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タブンネ刑務所14

1名無しさん:2017/05/06(土) 00:36:57 ID:v4JFFnrY0
ここはタブンネさんをいじめたり殺したりするスレです
ルールを守って楽しくタブンネをいじめましょう。

439カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 18:59:06 ID:cGUalhbk0

 「ミッ……ミッミィ……」─ お願いします……妹を……妹を解放してください…… ─

兄タブンネは藁にも縋る思いでサザンドラに懇願する。だがサザンドラはもちろん妹タブンネを返すつもりなんてない。
サザンドラはしっぽで軽く兄タブンネの体を押し返す。
腰の入っていなかった兄タブンネはその勢いに流されるまま後ろに下がり、躓いて小便だまりの上に尻もちをついてしまった。
綺麗な白色をしていたしっぽの下側が小便を吸い黄色く染まっていく。
サザンドラは再び妹タブンネに集中する。
キバで太ももの肉を裂きつつぐりぐりと動かして股関節を外そうと試みる。
ぶちぶちと自分の肉や繊維が断ち切られる度「ミヒッ!ミィッ!」と痛みにあえぐ妹タブンネ。
ついにはボキッという少々乱暴な音が鳴り、妹タブンネの左足と体が分離した。

 「ビヤアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」

気が狂いそうになるほどの激痛。
妹タブンネは目を見開き肺にたまった空気を全て出すかの如く大きな叫び声をあげた。
悲鳴を叫び終えた後は肩で息をしながらぐったりとしている。
左足のあったところからはドバドバと血が流れ出ていた。
サザンドラは切り離した妹タブンネの左足を兄タブンネの目の前で揺らして見せつける。
可愛らしいハート型の肉球が鮮血を滴らせながら兄タブンネの前でプラプラと揺れ動いている。
兄タブンネは「ミゥ……ミゥゥ……」と悲しみの声を漏らしながら絶望顔でそれを見つめる。
妹タブンネを守れなかった今、彼の心を支える最後の一つが崩れ落ちようとしているのが分かる。
続いてサザンドラはその左足を妹タブンネの目の前まで持ってくる。
妹タブンネは歯を食いしばり首を横に振る。
左足があったところから感じる耐えがたい痛みがそれを現実であると証明しているが、認める事なんて到底できない。
サザンドラは一通り見せつけて満足した後、妹タブンネの新鮮な左足を口へと運んだ。
まずは足裏、ハート型の肉球に付いた血液を啜った後、おもむろにかじり取る。
タブンネのチャームポイントであるハート型の肉球はえぐり取られ、グロテスクな足裏の肉が露見してしまった。
その様子を見せる事でタブンネ達の心を痛めつけたのち、左足全部を口の中に放り込む。
あえて大仰に骨を砕き、二匹に咀嚼音をしっかりと聞かせる。
やがて咀嚼し終えるとそれを飲み込み、次は残りの右足へと手をかけた。
再び妹タブンネを激痛が襲う。度重なる痛みで感覚がマヒしていたのか、先ほどのような大声を上げる事はなかった。

 「ミゥ……ミゥミゥ……」─ お願いします……これ以上はもう…… ─

兄タブンネは再び立ち上がりサザンドラの足を掴んで揺らす。
このまま蹴って振りほどくこともできたが、もはや戦士として不能になった兄タブンネなんぞ脅威ではないのでこのまま揺らさせておくことにする。
再び股関節を外して妹タブンネの右足を切り離した。サザンドラは切り離した右足を小便だまりの上に放り投げる。
黄色一色だったそれに右足から血が流れ、赤のコントラストで彩られた。
妹タブンネは体を小刻みに痙攣させ、顔を上にあげながら「ミヒィ……ミヒィ……」と浅く、短く呼吸をする。
痛みと失血により消耗が激しく、少しでも少量の力で大量の酸素を供給しようとしているのだろう。

440カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 19:00:04 ID:cGUalhbk0
続いてサザンドラは妹タブンネを顔の前に持ってきた。
互いに目が合うと妹タブンネは声をふり絞り助けを乞う。

 「ミゥゥ……」─ お願い……もうやめてよぉ…… ─

サザンドラはその言葉を聞いてニヤリと笑みを浮かべた後、「ゲェップ」と下品な音を立て口から猛烈な臭いのする毒ガスを放った。
ゲップという毒タイプの技である。
目をぎゅっとつむり呼吸をしないようにしながら手でパタパタと仰いでいた妹タブンネだが、ついにはその毒ガスを吸い込んでしまった。
鼻孔を刺激する不快なにおいと、焼け爛れているのではないかと錯覚するほどの強烈な胸焼け。
妹タブンネはたまらず嘔吐してしまった。彼女の口から胃液と共に未消化の木の実がベチャベチャと地面に降り注ぐ。

 「ミゥ……ミ゙ァ゙ァ゙ァ゙……」─苦しい……ぐる゙じぃ゙よ゙ぉ゙……─

血の涙を流し胸を掻きながら言葉を絞り出す妹タブンネ。
両足を失った上に毒タイプの技まで食らったのだ。限界が近い事は誰の目から見ても明らかだった。
兄タブンネはさらに力を込めてサザンドラの足を揺らし始める。

 「ミィィ……ミイイイィィィィィ!!!」─ 妹が……妹が死んじゃうよぉ!!! ─

441カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 19:01:38 ID:cGUalhbk0
その言葉を聞いてサザンドラは妹タブンネをゆっくりと地面へ下ろす。
両足がないのでそのまま倒れ込んだ妹タブンネの元に、兄タブンネはすぐさま駆け寄った。

 「ミィミィ!?ミィミィ!!」─ 大丈夫か!? しっかりしろ!! ─

肩を掴んで体を揺らし声をかけるが様子がおかしい。呼吸はしているが視線が遠方を見据えたまま動かない。

 「ヒゥ……ヒィィィィ……」─ お兄ちゃん……クル……シ…… ─

掠れた声で返事をしだすと妹タブンネはおもむろに胸を掻き始めた。
ガリガリと、毛が毟られ皮膚が裂けるほど力強く胸を掻く妹タブンネ。
ただでさえ傷ついているのだ、どれだけ苦しくてもこんなことが体にいいはずがない。
兄タブンネは妹タブンネの両手を掴んで固定する。すると今度は引きつけのような症状を起こし始めた。
全身が痙攣をおこし呼吸できているかも怪しいような浅さで「ヒィッ!ヒィッ!」と呼吸をする。泡を吹き目をぎょろぎょろと不規則に動かしながら何度も瞬きをする。
妹の体内で何か異常が起きているのはわかっていた。
だが兄タブンネにはそれが何なのか分からず、ただただ困惑することしかできなかった。
やがて妹タブンネの喉が大きく膨れ上がると、口から赤黒いゼラチン状の何かが吐き出された。
兄タブンネはそれを手に取り顔の近くに持ってくる。
漂ってくる強烈な鉄臭さ。これは───妹タブンネの血だ!

ゲップという技は名前こそ生理現象と同じであるが、れっきとした毒タイプの技である。
体内で生成されたガスに僅かな毒素を混ぜ込み放出するそれは、ごくごく健康的なポケモンに対しては中毒症状を引き起こさないだろう。
だが衰弱しきっている幼体のポケモンに対してはどうだろうか。
微量であっても毒は毒。その性質に変わりはない。
妹タブンネはゲップによるサザンドラの毒素にその身を侵されていたのだ。

442カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 19:03:22 ID:cGUalhbk0
血の塊を吐き出した妹タブンネに再び変化が訪れる。全身から流れ出ている血液が同じように凝固し始めたのだ。
ポケモンがそれぞれ持つ毒素は種族ごとに多少異なる。
サザンドラが保有している毒素はハブネーク等と同様、血を凝固させる性質を持っていたようだ。
そしてその性質は体外に排出された血液だけに適用されるものではない。
妹タブンネの体の中では今、甚大な出血障害が引き起こされていた。
兄タブンネは妹の血流と心音が急速に弱まっていくのを耳に捉える。
なんとかしなくてはいけない、だがどうすることもできない。
体を揺らしても、声をかけても、体を摩っても、涙を流しても、事態は一向に好転しない。

 「ミィィ!!!ミッミッミィ!!!」─ しっかりして!!! ねぇ! ねぇ!! ─

兄タブンネの懸命の声掛けも空しく妹の命の鼓動はどんどんと弱くなっていく。
ついには聴覚に優れたタブンネでもその音を捉えられない程に小さくなってしまう。
それは数秒後に訪れる確実な死を意味していた。
妹タブンネは弱々しく兄タブンネの頬に触れ、口を動かし何かを伝えようとする。
認めたくはなかった。でもこれが妹の最後の言葉になるのかもしれない。
兄タブンネは涙を堪え、彼女の言葉に耳を澄ませた。
妹タブンネが「ミ……」と声を発したその瞬間。

サザンドラがそれにかぶせるようにして巨大な咆哮を上げた。
全てをかき消すほどの力強い鳴き声が周囲を支配する。
兄タブンネは恐怖と、「何故今この瞬間なのだ」という絶望の感情で、ただ吠えているだけのサザンドラから目を離す事ができなかった。
やがてあたりが静まり返ると、兄タブンネは抱きかかえていた妹タブンネに目を向ける。
そこには苦しみに塗れた表情で息絶えていた妹タブンネの亡骸が存在していた。

 「ミゥミゥ……? ミィ……ミッミィ!!」─ 嘘だよね……? 返事してよ……ねぇ!! ─

兄タブンネは妹の頬をペチペチと叩き反応を探る。
先ほどまで元気だったのだ。
この遺跡に入るまでは自分と一緒に温め合っていたのだ。
洞窟に居た頃だって何をするにも自分の後ろについてきて、自分の事を慕ってくれて、いつも朗らかに笑っていて───
そんな妹タブンネがこんな表情で、こんな結末を迎えるなんて……
妹を守れなかった。それだけでなく最後の言葉すら聞き届ける事ができなかった。
兄タブンネは膝をつき愕然とする。
これで彼の心を支える要素はゼロになった。
サザンドラは兄タブンネの頭を掴み、後ろに倒し目線を合わさせる。
兄タブンネの顔には喜怒哀楽、どういった表情も映っていなかった。
満足気な笑顔を浮かべるとサザンドラはこう口にした。

 ─ 分かったかクソガキ、これがタブンネの末路だ ─

そうか、自分たちはこうなるために生まれてきたのか。
兄タブンネはもはや抵抗することもできず、その言葉を真正面から受け止めた。

443カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 19:04:30 ID:cGUalhbk0

 「お疲れーサザンドラ……って結構手酷くやられてるなぁ」

兄タブンネが愕然としていると背後から声が聞こえてくる。
そこにはメタモンを頭に乗せ脇にフーディンを携えたトレーナーが存在していた。
先ほどの鳴き声は狩りの終了を知らせる合図だったのだ。
トレーナーはサザンドラの風貌を見るなり鞄からかいふくのくすりを取り出して散布する。見る見るうちに傷口が塞がりサザンドラは全快した。
これでいよいよもって兄タブンネの勝ち目も完全に潰えた事になる。
だが兄タブンネにはもはや抵抗しようという意思などなく、ただ然るべき時が来るのを待つだけだった。
トレーナーも兄タブンネがまだ生きていることに気付いたようだ。「こいつはいいのか」とサザンドラに声をかける。
しかしサザンドラは「そいつは別にいい」といったジェスチャーでトレーナーに返事をした。トレーナーもサザンドラがそういうなら、と納得したようだ。
兄タブンネはサザンドラを見つめる。
彼はなんて優しいポケモンなのだろう。タブンネである僕の事を見逃してくれるなんて。
サザンドラの意図を汲み取った兄タブンネは立ち上がり、ヨタヨタと覚束ない足取りで遺跡の出口まで歩いていく。
その風貌はもはや生きているのに死んでいるとさえ思えるほどだった。
だがきっとそれは間違いではないのだろう。
彼の心を支えていた要素は全て無くなった。今の彼は意思のない、歩く死体でしかない。
兄タブンネが遺跡の出口へと向かって行ってると不意に後ろから声をかけられた。

 ─ 忘れモンだクソガキィ!! ─

サザンドラはそういうと妹タブンネの亡骸を兄タブンネに向かって放り投げた。
兄タブンネの少し前に落下したそれは衝撃で首の骨が折れて変な方向に曲がっている。
自分たちの命は全て彼らのモノなのに、見逃してくれるだけでなく妹タブンネの死体まで授けてくれるなんて。
やはり彼はいいポケモンだ。
暖かさの無くなった妹タブンネの亡骸を抱えると兄タブンネはサザンドラにお辞儀をし、遺跡の出口へと向かった。

444カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 19:05:25 ID:cGUalhbk0

 「さて、とりあえず掃除から始めないとだが……ってもう一匹生きてるやつがいるじゃないか」

トレーナーは続いてもう一匹の生存者であるリーダータブンネを発見した。
先ほどのタブンネもそうだがこのタブンネもまぁずいぶんと……汚い。
中々派手に暴れたようで感心半分、面倒な気持ち半分になるトレーナー。
すると頭の上にいたメタモンがリーダータブンネを指で指し怒り顔になりながら「モンモン」と叫び始めた。

 「あー……こいつがメタモンの言ってたあっためんどくさいタブンネか」

サザンドラが暴れている間、外でトレーナーはフーディンのテレパシーを介しメタモンから報告を受けていたのだ。
その際にずいぶんと群れから信用されていて警戒心の強い、きわめて対処が面倒だったタブンネが居たと聞いている。
トレーナーはリーダータブンネにモンスターボールを投げ、ゲットする。

 「よし、じゃあ次の狩りの時はこいつに変身して誘い込むとしようか。
  あと……そうだ、良いことを思いついた。フーディンにこいつの記憶を覗いて貰ってどんな凄惨な目にあったかを見ながらティーパーティでもしようぜ」

トレーナーはにこやかな笑顔で三匹に向かってそう発言する。
時折、人間というのはポケモンでは想像も及ばないような悪意のある発想を思い浮かべるものだ。
あまりにもナチュラルに外道な発言をしたので三匹はトレーナーに対しドン引きの姿勢を示していた。



トレーナーとポケモン達の笑い声が遺跡内に響き渡る。それを聞きながら兄タブンネは遺跡の階段を一歩一歩下っていた。
やがて現れたタブンネの焼死体の脇を通り、門を通過する。何の障害もなくすんなりと遺跡の外に出る事ができた。
外は相も変わらず吹雪が吹き荒れており、一寸先は白に覆われて何も見えない状態だ。
一歩、雪原へ足を踏み入れる。
突き刺すような雪原の冷たさも、今の兄タブンネには感じる事ができなかった。
行く当てもなく歩みを進めていく。次第に兄タブンネは三つまたヶ原に吹雪く白い闇へと飲まれていった。

445カンムリ雪原のタブンネ 三つまたヶ原編:2021/02/09(火) 19:08:42 ID:cGUalhbk0
吹雪の日の三つまたヶ原でタブンネさんが多く出てくるのはなんでだろうって疑問から作った話なんだけど思いのほか作るのに時間がかかってしまった……
個人的には善良だけどどこか脳内お花畑なタブンネ達が人やポケモンの悪意で滅茶苦茶にされるお話が好きだから結構満足いくものがかけたと思う
またなんかタブンネさんのお話書きたいな。書こう

446名無しさん:2021/02/09(火) 19:35:25 ID:cLbasE9g0
>>445
完結乙ンネ

妹の死体を抱えて去っていく兄ンネの姿を想像したらたまりませんわ。

個人的にあまりにもゲームとかアニメの世界観からかけ離れてるSSって読み飽きるんだけど、最近のSS全部良かった。

作者様の次回作に期待!

447名無しさん:2021/02/10(水) 08:52:16 ID:3VZ4YLAk0
各職人様乙です。

冠雪原の全マップ、全天候低確率なのに三つ又の吹雪時だけ出やすいって確かに謎だよね。

なんか裏設定あるのかと勘繰ってしまう...

448名無しさん:2021/02/11(木) 02:45:45 ID:N922eJow0
今タブンネさんのWikiって活動停止してるんだっけ

449名無しさん:2021/02/11(木) 14:18:30 ID:DQzNGR/M0
どうなんだろう

去年ここに上がってたSSって記事になってないよね

450キルクスタウンのタブンネ:2021/02/11(木) 20:46:39 ID:DQzNGR/M0

「ミィ!目が覚めたミィ?よかったミィ〜」

ママ⁉︎  綺麗な芝生の上で目を開けたタブンネ。目の前の生き物に驚く。
一瞬ママと見紛うたのは野生のタブンネ(♂)。しかしよく見るとママより少し背が低く、体毛も綺麗で、顔立ちも少し違う。
自分の額の上にはヒンヤリと冷たい真っ白な軍手が乗せられていた。


生家を離れ、一心に走り続けたタブンネ。
錯乱状態でもあったし、触覚で人間の気配を察知できないタブンネはその道中何度も人間に遭遇したが、ぶつかって蹴られたり、悪ガキに遠くから石を投げられたりしただけで、幸い重い傷は負わなかった。

宛ても無い行脚であったが、結果方向が正しかったのか、ライモンシティの東外れ、16番道路の迷いの森付近の沢辺まで辿り着いて、やがて気を失った。
ショックで心も不安定であったし、ロクな運動をしたことのないタブンネには体力の限界だった。


しばらくして沢まで水を飲みに来た冒頭の♂ンネに介抱され、今に至る。
いくつかの傷を負い、普段から不潔なママンネが舐めて毛繕いをしていたタブンネは相当臭かった筈だが、♂ンネは嫌な顔せずタブンネを看病した。
気立ての良い、優しい個体だった。

♂ンネは16番道路と人間の街を隔てる柵の付近に穴を掘り、一人で住んでいた。
宛ても身寄りもなかったタブンネは半ば巣食う形で♂ンネと共に住むことになり、やがて自然とつがいとなった。

路地裏で声を潜め、最低限の会話しかしてこなかったタブンネは当初口数が少なかったが、別に内向的という訳ではなかった。
♂ンネ改めダーリンネと過ごすうち、タブンネの言葉をどんどん覚えていき、次第に明るくなっていった。

つがいはお互いの経緯をよく話した。

ダーリンネはこの林地で生まれ育ち、パパはきのみを取りに行った帰りにレパルダスの群れにタカられ死亡。
ママは突如現れたトレーナーのポケモンに散々痛めつけられ弱った所で捕獲され、行方知らずとなった。

それからは1人で暮らしたが、優しくて明るい性格だったダーリンネはこの林に何匹かポケモンの友達がいて、時々だがチラーミィやエモンガがきのみをお裾分けしてくれたりもした。
食性の被る異種族と打ち解けるのは珍しいことだが、それだけダーリンネはポケ当たりが良かった。
同族の知り合いも何匹か居たのだが、みんないわゆるタブンネ狩りに遭い、死亡してしまった。

今この林地には、おそらく彼らの同族はほとんど生息して居ない。

ダーリンネは決して恨み節を言わなかったが人間は怖い生き物だという認識はつがいで一致していた。

2匹は林に僅かだが自生するきのみやドングリを食べ、平穏に過ごした。
人間の生ゴミを食して生きてきたタブンネは最初その味に感動を覚えた。
種族として適正な食生活になったことで、毛艶も前より良くなり、体力もついてきた。

451キルクスタウンのタブンネ:2021/02/11(木) 20:49:10 ID:DQzNGR/M0
優しいダーリンと過ごす中、タブンネは性格的に色々な変化があった。
口数も格段に増えた他、自分の身なりをよく気にするようになった。

これまでどんどん不潔になっていくママと過ごすのが当たり前だったし、ここに来るまで狭い路地裏から通りを歩く人間の姿をたまに見るだけで、他のポケモンどころかママ以外の生き物を間近で見ることも接することもなかったタブンネ。

水場の沢に行くたびに身体を綺麗にし、よく水面に映る自分の姿を確認した。
いつも気になったのは耳元の触覚。
ママやダーリンのと違い自分のは巻いていなく、短かった。
ママが毛繕いをしてくれる度に自分の耳元を見て、少し悲しそうな顔をしていたことをよく思い出した。
いつも触覚を気にするタブンネを見て、ダーリンネは個性的で可愛いとよく褒めてくれた。

タブンネとは元来綺麗好きな種族。生活が健常化したことで種族としての特徴を取り戻し、自意識も芽生えた。
いつも燻んだ色をして、フケや土埃で汚かったママの姿を時折思い出しては不憫に思った。ママともこんな生活がしたかったと思い、しばしば涙を流した。

つがいは次第に交尾をするようになった。
最初タブンネに行為を求められた時、タブンネが明らかに成獣より小さかったことからダーリンネは躊躇したが、お互い本能的な欲求には抗えなかった。
タブンネの身体が小さいのは先天的なもので、生殖機能は十分に育っていたのだが、どちらかに子種が無かったらしく、中々子宝には恵まれなかった。

月に何度か産卵したタブンネだったが、いつも無精卵だった。
無精卵とわかる度、ダーリンネは残念がったが、タブンネはそれ程気にしていなかった。

452キルクスタウンのタブンネ:2021/02/11(木) 20:51:13 ID:DQzNGR/M0
細々とはしていたが、確かな幸せを感じていたタブンネ。

だがそんな生活も、長くは続かなかった。
タブンネは知る由もないが、ダーリンはパパと似たような動機から、その命を落とすことになった。


ある日、産卵がピタッと止まったタブンネ。
不思議に思ったダーリンネが、タブンネの下腹部に触覚を当てた。

「ミィー⁉︎ハニー!鼓動が聞こえるミィ!ついにやったミィよー!」

タブンネはなぜダーリンがここまで喜ぶのかピンと来なかったが、とにかく嬉しそうな姿を見て、幸せな気持ちになった。
いつかパパになりたいと思っていたダーリンネには待望の着妊だった。


この懐妊時期は結果的に最悪だった。

ただでさえ食糧が多くなかった、つがいの住むこの林地。
最近きのみの不作がひどく、夫婦がこの1週間で口にしたのはドングリを4つずつ、また申し訳ないとは思ったが、たまたま見つけたクヌギダマの死骸を半分に分けて胃に流し込み、あとは沢の水で飢えを凌いでいた。
自分の食糧すらままならないので、お友達からのお裾分けも当然なかった。

飢餓を感じた2匹の身体は動物的習性で一時的に生殖能力が高まっており、懐妊は自然なタイミングでもあった。


子供を宿した妻のため、巣から遠い位置まできのみを取りに行くと言い出したダーリンネ。
16番道路の人間が行き来するコンクリ路付近の少し開けた草むらに、比較的多くきのみの手に入る場所があった。ダーリンネには知り合いの同族の遺体を2度発見したことのあるいわくの場所で滅多に近づかなかったが、妻子を想う使命感と、また気分的に浮かれていたところもあった。
自分を置いて遠くに行かれることを不安に思ったタブンネも、ダーリンの反対を押し切り、この遠征に同行した。

程なくして目的地に辿り着いたつがい。大量とはいかず、どれも早熟ではあったが、いくつかのオレンやモモンを拾って、尾の中に詰め込んでいる最中、ダーリンネが異音に気づく。

「ミミッ⁉︎ハニー、大変ミィ!人間が凄い速さで近づいて来るミィ!急いで隠れるミィ!」

慌てて走り出した2匹だったが、隠れ場所の少ない立地、また身重のタブンネのスピードが足らず、人間に見つかってしまう。
折角高度な集音レーダーを持っていても、逃げ切る素早さが無ければ意味がなかった。

453キルクスタウンのタブンネ:2021/02/11(木) 20:52:41 ID:DQzNGR/M0

「あっ、いたいた!しかも2匹もいるじゃん!もうこの辺いねえのかと思ったわ。」

自転車を猛スピードで漕ぎ回っていた1人の男、小太りで、身長は165cm程あるが顔や声にはだいぶ幼さがあった。

人間の声を無視して必死に林に向け走っていくつがい。
男は逃すまいと2匹の前まで自転車でやって来ると、急いで腰に手を掛け、ボールからズルッグを繰り出した。

足止めされ、恐怖に竦む夫婦。しかしダーリンネはタブンネに走るよう促すと、自分は必死に懇願を始めた。
人間が話の通じる相手だとは思っていなかったが、どうやら自身のポケモンに闘わせる様子。ポケモン同士なら対話ができると思ったのだ。

「お願いミィ!奥さんのお腹にタマゴがあるんだミィ!どうか見逃し・・・っ」

ダーリンネが言葉を紡ぎ切る前に男が蹴手繰りを命じ、大した威力ではなかったのだが、無防備な身体に技を喰らったダーリンは後方に吹っ飛び、不運にも岩に首元をぶつけてしまい、頸椎が折れて絶命してしまった。

ダーリン⁉︎ 衝撃音に振り返るタブンネ。変な角度に首が曲がって白眼で舌を垂らした最愛の夫が視界に入るや否や、自分にも蹴手繰りが飛んできた。
ロクに闘った事もなく、効果抜群の技を受け立ち上がることができなくなったタブンネ。容赦なく男がボールを投げると、抵抗虚しくその中に収まってしまった。

「デカイ方はそれ死んじまったのか?まあいいや。どうせ1匹だけの予定だったし。おつかれ!戻れ、ズルック!」

男はズルッグをボールに戻すと、再び自転車に跨り、鼻歌を唄いながらその場を後にした。

タブンネはボールの中、幾分かダメージは収まったが、一瞬で変わり果てたダーリンの姿が脳裏に焼き付き、涙が止まらなかった。

幸せな生活から晴天の霹靂、憎き夫のカタキとの地獄の生活が始まった。

454名無しさん:2021/02/13(土) 12:37:31 ID:hQ4kepr60
乙乙
哀れダーリンネ、お前はいいやつだったよ
目の前でつがいを殺されたタブンネがどんな目に合うのか期待が膨らむ

455キルクスタウンのタブンネ:2021/02/14(日) 20:32:40 ID:HQTbt5GE0

タブンネを捕獲したこの男、ライモンシティに住む駆け出しのトレーナーだった。

駆け出しということを差し引いてもだいぶ実力にもセンスにも欠けていて、ジムに挑戦しては負け、通常のトレーナーバトルをしては負け、彼の手持ちポケモンは内容の乏しいバトルで負け続けている為か、一向に成長しなかった。

ほとんど勝てないこのトレーナーは、自分を負かした相手にアドバイスを乞うようになったのだが、その中で何人かに勧められたのがタブンネ狩りだった。
早速各所草むらを探し回り、これまで3体ほど倒したのだが、中々目標をピンポイントで探すことができず、野生のタブンネに遭遇する前に他種の野生ポケモンにやられることも多々あった。それほど腕が無かった。

経験値狩りの効率を上げるために考えたのが1匹を捕獲してそれを何度も倒すという方法。
思いたってやって来たのが16番道路で、ひたすら走り回って探し当てたのがタブンネ夫婦。ダーリンは犠牲となり、タブンネはこの世の地獄行きとなった。


ライモンのアパートの一室に帰ってきた男。
天井から下げられた洗濯棒に2つロープが結びつけられている。経験値タンクを固定するためあらかじめ用意していたものだ。

先のズルッグにチャオブー、ヒヤップ、メグロコを繰り出すと、タブンネもボールから出した。

出て来るや否やキッと男を睨みつけたタブンネ。生まれて初めて憎しみという感情を覚えた。

ママが殺された時はまだ幼く、怒りよりも恐怖が勝り、またママを手にかけた者の姿を見ていなかったこともあり、天災のように捉えていた。
しかし今は自我も芽生え、あらゆる物事を判断する知恵だってある。到底受け入れられる理不尽では無かった。

しかし男の周り、気合の入った目つきで自分を見つめる4匹のポケモンに気づくと恐怖で足が竦み、怒りに満ちた表情は怯え顔に変わってしまった。

男はタブンネの手を乱暴に引っ張り棒の下まで連れてくると、器用にロープで両手を締め上げ、万歳のような姿勢で固定された。

これから何が起こるのかという恐怖でタブンネは気づかなかったが、先程蹴手繰りを受けたダメージは完全に回復していた。
サンドバッグの稼働率を上げるため、男はヒールボールでタブンネを捕獲していた。それくらいの頭はあったようだ。

456キルクスタウンのタブンネ:2021/02/14(日) 20:35:33 ID:HQTbt5GE0
身構えるタブンネに4匹が歩み寄ると、みんなゲシゲシとタブンネを叩き始めた。

男のポケモン達は皆低レベルであるし、攻撃はポケモンの技とは呼べないようなモノだったので、重傷を負うような威力ではなかったし、気を失うようなこともなかった。
こんなことで強くなるのか謎だが、ここは野外ではなくアパートの一室。強力なタイプ技を使うことを男は禁じていた。
しかしタブンネもこれまで戦闘経験はない。弱打でじわじわと鈍いダメージを蓄積されるのは逆に苦痛で、恐怖も感じ続けなければならなかった。

ここへきて人間への、男への恐怖心が蘇ってきたタブンネだったが、先程ダーリンネがしたように、自分を叩き続けるポケモン達に交渉しようと彼等の顔を見たが、結局何も言わず、押し黙った。
自分を叩く4匹のポケモンは皆真剣な表情をしていて、触覚で相手の感情を読み取れないタブンネでさえも、悪意や敵意といったモノは感じられなかった。

彼等はただ強くなりたい一心、いつも負け続けて悔しいし飼い主に申し訳ない気持ちもある。
タブンネを痛めつけたい訳ではなく、アスリートがトレーニングをするような感覚で、一心にこの"タブンネ狩り"に取り組んでいるだけだった。

やがて4匹が疲れを見せ始め攻撃の手が止まると男はタブンネをボールに戻し、その日の"タブンネ狩り"は終了した。


次にタブンネが繰り出されたのは翌日の朝。
ボールから出されてすぐに昨日同様縛り上げられたタブンネ。またアレが始まるのかと視線を上げると、卓袱台の上に人間の食事が用意され、その周りで男のポケモン達が器に盛られたポケモンフーズを食べていた。

男はこうしてポケモン達と共に食事を摂っていて、朝食の時だけタブンネもボールから出されるようになった。
タブンネに与えられるのはフーズではなく、安売りされる規格外品や期限間近品のオレンに激苦の漢方粉をまぶされたモノ。それを厚手のゴム手をした人間が口元まで持ってくると、タブンネは半ば惰性で飲み込んだ。かなり苦い味に顔を顰めたが、栄養としては問題ない食事だった。

457キルクスタウンのタブンネ:2021/02/14(日) 20:38:11 ID:HQTbt5GE0

タブンネは一瞬で食事を終えたが、目の前では男と彼のポケモン達が食事を続けていた。
昨日自分を殴り続けた4匹の他に、イーブイも居た。

タブンネはもう生に対する執着を失っていた。命を賭して自分を守ってくれたママやダーリンに申し訳ないと思ったが、彼らの居ないこの世界に何の未練もなかったし、彼らと同じ所へ行きたい気持ちの方が強かった。

ぼんやりと1人と5匹の食事を眺めるタブンネ。いつまでも口内に苦味が残り、量も少ない自分と違い、まともなゴハンを食べる目の前の一団。
別に食事の内容を羨むことは無かったが、楽しそうに会話をする様子はタブンネに過去の生活を思い起こさせた。

タブンネはこれまで一人ぼっちになったことが無かった。生まれてからしばらくはママがそばに居たし、ママと別れてからはすぐにダーリンと出会った。

ママとの食事はいつも残飯で特に美味しくはなかったし、常に声を潜めての生活だったがママはいつも優しく、自分よりも大きな身体に抱き締められると幸せな温もりがあった。
ダーリンはママに負けないくらい自分に愛情深く、林での食事は侘しいことが多々あったが美味しくて、ダーリンと楽しく会話しながら食べたきのみの味が鮮明に思い出される。

タブンネが一筋の涙を溢したところで一団は食事を終え、タブンネは再びボールに戻された。


次にタブンネが出されたのはその日の午後。
視線の先に1人の男と、その相棒4匹が居る状況は昨日と変わらなかったが、皆タブンネの姿を見るや、驚愕の表情を浮かべた。

タブンネは胸の前に綺麗なタマゴを抱いていた。
これまで散々殴られて流産しなかったのはかなり幸運なことだが、タブンネにはそれほど関心がなかった。

暫し驚いた顔で突っ立っていた一団だったがじきに男が顔を紅潮させると、タブンネからタマゴを引ったくりそれを床に置き、4匹の相棒達をボールへと戻した。

458キルクスタウンのタブンネ:2021/02/14(日) 20:41:40 ID:HQTbt5GE0

「いつの間に俺のポケモン誑かしやがったテんメぇーー!ザコのくせによ!ぶっ殺してやる!!」

男はタブンネを仰向けに押し倒すと馬乗りになり、もの凄い力でタブンネの顔面を殴り始めた。

タブンネを捕まえたのは昨日のことで、それ以後自分の前以外ではずっとボールに入れていたのだからそんな訳ないのだが、男は自分の目を盗んでタブンネが誰かと交尾したのだと勘違いし、なぜかブチ切れてタブンネを殴り出した。
色々と頭の弱い男だった。

しかしそんなことはタブンネには関係ない。
なぜ男が怒っているのかタブンネには謎だったが、その剣幕と力の強さにタブンネは本気で恐怖した。昨日の“狩り”よりもダメージが大きく、改めて人間への恐怖心が強くなった。

やがて手を止め、ハアハアと荒々しく肩で息をする男。床に置いたタマゴをタブンネに抱かせると、タマゴごとタブンネをボールに収めた。

男に殴られた後タブンネの顔はパンパンに腫れていて、その日は“狩り”は行われなかった。


翌朝再びタブンネはボールから出される。男はタブンネからタマゴを奪い床へ置くと、ロープで縛り上げ、昨日と同じように激苦のオレンをその口に押し込んだ。

味は相変わらず不快だったがひとまず人間に殴られなかったことに安堵するタブンネ。
ヒールボールの効果か顔の腫れはほぼ引いていたが、所々内出血で紫色に変色していた。


それからは毎朝食事のために出され、一日に一度か二度、狩りのために出されを繰り返す生活が1週間程続いた。

タブンネが一番恐れた人間からの殴打は無かったが、ポケモン達の殴る力が日増しに強くなっていき、タブンネを苦しめた。
男はタブンネを出す度にタマゴを引ったくり、ボールに戻す度に抱かせた。
自分の相棒の誰かが父親だという男の勝手な勘違いのおかげでタマゴは割られずに済んだのだが、タブンネにはもうどうでもよかった。何かの拍子に死ねたら一番良いくらいの心境であった。

459キルクスタウンのタブンネ:2021/02/14(日) 20:44:18 ID:HQTbt5GE0

“タブンネ狩り”を続けた男はある日、意気揚々とジムへと向かった。
サンヨウジム。新人トレーナーの登竜門と位置づけられるジムで、ジムリーダーもそんなに強いポケモンを繰り出す訳ではないのだが、男はこれで4回目の挑戦だった。

特訓の成果があったのか4回目のチャレンジにして初めてバッジをゲットし、2日後にはシッポウジムに挑みそこでもバッジを獲得。
気を良くしてさらにその2日後にはライモンジムに挑むがここで躓く。その後何度か挑むが負け続けた。


自宅で行う“タブンネ狩り”も次第に頻度が減っていった。いくら経験値の宝庫とは呼ばれていても、戦闘経験もなく、男に捕らえられてからもただ一方的に殴られ続けているだけ。タブンネ自体のレベルが低すぎれば効果なんて知れていて、さすがに男もそれに気づき始めた。

“狩り”が減ってもタブンネには苦難が続いた。
男はバトルで負ける度、タブンネを繰り出してはロープに括り付け、鬱憤を晴らすようにタブンネを殴った。
当初の目的とは違い、文字通りのサンドバッグとして使われる日々が続いた。


やがて男はバトル自体をしなくなった。元々飽きっぽい性格であった。
タブンネは誰にも殴られることが無くなり平穏だった。一日に一度、朝だけボールから出されて漢方粉きのみを喰わされてはボールに戻されるだけの日々が続いた。

もう面倒くさくなったらしくロープに縛られもしなくなった。
タブンネは一団から少し離れた位置から、ボンヤリとその食事風景を眺めた。

食事の様相は少し以前と変わっていた。かつてタブンネを殴っていた4匹はただ無言でフーズを口に運び、イーブイだけは嬉しそうで、男は時々イーブイだけには話しかけたが、会話数は格段に減っていた。
どうでもいいけどいつまでこんな生活が続くのだろう。タブンネの頭の中はそれだけだった。


そんなタブンネの想いが通じたのか否か、生活の変化は唐突に訪れた。

ある日男は知り合いのトレーナーから、ガラル地方への旅行券を譲り受けた。
そのトレーナーは男が初めてジムに挑んだ時に一緒だった女性で、イッシュ各地で行われるバトルコンペの一つで優勝した商品として旅行券を得たが、彼女は既にジムバッジ7つを獲得、イッシュリーグ挑戦も視野に入る状況で旅行などに興味は無く、暇そうだった男にそれを譲り渡した。

男はそれから上機嫌だった。生まれて初めての海外旅行が楽しみで仕方なかった。

やがて出発日を迎えると、バトル用ではなく唯一ペット用として所有していたイーブイだけは旅に同行させようと思い、ヒールボールを鞄に入れ、フキヨセ空港へと向かった。

タブンネはサンドバッグ効率を上げる為、イーブイは単にデザインが可愛いからという理由でヒールボールに入れられていた。
普通中身を確認するように思うが、ただでさえ注意力に欠け浮かれていた男にそんな脳は無く、旅行にはタブンネが同行することになった。

こうして思い掛けずして生まれ故郷であるイッシュを離れることになったタブンネ。
タブンネの物語は新たな土地へ舞台を移すことになる。

460名無しさん:2021/02/15(月) 16:11:59 ID:fWQIoVSM0
生まれてくるベビは父親が誰であれタブンネだからな

ベビンネの運命にも期待しております

461キルクスタウンのタブンネ:2021/02/15(月) 20:43:27 ID:GEvDQ6rs0

フキヨセを発ち、ガラルの大都市、シュートシティへと降り立った男。
生まれて初めて見るイッシュ以外の街並み。男は一人で子供のようにはしゃいでいた。

そこから電車を乗り継ぎ、大都市圏を離れてからは空のタクシーに乗り、宿泊場所のあるガラルの古都、キルクスタウンに辿り着いた。

その間目にした異国の光景全てに感動していた男。
中でも興味を引いたのはバトルスタジアム。イッシュのジムよりも遥かに作りが大きく、男の頭はそれで一杯になった。
ホテルイオニアにチェックインするや否や、比較的田舎であるここキルクスにも公認ジムがあると知り、一目散にそこへ向かった男。
旅の幸先良くその日はジムチャレンジャーとリーダーの対戦が見られた。

旅行券を譲ってくれた女性から少し聞いてはいたが、ガラルのポケモンバトルはイッシュのそれと少し違う。
ポケモンが巨大化するという不思議な現象、巨大化したポケモンが繰り出す強力な技、そしてスタジアムの観衆の多さと熱狂、その全てに感動を覚えた男。しばらくご無沙汰だったがイッシュに帰ったらまた自分もジム巡りをする意欲が湧いてきた。

異国でのジムバトル観戦を堪能した男。
腹も減ってきて街中のレストラン街が彼を誘惑したが、蜻蛉返りで足早に宿泊先のホテル自室へと舞い戻った。
浮かれ過ぎていて、愛ポケのイーブイちゃんを鞄のボールに入れたまま置いてきてしまった。
この異国の風景を見せてあげたら喜ぶだろうなと想像すると楽しみで仕方なかった。

部屋へ着き、大きな鞄を弄ると、ヒールボールからポケモンを繰り出した男。
中から出てきたのはイーブイの3倍近い体躯のある、大きな耳の短足2足歩行の生き物。

想定外の光景に男はあんぐりと口を開け暫し硬直する。やがて我に帰ると、乱暴に鞄の中身をブチ撒けていくが、他にボールは無い。

タブンネは両手でタマゴを抱き、見慣れない部屋をキョロキョロと眺めていた。

462キルクスタウンのタブンネ:2021/02/15(月) 20:46:18 ID:GEvDQ6rs0
全ての成り行きを理解し、両手を目一杯握りしめ、プルプルと全身を震わせる男。顔は茹で上がったように紅潮し、額にはくっきりと血管が浮き出す。

状況が理解できず、辺りを見回していたタブンネはその怒気に気がつくと、全身の血の気が引く感覚を覚え、金縛りにあったように動けなくなった。

タブンネからすればとんだとばっちりだが、男の怒りの矛先は全て彼女へと向けられた。

「…おい、...おいっ!!なんでテメエがついてきてんだこのメスブタァ!!初めての海外旅行なんだぞっっ!水差すなよ!ムカつくツラしやがって!殺す!今日こそ殺す!!」

男はタブンネを思い切り突き飛ばすと、マウントポジションを取り身体中を殴りつけまくった。
短い両腕を離れたタマゴは宙を舞ったが、ベッドに着地して幸い無事だった。
相当運に恵まれているタマゴだが、タブンネはもうそれどころではない。かつて無い程の怒気、殴打の力。
ミッ!ミ! と殴られる度に短い悲鳴を上げるタブンネだったが、やがて呼吸もままならなくなってきた。パンチと膝蹴りのラッシュ、本気で命の危機を感じる暴行であった。


5分、10分程続けられた虐待だっただろうか。男は手足の動きを止めると立ち上がり、ゼエゼエと大息をつき、肩と腹を上下しながら目の前の生き物を眺めた。

タブンネは微動だにせず仰向けに横たわり、虚な瞳で部屋の天井を見つめた。
脳が揺れ、目の焦点が合わず身体の至る箇所の感覚が無くなっているが、息をすると胸元に激痛が走る。
一寸先から聞こえる人間の荒い呼吸音。疎らな意識の中でタブンネは自分がまだ生きていることを感じ、生気を失った両眼から静かに涙を流した。
こんな苦痛を受けても死ねなかった自分の生命力を本気で恨んだ。


しばらく男の息の音だけが響き渡った一室。

膠着を破ったのはタブンネ。手負いの身をゆっくり持ち上げ立ち上がると、目の前の人間に視線を向けた。

「どうしてっ、どうしてこ、こんなことができるミィ?ヒッ、ミィは...ミィ達は、なんにも悪いことはしてないミ!ダーリンに、ダーリンとママに謝って!っ。ミィを、ミィを放して!もう関わらないでミッ!」

人間がポケモンの言葉を理解できないのは知っている。しかしタブンネはどうしても自分の思いを吐き出すことを我慢できず、肋が折れ呼吸すら苦しい身体で必死に言葉を紡ぎ、男に訴えた。
状況が変わるとも思わないし、また脈絡の無い怒りが飛んでくるかもしれない。
それでも抗議する勇気が湧いたのはもう失うものが何もないからだった。

463キルクスタウンのタブンネ:2021/02/15(月) 20:49:49 ID:GEvDQ6rs0
一連の暴行で疲弊し、肩で息をしていた男、再び顔を紅潮させ、プルプルと震え出した。

ミィミィ喚くだけで何を言っているかなど勿論わからないが、その顔つきや声色、自分に対して怒りをぶつけているのは明らかだった。

不快な態度に激昂した男。テーブル上に置いてあったガラス製の灰皿を手に取ると、思い切りタブンネの顔面へ振り翳した。

固く、重い凶器での攻撃。タブンネは咄嗟に顔を背けるが、避けきれずに左眼に命中してしまう。
ブリュッ! という嫌な音が響き、床に少しの血が飛び散る。タブンネはバランスを崩し、右腕を床について後方に倒れた。
再び脳が激しく揺れたが、無意識的に患部の左眼を触ると、その感覚に驚愕し、ハッと我に返った。

患部に触れた手を見ると、付着していたのは血と嚢、サファイアブルーの欠片。
激痛と半減した視野。
タブンネは片目を失明したことを悟り、強烈な吐き気を催した。

人間の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
男は部屋の窓を開け放つと、重体のタブンネの体を持ち上げ、窓から投げ落とした。
タブンネは真っ逆さまに落下したが、空中でほんの少しだけ体勢を変え、辛うじて右腕に体重をかける形で着地した。

「...ッッ!ーーーァッ......」

声にも成らぬ悲鳴を上げたタブンネ。感覚神経のキャパシティを超える激痛の連続で、もうどこが痛いのかすら解らなかった。
男の宿部屋は地上3階。降り積もっていた新雪で幾分か衝撃は緩和されたが、それでも生きていたことが奇跡と言える出来事だった。

うつ伏せに突っ伏しながら僅かに顔を上げたタブンネ。やがていつも抱かされていたタマゴが上から降ってきて、少し離れた位置、より深く雪が積もっていた場所にボスッ!と着地した。

思わず無事だった左腕をそこへ向け伸ばすタブンネだったが、すぐに意識を別のことへ向けた。男が追ってきてまた暴行を加えられることが何より怖かった。

移動しようと試みたが立つこともできず、左腕を動かし這って前進しようとするが殆ど進めなかった。
文字通り瀕死の状態であったタブンネ、どんどん意識が暗闇に呑まれていき、やがて気を失った。

464名無しさん:2021/02/15(月) 22:01:31 ID:b.qHoiNw0
あまりにもタブンネさんに容赦なさ過ぎてめっちゃ引き込まれる
凄く続きが気になる

465キルクスタウンのタブンネ:2021/02/17(水) 20:17:22 ID:dkLwmxsc0

気を失って数時間後、ホテル中庭の雪の上で目を覚ましたタブンネ。
怪我の状況は右前腕粉砕骨折、左眼球破裂、肋骨数本骨折、全身各所が強い打撲に内出血、歯は半数以上折れていてとにかくボロボロだった。

軽く低体温症にもなっていたが、男から逃げ出すためにわずかだが匍匐前進していたタブンネ、意図せずして建物排気口下に当たる位置で気絶しており、流れ出す暖気の為か幸いにも一命を取り留めた。

—水、水を...

酷く喉の渇いていたタブンネ、人間並しかない聴覚を研ぎ澄まし、必死に水音を探る。
すぐにそれは聞こえてきた。中庭を一歩出た先、あまり使われないがホテルの宿泊者が時々足湯で利用する、小さな野外泉がある。

身体中が痛むが何とか立ち上がったタブンネ。よろよろと歩みを進め小さな温泉までたどり着くと、顔を突っ込みゴクゴクとお湯を飲み始めた。
白湯のように温かい水はタブンネの傷だらけの身体を潤し、生き返るような心持ちであった。

やがて顔を上げたタブンネ。水面に映る自分の姿を見てギョッとした。

左眼が完全に原型を留めておらず、辺り一体が大きく腫れ上がっている。
顔や身体中至る所が紫色に変色し、タブンネは知らないが色違いの同族と見紛うほどの体毛色。
右腕は半分より先がグシャグシャに砕け、付け根から真っ赤に腫れていた。
変わり果てた自分の姿はかつて見たママの遺体を思い起こさせた。

タブンネは野外泉を後にすると、トボトボと踵を返し歩き出した。無事だった右眼からポロポロと涙が流れた。

別に宛てもなかったが、来た道を戻って行く道中

—あ......

自分が横たわって居た位置から数メートル先、いつも胸に抱かされていた楕円球体が新雪の上に、刺さるように埋まっていた。

幸いヒビ割れも破損もない。タブンネは辺りの雪を掻き分けると、無事だった左腕で脇に抱き、排気口下まで持ち返った。

それは愛情や使命感から来る行動ではなかった。
初めて有精卵を産んだのはアパートに幽閉されてからであったし、仕方のない事かもしれないが、タブンネはどうも母性というものに欠けていた。
他にやることもないし何となく回収したという感覚だった。

わずかな暖気が流れてくるホテル中庭の排気口ダクトの下。そこがタブンネの拠点となった。
雪を少し除き、右腕の使えない身体で幾つかの落ち葉を集め敷物にし、そこに腰を下ろしてタマゴを抱き、冷静になったタブンネは状況を振り返っていった。

466キルクスタウンのタブンネ:2021/02/17(水) 20:18:33 ID:dkLwmxsc0

経緯を思い返すタブンネ。

ここ最近は毎朝苦い木の実を食わされるだけの日々が続き、割と平穏だった。
それが突然いつもと違う部屋で繰り出され、あの男がいきなりキレだし、散々殴られた後窓から落とされ、いつの間にか気を失ってしまった。

—そうだ、アイツは....⁉︎

辺りをキョロキョロと見回したタブンネ。周辺は新雪が積もっていて、自分の足跡以外に生き物が往来した形跡はない。

タブンネに「旅行」なんて概念は無いが、見知らぬ部屋で自分一匹が繰り出された状況。ボールの中では距離感覚が無いし暫くアパートで軟禁されていて野外に出るのは久しぶりだが、今自分の居る辺りの風景から、ここが生まれ故郷のイッシュではないことは何となくわかった。

・・・・・・

しばらくあれこれと思考を巡らせたタブンネ。
おそらくあの男は何かしらの事情でこの地まで遠征をし、なぜか自分が連れてこられ、理由はよくわからないが怒りだし、あの凶行に至った。
どれだけ眠っていたか不明だが、追ってきていないことから自分は見限られ、この異郷に放り出されたのだろう。そういう結論に至った。


タブンネの推理はかなり正しかった。

もうタブンネの人生に関係無くなった人物だが、男はタブンネを放り投げた後、一瞬後悔の念がよぎった。

自分のポケモン達を鍛え上げる為、割と苦労して捕まえたあの小柄なタブンネ。
しかしよく考えたら経験値稼ぎの効果は次第に落ちていたようだし、ここ最近は自分のストレス発散用の役目しかなく、餌代なんか考えたら別に飼い続ける意味なんて無い。

とはいえ窓から投げ捨てるというのはちょっとやり過ぎだったかもしれないと思った。男は別にタブンネを殴りつけること自体に快楽を感じてるわけではなく、あくまでやり場のないストレスをぶつけていただけだった。

ここは地上3階だし、アレはたぶん即死しただろう。男はそう思い、少し寒気がした。
アレを捕まえた時、一緒にいた個体は殺めてしまったが、手をかけたのはズルッグだし、事故にも近い事象だった。
勢いに任せてタマゴまで捨ててしまった。相棒の誰かが父親だと思い込んでいた男は、相棒を悲しませるのではと不安になった。
自分が直接生き物を、ポケモンを殺したことに若干後ろめたさを感じた。態度や言動の割に気の小さい、臆病な男だった。

しかし場当たり的で気分屋でもあった男、自身の空腹に気がつくと、レストランに向かい夕食を摂り、ホテルに戻ってからはキルクスの資源である天然温泉を堪能した。
その後2日間、ガラルの各観光地やジムバトル観戦を楽しみ、大満足でイッシュへと帰って行った。つまりタブンネへの執着なんて最初から微塵もなかったのだ。

この男が今後タブンネの人生に交わることは無い。イッシュに戻った頃にはもうタブンネのことなど頭に無かった。

467キルクスタウンのタブンネ:2021/02/17(水) 20:19:38 ID:dkLwmxsc0

改めて周りの状況を観察するタブンネ。もうすっかり夜深くなっていて、人間も寝静まっているようで、辺りは静寂に包まれていた。
今更ながら一面を包む雪景色に意識が向いた。

イッシュでも冬季には雪が降り積もるが、タブンネにはそれほど馴染みのあるものではない。
イッシュでタブンネが越冬を経験したのはベビ期〜ベビ上がりチビ期。狭い路地裏でママと暮らしていた時だった。
ちなみにだがキルクス到着時点、タブンネは間もなく生後1年となる齢であった。

この白い地面は冷たく体温を奪うし、やたらと動けば足跡がついてしまう。正直厄介で邪魔な物体だ。

雪はさておき、自分の居る場所の立地条件を確認していった。
人間の建物の間近で、辺りは明らかに人里。しかし大きな木が生い茂るおかげで通りからは見づらく、壁にくっついていればホテルの窓からも顔を出して覗き込まなければ見つからない。

野外でかなり寒いが、ダクトから流れ出す気流によって最低限の暖は取れる。しかも先程の水場までの距離も近く、住処にするには割りかし好条件であった。

あとは餌場だ、タブンネは鼻をヒクつかせると、すぐに懐かしい匂いを感じ取った。
タブンネの座っていた場所から4,5m先、ホテル厨房の裏口があり、すぐそばに廃棄場があった。
足跡が目立たぬ様、壁際を歩いてそこまでたどり着いたタブンネ。

残飯に当たるものはタブンネと同じくらいの大きさの蓋つきポリバケツ容器に入れられていたが、剥き出しに置かれているビニール袋の中に、紙屑やプラゴミに混じり、野菜芯や木の実の外皮、いわゆる産廃に当たるモノが入っていた。

タブンネはかつてママがやっていたように、ビニールに爪で亀裂を入れ、食べられそうなモノを綺麗に抜き去ると、ダクト下まで持ち帰り、チビチビと齧って食事を取った。
量も大したことはなく、野菜芯は特に味がしないし、捨てられる木の実皮はバコウやリリバといった固いモノ。

甘いモノを好むタブンネの嗜好には全く合わない食事だが、林での暮らしから飢餓には慣れていたし、幼少期は残飯暮し、人間に捕まってから口にしたのは激苦オレンだけ。
酷い食糧事情に対する肉体的、精神的耐性をタブンネは備えており、何とかここで暮らして行ける算段が見えてきた。


空腹も少し満たされ、さすがに破裂した眼球や粉砕した右腕は痛むままだが、持ち前の再生力でほんのわずかだが元気を取り戻したタブンネ。
左腕でタマゴを胸に抱き、ダクト下に腰を下ろしながら今一度物思いに耽った。

憎き、乱暴な人間からはおそらく解放された。とりあえずだが寝床と、餌場、水場は確保した、と思う。

だけど、それがなんだっていうのだろう。
自由になったってママや、ダーリンが帰ってくるわけじゃない。
自分は酷い傷を負わされ、これは一生治らないだろう。
たぶんここは自分の知らない、故郷からは遠い土地。ダーリンと過ごした簡素な巣穴に帰ることすら許されない。

幼少期と同じく人間のゴミを漁る生活。望んでいたことではない。今思えば林での生活は至福の時間であった。自分は残飯漁りの暮らしが適所であるように感じてしまい、強烈に自己嫌悪を抱いた。
残ったモノといえば自分の股から出てきた、この楕円形の球体だけだった。

ミスン。ミッ、ヒッ、ミンミン...  タブンネは仕様のない虚しさを感じ、さめざめと泣き続けた。
さっきの暴力や、窓から落とされた時に死ねたら良かったのに。
本気でそう思った。

468キルクスタウンのタブンネ:2021/02/20(土) 15:52:54 ID:PwpugYIc0

それからタブンネの新たな生活
イッシュを遠く離れたガラル地方、キルクスタウンでの日常が始まった。

ホテルイオニア中庭を拠点とし、この街の人間達の生活パターンを、タブンネは細かく観察していった。
幼少期の経験が活きたのか、それとも両親から受け継いだ血筋なのか、タブンネの洞察力はなかなか鋭かった。

まずは自分の寝床周辺の事情。
この場所に人間が出入りするのは、ほぼ毎朝ゴミ収集にやって来る業者。
それからモーニング、ランチ、ディナー終わりに厨房ゴミを捨てに出てくるホテルの調理師。特にディナーの時間帯は複数回出てくることがあり、より注意が必要だった。
調理師が出てくる時はドア付近で足音が聞こえてから外に出てくるまで若干のタイムラグがあるので、その僅かな時間で木陰に隠れた。
中庭に面した裏通りは日中若干の人通りがあるが、木々が上手くブラインドになってくれて、下手に動かなければ気づかれることはなかった。

次は水場の事情。
裏通りの小さな野外泉は時々だが足湯に訪れる人間が居て、しかも四方から丸見えな立地であった。なるべく人間が寝静まってから利用するようにした。

後は排泄場所。
幼少期していたように、中庭から一歩表に出た場所にある排水溝をトイレとして利用した。
日中は人通りがあるためそこに行きづらく、昼間に催してしまった時はやむなく寝床付近の雪の上で用を足し、夜中になってから雪ごと掬ってトイレまで持っていった。
右腕が使えないことからそれは意外と難儀な作業であった。真夜中の暗がりの中、何度も自分の糞を落としては拾うを繰り返す行動にタブンネは惨めな気持ちになり、しばしば涙を流した。
それでも住処の周りに糞を溜めるのはタブンネの衛生意識が許さず、また臭いが篭れば人間に見つかる怖さもあった為、タブンネはほぼ毎晩この糞運びをした。

右腕の負傷はタブンネにとってかなりの枷となったが、タブンネは排泄時と餌探し時以外の間、常に左脇にタマゴを抱えていた。
別段意味を感じていたわけではないのだが、辛うじて母体としての本能が残っていたのかもしれない。
タマゴを放置して遠方に行くことには、なんとなく気持ち悪さを感じた。

人間の行動パターンからタブンネは必然的に夜行性になり、日中浅い仮眠を繰り返して生活した。おそらく飼いポケだったら不十分な睡眠であるが、野生生活の長いタブンネは結構逞しさがあった。

また聴覚が健常な同族ほど優れていない分、タブンネは生き物の気配を感じることに長けていて、勘も割りかし鋭かった。
高度な聴覚に頼りきる一般の野生タブンネよりも、ある意味街中での暮しに向いていたのかもしれない。

469キルクスタウンのタブンネ:2021/02/20(土) 15:54:06 ID:PwpugYIc0

タブンネは夜中に拠点を離れ、全域とはいかないまでも、キルクスタウン街中を歩き周り、あらゆる場所を観察するようになった。

主な理由は他の餌場を確保すること。また今の寝床は悪くはないが、より死角が多く目立たない立地に新居を構えられるならそれに越したことはないと思った。

イオニアの廃棄場で得られるのは野菜芯や木の実皮だけ、量も安定しているとは言い難く、少食なタブンネでさえも時々侘しさを感じた。
蓋の隙間から流れ出る匂い、また木陰から観察した人間の行動などから、ポリバケツの中に残飯が多く入っていることは想像に易かった。
これを倒して中を漁ろうかと何度も頭によぎったが、自分と同じだけの高さがあり、重量もかなりある。倒した後元通りに片付けるのは相当に難儀なことが明らかで、その中を物色するのは涙を飲んで諦めた。

人の寝静まった古都を歩き回ったタブンネ。
ここにはいくつかの集合住宅や宿屋があったが、この街は通年降雪地。ゴミ捨て場は殆ど蓋つきの頑丈なタイプで、タブンネにはどうしようもなかった。

幼少期ママがゴハンを探してくれた場所は木柵の一側面が完全に開けていて、上から網をかけるタイプの簡易なものだった。
結果死んではしまったが、街暮らしの長かったママンネはかなり賢い位置に住処を構えていたと言えるかもしれない。


夜中の徘徊を始めて3日目、タブンネは新たな餌場を発見することに成功した。
イオニアから程近い位置に店を構える
  「ステーキハウス」
キルクスの中では比較的大きく、人気店でもあったその建物の片脇に、イオニアのそれと同じような条件の廃棄場があった。
蓋つきポリバケツに残飯、剥き出しのビニール袋に産廃という事は変わりなかったが、産廃の量と種類がイオニアよりも多かった。
マトマやロゼルといった香辛料が割と実を残した状態で、またトリミング処理された生肉の端部分が捨てられていて、タブンネには高栄養な食事を可能にした。

タブンネは肉食種ではない為、生肉が美味しいと感じるわけではなかったが、それは貴重なタンパク源となり、マトマは辛かったが、それを食せば体温が高まる効果があった。また特に嬉しかったのはロゼル。少し香りは強いが、その甘い味はタブンネの嗜好に合っていて、久しぶりのご馳走であった。

ステーキハウス廃棄場は対面に集合住宅が建っており、その窓から丸見えの立地になっていた為住処にすることはできなかったが、住宅と廃棄場の間には柵があって、万一姿を見られてもすぐ逃げれば問題は無く、タブンネにとって非常に貴重な餌場となった。

470キルクスタウンのタブンネ:2021/02/20(土) 15:55:13 ID:PwpugYIc0

新たな餌場を得たタブンネ。
日中は浅い眠りを繰り返し、夜中になると糞を片付けてからステーキハウスに出向き、帰り道に野外泉に寄って、イオニアの廃棄場を漁って非常食を蓄え、ダクト下で静かに過ごす、というルーティーンが出来上がってきた。

タブンネは水場に向かう際、温泉を飲むだけでなく、そこに浸かるということもするようになった。
常に寒冷地の野外で過ごすタブンネにとって、それは至福の時間であった。
温泉には幾ばくか湯治効果があり、勿論破裂した眼球が治ったり、粉砕した前腕が回復するまでの効能は無いが、皮膚表面の化膿や壊死を防せぎ、疲労回復の効果もあった。
温浴のそういった効能はタブンネも感じており、あったかく、不思議な魔法の泉として認識し、タブンネには日常の中で幸せを感じる時間となった。


トレーナーの男の元を離れてから、タブンネがキルクスタウンにやって来てから、10日が経った。

母親譲りの警戒心の強さから、これまで人間と鉢合わせたことも、姿を見られたこともなかった。

しかしながらタブンネのコソコソとした行動は、過剰防衛と言えたかもしれない。

野生ポケモンに対する扱いには、地域差がある。
たとえばアローラなら”自然の恵みはみんなで分け合おう“のような考えがあり、ガラルはアローラのそれとは少し違うが、ポケモンは単なる戦う道具ではなく、人間の大事なパートナーという一面がある。あらゆる仕事の現場をポケモンが手伝っている光景からもそれがよくわかる。
ガラルでは野生ポケモンが人里に現れてもよほどの理由がなければ邪険に扱われたりしない。現にここキルクスにもあちこち野生のユキハミが住んでいるが、殺されたり駆除されたりはしていない。

これまで人間によって母親と夫を殺され、自分も散々な目に遭わされてきたタブンネが人間を警戒するのは当然だったかもしれない。

しかしこの地には“タブンネを倒してたくさん経験値を手に入れよう!“のような残酷なスローガンなど存在しないし、そもそもタブンネを知っている人自体がガラルでは稀だ。

タブンネは明らかに獰猛な見た目でもない。おそらくだが手負いの身体でタマゴを抱いたまま人間の前に姿を現わせば、治療して貰って保護されたか自然に返されたかした可能性が十分にあった。

極度の回避行動を取り続ければ心労も増えるばかりだし、余計な事故を招くだけであった。

471キルクスタウンのタブンネ:2021/02/20(土) 15:56:22 ID:PwpugYIc0

ステーキハウス通いを始めて6日目、タブンネに悲劇が起こった。

いつものようにステーキハウス廃棄場を訪れていたタブンネ。タマゴを脇に置き、ビニール袋から取り出したロゼルのみを頬張っていた時、突如店裏手の扉が開いた。
営業時間は終わっていたが、その日は不定期的に入る床清掃の業者が入る日であった。

突然の出来事にギョッとしたタブンネ。これまで安定した生活を送れていたことから、少し緊張感を欠いていたかもしれない。
軒間に向け慌てて走り出そうとした時、圧雪アイスバーンで足を思い切り滑らせてしまい、勢いよく転倒すると、置かれていた廃油缶容器の中に胴体の右半身が突っ込んでしまった。

「ーーーィィッ...!......ギギッ。....ゥァァッ....!」

廃棄処理されてから一定時間を経ていたが、まだ120℃以上の温度があった。すぐに飛び出したかったが、そうすれば確実に小さくない物音が立ち、人間に気づかれてしまう。
強烈な苦痛の中、タブンネは悲鳴を必死に殺し、歯を食いしばって悶え続けた。

業者の人間は休憩時間にドアを開けて一服していただけで外まで出て来ることはなく、ゴトッという音と水が飛び散るような音がしたのを少し気には留めたが、すぐに仕事に戻って行き、タブンネやタマゴの存在は気づかれなかった。

ドアが閉まり人間の気配が無くなったことを見計らうと、タブンネは左半身をくねらせるように必死に動かし、バチャバチャと油の跳ねる音を響かせた後、ドサリと雪の上に落ちた。のたうち回るように廃油に浸かった部分を雪に押し当て、患部を冷やした。辺りの雪は茶黒く変色した。

ハァッ!ハァッ! 苦しそうに息を吐き、軒裏の雪の上で少しの間仰向けに倒れ込んだタブンネだったが、すぐにタマゴを回収してその場を後にした。人間が居ることからここに留まっては危険だと判断した。

いつも以上に人間の足音を警戒しながら、野外泉へたどり着いたタブンネ。汚れを落とす為お湯に入ると猛烈な痛みが右半身を襲い
、タブンネ付近の湯が薄黒く汚れていった。

ヌルヌルとした不快感がある程度無くなったところで温泉から上がったタブンネ。水面に映る自分の姿を見て愕然とした。

身体の右半身が火傷と廃油汚れで赤黒く変色していて見るに耐えない状況になっていた。
それに加え眼球や右腕の痛々しさは相変わらず、完全にバケモノのような見てくれだった。

中でもタブンネにとって一番ショックが大きかったのは尻尾だった。
タブンネ族の尻尾はピカチュウやキュウコンのそれと違い、機能的に重要器官なわけではないが、耳の触覚同様、異性へのアピールとなる大事なチャームポイントである。
廃油に浸かったタブンネの尾は右半分がドス黒く変色し、ケバ立つという状態を通り越して針金のような触感になっていた。

472キルクスタウンのタブンネ:2021/02/20(土) 15:57:46 ID:PwpugYIc0

温泉を後にし、左脇にタマゴを抱え、トボトボと歩き出したタブンネ。右眼から止めどなく涙が溢れた。

ヒィッ!キヒィッ! 住処となったダクト下に腰を下ろすと、呼吸するたび変な音が鳴り、吐く息がかなり熱かった。
半身火傷のダメージは想像以上に大きく、右半身はヒリヒリとした痛みが残った。
タブンネはその後何時間も右半身を雪に押し当て続け、必死に患部を冷やした。


2,3日経つと次第に痛みは癒えてきたが、火傷跡と心の傷は癒えず、タブンネの右眼はサファイアブルーとは言い難い、濁った群青のような色をして、ただボーっと目の前の地面を眺めて過ごす時間が増えた。

この地に来てからしばらくは、幸せとは言えないまでも、何となく充実していた。
1匹で過ごす寂しさや虚しさ、眼と腕に外傷を負ったショックこそあれど、それ以上に新しい環境を生き抜くことに必死だった。

火傷を負ってからタブンネはステーキハウスに出向かなくなった。突然ドアが開いたことと廃油に突っ込んだことが心に大きなトラウマを残した。

黙って座り込む時間が増えたことは、精神衛生上とても良くなかった。
タブンネは男に投げ出された直後同様、もしくはそれ以上に虚無感と自己嫌悪に苛まれるようになった。

水面を覗いて自分の姿を見ることはしなくなったが、事故の直後に見たそれが脳裏に根深く焼き付き、時々夢にまで出てきた。

昔、ママはよくタブンネの尻尾を爪で梳かしてくれて、薄汚くも尻尾はいつもフワフワだった。
林で過ごすようになってからはこまめに身体を綺麗にし、ダーリンはいつも自分を可愛いと言ってくれた。
彼等に今の姿を見せたら一体どう思うだろう。それを考えてはタブンネは仕様のない悲しみを感じ続けた。

夫を亡き者にし、自分を捉えたあの男。彼には他の手持ちも居て、自分とは違い沢山の愛情を注がれる様をいつも間近で見ていた。
この場所でも時々、ホテルの窓から人間とポケモンの楽しそうな声が漏れ聞こえてくることがあった。タブンネはいつもそれを泣きながら聞き続けた。

自分達だって、タブンネだって同じポケモンなのに、どうしてタブンネだけこんな想いをしなければならないのか。恨めしい、悲しい感情が込み上げては、一体何のために生まれてきたのか、考え続けたがわからなかった。


一日のほとんどの時間を黙って過ごし、夜になると糞を片付け、温泉に浸かりお湯を飲み、イオニアの廃棄場で少しのゴミを漁るだけの狭い範囲での生活がしばらく続いた。
もう感情をほとんど失い、惰性で身体が勝手に動いているようだった。

473名無しさん:2021/02/20(土) 21:43:06 ID:LWGiapTc0
日常生活を得てタブンネがじわじわと追い詰められる描写が大変良い……
続き楽しみにしてます

474名無しさん:2021/02/21(日) 04:36:16 ID:WEz.BkAE0
乙です
そんな悲劇の中生まれてくるベビはいったいどうなるのやら
期待が高まりますね
綺麗に生まれても醜く不自由な体で生まれても更なる悲劇しかない気がする

475名無しさん:2021/02/21(日) 15:45:08 ID:uGtlm29w0
SSのネタがまとまらないからずっとタブンネ狩りしてる
禁伝級の高火力でボロ雑巾にされるタブンネさんが可愛

476名無しさん:2021/02/21(日) 16:59:05 ID:j.us/HZE0
>>475
自分もタブンネ追い回しているけど
先頭がバドレックス王なので
ちょっと罪悪感が沸いてしまう
でも王力比べがお好きなようだからタブンネちゃんとお戯れしたっていいよねw

477名無しさん:2021/02/21(日) 19:47:28 ID:EsUSep0I0

SS作り頑張って

禁伝じゃないけど
もえあがるいかりで殺すと可愛いよ

478キルクスタウンのタブンネ:2021/02/22(月) 17:40:59 ID:CMvvbtm.0

生気も失いなんの希望も無い、生存本能のみが身体を動かすだけの、生きながら死んでいるような暮らしを続けたタブンネ。

キルクスにやって来てから早3週間が過ぎていた。

機械的な生活の変化は、タブンネにとって予想外のところから訪れた。

人間の寝静まったある日の深夜、いつものように糞を排水溝まで運び、水場の温泉にやって来てお湯を飲み、数分間そこに浸かったタブンネ。
湯から上がり、傍に置いていたタマゴを惰性的に左脇に抱えると、中から響く感覚に驚愕した。

ドクン!ドクン!...

タマゴはハッキリとわかるほど振動し、いつも抱いていたこの物体の中には命が宿っているという事実をタブンネに知らしめた。


タブンネは決して知恵遅れでは無いが、“命の理”というものを理解する知識と経験に欠けていた。
物心がついてからずっとママと2人ぼっちで、群れで過ごしたわけでも無いことから、“あの子はパパが居るのにミィには居ない”のような考えが浮かぶことはなかったし、ママンネは幼いタブンネにいつ父親の話を伝えるか決めかねていた時期に死んでしまった。
ダーリンの口から一度だけ“パパ”という単語を聞いたことがあったが、お互いの経緯を伝え合ううち、ダーリンネはタブンネに父親の記憶が無いことを推し量り、気を遣ってその言葉を使わないようにしていた。


タブンネは雪の上にタマゴを置くと、少し距離を取って口をあんぐりと開け、一心にその球体を眺めた。
タブンネの中に渦巻いたのは喜びではなく驚愕、もしくは恐怖と言った方が近かったかもしれない。

(もうじきこの中から“何か”が出てくる...!)
タブンネは身を硬直させながら、今のうちにコレをどこかに捨ててこようかと一瞬本気で考えた。
しかしかつてダーリンが自分の下腹部に触覚を当て、子供のように喜んでいた姿がフラッシュバックし、また流石に倫理的罪悪感を感じて、思いとどまった。
何よりも怖くて動けず、タマゴから視線が離せなくなっていた。

何度か受けた弱くは無い衝撃。また寒冷地の野外というタマゴを育てるには全く適さない環境下であったが、胎児は決して絶命することはなく、極めてゆっくりとだが、それでもしっかりと育っていた。

おそらくこれを産んだ時点で、耳を押し当てれば鼓動を確認することはタブンネにもできた筈だが、あまりにもタマゴに無頓着であったことから、この時まで生命音を意識することがなかった。

タマゴはもう孵化寸前の状態だった。

479キルクスタウンのタブンネ:2021/02/22(月) 17:42:33 ID:CMvvbtm.0

暫し膠着を見せた野外泉付近の裏路。

やがて親の手を放り出されたタマゴが雪の上で一人でに動き出し、その殻に一筋の亀裂が入った。

ピキ... バリッ!バリバリッ! パカッ

チィッ!チッチィ~ッ‼︎

元気な産声と共に、薄ピンク色の小さな生き物がモゾモゾと這い出てきた。

—あ.........あ.........

その物体の約2m先で、呆気に取られ立ち竦んだタブンネ。
赤児はヨチヨチと必死に這いずり、割れた殻から完全に飛び出したところで前脚が雪に触れ
ヂッ! と短い悲鳴を上げたところでタブンネはハッと我に返ったように動き出し、その赤児を抱き上げた。

タブンネにタマゴが孵化したらどうすればいいかなんて知識は皆無だったが、無意識的に、自然に体が動いた。
温泉に入れて粘液を洗い、顔の周りを舐めて綺麗にしてやった。
湯から上がるとプルプルッと可弱く湯雫を飛ばしたベビンネ。
タブンネはその小さな口を恐る恐る自分の乳首に当てがうと、チュピチュピと音が立ち、胸にこそばゆい感覚がした。

ベビンネの口が乳首を離れ、チプゥッ!と小さなゲップをすると、タブンネは両腕を使ってその幼体を抱き上げ、自分の視線の前まで持ち上げた。粉砕したままの右手には激痛が走った筈だが、タブンネは全く意に介さなかった。

「チュイ~~♪ピィピィ!チミィ~~ン♪」

おっぱいと母の温もりに満足したのか、心地良さそうな鳴き声を上げたベビンネ。
まだ目も開いておらず、体毛も細くて所々薄ピンクの地肌が剥き出しで、まだパッと見ではタブンネとはわからないような赤児。

人間から見ればベビンネの個体差など区別はつかないが、心なしか微笑んでいるようなその表情にタブンネの目は釘付けとなった。
決して勘違いなどではない、大好きだったママとダーリンの面影を、タブンネは確かに感じ取った。
じわじわと、これまでどういう訳か欠落していた母性というものが強烈に湧き上がった。

「あ、、べ...べべべベビぢゃっ....ベビぢゃああああああん!......あじがどビィっ!ミィのどごろに生まれてきてぐれてありがとビィっ!ビィがっ、ミィがあなだのマ゛マだビィッ!!ずーっと一緒ビィ!これからずうっといっじょだミィッ!!ビミィーイ゛インミン!ブヒィーーンヒンヒン!ミヴォオオン!ミオォォおおおおン゛ン...!」

静寂に包まれた古都を翻すかのような慟哭が響き渡った。
途中タブンネの頭の中にこんな大声を出してはマズいという考えが浮かんだが、全身に溢れ出す感情を抑えられなかった。
歓喜や感動という言葉では言い表せないような、巨大な感情だった。

チィッ⁉︎ と一瞬驚いたような表情を見せたベビンネだったが、母からの底なしの愛情を喜ぶように口角を上げ、やがてそのまま眠りについた。

何人かの宿泊客や住人はその鳴き声に気づいただろうが、親子の幸せなひと時を邪魔する者は誰も居なかった。

480キルクスタウンのタブンネ:2021/02/25(木) 19:48:45 ID:pt4juP.Q0

ひとしきり叫び終え、冷静さを取り戻したタブンネ。
イオニア中庭と裏通りの境までやってくると辺りを見回し、必死に耳をそば立てた。

結果杞憂に過ぎなかったのだが、自分の声に気づいた人間がやって来て、危害を加えられるのではと恐れていた。

警戒に警戒を重ね、約10分その場で周辺を窺うと、安全を確認しトコトコと寝床へ足を進めた。

—ミィ......!

その道中、タブンネの表情がパァっと明るくなった。
イオニアの廃棄場に、懐かしいものを発見した。少し汚れていたが、畳まれたダンボールが3枚捨てられていた。

タブンネにとっては小さい頃のおウチの床。
ベビ誕生で幸せ絶頂だったタブンネ。これを天国のママからのプレゼントだと確信し、心の中で何度もママにお礼をした。右眼からポロポロ涙が流れたが、今まで何度も流してきた悲しい涙ではなかった。

それを回収し、早速寝床に敷き重ねたタブンネ。今まで落ち葉の上に座っていたのに比べると、格段に暖が取れた。

何ヶ月ぶりかのニコニコとした笑顔でそこに腰を下ろすと、静かに寝息を立てるベビを改めて抱き上げ、その姿をマジマジと眺めた。
ここへ来て右腕の先の痛みに気づいたのもあるが、確かな我が子の重みを感じたタブンネ。この段階ならば孵化前のタマゴの方が重かったはずなのだが、それだけタブンネはタマゴに無頓着だった。

身長22cm、体重800g、まだ巻いていないが触覚は通常のベビンネサイズ。股の間には生まれたての可愛い陰茎がちょこんとついていた。
やや小さいが、健康体の♂だった。

タブンネは右の脇と左腕で優しくベビを抱きしめると、やがて自身も眠りについた。
暖かい温もりに包まれた、人生で一番幸せな睡眠だった。

481キルクスタウンのタブンネ:2021/02/25(木) 19:49:45 ID:pt4juP.Q0

新たな伴侶を得たタブンネ。
キルクスタウンでの彼女の生活は第二章に突入した。

日中は相変わらず、イオニアの中庭で過ごした。
時折安全な時間帯を見計らってベビンネを自分の胸から離してやり、寝床前の雪の上で遊ばせるようにした。

チャイ~!チィチィ♪ まだハイハイもまともにできず、雪の上でパタパタと手足を動かすだけであったが、生後間もない乳児の運動としては十分であった。

ベビは一日の半分以上の時間を寝て過ごしたが、起きている時間の大半は日中の明るい時間帯であった。

タブンネとは本来昼行性の種族。
このタブンネと同じような理由から夜に行動する野生タブンネも存在するが、本能のままに生きる生まれたてベビが親に合わせることはなかった。

日差しのある日は少しだが親子の活動域にも木漏れ日が差し、ベビンネに日光浴を可能にした。
十分な量と言えるのかは謎だが、ベビンネの発育は何ら問題はなかった。

我が子を胸に抱き、浅い睡眠を取っている際中、ベビの泣き声でタブンネが目を覚ますことが多々あった。
ベビが泣く理由は主に乳をせがむか排泄後の不快感。目を覚ましたタブンネが自分の腹部を見ると、茶色や黄色で汚れていることがよくあった。
その度タブンネはベビの股間や肛門を優しく舐めて綺麗にしてやり、自分の汚れた腹は雪に擦り付け、またウンチ臭くなった口内は雪を含ませて吐き出し濯いだ。

タブンネは相変わらず声を潜めて過ごしたが、ベビは気の赴くままにチィチィ鳴き声を上げ、少しずつボリュームも増していった。
愛しいベビの鳴き声にいつも悶絶するだけだったタブンネ。声を出したら人間に気付かれる、なんて思考が完全に抜け落ちていたが、キルクスタウンの環境が功と成った。
成獣のタブンネはともかく、ベビの声はあちこち点在するユキハミのそれと似ていなくもなく、いちいち人間が気に留めることはなかった。

元々十分ではなかったタブンネの睡眠はさらに条件が悪くなったわけだが、タブンネは全く苦に感じなかった。
むしろベビが生まれる直前よりも表情も明るく体調も良く、まさしく“母は強し”という姿を体現するような様相だった。

寒い屋外で野ざらし生活という環境を何とか改善してやりたいと感じていたタブンネ。
せめて自分の幼少期のおウチにあったようなボロ毛布やタオルケットが欲しかったが、そのようなモノが得られる事はなかった。
しかしそんなタブンネの親心は杞憂、タマゴ時代の殆どを寒冷地で過ごした為か、ベビは寧ろ母親よりもこの環境に適応していた。

タブンネとは生命力にも適応力にも優れる種族、現にここガラルに生息する野生タブンネも皆通年降雪地域に分布している。
ママタブンネの心配とは裏腹、ベビは寒さを苦にすることは殆ど無く、生まれてから一度も乳児低体温症を起こすことも、腹下しをすることも無かった。
キルクスは決してタブンネの住めない地域ではないのだ。

482キルクスタウンのタブンネ:2021/02/25(木) 19:50:24 ID:pt4juP.Q0

今まで同様、人間が寝静まった夜中になるとタブンネの活発な行動が始まる。

眠るベビを右脇に抱え、左腕を器用に使い、頑張って糞運びをした。


ベビが生まれる直前まで、タブンネは負傷した右腕を使うことが一切なかった。
糞運びをする時はいつもタマゴを寝床に放置していた。今はベビを置き去りにするなんて発想は毛頭無い。

タブンネの右腕、手先の粉砕は相変わらずで、指爪を使うことは許されなかったが、半分から付け根の部分はいつの間にか腫れが引いていて、今のように脇にベビを抱いたり、左腕の補助として添え手をするくらいは充分に可能だった。
これはベビンネが気付かせてくれた事実。野生で生きる上ではかなり大きなことだった。


2匹分の糞や、汚した雪まで片付けなければならないので糞運びの大変さは倍増したが、それでも4往復くらいして寝床付近を綺麗にした。
今までと違ってこれを惨めに思うことも、ストレスを感じることもなかった。

糞運びを終えると、足早にステーキハウスへと向かった。しばらくご無沙汰だったが、授乳の為により多く栄養をつけたかった。
ベビ誕生の翌晩からステーキハウス通いを復活した。

廃棄場にたどり着くと、すぐにはゴミ漁りを始めず、建物裏口前に立ち必死に耳をそば立てた。過去の失敗からより慎重さを増していた。

人間の気配が無いことを確認すると、裏路の雪の無い場所にベビを寝かし、袋に手をつけた。
苦手なマトマやフィラ、そんなに好きではない生肉も選り好みせず、沢山食べた。

ステーキハウスでの食事を終えると野外泉には向かわず、イオニアの廃棄場で野菜芯や木の実片、日中の非常食を少し蓄え、一度寝床に戻った。
温泉に行くのはベビが夜鳴きをしたタイミングや早朝、ベビが目を覚ました時に、一緒に向かった。

ベビンネも温泉は好きだったようで、タブンネに抱かれて入浴する度、「チィチィ♪」と嬉しそうに鳴いた。

タブンネはこれまで以上、よく身体を綺麗にした。ベビの排泄物処理も行う為、口内も入念に濯ぎ、水分もしっかりと摂った。

温泉から上がり、側路に置いてやると四つん這いでプルプルと湯雫を飛ばすベビンネ。タブンネはベビのこの姿を見る度に悶絶し、目尻を限界まで下げて顔を綻ばせた。完全に親バカだが、とにかくタブンネはベビに溺愛、幸せ一杯だった。

湯浴みを終え住処に戻ると授乳をし、親子で静かに過ごした。

483キルクスタウンのタブンネ:2021/02/25(木) 19:51:57 ID:pt4juP.Q0

タブンネはベビの一挙手一投足全てが愛おしく、まさに夢中といった様子であった。

何かを訴え鳴く時、おっぱいを飲む時、
チュピー、チヒィー...。 可愛らしい寝息を立てる時、その寝顔・・・。


湯浴みを終えた朝方、タブンネは胸に幸せな温もりを感じながら、ふと物思いに耽った。

これまで何度も自暴自棄な感情に陥ったこと、タマゴを気にかけてこなかった自分の行動を猛烈に省みた。
だがしかし、とにかくベビちゃんは無事に産まれてきてくれたのだ。これからしっかりと愛情を注いでやればいい。

かつてダーリンが自分のお腹に触覚を当て大喜びしていたこと、今ならその理由がよく解った。
ダーリンにも、せめて一目だけでもこの子の姿を見せてあげたかった。
そんな想いでタブンネが一筋の涙を溢すと、頭にその雫を受けたベビが目を覚ました。

「チィ~ッ?チュビィ~?」

小さな手を目一杯伸ばし、母の顔へ向け手を伸ばすベビンネ。
タブンネは涙を拭うと、笑顔でベビの顔を舐め、右脇と左腕でしっかりと抱きしめた。

ダーリンも、ママも、この子の中に、確かに生きている。
もう、悲しむ必要なんてないのだ。
今、自分がすべきはこの子を守り、しっかりと育て上げること。タブンネは人生で最大といえる生き甲斐と幸せを感じていた。

484名無しさん:2021/02/25(木) 20:59:42 ID:ISb1Lq5k0
母性覚醒しちゃいましたかー
ぶっちゃけ孵化前のメンタルのままなら虐待コースにいくかと思ったけど
いぢめた挙げ句に死なせたらベビの泣き声や遺体を気付かれてタブンネの存在も危ないもんね

485名無しさん:2021/02/25(木) 22:59:26 ID:sEH1OHpQ0
乙です
幸せの絶頂にいるタブンネがどうやって不幸のどん底に落とされるかワクワクする

486名無しさん:2021/02/26(金) 20:40:37 ID:Cd65AMqQ0

タブンネちゃんイッシュ15位おめでとう!!

これからも沢山楽しませてね!

487名無しさん:2021/02/27(土) 09:50:51 ID:V4tAQdhw0
レンティル地方と昔シンオウにはタブンネさん居るのかな

雄大な自然の中でのびのび殺されるタブンネさんめっちゃ見てみたい

488名無しさん:2021/02/27(土) 11:41:09 ID:5OFwwpgM0
昔シンオウにタブンネさん居たらまた追い掛け回したいな
欲を言えば野生のポケモンに殺されたママンネの死体が道端に転がってたりその傍らでチビンネ達が死体に縋り付いてピィピィ泣いてたりしたら滅茶苦茶興奮する

489名無しさん:2021/02/27(土) 18:39:42 ID:UMjpsKMg0
>>488
そのチビンネ達を片っぱしからすがり付いてるママンネの体から引っ剥がし
ケージの中にぶちこみたい
必死で動かぬママンネに助けを求めていやいやをする可愛らしい抵抗を間近で見たい
顔の見えない麻袋とかじゃなくケージにするのは
もみくちゃになって隙間から抜け出そうとしたり小さなおててを伸ばしたりするとこを眺めていたいから
「緊急時に親を呼ぶ」チイーチイー泣く声をBGMにゆっくりと自転車でママンネちゃんから遠ざかりたい

490名無しさん:2021/02/27(土) 21:42:13 ID:5OFwwpgM0
>>489
ゲージの隙間から母親の死体に向かってめいっぱい手を伸ばしてヂイーヂイーって泣き喚くチビンネの声を漕ぎながら自転車漕ぐの滅茶苦茶楽しそう
そういう楽しい遊びをするためにもママンネにはいっぱい繁殖していっぱい死んで貰いたい

491キルクスタウンのタブンネ:2021/03/01(月) 18:32:55 ID:vGNA8xdA0

ベビンネ誕生から丁度1週間、ベビの身体に一つの変化が起き、ママタブンネの心情、行動にも一つの変化が生まれた。


いつものように深夜の活動を終え、タブンネは我が子を胸に抱きコクコクと眠りについていた明け方、ベビがいつもと少し違う声色で鳴き出した。

その声に目を覚ましたタブンネ。
腹部を見るがオシッコやウンチをしていた訳ではない。ならばおっぱいかと思い、口元を乳首に当てるが吸い付いてこない。

心配になって抱き上げ顔を見ると、今までずっと閉じていた瞼がモゾモゾと蠢いている。

フミィ~、フミィ~。 少しこそばしいような声を上げるベビンネ。やがてその小さな瞼がピクピク上下すると、パチッと目を開いた。

「ミィ...!」

こびりつく目垢を舐め取ってやると、2つの綺麗なサファイアブルーが現れた。少し遅い開眼であったが、ベビはパチパチと瞼を上下させながら不思議そうに辺りを見回した。視力も問題なく育ったようだ。

「ミィッ。ミィミィ...!」

我が子の開眼に喜びの声を上げたタブンネ。しかし嬉しさも一瞬、すぐに表情を曇らせ、大きな両耳を垂らした。
ベビが生まれて舞い上がっていてこれまで完全に忘れていたが、自分の姿はタブンネなのかもわからないような、外傷だらけの醜いバケモノなのだ。

こんな母親の姿を見てベビちゃんはどう思うだろうか。怖がって大泣きするのではなかろうか。
そんな事を思い、少しベビから顔を背けた。
右目からは涙が滲み出たタブンネだったが、小さな我が子は決してママを恐れたり、蔑んだりしなかった。

開きたての両眼をキョロキョロ動かしていたベビンネだったが、ママの顔を見つけるとそこに視線を定め、破裂が癒着し醜く腫れ上がったその左目へ向け、小さな手を一生懸命に伸ばした。

「チュイ~~..?チィチィ。チビィ~?」
—ママ、おめめケガしてるの?イタイイタイの?

その鳴き声はまだタブンネの言葉としての意味を成していないが、心配そうな表情に声色。ベビの優しさに満ちた意図を、ママタブンネはしっかりと感じ取った。

「べ、、ベビちゃん...。ううん。なんでもないミィ。ベビちゃんはなぁんにも心配しないでミィ。ママとっても幸せミィ...!」

タブンネは右目からポロポロと涙を流し、ベビをそっと抱きしめた。

弱冠タブンネの思い込みでもあったろうが、優しい我が子の心根は亡きダーリンをハッキリと思い起こさせた。
タブンネはベビへの愛情と、守り抜く決意をより一層強く、胸に誓った。

492キルクスタウンのタブンネ:2021/03/01(月) 18:34:11 ID:vGNA8xdA0

その日の昼過ぎ、寝床前の雪の上でベビを遊ばせながら、タブンネはある算段を企て、思慮を巡らせていた。
人里からの脱出である。

ベビの這いずりはいつの間にか力を増し、言っても1分放置して2m進めるかどうかという程度のものだが、ハイハイとして成立するまでになっていた。
腕や脚の筋力も順調に育っている。

今まで浮かれていて思いもしなかった、いや、考えを遠ざけていたのかもしれないが、いつまでこの場所でこんな生活を続けるのだろう。

この子もいずれは2足で歩けるようになり、タブンネの言葉を話すようになって、身体だって大きくなる。

自分の幼児期を振り返る。
ママには申し訳ないけれど、ダーリンとの暮らしの方がどう考えても幸せで、健常だった。
この子にも森や林で伸び伸びと暮らし、人間の廃棄物ではない木の実を食べさせ、できればタブンネの、そうでなくとも林地に居たエモンガやチラーミィのような、ポケモンのお友達を作ってあげたい。


同日夜、タブンネはいつもより気持ち早めに動き出し、糞を片付けステーキハウスで食事を摂ると、ベビを抱いたまま、街の西外れまで歩みを進めた。

軒間を一生懸命進み、足を動かしてやがて市街地を抜けたが、辺り一面は相変わらず雪景色。鬱蒼と生い茂る木々はイオニアの庭と同じ針葉樹。イッシュ16番道路のような見慣れた広葉樹ではなく、目視できる限り木の実のなりそうな木は1本も無い。

結局その日は踵を返し、トボトボ住処へ戻った。

493キルクスタウンのタブンネ:2021/03/01(月) 18:35:33 ID:vGNA8xdA0

それからタブンネは、毎晩町外れまで足を進め、新居となりうる森林地や草むらを探し回った。

3日かけてキルクスの西側一面を探索し終えたが、芳しい成果は無かった。

道中、見慣れぬ小さな鳥ポケモン(ココガラ)に2度ほど遭遇し、目が合った。
驚いて身を屈めたタブンネだったが、いつも相手の方から逃げて行った。タブンネの左目と右腕の傷に加え、他の野生ポケモンから見て恐ろしいのは火傷跡。
タブンネの胴体は尾まで含め、ザ・センターマンのように綺麗に左右の色違いができていて、初見では強そうな見た目に成り果てていた。

ココガラはともかく、タブンネにとって厄介なのは深い雪景色だった。
生まれてから10ヶ月程野生を過ごしていたことから、タブンネには“四季”という概念が備わっていた。

せめてもう少しあったかくなり、この白い地面が無くなってくれればより広範囲動けて、辺りの観察もしやすくなる。
少しでも早い春の到来を心底願うタブンネだったが、それは叶わぬ願い。タブンネには理解の及ばぬことだったがここは通年降雪地である。

またもう一つ枷となったのは胸に抱き続けるベビの存在。
順調に育つベビの身体は既に1kgを超えていて、ただでさえ速くはない歩みを更に重くした。
せめて、この子がタマゴの中に居た段階から新居探しを始めていればと何度もタブンネの頭をよぎったが、その都度「ミッ!」と短い気合いを入れ、その考えを拭い去った。
愛しい我が子を重荷と捉えるなんてあってはならない。自分が頑張ればいいだけのことだ。

深夜の徘徊中概ねベビが寝ていてくれて助かったが、ベビの日中の起床時間は日増しに長くなり、タブンネの睡眠時間、質はどんどん下がっていった。
しかしタブンネの気力は衰える所を知らず、疲労が蓄積していく身体を動かし、毎晩探索を行った。

494キルクスタウンのタブンネ:2021/03/01(月) 18:37:17 ID:vGNA8xdA0

新居探しを始めて4日目は街中を通り、北側へ向かった。

市街地を抜ける間、タブンネにとっては驚くことであったが、何度か人間の気配を察知し、物陰に身を隠しながらの行脚となった。

広い道を歩くのはこれが初めてではない。この地へ来て間もない頃、餌場探しであちこちを2,3日歩き回った。その時はこんなに気配は感じなかった。だから夜中になればこの街の人間は動かないと思っていた。

今一度褌を締め直し、タブンネは息を殺しながら北へと歩みを進めていった。

数時間かかって漸く果てが見えてきたが、その行手を阻むように、街中のそれとは違う大きな建物(キルクススタジアム)が視界に入り、足を止めた。
タブンネにその用途を理解することはできなかったが、その壮大な造りに恐れを抱いたのと、朝までに補水を済ませ住処へ戻る時間的余裕がなかったことから、北は諦め踵を返した。

キルクスは大して広い街では無いのだが、身重のタブンネからすれば少しの探索でも壮大な冒険と言える行脚であった。

—明日からは東側を探そう。

そう思い住処へ舞い戻ったタブンネ。
その計画を邪魔するように、まるで何かの不吉を告げるように、翌朝からキルクス一帯は猛吹雪の荒天が続いた。


北側を探索した後の日中、吹き荒れる暴風と横殴りの雪がタブンネ親子を襲った。

ダクトの排気も意味を成さず、これまで寒さをもろともしない様子だったベビでさえもプルプルと震え出し、タブンネも鼻水が凍るほどの寒さに苛まれたが、親子抱きしめ合って何とか暖を取った。

夜になっても荒天は収まらなかったが、タブンネはこれをチャンスと捉えることにした。
時折ホワイトアウトさながらに吹き荒れる降雪と地吹雪。自分からも周りがよく見えないが、逆に人間からも自分が見つかりにくいということになる。それにこれだけ雪が降っていれば足跡が残らない。自由に路を歩けるということだ。

いつもとパターンを変え、近場のイオニアでゴミを漁り少しの食事を摂ると親子温泉で暖を取り、キルクス東側へ歩みを進めた。
ステーキハウスを経由してしまうと遠回りになってしまうことからの判断だった。

吹雪吹き荒れる中の行脚はいつも以上に体力を奪ったが、できるだけ軒間を選び、歩き続けて街の東果てにたどり着いたタブンネ。
視界の悪い中必死に目を凝らし辺りを探ったが、条件は西側を探った時と変わらないようだった。

ベビも寒さにやられたのか
ヂッ...ヂッ... と苦しい息で鳴き震え、下痢とまではいかないがいつも以上に柔らかい便と尿を垂れ流した。

「べべべビぢゃ、ごごべんビィっ。ぎょうばもうがえろうミィィね...っ...」

タブンネも寒さで声が震え、方向感覚も定まらぬ中帰巣本能と根性で何とか来た道を戻り、やがていつもの温泉に辿り着いて朝ギリギリまで親子で湯に浸かり、住処へ戻った。


6日目も同じく東側、相変わらずの天気の中、少し距離を伸ばし北東側を見に行ったが、昨日同様、これといって芳しい成果は得られなかった。

東側は全域を確認したわけではなかったが、これまでの状況と野生の勘からここで探索を打ち切ることにし、翌日からは最後の望みを掛け、南へ足を進めることにした。

495キルクスタウンのタブンネ:2021/03/01(月) 18:38:32 ID:vGNA8xdA0

東側探索を終えた翌日中、気力よりも先に、タブンネの身体が悲鳴を上げ始めた。

小さなベビにも増して寒さへの耐性の弱いタブンネ。連日の荒天と睡眠不足、夜中に行われる長い行脚。幼少期からのことで慣れているとはいえ、決して衛生的とは言えない食事。

酷い腹痛がタブンネを襲い苦しめた。
止むことを知らぬ吹雪の中、タブンネはベビをダンボールの上に寝かせると、近場の雪の上で排泄の姿勢を取った。

ブリュッ!ブリブリブリッ!ビチャーッ!

—ミボッ!ミィォォォォぉぉっ!?

猛烈な勢いでケツから飛び出した液体。
腹痛がほんの少し和らぎ排泄を終えたタブンネはその凄惨な雪上を見てギョッとした。
噴射した液状便は2mくらい先までその跡を残し、茶色に赤が混じり、糞の臭いに血特有の生臭さが立ち込めている。

コレこの量あとで片付けるなんて絶対無理だ。
タブンネは焦燥感を抱いた。

おそらくタブンネはただの腹痛ではなく急性腸炎を患っている状態だった。ポケモンセンターで診てもらったら即入院になるレベルだっただろう。

幸い吹き続ける雪のおかげで血便痕は次第に薄くなり見えなくなったが、タブンネは常時腹痛を感じ続けた。

ダンボールの上に戻りベビを抱いて座り込んだタブンネ。肛門にヒリヒリとした感覚がいつまでも残ったが、ベビは幸い時々震えることと、少し便が軟くなったくらいで、タブンネよりも寒さを堪えていた。

こんな状態になってもやる気は衰えなかったタブンネ。より一層夜の行脚に向け気合いを入れ、寒さに震えながら必死に身体を休めた。


やはり野ざらしの生活には無理がある。
何処かの林地や草むらで、深い穴を掘るなり雨風を凌げる巣を構える必要がある。

結果ダーリンは人間によって殺されてしまったが、あれは不運が重なったまでのこと。やはり人里に住んでいる方がいずれ見つかり、ママのように殺されてしまう可能性が高くなる。

体力も厳しく思考力も低下した頭で、タブンネはどんどん自分の思惑を正当化していった。

496キルクスタウンのタブンネ:2021/03/01(月) 18:39:08 ID:vGNA8xdA0

野外探索を始め7日目の夜、またイオニア廃棄場で食事を採った後、少し長めに温泉で暖を取ると、キルクス広場を抜け、9番道路と呼ばれる道へとたどり着いたタブンネ親子。

吹雪による視界の悪さは相変わらずだが、これまでと違い完全に開けた野外に出たことで、タブンネの胸に一縷の希望が灯る。

少し進むと水場を発見した。温泉と違いかなり水温が低かったが、水場の確保は野生で生きる上では必須条件。
後は餌場と、出来るだけ目立たないような住処候補地。

更に足を進め橋を渡ると草むらがあった。

—どこかに、どこかに実のなるような木はないか

タブンネは視線を上げ、吹雪の中必死に草むらを掻き分けて進む道中何かに足がぶつかり、ネチョっとした感触を覚えた。

「キョーーッ!グチョグチョグチョ」

草の中で寝ていた見知らぬポケモン(トリトドン)を蹴飛ばしてしまい、起こして怒らせてしまった。

「ヒッ!ご、ごめんなさ......ッ」

タブンネが謝る間もなくトリトドンは紫の体液を吐き出し、咄嗟に避けたがタブンネの右脇腹にモロにかかってしまった。

驚いて逃げ出したタブンネ。幸いベビにはかからず、毒などでもなかったようでダメージを負うこともなかったが、浴びた箇所は変色し、タブンネのバケモノ度はより一層凄みを増した。

トリトドンは追ってくるようなことはなかったが、精神的に驚きと恐怖を感じたタブンネはこの日の捜索打ち切り、一目散キルクスまで踵を返し走り続けた。


やがて温泉までたどり着き、汚れた体毛をゴシゴシと擦ったが痕は落ちきらず、タブンネはショックを受けた。

これまでの捜索の中で一番と言っていい、手応えを垣間見た行脚だったが再度訪れる気にはなれなかった。

あのポケモンが自分達と仲良くしてくれるとは思えない。闘うということを知らないタブンネにとって、非友好的な種族との共存は考えられなかった。

後は、南西部。この街の南西外れにも、今日と同じような開けた道があること(湯けむり小道)は、初日の行脚で視認していた。勘としては良さげな道であった。
希望を失いたくないが為か、これまでは敢えてそこに足を向けず、半無意識的に最後までその進路を取っておいたタブンネ。

—明日は、明日こそはきっと新居を見つける...!

落ち込んでいても仕方ない。タブンネは心の中で気合を入れると、ベビを胸に抱き、ダンボールの上に腰を下ろした。

497キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:32:37 ID:Wgdv5XHc0

タブンネがイッシュからガラルに拠点を移して、優にひと月を過ぎていた。


トリトドンに遭遇した後の午前中、タブンネはまともに睡眠が取れなかった。
腹痛があまりに酷く、眠りにつける状態ではなかった。

ここ数時間で何度目か、タブンネはベビをダンボールの上に寝かせると、寝床を少し離れ、排泄に向かった。

—ミォォぉっ!ミフぅーっ......

荒天の中、タブンネは通常の排便姿勢よりも上体を起こし、人間で言うところの空気椅子のような体勢で、排泄を行った。
昨日の経験から、なるべく排泄物を撒き散らさない為のタブンネなりの工夫だった。
苦しい体勢で体重30kg弱の身体を支える短い両脚には相当な負荷がかかったが、タブンネは歯を食い縛って必死に耐えた。

ハアッ!ハアッ!...

タブンネが排泄を終えた後の雪上は筒状に直径10cmほどの穴が空き、そこに新雪をかけ、後始末をするとまたダンボールへ戻った。
この時にはもう固形物は一切無い、ヌメり気のある赤い液体が噴射するだけであった。


正午を過ぎた頃、何とか繰り返す便意が鎮まり、腹痛もほんの少し和らいで浅い眠りについていたタブンネ。

「チッチィ!チィチィチィ。」

胸のベビの声で目を覚ました。
この時にはベビの鳴き分ける声色で、何となくその意図を読み取れるようになっていたタブンネ。これは乳を求める鳴き方だった。
優しく微笑みかけ、乳首にベビを当てがった。

ミヒン! 思わず小さな悲鳴を上げたタブンネ。胸にチクッとする痛みを覚えた。
おっぱいを飲み終えたベビの口を見ると、口内上下に小さな白い歯が生えだしていた。

「ベビちゃん...!すごいミィ!こんどママと一緒に、おいしい木の実を食べミィね!」

喜び一杯、小声でベビに語りかけたタブンネ。前腕骨折も何のその。たかいたかいのようにその身体を上下させた。

チミュイ? お耳をパタパタと前後させながら、不思議そうに、ママに問いかけるように声を上げるベビンネだったが、ママタブンネはそれには応えず、ベビを胸に下ろし、目を丸くして辺りの空を見上げた。

—ミィ......!

相変わらず涔々と雪は降っていたが、いつの間にか強風が止み、空は所々晴れ間が覗いていた。

ベビの嬉しい成長に、何日かぶりの穏やかな空。全てが吉兆にしか思えなかった。

—今晩、何かが変わる。きっと変えてみせる...!

タブンネはベビを緊と抱きしめると、やる気に満ち満ちた顔つきをし、今一度懸命に体を休めた。
喜びと気合いで、体調不良も意識から除外されていた。
タブンネは母親として、本当に逞しくなっていた。

498キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:33:23 ID:Wgdv5XHc0

その日の夜、ホテルイオニアディナータイム終わりに2回ゴミ捨てに出てきた調理師から身を隠し、その後2,3時間ほど、住処に座り込み、静かに息を潜め過ごしたタブンネ親子。

頃合いを見るとスクッと立ち上がり、ホテル全体を見上げたタブンネ。ホテルの宿部屋は全て灯りが消えていた。この消灯確認がタブンネにとっての行動開始の合図となっていた。

住処を一歩出ると振り返り、床にしていたダンボールを暫し眺めたタブンネ。改めて見るとベビの排泄物で、随所汚れがこびり付いていた。

—ママ、ありがとミィ。バイバイ......

心の中で、礼と餞別の言葉を述べたタブンネ。もうここには戻らない予感と意志があった。

いつしかタブンネの中で、このダンボールはママンネの形見と化していた。

湿った地面に癒着していたのもあるだろうが、それでもここ数日の暴風雪にも吹き飛ばされず、形も崩さずそこにとどまり続けたそれは、もしかしたら本当にママンネだったのかもしれない。


ミッ!  気合いを吐き出すと、一目散温泉に向け走り出したタブンネ。胸の中のベビはスヤスヤと寝息を立てていた。

今日は温泉には浸からず、ただゴクゴクと音を立ててお湯を飲み、その場を後にすると裏通りから市街地へとつながる階段へ向かった。

階段の最上部まで来るとそこから顔を覗かせ、辺りを窺いながら必死に耳をそば立て、人間の気配を探った。

人間の気配の無いことを察すると、身を乗り出してまた必死に脚を動かした。今日は通り道であることから、3日ぶりにステーキハウスへ寄る算段を立てていた。
階段を登り切ってからキルクスのメイン通りの一つを横切ると、ベビを抱いたタブンネの全速力でおよそ1分でステーキハウスにたどり着く。


駆け出してから餌場へと向かうその道中、タブンネのその心意気と計画を邪魔するように、異変が起こり始めた。
空模様が怪しくなって来た事に加え、下腹部を体内から引き裂くような強烈な腹痛と、それに付随する便意がぶり返して来たのだ。

—なんで今、こんな大事な時に...

歯を喰い縛ってそこから意を背けようと試みるタブンネだったが、次第に視界が明滅し、意識が朦朧としだした。

本人の気持ちとは裏腹、タブンネの腸は“病は気から”なんて言葉では片付けられないような病状だった。
温泉水の消化すら受け入れず、また走った事による揺れさえも危険な刺激になり得る容態。脆い生き物ならとっくに失神、悪ければ絶命する程重篤な状態であった。

いつもの倍近く時間を要したが、何とか餌場の建物へたどり着いたタブンネ。
片眼失明に悪天、朦朧とする意識、3重の意味で疎らな視界とフラつく足元の影響で何度も柵や外壁にぶつかりながらも、狭い横路に侵入していったタブンネ。

ポリバケツの影にベビを下ろすと、自身はフラフラと排水溝を探した。こんな体調でも餌場で用を足さないのは野生タブンネ特有の習性からであった。

499キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:34:04 ID:Wgdv5XHc0

暗がりと悪視野で排水溝を探し倦ねたタブンネ。それでも千鳥脚を通り越した状態で歩みを進めると、軒間へ入り込み、その中央部でドサリと転倒した。

ブリュリュリュ!ビチャッ!ビチーーッ!

「ヒンッ......ヒッ...ィッ......」

尻から赤い液体が噴出され、尻尾の付け根、両腿裏と内腿が真っ赤に糞塗られた。

ビチチッ!  バリッ! ブチブチブチィッ...

「...ゥァァ...........ゲッ.....ェェェッ.....」

繰り返される血便の噴射の連続に肛門の皮膚が耐えられなくなり、タブンネの尻が音を立てて切り裂け、真っ赤な直腸が10センチくらい、体外へ飛び出してしまった。
深刻な容態と相居るように空模様もどんどんと悪転し、周辺はゴォーーーッという轟音に包まれ、健常者でもホワイトアウトする程の様相を呈してきた。
タブンネは白眼を向いて舌を垂れ、口と鼻腔全域から透明な粘液を吐き出し、ダラーっと糸を引いていた。

(べ....びちゃ....ご......い....い......ま........)

もう目も見えず、耳も聞こえず、感覚神経も殆どの運動神経も機能していない状態であったが、それでも尚タブンネは気を失うことなく、意識をその身に留めていた。

こんな状態でも“ベビちゃんを手放し、置き去りにしている“という現実を明確に把握していた。意識を手放さぬよう、左手の爪で必死に硬い地面を掻いていた。



「チィ~~ッ....チィ...チィ...」

時をほんの少し遡ってタブンネの尻が張り裂けたのと同刻、ポリバケツの陰でベビが目を覚まし、弱々しく泣き出した。
手に入れてほんの1週間の視覚で捉えるモノは一面の真っ白さ。その脇に見慣れぬ青い物体を確認したが、最愛の母の姿は無い。
鳴り響く風の轟音は乳児の心に大きな恐怖心を与え、薄い毛皮の小さな身体には厳しい寒さを覚えた。

「ヂィッ!ヂィヂィッ!チィーーーッ!」

今度はより声量を増した声で泣いた。
酷い環境の中、泣いても何も状況が変わらないことへの抗議、乳児特有の癇癪を含ませるような泣きかただった。
しかしその叫びが重体の母の耳に届くことなどなかった。

「・・・・・・」

一頻り泣き終えると、今度は目を閉じ、耳を研ぎ澄ませた。
幼体ながらも母親より優れた聴覚を有したベビンネ。道のりにして7,8m先に、母の心音を捉えた。
恋慕の強さがそれを可能にしたのか、“ママが困っている”という大まかな感情までもを読み取り、ベビンネは吹雪の中、バケツの脇から飛び出し、そこを目指して這いずり出した。

500キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:35:15 ID:Wgdv5XHc0

「...べ.....ビ.....い......っハッ...ぃっ....」

タブンネの意識は混濁を極め続けた。
裂けた尻穴付近はトクトクと血が流れ、辺りの毛は真っ赤に変色しているが、痛みを感じることすらなかった。

ただ、ただベビちゃんのため。千切れかけた糸のような意識をかろうじて繋ぎ止めたタブンネ。地面を掻き続ける左手には血が滲んでいた。

「......フィ......フィ.........」

一方でベビも、ポリバケツ横から吹雪の中へ這い出し、極めてチャチな歩みを必死に進めていた。

風除けを失った今、ベビの身体は何かの拍子に吹き飛ばされてもおかしくない程の暴風だった。

—ボクがママを、ママをたすけてあげないと...!
ベビの想いも真剣。小さな両手脚で必死に雪路を這い、ほんの少しずつだが確かにその標を伸ばしていった。

・・・・・

親子がこの建物へ到着して30分を経た。
タブンネ、ベビンネはそれぞれのフィールドで、それぞれまさに命懸けの闘いを続けた。

先に状況の変化が訪れたのはベビンネサイド。その小さな身体の後方より、ひと筋の光が吹雪を照らすように現れ、雪の軋む音と一つの生命音が背後から迫った。

「......フィ?.............」

何かがやって来ることには気づいたが、悴んだ顔を動かせずに居ると突然左耳に激痛が走った。

「ウギィーーーッ!い゛ィィッ......——」

抵抗と苦痛を示すように大声を出したが、暴風の轟音がそれを掻き消した。

「ヴォォォぉぉっ....!...ァッ....」

次の刹那には腹部にも激しい痛みと違和感を感じたが、まともに声が出なくなった。
畳み掛けるように身体が浮き上がるような感覚を覚え、ホワイトアウトの視界がブラックアウトに転じた。

何が何だか、体力を消耗した乳飲児には理解が追いつかなかったが、耳と腹の激痛に違和感、暗転した視界と立ち込め出した激臭、本能的に命の危機を感じ、強烈な吐き気を催し、小さな口から白いゲロをタラタラと漏らした。

・・・・・

—ハッ⁉︎ベビちゃん⁉︎ベビちゃん!

ベビの視界が暗転してから時間にして30秒後、タブンネの意識が突然明晰化し、暗い軒間でスクッとその身を起こした。

補足を述べるがタブンネの容態はいつ絶命してもおかしくない程のものであった。
それでも彼女の意識と体力を蘇らせたのはベビの発した母を求めるSOS、いわばテレパシーのようなもの。
親子の絆深さが生み出した医学では説明のつかない奇跡。神通力のようなものがタブンネの身体を動かした。

しかしそんな感動的な奇跡も、新たな悲劇の序章に過ぎなかった。

501キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:35:48 ID:Wgdv5XHc0

慌てて軒間を出、ステーキハウス廃棄場へ駆け出したタブンネ。ベビを下ろした筈のポリバケツ影にその姿は無く、代わりに自分の居た軒間に向かって2m程続くハイハイ跡、それが途絶えた先端には僅かな血痕が残っていた。

「ベビちゃん!!置いてってごめんミィ!ベビちゃん!?どこ?どこに居るミィ!?」

左右をキョロキョロと見回すがその姿はどこにも見えない。まさか風で吹き飛ばされたのかと思うタブンネだったが、右眼をそっと閉じると、一心に聴覚を研ぎ澄まし、その気配を探った。

その後、急いでポリバケツに両手を掛けると、渾身の力でそれを押し倒したタブンネ。
タブンネの触覚はその中から確かに我が子の息遣いを聴き取り、救出のための行動に転じた。
聴覚の健常な同族ならば訳もない芸当なのだが、タブンネには一世一代の集中力であった。

ありとあらゆる残飯がぶち撒けられたステーキハウス店横の細い裏路。その残飯の先頭に全長40cm弱の小さな身体が横たわり、微かに腹を上下させていた。

「ベビちゃん!ごめんミ!もうママどこにも......っ!ああ゛あ゛っ!ベビちゃ......!」

「.....ヴッ......グボッ.........」

ベビの元に駆けつけたタブンネ。その変わり果てた姿に猛烈な不安を抱き、長らく放置してしまったことへ巨大な罪悪感が込み上げた。

ベビンネは左耳がペシャンコに潰れて血塗られ、巻が強くなり始めていた触覚は爛れて、左右で非対称が出来上がっていた。
綺麗なサファイアブルーをしていた瞳は全体が白みがかり、完全に焦点が合っていない。
口元はお乳がそのまま戻されたような吐瀉物にまみれ、胴体はステーキソースやらケチャップ、パスタの麺にご飯粒に細切れの葉物野菜その他、あらゆる残飯が付着し、さっきまで綺麗だったピンクチョッキ模様は見る影も無い。
いつもポッコリと膨らんでいたおなかは萎み、口から漏れる吐息は今にも消え入りそうで、変な濁音を含ませている。

—どうして、どうしてゴミバコの中に?どうしてこんなケガを。なんでこんなことに...!?

困惑と混乱が渦巻いたタブンネの思考回路。
タブンネが一連の経緯を解することは無いが、ベビに傷を負わせ、ポリバケツに放り込んだのは1人の人間。この街の警察官の男であった。

502キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:36:22 ID:Wgdv5XHc0

これまで鉢合わせなかったことがかなりの幸運であったが、ここ1週間ほどキルクス市街地は深夜の巡回が強化され、警官による見回りが随時行われていた。
4日前の行脚で感じた人間の気配もそれによるものだ。

その原因を作ったのは他でもないタブンネ。

ベビ誕生以後、授乳の為、日増しにステーキハウスで漁るゴミの量が増していった事に加え、足跡を残さぬよう選んだ進路、やたらと荒らさない物色の痕跡、その全てが仇となった形であった。

細かい経緯は割愛するが、廃棄場が漁られている事に気がついた回収業社とステーキハウス店主。
その形跡からポケ災ではなく人災と判断し、警察に通報、パトロール強化を依頼していた。


タブンネ親子がこの裏路でもがいていた頃、1人の警官がそこへと足を踏み入れた。

いつもと違うことはなかったが、変わったことといえば途中で生肉らしきモノを踏んづけたこと。それをゴミ箱の中へ片付けると踵を返し、猛吹雪を掻き分け市街地へとトボトボ舞い戻っていった。

一連の流れで軒間のタブンネの存在が気付かれなかったことがまず幸運だし、ステーキ屋の廃棄場という立地に鳴き声の聞き取れぬほどの轟音からベビンネが生き物と認知されなかったことも幸運、いや、寧ろ気付いて貰った方が幸運だったのかもしれないが。



オロオロとした表情をキッと引き締めたタブンネ。混乱している場合ではない。右腕でベビの後頭部を少し持ち上げると、舌と左手を使って汚れを落とし始めた。

毛皮に染み付いた調味料や細かいカスは拭えなかったがおよその固形物は取り除いた。小さな右足の付け根から少し上の腹部にこびりつく赤い紐のようなものに目を向けると、それを落とすために爪で引っ掴み、思い切り引っ張った。

「ビャァァーーーーッ!ギャギャーーアアァァあ゛あ゛ああっ!」

ベビがこれまでの容態からは信じられない程の絶叫を上げた。その声にハッとして、手を止めたタブンネ。掴んだ紐はベビの体内から伸び出ていて、ギョッとして手を放すとそれは小さなお腹からU字にダラリとぶら下がった。

「あっ...!あ゛あっ!!ごめ....ベビちゃ....」

タブンネの掴んでいた物は汚れではなく、人間に踏まれた際に未熟な皮膚が破れ、一部体外へ露出していた小腸。
タブンネは臓器なんて見たことはないしそんな存在を知ることもなかったが、今の状況から自分が引っ張ったモノがベビの大事な身体の一部で、それを自分が傷つけてしまったことはハッキリと理解できた。

...カヒッ!.......ケヒッ!......

ベビは大きな音で、口から乾いた咳を吐き出し始めた。
普段のチィチィという声からは想像もつかぬような、生物の発する音とは思えない音色であった。

「あ......ああっ......どうし....っ.....」

両手でベビを抱き上げたタブンネ。ベビは青目と白目を上下にギョロギョロと動かし、口角からコポコポと小さな泡を吹き出して、全身をピクピクと痙攣させていた。

時間が解決してくれない傷であることはタブンネの目にも明らかであった。


—そうだ、あの泉ならば...!

暫し逡巡を見せたタブンネだったが、やがて何かを思い出したように立ち上がり、ベビを抱いたまま、一目散に駆け出した。

503キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:37:05 ID:Wgdv5XHc0

全速力で走り、小さな野外泉まで舞い戻ってきたタブンネ。
ベビは咳すらも出なくなり、まさに虫の息という容態。不思議な治癒能力のあるこの泉がタブンネにとって最後の望みの綱だった。

「ベビちゃん、チョット苦しいけどガマンしてミ!おケガ治さないと...!」

右腕で両脇を抱え、左手で口鼻を塞ぐような形に抱き直すと、親子共々ザブンと温泉に入った。ケガした耳が浸かるようにと、ベビは全身である。

「ミィォォっ!ミィ〜〜ん゛んっ......」

入るや否やお尻に激痛と強烈な不快感を覚え、思わず右目を固く瞑ったタブンネ。
タブンネの直腸も体外に飛び出したままだった。

「ベビちゃん...キモチいぃ...?ミィあ゛あ゛あ゛??イヤァあああ゛あ゛ーーーッッ゛!!!」

数秒後目を開けると、目の前の光景に絶叫し慌てて湯から上がったタブンネ。辺り一面の温泉水が真っ赤に染め上がっていた。

側路にベビを寝かせると、その身体は震えるという状態を越し、ガタガタと大きく左右に揺れ出した。まるで生命の最後を告げるような、非生物的な異常な動きだった。
辛うじて繋がっていた左耳の触覚は完全に千切れ、破れた下腹部はもう血を出し切ったのだろうか、透明な液体がトロトロと流れ出ていた。
口はカクカクと僅かに上下し、両眼は完全に白目を剥いて、全身の体毛が真っ赤に染まっていた。

無論、全て良かれと思って行ってきたタブンネの行動。
非常に酷な現実だが、その全てが手負いのベビンネに更なる追い討ちをかけ続け、小さな命は風前の灯であった。


数秒オロオロと狼狽えるタブンネだったが、誰に教わった訳でもなく、何か思惑があった訳でもなく、ベビに向けて両手を翳した。

—ママ、ダーリン、おねがいミィ!どうかベビちゃんを助けて!おねがい!おねがい!


...ポウッ

ミィ⁉︎  タブンネのおねがいがあの世の母や夫に届いた訳ではないだろうが、タブンネの掌から優しい光が現れ、ベビの身体に降り注いだ。
それは癒しの波動というポケモン技だった。
通常は対戦で経験を積み、鍛錬を積まなければ習得できない技であるが、タブンネのベビを想う気持ちの強さからか、奇跡的にそれを使うことを可能にした。

「......フッ......フィ?.......」

何が起こっているのかわからないタブンネであったが、光を浴びたベビはほんのわずかにだが呼吸を取り戻した。

「ベビちゃん、ベビちゃん!しっかりして!ママが、ママが必ず助けてあげるミィ!」

タブンネは両手を翳し続け、必死に不思議な光線をベビに浴びせ続けた。

504キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:39:33 ID:Wgdv5XHc0

新規習得した癒しの波動を用いてベビの介抱を続けること約10分。
不思議な光は段々と弱くなり、やがて完全に出なくなってしまった。

—どうしてミィ?どうして!おねがいおねがい!もう一度出て!ベビちゃんが...ベビちゃんが......

愕然と両膝を着き、ベビを見つめたタブンネ。
必死の介抱の甲斐なく一瞬だけ息を吹き返したベビは再び呼吸をやめ、もう振動することもなく、動かなくなった。

癒しの波動はそもそも命の瀬戸際の者を回復させる技ではない。
奇跡の新技習得は、タブンネに余計な希望を与え、ふたたび絶望させる無駄な時間に過ぎなかった。

暫し膠着を見せた親子であったが、ベビンネの胸元がかすかに上下し、息とも声ともつかぬ音を小さな口から漏らした。

......マ......マ.........ス......ス...ッ........———

ベビちゃん⁉︎ カッと右眼を見開いたタブンネ。今確かにベビの漏らした吐息はタブンネの言葉として何かを紡ぎかけていた。

「ベビちゃん!ベビちゃんおねがい!しっかりして!ベビちゃん!ベビちゃん!」

ひたと抱き上げ、膝の上に乗せると我が子へ向け必死に呼びかけ続けたタブンネ。


グ...グジュルルルグギギ...ッ...グジィーーィッ...ゴププルッ...

我が子の口から漏れた返答は、生物の発する音とは思えぬ、残酷な音であった。
鼻腔から一筋、深紅の液体を垂らすと、口角からそれと同じ色のあぶくをコポコポと吹き出し、ガクッとこうべを垂れた。

「.......ッッ......ベ..........」

タブンネはまともに言葉も出なかった。触覚で生命音を探る術を持たぬタブンネ。それ故か第六感には多少秀でていたのかもしれない。ベビの最期を、はっきりと理解した。

生後15日、ひと月にも満たぬ、短い生涯であった。

505キルクスタウンのタブンネ:2021/03/04(木) 10:40:14 ID:Wgdv5XHc0

やがてタブンネは白眼を剥いたベビの瞳に瞼を被せてやると、その身体をそっと地面に下ろした。

「ベビちゃん、少しだけ待っててミィ。ベビちゃんのお耳、取ってこなくちゃ...」

タブンネはジャバジャバと温泉を掻き進むと、その中間にプカプカと浮かんだ小さな触覚を回収し、湯から上がった。

ベビの亡骸をそっと抱き上げる。酷い破れ方をした下腹部の為その両脚は少し引っ張れば胴体から離脱してしまいそうな状態で、それらを包み込むように、慎重に持ち上げた。

ソロソロと、ホテルイオニア中庭を進んで、すっかり住み慣れたダンボールの上に腰を下ろしたタブンネ。
最後のお別れからたったの2時間程で再会を果たした。

血の温泉に浸かったことで全身が真っ赤に染まっていたベビンネ。
タブンネはペロペロと顔一体を舐め回してやると、驚くほど綺麗な死に顔が浮かび上がった。

「ベビちゃん。もうママ、ベビちゃんを置いてどこにも行かないミィ。今度こそ約束ミィ。ずうっと、ずーっと一緒に居るミィからね。」

呼びかけるママの声に応えるように、ベビの顔は薄っすら微笑んでいるように見えた。
タブンネはその身体を緊と抱きしめると、一寸先の地面を眺めた。
その右瞳は落涙することはなかった。
だがそれは澄んだサファイアブルーではなく、この世の哀愁を全て含ませたように、何とも形容し難い色合に濁っていた。

—もういいミィ。もう、もう......。

タブンネは全てを諦めたような感情で、ひたすらその場に座り続けた。
これまでに2度、人間によって奪われた幸せな生活。大好きだった家族。
そんな哀しみを吹き飛ばす程の存在だった新たな命、その命は自分がとどめを刺し、殺めてしまった。

—ミィは、どうやっても幸せにはなれないんだミィ。そんな資格もない生き物なんだミィ。

胸に抱くベビは完全に体温を失い、次第に硬直し、固まっていった。

———

それから3日3晩、タブンネはその場に座り続け、場面は物語の冒頭に繋がる。

断っておくが、タブンネは絶命している訳ではない。人間並に耳は聞こえ、右眼は地面を捉えている。

その間何度も中庭に人間が現れたが、誰も彼女に気づくことはなかった。

まるで菩提樹の下で瞑想を行う釈迦の如く、荘厳な、静かな佇まいであった。


様々な理由から草むらや森を離れ、人里に住処を構える野生タブンネはこの世界に五万と居る。

今回紹介したのはほんの一例、その中の一匹の、少し小さなタブンネのお話。
ここでタブンネの半生を追うのは終わりとする。

物語冒頭の翌日、ホテルイオニア中庭には汚れたダンボールはなくなり、その一面は真っ白な綺麗な雪で埋め尽くされていた。

(終)

506キルクス:2021/03/04(木) 10:43:14 ID:Wgdv5XHc0
尻すぼみで申し訳ない

もう一つSSを書き始めてしまったので来週あたり投下するかも

誰か仕事くれ

507名無しさん:2021/03/04(木) 19:45:34 ID:IEgVIcbo0
>>506
完結乙でございます
ベビンネも結局幸せって何だっけなんて物心もつかないうちに呆気なくなってしまうとは…
しかしこの主人公ンネちゃんのじわじわ不遇を積み重ねていくタブ生にゾクゾクさせて貰いました
次もまた期待しております

508名無しさん:2021/03/04(木) 21:22:35 ID:Le.BaqDI0
>>506
完結乙 毎回楽しみにしてた
結局タブンネちゃんは幸せにはなれなかったね……それがお似合いだよ……
次回作も期待してる

509名無しさん:2021/03/06(土) 01:21:14 ID:rJsj1Is60
>>506
乙でした。生肉と間違えられて踏んづけられるベビちゃん可愛い。
次も頑張ってくださいね!

510タチワキコンビナート養タブ舎・アバン:2021/03/15(月) 12:15:29 ID:WE5UtLtA0

※あくまでタブンネを虐める、殺すことを目的としたSSであります。
作者に一切の他意がないことをご理解の上お読みください。

———

イッシュではあらゆる街のスーパーで売られ、他地方にも常に輸出され続ける、安くて美味しい家庭料理のお供。タブ肉。

カントーやホウエンなど、タブンネの生息しない地域の人間の中には、「タブンネ」と聞くとポケモンではなく、食材として認知している者も多いかも知れない。

イッシュには多くの地にタブンネを取り扱う牧場や加工場、レストランが点在する。

このお話ではそんなタブンネ産業のひとつ
とある食肉用養タブ所の様子を紹介する。

———

ここはイッシュ地方本土を離れた南西部の工業都市

  「タチワキシティ」

その市街地を離れた湾岸エリア、大規模コンビナートの一画に、幅20m強、奥行き100m程の屋舎に総計200匹を超えるタブンネ達の犇めく養タブ舎がある。

こんな空気の悪い場所にタブ舎を構える意味は特にない。
解体途中だった廃工場の建物を、あるタブ産系企業が格安の居抜きで買い取ったまでである。

建物の側面に壁はなく、数多の鉄柱が古びた三角屋根を支ているその屋舎。
工業地の排ガスが常に流れ込む為、タブンネ達の生育を考えればかなり悪条件である。

基本は雑居なのだが、屋舎前面に60cm×1.3m程のストールが40ヶ所
中間部に離乳後〜成獣以下のサイズのチビンネ達の犇めく雑居スペースを隔て
後面に前面同様のストールに、左右幅1m×前後幅50cmの囲いが連結する箇所が設けられている。

前面、ストールのみの場所は生産器に選ばれた雌タブンネの種付け場。
後面、囲いの連結するストールは産卵スペース兼授乳スペースとなっている。
(授乳スペースは上から見て「回」の字を縦長にしたような作り。中央の四角にママンネが居て、外側の四角でベビンネ達が過ごす状態)

ストールは丁度成獣のタブンネ1匹が収まる程の大きさで、このスペースでは立つ、座る、寝る、以外の動作がほぼできない。
生産器に選ばれた雌タブンネは種付けストールと授乳ストールを行き来して、その生涯を終えることになる。

屋舎の前面側の野外広場の中央には巨大なフードプロセッサーのような機械が1台設置され、その周りを埋めるようにオボンとオレンのなる木が所狭しと植えられている。

空気の悪さからか木の実はどれも黒ずんでいたり、歪な形をしているが、どれもタブンネに喰わせるための物なので別に問題はない。

そんなタチワキ養タブ舎の内部を覗いてみよう

511タチワキコンビナート養タブ舎・アバン:2021/03/15(月) 12:17:56 ID:WE5UtLtA0

ブミィー!ミ゛ミ゛ィー!ミギャー!
ヂギャー!ミィーッ!ミ゛ャー!・・・

タブ舎の数十メートル前まで近づいた段階で、けたたましい鳴き声と強烈な異臭が耳と鼻をつん裂く。

聞こえてくる鳴き声は通常のタブンネのそれよりも濁っていて、声量もデカいように思われる。

ブミッ!ブゴッ。ミゴプッ!...

雑居房の床にばら撒かれた飼料を貪り喰うチビンネ達。
およそ排泄場所の区別なんか無く、多くの個体が口にしているのは餌とタブ糞のハイブリッドである。

ゴフッ!ガフッ!ミブフッ・・・

雑居房中央部に幅、深さ10cm程の用水路が縦一線流れ、そこに顔を突っ込んでガブガブと水を飲むチビンネ達。
流れる水はやや白濁しており、ドブ臭さに酸味臭が混じっているようだが、みんなお構い無しといった様子である。

殆どのタブンネが不潔に慣れており、このタブ舎の環境に馴染んでいる様子。

タブンネはそのイメージと裏腹、健全な生育環境を与えれば案外綺麗好きな種族なのだが、生産性最重視のこの汚いタブ舎で生まれ育った為か、多くの個体がその特徴を失っている。
いつまでも不潔に慣れない個体は自然淘汰され、出荷前に処分される末路を辿る。

———

「いやだミィ!じにだぐないミ゛ィィッ!」
「はなせブヒィ!ヤメろブミィー!」
「ママに!さいごに一度だけママに会わせてミィ!おでがいだミ゛ィーッ...」
・・・

産卵スペースと種付けスペースの間
横幅10m強、それが端から端までつづく雑居房がこのタブ舎のメインスペースとなっている。

そのメインスペースで2名の飼育員がそれぞれズルズキンとダゲキを引き連れて、出荷時期を迎えたタブンネを捕らえては、屋外に停められたトラックへと連れ込んで行く。

周り雑居ンネ達はそれを心配そうに見つめる者、ミィミィ喚きながら出荷ンネや飼育員に縋り付く者
もしくは見向きもせず食事に勤しむ者、取っ組み合いのケンカをする者、その様相は色々である。

タブ舎の床はコンクリートで、その上に砂利や、適当に撒かれる飼料、またタブンネ達が辺り構わず撒き散らす糞尿で埋め尽くされ
どのタブンネも膝から下が茶黒く汚れ、ハートの肉球が視認できる個体が1匹も見受けられない。

———

「ミィミィッ!ミンミン!」

上の場面と同刻

タブ舎片端に設置される人間の事務所
そこから数えて3番目に位置する産卵スペースで、1匹の雌タブンネが声を上げた。

この雌タブも例に漏れず脚が汚れ
腹部に本来8あるはずの乳首は1つが完全に落ち去り、2つが腐りかけているらしくドス黒く変色している
また汚れと区別が難しいが膝付近に褥瘡ができて赤紫に変色し
口内は歯の全てが折れているか欠けていて、歯茎には裂傷傷と腐敗痕が随所見られる。
片耳には赤いタグがつけられ、「3」の数字が書かれている。

雌タブの居るストールの少し後方、地面から高さ50cmくらい、2本の鉄パイプからなるホルダーの上に嵌め置かれた4つのタマゴが順次ガタガタと振動し始めた。


その声に気付いてではなかろうが、やがて事務所から2名の飼育員が出てきて、雑居房に犇めくタブンネ達をドカドカと蹴飛ばしながら、雌タブの居る3番授乳スペースまで歩みを進めて来た。
2名の後ろには1匹のローブシンが追随し、雑居ンネ達にマッハパンチを打つ素振りを見せてビビらせ、怯えるその様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。


...バリッ!バリバリッ...! ボトッ...ボトッ.....

チギャー!オギャー!ギャギャーッ!......

4つのタマゴは順次孵っていき、生まれたベビ達はパイプの隙間から次々と地面に落下していき、ぶつけたお尻やお腹に向けて小さな手を必死に伸ばしている。
落ちどころが悪かったベビはママのタブ糞を踏んづけてしまい、初々しい地肌と体毛が真っ黒く汚れてしまった。

512タチワキコンビナート養タブ舎・アバン:2021/03/15(月) 12:22:21 ID:WE5UtLtA0

飼A「おっ、よしよし。未熟児ナシ。奇形児ナシ。オマエ10週目だっけ?よく粘るなぁ。エライエライ。」

雌タブ「ミィッ!ミィミィ!ブミィッ!」

4ベビ孵化から間もなく到着した飼育員の1人が雌タブに語りかけ、頭を撫でているが雌タブは怒った顔をし、抗議するように鳴き声をあげている。

もう1人はベビ達を1匹ずつ抱き上げては、小汚い濡れタオルでその身体を拭き、粘液や糞を落としていく。

飼B「3番って残り居ましたっけ?」

飼A「いや、居ねえよ。コイツだいぶペース落ちてっから。上のヤツらみんな出荷したか死んだ。前んとき全部無精か奇形だったしな。」

飼B「了解。じゃあ1〜4でいいっすね。」

そう言うと若い方の飼育員がポケットから黄色のタグを取り出して油性ペンで数字を書き込み、ベテランらしい飼育員にそれを渡していく。

タグを受け取ったベテラン飼育員は1匹ずつベビを抱き上げると、小さな耳にスキンテープラーを当て、バチンバチンとタグを打ち込んでいく。

ヂィッ‼︎ヂヂィッ!ミギャギャーーッ!......

神経の集中した耳に穴を開けられるのは相当痛いらしく、ベビ達はそれぞれけたたましい鳴き声を上げる。
4ベビは3-1〜3-4の数字を与えられた。

タグを打ち込まれた後はみな乱暴に囲いに投げ下ろされ、生まれて間もなく続いたダメージにやられ、ベビ達は床に横たわり、わずかに腹を上下させて苦しそうに呼吸をしている。

飼B「ええっと1,2,4がメス。3だけオスっすね」

飼A「オッケー、オス1匹ね。メスは一応生育確認しとくぞ。母親そろそろ使いモンなんねえから、それ。」

若い飼育員が倒れベビ達の股を確認した後、2人と1匹は事務所へと舞い戻って行った。

一連をストールの中から、精一杯首を傾け心配そうに見つめていた雌タブは人間が立ち去ると、一度うつ伏せに横たわり、身体4分の1くらいを持ち上げストールの鉄棒1ヶ所に左腕を掛けて安定を取った。
かなり苦しい体勢であるが、これは彼女の授乳姿勢である。
完全に横を向ければラクなのだが、ストールに腹がつっかえてしまうのでそうすることを許されないのだ。

「ベビちゃん達、大丈夫ミィ?もうイタイイタイ終わったミィからね。がんばってコッチ来てミィ。ママのおっぱい飲んでミィ!」

チィ...チィ...チヒッ...チビッ......

4ベビは小さな耳からポタポタと血を流し、弱々しく息を吐きながらモゾモゾと必死に這いずり、およそ5分して全員ママの元へたどり着き、チュピチュピと音を立てながらおっぱいを飲み始めた。

不自由な体勢のママは精一杯首を動かし、愛しい我が子の姿を見やった。

———

これ以後、今回生まれた4匹のベビンネに焦点を当て、このタブ舎で産まれたタブンネ達の生涯を紹介する。

513名無しさん:2021/03/17(水) 21:32:16 ID:T.GttBo20
新作乙!
如何にも絶望的なタブンネ生産プラント……
これからタブンネ達がどんな目に合うのか期待してる

514タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:16:16 ID:HrzmMaMw0

これまでの登場タブンネ

・4ベビの母親→ママンネ、ママ
・3-1→長女ンネ、長女
・3-2→次女ンネ、次女
・3-3→弟ンネ、弟 or お兄ちゃん
・3-4→妹ンネ、妹

その他の個体を他ママ、他ベビ、モブタブンネなどと表現します

———

4ベビは生後2,3日、ママのストールの左側で、暖を取るように4匹固まって過ごした。

長女、次女は割とすやすや眠る時間が長かったが、弟、妹は「ヂッ...ヂッ...」と常に泣き続け、目の下に涙痕ができていた。
タブ舎に立ち込める激臭が辛かったのか、騒音が不快だったのか、もしくはその両方か。

長女、次女共に聴覚や嗅覚は通常のタブンネのそれと変わらぬ機能を有していたが、いち早くこのタブ舎の環境に馴染んだようだ。

4ベビは生後間もなくより排泄場所をママの後方一箇所に固定、ママンネの遺伝子なのか、タブンネ特有の衛生意識も同族愛も失われていないようだった。

このタブ舎のタブンネ達は品種改良(改悪)が自然進み、概ね生育が早い。
4ベビはみな生後2日目には眼が開き
3日目には長女ンネは鉄柵に手を掛けながらだが、ヨチヨチと2足歩行するようになっていた。

———

4ベビ生後5日目

この日は弟ンネに、災難が訪れる。

長女「マンマ、おちちちょうだい...」

長女ンネは片言ではあるが、タブンネの言葉を発するようになっていた。
いつものように、ママの居るストール下を這いずり、内部へ侵入しようと試みる。

チィ。チィチィ!残り3ベビもそれに呼応するように、嬉しそうに鳴きながら姉に追随する。

ママ「ベビちゃん達!ごめんミィね!もう入ってこないでミィ!おちちはちゃんとあげるミィから、おそとから飲んでミィ!ごめんミィ、ごめんミィ...」

ママは必死に声をかけながら、横脚や手を使い、泣く泣くベビ達を押し返した。

長「どうちて...?マァマ?」

チィッ...。チスン。チュビッ...

4ベビはママの行為が信じられないといった様子で、さめざめと泣き出してしまった。

——

この時ベビ達の体高は35cm前後。
長女、次女に至ってはストールに侵入する際、腹をつっかえさせながら、なんとか入り込むくらいまでに身体が成長していた。

ママがベビ達を押し返したのには理由がある。
挟まり事故を防ぐためだ。

ママの過去の産卵個体、すなわち4ベビの兄に当たる個体が、身体の成長を考えず、無理にストール内に侵入を試み、首が完全に挟まり動けなくなるという事故が起きたことがあった。
押しても抜けず、引いても抜けずで手こずるうち、挟まりベビの悲鳴に気づいた飼育員がやって来て、囲い側からローブシンが無理くりその胴体を引っ張ると、ブチィ!と大きな音が鳴り、未熟な皮膚が破れ、首から下の体皮がズル向け、骨と臓器が剥き出しになり即死するという凄惨な結果を招いた。

無論ママの心には大きなトラウマが残り、その記憶をくり返さぬよう、今回の行動に至った次第。
それはこの先二度と4ベビを抱いてやれなくなることを意味する。

生まれて間もなくはストール内に入れてやり、代わりばんこに1匹ずつ抱きあやしてやっていたが、これくらいの時期に侵入癖を治さなくてはいつでも事故が起こりうるのだ。

——

4ベビはママに突っ撥ねられたショックから食欲も失せたようで、ストールから少し距離を置いて固まり、身を寄せ合ってチィチィ涙を流している。

我が子を想っての行動ながら、子供達が自分から離れて行ったことにショックを受け、ママの目尻にも涙が浮かぶ。
こんな不自由な檻に閉じ込められ続ける自分の運命を本気で恨めしく思った。

そんな傷心の親子に追い打ちをかけるように、やがて1人の飼育員が3番授乳スペースまで足を運んできた。

515タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:16:48 ID:HrzmMaMw0

飼育員は囲いに足を踏み入れてベビ達のタグ番を確認していくと弟ンネの片足を掴み、逆さ吊りに持ち上げた。

飼「よーしよし、みんな順調に育ってるな。お、いいねお前。タマと竿わりとデカいぞ。こんならやりやすいな。」

弟「ヂィッ!ヂィヂィッ!ギャギャーッ!」

弟ンネは手足を必死にバタつかせ、精一杯の声を上げて抵抗を示す。
恐怖からか陰茎からはオシッコが、肛門からは乳児特有の軟便を撒き散らし、飼育員の作業着や囲いの床を汚していく。

女の子ベビ3匹は弟ンネに向けて両腕を伸ばし、チィチィ鳴きながらピョンピョン跳ねている。まだ足元の覚束ない妹ンネは何度も転ぶが、それでも兄を助けようと、必死に姉2匹と同じ行動を取る。
ママンネはストールの中で座り込むと固く目を瞑り、フルフル震えながら両手を胸の前で合わせ、祈るような仕草を見せる。

ベビ達の抵抗、抗議を全く意に介さず、やや老齢なその飼育員はポケットから大きめのカッターナイフを取り出すと、弟ンネの尾、その下の小さな肛門よりも前面部に亀裂を4つ入れるとうつ伏せに床に組み敷いた。

かなりベテランの飼育員のようで、その所作には一切の無駄がない。
亀裂を入れられたことに弟ンネが気づかなかった程である。

弟ンネを組み敷いたまま尾の下に手の甲をあて、思い切り体重をかけた。

ポンッ!ポンッ!

弟「イグァーーー!ゴバァーーーー!ギギィーいい゛ッ!チゴブルルゴバガガフブリュリュミアガババベベッ...!」

弟ンネの股間から白い小さな玉が2つ、音を立てて体外へ飛び出し、弟ンネは何の生き物かわからない様なあられもない声をあげ、狭い囲いの中をゴロゴロとのたうち回る。

これは雄個体に訪れる試練、去勢である。
雑居房での乱交防止と食肉加工される際にオス臭さを出さない目的で、このタブ舎では生後1週間以内にこうしてパイプカットが行われる。

飼育員は作業を終えると事もなげに事務所へと戻って行ったが、弟ンネの勢いは衰えを知らなかった。

ママ「お兄ちゃん!イタかったミィね!辛かったミィね!でも落ち着いて!大人しくして!おマタにバイキン入っちゃったら死んじゃうんだミィ!お兄ちゃん!お兄ちゃん...!」

弟ンネはママの言葉掛けに応える余裕などあるはずもなく、ギャーギャー叫びながら転がり続ける。

3匹の女の子ベビ達は人間が去り、自分達に危害が加えられない事を察すると弟を心配がるが、あまりの勢いに手も足も出ず、結局ママンネを挟んで囲いの反対側に逃げ、ストール越しに弟ンネを眺め、心配そうにチィチィ泣いている。

——

チュヒィー...ヒィーッ...チッ...ヒッ......

約3分後。ようやく動きを止め、仰向けになって小刻みに腹を上下させながら横たわる弟ンネ。
口角にあぶくを浮かべ、目は下半分が白目を剥いて鼻がピクピク痙攣している。
精神的肉体的両ショックから気絶してしまったようだ。
弟ンネが暴れたせいで囲いの左側は辺り一面血飛沫が飛び散り、弟ンネの股間からはピチャピチャと生臭い血が滴り落ちている。

「チィッ。」「チィチィ...」「弟ンネ、だいじょぶチィ?」

弟が静かになると女の子3ベビはヨチヨチと歩み寄り、心配そうに兄弟を眺める。

ママンネはストールの中に座り、首を精一杯左に傾けて息子の姿を見やった。
ママにとってはこれまで何度も見てきた光景なのだが、いつまでもこれに慣れる事は無かった。
生後間も無くしてオスとしての機能を失うことになるのだ。人間は事もなげだが、母親が不憫に思わない筈がない。
しかし女の子ベビ達の慈愛に満ちた行動に少しだけ心が暖まり、目には複雑な涙が浮かんだ。

516タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:17:41 ID:HrzmMaMw0

4ベビ生後9日目

この日は4ベビ達に、このタブ舎の凄惨さを垣間見る事件が起こった。

4ベビ達は体高40cmくらいまで成長し、妹ンネは少し足取りが覚束ないものの、女の子3匹は自力で歩けるまでに成長していた。

しかし弟ンネだけは股の傷から全く内転筋に力が入らず、歩行はおろか立つことさえ出来なかった。

それでもママンネの指示により、毎日一定時間、姉2匹の肩を借りて歩行訓練を行っていた。

——

このタブ舎の雄ベビは去勢傷の影響で、離乳後もいつまでも自力で立てない個体が一定数存在する。
そうなると満足な生育が見込めない為、早めに出荷されるか、悪ければ殺処分される。

ママンネの過去の産卵個体にも2匹、離乳後すぐに出荷された男の子ベビが居て、ママは弟ンネには同じ運命を辿ってほしくなかった。

別に死期が早まるか遅まるかの問題に過ぎないのだが、ママはこの4姉弟には出来るだけ長く一緒に過ごさせてあげたい親心があった。
それに無駄とはわかっていても、“生きていれば何かが起こるかも”という希望を完全に捨てたくはなかった。

——

4ベビは皆タブンネの言葉を話し始め好奇心真っ盛り、ママの前面、囲いと雑居房を隔てる柵に手を掛け外を眺めては、あれこれママを質問攻めしていた。

長「ねえママ、ママはどうしていつもそんなせまい箱に居るチィの?」

ママ「ママもお外に出たいミィけどね、ニンゲンに閉じ込められて、ベビちゃん達の生まれるずうっと前からこの箱の中に居るミィの。長女ンネちゃんは女の子ミィから、いつかママみたくこの箱に入れられるかもしれないミィ」

妹「ニンゲンはどうちてそんなヒドイことするチィ?チィ、ママにだっこしてほちいチィ」

ママ「ママもはっきりとはわからミィけどね、ニンゲンはこうしてタブンネさん達を閉じ込めて、いつか食べちゃうらしいミィ」

弟「チチッ⁉︎ママもボクたちも、いつかたべられちゃうチィ?たべられちゃったらしんじゃうチィ?」

次「ねえママ。ママのゴハンはおいしいチィ?ママはオッパイのまないチィ?ママのママは居ないチィ?」

・・・

ママはベビ達の質問に、優しく、そして誠実に答え続ける。

——

ママンネはこのタブ舎の2世である。
今回が10回目の産卵のベテランママで、当然ここで生まれたタブンネ達の末路など折り込み済みだ。

1回目2回目の産卵で生まれたベビンネ達には「ミィんな幸せになれるミィ」とか「ずっとママと一緒ミィ」とかお花畑な言葉をかけていたが、3回目以後はやめた。

無駄に希望を持たせれば別れる時に子供達が苦しむだけだし、順調に育っていけばここの酷さなんてどうせわかると気付いたためである。

余談であるが、そうしたママの言葉掛けから3回目以後のタブンネ達は肉質としてやや落ちている。
ある程度の覚悟を持って屠殺されることから、ミィアドレナリンの分泌が弱いのである。

さらに余談であるが、高級タブ肉、ブランドタブ肉と呼ばれるようなタブンネを出荷する様な牧場や畜舎は、このタチワキタブ舎とは雲泥の、贅を尽くした環境でタブンネを飼育する場所が殆どだ。
“自分は特別な生き物だミィ”くらいに思わせたところから一気に食肉としての現実を叩きつけることで、一度に大量のミィアドレナリンが高まって、上質な味わいが生み出されるのである。

——

しばらくミィミィチィチィと盛り上がりを見せた3番授乳スペース。
やがてその前にどこからともなく、1匹の雑居チビがポテポテと歩みを進めてきた。

チィッ!チィチィ!チャァッ!

4ベビは近づいてくる足音に気づくと怖がる悲鳴を上げ、囲い内部に逃げ込んでママのストールに擦り寄ったが、かけられた声は予想と違うモノだった。

517タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:18:12 ID:HrzmMaMw0

他チビ「みなさん、はじめましてミチィ!ミィとオトモダチになりましょミィチィ」

成獣タブンネの半分にやや満たないくらいの体格をした、雌個体であった。
体躯や口調からおそらく離乳後間もないと思われ、耳の黄色のタグには8-5の番号が書かれていた。

4ベビ達は話しかけられたことに最初驚いたが、優しそうな見た目とその言葉から興味と嬉しさ一杯といった様子で、チィチィ鳴きながらまた囲い前面へ歩み寄った。
触覚でおよその感情を読み取る術も身につき出していたようだ。

ママもこの来訪者には少し驚きを見せる。
今まで囲いの外からベビ達を威嚇してくるような雑居ンネが来ることはあったが、こうしてベビ上がりくらいの個体が優しく語りかけてくるのは初めてであった。

ママ「お嬢ちゃん、こんにちミィ。お嬢ちゃんの兄弟は?一緒に居ないミィ?」

他チビ「おばさん、こんチわ!ミィのきょうだいわね、おねえちゃんはほとんどしゃべらないし、おにいちゃんたちはときどきミィのことたたいたりするミチィの。だからおミミをつかってね、たのしそうなこえがきこえてきたからここまであるいてきたのミィ!」

長「おねえさん、こんにちは!おねえさんはおソトでくらしてるチィ?」
妹「おねえさんはオッパイのまないチィ?ママとおなじゴハンたべるチィの?」
弟「おねえさんのママはいないチィ?」

他チビ「ミィもね、ミんなとおなじおウチにすんでたミィけど、おとといおソトにだされたミチィの。いまはオッパイのまないけどね、ゴハンたべてるミィ。ミんなにもわけたげるミィチィ!」

他チビは尻尾をモゾモゾと掻き分け出すと、飼料を取り出して柵の間から4ベビに向け差し出した。

4ベビは一層チィチィ嬉しそうに鳴き、飼料を受け取ると鼻へ近づけ、クンクン匂いを嗅いでいる。

子供達は嬉しそうだが、ママンネは少し複雑な表情を浮かべた。

——

このタブ舎の飼料とは、自家栽培したオボンやオレンを粗微塵したものに、ここで処分された、あるいはどこからか譲り受けてきた廃タブのタブ骨粉をまぶしたモノなのだ。
つまりは共喰いということになる。

同族を糧としている事実に気づかぬままその生涯を終える鈍感ンネも一定数居るが、ママンネはその限りではない。

ママンネはなるべく自分の子供達にこの世界、このタブ舎の現実を包み隠さず伝えるようにしていたが、飼料については言葉を濁していた。
“共食い”という行為がママンネにとって一番辛い事実であった為だ。

——

我が子への差し入れを遮ろうか逡巡したママだったが、結局黙って流れを見守った。
遠くない未来にどうせ子供達も口にする物だし、何よりも無垢な他チビちゃんの優しさを無碍にしたくなかった。

長•次「おいしいチィ!」

弟「そうかチィ?ボクはおっぱいのがすきだチィ。」

妹「チィもコレきらいチ。なんだかくちゃいチィ」

またしばらくミィチィ盛り上がった3番授乳スペース前。
するとその様子を嗅ぎつけたのか、また別のモブタブンネがドスドスと歩み寄ってきて。他チビに話しかけた。

モブ「おい。オマエ餌隠してたブミィか。ミィによこせブミィ。腹減ったブヒィ。」

体高90cmほどの雄で、鼻腔が一般のタブンネより大きく、かなり太っていて下腹部より下一帯が茶黒く汚れている個体だった。

チビ「ミィひとりじめなんてしてないもん!すこしオトモダチのブンとったげただけミィ!おじさんだれなのミチィ?」

518タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:18:43 ID:HrzmMaMw0

気分悪そうに、フンっ!と鼻を鳴らしたモブタブ。
しかし可愛らしくフリフリと左右に動く他チビの白い尾を見やるとニヤッといやらしい笑みを浮かべ、他チビの頭を掴み、押し倒してうつ伏せに組み敷くと、その尾にガブリと噛み付いた。

チビ「ミュビィーーーー!イダっ!イダミィいい゛っ!イヤっ!ヤメ!ヤメアァァぁ゛ぁ゛っ!」

他チビはバタバタと両手脚を動かすが、モブタブの力の方が強く、どうしようにもならない。

あまりの唐突な展開に4ベビは声も出せず、みんなガタガタと震えながら立ち竦み、目をまん丸くしてその光景を見つめる。

モブはガブガブと何度か尾の付け根を噛み直すと、やがてガチリと口を閉じ、思い切り顎を振り上げた。

するとブチィッ!と大きな音が鳴り、その小さな尾は完全にチビの身体を離れ、ピューピューと鮮血が噴き出した。

チビ「チガァーーップルルルッ!ゴハッ!アググググ...」

壮絶な激痛に他チビは涎とあぶくを口から吐き出し、舌を垂らして悶絶する。

「チッ...チィーーーっ!」「チィヤァーーッ!!」

凄惨な光景に4ベビ達は我に返ったように叫び出し、皆ママのストール横に固まって耳を押さえて踞り、フルフルと震え出した。
誰が漏らしたかもわからぬオシッコで足元がびしょびしょになっている。

ママ「他チビちゃんを放せミィ!こんなことやめるミィ!!誰かーーっ!誰か来てミィッ!ニンゲンでもいいミ!チビちゃんを助けて!早く!早く......」

ママはストール前面折にしがみつき、懸命に叫び声を上げる。止めに入ることが出来ず、もどかしさが込み上げるばかりだ。

周り雑居ンネ達は何匹かは一瞬其方を見やるが、申し訳なさそうにその目を伏せて、ただただその場に座り込む。
殆どの個体は見向きもしないという有り様だ。

ママと他チビの叫びも虚しく、事態は深刻さを増し続ける。

他チビは下半身が痙攣し始め、完全に脚に力が入らなくなっているようだ。
モブがその小さな体の片脇を持ち上げると、何の抵抗もできずにゴロンと仰向けに向き直される。

モブはポッコリと膨らむ他チビの下腹部に噛み付くと、そのか弱い皮膚がビリビリと破れ、露出した腸をジュルジュルと喰い始めた。

チビ「ギギィーッーーっ!ギィーーーいいい゛イッ!
......チフッ......ハッ....アッ....」

ママ「あああ゛あ゛っ....!他チビちゃん...!...ッッ...」

どんどん変わり果てていく他チビ。ビクンビクンと数度全身で跳ねながら、さっきまでの可愛い容姿からは想像できぬような最後の絶叫を上げ抵抗を示したが、やがて呼吸が怪しくなってきた。

そのけたたましい声に気づいてか、2名の飼育員と1匹のローブシンが事務所から小急ぎに出てきて、その現場までやって来た。

飼A「うわあ...。結構ひでえぞ、コレ。すまん!ブシン!頼む!」

飼育員の声を聞くとローブシンはモブの背後にまわり、両脇を抱えて持ち上げる。

モブ「放せブミィ!もっと食わせろブミィーーン!」

ジタバタと抵抗を見せるモブ。タブンネとは思えぬ力強さで、ブシンと言えど油断すれば逃げ出されそうな様相である。
ブシンは明らかにイラついた表情をしている。

飼A「いやダメだコレ。埒あかねえ。おい!すまんがオマエ事務所からガノン連れて来てくれ、頼む!」

先輩格らしい飼育員が指示すると、若い方は慌てて事務所へと駆け戻る。

飼A「テメエ!この子だって大事な商品なんだぞっ!エサなら沢山やってんだろうが!このっ!このっ!...」

飼育員がドカドカとモブの腹を蹴飛ばすが、モブの勢いは衰えない。

519タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:19:19 ID:HrzmMaMw0

このタブ舎のタブンネの中には、このモブのように凶悪な個体が一定数存在する。
劣悪な環境から後天的にそうなる個体もいるし、2世,3世と交配を繰り返すうち先天的にそうである個体もいる。このモブタブンネは後者である。

先天的凶悪ンネはみな普通のタブンネよりも手足の蹄が硬く、牙とまでは成らないが歯と顎が頑丈で、体重も重い。
戦闘狂的な言い方をすれば攻撃種族値が50くらい普通のタブンネよりも高く、素早さがほんの少し遅い。
野生に帰ったとしても結構生き残れそうなタブンネの改良種(改悪種)と言えるかもしれない。

言っても鍛え上げられたローブシンが本気を出せば瞬殺できるくらいには弱いのだが、タブンネを殺してしまえば後で人間に怒られるので、ローブシンは今必死に我慢している。
このローブシンはタブンネが大嫌いである。

飼B「お待たせです!出てこい!クワガノン!」

ガノン「クワァーッギャギャギャ!」

出戻り飼育員がモンスターボールを投げると、タブンネよりも大きな、いかにも強そうな虫ポケモンが繰り出された。

飼A「よし、クワガノン、ソイツに電磁波だ!頼む、頼むから今は殺さないでくれよ!あとブシンには当てないでやってくれよ!」

先輩飼育員の指示に対して少し食い気味にクワガノンは足元に電気を集め出し、ローブシンは慌てた様子で地面にモブタブを投げ下ろす。

モブ「ミ゛ァァァァッ!ヤメっ!ブガァアアアアアアッ!」

ローブシンが巻き添えを喰らう寸前のところで、強力な電撃がモブタブンネにヒットする。
“電磁波だ”って指示であったが、それは明らかに10万ボルトであった。
モブは背中一面が真っ黒く焦げて白煙を上げ、死んではいないようだが舌を垂らし、白眼を剥いて気絶している。

飼B「よしっ!もういいぞクワガノン!もどr...
ガノン「ギャーッギャギャギャギャッ!」

飼育員の声を聞かず、クワガノンは大きな羽を振って雑居房を旋回し、再びバチバチと電気を集め始めた。

ミィーー!ミギャー!ミ゛ミ゛ィーーッ!・・・

さっきまで無関心な様子だった雑居ンネ達はガノンの行動に気がつくと、一斉に悲鳴を上げだしバタバタと走り始めた。

——

このタブ舎では出荷前、もしくは普段から、暴れ出したタブンネを麻痺させる目的でかねてより電気タイプのポケモンを保有している。

嘗て電気枠としてシビビールが採用されていたが、より強力な電撃を求めてカミナリの石を使ったところ、商品であるタブンネを喰ってしまう問題が発生した。

タイミングよくアローラに観光で訪れていたこの企業の社長。アーカラ島のある牧場で飼育されていたクワガノンを発見して一目惚れし、聞くと電気タイプを有して肉食ではないとのことから即買いし、シビルドンに変わってこのタブ舎の配属となった。

最初こそイッシュでは見たことのないポケモンに飼育員達も喜んだし強さは申し分ないのだが、いかんせん強力な電撃でタブンネを痛めつけるのが気に入ってしまったらしく、これまで4,5匹出荷前チビンネをブチ殺した実績がある。

手に追えないから別のポケモン寄越してくれと飼育員一同何度も上に掛け合うのだが、社長の意向でクワガノンが使われ続けた。

520タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/18(木) 19:20:18 ID:HrzmMaMw0

雑居チビンネ達に危害が加わる直前のところで飼育員がクワガノンをボールに戻し、商品に傷がつくことはなく、事なきを得た。

2人と1匹はヤレヤレ顔で顔を見合わせ、雑居ンネ達も大きく息を吐き、みな尻餅をついている。

ほとぼりが覚めたことに気づき、4ベビも恐る恐る顔を上げだした

飼B「うわー...コレはダメっすね、もう肉になるとこ無いっすよ」

ベビンネ‘s「チギャーーーアアアッ!!」

飼育員が他チビの左脚を持ち上げると、腹一帯が破れ、グチャグチャになった臓器がそこからぶら下がり、ボタボタと血が滴っている。

飼A「8-5。こないだ離乳した5兄妹の末か。なんだってこんなトコいたんだろな。でコッチが6-2か。6番は多いなあ。まだ若えけど母親変えた方がいいんかなあ。」

飼B「せめてやっぱ抜歯できりゃ良いんすけどね、弱るし、鉄剤も高いから無理なんすかね〜。チビの方は“肥やし”でいいすか?」

飼A「うん。処刑機よこのオレンのとこ埋めといて。デカい方は明日の朝便で出しちまおう。全く余計なことしやがってコイツ...」

他チビは乱雑にビニール袋に入れられ、ローブシンと若飼育員はモブを担ぐと、スタスタその場を去っていった。

長女ンネ、次女ンネ、弟ンネはいつまでもさめざめ泣き続け、妹ンネに至っては他チビの姿を見た後失神してしまい、仰向けに倒れて口角からプクプクとあぶくを吐いている。

ママンネもストールの中でへたりこんで、泣いてはいないものの悲しい目で地べたを眺めていた。
何度も見たような光景であるとはいえ、優しいママは慣れっこになることなどなく、他チビの変わりざまに心を痛めていた。

521名無しさん:2021/03/18(木) 20:29:14 ID:p/mOp81Q0
新作乙です。
最近つべで見かけるブタ屋さん動画みたいなリアルな流れも感じられていて
ベビンネ達の反応がいちいち良いですね

522名無しさん:2021/03/20(土) 00:26:35 ID:hQs3q4Gc0
以前、クワガノン出してくださいとお願いしていたものです。登場させていただきありがとうございます!
クワガノンもタブ虐に参加していくのかな。

品種改良じゃなくて改悪とはタブらしいですね。
他チビの喋れない姉とは、そちらの一家の話も気になります。

523タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/21(日) 02:46:13 ID:PaZ4qZXE0

4ベビ生後12日目

この日は3番ママ母子の生活環境に、少しの変化が訪れた。

突然の来訪者、はじめての“おともだち”が亡き者となったショックからか、ここ3日間4ベビはほとんど喋ることがなくなっていた。

ママの指示で1日2回の弟ンネ歩行訓練が行われる他、ミルクを飲みたくなればみな黙ってストールに擦り寄り、ママもまた黙ってその要求に応えた。

それ以外の時間は4匹で囲いの1ヶ所で固まり、ボーっと座るか寝るかしているだけの時間を過ごしていた。

ママは4ベビに何か声をかけるでもなく、自身もストール内で静かに座って過ごし、ただただベビ達を見守った。

子タブンネらしい可愛らしさに溢れ、我が子をお友達と慕って来てくれたあの他チビちゃん。
彼女が死んでしまったことは勿論だが、その命を終わらせたのもまた同胞のタブンネであるという事実がママンネには一番辛かった。

他チビを殺めたのが他種族や、あるいは人間であったらまだベビ達に言葉のかけようもあったのだが、タブンネがタブンネを喰い殺すという現実はママも説明したくないし、しようがなかった。

しかしまた、ママは他チビに対し哀悼の意の一方、感謝の念も抱いていた。
いずれ伝えようと思っていたこの世界、このタブ舎で起こり得る現実、処世術。あの子はその身でもって、その一端を我が子達に教え知らせてくれたのだ。

どうか天国で、タブンネのお友達を作って穏やかに過ごしていてほしい。声には出さないが、ママはいつも心の中でそれを祈っていた。

——

お昼頃、4ベビは皆で纏ってママの乳首を吸い、やがて飲み終えてスヤスヤと眠りだした時、2人の人間が腹の大きな1匹の雌タブを引き連れて雑居房を縦断し、右隣の囲いまでやって来た。
雌タブの方耳には赤いタグがつけられ「4」の数字が書かれている。

雌タブ「ブヒィッ!苦しいミィ!苦しいミィ!
慎重に扱えブミィーッ!!」

飼「随分とデケエなコレ。5,6は入ってんじゃねえか?ほら頑張れ!何とか収まってくれ...!」

4番の囲い、ストール前面部の柵を解放すると、2人の飼育員が雌タブの腹肉を慎重に押し付けながら、何とかその身体をストール内部まで押し込み、やがて施錠して、その場を去っていった。

ママ「4ママちゃん、お久しミィ。苦しそうミィね。お加減いかがミィ?」

4ママ「ミフンッ!」

ママンネが首を精一杯向いて優しく声をかけるが、お隣さんは鼻を鳴らして不機嫌そうに返事をした。
4番ママの態度は織り込み済みのようで、不機嫌な返答を受けてもママンネはニコニコとした笑顔を崩さない。

——

ママンネはこの4番ママが生まれた時から知っている。
4番ママがまだベビの頃はママンネのことを慕ってくれていてタブンネらしい愛嬌に溢れていたが、やがて母タブに選ばれて2回くらい産卵した後、このように不躾タブへ変貌してしまった。

ママンネは4番ママのママ、4番ババンネが生きていた頃、4ババを姉のように慕っていた過去がある。
4ババは野生産で、よくお外の世界のことをママンネに教えてくれた優しい個体であった。

あの優しかった4ババの娘さん、ここの環境のせいで今はこんなんなってしまったが、彼女を見放すことなんてママンネにはできなかった。

悪いのはこの薄汚い舎屋と人間達だ。
いつか野生に帰って、元の優しい4番ママちゃんに戻ってくれたらいいな。
叶わぬ願いと知りつつ、ママンネは時々そんな妄想に耽っていた。

ママンネにとって、今でも4番ママは実妹に等しい存在であった。

524タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/21(日) 02:50:45 ID:PaZ4qZXE0

突如隣のストールに現れたタブンネさんとママの声に気がついて、4ベビは目を覚まして囲いの右側に集まり出し、チィチィ鳴きながら柵にしがみついた。

今まで両隣のスペースはずっと空いていて、初めてのお隣さんに興味津々のようだ。
赤児とは現金なもので、数日虚ろだった目にはすっかり生気が蘇っている。

長「おばちゃん、こんにチィわ。すごい大っきなお腹チィ!ゴハン沢山食べたのチィ?」
弟「おばちゃんママのおともだチィ?」
妹「はじめましてチィ!チィは妹ン...」

4ママ「ミガァアッ!!!」

ベビンネ‘s「チィヤァァァァッ!」

次々話しかけるチィチィ声を一喝され、4ベビは怖がって、ママンネのストールへ擦り寄った。

ママ「ミィんな、今は静かにしてあげて。お隣さんは、今タマゴを産む準備をしていて、お腹苦しいんだミィ。ホントはとっても優しいタブンネさんなんだミィよ。」

ママンネの言葉で少し落ち着いたが、4ベビはみな驚いて震えている。妹ンネに関しては脱糞してしまった。

4番ママは今一度フンっ!と鼻を鳴らすと、苦しそうに腹肉をつっかえさせながら、うつ伏せに横たわり眠りについた。

———

4ベビ生後13日目

その日の午前中、4番ママの陣痛が始まった。

4ママ「ミヴゥゥゥ...ぐるじっ...!ぐるじいミィィィッ...」

ママ「4ママちゃん!頑張っても少し下がってミィ!タマゴが柵に挟まっちゃうミ!おーいニンゲン!早く来るミィ!4ママちゃんを手伝えミィィイ!!」

4番ママはストールの前側に頭をつけて、うつ伏せに横たわっている。

ストール後面には少し柵が開けている箇所があって、成獣タブンネが中腰になればそこから排便したり、産んだタマゴが外に溜まるような構造になっているのだが、4番ママはお腹がかなり大きくストールに挟まっている状態だったため、自力でそこに尻を当てがうのは明らかに困難であった。

ママンネは真横を向く事ができない為、4番ママ後部の状況を確認してモノ言ってるわけでは無いが、頭の位置関係からそれは見なくてもわかる。
2年くらい住んでるのでストール内部の構造やサイズ感など嫌というほど把握している。

4ベビはママのブラインドにならぬよう二手に分かれ、柵にしがみついて固唾を飲んで隣のストールを見守っている。
産卵に興味もあったし、昨日一喝されたとはいえ、4番ママの苦しそうな様子を心配しているようだ。

——

やがて4番ママの股がメリメリと音を立て、一つ目のタマゴがスポンと出てきて、母体とストール後柵の狭い隙間にコロンと転がった。

ママが懸念していたのはタマゴが圧迫されてしまうこと。
叫びの甲斐無く人間が現れる気配が全く無いまま産卵が始まってしまった。
もう幸運を祈るしかない。

ママ「4ママちゃん!がんばってミィ!ほら、ミッ!ミッ!フゥー!ミッ!ミッ!フゥー!」

4ママ「オガッ...!ミガガガァッ!フッ...フゥーッ...」

4番ママは6つのタマゴを抱えていた。自然であれば一度の種付け、一度の産卵で6つも同時に宿ることはほぼない。
身長1.1m、体重31kgのポケモンにそんな懐妊は無理がある。
おそらく無理矢理発情させるホルモン注射の影響で、このタブ舎の母タブンネは最大で8つのタマゴを抱える場合があり、産卵の為死亡する母タブもしばしば現れる。

難産ながらも産卵は進んでいき、3つ目のタマゴが出てきたところで4番ママとストール鉄柵の間がパンパンになり、タマゴはメキメキ危険な音を立てて居る。

4つ目のタマゴが出てくる時、辛うじて4番ママが尻を持ち上げることができて、先3つの上に乗っかる形で何とか産み落とした。

ママの懸念が現実になってしまったのは5つ目。
半分以上が出てきた所で母体と先産の間で圧迫されてしまい。バリンと音を立ててタマゴが割れてしまった。

4ママ「ミ゛ィ゛ィ゛ヴァ゛ァァッ!イダイッ!痛いミ゛ィ゛ッ...ィッ....ァ゛ァ゛ッ....」

勢いを持って割れたタマゴ片の一部が4番ママの臀部一帯に突き刺さり、ボタボタと血が滴る。彼女には裂傷痛みと陣痛の2重苦である。

「チィッ!」「チビィン...」「チィ〜ッ...」

4ベビは思わず両眼に手を当て、短い悲鳴を上げながら視界を覆い隠した。
4番ママのお尻の傷も辛いが、4ベビにとってより衝撃的だったのは割れたタマゴから出てきた物体。

体長10cmくらい、毛も生えていない、赤ピンクの地肌が剥き出しの超未熟児ベビンネが外界に投げ出され、短い両手をピクピクと動かしながら、必死に口元へ持っていこうとしている。

「.....パァッ....プ...........ヴッ.......ヴグッ........」

孵化には程遠い状態で、ねばり気の極めて強い粘液が口と鼻腔にネットリと絡みつき、呼吸混乱を起こしているようだ。

10秒ほどするとビクンビクン全身が激しく蠕動し、やがて完全に動かなくなり、小さな息の根が絶えた。

享年20秒、短い生涯であった。

525タチワキ:2021/03/21(日) 04:33:43 ID:PaZ4qZXE0
>>522
ご意向に添えておりましたら何よりです!
ガノンは今後も登場させる予定でいます

526タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/24(水) 02:44:14 ID:JcWF88Z60

一瞬目を開け超未熟ベビの亡骸を見やると、4ベビはみなチィチィ泣きながら翻って、ママンネのストールに寄り固まった。

ママンネの目尻にも涙が浮かぶ。その現場を確認できたわけでは無くとも、我が子達のリアクションと触覚から伝わる音から何が起こったかは容易に想像できる。

自分が産卵を手伝いに行ければ小さな命は高い確率で助かったのだ。
生涯で何度目か、自身や妹分を閉じ込めるこの鉄檻に強い憎悪が込み上げる。

しかしいつまでも嘆いている場合ではない。ママはキッと顔を引き締めると、再び声を上げる。

ママ「4ママちゃん、頑張るミィ!あと少しミィ!少しだけお尻持ち上げてミィッ!ミッ!ミッ!フゥー!ミッ!ミッ!フゥー!」

4ママ「ミ゛ミィッ......わかっ......ミフゥ....
いだミィッ...くる゛ミィ......」

ママの励ましが効いたのか否か、4番ママは精一杯お尻を持ち上げ、やがて最後のタマゴが出てきて、コロンと下3つのタマゴの上に転がった。ちょっとしたタワーのようになっている。

4ママ「ハアッ....ミハァーーッ!おわっ....ミィッ...」

4番ママは産卵を終えると、舌を垂らして失神してしまった。
まだ若年の母タブンネとはいえ、かなり消耗する産卵であった。

ママ「4ママちゃん、お疲れミィ。よく、よく頑張ったミィ!」

ママンネは目に涙を溢れさせながら、お隣の妹分を賞賛する。
しかしまだ予断を許さない。ギチギチに挟まっているタマゴは何かの拍子に破損しても何らおかしくない状態だ。

——

4番ママが命懸けの産卵を終えて30分後、若い2人の飼育員が漸く4番産卵スペースに現れた。

飼A「やべえやべえ。もう終わってんじゃん。
やっちまった〜、1個死んでるよ...」

飼B「まだ大丈夫だと思ったんだけどな〜。やっぱ後ろでできなかったか...まぁあの腹じゃ無理だろうなぁ。」

隣の3番の囲いからミィミィチィチィと抗議の怒号が飛ぶが、飼育員達は気にも留めていない様子だ。

気絶する4番ママの頬をペチペチとはたいて起こすと、両脇を抱えてストール前面に座らせる。
あれだけ大きかったお腹もすっかり萎み、普通のタブンネのそれと変わらない状態になっていた。

後部に溜まるタマゴ、上2つは綺麗な状態であったが、ギチギチに挟まっていた下3つは所々ひび割れが入っていた。

飼A「うわ大丈夫かコレ?中の液体漏れ出して来ねえだろうな?」

飼B「3つもダメにしたら流石に怒られるぞ俺ら。何とか補強しよう!」

飼育員達はひびにガムテープを貼って応急処置すると、囲い後方のホルダーに5つのタマゴをはめ置いていき、未熟ベビの死骸はビニール袋に入れた。
なんともぞんざいな命の扱い方だが、タブンネだから仕方がない。
やがて2人ともスタスタと踵を返し、去っていった。

4番ママは中々体力が回復せず、餌にも水にも手をつけることなく、大の字に寝転んでその日1日を過ごした。

———

4ベビ生後14日目

その日の朝から4番ママは目を覚ましていて、1日3回与えられる給餌をブゴブゴ音を立てながら勢いよく平らげていた。

ママンネは別段話しかけたりはしなかったが、ニコニコと笑みを浮かべて嬉しそうだった。
新たな命の為ではなく、4番ママが産卵で死んでしまわなかった事が何より嬉しかった。

4ベビはいつものようにママンネミルクを飲み、ウンチをし、窮屈になり始めていた囲いの中をウロチョロ歩き回って過ごしたが、時々右側の柵にしがみついて5つのタマゴをまじまじと見つめた。

4ベビにとってタマゴは強い興味の対象であった。
その日の中でも、聞こえる鼓動は次第に大きくなった。

527タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/24(水) 02:44:46 ID:JcWF88Z60

4ベビ生後15日目

その日の昼過ぎ、4番囲い後方のホルダー上5つのタマゴがほぼ一斉ガタガタと音を立てて震え出した。
4ベビはその音に気がつくと、チィチィ鳴きながら柵にしがみつき、目をまん丸くしてその球体を見つめる。

鉄パイプのタマゴホルダーには電熱が通っている。
タブンネのタマゴはそもそも孵化が早いことも相まって、このタブ舎ではこうして丸2日前後で孵化が始まる。

...バリッ!バリバリッ...! ボトッ...ボトッ.....

チギャー!ミギャー!ヂギャー!チンギャー!......

5つのタマゴが順次孵っていき、ホルダーから床に落下していって五月蝿い産声を上げる。

次「チィー!生まれたチィ!」
妹「かわいいチィ!ミんなおメメとじてるチィ!」
弟「ちいさくてカワイイチィッ!ボクたちも生まれたときこんなだったチィ?」

ママ「シーッ。ミんな静かに。うるさくしたらお隣のベビちゃん達、ママを見つけられないミィから、静かにするミィ。」

ママの言葉で4ベビはみな口に手を当て押し黙ったが、視線はお隣ベビンネに釘付けになり、瞳をキラキラと輝かせている。

先日死んでしまった個体はまだ何の生き物かも判らぬような姿であったが、今正常に孵化した5匹ははっきりタブンネの赤子だとわかる容姿であった。
4ベビには弟妹が生まれたような感覚だったのだろう。

4ママ「ミミッ⁉︎もう出てきたミィか!ミフンッ!せっかく静かに過ごしてたのミ...!」

うつ伏せに横たわり、ミヒーミヒー寝息を立てていた4番ママ。
4ベビの感嘆声と実子の産声に気づくと目を覚まし、母として有るまじきセリフを吐きながら起き上がり、ストール後方に凭れるようにしてドスンと腰を下ろした。

生まれたてベビンネ達は大きなチィチィ声で喚きながら這い出し、実母の居るストールを目指してモゾモゾと動き出した。

......チ.........チ.........

しかしながら1匹だけ、落下先のホルダー下からいつまでも動かず、四つん這いに手を突いて、カクカクと頭部を上下するベビンネが居た。

長「チチッ?ママ、ひとりだけ動けないベビちゃんが居るチィ。カラダも少し他のベビちゃん達より小さいみたいだチィ。」

いち早くその存在に気づいた長女が小声でママに話しかける。
ベビンネの口から『ベビちゃん』という単語が出てくるのはこのタブ舎ならではの光景かも知れない。

ママ「ミミっ?少し心配ミィね。おててかあんよお怪我しちゃったミィかな。」

ママの位置からは視認できなかったが、不動ベビンネは身体が17cmくらいの未熟児で、ホルダーから落下した際、割れたタマゴ殻の小さな破片が右大腿部に刺さり、少し腫れ出していた。

先に動き出した4匹の内先頭のベビがストール内までたどり着き、おっぱいに吸い付かんとした時、先日の若い2名の飼育員がやって来て、その身体を摘み上げた。

ヂィッ!ヂィヂィッ!ヂギャギャヂィーッ!....

飼A「やっぱもう出てきてたか。よかった〜、割とみんな元気そうで。あれ⁉︎4匹しか居ねえぞ!」

飼B「あっホルダー下に1匹居るぞ!死産じゃねえだろうな。中の水漏れちまったのかな...」

....チュビッ........ピッ.........

1人の飼育員が小ベビンネを摘み上げると、弱々しいが声を上げた。

——

やがて2人がナンバリング作業を済ませて去って行くと、お隣ベビンネ達はママのおっぱいにたどり着き、コクコクとミルクを飲み始める。
4番ママが座り姿勢の為、2匹が股上2つの乳首に吸い付き、その上に乗っかる形でもう2匹が上の乳首を吸っている。

弟「かわいいチィ~。ミんなおいしそうだチィ!」
次「おめめ開いてないのにスゴいチィ!なんでおっぱいの場所わかるミチィかな。」

......チィ.......チィッ!........チッ.........チビッ.........

4番ママの乳首は半分しか使われてないのだが、実母の不親切な授乳姿勢の為、小ベビンネは乳飲みベビ達の周りをモゾモゾ這いずるだけで、いつまでもミルクに有り付けなかった。

ママ「ミィ.....」

ママンネは心配そうな表情を浮かべる。
未だハッキリと小ベビンネの姿が見えた訳ではないのだが、鳴き方からお腹が空いていることはよくわかった。
このタブ舎では母親の愛情不足の為、餓死するベビンネがたまに現れるのだ。

528タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/26(金) 03:29:41 ID:PvbMUWbg0

4ベビ生後16日目

ママンネの不安が的中、というよりもっと惨い形で、お隣の囲いに悲劇が訪れた。


.....チッ.....ヂ........チ..........ッ.....ッ......

孵化から一日足らず、4番授乳スペースの小ベビンネは目に見えて衰弱が進み、母体の居るストールの外で踞り、微かな鳴き声を上げて弱々しく震えていた。
ミルク獲得競争に負けてストール外に弾き出された形であった。

長「ミんな、小ベビンネちゃんにもおっぱいわけてあげチィ!」
弟「小ベビンネちゃんくるしんでるチィ!
おばさん、たすけたげてチィッ!」

4ベビは囲いにしがみついてチィチィお隣へ向けて野次を飛ばすが、4番ママは見向きもしないし、生まれたてベビ達にそんな分別はつかないようである。

乳飲みベビ達は最初の授乳終わりからお腹がポッコリと膨らみ、ベビながらもタブンネらしい体型になっていた。
一方小ベビンネはゲッソリとした腹をし、這いずるにも手足に力が入らず動けないといった様子であった。

自然淘汰なので仕方がないと言えばそれまでなのだが、まるで貧富の差を描く風刺画のような構図になっていた。

——

その日の昼下がり、3番、4番両授乳スペースではそれぞれベビンネ達が母タブンネの乳首に吸い付き、何とも平和な光景が見られた。
1匹蚊帳の外に居る小さな個体を除いては。

4ベビは昨日からずっと隣の囲いに釘づけ、弱々しい小ベビンネをずっと心配していたが、自分達の飲乳時は幸せ満面の表情であった。
タブンネらしい、優しい個体であったとはいえ彼らもまだ乳飲児、食欲私欲があくまで最優先事項であった。

4ママ「ミ゛ッ...ミ゛ィーーーッ!
ミガァーーッ!ミガァーーーーッ!」

ガシャン!ガシャン!ゴッ!グキッ!

「ヂッ」「..ッ...」「...ゥァ......」「ヂィ~..」

ストール後面に凭れ座り、4匹の健常ベビ達におっぱいを飲ませていた4ママが突如叫び出し、乳首に張りつく我が子を次々と引っ剥がしては猛烈な勢いで前方に投げ出した。

投げられベビンネ達は囲いやストールの鉄柵にぶつかり、1匹は頚椎が折れて死亡、1匹は右腕が捻じ曲がり、残り2匹は目立った外傷は無いものの脳が揺れてしまったようで、仰向けに横たわって両手で微かに宙を掻いている。

ママ「ミィィッ⁉︎どうしたミィ⁉︎4ママちゃん‼︎?」

投げられベビ達は横たわって授乳をしていたママンネの丁度視線の先に現れた。
4ベビは突如鳴り響いた衝撃音に振り返るがその光景に理解が追いつかず、飲み途中だったミルクを垂らしながらあんぐりと小さな口を開けている。
あまりに唐突な出来事にママンネも理解が追いつかない。

今回生まれた小ベビンネのように、数が多い時の半育児放棄は以前にもあったのだが、4ママは決して自分の子供に手を掛けたり、まして殺めたりすることはこれまで一度も無く、それはママンネも知っていた。

4ママ「イ゛イ゛イ゛ィッッッガハッ。
ミガァぁア゛ア゛ッ⁉︎ミハァア゛ア゛アッ...」

4ママは苦しそうに雄叫びをあげ続け、手をついて四つん這いになる。

ビリッ!バリバリブチャーッ!

手をつくや否や、4ママの股が音を立てて引き裂け、夥しい血液が噴出される。

長「ママッ!おばさんのおマタから赤いウンチみたいのが出てきてぶら下がってるチィ!おばさん病気になっちゃったんだチィッ!」

ママ「ミィッ⁉︎おマタから赤いウンチ⁉︎そんな...
どうして...!?」

ママンネの位置からは見えない4ママの下半身事情を、長女ンネが実況して伝えた。ナイスアシストである。

4ママは脱子宮を起こしていた。長女の言葉からママンネはそれを理解したが、混乱が深まるばかりであった。

529タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/26(金) 03:30:11 ID:PvbMUWbg0

このタブ舎で生まれ、長くここで生きてきた経験から、ママンネは子宮や腸、生き物の体内に存する臓器という物を理解している。

母体の股から出てくる場合があるのは子宮。
しかし脱子宮を起こすのは通常産卵時。
4ママは2日前にそれを終えている。

ママンネは思考を巡らせても理解し得なかったが、どうゆうわけかこのタイミングでそれが起きてしまった。

次「ママ!ひとり音が聞こえないチィ!ベビちゃんが死んじゃったチィッ!」
弟「他のベビちゃんたちもくるしそうだチィッ!
ママ、おばさんはどうしちゃったチィ?」

4ベビの注意は次第瀕死ベビ達に向いていき、ママに向けて必死になって問いかけるが、ママンネはそれには応えない。
ママは授乳時のまま、倒れかかった涅槃像のような姿勢で膠着しながら、両眼からボロボロと落涙する。

4ベビと違い、ママンネの心配は脱子宮を起こした妹分に100%向いていた。
脱子宮を起こした母タブの末路はママンネはよくわかっていた。


チュイ......⁉︎......チッ...!

オロオロと鳴き叫ぶ4ベビ、ピクピクと悶える投げ出されベビ達の喧騒の合間を縫って、弱々しく、モゾモゾと膠着を破ったのは1匹だけ蚊帳の外に居た小ベビンネであった。
優れた触覚から、母の胸に常にまとわりついていた兄弟が居なくなり、おっぱいが空いていることを察したようだ。
母の容態を考えれば何とも言えないタイミングであるが、生まれてからほぼ何も口にしていない小ベビンネにとっても真剣な行動であった。

全身をピクピクと震わせながら必死に這いずり、ストールの鉄柵を潜り、おっぱいを求めて4ママの身体下に潜り込んだところで、小さな背中が飛び出した子宮にブリュリと触れた。

4ママ「イ゛っダァーー!痛イ!イダミィィィッい゛い゛い゛っ!!な゛に゛ずるミィィッ!」

グチィッ!グチィッ!

小ベビ「グゥギィぃヤーー!!!
...ァ゛ァ゛ーッ....グァッ.....ァ゛ーー......」

4ママは白眼を剥き、激痛と体内異常から錯乱状態になっていた。
子宮に触れた我が子を外敵と判断してしまったのだろうか、小ベビンネの首元を掻き掴むと、その小さな右腕、顔の右上部分に噛み付くと、大きな音を立てて食いちぎっていった。

小ベビンネは精一杯の悲鳴をあげたがすぐに虫の息になり、腕からは大量の血、頭からは脳漿がグジュグジュと滴り、瞼に隠れていた片眼球がギョロリと剥き出しになっている。
実母に掴まれた首から下の胴体を前後にビクビクと動かし、まだフワフワとした尾はぶっ壊れたメトロノームのようにバタバタと左右に振り乱している。

長「ヂミィーーッ‼︎小ベビンネちゃんがっ!
おばさん!ヤメで!ヤメチィーーッ!」
妹「ヂィーーッ!チゴプルルル...ッ.....」

あまりのショッキングな映像に妹ンネはあぶくを浮かべバタリと倒れ失神してしまった。よく泡吹いて倒れる個体である。
残り3ベビは意識こそ保っているが、みなチョロチョロと糞尿を垂れ流してプルプル震えている。小ベビンネの状態は不慣れな人間が見ても嘔吐確実なほどグロテスクで、無理もないことであったかもしれない。

数秒後には小ベビンネは事切れて4番ママの腕から放り出され、4番ママはうつ伏せに倒れてビクビクと悶絶していた。

530タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/29(月) 13:40:36 ID:Ecl6fRec0

飼「うわっ!うわうわうわ!何だよコレ!4番?何で⁉︎やばいやばい......」

子殺しの惨劇から約20分後、雑居房を巡回しに来た1人の飼育員が4番授乳スペースの惨状に気がつき、慌てて事務所へと駆け出して行った。

長「何でもっと早く来なかったミチィーッ!」
弟「ベビちゃんたちをたすけろチィ!」
次「おまえらのせいだチガァーッ!」

妹「...チ?....チィーッ!ばかー!」

長女次女弟は人間の存在に気がつくや、強い口調で抗議の鳴き声を上げた。この時まで気絶していた妹ンネもその声で目を覚まし、がんばって兄姉につづく。

お隣のベビちゃんたちを痛めつけたのはお隣のママンネなので人間に抗議するのは少しお門違いなのだが、まあ遠因を作ったのは確実に人間なのだから彼らの言い分も間違いではない。

ママンネの教育が良い為か、みんな段々と人間に対して強気になってきていたようだ
そのママンネはいつの間にかストール内でへたり込み、胸の前で手を合わせてミィミィ震えていた。

——

程なくして現場まで戻ってきた飼育員達と1匹のローブシン。
飼育員は5人もやって来て、さっきまでの勢いはどこへやら、4ベビは怖くてチィチィ鳴き震えてストールに擦り寄った。
多勢で来られると流石に強気には出られないようだ。

飼A「脱子宮?脱腸?でも何で?産んだの2日前だろ?そっちの生きてっかな?生きてたら治療して。たぶん“げんきのかけら”じゃなきゃダメだと思う」

飼B「えーっと1匹アウト。3匹はセーフっすね。内1匹腕折れてますけど」

この中でリーダー格らしい1人が指示すると、若手らしい3人がそれぞれ投げ出されベビ達の息を確認し、げんきのかけらを適当にぶっ掛けていく。

...チィ... ...チ....チッ... ...アッ...ハッ...ヒッ..ィ...

親切な人間の治療の甲斐あって、ベビ達は息を吹き返した。骨折ベビは尚も苦しそうで、呼吸音がおかしく熱を出していたが。

リーダー格の人物がうつ伏せに横たわる4ママの脇腹に靴を引っ掛け蹴り上げ、ゴロンと仰向けに向き直させた。

4ママ「ア゛ッ...ミ゛ア゛ア゛ッ....ァ゛ァ゛ッ....」

4ママの下敷きになっていた小ベビンネの亡骸が現れ、無事だった片腕と両脚、胴体は押し潰れて、肛門と口から得体の知れぬ臓物がニュルリとはみ出していた。
4ママの腹には脳漿や血、サファイアブルーの片方がベットリこびりついている。

飼A「うわキモっ!1匹噛み殺したのか?爺さんどうだ?まあ処分確実だけど...」

飼C「うーんちょっと見てみるか。ローブシン、一応頭押さえといて。」

爺さんと呼ばれたやや老齢な飼育員。医師ではないのだが、経験深く多少のポケ医学(タブ医学)の知識がある人物であった。ちなみに弟ンネの去勢を行った男である。
その彼がポケットからカッターナイフを取り出すと、体外に飛び出した子宮を切り裂いていった。

4ママ「ミ゛ァ゛ガーッ!ギミギブィがガバァーッ
ゴバグボルルルッ......」

4ママは断末魔に等しいような奇声を発し、顔から足先までをグネグネと動かしながら渾身の力でのたうち暴れる。屈強なローブシンが押さえつけているので幸いお爺さんに被害は無い。

ママ「ミミィ〜ッ。。4ママちゃん......ッ..」

ハッキリとその全貌を見たわけでは無いが、ママンネは今一度滝のように落涙し静かな悲鳴をあげた。産声から聞いている妹分の悲惨な断末魔はとても聞くに耐えなかった。
4ベビもそれに同調するように、ボロボロ落涙しながらチィチィとママに擦り寄る。暖かな母体に顔をうずめられる訳ではなく、顔や胴体に触れる感触は冷たく残酷な鉄棒だが。

飼C「お、出てきたぞ。この子6つ産んだんだっけ?原因はコイツじゃな。」

「...パッ......プアッ.......」

子宮の中から、お爺さんが先の超未熟児ベビンネに等しい大きさの赤児を摘み上げた。
身体は卵殻に成りきらぬ皮膜に包まれ、両眼と両脚が無い奇形であったが、耳の形から辛うじてベビンネだとわかる生命体で、懸命に口をパクパクと動かし呼吸を試みていた。

4ママの産卵は6つであったが、受精卵自体は7つあった。
人工的に弄られる故のホルモン異常の為か、受精はしたものの卵殻の形成不備を引き起こし、それでも尚ゆっくり成長してこのタイミングで産卵(分娩)を迎えたが、球体を成していなかったことから子宮に引っ掛かり、今回の不幸を招いたようだ。

531タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/03/29(月) 13:42:11 ID:Ecl6fRec0

ベチャッ!   「ピ」

お爺さん飼育員は当たり前のように地面に奇形ベビを叩きつけ、その小さな命を終わらせた。
何ともぞんざいな扱い方だが、タブンネだから仕方がない。

飼B「この生き残り達“里子”っすよね?どこ出します?」
飼D「隣いるけど時期ズレてるしなー。おっぱい途絶えそう。てか何でみんな怖がってんだ?」

「ヂィッ!ヂィッ!」「ヂィギャギャーッ!」
「...ピッ...ピスン...」

2人の若手飼育員が回復ベビ3匹の首根っこを引き掴むと、無傷の2匹はパタパタと暴れながら抵抗を見せたが、骨折ベビはされるがまま人間の手にぶら下がり、弱々しく泣きだす。

飼A「3番はあり得んだろ。逆端の区画に昨日産んだの居たはずだから連れてってくれ。『32』だったかな?善良個体だから大丈夫だろきっと」

リーダー格飼育員が支持を出すと若手2人は片手を上げ了解の合図をし、ゾロゾロとタブ舎奥へ歩いていった。

それに気づいた長女ンネが囲い前面に歩み寄り、チィチィ声を上げながらピョンピョン跳ね出した。やがて下3ベビもそれに続く。
彼らにとって弟妹のつもりだったベビちゃん達を取り戻したかったのだろう。今後彼らが交わることはもう無い。

飼C「さて、母親の処分じゃな。どうする?午後便で出荷するか?」
飼A「いやあ“ミキサー”でいいだろ。移動中死にそうだし。次世代は実子まだ残ってるはずだからお前探しといて。」
飼E「了解。上の子7,8居ましたよね?“見せしめ”やります?」
飼A「いや、いいよ。4番は大体子供懐いてねえし、数多いと手間だし。よし、ブシン!持ってくぞ!」


リーダー格はそう言うとストールと囲いの檻を解放し、ローブシンと共に4ママの両脇を掴み抱え、ズルズルと運び出した。

子宮を裂かれて以後文字通り瀕死状態であった4ママであったがママンネの横に差し掛かった所でグルリと首を向き、大声で鳴き出した。

4ママ「3ママお姉ぢゃーーーん゛!ごわいミ゛ィィッ!じにだぐないミィーーッ!だすけてっ!助けてミィーーッッ!おでえぢゃーーーン!」

いつの間にか両眼にはサファイアブルーが蘇っていて、そこから大粒の涙が溢れている。

いつしか乱暴なタブンネさんへと変わり果ててしまった4番ママ。自身の最期を悟り化けの皮が剥がれたのだろうか。嘗ての面影と声色を取り戻し、姉貴分に向け必死に助けを求めた。

さっきから不細工なぬいぐるみのような佇まいであったママンネはその声にハッと立ち上がり、歯を精一杯剥き出して鬼の形相を浮かべると、狭いストールの中で限界まで助走をとって、それを壊さんとばかりに突進しだした。

半年以上ぶりに彼女の口から聞かれた『お姉ちゃん』という単語はママンネの生気、正義感、勇気、そして人間への怒りを焚きつけるのに絶大な効力を有した。


ママ「4ママちゃんを放せミギィーーーーーーッ!タブンネ達がっ!4ママちゃんがオマエらのために、どれほど苦労したと思ってるミ゛ィィィィッ!4ママちゃんを治せミィッ!オマエらがっ!オマエらが責任持って看病しろミ゛ィッ!4ママちゃんをがえせっ!!ミィの4ママちゃんを返せミィイイい゛い゛い゛っ!!」

言ってることは支離滅裂だったが、ママンネの怒りのベクトルは凄まじく、ガシャン!ガシャン!と大きな音を立てながら、何度もストール鉄檻にぶつかっていく。

普段の優しい姿からは信じられないママの形相と行動に一瞬怯んだ4ベビであったが、触覚からママの感情を読み取り、それに同調するようにチィチィと喚き出し、囲いの前面にしがみつき4匹で可愛く抗議の威嚇を見せる。

飼A「うわっ。何だ何だ?3と4って血縁じゃねえよな。んな訳ねえよな。お隣同士仲良しだったか?そんな風に見えなかったけど」

3番母子の必死の抗議も実らず、1人と2匹はズルズルと歩みを進めて行く。
飼育員はすぐに顔を向き直ったが、タブンネの言葉をおおよそ理解できるローブシンは何度も其方に振り返り、戯け顔やあっかんべーして親子を挑発した。

タブンネのこういった叶うはずのない懸命な抵抗や命乞いといったモノが、ローブシンは大好物である。
ちょっと意地悪だが、彼もずーっと人間を手伝い、汚いタブンネ達の相手をし続けているのだ。これくらいの娯楽は許されて然るべきだろう。

ママ「グミィ〜〜ッ!グミミィ〜ッ‼︎」

ローブシンの挑発はママンネには効果抜群であった。

彼らの姿はやがて3番スペースからは見えなくなり、4ベビは力無くぺたりと囲いに座り込んだが、ママンネの触覚はいつまでも妹分の体音を捉えて放さなかった。

532名無しさん:2021/03/30(火) 06:52:13 ID:Qm1gq4K.0
投稿乙ンネ
命がゴミのように扱われるタブンネさんが最高

533名無しさん:2021/03/31(水) 22:03:38 ID:vZg3yHmA0
目も開かぬ日齢のベビンネちゃん達が人間の手の中でされるがままになりながら
チィチィ抵抗する姿がかわいすぎていいぞもっとやれ

534タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/04/01(木) 21:47:29 ID:HoVFiUeg0

4ママ「イヤアーーっ!ミ゛ィャァ゛ーーあ゛っ」

4ママはされるがままに屋外スペースまで連れ出されて、中央部まで引き摺り歩かされると不気味な佇まいをした階段を登らされてゆく。
階段の先は回転刃が二重螺旋構造になった巨大なプロセッサーのような機械の投入部に続いている。
これは『業務用タブンネクラッシャー』というれっきとしたタブンネ殺害用(粉砕用)の製品である。

脱子宮を起こしそれを引き裂かれるという重大な内外傷にも関わらず、4ママの意識と瞳はハッキリと澄んでいた。
体調不良よりも“数秒後に確実に殺される”という恐怖のほうが勝ったようだ。

飼「よしっ、ローブシンそのまま押さえてろよ!スイッチ起動!」

ギュイいーーーーーーーーーーーーーン!!


・・ミ゛ィーーッ!ミヤァー!ミンミン!・・・

タブクラッシャーのスイッチが入れられると、けたたましい音を立てながら螺旋刃が動き出し、辺りの母タブンネ達や、中央部に居る雑居チビンネ達が一斉に騒ぎだす。

15番〜25番くらいの母タブ達の種付けスペースからは良く見える位置にクラッシャーが設置されており、幸運にも彼女達は生涯に何度も同胞の“処刑”を見ることができる。
お気に召さないのか大体の個体は目を背けるが。

——

長「ミチッ⁉︎ママ、とっても大きな音ミィ!コレ何の音ミ?」
弟「おばさんの声もきこえてくるチィ!」
妹「おばさんビョーキになったからたべられちゃうチィ?ママ⁉︎」

ママ「ミゥー..ミスン、ミスン...。」

姿は見えなくとも、ミキサー音と4ママの叫びは3番授乳スペースまでも十二分に届いている。というか周りの工場群が静かであればタチワキコンビナート全域に響き渡る程の騒音である。

4ベビは恐怖と興味が入り混じった様相で思い思いママを問いただすが、ママンネはそれどころではない。悲しみと絶望感で胸が一杯であった。

妹ンネの問いに敢えて答えるならば4ママをいつか食べちゃうのは人間ではなく自分達かもしれない。

——

4ママ「おでがいじま゛ずビィッ!お願い゛でずビィ!どうがっ!どうか殺ざないでミィぃぃ?ミガァーーッ!」

彼女を組み敷くローブシンが彼女の命乞いを聞く由ある訳もなく、代わりに耳のタグを引きちぎることで返答し、それを人間に手渡した。

飼「忘れてたわサンキュー、ブシン。もう落としていいぞ!好きなようにな!」

ローブシンは口元一杯にニヤリと笑みを浮かべると、4ママの両脇に手を掛けその身体を持ち上げ、足先からクラッシャーへとゆっくりと降ろした。

ブジューッ!ブチグチブチュッ....

4ママ「グミギヤァーーベベガガベギッ...!
グァミミミ゛ィィッ!ゴァブルルルル...」

4ママの足先とはみ出た子宮が螺旋刃に巻き込まれていき、残酷な遅さでゆっくりとその身体が刻まれていく。
タブンネ殺害、フーズ加工を目的とした製品であるため、最大限ミィアドレナリンが排出されるような親切設計、最初のダメージから死亡するまで平均で2分かかるような代物である。

グチュルル!グギッ!ブニュ〜......

一層目の刃がじわじわ4ママの胴体下から3分の2くらいまで到達する。一層目では即致命傷を与えられずかなり粗い刃で斬られるため、所々骨がそのままの形で残り、大腸小腸が無傷で回転に絡まり、巨大なミミズのように螺旋中央に巻きついている。

4ママ「ブァーばばばぷ......お、お゛でえぢゃ...!づめだぐじでゴメ...ミィ。べべべベビだぢ....ヂビだぢ.....バマばあいじで....ボんドば....ァァァッ..ミガガガガガ....」

4ママが訳のわからぬ遺言を残しかけた所で下半身がニ層目に達し、一層目にタブレバーやタブハツ、タブトロが巻き込まれ始めて呂律が失われていった。

535タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/04/01(木) 21:48:01 ID:HoVFiUeg0

4ママ「ァ゛ーーー。ァ゛ーーーーッ…マ....ママ......ミ....ッ.....」

首から下が無残な姿に成り果てた所で今生最後の言葉を紡ぎかけ、1匹のタブンネの尊い命の灯が完全に消え去った。

享年1年7ヶ月
産卵5周、生産タブ肉27匹分。
十分かは微妙だがまあまあ役目を果たした母タブンネと言えるだろう。
この先同胞達の“エサ”としての最後の役割が待っている。

——

彼女をここまで連れてきた飼育員は顔を顰め片手合掌のような素振りを見せるが、ローブシンは苦しそうに笑いを殺し腹を抑えている。

1人と1匹は機械下部の受け皿を開けるとタブ骨粉と化した4ママの身体を溢さぬよう慎重に抱え、ソロソロと事務所方向へ運んでいく。

出来たてでホカホカのタブ骨粉は一日強専用の部屋で陰干しされると収穫したオボンオレンと共に別場所の自社加工場へと運ばれ、程なくして飼料となり、またこのタブ舎へと舞い戻ってタブンネ達の糧となる。

“タブンネ捨てるとこ無し”がこの会社のモットーである。

——

弟「おっきなオトとまったチィ...」
次「おばさんは死んじゃったチ?」
長「きっとそうだミチィ。どうしてタブンネさんがこんな目に...こんなのおかしいミィ!」

4ベビはヒソヒソと井戸端会議で盛り上がったが、ママンネはプルプルと震えながら唇を噛み締め、血混じりの涎が締まりのない口角からタラタラと垂れ流れている。
散々望まぬ妊娠とそれに伴う育児を繰り返させられ、まさに命を削って毎日を生きてきたタブンネさんへの最期の仕打ちがコレでは到底受け入れられない。

先程の連続突進で鉄柵に擦れまくり、ママンネの横腹にはミミズ腫れが出来上がり、元々の劣化と相まってかなり痛々しい容姿に成り果てていた。

——

4ママの死亡は時刻にして午後1時半頃の出来事であったが、ママンネはストール内に座り込み、給餌にも手をつけず、4ベビを呼んで授乳をすることもなく、暗い目をして廃タブの如くその日1日を過ごした。

妹ンネは多少グズったが、4ベビはママの心情を慮ったのか空腹を我慢し乳をせがむことも無く、4匹で固まって静かに過ごした。

ママンネが授乳放棄したのは彼女の生涯でこの日が初めてのことであった。
子供達との別れにはある程度耐性がついているが、長い時を共に過ごし、同じ立場で生かされてきた妹分の死は彼女の心に想像以上にダメージを残したようだ。

536タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/04/06(火) 01:23:55 ID:.35ECOTA0

4ベビ生後17日目

連日の悲劇から立ち直る間も無く、親子お別れへのカウントダウンは着実に進んでいる。

お隣のママさんが殺されて以降、何も口にしていなかった4ベビ。

ママンネは相変わらずブッ壊れたテディベア人形のようにストール内に座り込み、朝の給餌にも一切手をつけなかった。
絶望で満たされたママンネの感情は触覚を通して4ベビにもしかと伝わっており、それに呼応するように彼らもまた生気を失い、囲いの一箇所でおしくらまんじゅう、静かに過ごしていた。

しかし膠着を破ったのは最も幼さが残っている妹ンネ。朝の給餌から30分後、空腹に耐えかねて立ち上がった。

妹「ママ.....チスンチスン...。おなかすいたチィ。おっぱいちょーだい。ママ。おねがいおねがいチ。」

ストール越しに柵の隙間から短い腕を伸ばし、ママの肩をチョコチョコと掻いて可弱く呼びかけた。

ママ「......ミ?........ミィ......」

ママンネは一度立ち上がり、狭いストール内にうつ伏せに横になると、身体四半分を持ち上げて柵に腕をかけ、授乳姿勢を取る。完全に惰性のみで動いているような一連の動作であった。

ママの動きを見て上3ベビもストールに擦り寄り、仲良く乳首に吸い付いた。
妹ンネは本能的にチィチィ声を漏らしたが、他の4匹は無言、チュパチュパという音だけが響き渡る、何とも不思議な空間であった。

ものの1分も経たぬうち4ベビは口を離すと翻り、また囲いで身を寄せ合って静かに寝過ごした。誰も敢えて声に出したりはしなかったが、ミルクの出があまり良くなく、芳しくもなかったようだ。

ママ「.........ミッ.........ミッ......」

ママンネは柵から手を離し、ノソノソと動いてまたうつ伏せに寝そべり、子供達から見えぬ様に両腕に顔をうずめると、しくしくと泣き出した。
半ば自分の方から放棄していたとはいえ、満足に授乳も出来ない自分の無力さが本当に惨めでならなかった。

ママ(ごめんミィ...可愛いベビちゃん達....
...4ママちゃん....ミィもきっとあと少しで、おんなじトコロに行くミィから...待っててミィ...。)

——

昨日の強い精神的ショック、また2食抜いたことや睡眠不足も影響しているが、母体としてのママンネの身体はとうにピークを過ぎ去っている。本人もそれは感じていた。

今回の産卵に至っても、ママンネの乳腺が張っていたのはせいぜい4ベビ孵化から1〜2日くらい。
今ママンネが野生に帰って駆除や捕獲されたとしても、誰も子引きとは思わないだろう。
昨日からだけで考えても、ママンネの老け込みは一気に加速していた。

タブンネ種の寿命を考えればママンネはまだ血気盛んな齢と言えるのだが、ハイペースで何匹も孕み、産み落とし、育てを繰り返している為、身体にしても、おっぱいにしても、命分というものには限界があった。

——

ママンネは二の腕で目を擦って涙を拭うと、スクッと起き上がってストール前部まで歩き、モシャモシャと飼料を平らげ、不味い水をゴクゴクと飲み干した。
彼女の目には力が蘇っていた。

妊娠や産卵自体は決して望んでいるわけではない。
こんなゴミ溜めのような屋舎に生涯閉じ込められ、無理やり別れさせられる、可哀想な命。できれば生まれてこないで欲しい。

それでも傍らで過ごす4匹の我が子。彼等を無碍にする事なんてできない。
自分の命にはまだ意味がある。

無慈悲なジレンマを抱え続けながらも、懸命に使命を、生き甲斐を模索し、それを全うする強い母の姿がそこにはあった。

537タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/04/06(火) 01:25:02 ID:.35ECOTA0

時刻にして正午を少し過ぎた頃、係の飼育員の1人が3番の囲いの前にやって来て、ママンネの餌箱に飼料を入れ、水箱にタブンネ用の汚い水を注いでいく。

これまではそれで終わりだったのだが、飼育員は竹製の餌入れと金盥を取り出しそれにも飼料と水を入れると、柵の下から囲いの中へそれを差し出した。

飼「よーしよし。4匹とも問題なく育ってるみたいだね。みんな今日から、おっぱいだけじゃなくて水を飲んでエサも食べるんだよ。もうすぐママと別れて、お外で暮らすんだよ。」

飼育員は囲いの中の4ベビに一声かけ、スタスタと奥へと足を進めていった。

「...チィ...?...」「チィ.....」・・・・

一度乳首を吸って以降、また黙って寝ていた4ベビは人間の声に振り向き、見慣れぬ2つの容器をちらっと見やったが、また興味無さそうに顔を伏せ、4匹仲良く身を寄せ寝そべった。

ママ(もうそんな時期だったミィか....)

ママンネは差し出された容器を一瞬見ると、ストールの最後部まで身体を移し腰を下ろして、精一杯首を横に向けて4ベビの姿を見つめた。

4ベビはこの時皆おそらく50cmを越えるほどの大きさだった。
ママンネの経験則から見ても十分な発育と言えるサイズである。
このタブ舎ではこうして、離乳の5日前からベビンネに飼料を与え始め、母乳とのハイブリッド給餌を始める。要は乳離れ訓練である。

ママンネは嬉しさに淋しさ、そして我が子の運命を想って悲しさの入り混じった表情を浮かべ数秒押し黙ったが、懸命に笑顔を作り、ベビ達に話しかけた。

ママ「みんな起きてミィ。元気をお出しミィ!
みんなのゴハンあるミィよ。食べてミて!」

4ベビはママの声に振り向き起き上がるとヨロヨロ歩き出し、餌箱の前で顔を見合わせ、手に取って食べ始め、水にも舌をつけた。

長「前におねえさんがくれたゴハンミィ。これママのと同じミィよね?」
次「このお水なんだか酸っぱいミチィ?」
弟「チィ...やっぱりこのゴハン嫌いチィ。くちゃいチィ」
妹「ペッペッ。チィもコレきらいチ。おけけみたいのがベロについたチィ。ママ?このゴハンなんでできてるチィ?」

——

ママンネミルクが不十分だった為お腹の空いていた4ベビは皆餌にがっついたが、弟妹はすぐに音を上げ、食べるのをやめてしまう。

飼料は汚いオボンオレン混じりのタブ骨粉である。

そして今出された水は雑居房に流れているもので、上水道ではない。ここをタブ舎として買い取った時からついていた蛇口から流れ出ている得体の知れない汚水である。
元々何の用途なのか、どこから引いているのかもわかっていない様な代物で、酷く濁り、かなり臭い。
水道代がかからないので雑居房では常に流されている。

チビンネ達が飲んでも殆どの個体は下痢も嘔吐も起こさないことから猛毒ではないであろうが、人間が数秒手をつければ皮膚炎を起こすほどには有害で、身体に良い水ではないことは明らかである。

このタブ舎では15匹に1匹くらいの割合で奇形ベビンネが生まれてくるのだが、その最たる要因はおそらくこの水である。

しかし重大な損害も起こらず、タブンネ達もみな慣れればガブガブ飲み出すので、いつまでもこの汚水がダブンネ達に与えられ続けている。
タブンネとはその程度の生き物なのだ。

538タチワキ養タブ舎・ベビンネ章:2021/04/06(火) 01:25:40 ID:.35ECOTA0

妹「ママ、チィおっぱいのみたいチィ。おねがい、おっぱいちょーだい。」
弟「ボクもボクも!おっぱいのがおいしいチィ!」

ママ「わかったミィ、こっち来てミィ!でも約束ミィ、これから毎日、ほんの少しでもいいから、ゴハンも食べてお水も飲むこと。タブ切りげんまんミィ。もう少しでママ、みんなにおっぱいあげられなくなるミィのよ。でも一緒に居るうちは、好きなだけおっぱい飲んでいいミィからね!」

少量だけ飼料を口にし、ひと口だけ水に舌をつけた妹ンネがダダをコネだし、弟ンネもそれに便乗する。
ママンネはそれに優しく応えると、今一度授乳体勢を取った。

2匹が嬉しそうにチィチィ声を上げながら乳首に吸い付くと、チュパチュパとミルク飲みの音が響いた。
先程の食事が功を成してか、今回はしっかりミルクが出たようである。

やがてそれに気づいた長女次女もママに擦り寄り、4匹で仲良く乳首を分け合った。
発育が良いとはいえ、あくまで彼等はまだベビンネである。

——

長「ねえママ、もうすぐお別れするミィ?ママはどこに行くミィの?おばさんミたいに殺されちゃうミィ⁉︎」
次「ミィ達おソトで暮らすミチィ?」
弟「おソトに出たらああやって他のタブンネさん達とケンカするミィチィ?」
妹「チィおソトいきたくない!ずーっとママといっしょチィ!」

乳飲みを終えると、一斉にミィチィとママンネへの質問攻めが始まった

ママ「ミフフ、みんな落ち着いて。ママはね、ここの箱とは違う、別の箱にお引っ越ししなきゃいけないミィの..こうやってみんなをナデナデしたり、おっぱいはあげられなくなるミィけどね、ちゃあんとみんなの声を聞いて、いつも見守ってるミィからね。」

ママンネの講釈が始まる

「それからね、お兄ちゃん、お姉ちゃん達も、お外に出ても、決して他のタブンネさん達を叩いたり、悪く言ってはいけないミィ。これだけは覚えておいて。ああやって乱暴なタブンネさん達もね、ミィんなホントは心の優しいタブンネさんなんだミィ。こんな汚い場所に閉じ込められて、優しい心を忘れているだけなのミィ。悪いのはニンゲンや、ニンゲンに従うポケモン達だミィ!」

雑居房ではしばしばどこかで取っ組み合いのケンカが起こりだす。
ママンネの講釈は続く。語気が少し強くなった。

「みんな“とらっく”の話は前にもしたミィ?いつも連れ去られるタブンネさん達は見てるミィね?ニンゲンと一緒にタブンネ達を連れ去るポケモンは、オレンジの方はズルズキンっていって、青い方はダケキってポケモンだミィ。ズルズキンには特に気をつけるミィ。アイツはタブンネ達をイジめるのが大好きな奴ミィ。絶対近づかないようにするミィ」

・・・

ママンネは次々、タブンネ以外のポケモン達の名を挙げながら解説をしていく。

ここの従業ポケ達は誰かの飼いという訳ではなく、会社の共有ポケモンであり、それぞれに役割がある。

かなりざっくりとだが、ローブシンは主に凶悪ンネからの人間護衛要員で、クワガノンは暴れンネを麻痺らせる要員。
ダケキ、ズルズキンは出荷ンネ捕獲用、他に清掃要員のシャワーズ、フタチマル、マリルリが居る。

ここで詳述はしないが、ローブシン以外はタブンネ搬送先、屠殺時にも仕事がある。




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