへと向かいます。
どうすれば、おかあさんはゆるしてくれるでしょうか。あのおじさんに、ブーンをかえしたらゆるしてくれるんでしょうか。ぼくには、わかんなかったです。
116
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:57:54 ID:NcnpzX5c0
きいろいテープをくぐった先の「ごみすてどおり」に、ぼくはぽつんとすてられたようなきもちでした。
ぽつぽつ、付いたりきえたりするじどうはんばいきのあかりに、たくさんの虫があつまっています。
きばらしにぐるぐる走ってみようかともおもったけど、そんなげんきも出ませんでした。ぼくは、かたくて冷たいじめんにすわります。
(。><)「……わかんないんです、わかんないんです」
どうすればゆるしてもらえるか、わかんないんです。どうすればいいのかも、わかんないんです。空っぽをとおりこしてくるしいおなかをどうすればいいのかも、わかんないんです。
こんなじかんだと、もうコンビニにも行けません。おとなの人にみつかると、「ほどう」されて、またおかあさんはめんどくさいことをするなっておこるんです。
だから、ぼくはたすけてほしい気もちで「ごみすてどおり」の先に行きました。
117
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:58:29 ID:NcnpzX5c0
しらないばしょにいかなければよかった。
しらないひとからぶーんをもらわなければよかった。
ひみつきちなんてつくらなければよかった。
たすけて。たすけて。たすけて。
(* д )「ハァ、ハァッ……!」
つかまれたうでがいたい。じめんにぶつけたせなかがいたい。おなかのおくがあつくていたい。いたい。いたい。
( ;;)「ッ、う、ッ————!」
ぼくは、ブーンをくれたおじさんにらんぼうされました。
118
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:59:01 ID:NcnpzX5c0
かみをつかまれたり、おなかをなぐられたり。でも、ぼくをたたくときのかおはおかあさんとちがってうれしそうでした。
ぼくの上にのしかかったおじさんはぼくの服をびりびりにやぶって、ちぎれたシャツでぼくの口をふさぎました。
おじさんはぼくの体をつかみながらうれしそうでした。ぼくはいたかったです。おなかのなかがちぎれそうで、足のあいだがぐちゃぐちゃになっているようでした。
おじさんは何どもぼくのかおをなめました。おじさんは何どもぼくのおなかをなめました。おじさんは何どもぼくのおまたをさわりました。
ぼくはいたくて、こわくて、でもこのおじさんにブーンをかえしたらおかあさんはゆるしてくれるような気がして、少しだけあんしんしていました。
おじさんがゆるしてくれたら、ぼくはおじさんにブーンをかえそうとおもいました。
(*゜д゜)「ハァ、ハァ……ビロード、こっちに来なさい」
( ;;)「…………」
おじさんはどろどろしたおしっこをぼくにかけたあと、とおりのおくに止まっていたくるまの中にぼくをのせました。
119
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:59:31 ID:NcnpzX5c0
それからおぼえているのは、
(゜д゜)
いたくて、
:(*゜д゜):
いたくて、いたくて、いたくて、
(* д )
いたくて、いたくて、いたくて、いたくて、
ただ、くるしくてせまいなかで、さいごまでかんたんにしねなかったことだけです。
120
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:59:51 ID:NcnpzX5c0
第4話:さようならと、またあした。
おしまい。
121
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 23:22:22 ID:gTPCMhes0
乙、
122
:
名無しさん
:2023/05/25(木) 19:43:42 ID:XHJp51K60
乙乙
怖すぎる
123
:
名無しさん
:2023/05/26(金) 02:01:03 ID:1ZxgQ0os0
乙
内容は辛いけど、語り口調が話し手をどんどん好きになれる感じでとてもいい
124
:
名無しさん
:2023/05/29(月) 19:23:33 ID:zcT.DVOU0
乙、辛すぎる……
しんどいけどこの作品すごく好き
続き待ってます!
125
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:40:31 ID:/34tHg4Q0
第5話:またあした、からへんじがない。
126
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:41:03 ID:/34tHg4Q0
( ^ν^)「……」
昨日ビロードとあそべなかったのがくやしくて、ママが用意したおやつも食べずに布団に入った。ばんごはんを食べなかったからおなかがすいて、あさごはんを食べにリビングに行くと、いつもならとっくに出かけているパパがスーツのままテーブルにすわってた。いつも持ってる大きなかばんは、どこにもない。
( <●><●>)「ニュッ、今日は学校はお休みです」
( ^ν^)「え?」
('、`*川「ニュッくん、まずご飯にしよっか」
( ^ν^)「ん……」
ママは何も言わずにトーストを用意してくれた。今日はビロードくるのかな。そしたら今日遊べばいっか。
さくさくしたトーストの耳を飲み込んで指についたマヨネーズをなめると、ママがとなりにすわった。
('、`*川「……ニュッくん、よく聞いてね」
('、`*川「きのう、ビロードくんがおうちに来なかったでしょ? ビロード君、一昨日の夜からおうちに帰ってなかったんだって。ニュッくんは、何か知ってる?」
( ^ν^)「……おとといは、いっしょにあそんで……明日はいっしょにうちであそぼうってやくそくした」
('、`*川「遊んでた場所は、どこ?」
( ^ν^)「……ひみつきち」
127
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:41:28 ID:/34tHg4Q0
パパは何も言わないで時々おれの言ったことをメモして、ときどきケータイにかかってきた電話とむずかしい話をして、それからまたおれの言ったことを手帳にかく。ママはコップにはいったお茶をのみながらうーんとか、むーとかって言いながらときどきパパを見てる。
('、`*川「……秘密基地の場所、ママに教えてほしいな」
( ν )「——やだ」
だってあそこは、ビロードのだいじな場所だから。おれとビロードのだいじな場所。おれが首をふると、ママはこまった顔でこっちを見る。
こと、とペンを置く音とパパのため息。なんだか、おれが悪いことをしたみたいでいやだった。
( <●><●>)「学校裏の工場跡。そこが"秘密基地"なのは分かってます」
('、`;川「わ、ワカさん——」
(; ν )「っ……」
( <●><●>)「ニュッ、正直に答えて下さい。お友達に何かあってからでは遅いんですよ」
('、`;川「……今ね、ビロード君のおうちにも連絡がつかないの。学校先生たちも心配してるし、何より……ニュッくんが一番ビロード君が心配でしょう?」
( ^ν^)「そう、だけど」
二人がじっとおれを見る。しかられてる時みたいに。
ずっと黙ってると、パパは手帳をズボンのポケットにしまって立ち上がる。お仕事に行くわけじゃなさそうだった。
( <●><●>)「少し出てきます。ニュッ、それからペニサスも念のため着替えておいてくださいね」
('、`*川「あなた……」
パパは手帳とケータイだけを持って玄関をでていく。ママがしんぱいそうに見てたけど、おこられるのが終わったみたいでおれはちょっとだけ安心した。
128
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:42:12 ID:/34tHg4Q0
それからしばらくして、パパが帰ってきた。言われたとおりにきがえて待っていると、家の前にパトカーが止まってた。
ほんもののパトカーの中からはテレビからそのまま出てきたようなケーサツの人が出てきて、パパと少し話してからママとおれをパトカーに乗せた。
( ^ν^)「おれが、わるいの?」
( <●><●>)「……いいえ、ニュッは何も悪くありませんよ」
となりに座ったパパが、さっきみたいなむずかしい顔じゃなくてすこし悲しそうな顔をしておれの頭をなでた。
( <●><●>)「でも、すこし辛い思いをするかもしれません」
('、`*川「……」
ママが横から手をにぎってくる。運転席にすわったケーサツの人が機械を通して少し話すと、パトカーはゆっくり動き出した。
(,,゚Д゚)「……キミがニュッ君、でいいんだね」
( ^ν^)「……はい」
(,,゚Д゚)「あー……お父さんの言う通り、君は何も悪くないよ。ただ、少しだけ確認してほしいことがあるだけだ」
('、`*川「あ、あのっ、もしかして」
はっとして身を乗り出したママに、助手席のケーサツの人はむずかしい顔をした。ふと、赤信号をじっと見つめていた運転席のケーサツの人とミラーごしに目が合って、ドキリとする。
129
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:42:35 ID:/34tHg4Q0
( ・∀・)「……はは、普通これぐらいの子ってパトカーに乗ったら笑ってくれるモンなんだけどなあ」
(,,゚Д゚)「まあ無理もねえっすよ。だって——」
( ・∀・)「ギコ」
(,,゚Д゚)「……ッス」
パトカーをのハンドルを持ったケーサツの人が言うと、助手席のケーサツの人はそれきり手元のプリントを見るばっかりで何も言わなくなった。窓のむこうの景色はどんどん知らないほうへ向かっていく。
( ・∀・)「大丈夫、僕達はニュッ君を叱りに来たわけじゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあるだけで、終わったすぐにお母さんたちと帰っていいからね」
パトカーが止まる。
ママに手を引かれて「けーさつしょ」に入る。
それから
それから
それからのことは————
130
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:42:58 ID:/34tHg4Q0
( ν )「あ、あ、あ————」
131
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:43:32 ID:/34tHg4Q0
こんこん。ドアをノックするおとがする。
たぶん、パパ。
なんだろう。
( < >< >)「 」
え?
なに?
( < >< >)「 」
わかんないよ。
( 、 *川「 」
きこえないよ。
( < >< >)「 」
どうすればいいの。
( ν )
( ^ω^)
ブーン?
( ^ω^)「————」
かわりにはなしてくれるの。
(*^ω^)「——!」
……じゃあ、おれはちょっと、ねむいから——
( ^ω^)「 」
うん、おやすみ。
( -ν-)
132
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:44:39 ID:/34tHg4Q0
('、`;川「ニュッくん……ニュッくん、お願い、起きて……」
初めにベッドの上でぐったりと倒れている息子を見て真っ先に青ざめたのは他でもないペニサスだった。慌てて駆け寄って体を起こすと、うっすらと上下する胸を前にああ、と小さく息を安堵した声がする。
光のない目をうっすらと開いたまま脱力する姿には否が応でもあの「写真」を思い出させられる。
警察の緘口令も虚しく、”小学生男児トランク詰殺人事件”としてやけにセンセーショナルに語られたその事件がマスコミの手に渡って以来、我が家の戸口に昼夜を問わず現れる報道陣の群れ。おかげで仕事に行くどころか落ち着いて食事もできない中の出来事だった。
( -ν(つ^ω^)『……おっ、ニュッくんはすっごくねむたいみたいだお。おはなしがあったらまたあとにしてほしいお』
視線の合わない虚ろな目。やや上ずった調子の声色で手にしていたのは被害少年の遺品と共通のキャラクターぬいぐるみ。散らかったままのぬいぐるみ、パジャマ、ゲーム。あの日から、息子はいくつかの気に入りのぬいぐるみを抱えたまま碌に食事もとらずにベッドに横たわっていた。
そう。受け止めきれない現実から逃げ出すことを選んだ息子は、全てをぬいぐるみに託すように眠り、口を閉ざすようになったのです。
133
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:45:01 ID:/34tHg4Q0
( <●><●>)「……どうですか」
('、`*川「だめ……だめだよ、このままじゃニュッくんが、死んじゃう……」
目を腫らし、かぶりを振った妻は抱きしめるやいなや肩を震わせる。食事を運んでも口を付ける様子はなく、このままでは栄養失調危険すらある。だというのに家の前は常に報道陣が「何か」を求めてひしめき合う。もはや、どこへ行こうと安寧の地などないように思えた。
( <●><●>)「貴方、またろくに眠っていないでしょう」
(;、;*川「だってニュッくんが、ニュッくんが死んじゃうかもしれないのに……!」
( <●><●>)「しっかりしてください……大丈夫です、私が見ていますから少し休んでください」
(;、;*川「……嫌、いやだよ」
134
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:45:32 ID:/34tHg4Q0
あの子は死んでいるわけでも、眠っているわけでもない。ただ、現実から自分を遠ざけているだけなのだ。ぬいぐるみという薄い布と綿の壁で自分の心を守ろうとしている、それだけなのだろう。
それなのに。
( -ν(つ^ω^)『ママさん、おやすみだお。ニュッくんといっしょにおやすみするお!』
布団の中から囁くようなくぐもった声。青白い指の添えられたにやけた顔のぬいぐるみがこちらを見ている。
(;、;*川「ねえあなた、ニュッくんはおかしくなっちゃったの、ねえ」
( <●><●>)「大丈夫です、少し休む時間が必要なんですよ。だから——」
( 、 !i!川
(;<●><●>)「ペニサス……ペニサス! しっかりしなさい、ペニサス!」
肩に縋っていた腕の力が抜け、ずるりと華奢な体が腕の中へと頽れた。
青白い頬に伝う涙と悲しげな目に深く刻まれた隈。廊下に横たえた体は、間違いなく心身の限界を訴えていた。
( -ν(つ^ω^)『おやすみだお、おやすみだお、おやすみだお』
ベッドの上から狂おしい調子で繰り返される声。虚ろな目。白いぬいぐるみ。頭が割れそうだ。にやけ面。冷たい指先。浅い呼吸。黙れ。
おやすみ。おやすみ。おやすみ。おやすみ。
(#<●><●>)「こ、のっ……」
135
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:45:55 ID:/34tHg4Q0
( ^ω^)『おやすみなさい、だお』
136
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:46:22 ID:/34tHg4Q0
ばちり。
静電気のような衝撃が全身を伝った。
体を起こすと、そこは子供部屋だった。
(*^ν^)
ベッドの内外を問わず散乱するぬいぐるみ。ベッドの下に深く押し込められたランドセル。サンドノイズを映し続けるテレビ。あたまと胴だけの人形を手に毛布の中にうずくまる息子。その中に、見知らぬものが紛れ込んでいた。
( ><)
それはプラスチック製の人形の手足だった。色も太さもめちゃくちゃな手足のパーツがぬいぐるみやゲーム、漫画に混ざってそこら中に散乱している。指先が欠けたもの、塗装の剥がれたもの、血のような、あるいは精液のような汚れが付いたもの。中には焼けただれたように赤黒いものや、巨大なカマキリの腕を持つものも中には混ざっていた。
(*^ν^)「ねえパパ、直すの手伝ってよ」
( <●><●>)「……ニュッ、ですね」
(*^ν^)「ねえ、パパ。手伝ってよ。壊れちゃったんだ」
( <●><●>)「……はは、そうですか」
正気じゃないのは、狂っているのは——
私の方だとでも、言いたいのか。
137
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:46:52 ID:/34tHg4Q0
( ^ν^)「パパ、ビロードをなおしてよ。いっしょにあそびたいんだ」
子供部屋の壁にもたれて明後日の方向を見つめて乾いた唇が紡ぐ言葉はどんな傷よりも痛々しく、歪だった。
閉め切ったカーテンを背に毛布の中に閉じこもるニュッ。その膝の上、伏せられた目の奥にガラス玉のように澄んだ空色の瞳を持つ人形は白銀の髪を揺らしながら無くした手足を求めている。
( ><)
表情と声こそこちらに向けている一方で私を通り過ぎてその果てを見つめるような息子とは対照的に、人形の目は確かに私を見つめていた。私はその奇妙な視線にせかされるように床に転がる色も形も様々な人形のパーツを手繰り寄せ、どれが正しいパーツかを確かめ続ける。
138
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:47:15 ID:/34tHg4Q0
その人形の顔は青白いが、僅かに頬に朱が差している。長い睫毛に白い髪、華奢な胴体。私は山のように堆積した四肢の山を前に、その身に合う手足を選り分けていた。傷ついたもの、歪んだもの、腐ったもの、汚れたもの。間違ったパーツは山からよけて、残ったものの小さな関節をはめ込みながらパズルのように手足を組み立てる。
( <●><●>)「……ビロードくんとは、何をして遊びたいですか?」
( ^ν^)「……ゲームして、テレビ見て、大人になってもずっといっしょにあそぶ」
( <●><●>)「ずっと?」
( ν )「やくそくしたから」
約束。そう一言だけ呟いた息子は再び毛布に顔を埋め、そのまま糸が切れたようにベッドへ倒れこむ。
ことん。
ベッドの上から小さな音を立てて滑り落ちた人形の胴体に、手元で組み合わせた手足はぴったりとはまり込んだ。
139
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:47:35 ID:/34tHg4Q0
「ね——、あ——、——た!」
ブラックアウトした視界に響く声。涙で震えた、愛しい声。
妙に重い体を起こすと、崩れるように倒れていたはずのペニサスがまるで時間を巻き戻したようにまた私に縋りついていた。
('、`;川「あなた、ねえ、あなた!」
(;<-><->)「っ……ぺに、さす……?」
(;、;*川「ワカさんのばかばか、ばか! せっかくニュッくんが目覚めたのに、ワカさんまで倒れちゃったら私、わたし……!」
( <●><●>)「目覚めた……起きたんですか?」
(*^ν^)「うん、おはよー」
声のする方を向けば、確かにそこに息子は立っていた——先程まで見ていた姿が幻覚かのように、今度は「いつものように」顔色のいい笑顔をたたえて。
(;、;*川「あーん……! よかった、よかったぁ……!」
( <●><●>)「……そうだ、ニュッ……大丈夫、ですか」
(*^ν^)「なにがー?」
(;ー;*川「ねっ、もういいもんね。パパもニュッくんも元気なら、ママはいいの!」
(*^ν^)「ママ、おなかすいた!」
(;ー;*川「うん、うん! ごはんにしよう!」
140
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:48:01 ID:/34tHg4Q0
涙を流しながら息子を抱きしめる妻。彼女の救われたような表情と裏腹に、奇妙な感覚が頭の中に残り続けていた。
そうだ。人形だ。
人形の夢を見たんだ。夢? いいや、違う。
( ><)
妻と共に階段を下りていく息子。その手に握られていたのはあの人形だった。
( <●><●>)「……っ」
ポケットの中の携帯に手を伸ばす。1メモリだけ残ったバッテリーの中で無意識にコールした番号は、何度も打ち込んだ会社の番号よりもはるか昔に指が覚えた番号だった。
141
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:48:26 ID:/34tHg4Q0
Pi Pi Pi......
(-@∀@)『——はいはい、旭川ですけど』
数コールの呼び出し音ののち、ざわついた外の音に混ざる声。少し懐かしくもある声はまぎれもない、旭川アサピーのものだった。
142
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:48:50 ID:/34tHg4Q0
( <●><●>)『……アサピー、お久しぶりですね』
(-@∀@)『うわあ、本当に入速くんかあ。何、もしかして去年の同窓会に今更来たいとか? 終わったものはしょうがないからまた来年……なんてね。……ああ、何となく分かったよ、あれか。その件は随分災難だったね。どうせキミんちもマスコミに追われっぱなしでしょ?』
( <●><●>)『ようやく収まってきてはいますけどね。おかげで家内はぐったりで』
アサピーは高校時代からの知人で、医学部を卒業後は地元の総合病院で精神科医をやっていた。この男は1を話せば10を読み取り、ついでに追加の10を持ち前の早口で根掘り葉掘りと聞いてこようとする生粋の詮索魔、そして数少ない知人きっての癖ある知恵者。年に一度、お互いに行きもしない同窓会についての連絡を取るか取らないか程度の付き合いだが、今はこの男だけが頼りだった。
143
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:49:32 ID:/34tHg4Q0
(-@∀@)『基本この手の事件って報道規制がかかってもおかしくないんだけどね、実際。やっぱ田舎じゃそうもいかんわけだ……』
(-@∀@)『で、わざわざ僕に電話してきたってことは相談事だ。おそらくは、息子くんの事で』
( <-><->)=3『……御明察、さすがは天下の詮索屋』
(-@∀@)『なるほど、それなら一肌脱ごうじゃないか、丁度昼休みだしね。流石に僕も人だから今回の件で根掘り葉掘り聞こうってつもりはないからね、キミを怒らせて碌なことはないって分かってるもんで。んで、どういう感じなのさ』
( <●><●>)『その、息子が妙に塞ぎこみました……今はけろっとしているんですが、今度はまるで友達が死んだことを忘れているようにも見えて』
(-@∀@)『ふんふん……児童心理学はそこまで専門じゃないんだけど確か小学4年生だったよね? その辺で死が理解できないとちょっと知的に問題があるかも……って、その線は薄そうだよね。僕の見解としては単なる急性ショックの可能性だってあるよ、子供ってある日突然受け入れたりするもんだからね。詳しい事聞かなきゃわかんないけどさ』
144
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:49:57 ID:/34tHg4Q0
( <●><●>)『はあ、流石は大病院の精神科医。あとはもう少しその捲し立てる癖さえ無くせばよろしかろうに』
(-@∀@)『診察時間なんかどこに行ったって少ないんだから早く話せれば話せるだけ得じゃないか? 思春期の子供の心理的ショックが今後の精神発育にどう影響するかっていうのが分野の中でも一番わかりにくいまであるからね、特に僕って子供に詳しくないからさ。もう少し状況を詳しく教えてくれたらもっと話せるけど、君はきっとそうしない。どうかな』
電話越しでも容易に思い浮かべることのできる分厚い眼鏡越しの自信に満ちた目に私は白旗をあげるばかりだ。その通り、と返せば乾いた高笑いが電話口から響き渡る。
とにかく今まで通りの生活に少しずつ戻ることが必要で、親であるこちらが動揺している限りそれは子にも伝わるというのが一通りの結論のようだった。
145
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:50:18 ID:/34tHg4Q0
(-@∀@)『あとね……これは専門家、ってよりはキミの友人としてのアドバイスなんだけど、息子くん、転校させた方がいいよ。ちょっと遠くでこの話題がないところでしばらく休ませた方がいい。仕事がある以上君は難しいかもしれないけど、奥さんも辛そうなら実家とかに——』
( <●><●>)『……そうですね、少し検討してみます。流石は専門家です』
(-@∀@)『総合病院の下っ端でも役に立てて何よりだよ。じゃ、キミもうっかり狂わないように……』
(-@∀@)『……腐れ縁ついでに初診の予定ぐらいなら早めてやるからさ。診断書だって多少は——』
ぶつん。途中でバッテリーが切れてしまった。
( <●><●>)「……間の悪い」
うっかり狂わないように、だと。
もしかしたらとっくに狂っていたのは私の方で、この話ですら全てが私の夢かもしれないのに。最後まで話せていたら、アサピーだったら分かったかもしれないというのが、私の愚かしい願いだったというのに!
146
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:51:15 ID:/34tHg4Q0
(-@∀@)「うまいこと……あ、あれっ? もしもーし!」
液晶に移る通話終了の文字。強引に断ち切られた通話、歯切れの悪い答え。何かが引っ掛かった。
しかし本当に間の悪い男だ。貴重な昼休みにこんな奇妙な電話をされちゃ、気に合って眠れやしない。
せめて仕事には集中しようと軽食の一つでも取ろうと思ったが、売店に向かおうにも騒がしい看護師達の声に希望は潰える。
(*゚ー゚)「——先生、旭先生! そろそろ次の患者さんです」
(-@∀@)「ああ、申し訳ないね」
(-@∀@)(それにしても……アイツにしては要領を得ない電話だったな。妙だ)
(*゚ー゚)「……先生?」
(-@∀@)「何でもないよーん。椎名さんカルテいい?」
ちくしょう、意地でも病院に来させるべきだったか。あの馬鹿、頭はいいのに真面目過ぎて融通が効かないからなあ。もっと僕みたいにうまくやれよ。そうすれば——
(-@∀@)(まあ……僕に相談しただけ懸命だったと思うべきなのかもなあ)
友人がどうしても気になりかけるのを上っ面の理性で隠し、カルテを読む。
さあ、僕の仕事はこれからだ。
147
:
名無しさん
:2023/06/03(土) 22:51:54 ID:/34tHg4Q0
第5話:またあした、からへんじがない。
おしまい
148
:
名無しさん
:2023/06/04(日) 14:01:47 ID:ewkVoD920
乙
149
:
名無しさん
:2023/06/04(日) 14:22:33 ID:wvS7MSTQ0
乙乙
アサピーまともでホっとする
150
:
名無しさん
:2023/06/05(月) 23:48:02 ID:CS5U1vTk0
乙
精神疾患の類なのか、それとも人知の及ばない何かが起きているのか、気を揉んでしまうな
気のいい家族のようだから、ありふれた生活を取り戻して欲しいものだけど……
151
:
名無しさん
:2023/06/06(火) 14:49:32 ID:MldrAF220
途中の画像見れた人いますん?
152
:
名無しさん
:2023/06/07(水) 07:38:21 ID:iLdtSg0k0
>>151
見た
瞬閉じ案件よ
153
:
名無しさん
:2023/06/11(日) 15:44:40 ID:MtlEcosw0
今見つけて一気読みした
こえぇ
>>152
どうやって見た?
154
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:53:03 ID:BBn7uM5w0
第6話:へんじはあるよ、「おはよう」と。
155
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:53:27 ID:BBn7uM5w0
あれから数日。
いい加減小学校からの登校催促も激しくなった頃、身勝手にも私が自分の仕事が気がかりで仕方なくなってしまった。
テレビの特集はようやく警察が報道規制をかけたのか、あの事件のニュースの話題はぱったり途絶え、また代わり映えのない芸能ニュースと他愛無いバラエティによる平穏を取り戻しつつある。
全てが、何もかもが元通りになりつつあるのだ。
('、`*川「あなた、おはよう」
( <●><●>)「おはようございます」
(*^ν^)「パパおはよー」
妻も、息子も、まるで何もなかったかのように笑っていた。
パジャマ姿で朝食をとるのにも慣れてしまった今日この頃、ふと友人の言葉が頭をよぎった。
156
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:53:47 ID:BBn7uM5w0
(-@∀@)『――とにかく、徐々に今まで通りの生活に戻ることが必要だからね。息子さんの為にも、何より君の為にも』
そうか。
戻らなくてはいけない。
私の現実、それぞれの現実に。
踏み出さなくてはいけないのでしょう。
157
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:54:16 ID:BBn7uM5w0
( <●><●>)「……今日から仕事に戻りますが、問題ありませんか」
('、`*川「そうかぁ、そうなっちゃうよね。なーんかさみしい」
( <●><●>)「事情聴収やら何やらあったとはいえ、関係者の親というだけで流石に一週間も休めませんからね」
ポットの湯をコーヒーメーカーに注ぎ、休んでいた期間のことを考えながらたらたらと流れる液体を眺める。コーヒーを飲んでから家を出るのは決まって仕事の日。ポットを出した時から感づいていたのか、妻は特段諌めることもしなかった。
('、`*川「ニュッくん、パパは今日からお仕事だって。さみし―ね」
( ^ν^)「ん……いっへらっふぁい」
寝ぼけ眼でホットサンドをかじる息子に手を振り返しながら家を出る。時計を見ると、急げば何とか既定の出勤時間には間に合いそうだった。
158
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:54:47 ID:BBn7uM5w0
普段ならとっくに会社に着いているはずの時間。普段より少しだけ空いている電車の中で、24時間営業のスーパーで買った菓子折りを抱えて流れる景色を眺めていた。
職場からはほんの数日、ほんの数日離れていただけ。一週間の出張や、下手したら数か月単位の単身赴任だって経験してきた。
それなのに、今はまるで着慣れないスーツに身を包んだ入社初日のような気持ちだった。
事務所のドアを開けば、既に殆どの職員が自分の席についている時間だった。
159
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:55:09 ID:BBn7uM5w0
( <●><●>)「……おはようございます。課長、この度は」
( ´∀`)「おっ、入速くん。大丈夫モナか、テレビに追い回されて大変だったモナね」
デスクの上のマグカップを両手に握り、笑い皴のある目を細めて手を挙げたのは入社当初からお世話になっている菜々藻課長。毎朝の日課として目を向けていた新聞を丸めて脇に挟むのは、かつて記者だったころの名残の癖らしい。
( <●><●>)「はぁ、それよりも……」
とにかくお詫びの一つでも入れなくては。タイル張りの床に鞄を下ろし、代わりに持った紙袋の中の包みを差し出そうと膝を折る。
その背中に、ぐぐ、と重力以上の重みが加わった。
(,,゚Д゚)「ゴルァ、入速!!」
( <●><●>)「……古木」
私の背中に手を付きながら濁った声を上げ、やんちゃそうに笑うのは私の同期の古木だった。
160
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:55:37 ID:BBn7uM5w0
古木は課長に書類を手渡しながらギコハハハ、と癖のある笑いを上げる。
(,,゚Д゚)「お前、やっと今年の有給ノルマ達成じゃねーか。超勤面談は免除だとよゴルァ」
( ´∀`)「そういうことモナ。最近は入速くんがあんまり頑張るおかげであやうくモナ達労基さんに怒られるところだったモナ」
( <●><●>)「はあ、それはなんというか……申し訳ないというか」
結婚を機に本部勤めから離れた今でも、半ば残業をしてから帰るのは癖のようなものだった。決して多くはない事務所の人員を顧みて、せめて明日の仕事の中で今日出来るものがあるなら今日のうちにやる。そんなことを繰り返しながら働いていれば、自然と月の残業時間というものは意識しないうちに積み重なっていく。仕事が苦でない以上、それはなおさらだった。
( ´∀`)「モナモナ。入速くんがいない間はみんなでのんびりしながらやってたから、入速くんもゆっくり体慣らしていくモナ。モナからは以上モナよ」
( <●><●>)「……ありがとう、ございます」
私はもう課長に一度頭を下げて、席に着いた。
机の上には様々な地名の書かれたパッケージの包装紙の菓子類が散らかっている中、ほんのわずかな量の期限的余裕のある書類だけがバインダーの中に残っていた。
161
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:56:06 ID:BBn7uM5w0
(,,゚Д゚)「……入速ー」
( <●><●>)「はい」
(,,゚Д゚)「ねぎらえよー」
( <●><●>)「はい、本当に……面倒を掛けましたね。別に、自分の子供が死んだわけでもないのに」
(,,゚Д゚)「バカ、俺ねぎらってどうすんの。お前の代わりに班の子に仕事教えたのは渡辺さんだし、なにより頑張ったのはお前の班のやつらだろうが」
ずる、とバインダーを片手にコーヒーをすする古木が向かいの席を顎でしゃくった。そこにはなんだか前に会った時よりものんびりとした表情の女性、渡辺女史が座っていた。
从'ー'从「あれれ〜? でも古木さん、入速さんがいない間は一番遅くまで残ってたのに〜」
(,,゚Д゚)「だっ……それはお前が早上がりしてただけだゴルァ!」
从'ー'从「えへへ〜」
162
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:56:53 ID:BBn7uM5w0
渡辺女史は一年前の秋口に営業部から転がり込んできたやり手と名高い元本部職員だった。部署も違い、ただでさえ慌ただしい場所だったから当時は気にも留めなかった彼女が、まさか当時の鬼のような眼を丸めて今の職場にやってきたときには部内が騒然とした。
( <●><●>)「渡辺さんが残業どころか早上がりなんて。私と同類だと思っていたのですがね」
从'ー'从「も〜、こっちに来てからやっと素直に定時で上がれると思ったのに入速さんが全然帰らないんだもん〜」
( <●><●>)「……はは、二時間程度じゃ残業ですらなかった頃が懐かしいですよ。今じゃ、ここでひとりになってようやく人恋しくて帰るようになったんですから」
163
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:57:52 ID:BBn7uM5w0
(´・_ゝ・`)「まあまあ、これからは入速代理がたまにはお休みできるぐらいに僕たちも頑張りますから」
(,,゚Д゚)「しっかし盛岡、しばらく秘湯巡りで忙しいとか言ってたくせにちゃっかり今日戻ってきやがったな」
(´・_ゝ・`)「僕は必要な時を理解している人間なんですよ。ね、代理」
( <●><●>)「まったく、調子だけは一人前になりましたね」
盛岡は2年前に入社した、新入社員の少ない職場では一番の若手だった。真っ先についたあだ名が「饅頭王」になるほどの饅頭、そして甘味に目ざとい男だ。
もちろん、今の彼の穏やかな目はじっくりと私の手元の包みに注がれている。
从'ー'从「あ〜、おいしそうなお菓子見えちゃった〜。お茶、入れてきますね〜」
( <-><->)「……まったく。盛岡さんも渡辺さんも目ざといんですから」
( ´∀`)「モナにもいっこくれモナ」
遠くから響く課長の声。私は包みの中から自分のデスク周囲に配る分だけを取り、残りを朝会で配るように箱ごと課長に押し付けた。
( ´∀`)「二個食べちゃっていいモナ? これ余るモナよ」
( <●><●>)「お好きに」
164
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:58:35 ID:BBn7uM5w0
その日は、定時のチャイムと共に何かを期待されるような目線に押しやられてニコニコ顔の部下たちと共に社員証を打刻機にかざした。
从'ー'从「お疲れ様〜」
(´・_ゝ・`)「お疲れ様です、お菓子ご馳走様でした」
( <●><●>)「ああ……はい、お疲れ様でした」
(,,゚Д゚)「お疲れ様ー。ほれ、家庭持ちはとっとと帰りやがれ」
今日は仕事らしい仕事をした感じもないまま、ただ自分の部下や同僚の休暇の話を聞いていた気がする。私が不在にしていた間、何故か夏休みでもないのに数日のまとまった休みを取って国内旅行にいそしむ職員が大勢いたせいで、机の上にたまっていた土産物の菓子類が息子へのずいぶんと良いお土産になった。
鞄の中に土産品を入れていると、事務所の人がひとり、またひとりと帰っていく。奥からぽつ、ぽつんとカウントダウンのように電気を消しているのはモナー課長だった。
165
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:58:58 ID:BBn7uM5w0
( ´∀`)「入速くーん」
( <●><●>)「……課長、あの」
初夏の陽気のおかげで電気を消されてもシャッターの隙間から入る夕日が幸いする。だが、すでに荷物をまとめて最終施錠用のセキュリティキーを指先でくるくると弄ぶ課長は有無を言わさない様子だ。
せめてあの机の上のファイルぐらいは片付けたかった。だが、それも所詮は「明日できる仕事」なのだろう。
( ´∀`)「早く帰らないとモナが戸締りできないモナ。明日できることは明日やるモナ」
( <●><●>)「……そうですね。では、お先に失礼いたします」
( ´∀`)「おつかれさまモナー」
こんなに明るいうちに帰るなんて随分久しぶりだ。まだ息子が小さい頃に妻が体調を崩し、古木や当時の上司に随分頭を下げてなんとか早退した時以来かもしれない。
こんなに早く帰ったらかえって妻が困惑するだろうか。少し考えてケータイに手を伸ばし、多少文面に悩みつつペニサスへメールを入れる。
『今から帰ります。少し早いですが』
( <●><●>)「……わざわざ言う必要もなかったでしょうか」
駅までの道のりを歩きながらそんなことをひとりごち、差し込む西日に目を細める。
すると、メールから間もなくポケットからペニサスからの着信音――彼女とおそろいの着メロ、「エリーゼのために」が流れ出た。
166
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:59:25 ID:BBn7uM5w0
ニュッくんはまだ学校に行く元気がないみたい。お父さんに買ってもらったのか、ちょっと見慣れないタイプのお人形を片手に今日も一日ぼんやりしてる。
いろいろある前にニュッくんのお誕生日の話はしたけれど、いつの間に買ったのかな。ぬいぐるみの毛糸とは違う、着せ替え人形のような細くてつやつやのまっしろな髪。まるで人間の子みたいに滑らかに動く手足。なんだっけ、アルカイックスマイルって言うのかな。
白い肌に伏し目がちなほほえみを浮かべた不思議なお人形は、今日もニュッくんとなかよしみたい。
('、`*川「ニュッくん、その子と仲良しだねえ」
( ^ν^)「うん!」
167
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:59:52 ID:BBn7uM5w0
ニュッくんはお人形をティッシュ箱に座らせて一緒にテレビを見たり、とにかくご執心。
また学校に戻れたらその間にこっそり体を測って、ないしょでお洋服でも作っちゃおうかしら。そんなことを考えちゃうぐらい可愛らしいお人形。
麦茶のお供のお煎餅をつまみながらテレビを横目にそんなことをなんて考えていると、エプロンのポケットがぷるぷる震える。
('、`*川「あら、あらら」
メールの文面と時計を見比べて、三回ぐらい。CMのタイミングで振り返ったニュッくんがどうしたの? って。
('ー`*川「ねえ、ニュッくんもうパパ帰ってくるって!」
何だか私が一番嬉しいみたい。はーい、なんて呑気に答えるニュッくんのそばであわててお米を洗い、晩御飯の支度をする。
ご飯の時間には少し早いけど、その分誰かさんのお気に入りのおかずに手をかけたっていいんだから!
168
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:00:14 ID:BBn7uM5w0
いってきます、ただいま帰りました。朝夕の挨拶を繰り返すうちに少しずつではあるものの、かつての当たり前の日々が取り戻されてきた気がした。
課長の目付きは変わらず柔和ながらも鋭く、明日、という一言とともにわざとらしい腕組みで私のルーチンだった残業を牽制し、オフィスの戸締りを穏やかな笑みで済ませて路線を別つ。
朝はコーヒー、昼は弁当、夕食は妻の料理。土日は身体を休め、気の向く時にはグラスを傾ける。これが私の日常だったのか、と取り戻すて仕舞えば随分と大したことはない日常だった。
169
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:00:54 ID:BBn7uM5w0
そうしているうちに、息子の誕生日の日がやってきた。
相変わらず混み合う電車の中で帰りにケーキを買って帰らなくては、と意識を切り替える。13歳の誕生日祝いは息子の好きなフルーツタルトのケーキ、それと妻が贔屓にしている店のカスタードシュー。
帰りの電車は定期外でも、とにかく急いで帰らなくては。そうだ、今日こそ言われる前に帰ってしまおう。そう考えながら、私は朝一番の会議の資料をまとめて渡り廊下を足早に進む。
その時、耳に響いたのはMIDIキーボードの奏でるAmコード。
小さなLEDで表示された着信窓には、妻の名前があった。
170
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:01:36 ID:BBn7uM5w0
(,,゚Д゚)「おーい入速、ケータイ鳴ってんぞ。この着メロ奥さんだろ?」
( ´∀`)「モナ、先に済ませとくモナよー」
咄嗟に携帯を取り上げるが、同時に目に入るデジタル時計が示すのは会議の予定時間のおよそ2分前。
あいにく、この短期間で上司の前で電話を取る勇気が生まれるほど出来た人間ではない私は、無意識に通話終了ボタンに指を伸ばしていた。
( <●><●>)「……後で掛けなおします」
(#´∀`)「ったく——いいから、ちゃんと出るモナ!」
私がボタンに力を込める寸前に声を張り上げたモナー課長。柔和な表情に珍しく皺を寄せた課長は、私と同様に一瞬固まった古木と共に私の手から資料を奪うようにひったくり古木の腕を引き早足でエレベーターホールに向かって行ってしまった。
171
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:01:56 ID:BBn7uM5w0
ぽつり、取り残された私と着信音。
しばらく周囲を見渡すが、他の職員の姿は見受けられず、ゆったりとした音楽だけが流れ続ける。
私は右に寄せた指をずらし、着信を取った。
( <●><●>)「……もしもし、ペニサス?」
('、`*川「もしもし、あなた? ごめんなさい、お仕事中なのに……」
( <●><●>)「いえ……。それより、どうしました?」
小さな静寂。それから、静まった廊下で耳を澄ませなくては聞き逃してしまいそうなほどか細い泣き声。
('、`*川「——あのっ、あのね……」
( 、 *川「……ニュッくんがね……ニュッくんがまた、おかしくなっちゃったかもしれないの」
堰を切ったような妻の声が、小さなスピーカーから溢れ出した。
172
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:02:19 ID:BBn7uM5w0
くすくす。くすくす。
おかしいね。
くすくす。くすくす。
おかしいよ。
ぬいぐるみたちと、はなしてる。
ぬいぐるみたちが、はなしてる。
ξ゜⊿゜)ξ『ニュッくん、あーそびーましょ!』
爪'ー`)y-『ニュッくん、遊ぼうぜ』
( ^ω^)『おっお、ニュッくーん、あそぶおー!』
('A`)『あそべーあそべー』
173
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:02:44 ID:BBn7uM5w0
ひそひそ、かたかた。ゆかのうえ。
こそこそ、もぞもぞ。もうふのなか。
ぐらぐら、ゆらゆら。いまなんじ?
きりきり、じりり。いまはだれ?
( ><)『ニュッくん、おはようなんです』
きい、きい、きしむ、ほんとのゆめは。
( -ν⊂)”「んあ……」
すっかりきみと、ぬいぐるみだけのせかい。
( ^ν^)「……おはよ、みんな」
174
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:03:09 ID:BBn7uM5w0
(*><)『えへへ、ニュッくんねぼすけなんです』
( ^ν^)「んー……」
( )^ω^)『おっお、むぎゅっとくるしいおー』
ぬいぐるみたちは、お部屋の中でわいわいがやがや。だいすきな男の子が起きてきて、みんな遊んでほしくてたまらないみたい。
ξ゜⊿゜)ξ『ニュッくん、おふとんおりてきて、いっしょにあそぼー』
爪'ー`)y-『あそべー、んでもってめしくえー』
('A`)『めしめしー』
ざわざわと騒ぎ出すぬいぐるみたちの中、小さな人形のこどもが一歩、ぴたりと手を上げ前に出ます。
( ><)『みんな、今日がなんの日かわかりますか?』
175
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:09:31 ID:BBn7uM5w0
小さな指先が指し示したのは、枕元に飾られたのキャラクターもののカレンダー。毎年新しくなるたびに、真っ先に丸印を書かれるのが今日この日。梅雨のじめじめが消えて、すっきりと暑いこの夏の日は、ここにいるぬいぐるみたちにたくさんの思い出が生まれた日でした。
ξ*゜⊿゚)ξ『わあ、もうなのね!』
(*^ω^)『……お、ほんとだお!』
爪*'ー`)y-『はは、あっというまだな』
ぬいぐるみたちはそれぞれに思い返します。自分がここにやってきた日。綺麗な包みの中から出て、笑顔の男の子に思いっきり抱きしめられたあの日を!
( ><)『今日は、ニュッくんのおたんじょうびなんです!』
176
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:09:59 ID:BBn7uM5w0
ぬいぐるみの集団の中、くるり回ってベッドを見上げるこども。その目に映るのは、自分の持ち主。だいすきな、だいすきな大親友の男の子。
毎年、ちいさい頃から男の子の誕生日プレゼントにえらばれてきたぬいぐるみにとっては、自分の生まれた日に等しい日。だって、その子が生まれなければ、みんなはだれにも愛されなかったのかもしれないのですから!
( ><)『ニュッくん……』
( ><)『おたんじょうび、おめでとうなんです!』
爪*'ー`)y『……おめでとう!』
(*^ω^)『おめでとうだお!』
ξ*゜⊿゚)ξ『おめでとー!』
(*'A`)『おめっとー』
( ^ν^)「……ん!」
177
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:10:41 ID:BBn7uM5w0
ベッドの上でてれくさそうに頭をかく男の子は、床に集まったぬいぐるみたちを順番にぎゅうっと抱きしめました。
( ^ν^)「ん」
爪'ー`)y-『……やー、いい加減照れるって』
くたびれたきつねのぬいぐるみは、男の子がはじめて行った動物園で出会いました。
( ^ν^)「んーっ」
ξ*>⊿<)ξ『きゃー!』
おおきなサメのぬいぐるみは、男の子がはじめて行った水族館で出会いました。
( ^ν^)「んー」
(*'A`)『……ん!』
くったりしたたこのぬいぐるみは、おさかなのずかんと一緒に出会いました。
( ^ν^)「ん!」
(*^ω^)『ぎゅ、だお!』
まっしろなおまんじゅうのようなぬいぐるみは、おもちゃ屋さんで出会いました。
178
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:11:24 ID:BBn7uM5w0
そして。
( ><)『えへへ……』
( ^ν^)「……おいで」
ずっとずっと、男の子となかよしだったこどもの出会いがいつなのか。
どこで出会ったのかさえも、ぬいぐるみたちは誰も知りませんでした。
( ><)『これで、ずっと、いっしょなんです!』
( ^ν^)「……ん」
男の子のひざの上に座ったちいさなこどもは、まるでどこにも逃さぬようにと独り占めをするよう広がった手の中で、ずっとずっと大切そうに抱きしめられていました。
179
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:11:47 ID:BBn7uM5w0
(*^ω^)
ξ*゜⊿゚)ξ
(*^ν^)
ぬいぐるみたちのおしゃべりはいつまでもつづきます。
爪*'ー`)y
(*'A`)
(*><)
しあわせな思い出がこれからもたくさん生まれますように。
それから、今までのたのしい思い出を、男の子がずっと大切にしてくれますように。
180
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:12:15 ID:BBn7uM5w0
男の子と、ぬいぐるみたちの誕生日パーティーは続きます。
( 、 *川
(;、;*川
ただずっと遠く、ドアの向こうの大人ひとりを置き去りにして。
181
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:12:38 ID:BBn7uM5w0
第6話:へんじはあるよ、「おはよう」と。
おしまい。
182
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:13:18 ID:BBn7uM5w0
今気づいたけど小学生と警察さんと古木のAA全部ギコで被っててサーセンwwwサーセン……
小学生はまたんき、警察のギコは適当にフサギコだと思って
183
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 23:46:59 ID:kRRCKGMs0
乙です
184
:
名無しさん
:2023/06/17(土) 00:43:10 ID:WnMYsQjA0
乙乙
185
:
名無しさん
:2023/06/20(火) 01:49:29 ID:v9qZER1.0
世界には酷似した人間が三人はいるという専らの噂
186
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:19:37 ID:0vH0sg520
第7話:おはよう、さあ始めよう!
187
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:20:00 ID:0vH0sg520
ばしん、と白い診察室に響いた平手打ちの音。残響が、白いリノリウムにこびりつく。
目を丸くした看護師の手からボールペンが落ちる音を皮切りに、白衣の男は声を上げる。
(#-@∀@)「君がしたことがどんなに残酷で身勝手で、愚かで、愛がなくて、最低な事か、分かってるかい!」
ぼんやりとした頭に徐々に痺れるような痛みが生まれる。
この医者、患者を殴るのか。いや、私は患者ではないから殴られたのかもしれない。いや、私だから殴られたのかもしれない。アサピーは、私がワカッテマスだから殴ったのだろうか。
(#-@∀@)「頭のいいキミのことだから奥さんの病気に自分の行動が関係ないのは分かってると思うよ。ああ、言ってみろよいつもみたいに何でもかんでも『分かってます』ってさあ!」
また始まった。アサピーの早口はまるで講義の録音を早回しにしたようで、時折甲高いイントネーションが混ざる。スツールに座った私を見下ろしながら手ぶりを加える彼は、さながら檄文を読む政治家のようにも見えて。
(#-@∀@)「でもねえ、間違いないよ。息子くんがそうなったのは君が原因だ。君のせいだよ! ただでさえあの中で奥さんが正気で居られたのは単なる奇跡なんだよ、普通の人間だったら追い詰められて、壊れて、それで――」
( <●><●>)「とっくのとうに死んでいた、とでも」
眼鏡の奥の目つきから怒りが消える。代わりに浮かんだのは、そうだ、軽蔑だ。
軽蔑をたたえるアサピーの目。その瞳の奥に映る私の目。
私の目は、いったい何を映しているのだろう。
188
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:20:30 ID:0vH0sg520
('、`*川「ニュッくん、おねがい、ママとお話ししよう……」
あれから毎日のように部屋から聞こえるのは、楽し気な息子と「何か」が話す声ばかり。扉はこちらの声など聞こえないように固く閉ざされ、なんとか鍵をこじ開けたとしても息子の目は声はこちらを認めることはなかった。
(;、;*川「ニュッくんおねがい、ママの方を向いて……」
爪'ー`)('A`)( -ν(つ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ
目線はまどろむように伏せられ、視線はボタン、あるいは刺繍に吸い込まれるように虚ろに輝く。毛布の中で色とりどりのぬいぐるみに囲まれる姿。細い指は私達の手を握り返すことなく、くたびれた布地に絡みつき続ける。
( <●><●>)「……ニュッ、聞こえていますか」
( -ν(つ^ω^)『おっ、パパとママだお。こんにちはだお』
( <●><●>)「あなたはニュッですか、それとも」
( -ν(つ^ω^)『ぶっぶー、ちがうお。ブーンはブーンだお! よろしくですお』
間の抜けた声色に合わせてぷらぷらと上下するのはぬいぐるみの手足。毛布に隠れた息子の表情を伺うことは出来ないが、何にせよこれ以上は何をしても無駄なのでは、という一種の諦観が私の中に生まれ始めた。
189
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:20:56 ID:0vH0sg520
( <●><●>)「……ペニサス、もう戻りましょう」
(;、;*川「……ニュッくん、いつでもいいから、ママとお話しして……ね?」
はらはらと涙をこぼす妻の背を支え、薄暗い部屋の戸を閉じようとしたほんの一瞬。
( ><)
たった一つ、毛布の中でなくベッドの縁に座っていた人形と目が合った様な気がした。
190
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:21:39 ID:0vH0sg520
朝、二人きりの食卓。ニュースを読み上げるキャスターの声が響くダイニングに息子の姿はない。
息子が部屋に閉じこもり始めて最初のうちはこのまま衰弱死でもしてしまうのではないかと危惧していたが、試しに部屋の前に食事を置いたまま夜を明かしたところ、朝にはすっかり平らげた後の皿が廊下に置かれていた。
私たちは毎朝のパンと毎晩の夕食を息子の部屋の前に置き、時々聞こえる楽し気な話し声をあえて聞こえないようにしていた。
( <●><●>)「……ごちそうさまでした」
食後の皿を台所に下げると、妻が焼きたてのトーストに添えたシロップポットに蜂蜜を流していた。これは今からラップをかけられ、やがて無機物との喧騒を織り成す息子の口に入るか――あるいは、無残にも三角コーナーの肥やしになるのだろう。
('ー`*川「ん……いってらっしゃい、ワカさん」
( <●><●>)「行ってきます」
静かになった生活の中、玄関に向かう私を見送る妻の表情がどこか淋し気なことが気がかりだった。
191
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:22:11 ID:0vH0sg520
仕事が終わり、家に着く頃には既に時計は夜間のバラエティの毛色を変える時間帯を示していた。リビングを覗けば、既に食事を終えたはずのペニサスがスナック用の小皿に手を伸ばしたままうつらうつらとテレビの前に座っている。
ダイニングに置かれた夕食を口にしながら、ふとニュッが食事を摂ったかどうかが気にかかった。皿の中の残りをかきこみ、階段を上がった先を覗き込む。
食事の乗ったトレイの代わりにそこにあったのは――
( ><)『ニュッくんと、おはなししたいですか?』
わずかな蒸し暑さだけを残し静まり返った廊下に、影も残さず立っていたのはあの人形だった。
銀色の髪。深く伏せられた瞳。繊細に組み合わさった指先。ジョイント式の関節。白い肌に淡く頬色を差した人形は、確かな『人のこどもの声』で私に語り掛けてきた。
( <●><●>)「――これ、は……」
( ><)『ニュッくんのおとうさん……? ですよね、えへへ。ぼくはビロードっていいます!』
シャツの裾を指先で握りしめ、こちらを見上げるしぐさ。小さな唇は微笑みの形から言葉を紡ぎ、また淡い笑みに戻る。
背中を伝う嫌な汗。
ああ、また夢か。それとも、『いよいよ』なのか。
この目の前にあるものが現実なら、とっくに私は私をやめてしまいそうだというのに。
192
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:22:38 ID:0vH0sg520
その瞬間、頭によぎったのは憎悪だった。
この人形が、私の息子を狂わせたのだ。
あの夢の中で組み立てた手足の中の数々の、なんとおぞましいこと。毒々しい色をした怪物の腕、歪んだ腕、虫の腕、獣の腕、翼の腕。そうだ、この人形は怪物なのだ。
人の姿を模倣した怪物。人の声を真似る怪物。そうして、人を狂わせる怪物。この人形こそ、そうに違いないのだ。
だから、私はこの人形を壊さなくてはいけなかった。
193
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:23:04 ID:0vH0sg520
息子の部屋の前に立つ人形に、目線を合わせるようにかがみこんだ。首を傾げ、もしもしと手足を動かす人形に手を伸ばし――思い切り、頭を掴みあげる。
( ><)『っ、い、いたいんです! やめて、っおとうさっ』
( <●><●>)「……誰が、誰がお父さんですか。この、怪物が……!」
指先に絡まる細い繊維質な髪と、生暖かい空気が入り混じる。部屋の大気が体温のようにまとわりつき、まるで生き物のようだと錯覚させる。
私は思い切り力を込めて人形を床に叩き付けた。フローリングとぶつかり合ったプラスチック製の体はそう簡単に壊れることはなく、わずかに首や腕が曲がるだけに過ぎなかった。
私は人形の腕に手を伸ばし、思い切り引いた。片方の膝で人形の胸を床に押し付け、もう一方の手で頭を掴みあげながら。
194
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:23:35 ID:0vH0sg520
人形の表情が歪んだのは、こいつが単なる人形ではないからでしょう。怪物だから、こんなに苦しそうな表情を浮かべるのでしょう。
右手に掴んだ怪物の腕を強く引くと、人間の腱のようなものが伸縮し、小さな服の隙間から関節から生えた金属製の留め具が露出する。
白い腱と銀の金具で繋げられた紛い物の関節。
それを私は、思い切り引きちぎった。
( ><)『……たすけて、ったすけて、ニュッく――』
怪物が私の息子の名を呼ぶのと同時に、引き伸ばされた腱がぶちり、と切れる音がした。
その瞬間。
(;<〇><●>)「ぐ、っ……!?」
195
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:24:00 ID:0vH0sg520
突然右腕の感覚が消え、全身から力が抜ける、廊下に倒れこんで打ち付けたはずの頭に痛みは感じない。
そしてじりじりとせりあがってくるのは、忘れもしない、あの感覚だ。静電気のような、淡い衝撃が何も感じなくなったはずの全身を支配する。
( ><)『おやすみなさい、なんです』
床に倒れ伏していたはずの人形は私を見下ろし、薄い笑みを浮かべて笑っていた。
196
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:24:30 ID:0vH0sg520
少しだけ埃じみた部屋の中、私は目を覚ました。
床は柔らかい毛の絨毯で、天井は起き上がろうとすると、頭をぶつけてしまいそうなほどに低い。
( <●><●>)(……ここは)
伏せたままに周囲を見渡す。三方には闇、そして一方にだけ、柔らかな光があった。耳に聞こえてくるのは、聞き覚えのある子どもの声だった。
( ν )「――――」
その声は上から聞こえてくる。穏やかな息子の声を頼りに、私は光の方へ這いずろうとする、が。
( <●><●>)(……な、ぜ)
身体がうまく動かない。いや、正確に言えば左半身が――左腕の感覚が、左腕の存在ごと失われている。
まるで、むしりとられたように。
私が、あの人形にしたように。
197
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:25:01 ID:0vH0sg520
私は倒れこんだまま光の先を見つめる。初めはぼんやりとしか認識できなかったそれらが明確なシルエットをもって動き出す。
白くて短い足がうろうろと、魚の尾びれのようなものが時折ふらふらと。色とりどりのそれらはまぎれもない、息子が幼いころから大切にしていたぬいぐるみ達だった。
何とか片腕と足だけで這い進めないか試みるが、どうも足のお感覚が妙でうまく進む事が出来なかった。
仕方なく片腕だけで這うように進んでいると、忙しなく動き回るぬいぐるみの集団の中、ぼんやりと寝そべる個体と目が合う。
爪'ー`)y-『……?』
やや色あせた褐色の体。自分のしっぽを背もたれにするように手足をたらんと垂らしているのは、妻がかつてコンちゃんと呼んでいたキツネのぬいぐるみだった。
それは私の方を数秒見た後にすくりと立ち上がり、丸っこい手足で器用にこちらへ歩き出した。
198
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:25:23 ID:0vH0sg520
爪'ー`)y-『――ニュッくん、ベッドの下。なんかいるよ』
( ^ω^)『おっ?……もしかしてニュッくん、またブーンたちにないしょでおともだちふやしたのかお?』
( ^ν^)「んー……なんだろ。虫?」
光のある方から声が聞こえると同時に、それを遮るような影が降りてくる。それは、さかさまにこちらを覗く息子の顔だった。
( v^v)「……あ、ほんとだ」
にゅ、と白い腕が伸び、私の体を掴みあげた。驚くことに私は息子の手の中にすっぽりと収まる大きさになっており、やはりというべきか、左腕がちぎられたように失われていた。
( ;<●><●>)(――ニュッ、助けてください!)
声を出そうにも声が出ない。私がいた暗がりはベッドの下だったのでしょう、息子はするりと腕を伸ばして私を暗がりから引き出すと、体をやや乱暴にパンパンとはたいて埃を落とし、まじまじと見つめてくる。
199
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:25:46 ID:0vH0sg520
( ^ν^)「ん……ドクオ、さいほー箱。ツン、綿持ってきて」
('A`)『まかせろりー』
ξ゚⊿゚)ξ『りょーかいっ!』
私は目を――その時の私の体に果たしてどんな目がついていたかはわかりませんが――ひどく疑いました。息子の声ひとつで、サメやタコの形をしたぬいぐるみ達が、すいすいと体を動かし自在に部屋のものを集めてくるのですから。
その光景に呆然としている間に、授業用の裁縫箱といくらかの綿が詰まった袋が運ばれてきました。指示を受けたぬいぐるみ以外も、こちらを見るや否や何か慌ただしく動き回ってはああでもない、こうでもないと口を揃えて悩みあうのです。
200
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:26:35 ID:0vH0sg520
( ^ν^)「……腕、ない?」
(;^ω^)『おーん、ぜんぜん見つからないお。黒い腕だおね?』
爪'ー`)y-『……ていうか、こんな奴いたっけ。名前は?』
( ^ν^)「おれも……覚えてないや。作ったのかな、ママ」
ξ゚⊿゚)ξ「ねえねえニュッくん。これでその子のおてて、作れないかなあ」
サメのぬいぐるみが短いヒレでかきまわしていたのは、随分昔にサイズが合わなくなった服の山。その中から取り出したシャツを器用に尾びれに乗せ、こちらに放り投げる。
( ^ν^)「ん……いけそう。よし、治しちゃおう」
201
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:27:00 ID:0vH0sg520
私は息子の膝の上、その手に支えられながら腕に針を通される。傍にあるのは刃先の長い裁ちばさみでざっくりと切られた生地を縫い合わせ、あらかじめ綿を詰められた腕の代替品らしきもの。
( ^ν^)「それにしてもさ」
爪'ー`)y-『ん?』
より細い縫い針に糸を通すのを手伝い、黒い糸の端を引くのはさっきのキツネのぬいぐるみだ。
( ^ν^)「誰がこんなひどいことすんだろ」
(;<●><●>)(っ……!)
赤い飾りのついた待ち針が新しい『腕』と私を繋ぐように突き刺される。すると、採血の時に刺さる針の痛みとは比べ物にならない、まるで腕に釘を打ちつけられたような痛みが体に走った。
息子は目を凝らしながら私の腕に針を打つ。そのたびに激しい痛みが続き、しかも息子の手に握られてからというものの、私は一切の身動きが取れなくなっていた。
202
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:27:32 ID:0vH0sg520
ぶすり。
( ^ν^)「切ったって感じじゃないな……ちぎったって感じ」
ぶすり。
( ^ν^)「ぬいぐるみにこんなひどいこと、するなよ」
ぶすり。
( ^ν^)「……そんな事、するやつは……」
待ち針を差す手が止まり、息子が私をじっと見る。
その目はひどく冷たかった。
(;<〇><●>)(ああ、お願いです。やめて、やめてください――!)
いつの間にか縫い針を持っていた手には再び裁ちばさみが握られていた。さっきより強く、まるで握りつぶすように私の体を掴みながら、ニュッは私を睨んでいた。
まるで全て知っているかのように。私があの人形を壊したことを、その報いを今受けていることを!
203
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:27:59 ID:0vH0sg520
( ><)『こわしちゃうんですか?』
私の体を体にステンレスの刃先が挟みこもうとするその瞬間、隣から聞こえたのはあの『怪物』の声だった。
( ^ν^)「……ビロード」
まるで憑き物が落ちたかの様に表情を和らげる息子。そのままハサミを下ろすと、どうやら一部始終を固唾を飲んで見守っていたらしい糸を持ったキツネもふう、と一つ息をつく。
人形は子供らしいしぐさで両手で頬杖をつきながらベッドの上からこちらを見上げている。よく見れば私が引きちぎった腕はすっかり元に戻り、ベッドの縁から下ろした足をふらふらと揺らしている。
( ><)『そのひと、ほんとにニュッくんのじゃないんですか?』
( ^ν^)「……わかんない。けど……」
私の胴体を握りしめていた手の力が徐々に緩む。なんとかもがいて逃げ出そうとしたが、未だ私の腕に突き刺さったままの待ち針が身動きを取ろうとするたびにギリギリと骨を締め上げるような痛みを伝えてくる。
204
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:28:24 ID:0vH0sg520
( ^ν^)「わかんないけど、やっぱり治そう」
それから息子は私に突き刺さった待ち針を一本ずつ抜き、新しく作った腕と私の肩を細糸で見事に縫い合わせていく。不思議と腕を縫い合わせるときに針が行き来するのに痛みを感じることはなく、それどころか、新しい腕がつながっていくごとにゆっくりと左腕の感覚が取り戻されていくのです。
感じるのは、息子の指先の暖かな体温。
最後の針が通り、丁寧に留められた糸を切れば、私はすっかりと体の感覚を取り戻していた。
ξ゚⊿゚)ξ『おおー』
爪'ー`)y-『相変わらず器用だねえ』
息子に抱き上げられ、左右の手足をふりふり、踊るように動かされる。さぞ滑稽でしょうが、おかげで息子のさっきの憎悪じみた感情はどこかに消え失せ、いつもの部屋でぬいぐるみと遊んでいる時のような純粋な表情に戻っていた。
205
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:28:52 ID:0vH0sg520
( ^ω^)『きみきみ、おなまえは?』
('A`)『ニュッくんのじゃないから、名前なんかないんじゃないか?』
ひとしきり手足をもみくちゃに動かされて床に下ろされると、先ほど裁縫箱やら布やらを探し回っていたぬいぐるみが近づいてくる。すべて自分の力で動き回り、自分の言葉を話しながら――明確な意思を持ちながら。
( ^ω^)『……お、このぬいぐるみ、お口がないお!』
その中で、白くてやけに丸っこいぬいぐるみがこちらをまじまじと見つめてくる。ぐるぐると周囲を回ったり、顔を覗いては首を傾げたり。
とにかく、今の私はそのぬいぐるみと同じくらいの大きさになっているらしい、という事がぬいぐるみ的目線で理解できた事だけは確かだった。
( <●><●>)(……そして、ぬいぐるみには口がないと喋れない、という事ですか)
206
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:29:14 ID:0vH0sg520
確かに、この部屋にいるぬいぐるみ達には皆口がある。それはあの怪物――いや、人形も一緒だった。私は手頃な反射物を探し、古いゲーム機の仕舞われているガラス戸に近づく。
( <●><●>)(まるで童話か絵本ですね)
ガラスに映った私は、黒っぽい布地の上にボタンの目が二つ簡易的に縫いつけられただけの顔に同じく真っ黒な体をしていた。他に刺繍や飾りなどはなく、ただ左腕に生地の違う腕があるだけ。
まるで焼き損ねたジンジャ―ブレッドマンのような姿に思わず目を背けると、いつのまにかぬいぐるみたちの群れと離れた所に立つ人形とガラス越しに目が合った。
207
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:29:37 ID:0vH0sg520
( ><)『よかったですね、ニュッくんになおしてもらえて!』
頭の大きさに重心を取られて右へ左へとふらふらするぬいぐるみと違い、人形はきちんと重心の真ん中に据えた歩き方をしてlこちらに歩み寄る。恐らく頭一つ分ほど高い位置から屈むように寄せられた笑顔は、大人しげな印象をこちらに与えつつもやはり幼い子供を連想させた。
( ><)『ぼくのうでも、ニュッくんがなおしてくれたんです!』
青色のスカーフが巻かれたセーラーシャツをまとった腕が面前に広げられる。まるで筋肉を持つようにしなやかに曲がる関節の継ぎ目には傷のひとつない。
私が組み立て、私が壊した腕。
丁寧に瞳を覆うよう植え付けられた睫毛の下、わずかに見開かれた瞳と目が合う。
( ><)『これでもう、おともだちですね』
人形は、縫い合わされた私の手に触れる。部屋の中の薄暗い照明を反射する銀の髪がわずかに揺れ、微笑みを浮かべる表情が覗く。
そうして眠るように閉じられた瞼をわずかに開き、そのまま私の腕を――
引きちぎった。
208
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:31:09 ID:0vH0sg520
(;<●><●>)「ッ、――!!」
突如切り替わった意識。倒れ込んでいた身体を恐る恐る起こせば、そこは確かに蒸し暑さの抜けた家の廊下だった。
扉の向こうは静まり返り、目の前にはすっかり食事を平らげた後の食器のトレイだけが置かれていた。
209
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:31:32 ID:0vH0sg520
(´・_ゝ・`)
从'ー'从
(,,゚Д゚)
('、`*川
あの夢以来、怪物は姿を変え、夜な夜な夢の中に現れては私の腕を引きちぎる。
同僚、通行人、妻、挙句の果てには電車のドアに化け、何度も何度も逃すまいと私の腕を断ち切ろうとする。
その度に脂汗をかきながら目覚め、恐る恐る寝巻の下に手をやって自分の腕があるかを確かめる日々が続いた。ひどい時には電車で居眠りをした時、隣に座る乗客の姿に化けてきたことすらもあった。
210
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:31:54 ID:0vH0sg520
ええ。今、私は白状することにします。
私は仕事と、彼女への自由を単なる言い訳にしてあの家から逃げ出したのです。
我々を見失い、おもちゃ箱のような部屋に閉じこもる息子が嫌になったわけじゃない。何もかもを妻に放り投げてしまう事だって、本当はしたくなかった。
ただ、恐ろしかったのです。
( ><)
私が一人で居るときに、ニュッが眠っているときに、私が眠っているときに。あらゆる無意識の中から湧き出ては執拗に語り掛けてくるあの人形が、怖くて怖くてたまらなかったのです。
私は、あの得体のしれない人形から逃げるために大切なもの全て――家族と妻を、「あの事件のトラウマから離して療養させるため」と昔の家に押し付け私一人がこの家に残ったのです。
211
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:32:25 ID:0vH0sg520
そして、今。
( <●><●>)「……」
妻の願いを以て再び私がまだ結婚する前に暮らしていた家――私が妻と息子を置き去りにした――に帰ってきて、真っ先に考えたのは息子と、あの人形のことでした。
あの人形と離れてからというもの、私は独り家に残ったままでも悪い夢を見ることはなくなりました。あの頃の私は家族と引き換えに安寧の孤独を手にし、それ自体は不思議と虚しくもなく、悪夢から解放されたというだけでむしろ望んでいたことのようにすら感じていました。
今、私は息子と二人、ずっと昔の家にいる。
あの人形は、この家に居るのでしょうか。
もしそうだとして、私は彼女から託されたことを成す事が出来るのでしょうか。
私は言いようのない不安の中、無意識に仕事用にしていたガラケーに手を伸ばしました。
そこに、たった一つ残された連絡先。
――「はい、旭心療内科」
( <●><●>)「……アサピー?」
212
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:32:55 ID:0vH0sg520
電話口に事の次第を話せば、あれよあれよと事は進む。
言われるがままに真新しい外装のクリニックに立ち入れば、くたびれた白衣に促されるまま「診察室」と木製の札がかけられた部屋に通された。
事の次第を端的に話してすぐさま怒号と平手をもらった後、私は聞かれるがままにすべてを答えた。あの事件の後に怒ったこと、私の見た夢、妻の病気。私が家族を置き去りに逃げ出したこと。すべて、何もかも。
平手を振るった手でペンを握り、アサピーはこちらに質問を投げかける時以外は黙しながらも明確な軽蔑を分厚い眼鏡の奥の目に宿しながら話を聞いていた。時折話の節々に出てくる単語をカルテに書き連ねてはため息をつき、私が言い澱むたびにカップの中身を傾ける。
そして最後の質問に私がひとしきり答え終えた後、とつとつとこめかみをペンで叩き、それからくるりと椅子を回してこちらに向き直った。
213
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:33:18 ID:0vH0sg520
(-@∀@)「……ああ、僕が言ったんだっけ? どっか離れた場所に行って静かに暮らせって。確かにあそこはいいよね、住宅街にしてもそんなに人は多くないし、駅前だって静かだ。少なくともマスコミに追われる心配だってないさ。昔の家ね、確か僕も一回行ったっけ?」
( <●><●>)「はい……私は二人をあの家に置き去りにして、三人で暮らしていた時の家に一人残りました」
(-@∀@)「ったく、単なる浮気やら蒸発よりタチ悪いよ、それ。だって奥さん、『君と息子の為』なーんて言われたら君のこと責められないじゃん。単なる逃げだよ逃げ、そんなのはエゴなの」
改めて思うと返す言葉もなかった。きっと優しいペニサスは私を恨むことも出来ず、ただ息子の面倒を見ながら病にむしばまれていったのだ。ともすれば、病よりも彼女を蝕んだのは他でもない私なのではないだろうかと思うことしかできなかった。
(-@∀@)「おまけにここまで手遅れになってようやく僕に縋ってくるなんてね、もっと早く言ってくれればよかったのに。……まあ、総合病院時代だったら断ってたかもしれないけどさ、開業医なんか張り紙一枚で休診できちゃうんだから」
214
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:33:47 ID:0vH0sg520
( <●><●>)「……アサピー、私はどうすれば」
(-@∀@)「どうすればもこうすればもないよ。バカに出す薬なんかないし、そもそも患者本人が来てないのに。それとも何だい、君が患者だって言いたいのかい? とりあえず、今日のところはそれ持って帰れよ」
斜体じみた文字が書き連ねられたカルテの上、大きなため息とともに乱雑に置かれたのは一冊の大学ノートだった。
はーあ、とわざとらしい声と共に椅子に背を広げ、空になったカップを乱雑に机の隅に放る彼とノートをしばらく交互に見る。
( <●><●>)「……反省文、ですか」
(-@∀@)「バーカ、誰が読むかよ」
試しに開いたページも、その次のページも、その次のページも規則正しい罫線だけのまっさらな白紙。どこにも何も書かれていない、新品の大学ノート。背表紙のざらついたテープの触感なんて、いよいよ学生以来だ。
(-@∀@)「……とりあえず一か月、キミが息子くんと同じ家でどんな風に過ごして何を思ったかをそこに書いて持ってきて。ちゃんと逃げずに続けられたら、次の手を差し伸べてやるよ」
( <●><●>)「……わかりました」
(-@∀@)「あ、今日はもう休診日だからそのまま帰っていいけど、来月はちゃんと受付通してよね」
( <●><●>)「はい」
215
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:34:09 ID:0vH0sg520
診察室のドアを出ると、先ほどボールペンを落とした看護士が帰り支度もそぞろにおずおずと一か月後の予約を書かれた診察券を手渡してきた。
『旭心療内科』と書かれた緑を基調とした診察券と大学ノートを鞄にしまい、私は電源の切られた自動ドアを手で引いて家路についた。
( <●><●>)「……きちんと向き合うこと、ですか」
とりあえず、持ち去られてしまったキャリーケースを返してもらうことから始めるべきだろうか。もう何年も子供と触れ合ってこなかった私には、既に父親として向き合うという方法がわからなくなっていた。
( <●><●>)(まあ、向こうが私のことを忘れてくれていたのが幸いでしたか)
空はまだ薄暗い程度だというのに、車道は空車を知らせるタクシーの鈍行が通り過ぎるばかりですっかり人気はなくなっていた。
俄かに空腹を感じる腹をさすり、とりあえずやはり卵ぐらいは買って帰ろうかと財布の中身を確かめた。
216
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:34:43 ID:0vH0sg520
第7話:おはよう、さあ始めよう!
おしまい。
217
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 23:08:37 ID:krYa36LU0
乙
218
:
名無しさん
:2023/07/06(木) 00:02:36 ID:8C./LN.A0
乙
219
:
名無しさん
:2023/07/06(木) 12:35:50 ID:WdwWS4qQ0
乙!
夢怖え……
220
:
名無しさん
:2023/07/08(土) 00:49:12 ID:PTRXhtb20
乙
力技じゃ敵わなそうだしニュッ君本人とはろくに話もできないし、
打つ手に困っちゃうね……
221
:
名無しさん
:2023/07/08(土) 17:34:37 ID:NGhwEzd20
乙
ビロードなんか怖いな
222
:
名無しさん
:2023/09/02(土) 19:40:24 ID:7zvadOMg0
好きです。続き待ってます!
https://downloadx.getuploader.com/g/3%7Cboonnews/259/fuwafuwa.PNG
223
:
名無しさん
:2023/09/11(月) 01:35:29 ID:JncHkLXU0
素敵な支援絵来てた
ビロードは目を閉じているはずなのに、じっと見られているように感じてドキッとした
224
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:37:36 ID:Zc9hmM.E0
第8話:はじまりは、こうしてうまれた
225
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:37:57 ID:Zc9hmM.E0
たくさんいたくて、こわくて、くらくて。
( ><)
じぶんがどんどんばらばらになって。
( )
さむくて、さむくて、それからいっしゅんだけあつくなって。
226
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:38:20 ID:Zc9hmM.E0
( --)
( ;ν;)
( ><)
気づけばぼくは、だいすきなあの子のひざの上にいました。
227
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:38:40 ID:Zc9hmM.E0
重たいあたまをもちあげて、あたたかい雨がおでこや耳、ほっぺに落ちるのをただ見ていました。
それは、だいすきなニュッくんのなみだ。
ニュッくんは、ぼくのあたまとおなかだけになった体を抱きしめながら泣いていました。
( ><)『――――』
泣かないで、そう言いたいのに声は出てこなくて。
それじゃあせめて、と手を伸ばそうにもそこにはなにもなくて。
( ><)(……ああ、ぼくは)
ぼくにはなにもできませんでした。
だって、ぼくは、ばらばらになってしまったのですから。
228
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:39:01 ID:Zc9hmM.E0
青色の毛布をひっぱって、ニュッくんはぼくを包むように抱きしめます。
ニュッくんのあたたかさがほんのちょっとずつ伝わってきます。
それでもぽろぽろ、雨は止みません。ぼくのあたまが毛布と一緒にびしょびしょになっても、それでも。
( ><)(ニュッくん、なかないで)
ぼくの手は、ひじから先がなくなっていました。
( ><)(ぼくが、ついてますから)
ぼくの足は、ひざから下がちゅうぶらりんでした。
だけど、ニュッくんはわらっていました。
229
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:39:44 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「……だいじょうぶ」
ニュッくんは泣きながら笑って、ばらばらに落ちているぼくの足を組み立てて。
( ^ν^)「たんじょうびだから、お願いしたんだ」
一つずつ、一つずつ組み立てて。
( ^ν^)「『ビロードにあいたい』って」
ぱちん。ぱちん。
小さなパーツが組み合わさる音。
ぼくはまだ目のふちに涙を残したまま笑うニュッくんを見上げている。
ばらばらにされた足が、手が、からだがちょっとずつ組みあがる。
230
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:40:32 ID:Zc9hmM.E0
かちり。
( ><)
( ^ν^)「……できたよ、ビロード」
( ><)「…………」
首とおなかが、おなかと手足がつながって。
( ><)「にゅ……っ、くん……」
ぼくはもういちど、ぼくになった。
231
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:40:57 ID:Zc9hmM.E0
ニュッくんはぼくをまるで赤ちゃんみたいに両手で抱き上げ、そのままゆっくりとおでこにキスをしてくれました。
少しずつ、少しずつ力を取り戻していく手足。新しい体。
おもちゃみたいにまっしろで、おかあさんにぶたれた跡も残ってない。
( ^ν^)「これで、もとどおり」
ゆっくりと首を回して、すみずみまで見る。お人形の体。
( ><)「おとなになっても、ぼくとあそんでくれますか?」
( ^ν^)「……うん。ずっと、いっしょだから」
( ><)「ぼくが、おにんぎょうでも?」
( ^ν^)「うん」
232
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:41:19 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「おやすみ、ビロード」
ぼくはニュッくんの指をにぎって、ふかふかのまくらにうもれていきました。
233
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:41:41 ID:Zc9hmM.E0
それから、数えきれないくらい、ずっと。
( ^ν^)
(*><)
ぼくたちは、ずっといっしょにいました。
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ
('A`)
爪'ー`)y-
ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと。
ずーーっと、いっしょに。
234
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:42:08 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)
ニュッくんの背はどんどん伸びて、ぼくは机の上にいないと見つけてもらえなくなりました。
( ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ爪'ー`)y-('A`)
ぬいぐるみのみんなはぼくより大きいので、ぼくみたいには困っていませんでした。
( ><)
なんだかちょっとさみしかったんです。
235
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:42:31 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)
ちょっとずつ、ニュッくんの声はおとなの声になっていきました。
(* ν )
よなかに、みんなに隠れてなにかをしていたりもします。
( ><)
ぼくはおにんぎょうなので、ニュッくんみたいに大きくなることができません。
だから、おとなになっていくニュッくんを、毛布の中にうもれてながめる事しかできませんでした。
トーストの匂い。女の人の声。おともだちの話し声。ニュッくんの声。くらいおへや。それから朝が来て、トーストの匂いがして、女の人の声がして、みんながおはなし。そのくりかえし。
236
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:42:51 ID:Zc9hmM.E0
ぼくは、使われなくなった教科書の山の上でただそれをじっとみつめていました。ずっとずっと、同じ一日のくりかえしを。
そのうち、匂いと物音だけで日の動きが分かるようになってから、ぼくはじっと目をつむっていました。
そうしたら、いつのまにか目は溶けたように開かなくなりました。
日差しがあたたかい窓辺にもたれるように眠っていたら、いつのまにかそうなっていました。
237
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:43:11 ID:Zc9hmM.E0
( ><)
どろり。
首のあたりがべとべとします。
開かなくなった目をこじ開けようとしたら、そこも同じようにべたべたと濡れていました。
( )
口を開こうとしても、べたべたしたものに覆われてうまく声が出ません。
どろり。
首がぐらぐらして動きません。
238
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:43:35 ID:Zc9hmM.E0
ど
ろ
り。
239
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:43:57 ID:Zc9hmM.E0
ことん。
小さな音を聞いたのは、フローリングをさまようもの。
('A`)「?」
床を這う這う8本足。拾い上げたのは、小さな小さな人形の頭。
べたり。布地にとろけたインク染み。散らかる、白い白い髪。
(;'A`)「こりゃまずい!」
すいすいすい。フローリングを泳ぐ足、次々みんなを叩き起こす。
( つω-)「お?」
爪'ー`)y「……zzZ」
ξ´⊿`)ξ「何よう、まだ明け方じゃない……」
カーテンの奥はほのかな紺。毛布の主は、夢の中。
けれどもみんなは目覚めます。なぜなら今は、緊急事態。
240
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:44:24 ID:Zc9hmM.E0
('A`)「ビロードが、ビロードが!」
( --)
ぐにゃり、ひしゃげた首の軸。どろり、溶け出すその表情。
ぬいぐるみには、わかりません。どうしてなのか、わかりません。
日光、閉所、なんのその。汚れたのなら洗えばいい、綿が減ったら詰めればいい。
縫って、洗って、張り替えて。けれどもそれは、できません。
なぜなら彼はお人形。それも、あの子のお気に入り!
爪'ー`)y「……日に当たりすぎて、溶けてるな」
(;^ω^)「おっお、ソフビの宿命だお。お人形さんには、窓辺はちょっと暑すぎたんだお」
あわあわ、頭を抱えます。綿の詰まったおつむりを、みんなで抱えてなやみます。
机に倒れた体から、ころんとはずれたその頭。ちいさなおつむり囲みつつ、みんながおつむを抱えます。
241
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:44:51 ID:Zc9hmM.E0
なんとかしなきゃ、どうすれば。朝が来たならあの子が起きる。
あの子が見たら、悲しむよ。
大事なあの子が壊れたら、今度はあの子も壊れちゃう!
ξ;゚⊿゚)ξ「どうしよう、どうしよう!」
爪'ー`)y「ドクオ、机の上まで頼む。俺がビロードの体を下ろすから、ツンは受け止めてくれ」
ξ;゚⊿゚)ξ「うん、うん。任せてね」
('A`)「……椅子の上から引き上げる、うまく登って」
紫色のタコの子は、細い手足を動かして、するする椅子を上ります。
三本までは自分のため。残りの五本をうんと伸ばし、次なる仲間を引き上げます。
('A`)「つかまって!」
爪'ー`)y「よっ、ほっ、しょ……!」
ぽてぽて、ふっくら、ちいさな手足。ぴょんぴょん跳ねて頑張るけれど、ちょっぴり高さが足りません。
そこで登場、まんまるの子。おあげの色のキツネの子、うんしょと持ち上げ支えます。
(#^ω^)「ふぁ、い、とーっ」
('A`)「いっ……!」
爪#'ー`)y「ぱーーつ!」
242
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:45:18 ID:Zc9hmM.E0
つなぎつながれ白、茶、紫。ぽふりと到着、机の上。
えんぴつ、消しゴム、ライトに本。たくさん散らかる小舞台。今まで過ごした床の上、毛布の上まで見渡せる。
爪'ー`)y「……ふう、なんとか!」
('A`)「多分、窓のとこかな」
ξ゚⊿゚)ξ「わたし、ここにいるからね!」
ホコリにちょっぴり足取られ、そーっと進むよ木目の道。落ちたらも一度上り直し。朝日があの子を起こすまで、時間はそろそろ迫ってる。
243
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:45:39 ID:Zc9hmM.E0
爪'ー`)y「……ビロード」
そこには、くたり、小さな子。首から上を失って、まだ暗い窓辺に倒れ伏す。
なんだかすごくさみしくて、とってもとっても悲しい姿。
爪'ー`)y「よいしょ」
小さな手足を抱き上げて、そうっと汚れた部分に触れる。お気に入りだった襟付きシャツも、ちょっぴりホコリをかぶってて、とっても悲しい、おもちゃの末路。
爪'ー`)y「……ツン! しっかりキャッチしろよ!」
ξ゚⊿゚)ξ「まかせなさい!」
ヒレをふりふり、合図を送るやさしいサメの女の子。大丈夫、きっとうまくいく。
見下ろすほどに遠い床、おおきなヒレを目じるしに――おおきく、おおきく飛び下りた!
244
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:46:02 ID:Zc9hmM.E0
どしん、ぽふ。
(#)×ω×)「ぶ、ぶ……」
('A`)「ブーン、ナイスリカバー」
爪'ー`)y「すまん、ビロードを守るので精一杯だった」
キツネのしっぽは白の子に、けれど守った体はヒレの中。
(#)^ω^)「……おっ!ビロードがだいじょぶならだいじょぶだお!」
ξ゚⊿゚)ξ「いそいで治してあげなくちゃ」
ぽふぽふ、ぽん。
( ^ω^)+
ちょっぴりつぶれたほっぺたも、綿をほぐせば元通り。
だけどこの子はどうしよう。
お顔はどろどろ、ちょっとべたべた。お首はぐらぐら、げんきがない。
245
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:46:25 ID:Zc9hmM.E0
どたどた、ぱたぱた、さわがしく。ぬいぐるみたちは考えました。
けれど、答えは見つからない。だいじなともだち、どうしよう!
( つν-)「ん……」
もぞり、毛布が動きだす。隠す? ごまかす? うそをつく?
だめだめ、あの子とみんなにヒミツは無し。
爪;'ー`)y
ξ;゚⊿゚)ξ
(;'A`)
(;^ω^)
( ^ν^)「……どしたの、みんな固まって」
246
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:46:45 ID:Zc9hmM.E0
爪;'ー`)y「じ、実は……」
みんな、こわごわ場所開けて。後ろに隠した”それ”を出す。
( --)
ひくり。喉奥息呑む声に、どきり、毛玉の心臓脈打つ。
( ν )
ほろほろ流れていく涙。あの子は気づいてしまったよ。
永遠なんてないんだって。物は壊れて、人は死ぬ。
( ;ω;)
爪'ー`)y
だけど、「ぼくら」は知っている。あの子が何を選ぶのか。あの子が何を望むのか。
動かなくなった「ともだち」を、どうしてしまうか知っている。
247
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:47:07 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「……ちょっと、出てくる」
前髪くしゃり整えて、涙目拭って起き上がる。着たきりパジャマを脱ぎ捨てて、少し小さくなったシャツを着て。ずいぶん昔に見たような、あの子の姿になっていく。
まっすぐ朝日をねめつけて、それでも少し、震えてる。大事な「ともだち」腕に抱き、こわごわ、ドアを開けてった。
ξ;゚⊿゚)ξ「ねえ、ビロード……ニュッくんも、だいじょうぶかな」
爪'ー`)y「……大丈夫、だと信じたいね」
ふうと一息、そわそわと。すっかり朝日のカーテンに照らされぼくら、おるすばん。
かわいいあの子はどうなるの、大事なあの子はどうなるの? どきどき、はらはら、気が気じゃない。
248
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:47:46 ID:Zc9hmM.E0
( ´ω`)「おーん。ニュッくん、かなしそうだったお」
ξ゚⊿゚)ξ「でも、あの子はだーいじな子だよ。きっときれいにするんだよ」
('A`)「でも、最近あんまり遊んでなかったよな」
爪'ー`)y「……ニュッくん、でっかくなったよなあ」
しょんぼり、ぽふぽふ、おまんじゅう。ヒレ、足、しっぽにたたかれて、なぐさめられても心配顔。
だってぼくらはぬいぐるみ。みんなそれぞれ動けても、みんなでお外は出られない。ひとりの背中を見送って、帰ってくるのを待っている。
それが、ぼくたちぬいぐるみ。大事な家族を待っている、おうちで待つのがぼくらの役目。
249
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:49:17 ID:Zc9hmM.E0
遊ばれなくなったおもちゃ。ほつれて壊れたぬいぐるみ。それらが辿る道筋が人間の末路より簡単なものなのは分かっていた。
細かく数えるのをやめて、随分経った。けど、数年ぶりに降りてきたリビングは、やけに寒々しくて、明るかった。
('、`*川「あら……?」
記憶の中の姿よりずいぶん縮んだ姿の母親。まだ夜が明けたばかりなのに、寝間着姿のままテレビもつけないリビングで何か黒っぽい手元の布切れをいじっていた。
( ^ν^)「……あ、お……」
おはよう、の当たり前の言葉すら出なかった。自分の声も忘れるぐらい、『人』と話すことが無くなっていたから。
('、`*川「……」
('ー`*川「おはよう、ニュッくん」
ママは、何も言わずに俺を抱きしめてくれた。俺より高かったはずの頭の位置は少し低い場所にあったけど、体温は変わらず温かかった。
250
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:49:37 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「……これ」
テーブルに座って、麦茶を飲むと乾いた喉が幾分マシになった。手の中でずっと握りしめていたものを机に置いた。
頭と胴が離れた人形。いつの間にか持っていた、何よりも大切だったはずのもの。
('、`*川「これ……ずっと持ってたの?」
( ^ν^)「うん」
目を見開くままの肩越しに見るカレンダーは、西暦の横の言葉がすっかり変わっていた。俺はアリスのような気分を覚えつつ、それでも滑らかに舌に乗る言葉としてビロード、とつぶやいた。
かたん。思い切り引かれた椅子が後ろのキッチンにぶつかった。立ち上がったママは、どこかに遊びに行くときみたいな表情で机をポンと叩いて言った。
('、`*川「ニュッくん、ママとお出かけしよっか!」
251
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:49:57 ID:Zc9hmM.E0
久方ぶりに乗った電車は座席が妙に真新しくなって、ご丁寧にヘッドレストまでついていた。妙な居心地の悪さを感じながらに揺られ、促されるままに降りた街はまだ朝方だというのに観光客らしき人影がやけに目立っていた。
('、`*川「むかーし……ママがまだ学生だった頃にね、ここで素敵なお人形を見たの」
ぽつぽつと語りながら歩くママについて歩く。
昔は歩幅を合わせられる側だった自分が歩幅を合わせる必要もなくなったこと、大股で飛び越していた白線が自然と歩幅の間隔になっていたこと。
かつてねだったゲームの広告は絵が随分変わっていて、外を見れば見るほど奇妙な感じだった。
('、`*川「何か飲む?」
( ^ν^)「……ううん」
今じゃ背伸びをしないと届かなかった自動販売機の一番上も、軽く手をあげるだけで届いてしまうほどに。
252
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:50:24 ID:Zc9hmM.E0
('、`*川「学校の帰り道だったから、今でも覚えてるんだけど……うぅん」
奇妙な絵を並べるギャラリーや妙に高いアイスクリームを売る屋台。車一台通るのがやっとの路地を縫うように歩く、歩く。
それから何本かの坂を上って、降りて、上って。桁を一つ間違えた千円カットの店、バターの香りを漂わせるパンケーキ屋を通り過ぎる。
('ー`*川「そう、そう! こっちだよ、ニュッくん!」
ふと街路樹の隙間に日が差し、教会のような建物が頭を覗かせる。途端、ママは俺の手をにぎって駆けだした。
石階段を下り、ガラス造りの建物を通り過ぎて、走ったその先。
253
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:50:45 ID:Zc9hmM.E0
そこに煌びやかなショーウインドウはなく、何かの建物を元に作ったらしい真新しい結婚式会場。入口にはチェーンがかかり、今日にも式を挙げるであろう二人の名前が書かれたボードが立てられているばかり。
('、`*川「……」
聞こえないくらい小さなため息。辺りを見渡しても、コーヒーチェーンの看板やまだ開店していない喫茶店ばかりが軒を連ねているだけ。
( ^ν^)「無くなった」
('、`*川「そう……みたいねぇ」
明らかに俺よりも肩を落としているママを覗き込む。すると、その奥にも細い路地が続いているようだった。
小さく指をさしてみれば、首をかしげてこんな道あったかな、なんて漏らして好奇心のまま歩みゆく。
254
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:56:20 ID:Zc9hmM.E0
コンクリートで埋められた壁と追いやられた民家の狭間、ふと小さな灯りを漏らす雑貨屋が目に入る。真鍮製のドアノブに手を伸ばしたのは、同時。
( ´_ゝ`)「いらっしゃい」
エプロン姿の店員は小型の望遠鏡みたいなものを片手に何かの螺旋を回している。わあ、なんて声を漏らして瓦斯灯の下をふらふら歩きまわるママは所狭しと並んだ西洋雑貨に夢中だった。
木製のくるみ割り人形によくわからない織物。日差しを避けるような立地のせいで、店内は明かりが灯っていても薄暗かった。
小さなテーブルに並ぶ木彫りの像やガラス細工。何段にも重なった棚の上にはペンが並んでいる真横に剥き身のナイフが置かれていたり、陳列しているというよりはただ雑然と放っているだけにも見えた。
255
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:56:53 ID:Zc9hmM.E0
ママはあっちこっちの棚に手を伸ばしてはうんうん唸り、そのたびに首をかしげるシルエットが壁に映る。
俺達はどうしてかこの店から離れる気にはならなくて、ただ一心不乱に壁に飾られた古びた湖の写真やブックカバーだけの本棚、針金細工の並んだ棚を眺めていた。
('、`*川「……お人形だけど、こういうのじゃないんだよね」
俺とは反対側の店内を見回っていたママが、レースの敷かれた棚から取り上げた毛糸の髪の人形をそっと戻す。ママの発した人形、という言葉に部屋の奥の店主がぴくりと肩を震わせた。
それから店主は黙ったまま螺旋巻きをカウンターの上に置き、その横に立てかけられた小さなベルをチリ、と鳴らした。
鈍く錆びた音の中に高音が響く不思議な音。その残響が消える頃、ほんの少しの足音が響いた。
256
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:57:15 ID:Zc9hmM.E0
(´<_` )「お客か」
( ´_ゝ`)「ああ、多分」
店の奥から出てきたのは、店主と瓜二つの顔をした男だった。そいつは店主と比べると少しだけ緑がかった目をしばたかせ、ママと俺を交互に見やると、ふと俺を指差してに、と笑った。
(´<_` )「一歩進んで右を向いて、それから三番目の棚を開けてごらん」
へっへ、と息だけで笑う声を残し、それきりうり二つの男はカウンターの奥へ消えていった。すっかり、気配すらも消え失せていた。
( ´_ゝ`)「だそうだ。君の一歩は、君にしかわからないよ」
しばらく固まっていた俺を促したのは店主の声だった。見れば、また拡大鏡を目に何かの螺旋をキリキリと巻いていた。
257
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:57:43 ID:Zc9hmM.E0
俺は息を呑み、足を自然に一歩、踏み出す。
それから右を向くき、たくさんの硝子戸のケースが並んでいる中から、いち、に、さんと数え、確かに三つ目だろう物の戸に触れる。
埃で汚れた硝子戸は中を薄く覆い隠している。。
俺は、舞い上がる埃に備えて目をつむり、硝子戸の古びた取っ手を引いた。
258
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:58:14 ID:Zc9hmM.E0
( ><)
( ν )「あ、あ……」
そこにいたのはビロードだった。違う。ただの人形だった。
でも、それはビロードだった。間違いなく、俺の思い出の中にいるビロードの姿をした人形だった。
硝子戸の中、クッションを内側に敷いた木製のケースの中で小さなブリキの玩具に囲まれ座る姿。
もはやすべてがガラクタにしか思えない店の中、丁寧に刺繍を施されたシャツを身にまとう人形ばかりが目に入る。
薄く伏せられた目。やわらかな頬。流れるような銀の髪。俺は思わずその手に触れそうになり、あわてて店主に向き直った。
( ´_ゝ`)
店主は螺旋を回す手を止め、静かにこちらを見ていた。
259
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:58:38 ID:Zc9hmM.E0
( ´_ゝ`)「それは、君が選んだ。そうだろう」
( ^ν^)「あ……」
( ´_ゝ`)「言葉もお代も要らないよ。さ、連れて帰っておやり。誰かがキミらを待ちわびてるようだ」
('、`*川「あの、本当にいいんですか。こんなに綺麗なのに……」
( ´_ゝ`)「その子は売りものじゃない。他の誰かが欲しいといっても売る気はない。ただ、彼が来たから譲っただけ。しかるべき主人を選んで生まれてくるものもある、そういう事だ。だからお代は頂けないよ」
そういうと主人は口をつぐみ、また螺旋回しを手にキリキリと小さな音を刻む。二人してあっけに取られていると、にわかに眉をひそめてしっし、と手を払った。
( ^ν^)「……いこう」
俺は、確かにビロードを抱きかかえ、店を出た。
今すぐ家に帰らないといけない気がした。
260
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:59:01 ID:Zc9hmM.E0
家に帰り、つっかけただけのサンダルを脱ぎ捨てて階段を駆け上がる。ママが呼び止める声も無視して部屋に飛び込むと、腕の中がもぞりと動く。
ああ、本物だ。本物だ!
これは本物のビロードだ。あの夢で手に入れたおもちゃなんかじゃない、本物だ。
だって今、こうしている間にも温かさが伝わってくる。小さな息遣いが、鼓動が、小さな指がシャツを掴む感触が伝わってくる!
おかえり。おかえり。おかえり、ビロード。
俺の友達、永遠の、友達。
( ^ν^)『……ただいま』
261
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:59:40 ID:Zc9hmM.E0
ぐらり、ぐらり。
どろり、何かに沈むような夢のあと。目が覚めると、ぼくはもういちどニュッくんの目の前にいました。
( ^ν^)「どう、動ける?」
( ><)「はいなんです!」
手足がうんと伸びる体。曖昧な一つの個体だった手が、手のひらと指の6つに分かれて感じられた。
腰をひねったり、前にかがんだり。まばたきをするたびに、自分の頬にまつ毛が当たる感触もある。
( ^ν^)「……ビロードは、俺のために生まれてきたの?」
( ><)「?……よくわかんないけど、きっとそうなんです!」
あんなに遠かったニュッくんが少し近付いて、ぬいぐるみのみんなが少し小さく見えました。
262
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:00:05 ID:Zc9hmM.E0
爪'ー`)y-「おー、見違えたね。でっかくなった」
ξ゚⊿゚)ξ「すごーい、髪もサラサラ!」
( ^ω^)「おーっきいお、ビロード!」
('A`)「……よかった」
裸足だった足にソックスが、きゅうくつでもう着れなくなった小さな洋服の代わりには青い襟のセーラー服。ツンちゃんが持ってきてくれた鏡には、きょろきょろするぼくの頭にちょこんと乗った青いリボンのマリンベレーが写っていた。
( ^ν^)「結構頑張った。どう」
(*><)「……えへへ。すっごく、すっごくうれしいんです!」
263
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:00:33 ID:Zc9hmM.E0
体の中に通った新しい「芯」をうんと伸ばし、ぴょん、と跳ねる。きりきりとしか手足の動かなかった頃の感覚を忘れるぐらい、今の身体は自由だった。
( ^ν^)「……ビロード、改めて、お誕生日おめでとう」
( ><)「ニュッくん、おぼえててくれたんですか?」
( ^ν^)「うん。カレンダーに書いてある」
ニュッくんが指差した先には古ぼけたカレンダー。一つのマスに何度もバツが書き加えられたそれはもう何年も前のものだけど、確かに僕の誕生日の日付には赤いペンで丸印がつけられていた。
( ^ν^)「ごめんな、あんまり遊べなくって」
ぼくはニュッくんのひざの上に乗る。見上げれば、ちょっぴり大人になったニュッくんの顔がすぐそこにあった。
264
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:01:15 ID:Zc9hmM.E0
( ><)「……ずっと、いっしょですか?」
( ^ν^)「うん。ずっと、いつまでもいっしょ。約束したから」
( ^ν^)「ビロードは生まれ変わったんだよ。永遠に、俺の友達」
『お誕生日おめでとう』
ドアの隙間から差し込まれた花柄のメッセージカードは、だれのもの?
265
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:01:43 ID:Zc9hmM.E0
(´<_` )「これだ」
( ´_ゝ`)「うん? ああ、こりゃ随分と」
古びた木製のドアが漏らす隙間風を受け、揃いの黒髪が揺れる。
薄暗いランプの灯りで照らされたのは、ぼろぼろの布人形とひどく傷んだ着せ替え人形。
かたや、毛羽だった布地に継ぎ接ぎの体。かたや、白い肌に黄色い油、汚れたシャツにほつれたソックス。今朝の来客に伽藍を残した棚を見やれば、にやつく男がこう漏らす。
(´<_` )「俺が思うに、これは随分だ。誰のものでもない。ただ、断ち切るだけだ」
( ´_ゝ`)「断ち切る、か。そうか」
(´<_` )「この手足が正しい以上、繋がっていたんだ。でも溶け落ちた、それも首ごと!」
( ´_ゝ`)「もし俺が、これを直したら?」
(´<_` )「ああ、ああ。それは繋がるさ。でもどうだ、も一度すっかり溶けて、おしまいだろう」
( ´_ゝ`)「折れた蝋燭も少し炙って蝋を溶かしてやればくっつくさ。多少歪でも、そうだろ?」
266
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:02:07 ID:Zc9hmM.E0
緑眼の男はへっへと笑い、店主の背中を叩いて消える。
「どうせ繋げてやるなら、紐でも通してやったらいい」
( ´_ゝ`)「そうだな」
指際で梳いてやればずるずると抜け落ちる銀の髪。嵌め込んでも劣化した樹脂同士がぬめりあってぐらつく首に、塗装も溶け落ちた顔。解れた糸の隙間から漏れ出る綿。
なるほど、これは随分だ。螺旋巻きと拡大鏡を机に置くと、ぬらぬらと立ち上る油と埃の、それこそ言葉として浮き上がるような強い匂い。
( ´_ゝ`)「繋げるか否か、決めるのは紐だ。頭と胴じゃない」
薬液を染み込ませた布で着せ替え人形を巻き、その横で薄汚れた布人形に手を伸ばす。店主のシルエットを浮かばせる瓦斯灯の光は、夜の街に窓の影すら浮かさないままだった。
267
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:02:48 ID:Zc9hmM.E0
第8話:はじまりは、こうしてうまれた
おしまい。
268
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 22:04:06 ID:Zc9hmM.E0
>>222
wow 全然スレ見てないうちにすごい支援絵!うれしい 感謝です
おまいらも見た!?
269
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 23:41:07 ID:JXdS3g160
更新嬉しい!ぬいぐるみ達可愛いな
今日ってビロードの誕生日か
270
:
名無しさん
:2023/11/07(火) 02:25:19 ID:i8Csntes0
おつです
271
:
名無しさん
:2023/11/07(火) 23:46:05 ID:uDnR6WA20
乙〜〜〜今回も良かった!好きだ
支援絵には結構前から気づいてた。すんばらしい!
272
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:19:47 ID:PdY0r5tI0
第9話 産まれ代われるか分かれるか
273
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:20:24 ID:PdY0r5tI0
いない。いない。いない。
重たいキャリーケースを放り投げ、中を必死に探しても、ママはどこにもいなかった。
( ν )「なんで、なんで、なんで」
投げ出した衣服が、手帳が、本が飛び交う。擦り切れたキャスターのもとに心配そうな顔が集まって、それでも手は止まらなくて。
キャリーの中身が空になっても、必死で底をまさぐって。
古い記憶が蘇り、いろんな形で見せてくる。
大事な誰かの■姿を。
誰かが。
誰かって
誰が?
274
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:20:45 ID:PdY0r5tI0
爪'ー`)y-「ニュッくん、落ち着けって」
しっぽがぽふぽふ、手をたたく。開いた手帳をぼうしにし、こっちを見上げるぬいぐるみ。
よく見渡せば部屋の中、シャツやハンカチ散らかって。みんなそれぞれぼうし屋さん。
(;×ω×)「いててだお」
おやおや、ひとりは本の下。ブックカバーのお布団に、すこしおもたい紙の毛布。
ほかにも靴下うけ止めて、ならべて数えていち、に、さん。
('A`)「もう持ちきれんぜ」
ξ×⊿×)ξ「ああ、前がみえない!」
シャツをかぶってお化けのサメさん、しっぽをぶんぶん振り回す。
しっぽの先は本にむかって、ぱちんと弾いておっこちた。
( ^ω^)「おー、たすかったお。ツン、じっとしてるおー」
275
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:21:36 ID:PdY0r5tI0
真白いあんよでシャツの海、ぽてぽてのんびり歩きます。みじかいヒレではたいへんな、シャツのシーツをはがしましょう。
( ^ω^)「んしょ、んしょ……」
おおきな大人のワイシャツは、ひとりじゃちょっと重たいみたい。
よいしょ、よいしょと引っぱって、ぽてんとしりもちついただけ。
( ´ω`)「おーん……」
( ^ν^)「……悪い、大丈夫か」
ξ゚⊿゚)ξ=3「ぷは。ああもう、びっくりした」
キャリーケースの夢からさめて、少年はあわてて手をのばす。それからぞろぞろ集まった、ケースの中身をたしかめる。
276
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:22:13 ID:PdY0r5tI0
( ^ν^)「……シャツ、5枚。靴下、5個。下着もハンカチもおんなじ数」
( ^ω^)「えーっと、あとご本もあったお!」
('A`)「ペンと手帳と……あとは無いか?」
みんながそれぞれ中身をあつめ、キャリーはほんとのからっぽに。ポッケの中までしんけんに、『きつね』と『たこ』が確かめます。
爪'ー`)y-「こっちはもう何にもないな」
('A`)「……そういやビロード、さっきなんか拾ってなかったか?」
( ><)「!」
はっと顔あげ、後じさる。ちいさなこどもは、壁のほう。
( ^ν^)「ビロード、なんか拾ったの?」
おおきな少年、手をのばし、ちいさなこどもの髪にふれる。さらり、流れる銀色の糸がするり指先、ながれ落ち。
ちいさなこえで、ごめんなさい。後ろにかくした四角いそれを、そっと彼へと手わたした。
277
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:22:39 ID:PdY0r5tI0
それは、ちいさな花柄のメモ。ときどきトレイに添えられて、ママと彼とをつなぐもの。
つづりを間違えたハッピーバースデーのかけら、ちいさな似顔絵、試し書き。どれも見なれたインクの色で、どれも見なれた筆跡で。
( ^ν^)「……これ」
( ><)「さっき、おっこちてきたんです。それで、これってママさんのだなって、おもって」
( ^ν^)「……なんで」
とたんに曇る、その表情。
キャリーケースと交互に見れば、ぶるり、ふるえる指の先。
それから膝を抱えながら、くしゃり。手の中、声上げた。
278
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:23:17 ID:PdY0r5tI0
わあわあ慌てるぬいぐるみ。しくしく泣いてる少年と、それを見守るちいさな子。
お外はすっかり薄暗く、どんより空気がおもたくなる。
( ;ν;)
(;^ω^)「ニュッくん、だいじょうぶかお」
爪'ー`)y-「ドクオ、ティッシュ」
('A`)「おう……」
ずび、ずび、くしゅん。鼻をかみ、すすり泣く。
かなしいの、いたいの、こわいの、どうしたの。
ぬいぐるみたちはわからない。
( ><)「ニュッくん」
かかえた膝によりそって、替えのティッシュを手わたす子。ブルーの帽子をおさえて見上げ、それでも見えない少年の顔。
( ><)「それって、ママさんからのお手紙ですか?」
ちょっぴり背伸びし手をのばし、握った花柄のぞき込む。涙ぐむ少年の手のなか、花の模様はにじんでる。
279
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:28:46 ID:PdY0r5tI0
( ;ν;)「……でも、なんで、あいつが」
ひくひく、ひっく。髪おさえ、キャリーをどん! とけとばした。みんなはびっくり飛びのいて、それからしん、と静まった。
きつねがぴょん、と飛びだして、背中にするり、よじのぼる。
爪'ー`)y-「ママさんが言ってたろ。信頼できる人が来るんだ、って」
( ;ν;)「でも、っ、俺、しらないよ、あんなの」
しっぽでトントン、背中をたたく。眠れぬ子どもをあやすように。
そのうち呼吸はおちついて、ゆっくり息を吸い込んだ。
( ^ω^)「……そうだお! 怖い人じゃないみたいだお」
ξ゚⊿゚)ξ「ニュッくん、これってその人の荷物なのよね?」
( ;ν;)「うん……」
ξ゚⊿゚)ξ「取り返しに来ないなら、きっと大丈夫よ」
ξ゚⊿゚)ξ「だーれも、ニュッくんのだいじな物、取らないわ」
( ;ν;)「……ほんと、う?」
サメの女の子、すりすりと。柔らかしっぽで寄りそった。ちいさな頭をうんうんと、うなづかせながら微笑んで。
ξ゚⊿゚)ξ「だれにも、奪わせない。これ以上……ニュッくんのことを不安にさせる奴は、私たちが許さない」
280
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:29:06 ID:PdY0r5tI0
('A`)「他のもんはどうでもいいけど、それはニュッくんが持ってた方がいいな」
いつの間にやらおかたづけ、キャリーの中はもとどおり。みんながおはなししてる間に、ふわふわ、みんなががんばった。
爪'ー`)y-「他にめぼしいもんは無かったか」
('A`)「ああ。この本も……まあ、たぶん面白くないぞ」
爪'ー`)y-「んじゃ、後でほっぽっとくか。ビロード、頼めるか?」
( ><)「はいなんです」
じじじ、ぴい。ちいさな体がせいいっぱい、大きなジッパー引っぱって。さらった荷物はもとどおり。
大事なメモ帳にぎりしめ、ドアの向こうへ耳すます。
281
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:29:36 ID:PdY0r5tI0
とんとんばたり……かちゃり。それからしばらく息ひそめ、静まりかえったドアの外。
えいえいおー、とぬいぐるみ、みんなでキャリーを押しだします。
持ち手をひくのはお人形、うしろを押すのはぬいぐるみ。
いちに、いちに、声かけて。ドアの向こうへはこびます。
( ><)「んーしょ、んーしょっ……」
(;^ω^)「うーんお、うーんお……」
ξ;゚⊿゚)ξ「ああっ、重たい……ねえ、あとどのくらい?」
きつね、サメ、たこ、マスコット。小さなヒレ、足ふんばって。えいえい荷物をはこびます。
(;><)「つ、つかれたんです……おもたいんです、これ」
(;^ω^)「ちょっと、休憩させてほしいお……」
爪'ー`)y-「階段までは……あとツンいっこ分ぐらいだな」
ξ;゚⊿゚)ξ「遠いわよー。ドクオ、前に行って引っぱれないの?」
(;'A`)「無理言うな……」
282
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:32:09 ID:PdY0r5tI0
まっくら廊下のどまんなか、みんなはくたくた、横たわる。
そこにゆるりと伸びたのは、やさしいやさしい少年の手。
( ^ν^)「……あと、俺やるから。みんなありがと」
くたりと転がるぬいぐるみ、ひとつひとつを抱きしめて。お部屋にそっと戻しては、そっとお外をのぞき見る。
( ^ν^)「……大丈夫、誰もいない」
( ><)「ニュッくん、こわくないですか」
( ^ν^)「大丈夫」
転がるキャリーを拾い上げ、からころから、と引きずって。ちょっと迷ったその後に、ぽい、と階段つき落とす。
がたがた、ごとんと音がして、びくり、背筋がこわばった。おおきなおおきなキャリーケースは、下へ下へと転げ落ちた。
283
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:32:32 ID:PdY0r5tI0
( ^ν^)「戻ろ」
( ><)「はいなんです」
ちいさな体を抱きしめて、関節そっと折り曲げて。だいじなだいじな「友達」を、抱えて戻ろう、あの部屋へ。
窓の向こうはもうまっくら。あとは眠って、それから――
それから?
( ^ν^)「……これから、どうなるんだろ」
( ><)「心配いらないんです」
ふと面を上げる、腕の中。小さな子供は、微笑んで。
( ><)「ぼくが、ニュッくんの怖いもの、全部なくしてあげるんです」
だいすきなきみに、やくそくした。
284
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:36:10 ID:PdY0r5tI0
( <●><●>)「……おや」
車のキーと財布と携帯。買い物袋に収まっていたものでも奇跡的なラインナップの中、なんとか診察の許可をくれた旭には感謝しかない。その代わりに渡されたものには困惑が残るが――とにかく、帰ってくる頃には持ち去られていたキャリーケースは玄関先に半ばころがすように戻されていた。
( <●><●>)「中身は……まあ、いいでしょう」
彼女の残したメモ帳については少し気がかりだったが、とにかく今日は言われたとおりにするしかない。
食事の準備、そして今日の記録。ペニサスと旭に言いつけられた生活の基準。いうなればこれが私の新しい仕事だ。
渡されたノートをテーブルに置き、ふと階段を見上げる。
月の無い空を映す擦りガラスの向こうは暗く、その先に明かりは無い。
二階は入速、かつて――あるいは、今もなお――の私の息子の部屋。
そして、怪物がいる場所。
285
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:36:31 ID:PdY0r5tI0
「こっちなんです」
細い声が聞こえる。かぶりを振って、それが幻だと言い聞かせる。リビングのライトに手をのばした、その瞬間。
( ><)「こっちなんです、おじさん」
左手に伝わる冷たい感触。けして生物のそれではない、固く、体温を吸う樹脂の触感。息を飲んだ瞬間に首へ触れるこそばゆさ。
視界に広がる銀の髪。蒼白い肌。立ち上る血の匂い。ぬめぬめとした液体が、指に、腕に、伝わって――
286
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:37:21 ID:PdY0r5tI0
ぶ ちり。
( ><)
「かえしてね、ぼくのもの」
夢の中のあの痛みだった。
287
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:37:59 ID:PdY0r5tI0
第9話:産まれ代われるか分かれるか
おしまい。
288
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 17:40:47 ID:PdY0r5tI0
>>76
うpろだごと絵が消えてたのに気付いた友人が絵の再現してくれました wow
すごい よく出来て閲覧注意だけどおすそ分けします
(ちょっと臭いました 何の匂い?)
https://imgur.com/a/vfyS3aP
289
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 18:07:47 ID:lh2CnFrE0
乙乙おかえり!!
怖すぎてちびちび追ってるんだけど帰ってきてくれて嬉しいよ!
上の画像イメージピッタリだ。素敵なお友達がいるんだね!
服だけ布製なのかな、凄い。
290
:
名無しさん
:2024/09/27(金) 22:26:20 ID:I/UhLgbA0
やったーーーー!!
おかえり! 嬉しい!
ふわふわたち可愛くて何処か不穏であったかくてとても好き
291
:
名無しさん
:2024/10/03(木) 19:17:49 ID:6Q9vgMGg0
乙
ニュッとビロードいい友達だな
ビロードはママに干渉してたのかな。パパ宛の注意書きが軽く見るべきで無い感じが……?
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