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( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
1
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:15 ID:EEhMu.9.0
( ^ν⊂)”「んあ」
頭の中がふわふわする。頭の外、手足、指先、顔のあたりがふわふわする。それは眠気を誘う安堵の香り。暖かな眠りの香り。
( ^ω^)「おはようお、ニュッくん」
( ^ν^)「おあよ」
目やにを払ってこじ開けた視界に現れる少しくたびれた白。鼻先をくすぐる慣れ親しんだ匂いと肌ざわり。柔らかな体を抱きしめて毛布の中に潜り込むと中から聞こえる話し声。
( ^ω^)「あったかいお、ツンもおはようお」
ξ゜⊿゜)ξ「なまたかーい」
( ^ω^)「ブーンもニュッくんにだっこしてもらいたいお!」
( ^ν^)「ブーンはちいせえから枕」
( ´ω`)「おーん……」
――ここは、ぬいぐるみと言葉を交わす少年の部屋。
( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
2
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:45 ID:EEhMu.9.0
ξ゜⊿゜)ξ「ブーン、みんなはもう起きた?」
( ^ω^)「おっ、相変わらずニュッくんが一番のねぼすけさんだお」
( ^ν^)「おまえらが張り切りすぎなんだよ……ビロ、飯ある?」
大きなサメのぬいぐるみを抱えた少年がごろりと寝返りを打ち、毛布の海を波打たせる。その向かい、フローリングの浜辺には小さな手足と端正な顔立ちのドールが笑みを浮かべておじぎをしました。
( ><)「ニュッくん、おはようなんです! さっきお母さんが朝ごはんを持ってきた音がしたんです!」
色白なフェイスパーツに植えられたシルバーの塩ビの髪、くり抜かれることのなかった瞼に丁寧に施された細やかな睫毛のペイント。40センチ程の身体に纏う精巧な衣装は潮風の似合うセーラー服。ふりふりと動く小さなシリコン製の指先が示す扉の向こうからは、かすかにパンの香ばしい香りが漂ってきました。
3
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:09 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……もうちょっとしたら食うかな」
少年は鮫のぬいぐるみを抱いたままずるずると毛布の中に飲み込まれていきます。それを食い止めようと毛布に巻き付きそのままころころと転がるのは、くたびれた記事に綿の偏った手足をくたくたと揺らすちいさなきつね。
爪'ー`)y-「こーら、折角ママが持ってきてくれた焼きたてだぞ? 見るだけ見たっていいじゃないか」
きつねは少年の丸まった背中をのたのたよじ登り、やがててっぺんにある少年の頭を滑り降りて肩に座ります。少年の頬をぽんぽんとつつくペレットの詰まったまあるい手は、しゃりしゃり鳴ってはご飯を促しているようです。
( ^ν^)「……わかった。ドク、ビロ、ドアあけて」
( ><)「はいなんです!」
('A`)「よーしきたー」
4
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:33 ID:EEhMu.9.0
セーラー服を纏った小さなこどもがぴい、と赤色の笛を鳴らすと、毛布の底から紫色のたこがするすると足をのばしてやってきました。たこはたちまちこどもを頭に乗せ、ドアのそばまで泳いでいきます。
('A`)「ビロード、届くか?」
( ><)「ん、も、ちょっと……ですっ!」
ちいさな革靴が背伸びをして、たこの手足がうんと伸び、やっとのことで二人はドアノブにかかったロープを掴む事が出来ました。たこは片手で精一杯ロープを引くこどもの背中を支えます。
('A`)「ツン! 俺の足思いっきり引っ張ってくれ!」
ξ゜⊿゜)ξ「任せなさい!」
毛布の海から飛び出したサメの女の子がたこの足を自慢の歯でがぶり、噛みつきながら引っぱります。大きな体を使って踏ん張るサメのおかげで少しずつドアノブが傾き始めます。
(;゜A゜)「いてぇええええ!! 今だビロード! 思いっきり引っ張れ!」
( ><)「はい、ですっ!」
少し苦しそうなたこの呼び声にロープを思い切り引くこども。しかし、あんまりたこが痛そうに震えるので肝心のふんばりがきかず、ロープをつかんだままつるりと落っこちてしまいました。
5
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:58 ID:EEhMu.9.0
(;'A`)「ビロード!」
かちゃり。
小さな音を立ててドアが開きます。向かいの窓から差し込む光を浴びながらロープから手を伸ばしたこどもはまっさかさまに――
Σ( ゜ω゜)「おうふ!」
(;><)「あわ、ブーンくんごめんなさいなんです」
……ドアの向こうのトレイを取るために立っていた、小さなマスコットの上におっこちてしまいました。
( ^ν^)「ぐっじょぶ」
6
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:42:31 ID:EEhMu.9.0
ξ゜⊿゜)ξ「あら、ビロード大丈夫?」
( ><)「しりもちついちゃったんです!」
(#)^ω^)「ちょっとはぼくの心配もしてほしいお」
('A`)「ドンマイ」
噛まれた足をすこし痛そうに引きずりながら紫のたこがドアの向こうに置かれたトレイを足で引っぱり、そのままの足で閉めます。開けるのにはこんなに苦労したのに、閉めてしまうのはあっという間。
( ^ω^)「……お?」
こどものおしりを受け止めた背中をさする小さな白いぬいぐるみは、トレイの隙間に挟まった小さな紙を見つけました。
花柄が印刷された小さなメモにはかわいらしい文字がひとつづり。
『お昼に少しお話しできる? ママ』
プロローグ:ものごとのはじまり。
7
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:42:58 ID:EEhMu.9.0
第一話:はじまりのおさそい。
8
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:43:21 ID:EEhMu.9.0
大好きなぬいぐるみたちと迎える朝、あったかい毛布。暖房も冷房もいらないくらいの一番心地いい温度。昨日は何も食べずに寝たからお腹は減っていたけど、焼きたてのパンの香りのせいでまだ食べるには早いような気がした。
でもフォックスが食べろって言うから、しぶしぶみんなにドアを開けてもらった。ビロードがドクオの上に乗っかって、みんながドアを開ける用の紐をつかんだらツンが引っ張る。落っこちたビロードが怪我しないように下に構えていたブーンにサムズアップを送ると、ドクオがトレイを持ってくる。そこで覗いた廊下が明るくて、俺は反射的に毛布の中に潜った。
ずるずる。トレイを引きずる音が近づいてくる。そっと毛布の隙間から顔を出すとドアはもう閉まっていて、かわりにこっちを覗いてくるブーンの顔があった。
( ^ω^)「ニュッくん、ママからお手紙だお!」
9
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:43:51 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……ママから?」
ブーンが手渡してきたのは小さなメモ用紙。確かにそこにはママを名乗る、ママの字があった。
ξ゜⊿゜)ξ「あれ? でも誕生日ってこの間だったわよね」
('A`)「確かカレンダーが……二枚前の頃」
( ^ν^)「……なんだろ。わかんない」
無意識に握りつぶしてしまったメモをトレイの中に置き、ちょっとだけ食べようとしたパンを向こうに押し返す。それからいつもみたいに毛布に潜り込むと、フォックスが頭の方からもぐりこんできた。
10
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:44:11 ID:EEhMu.9.0
爪'ー`)y-「ママさん、ニュッくんと話したいんだとさ」
( ^ν^)「うん」
爪'ー`)y-「寝るのか?」
( ^ν^)「……ううん」
爪'ー`)y-「ママさんはお昼に来るって。今は、11時16分」
毛布の中に頭をうずめ、自分の体を抱きかかえる。
「ママと話す」――それを、どうすればいいかわからなかった。小さいころから俺に小さな友達をくれて、いつもドアの前にご飯を置いて、俺の誕生日にだけ『おめでとう』のメモとケーキをくれる。それ以外俺に何にも言わないママが、俺と話したい事って何?
11
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:44:36 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……フォックスは、わかる?」
爪'ー`)y-「分かんないな。ニュッくんも分からないんだろ」
( ^ω^)「でもママさんはニュッくんのママさんだお、きっと怖いことなんかないお」
( ^ν^)「ん……」
真っ暗な毛布の中で頭にしがみついてくるブーンの体の柔らかさを感じながらフォックスのおなかに顔をうずめる。わかんない。わかんない。わかんないことが、今は全部怖い。
ノックの音も、廊下から聞こえる足音も、一階のドアが開く音も耳をすませば全部聞こえる、だから俺は毛布の中にうずくまって耳をふさぐことしかできない。
爪'ー`)y-「大丈夫だよ、俺たちもいるから」
( ^ω^)「おっ、怖くなったらブーンたちと手つなぐお!」
( ^ν^)「うん……うん、そう、だ」
12
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:45:02 ID:EEhMu.9.0
深く息を吸って二人をぎゅっと抱きしめる。毛布から頭だけを出すと、ツンやドクオ、ビロードが心配そうにこっちを見ていた。
( ><)「ニュッくん、だいじょうぶですか?」
身をかがめて毛布の中を覗き込むビロードの手を取る。小さな手、俺の、一番の親友。その手に引っ張られて何とか覚悟を決めて毛布を這い出ると、掛け時計の長針は徐々に正午へと差し迫っていた。
( ^ν^)「いざとなったらフォックスに話してもらうから大丈夫になった」
爪;'ー`)y-「お前なあ……ママさんはニュッ君と話すって言ってんだから」
( ^ν^)「いやあ頼りになるなあフォックスは」
爪#'ー`)y-「にゃろー」
ぽこぽこと膝を叩いてくるフォックスの手を右手で抑えながらツンに頭を預ける。
かち、かち、かち。秒針の音。ぬいぐるみたちのざわざわする話し声。冷めたトーストと階段を上がる足音。俺は床に広がった毛布を跳ねのけて立ち上がり、ドアの前にみんなと一緒に並んだ。
こん、こん。
控えめなノックの音は、ママのものだった。
13
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:45:34 ID:EEhMu.9.0
( 、 *川『――ニュッくん、ママだけど……今いいかな』
( ^ν^)「……うん」
( ー *川『ありがとう。ドア、無理しなくていいからね』
ドアに背中を付け、隙間から聞こえる声に耳を済ませる。腕の中で窮屈そうにもぞもぞするフォックスを肩に乗せると、ドアの向こうから確かな人の気配を感じた。
( 、 *川『お友達のみんなも、そこにいるのかな』
( ^ν^)「……いる、よ」
( 、 *川『コンちゃんもいる?』
( ^ν^)「コンちゃんじゃなくてフォックス」
( 、 *川『そっか、そうだったね』
ぎこちない会話と間延びした沈黙。
喉が動き方を忘れたみたいに重たくて声がひっかかる。手の震えが心臓の鼓動とくっついて全身が震えるから、怖くなってフォックスのしっぽをつかんだ。
爪'ー`)y-「……」
14
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:10 ID:EEhMu.9.0
爪'ー`)y-『——何か、彼に大事な話でもあるのかい』
( 、 *川『その声……コンちゃん?』
爪;'ー`)y-『コンちゃんはよしてよ、フォックス』
( ー *川『ふふ……ごめんなさいね、フォックスくん。そう、ママはニュッくんにお話ししたいんだ』
( ^ν^)「……うん」
( 、 *川『あのね、ニュッくん……』
( 、 *川『——ママ、病気になっちゃったみたいなんだ』
15
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:33 ID:EEhMu.9.0
( 、 *川『どうしてなんだろうね、お医者さんにはもう病院に居なくちゃダメだって何度も言われて——』
( ー *川『今のママはね、ぜんぜんへいちゃらなの。ただ、病院からはもう帰れないかもしれないんだって』
爪 - )y-『——嘘だ』
( ー *川『ううん、本当なんだ。だから……』
爪 - )y-『嘘だ、嘘だ。それってママが死ぬみたいじゃないか。もう会えなくなるみたいじゃないか。それじゃ——』
( ;ν;)「それじゃ、ビロードとおんなじじゃないか」
かつて泣いて、泣いて、すっかり枯れてしまった声が涙に濡れてまた震えた。
それなのに、ドアノブを引く勇気を出すにはもう遅すぎたんだ。
16
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:58 ID:EEhMu.9.0
ドアの向こうの震える声を聴いた時、ひどいかもしれないけど安心したの。まだニュッくんは私をママだって思ってくれている。いなくなったら悲しい存在って思ってくれている。それだけで、顔を見る事なんか忘れて涙が出てきちゃった。
( 、 *川『——ニュッくんのお世話はね、信頼できる人に頼んであるんだ。毎日のご飯だけお願いって、伝えてあるよ』
( ー *川『怖い人じゃないのはママが知ってるから、大丈夫』
17
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:47:22 ID:EEhMu.9.0
爪 - )y-
( ;ν;)
今はもう小さなしゃくり声を上げる背中の大きさも分からないけど、小さい頃と変わらない泣き声に胸がちくちくした。あの時は私が抱きしめてあげられたのに、今は私のことを見たら泣いちゃうかもしれないなんて考えるだけで目の奥がつんとする。
言えないなあ。「少しでいいから、ニュッくんのお顔を見たいなあ」なんて。
(;、;*川
声が震えないように少し力んで、大丈夫って言い聞かせた。扉の向こうに、私の心に。
18
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:49:01 ID:EEhMu.9.0
つづく。
https://postimg.cc/7CmqDc4R
19
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:54:05 ID:sKtUe.qk0
ニュッくんの指が4本なの外国のアニメ感があって良い
気になる、乙
20
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 22:11:18 ID:5p3K4Mpw0
おつ
21
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 22:41:45 ID:I.wksD8g0
乙乙
おわー!期待!
22
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 00:29:31 ID:YsLFfHf.0
ワクテカ
23
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:28:21 ID:EPbtCgoE0
キリ悪かったので1話の終わりまで投下
24
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:29:17 ID:EPbtCgoE0
階段を上がっていった彼女の背を見送ってまだほんの五分も経っていない。だのに何故何度も袖をめくっては壁掛け時計と腕時計を行ったり来たりする目は我ながら動揺の兆しを隠すつもりもないらしい。
( <●><●>)「……」
壁にかかった水彩画の模写も、すこし埃の被ったサンセベリアも、もう十何年も帰ることのなかった元妻と息子の住処は記憶の中のまま何も変わってはいなかった。
いつも休日に一斤買っていた食パンがキッチンの側のトースターに並ぶ姿も、何もかもが昔のまま。ただ、命あるものだけが変わり続けていた。
花柄のテーブルクロスの上に放られたままの年金通知書の宛名は、確かに彼女が名付けた名前——確かに血を分けた子供の名前だった。
25
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:29:41 ID:EPbtCgoE0
( <●><●>)「もう二十歳ですか、通りで私も老いている訳だ」
古びたマグネットと冷蔵庫の間に挟まった色褪せた青白い写真を手に取る。
[(*^ν^) ('ー`*川 ]
確か小学校に上がる前の息子が妻と車で少し行った所に海水浴に行ったのだったか。そうだ。車を出して数時間、私は泳ぎもせずシャツが潮風と汗でベタベタになるまでカメラで二人を追い回していたんだ。
( <-><->)「……」
込み上げた寂寥を払うように頭を振り、写真を元の場所に戻す。それからシャツの袖口が皺になるぐらいに腕時計を見て、やっと聞こえた足音に自然と足は玄関の方へと向かっていた。
('、`*川「おまたせ。……ごめんね、わがまま聞いてもらっちゃって」
26
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:30:20 ID:EPbtCgoE0
壁に手を付きながらよろめくような足取り。それなのに服装はまるでレジャーに行くような淡い色合いのワンピースで、その隙間から覗く手足の所々に残る青痣の色が痛ましかった。
ゆっくりと時間をかけて階段を降りる彼女の目がほんの少し赤いのがその身を蝕む病のせいなのか、それとも正体不明ですらある「私の息子」との別れの所為なのかすら私には分からないままだというのに。
( <●><●>)「……日に2回の食事、無理な干渉はしない、何かあったら連絡する……ですね」
('ー`*川「そう。ワカさんは頭いいからすぐ覚えたね」
ああ、どうしてそんな顔で笑うんですか。やがて尽きる命の炎の苛烈な揺めきがもたらす魅力、それだけで言い尽くせないその愛嬌とその奥に潜む悲劇を誰が知るものか!
今まで彼女にしてきた仕打ちを思えば隣でラバーサンダルに足を収める身体のふらつきを手で支えることすら私には許されないだろう。
それでも、私は彼女のためにあらゆる全てを背負いたかった。その身に宿した死の業以外の全てを背負うことで償わせてほしかった。
27
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:30:52 ID:EPbtCgoE0
('、`*川「それじゃあ……ニュッくんのこと、お願いね」
( <●><●>)「……まさかその足で病院まで行くつもりですか。途中で倒れますよ」
('ー`*川「やあね、タクシーくらい呼ぶわよ」
( <●><●>)「どうせ車で来たんですから送ります。……私としても、少し時間が欲しいので」
('、`*川「あら、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」
車のキーをポケットで握り、私はもう何年も触れることのなかった助手席のドアを引いた。
28
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:31:12 ID:EPbtCgoE0
やっぱり考え込んでるみたい。難しい顔でリビングをウロウロして、何度も何度も時間を見てる。折角アイロンがけしたシャツの袖がぐしゃぐしゃになるぐらい何度も袖を捲ってはため息をつく姿を、涙を止めながら階段の角から見ていた。
初めて出会った時は無口で、背が高くて賢い人。でも本当は誰よりも優しくて、ちょっぴりせっかちで何より親バカだった。
ニュッくんが生まれてからは大学生の頃に買ったカメラが擦り切れちゃうんじゃないかってぐらいにたくさんの写真を撮っては写真屋さんに通ってた。
ああ、ほら。冷蔵庫の写真はあなたが撮ったあなたの一番のお気に入りの写真。でも私は実はそんなに好きじゃないんだ。だってあなたが映ってないんだもの!
29
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:31:53 ID:EPbtCgoE0
座っていてもフローリングに埋まっちゃうみたいに体が重い。そろ、と足を出したつもりがふらふらしちゃって思いっきり壁にもたれかかって、その音で彼が一瞬で振り向いた。あわてて階段を降りるとそそくさと玄関に向かい、真っ先に車の助手席を開けてくれた。
だから、デートの時にいつもそうしてくれたみたいに今でもそうしてくれるのが嬉しくて、年甲斐もなく車に飛び乗った。
私はあんまり頭が良くないから、こんな時にあなたみたいに難しい顔はできないの。今から行くのが私の死ぬ病院だって分かっていてもね、大好きな人が一緒なら自然と笑顔になっちゃうの!
30
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:32:14 ID:EPbtCgoE0
('ー`*川「ねえ、それ」
助手席に乗り込んで真っ先に目に飛び込んできた、エンジンキーにぶら下がるように揺れる年季の入ったキーケース。結婚してから最初に迎えた彼の誕生日にプレゼントした黒いレザーはすっかり端がほつれていて、でもどのカギにもしっかりなじむ色になっている。まだ持ってたんだ、なんて言ったらあの人は短い後ろ髪をかりかりやってそっぽを向いちゃった。
( <●><●>)「……便利ですから」
('ー`*川「そっかぁ」
31
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:32:47 ID:EPbtCgoE0
引っ張ったのはいいけれど、うまく差し込めないシートベルトを私の手ごと押し込んでくれる大きな手。無口で無表情だけど、その手のあったかさであなたの優しさは伝わるの。
だから、お願い。私とあなたの宝物を、あなたに守ってほしいんだ。それが私の、人生最後のお願いなんだ。
32
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:33:14 ID:EPbtCgoE0
1話:はじまりとおさそい。
おしまい。
33
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:36:12 ID:q6zseNj20
otsu
34
:
名無しさん
:2023/05/10(水) 01:06:56 ID:vZt/R8rg0
乙
35
:
名無しさん
:2023/05/10(水) 06:20:46 ID:wvD/EQrs0
乙乙
これは辛い
36
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:11 ID:nVgq7yj60
2話:おさそいとこんにちは。
37
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:34 ID:nVgq7yj60
<●><●>)「————」
騒がしい受付を過ぎ、大学病院の上層階へとエレベーターはしゅうしゅうと駆け抜ける。
神経質なまでに清潔を保たれたリノリウムの奥の診察室に入ると、淡々と告げられたのは彼女の身は随分前から白血病に冒されていたということだった。
38
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:58 ID:nVgq7yj60
病状の進行具合としては即刻入院だという話だけは聞いていたものの、既に通院の過程で彼女が殆どの手続きを済ませていたようで入院の手続は思った以上にスピーディに終わった。
看護師たちの説明全てにはい、はいと二人で頷きあう。彼女のこれからの生活、病状の進行も治療の内容も、人工的な部屋の中で何もかもが波のように頭の中を通り過ぎていく。
聞けば、彼女の眠る部屋は無菌室に近い状態を維持するために荷物は最小限、今では着替えも予備を病院内で滅菌したものを提供されるために家族であっても出来る事は精々が面会をしに行くだけだという。彼女のまるで油断ばかりのレジャーに行くような手荷物がそれを物語っていた。
面会は、家族のみ。その言葉を聞いて私はついに「単なる付添人」であるという立場をはっきりと突き付けられてしまった。
( <●><●>)「私に出来る事は何も無いということですね」
('、`*川「んもう、ワカ君だって……ああ、でも」
もう随分前に書いちゃったもんね、離婚届。淋しそうに笑う横顔に胸の奥が締め付けられた。
39
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:49:27 ID:nVgq7yj60
今から五年前、上司からもう何度目かもわからない単身赴任の命令が出た。その頃には既に私と二人は別々に居を構えており、支部の社宅さえ手配できれば明日にでもスーツケースひとつで旅立てたはずだった。
そこに二の足を踏ませたのが、もう十年近い付き合いになる同期の言葉だった。
(,,゜Д゜)『ゴルァ、あんまり奥さん淋しくさせてると浮気されちまうぞ入速!』
( <●><●>)『浮気、ですか』
40
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:49:50 ID:nVgq7yj60
(,,゜Д゜)『あー、その……何だ、代わってやるよってコト、それ。お前全然休みも取らねぇしさ、その間に有給でも取って奥さんと子供と——』
( <●><●>)『……ああ』
そう言って親指を立てる同僚に笑い返して、私が向かったのは市役所だった。
契られたままに裏切られることを恐れていた私は、愛を残したままに口先だけの言い訳であの時彼女と夫婦の縁を切ったのだ。
41
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:10 ID:nVgq7yj60
廊下の待合椅子でぽつぽつと思い返す日々は、記憶の奥底に埋めてしまったはずなのに彼女の白魚のような手によってあっさりと掘り返されてしまった。
('、`*川「ワカ君、優しすぎるんだよ。私を自由にするなんて言ってハンコ押しちゃってさ、嫌われちゃったと思ったもん」
( <●><●>)「あの時は……まあ、養育費を払う為の口実とでも思ってください」
('ー`*川「そんなこと言って、その間に私の苗字が変わっちゃったら悲しくなっちゃうくせに」
初めて出会った時と変わらない純朴な笑顔。サンダル履きに少し年季の入った気に入りの帽子と控えめな花柄のワンピース姿。無機質な院内にまるでコラージュのように立つその体が、かつてよりも随分と細くなっていることに私は今ようやく気が付いた。
('、`*川「……本当は怖かったんだ、ニュッくんのことも、私のことももう面倒になっちゃったのかと思って」
42
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:31 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)「そんな事……!」
咄嗟に立ち上がったのは身体ばかりで、二の句を継ぐ口先は動きもしなかった。目を開いてぽかんと私を仰ぐ彼女の前ではあらゆるおためごかしなど無意味でしかなかった。
本当は分からなかったのだ、何もかも。自分がどうするべきなのか、あるいは彼女にどうするべきだったのかも。
握った拳を開き、もう一度柔らかなクッション地のベンチに腰を下ろす。
( <●><●>)「……そうだったのかも、しれないですね」
('ー`*川「……でも、嬉しいよ。最後まで私のわがままに付き合ってくれたんだもん」
( <●><●>)「なら、これが済んだら私の我儘も聞いてもらいましょうかね」
('ー`*川「もちろん」
43
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:55 ID:nVgq7yj60
彼女が所々に痣の浮いた足をパタパタと揺らすのを窘めると足に触った! と悪戯っぽく笑いだす姿にほんの少しだけ昔のような人心地を覚える。
しかし、そんな時間も長くは続かず、滅菌室からエアキャップを被った看護師数人が入院の用意が整ったと静かに告げ彼女を冷たい部屋へと連れて行った。
('ー`*川「それじゃあワカ君——」
('、`*川「……無理、しちゃだめだよ」
振り返ったほんの一瞬彼女の目に浮かんだ不安げな表情。誰よりも無理をしている体で、誰よりも心配そうな顔で——まるで、子供の独り立ちを見送るような目で、彼女は病室の奥に消えていった。
44
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:51:15 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)『お金のことは心配いりません。仕事は辞めましたがおかげで何もしなくても貴方の入院費用、貴方を待つ間の生活費を賄えるくらいに貯金は有り余っているので』
でもね、本当に心配だったのは、そうやって一人でも頑張りすぎちゃう彼の方だった。ニュッくんをお願い、なんて言ったら自分がダメになっちゃうまで何かをしようとしてしまう、そんな人だから何も言えなくなっちゃった。
泣きそうな顔で、でも精一杯背筋を伸ばして私から目が離れるのを嫌がっていた人。私の大好きな、かつての私の旦那さん。
45
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:51:38 ID:nVgq7yj60
('、`*川「んー……」
ビニールカーテンに覆われた何もかもが真っ白けな部屋。ここにあの人を立たせたらどんなに隠れててもすぐにわかっちゃうくらい何もかもが真っ白。
マスク姿のナースさんたちが部屋から出ちゃいけない事や荷物は消毒されたものだけ、と最初に聞いたことを口うるさく言ってくるから、なんだかぼーっとしてしんと動かないカーテンの一つだけ外れたレールを見てた。
('、`*川「ふう」
ベッドに横になり、検温を行う。もう長いこと下がらることのなかった微熱のせいか、少し歩いただけなのにずいぶん体がだるかった。
46
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:52:18 ID:nVgq7yj60
ただ、真っ白な天井を見上げながら考える。ここにかわいいぬいぐるみはないけど、電気を消したらニュッくんと同じ気持ちになれるのかな。仰向けになって何度も眠って、人の用意したご飯を食べる。あとはおしゃべりに付き合ってくれる人がいれば完璧だ。
ぴぴぴ、と着替えさせられた入院着の中から小さな電子音が鳴る。家で使うより一回り大きな体温計を看護婦さんに渡すと、だんだん眠たくなってきた。
明日から治療が始まります、って言ってたから今日はもう寝ちゃってもいいのかな?
('、`*川「ふあーぁ……」
今日は朝からワカくんとニュッくんとお話しできたから、楽しかったな。
今は幸せなことだけ覚えてよう。その方がきっといい夢を見るからね。
47
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:52:39 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)「……」
入院初日の支払いを済ませると、自分でも不思議なくらいに「こんなものか」という感情が沸いていた。
ただ一つ、隣に立つ人がいなくなってしまっただけでぽつねんとした寂寥感がひとつ。駐車券を受け取るのと逆の手でポケットの中で弄んでいたキーケースからはみ出た鍵の先端が指に触れた。もう何年も使っていない、まだ私と彼女の間に子供が生まれる前に住んでいた家の鍵。
私は無心で車を起こし、未だ慣れない「家」へとハンドルを回す。ステレオを付ける気分にはなれなかった。
48
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:53:03 ID:nVgq7yj60
2話:おさそいとこんにちは
おしまい。
49
:
名無しさん
:2023/05/13(土) 03:47:28 ID:zcpiEHEQ0
乙です
50
:
名無しさん
:2023/05/13(土) 21:30:00 ID:AvdmjeDY0
乙乙
読んでて苦しくなるよお
51
:
名無しさん
:2023/05/14(日) 00:20:57 ID:3iWC2WI20
おつおつ
52
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:50:24 ID:qwaduFqo0
3話:こんにちはとさようなら。
53
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:50:45 ID:qwaduFqo0
( ;ν;)
毛布の中の暗闇で頭を抱える。心臓がばくばくして痛いのに、背中が寒くて頭の中がじりじりする。喉の奥がけいれんして何度も吐きそうになって、でも立ち上がれなかった。泣き止みたいのにしゃくりあげるのが止まらなくて、息が全然上手にできない。
爪 - )y-
フォックスはなにも言わない。静かになった外がものすごくこわい。
泣いて泣いて泣いて、頭の中の水分が全部目から出ちゃって頭がずきずきしてくる。喉もひりひり痛くなって、しゃくりあげるたびに奥から何かを吐き出すみたいに動き出す。
54
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:51:09 ID:qwaduFqo0
( ;ν;)「うう、う、うえっ」
何も食べてない空っぽのお腹がそれでも気持ち悪くて吐こうとする。繰り返して止まらない空えづきに横になってることも出来なくて、体を起こすとみんなが心配そうにこっちを見ていた。
(:^ω^)「ニュッくん! 大丈夫かお、どうしたんだお!」
ξ;゜⊿゜)ξ「ねえフォックス、何があったの、ニュッくんどうしちゃったの」
爪 - )y-
ドアにぺったり背中を付けたまま動かないフォックスと、おろおろ、あわあわ周りを行ったり来たりするみんな。その中で、ドクオの足の上に座ったビロードだけがじっと俺を見ていた。
55
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:51:37 ID:qwaduFqo0
( ><)「ニュッくん」
( ∩ν;)「う゛、うっ」
ビロードは細い手足をかたかた動かして毛布の中に入ってくる。手で押さえても止まらない涙を時々髪に受けながら足をよじ登り、涙か鼻水かもわからないものでぐちゃぐちゃになった俺のシャツを掴んで訴えかけた。
( ><)「ニュッくんのママさん、もういなくなっちゃったんですか?」
(。つν⊂)「……わがっ、わかんない、けど、もう、あえっ、ないって、っ」
ξ;゜⊿゜)ξ「どうして……ねえっ、今からでも追いかけなきゃ!」
爪 - )y-「……さっき、家を出てく音がした。車も一緒だったよ」
(;^ω^)「フォックス、おねがいだお、さっきママさんが言ってたこと教えてほしいお」
爪 - )y-
爪;-;)y-「――ニュッくんのママさんは……病気で、もう病院から帰ってこれない。つまり、もう会えないんだ。永遠に」
56
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:52:00 ID:qwaduFqo0
きつねのぬいぐるみの一言に、泣き声ばかりだった部屋にざわめきが広がりました。
( ;ω;)
ξ;⊿;)ξ
泣き出すぬいぐるみもいれば、
爪 - )y-
( A )
ただ、静かに事の成り行きを聞いていたぬいぐるみもありました。
そこで、たった一人。小さな手足で少年を抱きしめたこどもがいました。
( ><)「ニュッくんは、こわくなっちゃったんですね」
( ;ν∩)「…………」
( ><)「ぼくが、ニュッくんをおいていなくなっちゃったこと、おもいだしちゃったんですね」
57
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:52:20 ID:qwaduFqo0
こどもは自分の背丈より大きなひっく、ひっくとしゃくりあげる背中をゆっくりとさすり、しずかで、だけどきれいな透きとおった声で続けます。
( ><)「でも、ニュッくんはぼくのこと、わすれなかったんです。だから、ママさんのこともわすれないでいれば、いっしょにいられるんです」
長い髪のあいだからこぼれた大粒の涙が、こどもの細い手足にぼたぼたと落ちてきます。その子が話している間、少年はそれでも泣き続けるものですから、銀色のきらきらした髪はあっというまにずぶ濡れになってしまいました。
( つν;)「ほん、と?」
( ´ω`)「おー……たしかにそうだお……?」
ξ゜⊿゜)ξ「……でも、ママさんがいなくなったら、ニュッくんは――」
58
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:52:43 ID:qwaduFqo0
爪 - )y-「――待て、何か聞こえる。静かにしろ」
きつねのぬいぐるみの一声で他のぬいぐるみもこどももみんながしんと息をひそめます。そうして耳を澄ませると、確かに遠くから車の音が聞こえます。
その車の音はだんだんと大きくなり――やがて、この家の前で止まりました。
(*^ω^)「……くるま、くるまの音だお! ニュッくん、ママさんが帰ってきたお!」
( ;ν;)「まま……? ほんとに、まま?」
爪'ー`)y-「おい、待――」
きつねのぬいぐるみが手を伸ばしても、ちいさな手はふわふわと宙をさまようだけ。その向こう、毛布を払いのけた少年がドアノブに手をかけ、音のもとに飛び出していきました。
59
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:53:08 ID:qwaduFqo0
( つν;)「ま、ま、っ……!」
目がぺちゃんこにつぶれてしまうくらいに泣いた少年の目は光でずきずき痛みましたが、それでもだいすきなお母さんにもう一度会いたくて飛び出した足はドアを開けて階段を一段とばしでかけ下ります。
どうかいなくならないで、もうどこにもいかないで。これ以上何も失いたくない。涙でめちゃくちゃの顔のまま心の中で祈る少年は、玄関を開けたシルエットに呆然と立ち尽くします。
( <●><●>)
( ;ν;)
そこにいたのは、真っ黒な服を着た、どこかで見かけたような男の人でした。
60
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:53:31 ID:qwaduFqo0
一日に食事は二回。日に一度なら手を付けてなくても心配いらないが、二度とも手を付けてなければ部屋から声が聞こえるか確かめる。もし聞こえなければノックをして、声を聞かせてもらう。
向こうが開けない限り絶対に無理にドアを開けないことと、最初は話しかけずに食事のトレイに手紙を添えて挨拶をする。それ以上の接触は不要。
彼女に口酸っぱく言いつけられた条件を頭の中で反芻すると、まるで見ない間に息子は毒虫にでも変わってしまったのかと勘ぐってしまう。まだ癒えずにいる心の傷を抱えたままの子供に、私はどう接すればいいのだろうか。
( <●><●>)「……買い物ぐらい、していきますか」
ふと目に入った懐かしいスーパーの看板に車を止める。殆ど急に入院したようなものだが、彼女のことだから買い置きをしているか、あるいはすべてを食べきった状態かのどちらかだろう。
車のキーを抜いて数年ぶりに立ち入るスーパーは、あの時から生鮮の陳列ひとつ変わっていなかった。
61
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:54:08 ID:qwaduFqo0
缶詰、パスタ、その場凌ぎのインスタント米。在庫が残っていた場合を考えて生鮮食品をなるべく避け、とりあえず日持ちのしそうなものを数点かごに入れて会計を済ませる。
( <●><●>)「……」
レジの列に並ぶ中、ふと目に着いたのは特売品の棚に並んだパイナップルの缶詰。そういえば彼女の好物だったと思い手を伸ばしかけたがやめた。何度も言うが、私が彼女に出来る事はもう何一つないのだ。
かつてはこの重たい缶を私が開けて、彼女が中身を食べ、中に残ったシロップに炭酸水を注いだものを息子が飲んでいた。缶切りが壊れた時にスプーンで無理やりこじ開けた時に気まぐれでもらった黄色いひと切れは歯がしびれるほど甘くて、私はその感覚が苦手でパイナップルが好きじゃなかった。
( <-><->)
レジスターのモニターに増えていく数字。未だにカードと現金だけの取扱のレジになけなしの現金を出し、普段の生活で買うよりは少し重たいレジ袋を腕に下げた。
62
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:54:33 ID:qwaduFqo0
緩やかな坂を下り、多少建物は変わったものの大規模な開発の手が入る様子は全く見えない閑静な住宅地。そこに昔の棲家はあった。
( <●><●>)「何も、変わっていないんですね」
彼女から預かった鍵をすこし古風な擦りガラスの戸に差し込み、木製のサッシに手をかけて深呼吸をする。
私は今日からもう一度、この家で暮らす。それだけなのに、と、と、と、と心臓の音が耳にも聞こえるほど緊張していた。
私の息子は怪物か否か。
意を決して開いた戸の向こうにいたのは――
( ∩ν⊂)"
顔を覆って立ち尽くす、一人の小さな子供でした。
63
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:54:56 ID:qwaduFqo0
誰。誰。誰。誰。誰だよあんた。何しに来たんだよ。おまえ、なんか――
( ;ν;)「――出ていけッ!!」
玄関に転がっていたスニーカーを思いっきりぶん投げると、ビニール袋片手にキャリーケースを引いた男の頭にぱこんと当たる。
( ;ν;)「誰だよ、でていけ、ママ以外、入るな……!」
男は真っ黒い目でこっちを見ている。男の腰の高さまである大きなキャリーケースは、ママがすっぽり入るぐらいに大きい。
だったら、こいつがママを——!
64
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:55:20 ID:qwaduFqo0
( <●><●>)「……」
( <●><●>)「卵、買ってなくてよかった」
あの細い手足からは想像もできないほどの力で思い切り突き飛ばされ、受け身も取れずに倒れる。確かに見知った表札の家のドアを確かな鍵で開けて、ドアの向こうの少年から靴を投げつけられ挙句キャリーケースを奪われる。あまりに突然の出来事が続くと、人間の脳というのは貧弱にもただしたたかに打ち付けた買い物袋の心配程度しかできなくなるものなのだ。
*
私のキャリーケースを豪快に階段へ打ち付けながら二階に走っていったのが私の息子だというなら、彼女が私と彼の接触に消極的だったことにも筋が通る。
スーツの裾を払い、手に下げた袋を持って改めて家に上がる。
( <●><●>)「……すみません、入速さん」
投げつけられたスニーカーと脱いだ靴を玄関に並べ、二階に上がり固く閉ざされたドアに軽くノックをする。推定実の息子を名字呼び、なんという情けないことか。自分の苗字で他人を呼ぶと頭がぐるぐるします。
65
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:55:42 ID:qwaduFqo0
『……』
人の気配はする。現に、散々地面を転がしてきたキャリーケースの車輪の痕跡が続いているのがこの部屋な以上、彼はここに居るのだろう。
強奪されたキャリーケースの中身は着替えや本程度で壊れるようなものは入っていないし、奪われても替えは効くが「あれ」ばかりはどうしようもなかった。
さて、折角彼女から何度も教わった手順を踏まずに彼と遭遇してしまったリカバリーをこれから私はどう行うべきか。
( <●><●>)「……」
ドアに耳を近づけて中の物音を伺う。衣擦れのような音は恐らくキャリーケースの中の衣服を取り出している音だろう。それからぼそぼそと辛うじて聞き取れないくらいの声量で何かを呟く様子が伺えた。
問題は彼が「あれ」を見つけるかどうかだ。
66
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:56:07 ID:qwaduFqo0
「それ」は、彼女から託された花柄のメモ帳だった。いつも彼女が彼とコミュニケーションをとるために使っているメモ帳。中には何回も書いては消したような跡があるものや、書き損じたイラストの傍に「お誕生日おめでとう」とメッセージが添えられたものも残っている。
いわば、これは私にとっての彼との唯一の意志疎通手段であり、同時にやがて彼女の遺品ともなるものだった。
( <●><●>)(どうせなら、何か書いておくべきでしたね)
67
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:56:30 ID:qwaduFqo0
廊下に腰を下ろしてもう一度だけ耳を澄ます。やがて部屋の奥の物音は静かになり、何かを話すような声は徐々にすすり泣く様な声に変わった。
68
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:56:50 ID:qwaduFqo0
爪;'ー`)y‐「大丈夫かニュッ……何だその鞄!」
('A`)「うぉっあぶn(#)×ω×)「ほぶぎゃ!」
ドアを開けてどたどた、裸足でドアを蹴っ飛ばして出て行った少年が今度はおおきな旅行かばんごと部屋に飛び込んできました。ごろごろとタイヤの転がる大きな音に床に寝ころぶぬいぐるみたちはびっくり起き上がり、そのままうっかりひかれたぬいぐるみもいました。
ξ゚⊿゚)ξ「ニュッくん!」
(#)^ω^)「だいじょうぶかお!」
爪'ー`)y‐「……さて、どうしたもんか」
少年は、ドアの向こうからぬいぐるみの顔を通って連れてきたタイヤの跡と一緒にどっかりとお布団の上に座ります。
69
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:57:12 ID:qwaduFqo0
( ^ν^)「……ママが、この中に入ってるよ」
その言葉にぬいぐるみたちはボタンや刺繍の目をまあるくしました。言われてみれば、毛布の上の大きなかばんは人一人ぐらいならすっぽりと入ってしまいそうなほど大きかったのです。
( ^ω^)「おっ! やっぱりママさん、帰ってきたんだお。くるまに乗ってきたんだお!」
サメとタコのぬいぐるみにぽふぽふ、まっしろな頭についた跡をはたいてもらったぬいぐるみはうきうきと少年のひざに乗ってかばんをのぞきます。
70
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:57:45 ID:qwaduFqo0
( ^ν^)「うん、だから今からおれが、助ける」
かちん、かちん。少年は大きなかばんの留め具を一つずつ外していきます。ぬいぐるみたちは綿でできた心臓をどきどきさせながら見守っています。
( ^ν^)「……ま、ま……?」
けれど、中に入っていたのは白と黒ばかりの少年が着るには少し大きい服と分厚い本が数冊。彼が探していた人の姿はどこにもありませんでした。
( ^ν^)「ママ、どこ? どこにいるの……」
爪'ー`)y‐「……ニュッくん、もうよせって。ただの荷物じゃないか」
きつねのぬいぐるみはあいかわらず壁にくたりと寄りかかったまま言いました。
ぬいぐるみと毛布、少しのゲーム機の置かれた部屋には、空っぽのキャリーケースと見知らぬ荷物が散らかるばかりでした。
71
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:58:48 ID:qwaduFqo0
(;^ω^)「うんしょ、うんしょだお」
ξ゚⊿゚)ξ「これって、おとなの人のお洋服じゃない」
床にちらかった本やシャツをえいえい、ぬいぐるみたちが拾いあつめます。
くしゃくしゃになったシャツをうんしょ、うんしょと折り畳むのは長い手足のたこのぬいぐるみ。転がったペンや手帳を拾い集めてくるのは白くてまあるい頭のぬいぐるみ。時々本のページをめくっては、むつかしい文字にあたまをひねっています。
72
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 22:59:17 ID:qwaduFqo0
('A`)「ん?」
ふと、ズボンをたたんでいたたこのぬいぐるみが首をかしげます。お洋服の間に、小さな四角いものが見つかったのです。
ξ゚⊿゚)ξ「これ……ママさんのメモ帳?」
お宝にめざといサメのぬいぐるみがヒレをぱたぱた、覗きにきます。
四角くのり付けされた残りももう少ない花柄のメモ帳は、たしかに朝食のトレイに残された書き置きに使われていたものと同じでした。
( ^ν^)「……ほんとだ」
ぱらぱら、指先でページをめくると時々書き損じたイラストやペンの試し書きが残っています。
それはくしゃくしゃに握りつぶした今朝のものと見比べるまでもなく、まぎれもないママの字でした。
73
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:00:03 ID:qwaduFqo0
ぬいぐるみ達はキャリーケースの中身を元どおりにする手を止め、少年がメモ帳をめくる手元を覗き込もうと大きな頭をぐいぐい寄せ合います。
すると、ドアの向こうの床板がきし、と小さく音を立てます。足音らしい足音はありませんでした。
少年はメモ帳を置き、ぬいぐるみ達を黙って抱きかかえます。ぬいぐるみたちも、息をひそめて身を寄せ合いました。
74
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:00:33 ID:qwaduFqo0
控えめなノックの音は、どこかぎこちなく。
「————」
落ち着いた声が響きます。
( ν )
声が響いてから数秒後。少年は大きく息をのんでメモ帳を握りしめ、もう一度ぽろぽろと涙をこぼします。
ドアの向こうは一つ、声を放ったきり静かなまま。
( ∩∩)
部屋の奥ではもう一人、プラスチックの関節をかたかた震わせた小さなこどもが顔を覆って静かにうずくまっています。
75
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:02:39 ID:qwaduFqo0
『——少し見てもらうだけでいいんだ。ずっと見なくて大丈夫だから……この上半分だけを見て、それが君のお友達かだけ教えてほしいんだ』
『……そうか、間違いないんだね。ありがとう、すこし休んでいてくれ』
けいじさんが手でかくしたしゃしん。写っているにはゴミ捨て場に捨てられた大きな青色のキャリーケース。
まんなかには、こっちを見ているけがをしたビロードのかお。
だけどぼくは、けいじさんの手がしゃしんの下からはなれた時に見たんだ。
それは、ビロードのからだがばらばらになってキャリーケースの中に入っているしゃしんだった。
76
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:03:04 ID:qwaduFqo0
:記憶がアンロックされました。閲覧しますか?:
:閲覧パスワード-memory-:
※閲覧注意※
https://dotup.org/uploda/dotup.org2987405.png.html
77
:
名無しさん
:2023/05/15(月) 23:03:41 ID:qwaduFqo0
3話:こんにちはとさようなら。
おしまい。
78
:
名無しさん
:2023/05/16(火) 10:05:30 ID:4l2BRqTA0
乙
79
:
名無しさん
:2023/05/16(火) 20:50:13 ID:qQB9xLIY0
おつおつ
80
:
名無しさん
:2023/05/19(金) 18:09:27 ID:9JWPYBdI0
めちゃくちゃつらいけど続きが気になる
乙乙!
81
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:20:59 ID:NcnpzX5c0
第4話:さようならと、またあした。
82
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:21:21 ID:NcnpzX5c0
『——ニュッくん、おはようなんです!』
おれにはじめてできた友だち。
『——えへへ、ぼくもニュッくんがはじめてのおともだちなんです!』
かえり道も、20分やすみも、ほうかごもずっといっしょ。
『——それじゃ、またあしたなんです!』
大人になるまで、ずっとともだち。
『——————』
やくそく、だったのに。
83
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:21:41 ID:NcnpzX5c0
(*><)「それじゃ、いつもの場所で待ってるんです!」
小学校のうらがわの、今はだれも使ってないガレージ。そこが、おれたちのひみつきちだった。
ビロードは学校がおわってもいつも帰らないで、ランドセルのままでそこにいる。
(*^ν^)「ダッシュでランドセルおいてくる!」
おれはランドセルのまま遊びに行くとパパとママがおこるからちゃんと家に帰らなきゃいけなくて、いつもはしって帰ってた。ビロードはおこられなくていいな、って思ってた。
(*^ν^)「ただいま! 今からあそびにいっていい?」
いそいでくつをぬいで、ママにただいまを言う。ベッドの下にランドセルをおしこんで、おきにいりのぬいぐるみをいっこだけ持っていく。
84
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:22:05 ID:NcnpzX5c0
('ー`*川「おかえりニュッくん。またお友達と秘密基地?」
(*^ν^)「うん!」
('ー`*川「ふふ、ビロードくんと仲良くなってからすっかり楽しそうね。おやつ持って、いってらっしゃい!」
(*^ν^)ノシ「はーい!」
('ー`*川「ちゃんと4時には帰ってくるのよー!」
ママがくれたクッキーとぬいぐるみをバッグに入れて、いろんな工じょうのある通りに向かう。ひみつきちのばしょはママにもないしょ。きいろいテープを目じるしにすすんでいくと、大人やせんせいが「いっちゃいけません」っていうばしょにつく。そのさきが、おれたちのひみつきちだった。
85
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:22:30 ID:NcnpzX5c0
ビロードが言うには、ここにはあんまり人が来ないし天井があるからひみつきちにぴったりだって。きいろのテープのおかげで人が来ないから、何してあそんでもおこられないんだ。
(*^ν^)「ビロード、おまたせー!」
(*><)「あ、ニュッくん! みてみて、すごいんです!」
黄色いテープの向こう、いつもランドセルのうえにすわってるビロードがランドセルをしょったまま立っていた。ちょっとつぶれたおさがりらしい青いランドセルのよこについてるフックには、白くてちっちゃなキーホルダーがついてた。
(*^ν^)「それ、ブーンじゃん!」
(*><)「えへへ、ニュッくんとおそろいなんです!」
ビロードのキーホルダーのブーンはおれがバッグから出したぬいぐるみより小さいけど、おれよりせが低いビロードにはぴったりだと思った。
おそろいがうれしくて、おれとビロードはブーンみたいなポーズでぐるぐる走りまわる。
(*><)「あははは! ブーン!」
(*^ν^)「ブーーーン!」
86
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:23:52 ID:NcnpzX5c0
それから、ママがくれたおやつのクッキーを食べながらきのう見たアニメのはなしをする。ビロードのおうちにはテレビがないから、にちようびのテレビもかわりにおれが見ることにしてる。だから、げつようびはビロードとはなすことがいっぱいあってたのしかった。
こーん、こーん。
遠くのスピーカーから聞こえる4時のチャイム。まだまだ遊びたりないのに、これが聞こえたらもう帰らなくちゃ。
( ><)「あ……ニュッくん、もうかえるじかんですか?」
( ^ν^)「うん、帰んなきゃ……でもまた明日あそぼーぜ!」
(*><)「はいなんです! また、がっこうでもあそぶんです!」
87
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:24:14 ID:NcnpzX5c0
ぶんぶんと手をふるビロードにばいばいをしながらいそいで家に走る。ほんとはチャイムがなる前には家についてなくちゃいけないんだけど、ひみつきちには時計がないからいつもあわてて帰ることにしてる。
('ー`*川「おかえりなさーい、今日も楽しかった?」
(*^ν^)「うん!」
でもちょっとぐらいおそくなってもママは気にしてない。ママが言うには「もう少し日が長くなったら門限も伸ばしてあげるから」っていうことらしい。
早く日がながくなって、ビロードともっと遊べたらいいのに。
88
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:28:06 ID:NcnpzX5c0
ランドセルから今日のしゅくだいのプリントをひっぱりだして、ママがごはんを作るのを見ながら算数のドリルをすすめる。今日はかんたんだったからあしたの分の少し先もやって、ママにできたって見せる。
(*^ν^)「ちょっとさきもやった!」
('ー`*川「おーっ、えらいじゃん! ママなんか昔は宿題全然しなかったのに……パパに似たのかな?」
(*^ν^)「おれ、あたまいい? パパぐらい?」
('ー`*川「そのうちパパより頭良くなっちゃうかもよ〜」
ママはおなべを混ぜてた手を止めておれのあたまをなでてくる。ちょっとはずかしいけどうれしくて、甘えんぼって言われるかもしれないけどぎゅーってした。
カレーのいい匂いと、ママの匂いがした。
89
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:28:28 ID:NcnpzX5c0
しゅくだいを片付けてテレビを見てると、まどの向こうから雨の音がした。ママはげんかんにあるパパの黒くて大きいカサを見るとあちゃー、と言って洗面所からタオルを持ってきた。
ちょうどそのタイミングでがちゃり、パパが帰ってくる。毎日いいにおいのスプレーをつけてるかみのけがびしょびしょになってた。
( <●><●>)「ああ、まったく……急に降られました、夏が近いんですね」
('、`*川「あらら、結構降られちゃったね。はいタオル……先、シャワーにする?」
( <●><●>)「いえ、少し遅くなったので先に夕飯にしましょう……カレーですか?」
('、`*川「ぴんぽーん。……あ、もしかしてお昼カレーだった?」
( <●><●>)「いえ、カレーにするか迷って選びませんでした。正解でしたね」
90
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:29:26 ID:NcnpzX5c0
おおきなジャケットをぬいでカバンを下ろしたパパの頭をママが背伸びして必死にふいてる。おれはいちまい余ったタオルでパパのおもたいかばんをふきふき。
(*^ν^)「パパ、おかえりー」
( <●><●>)「はい、ただいま……ニュッくんは降られませんでしたか? 雨」
(*^ν^)「ちゃんともんげんどおりに帰ってきたからへーき!」
( <●><●>)「よかったよかった。パパはびしょびしょです」
('、`;川「あー、ワカさん頭上げないでっ!」
(;<●><●>)「あ、すみません……えっと、自分で拭きますから……」
('、`*川「いーのいーの。ニュッくん、お風呂のボタン押してくれるー?」
(*^ν^)「はーい」
おふろのボタンを押して、テーブルにすわる。テレビを付けて、ごはんのじゅんび!
91
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:30:13 ID:NcnpzX5c0
常夜灯だけに絞ったリビングの中、からんとグラスの氷が細い音を立てた。
特売のおかきをぽりぽりつまみながら文庫本片手に夜更かしの晩酌をするワカさんは、かっこいいとおじさんっぽーいの半分くらい。せめてパジャマじゃなくてスーツだったらかっこいいのに。
小皿に乗ったおかきをこっそり横取りしながら彼の横顔を見ていると、一瞬だけ目が合った。
( <●><●>)「……そういえば、そろそろニュッの誕生日ですね」
('、`*川「おっ、流石ワカさん。愛息子のお誕生日をお忘れではないと」
(;<-><->)「当たり前でしょうが……」
ため息と一緒に挟みこまれた栞。むーんと顎に手を当てながら考えるポーズはいいけど、指先にお塩がついてますよっと。
92
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:31:08 ID:NcnpzX5c0
<●><●>)「プレゼント、何にしましょうか」
('、`*川「そうねぇ……。去年もその前と同じでぬいぐるみだったけど、いい加減
ゲームとか買ってあげた方がいいのかしら」
( <●><●>)「さほどあの子はゲームに興味は持っていないようですが」
('、`*川「うちにあるのがドリキャスとPCエンジンだけだからゲームに興味を持ってないだけかも。新しいの、どーんと買っちゃう?」
( <●><●>)「……ジェットセットラジオ、面白いと思うんですけどね」
('、`*川「Dの食卓や邪聖剣ネクロマンサーとかを抜いたらそれしか残らないっていうのもどうかなーって思うな」
(;<●><●>)「う……」
93
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:31:43 ID:NcnpzX5c0
<●><●>)「プレゼント、何にしましょうか」
('、`*川「そうねぇ……。去年もその前と同じでぬいぐるみだったけど、いい加減
ゲームとか買ってあげた方がいいのかしら」
( <●><●>)「さほどあの子はゲームに興味は持っていないようですが」
('、`*川「うちにあるのがドリキャスとPCエンジンだけだからゲームに興味を持ってないだけかも。新しいの、どーんと買っちゃう?」
( <●><●>)「……ジェットセットラジオ、面白いと思うんですけどね」
('、`*川「Dの食卓や邪聖剣ネクロマンサーとかを抜いたらそれしか残らないっていうのもどうかなーって思うな」
(;<●><●>)「う……」
94
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:32:37 ID:NcnpzX5c0
ゲーム、ゲーム。私の小さいときはファミコンを近所の男の子が持ってたっけ。今の子がやるゲームがすごいらしい、っていうのはテレビで見ると何となく感じるけど、ニュッくんはあんまり反応しないんだ。
だから、今も家にあるのはワカさんが学生の頃に買ったちょっと変なゲーム。何本かあったソフトの中からちょっと早そうなのだけを抜いてニュッくんのお部屋に置いたけど、やっぱり古くて面白くなかったのか、最初に何度か遊んだっきりやってる様子はなかった。
そこでふと、ニュッくんの話を思い出した。
('、`*川「あ、そういえばね……最近ニュッくんに仲のいいお友達が出来たんだって。ビロードくんっていうらしいの」
('、`*川「どんな子か知りたいし、一回お家に呼んで聞いてみよっかな。最近の子はどんなゲームするのー? って」
( <●><●>)「ほう、名案ですね」
('、`*川「いつまでも昔のゲーム機でばっかり遊んでるより、ちょっとぐらい新しいテレビゲームで遊んでる方が私はいいと思いまーす」
( <●><●>)「……それも、そうですかね」
('ー`*川「ふふ」
95
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:32:58 ID:NcnpzX5c0
次の日も、がっこうがおわったらすぐにランドセルをおきに帰った。いそいでひみつきちに行こうとしたら、ママがねえねえ、ってきいてきた。
('、`*川「ねね、ニュッくん。今度ビロードくんをお家に呼んでもいい?」
(*^ν^)「いいの!? やったー!」
('ー`*川「いつもニュッくんと遊んでくれてありがとう、ってママもビロードくんにご挨拶したいんだ。もし向こうのおうちがいいよって言ってくれたらの話だけど……」
(*^ν^)「うん、あとできいてみる!」
さっそく、おれはおやつのクッキーとビロードとおそろいのブーンのぬいぐるみをもってひみつきちに走った。
もしもビロードとうちであそべたら、いっしょにぬいぐるみであそんだり、アニメを見たりできる。このあいだ見ておもしろかったテレビのろくがもいっしょに見れる。おれはうれしくて、いつもよりたくさん走ってひみつきちに向かった。
96
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:37:26 ID:NcnpzX5c0
(*><)「え? ニュッくんのおうち、上がっていいんですか?」
(*^ν^)「うん、ママがビロードにありがとうって言いたいって。ちゃんとおうちのひとがいいって言ったら……って」
( ><)、「……あ、それはだいじょうぶなんです。うちのおや、出かけてるならなにもいわないんです」
(*^ν^)「じゃああした! あしたあそぼうぜ、おれんち!」
(*><)「はいなんです!」
その日は、おれんちにあるゲームとか、ぬいぐるみとかのはなしをした。ビロードはぜんぜんゲームのこと知らなかったけど、いっしょにやるのがすごく楽しみだった!
(*^ν^)「じゃ、明日はがっこうおわったらいっしょにいえまでかえろーぜ! ビロードんち、ランドセルそのままでもいいんだろー」
(*><)「えへへ、そうするんです!」
97
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:37:50 ID:NcnpzX5c0
なのに。
98
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:38:41 ID:NcnpzX5c0
( ^ν^)「あれ、ビロード?」
がっこうについたのに、いつもおれより早くクラスについてるはずのビロードがいなかった。せっかく今日のことはなしたかったのに。
先生が出せきをとる時間になっても、ビロードはこない。
(゜、゜トソン「稚菜ビロードさん……あれ、誰かビロードさんの連絡帳預かってませんか?」
( ^ν^)「……ビロード、きてない?」
(,,゜Д゜)「せんせー! ビロードなんでいないんですかー!」
(゜、゜トソン「ふむ……あとでお家の方に連絡してみますね」
20分やすみがおわっても、給食のじかんになっても、5時間目のじゅぎょうがおわっても、ビロードはがっこうにこなかった。
先生にきいても、わからないって。
(゜、゜トソン「……ビロードくんの方に電話しても繋がりませんでした。後で先生がお話ししに行きますから、入速くんはお家に帰りましょうか」
99
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:39:44 ID:NcnpzX5c0
( ^ν^)「……いっしょにあそぶって、やくそくしたじゃん」
ママがおうちに呼んでいいって、いっしょにあそべるって言われて、うれしかったのに。またあしたって、言ったのに。
( ;ν;)
一人でかえりたくなくて、でも先生がいくって言ってたビロードのいえもわかんない。下を向いて、泣きそうになるのをこらえながら歩いてたら、いつもの所にきてた。
黄色いテープでくくられたここは、おれとビロードのひみつきち。ひとりで来ると、なんだか暗くていやな所だった。
それでも前にすすむ。でも、どこを見てもビロードはいなかった。
いつも座ってたずっとここにあるじてんしゃ。そのままかごにランドセルをのっけて、ペダルをうしろにこぐ。
きりきりきりきり。きりきりきりきりきり。だれもいない。
100
:
名無しさん
:2023/05/24(水) 21:40:58 ID:NcnpzX5c0
せもたれのこわれたイスや、ハンドルのないじてんしゃ。かたっぽだけのよごれたサンダル。目をこらしてもずっとずっと向こうまでつづく灰色のみち。
その向こうには、おっきくて青いキャリーケースが捨ててあった。
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