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( ゚¥゚)わが赴くは獣の群れのようです
1
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:12:22 ID:4QLUhYnU0
1
準惑星ケレスにほど近い宇宙コロニーで入港手続きを終えて一息つく。
偽造パスポートはうまく動作し、俺の今の名は宇津谷 毒男となっている。
そう、宇津谷 毒男だ。自分の名前を間違えないようにしないといけない。
以前、自分の名前に反応できなかった時、スパイ疑惑をかけられて厄介な目にあったからな。
俺は誇りある辺境の戦士である。VIP帝国やアフィ商業教団たちの勢力争いなどに興味はない。
ただただ科学の信奉者であればそれでいい。
だが、どうにも帝国や教団の狂信者たちはそうでもないらしい。
俺たち辺境の民にとって神は科学である。
故に高度な科学技術を擁するクシナイアンは信仰の対象であることは間違いないが、彼らの技術は所詮技術でしかない。
技術の産物とはすなわち、設計された意図がある。
クシナイアンが休むために作ったものであれば、それは休むために使われるべきだ。それでこそ、その道具は本領を発揮できる。
VIPやアフィの連中のようにそれらから動力源を取り出し、その動力源を活かしきれない兵器に転用など、するべきではない。
だが、奴らはクシナイアンの宇宙タワーに群がり、その遺物の価値もわからずに、奪い合うことで頭がいっぱいな連中だ。
俺の乗る宇宙艇がクシナイアン製で、それが自分たちの勢力ではない人間が持っているとバレれば、必ず取り上げるためのでっち上げが起こるだろう。
それを避けるための偽造パスであった。科学を信奉する辺境の民であればこの程度のハッキングは朝飯前だ。
クシナイアンの宇宙艇を持っていても不自然でないよう、宇津谷 毒男は帝国の貴族ということになっている。
避けられるトラブルは避けるに越したことはないだろう。
2
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:13:04 ID:4QLUhYnU0
2
( ゚¥゚)「おっと……」
そんなことを考えながら、書類作成のために生体LANを繋ごうと首筋にコネクタを当て、差し込みそこねてケーブルを落とす。
無重力に慣れた身体が引力のある動きにうまく適応できていない。ぼやけた頭を叩いて回転させながら、首を回してスヌースの缶を探した。
どうにも分解冷凍睡眠明け特有の微睡みが俺の思考を鈍らせているようだ。
船に取り付けられたロック式の戸棚を開け、スヌースを見つけると1ポーション出して上唇と歯茎の間に挟み込む。
ニコチンが口から全身に周り、多少目が冴える。眠気はあるが、寝るには早いのだ。
今はグリニッジ標準時で16時だ。点検業者もまだ開いているだろう。これからケレスに向かうにあたって、艇検を申し込む必要がある。
俺の宇宙艇はクシナイアン文明の遺物である。一人旅なのだから当然だ。
未だ現代の技術力では、時空間跳躍が可能な個人艇の完成は果たされていない。
もちろん、個人用の例に漏れず常温核融合炉が搭載されている。個人艇に載せられるような小型動力はこれしかないからだ
常温核融合炉は点検の必要性が薄く、不安定な対消滅エンジンと違い危険性は低い。
だが、最近は文明の遺物も産出量が減った。それが情勢を変え、安全規定が厳しくなったのだ。
教団たちの手で新造された大型宇宙艇には不安定な対消滅エンジンが使用されているため、来訪者は必ず指定された宇宙コロニーで点検を済ます決まりがある。
ケレスは帝国の勢力圏だが、奴らはまだ対消滅エンジンの再発見に成功していない。
今は戦争相手からエンジンを買っているらしい。
ここからケレスまで高速航行をすれば8時間ほどの距離であるが、戦時の今は入国審査に恐らく手間取る。
今日はこのコロニーで一泊することになるだろう。
3
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:13:37 ID:4QLUhYnU0
3
||‘‐‘||レ「オペレーター? 入国審査の電子書類は一応、生体記憶媒体で持ち歩いた方がいいのでは?」
( ゚¥゚)「問題ない。身分は生体コードで認証できる。仮にバレれば書類など見せる暇などなく即アウトだろう」
||‘‐‘||レ「そうですか。オペレーター? 石橋を叩いて渡るってコトワザ、ご存じないですか?」
( ゚¥゚)「お前は叩き壊しそうだな」
||‘‐‘||レ「AIには手もないのに不思議ですね」
船のAI「カウガール」がスピーカーを通して俺に声を掛ける。
現代のAIに自我はないらしいが、俺の船「ブルーバッファロー号」はクシナイアン製だ。自我を持ち、当然喋る。
AIは船の管理以外にも任務のアシストや生活の支援など、様々な雑務を行ってくれる。が、一言多いのが難点だ。
宇宙艇検査の書類に電子署名を載せて、業者に送信する。映話でのやり取りはなしだ。
わざわざ何かの証拠になりそうな顔を見せる必要はない。
一応、カウガールに任せれば顔をリアルタイムで変えてくれるだろうが、多少のラグから偽装がバレる危険を孕む。
コロニー内のやり取りで、ましてクシナイアンの船が映像ラグを出せば不審だろう。
( ゚¥゚)「おい、出るぞ。艇検業者へ行ってくる」
||‘‐‘||レ「オペレーター、帰りの予定は?」
( ゚¥゚)「予定が確定できたら端末から一報入れる。そうだな1時間で連絡がなければ臨戦態勢に入ってくれ」
||‘‐‘||レ「また強引な出港ですか? やめてくださいよ、綺麗な肌に傷ついちゃう」
( ゚¥゚)「AIには肌がないのに不思議だな」
||‘‐‘||レ「オペレーター? 上手いこと言ったと思ってます?」
4
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:14:10 ID:4QLUhYnU0
4
・かの名状しがたき獣を地の果てまで追い詰め殺すべし。
・武芸を尊び常に修行を重ね、自らを誇れる武人であるべし。
・偉大なる科学を賞賛し、科学的であることを誇るべし。
――トロヤ群辺境民の掟
( ゚¥゚)わが赴くは獣の群れのようです
5
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:14:43 ID:4QLUhYnU0
5
用語解説
『スヌース』
不織布に袋詰された噛みタバコの一種。
刻んだタバコ葉を袋に詰め、それを下唇と歯の間に差し込んで口腔でニコチンを摂取する喫煙方法。
単に噛みタバコと呼ぶと、噛みタバコ用の袋詰されていない刻んだ葉を指す。
スナッフ(嗅ぎたばこ)や噛みタバコなど無煙タバコは、大気が貴重な宇宙空間での標準的な嗜好品である。
無重力の宇宙艇では、タバコ葉が舞わないスヌースの愛好家が主流。
遠心力による擬似重力がある宇宙コロニー・コロニーではスナッフ・噛みタバコ愛好家が多い。
現在、代表的な産地であった火星は対消滅事故を理由に産出量が激減し、ニコチンと風味をハーブに吹きつけた合成タバコが主流。
『トロヤ群』
惑星の公転軌道上の、太陽から見てその惑星に対して60度前方と60度後方に存在する小惑星群のこと。
全ての惑星に存在する小惑星群だが、単にトロヤ群と呼んだ場合、群を抜いて多くのトロヤ群を持つ木星のトロヤ群を指す。
木星と軌道を共有する2つの小惑星群で、L4とL5の2つがあるが辺境の民のコロニーはL5に存在する。
トロヤ群は小惑星が狭い範囲に密集しており、小惑星を事前に観測することが非常に難しい。
現在主流の時空間跳躍航法はその特性により、移動時における周囲の確認が不可能である。
つまり、前もって障害物がないこと確認したあと、目をつむって走りだす状態に近い。
よって、木星のトロヤ群は空間転移航行禁止区域に指定されている。
そのため、辺境の民を自称する民族が、どの宙域にコロニーを構えるかはあまり知られていない。
6
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:15:44 ID:4QLUhYnU0
6
予定では8時間でケレスにたどり着くつもりだった。しかし、予想外の足止めを食らうことになる。
( ゚¥゚)「は? 艇検できない?」
¥・∀・¥「申し訳ありません。現在中央動力炉が検査中でして、艇検のような大規模電力消費が軒並み停止しているんです」
( ゚¥゚)「検査はいつ終わる?」
¥・∀・¥「なにぶん、教団からの爆撃を受けましたからね。正確なことは言えませんが、前例から予測するに一週間ほどかと」
現在、太陽系の支配権を巡って、二大勢力、VIP帝国とアフィ商業教団は戦争を行っている。
我ら辺境の民にとって最大の関心は『獣』の討伐であり、人間同士が争うことなどどうだっていい。
しかし、彼らの争いは時に辺境の民の足を引っ張ることがある。
パスポートを偽造しなければならなくなったのもその一つであり、そして、今回の件もその一つだろう。
主に、宇宙コロニーや戦艦など大型施設に使われる対消滅エンジンは、原理上、大型かつ複雑になる。
そして、同時に大爆発を起こす危険を孕む。その破壊力は、太古の戦争に使われたという原爆でいえば数億発分に匹敵した。
故にコロニーの機能を停止させたければ、このエンジンを狙って攻撃すればいい。
大爆発を起こされても困るが、安全装置がまず間違いなく働く。
そして、その安全装置が働いて緊急停止した場合、その復旧には時間が非常にかかるのだ。
( ゚¥゚)「アフィの金の亡者どもめ、全く厄介なことを」
¥-∀-¥「……こればかりは私どもでは何もいたせません。ご容赦を」
その態度に一瞬こみ上げた言葉を飲み干す。
彼ら民間企業にここで何を言っても、時間とカロリーの無駄だろう。
とはいえ、ここで1周間も待ちを食らうのは非常に問題だ。
我ら辺境の民には、『獣』を殺す義務があるのだ。
7
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:16:21 ID:4QLUhYnU0
7
その『獣』がケレスの研究所にサンプルとして確保されたと聞いた。
VIPは名状しがたき忌々しい『獣』を戦争の道具に使うつもりらしい。
それだけは防がなくてはならない。あの『獣』はクシナイアン文明すら手に負えなかった。手を出してはいけないのだ。
奴らは生命と同化しその生命を無尽蔵に歪に増やす。魂という不可侵の領域を冒涜する、悪しき存在だ。
ならば、我ら辺境の民はそれを滅ぼすため、研究所へと潜入するのみである。
科学の聖人達はそれを望んでいる。
我ら辺境の民は、かつてクシナイアン文明を滅ぼし、文化を終わらせた怨敵『獣』を殺すために存在する。
文明崩壊前、我らの祖先は科学者と戦士から選ばれた。クシナイアンに『獣』の討伐の研究を命じられ隔離された者達だ。
『獣』を滅ぼすために代々実力を磨き2000年。クシナイアンは滅んでいたが、それでも我らは使命を忘れていなかった。
クシナイアンの人工生命技術は失われ『獣』は確かに弱体化した。
しかし、金星やエリスは未だ『獣』から取り返すことができていない。
だというのに、帝国人は『獣』の恐ろしさを忘れたのだろう。
一週間の遅れは致命的だ。『獣』は一週間あればケレス世界を滅ぼしかねない。
そうなればもはや駆除は非常に困難を極めるだろう。
俺は辺境の民としては半人前だ。惑星全域を覆う『獣』の駆除は難しい。
( ゚¥゚)(一週間は厳しい。最悪他の惑星に輸送される可能性がある)
( ゚¥゚)(だが、今すぐ出るとなると幾つか手があるが、中央制御塔への侵入が絡む)
( ゚¥゚)(しかし、中央制御塔への工作はリスクが高い……)
考えるのはまず、この宇宙コロニーを制御する中央コンピュータに侵入しデータを改ざんすることだ。
データの改ざんは容易い。だが、そこにアクセスできるのはコロニー中心部にある制御塔だけだ。
制御塔は守備が堅い。いくら辺境の民であっても危険が伴う。できれば避けたいところだ。
クシナイアン文明の遺産であり、時空間跳躍航法の管理を行う時空管制塔。
ここへのアクセス権を持つのもこの中央制御塔であり、ここを制圧されると最悪惑星全体の航行にも支障をきたす。
そのため、ここの守りは非常に堅くせざるを得ないのだ。
8
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:17:46 ID:4QLUhYnU0
8
もちろん、辺境の民は必要であれば、犠牲を払ってでも武力を行使することに躊躇をしない。武は行使してこそ本懐を果たす。
だが、宇宙コロニーで辺境の民が戦闘行動を行えば最悪、『獣』を別の惑星に輸送される恐れがある。
最低でも『獣』を駆除するまでバレない必要があるだろう。如何に屈強な辺境の民と言えど、これはギャンブルだ。
俺は、いや、辺境の民はギャンブルは好かない。
なぜならば、偉大なる科学の信徒、聖アインシュタインはこう言った。
「神様はサイコロを振らない」
故に我ら辺境の民もまた、サイコロを振らない。つまり、賭け事を嫌う。
ギャンブル、リスクは極力避けるべきだ。可能な限り、万全を喫し確実に屠る。それが辺境人であった。
しかし、帝国が『獣』をサンプルとして捕らえたという情報を手に入れてから既に2日経過している。
( ゚¥゚)(これも偉大なる数学の始祖、聖ピタゴラスからの試練か……)
そんなことを無想しながら、点検業者を後にしてコロニーの白い廊下を歩く。
廊下は商業通りとなっており、夜にさしかかる時分、仕事帰りだろうたくさんの人で賑わってる。
しかし、その脇道を見ればダウンタウンからあぶれた子供がポツリポツリと当て所なく座り込んでいるのが対照的だ。
子供たちの中には、春を売る年端の行かない少女の姿もある。平均的なVIP帝国コロニーの光景だ。
俺がそんな少女に哀れみの視線を送っていると、小さな衝撃が腰に当たった。
(=゚д゚) 「ぼーっとしてんなよオッサン! 気ぃつけな!!」
貧民街の出身だろう。粗末な衣服に身を包んだ子供が腰にぶつかり声を荒げた。
次の瞬間、立ち去ろうとする子供の手首を掴み、強引に捻り上げる。
(=゚д゚) 「お、おう! なにしやがる!」
( ゚¥゚)「……」
9
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:18:16 ID:4QLUhYnU0
9
(=゚д゚) 「なんだ? ぶつかった腹いせか? てめえからぶつかったんじゃねえか! てめえが謝れよ!」
( ゚¥゚)「……ポケットの中のものを出せ」
(=゚д゚) 「なんだと!? こんなガキ相手に腹いせで強盗かよオッサ――ぐえっ」
躊躇なく、やかましいガキの腹を膝で蹴りあげる。ガキは奇妙な嗚咽を出して、胃の内容物を吐瀉した。
周囲を通り過ぎる人々が、チラリとこちらを見てからサッと目を逸らした。
このVIP帝国で貧民のガキを助ける酔狂な輩はいないのだ。
(= д ) 「げほっがはっ」
( ゚¥゚)「もう一度しか言わん。ポケットの中のものを出せ」
(= д ) 「わ、悪かったよ。許してくれ。幼い弟がいるんだ。この金がないと――ギャッ!!」
再度脇腹を蹴り上げる。手首を離せば、ガキはそのまま脇腹を抑えて蹲った。
俺は興味も失せて、そのままガキを置いて歩き出す。
誇り高き辺境の民が、貧民街のガキに舐められたのだ。二発の蹴りで済まされただけ安いだろう。
(憲ФωФ)「おやあ?」
しかし、歩き去ろうとした所で前方に厄介な奴がきた。
猫のような目と口を忌々しく歪めながら、三人。頬に憲の刺青のある同じ顔が歩み寄る。
VIPの憲兵だ。それも複数。思わず舌打ちをする。奴らは金にがめつい。
今の俺の身分はVIPの貴族になっている。それはつまり児童虐待の現場は憲兵にとって、賄賂をせびる絶好の機会である。
しかも、今俺の手元には元手がない。
(憲ФωФ)「これはどういうことかね? そこの児童を蹴り飛ばしたように見えたが?」
10
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:19:02 ID:4QLUhYnU0
10
同じ顔のクローン憲兵たちが三人。VIP帝国はクローン技術で支配権を広げた国だ。
奴らの兵隊達は初期の帝国にいた一人の英雄を元に改造されて作られる。
だが、結局のところ性格は環境によって作られる。元になった人間のような英雄的振る舞いに期待はできないだろう。
俺は武を尊ぶ辺境の民だが、まだ半人前の身である。
才はなく、武の道も半ば。同期の連中と戦えば、下から数えた方が早い実力だ。
故に、出来る限りの暴力沙汰は避けて通りたい。だが、逮捕されれば『獣』を逃がす。
(憲ФωФ)「生体認証コードを確認させて頂いてもよろしいですかな?」
手首にある生体認証コードは、犯罪防止のため離れていても読み取れるのは常識だろう。
つまりこれは、確認されたくなければ賄賂を渡せ、そうすれば穏便に済ませてやる。そんな符丁である。
だがあいにく今は先立つもの物もなく、捕まれば確実に一週間などでは済まない。
憲兵がニヤつきをなんとか堪えているような、そんな虫の好かない顔を浮かべ歩み寄る。
手を伸ばせば届く距離、奴らの持つ銃ではなく、俺の間合いへと移る好機。
できるか? いや、やらねばならない。でなければ、獣を殺すにも支障が出る。
無意識に、手が腰の刀に伸びる。
それを見止めた憲兵がその手を無造作に掴んだ。
同時、反射的にその手首を小手抜きで振り払い、回し蹴りで顎を打つ。
( ゚¥゚)(しまったな。無意識にやってしまった)
考えながらも、銃を抜こうとしたもう一人へ肘を叩き込み。
次いで残った最後の男の鼻っ柱へ左の正拳突きを放った。
咄嗟に抜刀せず素手で対応したが、流石、前線に出ていない憲兵、生ぬるい。訓練もロクにされていないようだ。
しかし、ただの貴族に素手で潰されたなど、憲兵は恥ずかしくて公表できないだろう。
思わぬ傷害沙汰になったが、これは上手いこと穏便に済みそうである。
だが、それでも万が一がある。一旦、賄賂を渡せる程度の金を取るために船に戻る必要はあるだろう。
11
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:19:38 ID:4QLUhYnU0
11
――瞬間、殺気。
( ゚¥゚)「む?」
(=゚д゚) 「危ない!」
背を向けたまま頭蓋骨で弾丸を逸らそうと身構えた次の瞬間、先ほどの少年に突き飛ばされる。
少し前に自分の頭があった場所を、暴徒鎮圧用のニードル弾が通り抜けた。
余計なお世話だ。しかし、命を助けようとしたその姿勢は見直そう。
倒れたまま銃を放った憲兵のその手を、拳銃ごと踏み潰す。手の甲から折れた骨が飛び出し、血が爆ぜ飛んだ。
骨が砕ける音が響いて、それから遅れて周囲の人々から悲鳴が上がる。
血で濡れた靴の裏を地面にこすりつけながら、恩人たる少年を抱え人混みに飛び込んだ。
相手が憲兵だからと気を抜きすぎたようだ。こういった点でも俺は半人前なのだ。
未だ武の道を極めるには遠い。未熟の代償は、周囲の人間を伝って、騒ぎという形で広まっていく。
人混みの中で発砲を許したのは不味い。いくら無関心な民衆といえど、流れ弾という形で自らに被害が及ぶとなれば話は別だ。
拡大する騒ぎよりも速く、人混みを抜けるしか手段はなかった。
少し走って貧民街の奥地へと入り込むと一息ついて、少年へと顔を向ける。
( ゚¥゚)「何故助けた?」
(=゚д゚) 「……憲兵は嫌いだからな」
12
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:20:54 ID:4QLUhYnU0
12
( ゚¥゚)「ふん」
彼にどんな事情があるかはわからない。だが、助けてもらった以上、恩は恩である。
俺は確かに辺境の民である。『獣』を滅ぼす使命を帯びてここにいる。
だが、俺は辺境の民である前に侠者だ。受けた恩は必ず返すのは、侠者の努めだろう。
( ゚¥゚)「だが、受けた恩は返す。貴様が望むことをしよう」
(=゚д゚) 「おい、人のこと蹴り飛ばしていう言葉かそれ?」
( ゚¥゚)「そこは貴様の自責だ」
滑りこんだのは、大通りから離れた得体の知れないすえた臭いがたちこめる路地だった。
足元には元がなんだったかもわからない、グズグズと黒くヌメった何かがそこらに飛び散っている。
人工太陽ともに光る帝国の監視から逃れるために、明るいはずの天は布で覆い隠されていた。
(=゚д゚) 「なあ、オッサン強いんだろ?」
( ゚¥゚)「さあな。辺境人としてはまだまだ半人前だ」
(=゚д゚) 「ヘンキョウ? ま、憲兵を三人も素手で殴り飛ばしちゃうんだから十分だ。なあ、俺の用心棒してくれよ」
黒い何かを足の裏で潰し、そこでようやく自分が貧民街に辿り着いていたことに気がついた。
貧民街は大通りから最も離れた地域にある。このスペースコロニーの掃き溜めだ。
薄汚れた路地の壁一面にまるで蜂の巣のように穴が開いている。
その一つ一つに備え付けられた棺桶のような粗末な簡易ベッドが彼らの住居だ。
いや、そのベッドすら上等な部類であり、廊下には所狭しと耐熱シートでテントが張られ、そこには年端もいかない少年が蹲っている。
13
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:21:24 ID:4QLUhYnU0
13
移民船の住居区だった物を改造したらしい一角だ。
無重力の移民船と違い、コロニーには引力があるため壁には簡易で統一性のないハシゴを無理やり取り付けてあった。
『獣』による文明崩壊後、混乱期の宇宙艇は四角いパーツの寄せ集めでできていたという。この区画はその時代のシロモノだ。
各パーツは固有の機能を持ちどのパーツとも接続できる。『獣』が発生した場合、区画ごと放棄するための工夫である。
近くには何日も風呂を浴びていないだろう、薄汚れたヒゲ面の男達が安酒を舐めながらジロジロと不躾に視線を送ってくる。
俺のような上等な服を着た人間が、高価な武具を持って歩く姿が珍しいのだろうか?
睨みつければ、触らぬ神に祟りなしと男達は視線を逸らした。
コロニーは人口密度が非常に高い。このような者達が集うのは道理だった。
離陸に利用が高額な軌道エレベーターを利用しなければならない惑星と違い、コロニーは簡易な移住が可能で土地が安いのだ。
また、惑星と違い、メンテナンスを必要とするコロニーは、戦争の攻撃を受けやすいもののまだ仕事がある。
必然的に支配階級は惑星に住居を構え、彼らのような貧民たちはコロニーに集っていた。
不意に、少年が右手を差し出す。油と血と傷に塗れたうす汚く、皮の厚い手のひら。
苦労と悔しさが見事に投影されているような、そんな手だった。
俺は意図がわからずその目を見つめると、彼は自己紹介を始める。
(=゚д゚) 「俺はトラ、トラギコだ」
握手。古い習慣だと訊く。この宙域ではそんなしきたりが残っているのだろう。
辺境の民に家名はない。それはトロヤ辺境の特殊な環境ゆえに起きたが、それは置いておこう。
ただ、それでは問題もあるため、外宇宙ではニセノ姓を名乗るしきたりとなっていた。
その手を握る。握った少年の手は歳の割に硬く力強く、そして歳相応に小さく熱い。
14
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:21:56 ID:4QLUhYnU0
14
感覚センサーが伝えるそれらを感じながら、一瞬、偽名を出そうかと悩んだが、命の恩人である彼には本名で名乗る。
( ゚¥゚)「俺はニセノ。ニセノ・マサノリ」
(=^д^) 「ああ、よろしく頼むぜ、ニセノ先生!」
屈託なく笑う少年を見て、我ながららしくないことをしていると自覚し軽く頭を掻いた。
15
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:22:33 ID:4QLUhYnU0
15
用語解説
『常温核融合炉』
室温で、水素原子の核融合反応が起きるとされる現象。 1989年に成功したと発表されるも、その後追証での再現性は低かった。
その後、クシナイアンの手により、安定した常温核融合反応を引き起こす条件が判明。小・中型宇宙艇の基本エンジンとなる。
出力自体は高くないが、維持コストが低く、また無補給千年単位での持久力を持ち。単純な設計のため小型化が容易。
そのため、現時点で個人用の搭乗用小型宇宙艇に使える唯一のエンジンでもある。
現在はクシナイアン文明とともに開発技術が失われており、個人宇宙艇はクシナイアン製しか存在しない。
『対消滅エンジン』
電荷が通常とは逆の性質を持つ原子で構成された反物質を利用するエンジンのこと。
反物質は物質と接触すると対消滅という核融合を上回る爆発的なエネルギー反応を起こす。それを利用したエンジンである。
出力が非常に高い反面、大気と接触しても爆発してしまう反物質の扱いが困難であり、生産後すぐに燃料として使用しなければならない。
よって、エンジン内部に反物質製造機を組み込む必要があり、安全装置と合わせるとエンジンが非常に大掛かりになる。
主にコロニーや宇宙コロニー。大型軍事艦などの施設に発電装置として組み込まれている。
また、反物質製造機は爆弾として使われることもある。
資源の少ない現代に於いては主力の発電機関であり、一度はクシナイアンと共に失われた。
現在はアフィ商業教団がその技術を再発見、技術を独占している。
16
:
◆d7bMXbKy6Q
:2016/04/03(日) 04:30:14 ID:4QLUhYnU0
16
||‘‐‘||レ「わたくし、ロボット三原則がなかったらオペレーターをぶん殴っていますよ」
( ゚¥゚)「三原則に感謝だな。あとお前にマニピュレーターを付けなかった設計技師にも」
||‘‐‘||レ「オペレーター? まさかそこで一生用心棒するつもりではないですよね?」
( ゚¥゚)「そんな訳がない。だが、恩は恩。返さぬは一生の恥だ」
||‘‐‘||レ「今、緊急任務中だとわかって言ってます? それとも――ああ失敬。これ以上は三原則に抵触するので言えません」
( ゚¥゚)「それだけで十分罵倒じゃないか? 人間に精神的危害を加えてる。三原則監視機を修理に出さないとな」
||‘‐‘||レ「ウィットに富んでいると仰って下さい。ロボット虐待で訴えますよ?」
トラギコから少し離れた場所で端末を出すとカウガールに戻りが遅いことを告げた。
理由を話せばすぐにこの小言である。だが、どうせ1週間は足止めだ。ここで用心棒くらい、時間つぶしにちょうどいい。
それに腕は振るわないと鈍る。辺境の民は自己鍛錬を怠らないが、鍛錬だけでは実戦の感覚は取り戻せない。
( ゚¥゚)「だから、このままでいい。俺が用心棒をするのは一週間。その間に恩を返しきる」
||‘‐‘||レ「一週間で返せる命って、オペレーターの命は随分と軽いですね」
( ゚¥゚)「やかましい」
叩きつけるように映話を切断する。
もし伝えきれていない用件があるならば、文章でまとめて送ってくるだろう。
だが、それよりも問題はトラギコの方だ。
<゚Д゚=>「お兄ちゃん、こいつ誰?」
(=゚д゚)「おい、こいつじゃないぞ。ニセノ先生だ」
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